2017-10-11 17:55:52 更新

【プロローグ】幻想的な1日を




プロローグ



朝。それは1日の始まり。

人は夢や希望を胸に抱(いだ)きながら、素晴らしい目覚めの時を迎える。俺もそんな夢や希望を抱(いだ)きながら、1日の始まりを迎える人間の1人だ。


星矢「よし…」


ある人に与えられた私室。その私室に置いてある鏡の前で、俺は真紅のネクタイを首に巻き、しっかりと締める。未だに慣れぬ自らの風貌に戸惑いながらも、俺は支給された燕尾服の上を羽織り、右腕を袖に通した。

その時、左横にある私室のドア。そこからノックの音と女性の声が聞こえてきた。


「星矢、起きていますか?そろそろ仕事の時間です」


星矢「うーい…直ぐ出るからちょい待ち…」


その女性の声に星矢は返事をし、燕尾服の袖に左腕を通しながらドアに向かって歩いて行き、ドアの前まで来る。

そして星矢は、右手でドアノブを握り、そのままゆっくりと時計回りにドアノブを回した。


「おはようございます、星矢」


ドアの前に立っていたのは、この館のメイド長。十六夜咲夜。

髪型は銀髪のボブカットで、揉み上げ辺りから三つ編みを結い、髪の先には緑色のリボンを付けている。彼女はこの館の当主であるお嬢様に忠誠を誓っており、主人の命令には絶対忠実であり、性格は冷静沈着で非常に真面目、従者としては非の打ち所がない。だが、天然で少しマイペースな部分も併せ持っている。


この世界の者達は各々が特殊な能力を持っているのが常識だが、彼女の有する能力は【時間を操る程度の能力】。

時間を操る定義とは、時間を止め、自分だけ移動する。空間全体の時間の流れを遅くし、自分のみ超高速で動く。時間の流れを速め、存在を変化させる。などなど、かなりの便利能力である。

更に、時間と関係する空間の操作もする事でき、この館、正式名称は【紅魔館】だが、この紅魔館の空間は、彼女によってかなり拡張されている。つまり、館の見た目よりも中は広い、という事だ。


星矢「おはようございます、咲夜さん」


咲夜「私が起こしに来る前に起きて、着替えを済ませているとは感心ですね。他の者達にも見習って貰いたいものです」


星矢の挨拶を受け、咲夜は星矢の姿勢を褒めながら、他の働く者達の姿勢について愚痴を漏らす。星矢は彼女のその愚痴に苦笑いを浮かべると、こう返した。


星矢「私のような者を拾って頂いたんです。身を粉にして働き、尽くす事が、その恩に報いる道だと私は思っております」


咲夜「貴方は本当に口が上手いですね。では、今日もいつも通りお願いしますね?」


星矢「はい」


自らの真意を偽る事無く語る星矢を、咲夜は口が上手いと評する。そして、星矢は部屋を出てると、鍵を閉め、彼女と共に紅魔館の廊下を歩き出した。



紅魔館(庭園)



深紅の館、紅魔館。そこにはこの館の主人であるレミリア・スカーレットと、その妹であるフランドール・スカーレットを始めとする、多数の者達が暮らしている。先程俺の部屋を訪れた女性もその1人だ。


星矢「…」


俺がこの架空の世界とされる幻想郷に来たのは、現実世界の時間に例えるとすれば今日より約2週間前に遡る。

寝て起きてみたらなんかMADで見た事のある室内のベッドで寝てて、尚且つ見覚えのある銀髪メイド長が、俺の目の前で看病をしてくれていたのだ。

彼女に聞けば、なんでも俺は紅魔館近くの森の木に寄り掛かりながら寝ていたらしく、それを見兼ねた彼女は、俺を引き摺りながら紅魔館の一室へと連れて来てくれたらしい。


正直、俺はこの幻想郷に来るのが何よりの夢だった。だってそうだろ?幻想郷に行けばロリからお姉さんまで選り取りみどり!しかも異様にモテる!そして、この紅魔館にはレミリアとその妹のフランが居る!2人を自分のモノにし、姉妹丼を頂くのはこの俺だぁぁぁぁぁっ!!


星矢「と、思っていた時期が私にもありました…」


箒で庭園を掃除していた星矢は、そう述べるとガクッと項垂れた。


星矢「実際にはそんな主人公補正掛からなかったよ…ご都合主義?何それ美味しいの?って感じ」


紅魔館の一室で目が覚めた俺は、突然の事で戸惑いながらも、咲夜に自らの置かれている事情を説明した。すると、咲夜は突然、俺に紅魔館の執事にならないかと提案してきたのだ。呆気に取られたが、その提案は俺にとっては願ったり叶ったりだったので、俺は二つ返事でその提案を受けた。そして、レミリアに事情を説明してくれたであろう咲夜の計らいで、俺は紅魔館の執事として、この幻想郷ライフ、基紅魔館ライフを楽しむ事になった。


星矢「訳だが…」


なんと、執事の提案を引き受けたその瞬間、俺は咲夜と紅魔館内で弾幕対決をする事になってしまった。正直意味が分からなかったが、咲夜は「私に勝てなければ、私は貴方を執事としては認めません」と、提案してきた本人が言うような台詞では無い台詞を、彼女は俺に向かって言ってきたのだ。


結果は引き分け。咲夜が何故か負けを認めたので、俺もそれに合わせるかのように彼女に降参した。

その結果に咲夜は納得していないようだったが、俺は弾幕対決なんていう野蛮な事を女の子とするつもりは無いし、何より…


星矢「しかし、この世界だとやっぱ【月の加護】は薄れる、か…原因は月に住んでる異物達の所為だと大体の予想は付くが…はぁ、難儀なこった…」


星矢は右手で頭を軽く掻きながら、そう言葉を漏らした。

彼の言う【月の加護】。それは、産み落とされたその瞬間より授かった絶対的な力の名称である。

星矢は人間の限界、所謂リミッターと呼ばれるものを常に外している状態であり、常人の何百倍もある力を行使する事が可能なのだ。


しかし、彼が先程述べた通り、今の彼はその常人にかなり近い状態と言えるだろう。その理由も、彼が先程述べた通りだ。

【月の加護】とは、その名の通り月より授かりし力。その為、月の翳った日(主に天候などに関係する)や、月に異物(人間やその他の生物)が存在していると、その効力が薄れてしまうのだ。


星矢「だが、そんな事は今は正直どうでもいいっ!初日こそ館内の全員に驚かれ、一目置かれたかなと思ったが、次の日にはもう地獄地獄の連続だっ!」


朝から晩まで紅魔館内の掃除、洗濯などで働き詰め。自由時間などは殆ど無く、唯一あるとすればフランとの弾幕ごっこのみ!だがしかーしっ!弾幕ごっこと言えば聞こえはいいが、この行事は単にフランが俺に向かって弾幕ぶち当てようとするだけのリアル鬼ごっこだ!吸血鬼だけにな!


星矢「しかもレミリアからの、貴方の血を分けなさい的なイベントもナッシンっ!いや、確かに血は分けたけども!それも結局は咲夜が吸引機で淡々と吸い上げて、それをレミリアに飲ませるだけっ!俺はレミリアの口に自分の血が流し込まれるその瞬間を、見る事すら叶わないんDAーーーーーッ☆」


星矢は持っていた箒を地面に乱暴に叩き付けると、その場で膝から崩れ落ち、両手両膝を地面に付ける。

その顔は悲しみに満ち満ちており、彼の絶望オーラがその周辺一帯を覆っていた。


星矢「何で俺の人生難易度ってこう毎回毎回EXTREME設定なんだよっ!もう少し難易度優しくたっていいじゃんっ!せめてHARD設定位にしてくれよっ!」


両の手を地面に叩きつけ、己の人生難易度に対して物申す星矢。しかし、その嘆きにも似た問いに答える者は現れない。


星矢「やっぱ危険度極高、人間友好度極低なスカーレット姉妹と仲良くなろうなんて、どだい無理な話だったんだ…一層の事、俺のこの想いも一緒に幻想入りしてくれれば良かったのにな…あは、あはははっ…」


「仕事をサボって何をしているのですか?星矢」


星矢の乾いた笑いが辺りに響く中、そんな彼に問い掛けたのは1人の少女だった。そう、十六夜咲夜である。


星矢「申し訳御座いません、咲夜さん…少々、悩み事がありまして…」


謝罪の言葉を述べ、弁解をしながら立ち上がる星矢。それを見た咲夜は軽く溜息を漏らすと、星矢の目を見てこう言った。


咲夜「まぁ今は大目に見るとしましょう。そんな事よりも星矢、お嬢様がお呼びです。至急お嬢様のお部屋へ向かって下さい」


星矢「え…?お嬢様が、私を…?」


咲夜「はい。2人分の紅茶とケーキ、その内の1人分は、貴方の血を混ぜて作りなさい。と」


咲夜の口から放たれた言葉に、星矢は口を開きながら、只々唖然としていた。

星矢がレミリアに呼び付けられた事はこの2週間で4回、その4回の内全てが、1人分の紅茶を持って来るようにとの言い付けだった。しかし、今回は2人分の紅茶とケーキを持って来るようにとの言い付けだ。しかも、その内の1人分は、星矢自らの血を使って…


