2017-11-15 17:23:26 更新

概要

八幡といろはが結婚しています。娘が二人、オリキャラです。
キャラ崩壊してるかもしれません。

「やはり私の青春ラブコメはまちがっている。父以上に。」
「傷つけあった俺たちの青春は、やはりまちがってなんかいない。」もよろしくお願いします。


前書き

初投稿です、よろしくお願いします。





第一話 『やはり娘とのデートはまちがっている』



土曜日。

それはこの世界において最も惰眠を貪ることのできる素晴らしい日である。

次の日も休みという精神的余裕は朝の惰眠を貪るのにもってこいだ。逆に日曜日は翌日が仕事だから朝からテンションが下がる。

もうこれは土曜最強、毎日が土曜でいいまである。

あ、それだとプリキュア見れねえわ。前言撤回、やはり日曜日も必要。


なにはともあれ、今日は土曜日。

毎日馬車馬のように働く俺にとっては恵みの一日である。



???「父さん、起きて」


八幡「ん……んあ?」



ユサユサと体を揺さぶられて目を覚ます。


横目で見た時計が示す時間は……午前9時。


おいおい、誰だこんな早朝に起こしに来るのは。いや、決まってるけどね。



???「起きてる?あ、目開いてるのか。腐ってるから分からなかった」


八幡「若葉……なに?まだ9時なんだけど」



ベッドの横には我が最愛の娘――比企谷若葉がジト目でこちらを睨んでいた。



若葉「父さんを起こしに来た」


八幡「お父さんはもうちょっと寝てたいんだけど……」


若葉「ダメ、これ以上寝かしちゃうと目の発酵が酷くなっちゃう」


八幡「これは発酵じゃなくて腐ってるだけだから。なに?俺の目はパンか何かなの?」


若葉「パンじゃなくて納豆かな、臭い的にも」


八幡「納豆の臭いとかお父さんどんだけ臭いんだよ。寝起きに罵倒とかやめてね」



俺のガラスのハートが砕けちゃうだろうが。え、俺そんなに臭いの?

危うく永眠の二度寝しちゃうところだったんだけど?



若葉「もぉ~、冗談ですよー!早く起きてください、せーんぱいっ♪」


八幡「分かった、起きる。起きるからそのモノマネをやめろ」


若葉「む……似てなかった?」


八幡「似てたわ、超似てた」



似過ぎてて軽く昔を思い出したわ。ドキッとしちまったじゃねーか。

顔とか高校時代のあいつそのものだし、何ならあの頃みたいにキョドりながら告白して振られるまである。振られちゃうのかよ。


しかし冗談抜きで若葉は母親似だ、高校時代のあいつを知ってる奴なら全員が若返ったのかと我が娘を二度見するだろう。

ただ一つ違うところといえば――目が少し腐っているところくらいか。


いやほんと、なんで遺伝しちゃったのかね……。

親バカ云々の身贔屓を無しにしても若葉は世間一般で言うところの美人だ。それが目が腐っているだけでここまで残念になるとは……。

あれ?こんだけ可愛い若葉でもヤバイってことは俺とかもうヤバイんじゃね?

っべー!まじっべーわ!



若葉「言っとくけど、私はこの目気に入ってるから」


八幡「何も言ってないだろ、なんで俺の考えてること分かったんだよ」


若葉「顔に書いてあった。可愛い娘に自分の腐った目が遺伝して申し訳ないって」



俺はそんなに分かりやすいのだろうか?ポーカーとか強いんだけどなー。あっ、友達いなかったから一人でやってたけどね★



八幡「つーか、その目気に入ってるとかお前大丈夫か?」



自分で言うのも何だが目の腐り方に関しては一家言ある俺だ。この腐った目のせいでせっかく整った顔立ちも台無しであり、ぼっちの道を極めることになった。

俺ほど異常な腐り方では無いにしても、やはり若葉も腐った目のせいで苦労していることも多いだろう。



若葉「この目は父さんとの血の繋がりが見た目で分かる唯一の部分だからね。あっ、今の愛娘的にポイント高い」


八幡「はいはい、高い高い。あと小町の真似もやめろ」


若葉「ポイントって貯まったら何かあるの?」


八幡「俺に聞くなよ、小町ポイントも今まで何かあった試しがねえよ」



もう8万ポイントは軽く超えているであろう小町ポイント、未だに何も無いしむしろこれからも貯まっていくだけだろうな……。



八幡「はぁ……起きちまったじゃねえか。それで?俺の惰眠を奪ってまで起こした理由は何だ」


若葉「私の予定では今日は父さんを荷物持……父さんとデートに行くんだよ」


八幡「ちょっと?荷物持ちって言ったよね?言い直すの遅すぎだろ」


若葉「チッ……えー、何のことー?」


八幡「聞こえてるから、舌打ちめっちゃ聞こえてるから。あと棒読みすぎだ、もうちょっと本音隠せ」



何なの?親子揃って俺の心抉ってくるのほんと何なの?



八幡「荷物持ちってお前、母さんとか和葉はどうしたんだ?」


若葉「母さんと和葉は出掛けてったよ。今日結衣さんと雪乃さん来るから色々買ってくるんだってさ」


八幡「あー、なんかそんなこと言ってた気もするな……で、お前だけ予定無かったから俺を荷物持ちにしようと」


若葉「誠に遺憾だけどね」


八幡「なら俺以外の奴に頼めよ、クラスの友達とか」


若葉「友達……ねぇ父さん、友達ってどこから――」


八幡「もういい、そこから先は言うな」


若葉「私は悪くない、社会が悪い」


八幡「お前ほんと俺の子だわ」


若葉「え、急になんですか口説いてるんですか?こんな目の腐った人が私の父親とか認めたくないし似てるとか言われたら本当に気持ち悪いし一生の恥なのでそういうこと言うのは本気でやめてください、ごめんなさい」


八幡「え、なんで俺振られてんの?つーか実の娘口説く父親がどこいるんだよ」



あとさり気なく胸に刺さる言葉織り交ぜるのやめてくれませんかね。お父さん思わず自殺しちゃうよ?



八幡「別に買い物に付き合うくらいはいいけど、なに買いに行くんだ?」


若葉「マッ缶。前箱買いした分が無くなりそうだから」


八幡「ばっかお前、それを早く言えよ。準備はいいのか?すぐにでも出るぞ」


若葉「落ち着いて父さん、まだ着替えもしてないでしょ。あと買うのはMAXコーヒーだけじゃないから。腐った目を輝かせないで」


八幡「お前この家にマッ缶が無いとか一大事だぞ、マッ缶不足の俺が発狂して母さんに怒られる未来まで鮮明に見えた」


若葉「じゃ、付き合ってくれる?」


八幡「おう、何なら車も出すぞ」


若葉「いや、歩いて行く」


八幡「けどお前、マッ缶箱で買うなら」


若葉「歩いて行きたい」


八幡「お、おお、別にいいけど」



どうしてそんなに強く訴えるのか。そんなに俺に重いものを持たせたいんですかね。



八幡「じゃあ準備するからちょっと待ってろ」


若葉「ん、分かった」


八幡「…………」


若葉「…………」


八幡「……あの」


若葉「なに?」


八幡「そこにいられると着替えにくいんですが」


若葉「え、着替えを娘に見られて恥ずかしがる父とか気持ち悪いだけだよ?」


八幡「その通りではあるがもう少し言い方を考えろ。さもないと死ぬぞ、俺が」


若葉「大体、和葉とはちょっと前までお風呂さえ一緒に入ってたじゃん……」


八幡「あいつは特別なんだ、一般人と一緒にするな」



中学生になっても父親と風呂に入りたがる娘がこの世にいるだろうか。いいや、いない(反語)。

高校入学を機に、もう止めようと言い出した俺に嫌だと泣きつく和葉は、この世のものとは思えない程に可愛かったが、風呂の度に嫁や長女からドン引きの目で見られるのは辛い。俺何も悪くないのに。



若葉「父さんは和葉に甘いと思うの」


八幡「娘に甘くない父親なんていないぞ」


若葉「けど私には優しくないよね」


八幡「お前優しくしたら嫌そうにするじゃん」



頭撫でたら本気で嫌がられた上に手を叩かれた時は首吊ろうかと思ったね。マジで。



若葉「それはっ……恥ずかしいからで」ボソッ


八幡「なんだって?」


若葉「何でもない。さっさと準備して」


八幡「あ、はい」



最近上の娘が辛辣すぎて辛い……。



ともあれ、俺は寝巻きから着替え出かける準備を進める。

休日に外出などヒッキーの名が廃ると言わざるを得ないが、愛する娘の頼みは断れないのが世の常父の常。

少ない小遣いをやり繰りして貯めた金を財布に入れ、携帯と家の鍵を持って準備完了だ。



八幡「おい若葉、準備できたぞ」



リビングに出ると既に準備バッチリな様子の若葉がソファでくつろいでいた。

というか何だその格好、気合入りすぎじゃないですかね。俺の娘、可愛い(可愛い)。



若葉「どうでもいいけど父さんってワイシャツ似合うよね。細いからかな」



俺の姿をまじまじと見てくる娘がそんなことを口にする。

その細いは褒め言葉だよね?貧弱という意味は篭ってないよね?



八幡「ワイシャツが似合うというのは社畜に対する侮辱だぞ、若葉」


若葉「何の誇りなのそれ」


八幡「元とはいえ俺も専業主夫志望、働いていてもヒモとしての誇りを捨てていない」


若葉「キモイ。父さんキモイ」


八幡「ちょっとわかはす?二回も言わなくていいからね?」


若葉「わかはすっていうのやめて、ほんとキモイ」


八幡「分かった、分かったからキモイやめて」


若葉「ほんとにもう、相変わらずのゴミぃちゃんなんだからっ!」


八幡「小町の真似はやめろって言ったろ」


若葉「小町おばさん、いつまであのキャラでいくんだろうね。もうアラフォーなのに……」


八幡「言うな。俺でさえ触れていない部分だぞ」



いくら小町が世界一可愛いとは言え年齢というものがある。

確かに30代の女がキャピキャピ★してるというのは厳しいものがあると言うほか無い。

もちろん本人もそんなことはとっくに気付いている。だからこそもう外では普通だし、あのキャラでいるのは俺と話す時くらいだ。



若葉「まあいいや、じゃあ行こっか」


八幡「おう」



せっかくの土曜に二度寝を楽しめないのは残念だが、たまには愛娘とのスキンシップも大事だろうと、俺は高校時代の彼女を思い出しながら家を出たのだった。





…………………

…………

……





若葉「~~♪」



家を出てからというもの、隣を歩く若葉は鼻歌を歌う程に上機嫌だった。



八幡「随分機嫌がいいな。学校で何かあったのか?」


若葉「えっ、父さんそれ本気で言ってるの?」


八幡「ん?ああ」


若葉「…………」



え、なんでそこでジト目なの?俺なんか変なこと言った?



若葉「たまにだけど、お母さんがどれだけ苦労したかが分かる時があるよ」


八幡「なんで母さんが出てくるんだ?」


若葉「多分父さんには一生分からないと思うよ」


八幡「お、おお、そうか」


若葉「そんなことより、お父さん」


八幡「なんだ」


若葉「何か言うことは無い?」



言って立ち止まる若葉がくるりと回ってみせた。

え、なにこの可愛い生き物。本当に俺の娘か?



八幡「……公道で何してんの?お前」


若葉「っ……はぁっ、ほんとに父さんは父さんだね」


八幡「どういう意味だよ」


若葉「分かんないならいいよ。バカ、ボケナス、八幡」


八幡「いや、八幡は悪口じゃねえから」



何なの、俺の親族は揃いも揃って八幡を悪口だと思ってるの?



若葉「知らない」



若葉は拗ねたようにそっぽを向いて再び歩き出す。



八幡「……まぁ、なんだ、その……似合ってる、すげえ可愛い」


若葉「えっ」


八幡「ほら行くぞ」


若葉「ちょっ、父さん!もう一回!もう一回言って!」


八幡「断る」


若葉「ちょっと待ってくださいよ~っ、せんぱーいっ!」


八幡「だからそれやめろって」



あーくそ、なんで自分の子供褒めるだけなのにこんな緊張しなきゃなんねえんだよ。

これも全て若葉が可愛いのが悪い。



若葉「ちゃんと嬉しかったのになぁ……」ボソッ


八幡「何だって?」


若葉「何でもない」ギュッ


八幡「……なんで腕に抱きついてくるんですかね?」


若葉「え、デートって言ったでしょ?これくらい当たり前だよ」


八幡「……へいへい」



あと、いくら小声でもばっちり聞こえてるからね。俺、鈍感主人公じゃないからね。



若葉「~~♪」


八幡(まあ、こいつが楽しそうなら……何でもいいか)


若葉「あ、そういえば父さん」


八幡「なんだ娘よ」


若葉「父さん朝ごはんまだ食べてないよね?」


八幡「ん、そういえばそうだったな」



起こされて準備させられて家出たからな、飯食う暇もなかった。

で、今は12時。もう昼飯の時間だ。



若葉「私もお腹空いたから先にご飯食べよ」


八幡「それは別に構わんが、どこで食うんだ?サイゼ?」


若葉「いや、なりたけがいい」


八幡「女子高生がラーメン屋ってどうなんだ」


若葉「サイゼを一番に出してくるアラフォーのおっさんに言われたくない」


八幡「正論だな」


若葉「普段あんまり行けないから。あと、トッピングしたら意外と高いし」



奢ってもらう時に遠慮しないその姿勢、某八幡を思い出しますね。



若葉「それに……」


八幡「それに?」


若葉「何でもない。行こ、父さん」


八幡「……?ああ」


若葉(それに……パパのラーメン食べてる時の顔、好きだし)



