2017-12-26 16:27:47 更新

概要

任務「パッケージ」を終えて水上機に向かう堅洲島の提督と艦娘たち。しかし、その堅洲島のメンバーを監視する謎の艦娘たちと、その艦娘たちに気付いているらしい三隈。

提督に背負われて眠る陽炎の見る意味深な夢と、陽炎に干渉しているらしい「オリジナル」の陽炎の意味深な言葉。

何度か深海棲艦と艦娘との反転を繰り返した三隈は、堅洲島を見て、無意識の中に残る『艦娘の戦う意味』を思い出す。そこで出会う『色のない女』の話。

堅洲島で体勢を整え直した提督と艦娘たちは、横浜で大井確保作戦『チェンジリング』を開始する。交渉に応じない志摩鎮守府に情報を流しつつ、ほぼ完ぺきな大井の捕捉が出来上がるのだが・・・。


前書き

執筆中の為、きりの良いところで投稿です。二回目投降、21日。三回目投降、完結26日です。

提督たちを監視する、深海の気配のする艦娘たちと、その艦娘たちに気付いているらしい三隈。

そして、陽炎の見ている意味深な夢はエラーメモリーのようです。

今回、艦娘の「原器」らしいオリジナルの陽炎と、彼女たちが安置されて眠る世界の描写が出てきます。しかし、この世界は艦娘たちが提督の傍で見る夢と酷似した世界のようですが・・・意味深なシーンが多いですが、果たして?


第六十八話 アンコントローラブル




―2066年1月7日、ヒトロクマルマル(16時)過ぎ、秋葉原~隅田川水上バス発着所間一般道。


―明石を仲間に加える任務『パッケージ』を完了した堅洲島の提督と艦娘たちは、水上バス発着所に停めた『わだつみ』に向かっていた。任務成功もあり、艦娘たちのにぎやかな会話が盛り上がっていたが、朝霜との戦いで気を失った陽炎は提督に背負われていた。


黒潮「司令はん、すまんなぁ、陽炎が負けたのにおんぶしてもらって」


提督「いや、まさかこんなにみんなが、おれに陽炎を背負う役を推して来るとは思わなかったけどな。負けても、まあその意気やよし、と言ったところかね」


不知火「皆さん優しすぎです。姉の落ち度に対してここまで寛容な見方をしてくれるとは・・・」


金剛「そうでもないネー!相手が自分より強いのをわかっていても挑むのは、とても勇気がいるし、得られるものも多いデース!」


榛名「ほぼ負けると分かっている相手に、最初に名乗りを上げて挑む。とても難しい事ですし度胸もつきますから、榛名は立派だと思いましたよ?」ニコッ


磯風「存外・・・ここは良い鎮守府なのだな。強者の余裕がある。いい意味でのな」


浦風「結局は姉さん得しとるねぇ。どっかの牢獄に入っとる提督さんには、逆立ちしても真似できん空気があるね」フゥ


―更迭されて拘束されている、利島の提督の事だ。


磯風「奴の話はもういいさ。真面目な部分もあったが、やはり司令をするには少し荷が勝過ぎていたんだろうな。こうなると、あとは浜風や谷風が異動してくれたら嬉しいのだがな」


浦風「ほうじゃねぇ・・・」


―浦風は相槌を打ちながら冬の空を眺めた。まだ見ぬ浜風や谷風も、この鎮守府ならいずれ仲間に加わりそうな気がする。そして、それが楽しみだ。


提督「とりあえず、『わだつみ』でコーヒーでも飲みつつ、体勢をシフトし直すか!」


―艦娘たちから『諒解!』の声が上がる。


―ソロッ


三隈「・・・・・・!」


―この時、三隈だけはやや離れたビル群を静かに見回し、離れた位置のタワーマンションに何かを認めると、新たな仲間と共に道を急いだ。



―三隈の見ていたタワーマンションのベランダ。


村雨「すごいね!本当に『運営』を退けてこの任務に成功するなんて!」


―望遠鏡から目を離した村雨が、隣の艦娘に話しかけた。


瑞穂「本当に私たちの探している提督なら良いのですけれど・・・」


村雨「いずれにしても、希望はあるよね。普通の提督はこんな事できないもの。あとは三隈さんがどうなるか・・・」オォォォ


瑞穂「そうですね・・・」オォォォ


―二人の眼が一瞬だけ、深海の暗い青色を写した。二人は望遠鏡をしまうと、建物の中に姿を消した。



―陽炎の夢。


陽炎「・・・う、眩しい・・・ここ・・・は?」


提督「良かった!気付いたか!」


陽炎「あっ、司令!・・・うっ!!」ガタッ・・・ヨロッ!


―起きようとして、激痛という表現では足らないほどの痛みに息が止まりそうだった。左腕は欠損し、左足は膝から、右足は脛のあたりから、無い。左わき腹にもひどい傷があるようだが、全て包帯で処置され、血は止まっているらしい。


陽炎「・・・ああ、生きてたのね、私。・・・くそっ!」グググ・・・


―陽炎は担架のへりを掴み、何とか上体を起こした。


提督「そんな言葉が出るようなら、何とか峠は越えたな・・・良かった・・・良かった!!」グイッ・・・ギュッ


陽炎「あっ!ちょっ!」


―陽炎は提督に抱きしめられた。提督のコートを通して、わずかに血と怪我の匂いがし、腕の露出部分に触れる暖かな赤いチューブに気付いた。


陽炎「あ・・・これは?」


提督「艤装状態にはならないわ、輸血用血液は無くなるわで、泣きそうだったぜ。でも何とかなったな。おれはとりあえず生理食塩水で間に合いそうだ」ニコッ


―どうやら提督は、血を失いすぎた自分に輸血していたらしい。


磯波「私も無事です。陽炎ちゃん、・・・良かったぁ!」


陽炎「司令、私を死なせてくれないのね」ニコッ


提督「当然だ!・・・そういう男の艦娘だからな。しかし、あの時『受肉』とやらをしなかったメンバーを見ると、これは・・・」


―提督は周囲を見回し、少し微妙そうな表情をして黙った。ここは海の真っただ中、かつ、戦艦『遠江』に積んであった大型救命艇の中のようだが、残っているメンバーは山城、鳥海、磯波、そして陽炎だった


山城「あの時、『あれ』は言いましたね。『人の闇を宿さない艦娘もまた不完全』と。・・・提督、指輪を姉さまの代わりに預かっている私はともかく、要するにここにいるみんなは提督と何かあったという事ですか?」ジロッ


