2017-10-13 21:18:58 更新

【第1話】 空白の2週間(前編)





空白の2週間 前編



星矢が紅魔館で働き始めてから既に3日経ったある日。館の主であるレミリア・スカーレットとその親友、パチュリー・ノーレッジは、紅魔館の大図書館でこの3日間にあった出来事を話し合っている最中だった。


パチュリー「ねぇレミィ。あの男、外来人っていう話だけど、この幻想郷に来る前は何処かのお屋敷にでも仕えていたんじゃない?」


彼のこの3日間の仕事ぶりは相当なもので、今まで咲夜が時間停止の能力を要して漸く掃除し終えていた館の掃除を、星矢は彼女と協力して半日ちょっとで終わらせてしまったのだ。

そんな彼の容量の良さに、パチュリーは彼がこの幻想郷に来る前は何処かの屋敷に仕えていたのではないかという推測したのである。


レミリア「えっ!?そ、そんな…私以外の女に仕えていただなんてっ…私は許さないわっ…」


パチュリー「これはあくまで私の推測よ、レミィ。それに、仕えていたとしても時既に遅しじゃない」


親友の推測に、レミリアは思わず立ち上がりながら、彼の過去で自分以外の者に仕えていたならばそれを許さないと明言した。

しかし、それはパチュリーの推測であり、真実ではない。パチュリー自身もそれを自分の口から述べており、少々呆れた表情を浮かべていた。


パチュリー「そんな事よりレミィ。貴女、彼とは何か進展があったの?」


レミリア「えっ…そ、それは………無いわ…」


するとパチュリーは、レミリアにこの3日間で星矢と何らかの進展があったのかどうかを彼女に聞く。

突然の質問に驚いたレミリアは、ゆっくりとその場に座ると、口籠もりながもこの3日間何も進展がない事を親友に打ち明けた。


パチュリー「……散々偉そうな事を口走ってた癖に…これだから恋愛未経験者は…」


親友の口から進展がない事を告げられたパチュリーは、呆れた表情を更に強くしながら、大きな事を言っていたレミリアに冷たい言葉を浴びせかけた。


レミリア「う、うるさいわねっ…そういうパチェだって、恋愛未経験者じゃないっ…」


パチュリー「私は恋愛をする気なんてないもの」


堪らず親友を指差しながら怒鳴り散らすレミリアだったが、パチュリーは恋愛自体に興味がなく、手元に置いてあった本を手に取りながらバッサリ彼女の反論を斬り伏せた。


レミリア「うー……み、見てなさい!近い内に星矢を連れて、2人揃って貴女に結婚宣言をしてあげるわ!」


パチュリー「そうなる事を祈ってるわ」


興味の無さそうな言動を取るパチュリーに、レミリアは声を荒げながら堂々と彼女に言い放った。

しかし、パチュリーはレミリアと目を合わせようとはせず、本を読みながらその宣言が現実になる事を祈っていると言葉にする。


レミリア「ふんっ…パチェなんてもう知らないっ…」


パチュリー「ちょっと待ってレミィ。これを持って行きなさい」


親友の冷たい態度を受け、不機嫌になったレミリアは席を立つと、足早に大図書館を後にしようとする。

と、その時、パチュリーが突然彼女を引き止め、手を差し出した。彼女の差し出したその手には、一冊の本が握られている。


レミリア「何よ…その本…」


パチュリー「紅魔館は恋愛未経験者が多いから、こあに頼んで手頃な恋愛指南書を見繕って貰ったのよ。で、内容を見たけど問題はなさそうだから、参考程度にと思って」


レミリア「パチェっ…」


どうやらパチュリーは、事前に小悪魔にレミリア専用の恋愛指南書を準備させていたらしく、それを今手渡そうと思っていたらしい。

親友の気遣いに感銘を受けたレミリアは、涙目になりながらパチュリーの差し出した本を手に取り、大図書館を後にしたのだった。


パチュリー「はぁ〜っ…」


小悪魔「あれ?パチュリー様。何だか元気がないみたいですけど…」


レミリアが大図書館から出て行った事を確認したパチュリーは、深く大きな溜息を吐く。そんな彼女の元に、恋愛指南書を見繕った張本人である小悪魔がそっと彼女の元へと降り立った。


パチュリー「別に…ただ、あんな風に一喜一憂するレミィを作り出してる男に、ちょっと嫉妬しただけよ…」


没になった恋愛指南書を流し読みしながら、パチュリーは大図書館の天井を見上げる。

彼女があんな風に一喜一憂するレミリアを見たのは初めての事で、それを見られる事が嬉しくもあり、同時にその原因ともなっている星矢に軽い嫉妬の想いを募らせていたのだ。


小悪魔「……そうですか。でも、星矢さんはとても良い人ですよ?」


パチュリー「そんな事、言われなくても分かってるわ。だってあの男は、本を大切にする男なんだから…」


自分の中に持つ彼の印象をパチュリーに告げ、彼女に優しく微笑む小悪魔。するとパチュリーは、思いの外彼の事を悪くは思っていないようで、小悪魔の言葉に同調する姿勢を示し、自分の大切な場所である大図書館を見回す。



彼女の見回した大図書館。そんな彼女の大切な場所は、前とは見違える程綺麗に掃除されていた。



紅魔館(レミリアの部屋)



レミリア「この本さえあれば、星矢ともっと親密な関係に…」


自室へと戻り、パチュリーから手渡された本を早速読もうと机の前に腰掛けるレミリア。その本の表紙には【恋愛未経験者でも分かる!意中のあの人を落とす100の方法!】と、なんともベタベタなタイトルが大きな文字で書かれていた。


レミリア「えーと…先ずは自分を知る事が重要です。貴方がどのタイプなのかを、質問形式で判断します……な、中々本格的ね…」


表紙をめくり、レミリアは最初の説明文を読みながら感心を示す。そして、彼女がどのタイプの女性なのかという診断が始まった。


Q.1 貴方は男性ですか?女性ですか?


レミリア「女性、と…」


Q.2 貴方は今の今まで、


指南書の指示に従って、レミリアは見栄を張る事なく淡々と質問に答えていく。

すると、質問が10問目に突入した時、遂に女性専用の質問へと内容が変化した。


Q.10 貴女は自分の要求が通らないとどう思いますか?


レミリア「そんなの、機嫌が悪くなるに決まってるじゃない…」


Q.11 貴女の意中の相手が他の女性と楽しそうに話をしています。どう思いますか?


レミリア「気分が悪くなるに決まってるでしょ!?私の所有物(モノ)としての自覚を持って欲しいわ!」


Q.12 貴女は今の意中の相手と添い遂げたいと思いますか?


レミリア「そ、そそっ…添い遂げるっ?…それってつまり、結婚…よね……星矢と、結婚………はい…」


質問は全部で30問あり、レミリアはその全てに心を偽る事無く回答して見せた。

全ての質問に答え、頭から大量の湯気を立ち昇らせながら、レミリアは自分が女性としてどのタイプなのかという診断結果を、ページをめくって確認しようとする。その診断結果とは…


レミリア「貴女は自意識が非常に強く、我が儘な女性です。そして、自分の思い通りにならなければ不機嫌になったり、癇癪を起こす子供っぽい面も持ち合わせています。貴女の恋愛を成就させるには先ず、自分の行いを見詰め直す必要があるでしょう……何様よっ!!」


自分の診断結果に納得がいかないといった様子のレミリアは、読んでいた本を机に何度も叩き付けながら本に向かって罵詈雑言を吐きかける。しかし、その診断結果にはまだ続きがあった。


レミリア「っ…し、しかし…意中の相手を強く想っている点や、自己のアピールを決して疎かにしない貴女の態度は、意中の相手にとってかなりの好印象となり得るでしょう。その行動力が身を結び、意中の相手と望む関係になれれば、貴女はきっと幸せになれる筈です……わ、分かってるじゃない…」


診断結果の続きを見たレミリアは、顔を真っ赤にしながら直ぐに機嫌を取り戻した。

そんな単純かつまだまだお子様な彼女は、本の指示通りに自分の結果に見合ったアドバイスを受ける為、惜しみなくその本のページをめくる。


レミリア「い、意中の人との相性っ…」


彼女の辿り着いたページには、意中の相手を自分のモノにする為に必要な事が明記されていた。

様々な事が明記されている中でも、特に彼女の興味を引いた項目は、【意中の人との相性】という項目だった。


レミリア「相性にも色々ありますが、1番重要なのは惹かれ合い易いかという事です。格好良いや可愛いは勿論の事、優しい人やそっと寄り添ってくれる人なども人を惹きつけ易い傾向にあります。ふむふむ…」


相性の定義について、レミリアは真剣に本と向き合いながら、恋愛についての知識をどんどん吸収していく。少し偏った思考に発展してしまいそうな予感はするが、彼女は疑問に思った事や、自分の考えと食い違う部分を本を使ってしっかりと学んでいった。その結果…


咲夜「お嬢様。今何と?」


レミリア「聞き返さないでよ…星矢に紅茶と軽食を準備するように伝えてちょうだい。そう言ったのよ」


仕事中の咲夜を呼び付け、レミリアは星矢に紅茶と軽食を準備するように伝えて欲しいと、彼女に伝言をお願いした。


咲夜「お嬢様…星矢も仕事が忙しい身ですから…それに、初日から働き詰めで、碌に休もうともしないんですよ?そんな状態で紅茶と軽食だなんて…」


レミリア「それなら代わりに貴女が引き受けてあげればいいじゃない…」


自分のように時間を止める事が出来ない星矢には酷な事であると、咲夜は遠回しに伝えた。

しかし、直ぐにでも星矢を呼び出して欲しいレミリアは、咲夜の言う事を聞かずに頰を膨らませながら駄々を捏ね始める。


咲夜「私も最初はそのつもりでした…ですが、星矢は1度引き受けた仕事は、自身の手で片付けると言って聞かないんです。途中で自分の仕事を投げ出すような者は、お嬢様の傍らに立つ資格はないと…」


レミリア「そ、そう…」


紅魔館の仕事を全うしようとする姿勢を見せる星矢に、咲夜は感銘を受けてはいたものの、もう少し自分達に頼って欲しいとも思っていた。だが、彼はそんな甘えを良しとはせず、頑なに自分の仕事をこなし続けている。

その事を咲夜の口から聞いたレミリアは、益々自分が彼の事を労ってあげたい。そう思い、段々とその気持ちが強くなっていった。


レミリア「こ、今回だけっ…今回だけだからっ…どうしても星矢に会いたいのよっ…だから咲夜、お願いっ…」


咲夜「……はぁ〜っ…分かりました。私の方から星矢に掛け合ってみます。ですが、余り無茶な要求はしないで下さいね?」


瞳を潤ませ、自分の意思を必死になって咲夜に伝えるレミリア。

そんな主人の姿を見た咲夜は、深い溜息を吐いた後、渋々といった表情で星矢に主人であるレミリアの要求を伝える事を引き受けた。そして咲夜は、彼女に無茶な要求をしないよう促すと、突然その姿を消した。


レミリア『こ、これで完璧だわっ…部屋に2人きりという状況で、私がアプローチを仕掛ければ…後は星矢の方から……うー❤︎』


頭の中でこれから起こるであろうシチュエーションを想像する。その後、レミリアは髪の乱れや帽子の被り方を鏡の前でチェックすると、再び椅子に座り、落ち着かない様子で彼が自分の部屋を訪れるその瞬間を待ち続けた。






レミリア「星矢…まだかしら…」


咲夜に伝言を頼んでから約20分が経った頃。レミリアは星矢の到着を今か今かと待ち望んでいた。

彼の紅茶と軽食がどれ程のものかというのも気になってはいるが、彼女が今1番楽しみにしているのは、これから自分が取る行動に、彼がどんな反応を示すかという事である。何より…


レミリア「初めて見た星矢の執事服姿…格好良かったわ…手足が長くてスラっとしてるし…それに、下から私を見上げたあの時の星矢……う〜…」


星矢が紅魔館で働く事が決まったあの日、咲夜はレミリアの命令で、彼に給仕用の正装服を仕立てた。

その出来は素晴らしく、彼女自身も納得のいく1着が完成し、星矢と咲夜は2人揃って主人であるレミリアの元に再度挨拶をしに訪れた。

そして、レミリアは執事服に身を包んだ星矢を見て、一瞬でその心を奪われてしまったのだ。既に心を奪われている中、更に夢中にさせられるとは彼女自身も思っていなかったようで、彼女がこうして必死に恋愛について学んでいるのも、それが原因と言えるだろう。


