2017-09-12 23:54:11 更新

前書き

短編です。
多少の流血描写があります。



雑音混じりの内線が鳴る。

壊れかけた機械を手に手に、男は話す。




「そっちの損害は、どうだ?」



『大中破が4人、その他軽微な怪我をした娘といった所です。…幸いにも、沈んだ娘は誰も居ません。…提督の指示の賜物です。』



「…そうか。そいつは良かった…」



『…提督、まだ執務室にいるんですよね…!?

今すぐに救護を送りますから』



「いや、大した怪我じゃあないし、そっちも忙しいだろう。救護の必要は、無いよ。

それじゃあ、無線を切るぞ」



『!!提と…』




大淀が焦りと疲労の滲む声を出していたが、それをすべて聞かずに、通話をそのまま切る。


通話を切ると、それまで気を張り、気丈に立ち、振舞っていたその男は、壁に寄りかかりながら座り込んでしまう。


額の汗と血が目に入り視界を妨げるが、身体がとても重く、それを拭う事は出来なかった。


沈んだ娘は誰も居ない。

その言葉を聞き、ようやく荷が降りた。ようやく、やるべき事が全て終わったように思えた。



「…バカね、あんた。

わざわざ救護を断る必要もないじゃない」



そう口を出してきたのは叢雲。

運悪く、本日秘書艦だった駆逐艦である。


彼女もまた、壁にもたれかかりつつ喋っていた。



「…この様を、見れば解るだろ。

手当ての為、労力を割く必要なんて無いって」



「…そうね。お互い、ね。」



「な、さっきの判断は正しいだろう?」



その言葉に、彼女は苦笑のみで答える。


その顔を見た提督は、嬉しそうに微笑んだ。


そして、ふと思い、内ポケットにある煙草に手を伸ばす。


が、血でべっとりと濡れたそれは、本来の役目を果たしそうには無い。

非常に残念ながら、最後の喫煙は断念するしかなさそうである。



それからしばらく、一人の男と少女の間には、沈黙が立ち込めた。



破壊された部屋の中に立ち込めた沈黙。



それを破ったのは、男の方だった。




「…思えば、此処から俺は。

『提督』は始まったんだよな」



急にそう言った提督を訝しむ叢雲を横目に、提督は改めて自らの居る部屋を俯瞰的に観つめる。


そしてノスタルジィな気持ちで昔を思った。


家具が揃いきって居ない殺風景な部屋。

机すら無いほどの、仕事の為だけの部屋。


此処が本当に執務室なのだろうかと思う程の、中々に酷い状態の部屋だった時を。


何とか軍備を整え、未熟ながら指揮し、そして数えきれない手紙を書いた事を。



「で、此処で俺は終わる訳だ。…全く、何とも締まらない、書類に追われた提督人生だった」



「それじゃあ、もっと特攻とかして格好良く散華したかったの?」



「…それはそれで、嫌だな」



「…我儘ね」



今度は提督が苦笑で返す事となった。



思考はもう少しの間、過去へと移る。

そして彼はもう一つ、大事な事を思い返した。




「…そういえば、お前に。

最初の艦娘に会ったのも此処で、だったよな」



「…そうだったわね」



「…なあ、お前、覚えてるか?駄目駄目だった俺をバシっと叩いて、喝した事」



「…さあ、覚えてないわ。あんたに喝した回数なんてとても数えきれないもの」



「酷ぇな、最近はちゃんとしてたろうが」



「全然、まだまだだったわよ」



「はは、何とも手厳しい…

それでも、どうだ?さっきの俺の軍刀捌きだけは中々のものだったろう」



「…見てなかった」



「そりゃ、残念。化物を撃退した勇姿を、是非とも、お前に見てもらいたかったのになぁ」



「…そうね。私も見てみたかった。

司令官、の–––」



その先の言葉は、男の、提督の血泡を伴った咳によって掻き消されてしまった。


もう一度だけ言うよう頼んでも、叢雲は少し恥ずかしげに口をつぐむのみだった。



そして、再びの静寂。



それが破られたのは、二人の鼓動が静かになりつつある頃。再び、提督によるものだった。




「なあ、叢雲。

…ちょっと、こっちに来れないかな?」



「……?」



「…情けないがな。

手を、握って欲しいんだ」



「……」



「……怖いんだ。」



「…なにが?」



「人を殺した者は、地獄に行くという。

…なら、俺は何処に行く?

地獄の特等席か。更に、酷い所か?」



「…身体が動かないわ。

そっちに…行けそうにない…」



「…そうか。…すまんな。

最後まで、情けない所を、見せてしまった。

今言った事は、無かった事に…」




「……」




「…叢雲?」




返事が返ってこない。


もう一度、もう二度と、何度か呼び掛けたが、同じ事だった。




「…なんだよ。俺より先に逝っちまうのか」



そう愚痴をこぼし、彼も眼を閉じようとした。



その時である。ふと、誰かに手を握られたのは。


視覚も、触覚も、聴覚も。

全ての機能がほぼ停まっている筈の提督に、その感覚は感じられ、そして、その声は聞こえた。




あんたは確かに地獄行きかもしれない。


でも、安心していいわ。

地獄に堕ちるのはあんただけじゃない。


地獄に行くのは私も一緒。

私も奴らを殺しすぎた。


だから、一緒に堕ちていきましょう。

何処までも一緒にいましょう。


どう?それなら、怖くは無いでしょ?




(ああ。確かに、そいつは心強い。

そんなら、怖くはない)



必死に身体に力を入れ、もう何も見えない筈の眼を、いっぱいに開ける。


するとそこには、彼の頼れる、そして、愛しい初期艦が座り、微笑みつつ手を包んでいた。




(だから、安心して眠りなさい。

怖がらなくていい)



(…ああ。ありがとう、叢雲)



(…こちらこそ、司令官)




そう言って、笑い合う。

不思議と身体は軽かった。



そして彼は再び目を閉じた。

二度とは開かないのだと、そう思いながら。



(おやすみなさい)



(ああ、おやすみ)




そうして彼は総てを終えた。


疲れて眠りについた、子供のように。


ただ安らかに安らかに、その目を閉じたのだった。






終わり



後書き

以上です。


雷や霞よりも叢雲に母性を感じます(断言)


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SS好きの名無しさんから
2017-09-10 02:44:09

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このSSへのコメント

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1: SS好きの名無しさん 2017-09-10 02:44:42 ID: qs86EwyZ

( ;∀;)シリアスゥ

2: SS好きの名無しさん 2017-09-10 08:21:48 ID: tn4eIpMJ

誰かの為に生涯を捧げて死んだのだ。
地獄では無く天国だよ逝くところは


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