2018-04-04 21:26:12 更新

概要

ある男の中の妄想が具現化したら…それは既得権益すら揺るがす大事件へと発展する。


前書き

当サイトでは、君縄/キミコエの外伝的小説でお世話になっております。
さて、今回は、いくつか温めていたオリジナルの題材をものにすべく、チャレンジしてまいります。
そもそものきっかけは、昨今の乱れた放送局の暴走ぶり。今の政権が気に入らないとばかりに詐欺師まる乗りの森友学園問題、獣医師会の闇をあぶりだしただけの加計問題で国会は空転。実際、これを審議せずにもっともっと前向きに議論がたたかわされていたら、と思うと、野党どものなりふり構わぬアベガーぶりには憤りを禁じ得ません。さも政権/自民党/安倍氏が失策をしたかのような報道ぶりには「事実を曲げないですること」とされる放送法にすら抵触しているのではないか、とさえ思います(もちろん、忖度も口利きも、ありえないこと。証拠と呼べる追い詰めるだけの材料がほぼないのがなにより)。
そこを気にかけた一人の男が脳内で立ち上げたラジオ局。だが、それがなぜか具現化して…というのが今作の冒頭部分です。
今のところ、少し長めの作品(5万字くらい?)を予定しており、2or3部作としたいと思ってます。
2018.2.18 作成開始
2018.3.9 第一版(9060字)上梓、公開


午後9時25分。

都心から2時間弱かかって到着するT県のひなびた駅に、その男は降り立つ。

5時に会社を終え、長年通っている立ち飲み居酒屋でいくばくかの"補給"をして、いつもの電車に乗ってここまでやってきたのだった。

「ピーッッ」

車掌の扉を閉める合図が、やたらと響く。気が付けば、あたりはうっすらと雪化粧していた。

跨線橋を渡り、定期を自動改札にかざして駅を出て行く。足元を踏みしめる雪の感触は、凍るでもなし、さらさらというでもなし。ボタ雪が降り積もったような、ざわざわとした感覚しか伝わってこない。


それでも男は軽快に足元を滑らせていく。

人家もまばらになり始めたその時。時計の針を確認していた男は突然しゃべり始めたのだ。

「はい、それでは皆様、9時30分になりましたぁ。ここからはわたくし、藤堂健一のざっくばらんのコーナーでお届けしたいと、おもいまぁーす」


完全に独り言だった。周りが聞けば、明らかに「おかしい人」呼ばわりだろう。だが、彼にとって、この自分で自分語りをするという、その日一日を振り返る動作としては、日記に書いているようなものだと思っていたから、何も恐れるものはなかった。この時間帯、仮にすれ違ったとしても一人や二人。そばを通り過ぎるときにボリュームを絞れば相手にもそれとなく聞かれない。車が相手ならなおさらだ。


自分の中の想いや気持ちを言葉に出す。藤堂のDJのような癖というか、趣味というか、こんな行動に立ち入らせたのは、昨日今日の話ではない。小学生時代、いじめられっ子だった藤堂にとって、自分で自分を慰めるような心情を吐き出す場というものがどこにもなかった。だが、たまたま聞いたラジオで藤堂は「俺が自分でパーソナリティーやればいいんだ」と思い至る。以来30年余り。社会人になってストレスからか、ますますDJの真似事は堂に入り、人がいない場所のみならず、仕事中でも、人に聞こえない程度でぶつぶつ言ったりしているようにまでなっていく。


もちろん自分で何を言っているのか、理解しながらしゃべっているのは当然のことである。どこか頭の線が切れてしまって、嬌声を発し続けるような、逝ってしまった人とは全く違っている。彼の中では、自分でラジオのごとくしゃべることで、精神の安定を図る、いわば薬のようなものになりつつあったのだった。


その日は、いつもにもまして興に乗っていた藤堂は、自宅を通り過ぎ、近くの公園まで一人語りをしながら歩き続けていた。自宅の中でも一人であることも手伝って、しゃべりどおしなこともよくあるのだったが、自宅以外からの"中継"も、珍しいことではなかった。