―山城の左手には指輪が光っている。


提督「・・・かな?と思ったんだが、鳥海がわからない。おれの記憶には何も無いんだが・・・」


―その鳥海は皆に背中を向けてうつむいたまま呟いた。耳まで真っ赤になっている。


鳥海「・・・ごめんなさい!・・・山城さんの認識で合ってます。後で話しますけど、ちょっといたずらが過ぎた感じです///」カアァ


磯波「いたずら・・・ですか」


提督「・・・何をされたんだ・・・なんてこった!あっ!」バッ


―提督は慌てて視線を山城に戻した。山城は恐ろしい事に、普段は見せないような笑顔で笑っている。


山城「怒ってませんよ。姉さまだったら怒らないでしょうし、こんな事も想定していたでしょうし。・・・だからこんなところで勘弁しますね!」ドスゥ


提督「ぐっ・・・ふ!お前ねぇ、こんな大怪我してる男にボディブローは無いだろう?」


山城「ああ、足りませんでしたか?」キラキラ


提督「間に合ってるよ!しかしその理屈で行くと、山城とは指輪だけで損した気分だな」


山城「足りないならそうと・・・」ニコッ


提督「はいはい分かったよ!言い訳はしないぜ?」


陽炎「私は・・・あの子の代わり。それ以上でもそれ以下でもないわ。そして戦いはまだ続くのね。いいわ。終わるまで罪滅ぼしよ」


提督「・・・・・・またそういう」ハァ


磯波「・・・あの、山城さん、提督は何も悪くないです」


山城「あなたの事はわかってるわ。提督がこうでもしないと、あなたは自分で消えようとしてたでしょ?結果的には戦いが続くことになったけれど、それは・・・」


磯波「わかっています。最後まで戦います!でも、私は今でも、皆さんや提督と一緒に居られて嬉しいです。それに・・・あんな事、絶対に許せません!」


提督「姫が最期の力を振り絞って、堅洲島までの航路をロックしてくれた。何とかたどり着いたら、必ずやり返して、みんなを取り戻す!」


―非現実的なくらい美しい海と空が広がっていた。自分を覗き込む傷だらけの提督の向こう、ハッチの向こうに広がる空と雲は、暖かな金色の光を帯びて、見ているだけで心が満たされてくるようだ。しかし、それはどうやら偽りの愛に満ちているらしい。


提督「人の闇を宿せば深海化しやすくなり、かと言って人の闇が無ければ、『やつら』の受肉の土台にされる・・・こちらが最大限大切にしてきたその心を踏み台にされるとはな。だが!必ず皆殺しにしてやる!」


―世界の深海化は防げた。が、その先にある本当に悪意ある罠は見抜けなかった。そして、戦いはまだまだ続くらしい。


陽炎(きっとこれが、私の罪と・・・愛なのかな・・・)スゥ


―それでも安心を感じて、陽炎は再び眠りに落ちようとした。しかし・・・。


磯波「提督、前方に沢山の艦娘たちが居ます!」


提督「何だって!?」


陽炎「えっ?そんな事があるわけ・・・!」


―陽炎は力を振り絞って起き上がり、磯波が指し示す方を見た。およそ一つの鎮守府の全艦娘に匹敵するほどの艦娘たちが、大型救命艇の向かう先に待機しているようだ。


山城「敵でしょうか?だとしたら今度こそお別れね・・・ただでは死んでやらないけれど」ギラリ


鳥海「いいえ、敵意は無いようです。みんな手を振っています。もしかして、あの子たちは・・・!」


―陽炎の夢はそこでぼやけた。



―再び、現在。


陽炎「うーん・・・あれっ?」パチッ


提督「よう、よく眠れたか?」


陽炎「あれっ?ちょっと!ええっ?」アタフタ


不知火「姉さん、目を覚ましたのですか?」


陽炎「ああ、そういう事ね?善戦したけど気を失って敗れて、司令が運んでくれていたと」


黒潮「いや善戦はしとらんけれども」


朝霜「善戦はしてないぜ?」


陽炎「・・・・・・あらそう」


提督「頭痛がするとか、吐き気がするとかはないな?大丈夫そうなら自分で歩いてくれた方が助かるが」


陽炎「うーん・・・まあどこも問題は無さそうね。それにしても、司令って欲が無いわよね。私みたいな若い女の子をおんぶできるなんて、なかなか無いわよ?」ニヤッ


提督「いや、この間吹雪を背負ったばかりだぞ?しかし、そんな軽口が出るようなら問題ないな」ニコッ


陽炎「そうね。ありがと!あとは自分で歩くわ、司令」ストッ


朝霜「ここの鎮守府はみんな優しいんだなぁ。まあ、無謀っちゃ無謀だけど、よくあたいと戦ったよ。よろしくな!」


藤波「きひひっ、良かったね、司令におんぶしてもらって。何かいい夢は見れた?」


陽炎「ああ、よろしくね!・・・夢?そうね・・・何か大事な夢を見ていた気もするわね。うーん?」


―陽炎は何か重要な意味を持つ夢を見ていた気もしたが、忘れてしまっていた。しかし、無意識には確実に刻まれていた。



―同じ時間。隣り合わせの異世界。


BGM~WHO WILL SAVE US NOW | by David Chappell~


―近くて遠い、隣り合わせの世界。白い砂丘と青く深い海の続く世界。そのどこかに存在する、地上と空を繋ぐほどに高い、海色のガラス様の塔の中。


―その塔の中は、淡く虹色に輝く螺旋階段になっており、所々に海色に輝く筒が設置されている。その中にはほぼ全ての艦娘が一人ずつ安置され、安らかな顔で眠りについていた。


海色に輝く筒の中で眠る陽炎(・・・そう、少しずつ核心に近づいて。多くの世界であなたがしてしまった、取り返しのつかない失敗をしないように。全ての危険なフラグを外して、針の穴を通すように正しい未来を選べたら、本当のその人と、仲間たちと、一緒に戦い続けられる力を、あなたの本当の力と経験を、返してあげるわ・・・)ニコ・・・


―眠り続けるオリジナルの陽炎、艦娘の『原器』の陽炎は、同時に流れていく沢山の陽炎の記憶と意識の中で、ひときわ大切な現在を生きている陽炎の意識に少しだけアクセスし、解放されたエラーメモリーを送り終えた。


海色に輝く筒の中で眠る陽炎(かつて、私たちを命がけでここに逃がしてくれたあの人の意思を継ぎ、いずれ全ての敵を倒してくれるその人が本物なら、仲間がただ一人でも欠けては駄目。力が全くなかったとしても、仲間やその人があなたを導いてくれる。その日々の中で本当の心の強さを身に着けて・・・)