星矢「はは…血を出し尽くして死ねって事ですかね…?」


咲夜「……貴方はこの紅魔館に来た時の経緯、その真実を伝えられてはいませんからね。そう考えるのも無理はないでしょう…」


星矢「私が紅魔館に来た時の経緯、その真実…?」


俺がこの紅魔館に来た経緯。それは、俺を連れて来た咲夜自身によって語られたものだ。だが、今の咲夜の口振りだと、まるでそれが真実ではないといったような…


星矢「あの、咲夜さん…私を紅魔館に連れて来たのは、咲夜さん…ですよね…?」


咲夜「ええ、そうですよ?………そう伝えるよう、言われましたから…」


星矢の質問に対して、咲夜は正解だと答える。しかし、そう答えた後、彼女は顔を逸らしながら小さく言葉をこぼした。


星矢「えっ?…あ、あの…最後の方が上手く聞き取れなかったのですが…」


咲夜が何か言葉をこぼした事には気付いたが、星矢の耳にはその言葉が入って来なかった。空かさず星矢は、先程彼女が何を述べたのかを聞き出そうとする。だが…


咲夜「早く行かないと、お嬢様が機嫌を損ねてしまいますよ?唯でさえケーキを焼くのには時間が掛かるというのに…私と話をしている余裕が、貴方にはあるんですか?」


星矢「え、あ……は、はい…」


正論をぶつけられた星矢は、頭を下げながら、自分の中にあった疑問をそのまま胸の内に仕舞い込み、引き下がってしまった。そんな彼を見て、咲夜はクスッと笑いをこぼすと、続けて彼に早く行くよう促す。

そして、咲夜に促されるまま、星矢は渋々その場を立ち去ったのだった。


咲夜「それにしても、星矢が来てから私の仕事量が圧倒的に減ったわね……さて、仕事仕事…」



咲夜に言われた通り、俺はレミリアのケーキを作る為、紅魔館の厨房へと訪れていた。厨房は思っていたよりも余り大きくないというのが、初めて来た時の俺の印象である。



星矢「なんか…自分の血を混ぜてケーキ作るのって、かなり抵抗あるな…」


そんな言葉を呟きながら、星矢は自らの血を混ぜた生地を練っていく。無論、生クリームやケーキの飾り付けなどにも、彼の血が使用されている。


星矢「やっべ…気分悪くなってきた…と、取り敢えずコレをオーブンに入れて…」


完成したのは約18㎝の丸型スポンジ。1人分にしては大き過ぎると思うが、俺はコレの作り方しか知らないのでどうしようもない。

そして、もう1人の分であるノーマルスポンジも隣のオーブンに入れ、俺はタイマーの摘みを回した。


星矢「よし、後は30分程待つだけだな…」


「わー!ねぇ星矢!それ何?もしかしてケーキ焼いてるの?」


両手を腰に当て、一息つく星矢に無邪気な笑顔で声を掛ける1人の少女。そして星矢は声のする方へと振り向き、その少女の名前を呼んだ。


星矢「ふ、フランお嬢様…何故貴女が此処に?私に何か御用でしょうか?」


フラン「もーっ!フランでいいって何回も言ってるでしょ!?あと敬語もダメっ!」


俺の喋り方が気に入らないのか、フランは頰を膨らませながら、俺に対して右手の人差し指を突き出す。

紹介をする必要はないだろうが、一応紹介して置こう。彼女の名前はフランドール・スカーレット。容姿と相反して年齢は495歳。種族は吸血鬼。だが、魔法少女でもあり、レミリア・スカーレットの実の妹という3つの属性を併せ持っている兎に角可愛い女の子だ。


髪の色は濃い金色、その金色の綺麗な髪をサイドテールで纏め、まるで宝石のような真紅のルビーの瞳を持つ。

性格は基本自由奔放で無邪気、且つ姉のレミリアよりも我が儘で、俺は出逢ってまだ2週間だが、彼女の我が儘によく振り回される。因みに、やはりというか何というか、彼女は若干気が触れているらしく、突然暴れ回る事があるとかないとか。なので俺は、彼女の我が儘は極力叶えるよう努めている。


そんな彼女の能力は【ありとあらゆる物を破壊する程度の能力】だ。能力の詳細を説明するまでも無く、彼女は対象が物であれば、問答無用でそれを直接破壊出来るのだ。正直言うと何処ら辺が【程度の】なのか意味不明である。


星矢「あ、あぁ…じゃあ、フラン?」


フラン「なぁにぃ〜♪星矢〜♪」


猫撫で声を出しながら、フランは俺の体に自分の体を擦り付けてくる。正直天にも昇る心地だが、この行動は彼女の無邪気さから来るものなのだろう。もし万が一、勘違いしてボディタッチしようものなら、速攻でこの世とさよならバイバイ❤︎する羽目になる。此処は慎重に…


星矢「な、なぁフラン…どうしてフランは、その…俺に体を擦り付けて来るんだ…?」


フラン「そんなの、決まってるじゃん……好き、だからだよ…?星矢の事…」


星矢「なん……だと…」


ジィィィィィザスゥゥゥゥッ!!まさかのフランちゃんルート確定っ!?マジでっ!?これ夢っ!?夢だよねっ!?でも夢ならどうか覚めないでぇぇぇぇっ!!


フランの言葉に激しく動揺し、顔を真っ赤にしながら慌てふためく星矢。そして、星矢は動揺しつつも、彼女にその理由を聞いた。


星矢「そ、そそそっ…その理由はっ…?」


フラン「だって……星矢、簡単には壊れないんだもんっ!」


星矢「……んん?」


フランから自分を好いているその理由を聞いた星矢は、一瞬思考停止をしてしまい、頭の上に?マークを浮かべる。

そんな星矢を見て、フランは続けてこう言った。


フラン「星矢って凄いよね!私の全力に耐えたのはお姉様以外じゃ星矢が初めてだよっ!同じ人間の霊夢と魔理沙には全力出した事無かったし……って!星矢何やってるのっ!?」


続けていた言葉を急遽中断し、フランは声を荒げる。そんな彼女の目の前に居たのは、包丁を喉元へと突き立てる星矢の姿だった。


星矢「私はなんと、なんと哀れな人間なのでしょうか…月よ…どうかこの哀れな私を、其方の身許へと導きたまえ…」


謎の台詞を吐きながら、星矢は涙を浮かべ、その切っ先を徐々に喉元へと進行させて行く。


フラン「わーっ!ダメーっ!星矢を壊すのは私なんだからっ!自殺なんて絶対ダメーっ!!」


フランは星矢の横っ腹に突撃し、彼の自殺を未然に防ごうと試みた。そして、彼女のその試みは成功し、星矢の握っていた包丁は、厨房の端の方へと滑り落ちていった。そんな彼女がつい先程言い放った台詞、あれは唯の愛嬌であると信じよう。


フラン「もー…ビックリさせないでよー…あれ?星矢…泣いてるの?」


星矢「うぅ…もう駄目だ…お終いだぁ…」


フランに馬乗りにされた状態で、星矢は自分の早とちりで大恥を掻いてしまった事に対して目尻から涙を流し、情けない声でそう呟いた。

そんな情けない星矢を見兼ねてか、フランは自らの小さな右手を星矢の頭の上に手を乗せると、そのまま優しく彼の頭を撫でた。


フラン「星矢って普段はかっこいいけど、可愛い時もあるんだねー♪いーこいーこ♪」


星矢「遊ばれてる感半端じゃないんですけど…」


彼女の無邪気な笑顔を見て、星矢は更に自分の情けなさを痛感し、最後にホロリと小さな雫を零した。

そして、星矢がある程度元気になったと認識したフランは、彼にこう質問した。


フラン「あ、そうだ星矢。あのオーブンに入ってるのってケーキだよね?」


星矢「あぁ…一応そうだが…」


フラン「やっぱりぃ!ケーキっ♪ケーキっ♪」


自分の予想が当たり、フランは無邪気に星矢の上で馬乗りになった状態ではしゃいぐ。

一方、そんな彼女に馬乗りされている星矢は、彼女の重さを感じながら、彼女の笑顔に心を癒され自然と笑みが溢れる。


フラン「あのさ、星矢。もちろん私の分のケーキもあるよね?」


星矢「食べる分は確かにあるが…俺が作ったケーキだぞ?しかも、俺の血が混じった…」


フラン「え?星矢の血が混じった、ケーキ…?」


星矢の血が混じったという部分に明らかに反応するフラン。そして星矢は、彼女の反応を心の底で大きな溜息を吐いた。

その溜息の理由は勿論、自分がフランに心底軽蔑されたと思ったからだ。自らの血を混ぜてケーキを作るなど、最早正気の沙汰とは思えない。星矢はケーキを作りながらも、それをしっかりと己の中で自覚していた。だが次の瞬間、フランはそんな星矢の予想を360度ひっくり返す発言をする。