「それにしても今日も寒かったですねぇ。スタジオのあるここも、すっかり雪化粧しちゃってますが、お住まいの皆様はどんな感じでしょうか…」

様々なネタを繰り出す藤堂。今日は昨今喧しくなっている政治ネタを披露し始めた。


「それにしても、ここ最近の与党野党のかみ合わない議論はどうにかならないものですかねぇ。それでなくても、決まっていかない政治ばかりになってますし、それが税金で運営されているって思うと正直腹立たしい限りです…」

藤堂は、思いのたけを虚空に向かってぶつけ始めた。野党が繰り出す与党のスキャンダルは、せいぜいゴシップ誌の噂レベルの事柄ばかりであり、確たる証拠も出てこない。それどころか、逆に同様の事案が野党から噴出して"ブーメラン"として帰っていく。結局予算委員会なのに予算のことはほぼ語られず、本会議でも空転に等しい時間の浪費が顕著に表れていた。

「あの人たちって、税金で自分たちが食っていってるってことをどこまで認識してるんでしょうかね?国益のこととか、日本の未来のこととか、全く議論している風がない。議員になったら、任期の間は仕事しているふりでもして、野党ならありもしないネタで与党を責め立て、与党は与党で受け流しておけばいいわけですからね。そんな人の遊び場に国会が、選挙があるわけではないんですけどね…」

藤堂のボルテージはますます上がっていく。こうなると、独り言の域を少し超えて、周りで聞き耳立てなくても聞こえるレベルの声になっていく。

だが、公園のベンチでカンペもキューシートもない状態でしゃべり続けていた藤堂ははっと我に返る。時計を見ると10時45分。"あっしまった"という顔を藤堂はする。

「いやあ、少し興が乗りすぎましたねえ。今日のところはこんなところで〆たいと思います。本日もご清聴いただき、ありがとうございました…」

少しベンチで座りながら一礼すると、藤堂は、元来た道を少し足取り軽げに自宅に戻る。満足いく"放送"ができた時にとる行動でもあった。


翌日。

また2時間近くかけて向かうオフィスに帰らなくてはならない。

"え?帰る?"

自分でそう思っていながら、本当に帰るべき場所は、自宅なのか、会社なのか、藤堂はわからなくなってきていた。

それでも、朝は、まだ精神的に追い詰められているわけでもないので、独り言放送はしないで済んでいる。

朝の通勤通学ラッシュは、藤堂にとって、もはや慣れたものだった。電車の始発駅にほど近いこともあって、少し出発を早めれば、確実にターミナル駅までは座って移動できる。今日もそのパターンを踏襲して列を作って電車を待っていた。

藤堂の後ろに、年のころなら20代前半だろうか、夫婦なのか、付き合っているだけなのかわからないがカップルが並びかける。

「いやア、昨日のラジオ、ちょっと刺激的で面白かったよなぁ」

男の方が水を向ける。女性の方は、スマホでニュースのチェックに余念がないのか、画面ばかりに気を取られているので返事も生返事だ。

「ふーん、そう」

「いや、だって、最近のマスコミって、ネット以下だって言われているからね」

藤堂は苦笑する。ネットの方が正確に情報発信していると思っていたし、それに基づいて一人語りもしている。パーソナリティーによっては、局の方針や、色に染まらずに放送する人もいることは知っていたが、藤堂自身は、自分のラジオの事しか頭になく、他人の放送は高校生になって以来、FMですら聞かなくなっていた。

男は、女性の気をひこうとするのか、まだしゃべっている。

「税金泥棒だってズバッと言ってくれるパーソナリティーなんて今はどこにもいないと思ってたからね」

「あ、それはそう思うけどね」

少しだけ興味を引いたワード・・・多分税金泥棒だろう…が耳に入ったのか、女性も男の意見に賛同する。

「それにしても、うまい事言ってくれたわ、ええっと、誰だっけ・・・」

「あ、ほら、「太陽にほえろ!」の刑事部長役って言うので覚えていたじゃない?」

「ああ、思い出したよ、藤堂さんのラジオだ」

最後のフレーズ・・・藤堂さんのラジオに、藤堂自身は喰いつかなかった。自分のしゃべりが電波に載っているのなら、「あ、それ、俺のことっす」てなぐあいに、正体を明かしてもそれは彼らにとってサプライズでしかないからだ。でも、藤堂のは、誰聞くこともない、ただの独り言なのだ。当然電波で飛ばしているわけでもなく、半径数メートルの範囲の人間しか聞いていないはずである。それでも、基本誰かに聞いてもらうための"放送"ではない。

