2017-11-14 21:51:39 更新

概要

悠久の戦役第二幕の続きです。
前作、前々作同様キャラ崩壊やオリジナル設定が多分に含まれています。
また、艦娘や妖精の設定、深海棲艦の設定も原作と異なっている上に、轟沈艦娘も多数出て来ますので閲覧注意です。


前書き

お待たせしました。掲載を再開します。
この章では、鳳提督以外にも何人かの提督が登場します。
所属する国や団体はすべてフィクションです。



序章





 昔々、とある世界のとある海に、白き妖精の一族と黒き妖精の一族がいました。


 白き妖精はおおきな海原を支配し、黒き妖精はくらい海の底を支配していました。


 二つの妖精は、普段は自分たちの海で暮らしていましたが、姿も力も全く同じせいか、お互いをとてもとても嫌っており、度々戦争ばかりしていました。


 二つの妖精達の戦争は、それは気の遠くなるほど長く続いていましたが、妖精としての力も、扱える武器も全く同じだったので、いくら戦っても一向に決着はつきませんでした。


 ある日、白き妖精達は黒き妖精達を滅ぼすため、モノに宿る魂を具現化する術を生み出し、強くて美しい娘達を創り出しました。


 【白き妖精の娘】と呼ばれた娘は、その力を以て黒き妖精達を圧倒しました。


 白き妖精の娘たちの揮(ふる)う凄まじい力の前に、黒き妖精達の武器はことごとく跳ね返され、一族の絶滅は目前に迫っていました。


 敗北が必須となった黒き妖精達は、何とか白き妖精達に対抗できないかと知恵を絞り続け、ついに白き妖精の娘を自分たちの僕にする【毒薬】を創り上げました。

 そして、攻めて来た娘達に対し、次々とその毒薬を打ち込んでゆきました。


 毒薬のチカラは凄まじく、打ち込まれた娘達は瞬く間に恐ろしい怪物へと変わって行きました。


 黒き妖精達によって怪物へと変えられた娘たちは【黒き妖精の僕】と呼ばれ、皆、肌が黒く染まり、仲間と過ごした記憶や自分がナニモノだったのかさえも忘れ、唯々憎しみに支配されて行きました。

 黒き妖精の僕は白き妖精の娘を憎み、白き妖精の娘達もまた怪物へと変えられた彼女達を憎み、二つの妖精の戦争は、何時しか二つの娘達による戦争に変わってゆきました。


 白き妖精の娘と黒き妖精の僕との戦いは、やがて妖精たちの海のみならず私たち人間の世界にまで広がり、人間たちは彼の海より現れた娘達を見て、彼女たちをこう名付けたのです。


白き妖精の娘たちを―艦娘。


黒き妖精の僕たちを―深海棲艦、と。







第四十五章





天照の鎮守府襲撃より、約三日後。


スイス連邦 ジュネーブ市 【パルテノンビルズ】最上階、中央会議室。



 ヨーロッパ特有の温暖な気候が織り成すうららかな太陽の光が差す真夏のジュネーブ市内。その市内中央に屹立する一見どこにでもある高級ビジネスホテルの最上階、ホテルにしては不釣り合いなほどに厳重に警備された自動ドアを抜けた先に位置する会議室にて、ある秘密会議が執り行われようとしていた。


 鳳「各国の皆々様につきましては、連日自國の防衛に多忙のところと存ずる。しかし、よくぞこうして全員存命で会議の招集に応じて戴いた事、我らの神々に感謝申し上げたい」


 会議室中央に置かれた十人掛けの円卓の頭頂部に陣取った鳳が、周囲を見渡す様にして定例の挨拶を行う。


 その円卓には、彼と同規模―もしかしたらそれ以上かもしれない数の簡易勲章をひっさげた老若男女が彼を一様に見つめていた。


 鳳「さて、此度の定例会議に先立って、我が鎮守府の復興に際し皆々様に多大なご助力を頂いた事、この場を借りて感謝を申し上げる」


 定例の挨拶を済ませた鳳は、おもむろに立ち上がると軍帽を脱ぎ集まった面々に深々と頭を下げる。


 天照の襲撃後、更地と化した横須賀鎮守府はこの場に集まった提督たちの援助によってほぼ襲撃前の姿を取り戻していた。


 瓦礫の撤去や、倒壊した各艦娘たちの宿舎の再建。損傷した入渠ドックの修繕など、普通なら年単位でかかるであろう復興を僅か三日で稼働状態までこぎつけたのも、彼の提督達から届けられた膨大な支援物資の賜物だった。


 「頭を上げられよ、オオトリ殿。【困った時はお互い様】という言葉が貴殿の國には存在するではないか」


 円卓の左側―鳳から見て右側に座る身の丈190センチメートルはあろうかという銀髪長身の青年が、鳳の謝礼に口元に微笑を湛えながら友好的に頷く。 



 【ロシア連邦 ウラジオストク鎮守府『新生バルト艦隊』艦隊総司令官アラム・アンドリアノフ元帥】


 ロシア連邦の海の玄関口であるウラジオストク鎮守府の提督にして【оса(スズメバチ)】の異名を持つ艦隊指揮艦である。 

 また、ロシア妖精たちの陸戦隊の指揮官も兼任している。



 「アラムさんの言う通りですよ。わたし達は今まで、貴方様に多くの富と繁栄を頂きました。それに比べれば、我々の送った物資など些細な出費にすぎません」


 アラムに追従する形で、鳳の左隣りに陣取る艦娘を従えた車いす姿の老婆が感慨深い様子でうなずく。




 【 グレート・ブリテン及び北部アイルランド連合王國『フリートウッド艦隊』総司令官シルヴィア・フリートウッド元帥】



 御年70歳という高齢ながら、欧州最強と謳われるフリートウッド艦隊の総司令官を任される現役最高齢の女性提督である。

 ただし、老齢を迎えても尚その歴戦者然とした眼光と知略は健在であり『ヨーロッパにおいて彼女に勝る提督なし』と称される歴戦の猛者である。



 「そういう事。お気遣いなく、オオトリおじいちゃん」


 二人に追従する形で、今度はシルヴィアの左に座る金髪の高校生くらいの少年が、アラムとは正反対の陽気な口調でケラケラと応対する。



 【アメリカ合衆國 『セイレーン起動艦隊』司令長官 マイク・アンダ-ソン大将】


 開戦より四年、ガダルカナル島に拠点を移した彼の大國―アメリカ合衆國が新設したガダルカナル島 艦隊総合指令本部の司令長官にして僅か17歳にして彼の鎮守府の提督を拝命した【神の子】と称されるアメリカきっての秀才である。



 マイク「ところで、アラムさん。劉の大将さんはどったの?来てないみたいだけど」


 招集者が一人足りていないことに気付いたマイクが、キョロキョロとあたりを見渡しアラムに問う。


 この会議の招集人数は全部で五人。対して円卓の座席数は十人なので、各人物の左右には一人分席が空くことになる。

 故に、仮に誰か一人が欠席すれば、当然その席には三人分の空席が一ヶ所存在する事になる。


 そして、マイクの指摘通りアラムの右隣りにはその空席が存在しており、本来その席に座るはずの人物―劉 浩然(リュウ ハオラン)の姿はいなかった。


 すると、アラムはマイクの馴れ馴れしい態度に辟易したように返した。


 アラム「あいつなら、最近完成した防衛線の指揮で欠席だ。と言うより、そのことはお前にも通達が行っているはずだぞ」


 アラムの指摘に、マイクは「あれ、そうだっけ?」と苦笑しながらとぼけて見せた。


 その士官らしかなぬ軽率な態度に、アラムは「ハァ」とため息交じりに内心頭を抱える。


 若干17歳にして現海軍の実質的なトップ―年齢的な問題で大将にとどまっている―を拝命する彼の戦績は、アラムや他の元帥たちも認めるところである。

 ただ、先の通達の未確認や時折見せる年相応のしぐさを見るたびに、アラムは本当に彼に提督職を任せてもよいのかと不安に駆られてしまう。


 すると、そのやり取りを見ていたシルヴィアから諫言が放たれる。 


 シルヴィア「マイクさん。貴方も海軍将校(ひとのうえにたつもの)なら、鎮守府に入る情報の把握くらいはしておくべきですよ。何時までも艦娘任せではいけません」


 まるで孫を叱るように、シルヴィアはマイクにぴしゃりと言い放つ。


 たたき上げの軍人であるアラムの指摘もさることながら、シルヴィアの諫言は、彼とは別の貫禄を持った年長者故の年功的な重みをもっていた。


 マイク「・・・・・はい、失礼しました」


 シルヴィアの貫禄に気圧されたのか、マイクは叱られた子供の様に委縮し素直に謝罪をする。

 それを見ていたアラムと鳳の顔に、天晴れといった感情が浮かび上がる。


 ―――流石、御年70歳の御方が持つ貫禄は格が違う。


 見事な更生に感心するアラムとは対照的に、彼女とさほど年が離れていない鳳は、シルヴィアの叱責に死に別れた嘗ての伴侶を重ねていた。


 鳳(儂も、昔は家内にああやって叱られていたのだったな・・・・)


 そう思った時、鳳の鼻孔に懐かしくも切ない香りが漂い、己の脳裏に刻まれた嘗て妻だったヒトと過ごした日々の記憶が蘇る。



 『貴方のようなヒトに巡り合えて、私は、本当に幸せでしたよ・・・・』


 時に笑いあい。時にいがみ合い。何時も傍にいてくれた己の唯一無二の伴侶だった女性(ひと)。

 護ると誓い。愛すると誓い。共に果てると誓った彼の者は、あの日、劫火に焼かれた実家の中で血塗れた肉塊へと変わっていた。


 そう、彼の海より現れた、深海棲艦(しんりゃくしゃ)達によって。


 そして、彼女が残した苦楽の記憶は【鳳帝】と言う罪人を形作る血肉となって『大義を全うせよ』と叫び続けている。


 シルヴィア「鳳様。そろそろ会議を始めましょうか?」


 鳳「あ、あぁ。そうですな」


 おもむろにこちらを向いたシルヴィアに、鳳は慌てて懐古の念を追い払い同意しながら、卓上に据え置かれたPCを立ち上げる。

 それを、満足げに見送ったシルヴィアに追従する形でアラムとマイクも同様に据え置かれたPCを立ち上げていく。


 起動と同時に現れたPCメーカーのロゴを見送り、次いで現れたパスワード画面に慣れた手つきでパスワードを入力して行く。

 その十数秒後、世界地図に設定されたホーム画面に全員が移行したのを確認した鳳は、会議の開始を宣言した。



 鳳「これより、明星の使徒による世界救済の極秘会議を開催する」







第四十六章




 深海棲艦が人類の海を支配して約四年。


 落日の敗走を経て艦娘という新たな力を手に入れた人類は、多大なる犠牲を払いながらも彼の侵略者たちから多くの領地を奪還していた。



 シルヴィア「では、まずわたしから報告させて頂きます」


 付き人の艦娘―恐らくW級の誰かだと思われる―にPCの操作をさせ、シルヴィアは持参したデーターを各提督達に送信していく。


 シルヴィア「皆様もご承知の上と存じますが、現在、我々欧州連合は北は地中海を南はインド洋までをその勢力範囲としております」


 シルヴィアの報告に追従する形で、従者の艦娘は送信した資料を次々と異なる色で塗りつぶしていく。

 リモートコントロールに切り替えられた資料画像は、瞬く間に母国―グレート・ブリテン及び北部アイルランド連合王國を中心に、フランスやドイツと言ったヨーロッパ諸国を青く塗りつぶして行き、ついにはスエズ運河を超え、紅海を席巻しインド洋までをもその色彩の版図とした。


 シルヴィア「今までも幾度かの深海棲艦の攻勢はありましたが、我々、欧州連合は今日まで、深海棲艦どもを地中海まで踏み入れさせたことは一度たりともありませんでした」


 転送された世界地図に、更に幾つかのバツ印が加えられていく。


 そのバツ印は、主に紅海やインド洋、並びに北大西洋に集中しており、彼女の言う通り本丸たる地中海には一個も存在しなかった。



 欧州連合の原点は、ヨーロッパの國々に残留する艦隊の寄せ集めで創ったものだった。


 今でこそ欧州無敵を謳っているこの艦隊も、設立当初は多國籍故に統率の取れていない烏合の衆に等しく、持ち得る副艤装も玉石混交の弱小艦隊であった。


 それを今の精鋭艦隊に鍛え直したのが、彼女―シルヴィアであった。


 シルヴィアはまず、多國籍故の課題であった指揮系統の再統一化を図った。


 各艦隊の電子機器を最新式の物に更新し、統一規格の通信機器を使用することで部品の交換性と整備性を向上させた。


 次に、深海棲艦の侵攻によって事実上廃止されていた世界海洋遭難安全システム(GMDSS)を再導入し、各艦娘に非常用位置指示無線標識装置(E-PIRB)の装備を義務化させることによって、北大西洋という広大な戦場での行方不明者(MIA)の減少に努めた。


 更に、艦隊間の通信表記を全國共通のモノに切り替えることで、情報共有の透明化を図ると共に、版図内の海上ビーコンの増設を行うなどの改革を推し進めた。


 この試みは、財政面や國家間での大小の批評有れども一定の効果を得ることに成功し、戦力を艦娘のに切り替えた今の欧州連合の無敵神話を築き上げることに成功したのである。



 シルヴィア「ですが・・・・。その防衛も、呪染により些か難しくなってきました・・・・」


 言って、シルヴィアは俯き苦悩の表情を浮かべる。

 それに呼応するように、海戦の場所を示すバツ印が紅海の北部とジブラルタル海峡周辺に追加されていく。


 【呪染】


 その言葉が、シルヴィアのみならず鳳たちの鼓膜に重々しくのしかかる。


 北大西洋の彼方には、開戦と同時に占領されたアメリカ大陸が存在し、その広大な大陸と人類が作り上げた巨大な工場群と港湾施設は、彼の侵略者たちにとっての大きな力となっていた。


 工場群が生み出す膨大な生産力(ちから)と数十万トンクラスの艦船が投錨可能な様に整備された港湾施設は、東にアメリカと日ノ本の國、西に欧州連合を相手取っても尚、両者を劣勢に追い込むほどの戦力を彼女たちに供給し続け、人類側は逆に自身が生み出した生産力(ちから)に苦しめられることとなった。


 畢竟、皮肉にも人類が築き上げた技術力と生産力が、深海棲艦たちに短時間で世界の海を支配できる環境を創り上げてしまったのである。


 それに加えて、こちらの艦娘達には呪染と言うハンデが存在する。 


 そう、呪染による高練度艦娘の減少は、何も欧州だけの問題ではない。


 いかな無敵を誇る艦隊と言えども、艦娘の宿敵である呪染は高練度艦娘を次々と問答無用で飲み込んで逝く。そして、呪染に侵された艦娘はそのすべてが水底に沈むか解体される道をたどり、戦線の維持は日を追うごとに難しくなっていく。


