2017-09-06 17:45:36 更新

概要

営倉に入れられている鳥海の、冗談とも本気ともつかない誤解と対応に閉口する提督。

疲れて眠ってしまった金剛の代わりに、提督の私室に行こうとする榛名と、ばったり出会った扶桑の意味深な回想。

そして、眠りに落ちた榛名の夢の世界で起きる、恐ろしい榛名と、黒衣の男との邂逅。

未明に、下田鎮守府の高雄、愛宕と合流した陸奥たちは、金山刀提督の無事を伝える。

当直明けの吹雪と、鷹島提督と連絡を取る、特務第七の川内。

早速ぶつかる、白露と陽炎たち。

金山刀提督と瑞穂は、再会した下田鎮守府の艦娘たちにこれまでの経緯を話すのだが、実は提督に思いを寄せていた摩耶は反抗的な態度を取る。

状況の整理と休息を兼ねて、堅洲島は翌昼までの慰労休暇という措置が取られるのだった。



前書き

※少しだけ性的な描写があります。

冗談とも本気ともつかない鳥海の迷言「ぶっかけるんですか?」が炸裂します。

提督は仲間に加える考えのようですが、今後どうなるのか?

榛名と扶桑の話で、「提督と扶桑の間に起きた何か」が、ちらりと話されます。

結局、この夜は榛名が頑張って提督の傍にいますが、恐ろしい夢と共に、陽炎の記憶にも表れた「黒衣の男」が再登場します。

「提督でもあり、提督でもない」と彼は言い、深海の榛名は「まつろわぬ属性」と言っていますが、果たして・・・?

また、摩耶様が恋する乙女です。金山刀提督、意外ともてていたんですね。


第六十話 雨降って・・・




―2066年1月6日、マルサンマルマル(午前三時)過ぎ。堅洲島への迂回航路上、特務司令船『にしのじま』内、営倉前。


―磯波を伴った提督が、鳥海の軟禁されている営倉に入ったところだった。


磯波「では、飲み物は置いていきます。人払いをしますね」


提督「ああ。こんな時間まですまないな。出撃デッキのゲートで見張りを頼む。終わったら呼ぶよ」


磯波「諒解いたしました」


―中には、ノートタブレットを片付けている夕張と、悲痛な表情の鳥海が居た。


提督「バリちゃん、遅くまでお疲れさま。機器を司令室に片付けたら、あとは休んで構わんよ」


夕張「提督もお疲れ様です!どうなるのかハラハラしましたけど、見事にまとめましたね!私は、あれくらいグレーや、時にブラックでも全然いいと思います。こんなに深刻な状態でも、とても心強いですよ!」


提督「そう言われるとホッとするよ。味方も信用できない以上、手段はそんなに選ぶ気が無くてさ」


夕張「そんな事を言う提督、かっこいいですよ?」ニコッ


提督「・・・そうかい?ありがとう」


夕張「では、失礼しますね!おやすみなさい」


―ガチャッ、バタン


―遠ざかる磯波の足音を追うように、夕張の足音も遠ざかり、そしてすぐに何も聞こえなくなった。艦尾の出撃ゲートも閉じてしまったため、ゆったりした揺れ以外は何も感じられない。


提督「コーヒーと、お茶がある。喉を通らないかもしれないが、好きなものを」コトッ


鳥海「・・・ありがとうございます。提督さんはシャワーを済ませたのですか?」


提督「ん?ああ、先ほどね」


鳥海「そうですか・・・この司令船のお風呂は、海水ではなく真水なのですね。色々と充実していますが、主たる特務はどんなものなのですか?」


―通常の司令船の風呂は海水で、シャワーのみ真水という仕様だった。


提督「次回の大規模侵攻を、ある拠点で食い止め、撃退する事。つまり、失敗すればおれも艦娘たちも、ほぼ皆死ぬことになる、という任務だな」


鳥海「そうだったんですか・・・。その為に、仲間を集め、身内の敵も排除し、時にはあのような交渉までされていたんですね」


提督「やれる事はやっておきたい、それだけだよ」


鳥海「提督さん、入浴していいと言われた意味も理解しています。決して逆らいませんし、叛意はありません。寝室の方が良いなら、そちらでも大丈夫です。大人しく従いますので・・・」


提督「ん?いや、こちらでいいが・・・(寝室?どういう意味だ?)」


鳥海「そうですか・・・仕方ないですよね。・・・信用なんて、もう無いですものね」


―鳥海は伏し目がちに、自嘲気味に笑った。


提督「確かに、下田の皆に信用してもらうのは、しばらくは少し難しいだろうな。君自身の理由も、受けた指令自体も、別に問題はないが、人には立場と感情があるわけでさ」


鳥海「わかっています。あの、提督さん、覚悟はできていますから、気を使われなくて大丈夫ですよ?艦娘に対してはとても優しい方なのはわかっていますから、あまり無理な事や痛い事でない限りは、大丈夫です・・・」


提督「ん?」


鳥海「ただ、その場合、もしもわずかでも情が湧いたら、解体を避けるか、せめて提督さんの艦娘として着任させてから解体してください。それでも、十分すぎる対応です・・・。そして、とてもおこがましいですが、お気に召したり、役に立ちそうと思われたら、異動させていただければ・・・」


提督「ちょっと待った!何の話をしているのかな?」


鳥海「私も、工作員としての教育は受けていますから、失敗した艦娘がどうなるかも理解しています。いつか再び任務に当たれるか・・・いいえ、せめて無所属でない形で解体していただければ、十分です」


提督「えーと・・・」


鳥海「あっ!艦娘に脱げと指示するのも面倒ですよね?気づきませんでした。失礼しますね・・・」スタッ・・・ヌギッ


提督「ストーップ!ちょっと待った!何で脱ぐんだ!?」


鳥海「あっ、セクハラは受けましたが、大丈夫です。まだ綺麗な身体ですから・・・」ヌギッ


提督「だから何で脱ぐ?落ち着け!まずは話を聞け!」


鳥海「・・・えっ?・・・あっ!尋問から少しずつエスカレートしていく感じが良かったんですか?・・・私、何て無粋な事を・・・」ワナワナ


提督「それも違う!ちょっと待ってくれ鳥海、君の考えている、おれがこれからしようとすることを言ってみてくれ・・・あまり聞きたくない気もするが」


鳥海「はい。尋問しつつ、大事な艦娘には決してできない形で性欲を発散させる、はけ口にしようと考えているのかと。初めてなのに壁に押し付けられて「言わんでいい!」」


提督「もう言わなくていい、分かったから」


鳥海「こんな事を言わせるなんて、何て破廉恥な人でしょう。・・・でも、従うしかないんですよね」


提督「破廉恥って・・・何か勝手に認定されたな。ごめん、そういう事は全く考えてなかった。普通に、今後の事について相談して、早めに安心させてやりたかっただけなんだが・・・」


