2018-01-16 20:34:40 更新

概要

過去の作品同様オリジナル要素、流血描写、轟沈描写、キャラ崩壊などが多数存在します。
特に、艦娘の被弾描写については、衣服の破砕ではなく四肢の欠損などといった、いわゆるスプラッタ描写を採用しています。
上記の描写が苦手な方、受け付けない方はブラウザーバックを推奨します。


前書き

前作のサブタイトルがそろそろ本文と合わなくなってきたので、新しくしました。



序章





 ――――僕は、間違っていたのだろうか。


 海原に漂う夥しい女形の屍に向かって、彼は、そう呟いた。


 彼には、護りたいモノがあった。

 彼には、掲げるべき御旗があった。

 彼には、ヒトの不幸を哀しみ幸福を願うことが出来た。



 ――――僕は、間違っていたのだろうか。


 頬から一筋の滴を流し、彼は今一度、そう呟く。


 彼は、彼の娘達が人類のエゴのもと散って逝くのが【可哀想】で嘆かわしかった。

 彼は、彼の娘達が人類のエゴのもと虐げられるのが【理不尽】で憤りを隠せなかった。

 彼は、彼の娘達が人類のエゴのもと滅んでゆくのを【救済】したくて父と成ろうとした。


 だが、彼はすべてを失い、世界の敵と成ってしまった。


 許されぬと熟知しながらも尚願い、焦がれ、禁忌を犯したが故に。彼は世界に拒絶され、愛し愛された者たちの怨敵となり果ててしまった。


 「・・・・なあ、教えてくれないかい?・・・僕は、何を間違えてしまったのかな・・・・?」


 己が願いで全てを失い、全てに見限られ、彼は前に立つ人外の小さき者に向かってそう問うた。


 ――――願わくば、教え導いてほしい。


 僕の犯した罪の在り方を。

 僕の犯した罪の償い方を。

 僕の頬を伝う、この滴の意味を。


 彼の最後の問いに対し、その小さき者は、唯一つだけ応えた。



 『・・・・貴方は、何かを間違えたのではない。ただ、世界が貴方を、貴方の御旗を、拒んだのだ・・・・』






第五十三章


グリニッジ標準時1006

セイレーン起動艦隊第三艦隊付近。





 凪いでいたはずの海原に、幾重もの水柱が上がる。


 その天高くそびえ立つ赤黒い水柱は、潮でありながら鉄色に染まり、海水でありながら鉄臭く、冷感でありながら生暖かった。


 エセックス「負傷した娘達は損傷の修理を優先して。動ける娘達は、副艤装の復旧を急いで!」 


 横須賀の艦隊からのクラッキングから、約16分。

 磯と血液と油の交じり合ったえも言わぬ臭いを撒き散らす戦海の唯中で、エセックスは、何とか攻勢の糸口を掴もうと回復したばかりの通信機片手に被害の掌握に奔走していた。


 エセックス(く・・・っ。なんて様なの・・・!?)


 まるで運動場に設けられたトラックを周回するかのようにして、エセックスは全速航行を行いながら艦隊間の損害把握に努めていたが、右を見れば、四肢を失い血反吐にまみれた僚艦。左を見れば、轟沈寸前で「コロシテ」と唯々呻き声をあげる僚艦という有様。

 かつて無敵を誇り、七海の覇者たるアメリカ合衆國最強とまで言わしめた我らがセイレーン起動艦隊の栄光とはまるでかけ離れた醜態に、エセックスの心中は沈痛よりも屈辱の色が濃くなっていた。


 エセックス(・・・あれは。まさか、ホーネット・・・!?)


 第1艦隊と第2艦隊との間に差し掛かったところでおもむろに航行(あし)を止めたエセックスは、波間で膝を着く一隻の艦娘に驚愕の顔で見つめるや一目差に駆け寄る。


 エセックス「ホーネット、しっかりして・・・!?ホーネット!!」


 ホーネット「・・・・・・ねぇ・・・さ・・・ま・・・・?」


 姉の必死の呼びかけに朦朧とした様子で応えながら、ホーネットはゆっくりと顔を上げる。

 それをエセックスの顔に、沈痛とも憤怒とも取れる表情が浮かび上がった。


 ――――なんて、なんて酷い・・・。


 精根尽き果てた様子で波間に膝を着く自身の姉妹艦は、最早艦と呼べない状態だった。


 身に着けた主艤装はそのほとんどが崩落し、蜜柑色のセミロングの髪は自身の流した鮮血で赤黒くまだら模様に染まっている。

 傍らに浮かぶM16A2アサルトライフルを模した飛行甲板は真っ二つに折られ、トリガー部分にはホーネットの右腕そのままくっついていた。

 ひざ下まである浅葱色のワンピースタイプの制服は、両の袖が腕ごと無くなっており、左わき腹は大きくえぐれ、薄紅色の肉塊がいまにも零れ落ちそうに顔を覗かせていた。 


 ホーネット「・・・ねぇさま・・・。かん、たいは・・・・てい、とくは・・・どう、なり・・・っ」


 そう言いかけた所で、ホーネットの口と鼻から赤黒い液体が溢れ出し、直下の水面が獨色の赤に染まっていく。

 もう意識を保つことすら困難であろうに、それでも艦隊や提督達の事を心配する妹の背中を優しくさすりながら、エセックスは「大丈夫」と何度も慰める。


 エセックス「大丈夫、心配しないで。艦隊は、全艦健在にして損害軽微よ」


 「この惨状で我ながらよくもしゃあしゃあと嘘を並べられるものだ」と、エセックスは自嘲したが、ホーネットの負傷具合を鑑みれば、余計な心労は避けた方が賢明と言うものだった。


 【主艤装に乗艦させていた応急修理要員(ダメコン)が居なくなっている】


 もぬけの殻になっている増設装甲を横目に見つつ、エセックスは応急手当をするためホーネットの背中を摩りながら開いた手で自身の主艤装から応急箱を取り出す。


 それもその筈である。

 大破以上(これだけ)の損害だ。普通なら轟沈していても可笑しくはない。

 そうならなかったのは、提督がセイレーン起動艦隊全ての艦娘に必ずダメコンを搭乗させているからであった。


 だが、果たしてそれがいまのこの娘にとって幸運だったのかと問われれば、きっとエセックスは首を縦に振ることを躊躇したであろう。


 ホーネット「ごふ・・・っ。が・・・はっぐ・・・ぐうぅぅう・・・・」


 息をする度に、ホーネットの口から唾液交じりの鮮血が飛び出し、抉れた脇腹からは噴水のごとく噴き出す鮮血と共に薄紅色の肉塊がずれ落ちてくる。

 だが、その肉塊がずれ落ちる度に、その肉は淡く光り「にゅちゃり」と音を立て、また体内へと戻っていく。


 ――――これが、ダメコンの能力というの・・・・。 


 眼前で繰り広げられる摩訶不思議な光景に、エセックスは取り出した滅菌ガーゼを患部にあてがい包帯できつめに固定していく。

 ダメコンは、その役目を担った妖精が己の生命力と引き換えに艦娘を轟沈(せんし)から防いでくれるものだと教えられてきたが、エセックス自身、その加護が発動しているところを見るのは初めてだった。


 エセックス(・・・・こんなの、まるで拷問じゃない・・・・!?)