 そして、高練度艦娘の減少はそのまま艦隊の艦隊の攻撃力に直結し、攻撃力の低下はそのまま國土の防衛力に直結することになる。


 シルヴィア「恐らく、近い将来―もしかしたら今年中にも我々の戦線は崩壊するでしょう」


 声音に口惜しさを滲ませて、シルヴィアは車いすの手すりを「ぎゅっ」と握りしめる。


 彼女のソレが単なる妄言ではないことは、地中海の目と鼻の先に追加された無数のバツ印が物語っている。

 彼女の結う通りこのまま苦戦を強い強いられれば、遠からず深海棲艦はスエズ運河を突破し地中海に進軍してくるだろう。


 それは即ち、欧州の滅亡を意味するところであり、万が一、それが現実と成れば人類は中東からの物資を失い更なる劣勢に立たされることになる。


 故に、シルヴィアの報告は他の提督達にとって衝撃的な内容である事は火を見るよりも明らかであろう。

 だと言うのに、鳳たちは皆一様に腕を組みPCに映る資料を見ながらでシルヴィアの報告に聞いているだけで、何も提案することをせず、ただ時間だけが過ぎていくだけであった。


 シルヴィア「わたしからの報告は、以上になります」


 結局、この場に座する提督達は誰も口を開くことなくシルヴィアの報告は終了した。


 提督達からの提案も質問も劣勢に対する慰労も冷やかしも理不尽な糾弾も無かった。

 そう、本当に【ただシルヴィアの報告を聞いただけ】。それだけだった。


 ただ、何故か当のシルヴィア本人は彼らの対応に特に不満を漏らすことはなく、一仕事を終えたかの様に「ほぅ」と息をつき、強張った躰をほぐし姿勢を楽にする。


 まるで、【こうなる】ことが初めら解っていたかのように。


 マイク「それじゃ、こんどは僕の番だね」


 シルヴィアが一息をついたその数十秒後、今度はマイクが挙手をした。


 他の提督達からの反対がないのを確認したマイクは、手元のPCを操作し持参したデーターを送信する。


 転送されたガダルカナル島からオーストラリア大陸までを含む世界地図が画面に表示されたのを確認したマイクは、「コホン」咳払いをした後、報告を始めた。



 マイク「僕の故郷であるアメリカ合衆國が、落日の敗走でぼろ負けしてガダルカナル島に撤退したのはみんな知っていることだと思う」


 人類史上まれにみる大敗を帰した落日の敗走において、もっとも艦船の損失が多かったアメリカ合衆國はその後、戦線の維持もままならぬまま着の身着のままガダルカナル島へと撤退することとなった。


 建国史上初の敗戦を帰し、捲土重来を誓った彼の國の民は、自らを辱めた深海棲艦という化け物への反骨精神と来るべき雪辱戦への闘志を以て仮住まいとしたソロモン諸島の島々をことごとく要塞化し、軍港を整備し、艦娘を創造し戦力を整えた。


 マイク「Please take back our country(我らの祖国を取り戻せ)。みんな熱に侵されたようにこの言葉を叫びながら連日のようにドンパチを繰り広げて来たよ」


 そういって、マイクは半ばあきれたようにため息をつく。


 嘗て世界最強と謳われた彼の國の再生力は、今や世界で最も艦娘を多く保有するまでに回復し、夥しい程の艦娘を侍らせた彼の國の威容は『世界の警察』と謳われた全盛期と遜色ないほどのもので、刹那的とも呼べる艦隊の再配備力はまさしく彼の呼称その通りであった。


 そして、現在かの大國はソロモン諸島の隣國であるパプアニューギニア独立國を開放しその傘下に加え、西をポリネシアはマルキーズ諸島、東をフィリピン諸島まで。北はマーシャル諸島を、南端はニュージーランドをもその版図に収めていた。


 マイク「でも、それも呪染によってシルヴィアさん同様に押されてきちゃったけど、ね」


 声量落とし悲哀を滲ませながら、マイクはシルヴィア同様に送信した地図に色を付けていく。


 彼の言葉通り、版図としてきたフィリピン諸島やポリネシア諸島の幾つかに深海棲艦の版図を現す赤い色彩が混ざっており、その最南端であるニュージーランドはその半分が赤く染まっていた。


 その要因の一つが、ニュージーランドの隣に位置するオーストラリア大陸の存在であった。


 南極大陸を除けば世界の最南端に位置するこの大陸には、深海棲艦の南方司令基地が存在し、そこに陣取る南方棲戦鬼率いる南方方面艦隊は彼の大國相手に四年の長きにわたって必死の抵抗を続けていた。


 マイク「まったく・・・・。あれだけ孤立させてボコっているっていうのに、どうして奴らはあんなにもドバドバ出てくるのか。ホント、奴らはまるで艦を無限に生み出す魔法の杖でも持っているんじゃないかと思いたくなるくらいだよ」 


 忌々し気にそう言って、マイクはPCを操作して映した画面を更に加工していく。


 彼の手によって次々と付けられていく海戦のバツ印は、その大半が彼の大陸と接するティモール海、アラフラ海、珊瑚海、そしてタスマン海に集中し、ニュージーランドの中継地点であるバヌアツ共和國に至ってはその國土を埋め尽くす程であった。


 その海戦の数は、先に報告したシルヴィアのソレを上回る規模であったが、それでも尚戦線を維持し続けているのは流石というべきであろう。


 そして、彼の國の劣勢を増加させている最大の要因が、太平洋のほぼ中央位置するハワイ島の存在であった。


 深海棲艦の総司令部とされているこの島々は、元々建設されていた人類の港湾施設が占領後そのまま使用されており、更にさらにそこへアメリカ本土から日常的に送られてくる物資が合わさるという悪夢が重なり、ただでさえ強固な防衛力を更に強固なものへと変えてしまっている。

 今や、太平洋のほぼすべての防衛を担う程の鉄壁を誇るまでに進化した彼の島々は、前次大戦時のノルマンディー海岸をもじって『太平洋の壁』とまで呼ばれていた。


 だが、ここを陥落させねば人類は深海棲艦に勝利することが出来ず、彼の國の御旗である『祖國奪還』は永遠に叶わない。 

 故に、鳳たちを始め数多の提督達は、奪還困難と分かっていても艦娘を使役し彼の敵との戦争を続けてきたのである。



 マイク「もって二年。それ以上は無理かな」


 【二年】


 それが、マイクの出した自國の戦線維持の有効期限であった。


 これを過ぎれば、アメリカは深海棲艦の物量に敗退し南方戦線は崩壊する。

 そして、シルヴィアたちの戦線崩壊を相合わさった暁には、人類は全ての制海権を【今度こそ】失い、孤立し、最後は滅亡するであろう。


 彼の報告はシルヴィアと同等―もしかしたらそれ以上かもしれない―の危機的状況を孕んでいたが、それでも、会議室に漂う空気は彼女の時同様に静寂そのものであった。


 マイク「僕からの報告は以上かな」


 そう言って、マイクは一息つこうと席に躰を預けようした。


 その時だった。


 鳳「マイク。お前に一つ質問がある」


 今まで提督達の報告を座視していた鳳が、初めて口を開いた。


 マイク「ん?うん、いいけど・・・・?」


 妙に神妙な顔つきで言い出す鳳に、マイクは何故か背筋に嫌なものが触った感覚を覚える。


 ――――なんだろう。前にもこんな感覚を覚えたような・・・・。


 鳳「マイク君―否、マイク・アンダーソン大将。貴殿の上官はこれを見て、何か申されていなかったかね?」


 思わず冷や汗を流すマイクをよそに、鳳は皆のPCに向けて、あるデーターを送信する。


 そこに映されたある計画書とその過程を記した報告書を見たシルヴィアたち―術者の艦娘含む―は、文字通り絶句することになった。


 ――――こ、これはっ!?


 そこに記されたある新型ワクチンに関する経過報告書と、それを元にしたとある艦娘とその運用にまつわる作戦計画書。

 それは、艦娘を使役する提督という役職に準ずる者たち―ひいてはシルヴィアの術者(かんむす)にとって悪魔の所業とも思える報告書であった。


 それを見聞し、あの時漏らした彼の上官の言の葉を理解したマイクは、「どうだ?」と言わんばかりにマイクの応答を窺う鳳に言いようのない激情を湛えながら、伐倒交じりにこう答えた。



 マイク「貴方のおっしゃる通りですよ、Admiralミカド オオトリ。うちの軍令部(トップ)はね、【これ】を見てこう言っていたよ・・・・!【そろそろ潮時か】ってね・・・・!!」 








 明星の使徒の極秘会議より数時間後。

 パルテノンビルズ最上階ロイヤルスイート2号室。



 イタリア方面から流れてくるシロッコ―アフリカから地中海を超えてくる季節風の一種―が、打ちのめされた心に蒸し暑い夜風を運んでくる。


 もう、かれこれ数時間も経っているというのに、自分の心は水底のように黒く落ち込んだままであった。


 『ふざけんな!こんなこと、許されるわけないだろう!!』


 今も耳に残る、あの時「否」と声を上げた若き提督達の声。


 艦娘を使役する数多の提督の中で、彼らの様に心から艦娘の為に怒ってくれるヒトなど、今の時代にはほとんどいないだろう。


 『マイクの言う通りです。オオトリ殿―いいえ鳳 帝元帥閣下。どうか、どうか考え直して下さい!』


 彼の判断を愚考と断じ、今一度の再考を懇願してくれた彼らの声は、前世の艦長たちとどことなく重なり、彼女の抱いた慟哭をほんのひと撫で程だけ逸らし暖めてくれた。


 シルヴィア「眠れないのかい?」


 主であるシルヴィアが、心配そうな面持ちで話しかけてくる。


 その慰問に、術者の艦娘―ウェセックスは「はい・・・・」とか細く応える。


 シルヴィア「無理もないよね。あんなものを見せられた後じゃ、熟睡できる方が無神経ってもんだろうからね」


 そう言って車いすをウェセックスの立っているベランダへ移動―ベランダから入り口までバリアフリー化されているのでシルヴィア一人でも移動できる―させた後、シルヴィアは術者として同行して来た艦娘の栗色のセミロングの髪を優しくなでる。


 ウェセックス「は・・・・ふぅ・・・・」


 さらさらと髪を梳く様に、シルヴィアはウェセックスの髪を何度も撫でる。

 その度に、彼女はうっとりとしたように髪の毛と同じ栗色の眼を細め髪の毛越しに伝わるシルヴィアの体温を感じ取りながら、自身の心に巣くう黒くよどんだ塊を消し去ろうとした。 


 ――――これ以上、このヒトに心配はかけたくない。


 宛ら、祖母が孫をあやしている様な光景だが、当のウェセックスの心は一向に晴れる事は無く、寧ろ提督たる彼女に対する申し訳ない気持ちが渦巻いていく。


 この提督(ヒト)は、何時も私たち艦娘の為に尽してくれる。


 深海棲艦に対抗する唯一の戦力である艦娘を統括する提督達は、その役職上艦娘達とはなるべく友好的―例外も多々あるが―な立場を作ろうとする。


 でも、このヒトが私達に接する態度は宛ら孫をあやす老婆の様であった。


 そう、付かず離れず接し、落ち込んでいる時はまるで母親の様に親身になってくれる。

 艦娘である己が、有る筈のない【母性】という感情を抱いてしまうただ一人の提督(ははおや)。それが、シルヴィア・フリートウッドという女性だった。


 シルヴィア「・・・?どうしたんだい。何処か痛むのかい・・・・!?」


 それまでうっとりと撫でられていたウェセックスの瞳に突然滴があふれ、シルヴィアは撫で方に問題があったのかと心配そうに見つめる。


 ――――貴方というヒトは、どうして・・・・。


 本当は、このまま何も聞かずに撫でられていたかった。


 でも、ダメだ。


 このヒトの前では、自分は唯の脆弱な幼子になってしまう。

 甘えてしまう。

 答を得たいと思ってしまう。

 道を示してほしいと思ってしまう。


 だから、私たちは彼女に縋ってしまうのだろう。


 提督(はは)と呼び親しんで来たこのヒトに心配を掛けさせたくないと、今まで幾度となく自らに楔を打ち込んで来たいうのに・・・・・。


 ウェセックス「Tick the victory to the Akatsuki horizontal line」


 シルヴィア「うん?それって・・・・」


 ウェセックス「はい。Motherたち人類が、私たち艦娘に授けて下さった最初で最後の、たった一つの御旗です」



 【暁の水平線に勝利を刻め】



 今では常套句となって久しい、此岸に生きる艦娘ならだれもが一度は掲げであろう人類公認の大いなる御旗。


 それは、嘗て人類が艦娘という未知の兵器を扱うことになった自らを鼓舞するために掲げたのだと、シルヴィアは自分に語ってくれた。

 そして、今、人類は深海棲艦という侵略者と戦う為に、そして、艦娘という新たなる兵器(あいぼう)と共闘するためにこの御旗を掲げている。


 全ては、人類の明日を切り開く為に。

 全ては、海原を穢す怨敵を一掃する為に。

 全ては、共に戦場を翔ける生涯の戦友と一緒に勝利を掴む為に。


 森羅万象を脅かす怨敵をこの海より殲滅し、我々の創造主の版図を護らんがために今一度の転生を賜って幾星霜。

 我の御心はいつもあなた方人類と共にありて、その期待をその身に背負い、全身全霊を以て尽して来た。


 貴方たち人類が、我々生体兵器(かんむす)に暖かな眼差しを向けるのは、この想いがちゃんと伝わっているからなのだと。


 そう想い、今まで戦って来たというのに。


 なのに、貴方たちは、どうして――――。


 ウェセックス「教えて下さい、Mother。どうして・・・・、どうして、こうなってしまったのでしょうか?」


 溢れだす涙に己の感情を載せて、ウェセックスは己の生みの親に今一度問うた。


 鳳提督が開示した、あの資料。


 一つが、長きに渡って艦娘を苦しめて来た呪染を浄化するために研究開発された新型ワクチンの詳細資料と、それを運用した新たなる作戦計画。


 もう一つが、今や不倶戴天の艦娘と成り果てた強襲揚陸艦天照の今後の対応についての各國首脳との協議内容及び直筆のサイン入り同意書。


 そして、どういう意図で付け加えたのか「これで会見しろ」と言わんばかりに民衆への会見用のスピーチ原稿までもが添付されていた。


 これらの資料が、まるで、予め準備されていたかのように詳密に記されていた。 


 特に、新型ワクチンに関してはすでに実用段階にまで達しており、生存している全艦娘に配布してもまだ有り余る位にまで生産済みであるとのことだった。

 更に、これを用いた作戦は「一度実践済みなのでは」と疑いたくなるほどに精密で、まるで隙が無い。


 だが、この作戦には深海棲艦の殲滅だけではない、あるもう一つの計画が盛り込まれていたことを、ウェセックスは会議後にもう一度シルヴィアと読み返すことで知る事となった。

 おそらく、開示された時には誰も気づくことは無い、一見しただけでは解らない程に巧妙に隠されたこの作戦の、本当の目的。


 それに気づいた時、ウェセックスは「ニンゲンたちはどこまで恐ろしい生き物なのか」と戦慄してしまった。


 ウェセックス「Mother。本当に、ほんとうにこの道しかなかったのでしょうか。あの娘に―天照に全てを背負わせて、我々はのうのうと彼女の屍の上で生きる。これでホントに良いのでしょうか?」


 このままあの作戦が発令されれば、あの娘は人類に仇名す不倶戴天の艦娘として八つ裂きにされた後、その骸はかつての同胞たちによって呪詛と汚名に塗れながら踏みにじられることになるだろう。


