2017-12-08 02:00:56 更新

概要

本作はとある鎮守府で起こった、様々な『量産機』達の物語である。


前書き





皇紀2677年、9月。奴らとの戦争が始まった。

海の底から出現する、謎の艦艇群。それらを人類は『深海棲艦』と呼称した。

人類は持ち得る全ての戦力で排除を開始。しかし、一方的な敗走が続き、11月には世界の海と空を80%喪失。

翌月に、アフリカ、オーストラリア大陸を『喰われ』、それぞれ70%の陸地が失われる。

人類は、遂に戦力を失い絶望に暮れた。

だがこの時期、極東の島国『大日本帝国』が吉報を発信する。

辛うじてその脅威に対抗できるただ一つの存在――
それは、在りし日の記憶と魂を持つ娘達。
『艦娘』である。

艤装と呼ばれる武器を装着し、生まれながらにして深海棲艦と互角に戦う能力を持つ彼女達。その活躍は、人々を奮い起こすに十分過ぎるものであった。

翌年の4月13日。人類は一大反攻作戦を開始。

『大日本帝国』は、瞬く間に本土近海と幾つかの周辺諸島の制海権奪還に成功。この流れに乗じて破竹の快進撃が続き、ゆくゆくは終戦を迎えるかと思われた本作戦であったが、突如飛び込んできた情報に、事態は予想外の展開を迎える。

それは深海棲艦の首領を撃破しない限り、沈めてもやがては再び浮上してくるという物であった。

人類は首領の所在を知らず、深海棲艦も口を割らない。解決策など無かった。

それが判明してなお、彼らに出来るのは戦う事しか出来なかった。ゴールの見えぬ闘争。その間にも、敵は日進月歩で駆逐艦から超弩級戦艦まで、艦種と数を増やしてゆく。

結果、人類は深海棲艦を完全排除することが出来ず、作戦は失敗。解決策もままならぬまま戦況は長引いた。

ずるずると、「現状維持」の名の下に貴重な艦娘の血と資源が、ただただ不毛に費やされていく。

軍も、艦娘も、皆酷く疲れていた。


そして時は過ぎ、皇紀2680年。

疲れ果てた帝国は、素晴らしい人道的兵器を完成させる―――

その兵器の名は

『量産型艦娘』

そう、呼ばれていた。


ヤケクズレに吹く雪は




粉雪が吹き付ける空の下、3隻の旧世代の補給艦らが佐渡島を出港する。それは大日本帝国の輸送部隊である。


かつて彼等のような船は、軍艦などの船団へ物資輸送と補給を行っていた。


だが、それはもう、過去の事だ。


5年前の深海棲艦との本格的な交戦以来、彼らの仕事はガラリと変わった。


時は皇紀2682年、12月。冬。


手指は固まり吐息までも凍て付くような寒さ。


開戦当初、彼らのような補助艦艇は艦船や軍艦への補給が主任務であった。しかしすでにこの時、補給艦が給油すべき軍艦は深海棲艦によってほとんどが海中へと沈んでいた。


現在は、深海棲艦の脅威を打ち破る者として奮闘する『艦娘』らへの後方支援が彼らの重要な任務だ。


『艦娘』―――その存在は大きき二つに分けられる。


〈オリジナル〉と〈量産型〉。


その二つだ。


前者は深海棲艦と同様に海より顕現、もしくは妖精より創られる者でありワンオフ物。その力は嘘か本当か、たった1艦隊で数十の深海棲艦に立ち向かい、数倍の戦力に対して完全勝利したと言われる噂が流れるほどである。


それに対し後者、つまり〈量産型〉は、字面からも理解できるように、人もしくは機械の手で数を揃え、造られる物である。


ガワこそ〈オリジナル〉と似てはいるが、中身は量産性を最重視された安物の如き存在であった。その性能は、ライフルと火縄銃を比較する様なもの。が、数さえ揃えば、深海棲艦らには十分対抗できうる。


故に、容易に大量生産される〈量産型〉艦娘の艤装パーツ全般、それから油や修復材といった資源の輸送が通常の支援形態となっていた。


この3隻もまたその例に漏れずに、佐渡島で物資の荷下ろしと給油を行い、次なる目的地へと向かっていた。本土沿いに日本海を渡るべく、北北東へ針路を取って。



やがて、やや霞んではいるものの彼らの右舷方向には本土の陸地、さらに奥には北海道の大地が薄ぼんやりと見えて来る。そして前方には、目的地である最後の島。『大島』だ。寄港まであとわずか。そこでようやく補給船の乗組員はみな幾分か緊張を解く。


