2017-09-19 08:14:05 更新

概要

悠久の戦役第二幕の続きです。
前作、前々作同様キャラ崩壊やオリジナル設定が多分に含まれています。
また、艦娘や妖精の設定、深海棲艦の設定も原作と異なっている上に、轟沈艦娘も多数出て来ますので閲覧注意です。


前書き

お待たせしました。掲載を再開します。
この章では、鳳提督以外にも何人かの提督が登場します。
所属する国や団体はすべてフィクションです。



序章





 昔々、とある世界のとある海に、白き妖精の一族と黒き妖精の一族がいました。


 白き妖精はおおきな海原を支配し、黒き妖精はくらい海の底を支配していました。


 二つの妖精は、普段は自分たちの海で暮らしていましたが、姿も力も全く同じせいか、お互いをとてもとても嫌っており、度々戦争ばかりしていました。


 二つの妖精達の戦争は、それは気の遠くなるほど長く続いていましたが、妖精としての力も、扱える武器も全く同じだったので、いくら戦っても一向に決着はつきませんでした。


 ある日、白き妖精達は黒き妖精達を滅ぼすため、モノに宿る魂を具現化する術を生み出し、強くて美しい娘達を創り出しました。


 【白き妖精の娘】と呼ばれた娘は、その力を以て黒き妖精達を圧倒しました。


 白き妖精の娘たちの揮(ふる)う凄まじい力の前に、黒き妖精達の武器はことごとく跳ね返され、一族の絶滅は目前に迫っていました。


 敗北が必須となった黒き妖精達は、何とか白き妖精達に対抗できなかと知恵を絞り続け、ついに白き妖精の娘を自分たちの僕にする【毒薬】を創り上げました。

 そして、攻めて来た娘達に対し、次々とその毒薬を打ち込んでゆきました。


 毒薬のチカラは凄まじく、打ち込まれた娘達は瞬く間に恐ろしい怪物へと変わって行きました。


 黒き妖精達によって怪物へと変えられた娘たちは【黒き妖精の僕】と呼ばれ、皆、肌が黒く染まり、仲間と過ごした記憶や自分がナニモノだったのかさえも忘れ、唯々憎しみに支配されて行きました。

 黒き妖精の僕は白き妖精の娘を憎み、白き妖精の娘達もまた怪物へと変えられた彼女達を憎み、二つの妖精の戦争は、何時しか二つの娘達による戦争に変わってゆきました。


 白き妖精の娘と黒き妖精の僕との戦いは、やがて妖精たちの海のみならず私たち人間の世界にまで広がり、人間たちは彼の海より現れた娘達を見て、彼女たちをこう名付けたのです。


白き妖精の娘たちを―艦娘。


黒き妖精の僕たちを―深海棲艦、と。






第四十五章





天照の鎮守府襲撃より、約三日後。


スイス連邦 ジュネーブ市 【パルテノンビルズ】最上階、中央会議室。



 ヨーロッパ特有の温暖な気候が織り成すうららかな太陽の光が差す真夏のジュネーブ市内。その市内中央に屹立する一見どこにでもある高級ビジネスホテルの最上階、ホテルにしては不釣り合いなほどに厳重に警備された自動ドアを抜けた先に位置する会議室にて、ある秘密会議が執り行われようとしていた。


 鳳「各国の皆々様につきましては、連日自國の防衛に多忙のところと存ずる。しかし、よくぞこうして全員存命で会議の招集に応じて戴いた事、我らの神々に感謝申し上げたい」


 会議室中央に置かれた十人掛けの円卓の頭頂部に陣取った鳳が、周囲を見渡す様にして定例の挨拶を行う。


 その円卓には、彼と同規模―もしかしたらそれ以上かもしれない数の簡易勲章をひっさげた老若男女が彼を一様に見つめていた。


 鳳「さて、此度の定例会議に先立って、我が鎮守府の復興に際し皆々様に多大なご助力を頂いた事、この場を借りて感謝を申し上げる」


 定例の挨拶を済ませた鳳は、おもむろに立ち上がると軍帽を脱ぎ集まった面々に深々と頭を下げる。



 天照の襲撃後、更地と化した横須賀鎮守府はこの場に集まった提督たちの援助によってほぼ襲撃前の姿を取り戻していた。


 瓦礫の撤去や、倒壊した各艦娘たちの宿舎の再建。損傷した入渠ドックの修繕など、普通なら年単位でかかるであろう復興を僅か三日で稼働状態までこぎつけたのも、彼の提督達から届けられた膨大な支援物資の賜物だった。


 「頭を上げられよ、オオトリ殿。【困った時はお互い様】という言葉が貴殿の國には存在するではないか」


 円卓の左側―鳳から見て右側に座る身の丈190センチメートルはあろうかという銀髪長身の青年が、鳳の謝礼に口元に微笑を湛えながら友好的に頷く。 



 【ロシア連邦 ウラジオストク鎮守府『新生バルト艦隊』艦隊総司令官アラム・アンドリアノフ元帥】


 ロシア連邦の海の玄関口であるウラジオストク鎮守府の提督にして【оса(スズメバチ)】の異名を持つ艦隊指揮艦である。 

 また、ロシア妖精たちの陸戦隊の指揮官も兼任している。


 「アラムさんの言う通りですよ。わたし達は今まで、貴方様に多くの富と繁栄を頂きました。それに比べれば、我々の送った物資など些細な出費にすぎません」


 アラムに追従する形で、鳳の左隣りに陣取る艦娘を従えた車いす姿の老婆が感慨深い様子でうなずく。



 【 グレート・ブリテン及び北部アイルランド連合王國 『フリートウッド艦隊』総司令官シルヴィア・フリートウッド元帥】


 御年70歳という高齢ながら、欧州最強と謳われるフリートウッド艦隊の総司令官を任される現役最高齢の女性提督である。

 ただし、老齢を迎えても尚その歴戦者然とした眼光と知略は健在であり『ヨーロッパにおいて彼女に勝る提督なし』と称される歴戦の猛者である。



 「そういう事。お気遣いなく、オオトリおじいちゃん」


 二人に追従する形で、今度はシルヴィアの左に座る金髪の高校生くらいの少年が、アラムとは正反対の陽気な口調でケラケラと応対する。



 【アメリカ合衆國 『セイレーン起動艦隊』司令長官 マイク・アンダ-ソン大将】


 開戦より四年、ガダルカナル島に拠点を移した彼の大國―アメリカ合衆國が新設したガダルカナル島 艦隊総合指令本部の司令長官にして僅か17歳にして彼の鎮守府の提督を拝命した【神の子】と称されるアメリカきっての秀才である。