 自身の鎮守府を攻撃し、多くの同胞を沈めた天照に罪がないとは言わないが、せめて彼女には公平な贖罪をさせてあげたい。


 ウェセックス「Mother、どうかお願いです。オオトリ提督をもう一度説得してください。こんな、卑劣でヒトの道を外れた作戦を以て彼女に罪を贖わせるなどと。John Bullとして、いいえ、人類を守護し正義を成す一人の艦娘として見過ごすことなど出来ません・・・・!」


 ほとんど掴み掛る勢いで、ウェセックスはシルヴィアに今一度の説得を懇願した。


 同意書には自國の首脳のサインも入っている以上、此処でどうこう言っても仕方がない事だと分かっている。

 更に、この説得で日ノ本との関係がこじれる可能性も否めない上に、最悪シルヴィアは國家反逆罪で処罰される危険性だって十二分に考えられた。


 でも、それでも、ウェセックスはJohn Bull(自由を愛する者)としてこのまま座視することなど出来なかった。


 彼女に、否、英國に正義と人道を貫いてほしかった。


 そう訴える己の秘書艦(いちばん)に、シルヴィアは静かに目を閉ると重々しい口調で言った。


 シルヴィア「ウェセックス・・・・。わたしだってね、本心を言えば鳳さんにもう一度考え直してもらいたいと思っているよ」


 【本当は、天照を救いたい】


 提督という立場ではなく、シルヴィア・フリートウッドという一人のニンゲンとしての本音に、ウェセックスの心に僅かばかりの安堵が生まれる。


 そう、このヒトも本当はアラム提督やマイク提督と同じ気持ちなのだ。

 彼女を―天照を世界の不倶戴天にしたくない。

 彼に、自身が選んだ伴侶(おんな)を見殺しにさせたくはない。

 自身の愛するヒトと、共に歩んでほしい。


 そう思ってくれていた。


 だとしたら、どうして――――。


 ウェセックス「なら、どうして。どうして、あの時何も言わなかったのですか・・・・・!?」


 生まれて初めて抱いた【失望】という名の感情に支配され、ウェセックスは地位も軍規も無視してシルヴィアの肩を鷲掴みにした。


 このヒトに怒りを覚えた事など一度もなかった。

 失望するなど以ての外。

 このヒトを護れるのなら、私は世界の不倶戴天になり果てても構わない。


 そう、想っていままで信じて付いてきたと言うのに。


 なのに、どうしてこのヒトはあの時「否」と声を上げなかったのだろう。


 どうして、このヒトはこんな卑劣を容認できたのだろう。賛同できるのだろう。是と声を上げることが出来たのだろう。


 義と慈しみを何よりも優先して来た我が主もまた、有事には【我が身大事】と保身の立場をとる数多の俗物(ていとく)たちと同じだったと、そう言うことなのかだろうか。


 抱いた失望と共についてきた【幻滅】言う名のもう一つの感情が、ウェセックスにあの会議の光景をもう一度蘇らせていく。



 マイク『ふざけんな!こんなこと、許されるわけないだろう!!』


 アラム『マイクの言う通りです。オオトリ殿―いいえ鳳 帝元帥閣下。どうか、どうか考え直して下さい!』


 シルヴィア『・・・・・・・・・』



 己の持つしがらみを二の次にして「否」と声を上げた者と、それに従った者。


 そう、あの時アラムとマイクが鳳の計画に反対する中、シルヴィアは彼らに賛同することなく座視を決め込んだのだ。


 それは、軍隊という組織(きかい)における提督(はぐるま)というモノの意義を鑑みれば、仕方のない事だったのかもしれない。

 だが、あそこで座視を決め込むことがどのような意味を持つのかを知らぬ程、ウェセックスは無知ではない。


 だからこそ、ウェセックスは同郷のモノとしてシルヴィアの態度に憤った。


 ウェセックス「どうして納得してしまったのですか?どうしてあのような卑劣な行いを容認できるのですか?私たちJohn Bullは、外道を許せるほどに堕落してしまったとのだと、そう言うのですか!?」


 次第に大きく荒くなっていく声音と感情が、ウェセックスの頬に太く大きな水筋を作って行く。


 己が目的の為に艦娘を利用する提督をウェセックスは今まで嫌というほど見てきたが、このヒトは違うと思っていた。

 このヒトには、艦娘に対する敵意もなければ私利私欲に利用しようとする悪意もない。

 本当に、我々艦娘の為に損得勘定抜きに向き合ってくれる。


 そう、想っていたのに――――。


 ウェセックス「Mother・・・・。どうして・・・どうしてなのですか・・・・!?」


 掴んだ肩から伝わってくるウェセックスの悲痛な心の叫び。

 先程とはまるで違う、まるで、信じていたものに裏切られたとでも言いたげな己の秘書艦に、シルヴィアはあえてきつい口調で返した。


 シルヴィア「駆逐艦Wessex。貴方は、初期艦として今まで何を観て来たの?」


 ウェセックス「へ・・・・・・・?」


 その言葉が合図になったのか、ウェセックスは握りつぶす勢いで掴んでいた手を離し、問われた意味が解らないといった風にシルヴィアを見つめる。


 シルヴィア「ウェセックス。貴方が艦娘として守るべきものとは何?」


 ウェセックス「!!っ」


 いま一度艦娘としての使命を問われ、ウェセックスは「はっ」となったように眼を見開いた。


 そして、全てを悟った。


 艦娘の使命は深海棲艦と戦い大洋を護ることであるが、それよりも、まず主である人類を護ることが最優先事項であることを。


 そうだ、私たちの使命は欧州に住む7億のニンゲンの命を守る事。


 欧州の戦線はあと一年も持たないと言うのに、有ろうことか私は主(シルヴィア)に『守るべき民草を混沌へと引きずり込め』と、そう言ったのか。 


 鎮守府立ち上げの頃から初期艦として世界の全てを観て来た者ならば、選択の余地など最初からない事など分かりきっていたことなのに。


 でも、そうだとしても。私は―――――。


 ウェセックス「でも・・・・でも・・・・・・」


 再認識させられた使命と、英國艦(ジョンブル)としての誇りがウェセックスの心の中を掻き乱していく。


 そう、本当は解っていたのだ。


 欧州7億の民と、たった一人の艦娘の生涯。


 本来、天秤にかける事など絶対に許されない筈なのに、世界は時としてその行為を是としてしまうのだと。


 シルヴィア「ごめん・・・・。本当に、ごめんね・・・・・」


 ウェセックス「・・・・マザぁ~・・・・・」


 最早噛みつく事案すら見いだせず、へたり込んだウェセックスは嗚咽あげながら弱々しく最後の抗議をする。


 普段の秘書艦としての凛とした姿ではなく、救いを求める駆逐艦(こども)相応の弱々しい姿は、長年に渡り初期艦として鎮守府を支えて来た相棒が見せた初めての素顔だったのかもしれない。 


 ウェセックス「・・・・マザぁ~・・・・なんで・・・・なんでよぉ・・・・・」


 シルヴィア「・・・・・・・」


 泣き崩れるウェセックスに、シルヴィアは車いすから身を乗り出しそっと後頭部に手を伸ばす。

 その手に導かれるようにして、ウェセックスは主の膝に額をうずめ涙腺を決壊させた。


 シルヴィア(ごめんなさい、ウェセックス・・・。わたしはね、世界と戦うには余りにも歳を取り過ぎたんだよ・・・・・)


 もし、わたしが彼らと同じ年齢だったのなら、あそこでいの一番に「否」声を上げていたのは自分の方だっただろう。


 もし、わたしが彼らと同じ志をまだ持っていたのなら、この娘の意見を尊重しただろう。


 でも、わたしは提督とういう称号を長く賜り過ぎたのかもしれない。


 70年という年月は、シルヴィア・フリートウッドというニンゲンに余りにも多くの重責と人命を背負わせ、そして、臆病にしてしまった。


 シルヴィア「ごめん・・・。本当に、ごめんなさい・・・・」



 星々の照らす仄かな光源の下で、一つの幻滅と未来が確定する。


 それは、一人の視聴者も無ければ証人もない。

 それを知っているのは、彼の者たちを照らす幾億もの星々とそ彼の者たちを撫でた一陣の風だけであった。


 








第四十七章





 鳳たちの極秘会議より二日後。

 横須賀鎮守府 空母艦娘寮。



 深淵へと沈んでいた意識が、ゆっくりと光に包まれていく。


 視界を覆い隠す程の白色に薄れていた五感が徐々に覚醒を始め、背中から伝わる暖かい感触と共に少女はゆっくりと目を開けた。


 「ん・・・・うぅん・・・・」


 窓から差し込む朝日を浴びて、少女―かがの眼球がぼんやりと布地のそれではない天井を視認する。

 数秒の間をおいて視界が明瞭になって来た所で、かがはゆっくりと上半身を起こし辺りを見渡した。


 知っている天井と、そこからぶら下がる和風のペンダントライト。

 知っているアイボリー色の壁。

 知ってる畳敷きの床。

 知っているせんべい布団。


 そう、ここは、昨日まで過ごしていた簡易テントではなく、長年にわたり赤城と過ごした鎮守府の寮部屋のようだった。


 何故、と思ったのも一刻、かがはここ数日間の鎮守府を思い起こす。



 鳳 帝に屈辱的な服従を誓った次の朝、壊滅した横須賀鎮守府にあり得ない程の物資と作業員が遣わされた。


 同行してきた艦娘たちの話によれば、これらの援助は鳳の友人たちが無償でよこしたとの事だった。


 その理由について、彼の艦娘は機密事項故それ以上は話せないの一点張りだったが、実際のところ、かが達艦娘は土木関係については無知と言って良かった為、彼ら作業員―皆その筋のプロたちだった―たちの派遣は願ったり叶ったりだった。


 そして、彼らの手によって復興は驚くほど速く進み、三日後には更地同然だった鎮守府はほとんど襲撃前の状態にまで復興を遂げた。

 その二日後には艦娘たちの寮の建て直しも終了し、並行して行われていた戦死者たちの回収と簡易テントの片付けも昨日までにすべて完了したため、艦娘たちは修繕された各寮へと戻っていった。


 こうして、かがたちはおよそ五日ぶりに形とはいえようやく元の生活へと戻ることが出来たのだった。


 そう、確かにわたしたちは【今までの寮生活(にちじょう)】に戻ったのだ。



 戻った・・・・筈なのだ。



 かが「赤城さん・・・・。結局、帰ってこなかったのね・・・・」


 隣に敷かれたもう一組のせんべい布団に視線を移し、かがは独り言ちる。


 建て直された寮の部屋割りは従来のままとされたので、当然かがと相部屋になったのは赤城であった。


 だが、ようやく二人きりで話ができると思った矢先に、彼女は夕食後に「急に用事が出来た」と言って出て行ってしまった。


 外出前にそれとなく理由を聞いてみたものの、彼女は「大した理由ではありませんよ」と作り笑いを浮かべただけで一向に内容を離さなかったため、かがは結局「そう」とだけ言って赤城を送り出してしまった。


 最も、かがにはその理由が何となく察しが付いていたのだが。


 かが(まったく・・・・。わたしもそうだけど、あのヒトも嘘をつくのが下手ね・・・・・)


 そう言って布団から目を離し、かが大きなため息をこぼす。


 大方、彼女は提督(あのオトコ)にでも呼び出されたのだろう。


 あれほど弄ばれたオトコの命令に大人しく従う―軍属である以上拒否権は無いのだが―赤城もそうだが、よりにもよってその彼女に夜伽をさせる奴(おおとり)も相当な鉄面皮の持ち主といえよう。

 それとも、それくらいでないと鎮守府の提督などやってられないのだろうか。


 どちらにせよ、その畜生に二度も頭を下げて存命を請うた自分が偉そうに弁ずることでは無いと結論付け、かがは身支度を整えようと布団から出た時だった。


 「かがさん。起きていますか?」


 扉の向こうから慣れ親しんだ声が聞こえ、反射的に「はい」と応答したかがは小走りで入口へと歩いていく。

 内外を隔てるマホガニー色の扉に取り付けられたステンレス製の簡素なドアノブに手をかけたとき、かがは妙な胸騒ぎを覚え扉の開閉を躊躇してしまった。


 ――――本当に、このまま扉を開けてよいのだろうか。


 恐らく、自身の夜伽の予想が正しければ、彼女の指には【アレ】が嵌められている可能性がある。

 それを見たとき、果たして自分は理性を保っていられるだろうか。

 万が一、親友だと思っていたヒトがあの畜生のケッコン艦になったと言う証を見せられて、果たしてわたしは、赤城さんとあのオトコへの殺意を殺すことができるだろうか。


 かが(いいえ。ここは、覚悟を決めましょう)


 このまま狸寝入りを決め込もうかとも考えたが、応答してしまった以上このまま開けないわけにはいかない。


 ――――なら、開けるしかない。


 そう自身に喝を入れ、腹を括ったかがはドアノブを握りしめゆっくりと回す。


 ガチャリと音を立てマホガニー色の扉が滑らかに開き、何時ものふんわりと甘い香りではなく、何故かねっりとしたオンナの匂いが鼻孔を刺激したのも一瞬、扉の陰から柔らかい表情と共に見知った顔が映りこんだ。


 赤城「おはようございます。かがさん」


 数日前の確執など無かったように、赤城はそう言ってかがにニコリと微笑んだ。


 よそよそしさなど微塵もない、ごく自然な笑顔だったが、入り口で笑みを浮かべる赤城の躰に生々しく残された幾つもの痕跡が視界に飛び込んで来た時、かがは自身の予想が的中してしまったことを心底呪った。


 未帰宅であるはずの彼女の弓道着(せいふく)は、一体どこで仕入れたのかシミの一つもない真っ新な新品に変わっていた。

 ぷくりと張りのある柔肌には、首筋に明らかにヒトのモノとされる噛み跡が薄く刻まれている。

 胸当てを付けていない空母艦娘の中でも上位に入る大きな胸部装甲は、着物越しでも解る程に乳腺が隆起していた。

 黒く艶のある長髪は僅かに湿気を帯びており、笑みを浮かべる額にはほんのりと汗が滲んでいた。

 そして、赤城の躰からに臭ってくるねっとりとした雌(おんな)の匂いと、明らかに何かを隠す為に不自然に握られている彼女の左手。


 これらが指し示す事柄を、かがはたった一つしか知らない。


 かが「おはようございます・・・。赤城さん・・・・」


 極力心中を悟られないようにして、かがはなるべく彼女の左手を見ないようにしながら慎重に赤城に言の葉を返す。


 ――――いま、この鎮守府(むげんじごく)で生を認識できる最後の希望を、わたしは失いたくない。 


 いまの彼女から真実を聞いてしまえば、まず間違いなく自分はこのヒトを許せなくなるだろう。 


 彼女を、嫌わなくてはいけなくなってしまう。一航戦の片割れとして見れなくなってしまう。

 唯一人の理解者を、唯一つ残った生きる導を、わたしは失ってしまう。


 自身の持ち得るなけなしの会話能力を総動員して、かがは必死で場を取り繕うと言の葉を放ち続けた。



 だが、此岸はかがに味方をしてはくれなかった・・・・。



 かが「赤城さん・・・・。今日は――――」


 赤城「・・・・昨日の夜、お引き受けしました」


 皆まで言う前に、赤城は自らの過ちを告白した―否、されてしまった。


 彼の申し出を受けたと。

 彼の寵愛を受け入れたと。

 彼のモノになったと。


 そして、貴方が向けてくれた信頼を失墜させてしまったと。


 かが「・・・・・・・・・・」 


 唐突に放たれた罪の告白に、かがの抱いた怒りの矛先が鳳から目の前にいる親友―否、親友だったヒトに変わっていく。


 かが(なんで・・・・。なんで、いまソレを言うの・・・・!?)


