2018-06-23 05:10:52 更新

概要

とある夏の昼下がり。
建設関連のアルバイトをしていた青年は、不運にもコンクリートの壁の下敷きになってしまう。
はっとして目を覚ますと、そこは彼のよく知る世界ではなく、なんとあの『艦娘』と『深海棲艦』がリアルに戦争をしている世界で———


前書き

久方ぶりの投稿です。

前作同様、ファンタジー要素&オリジナル要素満載のストーリー展開になる予定なので、そういった話が苦手な方は即刻ブラウザバックをお願いします。



少し長めのプロローグ



 最初に俺が「あれ?」と違和感を覚えたのは、病院のベッドの上で目醒めた時だった。

 あんなに大きなコンクリの壁の下敷きになったにもかかわらず、身体には痛みもなければ目立った外傷もない。

 

 枕元にあったカレンダーを見ると、どうもあれからまだ一日も経っていないようだった。



 (まあ……痛くないに超した事はないか。ラッキー!)


 

 全くの無傷だった事には流石に疑問を覚えたが、その時の俺はラッキーとしか考えていなかった。


 そして軽く検査を受けた後、明日退院してもいいという医者からのお墨付きももらった。

 俺としては今日帰りたかったけど、念のためって言われちゃ頷くしかない。



 「あーあ、入院とかほんと怠いわ。飯も不味いし、暇だし」



 ブツブツと文句を言っていると、ちょうど見舞いに来ていた母親が意味深な事を言い出した。


 

 「このご時世、何があるか分からないんだから。身体には気使いなさい」


 「? へーい」



 何があるか分からないってほど、日本てそんな物騒じゃなくね?とは思ったけど、ミサイルを乱発してる国もある事だし、あながち間違っちゃいないか。



 「他に何か持って来て欲しい物とかある?」


 「いや、もう平気」


 「明日朝10時に迎えに来るから。支度だけはしといてね」


 「おっけー」


 

 とりあえず携帯だけは持って来てもらったから、何とか退屈しないで済みそう。

 俺はベッドに寝そべりながら、いつも通り『艦これ』を起動しようとした。


 しかし・・・。



 「あれ、艦これがない。何で?」



 ホーム画面に登録してあるはずの艦これが、いつの間にか消えて無くなっていた。

 仕方なくDMMのページから飛んでログインしようとするも、どういうわけか『艦これ』というワードが見当たらない。


 頭の中に疑問符を量産しながら、俺は『艦これ』と検索をかけた。



 「……は? どゆことこれ」



 検索した結果。

 画面に表示されたのは『艦これ』に一致するウェブページは見つかりませんでしたという、意味不明な文字の羅列だった。

 


 (いや、おかしいだろ。意味分からないんだが)



 イライラしながら、別のワードで検索をかけることにした。


 検索したワードは『艦これ 叢雲』

 叢雲とは、ゲーム内に登場するキャラクターの1人で、俺が最も信頼を寄せるキャラクターだ。

 

 普通の検索結果であれば、叢雲というキャラクターの情報が細かく載せられたサイトが出てくるはず。

 だが、現実はそうじゃなかった。

 

 結果は先ほどと同様、一致するウェブページは見つかりませんでしたという文字の羅列。

 俺はとうとう携帯を放り投げた。



 「死ねよクソが。意味分かんねーな」



 思わず暴言を吐いてしまったが、どうか許して欲しい。それだけ俺は『艦これ』にハマっているのだ。



 「はぁ……何なんだまじで……」



 俺は枕元にあったリモコンに手を伸ばし、テレビをつけた。

 時間は夜の7時前。時間も時間だからニュース番組ばかりだろうけど、つけないよりはマシだ。



 『速報です。 先ほど、太平洋上にて "深海棲艦" と "艦娘" が交戦したとの情報が入りました』


 「……えっ?」


 『経過は不明ですが、政府は冷静に対処していけば問題ないと強気の姿勢。"艦娘" の皆さんも、国民の安全のために全力を尽くしてくれているそうです』

 

 「はい??」



 このキャスターさんのおかげで、さっきまでのイライラが一気に吹き飛んだ。

 それと同時に、自分の心臓がどんどん高鳴っていくのが分かる。思わず、口から吐き出しそうなぐらいに。



 「いやいや待て待て待て待て、まだそうと決まったわけじゃないだろ。一旦落ち着こう」



 落ち着く前に、指で頬をつねってみた。かなり強く引っ張ったせいか、ズキズキと頬が痛む。

 まあでも、これで夢じゃないということは確認できた。


 次に俺は、放り投げた携帯で『深海棲艦』と検索をかけた。

 すると今度は、一発で検索結果がずらっと表示された。 



 「まじかよ……まじか……」



 ここまでいくと信じるしかなくなる。

 艦これをプレイしてる人なら、誰もが一度は想像するだろう。

 

 もしも『艦娘』が本当に存在したら・・・と。

 それが今、信じがたい事に俺の目の前で現実に起こっている。

 

 多分死んだわけじゃないから、よくある転生ってやつじゃない。



 「てことはパラレルワールドか。まさか過ぎるだろ……」



 まだだいぶ心臓がバクバクしてるけど、何とか理解した。

 俺はどうも『艦娘』と『深海棲艦』がリアルに戦争してる世界に来てしまったらしい・・・。










一章 艦娘との出会い


【1話. 提督になるために】



 艦娘と深海棲艦がリアルに存在する世界に来てから、一週間が経った今日。

 かなり唐突だけど、俺はいよいよ本当の非日常の中へと、足を踏み入れようとしています。



 「やべ、めっちゃ緊張する……」



 場所は防衛省、正門前。

 何で俺がこんな、一般市民とは無縁の場所にいるのか。理由は一つしかない。


 そう——『提督』になるためである。



 『提——裏側——か——中に——』


 「何て書いてあるんだこれ……霞んでて読み辛いわ……」



 携帯画面に表示された『ようせいにもじんけんを!』という、わけのわからんサイトに目をやりつつ、正門へと足を進める。

 正門には警備の人はいなくて、変わりにメガネをかけた女の人が立っていた。

 

 あれ、何かこの人どこかで見た事あるような・・・。



 「……合言葉を」


 「え?」



 思わず間の抜けた声をあげてしまった。

 多分、このサイトのキャッチフレーズ的なものの事を言ってるんだと思う。



 「えっと、ようせいにもじんけんを? で合ってますか……?」


 「正解です。どうぞ、案内します」


 「あ、ありがとうございます」



 合ってたらしい。ほんの一瞬だけど、女の人の顔が明るくなった気がした。


 うん、やっぱりこのサイトはただ胡散臭いだけで、ちゃんと『提督』を募るための物だったんだ。

 いやぁ、色んな人に相談したかいがあったよ・・・。

 

 俺がこのサイトを見つけたのは、今から三日ほど前。

 あらかたこの世界の情報を集め終えた俺は、最後に『提督』について調べようとしていた。


 提督っていうのは、簡単に言ってしまうと艦娘を指揮する人間の事だ。

 もっと簡単に言ってしまうと、野球やサッカーの監督みたいな人の事を言う。

 

 艦娘は提督の指示によって動き、そして深海棲艦と戦う。いわば、艦娘にとって必要不可欠な存在。

 そんな国にとっても艦娘にとっても、超重要な役職の事がまさかネットに載ってるとは、俺も正直思ってなかった。

 

 だから調べて見事ひっかかった時は、ちょっと複雑な気持ちになったよ・・・。

 いや、俺だって提督になれたらそりゃ嬉しいけどさ。でもこの世界はリアルに深海棲艦と戦争してるわけだし。

 

 よくある創作物の主人公みたいな補正も俺には無いっぽいから、この世界に来ても普通の生活を送ってたんだよね。

 ただ、どうもこのサイトは検索しても、ひっかかる人とひっかからない人がいるらしい。

 

 その時点ではまだここに来る気にはならなかったけど、偶々ひっかかった知人たちに、文字が霞んでて全く読めないって言われちゃ、来る気にもなるよね。もしかしたらって期待しちゃうでしょ、普通。


 てなわけで俺はここにいる。

 あ、もう一度念押ししとくけど、別に本気で提督になれるとは思ってないからね?



 「ここです。少々お待ち下さい」


 「あ、了解です」



 メガネの女性は、第一会議室と書かれた扉の前で止まると、扉をノックして中へと入って行った。

 さてさて、これからどうなる事やら。

 

 まあ俺もそこまでバカじゃないし、艦これ経験者としては色々と想像はついてる。

 俺は待ってる間、再び画面に表示されたサイトに目をやった。

 


 「これ絶対妖精が絡んでるだろ。読める奴と読めない奴がいて、読める奴が提督になれる的な奴だわ絶対」


 

 確かそんな設定の創作物があった気がする。

 まだ確定したわけじゃないけど、俺の予想通りなら結構熱い展開かもしれない。



 「ほぉ、ウチらの事を知ってるのかい。こりゃたまげた」


 「! へ?」



 突然、どこからか声が聞こえてきた。

 通路には誰の姿もなく、扉も閉まったままだ。



 (え、気のせいじゃないよな……)


 「下だ下。鈍い奴だな」



 言われた通りに下を見る。

 そこには手のひらサイズの人形が立っていて、じっと俺の事を見ていた。 



 「悪いが、その扉開けてもらえるか。"大淀" の奴、ウチに気付かないで行っちまったからよ」


 「……ん?! え?!」



 在り来たりだって思うかもしれないけど、人間理解不能な場面に遭遇した時って、誰でもこうなるんじゃないかな。

 少なくとも、俺はそう信じてます・・・。



 「お待たせしました。どうぞ中へ」


 「ほれ、行くぜ兄ちゃん」



 いつの間にか、手のひらサイズの人形は俺の肩まで登って来ていた。

 まあその時は頭の中が真っ白になってたせいもあって、全然気付かなかったけど・・・。


 俺は何とかメガネの女性の言葉を聞き取り、部屋の中へと足を踏み入れた。










【2話. 俺にも若干補正かかってる説】



 部屋の中は文字通り、ちょっと広めの会議室だった。

 中にはスーツを着たおじさんが一人、イスに座って何やら書類に目を通している。


 

 「大臣、お連れしました」



 メガネの女性がおじさんに声をかけると、彼は書類から目を離し、俺の方を見て言った。



 「おお、来てくれましたか。ささ、どうぞおかけください」


 「あ、はい」



 言われた通り、イスに腰を下ろす。

 うん、流石は防衛省の会議室。イスの座り心地が大学の教室と全然違う。


 と、俺はここでようやく、手のひらサイズの人形が自分の肩にいる事に気が付いた。



 「わっ!!」


 「ははは! 兄ちゃん、背高いな。実にいい眺めだったよ」


 

 何を呑気な事を・・・どでかい虫が止まってるのかと思って、超絶びっくりしたんですが。



 「それが普通の反応ですよ。誰だって "妖精" が顔の直ぐ横に現れたら腰を抜かしてしまうでしょう」


 「! 妖精……?」


 「大臣、その話はまだ早いかと。先ずはどうしてここに来てもらったのか、その説明から入るべきです」


 「それもそうですね。ああ、それと大臣はやめてください。私はあくまでも臨時の身なんですから」



 そんなのどっちでもいいよと思いつつ、俺は『妖精』と言うワードで再度、頭がいっぱいになっていた。

 

 

 (妖精……これが……)


 「そんなにジロジロ見るなよ。照れ臭い」



 やばっ、ぼーっとし過ぎてガン見しちゃってた・・・。

 でもなんか、リアルで見ても意外と可愛い気がするのは俺の気のせいだろうか。



 「どうやら、妖精との意思疎通も完璧のようです」


 「今の我々にとっては貴重な人材ですね」



 ここで男はコホン、と一つ咳払いをすると、再び俺の方を見て静かに喋り始めた。



 「さて。だいぶ話が反れてしまいましたが、そろそろ本題に入ってもよろしいでしょうか」


 「は、はい。お願いします」



 そういえばまだ何の説明も受けてないんだった。

 まあ何となく何言われるか想像はついてるし、ここは黙っておく事にしよう。



 「おっと、その前に自己紹介がまだでしたね。私の名は小野寺、一応代理で防衛大臣を任されています」

 

 「あ、えっと……俺、あ、自分は神城 信吾って言います!」


 「ぷふっ! 噛みすぎだよ兄ちゃん」



 俺の顔の直ぐ横で、妖精がケラケラと笑い出した。

 同時にほんの一瞬だけど、メガネの女性まで口元が緩んだように見えた。


 いやいや、そんなに笑わなくてもよくない?

 パラレルワールドに飛ばされちゃうとかいう超非現実的体験をしたとはいえ、こっちの世界でも艦これが好きなただの大学生なわけで。

 

 そんなただの大学生が、自己紹介でいきなり防衛大臣なんて言われちゃ、そりゃ焦るってもんですよ。

 いやぁ、大臣て何の事?って思ってたけど、まさか目の前のおじさんが代理とはいえ防衛大臣だったなんてね。

 

 正直な話、今緊張感ハンパないです。



 「そんな緊張しなくても大丈夫ですよ。先ほども言いましたが、私はあくまでも代理ですから」


 「は、はいっ」


 

 気を使われてしまったみたいだ。

 やばい、ほんと一旦落ち着こう。さっきから色々起こりすぎて、頭の中の整理が追いついてない。


 俺は小さく、周りに気付かれない程度に深呼吸をした。

 ふぅ、ちょっと落ち着いたかも。


 大臣(代理)の自己紹介が終わると、次にメガネの女性がペコリと俺に向かって一礼した。

 そしてせっかく落ち着いた俺に、衝撃の一言。



 「大淀です。主に対深海棲艦対策の作戦立案、オペレータなどに従事しています」


 「……」



 うん、何となくそんな気はしてた。

 さっきは色々あり過ぎて全然気付けなかったけど、そもそもよく聞けば声がまんま大淀さんだもんな。

 

 加えてどこかで見たようなその格好と、全く違和感のない綺麗な佇まい。コスプレにしては次元が違い過ぎる。

 やべぇ、これがリアル大淀さんか。めっちゃ美人だ・・・。


 

 「あ、あの、大丈夫ですか……? 先ほどからぼーっとされてますけど……」


 「! あ、はい、大丈夫です。すみません」


 

 危ない危ない、またぼーっとしちゃってた。

 まあでも、こればかりは仕方ないって事で許して欲しい。だってあの大淀さんが、現実に俺の前に立って喋ってるだもん。


 あ、別に変な目では見てないからね? それだけは神に誓います。



 「なあ兄ちゃん、気が付いてるか?」


 「え?」



 不意に俺の肩の上にいる妖精が、大淀さんの事を見て言った。

 ていうか、まだそこにいたのか・・・。


 俺は妖精の問いかけに、わざと自信なさげに答えた。



 「えっと、大淀さんが艦娘……ってこと?」


 「へへっ、流石だな。やっぱ兄ちゃん、只者じゃないだろ」


 「いや……」



 嘘はついてない。こっちの世界でも普通の大学生だったし。

 ただ少しばかり『艦娘』と『深海棲艦』、ついでに『妖精』の知識は持ってるけどね。



 「では自己紹介も終えたところで、早速本題に入るとしましょう。大淀さん、神城さんに資料を」


 「はい」



 そうだったそうだった。そういえばまだ本題にすら入ってないんだった。


 