―オリジナルの陽炎は、遠い昔、ある男に教えてもらった『弱いイルカ』の話を思い出していた。


??『群れの中で最初から強かったイルカは、ある時その強さに慢心して命を落とす。でも、弱かったイルカは必死で強くなろうとして、用心深さと共に知恵と力をしぼり、やがて群れの中で一番強くなるんだ。君もそうなればいい』ニコッ


海色に輝く筒の中で眠る陽炎(あなたも私も『弱いイルカ』でいいのよ。そこから本当の強さを学んでいけばいいの・・・)


―オリジナルの陽炎は、祈るようにその気持ちを堅洲島の陽炎に送り、再び意識を眠りの状態に切り替えた。



―一時間半ほど後、堅洲島への迂回航路。堅洲島鎮守府専用大型水上飛行艇『わだつみ』内。


提督「では、もともと君ら二人は帰投する場所も何も知らされていなかったのか?」


朝霜「ああ、そうだぜ。戦うだけ戦ったら、交渉に応じるなり、嫌なら定位置で待機するなり好きにしろって言われてたくらいでさ。随分前に脱走した艦娘を捕まえる任務に出たくらいで、あとは出撃前まで眠ってた感じだな」


藤波「そうそう。どっかの大きな建物の中なんだけど、ほとんどわからないんだよね。まあ大概不気味なんだけどさぁ、よくわからない筒がいっぱいあんのよ」


明石「おそらくそれは、運営の管理している艦娘保管庫、通称『シャッタード・ハンガー』と呼ばれる建物ですよ。その意味は『閉ざされた格納庫』です。どこかにある建物と『Nフィールド』を繋いで、イレギュラーな艦娘や、余剰だった艦娘、イレギュラーな装備などを保管しているといいます」


三隈「深海棲艦の姿をした艦娘や、最初から改二の艦娘などですね」


提督「何だって?」


明石「色々あるんです。少しずつ説明していきますけど、結局こうなるなら、最初から艦娘側を勝たせればよかったんですよ!そうすれば戦いも・・・」


提督「いや、それが、どうもそうでは無いらしい。どちらが勝っても負けても良くないらしいからな。一気に面倒が増えたが、何もわからないよりはいい」


明石「そうなんですか?意味が分かりませんね。全く・・・」フゥ


三隈「深海も本当の意味で撃滅するべき敵か、わかりませんものね。・・・提督、人間である提督なら、きっとご存知だと思いますが、人の心の中の、例えば『善と悪』、これのどちらかを完全に消すことは可能だと思いますか?」


提督「いや、無理だな。もし仮にそんなことが出来たとして、それは人間とは言えないいびつな存在だろう。・・・つまり、この戦いもそういう矛盾と線引きを求められる可能性があるのか。厄介だな・・・」フゥ


―これは提督にとっては、気付いてはいたが確信したくない経過だった。最適解が一番遠い、面倒なものになると予測できたからだ。


提督「まあ、何であれ今は、新たな仲間の加入を喜び、次の任務に当たるのが正しいな」


金剛「そうそう、考えすぎても仕方ないしネー!」


三隈(・・・この提督なら、私やあの子たちを救ってくれるかもしれませんね・・・)


―三隈のさり気ない微笑には、誰も気づかなかった。


足柄「島が見えてきたわね!」


三隈「えっ?あの島がそうなんですか?」


―迂回航路をゆったりと飛ぶ『わだつみ』のはるか向こうに、冬のうっすらとした霞に包まれた堅洲島が見えてきていた。薄暗くなりつつあるため、市街地や港には幾つか、ひときわ明るい灯火が幾つかともり、その背後に何段かの丘陵を土台にした、綺麗な形の須佐山がそびえている。


榛名「あれが須佐山で、鎮守府はあの向こう側、太平洋側になります。とても快適な鎮守府なんですよ?大浴場が特にお勧めです。ちょっと・・・壊れちゃいましたけど」


磯風「・・・面目ない」


三隈「あれが、堅洲島・・・えっ・・・?」


―チリッ


―脳裏で鈴が転がるように、何かが思い出される。艦娘と深海棲艦を何度か繰り返した三隈の、何度目かの反転の狭間の記憶だった。



―三隈の記憶。


三隈(艦娘として生を受けて・・・深海棲艦に転落し、撃破されて艦娘に戻り、そしてまた沈められて・・・今・・・ま・・・た・・・)ゴボッ


―暗黒の海の中から、三隈は急に引き上げられていく感覚を味わっていた。四度目の反転。でもまた沈んだら?また撃破されて艦娘に戻ったら?いつまでこんな事が続くのか?


三隈(もう嫌。ずっと眠り続けたい・・・)


―三隈は自分を引き上げようとする暖かな光に似た力に逆らおうとした。もう消えてしまいたい。そう思っていた。


??(・・・そう、こうなった理由を忘れて、意味を見出せなくなっているのね)


―何者かの意識が語り掛けてくる。


三隈(くまりんこ、おかしくなってしまったのかしら?)


??(いいえ。・・・もう四度目の反転なのね?なら、見せてあげましょう。真実の一端を・・・)


三隈(えっ?)


―ザアッ


三隈「えっ?ここは・・・冬なの?」


―三隈は明るいが太陽のない、白い空の下、静かに雪の降りしきる雪原のただ中にいた。


三隈「どういう事なの?」


??「ここは全ての終焉の地よ。最悪の結末になろうが、最良の結末になろうが変わらない、全ての終焉の地・・・」ザッ


三隈「あなたは!?」


―三隈の目の前に、色のないドレスを着た若い女が現れた。ふんわりとした長めの髪に、凝った装飾のドレス、そして花のコサージュ。意志の強そうな閉ざされ方をした唇に、溶けない氷のように強い意志を宿す冷たい眼。だが、その全てに色が無かった。


色の無い女「かつて、姉妹のようだった私の事も、もう忘却の彼方ね。無理も無いわ。あの人の優しさなのでしょうから」


三隈「姉妹のよう?・・・ううん、わからないわ。あなたが誰なのか、私にはわからない・・・」


色のない女「あなたは、・・・いや、あなたたちは、かつて今の私のような存在になるべく集められ、訓練された。そして私たちが完成し、あなたたちは用済みに近くなってしまった。・・・世界は、私たちやそのマスターたち、そしてあなたたち全てを消そうとした。・・・でも、ある人が命を懸けて、あなたたちを『アンダーカダス』に送り出し、恐ろしい運命から守ったのよ」


