2019-04-17 01:23:19 更新

概要

本作はとある鎮守府で起こった、様々な『量産機』達の物語である。


前書き





皇紀2677年、9月。奴らとの戦争が始まった。

海の底から出現する、謎の艦艇群。それらを人類は『深海棲艦』と呼称した。

人類は持ち得る全ての戦力で排除を開始。しかし、一方的な敗走が続き、11月には世界の海と空を80%喪失。

翌月に、アフリカ、オーストラリア大陸を『喰われ』、それぞれ70%の陸地が失われる。

人類は、遂に戦力を失い絶望に暮れた。

だがこの時期、極東の島国『大日本帝国』が吉報を発信する。

辛うじてその脅威に対抗できるただ一つの存在――
それは、在りし日の記憶と魂を持つ娘達。
『艦娘』である。

艤装と呼ばれる武器を装着し、生まれながらにして深海棲艦と互角に戦う能力を持つ彼女達。その活躍は、人々を奮い起こすに十分過ぎるものであった。

翌年の4月13日。人類は一大反攻作戦を開始。

『大日本帝国』は、瞬く間に本土近海と幾つかの周辺諸島の制海権奪還に成功。この流れに乗じて破竹の快進撃が続き、ゆくゆくは終戦を迎えるかと思われた本作戦であったが、突如飛び込んできた情報に、事態は予想外の展開を迎える。

それは深海棲艦の首領を撃破しない限り、沈めてもやがては再び浮上してくるという物であった。

人類は首領の所在を知らず、深海棲艦も口を割らない。解決策など無かった。

それが判明してなお、彼らに出来るのは戦う事だけであった。ゴールの見えぬ闘争。その間にも、敵は日進月歩で駆逐艦から超弩級戦艦まで、艦種と数を増やしてゆく。

結果、人類は深海棲艦を完全排除することが出来ず作戦は失敗。解決策もままならぬまま戦況は長引いた。

ずるずると、「現状維持」の名の下に貴重な艦娘の血と資源が、ただただ不毛に費やされていく。

軍も、艦娘も、皆酷く疲れていた。


そして時は過ぎ、皇紀2680年。

疲れ果てた帝国は、素晴らしい人道的兵器を完成させる―――

その兵器の名は

『量産型艦娘』

そう、呼ばれていた。


ヤケクズレに吹く雪は




粉雪が吹き付ける空の下、3隻の旧世代の補給艦らが佐渡島を出港する。それは大日本帝国の輸送部隊である。


かつて彼等のような船は、軍艦などの船団へ物資輸送と補給を行っていた。


だが、それはもう、過去の事だ。


5年前の深海棲艦との本格的な交戦以来、彼らの仕事はガラリと変わった。


時は皇紀2682年、12月。冬。


手指は固まり吐息までも凍て付くような寒さ。


開戦当初、彼らのような補助艦艇は艦船や軍艦への補給が主任務であった。しかしすでにこの時、補給艦が給油すべき軍艦は深海棲艦によってほとんどが海中へと沈んでいた。


現在は、深海棲艦の脅威を打ち破る者として奮闘する『艦娘』らへの後方支援が彼らの重要な任務だ。


『艦娘』―――その存在は大きき二つに分けられる。


〈オリジナル〉と〈量産型〉。


その二つだ。


前者は深海棲艦と同様に海より顕現、もしくは妖精より創られる者でありワンオフ物。その力は嘘か本当か、たった1艦隊で数十の深海棲艦に立ち向かい、数倍の戦力に対して完全勝利したと言われる噂が流れるほどである。


それに対し後者、つまり〈量産型〉は、字面からも理解できるように、人もしくは機械の手で数を揃え、造られる物である。


ガワこそ〈オリジナル〉と似てはいるが、中身は量産性を最重視された安物の如き存在であった。その性能は、ライフルと火縄銃を比較する様なもの。が、数さえ揃えば、深海棲艦らには十分対抗できうる。


故に、容易に大量生産される〈量産型〉艦娘の艤装パーツ全般、それから油や修復材といった資源の輸送が通常の支援形態となっていた。


この3隻もまたその例に漏れずに、佐渡島で物資の荷下ろしと給油を行い、次なる目的地へと向かっていた。本土沿いに日本海を渡るべく、北北東へ針路を取って。



やがて、やや霞んではいるものの彼らの右舷方向には本土の陸地、さらに奥には北海道の大地が薄ぼんやりと見えて来る。そして前方には、目的地である最後の島。『大島』だ。寄港まであとわずか。そこでようやく補給船の乗組員はみな幾分か緊張を解く。


当然だ、彼等には駆逐艦の1人すら護衛についていないのだから。


実際の所、現在も〈量産型〉は急ピッチで生産されている。だが海は広い。更に無慈悲にも、戦場は星の数ほどにあった。そして助けを求める者達もその戦場にいる。


激戦必至の最前線と、治安良好な補給線。優先して戦力を裂くべきはどちらであろうか?その答えが今の輸送体制に現れている。


どんなに安価な〈量産型〉であっても戦力は戦力。それが大本営の決めた方針である。決められた安全な航路とはいえ現在の護衛はゼロ。本土がいくら近くにあっても船員たちは皆、身の縮むような思いであった。とは言え、島に荷を下ろせば当初の手筈通り、帰路は大湊の鎮守府が護衛に付く。


…『艦娘』、強大なる深海棲艦を打ち破れる対等な存在。強大な力を持つ、戦力だ。


それだけに本土では彼女達を恐れる人々がいると聞く。


しかし、補給艦の船員らはそんなこと関係無い、と思う。


なぜなら、今も彼女達は我々を守ってくれているのだ。その姿は言葉に言い表せない程に頼もしい。


そして自分達はそんな彼女らを陰ながら支える存在として、補給艦としての使命を全うすることが出来るのだ、俺達も戦えるんだ、と感じる。故に、彼らは本分を全う出来る。


やがて補給船らは大島の偵察海域へと進入した。


雪降る薄明るい灰色の空へと、黒煙を伸ばす。単縦陣。3隻の補給艦は速度を落とし、着港するべく目標の鎮守府へ向けて打電。情報共有を確立するために、補給船は相互の距離感覚をさらに詰めた。輸送任務も終盤に差し掛かる。


