2017-12-02 22:40:07 更新

概要

アクアマリンでメインDJを張っていたなぎさは、今や在京FM局の名物DJに。一緒に仕事をするようになったディレクターの戸坂は、彼女の魅力をさぐろうとする。


前書き

「きみの声をとどけたい」モチーフ第3弾を上梓いたします。今回も、架空の人物を絡めながら…っていうか、一瞬副調整室でキューだししていたディレクターがいたのですが、その人がもしなぎさのことを…ってな感じで妄想した結果が今作になります。
なぎさとディレクターの戸坂がもう少し親密な仲にしておくか、どうか…そこは迷ってしまいましたが、清らかな関係がふさわしいと考え、どろどろした愛憎劇には仕立てませんでした。
実は、結構時間がかかってしまった今作。10月中旬が端緒でしたが、結局1か月近くもかかってしまいました。ただ、これ以上発展させるつもりはないので、ほぼこれが完成版となります。
2017/11/25  第一版 上梓(13,496字)。


「お疲れさまでしたぁ…」

生本番を終えて、次の番組のスタッフがどやどやと副調整室に入ってくる。次の番組のためのつなぎ音楽がかかっている間に、全員総入れ替えとなるのだ。

彼らに急かされるように追い出される私。最高責任者たるディレクターであっても石もて追われるように退出を余儀なくされる。それほど潤沢にスタジオの数がない場合や、使いまわさないといけない場合はこうしたことが往々にして起こる。FMラジオの現場は、毎日その繰り返しである。


番組の書類を抱えて副調整室から出る私。入社してほぼ20年。試験にも受かって、念願のディレクターとなって半年余り。結構時間はかかったが、ようやくレールの上に乗っかったという思いを抱く。

ゆくゆくはプロデューサーになり、局内を闊歩して歩きたいという衝動にも駆られるが、そこに至るためには、数々のヒット番組を作り、人脈も作り、確固としたカラーを持たなくてはならない。ディレクターはその端緒に立ったというだけのことであり、まだまだその道のりは遠い。


「ああ、ディレクター、今日もお疲れさまでしたぁ…」

声をかけてきたのは、 DJブースから同じように、次の番組の担当に追い出されてきた先ほどの番組DJの行合 なぎさだった。

「おお、お疲れさん」

少しえばって挨拶をし返す。

「今日も素敵なキューだし、ありがとうございました」

ぺこりと下を向くそのしぐさがなんとも言えない。この年代の娘がいても不思議ではない年齢だけに、そう見えてしまうのが如何ともしがたい。

「素敵、かぁ…そ、そんなによかったかなぁ…?」

なぎさとペアを組んだのはついこの間。10月改編でディレクター昇格後3番組目に担当しているのが「ワーズパワーレディオ」だった。プロデューサーのたっての願いで、なぎさをDJに、ということだったのだが…たしかプロデューサーって、若手の女史だったと記憶しているのだが…

「それでは、私はこれで…」

なぎさは、足早にその場を去ろうとする。

「あ、ちょっ、ちょっと、なぎさ・・・さん」

たどたどしい口調でなぎさを呼び止める私。

「え?どうしたんですか、そんなに顔真っ赤にして」

言われてさらに赤面する。勘違いされてしまいそうだ。少し気を取り直して真顔で言う。

「いや、今日ぐらい、御馳走してあげようかなって…」

「ええーー、ホントですかぁ、うれしいなぁ」

やはり年頃の女性は正直だ。当たり前の反応で私もホッとする。

社屋の玄関で待ち合わせることに。ややあって、彼女は、少しだけお色直しして小走りで私めがけて向かってくる。


「お待たせしましたぁ…」

「ずいぶん待ったよ」

「ああ、そんなこと言ってぇ…」

「いやぁ、ごめんごめん」

「でもディレクターさんからお誘い受けるなんて思ってもみませんでしたよ。今日は、ご家族の方はいいんですか?」

「ああ、接待も仕事の内だって言ってあるし、彼女にしたって、亭主元気で留守がいいんじゃないの?」

「ふーん、奥さんは「彼女」、なんだぁ…」

確かになぎさがいぶかるのも無理はない。業界一筋で過ごしてきた私にとって、どうしても恋愛対象は社内の女性に限られてしまっていた。一こ下で入ってきた総務の女性に猛アタックして見事ゴールイン。それが今の妻である。結局子宝には恵まれなかったが、妻は家庭に入ってからも陰になり日向になり私を支えてきてくれた。とは言うものの、時々「こいつと一緒になってよかったのかな?」と自問自答する機会も増えてきていた。

