2018-08-25 03:09:30 更新

概要

「あの怪物達は瞳から透明な血を流しているんだ――」雨村調査の最中、怪物に飲み込まれてゆく怪獣達の存在を知る。光が闇を帯び、闇が光輝く混沌の夜をアダルト?に往くわるさめちゃん&アブーの戦後日常編。


前書き

※キャラ崩壊&にわか注意です。

・ぷらずまさん 
被験者No.3、深海棲艦の壊-ギミックを強引にねじ込まれ、精神的にダークサイドに落ちた電ちゃん。なお、この物語ではほとんどぷらずまさんと電ちゃんを足して割った電さん。

・わるさめちゃん
被験者No.2、深海棲艦の壊-ギミックを強引にねじ込まれ、精神的にダークサイドに落ちた春雨ちゃん。

・瑞穂ちゃん
被験者No.1、深海棲艦の壊-ギミックをねじ込まれ、精神的にダークサイドに落ちた瑞穂さん。

・神風さん
提督が約束をすっぽかしたために剣鬼と化した神風ちゃん。今は提督の立派な秘書官目指して活動中。

・戦後復興妖精(悪い島風ちゃん)
島風ちゃんの姿をした戦後復興の役割を持った妖精さん。

・明石君
明石さんのお弟子。

・陽炎ちゃん
今の陽炎の前に陽炎やっていたお人。前世代の陽炎さん。

・元ヴェールヌイさん(北方提督)
今の響の前々世代に響やっていたお人。
北国の鎮守府の提督さん。

・海の傷痕
本編のほうで艦隊これくしょんの運営管理をしていた戦争妖精此方&当局の仮称。ラスボス。

・フレデリカ
かつての鎮守府で深海妖精を研究していた例の女提督であり、瑞穂、春雨、電をトランスタイプにしたC級戦犯。頭はめちゃ良いけど常に人形を持ち歩かないと気が触れる異常性癖の持ち主。

・雨村
戦後に設立された新省にやってきた男の人。電さんいわく、こいつからはフレデリカと同じ狂気を感じたとのことで鎮守府(闇)の一部からマークされている模様。

※やりたい放題なので海のような心をお持ちの方のみお進みください。ベースは艦これですが、上記の通りオリジナル要素が強いです。


【1ワ●:アブー&わるさめ+づほの調査探偵団】


漣「なぜ漣が飯の支度をー。早起きして疲れたー」


瑞穂「うるさいわね……官僚のやつらで人が増えたから厨房の人手不足なのよ。なんであいつらの分まで飯作らなきゃいけないとかわかんないけど」


北方提督「でも漣が作ったんだよね。料理出来たとは意外だ」


漣「うちの鎮守府でまともな飯作れたの私を覗いた7駆と球磨さんだけだったんですが、私もタメになるかなーとみんなと混ざってね」


漣「ちなみに家庭的な面が開花してさばの味噌煮が得意料理です!」


漣「花もはじらう16歳のつるぺたすってんとん!この上で鰆さばいたらハオチー! へいおまち!」


漣「お味噌ぬって豊乳摂取イソフラボンキュッボン! でも中学生から身長全然変わんない!」


龍驤「……」ゴバッ


わるさめ「止めろ漣その歌は龍驤に効く」


卯月「しっかし、明石君いなくなって少し寂しくなったなー。同僚の男一人いるからこその面白みが損なわれたぴょん」


阿武隈「卯月ちゃん、その座りかたははしたないので止めなさい。今日はスカートなんだから、足を大きく開いて座るのは」


卯月「お尻かゆいぴょん」


わるさめ「わるさめちゃんも男の目がないなら脱ぎ癖が止まらなくなるかもしれん。末期の女子高みたいになるぞ」


甲大将「恥かくのお前らだぞ」


阿武隈「本当ですよ」


甲大将「そういや鹿島達はもったいねえよな。明石のやつは良い男だと思うんだが、どこが気に食わなかったんだ?」


球磨「大将がそんな話を振るとは槍が降りかねないクマ」


甲大将「耳に入りゃ気に留める出来事だろ」


江風「どー考えても山風のために身を引いたんだろ」


山風「江風……お前……!」


山風「あ"?」


江風「こ、怖くねーぞ!」ガルル


木曾「山風はちゃんと告ったのか? 仲間だろ。隠し事なしで行こう。素直におめでとう、か、ドンマイの言葉を送るくらいしかできねえけど」


山風「……ほっといて」


瑞穂「くっだらない……あいつのどこが良いのか分からないわ。まだ悪魔提督のが賢い分マシよ。そういえば官僚の男増えたけど、誰か声かけられた? うざそうなやついたら教えてね。瑞穂ちゃん基本的に男嫌いだから」


阿武隈「あー、間宮さんのこと聞いてくる人は多かったかな。料理を食べたかったって人はもちろん、やっぱり間宮さんの印象的なものもあると思う」


漣「艦娘って誰が一番人気あるんだろー」


北方提督「客観的に考えて響だろう」


瑞穂「世の中ロリコン多すぎて引くから宇宙に行くわ」


わるさめ「でも第6駆は人気高いよねー……」


甲大将「やっぱ大和じゃねえかな」


丙少将「……」ガタッ


北方提督「シスコンその2は座っててくれ」


丙少将「お前ら兵士も大体シスコンだろうに」


北方提督「いわれてみれば……」


龍驤「一位は現役アイドルの那珂ちゃうの。それか最高艦兵士の電」


わるさめ「あれを電たんだと私は認めないゾ☆」


阿武隈「それいったらあなたを春雨さんだとは認められないんですけど!」


卯月「くだらねー。そんなの人気投票でもしないと答え出るはずねーぴょん。いいか、みんな気になるのは分かるけど心に傷を負いたくなきゃググるなぴょん」


北方提督「……そういえば今朝のニュース観たかい? 横須賀の研究部のバリメロンとDSSだったかな。想力商品の開発が行われていて、明石君も映ってたよ。商品の導入は早いから阿武隈と卯月は動向をチェックしとけば?」