鳥海「見ていて、わかりました。親し気な雰囲気の底にある、鋭さと暴力の気配が。同じように、大切な艦娘には決して向けない、激しい欲求も渦巻いているはずで・・・」


提督「一旦、その隠れた性欲を持て余し気味のキャラから離れておれを見てくれないかな?」


鳥海「きっと私、解体されるか、気に入られて異動になるまで、他の艦娘にはしないような事を何度も・・・何度も!」カアァ


提督「・・・そろそろ、その失礼な妄想から戻ってこないと、お茶ぶっかけるぞ?」


鳥海「ぶっかけるんですね!」


提督「そこだけ抜き出すな!落ち着け!なんもしねぇよ!」


鳥海「え!?・・・はい?」


提督「な・に・も・し・な・い!繰り返すが、何もしない!ただの意思確認だ!」


鳥海「あの、・・・それなら入浴の件は?身体を綺麗にさせてから、とか・・・」


提督「ああ、だからあんな態度を・・・理解した。単なる親切心だが・・・」


鳥海「・・・・・・今の私、少し変でしたか?」


提督「ごめん、すごく変!色々裏切られて・・・気持ちはわかるが、エロしか頭にない感じ」


―・・・ボッ・・・ガタンッ!


―鳥海は音がするほどの勢いで机に頭を伏してしまった。耳まで真っ赤になっている。


鳥海「ひどい事を言いますね・・・」グスッ


提督「いや、ひどいのは君の頭の中だと思うが」


鳥海「そんなぁ」


―艦娘や女の子に慣れている提督の言葉は、時に容赦がない。


鳥海「・・・提督さんは、私の事をどう扱われる考えだったのですか?」


提督「一旦、登録抹消の上で、うちに異動してくれればと考えていたが。ただ、主任務が先ほど説明した通りでさ・・・」


鳥海「いえ、是非もありません。従います!一部始終は見させていただきました。ていの良い使い捨てにされ、小林提督の私的な艦娘にされるところだったようですし、特務で命を懸けるのは何の抵抗もありません。私には理想的な環境ですし・・・」


提督「ふ・・・やっとまともに話が出来たか。一応、その意思確認をしたかっただけだよ。表向き、轟沈や抹消という形でいったん手続きを取るかもしれないが、特務への異動にはたまにある措置なのは理解して欲しい」


鳥海「手順的なものは構いません。ただ、私は工作員でした。下田のみんなからは信用を失っていると思います。そんな私でもいいんですか?」


提督「さっきも言ったが、総司令部に所属していた、という立ち位置で理解すれば、ひたすら命令に忠実だっただけで、何ら問題はない。もちろん、感情の対立はあるだろうが、それは仕方のない事だと思う。うちでは何のしこりも無いだろうよ」


鳥海「ありがとうございます。優しいんですね・・・じゃあ」ヌギッ


提督「だからなぜ脱ごうとする!?」


鳥海「えっ?用件は片付いたし、これからそういう事をされるんじゃないんですか?」


提督「・・・君の中では提督ってどんな存在なんだ?」


鳥海「隙があれば気に入った艦娘の事を、とにかく自分のものにしたがる存在ですね」


提督「なるほど・・・環境から来る認識のずれって怖いなぁ」


鳥海「でも、提督さんだって深い仲の艦娘はいますよね?」


提督「身体の関係って意味なら、一人もいないぞ?気持ち的にはある程度親しい・・・と、おれが感じているつもりの子は何人かいるが」


鳥海「えっ、提督さんはもしかして、・・・艦娘童貞という事ですか?」パチクリ


提督「なんかすごく嫌な言葉が出てきたな・・・そういう事になるが」


鳥海「まさか、本当に?」


―鳥海はここで初めて、じっと提督の眼を覗き込んだ。


提督「だが、君の下田鎮守府の提督もそうじゃないかな?」


鳥海「そうですね、粗野で巨乳好きでしたが、その部分はきっちりしていらした方ですね。報告書を捏造するのには苦労しました」


提督「じゃあ何でおれはそういうイメージなんだ?」


鳥海「・・・失敗ばかりしていますが、これでも工作員ですし、様々な提督を見てきました。提督さん、先ほどの横須賀への対応もそうですが、あなたの眼の中には善意と同じだけの悪意や、優しさと同じだけの凶暴さがうっすらと見える気がします。艦娘にはとても優しいようですが、気を許した女には欲求をすべて受け入れさせるだけの器量も持っている・・・そんな方のような気がします」


提督「!・・・いや、どうだろうな」


―しかし、鳥海は提督の眼に一瞬現れた驚きを見逃さなかった。


鳥海「十分な答えを頂けた気がします。私はそういう方にお仕えしたかったのです。そのような方は、戦艦の方々と仲が良いはずです。提督さんもそうではありませんか?提督さんのような方は、戦艦の部分と女の部分を持つ艦娘を惹きつけるはずなんです」


提督「面白い仮説だな。なかなかどうして、聞かせる話をするね。最初はどうなる事かと思ったが」


鳥海「仮説という事にしておきましょうか」ニコッ


―落ち着いてきた鳥海は、本来の鋭さが戻ってきていた。


提督「とりあえず、意思確認ができて良かった。解体等は無くなったから、あとは落ち着いて寝たらいい。明日も色々あるし、処理しなくてはならない事も多いからな」


鳥海「お心遣い、ありがとうございます。心が落ち着かなくて、その・・・色々とすみませんでした」カアッ


提督「いや、問題ない。では、おやすみ」


―ガチャッ、バタン


鳥海「興味深い方ですね・・・。服従を示して、服まで脱ごうとしたのに・・・、少しも男の人の気配を出さなかった。あんな方がそういう面を見せる艦娘はここにいるんでしょうか?」


―鳥海は遠ざかっていく提督の足音を聞きながら、呟いた。考えられる最悪の未来は回避できたような気がする。少し寝よう、と思った。実は全てが勘違いではなく、全てが仕込みでもない。そんな曖昧さを自然に出せる、という意味では、鳥海は本来、優秀な工作員だと言えた。



