2017-10-14 22:37:44 更新

概要

2017年8月末で終了した「ラジオアクアマリン」。だが、コトダマの力を信じるなぎさは、それで終わらせたくなかった。"真の"ラジオ復活劇が今幕を開ける。


前書き

「きみの声をとどけたい」の名作ぶりは、本当に骨身にしみています。複数回観ることがなかった映画ですでに4回。「君の名は。」の35回に次ぐ鑑賞回数になっています(まだ積む予定)。
2017年・高2の夏休みの間だけの「ラジオごっこ」は結果的に町を活性化させることができ、コミュニティFMの価値というものを知らしめることに成功したわけですが、スタジオがなくなったことで、8/末の特設ステージを最後に終了している形になっています。
「それで終わらせるのは、ちょっと…」
実際、なぎさは、その後、某FM局でDJしています。そこに至る心情の変化や成長ぶりを書きたいと思いました。
10月に入って「もう一度ラジオやりたい」と思ったなぎさを中心に、新生・アクアマリンを作り出す過程を追いかけてみました。
10/1から基本ラインを書き始め、ほぼ一週間で終わらせ、厚みをつけていく作業。10日程度で完成できました。
版履歴 
2017/10/7 初版投稿(19,106字)
2017/10/11 修正・加筆(20,342字)
2017/10/14 ほぼ完成・最終チェック(20,550字)


(高二の二学期も中盤に入り、10月の声が聞こえ始める日ノ坂町。雨で部活のなくなった幼馴染3人が下校してくる)

なぎさ 「あーぁ、今日も雨かぁ…」

かえで 「ここんところ、続いてっから、身体がなまってしょうがねぇや」

雫 「でも、私、こうして二人と一緒に帰れるから、雨も悪くないかなって…」

かえで 「いや、お前、オレたちの部活終わり待ちしてるから、雨でも晴れでも関係なくね?」

雫 「まあ、それ言われると、なんとも…」

なぎさ 「でも、ラジオが終わっちゃってもう1か月たっちゃったんだね」

かえで (なぎさを指さし)「あー、それそれっ!あの後、誰もオレたちの後を引き継ぐって、言ってくれなかったんだよな」

雫 「スタジオ作るのでもちょっとしたお金かかるだろうしね」

なぎさ 「アクアマリンにあった機材とかは川袋電器店の倉庫にあるから、いつでも復活はできるよって、おじさんも将ちゃんも言ってたけど…」

雫 「ミニFMって簡単に始めたり辞めたりってできるものなのかな?」

かえで 「それはできるらしい。免許もいらないし、アクアマリンスタジオで見た器材レベルさえあれば放送自体はできるってよ」

なぎさ 「そうなんだ…誰か私たちの後を引き継いでくれないかなぁ」

雫 「そうあってほしいけど…今のところ難しそうだね」


大悟 「ああ、なぎさじゃん」

なぎさ 「大悟…」

大悟 「今から帰り?」

なぎさ 「そうだけど・・・」

大悟 「あの、その…なぎさに頼みごとがあってさ…」

なぎさ 「え?わたしに?」

大悟 「実は親父がさ…この間の寺での特別放送の風景が忘れられないって、ずっと言ってるんだ」

なぎさ 「ああ、私たちも感動したけどね」

大悟 「で、物は相談なんだけど…」

なぎさ 「なに?」

大悟 「うちの寺でラジオ局、復活させてもらえないかな?」

3人 「ええっっ?!」

かえで 「大悟、それ、マジで言ってんの?」

雫 「そんなことって…」

なぎさ 「私は、別にいいけど…みんなが…」

大悟 「まあ、それもそうだな。でも、あの放送以来、お寺にも「ラジオどうなっちゃったんですか」って問い合わせがいっぱいあるんだ」

なぎさ 「そうなんだ・・・」

かえで 「紫音との思い出作りがメインだったけど、そこまで町の人に認知されてたとはねぇ」

雫 「ちょっと私も自慢できちゃうかも」

なぎさ 「んー。ちょっと即答できないなぁ。考えとくよ」

大悟 「そう。じゃぁいい返事待ってるから」(走り去る)


かえで 「えぇ?なぎさ、なんでそこは二つ返事じゃないんだ?」

雫 「そうだよ。一番ラジオの事思っていたのに…」

なぎさ 「二人がそう思うのも無理ないよね。でもね、みんな最初のきっかけ、覚えてない?」

かえで 「オレもさっき言ったけど、紫音とオレたちとの思い出作りと、朱音さんが目を覚ましてくれることだろ」

雫 「あ、それでか…」

なぎさ 「うん。すべて達成してしまってからのラジオ放送って私にとっては意味を感じられないの…」

かえで 「まさかの最終回で朱音さん、目を覚ましたからなぁ」

雫 「紫音ちゃんのうれし涙がお、忘れられないよ(ぐずる)」

なぎさ 「だから…私たちじゃないほかの人たちがラジオは続けるべきだと思ってるの」

かえで 「目的を持ってる、ほかの人ってことか…」

雫 「その方がきっと町のためにもなるし、いいよね」

かえで 「問題は、じゃあ、その人たちが現れるとして、そのきっかけをだれが作るのかってことだな」

なぎさ 「前は、私が偶然見つけたアクアマリンスタジオがあって、紫音ちゃんとのつながりもあったからうまく事は運んだけど、ゼロからのスタートとなると、簡単には行かないと思うの」

雫 「それは、そうだよね。だとしたら、蛙口寺さんが場所を提供してくれるのって、意外と渡りに船なんじゃないの?」

かえで 「そうだよ。そんなことってなかなかないんじゃないの?オレたちで場所探さなくちゃいけないわけでもないし」

なぎさ 「そっかぁ。町のシンボルでもあるしね。そこからラジオができるのも案外悪くないかも」

かえで 「え?てことは・・・」

雫 「もう一度「アクアマリン」、復活させる気になったね?!」

なぎさ 「ウン!日ノ坂の町のためになりそうだから、頑張ってみるわ」

かえで 「よぉし、そうと決まれば忙しくなるぞぉ」

雫 「私もいろいろと応援するよ」


佐武郎 「おおお、ラジオ局、復活させる気になったんだね、なぎさちゃん」

なぎさ 「ええ。最初、大悟が蛙口寺でって、場所を提供してくれる話になっていたんだけど、いろいろ調べてたら、アクアマリンがあった場所に建つコンビニの2階に小部屋があるみたいなんです」

