2017-07-06 00:19:31 更新

概要

・帝春


・時系列は新約15巻以降


・初投稿なので文は稚拙


・キャラ崩壊とめちゃくちゃなオリ設定、オリキャラ


・それでもOKならどうぞ!





…………………………。




「……、なに……?」




足蹴にした少女の口が動く。




彼は思う。自分の右足は彼女の左肩を捉え、確実にその関節を踏みにじって脱臼させたはずだ。路肩に面したオープンカフェの周りに人だかりができ、そして誰一人彼女を助けようとしない。その絶望の中で自分が垂らした一筋の糸。それに対して、今こいつは何といった?




「聞こえ、なかったんですか……」




頭に花飾りを掲げたその少女は、はっきりと聞こえる声で告げた。




「あの子は、あなたが絶対に見つけられない場所にいる、って言ったんですよ。嘘を言った覚えは……ありません!」




瞳に涙を浮かべ、駆け巡る激痛に全身を震わせながらも、彼女は目をつむり舌をべぇっと出し、自分を挑発する。




(……何だこいつ。どうして打ち止めの居場所を吐かねぇ。それだけ告げれば命は助けると、そう言ったんだぞ俺は)




自分の心は平静だ。そのはずだ。しかし、胸の奥に埋没した、見えない精神の暗闇の底から理由のない疼きが走る。




(ッ?)





視界がくすみ、灰色に包まれた過去がフラッシュバックする。足元の花飾りの少女が、全く違う別の少女に見えた。ウェーブがかった白い長髪。涙ぐんだ灰色の瞳。白いレースのワンピース。胴に茶色の細いベルトを巻き、同じ色のヒールを履いた、14歳ほどの少女。




「……良いだろう」




再び足元の人物は現在の花飾りの少女に変わった。しかし、先ほどよぎった白い少女が、サブリミナル映像のように何度も視界に挟まれてくる。




「俺は一般人には手を出さないが、自分の敵には容赦をしないって言ったはずだぜ。それを理解した上で、まだ協力を拒むって判断したのなら、それはもう仕方がねぇ」




肩から足を離し、照準を頭に定め今度は殺す勢いで彼女を踏みつけようとする。目の前の光景は、テレビのチャンネルを行き来するように、現在と過去を反復し続ける。その疚しさを今すぐにでも消し去るために、足に力を込める。




「だからここでお別れだ」




処刑の一撃が振り下ろされた。











最後に自分が見た顔は、今か過去か、どちらの罪を映し出した少女の顔なのか、もう自分でも分からない。












とある魔術の禁書目録SS 白垣根「花と虫」















…………………………。





「カブトムシ!」




その一声で、垣根は目を覚ました。




途端に目に飛び込んだ、カーテンの隙間から差し込むぬるい光により、もう一度目をつむる。今の彼は窓際の勉強机の上で、羽毛付きの、小さな白いカブトムシのストラップとなっている。




また目を開けて周囲を見渡すと、赤いランドセルと、置き時計がある。時計の針は午後二時四〇分を指していた。




垣根は振り向いた。声の主、フレメア=セイヴェルンが部屋の真ん中に立っている。




「大体、お前今日用があるんじゃなかったのか? いつまで昼寝こいているつもりだ? にゃあ」




白やピンクを基調とした上着はフリルやレースでモコモコと膨らみ、スカートとワインレッドのタイツで下半身を覆っている。まるで着せ替え人形のようなファッションに身を包む彼女は腰に手を当てながら、垣根に忠告する。




『……ああいけない。そろそろ約束の時間だ』




垣根は思い立ったように背中の甲殻を開き、その中の薄い羽根を震わせて声を作り出す。そのまま空中に飛び上がり、フレメアの方へ向かう。




フレメアの左横を通過し、彼女の後ろ辺りを漂う。彼の全身が白く輝き出すと、そのままみるみるサイズを増していき、姿が人型になっていく。そして現れたのは、身長180cm近くある、清廉な顔立ちの長髪男だった。ただ、色は全身白いままだ。




「ありがとうフレメア。少し、悪夢に魘されてしまいまして」




垣根は振り向き、今や見下ろさなくてはならなくなったフレメアに話しかける。彼の緑の瞳をじっくり覗き返しながら彼女は訪ねる。




「どんな夢だったの?」




「いえ、大したものではありません。昔の、嫌なことを思い出したくらいのものです」




垣根は冷静に、余裕げに微笑みながらフレメアに告げた。




「ふーん。カブトムシでも夢って見るんだね」




「感覚のある生物なら、夢は誰でも見ますよ。犬猫でもね。ただ、その生物の捉える感覚の中の最も強いものが夢に現れるようなので、もちろん人間と同じような夢ではありませんけどね」




「カブトムシが見た夢は、人間的な夢?」




「ええ。とっても、嬉しいくらい人間的です」




フレメアの頭を撫で、垣根は言う。




「それでは行ってきます。留守番、お願いしますね」




「ふん! アリ一匹通さないくらい、立派な留守番になってやる!」




垣根は笑い、そして玄関の方に歩いて行った。扉の開く音と閉まる音が聞こえた瞬間、フレメアはつまらなそうに左手のベッドに倒れ込み、口を歪めた。




「……羨ましいにゃあ」




これから垣根と遊ぶ相手に向け、届かない独り言を漏らした。彼女の目は寂しそうに潤んだが、それを否定するように勢いよく枕に顔面を突っ伏した。








佐天涙子と白井黒子はダイヤノイドにいた。




二人して一階のフロアにあるカフェ、「star books」のテラス席に座っている。中央の廊下を挟んだ周りの衣服、雑貨、食品のテナントは、日曜日のため人で溢れ、話し声が絶えない。しかし佐天は一言も発せず、ある一点を見つめていた。




「本当なんですの? 佐天」




相席している黒子も、視線を佐天と同じ方向へ向ける。黒子はいつもの学生服だが、佐天は黒のブルゾンの下にグレーのパーカーをまとい、ジーンズとスニーカーといった私服に身を包んでいる。





「間違いないよ。初春が待っているのは、十中八九彼氏!」




廊下の中心部。吹き抜けの広間になっているその真ん中に、イタリアを思わせる小さな白い噴水。いかにも集合場所らしいその手前の木製ベンチに座っていたのは佐天の親友。花飾りの少女、初春飾利だった。




「考え過ぎじゃありませんの? 普通にご学友を待っているだけじゃ……」




「ふっふっふっ。親友の目は誤魔化せんぞ初春。白井さんもちゃんと見てくださいよ。あれが女友達と遊ぶ前の女の子ですか!」




不敵な笑みを浮かべ佐天は指を指す。




そんなことも知らない初春はというと、制服に身を包み、少し頬を染めながら頭の花の様子を確認している。小さな人差し指で撫でられた白いコスモスが、静かに揺れた。初春は微笑みながら、前髪を人差しでくるくる巻き始める。




「………こっちにまで匂って来そうな甘~い仕草ですの。確かに最近、浮かれ気味なニヤけ面が多いと思ってましたけど」




「そうでしょ白井さん? 私と話してる時もなんか上の空なんだもん。さぁ~て、お姉さんに隠し事をした罪は重いぞ初春ぅ。是非とも彼氏さんの姿、拝ませていただきます!」




手元にあったカップコーヒーを一気に啜りながら佐天は観察を続行した。が、勢いよく飲み過ぎたせいかむせてしまい、ゲホゲホと俯いて咳き込んでしまった。




「にしても、御坂さん何で来なかったんですかね?」




口元を拭う佐天が黒子に聞く。




「さあ……最近はまた何も言わずどこぞを彷徨くことも増えて来ましたの。話しかけても、どこか上の空で」




はぁ、と黒子はため息を吐いた。




「何か会ったのかな御坂さん」




「私たちの杞憂だと信じたいものですわ……うん?」




その変化を黒子は素早く捉えた。視線の先の初春がベンチから立ち上がり、手を振っているのだ。




「こ、これは。いよいよお出ましですの」




「おお。遂に彼氏さんが!」




顔を上げる佐天。そして現れたのは。






「お待たせしました。初春さん」




「もう、女の子を待たせるなんてダメですよ。垣根さん」




「」




「」








絶句。




想像の斜め上をワープして宇宙空間に突き抜けた後、迫りくる隕石をドリルバンカーで破壊したような衝撃。




現れたのは白人というにはあまりにも白い、白すぎる男。顔立ちは端正で、瞳には柔和な雰囲気を宿しているが、何故か緑に発光している。




ともかく現実には、この異邦人と初春が笑顔で話ながら、共に廊下の向こうへ歩いて行く光景が広がっているのだ。




やがて我を取り戻した彼女たちは、急いでコーヒー代を払い、二人の後を追って行った。








「はいこれ」




垣根は左隣で共に歩いている初春に『いちごおでん』を差し出した。二人が歩いているのはブティックのテナントの並ぶ廊下だ。




「ありがとうございます。どうしたんですか?」




「実は少々、寝過ごしてしまいました。その償いを、と思って」




垣根は申し訳なさそうに頭を掻いた。




「そうだったんですね。まあこれで良しとしましょう」




フンスと鼻息をついて、初春は思いがけぬプレゼントに満悦した。




「それに、私の方こそ制服のまま来ちゃいましたし。全く、せっかくの日曜も風紀委員にとっては関係ないんですよね。呼び出されて、業務に追われてました」




初春はため息をつく。疲れが濃く混じったため息だ。




「なるほど。でも、頭の花は変えたんですね」




「あ、分かります? いやー流石鋭いなぁ垣根さん。垣根さんの色に合わせて白いコスモスを添えてみたんですけど、似合ってますかね?」




「ええとても。花の咲かないこの季節でも、可愛らしく咲き揺れている」




「いやぁ~まぁ、それほどでも」




初春はふやけた笑みを、垣根は柔らかい微笑を顔に巡らせ、共に歩く。




初春は手渡されたいちごおでんの缶を開け、両手で持ちながらゆっくりと飲んだ。




「うん、いけますね。私これお気に入りなんですよ」




「それは良かった。なら、私も同じ物を買ったのでそれを飲むとしましょう」




「あれ? 垣根さんって食事はするんですか?」




「まあ、必要なエネルギーは未現物質で創造できるので本来必要ないのですが、味覚はあるので食べることはできます。それに、貴方のお気に入りだ。是非とも味見してみたい」




そういって垣根は缶を開け、優雅にいちごおでんを口へと運んだ。




「……………………」




「垣根さん?」




一口すすったところで垣根は初春から顔を背け、一切言葉を発しなくなった。




「あれ? おーい垣根さん。どうしたんですか?」




「……初春さん。別に、無理はしなくていいんです。遅れて来た以上悪いのは私なんですから、気を使わなくていいんですよ」




「?」




なんのことですか? と、聞こうとした時だった。




「ちょっっっと待てえいそこの二人ーーー!!!」




「?!ッ」




驚いた二人が後ろを振り返る。そこには白井黒子、そして声の主である佐天涙子。自分ともう一人を除けたいつものメンバーが揃っていた。




「さ、ささささささ佐天さん?! 何やってるんですかこんなところで!」




「こっちのセリフだバカやろう! こちとら初春の彼氏の姿を見てやろうと思ってずっと張り込んでたのに、予想外もいいところだろ! 何なのこの白人、というより白い人は!」




「初春ぅ? 最近浮かれ気味な様子を見てまさかとは思っていましたが、やっぱり殿方と逢瀬を……それで、誰なんですのこの塗装前フィギュア男は」




「な、何勘違いしてるんですか二人共! 私と垣根さんは、別に、そんなんじゃ……か、垣根さんからも言ってやってください!」




「確かに……貴女たちが思っている私と初春さんとの関係が男女との恋愛の仲だと思っているのなら、それは誤解です。そもそも、私は既にそういう性別的な概念を超えた存在ですから」