 辛うじて彼女の喉元に飛び掛かることだけは避けられたが、やはり現実を突き付けられてはどうしても自身の抱いたあの日の感情が再燃することは避けられなかった。


 赤城「かがさん・・・・・。私――――」


 かが「ごめんなさい。着替えるので、少し、一人にしてもらえませんか?」


 ダメだ、もう、このヒトを見ることが出来ない。

 声を聴くことが出来ない。

 言の葉を送ることが出来ない。


 突き付けられた絶望(げんじつ)から逃げるように、かがは溢れだす感情を必死で抑え込み、赤城に承諾を得る事無く扉を閉めた。



 かが「・・・・・・・・・・・」


 カチャリと扉が閉まるのを確認し、そのまま流れるように鍵をかけたかがは、よたよたと箪笥ではなく片づけ損ねた布団へと歩いていく。


 先程まで使っていた方ではなく、本能的に相棒の為に敷いた方へと向かったのは単なる偶然か、もしくは崩壊寸前の防衛本能の表れか。


 かが「・・・・・・・・・・っ」


 いずれにせよ、そこで膝を折った拍子に舞った彼女の残り香が鼻孔をくすぐった時、決壊寸前でせき止めていた感情を一気に放出させてしまった。


 かが「あ”ぁァ”ア”アぁあ”あァ”ァ亜ぁぁ”啞ア”ぁぁ”ぁ”ぁあ――-―――――――-っ!!!!!!!」


 決壊した感情が濁流となってかがを飲み込んでゆき、彼女の思考回路を今までにない程の負の感情で支配して行く。


 【わたしの赤城さんが、穢された】 


 そんな言葉が、千万回と再生され、真っ白になった思考を赤黒い濁色で染めて行く。


 赤城さんの躰が。

 赤城さんの心が。

 赤城さんの誇りが。


 わたしの赤城さんが。わたしのあかぎさんが。ワタシノアカギサンガ・・・・・。


 ワタシノアカギサンガ、アノオトコニ、ケガサレタ・・・・。


 かが(どうして。どうして貴方は何時もわたしの気持ちを汲んでくれないの・・・・!?)


 どうしてあの時、彼女を止めなかったのだろう。

 どうしてあの時、無理にでも理由を聞かなかったのだろう。

 どうしてあの時、追いかけなかったのだろう。


 彼女は―赤城は鳳 帝を愛している。


 だから、例え彼が自分を娶る理由が自身の望むモノで無かったとしても、その申し入れを断ることは絶対にしないだろう。

 例え、自分を求める理由が愛故でなくとも、彼を拒むことはぜったにしないだろう。


 そう、あの時、彼女を引き止めなかった時点でこうなることは解っていたはずなのに。


 かが(どうして。どうして。どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして・・・・・・!!)


 濁流となった感情はかがの思考だけでなく、五臓を刹那の速さで侵し尽くして逝く。 


 動悸がする。 

 吐き気が酷い。

 視界がグニャグニャする。

 躰が水底に沈んでいかの様にとても冷たい。


 濁色で染められた思考回路は、かがに暴力的な感性を呼び起こし赤城という名の親友(うらぎりもの)を罰せよと思案させる。


 もし、このまま感情に任せて彼女を部屋に引き込んでしまえば、この慟哭も少しは晴れるのだろうか。

 もし、このまま鉄拳の一撃でも加えていれば、この怒りも少しは薄れるだろうか。

 もし、このまま彼女の躰を上書きしてしまえば、この心痛も少しは収まるのだろうか。 


 否、おそらく彼女はそのつもりでここへ来たのだろう。鉄拳の二発三発も強姦まがいの凶行も覚悟の上だったはずだ。


 そうだ、殴っても良いのなら、何故あそこで彼女の顔面を潰さなかった。

 その躰を羞恥と苦痛に歪めて良いのなら、何故あそこで彼女を押し倒さなかった。

 その罪を贖うと言うのなら、何故あそこで彼女に贖わせなかった。


 あのヒトは、ソレをされて当然の罪(こと)をしたのだと認めているというのに。


 裁いてよいと、許可しているというのに。


 でも―――――。


 それでも―――――。


 わたしは―――――。


 かが「いずも姉さん・・・・・あまてらす・・・・・。たすけて・・・・・・」


 五臓六腑を犯し続ける絶望と慟哭に、かがはまだ見ぬ実姉と半ば見捨ててしまった妹に救済を懇願する。


 わたしはこれから、何を導にして生きてゆけばよい。

 わたしはこれから、何に縋って生きてゆけばよい。

 わたしはこれから、何を信じて生きてゆけばよい。 


 もう、わたしが最も信頼し愛した誇り高き一航戦の赤城は、過去の人物に成ってしまったと言うのに。



 ワタシハ、コレカライッタイ、ナニヲ、シンジテ、イキテイケバヨイノダロウ・・・・・・。



 戻ったはずの日常は、唯絶望を覆い隠すだけの虚飾だったのだろうか。それとも、これが唯一人の姉妹を裏切った自分への因果応報なのだろうか。


 問いかける者も、答えてくれる者もいないまま、かがは唯々虚ろな面持ちで覆い被さる絶望に沈んでいった。








 マホガニー色の扉の向こうから、己が半身の慟哭が響き渡る。


 裏切られた。

 見捨てられた。

 奪い取られた。


 ヒトの抱くあらゆる負の感情がない交ぜになったその嘆声は、それを与えた張本人にも同じだけの背徳感を抱かせた。


 赤城「かがさん・・・・・」


 かける慰安も乗り込む名分も見出せぬまま、赤城はこの世の終わりと言わんばかりに泣き叫ぶ半身の哀哭を扉越しに聞き続けていた。


 彼女が自分に親友以上の感情を向けている事は、薄々気づいていた。


 加賀は、あの世界大戦以前からの付き合いであり、共に二人三脚で戦果を挙げ、戦火を潜り抜けて来た最高の戦友だ。

 その赤城にとって、加賀は安心して背中を任せられる何物にも代えがたい【相棒】であった。


 その感情は、例え時を超え、融合改装され、名前と容姿が違っていようとも変わることは無かったのだが、彼女のもつ加賀の船魄に秘められた感情は私が抱いてきたものとは少し違うものだった様だ。


 赤城「加賀さん・・・・・。貴方は、そこまで私の事を・・・・・」


 轟く戦友と呼び親しんだ者の哀哭に、赤城はようやく加賀の本心を思い知ることになった。


 そう、加賀は、私を愛していたのだ。


 それは、赤城が鳳 帝に抱いていたもの寸分違わぬもの。同性でありながら、加賀は赤城を恋慕し、慈しみ、共に添い遂げたいと願ったのだろう。


 赤城「・・・・・・」


 同じ性の元生まれたヒトを想い慈しむ。


 本来なら、異性に向けるべき恋慕を同性に向けると言う決して許されぬ恋慕を望んだ己が半身。


 でも、赤城はそこに嫌悪感も不快感も浮かぶことは無かった。

 寧ろ、そこまで自分を慕ってくれていたことに、感謝の意を表明したいと思っていた。


 赤城(ありがとうございます。加賀さん)


 内外を隔てる扉に額を押し付け、赤城は絶望する半身に感謝の言の葉を送る。


 ――――ありがとう。


 こんな私を好いてくれて、ありがとう。

 目的の為に己が躰を差し出した醜悪な自分を慕ってくれて、ありがとう。 


 そして、さようなら・・・・・。


 赤城(もし、次の人生があるのなら。私は、今度こそ貴方の番いの鳥となりましょう・・・・)


 送った言の葉が彼女に届くことを願い、赤城はそっとその場を後にした。








第四十八章




 赤城が自室に戻ってから、およそ数分後

 本部棟 提督執務室 




 大淀「演習・・・ですか?」


 午前の業務が始まった直後、何時もの様に提督用の執務机に隣接された秘書艦用の机にて業務の補佐をしていた大淀は、鳳の突然の発言に思わず生返事を返した。


 それは、天照の鎮守府襲撃からおよそ五日目の朝。多忙を極めた復興もひと段落し、ようやく艦隊業務が可能となった矢先の事だった。


 鳳「うむ。今しがた、アメリカ合衆國のガダルカナル島 艦隊総合指令本部より通達があった」


 そう言って、鳳は執務に使用している自前のデスクトップ型PCを操作しながら、彼の國より送信されてきたメールを、大淀の専用PCに送信する。


 数秒の間をおいて、『SECRET』とタグの付いたメールが一件、大淀のPC画面に送信されて来た。


 大淀「あの、拝見しても?」


 鳳「・・・許可する」


 わざわざ閲覧許可を求める大淀に、鳳は意外そうな表情を作ったのも一瞬、すぐに承認の文言を述べ開封を促す。


 当たり前のことだが、本来、『機密』と捺印された資料はいかなる理由があろうと艦娘達が中身を見ることは許されない。

 そのため、大淀は例え彼から見ろと言わんばかりに直接手渡されたとしても、中身を見るには提督の許可が必要だった。

 それが、人一倍鎮守府の規律に厳しい最初期艦殿なら尚更だ。


 大淀「拝見いたします」


 軽く敬礼をしたのち、大淀は送信されたメールを開封し黙読していく。


 大淀(宛、日ノ本の國 横須賀鎮守府 鳳帝元帥閣下。連日の艦隊業務、まことにご多忙の事と存じます。さて、多忙のところ誠に勝手ながら、本日1000より我がセイレーン起動艦隊との演習を希望いたします。演習場所、並びに参加艦船は添付する資料を参照されますようお願い申し上げます。良い返事を期待を期待しております。アメリカ合衆國 ガダルカナル島艦隊総合指令本部 セイレーン起動艦隊司令長官 マイク・アンダーソン大将)


 謳われたあいさつ文に目を通したのち、大淀はカーソルを操作し添付された資料を表示させる。


 大淀(指定場所は・・・・九州南方海域、か)


 演習場所を鎮守府内にある演習場では無く、深海棲艦が跋扈する海上(せんじょう)に指定するのは、参加艦娘の安全面から見てあまり良いモノとは言えないものだった。

 何より、この提案の裏には訓練と称した相手鎮守府の戦力の削ぎ落しという疑心が付いて回る為、最悪、提督同士の諍いに発展する危険性も孕んでいた。


 その為、提案された側もまた、参加の是非を慎重に選ぶ必要もあった。


 大淀(参加する艦娘は・・・・。えっ!?)


 相手鎮守府の参加総数を見た大淀の顔がみるみる青ざめていく。

 そこに記されていた参加戦力の内訳は、彼の艦隊の正気を疑う異常なものだった。



 対戦艦隊 セイレーン起動艦隊。


参加戦力 

 艦隊総旗艦 提督座乗艦「USSアリゾナ」


 第一艦隊 CV-3サラトガ他、正規空母五隻。

 第二艦隊 BB-63ミズーリ他、戦艦五隻

 第三艦隊 CV-9エセックス、CB-1アラスカ他、軽空母四隻

 第四艦隊 CB-2グアム、DD-733マナート・L・エベール他、駆逐艦三十七隻



 大淀(総数・・・五十八隻・・・・!?)


 その数は、彼のセイレーン起動艦隊全ての艦娘達だった。


 だが、大淀の血の気を引かせた文言は、その奇想天外な参加艦娘数よりもそこに記された艦隊総旗艦の名前だった。


 大淀「提督座乗艦『USSアリゾナ』」


 提督座乗艦。


 それは、今は忘れ去られた人類と艦娘との信頼関係の元造られた、一つの答えと言うべきモノ。

 【提督】と言う艦娘達にとって最優先防衛目標を以て彼の者達を督戦する、不退転の戦術。


 大淀「あの、提督・・・。これって、もしかして――――」


 鳳「大淀・・・・。すまないが、午前の執務は一先ず休止だ」


 恐る恐る問う秘書艦に、鳳はPCを操作しながらそう答える。


 大淀「提督・・・。まさか・・・・承諾するつもりですか!?」


 遠回しに求めに応じると発言した鳳に、大淀は信じられないと声を上げる。


 艦娘は、人類からしてみれば深海棲艦の脅威から守る【盾】であるのと同時に、自らの身を滅ぼしかねない強力な【矛】にも成り得る諸刃の剣だ。

 だからこそ、その保有数は厳重に管理され、それを使役する提督達は規律と言う名の鎖で雁字搦(がんじがら)めに拘束され、監視されてきた。


 故に、この鎖を断ち私益とする者は、何者であろうと世界の敵とされ断罪されることになる。


 それは、この鎮守府を預かる鳳も愚行を犯したマイクも十二分に理解しているはずであった。


 鳳「それと、整備妖精達に三笠の出港準備をせよと伝えてほしい」


 大淀「て、提督!?」


 鳳の蛮勇とも取れる発言に、大淀は机を乱暴に叩きながら立ち上がった。


 ――――なぜ、貴方が彼にそこまで付き合う必要がある。


 彼の行いは、演習という大義名分を借りた明らかな侵略行為だ。


 仮にこの演習を承諾したとて、我が鎮守府には何の利益もない。

 むしろ、この凶行の勝敗によって我が國とアメリカ合衆國は戦力の激減を伴うことになる。

 それは、深海棲艦の大海侵略をさらに加速させることを意味する。


 畢竟、この演習はどちらも不利益しか被らないという百害あって一利なしの無意味なもの。


 故に、いま貴方が成すべきことは、艦隊の即時撤収と彼の断罪をアメリカ政府に求める事であって、彼の私情に付き合うことではないはずだ。 


 大淀「提督。失礼を承知で申し上げますが、今は彼の愚考に付き合っている余裕は我が鎮守府にはありません」


 不敬を承知で、大淀は鳳に諫言を放つ。


 鳳の性格上、売られた喧嘩は必ず買う主義だ。おそらく、マイクもそのつもりでわざわざ演習の申請などと言う回りくどい事をしたのだろう。


 そう、これはあくまでも【演習】なのだ。


 そこでいかなる損害―そう、例えば艦娘の轟沈や提督の戦死が起こったとしても、それは全て【演習中の不幸な事故】として処理できる。


 つまり、この戦闘によって國家間の人事的ないざこざが発生することは無く、艦娘の損害も勝敗によっては微細にとどめることが出来る。


 それを、鳳はよく理解していた。


 そして、けしかけたマイク自身も・・・・。


 鳳「大淀。オトコにはな、全てわかっていようとも引けない戦いと言うモノがあるのだよ」


 理解した上で秘書艦としての立場を貫こうとする大淀に、鳳は不退転の覚悟を含んだ眼でそう返した。


 解っている。

 これは、私闘以外の何物でもない。

 鎮守府と言う組織を回す歯車(ていとく)である身として絶対にやってはならない禁句。


 だが、解っているからこそ、漢として不退転の覚悟で出撃した奴の申し出を突っぱねることは出来ない。


 大淀「・・・・・解りました。直ちに、艦娘各員に通達し、出撃準備に取り掛からせます。それと、アレの準備も・・・・」


 憂いを含んだ眼差しで承知の敬礼をし、大淀は踵を返す。


 矜持には、同じ矜持で返す。


 こうなった時、貴方たちオトコと言う種族は、時に戒律も損得も無視して己の【正義】に準ずる生き物であることを、大淀は艦船時代(かこ)と艦娘人生(みらい)のなかで見聞し理解して来た。