 マイク「ところで、アラムさん。劉の大将さんはどったの?来てないみたいだけど」


 招集者が一人足りていないことに気付いたマイクが、キョロキョロとあたりを見渡しアラムに問う。


 この会議の招集人数は全部で五人。対して円卓の座席数は十人なので、各人物の左右には一人分席が空くことになる。

 故に、仮に誰か一人が欠席すれば、当然円卓には三人分の空席が一ヶ所存在する事になる。


 そして、マイクの指摘通りアラムの右隣りにはその空席が存在しており、本来その席に座るはずの人物―劉 浩然(リュウ ハオラン)の姿はいなかった。


 すると、アラムはマイクの馴れ馴れしい態度に辟易したように返した。


 アラム「あいつなら、最近完成した防衛線の指揮で欠席だ。と言うより、そのことはお前にも通達が行っているはずだぞ」


 アラムの指摘に、マイクは「あれ、そうだっけ?」と苦笑しながらとぼけて見せた。


 その士官らしかなぬ軽率な態度に、アラムは「ハァ」とため息交じりに内心頭を抱える。


 若干17歳にして現海軍の実質的なトップ―年齢的な問題で大将にとどまっている―を拝命する彼の戦績は、アラムや他の元帥たちも認めるところである。

 ただ、先の通達の未確認や時折見せる年相応のしぐさを見るたびに、アラムは本当に彼に提督職を任せてもよいのかと不安に駆られてしまう。


 すると、そのやり取りを見ていたシルヴィアから諫言が放たれる。 


 シルヴィア「マイクさん。貴方も海軍将校(ひとのうえにたつもの)なら、鎮守府に入る情報の把握くらいはしておくべきですよ。何時までも艦娘任せではいけません」


 まるで孫を叱るように、シルヴィアはマイクにぴしゃりと言い放つ。


 たたき上げの軍人であるアラムの指摘もさることながら、シルヴィアの諫言は、彼とは別の貫禄を持った年長者故の年功的な重みをもっていた。


 マイク「・・・・・はい、失礼しました」


 シルヴィアの貫禄に気圧されたのか、マイクは叱られた子供の様に委縮し素直に謝罪をする。

 それを見ていたアラムと鳳の顔に、天晴れといった感情が浮かび上がる。


 ―――流石、御年70歳の御方が持つ貫禄は格が違う。


 見事な更生に感心するアラムとは対照的に、彼女とさほど年が離れていない鳳は、シルヴィアの叱責に死に別れた嘗ての伴侶を重ねていた。


 鳳(儂も、昔は家内にああやって叱られていたのだったな・・・・)


 そう思った時、鳳の鼻孔に懐かしくも切ない香りが漂い、己の脳裏に刻まれた嘗て妻だったヒトと過ごした日々の記憶が蘇る。



 『貴方のようなヒトに巡り合えて、私は、本当に幸せでしたよ・・・・』


 時に笑いあい。時にいがみ合い。何時も傍にいてくれた己の唯一無二の伴侶だった女性(ひと)。

 護ると誓い。愛すると誓い。共に果てると誓った彼の者は、あの日、劫火に焼かれた実家の中で血塗れた肉塊へと変わっていた。


 そう、彼の海より現れた、深海棲艦(しんりゃくしゃ)達によって。


 そして、彼女が残した苦楽の記憶は【鳳帝】と言う罪人を形作る血肉となって『大義を全うせよ』と叫び続けている。


 シルヴィア「鳳様。そろそろ会議を始めましょうか?」


 鳳「あ、あぁ。そうですな」


 おもむろにこちらを向いたシルヴィアに、鳳は慌てて懐古の念を追い払い同意しながら、卓上に据え置かれたPCを立ち上げる。

 それを、満足げに見送ったシルヴィアに追従する形でアラムとマイクも同様に据え置かれたPCを立ち上げていく。


 起動と同時に現れたPCメーカーのロゴを見送り、次いで現れたパスワード画面に慣れた手つきでパスワードを入力して行く。

 その十数秒後、世界地図に設定されたホーム画面に全員が移行したのを確認した鳳は、会議の開始を宣言した。



 鳳「これより、明星の使徒による世界救済の極秘会議を開催する」








第四十六章







 深海棲艦が人類の海を支配して約四年。


 落日の敗走を経て艦娘という新たな力を手に入れた人類は、多大なる犠牲を払いながらも彼の侵略者たちから多くの領地を奪還していた。



 シルヴィア「では、まずわたしから報告させて頂きます」


 付き人の艦娘―恐らくW級の誰かだと思われる―にPCの操作をさせ、シルヴィアは持参したデーターを各提督達に送信していく。


 シルヴィア「皆様もご承知の上と存じますが、現在、我々欧州連合は北は地中海を南はインド洋までをその勢力範囲としております」


 シルヴィアの報告に追従する形で、従者の艦娘は送信した資料を次々と異なる色で塗りつぶしていく。

 リモートコントロールに切り替えられた資料画像は、瞬く間に母国―グレート・ブリテン及び北部アイルランド連合王國を中心に、フランスやドイツと言ったヨーロッパ諸国を青く塗りつぶして行き、ついにはスエズ運河を超え、紅海を席巻しインド洋までをもその色彩の版図とした。


 シルヴィア「今までも幾度かの深海棲艦の攻勢はありましたが、我々、欧州連合は今日まで、深海棲艦どもを地中海まで踏み入れさせたことは一度たりともありませんでした」


 転送された世界地図に、更に幾つかのバツ印が加えられていく。


 そのバツ印は、主に紅海やインド洋、並びに北大西洋に集中しており、彼女の言う通り本丸たる地中海には一個も存在しなかった。



 欧州連合の原点は、ヨーロッパの國々に残留する艦隊の寄せ集めで創ったものだった。


 今でこそ欧州無敵を謳っているこの艦隊も、設立当初は多國籍故に統率の取れていない烏合の衆に等しく、持ち得る副艤装も玉石混交の弱小艦隊であった。


 それを今の精鋭艦隊に鍛え直したのが、彼女―シルヴィアであった。


 シルヴィアはまず、多國籍故の課題であった指揮系統の再統一化を図った。


 各艦隊の電子機器を最新式の物に更新し、統一規格の通信機器を使用することで部品の交換性と整備性を向上させた。


 次に、深海棲艦の侵攻によって事実上廃止されていた世界海洋遭難安全システム(GMDSS)を再導入し、各艦娘に非常用位置指示無線標識装置(E-PIRB)の装備を義務化させることによって、北大西洋という広大な戦場での行方不明者(MIA)の減少に努めた。


 更に、艦隊間の通信表記を全國共通のモノに切り替えることで、情報共有の透明化を図ると共に、版図内の海上ビーコンの増設を行うなどの改革を推し進めた。


 この試みは、財政面や國家間での大小の批評有れども一定の効果を得ることに成功し、戦力を艦娘のに切り替えた今の欧州連合の無敵神話を築き上げることに成功したのである。



 シルヴィア「ですが・・・・。その防衛も、呪染により些か難しくなってきました・・・・」


 言って、シルヴィアは俯き苦悩の表情を浮かべる。

 それに呼応するように、海戦の場所を示すバツ印が紅海の北部とジブラルタル海峡周辺に追加されていく。


 【呪染】


 その言葉が、シルヴィアのみならず鳳たちの鼓膜に重々しくのしかかる。


 北大西洋の彼方には、開戦と同時に占領されたアメリカ大陸が存在し、その広大な大陸と人類が作り上げた巨大な工場群と港湾施設は、彼の侵略者たちにとっての大きな力となっていた。


 工場群が生み出す膨大な生産力(ちから)と数十万トンクラスの艦船が投錨可能な様に整備された港湾施設は、東にアメリカと日ノ本の國、西に欧州連合を相手取っても尚、両者を劣勢に追い込むほどの戦力を彼女たちに供給し続け、人類側は逆に自身が生み出した生産力(ちから)に苦しめられることとなった。


 畢竟、皮肉にも人類が築き上げた技術力と生産力が、深海棲艦たちに短時間で世界の海を支配できる環境を創り上げてしまったのである。


 それに加えて、こちらの艦娘達には呪染と言うハンデが存在する。 


 そう、呪染による高練度艦娘の減少は、何も欧州だけの問題ではない。


 いかな無敵を誇る艦隊と言えども、艦娘の宿敵である呪染は高練度艦娘を次々と問答無用で飲み込んで逝く。そして、呪染に侵された艦娘はそのすべてが水底に沈むか解体される道をたどり、戦線の維持は日を追うごとに難しくなっていく。


 そして、高練度艦娘の減少はそのまま艦隊の艦隊の攻撃力に直結し、攻撃力の低下はそのまま國土の防衛力に直結することになる。


 シルヴィア「恐らく、近い将来―もしかしたら今年中にも我々の戦線は崩壊するでしょう」


 声音に口惜しさを滲ませて、シルヴィアは車いすの手すりを「ぎゅっ」と握りしめる。


 彼女のソレが単なる妄言ではないことは、地中海の目と鼻の先に追加された無数のバツ印が物語っている。

 彼女の結う通りこのまま苦戦を強い強いられれば、遠からず深海棲艦はスエズ運河を突破し地中海に進軍してくるだろう。


 それは即ち、欧州の滅亡を意味するところであり、万が一、それが現実と成れば人類は中東からの物資を失い更なる劣勢に立たされることになる。


 故に、シルヴィアの報告は他の提督達にとって衝撃的な内容である事は火を見るよりも明らかであろう。

 だと言うのに、鳳たちは皆一様に腕を組みPCに映る資料を見ながらでシルヴィアの報告に聞いているだけで、何も提案することをせず、ただ時間だけが過ぎていくだけであった。