佐武郎 「それはよく調べたねぇ。設計図とか手に入ったのかい?」

なぎさ 「夕ちゃんに聞いたら、設計事務所の人にお願いして作ったらしいんですって。夕ちゃんもラジオのこと、気にかけてくれてるみたいで…」

佐武郎 「てことは…」

なぎさ 「そうなんです!元あった場所に戻れるかもしれないんです」

佐武郎 「ほほぅ、そんなことが…矢沢家の手を離れているし、もう同じ場所でなんか無理と決めつけてたけど…長さん、粋なことしてくれるじゃないの」

なぎさ 「まだ建物は作ってる最中だけど、近いうちに検査が終わって建物の中には自由に入っていいみたいなんですって」

佐武郎 「そうと決まれば、後は復活させる日取りだけの問題だな。でも、これからは今までのようなお遊びでは通用しないよ」

なぎさ 「ええ?どうしてですか?」

佐武郎 「もし仮に、その場所をスタジオとして利用するなら、家賃はどうあっても払わないといけない。もう矢沢家のものじゃないからね」

なぎさ 「あ、そうか…」

佐武郎 「それに電気代に代表される経費。今まではタダ同然っていうか、みんな請求されていなかっただろうけど、これからはそうはいかなくなる」

なぎさ 「放送で稼がないとってことか…」

佐武郎 「とはいえ、稼ぐ方法がないわけではない」

なぎさ 「え?何かいい案でもあるんですか?」

佐武郎 「みんなの特技を生かすって方法だよ。たとえば・・・」


なぎさ 「というわけで、雫ちゃん。私の願い、聞いてくれるかなぁ?」

雫 「ええ・・・それはちょっと無理なんじゃないかなぁ…」

なぎさ 「そりゃそうだよね。売れるほどお菓子作って、なんて、寝耳に水だよね」

雫 「まあ、確かにパティシエの真似事みたいなことはできるけど、一人で何でもできるわけがない。私が作れる量なんて高が知れてる。まあ販売は、下のコンビニでできそうだし、イートインスペースも出来てるみたいだから、そこは気にしてないけど、コンビニがやっている限り、毎日そこにお菓子なりケーキをとどけないといけなくなる。それって、私一人でできると思う?」

なぎさ 「う、うん…私が同じことやれって言われても、無理だと思うな」

雫 「前の紫音ちゃんのお店があった時みたいに、営業していない喫茶店で、みんなに振る舞う程度だったから、片手間でもできたけど、売り物となると全く話は変わってくる。私一人だけでは到底無理な相談だよ」

なぎさ 「うーん、そうかぁ・・・そうだよね。」

雫 「そりゃ、経費の足し、くらいのものなら作って作れないわけじゃないけど、なぎさちゃんの目指すものとは違うような気もするし…」

なぎさ 「まあ・・・わかった。ほかの方法を考えてみるわ」

雫 「うーん、蛙口寺をスタジオにしたら経費もあんまりかからなくって済むのに…やっぱりあの場所でできるってわかって、そこにこだわりたいのかな‥?」


かえで 「え?ラジオのスポンサー?」

なぎさ 「そう。ファミレスの店長さんにお願いして、出資してもらいたいの」

かえで 「まあ、うちの店長は、ラジオ自体には好意的だし、ポスターも張ってくれたからね。でもお金を出すってなったら、渋るんじゃない?」

なぎさ 「それはやってみてのお楽しみ。一度話してみてよ」

かえで 「でもさ。スポンサーになってくれるとして、その見返りはって、絶対言って来ると思うよ」

なぎさ 「あ・・・そうか…」

かえで 「支援目的、店長のポケットマネーから出してくれるっていうんなら口は出さないと思うけど、スポンサーの立場で出資となると絶対いろいろ口出ししてくると思うんだ。いい時間帯に宣伝してくれとか、番組内容を変えてくれとか。それでなくても、高校に通いながら、部活しながら放送するとなると、どうしても夕方始まりで8時ごろ終わりなんてスケジュールにしかならない。そうなるとまともに金額も出してくれるとは思えないんだよなぁ」

なぎさ 「うーん」

かえで 「それに…」

なぎさ 「まだ何かある?」

かえで 「お金をもらう、ということはそれに対する責任が出てきてしまうってこと。おそらく会社としてスポンサー料を出してくれることになるだろうから、対会社の契約になる可能性が高い。それってオレたちがやってるスタイルのラジオでは分不相応、ハードル高く感じないか?」

なぎさ 「ウワっ…なんか寒気がしてきた。簡単に事が運ぶと思いすぎてたよ…」

かえで 「今オレもバイトしているからよくわかるけど、仕事の対価としてお金をもらうってすごいことだと思うんだよね。今の会話でなぎさにも、稼ぐことの重大さがわかったみたいだからよかったよ。その金に縛られて、やりたくないものまで、なぎさだってやりたくないだろ?」

なぎさ 「それはそうだけど・・・うーん、別の方法かぁ…ちょっと思いつかなくなっちゃってるよぉ」


佐武郎 「なぎさちゃん、苦心しているみたいだね」

なぎさ 「ええ。元あったアクアマリンの場所で復活させたいと思ったし、できそうに感じていたんだけど…ちょっと今のままでは難しそうですね」

佐武郎 「なぎさちゃん、せっかく蛙口寺さんが許可出しているんだ。電波を出すことを最優先にした方がいいと思うんだけど…」

なぎさ 「うーん。簡単にはあきらめたくないけどなぁ…」

佐武郎 「そうは言っても、スタジオを決めないことには始まらないよ。あそこは夏場の特設スタジオみたいにしておけば、家賃負担も少なくなるしいつ来ても場所は空けておくって話、聞いたよ」

なぎさ 「えっ、それって本当ですか?」

佐武郎 「そもそもコンビニを運営するのが長さんの会社らしい。ということは、孫娘の夕ちゃんの意見も入っているはず。ずぅっと空けておくかどうかまでは知らないけど、ラジオのためにスペース作ったのも事実。てことは・・・」

なぎさ 「そっかぁ。夕ちゃん、なかなかやるなあ」

佐武郎 「だから、まずは蛙口寺でスタートすることにすればいいんじゃないかな?なぎさちゃん」

なぎさ 「うん。ちょっと展望が出てきたよ。で、あそこから電波出すとして問題点ってありますか?」

佐武郎 「トランスミッターやブースターの配置をちょこっと変えないとだけど、商店街の中は余裕で入るし、ほぼ問題はないんじゃないかな」

なぎさ 「そうかあ・・・ゼロからラジオを始めることなんて初めてだし、わからないことって見えてこなかったから」

佐武郎 「最初は俺だって手探りだったよ。まあ無線にはちょっと知識はあったけどね」

なぎさ 「でも、気になるのは、どうして朱音さん、ミニFMやりたいって言いだしたんだろ…」

佐武郎 「うーん、最初のきっかけかぁ…実際オレも何で始めたかまでは覚えてないなぁ…」

なぎさ 「本人に聞いてみたら、何か答えって出てくるかな?」

佐武郎 「彼女が覚えているなら聞いてみるのが一番だけど…さてはて、その時の記憶が残っているかどうか…」

なぎさ 「とにかくありがとう、おじさん。じゃあ、今から大悟のところに行って来るね」(駆け出す)