だが、その海域に進入する物は補給艦だけではなかった………




――――――――――


それは小さなクジラほどの大きさの漂流物―――否、4機の駆逐イ級であった。独特なペイントを施した旗艦イ級を先頭に、指揮を執り単縦陣で両舷全速。雪空の中を切り裂かんとばかりに唸り、接近する。


駆逐艦と補給艦の速力の差は決定的だ。片や戦闘一筋の快速艦、そして積荷を満載する足の遅い補給艦。その速度差については言うまでもない。


補給艦はこの急接近する艦隊をようやく捉えられたのだろう。散開行動をとる。が、遅すぎた。固まって進む船団は身動きがそうそうすぐには取れない。艦船は艦娘ではないのだ。


――手遅れだ。


船体に控えめな青黒い線を1本描く旗艦のイ級はそう感じ開口、主砲を覗かせる。


間も無く輸送船から放たれる数条の迎撃火線をボディで軽々と弾きながら、鼻歌交じりに僚艦へと『砲戦用意』の指示を出す。


補助艦艇に有効な対艦兵装は無い。ましてや対空用の機銃弾など、深海棲艦にとってはポップコーンが当たるにも等しかった。


だが突如、海中を滑る独特の音が6つ、割って入る。次の瞬間、最後尾の1機が爆散した。


――な、何だ!


旗艦は慌てて周囲へ照準を巡らす。先程の音は魚雷によるものだ、輸送船が魚雷を装備?いや、そんなはずが無い。そもそも、攻撃は我々の後方からである!


――伏兵か!?


その時、振り返る旗艦の視界を何かが横切った。初めは泡立ち撥ねた波か何かであろうと考えた。だが違う。すぐにその姿を捉え、考えを改める。


それは青いセーラー服を纏い、艤装と小口径の砲を持つ、黒髪の小柄な少女であった。


大きく波を立て、補給艦とイ級らの間に割って入る様に滑り込み、イ級らの周囲を旋回する。反撃を個々に開始したイ級らのマズルフラッシュを受け、手にする主砲や艤装に描かれた蛍光エンブレムが輝く!それは、サンゴと錨を組み合わせた意匠。大日本帝国海軍のエンブレム!


――艦娘!量産タイプか!


旗艦はすぐさま状況判断する。その姿は駆逐艦であろうか。イ級らは編隊を保ちつつ、すぐさま態勢を整え反撃に応じる。が、敵の機動が速すぎて捉えられない。


――!?!?


旗艦イ級は甲高い唸り声をあげ部隊に喝を入れ、下がり始めた士気を蹴り上げる。直ちに輸送部隊の事は諦め、密集し、艦娘へと火力の集中を優先した。


だが、狙いを絞り、照準を定めてもそれを嘲笑う様に敵駆逐艦は更に速度を上げ振り切ってみせた。まるで水上を流れる青い流星だ。何一つとして砲撃は掠りもしない。全てが紙一重で回避されてゆく!


であるのに、艦娘は主砲をこちらへ構えたまま撃とうとしなかった。いつでもすぐに殺せるとでも言っているかのようだ。旗艦イ級は直感する。奴は…あの艦娘は何かがおかしい!


――それにこの機動力はッ!?


左へ、右へ、歌うように高速スラローム走行をする艦娘の姿を辛うじて視界に捉える。


艦娘は主砲を構え、狙いを付けた。が、すぐに降ろす。そしてまた主砲を構え、降ろした。こちらの斉射。艦娘が滑る。水柱が立つ、当たらない。この吹雪の中、いかな視界不良といえど異常な回避率。


目の前の艦娘は、幾度も砲撃姿勢と解除を繰り返しつつ挑発を行い、ジグザグ線を描くかのような不可解な機動を繰り返した。かと思えば衝突するかという至近距離まで飛び込み、すれ違う。やはり撃ってこない。再びこちらの一方的な砲撃。しかし艦娘は白と青の軌跡を後にして、軽やかに、急激な機動力を見せつけ回避する。


戦闘開始から3分。旗艦は苛立ちと困惑を隠すことが出来なかった。未だ命中弾はおろか擦過痕すら与えられていない……彼我の戦力差は1対3だというのに!


深海棲艦とて彼女ら、艦娘について幾分かはその情報を知ってはいる。深海棲艦はいくらかの量産機の死体を、艤装を解析し、微量であるがデータを調査、共有を終えていた。しかし、その機動力を持ちうるあの容姿と同じものは…その中に無いのだ!


同時に旗艦の脳裏にとある噂が浮かび上がった。


とある嫌な、戦慄を伴う恐るべき噂だ。それは格上のヲ級やル級を手玉に取り、一部エリアで悠々と快進撃を続ける駆逐艦の存在である。それを旗艦とする遊撃隊…エースたる者達の艦隊という存在だ。


その旗艦である駆逐艦の特徴は、黒髪に青いセーラー服。


そう、今、目の前にいるような艤装姿の!


――出没エリアは南方と聞いていたが…まさかこんな辺境に!?…えぇい!


更に焦るイ級。実際、この事が冷静さを失わせていた。


目の前の駆逐艦娘は直角軌道のワルツを踊り、くるりと一回転。急停止をかけ、腰だめに流れる様に魚雷を放つ。


後ろを取られた最後尾のイ級が魚雷の1発に被弾。轟沈する。これで計2機がロスト。絶対的な戦力差であるのに全く相手にならない。そして今は戦力差1対2!


――艦隊旗艦、このままでは各個撃破の形に!


――分かっている!


