2017-07-06 16:21:38 更新

概要

 恋する初霜ちゃんの話(ゲス顔)


前書き

 初めまして。夕凪という名前を変えながら活動しているしがないSS書きです。

 とりあえず、ご挨拶としてこの作品を置いときます。某所で貰ったリクエストを元に書いた作品です。

 それではどうぞ。


 彼女は気づくのが遅かったのだ。

 

 あぁ、もっと早く気付いていれば。もっと早く彼と向き合っていれば――


 そうすれば、こんなにも―――

 

 こんなにも自分の負の感情が抑えられない自分が嫌いにならずに済んだのに。


 こんなにも心が引き裂かれる想いを味わなくて済んだのに。


 何よりも――


 あんなにも提督に想いを寄せて貰っていたのに―――


「あっ、ああ…」


 少し照れたようにはにかむ提督と、彼からの贈り物を受け取った瑞鳳を、執務室の扉をわずかに開けて見ていた初霜が今にも泣き出しそうなくらいにか弱い声をあげてみることしか出来ないでいる。


 ――本当は提督の事が好きだったのに。


 二人の照れくさくも恋人同士の様なやり取りに、彼女の感情を堰き止めていた彼女の理性の壁が決壊し、二人のやり取りに割って入るように執務室に乱入した。








 初霜と提督の関係はこの鎮守府の初期頃まで遡る。


 戦力が整わず、戦艦はおろか重巡すらいない頃からの仲である。


 まだまだ運営は安定せず資材の運用も自転車操業もいいところ。兵器の開発すらままならない。


 繁多の時期にやってきた初霜は彼女らしい冷静な判断能力で提督をサポートし、運営の安定化に乗り出させたのだ。


 その功績が皆や提督からも認められ 初霜は提督の秘書艦と言う重大な役目を任されるようになった。


 秘書艦として認められたことは初霜にとって喜びと言える。


 なぜなら秘書艦になるということは、ほかの皆をより護れる立場になれることに等しかったからである。


 護るというのは初霜が口癖のようにいう言葉であり、彼女が人一倍誇りをもって行っている仕事だ。


「護衛任務なら任せてくださいね」


 普段は丁寧で物腰も柔らかい彼女が、胸を張って護衛任務につく姿が提督にとっても誇らしかったのだ。


 日々仲間を増やしつつ、平穏な海を取り戻す為にしのぎを削る毎日。それでも、皆を守れている実感があった初霜にとっては誇りある毎日である。






 ある時、鎮守府の皆が口を揃えて言うようになった。提督がどこか柔らかく明るい人になった。


 普段から提督のそばにいる初霜にとってはそんな事、わかりきっていたことだし当たり前のように感じていたので、その事をほかの艦娘に振られてもあたりさわりの無いような返事をして返した。


 最初の頃はなれない業務のストレスで部下に強くあたりそうになったり、少しばかり自分の意見を通す為に意固地だった面はあったりもしたが、その後に彼が自己嫌悪に陥っていたことは知っているし、そういう面も鎮守府が安定したおかげかでなくなり、本来の提督らしさと言えるものがかなり全面に出ていることは初霜にはわかっていた。