 「どうぞ」


 「あ、ありがとうございます」



 大淀さんは手に持った紙を数枚、俺に渡してくれた。

 いやぁ、やっぱ美人だわ大淀さん。もう大淀さんと話せたってだけでお腹いっぱいだもん。

 

 俺は今日ここに来てよかったと改めて実感しながら、大淀さんから渡された紙に目をやった。

 紙には案の定、深海棲艦の事やら艦娘の事、妖精の事など、調べても絶対に出てこないだろう様々な情報が細かく記載されている。


 やべ、また心臓がバクバクし始めたぞ・・・。



 「神城さんも既にご存知の通りだとは思いまずが、日本は今 "深海棲艦" という未知の敵の脅威に晒されています。ある日突然、日本の排他的経済水域内に現れたそれらは、日本を恐怖のどん底へと追いやりました」



 そう、これが今から約二ヶ月前の話らしい。

 どうも俺は多々ある艦これの創作物の中でも、中々シビアな設定の方の世界に来ちゃったみたいだ。


 まあでも、その割には世の中結構回ってるみたいなんだよな。

 友達も家族もそんな「もう日本は終わりだ」的悲壮感が漂ってたわけでもなかったし。

 

 この辺は予想だけど、情報規制でもかけてるのかね。

 俺は再び紙に目をやった。

 

 そんな日本の大ピンチの最中、深海棲艦とほぼ同時期に現れた、これまた正体不明の存在。

 それが、在りし日の艦艇の魂を持つ娘たち——『艦娘』である。と、ここには書かれている。



 (おお、かっけえ……! いやー、これが現実なんだもんな。未だに信じらんねえよ)


 

 さらにこう続いている。

 

 通常兵器ではほとんどダメージを与えられなかった深海棲艦に対し、艦娘の持つ『艤装』と呼ばれる兵装でなら、有効的なダメージを与えられる事が分かった。

 何より、艦娘の身形は我々と何ら変わりなく——



 「おい兄ちゃん。熱心なのは構わないが、少しは大臣さんの話も聞いてやったらどうだ?」


 「!」



 妖精に言われて俺はハッとした。

 どうやら大臣が今話している内容よりも、ずっと先の方を読んじゃってたらしい。


 大臣はまだ深海棲艦が現れてからどうのこうのと、資料の全然序盤の話をしていた。



 「ははっ、ほんと面白い奴だな。あ、ちなみにウチの声は大臣さんには届いてないから、そこは安心してくれていいよ」


 (なるほど。てことは俺にも若干、補正かかってる説濃厚か……? これ)



 あまり期待はしてなかったけど、もしかしたら俺にも地味な補正がかかってるかもしれない。

 創作物では、転生したり別世界に飛ばされた主人公にはよくある設定だ。


 そんな事を頭の中で色々考えてたら、大臣の話がようやく艦娘の話へと移った。

 流石にここから先はちゃんと聞く事にしよう。










【3話. 現実はそんなに甘くない】



 「以上ここまでが、深海棲艦についての大まかな説明になります。唐突過ぎて中々理解が追いつかないとは思いますが、一応頭の隅に入れておいていただきたいのです」


 「あ、はい。大丈夫です」


 

 深海棲艦についての説明は、俺の持ってる予備知識とあまり変わらない内容となっていた。

 例えば。深海棲艦相手に通常兵器による攻撃では、効果的なダメージは与えられないという点。

 

 これはもうね、多々ある艦これの創作物を読み漁ってきた俺にとっては、常識みたいなものだった。

 他にも、現時点で確認されている深海棲艦の種類や、出現ポイント等々。

 

 出現ポイントに関しては違う箇所もあったけど、種類については俺の知ってるものと全部同じで安心した。

 うーん、これ俺の知ってる知識も大臣に話した方がいいかな。

 

 いや、でも「何でお前がそんな事知ってるんだよ」って絶対なるよね。やっぱ今はまだ黙っとくか・・・。



 「では大淀さん、ここから先の説明はお任せします」


 「了解しました」



 おっと、色々考えるのは帰ってからにしよう。

 先ずはこの世界に飛ばされた俺が、どこまでやれるのか見極めなくちゃ。

 

 大淀さんはメガネをクイッと上げ直すと、小さく咳払い。

 そしてその綺麗に澄んだ瞳を、俺の方へと向けた。


 

 「改めまして、"軽巡" 大淀です。どうぞよろしくお願いします」



 そのままペコリと一礼。

 反射的に目を逸らしちゃったけど、俺も慌てて頭を下げる。


 そんな俺のコミュ障全開なありさまを見てか、大淀さんはわずかながらの笑みを漏らした。



 「ふふ、神城さんには隠す必要はなさそうですね」


 「えっ……?」 

 

 「一体いつから気が付いていたのですか? 私が "艦娘" だという事に」



 さて、俺はこの問いに何と答えればいいのだろうか。

 艦これをやってる人なら誰でも知ってますよ、なんて言えるわけもない。


 考えてても仕方がないので、俺は在り来たりの返答をした。



 「そ、その……何となく、です」


 「なるほど。何となくで分かるものなのですね」



 ごめんなさい大淀さん、嘘です。

 でも本当の事を言っても余計に話がややこしくなしそうだから、今はこれで勘弁してください・・・。



 「私には普通の人間とまるで区別がつきませんよ。やはり分かる人には分かるのでしょうね」


 「ええ。またいいデータが取れました」



 大淀さんは満足気にまたメガネをクイッと上げ直すと、俺に資料の二枚目を見るよう促した。

 二枚目は主に、艦娘についての説明が細かく記載されている。



 (ぱっと見、こっちもそんな変わったところはなさそうだな……)



 俺はホッと、胸をなでおろした。

 ここが違ってくると、俺みたいなただの大学生が『提督』になるなんて、夢のまた夢の話になってきちゃうからね。

 

 まあ提督にはなれなくても、せっかくこんな世界に来れたんだし、せめて艦娘たちの手伝いぐらいはしたい。だからこそ、俺の持ってる予備知識との相違点には、ちゃんと目を凝らす必要があった。


 大淀さんの説明は今、艦娘はどのような存在で、一体何なのか? といったところに入っている。

 大丈夫、ここは問題なしだ。



 「……不思議な方ですね。普通こんな話を聞かされたら、多少の不安や疑問といった感情が、表情に現れるはずなのですが……」



 大淀さんから、若干の驚きと疑問の目線が俺に向けられる。 



 「あ、いや、正直驚いてます。はい」



 唐突過ぎて思わず棒読みになってしまった・・・。

 でも仕方ない、俺嘘つくの下手くそだし。それにこの状況、次に何を言われるのかワクワクすらしてるからね。


 大淀さんは資料に目を戻すと、再び艦娘についての説明をしてくれた。

 うん、やっぱり変わってるところはない。全て俺の知ってる艦これと同じ設定だ。



 「ここまでで何か質問はありますか?」


 

 一通りの説明が終わったところで、俺に質問できる機会が与えられた。

 でも質問しようにも、聞きたい事をそのまま聞くわけにもいかないんだよな・・・。


 ただ流石に何も質問しないのは怪しすぎるので、俺は今回も在り来たりな反応で乗り切る事にした。



 「えっと、ちょっと理解が追いついてないです。すみません……」


 「いやいや、こちらこそ申し訳ありませんでした。いきなり何の説明もないまま、非日常的な話を一方的に聞かせてしまって」



 ここで大臣の優しいフォロー。大臣、ありがとうございます・・・。

 よくよく考えてみれば確かに、他の一般人が聞いたら絶対理解不能だろうなと、俺は思った。

 

 何の事情も知らない人が、こんな艦娘やら深海棲艦の説明を詳しくされたところで、疑問符を頭の中に量産する事は目に見えている。

 まあ多分、だからこそのあの謎サイトなんだろうけど。

 


 「神城さん、一つ確認してもよろしいですか?」


 

 と、大淀さん。

 俺は直ぐに「はい」と返答した。



 「神城さんはネットから、このサイトにアクセスした。そしてその内容も見る事が出来た。それは間違いないですか?」



 大淀さんは俺に、さっきまで俺が開いていた例の謎サイトを見せてくれた。

 やっぱり文字は霞んだままで、ところどころ読めない箇所がある。


 

 「はい、そうです。でも文字は霞んでるところがあって、全部は読めませんでした」


 「……了解しました。ありがとうございます」


 「なんだ、これ読めないのにウチとは会話出来るのか? 本当に面白い奴だな」



 俺の肩の上でくつろぐ妖精が、少し驚いたように口を開いた。

 やっぱり俺の予想通り、あの謎サイトは妖精が絡んでたらしい。


 今度は大臣が俺の方を見て言った。



 「しかし今日、神城さんは指定された時間にここへ来れています。条件はクリアと見ていいでしょう」

 


 大臣の言う条件とはおそらく、提督関連の事だろう。

 大淀さんもメガネをクイッとやりながら「ええ」と頷いた。


 いよいよか、と俺は思った。

 俺がこのサイト名と同様に読み取る事が出来た「提督になりたい人集まれー!」とかいう怪しさ全開の文字の羅列。

 

 実際本当だったわけだけど、こんなのネットで流して大丈夫なのだろうか。

 するとその疑問が伝わったのか、妖精がご丁寧に解説してくれた。



 「問題ないぜ。言ったろう? このサイトはウチらが作ったんだ。ちゃんとした仕掛けも施されてる」



 なるほど。つまりそれが、サイトにつながる奴とつながらない奴がいた理由ってわけか。

 妖精は更に続けて、



 「ていうかそれ以前に、誰も提督についてなんて調べようとは思わないだろ。ウチらとしても、誰か引っかかるなんて思ってもなかったぐらいだ」



 確かに、それもそうだよな。

 ネットやテレビで大々的に報道するのならともかく、普通に暮らしてれば提督というワードに縁のある人なんて、ほとんどいないだろう。


 ん? いや待てよ。でも海戦系のゲームをしてればその可能性もなくはないか・・・?

 現に俺だって、艦これをしてなかったら知らなかったと思うし。


 

 「どうですか、大淀さん。あなたの目から見て神城さんは」


 「色々と変わった方ではありますが、少なくとも悪い方ではないでしょう。妖精にも好かれているようですし、これなら大丈夫だと思います」


 「ふむ……あとは神城さん次第、というわけですね」



 俺が頭の中で、提督というワードを調べるに至った経緯を考えてた間の、大臣と大淀さんの会話。

 神城 信吾という一人の人間を見極めた結果、彼なら問題ないと二人は判断した。



 「神城さん。今日この場へ来れたあなたを見込んで、私からお願いがあります」


 「は、はいっ」



 大臣が俺の目を見て言った。

 やばいな。代理とはいえこの国の防衛大臣が、俺みたいな一般人にお願いがありますって。

 

 もしかして俺の思ってるよりも、日本てピンチなのか?

 心なしか、部屋の空気がさっきまでより重々しく感じる。



 「我々は現在、艦娘の皆さんの力を借りてようやく、深海棲艦と互角に戦えている状態です。しかし、実際にはテレビやネットで報道されているほど、戦況は思わしくありません」



 やっぱりそうだったか。俺って察しだけは無駄にいいよな・・・。

 大臣は更に続けて言う。



 「それはなぜか。艦娘の皆さんを、正しい方向へと導く事が出来る指揮官が不足しているからです」



 つまり、俺のよく知る『提督』や『司令官』と呼ばれる立場の人間が足りない、というわけだ。

 でもそんな、一般人から募るほど足りないのかなとも思う。

 

 この国には自衛隊と呼ばれる組織もある事だし、人数不足って事は流石にないんじゃ・・・。

 さりげなく大臣に聞くと、あっさりと首を振られてしまった。



 「当然、最重要事項は深海棲艦の排除です。しかし、それだけに集中し過ぎては他が疎かになってしまいます。誠に残念ながら、問題は深海棲艦だけではないのです」



 難しい現実を突き付けられる大学生、まだまだ勉強が足りないという事を実感させられました・・・。

 


 「もちろん、自衛隊の皆さんにも協力してもらってはいます。ただ、先ほども言ったように人数が足りないのです。艦娘を正しく導く事が出来る、そんな素質を持った人間が」


 「素質……ですか」


 「ああ。ちなみに、ウチと話せるって事もその素質ってやつの一つだぜ」



 横から妖精が口を開いた。

 中々俺の都合のいいように話が進んでいく。ここまで都合がいいと、逆に疑り深くなりそうだ。


 まあ今はとりあえず、大臣の話に耳を傾ける事にしよう。


 

 「そこで、一般市民からも素質を持った人間を募る事にしました。当然、極秘裏にですが。もう既に何名かは対深海棲艦対策基地、通称『鎮守府』にて働いてもらっています」


 (鎮守府……)


 「神城さん、あなたにもその素質が十分備わっているという事は確認出来ました。神城さんがよろしければ、その力。ぜひ鎮守府で役立ててはもらえないでしょうか?」



 大臣の目がまっすぐ俺を捉える。

 大淀さんも、ただじっと大臣の話を聞いて、そして俺の返答を待ってるように見えた。


 俺の答えはもう決まっている。

 俺が今日ここに来たのは、この世界でただのほほんと暮らすためじゃない。



 「じ、自分は大丈夫です。こちらこそよろしくお願いします」



 頑張って平常心を装うも、やっぱりキツかった。

 相変わらず全身の毛は逆立ったままだし、心臓もバクバクとうるさい。


 はぁ、おかげで意味の分からない返事の仕方になっちゃったよ・・・。

 

 

 「いえいえ、よろしくお願いするのはこちらの方です。本当にありがとうございます」



 俺は「ふぅ」と心の中で一息ついた。

 一先ず、この世界に来ての第一目標はクリアだ。

 

 提督にはなれなくても、鎮守府で働いてれば他の艦娘を見る事も出来るし、俺の持ってる知識も役立てる事が出来る。

 未だ俺の肩の上にいる妖精も、何やら嬉しそうだ。



 「へっ、兄ちゃんならそう言うと思ったよ。よかったな大淀、これで第六鎮守府も本格的に動けるぜ」

 

 (? 第六鎮守府……?)


 

 どうもこの世界では、横須賀鎮守府や呉鎮守府みたいに、地名じゃなくて番号で呼ぶみたいだ。

 ていうか、もう配属の話する? 俺まだ心の準備とか色々出来てないんですが。

 


 「……大臣、神城さんは第六鎮守府に配属なされるのですか?」


 

 妖精の話を聞いた大淀さんが、大臣に尋ねた。

 いやいや、だから早いって!