僚艦の悲鳴に応える様に旗艦イ級は吠え、艦隊反転。生存した2機は全速で逃げ去った。



敗走するイ級らの姿が2つの点と化した頃、その少女は機動を止める。完全に敵が安全圏へと逃げ出したことを視認すると、にわかに腰の信号弾ピストルへと手を伸ばし真上へ打ち上げる。破裂音が1つ、響いた。真っ赤な煙信号弾の光が海と少女を照らす。それは降り始めた牡丹雪を赤く染め、暖かく溶かしつつ「我、技術試験終了セリ」の合図を声高に上げていた。


静かに肩で息をし、深呼吸。一際大きく白い吐息を虚空へ飛ばすその少女、特型駆逐艦「白雪」は、汗でズレたスキーゴーグルを両手で整えつつ、顔の雪を払いシケり始めた海の中反転。乾いた風と共に鮮やかな青の防寒マフラーをはためかせ、輸送部隊を追い始めた。




――――――――――


「…以上が特分隊、旗艦、「白雪」における速度限界検証への技術試験の結果となっています」


白雪は自身のデータについての主観・客観的評価資料をまとめ、提督代理の元へと出頭していた。それは今回の技術試験における自身の試験データを報告するためである。


執務室の暖かい空気と1枚の窓を隔て、外ではしんしんと雪が降り積もる。ここは大島、ヤケクズレ岬の鎮守府。


「ありがとう、お疲れ様。うん、了解っ」


事務机に座る女性は、白雪から資料を受け取り満足そうに頷く。


その机上にはカラフルなバインダーが几帳面にブックスタンドで纏められ、ボロボロの羽ペンと食べかけの覚醒落雁、湯呑の冷えた茶には薄く埃が膜を張る。三角錐型の『提督代理』マーカーはあるが、お世辞にも艦隊運営をする者のデスクには見えない。だが、辛うじて女性としての一線は保っているのだろう、頷きと共に彼女の良く整った猫っ毛の桃色髪がふわふわと揺れていた。


『提督代理』…そう、彼女は厳密には提督ではない。それは彼女の階級が『少尉』であるためだ。本来は『少佐』以上でなければ提督という役職に就くことはできない。その為、少佐未満はこの役職を担う様になっている。


海は広い。4年目の〈量産型〉、第四世代の量産型艦娘が発表されてもなお、鎮守府の数に対して提督は未だ不足していた。『提督代理』はその不足を補うためにある。


その例に漏れず、ここヤケクズレ鎮守府でも正規の提督が着任するまでの間が『提督代理』の役目だ。


…現在も『提督』が着任してくる気配は微塵もないが。


ただそれだけならばいいのだが、『提督代理』しかいない鎮守府には問題があった。それは鎮守府運営に不可欠ともいえる任務が正式に受けられないのである。受けられなければ当然、軍からの支援物資である弾薬や燃料、そして食料などを得ることが出来ない。


そんな彼らが生き延びる糧として頼っているのが、海軍や研究所、他に企業などが募っている『技術試験』であった。白雪たちが受けていたのもその一つである。


本技術試験は、皇紀2682年に造られた第三世代の駆逐艦、「白雪」へと新型試作缶・タービンの限界までの増設、装甲の極限までの軽量化を施した艤装を換装、駆逐艦の強みである機動力の特化を目指した仕様であり、そのデータ取得を目標としているものであった。


そして結果は、4倍の戦力を単騎で圧倒。駆逐に成功。少なくとも書類上では文句なしの大金星である。


だが白雪は額に皺を寄せ、提督代理へ不満を漏らした。


「しかし、誰がこんな改装案を考えたのでしょうか。装甲なんてプラスチック製の段ボールですし…第一、速すぎて私には操舵に手一杯。機動中はまともに砲撃すらできませんでした。それに…」


彼女は〈量産型〉であるとともに「丙種整備士」と「丁種技術士」の資格を所持している。それ故、この改装の危険性を見抜いていた。いや、直感的に感じていた。


「ええ、試験データと今しがた終えた艤装のオーバーホールデータを解析してみたわ」


提督代理は、軍指定である白と青の執務服の上に毛布を羽織る。太ももの半分程も無い短いスカートから除く脚を両手で擦った。その女性用執務服は、どう見ても寒冷地用とは言い難かった。ストーブに手をかざし、冷え気味な指を温め、デスクに頬杖を突きため息を吐く。


その慎ましくつるりとした平坦な胸には『第二世代:明石【サンプル】』のネームプレートと『少尉』の階級章があった。背を丸める明石。余り、たわんだ胸元の布地がぷらぷらと揺れる。


「あと数分間、最大速度で稼働してたら間違いなく機関部が限界値を超えて…自壊を起こしてた」


「やっぱり…もしやと思っていましたが」


やや血の気が失せた顔で、白雪は率直に、冷静に感想を述べた。


量産型とて、艦娘の類に属してはいる。確かに、強化された身体には多少のダメージ位どうって事は無かろう。だが、砲弾に耐えるボディを持ってはいたとしても、背中に爆弾を背負っているとなれば話は色々と変わってくる。


異変を感じず調子に乗り、更なる高機動を続けていたならば、敵との戦闘があの後も続いていたのであれば…どうだったであろうか。


ましてやこれが本格的な作戦で稼働していれば?白雪は単純にこの艤装の設計者へ怒りを募らせていた。それを感じてか明石は頭をガシガシと掻きながら椅子の背もたれに身を預ける。


「そもそもさぁ…「量産機で〈オリジナル〉以上の機動力を生み出す改装案」なんて。結構無茶よね、はぁ…」


彼女とて、嬉々としてこの技術試験を行ったわけでは無い。こんな事は出来ればやりたくも無かった。しかし、この帝国海軍に身を置き続けるため、そして生き残るためには、このような技術試験を行わなければならなかった。


「お茶、淹れてきますね」


「ありがとー」




給湯室で白雪は茶を淹れながら、愚痴を吐く明石の言葉に心中同意していた。


傍目には見えないが、今も先程までの技術試験でかかった負荷に白雪自身の身体は軋んでいた。そして艤装は文字通り爆弾を抱えていた。全く、無茶苦茶である。


しかし、かといってこの試験を済ませ、有益なデータを取得、そして提出せねば明日への糧が得ることが出来ない。


もう少し鎮守府の質があれば、幾分かマシな試験を取ってくることも出来よう。だが、それは階級が高位であったのであればの話だ。提督代理である明石の階級は『少尉』。尉官中、下から2番目の階級だ。


そんな彼女に降って来る技術試験の内容など、カスにも等しい。星程の数の試験依頼からいくつもの「鎮守府」と「階級」いう名のろ紙を通して何重にも漉された「危険」という名の残りカスだ。


