2018-01-04 15:38:14 更新

概要

 唐突に、記憶を失ってしまった曙。
 まるでそれは、昔の彼女のようで・・・。


 暗い。


 深い、底に。


 私の周りでは、私を乏しめるように、貶すようにクソ■■が言葉を吐き散らす。


 にくい。


 憎い。


 ニクイ・・・。


「ハッ・・・!」


 曙は、自分が荒い呼吸を繰り返しているのに気づく。

 大して暑くも無いのに、体から異常に汗が出ている。

 重たい体を起こし、嫌に痛む頭を押さえる。

 その間、呼吸はだんだんと荒くなっていく。


「曙ちゃん・・・?」


「!?」


 二段ベットの上段から、少女が曙に向かってそう呼びかける。

 曙はやけに痛む頭を押さえながら、少女の名を探す。


「・・・潮?」


「えっ、あっ・・・な、なに?」


 曙の問いかけの声はやけに堅かった。

 それにつられるように、潮の声も固くなる。

 曙は、少し頭痛が引いていくのを感じ、ほっとしながら潮に問いかける。


「潮、ここは何処なんだ?」


「・・・えっ?」


 曙の記憶は、その日完全にリセットされた。




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 翌日、朝一番に潮は提督の下に向かった。

 いつもはまだ執務室に居ない筈の提督は、なぜかこの日は執務に取り掛かっていた。

 居ないと思い、潮はノックはしなかったが、そのことが提督に緊急性があると思われたようだ。


提督「・・・曙の記憶が消えた? 前の、ようにか?」


潮「はい・・・けど、おかしいんです」


提督「・・・おかしい?」


潮「はい・・・」


提督「・・・分かった。今から曙の所に行こう」


潮「あの、それはっ・・・」


 潮は突然大声を出し、提督は少し固まった。

 だが、直ぐに潮の顔を伺い、提督はほっとした顔で立ち上がった。


潮「あ、曙ちゃんは」


提督「皆まで言うな、大体、把握した」


潮「えっ?」


 呆然としている潮を置き去りに、提督は足早に曙の部屋に向かう。

 ハッとした潮は提督を止めようとしたが、提督の後ろをついていく事しかできなかった。




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曙「・・・ほんと、どうなってるの、此処」


 曙は頭を抱えていた、目を覚ますと知らない場所、知らない同居人。

 自分では無い、自分の記憶。


曙「・・・まるで、SFみたい」


 曙としての最後にあったのは、普通の少女としての自分だった。

 深海棲艦と、強大な敵を倒す力のない、無力な自分。


曙「・・・何か、やけに平和ね」


 この体の曙の記憶は、力を失った少女がここの鎮守府の提督に恋をする、何処かで見たようなちんけなストーリー。


曙「・・・いや、これは主観が入り過ぎてるわね」


 今の曙は、提督に恋慕を抱くのは不可能ともいえた。

 確かに記憶は在る、けれども、何処まで行ってもこの魂は私のだ。

 体が違う弊害は出ているが、魂だけは自分のものだと思っていた。


コンコン

曙「!」


 唐突に扉がノックされる。

 曙は一瞬驚きと戸惑いが浮かんだ。

 ノックに合わせて体が喜びの感情が浮かんでくる。

 思わず口角が上がってしまうのも感じた。


「・・・曙、良いか?」


 その声に、体が急に反応しそうになる。

 それと同時に、自分の体では無いこと強く実感した。

 理性で体の動きを止め、感情を落とした表情で扉に言葉を返す。


「どうぞ」

「・・・失礼する」


 扉を開け、入ってきたのは軍服を着た男と、同室の潮だった。

 潮は顔を俯きながら、提督は逆に毅然とした態度で部屋に入ってくる。


「! アンタッ、潮に何したわけ!」


 入室と同時に、曙は提督を掴みにかかる。

 曙はそのまま押し倒すつもりだったが、やけに体の力が入らないことと、提督が曙を受け止めってしまったせいか傍から見ると、曙が提督に抱き着いているようにも見えた。