元DJ一同、「SEAGULL」に集まる。かえでは勤務中。

なぎさ 「…以上が、私がいろいろとミニFMを再開しようと準備してきた結果になりますっ」

あやめ 「ほうほう。ここまで復活の準備をしてきたということは…(メガネをくいっと上げ)なぎささん、本気ですね?」

なぎさ 「え、ええ、まあ・・・」

乙葉 「私も新曲の発表の場とかほしかったから、復活は渡りに船だわ」

雫 「私のお菓子の話が出てこなかったんだけど…」

なぎさ 「ああ、今の話の中で抜けてましたが、資金源として雫ちゃんのお菓子を原資にしようという話を上げていましたが、蛙口寺さんでやることが本決まりになったので、その話はなくなってます」

雫 「そうなんだぁ、よかったぁ」

あやめ 「では、今のコンビニの場所ではやるつもりはないと?」

なぎさ 「いいえ。常設スタジオは蛙口寺さんで、元アクアマリンのあった2階の一室は、私たちの想い出の場所でもあるので、夏場だけの期間限定で使いたいと思ってます」

乙葉 「あそこをもう一度使えるようにするなんて…なぎささん、凄い」

なぎさ 「場所については、夕ちゃんの心配りに応えたかったからなんです。もとはといえば、夕ちゃんが設計担当の人にお願いして、DJブースをお願いしたのがきっかけ。それを知ったからそこを常設にしようと思ってたけど、タダ、というわけにはいかないことも聞いてたんだ。だったら、「やってくれないか」って言って来てくれた蛙口寺を根拠地にして、あそこは夏場だけの出城みたいにしようって考えたの。夏場だったら、雫ちゃんのお菓子が家賃を稼ぎ出してくれるだろうし、その結果コンビニも繁盛するだろうしっていうのが私の結論」

あやめ 「なぁるほど・・・雫ちゃんだけはちょっと割に合わないかもですが、あの味なら、確実にリピーターは獲得できるはず。好循環が話題を呼べば、ラジオの認知度も格段に上がるはずでしょうし、いいことずくめですわね」

なぎさ 「でしょうでしょう?仮に家賃がすごく高くって割に合わないって思ったら、そこで放送しなければいいだけの話。お寺のスタジオをオープンスタジオみたいにして、ここでお菓子や飲み物を振る舞う放送にするっていうのもありだと思うの」

雫 「でも、毎日のようにあのお寺の階段を上り下りする生活かぁ…夏場なんか、しんどそう。放送どころじゃないかも」

あやめ 「そんな軟弱なことでどうするのですか?体力をつけることも重要ですわよ」

乙葉 「まあ私も、キーボード背負ってあの階段は、きついものがありますけどね」

なぎさ 「で、復活の日なんですけど…」

雫 「いつにするの?」

なぎさ 「11月の3日の金曜日に決めました」

あやめ 「ずいぶん中途半端だねぇ。まあ、文化の日だってことはわかるけど…」

乙葉 「なんか企んでません?」

なぎさ 「えへ。ばれちゃったか。実はこの日にゲストをお呼びしようと思ってます」

雫 「え?ゲストって…」

乙葉 「まさか・・・」

なぎさ 「そうです。紫音ちゃん親子です」

あやめ (立ち上がる)「親子ですってぇ?!」

雫 「あ、あやめさん…びっくりしすぎだって…」

あやめ 「こ、これがびっくりせずにいられますかってんですよ。あの伝説のDJ・朱音さんが復活するんですから」

なぎさ 「私ね。紫音ちゃんのことも気になってたから、いろいろメールとかやり取りするようになってたの。気が付いてからの朱音さんってめきめき体力もとりもどしてるし、しゃべることにも影響はないみたいなの。でも紫音ちゃんの実家って、日ノ坂とはかなり遠くって、一日程度で日帰りできる場所にないんだって」

乙葉 「そうなんだ」

なぎさ 「だったら、11/3を復活の日に設定して、この3日間、朱音さんも含めていろいろおしゃべりする場所にしたいなぁ、っていうのが、復活の日設定の裏話。もちろん、紫音ちゃんも来てくれるってことだから」

雫 「紫音ちゃんの行った町のこともいろいろと聞きたいしなぁ」

あやめ 「復活が待ち遠しいことですわ、受験生の私にはあまり関われない時期となってますけど」

なぎさ 「あ、そうでしたね。あやめさんは、ラジオで聞くだけでも構いませんよ」

あやめ 「何を言い出すやら!!あなた方のような素人に毛が生えた人たちをほおっておいたら、何しでかすかわからないんですから」

雫 「ということは、復活にもかかわってくれるってことで…」

あやめ 「あったり前でしょうがっ!!」

乙葉 「それを聞いて私も安心したわ。あやめあっての私だから」

あやめ 「その一言を待ってました、乙葉チンっ!」

雫 「とはいうものの・・・私、ちょっと不安なのね」

あやめ 「フム。実は私も、少しだけ懸念していることがあるんです。ねえなぎささん?本当に朱音さんってしゃべれるの?」

なぎさ 「え、キュ、急にどうしたんですか…」

あやめ 「一応の確認です。あなたに紫音ちゃんが嘘をついているとは思えないんですが、一応・・・」

なぎさ 「そ、そう言われると…朱音さんがしゃべったことは紫音ちゃんからしか聞いたことない」

あやめ 「ふんふん。少しだけ匂いますわね」

なぎさ 「匂うって、何が…」

あやめ 「すこし考えてみてごらんなさい。昏睡状態にあったものが、そう簡単に言葉を発せられるのか、どうか。目は覚ましたけど、後遺症でしゃべられなくなっていることだって考えられるわ」

なぎさ 「あ、そういうことか・・・」

あやめ 「私たちを心配させまいとして嘘、というかその場しのぎで朱音さんの容体を伝えているだけの可能性もあるってこと。だとしたら、出演のオファーなんて迷惑以外の何物でもないはずだわ」

なぎさ 「そこまでは考えてなかったよ。紫音ちゃんのことだから、私にだけは嘘は言ってないと信じたいけど…」

雫 「実は、私も、あやめさんの意見とよく似てるんだ」

なぎさ 「え・・・」

雫 「確かに紫音ちゃんに聴いてみたいこととか、朱音さんとおしゃべりしたい気持ちもあるけど…なんて言うか、私たちが出しゃばりすぎてるんじゃないかなって思ってるの」

なぎさ 「そ、そうなのかな?」

雫 「本当に私たちと一緒にできるのか、どうか。私はまだそのタイミングじゃないって感じてるの」

乙葉 「なぎささん。お二人の言ってることは案外間違ってないと思うの」

なぎさ 「乙葉さんまで…」

乙葉 「今まで彼女は、すべての感情を押し殺して、お母さんの復活、意識が戻ることだけを願って生きてきたの。だから、目覚めた母親を見て、今から親孝行するんだ、今までの12年間をどうやって紫音ちゃんは埋めようかと必死だと思うの」