得られる報酬も、ろ過と共に『紹介者』という名の中抜きを繰り返され、雀の涙。今回の報酬も数日分の資材と大量の石油臭と味のする粗悪な合成食料だろう。


しかし……白雪は思いを馳せる。


実際の所、あの戦場での光景に白雪はどこか感動していた。艦娘の身体になってもうじき1年。彼女は帝国と深海棲艦の戦いに疑問こそ持ってはいなかったが、どちらかと言えば争い事は苦手な方であった。しみじみと思い返す。手術を受ける前の自分は血や傷を見るのにさえ気が引けていたのだ。


そして、先程の戦いは思いがけない体験でもあった。怯え狼狽するばかりの深海棲艦。そして、偶然だが武力ではなく確実な力量差によっての敵の屈服…それは上手くいけば誰も傷付かず、誰も死にもしない戦い方も出来る筈。そんな素晴らしい可能性が見えていた。


一技術者として見ればこの計画は全くの未完成の欠陥品。だが個人の、自身の目線から見ればこれも戦いの渦における小さな、ほんの小さな一つの答えなのかもしれない。そう思いながらアサガオ柄の電気ポットから急須へと湯を注ぐ白雪の表情からは、自然と柔らかな笑みがこぼれ出ていた。


ここ、ヤケクズレ鎮守府はかつて漁港であった場所を改造した場所である。北海道と青森の付近に位置する中規模な島であり、島民は何年も前に避難した。規模は小さいがそれだけにかえって試作品等の試験場としては適役であった。この小さな鎮守府に提督は存在しない。あるものは、「特分隊」旗艦である駆逐艦「白雪」、そして出撃以外すべての役目を兼用する提督代理の「明石」。実質2名のみであった。




「お茶です、どうぞ」


「ありがと~」


ボコボコと沸騰する茶を明石は喉を鳴らし一息に飲み干す。どこも熱くは無い、強化された身体のもたらす恩恵だ。


「で、どうしますか」


白雪はパイプ椅子を立て、明石の事務机へと折りたたみ机を引き摺り、くっつける。間に粗末な合成駄菓子が盛られた木皿を置いた。漁港の事務室を改造した執務室はとても広く、暖房がフル稼働してはいるがどこか寒々しい。


「どうするって?」


明石は白雪に茶を注がれながら油の浮いた毒々しい色のキャンデーを口に放り込む。白雪はこちらへと顎に人差し指を添えながら首を傾げた。


「本日の技術試験についてです。やはり1回の出撃だけではデータ不足ではないでしょうか」


「データ不足…んー…そう、だ、けど…。続けちゃう?現状このまま報告書も出せちゃうわよ。それにもう一回だなんて。今回は撃沈艦種ボーナスも無いし…やらない方が良いんじゃない?」


白く変色した棒状のチョコ菓子を指先でくるくると回しながら茶を追加で注ぎ、白雪の湯飲みにも注ぎ入れる。丁度急須が空になった。


「…もう少しやらせてください。少し手直しをすれば、マシになるかと思うんです。一応、現地改修も…許可されているはずですし」


直面する面倒事に対して熱心に主張する白雪を前にし、明石は額に手を当て唸った。


艤装を装着し、時にそれに身をゆだねる彼女にとって「性能」という物事は大きな要素の一つだ。彼女なりにも何か思う物があるのだろう。私自身、それはよく分かる。技術者にとって満足出来る品を開発し、送り出す事は誇りだ。胸を張ってそう言える。


だが内心、乗り気ではなかった。


確かに、鬼や姫といった新型の深海棲艦が出現していく中、現場で求められるのは何よりも新たな高性能機の開発だ。技術は日々進んでおりそれは深海も同じ事、今もどこかで敵の新型が出現し暴れ出すかもしれない。現に人々は恐れている、故に求めた。一刻も早くそれに対抗しうるものを量産せねばならない、と。


漫画やアニメなら、素晴らしく強力な物達が次々に開発されるのだろう。


だが現実はそうはいかない。悲しいかな、試験の性であるが依頼に出される品はそのほとんどが不安定か信頼性が低いものが多い。その一例がこの厄介な艤装である。


時に、今回以上に危険極まりない事例も過去にあった。私も、それが原因で同期を目の前で失ったこともある。だからこそ、技術屋の端くれでもあるだけに出来るだけそういうものは任せたくないのである。何せ白雪が携わろうとしているのは海を走るだけで自壊し、爆発分解を起こす程のリスクの高い代物であるのだからだ。


……しかし、いや、だからこそか?明石は首を縦に振った。


「うん、わかったわ。じゃ、…試験を続けましょう」


「有難うございます!」


仕方がない、手伝おう。そういった思いで明石は腰を上げる。


有益なデータがあればどこか別の戦域で、誰かの何かの役に立つのかもしれない。データとしてこの行いは残るのだから。ここで切り捨ててしまえば前例が残り、後に誰も試そうとはしないだろう。


見込みがある可能性を知っていながら見捨てる事はやはり明石にはできなかった。


「…でも意見書と改修補正届、私が書くんだけどなぁ」


「ご迷惑をおかけします。えっと、今度甘味をご馳走しますから…で、いいです、か?」


「ほんと~?」


「もう、本当ですってば」


ストーブのヤカンが鳴り、しゅうしゅうと蒸気を吐き出す。


窓の外では、白い雪が舞っていた。




――――――――――――――――――――


『量産型グラフィック:file1』


・海号13-012-ヤ型〈白雪(高機動仕様改善型)〉【本名:吉野 あさひ】


 本機は高山造船科学研究所よりライセンス契約を取り付け、海軍により量産された第三世代の量産型艦娘の現地改修型である。

 彼女は技術職に属しているため、『伍長』の階級を所持している。ヤケクズレ鎮守府に所属。主力艦隊である「特分隊」隊長機。

 本機は、速度限界検証試験の結果を手掛かりに、更なる現地改修を行ったものである。技術試験の折に露見した爆発分解という問題点を考慮し、新たに補正・再改修が加えられた。

 改善点として、装鋼材は壊れて島に残された陸軍の主力戦車、九七式中戦車:チハより第二種鋼板を回収。加工を行い、より生存性を高めるべく再利用。また、一回り大きくなった背部制御機関と増設された外付け型の液体窒素式クーリングノズルが特徴である。