 そして、その意志を尊重し良き未来に導くことこそが、我々の責務であることも。


 大淀(だからこそ、艦娘(わたし)達は貴方たちを心から慕ってしまうのでしょうね・・・・)


 戦闘艦である艦娘が持つ闘争とは本質の異なる、自身の御旗の下に戦うもう一つの闘争(いくさ)。

 それもまた、貴方たち人類が暁の水平線に刻む勝利の一つの形なのだろう。


 大淀(やっぱり、貴方たち人類は本当に興味深いですね)


 また一つ、貴方を好きになれる理由が出来ました。

 口元を綻ばせ、大淀は彼の正義をカタチにすべく執務室を後にした。






 【提督座乗艦】



 正式名称を【第零号型対艦娘用督戦隊座乗艦】。


 落日の敗走からまだ時が経っていなかった時代。いまだ邂逅浅き艦娘達の戦闘指揮を目的に建造された有人型特務戦闘艦の総称である。


 邂逅当初、まだ人類は艦娘との指揮系統が確立されておらず、通信機器も未熟であった為、提督自身が前線に赴き陣頭指揮を執る必要があった。

 そこで、艦娘用の通信機器並びに作戦指令室を内蔵した移動基地として建造されたのが、【第零号型対艦娘用督戦隊座乗艦】通称【提督座乗艦】であった。


 その後、艦娘を創造した妖精達や指揮される艦娘達との信頼構築と共にこの特殊任務艦はその役目を終え、その存在意義も前線指揮から鎮守府提督の一種の不退転の証としての役割を与えられることになった。


 ただし、それ等の文言の裏には、人類が艦娘という未知の存在に対する畏怖、そして、疑心を抱いていたが故の督戦の為に付け加えられた唯の建前に過ぎなかったことを知る物はほとんどいないだろう。



 グリニッジ標準時0950

 鎮守府海域 九州鹿児島県沖 北緯30度22分。東経128度4分。


 凪いだ海に、およそ4年ぶりとなる戦闘艦の航跡が刻まれる。


 総数五十七人もの海神の娘を侍らせながら、黒煙を上げ、海風を切り、青い海に己が足跡を刻むその姿は、嘗ての大海の覇王の帰還に相応しい進軍の妙であった。


 マイク「USSアリゾナ。まさか、米國(うち)の鎮守府にこんなものが隠されていたなんてね」


 覇王の中枢である第一艦橋。その入り口から見て右側に設けられた艦長座に座したマイクは、艦橋内を忙しなく動き回る乗組員たちを見ながら独り言ちる。



 アメリカ海軍 ペンシルベニア級戦闘艦二番艦「USSアリゾナ」


 かつて、彼のアメリカ海軍において計画された「標準型戦艦」建造計画の一つとして建造されたペンシルベニア級戦闘艦の二番艦にして、就役当時世界最大最強戦闘艦と呼ばれて艦船である。

 建造当時、世界最大と呼ばれた主砲のMk5 35・6cm三連装砲は最大射程21キロメートルを誇り、最高速度21ノットという高速戦闘艦並みの速力、回転半径640mの好操舵力と優秀なダメージ・コントロール持った彼の戦闘艦は当時世界最大と謳われた戦艦扶桑をも凌ぐ世界最強の戦闘艦として君臨した。


 しかし、彼の艦もまた他の戦闘艦と同様に航空機と言う次世代の覇者に敗れ去り、その亡骸は、彼の母港にて数多の哀惜と共に眠る事となった。



 それから、70有余年。

 彼の戦闘艦はこの海原に己が武功を轟かせべく、再びその体躯を以て大海を翔けたのだった。


 「Captain。間もなく、予定時刻です」


 艦橋に詰める水夫姿の少女が、艦長席に座るマイクに敬礼の姿勢のまま彼に状況を伝える。


 マイク「ああ、了解。引き続き、対空、対艦、対潜警戒を厳と成せと各艦娘達に打診しておくれ」


 「Aye aye sir」と再度敬礼し、少女は持ち場へと戻っていく。


 それを、マイクは何とも不思議そうな眼差しで見送った。


 ――――本当に、ニンゲンの少女と変わりないな。


 アリゾナに限らず全ての提督座乗艦に乗艦する乗組員は、その全てが艦娘の主副艤装に乗艦している整備妖精達である。

 ただし、彼女たちの姿は艤装に搭乗している小人のそれではなく、中高学生くらいのニンゲンの姿で乗艦している。


 その、総数914人の新たなる亜人種の乗員と共に、マイク率いるセイレーン起動艦隊は着々と戦闘準備を整えながら、彼の軍艦の眠る海原にて鳳 帝率いる横須賀の艦隊を待ち構えていた。


 マイク(提督座乗艦・・・・。なんとも、皮肉の効いた艦名だよな・・・・)


 艦橋内を今一度見渡し、マイクはこの艦に与えられた後ろ暗い任務を苦々しい面持ちで思い起こす。


 提督座乗艦。


 人類の守護神であるはずの艦娘を時には前線指揮し、時には水底に沈める為に建造された対艦娘の督戦兵器。

 搭載されているその全ての火器が、艦娘を一撃で葬り去れるだけの威力を誇り、就役当時を知る艦娘達にとっては戦慄の象徴となったニンゲンの暗部を象徴する負の遺産。


 時の流れと共にその血塗られた役目を終えても尚この座乗艦は鎮守府の象徴として、また人類の不退転の証として【必ず提督の着任と同時に鎮守府に配備される】ことになっていた。


 まるで、そこに存在することが【至極当然】の事のように。



 マイク「艦隊総旗艦から、各艦隊へ。戦闘の準備状況を知らせよ」


 艦橋中央に位置する操舵席の左側に設置された通信機器へと移動し、マイクは各艦隊にチャンネルを合わせ各艦隊の状況把握を行う。


 ちなみに、この提督座乗艦は外見こそ当時の戦闘艦だが、その搭載兵装は現代の護衛艦と同じだけの装備を有し、それ合わせて艦橋内のレイアウトも就役当時のものから護衛艦仕様のものへと交換されている。


 その為、このアリゾナの艦橋には第一から第四艦隊までの全ての情報が集約され、天井付近を覆うように設置された液晶画面に表示される仕組みになっていた。


 サラトガ『こちらFisrt艦隊。旗艦Saratogaから艦隊総旗艦へ。各空母の艦載機隊の発艦準備完了しました』


 備え付けの通信機から玲瓏な声が艦内に響くのと同時に、取り付けられた液晶画面にの一つに煙突を模した帽子が印象的な艦娘が映し出される。

 第一艦隊旗艦を務める空母サラトガの声だ。


 レキシントン級の二番艦である彼女は、ガダルカナル島鎮守府の中では最も後期に着任した新参者の一人であるが、最近実装された改二実装と同時に施された装甲空母化により、今や鎮守府の主力艦として多大な戦果を挙げていた。


 今回、その功績が認められ、栄えある第一艦隊の旗艦を務めていた。


 ミズーリ『こちらSecond艦隊。旗艦Missouriから艦隊総旗艦へ。全艦、火器管制システムに異常なし』


 エセックス『こちらThird艦隊。旗艦Essexから艦隊総旗艦へ。全艦載機隊、発艦準備よし』


 グアム『こちらFourth艦隊。旗艦Guamから艦隊総旗艦へ。各駆逐艦並びに各レーダーピケット艦の相互通信、異常なし』


 サラトガに次いで、各艦隊旗艦から矢継ぎ早に通信が入る。


 各液晶画面に映し出される自信とあまり外見年齢の変わらない彼女たちを見つめ、通信機のチャンネルを切り替えながら一人一人に「了解」と応答を返していたマイクは、ふと左端に映る一人の艦娘を悲哀の眼差しで見つめた。


 マイク(すまない、グアム。君の艦隊を壁役に使ってしまって・・・・)


 現在、セイレーン起動艦隊は艦隊総旗艦であるUSSアリゾナを中心に310メートルづつの間隔をあけて輪形陣を展開し、更に第四艦隊に随伴させたレーダーピケット艦を1,85キロメートル前方に等間隔で扇状に展開させている。


 この宛ら日ノ本にある前方後円墳のような陣形は、艦隊の半数をレーダーピケット艦で構成された第四艦隊艦隊を外円部とすることにより、敵艦隊並びに艦載機隊を早期発見でき、より自軍に有利な態勢をとることができる。

 ただし、その見返りとして外円部に展開する第四艦隊は、実質敵側に真っ先に狙われることになる。


 畢竟、彼女たちは艦隊の壁役―もとい弾除けを半ば強制的に引き受ける形となってしまうのだ。


 グアム『提督。どうか気を落とさないでください』


 マイクの心情に気付いたのか、グアムは気遣うようにやんわりと言った。


 マイク「グアム・・・。だが、僕は君たちに――――」


 旗艦(ぼく)の盾となって沈めといっているのだ。


 そう言おうとした時、グアムは自身の唇に人差し指を当て、マイクの言の葉を封じる。


 ――――それ以上は、いけません。


 そう聞き取れたマイクは、ぎりりと奥歯をかみ、遅れやってきた羞恥に駆られ、軽い自己嫌悪に陥った。


 今更、何を言っているのだ自分は。


 セイレーン起動艦隊の全戦力を投入したこの艦隊出撃。


 一応、メールには艦隊総司令部の名を使ってあるものの、実際には演習の申請はおろか出撃の許可さえ取り付けてすらおらず、その実態は鳳に計画の即時中止を要求するための無断出撃だった。

 故に、仮に彼の考えを改めさせたとしても、自分は軍規違反で銃殺刑が関の山だろうし、出撃に参加した艦娘も最悪、解体は免れないだろう。


 だが、それでも良いと思ったからこそ、自分はこうして提督座乗艦(ここ)に立っているのではなかったのか。


 マイク「悪いグアム。余計な気遣いをさせてしまったね」


 わずかに頭部を下げ、マイクは己が非礼を詫びる。


 そうさ、どのみち僕はここで終る。

 なら、最後に自分の正義(バカ)に付き合ってくれた彼女たちの想いに報いるのが提督たる自分の責務だろう。


 そう思い直したとき、レーダー機器を操作していた整備妖精から「レーダーに感アリ」の報告が入る。


 整備妖精「Captain。方位60度(北東)、距離74マイル(約137キロメートル)の海上を航行中の味方艦隊を捉えました」


 マイク「味方、だって?」


 レーダー担当からの報告を訝る様に返しながら、マイクは「艦種は判るかい?」と続きを促す。

 すると、妖精は「それが・・・・」と歯切れ悪く応えた。


 整備妖精「レーダー妨害が酷くて、艦種の特定までは出来そうにありません・・・。とりあえず12隻ほどの艦隊。それと、大型の艦船がいる模様です・・・・」


 マイク「大型艦?」


 整備妖精「恐らく、提督座乗艦だと思われます」


 ――――提督座乗艦。この方角だと、おそらく鳳のミカサか。


 そう確信したマイクは口元に右手をかぶせ、鳳の真意を測ろうとする。


 マイク(こちらの戦力に対抗するには、随分と少数だな・・・・)


 提督座乗艦を駆って自ら戦場に出て来たのであれば、その艦隊は彼の最高戦力で固められているという事。

 しかし、そうだとしても五十八隻の大艦隊を相手取るには些か心もとない気がする。


 それとも、別の艦隊がどこかで待機しているのだろうか。


 マイク「第1艦隊及び第3艦隊。偵察機から何か報告はないかい?」


 レーダーが使えないなら、艦載機による目視に頼るしかない。そう判断し、マイクは空母たちの威力偵察に掛けた。


 ところが。


 サラトガ「こちら第1かんた・・・。空母サラと・・・・・。かん・・・からの・・・・こく・・・・」


 エセックス「こち・・・・・だ・・・・てい・・・・・」


 サラトガ達に助力を求めようとした矢先、各艦隊を移している液晶画面に砂嵐が混ざり始め音声も途切れ途切れになり始める。


 ――――これは、まさか・・・!?


 その刹那、第一艦橋の真下に位置する戦闘艦橋(CIC)から悲鳴に近い声で報告が入った。


 整備妖精「こちらCIC。Captain、火器管制システム及び射撃指揮装置がシステムエラーを起こしダウンしました!」


 整備妖精「Captain、射撃プログラムに異常発生。OSがもの凄い速さで書き換えられていきます。・・・・Shit!プロテクトが間に合わない・・・・!?」


 次々に入る、CICからの異常事態発生の報告。


 アリゾナを始め各艦娘の電子機器関連の副艤装は、現時点での最高出力のモノを搭載している為、そうそう電子機器に異常をきたすことは無いはずだった。


 そう、その筈、だったのだ・・・・。


 整備妖精「・・・・Captain」


 マイク「やってくれたねぇ・・・・。ミカド・オオトリィィ・・・・!?」 


 呆然とながら恐る恐る整備妖精がこちらを見つめ問うたのと、マイクが苦虫を噛み潰した顔で拳を通信機を叩きつけたのは同時だった。


 ――――この僕が、先手を取られた。


 陸海空全ての戦闘において、真っ先に行われるのは相手の眼と耳を潰すことである。


 味方の識別信号を利用した、欺瞞工作によるかく乱。

 ECMを始めとした電子戦術を使用した、レーダー妨害による艦隊状況把握の阻止。

 クラッキングによるプログラム改ざん、及び通信網の遮断による艦隊間相互連携の阻止。


 これらの電子機器を利用した戦術は、彼の鳳 帝が最も得意とする戦闘戦術の一つだった。


 マイク(オオトリさん。アンタはそこまでして、艦娘達を不幸にしたいのか・・・・!?)