 しかし、曙の眼光は誤解の余地はなかった。

 敵意や悪意と言った冷たさと刺々しさが混ざった視線は、並の提督ならばたじろいでしまっただろう。

 だが、ここの提督は勿論違う。


「・・・誤解だ。俺が彼女に何かした訳ではない。・・・潮、悪いが退出してくれ」

「わ、わかりました」

「・・・・・・」


 曙はその光景を提督の胸ぐらを掴んで見ていたが、潮からは提督に対して悪い感情は見えなかった。

 曙は提督の胸ぐらを離し、距離を取って敬礼する。


「先程は申し訳ありませんでした」

「・・・やはりか」


 曙は提督に対し、頭大丈夫かコイツといった視線を向けた。

 提督はそれに対して何か反論するわけでもなく、淡々と話を続けた。


「初めまして、だ。曙」

「・・・! どういう意味かしら?」


 ただ、淡々と続けようとした話は、やけに大きな話だった。


「君は恐らく、元の曙だ。しかし、ただ元の、と言う訳ではない」

「・・・どういう意味、かしら」

「君はここの鎮守府に来た頃の君に似ている。あくまで、似ているだが・・・」


 そこから語られる話は、曙も流石に顔を顰めた。




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『駆逐艦曙! 先行すんじゃない!』

「うるさい! シネッ! この、クソ提督!」


 一人の少女は、指揮官の命令も聞かず、ただ敵陣の真ん中に突っ込んでいた。

 一度や二度では無く、見放されてもおかしくないのだが、彼女の傍にはいつも別の少女が居た。


「曙ちゃん! 一人で行ったら危ないのです!」

「なっ!? 電!? どうしてきたのよ!」


 鎮守府の中で最古参の艦娘。

 彼女はいつも、曙を助けていた。

 そしていつも、彼女だけが危険な目に合っていた。


『・・・駆逐艦曙、お前は後で説教だ』

「はっ・・・あの子を沈めたからって臆病になってんの?」

「曙ちゃん!」

「・・・曙、帰投します」


 彼女は、嫌な役をいつも振舞っていた。

 別に鎮守府の秩序を守りたかったわけではない。

 彼女はただ、死にたかったのだ。




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「来たばかりのアイツは、死に場所を求めていた。合法的に死ねる場所を」

「・・・」

「アイツに比べれば、お前は生気に満ちている。生きることに、抵抗が無いと思う」

「・・・?」


 曙は、提督の言い回しが気になったが、すぐさま、冷たい視線に戻し提督を睨みつける。


「で? アンタは私をどうするわけ?」

「・・・どう、か」


 提督はしばし目を瞑った後、立ち上がった。


「曙、お前の魂と体を乖離させる」

「・・・・・・ハァ?」


 訝しんだ視線を提督にぶつけると、真面目腐った視線で曙を見つめ返す。

 それに対して少し身じろぎをするが、提督は気にせず、話を続ける。


「お前の新しい体を製造し、そこに魂を漂着させる」

「・・・アンタ、そういう人?」

「・・・・・・違う」


 提督は疲れたようにため息を吐き出し、曙に立つように命令する。

 それに少しむっと来た曙だったが、何とか堪え、立ち上がる。


「・・・曙」

「・・・何?」


 不意に提督剣呑な雰囲気で曙に説いた。


「お前は、お前として生きたいか? 消えたいか?」

「・・・」


 その言葉に、曙は直ぐに答えは出せなかった。

 それどころか、曙の瞳から光りが消えた。


(私、生きたいの・・・?)


 消えぬ疑問、大きな違和感。

 それに心が飲み込まれるようになる瞬間、不意な温かさが彼女の思考を止めた。


「・・・スマン」

「・・・・・・いいから、離れて」


 目をあけると、提督が曙を抱いていた。

 体の反応で、やけに顔が熱くなる。

 それと同じように、自分の意識が冷めていくのを感じる。


(私は、コイツの事、好きじゃない・・・)