 シルヴィア「わたしからの報告は、以上になります」


 結局、この場に座する提督達は誰も口を開くことなくシルヴィアの報告は終了した。


 提督達からの提案も質問も劣勢に対する慰労も冷やかしも理不尽な糾弾も無かった。

 そう、本当に【ただシルヴィアの報告を聞いただけ】。それだけだった。


 ただ、何故か当のシルヴィア本人は彼らの対応に特に不満を漏らすことはなく、一仕事を終えたかの様に「ほぅ」と息をつき、強張った躰をほぐし姿勢を楽にする。


 まるで、【こうなる】ことが初めら解っていたかのように。


 マイク「それじゃ、こんどは僕の番だね」


 シルヴィアが一息をついたその数十秒後、今度はマイクが挙手をした。


 他の提督達からの反対がないのを確認したマイクは、手元のPCを操作し持参したデーターを送信する。


 転送されたガダルカナル島からオーストラリア大陸までを含む世界地図が画面に表示されたのを確認したマイクは、「コホン」咳払いをした後、報告を始めた。



 マイク「僕の故郷であるアメリカ合衆國が、落日の敗走でぼろ負けしてガダルカナル島に撤退したのはみんな知っていることだと思う」


 人類史上まれにみる大敗を帰した落日の敗走において、もっとも艦船の損失が多かったアメリカ合衆國はその後、戦線の維持もままならぬまま着の身着のままガダルカナル島へと撤退することとなった。


 建国史上初の敗戦を帰し、捲土重来を誓った彼の國の民は、自らを辱めた深海棲艦という化け物への反骨精神と来るべき雪辱戦への闘志を以て仮住まいとしたソロモン諸島の島々をことごとく要塞化し、軍港を整備し、艦娘を創造し戦力を整えた。


 マイク「Please take back our country(我らの祖国を取り戻せ)。みんな熱に侵されたようにこの言葉を叫びながら連日のようにドンパチを繰り広げて来たよ」


 そういって、マイクは半ばあきれたようにため息をつく。


 嘗て世界最強と謳われた彼の國の再生力は、今や世界で最も艦娘を多く保有するまでに回復し、夥しい程の艦娘を侍らせた彼の國の威容は『世界の警察』と謳われた全盛期と遜色ないほどのもので、刹那的とも呼べる艦隊の再配備力はまさしく彼の呼称その通りであった。


 そして、現在かの大國はソロモン諸島の隣國であるパプアニューギニア独立國を開放しその傘下に加え、西をポリネシアはマルキーズ諸島、東をフィリピン諸島まで。北はマーシャル諸島を、南端はニュージーランドをもその版図に収めていた。


 マイク「でも、それも呪染によってシルヴィアさん同様に押されてきちゃったけど、ね」


 声量落とし悲哀を滲ませながら、マイクはシルヴィア同様に送信した地図に色を付けていく。


 彼の言葉通り、版図としてきたフィリピン諸島やポリネシア諸島の幾つかに深海棲艦の版図を現す赤い色彩が混ざっており、その最南端でニュージーランドはその半分が赤く染まっていた。


 その要因の一つが、ニュージーランドの隣に位置するオーストラリア大陸の存在であった。


 南極大陸を除けば世界の最南端に位置するこの大陸には、深海棲艦の南方司令基地が存在し、そこに陣取る南方棲戦鬼率いる南方方面艦隊は彼の大國相手に四年の長きにわたって必死の抵抗を続けていた。


 マイク「まったく・・・・。あれだけ孤立させてボコっているっていうのに、どうして奴らはあんなにもドバドバ出てくるのか。ホント、奴らはまるで艦を無限に生み出す魔法の杖でも持っているんじゃないかと思いたくなるくらいだよ」 


 忌々し気にそう言って、マイクはPCを操作して映した画面を更に加工していく。


 彼の手によって次々と付けられていく海戦のバツ印は、その大半が彼の大陸と接するティモール海、アラフラ海、珊瑚海、そしてタスマン海に集中し、ニュージーランドの中継地点であるバヌアツ共和國に至ってはその國土を埋め尽くす程であった。


 その海戦の数は、先に報告したシルヴィアのソレを上回る規模であったが、それでも尚戦線を維持し続けているのは流石というべきであろう。


 そして、彼の國の劣勢を増加させている最大の要因が、太平洋のほぼ中央位置するハワイ島の存在であった。


 深海棲艦の総司令部とされているこの島々は、元々建設されていた人類の港湾施設が占領後そのまま使用されており、更にさらにそこへアメリカ本土から日常的に送られてくる物資が合わさるという悪夢が重なり、ただでさえ強固な防衛力を更に強固なものへと変えてしまっている。

 今や、太平洋のほぼすべての防衛を担う程の鉄壁を誇るまでに進化した彼の島々は、前次大戦時のノルマンディー海岸をもじって『太平洋の壁』とまで呼ばれていた。


 だが、ここを陥落させねば人類は深海棲艦に勝利することが出来ず、彼の國の御旗である『祖國奪還』は永遠に叶わない。 

 故に、鳳たちを始め数多の提督達は、奪還困難と分かっていても艦娘を使役し彼の敵との戦争を続けてきたのである。



 マイク「もって二年。それ以上は無理かな」


 【二年】


 それが、マイクの出した自國の戦線維持の有効期限であった。


 これを過ぎれば、アメリカは深海棲艦の物量に敗退し南方戦線は崩壊する。

 そして、シルヴィアたちの戦線崩壊を相合わさった暁には、人類は全ての制海権を【今度こそ】失い、孤立し、最後は滅亡するであろう。


 彼の報告はシルヴィアと同等―もしかしたらそれ以上かもしれない―の危機的状況を孕んでいたが、それでも、会議室に漂う空気は彼女の時同様に静寂そのものであった。


 マイク「僕からの報告は以上かな」


 そう言って、マイクは一息つこうと席に躰を預けようした。


 その時だった。


 鳳「マイク。お前に一つ質問がある」


 今まで提督達の報告を座視していた鳳が、初めて口を開いた。


 マイク「ん?うん、いいけど・・・・?」


 妙に神妙な顔つきで言い出す鳳に、マイクは何故か背筋に嫌なものが触った感覚を覚える。


 ――――なんだろう。前にもこんな感覚を覚えたような・・・・。


 鳳「マイク君―否、マイク・アンダーソン大将。貴殿の上官はこれを見て、何か申されていなかったかね?」


 思わず冷や汗を流すマイクをよそに、鳳は皆のPCに向けて、あるデーターを送信する。


 そこに映されたある計画書とその過程を記した報告書を見たシルヴィアたち―術者の艦娘含む―は、文字通り絶句することになった。


 ――――こ、これはっ!?


