2018-01-26 02:33:00 更新

概要

引き続き、大井と堅洲島の艦娘たちの戦いは続く。

神通、金剛、榛名との戦いを経て、特務第七の川内とけじめがつく。

行き違いもあり、対峙気味の雰囲気になる月形提督と鷹島提督だったが、提督の話のすり合わせにより、それぞれの利害と目的が一致する。

しかし、意識を取り戻した大井のもう一つの条件は、なんと『男を知らないまま沈めさせない』というものだった。

堅洲島の艦娘たちの心は揺さぶられるが、月形提督は大井と共に風呂に入る事を呼び掛ける。

女性でありながら、一度も艦娘たちと共に入浴した事の無かった月形提督の惨たらしい傷跡と、堅洲島の提督に付いての話。

そして、大井は多くを知り、少しだけ考えを変えるのだった・・・。


前書き

※性的な描写があります

1月21日、一回目のアップ。1月22日、二回目の更新。1月26日、最終更新です。

堅洲島の艦娘たち、特に、もともといた子たちも戦闘の才能が芽生え始めています。那珂ちゃんや神通さんですね。

また、月形提督と提督のエピソードが語られ、謎に包まれていた提督の強さのヒントが出てきます。
少し信じがたい話ですね。

サードマン現象は実際に幾つか報告のある現象です。また、作中に出てくる幻影剣ですが、達人のその先に行くと、殺気や気配を操れるようになると言われています。

実際にはその「先」もあるとされていますが、そこまで到達した人間はいません。しかし、この作中ではだいぶラストに近づいてから、そこまで到達する子が現れます。

ある艦娘が二人所属した形になりそうなのは、その長ーい伏線なのです。


第七十話 それなりの結果




―2066年1月7日、横浜観光大桟橋横、大型フェリー『いかるがⅡ』内、特務第七秘匿司令室、フリーラウンジ。マルマルマルマル(午前零時)頃。


―神通と大井が、それぞれ木刀を構えて対峙している。


月形提督「うむっ!士気も高いし構いに迷いがない。神通はどこでもそうなのだな」


神通「チェストォ!」ビュボッ!


大井「!」


―ガッ、バギヤッ!


一同「あっ!」


―何と、大井と神通の木刀はぶつかった箇所から綺麗に折れてしまった。完璧な力のぶつかり合うタイミングが、木刀それ自体を破壊してしまった。破断箇所は意外に綺麗だ。


―ココンッ


―それぞれの木刀の刀身部分が床に落ちる。


神通「はあっ!」


大井「くうっ!」


―二人はそのまま、折れた木刀でし烈な鍔ぜまりに移行した。


大井(しまった!これが狙いだったのね!)


―ミシッ・・・ギリギリギリギリ・・・


叢雲「鍔ぜまりに移行するなんて!」


榛名「これは・・・神通さんの方に分がありそうですね」


提督「・・・そうだな」


磯風「普段ならおそらく大井さんに分があるが、呼吸が違いすぎるな」


―この期に及んでも深く息を吸えている神通は、じりじりと大井を押し始めていた。対する大井は、呼吸を整えようとしているが、まだわずかに肩で息をしており、そのタイミングで神通に押されている。戦いの影響が出始めていた。


月形提督「激しい『動』の戦いから『静』の戦いに切り替わった時は、呼吸の整い方が勝敗を分けるからな。そして、整っていない側は激しい消耗を強いられる・・・」


大井「あなた、やるわね・・・!チャンバラに見せかけといて、呼吸の整っていない私にスタミナ勝負をかけてくるなんて。さすがは二水戦の神通だわ・・・くっ!」


―大井はそれでも、平静を装って、あえて神通に話しかけた。


神通「私は嬉しいです。色々な意味で・・・」ニヤ・・・グイッ


―神通はわずかにほほ笑むと、さらに強い力で押してきた。


大井(ここの子たち、やっぱりみんなヤバい匂いがするわ。あの赤城は別格としても、みんな戦いに対しての才能がある。あの提督から無意識に引っ張り出しているんだわ・・・)


―ここ最近の、提督が弱い鎮守府とは大違いだった。神通のこの選択は、大井の体力を相当削り、自分をもうそんなに戦えない状態にしてしまうだろう。


―ミシミシミシ・・・グッ・・・ズザッ


大井(くっ・・・!)


―大井はじりじりと後ずさっている。それが、ほぼ五歩分の距離に差し掛かった。


月形提督「そこまで!」


大井・神通「!」バッ


神通「こんなところでしょうか。大井さん、あなたのような方が来てくれるの、とても嬉しいです」ニコッ、ペコリ


大井「どう・・・いたしまして」ハァ・・・ハァ・・・


―大井は普通に返事をするのもやっとだった。終わりが近い。もう、死へと向かう気持ちは消え始めている。戦いの高揚感と疲労が、結局は戦いを欲している自分に気付かせるだけだ。心のどこかではわかっていた。


金剛「大したものね。・・・榛名、締めはあなたに譲るから、ここは私が出るわ。みんなも良いですカー?」 


榛名「えっ!?はい。榛名は大丈夫です(なぜ私が出たいのに気付いたんでしょうか?)」


―堅洲島の艦娘たちの空気が少し変わった。


大井「・・・そういえば気になっていたんだけど、あなたってまさか、青ヶ島の金剛さん?二代目の」


金剛「そうデース。自分で完全解体処分になろうとしていたら、青ヶ島の提督に止められて、そこにうちのテートクが来てくれた感じデース。今はとっても幸せヨー?♡」


大井「・・・ははっ、それは何よりだわ。でもその幸せ、いつまで続くかしらね?」ニヤッ


金剛「ンー?どういう意味デース?」


―金剛は言いながら大井の傍に歩み寄った。


大井「もうじきわかる事よ。あなたたちの努力で、私が仲間になればね・・・」フッ


月形提督「双方いいかな?・・・はじめっ!」


大井「はっ!」


金剛「・・・!」シュンッ、パシッ


大井「早いっ!」


―ガシッ・・・グイッ・・・ッダーンッ!