捲したてる黒子と佐天に、冷静に垣根は対処していく。





「え? そ、それじゃあこの人は一体何なの?」




佐天は訪ねる。




「申し遅れました。私の名前は垣根帝督。学園都市第二位の能力、『未現物質』を操るレベル5です。よろしくお願いします」




見るもの全てに、木漏れ日のような安心を与える笑顔を見せ、垣根は軽く頭を下げた。




「れ、レベル5ゥ?!」




佐天は仰天した。




「に、二位ということはお姉さまより上の能力者。しかも何かお姉さまより常識人っぽい!」




黒子も似たような反応だ。そもそも彼女の中の超能力者の破綻的なイメージと、目の前の彼は、赤外線センサーを避けまくるルパンの如く交わりがない。




「スッゴイじゃん初春ぅ! こんなイケメンで優しくて、しかも超能力者なんて、超優良物件の大豪邸彼氏じゃん! 色落ちしてるのがちょっと気になるけど」




初春に抱きつき頭を撫でながら佐天は精一杯の賛辞を送った。さっき垣根から丁寧に説明されたことなどすっかり忘れている。




「だ、だから彼氏じゃないんですよ佐天さん! クリスマスも近いから、垣根さんのお世話になってる女の子にプレゼントを買おうかなって、それに着いて来ただけなんです!」




「そもそも、一体どうして初春、あなたが超能力者と知り合えるようになったんですの? ひょっとしてお姉様絡みで……」




黒子が素朴な疑問を投げた。




「ああ、それは、垣根さんは今噂の都市伝説『カブトムシさん』の正体でして、以前助けてもらったからです」




「」




本日三度目の弩級の仰天に、佐天はまた絶句した。




「カブトムシさんって、あの、困った時に『助けてカブトムシさん』って呼んだら来てくれるというあの都市伝説の?」




「ええ。私がその都市伝説の、カブトムシさんです」




「…………」




「どうされました?」




時代錯誤が過ぎて黒子は笑いそうになった。が、よくよく考えると自分の「ジャッジメントですの」もひょっとしたら同類かもと思い、何とも言えない表情が一気に面に出てきた。




「そうです。実は丁度パソコンを風紀委員の本部に置いてて、その状態でスキルアウトに絡まれてしまったんですよ。その時、佐天さんの言ってたカブトムシさんを思い出して、で、読んでみたんです。そしたら垣根さんが来て。最初は『怖かった』んですけど、よくよく話してみると正義感溢れていて、物腰柔らかで、話していると楽しくて、」




「で、恋に落ちたと」




「そうそう……って、だから違うんですって佐天さん!」




突如会話に復活してきた佐天のからかいに、初春はあう~と、ぽかぽかと可愛い音を立てる打撃、といっていいのかもわからない子犬のじゃれ合いのような連打を佐天に浴びせた。




「ハハハハ。まあ、それはさて置きカブトムシさん!」




「はい、何でしょう?」




佐天は食い気味で見つめながら手持ちのカバンからノートを取り出し、白紙のページを広々と見せ、直角に頭を下げた。




「サイン下さい! 私、都市伝説大好きなんです!」




ファンの鑑のようなその仕草は、周りを歩いていた人々も思わず目を注ぐような美しい礼だった。




「え、ええ。私ので良ければ構いませんが、特にサインなど考えてないので」




そう言って指先を鉛筆の芯のように変形させ、ノートに触れ、高速で何かを描き始めた。




「こんなイラストでよろしければ」




現れたのは、先ほどまで自分が変形していた、一枚の羽毛をまとった小さな白いカブトムシの絵だった。




「やったー! ありがとうございます! そんじゃ、謎は解けたしサインは貰えたし、後は二人水入らずで邪魔者は退散します。じゃーね初春! 頑張れよー!」




「何を頑張れって言うんですか!」




初春の突っ込みには返答せず、二人は廊下の向こうへと去っていった。




「す、すみませんこんな感じの友達で……」




「いえいえ。とっても賑やかで、楽しそうな人たちだ。では、行きますか」




「ですね」




そして二人はまた並んで歩き始めた。あの二人に見張られていたのは驚いたが、蓋を開ければ意気投合できた(誤解はされたままだが)ので、内心垣根は安心していた。







特にイラストを送ったあの佐天という少女は、性格的にもフレメアと仲良くなれそうだ。今度二人を会わせて遊んでみるのもいいかもしれない、と垣根は思った。










佐天と黒子と別れて数十分後、垣根と初春は子供服のブランド「zoo」のテナントから出てきた。垣根の手には2つの紙袋がぶら下がっている。




「初春さん。いいものを買えましたよ。アドバイスありがとうございます」




そう言って垣根は紙袋の中を覗いた。両脇にボタンが6つ付いた灰色のPコートと、もふもふとした触感の白のスラブヤーンのマフラー。クリスマスプレゼントととしては申し分ないだろう。彼はそう思い、袋の口を閉じた。




いえいえ。と笑う初春に微笑み返しながら、垣根は立ち止まった。すると手に下げた紙袋たちが、跡形もなく消失した。 初春はその光景に目を見開かせる。




「え? あれ? 垣根さんひょっとして、本当は気に入らなかった……」




「まさか。自宅にワープさせただけです」




狼狽が顔に滲み出した初春を見て、垣根は笑いながら弁明した。




「か、垣根さんテレポートも使えたんですね……」




「3次元上の物体を11次元の計算に置き換える既存のやり方ではありませんがね。未元物質により生み出した『負の質量』を持つ物質との相互干渉によるワープ現象ですよ」




手元をすっきりさせた垣根は、さてと呟いた。




「初春さん。吹き抜けの広場に39アイスクリームがありましたよね? 良ければ一緒に食べませんか?」




「え? いいんですか! 私すっごい好きなんですけど!」




初春は瞳を輝かせて垣根に食いかかる。目が1.5倍ほど大きくなったような気がする。




「ええ。私の奢りです」




えーいいのかなー何選ぼうかなーと体を揺らす初春。垣根は微笑み、そして二人は並んで歩く。一階のフロアに降り、人混み溢れる廊下を歩き、やがて前方に目的地の広場が見えてきた。




吹き抜けの大広間の中心に、目的地の39アイスクリームがある。その手前に白い丸テーブルが5、6つ散らばっており、茶色い鉢に植えられた観葉植物が、その一帯を囲むよう置かれている。各席に座りながらスイーツを食べ、談笑する人々が見える。




肝心の店の前には、店の幅を少し超えたほどの列が右方向に一列並んでいる。




「ありゃ。流石に日曜は並んでますね」




「ええ。ですが、待つ楽しみというものもある。それでは行きますか」




列の最後尾へと歩き出した垣根を見て、それに付いていく初春。ざわざわと話し声の絶えない列の右横を歩きながら最後尾へ向かっていると、その直前で足を止めている垣根の背中があった。




「垣根さん? 何で立ち止まってるんですか?」





「……これはまた、奇妙な縁だ」




飛び出した台詞には、微かな諦めが込められていた。初春は首を右に逸らし、前方を見る。




「あーもう! 早くアイス食べたいー! ってミサカはミサカは一向に縮まらない行列に向かって、意味のない訴えをしてみる!」




「意味がねェって分かってンなら黙ってろクソガキ。俺だって別に食いたくもねェスイーツのために我慢して並んでるンだからよォ……アン?」




互いに苛々している、兄妹のような男女。明らかに見知ったその二人の顔に、垣根は絶句する。丁度同じタイミングで、向こう側もこちらの存在に気付き、垣根と似たような顔をした。




「……お前何してンだこんなところで」




「いや、こちらの台詞です。貴方こそ何を? 一方通行」




「ん? 誰かと思えばカブトムシではないかーって、ミサカはミサカはアイスを奢って貰うのに都合のいいカモを見つけたことを内に秘めながら、喜んでみる」




「今現在、その邪な考えはだだ漏れていますけどね」




そう言って垣根は笑う。学園都市最強の能力者、一方通行と、彼が世話をしている少女、打ち止めがそこにいた。




細身の体に白髪、白一色の衣服、ついている杖やアルビノの瞳といい、冷たく尖った印象の一方通行。くるんとしたアホ毛、見るからに柔らかい冬物のブラウンのワッフルコート、そして輝く天真爛漫な瞳と暖かい印象の打ち止め。いつ見ても対照的な二人だと垣根は思う。




「見て分かンねェのかよ。買い物だよ買い物。ッたく俺一人だけでいいの勝手に着いて来やがって」




「どこ行くって聞いたらゲームショップなんて言うから気になるよ。最近ミサカにゲームブームが来てるのを知ってるでしょって、ミサカはミサカは確認してみる」




よく見ると一方通行は、片手にゲームソフトの入った袋をぶら下げていた。そしてこの時期のことも考慮して、彼の本当の目的を察する。




「なるほどなるほど。実に微笑ましいことだ」




「アァ? ンだその見透かしたような面は。ていうかお前の横のそいつ……」




一方通行は垣根の背後から顔を出す初春に目をやる。初春は小動物のようにビクッと震え、こ、こんにちはと小声で挨拶した。




「あ、あれ? どこかで会ったこと……」




初春はあやふやな記憶を辿り、一方通行に尋ねる。




「会ったも何も、お前の目の前のそいつに」




一方通行が言葉を繋げるその前に、彼の横の打ち止めが初春めがけて飛び出してきた。




「あ! ひょっとして! あの時の花頭のお姉ちゃんだよねって、ミサカはミサカは思わぬ再会に心踊せ、お姉ちゃんに駆け寄ってみる!」




「え? あ、あー! ちょっと前に会った御坂さん似のおチビちゃん!」




久しぶりですと声を弾ませ、二人は両手を合わせながら喜ぶ。




「……何でお前、『こいつ』といるンだ?」




一方通行は垣根に尋ねる。




「まあ、『色々』ありまして」




垣根は返答する。その濁された反応に、これ以上の追撃は無意味だと思い、一方通行は質問を止めた。




「で、一応聞きますけど、これ、貴方達が最後列なんですよね?」




「見りゃ分かンだろ。何だ? まさかお前らもここの……」




一方通行は途中で台詞を切り上げ、隣にゆっくり視線を向ける。すっかり意気投合し談笑し合う初春と打ち止めの姿がそこにあった。追い打ちをかけるが如く、二名ほど自分たちの後ろに並び初めている。




「……しばらく、宜しくお願いしますね」




垣根は何とか笑ってみせたが、嫌悪一色の顔をした一方通行から、キモいから止めろと吐き捨てられた。








30分後、目当てのものを買えた彼女らを連れ、四人は白い丸テーブルに座った。正面から見て北側に垣根、東に一方通行、南に打ち止め、西に初春という席だ。テーブルの上にはドーム型のアイスが3つ乗ったパフェと、カップに入ったチョコ味のアイスクリームがある。