 カラーは吹雪型の例に漏れず白とマリンブルーの2色であり、頭髪は黒。工業学校の出身であり、ある程度の整備スキルなどを改造手術前より保有。

 本機は上記の現地改修後、日本海海域において敵深海棲艦との数度の実戦試験を実施した。道中、戦艦や空母と会敵されるも、圧倒的な機動力を見せつけ、これらの駆逐に成功。

 改善前に問題とされた限界速度点を超過してなお、爆発分解の様子は微塵も見られなかった。



 しかし、この報告書を受けた帝国海軍の兵器開発局は、整備・運用・コスト面全てにおいて最悪であることを指摘。量産可能性は一切望めない。と切って捨てた。


 なお、本機の艤装は返却されずにそのままヤケクズレ鎮守府へと配備命令が下った。事実上の処分命令であった。



 吹雪型戦闘回路【ver,3.14】を1枚搭載。19mm第二種防弾鋼板装甲を持ち、12cm単装砲1基と91式高射装置1基、61cm三連装魚雷2基を装備している。





~~~~~~~~~~



『記録証言1:提督、友軍艦隊の方々の様子も見ておきましょう―――』



「提督、隣の芝生は青い。って言葉ありますよね。アレですよアレ!誰々の艤装が新式だとか、配備されている艦種が違うとか!そういう、自身と境遇が違って良く見える誰かがいれば、羨まずにはいられません。それらは錯覚に過ぎずとも、見れば見るほど、言いようのない不安が募るってものです!」


「……(『帝海ジャーナル』を読みふける提督)」


「……まぁ…人って大変ですよね、こんな感情を持っているんですから。わき目をふって、だれかを羨んで……。ええ、私も元は人でしたから、痛い程分かります」


「(『帝海ジャーナル』から目を離して)えらく熱弁をふるうな、大淀」


「だって、隣の鎮守府は新式の戦艦と正規空母を6人も揃えているんですよ!6人も!あの火力が私の手元にあればっ!秘書艦兼参謀であるこの大淀の手腕が唸りを上げ、指揮出来るんですっ!提督、もっと兵装を!弾薬を!戦力を!私の下へと配備させて下さいっ!!」


「…俺らにそんな余裕あると思うのか?」


「ありませんっ!!」




―――――ie2686:とある量産型大淀と提督より




~~~~~~~~~~



私達、華の駆け込みサンプル組




駆逐艦、白雪の朝は早い。


時刻は〇三〇〇。大島の空に欠けた月が顔を出す。その日は一週間ぶりに降雪が見られない日であった。


底冷えする闇の中、雪で白く舗装された山道への道を紺の防寒ジャージに身を包んだ白雪が走る。完全防寒仕様。吐き出す息は白く、新雪を踏みしめる足はサクサクと小気味良い。こんな時間にピクニックに行こうというのでは無い。それは彼女の姿を見れば一目瞭然であった。


彼女の背には破損した軽自動車のエンジンが背負子に括りつけられており、手には機関銃めいたグリップが付いた弾薬箱程の大きさの結束鉛インゴット束を持つ。そのシルエットはまるで艤装を装着した艦娘そのものだ。


それらは実際の艤装とは比べ物にならない程軽い。が、決してそれらは軽々と持てるものではない。海上と陸上では滑走と疾走、水と土、浮力や重力など、様々な要因が異なる。今、彼女が持つ錘の組み合わせは、陸上において一般的な駆逐艦娘が海上で受ける負荷に近い物であった。


背をやや曲げ、前傾姿勢。両手で鉛インゴット束のグリップを支え、ライフルめいて持つ。


やがて白雪は、山道の頂上。目的の場所へと着く。そこは、焼け焦げて半壊した神社であった。


「……よしっ」


息がやや切れる。荒れた境内にそれまで背負っていた錘をどすんと置き、白雪は大きく伸びをした。次いで、雪の詰まった神社の賽銭箱へと駆け寄り、懐から取り出した5円玉を投げ入れた。鈴を鳴らし、そして二礼二手一礼。


「ふう、さて。今日も、頑張っていきましょう。……んっ」


右向け右。左右の肩を回し、両手に革手袋を着けながら歩き出す。視線の先には廃品同然となった戦艦用の手持ち式36.5cm連装砲があった。屈み、両手でハンドルを握りしめる。


「すーっ、はぁーっ……すーっ、はぁーっ…」


目を閉じ、冷えた空気を肺一杯に吸い込む。身体を上下に小刻みに動かし、タイミングを計った。


「せー、の!!」




「うお゛お゛お゛ー!!」


グシャリと音を立てて腕の中で潰れる音が聞こえた。


「どぉーしよー!もぉー!!」


両腕を大きく振りかぶって投擲。手中から放たれた紙のボールが勢いよく執務室の壁へとぶつかり、紙ごみで満杯となった段ボール箱へへとぶつかった。


提督代理である明石少尉はなおも唸りながら事務机へと突っ伏した。


「提督会議まであと3日…まにあわないわよぅ……ぅうぅ」


明石はこの日―――正確には4日間まるで寝ていないのだが―――何度目かも分からない覚醒落雁のビニール包装を引き千切って、すがる様に噛り付いた。曇った意識が僅かに晴れる。卓上カレンダーには、二つ隣のマスに


『☆【重要】☆~提督会議当日!!~☆【忘れない事】☆』


とカラフルにこれでもかと印がつけられていた。


提督会議とは、分かりやすく言えば『4ヶ月に1回』行われる鎮守府の成果報告会の事だ。


各々、どのような海域での作戦に参加・実施し、どれほどの戦果を得たのか。または、どのような研究・開発・技術試験を行ってどれだけの成果が得られたのかなど、書類に纏め、大本営で発表を行うのである。


実績を持ち、軍に正式に認められた『提督』であれば1枚の要旨に纏めるだけで済む。しかし『提督代理』はこうはいかない。100ページに渡る膨大な形式の書類に活動・成果を落とし込み、その上で5人の『提督』からハンコを押してもらわねばならないのだ。更に発表用スライドまでも作らねばならない。面倒極まりないことだ。


「現代版参勤交代」と揶揄されるこの邪悪な報告会議は、『提督代理』にとってまさに地獄であった。それだけでなく、最終的に元帥閣下の審査から『合格』の判定が出なければ降格の可能性大。最悪、クビになる可能性もある。