「ああ、呼び名かい? 今更下の名前で呼ぶのも照れくさいだろ」

結婚してかなりの年月になる関係。「おい」「あなた」で済むやり取りだからかもしれないが、下の名前で呼んだのもいつだったか記憶にないほど遠い昔のことだ。

「でも私なら、「うちのなぎさが…」とか言ってくれる方が何となくうれしいけどなぁ…」

「見えないところでそこまで気は使わないよ。実際、彼女もおれのこと陰ではぼろくそに言ってるらしいから」

自分で言っておきながら、妻の最近の態度には承服しかねるところがあったりする。また聞きであれ、あまりいい話を聞かないのもいただけない。

「へぇ。そうなんですかぁ…なんか、結婚するの、怖くなってきちゃった」

「まあ、なぎさクンもその辺は覚悟しておいた方がいいかもね。結婚ってただの相性だけじゃないと思うし、よくここまでお互い我慢したもんだと思うよ。忍耐強くないと夫婦ってやっていけないものなんだよ」

そうは言っても熟年離婚、などという自分には関係のない4文字熟語が現実のものにならないとも限らない。私が品行方正でも、相手の動きまでは読みようがない。

「でも、今日、私を誘ってくれましたよね?」

急に色っぽくなぎさが聞いてくる。少しだけときめいた気持ちになってしまう。

"おいおい。自分の娘くらいの年頃の女性に何欲情しちまってるんだよ、しっかりしろ、戸坂 武史"

もう一人の冷静な戸坂武史がそう問いかける。我に返って次の句を発する。

「ああ、そのこと?だいたいオイラは2、3回は出演者に基本好き放題させるんだよ。そこから見えてくるものもあるし、見てみたくなる部分も出てくる。実際、俺って今までダメ出しも褒めもしなかっただろう?」

「エエ、確かに。挨拶しても結構つっけんどんだったし…」

「それはなぎさに限らず、今までAD時代から培っている俺の流儀。これからの俺たちは、少し違った関係になっていく、そんな時期に来たんだなってことで、君を誘ったんだよ」

「ふーん・・・」

大まかに番組の進め方とかはレクチャーしていたし、もちろんずぶの素人でもないなぎさのことなので、私からの注文はほぼしていなかった。それでもなぎさの番組運びは、今までいろいろと出会ってきたDJの中でも群を抜いているといっていい。オンエアーで見せる張り詰めた表情とは打って変わった、どこにでもいそうな女性の顔。そのギャップがまたいい味を出している。

「まあ今写真撮られたら、「有名ディレクター、DJと恋の逢瀬か?」てなタイトルで記事にされちゃうよな」

笑いながら、おどけていってみる。

「そ、それってヤバくないですか?」

「心配しなさんな。「有名」でないディレクターの恋愛までおっかけるほど奴らも暇じゃないよ」

「それもそうですよね。お互い売れるように頑張りましょー」

私に対するお返しのようにおどけて右手を虚空につき出すなぎさ。たったこれだけの会話なのになぎさの人となりが垣間見えてくる。

「そんなことより、何が食べたい?俺のおごりだ。好きなの言っていいよ。フレンチ?イタリアン?意外にも和食とか…」

「うーん・・・今日はディレクターさんのお任せでお願いします」

「ほう。意外と殊勝だね」

「だって、ここはおごってくれるディレクターさんを立てないと」

「なかなかわかってるねぇ。ますます気に入ったよ」

「ふふふ。面白い人」

「そうかなぁ?俺はこれまでこのスタンスでやってきたんだけどな」

「私自身、あんまり男の人には興味がないからかもしれないんですけど、今まで仕事してきた中で、ディレクターさんが一番気が合いそうなんです」

「へえ、そりゃまた意外だねえ。今まではどうだったんだい?」

ああ、あの番組のDはネチネチうるさいもんなぁ…顔が浮かんできてはいたが、敢えてなぎさに聞いてみる。

「いや、今までの人ともなんとかやれてますけど、ディレクターには、なんかこう、やさしさってのが見え隠れして…」

ここからのなぎさの会話は全く耳に入っていかない。普段通り、いつも通りに接しているはずなのに、彼女には見透かされてしまっているとでもいうのか?恋愛感情などというものはもうどこかに置き忘れているものだと思っていたのだが、彼女は薄々…いや、そこまで気が付いていないだろう。だが、心のどこかに彼女に対する好意が芽生えていることは事実でもあった。

