2018-01-23 00:02:58 更新

概要

無事ゴールインした瀧と三葉。だが、二人のなり初めには秘密がある…披露宴の司会を任された勅使河原夫妻が、二人の本当の出会いを追求していく。


前書き

今作のきっかけ、それは、前作に当たる「ある記者の取材メモ」の最後半部分から、更に膨らませてみようというところがありました。
瀧三の入籍日を2023年10月4日にしたところとか、「会えばぜったい、すぐに分かる」の部分が具現化したことにしている描写もあるなど、今まで登場人物たちが気が付いていないところにもフォーカスしていったつもりです。
最初の想いたちは「勅使河原夫妻のストーリーを書こう」と思い立ったこと。でも、実際にはほとんど大人テシサヤは書かれていないわけで、それをしようとするなら、彼らをストーリーテラーにして、瀧三の方をもっと掘り下げる方が面白いのでは、と思いなおし、一応の主役の立ち位置なのにほとんど美味しいところは瀧三が持っていくようなことになってしまってます。
「披露宴の司会」をしなくてはならなくなったので、というのを今回彼らが瀧三を掘り下げる動機にしたのは、なかなかファインプレーだと自画自賛しております。入れ替わりが本当にあった、としないと瀧三がお互いを求めあうシチュエーションにはなりえないので、10年経って、二人が出会えたことで、全ての謎が解き放たれる、と考えました。
作成は、6/15-6/25まで。スピンオフ小説ではありますが、お楽しみいただけると幸いです。
修正履歴等
2017/6/25 10:30 公開(19546字)→撥音など誤植訂正
2017/8/4 細部修正・加筆(19782字)
2018/1/22 再度細部修正・加筆(20066字)/前書き・後書き一部文言変更


2023年の10月4日。立花夫妻と別れて、勅使河原夫妻は、自宅に戻るべく、歩を進め始める。

「あ~~~、今年も楽しかったなぁ」

克彦は少し伸びをしながら今日一日を振り返っていた。

「エエ、ほんとに。それにしても、瀧くん、相変わらずかっこよかったわぁ」

少し遠い目を見せて、瀧の残像でも思い浮かべているのだろうか、早耶香は物思いにふける。

「そ、そんな風には見えんかったけどな…」

内心風貌の面では負けたと思いつつも克彦は無理に否定する。

「いやいや、テッシー、そこまで我慢しなくてもよろしくてよ。もう勝ち負けは決まってるしね」

克彦の胸の内をズバリ言い当てる早耶香。もはや克彦には返す言葉もなく、ため息を一つつく。

「とはいうけど…」

「何よ」

「あの二人って本当にあんな風に出会ったんだろうかな?」

克彦は素朴な、そして一番の謎にフォーカスする。


10月4日は、彼ら仲良し3人組にとっては、糸守町危急存亡の危機に立ちあがったその時を振り返る、というよりは、一年に一回、羽目を外す記念日という意味合いの方が強かった。だから、3人が1年ぶりに出会ったとしても、あの日の出来事に触れることはあまりない。

瀧がこの3人と同席するようになったのは去年から。初めての顔合わせでは、全員が瀧の人となりや現状について瀧に聞くばかりで、なれそめや今後のことについては議論を持たなかった。

一方、克彦と早耶香は、去年の6月に晴れて夫婦になった。もともと幼馴染という関係もあって、あの日まではずっと関係を保ち続けていた。しかしあの日以来、二人は、別々の環境に置かれることを余儀なくされる。克彦は、当初糸守再生に向けて尽力すべく、学業もそっちのけで親の会社を手伝おうとしたが、町が再生不能に陥ったことに伴い、2年余りして親の勧める東京の土木関連会社に就職。一方の早耶香は、高校卒業後すぐに上京。放送部所属がトリガーになって、業界を目指すべく奮闘したものの、途中で挫折。フリーターを経て、アパレル系の店員に収まってからは、数店舗を任されるリーダー的存在に成長。東京五輪の準備真っただ中の時期だっただけに、お互いすれ違いの毎日が続いていたが、この10月4日を記念日に、という早耶香の発案で、克彦も三葉もそれに乗っかって現在に至っている。


「あんな風って…電車でお互いを見つけあったってこと?」

「ああ、それだよ」

克彦は少しだけ語気を強める。

三葉たちの会に2回目の登場となる瀧は、今日入籍したことを二人に報告する。結婚することは薄々気が付いていた二人だったが、なれそめを聞いた克彦は疑念を抱いていたのだった。