―出撃デッキ、ゲート前。


提督「お待たせ。真夜中だからさすがに寝ようか。磯波ももう休んでくれ。明日も少し忙しいしな」


磯波「いえ、私は大丈夫です。提督こそお疲れ様です。無理しないでくださいね?命を狙われたりしたら、きっと疲れるはずです」


提督「まあ、ひどい話だがその辺は慣れてるから大丈夫だ。もう寝るしな。・・・あ、白露はどうだった?」


磯波「はい!屈託が無くていい子だと思います。横須賀にいると一番になれないから、うちみたいな鎮守府に来たかったらしいですよ?」


提督「そうか。大丈夫そうかな?」


磯波「はい。危険はないと思います。ただ、陽炎ちゃんとぶつかりそうな気がしますね」ニコッ


提督「ありそうだなぁ、まあ、それもいいだろうよ」


―提督は磯波に挨拶すると、司令船の私室に戻った。少しだけバーボンを飲むと、そのまま長椅子に腰かけ、眼を閉じる。



―同じ頃、司令船・艦娘居住区画、榛名と金剛の部屋。


―カチャッ、パタン


榛名「あっ!(小声)」


金剛「・・・・・・クゥ~」zzz


―シャワーから戻った榛名は、金剛が既に眠りに落ちているのに気づいた。


榛名「お姉さま?(小声)」ユサッ


金剛「ン・・・テートクゥ・・・」ニヤッ・・・ムニャッ


榛名(どうしましょう?)


―金剛『テートクは疲れているはずだから、こんな夜こそ傍にいないとネー!』


―入浴前に金剛はそんな事を言っていた。が、戦闘の疲れが大きかったらしく、起きる気配はない。


榛名(あくまでも金剛お姉さまの代わりです・・・)ギュッ


―榛名は決意すると、提督の私室に向かう事にした。



―提督の私室近くの廊下。


榛名「あっ!」


扶桑「あら・・・」


榛名「扶桑さん、もしかして提督のお部屋へ?」


扶桑「そうよ?陸奥のお酒に付き合うつもりだったけど、早朝までの任務が別に発生して、それにあたることになったそうで、提督の様子を見ようかと思ったの。金剛、眠ってしまったのでしょう?」


榛名「・・・はい」


扶桑「でも、あなたが来たなら良かったわ。提督が眠れるようにしてあげて。おそらく、座って目を閉じたままの筈よ」クルッ


―扶桑はそう言って踵を返したが・・・。


榛名「待ってください、どうして榛名に?」


扶桑「その方が良いと思ったからよ?」


榛名「ふ、扶桑さんは、提督のお傍にいたいと思わないんですか?もし、榛名が邪魔をしてしまっていたら、・・・嫌です」


扶桑「大丈夫。そんな事ないわ。それに、あの人はそんな簡単な人ではないと思うの。目に見える距離と、心の距離は違うわ。皆で引っ張らないとダメよ?」ニコッ


―金剛『何だか扶桑はテートクの事をよく理解している空気がありますネー・・・』


―山城『提督と姉さまは、何となくだけど空気が違う気がするのよ・・・』


榛名「でも、何となくですけど、提督と扶桑さんは、親し気な空気があります・・・」


扶桑「あら、気になるのね?・・・そうね」


―扶桑は雨の音に耳を澄ませるような様子を見せた。


扶桑「・・・あの日も雨が降っていたわ。去年の夏の夜、海に飛び込んだ提督と一緒に、私も海に飛び込んだだけよ。あれから提督も少しだけ変わった気がするわ。それだけよ」ニコッ


榛名「えっ!?」


扶桑「では、頼むわね」


―扶桑はそれだけ言うと、榛名の返事を待たずに立ち去ってしまった。


榛名「どういう事なんでしょう?」


―しかし、ここに来て榛名の心は緊張感が占め始め、それどころではなくなっていた。よくよく考えたら、姉はすごい。こんな緊張を超えて、どうして提督と一緒に眠れるのだろう?


―コンコン


提督「・・・どうぞ」


榛名「失礼します」


―ガチャッ


提督「ああ、金剛は寝てしまったんだな?気を使わせて悪い。警戒心が収まらなくてな。頭では分かっているんだ。別に危機は近くには無いと」


―片目を開けた提督は椅子に座り、コートを脱いで毛布で身を包んでいた。目の前のテーブルには拳銃が置いてある。本当に警戒を解かないのだ。


榛名(お姉さまは、一緒に眠るというより、提督の眠りを護っていたのですね・・・)


―高練度の艦娘以上にボディガードの適役はいないだろう。準艤装であれば銃弾など効かないのだから。


榛名「あの、すいません、榛名で・・・」ドキドキ


提督「いや、かえってすまないな」


榛名「し、失礼しますね・・・」ストッ


提督「ああ、おやすみ。・・・あ、毛布なら、もう一枚あるぞ?」


榛名「はい。お借りします。でも、ベッドで寝るわけではないのですから・・・こ、このほうが良くありませんか?」ニコッ、ファサッ


提督「ん?ありがとう」ニコッ


―榛名は提督が掛けていた毛布の端を持つと、提督に寄り添い、自分も同じ毛布にくるまった。そのとたんに、緊張が消えてしまう。


榛名(不思議な気持ちです。榛名の因縁や苦痛を全部消してしまいました。でもきっと、人間の方々から見たら、とても恐ろしい人の筈なのに・・・)


―会話は聞き取れなかったが、いつもは自信に満ちていたはずの小林提督が、死を覚悟して提督と話をしていたのはわかる。しかし、眼を閉じている提督に触れて伝わるのは、暖かな安心感だけだ。今夜、提督は榛名の心の因縁にほぼケリをつけてしまったようなものだ。と、榛名は思っている。


榛名(何とか、戦いでもお役に立てそうです。見ていてくださいね・・・)スゥ


―既に寝息を立て始めていた提督を追うように、榛名も眠りに落ちた。何年かぶりの、安心に満ちた眠りだった。



―榛名の夢。


―バシャッ・・・バシャッ・・・バシャッ・・・


榛名(ここは・・・?)