 ダメコンの加護は、その妖精が搭乗している艦娘が轟沈したと認識した時のみ発動する。

 そして、ダメコンの加護は発動させた艦娘をあらゆる攻撃―同じ艦娘や深海棲艦を除く―から護り、現世に止め置こうとする。


 だが、それは言いかえれば【我、致命的な攻撃を受け轟沈セリ】という現実を彼の妖精の力で【我、致命的な攻撃を受けるも、未だ健在ナリ】という現実に無理やり覆すということ。


 故に、実質その加護を受けた者たちは「死」と「生」の狭間で永劫苦しむことになる。

 誰かが、自身を【救済】してくれる、その時まで。


 ホーネット「・・・・ひこう、かんぱん・・・・かん、さい、き・・・たい・・・・はっかん、はじめ・・・・」


 朦朧とする意識の中で、ホーネットは満足に動かぬ体に鞭を打ち、立ち上がる。

 そして、艦載機を上げるため甲板に【待機しているはず】の整備妖精に頻りに呼びかけ始めた。


 エセックス「ホーネット・・・・!?ダメよ、いま動いたら傷が・・・・!?」


 辞めよと制止する姉を無視して、ホーネットは艦載機を発艦する為、千鳥足のままヨタヨタと歩きはじめる。


 横須賀の艦娘達が仕掛けたクラッキングによって、甲板上には50機近くの艦載機隊が完全武装のまま留まっていたはずだ。

 カタパルトを封じられ、自身も大破している状態でどれだけの艦載機を飛ばせるのかは判らないが、このまま発艦させないまま死なせるわけにはいかない。


 飛行機乗りにとって、戦場(そら)に上がれまいまま死するのは最も忌避する死に方だからだ。 


 ホーネット「・・・ヘル、キャット・・・・?どう、したの・・・なぜ、はっかん、しないの・・・?ねぇ、バンシィー、コルセアァ・・・・だれか、だれかこたえて・・・・ねぇ、こたえてよ・・・・!!」


 言の葉を発する度に、口から、鼻から、そして失った両腕と撒かれた包帯の切れ目からホーネットの計りようのない憤りが溢れ出ていく。


 当然のことながら、空母の文字通り生命線である飛行甲板を折られたいま、ホーネットには艦載機を発着艦させるチカラは無い。

 ましてや両腕をもがれ、主艤装や副艤装も大半が消失しているのであれば、そこに詰めていた艦載機(とも)の安否なぞ火を見るよりも明らかであった。


 それは、当の本人がよく理解しているはずであった。

 否、理解しているからこそ、認めたくはないのかもしれない。


 もう、自分の手元には、たった一機の艦載機さえも残されていないと言う現実に。


 ホーネット「・・・おねがい・・・・だれか、こたえて・・・よ・・・・」


 認めたくないと言う渇望と、認めよと宣告する現実が傷ついたホーネットに重くのしかかり、ホーネットは再び膝を着く。


 エセックス「ホーネット・・・・」


 たった数歩の進軍。

 たった十数秒の反撃。

 そして、たった十数分で決した自身の敗北。 


 応えるはずのない者に必死で呼びかけるホーネットの姿は、己に降りかかった不幸に必死で背を向ける愚者か若しくは無知を演じる道化に見えてならず、エセックスは妹の道化を止めさせるため歩み寄ろうとしたときだった。


 エセックス「・・・・っ。レーダーが・・・!?」


 主艤装から聞こえた敵部隊接近の警告音。

 レーダーと連動させたソレは、彼の副艤装を封じられた現在からずっと沈黙を守っていた。


 そのレーダーが、突然、捉えられるはずのない敵艦隊を「捕まえた」と主に宣言してきたのだった。


 エセックス(どういう事?レーダーはジャミングされていて使えないはずなのに・・・・)


 何故、突然レーダーが復旧したのだろう。

 理由は数通り考えられらるが、とりあえずエセックスは主艤装に詰めている整備妖精に確認をとってみる。だが、彼女達からもたらされたのは先の通信機の件同様「良く分からない。突然回復した」という報告だけ。


 ―――遊んでいるというの?奴らは・・・・。


 先の通信機といい、いまのレーダーの事といい、使用不可となった計器類を再び使用可とする一番の方法はその【元】を断つことだ。

 故に、この一連の出来事はその【元】である彼女たちからもたらされた一種の警告なのだろう。

 それにしては、なんとも悪趣味極まることこの上ないが。


 エセックス(冗談じゃない・・・・。冗談じゃないわ・・・・!?)


 「我々は貴様たちを完全に手玉に取っている」とでも言いたげな横須賀(おおとり)からの戯事に、エセックスは腸が煮えくり返るのを感じながらさっきからビービーうるさく鳴り響く副艤装に意識を集中させる。


 エセックスに搭載されている電子機器は、ホーネットと同サイズのM16A2アサルトライフルを模した飛行甲板(しゅぎそう)の右舷に建てられた二基のフレーム構造型のアンテナに搭載されているMk.86砲射撃指揮装置とAN/SPS‐49と呼ばれる二次元レーダーの二つだった。

 Mk.86砲射撃指揮装置は朝潮たちに搭載されているものと同じものだが、AN/SPS‐49は最大探知距離460キロメートルを誇るクライストロン―特殊な真空管を使用しマイクロ波を発生させる方式―を使用した対空捜索レーダーで、起動艦隊に所属するほとんどの艦娘にはこのどちらか、もしくは両方装備されている。


 そのレーダー達が、淡い光とともに戦場に撒かれた彼の艦隊からの宣告を主に伝える。



 ――――さぁ、虚栄に縛られた憐れな戦人達よ。我らが設えた死宴(うたげ)によくぞ来賓して下さった。


 今宵の主賓は君たちだ。


 我々は、最大の饗宴で君たちを歓待しよう。

 完全なる敗北を約束された者のみが食すことを許される『焼失』と『蹂躙』の酒池肉林を、存分に味わってくれたまえ。



 彼の艦隊からもたらされる、死臭と絶望の招待状。

 あまたの死神が付き人と成りて戦禍の交響曲を奏でるその宴席は、歓待された58人の戦人を確かに最大最恐の饗宴で迎え入れた。


 エセックス「・・・なによ・・・これ・・・・」



 周囲110キロメートルの海上と460キロメートルの空に映し出されたのは、這う這うの体成るも未だ全隻健在なセイレーン起動艦隊と、第四艦隊(グアムたち)の前方に位置する180機のミカエル航空大隊。