なりたけへ行き、俺はいつもと同じものを、若葉はダブルチャーシューにメンマとネギと煮玉子トッピングを注文し、食事中はほとんどの会話も無く終わった。

喋ることを忘れる美味さ、流石はなりたけ。


あと、食べてる時に若葉がやたらとこっちを見ていた気もしたが、まあ気のせいだろう。



八幡「で、結局ここなのね」


若葉「買い物だしね」



千葉民にとって遊ぶといえばここ、ここといえば遊ぶ。そう、みんな大好き、ららぽです。



若葉「ね、父さん」


八幡「なんだ」


若葉「必要なもの買う前に色々回ってもいい?」



俺の袖を掴み上目遣いで聞いてくる天使。

うおっ、天使かと思ったら俺の娘だった。っべー、俺の娘まじっべーわ。


あざとさが母親とそっくりと言いたいところだが、こいつの場合はいろはや和葉と違って素でこういうことするから手に負えん。

戸塚、小町、若葉の三大天使は決して揺るがない。

ちなみにいろはと和葉の二大堕天使も強い。



八幡「デートなんだろ?好きな様に俺をこき使えばいい」


若葉「父さんにとってのデートって何なの……」


八幡「男が奴隷の如く女に尽くす地獄の一日」


若葉「……うわぁ」



本気トーンのうわぁはなかなかに胸に刺さる。

というか、え、違うの?デートってそういうもんだろ。



若葉「そんなこと言ってるから色んな女の人に怒られるんだよ、父さんは」


八幡「だってお前事実だろ。服を見たいと言われたら行きたくもないアパレルショップに同行し、どっちが似合う?って聞かれて正直に選んだらセンス無いとか言われる一日だぞ?んで結局俺が選んでない方買うし、じゃあそもそも聞いてくるなよ」


若葉「女の子のどっちが似合う?は自分の中で答えが決まってて、男のセンスを試してるって母さんが言ってた」


八幡「いや意味分かんねえから。なに?すぐ人を試すとかラスボスなの?」



まずは20パーセントの力でお前の力を見てやろう、って最初っから100パーセントでやれよ。

まだ変身を残しているとか馬鹿なの?変身しろよ。



若葉「母さんとのデートもそんな感じだったの?」


八幡「そうだな。むしろあいつ相手だからもっと適当だった」


若葉「母さん可哀想……」


八幡「おい、可哀想なのは父さんだから。あいつのわがままに付き合わされてた父さんほんとに可哀想だから」


若葉「あーはいはい、可哀想だね」


八幡「娘が辛辣……」


若葉「もういいから。ほら、とりあえず服見に行こ」


八幡「え、今の流れで服見に行くの?マジ?嫌なんだけど」


若葉「父さんのセンス、試してあげる」


八幡「俺は聞かれても答えんぞ、若葉にまでセンス無いとか言われたら死ぬのは目に見えてるからな」


若葉「答えないなら父さんに襲われたって母さんに言うから」


八幡「よし若葉、早く行くぞ、俺のセンス見せてやるよ」


若葉「はーい」



流石の俺も嫁には頭が上がらない。

昔の俺が見たらきっと鼻で笑うだろうが、妻の尻に敷かれるのも悪くないと思っている俺がいるのもまた事実だった。




…………………

…………

……





結局、服だのアクセサリーだのを見て回り、本屋にも行きたいと言う若葉のために書店に寄って俺もラノベの新刊を購入。

その後も若葉の心の赴くままに色々回った挙句、歩き疲れたと申す女王様を休ませるべく、新しく出来たらしいカフェに入った。



八幡「で、お前何も買ってないけど良かったの?」


若葉「女は冷やかしとスパイスで出来てるんだよ」


八幡「砂糖な。冷やかしとスパイスとかロクでなしじゃねえか」


若葉「見て回るだけで楽しいってことだよ、父さんとのデートなら。あっ、今の愛娘的にポイント高い」


八幡「あーはいはい」


若葉「それに、私は服とかまぁ好きだけど、あんまり興味ないしね。和葉はファッション好きだけど」


八幡「あー、お前家でもジャージだもんな」



女子高生のジャージ姿、グッとこないことも無いがグッとくるな。というか超可愛い若葉のジャージ姿がグッとこないわけがない。

だが、若葉の場合はジャージのまま外出したりする。その辺は俺に似てしまったのだろう……。



若葉「私はたかだか身に纏う布如きで騒ぐ女共とは違う」


八幡「お前やべえな、そしてかっけえわ」


若葉「そもそも友達いないからジャージでも何ら恥ずかしくない。やっぱりボッチは孤高にして最強」


八幡「その意見には全面的に同意だな。一人で生きているということは強いことだ」


若葉「うわ、嫁いる人がなんか言ってる。引くわ」


八幡「…………」



うん、それ言われると何も言い返せないんですけどね?確かに今の俺を昔の俺が見たら同じこと言うと思いますけどね?


ふと、耳に慣れない音が聞こえてくる。



若葉「ん……あ、母さんから電話掛かってきた」



携帯を取り出す若葉。

ああ、着信音ね。学生時代の俺にとっては何の関係も無かった音だからなぁ……耳に慣れないのも当然か。



八幡「出ろよ、あいつの電話は無視するとロクなことが無いぞ。ソースは俺」


若葉「無視してたんだ……。言われなくても出るよ――はい、もしもし母さん?」



高校の時に電話無視して次の日から口利いてくれなくなったっけ。

何度謝っても完全無視。結局、結衣と雪乃に協力してもらって仲直りするのに半月掛かったのは俺の思い出の中でも特に苦い。


んで、女の電話ってもんは長い。きっと俺が注文した苺のミルフィーユを食べ終えてもまだ続いていることだろう。

まぁ待つのは苦手ではない。学生時代にいろはにみっちりと仕込まれた俺にとっては一時間や二時間の待ちぼうけなど取るに足らないことだからな。



若葉「今?父さんと買い物に来てる。うん、そうだよ。え?……いやいや、何言ってるの母さん、アラフォーでそれは若干どころか相当きついよ。あーはいはい、ごめんなさい。でも、今日は私だから。帰ったら思う存分聞かせてあげるよ」



何やらニヤリと薄気味悪い笑顔を浮かべる若葉がこちらを見てくる。

うわ、腐った目で不気味な笑顔浮かべてると本当に気持ち悪いんだな。世界一可愛い若葉でこれとか、俺のキモさ計り知れねえ。



若葉「とにかく、そういうことだからそっちはできないや、ごめんね。うん、遅くはならないから、ちゃんと皆が来る頃には帰るし……うん、分かったってば、ごめんごめん。えっ、いやそれは違う、おかしい。待って待ってごめんなさい許してください」



ん?急に流れ変わったな。会話の内容は聞き取れないがそれだけは分かる。

やだなー、いろは怒ってんのかなー。



若葉「はい、母様の仰せのままに。はい」



え、態度変わりすぎじゃない?一瞬の間に何が起こったの?



若葉「父さん……はい」


八幡「えっ」



げんなりとした顔で携帯電話をこちらに差し出す若葉。

お前、これは……。



若葉「母さんが父さんに代われってさ」


八幡「あ、ああ……」ゴクリッ



出たくない。だが、出なければさらに恐ろしいことが家で待っている。

家とは俺にとっての聖地だ。そんな場所にまで恐怖を持って帰りたくはない。

俺は意を決して、娘から受け取った携帯を耳に当てた。



八幡「も……もしもし」


いろは『もしもーし、せんぱいですかー?』


八幡「ああ、俺だ」


いろは『実の娘とデートして鼻の下伸ばしてデレデレしてる近親相姦上等の鬼畜せんぱいですかー?』


八幡「おい。人聞きが悪すぎるだろ」



俺の娘であることは確かだけど、お前の娘でもあるからね?そういうこと言うのやめてね?いや割とマジで。



いろは『もちろん冗談ですけど……なんで若葉ちゃんとデート行ってるんですかね?』


八幡「若葉が買い物したいって言ってきたんだよ、娘の頼みは断れねえだろ」


いろは『何ですか自分いい父親ですよアピールですか?ごめんなさいあなたはすごくいい父親だしいい夫だし私にとって最高の旦那さんであることは常に感じてますし、普段はしっかりしたお父さんなのにたまに娘に甘いとことか正直ちょっとキュンとくるんでやめてください、ごめんなさい』


八幡「あーはいはい」



こいつのまくし立てる早口での罵倒と振り文句は、付き合いだしてからただの褒め言葉に変わった。

で、もう何回聞いたか分からんし、基本的には無視でいい筈だ。



いろは『若葉ちゃんだけずるいですー』


八幡「お前は和葉と一緒に買い物行ってんだろ?いいじゃねえか」


いろは『だって私が出掛けようって誘ったらあなた断るじゃないですか~』


八幡「休みは休むだろ、普通だ普通」


いろは『へぇ~、なのに若葉ちゃんにお願いされたら出掛けるんですね』


八幡「なんでそんな不機嫌なんだよ」


いろは『だから!若葉に嫉妬してるんです!』


八幡「お前……」



ほんと何なの、娘も嫁も揃って可愛すぎるんだけど。

いや待て、いろははもうアラフォーだぞ、俺にとっては可愛くても世間的にはアウトだろう。



いろは『大体、最近私に対して冷たくないですか?愛を感じないですっ!』


八幡「子供らいるし仕事もあるからな、仕方ないだろ」


いろは『和葉とばっかりイチャイチャしてるじゃないですかー、私ともイチャイチャしてくださいよー』


八幡「年考えろよ……」



いや、別にしたくないわけじゃなくてですね?娘たちの見てる前でそんなの絶対嫌って話ですよ。

二人っきりなら俺もやぶさかじゃないんですよ?



八幡「……また今度な」ボソッ


いろは『えっ』


八幡「というか、お前ら今どこにいんの?」


いろは『ちょっと待ってください!今なんて言いましたか!?』


八幡「お前らどこにいんのって」


いろは『そっちじゃないです!絶対ですよ!約束ですからね!』



しっかり聞こえてんじゃねえか。これ以上ないくらいの小声で言ったのに……。



八幡「分かったから。今どこだよ?」


いろは『今は買い物の休憩中ですよ、と言っても必要なもの買い揃えたんであとは帰って準備するだけです』


八幡「あいつら何時に来るっつってたっけ?」


いろは『7時くらいには着けるそうです』


八幡「おう、了解」


いろは『本当はせんぱいに洗濯物干してもらおうと思ってたんですけどね~、まさか私を差し置いて若葉とデートしてるとは思ってなかったです』


八幡「まだ言うか……」


いろは『冗談ですよ。あっ、帰りにお酒とかおつまみとか適当に買ってきてもらえますか?』


八幡「了解」


いろは『ではよろしくですっ♪』



あざとい。これがいろはじゃなかったら多分ぶん殴りたくなるくらいにウザイ。



いろは『あ、和葉に代わりますねー』


八幡「ん?ああ」



突然言われて緩く返事をしたが、電話代わる必要あったか?



和葉『ちょっとパパ?若葉姉ぇとデートしてるって本当?パパは私と結婚するんだよね?私以外の女と」


八幡「怖えよ、あとこわい。お前いつからヤンデレになったんだよ」


和葉『だって!若葉姉ぇだけずるいよ!』


八幡「お前とはよく遊んでるだろ」


和葉『そんなの関係無いの!羨ましいものは羨ましいんだよパパ!』


八幡「分かったから、電話で大声出すな耳が痛い」


和葉『今度私ともデートしてね!?約束だよ!』


八幡「はいはい、約束約束」


和葉『わーいっ!楽しみにしてるからね!』



高校一年生でこんなに父親好きな子とか珍しいよな、俺ってもしかして超幸せ者?

いやもう、俺が幸せじゃなければ全世界の人間が幸せじゃないまである。



和葉『じゃ、またあとでね、パパ!』


八幡「おお、じゃーな」



やっと電話を切る。

二人は声も話し方も甘ったるく、目の前に半分ほど残っているミルフィーユを食べようにも胸焼けしてしまっていた。



若葉「終わった?」



ケーキを食べる若葉は興味なさそうに尋ねてくる。



八幡「ああ、無駄に疲れたな」



俺は借りていた携帯を返してから、残りのミルフィーユを若葉に差し出した。



若葉「ん?」


八幡「もう食えねえわ、若葉食ってくれ」


若葉「え、父さんの残り物とかお腹壊しちゃうんじゃない?」


八幡「腐ってねえから、腐ってるのは俺の目だけだから」


若葉「まあくれるなら貰うけど、いいの?」


八幡「ああ、胸焼けしたからな」


若葉「甘党の父さんが珍しい……ああ、そういうことか」



俺の表情で察してくれたらしい。流石は俺と同じボッチ、ボッチは人の気持ちを読むことに長けている、顔色伺わないと平穏に暮らすこともままならないからな。



若葉「じゃ、いただきます」



若葉は残りのケーキとミルフィーユを美味しそうに食べてくれた。

会計を済ませ店を出る。

時刻は午後三時、まだ焦って帰らなきゃならない時間でもない。



八幡「他に行きたいところは?」


若葉「別に大丈夫」


八幡「なら、必要なもん買って帰るか」


若葉「そうだね」



マッ缶を箱買いはもちろんのこと、酒だの何だのを買ってこいとも言われた。

俺は強い方だが、今日来る連中といろはは絶望的に酒に弱く、酔うとそれぞれ絡みが面倒くさい奴らだ。

きっと二人もそれぞれ酒を持ってくるだろう、なら、俺はアルコールの弱いものを買って帰ろう。

チューハイとビールでいいか。



若葉「父さん、顔がキモいよ?」


八幡「え、急に貶すのやめてくんない?」



心の準備が出来てないから危うく死ぬところだった。



若葉「だって、すごいニヤニヤしてるから」


八幡「……ニヤニヤしてたか?」


若葉「それはもう、娘の私が引くくらいなんだから通報されてもおかしくないレベルで」


八幡「そうか」



どうやら、俺は無意識のうちに笑っていたらしい。

理由は明らかだろう。


あいつらに会うのが楽しみなのだ。



若葉「え、えっと、冗談だよ?」


八幡「あ?」


若葉「だ、だから、キモいとか冗談だって……」


八幡「ん?ああいや、別に怒ってないっての」



言いながら若葉の頭を撫でる。

そもそも俺がキモいの一言で怒る様な人間なら今のこの状況はありえないわけで。


……高校時代、俺はいろはに何回キモいと言われたのだろう?