当然だ、彼等には駆逐艦の1人すら護衛についていないのだから。


実際の所、現在も〈量産型〉は急ピッチで生産されている。だが海は広い。更に無慈悲にも、戦場は星の数ほどにあった。そして助けを求める者達もその戦場にいる。


激戦必至の最前線と、治安良好な補給線。優先して戦力を裂くべきはどちらであろうか?その答えが今の輸送体制に現れている。


どんなに安価な〈量産型〉であっても戦力は戦力。それが大本営の決めた方針である。決められた安全な航路とはいえ現在の護衛はゼロ。本土がいくら近くにあっても船員たちは皆、身の縮むような思いであった。とは言え、島に荷を下ろせば当初の手筈通り、帰路は大湊の鎮守府が護衛に付く。


…『艦娘』、強大なる深海棲艦を打ち破れる対等な存在。強大な力を持つ、戦力だ。


それだけに本土では彼女達を恐れる人々がいると聞く。


しかし、補給艦の船員らはそんなこと関係無い、と思う。


なぜなら、今も彼女達は我々を守ってくれているのだ。その姿は言葉に言い表せない程に頼もしい。


そして自分達はそんな彼女らを陰ながら支える存在として、補給艦としての使命を全うすることが出来るのだ、俺達も戦えるんだ、と感じる。故に、彼らは本分を全う出来る。


やがて補給船らは大島の偵察海域へと進入した。


雪降る薄明るい灰色の空へと、黒煙を伸ばす。単縦陣。3隻の補給艦は速度を落とし、着港するべく目標の鎮守府へ向けて打電。情報共有を確立するために、補給船は相互の距離感覚をさらに詰めた。輸送任務も終盤に差し掛かる。


だが、その海域に進入する物は補給艦だけではなかった………




――――――――――


それは小さなクジラほどの大きさの漂流物―――否、4機の駆逐イ級であった。独特なペイントを施した旗艦イ級を先頭に、指揮を執り単縦陣で両舷全速。雪空の中を切り裂かんとばかりに唸り、接近する。


駆逐艦と補給艦の速力の差は決定的だ。片や戦闘一筋の快速艦、そして積荷を満載する足の遅い補給艦。その速度差については言うまでもない。


補給艦はこの急接近する艦隊をようやく捉えられたのだろう。散開行動をとる。が、遅すぎた。固まって進む船団は身動きがそうそうすぐには取れない。艦船は艦娘ではないのだ。


――手遅れだ。


船体に控えめな青黒い線を1本描く旗艦のイ級はそう感じ開口、主砲を覗かせる。


間も無く輸送船から放たれる数条の迎撃火線をボディで軽々と弾きながら、鼻歌交じりに僚艦へと『砲戦用意』の指示を出す。


補助艦艇に有効な対艦兵装は無い。ましてや対空用の機銃弾など、深海棲艦にとってはポップコーンが当たるにも等しかった。


だが突如、海中を滑る独特の音が6つ、割って入る。次の瞬間、最後尾の1機が爆散した。


――な、何だ!


旗艦は慌てて周囲へ照準を巡らす。先程の音は魚雷によるものだ、輸送船が魚雷を装備?いや、そんなはずが無い。そもそも、攻撃は我々の後方からである!


――伏兵か!?


その時、振り返る旗艦の視界を何かが横切った。初めは泡立ち撥ねた波か何かであろうと考えた。だが違う。すぐにその姿を捉え、考えを改める。


それは青いセーラー服を纏い、艤装と小口径の砲を持つ、黒髪の小柄な少女であった。


大きく波を立て、補給艦とイ級らの間に割って入る様に滑り込み、イ級らの周囲を旋回する。反撃を個々に開始したイ級らのマズルフラッシュを受け、手にする主砲や艤装に描かれた蛍光エンブレムが輝く!それは、サンゴと錨を組み合わせた意匠。大日本帝国海軍のエンブレム!


――艦娘!量産タイプか!


旗艦はすぐさま状況判断する。その姿は駆逐艦であろうか。イ級らは編隊を保ちつつ、すぐさま態勢を整え反撃に応じる。が、敵の機動が速すぎて捉えられない。


――!?!?