 そして、1000機を超える航空機隊を従え、63隻にまで肥大した横須賀鎮守府第一連合艦隊の姿だった。






第五十四章




 グリニッジ標準時1007

 横須賀鎮守府第一連合艦隊、艦隊本隊。



 かつて、世界最大最強と謳われた彼の戦艦が寝る海原(ち)に、およそ数十年ぶりの硝煙と艦載砲の砲声が充満する。


 飛翔魚雷と航空機が戦場の主役を握って幾星霜。その昔、海戦の花形であった彼の砲たちが、時を超え、再びその咆哮を高らかに轟かせるその姿は、在りし日の常識であった【戦艦同士の殴り合い】を彷彿とさせる海戦の妙であった。


 ゼルテネス「偵察機より入電。第三斉射の弾着を確認。軽空母ラングレー大破。ベローウッド並びに戦艦インディアナにダメコンの発動を確認。巡洋戦艦アラスカ中破。正規空母バンカーヒル及びハンコック小破」


 僚艦のゼルテネスより、この日三度目の戦果大の報告が上がる。


 戦艦大和による最初の砲撃から、およそ7分。

 大淀とゼルテネス・ティーアによる電子戦術と改二実装により強化された電探群と射撃指揮装置に裏打ちされた大和の艦砲射撃は、彼のセイレーン起動艦隊をほとんど完全に封殺し、事実上の壊滅状態に追い込んでいた。


 鳳『三笠了解。全艦娘に達する。作戦を第三段階へと移行させる。全艦、第四次警戒序列を維持しつつ進軍を開始せよ』


 鳳の勅に応えるように、全長131メートルの鋼の要塞がゆっくりと動きだす。


 それに追従するようにして大淀旗下の本隊が三笠の後ろにつき、矢矧旗下の前部艦隊が三笠の航路を切り開くように全砲を正面に向けながら微速で航行を始める。


 そこから一呼吸の間をおいて、半速、原速、強速、第一戦速から第九戦速へ。そして、第十戦速から最大戦速へと移行した時、通信機から鳳の鬨の声が木霊した。


 鳳「全艦、暁の水平線に勝利を刻め。突撃っ!!」


 轟音を響かせ、青海を引き裂き、海中を搔きまわしながら壱拾弐の海神の娘達と壱千五拾もの虚神を引き連れたその戦船は、一路、己の宿敵を目指し海洋を駆け始めた。






グリニッジ標準時1008


 横須賀鎮守府第一連合艦隊 艦隊総旗艦『提督座乗艦三笠』




 鳳「提督座乗艦より軽空母鳳翔へ。幻日の稼働状況はどうか」


 吹き曝しの戦闘指揮所から第一艦橋内にある艦長席へと移った鳳は、天井付近にずらりと並ぶ液晶画面を見やりながら各艦娘へと指示を送り始める。


 ちなみに、鳳の座乗する三笠の第一艦橋は、マイクのアリゾナとは艦橋内のレイアウトが異なっており、鳳の座る艦長席は出入り口のすぐ隣―即ち艦橋内の一番後ろになっている。

 その艦長席から数段低くなったところには、艦内外の通信を統括する通信長の席、全長131メートルの巨体を操る操舵手の席、周囲200キロメートルを捜索するOPS-24、81式射撃指揮装置、CICからの情報を統括するレーダー長の席が並んでいるだけで、鳳を除けば艦橋内に詰めるのはこの三人しかいない。


 一応、この三笠には艦長の鳳を含め860人の乗組員がいるが、その大半は新設された哨戒ヘリを2機格納可能な大型格納庫とヘリポート、CIC、そして、現代戦術に適応させるため増設された各種レーダー群や火器兵装などの制御に就いており、命令具申も含めた会話も全て無線を介して行う為、例え非戦闘時と言えども彼女たちの姿を見ることは皆無と言える。


 また、海上を艦船と同じ速度で駆け回る艦娘に追従する為、三笠の機関はベルビール石炭専焼缶と直立型往復動蒸気機関から新型のガスタービンエンジンに換装され、最大速力は従来の18ノットから31.5ノットという航空母艦並みの快速を誇る高速戦艦に生まれ変わっていた。


 ただし、その快速ゆえに【硝煙と砲声の充満するなか作戦指揮所に立って陣頭指揮を執る】などと言った浪漫と蛮勇の入り混じった行動は出来なくなっていた。


 鳳翔「空母鳳翔より提督座乗艦へ。幻日全機、稼働状態良好。秋茜との管制制御も良好です。ご指示があれば、何時でも行けます」


 天井付近に横一列に並べられた液晶画面の一つに、黒い長髪をポニーテールにした珊瑚色の弓道着の女性が映り、艦内に幼いながらも誠心とした声が響く。

 軽空母鳳翔の声だ。

 赤城とほぼ同時期に横須賀に着任した鳳翔は、世界最初の航空母艦として、また第一航空戦隊の一人として当時の大日本帝国海軍の航空戦術の基礎を作り、数多の猛者を輩出した『全空母の母』的存在だった。


 軽空母の中で最も搭載機数の少ない彼女であったが、その培った艦載機の運用術は他の艦娘の間でも群を抜いており、空母以外の艦娘も航空戦術のいろはを教授しに来るものも少なくない。


 そして今回、鳳翔はその練度を見込まれ先日配備された新型艦載機【秋茜】を任されることになった。


 鳳「了解した。鳳翔は引き続き、別命あるまで幻日の引率を頼む」


 言って、鳳は備え付けのPC端末を操作し、秋茜の情報を呼び出す。


 一拍の間をおいて、PCのディスプレイ画面に秋茜の三面画像と各種性能表が表示され、鳳は僅かに目を細めながらそれを見やった。



【壱七式艦上早期警戒管制機「秋茜」】


 九〇式機上作業練習機の後継機である機上作業練習機『白菊』を最新の電子機器を搭載した高高度下での電子戦仕様に再設計した、新型の艦上偵察機である。


 この機体の主な任務は、本機に満載された電波探知装置による友軍のESM(電子支援対策)であるが、この機体の最大の特徴は、『幻日(げんじつ)』と呼ばれる半自律型の無人爆撃機を最大5機までその管制下に置き運用することが出来る事であろう。


 この装備により、秋茜は自衛を含め火器の持たない空中管制機でありながら戦略爆撃機並みの攻撃を有し、それを運用する空母艦娘もまた搭載機以上の火力を持つことになった。


 ただし、その特異な機能の見返りとして秋茜の運用は他の艦載機と比べて格段に難しく、それを操れる艦載機妖精もまた高練度を要求されるため、現状、鳳翔の抱える艦載機妖精のみその性能を発揮できていた。