「お嬢様。星矢です。紅茶と軽食をお持ちしました」


レミリア「えっ!?あっ…は、入っていいわよ…」


自分に笑顔を見せている彼を頭の中で思い浮かべていると、その本人である星矢が彼女の部屋を手の甲で叩きながら紅茶と軽食を持って来た事を告げる。

星矢の声を聞き、レミリアは座ったまま体を一瞬跳ねさせると、焦りを見せながら彼の入室を許可した。


星矢「失礼します」


レミリアの入室許可を受けて、星矢は失礼しますと一言述べると、ゆっくりとドアノブを回してティーワゴンと共に部屋に入って来る。


レミリア「わ、わざわざ有難う…」


星矢「お気になさらないで下さい。これが私達使用人の仕事ですから」


頭の中で思い浮かべていた彼の姿が現実に現れた事で、レミリアは少々戸惑った様子で星矢にお礼の言葉を述べる。

しかし星矢は、彼女のお礼の言葉を受け取りながらも、これが自らの仕事だと心を律してそう口にした。


レミリア「使用人の…仕事……はぁ〜…」


星矢『やはり現実のレミリアお嬢様は破壊力が半端じゃありませんね…』


自らの心を厳しく律した星矢の態度と言葉は、逆にレミリアを落ち込ませる結果となってしまう。

そんな彼女の心境を知らない星矢は、レミリアの振る舞いや態度、落ち着いた佇まいを見て心を奪われていた。だが、実際のレミリアは目に見えて落ち込んでおり、星矢には何故かそれが可愛く映って見えているのだ。


レミリア「そ、それで?今日の紅茶と軽食は?」


星矢「はい。軽食と呼べる程の物ではありませんが、本日はチョコレートケーキの一種であるオペラを御用意致しました。紅茶はFORTNUM&MASONのアールグレイで御座います」


レミリア「お、おぺら?ふぁ、ふぁーと…?」


レミリアが星矢に今回の紅茶と軽食について聞くと、星矢は少し首を右に傾ける。そして、自分の左胸に右手を当てながら優しく微笑むと、用意した軽食の名前と紅茶の銘柄を口にした。

だがレミリアは、聞いた事のない名前に戸惑いの表情を浮かべ、星矢の口にした単語をしどろもどろしながら繰り返した。


星矢「オペラとFORTNUM&MASONです。御存知ありませんでしたか?」


レミリア「え、ええ…初めて聞いたわ…」


再度正式な名称を口にし、星矢はレミリアにこの2つの名称を知らなかったかどうかの確認を取る。すると、レミリアは首を横に振りながら、星矢の問いに正直に知らなかったと答えた。


星矢「オペラとは、先程申し上げた通りチョコレートケーキの一種です。名前の由来は諸説ありますが、オペラ座に出演するバレリーナへの賛辞を表したという説が最も有名ですね」


レミリア「へ、へぇ〜…」


オペラというチョコレートケーキを知らないレミリアに、星矢は懇切丁寧にオペラについての知識を披露していく。名前の由来から始まり、どの地で生まれ、どのようにして広まったのか、更にはその作り方までを彼女に説明して見せる。


星矢「次にFORTNUM&MASONについてですが、これは私が居た世界で言う所の紅茶ブランドの名前ですね」


レミリア「紅茶の、ブランド?」


星矢「はい。数あるブランドの中でも、FORTNUM&MASONは150年以上に渡り、イギリス王室から王室御用達の店舗と認定されている程のブランドです。正に気高く美しい、レミリアお嬢様にお似合いの紅茶ですね♪」


レミリア「け、気高く美しいっ…そ、そんな…」


続いて星矢は、紅茶の茶葉であるFORTNUM&MASONについての説明を始めた。

様々な単語が彼の口から放たれる中、レミリアは最後に彼が口にした気高く美しいという単語に反応し、内心飛び上がってしまいそうな気持ちを押し殺しながら、頰を真っ赤に染めて照れていた。


レミリア『わ、私の方がドキドキさせられてどうするのよっ…今日は私が星矢をドキドキさせようと思っていたのにっ…』


星矢の不意打ちに胸を高鳴らせているレミリアは、現在の自分の置かれた状況と真剣に向き合い、状況を変えようと画策する。


レミリア「せ、星矢っ…」


星矢「?…はい。何でしょうか」


そしてレミリアは、ティーポットからカップに紅茶を注いでいる星矢を見て、早速頭の中で整理した作戦を実行に移す。

その作戦を知らない星矢は、レミリアに自分の名前を呼ばれた事に対し、微笑みながらそれに応じようした。


レミリア「えっと…あのっ…その……な、何でもないわ…」


星矢「??…そうですか。では、何かあればお申し付け下さい」


しかし、星矢の笑顔を目の前にして、レミリアは先程よりも顔を真っ赤にしながら結局行動を移す事が出来なかった。

彼女の態度に星矢は違和感を感じたものの、取り立てて指摘する程のものでもないと決断し、紅茶を淹れる作業を再開させる。


レミリア『こ、これじゃあ今の私は、本に書いてあった行動に移せない女そのものじゃないっ…』


頭の中で何度もシュミレーションをしていたレミリアだったが、いざ彼を目の前にすると、失敗を恐れてシュミレーションした通りの行動へ移せなくなってしまっていた。


星矢「お嬢様。難しいお顔をされているようですが、大丈夫ですか?」


そんな自分を心の中で何度も責めていると、星矢が紅茶を淹れ終えたのか、ティーカップと切り分けたケーキを手に持ったまま彼女の元へと歩み寄り、そっと前に差し出した。

紅茶の香りと、ほのかに香るチョコレートの匂いが辺りに広がる。そして、微かにではあったが、あの夜に嗅いだ彼の匂いがレミリアの鼻腔を優しく刺激した。


レミリア「だ、大丈夫よ…心配してくれてありがとう…」


彼の匂いを嗅いで落ち着きを取り戻したのか、レミリアは大丈夫だという事を彼に告げると同時に、お礼の言葉を述べた。


星矢「お礼を言われる程の事ではありません。貴女のような麗しい女性に、そのような表情は似合いませんから…まぁ、その難しいお顔もとても魅力的ですがね…」


レミリア「っ❤︎…も、もうっ…ばかっ…」


すると星矢は、レミリアのお礼の言葉を受け取らずに、自分の意思のみを優先した気遣いだという事を躊躇なく言葉にした。更に、星矢はレミリアへ抱く想いを率直に述べ、麗しく魅力的だとも言葉にする。

彼の言葉を聞いたレミリアは、嬉しさと気恥ずかしさで顔を一気に紅潮させ、身を捩らせながら軽く彼を罵った。


星矢「言葉が過ぎました。申し訳御座いません、お嬢様…」


素直になり切れないレミリアの罵倒。その罵倒を間に受けてしまった星矢は、落ち込んだ表情を浮かべながら姿勢を正して彼女に頭を下げ、謝罪の言葉を述べた。


レミリア「あ、謝らないでちょうだいっ…私は、ただ…貴方にそう言って貰えるのが、嬉しくて…」


星矢「お嬢様…」


必死に自分の想いを伝えようとするレミリアに、星矢は彼女の前で跪き、たった一言お嬢様と口にする。

そして、星矢は彼女に微笑み掛けた。愛おしいと思う女性に、ただ安心して貰いたい一心で…


レミリア『っ❤︎…また、その笑顔で…私の心を掻き乱すのね…これ以上貴方を好きになってしまったら、私…理性を保てる自信がないわ…』


自分にのみ向けられた、彼の笑顔。その笑顔を向けられる事が、これで何度目だろうか。そんな甘く蕩けてしまいそうな想いを反芻させながら、レミリアも彼の笑顔に誘われて、自然な笑みを浮かべるのだった。


星矢「さぁ、レミリアお嬢様。冷めない内にお召し上がり下さい」


彼女が落ち着きを取り戻したように見えた星矢は、彼女に笑顔を向けたまま立ち上がると、自分の淹れた紅茶を最高の状態で飲んで貰おうと優しく促す。


レミリア「そ、そうねっ…そうさせて貰うわっ…」


星矢の言葉にハッとしたレミリアは、慌てて彼の淹れた紅茶のティーカップを掴むと、そのまま口元へと運び、音を立てぬよう注意を払いながら紅茶を啜った。


レミリア「っ……お、美味しいわ…凄く…」


星矢『ほっ…』


口の中に広がる紅茶独特の味わいと香り。それが鼻を抜け、レミリアに心地の良い感覚を味合わせる。そして、初めて味わう最高級茶葉に酔い痴れると、レミリアはそれを惜しげもなく言葉にした。

その言葉を聞いた星矢は、緊張の糸が切れたのか心の中でホッと溜息を吐く。


レミリア「こ、こんなに美味しい紅茶を飲んだのは、生まれて初めてだわ…」


星矢「恐れ入ります。しかし、同じ茶葉でも咲夜さんの淹れた紅茶の方がお嬢様のお口に合うでしょう」


突然彼女から放たれた過分過ぎる評価に、星矢はその賛辞を受け取りながら、咲夜を立てるような言動を取る。


レミリア「謙遜する必要なんてないわ。これは私の、心からの褒め言葉よ。だから有り難く受け取りなさい。それに、咲夜は偶に変な紅茶を出すから…」


星矢「っ……はい。ではその褒め言葉、有り難く頂戴致します」


しかし、レミリアは星矢の取った低い姿勢を許す事は無く、素直にその賛辞を受け取るよう命令した。

そんな彼女の言葉に一瞬戸惑った様子を見せた星矢だったが、これ以上の謙遜は失礼に当たると判断し、その場で一歩下がると、右手を左胸に当てお辞儀をしながら、彼女の賛辞を有り難く頂戴した。


レミリア「ふふっ……っ!け、ケーキも凄く美味しいっ…」


星矢が自分の賛辞を受け取った事が嬉しかったのか、レミリアは上機嫌なまま彼の作ったケーキを口に運ぶ。

そして、ケーキが口の中に入った瞬間、レミリアの口全体にチョコレート特有の苦さと甘さが広がり、又しても自然と言葉が出てしまった。


レミリア「うー…パチェの推察、もしかしたら当たってるかも知れないわ……星矢…」


星矢「?…はい」


彼の淹れた紅茶とケーキ。それを味わったレミリアは、大図書館でパチュリーが口にした【星矢がこの幻想郷に来る前、何処かの屋敷に仕えていた】という可能性を、嫌々ながらも視野に入れ、それが果たして真実なのかどうかを本人である星矢に聞こうと声を掛けた。

一方、声を掛けられた星矢はというと、紅茶を淹れるのに欠かせないお湯の温度を測っている最中なのか、手には温度計が握られていた。


レミリア「貴方は、その…この幻想郷に来る前は、何処かのお屋敷にでも仕えていたの…?」


星矢が自分の方へ目線を向けた事を確認したレミリアは、パチュリーの立てた推察通りに自分の口から質問をする。


星矢「私が、ですか?」


レミリア「ええ…だって、貴方の淹れた紅茶も、作ったケーキも、両方とも凄く美味しいし…貴方のその出立ちと立ち振る舞いなら、他のお嬢様の執事であっても不思議じゃないわ…」


その質問に対し、星矢は目を見開きながら何故そう思うのかと遠回しに言葉を漏らす。

するとレミリアは、顔を俯かせ、今にも消え入ってしまいそうな声で、彼の事を褒めると同時に自分以外の者に仕えていても不思議じゃないと呟いた。


本音を言えば、レミリアはその事実があったとしても認めたくはない。しかし、そうであっても納得出来る程の資質を星矢は持っている。そう自分に言い聞かせる事で、レミリアは平静を保とうとしていた。


星矢「…やはり貴女からの賛辞は、私のような人間にとっては些か過分過ぎる気が致します…ですが、私は後にも先にも、この身を捧げるのはお嬢様…貴女だけですよ…」


レミリア「あ、後にも先にも…私、だけ…?」


だが星矢は、彼女の胸の中に巣食っていたモヤのような感覚を、真っ向から切り払って見せた。

彼は自分の想いをそのまま言葉に乗せただけなのだが、レミリアにとってその言葉は、何よりも嬉しい言葉だったのは言うまでもない。


レミリア「い、今のは…愛の告白よね…?私に身を捧げるっていうのはつまり、その…そういう事、なのよね…?う、う〜…う〜…」


星矢『うーうー唸るお嬢様…なんて可愛らしいんでしょう…』


頰を染めながら身を捩らせ、可愛らしい声で唸り声を上げるレミリア。そんな彼女を見て、星矢は穏やかな表情を浮かべていた。






自室で紅茶とケーキを楽しんだレミリアは、星矢を自室に引き止め、ここ数日に起こった出来事の話で盛り上がっていた。


レミリア「その時に咲夜ったら、霊夢に向かっていきなりナイフを投げ付けたのよ?」


星矢「ふふっ…あの咲夜さんがですか。これはいい事を聞いてしまいましたね」


星矢も仕事が忙しい身ではあるが、前々からこうして2人きりで会話をしたいと思っていた為、嬉々としてレミリアとの会話を楽しんでいる。


レミリア「ふぅ…そういえば星矢。貴方、昨日あの子と遊んであげたみたいだけれど、体は大丈夫?」


ティーカップを傾け、星矢が淹れた紅茶に舌鼓を打つ。

すると突然、レミリアは昨夜に起こっていた出来事に対しての質問をしながら、優しい声で星矢の身を案じる。


星矢「はい。最初は死んでしまうかとも思いましたが、何とかこうして生き永らえました…」


彼女の身を案じる言葉を受けた星矢は、彼女に向かって軽くお辞儀をすると、何事も無かったかのように振る舞った。


実は昨夜、星矢はレミリアの妹であるフランドール・スカーレットと弾幕ごっこ紛いの事をしており、下手をすれば命を落とし兼ねないという危険な状況に陥っていたのだ。しかし、彼も若いとはいえ数々の修羅場を潜ってきた猛者であり、自分が今までそうして培ってきた経験と機転を活かし、その状況を覆して見事生還を果たした。