 もの悲しさを覚えながら、提督の体を離す。

 先程とは違う、真剣な目を提督に向ける。


「私は、私として生きていきたい・・・と、思う」

「分かった。今はそれだけで十分だ」


 提督は踵を返すと、出口に足を運んだ。

 それを見た曙の体が、また反応する。

 曙は小さくため息を吐くように、呟いた。


「どっちにせよ、この体はごめんだわ」


 その声は提督に聞こえなかったのか、提督は振り向くことなく、明石の工廠に向かっていった。




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潮「はぁ・・・」


卯月「潮ちゃーん? 一体どうしたのかぴょん?」


潮「ひゃぁ!? あ、何だ卯月ちゃんですか」


卯月「ぷー? 何とは何だぴょん!」


潮「あはは、ごめんね」


卯月「もう! うーちゃんは優しいから許すけど、潮は言い方を気をつけるんだぴょん」


潮「うん、そうだね。ところで卯月ちゃん、こんな朝早くからどうしたの?」


卯月「うーちゃん今、あしがらちゃんを探しているぴょん。最近朝から居なくなってるから、とても気になってたぴょん」


潮「え? そうなんですか? あしがらちゃん怪我とか、してないですか?」


あしがら「そこらへんはだいじょうぶよー?」


潮「っ!?」


卯月「・・・あしがらちゃーん。唐突に表れるの止めるように言ったぴょん! 何で急に現れるぴょん! うーちゃんちょっと漏れちゃったかもしれないぴょん!」


潮「!?」(バッ


あしがら「きをつけてるつもりよー?」


潮(あ、私は大丈夫だった)

潮「あしがらちゃん、何処に行ってたんですか?」


あしがら「ちょっとさんぽよー?」


卯月「はぁ・・・また今日も弥生の部屋からパンツを取るしかないぴょん」


潮「・・・卯月ちゃんまたって、今・・・」


卯月「おっと! うーちゃんはちょっと用事を思い出したぴょん! あしがらちゃん! 先行ってるぴょーん!」


潮「あ! 卯月ちゃん・・・って、あしがらちゃんも、もういない・・・」


潮「はぁ・・・何か、余計に疲れました」




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 提督は迷いない足取りで、一直線に明石の工廠に向かっていった。


「(コンコン)明石さん、緊急です」

「・・・少し待ってて、片付ける物があるから」

「・・・分かりました」


 提督の言葉の端々で、曙の体は反応を示す。


(緊急だから自分は大事にされてるって、喜んで、提督が敬語を使っているから、何処となく釈然としない感じ・・・確かに、何で提督は一艦娘にわざわざさん付けで呼んでいるのかしら?)


 曙が提督に訝しんだ視線をぶつけて居ると、提督は顔を半分曙に向けて呟いた。


「・・・知りたいか?」


 曙は少し目を見開き、直ぐに表情を戻すが、その表情は何処か呆れが含まれていた。


「もしかして、エスパーか何か?」

「・・・いや、そんな顔の奴を見たことあるだけだ」


 提督は何処か柔らかい笑みを浮かべて、そう呟いた。

 そんな曙の心臓が一瞬跳ねた。

 その後は、自分自身に嫉妬するかのような気持ちが心を支配した。


(・・・アンタにとってご褒美でしょうが。何でそんな気持ちになるのよ)


 曙は小さくため息を吐き出し、体と心の不一致性に若干の苛立ちを覚えた。

 そんな気持ちで一杯になっていた曙は、跳ねた心臓について考えることは無かった。




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「お待たせ今日はどんな用?」

「・・・彼女の事です」

「・・・・・・」

「・・・確かに、中身が違うわね」


 提督たちを部屋に招き入れた明石は、曙を見てそう答えた。

 提督は真剣な面持ちを保ちながら、明石に言葉を返す。


「・・・そんなに、分かりやすいですか?」

「雰囲気がね、貴方と一緒に居るのにこんなに刺々しい。此処の皆なら普通に分かると思うわよ?」

「私、そんなに違う?」


 曙の口から不機嫌そうに漏れる。

 事実、彼女は不機嫌だった。

 提督と明石の親密さに体は嫉妬を覚えるが、曙の本心が明石に対して駄々っ子のような感情を向けていた。


(・・・何で、私、明石さんに、思い出してほしいって思ってるんだろう?)


 曙の眉が少し下がる。

 そして、それを見逃す技量を提督は持っていなかった。


「・・・どうした、曙? そんな顔して」

「な、何でもないわよ」

「全く・・・それじゃ、見解を言ってもいい?」

「・・・よろしくお願いします」


 曙は顔を背けたまま、提督は明石の顔を伺いながらそう呟いた。

 明石は咳ばらいを一つすると、説明を始めた。


「現在の曙ちゃんは二重人格みたいなものね。二重人格」

「・・・二重人格、ですか?」

「そうよ、曙ちゃん。最近まで主人格を持っていた曙ちゃん、便宜上、曙ちゃん改って呼ぶわよ? 曙ちゃん改は、曙ちゃんの時に抑圧された感情を主に作られていると思われるわ。否定していた自分、否定していた感情・・・それが曙ちゃんを抑え込んで、曙ちゃん改として現れた、と思うわよ?」