「あぁ、…やだぁぁ~……死にたくないぃぃ~~」


そしてここ、「ヤケクズレ鎮守府」の『提督代理』、明石少尉も例外なく地獄を見ていた。


最悪な事に、数時間後の日の出後、鎮守府を出て大本営へと向かう予定であった。どんなに急いで輸送船と鉄道を乗り継いでも、ここから2日かかるのである。


「ハッピョウ、ハンコ……スライド、あはっ、はははははは…」


「只今戻りましたー!」


ガラリと執務室の扉が開き特訓から戻って来た白雪が顔を出した。真っ赤な顔に髪はシットリと濡れ、身体は汗に塗れ微かに分厚い服が張りつき幼いボディラインを映し出す。白雪は防寒服を急いで脱ぎ落としながらスポーツタオルで鬱陶しそうに汗を拭う。明石は机に伏せながら顔だけを動かして白雪を見た。


「しらゆきちゃん…ふふ、おかえりー……うふふっふふふ…、どーしよー」


「明石さん、報告書まだ終わってないんですか!?」


「そ、なの。肝心のさー、おおきなせいかがねー」


瞳に涙を浮かべ、無機質に感情の無い言葉を飛ばす。


「だからあれほど言ったのに…どうするんですか。あと30分で乗船予定の輸送船が来ちゃいますよ!?」


「だぁってさー。あぁっ、白雪ちゃん!?」


「もう知りません!シャワー行ってきます!」


白雪がそそくさとシャワー室へと滑り込む。明石は白雪が先程までいた場所に手を伸ばしたまま固まった。


「ヒドいぃ、ちょっとくらい手伝ってもらってもいいじゃ…あ、シマッた!」


ゴチャゴチャした事務机に立てていたファイルの山が崩れる。キチンとバインダーに挟まないでいた資料が飛び、床へへと散乱する。慌てて明石は起き上がり、拾い集めた。


「うわぁ。時間ないのに、こんな、事なんか…おん?」


ふと、手に取った1つの薄っすらと埃が乗るファイルに目を落とす。それは以前受領した「駆逐艦の速度限界検証試験」の名が入っていた。そういえば、白雪ちゃんの熱意に当てられて、自分にしては珍しく真面目に分厚い改修・試験結果と考察を書いていた。大本営に提出して即日却下されてからは嫌気が差し、見るのも嫌になってここずっと放置したままであった。


「………………あっ」


その時、明石に電撃が走った。



――――――――――


3日後!


「くふ、ふ……フフ!よし……よし、よーしっ!」


格安ホテルの一室。そこにそれまで机にかじりついていた明石の声が抑揚なく響いた。窓から見える夜空は既に明るみを帯びている。鎮守府から出発する事きっかり72時間。ただ己の筆を走らせ続けた明石がそこにいた。


「ヤッターッ!」


傍らには大量の紙束があった。明石は深く呼吸を繰り返し、部屋中の空気を取り込む。ケミカルな甘ったるい匂いが肺一杯を満たした。達成感と放心、脱力感と虚無混じりの表情を浮かべ背も取れに身を預けた。


ここは帝都、大本営のお膝元である東京。その都心の一角に、明石一行はいた。


すぐ外の道路を新聞配達のバイクが走り去る音が聞こえる。どこかでカラスが鳴き始めた。


「んぅ……」


ふいにベッドに身を沈めていた白雪が寝返りを打った。


明石は我に返り、一瞬後方を見つつ電気スタンドの紐に手を伸ばす。そして、静かに灯を落とした。カーテン越しに差し込む光が明石の顔を照らした。


「あぶないあぶない」


片手間に報告書へ紐を綴じ、忍び足で窓際へ歩み寄りゆっくりとカーテンを払い除ける。昇り始めた太陽と目が合った。


「ふー。あぶない…だったわね」


明石は深く長い溜息を洩らす。正に紙一重、ギリギリの瀬戸際であった。これでどうにか首は繋がった。…元を辿れば全て自分が原因ではあったのだが、それはそれで考えない事にした。


ふと、ガラス越しに薄く映る自身の姿が見える。


「うわ」


思わず口に手を当て、声が出た。それもそのはず、トレードマークの綺麗な桃色の髪はボサボサ。隈は酷く、乱雑に肌蹴たルームウェアは自身のあられもない姿を隠す機能をまるでなしていなかった。吐く息もドラッグ色が濃く、嗅いだだけでキマってしまいそうな程に酷い。


次いで我を疑ったのは手と口を渡す幾つもの唾液の橋であった。ニチャニチャと音を立てよう程の粘度の液が口中を満たしていた。口元が緩んで、自分の物であるにも拘らず力が入らない。つつ、と口端から無意識に甘い液が溢れ、黄色く何度も再結晶した砂糖の道を濡らした。


「あ、えっ」


正直のところ、心中絶句していた。明石自身今までにこんな状態になった事など無かったからだ。


酷過ぎる。まるでジャンキーそのものだ。


「だ、大丈夫大丈夫。提出物は完成したし。後は…えーっと……アレ?」


無意識にサイケな思考と虹色の視界が回り始めた。バッドトリップ寸前であった。それだけに足元に散乱する大量のビジネスドリンクやドラッグスイーツの残骸たち彼女が気付くはずも無い。人間用に調製されたものとはいえ、これほどの量の投与は想定されているはずが無かったのだから。


「あ、あ、あぁやばっ、やばい…おえっ」


フラつく脚で机の角に積まれた百円玉タワーを掴み取り、ウェアを床に落としながら明石はシャワールームへと飛び込む。


やがて半開きのドアからシャワーと嗚咽の音が漏れ出した。



――――――――――


「ダメですね」


「エッ」


その数時間後、呼び出しを受けた明石は大本営の尉官用応接室で自身の提出した報告書を突っ返されていた。


「ダメです。足りません」


それは発表を終え、意気揚々と東京観光を楽しもうとしていた矢先の出来事であった。


「で、ですが。この通りに必要事項も揃っていまして…現に、報告会ではそれらしい指摘もありませんでした。いったい何がダメなん…でしょうか」


明石は縮こまりながら胸を張り指導佐官の目を弱々しく見返し、反論した。天窓の陽光がスポットライトめいて照らし、立ちすくむ明石の寝癖交じりの髪や皺だらけの執務服を際立たせる。