「都心だけでいったいどれだけの電車が走っていると思う?数千、いや、数万本だろうよ」

「JRだけってわけではないし、それくらいは走っているかもね」

「並走して走る区間にたまたま二人が同じ時間帯にいたから出会えたわけで、本来なら、見つけることすら難しいだろうよ」

「あ、それはそうかもね」

早耶香はふと何かに気が付く。

「だって、同じ電車に乗ってたって、座席に座っていたら、確認のしようがないもんね」

「だろ?どっちかが逆側に立っていても同様。いや、そもそも二人とも外を向いて扉に立っていたなんて、できすぎでしょうよ」

「私は、出入りしやすいから、扉に立つこと多いけどな」

早耶香は、そう言う。

「それにしても、本当に、なんでこんなことが起こるんだろうなぁ…」

克彦は、相変わらず、”奇跡の再会”が腑に落ちていない。

「まあまあ、二人は出会えたんだから、それでいいじゃなぃっっ…て、よくないかぁ!」

早耶香は、突然顔色を変えて、克彦を覗き込む。

「だいたい、二人の接点ってどこにあるのよ?」

「あ、そう言えば…瀧くんって、確か、一度だけ飛騨に行ったことはあるって言ってたけど、それって隕石が落ちてからのことだし、当然三葉はそこにいないし…」

結婚したとわかって、前回で話題にしなかった部分を突っ込んで話をした結果、瀧や三葉が言うことにいろいろとおかしなところが見え隠れするのだ。

「そうよっ!イケメンに出会えたからそれでよかった、と思うし、ようやく三葉も落ち着けるわ、って喜んでたけど、そういう話でもないじゃないっ!」

早耶香は、早口でまくしたてる。

「だろう?電車で再会できただけではなく、そもそもどうして二人は知り合えたのか、から入らないといけないと思うんだ」

克彦も、早耶香が二人の出会いに疑問を持ち始めたことに少しだけ安堵した。

「どさくさに紛れて三葉言ってたけど、なんか披露宴の司会、私たちにお願いっていわれてたし…」

話す内容が多すぎて、失念していた言葉を早耶香は思い出す。来年早々に催される二人の披露宴で、司会の大役を仰せつかっていたのだった。

「いや、それだからなおさらだよ。電車でお互いを見初めましたって、そんな話が通用すると思う?」

克彦が詰め寄る。

「うーん。これは二人に問い詰めないといけない案件ですなぁ」

早耶香が少し眉をひそめて、思いを巡らせる。

「まあ、どっちにしても、彼らが今日を入籍日に設定したことも含めて、いろいろとヒアリングしないといけないことはわかっただろ」

克彦が言う。

「とにかく、彼らの出会いが謎めいていることだけはよくわかったわ。どういう真実が隠されているか、私も興味津々になってきたよ」

早耶香は、目を輝かせて少しだけ歩を速めた。


二人が立花夫妻を”取材”したのは、それからほどなくしてからのことである。先に動いたのは克彦。「この間のお礼」ということを口実に瀧を一軒の居酒屋へと誘い出した。

「お疲れさまでぇす」

二人で乾杯すると、適当に見繕い始める克彦。「朴葉ミソ」を見つけて少しだけ狂気する。

「朴葉ミソって、置いてある居酒屋って都内だと少ないんですよぉ。よほど郷土料理とか謳っているところでないとね」

高山の郷土料理であり、まさに酒の当てにぴったりの逸品を見つけてすぐさまオーダーする克彦。少しだけ気圧されるように瀧はその姿を見ている。

「克彦さん・・・テッシーさんってなかなか面倒見がいいんですね」

「おおッ、そう呼んでくれる方が肩がこらなくっていいいんだよ。みんな勅使河原さん、なんて本名で呼ぶもんで、どうもこう調子が出なくって…」

がははっと大口を開けながら、克彦は笑い、ジョッキを一飲みにしてしまう。

「プハーッ、やっぱビールはこうでなくっちゃ。瀧さんももう一杯どうです?」

克彦の、土木系らしい飲みっぷりに少しだけ引き気味の瀧だったが、せっかくなので、残っていた中身を空けて、追加オーダーする。

「いやぁ、それにしても、俺の好いとった人を横取りするとは…瀧さんもお人が悪いっっ」

三葉に思いを寄せていたことを、克彦は腕組みをしながら少しだけ真顔で瀧に言う。

「えっ?やっぱり…テッシーさんも三葉のことが好きだったなんて…初めて知りましたよ」

三葉を好きものどおしがこうやって面と向かっている・・・瀧はその奇跡のような空間がここにあることに少しだけ嬉しく感じた。

「でも、どうやって、三葉と知り合えたんです?この間の話では、電車でお互いを認め合ったのが初めてのような気がする、なんて言っておられたんですが…」

2杯目で少し口を濡らしながら、克彦は切り出す。

「いやぁ、それが今となっては、どうして彼女だったのか、よくわからないんですよ」

「ええっ??」

飲みかけたジョッキを危うく落としそうになる克彦。

「こう言ったら信じてもらえるかどうかわからないですけど、彼女の名前、出会ったときには知らないんですよ、俺。多分、三葉も同じこと言うと思いますけど」

「・・・」

あまりの出来事に、克彦は口を開いたまま驚愕している。名前を知らない者同士がどうしてお互いを求めあっていられるのか…そんなことって…

「た、たしか神社かどっかの階段で、お、お互いの名前を呼び合っていた、とか、そ、そんなこと言ってましたよね…」

もともとオカルト志向の強い克彦なだけに、名前を知らない者同士が引きつけ合う現象そのものに少しだけ興奮気味になっていた。なれそめの時の会話を思い出して、克彦は瀧に確認する。

「エエ、そうでしたね。ていうか、よく俺たち出会えたものだって、その後大笑いしましたけどね」

彼の説明を克彦は思い出していた。瀧は新宿で、三葉は千駄ヶ谷で下車して、あてどもなくお互いがお互いを探していく。直線距離にして2キロ足らず。とはいえ、あの出会いの場・・・須賀神社を二人は目指していたわけではない。そもそも来た道を戻る瀧と、瀧が戻ってくることを想定してその方向に三葉が進んでも決して須賀神社の方角には向かわない。なのに出会ったのは、縁もゆかりもない須賀神社そばの階段…

「いや、でもそれって…」

少し神妙な面持ちになりながら3杯目を注文し終わった克彦が言う。

「間違いなく神様のおぼしめしだと思いますよ。オカルト抜きで…」

「いや、それは俺もその時思いましたよね。彼女と結ばれる運命にあるんだって…」

ようやく2杯目を飲み干した瀧は、それだけ言うと、その時の感動を思い起こしたのか、少しだけ目を緩ませる。

「それはよくわかりました。問題は、どうして、飛騨にいた三葉を知っていたかということです」

克彦は、そろそろと本題に入る。

「そ、それは…」

急に歯切れの悪くなる瀧。

「だいたい、三葉と3つも離れているのに、どうして出会えたんですかね?この間の話では2013年の隕石が落ちる前までに糸守には行ったことがないっともおっしゃってましたし…」

「いや、行ったことは無い、はずなんだけど…」

「けど?」

「でも何か、糸守のスケッチが記憶からだけで描けたりもしてたんですよね…」

「記憶からだけで?行ってもしないのに記憶だけがあるなんて、変じゃないですか」

「んー、でもなんていうかな…体は行ったことはないのに記憶や精神は糸守に行ったことがあるっていうのかな?」

「えっっ??そ、そんなことって・・・」

またしてもオカルトっぽい現象を目の当たりにして、克彦は今まで以上にテンションを上げる。

「それって幽体離脱っていうか、身体は東京なのに心は糸守にあった、とか、そういうことなのかな?」

身体を乗り出して克彦は確認する。

「あ、ま、まあそういうことじゃないかと…」

「うんうん。でもそういうことって、デジャブとかの予知夢なんかでもありえる話なんで、可能性がゼロってわけでもないしね」

少なくとも自分の中でその謎現象を解釈する克彦だったが、それと三葉との関連性が思い浮かばない。

「その幽体離脱した瀧くんがどうして三葉と知り合えたのか…そこが問題ですよ」

完全に克彦の中では「死んで霊魂だけがさまよっている」ことにされている瀧だったが、自身でも三葉と知り合えたきっかけを思い出せていない。

「んーーー、出会い、かぁ・・・出会っていたとしたら2013年の隕石が落ちる前まででしかないし、飛騨に行った3年後には三葉は東京にいたはずだし…あれ?」

瀧が何かに反応する。

「三葉って2016年にどこにいたか、知ってますか?」

瀧は逆に克彦に質問する。

「え?隕石落ちてから3年後…20歳の時かぁ…個別にいろいろ連絡取り合ってたわけじゃないからなぁ…でも、あの時のクラスメートはほぼ全員、東京に行ってたはずだから、三葉も行ってたはずだよ」

自分自身が、級友から遅れて上京したこともあって、あいまいな返答しか克彦はできない。

「その時に出会っているとしか思えないんだけどなぁ…飛騨に2013年に行っていたらその時に逢っているだろうけど、でも俺中学生だったし、その時には行ったこと一度もないし…」