「まあ、同姓の藤堂ってパーソナリティーがしゃべったんだろうな。それにしても、偶然って恐ろしいなぁ…」

入ってきた電車に足を踏み入れ、ほぼ定位置にドカッと腰かけながら、不思議な一日の始まりを実感していた藤堂。だが、その日の何気ないカップルの会話がすべての始まりだったとは、その時藤堂は知る由もなかった。


「おはようございまぁす」

スタートが早い分、会社の到着も勢い早くなる。何人かの同僚の姿を認めてあいさつする藤堂。

「ああ、藤堂課長、おはようございます」

This is a Career Woman、と言ってもいい、教科書どおりの藤井ミキが藤堂に声を掛ける。入社6年目。結婚もしているリア充の見本のような彼女。彼女の仕事っぷりは、会社の中でも一目置かれる存在だった。

「ああ、藤井さん、おはよう。今日も決まってるねぇ」

中間管理職として上からの圧力と下からの突き上げをうまく御さないといけない藤堂にとって、少なくとも部下からの離反や反旗は避けて通りたいところだった。その中にあって、藤井を真っ先に味方につけたことで、その思いは軽減されていた。彼女を怒らせたり不機嫌にさせては…いつものようにおべんちゃらであっても藤井を持ち上げる藤堂のこの発言は、一種の日課のようでもあった。

「いやぁ、課長。そんなことないですよぉ」

藤井は藤井で、この発言を受け流す。彼女にしたところで、上司と一戦交えるつもりはさらさらない。毎日を異状なく、平穏に過ごすためには、朝の時点で普通を装わないといけないと悟っていた。

「あ、そんなことより、聴きました?昨日のラジオ?」

その藤井から、デスクに座りかかろうとした藤堂にこんな言葉を投げかける。

「え?ラジオかい?ここんところ聞いたこともないなぁ。車に乗ってもCDとかだし」

藤堂は、カバンの中から書類を出しながらそう答える。

「エエ、私もね、ラジオなんてほんと久しぶりだったんですよ、そしたら、なんか、凄い正論言ってるパーソナリティーさんがいてね…」

聞けば、彼女は、飲み会の後、都内の自宅に向けて、タクシーを拾って帰宅しているさなかに、その放送を聞いたようだった。

「私も、ラジオって言うか、マスコミって、自分の都合のいいことばっかりしか言わないから、こんなこと言っちゃう人がいるんだぁ、って感心してたんですよ」

気が付けば、藤井は、藤堂のデスクのそばまで来てしゃべっている。

「ふーん」

藤堂は、今朝の出勤時のカップルの会話を少し思い出していた。時間とかは聞けなかったが、どうやら、正論を歯に衣着せぬ口調で言うパーソナリティーがいるらしいことははっきりした。