なぎさ 「それはわかるよ」

乙葉 「確かに私たちのラジオのおかげで、朱音さんは目を覚ました。ラジオの復活を朱音さんも喜んでくれると思う。でも、朱音さんと紫音ちゃんの間に私たちが割り込むことなんてできないと思うの。むしろ、向うから「しゃべりたい」って言って来るまで、今はそっとしておいてあげた方がいいんじゃないかしら?」

なぎさ 「うーん。みんなの意見はわかったよ。じゃあ、今度は私の番ね」

あやめ 「ふむ。なぎさの弁も聞いてみましょうか」

なぎさ 「朱音さんが始めた「アクアマリン」だけど、私たちが復活させたことで町にも活気が戻ってきたことはみんなもわかってくれてるよね?」

雫 「ええ!それはもう」

あやめ 「ラジオの底力を見せつけられたって感じですわ」

乙葉 「ラジオに関わるのは初めてだったけど、こんなにアツい町の人たちって思わなかったわ」

なぎさ 「朱音さんの声が聞こえることは、たとえ期間限定であっても、町の人にとってはこの上ないプレゼントだと思うの。私たちもこのラジオをやることでいろいろと町の人にもお世話になったし、勇気づけられたりもした。その恩返しに朱音さんの声をみんなに届けたい、っていうのが理由です」

雫 「なぎさの意見もよくわかったよ。でも、それは今回のラジオの復活とは別の機会でやった方が…だいたい、朱音さんが一度でもラジオに出ちゃったら、それ以上のサプライズってなくなるよ」

なぎさ 「あっ・・・!!」

あやめ 「雫さんっ!(ピシっと人差し指を向ける)なかなか鋭いご指摘、感服いたしました。朱音さんのDJ復活は、いわば飛び道具。そんな伝家の宝刀を初回に放てば、後はじり貧なだけ。仮に今彼女たちが出演に前向きでも、その機会は別に取っておけばいいわけだし…」

乙葉 「私は今は二人はそっとしておいて上げてほしいの。紫音ちゃんの立場で考えればそう思っているはずだから…」

なぎさ 「うーん、みんながそういうんなら…でも、いずれは彼女たちには出てもらうつもりですからね」

あやめ 「それは向うさんの意向も踏まえて、でしょうけどね。朱音さん的には、もししゃべられるのならもう一度マイクの前には立ちたいはずでしょうから」

雫 「ああー、何とか折れてくれたぁ」

あやめ 「いや、折れたというよりは、完全に多数決に押し切られたっていうのが実情ですわ」

乙葉 「まあ、私たちの勝ちってとこかしら」

なぎさ 「もぉーー、うまく行かないことばっかりだよぅ。かえでちゃん、何とかしてよ」

(通路を歩いていたかえでに声をかける)

かえで 「バーカ、仕事中だよ。それに聞いてたけど、あの二人を呼ぶのは時期尚早だよ」

なぎさ 「かえでちゃんまで―――(泣きそうになる)」

かえで 「むしろオレたちで形作って、二人を迎え入れるようにしないとな。そのためには初回に呼んだら意味がない。クリスマスプレゼントのサプライズって方が面白いんじゃね?」

(かえで、そう言ってすたすたと持ち場に戻る)

あやめ 「こ・れ・で、決まり、ですわね」

なぎさ 「あーあ、せっかくいい企画だと思ったんだけどなぁ(ふんぞり返る)」

あやめ 「確かに。アクアマリンの功労者をゲストに呼ぶという着眼点はさすがです。しかし、それは今のかえでさんではありませんが、時期尚早です」

乙葉 「もっと彼女たちが出てもいいっていう状況を私たちで作ってからでも遅くはないと思うの」

雫 「もっともっといいものにして、朱音さんをびっくりさせないとっ!」

なぎさ 「じゃあ、ゲスト計画が白紙になったから、スタートの日取りは、普通に11月1日にしましょうか」

あやめ 「今からだと妥当な時期ですね。ポスターの掲示やラジオブースの設営などいろいろ時間のかかることばっかりだから…」

乙葉 「私は、ほかのラジオでアクアマリンのことも宣伝しておくわ」

なぎさ 「それは助かるなあ。バンバンしゃべっちゃってください」

あやめ 「さっすが乙葉チン!!私たちのことを想ってここまでやってくれるとは…」

乙葉 「私の方こそ。曲一曲作っただけで、まともにみんな揃って歌えたのって一回だけだったし、ちょっと悔いは残っていたから」

なぎさ 「乙葉ラインの方は、それでお願いします。私たちはスタジオと再復活の告知に全力掛けますっ」

あやめ 「まあ、いい結論も出たことですし、そろそろ出ましょうか…」

なぎさ 「それもそうだね。また来るねぇ。かえでちゃん」

かえで 「ドリンクバーでさんざん粘りやがって…もう来なくていいよw」


なぎさ 「みつえさん、ただいまぁ」

みつえ 「ああ、お帰り。ちょっと遅かったね?」

なぎさ 「えへへ。ラジオ復活の謀議を今終えてきたところです(変ににやけ顔)」

みつえ 「ええ?またラジオ始めるのぉ?」

なぎさ 「うん。前に大悟からスタジオの場所貸してあげてもいいよって話があって、いろいろ考えた結果、やろうってことになったの」

みつえ 「へぇ。蛙口寺さんがねぇ。よっぽど、あの最終放送回が心に残っているんだろうなぁ…」

なぎさ 「大悟もそんなこと言ってた。何しろ大悟の親父さんが使ってもいいって言ってくるんだから…」

みつえ 「でも、あの時は夏休みだったわけで、アクアマリンに入り浸れたけど、これからはそういうわけにはいかなくなるよ」

なぎさ 「それはよくわかってる。ただ単に間借りしているとはいっても、これからは場所代くらいは稼がないといけないかも、だし」

みつえ 「まあ、そこまでラジオの事を思っているなら続けてもいいわよ」

なぎさ 「ええ?ほんと、みつえさん?!」

みつえ 「ええ!。悔いのないようにやったらいいわよ」

なぎさ 「いつもと違って、みつえさん、物分かりよすぎ…」

みつえ 「なんかさあ、ラジオの事話しているなぎさ観てるとね、お母さん、ほっとするの」

なぎさ 「みつえさん・・・」

みつえ 「ラクロス部に入るのだって、かえでの猛烈なプッシュに押されて自分からって感じじゃなかったし、今までも自分から何かをするために動いたことなんて記憶にない。周りに流されるままに過ごしてきているように感じていて「この子大丈夫かしら」って思っていた時期もあったわ。でも、ラジオの事だけは、自分で率先して動けている。あ、この子には目標ができたんだなって思えるようになってきているの」