レミリア「ごめんなさいね。私が傍に居れば、そんな事はさせなかったのに…」


妹の不始末に対し、姉であるレミリアは責任を感じているのか星矢に謝罪の言葉を述べる。

実際、この紅魔館では彼女の妹であるフランドール・スカーレットが原因で、様々な問題を抱えていた。それを受けて、レミリアは彼女の外出の一切を禁じており、最初は駄々を捏ねていたフランも、今では自分から部屋に閉じ籠るよう引き籠りとなっていた。


星矢「お気になさらないで下さい。レミリアお嬢様は最近昼間に起きていらっしゃいますし、何より私も楽しかったですから」


レミリア「ふふ…そう言って貰えると、私も気が楽になるわ…」


だが、星矢はレミリアの生活習慣が変わりつつある事を交え、嬉しそうな表情でフランとの弾幕ごっこが楽しかったと明言した。

彼が嬉しそうに話す姿を見て、レミリアも安心したようにそう呟きながら、星矢が淹れた紅茶をもう1度味わおうとティーカップを口元へと運ぶ。


レミリア『でも、余りのんびりもしていられないわね…咲夜の話だと、あの子はかなり星矢に興味を示しているみたいだし…』


紅茶を味わいながら、レミリアは咲夜から得た情報を元に思考を巡らせる。

実は彼女の妹であるフランも、元々は彼に興味を持って弾幕ごっこを仕掛けて来たのである。しかし、今ではまた別の目的で彼に近付こうとしているのだが、そんな事は姉であるレミリアですら知る由も無い訳で…


レミリア『もっと…もっと星矢と親密な関係になるには…た、確かに、今のままでも十分星矢とは近い関係だと私も思っているけれど…でも、やっぱりもう少しだけ…』


自分の|傍《かたわ》で笑顔を浮かべ、空になったティーカップに紅茶を注ぐ星矢。そんな彼をチラチラと横目で流しながら、レミリアは更なる関係の進展を目論む。

恋愛指南書で得た偏った知識に縛られてはいるが、気になる異性ともっと親しくなりたいという欲求は至極当然なものであり、それは幻想郷屈指の大妖怪、吸血鬼でこの紅魔館の主人でもあるレミリア・スカーレットにとっても例外ではないらしい。


星矢「お嬢様。申し訳御座いません。大変名残惜しいのですが、私もそろそろお仕事へと戻らなくてならないので…」


だが、時間は無情にも過ぎていき、レミリアの想いを容赦無く引き裂く。

流石の星矢も、これ以上私情を優先し、仕事を疎かにする訳にはいかないと思ったのか、口惜しい気持ちを押し殺しながらもレミリアにそう告げた。


レミリア「ぁ……そう、よね…忙しいのに長々と引き止めたりしてごめんなさい…」


星矢「いえ…私もこうして、お嬢様と2人でお話しをするのはとても楽しかったですよ。これで、この後の仕事も頑張れそうです」


仕事で忙しい身でありながら、自分の為に我が儘を聞いてくれた星矢に対し、レミリアは又しても彼に謝罪の言葉を述べた。

そして星矢も、当然のような顔で彼女の述べた謝罪の言葉を受け取らずに、自分も楽しかったという事を告げると、これから残っている仕事が頑張れそうだと口にする。


レミリア「え、ええ…頑張ってちょうだい…」


その言葉に胸を高鳴らせ、レミリアは頰を染めながら彼に激励の言葉を送る。

それと同時にレミリアは、もしも彼のこの頑張りが咲夜と同様、自分だけに向けられたモノならばどれだけ幸せなのだろうかとも思った。


星矢「ああ…そうだ。お嬢様。今晩の夕食は私が作る事になっているのですが、何かリクエストはありますか?」


すると星矢が突然、何かを思い出したかのような表情を見せると、レミリアに今日の夕食は自分が作る事を口にしながら、彼女に何か食べたい物はないかという質問をした。


レミリア「えっ?そ、それじゃあ…ハンバーグが食べたいわ…」


星矢の質問に、レミリアは身を捩らせながら夕食の献立にハンバーグをリクエストした。

彼女が何故身を捩らせいるのかというのは、ハンバーグというやや子供向けの献立を食べたいと言って、彼にお子様扱いされないか心配だったからである。


星矢「ハンバーグ…ですか。時にお嬢様。お嬢様はチーズはお好きですか?」


レミリア「ち、チーズ?そうね…取り立てて好きだという訳でもないし…別に嫌いという訳でもないわ…」


しかしレミリアのそんな心配を他所に、星矢は続いて彼女にチーズが好きかと質問を投げ掛ける。

立て続けに彼に質問されたレミリアは、質問の内容よりも、自分の事を彼に知って貰う良い機会だと即座に考え、より詳しく彼の質問に答えた。


星矢「ふふっ…そうですか。詰まらない事に時間を取らせてしまい、申し訳ありませんでした」


レミリア「か、構わないわ…あ、それと!私は納豆が好きよ!え、えっと…後は…」


特に忙しい身ではないレミリアに対しても、星矢は執事として、主人であるレミリアに時間を取らせてしまった事を頭を下げて深く詫びる。

だが一方のレミリアは、彼にもっと自分を知って貰おうと先走り、自分の好物を言うと口籠もりながら他に話題はないかと必死に探した。


レミリア「チェスも結構やるし…霊夢の家でも麻雀というゲームを教えて貰って、漸く役を憶えて…それで…」


それと同時に、レミリアはこのまま自分が話題を作り続ければ、彼を自分の部屋に引き止めて置けるかもと淡い希望を抱いた。

どれだけ取り繕っても、レミリアはどうしても彼をこの場に引き止めて置きたかったのだ。自分の見えない所で、彼が咲夜や他の者に笑顔を向けているかもと想像する、唯それだけなのに、胸の奥に痛みが走る。


レミリア『離れたくない…離れたくないっ…ずっと私の傍で、その笑顔を私だけに向けて欲しいっ…』


彼に疎ましく思われてしまうかも知れない。そんな考えが一瞬頭をよぎったが、それでもレミリアは止まらなかった。

目尻には薄っすらと涙が溜まり、それが流れ落ちそうになった瞬間、レミリアは自分の右袖で強引に拭う。


星矢「お嬢様…そのように瞼を強く擦ってしまっては、角膜が傷付いてしまいますよ…」


レミリア「ぁ…」


そんなレミリアを見た星矢は、彼女の前に跪くと胸ポケットから取り出したハンカチで、彼女の瞼を撫でるように優しく拭う。

突然の彼が取った行動に戸惑ったレミリアだったが、彼が今、他の誰よりも自分の近くに居るという事に安心感を覚えたレミリアは、瞼を閉じると、彼にされるがままの状態になった。


星矢「ああそれと…残念ながら、私の血液型はO型ですので、お嬢様のお口には合わないでしょう…」


レミリア「えっ!?貴方、O型なの!?」


星矢「は、はい…意外でしょうか…」


すると星矢は、レミリアの気を紛らわせようと血液型の話を持ち出した。これは自分に対しての皮肉を交えており、彼女の好きな血液型を知っている彼だからこその皮肉と言えるだろう。

しかし、レミリアは自分好みの血液か否かではなく、全く別の所に食い付いている様相を見せる。流石の星矢もこれには驚いたのか、目を見開きながら言葉をこぼした。


レミリア『確か本には…O型の男性は凄く一途だって書いてあったわ…つまり、あの夜私に愛を誓った星矢は、浮気をする事なんて無いって事よね…?』


星矢「あの、お嬢様…?どうかなされましたか…?」


本で得た知識を頭の中で巡らせ、レミリアは星矢が自分以外に興味を示さないという事を確信する。実際はかなり無理のある結論だが、今のレミリアにとって、この結論は心にゆとりを持たせる最高の材料となった。

そんなレミリアを間近で見た星矢は、嬉しさと戸惑いで額に汗を浮かべている。


レミリア「はっ!…な、何でもないわ!」


星矢「そ、そうですか…ですがお嬢様、ご無理だけはなさらず、ご自愛くださいね…」


突然我に返り、狼狽えた様子で星矢に問題が無いという事を身振り手振りで表現するレミリア。

すると星矢が、レミリアに対して無理はせず、体を大事にして下さいという言葉を述べる。だが、レミリアの耳にはこの言葉が全く別の意味に聞こえていた。


レミリア『ま、まさか今のは…貴女の事を愛していますっていう、星矢の遠回しな愛情表現…?』


冷静さに欠けている今のレミリアには、彼の言葉が自分への愛情表現に聞こえたらしい。ご自愛くださいという言葉の表現を、500歳を超える彼女が知らない訳がないのだが、どうやらそんな事を考える余裕すらないようである。


星矢「では、今晩の夕食はハンバーグに致しましょう。夕食の準備が整い次第、咲夜さんがお声掛けすると思いますので」


ティーカップと小皿をティーワゴンへと乗せ、レミリアにお辞儀をしながら仕事に戻る事を今一度彼女に伝える星矢。


レミリア「ええ…楽しみに待ってるわ…」


一方レミリアは、星矢の言葉に返答しながらも、これから離れて行ってしまう彼の姿を自らの両目に焼き付けている最中だった。

今、彼女の脳内では期待や喜び、不安や悲しみなどの様々な感情が渦巻いており、その為か頰は未だに赤く染まり、瞳は微かに潤んでいる。しかし、レミリア本人はその事に全く気付いている様子はなく、じっと彼を見詰めたまま、思いを馳せていた。


星矢「それでは、私はこれで失礼致します」


ティーワゴンを扉の前まで押して行き、レミリアの方へと振り向くと、星矢は再度お辞儀をしながら退室の挨拶を彼女に述べる。


レミリア「ぁ…ま、待って!」


その時、レミリアは咄嗟に又しても彼の事を引き止めてしまう。

何故自分は、彼の迷惑を考えず、また自分勝手に彼の事を引き止めてしまったのだろう。一瞬頭の中でそう自分自身に問い掛けたレミリアだったが、その答えを彼女は、彼に向けて言葉にした。


レミリア「星矢っ…お仕事、頑張ってちょうだい…」


彼女はもう1度、これから自分の元を離れ、職務を全うしようと奮闘するであろう彼に、激励の言葉を送りたかったのだ。


星矢「っ……はい…誠心誠意、職務を全うさせて頂きます…」


両手を胸の前で固く握り締め、自分を見詰めながら頑張ってと言葉にするレミリア。

星矢はそんな彼女を見た瞬間、一気に顔を紅潮させると、先程よりも深く頭を下げた状態で、彼女の送った激励の言葉に答える。そして、部屋のドアを開け、ティーワゴンをゆっくりと動かしながら退出した。


レミリア「さっきの星矢…顔を紅くしていたけれど、照れていたのかしら…」


退室する前の星矢を見ていたレミリアは、彼が照れていたのだろうかという疑問を抱いた。

先程、星矢が顔を紅潮させた理由は、憧れの女性であるレミリアに激励の言葉を掛けて貰ったからという至極単純な理由だった。つまり、照れよりも嬉しさからの紅潮と言えるだろう。


レミリア「可愛い星矢が見られたのは良かったけれど、結局ほんの僅かしか進展しなかったわ…はぁ〜っ…」


顔を紅潮させた星矢が見れた事に嬉しさを感じながらも、レミリアは自責の念と後悔の念の方が強く残るという散々な結果となってしまった。

するとレミリアは、机の裏側に隠して置いた恋愛指南書を取り出すと、ゆっくりとページをめくり始める。その本には多数の付箋が貼られており、彼女がより重要と思える項目を一瞬で開けるよう工夫されていた。


レミリア「意中の相手との進展に行き詰まったら、第三者に協力を仰ぐのも1つの手段と言えるでしょう。しかし、自分の信頼出来る相手でなければ、その情報が漏れてしまい、一気に意中の相手との距離が広がってしまう可能性も考えられます…か…」