「ちなみになんだけど…」

藤堂は興味本位で聞く。

「それって何時ぐらいのこと?」

「そうですねぇ・・・」

思い出そうとする藤井。

「あ、飲み会が終わったのが10時過ぎで、タクシー拾うのにちょっともたついたんで10時15分くらいじゃないかと思いますけど…それが何か?」

時間を聞かれるとは思ってなかった藤井は逆に藤堂に聞く。

「いや、そんなにすごい人の放送なら、一度聞いてみたいなって思ったから」

藤堂は、偽らざる気持ちを吐露する。本当にそんなパーソナリティーっているのだろうか、いたら凄いことなのにな…

「あ、それ、私も実は思ったんですよ」

藤井は藤堂と意見を共にする。そこははっきりとただの同調と違う口調で言う。

「それで、昨日のラジオの番組欄調べたんですけど、それらしい番組なくって…」

藤井の表情は落胆と言うより、むしろ怪訝なものだった。

「なんなんでしょうね、私が聞いたラジオって…」

そう言うと、藤井は自分のデスクに向かい踵を返す。

藤堂は、今朝のカップルのみならず、藤井からの証言で、少しだけ不安に駆られる。

ラテ欄に載っていない番組、藤堂というパーソナリティー、時間は、昨日まさに自身が放送していた10時過ぎあたり。ただの独り言が電波に乗るはずがなく、まして、都心から100㌔以上離れている田舎でしゃべっていることが聞こえるはずがない。だが、藤堂のしゃべりを「聞いた」人がいる可能性がごくわずかでも浮上してきている。

「まさか、ね・・・」

それでも、藤堂は、そう言って、事態を収めるしかやりようがなかった。独り言が電波に乗るなど、ありえないの一言だったからだ。


その日、業務はいつも以上にスムーズに進んだ。納期ギリギリでしか納めないメーカーが、5日も早く納品できたり、全国の支店の売り上げ状況もすこぶる良かった。

「バーゲンを少し早くに仕掛けたのが奏功したかな、春物の」

定例会議で社長が今日の売り上げの成功要因を言い当てる。

「今年は寒いですけど、だからこそ季節を先取りしたバーゲンが当たったんだと思います」

販売を統括する藤堂が補足する。

「そこは、藤堂君の先見の明だよ。寒いから売れない、じゃなくて、寒くても売るのが我々の使命だからね」

「冬物も依然好調ですし、ダブルの効果はあるんじゃないですかね」

販売部長も乗っかってくる。

「まあ、在庫がお金に変わるのは願ってもないこと。この調子で明日以降もお願いしますね」

社長は満面の笑みでもって会議を〆る。部長の手が藤堂の肩に乗り、こういわれる。

「よくやったな、藤堂」

藤堂としても、ただ単に会社の歯車でいるのは忍びなかった。自分で会社を、業界を変えてやるんだ、という意気込みが勝ってきている。藤堂のいるアパレル業界は、たださえ競争が激しいうえに、トレンドの見極めが難しい。はやる色一つ間違えただけでも在庫の山になってしまう。だからこそ、ファッション誌を使ってはやりを誘導しておいてから商品化するのが常套になってきつつあるのだが、それもやりつくしている感があった。だから、年始すぐのバーゲンに春物を取り入れたのだった。年始の段階で春物に手をつけるのはあまり得策とは言えないという意見もある中で、強行した結果、両者が売れるということが販売データからも明らかだった。藤堂の施策は当たったわけである。

あまりほめない部長の一言は、藤堂にとっても報われる一言だった。次期部長は無理でも、少なくとも一歩それに近づいたことは実感できていた。


「いやぁ、今のところ、春物バーゲン、大当たりのようだよ」

会議から帰って開口一番、販売部の面々に藤堂はそう報告する。

「よかったですね。課長」

口々に成果をほめたたえる部員たち。

「でも、そうなってくると、今年は、夏物も十分用意しないといけないかもですね」

藤井が声を掛ける。需給担当の藤井にしてみれば、春物が枯渇した後のことが気になっていた。

「それなんだけど、藤井君」

藤堂は言う。

「夏物は、むしろアイテム増やして、ロット少な目で行こうと思ってるんだよ」

「春物は、アイテム少なめでしたもんね」

「で、なんでそう思ってるかって言うと、今年は少し冷夏予報だからだよ」

「だからあまり売れない、と」

「そう。今年は実はここまで寒くなるとは思ってなかったけど、春物をドンと行こうと決めていたからね。だから、ロットも増やして、廉売できる体制を作ってたんだよ」

「春物早期バーゲンも、実はこみこみだったんですね」

「ここまで厳冬になるのは想定外だったけど、おかげで春物を安く提供できる素地につながってくれた。天候様様だよ。だから、ラニーニャ現象を信じたいと思っているんだ」

「それは考え方としてありですね。春秋物って際物のようで、使い勝手いいですもんね、夏冬って、両極端だし」

「そう。だから今年は秋物はドカンと行くよ。藤井さんもそのつもりで発注、お願いしますね」

「わかりました」

藤堂の予想が吉と出るか凶と出るか…そんなことは終わってみるまでわからない。だが少なくともここまでの予想は的中している。藤井も、その慧眼にかけてみようと思った。


今日の藤堂は、極めて機嫌がよかった。

そもそも、自分の施策が当たったことが何よりの褒美でもあるが、それにもまして、自分が中心で世界が回っているような、そんな感覚にまで陥らせてしまうほど、藤堂は舞い上がっていた。