 だからこそ、初霜は今更な事を皆が言ってることに不思議に感じていた。


「そんなに明るくなりましたかね?」


 書類仕事をこなしながら、件の話を何気なく初霜は話すと、提督は不思議そうに首をひねる。


「でも、もしそうだとしたらそれは初霜のおかげかもしれませんね」


「はい、ありがとうございます…?」


 どこか冗談めかして言った提督のその言葉は、初霜は「なぜ私のおかげなのかしら?」と思いながらも素直に賛辞として受け止める。


 この言葉は初霜の頭の片隅から忘れられることない言葉になることは初霜はまだ知らない――







 初霜が改二になれるようになり、更に頼りになれる存在となった時期の事。


 改装を終えた初霜は一番に提督に改装した姿を見せに行った。


「これで、もっと皆を守れます!」


 彼女としては珍しい自信にあふれる笑顔を添えて。


「はい。これからも頼りにします。改めて宜しくお願いします初霜」


 彼女の笑顔に報いるように提督も笑顔を浮かべて彼女の頭を優しく撫でる。


 この頃から提督は艦娘との距離感がわかって来たおかげか、よく笑うようなって来ている。


 それに、他の艦娘にはさんと言う敬称を用いるのだが、初霜には使わなくなった。


 敬称を使わなくなったのは初霜に対する深い信頼があるからだ。


 その信頼に報いるように頭を撫であげる提督を見上げ、改めて礼を述べる。


「はい!これからも私を宜しくお願いします!!」


 彼の手の感触は今思い出しても温かくて心地良い――






 練度が最高値に達した頃、初霜は提督から指輪を贈られた。


「これからも僕と共に歩んでくれませんか?」


 窓から差し込む夕日に照らされて彼は影になっていたが、顔が赤くなっていた事は初霜にバレバレだった。


 だから、彼がどういう意図でその指輪を自分に贈ってくれようとしたのか初霜は理解した。


 ケッコンカッコカリの指輪。それは、艦娘の練度が最高値に達した時に提督から艦娘に贈られるとされる、練度の上限突破装置であり、深い絆の証。


 今の提督の意図を汲むとするならば、これは初霜を兵器として見ているのではなく、初霜と言う存在の為に贈られようとしているという事だろう。


 提督を慕っていた艦娘ならば、感極まって涙を流して指輪を受け取るだろう。


 しかし、初霜は提督を尊敬しては居たが、恋と言う目線では見ておらず、何よりも――


「ごめんなさい。今の私は、恋愛に興味が無いの」


 嘘が苦手な初霜は率直に頭を下げながら提督に伝える。


 こんな恋愛事に興味が無い少女と居ても、提督は満足できないだろう。初霜なりの気遣いと優しさから出た言葉だった。


 初霜が顔をあげると提督は一瞬だけ泣きそうに瞳を潤ませるが、一瞬だけ瞼を閉じて表情を改める。


――そんなに悲しまないで


 初霜が声をかけようとするが、それは逆効果になると瞬時に判断してゆっくりと提督から視線を離す。


「そう…ですか。でしたら、この指輪は貴女の強化に役立ててくれませんか?」


 無理矢理作った笑みを浮かべて、初霜に罪悪感が湧かないように提案する。


 せめて、これが貴方の力になれるように。


 これ以上提督の好意を無下にするわけにはいかず初霜は提督の提案を受け入れる。


 提督から指輪を嵌めれられ、初霜は自分の身体に変調が無いかを確かめる。


 何も変化を感じない事を不思議そうに思いながら、自分の身体を見回す初霜に提督は静かに微笑む。


「君にこの贈り物を受け取って貰えてよかった」


 自分一人しか聞こえないような声量で言う提督の表情は、陰りながらも自分の失恋の痛みを湛えていた事に初霜は気づかなかった。






 提督に指輪を贈られてからも変わらぬ日々をそのまま二人は送る。それは互いに気のおけない信頼できる相棒としての距離で。


 失恋のせいか提督が何処か暗くなったり、の作業ペースが落ちたり、時折ぼうっとするようにもなったが、優秀な秘書艦である初霜のおかげで事なきを得ている。


 軋んだ歯車の上の日々。だけど、その日々は決して初霜にとって悪くは無い日々だった。それは深海棲艦との戦争のさなかずっと続いて行く―――ようにも思えた。


 だが、彼の運命は新たなる出会いを手繰り寄せた。


「瑞鳳です。軽空母ですが、錬度があがれば、正規空母並の活躍をおみせできます」


 新たに着任した新人、瑞鳳だ。


 当初の瑞鳳は戦力が整ったこの鎮守府では明らかに力不足だった。


 しかし、提督の皆がいつ出撃してもいい様に備えると言う方針の下、彼女は教官役の正規空母の先輩方にきっちりと育てられ、彼女の努力の成果もあって十分に活躍できる存在にすぐに戦力に数えられる位に強くなった。