 「そうですね……でもその前に、神城さんにも色々と都合があるでしょう。それに、具体的な仕事内容の説明も手続きもまだです。後日また改めて、その話をする事にしましょう」



 こうして後日、またこの防衛省を訪れる事が決まった。

 気が付くと時計の針は午後の五時を指し示しており、俺がここに来てから早四時間が経とうとしていた。

 

 いやぁ、こんなに濃い四時間を経験したのは多分生まれて初めてだよ、うん。

 でもこれから、もっと濃い経験をする事になるんだろうな。


 そう思うと不思議とどこからか、ワクワクと興奮といった感情が湧き上がってきた。

 そんな湧き上がる感情を何とか押し留め、簡単に帰り支度を整える。


 さてと、帰ったら今日手に入れた情報を色々と整理しなくちゃな。

 俺は大臣に一礼し、第一会議室を後にした。



 





 「はぁ……」


 

 第一会議室から出た俺は、小さいとも大きいとも言えないため息を零した。

 結構長い時間、椅子に座って話を聞いていたせいか、どこか体が窮屈に感じる。



 「どうした兄ちゃん、そんな長いため息なんか吐いて」



 加えて妖精がずっと俺の肩の上にいた事で、緊張で姿勢がずっと同じままに固定されてしまっていたのも痛い。

 当の本人は全然知らん顔してるけど。



 (いつまでいる気なんだ……俺もう帰るんだけど)

 

 「随分と気に入られたものですね」


 

 突然、後ろから声がした。

 はっとして振り返ると、そこには会議室にいたはずの大淀さんが立っていた。


 

 「妖精や艦娘である私を見ても、少しも驚かれない方は初めてです」



 俺と妖精の交互に目をやりながら、大淀さんは微笑んだ。

 その微笑みは作られたものではなく、現実に生きている人間がする表情そのままだ。

 

 そんな大淀さん見て、俺は反射的に頭を下げてしまった。

 直視するのが恥ずかしいと感じてしまう辺り、俺はやはりコミュ障なのだろうか・・・。


 

 「門まで送ります」


 「あ、いや。大丈夫ですよそんな」


 「個人的に聞きたい事もありますから。それに神城さんも、今は私しかいません。先ほどは聞けなかった事も、私の可能な範囲でお答えしますよ」


 

 ギブ&テイクってやつだ。

 でも、俺にとってはありがたい話だった。何より、大淀さんと少しでも話せるってのが大きい。


 正門までの短い距離の中、俺は大淀さんの申し出に甘える事にした。





 



 建物の外に出ると、外はようやく日が傾き始めている頃だった。

 夏の真っ只中という事もあって、夕方でもやはり暑い。俺は早くも、冷房の効いた建物内が恋しくなった。


 大淀さんからされた質問は、案の定返答に困る質問ばかりだったけど、妖精が横から話を逸らしてくれたおかげで、何とか上手く誤魔化す事が出来た。

 それにしても、さすが大淀さんだね。話してて俺よりずっと、頭がいいって事が痛感させられたよ・・・。


 

 「神城さんも、今のうちに聞いておきたい事はありますか?」



 正門が迫る。

 俺は迷いに迷った結果、さっき妖精が言ってた第六鎮守府の事を聞く事にした。 



 「うーん……じゃあ第六鎮守府? ってどんな場所、とか聞いても大丈夫ですか?」 


 「ええ、構いませんよ」



 大淀さんは快く承諾してくれた。

 一番聞きたかった事はこれじゃないけど、まあ鎮守府の事を知っておいて損はないだろう。

 


 「第六鎮守府は、つい先日新設されたばかりの鎮守府です。主に船団の護衛や資材の確保、後方支援などに従事しています」


 「ま、兄ちゃんにも分かるように言うとだ。裏方みたいな仕事がメインの基地って感じだな」


 

 横で妖精のフォローが入る。

 要するに、出撃があまりないって事か。

 


 「えっと、艦娘の人は何人ぐらいいるんですか?」


 「現在は駆逐艦が二人のみです」


 「うわ、結構少ないですね……」



 思ってたよりだいぶ少なかった件について。

 二人だけじゃ鎮守府って回らなくね? これからもっと増えるのかな。


 あっ、そういえばこの世界って同一艦は存在するのだろうか。

 一応これも聞いておかないとな。



 「あの、大淀さん。大淀さんは一人だけ……ですよね?」


 「は?」


 

 あからさまに怪訝な顔をする大淀さん。

 俺は直ぐに「何でもないです」と、慌てて謝った。


 頼むよ大学生、語彙力足りなさ過ぎるぞ・・・。



 「ははっ、大淀はここにいる大淀一人だけだぜ。今のところ、同一艦の存在は確認されてないよ」



 と、妖精。

 大淀さんはハッとした様子で言った。

 


 「あ、そういう意味だったのですね。申し訳ありません、理解が追いつきませんでした」


 「いや、悪いのは百パーセント俺ですから……ほんとすみません」


 「ははっ、ほんと只者じゃないな兄ちゃん。同一艦の事なんてどこで聞いたんだ?」


 

 妖精の問いかけに、俺は小声で答えた。

 


 「え、えっと、そういう設定のゲームがあって……」


 「ゲームねぇ……ま、そういう事にしといてやるか」


 

 妖精の怪しげな目線が俺に向けられる。

 でも嘘はついてないからね、うん。


 そしてここで正門に到着。

 俺は門を出る前に、もう一度大淀さんに一礼した。



 「ここで大丈夫です。ありがとうございました」


 「いえ、こちらこそ」



 そう言って大淀さんは、ニコッと微笑んでくれた。

 ダメだ、やっぱり直視出来ない。大げさかと思われるだろうけど、それだけ大淀さんの笑顔が眩しいのだ。



 「またな兄ちゃん」



 肩の上にいた妖精も、いつの間にか大淀さんの肩の上に移動していた。

 重さをほとんど感じないから、いるかいないか分からないんだよな・・・。


 俺は妖精にも一礼すると、早々に我が家への帰路を歩き始めた。






 


 「いやぁ、面白い兄ちゃんだったぜ。大淀もそう思うだろう?」



 神城信吾という一人の青年の後ろ姿が見えなくなると、不意に妖精が口を開いた。



 「ええ、そうですね」


 「ありゃ何かあるな。ウチの妖精としての勘がそう告げてる」


 「……」



 大淀も薄々、そんなようなものは感じてはいた。

 妖精や、艦娘、深海棲艦といった不確かなものを前にしても、彼の態度には明らかな余裕があった。


 まるで、最初から何もかもを知っていたかのような、そんな風にさえ思わせる。

 今度会った時は、その辺の話もゆっくり聞いてみたいものだ。


 大淀はそう心の中で呟きつつ、妖精と共に建物の中へと戻って行った。








 その日の夜。

 俺は自分の部屋で、今日あった出来事を頭の中で振り返っていた。

 

 未だに信じられないような体験を、今日一日だけで経験し過ぎた気がする。

 全く縁のない防衛省に立ち入ったかと思えば、そこで一気に妖精と防衛大臣、更にリアル大淀さんと言葉を交わした。


 そして色々と話を聞かされ、本当に艦娘と深海棲艦が、実際に存在している世界に来てしまった事を実感させられた。

 これは夢ではなく、現実なのだと。


 そう考えた途端、興奮すると同時に怖くもなった。

 ここは艦娘と深海棲艦が、リアルに戦争をしている世界。今この瞬間にも、両者はどこかで戦っているかもしれない。


 防衛省で、大臣と大淀さんから受けた説明では、深海棲艦による詳しい被害状況などは言及されなかった。

 俺自身、考えるのを避けていた事もあって、その辺の事情はあまり把握していなかったりする。


 でもこれから先、そんな甘い考えは一切通用しなくなるんだろうな。

 深海棲艦は多分、容赦なく人間を攻撃するし、建物も壊すだろう。そして、艦娘も沈めようとする。


 あれ、考えれば考えるだけいい事がないような・・・?



 「はぁ……何でこういう時だけ、無駄に想像力働くんだよ……」



 せっかく夢にまで見た、艦娘が実際に存在する世界に来れたんだ。もっと自分にとってプラスになる事を考えたい。

 例えば、第六鎮守府にいる駆逐艦二人は誰なのか、とか。


 大淀さんがあんなに美人だったって事は、駆逐艦なんて絶対に可愛いに決まってるもんね。

 そう思うと、だんだん鎮守府に配属されるのが楽しみになってきた。


 机の上で開いているパソコンの電源を消し、画面をパタンと閉じる。

 ちょうどその時、二階から夕飯を告げる声がした。



 「ああ、そういえば何て言おうかな……」

 

 

 今日の事はちゃんと、親に説明しないといけない。鎮守府で働く以上、大学も通えるかどうか怪しいし。

 まあ就活を控えた大学生が、早くも就職先を見つけたんだ。多分、悪くは言われないとは思う。多分ね。


 俺はそう自分に言い聞かせながら、夕飯の香り漂う二階へ階段を駆け上がった。










【4話. 覚悟】



 防衛省初訪問から三日。

 俺は再び、この場所を訪れる事となった。


 昨日の夜、俺の携帯に届いた一通のメール。

 差出人は驚いた事に、なんとあの大淀さんからだった。

 

 メールの内容は、まあ簡単に言ってしまえば、明朝ヒトマルマルマル——今日の朝十時に防衛省に来いとのこと。

 多分この前大臣が言っていた、具体的な仕事内容の説明と、鎮守府配属の手続きを受けるんだと思う。


 何で俺の携帯のアドレスを把握してるのかは疑問に感じたけど、とりあえずそのメールに従って、俺は今この場にいる。

 防衛省内部。数ある棟の中のそのまた一室で、椅子に腰をかけている状態で。


 チラッと周りに目をやる。周りには俺と同じように、椅子に座っている人たちが三人。

 その三人は明らかに私服ではなく、自衛隊の制服みたいなものを着ていて、私服でこの場にいる俺の場違い感がハンパない。

 

 ふぅ・・・落ち着け俺。

 自衛隊になるための知識はなくても、艦これの知識ならこれでもかってぐらい、頭に叩き込んである。


 少なくとも、この三人よりは艦娘と深海棲艦の事は理解しているはずだ。

 そう頭の中で考えていたら、急に部屋の扉が開いた。


 部屋に入ってきたのは、がたいのいい男性が一人と、大淀さん。最後に、薄い銀色の髪を左右にまとめ、胸の赤いリボンが印象的な正装姿の女性が続く。

 すると、俺以外の三人は男性が入ってきた瞬間、いきなり起立し始めた。



 (えっ、なに……?)


 「いや、座ったままで構わない」



 男性が手でそれを制すると、三人とも素早く着席。

 そのあまりの手際の良さに、俺は思わず呆気にとられてしまった。


 おそらくこの男性は、この三人の上司、上官? にあたる人物なのだろう。

 やばい、ほんと場違い感が凄まじい。



 「よっ、兄ちゃん。また会ったな」


 「!」



 不意に聞き慣れた声が、耳元から聞こえてきた。

 ビックリして目をやると、これまた見慣れた手のひらサイズの人形が、肩にぶら下がって足をバタつかせている。



 (焦ったぁ……勘弁してくれよ……)



 そんな妖精のせいであたふたしている俺を見て、銀色の髪をした女性が、クスッとわずかに微笑むのが分かった。

 はぁ、今度は恥ずかし過ぎてあかんわ・・・。



 「……あれが小野寺さんが言っていた青年か」


 「はい。いいタイミングでしたので、彼にも来てもらいました」



 がたいのいい男性の呟きに、大淀が返答する。

 


 「だが、彼はまだ学生だろう。本当に大丈夫なのか?」


 「妖精や艦娘である私を見ても、彼からは一切の動揺も感じられませんでした。そのデータだけでも、彼は貴重な人材ですよ」


 「ううむ……」


 「確かに。妖精さんも楽しそうです」



 銀髪の女性が微笑みながら言った。

 その視線は真っ直ぐと、妖精と青年を捉えている。



 (めっちゃ見てくるんですけど……何で……?)

 


 女性の視線から目を逸らしつつ、極力平常心を保つよう心がける。

 チラッとしか見てないけど、あの人も絶対艦娘だよな・・・。


 普通の人の美人や可愛いとは、また違った魅力のある不思議な佇まい。

 一見コスプレにしか見えないその格好にも、まるで違和感は感じられず、自然と目が惹きつけられる。

 

 うん、間違いない。これ絶対あの人だわ。

 

 

 「提督、時間です。始めましょう」


 「ああ、分かった。鹿島、スクリーンの方を頼む」


 「お任せください!」



 鹿島——俺の耳がイカれてなければ、確かにそう聞こえた。

 予想的中。やっぱりあの銀髪の女性は、鹿島さんだったんだ。


 

 「さて、先ずはよく集まってくれたと礼を言っておこうか」



 がたいのいい男性が軽い咳払いをした後、口を開いた。

 おっと、今は話に集中しないとな・・・。



 「ここにいる4名には既に報せてあると思うが、諸君らにはこれから鎮守府で働いてもらうことになる。だが、いきなり国防の要である鎮守府に放り出すわけにもいかない。そこでだ、今日は私たちから鎮守府で働く上での説明をさせてもらう」



 男性は更に続けて、



 「申し遅れた。私は現 "第一鎮守府の提督" 相浦だ。宜しくな」


 「軽巡洋艦娘、大淀です」



 男性の自己紹介に、大淀さんが続く。

 そして最後、



 「練習巡洋艦娘の鹿島です! 宜しくお願いします!」



 元気いっぱいの鹿島さんの挨拶は、決して崩れることのない、実に輝かしい笑顔付きだった。

 加えてその声は、艦これで何度も聞いた鹿島さんそのまんまっていう素晴らしさよ。


 ああ、やっぱ鹿島さんいいなぁ・・・。



 「よし、これで自己紹介は終わりだ。鹿島、プロジェクターを起動させてくれ」


 「はい!」



 部屋の明かりが消え、天井付近にあるプロジェクターの電源が入る。

 しばらくして、ゆっくりと降りてきたスクリーンに、プロジェクターによる映像が映し出された。



 「では始めよう。要点だけを纏めて話す、故に集中して聞いてくれ」



 時刻はヒトマルサンマル——朝の10時半。

 相浦提督と大淀さん、鹿島さんによる、中々にシリアス成分を含んだ説明が始まった。








 「さっきも言った通り、話は極めて簡単だ。諸君らには今後、鎮守府で提督の補佐をしてもらう。仕事内容の説明はたったこれだけだ」



 ここでスクリーン画面の映像が切り替わる。

 スクリーンには提督の補佐としての役割が、極々簡潔に纏めてあった。

 


 「提督ってのは猫の手も借りたいぐらい忙しくてな。加えて数も少ない。諸君らのように、素質のある人間が手伝ってくれるのは非常に助かる」



 素質——多分、妖精が関わってるんだろう。

 うーん、確かにシンプルな説明で助かるけど・・・他の三人はこれで理解してるのか?



 「そこの三名に関しては、既に配属手続きの準備は整ってある。終わったら早速、それぞれ指定された鎮守府へ移動してくれ」


 「はい!!!」



 自衛官服を着た三人の、覇気のある返答。

 そのあまりの覇気のよさに、思わず肩をビクつかせてしまった。



 「わっ、と。何だよ兄ちゃん、急に動いたら危ないだろ」



 声のする方を横目で見ると、肩の上にいる妖精が必死になって服を掴んでいた。

 俺は心の中で若干申し訳ない気持ちになりつつ、平静を装う事に集中する。


 その後直ぐに、自衛官服を着た三人は、相浦提督の指示で部屋を去って行った。

 どうやら、本当に簡単な話だったらしい。


 あれ、でも俺は? この状況、どうしたらいいの・・・?



