2018-01-13 09:29:42 更新

前書き

全部気分。



 海軍に籍を置いて十年。

 教育隊に所属していた頃が随分遠く感じる、今と比較すれば実に地獄の様な生活だった。

 提督は良い、鎮守に限った話ならば最高権力者だ。扱かれる事も無く、廊下をわが物顔で歩いてもドヤされない。先輩に敬意を払う必要も理不尽な怒声も無い、パラダイスだ。防衛大学校を卒業して提督適正なんぞに引っ掛かり、一時は空軍に籍を置けぬ事に絶望したが――成ってみれば中々どうして、悪くない立ち位置だ。

 八キロ遠泳などもしなくて済む、元々私は泳ぎが得意ではなかったから。


提督「……海域の確保も順調だ、海坊主の連中も戦力が整っていないと見える」


 地図に引かれた赤線、それは現在確保されている海域分布。他鎮守府と合同で巡回船を出し物資搬入ルートを確保していた。一昔前は艦娘に同行させる補給船の数が足りず難儀したものだが、今や私の階級は中佐。年齢としては三十を迎えたばかりで若すぎるとの声もあるが、多少の高跳びは仕方あるまい。どうせ戦時下階級という奴だ、この肩書に見合うだけの権力が付随しているかどうかと聞かれれば疑問が残る。

 ましてや民間人に少尉などという肩書を押し付け運営させている場所もあるのだ、現状の海軍の人員不足は見るに堪えない。

 いや、海軍と言うより艦娘提督という特殊な役職に限った話か。


提督「馬鹿馬鹿しい話だ」

 

 軍の「ぐ」の字も知らぬ民間人に指揮をさせるなど、愚かにも程がある。

 例え提督適正という眉唾物の才能があったとしても――だ。

 文民は我々軍人が守るべき存在であって、安易に銃を持たせて良い存在ではない。ましてや本当の戦場を知るのなら尚更。


提督「しかし、海域の確保は順調であっても――この慢心ムード、如何ともしがたいな」

 

 広げられた地図、それを白指でなぞりながら呟く。

 連日連夜、続く勝利。海域を押し込む程連中は強くなっていくが、最近では【質より量】の戦法で高練度艦隊を同海域に集中させ一方的に火砲を浴びせている。戦力の分散は愚策だ、戦力があるのなら全て集中させる方が良い。無論、最低限の防衛隊は残して。

 勝利に沸き立ち士気を高めるのは構わない、しかし「楽勝」と敵を侮って慢心するのは頂けない。

 勝って兜の緒を締めよ、までは言わない。

 しかし浮かれた気分で戦場に出られても困る。


 勝つのは当然だ、そういう『教育』を私は大学で受けて来た。

 十全な装備、十分な弾薬燃料、そして考え抜かれた策に万が一の予備隊。艤装を積んだ補給船も手配し大規模作戦ならば工作艦も同行させる。

 これだけ用意して敗北するなどあり得ない、そう在れと生まれたのが彼女達で、それを扱う己は彼女たち以上に努力している。

 勝利は当然と言えた。


 しかし精神的な隙は必ず【敗北】を生む。

 