時間を越えた入れ替わりの記憶は、二人の中からは消えている。特に瀧の場合は顕著だった。残っているのは「誰かを探している」という思いだけ。奇跡の出会いであるとはいえ、当事者二人が確とした出会いを発揮したのはあの車窓でお互いを認め合ったのが初めてだったとしか言いようがなかったのである。


「で、どうだった?」

早耶香と克彦は、ファミレスで落ち合って、今日の成果を披露する段取りにしていた。

「うーーん、こいつは一筋縄ではいきそうにもないですぜ」

ウエイトレスに、アイスコーヒーを頼みながら、克彦は少し含みを持たせて早耶香に報告する。

「てことは、やっぱり…」

「ご推察の通り。車窓でお互いを認め合ったのが初めて、ということしかわかりませんわ」

「ふぅ。そう来ましたかぁ…」

落胆の色を隠せない早耶香。「車窓で見つけた」。そんな出会いなんか、そもそもあるはずがないからである。それは一目惚れというのであって、お互いを追い求め、追いかけていた二人の感覚とは違う。早耶香の頼んだケーキセット…もちろんイチゴのショートケーキは待ち合わせしている間に大部分が姿を消していた。

「でもテッシーさ…」

最後のケーキの一かけらをすくうように持ち上げ、克彦に問いかける。

「なんだよ」

「初対面で『この人だ』って思えることって、あるかな?」

「何が言いたいんだよ」

「よくよく考えたらさぁ、私たちって、幼馴染だったよね?」

クリームにまみれた口の中をコーヒーで洗い落とし終えた早耶香が聞く。

「なんやさ、急に…」

「私もだけど、テッシーも、「一緒になるならこの人」って思いこんでなかった?」

共同生活を営み始めて1年余り。もはやお互いが空気のような存在になっている彼らにとって、出会いのきっかけを自分たちで探ることはしてこなかった。

早耶香の発した質問は、少しだけ克彦の心の中をざわつかせる。

「え、早耶香って俺と一緒になることしか考えてなかったんか?」

「うん」

早耶香はコクリとうなづく。

「俺は違ってたな。男って、そのときどきで好みって変わっちまうんだよ。だからなのかもしれないけど、時々男勝りになる三葉に惹かれたりしたのも事実だしね」

少し照れながら克彦は言う。

「でも、俺は早耶香を選んだ。これが持つ意味をも少し理解してくれないと…」

早耶香の口が何かを語ろうとしたが、克彦のフォローが胸に染み入る。彼はやはり私のことしか見ていなかったんだ…

ほっと胸をなでおろしながら、早耶香は言う。

「でも、やっぱり謎なのよね…三葉と瀧くんの出会い…」

あえておかしくない間柄ではない二人。糸守と東京。3歳の年の差。すべてを解くカギが見つかるのか、どうか…

「よしっ、次は私の番やね。しっかり聞いてくるから」

カップのコーヒーを飲み干して、克彦に満面の笑みを見せる早耶香は、なぜか席を先に立つ。

「あ、おい、ちょっと待てって…」

伝票を置いたままにされたことに気がついた克彦はそれをひっつかむと、残っていたコーヒーを一気飲みしつつ慌てて早耶香の後を追う。


数日後。

三葉と早耶香は、スイーツ食べ放題のお店で昼下がりのおやつタイムとしゃれ込んでいた。

「これは別腹」「ダイエット?明日から本気出すの」が口癖の早耶香にとって、まさに天国のようなお店。とは言うものの、情報源はいつもアンテナを高く上げている三葉から提供されるのが習わしで、ここを見つけたのも三葉のお手柄だった。

90分、1580円、ドリンク付き。都心にある有名店というロケーションなら、この価格はリーズナブルといえた。可処分所得はそこそこある二人にしてみれば、至福の時がこの価格で味わえることは何物にも代えがたかった。

「ちょっと取りすぎたかなぁ…」

一皿目から、あふれかえらんばかりのケーキを取り込んでいる早耶香。

「いや、私も…」

三葉も負けていない。ただ、芸術的センスというか、盛り方は三葉の方に軍配が上がる。

「グヌヌ…センスわりぃな、あたし。まあ、お腹の中入っちゃえば一緒だもんね。いっちょ食べ始めますか…」

席につくなり、大好きないちごのショートケーキに手を付けようとした早耶香だったが、このシーンがフラッシュバックした。

「あ、そう言えば、部室で避難計画立てた時に私、いきなりショートケーキ食べたんだったわ。10年前だけどあの時のケーキもおいしかったなぁ」

「え?」

三葉はきょとんとしている。

「あれ?もう忘れたん?ほら、町の避難計画」

「え・・・えっと…」

覚えているはずがない。その現場にいたのは、三葉であって、三葉でないのだから。

「そう言えば、前に一度取材を受けた時に、覚えているのは変電所に行ったあとからでそれ以前のことは覚えてないって言ってたよね」

早耶香の記憶力は半端なかった。10年前のケーキの味、3年後に取材されたこと、避難計画に関しても、3人のうちで一番覚えているのは間違いない。あそこまで自信ありげに語った三葉が覚えていない…いまだに疑念に思っていたことだった。

「そ、それはそうなんだけど…」

あまりの忘却ぶりを見かねて、早耶香はフォークを置く。

「いいこと、三葉。今みんなが生きているからこうして笑って過ごせているけど、結局私たちのしたことって犯罪以外の何物でもないのよ」

変電所爆破、防災無線ジャック…立派に犯罪である。もちろん、この初動があればこそ、避難がスムーズに進んだわけであり、残り一時間で被害対象地域から全員の脱出が可能になり、けが人だけで済んでいるのだった。

「アナタのお父さんが「避難訓練したんですよ」と言ってなければ、私たちが仕組んだことだってことはわかっていたはずだから、間違いなく逮捕…まあ高校生だったから、補導はされていたでしょうね」

「…」

三葉は黙ってきいている。

「あの時、放送室でどれだけ心細かったか…先生が来てくれたとき、ちょっと救われた部分もあったよ」

彗星が落ちるとは言えないもどかしさ。避難しなくてはならないほどの山火事にもならない。自分のしていることは何なのか…早耶香はあの時の気持ちを三葉にぶつける。でも、三葉は何も答えられない。

