2019-08-15 13:40:55 更新

概要

シンジとミサトが間接的に紡ぐ、コンプレックスに満ちた深い愛の物語。無断転載はご遠慮ください。


前書き

たまに微修正更新します。

ストーリー
シンジはレイの部屋を訪れ、逢瀬を重ねるようになるが、やがて泥沼の関係を築き上げていく…。ミサトは加持と久しぶりの再会を果たしたが…。

目次
prologue
1
2
3
4
5
6
7
epilogue

ご指摘を受け、思った以上にあった呼称ミスを修正しました。まだ残っている可能性があるので、もし見かけましたら、お知らせ頂けると嬉しいです。

基本的に地の文はミサトとシンジの一人称です。一部例外あり。

物語が進むにつれ、克明なぎこちない性描写が発生します。苦手な方はご注意をお願いいたします。

執筆動機
ミサトとシンジの時系列のジレンマが、愛、憎悪、憂鬱、時に道化を以て倒錯し、最後にそれがひとつになった途端にシンの結末を迎えんことを望み、描画を試みる。

リンクも貼らない、R18であることも明記しない無断転載をされているようですが、そういった行為はご遠慮くださいますようお願い申し上げます。
転載する際は、作者の同意の上、リンク元を明記するようお願い申し上げます。


prologue



シンジ「じゃあ、また明日…」


レイ「おやすみ…」


バタン




シンジ「………」トボトボ


月がまぶしい。街灯なんてなくても、遠く向こうの道がひらけて見えるくらいに明るかった。僕は浮かない顔をしてミサトさんの家に帰っていた。

…綾波の家に通い始めて何週間か経った。

それは自らの気持ちを告白するという、ちょっと昔のラブコメ的展開というよりは、自然な成り行きで家に通うようになったという、現実的で静寂な展開に過ぎなかった。


綾波の家に通い始めるきっかけは、リツコさんが綾波に、再び更新された新しいICカードを渡しそびれて、僕にその配達をお願いされたことだ。

その時、前回綾波の家に来た時のあの感触が、また生々しく蘇った。あの、入れ物のような体に付いた真っ白な二つの乳房…。故意ではないとはいえ、柔らかいL.C.Lの匂いと、綾波のあの無表情な顔を思い出すと、確かに象徴的な何かを感じて、僕はその後もそれを思い出しては、自らを慰めていた。

ICカードをリツコさんから受け取る。無機質なカードに、無機質な綾波レイの写真。綾波は相変わらず、身体的な成長はあまりないように見えた。


綾波の家のドアの前に立ち、僕はインターホンを試しに押してみた。やっぱりベルは故障していて鳴らない。ノックを軽くしてみる。


シンジ「綾波?僕だけど…」


すると、ドアが開いた。綾波はまだ寝巻きで、目を擦りながら僕を見た。


レイ「どうしたの?」


シンジ「…綾波、まだ寝てたの?」


レイ「…昨日、再テスト徹夜だったの」


シンジ「そ、そうなんだ…お疲れ様。あの、ICカードがまた新しくなったみたいだから…」


レイ「…そう。ありがとう」

僕は綾波にカードを渡した。


シンジ「じゃ、僕はこれで…」


レイ「……」

綾波は僕をまじまじと見つめていた。或いは僕ではなく、その背景を見ていたのかもしれない。すると、綾波は口を開いた。


レイ「…上がる?」


綾波の家にある物といったら、あの固そうなベッドと、水の入ったビーカーと包帯と処方箋とその薬が上に乗った引き出しがあるくらいだ。…あとは…父さんの眼鏡か。

カーテンの隙間から、もうすぐ昼間を告げる太陽の日光が漏れている。もし僕がここで冗談半分にカーテンをバッと開けてしまえば、綾波は砂になって消えてしまうんじゃないかな、と思うほど暗く、そして暑い。

僕は丸い椅子に座って綾波の入れるコーヒーを待っていた。綾波はUCCのコーヒーの粉が入ったボトルを頻りに見つめ、やかんがコトコトと音を立てているのが少し聞こえてくる。僕はなんだかこの部屋がどうしてもぎこちなく感じてしまい、落ち着かなかった。でも、あの眼鏡を見ると、いくらか落ち着いたーー、いや、妬みのようなものがーー、感じられる場合もあったかもしれない。


レイ「…コーヒーってこれ、どれくらい入れればいいの?」


シンジ「スプーン一杯程度でいいんじゃないかな」


レイ「これくらい?」


シンジ「…まあそんなもんか」


綾波はコーヒーをカップのなかに入れ、やかんの熱湯を入れようとした時だった。


レイ「あっ!」


シンジ「どうしたの!?」


レイ「火傷…」


シンジ「ああ、可哀想に。すぐ冷やそう」


レイ「大丈夫、ちょっとだから」


シンジ「ほらいいから、手を」


僕は何も考えずに綾波の手を取り、流しの蛇口をひねり、流れる水に綾波の手を当てた。

当てている間、綾波は僕をしげしげと見つめているのに気づいた。そこで僕の顔は思い切り赤くなった。


シンジ「あ…ごめん」


綾波の手をパッと離す。


レイ「いいえ…ありがとう」


シンジ「…コーヒー、入れようか」


レイ「ええ」


僕はやかんを持ち、コーヒーの入ったカップに熱湯を注いだ。熱湯の流れる心地よい音と、コーヒーの香りがする。すぐそばで綾波の香りが加わり、僕の心臓は乾いた音を立てていた。


僕と綾波は二人対に座って、コーヒーを飲んだ。苦味が舌を刺した。綾波は何の反応もなくコーヒーを飲んでいた。

しかしこんな暑さの中、熱いコーヒーを飲んでいるのに綾波は何食わぬ顔をしているのがすごいと思った。僕は随分汗をかいていた。でも僕はこの沈黙の時間が少し幸せに感じていた。


レイ「…楽しい?」


シンジ「えっ?」


いきなり聞いてきたものだから僕は少しびっくりしてしまった。


レイ「今こうしているの、楽しい?」


シンジ「あ、うん…。綾波とお茶することが出来たのはとても嬉しいよ」


レイ「そう…」

少し、綾波の顔が赤らむ。


レイ「…今こうしていると、心がポカポカする」


シンジ「え、う、うん…」


僕はとっさにコーヒーを飲んで逃げる。綾波らしくない告白に似た綾波からの発言だった。いや、コーヒーが温かいからポカポカするのだろうか?だが外気はポカポカどころかギラギラ太陽が照りついている。色々考えているうちに、コーヒーを飲み終えてしまった。


シンジ「じゃ、じゃあ僕はこれで帰るね、宿題やらないとっ」

僕は何故だか分からないが、さっさと帰る支度をして外へ出ようとしていた。羞恥からだろうか?そうに違いない。

玄関ドアを開ける時に振り向くと、綾波がすぐそばで僕を見ていた。急な接近に僕は思わず息を飲んだ。そして、シュンとした顔をしている綾波は息をかけるように僕にこう言った。コーヒーと微かなL.C.Lの匂いがした。


レイ「…また来て」


シンジ「う…うん。また来るよ、絶対」

僕は玄関ドアを開けて綾波の家を出た。

こうして綾波と僕は逢瀬を重ねるようになった。最初は手を繋いでみたりするだけで綾波の顔が赤くなったりするくらいだった。でも次第に愛というのはエスカレートしていくものである。肩をくっつけ合うようになる。ハグをするようになる。接吻をするようになる。そして…。



その、そして、のあとに続く言葉の行為をしたのがまさに今、僕が常夏の星空の下を歩いている夜に起きたことだったのだ!

ぼんやりと考えながら歩いていくと、駅が見えてきた。時間帯はまだ早い21時台だったので、仕事帰りのサラリーマンなどはまだまだいた。アスカやミサトさんはきっとできあいの食材で夕食を済ませていることだろう…いや、お姫様状態の彼女らに自分で夕食を済ませるということがあるだろうか?そう考えたら、何か買った方がいいかもしれない…。

そして今、綾波は何食わぬ顔で、しかし動揺を隠せない状態でいるだろう。何故なら僕だってそうなのだから。あの、簡易的なベッド、その上に散らばる包帯、月の光が照らす白の裸体、そしてそれを包み込む己の身体…。

もう、ミサトさんたちのことを考えることが、脳内で物が軋む音に邪魔されて、次第に出来なくなっていた。ミサトさんたちに勘づかれる前に、今日はさっさと帰って、さっさと寝てしまおう…。

僕は最寄りの駅に降りた時にそう決心した。



葛城宅


アスカ「遅いわねぇあいつ」


ミサト「全く、いつまで遊びに行ってるのかしら?シンジくんの同級生って、もしかして夜遊びするような子なの?」


アスカ「ぜんっぜん。一人は関西弁を話すタチの悪いやつで、一人は異常なまでのサバゲーヲタよ」


ミサト「…シンジくんは変わった子に好かれるわね」


アスカ「あのシンジもただの馬鹿変態だけどね……ぁあーーっ!超お腹空いたんだけどォ!この美しい私と美しい三十路をほっぽって一人遊ぶなんて、許せないわ!」


ミサト「三十路は余計よ…」ギロッ


アスカ「あっ、いっけね」


プシューッ


シンジ「ただいま」


ミサト「こんな時間まで何やってたの?心配してたのよ?」


シンジ「すみません…トウジがゲーセン行く行くってうるさくて…」


ミサト「今度から、なるべく早く帰りなさいよ」


アスカ「ちょっと!私たち何も食べてないから飢えて死にそうなのよ!!」


シンジ「そうじゃないかと思ってたから…」


シンジはかなり大きいレジ袋を床に置いた。


シンジ「すみませんが、僕はしばらくの間炊事をしないことにしました。ミサトさんには申し訳ないけど、元の生活に戻ります。今日はインスタント類のものを、これでもかというくらいに買ってきました。どうか、これで済ませて頂けるとありがたいです」


アスカ「なっ…」


ミサト「どうしたの突然…またどうして?」


シンジ「…僕には少し時間が欲しいんです。そうですね…僕もそういう年っちゃあそういう年だから、思い詰めることはいくらでもあるんです。だから、少しでも時間を得ようと思って…それに、疲れましたし…」


ミサト「…そうね。少しシンジ君に頼りすぎてたところがあったかもしれないわ。いいわ」


アスカ「ミサト!」


ミサト「いいのよ。前の生活なんて全然慣れてるし。アスカも…まあ協力してあげなさい」


アスカ「…なんでよ…楽しみにしてたのに…」


シンジ「えっ」


アスカ「いいわ!何でもない!虚弱なアンタのことだから仕方ないわ!この私がカップラーメンで我慢してあげる!ありがたく思いなさい!」


シンジ「う…うん」


アスカ「さーて、何を買ってきたのかしら…」ガサゴソ


シンジ「じゃあ、僕はもう風呂入って寝ますね。すごい…疲れてるんで」


ミサト「そう…おやすみ」


シンジ「おやすみなさい」


僕は風呂へと向かった。


ミサト「……」


アスカ「おっ!UFOの塩焼きそばじゃん!これ食ーべよっと」


ミサト「そうね、じゃ私はサバ缶とカップヌードルのカレーにしようかしら」


アスカ「ふん、オヤジねオヤジ」


ミサト「うっさい!……ねぇ、アスカ」


アスカ「?」


ミサト「シンジくん…今日は何をしていたか、分かったわよね?」ニヤリ


アスカ「……あたぼうよ」ニヤリ


女の目は刃より鋭いことを知らない僕はまだまだ鈍感であるということに気付かないままベッドに入った。しばらくぼんやりと暗い空間を眺めていたが、やがて本当に眠くなって、深い眠りへと落ちた。カチッというティファールのポットの沸騰が完了する時の音が聞こえた。

僕は綾波の夢を見た。


その夢は、あの夜の時だった。僕は綾波のベッドに仰向けに横になり、それを裸の綾波が覆って、僕の顔を見つめている。僕も裸だった。その部分はあの夜の時と一緒だった。唯一違うのは、雨が激しく降っていることだった。


レイ「…楽しい?」


綾波は僕に聞いてきた。


シンジ「…これは、楽しいとかのことじゃないと思う。人間的なことなのかもしれない」


レイ「…私は人形じゃない」


シンジ「…うん、それはそうだ」


僕と綾波は抱き合いながら深い接吻を交わす。雷が向こうの方で鳴り響き、雨が一層激しくなる。先導したのは僕だったと思う。綾波は何も知らないから、人の愛し方も、自分の愛し方も…。雷が光ると、一瞬、綾波の白い身体、赤い瞳が視界に入っては消える。その時だった。

綾波は僕の硬く、熱くなったものを持った。綾波の手は冷たく、優しく、背徳感なんて全くない純潔な手だった。人の愛し方を知らない綾波が何故それを持ったのか、持つことを知っていたのかはよく分からない。生物学?そんな堅苦しい概念で綾波を見たいとは思わなかった。

すると、綾波はゆっくりと上下に動かし始めた。僕は少し呻く。快感、焦燥、外気のせいで汗をびっしょりとかいていた。動かしている間、綾波は無表情で僕の顔を見つめていた。特に意識してはいないようだった。ただ、僕が悦びを得ているのかにだけ興味があるように見えた。

やがて僕はもう我慢がならなくなった。その時、雷が同時に光る。その前に大きく光った雷の音が同時に大きく鳴り響き、僕はそこで射精した。ドロドロした、あの人間の全てが詰まった液体が綾波の顔にかかった…。


はっと目を覚ました。僕は汗をぐっしょりと、Tシャツが雑巾みたいに濡れるほどかいていた。そして、僕のペニスが勃起をした状態で、下着まで濡れていた。夢精だった。

時計を見ると午前の三時近かった。僕は吐息をつきながら、そばにあるボルヴィックの水を開封し、一気に飲み干した。そしてミサトさんたちには申し訳ないが僕はシャワーを浴びて、パンツと寝間着を取り替えた。

自分の部屋に戻って、僕はため息をついて布団に横になり、イヤホンをつけて暗い朝の中で、何となく音楽を聴いた。いい曲で、メロウな曲調が、この時に限っては少し僕をがっかりさせた。

もっと、悲劇的な曲が聞きたかった。

もう一度、目を瞑る。



翌日になって、ふと自分の体が暖かみに包まれていることに気づき、目が覚めた。目をうっすらと開くと、視界では、長く艶かしい茶髪が川のように布団の上を流れていた。そして、僕の胸元に顔をつけて、儚い息をしながら眠りについている…。

カーテンから漏れる日光が髪を照らしていた。

いつ僕のところに来たんだろう?

だって、あの時に起きたのは三時くらいだった。てことは、三時以降に彼女はふらふらとやってきて僕のところで寝ているというのか?

…一体何を考えているんだか。

僕はその美しい寝顔、成長し膨らみ始めた乳房、美脚をむき出しにした短いパンツを目でスライドしながら見た。彼女の手は僕の背中に回っている。

この時にしか出来ない千載一遇のチャンスだと思って、僕は彼女を、力を入れて抱く。

乳房が僕の体に優しく押し付けられ、暖かく、甘い香りがする。僕の心臓がまた乾いた音を立てていた。長い髪を押しのけ、彼女の後ろ頭を抱えて、僕の顔に近付けて、接吻をしてやった。

すると、勿論、彼女は目を覚ました。比較的長い接吻だったと思った。

次の瞬間には、彼女の足が僕の顔に勢いよく飛び出し、衝撃が走っていた。


アスカ「・・・」


シンジ「・・・」


アスカ「…あんたが女ったらしなんだってことはとうの昔に知ってんのよ」


シンジ「えっ」


アスカ「今日のことをミサトに言ったら殺すわよ」


シンジ「い、言わないよ、いたた…」


アスカ「ふん、気安く私の体に触れた代償ってやつね」


シンジ「大きいよ…」


アスカ「シンジ…」


シンジ「・・・何?」


アスカ「あんた、依怙贔屓とヤッたの?」


シンジ「」


アスカ「昨日、あんたの様子が可笑しいから、ミサトと一緒に考えたのよ。そしたら、絶対彼女が出来たに違いないわって結論に至ったの」


シンジ「い、いないよ!全くアスカも被害妄想激しいな、ははは…」


アスカ「被害妄想ってどういうことよ」


シンジ「さ、さんざん僕の布団で寝てたじゃないか」


アスカ「!」


シンジ「別に…アスカのこと嫌いじゃないから。それに、そんな彼女がいるなんていう事実無根な話、スキャンダルみたいに噂しないでよ。そんなことすると…嫌いになる」


アスカ「うっ…」


僕は愚か者だ。綾波と口を絡めあった唇で、僕はアスカに嘘をついたのだ。なんて最低な人間なんだろう。


アスカ「わ、分かったわよ…」


シンジ「だから、このことは水に流してs」チュ


その時だったのだ。アスカは僕の唇を咄嗟に奪ったのだ。朝日が二人の温もりに、更なる暖かみを足して、暑い。

僕はアスカの背中を強く抱き、深い接吻を交わした。


アスカ「…嫌いになったら、殺すわよ」


シンジ「…分かった」


こうして愚かな嘘をついた僕は、空前の三角関係を結ぶようになる。だが、嘘などすぐばれるに決まっている。そのことは分かっていながらも、人間は未熟だから嘘をつくのだ。この嘘が、僕の悲劇の始まりだった。その後、僕たちはその日は一度も互いに口を開かなかった。




1



ミサト「この書類は何?」


リツコ「日本国政府があなたを呼んでいるみたいね。NERVについての話がしたいそうよ」


ミサト「ルートは?」


リツコ「もちろん機密」


ミサト「んー…なんか胡散臭いわね…今までそんなことなかったし、第一そういうお願いは私に直々にやらないとダメじゃない?」


リツコ「あなたももう少佐でしょ…日本には畏怖っていう言葉があるの」


ミサト「そんな大した身分じゃないけどね」


リツコ「血塗られた悲劇の女少佐…」


ミサト「何よそれ」


リツコ「アイロニーよ」


私は手にしていた書類をデスクに叩き起き、立ち上がった。

この、何とも胡散臭い招待状のようなものが本当に政府のものだとは信じがたかった。

結んでいた髪を解き、煌めく青髪を靡かせる。

関係のないことだが、もう三十路にもなって短パンとは、なかなか度胸のあった女になったものだと自ら私は思った。

だが、自画自賛するつもりはないが、どうしても自分の脚はまだまだ綺麗に思える。いや、実際そうなのだ。肌白い滑らかな美しいふくらはぎ。今こうして歩いていても、まるでモデルがパリコレを闊歩しているような妖艶さがうかがえる。

…ああ、ダメよ、私ったら。ナルシシズムなんてもうまっぴらよ!