 ならばそう、此処は一つ。

 冷や水を浴びせ、気を引き締めさせる必要があるなと、私はそう考えた。






提督「という訳で死んでみようと思う」


憲兵「はっ……?」


提督「殉死だ、私は一度落命する、無論したフリだがな」


憲兵「………」


提督「なんだ室長、意見があれば言ってみろ」


憲兵「では中佐、失礼を承知で申し上げます」


提督「おう」


憲兵「正気ですか」


提督「当然だ」


憲兵「立場をお考え下さい、鎮守府の司令がその様な……誤報では済まされません」


提督「本丸には既に委細電報を発した、閣下にも許可を頂いている、場合によっては周囲の鎮守府も協力を惜しまないと言われた」


憲兵「………えぇ(困惑)」


提督「ホモは正直、ハッキリわかんだね」


憲兵「しかし、何故そんな事を……」


提督「最近の勝戦ムードは目に余る、多少浮かれる程度ならば見て見ぬ振りもしたが、此処まで蔓延したら病も同じだ、いずれ死に至る猛毒だよ」


憲兵「それで殉死ですか」


提督「トップが死ねば目も覚めるだろう、良い案だとは思わんかね」


憲兵「賛成しかねます」


提督「君が賛成だろうが反対だろうがどうでも良い、決行は揺るがない、これは命令だ」


憲兵「……了解しました」


憲兵「……作戦は鎮守府全体を対象として行われるのでしょうか?」


提督「それも良いが、正直それじゃ『面白くない』」


憲兵「コイツ面白くないって言いやがった」


提督「何かね」


憲兵「いえ、少々舌の体操を」


提督「そうか――まぁ、取り敢えず一人一人ドッキリを仕掛けていく形にしようと思う」


憲兵「一人目の艦娘は決まっているのでしょうか?」


提督「あぁ、やはり最初は嫁にすべきだろう、故に」


提督「龍田だ」






提督「龍田」


龍田「あら、提督~♪」トットッ


龍田「なぁに、私にご用事~?」


提督「あぁ、実はドイツから出航した輸送船が近海でエンジントラブルを起こした様でな」


提督「我が鎮守府に新型の艤装を搬入する予定だったんだ」


提督「既に確保されている海域だったのが幸いだった、しかし受け取りに行こうにも手透きの艦隊が無い」


提督「私とて護衛も無しに海には出たくない、そこで君に同行をお願いしたいのだが……」


龍田「あらあら~」


龍田「勿論よ、直ぐに準備するわ~」


提督「すまないな、非番の日に」


龍田「良いのよ、こんな時位しか貴方は私を頼ってくれないもの」


龍田「頼られた時位、精一杯頑張るわ~♪」


提督「そう言って貰えると助かる」


龍田「ふふっ、それに深海棲艦なんてすぐに鉄屑にしてあげるわ」


龍田「どんと私に任せて~♪」


提督「……あぁ、頼もしいよ」


提督(……思った以上に陽気だ、これが自信の表れなら幾分か救われるのだが)


提督(まぁ、これで少しばかり気を引き締めて貰おう)








鎮守府近海



提督「ふむ………おかしいな、船が見当たらない」 小型船搭乗


龍田「あら~……本当にこの辺りなの?」


提督「あぁ、DMDGに表示されている位置情報は此処だった、その筈なんだが……」


龍田「船影は確認出来ず、ね」


提督「流されたか?」


龍田「そこまで波があるとは思えないのだけれど……」


提督「ふむ……こちらの端末に更新は無い、なら目視で探すしかないか」ゴソゴソ


提督「龍田、フレアを使う、念のため周囲の警戒を頼む、無いとは思うが光に寄せられて『蛾』が来るかも分からんのでな」


龍田「任せて~♪」


提督「どれ、向こうも何か反応をしてくれると良いが」カチッ、チッ――バシュゥッ!


提督「撃つぞ!」パァンッ!





憲兵「――合図確認」


憲兵A「……室長、本当にやるんですか?」


憲兵「上官命令だ、逆らえまい」


憲兵A「……これだから海軍は嫌いなんです」


憲兵「口を閉じろ、厄介な奴に聞かれる前にな、それより仕事だ、最終確認」


憲兵A「……筒良し、レンジテーブル良し、DAGR確認、SOFLAM確認」


憲兵「ポストが無い分シビアだがいけるか?」


憲兵A「砲兵に何を聞いているんですか」


憲兵「そいつは失礼」


憲兵「角度照準確認、DAGR位置情報、GRID 044 120確認」


憲兵A「GRID 044 120良し」


憲兵「砲角2060」


憲兵A「砲角2060良し」


憲兵「距離照準確認、距離1400、装薬1138」


憲兵A「距離1400、装薬1138」


憲兵「ASLマイナス5、レンジテーブル1183」


憲兵A「1183確認――着弾時刻13:09予定」


憲兵「観測隊は無い、一発で頼むぞ」


憲兵A「了解、迫撃砲――発射ッ!」 ボォンッ!