 彼女の生真面目な性格故か、提督に何度も自分の教育に関しても相談していた。


「もっと役に立てるように、先輩方や提督が楽を出来るように頑張りたいです。皆が今まで頑張ったんだから、今度は私が一杯頑張らないとね!」


 明るく朗らかな雰囲気と、その努力家気質に胸を打たれた提督は、次第に彼女に親身になる。


 彼女もまた提督の期待に添えられるように努力を続ける。


 そんな瑞鳳と提督を間近で見て、初霜はかつての自分達を見ている様で微笑ましかった。


 かつては、自分と提督もそんな風だったと、思い出話をするように瑞鳳に話した事もある。


 ある日、瑞鳳は談話室に初霜を呼び出した。何でもこの鎮守府で最高練度の初霜に実戦と自分の練度向上についての相談を二人っきりでしたいと言われた。


 最高の練度である事を誇りに思っていた初霜は瑞鳳の相談の依頼を受け入れ、談話室にて瑞鳳の相談を請け負う。


「でね、その時は――」


「なるほど…」


「そう言えば――」


「へぇー」


 彼女なりの戦闘に対しての考えと、時折昔話を交えながら瑞鳳に講釈をする。瑞鳳は昔話も戦闘の話も興味深そうに頷きながら、時折メモも取りながら話しに熱中する。


 初霜にとっても瑞鳳に中々に楽しい時間だったが、楽しい時間と言うのはあっと言う間に過ぎ去ってしまう。


――そろそろ戻らないと提督が心配だわ


 執務室に戻ろうと初霜が話を切り上げようとした所で、その雰囲気を察した瑞鳳が待ったをかける。


「待って!最後に聞いておきたい事があるの!」


「なんでしょうか?」


 この時の瑞鳳は記憶に焼き付いて離れなくなる。


 瑞鳳はメモで口許を隠しながら、恥ずかしさを隠す様に俯いて初霜に上目遣いで聞いて来たのだ。


「その…提督の好きな食べ物って初霜ちゃんわかる…かな?」


 段々としりすぼみする言葉と、仄かに桜色に染まった頬はまさに恋する乙女の表情と言うのだろう。恋愛に興味が無いと言った少女でも、今目の前に居る少女がどんな状態にあるのか理解できた。