フラン「やったーーっ!!私、星矢の血大好きだから嬉しいっ!」


星矢「…………はい?」


今度は長めの思考停止。その思考停止を経ても尚、星矢は小首を傾げながらフランの発言の意味が分からずにいた。

しかしフランは、星矢がその理由を聞く前に、自分からその理由を口にした。


フラン「星矢が紅魔館に来て暫く経った頃かなぁ…私、偶然お姉様が隠してた星矢の血が入った瓶を見付けて、ずっと飲んでみたかったから飲んでみたの…そしたらね?頭の中が真っ白になって、顔が熱くなって…飲んでも飲んでも飲み足らなくて、止まらなくなっちゃって…で、それがお姉様にバレて滅茶苦茶怒られたの…」


星矢「お、おぅ…」


フランのマシンガントークを受け、星矢は言葉を漏らしながら思考を巡らせる。だが、どんなに思考を巡らせても彼女達が好んで自分の血を飲む理由、それには辿り着けなかった。

そして、難しい顔をしながら唸り声を上げる星矢に、フランは更に言葉を続けようとする。


フラン「あ!あとね…この前お姉様が、星矢の血を飲みながら星矢のYシャツ…」


「妹様っ!!」


星矢「うぉおっ!?」

フラン「わひゃあっ!?」


妹様という単語でフランの言葉を遮りながら登場したのは、紅魔館のメイド長。十六夜咲夜だった。

彼女はそのまま星矢とフランの元へと詰め寄ると、フランに対して手招きをし、彼女を自分の方へと呼び付けた。


フラン「も〜…何ぃ?咲夜?」


咲夜「妹様っ…星矢に何を話そうとしていたのですかっ…」


フランを呼び付けた咲夜は、厨房の端の方へと移動し、星矢に聞こえぬよう耳打ちをしながら会話を始めた。

そして、取り残された星矢はというと、厨房の地面に尻を付けたまま、体育座りで2人の会話が終わるのをジッと待っている。


フラン「えー?この前お姉様が星矢の血を飲みながら星矢のYシャツの匂いを嗅いでて、それで…」


咲夜「お嬢様に叱られてしまいますよっ!?主に私がっ!!」


突然怒鳴り声を上げる咲夜を見て、星矢は体育座りをしたまま体をビクッと反応させた。しかし、間近で尚且つ言われた本人であるフランは、?マークを頭上に浮かべて小首を傾げ、こう言った。


フラン「何で叱られるの?お姉様がしてた事なんだから悪い事じゃないんでしょ?それに私も同じ事したし」


咲夜「え…?」


フラン「星矢ってね、すっごいいー匂いするんだよ?なんかね、嗅いでると安心するって言うか、胸がきゅっとするの。よくわかんないけど」


フランの言葉に咲夜はちょっと前の星矢同様一瞬の思考停止状態に陥る。そして、彼女はハッと我に帰ると、もう1度フランの耳元で耳打ちをし始めた。


咲夜「い、いいですか…?妹様…お嬢様に関する事は決して口外してはいけません…特に星矢には…」


フラン「それはどうして?」


咲夜の言葉の意味が分からないのか、フランはその事に対しての質問をそのまま咲夜に返す。すると咲夜は、顔を俯かせ、右手で頭を抱えると、小さな声でこう呟いた。


咲夜「後が、怖いからです…」


そう呟いた彼女の顔は若干青ざめており、先程呟いたその言葉の重みを感じさせる。だがフランには、何故咲夜がそんな言動をするのかが理解出来ず、頭の上に複数の?マークを浮かべていた。


フラン「んー……分かった。お姉様の事は星矢には内緒にしとく」


事の重大さが分からない彼女でも、一応咲夜の言った通り、姉であるレミリアの事は星矢に口外しない事を誓った。

その言葉に咲夜はただ一言「有難う御座います」と述べ、フランに向かって軽くお辞儀をする。そんな彼女の目尻には、何故か涙が溜まっていた。


星矢「あのー…お話はいつ頃終わりそうですかね?」


咲夜「い、今終わりました。では妹様、くれぐれも…お願いしますよ?」


フラン「はーい!」


咲夜の確認に手を挙げながら元気な声を出すフラン。それを見た星矢は、鼻の下を伸ばし、だらしの無い表情をしながら2人のやり取りを見守っている。

そして、そのやり取りが終わると、フランは星矢の方へと駆け寄った。


フラン「じゃあ星矢!ケーキ焼き終わるまで一緒に遊ぼっ!」


星矢「きょ、今日はちょっと勘弁して貰いたいかなぁ…なんて…」


彼女の言う『遊ぼう』とは、勿論弾幕対決の事である。

しかし、今の星矢は弾幕を出す事は疎か、逃げるのが精一杯な状態である。現に、以前彼がフランと弾幕対決紛いの事をした時も、彼は全力を出すフランから唯々逃げるという、男としてはなんとも情けない醜態を晒した。

だが、星矢の提案で急遽鬼ごっこへと種目は変更され、星矢は死力を尽くして彼女との鬼ごっこ勝負に、見事白星を挙げる事に成功したのだ。


フラン「え〜……あ、そーだ!じゃあさ、私の部屋に来ない?」


星矢「是非ともっ!!行かせて頂きますっ!!」


フラン「えっ…う、うん…」


何の脈絡もなく、突然フランから出された提案に、星矢は動揺する素振りを見せる事なく即座に反応し、彼女の提案を受け入れた。

自分の提案に異様な食い付きを見せる星矢を見て、提案をした本人であるフランの方が、逆に動揺を見せるという変わった展開に発展した。


咲夜「一応、お嬢様の耳に入れて置いた方がいいわよね………それじゃあ星矢、仕事の事も忘れないで下さいね?」


星矢「御意(ぎょい)…」


自らの仕事が疎かにならないよう促す咲夜に、星矢は一言そう返す。そして、フランに腕を引かれるまま、彼女の部屋に行く為厨房を後にした。

1人厨房へと残された咲夜は、星矢が作った人間用のケーキ、そのトッピングである生クリームを人差し指で掬い取り、舐め取った。


咲夜「……私も、一切れ貰おうかな…」


厨房に1人残された彼女。彼女は一言そう呟くと、一瞬でその姿を消した。



紅魔館(地下)



星矢『今一瞬時間が止まったが…咲夜が時間停止でも使ったんだろ。便利だよなー…時間停止って…男の夢だZE☆』


フランの後に続きながら、一瞬時間が止まった事を認識する星矢。そんな彼の右眼は現在、闇夜に浮かぶ月の如く輝いていた。


星矢『気を抜いてると時間停止が発動する瞬間に眼が勝手に反応するからなー…今回はフランが前に居てくれて助かった…』


彼の右眼は、【月の眼】と呼ばれる月の加護とは似て非なるもう1つの力である。

月の加護により、星矢は常に力を引き出されている状態であるが、月の眼を発動させると、その月の加護の力自体の能力を飛躍的に向上させる事が出来るのだ。


そして、その能力向上の内の1つとして、星矢は咲夜との弾幕対決で、月の眼による新たな力に気が付いた。それは、自身に影響する相手の能力などの対象にはならず、対象を取らぬ能力についても、自身のみその効果を受けないという力だ。

実際、彼が咲夜と弾幕対決をした際、一瞬だけではあったが月の眼が発動してしまい、彼女の行動の一部始終を目撃してしまう。その行動とは、必死な表情をしながらナイフを自分に向けて何度も投げる咲夜の姿だったという。


その他にも、実は星矢は、フランと初めて会話をした際、彼女の好奇心によってその身を破壊されそうになっていたのだ。

しかし、幸か不幸か彼の月の眼がその時発動し、彼女の破壊する能力は打ち消された。その事を受け、フランは一気に星矢へ興味を抱き、そこからは彼が述べた通り、フランとの弾幕ごっこという遊びに発展した。


フラン「星矢、着いたよ!此処が私の部屋!」


フランは星矢の目の前で突然立ち止まると、扉を指差しながら彼にそう言った。

彼女の指差す扉には、特に変わった装飾などは施されておらず、普通の極一般的な扉と相違ない。


星矢「フッ…遂に来たか…」


その扉の前まで星矢は歩み寄ると、両方の瞼を閉じ、鼻を鳴らしながら余裕のある表情でそう呟いた。だが、そう呟いた彼の鼻の穴からは、紅い血が垂れている。


フラン「実はね、星矢の為にプレゼント用意したんだっ!男の人にプレゼント贈るのって初めてだから、気に入って貰えるかは分からないけど…」


星矢「ふ、フランお嬢様が…私の為に、ですか?」


フラン「もーっ…また敬語になってるぅ…」


突然のプレゼント発言に、星矢は思考停止こそしなかったものの、つい言葉遣いを敬語に戻してしまった。

しかし、それも仕方がない事だろう。ずっと画面の向こう側から慕い続けて来た女性に、プレゼントを贈って貰えるのだ。普通の男性ならば、この場で完全にKOされてしまってもおかしくない。実際、星矢もKO寸前である。


フラン「うんっ!お近付きの印に!」


星矢「そ、それは楽しみですね…」


や、ヤバい…心臓がバクバクする。吐きそう、めっちゃ吐きそうっ…照、俺に力を貸してくれっ…


とある女性の名前を心の中で呟きながら、星矢は緊張からくる吐き気を必死に我慢する。

そんな星矢に気付く事なく、フランは扉に付いているドアノブに手を掛け、ゆっくりと時計回りに回した。


フラン「ちょっと散らかってるけど気にしないでね♪」


星矢「はははっ!それは人を部屋に招き入れる時の、女性の決まり文句ですね。御安心を…例え貴女の部屋がどれだけ散らかっていようと、この私……が…」


フランに招かれるまま、星矢は彼女の後を付いて部屋へと入って行く。その過程で、星矢はフランの言葉に対して、自分の意見を述べる。だが、その言葉を言い終える前に、彼の目には衝撃的な光景が飛び込んで来た。