 「あー、神城君だったか。悪いが前の方に詰めてもらえるかな」


 「! は、はい!」



 割と後ろの方に座ってたため、席の移動を促された。

 急いで机の上のメモ帳とボールペンをバッグに詰め込み、真ん中の前から二列目の席へと腰を下ろす。


 俺が着席し、落ち着いたのを見計らって、相浦提督が口を開いた。



 「さて。話の前にいくつか確認してもいいかな」


 「あ、はい。大丈夫です」


 「君はまだ学生という事だが、鎮守府で働く以上、こちらに専念してもらわなければならない。そこは問題ないね?」


 「大丈夫です」



 これは既に、親とも相談済みだ。

 両親ともOKサインを出してくれたので、これには自信を持って答えられる。


 すると相浦提督は、より一層重い口振りで言った。



 「本当にいいんだね? 今この国が置かれている状況は、テレビや新聞で流れているほど決してよくはない。恐らくこれまでの日常生活とはある意味、かけ離れた生活を送る事になると思う」


 「……これまでの」


 「ああ。脅すようで申し訳ないが、君にその覚悟はあるか」


 「……」



 問われている。

 俺が本当に、鎮守府でやっていけるのかどうか。


 当たり前の事だけど、現実はゲームみたいに甘くはない。

 今後、頭の中に入っている予備知識が、役に立たなくなる可能性もあるだろう。

 

 その時、俺みたいなただの大学生に何が出来るのか。

 まあ何も思いつかないってのが、正直なところなんだけども。


 ただ、せっかくのチャンスでもある。

 こんな非現実的な体験、もう二度と来ないだろうし、夢でも見れる気がしないもんなぁ・・・。


 

 「相浦提督、あまり威圧しないでください」


 「そうですよ提督さん。そんな怖い顔してたら、また駆逐艦の子たちに逃げられちゃいますよ?」



 横から大淀さんと鹿島さんのフォローが入る。

 一瞬、相浦提督の眉がピクッと動いたように見えたけど、もしかして気にしてるのかな。


 

 「大丈夫だ兄ちゃん。多分、兄ちゃんなら艦娘とも上手くやっていけるよ」


 

 妖精からも後押しされてしまった。

 何も別に、怖気付いたわけじゃないんだよ。ただ少しだけ、ほんの少しだけ考え事をしてただけ。


 

 「……やれます。大丈夫です」



 今度は即答というわけにもいかなかったけど、これにも自信を持って答えた・・・つもりだ。

 


 「……ふっ、そうか」



 しばしの間の後、相浦提督は俺から目を離し、手元にあった数枚の紙の束を渡してきた。

 ぱっと見た感じ、どうやら提督用のマニュアルらしい。


 

 「本来であればじっくりと、研修を受けてから着任してもらいたい所なんだが、いかんせん時間も人手も足りない。今から最低限、これだけは覚えて行って欲しい内容をピックアップする。悪いが、残りは鎮守府へ行ってから慣れてくれ」


 「あ、はい」



 かなりめちゃくちゃな事を言われてる気がするのは、気のせいだろうか。

 俺だからいいようなものの、他の人からしたら絶対理解不能だよなこれ・・・。



 「先ず、提督に求められる仕事は——」



 っと、流石にこれは集中して聞かなければ。

 俺は静かに、さっき閉まったばかりのメモ帳とボールペンを取り出し、ペンを走らせた。










【5話. 期待と不安】



 いつ以来だろうか。

 こんなにも集中して人の話を聞き、メモを取るのは。


 相浦提督、大淀さん、鹿島さん。

 三人がご丁寧にスクリーンまで使用し、説明してくれた内容は、全てこのメモ帳と頭の中に叩き込んだ。

 

 元からある予備知識と合わせて、この世界の『リアル艦これ』事情は、これでだいたい把握する事が出来たと思う。

 俺は小さく「ふぅ」と息を吐いた。


 休憩を挟んでいたとはいえ、相浦提督らによる講義が始まってから約四時間弱。

 時計は既に午後の二時を回っている。


 やばい、首回りと腰が少し痛くなってきた・・・。



 「さて、神城君。ここまでかなり急ピッチで話を進めてきてしまったが、何か質問はあるか?」



 地味に痛み始めた腰を摩っていたところ、俺に質問をする機会が与えられた。

 うーん、何を聞こうか。正直、今の講義で分からなかった箇所はあまりないんだよな・・・。


 だって艦娘の事も深海棲艦の事も、妖精の事も最初から全部知ってたし。

 強いて言うなら戦況ぐらいだろうか。やっぱりここはもう少し、突っ込んで聞いておきたい。


 俺は悩んだ末、今現在の戦況を突っ込み過ぎて怪しまれない程度に、上手く加減して質問する事にした。



 「えっと、今はどこが主な戦場になってるんでしたっけ……?」


 「南西諸島方面です」



 大淀さんが即答してくれた。

 そう、南西諸島方面。艦これでいう、一の四をクリアしたら開放される海域だ。


 現実では沖縄の下辺り?のバシー海峡、マリアナ沖周辺が舞台となっているらしい。

 ちなみに、これはさっき講義を受けて初めて知りました・・・。


 その上、具体的な位置も把握していなかったというね。

 地理は全くの専門外とはいえ、これぐらいは知っておかないと恥ずかしいと思いました。ハイ。


 おっと、話が逸れた。

 肝心な戦況についてだけど、何度も聞かされた通りあまり芳しくはないらしい。


 その理由は色々ある。大淀さんが一応、俺にも分かるように説明してくれた。

 主な理由としては、今までと比べて敵が強いとか、数が多いとか、こちらの戦力・兵站不足、等々が挙げられるそうだ。


 まあゲームの方でも、南西諸島方面に入ってからは敵に戦艦・空母がゴロゴロ出るようになったからね。

 ゲームであれば、時間をかけてゆっくり攻略すればいいけど、当然現実ではそうはいかない。


 早く敵を掃討しなければ、深海棲艦はどんどん日本本土へと近付いてくる。

 そうなれば、どんだけの被害が出るか分かったものじゃない。考えただけでもゾッとする。



 「現在、第一鎮守府・第二鎮守府・第三鎮守府が、南西諸島方面攻略に向けて総力を挙げています。今の所こちらが優勢ですが、気は抜けません」


 「あ、ありがとうございます」



 優勢、その言葉を聞いて少し安心した。

 でもまだ、南西諸島海域攻略の最大の山は超えてないっぽいな。


 二の四、沖ノ島海域を・・・。



 「もう質問はよろしいですか?」



 大淀さんが聞いてくる。

 質問らしい質問が何も思い浮かんでこなかったため、俺は「大丈夫です」と質問タイムを終える事にした。


 

 「では、これでお開きにしましょう。相浦提督、他に何かありますか?」


 「……いや、何もない」



 何だろう、今少し言い淀んだように感じたんだけど。

 しかも俺の事めっちゃ見てくるし。怖い、怖いです相浦提督・・・。



 「ふぁ〜あ……ん、終わったかぁ……?」



 実に眠そうな声が、俺の耳元から聞こえてきた。

 講義が始まって早々、深い眠りに落ちた妖精の声だ。


 これってもしかしなくても、俺の首回りと腰が痛いのはこの妖精に気を使って、姿勢を固定し続けてたからじゃないか?

 重さはほとんど感じないとはいえ、そこで寝られるとあまり動けないんだよ・・・。



 「可愛かったですよ、妖精さんの寝顔♪」


 「悪いな。ウチはどうも、ああいう長ったるい話は苦手なんだ。すぐ眠くなっちまう」



 ふふっ、と微笑む鹿島さん。

 そんな鹿島さんの物言いに、妖精はそっぽを向くと照れ臭そうに頭を掻いた。

 

 確かに、ちょっと可愛いかも。



 「あっ、提督さん。そろそろ行かないと、ヒトゴーマルマルからの会議に遅れちゃいそうです」


 「うむ」



 会議までの貴重な休み時間を、俺なんかのために使ってくれたのか。

 なんか申し訳ないな・・・。


 俺は改めて、相浦提督にお礼を述べた。



 「今日はありがとうございました」


 「いや、礼を言うのはこっちだよ。人手不足とはいえ、まだ大学生である君をこんな非日常の中に巻き込んでしまった事、本当に申し訳なく思ってる」


 「いえそんな。自分がやりたくて言った事ですから。全然大丈夫です」


 「……そうか」



 そう、これは俺が望んだ事だ。

 ここまで色んな話を聞かされ、俺の抱いてる感情は期待とワクワクだけじゃなく、若干の不安も生まれた。


 でも艦娘が実在する世界でじっとしていられるほど、俺は大人しくはない。

 これまで数々の難イベントをクリアしてきた者として、現実でも少しはその経験を活かせるはずだ。

 

 少なくともこの世界の提督よりは、勝手は理解してると思う。多分だけど。

 


 「それではな。さっきも言ったが、鎮守府へ行ったら先ず慣れるところから始めるといい。仕事は徐々に覚えるだろう」


 「あ、はい。分かりました」



 相浦提督が部屋を後にする。

 その後ろを、鹿島さんが慌てて追いかけて行った。


 部屋を出る直前、鹿島さんはこっちに向かって満面の笑顔で手を振ってくれた。

 コミュ障発揮して頭を下げる事しか出来なかったけど、また機会があれば話してみたいなぁ。



 「兄ちゃん、鹿島みたいな奴が好みなのか?」


 「っ、いや別に……」



 いきなり何を言い出すんだこの妖精は・・・。

 そりゃ鹿島さんを嫌いな提督なんていないとは思うけどさ。



 「コホン。神城さん、記入していただきたい書類がいくつかあるのですが」


 「! わ、分かりました」


 「へへっ、そんな焦んなよ。鹿島には言わないどいてやるからさ」



 はぁ、そういう問題じゃないんだよ・・・。

 心の中で、未だにニヤニヤしている肩の上の妖精に文句を言いつつ、大淀さんから渡された書類に目を向けた。








 「……鹿島、お前の目に彼はどう映って見えた?」


 「え?」



 会議室へ向う途中、不意に相浦提督が口を開いた。

 彼——つまり、神城さんの事だろう。


 何で今それを聞いてきたのか、鹿島には分からなかったが、素直に返答した。



 「そうですね……私たちの話をとても集中して聞いて、真剣にメモを取っていました。時折、肩の上にいた妖精さんに気を使う様子も見られましたし、優しくて真面目な方なのだと思います」


 「……」


 「? 神城さんがどうかしたんですか?」


 「いや、普通あんな非現実的な話を一度に聞かされたら、少しぐらい動揺したり困惑の表情が伺えるものなんだが……彼には一切それがなかったと思ってな」


 「あー、そういえば」


 「俺だって初めて、深海棲艦や妖精を見た時はこの目を疑ったよ。焦りもした」


 「現職の海上自衛官がそんな事では、神城さんに笑われちゃいますね」



 イタズラな笑みを浮かべる鹿島。相浦提督は言い返す言葉がなかった。

 コホン、と一つ咳払いをし、彼は続けて言った。



 「それに、さっきの質問。艦娘や深海棲艦、妖精の事はそっちのけで戦況の事ときた」


 「何か変ですか? 誰だって戦況の事は気になると思いますけど」


 「ううむ……」


 「神城さんは順応性が高い方なんですよ。提督さんと違って♪」



 またも言い返す言葉が見つからない。

 どうしてこうもこの艦娘は、痛いところをついてくるのだろうか。


 

 「きっと神城さんなら、艦娘とも上手くやれますよ!」


 「……だがこれは賭けだぞ。提督として鎮守府に着任した奴は、大抵一ヶ月経たずして鎮守府から去っている。中にはノイローゼや心身症を発症する奴もいるぐらいだ。補佐とはいえ、彼も例外じゃない」


 「そ、それは……」



 これは先ほどの講義では触れなかった部分でもある。

 上からの命令で、彼が鎮守府で提督の補佐の任に就く事は既に確定していた。


 だから、あまり脅すような事は言いたくなかったのだ。


 

 「上は彼で試すつもりなんだろ。果たして一般市民が、提督の補佐として機能するのか。役に立つのかを」


 「……そういえば、最近辞めていく人が増えた気がします」


 「世の中には知られてないが、鎮守府の仕事は激務だからな。南西諸島の攻略が終わるまで、息つく暇もないだろう」


 「耳の痛い話ですね……」


 「まあな。だが、これからもっと耳が痛くなる話を聞かされるぞ」


 「うぅ、早く帰りたいです……」


 「ふっ、珍しく意見が一致したな」



 だがそういうわけにもいかない。

 今日の会議は、各鎮守府の提督が集まった大切な会議だからだ。


 やがて、二人は会議室に到着。

 泣き言を言う間もなく、二人は会議室の中へと入って行った。








 あらかた書類に必要事項を書き終えると、ペンを机の上に置いて、記入漏れがないかのチェック作業に入った。

 書類には俺の個人情報が記入してある。まるで一種の履歴書のようだ。


 

 「終わりましたか?」


 「あっ、はい。終わりました」



 ちょうど一番最後の行を読み終えたところで、大淀さんが声をかけてきた。

 俺は書類を大淀さんに渡した。


 

 「ふむ……ありがとうございます」


 

 どうやら大淀さんも、記入漏れがないかチェックしてくれたみたいだ。

 目を通し終えると、大淀さんは書類を丁寧に封筒へとしまう。そして、俺に向かって一礼した。


 

 「今日は一日お疲れ様でした。座ってばかりで疲れたでしょう?」


 「いや、全然そんな事ないですよ」



 全力で否定しにかかる。

 呑気に眠りこけていた妖精のせいで首回りと腰は痛むが、別に疲労感はそこまでない。



 「ふふ、そうですか。それなら提督の補佐の任に就いても、書類作業は問題なさそうですね」


 「頑張れよ兄ちゃん。気が向いたら遊びに行ってやるからな」



 いや、誰のせいで首回りと腰が痛くなったと思ってるんだよ。


 

 「次はいよいよ、鎮守府での仕事に移っていただきます。急ではありますが、どうかご容赦ください」


 「了解です。えっと、いつ頃になりそうですか?」


 「四日後のヒトマルマルマルに、こちらからご自宅にお迎えにあがります」


 「あ、まじですか」



 まさか迎えに来てくれるとは・・・。

 これは素直にお言葉に甘えさせてもらおう。



 「あの、そういえば荷物とかってどうしたらいいですかね……?」


 「生活に必要な物は全て、こちらでご用意します。もしご自宅から持って行きたい物がございましたら、当日までにまとめておいてください」


 「わ、分かりました……ありがとうございます」



 そこまでやってくれるのか。

 流石になんか申し訳ないんだけど・・・。



 「他に何か聞いておきたい事はありますか?」



 親切な大淀さんの問い掛けに、しばらく考えた俺は「大丈夫です」と返答した。

 さてと、これで今日は終わりかな。


 机の上のメモ帳と、ペンケースをバッグの中に放り込んで、簡単に帰り支度を整える。

 ふと携帯のホーム画面を見ると、時間は午後の三時を回っていた。



 「では、四日後にまた」


 「は、はいっ」



 あれ、今日は門まで送ってもらえないのか。

 てっきり、今日も質問攻めに遭うと思ってたんだけど。



 「ほら、行くぞ兄ちゃん。門まで送ってやる」



 別に妖精に送って欲しいとは言ってないんだけどな・・・。

 ていうか、自分の仕事はどうした。


 

 「申し訳ありません、この後直ぐに私も会議に出ないといけなくて……」


 「あ、全然大丈夫ですよ!」



 大淀さんも忙しいんだ。贅沢は言っていられない。

 ここは妖精で我慢しておこう。



 「……おい兄ちゃん、なんか失礼な事考えてないか?」

 

 「! べ、別に何も……」


 

 さすが妖精、鋭い・・・。

 俺は妖精の疑わしい目線を知らん顔しつつ、大淀さんに頭を下げる。そして足早に、部屋を後にした。










二章 大学生が鎮守府に着任しました


【6話. 口は災いの元】



 四日後。

 俺は家まで迎えに来てくれた車へと乗り込み、鎮守府へと出発した。


 目的地は第六鎮守府。

 千葉県の南部に位置する館山?だったかな。そこに建てられているらしい。


 車の中で、俺の横に座っている大淀さんが教えてくれた。

 あの時「四日後にまた」って言ってたから、もしかしたらとは思ってたけど、大淀さんまで乗ってるとは・・・。


 まさか大淀さんも、第六鎮守府に異動になったとか?