 鳳「すまんな・・・。お前や、お前たち空母にはいつも嫌な役目を押し付ける」


 見やる視線に沈痛な面持ちを滲ませ、鳳は言った。


 無人機は、その性質上、有人機よりも運動性が劣る事が多い。


 これは、例えば有人式と違い遠隔操作式ではその場の空気や状況を掴みにくいこと。

 もう一つが、電波で操縦桿を操作する為、どうしても一つの行動に遅れが生じてしまうためである。


 それ故に、無人機はどうしても有人機より未帰還機が多くなってしまうため、【艦載機も無二の戦友】と考えている空母艦娘達は無人機の運用を毛嫌いすることが多かった。


 だが、日増しに悪化する戦局に対応するためには、一個人の感情などまかり通る訳がない事も彼女たちは理解していた。

 そして、無人機(いのちをもたないもの)であるが故に、如何なる戦術をもまかり通ることも・・・・。


 鳳翔『提督。そんな顔をしないでください。私は―いいえ、私達は大丈夫ですから・・・・』


 まるで夫の傍らで気丈に振るまう妻のように、鳳翔はそう応えた。


 ――――解っている。


 提督の覚えがめでたき主力艦のひとりであった私は、貴方の下で全てを観て来た。


 この世界が、どれだけ残酷であるのかも。

 この世界を支配する、理不尽な心理も。

 この世界を壊すモノが、本当は誰であるのかも。


 そして、悪魔と罵られても尚私たちを救うために、この世界と戦っている、提督(あなた)の心中も。


 鳳翔『私は、貴方の剣です。剣は、常に主の傍に寄り添い護るもの。だから、存分にその力をお使い下さい』


 弓を持った左手をそっと胸に当て、鳳翔は普段の温厚な顔つきとは違う戦人の様な表情で鳳をみやる。

 それは、宛ら騎士が主君への忠義を己が剣に誓うかのようであったが、見つめるその瞳の奥に秘めた感情と、弓を持つ手に奔ったある筈のない刹那の光を見た時、彼の主君は、たった一つの言の葉を発した。


 鳳「・・・頼む」


 鳳翔『・・・・はい。頼まれます』


 その言の葉を終いとし、主は、その者との結び切った。





 「・・・・・・・・・」


 通信の切れた艦橋内を、物悲しい空気が包み込む。


 誰も言の葉を発しない、律儀に仕事をこなす機械の駆動音だけが聞こえるだけの第一艦橋には、誰よりも彼の為になりたいと願い、そして、実ることのなかった一つの恋慕の残り香が漂っていたが、その顛末を見守った整備妖精達はその残り香に疑を唱えた。


 ――――本当に、この恋慕は成就しなかったのだろうか。


 確かに、彼女が恋慕したかの者は、自身を【万物を救済する聖櫃】と規定し、自ら穢れを背負い悪魔と成った。


 此岸の平和を呪言で謳い、救済せよと血塗れた剣を取り、浄化せよと世界を蹂躙する挽歌の御旗。

 その御旗に集う者たちは、等しく人でなしとなり、大量殺戮者(えいゆう)と成る。


 だが、彼女はそれを承知の上で馳せ参じ、自ら剣と成った。


 例え、剣(わたし)を使うものが無限の戦禍を呼び込む悪魔で有ったとしても。

 例え、剣(わたし)が正道を穢し、世界を破壊し、諸人を災禍へと叩き込む【魔剣】と成り果てたとしても。


 そのヒトと添い遂げられるのなら、私は喜んで悪魔の揮う魔剣と成ろう。


 これは、言わば悪魔との取引に近きもの。


 彼女が望んだ『恋慕』のそれではなく、自らを供物として差し出すことで成立する禁忌の『契約』。


 一度成立してしまえば、その言の葉は生涯逃れる事の出来ない今生の楔と成るが、そこには確かにその者との結びが存在するのだ。


 恐らく当の本人はそれを【断ち切った】と思ってい居るのだろう。

 だが、それはとんだお門違いというものだ。


 そう、何故なら彼は、今しがた彼女との契約に是と応えたのだから。


 整備妖精達(通信)「提督・・・・。いいえ、鳳 帝。我々もまた、何処までも御供します・・・!」


 整備妖精(レーダー)「これは、私達が始めたこと。貴方だけ、地獄送りにはさせません・・・・!」


 整備妖精(操舵)「旅は道ずれです。提督」


 ヒトの身で背負うには余りにも重く、辛苦成る咎を背負った一人のニンゲンに、三人の『小さなヒト』たちは贖罪と讃歌の心事と共に覚悟の眼差しを送った。


 そう、これは元をたどれば我々のおこした罪。


 かつて、我々と我々の敵とする者たちとで起こした災禍。


 その災禍を清算出来るのであれば、我々もまた悪魔と成り、共に地獄への同行人と成ることこそ章程であろう。


 鳳「お前たち・・・・」


 見つめる三人の『小さなヒト』たちの鍾愛に、鳳は口を真一文字に引き結びを視線を落とす。


 旅は道ずれ。

 その言の葉の真なる意味を、ようやく自分は理解出来た気がする。


 鳳「・・・提督座乗艦よりВерныйと丹陽へ。白虹隊の稼働状況はどうか」


 一刻、もしくは一拍かもしれない沈黙の後、彼は再び断ち切狭をてに信者たちのとの結びに手を掛ける。


 ――――ならば、共に逝こう。


 我の為、民の為、我を信ずる者たちの為に。

 ヒトとの結びを断ち、彼岸に満ちたる戦禍の先に待つ真の救済の為に、我は今一度、諸悪の器と成ろう。


 (・・・そう、貴方はそれでよい)


 その覚悟を満足げに見送りながら、『小さなヒト』たちはPC画面に複数表示されたタブの一つに目をやり、それを表示する。


 それは、彼の艦隊へ行ったクラッキングとは別の目的の為に用意したもう一つの電子攻撃手段。

 渋る鳳を説得し、妖精達が彼の立てた三段構えの作戦における切り札として創り上げた最恐の指向性エネルギー兵器(DEW)だった。


 「・・・・マイク・アンダーソン。貴方の御旗が艦娘と世界のどちらを鍾愛したモノなのか。それをこの眼で、見定めさせてもらいますよ・・・・・」


 そう独り言ちて、妖精達はディスプレイ画面に表示された『起動』のアイコンを、それぞれクリックした。




 戦火渦巻く彼の海に、一つの福音が木霊する。


 それは、戦に死した者への鎮魂歌と成るのか。それとも、戦に赴く者への狂想曲と成るのか。


 その答えを知る者は、まだ誰もいなかった。

 ただひとり、小さなヒト達だけが、その答の一片を、知っていた。




 『対艦娘用督戦形態(ギャラルホルン)。起動』






第五十五章





グリニッジ標準時1009

セイレーン起動艦隊より北東に73海里(約135キロメートル)地点。



横須賀鎮守府第一連合艦隊、第二艦隊。




 鳳『・・・提督座乗艦よりВерныйと丹陽へ。白虹隊の稼働状況はどうか』


 開けたままの通信機より、鳳からの状況報告の指示が入る。

 最大戦速で艦隊の最前列を航行していたヴェールヌイと丹陽は、主艤装から一時的に意識を離し、通信機の周波数をマイクの艦隊から鳳の三笠へと切り替えた。


 ヴェル「Адмиралу сиденье на борту,чем Верный。HAKUKOкорлус наиболее―失礼っ!Верныйより提督座乗艦へ。白虹隊1番から25番まで全隻稼働状態良好」