星矢「こ、これは…」


フラン「あれ〜?星矢にプレゼントしようと思って、昨日出しといたんだけどなぁ〜…何処行っちゃったんだろ…」


彼の目に映る衝撃的な光景とは、衣類、書物、ぬいぐるみ、その他諸々が乱雑に置かれたフランの部屋だった。


星矢「ん?」


色々とフランに質問したい事があるようだが、星矢は乱雑に置かれたそれらの物から、ある物に目が止まり、そこまでゆっくりと歩み寄って行った。


星矢「これは…私のウィングカラーシャツ…?それも2着…何故私のウィングカラーシャツが、フランお嬢様のお部屋に…?」


フラン「ん〜っと……あっ!!ちょ、ちょっとっ!それダメっ!返してっ!」


フランの部屋にあった2着ウィングカラーシャツ。それを手に取り広げながら、星矢はそれが自分のウィングカラーシャツである事を確認する。

それに気付いたフランは、星矢へのプレゼント捜索を一時中断し、彼の手にあるウィングカラーシャツ2着を、強引に奪い取った。


フラン「せ、星矢のエッチっ!こっ、これは私のYシャツだよっ!」


星矢「フランお嬢様…それはYシャツではなく、ウィングカラーシャツという慶事専用の正装シャツです」


フラン「け、けいじ…?」


星矢「要はお祝い事などの際に着るシャツ、という事です」


慶事という言葉の意味に疑問を持ったフランに、星矢は優しくその言葉の意味を教える。星矢の説明に、フランは納得したような表情を浮かべると、ハッとした顔をし、頭をブンブンと勢い良く横に振りながらこう言った。


フラン「そ、そんな言葉の意味はどーでもいーのっ!これは私のなんだから、勝手に触っちゃダメっ!」


星矢「い、いや…しかし…このウィングカラーシャツは確かに、私が咲夜さんから支給して頂いた物で…それと何故か、ここ最近でウィングカラーシャツを4着程紛失してしまってですね…何より、そのサイズは明らかにフランお嬢様とは合わn…」


フラン「そんなの知らないっ!これは私のなのっ!誰が何と言おうと私のなのっ!!」


星矢「さ、左様で御座いますか…」


自分の意見を完全否定、基却下された星矢は、その場でフランの顔を見ながら苦笑いをする。一方フランは、星矢の(?)ウィングカラーシャツ2着をしっかりと抱き締めたまま、プレゼント捜索を再開した。


星矢「しかし、この散らかり様(よう)は一体…っ!?」


フラン「全然見付からないよぉ〜…」


星矢は先程の一件で腑に落ちない事があったが、フランの言う事が真実なのだろうという意味の分からない解釈をし、フランの部屋を見渡していた。そして、再び自分へのプレゼント捜索を始めていたフランの後ろ姿を見て、星矢は顔を真っ赤にすると、即座に顔を逸らした。


星矢『よ、よしっ…チラッと見えたがギリセーフだっ…』


彼の目にチラッと映ったもの、それは、四つん這いになった状態で純白の下着を露わにするフランの姿だった。


星矢『落ち着けー…欲に負けるなよー俺…見ちゃ駄目だ…見たら俺の何かが終わる…そんな気がする…』


星矢は歯を食い縛りながら、己の中に潜む欲望と必死に格闘する。

今目の前にある光景は、ずっと憧れ続けた女性のあられもない姿だ。しかし星矢は、このような展開でそれを見る事を決して良しとしない。何故ならそれは…


星矢『俺の目的は、レミリアとフラン、この2人を真の幸せに導く事だ。喩え2人が咲夜や霊夢を選ぼうと、他の男を選ぼうと、俺は2人を祝福する…それが、執事…男ってもんだろうがぁぁあああっ!!』


己の中にある確かな信念。星矢はそれを糧に、この夢のような状況を放棄した。常人には決して辿り着けない決断を、星矢はして見せたのだ。どうしようもない馬鹿である。


フラン「っ!あったーっ!!星矢、見つかったよーっ!」


乱雑に置かれた物の中から、フランは漸く目当ての物を探し当て、満面の笑みを浮かべながらそれを両手で掲げていた。因みに、先程まで彼女の手にあったウィングカラーシャツはというと、現在、彼女の首に巻き付けられている。


フラン「見て見て星矢っ!これがプレゼントだよっ!かっこいいでしょ!…あれ?星矢、何で血の涙なんて流してるの?」


星矢「ふふ…いえ、フランお嬢様からプレゼントを貰える事が嬉しくて、つい…」


両手にしっかりとそれを持ちながら、フランは星矢への元へと駆け寄って行く。そして、そんな彼女に微笑みかけながら、星矢は血の涙を流していた。


フラン「はいこれ!星矢にプレゼントっ!」


そんな彼に、フランは屈託の無い笑顔でプレゼントを手渡そうと、プレゼントを手に持ったまま彼の前に突き出した。

その笑顔を見た星矢は、右腕で涙を拭うと、彼女が持つ自分へのプレゼントを両手でしっかりと受け取った。


星矢「これは、刀、か…?」


星矢が彼女から手渡された物は、真紅の鞘に収まった禍々しいオーラを放つ1本の日本刀だった。先ず第一に彼の脳裏を過ぎった疑問は、何故紅魔館に日本刀があるのかという疑問だ。

そして、彼女から手渡された物が自分の予想の遥か斜め上を行く代物だった為か、星矢は敬語を使う事を忘れ、通常の喋り方をしながらその刀を見回している。


フラン「うん!この前地下にある倉庫で見付けたんだ!で、昨日出しといたんだけど…散らかってるから中々見付からなくて…」


星矢「紅魔館に倉庫なんてあったのか…新たな発見だな…よっ…」


自分の知らない事実を語るフランに、星矢は嬉しそうな表情を浮かべながらそう言葉にすると、徐に鞘から刀身を抜き放った。


星矢「うわっ…な、何だこの刀…鎬地(しのぎじ)以外が、紅い…」


抜き放った刀の刀身、それは、鎬地(しのぎじ)と呼ばれる刀の部位以外の部分が紅く染まった異様な刀だった。まるで、幾年も血を吸い続けたかのように…


星矢「帽子や刃文は一般的な刀と相違ないが、それにしてもこれは…」


フラン「それねー…なんか説明書みたいなのあったんだけど、汚いし所々破れてたから捨てちゃったんだー…あ、でもね。絶対抜いちゃダメだって書いてあった」


星矢「えっ?」


刀を何度も見回しながら言葉をこぼす星矢に、フランは時既に遅しな言葉を呟いた。

絶対に抜いてはいけないという、最も重要な事を伝えたいなかったフランに、既に刀を抜き放ってしまっている星矢は、額に大量の汗を浮かべる。


フラン「だーかーらー…絶対抜いちゃダメだって書いt……あっ!ダメだよ星矢っ!それ抜いちゃっ!」


星矢「いや言うの遅いーーっ!!!!」


漸く気が付いたのか、フランは慌てた表情で星矢にしがみ付く。しかし、そんな反応を見せるフランに、星矢は声を荒げながら怒涛のツッコミをして見せた。


星矢「何でっ!?何でそんな大事な事を今言うのっ!?遅いよねっ!?言うの遥かに遅いよねぇっ!?」


フラン「え、えへへへっ…」


星矢「いや照れないでっ!言っとくけど褒めてないよっ!?」


星矢の指摘に対して、フランは右手で軽く頭を掻きながら、顔を赤くして照れているようだった。だが、星矢は彼女の事を褒めているのではなく、何方かと言うと間違いを指摘し、叱っていると言えるだろう。


フラン「えへへ〜…ねぇ星矢、私のプレゼント気に入ってくれた?貰って嬉しい?」


星矢「え?あ、あぁ…それは勿論……じゃなくて!これ抜いちゃいけなかったのに、俺抜いちゃったんだけど!俺はこれからどうすればいいの!?」


話題が360度変わり、自分のあげたプレゼントの感想を、無邪気な笑顔で星矢へと擦り寄りながら確認するフラン。星矢は内心、フランに擦り寄られるのがかなり嬉しかったが、正直今はそれどころではなく、彼はデレデレするよりも、フランへのツッコミを優先させた。


フラン「でも星矢。刀抜いちゃってるけどさ、全然何も起こらないよね?」


星矢「ん?確かに…なんだぁ…唯の取り越し苦労かぁ…焦ったぁ…」


フランは星矢に擦り寄った状態で、上目遣いで顔を覗き込みながら、何も起こらない事をテンパっている星矢に伝える。フランの指摘に我に帰った星矢は、自分の取り越し苦労である事を認識すると、手に持つ刀を眺め、刀身をゆっくりと鞘へ戻した。