「あれ?ディレクターさん、どうかしましたか?」

急に黙ってしまったのを不審に思ってなぎさが声をかけてくる。

「あ、べっ別に…どの店にしようかなぁって…」

現実に引き戻される私。口から出まかせでその場を取り繕う。

「それに、もうそろそろその、ディレクターさんって呼び名、辞めてくれないかな。俺にだって名前あるし…」

「ああ、そうでしたね、戸坂さん」

ふぅ。ようやく名前で呼んでくれた。少しだけ、なぎさとの距離が縮まったような気がした。


チーン。ワイングラスの合わさる音。

接待で使う、ホテルの最上階のフレンチをこの日はなぎさと共にした。周りには、年頃の娘さんとディナーしている風に見えるところだが、よくよく考えると、妻と連れだって外食したのも、いつが最後だったか全く記憶にない。

なぎさを引き連れている手前、安いコースで終わらせることはできない。それでも懇意にしているシェフがテーブルまでやってきて、「今日はサービスしておきますよ」と耳打ちしてくれたのには感謝に耐えなかった。

コースも中盤に入ってくる。今日の魚料理はスズキのポワレだったが、身のほぐれと言い、味付けと言い、とろけるばかりの食感だった。なぎさもただひたすらに「おいしい」を連発していたのだが、そろそろと本題に入っていく。

「ところで、なぎささん?」

「はい、なんでしょう?」

少しソースのついた口元がなんともかわいい。切り出しておいて、その顔に見惚れてしまう。

「あ、いや、たしか君って、ここに入ってきたのって…」

「はい。半年ほど前です。鎌倉FMでDJしてたんですけど、なんていうんですか、ヘッドハンティング?でこちらにお世話になってます」

私だって、それくらいの情報は知っている。というより、組まされる相手が何者かを知らない、知らされないで仕事なんかできようもない。履歴書や経歴書などは一通り目を通していたつもりだった。

行合なぎさ 24歳。県立日ノ坂高校卒業後、鎌倉FMに入社。総合職を経てアナウンサー兼DJとしてその存在感を発揮し始めたころに、うちの会社のお偉方の目に留まって電撃移籍が実現した・・・概略はこんなところだった。

「でもねえ・・・」

中途になっていたグラスのワインを飲み干しながら私は彼女に言う。

「さっききみは、私とやっていて一番気が合いそうって言ってくれたんだけど、それって私も同じ考えなんだよ」

「エエ、本当ですか、ディレク・・・戸坂さん」

少し驚いた様子で彼女は食べる手を止める。

「でね。なんで二人が相思相愛なんかって考えたわけよ。あ、仕事の上だけだからね」

あえて否定はしておいた私だったが、なぎさは特別感情を揺るがせるそぶりはしなかった。伝わらなかったか…

「もしかして、君が付けた、番組タイトルとも何か関係しているんじゃないかって、思うようになってきたってところがあるんだよ」

「ああ、ワーズパワーレディオ…言葉の力ラジオですよね」


新番組編成は、こんな流れで進む。おおむね「こういう内容の番組をやりますよ」というスタッフ編成は、第一回放送の2~3か月前というのが基本だ。前番組を止める決断が早い場合や、半年に一回の編成見直し会議で俎上に上り、打ち切られる/リニューアルする番組の取捨選択をこの時期に行うからである。ラジオは、ワンクールといった短い契約で番組を作ることはほぼなく、普通は半年契約/よければ延長、というのがスタイルである。

顔合わせが済んだ段階では、番組の方向性も、概略もわかっていないというのが実情である。ディスクジョッキー番組はDJの色がかなり出る。曲メインだったり、しゃべりの方を重視したり…。それを確認しつつ、番組内でコーナーを作ったりするのが私のようなディレクターの仕事である。なので、番組が始まるまでにいろいろと個人的なことも聞いておきたかったのだが、私自身がディレクター昇格直後で、そこまで気が回らなかったのが実際だった。