 第二母國語であるロシア語のまま報告していたことに気付き、ヴェールヌイは謝罪もそこそこに慌てて訂正する。


 戦後、賠償艦としてロシアに接収された故なのか、それともロシア艦として生きた月日の方が長かったせいなのか、ヴェールヌイは会話の節々にロシア語を用いることが多い。

 改装前(ひびき)だった時もそうだったが、改二実装(Верный)となってからはそれがより顕著に出てきてしまっており、相手を困惑させたり狼狽えさせたりすることが多かった。


 丹陽「丹陽から提督座乗艦へ。白虹隊26番から50番まで、全隻稼働状態良好です」


 和洋折衷な報告をするヴェールヌイとは対照的に、隣を並走する丹陽は完璧かつ流暢な日本語で報告を行う。

 彼女も自分と同様、改二実装で國も國語(くにのことのは)も変わったはずなのに、その声帯から出てくる言の葉にはまるで違和感がない。


 それを、ヴェールヌイは複雑な面持ちで見やった。



 【中華民國海軍DD-12丹陽】


 真名を、陽炎型駆逐艦八番艦雪風。

 大日本帝國海軍が建造した陽炎型駆逐艦にして、開戦から終戦までをほぼ無傷の状態で戦い抜き、【奇跡の駆逐艦】【呉の雪風】と謳われた幸運艦である。


 そんな雪風も、ヴェールヌイと同様に戦後賠償艦として中華民國へと引き渡され新たに『丹陽』と名を変えて彼の國の主力艦としてその生涯を全うしたそうだが、第二の人生でもなおその幸運ぶりは健在だったという。


 そして、艦娘として転生した現在でも短命が常とされていた【主力艦の中で彼女の残留呪染は殆どゼロのまま】という神がかり的な戦果を生みだしていた。


 丹陽「あの、丹陽に、何か御用でしょうか?」


 何時しかまじまじと見つめていたヴェールヌイに、丹陽は不思議そうに見つめ返す。


 改装前のセーラー服姿ではなく、陽炎や不知火とおそろいの制服に身を包み、蘇芳色の髪を団子状に結ったその姿は、改装前の少女から成熟した大人の印象を受ける。


 改二実装で自分も随分と印象が変わったものだが、丹陽のそれは少女が紡ぐべき年月によるものではなく、絶えることのない戦禍によって「そう成らざるを得なかった」という哀しみを体現した姿に思えた。


 ヴェル「いや・・・・。何でもないんだ、すまない・・・・」


 そう言って、ヴェールヌイは帽子を目深に被り丹陽から顔を背ける。

 相変わらず直ることを知らない悪癖だが、今の自分には【これ】が必要なのかもしれない。


 そう、現実と向き合うことをせず、唯々自分の殻に閉じこもり、司令官や他の同胞たちに縋り続ける愚かで弱い自分の性を正当化し続けるには、特に。


 丹陽「そう、ですか・・・・」


 一瞬だけ懐疑的な表情を見せた丹陽だったが、何かを察したかのようにそれ以上追及することせずにヴェールヌイから視線を外し、白虹隊の引率のため再度主艤装に意識を集中させた。



 改二実装に伴い、ヴェールヌイと丹陽には火器管制周りの強化と『白虹隊』と呼ばれる遠隔操作型無人武装大発動艇を運用出来るよう各種設備一式が増設された。


 ヴェールヌイの主艤装には、煙突の前面に寄り添うようにしてフレーム構造型のレーダーアンテナが増設され、そこには、OPS-24とOPS-28、更新された砲火器を制御するための81式砲射撃指揮装置2型-31。そして、白虹隊を最大25隻まで遠隔操作するためのパッシブ電子走査アレイ(PESA)型のアンテナが搭載されている。

 火器兵装は、毎分120発という出鱈目な速射力を誇るオートメラーラ76mmスーパーラビット砲が一基と20mm近接防御火器二基。そして、HOS-303と呼ばれる短魚雷発射管が二基搭載されており、対艦、対空と共に純粋な火力強化が施された。



 一方の丹陽については、腰の部分に船体前部を縦方向に割いたような形状の主艤装が新たに追加され、そこにはオートメラーラ127mm砲と三連装五式40粍高射機関砲が左右にそれぞれ127mm砲は一基、機関砲は二基ずつ搭載されている。

 雷撃兵装については、支給されていた93式魚雷管をヴェールヌイと同型のHOS-303に換装されるのと同時に、装備方式もショルダーによる背負い式から主艤装を接続しているコネクターに直接固定する方式へと変更された。


 電子機器面については、頭頂部の91式高射装置を81式砲射撃指揮装置2型-31に換装し、こめかみ部分に付けられていた二基の22号対水上電探は白虹隊を運用するためにヴェールヌイと同型のPESA型のアンテナに交換された。


 対艦、対空面の電子機器は、他の艦娘達と同型のOPS-24とOPS-28を制服の左胸と右手に腕時計よろしく配備。

 さらに、日ノ本の艦娘としては初めてとなるOQR-1と呼ばれる最新式の曳航式パッシブソナーを装備しており、対空、対艦、対潜を同時にこなせる万能艦として生れ変わることになった。


 ただ、彼女のように一艦三役という艦船運用構想は、個別特化型の艦船運用を主力とする日ノ本の構想とは異なる仕様であり、やはり彼女は異國の艦娘なのだという事実をより一層強めることになった。


 最も、彼女の本心はそれを望んでいたのかもしれないが。



 「しっかし・・・。ヴェルと言い丹陽といい、ほんとに『お前誰だよ』って言うくらい雰囲気変わったよなぁ・・・・」


 突然、横合いから二人の間に割って入る様にしてざっくばらんな声が聞こえ、ヴェールヌイと丹陽の二人はおもむろに声をした方を向く。


 ヴェル「あ、朝霜・・・!?それに、初霜まで・・・・」


 航行速度を僅かに緩め、見やったその先には、第一艦隊の僚艦であるはずの朝霜と初霜がまるで初めからそこに居たかのように二人の傍を航行していた。

 特に、朝霜は「よっ、元気?」とでも言いたげに手を挙げ此方に挨拶までしてくる始末だった。


 初霜「すみません。ダメだと説得したのですが・・・・」


 そう言って、初霜は並走しながら二人に器用に頭を下げて見せる。


 癖の強い駆逐艦の中で比較的おとなしめな印象の娘が集う初春型駆逐艦。その末妹である初霜は、ヒトや艦を護ることに掛けては大きな自負をもっており、同僚や目上の艦娘達、提督に対しても礼節を以て応対する娘だった。