三隈「アンダーカダス?」


色のない女「純粋な数学の発見の成果で見つかった、この世界に隣接する未知の広大な空間よ。驚くべきことに、遥か昔に人為的に作られた世界らしいの。あなたたちの本体は今、その異世界にある、純粋数学で構築された美しい塔の中で眠りについているわ。そして艦娘としての力を揮えているの。・・・でも、どうやらその空間には既に名前が付けられていたのよ。本来の呼び名は『根の堅洲国(ねのかたすくに)』。人から現れた神殺しの戦士だけが使う事を許される、神々と戦うための難攻不落の要塞よ。それは、この世の彼方の海と空の間に存在するの」


―三隈の中に、かつての記憶がよみがえってきた。


三隈「ああ、そうでした。私たちは・・・っ!」


―そうだ。あふれ出した悪意と、全ての理不尽を止めなくてはならない。自分たちを命がけで救った、あの人の為に。


色のない女「思い出したのね?不死のあなたたちが反転を何度繰り返そうが、そんなものは些細なことだったでしょう?・・・あの人はあなたたちの為に全てを失い、二度と帰ってこない。そして・・・」


―場面は切り替わり、降りしきる雪の中、黒衣の男が力尽きて雪原に倒れ、息を引き取る様子が見えた。


三隈「あの人に似ている!この人は?」


色のない女「あの人の意思をついで、全てを滅ぼす人よ。でも、人の中の愛を信じないこの人は、最後は気高く、たった一人、この雪の中で息絶えるの。同じ考えの私は、ずっとこの雪原に佇み続けるつもりでいるわ」


三隈「そんなの駄目よ!絶対に駄目です!そんな悲しい結末なんて!」


色のない女「悲しい?・・・ああ、あなたたちはこの人の誇りと人間の真実が分かっていないのね。この気高さが理解できないだなんて」


三隈「でも・・・」


色のない女「なら、あなたたちが変えてみればいいわ。いつか会えるでしょう。数少ないアンダーカダスへのアクセスポイントに行くことが出来れば。そこはきっと神話の地名を残しているから、すぐに気付くはずよ。全てを倒す艦娘たちと、その艦娘を率いる戦士は、必ずそこに集まるはずだから。・・・おしゃべりが過ぎてしまったわ。目的は思い出したわね?じゃあ」


三隈「待って!あなたは誰なの?」


色のない女「誰でもいいわ。全ては失われたのよ。この事もいずれあなたは忘れるわ」ザアッ


―吹雪が舞うように、色のない女はかき消えてしまった。



―再び、現在の三隈。


―根の堅洲国・・・堅洲・・・堅洲島。三隈は島の名前が大事なもののように感じられていた。


足柄「ぼーっとして、どうしたの?地図に無い島に驚いたかしら?」


三隈「え?いいえ、大切な何かを忘れていたような、そんな不思議な気持ちになってしまったわ」


―しかし、三隈には眼前の島に、何か運命めいた強い引力を感じ始めていた。



―30分ほど後、堅洲島鎮守府、執務室ラウンジ。


―任務組と秘書艦たち、そして新規艦娘が集まっていたため、なかなか賑やかだ。


叢雲「ふぅ、この後の割り振りをどうしましょうか?榛名さんの大きめの荷物の移動と、白露の私物の引き取り、そして任務『チェンジリング』ね。今夜には状況が動くかもしれないでしょ?あと、霧島さん!」


―その言葉を聞いて、金剛と榛名が顔を上げた。


金剛「ンー?霧島がどうしたんデース?」


榛名「霧島と言いましたか?」


提督「うん。実は・・・異動して来るぞ?元帥執務室の霧島さんだが」


金剛「何ですって?あの霧島は確かすごく強いですよ?どうしてここに?・・・いや、とっても嬉しいんですけれど、なぜ?」


―驚いた金剛から片言が消えている。


榛名「元帥執務室の霧島さんは、しばらく海に出ていませんが、以前は横須賀の金剛型では一番狂暴だと言われた人のはずです。砲塔が破損すれば、それを鈍器代わりにして深海の姫を殴り、大破しても素手で殴りかかって撃破したとか何とか」


提督「・・・悪くないな」ニヤッ


―提督は少しだけ嬉しそうにした。


叢雲「なにそれ怖いわね。とてもそうは見えない感じだったけれど」


提督「この経緯に関してはいずれ詳しく話そう。とりあえず、その辺りも考慮して引っ越し作業が三件と、異動してきた子の部屋その他の準備も必要だな。というわけで、漣ぃー!!」


漣「ほいさっさー、お部屋の準備ですね?というか『運営』を追っ払って艦娘を連れてくるとか、ご主人様たちも大概ぶっ飛んでますねー!」


提督「いやー、赤城とか磯波たちの方がやばいよ?おれなんて子羊のように震えていたからね?」


赤城「提督!だから何ですかその冗談は?くっ・・・ふふっ!エージェント相手に三対一で優勢に立ち回っておきながら、子羊だなんて!」クスクス


加賀(今日の赤城さんはよく笑うわね。戦えたからかしら?)


提督「結局、今日の昼間だけで霧島、明石、三隈、朝霜、藤波の五人が増えたのか。いい事だが、何なんだこれ?」


赤城「私たち艦娘は戦う者です。提督の何かが艦娘を引き寄せているのかもしれませんね。戦いの気配か何かに」


提督「悪い事ではないのだろうけどな・・・」


―言いながら赤城は、以前扶桑が言っていた『提督の戦いの匂い』について思い出していた。しかし、今のところそれらしきものは感じられない。


赤城(今日のエージェントたちとの戦い程度では、提督にとって何ら気負うものが無かったという事でしょうか?)


―そして、一つだけ不可解な場面があった。エージェントが提督に突っ込んだ時、明らかに激突すると見えたのに、まるですり抜けるようにエージェントが壁に飛び込んだのだ。


赤城「そういえば提督、先ほどの戦闘で、エージェントが提督に突っ込んだ時、私には激突不可避に見えましたが、あれは体術なのですか?」


提督「見てたのか。あれは瞬時に半身ずらす古武術の歩法で、『水鳥』と言われるものだ。見る者の眼を騙す効果がある。さらに、短刀を抜き、銃を構えることにより、足元から視線を外させ、より効果を上げるというわけだ」