 そこに記されたある新型ワクチンに関する経過報告書と、それを元にしたとある艦娘とその運用にまつわる作戦計画書。

 それは、艦娘を使役する提督という役職に準ずる者たち―ひいてはシルヴィアの術者(かんむす)にとって悪魔の所業とも思える報告書であった。


 それを見聞し、あの時漏らした彼の上官の言の葉を理解したマイクは、「どうだ?」と言わんばかりにマイクの応答を窺う鳳に言いようのない激情を湛えながら、伐倒交じりにこう答えた。



 マイク「貴方のおっしゃる通りですよ、Admiralミカド オオトリ。うちの軍令部(トップ)はね、【これ】を見てこう言っていたよ・・・・!【そろそろ潮時か】ってね・・・・!!」 








 明星の使徒の極秘会議より数時間後。

 パルテノンビルズ最上階ロイヤルスイート2号室。



 イタリア方面から流れてくるシロッコ―アフリカから地中海を超えてくる季節風の一種―が、打ちのめされた心に蒸し暑い夜風を運んでくる。


 もう、かれこれ数時間も経っているというのに、自分の心は水底のように黒く落ち込んだままであった。


 『ふざけんな!こんなこと、許されるわけないだろう!!』


 今も耳に残る、あの時「否」と声を上げた若き提督達の声。


 艦娘を使役する数多の提督の中で、彼らの様に心から艦娘の為に怒ってくれるヒトなど、今の時代にはほとんどいないだろう。


 『マイクの言う通りです。オオトリ殿―いいえ鳳 帝元帥閣下。どうか、どうか考え直して下さい!』


 彼の判断を愚考と断じ、今一度の再考を懇願してくれた彼らの声は、前世の艦長たちとどことなく重なり、彼女の抱いた慟哭をほんのひと撫で程だけ逸らし暖めてくれた。


 シルヴィア「眠れないのかい?」


 主であるシルヴィアが、心配そうな面持ちで話しかけてくる。


 その慰問に、術者の艦娘―ウェセックスは「はい・・・・」とか細く応える。


 シルヴィア「無理もないよね。あんなものを見せられた後じゃ、熟睡できる方が無神経ってもんだろうからね」


 そう言って車いすをウェセックスの立っているベランダへ移動―ベランダから入り口までバリアフリー化されているのでシルヴィア一人でも移動できる―させた後、シルヴィアは術者として同行して来た艦娘の栗色のセミロングの髪を優しくなでる。


 ウェセックス「は・・・・ふぅ・・・・」


 さらさらと髪を梳く様に、シルヴィアはウェセックスの髪を何度も撫でる。

 その度に、彼女はうっとりとしたように髪の毛と同じ栗色の眼を細め髪の毛越しに伝わるシルヴィアの体温を感じ取りながら、自身の心に巣くう黒くよどんだ塊を消し去ろうとした。 


 ――――これ以上、このヒトに心配はかけたくない。


 宛ら、祖母が孫をあやしている様な光景だが、当のウェセックスの心は一向に晴れる事は無く、寧ろ提督たる彼女に対する申し訳ない気持ちが渦巻いていく。


 この提督(ヒト)は、何時も私たち艦娘の為に尽してくれる。


 深海棲艦に対抗する唯一の戦力である艦娘を統括する提督達は、その役職上艦娘達とはなるべく友好的―例外も多々あるが―な立場を作ろうとする。


 でも、このヒトが自分達に接する態度は宛ら孫をあやす老婆の様であった。


 そう、付かず離れず接し、落ち込んでいる時はまるで母親の様に親身になってくれる。

 艦娘である己が、有る筈のない【母性】という感情を抱いてしまうただ一人の提督(ははおや)。それが、シルヴィア・フリートウッドという女性だった。


 シルヴィア「・・・?どうしたんだい。何処か痛むのかい・・・・!?」


 それまでうっとりと撫でられていたウェセックスの瞳に突然滴があふれ、シルヴィアは撫で方に問題があったのかと心配そうに見つめる。


 ――――貴方というヒトは、どうして・・・・。


 本当は、このまま何も聞かずに撫でられていたかった。


 でも、ダメだ。


 このヒトの前では、自分は唯の脆弱な幼子になってしまう。

 甘えてしまう。

 答を得たいと思ってしまう。

 道を示してほしいと思ってしまう。


 だから、私たちは彼女に縋ってしまうのだろう。


 提督(はは)と呼び親しんで来たこのヒトに心配を掛けさせたくないと、今まで幾度となく自らに楔を打ち込んで来たいうのに・・・・・。


 ウェセックス「Tick the victory to the Akatsuki horizontal line」


 シルヴィア「うん?それって・・・・」


 ウェセックス「はい。Motherたち人類が、私たち艦娘に授けて下さった最初で最後の、たった一つの御旗です」



 【暁の水平線に勝利を刻め】



 今では常套句となって久しい、此岸に生きる艦娘ならだれもが一度は掲げであろう人類公認の大いなる御旗。


 それは、嘗て人類が艦娘という未知の兵器を扱うことになった自らを鼓舞するために掲げたのだと、シルヴィアは自分に語ってくれた。

 そして、今、人類は深海棲艦という侵略者と戦う為に、そして、艦娘という新たなる兵器(あいぼう)と共闘するためにこの御旗を掲げている。


 全ては、人類の明日を切り開く為に。

 全ては、海原を穢す怨敵を一掃する為に。

 全ては、共に戦場を翔ける生涯の戦友と一緒に勝利を掴む為に。


 森羅万象を脅かす怨敵をこの海より殲滅し、我々の創造主の版図を護らんがために今一度の転生を賜って幾星霜。

 我の御心はいつもあなた方人類と共にありて、その期待をその身に背負い、全身全霊を以て尽して来た。


 貴方たち人類が、我々生体兵器(かんむす)に暖かな眼差しを向けるのは、この想いがちゃんと伝わっているからなのだと。


 そう想い、今まで戦って来たというのに。


 なのに、貴方たちは、どうして――――。


 ウェセックス「教えて下さい、Mother。どうして・・・・、どうして、こうなってしまったのでしょうか?」


 溢れだす涙に己の感情を載せて、ウェセックスは己の生みの親に今一度問うた。


 鳳提督が開示した、あの資料。


 一つが、長きに渡って艦娘を苦しめて来た呪染を浄化するために研究開発された新型ワクチンの詳細資料と、それを運用した新たなる作戦計画。


 もう一つが、今や不倶戴天の艦娘と成り果てた強襲揚陸艦天照の今後の対応についての各國首脳との協議内容及び直筆のサイン入り同意書。


 そして、どういう意図で付け加えたのか「これで会見しろ」と言わんばかりに民衆への会見用のスピーチ原稿までもが添付されていた。


 これらの資料が、まるで、予め準備されていたかのように詳密に記されていた。 


 特に、新型ワクチンに関してはすでに実用段階にまで達しており、生存している全艦娘に配布してもまだ有り余る位にまで生産済みであるとのことだった。

 更に、これを用いた作戦は「一度実践済みなのでは」と疑いたくなるほどに精密で、まるで隙が無い。


 だが、この作戦には深海棲艦の殲滅だけではなく、あるもう一つの計画が盛り込まれていたことを、ウェセックスは会議後にもう一度シルヴィアと読み返すことで知る事となった。

 おそらく、開示された時には誰も気づくことは無い、一見しただけでは解らない程に巧妙に隠されたこの作戦の、本当の目的。


 それに気づいた時、ウェセックスは「ニンゲンたちはどこまで恐ろしい生き物なのか」と戦慄してしまった。


 ウェセックス「Mother。本当に、ほんとうにこの道しかなかったのでしょうか。あの娘に―天照に全てを背負わせて、我々はのうのうと彼女の屍の上で生きる。これでホントに良いのでしょうか?」


 このままあの作戦が発令されれば、あの娘は人類に仇名す不倶戴天の艦娘として八つ裂きにされた後、その骸はかつての同胞たちによって呪詛と汚名に塗れながら踏みにじられることになるだろう。


 自身の鎮守府を攻撃し、多くの同胞を沈めた天照に罪がないとは言わないが、せめて彼女には公平な贖罪をさせてあげたい。


 ウェセックス「Mother、どうかお願いです。オオトリ提督をもう一度説得してください。こんな、卑劣でヒトの道を外れた作戦を以て彼女に罪を贖わせるなどと。John Bullとして、いいえ、人類を守護し正義を成す一人の艦娘として見過ごすことなど出来ません・・・・!」