 目の前の彼女こそが、恋する乙女と言う事なのだろう。


「ええ、わかりますよ。提督とは長い付き合いですから」


 初霜は恋する乙女の背中を押す為に助言を贈る。


 彼女は気づいていなかったが、この時から瑞鳳に自分と提督の仲を牽制するように『長い付き合い』と言う言葉をよく用いていた事に。


 そして、初霜も気づかない心の奥底で本当はこう思っていたのだ。


 なんで教えてしまったのだろう、と。


 この翌日から、瑞鳳は料理が出来る艦娘から料理を教わり、その数日後に瑞鳳が手作りの弁当をもって執務室に訪れ彼女の手作りの弁当を提督によく差し入れするようになる。


 この頃から初霜は不快感のようなもやもやとした不思議な感覚を覚える様になる。同時に瑞鳳に対する一種の恐怖も感じていた。










「では、お昼になりましたので、瑞鳳の元に行ってきますね」


「はい。それではごゆっくり」


 小さく手を振って提督を送り出す。提督と瑞鳳の昼食は何時の間にか彼らの二人っきりで食べるのが習慣化してしまい、初霜は昼食を一人で食べる機会が多くなってしまった。


 つい最近まで、提督と一緒に食べていたのに。そう思っている自分もいるが、瑞鳳さんが提督と上手くやっていると考えると嬉しい自分も居た。


 最近の瑞鳳の料理は手が凝っている様で、この前の彼女の創作料理が美味しかったと提督が初霜に語って来た。


 何度か初霜も瑞鳳の手料理をごちそうになっているが、初霜にはやる気が湧きづらい程の下準備と調理過程を伴って出来ている料理だった。


 一回だけ瑞鳳に、手間がかかりすぎて面倒では?と言ってしまった事があるが、それでも提督が美味しく食べてくれるなら満足と笑顔で語る彼女に深い尊敬の念を抱いた。


――同時に、何故か負けたような気持ちにも


 あぁまただ。何故か胸が痛い。あの二人の事を考えると、否あの二人が一緒にいる事を考えると、だ。


 胸の痛みを何とか堪えながら、食堂で昼食をとっているとカレーの入ったお皿をお盆に載せて隣に若葉がやって来た。


「隣に座ってもいいか?」


「ええ、どうぞ」


 隣の椅子を引いて若葉を誘導する。若葉は助かると短く礼を言うと、スプーンでカレーを掬って口に含む。


「ふむ、悪くない」


 短く感想を述べると、また掬って口に入れる。


 初霜は定食のご飯を小さく口に含んで、心ここに非ずと言った状態で食事を進める。


「また、提督が明るくなってきた」


 カレーを食べ進みながら急激に話を振る。


 つい最近までの提督は皆からも見ても暗くて皆から心配されていたのだ。


「ええ、そうね」


 相変わらず心ここに非ずな状態で初霜は食事をしている。


 提督が暗くなった原因も明るくなった理由もわかっている。


 だから――だから――


「でも、おまえは暗くなっている」


 だから、複雑なのだ。原因は初霜で、理由は瑞鳳がもたらしたのだから。


 自分は一種の加害者で、その上今まで何もしなかったのに対し、瑞鳳が全てを解決させる様になっているから。


 誰も悪く無かった筈。だから、こそこんなにも複雑で胸が痛いのか。


「どうしたんだ?最近調子が悪いぞ?」


 若葉は相変わらず不愛想だが、声色は自分の姉を心配するものだ。


「なんでも無いわ。ちょっと寝不足なのかしら?」


 少しおちゃらけて、ごまかす様に若葉に笑顔を向ける。


 若葉を一度目を細めて初霜を見つめる。その目が心の中まで見透かしている様で初霜は居心地の悪さを感じさせる。


「…そうか。おまえがそれでいいなら、良いのかも知れないな」


 残った一口分のカレーを全てスプーンに乗せて食べ終える。


「何かあるなら若葉に相談してくれ。初春でも、子日…では無い方がいいか。ともかく、相談は大事だ」


 含みを持たせた言葉を残して、早くも昼食を平らげた若葉は返却口へと向かって行く。


 そんな彼女の姿を追う事も出来ず、初霜は湯飲みに映る自分を見つめる。


「私は…」


――何を…したい…?


 若葉に言われた言葉が頭の中で反響する。


 あの二人の事を考えると何だか複雑で、逃げ出してしまいたいような罪悪感に似た感覚を覚える。


 それと同時に、まだ自分が提督の元に居れていると言う安心感も。


 ゆらゆらとゆれるお茶を見つめている内に予鈴が鎮守府に響き渡る。もうすぐ、午後の業務が始まってしまう。


「あっ…」


 初霜の頼んだ定食は、頼む前と全く変わっていなかった。





 


 瑞鳳がついに最高練度一歩手前まで達した。


 瑞鳳は意気揚々とその事を執務室で仕事中の提督に報告しに来たのだ。


「提督、提督!!ついにここまで来たよ!!」


 妖精さんから出された練度の測定結果を提督に向かって大きく掲げる。


「よく頑張りましたね瑞鳳!」


 瑞鳳は短期間でここまでの練度に来たのだ。


 その事を労う様に提督は瑞鳳の頭を優しく撫でる。


 瑞鳳はくすぐったそうにしながらも提督の手を振り払う真似はしない。


 純粋に嬉しいのだろうと、察することが出来る。


 そう言えば、ずっと提督に撫でて貰ってない。前はよくやってくれたのに。


 初霜に対して頭を撫でてくれたことは最近まで無い。それどころか最近は二人っきりでいる時間も無い。


 最近は瑞鳳がよく執務室に居て、仕事の手伝いやお茶くみ等も行ってくれている。書類仕事の処理と作戦の立案はまだ初霜が一番効率的に行えているが、それも時間の問題になりそうな気が初霜自身がしている。


「それでね提督…」


 甘え上手な瑞鳳は上目遣いで提督の事を見つめる。


「私が最高練度になったら指輪を贈ってくれる?」


 指輪、その単語に強く反応したのは提督では無く、初霜だった。


「ダメです!!」


 机を力強く叩き、瑞鳳を睨むように立ち上がる。


 予想外の反応に瑞鳳と提督は驚愕の表情で、初霜を見つめる。


「ご、ごめんなさい…。少し、外に出ますね」


 少し間を置いて、自分のしてしまった事を理解した初霜は、瞬時に頭を下げて大人しく執務室から出て行く。


 なんで、何でこんな事をしてしまったのだろう。


 廊下をとぼとぼとゾンビの様に俯きながら歩きながら考える。


 瑞鳳が提督に甘えるのが嫌だった?