 それはそれで嬉しい。リアル大淀さんとはまだ会って日が浅いけど、一緒にいると謎の安心感があるから。


 せっかくだし聞いてみようか。

 鎮守府までは二時間弱かかるらしいし、ずっと黙って座ってるのも勿体無いからね。



 「あ、あの、大淀さんも第六鎮守府に用があるんですか?」


 「ええ、まあ。これから本格的に動いてもらう事の旨を、第六鎮守府の提督に伝えに」



 どうも異動じゃないみたいだな・・・。

 まあ重要な作戦立案やオペレータに従事してるんだ、第六鎮守府みたいな小規模基地に来るわけないか。


 ちょっと残念だけど、別の話題に移ろう。



 「そういえば第六鎮守府の提督って、どんな人なんですか?」


 「神城さんより少し年配の、現役の海軍……いえ、この時代では海上自衛隊でしたか。に、属している方です」


 「!……まじっすか」



 おもいっきりプロじゃん!

 うーん、いきなり不安になってきたんですが。


 俺みたいなただの大学生を、果たして迎え入れてくれるだろうか。

 しかも講義を受けたとはいえ、ロクな研修も受けてないのに。


 

 「心配いりませんよ。彼も着任したのは昨日なんです。神城さんと一日しか変わりません」


 「あっ、そうなんですね……」



 そうは言っても、やっぱ不安だよなあ。

 いくら艦これの知識があっても、実際の仕事がマウスのワンクリックで済むわけがない。


 ド素人の俺が行っても、提督の足を引っ張る未来しか見えないよ・・・。

 着任当日に負の感情を増大させるっていう。超カッコ悪いですね、ハイ。


 でも、楽しみな事もある。

 それは言わずもがな、艦娘に会える事だ。


 この前は駆逐艦が二人のみって言ってたけど、あれから少しは増えたのかな。

 これも聞いてみることにしよう。ついでに駆逐艦の名前の方も、ね。



 「あ、そうだ。鎮守府にいる艦娘って、まだ駆逐艦二人だけなんですか?」


 「いえ、現在は六人です」



 一応、艦隊が組めるぐらいにまでは増えたのか。

 まあそれでも、少ない事には変わりないんだけど。


 すると大淀さんは、カバンから一枚の紙を取り出し、俺に渡してきた。

 紙に目をやると、そこには俺が気になっていた、鎮守府に在籍している艦娘の詳細が載っていた。

 

 

 「私の前では、遠慮しないで結構ですよ」



 メガネをクイッとやりながら、大淀さんは微笑んだ。

 さすが大淀さん、俺なんかの考えは全部お見通しって感じだな・・・。


 紙に目を戻す。

 軽巡洋艦が一隻に、駆逐艦が五隻。ごく一般的な、水雷戦隊と呼ばれる編成だ。


 

 (漣、不知火、霞、皐月、島風……おっ、軽巡は夕張さんか)



 俺の初期艦——叢雲の名前はなかったものの、戦力としては中々のメンツが揃っていた。

 大淀さんは更に続けて言う。



 「あとそこに名前は書かれていませんが、工廠整備の関係で工作艦娘も一時的に在籍しています」


 「へー、明石さんもいるんですね」



 一通り目を通し終えた俺は、紙を大淀さんに返す。

 だがどういうわけか、大淀さんは紙を受け取らない。代わりに怪訝な表情を、俺に向けてくる。


 あれ、俺何かした・・・?

 


 「……どこで明石の名前を? 私は工作艦娘と言っただけで、明石とは一言も言ってませんけど」


 (あ、やべっ……!)



 完全に口が滑った。

 艦これで工作艦と言ったら明石さんしかいないから、つい反射的に口が開いちゃったよ。


 

 「えっと……日本の工作艦と言えば、明石さんぐらいしか思い浮かばなかったので……」



 咄嗟に思いついた嘘にしては、中々それっぽいのではないだろうか。

 しかも完全に嘘ってわけでもないしね。

 


 「ほぅ……神城さんは軍艦に詳しいのですね」



 そう言って大淀さんは、紙を受け取る。どうやら上手く誤魔化せたみたいだ。

 今後は大淀さんの前では口を滑らせないよう、ちゃんと注意しないと。

 


 「……まあもっとも、工作艦は明石だけじゃありませんが」



 すみません大淀さん、明石さん以外の工作艦は知らないんです自分・・・。

 確か前に聞いたような気もするけど、どうも思い出せそうにない。



 (ダメだ、出てこねえ……)



 俺はさり気なくズボンのポケットから携帯を取り出す。

 そして工作艦と、ネットで検索をかけた。










【7話. お出迎え】



 思っていたよりも早く、車は高速道路から一般道へと降りた。

 周りには既に背の高い建物は見られず、走っている道路の右手側には広大な東京湾が見える。


 

 (いよいよか……やべ、緊張してきた……)

 


 鎮守府へと近付くにつれて、心臓がうるさく鼓動を打ち始めた。

 携帯を弄っている手も、心なしか震えているように感じる。


 

 「あと十分ほどで到着しますよ」


 「あ、はいっ」



 こういう極度に緊張してる時って、声まで震えるんだよな・・・。

 そんな俺を見てか、大淀さんがクスッと小さく笑った。



 「緊張しますか?」


 「ま、まあ……少しは」



 そりゃ緊張しないわけがない。

 下手したら今まで生きてきた中で、一番緊張してるまである。



 「相浦提督も言ってましたが、仕事に関しては徐々に覚えていけば大丈夫です。第六鎮守府の仕事量は比較的に少ない方ですから」


 「は、はい」


 「それよりも重要な事は慣れる事です。第六鎮守府にいる艦娘は、個性的な子が多いので」


 「個性的……ですか」


 「ええ。まあこの辺りは、神城さんなら問題ないと思います」



 一体何を根拠に言っているのか。

 コミュ障属性の疑いを持った、普通の大学生なんですけど俺。


 うーん、それにしても個性的か。

 あのリストを見るに、心当たりがあり過ぎる件について。


 もっとも現実の世界での艦娘が、ゲームの方の設定を持っていればの話だけど。

 ていうか、持っててくれないと困る。


 

 「見えてきましたね。あれが第六鎮守府ですよ」



 頭の中で第六鎮守府にいる艦娘の事を考えていたら、もう車は目的地の真ん前まで来ていた。

 かがんで前の方を見ると、一般道に降りてからは一番大きいと思える建物が目に入った。


 あれが第六鎮守府か・・・。

 車は門の前で停車すると、運転手が到着を告げる。


 俺は運転手に一礼してから、持参した荷物を引っさげ車を降りた。

 


 (着いた……)



 改めて鎮守府の方へと目を向ける。

 正面に「第六鎮守府」と書かれた、青銅製の看板がかかっているのが見えた。


 

 「行きましょう。先ずは提督に着任の報告を」


 「は、はい!」



 大淀さんの指示で門をくぐる。

 警備員らしき男性に、大淀さんが身分証を見せた。



 「失礼しました。どうぞ、お通り下さい」



 男性は身分証を確認し終えると敬礼した。

 俺も軽く頭を下げ、大淀さんの後ろをついて歩いて行く。


 門をくぐると、その先には少女が一人立っていた。

 少女は無表情のまま、こちらをジッと見据えている。


 俺はその少女が自分のよく知る艦娘だと、一目で直感した。



 「お疲れ様です」


 「わざわざ出迎えありがとうございます、" 不知火さん "」



 不知火——やっぱりそうだった。

 あのリストの中でこの容姿に当てはまる艦娘は、不知火しかいないからね。


 綺麗なピンク色のセミロング。それをポニーテールで纏め、夏にもかかわらず白い手袋を身につけている。

 鹿島さんと同様、一見コスプレにしか見えない格好にも違和感の欠片もない。


 いやぁ、これはコミュ障発揮しますわ・・・。

 


 

 「いえ、大した事では。それよりも、そちらの方が……」


 「はい。今日から提督の補佐を務める、神城信吾さんです」



 一瞬、不知火と目が合った。いつものごとく即逸らしたけども。

 


 「か、神城です。よろしくお願いします」


 「陽炎型駆逐艦、二番艦の不知火です。ご指導ご鞭撻、よろしくです」



 そしてペコリと頭を下げる不知火。うん、完璧だ。

 聞きなれたそのセリフを、まさか生で聴ける日が来るなんて。やばい、感動・・・。



 「では、司令の元へ案内します。こちらへ」


 「お願いします」



 とりあえず一旦落ち着け俺。

 まだあと明石さんを含めて他に六人も艦娘がいるってのに、初っ端からこれじゃ身がもたないぞ。


 俺は高鳴る心臓を何とか落ち着かせながら、建物の方へと歩いて行く二人に続いた。










【8話. 着任】



 不知火の案内で、俺と大淀さんは鎮守府の中を歩いて行く。

 小規模とは言っても、流石は鎮守府。全く小規模とは思えないぐらいに色々と大きい。


 先ず敷地。そしてその敷地の中に建っている棟の数やら、働いている人の数まで。

 これは新手の小規模詐欺じゃないかと思わせるぐらいだ。


 

 (ふーん……結構人いるんだな)

 


 ちょっと安心した。

 人手不足って言ってたから、もっと過疎過疎なのかと思ってたけど、全然そんな事なかった。


 むしろこれでも人手が足りてないって、どんだけ忙しいんだよって話なんだよな。

 まああの深海棲艦と戦う為の施設だし、別に驚く事でもないんだけど。


 建物の中を見物しながら、提督のいる部屋へと足を進める。

 やがて不知火は「提督室」と書かれた目印の見える部屋の前で止まった。



 「ここが提督室です。少しお待ちを」


 

 不知火はそのまま扉を三回ノックした。

 すると直ぐさま中から「どうぞ」と入室を促す声が聞こえてきた。


 不知火を先頭に、大淀さん、俺といった順で提督室へと入って行く。

 さてさて、この鎮守府の提督はどんな人なのだろうか。相浦提督みたいに、あまり厳つい人じゃなきゃいいんだけど・・・。


 

 「失礼します。司令、大淀さんと神城副司令をお連れしました」


 「! あ、ありがとう」



 司令と呼ばれる男性が、はっとしてこっちを見る。

 真っ白な提督服に身を包み、相浦提督ほどではないが、それなりにがたいのいい好青年というのが第一印象だ。


 歳は俺よりも上だろうけど、そこまで離れてない感じかな。

 ああ、よかった・・・相浦提督みたいに厳つい人じゃなくて。 



 「提督の塚原です」


 「あっ、か、神城信吾です。宜しくお願いします!」



 それなりに緊張していたせいか、声がまだ若干震えている。

 いやー、この緊張すると声が震えるの本当にどうにかして欲しいわ。



 「ご無沙汰しております。塚原提督」



 今度は横にいる大淀さんが口を開いた。

 塚原提督はまた、はっとした様相で返答した。



 「は、はい。大淀幕僚」


 「この後少し、お時間よろしいでしょうか。お伝えしたい事がいくつかありますので」


 「え、ええ……大丈夫です」



 どうやらこの後すぐ、大人の話が始まるらしい。

 うーん、俺はどうしたらいいんだろうか。

 


 「し、不知火。申し訳ないんだけど、神城君を補佐官室まで案内してくれる?」


 「……分かりました」



 補佐官室? それってもしかして、俺専用の部屋って事ですかね?

 あの、俺まだ実際の仕事の勝手とか分かってないんですが。いきなり一人はキツくない・・・?