付箋の貼られたページを言葉にしながら読み上げていくレミリア。すると彼女は、【信頼出来る第三者】という単語に、直ぐ様当たりを付けその人物の名前を呼んだ。


レミリア「咲夜っ!咲夜ーっ!」


咲夜「はい。何か御用でしょうか?」


呼んだ瞬間に自分の目の前へと現れた、彼女の最も敬愛する従者、十六夜咲夜。

そして咲夜は、小首を傾げながら主人であるレミリアに自分を呼び付けた用件を尋ねる。


レミリア「相変わらず早くて助かるわ。咲夜、これから貴女に、極秘ミッションを与えるわ」


レミリアは自分が呼び付けてから駆け付けるまでの彼女の動作が早い事を褒めると、右手人差し指を咲夜に向けながら、キメ顔で極秘ミッションという名の命令を聞いて貰おうとそう言葉にする。


咲夜『また突飛な要求をして来そうな雰囲気ね…主に星矢関連で…』


長年彼女に連れ添っている咲夜は、彼女がこれからどんな命令をしようとしているのかに、大体の当たりを付けていた。

更に言えば、最近のレミリアは星矢に関する情報を得ようと、咲夜を呼び付けては彼の動向を事細かに報告させていたのだ。そんな最中(さなか)に極秘ミッションという言葉を使われれば、嫌でも彼に関連する命令である事には大凡の察しが付くというものである。


咲夜「は、はあ…それでお嬢様。その極秘ミッションの内容とは…」


レミリア「え、えっと…私の魅力的な部分を、それとなく星矢に伝えて欲しいのだけれど…」


極秘ミッションの内容を聞いた咲夜に、レミリアは顔を俯かせた状態で自らの両手人差し指の先を合わせながら、自分の魅力的な部分を自然な感じで星矢の耳に入れて欲しいと命令した。


咲夜『私の予想の斜め上を行く要求だったわ…』


この命令を聞いた咲夜は、自分の予想の斜め上を行く要求をされた事に戸惑い、呆気に取られた表情で主人であるレミリアの事を見詰めていた。


レミリア「な、何よその顔はっ…文句があるなら言ってみなさいっ…」


咲夜「いえ…文句という訳ではありませんが…どうして私がその役割を?」


咲夜の微妙な表情を見たレミリアは、自分に何か言いたい事があるならば、それを言葉にするよう彼女に促す。

しかし、咲夜はレミリアに文句があるという訳では無く、その役割を何故自分に任せるのか、疑問に思っていただけだった。


彼女がこのような疑問を抱くのは至極当然な事であり、咎められるべき事柄ではない。

レミリアもこの疑問を抱かれるのを承知の上で命令したのか、彼女は身を捩らせながら、徐に口を開き、自分の気持ちを言葉にした。


レミリア「それは…その…貴女の事を、信頼しているからであって…」


咲夜「お任せ下さいお嬢様っ!必ずや私の力で、お嬢様の魅力を星矢に理解して貰いますっ!」


レミリアから信頼しているという言葉を聞いた瞬間、咲夜は彼女に詰め寄ると、彼女の要求を飲む事を了承した。

そんな彼女の目は血走っており、鼻からは何故か血が流れ出ている。


レミリア「ほ、本当…?やっぱり貴女に話して正解だったわ。それより咲夜…鼻血が出てるけど、大丈夫?しかも結構な量…」


咲夜「ご心配なく。いつもの事ですから」


要求を飲んで貰えた事を嬉しく思いながら、レミリアは鼻血を垂れ流す咲夜を心配する。しかし咲夜は、これをいつもの事だと口にし、懐から取り出したティッシュを慣れた様子で鼻に詰めていく。


レミリア「それじゃあ頼んだわよ?私はまだ部屋で調べ物があるから、昼食の時間になったら声を掛けてちょうだい」


咲夜「畏まりました」


部屋で調べ物がある事と、昼食の時間になったら声を掛けるよう咲夜に指示を出すと、彼女はその指示に返事をし、瞬時にその姿を消した。どうやら時間停止の能力を行使したようである。

そしてレミリアは、彼女が部屋を出て行った事を確認すると、再び本へとその視線を移した。



紅魔館(厨房)



昼食を終えたレミリア達を見送った後、咲夜は主人に言い渡された極秘ミッションを遂行するべく、夕食の下拵えをする星矢が居る紅魔館の厨房へと訪れた。


星矢「♪」


咲夜「…」


気配を消して厨房の入り口に張り付き、鼻歌交じりに夕食の下拵えを淡々と進めていく星矢を眺める咲夜。

彼女は彼の手際の良さに感心しながらも、自分の使命を全うする為、彼から目線を外す事は決してない。


星矢「ふぅ…」


玉葱を微塵切りにし終え、星矢は小さな溜息をこぼす。

すると彼は、前を向いたまま咲夜の居る厨房入り口へと目線を流し、まるで独り言のようにこう呟き始めた。


星矢「咲夜さん。用がおありでしたら、遠慮なさらずお声掛け下さい。無言で作業している所を見詰められると、手元が狂ってしまいそうです」


咲夜「っ…き、気付いていたんですか…?」


彼の呟きにその身を震わせ、咲夜は厨房入り口からそっと顔を覗かせる。

気配を消したつもりではあったが、星矢はこの類の視線にとても敏感であり、いつ彼女に声を掛けようかと迷っていた程だった。


星矢「ええ、まぁ…」


咲夜「気付いていたのなら言って下さいよ…」


星矢が自分の存在に気付いているとは夢にも思っていなかった咲夜は、頰を少し赤らめながら逆に声を掛けて欲しかったという意思を伝える。

だが咲夜も、自分が理不尽な事を言っているという自覚はあり、これはあくまで彼女の照れ隠しによって発せられた一言なのだろう。星矢もそれを理解しているからか、彼女を見て笑いを漏らしている。


星矢「それで咲夜さん。私に何か御用でしょうか?」


咲夜に言葉を掛けながらも、星矢は夕食の下拵えをやめる様子はなく、今はハンバーグの下拵えをしているのか、両手でハンバーグの生地を適量取り、大きさを決めて生地を捏ねている最中だった。


咲夜「用という程のものではありませんが……すみません。やはり、迷惑でしたよね?」


星矢「まさか…咲夜さんとこうして言葉を交わすのは中々に有意義な時間であり、私はとても嬉しく思っていますよ?貴女のファンに刺されないかと、不安に思う所はありますがね…」


真剣な表情で夕食の下拵えをする星矢を見て、咲夜は申し訳なさそうな表情で特に用がある訳ではない事を告げると、同時に彼に謝罪の言葉を述べた。

すると、星矢は適量を取り、捏ね終えたハンバーグをトレーの上に乗せると、彼女に微笑み掛けながら自身の気持ちを素直に言葉にする。そして、この世界では無く、自分の元居た世界に存在する彼女のファンに申し訳ない思いを抱いている事を明かした。


咲夜「嬉しい事を言ってくれますね。男性にそんな事を言われたのは、生まれて初めてです」


顔を少し伏せ、星矢と目を合わせぬよう小さくそう呟く咲夜。

彼女の頰は先程とはまた別の意味合いで紅く染まっており、嬉しいと思う気持ちは本物であった。しかし…


星矢「ははっ…咲夜さんは冗談がお上手ですね。貴女は館の掃除だけではなく、謙遜をなさるのもお得意なようだ」


万年女性の気持ちを理解出来ない男No.1という不名誉過ぎる称号を持つこの男には、意中の女性であるレミリアの気持ちは愚か、嬉しいと感じる咲夜の気持ちすら理解出来ないのである。

そんな咲夜の素直な気持ちを受け取らない星矢は、只々淡々と夕食の下拵えを進めて行く。


咲夜「そういえば星矢。今日のおゆはんはハンバーグなんですね」


星矢「は、はい…未だに和風ソースにするか洋風ソースにするか決めてはいないのですが…」


咲夜のおゆはんという言葉に反応を示した星矢は、ハンバーグにかけるソースを和風にするか洋風にするか悩んでいる事を続けて言葉にする。

だが彼の頭の中では、つい先程彼女が口にしたおゆはんという単語がどうしても頭から離れずにいた。

本当におゆはんって言ったよ…ていうか何でおゆはんなんだ…夕飯では駄目なのか…メイド的には夕食や晩餐と言った方が煌びやかな表現ではないだろうか…考えれば考える程、彼の頭の中はおゆはんという単語で埋め尽くされていく。


そして星矢は、考える事をやめた。


星矢「しかし、幻想郷はとても美しい場所ですね。幻想郷というよりかは、紅魔館が…と言った方が正しいでしょうけど…」


ある程度の下拵えを終えた星矢は、夕食の際に使用されると思われる銀食器(シルバー)を1本1本丁寧に磨き上げながら、複雑な表情で小さく言葉を呟く。

彼が今感じている事は、自分はこの世界に、そしてこの紅魔館に存在していいのだろうかという事だった。実際に彼は、紅魔館で働き始めた頃からこの想いをずっと胸の片隅に仕舞い込んでいた。


星矢「毎日が華やかで、美しく彩られた甘美な日常。それを私のような者が送っていいものかと、時々疑問に思う時があります…」


嘗て、彼は全てを失った。

想い人を失い、実の親を手に掛けようとし、無様に散った。

自分を慕ってくれる者は誰1人として消え失せ、何も護れず、残ったモノは後悔の念と、無力だった自分自身を罵る呪いの言葉のみ。

この先に何があるのか。そんな不安を抱き続けながら、彼は淡々と過ぎてゆく時間という波に身を任せ、日々を過ごしていた。

空っぽになれば、何も埋めなければ、悲しむ必要も、憂う心配も無くなるからだと、そう自分に言い聞かせて…


咲夜「随分と、含みのある言い方をしますね…」


彼の表情、言葉から咲夜は何かを感じ取ったのか、彼女はまるで吐息を漏らすかのように、力無く言葉を発する。

咲夜は星矢が紅魔館で働き始めてから、彼の仕事振りを注視しながら、彼の真意を見極めようとしていた。

そんな中、彼女は彼が何か重大な問題を抱えている可能性があると踏んだ。根拠はないが、彼が時折見せる嘆きとも取れる表情を見て、彼女は確信めいたものを感じたのだ。


咲夜「貴方にも、色々と事情があるのでしょう。ですが、今の貴方は確かに此処に居る。今は、それだけで十分なのではありませんか?」


星矢「っ……そう、ですね。咲夜さんの仰る通りです…」


励ましの言葉なのか、はたまた別の意味を込めた言葉なのか。星矢にはそれを理解する事は出来なかった。

しかし、彼女の貴方は確かに此処に居る。それだけで十分なのでは?という言葉を聞いて、星矢は心の重りが僅かばかり外れたような、ふとそんな気がした。


咲夜「話は変わりますが、星矢…貴方はお嬢様の事をどのように思っているのですか?」


星矢「…はい?」


話が変わる事を前置きし、咲夜は遂に自分の使命を果たそうと動き出す。先ず彼女が起こした行動は、彼がレミリアをどう思っているかという事だった。

だが、咲夜は遠回しな言い方をせず、正面から堂々とその質問をぶつけてしまった。その為、星矢は銀食器(シルバー)を磨いていた手を止め、彼女の顔を見ながら呆然とその場に立ち尽くしている。


星矢「し、質問の意図が分からないのですが…」


彼女の突然の質問に星矢は、額に汗を掻きながら質問の意図を彼女から引き出そうと試みる。

因みに、咲夜がこの質問をした理由は、レミリアの言い付けである【それとなく魅力を伝える】という目標の前段階を築く為であった。それとなく魅力を伝えると言っても、彼がレミリアに興味を示していないのならば、魅力もクソもない。よって咲夜は、この質問に対しての彼の答えで、レミリアをどう思っているのかを知ろうとしているのだ。


咲夜「意図なんてありませんよ?唯、貴方がお嬢様をどう思っているのかが知りたいだけです」


その前提条件として、今この場で彼に質問の意図について話してしまっては、彼に勘付かれてしまう可能性もある。その為、彼女はそのままこの質問に対して意図がない事を彼に伝えた。


星矢『レミリアお嬢様とも、フランお嬢様とも結婚したいと思っています…そう言ったら、眉間にナイフが突き刺さる予感がしますね…』


脳内でレミリアとフランのウェディングドレス姿を想像した星矢は、笑顔を浮かべたまま即座にその妄想を断ち切る。

そして、彼は思った事を口にした瞬間、咲夜がどんな行動を取るか大凡の察しをつけ、自分の気持ちをオブラートに包んで発言すると心に決めた。


星矢「とても魅力的な女性だと思っていますよ?普段はお淑やかな佇まいをしておいでですが、時折見せる容姿相応の子供っぽい部分がまた、彼女の魅力をより一層引き立たせていると感じます」