「何でさも当たり前のように同席してンだよお前らは」




気だるげに一方通行は突っ込んだ。彼の隣では、さっそくアイスを頬張りご満悦な打ち止めがいる。




「えー。いいじゃないですか。アホ毛ちゃんとも喋れるし、あなただって、垣根さんと仲良く」




「アァ?」




途端に一方通行の赤い瞳が鋭く滾った。




「い、いえ。ナンデモナイデス」




「ああ。言葉には気をつけるべきだなァ。この白ゴキブリと俺が仲良しなンてどこをどう見れば思うンだテメェ?」




「ちょっと、表に出ましょうか一方通行。貴方は今私に言ってはいけないNGワードぶっちぎりの一位を言ってしまった」




異常に威圧的で、張り詰めた笑顔をしながら、垣根は一方通行に近寄る。彼も彼で上等だコラァとガンを飛ばすなど、乗り気な反応を見せる。




「ちょ、ちょっと二人とも! 喧嘩は止めて下さい! 人もいっぱいいるし、そもそも超能力者二人の戦いとか、シャレになりませんって!」




「カブトムシー? いつものあなたらしくないぞって、ミサカはミサカは似合わない喧嘩腰に違和感を抱きつつ忠告してみる」




二人の必死な鎮火を見て、垣根は毒気が削がれたようにため息をついた。




「まあ、初春さんもいることですし、今日のところは多めに見ましょう」




「抜かせ雑魚が。二位が一位勝てる日なんざこねェよ」




「貴方前に私の悪意の集合体に負けかけませんでした? 麦野さん付きで」




「オーケーオーケーェッ! 今なら無料で害虫駆除を行ってやるよォッ!」




再び立ち上がった両者を見て、初春はもー?? と言いながら宥める。何とか場も収まり、初春と打ち止めは手元のスイーツを食べ始めた。




「ん~。やっぱりここのトリプルアイス乗せパフェは絶品ですね」




満足気にパフェを頬張る初春を見て、垣根はおまけで付いてきた小さなプラスチックのスプーンの袋を開け、一口いいですか? と彼女に聞く。快く了承してくれたので、自分の方へ出っ張っているドーム状のアイスの表面を掬い、口に入れた。




「うん。確かにこれは美味しい。これは」




「これは?」




何と比較したのか気になった初春が聞き返したが、垣根は微笑むばかりだった。仕方ないので、自分も笑ってみせた。




「ケッ。公衆の面前でイチャついてンじゃねェよバカップル共が」




仲睦まじい二人の様子を見て、視線を横に逸らしながら一方通行は呟く。すかさず初春は、そ、そんなんじゃありませんから! と弁明する。




「てかお前、さっき超能力者二人って言ってたが、俺が超能力者だって知ってたのか?」




一方通行の質問に、初春はパフェを食べながら答える。




「知ってるっていうか、思い出しました。以前会いましたよね? 垣根さんと一緒に」




その答えに、一方通行の瞳は冷ややかに尖る。彼女を見つめ、質問を続ける。




「まあ違いねェが、第二位と一緒に会ったっていうことは、お前ら二人の馴れ初めも覚えてるってことだよな?」




初春はパフェを運ぶ手を止めた。しばしの重い無言がテーブルに流れる。





「ええ。覚えてますよ」




だがその粘い空気はすぐさま消えていった。初春は迷いなく、むしろ軽く笑ながらそれを告げた。一方通行は一気に緊張感が抜け、栓が抜けるようなため息を吐いた。




「アァ。そうかよ。まあ別にいいンだがな。だが俺はそいつを完全に認めたわけじゃねェ。今のところ害がないからほっといてるだけだ。『前』のテメェを知ってる以上、気を許す気になンてなれねェよ」




忠告めいた鋭い瞳で、一方通行は垣根を睨む。




「分かっていますよ。貴方と私の関係は、それでいい」




垣根は余裕な笑みを崩さず彼に告げた。一方通行は舌打ちをし、再び顔を横に逸らす。




「ただ、一つ言わせてほしい」




アァ? と言いながら一方通行は逸らした顔をもう一度垣根の方に向けた。




「私と貴方は決して相慣れないとしても、今の貴方は、私は好きですよ。さっきみたいに冗談めいたやり取りができる貴方が。前なら絶対あり得ませんでしたし」




机に肘を置き、横目で垣根は彼に告げた。微笑みながらも、冗談ではないという口調で。




「……ケッ。俺はテメェなンざどこを取ってもムカつくメルヘン野郎に過ぎねェと思ってるがな。前は論外もいいとこだが、今は今で気色悪りィ」




眉間に皺を寄せながらも、悪い気はしていないような腕組みをし、一方通行は垣根に返す。




「心外だ。文字通り心を入れ替えて頑張っていると言うのに。貴方も以前の悪党のように、一ヶ月近くで終わるような信念で今の貴方を崩そうとしないでくださいよ? 夏休みのバイトじゃないんだから」




「確かに悪党は一ヶ月近くで辞めちまったが、一ヶ月で人間まで辞めた奴に言われたくねェ」




「辞めたんじゃありません。辞めさられたんです。貴方に」




内容は少しブラックだが、こんな風に談笑し合える二人の姿を見て、初春は心の内が暖かくなってきたのを感じた。ふと打ち止めを見てみると、既にアイスを平らげ空になったカップを見て、物寂し気な目をしていた。気づくと自分のパフェも残りわずかだ。




「あー。何だか私もうちょっとアイス食べたくなってきたなーアホ毛ちゃんもそうですね?」




「確かにもっと食べたーいってミサカはミサカは奢ってもらえるのをいいことに追加オーダーを頼んでみる!」




互いに腹を抑えながらテーブルに突っ伏し、横目で垣根をちらちら見る。




「はいはい。そんなあからさまな訴えしなくても、普通に買ってきますよ」




垣根は席を立ち上がる。




「オォイ? お前そンなに食って晩飯食えンのか?」




一方通行は打ち止めに聞いた。




「甘いものは別腹だもんってミサカはミサカは育ち盛りの食欲に限界はないことを誇張してみる!」




「ンなこと言いながらこの前も晩飯残してただろうが。この辺で抑えとけ」




「この前食べたのは焼き芋だったし! あんな炭水化物お腹膨れるよ! だからアイスは別腹なのってミサカはミサカは再度訴えてみる」




「ダメだ。黄泉川がうるせェ。大体もう冬だろうが。腹壊すぞボケ」




呆れ顔でそう告げる一方通行に、ブーたれる打ち止め。垣根はそんな二人見ながら笑い、では、初春さんのものだけと言いながら店の方へと向かった。




「ホント、親子みたいですねお二人」




初春もまた微笑み、二人に告げる。一方通行はケッと吐き捨て視線を横に逸らした。




「そう言えばなんですけど、第1位さんって、垣根さんとよく話したりするんですか?」




遠くの行列に再び並んだ垣根の姿を見ながら、初春は訪ねる。




「アァ? ンなわけねェだろ。そもそもあのクソと話すことなンざそうねェよ」




不機嫌丸出しの瞳で初春を睨む一方通行。




「そ、そうですか。でも、アホ毛ちゃん絡みでたまに話すんじゃないですか? その時に何か、昔の話しとかしてません?」




彼女のその問いに、一方通行はしばし黙り込んだ。




「……ねェな。昔の話は」




しばらくして帰ってきた返答に、そうですか。と初春は何でもなさそうな声でそう言った。それから手元のカップジュースを持ち、口元に寄せてストローを吸う。




「……………………」




一方通行は、怪訝な目で初春を見つめた。彼女はそれに気づかず、手に持ったカップの中を見ているような、それとも何も見ていないような目をしていた。








四人がダイヤノイドにいる頃。ツンツン頭の少年、上条当麻は病院に居た。エレベーターで4階まで登り、「408」と書かれたプレートのある病室のドアの前に立ち、ノックする。何だ? と中からふてぶてしい声が聞こえのを確認し、彼は笑いながら病室に入る。




「何だはないだろ。せっかく見舞いに来てやったってのによ。フィアンマ」




彼はフンと笑う。セミロングの赤い髪と、鍛えているとは思えない細身の体。隻腕。普段はくまなく赤いスーツに身を包んでいるが、今は緑色の病院着だ。かつて「神の右席」と呼ばれた集団のリーダー。右方のフィアンマが、少し立てらせたベッドに横になっていた。




「それで、見舞いの品は持ってきたんだろうな?」




「心配せずとも。ほれ」




上条は片手に下げたレジ袋から何かを取り出す。




「お前の好きなものって何か分からなかったから、適当に買ったけどよ。ほら。トマトジュース」




「俺様の何を持ってしてトマトジュースだ? 色か? 色なのか?」




渡されたトマトジュースに不満げな顔をするフィアンマ。




「大丈夫。それだけじゃねぇって。味気ない病院食のお供に、旨いかキムチだ」




「舐めてんのか! お前俺様を舐めてんだろ! 金欠のクセにこんなしょうもないギャグに散財するな! 一体俺様のことを何だと思ってる?」




「ドヤ顔で俺と御坂を助けにきて速攻でミイラのおじいちゃんに吹っ飛ばされた、世界を救おうとした男」




「…………………………」




フィアンマは黙りこくり、俯いた。




「わ、悪かったって! そんなに落ち込むなよ」




あせあせと弁明しながら窓際に周り、パイプ椅子を取り出す上条。内心何しにきたと思ってはいたが、本人も自覚していたようだ。ふと窓の外を見てみると、日は半分近くまで沈み、街灯がちらほらと灯り始めている。




「ふん。何も、手も足も出なかったというわけではない。実際、妖精化の槍の何本かは奴に打ち込めたのだからな」




「え? にしても全く微動だにしてなかったぞあいつ。何本くらい打ち込めたんだ?」




語り出したフィアンマの言葉に引っかかりを感じた上条は、彼に問いかける。




「さあ……何せ1秒を何億分割した世界での攻防だったからな。正確な数は覚えていないが、まあ、3本くらいは食らっていたと思う」




そう言って、手に持ったトマトジュースにストローを突き刺し一気にすするフィアンマ。名前ほどトマト感がないな。詐欺か? などと呟いている。




「3本」




繰り返す上条。別に、僧正が生き返るなどという懸念はしていない。僧正は死んだ。それは確定事項だ。




「フィアンマさーん。夕食の時間ですよー」




「入れ。チッ。またその味気ない定食か」




「文句言わないでください。こんな美人のナースに夕食運ばれるなんて、この病院の中でもそうそうないですよ」




「自分を自分で美人という女など信用できるか」




「自分を自分で俺様なんていう人よりはマシだと思います」




だが、そことは違った場所で胸騒ぎがしている。幾たびの戦闘の中でいつの間にか形成された危機を察知するセンサーのようなものが、彼方からサイレンを鳴らしているような、そんな気持ちだ。




「ところで聞きたいのだが、この旨いかキムチというの、一緒に食べても大丈夫か? せっかくの見舞いの品なのだが」




「うーん。本当は刺激物は遠慮して欲しいんですけど、まあ元気そうだし、そろそろ退院だからいいですよ」




「分かった。全く。かつては神の右席のリーダーとして、ローマ聖教を影から支配していた俺様が、今やこんなナース一人に伺いを立てねばいかんとは」




「はいはい。またそのローマ聖教とやらの話、聞かせてくださいね。今度はあの左方のテッラっていう人の話」




「奴との馴れ初めを聞かせてやる。もう下がっていいぞ」




ごゆっくり。という言葉が耳に入ってきた時点で、上条は顔を上げた。茶髪でショートの髪型をしたナースが病室から出て行ったのを見届けたところで、彼は顔をフィアンマに向けた。




「お前、結局俺の見舞いの品、くまなく活用してんじゃん」




「悪いか? どの道あるものは利用する他あるまい……結構いけるな」




キムチの蓋を開け、一口つまんで感想を述べた後、少量を白ご飯の上に乗せ、また口に運んだ。




「そもそもお前、今の今まで何してたんだ? 船の墓場でオティヌスと一戦交えたとこまでは聞いたけど」




「22学区というところか? そこに潜伏し、妖精化の術の改良に勤しんでいた。お前らの愛の逃避行を追撃するのも悪くはないと思ったが、あの男から貰った物質の適合作業に時間を食ったしな」




フィアンマはおひたしを箸でつまんで口に放り込んだ後、味噌汁の入ったお椀を手に取り、中の汁をすすった。




「あの男?」




口に含んだ味噌汁をごくんと飲み干した後、彼は述べた。











「垣根帝督。と名乗っていたな」










その名を聞いた途端、上条の顔は強張り、記憶の底の海で稚魚が踊りだしたかのように頭の中がざわめいた。




(……垣根帝督? どっかで聞いたこと……)