 瑞鳳が提督に料理を振る舞っているのが嫌だった?


 提督が最近私と話してくれない事が嫌だった?


 あの二人が一緒にいる事が嫌だった?


 いや、どれも合っている様で少しずれている。


 考えに考えた初霜の答えは


 提督の傍にある存在で本当はありたかった。


 提督に頼られる存在でありたかった。


 瑞鳳がやっている事を本当は私が提督にやってあげたかった。


 提督と一緒に居たかった。


 他にも様々な考えと思いが渦を巻き、一つの結論を導き出す。


「あぁ…」


――私は本当は提督の事が好きだったんだ


 恋愛に興味が無いと言ったのは、そっち方面に対しての自信を持てなかったから。


 瑞鳳に提督の事を教えたくない思いが僅かにあったのは、本当は自分だけが知っている事を他人に知られたくないからだった。


 だから、だから、本当は自分は恋愛には興味が無いと言い聞かせて、恋愛に興味が無い振りをして、戦う前から、提督との関係に向き合う前から諦めていたんだ。


 そんな中で彼と安定した関係を築こうとしたけど、瑞鳳がやって来てその立場も脅かされて。ここまで来てやっと、やっと、本当の想いに気付いて――


「あっ、ああああ!!!!!」


 自分の中で渦を巻いて居た気持ちが一つの答えに収束していく。


――私、私…最低です…


 戦う前から諦めたくせに、今戦っている瑞鳳さんに勝手に嫉妬して、関係が長い事をちらつかせて、諦めさせようとして。今まで呼び捨ては私の特権だったのに、瑞鳳さんに向けられている笑顔も私だけのものだったのに。私だけの特権が沢山あったのに、それが瑞鳳さんに取られると勝手に感じて――


 提督に関する恋愛感情を爆発させる前に、罪悪感が彼女の胸を占め、思わず泣きだしてしまう。


 今の自分の姿がとても醜く感じてしまい、今の姿を誰にも見られない様に空き部屋に籠って一人すすり泣く。


「なんて…なんて…」


 空き部屋の角で身を守るように体を丸め、自分の罪状を自分で読み上げる様に、提督と瑞鳳の居る記憶をなぞり続ける。


 負の感情の渦に飲まれた彼女のは泣き疲れて寝ている所を提督と瑞鳳に発見するまで一人ぼっちで罪悪感に苛まれ続けた。






 

 初霜が涙に暮れてから十数日後の事。瑞鳳が最高練度に到達したとの報告が上がった。


 提督に対する恋慕を自覚したまま複雑な思いを胸に日々を送っていた初霜にとって胸が痛い報告だった。


 もはや、提督は手を伸ばしても届かない所に居る。届く位置に居るのは瑞鳳さんだけ。半ばあきらめたような精神状態だった初霜は仕事のミスを連発してしまい、皆から心配されていた。