旗艦イ級は甲高い唸り声をあげ部隊に喝を入れ、下がり始めた士気を蹴り上げる。直ちに輸送部隊の事は諦め、密集し、艦娘へと火力の集中を優先した。


だが、狙いを絞り、照準を定めてもそれを嘲笑う様に敵駆逐艦は更に速度を上げ振り切ってみせた。まるで水上を流れる青い流星だ。何一つとして砲撃は掠りもしない。全てが紙一重で回避されてゆく!


であるのに、艦娘は主砲をこちらへ構えたまま撃とうとしなかった。いつでもすぐに殺せるとでも言っているかのようだ。旗艦イ級は直感する。奴は…あの艦娘は何かがおかしい!


――それにこの機動力はッ!?


左へ、右へ、歌うように高速スラローム走行をする艦娘の姿を辛うじて視界に捉える。


艦娘は主砲を構え、狙いを付けた。が、すぐに降ろす。そしてまた主砲を構え、降ろした。こちらの斉射。艦娘が滑る。水柱が立つ、当たらない。この吹雪の中、いかな視界不良といえど異常な回避率。


目の前の艦娘は、幾度も砲撃姿勢と解除を繰り返しつつ挑発を行い、ジグザグ線を描くかのような不可解な機動を繰り返した。かと思えば衝突するかという至近距離まで飛び込み、すれ違う。やはり撃ってこない。再びこちらの一方的な砲撃。しかし艦娘は白と青の軌跡を後にして、軽やかに、急激な機動力を見せつけ回避する。


戦闘開始から3分。旗艦は苛立ちと困惑を隠すことが出来なかった。未だ命中弾はおろか擦過痕すら与えられていない……彼我の戦力差は1対3だというのに!


深海棲艦とて彼女ら、艦娘について幾分かはその情報を知ってはいる。深海棲艦はいくらかの量産機の死体を、艤装を解析し、微量であるがデータを調査、共有を終えていた。しかし、その機動力を持ちうるあの容姿と同じものは…その中に無いのだ!


同時に旗艦の脳裏にとある噂が浮かび上がった。


とある嫌な、戦慄を伴う恐るべき噂だ。それは格上のヲ級やル級を手玉に取り、一部エリアで悠々と快進撃を続ける駆逐艦の存在である。それを旗艦とする遊撃隊…エースたる者達の艦隊という存在だ。


その旗艦である駆逐艦の特徴は、黒髪に青いセーラー服。


そう、今、目の前にいるような艤装姿の!


――出没エリアは南方と聞いていたが…まさかこんな辺境に!?…えぇい!


更に焦るイ級。実際、この事が冷静さを失わせていた。


目の前の駆逐艦娘は直角軌道のワルツを踊り、くるりと一回転。急停止をかけ、腰だめに流れる様に魚雷を放つ。


後ろを取られた最後尾のイ級が魚雷の1発に被弾。轟沈する。これで計2機がロスト。絶対的な戦力差であるのに全く相手にならない。そして今は戦力差1対2!


――艦隊旗艦、このままでは各個撃破の形に!


――分かっている!


僚艦の悲鳴に応える様に旗艦イ級は吠え、艦隊反転。生存した2機は全速で逃げ去った。



敗走するイ級らの姿が2つの点と化した頃、その少女は機動を止める。完全に敵が安全圏へと逃げ出したことを視認すると、にわかに腰の信号弾ピストルへと手を伸ばし真上へ打ち上げる。破裂音が1つ、響いた。真っ赤な煙信号弾の光が海と少女を照らす。それは降り始めた牡丹雪を赤く染め、暖かく溶かしつつ「我、技術試験終了セリ」の合図を声高に上げていた。


静かに肩で息をし、深呼吸。一際大きく白い吐息を虚空へ飛ばすその少女、特型駆逐艦「白雪」は、汗でズレたスキーゴーグルを両手で整えつつ、顔の雪を払いシケり始めた海の中反転。乾いた風と共に鮮やかな青の防寒マフラーをはためかせ、輸送部隊を追い始めた。