笑顔で咲夜に自分の気持ちを言葉に乗せる星矢。しかし彼は、同時にフランについても熱く語りたいという衝動に駆られてしまう。

だが、今咲夜が質問をした内容は、あくまでレミリアについてのみであり、此処で自分がフランについて語り出してしまっては、彼女に余計な不信感を与え兼ねない。そう感じた星矢は、自らへ戒めの意味を込めて、自らの手で太腿を強く抓った。その時…


咲夜「分かりますかっ!!そう!その通りなんですよっ!お嬢様は大人っぽく振舞ってはいますが、どうしても抜け切らないあの子供っぽい部分があるんです!それが…お嬢様の魅力なんですっ!」


と、自らの顔を彼に近付けながら、咲夜は主人であるレミリアの事について熱く語り始めた。

突然咲夜が熱く語り出し詰め寄って来た事に、星矢も最初は戸惑いの表情を浮かべてはいたが、余り驚いた様子を見せる事はなく、直ぐに笑顔になり彼女の言葉を聞いて何度も相槌を打っていた。


咲夜「霊夢も魔理沙も、お嬢様の魅力が分からないのか話をしても適当に相槌を打つだけなんですよ…」


星矢「人はそれぞれ別の価値観をお持ちですからね。十人十色とはよく言ったものです」


そして遂には、厨房にあるテーブルに2人腰掛けながら、仲睦まじい様子でお嬢様談義が始まっていた。

夕食の準備は既に整っているのか、彼が磨き上げていた銀食器(シルバー)や、料理を盛り付ける際に使用するであろう高価な食器類が多数並べられている。


咲夜「ふぅ…こんなにも話が合う相手は初めてです。ケーキもとても美味しいですし…」


星矢「恐れ入ります。ケーキは余り物で恐縮なのですが、喜んで頂けたようならば幸いです」


話し込んでいた咲夜が手元に置いてあるティーカップの取っ手を掴み、徐に口元へと運ぶ。その後彼女は、小さな溜息を吐きながらティーカップをテーブルへと戻すと、目の前にある食べかけのケーキを見詰めながらそれを作った本人である星矢に賞賛の言葉を送った。

今彼女の目の前にあるケーキは、昼食前にレミリアに出したケーキの余りであり、星矢はそれをお茶請けとして咲夜に振舞っていたのだ。更に紅茶も、ティーポットが星矢の近くにあるのを見る限り、どうやら彼が彼女の分の紅茶を淹れたようである。


咲夜「そういえば星矢。貴方は昨夜、妹様と弾幕対決をしていたんですよね?」


星矢「はい。一時は紅魔館が半壊するかと思いましたよ」


レミリアの話題から昨夜起こったフランとの弾幕対決の話題に切り替え、咲夜はその詳細を知りたいのか彼に質問をした。

そんな彼女の質問に対し、星矢は笑顔でティーカップを傾けながら、紅魔館が半壊する怖れがあった事を彼女に告げる。


咲夜「貴方は大物ですね。あの妹様との弾幕対決を生き抜き、尚且つ笑って話が出来るのですから…私にはとても真似出来ません…」


まるで遊んでいたと言わんばかりの表情と口調でそう言い切る星矢を見て、咲夜は彼と同様ティーカップを傾けながら小さくそう呟いた。

事実、館を取り仕切る彼女にとって、フランは何を仕出かすか分からない危険因子であり、紅魔館の主人であり姉でもあるレミリアも、精神状態が不安定な彼女の事を、余り快く思っていないというのがこの紅魔館の現状であった。


星矢「余り、フランお嬢様の事を悪く思わないであげて下さい。彼女は人や物に対して、やや乱暴な扱いに出てしまう事がありますが、それは全て彼女の構って欲しいという気持ちの表れだと思います」


しかし、星矢はフランの事を庇う物言いをし、咲夜の考え、その全てを否定するかのような意見まで述べて見せた。

彼にとって、フランとの弾幕対決は悲観するだけのものではなく、寧ろ自分を遊び相手に選んでくれた事に対して感謝する気持ちの方が強い。更に、愛でる対象である彼女が自分に何をしようと、それは全て自動的に喜びという感情に変換されるのだ。


星矢「それに、あの明るく無邪気な笑顔…あの笑顔を見ているだけで、心が浄化されていくような心境に陥ってしまいます。天使のような悪魔とは、正にフランお嬢様のような女性を言うのでしょうね…嗚呼っ…抱き締めたいっ…」


咲夜『お嬢様の事を語る時の私も、今の彼みたいなのかしら…そうだとしたらちょっと反省…』


星矢は自らの腕で自らの体を抱き締め、頰を染め悶えながら、フランへの想いを熱く語る。

それを間近で見ている咲夜は、普段の自分を見詰め直す貴重な機会を与えられた事に感謝の意を示しつつ、深く反省するのだった。しかし、反省はするが自重しようとは微塵も思ってはいないのが、彼女の良い所だろう。


咲夜「ん?という事は星矢。貴方は妹様の方がタイプなのですか?」


彼の反応にふと疑問を抱いた咲夜は、レミリアよりもフランの方がタイプなのかという事を彼にそのまま質問する。

もしも彼がこの場でフランの方がタイプだと言い切った場合、レミリアの作戦は音を立てて崩れ去り、部屋に籠ってうーうー泣き喚いて枕を濡らすという結末になってしまうだろう。もしもそのような結末になった場合、咲夜は自分の怒りを抑え切る事は出来ない。そう思った彼女は、コッソリとナイフを1本、懐から取り出した。


星矢「フッ…何を質問するかと思えば、それは愚問というものですよ?咲夜さん……両方、MAX100%で愛しているに決まってるじゃありませんかっ!!!!」


だが、星矢は彼女の質問を愚問と切り捨て、右手を固く握り締めながらレミリアとフランの2人を両方100%愛していると明言してしまう。

一瞬、頭の中でこの事を彼女の目の前で明言するべきか否かという思考が過ぎったが、彼の辞書にレミフラへの愛を自重するという限定的過ぎる事柄は載っていない為、結局後先考えず彼女に向かって大声で叫んでしまった。その結果…


咲夜「えい…」


星矢「嗚呼っ…」


彼の眉間に、咲夜お気に入りの1本のナイフが突き刺さるという、予想通りの結末が起こってしまうのであった。



紅魔館(レミリアの部屋)



レミリア「男性は余裕のある大人な女性を好む場合が多く、その中に子供っぽい部分が見え隠れしていると尚良し…ふむふむ…」


咲夜を星矢の元へと送ってから約数時間が経過した頃。レミリアは昼食を済ませ、自分の部屋で恋愛指南書と睨めっこをしていた。

この時レミリアは、自分に魅力が無いと痛感した場合と、星矢に魅力的だと思われた場合の2つの可能性を考慮して、其々の対策案を導き出している最中であった。


レミリア「ま、まぁ…星矢が私に好意を持っているのは確かな訳だし…そんな、魅力的じゃないなんて言う筈……うー…」


あの夜の事を夢であると勘違いしている星矢と、夢ではなく現実に起こった事だと信じているレミリア。そんな見事な擦れ違いを演出している2人ではあるが、互いの好意は既に実っており、尚且つゴールが目の前に鎮座しているとは夢にも思わない。そんな訳で、彼女は彼女なりに、その可能性を1%でも高くする努力を惜しむ事はない。


「お嬢様。咲夜です。夕食の準備が整ったようですので、お迎えにあがりました」


レミリア「っ!は、入っていいわよ!」


その時、無事に任務を終えた咲夜が、任務の完了と夕食の準備が整った事を主人であるレミリアに伝える為、彼女の部屋を訪ねて来た。

待ち侘びていた咲夜の帰還に、レミリアはそわそわとして落ち着きのない態度を取っている。それを知らない咲夜は、失礼しますと一言述べながら彼女の部屋の扉をゆっくりと開け、部屋の中へと入って来る。


レミリア「さ、咲夜…例の件は…その、どうだったのかしら…?」


未だ落ち着きの見えない態度を取るレミリアは、心の中で思っている事とは裏腹に、少し遠回しな質問の仕方で咲夜から情報を得ようと試みる。


咲夜「お嬢様の心配なさるような事は何も…星矢は既に、お嬢様の魅力を十分過ぎる程理解しておられました……ほんと、気持ち悪い位に…」


レミリアの魅力を十分過ぎる程に理解していた星矢。だが、咲夜すらも気持ち悪いと思わせる言動を取った彼は、彼女の評価を著しく下げるという残念な結果を出してしまっていた。

しかし、彼女の反応は至極当然なもので、仕える相手であるレミリアとその妹を同時に愛し、尚且つ水面下でその姉妹を同時に落とそうと企んでいた彼の真意に、不快感を抱かない方が異常と言えるだろう。


レミリア「そ、そうっ!ふぅ〜…一安心だわ…ま、まぁ分かっていた事だけれど…」


彼の真意に気付かないレミリアは、自分個人の魅力を理解して貰っていた事に安堵の溜息を漏らし、先程まで不安を纏っていた表情は嬉しさと照れが生む柔らかい表情へと変わっていた。

そんな束の間の安心を手に入れたレミリアだったが、彼女は直ぐに机にある本へと向き直り、次のステップへと進む準備を始める。


どうやら彼女の満足メーターの規模は、常人を遥かに上回る許容量を有しているらしい。故に、彼女の辞書に満足という単語は存在しないのである。


レミリア「あ、そうだ。咲夜、血のストックが無くなり掛けてるから、またいつもみたいに補充してちょうだい」


咲夜「畏まりました」


本を読みながら自分の栄養源である血液のストックが切れ掛けている事を告げ、補充するよう咲夜に指示を出すレミリア。

通常ならば有り得ない会話であるが、レミリアは吸血鬼である為、この会話風景は極々自然な光景と言えるだろう。当然咲夜も、この会話には慣れている為、二つ返事で彼女の要求に応える事を受け入れた。


レミリア「ん?血?……そうよ!大事な事を忘れていたわっ!」


血という単語に何か気付いたのか、レミリアは自分が座っていた椅子を倒す程の勢いで突然その場で立ち上がり、大きな声でそう叫んだ。


咲夜「大事な事、ですか。お嬢様、それは一体?」


レミリア「そんなの決まってるじゃない!血っ!血よっ!私はまだ、星矢の血を味見してないわっ!」


慌てた様子で何度も行ったり来たりを繰り返すレミリアに、咲夜は冷静さを欠く事なく落ち着いた様子でレミリアに大事な事とは何かを問う。

すると、レミリアは物凄い剣幕で彼女の元へと詰め寄り、両腕をバタバタと上下させながら星矢の血を吸っていない事を彼女に告白した。


レミリア「何で私は、こんな大事な事に今まで気付かなかったのかしら…自分で自分が情けないわ…」


両手両膝を地に付け、ガックリとその場に項垂れ、後悔の念に苛まれるレミリア。

彼女にとって岩村星矢という人間は初恋の相手であり、自分の手で人生を終えたいと告げた唯一の人間でもある。そんな初めて愛おしいと感じる彼の血を吸わずして、吸血鬼であるレミリアはこれ以上の進展は有り得ないと心の中で察したのだ。やや偏った思考に陥っているのは、他でもない。彼女の机に置いてある恋愛指南書が原因だろう。


咲夜「星矢の血を、ですか。ですがお嬢様、星矢の血液型はO型ですよ?失礼ながらお嬢様のお口には合わないかと…」


口元に手を当て、考える様相でレミリアの口には合わないのではないかと意見を述べる咲夜。

彼女のこうして疑問を抱くのは当然の事だろう。何故なら、レミリアの好みである血の血液型はB型であり、他の血液型である血は余り進んで口にしようとはしないからだ。しかし…


レミリア「合う合わないじゃないわ!私は、星矢のっ!血が吸いたいのよ!」


レミリアは合う合わないではなく、自分が好意的な眼差しを向けている星矢の血であるから吸いたいのだと、眉間に皺を寄せて明言する。

彼女の言葉を耳にした咲夜は、一瞬驚いた表情を浮かべたが、小さな雫を目尻一杯に溜め、唸り声を漏らしながら必死に自分に訴えてくる主人の姿を見て、小さな笑いを漏らす。


咲夜「分かりました。私から星矢に掛け合ってみましょう。多分彼ならば、喜んで承諾すると思いますよ?」


彼女の熱意に負けたのか、将又自分と気が合った星矢への贈り物なのか、咲夜は笑顔を浮かべたまま、星矢に血を提供して貰えるかという交渉をする事をレミリアに伝えた。


レミリア「っ!!あ、ありがとう咲夜っ!」


咲夜『嗚呼っ…至福っ…』


咲夜が自分の要求を受け入れた事に喜びを感じたレミリアは、自分の持てる精一杯の笑顔で、彼女に感謝の意を示す。

そんなレミリアの眼差しを一身に受けた咲夜は、鼻血を流しながら心の中で天にも昇る心地を味わっていた。


咲夜「ん?ちょっと待って下さいお嬢様。お嬢様は確か、血を吸うのが苦手ではありませんでしたか?」


レミリア「えっ?…………ぁ…」


そう。レミリア・スカーレットという名の吸血鬼は、人間から多量の血が吸えないというなんとも情けない吸血鬼だったのだ。その事にいち早く気付いた咲夜は、レミリアに確認の意味でそう質問をした。