本当、よく結婚できたなぁ、俺たち。

主に俺のメンタルが凄すぎる。



若葉「んー……も、もういいから、ほら行こ」



少しの間撫でられていた若葉が俺の手を掴む。

ふむ、こいつはまるで猫だな。ちなみに和葉は犬、間違いない。



八幡「よし、行くか」



足取りも軽く、俺たちは再び買い物を始めた。

土曜日の外出でここまで心が弾むのは初めてのことだった。



――――――――――――――――――――――――――――――――





十七年。

私とせんぱいが結婚してから、もうそれだけの時間が経った。

高校で出会って、第一印象は「変な先輩」だった。


私のあざと攻撃も全然効かないし、なんか暗いし、目腐ってるし、変なことばっかり言ってるし、正直気持ち悪かった。

けど……奉仕部に相談に行って、せんぱいと出会って、依頼して――助けてもらった。

きっとあの時せんぱいと出会ってなかったら、私の高校生活はあんなに輝いてなかったと思う。


無理やり生徒会長やらされて、クラスの子達に笑われて……全然楽しくないのは分かりきってた。

せんぱいがいたから、私は生徒会長やろうって思えて、しんどいこともあったけど楽しかった。

その後だってそう。相変わらず私の演技は見抜いてくるけど、何だかんだ手伝ってくれて……助けてくれる。

あの頃、私が好きだったのは葉山先輩の筈なのに、今こうして思い出すとせんぱいのことばっかり考えてた気がする。


きっと……あの時にはもう、せんぱいに惹かれていたんだと思う。

ボッチで根暗で目が腐ってて、他人との間に壁を作るくせに助けてくれる、でも解決方法はいつも決まって斜め下。

女心は分かってないし、私みたいに可愛い子が誘っても嫌な顔するし、目腐ってるし……ダメなとこ挙げだしたら止まんないけど。


でも……優しくて、強い人。

私の大好きなせんぱい。

結婚してそれなりに時間が経った、子供も二人生まれた、でもまだまだ大好きです。

自分でもビックリするくらい、あなたへの想いは色褪せないんです――せんぱい。




和葉「ママー、言われてたやつ全部買ったよー」


いろは「ありがとう。あっ、そうだ和葉、前言ってたあのカフェ行かない?」


和葉「行きたい!」


いろは「じゃあ行こっか!」



今日は久しぶりに結衣先輩と雪乃先輩が来る日。

最近は色々と忙しかったからゆっくり時間が取れてなくて、こうして会うのは久しぶりだった。

私は次女の和葉と買い物に来ていて、料理の材料とかお菓子とか色々買い終えたところで、休憩にカフェに寄ろうと提案する。


私と和葉よく似ていると思う。見た目もだし、中身も。

カフェに着いて、頼んだものは同じ新商品のケーキだった。



和葉「同じの頼むってどうなのママ、交換っこできないじゃん」


いろは「じゃあ和葉が別の頼めばよかったじゃない」


和葉「私はこれがよかったの」


いろは「私だってこれが食べたかったから頼んだの」


和葉「ママって私に似て頑固だよね」


いろは「逆、あなたが私に似てるの!」



旦那さんからはいろはす二号と呼ばれることも多い和葉、私から見てもこの子は私似だなぁ。

自分の高校時代を見てるみたい。



和葉「あーあ、パパと来たかったな」


いろは「ちょっとー、私と一緒にいる時にそんなこと言わないでよ」


和葉「ママだっていつも言ってるし、もっとパパとイチャイチャしたいって」


いろは「い、いいい言ってないから!そんなこと言ったことないから!」


和葉「顔に書いてあるんだよねー、ママって分かりやすいし」


いろは「和葉?お小遣い無しにするよ?」


和葉「わーごめんごめん!それは勘弁だよママ!」



まったく、いつの間にやら生意気になっちゃって。

それにしても、私ってそんなに分かりやすいのかなぁ?娘にそんなこと言われるとは思ってなかった。



いろは「というか、和葉はパパのこと大好き過ぎじゃない?」



長女の若葉も反抗期らしい反抗期は無かった。でも、次女の和葉のファザコンっぷりは私の目から見ても異常だと思う。

高校に入る時にせんぱいが止めようと言い出すまで一緒にお風呂に入ってたし、止めようって言われて泣いてたし。

若葉がドン引きの目で見てたけど、気持ちは分かる。



和葉「当然だよ!パパよりカッコイイ男の人なんていないし!」


いろは「それは全面的に同意……じゃなくて!普通和葉くらいの時期なら父親を嫌がるものじゃないの?」


和葉「あー、まぁ友達は父親キモいとかウザイって言ってるかなー。私には理解できないけど」


いろは「和葉は特殊だからね?お友達が一般的だからね?」


和葉「特殊でも何でもいい、私はパパが大好きなの!誰に何を言われても関係無い!」


いろは「……ふふっ、それもそうだね」



もう、どれだけ幸せ者なんですか、せんぱい。

あなたの娘、こんなにあなたのこと大好きらしいですよ。

若葉だって、悪口は言ってるけど本当はお父さん大好きっ子だし……もちろん、私もせんぱいのこと大好きです。

こんなに家族から愛されるお父さん、中々いませんよ。



いろは「幸せだなぁ……」


和葉「何が?」


いろは「んー?何でもないよー」



私はキョトンとする和葉の頭を撫でる。

若葉も和葉も、本当に愛しくてたまらない。



和葉「変なママ。それより、さっきパパに電話しなきゃって言ってなかった?」


いろは「ん?あ、そうだった」



洗濯物を干してもらおうと思ってたのをすっかり忘れてた。



いろは「せんぱい、せんぱいっと……」



携帯を取り出して、連絡先からせんぱいの文字を探す。

学生時代に登録してから、ずっと変わらないままのせんぱいの文字を。



いろは「あった、えーっと……ん?待って、今何時?」



携帯に表示されてる時刻は午後三時前、普通の人ならいくら土曜日でも起きてる時間だけど……。



いろは「うちのせんぱいは、普通じゃない」


和葉「パパなら起きてなくても不思議じゃないよね」


いろは「……若葉に掛けよう」



私たちが出る前も気持ちよさそうに寝てたからなぁ、絶対起きてない。


長女の番号を探して、電話をかける。

若葉はせんぱいにソックリだけど、あれで意外としっかりしてる。ワンコールで出てくれた。



若葉『はい、もしもし母さん?』


いろは「もしもし、若葉ちゃん今何してるー?暇ならお父さん起こして洗濯物を干して欲しいんだけど」



どうせ家で本を読んでいたんだろうけど、一応訊いてみる。



若葉『今?父さんと買い物来てる』


いろは「え?」



思わぬ返答に、私の頭は真っ白になった。

え、え?えっ?

若葉今何て言ったの?

せんぱいとデート……?



いろは「ごめん若葉、聞き間違いかもしれないけど……お父さんとデートって言ったの?」


若葉『うん、そうだよ』


いろは「…………」



あ、これやばい。この気持ちはやばい。

私、娘に嫉妬してる。これは、この気持ちはダメなやつだ。



いろは「なに……」


若葉『え?』


いろは「なに私のせんぱいとデートなんかしてるんですか!?」


若葉『……いやいや、何言ってるの母さん、アラフォーでそれは若干どころか相当きついよ』


いろは「うるさい!その人はあなたの父親である前に私の旦那さんなんだからね!?」


若葉『あーはいはい、ごめんなさい』



電話口で娘の呆れる声が聞こえる。

それはそうだ、私だって呆れている。自分がこんなに醜い嫉妬を感じるなんて思わなかったし、何より私のせんぱいに対する好感度を甘く見てた。

私、あの人のこと好きすぎでしょ……。



若葉『でも、今日は私だから』


いろは「……は?」


若葉『帰ったら思う存分聞かせてあげるよ』


いろは「聞かせるって何を!?お父さんとのイチャイチャならお母さん絶対聞かないからね!」



そんなの聞いたら私病む、絶対。



若葉『とにかく、そういうことだからそっちはできないや、ごめんね』


いろは「はぁ、まぁそれなら仕方ないけど……。今日は雪乃さんと結衣さん来るんだからね」


若葉『うん、遅くはならないから。ちゃんとみんなが来る頃には帰るし』


いろは「ならいいけど。あ、せんぱいとのデートについては後で詳しく聞くから」


若葉『うん、分かったってば、ごめんごめん』


いろは「あと、若葉のお小遣い来月から半分ね」


若葉『えっ、いやそれは違う、おかしい。待って待ってごめんなさい許してください』


いろは「それが嫌なら、これからは自分だけお父さんとイチャイチャしようなんて考えないように」


若葉『はい、母様の仰せのままに。はい』


いろは「分かればいいの。あ、お父さんに電話代わって」



完全に戦う意思を失った若葉。

うんうん、私のせんぱいに手を出した報いだよね!



八幡『も……もしもし』



少しの間の後、私の一番好きな声が聞こえてきた。

何に怯えているのか知らないけど、おどおどした彼の声は、いつかの学生時代を思い出させてくれる。

私とせんぱいが付き合いたての頃も、こんな感じだったっけ。


ともあれ、とりあえずは私以外の女とデートに行ってることを怒ってから、今日の予定について言っておこう。

何といっても今日は久しぶりにあの奉仕部が揃うんだから。

私だって楽しみにしているし、この胸の高揚感はまるであの頃に戻ったみたいだった。


だから、あの頃――私が今よりも少しわざとらしかった高校時代の様に、あざとい自分を作ってみたのだった。



いろは「もしもーし、せんぱいですかー?」



――――――――――――――――――――――――――――――――





第二話 『やはり俺たちは再び集まる』




八幡「そういえばお前、最近どうだ?」


若葉「え、急に何?」



帰り道、ふと気になったことを口にしたらすごい目を向けられた。



八幡「学校だよ学校。お前ボッチだろ?しっかりボッチライフ満喫できてるかなーと思ってよ」


若葉「愚問だね。私はエセボッチの父さんとは違って正真正銘のボッチだよ。私よりボッチを極めてる人はいない、むしろ私以外ボッチじゃないまである」


八幡「ばっかお前、俺を前にボッチ名乗って挑んでくるとか片腹痛いぞ?」


若葉「いや、父さん嫁いるよね」


八幡「高校時代の話だよ」


若葉「いやいや、父さん高校時代もボッチじゃないよね?結衣さんも雪乃さんも母さんもいたんだし」


八幡「それは……」


若葉「あと彩加さんとか葉山とか優美子さんとか戸部さんとか姫菜さんとか沙希さんとか、ついでに材木座義輝とか」


八幡「おいちょっと待て、戸塚は確かに俺の天使だがその後に余計なもん付け足すな、葉山も三浦も戸部も海老名さんも川崎も俺とは関係無かったっての。あと材木座も」



あと、葉山のことだけ苗字で呼び捨てるのやめてね、思わず笑うとこだったわ。



若葉「どうだか。今こうして付き合いが続いてるってことは高校の時から仲良かったんでしょ」


八幡「あいつらとは腐れ縁だ。特に戸部」


若葉「そんな体たらくでよくもまぁボッチ名乗れたもんだね。片腹痛いよ?」


八幡「くっ……!」



駄目だ。思い当たる節があるから言い返せねえ……。

あれ?俺ってボッチじゃなかったの?何その十年越しの事実。衝撃すぎるんだけど。



若葉「それに比べて私のボッチとしての完成度……ボッチの中のボッチ、キングオブボッチは私のことだよ」


八幡「お前女だから、クイーンオブボッチだろ」


若葉「そこはどうでもいいの」


八幡「というか、お前だって友達いるだろ」


若葉「友達?何?」


八幡「いやいや、葉山んとこのクソガキとか戸部のクソガキとか、彩奈もいるし」


若葉「葉山くんも戸部くんも私とは対局の存在……リア充(笑)に位置してるからね。あと彩奈は友達じゃない、天使」


八幡「お前、やっぱり俺の子だわ」


若葉「認めたくないけど、これだけ似てれば認めるしかないよね」



見た目がいろはと似ているのは姉妹共にだが、中身が俺に似てしまった若葉は不憫と言わざるを得ないだろう。

これから俺の様な人生を歩んでいくんだろうからな。

べ、別にっ、俺の人生が不幸って言ってるわけじゃないんだからねっ!



八幡「ま、ボッチが気楽で最強ってのは俺とお前の共通認識だ。学校生活が辛くないんなら何も言わねえよ」


若葉「んー、まぁ辛くはないよ。今は和葉もいるし、何より彩奈とクラス一緒だしね。ほんと可愛いって正義、ソースは和葉と彩奈」


八幡「お、分かってるじゃねえか。人生何があろうとその真理さえ分かってたらどうとでもなるぞ」



俺だって小町いなかったらとっくに死んでたかもしれんしな。

いやマジ、可愛いは正義。可愛いは絶対。どっかの空白も言ってたしな。



若葉「それに、葉山くんはいけ好かないけど何だかんだ困ってたら助けてくれるし、戸部くんはうるさくてうざいけど……まぁ、いい人だよ、うざいけど」


八幡「……そうか」



まぁあいつらのクソガキ共には娘に何かしたら死すら生温い恐怖を与えてやると言ってあるし、助けてやってくれとも頼んでる。

葉山んとこのクソガキは父親に似て謎な正義感を持ってる、困ってる人間がいれば助けてくれる奴だ。

戸部の子供は……まぁ、戸部の子供だ。うるさくてうざいが、根はいい奴だ。うざいが。


学校なんてそもそも行きたくもないのに行かされる場所なんだ、強制的に連行されるなら、多少なりとも楽しいに越したことは無い。


俺の娘は俺に似ているが、俺とは違う部分もちゃんとある。

それは周りの環境であり、周りの人間だ。


俺の高校時代は、今思い返してみると恵まれていたのだろう。

仲間がいて、後輩がいて、恩師がいて……。あの環境にいて腐ってたのが驚きだ。いや、マジで俺の腐り方に驚き。

だからこそ、こいつの周りにもそんな人たちが居て欲しいと、切に願うばかりだ。



八幡「まぁお前は優秀だからな、心配はしてない」


若葉「まぁ私優秀だからね、全体的に無駄にスペック高いし」


八幡「俺のおかげだな」


若葉「否定できないのが腹立つね……」



???「あれ?ヒキタニくんじゃね?」



名前を口にしたからだろうか?もしそうならマジ言霊ってクソだな。

何故か十年来の付き合いになってしまった男、俺の人生の汚点中の汚点、戸部翔と出くわしてしまった。



戸部「っべー!休日にまで会っちゃうとかマジ俺ら親友だわー」


八幡「お前、何してんの?」


戸部「俺?俺はこれから隼人くん家行くんだわ」


八幡「へぇー、んで海老名さんは?」


戸部「姫菜は後から来るべ、なんか仕事でトラブったらしくてよー。でヒキタニくんは何して……って、いろはす?」



戸部は俺の手を握る若葉を見て目を丸くする。

確かにこいつの見た目は高校の時のいろはそのものだからな。



八幡「いろはじゃねえ、若葉だ」


戸部「えっ!若葉ちゃん!?っべー!マジいろはすそっくりすぎっしょ!マジっべー!」



いつもの様に馬鹿丸出しの口調で驚く戸部、うざい。

確かに、戸部は小さい時しか会ってないからな、びっくりするのも分かるが、しかしうざい。うざすぎてこっちがびっくりするわ。



戸部「若葉ちゃん、ちゃす!」


若葉「はぁ……どうも」


戸部「うわっ、いろはすが静かとかマジ新鮮過ぎるべ!見た目いろはすで中身ヒキタニくんとかっべーわ!」


八幡「何もやばくねえよ、お前のテンションの高さがやべーわ」


戸部「そりゃこれはアガるでしょー!若葉ちゃん、うちの瞬と仲良くしてやってくれてさんきゅな!」


若葉「別に戸部くんとは仲良くないですし、むしろうるさくて迷惑してるくらいですけど葉山くんみたいにいけ好かないわけじゃないし根はいい人なんだなって思います、ごめんなさい」