―足首まで冷たい水に浸かりつつ、榛名は闇の中を歩いていた。


??「なぜ、着任が切れているの?誰の所に異動したの?」


榛名「えっ?」クルッ


―そこにいたのは、痛々しい、という表現では到底足りないほどに何本もの鎖に繋がれ、眼に覆いをかけられた榛名だった。


拘束された榛名「おかしい!蓄積されたリバーストリガーが全て消えている!こんな事が・・・」


榛名「あなたは?」


拘束された榛名「あなたは?ですって!?私の不純物に過ぎないあなたが、私をそのように呼ぶの?生意気ですね!不純物の末路を自覚しなさい!」ジャラッ・・・ジャラララ・・・・ゴゴゴゴ・・・


―拘束された榛名が腕を振り上げると、黒い鎖の束は筋肉繊維のように変化し、深海の巨大な艤装腕になった。目隠しはゴーグルのように変化し、その背後に巨大な獣のような生体艤装が現れる。


榛名「くっ!深海棲艦ですね!」ガシャッ、ドドドウッ!


―榛名は艤装を展開し、全弾を斉射したが、巨大な艤装腕は命中弾をものともせずに伸び、榛名の艤装を粉々に握りつぶしてしまった。


―ズアッ・・・メキメキメキ・・・ッ!


榛名「くっ!そんな・・・っ!でも、まだ刀が・・・ありますっ!」スラッ


深海棲艦・榛名「ああ、見え過ぎてあくびが出るわ」ガシッ


榛名「うそっ!そんな・・・刀を素手で掴むなんて!」


深海棲艦・榛名「あなたの経験は全て私のものです・・・無意味ですよ?」ニヤ


―ゴウッ!ガンッ!・・・バシャバシャッ!


榛名「ああっ!」


―巨大な艤装腕が榛名を横殴りにして叩き飛ばし、全身の骨が砕けるような衝撃とともに、榛名は暗黒の水の中に投げ出された。


榛名「・・・そんな・・・そんな!」ゴホッ


深海棲艦・榛名「ああ、いい顔ですね。私の中のガン細胞が消えていくような、すがすがしい気分です」ゾクゾク


榛名「くっ・・・なぜそんなに、私を憎むの?」


深海棲艦・榛名「あなたが憎しみを持たないからよ!どこまでも忌々しいわね!」


榛名「意味が・・・わかりません」


深海棲艦・榛名「意味など分からなくていいわ。すぐに忘れてしまうから!」パチンッ


―ドバシャッ・・・ドドバシャッ・・・ゴルルルルル・・・


―三体の生体艤装がどこからともなく着地した。


深海棲艦・榛名「艦娘を汚す方法はいくつかあるけれど、あなたにはこういう趣向が良いでしょう?」ニヤァ


榛名「えっ・・・」ゾクッ


―榛名は絶句した。三体の大男のような生体艤装の股間には、凶悪な形をした男性のシンボルがそそり立っている。


深海棲艦・榛名「こいつらはあなたをそういうやり方で深海化させるための特別製よ。私は眺めて楽しむわ。ああ、最高のショーね!」ゾクゾク


榛名「・・・嫌・・・嫌です!」ズザッ


―しかし、先ほどのダメージで、後ずさるくらいしかできない。


榛名「嫌っ、やめてください!それだけは・・・嫌ッ!嫌です!お願い・・・」ガタガタ


―ガシッ・・・ビリビリッィィー


―しかし、生体艤装は榛名を容易く捕まえると、艤装服を引き裂き、胸のサラシに手が掛けられた。


榛名「いや・・・提督!・・・お姉さま!・・・たすけて・・・」グスッ


―ガカッ・・・ガラガラガラッ・・・バッシャーン!


生体艤装「ギッ!?ガアアアァァァァァアアアァァッ!!」


深海棲艦・榛名「何事?ここに落雷ですって?」


―三体の生体艤装は、激しい雷に打たれ、灰のように崩れてしまった。気が付けば、周囲に幾条もの稲妻が走り、ほぼ闇が消えかけている。


榛名「何が・・・ああ・・・!」


―榛名の前に、コートに似た黒服で立つ男の後姿が見えていた。


黒衣の男「ほう、これは夢か。まだ少しだけ、繋がりが残っているものな」ニヤッ


深海棲艦・榛名「雷鳴を伴って現れた?この領域に?そんな事が出来るのは・・・まさか!」


黒衣の男「ほんと陰湿だな。女なら、やっちゃいけないことくらいわからないのか?・・・そもそもこの榛名に優しくこんな事をしていいのはおれだけだ。・・・ああ、こういう趣向が好きなら、お前を倒して元に戻す時に、こんな感じでやるのもいいな」フッ


深海棲艦・榛名「何者?ふざけた男ですね。・・・そう言えば、『女神』と『深淵』が言っていましたね。まつろわぬ属性があると。あなたがそれですか?しかし、その属性の保持者は廃人になったはず!」


黒衣の男「知らないなぁ、そんな話」ニヤニヤ


―ガカッ!ガラガラガラッ!


―雷鳴は非現実的なほどに激しくなっていた。


黒衣の男「とっとと戻るんだな。でないと、この後お前も黒焦げだぞ?目が覚めたら漏らしているかもな」


深海棲艦・榛名「くっ、こんな事がっ!」スウッ


黒衣の男「おっと!」ザビュウ!ガキッ!


深海棲艦・榛名「気付いていたのね!」


―男は居合で足元の水を断ち切った。黒い鎖が断たれる。そしてその鎖は、よく見ると一方は榛名の足首に、もう一方は深海棲艦・榛名に繋がっていた。


深海棲艦・榛名「くっ!いずれ必ず!」スウッ


―深海棲艦・榛名はかき消すように消えてしまった。


榛名「提督・・・ですよね?」


―男はその質問には答えなかった。


黒衣の男「怖かったろう?アンダーカダスで一休みして帰るといい。少なくとも夢の領域での干渉はもう無いはずだ」


―男の言葉が終わらないうちに、景色は切り替わり、青く深い海に砂丘の点在するものに変わった。


榛名「暖かな風・・・それに何だか、とても懐かしい気がします」


黒衣の男「それはそうだろうさ」ニコッ


榛名「えっ?・・・あの、ありがとうございました。あのまま、汚されて殺され、深海化するのかと。あなたは、提督・・・なんですか?」


黒衣の男「そうでもあり、そうでもない。だがまあ、提督だろうな。少しだけ見解を異にする提督の心の一部とでも思っていてくれ」


榛名「そうなんですね?見解を異にする?」


黒衣の男「ああ、どうせ目覚めれば忘れてしまうから、言っておくか。あの男の考えから、決してそうはならないが、最短の選択をすれば、君は奴らの干渉と繋がりを容易く断絶できる方法もあったんだよ。深海側の技術は、特殊帯の他にマインドリンクを使って紐づけする、やや強固な着任方式だからな。それを上書きすればいいわけだ」