すると、忘れてはならない本人がその事実を忘れていたようで、一瞬にして彼女は理解した。星矢の血を吸えば、床一面を彼の血で染め上げてしまうという事に…


レミリア「う、うーっ…」


星矢の血を吸えないという残酷な事実を突き付けられたレミリアは、両手で自分のスカートを強く掴み、唸り声を上げながら泣き出してしまった。


咲夜「お、お嬢様泣かないで下さいっ!まだ手はありますっ!吸引機です!吸引機を使えば、星矢が出血多量で死ぬ事もありませんっ!」


レミリア「嫌よっ…私は星矢の血をっ…直接飲みたかったのっ…星矢に抱き締められながら、血を吸いたかったのよっ…」


吸引機で星矢の血を吸い上げ、それをストックした|後《のち》にレミリアが飲むという方法を提案した咲夜だったが、どうやらレミリアは彼の血を直に飲みたかったらしく、オマケで彼に抱き締められながら血を吸いたかったという甘い妄想までもを口から漏らす始末だった。


咲夜「お嬢様…そこまで星矢の事を……分かりました!さぁお嬢様!私を実験台にして下さい!」


彼の事を本気で愛し、些細な事で涙を流す主人の姿を前にして、咲夜は悔しさを感じながらも、自分の身を犠牲にしてまで彼女の願いを叶えようという姿勢を見せ、血を吸う練習として自分の身を犠牲にする為にメイド服の襟を捲った。のだが…


レミリア「嫌よっ!貴女は星矢じゃないわっ!」


咲夜「えぇーーーっ!?」


彼女の決死の行動は、涙を浮かべる小さな主人によってバッサリと切り捨てられてしまう。

思いもよらぬ主人の反応に、完全で瀟洒な従者という異名を持つ彼女も主人の心無い否定には瀟洒でいられないのか、目を見開きながら間抜けな声で叫んでしまった。


レミリア「う〜…星矢ぁ…」


咲夜「うぅ…星矢になりたいっ…切実にっ…」


従者と主人が2人揃ってその場に両手両膝をつけ、ガックリと項垂れるという異様な光景が展開される中、レミリアと咲夜は各々が思った事を隠さずに吐露する。

結局、レミリアは吸引機で吸い上げた星矢の血を飲むという事で妥協し、咲夜は大量の血涙を垂れ流しながら主人の命令に従う事を固く誓ったのであった。






夕食の準備が整っている事を告げられたレミリアと告げた本人である咲夜の2人は、夕食を済ませる為、紅魔館のダイニングルームへとその足を運んだ。

ダイニングルームを象徴する巨大なテーブルには皺一つない純白のテーブルクラスが敷かれており、椅子の前には人数分の銀食(シルバー)器が寸分の狂いも無く配置されていた。


「あ、お姉様遅ーい…私もうお腹ぺこぺこなんだけど…」


レミリア「フラン…?どうして貴女まで…」


ダイニングルームへと入って来たレミリアと咲夜を見て、渋い顔をしながら不満気な声を漏らす1人の少女。その少女の名を、レミリアは自分の口から言葉にする。


彼女はレミリアの妹であるフランドール・スカーレット。年齢は姉のレミリアより5歳程歳下で495歳。更に、彼女も姉と同様種族は吸血鬼で、魔法少女も兼ねている。

そんな彼女の持つ力は、姉であるレミリアすらも恐れる程の力で【ありとあらゆるものを破壊する程度の能力】という桁外れの能力と実力を兼ね備えている。だが、普段は情緒が不安定からか急な破壊衝動に駆られる事もあるとかないとか…


フラン「別にー…私は星矢に誘われたから、部屋を出てご飯食べるだけ…朝もお昼も寝てたから、これが朝ご飯…」


レミリア「せ、星矢に…誘われたの…?」


フラン「そーだよ…」


何故自分がダイニングルームに居るのかという姉の質問に答えながら、フランは少し不機嫌そうな表情で答える。

しかし、レミリアの質問は途切れる事はなく、今度は星矢に誘われたのかという質問をされ、フランは更に不機嫌そうに目を細めると、目を逸らして彼女の質問に答えた。


フラン「星矢は…お姉様達とは違うもん…」


そしてフランは、最後に誰にも聞こえぬよう小さく言葉を漏らした。

彼女のこの言葉の意味がどのような意味を持つのか、それは誰であろうと理解する事は出来ず、彼女自身にしか分からない。


星矢「おや、レミリアお嬢様。咲夜さん。お待ちしておりました」


レミリア『っ❤︎やっぱり何度見ても飽きないわね…星矢の執事服姿は…』


咲夜「ぐぬぬっ…」


サービスワゴンのような台車に料理を乗せ登場したのは、執務の正装である執事服に身を包んだいつもの星矢であった。

だがレミリアは、先程見たばかりである彼の服装は愚か、彼の一挙一動にまでその胸を高鳴らせている。その隣で主人を見守る咲夜は、歯軋りを立てながら悔しそうな表情を浮かべていた。


星矢「フランお嬢様も…わざわざご自分の部屋から此処までご足労頂き、恐縮です」


フラン「……星矢が来てって言ったから来たんだよ…?そうじゃなきゃ、絶対来ないもん…」


レミリアと咲夜に挨拶を済ませた星矢は、フランの方へと向き直ると軽くお辞儀をし、このダイニングルームまで足を運んでくれた事に感謝の言葉を述べる。

するとフランは、星矢の元へと近寄り彼が身に付けている燕尾服の裾を掴むと、上目遣いで彼の事を見詰めながらそう言葉にした。


星矢「私が申したから、ですか…嬉しい言葉を掛けて下さいますね。フランお嬢様は…」


彼女のその言葉を聞いた星矢は、腰を曲げ、自分の視線を彼女の視線に合わせると、笑顔でそう答えた。


レミリア「うー…」


彼がフランに向けた笑顔と掛けた言葉を近くで眺めていたレミリアは、唸り声を上げて嫉妬の炎を胸の中で燃やす。

胸を締め付けられるような不快感に襲われ、自分も彼に近付きたいという思いが段々と強くなっていくのを感じるレミリア。しかし、彼女は彼に近付く事が出来ず、只々星矢とフランの様子を眺めている事しか出来なかった。


「何唸り声を上げてるのよ。レミィ」


その時、背後から聞き慣れた声で自分の愛称を呼び、声を掛けて来た人物が居た。


レミリア「パチェ…」


レミリアは声のする方へと振り返り、その自分の名前を呼ぶ。

そこには、自分の親友であるパチュリー・ノーレッジが、右手に本を抱えたまま眠そうな表情を浮かべて自分の背後に立っていた。


パチュリー「ああ…そういえば彼、昨夜はあの子と弾幕対決をしていたらしいわね。もうあんなに仲良くなってるなんて…正直驚いたわ」


今の状況を見てレミリアの心境を察したのか、パチュリーは星矢とフランの方へと視線を流すと、そう言葉を呟いた。


レミリア「ふんっ…」


親友に自分の心境を見抜かれ、尚且つ星矢とフランを見て仲睦まじい様子でと言葉にした彼女に、レミリアは見るからに不機嫌そうな表情を浮かべると、少し強めに鼻を鳴らしパチュリーとの視線を逸らす。


パチュリー「そんなに彼が好きなら、もっと貪欲に彼に迫ったら?」


視線を逸らされ、少々感じの悪い態度を取るレミリアに対して、パチュリーは特に気にする様子を見せる事なく、もっと貪欲な態度で彼に接したらどうかというアドバイスを口にする。


レミリア「出来るならとっくにそうしてるわよっ…それが出来ないから、こうして苦労してるんじゃない…」


パチュリー「まぁそうよね」


彼女の口にした貪欲な態度でというアドバイスを聞き、レミリアは眉間に皺を寄せて情けない反論をパチュリーに返す。

そしてパチュリーは、納得といった表情を見せると、再び星矢とフランのやり取りを寂しそうな眼差しで眺めるレミリアを見て、嬉しいような悲しいような、そんな複雑な心情を抱いていた。


レミリア『思っていたよりも仲が良さそうね…今だけはあの子の積極性が羨ましいわ…』


好意を寄せる彼と妹の会話を只々眺めるレミリアは、妹の積極性に対して羨ましいとすら感じるようになっていた。

その一方で、星矢もフランとの会話を楽しんでいるようで、笑顔で彼女と会話をしていた。そんな彼の姿が、より一層レミリアの心を深く抉る。


パチュリー「……それで?私達はいつまで待たされるの?」


星矢「っ…こ、これは大変失礼致しました。ではお嬢様方、此方のお席へお掛け下さい」


パチュリーの一言で途端に我に帰った星矢は、直ぐに彼女達の元へと歩み寄り、各々の席へと案内する。

彼女達が席の前に立つと、星矢は彼女達が労せず着席をする事が出来るよう椅子を引く。それをさも当然のように行なっている事に関して、咲夜とパチュリーは素直に感心しているようであった。


星矢「さぁお嬢様。どうぞ此方へ」


レミリア「あ、ありがとう…星矢…」


フラン「むっ…」


自分の元から離れ、姉達に柔らかな物腰で接する星矢を見たフラン。すると今度は彼女が不機嫌な様子を見せ、軽く頰を膨らませながら自分の姉と見詰め合っている星矢に鋭い視線を向ける。


レミリア「貴方の手料理…とても楽しみだわ」


星矢「はは…お嬢様方のお口に合えばいいのですが…」


椅子に腰掛け、頰を染め身を捩らせながら、レミリアは星矢との会話に花を咲かせていた。

再び訪れた至福の時を、彼女はこれから運ばれて来るであろう彼の手料理の前菜(オードブル)なのだと思い、この時間そのものを強く噛み締めて過ごす。


レミリア「謙遜しちゃって…あれだけ美味しい紅茶やケーキが作れるというのに…だから、期待しているわよ?星矢」


星矢「っ…は、はい…」


謙遜している訳ではないのだが、レミリアは彼の能力を高く買っている為、それを謙遜だと断定して話を進める。

そして、彼女の期待しているわよという言葉に、星矢は胸の奥から何か熱いモノが込み上げ、口から溢れ出てしまいそうになる。当然、彼はその想いにも似たナニカを無理矢理飲み込む。


パチュリー『ふふっ…何よ。中々良い雰囲気じゃない』


咲夜『羨ましいっ…』


2人の仲睦まじいとも取れるやり取りに、パチュリーは優しい笑顔を浮かべ、2人の関係性が傍(はた)から見ればそれ程悪くない関係のように見える事を心の中で呟く。

しかし、咲夜は余り快く思っていないのか、歯を食い縛りながら自分が敬愛する主人の視線を独占する星矢を只々見詰めていた。


「星矢さ〜ん…」


小さな羽を必死にはためかせ、星矢の元へと寄って来たのは紅魔館で働く妖精メイドだった。


「運ぶの手伝って貰えませんか〜?私達じゃ運び切れませ〜ん…」


星矢「おっと、では私は料理を運んで来ますので」


妖精メイド達は小さく非力な為、男でもあり執事でもある星矢に料理を運ぶのを手伝って欲しいと告げる。

すると星矢は、妖精メイド達への配慮が足らなかった自分を心の中で強く戒めると、レミリアに料理を運んで来る事を告げ、妖精メイドの元へ歩み寄る。


レミリア「ええ…行ってらっしゃい…」


星矢『めっっっっ…ちゃ!きゃわゆい!!』


料理を運んで来ると告げた彼に、レミリアは頰を染めた柔らかい笑顔で彼を送り出す言葉を述べる。

そんな最上級とも言える笑顔を向けられた星矢は、心の中で煮え滾る熱い思いの丈を心の中で叫んだ。だが、表情だけは崩さず笑顔のままである。


パチュリー「何よレミィ、焦っている割には結構彼と良い感じじゃない」


レミリア「えっ…そ、そうかしら…?」


星矢がダイニングルームから退出した事を確認したパチュリーは、レミリアが食事をする際に座る席に自分の椅子を近付け、自らの思った事をそっと親友の耳元で口にした。

その言葉に、レミリアは分かりやすく嬉しそうな反応を示すと、先程彼が出て行ったダイニングルームの出入り口に目線を向け、小さな唸り声を上げた。


小悪魔「微笑ましいですねー…以前のお嬢様とは大違いです。あ、でも…咲夜さんはちょっぴり寂しいですか?」


今までのやり取りを微笑ましいと評し、小悪魔は暖かい目で彼女達を見守っていた。そして彼女は、変化しつつあるレミリアや紅魔館の日常に対して、咲夜が寂しいと思っていないか確認を取る。