しかし、未だ確証の持てないざわめきだったために、話を続けてくれとひとまずフィアンマに会話の主導権を移した。




「ふむ。まあ俺様もオティヌスにやられてその辺で伸びていてな。目を覚ましたら、既にお前らはいなかったわけだ。そして船の墓場の周辺を彷徨いていたら、その男と出くわした。どうやらその男、主神の槍の製造のために利用されていたようでな。それで俺様に……何だ? こう、一定の形を保たないプラチナのように光る白い球体を渡してきてな。いや、そんな顔しないでくれ。あれが何か俺様にもよく分からなかった」




確かに今の自分は怪訝な顔をしているが、理由はそれではない。それで? と上条は聞き返す。




「お前それを貰って、それで妖精化の術を改良したのか?」




「主神の槍の製造、ということは魔神の力をコントロールする術を有した物質ということだ。利用するには適した代物だろ。これから起こる新たな魔神との戦いにも使えるかと、そう思っただけだ」




「ちょっと待て。お前知ってたのか? 魔神がオティヌスだけじゃないって」




「元々オティヌスはオッレルスの個人的な理由で相見えたのが主な理由に過ぎん。魔神という存在は、何も北欧神話に限ったわけじゃない。いずれお前のその右手を狙って奴らがこの世界に攻めてきた時の対策を、俺様たちは練っていたのだ」




得意げに語った後、だが全く歯が立たなかったのが事実だかな。と自虐気味にほくそ笑んだフィアンマ。それを見た上条はひとまずため息を吐き、その後に言葉を続ける。




「そんなしょげんなよ。そもそも魔神なんて勝てる方がおかしいだけだろ」




「だがお前はその魔神と分かり合うことができた。対等の立場に立つことにより、少なくとも魔神の一人を無力化したんだ。それに比べれば俺様など余りにも無力だった。第3の腕など所持していた身としては、随分と効いた皮肉だ」




その台詞に、上条は笑う。




「無力化なんて、大層なもんじゃねぇよ。オティヌスの時も、ずっと翻弄されっぱなしだった。一度は心も折れかけた。それでもあいつと向き合ってたらさ、いつの間にか何か、分かっちまうもんがあるだけだよ。俺が特別なんてわけじゃなく、誰だってできることだ」




「…………そうか」




漠然とした、雲を掴むような返答。彼にとってはまだ、理解できない領域の話なのかもしれない。自らのエゴで世界の歪みを直し、世界を「救ってやる」と豪語していた自分が、無意識に避けていたことだから。




「これからだよフィアンマ。これから、少しずつ分かっていけばいいんだ」




そんな取り留めのない会話をしている内に、先ほど感じた粘ついた違和感はいつの間にかどこかに消えていった。厳密には完全に消えた訳ではないが、それを無視して上条はこう答えた。




「にしても、お前にそんな大事そうなものを与えるなんて、ひょっとしたらいい奴だったのかもしれないな。その垣根って奴」








垣根が買ってきた二つ目のパフェも食べ終え、一行はダイヤノイドを出て、駐車場の黒いアスファルトに刻まれた横断歩道を渡っていた。時刻は午後五時を過ぎ、夕焼けもピークを過ぎた茜色に染まっている。




「初春さん。帰りの足は付いているのですか?」




垣根の問いに初春ははっとし、バス停の看板の前へ急いで向かう。辿り着いた先で時刻表に目をやる初春。垣根は側でそれを見、一方通行と打ち止めは看板の横のベンチに座る。




「……あった。あと二十分くらいで寮の近くのバスが来ますね……ちょっと遅いなぁ」




初春は残念そうに呟く。二十分もすれば日はほとんど落ちる。近づく夜の冷気が彼女の肌に突き刺さった。




「初春さん」




へ? と次の瞬間、有無を言わさず垣根は初春を両手で抱え上げた。俗に言うお姫様だっこのポーズだ。




「へぁっ? ちょ、かき、垣根さん? 何を……」




呂律の回らない初春が聞く。顔はアルコールを浴びたように真っ赤だ。




「それならおそらく、私が飛んで行った方が早い。座標、出せますか?」




あくまで紳士的に、垣根は落ち着いて対応する。初春は一度深呼吸をし、バッグの中からタブレットを取り出し操作する。ここです。と初春は何とか言葉を発しながら垣根にそれを見せた。




「了解……なるほど。ここなら10分くらいで着く。しっかり掴まっていてください。一方通行、打ち止め、今日はここまで」




言い終えた瞬間、垣根の背中から六枚の翼が生えた。この世のものとは思えないほど、無機質で白い、巨大な翼をはためかせ、垣根は空へ去っていった。跡地には羽が数枚はらはらと散っていく。ばいばーい! カブトムシー! お姉ちゃーん! と、打ち止めは大きく手を振った。




「……お前のそういうとこが俺はムカつくんだよ。自覚しろアホメルヘン」




一方通行は呆れ吐き出し、打ち止めを連れ家に帰ろうとベンチから立ち上がり、歩き出す。しかしすぐさま立ち止まり、打ち止めの方を向いた。




「どうしたのあなた?」




「……まあ、帰ってから説明するわ。多分今日は、晩飯一緒に食えねェ」




「え? まさかあなたミサカの見ていないとこで間食したんじゃないのって、ミサカはミサカは疑惑の目であなたをイテッ」




頭頂に振り下ろされたチョップにより打ち止めは黙った。帰るぞォと無造作に歩き出す彼を、頭をさすりながら打ち止めは追いかける。空に浮かぶ千切れ雲たちが、薄紫に漂っている。夜はもう近い。








一方、空を飛ぶ垣根の腕に包まれた初春は、視界に広がる学園都市の街並みに見惚れていた。




「綺麗」




思わずそう漏らす。無機質に生えたビル郡の向こうに、色の濃い夕陽の残照。それを鏡のように写しているビルの色。麓に広がった街に小さな灯りが次々に広がっていき、まるで星空を下から眺めているような気分だ。西の空は、透き通った藍色だ。




「初春さん。寒く、ないですか?」




突如垣根が話しかけてきた。初春ははっとし、大丈夫ですと返す。




「能力で体温は一定に保てますしね」




両手を合わせてそう答える初春。触れたものの温度を一定に保つ自身の能力「定温保存」により、上空の凄まじい冷気は彼女には届かない。




「そうですか。よかった」




そう言った彼の顔を、胸元辺りから見上げる。こうして間近で見るとやはり整った顔立ちだ。思わず初春は、右手を彼の頬に添える。




「初春さん?」




それに気づいた垣根は彼女を見る。内心また照れ隠す素振りを見せるかと思っていたが、初春は動じずに、彼を見つめていた。




「寒くないですか? 垣根さん」





初春の気遣いに、垣根は笑う。




「大丈夫ですよ。私の体は人間のそれとは違う。この程度の寒さなど余裕で遮断できる」




「…………そうですか」




小さくそう答えて、右手を頬から離した。彼の腕の中で、彼と会った日のことが過る。うっかりパソコンを風紀委員の本部に置き忘れた日。以前捕らえたスキルアウトの仲間たちの復讐。人の来ない路地裏に連れていかれ、自分の身が危機に晒された時、自分はこう叫んでいた。




(助けてカブトムシさん!)




そこに羽を散らしながら現れた彼。あの時は、スキルアウトに絡まれた時の何倍もの混乱と恐怖で、まともに言葉すら出せずにその場にへたり込んでいた。やがてスキルアウトの面々を追い払った彼が自分へ振り返った時、彼も自分が何者か気づいた。




(…………貴女は)




(ひっ、や、止めて! 来ないで!)




腰を抜かしたまま後ずさった。背後にコンクリートが当たった感触を今でも覚えている。もうだめだ。根拠もなくそう思った。




しかし彼は自分に近づこうとはせず、悲しみと後悔を背負った瞳で、自分を見つめるだけだった。





(……貴女には理解できないかもしれない。しかし今は、何も言わず、この場を収めてほしい。自分勝手なことを言っているのは承知しています。『かつて貴女を殺そうとした者』が、一体何を言っているのかと)




彼の口調を聞いていると、不意に違和感が込み上げてきた。違う。余りにもかけ離れている。かつて自分を殺そうとしたあの男と。




(できることなら、もう二度と会わないことを祈ります。そして貴女も、私のことは忘れてください。それでは)




彼は自分に背を向け、この場から飛び去ろうとした。考える前に、自分の口から言葉が飛び出した。




(待って)




彼は立ち止まり、振り返る。




(……勝手なこと言わないでくださいよ。忘れられるわけないでしょ。あなたのこと)




ふらついた足取りで立ち上がり、彼を見据える。聞きたいことは山ほどあるが、一番最初に発する言葉は決まっていた。




(名前は、何ていうんですか?)




彼は少し驚きながらも、微笑みながらこう告げた。




(帝督。垣根帝督です)




それから何度か話す内に、色々と分かってきた。今の彼は、自分を殺そうとした垣根帝督の中にあった、善意の集合体だと。今は過去の償いと、善意の赴くままに誰かを救い出すため「カブトムシさん」をやっていることも。




「垣根さん」




「うん? どうしました?」




「垣根さんの中に、私を殺そうとした時の垣根さんは、まだいるんですか?」










そして、彼は自分に対して、未だに心を開こうとしてないことも。












「……え? どうしてまたそんな」




「知りたいんです」




「…………いない、とは言えない。私を形成する未元物質のネットワーク状に、少なからず彼の人格は残っている」




「……そうですか」




いつもの笑顔を失い、砕けたガラスが混ざったような物言いの彼を見て、初春は黙り込んだ。互いに近く、触れ合っているこの距離での重い沈黙。未だ埋まらない、埋まるはずのない深い溝。




垣根はそれを何でもないように微笑みながら、彼女へ言葉を送る。




「心配しなくても、貴女を傷つけた時の私はもう戻りませんよ。そして私も、決して貴女を傷つけさせはしない」




「違うんです」




垣根のフォローに、すぐさま否定の返答を下した初春。彼はまた黙ってしまい、そして今度は彼女が口を開く。




「垣根さん。今度良かったらお茶しませんか? 私たちが初めて出会ったあのカフェで」




今度こそ確信を突かれたように、胸に募る苦しさを表情に出す垣根。しかしそれは一瞬で、すぐに平静を装った顔へ戻す。




「私は、構いませんが、貴女は……」




「私も大丈夫です」




そう言って初春は、今度は右手を、自分の肩を抱く左手に添えた。




「……どうして?」




「あなたと向き合いたいんです」




ずっと、自分の中にくすぶっている想い。自分はまだ、彼と何も始まっていないのだ。




「垣根さん。無理に気を遣わなくていいんです。私たちの関係はまだ、過去に囚われている。私は今のあなたが好きです。だからもっと、過去のあなたのことも私に見せてください。それで、誰も責めたりしませんから」




彼の左手を、初春はぎゅっと握った。体温を一切感じない、無機質な白で模られたその手。この奥に隠れた彼の気持ちに触れようと、試みる。




「……大丈夫ですよ。心配なんかしなくていい。私は私だ。それ以上でも以下でもない」




再び自分に見せたその微笑み。その薄皮一枚で隔てた自分との距離。初春は黙り込み、ただ、握った手を離そうとはしなかった。二人の関係は一定の温度を保ったまま、動こうとしない。








初春を学生寮まで送り、自身もフレメアの待つ寮へ帰ろうと、窓から灯りの漏れるビルに挟まれた夜道を歩いている時だった。垣根は車道沿いの柵に寄りかかる白い影を見つけた。彼の背後で公衆電話が緑色に光っている。