大井「ぐうっ!」


金剛「こんなところデース」


月形提督「これはまた、綺麗に決まったものだな!それまでっ!」


―大井のパンチを金剛は掴むように左の手のひらで受け、大井の懐に潜り込むと、ベルトを掴んで持ち上げ、大井を背中からおもいっきり床に叩きつけた。強い衝撃で息ができない程だ。


提督「変形背負い投げか!青ヶ島の実戦訓練のたまものだな」


榛名(お姉さま、やっぱりとても強い・・・)チラッ


―戦ったらどちらが強いかわからないな、と思いつつ、榛名は提督を見た。榛名には金剛の立場が少し羨ましかった。


大井「ああ・・・悪くないわ。いい感じで全身に来てる。この展開でなければ、きっとこんな感じで死んでいったのね、私」ヨロッ・・・グググ・・・


―もう全身に力が入らないが、大井は立ち上がった。


大井「さあっ、そろそろ・・・決めてみなさいな・・・!」


榛名「では、榛名が終わらせます。言いたい事もありますし」スッ


金剛(やーっぱりネー。ちょっと猛ってると思ったヨ)


月形提督「双方いいかな?・・・では、はじめっ!」


青葉(堅洲島)「さあ、いよいよ最終戦が始まりました。解説は榛名さんに代わり、特務第七の鷹島提督です!」


鷹島提督「えっ?今度はおれかよ?銃以外の戦いは詳しくないけど、どうせ榛名が勝つよ。もう勝負になってねぇ」


―実際、もう鷹島提督の言うとおりだった。堅洲島の艦娘たちは、それぞれ全力をぶつけている。大井はもう、立っているのもやっとだった。


榛名「これほどの人が仲間になるのは、榛名もとても嬉しいです。でも、一つだけ。・・・昼間、提督に一瞬でも殺意を向けた事だけは許せません。二度とそんな事をしないで欲しいという警告もこめて、これにて幕引きにさせていただきますね」ニコッ


大井「えっ?」


―トンッ


―大井は胸に軽い衝撃を感じた。痛みなど無い。榛名の縦にした拳が軽く当たっただけだったが・・・。


提督「ハートブレイクショットか・・・」ボソッ


叢雲「そうなの?」


―ズシッ・・・


大井「は!・・・ううっ!」ズシャッ


―心臓を押しつぶされるような重みと共に、身体の末端から徐々に感覚が無くなり、大井は崩れ落ちた。全身から脂汗が噴出してくる。


大井「な・・・にを・・・?」


榛名「棒術の奥義の一つ、『蝋燭消し』を、拳で掌底のごとく用い、強めに『心臓打ち』をしました。身体は驚いて、しばらく動けないでしょう」ニコッ


大井「くっ!(当たり前だけど、この榛名さんもヤバい・・・)」


??「なーっさけないなぁ、ここで終わり?」


大井「えっ?」


―艦娘たちの中から、特務第七の川内が出てきた。


川内(第七)「大井さんさぁ、私を殺すって息巻いてたでしょ?なに床に突っ伏してるの?何かのお笑い?ちっとも笑えないけど」


大井「なん・・・ですって!」


川内(第七)「立ち上がって、私を一発ぶん殴ったらいいわ。私も一発殴るから。それでケジメ。恨みっこなし。それでどう?・・・あ、もうヘタレてるから立てないかなー?」ニコニコ


大井「笑わせ・・・ないでっ・・・!」グググッ


―大井は死力を振り絞って立ち上がった。全身が鉛のように重いが、構うものか。


榛名「えっ!?あれを食らって立つんですか?」


提督「・・・・・・いいね」


叢雲(嬉しそうね・・・)


川内(第七)「そうそう。私を倒すってんなら、もともとそれくらいの気合が無いとダメだったと思うよー?」


大井「はっ、そうよね。いい感じで気合が入ったわ。ぶっ飛ばしてやる!」ヨロッ


提督「大した女だな・・・」ニヤッ


叢雲(そうよね。厄介な子が好きだものね)クスッ


―大井と、特務第七の川内が対峙した。


川内(第七)「はあっ!」


大井「くらえっ!」


―ババキッ!


―カウンター気味にそれぞれの頬にパンチが当たり、そして大井はくずおれた。


大井「いいわ・・・これで・・・」ニッ・・・ドサッ


―限界をとうに超えていたのだろう。大井は気を失った。


川内(第七)「ふうっ、これで終わりね。いったぁ~・・・」スリスリ


鷹島提督「優しいもんだな。珍しい」


川内(第七)「まあたまにはね・・・」


―こうして、大井の孤独な戦いは終わった。


鷹島提督「ところで志摩鎮守府の月形提督よ。言いたい事がある。こんな感じで収まってはいても、うちをつきとめて力づくで言う事を聞かせようとしたことが全部チャラになるわけじゃねーぞ。深海棲艦に反転した艦娘をしばらく秘匿していた事実もあるわけだしなぁ」スッ


―鷹島提督は懐の拳銃に手を伸ばしていた。


月形提督「ふっ、聞きたいのはこちらだ。お前たち特務第七は、あちこちで人知れず反転した艦娘たちを狩っているようだが、その実は各鎮守府の重大な秘密を集め、上層部の良いように使い倒す弱みを収集しているだけではないのか?」


―また別の緊張感が漂い始めていた。


提督「いい機会だ。まず双方、それぞれの作戦行動の動機又は指示があるならその系統を話してもらおうか。嘘はお勧めしない」ス・・・チャッ


―提督は左手用の「ソウレフト」を抜いたが、その銃口は床に向いている。衝突しかけていた鷹島提督と月形提督は、提督の静かな気配に圧され、冷静な空気に変わった。


鷹島提督「あんたが銃を抜くと落ち着かないぜ。だから収めてくれ。おれから話すから。うちの主任務は前参謀、つまり今の元帥からだ。理由は、指揮系統のどこかに、鎮守府や組織に深海棲艦を紛れ込ませ、そこを弱みに取り、自分たちに都合よく使おうとしている連中がいるから、それを事前に防ぐためだ。この為、秘密裏に全てを行う必要があった」


月形提督「何だと!では、我々にとっては味方という事か。どうも秘密を握られているせいか、以前とは雰囲気が変わった鎮守府を幾つか知っているが、お前たちはそれを防ぐ側だったのだな?」


提督「見えてきたな・・・」スッ


―提督は銃をしまった。


月形提督「どういう事だ?」


提督「今回、そちらにこの特務第七の件を持ち掛けたのは、特別防諜対策室・・・つまり特防だ。特防はこの命令を政府の系統から受けたと言っている。で、その特防には、彼らも知らない深海化した艦娘が組み込まれていた。もう問題は除去したがね」