「でもさあ・・・」

愚痴を言っても仕方ないと思ったのか、早耶香はフォークを持ってケーキを一口ほおばって三葉に聞く。

「どうして彗星が落ちるなんて、わかったのさ?」

「え?」

「だってそうでしょう、落ちる場所も被害範囲もわかっているなんて、結果を知っている人だからできる芸当でしょ?」

「そうなんだ・・・」

「はぁ・・・やっぱり覚えてないんだ。自信ありげに「高校は被害範囲の外だから」なんて言ってたけど…」

「わたし、そこまで言い切っていたんだ…でも全く記憶にないよ」

記憶にない、といわれて、早耶香の中で何かが音を立てた。

「私も、テッシーにとっても、10月4日は忘れたくても忘れられない日だよ。三葉はどうして、そんなに簡単に忘れられるんよ?」

少し目を潤ませながら早耶香は言う。

「わっわたしだって、忘れたくて忘れてるんじゃないんよ」

「どういうことよ?」

「あの日の前半の記憶がほとんどないのは、私の中に別の人が乗り移ってきていたんだと思うの」

「・・・??? 」

三葉のしゃべっていることが、日本語なのに別の国の言語のように早耶香は聞こえて、返答もできないまま、驚愕する。

「いや、こう言った方が正しいかな?誰かと入れ替わってる」

「そ、そ、そんな話、あるわけないじゃん!今は21世紀ですよ。そんな非科学的なことが…」

起こるわけないじゃん、と続ける言葉を飲みこんで、早耶香は、一か月もの間、奇怪な行動をしていた三葉のことを思い出していた。

髪を結い忘れ準備もできていないどころか名前もロッカーも忘れてしまっていた日。なにかと絡んでくる同級生に威嚇したあの日。突然のようにバスケットで活躍した体育の時間。いきなりがさつっぽく笑ったり、脚はスカートなど気にせず、おおっぴろげ。バス停のカフェ化の時に率先してのこぎりを振り回す。絵を描かせれば、突然写実感たっぷりの細かい描写…。三葉の描く絵を知っている早耶香にしてみれば、あの筆致は三葉の中に入ってきた別人が描かせていたとするならば納得がいく。10月4日にしたって、あそこまで確信を持って発言できるなんて、普通の状態の三葉では考えられない…もし、今までの奇妙な行動も、三葉の中に入ってきた誰かが、そういったことを三葉にさせていたのだとしたら…

早耶香は、その疑問をズバリ三葉にぶつける。

「それって、サヤちんが思っている通り。きっと、私の中に入っていた人が行動した結果だと思うの」

その当時を思い出すように、三葉は答える。

「私の中に入っていた人ぉぉ?」

復唱をした早耶香にさらに三葉は畳みかける。

「そう。そして、今だから、はっきりといえる。それって瀧くんだったの」

少し頬を赤らめながら、恥ずかしそうに三葉は言う。

「えっ、ちょっちょっと、三葉、それ、正気で言ってる?」

危うく、モンブランのてっぺんの栗を落としそうになりながら早耶香は言う。

「エエ。私にとって、忘れちゃだめな人。それが瀧くんだったんです」

自信ありげに早耶香を見据えて三葉は言う。だが早耶香は、その目が少しうるんでいるのを見逃さなかった。

"そんなことが現実に起こるんだ…"

早耶香は内心、三葉のことを、瀧を捕まえてうらやましい、とだけ思っていた。一目惚れに近い出会いだと信じて疑っていなかった早耶香だったが、車窓でお互いを発見する前段階で、そんなことがあったとは…。

だが、ここで早耶香は克彦からはそのことを聞いていないことに疑念を感じる。もし瀧と三葉が入れ替わっていたとするなら、"瀧も"そのことを覚えていないといけないはずだ。なのに、克彦との対談では、そう言ったことを一言も口にしていない。

「でも、テッシーの話では、瀧くんは、三葉と入れ替わっていたことを覚えていないみたいなんよ」

「え?・・・」

三葉の表情が明らかに曇る。

「そもそも、私の中に入っていたひとって、なにそれ?入れ替わるなんてありえないし…」

物理の法則に反している二人の精神と肉体。「そうなんだ、そんなことあるんだ」と簡単に容認できる事象ではない。

「でも、私と17歳の時の瀧くんとが入れ替わっていたのは間違いないんだと思うの」

三葉は、並走する電車で、お互いを認め合った時の胸の高まりをはっきりと思い出す。「大事な人、忘れたくない人、忘れちゃだめな人」。名前を知らない/忘れていても「会えばぜったい、すぐに分かる」。だからあの時、二人はお互いを見つけて、息をのんだのだった。

「んーーーーー、まあ、誰かの入れ知恵がなければ、あの避難計画は成立しなかっただろうし、お父さんをどんな形であれ、説得できたのも三葉のお手柄だしね」

早耶香の皿は、大量のケーキで埋め尽くされていたのに、最後のチョコレートケーキだけになっていた。それを二口で平らげる早耶香。

「でも、時間がずれて入れ替わるなんて、絶対あり得ないよ。じゃぁ、瀧くんには三葉が入っていたってことになるの?」

「恐らくそうだと思う。お互い正気になってしまう前にその日の出来事をメモとして残していたんだけど、今はそれも確認しようがないよ」

「瀧くんに三葉が入っていたなら、女っぽくなったりするはずなんだけど…でも、三葉に瀧くんが入っていたとするならば、あの奇妙な行動のすべてが説明付いちゃう」

「・・・」

三葉は、ミルフィーユパイにご執心で、早耶香の言うことに返事をしない。それでも早耶香は続ける。

「記憶がないというのも、自分じゃないんだから当然だし、周りが知っていることを聞かされてびっくりするのも納得いく。名前を忘れてしまうのもそりゃ本人じゃないんだし、男の本来の名前を名乗るわけにもいかないから、忘れたことにしないとしけないし…」