彼はその影に話しかける。




「一方通行」




彼はその声に反応し、赤い瞳を垣根の方へ向ける。




「どうしたのですか? まさか私を待っていたと?」




半笑いで聞いてみたが、対する彼に笑顔はない。




「少し前、戦った敵にこんなことを言われた。『いつまでガキの付属品やってんだ』ってな」




垣根の質問には答えず、柵にもたれかかったまま話を続ける。




「その時は単にムカついただけだったが、後々考えてみると、案外的を得てンだよなァ。思えば俺が自分から、本当の自分の中から沸き起こるものに従ったことなンてなかった」




吐く息が白く染まる。車道を走る車のエンジンと、空を切る音が混ざり、響き、消えていく。垣根はひとまず彼の話に乗る。




「そんなことはないでしょう。貴方の、打ち止めを守りたいという意思は本物だ。本物の、貴方の中から起こる想いのはずだ」




「その感情を俺に与えてくれたのはアイツだ。全てそうだ。受け身なンだよ。この力も、絶対能力進化実験も、暗部も、今の日常も。全部外からの影響で得た結果だ。選択したのは俺だが、選択肢を生み出したのは俺じゃねェ」




確かに。その意見にも一理はある。




「付属品っていうのは間違っちゃいねェな。ガキに救われて、全部アイツの後を追ってるだけなンだからよ」




「ですが、やはりその言い方には悪意がある。そんなことを言い出したら、本当の自分の中から湧き上がるもの。そんなもの従っている人間が、一体どれだけいるか」




「ハッ。確かに元も子もねェ意見だ。オスカー・ワイルドも言ってたな『ほとんどの人間は他の人間だ。奴らの思考は誰かの意見。奴らの人生は模倣。奴らの情熱は引用だ』」




「意外ですね。貴方ワイルドとか読むんですか。てっきりそっちには興味がないかと」




「この前俺に絡んできたクソの名前が、そいつの本の題名と同じだったから、読んでみたンだよ。まあ内容はそいつみたいなイカれた女の話だったが、この作者の言葉には、どうも気になるモンが多いってだけだ」




「分かりますよ。性格に難こそあれど、彼の言葉は中々真意を突いたものが多い。先ほどの言葉もそうだ。人は結局、何かの憧れを胸に秘めないと生きれないのでしょう」




「憧れ、ねェ」




一方通行はもたれていた柵から離れた。




「だから、そんな言葉を気にする必要はないと思いますね。誰だってそうですよ。人は強くない。誰かに生かされている者がほとんどなんだ。誰でもそう」




垣根は、一度言葉をそこで区切った。車の往来がしばしの間止み、辺りはしんとした空気に包まれる。




「私も」




一方通行は、垣根を真正面に捉える。




「私も……それこそ付属品の形容がふさわしい。垣根帝督の精神の一部から生まれた、彼の付属品。打ち止めとフレメアに生きる意味を与えられた、彼女らの付属品。まあ、普段はフレメアのランドセルのストラップという、本物の付属品をやっているんですけどね」




垣根は笑う。冗談めいた口調で、どこか切なげに




「オリジナルのお前からすれば、付属品ごときが、何俺の名前名乗ってンだ、何て思ってンだろうな」




「ええ。彼なら、きっとそう思うでしょう」




そして二人は沈黙する。遠くから車の近づいてくる音が聞こえる。それが彼らの耳元まで接近した時、一方通行が先に沈黙を破った。










「アイツはどこにいる?」









背後から来た車のライトが、一方通行の顔を一瞬照らし、去っていった。一方通行の顔に光と影が浮かんだその瞬間、まるで自分の奥底の闇を映し出した鏡が現れたようだと、垣根は感じた。




「生きてンだろ? オリジナルのお前が」




「……知っていたんですね」




「お前の悪意の抽出体を倒した時に、生身の内臓がまだ片付いてないと思ってな」




一方通行は淡々と語る。




「まあとっくに学園都市から持ち出された後だったがな。だが内臓はまだ生きている。生身の肉体を軸にして生まれる個体なら、未元物資そのものなお前のネットワークの統制下に置かれない、なおかつ限りなく本来の垣根帝督に近い個体になるはずだ。お前、知ってンだろ? アイツがいる場所を」




垣根は無言で、一方通行を見つめる。今言うべき言葉を丁寧に喉元に並べ、一つずつ発する。





「彼を、殺すつもりですか?」




「元々アイツを殺し切れなかったのは俺だ。今この現状を見て、アイツからしたら、何で俺をちゃんと殺さなかったって思ってるだろうよ。せめてもの情けだ。それに、未元物資を無駄に進化させた、その責も取らなきゃならねェ」




赤い瞳が、垣根の緑の瞳を睨みつける。言葉の真意を、視線で伝えるかのように。その圧に押されたのか、はたまた無意識か、垣根は俯向く。




「聞きてェのは二つだ。まず一つ目。アイツは今どこにいるか」




「……東京湾に浮かぶ、数々の船の残骸が固まってできた要塞にいますよ。いくら出力元は違うといえど、発されているのは同じ未元物資だ。反応を辿れば、簡単に割り出せました」




「要塞? それ、グレムリンとかいう組織のアジトだった場所じゃねェのか? 船の墓場とかいう名前だったはずだ」




以前、上条当麻とデンマークで三度目の戦いをした際、学園都市の上層部から送られた上条抹殺依頼の通知に、僅かであったがこの二つの情報が添付されていたのを、彼は思い出した。




「ええ。どうやら彼らも未元物資を利用しようとしたらしいですが、その場に放置されたままです。理由は分かりませんが、ともかく彼がそこにいるのは確実です」




そうかと頷き、一方通行は続ける。




「二つ目は、お前はアイツをどうしたいのかということだ。このまま見て見ないフリをするのか、話を付けにいくのか」




二つ目の思いがけぬ質問に、垣根は顔を上げた。




「何故、それを私に?」




「殺す前に、言いたいことの一つは残してやるってことだよ。垣根」




彼が自分の名前を呼んだことに細やかな驚きを感じながら、垣根は笑い、ゆっくりと喋りだす。




「彼と向き合いたい。自分が垣根帝督を名乗ることを認めてほしい」




「…………」




「……と、言ったはいいものの、きっと彼は私を認めはしないだろう。彼のことは、誰よりも知っている」




静けさの溢れる路上に、また車の往来が始まった。光と音が二人の会話に紛れ込む。




「覚えているのか? 昔の記憶を」




「ええ。彼が犯した暴虐の記憶も、暗部に堕ちる前の記憶も。はっきりと。私は垣根帝督になってしまったから。誰かになるということは、誰かの全てを背負うことになる。全く、自分一人の荷すら背負い切れない人もいるというのに、私の掲げた荷は少し重すぎる」




一方通行は、黙して彼の想いを聞き取る。




「怖気を引き起こす殺戮、目を背けたくなる凄惨。その全てが、『私』が考えもしない、しかしこの『垣根帝督』の紛れもない一部なんですよ。できることなら、知らないふりをして、無かったことにして、私は私の望むまま誰かの為に生きたい。ねぇ、一方通行。『やってもいない』過去の罪を、わざわざ償いたいと思いますか?」




「………………」




次第に口調に熱を帯びながら不意に出されたその質問に、彼は答えようとしなかった。




「……すみません。少し、ヒートアップしてしまいました」




垣根は一旦息を吐き、でも、とゆっくりと話し出す。




「さっき、初春さんに言われたんですよ。もっと自分の想いに、正直になってもいいって。かつて、私が散らそうとした彼女が、私に向かってそう言った。彼女は私を許そうとしている。だったら、私が逃げてちゃダメじゃないですか」




垣根はもう一度、一方通行の瞳を真っ直ぐ見つめた。




「私もついて行かせてください。必ず彼に認めさせてみせる。それが、私が垣根帝督としてやるべきことでもあり、……みんなのカブトムシさんとして、やらなきゃいけなくもある……カッコつけ過ぎましたかね?」




垣根はそう言い、笑った。目を細め、口を開いて。




「いや、ちょっと喋りすぎちゃいました。まさか貴方にここまでべらべら喋ってしまうとは。話が長か」




「いや、分かった」




一息ついて冷静な口調な喋りだした垣根の言葉を遮り、一方通行は告げた。




「昼過ぎに船の墓場に行くぞ。朝からいねェとガキがうるせェ」




一方通行はそう言い、歩き出し、垣根の横を過ぎながら去っていった。垣根は振り返り、しばらくの間、彼の背中を眺めていた。








翌日の昼過ぎ。太陽の光を浴びてきらめく東京湾を上空から仰ぎながら、一際目立つ異様な灰色の要塞めがけ、一方通行と垣根は降り立った。




「ずいぶんとまァ、廃れてやがンな」




「ええ。元々廃船の山とはいえ、さらに無人とくれば余計に寂しく感じる」




互いに喋りながら、一方通行は竜巻状の四つの噴出を、垣根は純白の6枚羽を背中から消滅させる。




「無人じゃねェだろ」




一方通行の指摘に、垣根は押し黙る。二人がいるのは船の墓場の海辺際。前方にはボロボロに破れた船のマストや木屑、錆びついた白いボートが積み上がり、ゴツゴツとした斜面を作り上げている。




「このゴミ山のどこに、あいつがいるンだ?」




「未元物資の反応は、島の中央から来ています」




垣根は傾斜の上を指差す。空高く突き上がる帆柱や、首長竜の様に顔を出す黒い軍艦の船頭が見える。




「ここだとよく見えねェな。近くづくしかねェ」




一方通行は杖を突きながら、歩ける箇所がないが周囲を散策する。垣根が後ろを振り向くと、浜辺に打ち上げられた海藻や木材のその向こう。青い海と空に挟まれた、威圧的な軍艦が旋回しているのが見えた。




(……どうやら私たちには気づいてないようだ)




それは学園都市製の軍艦だった。こういった監視のことも懸念して、一方通行はレーダーのベクトルの操作を、垣根はレーダーにかからない、未元物質で作り上げた保護膜を表面に纏い、飛行していた。その試みは成功したようだ。




垣根は一方通行の方へと振り向く。どうやら歩ける場所を見つけたらしく、親指でそこを示しながら垣根を誘っている。




垣根は一方通行の方へと行く。廃材をかき分けてできた、階段のような一本道があった。道中の左側に、ボロボロになった海賊船が一隻、何とか形を崩さずに佇んでいる。穴だらけのマストが風に吹かれて揺れている。




二人はその階段を登り始めた。横から突き出た木の破片や、鉄パイプを避けながら進む。




「あの花頭にはこのこと伝えたのか」




一方通行は垣根に聞く。




「いいえ」




垣根はソフトに言う。




「こんなことに、彼女は巻き込みたくない」




その顔は真剣そのものだった。




「アイツには、シラを切りとおすつもりか」




廃材の地面に、煩わしそうに杖をつきながら、一方通行は歩く。しばらくして、彼はまた口を開いた。




「なァ。お前は自分と向き合うつもりではいるみたいだが」




そこで一旦立ち止まり、振り返らずに垣根に聞く。




「あの女と向き合おうとはしねェのか?」




その質問に、垣根は思わず、え?と声を漏らす。




「……いや、何でもねェ。忘れろ。また似合わねェこと言っちまった」




そう言って再び歩き出した一方通行の背中を、垣根は呆然と見ていたが、互いの距離が一定まで開いたのを見て、また歩きだした。




やがて階段は途切れ、二人の目の前に島の中心部が姿を表す。輪切りにされた白い客船の断面や、地面に突き刺さったマストや、船尾が地中に埋まった軍艦。カッパドキアのように地面から生えた、スクラップの柱。貨物船。あちこちから飛び出した流線形の錆びた鉄線や黒いチューブ。さながら一つの街のようなカオスで成り立った空間。




「行きましょう」




垣根の呟きのような号令に、一方通行は無言で彼の後を追う。地面に転がった木屑や電子機器の成れの果てを軽く杖で掃き、足場を整えながら彼は進む。




道中、不気味に点滅する、廃材にうもれたディスプレイの画面が彼の視界に入った。その画面には様々な数値やアルファベットが入力されてあり、彼はそれに気を取られ一旦立ち止まったが、すぐ何でもなかったかのように歩き出す。