明石とそう背丈の変わらない指導佐官は髪を弄りながら聞き返した。


「本当に分からないの?」


「え、ええと。いや…ぁ」


目を逸らす。勿論、自身には何がダメなのかわかっていた。だが、言えない。言ってしまえばそこで認めてしまう。


屋外のデモ隊の喧騒が鮮明に聞き取れる。室内を静寂が満たす。そこへカツカツとヒールを鳴らし、指導佐官が明石の下へと逆光に眼鏡を光らせながら詰め寄った。


「ほんとうに?」


目が鋭く明石を射抜く。笑顔という名の無表情が睨みを利かせられる。


明石の身体が凍え出す。ピクリと唇が震え、息が鳴った。


微笑を浮かべながら、指導佐官の香取は指先でとんとん、と一つの項目を叩く。それは白雪と共に行った「速度限界検証試験」の内容があった。


過去、既に報告済みのものが。


「とうに提出のされたものを再度テーマと概要の表現を変えられたとか……やってもいない事をまるであったかのように見せ、過剰提示する。水増しというのですが……いけないと、思いませんか?」


「ひゃい……」


完全にばれていた。


指導佐官は青ざめた提督代理の周囲をゆっくりと歩き回る。明石は香取から懸命に視線を外すように努めた。


だが、シミ一つない執務服やハネ毛のない整った髪が飛び込んでしまう。明石にはそれが眩むほどに輝いて見えた。直視が、できない。


「嘘はいけません。正直に言いなさい」


一周し、明石の正面へ。澄んだグリーンの瞳が明石を射抜く。一瞬の逡巡。そして一拍置き、ゆっくりと口を開いた。


「……要求事項が僅かに満たせなかったのですね」


それは落胆というよりもどこか悲哀を帯びた声であった。


「すみませんでした……少佐、殿」


紙束を抱えたままの腕を、痛む胸の前に強く押し付ける。明石の視界は揺れ定まらず、静止していられなかった。ドラッグの残滓が動悸を早め息苦しく感じさせた。


一面に広がった雲が流れ、日が陰った。


いてもたってもいられず、すぐにでも立ち去りたい気分であった。


「今回の件は上層に報告します。処遇については心しておいてください」


素っ気なく言い渡した香取は粗末なビールケース椅子に座り、傍らに積まれた段ボールに詰まった資料へ手を入れ、かき混ぜ始めた。


「全く、面倒事を増やさないでもらいたいですね。先輩」


無機質な筆音と衣擦れの音だけが鳴る。彼女は未だ新米少佐の身であり、提督の資格を有する。明石と同じサンプル艦であった。だが提督といえど所詮新米少佐は見習い扱い、キャリアアップが必須となる。故に彼女も暇ではなかった。


「それと、言い忘れていましたが再提出の期限は二週間後のこの時間になります。ではお体にお気をつけて」



――――――――――


更に数時間後。都心からやや離れた秋葉原、物乞いやビニール店舗が立ち並ぶ通りのさらに奥の路地に存在するコスプレ居酒屋「人形邸」。そこで明石達は同期の提督代理達3組と呑んでいた。


「……はぁ」


「……うぅ」


「ウッウッ…ンゥ」


カラオケボックス型の部屋に詰められたサンプル艦たちの顔色は総じて思いつめていた。


ある少女はブツブツと独り言を繰り返し、一方で額を手に当てたまま溜息を洩らし続け、そして淡々とマシーンのようにビールと涙を流し続け、それを慰める。彼女達の秘書官らはいつも通り隣室へ避難させていたが、今回はそれが輪を掛けて最悪となっていた。


「慰め回」と称するこの恒例事項の会合。


4人の提督代理達は、それぞれの執務服に身を包んでおり、さながらコスプレ撮影会の雰囲気を漂わせる姿はこの場に相応しい格好である。現に店内の誰も怪しむ素振りは無く、その他に本職の者も混じっていた。


そして、いつもならば愚痴と傷の舐め合いをグダグダとするこの会合。今まさに全員が軍人生命に危機を迎えていた。


コンベアーで運ばれた焼酎カプセルを受け取ると、明石が


「どうしよう!私、あと二週間までに技術試験を受けなきゃいけないよう!」


イの一番に口を開いた。


「さっさと受ければいいじゃん…書類詐称のペナルティは重いわよ?」


山形の加茂鎮守府の川内大尉が顔を上げ、左眼の眼窩に嵌った曇りの入ったガラス玉を擦る。


「アンタはまだどこも欠けてないし、最悪どっかのパーツを売ればいい。明石のタイプは市場じゃレアもんよ」


彼女の左眼は鎮守府運営の借金のカタに売り飛ばしていた。そして今、再び莫大な借金を抱え、返済期限を間近に迎えていた。その顔は半ば諦めている。


「無理よ!そもそもしたくない!…けど、技術試験はどこ行っても掲載期限を過ぎちゃって…受領すらも出来ないの!」


「しらないわよ…」


壁伝いに白雪達の弾んだカラオケソングが聞こえてくる。テクノリメイクされた市民向けのJポップ軍歌。この頃流行りの歌だ。


「若いねぇ。はぁ、明石さぁ……ちょっと金借してくんない?」


「イヤよ。前の返済が先」


「ちぇっ、ノリ悪いなぁ。そんなんだから胸も貧しいんじゃないの?」


「言ってくれる。あのね、中途半端より希少価値なのよ。私は」


明石と川内は備え付けのタブレットを操作し、呑み放題メニューから無造作にタップし、フリックする。間も無く、アルコールが供出され、何度目かわからない乾杯を交わした。


アルコールという物は不思議な事に、物事をぼかす事が上手な飲み物である。もとより全員が暗い話題など好まなかったせいもあるのだろうが、先刻まで通夜に等しい空気であった室内が、危うい雰囲気を醸し出しながらも陽気な物へと昇華していた。


ただ一人を除いて…


「ウッウッウッ…クゥッ…うわーん!」


愛知の伊良湖鎮守府の伊良湖少尉。それまで泣きぬれていた彼女が、甲斐甲斐しく付き添っていた大鯨少尉へと突然泣き崩れた。


「ん?伊良っちどうしたの?」


「川内さん…それが…」


泣き続ける伊良湖をソファーに横たえさせ、膝枕をさせた大鯨が眉間に皺を寄せた。


「伊良湖ちゃん。鎮守府の大事な予定を何重にも被らせてしまったみたいで、先方の提督の方を怒らせてしまったみたいなんです」


「あらま、可愛そうに」


何時の時代もヒューマンエラーは起こるもの。帝国がまっとうな戦力を抱えるようになって約4年になるが、それはサンプル艦でもオリジナルでも変わらなかった。そも、彼女達はそんな軍からもあぶれかけた者達。エラーが起きやすかったために今の苦境に落ちているのである。