この時、何となく私は、書類は政府からのものではないと確信した。



昼のNERVの社食はカレーだった。塩味が比較的強くて、どちらかというとしょっぱい。

私はリツコを連れて、昼食を食べていた。


ミサト「あ」


リツコ「どうしたの?」


ミサト「あの書類のこと、あんた知ってるんでしょ」


リツコ「私がどうして知ってるのよ」


ミサト「…いや。そんな気がしただけよ」


リツコ「ただ、使徒は千変万化で日進月歩だわ…。だから政府も焦っているというのは否めないわ」


ミサト「そうね」


リツコ「この時期においての、エヴァ初号機の凍結…。あの人、一体何を考えておいで?」


ミサト「あの人の頭ん中なんて分からないわ…なにせ、あの子のお父さんなんだもの」


リツコ「それは一理あるわね」


ミサト「はぁ…司令が凍結とか命令しても、悩み苦しむのは私たちなのよ…分かってるのかしら…」


リツコ「そうね…」


私は椅子にもたれてため息をついた。

刹那、私の胸部に両手がかざされた。


ミサト「きゃあっ!?」


加持「よっ、久しぶりぃ」


加持は、手の圧力を強めた。


ミサト「んっ、だ…めっ…ちょっ…」


私は手をどかせ、加持を振り払った。

リツコは何食わぬ顔でそのままカレーを食べている。


ミサト「この変態野郎!!」


そして私は例のごとく加持の頬に力いっぱいの制裁を加えた。運良く客の人数が少なくてよかった、と私たち三人は思った。


加持「いってぇ…会ってすぐビンタかよ」


ミサト「あんたこそ会ってすぐ乳を揉むってなんのつもり!?」


リツコ「ひさしぶりね、加持くん」


加持「だな。調子はどうだ?」


リツコ「いつもの通りよ」


加持「まあ、こっちもいつも通りなんだけどね」


リツコ「加持くんとミサトのやりとりを見てそうだって分かったわ」


ミサト「どういう意味よ!!」


加持「久方ぶりにこう会えたんだから、また三人で仲良くつるみたいねぇ」


ミサト「だぁれがあんたなんかと!!ごめんなさい、私忙しいからそんな暇ないの!」


私は残っていたカレーをガツガツと食べ、すぐに完食した。そして、トレーを持ちながらそのまま去っていった。


加持「全く、昔の方がノリがよかったんだけどなぁ」


リツコ「でも、加持くんはもう政府に頼んでいるんでしょう?」


加持「あ、ばれちゃってる?」


リツコ「全然。まだ政府のだって信じてる」


加持「目ん玉飛び出すだろうなぁ…行ったら俺が出てきて、あんたかよぉ!?って。ハハハ」


リツコ「ミサトがあんな様子だから、何されるか分かんないわよ」


加持「殺されるかもな」


リツコ「ミサトならやりかねないわね」


二人は笑った。そして加持はまたどこかへ行ってしまった。

リツコは一人になった。




トウジ「なあセンセ…。なんちゅう顔しとんのや?」


シンジ「えっ?」


トウジ「さっきから神妙そうな顔しとるぞ」


ケンスケ「何かあったのか?あっ、もしかしてパイロット非番になったとか」


シンジ「いや、現役だよ…まだ…ね」


ケンスケ「なぁんだ…その座を頂きたかったんだけどな」


トウジ「図々しいぞケンスケ」


ケンスケ「なんてね、冗談冗談」


トウジ「で、どうかしたん?」


シンジ「別に…あっ」


気付くと、アスカがこちらに視線をじっと送っていたのである。その眼差しには、美しさの中にどこか触れてはいけないようなものが映っていた。僕がそれに気付くとすぐにアスカは視線を黒板の方に向けた。


トウジ「ははーん、さてはいつも通りの夫婦喧嘩かいな」


ケンスケ「全く碇は、綾波といい、式波といい、葛城さんといい……」


シンジ「違うよ!……違うよ」


今の、アスカの顔…何かを訴えかけているのだろうか?それとも促しているのか?羨望なのか?婉曲なのか?外を眺望している綾波をおまけにちらりと見ると、自分の頭の中が混乱し始めてトウジとケンスケの姿も見えなくなった。この空間には僕とアスカと綾波の3人しかいないのだ。それ以外は全て僕の幻覚に過ぎない。そんな気分だった。


トウジ「女って面倒だからな」


その時、アスカと綾波と洞木の背中が同時にビクッと動いた。その現象を僕は少し滑稽に思った。


アスカはそういうことがあっても、今日は一切何も喋らなかった。何も言わずにコンビニで買った弁当をちまちまと食べ、頬杖をついて授業に臨んでいるだけだった。その虚無なまるで綾波の性格がそのまま乗り移ったかのようだった。放課後になると、アスカは僕を見ないうちにさっさと帰ってしまった。僕は教科書を片付けていたので慌てて呼び止めようとしたが、帰る間際のアスカの横顔が、無表情だった。こちらに目も合わせず、すぐ帰っていったのだ。

僕は呼び止めるのをやめてしまった。


トウジ「今は無理や。そっとしときいや」


ケンスケ「家で仲直りできるなら…しておいた方が身のためだよ」


シンジ「…先、帰るね」


トウジ「頑張れ」


アスカが行った3分後くらいに帰り始めたので、下校する途中すぐにアスカに追いついてしまった。一歩一歩確実にミサトさんの家に進んでいるはずなのだが、どうしてだろう、狐につままれたような感じで、家までの距離が遠く感じた。ただ、アスカの後ろの茶色い髪がユサユサと揺れて、コツコツと靴の音を立てて歩を進ませている。

夕方の淡い日光が、アスカの後姿を橙に照らした。それは実に美しい光景であった。


ミサトさんの家の前に着いた時、アスカはドアの前で止まった。ビクッとして、僕もアスカの少し空いた隣で止まる。

そして、アスカは僕の方をとうとう見た。

…蕩けた目だった。何かを求めている目だった。

僕はそれが何であるかを察しつつ、鍵を開けた。ドアを開けて、アスカの腰を支えながら家の中へと入った。

ドアが、バタンと閉められた。



ミサト「さっきは殴って悪かったわ…。だけど、平気でああいうことをするのは社会不適合者よ」


加持「悪かった悪かった。昔みたいにもっとノリのいい奴だと思ったんだ」


ミサト「あの頃の私とは違うわ…。責任だって疲労だって年だって重なっていくもの。出来ることならそりゃあ、あの頃に戻りたいわよ」


加持「お互い楽に寄り添うことは出来ないって、わけか…」


ミサト「そうね」


私と加持は、自動販売機の置いてある休憩所で、コーヒーを添えてベンチに座っている。一時の業務が何とか終わり、まだ釈明作業やらなにやら残っているが、これ以上やると強迫性障害になってしまうくらいに疲れ果ててしまったので、このまま直で帰るつもりであった。その時に、歩いていたところを加持に捕まったというわけだ。


加持「あの人は元気にやってるか?」


ミサト「誰?」


加持「お前の息子…兼彼氏」


ミサト「一言余計よ…まあ、そこそこね」


加持「どうかしたのか?」


ミサト「今まで料理してくれたんだけど、急に料理をやめてインスタントで我慢してくれって言うの。シンジくんがまさかそんなことは言わないだろうと思ってたけど、私もちょっとシンジくんにいろいろと甘えすぎてたところがあったと思ったから、承知したわ」


加持「ふーん…」


ミサト「それだけ?でもね…私はそのシンジくんの態度の理由を知っている気がするわ」


加持「恋、だろ?」


ミサト「嘘!?どうして分かるのよ?」


加持「中学生の男子なんて、そんな気持ちになっちゃったら何も出来なくなるのも当然だからさ。特にシンジくんなんてナイーヴで清楚な男だから、尚更だよな。お前だって、恋に落ちる時はそうだったろ?」


ミサト「え?え、ええ…」


私は意表を突かれ、少し頬が赤くなった。私は顔を少し背け、つい髪を耳に搔き上げた。その時、加持が少し笑った気がした。


加持「いいんじゃないか?まあ、女に囲まれた生活をしているんだから、一人や二人好きになるだろう。経験が不利になることはないさ。アスカは、また違うかもしれないけど」


加持は笑った。だが私にはそこで笑う意味が理解できる気もしたし、理解できない気もした。


ミサト「…ありがとね。ちょっと早いけど、私疲れたから帰るわ。コーヒー、ゴチね」


加持「ああ。こっちこそ捕まえて悪かった」


私は加持と別れると、家に電話をかけた。呼び出し音が耳元で鳴る。




プルルルル プルルルル…


『留守番電話サービスに接続します。ピーという発信音のあとに、メッセージをどうぞ』


ピー


ミサト『あ、二人とも?遅くなってごめんなさいね。今から帰るけど、何かいるものはあるかしら?適当に買いにコンビニ寄るから、もしあったら連絡ちょうだいね。おやすみ』


ガチャッ





シンジ「・・・」


アスカ「・・・続けるわよ」



2


私がコンビニのビニール袋を提げながら家に入ると、既に部屋は薄暗くなっていて静かだった。アスカもシンジも、ペンペンも寝てしまったようだ。それもそうだ、今何時だと思っている?腕時計を見ると、短い針が1を指していた。

ドアの鍵を閉め、靴を脱いだ。

二人分の食事を一応は買ってきたが、まあこういう結果にはなるわな。

私は独り、コンビニの弁当をレンジで温めずに食べた。昔に比べたら美味しいかもしれないが、どこか味気のないのは何故だろうか?答えは分かっているはずなのに、知りたくなかった。

食べ終えると、少しぼうっとした。電球の明かりを見つめ、ぼんやりとした。

しばらくして、こうしていても時間の無駄だということを知り、私は風呂は入らないでシャワーを浴びるだけにしてさっさと寝てしまおうと思った。

服を脱いで、裸になって浴室に向かった。

髪と、体と、顔と、全て入念に洗った。すべすべとした肌を維持し、色気づいた姿を守ることが大事なのだ。私はそんな思いを勝手に抱いていた。

浴室から出て、バスタオルで体を拭く。何だかんだ、風呂に入っている時よりスッキリした気がする。


廊下を歩いてリビングに行く途中、シンジの部屋のドアが目に留まった。

…勝手に開けると、怒りそう。でも、寝てるから大丈夫か。

私はドアを開けた。その時、目を疑った。

寝心地よさそうな顔をして眠るシンジの隣に…アスカが眠っていた!

布団を二人で掛け合い、まるでおしどり夫婦のような形式で、ただ夢の世界を彷徨っている!

二人は顔を向き合って、目を瞑っている。


…私は、ドアをすぐに閉めた。閉めたあと、ドアに寄りかかり、心臓が乾いた音を立てた。動悸のような現象が起きて、息苦しい。深呼吸を二回ほど軽くして、何とか治った。

あれ、私、どうして慌てているの?私には、もう既に心を寄らせることのできるものがいるではないか。

一体、何を慌てているのじゃ?


少し歯ぎしりをして、リビングに向かった。手は自然と冷蔵庫の中のヱビスビールを取っていた。



アスカ「…危なかったわね」


アスカは小声で言った。


シンジ「今、ミサトさんはリビングでビールを飲んでるみたいだよ…」


アスカ「そう…そんなことより…ゆっくり…外して…」


シンジ「あっ…」


愚かな僕は、いちばん大事なことであるーー、ミサトさんには…いや、誰にもバレてはいけないことをーー、忘れていた。

万が一の為の安全が施されるものをしているにも関わらず、その時ちょうどミサトさんが帰ってきてしまった。

僕とアスカが汗をかいている中、さらに心臓が乾いた音を立てた。その背徳感を快楽とする変わり者は少なくはないが…僕はあまり好まない。

ミサトさんが風呂に入っている間に「山」を迎えたつもりだった。しかしミサトさんは突然、何の躊躇いもなくドアを開けてきて、僕たちは狸寝入りをする他なかった。廊下の光と女のシルエットが混ざり、少し眩しかった。

そしてミサトさんは何も言わずにドアを閉めた。そのことに、僕は焦りを覚えた。

何も言わずに閉めたというのは、一体どういうことなのだろうか?まず、アスカと僕が一緒の布団で寝ていただけで驚天動地の出来事である。にもかかわらず、彼女は何の驚嘆の声も発さずに行ってしまった。何らかの反応をしないで欲しいとは願いつつも、少し期待してしまう僕は逆に戸惑った。…もし、一目でミサトさんが既に全てを分かってしまっていたとしたら、僕はどうしたらいいだろう?もうエヴァにも乗れなくなってしまうだろう。誰からも非難され、侮辱され、屑の底辺へと叩き落とされることだろう…。

僕は、ゆっくりと離した。その下には、溜まり落ちている欲望がゆらゆらと揺れていた…。



アスカ「私たち…どうしたらいい?」

急に、アスカは悲しい目をして本題に入った。


シンジ「多分、毛布で見えてないから大丈夫、だよ…」

明らかに接近した距離に二人の顔があったのは見えたと思うけれども。


アスカ「明日…学校行けないわ」


シンジ「僕だって、行きたくない…」


僕たちは、強く抱擁を交わした。


シンジ「…明日は、とりあえず朝は起きて、ミサトさんに挨拶しよう。そして、欠席する言い訳を伝えるんだ」


アスカ「そうね…」

アスカは静かに同意した。やがてうつらうつらとアスカはしだして、僕の胸の中で眠ってしまった。僕はアスカの頭に接吻した。シャンプーと汗が混じった官能的な香りが漂っていた。

薄暗い中、ダンボールの黒い山が月光に照らされ、我々を見下している。ふと、リビングの方から、ミサトさんのいびきが聞こえてくる。

相当疲れてるんだな…と思った。いつもいびきはかくが、その大きさが尋常ではない。ネルフの責任者的立場を担う彼女にとって、今の時期の疲労は度を越すのだろう。

その時、明日は休日であることに気付いた。

明日は午後まで三人揃って寝ていようじゃないか。そう思って僕は目をゆっくりと閉じた。



目を開けると既に日が当たって明るくなっていて、穏やかな暖かさが身に感じた。

枕元にある時計を見ると短い針が12を指していた。やっぱり昼まで寝てしまっていた。アスカもまだ、静かな寝息を立てて眠っている。

僕はそっと身を起こして、リビングに行った。ミサトさんはテーブルに伏して、缶ビールを手に触れながら、少しいびきをかいて寝ていた。

疲れた後のビールは格別だとミサトさんは言うけれど、最近の疲労はそれに勝るものがあったのだろう。あのミサトさんが酒より睡眠欲が上だなんて…考えたこともなかった。よっぽど疲れているんだろう。僕はそのまま寝させてあげようと思って、ミサトさんに何も声をかけなかった。

冷蔵庫から水を取り出して、グラスに注いで飲んだ。喉が渇いていて、ひと飲みで飲んでしまった。グラスを流しに置いたあと、はっとして、僕の部屋に戻った。

あの欲望の塊は、依然として布団の傍らに置かれていた。持つと、塊は揺れ、気味悪く、異臭を放っていた。所詮、人間の放埓な欲望なんてその程度の次元だ…。こうしてゴミになってしまうのだから。

僕はそれと包装のものを、ビニール袋に入れて、縛って捨てた。奥底に捨てた。

その後、さっと歯磨きをして、顔を洗った。もう今日のやることがなくなってしまった。

僕は寝ているミサトさんの向かい側の椅子に座って、ぼんやりとしていた。

どんなに暑い日でも、冷房さえあれば快適な日となる。そういえば、ペンペンも冷蔵庫から出てこない。根拠はないが彼も寝ているのだろう。なんとなくそう思った。

…昨日の夜のことを考えずにはいられなくなった。なるべく他のことに気を紛らわそうとしたが、手持ち無沙汰過ぎて不可能だった。早く誰か起きて欲しかった。

ミサトさん…あの時どうして、何も言わずにドアを閉めたのですか?あれは明らかに尋常ではない光景でしょう。一応世話係をしているのだから、きっと何か言われてしまうだろうとドキドキしましたが、何のお咎めもなく、あなたはそうやって気持ちよさそうに寝ています。ミサトさんははじめ、僕とアスカが一緒に寝ているのを見て、何を思ったのでしょう?あの謎めいたシルエットからは何らヒントを与えてはくれませんでした。

でもミサトさんは分かっているはずです…恋というものがどんなに幻想的で、その反面物質的な汚さを含んでいるのかを!