赤城「なるほど・・・」


提督「それよりも、弓をさっそく使いこなしていたな。エージェントの足を縫ったり、矢を三本つがえるなんて、大したもんだよ」


赤城「いえ。提督の洋弓、コンパウンドボウと言いましたか?引きやすくて驚きました。私にはやはり、銃より弓の方が合う気がします」


提督「そうか。明石も来てくれたことだし、近々通常任務用のものを用意する事にしよう。どうもうちは特務が多いからな」


赤城「ありがとうございます。何も考えずに海で戦うには、地上が混沌とし過ぎていますしね。色々とすっきりさせないと!」


提督「そういう事だな。しかし、結果的に仲間が増えているから、悪くない経過なんだろう」


―この後、堅洲島では新規艦娘の部屋のセッティングや、まだ残っている本土での任務の人員振り分け等を行い、『わだつみ』は再び本土に向かって飛び立った。



―横浜繁華街、あるゲームセンター。フタヒトマルマル(21時)頃


―堅洲島の提督と艦娘は、特務第七の隠された司令室がある大型フェリー『いかるがⅡ』の周りをこっそり哨戒しつつ、近くの繁華街のゲームセンターをはしごしながら連絡を取り合っていた。


不知火「あの、これはどういう事でしょうか?」キラキラキラ・・・


―不知火はぬいぐるみが沢山入った大きなビニール袋複数と、大きなぬいぐるみ幾つかを、抱えきれないほどに持っていた。困惑しているようだが、嬉しさがにじみ出ている。


提督「昼間の隠密行動への評価と、時間の有意義な使用の副産物、と言ったところかな」


赤城「そうです!こんなに沢山お菓子その他が貰えるのですから、やらないわけにはいきませんよ!」ニッコリ


加賀「ええ。全くだわ。でも・・・そろそろ次の店に行くタイミングかしら?」


―めぼしいお菓子やぬいぐるみ、おもちゃ等のプライズを根こそぎゲットして、ゲームセンターは既に四件目。赤城と加賀は駄菓子がぎっしり詰まった袋を多数抱えている。


筑摩「あの、提督、こんなに沢山取っちゃったりして、出禁になったりしないんでしょうか?」ドキドキ


提督「大丈夫だぞ?こういう物は沢山取っても利益が出るように設定されている。むしろ、良心的な店としていい宣伝になるもんさ。確かずいぶん昔、絶対に取れないようにしていたゲームセンターが警察に摘発されたりして、それからは良心的らしいしな」


筑摩「そういうものなのですね」ホッ


提督「ところで、どうだろう?動きはあるかい?」


筑摩「もうじき姉さんと交代ですが、先ほどと変わりないです。ただ、志摩鎮守府の子たちは移動範囲が少しずつ広くなっていますね。この動きはやっぱり、誰かを探しているような気がします」


提督「やっぱり、大井だけ居なくなったと見るのが正解かな?」


―その時、ちょうど利根が戻ってきた。


利根「提督よ、間違いないぞ。志摩鎮守府の艦娘と提督は全員捕捉したがな、大井がおらんのじゃ!」


提督「ああ・・・これは面倒になるな」


―たとえ艤装状態にしていなくても、艦娘は艦娘を認識できる。複数の艦娘たちの索敵から、そういつまでも逃げ続けられるものではない。大井はおそらく、なるべく早くにケリをつけるつもりだろう。


提督「利根ねーさん、志摩鎮守府の艦娘と提督の位置を教えてくれ。それと、総員、これから任務『チェンジリング』を開始する。こちらの交渉完了次第、各々定位置につくように」


艦娘たち「諒解!」


提督「叢雲、総司令部に要請したデータは来ているか?」


叢雲「来ているわ。横須賀から特務第七への補給物資が入った偽装コンテナが来るのが今夜の10時過ぎから11時の間。航路と作業手順はこれよ」


提督「ありがとう。おそらくこのタイミングの筈だな。総員、相手は手練れで、死兵と化して目的を果たそうとする可能性がある。必ず二対一以上で相対する様に。では、任務開始!」


―任務『チェンジリング』が開始された。



―20分ほど後。近くの小さな公園。


月形提督「くそっ!大井の奴、どこに姿を消したんだ!」


武蔵(志摩)「正直なところ、準艤装にして海中に潜まれたら、見つけるのは難しい。我々の当初の計画通り、今夜あたり行われるはずの偽装補給時を狙うはずだ」


木曾(志摩)「どうする?一蓮托生で共に大井の目的を遂げさせてやり、我々皆で罰を受けるか?」


若葉(志摩)「私は反対だ。隠密作戦に慣れているから協力してくれと言われ、後から来てみれば、より上手の特務に既に嗅ぎ付けられている。上層部も信用できない今となっては、鎮守府ごとの解体もあり得るんだぞ?」


球磨(志摩)「あのバカは死ぬ気クマ。そして、こうなったらてこでも動かないし説得も無理クマ。自分一人で全てひっかぶる気だから、もうどうしようもないクマ・・・」


??「ではその件、こちらで預からせてもらおうか」


月形提督・志摩の艦娘たち「何者だっ!?」「何者クマっ!?」


―暗い公園の、人通りの少ない入り口の木陰から、黒いコートの男が姿を現した。


月形提督「あなたは!」


武蔵(志摩)「くっ!つけられていたか!」


木曾(志摩)「どういう意図だ?」スラッ


―木曾は軍刀を抜いた。


月形提督「やめろ木曾!この人に剣など向けるな!」


提督「落ち着け。少なくとも、おれは戦う意図など無いのだから」


―ザッ


―提督の背後から、指向性集音マイクを持った青葉と、磯波も姿を現した。


提督「うちの利根と筑摩、そしてほかの艦娘の陸上索敵演習の成果で、君らは全て捕捉済みだ。その動きから、大井が単独行動に走り、その行方を探そうとしていると分析して、今交渉を持ち掛けに来たところだ」


月形提督「なるほど、利根と筑摩か!しかし、他の艦娘とは?」


提督「それは・・・こういう事だ」パチッ


―スタッ・・・スタスタッスタタッ


武蔵(志摩)「これは!」


―提督が指を鳴らすと、その背後に堅洲島の私服の艦娘たちが次々と着地してきた。皆、周囲の建物の上に待機していたのだ。


足柄「こんばんは。昼間も会ったわね、志摩鎮守府の皆さん」


木曾(志摩)「そうそうたるメンバーだな!」


月形提督「艦娘にパルクールを教えたのか!あなたらしいな」


提督「いや、皆覚えが良くて、教えるこちらも楽しいものだよ。ところで、事態は非常に厄介な状況と化しつつある。大井と北上の件も、漏れればそちらの鎮守府に大きなダメージを与えかねん。総司令部に話したところで、公的な責任を取らされるだろう。・・・では、どうするか?」


武蔵(志摩)「何か解決策が?」


提督「大井は優秀で、決意も硬い。だから、この後起きる事を完全に防ぐ事は難しいだろう。なので、事が起きても問題にならない状況を作っておいた。さらにもう一つ。特務第七への補給物資は今夜この後、10時から11時の間に行われる。この時だけは『いかるがⅡ』の船内通路は特務第七の各施設に最適化された状態となる。君らの当初の狙いはこのタイミングだったはずだろう?」