 「ごめん神城君。話が終わったらまた呼ぶから」


 「あ、全然大丈夫です。待ってます」



 思ったけど、補佐官の俺も話聞かなくていいのかな。

 補佐官とはいえ、提督の次に艦娘と近しいポジだろうし。俺も聞いといた方がいい気がするんだけど。



 「副司令、行きましょう」


 「! あっ、ごめん」



 そんな俺の真面目な思考は、不知火の「副司令」と自分を呼ぶ声に、どこか遠くへと消し飛んだのだった。








 「こちらが補佐官室になります」



 不知火に連れられ、俺は補佐官室へとやって来た。

 部屋には1人で使うには若干大きめのデスクに、キチンと整理された本棚と、仕事に必要そうな最小限の家具だけが置かれている。


 なんかこの無駄な家具が一切ない感じ、着任したてで何も家具がなかった時期を思い出すなぁ。

 これで段ボールだけだったら、まんまその通りだったんだけど。



 (結構広いな……お、こっから港見えんじゃん。やば)



 部屋にある窓から母港が一望できた。

 母港には既に何隻か船が泊まっており、その周りを人々が慌ただしく行き来している。


 そんな行き来している人々の中で、一際目立った髪色をした少女に目が止まった。



 (ん? あれって……)


 「副司令? どうかされましたか?」


 「! あ、いや。何でもないっす」



 うーん、副司令呼びは嬉しいけど何か慣れないな・・・。

 普通に名前か苗字で呼んでくれた方が個人的にありがたいかも。


 まあそんな事、俺の口からは言えないんだけどね。

 


 「本棚にある資料はご自由にお使い下さいとの事です。デスクも同様、副司令の好きに使っていただいて構いません」


 「あ、はい。ありがとうございます」



 とりあえず机の方に移動してみる。

 本棚の資料は、何やら難しそうな分厚い本ばっかりだったので後回し。



 (うわ、でっか……俺の家の倍はあるぞこれ……)



 テーブルクロスがかかっているだけで、だいぶ雰囲気が変わるな。あと椅子も高そう。



 「? お座りになられないのですか?」


 「あっ……」


 

 正直俺なんかが座っていいのかって気しかないんだけど、不知火に言われ仕方なく椅子に腰を下ろした。


 

 「副司令、右上の引き出しに補佐官マニュアルが入ってます」


 「あ、うん。ありがと」



 おっ、なんか今の提督と秘書艦ぽかったような。

 やっぱせっかく不知火と話せるんだし、もう少しこっちから話しかけないとダメですね。



 「えっと、不知火……?」


 「はい、何でしょう」



 俺の呼びかけに、若干首を傾げる不知火。

 やばいな、真正面からこれは。あまり言いたくないけど、普通に可愛い・・・。



 「あ、えっと……今日って俺何もしなくていいのかな」


 「司令からはマニュアルに目を通すようにとしか言われてません」


 「あ、了解す」



 会話終了〜。

 つい二、三分前の決意はどこへやら。ていうか不知火って、雰囲気も喋り方もまんまゲーム通りだな。


 しかしそうなると会話が続かない上に、この沈黙の時間が苦痛でしかない。

 不知火をずっと立たせたままにしておくのも、考えものだし。


 と、次の話題を模索しつつ、マニュアルをパラパラと適当に捲ってたら、部屋のドアがノックされた。

 俺も不知火もノックの音を聞いて、扉の方へと目を向ける。


 塚原提督と大淀さんの話が終わったのだろうか。何はともあれ、この沈黙の時間が続くよりはマシかな。

 俺は「開いてます!」と扉の向こうの誰かに聞こえるよう、若干大きめの声で言った。



 「失礼しまーす!」



 扉が開き、ハツラツとした声と共に部屋に入って来たのは、意外にも一人の少女であった。










【9話. 漣】



 「ん? 何やってるんです? そんな所に突っ立って」


 「いえ、お構いなく」


 「えー、そんなつれないこと言わないでよ ぬいぬい〜」


 「副司令の前ですよ " 漣 "。それとぬいぬいって呼ぶのやめてください」


 「副司令? ああ、そういえば提督が今日来るって言ってたね」



 少女——漣は入ってくるなり、不知火と談笑を始めた。

 まあこの子が漣と言われても何の疑いもない。声も一致するし、目も髪もピンク色の女の子なんて、そうそういるもんじゃないからね。


 あれ、そういえば漣の中の人って誰だっけ? てか漣は提督とは呼ばなかったはず・・・こっちの世界でもぬいぬいって呼ぶのありなのか。

 何てことを頭の中で一斉に考えつつ、自己紹介のタイミングを伺う。


 

 「ども、初めまして! 綾波型駆逐艦、漣です!」



 でも少し遅かった。先に漣にやられてしまった。

 ペコリと会釈し、ニッコリ笑顔を浮かべる漣。ゲームでは見られない、実に可愛らしい光景である。


 俺も負けじと、イスから立って自己紹介。



 「神城信吾です。よろしくお願いします」


 「いえいえ、こちらこそ!」



 さすが漣。イメージ通り、初対面でも話しやすい性格の持ち主みたいだ。

 今まで会ってきた艦娘とは違って、そこまで緊張も感じない。



 「あっ、ちなみにですね」



 そう言って漣は机の上のペンを手に取り、メモ用紙にスラスラとペンを走らせた。



 「? 何を書いているのですか?」



 その様子を疑問に思った不知火が、背後から口を開く。

 そういえばこれも自己紹介の一環だったな。ゲームの方で。



 「はい、こう書いて漣と読みます。えっと……副提督? でいいのかな」


 「あー、別に好きなように呼んでくれれば」


 「え、いいんですか?」



 うん、むしろそっちの方がありがたいんで。

 後ろの不知火の視線が気になるけど、全然砕けた感じでいいです。ハイ。



 「うーん、どうしようかなぁー」


 「いや、別にそんな深く考えなくても……」










【10話. 霞と皐月】



 「さあ、着きましたよ! ここが自習室です!」


 

 補佐官室から移動し、場所は自習室前。

 何で俺がこんな所にいるのかというと——漣との軽い雑談を終えた後でも、塚原提督からの呼び出しがなかったため、漣の勧めで先にここにいる艦娘たちに、顔を見せて回る事にしたからである。

 

 先ずは補佐官室から近い距離にいる、二人の駆逐艦娘から。


 

 「ふぅ……」


 「そんなに緊張することないですヨ。漣の時みたいに、普通にしてれば大丈夫です!」


 

 普通、それが俺にとってどれほど難しい事か。まあ漣のおかげで少しは慣れつつあるけどね。



 「……」


 「? どうしたのぬいぬい。さっきから黙り込んでるけど」

 

 「……別に何も」



 このさっきからというのは無論、補佐官室で漣と雑談してた時からである。

 不知火にも話しを振ったけど、全然続かなかったんだよな。俺が話し下手ってのもあるけど。

 

 でもこればっかりは許して欲しい。

 話してる時も歩いてる時も、ずっと不知火の視線が突き刺さるから、妙に言葉が詰まるんだよ・・・。


 現に今もジッと見られてるし。何で??



 (俺なんかしたっけ……?)


 「ふむ……どうやら気に入られたみたいですね。ぬいぬいがこんなに人を凝視するなんて、今までなかったことです」


 「そ、そうなんだ……」



 漣を先頭に、自習室へと足を踏み入れる。

 中は広くもないがそこまで狭くもなく、何だか学校の図書室のような雰囲気を放っている。


 

 「あ、やっぱここにいた。おーい、二人ともー!」



 漣が声を発した方に目を向けると、そこには二人の少女が机に向かっていた。

 声をかけられた少女たちは、ほぼ同時に顔を上げ、こっちを見てくる。


 少女とはいえ、一人は金髪。もう一人は灰色っぽい髪をしているため、かなり見た目がアレだ。

 普通の人なら「うわ、何だあの髪色」って引き気味になるところだけど、そこは艦娘だからか不思議と違和感はない。むしろ似合ってる。



 「あっ、漣! ちょうどよかった。漣も手伝ってよ」


 「? はい?」



 金髪の少女——皐月が手を振りながら、こっちまで駆けて来る。

 小学生と言われても納得するレベルの幼さは、流石は睦月型と言うべきか。



 「ん? このお兄さんは?」



 近くまで来た皐月と目が合う。

 やばいな、ほんと小学生じゃん。身長とか俺の胸ぐらいしかないぞ。



 「補佐官の神城です。よろしくお願いします」


 「補佐官? 補佐官って、司令官が今日来るって言ってた?」



 はい、多分その補佐官です。ていうかその様子だと、俺のことはもう全員に通達済みっぽいね。



 「ふーん……なんか全然、補佐官て感じしないね」


 

 皐月がまるで、品定めをするかのような視線を向けてくる。

 まあ格好が格好だから仕方ないね。まだジーパンに薄めのパーカー羽織ってるだけだし。



 「皐月、失礼ですよ」



 いつの間にか横にいた不知火が、ドスの効いた声で言う。

 皐月は一瞬、肩をビクッと震わせ「それもそうだね」と姿勢を整え、そして敬礼した。



 「睦月型駆逐艦、五番艦の皐月です! よろしくお願いします、神城補佐官!」


 「あ、うん……よろしく」



 これが見た目小学生の女の子に、初めましてから圧倒される大学生の図である。



 「霞ー、霞もこっち来て挨拶しなよー」



 皐月が未だ机に向かっている少女——霞に声をかける。

 しかし、霞からの反応は得られない。こちらの声が聞こえていないのか、黙々と机上の用紙にペンを走らせている。



 「ねえ、僕より霞の方が失礼じゃない? これ」

 

 「霞……」



 再び不知火が低い声と共に、前に出ようとする。

 ここで俺が何か気の利いた事でも言えればいいんだろうが、あいにく何も思いつかない。


 

 「はぁ……うっさいわね」


 「何ですかその態度は。それが上官に対する、正しい態度だとでも?」


 「あー、怖っ。よくそんな低い声が出せるわねあんた」



 怖いと言いつつ、全く気にも留めていないご様子。

 霞は机の上の用紙とペンを手に取り「霞よ。以上」とだけ言い残すと、早々に自習室から出て行った。



 (まあ最初だし。こんなものだろ)



 数いるツンデレ艦娘の中でも、霞はかなり当たりが強いキャラだ。

 だからリアルでもいきなり仲良くなれるなんて、そんな楽観視は当然していない。



 「……申し訳ありませんでした。霞には後でよく言って聞かせておきますので、今日のところはどうか」


 

 謝罪の言葉と相まって、深々と頭を下げる不知火。

 俺は直ぐに全然気にしてない事を伝えたが、どうも納得のいかない表情を浮かべている。


 

 「いやー、ぬいぬいのドス声を聞いても動じないとは。やりますねぇ〜」


 「ほんと。僕の方がちょっと後退りしちゃったよ」



 確かに。実際に聞いてみると、とても女の子が出していい声じゃないように思える。

 俺はゲームである程度、不知火の事を知ってたからいいけど、他の人が初見でこれ聞いたらだいぶビビるのでは。


 まあともあれ、これで皐月と霞には顔見せ出来た。残るは島風、夕張さん、明石さんの三人。

 誰から挨拶しようか・・・。










【11話. 戦艦クラスの眼光・・・?】



 「あ、そういえば さつ吉さんや。さっき漣に、何か手伝ってとか言ってなかった?」


 「さつ吉って何さ……確かに言ったけど」



 自習室を後にし、俺を含めた一行は、鎮守府内にある屋外広場へと向かっていた。

 何でもそこで飽きもせず、ずっと一人?で走り回ってる子がいるのだとか。



 「一人というか、何と言うか。まあ一人ではないんですヨ」



 何とも含みのある言い方をする漣。

 皐月もそれに続く。



 「三体+一人って感じだよね。僕もああいう兵装が欲しかったなぁ……」


 「それは一理と言わず百里ぐらいありますね」



 よく分からない言い回しだが、何となく分かる気もする。

 広場を一人で走り回り、そのお供に三体の兵装。これらの事柄に見事当てはまる艦娘を、俺は知っている。


 

 「……あの、副司令」



 名前が出掛かったところで、後ろから不知火に声をかけられた。

 


 「ん?」


 「そろそろお戻りになられた方が。司令からの指示に、艦娘への顔見せは含まれていませんでした」


 「あー、そうだね……」



 もともと、補佐官室でマニュアルを読んでるはずだったのが、いつの間にか鎮守府内を歩き回っている。

 別にそれは悪い事でもないんだけど、提督さんから呼ばれてもここだと気付けないんだよな。



 「えーっ! そんな固い事言わないでよぬいぬい〜!」


 「固いも何もありません。それに……」



 不知火がちらっとこっちを見てくる。



 (うーん、やっぱりちょっとまずいか……)



 これは余談だが、コミュ障は人の視線にもの凄く敏感である。それが艦娘ともあれば尚更だ。

 俺の場合、相手が自分に対して抱いてる感情などなど、かなり細かい所まで読み取る事が出来る。

 

 よって今、俺に向けられている視線。加えて、ここに来るまでにすれ違ったりした人からの視線も、何を訴えているかよく分かる。

 まあ、要するに・・・。



 「その "服装" のまま鎮守府内を歩くと、些か目立ってしまいます」


 (ですよねー)



 ただのジーパンに、薄めのパーカーを羽織っただけという、一見その辺を歩いてる一般人にしか見えない格好。

 鎮守府の職員の方々は恐らく、揃ってこう思っていた事だろう。


 「誰だよお前」、と。

 それはここにいる艦娘たちも例外ではないはず・・・なのだが。



 「漣は好きですヨ? 全身真っ白な服より断然いいと思います」


 「うん、僕も。なんか固い感じがしなくて、一緒にいても気にならないや」



 意外にも好評だった件について。約一名の艦娘以外からは。



 「っ……し、不知火はそういう話をしてるのではありません。副司令として、その格好のまま彷徨くのはどうかと思っただけです」

 


 吐き捨てるようにして言うと、不知火はそのままプイッとそっぽを向いてしまった。

 そんな不知火の態度が面白かったのか、漣と皐月が追撃にかかる。



 「へー、不知火がそんな顔するなんて珍しいね。僕初めて見たかも」


 「よっぽど "ご主人様" の事が気に入ったんですね〜」


 「なっ……!!」



 皐月よ、不知火は本来こういうキャラだぞ。鉄仮面なんてのは仮の姿ですから。

 それよりも・・・。


 

 (ご主人様って、俺のこと……?)


 「ね、ご主人様!」



 明らかに俺の事を言ってる模様。あまりのインパクトに、戸惑いを隠せない。

 確かに好きなように呼べとは言った。でもなぜご主人様なのか。それ提督に対しての呼び方のはずですよね?



 「漣、何で補佐官がご主人様なの?」

 

 「んー、何となく。強いて言うなら、提督よりご主人様の方がそれっぽかったからかなー」



 皐月、疑問を抱くところはそこじゃないぞ。そして今の漣の発言で、提督=ご主人様の公式が崩れ堕ちました。

 もっとも、この世界に艦これは存在しないから、公式もクソもないんだけど。



 「それに男の人は、ご主人様って呼ばれると嬉しいらしいですよ? メイドカフェなるものがその証拠です!」

 

 「うわー、それ絶対危ない人じゃん」


 「副司令……」



 ニヤニヤ顔の漣と、ちょっと引き気味の皐月。更に、今の今までそっぽを向いてた不知火の鋭い視線が、俺目掛けて一点集中する。

 そのせいか、背中を変な汗が伝う。いや、流石にこれは言わせてもらおう。



 「ちょ、ちょっと待って。そりゃ喜ぶ人もいるだろうけど、俺は全然違うから」

 


 必死で否定する。今後、みんなの俺を見る目が痛々しいものにならないよう、全力で。



 「あははっ! 面白い方ですね〜、ご主人様は」



 何が面白いのか。せっかくのリアル漣によるご主人様呼びも、全く耳に入ってこないんですが。

 


 「ねえねえ補佐官、僕もご主人様って呼んだ方がいいのかな?」


 「あ、いや……それは大丈夫す」



 そんなこんなで喋ってるうちに、冷房の効いた屋内から屋外へと出た。

 ジリジリと照り付ける太陽と、セミの鳴き声が実に鬱陶しい。


 とはいえ、夏の真っ昼間だというのにあまり暑さは感じなかった。これも全部、不知火の冷たい眼光のおかげだな・・・。










【12話. 疾きこと、島風の如し】



 広場には漣たちの言う通り、一人の少女の姿があった。

 少女は三体のメカメカしい何かと一緒に、トラックを楽しそうに駆け回っている。



 (いた。にしても本当にそのまんまだな……)



 分かってはいたが、遠くからでも分かる奇抜な格好は、流石の一言に尽きる。普通の人間が常時あんな服装だったら、かなりやばい人扱いされてしまう事だろう。


 事情を知ってる俺でさえ、見てて「大丈夫なのか」と心配になるぐらいだから、これは断言できる。


 