「あー、何とか切れたぁ…で、何の話?」

きょとんとした三葉の表情が、早耶香を爆笑へといざなう。

「あははは…もういいわ、解ったよ。三葉に入っていたのは瀧くんだし、瀧くんにも三葉が憑依していたことがあったってことだよね」

「そ、そういうことになる…のかな?」

2皿目にチャレンジすべく席を立った早耶香の後姿を見ながら、三葉は感動の余韻に浸っていた。


早耶香は、自宅に帰り、くつろいでいた克彦を捕まえる。

「ビッグニュースよ、ビッグニュース!!」

姿を見つけるなり、早耶香はこうまくしたてる。

「どないしたんや、そんなに慌てて・・・」

ビール片手に、テレビのドラマを見ていた克彦が早耶香の方に向き直る。

「いや、やっぱり、そんなことってあるのかな・・・いや、やっぱりまちがいないわ・・・」

興味を引いておきながらもじもじする早耶香。

「だから、なんなんやって!」

半ば切れ気味に克彦は言う。

早耶香は、克彦の真正面に向かって座り、その目をじっと見つめて話し始める。

「ねえ、テッシー、落ち着いて聞いてね。三葉、なんかおかしな時ってあったでしょ?高校の時」

「え?・・・ああ、もしかして、なんか男勝りになったりとか、告白されまくったりとか」

「テッシーも"お祓いしてもらったら"とか言ってたよねぇ」

「そんなことあったっけ…」

さすがに10年前のことで克彦の記憶からは日常はかなり薄れている。

「あの時の三葉には、瀧くんが入っていたのよ。だから、ロッカー忘れたり、髪は結ってなかったり、変に活動的になったりしていたのよ」

信じられない面持ちで早耶香は克彦に言う。

「お前、そんなこと、起こるわけがなかろうよ」

オカルト現象と聞いて一気に興味を持つと思っていた早耶香にとって、克彦のこの反応は意外だった。

「だいたい、瀧くんって3つ年下だろ? 2013年にはまだ14歳だったはず。そもそも知り合いでもない瀧くんが三葉に入ってくるなんて、どう考えてもおかしいよ」

すでに瀧から聞かされている、”幽体離脱”の相手先が三葉だった?克彦は一笑に付した。

「でも、三葉の言い分だと、瀧くんは高校生だったっていうのよ」

「えっっ」

克彦の表情が一変する。

「ちょっ・・・ちょっとまてよ・・・」

つけていたテレビを消し、転がっていたチラシをひっくり返し、同じく転がっていたペンを片手に、克彦は二人の相関関係をかく準備をする。

「一回も出合っていない人間と関係を持つことなんて、ありえるんだろうか?」

まず克彦が切り出す。

「そう。それは私も気になっているのよ」

早耶香も同じ言葉を口に出す。

「2013年に瀧くんは飛騨には一度も足を踏み入れていない。これは確定している。そして、17歳の三葉と俺たちは彗星のカタワレが落ちる前に避難を促す行動をやってのけたってわけだったよな」

「エエ、そこまではその通りよ」

「でも、三葉が出会っていた・・・早耶香の言う通りなら入れ替わっていたのは17歳・・・2016年の時の瀧だったわけだ。なんで入れ替わりの相手が、同じ時間軸の別人ではなく、3年後の瀧になったのか…」

ペンをチラシに何度も落としながら、イラついたような表情を克彦はする。

「もし、仮に、の話なんだけど…」

早耶香が自分の思っている"仮説"を持ちだしてくる。

「瀧くんと三葉は、2013年に一度逢っている、とするとどうだろう?」

「え?瀧くんは飛騨に行ってないから、三葉が東京に行って、瀧くんにあっているって可能性かい?」

「それも、14歳の瀧くんと知らずに逢いに行った可能性、ということよ」

「あ、なるほど。2013年の時に入れ替わった2016年の瀧ではなく、2013年の瀧に会いに行くってことか…ん?なんかこんがらがってきたぞ」

克彦は、ペンで状況を書き出し始める。

「俺たちが三葉のおかしなところに気が付き始めたのって、確か・・・」

「2013年の9月。2学期始まってすぐだったから覚えてるわ」

「1か月近くほとんど一日交互に「変な三葉」と「普段の三葉」が見られたよな。俺、バスケであんな活躍する三葉見たことなかったもん」

克彦は、急に快活になり、そこそこに運動もできてしまっている三葉の豹変ぶりを当時羨望のまなざしで見ていた。もともと自己主張もせず、どちらかというと陰キャラに属していた三葉が、変貌する日がある。周りの男子も、活動的になり、それが逆に女っぽさを露出していく過程で三葉のことが気になっていく。「ライバルが増えたな」と内心克彦は思っていたが、隕石が落下して以降、そんな男勝りの三葉は一切見られなかった。率先してのこぎりを引いてカフェづくりに興じていたあの日々も、今から思えば”三葉らしからぬ”行動だった。

「このとき、2013年だから瀧くんは14歳のまま」

早耶香の言葉に反応して克彦は、瀧の欄に14歳と大書きする。

「でも、実際に三葉の中に入っていたのは17歳の、2016年の瀧くんだった…」

2016年 瀧 17歳…書いた項目がペンで何重にも囲まれる。その囲みから三葉に向かって矢印が引かれる。

「んーーーー。2016年と2013年問題はひとまず置いておこうか。なんかのはずみで答えが出るかもだから」

克彦は、別の面から突破口を開こうとする。

「入れ替わっていることを三葉は覚えていて、瀧くんが覚えていないことが気になるんだよな」

「うーん、確かにそれは気になるんだけど、私の中では、ひとつの答えが出ているの。長くなるかもだけど聞いてくれる?」

早耶香は、自信と不安がないまぜになった表情を見せながら克彦に言う。

「ほほう。回答をお持ちとは。ちょっと聞いてみたくなったな」

そう言うと、別の缶ビールを冷蔵庫に取りに行く。


「私の考えはこうなの」

早耶香は切り出す。

「2016年の瀧くんが三葉に入ってきたのは、多分、同い年になったから、というのがそもそものことの起こりだと思うの」

「ふむふむ。年齢の一致か。なんかそれは説得力はあるな」

「2013年10月4日に隕石が落ちてくるのは、2016年から見た過去。だからこの歴史上の出来事が変えられるはずがないのよ」

「もし歴史を変えることができるなら、例えば、もっと早くに彗星を爆破するとか、糸守に落ちてこないようにすることだって可能だったはずだもんな」

オカルト・推理もの大好きの克彦に、洞察力の塊の早耶香が次々に問題点をあらわにしていく。

「そして、三葉と私たちだけは、歴史通りをなぞらえて生きている。2016年の瀧くん以外は…」

「あ、そういうことか、わかったぞ!!」

克彦が急に大声を出す。

「2013年の記憶を新しく紡いでいくわけにはいかないんだよ、瀧くんは!」

克彦は、今まで解けなかった数学問題がひらめきで解けたかのように目を輝かせる。

「そう。その通り。2013年を2回生きていくことになるからね。精神的だけであっても同じ歴史を繰り返すことができない。だから、瀧くんが三葉と入れ替わっていることを全く覚えていないっていうことはこれで説明がつくと思うんよ。でもそれ以外のこと…風景のこととか、出会った人から聞いたこととかが何となく残っているのは、体験をしたという記憶だから残っていたし、それが歴史を変えてしまうほどの大きな特異点にならないからじゃないかなって思うの」

早耶香がひとまず意見をまとめる。

「三葉は、「会えばぜったいすぐに分かる」と思いを寄せるほど瀧くんのことが好きになっていたし、同じことは瀧くんも思っていただろうと思う。ただ、瀧くんの側としては、2013年に2016年の瀧として経験してしまったことで、その記憶があいまいになってしまい「誰かを探している」というような感覚になってしまったんだと思うんだよね」