フラン「あれー?私の見間違いだったのかなぁ…」


そして、刀を抜いても何も起こらなかった事に対して、フランは自分の顎に手を当てながら小首を傾げ、刀と共にあった書物を見間違えたのかと考え込んでいた。


星矢「フラン…今度からはそういう大事な事は先に言ってくれ…」


フラン「はーい…」


そんな彼女を見て、星矢は軽い溜息を吐きながら、大事な事は事前に話して置くようフランを窘めた。その言葉に、フランは顔を俯かせながらも、しっかりと返事を返した。

反省の色が見えるフランを見て、星矢は恐る恐る彼女の頭に手を伸ばし、手を乗せる。そして、髪が乱れぬよう優しく、彼女の頭を撫でた。


フラン「ふにゃっ❤︎…えへっ❤︎えへへっ❤︎…せーやのなでなでって、気持ちぃ〜❤︎」


星矢『……結婚しよ…』


トロけた表情で星矢の撫でる手に頭を擦り付けるフラン。そんな彼女を見て、星矢は心の中で己の想いをひっそりと呟いた。


フラン「私、こうして頭をなでなでされたの久し振り…前はいつだったかなぁ…もう覚えてないや…」


星矢「…私なんかでも良いと仰ってくれるのならば、私は喜んで、貴女の頭を撫でましょう。ですから、そのような悲しい顔をしないで下さい…フランお嬢様…」


寂しげな表情でそう呟くフランに、星矢は胸を締め付けられるような心境に陥りながらも、しっかりと自分の言葉を目の前に居る女性に述べた。

その言葉に、フランは目を見開くと、柔らかな笑顔を浮かべ、星矢に抱き着きながら、首を縦に動かした。


フラン「ありがと…星矢…これからも、ずっと一緒に遊ぼうね…」


星矢「はい。貴女がそう、望むのなら…」


自分に抱き着きながら、力無く言葉を漏らすフラン。そんな彼女を堪らなく愛おしいと感じた星矢は、自らの手でフランを軽く抱き締めると、彼女の望みに応える事を約束した。

そしてフランは、その星矢の誓いに対して、頰を紅く染め、より強く抱き着く事によって、その喜びを彼に表現したのだった。


部屋の明かりによって照らし出された彼女の紅く染まった頰。しかしその頰からは、一筋の美しい光が走っている。

だが、星矢はその事に気付きながらも、敢えてそれを指摘しなかった。そして、彼は彼女が頰に描く一筋の光、その光が止むまで、延々と彼女の頭を撫でていた。自らの心に秘めた、想いを乗せて…



紅魔館(厨房)



星矢「よし。なんとか上手く焼けたみたいだな…」


フラン「わぁ〜!すっごく美味しそーっ!いい匂いもするぅ〜♪」


フランの部屋へと訪れ、プレゼントを貰った俺は、その彼女と共に紅魔館の厨房へと戻って来ていた。理由は勿論、オーブンに突っ込んだままのケーキを取り出す為である。

少々焼き過ぎたかと思いオーブンを開けてみると、そんな事はなく、ホールには綺麗な焼き目が付いており、ケーキ特有の甘い香りが厨房全体へと広がった。


星矢「後はトッピングだが…フランはどんなケーキが良いと思う?」


フラン「イチゴーっ!」


星矢「イチゴか…なら、いっその事ベリーケーキにするか」


フラン「やったーっ!」


自分の要望が通っただけではなく、星矢の計らいで自分の要望がグレードアップした事に喜ぶフラン。そんな彼女を温かい目で見守りながら、星矢は冷蔵庫の方へと足を向けた。


星矢「確か、4種類のベリーが冷蔵庫に入って……お、あった。勝手に使ったら咲夜に怒られるかもなー…でも…」


フラン「ケーキ♪ケーキ♪ベリーケーキ♪」


星矢「……まぁ何とかなるだろ」


クルクルと踊りながら喜ぶフランを見て、星矢は怒られる事など些細な事だと割り切り、冷蔵庫の中から4種類のベリーが詰まったボウルを取り出し、冷蔵庫の蓋を閉めた。

そして、喜んでいるフランの元へと歩み寄り、自分の手に持つボウルの中身を彼女に見せる。


フラン「おぉ〜っ!ねぇねぇ星矢っ!これ全部使っていいの!?」


星矢「あぁ、いいぞ。そっちの血混じりケーキは半分フランにやるから、生クリームとか塗ったら好きにトッピングしてみろ」


フラン「ほんとっ!?星矢大好きっ❤︎」


星矢の提案に喜びを隠し切れないフランは、勢い良く星矢の首に飛び付き、彼に頬擦りをする。星矢は一瞬飛び付かれた事に戸惑ったが、彼女が頬擦りをした瞬間、鼻血を垂らしながら自分の置かれた状況を満喫していた。


星矢『感激ですたい…!!』


博多出身者でもないのに、博多弁で感激の言葉を述べながら…



紅魔館(レミリアの部屋前)



星矢「さて、おぜう様の部屋まで持って来たはいいが…このもう1人分は誰が食べるんだ?」


ティーワゴンをレミリアの部屋の前まで転がし、その場で考え事をし始める星矢。

彼が此処に来る前、紅魔館の厨房でフランと2人でケーキを作っていると、又しても咲夜が現れ、人間用のケーキを1人分のみを残して全て持って行ってしまったのだ。


彼女に理由を尋ねると、レミリアの親友で紅魔館に居候しているパチュリーと、その使い魔である小悪魔。そして、紅魔館の門番である紅美鈴にお裾分けするとの事だった。勿論、咲夜自身も食べるらしい。

そんな訳で、星矢が転がしたティーワゴンに乗る1人分の人間用ケーキは、紅魔館の面々は口にしないという事になる。という事は、必然的に紅魔館の面々以外の者が口にするという事になる訳で…


星矢『まさか、霊夢とか魔理沙が紅魔館に来客として来てるのか…?だとしたら……あーヤバい…別の意味で緊張してきた…』


東方projectの顔とも言える2人。博麗霊夢と霧雨魔理沙。そんな2人がドアを開けた瞬間に居たらと考えると、星矢は産まれたての鹿の如く足を震わせた。


星矢『おおおお落ち着けっ…クールになるんだ…』


星矢は自らの両手で両足を抑え、強引に足の震えを止めようとする。そして、足の震えが止まった事を確認すると、気合いを入れ直す為か、彼は両手で自らの方を何度も叩いた。


星矢『よし…これで完璧DAーーーーーッ☆』


両の瞼を閉じ、勢い良く開くと、星矢は心の中でそう意気込みながら、レミリアの部屋のドアに自らの拳を当て、ノックをする。


星矢「お嬢様。星矢です。紅茶とケーキをお待ち致しました」


勿論、この一言を添えながら…


「星矢ね。入っていいわよ」


星矢の呼び掛けに対して、ドア越しから透き通った声が聞こえてくる。星矢はその声を聞くと一瞬で顔が真っ赤にし、声を震わせながら「失礼します」と一言述べる。そして、星矢はドアノブを時計回りにゆっくりと回した。


「遅かったわね?待ち草臥れちゃったわ」


星矢「お待たせしてしまい申し訳御座いませんでした、お嬢様」


俺の前で椅子に腰掛ける小さな少女。彼女こそが、この紅魔館の主であり、俺の仕えるご主人様である、レミリア・スカーレットお嬢様だ。

水色の混じった薄く綺麗な銀髪、見詰めているだけで吸い込まれてしまいそうなルビーの瞳。全てを惑わす小さな容姿。俺にとっては、全てに置いて完璧と呼べる女性だ。

性格は尊大かつ我が儘で、非常に飽きっぽいという見た目通り少し幼い思考であるが、そこがまたいい。正直いつ彼女に飽きられ、捨てられるか気が気ではない。


そんな彼女の種族は妹であるフラン同様吸血鬼の一族である。吸血鬼とは数多の弱点を持つものの、それ以上の力と魔力を有している。力のみで例えるとすれば、月の眼を発動した俺でも歯が立たないレベルだろう。

そして、彼女が持つ能力は【運命を操る程度の能力】。運命を操るというなんというかフワッとした感じの能力だが、俺の居た世界では様々な推測が立てられていた。それらが憶測なのかどうかは、これから知る事ができるだろう。彼女に飽きられなければ、な…


星矢「あの、お嬢様…」


レミリア「何?」


星矢「その、大変申し上げ難いのですが…お客様は何方に?」


星矢が彼女の部屋に入って気付いた事、それは…彼女の部屋には、彼女自身しか居ないという事だ。

つまり、星矢が用意したもう1人分の人間用ケーキ。これを食べる物は居ないという事になる。


星矢「本当に、申し訳御座いませんでした…私は、主人であるお嬢様に泥を塗るような真似を…」


彼女の部屋に彼女自身しか居ないという状況で、星矢は全てを悟ったのか、彼は突然レミリアに向かって頭を下げると、彼女に向かって謝罪の言葉を述べた。


レミリア「え?ちょ、ちょっと…貴方は何を言ってるのよ…」


突然の星矢からの謝罪に戸惑いを見せるレミリア。そんなレミリアを見て、星矢は頭を下げたまま、言葉を続ける。


星矢「いえ、私の用意が遅れたばかりに…お客様は帰ってしまい、お嬢様の顔に泥を…」


レミリア「?…客?客人なんて来てないわよ?」


星矢「え?」


レミリアの言葉に対し、星矢は顔を上げると、目を見開き、疑問符をつけながら素っ頓狂な言葉を漏らした。


レミリア「だから、客人なんて来てないって言ったのよ…今日は、えっと…最近、貴方は頑張ってくれてるみたいだから…その…貴方と、2人きりで…」


顔を真っ赤にし、言葉を途切らせながら星矢に何かを伝えようとするレミリア。星矢はそんな彼女の様子を見て、内心可愛いなと思いながらも、決してそれを表には出さず、表情を崩さない。