月形提督「何だって!では、我々は踊らされていたのか!」


提督「特防もだがな。しかし、そうはならずにこのように収まった。ひとまず悪くない結末だろう」


鷹島提督「特防に命令を秘密裏に出せる政府系の指揮系統なら、第二参謀室あたりかね?奴らはどうもクセェんだよ」


提督「その名がまた出てきたな。なるほど・・・」


月形提督「あぶない・・・ところだった!そういう事だったのか・・・っ!」


提督「誤解が解消したところで、少し気になったのだが、以前とは雰囲気が変わった鎮守府とは?横須賀も含まれている気がするが」


月形提督「ご名答だ。どうも作戦での戦い方がおかしい。あとは舞鶴第二や南紀州鎮守府もおかしい」


提督「おかしいとは?」


月形提督「本気を出しておらず、極力損耗を控えている。何か別の考えがあるように見えて仕方ないのだよ」


鷹島提督「南紀州も舞鶴第二も、不自然に艦娘が行方不明になっているらしいが、周到で尻尾を出さねぇ。うちが追っかけてる鎮守府だぜ。どっちもな」


月形提督「何という事だ・・・」


鷹島提督「月形提督さぁ、この際だから言うが、そういう女っぽい短絡さはもう少し何とかした方が良いぜ?アフリカでも、その男に何とかして補給するために殉職者を出したの、知ってんだからな?」


月形提督「危機的状況で上層部より、自分の信じる物を信じた結果だ。それの何が悪い?結果私は生きてここにいて、ビッグ・セブンの一角だ。結果は示しているぞ?悪名も辞さんな」


鷹島提督「言うねぇ。気に入らねぇな」


月形提督「奇遇だな。私も気に入らんよ。気が合うのかな?」フッ


提督「ああ・・・おかしなところに補給物資があって何度か救われたが、あれは君がそうしてくれていたのか。あの日々のただの水が今でもこの人生で最も美味だった。感謝するよ。ありがとう」スッ


―提督は月形提督に頭を下げた。


月形提督「いいんだ。私はあなたに救われ、自分の生を生きられている。大したことはしていないよ」


鷹島提督「おい!だからてめえの指示で死んだ奴らはどうなるってんだ!?」


月形提督「つまらないセンチメンタリズムだ。理由が無くても人は死ぬ。私もそうして死ぬところだった。アフリカ帰りにしてはらしくないな鷹島提督よ」


鷹島提督「ほう、言い分は分かったぜ。じゃあてめえがここで死んでも仕方ねぇな?おれの部下が何人か、てめえの指示で殉職しているんだがよ」


川内(第七)「ボス、そんな事があったの・・・?」


―特務第七の艦娘と提督、志摩鎮守府の艦娘と提督の間に緊張感が漂い始めていたが・・・。


提督「全ての元凶は・・・」


―皆が提督のほうを見た。


提督「第九特殊情報作戦群。・・・知っているだろう?奴らがくまなくあちこちの部隊に潜んでいたせいで、死ななくていい者が随分死んだ。奴らの存在に気付いたおれも、ある時奴らに狙われ始めた。だが最後にそれなりの罰を受けてもらった。この話はそれでいいだろう?それとも、まだ奴らに踊らされていがみ合うのか?」


鷹島提督「・・・すまねえ。そうだったな。あんたがケリをつけたって噂は知っている。あいつらみんな殉職扱いになっているもんな。でも墓地からは抹消されている」


月形提督「ああ、あの噂はやはり真実だったのか・・・そうだな。そうだ、もうやめよう」


提督「考えも無く加担した者には速やかな死を。自分らの汚い利益を描いていた者には、生まれてきたことを後悔させる程度には責任を取ってもらった。だからもう終わっている。今回の事もそうだ。踊らされてはいけない」


―空気は落ち着いたものに戻った。


提督「今回も、味方の中に息をひそめている敵がいるようだ。当面はそいつらを見つけて取り除くのが正しい手順だろうよ。そういう意味では、いがみ合うはずだった我々がこうして話せるのは大きな意味を持つ。違うかな?」


鷹島提督「同感だな。それよりなにより、さすがにもうあんたに撃たれたくねぇよ。ふふふ」


月形提督「そうだな。私も自分の鎮守府を危機にさらしかねんところだった。これはいい進展だと言える。私も協力しよう」


提督「さて、では大井はうちに移籍で良いかな?どのみち、場を丸く収めるにはこれしかないと思うが」


月形提督「うちの大井は総司令部の主席教導艦を務めた事もある手練れだ。失われてしまうよりは、あなたの所で活躍するのがいいだろう。私も少し、あなたへの恩を返した気になれるというものだよ」


提督「諒解した。ありがとう。では・・・このままでは忍びないし、かと言って入渠履歴の問題もあるから、異動を済ませてもらっても良いかな?」


武蔵(志摩)「では、うちのじゃじゃ馬はそこのソファで休ませよう」


―武蔵は大井を抱えると、近くのソファに座らせた。


鬼鹿島改め鹿島(教導)「大井さんは私の二代前の主席教導艦ですからね。失われなくて良かったです」ホッ


提督「こうなると雷巡・北上も欲しいところだが、さすがに北上のあてはないからなぁ。志摩鎮守府の戦力も優先するべきだし」


鹿島(教導)「仕方ありませんね。でも、こちらの大井さんは現状で一番強い大井さんですから、まずは良しとするべきですよ。北上さんはどこも異動させませんし、かと言って新規着任も無いしで、現状ではどうしようもありませんね」


叢雲「そうなると、志摩に移動してくる対馬教導隊の北上さんが最強になるわけ?他には名のある北上さんはいないの?」


鹿島(教導)「そうですね。亡くなった志摩の北上さんも最強クラスですが、こうなると対馬の北上さんが一番ですよね。後は二人、消息不明の北上さんがいますよ。最初の北上さんと、『風来坊』北上さんですね」


月形提督「『風来坊』北上か!知っているぞ。うちの大井と北上でも演習で勝てなかった!」


叢雲「なんですって?そんなに強いの?」


鹿島(教導)「三代前の主席教導艦です。教導艦を出さなくてはならない決まりを志摩鎮守府が無視していたので、それに従わせるために演習したんですよね。で、大井さんと北上さんが敗れて、大井さんが主席教導艦になり、『風来坊』北上さんは、またどこかに異動していきました。全国あちこちの鎮守府や泊地を渡り歩いているので、ついたあだ名が『風来坊』ですから」