それでも退社するころには、翌日の業績や売り上げのことが頭をもたげてくる。好事魔多し。一寸先は闇はアパレル業界でも同じこと。一夜明けたら地獄が待っているかもしれなかった。

それでも行きつけの立ち飲み屋で、少しだけ高級な地酒をおごって自分をほめる藤堂は、少しだけ饒舌になっていた。

「いやあ、今日ほどうまくいったのって、何年ぶりだろなぁ」

誰に言うとなく、藤堂は口ずさむ。

ところが、その声に一人の男性がびくっと反応する。藤堂はそれに気がついていない。

その男性は、グラス片手に席を藤堂の隣に移していく。突然席を代わって、わざわざ隣にやってきた男性を藤堂は、怪訝な目で見る。

「あれ、どうかしましたか?」

突然の来客に戸惑いつつも、藤堂は相手に声を掛ける。藤堂にしてみると初対面だ。まあ、この店の常連かもなので、藤堂を知っている可能性はあったが、相手は、じっと藤堂の目を見たまま身じろぎひとつしない。

「まったく、変なお方だねぇ。私になんか用ですか?」

さすがに気味が悪くなった藤堂は、相手に話をさせようと水を向ける。

「あの…もしかして…藤堂さん、ですか?」

相手は、初対面であるはずなのに藤堂の名前を言い当ててきたのだった。

「え、私の名前…なんで…」

あ、そうか、名札付けたまんま会社出ちゃったかぁ、間抜けだなあ…しかし背広の胸ポケットにも名札がついたままではなく、カードホルダーも持っていないことにすぐに気がつく。

「いや、その声に聞き覚えがありましてね。いつも聞かせてもらってますよ」

そう言うと、相手は焼酎のお湯割りを頼みつつ、それで口を濡らす。

「いや、貴方は私を知っているかもしれないけど…あなたはいったい誰なんです?」

藤堂は、今日の朝からの出来事を反復し始めていた。藤堂という名のパーソナリティーがやっている、ラテ欄に載っていない番組。そして、声を頼りにまた一人、藤堂がラジオをやっていると信じて疑わない人が出てきたのだった。

「あ、申し遅れました、そこら辺のサラリーマンの、鮫島 勝です」

そう言うと、彼…鮫島は名刺を取り出した。亜細亜水産株式会社 海外事業部長・・・ふーん、という面持ちで藤堂は名刺を見る。年齢までは書いてなかったが、50代手前で、藤堂とほぼ同い年のように見えた。

「あの…その…鮫島さんが、なんで私なんかを…」

もしかしたら、取引先のお偉方、社長か部長か…と最初思っていたが、クライアントですらなく、会社名も聞いたことがなかった。それでも藤堂のことを知っている鮫島。疑問を鮫島にぶつける。