木曾(志摩)「なぜ、それを・・・」


提督「それ以外どのタイミングがあると?」


月形提督「確かに」


提督「話を続けるぞ?補給のタイミングで大井の襲撃を確認したら、全員でこれを止める。そちらに責任が及ばないようにな。後は任せて欲しい。一つヒントを言うなら、当鎮守府の司令レベルは横須賀総司令部よりも上だ。作戦に関しては全権委任状態である事を理解しておいてほしい」


球磨(志摩)「解体を回避して大井を仲間に加えるつもりクマ?あいつはそう簡単には従わないし、あんたが殺されるかもしれないクマ」


提督「構わんよ。彼女も解体よりはましだと判断するはずだ」


球磨(志摩)「気に入らねークマ。一番いいタイミングを見計らって話をしてくる奴は信用できないクマ。・・・そんなに大井が必要かクマ?」


提督「必要だよ。この件を放っておいたら解体以外道が無くなるはずだ。それくらいなら、うちに呼ぶ」


武蔵(志摩)「どうするのだ?提督」


―月形提督は腕を組んで考えていた。


月形提督「・・・申し出はありがたいし、要望をストレートに言ってくれるのもむしろ好感が持てる。既に情報も聞いてしまったしな。・・・だが!これは我ら志摩鎮守府の問題だ!我々の問題は我々で解決するべきなのだ!すまないが、お引き取り願おう」


提督「・・・わかった。では、そちらの手に負えなくなった場合のみ、我々は介入しよう。失礼する。・・・総員、定位置に移動だ」


艦娘たち「諒解いたしました」ザアッ


―一部の艦娘と提督を除き、堅洲島の艦娘たちは一瞬で姿を消した。


提督「では、また後程」ユラ・・・


磯波「・・・」コクリ


青葉「失礼しますね」


―提督は立ち木の闇に溶け込むように姿を消し、無言で会釈した磯波、青葉も姿を消した。多数の艦娘たちの気配はほとんど感じられなくなっている。


月形提督「あの艦娘たち、相当な獰猛さを秘めているな。流石はあの人の艦娘だ。総司令部は深海を完全に滅ぼす気でいるな」


武蔵(志摩)「昼間も見たが、何なのだ?あの提督は」


月形提督「敵にとっては、人の形をした死だよ。そして味方にとっては、闇をまとう武神のようなものだ。私は命を救われ、間近であの人の戦いを見たが、本当にすさまじかった。あの人の姿が見えないのに、敵だけは断末魔を上げて次々と倒れていく。・・・武蔵、今の私の艦娘の育成や鎮守府の運営の仕方はな、あの人ならどうするか?という想像の結果で成り立っているのだ。それだけでこの結果と実績だ。今、あの人の艦娘たちを見たろう?本物が育てた艦娘は、私たちの比ではない可能性がある。まあ、私たちは私たちなりの道を行くがな。強力な味方の出現に喜ぶべきところだ」


武蔵(志摩)「想い人の事は流石に悪くは言わないのだな」


月形提督「そんなものではないさ。あの人は私の、人としての目覚めのきっかけになった。そして命の恩人でもある。それだけだよ」


球磨(志摩)「気に入らねーけど、あの提督の読みが正確クマ・・・」フゥ


―カタ・・・カタカタ・・・


木曾(志摩)「震えが止まらん。何だ?あの提督と艦娘たちは。昼間よりも凄みが増しているな」


月形提督「信じなくてもいいが、かつて私たちの上層部は何度かあの人を殺そうとしたんだ。多い時で30人以上の精鋭小隊が割り当てられた。だがな、そんな日の夜は必ず激しい雷雨になり、そしてあの人以外は帰ってこなかった。何かあるんだよ。あの人に傷を縫われ、血を分けてもらい生かされた私には、あの人の武運が少し移った気がしているしな。ああいう不可解な人間もいるんだよ」


―月形提督だけは、堅洲島の提督に何か確信めいた信頼を持っていた。昼間と現在の接触で心を揺るがされた志摩鎮守府の艦娘たちは、そんな提督の落ち着きぶりで平静を取り戻していた。



―同じ頃、横浜港シンボルタワー傍の小さな防波堤。


―もう何時間も肩まで海水に沈めていた大井が、横須賀方面から来る船に目を凝らしていた。


大井(志摩)(特務第七が隠れているフェリー『いかるがⅡ』は横浜に接岸した一日目は一般客が誰も入れなくなっている。奴ら特務第七に補給が行われるとすれば、おそらく今夜の可能性が高いはずよ・・・!)


―横須賀方面から、赤と緑の識別灯のみを点灯させた台船が、見た眼よりも早く航行してくるのを見つけた。大井は艤装の深視力で台船の作業員を確認したが、どの作業員も軍属らしい独特の雰囲気を持っている。


大井(見つけたわ!)ザバッ


―大井はコンテナのまばらに乗った台船が防波堤のすぐそばを通りかかった時、こっそり乗り込むべく泳ぎ始めた。


―しかし、その台船の後方500mには、堅洲島の春風と初雪と望月が静かに航行していた。三人は台船を追うというよりは、その航跡に何か落ちていないか、注意深く探りつつ進んでいた。


初雪「ねえ、これと、これ・・・」


―初雪は新鮮なジャガイモやニンジンが浮かんでいるのを見つけ、それを拾った。


望月「こっちはジャガイモと、カボチャ。あちこちに落ちてるね」


春風「司令官様の言う通りでしたね。おそらく標的は、食料品が収められた木箱に身を潜めていますね」


初雪「もったいないから、司令官に報告したら全部拾おうよ・・・」バサッ


―初雪は大きなビニール袋を取り出した。


望月「そうだね。間宮さんが喜ぶよ!」


春風「私も賛成です。もったいないですものね」


―この少し前、大井は台船に積まれた食料品入りの木箱をこじ開け、中身を手早く海に捨てると、その中に身を潜めていた。しかし、それは既に堅洲島の提督の読んでいたパターンの一つだった。



―20分後、横浜観光大桟橋。


―水上警察が大型フェリー『いかるがⅡ』の荷役作業のために、大桟橋への通行規制を始めていた。さらに、桟橋についた台船から、コンテナが次々にフォークリフトで船内の倉庫に搬入されていく。