 ほとんど掴み掛る勢いで、ウェセックスはシルヴィアに今一度の説得を懇願した。


 同意書には自國の首脳のサインも入っている以上、此処でどうこう言っても仕方がない事だと分かっている。

 更に、この説得で日ノ本との関係がこじれる可能性も否めない上に、最悪シルヴィアは國家反逆罪で処罰される危険性だって十二分に考えられた。


 でも、それでも、ウェセックスはJohn Bull(自由を愛する者)としてこのまま座視することなど出来なかった。


 彼女に、否、英國に正義と人道を貫いてほしかった。


 そう訴える己の秘書艦(いちばん)に、シルヴィアは静かに目を閉ると重々しい口調で言った。


 シルヴィア「ウェセックス・・・・。わたしだってね、本心を言えば鳳さんにもう一度考え直してもらいたいと思っているよ」


 【本当は、天照を救いたい】


 提督という立場ではなく、シルヴィア・フリートウッドという一人のニンゲンとしての本音に、ウェセックスの心に僅かばかりの安堵が生まれる。


 そう、このヒトも本当はアラム提督やマイク提督と同じ気持ちなのだ。

 彼女を―天照を世界の不倶戴天にしたくない。

 彼に、自身が選んだ伴侶(おんな)を見殺しにさせたくはない。

 自身の愛するヒトと、共に歩んでほしい。


 そう思ってくれていた。


 だとしたら、どうして――――。


 ウェセックス「なら、どうして。どうして、あの時何も言わなかったのですか・・・・・!?」


 生まれて初めて抱いた【失望】という名の感情に支配され、ウェセックスは地位も軍規も無視してシルヴィアの肩を鷲掴みにした。


 このヒトに怒りを覚えた事など一度もなかった。

 失望するなど以ての外。

 このヒトを護れるのなら、私は世界の不倶戴天になり果てても構わない。


 そう、想っていままで信じて付いてきたと言うのに。


 なのに、どうしてこのヒトはあの時「否」と声を上げなかったのだろう。


 どうして、このヒトはこんな卑劣を容認できたのだろう。賛同できるのだろう。是と声を上げることが出来たのだろう。


 義と慈しみを何よりも優先して来た我が主もまた、有事には【我が身大事】と保身の立場をとる数多の俗物(ていとく)たちと同じだったと、そう言うことなのかだろうか。


 抱いた失望と共についてきた【幻滅】言う名のもう一つの感情が、ウェセックスにあの会議の光景をもう一度蘇らせていく。



 マイク『ふざけんな!こんなこと、許されるわけないだろう!!』


 アラム『マイクの言う通りです。オオトリ殿―いいえ鳳 帝元帥閣下。どうか、どうか考え直して下さい!』


 シルヴィア『・・・・・・・・・』



 己の持つしがらみを二の次にして「否」と声を上げた者と、それに従った者。


 そう、あの時アラムとマイクが鳳の計画に反対する中、シルヴィアは彼らに賛同することなく座視を決め込んだのだ。


 それは、軍隊という組織(きかい)における提督(はぐるま)というモノの意義を鑑みれば、仕方のない事だったのかもしれない。

 だが、あそこで座視を決め込むことがどのような意味を持つのかを知らぬ程、ウェセックスは無知ではない。


 だからこそ、ウェセックスは同郷のモノとしてシルヴィアの態度に憤った。


 ウェセックス「どうして納得してしまったのですか?どうしてあのような卑劣な行いを容認できるのですか?私たちJohn Bullは、外道を許せるほどに堕落してしまったとのだと、そう言うのですか!?」


 次第に大きく荒くなっていく声音と感情が、ウェセックスの頬に太く大きな水筋を作って行く。


 己が目的の為に艦娘を利用する提督をウェセックスは今まで嫌というほど見てきたが、このヒトは違うと思っていた。

 このヒトには、艦娘に対する敵意もなければ私利私欲に利用しようとする悪意もない。

 本当に、我々艦娘の為に損得勘定抜きに向き合ってくれる。


 そう、想っていたのに――――。


 ウェセックス「Mother・・・・。どうして・・・どうしてなのですか・・・・!?」


 掴んだ肩から伝わってくるウェセックスの悲痛な心の叫び。

 先程とはまるで違う、まるで、信じていたものに裏切られたとでも言いたげな己の秘書艦に、シルヴィアはあえてきつい口調で返した。


 シルヴィア「駆逐艦Wessex。貴方は、初期艦として今まで何を観て来たの?」


 ウェセックス「へ・・・・・・・?」


 その言葉が合図になったのか、ウェセックスは握りつぶす勢いで掴んでいた手を離し、問われた意味が解らないといった風にシルヴィアを見つめる。


 シルヴィア「ウェセックス。貴方が艦娘として守るべきものとは何?」


 ウェセックス「!!っ」


 いま一度艦娘としての使命を問われ、ウェセックスは「はっ」となったように眼を見開いた。


 そして、全てを悟った。


 艦娘の使命は深海棲艦と戦い大洋を護ることであるが、それよりも、まず主である人類を護ることが最優先事項であることを。


 そうだ、私たちの使命は欧州に住む7億のニンゲンの命を守る事。


 欧州の戦線はあと一年も持たないと言うのに、有ろうことか私は主(シルヴィア)に『守るべき民草を混沌へと引きずり込め』と、そう言ったのか。 


 鎮守府立ち上げの頃から初期艦として世界の全てを観て来た者ならば、選択の余地など最初からない事など分かりきっていたことなのに。


 でも、そうだとしても。私は―――――。


 ウェセックス「でも・・・・でも・・・・・・」


 再認識させられた使命と、英國艦(ジョンブル)としての誇りがウェセックスの心の中を掻き乱していく。


 そう、本当は解っていたのだ。


 欧州7億の民と、たった一人の艦娘の生涯。


 本来、天秤にかける事など絶対に許されない筈なのに、世界は時としてその行為を是としてしまうのだと。


 シルヴィア「ごめん・・・・。本当に、ごめんね・・・・・」


 ウェセックス「・・・・マザぁ~・・・・・」


 最早噛みつく事案すら見いだせず、へたり込んだウェセックスは嗚咽あげながら弱々しく最後の抗議をする。


 普段の秘書艦としての凛とした姿ではなく、救いを求める駆逐艦(こども)相応の弱々しい姿は、長年に渡り初期艦として鎮守府を支えて来た相棒が見せた初めての素顔だったのかもしれない。 


 ウェセックス「・・・・マザぁ~・・・・なんで・・・・なんでよぉ・・・・・」


 シルヴィア「・・・・・・・」


 泣き崩れるウェセックスに、シルヴィアは車いすから身を乗り出しそっと後頭部に手を伸ばす。

 その手に導かれるようにして、ウェセックスは主の膝に額をうずめ涙腺を決壊させた。


 シルヴィア(ごめんなさい、ウェセックス・・・。わたしはね、世界と戦うには余りにも歳を取り過ぎたんだよ・・・・・)