戸部「お、おお……やっぱいろはすだわこの子」



懐かしそうに微笑を浮かべる戸部。

何だかんだでこいつといろはも長い付き合いになる、あれだけ雑な扱いを受けてきながら、こいつは案外いろはのことを可愛がってた。

いろはも最近は戸部のことを気にかける様になった。俺と同じ職場だからってのもあるんだろうけど……まぁ要は、あんだけ雑に扱ってたのを今更気にしているらしい。



戸部「つーかヒキタニくんは娘ちゃんとデート系?」


八幡「まぁな。今日は奉仕部で集まるから、酒とか色々買ってきたんだよ」


戸部「あー、結衣と雪ノ下さんと集まるんだべ?おたくら相変わらず仲良すぎっしょー!」


八幡「結構な頻度で集まってるお前らのグループ程じゃねえよ」


戸部「何言ってんのヒキタニくん!お前らのグループって、ヒキタニくんも俺らの友達じゃん?水臭いこと言いっこ無しっしょ!」


八幡「ばかお前やめろ、俺はお前らのグループに入った覚えは無え」


戸部「またまたー、隼人くんも優美子も姫菜も、今はもうヒキタニくんのこと仲間だと思ってっから」


八幡「いいから、そういうのいいから。俺よりも大和と大岡を呼んでやれよ」


戸部「あいつらは仕事で海外行ってっからそうそう集まれないんだわ。帰ってきた時は集まってるけど」


八幡「そういえばそうだったな」



何の関係も無いのに送迎会に呼ばれたことを思い出した。

俺とあいつらほとんど喋ったこと無かったってのに、あの飲み会は地獄だったな。

しかもあいつら結局酔いつぶれて俺が帰す羽目になるし……。

ほんと、友達なんてロクなことが無い。ボッチ最高。



戸部「また皆で集まろうべ!いやもう集まるしかないっしょ!」


八幡「はいはい、機会があればな」



機会があれば、何と便利な言葉だろうか。その機会は決して来ない。



戸部「んじゃ、今日隼人くんたちにも言っとくべ、楽しみにしてっから!……っと、あんま引き止めても悪いし、俺もう行くわ」


八幡「ああ。あいつらによろしくな」


戸部「うぃ!ヒキタニくんも、結衣と雪ノ下さんによろしく言っといてくれってばよ!んじゃまた会社でな!」



お前はどこの忍者なんだ。

入りから出るまで騒々しい奴だな。



戸部「あ、若葉ちゃん!これからも瞬と仲良くしてやってくれな!」



大分離れてから振り返り、大声で言い手を振る戸部。

何年経っても馬鹿なままだと思ったが、あいつはあれでいいのかもしれない。最近そう思ってる俺がいる。

戸部が変わってないんだから、変わったのが俺なのは明白だった。



若葉「……やっぱり、父さんはエセボッチだね」



戸部が去ってから恨めしそうな表情の若葉は俺の腕をつねってきた。



八幡「痛いっての」


若葉「ほんと、ボッチの風上にも置けないよ」


八幡「あいつらは腐れ縁だって言っただろ、付きまとわれて困ってんだよ」


若葉「はいはい分かったってば、もういいから帰ろ」


八幡「おいちょっと待て、本当だって。俺のボッチとしての正当性を二時間掛けて説明してやるからよく聞けよ」


若葉「帰ってからねー」


八幡「お前聞く気ないだろ、おい」



しかしまぁ、俺は一体いつからこんな風になったんだろうか。

昔の俺が見れば発狂しそうなものだが、極めつけは――こんな状況も悪くないと思っていることだった。





…………………

…………

……





若葉「ただいまー」


八幡「ただいまっと」



戸部と別れてから、俺の説明を全く聞かない若葉と共に帰り、家に着いた。

結局、俺はエセボッチ扱いされたままであり、若葉の口癖を借りるなら誠に遺憾である。



和葉「おっかえりー!パパっ!」


八幡「うぉっ」



玄関で靴を脱いでいると、既に帰ってきていた和葉が抱きついてきた。



和葉「あー11時間と23分ぶりのパパ最高!すぅ……はぁ……」


八幡「怖っ、怖いわお前、匂いを嗅ぐな。いくらお前が可愛いと言えどそれはマズイ、素で気持ち悪い」


和葉「えっ!今可愛いって言ってくれた!?嬉しい~っ!」


八幡「いやそっちより気になるとこあっただろ!」



なに、自分に都合のいいことしか聞こえないとか人生楽しそうだなお前。

俺とかネガティブな言葉しか聞こえてこないぞ。



いろは「ちょっと和葉、パパ嫌がってるでしょ!離れなさい!」



おっ、ようやく助けが来たか。

俺の愛すべき天使、マイスイートラブリーエンジェルいろはちゃん。



いろは「せんぱーいっ!せんぱいせんぱいせんぱいっ!すぅー……はぁっ」


八幡「お前もかよ。子供が見てんだからマジやめろっての」


いろは「だから、私にだけ冷たすぎじゃないですか!?」


八幡「そんなことねえよ」



お前がそんなだから俺がしっかりしなきゃならんのだろうが。

理性の化物と呼ばれた俺だが、こいつの前ではもっぱら欲望に飲まれる馬鹿な男だ。

わざとらしく抱きついてくるのとか本当にやめてほしい。いや別に意外と存在感のある双丘の感触に浸ってしまうとかそんなことは全然考えてませんよ?ええそれはもう全く以て。

俺マジ菩薩だから、煩悩とか存在しないから。



いろは「そんな態度嫌ですぅ、せんぱいの愛欠乏症で死んじゃったらどうするんですか!」



なんだそれ可愛いなおい。



八幡「いつもお前を一番愛してるから問題無いだろ」


いろは「え、なんですか口説いてるんですか?ごめんなさいそんな心のこもってない言い方じゃ満たされないですし娘の前で恥ずかしがるあなたは正直キュンとくるので許してあげます、ごめんなさい」


八幡「許しちゃうのかよ」


和葉「はぁ、はぁ……パパ、パパぁ」


いろは「すぅ、はぁっ……せんぱい、せんぱ~い」


八幡「ちょっ、マジでお前ら気持ち悪いぞ!俺より!」


若葉「はぁ……終わったら呼んで、父さん」


八幡「ちょっと待て若葉!この状況で自分だけ逃げるとかパパ許さんぞ!」


若葉「えー、面倒くさいしキモい。じゃ」



あ、ちょっと、俺の心に傷を負わせて去るのやめてくんない?

追いかけようにも嫁と娘に左右から抱きつかれ身動きがほとんど取れない。

というか玄関で何やってんだこいつらは。


……止むを得ん。(お兄様風)



八幡「……いろは」ボソッ


いろは「ふぇ!?」


八幡「いつも冷たくてごめんな、仕事も家のことも迷惑かけてばっかりだけど……俺はお前を世界で一番愛してるよ」


いろは「ちょっ、えっ、せんぱい!?」



狼狽するいろはが俺から離れる。よし、ここだ!



八幡「和葉、世界で一番可愛いよ」


和葉「ぱ、パパ……っ!」



続いて和葉が離れる。というか、恍惚の表情でその場にへたりこんでしまった。


これこそがステルスヒッキーに次ぐ俺の新たな能力……囁きヒッキー(引)だ。

使える相手はいろはと和葉だけ。そしてこの技は使うと死ぬ、俺が。


とにかく、二人が離れた隙に俺はリビングへと逃げる。



若葉「うわ、またあれ使ったの?」



リビングにはマッ缶を飲もうとしている若葉が。



八幡「あれとか言うな、恥ずかしくて死にたくなるから」


若葉「父さんもよくやるよね、あんなキモいこと」


八幡「やめて、ほんとやめて。キモいのは自分が一番分かってるから」


若葉「……キモいのは父さんじゃなくてあっちだし」ボソッ


八幡「若葉……お前良い奴だな」


若葉「別に。なんで母さんと和葉は父さんなんかにベタ惚れなのか理解できないだけだよ」


八幡「ひどい……」



いやまあ、確かに俺も疑問だけどね。

いろはも和葉も趣味が悪いと言わざるを得ないな。

こんな腐った目した奴が好きとか偏食家過ぎる。



若葉「それより、もうすぐ二人来るんじゃないの?」


八幡「ん?ああ、そうだな」


若葉「料理とか途中だけど」


八幡「マジかよ……」



時計を見ればそろそろ約束の時間になる頃だった。



八幡「ったく……おい、いろは」



玄関に戻ると、未だに座り込んでブツブツと呪文を唱えるいろはと和葉が。

え、なに怖い。



いろは「せんぱいが……せんぱいが私を、世界一愛してるって……」


和葉「パパが私を可愛いって言ったパパが私を可愛いって言ったパパが私を」


八幡「…………」



どうしよう、本気で背筋凍ったんだが……。

ヤンデレの親子に死ぬほど愛されて夜も眠れない俺。



八幡「おい、料理まだ途中だぞ、いろは」


いろは「へ……?」


八幡「料理、まだ途中だぞ」


いろは「あっ、そうだった!やばっ、時間が……せんぱい手伝ってください!」


八幡「おう……って言いたいとこだが、俺より適任な奴がいるぞ」


いろは「え?」


八幡「あいつの性格なら、もう来る頃だ」



俺が言い終わるのとほぼ同時で、インターホンが鳴った。

腕時計で現在の時刻を確認すると、午後6時45分。

早く着きすぎると気を遣わせ、しかし時間ピッタリもどうかと思う彼女なら、約束の15分前を狙う筈だ。

俺は扉の鍵を開け、客人を迎え入れる。



八幡「よう、久しぶりだな」



久しぶりと言っても何年も会っていなかったわけじゃないが。

いつまでも変わらない美しい黒髪と凛とした立ち姿は、高校の時とさほど変わっていない。



雪乃「ええ。多少なりともマシになったかしらと期待していたけれど、あなたの目は何も変わらないのね、八幡」


八幡「開口一番で悪口とか何なの」


雪乃「あら、私は変わっていなくて安心した、という意味で言ったのだけれど、相変わらず被害妄想が過ぎるのね、腐敗谷くん」


八幡「お前は相変わらずの罵倒癖だな、妄想じゃなくてちゃんと被害受けてるからね」


雪乃「……何をニヤついているのかしら、気味が悪いわよ、マゾヒストくん?」


八幡「ついに名前無くなっちゃったしさ。というか、ニヤついてるのはお前もだぞ」


雪乃「っ!?」


八幡「いくらお前でもニヤけると気味悪いな」


雪乃「あなた、少し見ない間に随分と――」


八幡「久しぶり、雪乃」


雪乃「……っ!もういいわ、あなたの目を見てると生気が吸い取られるもの」


八幡「え、俺すごくね?」


雪乃「いつまでもこんなところで立ち話してないで、中に入りましょう」


八幡「それ俺の台詞だから」



やはり雪ノ下雪乃は雪ノ下雪乃だ。

色々なことが変わっても、それは変わらなかった。



雪乃「こんばんは、いろはさん」


いろは「お久しぶりです、雪乃先輩」



俺に続いていろはが挨拶を。

高校時代、二人の間にあった壁の様なものも、長い年月を経てすっかり無くなってしまった。



雪乃「元気そうで何よりだわ」


いろは「おかげさまで、毎日幸せです!」


雪乃「そう……良かったわ、本当に。そこの変質者に犯罪まがいのことをされたらすぐに私に相談していいのよ」



おい。



いろは「あー、じゃあそうします」


八幡「その言い方だと俺が犯罪まがいのことしてるみたいだろ、おい携帯を出すな」


雪乃「あら、まだいたの?早く警察に行った方がいいわよ、獣物谷くん」


八幡「俺みたいなのが行ったら警察も困るだろうが」



何もしていないから捕まえるわけにもいかない、だが目は完全に犯罪者予備軍。

ポリスたちは困惑の末、無実の罪で俺を逮捕しちゃうかもしれない。捕まっちゃうの?



いろは「あ、そんなことよりですね、雪乃先輩」


雪乃「何かしら?」


いろは「お恥ずかしながら、まだ料理が完成していなくて……手伝ってもらえませんか?」


雪乃「構わないわ。むしろお邪魔させてもらうのだし、やっぱり私が」


いろは「気にしないでください!と言っても、手伝ってもらうのでアレですけど」


雪乃「それは全然構わないわ、結衣さんももう少しで来ると思うから、それまでに終わらせましょう、必ず」


いろは「……そうですね、絶対」



ちょっとー?本人のいないとこでそういうこと言うのやめようね、何かの拍子に知っちゃったら死にたくなるからね。

ソースは俺。



八幡「言っとくが、最近のあいつの料理は昔ほど酷くないぞ」


雪乃「……最近の?」


いろは「なんでせんぱいが結衣先輩の料理の味を知ってるんですか?」


八幡「おい落ち着け、最近っつっても前会った時の話だ。お前らもいただろうが」



だから二人してにじり寄ってくるのやめて、ほんと怖いから、目のハイライト消えちゃってるから。



いろは「せんぱい?浮気は許しませんよ?」


八幡「してねえから、する気も無いから。俺マジいろはラブだから」


いろは「え、なんですか口説いてるんですか?ごめんなさいいくらあなたでも今のはちょっとキモかったので愛の言葉を囁くときはもっとムードを作ってからにしてください。ごめんなさい」


雪乃「本当に相変わらずね」



言ってからため息をつく雪乃は表情こそ呆れていたが、内心懐かしんでいるのだろう。

その証拠に取り出した携帯は既にしまっていた。証拠か?