そう心で問いかけてももちろん無駄だった。ミサトさんは微動だにせず突っ伏して寝ているだけだった。気付くと、自分の下部から熱さを感じた。

ああ、僕はまだ放埓になっているのか。どうか早く、誰か起きてくれ!この杞憂な観念に終わりを告げたい。その為には誰か起きないと!

しかし誰も起きなかった。一人、心が騒動を起こしているだけで、部屋は沈黙を今までずっと守り通していた。

僕はため息を思い切りついた。


やがてミサトさんが起き出した。僕がぼんやりとしていると、ミサトさんが顔をやおら上げた。寝ぼけた顔をして、テーブルに唾液が垂れた。ミサトさんは僕を見た。僕はティッシュをあげて、テーブルの唾液を拭かせた。ミサトさんが口元を拭いた時、少し糸を引いていた。僕にはそれがいくらか官能的に見えた。


ミサト「今何時…」


シンジ「午後2時です」


ミサト「あー、私ったら寝てしまったわ…」


シンジ「僕も昼に起きたし、アスカはまだ寝ています」


ミサト「今日はみんなダラダラみたいね」


シンジ「一日はこういう日もあっていいでしょう」


ミサト「ま、そうね」


ミサトさんは腰をポリポリとかいた。あろうことか、ミサトさんは残りの入っていた缶ビールの中身を飲み干した。ビールとかは絶対に飲み残さない人なのだろうか。


ミサト「昨日…アスカと一緒に寝ていたわよね?」


その質問で、僕は青天の霹靂に撃たれた。


シンジ「えっ」


ミサト「分かってないと思ったら大間違いよ…」


シンジ「…」

何の返しようもなかった。とにかく、僕の頭の中は真っ白になっていて、ミサトさんの顔がよく見えなかった。


ミサト「…いつからあんなに仲良くなったのよ?」


シンジ「えっ?」

僕は思わずすっとんきょうな声を出してしまった。


ミサト「だってさぁ、今までお弁当のおかずだの風呂の順番だの何だのって、小さいことで揉めるくらいだったじゃないの!それが何、あんなラブラブにグウグウ寝ちゃってさぁ〜!シンジくんも意外と、なかなかやるところはあるわね」

ミサトさんは、僕に肩をうりうりと、なすりつけた。僕はまだびっくりしていて、反抗する暇もなく、返事をする暇もなかった。

…とにかく、バレていないでよかった。そう思った瞬間、肩の荷が思い切り降りた。


シンジ「…そ、そうなんですよぉ!冗談で一緒に寝ようって言ったら、まあ最初ははぁ!?とか言って僕の顔をビンタしたんですけど、僕が寝ているうちにこっそり入ってきたわけなんですよね。全くアスカは素直じゃありませんから、ははは…」


ミサト「ホントよね〜。でも、よかった。アスカに心の拠れる所が出来ていて。あの子もいつもはああだけど、割と波乱万丈な人生…あっ」


シンジ「ミサトさん?」


ミサト「あっ、これは、その…ね。………まあ、このことはいずれ話すわよ。多分…話す日は近いと思う…から」


シンジ「…」

波乱万丈?あのアスカが?まさか。僕は驚きの連続でもう身体がどうにかなりそうだった。

…まあ、ミサトさんの言った通りだ。確かに、アスカの真実を知る日はそう遠くない気が僕にはした。

ミサトさんは立ち上がって、冷蔵庫から缶ビールを取り出した。アスカはまだ起きてこない。



私だって、どう取り繕っていればいいか分からなかった。このままシンジくんの前で寝ぼけたフリして何事もないような感じでいればよかったのだ。

でもつい、口が走ってしまった。シンジくんがアスカと営んでいる(不確定事項だが)様子を目撃した時、自分の心臓が締め付けられ、立っているだけでやっとだった。どうしてこんな気持ちになってしまうのだろう?何と説明したらいいのだろうか、憎悪、と言えばいいのだろうか?そうだ、私はアスカに対して憎悪を感じてしまったのかもしれない。でもこの憎悪は世の中ではタブーとされるものである。

どうしても、アスカとシンジくんが一緒に寝ていたのを許容することが出来ない自分もいた。でも私は、愛すべき人…いや、あいつはろくでもないやつ…でも…大事にしてくれるのは彼くらいしかいなかった…。

そんな時に会ったのがシンジくんだ。息子同然の付き合いだったし、この子が笑顔であれば、使徒との戦いで無事であれば、何でもよかった。しかし、いつからか分からないが、シンジくん…シンジが男に見え始めるように思われる日が多くなった。そう、「男」だ。

私は、正直これはマズイと思っていた。司令からは親権を譲られており、一切の責任を任されているのに、こんな不埒な感触を抱いている自分がなんとも哀れに思えた。

そして今、こうして目覚めた先に、アスカと夜を明かすシンジくんが、疲れて死にそうな私の目の前で座っているわけだ…。

私はこういうわけでどうしていいか分からず、とにかく下が愛液で濡れているのを隠すために、ティッシュのあるキッチンにビールを取りに行くフリをして駆け込んでいくのだった。

罪深い女とは、私のことを言うのかもしれないと思うと、少し笑える。

ん?でも、ちょっと待って?シンジくんは、レイとも何かつながりがあるんじゃないの?

そう考えると、私の頭は膠着した。まさか…シンジくん…。


あなた、とんでもない男ね…。


それでも、別にシンジくんを見切っているわけではない。親としての役割を果たすのはこのまま続けていくつもりだ。だが、全てを悟ってしまった私は前よりもぎこちなく彼に接することになる気がしてならない。


悪いのは、全て、「シンジ」だ。


あなたが、魅力的なのがいけないんだ。


冷蔵庫の缶ビールを取って、昼からタブを起こして飲んでしまう自分は幸福であると同時に、ある種の女の情感を、身に沁みて感じるのだった。





やがてアスカが15時くらいに起きてきて、エアコンのガンガン効いた部屋の中でぼうっと過ごしていた僕とミサトさんの元へ現れた。


アスカ「おはよう」


ミサト「もう昼どころか…」


アスカ「知ってる」


ミサト「…今日は、みんな疲れちゃってる日みたいね。そりゃそうだわ、あんなにキツい使徒は久しぶりだったものね。本当に苦労したわ…まぁ私の場合はまだ苦労してるんだけどね」


シンジ「まだ何か仕事があるんですか?」


ミサト「そうよ…あなたたちは知らないかもしれないけど、裏ではいろんな人がいろんなことを言ってくるのよ。世の中そういうもんよ!でも私たちはね、律儀に対応していくしかないの。それが大人ってもの」


アスカ「大人ってやだわ…なりたくもない」


ミサト「なるもんじゃないわよ本当に、大人って。楽しみなんて、ビールとそれから…」

ミサトさんは僕の方を突然向いてきた。


シンジ「…」

そしてすぐにミサトさんは目を逸らした。


ミサト「…あなたたちの成長を見ることくらいね」

そういってミサトさんは軽く笑った。


アスカも、なによそれ、って感じの照れ隠し笑いをした。

僕は少し場の空気が軽くなって、どこか肩の荷が下りた。


シンジ「あの使徒は…確かに強かった…ゼルエルなんかより…でも、ミサトさんの指示と忍耐があったこそ、そして僕たちの勇気があったこそ勝てたものじゃないですか。それに何を文句を言う必要があるんですかね?」


ミサト「人に論理性はないわ…。それでも、正義を貫く必要が私たちにはあるの。マザーテレサもそう言っているわ。…そもそも、使徒を倒さなかったら、人間は滅んでいたのよ!そんな重要な仕事に文句を言うのは確かに言語道断ね…。私の判断が正しかったからこうして人類は守られたようなもの…なのに何故、いちいち人はいちゃもんをつけてくるのかしら?意味がわからないわね!」


やはり、ミサトさんはこの仕事に堪えかねているに違いないな、と僕は思った。

今回の場合は、程度が違う。ミサトさんの言った通り、ミサトさんの判断がなければ確実に人類は滅んでいた。

それに批判も何もないではないか。

むしろノーベル平和賞ものだ。

人はそこまで厳しいのか?

よく、分からない。父さんはミサトさんに何の報酬も与えず、何の褒め言葉も与えていないのだろうか?

そうだとしたら…酷すぎる。たまには、父さんに電話をしてみてもいいかもしれないと、僕はふと思った。

ミサトさんは涙目になっていた。


ミサト「……そういえば、ちょっとこれを見て欲しいの」


ミサトさんは、暗い顔から一変して真剣な顔になり、足元にあったバッグの中から封筒を取り出し、僕たちに見せた。


アスカ「何よこれ」


ミサト「日本国政府からの封筒よ」


シンジ「なんでそんなものが…」


形は普通の封筒のようなもので、口がのりで固定されていた。その時点でもはや日本国政府から来たものだとは思えないが、中を開けてみると、ある手紙がワープロで打った形で入っている。


『葛城 ミサト様

○月○○日午前11時に、NERV本部地下の駐車場B-12にお越しください。NERVと政府の関係について内閣総理大臣から直々にご相談があります。

宜しくお願い申し上げます。

日本国政府』


アスカ「こんな文面、まるでもう嘘っぽいじゃない?ミサト、行ったら殺されるわよ」


ミサト「まさか!そんなことはないと思うけど、割とこういう形で本当に来るときもあるのよ、意外と」


シンジ「わりかし雑なんですね」


ミサト「まあ、リツコから受け取ったんだし、本当に違いないわ。この日付は…明日じゃん。ちょっと用心して行ってくるわ」


アスカ「んー、リツコさんからなら心配ないかなぁ…ま、せいぜい殺されないことね」


シンジ「リツコさんなら大丈夫ですよ」


ミサト「そうね」


ミサトさんは缶ビールを一口飲んだ。


3


その後の昨日は特に出かけたりすることなく、家で三人でグダーっと過ごした。お陰である程度体力が回復し、少し元気を取り戻せた気がする。シンジくんとアスカが何とか気力を出させて学校に行ったあと、私はすぐに仕事へと赴いた。車の窓を開けると、今日はいくらか涼しかった。なんだか懐かしいような、いや、その懐かしい感覚さえ忘れてしまっているような気持ちになった。青空で太陽がギラギラしているのに、この心地いい気温。だるくて重い猛暑の日よりずっとこの過ごしやすい日の方が当然嬉しい。


やがて、本部の地下駐車場に着いた。所定の場所に車を止め、手元の銃をポケットの中に密かに入れて、すました顔で車を出た。

腕時計の時間を見ると、10時59分だった。そして、車の傍にあるコンクリートの柱には、無機質にB-12と書かれている。

私は車に寄りかかって何となく待っていると、入口の方から黒色のクラウンがこちらに向かってくるのが伺えた。その車は私の前に止まり、窓を開けて私を見た。がたいのいい中年の男性で、スーツを着てサングラスを掛けている。SPのようだ。


SP「葛城ミサト様ですね?」


私は出っ張ったポケットを触りながら言った。


ミサト「はい」


SP「それでは、あなたの手元にあるそれを、回収願います」


バレていた。いつ見破ったのだろうか。

まあ、いいだろう。これも予想範囲内だ。私はゆっくりとポケットに入っている銃をSPに差し出した。


SP「ご協力ありがとうございます」


ミサト「流石、としか言いようがないわね」


SP「それでは、後部座席にお乗りください」


そういうや否や、後ろのドアが自動で開いた。私はそれに乗り込むと、ドアは自動で閉まった。


SP「出発いたします」


私を乗せた黒色の車はどこかへ走りだした。ちょっと待っててね、私のルノー。



僕とアスカは半ば強行的に学校に行ったのだが、特に今日は気が重すぎる。理由は他でもない、アスカとの夜だ。

授業中、アスカはずっと机に突っ伏して寝ていたし、僕だって空を泳ぐ雲をずっと眺めていたくらいしかしていない。

そんな僕たちを注意しない教師は、きっと僕たちがパイロットであることを知っているが故のことだ。いくら教育とはいえ、何かのことで叱って上部の人に目をつけられたら、ひとたまりもない。要するに、ビビっているのだ。

僕たちは愚かなことに、その権力をうまく使っているというわけだ。そう思うと罪悪感で潰されそうな気持ちになる。

もっときついのは、周辺環境。所謂友人。トウジやケンスケは、元気のない僕に冗談を言ったりして必死に慰めようとしてくれているが、本当のことを話すわけにもいかず、ただ精一杯の笑顔を二人に向けることしか出来なかった。

そっと、させてほしい。

そんな気持ちだった。だが、言葉には出来なかった。


ある教師は心配して、寝ているアスカに、保健室に行ったらどうだと勧めた。

しかし、アスカはひたすら首を振って、やはり、そっと、させてほしいというような気持ちでいた。強制的に行かせる訳にもいかない教師は諦めてアスカの元を去っていった。

ただアスカは寝るだけ。ただ僕は空を泳ぐ雲を見るだけ。やはり休むべきだったと思い、ミサトさんに黙って、昼にアスカとともに早退を余儀なくされた。


恐ろしいことに、ミサトさんの家のドアの前に着いた時のアスカの目は、またあの時の蕩けた目をしていた。

そしてドアを開けて中に入り、閉めたところで、貪るような接吻を始めるのだった。



私は黒いクラウンの中で、黒い窓から見える黒い空間を眺めている。さっきから暗いところを通っているので何も見えない。フロントを見ると、トンネルらしいところを走っているようだ。SPは、ただ前を向いて、無表情で運転をしている。

内側からロックがかかっているので逃げることはできないし、前部座席と後部座席とはガラスで隔たっているので会話も攻撃もできない。別に私は何も抵抗する気はないが、この半分誘拐のような状況になると、ついそんなことを考えてしまう。

こういうのは、NERVの上層部にとってはよくあることで、たまに手足を拘束されて連れ去られる時もある。とんでもない機密情報を扱っているので致し方ないことではあるが、別に私たちはこうして大人しくしているのだから何とも往生際の悪いことをするものだと思ってしまう。それに反抗したところで何になるでもない。私たちは、所詮そういう人たちのコントローラーで、たまにメンテナンスをしないと壊れてしまう代物に過ぎないというわけだ。

リツコも、副司令も、コントローラー。そして私も。今、メンテナンスで、日本国政府というカスタマーセンターに発送されているところである。


それから20分くらいすると、車の動きが止まった。

SPは車から降り、後部座席のドアまで来て、ドアを開けた。


SP「どうぞ」


ミサト「…」


私は黙って降りた。辺りは真っ暗で、私の目前に闇に包まれたある建物の形がぼんやりと見える。昼間くらいなのに、こんな暗い場所があったのだろうか。


SP「こちらへ」


私とSPは、その建物に向かって歩き出した。靴の音がいつもより大きく聞こえた。

私たちはお互い黙って歩いている。そして、その建物の前に着いたところで歩を止めた。


SP「そちらのインターホンを押してください」


私は言われるがままに、古びたようなインターホンを押す。そして、とっさに私はSPのみぞおちを殴り、銃を奪い返した。


SP「うわっ!!」


ミサト「こんなところに内閣総理大臣がいるわけがないわ…あなた一体何者!?」


私は銃を彼に向けた。




その時、建物の電気が一斉に、全て点いた。あまりの眩しさに、思わず手をかざしてしまった。よく見ると、軽めのイルミネーションと、明るすぎる中のシャンデリアやライトが光り輝いていた。その光の中に、ある黒いシルエットが浮かんでいる。そいつの正体はすぐに分かってしまった。声で。











加持「葛城、俺だ!」


すました気楽な顔と、銃を下ろして、横目を向いて顰める顔。とんだ迷惑なサプライズに苛立ちの隠せぬ中に、まばゆいシャンデリアが心の中で光り輝いていると、少しだけ口元に笑みがこぼれた私に、かなりうんざりした。







レイ(……碇くん、珍しく忘れ物した)


レイ(それに、最近私と会ってくれてない気がする…何か関係があるのかもしれない…)


レイ(…葛城少佐の家の前に着いた。インターホンを押して見たけど、誰も出ない)


レイ「………」


ガチャッ


レイ「…開いた」


バタン


レイ「……いかr」












ギッギッギッギッギッギッ





レイ「……?」















……ああっ、シンジ!!シンジ!!もっと突いて!!あんんっ…あぁっ















ギッギッギッギッギッギッ













レイ「弐号機の人…」











……出る、アスカ!もう、出る……っっ!!