 「ああ……あぢぃ……」


 「よくこんな暑い中走り回れるよね……」

 

 

 少女——島風とは対照的に、抑揚のない声が後ろの方から聞こえてきた。振り返って見ると、二人ともこの暑さでだいぶ参ってるご様子。

 この分だと不知火も、なんて思ったのだが。



 「……なにか?」


 「あ、いや。何でもないっす」



 不知火は全く動じていなかった。それどころか、逆に睨み返される始末。

 これは早いとこ終わらせて、戻った方がよさそうですね。ハイ。


 後ろでぶつくさ文句を言う二人を置いて、不知火と広場の中を進む。

 そこへちょうど、トラックを一周し終えた島風が戻って来た。



 「連装砲ちゃーん! あと少し、頑張ってー!!」



 ゴールで島風が三体の兵装——連装砲ちゃんにエールを送っている。そのエールに応えるようにして、連装砲ちゃんの走るペースが上がった。



 「キュイ! キュ、キュ!」


 「そうそう! その調子!」



 実に可愛らしい光景である。

 ここだけの話、島風も連装砲ちゃんも、実際に見るのは楽しさ反面不安もあった。ゲームでは可愛く見えても、リアルであの姿はどう映るんだろうって。


 もちろん贅沢は言わない。でも、最低限ちゃんと島風であって欲しい。それは連装砲ちゃんも然り。

 だけどそんな諸々の不安は、たった今どこかへ消し飛んだ。ここまで二次をリアルで再現出来るって、この世界は本当にどうなっているのやら・・・。



 「島風。少しよろしいですか」



 島風がこっちに気付くより先に、不知火が声をかけた。

 うーん、近くで見ると更に色々と・・・ここまで細かく再現しなくてもと思ってしまう。


 

 「あれ、不知火だ。もしかして不知火も走りに来たの?」


 「いえ、そういうわけでは」


 「なーんだ。つまんないのー」

 


 不知火が「早くしろ」と言わんばかりの目線を向けてくる。

 心なしか、表情まで怒ってるように見えるのは多分、気のせいじゃないんだろうな。


 というわけで、俺の苦手な自己紹介の時間がやって参りました。

 いまいちタイミングがつかめてないけど、不知火が怖いのでここはゴリ押すしかない。



 「あ、えっと……」


 「あっ、じゃあそこのお兄さんでもいいや!」


 

 しかし肝心の名前を言う前に、島風からよく分からないストップがかかる。そして俺の直ぐ目の前まで接近して来た。

 


 「ねえねえ、お兄さん速い?」


 「え? いや……」


 「私と勝負しよ! このトラック一周、どっちが速く走れるか!」


 「えっ……」



 突然の申し出に困惑を隠せない俺。あと近い・・・。

 


 「島風、この方は——」


 「ほら、早く早くーっ!」


 「わ、ちょ……!」

 

 

 不知火の制止も一歩及ばず。腕を強く引っ張られ、島風のなされるがまま状態に。

 結局俺は、島風とかけっこ勝負をする事になってしまった。








 トラックのスタート地点に立つ。横では競争相手の島風が、やる気満々の様相で並んでいる。

 開始の合図を今か今かと、ピョンピョン飛び跳ねながら待つ島風。跳ねるたびに「おうっ、おうっ!」と聞き慣れた声が耳に入る。


 対して俺は、研修で教わった内容を、スタートまでの短い時間の中で思い返していた。

 艦娘の身体能力は、艤装を外した際もある程度引き継がれる。研修の時、鹿島さんが教えてくれた事だ。

 

 別に驚く事でもなかった。この手の話は数ある創作物でもよく見かけるからね。

 ただでさえ俺みたいな運動不足の大学生に、初めから勝機なんてあるわけもなく。遅過ぎてガッカリされるのが目に見えてるし、正直あまり乗り気じゃないのは内緒の話だ。あと何より、汗をかきたくない・・・。



 「連装砲ちゃん、合図よろしくね!」


 「キュイ!」



 ただ、目の前で楽しそうに笑ってる島風を見ると、彼女を落胆させたくないという気持ちが湧き上がってくる。

 トラックの長さは恐らく、二百メートルぐらい。果たして今の俺に、完走できるだけの体力が残っているだろうか・・・。



 「よしっ。それじゃいくよお兄さん!」


 「う、うん」



 島風に言われ、俺も構えの体勢をとる。心臓が無駄にバクバクとうるさく鳴り始めた。



 「位置についてー! よーい……」


 

 そして。

 ドン、と連装砲ちゃんがスタートの合図を告げる空砲を放った。



 「っ……!」



 合図と同時にスタートを切る。フライングすれすれの、最高のスタートダッシュだ。

 ここまできたら後はもう、ゴールを目指してひたすら走り続けるのみ。


 

 「わっ、お兄さんはっやーい!」



 運がいいのか悪いのか、スタートは島風よりも早かったらしい。

 これがもし、二百メートル走ではなく、三メートル走だったら俺の勝利で終わってたのに。



 「でも、スピードなら私も負けませんよー!」

 


 びゅん。

 突然吹いてきた横風に、思わず体勢を崩しそうになる。

 

 その直後、俺は目を疑った。

 横風は島風が俺の横を走り抜けた際に吹いたもので、当の本人は気が付くと遥か前方を走っているという事実。


 

 「えっ?!」



 驚きのあまり走りながら「えっ?!」を連呼してしまった。

 凄まじく速い、速すぎる。まだ五秒も経ってないのに、もうトラックの半分を走り終えている。


 目の前の少女——島風が、普通の人間の女の子ではないって事を、実感させられた瞬間だった。

 やがて島風は、少しもしないうちに二百メートルのトラックを一周し終えた。



 「ゴール!!」



 二体の連装砲ちゃんが持つゴールテープを切り、この競争において島風の勝利が確定した。

 圧倒的敗北。艦これでいうならD敗北ってところか。俺なんかまだ半分の百メートルも走りきれてないってのに。いくらなんでも速すぎだろ。

 

 息も絶え絶えに、最終コーナへと突入する。

 なんかこの図だけ見ると、一人で走ってるように思われそうで怖い。

 


 「頑張れご主人様ー!!」


 「あとちょっと、頑張れ補佐官ーっ!」



 そこへ遅れてやって来た漣と皐月の声援が聞こえてくる。

 ゴールでは連装砲ちゃんが、新しいゴールテープを持って俺の到着を待っていた。


 

 (やめて……こっちが恥ずかしい……)



 島風に遅れる事、数十秒。

 複雑な羞恥心と一緒に、何年ぶりかの二百メートル走をようやく走り終えた。

 


 「はぁ、はぁ……きっつ……」



 やっぱ運動は適度にしとかないとダメですね。まさかここまで体力が落ちてるとは・・・。



 「ねえ、どう? 私速かったでしょ??」



 膝に手をついて息を整えていたところ、島風が駆け寄って来た。その表情は落胆どころか、実に満足気だ。

 俺は少しほっとすると、絶え絶えの息のままなんとか応えた。



 「うん……めっちゃ速かった……オリンピックレベルだよ……」


 「やっぱり? そうよね、だって速いもん!」



 ふふん、と胸を張る島風。

 ゲームでMVPボイスを喋る時はいつも、こんな感じで言ってるんだろうなとか想像してしまう。



 「うは、めっちゃ疲れてるじゃないですか!」


 「大丈夫? 顔真っ青だけど」



 心底疲れ果ててる俺を見て笑う漣と、心配そうな顔をしてくれる皐月。

 そういえば昼まだ食べてなかったっけ。空腹の状態で急に走ると、貧血みたいな症状を起こすの忘れてた・・・。



 「戻りましょう、副司令」



 と、いつの間にか近くまで来ていた不知火が口を開いた。

 まだ怒ってるんじゃないかと思ってたけど、どうやらそうでもなさそうだ。



 「ねえねえ、お兄さん名前は? 私は島風!」



 おお、ファインプレーだ島風。危うくここに来た目的を果たさないまま、帰っちゃうところだった。



 「あ、神城信吾……です」


 「うーん……じゃあシンちゃんね!」


 「え?」


 「また一緒に走ろ! 今度は負けないから!」



 満足気な笑みを浮かべながら、島風は連装砲ちゃんと広場から去って行った。

 最初のシンちゃんはともかく「負けないから」は意味不明なんですが。負けたの俺の方だし。



 「聞いたかい、さつ吉さんや。シンちゃんだって」


 「聞いたー。島風があんな楽しそうにしてるところ、初めて見たかも」


 「ずっと一人でいましたからねぇ……いい遊び相手が見つかったみたいで、よかったです」



 と、ニヤニヤ顔の漣が俺の方を見て言う。

 いや、俺なんかじゃ遊び相手にもならないぞ・・・。


 

 「ほぅ……遊び相手ですか。それは誰の事を言ってるのでしょう、漣」


 「へ? あー、それはですね……」


 「ちょ、何で僕の方を見るのさ!」



 不知火のドスを効かせた低い声が、漣と皐月を怯ませる。

 俺の気のせいでなければ、また場の気温が一気に下がったように感じた。多分気のせいじゃないんだけど・・・。










【13話. 補佐官のお仕事】



 挨拶回りを始めてから、三十分ほど経過した。

 島風と競争をしたせいか腹が減っているせいか、異様に重い足取りで提督室へと向かう。


 そろそろ塚原提督と大淀さんの話も終わってる頃だろうか。

 まだ夕張さんと明石さんに挨拶してないけど、流石にあの二人は後回しでいい。こんな顔面蒼白で汗だくで、髪の毛ぐちゃぐちゃな状態じゃ、恥ずかしくてとてもじゃないけど顔を合わせられない。


 

 「あっ、漣たちはこの辺で失礼します」


 「ごめん、僕も」



 さっき通った自習室を前にして、漣と皐月の足が止まった。



 「今日中に遠征の報告書をまとめないといけなくてさー」


 

 ぶつぶつと文句を垂れる皐月。

 そういえばさっき港に何人か人影が見えたけど、あれ遠征帰りの皐月たちだったのかな。



 「漣は甘味を奢ってくれるってんで、ちとお手伝いしてきます」


 「あ、うん。案内ありがと」


 「いえいえ、どうって事ありませんヨ。終わったら遊びに行きますね、ご主人様」


 

 漣はひらひらと手を振りながら、未だ文句を言う皐月を連れて自習室へと入って行った。

 ていうか、そのご主人様呼びは定着しちゃったのね・・・。


 漣たちと一旦別れ、俺と不知火は変わらず提督室へ。

 途中、何度か周りの人たちからの視線を感じたが、気にせず歩いた。無意識で早歩きになっていたのか、前にはもう提督室が見える。



 (早く着替えてぇ……)



 汗もかいたし、早めに着替えてしまいたいところだが、あいにく俺は着替えがどこにあるのか把握していない。

 不知火ならもしかしたら知ってるかもしれないけど、さっきから黙ったままだ。非常に聞き辛い。



 「……」


 (怒ってるわけじゃないんだよな……これ)


 

 実際に見ると不安になってくる。まあ不知火の言うこと聞かなかったから、怒ってても無理ないんだけどさ。

 案の定なんの会話もないまま、提督室の前に戻って来た。


 

 (これ入っていいのか……?)


 「副司令、よろしいですか」


 「あ、うん」



 すぐさま一歩横へとずれる。不知火が扉の前に立っている状態。

 不知火はそのまま、扉をノックしようとする。

 

 ガチャリ——だがノックする前に、ちょうど部屋の扉が開いた。

 

 

 「おや、いいタイミングですね」



 大淀さんだ。どうやらたった今、話が終わったらしい。



 「ああ、ごめんね待たせちゃって。そこのソファーにでも座ってて」


 「は、はい」


 

 塚原提督に言われ、俺は提督室の中へと足を踏み入れる。

 殺風景な補佐官室と違って、実に生活感に溢れた部屋である。ソファーやテーブルなど、見るからに値が高そうだ。



 「それでは、私はこれで失礼します」


 

 完全に用が済んだのか、大淀さんが部屋を出る前に一礼する。

 塚原提督もそれに次いでビシッと敬礼した。この中で座ってるのもおかしな話なので、俺も立って頭を下げる。

 

 一瞬、大淀さんがこっちを見て微笑んだように見えたのは、気のせいじゃないと思いたいところだ。

 提督室の扉が閉まる。部屋には俺と不知火、塚原提督の三人だけとなった。


 

 (大淀さんもう帰っちゃうのか……)



 別に何がしたいわけでもないけど、少し残念な気持ちになってしまう。

 鎮守府に来た以上もう簡単には会えないだろうし、挨拶ぐらいしておきたかったなぁ。



 「あれ、どうしたの。座っていいよ」


 「あっ、はい」


 

 俺は再びソファーに腰を下ろした。続いて彼は不知火の方を見る。



 「えっと、不知火は……」


 「他にご命令がなければ、不知火も下がらせていただきます」


 「わ、分かった。お疲れ様」



 ペコリとお辞儀をした後、不知火も部屋から出て行ってしまった。これで部屋には俺と塚原提督の二人だけ。

 不知火が部屋から立ち去ると、塚原提督もテーブルを挟んで、俺の前の席に着いた。



 「改めまして、提督の塚原です」


 「神城です。よろしくお願いします」



 自然と背筋が伸びる。なんとなく面接をされているような、そんな感覚だ。

 といっても特別緊張してるわけでもないので、ハッキリと喋れた。



 「神城君、先日まで大学生だったんだって? 最初聞いた時は驚いたよ」


 「ええ、まあ……」

 

 

 これには思わず苦笑い。でも一番驚いてるのは、他ならぬ俺自身なんだよな・・・。

 


 「ある程度事情は説明済みだって聞いてるけど、ろくな研修も受けずに連れて来られたらしいね」


 「あ、はい。なんか時間がなかったみたいで」



 そう言うと、塚原提督の顔が少し険しくなる。そしてため息混じりに言った。



 「まったく、何考えてんだか……いくら適正があるにしろ、いきなりこんな所に連れて来るなんて」



 俺は何も言えない。黙ったまま、相変わらず文句なしの姿勢で話を聞いている。



 「もし少しでも嫌になったら言ってな。無論、こっちもそうならないように努力はするけど」


 「わ、分かりました」


 

 そう思う事は多分来ないだろうけど、とりあえず返事をしておく。

 ただ、塚原提督の言う事も最もだ。俺だからよかったものの、他の人だったらどうなっていた事やら。


 先ずここへの着任の件すら断っていた可能性もある。というか、それが普通な気もする。 

 でも他の人とは違って、俺には艦娘の知識も深海棲艦の知識も備わっている。wiki先生のおかげで、これでもかってぐらいに。それを少しでもこの世界で役立てるのであれば、断る理由など皆無だ。


 まあいくら知識があるとはいえ、それはゲーム上の事でしかないのも事実。今の所ゲームとそこまで差異はないけど、リアルがそんな甘いわけもない。必ずどこかに差異はあるだろう。


 例えば、提督が一番注意しなければならない事とか。俺はあの時の講義で教えてもらえなかったそれを、誰にもまだ聞けずにいる。

 