やがて前方に、このカオスの中でもひときわ存在感を表す、横たわった恐竜の死体のような巨大な豪華客船が現れた。その明らかな異質さの要因は、何百年も手付かずのままのような、全体に浸るように行き渡る錆びだろう。空気と空間が粘り気を増していく中、二人はその客船をみつめる。




「ここなのか」




「ええ。未元物質の反応は、ここから来ています」




垣根は豪華客船に乗り込もうとする。しかし、




「……お前先行ってろ」




一方通行の提案に、垣根は首を傾げる。




「何か気になることでも?」




「ああ。まあ、思い違いかも知れねェが、とにかく調べたいことがある。お前は先に、あのクソと話付けてこい」




垣根は答えず、小さく首を縦に振り、翼を展開させて客船の甲板へと向かった。




「………………………」




頭に過る微かな疑念。




(……一応、この客船の内部を調べて見るか)




そう思った一方通行は、だらしなく舌を出したような、ぽっかりと開きっぱなしの船体の搭乗口へ向かった。








垣根は甲板に降り立ち、翼をしまう。辺りを見渡すと、どうやら屋外のプールサイドのようだ。水のない、寂れたプールの底と、ボロボロに崩れたパラソルやくすんだビーチチェアがプールサイドに散乱している、空間の死骸。




25メートルほどあるプールサイドをゆっくり歩きながら、垣根はここから甲板の船頭に登る小さな階段へたどり着く。一段一段、それを噛み締めるように登っていく。視界に船頭の光景が広がっていく。











目の前。広がった船頭の、一番先でこちらに背を向け立つ男。












「…………………………」




彼の背中を見つめ、喉元に膨れ上がる感情を、冷静に言葉に変えようとする。




「…………私は、貴方と話がしたい」




ついに放った一言。甲板へ一歩踏み出すと、ギシッと、床の木材が軋む。




「話がしたい」




彼はそう繰り返す。ふっと鼻息を漏らし、言葉を繋ぐ。




「何の話だよヒーロー。お悩み相談か? そりゃ毎日見ず知らずの他人を助けているんだ。ストレスの一つは溜まるよな」




耳障りな声の響きに、あえてチューニングされたその物言いに、垣根は顔をしかめる。




「茶化すのは止めて頂きたい。私は真剣に、貴方と話たいんだ」




「茶化す? ハハハハハハハハハ!」




男は笑う。本当に可笑しいのと、できるだけ相手を貶めてやろうとするのと、その半々の笑い方だ。




「俺は本気だぜ垣根帝督」




途端に冷静になった声色で彼の名を呼ぶ男。未だにこちらへ振り向こうとしない。




「さぞかし辛いだろうなと、本当に思ってるんだよ。お前がそうやって善人であろうとする度に。お前が自分の想いに正直になろうとする度に」




男はそこで一旦言葉を区切り、そして言う。




「お前が、垣根帝督であろうとする度に」




そして彼は、垣根の方へと振り返った。




長身。襟足まで伸びた金がかった茶髪。肌色に包まれた端正な顔立ち。光の灯らない薄暗い瞳。臙脂色のジャケット風の学生服。限りなく、自分と同じ姿をした男。




彼は、口元を歪め不敵に笑った。




「私は、垣根帝督だ。だからこそ、貴方と決着を付けなければいけないんだ」




「そうだ。お前は垣根帝督だ。だが、お前の過去は垣根帝督なのか?」




互いににらみ合う、二人の垣根帝督。




「お前は本当に、垣根帝督でありたいのか?」




彼の言葉に、垣根は口を開かない。




「いやぁ、誰かになるっていうのは中々辛いよなぁ。世の中には誰かになりたいっていう願望で溢れている。あいつのような才能になりたい。あの子のような外見になりたい……だが、どいつもこいつも分かってないのさ。誰かになるっていうのは、そいつの抱えたドロドロの心の闇も、もれなく着いてくるってことにな」




彼は垣根に近づく。




「なあ垣根帝督。『俺』の闇の味はどうだった? 吐きそうだったか? 食えたもんじゃなかったか? だがそれは紛れもなく『垣根帝督』なんだよ。成り行きの善意の集合体が俺の名を名乗るために決定的に欠如しているもの……それは体験だ。生身の肉体で感じる、リアルだよ。あ、もうどっちも肉体はないか」




冗談めいた感じでハハハッと笑いながら、彼はこちらに近づく。一歩一歩が、重要な要素のように地面を踏みしめながら。




「オーケー。そしたら語ろうか。俺とお前、『垣根帝督』の、ことについて」




垣根の目の前に立った彼は嗤う。整った顔立ちを、醜く歪めて。




「…………私は…………」




「お? どうしたよ垣根帝督? 急に歯切れが悪くなったな? お前が先にけしかけてきたんだろ? だったらもっと嬉しそうに話せよ。なぁ」




彼の右手が、垣根の頬に触れる。




「未元物質の今の司令塔がお前だと分かった時、心底笑ったぜ。俺の過去に沈んだ遺物が、何の因果か再び掘り起こされるとはな。果たして第三者から見て、一体どう思われているかなぁ。きっとみんなこんなこと思ってんじゃねぇか? 『あいつは垣根帝督の面被った別人だ』」




「…………………………」




「だとしたらお前は何のために存在しているんだろうな。お前が善人で、垣根帝督で、あろうとすればするほど、お前はその制約に苦しみもがく羽目になる。存在そのものが歪な帰納で作られてるわけだ。それを踏まえた上で、はっきりと聞かせてもらうぜ」




彼は言う。




「そこまでして、お前は垣根帝督でありたいのか?」




悪魔の囁き。垣根帝督の善意の脆い弱点を、これでもかと付いてくる下卑た戦法。だがそれも、相手が自分自身だからこそできるのだろう。問題ない。奴はこれで崩れる。垣根の頬を撫でる彼はそう思った。




その時だった。自分の頬を撫でていた彼の右手を、垣根は思いっきり掴んだ。




「……何のつもりだ?」




「貴方の言う通りだ。いくら私が垣根帝督であろうとしても、決して本物ではない。そんなこと分かってますよ。元々私には何もない。未元物質により作られた兵器。カブトムシ05。成り行きで垣根帝督を語るだけの、小さな虫けらです」




でも、と垣根は付け加える。




「この空っぽの私の中に、あらゆる理由を注いでくれた人たちがいるんだ。帝督。貴方は先ほど、私が垣根帝督を名乗るために足りないのは体験だといった。確かに貴方の過去を私は体験していない。貴方を名乗るには役不足かもしれない。それでも、それでも」




彼の右手を掴む己の掌に、更に力を込めて垣根は言った。




「貴方が抱えた苦しみや、本当に叶えたかったことは、誰よりも理解しているつもりだ。だから、お願いです。私に垣根帝督を名乗ることを許してほしい。何よりも、この身この肌で感じた、私の生きる理由を作ってくれた様々な人たちを裏切りたくない。あの人たちのためにも、そして貴方のためにも、私は垣根帝督でありたいんだ」




垣根の脳裏に、たくさんの光景がよぎる。自らの助けを求めたもの。自らの手で傷つけてしまった、血塗れた過去の人々。打ち止め。フレメア。そして、花飾りの少女。




「…………なるほどな」




腕を掴まれたままの彼は、物思いに耽るように顔を下に落としている。




「………………帝督」











バンッ!















と、破裂音が聞こえたかと思うと、垣根の上半身は、彼の右掌から発された衝撃波によって粉々に砕け散った。




「……もう少し物分りが良ければ楽だったんだがな。てか、さっきの俺の物言いで察しろよカス。仕方ねぇからストレートに言わせてもらうわ」




彼は数歩後ろに下がった後、その場で右足で地面を軽く踏みつける。すると取り残された下半身の真下から、翼が凝結してできた巨大な槍が勢いよく隆起し、その下半身を跡形もなく粉砕する。




「今すぐに、この世から跡形もなく消え失せろ。何の重みもねぇスッカスカの善人野郎」




これまでで一番感情のこもった一言だった。前衛的なオブジェのように、輝きながら顕在している翼の槍から、はらはらと羽が周囲に舞い落ちていく。




「……まあこんなんじゃ、死にはしねぇよな」




そう言う彼の後ろに、今まさに全身を再生させていく途中の垣根がいた。上質なシルクを編んでいくように、その身体は揺らめきながら顔や足を形作っていく。




「一縷の望みにかけた懇願だったのですが、やはり貴方には通用しませんか」




「ほざけ。テメェ如きに同情できるような浅い感性じゃねぇんだよ俺は」




「先に言っておきますが、例え私を殺し、このまま貴方が生き続けても、決してその苦痛が去ることはありませんよ。自分の弱さから目を背け続けるような、そんな生き方では」




「……知った口聞くんじゃねぇよ。お前に俺の何が分かる」




「分かりますよ」




全身を再生し切った垣根は、彼を見据えてこう言った。




「垣根帝督ですから」




「垣根帝督は俺だ。お前じゃねぇ」




彼は後ろへ振り向く。そして両者、6枚の白い翼を展開させる。鏡合わせのように向き合う二人の垣根帝督と、その翼。展開の際に散った羽が、薄く宙を舞い、甲板に落ちていく。




そして刹那、激突があった。








時は少し巻き戻り、ここは窓のないビルの中。部屋の中央に君臨する、オレンジ色のアルカリ溶液の詰まったビーカーの手前に、悪意のある笑みを浮かべる女性がいる。




「さて、いよいよ未元物質を操る者同士の激突が始まるようですが、どうやら彼は何か企んでいるようですね。貴方はこのイレギュラー、どう対処するつもりですか?」




けらけらと嘲笑する、リクルートスーツの上に白衣を纏った女、木原唯一。科学の権化、木原一族の中でも特異にして「唯一」の存在。




「ふむ。右方のフィアンマ、船の墓場、グレムリン。自らを取り巻くあらゆる非科学の要素をその内に取り込み、咀嚼し、新たな一手を創造する。その強かさと反骨精神は賞賛に値するよ。彼という人間の美点の一つだ」




ビーカーの中で逆さまに揺蕩う「人間」 学園都市統括理事長アレイスター・クロウリーは何でもないといった感じでそう言った。




「確かに。彼の柔軟な発想は自らの能力の起源にもなっていますよね。悪く言えば手段を選ばないとも取れますが。で、このまま野放しにしていいと?」




唯一は尋ねる。彼女は察している。これから起ころうとしている事象は、少なくとも彼にとって好ましいものではないことを。




「もちろん手は打つさ。ただ、おそらく私の出る幕はあまりないよ。あそこには現未元物質の統率体に、一方通行もいる。彼ごときではあの2人は超えられない」




自分の「駒」に思った以上の評価を下していることに、唯一は少なからず関心した顔をした。




「して、その根拠は?」




視線に期待と、ほんの少しの悪意を混ぜ、唯一は彼に聞く。









「……君なら分かってるんじゃないのか? 未元物質を、狙い通りに進化させた君なら」











唯一は不敵に笑む。




「狙い通りに進化、なんて。あの力は我々人間が扱うには余りにも莫大なエネルギーを持った、正に無限の可能性を誇る能力ですよ? いくらなんでもそこまで計算は」




「真の科学の世界」




アレイスターのその一言で、空間に静寂が張り詰める。




「……分かっているだろ? 『未元物質の正体』を理解した上で、君は更に、彼の魂をそこに封じ込めるような進化を促した。唯一。一体彼を使って何をするつもりだ?」




何も発しない彼女に向け、アレイスターは言葉を穿ち続ける。




「何もなんて、とても」




余裕を崩さない口調で唯一は返す。




「私はただ、ピースをくべただけですよ。一方通行と未元物質。あなたのプランのだけのために造られた能力に」




アレイスターは剥製のように微動だにせず、唯一を見据える。




「特に未元物質は汎用性という面においては一方通行をも凌駕している。それがあの能力の『本質』だから。なら、それを彼がもっと知覚し、扱えるようになれば、色んなことを試せるようになるじゃないですか。例えば、世界最高のスパコンでも割り出せなかった、新たな可能性とか……」