和葉「雪乃さんこんばんは!」



呪文をやめた和葉が満面の笑みで言う。

あれ、背景に花咲いていない?可愛さのせいか、そうか。



雪乃「こんばんは、和葉さん。また少し大人っぽくなったわね」


和葉「ほんとですか!?嬉しいーっ!」



和葉はいろはと同様、誰に対しても甘ったるい口調で話すが、雪乃のことは随分と気に入っているらしい。

雪乃は雪乃でうちの娘たちを心底可愛がっている。それはもう猫可愛がりしている。雪ノ下さんほんとに猫好きですね。

自分に子供がいないからなのか、若葉と和葉への愛が本当に尋常じゃない。

それこそ、陽乃さんが雪乃を可愛がるように。



雪乃「若葉さんも、こんばんは」


若葉「どうも」


雪乃「……その」


若葉「…………」


雪乃「いえ、やっぱり何でもないわ」


若葉「そうですか……」



そして若葉と雪乃のこの空気……。

仲が悪いわけじゃない、むしろお互いに好意がある筈だが……どっちもコミュ障だからな、こうなるのも必然か。



いろは「じゃあ雪乃先輩、申し訳ないですけどお手伝いお願いします……って言ってもあとちょっとだけなんですけどね」


雪乃「え、ええ、そうね」


いろは「和葉、手伝ってね」


和葉「はーい!」



三人はキッチンに入り料理を始める。

雪乃が手伝うんだから何の問題も無いだろう。



八幡「んで、お前は手伝わねえの?」


若葉「私がエプロンして料理してる姿、想像できる?」


八幡「……無理だ」


若葉「そういうこと。そもそも私することないでしょ」


八幡「まぁあんだけ人数いればな」



ちなみにうちで一番料理が上手いのは若葉。一番料理をしないのも若葉。

ほんと無駄なスペックの高さだな、マジ無駄。



若葉「というわけで、マッ缶飲も」


八幡「どういうわけだよ、飲むけど」



悲しきかな、結局俺と若葉は似ているのだ。

いろはたちが料理を終えるまでマッ缶片手にテレビを見ていたら、雪乃にチクチク嫌味や文句を言われたが、何も気にすることなくだらけていたのは、俺と若葉が自覚している長所だった。




…………………

…………

……





いろは「せんぱーい、若葉ー、料理運んでください」



仕上げだけが残ってたのか、雪乃が来てから十分も経たない内に準備が完了した。

そして運ぶのを強要される俺と若葉。



若葉「行け、父さん」


八幡「いやお前もだから、俺だけ働かせようとか悪魔かお前」


若葉「きみに決めた」


八幡「ポケモンかよ。いいから動け」


若葉「めんどくさい……」



そう言いながらスっと立ち上がる様はまさに社畜。

色々な意味で俺の子供……可哀想に、将来こき使われるタイプだな。



雪乃「運ぶくらいさっさとしてもらえないかしら、サボり谷くん?」


八幡「今運んでるだろ。というか、俺が何をサボったんだよ」


雪乃「そうね、主に人生や人としての営み……あとは料理と人生かしら」


八幡「料理はお前がいたんだし別に俺要らないだろ、あとなんで人生二回言った?」



俺は人間じゃないってことですかね?

この歳で未だに比企谷菌とか言われるならそろそろ本当に人間じゃない説が出てくる。

あれ、ラノベの主人公みたいに人外だったらカッコよくね?

はい、カッコよくないですね、菌ですものね。



八幡「つーか、俺がサボってるなら若葉もサボってるぞ。ほら若葉にも文句言ったらどうだ?」


若葉「……すみません」


雪乃「っ!?ば、馬鹿なことを言わないでもらえないかしら、若葉さんはサボってなんていないわ」


八幡「じゃあ何だよ」


雪乃「若葉さんはその……あなたの相手をして時間を稼いでくれていたのよ」


八幡「俺どんな敵だよ。なに?幹部クラスなの?中ボスなの?」


若葉「別にそんなつもりは無かったけど……」


雪乃「あ、その……」



ふむ、やはり雪乃に対して最も効果を望めるのはこの手法だな。

若葉に話を振れば持ち前のコミュ障を発揮した末に自爆してくれる。



八幡「随分と距離ができたもんだな」


雪乃「っ……黙りなさい、私の持てる全てを駆使して社会的に抹殺するわよ」


八幡「やめて、俺死ぬ」



社会的にというか肉体的に抹殺されちゃうだろそれ。

凄腕のアサシンとか送り込んできそうで怖い。



八幡「あー、そういえば若葉、この前新しいパンさんの何かが出たとか言ってなかったか?」


若葉「……ご当地限定パンさんキーホルダーのこと?」


八幡「そうそう、それだ」



俺はすかさず雪乃にアイコンタクトを。



雪乃「……?」



こいつ、小首を傾げやがった……。

ボッチのくせに空気読めないとか千葉人のくせにマッ缶飲めないのと同じくらいヤバイだろ。

それともあれかな、俺の目が腐りすぎててアイコンタクトが取れなかったのかな?

だとしたらヤバイのは俺の目ですね。



八幡「雪乃、お前のことだから全部持ってるんだろ?」


雪乃「当然ね、全28種コンプリート済みよ」


八幡「若葉にいくつかあげてくれないか?」


雪乃「っ! も、勿論いいわ。若葉さんになら全部をあげても構わないもの」


八幡「だとよ、若葉」


若葉「いいの?」


雪乃「え、ええ、若葉さんが良ければだけれど」


若葉「欲しいっ!」


雪乃「そ、そう、ではまた今度持ってくるわね」


八幡「若葉が雪乃の家に選びに行ったらいいんじゃね?」


若葉「え、いいの?」


雪乃「もちろんよ、いつでも来てくれて構わないわ!」


若葉「じゃ、じゃあ今度行く」



俺ってマジ有能。

コミュ障同士の間取り持つコミュ障として最高峰の能力持ってそう。コミュ障しかいないな。



八幡「よかったな」ボソッ



俺は嬉しさに打ちひしがれている雪乃に耳打ちする。



雪乃「……私に恩を売ったつもりかしら?」


八幡「そうだとしても、お前は買わないだろ」



むしろ倍額で転売するまである。



八幡「お前が俺から買うのは喧嘩くらいだからな」


雪乃「あなた、私に喧嘩を売ったことなんて無いじゃない」


八幡「傷つくのは分かってるからな、俺は無駄なことはしない主義なんだよ」



ユキペディアに記録されている罵倒語録の量は計り知れない。

口喧嘩のせいで死人が出るなんて無益な殺生過ぎる。



八幡「お前がどう思ってんのか知らんが、若葉は別に雪乃のこと嫌いなわけじゃないぞ」


雪乃「そうなの……?」


八幡「距離の取り方に戸惑ってるんだよ。和葉みたいには出来ないからな、あいつは。だからお前が気ぃ遣ってると余計に気まずくなると思うぞ」


雪乃「そう……。あなたにしてはいいアドバイスね。素直に受け取っておくことにするわ、ありがとう」



こいつも丸くなったよなぁ……昔なら絶対こんなすぐにありがとうとか言ってないだろう。

まぁ俺たちももうすぐ四十、そんだけ時間が経ったってことか。


ピンポーン。


そうこうしている内に再びインターホンが鳴る。

もう一人の客が来たようだ。



和葉「あっ、結衣さん来た!」



一番に反応した和葉は嬉しそうに玄関へと急ぐ。

俺の子供とは思えない行動力と人懐っこさである。



和葉「結衣さん!いらっしゃい!」


結衣「こんばんはー!和葉ちゃん!」



賑やかな声が聞こえる。

いくつになっても変わることを知らない、誰よりも明るい奴の声だ。



八幡「よう、いらっしゃい」


雪乃「久しぶり、結衣さん」


結衣「ヒッキー!ゆきのん!久しぶりーっ!」ギュッ


八幡「お、おい……」


雪乃「苦しいわ、結衣さん……」



顔を見るや否やすぐさま俺と雪乃に抱きついてくる結衣。

ちょっと?雪ノ下さんはまだしも俺はマズイよ?

誰よりも自己主張のすんごい二つの果実が当たってるからね?後ろから殺気めいたものも感じてるからね?

この子まだ成長してんの?圧迫感が昔の比じゃないんだけど。



いろは「お久しぶりです、結衣先輩」


結衣「あ、いろはちゃん!久しぶりー!」


いろは「それで、どうしてせんぱいに抱きついてるんですかね?」


結衣「ふぇ? あっ、ご、ごめんいろはちゃん!久しぶりだったからつい……」


いろは「なんですかせんぱいを誘惑してるんですか?その悪魔のようなおっぱいを使って私のせんぱいを誘惑しあまつさえ奪おうとでも思ってるのかもしれませんがそうは行きませんよ!残念ながらせんぱいは私にメロメロなのでまったく意味を成さないのです!」


八幡「いろは、落ち着け」



めちゃくちゃ頭の悪そうなこと言ってるぞ。

あと大きな胸への嫉妬はやめなさい、俺の横で負のオーラ出してる雪ノ下さんの気持ちも考えてあげて!

大きくなくてもいいんだなあ、だって膨らみはあるんだもの。はちを。



和葉「え、いくら結衣さんでもパパは誰にもあげないよだってパパは私のパパなんだもん私以外の女がパパに色目使うなんて私耐えられ」


結衣「か、和葉ちゃんが壊れたー!?ごめんっ、ごめんね!パパ取ったりしないから戻ってきてー!」



なんでこいつはいつもこんな騒がしいんだよ。

まあそこが由比ケ浜結衣の最大にして唯一の長所なわけだが。



八幡「とりあえず、玄関先で集まってないで中入ろうぜ」


和葉「パパが私以外の女に笑顔を見せることさえ私にとってはこの世のどんな地獄よりも苦痛なんだよ?パパって謎に女の知り合いが多いからママ以外に嫉妬しなきゃならない私の毎日の気苦労分かってるの結衣さん?パパは優しすぎるからどんな女にもいい顔見せてるけどそれは私に見せてくれる本当の笑顔とは全然違うからそんなの――」


いろは「おっぱいが大きいから何だって言うんですか!?胸の価値は形なんですよ!大きいってだけで胸を張るなんて滑稽ですよ結衣先輩!そんな胸張っちゃったら大抵の服は破れちゃうと思いますけど!」


雪乃「いろはさん、あなた、贅沢よ……私なんて……はぁ」



え、既に収拾つかないんだけど。

なにこれ。

久々に集まってアレだけど、もう解散したい。



若葉「……アホだ」


八幡「若葉、先に飯食おうぜ」


若葉「いいの?」


八幡「どうせまだやってるだろ、こいつら」


若葉「……それもそうだね」


八幡「ほれ、行くぞ」



俺は若葉とリビングに逃げる。

扉を閉めても声が聞こえてくるほどに、今日の我が家は騒がしい。

いや、和葉はいつもうるさいけどね。



若葉「まぁ、誠に遺憾だけど二人で先に食べてよっか」


八幡「遺憾なのかよ」


若葉「そんなニヤニヤしてる父さんとご飯とか美味しく食べれないからね」


八幡「おー、そりゃ悪かったな」


若葉「……否定しないんだ?」


八幡「ああ、事実だからな」



恥ずかしさも入り混じりつつ、確かな懐かしさと喜び。

紆余曲折ありながらも、俺たちは今、こうして集まっている。

そんな当たり前の現状が、胸を熱くする。


あの時、俺が欲しがったものだ。

実態は無く、言葉で形容しようものならすぐに壊れてしまいそうな、本物。

今の俺がそれを持ってるとは言えないのかもしれないが、一つ確かに言えることは――



八幡「こんだけ幸せなら、笑っちまっても仕方ねえだろ」



ここに本物が無いなら、本物なんて存在しないってことだ。





…………………

…………

……





いろは「では、改めまして――奉仕部に!」


結衣「かんぱ~いっ!」


雪乃「乾杯」


八幡「おう」


和葉「私もー!」


若葉「いや、和葉は関係無いでしょ……」



結局、全員が席につくまで割と長い時間を要した。

そして先に食べ始めていた俺と若葉はいろはに怒られた、何故だ。



結衣「美味しっ!?これすっごい美味しいよいろはちゃん!」


いろは「ありがとうございます!雪乃先輩に手伝ってもらったのでいつもより美味しいと思います!」


結衣「え、ゆきのん手伝ったの!?」


雪乃「ええ、少しだけ早く着いてしまったから。と言ってもほとんど何もしていないけれど」


結衣「えー何それ!あたしも一緒に料理したかったよ!」


雪乃「ダメよ結衣さん、今日は私たちだけじゃなく若葉さんと和葉さんもいるのよ?」


結衣「それどういう意味!?」



確かに今日の料理はいつもより美味い。

まぁこいつらが来るから気合い入れて作ったのもあるんだろうが、やはり雪乃の力は大きい。

マジでスペック高すぎる雪ノ下さん。



八幡「また料理の腕上げたのか?もう料理人とかになれよ」


雪乃「料理は毎日やっているだけ、上達ではなく慣れよ。この程度で料理人なんてプロに失礼だわ」


八幡「相変わらずストイックなことで」


雪乃「あら、それを言うならあなたの怠惰も相変わらずよ、自信を持っていいと思うわ」


八幡「怠惰に自信持つって何だよ」



俺はなにルギウス・なにネコンティなんですかね?そんなに怠惰ですかね?



結衣「でもヒッキー変わったよねー」


八幡「そうか?」


結衣「うん、なんかまた優しくなった気がする」


八幡「俺はずっと優しいだろ」


結衣「そうだけど、なんか……柔らかくなった気がする!」



柔らかく?俺が?