 もし、わたしが彼らと同じ年齢だったのなら、あそこでいの一番に「否」声を上げていたのは自分の方だっただろう。


 もし、わたしが彼らと同じ志をまだ持っていたのなら、この娘の意見を尊重しただろう。


 でも、わたしは提督とういう称号を長く賜り過ぎたのかもしれない。


 70年という年月は、シルヴィア・フリートウッドというニンゲンに余りにも多くの重責と人命を背負わせ、そして、臆病にしてしまった。


 シルヴィア「ごめん・・・。本当に、ごめんなさい・・・・」



 星々の照らす仄かな光源の下で、一つの幻滅と未来が確定する。


 それは、一人の視聴者も無ければ証人もない。

 それを知っているのは、彼の者たちを照らす幾億もの星々とそ彼の者たちを撫でた一陣の風だけであった。







第四十七章




 鳳たちの極秘会議より二日後。

 横須賀鎮守府 空母艦娘寮。



 深淵へと沈んでいた意識が、ゆっくりと光に包まれていく。


 視界を覆い隠す程の白色に薄れていた五感が徐々に覚醒を始め、背中から伝わる暖かい感触と共に少女はゆっくりと目を開けた。


 「ん・・・・うぅん・・・・」


 窓から差し込む朝日を浴びて、少女―かがの眼球がぼんやりと布地のそれではない天井を視認する。

 数秒の間をおいて視界が明瞭になって来た所で、かがはゆっくりと上半身を起こし辺りを見渡した。


 知っている天井と、そこからぶら下がる和風のペンダントライト。

 知っているアイボリー色の壁。

 知ってる畳敷きの床。

 知っているせんべい布団。


 そう、ここは、昨日まで過ごしていた簡易テントではなく、長年にわたり赤城と過ごした鎮守府の寮部屋のようだった。


 何故、と思ったのも一刻、かがはここ数日間の鎮守府を思い起こす。



 鳳 帝に屈辱的な服従を誓った次の朝、壊滅した横須賀鎮守府にあり得ない程の物資と作業員が遣わされた。


 同行してきた艦娘たちの話によれば、これらの援助は鳳の友人たちが無償でよこしたとの事だった。


 その理由について、彼の艦娘は機密事項故それ以上は話せないの一点張りだったが、実際のところ、かが達艦娘は土木関係については無知と言って良かった為、彼ら作業員―皆その筋のプロたちだった―たちの派遣は願ったり叶ったりだった。


 そして、彼らの手によって復興は驚くほど速く進み、三日後には更地同然だった鎮守府はほとんど襲撃前の状態にまで復興を遂げた。

 その二日後には艦娘たちの寮の建て直しも終了し、並行して行われていた戦死者たちの回収と簡易テントの片付けも昨日までにすべて完了したため、艦娘たちは修繕された各寮へと戻っていった。


 こうして、かがたちはおよそ五日ぶりに形とはいえようやく元の生活へと戻ることが出来たのだった。


 そう、確かにわたしたちは【今までの寮生活(にちじょう)】に戻ったのだ。



 戻った・・・・筈なのだ。



 かが「赤城さん・・・・。結局、帰ってこなかったのね・・・・」


 隣に敷かれたもう一組のせんべい布団に視線を移し、かがは独り言ちる。


 建て直された寮の部屋割りは従来のままとされたので、当然かがと相部屋になったのは赤城であった。


 だが、ようやく二人きりで話ができると思った矢先に、彼女は夕食後に「急に用事が出来た」と言って出て行ってしまった。


 外出前にそれとなく理由を聞いてみたものの、彼女は「大した理由ではありませんよ」と作り笑いを浮かべただけで一向に内容を離さなかったため、かがは結局「そう」とだけ言って赤城を送り出してしまった。


 最も、かがにはその理由が何となく察しが付いていたのだが。


 かが(まったく・・・・。わたしもそうだけど、あのヒトも嘘をつくのが下手ね・・・・・)


 そう言って布団から目を離し、かが大きなため息をこぼす。


 大方、彼女は提督(あのオトコ)にでも呼び出されたのだろう。


 あれほど弄ばれたオトコの命令に大人しく従う―軍属である以上拒否権は無いのだが―赤城もそうだが、よりにもよってその彼女に夜伽をさせる奴(おおとり)も相当な鉄面皮の持ち主といえよう。

 それとも、それくらいでないと鎮守府の提督などやってられないのだろうか。


 どちらにせよ、その畜生に二度も頭を下げて存命を請うた自分が偉そうに弁ずることでは無いと結論付け、かがは身支度を整えようと布団から出た時だった。


 「かがさん。起きていますか?」


 扉の向こうから慣れ親しんだ声が聞こえ、反射的に「はい」と応答したかがは小走りで入口へと歩いていく。

 内外を隔てるマホガニー色の扉に取り付けられたステンレス製の簡素なドアノブに手をかけたとき、かがは妙な胸騒ぎを覚え扉の開閉を躊躇してしまった。


 ――――本当に、このまま扉を開けてよいのだろうか。


 恐らく、自身の夜伽の予想が正しければ、彼女の指には【アレ】が嵌められている可能性がある。

 それを見たとき、果たして自分は理性を保っていられるだろうか。

 万が一、親友だと思っていたヒトがあの畜生のケッコン艦になったと言う証を見せられて、果たしてわたしは、赤城さんとあのオトコへの殺意を殺すことができるだろうか。


 かが(いいえ。ここは、覚悟を決めましょう)


 このまま狸寝入りを決め込もうかとも考えたが、応答してしまった以上このまま開けないわけにはいかない。


 ――――なら、開けるしかない。


 そう自身に喝を入れ、腹を括ったかがはドアノブを握りしめゆっくりと回す。


 ガチャリと音を立てマホガニー色の扉が滑らかに開き、何時ものふんわりと甘い香りではなく、何故かねっりとしたオンナの匂いが鼻孔を刺激したのも一瞬、扉の陰から柔らかい表情と共に見知った顔が映りこんだ。


 赤城「おはようございます。かがさん」


 数日前の確執など無かったように、赤城はそう言ってかがにニコリと微笑んだ。


 よそよそしさなど微塵もない、ごく自然な笑顔だったが、入り口で笑みを浮かべる赤城の躰に生々しく残された幾つもの痕跡が視界に飛び込んで来た時、かがは自身の予想が的中してしまったことを心底呪った。


 未帰宅であるはずの彼女の弓道着(せいふく)は、一体どこで仕入れたのかシミの一つもない真っ新な新品に変わっていた。

 ぷくりと張りのある柔肌には、首筋に明らかにヒトのモノとされる噛み跡が薄く刻まれている。

 胸当てを付けていない空母艦娘の中でも上位に入る大きな胸部装甲は、着物越しでも解る程に乳腺が隆起していた。

 黒く艶のある長髪は僅かに湿気を帯びており、笑みを浮かべる額にはほんのりと汗が滲んでいた。

 そして、赤城の躰からに臭ってくるねっとりとした雌(おんな)の匂いと、明らかに何かを隠す為に不自然に握られている彼女の左手。


 これらが指し示す事柄を、かがはたった一つしか知らない。


 かが「おはようございます・・・。赤城さん・・・・」


 極力心中を悟られないようにして、かがはなるべく彼女の左手を見ないようにしながら慎重に赤城に言の葉を返す。


 ――――いま、この鎮守府(むげんじごく)で生を認識できる最後の希望を、わたしは失いたくない。 


 いまの彼女から真実を聞いてしまえば、まず間違いなく自分はこのヒトを許せなくなるだろう。 


 彼女を、嫌わなくてはいけなくなってしまう。一航戦の片割れとして見れなくなってしまう。

 唯一人の理解者を、唯一つ残った生きる導を、わたしは失ってしまう。


 自身の持ち得るなけなしの会話能力を総動員して、かがは必死で場を取り繕うと言の葉を放ち続けた。



 だが、此岸はかがに味方をしてはくれなかった・・・・。



 かが「赤城さん・・・・。今日は――――」


 赤城「・・・・昨日の夜、お引き受けしました」  


 皆まで言う前に、赤城は自らの過ちを告白した―否、されてしまった。


 彼の申し出を受けたと。

 彼の寵愛を受け入れたと。

 彼のモノになったと。


 そして、貴方が向けてくれた信頼を失墜させてしまったと。


 かが「・・・・・・・・・・」 


 唐突に放たれた罪の告白に、かがの抱いた怒りの矛先が鳳から目の前にいる親友―否、親友だったヒトに変わっていく。


 かが(なんで・・・・。なんで、いまソレを言うの・・・・!?)