早耶香は、自分もオレンジジュースを調達して、ストローで一吸いして一息つく。


「それでも説明がつかないのが瀧と三葉の関係性だよ」

克彦は一番の根幹にスポットを当てる。

「そこで重要になってくるのが、「一度瀧くんと三葉は、あっている」ってことなの」

「さっき、最初にそんなこと言ってたよな。会うことができたってことかい?」

「そこは、可能性という部分でしかないわ。三葉に聞いたわけではないし」

「そりゃそうだよな。電車の車窓で初めて会った、という事実しか知らないし」

「で、10月4日以前の彼女の行動を考えてみたのよ…」

記憶力の鬼・早耶香の脳の中の記憶媒体(メモリー)が10年前にアプローチをかける。

「彗星の落ちる前日・・・10月3日って、確か、三葉、学校に来なかったよね」

「え?そうだった?そんな大昔のこと、覚えているわけないだろ」

同じ記憶を克彦も持っていると思ったのか、克彦に同意を求める早耶香。しかし、そこまでのことは覚えているはずがない克彦。

「10月2日は、ご神体にお参りに行くんだって最初からお休みもらってたでしょ? 」

「んーーーお前がそう言うんならそうなんだろうけど。覚えてないわ」

”それにしても、記憶力、よすぎじゃね?”克彦は、内心そう思いつつも、言葉を飲みこむ。

「そして10月4日」

「それは俺も覚えてるわ。あの髪型は衝撃的だったもんな」

何の前触れもなく髪を切った三葉に驚いた二人。三葉は、というと「ああ、前の方がよかったよね」と軽い返事をして二人をさらに驚かせもしたのだった。

「ご神体に行ったことが髪をカットする要因とは思えない。となると、10月3日に何かがあった、としないと説明がつかないよね」

消去法で早耶香は範囲を狭めていく。

「三葉の身に何が起こったんだろう…って、ま、まさか…」

克彦はぞっとする。

「可能性よ。あくまで仮定の話だけど、この日、三葉は東京に行ったんだと思うの。もちろん、瀧くんに逢いに」

言葉を選びながら、早耶香は説明を続ける。

「た、瀧に会いに・・・と、と、と、東京に・・・」

明らかにテンションのおかしくなった克彦が、腕をわなわなと振るわせながら、つぶやく。

「ここからは私も見てきたようには言えないわ。あくまで推測なんで、そこは理解しておいてね」

と前置きして、早耶香は続ける。

「三葉は、何らかの思いを瀧くんに告げに…多分好きってことを言いに行ったんじゃないか、と思うの。でも、2013年当時、瀧くんは中学生。当然、三葉を知っているはずがない状態なのね。三葉は相手も高二だと思っていたはずなのよ」

「三葉の奴、告白しに行ったんだ」

克彦がボソッとつぶやく。

「いや、あくまで推測よ。でも、まあ、三葉が東京に行く理由ってほかにはありえないしね」

「で、あえなかったから、髪を切ったってことでいいのかな?」

「いや、私の推測はその逆。会えたんだけど、髪を切らなきゃいけない事情ができたと思うの」

まだぼんやりとしかストーリーが組めていない早耶香の言い分に克彦は素早く反応する。

「いやいやいや、1000万都市だし、しかも瀧くんがどこに住んでいたとか知りようもないのに、あえるわけないじゃん」

「そうは言うけど…」

一旦言葉を区切って早耶香は言う。

「二人の衝撃の再会も、私たちにしてみたらあり得ないことなんですけど…」

そう言われると、克彦もぐうの音が出ない。現実として、そんな出会いがあったことを忘れていた。

「まあ、あえたとしよう。どんな会話をしたんだろう?」

反論よりも建設的な議論にかじを切った克彦が言う。

「三葉は、当然瀧くん…中学生だよね、三葉知らないよね、を見つけて「私よ、覚えてない」とか「私の中に入ってた人」とか、まあいろいろ言っていたはずなのよ。でも相手を知るはずがない、14歳の瀧くんはそっけないそぶりをしたんだと思うな」

一時期業界を目指した時に培った、脚本の技術がこんなところで生かされるとは。頭をフル回転させて、瀧と三葉の二人を思い浮かべながら作劇していく早耶香。

「でも、瀧くんが、少し機転を利かせたんだと思うの。自分の知らない女子高生がなんで俺の名前を呼んでいるんだろう? 俺の名前を知っている彼女の名前を知っておきたい、名前もだけど、どこから来たのかとか、とにかく、三葉の何かを知ろうとしたんじゃないかな」

克彦は、二人を思い浮かべているのだろうか、少し目を潤ませる。

「で、それに反応して、三葉は、思わず髪を結わえていた組紐を瀧くんに渡したんだと思うの。結わえる紐がなくなったんだから、髪を伸ばしていても仕方ない。だから切ったんじゃないかなって、最初思ったんだよ」

早耶香は、そこまで”演出”して、克彦の反応を見る。

「紐がなくなったくらいで髪を切るのか?それって、あまりに短絡的過ぎやしないか?」

「じゃぁ、テッシーは何で切ったと思う?失恋とか?」

試すように早耶香は聞く。

「いや、それほど単純な理由じゃないだろうよ。もし、今までの早耶香の推測が全体的に正しいと思うなら…」

「どう思った?」

「髪を切ることが何らかの意思表示だと思うんだよね。でも、早耶香の話からだと、振られたとか、嫌われたようには思えないよな」

「だとしたら・・・」

「髪を切ってもらうこと…短くすることで今まで彼がいなかったのにできたという意思表示・周りへのアピールと考えるとどうだろう?」

「ほほう。なるほどね。テッシー「も」そう考えるわけね」

早耶香はあえて「も」を強調して応える。

「私も最初は「紐がなくなったからだ」と思ってたけど、そんなことで髪を切るとは思えないって考えるようになったの」

早耶香は思いもよらない正解が克彦から出てきたことに少しだけ驚く。

「だって、組紐なんて、いつでも作れただろうし、そもそも洗い替えで別の紐くらいは用意していたはず。紐を瀧くんに渡せたとしても髪を切る動機にするには明らかにおかしいのよ」

続けざまに早耶香は言う。

「そりゃそうだわな。理由までは聞かなかったけど…。あっ、てことは、あいつ、俺たちに本当のこと、言わなかったんだな?」

克彦はちょっと三葉に裏切られたような気持になる。

「紐を渡す、これって、三葉だよ、ということを瀧くんに伝える道具にしたのと同時に、二人がムスバレテいる…今は知らなくてもいつかきっと二人は結ばれることになる、ということを知らせることにしたんだと思うの。誰かと結ばれるための組紐だから唯一無二。それを渡してしまっているから代わりは効かない。結わえられないから髪を切ったわけだけど、周りから観たら、「あ、こいつ彼氏ができた」と思わせるための風習、宮水家の習わしって意味合いもあるかなって考えたりしてるの。まあ、私が宮水家のことまで知ってるわけじゃないから、実際のところは少し違うかもだけどね」