 今日は初霜が遠征に出掛ける日。出立寸前まで資料をぼうっと眺めていたが、すんでの所でミスを発見した。


 遠征に必要な条件を満たしていない編成だったのだ。


 そのミスを見て、昔を思い出してしまい、くすりと笑みが零れる。


――仕方のない人ですね


 そう思いながらも、遠征の構成員を引き止め、ミスを修正する為に提督の元に向かう。


 が、それが彼女にとっての一番の災難となる。


 執務室の前につき扉をノックしようとしたすんでの所で。


「貴女に贈る物があります」


 提督の真剣な言葉が彼女の耳に入った。


 その言葉は覚えがある。


 だって、この言葉は初霜の指に嵌められた贈り物をくれる時に彼が言った言葉。


 初霜は息を殺して、扉の前に耳を当てる。


「提督、それって」


「瑞鳳、貴女に贈る指輪です」


 瑞鳳の期待に満ちた声と、変わらず真剣な提督の声。


 初霜は扉を僅かに開けて中を覗きこむ。二人がこちらを見ないように小さく祈りながら。


 幸か不幸かドアの隙間から今の二人の様子がよくわかった。


 提督は瑞鳳の左手を手に取り、薬指にケッコンカッコカリの指輪を嵌める。


 それは、私だけが―――


 あの時の様に出そうになって声を右手で口を覆う事で防ぐ。


 あの指輪が嵌ったと言う事は、彼女の特権が全て失われるという事。


 瑞鳳の想いがついに報われる時が来たという事。


 夢見心地で嵌められた指輪を見つめる瑞鳳と、彼女を祝福するように微笑む提督の姿がそこにあった。


 あの時、私が彼の想いを受け止める事が出来たのならば。 


 そう思ってももう遅い。


 彼女は気づくのが遅かったのだ。

 

 あぁ、もっと早く気付いていれば。もっと早く彼と向き合っていれば――


 そうすれば、こんなにも―――

 

 こんなにも自分の負の感情が抑えられない自分が嫌いにならずに済んだのに。


 こんなにも心が引き裂かれる想いを味わなくて済んだのに。


 何よりも――


 あんなにも提督に想いを寄せて貰っていたのに―――


「あっ、ああ…」


 二人の幸せな姿が初霜の心をかき乱して涙腺を刺激する。


 少し照れたようにはにかむ提督と、彼からの贈り物を受け取り左手を胸に抱く瑞鳳瑞鳳を、執務室の扉をわずかに開けて見ていた初霜が今にも泣き出しそうなくらいにか弱い声をあげてみることしか出来ないでいる。