 辛うじて彼女の喉元に飛び掛かることだけは避けられたが、やはり現実を突き付けられてはどうしても自身の抱いたあの日の感情が再燃することは避けられなかった。


 赤城「かがさん・・・・・。私――――」


 かが「ごめんなさい。着替えるので、少し、一人にしてもらえませんか?」


 ダメだ、もう、このヒトを見ることが出来ない。

 声を聴くことが出来ない。

 言の葉を送ることが出来ない。


 突き付けられた絶望(げんじつ)から逃げるように、かがは溢れだす感情を必死で抑え込み、赤城に承諾を得る事無く扉を閉めた。



 かが「・・・・・・・・・・・」


 カチャリと扉が閉まるのを確認し、そのまま流れるように鍵をかけたかがは、よたよたと箪笥ではなく片づけ損ねた布団へと歩いていく。


 先程まで使っていた方ではなく、本能的に相棒の為に敷いた方へと向かったのは単なる偶然か、もしくは崩壊寸前の防衛本能の表れか。


 かが「・・・・・・・・・・っ」


 いずれにせよ、そこで膝を折った拍子に舞った彼女の残り香が鼻孔をくすぐった時、決壊寸前でせき止めていた感情を一気に放出させてしまった。


 かが「あ”ぁァ”ア”アぁあ”あァ”ァ亜ぁぁ”啞ア”ぁぁ”ぁ”ぁあ――-―――――――-っ!!!!!!!」


 決壊した感情が濁流となってかがを飲み込んでゆき、彼女の思考回路を今までにない程の負の感情で支配して行く。


 【わたしの赤城さんが、穢された】 


 そんな言葉が、千万回と再生され、真っ白になった思考を赤黒い濁色で染めて行く。


 赤城さんの躰が。

 赤城さんの心が。

 赤城さんの誇りが。


 わたしの赤城さんが。わたしのあかぎさんが。ワタシノアカギサンガ・・・・・。


 ワタシノアカギサンガ、アノオトコニ、ケガサレタ・・・・。


 かが(どうして。どうして貴方は何時もわたしの気持ちを汲んでくれないの・・・・!?)


 どうしてあの時、彼女を止めなかったのだろう。

 どうしてあの時、無理にでも理由を聞かなかったのだろう。

 どうしてあの時、追いかけなかったのだろう。


 彼女は―赤城は鳳 帝を愛している。


 だから、例え彼が自分を娶る理由が自身の望むモノで無かったとしても、その申し入れを断ることは絶対にしないだろう。

 例え、自分を求める理由が愛故でなくとも、彼を拒むことはぜったにしないだろう。


 そう、あの時、彼女を引き止めなかった時点でこうなることは解っていたはずなのに。


 かが(どうして。どうして。どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして・・・・・・!!)


 濁流となった感情はかがの思考だけでなく、五臓を刹那の速さで侵し尽くして逝く。 


 動悸がする。 

 吐き気が酷い。

 視界がグニャグニャする。

 躰が水底に沈んでいかの様にとても冷たい。


 濁色で染められた思考回路は、かがに暴力的な感性を呼び起こし赤城という名の親友(うらぎりもの)を罰せよと思案させる。


 もし、このまま感情に任せて彼女を部屋に引き込んでしまえば、この慟哭も少しは晴れるのだろうか。

 もし、このまま鉄拳の一撃でも加えていれば、この怒りも少しは薄れるだろうか。

 もし、このまま彼女の躰を上書きしてしまえば、この心痛も少しは収まるのだろうか。 


 否、おそらく彼女はそのつもりでここへ来たのだろう。鉄拳の二発三発も強姦まがいの凶行も覚悟の上だったはずだ。


 そうだ、殴っても良いのなら、何故あそこで彼女の顔面を潰さなかった。

 その躰を羞恥と苦痛に歪めて良いのなら、何故あそこで彼女を押し倒さなかった。

 その罪を贖うと言うのなら、何故あそこで彼女に贖わせなかった。


 あのヒトは、ソレをされて当然の罪(こと)をしたのだと認めているというのに。


 裁いてよいと、許可しているというのに。


 でも―――――。


 それでも―――――。


 わたしは―――――。


 かが「いずも姉さん・・・・・あまてらす・・・・・。たすけて・・・・・・」


 五臓六腑を犯し続ける絶望と慟哭に、かがはまだ見ぬ実姉と半ば見捨ててしまった妹に救済を懇願する。


 わたしはこれから、何を導にして生きてゆけばよい。

 わたしはこれから、何に縋って生きてゆけばよい。

 わたしはこれから、何を信じて生きてゆけばよい。 


 もう、わたしが最も信頼し愛した誇り高き一航戦の赤城は、過去の人物に成ってしまったと言うのに。



 ワタシハ、コレカライッタイ、ナニヲ、シンジテ、イキテイケバヨイノダロウ・・・・・・。



 戻ったはずの日常は、唯絶望を覆い隠すだけの虚飾だったのだろうか。それとも、これが唯一人の姉妹を裏切った自分への因果応報なのだろうか。


 問いかける者も、答えてくれる者もいないまま、かがは唯々虚ろな面持ちで覆い被さる絶望に沈んでいった。







 マホガニー色の扉の向こうから、己が半身の慟哭が響き渡る。


 裏切られた。

 見捨てられた。

 奪い取られた。


 ヒトの抱くあらゆる負の感情がない交ぜになったその嘆声は、それを与えた張本人にも同じだけの背徳感を抱かせた。


 赤城「かがさん・・・・・」


 かける慰安も乗り込む名分も見出せぬまま、赤城はこの世の終わりと言わんばかりに泣き叫ぶ半身の哀哭を扉越しに聞き続けていた。


 彼女が自分に親友以上の感情を向けている事は、薄々気づいていた。


 加賀は、あの世界大戦以前からの付き合いであり、共に二人三脚で戦果を挙げ、戦火を潜り抜けて来た最高の戦友だ。

 その赤城にとって、加賀は安心して背中を任せられる何物にも代えがたい【相棒】であった。


 その感情は、例え時を超え、融合改装され、名前と容姿が違っていようとも変わることは無かったのだが、彼女のもつ加賀の船魄に秘められた感情は私が抱いてきたものとは少し違うものだった様だ。


 赤城「加賀さん・・・・・。貴方は、そこまで私の事を・・・・・」


 轟く戦友と呼び親しんだ者の哀哭に、赤城はようやく加賀の本心を思い知ることになった。


 そう、加賀は、私を愛していたのだ。


 それは、赤城が鳳 帝に抱いていたもの寸分違わぬもの。同性でありながら、加賀は赤城を恋慕し、慈しみ、共に添い遂げたいと願ったのだろう。


 赤城「・・・・・・」


 同じ性の元生まれたヒトを想い慈しむ。


 本来なら、異性に向けるべき恋慕を同性に向けると言う決して許されぬ恋慕を望んだ己が半身。


 でも、赤城はそこに嫌悪感も不快感も浮かぶことは無かった。

 寧ろ、そこまで自分を慕ってくれていたことに、感謝の意を表明したいと思っていた。


 赤城(ありがとうございます。加賀さん)


 内外を隔てる扉に額を押し付け、赤城は絶望する半身に感謝の言の葉を送る。


 ――――ありがとう。


 こんな私を好いてくれて、ありがとう。

 目的の為に己が躰を差し出した醜悪な自分を慕ってくれて、ありがとう。 


 そして、さようなら・・・・・。


 赤城(もし、次の人生があるのなら。私は、今度こそ貴方の番いの鳥となりましょう・・・・)