榛名「何か難しそうな話ですね?」


黒衣の男「方法はいたってシンプルだ。抱かれてしまえばいい」


榛名「なっ!やっ、夜戦ですか?」


黒衣の男「そういう事だな。まあ、深海のマインドリンクは相互の不理解で次第に消滅はするが、これが一番手っ取り早いからな」ニコニコ


榛名「・・・したくない・・・わけではないです。さっきみたいな事もありますし、今までも沢山怖い思いをしました。提督のものになってしまえたら、きっと安心なんだろうとは思います。でも・・・みんな同じだと思いますから・・・」


黒衣の男「だろうなぁ。知ってるかい?提督と艦娘は互いに影響し合う。つまりだな、スケベな事しか考えていない提督の艦娘は同じようにスケベになる。だから問題が発生する。逆に、大切に思っていたり、誠実な考え方をする提督なら、艦娘もまたしかりだ。・・・が、関係性というのは上辺なだけでは駄目だ。いずれは試練に当たるだろうな」


榛名「難しいですね・・・」


黒衣の男「難しく考えているだけだ。・・・では、そろそろ失礼する。しばらく景色でも眺めていたらいい」ユラッ・・・フッ


―黒衣の男はそう言うと、かき消えてしまった。


榛名「あっ!・・・消えた。提督そのものだけど、何かが少しだけ違う気がします。それに、何だか懐かしいような・・・?」


―榛名は提督の横でわずかに身じろぎしたが、より深い眠りに落ちていった。



―それから約二時間後。


―堅洲島に戻る迂回航路で、最も本土に近づく地点で、『にしのじま』は停船し、陸奥、摩耶、陽炎、不知火、黒潮、如月の艦隊が出撃していた。


陸奥「そろそろ時間ね。戦闘状況にならずに、普通に向かってきてくれていると良いんだけど・・・」


―シュッ・・・カッ


―遠方に緑色の信号弾が上がり、陽炎も青色の信号弾を打ち上げた。次第に、二人の艦娘の姿が見えてくる。


摩耶「おーい!姉貴たち、ここだぜ!」


高雄「驚いたわ!本当に摩耶がいる!そして特務の人たちも!」


愛宕「でも、大変な状況だったみたいね。あら、陸奥さんが居るの?そちらの鎮守府は」


陸奥「こんばんは・・・と言うより、おはようかしら?こんな時間にここまで出撃させてごめんなさいね。でも、とても大事な話があるから、あなたたちはには是非とも合流して欲しかったのよ。昨夜の概要は摩耶ちゃんから聞いているわね?」


高雄「ええ。蒼龍の事と、鳥海の件、お手数をおかけしました。大変な状況だったみたいですね。鳥海は積極的に秘書艦の仕事を手伝ってくれていたのですが、まさかそんな密命を持つ工作員だったとは思わず、こんな事になってしまって」


愛宕「でも、結局は提督の読みが正しかったから上層部に目をつけられた、という事だし、その証拠が出たという事になるわよね。でも、提督は・・・」


高雄「・・・行方不明のままよね。無事だと良いけれど」


陸奥「その件なんだけど、・・・えーと、マルゴーマルマルは過ぎたわね・・・。明日、というか今日、あなたたちの提督に会えるわよ?うちの提督と、あなたたち、そして金山刀提督が揃わないと、今後の事について打ち合わせができないから呼び出したの」


高雄・愛宕・摩耶「えっ?」


陸奥「複雑な経緯だから、明日、うちの提督から話を聞いた方がいいわ。おおざっぱに言うと、行方不明になった後、ちょっとした運命のいたずらがあって、かなり苦労してうちの提督を見つけて、頼ってきたのよ。摩耶ちゃんたちからの通信に答えて合流したのも、そんな下地があったからなの」


高雄「あの、どこも怪我とかは?」


陸奥「とても元気よ?健康状態も悪くないはずだわ」


愛宕「そうなのね!・・・摩耶、良かったじゃない提督が生きていて!今度はちゃんと気持ちを伝えるのよ?素直になって、ね?」ニコッ


堅洲島の艦娘たち(えっ?)


摩耶「あ・・・ああ、わかってるよ。少しは素直になるよ!あんな巨乳好き馬鹿でも、死んだりしたら、その・・・寂しいしな・・・」カアッ・・・ポリポリ


―摩耶は赤面しつつ、反対側を向いて頭を掻いた。


如月「ねえねえ、陸奥さん、これって・・・(小声)」


陸奥「うーん、ちょっと波乱の予感がするわね・・・(小声)」


陽炎「陸奥さん、状況を詳しく言わなくてもいいの?(小声)」


陸奥「こんなのどう言えばいいのよ、摩耶ちゃん完全に女の子の顔よ?(小声)」


黒潮(これは修羅場の予感やなぁ!)キラキラ


不知火(司令の仰る通り、どこかしまらない感じが楽しくないかと言えば、嘘になりますね)ワクワク


―こうして、波乱の予感をはらみつつも、特務司令船『にしのじま』に下田鎮守府の愛宕と高雄を収容しつつ、堅洲島に帰投する事となった。



―さらに三時間後。マルハチマルマル(午前八時)過ぎ。堅洲島鎮守府、執務室。


自動通報装置「司令船、帰投いたしました」


雷「帰ってきたみたいね!」


響「色々あったみたいだね。朝ごはんの用意がいつもよりかなり多いみたいだけど、お客さんがたくさん来るのかな?」


暁「私、お出迎えに行ってくるね!」


―今回の堅洲島の留守は、吹雪と、電以外の第六駆逐隊が担当していた。当直だった吹雪は先ほど交代時間になったが、まだ眠気と戦いつつ起きていた。


吹雪「予定帰投時刻から一時間遅れるとは言っていたけど、うう・・・ねむい・・・」ガタッ・・・フラフラ


―昨夜から様々な事が起きており、多数の報告書のひな型の作成に追われた吹雪は既にフラフラだった。それでも、皆の顔を港で見てから寝ようと思い、立ち上がる。


―ガチャッバターン!