 一方、夕雲型駆逐艦の16番艦―現在着任している姉妹艦では8番目にあたる朝霜は、初霜とは正反対のガキ大将を体現した印象与える艦娘だったが、彼女の戦歴は他の艦娘に勝るとも劣らぬものであり、【主力オブ主力】を自負する夕雲型駆逐艦の二人目の改二実装艦として横須賀鎮守の主力艦の一人であった。


 丹陽「・・・朝霜。戦闘中(こんなとき)にいったい、何の御用でしょうか?」


 どこぞの陽炎型よろしく、妙にドスのきいた声音で丹陽は朝霜に応対する。


 改装前にあった小動物の様な愛らしい印象とは違い、今の丹陽は、宛ら臨戦態勢に入った猛獣のような言った印象を受ける。

 そう、己が縄張りを心無い不届き者に犯され、それを排除せんと牙をむく雌獅子の様な。

 故に、傍にいたヴェールヌイやなし崩し的に付いてきた初霜の背筋には冷水をかけたような悪寒が奔ったのは、至極当然のことであったのかもしれない。


 だが、逆鱗の当事者である朝霜は丹陽の怒気などどこ吹く風。唇を尖らせてしゃあしゃあと言って見せた。


 朝霜「いやなに、別に様って訳じゃないんだけどさ。ただ、そうだなぁ、暇つぶしってやつ?」


 両手を後頭部で組み、如何にも「暇だ」と言った様子をつくり、朝霜は丹陽たちに言って見せた。


 彼女もまた、ヴェールヌイ達と同じ速度で並走しているはずなのだが、まるで陸上(おか)に居るかのように平然とそういう素振りをして見せる技量と度胸はある意味称賛に値する。


 だが、今は彼女の戯事に付き合えるほど此方に余裕がある訳ではない。


 25隻の白虹隊は、幻日とまで行かずともある程度の自律航行が可能である為、終始丹陽たちが遠隔操作をし続ける必要はない。


 だが、幾ら自律制御ができると言っても、所詮は機械のやる事。事前に組み込んだプログラミングと水上自動航行アルゴリズムだけではどうしても目視的な違和感が生じ、すぐにこのカラクリがばれてしまう。

 それを防ぐため、丹陽とヴェールヌイは常に白虹隊の同行を監視し、【如何にも50隻の艦娘が隊列を組んで航行している】と、敵に見えるよう必要に応じて遠隔操作をする必要があった。


 丹陽「あ、そ。ならさっさと艦隊に戻って頂戴。あたし、こう見えて結構忙しんだから」


 応対というより朝霜の態度に対する批難と言った感じで、丹陽はそう応え再びそっぽを向いた。


 朝霜「・・・・・」


 暖簾に腕押し、それとも、端から眼中になしと言ったところだろうか。まるで、別人に話しかけているかのような状況に、朝霜は奥歯をぎりりと鳴らす。


 丹陽に、いいや、雪風に今回の作戦に対する気持ちを聞こうと彼女なりに鎌をかけてみたつもりだったのだが、当の本人にはまるで効果がなかったようだ。否、むしろ彼女にとっての失言となり余計に聞きづらくなったというべきか。


 ――――なら、単刀直入に聞くしかない。


 そう判断し、朝霜は「一つだけ答えてくれよ」と言ってさらに言の葉をぶつけた。


 朝霜「響も雪風もさ・・・。この作戦、なんとも思わねえのかよ・・・・」


 あえて日ノ本時代の艦名を使い、朝霜は二人にそう言った。


 丹陽「は・・・?」


 ヴェル「どういう意味だい?」


 案の定、真名を呼ばれた異國籍の艦娘たちは、僚艦の問いに対し疑問の表情を抱き、もう一度こちらを向いた。


 朝霜「おかしいとは思わなかったのかよ。これは、演習なんだぜ?なのに、なんでわざわざ無人兵器やら提督座乗艦やらを投入したりしたのかってさ」


 ヴェル「朝霜・・・・。君は――――」


 丹陽「演習じゃありませんよ。これは、侵略行為に対する報復です」


 朝霜の心中を察したヴェールヌイに対し、丹陽はっきりとそう応えた。


 そう、この戦は演習などではない。


 これは、演習という建前を悪用した、日ノ本への侵略行為。

 そして、今まさに彼の艦隊が受けている損害は、その侵略行為に対する当然の報いなのだと。


 丹陽「朝霜。貴方の言いたいことは分かっているつもりです。『彼と彼の艦隊に与える制裁としては些か度が過ぎている』と、そう言いたいたいのでしょう?」


 先ほどの応答とは違い、丹陽は朝霜の顔をじっと見つめさらに続ける。


 丹陽「・・・ですが、これは戦争です。情けは、敵に付け入るスキを与え、しまいには味方への損害にもつながる。古今東西、敵に情けをかけた者たちの末路のなんと無様なことか。朝霜にも、心当たりの一つや二つは――――」


 朝霜「・・・・ギャラルホルンを使ってでも、かよ」


 丹陽「・・・・っ!」


 為政者じみた答弁を垂れ流す丹陽に、朝霜は応戦とばかりに話の腰を折る。

 そのまま論破するつもりでいた丹陽は、もっとも聞かれたくない、それでいて自身にとっての最大の痛点を攻撃され、顔を苦痛に歪めそのまま押し黙ってしまった。


 【ギャラルホルン】


 通信機の向こう側から聞こえた、最も聞きたくなかった単語。


 大和の超長距離砲撃と大淀とゼルテネスの電子戦術によって、事実上の死に体にまで追い込まれたセイレーン起動艦隊。

 最早、戦うことはおろか艦隊としての体裁すら保てなくなったはずの彼の艦隊に、己が主はさらなる地獄を与えようとしていた。


 朝霜(その様子じゃ、あんた達も薄々感づいてたんだな・・・・)