鷹島提督「でも行方不明なんだろ?大規模侵攻あたりで命を落としたんじゃないのかい?」


鹿島(教導)「あの北上さんは大規模侵攻のしばらく前にどこかに異動して、それっきりです。総司令部はあの北上さんについては明言を避けています。おそらく失われたのに、士気に関わるからでしょう」


提督「ま、大井が来てくれたので良しとするよ。しかし、その北上はなんでそんなあだ名がつくくらいあちこちを渡り歩いていたのかねぇ?」


叢雲「そうね。なぜかしら?」


―しかし、夜も更け始めていたので、提督も艦娘も、取り急ぎ船内の片付けと状況の収集につとめる事となった。提督は眠っている大井の手をノートタブレットに乗せて、異動を終えると、ひとまず大井に毛布をかぶせ、見張りを置いて残務の処理に当たった。



―同じ頃、南太平洋、ショートランド泊地近海。


北上「はっ・・・くしゅんっ!・・・あれー、おっかしいなぁ、ちっとも寒くなんかないつもりなんだけど。今夜もいい夜だし」


早霜「でも、夜の海風は知らない間に体を蝕むわ。・・・はい、ウイスキーが少し入った紅茶よ?」


北上「おーう、いいねぇ、しびれるねぇ、あったまるねぇ!」


―北上は早霜の差しだした水筒のカップを受け取った。少し前にアイアンボトムサウンドの姫を仲間が討ち破ったため、海は平穏そのものだ。しかし、見張り任務をしないわけにはいかない。


早霜「きっとどこかの大井さんが噂でもしていたんじゃないかしら?」クスッ


北上「うーん、あちこちフラフラしてたけど、特にそんな仲のいい子はいなかったからねぇ。あたしの事なんてもうみんな忘れてるよー。『風来坊』なんてあだ名をつけられたくらいだしね。それに・・・」


早霜「もう大井さんとは組みたくないんだったわね?」


北上「うん。身代わりで大井っちが死んじゃうのはこりごりだからね。もういいんだ。誰とも組まないし・・・」ニコッ


―捉えどころのない北上の笑顔が、早霜には少しだけ寂しそうに見えていた。



―再び、大型フェリー『いかるがⅡ』内。


―それぞれの鎮守府の艦娘たちが事態の収拾に務めたり、入渠に移る中、ソファに移された大井はまだ気を失っていた。


―意識がないまま異動を終えていた大井は、深い夢の中に居た。



―大井の夢。


大井「えっ?ここはどこなの?」


??「どうしたの?大井っち」


大井「あれっ?北上さん?」


―大井は夜の海のただなかに居た。その大井の正面に、北上が立っている。


北上「何かごめんねー。すっごい苦労かけちゃってさ。大井っちになら送られてもいいかって思ってたんだけど、そんなの辛かったよねぇ?ごめんね」


大井「えっ?いいのよそんな事。私こそ本当にごめんなさい」


北上「謝んなきゃいけないの、あたしなんだけどねー。もう結構手遅れだったみたいで、あたしってだいぶ深海化していたんだけどね」オォォォォ


―北上の眼が深海の青色にぼんやりと光った。


大井「えっ?」


北上「でも、大井っちが助かって、その人の所に着任できたから、今回はあたしも深海にギリギリ落ちないで助かったんだ。大井っちがひどいやり方で深海にされる運命も防げたし、あたしも何とか帰れそうだよ」ニコッ


―北上の身体から黒いもやが立ちのぼり、消えた。


大井「ひどいやり方って?」


北上「その人と知り合ってないとさー、大井っちは上層部の悪い人たちの慰みものにされて、さんざんひどい目に遭わされて、最後は深海棲艦にされちゃうんだ。今のあたしは何でもわかるから言えるんだけどねー」


―北上はさらりと恐ろしい事を言った。


大井「意味が分からないわ。私が責任を取らされるのは分かるけど、なぜそんな目に遭って深海棲艦に?」


北上「上層部に裏切り者がいるんだよ。大井っちの新しい提督は気づいているよ。ちょっとだけ見せるね・・・」ソッ


―北上は大井のこめかみに触れた。


―ザアッ


大井「うっ!これは!」


―大井はこみあげてくる物を止めるのに精いっぱいだった。どこか、コンクリートの壁と床の頑丈な牢獄の中で、鎖に繋がれた自分が、赤目白髪の提督たちにかわるがわる凌辱され、次第に深海化していくのが見えた。


北上「ごめんね?でも、これを知っとかないと、大井っちは新しい提督に逆らいすぎるみたいだから。この後も困らせるみたいだし」


大井「なんでそれを!?」


北上「大井っちの事は何でもわかるよ。異動の仕方とか、気に入らないのは分かるけど、程々にしないとダメだからねー?」ニコッ


大井「そこまで困らせる気はないわ。あの提督だって困らないはずよ?むしろ喜ぶはずでしょう?」


北上「うーんそれはどうかなー?色々問題があるはずだから。まあ、厳密には嘘なんだけど、今の時点では大事な事だからねー」


大井「何の話なのかしら?」


北上「まっ、すぐにわかるよ。じゃあね大井っち。またきっと会えるから、生き延びてねー。アディオース」ニパッ・・・フッ


大井「消えちゃったわ。北上さんたら、最後まで私の事を気にかけて・・・わかったわよ」グスッ


―大井は提督に徹底的に逆らうつもりでいたが、それはやめておこうと決意した。



―再び、特務第七のラウンジ。


―パチッ


大井「ん・・・ここは?・・・ああ、気を失ったのね、私」


提督「よう、見事な戦いだったな。お目覚めかね?既に異動は終わっている。まずはここの入渠施設で怪我を治して来てくれ」


大井「気を失っている間に異動だなんて、感心しないわね。でも仕方ないわね、敗れたんだから」フッ


月形提督「そういう事だ。大井、すまなかったな。積もる話もある。最後に女同士、一緒に風呂に入らんか?」ニコッ


大井「えっ?提督がそんな事を言うなんて・・・」


月形提督「元提督、だがな・・・」


―月形提督は、同じ女性である艦娘たちと一緒に入浴する事は無かった。肌も見せない。ひどい怪我の跡が残っているからと言っていた。それが一緒に風呂とは、大事な話があるに違いなかった。