「いやね。私もこのタイトルをなぎさが推した意味、というか、これにしようと思った理由ってのが気になっていたんだよ」

「うーん・・・」

急に彼女は言葉に詰まる。

「でも戸坂さん」

ここで少し口調を切って、なぎさが続ける。

「「コトダマ」って聞いたことありますか?」

「ああ、知ってるし、俺自身は信じてる。言葉に力がある、魂が宿っているってことだろ?」

私は少しだけ目を輝かせて言う。かくいう私も青年時代はハガキ職人を自称して、AMラジオを席巻していた過去がある。「ペンネーム・しけたたけし」とコールされた時の高揚感は今でも忘れられない。その想いを作り手に回って伝えたい…それがラジオ局入りの動機でもあった。

「ああ、やっぱりぃ。そうなんだぁ」

ぱぁっと表情が明るくなるなぎさ。また私は彼女とのかかわりを思い返してみる。


2度目の会議の時だったか、なぎさが、「今回私の担当する番組は、私がタイトルの名付け親になってもいいですか? 」と言ってきたときに、軽い気持ちで許諾した私だったが、次の会議で、名前を決めてきたのみならず、ロゴまで披露したことに私は驚愕した。私も長いこと会社に勤めてきているが、ここまで真剣に取り組もうとするDJを初めて見た。理由を聞いた私になぎさはこう返していた。

「今まではお仕着せでなんとなくしゃべらされていたって感じだったんですけど、この番組に出演が決まった時に私の色を出そうって決めてたんです」

「そういうことか。それにしても、ここまでやってくるDJって、今まで見たことないよ」

初顔合わせからすぐの会議でタイトルはじめ、矢継ぎ早に提案してきたなぎさ。頼もしく思えた半面、そこまで彼女を前向きにさせるものは何なのか、気になっていた。


週一回の放送、土曜日の夜の時間帯。私自身は、いかに鎌倉で一定の成果を上げていたとはいっても、大成功には程遠いと思っていた。だが、新番組は異例のロケットスタートを遂げた。ほかの番組がそうであったように、一種大物感漂う話術と語り口でリスナーたちを虜にしたといってもいい。匿名掲示板でもかなりの絶賛が書き込まれていたのを確認して「これはなかなか行けるぞ」と思いを新たにしていた。

回を重ねるごとに評価はうなぎのぼり。局の中でも「ワーズパワーレディオ」の話題が持ち上がらない日はなかった。制作会議に出ても、「いやぁ、絶好調ですね、戸坂さん」といわれないときはほぼない。ようやく一人前になったのかなあ、と思っていたりもしていたのだが、それもこれも、なぎさの尽力と、たぐいまれな話術のせいであると改めて思う。


彼女の持つ魅力。声だけしか伝わらないはずなのに、なぜ彼女が担当する番組はヒットを飛ばせるのか…自分の中でも答えを出したかった。

「それにしても、なんでなぎさが担当するとヒットするんだろうなぁ?」

私が問いかけをしたその刹那、コースのメインである肉料理が運ばれてきた。国産牛フィレ バルサミコソース 温野菜添え。盛り付けはいかにもフレンチといった趣だ。

「それは簡単なことですよ」

茶目っ気たっぷりにナイフとフォークを両手に持ち構えながらなぎさは言う。

「コトダマがみんなに伝わりますようにって、願いながら放送しているからですよ」


年齢的に考えても、ダイエットやファッションにうつつを抜かしていてもおかしくない年頃。なのに目の前の行合 なぎさは、ありのまま、素の状態、一切覆い隠すことなく自分をさらけ出している。まるで話すこと、言葉に出すことが義務とでも思っているのだろうか、とにかく口数が多い。だが、それは、イヤミな言葉ではない。相手にとって不快な言葉は一切口にしていない。それはラジオ番組の中でも同じだった。

今日の放送でもこんな一幕があった。お便りを読むコーナーの中で、なぎさは、その手紙を差し出したリスナーにこんなことを言い始めたのだ。

「お便りありがとうございます。そうですね。私が常日頃から言っているように、言ったことが現実になる、コトダマってあるって思ってます。だから、お互い気をつけたいものですね。思ったことを何でも口にするのは、あまりいいとは言えませんしね」