「唯一」




鉛の棘のような声。




「心配しなくても、あなたのプランをどうこうするつもりはありませんよ。『ホルス』だ『ドラゴン』だ、とても手に負えるような領域じゃないようですしね。ただ、目の前にある可能性をみすみすドブに捨てるなんて、木原の名が廃るじゃないですか。まあ、不確定要素が多い中での実験なので、上手く行くかわ分かりませんが、それもまた」




「浪漫、かね?」




言葉尻を遮り、アレイスターは述べる。彼女は黙り、肯定するようにそっと笑んだ。




「だが、今大層な動きをされるのはプランにとっても悪影響だ。私が出るまでもないとは思うが、後始末は、自分で付けるべきかもしれないな……」




アレイスターはぼやきながら、眼前にデジタルの画面をいくつか顕現させる。ヴンッという音と共に現れたそれらには、学園都市中にばら撒かれた滞空回線越しの映像が流れている。




その中の一つに目をつけた彼は、唯一に話しかける。




「現未元物質の統率体に、ピースを用意したと、君はそう言ったな」




「ええ。自分の能力の本質に気づくための、『人間の領域を越える』と言うピースをね。さて、まあサンプル・ショゴスやら別の方法で逐一利用させてもらいましたが、そろそろパズルを解いてくれてもいいころなんじゃ……逆にそれすら解けないようなら、船の墓場のオリジナルに近い個体の成した進化には到底及びませんよ」




その返答を聞いた彼は、口元を微かに綻ばした。それはまるで、買ったばかりのおもちゃの使い勝手の良さに喜ぶ子供のような、彼としては珍しく純な笑みだった。




「どうやら既に見つけたようだな。パズルを解くきっかけを」




視線の先の映像には、とある2人の男が写っていた。








「よお。退院おめでとう」




「……今度はちゃんとした祝いの品を、持ってきたんだろうな」




とある病院の正面玄関の前。自動ドアを開きながら出てきた、いつもの赤いスーツを着たフィアンマを待っていたのは、上条当麻だった。昨日とは違い、学生服に身を包んでいる。




「…………金がないんだ」




「おいやめろ。そんな悲壮な笑みで俺様を見つめるな。悪かった。悪かったよ」




身を切るように発されたその言葉にフィアンマは罪悪感を覚えつつ、話題を変えようとする。




「というかお前、この時間は学校じゃないのか?」




「今は昼休みだよ。せっかくだから抜け出してきたんだ。お前、どうせ碌に挨拶もせず、この街から出て行くつもりだったろ」




「……世話になったとは言え、俺様は所詮余所者だ。それに、第三次世界大戦を引き起こした犯罪者。長く止まれば、迷惑するのはお前たちの方だ」




フィアンマは冷たい影を顔に浮かべて話す。そんな彼の憂いを吹き飛ばすように、上条は何でもないように言った。




「だったらせめて、俺くらいには顔を見せろよ。友達だろ?」




友達。その言葉に、フィアンマは純粋に驚く。上手く続こうとしない言葉を何とか、彼に届かせようとする。




「と、友達って……お前何を言っているのか分かっているのか? 俺様はかつてお前を殺し、その右手を私利私欲のために利用しようと」




「もう気にしてねぇよ。俺は生きてるし、お前は改心した。それでいいだろ?」




「…………………………」




何と、馬鹿な男だろう。とフィアンマは思った。いくら何でも人の善意を信じすぎだ。人は、自分を殺そうとした者に、これほど朗らかに接することができるのだろうか。




考えても答えが出てこないので、驚きや、疑念と共に、内側から湧き出る率直な想いに身を任せることにした。




「すまない。ありがとう」




フィアンマは久しぶりに笑った。随分と、久しぶりの気がした。




「おう。あ、それと、1つ伝えておかないとな」




上条は言う。




「お前が妖精化の槍の強化に使った物質を渡した奴、垣根帝督だけどな、そいつ、昨日、俺に会いに来たぜ」




フィアンマはその名前に反応する。実は、僧正との攻防の裏側を彼に明かした時以来、言い知れぬ不安が胸の内をよぎっていたのだ。




「会いに来たって、本当なのか? ひょっとすると俺様は、あいつに言いように使われたのかもと思っていたのだが……」




「ああ……まあ、その辺はいいよ。どっちみち大丈夫だ。垣根の奴からも話は聞いた。その上で、あいつはこう言ってたよ。何も心配するなって」




自信有り気に話す彼を見て、フィアンマはとりあえず胸を下ろした。




「そうか。となると、またお前が何かを促したのか?」




「いや、俺じゃ……いいよ。気にすんな。俺たちの出しゃばる幕の話じゃなかったからな。せっかく退院してこの街を去ろうって時に、しこりがあったままじゃ気分悪いだろ」




「……そうか」




最後に自分の荷を下ろそうとしたのか、とにかくそれについてはもう深く考えることを止めた。




「これからどうするつもりだ?」




上条の質問に、軽く息を吐いてから答える。




「そうだな。まずはオッレルスとシルビアに顔を出さねばなるまい。その後は、まあ、お前が言ったように世界を見て回るとするか。俺様はまだ、何も知らないからな」




そうか。と上条は頷く。




「フィアンマ。最後に1つだけいいか?」




「?」




「世界ってのは、誰もが幸せでもないし、いい奴ばかりでもない。お前がやってきたことを許せなかったり、お前のその、世界を知ろうとする意志につけ込んで、騙そうとする奴もいるかもしれない」




「…………………………」




フィアンマは何も答えない。彼が言ったそれは、自分がずっと思っていた『世界』のことだったからだ。利己的で、退廃的で、薄汚れた残酷な、歪んだ機構。それこそが世界の現状。だからこそ、自分がそれを救ってやろうとしていた。




「でもよ」




そう。この男に出会うまでは。




「俺がお前を許せて、お前の前途を応援できるってことはさ、やっぱり俺みたいな奴も、世界にはいるんだよ。恐るなフィアンマ。世界は、お前が思っているよりずっと強い」




「…………ハッ」




フィアンマは笑う。今までの自分なら、到底浅はかで馬鹿らしいとあしらっていた思想。だが、それもまた世界の1つの形なのだろう。




信じてみよう。そう思いながら、彼は言う。




「まあ、信じてみるさ。お前のような奴がうようよいるとは、思えないがな」




「おいおい。あんま人を特別視するなよ」




上条は心外だとも言わんばかりに微笑み、こう言った。




「どこにでもいる普通の高校生だぜ。俺は」




「……お前のような普通の高校生がいるか」




それを最後に、フィアンマはこの場を去ろうとした。




だが、予想外のことが起こった。




「フィアンマさーん!」




呼び止めに振り返ると、担当だった短い茶髪のナースがロビーからこちらに走ってくるのが見えた。自動ドアが開き、彼女が目の前に現れる。




「何の用だ?」




「いやあ。せっかく面白い話、いっぱい聞かせてもらえたんで、これ」




彼女は右手に持っているものを渡す。120円ほどの、自販機の缶コーヒーだった。




「……どいつもこいつも。安い餞別だな」




口ではそういいつつも、満更でもない表情でフィアンマはそれを受け取る。




「なーに言ってんですか。こんないいナースに診てもらったくせに。贅沢ですよ」




「その厚かましい自画自賛も今日で最後という訳か。じゃ、飲ませてもらうぞ」




そう言って人差し指でプルタブを開け、コーヒーを飲もうとする。




「あ、待って」




彼女は静止をかけ、スカートのポケットからもう1つの缶コーヒーを取り出し、にひひと笑う。




「なんか、フィアンマさんって、昔悪いことやってたでしょ」




突然の質問に、フィアンマは上手く対処できず、たじろぐように視線をそらす。




「探る気はありませんよ。でも、昔の話をする時。ヴェントさん、テッラさん、アックアさん。仲間だった皆んなのこと話す時、後ろめたさを感じているようや口調でしたし。第一、そんな風に片腕を失くすくらいのことはやってたんだろうなって、何となく察しはつきます」




「……………………」




フィアンマは自分の右腕に視線を落とす。既にそこに腕はなく、支えるもののなくなった赤い袖がだらんと、シワを刻んで垂れ下がっているだけだ。




「これは個人的な意見ですけど、やっぱり、その人たちともう一度会ってみるのはどうですか? 人間、自分の体で正面から向き合わないと真実なんて分かりませんよ。その人たちに思うところがあるなら、迷わず行くべきです」




ナースは静かにそう告げた後、辛気臭くなっちゃいましたね。と言いながら笑顔で缶コーヒーの蓋を開けた。




「それじゃ、退院祝いに」




「…………ああ」




トッと、缶コーヒー同士の軽い乾杯の音がした。ナースは数口コーヒーを飲み、最後に、と付け足すように語りかける。




「私は、応援してますよ。これからのあなたのこと」




ナースはその場で残りのコーヒーを飲み干し、じゃ、と零しながら軽く手を振って去って言った。自動ドアを過ぎ、ロビーの奥に消えていく彼女の背中を、フィアンマはしばし見つめていた。




「な?」




後ろで、上条の声が聞こえた。彼は振り向く。




「ああ。そうだな」




こんなに心が晴れやかなのはいつぶりだろう。彼は缶コーヒーを一口飲み、冬の澄んだ青空に目をやる。




大丈夫だ。この世界はきっと、お前を救ってくれる。




誰が言ったのかも分からない、そんな言葉が、耳によぎったような気がした。








星が爆発したような轟音が鳴り、甲板の上に白い羽が大量に霧散する。その激突の末、『本来』の垣根帝督は押し負け、自らの後方にあった屋外プールへと吹っ飛ばされた。



「ハァ……ハァ……ッ…………」



激突の勝者は、白の垣根帝督。その右手は引き千切られたように肘から先がなくなっていた。が、それをすぐさま再生させ、飛行しながら前方の屋外プールへ向かう。




「……自爆覚悟の特攻ってか」




水のないプールの底で膝をつく彼の前に、垣根は降り立つ。




「単純な力比べは、私に分があるようだ」




「ハン。だから何だ。その単純な力比べで勝てる相手じゃねぇのは分かるよな?」




彼は立ち上がり、垣根を睨む。




「ええ。しかし、相手は私一人ではない」




彼が何かを言う前、後方から爆音があった。彼は振り返る。




「………………テメェ…………」




怨嗟のこもった声。内側から破壊された船のブリッジ。ひしゃげて外に飛び出した、むき出しの鉄骨に足をかけながら立っていたのは、学園都市最強の能力者、一方通行だった。




「久しぶりだなメルヘン野郎。その様子じゃあ、テメェの腐った性根と脳みそは治ってねェようだな」




冷たい表情で、彼はそう言う。




「ムカつくなぁ。ムカつくぜ。相も変わらず、最っ高にムカつくよテメェは。今もまだ、自己満足の慈善活動に精出してんのか?」




彼は笑いながらそう言うが、目にははっきりとした怒りがこもっている。




「悪りィが、悪党はもう廃業した」




そう言った彼は背中から4つの竜巻状の噴射を発生させ、飛び上がり、プールサイドに降り立つ。そこで能力のスイッチを切り、杖をつく。




「……アァ? あんだけ偉そうに悪の説教垂れたお前が、今や悪党ですらなくなったのか? 笑えねぇぞクソが。大事なところでブレてんじゃねぇよ」




「説教垂れたことに関したちゃあ、お前が余りに人間としてチープだったからだよ。そもそも、何だ? お前は悪党を大事と捉えてるのか? 笑わせンな。俺の目的は最初からただ一つ。俺の護りたいもンを護る。それだけだ」