なぎさ 「あ、みててわかる?」

みつえ 「曲がりなりにもあなたのお母さんですよ。変化に気づけないほど鈍感ではございません」

なぎさ 「えへへ」

みつえ 「将来の夢とか、進路のこととかって、夏休みの時にいろいろ話してたけど、もしかして、なぎさって放送に関わる仕事、したいとかって思ってない?」

なぎさ 「あ、さっすがみつえさん。鋭いですねぇ」

みつえ 「私もね。人づてに「朱音さん、あの放送聞いて気がついたんだって」って聞かされた時に、ラジオの力ってすごいなって思ったし、ネットだSNSだって言ってるけど、ラジオも捨てたもんじゃないなって思ったの」

なぎさ 「それは私が一番感じたことだよ。あんな拙い放送でも町が一つになれたんだから」

みつえ 「その感動をなぎさがどう受け止めているかはすごく気になってたの。だから、もう一度始めたいっていう言葉は「あ、この子本物だわ」って思えたってわけ」

なぎさ 「でもね、まだまだ超えなくちゃいけないハードルって結構あるんだ」

みつえ 「例えばなによ?」

なぎさ 「一番の問題はDJ不足。今みんな高2だからいいけど、たちまち来年の今頃は放送なんかにうつつを抜かしていられなくなる」

みつえ 「ああ、なるほどねえ」

なぎさ 「それに、高校生との二足の草鞋だから、平日はどうしても放送時間が短くなる。土日にしたって、みんな揃うわけではないし」

みつえ 「放送時間は大事だよね。まだあるの?」

なぎさ 「やっぱり最終的にはお金の問題になっちゃう。あやめさんも言っていた著作権、放送でかけた音楽の著作権料を払わないといけなくなる。好意とはいえ場所代は払いたいと思うし、少なくとも電気代ぐらいは出したい。電器店のおじさんの手間賃だってバカにはならないと思うし…」

みつえ 「今のあんたたちの資力でそこまで要求する大人はいないよ。まあ著作権料は避けて通れないだろうけど」

なぎさ 「紫音ちゃんのお店にあったブースと豊富なレコードで一か月はうまくしのげたけど、その大事な音源もない。ラジオやるのにかけるレコードやCDがほとんどないのは頭が痛い」

みつえ 「そこは上手いこと、あのレコード屋さんを利用すればいいじゃん?中古も扱っていたから、ちょっとした契約でも交わして…」

なぎさ 「そのお金ってどこから?」

みつえ 「あ・・・すっかり忘れてた」

なぎさ 「だとしたら基本しゃべりと、乙葉さんの作ってくれた曲で凌ぐしかない。でも曲っていったってたくさんあるわけじゃないし、私たちのしゃべりだって、今まで以上に研ぎ澄まさないといけないと思うんだ」

みつえ 「それは大いにあるよね。時間が短かろうが相手が高校生だろうが、リスナーにしてみれば、一切関係ないもんね」

なぎさ 「だから、いざ復活って言いたいけどコンテンツの内容が、どうも貧弱すぎるように思うの」

みつえ 「まあねえ。今までのお遊びの延長、というわけにはいかなくなるよねぇ」

なぎさ 「ねえ、みつえさん?わたし、どうしたらいいと思う?」

みつえ 「私が助言するとすれば2つ」

なぎさ 「えェェ、なになに?」

みつえ 「一つ目は意外と簡単。ラジオ復活をあきらめる」

なぎさ 「そんなの助言になってないよぉ…」

みつえ 「まあこれは冗談。二つ目は、ラジオにかかわる人間を増やせばいいってこと。6人で回そうとするから無理が出る。高校全体を巻き込むのが手っ取り早いけど、もっと対象を大きくとって、町内会や、町役場に働きかけるのもあり。朱音さんが帰ってきてびっくりするくらいの体制に整えられれば、いいんじゃない?」

なぎさ 「あ、そっか・・・放送部のみんなとか、本当に放送したいって思っている人って結構いるかもだよね?」

みつえ 「職業、つまりお金儲けとしてできなくても、ボランティアというか、例えば町の催し物とかの告知をこのラジオでやるっていう具合にしておけば、少なくとも朝から昼の間は何かしら音が聞こえている状態が作れる。勝負はそこからでもいいんじゃないかしら?」

なぎさ 「町全体で作るFMラジオ、か…その方が何だか楽しそう!!うんうん、ますますやってみたくなったよ」

みつえ 「まあ、私OKは出したけど、ラジオの事ばかりにかまけて、成績が落ちたりしたら、すぐに止めてもらいますからね」

なぎさ 「すきなことを止めないで済むように勉強も頑張るよ。めったに私の頼みごとにOK出さないみつえさんだもの」

みつえ 「よぉし。で、ご飯は食べるの?」

なぎさ 「ああ、お腹減ってるの忘れてたぁ…」

みつえ 「こりゃ、本物ですなw」


あやめ 「ふっふっふ・・・放送部の顧問を丸め込むのは意外と簡単でしてよ」

なぎさ 「えっっ?じゃあ、ラジオに参加してくれるんだぁ」

あやめ 「部活動の一環、として、地域に貢献するのも繋がりを持つのも有意義ではないかと、って言ったら凄い感動してくれて」

なぎさ 「高校まで巻き込むのは無理だと思ってたけど…」

かえで 「なあなあ、聞いた?ラジオにうちの高校の放送部も参加するって」

雫 「今その話をしている最中ですよ、かえでさん」

かえで 「え?そうだったのか…」

あやめ 「お膳立てをしたのは、ラジオネーム・藍色仮面ですけど(メガネくいっ)」

かえで 「ええ、藍色…あやめ・・・さんが…」

なぎさ 「これで、後輩たちにもつながったし、少なくとも私たちが卒業しても大丈夫にはなったね」

かえで 「後は放送時間の問題か…」

雫 「あの・・・私に提案が…」

かえで 「お、雫が口火を切るとは、珍しいじゃん?」

なぎさ 「雫ちゃんの提案、聴いてみたいなぁ」

雫 「録音した素材を放送するっていうのはどうかしら?」

なぎさ 「うんうん!ますます本物っぽくなっていくね。それは検討してみたいな」

かえで 「でもさ。その素材をだれが放送できるようにするのさ?リモートコントロールってったって、トラブル起こったりしたらたちまちお手上げだよ」

あやめ 「録音素材とは考えましたが、結局それを作る時間もかかるわけですし、やはり誰がそれを放送するのかってところが気になるところですわね」

雫 「うーん、やっぱダメかあ…」

なぎさ 「あ、適任者いるじゃない?」

一同 「だぁれよ?」

なぎさ 「将ちゃん!!」

一同 「あーーー」

かえで 「確かに仕事しているようには見えないし、電器屋の息子だしな」

雫 「私の作るクッキー目当てで毎日のようにアクアマリンに入り浸ってたからなぁ」

あやめ 「蛙口寺臨時スタジオの設営の時の動きも知ってますが、ただものではないですよ、彼は」

なぎさ 「ねぇ?ピッタリでしょ?」

かえで 「後は本人次第ってことか…オヤジさんにも働きかけてもらおうかな」

あやめ 「まあ、着々と進んでますが…町内会や商店会の方のネゴはうまく行ってるんですか?なぎささん?(メガネくいっ)」

なぎさ 「鈍いけど反応はあるんで、まだまだ交渉していくよ」

かえで 「あ、それで思い出したんだけどさ…」

雫 「かえでちゃん、なんかいい情報ぽいけど」

かえで 「夕のところのおじいちゃん、ラジオに結構前向きなんだってよ」

なぎさ 「へぇ、そうなんだ」

かえで 「夕からじゃないからホントかどうかはわからないけど、地域FMで町おこし、みたいなことを計画しているんだって。こないだ、じいちゃんの会社の人たちがうちのファミレスに来てそんな話してたの、小耳にはさんだんだ」