彼女の「コトダマ」信仰は、いったいいつからなのだろうか?私は思い切ってなぎさに聞いてみることにした。

「そのコトダマなんだけど…」

私はそう言って切り出す。

「火の玉みたいに見えたりするものなのかなぁ…」

きょとんとした表情のなぎさ。だが次の瞬間、思いきり自信に満ちた表情に変わる。

「見える?戸坂さんも観たことあるんですか?コトダマ?」

「いや、俺は見たことないから、どんなだとかわからないんだよ」

「そっかぁ、やっぱり見たことないんだ…」

コトダマを何度か見たことがありそうななぎさと、一度もその現物に遭遇していない私。立場は一気に逆転した。

「それって、どんなものなのか、教えてもらえないかな?」

「うーーん・・・」

思案するなぎさ。

「でも実際は、私、他人の出したコトダマしか見たことがないんです…」

「それってどういう・・・」

「つまり、自分が出しているであろうコトダマは、見たことも感じたこともないんです」

「いやいや。他人のが見えたらそれだけでもすごいことだよ」

「そうですよね」

少し照れた笑いを見せるなぎさ。特殊能力の一種だと思いたいが、それがすごいことなのかどうか、私には判断付きかねる。

「で、どんな感じなんだい?」

肉を切る手を休めて私はなぎさに問う。

「私が最初にコトダマっていうか、その時は何かわからない物体を見たのは4歳くらいの時なんです。まだ祖母が生きていた時で、転んで泣いてた私を抱き上げて「痛いの痛いの飛んで行け」っておまじないをかけた時に、ひざから球体のようなもやもやしたものが空に向かって飛んで行ったのが見えたんです」

少しグラスの水を飲むなぎさ。

「このときおばあちゃんが「言葉にはコトダマが宿っている」「相手に伝えるには言葉にすること」「悪口や妬みは口に出してはいけない」ってことを教えてくれたんです。幼馴染が運動会で転んだ時にも、悪いコトダマがそれを言った本人に帰ってくることを目撃したりしていたので、コトダマが見える見えない以前に、言葉は気を付けて使わないといけないなって感じるようになったんです」

感心して聞き入っている私がそこにいた。我々は、なんの気なしにしゃべっているし、気遣うこともほとんどしないでスラスラと会話をしているだけである。だが、なぎさからこの話しを聞いて、なぜなぎさの番組だけはここまでファンがすぐさまつき、ヒットするのか、の裏側を垣間見たような気がした。


発している言葉の重み、丁寧な言葉選び、しゃべる口調、早さ…すべてが計算しつくされていることを感じ取ったのである。そして、その根本にあるのが「コトダマ」だった。

「でも、考えてみたら、君みたいな、言葉に慎重な人が、どうして業界入りしようなんて思ったんだい?」

私の疑問は至極当たり前だった。

「それは…ちょっと昔ばなしになりますけど、聞いてもらえますか?」

「長くなりそうかい?」

「エエ、ちょっと…」

なぎさは少しだけ恥ずかしそうなそぶりを見せる。

「そうか。分かった。ここはすんなり切り上げて、行きつけのバーででも話を聞こうか…」

私は、最後の赤ワインを飲みつつ、なぎさに提案する。


タクシーは、私のホームタウンである新宿で私たちを下した。

不夜城・新宿。そこかしこで酔っ払った客たちの呵々大笑や管を巻く声がこだまする。私たちは、その声の大群を振り払うかのように私の見つけた隠れ家的バーに逃げ込む。

そこは10人も入ればいっぱいになるワンカウンターの狭い店だった。だが、押さえた照明に華美に感じさせないジャズの重低音が、そこはかとない雰囲気を醸し出す。扉を開けると、今日も常連のカップルが先客として訪れていた。私を見るなり、「おっ」という表情を見せる彼ら。無理もない。一人で来ることの多い私がなぎさという女性を連れてきたことに驚いていたのだった。

「俺はいつもの。彼女には…」

「私、カシスオレンジ」

さすがに酔いも回っているのだろうか、少し赤みを帯びたほほがかわいらしさを増幅させる。

マスターは、何かいいことでもあったのだろうか、かなりご機嫌だった。口数はいつも少ないが、立ち居振る舞いでわかるほどだった。あとで聞いた話では、私がなぎさを連れてきたことがよほどうれしかったらしい。

「はいお待たせ。お嬢さんにも…」

渋い口調でマスターは言う。私は出された山崎のロックをもてあそびながら、一口飲み、ウイスキーの芳醇な味わいをかみしめる。一方のなぎさは、ストローでジュースでも飲むかのようにカシスオレンジを嗜んでいた。