大井「わかりました。ご一緒します。それと、一つだけ。・・・特務第二十一号の提督、異動にはもう一つ条件があると言ったのは覚えているかしら?既に異動されてしまった後だから、絶対に聞いてもらいますけれどね」


提督「覚えている。無理難題の類かもしれないが、聞こう」


大井「すぐでなくてもいいわ。ただ、せっかく男の提督のもとに異動したのだから、私を・・・男を知らないまま沈ませない事。意味が分からないなんて言わないでよ?」ニヤッ


叢雲「えっ!?」


金剛「・・・何を言ってるの?」


―金剛から片言が消えている。


磯波「大井さんて、北上さんが好きなんじゃないんですか?」


―いち早く磯波が反応した。


吹雪「そ・・・そうですよ!」


大井「好きよ?戦友としてね。負け戦の時は誰より早く執務室に行って報告し、勝ち戦の時はさり気なくのんびりと帰ってくる。そんな北上さんが好きだし、尊敬もしていたわ。でも、私は別にレズじゃないの。よく、北上さんにも言っていたのよ?『ここは最高の鎮守府だけど、提督が男でないのだけが残念』って。だってそうじゃない?これだけ戦っているのに、男の人を知らないまま死んでいくなんて。この気持ちがだれ一人分からないなんて言わせないわよ?ふふ」


艦娘たち「・・・!」


―艦娘たちは何も言わないが、空気がそこそこ大井に同調しているのを感じた。


提督「ふ・・・これは参ったな。そう来たか!」


―今度は提督に視線が集まる。


提督「一つだけ疑惑と、問題がある。何らかの条件・・・少なくとも現状では、そういう行為が艦娘に人の闇を宿し、深海化を助長させる可能性があり、大規模侵攻を深刻なものにしたらしいと推測している。その懸念が消えた後なら、別に構わんよ?」


艦娘たち「ええっ!?」


叢雲(ああ、もうすっかり切り替えつつあるのね・・・。それなら、大井さんでなくてむしろ・・・)


―叢雲は、自分たちが堅洲島に来る前の事を思い出していた。


川内(堅洲島)(そうなったら、や、ややや夜戦解禁って事?うかつに夜戦って言えなくなっちゃうじゃない!)


浦風(面白くなってきたねぇ・・・)ニコ・・・


金剛(そうなったらどうしよう・・・わ、私でもいいのかな?)


榛名(て・・・提督のものになるなら、榛名にはそれ以上の安心はもう何も・・・)カアッ


磯波(私は・・・何番目でもいいんです。提督が気に入って、可愛がってくれるなら・・・)


鹿島(教導)(あっ!私にそんな事が起きるとしたら、この提督さんですよね?・・・いけない!そんな事を想像しちゃいけないわ!)アセアセ


磯風(ふっ、そうなったら司令がこの私を選ばぬはずがない。司令の夜をより安らかにしつつ、私が護ってあげるのだ・・・)ドヤッ


陽炎(んー、曙やみんなの邪魔はしたくないけど、ちょっと興味あるなぁ。司令は私でも大丈夫なはずなのよ・・・たぶんだけどね)


赤城(私は別に構いませんが、提督はどうも何か、もっとずっと遠くを見ているような気がします。それよりも、中華街は・・・ちょっと今日は無理そうですね・・・)


加賀(赤城さん、絶対に食べ物に絡めて考えている顔だわ・・・)


―艦娘たちのそれぞれの思惑が、どこか浮ついた空気を漂わせていたが・・・。


鷹島提督「ちょっと待ってくれ。その話は初耳だぞ?あんたの仮説か?」


提督「仮説だが、これだと大規模侵攻の夜に起きた事が説明可能だ。ただ・・・過去の有能な鎮守府や提督の履歴を見るに、その頃はケッコンシステムもある程度期待通りの結果を出していたフシがある。何かが途中から変わり、このようになったと見ている」


大井「ごまかしではなさそうね。もう少しだけ仮説を聞かせてくれるかしら?」


提督「これは推測だがな。現状で何かが深海側に優勢なのだと思う。太平洋全域の、何というか傾向みたいなものか。だから、例えば戦況や数でこちらが優勢になればまた変わるかもしれないが、根本が安定するわけではないのが難しいところだ」


月形提督「艦娘と深海棲艦は表裏一体と思わしき部分がある。なるほど。情念など、何か負の感情の方が優勢で、艦娘がそういったものをきっかけにどちらかに姿を変える、というのは有りそうだな」


提督「深い関係と言うものは、どうしても情念のやり取りになるからな。体の関係やケッコンを通して、そういう物を理解した分、また引き寄せられやすくもなる可能性があるという事だ」


大井「という事は、私たちの普段の気の持ち方も多少は影響していそうね・・・ふぅん」


―少なくともこの提督は、自分の艦娘たちを使い捨てにする考えはないという事だ。


鷹島提督「なんてこった。相変わらずあんたは用心深いな。うちはみんな矯正施設出身てのもあるが、おれが『上書き』した感じで関係しているからな。それにしても・・・いや、あんたはしばしば女の工作員が近づいてきていたから、冷静を保ちやすいんだろうな」


提督「ふ、やたらスタイルの良い・・・特に、胸が大きすぎる女はちょっと苦手になるくらいにはな。あ、艦娘は大丈夫だと言っておくぞ?」


鳥海(あっ!だから冷静なんですね。そんな事が・・・)


―鳥海は自分の新しい提督に強い興味が出始めていた。知っている提督たちとタイプが全く違うのだ。警戒心と用心深さに、時に大胆なほどの信頼を併せ持っているように感じられている。


陽炎(あー、それでかー。だから司令は必ずしも大人の女の人ばかりじゃないんだわ。どっか安心できない思い出があるわけね)