ギッギッギッギッギッギッギッギッギッ…………












レイ「……」








ハァ、ハァ………好きよシンジ……

















僕も……






レイ「……!!!」


レイ(……逃げなきゃ)


ガチャッバタン


レイ「…………」


レイ(好き……??何で…いや…みんなを好きになるのはいいことなのに……すごく……モヤモヤする)


レイ(あの音……私と碇くんがポカポカした時の音……きっと……貴女も…)







ポタッ



レイ「はっ……泣いてる………そう、私…悲しいのね……いや……………」


ギュウウウウ…





レイ「碇くんは…………」





























レイ「わたしのもの……」





ドアの開く音がして僕は慄然とした。激しい吐息に苛まれている僕とアスカは、ドアの方を見て、ひたすら呆然としている。

僕のを抜くと、アスカから白く濃密な欲望がとろっと出てきた。その極めて官能的な状況を見て、僕はもうどうしたらいいかわからなくなった。

先程ドアの開く音が明らかに聞こえて、人に聞かれたということと、欲望にまみれた二人の行為を抑えることがとうとうできなかったということ…。思考上、最悪の状況である。

アスカは、ベッドの上で、白い欲望を垂れ流しにしたまましくしく泣いていた。この上ない恥辱を味わい、その格好で髪を乱れさせたまま涙を流す彼女は、無様に等しかったと思われる。裸の僕は裸のアスカのそばに、体育座りで座って、頭を膝に突っ伏した。

アスカが、嗚咽を少し出して泣いているのが苛立たしかった。僕を求めたのは、アスカである。僕が求めたのは、アスカである。利己利他的に何の問題もないはずなのに、彼女は泣いているのである。だが、問題はそんな単純なことではなかった。


アスカ「私、今日要注意なのよ…」


彼女は嗚咽に紛れて、今更なことを呟いた。

まだ危険でないことが救いである。だが、こうなってしまった以上、もう祈ることしかない。当然バレたら、我々はパイロットという職を離れるということになる。もし、アスカの腹に命が宿ってしまったとしたら、密かに非人道的判断を下すしかないのかもしれない…。だが、アスカがそういった類の精神的な打撃に耐えられる気がしない。


シンジ「…大丈夫だよ」


だから僕はそう言うしかなかった。

僕はやがて立ち上がり、玄関へ行った。

ドアの鍵を閉め忘れていた僕はかなり愚か者だ。さらに、玄関に置いてあった見覚えのある忘れ物を見た瞬間、誰がこのドアを開けたのかが分かってしまった。


シンジ「綾波…」


僕は、裸で暗い玄関に佇んでいた。




私は、その謎のイルミネーションに囲まれた建物の中を覗くと、中はとても豪勢だった。暗くて何も見えないときは廃墟に見えたが、光がこうして集まるだけで印象がこうにも変わるとは、初めての経験だった。

加持は玄関の方まで降りてきて、 さっき私が殴ってしまったSPをかばった。


加持「おお、痛かったな」


SP「一応覚悟はしろと、あなたから聞いてはおりましたが、ここまでとは…ぐっ」


加持「ハハハ、すまなかった。礼はあとでたっぷりするからさ」


加持はSPを起こし、車に乗って戻っていろと伝え、SPは何とか立ち上がって、車まで戻って唸るようなエンジンをかけて去っていった。


ミサト「ちょっと」


加持「どうだ?俺が用意したサプライズ!こんなところにこんな建物があったなんてなあって、びっくりしただろ?」


ミサト「私、ここがどこか分からないんですけど」


加持「何そう不貞腐れてるんだ…ともかくご馳走たっぷり用意したからさ、食べようぜ。さあ中に入って」


ミサト「どうやら殴る相手を間違えたようね」


加持「お、おいおい…事情は中に入ってから説明するからさ、頼むよ。それまで俺を殴るのはお預かりだ」


ミサト「お引き出しはいつでもどうぞ」


加持「下手な比喩だったよ、すまん」


私はため息をついて、光り輝く建物の中へ誘われるがままに入っていった。

玄関の明かりの正体はやはりシャンデリアで、橙色の小さい電球がダイヤモンドのようで、無数のそれらが精密なガラス細工の光の反射で美しく輝いていた。私はそれを見た時、何故かシンジがアスカと逢瀬を遂げている(推定)ところを思い出した。暗い中うごめく男女の裸体と、宝石のように美しいシャンデリアに何の関係があるのか、私は見当もつかなかった。突発的に脳内の何かが作用して反射的に思い出したのだろうと私は考えた。


加持「キレイだろ」


ミサト「ええ…」


加持「さ、こっちだ」


目の前にある白いドアを開けると、そこには外から見たときの窓ガラスに映っていた、絵画のようなダイニングが広がっていた。2mくらいの縦長のテーブルに、様々なディッシュが所狭しと並んでいる。


ミサト「一体なぜこんな…?それに本当にここはどこなの…?」


最初聞き出そうとしたことがやっと言葉になって出てきた。


加持「だから、それを含めて今から話すのさ。さあさあ、座って座って。ワイン?シャンパン?」


ミサト「ビールは」


加持「ない」


ミサト「ワイン」


加持「60年ものだ」


ミサト「そういうの詳しくないの」


加持「俺も」


ミサト「なんで分かるの」


加持「書いてある」


ミサト「食べていい」


加持「おい待てよ、腹減ってんのか」


ミサト「今何時」


加持「13:30」


ミサト「そりゃ空く」


加持「何だよさっきから。様子が変だぞ」


ミサト「・・・」


加持「・・・」


彼はワイングラス二個とワインボトルとコルクを抜く道具を持って私と対になって座った。


加持「ま、その辺もいろいろ話そう。まずは乾杯だ」


ポンッとコルクを抜く音がして、そのあとワイングラスに紫色の液体が注がれていった。片方のワイングラスを、わざわざ2メートル先の私のところまできて、彼はワイングラスを渡した。


加持「乾杯」


ミサト「乾杯…」


もうなんだかよく分からないが、私はすぐにディッシュに食らいついた。


しばらくのあいだ、互いに食事に集中していた。何の会話も交わさず、せわしい食器の音が響いているだけだった。何はともあれ、私は腹が減っていたのだ。散々振り回されて、食に集中する文句を彼から言われる筋合いなんてない。


加持「…まあ、なんというか、お前と飲みたかっただけだよ」


やがて彼は口を開いた。


ミサト「普通に誘えばよかったのに」


加持「断られる気がしたんだ」


ミサト「意外と小心者ね」


加持「まあ割とガキの頃からそうだった。そんなやつが諜報部やってんだから、人生わかんねえよな、へへ。……この建物はな、俺が本部周辺に勝手に作っただけだよ。だからよく見るとただのプレハブだ。真っ暗なのはな…まあNERV周辺にはそういうところがあるんだよ。葛城は、そんなに本部の位置関係を把握してないよな?」


ミサト「具体的にはね。マップ見ても迷路だからさっぱり」

加持はうなずいた。


加持「それで俺はこの場所を使って、お前と飲める用意をしたんだ。どうしてもお前と飲みたかったから、今回は断られるのを避けれるように、こうした方式をとったまでだ。分かってると思うが、これ全部俺の奢りだ」


ミサト「そんなに…私と会いたかったのね」


加持「…ああ」


ミサト「そんなことで日本国政府を使うな!まるで身代わりよ」


加持「ハハ、ごめんごめん。どうしても信憑性てのが欲しくてな。それで彼らとはちょっとばかし関わりを持ってるから…お手てをお借りしたのさ」


ミサト「にしてはチンケな封筒だったわね」


加持「その方が逆に本当っぽくないか?」

私たちの推量は当たっていた。


ミサト「いいえ、全く。すぐ嘘だと分かったわ」


加持「えっ、マジかよ…じゃあよく来たな、ここに」


ミサト「正直殺されるのも覚悟したわ」


加持「本当か、それは参ったな」


ミサト「だからフツーに誘やよかったのよ」


加持「そうだな…肝に銘じとこう」


私たちはまた黙り込んで食事に再度集中した。



やがて満腹になり、あとは酒をグビグビと飲むだけになった私たちは、2メートルのテーブルじゃ流石に話しにくいという初歩的なことに気付いて、二階の部屋の小さいテーブルで改めて酒を交わし始めたのである。


加持「今更だけど、今日仕事は?」


ミサト「ないわ。明日もない」


加持「そうか。じゃあ心置きなく飲めるな」


ミサト「そうね………。ああ、なんだか悲しいわ」

私の頭はなんだかぼうっとしている。


加持「え?どうしたんだいきなり」


ミサト「シンジくんよ…」


加持「あぁ、彼か。元気にしてるか?」


ミサト「いや、実はね…」


私がその真実を言おうとした途端、頭の中でユーザーアカウント制御のようなものが掛かった。シンジくんとアスカのあの事をエクスポートしていいのか、というウィンドウがとっさに現れた。私は少しの間、口を噤んで悩んだ。その間彼は、何も言わずにただ私の言葉を待っていた。しかも、ちょっと微笑んで。

いや、でもいずれ言うべきことなのだろう。

私は腹を割って、許可にクリックした。


ミサト「シンジくんが、アスカと寝たのよ」


その時加持は、目が点になって、豆鉄砲を食らったような顔がになった。やがてその顔がだんだんほころび、ついには大声で笑った。


加持「そうかそうか!!シンジくんもやるじゃないか!!なあ!!」


ミサト「そんな呑気なこと言ってられないわよ!エヴァのパイロットな上に、まだ中学生なのよ!?」


加持「ま、まあそうだな。普通だったら、天と地を揺るがす大事件だ。何故そうならないか分かるか?公にはバレていないからさ」


ミサト「だからってダメなものはダメでしょうよ」


加持「でも、どうやって知ったんだ?確信はあるのか?」


確かに、言われてみれば特に確信とかいうものはない。中が暗くて、下半身部分は掛け布団で隠されていてよく見えなかったし…。ただ、体勢的には既に一線を越えているようなものだった。あの時のことを必死に思い出そうとはするが、ノイズが邪魔する。まるで、思い出してはいけない、とでも言うように。


ミサト「たまたまドアを開けたら、シンジくんとアスカが一緒に寝ているのを見たの。でも、あそこまでは掛け布団で見えなかったわ…。だから別に確信はないけどさ」


加持「なんだ、じゃあ別に確信も何もないじゃないか。本当に「寝ている」だけじゃん」


ミサト「まあでも…。アスカにも、心の拠れる所があってよかった、とは思ってるわ」


加持「…そうだな、あいつに一人は辛いかもしれんな」


ミサト「エヴァパイロットって、みんな孤独なのよ。両親にもそこまで恵まれていないし、ただ寂しい思いを過ごした日々を生きた者なの…本当に、私と似ているわ」


加持「…まあ…な」


加持はワインを一口飲んだ。それに続いて私も一口飲んだ。


ミサト「そうやって思う時…悲しくなるわ」


加持「なるほど…」


ミサト「まったく人の悲しみっていうのが分からないわ。確かに、セックスをしたり見たりする時、どこか悲しいのよ。いや、寂しいのかしら?その違いも、あまりよく分からない」


加持「実際、ラブホテルとかはかなりどんよりとしてるよな。恋愛としての性は、悲しみを生むに違いないんだな…。何故かは知らんけどな」


ミサト「あ、まあシンジくんが一線を越えたっていう確信はないけどね」


加持「それが分かった上での考察だよ」


ミサト「二人とも、今日はしっかり学校に行けたかしら」


加持「俺は、もう既に家にいると思うけどね」


ミサト「……してればの話でしょ?まあ、だとしたら耐えられるわけないわね」


加持「ああ」


ミサト「私、保護者役務まってるわよね?」


加持「もちろん」


ミサト「本当かしら?そんな…もし…二人の関係が本当だったら…私…保護者失格だわ」


加持「なんでだよ?二人を仲良くさせたとも言えるじゃないか。それに、割と年頃の異性同士だぞ?しかもあのナイーブな二人だぜ?その二人をくっつけさせることが出来たのは、俺は逆にすげえって思うけどな。まあ、時期尚早だけどな」


加持は軽く笑って、ワインをまた飲んだ。どうしてそう、この男は全て良い方向に考えることができるのだろう。私には到底理解できない。だが、どうしてそんな彼の言葉を聞いて癒されるのかも分からない。私も自然と彼の言葉を求めてここにやってきたのかもしれない。


加持「まあ、そんな気を悪くするなよ。酒でも飲んで良い方向に考えよう」


空になった私のワイングラスに、またワインを注いでくれた。その時の加持の顔が妙に楽しそうに見えた。私はそれが少し嬉しかった。魅力的なその目が、私を火照らせる。私は彼の目をじっと見ていると、その瞳がこちらに向いた。ギョッとして、慌てて目を背けた。

それで、素知らぬふりをして私は注がれたワインを一口飲む。


加持「…実はな、他にもお前をここに呼んだ理由がある」


ミサト「…何?」


刹那、加持は顔を寄せて、私の唇を奪った。私はそれを許容して、ワインの葡萄の味がする接吻をした。深海のように深くて暗い接吻だった。唇を離して、加持は私を見る、私は加持を見る。


加持「…少し、抱かせてくれないか」


ミサト「・・・」

私は、ゆっくり頷いた。






私たちは二階のもう一つの部屋に行き、互いの服を脱ぎあった。何も言葉にせず、ゆっくりとその繊維の塊を剥いでいく。

やがて裸になり、ベッドに隣、座り合う。

既に加持のは硬くなっていた。私はそれを手に取り、ゆっくりとフェラチオをした。そして彼は勢いよく射精した。ごくごく当たり前のように、彼の精子を飲んだ。


加持「今度は俺の番だ…」


加持は、私のを弄び、手を奥まで入れた。


ミサト「あっ…ぁあっ……!」


加持「気持ちいいか…?」


ミサト「ええ…んっ…とても……あ…気持ちいいわ……ああ、いくっ、いくっ!!」


速すぎるんじゃないかってほど速くに潮を吹いてしまった。そこまで、勢いもついてない内に………。


加持「さあ、悲しみを味わおうか…」


加持は私を抱きしめた。


ミサト「…結局…求めちゃうのね、私たち」


加持「……ああ。どうしたって、俺はつまるところ、他人の幸せに共感できない。こうして自分で体感しないと、幸せがどんなものかも分からない」


ミサト「こうしてるのは、幸せなことなの?」


加持「……ああ。とても」


ミサト「悲しいんだか、幸せなんだか…」


加持は熱く硬くなったのを、ゆっくりと私の下に挿れた。


ミサト「んっ…はぁっ…ああっ!!」


動かし始めてからずっと、私は大きく喘いだ。外に響くんじゃないかってほど、激しくベッドが音を立てた。オーガズムの絶頂に達した時、彼は勢いよく射精した。その時、私の目からは涙が出ていた。


加持「はぁっ、はぁっ…」


ミサト「んっ、…はぁっ、はぁっ…」


加持「……悲しいか?」


ミサト「…………ええ、悲しいわ」


加持「…実はな、もう俺は二度とお前とこの悲しみを味わえないことになる」


ミサト「え………?」


加持「そのことを伝えたかった…もう一つの理由ってのはそのことだ」


私たちはまた唇を交わした。もう、彼を離そうとはしない自分がいた。諦念の気持ちを持っている自分がいた。自暴自棄になっている自分がいた。

総じて言うと、私は彼を愛していた。そんな簡単なことにも今まで私は気付かなかった。彼はまだ気付かないのか気付かないのかと待っていたのだ。だから今や私の心にシンジくんやアスカはいなくて、ただ彼の愛を貪ることだけが存在していた。私は彼と、昼から翌日の朝まで、寝床を共にしたのだった。彼が建てた小屋の二階で…。



4


Q.いくつかの質問をします。あなたは、今まで何人の女性と関係を持ちましたか?また、それについて、簡潔にお答えください。


シンジ「………二人、です。アスカと綾波。いや、綾波とアスカって言った方がいいのかな?順序的にはそうだったから。二人とも同じパイロット同士だったから、結構仲良くできた。それに異性である上に、精神的にも身体的にも苦痛な仕事だから、自然と求め合っちゃったのかな…という感じです」


Q.ミサトさんについてどう思いますか?


シンジ「え、いや、どうもこうも……。とても頼りになる親のような存在ですよ。あんな父親より、よっぽどいいです。家事面に関してはだいぶ惜しいところがあるけど、容姿、精神力、統括力、思考力、決断力といったらまさに完璧なんじゃないんですかね。一部を除けば才色兼備に近いと思います」


Q.もしミサトさんにアプローチできる時があったら、しますか?


シンジ「え、何ですか一体…。これも答えなきゃいけないんですか?………勿論、僕はまだ学生ですし、29歳の人と交際するのはかなりタブーなことだと思いますけど……とても良い人ですし、頼り甲斐がありますからね……。はい、しますよ」


Q.二人は、どうするの?


シンジ「………何でそういうことも言わなくちゃいけないんですか?誘導尋問ですか?」


Q.どうするの?


シンジ「えっ、ちょっと、やめてくださいよ、勿論スパッと切ってから……」


Q.本当に?