「さあて、さっきの続きだけど…」

フレンチレストランで聞くのを止めたなぎさの業界入りの話。気になって気になって仕方なかった。

「ああ、なんで業界入りしようかって思ったってことでしたよね。それって私の高校時代の想い出が影響しているんです」

そう切り出すと、彼女は高校時代のDJ経験を語りだした。


「そう、あれは、高2の夏休みに入る直前だったかな。突然雨に降られて、雨宿りしたのが、「アクアマリン」っていう喫茶店だったんです」

「アクアマリン?」

「あれ?戸坂さん、知りませんか?コミュニティFMでも一二の規模になっている日ノ坂町のFM局…」

「うーん、東京からほぼ出たことないし、井の中の蛙っていうのか、意外と業界外のことって知らないんだよ」

同じFMでも、向うは非営利で町中だけのもの。電波を使って放送しているという点が同じだけで、畑違いもいいところだ。いくら業界人だからって、なんでも御見通し、というわけではない。

「そこって、オーナーの娘さんが一人でDJをやっていたんです。でも事故で昏睡状態になってしまって、営業できなくなって、廃屋同然だったんですけど、施設は残ってたんですね」

「なるほど」

「たまたま鍵も開いてたんで、中に入らせてもらったら…」

「マイクと電波送信器があった、と…」

「で、いたずら半分でDJの真似事してみたら、実は電波は届いていて、それが、友人…あ、その時は赤の他人か、紫音ちゃんに聞かれてしまったんです」

「シオンちゃん?」

漢字が思い浮かばず、外人かと思ってしまう私。

「ああ、オーナーの娘さんが朱音さんで、その子供が紫音ちゃん。あ、紫の音って書くんです」

「それで紫音、か…洒落てるね」

私が困っているそぶりを見せたので機転を利かせて漢字を教えてくれるあたり、なぎさの洞察力にも感服する。

「で、話を聞いてみると、日ノ坂に入院していたんだけど転院が決まったので、最後の夏休みに、日ノ坂の自分のしゃべっていたスタジオで紫音ちゃんが朱音さんに話しかけて、目を覚まさせようとしたのがきっかけだったらしいんですね」

「ふんふん」

「お母さんが入院していると聞いて、そこに駆け付けた時に、ちょうど紫音ちゃんがラジオで、母親である朱音さんに呼びかけていたんですね。その時、紫色のコトダマがはっきりと見えたんです」

その情景が目の前で発展するかのように生き生きとなぎさは描写する。

「でも、あと一歩ってところで、朱音さんには届かず消えてしまったんです」

「ほう。ここで見えたんだな、コトダマが」

「エエ。このとき、彼女の名前が紫音だとは知らない状態だったけど、色はかなり強烈に覚えていたんですね。で、慌ててスタジオのあるアクアマリンに取って返して、そこで紫音ちゃんと対面したんです」

「なるほどね」

少し薄くなって飲みごろになったグラスを半分開ける。なぎさも私の動作につられるようにストローからいくらか吸い込む。

「で、その紫音ちゃんと出会って、どうなったんだい?」

「紫音ちゃん自体が、お母さんの看病が中心の生活になってしまっていて、自分を見失っているように感じたんです。転校ばっかりで友達もいなかったって言ってたし、喜怒哀楽っていうのか、表情がほとんどなかった。で、私と紫音ちゃんで、お母さんが目覚めるお手伝いをしていこう、っていうのがきっかけでラジオを始めたんですね」

「ほほぅ」

「でも、二人だとどうしても話すことがない。だいたい紫音ちゃん自身が消極的だったのもあるけど、お母さんに届けたいネタも尽きてくる。だったらってことで、同級生を巻き込んで4人で放送を始めたんですが、そこにラジオオタクの先輩がからんできて…」

「あぁ、あるある。一癖も二癖もある、物知り顔でクレーム入れてくる奴な」

自分の番組でされたそんな行為を思い出して私は言う。

「でも、結果的に先輩のおかげで、ラジオらしくなっていった上に、町の人たちにも認知されていくようになっていったんです」

「へぇ。ソレはまた意外な展開だねぇ」

「多分、その先輩がからんでこなかったら、私も放送業界で生きようなんて思わなかったかもしれません」

「ふーん、なぎさにとって、一種の恩人みたいなものなんだな、その先輩って…」

「ええ、中原あやめっていうんですけど」

「そうなんだ・・・」

別に関心を持たないように返事したが、その名前には聞き覚えがあった。私がADをやっていた時の番組に投稿をしてきていた女性の名前だった。お気に入りの男性DJだったのだろうか、放送後には必ず手紙やメールをよこしていた。でもその内容は辛辣で、クレームと紙一重の筆致だったことがたびたびだった。DJの彼も「こんなストーカーまがいの投稿もあるんですねぇ」とあきらめ顔だった。だが、その彼女がなぎさを業界入りさせた関係者と知れば、意外な出会いが生み出したものだと感じ入る。