一気にまくしたてる早耶香。

「”運命の赤い糸”ならぬ”運命の組紐”かあ。それで三葉と瀧は結ばれていたから、入れ替わりが起こった…おいおい、これって答えなんじゃないの?」

克彦は目を輝かせて早耶香に言う。

「まあ、なんとなく、それなら納得いきそうな結論だよね」

早耶香はにんまりとする。全部仮定・推測に基づく結論だが、そうあってほしいとさえ思っている。

「髪を切ったことにまで言及するとは思わなかったけど、二人ともそのあたりのことは覚えているかな?」

次の段階に克彦は入っていく。

「瀧くんは、望み薄だよね。だいたい、入れ替わっていたこと自体を全くと言っていいほど覚えていないみたいだしね」

「まあ、無理もないわな。2度目の2013年を三葉の体で過ごしているわけだし、逆に覚えていると歴史が変わってしまうよな」

記憶してはいけなかった間柄…好きだと思っていたのに記憶することすら許されない。時間の魔力が瀧に襲い掛かり、言いようのない喪失感を彼にもたらしていたことを想起して、克彦は、少し身震いする。”俺が瀧の立場だったら、どうしていただろうな”

「ということでまとめてみるとこうなるかなぁ・・・」

早耶香は、別のチラシをもってきて、瀧と三葉の関係を書き出していく。

・瀧くんと三葉が知り合ったのは、お互いが入れ替わったこと→2013年の9月(三葉)と2016年の9月(瀧)

・三葉は、未来の瀧くんに知り合えたが、瀧は2013年を2度生きていることになっているのでその記憶がない

・三葉も同様に、未来に干渉してしまうことに関しての記憶を失う。

・(仮説)三葉は、一度東京に行き、入れ替わる前の瀧に出会っている→紐を渡す→髪を切ることにつながる

・電車の車窓でお互いを見つけて大団円♥

ここまで書いて、早耶香は、ひっくり返る。

「うはーーーー、なんなんやさ、このラブロマンスっっ!」

「まあ、早耶香の言うことが話半分やとしても、瀧くんと三葉が一度でもいいから出会ってないと、入れ替わりなんて言うことにはならないだろうしな」 

克彦も、今までの話を総合的に判断してこう結論付ける。

「ふぅ。ここまでは何とか私たちでまとめられたわよ」」

「なんの話?」

「確かに三葉と瀧くんの出会いのきっかけはつかめたわよ。これをどうやって当事者でないお客さんに説明するのかってことよ」

「お客さん?・・・ああ、披露宴かぁ!」

そう言えば、ポストに招待状も入っていた。残された時間はそれほど多くなかった。


勅使河原夫妻の熱演もあって、立花夫妻の披露宴は、素晴らしい形で幕を閉じた。

「いや、でも、あの演出には、度肝を抜かれたわ。どこの新○誠かって思ったもん」

2次会の席上、瀧は克彦にそう言って絶賛する。

「そう?そうだろ!もっと褒めて褒めて・・・」

「私も。あんな風にきれいに描いてもらえるなんて。あのスライド、一生の宝ものにするわ」

「はあ。お二人が喜んでくれて肩の荷が下りたわ」

二人の評価が気になっていた早耶香も、胸をなでおろす。

非現実的/超常現象ともいえる入れ替わりをそのまま描くわけにはいかない。そう思った二人は、彼らの出会いを映像の中に求めた。

瀧は糸守の避難所の映像を見て三葉を見初め、逢いたいと思って糸守まで行き、そこでたまたま神事絡みで糸守を訪れていた彼女を見知った、という風に”改変”したのだった。初めて糸守を訪れた2016年ではなく、2018年に出会った、という設定にしたのは、彼女の存在を認められなかった司と奥寺…彼らも夫婦であり、ここに呼ばれてもいたが...と同行したタイミングでは整合性が取れないと思ったからである。

その日を2018年10月4日にしたのも、彼らの作文である。これで「出会った日=入籍日=彗星災害発生日」がすべて一致する形にしたのだった。当初は高校生時代に設定すべきか、と思っていた二人だったが、このストーリー自体がフィクション。どうせねつ造するなら、大学生時代の方がまだいいか、と考えての年代設定だった。


「二人の出会いはどう考えてもつじつまの合わないことだらけだったからね。ここまで物語を作るの、正直苦労したわ」

脚本・演出担当の早耶香が大仰に振る舞う。

「後は、俺の知り合いの絵師の人に頼んで、アニメ風に演出したってわけ。あれはあれでよかっただろ?」

克彦は、映像の方を力説する。実際はスライド・・・紙芝居風だったわけだが、瀧と三葉は、よく描けていた。

「んーーー。でも、なんか、「この人だ」っていうところが響かなかったなぁ」

「それは俺も思った。これだったら、電車でいきなり一目ぼれ、の方が意外性があってよかったかも…」

作者二人の自画自賛に、瀧と三葉は待ったをかける。

「あ、もしかして、声優がご不満とか?」

二人を演じたのが他ならない勅使河原夫妻。場内は、時折笑いも出ていたから、彼ら的には手ごたえはあったはずである。

「うん。それは大いにあるわな。だいたい、俺なまってないし」

アチャー、という顔を克彦はする。たしかにところどころ飛騨弁が出ていた。

「私も。サヤちんが演じるとなんか陰キャになるんだから」

三葉は、一番言ってはいけないことを口にする。

「ウゲッッッ。その一言は応えるわぁ…」

でもその口元は笑っている。何のことは無い。ケーキを食べている時、早耶香は至福の時に包まれるのだ。

「まあ当たり障りのないストーリーにしたけど、本当に入れ替わり、なんてことが起こるんだなあ、って感じたよ。そうでないと二人が知り合えるはずないもんね」

早耶香は、そういう。そのころ、克彦は、まだ飲み足りないのか、当時のクラスメイトとワインを水のごとくに飲み続けている。瀧は、司や高木に誘われてその場を離れていく。

「でもさ、あの日、隕石落下の前の日に髪の毛切ってたでしょ?あれってなんか意味あったの?」 

聞こう聞こうとしてすっかり忘れていた重大事項を突然思い出して、早耶香は三葉に聞く。

「ああ、あれ・・・」

急に三葉が頬を赤らめる。

「私、あの前の日、東京に行ってたの」

早耶香がびくっとする。紅茶を持つカップが小刻みに震えている。

「会えるかどうかわからない瀧くんを探しに、ね。今から思えば、あっちウロウロこっちウロウロって、無謀にもほどがあるよね」

東京に居るというだけしか情報のない、三葉の瀧の捜索。行った高校、乗り降りしていた電車の駅。目星はつけてみたが、数時間の滞在で見つけることは困難を極める…はずだった。