―陽炎は妙に納得していた。


大井「まあいいわ。いずれにせよ私は沈まないし、あなたの責任だから、そこは忘れないで。これはあなたの都合に関係なく、私が提示した約束なのだから」


提督「わかった。じゃあそういう気になるように努力はしてくれよ?味気ないのは嫌だからな。病気が良くなれば助かるし」ニコッ


大井「病気?」


榛名「提督は重度の戦闘ストレス障害をお持ちです・・・」


大井「ふーん、なら都合が良かったじゃないの。戦闘ストレス障害は、殺した敵の数の三倍、女を抱けばよくなるそうよ?」ニヤ・・・


―特に根拠はないが、まことしやかにささやかれている俗説だった。大井は自信にあふれた笑みを浮かべた。提督が絶対に自分を気に入ると確信しているようだ。


鷹島提督「それは一理あるが・・・。三倍ねぇ・・・」フッ


―鷹島提督は、何かを思い出すように、どこか自嘲気味に目を細めて笑った。


月形提督「大井、この話はそれ以上はやめておけ。気にする人ではないが、重い話になる」


大井「えっ?・・・わかったわ(どういう意味?)」


―大井は月形提督と鷹島提督から重い空気を感じ、流石に察してこの話をやめた。しかし、既に大井の出した条件の話は、堅洲島の艦娘たちに大きな衝撃を与えていた。


月形提督「とにかくまずは入渠だ。そんななりでは話にならんだろう?取り急ぎ、話す事もある」


大井「・・・そのほうが良さそうね」


―月形提督と共に、大井は微妙な空気が漂うラウンジを後にした。


鷹島提督「なんて夜だい。良い方向に進んでいるが、別の心配事が増えたなぁ・・・」


提督「深海化の件か?現状ではみんな気にしていないし、気付いてもいない。頭から抜いて、とにかく気をつけてやればいい事だ。うちはうち、よそはよそ、くらいの感覚でいいだろう」


鷹島提督「おれはあんたの勘の良さをよく知っているつもりだぜ?気休めはよしてくれよ。おれのせいでこいつらを深海化させてしまったら・・・」


川内(第七)「大丈夫だよ。心配しないで、ボス」ニコッ


秋雲(第七)「そうそう。全員キッチリ幸せにしてもらうからだーいじょーぶだって!」


青葉(第七)「最悪の場合はボスも一緒に深海ですねぇ」ニコッ


鷹島提督「へいへい。悩むのがバカらしくなってくるっつうか、おれらしくなかったな」


夕立(第七)「そういう事っぽい」ニコッ


提督「艦娘たちの方が良く分かっているようだな」


―特務第七の艦娘と鷹島提督は、堅洲島の艦娘たちにはない距離の近さがある。


提督「さて・・・大井の入渠が終わり次第、うちは撤収するかね。・・・赤城、中華街は今日はもう無理そうだが、またの機会で約束しよう。いいかな?」


赤城「えっ?はい!楽しみにしています!」


提督「さてと・・・すごく遅くなってしまったが・・・」


―提督はあらかじめ何度か連絡していた霧島に、横須賀からの『わだつみ』が飛び立つ予定時刻を連絡した。『何時でも大丈夫です!』と返信がある。特務第七と志摩鎮守府が、密かに深海化していた大井を討ち取った、という筋書きの為に、自分たちはなるべく速やかに撤収する必要があった。



―十数分後、特務第七の入渠施設及び浴場。


大井「・・・ふぅ」チャプン


―大井は高速修復材を使用してもらい、通常の大きな風呂に移動すると、一息ついていた。


―シャアアア・・・キュッ


―湯煙の向こうで、シャワーの水栓を閉める音が聞こえた。月形提督が身体や髪を洗い終えたらしい。


月形提督「大井、ケガは全て消えたか?」


大井「はい。消えました」


―女性であり、親し気でありながら、艦娘とは一緒に風呂に入った事のない月形提督が同じ浴場にいる。大井はそれだけで、少し緊張していた。


月形提督「そうか。まあそんなにかしこまるな。もう私は提督ではない。たとえるなら友人のようなものだよ」スタッ


大井「あっ!」


―大井は思わず声を上げた。風呂のへりに現れた月形提督は、長い黒髪をアップにして束ねていたが、タオルで隠している鼠径部を中心として、無残な傷跡が伸び、立派な胸も左の乳首はなかった。特に腹のあたりはかつてひどく裂かれたであろうことが想像できた。


月形提督「失礼するぞ?」チャポッ


大井「提督、その身体は・・・」


月形提督「ああ。普通なら死んでいるような怪我だよ。あの人の処置が良かったが、生存確率は1パーセント以下の怪我と状況から戻ってきたんだ。高速救命・再生処置を受けたが、失われた部分も多くてね。・・・大井、私はな、女としての機能はもう無いし、復活もしないんだ。だから、私の肩や二の腕を見ろ。女性ホルモンが減った分、筋肉が少しつきやすくなっているのさ」


―月形提督の肩や二の腕は、ややがっしりしていた。美しい女性の身体に、少しだけ男性の要素が混じったような不思議な趣がある。


大井「そんな、再生医療があるでしょう?」


月形提督「子宮の復活は絶望的だし、膣だけ復活させても仕方がないかと思っている。誰かと仲良くなり、受け入れる気も無いんだよ。私にとっての男は、あの特務第二十一号の提督で終わりでいいんだ。死の淵で、それでもまだ生きたいと思った時、あの人が縫ってくれて、私を背負い、自分の血を分けながら、十数時間も戦いつつ敵地を移動して、安全な場所に送り届けてくれた。そして挨拶もそこそこに、生理食塩水の点滴を自分にうちながら、再びふらふらと密林に姿を消したあの人の後姿が、私にとっての男の全てなんだよ」


―月形提督は何の脚色も無く、手短に話していたが、それがどれほど壮絶なものだったかは良く伝わってくる。地獄と、温もりを感じた。


大井「そんな事が・・・。でも、なぜ?きっと提督が自分の気持ちを伝えたら、そんな悪い扱いをする事は無いと思うわよ?」


月形提督「同情は要らないし、あの人は・・・誰も信用していない。お前たち艦娘だから傍にいられるんだ。私でさえあの人は信用せず、気を使わせてしまうだけだろう。生も死も全て委ねても、あの人を受け入れて癒せるだけの身体も持っていない。気を使わせるだけなんだ。そんな情けない立場よりは、お前を送り出せて良かったと思っている」