「それからどうなった?」

「その年の夏休みを使って、私たち6人で番組を作っていったんです。あやめさんの友人で乙葉さんって方が音楽とかを作って盛り上げてくれましたし…」

「え、今、乙葉って言ったよね?」

「え、ええ。彼女、琵琶小路乙葉っていうんですけど…」

「ああ、彼女なら知ってるよ。もうこのFMだけじゃなくって引っ張りだこのシンガーソングライターだしな」

「私も、彼女の歌や音楽聞いてファンになった口ですから」

「ふーん、そんなことがあったんだなぁ…」

煙草をふかしたくなったが、なぎさに遠慮して電子たばこで気を紛らわせる。でもやっぱり火のついたタバコとは一線を画する。

「それで、DJっていつまでやってたんだい?」

「結局喫茶店が取り壊しになったんで8月末まででいったん終了したんですけど、復活を望む声も多かったみたいで、近所のお寺の離れにスタジオを作ってもらってその年の秋から復活したんです」

「それが今のアクアマリンってわけだね」

「はい。私は3年の春に引退しましたけど、その後空き店舗にスタジオができて、そこで放送が続いて今に至っているようですね」

「ふーん」

なぎさの過去に触れたわけだが、私には、その青春の思い出と業界入りがまだしっかりとかみ合っていなかった。

「でも、本当に放送業界で生きようと思ったのって、DJしたことだけじゃないんだろ?」

私は、さらに突っ込んでなぎさに聞いてみる。

「ええ。私たちの8月31日の最後の放送がそれだと思うんです…」

そう言うと、なぎさはうっすらと瞳を潤ませる。よほど感動的な何かが起こっていたに違いない。

「あの時、私たち6人のテーマソングと言ってもいいこの曲を歌ったんです。実は、練習もいっぱいしたのに、結局披露できたのってこのときの一回だけ。それも、本来一緒に歌いたかった紫音ちゃんはその場にいなかったし、何もかもが中途半端なまま終わってしまったんです。そんなこともあって、ラジオを復活させたいって思ったんです」

そう言うと、なぎさはスマフォを取り出し、その曲をイヤホン越しに私に聞かせる。

その曲こそ、「Wishes Come True」だった。私自身は7年ほど前にセンセーションを巻き起こした地域FM発の曲がこのタイトルだったとは気が付いていなかった。CD音源化も、もちろん大々的に配信もしていたわけではなかったのだが、草の根的にじわじわと広がりを見せていた楽曲だった。

「この曲を歌っているときに、大量のコトダマたちが蛙口寺の広場から舞い上がったんです。このとき、私は、ラジオがコトダマを運ぶんだなって思ったし、病院を出て実家に向かっていた朱音さんの元にコトダマたちが入っていって目覚めさせたことを紫音ちゃんから聞いて、「コトダマってあるんだよ」って実感するようになったんです」

半ばべそをかきながらも、なぎさはそう言い切り、ストローで最後のカシスオレンジを吸い込む。


その真剣な語り口を見て、彼女がよく業界入りをしてくれたものだと心底思った。

言葉が軽薄に扱われ、言った言わない、ヘイトだフェイクだ、が乱れ飛び、今やマスコミの信用も地に落ちてしまっている。

ラジオも例外ではない。そんな中にあって、なぎさの番組が一定の人気を持っているのは、なぎさの発する言葉にコトダマが宿っているからではないか、と思ったのだ。

もちろん、具現化したコトダマが実際に現れているわけではないと思う。それでも、彼女の想いが乗っかっているコトダマがリスナーたちをとらえて離さないのではないか、と思う。

それが証拠に、彼女の番組に寄せられるメールやファックス、実際の手紙に至るまで、意見として寄せられる文章の端々にありがとう、や、救われた、といった文言がひっきりなしに出てくるのだ。もちろん、ほかの番組でもそういったお便りが来ることはあるが、比率が違いすぎる。長年ADをやり、読んでもらう文面を選定してきた私が言うのだから間違いない。