レミリア「こ、こほんっ……だから!その…貴方と2人きりで、お茶会をと思って…今日は貴方を呼んだのよ…」


星矢「……わ、私と…ですか…?咲夜さんとではなく?」


咳払いをし、呼吸を整えると、レミリアは漸く自分の言葉を星矢に向かって述べた。

漸くレミリアの口から真面な言葉を聞いた星矢は、一瞬思考停止の向こう側へと行き、頭が真っ白になる。だが、直ぐに我に返り、もう1度彼女に自分の聞き間違いではないかの確認を取った。その確認に対し、レミリアは…


レミリア「そ、そうよ…光栄に思いなさいっ…」


腕を組み、プイッと顔を背けながら、レミリアは彼の聞き間違いではない事を行動と言葉で表した。


星矢「は、はぁ…」


レミリア「な、何よ…嬉しくないの…?」


星矢「い、いえ!とても光栄に思っています!唯、その…実感が湧かないもので…」


星矢の素っ気無い反応に、レミリアは何故か瞳を潤ませ、声を震わせながら彼に質問する。

そんな彼女の予想外の反応に、星矢は両手を振り、言葉を述べながら彼女の質問に答え、同時に自分の思った事を彼女に吐露した。


星矢が彼女に吐露した、実感が湧かないという言葉。今現在、彼が置かれている状況は、自分が夢見た状況と言える。

もしも彼女と2人で、優雅に紅茶を飲みながらケーキが食べられれば、どれ程幸せだろうか。そんな事を、星矢は現実世界で何度も繰り返し思ってきた。そんな状況が今、彼自身の身に起きているのだ。実感が湧かなくても無理はない。


レミリア「実感が湧かないって…私とこうして2人きりで居る事が?」


星矢「そう、ですね…お嬢様からお茶会に誘って頂けるとも思っていませんでしたし…」


嬉しい気持ちと素直に喜んでいいものかという気持ちが混ざり、星矢の心の中は複雑な心境という言葉そのものだった。


レミリア「ふ、ふふっ…ふふふふっ…」


そんな星矢を見て、レミリアはクスクスと笑いを漏らす。


レミリア「ふふ…ごめんなさい。やっぱり、私の目に狂いは無かったみたいね…安心したわ…」


そして彼女は、星矢の目を見て軽く微笑みながら、そう言葉にした。

口の端から覗く八重歯が、部屋の明かりに照らされキラリと光る。そんな幻想的な彼女の姿に、星矢は目も心も奪われ、彼女に釘付けになってしまった。


レミリア「さぁ、それじゃあそろそろ始めましょ?今日は仕事の事は忘れていいわ。存分に楽しみなさい。星矢」


真紅に輝くルビーの瞳が星矢の瞳を真っ直ぐ見詰め、レミリアは彼に甘く囁いた。星矢はその囁きに抵抗する事などはせず、彼女の囁きに対して一言「御意…」と答えた。


レミリア「ふふっ♪」


頬杖を突き、紅茶の準備を始めた星矢を楽しげに見詰めるレミリア。彼女はとてもご機嫌な様子で、星矢から目線を外そうとはしない。それどころか、彼女の彼を見詰める眼差しは、どんどん強くなっているようにも見える。


レミリア「あの首元に噛み付いて、血を吸い上げたら、どれだけ気持ち良いのかしら…まぁ、血を吸うのは苦手なんだけど…」


そしてレミリアは、恍惚とした表情で自らの舌を口の端に這わせると、誰に言うでもなく小さな声でそう言葉を漏らした。


星矢「?…お嬢様。何か仰いましたか?」


レミリア「っ…な、何でもないわっ…続けてちょうだい…」


星矢「は、はい…」


そんな会話を繰り広げた後、星矢は紅茶の準備を終え、彼女の元に紅茶の入ったティーカップと、既に切り分けてあった一切れのケーキを差し出した。

しかし、紅茶の場合は後一手間加えなければならない。自分自身の血を、レミリアに差し出したティーカップに入れなければならないのだ。


星矢「お嬢様。失礼します」


吸引機に入った採血仕立ての新鮮な血液。星矢はそれをティーカップの上へと持って行き、吸引機の押し引きする部分を指と手の平を使って血を押し出した。


レミリア「っ❤︎…相変わらず、いい香りだわ…」


星矢『あ、ヤバい…また気持ち悪くなってきた…』


星矢の血が紅茶の中へと注がれ、それが紅茶に混ざると、レミリアの部屋に独特の香りが広がる。

その香りを嗅いで、レミリアは蕩けた表情を浮かべているが、星矢は気分が悪くなったのか、みるみる顔色が悪くなっていく。しかし、次に彼女の口から発せられた言葉を聞くと、星矢は一瞬で顔色が良くなった。


レミリア「お願い…星矢。早く、飲ませてっ…私、もう…我慢出来ないわっ…」


星矢「は、はひっ!どうじょ!」


というよりも、彼女の表情、仕草を見て、顔が真っ赤になったという方が正しいだろう。しかも台詞は噛みまくっている。


レミリア「ありがとう…んっ…」


星矢がティーカップから吸引機を離したのを確認すると、レミリアはティーカップの取っ手を持ち、ゆっくりと持ち上げると、ティーカップに優しく口を付けた。

そして、中に入っている星矢の血が混じった紅茶を、喉を鳴らしながら飲んでいく。


レミリア「ぷはぁ❤︎…おい、しい❤︎」


星矢『ぶふっ…かわ、いい❤︎』


片や、ティーカップから口を離し、右手を自分の頰に当てながら恍惚とした表情でそう呟くレミリア。

片や、鼻血を吹き出し、口からも血を吐き出す、得体の知れない男、星矢。

この2人には埋める事など出来ない、決定的な差がある。それは、可愛いと、キモいだ。


レミリア「駄目…全然足りないわ…せ、星矢…お代わり、お願い出来る…?」


星矢「畏まりました…」


小刻みに震え、何度も吐息を漏らしながら、レミリアは星矢に紅茶のお代わりを要求する。その要求に対し、星矢はキリッとした表情で、それに応える。因みに、星矢は一瞬で、垂れ流していた鼻血と吐血を、胸ポケットに仕舞っていたハンカチで拭っていた。


レミリア「ふぅ…何とか落ち着いたわ。ごめんなさい、星矢。長々と立たせてしまって…」


星矢「いえ、これが執事としての務めですから」


レミリア「殊勝な心掛けね。ほら、貴方も座りなさい。私の向かい側に、ね」


星矢が再度淹れた紅茶に口を付け、離す。すると、レミリアは謝罪の言葉を述べた後、星矢に自分の向かい側に座るよう促した。

レミリアにそう促された星矢は、彼女の言葉通り向かい側の椅子へと歩みを進める。そして「失礼します」の一言を述べると、星矢はゆっくりと椅子に腰を下ろした。


星矢「…」


俺の目の前に座る小さな少女、レミリア・スカーレット。その彼女の特徴とも言える真紅の瞳は、今、俺に向けられている。それが照れ臭くもあり、誇らしくもある、何とも新鮮な感覚だ。

この2週間で、俺は彼女ともそれなりの回数、交流を重ねていたつもりだ。しかし、今回のお茶会もそうだが、俺をこうして紅魔館の執事として雇ったのも、きっと彼女の気紛れなのだろう。でなければ、俺のような男を紅魔館に置く事など有り得ない。


レミリア「ど、どうしたのよ…星矢…そんなに熱い視線を向けられると、その…困るわ…」


星矢「も、申し訳御座いません…」


レミリア「それに、レディーが物を食べている所をジロジロ見るなんて、失礼よ……嫌じゃないけど…」


星矢「はい…重ねて、お詫び申し上げます…」


レミリアはケーキを口にしながら、星矢の事を軽く窘める。それとどうやら、彼女が最後にボソッと呟いた言葉は、星矢の耳には入らなかったようで。

そして、彼女に窘められた星矢は、両手を膝の上に乗せ、完全に意気消沈してしまっている。


レミリア「……レディーが物を食べている所を凝視する悪い執事には、お仕置き、基、躾が必要ね…」


謝る星矢の姿を見て、少し考える表情を浮かべるレミリア。すると彼女は、星矢の目を見ながら、そう言い放つ。


星矢「お、お仕置き…?躾…?く、クビだけはご勘弁をっ…どうか慈悲を、お嬢様っ…」


だが、彼女に慈悲や容赦などという甘い言葉は持ち合わせておらず、ケーキの乗ったお皿とティーカップを持つと、彼女は立ち上がり、ゆっくりと星矢の方へと歩み寄って行った。