大井「・・・私があの提督と寝ても、何とも思わないわけ?」


月形提督「お前なら安心だよ」ニコッ


大井「提督らしくないわね。そんな事を言われて、はいそうですかと私がそんな事を楽しめる無神経女だと思ってるわけ?」


月形提督「ははは、まあそうだよな。お前はいい女だよ」


大井「そういう話じゃなくてですね!もうっ!こんな話を聞かされても、ブレーキにしかならないわ」


月形提督「いや、そんなつもりはない。これから話す事が本題だからな」


大井「そうなんですか?」


月形提督「いい湯だな。・・・大井、先ほど、殺した敵の三倍の女を抱けば、と言ったな」


大井「ええ。言いましたけど・・・」


月形提督「その理屈で行くなら、あの人は少なくとも数千回女を抱かなくてはならなくなる計算だぞ?」ニヤッ


大井「えっ?・・・それって、ちょっと待って、何人殺していると・・・?そんな・・・人数を?」


―二千人を超えている計算になる。


月形提督「上海とアフリカで、合わせてそれくらいと試算がなされている。少なめに見積もっているが、実際は三千人を超えている説もある。アフリカではあの人は『八分目人斬り』という黒い刀を愛用していたが、殺した人数に供養を兼ねて『卒塔婆(そとうば)』と呼んでいた。確か、七百卒塔婆を超えていたはず。そして、優れたスナイパーでもあり、ガンスリンガーでもあった。現時点で、人類で最も人を殺している男という事になる」


大井「ちょっと待って、信じがたいわ。とてもそのようには・・・今の雰囲気さえ偽物に近いって事ね?そんな沢山の人を殺した雰囲気なんて、感じられないわよ?」


月形提督「あの人にとっては、戦って誰かの命を奪うことなど、飯を食ったり、本を読んだり、女を抱くことと何ら変わりないよ。日常なんだ。そこまで行ってしまった。だから無駄がない。だから普通の人々の近くが苦痛なんだ」


大井「私たち艦娘が、仕えている提督にはまず大きな嘘をつかないし、裏切らない事を知っているから、艦娘たちだけは傍に居られる、という事ね?・・・思ったより寂しい男ねぇ」


月形提督「寂しい、か。果たしてそれはどうだろうか?」


大井「どういう事なの?」


月形提督「考えてもみろ。いくら深海化の可能性があると言っても、あくまで可能性に過ぎない。現時点で艦娘とケッコンしたり関係している提督は沢山いる。まして、ほぼ全滅するであろう任務を帯びているのだ。艦娘と深い仲になっても構わないだろうに、あんな仮説だけでそう理性を保てると思うかね?」


大井「・・・本当は、誰ともかかわりたくない?」


月形提督「おそらくな。さっきのお前との話だって、艦娘たちは希望を持ったかもしれないが、おそらく進展などしないだろうよ」


大井「は?じゃあ何で提督なんてやってるわけ?」


月形提督「そこがわからない。何か事情があるか、あるいはやらされているか」


大井「そんな状況なのに、ここまでして私を手に入れようとしたと?」


月形提督「そういう人だよ。やるからにはとにかく徹底する。最大の結果を出すにはそれしかないと知っているんだ」


大井「うーん・・・」


―大井は考え込んだ。計算高いやり方は気に入らないが、そこまで切実に自分を必要としていたというのなら、少し事情は違ってくる。もともと、失敗すれば捨てる事になりそうな命を、さらに自分で捨てた。それをあの提督が拾い上げただけではないのか?


大井「それと提督、教えて欲しいのだけれど、あの提督は・・・今の私の提督になった男は、どういう強さを持っているの?艦娘たちがヤバいのは分かったけど、あの提督のヤバさがわからないのよ」


―月形提督すぐには答えず、視線を浴場の小さな中庭に移した。


月形提督「私にもわからない。あれが何なのか」


大井「わからないのはこっちなんだけど・・・」


月形提督「私が背負われていた夜もそうだったし、後に、あの人が味方の裏切り者から命を狙われた幾つかの夜もそうだったが、天気予報に関係なく、激しい雷雨になった。雷雨があの人を護るように、その姿を隠してしまう。そして、熟練者ほど容易く葬られた。なぜかあの人と違う方向に注意を向けるのだ。実際、あと少しで敵地を抜けられる、という時に、20名ほどの敵に包囲されたが、やつらは途中から、あらぬ方向に発砲し始め、そこをあの人に狙われて撃滅された。隠れている味方が居たのかと思ったが、そうではなかった」


大井「そんなバカなことがあるわけが・・・」


月形提督「その後いろいろ調べたが、サードマン現象や幻影剣と言われるものに近いようだ」


大井「それはどういうものなの?」


月形提督「サードマンは、極限状態の自分が見る、生へのヒントを与えるもう一人の自分や、または別の何かだ。第三者の視点に視界が切り替わったりもするらしい。幻影剣は、剣の達人が使える技で、相手に殺気を誤認させる技。あの人は、何かそのような能力を持っているらしいのだ。これは、達人ほど容易くあの人に敗れていったのと合致する」


大井「なるほど。殺気を読めてもそれが偽物なら、相手に背中を見せることになるわね。本当なら恐ろしい能力だわ。でもちょっと信じがたいわね。尾ひれ程度に思っておくわ」


―歴戦の大井は、深海のエリートクラスや姫との戦いで、無意識に殺気を読み、殺気のもとに砲や魚雷を撃ち込むことで危機を回避し、討ち取ってきたことがしばしばある。しかし、もしもそれを最大の隙にされかねないとすれば、自分も容易く敗れてしまうだろう。


大井「ねえ、提督はそんな人の事、怖くはないの?」


月形提督「怖くは無いし、私の中での強い男とは、あの人の事だ。好意と尊敬、そして感謝しかないかな。たくさんの命を容易く奪う、あの恐ろしい手が、私には壊れ物に触れるように優しかった。私にはそれで十分だった」


大井「・・・そんなにとはねぇ。まさかうちの提督の想い人の所に『嫁ぐ』とは思ってもみなかったわ。では、一番気になる部分だけど、次回の大規模侵攻を防げると思う?」


月形提督「防げるどころか、いずれ深海はあの人に皆殺しにされるだろうよ。どれほど劣勢になってもな。例えば、我々すべてが敗れ、世界が深海と化し、あの人の艦娘が全て失われても、やがてあの人はたった一人でも深海を全て殺すだろう。そして、そうならぬように手を打つはずだ。今夜のお前の異動のように。そもそも・・・あの人はな、我ら軍属の使う『D事案』の語源なのだぞ?味方からの暗殺対象になっていた時のあの人のコードは『D』だったのだから」


大井「何ですって!?」


月形提督「だから、あの人の事は絶対にその名で呼ぶなよ?」


―『D事案に触れる事なかれ。それは禁忌を意味する』その始まりの男だというのか。


大井「ああ、少しわかってきたわ。あの提督は本当にその辺のサルどもと違っていて、本気で私を必要として動いていたってわけね。そうか。そういう男に見初められていたってわけね。タイミングが良すぎて計算高く見えるけれど、切実なのね。だから私の無理難題にも譲歩したんだわ・・・」