いやいや、むしろ柔らかくなってるのはあなたのおっぱ(ry



雪乃「そうね、確かに八幡は変わったと思うわ。私の目から見ても」


八幡「お前もか」


雪乃「いろはさんと付き合いだした時とも、結婚した時とも違う変化よ。まるで真っ当な人間になったみたいだわ」



その言い方だとまるで昔は真っ当な人間じゃなかったみたいだわ。



八幡「つーか、変わったって言うなら俺よりむしろお前らの方だろ」


結衣「へ?」


雪乃「私たち、かしら?」


八幡「ああ」



付け加えるならいろはも随分変わったと思うが……それは今は置いておこう。



結衣「あたし変わったのかな……?」


八幡「そらお前、あのアホの子だった結衣が今じゃ教師だぞ?変わりすぎで誰か分からないまである。ていうか誰だお前」


結衣「あ、アホじゃなかったし!ちゃんと勉強頑張ってたから!」


八幡「まあ頑張ってたのは確かだな。どうだ和葉、担任としての結衣をどう思う?」


和葉「結衣さんはいい先生だよ!クラスの友達もみんな結衣さんのこと好きだし、総武高校の二大美女教師って呼ばれてるくらいだもん!」


結衣「か、和葉ちゃんっ!それは恥ずかしいからやめてっていつも言ってるじゃん!」


八幡「ほぉ……ん?二大?もう一人いるのか?」


和葉「平塚先生!」


八幡「……はぁ」



またあの人が一枚噛んでんのか……。

というか、定年退職を前にして美女って呼ばれてるとかどんだけだよあの人。いや確かに美人だけどさ、実年齢に伴ってない若さを保持してるけどさ。



結衣「あははー……で、でも本当に変わってないよ平塚先生、変わってなさすぎて怖かったし」


八幡「まぁ存在自体が特殊だからな、あの人は」



俺たちにとっては感謝してもしきれない恩師ではあるが、若葉や和葉たちにとってはどうだろう。

あの人のことだから、きっと娘たちを正しく導いてくれているだろうとは思うが。



雪乃「確かに結衣さんの成長は目まぐるしかったわね。第一志望の大学に受かった時は正直驚いたもの」


結衣「ゆきのんが勉強教えてくれたおかげだよ~!ありがとねっ、ゆきのん!」ダキッ


雪乃「べ、別にあなたのためというだけではなく、人に教えることも勉強になるから……っ、結衣さん、苦しいわ」


結衣「ゆきの~ん!」



まだ百合百合してんのかよ、年考えろよ年。

お前ら見た目が若いからって何でも許されると思うなよ、可愛いから許します。



いろは「けど、一番変わったのはやっぱり雪乃先輩ですよねー」


雪乃「私が?私は何も変わっていないと思うのだけれど」


いろは「変わりましたよー、高校時代の雪乃先輩普通に怖かったですもん」


雪乃「怖っ……?」


八幡「あの頃のお前は氷の女王だったからな、一般人には冷たすぎたんだろ」


雪乃「……八幡?人の頭蓋骨って案外脆いのよ?」


八幡「分かった、謝るから物騒なことを考えるな」



命ってそんな簡単なものじゃないと思うんですよ。



結衣「ゆきのんも優しくなったんだよ!」


いろは「そうですねぇー、確かに優しくなりました」



え、優しくなったのに頭蓋骨割るよ的なこと言ってるんだけど?それでいいの?



雪乃「……その話はもういいわ」


結衣「あっ、ゆきのん照れてるー」


いろは「雪乃先輩、顔赤いですよ~」



君ら仲いいですね。



八幡「…………」



確かに変わった。

変わったのは俺たち全員だ。そして、俺たちの関係でもある。


時に失い、時に傷つき、直ったり治らなかったりした俺たちの関係が帰着した今を、俺は誇らしく思う。

俺たちがしてきたことは間違いなんかじゃないと言ってくれている様で、どこか嬉しかった。



雪乃「昔の話よりも今の話をしましょう。八幡、結衣さん、仕事の方はどうなのかしら?」


結衣「あたしは順調だよ、すごい忙しいけど毎日楽しいし充実してる!」


八幡「俺も問題無いな、会社なんざ今すぐにでも辞めたいが仕事に対して給料は良いし、文句はあるが不満は無い」


雪乃「何故かしら、八幡から順調の要素を感じないわ……」



いやホント、働くとかマジ無理ゲー。

上司は意味不明にキレるし部下は使えねえし、同期はウザイし。

これで給料が悪かったら即日辞めてるわ。



結衣「ゆきのんは?」


雪乃「私も順調かしら、これといった問題も無いから」


八幡「お前が仕切ってるんだから大丈夫だろ。問題を起こすとしたら雪乃じゃなく陽乃さんだ」


雪乃「姉さんは……そうね、大分落ち着いてくれたけれど、未だに色々と掻き乱してくるわね」


結衣「あ、あはは……でも、陽乃さん今海外なんでしょ?」


雪乃「ええ、だから今のうちに大きな仕事を終わらせたい限りよ」


いろは「え、じゃあ今日……大丈夫だったんですか?」



いろはが不安そうに雪乃を見つめる。

今日の集まりを言い出したのはいろはだ、自分のせいで雪乃の仕事を邪魔してしまったとなれば罪悪感もあるだろう。



雪乃「え、ええ、大丈夫よ。私も仕事ばかりでストレスが溜まっていたから、今日は集まれてよかったと思ってるわ。ありがとう、いろはさん」


いろは「本当ですか?もし迷惑だったりしたらちゃんと言ってくださいね?」


雪乃「迷惑なんてことありえないわ。私は虚言は吐かないから安心して、いろはさん」


いろは「なら……よかったです!」



まだそのポリシー貫いてたんですね。



雪乃「私よりもこの男の方が心配ね、会社でどれほどの損害を出しているのか計り知れないわ」


八幡「なんで心配のベクトルが被害の有無じゃなくて程度なんだよ」



俺がいることで損害出るのが当たり前みたいな言い方やめてね。



雪乃「あなたがいると会社の空気が悪くなってしまうじゃない、その時点で大きな損害よ」


八幡「空気を悪くしてるのは否定しないが、それは俺のせいじゃない。断るの分かってるくせに飲みに誘ってくるあいつらだ」


雪乃「……誘われるの?」


八幡「ああ、いくら断ってもな」


結衣「えーっと……ちなみにその誘ってくる人っていつも同じ人?」


八幡「ああ、同じ奴だ」


雪乃「女性、かしら?」


八幡「ああ、なんで知って――」



っ!殺気!?



いろは「せんぱい?その話詳しく聞かせてもらってもいいですか?」


八幡「ちょ、ちょっといろはす?俺断ってるって言ったよね?なんでそんな怒ってんの?」


いろは「怒ってないです、ただ少し話を聞きたいだけですよ♪あっ、先輩たちは若葉たちとお喋りしてて下さいね~」


八幡「いやだからね?俺はいっつも早く帰りたいから断ってるん――」


和葉「パパを誘惑するとかその女何考えてるのかな?大体同じ会社ってだけで調子に乗れるその神経がもう図太いしパパにとっては路傍の塵に等しい存在なんだから身の程を弁えて――」


結衣「あ、あはは……」


雪乃「はぁ……本当に相変わらずで安心するわね、ここは」


若葉「バカな家族ですみません」




…………………

…………

……





いろは「大体ぃ、せんぱいは無駄に優しすぎるんですよぉ~っ!無駄に!」


結衣「そうだそうだぁ!」


いろは「普段は憎まれ口ばっかり叩いてるくせにー、いざって時は助けてくれるしー、そんなんだから会社でも無駄に人気あるみたいですしー、無駄に!」


結衣「そうだそうだぁ!」


八幡「…………」


雪乃「ふっ……ふふっ、八幡、顔がとても面白いわ、ふふっ……機嫌の悪い猫みたい、可愛い」


八幡「やめろ雪乃、撫でるな」


雪乃「えー……どうしてかしら?私に撫でられるのが嫌ということ?」


いろは「ちょっとー、ちゃんと聞いてるんですかぁ?」


結衣「ゆきのんとばっかりイチャイチャしてる~っ!」


八幡「…………」



うん、なんかもうね……。

いや別にいいんですよ?久しぶりに会えてテンション上がってるのは分かるし、実際俺だって楽しいなって思ってたが……。

お酒は飲んでも飲まれるなって小さい頃教わらなかったのかな?小さい頃は酒飲めねえな。



若葉「みんな、絵に描いたみたいに酔っ払ってるね」


和葉「酔ってる雪乃さん可愛い!」


八幡「娘たちよ、手伝ってくれ」


若葉「やだよ。面倒くさい」


和葉「見てる方がおもしろいー」


八幡「この薄情者どもが」



こんなのどうしろって言うんだよ、ただでさえ面倒な奴らが三人まとめて酔ってるんだぞ?

これはもう無理ゲー、キレた上司相手にするくらい無理ゲー。



結衣「ヒッキ~、私ともお喋りしようよー」


八幡「おいやめろ後ろから抱きついてくるな」



結衣は酔うとただでさえ激しいスキンシップが増える。

まったく、自分がどれほどの爆弾を抱えているのかを自覚して欲しいものだぜ……。



雪乃「八幡、にゃーん……ふふ」


八幡「ここに猫はいない、落ち着け雪乃」


雪乃「あら、猫なら私の目の前にいるわよ?」


八幡「今お前の目の前にいるのは猫ではなく人間だ、それも割と残念なタイプの」


雪乃「ふふ、貴方の腐った目が猫みたいで可愛いわ。にゃー」


八幡「いやあなたいつも俺の目を貶してるからね?」


雪乃「普段の私は照れ隠しで冷たく当たってるのよ?分かってるくせに」


八幡「お、おい、にじり寄って来るな」


雪乃「どうして……?私たち親友でしょう?ふふふっ」


八幡「酔ったお前は良くも悪くも欲望に正直なんだよ!」



加えて極度の笑い上戸だ。何が可笑しいの知らないが常にニコニコしている。それはもう若干どころか相当不気味である。

いつもの無表情ゆきのんはどこ行ったのん?


しかも雪乃の場合、酔ってる時のことを全く覚えていない。

前に一度ビデオを撮って見せようとしたことがあるが、あまりの醜態に見せるのは止めようと言い出したのは俺。

あんな自分を見たらゆきのん絶対に立ち直れないわ。



いろは「せんぱい!なにいちゃいちゃしてるんですか!?」


結衣「ゆきのんとばっかり!」


八幡「…………。和葉、手伝え」


和葉「えぇ、やだぁ~」


八幡「一日、俺を好きにしていい」


和葉「っ!?」ビクッ


八幡「だから頼む、手伝ってくれ」


和葉「……本当に?」


八幡「ああ、本当にだ」


和葉「平日でしたってオチは無しだよ?」


八幡「予定が何も無い完全な休日を一日、お前にくれてやる」


和葉「交渉成立」



差し出された和葉の手をしっかりと握る。



和葉「どっち?」


八幡「結衣を頼む」


和葉「りょーかいなのでありますっ!」



え、なにそれかわいい。どこのいろはす?



和葉「ねぇ結衣さん!」


結衣「んー?なぁに、和葉ちゃん」


和葉「前に見せた私の秘蔵コレクション、あれから大分増えたんだけど……見たい?」


結衣「っ!……見たい」


和葉「じゃ、こっち来て♪」


結衣「和葉ちゃーん!」


和葉「あ、お礼は潤礼堂のブラウニーでいいよ」


結衣「しっかりしてる!?」



和葉が結衣を連れて行く。

なんだ、おぞましい何かを感じたが……今はそんなの気にしてる暇は無い。



八幡「若葉」


若葉「私はやらない、絶対に」


八幡「風来亭の豚骨醤油、食ったことあるか?」


若葉「……わ、私は和葉とは違う。もので釣ろうなんて……」


八幡「俺が今まで食べた中でも最高峰の旨さだ」


若葉「……っ!」


八幡「ダブル……いや、この際トッピングの程度は問わん」


若葉「くっ!……替え玉も付けてもらうよ」


八幡「……分かった、お前の望むままに」


若葉「……ロクな死に方しないよ、あんた」


八幡「ふっ……覚悟の上だよ」


若葉「え、きも」


八幡「おい、途中でやめるなよ」



身近に中二ごっこ出来る奴が若葉しかいないからつい悪ノリしてしまう。

あ、材木座がいたか。まぁあいつは他人だし関係無い。



若葉「ごめんごめん。じゃ、私は雪乃さんの相手しとくよ」


八幡「悪いな」


若葉「別に。ラーメンよろしく」


八幡「おう、めちゃくちゃ旨いから楽しみにしとけ」


若葉「うん。……雪乃さん」


雪乃「ん……どうかしたの?若葉さん」


若葉「ヨモギと遊びに行こうか」


雪乃「っ!?今すぐ行きましょう。実は今日、こんなこともあろうかとヨモギさんの為に私の猫セットを持って来て――」


若葉「はぁ……はいはい、こっち来て」



嘆息する若葉が目を輝かせた雪乃を連れて行く。

ヨモギ(命名若葉)さんには悪いが、今夜は生贄になってもらおう。



八幡「さて……いろは」


いろは「はーい、いろはちゃんですよぉ~」


八幡「お前も酔い過ぎだ、水飲め、水」


いろは「んー……せんぱいが飲ませてください」


八幡「自分で飲めるだろ」


いろは「飲ませてくださいー」


八幡「はぁ……ほら」



コップを差し出し、ベロンベロンのいろはに水を飲ませる。



いろは「んく、んく……」


八幡「…………」



紅く上気した頬、普段よりも高い体温、蕩けた目……何気ない仕草の一つでさえ、普段より色香に満ちている気がする。

何年経っても慣れない胸の高鳴りが、俺も一人の男なのだと再認識させられる。



いろは「はぁっ……おいしいです」


八幡「そうか、なら一旦離れてくれ」


いろは「えぇ~」



水を飲ませようと抱き寄せた、思ったより近い。いやマジ近い、八幡ドキドキしちゃう。



いろは「せんぱぁ~い、へへへ」


八幡「ちょっと?離れてって言ったよね?なんで更に近づくの?」



もうゼロ距離に近いんだけど?



いろは「せんぱい……好きです」


八幡「……どうしたんだよ、急に」



俺の腕を力一杯抱きしめ、酔いも忘れたように真剣な眼差しでこちらを見つめてくるいろは。

付き合いたての頃ならまだしも、今更からかうような年でもない。



いろは「今日、あー幸せだなーって思ったんです……和葉とお買い物して、雪乃先輩と結衣先輩と会えて、昔みたいにみんなで話して……幸せだなーって」


八幡「何だよ急に、気持ち悪いぞ」


いろは「気持ち悪い人に言われたくないです」


八幡「いい雰囲気じゃなかったの?」


いろは「せんぱいが変なこと言うからですよ。でも、大好きなんで許してあげます」


八幡「そりゃあどうも」


いろは「む……やっぱり冷たいです」



頬を膨らますな、可愛いけどお前はおばさんだ。



いろは「せんぱいが私を想ってくれてるってことは信じてますけど……それでも、寂しいのも本当なんですよ……?」


八幡「それは……」



確かに、いろはと二人きりということはほとんど無くなった。

若葉と和葉もいるし、家族水入らずで遊びに行くことはあれど、もう何年もデートなんて行ってない。

いや、それが普通なんだけど。

それでも、寂しい思いをさせて悪い気持ちが無いわけでもない。



八幡「言い訳、というわけでもないが、子供の前でみっともない所は見せられない父親の威厳ってもんもあるんだよ」


いろは「そんなの元から無いから大丈夫ですよぉ~」


八幡「おい、俺威厳あるだろ、この目とか威厳の塊だろ」


いろは「無いですよー、あるのはDHAだけです」



そのネタまだ引きずられんの?