「……どいつもこいつも、虫酸の走るセリフばっかり吐きやがって……人間としてチープだあ? テメェらが人のこと言えんのかよクズ共が! 10,000人殺してのうのうと光の世界で生きようとするカスに、人のアイデンティティを横から奪い取った虫ケラ。確かに俺はクズだが、テメェらに説教される謂れはねぇんだよボケ!」




口を荒げ、両者を交互に指差しながら怒号を飛ばす彼を、一方通行と垣根は黙って見ている。




「……好きなだけ言え。ンな正論はもう聞き慣れてる。ところでお前に聞きたいことがある」




一方通行はプールサイドから、乾いたプールの底に降り立つ。




「この客船内に多数散らばった演算装置の数々。ありゃ何だ?」




一方通行のその言葉に、垣根は彼へ顔を向ける。




「演算装置?」




「いや、ありゃここだけじゃねェな。この島の至る所に同じような並列演算装置がある。おそらくここに漂流した船に積んでる電子機器たちを、かき集め、繋げて作ったンだろ。一つ一つは大した処理能力じゃねェが、全部繋げればスパコン並みの演算ができる。お前、何を企んでいるンだ」




一方通行の問いに彼は不敵に笑う。




「前にここを使っていた奴らの遺物だよ。利用できるもんは利用するつもりなだけだ」




彼はゆっくりと歩き出し、プールの中央へ向かう。一方通行と垣根は、その背中を見る。




「ここを使ってたと言うと、グレムリンのことか?」




「知ってんのなら話は早い。そこのボスに俺は利用されていた。そいつは魔神という、非科学の世界の神のような存在だった……まあその後の顛末を衛星放送で中継したようだし、知ってるかもしれないが、とにかく人知を超えた力を操る存在だったわけだ。俺たちの住むこの世界を、一から創り上げられるほどにはな。笑うか? だが俺は至って真面目だ」




「………………」




否定はしない。既に幾度かそういった非科学の頂点のような存在と相見えたことがある。一方通行は黙り、彼の話に聞きいる。




「俺を利用した魔神はオティヌスという名だった。そいつはあまりに強大すぎる自分の力を制御するため、未元物質と、全体論の超能力という理論の元、戦神の槍という魔神の力の制御装置を作ったんだ」




ひた、ひたと、乾いたプールの底に冷たい足音が響く。やがて彼は、プールの中央に辿り着いた。





「……分かるか?」




彼は背中を向けたまま、ゆっくり語る。




「未元物質で槍を製造したってことはだ。有してるわけだよ俺は。魔神の力を制御する術を!」




口を引き裂き、笑いながら、顔を振り向かせる。その彼の右掌から、白い槍が脈動しつつ発生している。




「ッ!」




「……何をする気だ」




垣根は声を詰まらせ、一方通行は冷静にそれを見据えながら質問を続ける。




「まあ慌てんな。一つずつ説明してやるよ。ところでこの戦神の槍だが、これだけあったってどうしようもねぇんだ。こいつはあくまで魔神の力を制御するための道具。魔神以外が使っても何の効力もない」




その白い槍はほとんど全貌を表している。全長約2メートルはある、巨大な槍だ。




「そこでいいカモを見つけた。オティヌスにやられて、この周辺で伸びていたフィアンマっつー野郎だ。奴は魔神を迎え撃つために製造した道具を、更に強化させようせようと試みていた。どうやら魔神っつーのは一種類だけじゃねぇみたいでな。そこで俺は考えたわけだ。こいつを通じて、こいつと戦った魔神の力を読み取ろうとな!」




そう言うと彼は完全に生成し切った槍をプールの中央に突き刺した。槍の先から8枚の白い花弁のような紋章が浮びあがり、円状に拡散していく。




「試みは成功した! 俺の口車に乗って奴は俺の未元物質を受け取り、それを魔神との戦闘で使った! そこから俺は魔神の力を読み取り、そして今からそれを再現させる!」




ハイな笑みを顔中に浮かべながら、まくしたてるように喋る彼に、一方通行は述べる。




「……いくら未元物質に無限の可能性が内蔵されてるとはいえ、非科学の世界の、しかも途方もないエネルギーを持った人間外の力の創造なンか出来るわけねェだろ。明らかに制御できる範囲を超えている」




「それを制御するための槍と演算装置なんだよ!」




突き刺さった槍が白く発光を始め、地面の花弁も輝き始める。空間が震え、不気味に脈動していく。




「そもそも『神の力』の全てを人間がまともにコントロールできるとは思っちゃいねぇよ。その一部分だけでいい。俺の望みを叶えるためにはそれで事足りる! 漠然としすぎた魔神の強大な力を制御するためのこの槍、そして、その力を補助するための島中の演算装置! 準備は整った。一方通行! 遅れながらお前の質問に答えてやるよ。俺が何をするのか!」




二人を正面に、光る槍を後方に捉え、彼は言った。











「未元物質で、魔神の力を作りだす。それで世界を作り変えるんだよ」











次の瞬間、槍の周囲から真っ白なツタがうねりながら複数発生し、彼の背中へと突き刺さった。彼はその衝撃に全身を震わせ、それでも顔は恍惚としている。




そして背中から、6枚の純白の翼を勢いよく展開させる。するとそれらは破滅的に輝きながら振動し、見る見る内に面積を肥大化させていった。




「ッ!」




あまりの眩しさに垣根は目を背ける。顔面を右腕で覆いながら前方の様子を見ると、更なる異常が発生していた。




「ハハッ! アハハハハハハハ!ヒャハハハッ! ハハッハハハハハハハハハッ! アハハハヒハハハハヒャアァッ!」




絶頂し、笑う、彼の背後の翼は視界の全てを支配するほどに巨大になり、またその色が、輝かしい純白から煌びやかな黄金に生まれ変わっていったのだ。




ふいに足元に何かが這い寄った気がし、垣根は視線を落とす。




「ッ! これは。一方通行!」




「どうやら、このツタもそこら中の演算装置に絡ませるつもりなようだな」




狡猾な蛇のように動き回るツタは、その表面に血管のような不気味な管を浮かび上がらせ、島中を包む灰色のスクラップの山の中を徘徊し回っている。豪華客船のデッキから見下ろすその光景は、あまりに異様で、あまりに暴走的だった。




だが、その光景が焼け付くような光にかき消されそうになったのを見て、二人は振り返る。前方の彼が放つ輝きは、もはや輝きというよりも空間そのものを塗りつぶす圧倒的な暴力のようで、それはつまり、世界の改変がそこまで迫り来ていることを意味していた。




「マズい! 一方通行!」




垣根は隣の一方通行に手を伸ばす。だが、2メートルほどの距離しかない彼すらも、もう光の彼方に消え去ろうとしていた。なんとか彼を捉えようと、垣根は力を振り絞り近寄る。




2秒後、世界の全ては白に飲まれた。




最後に垣根が見た光景は、一方通行でもなく、船の墓場でもなく、黄金の翼でもなかった。それは、何故か視線を移してしまった、もう一人の自分。彼は猟奇的に笑みながらも、どこか安らかな声で、こんな言葉を口にしていた。











これで、やっと。














時は少し遡り、昼過ぎの柵川中学校。初春飾利は教室の窓際に寄りかかり、窓の外を流れる雲をぼんやり眺めていた。昼休みということもあって、周りには他の教室の生徒もちらほら見える。




「うーいはるっ!」




そう言ってスカートをめくりながら後ろから現れたのは、親友、佐天涙子。またあのオーバーリアクションを見て笑ってやろうと思っていた。しかし、





「……………………」




「……あれ? おーい初春?」




未だ右手でスカートの裾を持ち上げ、ひらひらさせている状態だが、彼女は一向に反応しない。佐天はパンツの色を確認する。今日はピンクの花柄。それにしては本人が余りにも浮かない顔だ。




仕方なく佐天はスカートを元に戻し、普通に話しかけることにした。




「初春? どしたの?」




「……あ、佐天さんいたんですか」




「今気づいたんかい! いたよさっきからずっと! スカートめくってまで登場したのにガン無視しやがって!」




「え!? パンツ見たんですか!? 止めてくださいよ!」




「遅い! 反応が遅い!」




咄嗟にスカートの後ろを抑えた初春に、佐天は突っ込んだ。




「で、どうしたの? 何かあったように見えるけど」




「い、いえ別に。何もありませんよ」




下手くそな目の逸らし方を見て、佐天は察する。




「当ててあげる。垣根さんでしょ」




図星を突かれ、初春はうぅ、と気の抜けた声を上げた。




「どうしたの? あの後喧嘩でもした?」




「喧嘩なんて……むしろ私に気を使いすぎなくらいで」




「へぇ。やっぱり紳士だね垣根さん。でもそれならどうしてそんなになってのんの?」




「……本当、気を使いすぎなんですよ」




俯いた初春を見て、佐天はため息を吐き腰に手を当てる。




「気を使って、自分を見せようとしてない。ってことかな?」




佐天は訪ね、初春は小さく頷く。




そして、少しだけ考え、佐天に話しても問題のないところまで打ち明けることを決意した。




「実は……佐天さんは想像できないかもしれませんけど、垣根さんああ見えてもちょっと前まで凄く悪いことしてたんですよ」




「え? そうなの?」




あの優男の頂点のような男が、昔はワル。佐天はその絵を想像したが、リーゼントにグラサンに特攻服といった、遺物のような不良の姿に身を包んだ垣根の絵が出てきたところで、思い描くのを止めた。




「その時のことも含めて、今のあの人はカブトムシさんをやってるんだと思います。私はそれを応援したい……でも」




初春はそこで言葉を詰まらせる。




「信じるのが、怖くなるんですよ。あんな風に私に触れられるのを拒まれたら」




脳裏をよぎるのは、あの微笑み。




「初春」




佐天は彼女の右横に寄り、その腕を彼女の肩にかける。




「垣根さんと出会って、どれくらい経ったの?」




「え? うーん……2週間、くらいですかね」




佐天は笑う。




「いくら今仲良くしてるからってさ、会って間もない初春に、垣根さんだってあれやこれやと話せないよ。初春は今日初めて会った人にパンツの柄教える?」




「お、教えるわけないでしょ! 何言ってるんですか佐天さん!」




余りにセクハラなその質問に、初春は上ずった声を出した。




「まあそうだよね。でも、私には見られても大丈夫じゃん」




「大丈夫というわけではありません! 大目に見てますけどできることなら今すぐ止めてほしいですよ!」




ハハハハと佐天は笑う。そして、一転して落ち着いた瞳で初春を見据える。




「それに、本当に大事なことって、例えどれだけ近い人にも中々言えないんだよ」




その言葉で、初春の脳裏に過去の出来ごとが蘇る。『レベル0』であることに劣等感を抱き続け、その苦悩を誰にも打ち明けられなかった、目の前の親友の苦い記憶。




「……焦ってますかね。私」




「信頼には時間がかかるよ」




ゆっくりとした、しかし確かな二人の沈黙。




「心配しなくても! 初春なら垣根さんの心、開けるって!」




その間を経ていつものあっけらかんとした通る声で、佐天は初春の肩を叩いた。




「幻想御手から私を救ってくれた初春ならさ」




彼女からのその一言に、初春は何かを取り戻したように微笑んだ。佐天もそれを見て肩から手を離した。




その様子を眺めながら、初春は思う。




(……垣根さんとは、それでいいんだと思う。でも、私は)




心の中に、未だ残る燻り。親友にも打ち明けられない、本当の秘密。







(『あの人』とも、もう一度話してみたい)







「ん?」




ふと初春は、スカートのポケットの中から何かを取り出す。