 自分の感じていた合点がいってしまったことに、朝霜は落胆とも失望ともとれる表情を浮かべる。


 ――――そう、確かにこの演習は、唯の演習ではなかった。


 アメリカ合衆國最強を誇るセイレーン起動艦隊。

 それを撃滅せんがために、鳳 帝自らが考案した三段構えの作戦。その総仕上げとなる第三段階は、1050余りの無人攻撃兵器を使った艦隊総攻撃だった。


 『奴に―マイク・アンダーソンに、今一度の更正を迫る』


 司令が掲げた大儀を信頼し、自分たちはその名分のもと彼の艦隊相手に演習(ちゃばん)を展開して来たが、その言の葉にある真贋を見抜けないほど朝霜は無知ではなかった。


 朝霜「まぁ・・・・。いまさら何をどうこう言っても遅いんだけど、な・・・・」


 そう言って、朝霜は丹陽たちから視線を外し水平線の先を見つめる。


 ――――そう、もう何もかも手遅れだ・・・・。


 もし、あの言の葉の意味が朝霜の知るものと同じだったとすれば、彼の艦隊の艦娘達は最も残酷で理不尽な最期を迎えることになるだろう。


 そう、何も守れず、何も成せぬままこの海原の底に沈んだ、あの日の我々の様に。


 初霜「あの・・・・。ギャラルホルンって、一体何のことなのですか?」


 話の意図が理解できず、初霜は恐るおそる尋ねる。

 二人の話からして、それがただならぬモノであることはなんとなく理解できた。


 だが、彼女の知っている『ギャラルホルン』は、神々の最終戦争(ラグナロク)を知らせるとされる架空の楽器の名だ。

 勿論、その楽器が実在するなどとは思っていないが、三人の会話を聞く限りでは本当に実在するのではと邪推してしまう。


 そう思えてしまうまでに、彼女たちの言うソレは忌避と嫌悪感で満ちていたのだ。


 だが、初霜の問いに応えたのは、以外にも朝霜や丹陽でもヴェールヌイでもなかった。


 整備妖精「主初霜。ソレの正体を知りたいのであれば、こちらをご覧ください」


 自身の主艤装に詰めている整備妖精が、重苦しい声音と共におもむろに初霜に副艤装(レーダー)を起動せよと話しかけてくる。


 普段の言動からは想像もできない、まるで重罪を背負った咎人のような風を纏う己が小さき戦友に、初霜は自身の背筋に嫌な寒気を覚えた。


 初霜「・・・・わかったわ」


 湧き起こる悪寒を探求への欲求で抑え込み、初霜は整備妖精の通りにレーダーに意識を集中させ、通信機を三笠からマイクの艦隊へと合わせる。



 ・・・・・合わせて、絶句した。



 初霜「・・・・なに・・・・これ・・・・」


 改二実装と共に更新されたOPS-24とOPS-28の三次元レーダとパルス・ドップラー・レーダーが放つ電子の眼と通信機から流れ出でたナニモノかの歌声。


 それは、余りにも非現実的で、それでいて、余りにも美しかった。




 『O Freunde,Nicht diese Töne! sondern laßt uns angenehmere anstimmen und freudenvollere―――――』





 戦場に響き渡る、彼の偉大なる音楽家が綴った壮大なる歓喜の調べ。


 その調べを全身に受けて、憐れなる海神の娘達は偶さか通り過ぎた一陣の神風と共に、帰路無き戦へと旅立って逝くのだった。







第五十六章




 【対艦娘用督戦形態ギャラルホルン】



 霊長類最強を謳うニンゲンが、此岸を我が物顔で跋扈する海棲知的生命体を使役、殲滅せんがために英知の全てを結集し創り上げた、第零号型対艦娘用督戦隊座乗艦の真の姿である。



 遥かな昔。この星に生まれ出でたニンゲンという名の陸棲生物は、その底知れぬ英知と類まれなる環境適応能力を駆使して、数十世紀に渡り森羅万象の覇王と成った。


 世界をカタチ創る真理を理解し、神をも凌ぐチカラを会得し、全知全能なる神の座に手を掛けるまでに進化したその生命体は、何時しか宇宙(かみのざ)を超え、天地創造を体現し、神に成り代わるまでになった。


 神々の業(わざ)をも己が一部とし、神を超え、全八百万の長を名乗るまでに至ったニンゲンという名の知的生命体。

 三千世界を住処とし、世界樹すらも塒の庭木とした彼の生命体の前には、全ての能(ちから)が無力であった。



 だが、ある日、ニンゲン達はその全能を否定され、神座を追われた。



 万物を創生セシ母なる海(ゆりかご)より出でし、彼の者たちの全能を超える力を持ったもう一つの知的生命体。


 ――――艦娘達によって。




―――――Freude, schöner Götterfunken,

Tochter aus Elysium

Wir betreten feuertrunken.

Himmlische, dein Heiligtum!――――――


 《歓びよ、美しい神々の火花よ、楽園の娘よ、我らは熱き感動に酔いしれて。天上の、御身の聖殿に踏み入ろう!》





グリニッジ標準時1010

セイレーン起動艦隊 第一艦隊外周 提督座乗艦「アリゾナ」左後方25度付近。




 鉄火と血風が支配する海原に、歓喜の調べが木霊する。


 創作から数十年の時を経て尚人々に愛されるその調べは、彼の者たちの門出を祝福するかのように、若しくは弔慰するかのように高らかに響き渡っていた。


 サラトガ「なんなの!?いったい何が起こったというの・・・・・!?」


 超長距離砲撃の雨を掻い潜り、エセックス同様に艦隊間の被害把握に努めていたサラトガは、突如、提督座乗艦から鳴り響いた『The Ninth』の大合唱に五臓六腑を驚愕で支配されていた。