シンジ「本当ですよ、え…何なんですか、これじゃ僕が捻くれ者に映るじゃないですか。第一、こんな質問なぜするんですか?」


Q.最後に、一言お願いします。


シンジ「え、勝手に質問されて勝手に切られたんですけど…。別にいいや、はい、まあ特にありません」


Q.ありがとうございました。










シンジ「!」


目が覚めた。目覚まし時計を見ると、午前3時だった。汗の臭いが鼻に突き刺さり、空間は混沌の闇に包まれている。横で寝ているアスカはもういなかった。リビングのテレビの音が聞こえたから、きっとつまらない番組でも見るともなくぼんやりと眺めているのだろう。

意識がある程度まで戻ると、僕は全裸で寝ていた。それでもって、汗をぐっしょりとかいていたのだ。気持ちが悪いので、まず布団シーツと枕カバーを外し、それを持って浴室に行き、洗濯機に投げ込んだ。自分はシャワー室に入って、熱いシャワーを浴び、入念に体を洗った。これ以上洗うと皮が剥がれるんじゃないかってほどゴシゴシと洗った。

浴室を出ても、爽快感はあったものの、今日はジメジメした天気なので、なんとも中途半端な感じだった。タオルで体を拭き、ユニクロのTシャツを着て、ユニクロのジーンズを履いてシンプルにまとめた。

リビングに入ると、胡散臭い通販番組の音が聞こえ、そのテレビの前でアスカの後ろ姿が確認できる。

がちゃんとドアを閉めると、アスカがこちらを見た。蕩けた目ではなかった。


シンジ「なんか、食べる?」


アスカ「……うん」


シンジ「分かった。なんか適当に作ろう」


アスカ「まだ、ミサト帰ってないのね」


シンジ「そういえばそうだったな。何してるんだろう?」


ふと電話の方を見ると、留守番ボタンのところが赤く光っていた。


シンジ「あ、ミサトさんから電話あったのかもしれない」


僕はそこへ向かい、ボタンを押してみた。


『一件の、新しいメッセージです。

ピーー


……シンジくん。アスカ。元気にしてるか?加持だ。』


アスカ「か、加持さん…」


シンジ「こっちに帰ってきてたんだね…」


『突然で申し訳ないが、葛城は預かった。返して欲しけりゃ、100万円用意しな。……っていう茶番は置いといてだな、ともかく葛城は大丈夫だから、そっちは勝手にしといてくれ、それじゃ


…月…日、午後9時3分です』


ツー、ツー……


アスカ「なんとも無責任ね」


シンジ「加持さんらしいよ…」


そういって僕は台所に向かう。アスカは意味のない通販番組の方に向き直った。よく見るとペンペンを抱いていた。


冷蔵庫にあったベーコン、馬鈴薯、玉ねぎでジャーマンポテトを作った。あっという間につまみの完成。

ドリトスもあったのでそれも一袋ずつ持ってきて、テーブルに並べた。


アスカ「…美味しそうね」


シンジ「飲み物は?」


アスカ「んー、ビールって言いたいところだけど…フフッ、未成年だからね。烏龍茶でいいわ」


シンジ「分かった。じゃあ僕はサイダーにしよう」


ペットボトル500mLの伊藤園の烏龍茶と、三ツ矢サイダーを一本ずつ取り出してテーブルに置いた。


アスカ「今何時?」


シンジ「夜中の3時30分。乾杯」


アスカ「…なんかよく分かんないけど、乾杯」


コツッ、とペットボトルの当たる音が、やけにませていた。


ペンペン「クエーッ」


ペンペンはいつも通りビールをストローで飲んでいた。

アスカはジャーマンポテトを一口、器用な箸づかいでつまんだ。


アスカ「……美味しい」


シンジ「それはよかった」


アスカ「こういう時は、作るのね」


シンジ「ま…まあ夜中だからね、今回は特別さ」


アスカ「三日坊主なんじゃない?」


シンジ「いや、いや…僕が作らないって言ってるのは三度のご飯だから。こういう夜食系は別に作ってやらんでもないって感じだよ」


アスカ「何その上から目線…」


シンジ「別に…」


アスカ「私だってね、ご飯作れるようになろうって思ってるのよ。このままできないでいたら、女を捨てたのも同然だし、やっぱり何だかんだ、女は飯が美味しい方がモテるに決まってるし、才色兼備なんだから、料理くらいすぐできるようになるに決まってるし…。でも、悔しいけどバカシンジには負けるかもね」


そう言って彼女は軽く笑った。アスカの何となくの想いを聞くと、僕の胸が疼いた。あの勝気なアスカが、料理に関しては負けを認めたのだ。嬉しそうに頬張るアスカが可愛らしく見えて、少し見惚れてしまった。


アスカ「何見てんのよ」


シンジ「あ、何でもないです…」


アスカ「今更なんなのよ…さんざん私を貪ったじゃない」


シンジ「そう、だけど…」


アスカ「別にずっと負けを認めたわけじゃないわよ?いずれマッハで追いついてるから、気付いた時には1光年離れてるわよ」


シンジ「速すぎだよ…」


アスカ「その時には、あんたに腹壊す程食べさせてやるから、期待してなさい」


シンジ「勘弁してくれ…」


アスカ「ふふっ」


嗚呼、罪深きこと限りない!僕はこんな純朴で端麗なアスカを、他人の媒体を残したまま口付けしてしまったのだ。僕のこの行為は、今の時期では死に値するようなことだ。これからもし、僕の罪が彼女に本当に知れたこととなったとしたら、きっと彼女は舞姫のように狂って自ら命を絶つまでに至るかもしれなくて、僕は慄然とした。自分が神経質なだけ、大層に考えているのかもしれないが、その際は僕も…勿論…跡を追わねばならないが…。明くる朝に押されて闇の中に薄れゆく月を見た瞬間、あの、綾波の純白の身体が頭をよぎった。もし、先の玄関の音が本当に綾波であったとしたら、僕は、僕たちはどうなるか知れない。

アスカの方に視線を戻すと、アスカは頬杖をついて、少し蕩けた目で、僕に向かって言った。


アスカ「もうすぐ夜明けね」



レイ宅


レイ「……。」


レイ「…寝れない」


レイ「何だろう、この気持ち悪い感情…」


レイ「怒りというのか、諦めというのか、口惜しさというのか…」


レイ「解らない……」


レイ「…碇くん、本当に私を大切に思ってるのかな……」


レイ「あの時に出た涙…」


レイ「…まだ頰に残っている涙の筋」


レイ「…それは夜空の星が導く標…」


レイ「……それでも私はこうしてひとり」


レイ「……かなしい、だけ」





翌日、僕たち二人は、ずっと家にいても気分が晴れないので、思い切って第3新東京市を行く宛もなく歩き回ることにしてみた。電車は敢えて行きは乗らないことにした。

結局、ミサトさんは帰ってきていない。きっと加持さんととびっきりの一夜を明かしたに違いない。そう思った時に驚いたのは、自分の中に少し加持さんに妬いているところがあったことだった。でも、どっちみち、いくら過去に別れたことがあったとしてもミサトさんが惚れているのは加持さんに違いないのだから、ある程度諦念の気持ちはあるのが唯一の救いだった。

日差しが眩しくて、やっぱり引き返そうかなとも思ったけど、アスカの普段着の姿が一段と可愛らしくて、この機会を逃しては勿体ないと思い、外に出た。

第3新東京市は使徒迎撃要塞都市だけあって、特にその都市の中にこれといった観光名所はない。あるとしたら、周辺にある芦ノ湖や箱根温泉くらいだろうか。ミリタリー系が好きな人にとっては、第3新東京市は格別の場所と言っても過言ではないと思うが、僕にとっては「寂しい街」に過ぎなかった。

下町的な雰囲気である学校周辺を散策すると、子供たちが愉快そうに、はしゃいで走っていった。駄菓子屋の側を通りかかると、そこにいたおばあちゃんが、彼女かいと僕に声をかけてきてくれて、今日は暑いから気をつけなと言ってアイスを馳走してくれた。

トウジとかと行く時はそんなことしてくれなかったんだけどな…。

アイスを爽やかそうに食べるアスカはしたり顔で言う。


アスカ「私のこの美貌のおかげね」


そのまま中心部に向かって歩いて行くと、車通りや人通りが多くなってきて、様々な娯楽施設が軒を連ねる。飲食店、カラオケ、CDレコード、楽器、書店、衣服、ゲーセンなど……。

僕たちは何となく最初に書店に向かった。


アスカ「私ね、ゲーテとヘミングウェイは読んだことあるわ」


シンジ「なかなかいいところじゃない」


アスカ「若きウェルテルの悩みと、老人と海。どっちもクセのある話だったわ」


シンジ「かもね」


アスカ「バカシンジは何読むの?」


シンジ「え、僕?んーと…太宰治とか、芥川龍之介とか…海外だったらサガンかな」


アスカ「一番好きなのは?」


シンジ「人間失格…かな」


アスカ「ふん、悲しみよこんにちはって感じね」


そう言われた途端、少し目が眩んだ。

結局僕は太宰治、アスカは新しいのに挑むと言ってドストエフスキーの本を買った。


シンジ「カラ兄は長いよ。読んだことないけど」


アスカ「あら?じゃあ私が先読みしちゃうわね」

と、彼女は強がった。


そのあと、近くにある喫茶店に行き、冷たいアイスコーヒーを飲んだ。僕とアスカは暫くの間本を読み耽っていた。コーヒーを飲む音と、ページを繰る音が規則的に聞こえるくらいだった。店内のスピーカーから、チャーリー・パーカーのジャズが小さく流れていた。


シンジ「お腹空かない?」


アスカ「そういえばもう昼時だったわね」


シンジ「ここ食べ物もあるからここで食べちゃおうか」


アスカ「そうね、そうするわ」


シンジ「何がいい?」


アスカ「このハムサンドイッチでいいわ」


シンジ「じゃあ僕はたまごサンド」


オーダーをしてから、また僕たちは読書に戻った。僕たちって、こんなに本が好きだったくせに、今まで一度もその話をしたことがなかったんだ…思えば、読書家の綾波ともしていなかった。彼女は向こうから話してはこないし、聞いても一問一答のような呆気ないものに終わるんだろうな。超現実主義、自然主義、ロマン主義、新感覚派、……。いろんな文学があるのだから、一つくらい話をしてもよかったと、何となく感じた。アスカは、綾波は、どの文学が好きなんだろう?

やがてオーダーしたものが運ばれてきて、パンの香ばしい香りが微かに鼻腔をくすぐる。おまけでスープが付いていた。


アスカ「シェアしよ」


アスカのと僕のを一つずつ交換した。


アスカ「ん!意外と美味しい!」


シンジ「そりゃそうだよ、この辺では名高い喫茶店だからね」


アスカ「てか、お金あるの?」


シンジ「ミサトさんのへそくりからくすねたから大丈夫」


アスカ「悪い男ね」


シンジ「いいや、勿論申告はするよ」


アスカ「ふーん…どうかしら」


シンジ「別に…そんな大したお金じゃないし」


アスカ「それ言っちゃおしまいねー」


僕たちは軽く笑った。


シンジ「あのさ、小説のことだけどアスカってどういう文学が好きなの?」


アスカ「え?ああ、なんとか主義っての?別に気にしたことないわねー」


アスカはスプーンを銜えて、少し考えた。


アスカ「……うーん、あんましよく分からないけど、海外系ばっかり読んでるからロマン主義とかその辺なんじゃない?あんまり流派とか知らないから率直には言えないけど」


シンジ「へえ、ロマン派ねえ…何となく、アスカらしい気がする」


スプーンを銜えたアスカは、可愛らしく少し顔を赤らめた。或いは、ロマンとは、この美貌を見るためにあるものなのかもしれない。


アスカ「あ…ありがとう」


シンジ「褒め言葉、なのかな」


アスカ「私はそう受け止めることにするわ」


シンジ「じゃあこちらこそありがとう」


僕たちが、ほぼ同時にコーヒーを飲み、ほぼ同時にストローがズズッと鳴った。

ほぼ同時にコーヒーが無くなった。


シンジ「アスカ、あのさ…」


アスカ「?」


シンジ「突然なんだけど…前にミサトさんから聞いたんだけど…」


アスカ「…何?」


シンジ「アスカがまだ子供の時って…どんな子だったの?」


アスカ「…!」


シンジ「ご、ごめん…別に話したくないなら話さなくていいんだ…ただ僕は」


アスカ「…そう。聞いたのね。ミサトから」


シンジ「あ、いや、その、何も全部を聞いちゃいないよ。ただ大変だったことしか聞いてないから…」


アスカ「……うん。確かに、大変だった。でも、今話す時じゃないわ。私もね、いろいろ抱え込んでるのよ。そんなペラペラ話せるようなことじゃなしに」


シンジ「そりゃ、そうだよね…」


アスカ「バカシンジもやっぱり、バカなだけKYね」


シンジ「ごめん…」


アスカ「ま、いいわ。いずれ教えてあげるわ。ただ今は、無理な話ね」


シンジ「分かった、悪かった」


アスカ「うん…」


そのあとのアスカは、かなり落ち込んでしまった。どこへ行くのにも、何をするのにも、楽しもうとするものの、どこかぎこちない。早く帰りたそうだった。そこで僕が、帰ろうか、と言うと、まだ、の一点張りだ。

やはり、あんな質問をしなければよかった、と後悔する。忘れたい過去を掘り起こさせたようなものだった。それを考えると、鈍感もなにもない。自分が犯した過ちであった。

結局その日は、日が沈んでいく午後6時頃に、後味すっきりしないまま帰宅した。


アスカ「また後日行けばいいわ」











冬月「お前の息子は、予定通りの行動を取っているのか?」


ゲンドウ「放っておけ。予定外でも、計画に障害がなければ、それも誤差の範囲だ。問題ない」


冬月「だが……2号機のパイロットとの親交がかなり深まっている。何か、間違いをしでかさなければよいがな…」


ゲンドウ「…口を慎め、冬月」


冬月「……悪かった」


ゲンドウ「今、例のプランが実行中だ。そのあとには、懸念もなくなるだろう」


冬月「…だといいがな」












ミサト「……」


私は今、またあの黒い車に乗っている。運転手は、私が負傷させてしまったあのSPだ。相変わらず、窓の外の眺めは見えない。

私は前の夜、加持から火のような愛と、ある霹靂を受け取った。


加持『俺は…またここから移動せねばならん』


ミサト『そんな…またこうして…一緒に…なれたのに…』


加持『いいか…心して聞くんだ。今度こそ、俺は危なくなる。どうも、例のプランが実行される命令が下ったらしい。自分もあまりそのことについてまだ詳しくは分かってないが、今度は、危ない綱渡りどころか、綱が切れてる所を渡らせられるらしい』


ミサト『なんてこと…』


加持『だが、何もまだ綱が本当に切れてると確信したわけじゃない。もしかしたら、他のところに頑丈な橋があるかもしれない。俺は、その可能性がわずかでもあると信じている。どうか、そう祈ってほしい』


ミサト『……』


加持『何、心配することはないよ。人間、いつか死ぬのさ。死は、どんなに技術や医学が発展しようが、どうしようもない運命なんだからさ…。ただ、俺が唯一悲しいのは、お前と会えないということかな…』





ミサト「……うぅっ」


不覚にも、泣いてしまう。人間とは、最悪を想像しまいとしても、どうしても想像してしまう生き物だ。その方面に関しては、なんとも愚かな生き物だ、と思ってやまない。


SP「…着きました」


ドアが開かれると、そこはルノーを止めた駐車場だった。

私はSPに負傷させたことを詫びた。


SP「いや、いいんですよ。びっくりさせたのは私たちの方ですからね」


SPの車が立ち去り、私はルノーの車に乗り込み、しばらくエンジンをかけずに何も考えずにぼうっとした。下を向いていた。手には、もう一つのUSBが握られていた。


ミサト「…そうね、行きましょう」


私はエンジンをかけた。前にかけた時より威厳のある音になっていた。






リツコ「…そう…加持くんが言ったのね」


ミサト「ええ…上部の人に狙われているらしい…わ」


リツコ「どうも気に食わない話ね。ちょうど帰ってきたばかりじゃない…一体何が起こっているというの…」


ミサト「あなた、知ってるんじゃないの」


リツコ「冗談はほどほどにした方がいいわよ。私が知るよしもないわ」


ミサト「…加持くんに会った時に、このUSBを貰ったの。極秘裏の資料らしいわ」


リツコ「……ファイルを開いてみて」


私はUSBをジャックに挿入し、ファイルを開いた。


ミサト「…………」


リツコ「…………」


ミサト「…………何なのこれは」


リツコ「……分からない」


ミサト「…………シンジくん…あなたのお父さんはとんでもないことを考えているようね…」


リツコ「……可哀想な子だわ」


ミサト「いえ…それは彼らパイロット全員に言えることよ」





アスカ「…ミサト、まだ帰ってないのね」


シンジ「そうみたい…だね」


僕たちが帰ると、ペンペンが元気よく飛び出してきたくらいで、あとは伽藍堂だった。


シンジ「ミサトさん…遅いね。どうしたんだろう」


アスカ「さっきの留守電でも言ってたでしょう?きっと加持さんとまだイチャイチャしてるんだわ」


シンジ「にしては長いね…」


アスカ「あら、何にも分かっちゃいないのね」


シンジ「何が?」


アスカ「…さあね」


シンジ「変なの…」





夜、ミサトさんが帰ってきた。


ミサト「ただいま〜」


シンジ「おかえりなさい」


アスカ「おかえり」


ミサト「いや〜参ったわ。もう政府のしつこさったらありゃしないわ。つっかれた〜」


アスカ「その政府ってのは、もしかしてこのことかしら?」


アスカは、電話機の留守電のボタンを押し、メッセージを流した。


ミサトさんは赤面した。


ミサト「…あいつ」


アスカ「とってもしつこかったみたいね〜」


ミサト「うるさい!それ以上言うと冷蔵庫に閉じ込めるわよぉ!」


アスカ「あー怖い怖い」


シンジ「アスカ、やめてあげなよ…」


ミサト「まあ、いいわ。バレちゃあ仕方ねえ。そう、加持のドッキリだったのよ、政府ってのは。ったく、馬鹿みたいな企てをするのよ…普通に誘えばいいのに」


アスカ「普通に誘ったら行かないでしょうよ」


ミサト「なっ!!加持と同じこと言うなっ!」


アスカ「ふふーん」


僕は、ミサトさんとアスカの小競り合いを、見るともなく傍観していた。どうしてだろう、ミサトさんが少し可愛く見えた。そして、少し悲しくも見えた。赤い顔をしているミサトさんを見るのは初めてではないどころか、見ない日はないくらいなのだが、今日のミサトさんの赤い顔は初めて見た、と思うくらい特別なものだった。