 『ふざけんな!こんなこと、許されるわけないだろう!!』


 あの日、自分がいの一番に挙げた否定の言の葉が今一度脳裏に蘇る。


 渡された資料には、ワクチンを投与された艦娘達のその後の処置も記されていたのだが、その内容は、マイクを始めとする提督達、果ては艦娘に関わったほぼ全ての人間たちが「否」と声を上げる様なものだった。


 【艦娘たちはワクチン投入後、その経歴に関わらず速やかにその悉く解体する。なお、彼の者たちに関する全ての資料も、速やかにその悉くを抹消するものとする】


 仮に、この計画が施行されれば、艦娘達は現世から淘汰され二度と転生出来なくなるだろう。

 戦後、この世界で愛する人々と添い遂げたいと願っていた艦娘達も、戦のない平和な海で生きたいと願っていた艦娘達も。


 その誰もが、己が願いを成就させることの出来ないまま、この世界から殲滅させれることになる。


 マイク「殺らせはしないよ、ミカド・オオトリ。艦娘達は、僕が護る」


 先手を取られた屈辱を己が闘志に変えて、マイクはギロリと水平線の彼方に座するであろう己が宿敵を見据える。


 そう、艦娘は兵器などではない。

 感情を持ち、痛みを感じ、優しい心を持つ我々の戦友であり、愛すべき家族であり、信頼し合う仲間なのだ。

 その彼女たちをないがしろにし、あまつさえモノの様に使い捨てるなど言語道断。

 それこそ、神を冒涜するがの如き所業。万死に値する。


 故に、あのオトコに大義は無い。

 故に、大義は我にこそあり。


 マイク「整備妖精。第1艦隊に発行信号にて通達して欲しい」


 整備妖精「は・・・っ。では、文言は何と」


 気圧されたような声で問う整備妖精に、マイクは「そうだね・・・」と地の底から響く様な声でちらりとこちらを見る。


 そして、ぐにゃりと顔を歪め、言った。


 マイク「You Take Them」



『君たちの手で、奴らを倒せ』






第四十九章




 グリニッジ標準時1000


 マイクたちの艦隊から北東に74海里(約137キロメートル)の地点。




 静かに開戦の銅鑼が鳴らされた海上に、もう一つの提督座乗艦の航跡が刻まれる。


 黒煙を吐き、海風を切り、青い海に己が足跡を刻むその姿は彼のペンシルベニア級戦闘艦と同じであったが、大海を翔けるその姿は、体現する時代を間違えたのではないかと邪推したくなるものだった。


 「ECM、正常に稼働中。艦載機隊(せっこう)からの報告では、敵艦隊の電子機器の封じ込めに成功したとの事です」


 『了解した。引き続き、敵艦隊の電子戦術を継続せよ』 


 「よーそろー」と答礼の言の葉を送り、通信機を休止状態にしたゼルテネス・ティーアは、ふぅと小さくため息をつき遥か彼方に座する敵艦隊を見つめた。


 ゼルテネス(とりあえず、作戦の第一段階は完了したわね・・・・)


 アメリカ最強の艦隊であるセイレーン起動艦隊の全艦娘を投入したこの演習―事実上の侵略行為に等しかったが―に参加する為、横須賀鎮守府より出撃した鳳率いる横須賀鎮守府第一連合艦隊。


 提督座乗艦である戦艦三笠を艦隊中央に配置し、その前後に六隻づつの艦隊を配した第四次警戒序列にてここまで航行して来たのものの、ゼルテネス・ティーアとしては五十八隻もの大艦隊を相手取るには些か心もとないと感じていた。


 大淀『提督。敵艦隊の火器管制システム及び射撃指揮装置へのクラッキングが完了しました。とりあえずしばらくは、彼らからの攻撃は無いでしょう・・・』


 起動させた電探群から意識を離し、大淀は顔に疲労の色を滲ませながら報告を行う。


 元々、連合艦隊旗艦として就役した軽巡洋艦大淀には高出力の電子機器が搭載されており、施された第二改装ではその機材の更なる強化が図られることになった。


 後部艦橋を模した主艤装の右側に設置されていたフレーム構造型のレーダーアンテナには、OPS-28並びに81式射撃指揮装置2型-21そして、NOLQ-3Dという水上艦用電波探知妨害装置―通称水雷防用の装備が一式搭載され、電探面及び通信性能は大幅に向上していた。


 特に、NOLQ-3Dは電子戦支援(ESM)と電子対抗手段(ECM)の両方を兼任できる電子装備で、その性能は彼の艦隊全ての電子機器をかく乱できる程の代物だった。


 その代償として、大淀の火器関連の副艤装は左手に装着した手甲―朝潮が装備していた奴と同様のモノ―に屹立するオートメラーラ127mm砲一門と主艤装の前後に配備された20mm近接防御火器二梃のみとなっており、改装前と比べて砲火力は低くなってしまっている。


 その代わり、右手に装備されていた大型のカタパルトは回転翼機の一つであるSH60-Kを運用可能なヘリ甲板に交換されており、彼の回転翼機のもつ装備と127mm砲のもつ毎分45発の速射能力と相まって、総合的な火力は改装前以上のモノとなっていた。


 鳳『了解だ。大淀とゼルティはこのまま敵艦隊の妨害を続けよ。つらいだろうが、もうひと踏ん張りを頼む』


 提督として立場の中に一人の伴侶としての顔のを覗かせて、鳳は再度の下知を下す。

 基本、鳳は艦娘を優遇冷遇せず平等に扱う事を信条とする。

 それは、畢竟部下であり剣である艦娘達に【あと腐りなく務めを全うして欲しい】と言う彼なりの心配りであることを、大淀達はよく理解していた。

 ただし、その信条故に、彼が本心から艦娘達と人並みの幸多き人生を送ることが許されないという事も。


 大淀、ゼルテネス「了解です」


 ――――それ以上の言の葉は、私たちには必要ない。


 額にへばり付く汗を指先で拭い、己が伴侶の気遣いを人心で受け取ながら大淀とゼルテネスいま一度気をを引き締め直す。

 その時、鳳を守護する全ての艦娘の通信機が鳴り響き、大淀達は反射的に提督座乗艦へと視線を移した。


 鳳『艦隊総旗艦から各艦隊へ。現在、敵起動艦隊は我々が放った計略に嵌り抵抗する力を一時的に失っている状態だ』


 激を飛ばすその声に僅かな緊張の色が含まれているのを感じ取り、ゼルテネスは主艤装内詰める整備妖精たちに対空迎撃の用意を命じることにした。


 セイレーン起動艦隊を殲滅せしめるために立案された三段構えの作戦。


 その第一段階である総数五十八隻の艦隊への水雷防により、彼の艦隊は現在こちらの位置はおろか反撃することすらままならない状態にある。


 だが、相手はアメリカ最強の艦隊。


 電子機器の塊のような艦隊全てをクラッキングできたのは、大淀とゼルテネスの抵抗する暇を与えない迅速な電子戦術におよるものだったが、何より、彼の艦隊が電子戦術に備えて事前に防備を固めていなかったという僥倖が重なったことによるところが大きい。


 故に、わずかにでも彼の者たちに隙を見せれば、即座にそのアギトの餌食となろう。


 鳳『だが、相手は彼の國が誇る大艦隊。正攻法で立ち向かえば万に一つの勝ち目もないだろう。現に、いま、彼奴等の艦載機隊がこちらに向かってきている』


 セイレーン起動艦隊が持つ艦載機隊の総数は、およそ880機。


 斥候として艦隊の上空に待機させた艦載機隊からの報告によれば、大淀の仕掛けたクラッキングによりカタパルトを封じられたサラトガ率いる第一艦隊は制御プログラムの修復に手間取っているとのことだったのでこちらの艦載機は今は頭数に入れないくて良い。

 ただし、カタパルト発艦を使用しない第三艦隊のベローウッドたち軽空母の持つおよそ180機の艦載機隊は、すでに発艦済みでこちらに向かってきているとの事だった。


 ゼルテネス(さすがは、アメリカ最強の艦隊。タダで勝たせてはくれないって事かしらね・・・・)


 第四次警戒序列の後方を固める第一艦隊には、旗艦の大淀と戦艦大和、軽空母鳳翔に駆逐艦初霜、朝霜、そしてゼルテネス・ティーアの計六隻。


 レーダーピケット艦として前方を固める第二艦隊には、旗艦である軽巡洋艦矢矧と駆逐艦磯風、浜風、霞、Верный、丹陽の計六隻で固められている。


 浜風、磯風、鳳翔、ゼルテネス・ティーアを除くすべての艦娘は、改二実装を経て朝潮達と同様護衛艦並みの装備を有しており、飛来してくるであろうSBDドーントレスやF4U-1Dコルセア相手に後れを取ることはないであろう。


 ただし、幾らこちらの防空火力が優れていようと、相手が数にものを言わせてくれば優勢を維持できずに押し切られる可能性は十分に有り得る。


 と成れば・・・・・。


 鳳『故に、奴らが反撃の体制を整える前に、一気に勝負をつける。全艦、砲撃戦用意!』


 鳳の放った号令の元、第一艦隊最大の砲火力を持つ大和が陣形を離れ三笠の前方に出る。

 何事かと訝しむ同胞たちをしり目に、大和はとんでもないことを口にした。


 大和「大和了解。砲雷激戦、用意!」


 霞「え・・・っ。ちょ、ちょっとあんた!?」


 突然発した大和の砲撃宣言に、霞はもとよりその場にいたほぼ全員が言葉を失う。


 それも当然であろう。

 敵との距離は137キロメートル。

 対する大和の主砲(46cm三連装砲)は最大射程が42キロメートルしかない。


 陸上砲台ならまだしも大和の艦載砲では、否、この世に存在するいかなる艦載砲を以てしてでも、彼の艦隊にここから損害を与える事など不可能だ。


 朝霜「な、なあ、大和よ?一応聞いとくが、本気でぇ、やんのかい?」


 気でも触れたのではないかと言いたげに、朝霜はいま一度大和に問う。


 そうだ。これを、戯事と言わずしてなんという。


 確かに、大和の主砲はどの艦載砲よりも巨大で長射程だし、第二改装によって彼女の副艤装にはかなりの近代化が施されている。

 だが、それでも100キロ以上離れた敵艦隊を打ち抜くなど妄言にしか思えなかった。


 遥か水平線の彼方にいる米粒以下の敵艦を正確に打ち抜くなど、出来るわけが――――。


 大和「安心してください。大和は、嘘はつきません」


 清々しいまでの笑顔を浮かべて、大和は彼女たちに宣言して見せた。


 ――――そう、この大和に不可能などない。


 第二改装を経て名実ともに世界最強と成ったいまの私には、この距離を制覇するなど造作もない事なのだ、と。


 大和「さあ、皆さん。大和から離れてください」


 背負った副艤装を起動させ、大和は朝霜たちに退避を命ずる。


 主砲である46cm三連装砲は、その巨砲ゆえに砲撃時に生じる衝撃波が尋常ではない。

 その為、斉射時には甲板上位いる整備妖精はもとより航行中の艦娘たちもまた、大和から離れる必要があった。


 霞「わ。判ったわよ・・・・」


 確固たる意志を示す大和に、霞たちは納得しきった訳ではないが渋々離れていく。


 ここまで言い切るのだ。きっと、彼女には何らかの秘策があるのだろう。


 それを満足げに見送り、近くに立つものが居なくなったことを確認した大和は、今一度高らかに宣言した。


 大和「さあ、やるわ。砲雷撃戦、ヨォーーイ!」


 主の命に従い、主艤装の両脇に座する世界最大の艦載砲が淡い光を灯らせながら静かにその眠りから目を覚ます。


 嘗て世界最強を目指し建造され、その内に秘めた闘争を滾らせることなく生涯を終えたのも、今は昔。

 悠久の時を経て、人外の娘として転生しても尚お飾りとして虚勢の栄華と屈辱に塗れ続けた彼の艦は、七十有余年の時を経てようやくそのつけを清算せしめる時を迎えた。


 ――――さあ、簒奪者達よ。我を思い出せ。我が剛砲を聞け。我が下に剣を置き。我が下に首を垂れよ。



 我が名は、大和。


 大海の真たる覇王、戦艦大和ナリ。



 大和「第一、第二主砲。斉射、はじめ!!」



 世界最大の戦船が眠る地に、鉄火の砲声が木霊する。


 それは、彼の海に眠りし数多の言霊にかつての覇王の帰還を伝えると共に、玉座を奪いし簒奪者への下剋上と成りて、水平線の隅々まで響き渡った。








第五十章





グリニッジ標準時 1002


鳳たちの艦隊から南西に72海里半(約134キロメートル)の地点。

セイレーン起動艦隊第4艦隊。



 グアム「第4艦隊全艦船へ。各有線通信の通信状況を知らせよ」


 敵艦隊による電子戦術からおよそ12分。


 本隊より3キロメートルほど先に陣取った巡洋戦艦グアム率いる第4艦隊は、敵側の仕掛けた電子戦術により事実上消失ししまった艦隊の位置を再捕捉するため行動を開始しようとしていた。



 『こちら第1レーダーピケット部隊。DDマナート・L・エベールより旗艦グアムへ。有線通信の感度良好。敵艦隊の探索を開始します』


 『こちら第2レーダーピケット部隊。DDリトルより旗艦グアムへ。有線通信の感度良好。敵艦隊の探索を始めます』


 『こちら第3レーダーピケット部隊。DDルースより旗艦グアムへ。有線通信の感度良好。敵艦隊の探索を開始する』


 砂嵐しか聞こえなかった通信機に、およそ十数分ぶりの肉声が聞こえてくる。


 無線通信のくぐもった感じの声ではなく、有線通信の肉声に近い声音は艦隊間の相互通信が復旧したことを意味するのだが、本来晴れやかであるはずのグアムの心中は、曇天の大時化の様な状態だった。


 グアム「グアム了解。各艦、作戦を開始してください」


 「Aye ma'am」との応答が有線に切り替えた通信機から聞こえたのと同時に、主艤装に設置した三つのコードリールがカラカラと音を立てて回り始める。

 次々と海原へと引き込まれていく通信ケーブルを見送りながら、グアムは約1キロメートル先を航行するレーダーピケット艦たちを哀悼の眼差しで見つめた。


 旗艦グアムを起点に、マナート・L・エベール、リトル、ルースを中継器とし、外縁部に立つ三十五隻の駆逐艦を感応センサー代わりとした縦1キロメートル、横3・7キロメートルにもなる即席の巨大有視界索敵装置。

 第4艦隊すべての艦娘たちに接続させた有線通信用のケーブルは、艦隊間の相互通信の確保と位置を把握するためのものだったが、実際は駆逐艦たちを疑似餌に見立てた延縄漁の意味合いが強い。


 そう、彼女たちは横須賀の艦隊と言う巨大魚を捕らえる為の釣り針であり、通信ケーブルは彼の艦娘を吊り上げる為の延縄なのだ。


 グアム(皆・・・・ごめんなさい・・・・)


 火急の事態とはいえ、味方を事実上の捨て艦とするのはどうあっても許されることでは無い。

 それが、彼女たちの信愛する提督が最も忌避するものなら、尚のこと良心の呵責がグアムの心を締め付けた。


 グアム「提督・・・・。私は、わたし・・・は・・・・・」


 ズキズキと鈍痛が奔る躰を搔き抱きながら、グアムは膝からガクリと崩れ落ちる。


 セイレーン起動艦隊全てを相手取った敵艦隊からのクラッキング。

 大戦当時とは違い、主艤装に搭載されている電子機器はその全てが最新のモノに置き換えられており、仮に奴らが電子戦術を仕掛けて来たことろで軽くあしらうことが出来るはずだった。