雫 「でも、金の亡者って聞いたよ、風の噂だけど」

かえで 「そう。儲からないことにはびた一文出さないって有名。でもそのおじいちゃんが前向きってことは、夕が丸め込んだに違いないってこと」

なぎさ 「そうなんだぁ。じゃぁ夕ちゃんもDJの仲間入りするのかなぁ」

かえで 「そこは、ちょっと…鶴ケ岡女子とは険悪じゃないけど、うちの高校がメインで張るとなると、向こうが参加しにくいんじゃないかと…」

あやめ 「あまり深く考えず、来るもの拒まずで臨みたいところですね。人材はいくらいてもいいですし」

かえで 「それもそうだな」

なぎさ 「それじゃあ、遅くなってもいけないし、今日のところはこの辺で」


佐武郎 「ああ、なぎさちゃん」

なぎさ 「あ、おじさん。こんばんわ」

佐武郎 「この間の話なんだけど…」

なぎさ 「将ちゃんの件ね」

佐武郎 「実は浜須賀さんのところも含めて、町内会・商店会上げてラジオを盛り立てていこうということになってね」

なぎさ 「うわぁ、すごーい」

佐武郎 「将輝だけでなく、うちも含めて当番制、という形にして、店単位でラジオを運営していこうかな、っていう方向で話が進んでいるんだよ」

なぎさ 「えええ???そんなことになってたんだ…」

佐武郎 「一番乗り気なのはレコード屋の女将。自分でもDJの真似事みたいなことはしてみたいって言ってたし、そもそもアクアマリンの熱烈なファンだったからね」

なぎさ 「ああ、そうだった。ラジカセがアクアマリン仕様になってたし…」

佐武郎 「今までは朱音さんにおんぶにだっこだったけど、改めてラジオの持つ力にみんなが気づかされてたのがあの最後の放送だったよ。オレもちょっと感動しちまったもんな」

なぎさ 「私たちのしてきたことって無駄じゃなかったってことですよね?」

佐武郎 「無駄どころか、思い出させてくれただけでも感謝してるよ。本当にありがとう」

なぎさ 「なんか、照れちゃうなぁ…となると後は…」

佐武郎 「とりあえず、器材のセッティングと電波送出状態だけは確認を始めたところ。その間にあの鬼教官のレクチャーをしてもらわないとな…」

なぎさ 「ああ、あやめさんね…」

佐武郎 「彼女が居ればこその新生アクアマリンだしな。ビシビシしごいてもらいたいところだね」

なぎさ 「お寺の広間でも使って、一気にやっちゃいますか」

佐武郎 「それがいいだろうね。もう時間も少ないし、どうせ最初っからうまく行くはずがない。町の中だけでも盛り上がればいいんだから、失敗もまた楽しからずや、ってところだろうし」

なぎさ 「うんうん。もう一週間切ってるけど、いろいろと楽しみになってきたよ」


大悟 「離れの一室が最適って思ってたけど、こんな感じで大丈夫なの? 」

なぎさ (配置された機器を見渡し) 「ウンウン。思った以上にスタジオって感じになってるね」

大悟 「でも普通は洋室なんだけどな…」

なぎさ 「私はそこまで要求してないし、ラジオが始められれば、違和感はむしろ面白いネタになるし。靴脱いで、ちゃぶ台の上にあるマイクって、手作り感満載で面白いと思うよ」

大悟 「そうなんだ…で、あの集まりは何なの?」

なぎさ 「ああ、あやめさんのラジオを始めるにあたってのレクチャー。こんなにいっぱいの人が来てくれるとは思ってなかったみたいで、あのあやめさんが緊張してたからね」

大悟 「なんかすごい大層なことになってきつつあるよな…」

なぎさ 「今までは、ラジオは聞くだけのものだったのが、作るものに変わっていったんだから、そりゃおおごとになるよ」

大悟 「そんなものなのかなぁ…」

なぎさ 「なんか、大悟、そっけないなぁ…」

大悟 「そうじゃなくて、なぎさといい、アツくなれるものがみんなあっていいなって感じてるところ」

なぎさ 「だったら、大悟もしゃべればいいじゃない。なんなら、私と一緒にDJする?」

大悟 「よ、よしてくれよ。お前としゃべることなんかないよ」

なぎさ 「そう来ると思った。でも、場所を提供してくれただけで感謝してるよ」

大悟 「礼なら親父に言ってくれよ。なにを隠そう、親父も朱音さんのファンだったんだから」

なぎさ 「へえ。それは知らなかったよ」

大悟 「朱音さんの残したものの大きさに、あの日、気づかされたんだって。だから、それを残したい、なくさないでいたいって想いが日に日に強くなっていったんだとさ」

なぎさ 「とにかく、蛙口寺さんには感謝しかないよ。本当にありがとう」

大悟 「そんなにされると…照れるな…」


あやめ 「11月1日からのスケジュールが出来上がりましたので、ここで確認しておきたいと思います」

店主A (表を見て)「あれ?1日って朝からやるんじゃないの?」

あやめ 「この日は、復活当日、ということで、7月から始めたメンバーだけで、試験的に電波を出したいと思ってます。理由はいっぱいありますが、まずは日ノ坂高校のメンバーだけでスタートしつつ、皆さんにお渡ししていきたいと考えてます」

店主B 「二日も私らの出番はなしってこと?」

あやめ 「はい。実は、この日、在京FMから取材の依頼を受けてまして…」

店主C 「え、マジか」

佐武郎 「DJメンバーの乙葉さんって子が猛烈にプッシュしたらしくって、その子のつてからそんな話になったみたいだよ」

あやめ 「その準備を私と乙葉チンでやることになってまして、それで急きょ午前の部をお休みしたというわけです」

女 将 「で、いよいよ文化の日に私らの出番ってことになるわけね」

あやめ 「その通りです。トップバッターには、真っ先に手を上げていただきましたレコード店の女将さんにお願いしたわけですが…心の準備とかは大丈夫ですか?」

女 将 「ふふっ。これでも音楽のことには造詣が深い私。しゃべらせたら止まらなくなっちゃうから覚悟しといてね」

あやめ 「ま、まあ、タイムスケジュールだけはしっかり守っていただければ…あとは、魚屋の大将。今回は私たちDJとの絡みトークになりますけど」

魚 屋 「おぅ、まかせときなっ。魚の目利きのやり方とか、意外と若い世代は知らないみたいだから、良い情報をお伝えしていけるよう心掛けとくよ」

あやめ 「後はここに書かれている通りで、午前中は、店舗の紹介や旬のものの紹介とか、お昼に担当の方は自慢の話題やいろいろなトークを、夕方から夜にかけての担当の方は、我々女子高生DJとの掛け合いや、独自企画等を担当していただくことになります」