咲夜「……寂しくないです…」


小悪魔『寂しいんですね…』


咲夜は小悪魔の確認に対して少し間を空けた後、可愛らしく頰を膨らませて寂しくはないと言葉にする。しかしそれは単なる彼女の強がりで、今まで自分の名前を何度も呼んでいたレミリアが、いつしか星矢の名前を呼ぶようになっている事に何処となく寂しいという感情を芽生えさせていた。

その気持ちを察した小悪魔は、心の中で彼女の心境を呟くと、それ以上彼女に言葉を掛けようとはしなかった。


星矢「お待たせして申し訳御座いません。今料理を並べますので、もう暫くの間お待ち下さい」


先程彼が押してきた物とは別のサービスワゴンを押しながら、星矢は待たされている主人達に謝罪の言葉を述べ、早急に料理を並べる事を告げる。


咲夜「お、美味しそう…」


食欲をそそる肉類やスープの匂いがダイニングルームに立ち込め、サービスワゴンに乗せられているハンバーグに目が止まった咲夜は、心の中で呟こうとしていた言葉が思わず口から漏れてしまう。


星矢「失礼します…」


レミリア『ハンバーグにポタージュ…パスタサラダ…どれも美味しそう…』


主人であるレミリアを皮切りに、星矢は淡々と彼女達の前に料理を並べていく。

目の前に並べられた星矢が作る初めての料理。その色鮮やかな料理を見て、彼女達の心は確かに踊っていた。


星矢『はぁ〜…魚料理を出す事が出来れば、もう少しマシになったモノを…まぁ、無い物強請りをしても仕方がありませんね…』


しかし、星矢が唯一残念だった事は、彼女達に魚料理を振る舞えない事であった。

星矢が紅魔館に来て調べた結果。幻想郷には海が無いものの、魚が手に入らないという訳ではないらしい。だが、入手困難な魚は値段も当然高く、中々市場に出回らないのだという。


星矢「失礼します…」


フラン『す…すっごく美味しそーっ!!いー匂いーっ!!』


最後にフランの目の前に料理を置く星矢。すると彼女は、即座に手元に置いてある銀食器(シルバー)を手に掴むと、涎を垂らしながら真紅の両目を輝かせていた。


星矢「ふふっ…ああそうだ。咲夜さん、貴女の分もお作り致しましたので、どうぞ席へお掛け下さい」


咲夜「へ…?」


フランの姿を見て、内心撫で回したいという衝動に駆られた星矢であったが、彼は軽く笑う事でその欲望を難無く解消して見せる。

そしてその後咲夜に目線を向けると、星矢は彼女の分の料理がある事を告げ、席に座るよう促した。それを受けて咲夜は、思わず素っ頓狂な言葉を疑問符を添えて口に出す。


星矢「是非とも紅魔館メイド長である咲夜さんに味を確かめて頂きたくて…本来ならば従者としての美学に反する行為ではありますが…御容赦下さればと思い、勝手ながらご用意させて頂きました…」


フラン『お腹…空いた…』


しっかりと咲夜の方へ向き直り、姿勢正しくお辞儀をして自らの要望を伝える星矢。

そんな彼の目の前では、フランがお腹を抑えて空腹を堪えており、今か今かと食前の挨拶を待ち望んでいた。


レミリア「いいんじゃないの?折角星矢が貴女の為に用意したのだから、此処で断って口にしないのは失礼よ。咲夜」


咲夜「そう、ですね…では、お言葉に甘えて…」


彼の言葉にいち早く反応したのは、やはりというかなんというか、紅魔館の主人であるレミリアであった。彼女は彼の計らいを無駄にしたくない一心で、咲夜の方を見詰めながら自身の意見を述べる。

一方咲夜も、彼の作った料理は口にしたいと思っていたらしく、レミリアの言葉を耳にすると、途切れ途切れではありながらも彼の厚意に甘える意思を示した。


星矢「過分な配慮、痛み入ります。お嬢様、咲夜さん…では、咲夜さんの料理は其方の席へ運びますので…今暫くの間お待ち下さい」


フラン『もう食べていーのかな…』


レミリアと咲夜の寛大な心に感謝の意を込めて、星矢は先程よりも深いお辞儀でそれを示す。

そしてフランもまた、我慢の限界が近いのか先程よりも大量の涎を垂らして彼等に空腹である事をアピールしている。


咲夜『お嬢様に近い席…星矢がわざわざ気を利かせてくれたのかしら…』


レミリアの左斜め前の席に腰掛け、妹と同様早く料理を口にしたいのかそわそわとしているレミリア本人を眺めながら、咲夜は彼が気を利かせて自分をこの先に座らせたのではと思考を巡らせている。

実際、彼女が思っている事は当たらずと雖も遠からずで、本音を言えばフランをレミリアの席の近くに座らせたかったのだが、余り姉妹仲が宜しく無い事を聞いていた星矢は、レミリアと近しい存在である咲夜とパチュリーに座って貰おうと考えたのだ。


フラン「星矢ぁ…お腹空いたよぉ…」


星矢「っ!!お、お嬢様が食前の挨拶を済ませるまで我慢なさいませ…フランお嬢様…」


とうとう我慢の限界に達してしまったフランは、咲夜に料理を運び終えた星矢に、お腹が空いたと彼の袖を引っ張りながら上目遣いで見詰める。

彼女に袖を引っ張られながら上目遣いで見詰められ、星矢は一瞬昇天しかけたが、なんとか魂を現世に留め、優しい笑顔でレミリアが食前の挨拶を済ませるまで我慢して欲しいと口にした。


フラン「星矢がそう言うなら…我慢する…」


星矢に優しく諭されたフランは、我が儘を言う事なく我慢をすると口にし、銀食器(シルバー)を一旦自分の手元へと置いた。


星矢「フランお嬢様は聞き分けの良いお利口さんですね。将来がとても楽しみです」


自分が思っていたよりも彼女の聞き分けが良い事に、星矢は心の中で驚きこそしたものの、直ぐに気持ちを切り替えて自分の言葉を素直に聞き入れた彼女の事を褒める。


フラン「え、えへへ…」


星矢『嗚呼っ………はっ!!あ、危ない所だったっ…』


彼に褒められた事が余程嬉しかったのか、フランは左手で軽く頭を掻き、頰を染めながら彼の袖を握って照れ笑いを浮かべている。

その笑顔を目の当たりにした星矢は、又しても昇天しかけたようで、一瞬膝から崩れ落ちるような動作が見て取れた。


レミリア「むっ……星矢。食事を始めるわ…」


星矢がフランに接近している様子を見て、レミリアはこれ以上の接近を許さぬよう彼を妹から引き離す為、食事を始めると口にする。


星矢「っ…はい。畏まりました…」


主人の意向に従うが執事の運命(さだめ)。己が抱くその確かな信念を偽る事は出来ず、星矢はそっとフランから自らの体を離し、1歩下がる動作を行なった。


咲夜『お嬢様にこれでもかと好かれていながら、そのお嬢様を悲しませる言動を取るとは…許すまじッ…』


星矢『っ!?さ、殺気が…これは、咲夜さん…でしょうか…?』


レミリアを悲しませるという不用意な言動を取った星矢に、咲夜はナイフのように鋭い視線を星矢に向ける。まるでその視線だけで人を殺せるかのような…

そんな視線を向けられた星矢本人は、敏感に彼女の送る殺気に反応し、それが咲夜から放たれているモノだという事も瞬間的に察知した。


レミリア『何よ…デレデレしちゃって……私だって…貴方に甘えられたら、どんなにいいか…』


察しの悪過ぎる彼に嫌気が差し、レミリアは好意を抱く彼にそんな気持ちを抱いてしまう。何より、彼女が1番嫌気が差しているのは自分自身だった。

自分を変えようと踠き、それでもプライドや最悪の事態を考えて、臆して行動に移せない。レミリアはそんな自分自身にほとほと愛想が尽きていた。


咲夜「……星矢。貴方はさっきから何をしているんですか?食事の際に使用人がお嬢様の元に立たないとは…使用人失格ですよ?」


レミリア「さ、咲夜…?」


嘆き苦しむ主人の姿を見て、咲夜は居ても立っても居られず星矢にレミリアの元に立つよう指示を出す。

自分が最も敬愛する従者の一言に、レミリアは一瞬意味が分からずその女性の名前を口にした。するとその従者は、自分の方へと顔を向け、軽くウインクをする事で自分の言動の真意を主人に伝える。


咲夜「私は今、貴方の料理を口にする立場に居ます。ですから、今お嬢様の元に立つべきは貴方です。この言葉の意味が分からないのならば、貴方は今日限りでクビですよ?星矢」


レミリアに目配せをした後、咲夜は言葉を続け、自分が本来行う立場にいる事と、今それが叶わない状況である事を星矢に告げる。


星矢「っ……その大役、咲夜さんに代わり、僭越ながらこの私奴(わたくしめ)が務めさせて頂きます…」


彼女に諭され、星矢は何かを悟ったのか彼女の方を向いて深々と頭を下げると、自分がその立ち位置に着く事を申し出た。


レミリア『咲夜…ありがとう…』


星矢がそう申し出たのを聞き、レミリアは心の中で咲夜に感謝の言葉を述べる。そして、咲夜もレミリアが自分をどう思っているのかを本能的に察したのか、笑顔を浮かべながら小さな笑いを漏らしている。


レミリア「そ、それじゃあ…乾杯…」


星矢が自らの後ろに立った事を確認したレミリアは、飲み物が注がれたグラスを手に持ち、食事の始まりを宣言する。

彼女の言葉に、周りの者達も声を揃えて乾杯と一言述べると、グラスに口を付け、料理の脇にグラスを置いた。そして遂に、銀食器(シルバー)を手に取った彼女達は、星矢の並べた料理に手を伸ばす。


パチュリー「っ!!お、美味しい!」


小悪魔「な、何ですかこの美味しさ!それに、ハンバーグの中にチーズがっ…」


彼女達が真っ先に口へと運んだのは、彼の自信作であるハンバーグだった。どうやら彼は悩みに悩み抜いた末、ハンバーグに掛けるソースは洋風のソースを選んだらしい。

だが、彼女達が驚いているのはハンバーグの味よりも、そのハンバーグの中からトロっと現れたチーズの存在である。


レミリア「す、凄く美味しいわっ…私にチーズが好きかって聞いた理由はこれだったのね…」


ハンバーグを一口大に切り、その切った部分から溢れるチーズを眺めながら、レミリアは漸く彼が自分に質問をした理由を知る。


星矢「はい。私の元居た世界では、大人から子供にまで幅広く愛されている料理ですので…因みに、名称は何の捻りもなくチーズinハンバーグとそのままです」


驚いた表情で自分を見詰めるレミリアに、星矢は笑顔でこれが自らのアイディアではない事と、大人から子供まで幅広い層に愛されている料理である事も同時に告げる。


咲夜『ハンバーグとチーズの相性を考えた人もそうですが、何よりその比率を完璧と言えるレベルで合わせ、丁度チーズがトロける火加減でハンバーグを焼き上げた星矢も凄いわ…料理にデザート、紅茶の淹れ方からテーブルセットまで完璧だなんて…』


但し、厨房という名の戦場で百戦錬磨のメイド長の目は誤魔化す事は出来ず、彼女は星矢の料理スキルに心底感銘を受けていた。

更に彼が有しているスキルは数知れず、この紅魔館で働くには十分過ぎる程の有能スキルを多数保有しているのだ。そして咲夜は、生唾を飲み込みながら彼の実力を今一度思い知らされた。


フラン「星矢ーっ!ハンバーグとごはんおかわりーっ!」


星矢「ふふっ…沢山御座いますから、焦らずゆっくりお食べになって下さい。フランお嬢様」


彼のチーズinハンバーグが余程気に入ったのか、フランはお皿に乗っていたハンバーグをペロリと平らげ、ライスと共におかわりを要求してきた。

彼女の要求に、星矢は笑顔でそう答えながら歩み寄ると、焦らずゆっくり食べるようフランに念を押し、2枚のお皿を受け取ってサービスワゴンの方へと歩いて行った。


フラン「星矢の作るご飯は美味しいから、お腹一杯食べられるね!」


星矢「恐れ入ります。ですが、私の料理はまだ、咲夜さんのお作りになる料理には遠く及びません…まだまだ修行が足りませんね…」


自分の作った渾身の料理を大絶賛するフランだったが、星矢は彼女におかわりのハンバーグとライスを置きながら、苦笑いを浮かべて咲夜の料理には到底敵わない事を口から漏らす。