 そう、その筈だったのだ・・・・。


 グアム「ごめんなさい、提督・・・・。今回だけ・・・・今回だけだから・・・・・」 


 自沈したくなる程の罪悪感を必死で押さえつけながら、グアムはもう一度信愛する主に謝罪の言葉を述べる。


 【艦娘は兵器】という認識が常識である母國アメリカにおいて、自身と同じヒトして扱い慈しむ彼は異端で異質な存在だった。


 【艦娘とは深海棲艦と言う侵略者たちを屠る為の兵器。ならば、その役目を果たさせる事こそ彼の者たちへの礼儀であり、定石である】


 その御旗の元、彼の國の艦娘達は文字通り兵器として扱われた。


 大破進撃は日常茶飯事。

 駆逐艦は艦隊を護る盾。

 巡洋艦、戦艦は無差別攻撃の移動砲台。

 空母は物量の筆箱。


 人類によって建造され、人類のエゴの下、彼女たちは右も左も分からぬまま戦場へと引きずり出され、人類の捲土重来の踏み台とされた。


 時に、主力艦を護る盾として。

 時に、敵艦隊に破滅をもたらす鉄砲玉として。

 時に、敵艦を引きつける囮として。


 傷つき、嬲られ、引き千切られ、そして、敵艦もろ共火砲の餌食となる。


 一日にダース単位で建造される彼の者たちは、人類にしてみれば戦場における雑兵程の認識しかない。


 故に、攻勢も考慮されず、損害も気にされず、戦術も構築されぬまま、彼女たちは運用され続けた。


 そう、一のFlagShip級に十の艦娘で勝てぬなら、今度は百の艦娘で挑めばよい。

 そう、一の鬼級に百の艦娘で勝てぬなら、今度は千の艦娘で挑めばよい。

 そう、一の姫級に千の艦娘で勝てぬなら、今度は万の艦娘で挑めばよい。


 畢竟、人類にとって艦娘と言うモノは必要最小限の損害で済み、必要最小限の補填で替えの利く便利な戦闘兵器でしかなかったのである。


 そんな、明日を見ることのない日々を過ごしていた時だった。

 彼―マイク・アンダーソンが彼の鎮守府に提督として着任して来たのは。



 『良いかい?君たち艦娘は、ニンゲンと同じ感情を持ち、痛みを感じ、優しい心を持つ我々の戦友であり、愛すべき家族であり、信頼し合う仲間なんだ。だから僕は、君たちを絶対に見捨てたりも物のように扱ったりもしない。絶対に、絶対にだ・・・・!』



 その言の葉は、心を亡くした艦娘達にはどれほどの光をもたらしたのだろう。


 姉妹艦を失い、同胞を失い、生きる意味も、艦娘たる尊厳すらも失った彼女たちにとって、彼の言の葉はある種の救済をもたらし、生きる意味と戦う志を取り戻させた。


 もちろん、誰もがすぐに彼の言葉を鵜吞みにしたわけではない。


 『戦場を知らぬ素人が語る夢物語』だと、非難する者もいた。


 『偽善者の語る虫の良い綺麗事』だと、彼に罵声を浴びせ暴力を働く者もいた。


 それでも、彼はその信念を崩すことなく彼女たちを愛し、慈しみ、功績を上げることで彼女たちの信頼を得て行った。



 『そうだね・・・。何でかな、僕は他の提督達みたいに君たちを単なる兵器として見れないんだよ。だって、君たちの手はこんなにも暖かいじゃないか』



 何時しか、彼の周りには艦娘達が集い、彼女たちへの慈愛を謳った彼の御旗は、名実ともにアメリカ最強の艦隊を創造するまでになった。


 そして現在。かの艦隊は艦隊壊滅の危機という、創設以来最大の試練を迎えていた。


 グアム「今に見ているがいいわ。その小賢しさでいっぱいの薄汚い脳みそに、我らの正義を叩き込んでやるんだから」


 抱いた罪悪感を敵艦隊への憎悪に転換しながら、グアムはレーダーピケット艦からの報告を待つ。


 元をたどれば己が抱いた慢心こそが奴らに付け入る隙を与え、此度の醜態を生んでしまったのかもしれない。

 しかし、だからと言ってこの煮えたぎる怒気を抑え込めるほどグアムは大人ではなかった。


 ――――犯した失態は、その倍の戦果で相殺すればよい。


 抱いていた呵責は敵艦隊への八つ当たりじみた憤りへと転換されて行き、それと比例してグアムの心を支配していた罪悪感は水泡のように消えていく。


 いまや、彼女の心中に有るのは敵艦発見への期待感と犠牲となる駆逐艦達への贖罪がない交ぜになった摩訶不思議な高揚感。それと、マイクに此度の戦果と捨て艦戦術を使用したことへの謝罪と言い訳だけだった。


 グアム「さぁ、来なさい。Japanese fleets。このUSSグアムが、小賢しい貴様らの策略を打ち砕いていやるんだから!」


 先程までのしんみりとした空気はどこへやら。

 グアムは味方艦から届くであろう随伴艦撃沈(てきかんはっけん)の報を今か今かと待ち続けた。




 ところが・・・・。



 グアム「・・・・・グリニッジ標準時1005。一体どう言うこうとなの?さっきから、何もアクションがない」


 探索を始めてから、約三分。

 敵艦からのクラッキングを合わせれば、戦端が開かれてから約15分が経過していたのだが、どういう訳か海はひたすらに凪いだままであった。


 航空機による超長距離戦法が主流の時代。

 12の艦船の内、彼奴等がどれだけの空母を揃えてきているのかは情報が少なすぎるが、こちらの規模に対抗するのなら、自ずと奴らの艦隊編成は大まかに二つの編成となる。


 一つが、正規空母を中核とした空母起動部隊。 

 これは、第1艦隊と第3艦隊がもつ艦載機隊に対抗するための編成で、搭載する艦載機の練度と物量にものを言わせる現代戦術のスタンダートともいえる艦隊構成だ。


 もう一つが、飛翔魚雷を積んだ戦艦クラスの大型艦を中核とした水上打撃部隊。

 これは、第2艦隊のミズーリたちが持つ飛翔魚雷(トマホークとハープーン)に対抗するための編成で、奴らがクラッキングをかけた最大の理由付けにもなる。


 何れの編成にしても、彼奴等の電子戦術はこちらとの戦力差を埋める為だったのであろうことは安易に想像が出来る。


 だが、その論理を以てしてもこの状況を説明するには至らなかった。


 前者なら、今頃第3艦隊の艦載機隊とドッグファイトをしているはずだし、後者なら、探索に出した駆逐艦たちから何らかの報告があるはずである。


 なのに、いくら待てども飛翔魚雷はおろか艦載機の一機すらも飛んでくる気配がないのはどういうことか。


 グアム(一体、あのオトコは何を考えているというの?)


 まさか、提督が根負けして降参するのを待っている?

 それとも、ただの嫌がらせ?


 それとも。それとも。それとも――――。


 仮説と仮定。

 疑問と邪推。

 自問と自答。


 浮上しては沈んでいく答のない疑問符に、グアムは言いようのない苛立ちと不安を抱きながら動くことのできぬ現状に唯々地団太を踏み続けた。




 状況が進展したのは、そこからさらに半刻たった直後のことだった。



 ゴォーーーン


 え――――?


 海原に突然ナニモノかの咆哮が轟き、グアムは何事かと辺りを見渡し始める。


 グアム(海鳴り?いいえ、違う。これは砲声だわ・・・・)


 聞こえた咆哮は、艦娘の使う艦載砲の砲撃音だった。

 それも、駆逐艦や巡洋艦の様な小口径、中口径砲のモノではない。もっと大型の・・・・それこそ戦艦に搭載するような大口径砲の音だった。


 グアム「各艦。状況を知らせて」


 聞こえた方向からして恐らく鳳たちの仕業だと確信したグアムは、マナートたちにレーダーピケット艦達の状況確認をさせる。

 鳳がこちらを狙ったのであれば、まず真っ先に彼女たちが標的となるからだ。


 だが、聞こえた報告はグアムの予想だにしないものだった。


 『こちら、マナート・L・エベール。第1レーダーピケット部隊、損害なし』


 『こちら、リトル。第2レーダーピケット部隊は、撃沈艦なしです』


 『こちら、ルース。わたしの部隊は、だれも轟沈していないわ』


 次々と入る早に入る「損害なし」の報告。

 本来なら吉報ではずのこの報告も、延縄による燻り出しを目論んでいたグアムにとっては、むしろ凶報になってしまった。


 グアム(それって・・・。まさか・・・・!?)


 【砲撃を受けたのは、自分達ではなかった】


 それは即ち、狙われたのは自分達ではなく提督のいる本隊だという事になる。


 だが、どうやって。


 鳳たちと我が艦隊との距離は137キロメートルも離れている。そして、その中間には我々第四艦隊が陣取り索敵を行っていた。

 その索敵(あみ)を掻い潜り、あまつさえ砲撃可能距離まで近づき射撃を行うなど出来るわけが・・・・。


 だが、状況は彼女に更なる追い打ちをかけてきた。


 グアム「・・・っ。無線機が・・・!?」


 文字通り、突然鳴り響いた通信機の着信音。

 その音の主はマナートたちと接続してある有線通信ではなく、妨害され実質使用不可となっていたはずの無線通信の方だった。


 ―――――なんで、今更になって・・・・。


 復旧したことを喜ぶべきところはずなのに、当のグアムの心には正反対の言いようのない猜疑心が支配してゆき、彼女から正常な思考を奪い去っていく。


 グアム(なんなの?いったい、何だっていうの・・・・!?)


 猜疑心の鎮静化を求めて主艤装に詰める整備妖精に尋ねてみたが、妖精達の方からも「良く分からない。いきなり直ったのだ」と言う答えが返って来ただけ。

 となれば、グアムの求めた鎮静など叶うはずもなく、抱いた猜疑心は更に深くなるばかりであった。


 ――――この通信、出ないほうが良いのではないかしら。


 鳴り続ける呼び出し音はグアムの心を更に掻き乱し、【これは敵の謀なのでないか】などと意味の判らない疑心暗鬼を生みだしていく。


 何故だろう。

 どうしてなのだろう。

 この通信に出たら、自分はきっと後悔するような気がする。

 でも、このまま無視しても、結局自分は後悔してまう様な気がする。


 グアム(・・・・やっぱり、出るしかないよね)


 いま、起きている状況を理解する唯一の手段は、この得体のしれない通信を受け取ることだけ。

 これが敵の謀であるにしろ無いにしろ、この気味の悪い現状を打破できるのなら、敢えて敵の計略に嵌るのも一つの手段かもしれない。


 そう半ば強引に己を納得させ、グアムは通信機を有線から無線に切り替えた。


 その刹那、グアムの通信機から大音量の悲鳴が木霊した。


 『Mayday Mayday Mayday・・・・!!だれか、だれか応答して!! Mayday Mayday Maydayーーー!!!』


 グアム(なに・・・?なんなの、これ・・・・・・)


 通信機から聞こえてくる半狂乱と化した通信妖精の悲鳴、そして、それをかき消さんとする連続した爆発音。

 まるで、地獄(せんじょう)へと回線がつながってしまったかのような阿鼻叫喚に、グアムは応答する事すらも忘れて呆然と立ち尽くすことしかできなかったのだった。





第五十一章




グリニッジ標準時1005

グアムが通信を受け取る十数秒前。



 海原に、およそ数年ぶりとなる艦載砲の咆哮が木霊する。


 空を切り、海洋を震わせ、大気に真空刃を刻み込むその轟砲は、嘗て覇王の座を奪われた先王の捲土重来を三千世界に知らしめるがの如き戦笛であった。


 ゼルテネス「偵察機より入電。第二斉射の弾着を確認。軽空母ベローウッド大破。戦艦インディアナ、ニュージャージー中破。正規空母ホーネット、ダメコンの発動を確認」


 僚艦のゼルテネス・ティーアから読み上げられる戦果大の報告。

 嘗て幾度となく夢想し、焦がれ、南柯の夢と打ち砕かれ続けた己の御旗の成就にも関わらず、人外の娘の顔には何故か憮然とした表情が浮かんでおり、「了解」と短く応答しただけであった。


 大和(まったくもう、せっかく改装したのに・・・・)


 遥か水平線の向こうに座する敵艦隊を、大和はむくれた表情で見つめる。


 鳳の立案した三段構えの作戦。その第二段階である、砲熕兵器による超長距離砲撃。

 長年に渡り焦がれ続けた敵艦隊との砲撃戦と言う業(ゆめ)は叶えられたのだが、如何せん相手が137キロメートル彼方にいる為、彼女達からの砲撃も受けることも無ければ被弾した敵艦の今際を見ることも出来ない。


 一応、作戦の第二段階への移行に伴い、敵艦隊の状況把握のため通信妨害だけは解除してあるのだが、傍受した相互通信から聞こえてくるのは彼女たちの阿鼻叫喚とその端から聞こえてくる己の斉射した砲弾の弾着音のみ。


 故に、横須賀の艦娘達は実質完全試合を展開しているのと同じ状態であり、本来望んでいた海戦の形―大和としては敵艦隊との本気の殴り合いを望んでいた―と成らなかった大和自身としては、何ともつまらない海戦となってしまっていた。


 最も、その対戦相手は航空火力と飛翔魚雷を両立させ尚且つそれを主火力としたアメリカ最強の艦隊。

 まともに砲火を交わせば、改二実装された自分たちであろうと勝機が限りなく低いことは、大和もよく理解していた。


 大和「大和より射撃指揮装置へ。弾着の散布界に少しばらつきあるみたい。弾道の再調整をお願い」


 『了解』の応答が内線通信から聞こえて来たのを合図に、大和の両二の腕に取り付けられた三枚の四角形のパネルが淡く光り輝く。


 第二改装に伴い、大和には大幅な電子機器と砲熕兵器の更新が行われた。


 電子機器面においては、元々搭載されていた13号電探、22号電探を撤去し、00式射撃指揮装置3型(FCS-3)を新たに搭載されることになった。


 DDHかがにも搭載されていたこの新型射撃指揮装置は、対空捜索、水上捜索レーダーとしての機能も備わっており、これを搭載した大和の最大索敵距離は従来の80キロメートルから200キロメートルにまで強化された。

 そして、何より朗報だったのが一台三役をこなすこの射撃指揮装置の搭載によって戦艦娘の恥辱の象徴となっていた頭飾りのクリスマスのモミの木化が回避されることであろう。

 この装置の要であるCバンド動作型アクティブ式フェーズドアレイレーダーは制服の両二の腕部分―Z旗を付けていた所―に三枚ずつ搭載され、15・5m測距儀を模した頭飾りには21号電探がそのまま緊急用として残されることになった。


 砲熕兵器の部分では、主砲の46cm三連装砲三基はそのままに、副砲として搭載されていた15.5cm三連装砲二基は155mm先進砲システム(AGS)と呼ばれる新型の艦載砲へと換装された。


 この新型艦載砲は、朝潮たちの持つ5インチMk.45 62口径軽量砲と同じく完全無人管制式及び62口径という長砲身を持ち、専用砲弾であるGPS/INS誘導方式の長射程対地誘導弾(LRLAP)は、平均誤差20~50メートルという高精度ながら最大射程185キロメートルという要塞砲並みの射程を持っていた。


 整備妖精(FCS)『射撃指揮装置より主大和へ。弾道計算完了。散布界の射角調整を開始します』


 大和「了解。主砲、副砲、次弾装填開始」


 主の号令の下、主艤装に搭載されいている世界最大の艦載砲が唸りを挙げて淡く光り輝き、それと連動する形で、155mmAGSが砲塔を垂直に上げ同じく次弾装填の体制に移行していく。


 整備妖精(主砲)「主砲、弾薬装填よーそろー。揚弾ホイスト起動確認。弾薬装填開始」


 整備妖精(AGS)「副砲、弾薬装填よーそろー。揚弾ホイスト起動確認。弾薬装填開始」


 主艤装に鎮座する世界最大の艦載砲の基部から伝わる心地よい駆動音と共に、主艤装の弾薬庫から転送されてきた新型砲弾、460mm対地用射程伸長型誘導砲弾(VULCANO)が揚弾ホイストに乗せられ砲塔機構へと装填されていく。