特務第七の川内「おはよう吹雪ちゃん!提督さんから聞いていたんだけど、私のスマホとか、預かってる?」


吹雪「はやっ!はい、通信規制登録済み、充電済みで、すぐに使えますよ?こちらです」カラッ・・・ゴソゴソ・・・スッ


特務第七の川内「わーい!ありがとう!吹雪ちゃん、きっといい秘書艦になれるよ!早速ボスと、アメリアちゃんに電話しよっと!」


吹雪「ありがとうございます。というか、早くないですか?」


特務第七の川内「うん、島が見えてから、自分で航行して来たからね!」


吹雪「そうだったんですね!」


特務第七の川内「ちょっと座らせてねー、ここからでないと通話ができないのよ」


―特務第七の川内は、執務室のソファに腰かけると、すぐにスマホを操作し始めた。


特務第七の川内「・・・あ、もしもしボスー?ごっめーん、すごいヘマしちゃって!あっ!怒らないで、今は少ししか話せないから、聞いて!元気だし、ちゃんと帰れるから。ただ、特務の提督さんにすごく迷惑かけたし、お世話になったから、後で提督さんからも連絡がいくと思うから。・・・うん、うん!大丈夫だよ。じゃあ、またすぐに連絡するね!」プツッ


吹雪(司令官と仲がいいんだなぁ・・・いいなぁ)


特務第七の川内「ん?どうしたの吹雪ちゃん」


吹雪「司令官と仲がいいんだなぁって。私、落ちこぼれなので・・・」


特務第七の川内「可愛がられてると思うけどなぁ?」


吹雪「えっ?そんな事無いですよ?」


特務第七の川内「こっちの提督は、なんだかんだで無駄が少ない人だと思うの。そんな人は落ちこぼれなんて秘書艦にしないよー!期待されているか、どっちにせよ眼は掛けられているんだと思うよー?」


―その指摘は、吹雪には盲点だった。確かに、そういう考え方もできる気がする。


吹雪「ありがとうございます。ちょっと元気が出ます。出迎えに行ってきますね!」タッ


―吹雪がメイン棟のエントランスを出ると、既に多くの艦娘が船から降りて向かってきているところだった。


叢雲「あれ?当直の時間は明けているのに、待っていてくれたの?司令官からこの後の事は指示を受けているから、大丈夫よ?」


吹雪「司令官は?命を狙われたそうですが、大丈夫だったの?」


叢雲「あっさり撃退して、味方にしちゃったわ。大したものよ。でも、遅くなったから、もうしばらく眠っていてもらうつもりよ。榛名さんがついているから、よく眠れているみたいだし。この後の指示は受けているから問題ないわ」


吹雪「あっ、そうなんですね・・・」


白露「あっ、ねえねえ、吹雪ちゃんって秘書艦なんでしょ?よろしく!お風呂に入りたいんだけど、場所教えてくれるー?」


吹雪「えっ?あれっ?」


叢雲「ああ、色々あって異動して来たのよ。高練度なんだけど、何だか横須賀第一ではくすぶっていたらしいわ」


吹雪「えええ!横須賀第一って、ビッグ・セブンの一つですよね?そこの高練度の子がうちに異動してきたんですか?」


白露「なんか提督とうまくいかなくってさー、一番になるのは難しかったんだよね。でも、ここならいけそう。提督もいい感じだし。よろしくねー!」


―吹雪は白露をまじまじと見た。まず、練度では負けている。スタイルも・・・負けている。そして白露は自信に満ち溢れていた。


吹雪「うう、ネームシップとしての誇りがぁ・・・」


霞「自分は自分でしょ?元気出しなさいよ!」ポン


吹雪「旗艦に選ばれた人に言われたって、説得力無いもん」ムッスゥ


霞「じゃあ秘書艦もやめたら?」


吹雪「そっ・・・それは嫌です!」


霞「でしょ?だったら頑張ればいい、それだけよ。あとで旗艦戦績報告書を出すから、よろしくね」タタッ


陽炎「何やってんの吹雪?お出迎えも良いけど、ちゃんと寝るのも任務のうちよ?・・・白露、私たち、この後お風呂に入るんだけど、良かったら案内しよっか?」


白露「えっ?ありがとう!横須賀の陽炎と違って親切だねー!」


陽炎「ああ、聞いた事あるわ。横須賀の陽炎って、かなり強いのよね」


白露「強いけどねぇ、私はなんか苦手。ちょっと冷たいんだもん。提督とうまく行ってないあたしが実績を出すと、あからさまに嫌な顔されちゃったりね。身体が貧相だから実績しか当てにできなかったんだろうなって」


陽炎「ちょっと待って、身体が貧相ですって?」


白露「あっ!」


陽炎「ふーん・・・なるほどね。私個人についてはともかく、あなたにとっては陽炎って身体が貧相って認識なのね?・・・気に入らないわ!」


白露「ごめん、訂正するね!えーと・・・控えめ?」


―ブチッ


陽炎「ねぇ新入り、後で演習の相手をしなさいよ!」


白露「え?いいけど・・・」


陽炎「必ずだからね!覚えてなさいよ?お風呂はその後で案内してあげるわ!・・・壊れてるけど」


白露「地味に親切だね!・・・あっ、意地悪だー!」


陽炎「最近色々あって壊れているけど、使える区画もあるのよ!」


―陽炎たちはそんな会話をしながら鎮守府内に消えていった。


磯波「やっぱり、ぶつかっちゃったんですね」ニコニコ


吹雪「あっ、磯波ちゃん!」


磯波「昨日、提督とお話したの。白露ちゃんと陽炎ちゃんがぶつかるかもって。こんなに早くぶつかるとは思わなかったけど」クスクス


吹雪「そうなの?」


磯波「あとで提督にお話したら、きっと提督も笑うと思うの。じゃあ、間宮さんたちのお手伝いに行くね」


吹雪「あっ、ありがとう、磯波ちゃん」


磯波「ううん」ニコッ


―あまり話題のない吹雪に、提督と話す話題を振ってくれたらしい。


吹雪「あっ!扶桑さん!と金剛さん!あれっ?山城さんは・・・」


暁「司令官も出てこないのね?」


扶桑「おはよう、吹雪、暁。山城はまだ司令船の入渠施設よ。午前中には出てこれると思うわ。陸奥はお昼くらいまでは司令船で寝ている予定よ?提督と榛名は10時くらいには起きてくるはずね」


金剛「ヘーイブッキー、暁ー!お出迎えは感心デース!デモー、吹雪はちゃんと寝るんですヨー?」


暁「ありがとう金剛さん!次は私も戦うんだから!」


吹雪「ありがとうございます!では、そろそろ戻って休みますね」


―本当は多数の報告書のひな型や、留守中の報告を司令官にしたかったが、仕方がない。吹雪はひとまず眠ることにした。



―司令船『にしのじま』内、提督の私室。


―コンコン・・・カチャッ


―主に司令船の管理を担当している五月雨は、返事のない提督の私室のドアをそっと開けた。


五月雨(・・・あっ!)