「・・・・・・」

「・・・私が、否定していた」


 提督は帽子を深くかぶりなおし、目元を隠した。

 曙は自分の手の平を見つめ、違う自分が憐みの感情を向けているのが分かった。

 何故かそれが、曙の背筋を冷やした。


「・・・明石さん」

「ん? 何?」

「今、私が、いや、えっと・・・」

「曙ちゃん改?」

「そうですね・・・改、は私みたいに意識が切れていないのですが・・・」

「・・・・・・それ、本当?」

「え、はい」


 明石は唐突に顔を顰め、口を閉ざした。

 提督がハッとした表情になり、明石に問いかけた。


「もしかして、このままだと現在の曙が消えるという事ですか?」

「・・・可能性が、高いわね」

「・・・・・・えっ」


 動揺した表情を見せた曙に対して、提督が宥める。

 明石は真剣な眼差しを曙に向け、説明を始めた。


「いい、曙ちゃん。今回曙ちゃんが出て来たのは、曙ちゃん改が自分の意志を持ち始めたからだと思う。詰まる所、曙ちゃんが要らなくなった」

「・・・・・・」


 曙は気が付くと、両腕が震えて俯いていた。

 左手の握りこぶしが、そっと握られる。

 曙は驚き、隣を見る。

 そこには、提督がいつもの目でこちらを見つめていた。


「・・・大丈夫だ、曙。お前たちは、絶対に助けて見せる」

「・・・・・・ま、まあ、アンタの作戦指揮が間違ってたことは無いからね。信じて上げる」

「ああ」


 明石は小声で、いちゃつくなよアホども・・・、と一人悪態をついていた。

 ふと、明石が顔を上げると提督と目が合った。


「・・・」

「・・・」


 鋭い視線で覗き合い、明石は呆れたようにため息を吐いた。

 提督は立ち上がり、曙を抱きしめた。


「ひゃ!? て、提督急に何を――」

「・・・曙、俺を信じろ」

「え? そ、それよりこの体制ヲッ!?」


 突如、曙の腹部に衝撃が走った。

 視界がブラックアウトしていく中、曙は提督の申し訳なさそうな顔だけが見えていた。


(そんな、顔。してんじゃ、無いわよ・・・)


 曙は意識を手放し、提督は曙を担ぎ上げた。




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「特型駆逐艦曙です。最前線と聞き、配属希望を出しました」


 そう言って、敬礼をする彼女の目は黒く澱みきっていた。

 提督は視線を鋭くし、曙を睨みつけながら問いかける。


「演習から実戦が良いか、実戦に身を投じたいか、何方だ?」

「実戦でお願いします」


 彼女の答えは、即決だった。

 提督の威圧に臆することなく、澱みきった眼差しを細くしながら力強く答えた。


「・・・分かった。現在攻略中の海域、キス島に出撃させよう」

「分かりまし――」

「但し、此方からの命令は無視するな。命令を優先し、今部隊旗艦である電の指示に従え」

「・・・(クソ提督が・・・)」

「・・・・・・」

「・・・分かりました。直ぐに準備いたします」

「ああ、期待している」


 彼女は舌打ちをして、司令室を後にした。

 すると、提督の背後に控えていた艦娘、電が心配そうな顔をして彼女が出て行った扉を見つめる。


「・・・提督さん、良かったのですか?」

「ああ、新兵には死なれて欲しくはない。それに、艦娘になったのも自棄でなったと思う。・・・不幸には、なってほしくないな」

「提督さんは、優しいのです。もっとその優しさをみんなに見せれば、提督さんは人気者なのです」


 そう呟いた電は提督の横を通り、退出する。

 去り際に――


「でも、提督さんは臆病なのでそんなことは出来ないと思いますが」


 ――と、呟き、電は出撃の準備に取り掛かった。

 そんな中、提督は小さくため息を吐きながら、臆病者じゃない、ただ、人見知りなだけだ。

 と呟き、指令室を後にした。




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 私は、深海棲艦が、憎かった。


 あの日、船での移動の際襲われなければ、私は戦場に足を運んでいないし、こんな怖い場所に来ることも無かったと思う。


 私には、何の因果か、艦娘の素質を持っていた。

 駆逐艦とやらになるらしく、私はその時、憎しみ以外の自分を捨てた。


 入ってきたのは、別の憎しみだった。


 人に対する、私を命令する人間に対する憎しみだった。

 私はその時点で、既に壊れかかっていた。


 自分と言う存在を消してまで手に入れた力。

 待っていたのは理不尽なルールを立てる人たち。


 もう、楽になりたかった。


 自分と言う兵器に怯えたくなかった。

 戦場と言う恐怖のみの場所に行きたくなかった。

 もうこれ以上、感情に振り回されたくなかった。


 ・・・・・・。


 どうしてだろう。

 どうして目の前の人は、私をこんなに温かくしてくれるんだろう?