 ――本当は提督の事が好きだったのに。


 二人の照れくさくも恋人同士の様なやり取りに、彼女の感情を堰き止めていた彼女の理性の壁が決壊し、二人のやり取りに割って入るように執務室に乱入した。










「提督!!提督っ!!」


 こらえきれなく無くなった涙を流しながら、大きな音を立ててドアを開けた初霜は一目散に提督に向かって駆ける。


「初霜?!」


「初霜ちゃん!?」


 突如乱入した初霜に二人は驚愕の声を上げるが、それでは初霜は止まらない。初霜は走った勢いのまま提督に抱き付く。


 提督は少しばかりよろけながらも初霜の事を受け止める。


 二人の雰囲気を全て壊す最低な事をしている実感はあるが、もはやなりふり構っていられない。初霜は提督の身体を締め付ける様に抱きしめて思いのたけをぶつける。


「好きなんです!好きだったんです!本当は好きだったんです提督の事!!だから、だから、もう一度私を好きになって!!!」


 提督の腹部から顔を上げて、縋りつくように叫ぶ。


 提督はそんな初霜の事を困惑の表情を浮かべながらも、すぐに表情を引き締める。まるで、あの時、恋愛に興味が無いと逃げた自分の時の様に、すぐに表情を引き締めた。


「初霜、貴女が好きだと言ってくれて嬉しかったです」


 かった。その過去形の言葉は初霜の心に絶望の影を落とす。


「でも、今は好きな人は他に居ます」


「嫌です!!お願いですから!!私を――」


「ごめんなさい。今は瑞鳳の事が好きなんです。だから、貴女は選べません」


 提督は心苦しそうに絞り出すように初霜に語り掛ける。


 瑞鳳も提督に好きだと言われて嬉しくなるはずなのに、とても辛そうな表情を浮かべている。


――あぁ、私は何て最低なんでしょうか


「うっううひっぐ…」


 自責と後悔の念が初霜の心を押しつぶす。


 提督は初霜を慰めるように頭に手を置いて撫でる。


 初霜を抱きしめる事は決してない。彼女の想いを受け止める事は今の提督には出来ないのだから。


 瑞鳳も初霜を慰める様に抱きしめる。彼女の心を悲しみから守るように。


 二人の思いやりと体温が今の初霜には残酷な位に温かかった。














else if



「提督!!提督っ!!」


 こらえきれなく無くなった涙を流しながら、大きな音を立ててドアを開けた初霜は一目散に提督に向かって駆ける。


「初霜?!」


「初霜ちゃん!?」


 突如乱入した初霜に二人は驚愕の声を上げるが、それでは初霜は止まらない。初霜は走った勢いのまま提督に抱き付く。


 提督は少しばかりよろけながらも初霜の事を受け止める。


 二人の雰囲気を全て壊す最低な事をしている実感はあるが、もはやなりふり構っていられない。初霜は提督の身体を締め付ける様に抱きしめて思いのたけをぶつける。


「好きなんです!好きだったんです!本当は好きだったんです提督の事!!だから、だから、もう一度私を好きになって!!!」


 提督の腹部から顔を上げて、縋りつくように叫ぶ。


 提督に告白出来て自分の中にあった重しが取り除けた気持ちになれた気分だったが、自分がやってしまった事を本当に理解して、今度は恐怖が心を支配する。


「ごめんなさい!ごめんなさい!!」


 許されないとわかりながらも謝らずにはいられない。だって、二人の幸せな空間を壊してしまったのだから。


「お願いします!嫌いにならないで!!お願い…だから…」


 弱々しく体を縮めながら謝る初霜に居てもたってもいられず、提督は初霜の小さな体を抱きしめた。


「てい…とく…?」


 予想だにしていない提督の行動に初霜の涙が止まる。


「初霜…瑞鳳…ごめんなさい。僕は二人とも好きなんです」


 懺悔するように提督は言葉を絞り出す。


「二人とも…好き…?」


 更に予想していなかった展開に、初霜の頭はさらに混乱する。


「酷い断り方をした私の事を、まだ好きなのですか?」


「…ええ、結局貴女への想いを捨てられないまま瑞鳳の事も好きになってしまいました。僕は…最低の男です…」


 初霜を抱きしめるのを止めると、提督は二人に自嘲するように語る。


 初霜から好きとも嫌いとも、自分の欠点が理由で付き合いを断られ心の中でもやもやとした感覚が残っていた事。


 そのもやもやと傷心が合わさり、親身になってくれた瑞鳳の事も好きになってしまった事。


 瑞鳳との行動が多かったのは、初霜と距離を置いて、自分の気持ちを確認したかった事。


「私は…それでも提督が好きで居てくれるならって、同意したの。私も初霜ちゃんの事好きだから」


 瑞鳳は二人を慰めるように微笑む。その笑みからは影は覗かず、彼女の本心である事は、今の初霜にもよくわかる。


「ごめんなさい。初霜、こんな最低の男で良ければ、好きであってくれませんか?」


「本当に…おバカ…ですね…」


 初霜は涙で歪む顔を何とか笑顔に変える。


「私はそんな風に残酷な位に優しい提督が好きなんですから」


「提督は優しいわよね。本当に残酷な位」


「…耳が痛いです」


 二人からの厳しい褒め言葉に提督は苦笑を浮べて受け止める。


 想いを受け入れてくれた安心感からか、初霜は改めて提督の右半身に抱き付く。今度は優しく強すぎないように。


 提督は初霜の頭の後ろに手を置いて、落ち着かせるように撫で続ける。


「むぅ…二人ともズルい!!」


 初霜に対抗して、瑞鳳も提督の左半身に抱き付くと提督に習うように初霜の頭を撫でる。


 心が落ち着きつつある初霜には二人の温もりは眠気を呼び寄せる位優しく温かい物だった。


後書き

 こんな感じの修羅場チックなお話は需要が少ないだけで好きな人は多いと信じてます…。

 感想などのコメントをお持ちしています。

 ここに投稿していない作品にも興味をお持ちいただけたのなら、pixivでは『夕凪××なりもの中××』、『EC』、『なりもの』か、ハーメルンなら『なぁのいも』で調べるとほかの作品もご覧になれます。

 忘れなきゃ、ほかの作品も向こうからこっちに転載します。投稿順は、pixiv→ハーメルン→こちらになる予定です。
 
 これからどうぞよしなに。


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