―その様子を、榛名と、鬼鹿島こと総司令部の鹿島が見張っていた。


榛名「すいません鹿島さん、わざわざ来ていただいて」


鬼鹿島「いえ。志摩鎮守府の大井は非常に強いですから、捨て身になられたら厄介です。それに私、捕縛は得意ですから」ジャラッ


榛名「あっ、艤装化できるほうの手錠を装備してきたんですか?」


鬼鹿島「はい。これなら捕縛可能かと思います。それにしても、忙しい鎮守府ですね。この一日で運営と戦ったり、こんな任務を動かしていただなんて。関わっているだけでも、長い間の退屈が吹き飛ばされて、とても楽しいです!」ニコニコ


榛名「それなら良かったです。それと、先ほどの話ですが・・・」


鬼鹿島「はい。おそらく大丈夫だと思いますよ?あの二人も退屈しているはずですから、欠員を埋められると思います。・・・ところで、提督さんはどちらですか?」


榛名「提督は叢雲ちゃんと、船内のラウンジに居ます。特務第七の提督とお話しするとかで。後はみんな、持ち場についたり連絡役をこなしていますね」


鬼鹿島「そうですか。挨拶くらいしたかったんですけれどね」


―『面白い任務がある』と呼び出された総司令部の鹿島は、上機嫌で任務に当たっていた。しかし、鬼鹿島が呼び出されていたのにも、二つの理由があった。



―同時刻、志摩鎮守府の提督と艦娘たちのいる公園。


月形提督「ふ、困ったものだな。我々は肝心の補給物資の積み込みに立ち会う正当な理由も権限も無いとは・・・」


武蔵(志摩)「仕方がないさ。規制が解除されてから行くしかない」


木曾(志摩)「・・・・・・」


若葉(志摩)「待て、誰か近づいてくるぞ。上だ。あの提督の艦娘ではないのか?」


球磨(志摩)「・・・駆逐艦クマ」


―スタッ・・・スタッ・・・ズルッ!ガササーッ・・・ドサッ!


??「いったあぁぁぁぁ!!」


―近くのビルから木の枝を突き抜けて、何かが落ちてきた。


月形提督と志摩鎮守府の艦娘たち(落ちた!?)


吹雪「うう、腰が・・・いったぁ~。・・・あっ!志摩鎮守府の皆さん、提督から伝言です『規制構ワズ船内ニ入レ。調整済ンデイル。尚、大井ハ補給物資内ニ隠レテイル模様』との事です。では、私は戻りますね。うう・・・」ヨロッ


―吹雪は腰をトントンと叩きながら、ゆっくり歩いて公園を出て行った。


若葉(志摩)「だ、大丈夫なのか?」


月形提督「いや全く、これでは我々はおんぶにだっこだな!急ぐぞ!」


木曾(志摩)「今の落ちてきた吹雪はともかく、こう何から何まで先回りされるとはな!」


月形提督「そういう人だ。他人の心を見通すような作戦計画を立てる。そして誰にも殺せなかったのだからな」


球磨(志摩)「・・・悪くはないクマ」


武蔵(志摩)「ん?」


球磨(志摩)「何でもないクマ」


―志摩鎮守府の提督と艦娘たちは、吹雪からの伝言に従い観光大桟橋に急いだ。



―数分後、大型フェリー『いかるがⅡ』内のショットバー兼ラウンジ。提督と鷹島提督、特務第七の青葉と川内、そして叢雲が、適当なドリンクを頼みつつ会話していた。


吹雪「うう、司令官、志摩鎮守府の人たちに連絡してきました・・・」ヨロッ


提督「んっ?どうした!?」ガタッ


吹雪「落っこちました。準艤装に切り替えたんですけど、切り替える前に太い木の枝にぶつかっちゃって・・・」


叢雲「ちょっと!大丈夫なの?」


提督「・・・ちょっと触れても大丈夫か?こちらに背中を向けて立ってくれ」


吹雪「えっ?はい・・・」ドキドキドキ


提督「・・・ああ、ここと・・・ここか。小破というか、打撲だな。骨は大丈夫みたいだが」ススッ・・・ササッ


吹雪(ひゃあああ!司令官が、司令官が私の腰を触ってる!!)ドキドキドキドキ・・・


提督「外が寒いからか?何だか顔も赤いな。うーん・・・」


叢雲(あら、吹雪ったら・・・)


青葉(第七)「うちの入渠施設を使わせてあげたらどうですか?」


鷹島提督「そうだな。今のうちに治しちまえばいい。修復材はサービスするからさ、吹雪ちゃん、お風呂行って来な。秋雲呼んで案内させるからさ」


提督「すまないな、面倒をかける」


鷹島提督「いや、うちの川内が随分世話になったしな。気にしないでくれ」


吹雪「ありがとうございます!」


―吹雪は特務第七の秋雲に伴われて入渠施設に向かった。


―テロリン


鷹島提督「終わった様だぜ?」


―鷹島提督のスマホに、補給作業完了のメッセージが入った。


提督「段取りは?」


鷹島提督「ああ、問題ないぜ?木箱はいつもの保管庫じゃなく、一番小さなカースペースのど真ん中に置かせた」


提督「良し、始めるか。志摩鎮守府の連中もそろそろ来る頃だ」


―総司令部からの補給台船の後方を警戒していた初雪たちからの報告で、大井がおそらく野菜類の収められた木箱に身を隠しているとあたりをつけた提督は、それらの木箱をいつもの食糧保管庫ではなく、あまり使われていないカースペースに搬入させておいた。ほぼ完ぺきな包囲と捕獲の為だ。



―同じ頃、カースペース内の木箱の中。


大井(志摩)(音の感じだと、思ったよりも広い、客室から遠い場所に置かれたようね。それに・・・)


―音の伝わり方や人の気配、揺れ、わずかな熱気と冷気。それらを全て勘案すると、ここは船底に近く、一般のスペースから遠い格納庫のようだ。


大井(思っていた場所と微妙に違う。まさか、読まれている?)


―カンカンカン・・・コッコッコッ・・・・ボソボソ・・・


―船内を移動する多人数の足音と、何かを話している音が近づいてくる。


大井(この感じ・・・これは!)


―聞きなれた感じの雰囲気だ。司令船で横になっている時に良く聞こえる、多数の艦娘たちが移動する音だ!