この言葉は彼自身がそう感じている上で発している言葉であり、決して謙遜という訳ではない。だが、咲夜や他の者達はそう感じてはいないようだった。


咲夜「悔しいですが…完敗です。此処まで質の高い料理を並べられては、手も足も出ませんよ…」


星矢「そんな、まさか…咲夜さん、私は貴女のお作りになる料理よりも美味しい料理を食べた事などありません…」


一通り彼の作った料理を口にした咲夜は、グラスに入った飲み物で口直しをすると、彼の方を見て完敗だと口にした。

すると星矢も、彼女の言葉を素直に受け取るような真似などはせず、自分の感じた事のみを素直に口に出して答える。


星矢「それに…誰かの手料理を口にしたのは、本当に久し振りでしたから…」


続けて言葉を紡いだ星矢だが、彼の表情は何処と無く暗く、顔も俯いた状態であった。その言葉に、一体どんな意味が含まれているのかは、彼自身しか知らぬ事柄である事は言うまでもない。


レミリア「星矢…?」


そんな彼の様子を敏感に感じ取ったのは、彼に好意を寄せるレミリアだった。彼女は彼の瞳に宿った負の感情を感じ取り、彼を見詰めながら思わず名前を呼んでしまう。


星矢「っ…お、お気になさらないで下さい。どうぞ、お食事の続きを…」


レミリアが自分の名前を呼び、心配そうな面持ちで自分を見詰めている事に気付いた星矢は、咄嗟に表情を明るくし、彼女に笑顔を向けて言葉を発した。


レミリア『どうして、変に強がったりするのよ……もっと親しくなったら、彼は私に自分の弱味を見せてくれるようになるのかしら…』


だが、レミリアは彼の一連の行動が、自分達を心配させまいと張った虚勢である事に気付いてしまう。それと同時に彼女は、彼ともっと親しくなれば、もっと自分に弱味を見せてくれるようになるのだろうかと淡い期待を寄せていた。



紅魔館(レミリアの部屋)



星矢の料理を堪能した一同。そして、星矢はデザートとして全員分のプリン・ア・ラ・モードを準備していた訳なのだが、何故かレミリアだけは一足早く自分の部屋へと帰って来てしまっていた。


レミリア『す、少し食べ過ぎちゃったわ…お腹いっぱい…』


彼女が星矢のデザートを食べなかった理由、それは…普段少食なのにも関わらず、妹であるフランが星矢のハンバーグを何度もおかわりする姿を見て、星矢関連では負けたくないと子供っぽい意地を張ったが為、お腹がいっぱいでデザートまで入り切らないという何とも情けない理由だった。


レミリア『それに、デザートは星矢の血液って決めてあるし…』


頰を染め、彼の血液が自分の口内に広がる妄想をしながら、レミリアは身を捩らせて本当の理由を頭の中で垂れ流した。

現在の彼女の野望は、星矢と親しくなり、彼を自分だけのモノとする事である。それを成す為に重要な事柄の1つが、彼の血液と自分の舌の相性というとても吸血鬼らしい事柄だった。


レミリア『私の好みはB型の血だけれど…何だか、星矢の血だけは物凄く美味しい予感がするわ…咲夜には頼んであるし、早く来ないかしら…』


唯一の問題点があるとすれば、彼の血液型と自分の好みの血液型が違う点であるが、レミリアは彼の血液だけは美味しいという不確定要素の強い予想をしていた。

その予想を裏付ける根拠は皆無な訳だが、彼女の吸血鬼としての本能がそう語り掛けているのか、将又女としての本能が語り掛けているのか、それは不明なのだが、彼女は自分の直感に似たナニカを疑うような事は決してしない。



故に、彼女は待ち続ける。敬愛する従者が最愛の者の血を持って来るのを…



「お嬢様。遅くなってしまい申し訳ありません。無事に星矢の血液を頂く事に成功しました」


レミリア「っ!!流石咲夜だわっ!早く入ってちょうだい!」


待つ事1時間弱。レミリアの部屋の扉をノックする音と、咲夜の声が聞こえたレミリアは、即座に反応し、彼女に早く部屋に入るよう呼び掛けると、扉からは小瓶を3本抱えた十六夜咲夜の姿が現れた。


咲夜「それよりもお嬢様。お体の方は大丈夫ですか。かなり無理をしていたように見えましたが…」


咲夜がレミリアの元に歩み寄りながら、彼女の体の具合を心配そうな面持ちで見詰め、言葉を紡ぐ。

彼女が言っている【無理をしていたように】とは、恐らく先程の夕食の時に、おかわりをするフランと張り合っていた事だろう。


レミリア「もう大丈夫よっ…それより、早く星矢の血をっ…」


咲夜「は、はい…どうぞ…」


しかし、星矢の血液を前にしたレミリアは、彼女の心配を他所に、早く自分の手元に渡すよう指示を出す。

そんな残念過ぎる主人の要求に、完全で瀟洒な従者は若干困り気味な表情で彼の血液が入った小瓶を1本、彼女に手渡した。


レミリア「これが、星矢の血…とても美味しそうな、深紅の血だわ……これを飲めば、私は身も心も…私の全てを、貴方だけに捧げる事になるのね…」


恍惚とした表情を浮かべ、小瓶に入った彼の血液を愛おしそうにジッと眺め、頬擦りまでする齢500を迎えた吸血鬼、レミリア・スカーレット。

彼女の心と脳内は、既に岩村星矢という1人の人間で埋め尽くされており、彼女は更に口内や体内までもを彼で埋め尽くそうとしている。彼女の取るこれらの行動は文字通り、彼に身も心も捧げるという事に繋がり、それを肌で感じているレミリアは、感慨に浸りながらゆっくりと彼の血液が入った小瓶の蓋を開けた。


レミリア「んくっ…」


咲夜「ご、ごくりっ…」


そして遂に、レミリアは星矢の血液が入った小瓶に口を付け、口内に流し込んだ。その姿を間近で見ていた咲夜はというと、口で唾を飲み込む音を出すと、鼻血を僅かに見せながら顔を紅潮させていた。


レミリア「ッ…んぁあっ!!」


咲夜「っ!?お、お嬢様っ!?」


すると突然、星矢の血液を口にしたレミリアが胸を押さえて椅子から転げ落ちてしまった。

慌てて駆け寄り、レミリアに寄り添う咲夜だったが、彼女は何かに苦しむかのように息を荒立てて自らの右手で胸を押さえている。


咲夜「お嬢様っ!お嬢様、聞こえますかっ!?」


咲夜の必死の問い掛けに対しても、レミリアは彼女の声が聞こえないのかで焦点の合わない眼差しで天井を眺めるばかりだった。


レミリア『なに、この…感覚っ…こんな感覚、初めてっ…頭が、胸がっ…締め付けられるっ…』


それと同時に彼女は、永い永い吸血鬼生活の中でも経験した事のないような強い高揚感に襲われた。

それは好意を抱く相手に抱き締められるというのが可愛く思える程に強く、まるで強力な薬を打ち込まれたかのような酷い感覚であった。


レミリア「っ!」


咲夜「あっ…」


そんな酷い状態に陥りながらも、レミリアの意識は咲夜が手に持っていた星矢の血液が入った小瓶に向かっており、彼女は己の小さな手でその小瓶の1本を強引に咲夜から奪い取った。


レミリア「んくっ!んくっ!」


そしてレミリアは、彼女から奪い取った小瓶の蓋を開けると、まるでお酒を一気飲みするかのように、小瓶に入った彼の血を勢い良く飲み干す。


咲夜「おおおっ…お嬢様ぁっ!?」


突如として奇怪な行動に走った主人を見て、咲夜は咄嗟にお嬢様と強く叫ぶ。しかしその声は彼女の耳に届いておらず、レミリアは彼女が持っている星矢の血が入った小瓶、その最後の1本目に狙いを絞っていた。


咲夜「だ、駄目ですよお嬢様!これは1日1本ですっ!用法用量を正しく守ってお飲み下さいっ!」


指定医薬部外品の表示事項的な事を述べながら、咲夜は小瓶を彼女に渡さぬよう抱き抱えるようにして守りの体勢に入った。

更に咲夜は、レミリア・スカーレットという吸血鬼の実力を嫌という程理解しているが為、ゆっくりと懐に入っている懐中時計を取り出し、時間停止をしようと試みる。だが…


レミリア「そうはさせないわっ!」


咲夜「くっ…流石はお嬢様っ…」


レミリアは咲夜の思惑を先読みし、看破していたのだ。

彼女が懐に手を伸ばす事に集中している一瞬の隙を突き、レミリアは目にも留まらぬ速さで咲夜に詰め寄ると、彼女の手にある小瓶を掴んだ。


レミリア「離しなさい咲夜っ!これは命令よっ!」


咲夜「これを渡してしまっては、また私が星矢に頼み込む羽目になりますっ!流石の私も辛いんですよ!?痩せ衰えてミイラのようになった星矢に血を分けて欲しいと頼むのはっ!」


両者、互いに一歩も譲らぬ展開を見せ、星矢の血液入り小瓶争奪戦が始まった。片や彼への愛を示す為、片や痩せ衰えていく彼に頼み辛いが為、2人は両手に力を込め、引っ張り合う。


レミリア「せ、星矢はそんな軟弱な人間ではないわっ!だって…わ、私の旦那様に…なる人なんだから…」


咲夜「いやそれ旦那様関係無いですよねっ!?」


頰を染め、可愛らしい乙女と化したレミリアの一言に、咲夜は恥と敬愛する精神を僅かに捨てて、主人であるレミリアに怒涛のツッコミを入れた。


レミリア「い、いいから早く寄越しなさいっ!」


咲夜「あぁっ!?」


吸血鬼としての力をフルに活用したレミリアに、人間である咲夜が真っ正面から立ち向かって勝てる訳など無く、割と呆気なく争奪戦はレミリア・スカーレットの勝利で幕を閉じた。


レミリア「星矢の、血❤︎…んくっ…んくっ…」


咲夜「星矢っ…すみませんっ…貴方が干物になる運命を、私では変えられなかったっ…」


今にも蕩けてしまいそうな甘い表情と声で、レミリアは勝ち取った星矢の血液を再び一気に飲み干す。

その光景を只々眺める事しかできない咲夜は、己の無力さを痛感し、両手両膝を地につけながら此処には星矢に謝罪の言葉を述べた。


レミリア「ぷはぁ❤︎…ご馳走様…」


飲み終えたレミリアが口元を拭きながら、同時に食後の挨拶を済ませる。


レミリア「咲夜…」


咲夜「は、はひっ…」


すると、咲夜が恐れていた事態に発展してしまいそうになり、彼女はレミリアに自分の名前を呼ばれると一瞬体を跳ねさせ、硬直させる。


レミリア「お風呂の準備をしてちょうだい…お風呂に入って、歯を磨いたら…今日はもう寝るわ…」


しかし、彼女の心配とは裏腹に、目の前の主人は以前と変わりの無い冷静な面持ちと態度で、彼女に命令を下す。

その面持ちと態度は、彼と出会う前の少し冷徹さを秘めた瞳をした、1人の吸血鬼の姿だった。


咲夜「え…?あ、はい…直ぐに準備を…」


レミリア「お願いね…」


その雰囲気に呑まれ、咲夜は疑問を投げ掛ける事無く主人の命を受け入れ、ゆっくりとその場で立ち上がると、彼女の部屋を後にした。

その時、咲夜は自らの頭の中で勝手な憶測する。それは、主人であるレミリアの心境に、何かしらの変化があったという事だった。そして、彼女の憶測は的を射ていた。


レミリア「…」


自らが飲み干した星矢の血液。それが入っていた小瓶を、名残惜しそうな目で見詰めるレミリア。

次第に頰は紅潮し、彼女は再び恍惚とした表情をその場で晒した。だが、それを咎める者も、不思議に思う者も今は居ない。


レミリア「いつか必ず…貴方を私だけのモノに…」


飲み干したかに見えた小瓶。その小瓶の底に残っていた最後の一滴。レミリアはそれを見逃さず、小瓶を自らの顔の上に掲げる。


レミリア「私はもう、貴方に全てを捧げるつもりよ…私の大事なモノは、全て貴方だけのモノ…だから…」


真紅の瞳が薄暗い部屋で妖しく輝く。全てを呑み込むかのような紅。だが彼女は、まだ何も呑み込んではいない。代わりに、彼女は闇に願い…月に祈る…


レミリア「だから貴方も、全てを私に捧げて貰うわ…心も体も、血の一滴までもを…その時貴方は、真の意味で…私だけのモノになるわ…」


瓶から零れ落ちる、自分が想いを寄せる彼の血液、最後の一滴。



「吸い尽くしたい程…貴方が好きよ…星矢❤︎」



それは今、彼女の口内へと落ち、舌に溶けていった。その血は彼女の心を深く侵食し、歯止めを掛けていたモノが外れるかのような鈍い音を同時に立てる。



to be continued…


このSSへの評価

このSSへの応援

このSSへのコメント


このSSへのオススメ


オススメ度を★で指定してください