「でも私には確信があったの」

その眼光は、まさに瀧を射止めるんだと血気にはやるウィリアム・テルのようだった。異様な光景に克彦も気が付く。

「絶対会える、会って見せるって。だから、電車の中で彼を見つけた時は、泣きたいくらいになったよ」

三葉も少し泣き出しそうになっている。

「で、どうだったの?」

平静さを取り戻そうと早耶香は口を開く。

「あの時の瀧くん、私とおんなじ背格好だったの。高校生の瀧くんじゃなかったんだなぁ」

初めての出会いは、やはり一方的に知っているだけだった。早耶香は、自分の思い描いていた推論通りに物事が進んでいることに恐怖した。二人がしゃべっているそばに克彦も加わってくる。

「だから私が声をかけても「誰、お前?」なんて言って来るわけよ。そりゃ知るわけないもんね」

あはは、と軽く三葉は笑う。

「あーぁ、やっぱりダメだったのかなぁ、と思ってたけど、瀧くんは私の名前を聞こうとしてくれたの。このとき、私は確信したの。私と瀧くんは結ばれるべき人なんだって…」

「それで組紐を…」

克彦が言う。

「エエ。渡したの。名前を叫びながらね。宮水家のしきたりで、思いを伝える人ができた時に組紐を相手に渡すっていうのがあるの。で、あの時私、多分瀧くんに渡せたんだと思うの。渡せたら、髪を切るのもしきたりの一つ。おばあちゃんにお願いしたら、えらく喜んでいたっけなぁ」

10年前の出来事。すでに他界していた一葉のことも思い出して、感動している三葉。

「ううう…やっぱりそうだったんだ…」

途中から顔をぐしゃぐしゃにしている早耶香。ファンデも剥げ落ちんばかりに号泣している。自分の推理が当たっていたことにもだが、そこまで思いを募らせていた二人が結ばれるのは必然だとわかって感動していたのだった。

「それにしても、ここまで泣かすとは…三葉、ほんとにお前たちは…」

いい夫婦になれよ、と克彦は最後の言葉を飲みこみながらそう祈念する。

ぐずりながらそばを離れる二人を見つけて、瀧が三葉のそばに駆け寄ってくる。


「あれ?どうしたの、あの二人?」

「ああ、なんでもないよ」

という三葉だったが、もらい泣きしているのは明らかだった。

「あ、でも目が赤いぞ。なんかあったんじゃないの?」

怪訝そうな目で三葉を見る瀧。

「うううん。二人の出会いの場面を再現しただけ」

「え?それって電車でお互い…」

「それ以前のこと。まあ、瀧くんは覚えてないでしょうけどね」

「んーー、なんか気になるなあ…けど、ぼくらがこうして一緒になれたのって、偶然以外の何物でもないのかもね」

「そうじゃないと思うな」

三葉は、意外にも瀧の発言を否定する。

「え?」

瀧もまさかの発言に反応する。

「私たちって…生まれる前から結ばれるべき存在だったのかもよ」

「必然…ってことか…」

瀧は自分で発した言葉の重さに押しつぶされそうになる。

「瀧くんが私を見つけた。私が瀧くんを見つけられた。偶然って言葉だけで片づけられないと思うの」

「・・・」

三葉の言うことは正鵠を射ている。瀧の中学生時代の邂逅も、カタワレ時の時空を超えた出会いも、車窓でお互いを見つけたあの日も。そんな偶然が転がっているはずがない。

「だから、私たちは、どこにいたって出会えたし、結ばれていたと思うの。瀧くんもそう思っていただろうけど」

「ん…ま、まぁ、そうなんだろうな」

少し照れながら瀧は頭をかく。あの夜。「俺が必ずもう一度逢いに行くって」とまで思いを募らせた相手。名前も忘れてしまっていたのにこうやって"二人"で居られる。これ以上の幸せはどこにもないと感じていた。

「でも、私には瀧くんがいる。もう何かを探す必要がなくなっただけで、これからの人生は楽しく過ごせそうよ」

あの日、見せた満面の笑みを三葉は瀧に贈る。それに周囲も反応する!

「三葉…」

瀧はそれだけ言うと、三葉をぎゅぅと抱きしめる。自然発生的に拍手が起こり、会場は割れんばかりの音響に包まれる。

はっと我に帰る二人。二人して照れながらその拍手に答えつつ、つないだ手にさらに力を込めていた。 


後書き

5作目、いかがだったでしょうか?
時系列的に言えばこの作品は5作目のうちの4番目に当たります(新婚さんいらっしゃい、が一番最後・入籍日を2023/10/4にしているのでこうなる)。いろいろクロスオーバーしている事項を絡めることで、「あ、あの小説と整合性が取れてる」という風に、書きやすくなりつつある現状があります。
記者さんという架空の人物を絡ませた前作などはその好例で、彼の考察が行き詰るものの、最後のシーンで一定の解決を彼の頭の中でも持ってこられたところに救いがあると感じるわけです。
それを出会えた彼らに語ってもらう、その聞き手として、大人テシサヤを使った、というのが今作です。
内容を見てもらうとわかる通り、瀧の入れ替わっている記憶は全くありません。それは2013年を再び過ごしてしまっているから、で、上書きができない記憶だからです。一方、三葉は、歴史をそのまま素通りしています。だから、入れ替わっていたことに対する記憶が瀧よりはるかに残っているわけです。名前を覚えていられないのは「未来の事象」だから。「会えばぜったい、すぐに分かる」という発言をしているのは三葉だけなのも、実はしっかりとしたストーリーが練られているからこその発言なのです。
とにかく、ストーリーに齟齬や瑕疵がほとんど見られない。だから、今回も、勅使河原夫妻に「解析」をしてもらったわけですが、読んでいただいて、すんなり腑に落ちた方が大半ではないか、と思います。
「記憶」「忘却」を裏テーマにもっていきながら、その実、覚えていられないことに抗う瀧があのご神体の上で慟哭する。そこに惹かれて私も40回近く見てしまったわけですが、彼が覚えていられないのは歴史の必然であり、また、三葉が歴史をなぞられているがゆえに名前以外のことをほぼ覚えているという設定にしてあるところとか。
きっと製作会議は、時系列の描写を含めて、いろいろ熱く語られたのだと思います。そして、ほぼ私の書いた結論…時間軸は一つしかなく、歴史を確定させるためだけに入れ替わりが起こったという設定で間違いないと思っています(※個人の感想であり、必ずしも製作者の意図と合致しているとは限りません)。
ちなみに、今回早耶香嬢には大奮闘していただいてます。凄い記憶力に、脚本・演出家という特殊能力まで。もちろん、これは実際の早耶香嬢の設定とは大きく異なる部分であり、当方の創作でもあります。そうなった背景にあるのは、今回のストーリーテラーを彼らにしてもらうという意図があったから。活躍の場が少なかった彼女にとっては、今作はその能力の一端が垣間見えるので早耶香推しの方にも満足いく仕上がりになったと思ってます。
一応、二組のカップルが今後どうなっていくのか…すでにいろいろ上梓してきていますので、そちらも参考にしていただけると幸いです。
ご精読いただきありがとうございました。


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