「いやだなぁ、ほら、ラジオ、やっていらっしゃるんでしょ?」

今日3例目の”リスナー”の登場。藤堂は又か、と思いつつも、なんで声が届いているのか、不思議で仕方なかった。

「え?わたしが、ラジオ?冗談言ってもらっちゃあ困るなぁ」

さすがにここまでくると、確信的な物言い過ぎる。藤堂は、さっきの返礼とばかりに名刺を取り出し自己紹介する。

「小山田ニットの藤堂健一です」

「あ、どうも・・・いや、私の勘違いでしたか・・・」

名刺を確認して、鮫島がそういう。少し落胆した面持ちに藤堂はかわいそうになってきた。

「まあ、ここで知り合ったのも多生の縁です。少し飲みましょうか」

二人は、初対面な割には、昨今の政治の話題や、スポーツに関して意見をいろいろ述べていく。

「官僚の一言一句で為替が動いちゃうんですからね。ちょっとはわきまえろって言いたくなりますよ」

メートルが上がってきたのか、鮫島は饒舌に政府批判を始める。

「御社は、為替の動きが直撃しますからね」

藤堂は、まずは話を合わせる。藤堂の会社も、為替には敏感にならざるを得ないが、契約時と引き渡し時でのレートの変動は契約時が優先されることになっているので、一喜一憂しても仕方ないのだ。取引量が半端ではない大手水産会社の部長にしてみれば死活問題なのは理解できる。

「でしょう?自然な動きとかなら納得も行くんですが…」

すでに5杯目になろうとしている焼酎のお湯割りも空に近くなっている。

「で、ほんとの話…」

急に鮫島が声を潜めて藤堂に聞く。

「バイトかなんかでしゃべってるんじゃないですか、ラジオで」

鮫島がまた、その話題を蒸し返す。

「だぁかぁらぁ、ラジオ局にも出入りしたことないって、何度も言ってるじゃないですか」

その質問、すでに何度も聞かされていた。飽き飽きして否定を繰り返す藤堂。

「ほんとにぃ?」

完全に酔って充血している鮫島の目は、少しだけ気味悪く見える。

「ああ、ほんとですよ。それに、私、これから山奥に帰らないといけないんですから」

今までなら、ワンストップドリンキングで済ませて、7時過ぎには電車の中の人になっているべきが、すでに8時を回っている。帰れば10時越えは必須だ。

「そうなんですね。これはお引き留めして悪かったですね」

鮫島がふいに謝る。

「エエ。でも、なんか、話が合いそうですよね。いずれ場所を変えて、飲みませんか?」

半ば社交辞令のように藤堂は鮫島を誘う。

「そうしていただけると助かりますね。私も普段言えない愚痴なんかを聞いてもらいたく思ってますから」

鮫島もそう言って答える。

「そうですね。まあ、ここでちょくちょくは顔を合わせるでしょうから、またの機会っていうことで」

藤堂は、少しだけ慌て気味に、その場を離れて、急ぎ足で駅に向かう。


何とか座席にあり付いた藤堂は、今日一日を振り返る。

きっかけは朝のカップルの会話からだった。そして、同僚の部下・藤井の発言。そして、飲み屋で見知らぬ男性から声を掛けられる。

そんなことが自分の周りで起こったことなど、ここ最近全くないことだった。

自分だけが納得する形の放送という名の独り言。それが、赤の他人に、ラジオの電波として受け入れられていることが、正直信じられなかった。21世紀もかなり進行してきているが、機器を使っていないのに、第三者に自分の声が届くはずがない。

だから否定して回ったわけだし、そんなこと、起こっていたら奇跡である。

「でもなぁ…」

藤堂は、もしかすると、と思い始めていた。なにより、声を聞いていて、藤堂だと認識できる、鮫島のような人が出現している。これって、状況証拠としては十分なのではないのか?

「だったら、誰が、何のために・・・」

まるで、彼のしゃべる後ろから、棒みたいなマイクが伸びてきて、声を拾い、電波に乗せている?それくらいしか思い当たる節はないが、それでも意図がつかめない。

「わからないことだらけだなぁ…」

思考に思いを巡らせたからか、いつもにも増して飲んでしまったからなのか、乗車してほどなく、藤堂は居眠りを始めてしまう。


後書き

とりあえず、第一部、上梓です。
独り言が電波に乗ったら…ちょっと考えてみると恐ろしい出来事なんですが、今後どういう風に展開していくか、を考える期間を戴きたく、まずは導入部を読んでいただきたく思いました。
SS、というよりは、ちょっとした小説っぽくなりそうな勢いですが、今のところ、次の展開にちょっと苦心しています。「実は鮫島は…」とか、「ハードボイルド的にしようか」とか、いろいろ。
まあ、面白そう、とか、今後の展開等に良い助言などあれば、コメント残していただけると幸いです。


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