「謝ればいいじゃない。っていうか伊良湖の事だし、もうしたんでしょ?」


「それなんですけど…謝罪は…」


大鯨は頬を赤らめつつ、やおら自身の突き出た豊満な胸をエプロン越しに持ち上げ、たぷんたぷんと上下に揺らして見せた。


「…じゃないとダメと言われたらしくて」


「うわ、エッ…じゃなくて、最低じゃん」


「伊良湖ちゃん、大事な予定を被らせたって言ったけど何しちゃったのよ」


「任務です」


「えっ」


その言葉に、明石と川内は顔を見合わせた。


「もう少し言えば、技術試験と炭・資源鉱山の採集…調査任務とか、でしたっけ。いずれにせよ、どれも今週中に行われる物ばかりです」


「金!」


川内が叫んだ。


「川内、うるさい」


と明石。


「え、っていうか。大鯨、なんでそんなこと黙ってたのよ?」


明石は大鯨のもとへと詰め寄った。


「な、何故って…えっ?私は派遣配属で現在フリーですし。お2人は鎮守府配属で、何やら現在お忙しそうに慌てていますから」


とんと見当もつかないような顔ぶりで話す大鯨。


「あっ、大丈夫です。出来るだけ持ち帰って、提督職の方々へお分けします…って、ひゃぁ!」


次の瞬間、テーブルを回り込んだ川内が大鯨を羽交い絞めにし、飛び掛かった明石が大鯨の脇をくすぐった。


「あんたねぇ、ドンピシャじゃないの!私達の悩み事と、伊良湖ちゃんの悩み!私達の話ちゃんと聞いてたでしょうが!」


「ぶふっ、あははっ。ちょっ胸揉、やめ」


「ていうか何勝手に人の仕事盗んでんのよッ!あぁっ、何でこんなに温かくて柔らかいのよ、大鯨ちゃんは頭より胸に栄養行き過ぎなのよ全くーっ!」


「Zzz…」


「くっふふ、あかしー。次私に交代ねー」


川内が肩を揺する。


いつしか4人の間にはアルコールの混じらない屈託のない笑みが漏れていた。




――――――――――――――――――――


『量産型グラフィック:file2』


・海号-12-182型〈明石(サンプル版)〉【本名:肥後野 まもり】


本作品は、かつて連合艦隊では唯一となる工作艦としてつくられた艦、『明石』。

その量産に向けて製作された量産型の模型とでも言うべき見本品。通称、サンプル艦娘である。


工作艦『明石』の量産化を見越して作られているため、ボディには当時の平均水準な質の強化骨や皮膚、筋肉といった生体パーツが移植されている。また、将来的な量産ライン取得を確実とするために、予算獲得・査定評価を少しでも良く見せるべく、温かく滑らかな柔肌に緑眼の人工眼球、やや癖のある桃髪など、とことん〈オリジナル〉に似た容姿へと突き詰められる努力がなされていた。

しかし、その外観と異なり、素体となった彼女の知能は理工学とは無縁の存在であったために、専門的なメカニックスキルや資格などは到底持ち合わせていなかった。

余談ではあるが、本作品の絶壁な胸部貧乳設計にこれといった意味は無い。完全に施術者の趣味である。


本作品の目的は、組み込まれた生体パーツのボディ稼働状態の観察、並びにパーツのマッチング検討という非戦闘的なものであり、高コストな戦闘回路は全て排除されている。

要は、専ら強化された頑丈なボディにおける日常行動の、各フェーズ移行の流れを検証するために造られたのである。

書類上では一応量産機としての形式番号を持つが、その実、航行能力はおろか一切の戦闘能力を持たない『明石』によく似たただの頑丈な人間に過ぎなかった。


 本作品はヤケクズレ鎮守府で行われた数日間という短期間の評価試験終了後、その場で技術試験艦の任を解かれた。その後、無意味な『三等兵』の階級と『「大島」海図参謀』の肩書が与えられ、深海棲艦の出没を監視し、近隣鎮守府へ報告する『海域見張員』として、そのまま現地配備されていた。



搭載戦闘回路ナシ。装甲ナシ。装備ナシ。




~~~~~~~~~~



『記録証言2: Game center CVE 』



「Yeahh! 来たわよ、ニッポンのamusement arcade! うんうん!良いわねぇ、見たことないマシンがたくさんあるわ!」


「ふわわ…く、暗い…に、日本の人たちがたくさん…撮影、とはいってもここは埃っぽくてうるさいし…怖いなぁ」


「Hey, Cathy!見て! Look! スゴイわ、あそこに『テンペスト』がある!しかも…MCMLXXX……1980!? What!?」


「Ilo,声が大きいですってば。うぅ、みんなが見てる…ってうわ!?何、悲鳴!?あの人だかりから!?」


「Uh…Aha! Game tourrament! Don’t worry, Cathy. ニッポンのnerd。つまりJapanese Greater gamersが、あそこでGameの腕前を競っているのよ」


「へぇ…なるほど。あっ、ちょうど終わっちゃったみたい。…見れなくてちょっと残念だなぁ」


「Oh……yes…yes,Yes!よし、決めた!Cathy、行くわよ!」


「あっ、はい!って、ん?…あ、あの、Ilo? すっごい怖くて危なくて私は絶対無理だと思うんだけど、まさかアレを?」


「Wow! さすがはNipponのNew VR robot action game! Very very very … great! それで、プレイヤーは…あの子ね!Let’s,インタビュー!Sally, go!」


「え、えっ…Ilo?……Ilo!? ちょっ、ちょっと待って!?」




―――――ie2683:とある民間ジャーナリストらより




このSSへの評価

このSSへの応援

1件応援されています


SS好きの名無しさんから
2018-03-25 01:25:33

このSSへのコメント


このSSへのオススメ


オススメ度を★で指定してください