――――――――――


「…以上が特分隊、旗艦、「白雪」における速度限界検証への技術試験の結果となっています」


白雪は自身のデータについての主観・客観的評価資料をまとめ、提督代理の元へと出頭していた。それは今回の技術試験における自身の試験データを報告するためである。


執務室の暖かい空気と1枚の窓を隔て、外ではしんしんと雪が降り積もる。ここは大島、ヤケクズレ岬の鎮守府。


「ありがとう、お疲れ様。うん、了解っ」


事務机に座る提督代理と呼ばれた女性は、白雪から資料を受け取り満足そうに頷く。


机上にはカラフルなバインダーが几帳面にブックスタンドで纏められ、ボロボロの羽ペンと食べかけの覚醒落雁、湯呑の冷えた茶には薄く埃が膜を張る。三角錐型の『提督代理』マーカーはあるが、お世辞にも艦隊運営をする者のデスクには見えない。だが、辛うじて女性としての一線は保っているのだろう、頷きと共に彼女の良く整った猫っ毛の桃色髪がふわふわと揺れていた。


『提督代理』…そう、彼女は厳密には提督ではない。それは彼女の階級が『少尉』であるためだ。本来は『少佐』以上でなければ提督という役職に就くことはできない。その為、少佐未満はこの役職を担う様になっている。


海は広い。4年目の〈量産型〉、第四世代の量産型艦娘が発表されてもなお、鎮守府の数に対して提督は不足していた。『提督代理』はその不足を補うためにある。


その例に漏れず、ここヤケクズレ鎮守府でも正規の提督が着任するまでの間が『提督代理』の役目だ。


…現在も『提督』が着任してくる気配は微塵もないが。


ただそれだけならばいいのだが、『提督代理』しかいない鎮守府には問題があった。それは鎮守府運営に不可欠ともいえる任務が正式に受けられないのである。受けられなければ当然、軍からの支援物資である弾薬や燃料、そして食料などを得ることが出来ない。


そんな彼らが生き延びる糧として頼っているのが、海軍や研究所、他に企業などが募っている『技術試験』であった。白雪たちが受けていたのもその一つである。


本技術試験は、皇紀2682年に造られた第三世代の駆逐艦、「白雪」へと新型試作缶・タービンの限界までの増設、装甲の極限までの軽量化を施した艤装を換装、駆逐艦の強みである機動力の特化を目指した仕様であり、そのデータ取得を目標としているものであった。


そして結果は、4倍の戦力を単騎で圧倒。駆逐に成功。少なくとも書類上では文句なしの大金星である。


だが白雪は額に皺を寄せ、提督代理へ不満を漏らした。


「しかし、誰がこんな改装案を考えたのでしょうか。装甲なんてプラスチック製の段ボールですし…第一、速すぎて私には操舵に手一杯。機動中はまともに砲撃すらできませんでした。それに…」


彼女は〈量産型〉であるとともに「丙種整備士」と「丁種技術士」の資格を所持している。それ故、この改装の危険性を見抜いていた。いや、直感的に感じていた。


「ええ、試験データと今しがた終えた艤装のオーバーホールデータを解析してみたわ」


提督代理は、軍指定である白と青の執務服の上に毛布を羽織る。太ももの半分程も無い短いスカートから除く脚を両手で擦った。その女性用執務服は、どう見ても寒冷地用とは言い難かった。ストーブに手をかざし、冷え気味な指を温め、デスクに頬杖を突きため息を吐く。


その慎ましくつるりとした平坦な胸には『第二世代:明石【サンプル】』のネームプレートと『少尉』の階級章があった。背を丸める明石。余り、たわんだ胸元の布地がぷらぷらと揺れる。


「あと数分間、最大速度で稼働してたら間違いなく機関部が限界値を超えて…自壊を起こしてた」


「やっぱり…もしやと思っていましたが」


やや血の気が失せた顔で、白雪は率直に、冷静に感想を述べた。


量産型とて、艦娘の類に属してはいる。確かに、強化された身体には多少のダメージ位どうって事は無かろう。だが、砲弾に耐えるボディを持ってはいたとしても、背中に爆弾を背負っているとなれば話は色々と変わってくる。


異変を感じず調子に乗り、更なる高機動を続けていたならば、敵との戦闘があの後も続いていたのであれば…どうだったであろうか。


ましてやこれが本格的な作戦で稼働していれば?白雪は単純にこの艤装の設計者へ怒りを募らせていた。それを感じてか明石は頭をガシガシと掻きながら椅子の背もたれに身を預ける。