星矢「私の足りない頭で宜ければ、何度でも下げますっ…ですから、どうか…どうかクビだけはっ…」


レミリア「黙ってそのまま座っていなさい…」


何とか考え直して貰おうと、星矢は尚もレミリアに慈悲を乞う。だが、それは無情にも彼女の一言によって一蹴されてしまった。

終わった、と、全てを諦めた星矢だったが、彼女の取った行動はと言うと…


レミリア「な、中々座り心地がいいわね…」


星矢「……あの、お嬢様…」


レミリア「…な、何よ…」


星矢「いえ、何をされているのかと…ふと疑問に思いましたので…質問を…」


なんとレミリアは、星矢の膝の上に座り、体を預けたのだ。突然の行動に、嬉しさよりも疑問や戸惑いが強い今の星矢は、両手を上げながら彼女に質問した。


レミリア「い、言ったでしょう…これはお仕置きであり、躾なのよ…だ、だから…しっかりと反省しなさい…」


星矢「あの、私にとっては寧ろ…ご褒美なのですが…」


レミリア「えっ!?」


ティーカップとケーキの乗った皿をテーブルに置いたレミリアは、自らの両手を膝の上に乗せ、身を捩らせながら星矢に反省するよう促す。だが、星矢は馬鹿正直に自分にとってはご褒美だと口にしてしまった。


レミリア「こ、これがご褒美って事は…私と2人でこうする事が、嬉しいって事よね…?」


その言葉に即座に反応したレミリアは、星矢の顔をチラチラと覗き込みながら、上目遣いでそう呟いた。


星矢「は、はい…」


レミリア「っ❤︎…そ、そう…そうなのね……よしっ…」


顔を真っ赤にしながら、首を縦に振って肯定する星矢を見て、レミリアは顔を背ける。そして、頰を染めたまま、星矢に見えぬよう小さくガッツポーズを取った。


レミリア「な、なら今回は特別に…私の頭を撫でる事を許可してあげるわ…」


星矢「い、いえ!それは流石に!恐れ多いといいますか…」


レミリア「……何よ…あの子の頭は平気で撫でる癖に、私の頭を撫でる事は躊躇するって言うの?」


暫しの間を空け、レミリアは愚痴っぽく星矢に向かってそう呟いた。

彼女の言う【あの子】とは、恐らくフランの事だろう。何故そこで彼女の名前が出たのかが分からない星矢に、レミリアは更に言葉を続ける。。


レミリア「それに、あの子の事は普通に名前で呼んでタメ口を利く癖に、私はお嬢様呼びで、然も敬語…納得がいかないわ…」


星矢『これが本来の執事な気が…』


口を尖らせ、ぶつぶつと呟くレミリアに、星矢は心の中で密かにそう疑問を抱いた。しかし、心の中で何度その疑問を抱こうと、それが彼女の耳に届く事は決して叶わない。


レミリア「わ、私がいいと言ってるのよっ…だから、早く撫でなさいっ!」


そんな疑問を抱いているとは露知らず、レミリアは尚も星矢に自分の頭を撫でるよう要求してくる。


星矢「で、では…失礼して…」


彼女の必死な表情に気圧されたのか、将又自らの欲求に負けたのか、星矢は右手でそっとレミリアの頭に触れ、帽子の上から彼女の頭を優しく撫でた。


レミリア「ひゃあっ…ぁ❤︎…ん、ぅ❤︎…」


頭に触れられた瞬間、レミリアは小さな悲鳴を上げる。そして、そのまま頭を星矢に優しく撫でられた彼女は、体を小さく震わせ、頰を染めながらそれを受け入れた。

そしてレミリアは、突然星矢の左腕を掴み、強く抱き締めた。


星矢『ヤバいヤバいっ…何だこの状況っ…なんで俺、レミリアに抱き着かれながら頭撫でてるんだっ…』


自分の行動と、彼女の取る行動の両方に強い疑問を抱きながらも、星矢は彼女の頭を撫で続けていた。

愛らしい仕草、女性特有の甘い香り、絹糸の束を撫でているかのような心地の良い手触り。それら全てを感じながら、星矢は今にも昇天してしまいそうな気持ちで、また1回、彼女の頭を撫でる。


レミリア「星矢…私の……まま……えを…呼び……さい…」


星矢「え?お、お嬢様…今、何と仰いましたか?」


星矢の腕を強く抱き締めながら、レミリアは星矢に向かって何かを呟いた。しかし、星矢はそれを聞き取る事が出来ず、彼女に何を言ったのかを聞いた。すると…


レミリア「星矢…私の頭を撫でたまま、私の名前を呼んで……お願い…」


彼女はゆっくりと体の向きを星矢の方へと変え、肩に手を回す。そして、気の抜けた蕩けた表情で、星矢にそう懇願すると、最後の言葉を星矢の耳元で、優しく呟いた。


星矢「お、お嬢…様…?」


レミリア「違うわ…ちゃんと名前で…レミリアって、呼んでちょうだい…」


頭を撫でるという事が可愛く思える程の、突然の要求。その要求に、星矢は嘗てない程に顔を赤らめながら、彼女の要求に背いてしまった。だが、レミリアはその事に怒った様子を見せる事はなく、優しく彼に間違いを指摘した。


星矢「…れ、れみ…レミ、リア…」


間違いを指摘された星矢は、言葉を詰まらせながらも、彼女の名前を口にした。元居た世界や心の中で何度も呟いた、憧れの女性の名前を、本人の目の前で…


レミリア「っ❤︎…嬉しい❤︎…」


そしてレミリアは、自分の名前を呼ばれた瞬間、感極まって星矢に思い切り抱き着いた。その時、彼に抱き着いた反動からか、彼女が被っていたドアノブカバーのような帽子が地面に落ちてしまう。


星矢「れ、れれっ…レミリアお嬢様っ…しょ、少々お戯れが過ぎる気がっ…」


レミリア「わ、私が貴方に何をしようと、口出しする権限なんて、貴方にはないわ…だって、貴方はもう…私の…私だけの、所有物(モノ)なんだから…」


突然レミリアに抱き着かれた星矢は、耳の穴から湯気を吐き出し、両手を動かしながら、彼女の取っている行動が生き過ぎたものであると認識させようとする。

しかしレミリアは、星矢の言葉を軽々しく突っぱねると、抱き着いたまま彼の耳元で、自分の所有物であるという事を自覚させようとした。


レミリア「それが自覚出来たのなら、私を抱き締める事を許すわ…そして、私を抱き締めた後は…私の所有物(モノ)になるという誓いの言葉を、耳元で囁きなさい…」


星矢の右頬に優しく触れ、妖しく微笑み掛けながら、レミリアはそう言葉を漏らした。

今、彼女の持つ真紅の瞳が見詰めているのは、自分自身である。星矢はそう認識し、彼女に求められるがまま、体を抱き寄せ、そのまま優しく抱き締めた。


レミリア「あっ❤︎…」


突然抱き締められた事に驚いたレミリアは、目を見開くと、体を一瞬強張らせた。しかしレミリアは、直ぐにその身を星矢に委ねると、今度は彼の背後へと手を回し、強く抱き締め返した。


星矢「これから私は…この身が朽ち果て…命の灯火が消えるであろうその時まで…お嬢様に仕えさせて頂く所存です…」


そして星矢は、彼女の耳元に顔を寄せると、甘く囁くように、誓いの言葉を口にした…


レミリア「……もう、離さないわ…ずっと、私の傍に居なさい…星矢…」


星矢「御意(イエス)…お嬢様(マイレディー)…」


お互いに抱き締め合ったまま、レミリアは離さない、傍に居ろと、星矢に命令する。その言葉に、星矢はたった一言ではあるが、了解の意を示した。

だが星矢は、心の奥底では迷っていた。自分だけ、憧れの女性にこのような言葉を掛けて貰い、尚且つ、こんな幸せな気持ちになっていいのかと…そして、迷って迷って、迷った結果…星矢はこの誓いを、単なる主従関係の再確認だと、自分は幸せになどなっていないと、半端強引に言い聞かせた。


レミリア「じゃ、じゃあ…今夜からは…その…私と一緒のベッドで、眠りなさい…」


星矢「………え?」


レミリア「な、何を驚いてるのよ…当然でしょう…?だって、私達はもう…ごにょごにょ…なんだから…」


気持ちの整理を無理矢理付けた後の星矢に、レミリアはトンデモない発言をした。それは、同じベッドで眠りなさいという、余りにもアウトな発言だった。

途中聞き取れない部分があったにしろ、これは流石の星矢も意見せざるを得ない。


星矢「あの、レミリアお嬢様…大変失礼かと思いますが、レミリアお嬢様は今までも、そのようなご経験が…?」


レミリア「ぅ…そ、それは……無いわ…キスも、まだだし…」


遠回しな言葉遣いで、星矢はレミリアに夜の経験があるかどうかという質問をする。その質問に対し、レミリアは顔を真っ赤にすると、今にも消え入りそうな声で未経験である事を明かした。


レミリア「うー…わ、笑いなさいよ…500歳を超える吸血鬼の癖に未経験だなんてって…」


星矢「笑ったりなどしませんよ、レミリアお嬢様。貞操観念が高くて、とてもご立派だと思います」


レミリア「ほ、本当に…そう思ってくれているの…?」


星矢「はい」


レミリアが発した自虐の言葉を、星矢は真っ向から堂々と否定した。

その言葉に、レミリアは彼を見詰めながら、それが本心から出た言葉なのかと確認する。すると、星矢は彼女に優しく微笑みながら、返事を返した。今の星矢は見た感じ平静を装っているが、内心では…