店主D 「突然の用事とかで出れなくなったりしたらどうするの?」

あやめ 「それは、一応、窓口が川袋電器店になってますので、そちらに連絡を入れていただいて、穴を開けない様にしていただくということでお願いします。11月3日からは、朝7時ごろから夜8時くらいまでは電波を出し続けていきたいと考えてますので」

なぎさ 「いよいよとなりましたけど、皆さん、準備の方は大丈夫ですかぁぁ?」

一 同 「はーーーい」

なぎさ 「今までは朱音さんが孤軍奮闘してやってきたミニFMですが、これからは、町一丸となってこのFMを盛り立てていきたいと思います。そのためには、皆さんの尽力も必要になってます。一人より二人、二人より3人。多くなればなっただけ、内容もどんどん深みを増してくると思います。ラジオが身近にある街、日ノ坂をもっともっと広めるべく、私も頑張っていきますので、応援よろしくお願いいたします(一礼)」

一 同 「パチパチパチパチ(拍手喝采)」

あやめ 「それでは、皆さん、いよいよあすから放送開始です。各自準備を怠りなきよう」


蛙口寺・常設スタジオにて。6人が顔をそろえる。

なぎさ 「いよいよ、明日からだね」

雫 「いやぁ、なんか緊張しちゃう」

かえで 「対外試合の前日みたいだよ、震えが止まんねぇ」

夕 「わたくしもですわ」

あやめ 「開局にここまで関われて、私自身は本望です」

乙葉 「あんまり関われなかったけど、明日は新曲も歌うつもりなの」

なぎさ 「え?!それ、凄いサプライズ」

あやめ 「さっすが乙葉チン。しっかりお土産を用意しているとは」

雫 「なんか聴いてみたくなってたりする」

乙葉 「それは明日のお楽しみ」

なぎさ 「それにしても、この一か月、早かったなぁ」

かえで 「とにかくバッタバタだったよな」

夕 「わたくしも、ラジオの事はいろいろと宣伝して回ってましたから」

なぎさ 「夕ちゃんがしゃべってくれると、百人力だよ」

かえで 「でも、またぞろ「うちのお爺様は」って始まるんだろ?」

夕 「そんなに語彙が足りなくないですわ。鶴ケ岡女子と日ノ坂高校の橋渡しになればと立候補したんですから」

かえで 「まあ、第一声は期待してるよ」

あやめ 「で、当日のスケジュールですが、もう一度確認しておきますね」

一同、スケジュール表を見る

あやめ 「11月1日は、基本、2年生メインでお願いします。つまり、私と乙葉ちんは後から合流、という形で」

なぎさ 「うん。わかった。ということは、夕方4時の開局(再開)宣言あたりは私とかがやるのか…」

雫 「でも、もしかして部活の練習とかは…」

なぎさかえで夕 「あああ!!」

かえで 「確かに試合とかには関係ないけど、さすがにラジオを優先するわけには…」

夕 「ようやく部員とうまく意思疎通も図れているこの時期ですので、わたくしもオープニングには同席できませんわ」

かえで 「勝手気まますぎる部長に誰もついてこなくなってもまずいし…その日はなぎさと雫でうまく回してもらえないかな?」

雫 「えっ??わたしが??」

なぎさ 「今の私は、部活とラジオなら完全にラジオ。ましてやこの日は記念すべき日。私なしでは始まらないと思うし」

かえで 「そこんところはよろしく頼むわ。ちなみにオレ、バイトだから、その日は出演なしな。2日は出れるけど」

あやめ 「かえでさんのバイトのシフトもこれからは考慮に入れないとですね。急だったのでスケジュール上ほぼ全員出席になってますけど」

なぎさ 「わかった。そのあたりはまた修正掛けとくよ」

あやめ 「では、4時からのスタートは、なぎさ/雫の二人で宣言。その後二人のフリートークを挟んで、夏のコーナーの振り返り。これは、私がうまく編集した素材を使って録音で流してもらいます。ここまで終わって5時。ここから夕さんは参加出来そうですか?」

夕 「少し厳しいかも…6時なら万全ですわ」

あやめ 「それならば…ねえ、なぎささん、雫さん、30分から1時間、フリートークできそう?」

なぎさ 「うーん、やってやれないことは無いけど…」

雫 「途中でネタが尽きそうだよ」

あやめ 「まあ私と乙葉チンは6時にはスタジオに入る予定にしているから、それまでは繋いでおいてほしいな」

なぎさ 「夕ちゃんのためだから、何とか頑張るよ」

夕 「そうしていただけると助かるわ。ありがとう」

あやめ 「となると、4時からのフリートークが少し長くなって、5時半ころに夏のコーナーの振り返り。で、夕、乙葉、私がスタジオ入りして、6時から盛り上げるっと…」

かえで 「ああ、いい感じになってるじゃん」

なぎさ 「問題は、話す内容があるかってことだけど…」

雫 「ああー、マイクの前で固まってる夢みちゃいそ―」

あやめ 「心配しなさんな。もしものために話のネタ帳も置いといてあげるから(どかっっ)」

なぎさ 「な、なんなんですか、この電話帳みたいな厚さは…」

あやめ 「DJたるもの、話題を豊富に持っていないといけないんです。政治、経済、芸能、音楽…高2なら高2らしい目線でしゃべればいいだけのこと。むしろ二人で会話していると気づく部分も出てくるはず。だから、しゃべっていると意外に時間って経ってしまうものですよ」

雫 「だけど、なんか、これ見たら、妙に自信が湧いてきたよ」

あやめ 「(メガネきらーん)そう!その意気です。もう明日なんですからくよくよしたってはじまりません!確かにラジオではあるけれども、誰かにお金をもらって放送するわけでもなく、私たちの言いたいことを言うラジオにしていくのが大切。あの日見たコトダマが具現化できるラジオにしていけばいいんですから」