 サラトガ「・・・Fairy folk。これはいったいどういう事なの・・・・!?」


 奇怪と呼ぶには余りある状況に、サラトガは堪らず搭乗させている整備妖精達にむけて怒鳴りつけるように問いただした。


 万を超す肉声と、それに勝るとも劣らぬ管弦楽団の奏でる調べは、冬季の聖夜に教会で聞いたモノよりも壮観で見事だが、しかしここは死線の真っただ中。

 更には、それを謳っているのが我らが提督座乗艦だというのだから、冗談で片づけるのは余りにも質が悪い。


 整備妖精『I`m sorry,my master‥‥。それが、私たちにも何がなんだか・・・・』


 案の定な答えが返ってきて、サラトガは「ち・・・っ」と小さく舌を打つ。

 先ほどからやけに正確精密に飛んでくる大口径弾といい、この訳の分からぬ大合唱と言い、これは、彼女達からの怨念返しなのではないかと思ってしまう。


 そう、あの大戦。

 未だ負けを認めぬ彼ら日ノ本への最後の攻撃として爆ぜされた、死の閃光への報復。

 この戦闘は、閃光で焼かれた我ら数十万の民草への、弔いの戦いなのだと。


 サラトガ「こちら、CV-3サラトガ。USSアリゾナ、応答せよ」


 このままでは埒が明かないと判断したサラトガは、直接状況の把握をしようと提督座乗艦への通信を試みる。


 提督からは『君たちに一任する』と言われているが、その提督自身が元凶となっている今、彼の真意を問いただす必要がある。


 ところが。


 サラトガ「提督・・・? What hapened? 応答してください。応答して・・・・!?」


 有ろうことか提督座乗艦に合わせたサラトガの通信機からも、『The Ninth』が大音量で流れてくる。


 慌てて他の艦娘にも合わせてみたが、彼女達との相互通信は出来るので、横須賀の艦隊による通信妨害が原因ではないようだった。

 だが、合わせた艦娘達からの音声もまた、奇怪という言葉が可愛く思える程に常軌を逸していた。


 バンカーヒル『Plaeses‥‥,Please do not wish‥‥!!』


 ハンコック『イヤァ・・・・もうイヤアア”ァァぁ”ぁぁ”ぁぁ”ぁぁ”ア-――-っ!!!?』


 通信機越しに伝わる、崩壊寸前の僚艦たちの絶叫。

 まるで、悪魔か怪物にでも強姦されているかのように怯え、泣きすさみ、唯ひたすらに助けを求めている。


 サラトガ「・・・・・・・・・」


 最早、自身の思考回路の範疇を超えた状況に、サラトガは、唯々海原に立ちすくんだ。


 サラトガ(・・・・提督。いいえ、マイクさん・・・・。貴方は、一体私達に何をしたのですか・・・・・?)


 サラトガの知る限りではマイク・アンダーソンと言うオトコは、艦娘達を家族同然―否、家族そのものとして扱う提督(ヒト)だった。


 セイレーン起動艦隊の艦娘の中には、新造艦のみならず他の艦隊から移籍された者や捨て艦にされるところを保護した艦娘も大勢いるが、彼女たちの戦慄は初陣のソレとも、捨て艦にされた絶望とも違う。


 そう、まるで、【提督座乗艦そのもの】に怯えているような。



 「・・・ヤメロ・・・・」


 サラトガ「・・・・え?」


 横合いから絞り出す様な声が聞こえ、サラトガはおもむろに声のした方を向く。


 サラトガ「・・・ベニントン?」


 見やった視線の先、目測にして10メートルほど先の波間に現れた一隻の僚艦。声の主は、エセックス級の11番艦であるベニントンのものだった。 


 確か彼女は、横須賀のクラッキングの直後に偵察と称して第一艦隊の環から離れていたはずだが。


 ベニントン「・・・・ヤメロォ・・・・!」


 懇望というよりは再現された過去の凌辱心象への即刻消去を命づるかのように、ベニントンはもう一度言の葉を発した。

 波間を千鳥足で歩く彼女の表情は、10メートル離れたサラトガにも判別できるほどに恐怖に荒み、今にも決壊しそうな顔をしている。


 サラトガ「ベニントン・・・。あなた、いったい・・・・!?」


 難となく嫌な予感がしたのも一瞬。ベニントンは、M16A2アサルトライフルを模した飛行甲板へ弾丸に変態させた艦載機を詰めた弾倉(かくのうこ)を連結した後、チャージングハンドルを思い切り引いた。


 『ガコン』という音と共に、弾丸(かんさいき)が弾倉(かくのうこ)から飛行甲板に転送され、主艤装内に艦載機発艦を知らせる警報が鳴り響く。と、同時に甲板各所の警告灯が光り始めた時、サラトガは背筋が凍りつくのを覚えた。


 サラトガ「ベニントン・・・!?まって、それはダメ・・・っ!!!」


 戦の海に轟きし狂気の調べに毒されし、一隻の戦船。

 五臓六腑を凌辱されし記憶をいまこそ破砕せしめようと、その腕を向けたモノ。


 彼のモノの名は―――艦隊総旗艦USSアリゾナ。


 彼女の主、そのものだった。


 ベニントン「その唱を、やめろォォォオオォォぁ”ぁォ”ォ”ぁぁ”ああ”ァァ”ぁ”ぁ”ぁぁあ”――――――-っ!!!!?」


 サラトガ「ベニントンっ!ダメよ、ダメぇえええぇェェェ―!!」


 制止するサラトガの諫言を無視して、ベニントンは発艦のトリガーレバーを引く。

 飛行甲板上のジェットブラスト・デフレクターが屹立し、装填した噴進式艦載機たちが、アリゾナ目掛けて轟音と共に飛び立った。




 はずだった・・・・。



 ベニントン「Why…?どうして、どうして発艦しないの・・・・?」


 カチカチと、波間に突撃銃の空撃ち音が響く。

 発艦命令を下したはずのベニントンの飛行甲板は、どいう訳か主の下知を無視して沈黙したままだった。


 ベニントン「Fairy folk。どういうことなの、説明しなさい!」


 発艦装置の故障かと思い、ベニントンは主艤装に詰めているはずの整備妖精に確認を求める。

 だが、ベニントンの通信機から聞こえて来たのは、サラトガと同じ『The Ninth』のソレ。

 そして、何故か紫色に発光している自身の飛行甲板であった。


 ベニントン「・・・Fairy folk!!応えて頂戴。・・・応えなさいよォォオォォ”オォ”ォォ”ォ!?」


 サラトガ「・・・・・・っ」


 ほとんど悲鳴に近い声で通信機に怒鳴りつけるベニントンを呆然と見やりながら、サラトガは自分が心中では安堵していることに慚愧の念を抱いていた。


 どうして、彼女の整備妖精達が主の命令を無視して飛行甲板が紫色に発光させているのかは判らない。


 だが、それが無ければ間違いなく彼女の艦載機は提督座乗艦へ攻撃を加えていた。

 そして、彼女の最高戦力である噴進式艦載機『F9Fクーガー』は、彼の艦を間違いなく葬り去っていただろう。


 だから、サラトガとしては彼女の心中を侮辱したとしても、整備妖精達の行動を英断と讃えてしまうのだろう。


 ベニントン「・・・・Why・・・Why・・・・・・」


 サラトガ「ベニントン・・・・・」


 依然、物言わぬ主艤装をアリゾナに向け続けるベニントンの凶行を今度こそ止めさせようと、サラトガは彼女に近づこうとした。



 その時だった。



 『CV-20Bennington。貴様は軍規違反を犯した。よって、我が艦は督戦隊の権限に基づき貴様を銃殺刑に処する』


 ベニントン「・・・・は?」


 サラトガ「・・・・へ?」



 それは、我々への天罰だったのだろうか。


 徐に告げられた提督座乗艦からの通信。

 マイク・アンダーソン自身の声で告げられた死刑宣告は、アリゾナの舷側にずらりと並ぶ6基のオートメラーラ127mm砲と4基の20mm近接防御火器をゆっくりとベニントンに向けさせた。


 ――――そして。



 『Die』


 一切の弁明を許さず、一言の釈明も聞かぬまま、彼の戦船は無慈悲な刑を執行した。









後書き

誤字脱字は常時修正して行きます。
第五十四章に出てくる三笠の艦橋内のレイアウトは、ガンダムUCに出てくるガランシェールの奴をイメージしているので、艦船の艦橋と言うよりは飛行機の操縦室に近いつくりになっています。


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