2017-07-21 23:55:14 更新

概要

にこにーハッピーバースデー!


「じゃあ私達、これで」

「ごめんね」

二人は退部届を手渡すと、部室を出て行った。未練など感じられなかった。

「…………」

この日、アイドル研究部の部員は、にこ一人になった。





明日から待ちに待った夏休み。来るべきライブに備えてと、夏休みの練習メニューを発表した翌日の事だった。

「…………」

にこは、自分の作った練習メニューを見つめる。

確かに、少し、いや、それなりに厳しい内容かもしれない。でもそれは、スクールアイドルとして高みに立つ為。あのAーRISEのように、いつでも笑顔でいられるように。

「……いいわ。にこ一人でもやってやろうじゃない」

こんな所で立ち止まっていられない。目指すアイドル像は、高く、輝いている。そんな志を共にできない仲間なんて、こっちから願い下げだ。

「……帰ろ」

欲を言えば、もう一日だけ一緒が良かった。一学期が終わり夏休みが始まる。ちょうどその日が、にこにとっては特別な日に当たる。一週間ほど前、一緒に練習している頃は、密かに楽しみにしていたのだ。その為に、さり気なく公言してみたりもした。

「……ま、それも全部無駄だったのね。覚えていたかどうかも怪しいわ」

夏休みの練習メニュー。それだけが理由で、唐突に辞めるとは思えない。つまり、元から思っていたのだろう。にこと自分達の、理想のギャップに。

寂しくないと言えば、嘘になる。昔から、友達と呼べる友達も殆どいなかったにこにとって、少しばかり心が踊っていたのだ。

「……ただいま」

にこが玄関のドアを開けると、

「いいですか、お姉さまが帰ってきたら、まずは電気を消します。お姉さまが驚いている隙に……」

「こころ? 何話してるの?」

「ひゃい⁉︎ お、お姉さま、お帰りなさい!」

「?」

妙な慌て方をする妹のこころに、にこは怪訝な顔をする。だが、

「お姉ちゃん、お帰りー!」

「おかえりー」

下の二人が駆け寄ってきたので、疑問を放置して相手する。

「ただいま。すぐご飯の支度するから、ちょっと待っててね」

「「「はーい」」」

にこは夕食の支度をしながら、練習メニューについて考えていた。

「ペアワーク前提のメニューを削って、ちょっと直せば一人で何とかなるメニューを増やせば……うん、いけるわね」

自分で考えたメニューを、再考案していた。

「見てなさい……。アイドルたるもの、いつどんな時でも、笑顔を絶やさない努力を怠らないようにしないと……。にっこにっこにー!」





翌日、にこは日が昇って間もない時間に起きた。気温が上がる前に、練習に入る為だ。

横で眠る妹達を眺め、

「……行ってきます」

用意を済ませ、少しだけ寂しそうな顔で家を出た。



「にっこにっこにー! にっこにっこにー! にっこにっこにー!」

近くの公園で、軽いアップを済ませると、決め台詞の練習。周囲の通行人の目は冷ややかだったが、にこは笑顔で練習を続ける。

それから、ダンスの練習。振り付けの練習。発声の練習。日は高く昇り、にこは汗だくになる。それでも、

「アイドルは、いつだって本番……。練習だって、ファンに見られてるかもしれないんだから……!」

引きつりながらも、笑顔を崩さなかった。



途中何度も休憩を挟み、夕方。その日の科したメニューを消化したにこは、自宅へ戻る。

「……ただいまー」

昨日と同じように、玄関を抜けて居間へ向かう。だが、

「……誰もいない?」

夏休みで家にいるはずの妹達の、姿が見えない。

「おかしいわね……どこか遊びに行ってるのかしら……。もうすぐ五時になるのに……」

そう呟いてにこが玄関を振り返った瞬間、電気が消えた。

「な、何⁉︎ 停電⁉︎」

慌てるにこの耳に、何やら物音と足音が飛び込んでくる。

「まさか……泥棒……?」

もしそうなら自分にできる事は少ないが、念の為身構えるにこ。そこへ突然、光が戻る。瞳孔が収縮したにこの目に映ったのは、

「お姉さま!」「お姉ちゃん!」

「「お誕生日おめでとう!」」

「おめでとー」

笑顔で自分を見上げる、妹達三人の姿だった。

「え、え……? どういう事……?」

状況が飲み込めないにこ。

「お姉さま、忘れたのですか? 今日はスーパーアイドル矢澤にこの、誕生日ですよ」

「ああうん……それは知ってる」

「お姉ちゃんいっつもご飯とか作ってくれてるから、お誕生日はお祝いしようって、けーかくしたんだよー!」

「ここあ……」

「お姉さまみたいに上手にはできませんでしたけど、ケーキも作りました!」

テーブルに置かれたワンホールのショートケーキは、確かに歪だった。だが、

「こころ……ここあ……虎太朗……」

にこは三人を腕で寄せると、強く抱きしめた。

「ありがとう……お姉ちゃん、すっごく嬉しい」

もしかしたら、滲んだ涙を見られないようにしたかったのかもしれない。

「じゃあ、いただこうかしら。三人からの、最高のプレゼントを」

こころ達から離れた時には、にこはすでに笑顔だった。

そこへ、唐突にこころが進み出た。

「お姉さま、ライブを見せて下さい!」

「へ?」

「スーパーアイドルであるお姉さまの、バースデーライブというものです!」

瞳を輝かせるこころ。

「いや、そんないきなり言われても……。準備できてないし、ここ狭いし……」

「ライブ! 見たい見たい!」

「らいぶー」

ここあと虎太朗も、賛同するかのように飛び跳ねる。

「…………」

断れない雰囲気。

「お姉さま、お願いします!」

妹弟達の、キラキラした笑顔。何か……分かった気がする。にこの中で、何かがカチリとはまった気がした。

「まったく……仕方ないわね。今日だけよ?」

笑顔を見せて、ファンを幸せな気持ちにさせるのが、アイドルの仕事だと思っていた。

違った。

アイドルは、笑顔を見せる仕事じゃない。笑顔にさせる仕事なんだ。

妹達の表情を見て、かつてアイドルに憧れていた幼き自分の姿を思い出していた。

「スーパーアイドル矢澤にこの、一日限りのバースデーライブ。とくと御覧なさい!」

にこのアイドルは、ここから始まる。たとえ一人でも、多くの人を笑顔にさせてみせる。

それがにこの、アイドルとしての形。にこの、女子道。


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