なぎさ 「あやめさんの言う通りだよ。それじゃあ、明日に向けて、来る人もこられない人も、目いっぱい楽しみましょう」

かえで 「それがいい! 明日からオレたちのラジオ局だもんな」

夕 「それは違いますわ。町のラジオ局ですから」

雫 「かえでちゃん、一本取られちゃったね」

あやめ 「さすが鶴ケ岡女子のエース。突っ込みのキレ味もさえてますわ」

かえで 「ちぇぇっ、うまく言ったつもりだったのに」

なぎさ 「ぼやかないぼやかない」

乙葉 「うふふ。明日からみんな頑張りましょう」

一同 「オーーーー」


11月1日 午後3時50分

なぎさ 「はぁはぁ、何とか間に合ったよっっっ」

雫 「やっやっぱり、あの、お寺の階段、急だししんどいわ…」

なぎさ 「それにしても、進路相談って、今日だったっけ?」

雫 「わ、私も、今日じゃないと思ってたけど…」

なぎさ 「まあ、間に合ったから、その話はラジオででもしようか…」

雫 「そ、そ、それがいいかもね」

なぎさ 「雫ちゃん、息、まだ上がったまんまだね」

雫 「だって、私、運動苦手だし…」

なぎさ 「そもそも肺活量が少ないのかな?ちょっと鍛えないといけないかもね」

雫 「そうなのかな・・・」

なぎさ 「まあ、そんな話も交えて行こうかな」

雫 「あ、おじさん・・・」

佐武郎 「おお、今日からだって聞いてたけど、二人だけかい?」

なぎさ 「はいっ、明日とか3日の文化の日は全員揃うと思いますけど」

佐武郎 「ああ、メンバーのことじゃないんだ。今日の放送の始まりを見届けたくってな…」

なぎさ 「あ、トラブルなく放送されるかどうか、のチェックですね。ありがとうございます(ペコリ)」

雫 「一応、テスト放送とかもしてたから、万全だと思ってますけど…」

佐武郎 「朱音さんがやっていた時は、せいぜい商店街に届けばいいか、でやってたけど、今回のラジオは町中に届かないと意味がない。少なくとも町の境界線までは届くようにセッティングはしたけど、前回よりは広範囲だからなあ。その確認も含めてやろうとしているわけ」

なぎさ 「どう調べるんですか?」

佐武郎 「それは簡単さ。将輝に町の東西と北に走ってもらって聞こえるかどうかの確認をしてもらうだけ。南は海岸だし、ここはそもそも開拓しなくても済んでいたところだからな」

なぎさ 「確か凄い増設したんでしたよね、機械」

佐武郎 「まあ言っても、ただの増幅器だからね。部品さえあれば簡単なものだよ。買ったら高いけど」

雫 「あ、そろそろ本番だよ」

なぎさ 「時間になるようなので、ここはひとまず外に…」

佐武郎 「あ、これはすまん。またいい放送聞かせてくれよ」

なぎさ 「わかりました・・・」


11月1日 午後4時。カフが上がる。

なぎさ 「11月1日、午後4時になりました。皆さんこんにちは。高校生DJのなぎさです」

雫 「同じく高校生DJの雫です」

なぎさ 「8月31日に蛙口寺さんの境内で最後の放送を終えたアクアマリン。あれから早いもので2か月がたってしまいました。スタジオもなくなり、朱音さんの記憶をとどめておく場所もなくなってしまって、せっかくラジオが復活したのに、と思っておられた人も多かったことでしょう」

なぎさ 「それは、ラジオを始めた私たち、日ノ坂高校の高校生DJにとっても同じ心境でした。ラジオが人と人を結びつける。このことを知っただけでもすごい収穫だと思います。」

なぎさ 「でも、あれは夏休みの想い出づくり、と私たちも心のどこかで感じていたところもありました。もともとは、朱音さんに届けばいいという思いで始めたラジオですし、それがあの日実現したのだから、もう後はどうなっても構わない、そんな風にも感じていました。」

なぎさ 「それでも、私はあの日の感動がどうしても忘れられないんです。一斉に浮かび上がった、曲に乗せたコトダマたち。あの映像は、幻でも、妄想でもない。現実に町のみんなが作り出したコトダマだと思うのです」

なぎさ 「だから、その想いを残したい、続けたい。学校に行っていてもそのことばかりが頭の中を巡ってしまうのです。そこに蛙口寺さんから、場所の提供のお話があり、今こうして再び放送ができるようになった、というわけなんです」

雫 「今この放送ができることにしても、いろいろな方たちの応援や配慮、承認がないと難しい部分でもあります」

なぎさ 「特に増幅器の設置にご協力いただいた一般家庭の皆様には、感謝してもしきれません。この場を借りて、厚く御礼申し上げます。本当に」

なぎさ雫 「ありがとうございました」

なぎさ 「朱音さんの始めたミニFMは、いまこうして町全体をカバーできるほどにまで成長してきました。ミニFMがある町・日ノ坂。日ノ電や日ノ坂海岸に並ぶ新しい名物にこのラジオがなることを目指しつつ、高校生DJを中心に番組を作ってまいりたいと思います。これからは、町のみんなが主役のラジオ放送です。私たちは、そのナビゲートをしたり、お手伝いに回りたいと思います。ぜひ、末永くご愛顧賜りますよう、お願いいたします」

なぎさ 「それでは、今日は二人しかいませんが、雫ちゃん、準備はいいですか?」

雫 「エエ、いつでもいいですよ」

なぎさ 「それでは参ります。 せーのっっっ」


                「新 生 ラ ジ オ ア ク ア マ リ ン 、 た だ い ま 開 局 で す っ」


後書き

「キミコエ」SS計画も早くも2タイトル目。作品の良しあしよりも、観客動員が一向に伸びない忸怩たる思いを今かみしめつつ、10/8にもう一回見て、総計5回となりました(これで一応、近隣での公開終了につき鑑賞も完了か?)
それにしても…確かに「君の名は。」みたいなエモーショナルなシーンが連発するでなし、そもそもファーストランの露出しなさぶりが最大の敗因。ここまで興収が伸びない作品は、「夜明け告げるルーのうた」とほぼいい勝負をするのではないか、と思ってしまうほどです。
でも、観た人で、「駄作」と評する人にほぼ出会わないのです。そこは「君の名は。」とも「この世界の片隅に」とも違う部分です。それは平易に収めたストーリーの中に、人物の感情描写に重きを置いていたからに他ならないわけで、だからこそ、クライマックスのベタな演出が感動をも乗り越え、号泣させられてしまうことにつながるのです。
ブースがなくなり、高校生DJは元の生活に戻る…はずだった、をひっくり返してみたわけですが、まず形にする=放送を復活させることを重きにおいたので、例えば、当初入れ込もうと思っていた、かえでと夕の確執部分の掘り起こしとか、乙葉・あやめラインの謎とかにはアプローチできずじまいでした。
もっとも、「これって必要なのかな」という思いがあったことも事実。ラジオが復活できればそれでいいんじゃない、と納得できたのでそこに向けて突っ走った形でフィニッシュしました。
一応これからの私の創作は、「新生ラジオアクアマリンがある日ノ坂町」が舞台としていく予定にしてますので、そこんとこ、よろしく。尚、他作品とのクロスオーバーも画策中ですのでお楽しみに。


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