提督「・・・・・・」スゥ


榛名「・・・・・・」スヤスヤ


―長椅子にもたれて眠る提督に、榛名が寄り添って深い寝息を立てている。


五月雨(なんだろ?何だか絵になるなぁ・・・そっとしとかないと・・・)


―二人が眠っていたら、まだ起こさないでね、と、扶桑と金剛に言われている。五月雨は静かにドアを閉めると、食堂で眠っている陸奥に毛布を掛けに向かった。しかし、五月雨の立ち去る姿をこっそり見ている者がいた。


龍田「うふふ、チャンスだわ(小声)」


―龍田はそっと提督の私室に入ると、その両肩にハンカチを何枚か重ね、無音カメラで撮影して部屋を出た。


龍田(これで一気にリードね。それにしても、提督に向いている人ね。艦娘が寄り添っている時だけは、あんな隙だらけになるなんて。提督くらい鋭い人は、きっと人の世界では何かと不自由なのねぇ)ニコッ


―ハンカチ乗せゲームは、ここで一気に龍田がリードしてしまった。



―正午過ぎ、堅洲島鎮守府、執務室ラウンジ。


―鳥海を含む、下田鎮守府の艦娘たちが全員と、鹿島、春風、そして一部の秘書艦がそろっていた。


―ガチャッ・・・バタン


―金山刀提督と瑞穂が現れた。


下田鎮守府の艦娘たち「提督!!」


―全員が立ちあがる。


金山刀提督「蒼龍の事は聞いた。一度沈んだのに、深海化していたのに、ギリギリまで艦娘として任務に当たっていたんだな。・・・でも、お前ら、本当に無事で良かった!よくやってくれた!またこうして会えるなんて、・・・くっそ、こみあげて来ちまうよ!」グスッ


瑞穂「初めまして、下田鎮守府の皆さん。紆余曲折あって、篤治郎さんと一緒に行動することになった、特別防諜対策室の瑞穂です。これまで何があったか、順を追ってご説明しますね」


摩耶(あん?・・・何で名前で呼ぶんだ?)


高雄(名前で呼んだ?)


愛宕(空気が何か・・・デキてる感じね。まさか・・・)


―この時、一部の艦娘、特に摩耶が、瑞穂の『篤治郎さん』という呼び方に違和感を覚えた。


―金山刀提督と瑞穂は、一部遠回しに表現はしたものの、これまでの経緯を包み隠さずに話した。全員真剣に聞いていたが、途中で摩耶が立ち上がった。


摩耶「とりあえず、あたしはもう話が分かったよ。提督も無事だし、良かったじゃねぇか。ちょっと考えをまとめたいから、失礼するぜ」ガタッ


愛宕「摩耶ったら・・・」


高雄「・・・・・・」


提督「ん?いや、すまないが最後まで聞いておいて欲しい。この後皆の考えを聞きたい部分もあるんだ」


摩耶「・・・わかった。特務の提督さんがそう言うんなら・・・従うぜ」ストッ


陸奥(あらあら・・・)


金山刀提督「どうしたんだ?摩耶の奴・・・まあいい、話を続けるぜ?」


―金山刀提督と瑞穂の話は、現在の状況に至るまでを話し終えた。少しだけ、場が静まっていたが、再び摩耶が立ち上がった。


摩耶「話は最後まで聞いたぜ?・・・あのさ、特務の提督さん。ここはあたし以外の『摩耶』はまだいないし、艦娘も全然足りないんだろ?」


提督「ああ、そうだが・・・?」


摩耶「この先どうなるかはわかんねぇが、あたしをここに異動させてくれ!絶対に提督さんとこの艦娘は護るからよ!」


金山刀提督「いきなり何を言い出すんだ?」


提督「・・・それは、君も絶対に沈まないという事か?うちの艦娘になるとは、そういう意味だが」


摩耶「ああ!絶対に沈まねえ!みんなも沈めさせねぇ!提督さんの采配なら信用できるぜ!・・・この、あたしらに任務させときながら、逃げ出して女を作って、その女や他の提督に頼っているようなクズなんかより、よっぽどなぁ!」


金山刀提督「何だと!?摩耶てめえ!」


愛宕「・・・摩耶、ちょっと言い過ぎじゃないかしら?」


高雄「摩耶、何て事を言うの!」


摩耶「うぜえよ!もうお前なんか提督じゃねぇ!あたしの・・・てい・・とくなんかじゃっ・・・ちくしょう!」グスッ・・・ダッ!


―ガチャッ・・・バターン!


金山刀提督「なんなんだよあいつ!いきなり突っかかって来やがって!・・・堅洲島の提督さんよ、悪い事は言わねぇが、摩耶は、あいつだけは」


高雄「提督、そんな言い方は・・・」


愛宕「提督も鈍感に過ぎるんじゃないかしら?」


―売り言葉に買い言葉だが、金山刀提督も激高した。愛宕と高雄が流石に黙っていられない、と動こうとした時だった。


―パンッ!


―瑞穂が、いきなり金山刀提督の頬をひっぱたいた。


金山刀提督「瑞穂、なんで・・・っ?」


瑞穂「篤治郎さん、こんな大事なことを何で言ってくれなかったんですか?摩耶さん、あなたの事を慕っていたんですよ?・・・私、知らないとはいえすごく傷つけてしまった!なのにあなたは、もっとひどい事を言って!無神経に過ぎます!・・・すいません、摩耶さんを探してきま「待て!」」


提督「まず、現時刻をもって打ち合わせはいったん中止とする。・・・曙、青葉たちを呼んで、こっそり摩耶ちゃんの行先や移動場所を追跡。金山刀提督以外の下田鎮守府の皆と、瑞穂さんには居場所をいつでも教えられるように。・・・次っ、如月、間宮さんたちの店に、下田鎮守府のメンバー及び瑞穂さんも明日午前まで当鎮守府の経費で飲食自由とする旨を通達。なお、当鎮守府はこれより、明日正午まで臨時で慰労休暇とする!以上!解散!」


漣(ご主人様ったら、こんな時もほんとご主人様なんだから、ふふ)