 久方ぶりの、温かさで、


 私の頬に涙が伝った。




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 指令室の真ん中。

 そこに曙は胡坐をかいて座っていた。

 提督はため息を吐き、曙と目線の高さを合わせる。


「・・・曙、お前は命令違反を犯した」

「・・・・・・」

「・・・よって、お前は演習艦隊に配属だ」

「はっ!? ふざけないで! 私はこのままの艦隊で――」


 曙が喚くのを提督は冷ややかな目で見つめ、あからさまにため息を吐く。

 曙はそんな態度を取る提督を強く睨みつけ、暴言はヒートアップしていく。


「私達みたいな道具、使い捨てればいいでしょ!? 所詮消耗品だと思っているんでしょ!? それなら私もさっさと使い切っちゃてよ!」


 曙は既に錯乱していた。

 流れ込んできた知識を自分の過去にすり替えてしまい、感情を叩きつけるだけの暴言も自分の意志では無かった。

 提督は目を見開き少し驚きを顔に出したが、直ぐに表情は真剣身を帯びた眼差しに隠されてしまう。


「曙」

「所詮使い捨て、所詮模造品。幾らでもいる私何だから」

「・・・曙」

「何体でも戦死させればいいじゃない!」

「・・・ハァ」

「アンタたちが無理矢理艦娘ヲッ!?」


 提督は曙の体を持ち上げ、視線を交差させる。

 曙の瞳から色が消えうせ、冷めた声を出そうとした瞬間、


 曙は提督に抱きしめられた。


「――えっ?」


 その自然すぎる動きに体が硬直する前に、提督の体温が、曙の緊張を解していく。

 提督の安定した心臓の鼓動が直接聞こえる。

 その温かさに何かが零れてしまいそうになるが、曙は寸での所で堪える。


「・・・・・・離れなさいよ」

「断る」

「・・・憲兵を呼ぶわよ?」

「呼びたければ、呼べばいい」

「・・・どうしてよ」


 曙は震える声で、提督に問いかける。


「どうして、アンタは、私なんかにそんなことをするのよ・・・?」


 曙は提督の服を握りながら問いかけてくる。

 曙が提督を見上げると、呆れたような眼差しで曙を見下ろしていた。


「・・・なによ」

「曙、俺にとって曙はお前だけだ。代わりも、替えも存在しない」

「・・・・・・」

「お前に死なれるのは、俺が困る。とても、嫌だ」


 そういって、曙に真剣な眼差しを向ける。

 その言葉は、以上に優しく、曙の堪えていたものを容易に破壊した。


「――えっ?」

「・・・・・・」


 頬に伝った涙が見えた途端、提督は曙を抱きしめた。

 曙は今まで我慢していた涙を、提督の胸の中で泣き腫らした。

 提督に泣きつく彼女の姿は、年相応の女の子だと、提督は改めて認識した。




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「・・・ここは?」

「気が付いた?」


 その言葉に反応し、曙は後ろを振り返る。

 その先には、彼女、駆逐艦曙が居た。


「・・・アンタが」

「うん。私が、貴方の感情から生まれた存在、曙。ただの、曙」


 曙は彼女の言い回しに首を傾げ、それを視界に入れた彼女は小さく微笑み、指を立てて説明を始めた。


「私が艦娘じゃなくて、提督さんが提督でもなくて。普通に出会っていれば、と言う願望から生まれた存在。だから、戦う力も無いし、提督さんも普通に振舞ってくれる」

「・・・何が言いたいわけ?」


 曙がそう聞くと、彼女は口元をにやけさせ、語る。


「要するに、私が提督さんを好きになってしまったから、あり得ない妄想で発散しようとして出来た存在ってこと」

「・・・・・・」

「あれ? どうしちゃったのかな、私?」

「・・・そうね、私。アイツの事大好きだわ」

「・・・・・・へっ?」


 曙の答えに、素っ頓狂な声を上げる彼女は目をぱちくりと開いていた。

 曙は恥ずかしげもなく、恥じらう様子もなく、真顔で、淡々と答える。


「アイツは真面目で誠実だけど、近くに居てほしい時は本当に近くに居てくれる。そんなアイツの優しさが、私は大好きだ」

「・・・私が恥ずかしくなってくるんだけど」

「う、うっさいわね! 意識させないで! 顔が熱くなってくる!」


 先程までの冷静な表情は消え去り、余裕の無くなったように顔を真っ赤にして話す。