ミサト「ねぇ、お腹空いたから何か食べない?」


シンジ「あ、ああ…カップ麺ならキッチンに」


ミサト「徹底してるのね」


別に作ってやらんでもないと思ったが、アスカがいるのでやめた。




私は今こうして何とかシンジくんたちと明るく接している。しかし、心の中では悲しく泣いている。あの留守電のメッセージはまだあるかしら?二人に明日のシンクロテストのことを伝えて、二人がまた一緒に眠った隙に、電話をいじった。まだ残っていた。何となく再生ボタンを押して、彼のおどけた声を聞く。

もしかしたら、もうこの彼の声が聞けなくなるのかもしれない。そして、もう彼の胸に抱きつくことももう出来ないのかもしれない。昔からペシミスト、悲観論者だった私は、楽観的思考などにはなり得なかった。なりたくてもなれなかった。最後の日になるかもしれない時にもらったのは結局、このUSBだけ。ロマンのかけらもない。せめて、ブローチでも、ネックレスでもいいから、何か形あり風情ありのものが欲しかった。でも、これでも彼なりの精一杯の愛情の示し方なのだ。そうは思えていても…中身を開ければ私たちがこっそり探している誰か別の人の目的…に過ぎなかった。私と彼だけの、目的は、何一つなかった。近い将来、身を寄せることもきっと叶わなかったに違いない。

私は自分の運命を呪った。そして、独りの私を放って、ぬくぬくと二人寝ている彼らも呪おうとしたが、私にはそんな度胸はなかった。

また、独り私は啜り哭く。



5


翌日、僕たちはシンクロテストにミサトさんの車で赴いた。運転席にミサトさん、ジャンケンで勝ったアスカは助手席、負けた僕は後部座席に乗った。誰も何も話さなかった。みんなが、ラジオから流れる90年代のフュージョンジャズに耳を傾けていた。青空に雲が点々としていて、太陽がギラギラと海に照りつけていた。ミサトさんは両手でしっかりとハンドルを握って、前方を向いている。サングラスをかけているので表情は分からなかった。アスカはドアに頬杖をついて外の景色を眺めている。


NERV本部に着くと、いつものように機械で駐車場までリフトで運ばれる。最初にきた時は驚いて興奮して見ていたジオフロントを上から何となく眺め、そのあと車を止め、それぞれIDカードを通し、リツコさんのところへ向かった。


リツコ「おはよう」


シンジ「おはようございます」


ミサト「おはー」


アスカ「おっざーす…」


レイ「…」


リツコ「今日は、通達した通り長めのシンクロテストを行います。現在も初号機、2号機、0号機は全て修復作業中だけど、それぞれのエントリーシステムのプログラムをそのままプロットした擬似プラグにおいて行うので、いつもの感じではないけど、そこは許してね」


アスカ「あーあ、しばらく私の2号機はお預けってわけね…気後れしちゃう」


シンジ「使徒と戦ったあとだし、それにあそこまで白熱した戦いだったんだ…仕方ないよ」


アスカ「そこだけなのよ、私だけの居場所は」


シンジ「居場所…アスカ…」


レイ「その擬似プラグは、全員分あるのですか?」


リツコ「もちろん。少し間に合わせな感じもあるけど、しっかり全員分あるわ」


レイ「なら一斉にできますね…分かりました」


シンジ「綾波はみんなのこと考えてるんだな、感心するよ」


レイ「…」


綾波は、初めて僕の言ったことを無視した。

アスカに振り返ると、少し顔をしかめていた。


ミサト「そんじゃ、始めますか」





『システム起動』


『擬似エントリープラグ、3機それぞれ起動時異常なし』


リツコ「了解。互いのエヴァのプログラムをリンクさせて」


『了解。リンクします』


『リンク完了。これより、シンクロテストに入ります』


『初号機パイロット、シンクロ率25%。2号機パイロット、シンクロ率23%。0号機パイロット、シンクロ率30%。概ね異常は見られません』


『誤差の修正は有効数字二桁の範囲です』


『L.C.Lモル濃度も平均値を維持しています』


マヤ「MAGIによるデータ分析の結果、それぞれAランクです」


ミサト「まあ、休養が効いたかしらね?」


リツコ「そうみたいね。コンディションが良好な状態なのかしら」


ミサト「3人とも!なかなかいいじゃない」







シンジ(僕は…何のためにエヴァに乗ってるんだっけ。ああ、そうか、人を守るためだ。みんなの笑顔を見るためだ。そして、父さんに褒められるためだ…。父さんは、シンクロテストも見てるのかな?いや、そんな時間はないだろう。もっと大事な用事があるに違いない。僕という息子なんかより、何か…大切な…綾波…。

綾波は、どうして僕を無視したんだろう?綾波、綾波…やっぱり、あの時の、玄関ドアの音は、綾波だったんだ。僕は、相当にひどいことをしている。そうやって思うと、逃げ出したくなるし、どうしようもなくなる。でも、どちらも好きだというのには変わりはない。そうはいっても、選べと言われると……そんなことできるわけないじゃないか…)



アスカ(私は…自分のためにエヴァに乗ってるの。ママの期待に応えて、私が一番になってやるの。何がバカシンジよ、何が依怙贔屓よ!?私が全てにおいてトップ。…でも、私としたことが……惚れてしまったのね…。まだ、その人の匂いが残っている。初めて抱かれたとき…エヴァに乗った時の感触に似た…包み込まれるような優しさを感じた。でもね…私は知っているの…その人は、依怙贔屓にも惚れているというのを…)



レイ(私には…碇くんしかいない…見えない。司令の息子…としてではなく…本当に…好きという感情。初めて…私はそういう感覚を持った気がした。もっと、碇くん…シンジ…に暖かくしてほしい。でも…碇くんはやっぱり…2号機の人のことも好きだった…私はそれでもいい…でも…あの時のことは…悲しみと怒りが混じった気持ちがこみ上げた…やっぱり…ダメ…)







『シンクロ率が、それぞれダウンしました』


『ですが問題ない範囲です』


ミサト「褒められると油断するみたいね」


リツコ「みんな!集中して」


シンジ「あ、すみません」


アスカ「うぁーい」


レイ「…はい」




マヤ「でも、問題なく進んでいます。調子はいいみたいですよ」


リツコ「シンクロ率は人の表面的な心では左右されないわ。……さっきの少しの変動も、深層意識に何かがあるみたいね」


ミサト「まあ、そんな年頃よ」


リツコ「思い当たることはないの?」


ミサト「え?あ、うーん……どうかな?」


リツコ「シンジとアスカの保護者を買って出たのはあなたでしょう?もっとしっかりしなさいよ」


ミサト「しっかりしてるわよ。まあ確かに、ナイーブな男女を扱うのは難しいわ。まるで危険物管理みたいにね。でもね、少なからず彼らは彼らなりに成長しようとしてるわよ。私からは、そう見えるの」


リツコ「……そう」


ミサト「・・・。」




口が裂けても、言えない。もしかしたら、アスカとシンジくんがもう既に事実を持っているかもしれないということを。リツコに聞かれた時、内心ビビってしまった。少し不意打ちだった。綺麗事を言って誤魔化したけど、女に対する勘だけはいいリツコは、何かあると見抜いてしまったかもしれない。私はもっとしっかりしようと思った。




口が裂けても、言えない。僕はもう既にアスカや綾波と不可逆的事実があるということを。ミサトさんにはどうやらギリギリ悟られてはいないようだが、先ほどの心の乱れが、少しシンクロ率に反映したというのは、かなり痛い事象だった。だが、驚いたことにいっぺんに三人それぞれのシンクロ率が下がったのだ。まさか、二人とも同じことを考えているというのか。

何となく、僕は嫌な予感がした。近い将来、なにか途轍もない、大変なことが起きてしまうような気がする。今日のこのシンクロテストの出来事が、虫の知らせだったのかもしれない。




女子更衣室


アスカ「あ〜、つっかれたわね、本当に〜」


レイ「…そうね」


アスカ「ましてや肝心のエヴァに乗れないなんて、画竜点睛だわ」ヌギヌギ、ポロン


レイ「・・・」


アスカ「…何じっと見てんのよ?そんなに私の体が羨ましいわけ?」


レイ「・・・ねえ」ヌギヌギ


アスカ「?」


レイ「…私と、あなた…いい勝負、してるわよね?」ポロン


アスカ「えっ…何よ突然…依怙贔屓も長いシンクロテストに参っちゃったみたいね。大丈夫?」





















レイ「私…知ってるから」


アスカ「!!!!!!!!!!」


レイ「でも…あの人の初めては、あなたじゃないわ…私よ」


アスカ「・・・」


レイ「嬉しかった…そして、悲しかった…。あの人が私を認めてくれた時…そしてあの人があなたを認めた時」













アスカ「・・・フハハッ」


レイ「・・・」


アスカ「アーハッハッハッ!!何?私があんな奴と?冗談もほどほどにした方がいいわよ。私はあんたとあいつが付き合ってろうがなんだろうがどーでもいい話なのよ」


レイ「とぼけないで」


アスカ「とぼけてなんかねぇよ!!!」バンッ!!


レイ「っ!?」


アスカ「いい加減にしないと張り倒すわよ?でもね、いい、一つだけ覚えときな」モミモミクリクリ


レイ「っ……///やめてっ…///」


アスカ「私は、あ・ん・たよりは上だから、いい?うーえ!!!あのバカシンジが私に惚れるんじゃなくてあんたに惚れるってのも、まあそれはそれで納得な話ね。バカだから!!相変わらず、貧相な乳首ね」ピンッ


レイ「……っ!!」





パシン!!







アスカ「・・・」ヒリヒリ


レイ「・・・」


アスカ「…あーそう。そういうことね。やっぱあんたって、依怙贔屓同然ね。今回のこと、忘れるんじゃないわよ」


レイ「…忘れるわけがないわ」


アスカ「もうあんたとは口利きたくもないし、顔を合わせたくないわ。私は別のところで着替える。今度言ったら殺すわよ?」


レイ「……碇くんは、渡さない」


アスカ「………ふんっ」









レイ(これで…)


アスカ(よかったんだわ)


レイ(そして、これが…)









レイ・アスカ(女の戦い)


















シンジ「いやぁー疲れたなぁ。使徒殲滅以来のきっついテストだったなー…早く帰って休みたいよ」


ミサト「お疲れ様〜、よく頑張ったわね。あなたのその一つ一つの努力が確実に人間の未来を明るくしていることになるんだから、胸を張りなさい」


シンジ「そんな…僕は言われたことをやっているだけです…」


ミサト「いいのよそれで、子供は」


シンジ「子供…ですか」


シンジくんは、不敵な笑みを浮かべた。


ミサト「…あのね、悪いんだけど、ちょっち今日仕事が入って残ることになっちゃってね〜。アスカと先に帰っててくれない?夕食は私勝手に済ませるから、あなたたちも勝手に済ませてて」


と言って、ミサトさんは僕に一万円札を渡した。


シンジ「こんなに、要らないですよ」


ミサト「いいから、夕食代も入ってるんだし。アスカには黙っときなさい」


シンジ「僕だけ悪いですよ。アスカにもちゃんとあとであげてくださいよ」


ミサト「分かってるわよ。お小遣いなんだから遠慮しないで受け取りなさい」


シンジ「あ、ありがとうございます…」


ミサト「それじゃあね、あとは任せたわよ。おやすみ」


シンジ「おやすみなさい…」








私は、シンジくんにお小遣いを渡したあと、その仕事に向かった。あのUSBのことだ。加持は一体どういうことをさせられているのか、そしてNERVはどこに向かっているのか、私は探りたかった。

シンジくんのあの笑みは…まるで真実の愉しみというのを既知のものにしているとでも言うような、中学生ではあり得ないものだった。私はその顔を見たとき、心持ち少し慄いた。やはり、私のあの推測は間違っていなかったのか。いや、まさか…シンジくんがそんなことをするなんて…どうしても、とても思えない。思いたくない。

私は、ヘアゴムで髪を結わいてポニーテールにした。そして、ドアを開ける。


リツコ「お疲れ。ここまで解析したわ」












シンジ「アスカ〜。もう準備できた?」


女子更衣室のドアが突然開く。


レイ「…」


シンジ「あ、綾波。今日テスト大変だったね…お疲れ様」


レイ「……ええ」


綾波は、そう言いながら僕の前を通り過ぎていった。淡い石鹸の香りがした。

僕は、綾波の後ろ姿を見つめ、今日綾波が初めて口をきいたのに気付いた。

綾波…ああ、綾波綾波綾波綾波綾波綾波!

どうしてそう、じれったいことを僕にさせるのだろう。あの月光の夜のことは既に忘れてしまったのだろうか。いや、そんなはずはない。脳裏に焼き付いているからこその、あの行為である。きっと、愛の過程において、今は何となくしっくりこない時期にいるだろう。そういう時期も時として存在する。僕はそう信じた。

しばらくすると、また女子更衣室の扉が開く。

アスカは、出てくるなり僕に抱きついてきた。彼女もまた、淡い石鹸の香りがする。麗しい茶髪が、香りを纏って揺らめいた。


シンジ「ど、どうしたの突然…」


アスカ「何でもないわ」


シンジ「何かあるに違いないんだけど…」


アスカ「何でもないったらないの!ただ、シャワーで少し冷えちゃっただけよ…」


シンジ「シャワーで冷えるもんか…」


アスカ「うるさいわね…ミサトは?」


シンジ「あぁ、今日遅くなるって。だから、二人で夕食の買い物してから先に帰ろう」


アスカ「ふーん、じゃあとっとと帰りましょ」ギューッ


アスカの抱擁が少し強くなった。喜びを象徴しているはずだ。


シンジ「よし、じゃあ帰ろう…早く離して」


アスカ「…じゃあ、手は…絶対離さないで」


シンジ「……」


僕は、アスカの暖かい手を握る。アスカの顔は紅潮していた。それを見てから、僕の顔の周りが一段と暑くなった気がして、シャワーを浴びたのに少し汗をかいてしまった。

二人手を繋ぎ、綾波が一人帰った道を歩いて、帰路につく。罪悪感と、悦楽の念が渦を巻いていた。そして、アスカの目を見ると、今までに類を見ないほどの蕩けた目をしていた。







ミサト「こんなデータを開いて、外部にバレないかしら…」


リツコ「大丈夫。暗号化してあるから」


『データ解析中…36%』


リツコ「加持くんも流石に、ファイルにかなり重いセキュリティを施していたから、細かく開くのに時間がかかってるわ。MAGIでもこの速度なのよ…加持くんはプロね」


ミサト「それが諜報部。口だけは堅いのよ」


リツコ「いつ…これをもらったの?」


ミサト「加持くんがまたここを出る直前に、会った時よ」


リツコ「加持くん?会ったの?」


ミサト「ええ…ちょっちね」


リツコ「そう…フフ」


ミサト「何がおかしいのよ」


リツコ「会えて、よかったわね」


ミサト「・・・うるさい」///


リツコ「まあ、ともかく…今はこのプログラムを見て、彼とNERVのもくろみを知ることね」


そこから誰も口を開かずに20分ほどが経ち、データ解析が終了した。


私たちは、そのデータを凝視する。


リツコ「・・・」


ミサト「・・・」


リツコ「…一体、こんな情報をどこで手に入れたというの」


ミサト「エヴァンゲリオンの増設、使徒の機密情報、パイロットの選定……シークレットの山ね」


リツコ「ミ、ミサト…これって…」


『2ND IMPACT.secret(emergency only)』


ミサト「加持くん…あなたって人は…」


油断すると涙が出そうだった。


リツコ「…開けるわよ?」


ミサト「…お願い」


リツコは、そのデータ名をクリックした。
















『ADAM. 1st ANGEL.

2nd Impact was happened by ADAM's awakening.

Antarctica base was broken…

Anti A.T.field was spreading…

(中略)

2nd Impact was happened "artificially".

(中略)

Mr.Katsuragi was dead.

His daughter managed to escape from there.