彼女は自らの口でもう一杯別のカクテルを頼んでいる。私のことなど眼中にないかのようだった。

それでも、私は、そんななぎさの立ち居振る舞いをほほえましく思っている。こんなDJと組みたかった…私の願望が早くも具現化したのだった。

「ところで、戸坂さん?」

向き直ったなぎさが私をじっと見る。

「私って、どうですか?やっぱ、あんまりな方ですか?」

ここまで絶賛されていることは本人も知っているはずである。なのに、どこか謙虚に自分を振り向くことができる。自分に正直な彼女のことがまた好きになっていく。

「いやいや。すごく頑張ってくれていると思うし、上出来だよ。少なくとも、ぼくの中では、ね」

少し思わせぶりに言ってみる。さあ、どう反応するか…

「あっはは。戸坂さんのためだけにラジオしているわけじゃないのに…でも、身近な人にそう言ってもらえるととてもうれしいです」

なぎさが笑うと目がなくなったかのようになる。よくある漫画のへの字のようになるのだが、今まさにその顔になっている。

その顔につられて私も微笑みが生まれてくる。ほぼ水だけになった味気ないロックグラスの中身を飲み干す。あれほどアルコール分の高かった中身も、今や甘味を感じられるほど薄まってしまっている。それでも私は、最後の一滴まで味わっていたいと思ってしまっていた。


「午後7時を回りました。今日も土曜のひと時、おしゃべりと素敵な音楽でみなさんをコトダマの世界へとお連れします。ワーズパワーレディオ、スタートです。」

なぎさの口上で番組がスタートする。即座にオープニングテーマが流れる。なぎさが番組を担当すると知った乙葉さんが、独自に作曲までしてテーマを作ったりジングルも仕立ててくれるといった破格の対応をしてくれたことがネットで知れ渡ることとなり、さらに人気は急上昇していった。

今日も機嫌よく番組を進行するなぎさ。その姿を頼もしく、又何かしでかしはしないかと危ぶみつつ見守る私がいる。

私となぎさの出会いは、単なる偶然かもしれない。でも、それがどんな結果をもたらしても、私にとっては満足だった。高聴取率の裏付けもあり、この番組は早くも半年の延長は確定。昼の帯番組も枠が拡張されるなど、なぎさが名DJとして引っ張りだこになりつつあった。

その成長ぶりは、まるで自分の娘を見ているかのようだった。いや、もう少し若ければ、彼女の頑張りがまぶしく思えたかもしれない。

親子ほど年の離れているなぎさには、恋愛感情など湧くはずがないと思っていた。でも、回を重ねるごとに彼女のことがどんどん気になっていく。自分でもそれはおかしいと気が付いているのに、その想いは止められなくなっている。彼女のコトダマは、私にストレートに響いてしまったのだった。


「…きょうもあっという間の一時間でしたねぇ。今日の放送、皆さんにもコトダマ、届きましたでしょうか?また来週も同じ時間、同じ周波数でお耳にかかりたいと思ってまぁす。以上、行合なぎさのワーズパワーレディオでしたぁ。では今日もこの一言で〆たいと思います・・・」


  「響  け ! コ  ト ダ マ っ っ」


なぎさを凝視していた私と、なぎさの視線が合う。親指を突き出して評価する私に、なぎさも力強く同じポーズをして見せてくれた。






















後書き

「キミコエで小説」第3弾、読んでいただきありがとうございました。
2017年は、自分でも驚くくらいに映画館に入場した一年でした。「君縄」を一番回数見たのも今年ですし、実に20タイトル近くも見たことなど、50年の生涯の中でも初めてのこと。そんな中にあって「君の膵臓をたべたい」と本作を鑑賞できたことは、本当によかったと思っています。
なぎさが職業としてDJするシーンでエンディングを迎えたわけですが、彼女と番組ディレクターの中で何か面白いことは起こらないか、と思って筆を進めたわけですが、結局なぎさの昔話をディレクターである戸坂が聞くスタイル以上には発展できませんでした。
それでも、なぎさがDJを目指そうとした本当の理由が、「あの」最後の放送だと思ったのは間違いないと思ってます。皆さんもそうだと思いますけどね。
さて、次回作はあの!!作品のキャラクターをコラボさせてみたいと思います。どんなふうにストーリーを進めるのかはお楽しみに。


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