 「それじゃ一応、ここでの仕事内容から話しとこうか」


 「! はい、お願いします!」



 あっ、そういえばメモ帳、補佐官室に置いてきたままだったの忘れてた・・・。

 






 

 メモ帳を補佐官室に置いてきてしまった事を若干後悔してる間にも、塚原提督は既に話しを始めていた。無い物は無いので、メモ帳ではなく頭の中に内容を記憶していくしかない。


 と、かなり集中して話を聞いていたが、話はかなり単純なものだった。

 いや、この言い方は語弊があるな。俺にとっては簡単な話であって、他の人からしたら充分大変かもしれない。



 「ざっと話すとこんな感じだけど……どう? いけそう?」


 「あ、はい。大丈夫だと思います」


 

 塚原提督が言うには、俺の主な仕事は二つ。

 先ず一つ。これは言わずもがな、提督の仕事を補佐する事。例えば、書類にサインしたり判子を押したり。


 加えて、塚原提督の不在時には、出来る範囲で提督の代わりをする事。これには俺も少し驚いたが、ちゃんとしたマニュアルもあるんだとか。艦娘も予め塚原提督からの指示を聞いているため、そんなに難しい仕事じゃないらしい。


 そして二つ目。これは意外というかなんというか、これも仕事なのかって感じだった。

 というのも、艦娘たちと接する事。言わばコミュニケーションを取れって話だったんだけど、これのどこが仕事なのかよく分からないんだよな。まあ俺にとっては、こっちの方が大変ちゃ大変なんだけど・・・。



 「……分かった。とりあえず今日はいいから、明日から色々と手伝ってもらおうかな」


 「今日はいいんですか?」


 「うん、大丈夫。俺も着任したばかりで、結構ドタバタしててね。恥ずかしい話、まだ神城君に仕事を回せる状態じゃないんだ」


 

 そう笑って誤魔化すように言う塚原提督。なんだかこんなド素人が来ちゃって、ほんと申し訳なく思ってしまう。



 「だから今日は鎮守府を見て回ったりして、時間を潰して貰えると助かる」



 ここで塚原提督は立ち上がると、デスクの方へと歩いて行き、横に付いてる引き出しの中から何かの鍵を取り出した。



 「これ、神城君の部屋の鍵。部屋に着替えとか生活用品が置いてあると思うから」


 「あっ、ありがとうございます」


 「それで制服に着替えてもらって、後は自由にしてくれていいよ。もし服のサイズが合わないだとか、他に必要な生活用品があれば気軽に言ってくれな」


 「分かりました」



 この後、塚原提督から寮の場所と部屋の番号を聞き、俺は提督室を後にした。



 「……ふぅ」



 神城が部屋から出て行くと、提督は深いため息と同時に、ソファーの背もたれに背中を預けた。

 偉そうに仕事内容を話したはいいものの、先ずは自分の仕事から片付けなければならない。


 チラッと机の方に目をやる。机の上には今日中にまとめなければならない書類と、目を通さねばならない書類が積み重なっている。加えて、これから艦娘たちが持ってくるであろう、諸々の報告書等。


 考えれば考えるだけ、暗い気分になる。こんなのため息吐かずにやってられるか。

 と、ようやく重い腰を上げようとしたその時。扉がノックされた。



 「はい、どうぞ」



 提督が言い終わるのとほぼ同時に扉が開いた。

 中へ入って来た少女——霞は、無言のまま机の方へと歩いて行く。そして手に持った数枚の紙を、机の上の空いたスペースに置いた。

 

 

 「遠征の報告書、ここ置いとくから」


 「あ、ありがとう。お疲れ様」



 てっきり手渡しされるかと思い、立って待っていたが霞はこっちを見向きもせず。

 用はそれだけだったようで、報告書を置くと彼女は何も言わずに部屋から出て行った。此の間、十秒もかかっていないだろう。

 


 「はぁ……どうにも慣れそうにないな、こりゃ」



 提督はこの日何度目かのため息を吐くと、再びソファーの背もたれに背を預けた。


 






 提督室を出た俺は、一先ず置きっぱなしの荷物を取りに補佐官室へと向かった。

 さて、これからどうするか。


 寮に行って着替えて、昼飯を済ませるまではいいとして、問題はその後。まだ会ってない夕張さんと明石さんに会いに行くか、鎮守府をぶらぶらするか、それとも補佐官室に籠もってるか・・・。


 頭の中でこの後の予定を色々と模索しつつ、補佐官室の扉を開ける。


 

 「おや、もう戻られましたか」


 「あっ……」



 誰もいないと思ってたのに、中にはさっき帰ったはずの大淀さんが立っていた。

 まさか大淀さんがいるとは思わず、驚きのあまり言葉を詰まらせてしまう。



 「すみません、勝手に入ってしまって」


 「あ、いえ! 全然大丈夫です!」


 

 大淀さんが言うには、帰る前にもう一度俺と話をしておきたかったとの事。

 俺としては挨拶もしたかったし、実に好都合だった。



 「ここでの仕事の事はもうお聞きになられましたか?」


 「はい、聞きました」



 仕事の話は既に塚原提督から聞いている。若干疑問な点もあるが、問題無い。

 そう言うと大淀さんは、今度は申し訳なさそうな表情で言った。



 「本来はもっと、研修を積ませてから着任させるべきだったのですが……申し訳ありません」


 「いや、そんな。俺がやりたいって思ってここにいるんで、全然大丈夫ですよ」

 

 

 心の底から申し訳なさそうに頭を下げる大淀さんに、俺は慌てて返答した。

 こういう時、気の利いた言葉が出てこない辺り、やっぱ俺はコミュ障なのかもしれない。



 「……ありがとうございます。貴方のような方に適性があって、本当によかった」


 

 これにも何も言えず。小っ恥ずかしくなって、痒くもないのに頭を掻いてしまう始末だ。



 「そういえば、不知火さんから聞きました。既に何人かの艦娘と顔を合わせたそうですね」


 「あ、はい。一応、夕張さんと明石さん以外は……」 

 

 「島風さんと競争もされたとか」


 「ええ、まあ……ボロ負けでしたけどね」



 あれは仕方ない。例え二百メートル走の金メダリストでも勝てないどころか、勝負にならないレベルだし。



 「島風さんは艦娘の中でも、速力に関してはトップクラスです。普通の人ではどう足掻いても勝てません」


 

 更に大淀さんは小さく笑い、



 「それでも一緒に走ってくれる辺り、さすが神城さんですね」


 「いや……」



 半ば強引にさせられました、とは言える雰囲気じゃなさそうだ。

 あと大淀さんに褒められるのは嬉しいけど、こんなの誰でも出来る事であって、別にそんな凄い事じゃないんだよな・・・。


 

 「こんなにも早く艦娘と良い関係を築ける方は、私の知る限りそうはいません。今後とも島風さんたちの事、よろしくお願いしますね」


 「は、はいっ!」



 これには俺なりに、力強く頷いた。

 俺に出来る事なんて本当に限られてるだろうけど、少しでもみんなの力になれればなと心から思う。


 明日から始まる補佐官としての仕事も、ちゃんとこなさないとな。

 改めて補佐官業務の事を考えていると、突然部屋の扉がノックされた。

 


 「ご主人様ー! 遊びに来ましたぞ〜!」



 漣の声だ。どうやら報告書の手伝いは終わったらしい。

 返事をすると、扉が開いて案の定漣が入って来た。



 「あれ、大淀さんじゃないですか。ご無沙汰です」


 「漣さんも、お元気そうで何よりです」


 

 二人とも知り合いだったのか。

 まあ大淀さんに関しては作戦立案までしてるみたいだし、そんな驚く事でもないんだけど。



 「もしかしてお仕事の話でした?」


 「いえ、ただの世間話ですよ。問題ありません」


 「おお、それなら漣も是非混ぜていただきたいですな。三人で少し遅めの昼食でもどうです?」



 世間話?から一転。俺だけならともかく、大淀さんまで昼食に誘う漣。

 大淀さんも忙しいだろうし、流石に昼飯までは無理だろう。



 「ええ、私は構いませんよ」



 大淀さんは時間を確認した後、あっさりとOKと返事をした。

 


 「やった! ちょうど一緒に食べる人がいなくて寂しかったんですよね」


 「なるほど。それで神城さんを誘いに来たというわけですか」


 「はい。話し相手にでもなってもらおうかなーと」



 わざわざ誘いに来てくれたらしい。

 俺も昼飯まだだったし、漣とも話せる。これぞ正に一石二鳥ってやつだな。



 「行きましょご主人様。あっ、もうお昼食べちゃいました?」


 「いや、まだ食べてないっす」


 「グッドタイミング! 食べ終わったら散歩がてら、鎮守府の案内でもしますよ」


 「あ、あざす」



 案内してくれるのは嬉しいけど、大淀さんの前でご主人様呼びはキツイものがあるな・・・。

 やっぱりリアルとゲームは違うんだなと、つくづくそう思いました。










【14話. 少し遅めの昼食へ】



 食堂は時間も時間だからか、俺を含んだ三人以外誰の姿も見当たらなかった。

 大学の食堂はこの時間だといつも混雑していたため、俺の目にはかなり珍しい光景として映る。


 そんなガランとした食堂を適当に眺めながら、食券機の前でメニューと財布の中の小銭を確認していく。

 さて、何を食べようか。あまり財布に余裕がないため、コスパのいい物を選びたいところだが。


 

 (麺類……いや、トンカツ定食でもいいな……あー、カレーもあり)



 実に優柔不断な男である。俺自身、自覚してるのに直せないぐらいだから相当重症だろう。

 値段的にはトンカツ定食が少し高いぐらいで、そこまで大差はない。後は今の気分で、何を食べたいか決めるだけ。



 「もう、遅いですよご主人様! そんなに迷ってるなら漣が決めたげます!」


 「えっ」



 既に食券を手に持った漣が、横から手を伸ばす。そして容赦なく、食券機のボタンを押してしまった。

 


 「漣の一推しです。ここのカレーは実に美味なので、きっとご主人様も気にいると思いますよ」

 

 「あ、そうなんだ……」



 不幸中の幸いと言うべきか、漣が押したのは候補に入っていたカレーのボタンだった。

 食券機が機械的な音を発して、カレーライスの食券が出てくる。


 しかし、ここで一つ疑問点。

 俺はまだ食券を買うためのお金を入れていない。にもかかわらず、なんで食券を買えた事になってるのか。


 

 「あれ、俺まだお金入れてないんですけど……」


 「この食堂は艦娘専用なので、お金は必要ないんです」



 大淀さんが疑問に答えてくれた。どうやら艦娘と他の職員とでは、普段利用している食堂が別々らしい。

 ん? でもそうなると、俺がこの食堂を使ったらダメって事になるのでは・・・。



 「大丈夫ですよ。神城さんは補佐官ですし、特に問題ありません」



 問題ないみたいなので、食券を出しに厨房へ進む。

 ちなみに艦娘じゃないと費用はかかるようで、代金はちゃんとお支払いしました。

 

 その際「誰だこいつ」みたいな目を向けられた気がしたけど、多分気のせいじゃないので一刻も早く着替えたいという思いが強まった。

 厨房から注文したカレーライスを受け取り、軽く頭を下げ二人が座っているテーブルへと向かう。



 「いただきまーす!」



 そして漣の「いただきます」を合図に、少し遅めの昼食が始まった。

 俺も腹が減っていたので、早速口の中にカレーライスを詰め込んでいく。



 「どうですか? お味の方は」



 ガツガツとカレーライスを頬張っていく俺に、漣が味の感想を求めてくる。

 空腹のせいもあるだろうけど、素直に美味しいと返事した。


 

 「それはよかったです。勝手に注文しちゃって、もしお口に合わなかったらどうしようかと思ってましたヨ」



 勝手にボタン押した事、意外と気にしてたご様子。

 別にそんなの気にしなくてもいいんだけど、その辺はやっぱ漣らしいな。


 

 「しっかし、この時間だとガラガラですなー」



 誰もいない食堂を見渡しながら、漣が言う。

 すると、今度は大淀さんが口を開いた。



 「人数が人数ですからね」


 「今後もっと増えたりとかは」


 「今の所、そのような検討はなされていません」


 「デスヨネー」



 現在、この第六鎮守府に所属している艦娘は六人。確かにド素人の俺でも少ないと感じてしまう。

 


 「ただ……南西海域の解放が終わりさえすれば、もう少し楽にはなるでしょう。ここへ異動して来る艦娘も、いないとは言い切れません」


 「あー、絶賛苦戦中なんでしたっけ」


 「……あまり認めたくはありませんがね」


 

 大淀さんの声のトーンから察するに、若干の悔しさが滲み出てる気がした。

 戦況の事は俺も気になるけど、なんだか雰囲気が暗くなりそうな話題だな・・・。

 


 「あっ、すみません。せっかくの昼食なのに……」



 俺がずっと黙ったままだからか、大淀さんが急に謝ってきた。

 ここで何も言わないのは流石にあれなので、一旦カレーを食べる事を止めスプーンを置く。



 「いや、全然大丈夫ですよ。俺も戦況の事は気になるんで」



 南西諸島海域は、ゲームの方でも最初の鬼門となっている。特に沖ノ島海域はその中でもダントツで難しい。

 こちらの世界だと、今はその沖ノ島の一歩手前。ゲームでいうオリョール海域を攻略中なのだ。



 「や、やめときましょうか。なんか気分が落ち込みそうですし」


 「……そうですね」



 さすが漣。この微妙な空気を感じ取ってか、苦戦中だという戦況の話に終止符を打った。



 「どうしますご主人様。食べ終わったら工廠にでも行きます?」


 「いや、とりあえず着替えたいかな……」



 本当は着替えてから飯にしたかったけど、多少の順序変更は仕方ない。

 俺がそう言うと、大淀さんが塚原提督と同じように説明してくれた。


 

 「塚原提督から聞いていると思いますが、着替えや生活用品は全て神城さんのお部屋にご用意してありますので」


 「あ、はい。ありがとうございます」 


 「はー、なんという高待遇……世の一般企業もビックリですな」



 横で漣が、定食の味噌汁を啜りながら感心したように言った。

 俺も当然そう思っているので、本当に感謝しかない。



 「いえ、我々艦娘の方がよっぽど高待遇ですよ。漣さん」


 「うっ、それは否定できないですけど……」


 

 これには内心ほっとした。

 大淀さんがそう言うなら、この世界の艦娘たちはちゃんといい待遇で迎えられているのだろう。



 「それに神城さんには、半ば無理を言って補佐官という任をお願いしています。これぐらいの事は当然ですよ」

 

 「なんですと?! まさかそんなに優秀なお方だったなんて……」

 

 

 わざとかどうか知らないけど、大淀さんの言葉にいちいち大袈裟なリアクションをとる漣。

 これ以上は誤解を招いてしまう恐れがあるため、俺からしっかりと訂正させてもらおう。



 「いや、俺がお願いしたようなものじゃないですか。こんなド素人の大学生を着任させてくれて、むしろ感謝したいぐらいですよ」


 「そんなご謙遜を。私の目にはただの素人には映りませんでしたよ」