(中略)

Bible said that The fruits of knowledge was eaten by human,and ADAM and EVE felt so ashamed that they were bareness,so their bodies were hidden by fig leaves……

FOUR GIANT. FOUR SPEAR.』


リツコ「・・・」


ミサト「・・・」


リツコ「知られていることもあれば、知らなかったこともあるという…感じね」


ミサト「私が脱出したということも…書いてあるのね」


リツコ「・・・」


ミサト「あれは全て憎い父のおかげだったのよ。最終的に助かったのは…」


リツコ「そうね…」


ミサト「…加持くんの目的は…」


リツコ「セカンドインパクトが…人為的であるということが真実であることを…伝えたかったのね…ただ、ある程度予想のついていたことだけど」


ミサト「・・・・・・」


リツコ「聖書の内容が書かれているというのも、何か意味がありそうね…」


ミサト「第1の使徒、アダムの覚醒・・・そう。私の父は、殺されたということなのね」


リツコ「ミサト…」


ミサト「・・・」


これで…ほぼ分かった。やはり、父は…殺された。憎いだけあって、データを開く時までは出そうだった涙が、思い切り引っ込んだ。

ただ、もちろん加持くんにはとても感謝している。こうして、私は真実を知ることができたのだから。両手を、震えるほど強く握って、爪が皮膚に痛く刺さった。

私は、なお歩んでいるこの、波瀾万丈な人生に、鋭い刃を向けたいと思った日は、この日が初めてだった。





・・・・・・






部屋に入りベッドに飛び乗って、激しく接吻を交わす。舌を絡めて、互いの唾液を味わった。ゆっくりと離すと、唾液が糸を引いて月光に照らされた。激しい吐息が、静寂を壊す。おもむろに服を脱がして、裸体をむき出しにする。


そして、シックスナインを始めた。



「んっ…んっ♡」






甘い嬌声が聞こえる度に、液を啜るような音が聞こえる度に、僕の鼓動はさらに程度を増していく。僕は彼女の、アンモニアの匂いがするvaginaを舐め、弄んだ。


しばらくすると彼女は嬌声の音量を上げていった。


「んっ、んっ、んぅっ!!」

ほぼ同時に射精し、潮を吹いた。彼女の愛液が顔にかかり、僕の精液が彼女の口に飛び込んだ。どちらもかなり量が多かった気がする。


「んっ…ゴクッ…ゴク…はぁっ、はぁっ…♡」


彼女は全てを飲み干して、蕩けた目つきで僕を見た。僕にしか見せない眼差しだ。












「バカシンジィ…して…」


衰えを見せるはずがなかった。僕は彼女に倒れ込み、彼女の細い頸筋を舐めながらぺニスをゆっくりと挿れた。両手で乳房を揉み、接吻し合った。規則的な嬌声が響き渡る。


「あっ、あっ、あっ、アッ♡んっ、んっ、アんっ………シンジィ♡」




「アスカ…可愛いよ」




「バカッ…言うなッ♡次言ったら…殺すから…ンッ!んっ♡ンゥッ♡気持ちいッ…♡ァアッ♡」





しばらくして、皮膚がぶつかり合う音が聞こえてくる。


「アスカ…そろそろっ……出るっ……」


「いつでもいいわよ…♡キテぇ♡早クゥ♡」


「アスカ…アスカ!!ぁあっ!!」

僕は勢いよく射精した。アスカの甲高い嬌声が部屋を駆け巡った。






アスカ「ハァ、ハァ、ハァ……♡♡♡」


シンジ「はぁ、はぁ…」


しばらく抱き合ったままでいた。顔と下半身が火傷しそうなほどに熱かった。アスカは、まだ蕩けた目をして僕を見つめてくる。それでも、僕にとっては突然のセックスであった。彼女はいきなり僕に飛び付いて、家路につくまでずっと僕の腕を離れなかったのだ。理由を聞いても全然答えてくれなかった。だが、次に発した言葉で、彼女が求めてきた理由が理解できたのだった。


アスカ「バカシンジの初めてと、どっちが気持ちよかった……?」


シンジ「えっ…」


アスカ「どっち…?」


シンジ「………」


アスカ「お願い、答えて…」


シンジ「……そりゃ……アスカさ」


アスカ「……バカッ……♡」


アスカは微笑を浮かべて、僕の胸に顔を埋めた。そう答えざるを得なかったのだ。彼女にとって素晴らしい夜を、自分や綾波を犠牲にしてでも台無しにさせたくなかった。

配慮と呼ぶのに等しい。


すると、リビングの電話が鳴った。僕が出にいこうとすると、アスカは僕の腕を引っ張って、抱きついて離れようとしなかった。


アスカ 「…ダメ。離れないで」


シンジ「…分かった」


やがて電話が切れると、何やらピーピー言った後に、何の音もしなくなった。


アスカ「ねぇ…もう一度…しよ…♡」


ここまで僕にメロメロな彼女は、まるで嘘のようだった。僕は再度、彼女の甲高い嬌声を汗まみれになりながら聞いた。












深夜、ローソンで買った自分の夕飯の入ったビニール袋を持って、家に帰った。

玄関ドアを開けた瞬間、どことなく、自分の家じゃない気がして、思わず表札を確認したくなった。しかし、廊下を見る限り結局私の家であることが分かり、ふうっ、とため息をついて、家の中へ入った。

シンジくんとアスカは、もう寝ているはずだ。夕食も自分たちで済ませて、寝床についているだろう…。だが、また前と同じように、シンジくんの部屋を開けたくなった。戸の前に立ち、手をかけた。

しかし、手に力は入らなかった。

今日の出来事が、あまりにも突然すぎて、表情には特に出さなかったが、心の中ではかなりのダメージを負っていたのだ。さらに自分の思考の因循にハマるようなことはしたくなかった。私は、そっと手を離した。


リビングに入って、ビニール袋から夕食を取り出して、電子レンジで加熱する。以前までシンジくんが作っておいてくれたご飯を食べていたのだが、今やもう、それもない。まあいわばシンジくんが初めて来る前の生活に少し戻ったというわけだ。

一応エビスビールも買っていたが、今日は何となく酒を飲む気にはなれなかった。

電子レンジが、チンという音を立てた。調理完了の合図である。


ふと、何かが光っているのが見えて、電話機の方を見た。

留守電が入っていたのである。

私は息を呑んだと同時に、疑念に駆られた。留守電が入っているなら、シンジくんかアスカが確認しておくはずだ。それとも、寝たあとに電話がかかってきたのだろうか?

規則的に、そのボタンは紅く点滅している。私からは、その光はまるで、火星の輝き…そう螢惑星の…紅の閃光のように見えた。

また、私の指が、何かを知ろうとしてボタンを押そうとする。心臓の鼓動が速まった。ただただ、私は何でもない留守電であるということを祈りつつ、意を決して、その螢惑星に手を触れた。











『一件の、新しい、メッセージです。























葛城、俺だ。多分このメッセージが届いている頃には、お前はUSBの中身を見て、いろいろと真実を知っているんだと思う。どうして分かったかって?…俺、割と葛城の動きが読めるんだよ。すぐには見ないだろうなと思って、よく考えて、送る時期をずらしたんだ。ハハハ……

………葛城。それらが、真実の一部だ。真実は、人の数ほどある。それらを全てかっさらって提供するのは流石に無理があったが、俺が少なくとも集めることができたのは、それだけだ。もし、リッちゃんと見たのなら、二人だけでその情報を共有してほしい。君の他に信用たるものは、リッちゃんぐらいしかいない。

……葛城は、シンジくんやアスカの保護者が務まってないと言っていたが、決してそんなことはない。彼らの気難しい性格をいち早く理解して、縛らずになるべく彼らを自由にさせているのは、それはそれでベストな選択だと思う。

だから、葛城…自分を、そして他人を、信じるんだ。そうしないと、この世の中なんてとても生き抜けるものじゃない。君は、全ての罪を自分だけで背負おうとするが、それは間違いだ。こうして君が、セカンドインパクトから生きながらえているということには、必ずなにか意味があることなんだ。嫌いな父に助けられるということが、どういう意味だったのか、もっと、じっくり考えてほしい。君は、考えている課題を全て自分で解決しようとする。でもな、人を頼ってもいいんだ。粉骨砕身で働いている葛城には…俺が君にサプライズした時のように…思いっきり、人に甘える権利がある。それがもし俺でなくても、君がいいと思うのならば、心の拠り所を作っておくべきだ。

……俺は今までずっと、葛城と、共にあった。俺は前にも言ったように、どういう進退になるかは分からない。でも、俺は……これからもずっと、葛城が寄り添える人であり続けたい。そして、シンジくんやアスカ…レイが、立派に成長する過程を、この目で見たいんだ…。

葛城。真実は、君と共にあり続ける。自分を信じて、迷わずに進んでくれ。

……もし、もう一度会えることがあったら、8年前に言えなかった言葉を言うよ。じゃ。』































ミサト「うっ…ぐすっ…ううっ……加持くん……ぐすっ…うううっ……そんなの……勝手よ……ぐすっ………私……あなたが……ううっ…」


止めどない涙が、ひたすらに流れる。電子レンジの中にある夕食のことなど、とうに忘れ、ただ、電話機の前に突っ伏して、慟哭した。

誰もいないリビングで、以前の私のように、一人で泣いた。誰も、私を庇うものはいなかった。螢惑星の輝きは、何事もなかったかのように消失していた。























僕は、無力に浸る。


私は、無力に浸る。




僕は、何気ない平凡を、虚ろな目で過ごしていった。


教師「おい、碇。この問題が分かるか」


シンジ「……2√3」


教師「……正解だ。この問題は有名私立高校の問題で、通過率の低い難問だったが、解法としてはだな…」


教師「…おい、式波。お前はどうやって解いた?」


アスカ「……解と係数の関係から」


教師「……そうか、それで合っている。じゃあ次の問題…」


教師「おい、綾波。この問題、分かるか?」


レイ「……9/2」


教師「どうやって分かった?」


レイ「……ヒポクラテスの三日月」


教師「……正解だ」


トウジ・ケンスケ「………」


洞木「……」








私は、目まぐるしい仕事を、虚ろな目でこなしていった。


マヤ「第3新東京市の復旧作業は、80%クリアです」


ミサト「……そう」


青葉「初号機の凍結においては、凍結解除の論議が存在します。賛否は如何いたしましょう?」


ミサト「…賛成としといて」


日向「…数日後にもう一度シンクロテストがあります。各パイロットに通達しておいてください」


ミサト「……ええ」


マヤ「……」


青葉「……」


日向「……」


リツコ「………血塗られた、女少佐」








僕は、何回か、アスカやレイと逢瀬を遂げた。


アスカ「楽しい?」


シンジ「とても」




レイ「楽しい?」


シンジ「とても」







私は、何回か、加持くんを思い出して、自慰に耽った。


ミサト「!!!!……っ、はぁ、はぁ…ぐすっ…うっ…加持くん……ううっ…」






僕の、このどうしようもない二人への想いは、いつの日か潰える時が来るのだろうか。


私の、このどうしようもない一人への想いは、いつの日か潰える時が来るのだろうか。


僕はそれでもやはり、二人を傷つけるようなことはしたくなかった。


私はそれでもやはり、一人を裏切るようなことはしたくなかった。








帰れる場所に、アスカとミサトさんが待っている。


帰れる場所に、アスカとシンジくんが待っている。










ミサトさん…?


シンジくん…?









…ミサトさんなら、二人から精一杯愛されるような気持ちをどう受け止めるのだろう?


…シンジくんなら、一人を一途に愛するような気持ちをどう受け止めるのだろう?










…いや、ミサトさんはきっと一人を一途に愛する首尾一貫な人なのだろう。


…いや、シンジくんはきっと一人を一途に愛せない優柔不断な人なのだろう。











前から、ミサトさんが歩いてくる。


前から、シンジくんが歩いてくる。


彼女の目を見て、


彼の目を見て、


僕は通り過ぎる。


私は通り過ぎる。


そして歩き去る。


そして歩き去る。


そうして、二週間が経つまで、


そうして、二週間が経つまで、










僕は、無力に浸る。


私は、無力に浸る。









6


こうして社会的で悲観的な二週間が過ぎ去った。今日は前に引き続いた再シンクロテストがある。初号機の凍結解除が秘密裏で決まったことになっているようで、それに向けた準備でもあることは何となく理解した。バチカン条約など、父さんにとっては机上の空論に過ぎないのだ。生命的責任がなされている父さんは、いわばオーソリティーのようなもので、下手したら内閣総理大臣よりも地位が上である。だが残念なことに、生まれてこのかたそんな父さんを一度も尊敬の眼差しで見たことがなく、むしろ憎悪の眼差しで凝視していた。

また、父さんもきっと、僕を一度も愛したことはないだろう…。だが、もう慣れたことだ。父さんがいつまでもそうである以上、中学生の僕にはどうしようもないことだ。自分には、アスカや綾波やミサトさんがついている。何も恐れることはない。

僕は体を起こして、顔を洗い、歯磨きをして、リビングに入ると、既にミサトさんが仕事の服に着替え、テーブルに座って化粧をしていた。ミサトさんは29歳だが…いや、29歳だから、薄化粧でも全然平気である。日に日に長くなりゆくかもしれない化粧の時間も、ミサトさんの場合は全くの初期段階なのだ。


ミサト「あ、シンジくんおはよ」

ミサトさんは、口紅をつけながら言った。グロスが口を離れる時、瑞々しく、艶やかな赤い唇が官能的にプルッと動いた。


シンジ「おはようございます…」


僕はミサトさんの向かい側に座った。別に何をするでもなく、ぼうっとしていた。ミサトさんはいつものように早く終わる化粧を済まして、鏡を片付けて、キッチンに行き、コーヒーを入れた。


ミサト「シンジくんも飲む?」


シンジ「あ、お願いします…」


ミサト「アイス?ホット?」


シンジ「えっと、アイスで…」


ミサト「奇遇ね、私もアイスにしようと思ってたのよ」


ミサトさんは、グラスを二杯取り出し、冷蔵庫から紙パックのコーヒーを取って、グラスに注いだ。そして牛乳を少し入れた。


ミサト「ほい」


シンジ「ありがとうございます…」


ミサト「今日はシンクロテストよ」


シンジ「はい」


ミサト「頑張ってね」


シンジ「はい…」


会話はそこで終わった。ミサトさんはコーヒーを飲みながら新聞に目を通し(普段そんなことはしないから眺めていただけかもしれない)、僕は両手を見るともなく眺めては、コーヒーを飲んでいた。

外は今にも雨が降り出しそうな暗い空だった。風が少し強く、ビュービューと音を立てて窓を叩いていた。そういえば、猛烈な勢いの台風が近づいていて、どうやらそれが運悪く関東地方に上陸する予報が出ていた。相模湾も少しずつ波が立ってくることだろう。


ミサトさんは神妙そうな顔をして新聞を眺めていた(目を見る限りやはり眺めていた)が、どこか「作っている」というような感じがした。この時間を切り抜けるためにどうにかこうにか演技をしなければ…と、心の中で言っている気がした。


実は二週間前、僕はミサトさんが泣いていたのを知っている。アスカとの逢瀬を終え、疲れ果てて彼女が眠ってしまったあと、僕は眠ることができずにいた。何も考えず、ただぼんやりとしていた。すると玄関ドアの開く音が聞こえ、少し間があったあとで、僕の部屋のドアをかすめる音がして、息を呑んだ。しかし、ドアは開かれなかった。ビニール袋をカサカサさせる音が聞こえたあと、ブーンと、電子レンジの音が聞こえた。きっと今までミサトさんは仕事に追われて夕食を食べていられなかったのだ、と理解した。

その時、ピッと、電話機の留守番ボタンを押す音がした。僕が出なかった電話だ、と思った。

そして、加持さんの電話からの声と、ミサトさんが泣いている嗚咽の声が混じって聞こえた。やがて加持さんの留守電が終わると、ミサトさんは声を出して泣き始めた。僕の方にも…加持さんが話している内容のことは聞こえたのだが、おそらく、それが加持さんからの最後の肉声になると、ミサトさんの泣きようから僕は悟った。その時に、ミサトさんに対し全く慰めもしなかったことを僕は少し後悔した。

現実を直視することが怖かったのだ。ミサトさんは、唯一の愛する人を失くすという現実を突きつけられていた。それに対して僕は全くの夢見心地だった。まるで僕の部屋のドアが、夢と現実の結界として働いているようだった。結界の向こう側から、悲劇を物語る慟哭が限りなく流れてくる。一方こちらでは、アスカの微笑を浮かべた寝顔が見え、幸せそうな寝息が聞こえた。

…僕は何をしているのだろう、と思った。暗くどんよりとした、ミサトさんに初めて反抗した時の大雨の空のようなものが、僕の心を覆い被せた。結局何をすることもせずに、ただミサトさんが延々と泣き続けるのを聞くのみだった。

その後から、ミサトさんの様子は徐々に変わっていった。以前のような自然からの明るい表情は一切なく、「人工の」明るい表情のみを出していた。家に帰ってもアスカや僕を気にすることもせず、部屋にこもりっきりになっていた。ミサトさんは普通のいつもと変わらないコミュニケーションは取るのだが、心はやはり閉ざす傾向になっていた。したがって、ミサトさんが悟られまいと装っていても、きっとみんな気付いているんだと思った。ミサトさんは自分を偽ることが苦手だから、見栄を張ることが下手で、ふとした瞬間に、途轍もなく暗い顔をしている時が散見されたのだから。

また、ミサトさんの以前のような気持ちいい飲酒ではなく、やけ酒に近い、静かな飲酒となった。何回かキッチンで吐いたりもしていたが、それでも酒量は日に日に増していく一方で、流石に僕は少し気にかけて、そんなに飲まないで下さいと言った。だが、