星矢『ぐぁぁぁっ!!穢れを知らないレミィを俺みたいなブ男が抱き締めてしまったぁぁぁっ!!異次元からスナイプされるぅっ!ていうか血ぃ吐く!血ぃ吐く血ぃ吐くぅっ!!』


かなり動揺していた。


レミリア「そ、それじゃあこれからは…私と一緒のベッドで寝るのよ?貴方が仕事を終えるまで、私は待っててあげるから…」


星矢「しかし、それを聞いたら尚更…」


一緒に寝る訳には…と、言葉を続けようとした瞬間。部屋のドアが勢い良く開かれ、1人の少女が大声を出しながら部屋に侵入して来た。


フラン「もーっ!星矢遅いよっ!お姉様と何しt…あーーーっ!!星矢とお姉様がエッチな事してるーっ!」


星矢「フランお嬢様っ!?」

レミリア「フランっ!?」


若干的外れとも言えない台詞を叫びながら登場したのは、レミリアの実の妹である、フランドール・スカーレットだった。

そんな彼女は手に大きなお皿が持ち、そのお皿の上にはこれまた大きなケーキが乗っている。恐らくこのケーキは、先程星矢と共に作った星矢の血混じりケーキだろう。


レミリア「ど、どうして貴女が私の部屋なんかに…」


フラン「だって星矢遅いんだもん…一緒にケーキ食べよって言ってあったのにさぁ…」


レミリアの質問に、フランは頰を膨らませながらそう答えた。

どうやら彼女は、星矢と2人でケーキを食べる事を約束していたらしく、いくら待っても星矢が戻って来ない為、待ち切れなくなってこうしてレミリアの部屋へと押し掛けてきたようだ。


レミリア「な、ならせめてノック位はしなさい…貴女にはそういう常識的な部分が欠落しているわ…」


フラン「お姉様にだけはそんな事言われたくないよ。まだ夜じゃないのに、星矢とエッチな事してるんだから」


レミリア「ま、まだしてないわよっ…これから、その…愛し合おうと思っていた所で…」


スカーレット姉妹のそんなやり取りを眺めながらも、星矢は再度、心の中を今一度整理していた。

レミリアと2人きりで、同じベッドで寝るという夢のシチュエーション。それを実現させるべきか、それとも躊躇うべきなのか、彼の頭の中は今、その事で一杯になっていた。


レミリア「と、とにかく…私と星矢は今忙しいから、貴女は早く部屋から出て行ってちょうだい…」


フラン「やだよ!最初に約束してたのは私だもん!」


レミリアの意見を即座に却下したフランは、椅子の上で密着している2人の元へと、1歩ずつ近付いて来る。

流石にこれはフランの言い分の方が正しかった為、レミリアも何も言えず口籠もってしまった。そして、2人の元へと歩み寄ったフランは…


フラン「お姉様ちょっとズレてよ…私が座れないじゃん…」


レミリア「う、うーっ…な、何するのよっ…」


膝の上に乗るレミリアを押し退け、星矢の右足部分に跨がると、そのまま思い切り彼に抱き着いた。


レミリア「なっ…」


フラン「えへへ〜っ❤︎星矢大好きぃ❤︎」


レミリア「ちょ、ちょっとフラン!星矢は私の所有物(モノ)なのよっ!それに、どうして貴女がそんな…」


突然の妹の行動に状況が飲み込めないレミリアは、動揺を隠し切れず、大きな声でフランに意見と質問を同時にぶつけた。そしてフランは、レミリアの意見には何も言葉を返さず、彼女の質問にのみ答えた。


フラン「だって、星矢と一緒に居ると胸がきゅっとするんだもんっ❤︎…あ、でもね…星矢と離れちゃうと、なんか寂しくなるんだ…ねぇお姉様、これって何かな?」


レミリア「そ、それは…」


妹であるフランが抱いている感情。レミリアにはそれが、今の自分が抱く感情と全く同じモノだという事に気付いていた。しかし、レミリアはその事を敢えて妹に告げず、そのまま固く口を閉ざした。


レミリア「そ、そんな事よりもフラン。貴女よね?星矢にソレを渡したのは」


レミリアは誤魔化す為に話題を変えつつ、星矢が腰に差す刀を指差しながら、フランに対して質問をした。

星矢が今腰に差している刀は、フランが紅魔館の地下倉庫から星矢の為に持ち出した、刀身が紅い異様な刀である。


フラン「うん。そうだけど?」


レミリア「その刀は持ち出し禁止の危険な代物よ。どうしてそれを持ち出した挙句、星矢に渡してるのよ」


持ち出し禁止というなんとも危険な香りを放つ言葉を述べるレミリアに対し、フランは何故この刀が危険な代物なのかという事を分かっていない様子だった。


レミリア「貴女は大丈夫かも知れないけど、一歩間違えれば星矢に危険が及ぶのよ?」


そんなフランの反応を見て、レミリアは彼女の取った軽率な行動を叱り付ける。しかし…


フラン「でも大丈夫じゃん」


レミリア「それは結果論でしょう?私が言ってるのは…」


フラン「もーいーじゃん…お姉様は一々口煩いよ…」


レミリア「っ…」


事もあろうにフランは、レミリアの叱責を軽く受け流し、挙句の果てには口煩いとまで宣ってしまった。

そして、流石のレミリアも、聞き分けのない言動を取る妹に思う所があったのか、眉間に皺を寄せると、彼女の事を睨み付けた。


フラン「お姉様が凄んだって全然怖くないよ?」


レミリア「星矢の前だからって、私が優しくするとでも思っているのかしら?フラン」


互いに睨み合い、牽制し合いながら、レミリアとフランは何処ぞのバトル漫画の如く、自身の周りに闘気を発生させる。そして…


レミリア「星矢、フランに何か言ってやりなさい!」

フラン「星矢っ!お姉様になんか言ってやってよ!」


2人は同時に似たような台詞を言いながら、星矢の顔へと自分の顔を近付けた。だが…


星矢「」チーン☆


肝心の星矢はと言うと、白目を剥き、涎を垂らしながら気絶していた。

彼が気絶したのは丁度、フランが彼の膝の上に乗り、体を擦り付け始めた頃だ。その時、彼の脳内には様々な思考が途轍も無いスピードで巡った事だろう。しかし、星矢はそれに耐え切る事が出来ず、自分の想い人2人に囲まれながら、無念の内に気絶してしまったのだ。


レミリア・フラン「「…」」


暫しの間が空き、レミリアの部屋に静寂が訪れる。しかし、2人は未だに険悪なムードを漂わせていた。


レミリア「……フラン、貴女にはもう私の部屋に居る意味は無いでしょう?」


そんな静寂の中、先に口火を切ったのはレミリアだった。彼女は、星矢と一緒にケーキを食べるという目的で自分の部屋を訪れたフランに、これ以上自分の部屋に居る事は無意味な事だと告げた。


フラン「……お姉様こそ、星矢はもう気絶しちゃったんだから、私が連れて行っちゃっても問題ないよね?」


しかしフランも負けじと、星矢が気絶してしまっている事を再確認させると、彼女の部屋に星矢が居る意味はないという事を告げる。


レミリア「星矢は私の部屋に居るべきなのよ…だって私達2人は、愛し合っているのだから…」


レミリアは星矢の左腕を抱き締め、フランに睨みを利かせる。


フラン「どうせお姉様がそう言ってるだけでしょ?私なんて星矢にずっと一緒に遊んでくれるって約束して貰ったもんね♪」


フランは星矢の右腕に抱き着き、レミリアに余裕のある表情を見せる。


レミリア「ふふっ…【遊ぶ】だなんて、相変わらず貴女はお子様ね、フラン。私はもう、星矢と一線を越える約束をしたわよ♪」


そんな約束はしていない。


フラン「なっ…わ、私だって……せ、星矢と今夜、エッチな事しようねって約束したもんっ!!」


そんな約束もしていない。


レミリア「ななっ……せ、星矢っ!起きなさいっ!貴方は私とフラン、どっちを取るのよっ!」


フラン「私だよねっ!?ずっと一緒に遊んd……エッチな事しようねって約束したもんねっ!?」


星矢「あ、が…ぅ、ぁ…」


レミリアは星矢の左腕を、フランは星矢の右腕を掴み、互いに引っ張り合う。そして、気絶してしまっている星矢は、呻き声を上げながら、彼女達にされるがままの状態になっていた。


星矢「れ、レミ…フラ…」



既に8割方自らの目標を達成しているにも関わらず、それに気付かない鈍感な少年、岩村星矢17歳。

彼は1度、現実世界で全てを失った。残った者は自分1人、信じられる物は自分自身と、遥か彼方から夜を照らす、頭上に浮かぶ月、唯1つ。

しかし彼はこれから、この幻想郷で、様々な出来事に出会い、様々な人々と交流を重ね、新たな想いを抱いてゆく。その想いの果てに何があるのか、それはまだ、誰にも分からない。



to be continued…


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