十年以上言われてるんだけど。



いろは「せんぱいが普段私に冷たいのでー……二人きりの時くらい、こうやって充電させてください」



嬉しそうに俺に抱きつくいろは。

付き合いだした頃、結婚したての頃……どれだけ時間が経っても、同じ笑顔を向けてくれる。

何年も一緒にいれば知らぬ間に飽き、新鮮さを失うものと思っていたが……自分でも驚くほど、この気持ちは色褪せない。



八幡「……なら、満タンまでしとけ」


いろは「へ?あ……んっ」



一体、いつ以来だろうか。

もう随分とこの感覚を忘れていた。

何度経験しようと慣れることは無い、甘美な刺激と確かな温もりが、俺の脳を揺さぶる。



いろは「ちゅ……ん――ぷはっ」


八幡「…………」


いろは「へ、へへ……」


八幡「…………」



っべー!これマジっべー!

恥ずいとかそんなレベルじゃねえ、マジでなんだこれ!

こんなの誰かに見られようものなら、俺は喜んで死を選ぶだろう。

娘たちよ、感謝する。



いろは「えへへ……ねぇ?」


八幡「……何だよ」


いろは「本当に、心の底から愛してます――八幡」


八幡「……お前にそう呼ばれるのは随分久しぶりだな」



いろはが大学に入った頃、少しの間そう呼ばれていた様な気がする。

もうあまり鮮明に憶えていないが。



いろは「なんか雰囲気出ちゃってるんで……久しぶりに呼んでみちゃいました♪」



息のかかる至近距離でいろはが舌を出し、気恥ずかしそうにはにかむ。

名前で呼んだ後、決まってこうしていたのも懐かしい。



いろは「ドキドキしちゃいました?」


八幡「ああ、懐かしい。あざといのも変わらないのな」


いろは「む、あざとくないですよぉ。私、せんぱいの前ではいつも素でいるんですから」


八幡「……そうだな、そのリンゴみたいに赤くなった顔も素ってことだ」


いろは「えっ!?」


八幡「嘘だけど」


いろは「…………」



ジト目で睨んでくるいろはす、超可愛い。

でも腕を抓るのはやめてね、地味に痛いからね。



いろは「せんぱいの意地悪も相変わらずですねー」


八幡「人は変わらない、ソースは俺とお前だ」


いろは「そうですねぇ、何年経ってもラブラブですし」


八幡「そこに関してはノーコメントだ」


いろは「別にいいですよ、言わなくても分かります」


八幡「言わなきゃ分かんねえよ」


いろは「みんな、まだ戻ってこないですよ……?」


八幡「…………」



そんな顔で見るなよ、止まらなくなるだろ。

今日は雪乃も結衣も来てるんだよ、子供らもいるし、こんなクソ恥ずかしいとこ見られたらどうするんだ。



いろは「……して、くれないんですか?」


八幡「…………」



あーくそ、やっぱり俺はダメになった。

理性の化物なんて呼ばれていた筈なのに、いろはの前では欲に飲まれる愚かな男でしかない。



いろは「せんぱい……んっ」



幸い今日は俺も酒が入っている。

何から何まで酔いのせいにできる大人の卑怯さを噛み締めながらする二回目のキスは、懐かしさよりも嬉しさの方が大きかった。




…………………

…………

……






八幡「やっと寝たか……」


若葉「めちゃくちゃ疲れたんですけど……」


和葉「はぁーーーっ、パパ最高」



リビングのソファで気持ち良さそうに寝るいろはたち。

俺と若葉、そして和葉が三人をそれぞれ担当し、一時間掛かってようやく眠ってくれた。



八幡「あー……死ぬほど疲れたな」


若葉「父さんは母さんといちゃついてただけでしょ、私なんか雪乃さんだよ?あの人ガチすぎる……」


八幡「ばっかお前、酔った母さんのめんどくささ知らないな?あと雪乃のガチは今に始まったことじゃない」



俺の給料何ヶ月分だよってレベルの猫可愛がりセットを揃えているゆきのんまじガチ。

ヨモギは楽しめただろうか。



八幡「けどまぁ、ありがとうな二人とも」


若葉「父さんのお礼とか普通に気持ち悪い」


八幡「普通に気持ち悪いって何だよ、普通なら気持ち悪くねえだろ」


若葉「じゃあ、本当にキモい」


八幡「え、ひどくね?」


和葉「私はパパ大好きーっ!」


八幡「うぉっ!?」



後ろから飛び付いてきた和葉のせいで倒れそうになる。

いろはが嫌がるので太らないようそれなりに鍛えるようになったが、それでも寄る年波には逆らえず、肉体の衰えは日々自覚するレベル。

和葉の体重で腰が砕けた気がした。



八幡「おっ、まえ……っ!」


和葉「あ、ごめんパパ」


八幡「謝る前に降りろ!」


和葉「はいはーい……っと」


八幡「痛ってえ……」



女子高生って軽いんじゃねえのかよ、りんご三個分って話はどこいったんだよ、いやそれ違うな。

重いって言われたくないなら、せめて体重バレないようにしなさい。



和葉「パパー」


八幡「分かったって、引っ付くな」


和葉「えぇー、結衣さんの相手で結構疲れたんだけどなぁ~」


八幡「う……」


和葉「パパに癒して欲しいんだけどなぁ~」


八幡「い、いや、対価は俺の休日1日で納得した筈。それ以上は契約違反だ」


和葉「えぇー、ケチ!」


八幡「親子といえど契約はしっかりと守らなければならない。それが社会だ」


若葉「父さん、目がいつもより腐ってるよ」



契約は細かく守らなければ痛い目に遭う。ソースは戸部。

入社二年目の秋、あんなにキレた部長を見たのは後にも先にもあの時だけだ。

戸部と組んでたのが俺じゃなくて本当によかった。俺も一緒に怒られてたら会社辞めてたかもしれない。



和葉「ブーブー!」


八幡「ブーイングすんな」


和葉「ぶぅ……ま、1日貰えるならそれでいっか。パパを1日好きにできる……はぁっ、はぁっ」


八幡「いや、あの、好きにしていいの意味違くない?俺と和葉の認識ズレてない?」



俺は休日買い物でも何でも付き合ってやるぞって意味で言ったんだけど?

和葉の目が俺と同じくらい邪になってるんだけど?



若葉「和葉相手に1日あげるとかよく言ったね、その勇気に脱帽だよ、父さん」


八幡「……はぁ」



俺は一体娘に何をされるのだろうか。

若葉と行くラーメンは俺も楽しみではあるものの、和葉に与えた対価は大きすぎたのではないかと、少し後悔した。



八幡「……っつーか、お前らももう寝ろ」



ふと時計を見ると、時刻は既に2時になろうとしている。

酔っ払いたちを寝かせるのに夢中で、随分と遅い時間まで掛かったらしい。

いくら明日が日曜日とはいえ、流石に俺も疲れたし、寝る時間だ。



和葉「えー、まだ眠くなーい」


八幡「なんでお前そんな元気なの?」


和葉「なんでって、さっきパパで充電を――っと、何でもないよ」ニコッ



今不穏な言葉聞こえたんだけど……。



若葉「私も眠くない」


八幡「なん、だと……っ!?」


若葉「え、そんなになる?」


八幡「いやお前、普段めちゃくちゃ寝てるだろ。俺の娘ってナマケモノなのかもしれないって悩んでるレベルだぞ」


若葉「私だって眠くない時くらいあるよ。今日はテンション上がっちゃってるのかも」


八幡「珍しいな、お前がテンション高いとか」


若葉「まぁね……久しぶりに雪乃さんと結衣さんに会えたからかな」


八幡「……そうか」



こいつは何だかんだで二人のことが大好きだからな。

一番世話になってるし、ほとんど母親みたいなもんだ。



和葉「お姉ちゃんすごい楽しそうだったもんね!」


若葉「別にそんなことは無いと思うけど」


和葉「またまたーっ!照れてるお姉ちゃん可愛い~!」


若葉「和葉?あんたのコレクション全部燃やすよ?」


和葉「え、待って若葉姉ぇごめんなさい許してください、そんなことされたら私これからどうやって生きていけばいいの?」



さっきから何かしらの不穏なワードが出てるんですが……コレクションってなに。

すごく問いただしたいがこれは触れてはいけない気がする。



八幡「まぁ、明日は日曜だし夜更かししても別にいいけどよ。俺はもう寝るからお前らで」


和葉「お話しようよパパ!」


八幡「いや、話聞いて?パパもう寝るって言ってるよね?」


和葉「前々から思ってたんだけど、パパとママってなんで結婚したの?」


八幡「ちょっとー?この子全然人の話聞かないんだけど?」



一体どこのいろはすですかね?

会話って言葉のキャッチボールだと思うんだよね。いろはとか和葉の場合はめちゃくちゃストレート。超剛速球。

キャッチャーもびっくりするわ。



若葉「それは私も気になってた」


八幡「お前もかよ」


若葉「父さんと母さんってタイプ全然違うよね。なんで結婚したの?なんで出来たの?」


八幡「言い方にトゲがあるんだけど?」


和葉「馴れ初め教えて~」


八幡「はぁ……」



何故こうなる。

今日は重ね重ね面倒な日だな。



八幡「馴れ初めも何も、お前らには教えただろ」


若葉「父さんと母さんが奉仕部で出会ったってことだけね。それ以外はほとんど知らない」


和葉「そうだそうだー!パパたちの馴れ初めを教えろー!」


八幡「はぁ……馴れ初めって言われても、別に普通だぞ」


和葉「パパとママの時点で普通なわけ無いじゃん!」


八幡「おい」



言い返せないのがまたタチ悪いな。



八幡「……別に特別なことなんて無いぞ。普通に付き合って、喧嘩して、というか主に俺が文句言われて、んで結婚して今に至る」


若葉「いやいや、なんで父さんみたいな目の腐った男が母さんと付き合えたの?」


八幡「そりゃお前、母さんが父さんのことを好きだったからだろ」


和葉「きゃーっ!」


若葉「うわ……」


八幡「うわって言うのやめてね」


若葉「母さんって完全無欠な女だと思ってたけど、男を見る目だけは無かったんだね」


八幡「概ね事実だが、それを俺の前でそれを言うな。うっかりパパが死んじゃったらどうするつもりだ?」


和葉「え?パパはいい男だよ?」


八幡「見ろ若葉。これが娘としての本来あるべき姿だ」


若葉「和葉は特殊だから」


和葉「パパの魅力が分からないとかお姉ちゃん可哀想~」



マジ和葉ほど可愛い娘とかこの世に存在しないだろ。

和葉の可愛さで世界の戦争を止めた挙句、和葉の奪い合いで世界が戦争を始めるまである。



和葉「それで、告白したのはどっちなの?パパ?ママ?」


八幡「ん?あー、俺から……だったのか?」


若葉「何それ、憶えてないの?」


八幡「いや、俺たちの場合ちょっと普通じゃなかったからな、結局どっちから言ったのかとか分かんねえわ」


若葉「やっぱ普通じゃなかったんだ」


八幡「ぐっ……誘導尋問とは中々やるな」


若葉「これ以上無いほどの自爆でしょ」


和葉「ね、ね! パパはママのどこを好きになったの?」



ソファに座る俺にものすごい勢いで詰め寄ってくる和葉に、思わずたじろぐ。


近い、近いわ。

なんでそんなに興味津々なんだよ。普通親の馴れ初めとか聞きたくないんじゃないの? 俺とか自分の親に一切興味無かったんだけど?



八幡「近いっての、ちょっと離れろ」


和葉「えー! 別にいーじゃん! 私だってパパとイチャイチャしたいしー」



何この子可愛すぎるんだけど。

ほんとに俺の遺伝子入ってる? 何ならいろはのクローンって言われた方がまだ信じれちゃうよ俺。



和葉「それで、ママのどこを好きになったの?」


八幡「なんで急にそんなこと訊くんだ? 馴れ初めを教えろとかどこが好きかとか……そんなこと今まで訊いてこなかっただろ?」


和葉「え? あー……」



俺の質問返しに和葉が困ったように笑う。



若葉「どうせ、雪乃さんと結衣さんが久々に家に来たからでしょ」



答えたのは若葉だった。



八幡「……どういう意味だ?」


若葉「和葉は前から気になってたんだよ。なんで父さんは母さんを選んだのか、って」


八幡「は?」


和葉「い、いやー……ほら、パパとママが出会ったのは奉仕部だったんでしょ?」


八幡「ああ、そうだな」


和葉「それって、ママと出会うより前に結衣さんと雪乃さんとは知り合ってたってことだよね?」


八幡「まぁそうだな」


和葉「二人のどっちかを好きにならなかったの?」


八幡「……そうだなぁ」



思い出すのは、学生時代。

俺たちが何度も間違い、すれ違い、交わっては混ざり、詰まるところ何もまちがってなどいなかった、俺たちが奉仕部だった時代。


雪ノ下雪乃と由比ヶ浜結衣。

彼女たちは俺にとってかけがえのない存在だ。


『もしも』なんて酔狂な話をするつもりは無いが、俺があの二人のどちらかと付き合い、結婚する……そんな道も、確かに存在していたのかもしれない。


きっとあの頃の彼女たちは俺に好意を持ってくれていたし、俺も少なからず悪くは思っていなかった。


でもどうしてか、俺がいろは以外の奴と一緒になる光景を、一切想像できない。


これはどうしようもない結果論だ。

今、俺が一緒にいるのはいろはで、雪乃でも結衣でも無い。

だからいろはを選んでいない世界を想像することなんて出来るわけがない。


何があったとしても一色いろはを選んでいた、なんてことは言わない。

俺はそんなに強い人間じゃないから、ただ傷を舐めてくれる存在を求めていただけなのかもしれない。

それがいろはじゃない他の誰かでも、良かったのかもしれない。


だが、確かに言えることだっていくつもある。



八幡「俺が女として好きなのは、お前らの母さんだけだな」



自分の気持ちを信じられる様になったのも、いろはのおかげだ。

嘘でも欺瞞でも無い、比企谷八幡の気持ち。


好きになった相手が、一色いろはで本当によかった。


結局、そこに尽きるのだ。



若葉「…………」


和葉「わっ、わぁっ! なんかにやけちゃうよ!」


八幡「……母さんには絶対言うなよ、クソ恥ずかしいからな。つーかお前らに言うのでも精一杯だわ」



自分でも分かるほどに顔が熱い。

柄にもないことを言うからこんなことになるのだ。そろそろ学べよ俺。



和葉「えぇ~、どうしよっかなー」


八幡「おい、マジやめろよ?やめろください」


和葉「ママの前で口が滑りまくっちゃうかもしれないしー」


八幡「滑らせる気満々だろお前、本当にやめろ」


和葉「パパの態度によっては和葉の口も堅くなるんだけどなぁ」


八幡「……何が望みなんだよ」


和葉「後ろから抱きしめて耳元で『和葉、愛してるぞ』って囁いてくれれば他に何も要らない」


八幡「なんで要望がそんなに具体的なんだよ」



つーか俺にそんなことされて喜ぶのお前といろはくらいだぞ。

自分で言うのも何だが、こんな男のどこがいいんだお前ら。



和葉「えー、ママに言っちゃうかもなぁ」


八幡「分かった、何でもやってやるからそれだけはやめろ」


和葉「やったー!」



自分から弱みを見せるとか、俺ってもしかしてMなんですかね?