―ガチャッ・・・ゾロゾロゾロ・・・・カチカチカチッ・・・


―鉄扉の開く音と、大人数が入ってくる音、そして照明が点灯する音だ。木箱の隙間から、照明の光が漏れてくる。


大井(やるわね。あの黒服の提督の仕業ね・・・)


―歴戦の大井は、もう自分がここにいると気付かれていると判断した。隠れている荷物の山を遠巻きに取り囲むように足音は移動し、やがて静かになった。そして、昼間聞いたあの黒いコートの男の声が静かに響いた。


提督「総員、配置についたな?・・・さて、これで荷物の中に大井が居なかったらいい笑い話だが、そこにいるだろう?志摩鎮守府の大井。ここも船外も全て手練れで固めてある。古巣に何事もなく帰れるうちに、投降したまえ」


大井(くそったれ!裏の裏をかかれたわね!)ギリッ


―カースペースに沈黙が漂っていたが、提督や何人かの艦娘には、戦いの前の緊張感が沸き上がり始めていた。何者かの、おそらく大井の、戦意が高まっているせいだ。


提督「・・・まあ、言っても退かんよな。・・・足柄、木箱を端から開梱。総員、『船内での工作員確保』任務に合わせ、戦闘準備せよ」


足柄「諒解!」


―足柄はバールを取り出すと、木箱にゆっくりと歩み寄った。提督はその様子を見ながら右腿のソードオフ・ショットガンを抜き、黄色いシェルを装填する。ナノシグナル・マーカー弾と呼ばれる、微細機械粉末の込められた弾丸で、殺傷能力はない。無色のやや粘性の液体が対象に付着して、電波発信と赤外線反応点滅をするマーキング弾だ。


足柄「じゃあ・・・これからバラすわね」


―バキッ・・・バカン


―近づいてくる足音ののち、大井のすぐそばで木箱が開けられた音がした。


大井(つまらない最期ね、わたしの人生。北上さんのとどめをずっと刺せなかった報いかしらね・・・)フゥ


―大井は静かにほほ笑み、その眼から光が消えた。


大井(あいつだけはぶっ殺してから死んでやるわ!)


―カースペース内に、静かな緊張が漂い始めていた。



第六十八話、艦



次回予告



覚悟を決めて飛び出した大井の暴れっぷりに、包囲網は切り裂かれて大騒ぎになってしまう。


大井の執拗な追跡で見つかる特務第七の川内だが、殴ったのち気付いた真実に大井の怒りは頂点に達する。しかし、その大井を隠れた天才が容赦なくぶん殴り、手練れの艦娘たちからの攻撃をさばききれなかった大井は、次第にダメージが蓄積していく。


そして、交渉に現れた堅洲島の提督を人質に取ろうとするのだが・・・。



次回、『大井は許せない』乞う、ご期待!



望月「ねぇ司令かーん、もったいないから大井さんが捨てた野菜をできるだけ拾って来たよ」


初雪「司令官、カレー食べたい・・・」


春風「見て下さい!このカボチャやサツマイモも美味しそうですよね」


提督「食い物は粗末にしちゃいかんからな」


青葉(第七)「あれっ?よく考えたらうちの野菜なのでは・・・?」


提督「やばっ!」


鷹島提督「おいこら・・・」


このSSへの評価

6件評価されています


SS好きの名無しさんから
2017-12-26 22:50:00

㈱提督製造所さんから
2017-12-22 15:51:58

SS好きの名無しさんから
2017-12-22 11:32:11

SS好きの名無しさんから
2017-12-20 19:04:33

SS好きの名無しさんから
2017-12-17 22:56:50

SS好きの名無しさんから
2017-12-17 22:25:19

このSSへの応援

5件応援されています


SS好きの名無しさんから
2017-12-27 16:10:39

SS好きの名無しさんから
2017-12-26 22:50:03

㈱提督製造所さんから
2017-12-22 15:52:02

SS好きの名無しさんから
2017-12-22 11:32:15

SS好きの名無しさんから
2017-12-17 22:25:20

このSSへのコメント

10件コメントされています

1: SS好きの名無しさん 2017-12-20 00:48:02 ID: lboa8sgL

興「早かったじゃないか(歓喜)」

2: SS好きの名無しさん 2017-12-26 22:53:18 ID: dv0NecLq

最近摘発されたゲーセンネタをぶっこんで来ましたね(笑)

3: SS好きの名無しさん 2017-12-27 00:19:59 ID: _v18plR5

大井っちヤバそう(小並感)

4: SS好きの名無しさん 2017-12-28 13:24:42 ID: ngDWHy56

大井を招かれれば、吹雪が言っていた初期艦デッキが実現するわけですが、このアヴェンジャー大井を相手となると一筋縄ではいかないようで…とはいえ、相手は堅洲島鎮守府の面々。どこまで食らいつけるか注目です。

5: 堅洲 2017-12-28 23:40:52 ID: FHvbkX9D

1さん、そうです。最近ちょっと早いです。

しかし、ジャック・Оとは!「ドミナント」なんて言葉を出すくらいなので、私もそのゲームは大好きだったりします。

そしてこのお話の提督は、Ⅴ.Vにおける黒い鳥みたいなものですからね。

6: 堅洲 2017-12-28 23:43:10 ID: FHvbkX9D

2さん、コメントありがとうございます。

えらくタイムリーだったのでぶっこみましたが、作中で最近ゲームセンターがちらほら出てきているのは、あの凛々しい陽炎型と堅洲島の子たちがゲームセンターで出くわすイベントの伏線だったりします。

でもそのネタ、古すぎるんですよね。炎のコマとか・・・げほげほ。

7: 堅洲 2017-12-28 23:44:56 ID: FHvbkX9D

3さん、この大井っちは頼りになりますがまーヤバいです。

今日、次の話の一部をアップしますが、とんでもない事を提督に言ってますからね。
でも、大井っちはいい子でもあります。ヤバさと同じくらいのひたむきさや真面目さもあるので・・・。お楽しみに!

8: 堅洲 2017-12-28 23:46:34 ID: FHvbkX9D

4さん、コメントありがとうございます。

次の話の一部をもうアップしますが、この大井っちは非常に厄介です。お楽しみに!

9: ㈱提督製造所 2017-12-29 00:40:53 ID: JZv92VPx

今日は12月29日。この作品で何話頃だろうと読み返してみたら、最近めっきり忘れ去られてしまったヨシノ婆さんが荒振っていた。
果たしてヨシノ婆さんに再登場の機会は訪れるのか!?みんな、この作品を読み返してヨシノ婆さんを応援しよう‼

10: 堅洲 2017-12-29 00:50:05 ID: aJON1DOj

㈱提督製造所さん、コメントありがとうございます。

ヨシノ婆さんは大事な登場人物で、また登場します。ちなみに、ヨシノ婆さんの姉も出ます。

もうじき、やはぎーのお見合いの話が動くのですが、このお見合い、意外な艦娘とブッキングしてひどい事になります。よりにもよって前世ではあんな大事な関係だったあの人と、提督との予定をめぐってトラブルになります。

達人&狂暴な二人なので、提督でも止められないいざこざになります。かわいそうな提督の休暇はどっちだ?


このSSへのオススメ


オススメ度を★で指定してください