大丈夫よ、吐くことなんてしばしばあるんだから。それに、人の酒に文句を言うもんじゃないわよ、好きなだけ飲ませてあげなさい、と笑顔で突き放された。

失恋の中にも、成す術のない失恋というものが存在する。その中でもハイレベルなものが、ミサトさんのそれだった。本当に、成す術が何一つなかった。


ミサト「あ、アスカ…」


アスカ「おはよう…」


30分遅れてアスカが起きた。アスカもまた、あれからずっと目が虚ろで、どこを見ているのか分からないような目つきをしていた。


ミサト「なんか調子悪そうね…。今日シンクロテストできそう?」


アスカ「全然大丈夫よ。今日は実機でテストできるんでしょう?これ以上嬉しいことはないわ」


ミサト「…そう。ならいいんだけど…無理だけはしないでちょうだい」


アスカ「…着替えてくる」


アスカは自分の部屋へ戻っていった。僕も準備を進めなければと、コーヒーを飲み干して、ワイシャツとズボンを取りに自分の部屋へ駆け出した。






本部に行く時の車の様子は、天気以外は以前とほとんど同じで、あと他に異なるのは、ミサトさんがサングラスをかけていないことと、フュージョンジャズがトリオに変わっていることだった。あとは全て同じである。雨がポツポツと降り出していて、風が強かった。この沈黙と雨雲が混ざり合った様子を一言で表すとしたら、"ennui"の他になかった。






リツコ「今日は実機でのシンクロテストです。初号機の凍結解除が承諾され、0号機および2号機の修復作業もある程度進んだ結果、三体の同時テストが可能になったわ。次の使徒に備えて、しっかりとした客観的なデータを取得したいと思っています。気を引き締めて取り組んでほしいわ」


シンジ・レイ・アスカ「はい」


リツコ「それじゃ三人とも、プラグスーツに着替えて」









レイ「・・・」


アスカ「・・・」


レイ「・・・」


アスカ「・・・」プシューッ


レイ「・・・」


アスカ「・・・ふんっ」ガチャ、バタンッ


レイ(・・・意地っ張り・・・)


レイ「・・・」プシューッ


レイ(・・・行きましょう)


ガチャッ


シンジ「わっ」


レイ「!」


シンジ「あ、綾波、もう準備できてたんだ。アスカは?」


レイ「・・・知らない」


シンジ「知ってるでしょう?だってさっきまでここにいたんじゃないの?」


レイ「・・・」


シンジ「・・・綾波?」


レイ「碇くん…」


シンジ「ん?」
















その時、綾波は僕の手を思い切り引っ張って、更衣室の中に入れ込んだ。綾波は更衣室の鍵を閉めて、そのまま僕たちは勢いで倒れ込んだ。


シンジ「綾波、どうしたのいきなr」


チュッ


レイ「…ん」


僕は咄嗟に唇を奪われ、深海のようなディープキスを交わした。


シンジ「ん…はぁっ、はぁっ…綾波…ここではマズイって…」


レイ「…はぁっ、ハァッ…♡碇くん…ダメ…私……我慢できない…」


シンジ「あ、綾波…」


綾波はプラグスーツを脱ぎ、月のように白い躰を露わにした。そして綾波は僕のプラグスーツを器用に優しく脱がした。

熱く硬くなったものに白い乳房が優しく触れた時、若干冷たかった。しかし、時間が経つにつれて暖かくなり、しまいに綾波が乳房で包んだままそれを口に含んでしまうと、より一層の暖かみが増した。射精がかなり速かった割には量が多く、綾波は軽くむせそうになったが、当然のように飲み込んだのだった。


レイ「んんっ…ハァッ、ハァッ♡」


シンジ「綾波っ…」


レイ「!!」


僕は我慢ならず、綾波の、愛撫が必要ないくらい濡れているところに、大量に出してもなお相変わらず硬いものを挿入した。


レイ「あっ!♡んっ…ん♡」


僕はピストンに揺られながら、あの時の月に照らされた綾波の白い体躯と照らし合わせた。水色の髪が小刻みに揺れ、綾波らしからぬ甘い嬌声が控えめに規則的に、官能的に聞こえる。

愚かな僕だ、と改めて思った。だが、そういう風に思うのもこれまで何度あったことか…。喉元過ぎれば熱さを忘れるという諺が存在するが、それは僕という存在のためにあるものなのかもしれない。何度自己嫌悪を繰り返したところで、結局最後は化学の実験のように同じ結果になった。欲望のままに行動する動物的な人間になんてなりたくなかった。だが、そこに収束してしまった人たちには、必ず見返りというものが、いつか来る。因果応報、という言葉が頭をよぎった瞬間、僕は射精した。

どうにか、なる。それがいつも僕が最後に持つ結論だった。


更衣室での行為のあと、綾波は静かに泣いた。

涙が僕の頬に落ちて、冷たい感触を残して僕の頬の中の角質に染み込んでいった。


レイ「……ごめんなさい」


シンジ「…綾波は何も悪いことをしていない。謝ることなんてないよ」


レイ「違うの…私…」


綾波は言葉を途切れさせ、顔を僕の胸に埋めて、泣いた。


レイ「私……2号機の人には…絶対負けないから……」


シンジ「綾波…」


レイ「あなたの初めては……他でもない……私だから」


シンジ「……分かってる」


レイ「……愛…してる」


僕は綾波の両頬を両手で触って、そのまま彼女の唇を僕の唇に持っていった。綾波が目をつぶった時、流星のように煌めいた涙が白い頬を伝わずに直接、僕の顔に点々と落ちていった。
















『システム起動』


『LCL濃度平均値をそれぞれ維持』


『エヴァ初号機、状況に異常なし』


『同じく0号機、2号機も異常なし』


『各エントリープラグ、正常に作動中』


『自我境界パルス、問題ありません』


リツコ「了解。では、第二次シンクロテスト、開始」


『シンクロテスト開始』


ブォーン……


シンジ(初号機…久々に乗ったのに、案外ノスタルジーも何も感じないな。またいつもの…何とも言い難い気持ちになる。シンクロテストのように何もないと、僕がこれに乗って人類を助けているなんて、想像もできないんだ。そう…日常…一般には普通でないことが僕にとっては普通なんだ…。そもそも、普通とは何なんだろう?人それぞれの普通がある限り、社会常識とかは別として、普通なんてものは存在しない。そんなものどこにもないんだ…。だけど、そう思うと、一種の恐怖を感じる。いわば、平衡感覚を失ったような、不安定な気持ちになる。だから、僕にとってエヴァなんてのは…脅威に他ならない)


『初号機シンクロ率、19%』


『辛うじて起動できています』


リツコ「シンジくん、大丈夫?凍結解除したばかりの初号機だけど、あまり萎縮しないでちょうだい」


シンジ「…はい」





レイ(……思いのままに飛びついてしまった。最初は、そんなつもりはなかった。でも…2号機の人が冷たく私をあしらった時…また憎悪が心の奥からじんじんと湧き出てきた。しかも、その時の2号機の人の目は…まるで勝ち誇ったような…堂々としたものだった。私はその目を…思い切り、えぐり取りたかった…それに代替できるのは………碇くんの暖かみ…ポカポカを得ることだけだった……でもとにかく私は…嬉しい)


『0号機シンクロ率、22.7%』


『前回よりは低下していますが、比較的安定ポジションを確保しています』


リツコ「…そう。レイ、その調子で」


レイ「…はい」


ミサト「…………」





アスカ(ようやく、私だけの唯一の居場所が戻ってきたわ。スーッ…あーやっぱり落ち着くわね〜…LCLのこの鉄のような淡い匂いが、何となく気に入ってるのよね。身体に染み付くのは少し癪かもしれないけどサ……。依怙贔屓は勿論、バカシンジ、ミサト、リツコさんにも分からないだろうな、私のこの気持ちは。エヴァに乗っているということの、優越感。でもバカシンジは、バカだけあって劣等感を抱いてるのよね。ハッ、ほんとバカみたいっ。

……バカシンジ……でも…悪くは…ない。2号機の次に…居心地が良かった。私も優しくなったものだわ。何で、あんなやつと……)


『2号機シンクロ率、24.3%』


『若干自我境界パルスに変動が見られます』


リツコ「アスカ…?」


ミサト「………」


リツコ「ちょっと、ミサト。なぜ自我境界パルスに変動が起こっているの?何かあったの?」


ミサト「……何もないわよ」


リツコ「…あのね、こっちは真剣なのよ!?整然としたデータがないと次の戦いまでの対策が練られないの!!ミサトもいつまでも過去を引きずってないで、まじめに仕事をしたらどうなのよ!?」


ミサト「……ごめんなさい。ええ、まじめに仕事をしないといけないと思っているわ。でもね、人ってどうしても立ち直れない時期がいつか来るの。私は、その時期の真っ只中にいるの……」


リツコ「……そう。だけど、それでもアスカやシンジくんの親権を放棄するようなことはしてないでしょうね?あなた、いつか言ってたわよね、ちゃんとするって」


ミサト「…………」















アスカ(ふーっ…結構時間が経った頃かしらね…)


バンッ!!


アスカ「!?……何よ突然!停電!?」


キラキラキラ……


アスカ「え…?何…何なのこれは……星??」


アスカ「暗くて…よく見えない…」











パッ………



アスカ「赤い……星……?」






















バッ!!!



アスカ「うっ!!!!!」











































アスカ「………あれ?」


リツコ『アスカ?大丈夫?』


アスカ「…何だったのかしら?ええ、大丈b・・・」


























アスカ「うっ!!!」




警告



『2号機パルス逆流!!』


『自我境界パルスの乱れが発生しています!!』


ミサト「…何ですって!?」


マヤ「シンクロ率が急速な勢いで減少しています!!」


リツコ「何!?何があったの!?」


マヤ「分かりませんっ、突然過ぎてっ……」


アスカ「ゲホッ、ゲホッ……」


『2号機パイロット、嘔吐!!』


『LCLに混合物が混じり、濃度が下がって危険な状況です!!!』


シンジ「アスカ!?おい、どうしたんだよ、アスカ!!!」


レイ「………」


リツコ「テスト中止!!2号機のエントリープラグを射出し、直ちにアスカを救護して!!」


マヤ「はいっ!!」


『エントリープラグ、射出!』


『救護班、急げ!!』


ミサト「アスカ!!!」


リツコ「ミサト!あとで、詳しく話聞かせてもらうわよ」


ミサト「そんなっ…私何も知らないわよ…」













私は急いで救護室前に行き、アスカが運ばれてくるのを待った。


救護班「急げ!!心拍数は!?」


救護班「今のところ問題ありません!しかし、酸素量が足りていません!!」


アスカ「はぁ、はぁっ、ゲホッ、ゲホッ…」


ミサト「アスカ!!どうしたの!?大丈夫!?」


アスカ「ミサト……」


ミサト「アスカ……」


アスカ「ごめんね……」


ミサト「……え……?」























































アスカ「私…『来ない』の隠してた」



















































救護班「救護室入ります!!」


救護室の扉が固く閉ざされ、アラーム音と共に『救護中』というランプが点灯した。


沈黙と私だけが残った。
























地上の強い風の音がここまで聞こえてくる。天気予報の通り、台風が第3新東京市をほぼ直撃し、大雨と強風をもたらし、海は怒ったように波を立てている。

僕はパイプの丸椅子に座って、床を見つめていた。何の理由で付いたか分からない、取れそうもないシミが茶色く所々にへばりついていた。だが僕にとってはそんなことはどうでもいいようなもので、ただ空虚を見ていただけのことだった。


「…シンジ」


名前を呼ぶ声がした。いつものように侮蔑的な意味を込めた呼称はなく、僕の反応に対する精一杯の願望を込めた声だった。


シンジ「……アスカ」


僕は顔を上げて、ベッドに横たわっているアスカの顔を見た。いつものような威厳や自信に溢れた顔は姿を隠し、虚無と悲哀に支配されたような顔をしていた。憐憫を求める目をこちらに向けて、力無さげに微笑した。


シンジ「……全部僕のせいだ」


アスカ「・・・」


全て話はミサトさんから聞いた。最初ミサトさんは涙を流しながら、僕の手を握って、私が悪いの、私が悪いのよと自責の念を示していたが、それを見た瞬間、全てを悟った。

僕はとうとう、「間違い」を犯したのだった。ありのままに生きてきた罰が当たったのだ。最初は、互いに美徳を分かち合えるだろうという生半可な解釈によって渡り歩いてきたが、それは脆くも崩れ去り、激流の川の中へと沈んでいってしまった。不可逆的事象はいくら後悔してもそれを取り戻すことは不可能だ。そんなことは運命論的にも、歴史的にも、熱力学的にもある程度証明されているようなことだった。

どうしたらいいのか、途方に暮れていたのだ。このresponsibilityは、まだ足を踏み入れただけの人生を歩んでいる僕たちにとっては、とても、とても、重いものだった。

やがてアスカは明るいようで暗い天井を見上げ、口を開いた。


アスカ「・・・この間、いつか私の過去を話すって言ったわよね?あの時話さなかったのは、私の心の中に何重にも鍵を閉めていたことだったからなの。…でも、その鍵ももう今となっては既に開かれてしまったかもしれない…。だから、今、シンジにだけ話したいと思ってるの…ミサトは別として」


心細げで、聞き取りづらいくらい小さな声だった。僕はまたシミのついた床を見つめながら、無言の肯定を示した。


アスカ「…生まれる前から、愛情に恵まれない命だった。私を生む為の精子は、真に私のママが愛したような男の人のものではなく、エリートの男の人からとった精子だったの。私、それを幼い時、ママから寓話じみさせて初めて聞かされた時は、すごい、って誇りに思っていた。だから私はこんなに出来る人なんだ、誰にも劣らないような才色兼備の女の子、世界一の女の子なんだ、って自分を褒め称えて、その精子の持ち主にも、ママにも感謝したわ。……でもね、ある時ふと…見たの。見てしまったの。当時の私と同じくらいの小さな男の子が、その子のお父さんとお母さんと一緒に楽しそうに歩いていって、そのあと、お父さんとお母さんが見つめあって、満面の笑みを浮かべたの…。物心も付かないほど幼い私はどういうわけか、少しハッとしてしまったのを今でも覚えているわ。その時ママは私の手を優しく引いて、行くわよ、と言ってその親子の前を通り過ぎていった…。私は後ろを振り返ってまで、その親子を見続けていた。そして、その小さな男の子に対して、憎しみを持った。

『あなたは平凡な種を以て生まれた。でも、あなたにはこの上ない愛情がある。運命という巡り合わせにもたらされた愛の魂を、あなたは持っている。でも、私には持っていない。私の所有するのは、愛のない人工的な才能と生命……でもきっとママは私を愛している……』

…いくら優れていたといっても、今言ったことを幼い頃から思ってたわけじゃないわ。その頃は、ただ、その小さな男の子を、訳も分からずに心の底から憎んだだけだった。でも、私が成長するにあたって、その憎悪の理由が今言ったことだって分かったの………。

小さな男の子に憎しみを抱いたあと、ママは狂った。ママは医者に施設に連れて行かれて、ガラスの向こうからしかママに会えなくなったの。当然声もよく聞こえないし、話すことだってできない。ママは、私に見立てた人形に自分のご飯を食べさせていた。でも当然人形だから食べない。しばらくそうすると、スプーンを投げ捨てて、人形を投げ飛ばしたの。それで大声を出して私の名前を呼んで、髪を掻きむしって、ベッドから跳ね起き、暴れまわった。医者たちが暴れるママを必死に抑えて、何か注射器を打った。すると、ママは突然ぐったりとして、まるで死んだかのように目をつぶっていた…。私はそれを何度もこの目で見た。そんな無残な光景を見続ける私に対して、大人たちは可哀想に思った。でも何もしてくれなかった。その頃から、私は大人を恨んでいた。

ある日、私は才能を見抜かれて、エヴァのパイロットに選出された。…ただただ嬉しかった。ようやく自分が優れているというのを世間に見せつけることができると躍起になっていた。一目散にママのもとへ駆けた。このことをママに言えば、きっともう狂ったりしないで元に戻ると確信していた。ドアを思いっきり開けて、『ママ!』と呼んだ。……気味の悪い音がするだけで、返事はなかった。私は声を出さなかった。ママは、首を吊って死んでいた。宙に浮いたママの足元に、人形が落ちていた。私はゆっくり近づいて、その人形を拾った。私はその人形を、ママの死体の下で見つめ続けた。そうしたら、その人形が……あの時見た…幸せそうな男の子の顔に見えたの……。途端に私は、人形の首を引き裂き、声を出して泣いた。人形を殴り、踏みつけ、中の綿が出るまでズタズタにした。完全に崩壊した人形と、完全に息をしなくなったママのそばで、私は一人泣き続けた。もう………ママのほかに誰も……私に味方する人なんていなかったから…………。ママの葬儀のあと、私は養子に引き取られたけど、特段よくある話みたいに虐待とかは受けることなく、普通に育ててもらった。でも、私の心はずっと閉ざしたままで、ある決意を固めていた…『私は、愛情の故に生まれたのではなく、世界で一番になる故に生まれた。だから、自分一人で生を全うする。誰の助けも借りない』、と。そうやって私はエヴァのパイロットになっていった。全て自分一人の努力で、才能で、成し遂げていった。そうすると、自然と過去の悲しみは薄れて、一人で生きていけるという自信に満ち溢れている自分がいた。私はそれで満足だった。これできっと、ママにも成長した自分を認めてもらえるはずだ、とこのままエヴァに乗り続けていた……。でも時々、いろんなことが夢に出てくるの。狂ったママ、首を吊って死んだママ、ズタボロの人形、私を哀れむ大人たちの非情な