若葉「……父さん」


八幡「ん?」



それまで静かだった若葉が、呟くように俺を呼ぶ。



八幡「どうした、若葉」


若葉「……父さんは、ボッチだった頃と今、どっちが幸せ?」


八幡「…………」



どうして若葉が俯いているのか、俺には分かる。

俺と若葉は似ているから、今こいつが何を考えているのかなんて全て分かる。



八幡「……そうだな、奉仕部に入る前までのボッチだった頃も自由で生き易かったが、俺は今の方が幸せだ」


若葉「……そっか」


八幡「ああ」


若葉「そっか……そうだね」



顔を上げた若葉は、嬉しそうに笑った。

俺に似ているこの子に、どうか俺と同じくらいの、それでいて俺とは違う幸せが訪れて欲しいと、切に願う。



八幡「大丈夫だ、お前は俺にそっくりだが、母さんの血も入ってる。絶対俺より生きるのは上手い筈だ」


若葉「何それ、私が母さんや和葉みたいな頭の悪い女になるってこと? やめてよ」


和葉「え、若葉姉ぇ酷くない?」


若葉「それに、私は父さんと違って真正なエリートボッチだし。孤高を極めし者だから」


和葉「うわぁ……私、お姉ちゃんの将来が切実に心配だよ」



どこかで聞いたような娘たちの会話に、思わず頬が緩む。

どうせなら小町も呼べばよかったと、最愛の妹の顔を思い浮かべた。



若葉「それはそれとして、私にも口止め料払ってよね」


八幡「え、お前も俺のこと揺するつもりなの?」


若葉「諭吉とまでは言わない。樋口でいいよ」


八幡「なんでそんな高いんだよ、野口でも高いくらいだろ」


若葉「父さんがいいなら、私は別に言ってもいいんだけどね」


八幡「お前ほんと俺の子だわ」


和葉「パパー、早くやってよ!」


八幡「え、マジでやるの? 通報されない?」


和葉「なんでお願いしてるのに通報なんかするの? いいから早く!」


八幡「えぇ……まぁいいけどよ」


若葉「仕方ないから野口で許してあげる」


八幡「野口はしっかり貰うのかよ……ったく」



自分でも驚く程に、俺には不釣り合いな幸せだ。

こんなに幸せでいいのかと、怖くなることもある。


だからこそ、今のこの幸せを終わらせないように、精々気張ってみようと思う。


仕事なんて大嫌いだが、こいつらの為だと思えばどんなに辛いことだって出来る。


家族だけじゃない。今の俺には、ボッチだった頃の俺からは考えられないくらい、大切な人が増えた。

俺が大切だと思っている奴らに、大切だと思ってもらえるような人間でいよう。


随分とマトモな人間になってしまった。

こんな醜態、あの頃の俺は鼻で笑って唾を吐き捨てるのだろう。


でも、この『今』に満足しているのは、他の誰でもない俺自身だった。





…………………

…………

……






和葉「すぅ、すぅ……」


若葉「…………」


八幡「……寝たか」



結局あのあとも俺の昔話やらなんやらをダラダラ続け、疲れ切ったのか倒れるように眠ったのが午前4時。

明日……というか今日が日曜だからいいものの、普段だったら確実に死んでたな。

昔のように徹夜ができなくなっていることに自分の老いを感じる。



八幡「さて……」



大きく息を吐いてから立ち上がる。

ずっと座りっぱなしだったからか、立った瞬間にピキッと嫌な音がした。



八幡「……っしょ」



起こさないように気をつけながら、和葉をゆっくり抱き上げる。

随分と重くなったなと、娘の成長を実感する。



和葉「……んん」


八幡「っと、起こしちまったか?」


和葉「んー……パパぁ、大好き……」


八幡「…………」



和葉のあざとさは言わずもがないろは譲りだが、たまにこうして本気で可愛いことをしてくるので俺としては手に負えないのだ。

もしこれも演技だって言うなら俺はこの世の全てを信じられなくなっちゃうね。


和葉を部屋へと運び、ベッドの上に寝かせてやる。

それにしても、相変わらず目の疲れる部屋だ。

これ以上ない程の色鮮やかさを保つ和葉の部屋は、その場にいるだけで気が狂いそうになる。


こんな部屋で1日過ごせるとかJKまじヤバイ。



八幡「……おやすみ、和葉」



気持ち良さそうに眠る和葉の頭を優しく撫でてから、眩しい部屋から退散する。



八幡「次は若葉だな」



リビングに戻り、今度は若葉を抱き上げる。

和葉よりも幾分か軽い若葉は、寝息さえも立てずに静かに寝ている。



若葉「…………」



え、これ寝てるんだよね? 死んじゃってないよね? マジで微動だにしないんだけど?



八幡「…………」



流石にリビングと二階を往復するのはしんどい。

若葉が軽くて助かったな。


若葉の部屋は和葉とは対照的だ。必要最低限のものしかなく、男の部屋みたいだが……そんな中で、ベッドの上の大量のぬいぐるみだけが異彩を放っている。

まるでベッドの部分だけ別の空間みたいになってる。

つーか全部パンさんじゃねえか、どんだけパンさん好きなんだよ。



八幡「っしょ」


若葉「…………」



全く起きる気配の無い若葉をベッドに寝かせ、布団をかける。

……目を瞑ってると本当にいろはそっくりだな。俺の腐った目が遺伝したことは悔やむに悔やみきれない。



八幡「……お前は、大丈夫だ」



静かに眠る長女に小さく呟く。


俺によく似た俺の娘は、きっと俺よりも誤解され易いのだろう。

俺と同じで独りの方が気が楽だと考えている若葉は、俺とは違って優しすぎる。

それに女の子だ。男の俺が大丈夫だったことでも、女の世界は厳しかったりする。

なまじ優しい分、悩むことも多々ある筈だ。


けど、それを乗り越えなきゃいけないのは若葉自身であり、俺でもいろはでもない。

俺たち親が出来ることと言えば、挫けそうな娘を支えてやることだけ。


だから、俺ははっきりと言ってやらなきゃいけない。

お前は、大丈夫なのだと。



八幡「……おやすみ」



和葉と同じように、一度頭を撫でてから部屋を出た。


階段を降りる前に腰を何度か回す。

昔は軽々持ち上げられた娘たちも、今や高校生。

二人一緒におんぶしていた頃がもう随分と前の様に思える。


愛娘の成長が嬉しい半面、時間の流れを早く感じる自分は老けたのだなと……なんとも言えない感情が俺を襲った。



八幡「我ながらおっさん臭いな」


雪乃「……ええ、本当に」


八幡「ん?」



リビングに戻ると、眠っていた筈の雪乃が目を覚ましていた。

……どうやら、酔いも完全に醒めているらしい。

雪乃の場合、酔うのも早いが酒が抜けるのもめちゃくちゃ早いからな。


ちなみにいろはと結衣は二日酔いするタイプ。

と言っても、相当な量飲まない限りはほとんど大丈夫だが。

今日くらいじゃ、二日酔いとまではいかないだろう。



八幡「なに、起きたの」


雪乃「ええ、誰かさんが優しいパパをやっている時にね」


八幡「……見てたのかよ」


雪乃「八幡とは思えない程に素敵だったわよ」


八幡「そりゃどうも。起きてたなら手伝ってくれてもよかっただろ」


雪乃「あら、私が一体何を手伝えたのかしら? 自慢じゃないけれど、非力さなら誰にも負けないのよ」


八幡「本当に自慢じゃねえな」


雪乃「それに、あなたのああいう姿は珍しいから、思わず観察してしまった私に非はないと思うのだけれど」


八幡「お前まだ酔ってるのか? めちゃくちゃなこと言ってるぞ」


雪乃「……?」


八幡「……そうだったな」



酔った時のことは憶えてないんだから、自分じゃ分からないんだった。



八幡「……紅茶淹れるけど、飲むか?」


雪乃「え、ええ、頂くわ」



いろはと結衣は起きる気配が無く、静かなリビングで俺と雪乃の声が響く。

なんとなくだが、結衣が奉仕部に来る前――二人きりだった頃のことを思い出す。



雪乃「……どうしてかしら、今日に限って、八幡と二人きりだった頃の奉仕部を思い出したわ」


八幡「雪乃もか」


雪乃「あら、あなたも思い出していたの?」


八幡「まあな」


雪乃「八幡と同じことを考えていたなんて……屈辱だわ」


八幡「おい」


雪乃「ふふっ、冗談よ」


八幡「何年経とうがお前の罵倒癖は治らないな」


雪乃「あなたの腐った目も、治らないのね」


八幡「……またにやけてるぞ。ニヤニヤしながら罵倒とかどこの俺だよ」


雪乃「それはあなたも同じよ。あなたがにやついていると性犯罪者みたいだからやめてくれないかしら」


八幡「……はっ」


雪乃「ふっ……ふふ」


八幡「ははは……」



俺たちは思わず吹き出してしまう。

十何年も前と同じことをしている自分たちが可笑しかった。

今も変わらず、俺たちがこうしていられることが嬉しかった。



八幡「ほい、紅茶」


雪乃「ありがとう」



淹れたての紅茶をテーブルに置く。

ソファには未だ眠るいろはと結衣。さっきから割と普通の声量で話しているが、起きる気配は微塵も無い。

俺は毛布を一枚掛けてやった。



雪乃「本当に、変わったのね」


八幡「あ?」



正面に座る俺に雪乃が言う。



雪乃「結衣さんも言ってたでしょう、優しくなった、って」


八幡「そうか? 自分ではよく分からんが」


雪乃「さっき……若葉さんと和葉さんを運んでいる時も、同じ目をしていたわ。とても優しい目」


八幡「……腐ってるけどな」


雪乃「あら、照れているの?」


八幡「うるせえよ」



いつになく素直な雪乃に、こっちの調子も狂う。

二人だけで話す機会なんて中々無かったから、妙な気恥ずかしさもあるのかもしれない。



雪乃「あの頃、私たちがこんな風になるなんて予想できなかったけれど……今、とても幸せだわ」


八幡「……そうだな」


雪乃「……結局、あなたに対する想いが恋なのか、恋ではない何かなのか……それは今も分からないけれど、いろはさんと一緒になった八幡を見て、嫌な気持ちはまったく無いの。むしろ嬉しいくらいよ」


八幡「…………」



雪乃から出る言葉は、嫁と子供のいる俺にはおよそ似つかわしくないものだ。

もしこれが雪乃じゃない他の誰かだったら、俺はいろはに殺されることだろう。



雪乃「私は、八幡のことを愛しているわ」


八幡「……ああ」


雪乃「けれど、あなたと同じくらい結衣さんといろはさんのことも唯一無二の親友として愛してる。もちろん、若葉さんと和葉さんのことも」


八幡「…………」


雪乃「あなたへの想いに名前は付けられない……でも、私は確かに見つけたのよ――本物を」


八幡「……そうか」



雪ノ下雪乃は本音で俺にぶつかってきた。


その本音は、今までお互いに気付いてたが……口には出さなかった部分だ。


なら、それを口にした雪乃に、俺はどう誠意を見せればいい?

雪乃と結衣は俺にとっていろはと同じくらい大切な存在だ。そんな人間に対する態度を、俺は一つしか知らない。



八幡「俺はいろはと結婚した。あいつのことを誰よりも愛してる」


雪乃「……ええ、知ってるわ」


八幡「だが、雪乃と結衣のことも大切だ。いろはがいて、雪乃がいて、結衣がいる……あの頃とまったく同じ『今』だけど、俺にとっちゃかけがえのないものなんだ。……正直、お前らに対する気持ちが何なのか、俺も分かってない。けど確かに言えることは、俺にとっての本物は、ここにしか無いってことだ」



何ら嘘偽りの無い、俺の心からの本音だ。

今だからこそ言葉に出来る、俺の最も弱くて醜い所……今ならそれを、こいつに見せられる。



雪乃「……私たちは、結局どんな関係なのかしらね」


八幡「さぁな、俺にも分からん」


雪乃「……友人?」


八幡「しっくりこないな」


雪乃「仲間?」


八幡「当たらずも遠からずって感じか」


雪乃「……主従関係かしら?」


八幡「当たってねえし遠くなったわ」



なんかどっかで聞いた会話だな。



雪乃「難しいわ。あなたと私の関係を、何て呼べばいいのか」


八幡「……別に名前なんていいだろ。俺は俺だし、お前はお前だ。俺たちがどんな関係かなんて、誰も興味無いんだし」


雪乃「それもそうね」


八幡「俺とお前は……俺とお前だ。それで十分だろ」


雪乃「……そうね」



静かに、噛み締めるように呟く雪乃は――涙を流していた。



八幡「お、おい……」


雪乃「……ふふっ、泣いたのなんていつ以来かしら……っ」