月形提督「理解して、頭が冷えてきたか?」


大井「あれっ?・・・という事は、条件が整ってしまったら、私の事を好きでなくとも、私の事を抱くわよね?そんな私の要望だから」


―むしろそれでは、心の通っている艦娘たちよりも寂しい関係になるのではないか?と、大井は気づいた。


月形提督「ははは、私の言いたい事に気付いたようだな。だからあの人はさっき、『そういう気になるように努力してくれ』と言ったのさ。お前が「いい」と言っていても、気持ち無しにそんな事はしたくない、と言っているのさ。優しいだろう?」ニヤッ


大井「参ったわ。あんなにたてついたうえに、下半身でものを考えているタイプの提督なら喜びそうなことを言ったのに、そんな風に気を使われるなんて。私がバカみたいじゃないの!」


―そんな事を言いつつも、大井の笑顔は自然なものになっていた。警戒心が消えつつあるのだ。月形提督はそんな大井を見て、少し安心していた。




第七十話、艦




次回予告。


浴場での月形提督との話で、少し考えを変える大井。


その一方で、ラウンジでは若葉が提督に阿武隈の話を出していた。

たしなめる志摩鎮守府の艦娘たちだったが、若葉は意に介さない。


一方、横須賀に近づいているアメリカの空母では、ある海外艦が、予測された危機に備え始めていた。


その陰で動いている特務第七の空母棲姫・アメリアと、また別にうごめく謎の艦娘たち。


そして、追い詰められる榛名のマネージャー。



次回、『闇は、うごめく』乞う、ご期待!




浦風「さとて、提督さんもずーっとうちらを近づけないわけじゃなくなりそうで、嬉しぃねぇ!」


黒潮「胸部装甲がそこまで大きいとかえって不利なんやないん?」ニヤッ


浦風「くっ・・・!」


磯風「ふっ、だから私が一番バランスが取れていると言ったろう?」


陽炎「でもあなた、料理がすっごく下手じゃないの」


不知火「確かにあれは落ち度ですね」


浦風「ほうじゃねぇ。あれは少しまずいんじゃないん?料理だけにじゃ」


磯風「ぐぬぬ!」


陽炎「うーん、色んな子がいても、意外と帯に短し、たすきに長し、ねぇ・・・」


親潮「・・・あの、皆さん、何の話をしていたんですか?」


陽炎・不知火・黒潮・浦風・浜風・磯風「あっ!」


親潮「な、なんですか?」



後書き

遂に七十話です。でも、まだまだこのお話は続いていきます。

読んでくださり、コメントをくださる皆さんのお陰で、書き手としてもとても楽しいのです。

時々、このお話にはBGMを提示したりしていますが、物語全体としてのBGMは、

Two Steps From Hell - Impossible (feat. Merethe Soltvedt)

のような感じです。まだまだ長い話なのですが、少しだけ先の事を書くと、苦労して仲間をそろえつつ、身内の敵を見つけ出して排除したり、深海の恐ろしいたくらみを覆したりしつつ、次第に戦いは激しさを増していきます。

あの大戦艦も完成し、南太平洋やハワイ、深海側の気象兵器で凍てつく嵐の海に孤立した他の鎮守府の子たちを助けに行くなど、海上での戦いも多くなっていきます。

そして、深海側の戦艦との戦いや、亡霊太平洋艦隊との戦い、非常に強い最初期の提督たちとの戦いを経て、遂に世界の命運をかけて大規模侵攻の日がやってきます。

現時点では200話くらいで終わるかなー?と考えています。

ひとりひとりの艦娘にちゃんとスポットを当てていくので、艦これが続く限り終わらない可能性もありますしね。

これは、何度も繰り返されても最適解に至らなかった不可能を、唯一可能なルートで通っていく話でもあります。

提督や艦娘のスケジュールが高密度なのも、失敗フラグを全てへし折るルートだからなんですね。

とても長いお話ですが、完結まで皆さんが楽しめますように!


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1: SS好きの名無しさん 2018-01-25 19:57:02 ID: -WRkFBhp

新しい話ktkr!(゜∀゜)

2: SS好きの名無しさん 2018-01-26 11:42:56 ID: A_-5UkzL

体調を崩さないよう気をつけて下さい(^^)
続き待ってます!

3: SS好きの名無しさん 2018-01-27 22:04:55 ID: IRNmVNUA

榛名のマネージャーどうなるか気になりますね

4: SS好きの名無しさん 2018-01-28 00:34:24 ID: HFO5PTek

まだまだ続くのか!(歓喜)

5: SS好きの名無しさん 2018-01-30 23:47:25 ID: M3-s-dI2

200話も続くのか・・・
?「素晴らしいッッ!!!」

6: 堅洲 2018-02-03 11:42:27 ID: 6MZOGXQy

1さん、コメントありがとうございます!

(゚∀゚)キタコレ!!してもらえると、書く楽しみがより増します。

7: 堅洲 2018-02-03 11:53:39 ID: 6MZOGXQy

2さん、コメントありがとうございます!

時々、腰を痛めたりインフルエンザになったりしてますが、結構元気です。

先は長いので、じっくりやっていきますね!

8: 堅洲 2018-02-03 12:00:45 ID: 6MZOGXQy

3さん、コメントありがとうございます!

榛名のマネージャー、どうなりますかねぇ?
意外と重要なイベントなんですよ。

実は、「艦娘の動きを制限する薬」は、しばらく前に作中で出ていたりするので、正規ルートは一部判明しています。

さて、どうなりますか・・・?

9: 堅洲 2018-02-03 12:19:02 ID: 6MZOGXQy

4さん、コメントありがとうございます!

そうです、まだまだ、まだまだ続きます。

前回、今回と、大井さんを仲間に加えるために、なかなか激しい戦いになっていますが、まだほとんど姿を見せていない深海側の提督や姫との戦いはどうなるのでしょうか?

いや、激熱の戦いを用意していて、その戦いを書きたくて仕方ないのですが、まだ先が長いので、そのフラストレーションを戦闘描写多めにして解消しているんですけれどね。

10: 堅洲 2018-02-03 12:20:06 ID: 6MZOGXQy

5さん、コメントありがとうございます!

200もあれば流石に終わるだろうと思っています。

終わるかなぁ?(笑)


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