「そもそもさぁ…「量産機で〈オリジナル〉以上の機動力を生み出す改装案」なんて。結構無茶よね、はぁ…」


彼女とて、嬉々としてこの技術試験を行ったわけでは無い。こんな事は出来ればやりたくも無かった。しかし、この帝国海軍に身を置き続けるため、そして生き残るためには、このような技術試験を行わなければならなかった。


「お茶、淹れてきますね」


「ありがとー」




給湯室で白雪は茶を淹れながら、愚痴を吐く明石の言葉に心中同意していた。


傍目には見えないが、今も先程までの技術試験でかかった負荷に白雪自身の身体は軋んでいた。そして艤装は文字通り爆弾を抱えていた。全く、無茶苦茶である。


しかし、かといってこの試験を済ませ、有益なデータを取得、そして提出せねば明日への糧が得ることが出来ない。


もう少し鎮守府の質があれば、幾分かマシな試験を取ってくることも出来よう。だが、それは階級が高位であったのであればの話だ。提督代理である明石の階級は『少尉』。尉官中、下から2番目の階級だ。


彼女に降って来る技術試験の内容など、カスにも等しい。星程の数の試験依頼からいくつもの「鎮守府」と「階級」いう名のろ紙を通して何重にも漉された「危険」という名の残りカスだ。


得られる報酬も、ろ過と共に『紹介者』という名の中抜きを繰り返され、雀の涙。今回の報酬も数日分の資材と大量の石油臭と味のする粗悪な合成食料だろう。


しかし……白雪は思いを馳せる。


実際の所、あの戦場での光景に白雪はどこか感動していた。艦娘の身体になってもうじき1年。彼女は帝国と深海棲艦の戦いに疑問こそ持ってはいなかったが、どちらかと言えば争い事は苦手な方であった。しみじみと思い返す。手術を受ける前の自分は血や傷を見るのにさえ気が引けていたのだ。


そして、先程の戦いは思いがけない体験でもあった。怯え狼狽するばかりの深海棲艦。そして、偶然だが武力ではなく確実な力量差によっての敵の屈服…それは上手くいけば誰も傷付かず、誰も死にもしない戦い方も出来る筈。そんな素晴らしい可能性が見えていた。


一技術者として見ればこの計画は全くの未完成の欠陥品。だが個人の、自身の目線から見ればこれも戦いの渦における小さな、ほんの小さな一つの答えなのかもしれない。そう思いながらアサガオ柄の電気ポットから急須へと湯を注ぐ白雪の表情からは、自然と柔らかな笑みがこぼれ出ていた。


ここ、ヤケクズレ鎮守府はかつて漁港であった場所を改造した場所である。北海道と青森の付近に位置する中規模な島であり、島民は何年も前に避難した。規模は小さいがそれだけにかえって試作品等の試験場としては適役であった。この小さな鎮守府に提督は存在しない。あるものは、「特分隊」旗艦である駆逐艦「白雪」、そして出撃以外すべての役目を兼用する提督代理の「明石」。実質2名のみであった。




「お茶です、どうぞ」


「ありがと~」


ボコボコと未だ沸騰する茶を明石は喉を鳴らし一息に飲み干す。どこも熱くは無い、強化された身体のもたらす恩恵だ。


「で、どうしますか」


白雪はパイプ椅子を立て、明石の事務机へと折りたたみ机を引き摺り、くっつける。間に粗末な合成駄菓子が盛られた木皿を置いた。漁港の事務室を改造した執務室はとても広く、暖房がフル稼働してはいるがどこか寒々しい。


「どうするって?」


明石は白雪に茶を注がれながら油の浮いた毒々しい色のキャンデーを口に放り込む。白雪はこちらへと顎に人差し指を添えながら首を傾げた。


「本日の技術試験についてです。やはり1回の出撃だけではデータ不足ではないでしょうか」


「データ不足…んー…そう、だ、けど…。続けちゃう?現状このまま報告書も出せちゃうわよ。それにもう一回だなんて。今回は撃沈艦種ボーナスも無いし…やらない方が良いんじゃない?」