 曙が手を団扇のようにして風を送っていると、彼女が薄く笑みを浮かべたような気がした。


「・・・如何やら、お別れみたいね」

「うん・・・けど、私はこんな展開を望んでた訳じゃないんだよ?」

「・・・どう言う意味?」


 曙が警戒し、彼女に対し目を細くして見やる。

 すると彼女は口元を三日月のように歪め、背筋に冷たい物を走らせる。


「本当は、私が恋を認めようとしなかったら、私が、本物になるつもりだったから」

「・・・・・・」

「少し、残念に思うよ?」

「・・・アンタ、私から生まれたのに馬鹿なの?」

「・・・・・・私は、本気で」


 曙は本格的にため息を吐き出し、自分の姿と瓜二つな彼女を見つめた。

 その瞳の奥は、諦めや悲しみと言った感情が見え隠れする。

 その考え方を見て、憐みの意味を込めて、また、ため息を吐き出す。


「・・・何で二回もため息ついたの?」

「アンタね、私から生まれたんなら一度決めたことは貫く意志を持ちなさい。まあ、私も教えられた立場だけど・・・」


 曙の後半の呟きは聞こえず、思わず彼女は首を傾げてしまう。

 そんな彼女に曙は視線を戻し、悪戯を考えついた子供のように笑いかけた。


「ねえ、私と協力しない?」




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???「潮ちゃん!」


潮「その声・・・曙ちゃん!?」


 潮が振り返ると同時に、曙が潮に飛びついてくる。

 慌てながらも、潮は優しく曙を支えた。


潮「・・・もぉ~、曙ちゃん。危ないよ」


曙「うん・・・ごめんね」


 潮は、何時もの曙に戻り、安堵のため息が漏れる。

 落ち着いたおかげか、曙の後ろから来た人物を視界に入れることが出来た。


潮「提督さん・・・」


提督「潮、もう曙は大丈夫だ。安心してくれていい」


潮「そうですか・・・良かったです」


 提督の言葉を聞き、潮は涙を浮かべながら本格的に脱力した。

 それを少し、曙が支えながら、潮に笑みを浮かべていた。


曙「・・・潮ちゃん」


潮「・・・何?」


曙「心配かけて、ごめんね」


潮「・・・・・・」


 その言葉に、潮はボロボロと涙をこぼしながら曙に抱き着く。

 それを落ち着いた動作で、曙は支える。


潮「・・・心配したんだから。もう二度と、私の知ってる曙ちゃんに会えないと思ってたんだから!」


曙「・・・うん、って潮ちゃん? 私引きずって何処に行くの?」


潮「私達の部屋です! 私がどれだけ心配したか! お説教です!」


曙「えっ!? え、でも今回の事態は私がどうにか出来るわけじゃ」

潮「問答無用!」


曙「あっ、えっ、ちょ! て、提督さん! そういう事だから、私は部屋に戻るね!」


 曙は視界から提督が外れる寸前で、言葉を言い切り、最後の言葉は若干響いていた。


提督「・・・さて」


 提督は少し笑みを浮かべ、帽子を深くかぶりなおす。

 すぐに、その顔からは温かみが消え冷たい表情に替わり、指令室に足を向けた。




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 深夜。

 大半の艦娘達が寝静まった頃、提督は港に来ていた。

 その場には既に人が集まっており、その中の一人が提督に声をかける。


「提督、執務お疲れさん」

「川内か。すまんな、最近深海棲艦の出没率が上がっていてな・・・如何せん報告書が多くなる」

「ホントそうだよね。私もさっき回航中にそこそこの数に会っちゃってさ」


 呆れたように肩を竦める川内だが、先程彼女が一人で撃沈させた艦は、実に五十を超えていた。


「そうか」


 とだけ言い、興味を失くしたかのように視線を外す。

 川内が今日日五十艦以上沈めるのは珍しいことではなく、提督も川内もただ流すだけの会話だった。

 提督はゆっくりと、皆の前に出て、敬礼をする。

 それに合わせ、彼女たち全員が敬礼を返す。


「さて、集まって貰ったのは部隊の人数を一人増員することにした」


 既に彼女たちは全員、休めの体制になっており、先程まで雑多に並んでいたのだが、全員が綺麗に列を作っていた。


「それが、彼女だ」


 提督はそのことを気にする素振りすら見せず、海上に体ごと向くように首を動かす。