 送った言の葉が彼女に届くことを願い、赤城はそっとその場を後にした。






第四十八章




 赤城が自室に戻ってから、およそ数分後

 本部棟 提督執務室 




 大淀「演習・・・ですか?」


 午前の業務が始まった直後、何時もの様に提督用の執務机に隣接された秘書艦用の机にて業務の補佐をしていた大淀は、鳳の突然の発言に思わず生返事を返した。


 それは、天照の鎮守府襲撃からおよそ五日目の朝。多忙を極めた復興もひと段落し、ようやく艦隊業務が可能となった矢先の事だった。


 鳳「うむ。今しがた、アメリカ合衆國のガダルカナル島 艦隊総合指令本部より通達があった」


 そう言って、鳳は執務に使用している自前のデスクトップ型PCを操作しながら、彼の國より送信されてきたメールを、大淀の専用PCに送信する。


 数秒の間をおいて、『SECRET』とタグの付いたメールが一件、大淀のPC画面に送信されて来た。


 大淀「あの、拝見しても?」


 鳳「・・・許可する」


 わざわざ閲覧許可を求める大淀に、鳳は意外そうな表情を作ったのも一瞬、すぐに承認の文言を述べ開封を促す。


 当たり前のことだが、本来、『機密』と捺印された資料はいかなる理由があろうと艦娘達が中身を見ることは許されない。

 そのため、大淀は例え彼から見ろと言わんばかりに直接手渡されたとしても、中身を見るには提督の許可が必要だった。

 それが、人一倍鎮守府の規律に厳しい最初期艦殿なら尚更だ。


 大淀「拝見いたします」


 軽く敬礼をしたのち、大淀は送信されたメールを開封し黙読していく。


 大淀(宛、日ノ本の國 横須賀鎮守府 鳳帝元帥閣下。連日の艦隊業務、まことに多忙の事と存じます。さて、多忙のところ誠に勝手ながら、本日1000より我がセイレーン起動艦隊との演習を希望いたします。演習場所、並びに参加艦船は添付する資料を参照されますようお願い申し上げます。良い返事を期待を期待しております。アメリカ合衆國 ガダルカナル島艦隊総合指令本部 セイレーン起動艦隊司令長官 マイク・アンダーソン大将)


 謳われたあいさつ文に目を通したのち、大淀はカーソルを操作し添付された資料を表示させる。


 大淀(指定場所は・・・・九州南方海域、か)


 演習場所を鎮守府内にある演習場では無く、深海棲艦が跋扈する海上(せんじょう)に指定するのは、参加艦娘の安全面から見てあまり良いモノとは言えないものだった。

 何より、この提案の裏には訓練と称した相手鎮守府の戦力の削ぎ落としという疑心が付いて回る為、最悪、提督同士の諍いに発展する危険性も孕んでいた。


 その為、提案された側もまた、参加の是非を慎重に選ぶ必要もあった。


 大淀(参加する艦娘は・・・・。えっ!?)


 相手鎮守府の参加総数を見た大淀の顔がみるみる青ざめていく。

 そこに記されていた参加戦力の内訳は、彼の艦隊の正気を疑う異常なものだった。



 対戦艦隊 セイレーン起動艦隊。


参加戦力 

 艦隊総旗艦 提督座乗艦「USSアリゾナ」


 第一艦隊 CV-3サラトガ他、正規空母五隻。

 第二艦隊 BB-63ミズーリ他、戦艦五隻

 第三艦隊 CV-9エセックス、CB-1アラスカ他、軽空母四隻

 第四艦隊 CB-2グアム、DD-733マナート・L・エベール他、駆逐艦三十七隻



 大淀(総数・・・五十八隻・・・・!?)


 その数は、彼のセイレーン起動艦隊全ての艦娘達だった。


 だが、大淀の血の気を引かせた文言は、その奇想天外な参加艦娘数よりもそこに記された艦隊総旗艦の名前だった。


 大淀「提督座乗艦『USSアリゾナ』」


 提督座乗艦。


 それは、今は忘れ去られた人類と艦娘との信頼関係の元造られた、一つの答えと言うべきモノ。

 【提督】と言う艦娘達にとって最優先防衛目標を以て彼の者達を督戦する、不退転の戦術。


 大淀「あの、提督・・・。これって、もしかして――――」


 鳳「大淀・・・・。すまないが、午前の執務は一先ず休止だ」


 恐る恐る問う秘書艦に、鳳はPCを操作しながらそう答える。


 大淀「提督・・・。まさか・・・・承諾するつもりですか!?」


 遠回しに求めに応じると発言した鳳に、大淀は信じられないと声を上げる。


 艦娘は、人類からしてみれば深海棲艦の脅威から守る【盾】であるのと同時に、自らの身を滅ぼしかねない強力な【矛】にも成り得る諸刃の剣だ。

 だからこそ、その保有数は厳重に管理され、それを使役する提督達は規律と言う名の鎖で雁字搦(がんじがら)めに拘束され、監視されてきた。


 故に、この鎖を断ち私益とする者は、何者であろうと世界の敵とされ断罪されることになる。


 それは、この鎮守府を預かる鳳も愚行を犯したマイクも十二分に理解しているはずであった。


 鳳「それと、整備妖精達に三笠の出港準備をせよと伝えてほしい」


 大淀「て、提督!?」


 鳳の蛮勇とも取れる発言に、大淀は机を乱暴に叩きながら立ち上がった。


 ――――なぜ、貴方が彼にそこまで付き合う必要がある。


 彼の行いは、演習という大義名分を借りた明らかな侵略行為だ。


 仮にこの演習を承諾したとて、我が鎮守府には何の利益もない。

 むしろ、この凶行の勝敗によって我が國とアメリカ合衆國は戦力の激減を伴うことになる。

 それは、深海棲艦の大海侵略をさらに加速させることを意味する。


 畢竟、この演習はどちらも不利益しか被らないという百害あって一利なしの無意味なもの。


 故に、いま貴方が成すべきことは、艦隊の即時撤収と彼の断罪をアメリカ政府に求める事であって、彼の私情に付き合うことではないはずだ。 


 大淀「提督。失礼を承知で申し上げますが、今は彼の愚考に付き合っている余裕は我が鎮守府にはありません」


 不敬を承知で、大淀は鳳に諫言を放つ。


 鳳の性格上、売られた喧嘩は必ず買う主義だ。おそらく、マイクもそのつもりでわざわざ演習の申請などと言う回りくどい事をしたのだろう。


 そう、これはあくまでも【演習】なのだ。


 そこでいかなる損害―そう、例えば艦娘の轟沈や提督の戦死が起こったとしても、それは全て【演習中の不幸な事故】として処理できる。


 つまり、この戦闘によって國家間の人事的ないざこざが発生することは無く、艦娘の損害も勝敗によっては微細にとどめることが出来る。


 それを、鳳はよく理解していた。


 そして、けしかけたマイク自身も・・・・。


 鳳「大淀。オトコにはな、全てわかっていようとも引けない戦いと言うモノがあるのだよ」


 理解した上で秘書艦としての立場を貫こうとする大淀に、鳳は不退転の覚悟を含んだ眼でそう返した。


 解っている。

 これは、私闘以外の何物でもない。

 鎮守府と言う組織を回す歯車(ていとく)である身として絶対にやってはならない禁句。


 だが、解っているからこそ、漢として不退転の覚悟で出撃した奴の申し出を突っぱねることは出来ない。


 大淀「・・・・・解りました。直ちに、艦娘各員に通達し、出撃準備に取り掛からせます。それと、アレの準備も・・・・」


 憂いを含んだ眼差しで承知の敬礼をし、大淀は踵を返す。


 矜持には、同じ矜持で返す。


 こうなった時、貴方たちオトコと言う種族は、時に戒律も損得も無視して己の【正義】に準ずる生き物であることを、大淀は艦船時代(かこ)と艦娘人生(みらい)のなかで見聞し理解して来た。


 そして、その意志を尊重し良き未来に導くことこそが、我々の責務であることも。


 大淀(だからこそ、艦娘(わたし)達は貴方たちを心から慕ってしまうのでしょうね・・・・)


 戦闘艦である艦娘が持つ闘争とは本質の異なる、自身の御旗の下に戦うもう一つの闘争(いくさ)。

 それもまた、貴方たち人類が暁の水平線に刻む勝利の一つの形なのだろう。


 大淀(やっぱり、貴方たち人類は本当に興味深いですね)


 また一つ、貴方を好きになれる理由が出来ました。

 口元を綻ばせ、大淀は彼の正義をカタチにすべく執務室を後にした。





後書き

誤字脱字は、見つけ次第修正してゆきます。

批評及びコメントなどがありましたら、気軽に付けてください。

登場する提督達は皆、元帥クラス―それも資材の一万や十万をポンと他人に渡せるくらいの米帝提督達です。


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