 それと同時に155mmAGSもまた、弾薬庫から転送された8発入りマガジンパレットを砲塔機構に装填していく。


 整備妖精(主砲)『主砲、砲弾装填完了。主大和、射撃指揮装置との従動照準を求む』


 整備妖精(AGS)『副砲、砲弾装填完了。主大和、射撃指揮装置との従動照準を求む』


 大和「了解。第一、第二主砲。並びに第一、第二副砲、00式射撃指揮装置との連動開始」


 主の下知の下、世界最大の砲熕兵器と世界最大の長射程砲の放つ輝きが一層強くなり、同時に主艤装内から警報ベルの音が響き渡る。

 その音に合わせるようにして、00式射撃指揮装置もまた一層の光を発し始め、艦内通信から整備妖精の高揚した声が響く。


 整備妖精(FCS)『射撃指揮装置より大和へ。散布界射角調整完了。方位241。仰角30度、距離74海里。2ノットの追い風があるも、斉射に支障なし』


 大和「了解。主砲並びに副砲へ、射角調整開始。完了と同時に第三斉射を開始する」


 整備妖精(主砲、AGS)『了解。射角調整開始』 


 警報ベルの連続した甲高い音に沿うように、主艤装左右に鎮座する四基の巨砲がゆっくりと最作動しその体躯を敵艦隊へと合わせていく。


 大和「・・・・っ」


 稼働する合計5600トンもの負荷に、大和は膝を僅かに曲げ海面の浮力も味方に付けながら襲い掛かる荷重に耐える。

 46センチ三連装砲は、その一つが駆逐艦一隻分にも相当する。故に、たった数ミリ程度の微調整でさえも、主たる大和にとっては僚艦二隻が己の胸元で暴れ回る程の負荷をかけるのだ。


 だが、今はその苦痛も今までの屈辱の日々に比べれば甘露なものだった。


 整備妖精(主砲、AGS)『一番、二番砲塔、射角調整完了。斉射準備よろし』


 砲塔に詰める整備妖精から、主砲副砲の斉射準備か告げられる。その僅か数秒後、鳴り響いていた警報ベルが停止され、辺りが刹那的に静寂に包まれた。


 大和「戦艦大和、第三斉射を開始する。第一、第二主砲並びに第一、第二副砲。斉射、始め!」



 主の勅に呼応し、その輝きを増した合計八問の艦載砲が、この日、海原に三度目の咆哮を轟かせる。

 硝煙をまき散らし、大気を震わせ、天高く舞い上がるその弾頭は、一路彼の艦隊目掛けて三度目の航海へと旅立っていった。






第五十二章




グリニッジ標準時1005

大和の第二斉射がグアムの耳に届く少し前。

セイレーン起動艦隊から、北東におよそ70キロメートルの地点。




 快晴の蒼空に、夥しい数の紺碧色をした鋼鉄の怪鳥が舞う。

 レプシロ式特有の時代を逆行した機関音を轟かせ、航空機に似つかわしくないずんぐりとした風貌をもつおよそ180機もの紺碧の怪鳥たちは、半ば迷走に近い形で敵艦隊へと向かっていた。


 艦載機妖精「グリニッジ標準時1005。発艦してからおよそ15分か・・・・」


 胸元に銀色のチェーンで吊るした愛用の真鍮製の懐中時計を眺めながら、紺碧色の怪鳥の一羽であるF6Fヘルキャットの艦載機妖精―ミカエル1(ワン)はそう独り言ちる。


 セイレーン起動艦隊第一飛行大隊。通称「ミカエル飛行大隊」

 アメリカ合衆國の艦隊が誇る最強のレプシロ式航空機隊にして、彼のセイレーン起動艦隊の礎を気付いた航空機隊である。

 偽ディオニュシオスが定めた天使九階級の最上位に位置する熾天使(ミカエル)の名を頂くこの艦載機隊は、所属する全ての機体がレプシロ式という前世紀仕様の艦載機隊であったが、その練度と戦果は最新の噴進式をも凌駕し、【艦載機は機関の新旧に非ず】と言う時代の常識を寄せ付けない勇姿を持ち合わせていた。


 『ミカエル1より各部隊に通達。全機、状況を知らせよ』


 防弾仕様にされたレイザーバック型の天蓋をスライドさせ、ミカエル1は直ぐ隣を飛行する他のF6Fにハンドサインを送る。

 通信機に使用する全ての周波数帯が彼の艦隊によって妨害され使用不可となっている手前、編隊間の通信手段はこういったハンドサインなどのアナログ式となっていた。


 『こちらミカエル2。ベローウッド飛行隊より伝令。ミカエル2からミカエル45まで全機生存』


 ハンドサインから僅か数秒、すぐ隣を飛行をしていた僚機の一機が発行信号を送ってくる。


 軽空母ベローウッドの艦載機にしてミカエル1の直衛機、そして、ミカエル飛行大隊の副隊長(にばんき)を務めるミカエル2だった。


 ミカエル1と同じくF6Fの艦載機妖精であるミカエル2は、ミカエル航空機大隊の中では最後輩であるが、その生まれ持った操縦技術は【マリアナの七面鳥撃ち】で有名な彼のアレキサンダー・ブラシウ中佐を彷彿とさせる腕前だった。


 ミカエル1(さすが・・・・。何時も仕事が早いわね、あの娘)


 並走するミカエル2からの発行信号を口中で解読したのも一刻、左右から別の飛行隊が次々と滑り込むように編隊に加わってきて、発行信号による報告を始めてくる。


 創設当時の相互通信は回光通信機とハンドサインを使用していたこともあってか、ミカエル飛行大隊のとる編隊の陣形間隔は他の飛行隊よりも広くとってある。

 それ故に、こんなふうに別の飛行隊が割り込んだり、即席で編隊を組んだりすることなど日常的であり、朝飯前であった。


 『こちらミカエル46。サン・ジャシント飛行隊より伝令。ミカエル46からミカエル90まで全機残存』


 『こちらミカエル91(ナイン・ワン)。バターン飛行隊より伝令。ミカエル91からミカエル136まで全機残存』


 『こちらミカエル137(ワン・スリー・セブン)。ラングレー飛行隊より伝令。ミカエル137から180まで全機残存』


 ハンドサインからほとんど時間を経てることなく、配下のミカエル飛行大隊全ての機体から全機生存の報告が上がる。

 それを、一つ一つ顔を向けながら満足げに解読し終えたミカエル1は、緊張により凝り固まった躰を僅かだけほぐし、もう一度懐中時計を眺めた。


 軽空母ベローウッドより発艦してから、およそ15分。高度5000メートルの空には、自身の搭乗機から伝わるグラマン社製P&W R-2800のエンジン音以外何も聞こえない。

 横須賀の艦隊がまき散らした妨害電波により、部隊間の相互通信は全てハンドサインか回光通信機による発光モールス信号だけとなってしまっていたが、元々自分達の創設時(さいしょ)はこの方式だったため特に作戦に支障はない。


 だが、そのせいで本隊との連絡がつかないのが唯一の悩みの種だった。


 ミカエル2『Leader。提督の下したあの命令、どう思いますか?』


 並走するミカエル2から、おもむろに発行信号が届く。

 本来なら作戦中に通信機器の私用は禁じられているが、今回だけはミカエル1にも思うところがあった故、忠告ではなく応答することにした。 


 ミカエル1『どういう意味かしら?』


 ミカエル2『君たちの手で奴らを倒せ。これって、横須賀の艦娘達を敵と認識したってことですよね?同じ志を持つ仲間なのに・・・・』


 憂いを含んだ顔―飛行服とゴーグルで表情は見えない為あくまでも私見だが―で、ミカエル2はそう続ける。


 確かに、横須賀の艦娘達を率いる鳳 帝提督はマイクと同じ組織のニンゲンだ。

 そして、彼はマイクと同じく【艦娘の救済】という御旗を掲げる者。即ち、彼ら二人は同志なのだ。


 ただし、この二人の提督が掲げた御旗は文言こそ同じであったが、その本質は全く異なるものであることを理解している者達はそう多くはないであろう。


 そう、鳳 帝の掲げる救済は、救済すべき者の流血を以て成すモノ。

 対するマイク・アンダーソンの救済は、救済すべき者の無血を以て救済と成すモノ。


 流血を求める鮮血の御旗と、無血を求める純白の御旗。


 どちらが正義であり、どちらが悪逆であるかなど整備妖精(いくさをほさするもの)である我々に推し量る事など分かる筈もないが、少なくとも、今までのセイレーン起動艦隊は純白の御旗の元で戦ってきたのは事実である。


 そう、我々セイレーン起動艦隊は、この御旗を是と信じ創造され、戦い、そして轟沈(し)んで逝ったのだから。




 そう、その筈、だったのだ――――。



 ミカエル1(提督・・・・。貴方は、どうして・・・・?)


 着任式での提督の演説を思い返し、ミカエル1は「はぁ」と愁いを含んだため息をこぼす。



 『良いかい?君たち艦娘は、ニンゲンと同じ感情を持ち、痛みを感じ、優しい心を持つ我々の戦友であり、愛すべき家族であり、信頼し合う仲間なんだ。だから僕は、君たちを絶対に見捨てたりも物のように扱ったりもしない。絶対に、絶対にだ・・・・!』



 あの日、着任の挨拶用に設えられた壇上で、彼は配下となる艦娘と整備妖精達に向かってそう宣言した。


 彼が掲げた余りにも青臭く、それでいて余りにも正道過ぎる御旗は、艦娘のみならず補佐をする整備妖精達にとっても天地が逆転するほどの驚愕だったのを今も鮮明み覚えていている。


 ――――本当に、なんて青臭く、しゃあしゃあと無茶苦茶な理想を語るヒトなのだろう。


 「娘達たちを戦火に晒す大義としては中々上等なものを用意したものだ」と、あの時のミカエル1は餞別代りに毒づいたものだったが、その理想を見事に体現して見せた今となっては、彼に毒を吐くなど畏れ多くて出来ないであろう。


 そう、日ノ本には【一念は岩をも突き通す】と言うことわざがある様に、彼はその愚直なまでの青臭さで自身の理想を成し、艦娘達や整備妖精達の信頼を不動のものとし、他事共に認める最強の艦隊を指揮する提督と言う今の地位を築いたのだから。


 それだけに、ミカエル1たちは自らの理想を穢す様な勅を下したマイクに疑心と幻滅に近い感情を抱かずにはいられなかった。 


 ミカエル1「提督、いいえマイク・アンダーソン。貴方は、本当に艦娘を護りたかったのですか?それとも、あなたは・・・・・・」


 ――――貴方が、本当に守りたかったものは、もしかして・・・・・。


 彼が発した矛盾の勅。

 掲げた救済を自らの手で穢すかのような言の葉は、彼を支持した者たちに魔手となって襲い掛かり、抱いた忠義と信頼を切り崩すべくその腕を伸ばしていく。


 彼を―マイク・アンダーソンと言うオトコを、我々はまだ信頼してよいのだろうか。


 信用に足り得る上官に仕えるのは兵士冥利に尽きるが、不信用の上官に仕えるのは兵士として不条理極まるというもの。

 ならば、ここで反転し、その裏切りの御首級(みしるし)頂戴すべきか。

 それとも、このまま横須賀の艦娘達に合流し、然るの後に縊り殺すのも一考か。


 ミカエル1(いいえ。ただ一度の失言で彼を見限るのは余りにも薄情だわ・・・・!)


 すんでのところで疑心の腕を振り切って、ミカエル1は、未だ疑心を抱く他の僚機に激を飛ばそうと回光通信機を手に取った。



 その時だった。


 ゴーーーン


 ミカエル1「え――――?」


 突然、虚空に何物かの轟音が轟き、ミカエル1達は何事かと辺りを見渡し始める。


 ――――これは、砲撃音?


 それも、駆逐軽巡の砲ではない。

 もっと大型―それこそ戦艦クラスに搭載される程の艦砲だ。


 ミカエル1(でも、なんでかしら。この砲撃音、どこかで・・・・・・)


 妙に聞き覚えのあった砲撃音。

 脳髄を震わせたその音色は、ミカエル1の記憶の海からある一隻の艦影を呼び起こしていく。


 古き海原に轟く、巨大としか表現できない火砲の咆哮。

 羽虫のごとく群がる、夥しいまでの艦載機隊。

 無駄だと分かっていても抵抗を続けた、島と見紛うばかりのその巨体。


 時代と言う名の奔流に嫌われ、役立たずと卑下されながらも尚彼の國の象徴として生涯を全うしようと足掻き続けた、悲運の艦。


 そう、彼の艦は。彼の艦の名は――――


 ミカエル2『Leader。Leader!無線機が・・・!!』


 ミカエル1「・・・・っ」


 記憶の海から一つの艦影を導き出した時だった。


 今まで沈黙を守って来たはずの無線機からミカエル2の声が響き渡り、ミカエル1は、舌打ちもそこそこにサルベージ寸前だった記憶の艦種特定を一旦保留にしてミカエル2に応答する。


 ミカエル1『なに?一体どうしたと言うのよ』


 復旧したと思しき無線機ではなく、回光通信機によ発光モールス信号で応答したのには、ミカエル1自身がまだこの事実を処理しきれていなかったからであった。

 すると、並走していた他の僚機から発行信号が届く。


 ミカエル46『ミカエル1。今すぐ無線機をオンにしてください』


 ミカエル46の指示に従い、ミカエル1は訝りながらも無用と思い落しておいた無線の電源を入れる。

 すると、妨害電波によるノイズしか聞こえてこなかった通信機から、想像を絶するものが彼女の耳に飛び込んで来た。



 『Mayday Mayday Mayday・・・・!!だれか、だれか応答して!! Mayday Mayday Maydayーーー!!!』


 ミカエル1「なに、よ・・・・。これ・・・・・?」


 復旧した通信機より響き渡る、整備妖精達の阿鼻叫喚と、鋼材の砕け散る音。

 あり得ぬと否定したくなるほどの戦火を鼓膜に突き立てられながら、ミカエル飛行大隊は今だ邂逅叶わぬ敵艦隊を目指し、唯々虚空を飛行し続けるのだった。






 真と偽が混在する戦火の海原に、二つの御旗がたなびく。


 無血と流血。

 正道と邪道。

 条理と不条理。


 かつて同じ御旗を掲げ、志を重ね合わせ、認め合ったのも今は昔。

 今や、袂を分かち「同じ御旗は二つもいらぬ」と互いを否の焔で燃やし合うその姿は、未だ戦火の鎮まらぬこの此岸の縮図そのものだったのかもしれない。


 そして、その御旗を彼の炎が燃やし尽くした時、そこに残るは善(まことのせいぎ)か、それとも偽(いつわりのせいぎ)か。


 何れにせよ、その答を知る者は、まだ誰もいなかった。







悠久の戦役第四幕に続く。






後書き

誤字脱字は、見つけ次第修正してゆきます。

批評及びコメントなどがありましたら、気軽に付けてください。

登場する提督達は皆、元帥クラス―それも資材の一万や十万をポンと他人に渡せるくらいの米帝提督達です。


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