龍田「!」ピクッ


龍田「砲音? どこから……」キョロキョロ


龍田「………」


龍田(気のせい? 着弾音と振動が来ない……空砲?)


提督「龍田、どうした?」


龍田「っ、ううん、何でも無いわ~♪」


龍田(砲撃されたなら直ぐに水柱が立つはずよね、なら聞き間違いかしら……)


龍田「提督と久々に逢って神経質になっているのかしらねぇ……」コンコン


提督「何だ、疲れたのか?」


龍田「いいえ、ちょっと提督に対して拗ねていただけです~」


提督「……何だそれは」


龍田「ふふっ、最近余り構って貰えなかったから」


提督「一応海上だ、余り気を抜くな」


龍田「大丈夫よ、深海棲艦の一隻や二隻、私の敵じゃないわ~♪」


提督「そうか……」


龍田「えぇ、そうよぉ~」


龍田(近海の敵の戦力なんて高々知れているわ、そうよ、砲撃なんて直撃しても一発や二発じゃ……)



ヒュルルルル――



龍田「?」


龍田(なに、この音、何か空気を裂いて来るような――上? でも、艦載機なんて何処にも……)


龍田「提督、何か上からッ――!?」


龍田「うそ、何で砲弾が上からッ!? 駄目、避けて提督ッ!!」


提督「たつッ!?」


 ボンッ!


提督「ごッ、ぼ!?」 ドンッ!ボォン!


龍田「船がッ!? 提督、駄目、逃げてッ! 逃げなさいッ!」


提督「たつッ、ぐッ」ジジジジジッ


 エンジンルーム大破による燃料漏れ。

 そして引火――結果。


提督「マズ――ッ」

 

 ドォン―――パチパチパチ…ォォォ…。


龍田「ぁ」












 水面に揺蕩う白帽、僅かに煤けたソレが龍田の足元にコツンと当たる。

 呆然と燃え盛る小型船を見つめながら、龍田はただ動けずにいた。


龍田「あ、あ、て……ぁ、て、提督」


龍田「うそ、何で、何で上から砲撃が……」


 得物を取り落とし、手を伸ばすが轟々と炎が燃え盛るばかり。

 迫撃砲は小型船のど真ん中に直撃し、内部を貫いて炸裂した。提督諸共爆発し、砕け散った残骸が海を漂う。

 船が爆発した、中に在ったものは海に全て投げ出されている。

 龍田は呆然としながらも一歩、一歩と燃え盛る船に近寄る。けれどその光景が近付く度、足が鈍る。


龍田「大丈夫、大丈夫よ」


龍田「まだ、まだ生きているかもしれない、提督なら、きっと……だから、早く、早く助けないと」


龍田「はやく、はやく」


龍田「助けないと」


龍田「助けないといけないから……!」


龍田「だから……」


龍田「ねぇ、動いてよ……動いて」


龍田「動きなさいよ! 動いてよッ、私の足……ッ!」


 足が動かない。

 プルプルと震えて、これ以上前に進めない。

 動かそうとしても微動だにせず、結局その場にぺたんと座り込んでしまった。

 下手をすると沈んでしまいそうだった。


龍田「ぁ、あぁ……あぁぁ……」ポロポロ


龍田「なんでぇ、なんでよぉ……」ポロポロ


龍田「何で動かないのよ……ぉ!」ポロポロ


龍田「提督が、ていとくが、しんじゃうのにぃッ……!」ポロポロ


龍田「あぁぁぁああぁッ! 提督ぅ、ていとくぅぅうッ……!」ポロポロ


 瞼の裏に浮かぶ、爆発の瞬間。

 生きている筈が無かった、あれ程の爆炎と衝撃を間近にして。

 ただの人間が生きている筈が――。

 本当は分かっていた。


龍田「あ、ぁ……あぁぁ………」

 