白く変色した棒状のチョコ菓子を指先でくるくると回しながら茶を追加で注ぎ、白雪の湯飲みにも注ぎ入れる。丁度急須が空になった。


「…もう少しやらせてください。少し手直しをすれば、マシになるかと思うんです。一応、現地改修も…許可されているはずですし」


直面する面倒事に対して熱心に主張する白雪を前にし、明石は額に手を当て唸った。


艤装を装着し、時にそれに身をゆだねる彼女にとって「性能」という物事は大きな要素の一つだ。彼女なりにも何か思う物があるのだろう。私自身、それはよく分かる。技術者にとって満足出来る品を開発し、送り出す事は誇りだ。胸を張ってそう言える。


だが内心、乗り気ではなかった。


確かに、鬼や姫といった新型の深海棲艦が出現していく中、現場で求められるのは何よりも新たな高性能機の開発だ。技術は日々進んでおりそれは深海も同じ事、今もどこかで敵の新型が出現し暴れ出すかもしれない。現に人々は恐れている、故に求めた。一刻も早くそれに対抗しうるものを量産せねばならない、と。その一例がこの厄介な艤装である。


漫画やアニメなら、素晴らしく強力な物達が次々に開発されるのだろう。


だが悲しいかな、現実はこんな事ばかりである。試験の性であるが依頼に出される品はそのほとんどが不安定か信頼性が低いものが多い。


時に、今回以上に危険極まりない事例も過去にあった。私も、それが原因で同期を目の前で失ったこともある。だからこそ、技術屋の端くれでもあるだけに出来るだけそういうものは任せたくないのである。何せ白雪が携わろうとしているのは海を走るだけで自壊し、爆発分解を起こす程のリスクの高い代物であるのだからだ。


……しかし、いや、だからこそか?明石は首を縦に振った。


「うん、わかったわ。じゃ、…試験を続けましょう」


「有難うございます!」


仕方がない、手伝おう。そういった思いで明石は腰を上げる。


有益なデータがあればどこか別の戦域で、誰かの何かの役に立つのかもしれない。データとしてこの行いは残るのだから。ここで切り捨ててしまえば前例が残り、後に誰も試そうとはしないだろう。


見込みがある可能性を知っていながら見捨てる事はやはり明石にはできなかった。


「…でも意見書と改修補正届、私が書くんだけどなぁ」


「ご迷惑をおかけします。えっと、今度甘味をご馳走しますから…で、いいです、か?」


「ほんと~?」


「もう、本当ですってば」


ストーブのヤカンが鳴り、しゅうしゅうと蒸気を吐き出す。


窓の外では、白い雪が舞っていた。




――――――――――――――――――――


『量産型グラフィック:file1』


・海号13-012-ヤ型〈白雪(高機動仕様改善型)〉【本名:吉野 あさひ】


 本機は高山造船科学研究所よりライセンス契約を取り付け、海軍により量産された第三世代の量産型艦娘の現地改修型である。

 彼女は技術職に属しているため、『伍長』の階級を所持している。ヤケクズレ鎮守府に所属。主力艦隊である「特分隊」隊長機。

 本機は、速度限界検証試験の結果を手掛かりに、更なる現地改修を行ったものである。技術試験の折に露見した爆発分解という問題点を考慮し、新たに補正・再改修が加えられた。

 改善点として、装鋼材は壊れて島に残された陸軍の主力戦車、九七式中戦車:チハより第二種鋼板を回収。加工を行い、より生存性を高めるべく再利用。また、一回り大きくなった背部制御機関と増設された外付け型の液体窒素式クーリングノズルが特徴である。

 カラーは吹雪型の例に漏れず白とマリンブルーの2色であり、頭髪は黒。工業学校の出身であり、ある程度の整備スキルなどを改造手術前より保有。

 本機は上記の現地改修後、日本海海域において敵深海棲艦との数度の実戦試験を実施した。道中、戦艦や空母と会敵されるも、圧倒的な機動力を見せつけ、これらの駆逐に成功。

 改善前に問題とされた限界速度点を超過してなお、爆発分解の様子は微塵も見られなかった。



 しかし、この報告書を受けた帝国海軍の兵器開発局は、整備・運用・コスト面全てにおいて最悪であることを指摘。量産可能性は一切望めない。と切って捨てた。


 なお、本機の艤装は返却されずにそのままヤケクズレ鎮守府へと配備命令が下った。事実上の処分命令であった。



 吹雪型戦闘回路【ver,3.14】を1枚搭載。19mm第二種防弾鋼板装甲を持ち、12cm単装砲1基と91式高射装置1基、61cm三連装魚雷2基を装備している。


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