2017-08-19 19:56:20 更新

概要

全体を通してかなり真面目なお話です。

鬱展開や暗いバッドエンドを迎えたりということはないので、そこは安心して読んでいただけたらと思います。


前書き

※地の文あり

ゆっくり更新していこうかと思います。


[prologue]





 ーー自分と彼女の世界を守ることに必死だった。


 俺たちは間違っていない、おかしいのは周りの世界の方だ。そうやって外側の世界を否定する言葉を重ねていく度に、ますます自らの心を縛りつけていく。


 そんな在り方では求める世界に手が届かないと今なら分かる。でもそのときには、それが唯一の手段だったのだ。外側の世界に抗うための術を他に知らなかった。自分たちの世界を嘘にさせないようにと、ただそれだけで。


 だから求めた世界に近付くことすらできなかった。


 誤った道を歩いていた、その意識だけが残って、時折思い出したように虚無感を伝えてくる。


 それでは取るべき選択とは何だ。どれが見据えるべき道で、その道をどれだけ歩けば求めた世界にたどり着くのか。未だにその問いに対する答えを見つけられないでいる。


 ずっと長い間、止むことのない嵐の中にいるような気分だ。せめて光差す場所が見つけられればそこに向かって進めるのに。


 それが見えないでいる間は激しい雨に打たれるしかないのだろう。





[時雨と奇妙な噂話]





 僕の提督は不思議な雰囲気の人だ。


 どう言えば良いのかな。少しだけ寂しげで、でもゆっくりとした時間が流れているような感じがするんだ。


そう、提督のそばにいるときに感じるあの空気は雨の空気によく似ている。心が動きを穏やかにしていくあの感覚。それが感じられるから、提督の隣にいると何となく安心する。


 僕が提督のことを好ましく思ってしまう理由はそのあたりにもあるのかもしれない。そう考えついて、小さく笑ってしまった。 


 「時雨?」


 提督が不思議そうに此方を振り向く。


 「ううん、何でもないよ」


 「そっか」


 それだけ言うと、提督はまた僕の少し前を歩き始めた。


 提督の日課。朝の散歩。


 昔から朝早くに起きて外を散歩をする習慣があったのだと提督は話していた。僕はそのお供として、もうずいぶん前からこの散歩に付き添わせてもらっている。


 きっかけは提督から。朝が好きだって話をしたときに、提督が散歩のことを話してくれたんだ。それから今日まで、ほとんど毎日欠かさず散歩をしている。


 提督は気付いているのかな。


 僕がこの時間をとても大切に思っていること。きっと気付いていないだろうな。


 寒い風が吹き抜ける。ブルッと体を震わせていると提督が足を止めた。


 「寒くないか?」


 「うん、僕は大丈夫。でも、そうだね。少しだけ寒いかな」


 仄かな期待を込めて右手を差し出す。


 提督はちょっとだけ驚いた顔をしていたけど、すぐに僕の手を取ってくれた。


 「ふふっ、ありがとう。とってもあったかいよ」


 「それなら良かった」


 二人で顔を見合わせて笑う。それからまた歩き始める。


 提督は癖なのか、いつものように海の方をよく眺める。そしてどこか遠いところを見つめているみたいな顔になる。


 僕はそれを隣でジッと見つめていた。提督はいつも何を考えているんだろう、そんなことばかり考えていた。


 それもまた、いつものことなのだけど。


 水面に照る大陽の光が眩しくて、少しだけ目を細める。


 今日もまた、新しい一日が始まるね。



ーーーー



 「時雨、知ってるか?」


 昼食後の休憩時間、執務室のソファでくつろいでいると提督はそう口を開いた。


 「最近、奇妙な噂話を聞いたんだ」


 「そうなのかい? 気になるな、聞かせてよ」


 提督が頷く。


 「この近くの海域で、人間に敵対的でない深海棲艦が目撃されたらしい」


 「それは……」


 僕が言い淀んでいると、提督が苦笑する。


 「うん、きっと作り話だとは思う」


 提督も分かっていて言ったのだろう。僕の反応も含めて、きっと想像できていたに違いない。そんな感じだった。


 「でも、考えることがあるんだ。もし人間に友好的な深海棲艦がいたらって」


 提督が真剣な声音で言う。


 「バカバカしい話をしているのは自分でも分かってはいるんだけど、時雨はどう思う? やっぱり深海棲艦と仲良くっていうのは想像できないかな」


 提督に言われて真面目に考えてみる。


 「……難しいね。もし人とよく似た姿の深海棲艦が人間に敵対していなくて、しかも心を持っていたとしたら、それはーー」


 「すごく、困ると思う。うん、どうしたら良いのか分からなくなっちゃいそうだ」


 「……うん、そうだよな」


 提督が神妙な顔付きで頷く。


 それから、僕の頭を右手で撫でた。


 不意討ちだったせいで心臓が大きく脈打った。その高なりを必死に覆い隠しながら、提督の顔を覗き見る。


 「えっと、提督?」


 「時雨の答えはすごく優しいと思う。何が正しいとか簡単には言えないけど、俺は好きだな」


 何だか恥ずかしくなってきて、ついつい顔を俯かせてしまった。うぅ、赤くなってないかな。


 そんな僕の気持ちはお構いなしに、提督が柔らかい微笑を浮かべる。


 「ありがとう、時雨に聞いてみて良かった。時雨のそういう優しいところ、俺は好きだぞ」


 「もうっ、からかわないでよ」


 今度こそ、自分でも分かるくらいに顔が熱い。本気で言っていることは分かるから、余計にドキッとしてしまう。


 提督は暖かい目で僕を見つめながら静かに微笑んでいたけど、ふと視線を落とすと。


 「……そっか。やっぱり、困るよな」


 ポツリとそう呟いた。


 これはどういう意味なんだろう。そもそも提督はどうして僕にあんな質問を? 何か口に出せないものを抱えているんだろうことは何となく分かるけど。


 提督の口からこぼれ落ちたその言葉と表情が心に引っかかった。




このSSへの評価

このSSへの応援

このSSへのコメント


このSSへのオススメ


オススメ度を★で指定してください