 全員が向いた先には一人の駆逐艦が居た。


「あれ?」

「戻っちゃったの?」


 そう声を上げたのは暁と雷。

 その後ろに居たヴェールヌイは肩を竦め、彼女達の物言いに呆れていた。


「正確に言うと、戻ってきてはいない。彼女の肉体は最新のものだ」

「・・・成る程、つまり、中身は昔のまま、という事なんだね?」

「その認識で正しい。だが、夜に彼女は移るが、昼の方でも彼女にそっくりな子がいる。間違えないようにしてくれ」


 そう言っている間にも、件の駆逐艦は的に空中で蹴りを入れながら、別の的に射撃を命中させていた。


「・・・及第点、認めてやるよ」


 川内は先程までのフレンドリーさは消え失せ、感情の抜けた顔で呟いた。

 全体も彼女が良いのであればと言ったような雰囲気を出していた。


「・・・ありがとう」


 提督は先程までよりマシな声で呟いた。




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「ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・」


 曙は荒い息を吐き出し続けながら、訓練を続けていた。

 自分に足りない実力を補うために、自分の好きな人と並ぶために。


『ねえ、私と協力しない?』


 先程言った自分のセリフが脳内で響き渡る。


「・・・私が、本性を晒した、提督を落とす、から」


 自分の口から漏れ出ている言葉に、曙は気が付かない。

 だが、何故か体が疲労を感じさせない動きを続ける。

 むしろ、先程よりも洗練さが増しているようにも思える。


「・・・貴方、は。・・・猫被った、提督を落として、提督を」


 体は、既に疲労困憊だ。

 何時倒れてもおかしくないような気もするが、何故か体は最高の動きを繰り返し続け、最高の上限を突破していく。


「・・・独占、しない?」


 その言葉で曙は口元を三日月のように歪め、笑みを作る。

 推進力で目の前の的を蹴り砕き、真後ろにある的を打ち抜き、砕く。


「ハッ・・・ハッ・・・」


 曙は荒い息を吐き出し続け、闇に包まれた空を見上げた。

 その広大さと、海上のせいか、異様な冷たさがまるでこれから自分が挑む人のようで、思わず体が震える。


「やってやる。あいつを絶対、その気にさせてやる・・・」


 粘っこい笑みを浮かべたその少女の笑顔を、今はまだ誰も知ることはない。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




曙「私達の恋愛はこれからだ!」

 エンドという事です。


 若干の補足です。

 最後のシーンに居たキャラクターは、暁、雷、ヴェールヌイ、川内、明石、足柄さん、初雪、時雨、夕立です。

 実際他にもいますが、現在他の海域を回航中でございます。


 何か、コメディにしたいのにシリアスになってしまいます。

 まあ、次はコメディなのですが。

 ではでは、今回はこれで終りです。

 あとがきは無いよ。


このSSへの評価

2件評価されています


2017-10-24 00:08:50

SS好きの名無しさんから
2017-10-21 06:26:04

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SS好きの名無しさんから
2017-10-21 06:26:08

このSSへのコメント

3件コメントされています

1: SS好きの名無しさん 2017-10-21 06:25:54 ID: R1qgCOMy

ぼのたんは前世が酷い上官ばかりだったしね。
けど最近はサンマ釣りにガチ装備を持参で持ってる事から。
楽しい第二の人生を楽しんでるようで何よりですw

2: 誰だお前 クソ提督 2017-10-24 00:09:53 ID: EWvR06-D

ぼののSS…だと…!?
これは…続きが早く見たいですねw
面白かったです!

3: SS好きの名無しさん 2018-01-06 14:44:23 ID: XumaDISA

成る程ね。
此が結魂の正体ですか。
そらレベルの上限上がるわw
ペルソナみたいなものですね


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