 海上に伏せ、這い蹲って涙を零す龍田。

 水面に散った想い人、彼を想って慟哭する。

 そして――。





提督「………何か思ったよりガチ泣きなんですけど、ヤバくない?」


憲兵「だから私はやめた方が良いとあれ程……」


憲兵A「ネタ晴らししたら死ぬんじゃないですか中佐」


提督「ははは、まさか、ははは、ハハ………ないよね?」


憲兵「遺書のご用意は済ませておいた方が賢明です」


提督「ウソダドンドコドーン!」


憲兵A「これだから海(ry」







長門「艦隊編成急げ! 戦艦だろうが空母だろうが関係ない! 出られる奴はさっさと海域に向かえッ!」


吹雪「だ、第四艦隊出撃します!」


赤城「一航戦、出ます!」


大淀「明石さん、貴女も!」


明石「わ、分かってます! 私の艤装、えぇっと……!」


 提督が沈んだ。

 その報は鎮守府に凄まじい動揺を齎し、所属艦娘全員による緊急捜索が即時決行された。

 近海全域に及ぶ提督の捜索、今の所生存は――絶望的である。

 提督が死亡した恐れがある。

 その事実に錯乱、恐慌状態に陥る艦娘も多く、その症状が最も酷いのは――。


龍田「………」

 

 彼の死を目撃した龍田だった。


天龍「……お、おい、龍田」


龍田「……ぁ、天龍ちゃん……」


天龍「お前、大丈夫かよ……」


龍田「…………」


龍田「ん、大丈夫……大丈夫よ……」


天龍「ちっとも大丈夫に見えねぇよ……」


 目は虚ろ、元々白かった肌は蒼褪め、その体は酷く冷たい。

 そんな惨状に他の艦娘は彼女を責めるどころか、会話する事すら躊躇われた。

 まるで次の瞬間には消えてしまいそうな、そんな危うさを秘めている。


天龍「……心配すんな、絶対見つかる、な」


龍田「……えぇ、そうね」








提督「ネタバレする前に鎮守府全体に知れ渡っちゃった……どうしよう」


憲兵「これでは二回目は開催できませんな」


提督「いや、ぶっちゃけ二回目はお腹いっぱいだから良いんだけどさ……これ罪悪感やべぇわ」


憲兵「中佐、口調が崩れておりますが」


提督「うるせぇもうキャラ取り繕ってる余裕ねぇんだよボケ!」


憲兵「ははは」


提督「うわぁ、朗らかな笑み、殴りてぇ」


憲兵「しかしどうしますか、ネタバレしなければいつまで経っても戻れませんよ?」


提督「………」


憲兵「中佐?」


提督「もうさ、本当の事にしちゃおうかなって」


憲兵「は?」


提督「いやだから、俺は深海棲艦の砲撃で沈んだの」


憲兵「………MIAになるおつもりで?」


提督「いや、そこは奇跡の復活を遂げる」


憲兵「……何となく貴方の思考が透けて見える様です」


提督「ふふ、そうか、なら段取りは任せたいのだが、どうだろう」


憲兵「ハァ………私、そろそろ陸に戻りたいのですが、一つ署名をお願い出来れば協力しましょう」


提督「上官に対して交渉か、良い度胸だ」


憲兵「ならお一人で?」


提督「うそうそジョークジョーク、提督ジョーク」


憲兵「なら交渉成立という事で」


提督「転属申請の一つや二つ、名前書いてやらぁ!」







長門「それは本当か!?」


憲兵「えぇ、〇〇鎮守府近海の孤島で提督と思わしき人物が保護されました、かなり衰弱しておりましたが……命に別状はないようです」


長門「良かったッ……! それで、今は何処に!?」


憲兵「向こうの鎮守府で療養中です、意識は取り戻しましたが執務が可能な状態ではありません、暫く向こうで傷を癒す事に専念させましょう、此方に戻って来るのは――そうですね、一週間後という所でしょうか」


長門「そうか………そうか………」


龍田「提督……生きていたの……?」


天龍「あぁ、あぁ……! そうだよ龍田! 生きてたんだ提督は!」


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2018-01-16 08:44:11

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このSSへのコメント

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1: SS好きの名無しさん 2018-01-14 08:23:51 ID: AG6gYDUz

三國志のエンショウや戦国時代の
今川義元公も一度の油断と慢心で
敗北したからね。いわばワクチンだね。
こういう行為もまた引き締めの為にも必要だと思うよ。


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