瑞穂「あっ・・・すいません!わかりました。行ってきます!」タタッ


曙「諒解したわ!特務区画で立ち入り制限のある場所の通達と、間宮さんのお店の件、臨時休暇の件も青葉さんたちに伝えてもらえばいいわね?」


提督「わかってるなぁ。そうだな」ニコッ


如月「わーい!すぐに伝えてくるわね?司令官はどうするの?」


提督「おれか?おれは・・・金山刀提督・・・いや、金ちゃんとあえて呼ぼう。ちょっと話さないか?」


高雄・愛宕(そうなるわよねぇ)


金山刀提督「えっ?・・・いやおれは・・・」


高雄「こちらの提督さんと話してください!いいですね?」ギロッ


愛宕「うーん、私もたまには本気でキレちゃいそうよ?・・・すいませんね、特務の提督さん。ご面倒をお掛けします」


提督「それほどでもないけどさ。・・・あと、狼ちゃん、赤城たちに声を掛けて、こっちの飛龍ちゃんと飯や酒を楽しむように伝えといてくれないか?飲食自由だしさ」


飛龍「・・・えっ?あっ!すいません、気を使っていただいて」


提督「いや、うちからも弔いの酒と、労いの気持ちだよ。酒は憂いを晴らすからさ」


飛龍「はい!」


足柄「諒解したわ!・・・ねぇ下田鎮守府の提督さん、さすがにあれは無いわ。私も男女の機微はあまり興味ない方だけど、あれではさすがに可哀想よ」


金山刀提督「ごめん、マジで呑み込めねぇんだけど、摩耶がおれを好きだったみたいな話になってるよな?」


下田鎮守府の夕立「・・・ああもう、ダメっぽい」


下田鎮守府の長月「鈍いを通り越して、欠落だな・・・」


龍驤「あかん・・・これほんまあかんで!好きだったみたいな話やなくて、好きだってわからへん?」


金山刀提督「はぁ?・・・ウッソだろう!?摩耶が・・・おれを?」


提督「ああ・・・これは仕方ないな。色々と打ち合わせて調整してから慰労会にしようと思ったが、まあ逆でも良いだろ。これはこれで大事な案件だしな」フゥ


金山刀提督「何でこのタイミングで・・・」


―こうして、まさかの金山刀提督と瑞穂、摩耶という微妙な三角関係にけりが着くまで、堅洲島は臨時の慰労休暇となった。摩耶の乙女心は、果たしてどうなるのか?




第六十話、艦



次回予告



臨時の慰労休暇となった堅洲島鎮守府。しかし、特務に真の意味の休息は無い。


泣く摩耶と、瑞穂、金山刀提督それぞれの葛藤と決意。


陽炎・不知火・黒潮の三人は、演習施設で白露と対峙する。見事な連携だったが、その連携攻撃の残念な名前に不安を感じる黒潮と、的中する予感。そこに通りかかる鬼鹿島の特訓。


そして、特務第七の川内の希望により始まる、提督と川内の夜戦演習。船の墓場に設定されたその戦いで、川内は鷹島提督の言葉の断片を思いだす。


さらに、志摩鎮守府と特防の、特務第七への企みを覆すべく、提督はもう一計を練るために鷹島提督と連絡を取るのだった。



次回『地を固めるために』乞う、ご期待!



白露『まーあれだねー。練度の差もあるし、いいよ、あたしは一人に、そっちは三人で』


陽炎『大きく出たわね!でも、ぬいが考えた私たち三人の連携攻撃、そう簡単には破らせないわっ!』


黒潮『えっ?そんなんいつ考えたん?確かに連携はやっとるけども』


不知火『ふっ、私と姉さんと黒潮の、空戦のような高速連携攻撃、名づけてジェットストリームアタック!・・・そう簡単に敗れはしませんよ?』ドヤァ


黒潮『何でその名前にしたんや・・・(あかん。ダメな予感しかせえへん)』


後書き

夏イベントですが、皆さんどうだったでしょうか?

私は甲甲甲甲甲甲丙でクリアしました。

新規でドロップだと、リットリオ、ローマ、松輪、山風、速吸、萩風、親潮と言ったところです。

グラーフを掘っていますが出るかどうか・・・何せバケツ10に燃料5000ですからね。

ただ、遂に親潮が出たので、そこはとても嬉しいです。この話では親潮も大事な位置を占める子ですから。


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1: SS好きの名無しさん 2017-09-07 01:15:27 ID: YTGN9GZk

横須賀の主人公感さえ漂う陽炎に対してココの陽炎のヤムチャぶり可愛い。
ようやくチャラ男さんと女傑に進展、ハイパーズの明るい未来は如何に!?

そしていつぞやの提督に恐怖を感じ艦娘ではわからない空気を読めたということは、やはりあの彼女、達は…

2: SS好きの名無しさん 2017-09-07 11:29:40 ID: MtUPRqTV

今回も伏線マシマシな展開に…特に今回ピックアップされた摩耶鳥海は一癖も二癖もありそうですが。
にしても普段から金山刀提督に邪険にしている態度ばっかり取っていた摩耶様が実は好意を持っていたとよそから言われても、当人はそりゃ困惑もするわって話です。
この三角関係の着地点は気になりますが、ある意味摩耶様の自業自得なのでは?というのが現時点の印象です。

3: 堅洲 2017-09-08 09:38:19 ID: QzluCuMz

1さん、コメントありがとうございます!

ここの陽炎の魅力に気付いていただけて嬉しいです。主人公格の一人なので、定期的に発揮される彼女のヤムチャぶりを楽しんでいただけたらと思います。

やっとでハイパーズの片方の話になって行きますね。艦これと言えばイベントに欠かせないハイパーズ。この話でも大事な位置を占めます。果たしてどうなるのか?

そうですね、誇りある一航戦のうち、少なくとも一人は、どうも何かありますね。ある程度仲間が揃ってくると、次第に色々見えてくるかと思います。

いつも読んでくださって、ありがとうございます。

4: 堅洲 2017-09-08 09:44:19 ID: QzluCuMz

2さん、コメントありがとうございます!

鳥海は現状を正確に把握しているため、現時点ではかなりの曲者で油断のできない部分があります。おそらく、立場が完全に安定すると、自分の言動を思い起こしてもだえる日も来るかと思います。

今回の三角関係ですが、全くその通りで、金山刀提督には女難でしかありません。三人の認識のずれが少し修正される、そんなお話で、特に摩耶様のこういう面での成長のお話です。

いつも読んでくださって、ありがとうございます。


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