卯月「なぜアブーとうーちゃん?」


北方提督「ゲームだからだよ。アーケードは試作導入で、家庭用もすでに視野に入ってるそうだ。なんとダイヴ型のシュミレーションゲームだってさ。まあ、内容は『艦これ』だそうだけどね。プレイヤーは提督で艦隊指揮するんだってさ」


阿武隈・卯月「……」キラキラ


龍驤「うちら兵士はリアルでやってたし、ダイヴ型も戦後復興妖精のやつでやったやろ……なにをそんなに楽しそうにしてるの」


木曾「提督の経験はないからじゃねえの。龍驤はあるけど」


阿武隈「それもありますが、ゲームですから全国のプレイヤーが参加するんですよ! あたし達はゲーマーなので血肉湧きます!」


卯月「問題は導入店と導入数だぴょん。朝一で並んでも下手したら1日潰れそうだぴょん」


龍驤「そうまでしてゲームやりたい気持ちが分からん……」


漣「もしも導入されたら大将もやってみたら? モノホン伝説提督勢と戦えるイベントとかプレイヤーの皆さん喜ぶんじゃないですかー?」


甲大将「嫌だよ……そういうゲームに興味ねえや。賭博周りのゲームは嫌いじゃねえんだけどな」


北方提督「そうそう、賭博で思い出したけど……」


…………………


…………………


瑞穂「それでわざわざ人気なくなってからの話ってなによ」


わるさめ「チューキちゃん達やフレデリカの名誉挽回って瑞穂ちゃん考えているよね。フレデリカはC級戦犯、チューキちゃん達も鹿島艦隊の悲劇とか人間の死体かき集めていたし、難しいよね……」


瑞穂「あの悪魔提督ですら叩かれたからね……」


わるさめ「今でもフレデリカのことは好きなんだよね?」


瑞穂「それが分からないあんたじゃないはずよ」


わるさめ「まあ、私自身もチューキちゃん達も咎人だからね。それでももちろん、好き。だから私達には資格交付が見送りされたんだよー……」


わるさめ「仮にフレデリカに似たやつがいたとしたら、瑞穂ちゃんってどんな感情を抱く?」


瑞穂「関わらないようにするし、相手にも釘。しつこかったらキレる」


スッ


わるさめ「どうよ、この写真に映ってるやつ」


瑞穂「ちょっとフレデリカさんと似たモノを感じるから言いたいことは分かるわ」


わるさめ「そう。ならもう一個……多分」


わるさめ「瑞穂ちゃん、こういう雰囲気のやつ好きだよね?」


瑞穂「……あのねー、わるさめ、私は男に婚約破棄されてなんやかんやで軍に来たの。私自体、箱入りだったからフレデリカさんみたいなぶきっちょに好感を持てただけでね。その結果、私はどういうやつか分かったわ」


わるさめ「そんな経緯が……昔にフレデリカの秘書やってた時からお嬢様感は出してたなって思ってたけど」


瑞穂「こいつがどんなやつかは知らないけど、電、阿武隈、卯月、鹿島、由良、天城、長月、菊月、弥生、間宮、昔の面子+神風か。こいつら複数がこの男にフレデリカさんのような雰囲気を感じたのなら……」


瑞穂「万が一があるから関わらないほうが無難よ。それで阿武隈、あんたもここにいるってことはこいつからヤバい気配を感じたのね? あの頃のフレデリカさんの狂気に気づかなかったあんたが気づくって露骨そう」


阿武隈「似ているからって危険とはあたしは思いませんけどね……ただ想力のこともありますし、万が一に備えて気に留めておかなければならない案件だとは認識していますよ。まだ除隊ではないのであたしは鎮守府の旗艦ですし」


瑞穂「特にちびどもにいっときなさいよ」


瑞穂「愛だけじゃ救えねえものもあんぞってね。そして愛じゃ救えねえもんはイカれてるって相場が決まってるのよ」


瑞穂「私より電と……神風か。その二人に釘刺しておきなさいよね。あの二人は悪魔提督周りで直情的すぎてすぐに沸点越すからハメやすいわ。周りから見たら利用しやすいタイプだから」


瑞穂「力欲しさにもがいていた神風はうちの鎮守府にいたら絶対に被験者No.4だったでしょ」


阿武隈・わるさめ「……」


阿武隈「こうやって瑞穂さんと話すのもお久しぶり……猫かぶりしていない瑞穂さんとは初めてですか。前はもっとおっとりしていてそんなドスきいた声じゃなかったのに。それに電さんよりも発狂癖があるイメージでしたけど、意外と」


瑞穂「心外ね……」


阿武隈「まあ、あたしはこれからちょっとこの写真の雨村さんについて調査します。一応、仕事の関係もある明石君にも昨日に事情を伝えたおいて、なにかあれば細かいことでも教えてください、と頼んでおきましたしね」


瑞穂「調査あ? 雷のやつに頼めば?」


阿武隈「すでに。ちょっと官僚の方とコンタクト取れたので、何気なく雨村さんについて聞けたらなって。あの人はどうも目立つ……優秀ですけど悪い意味でも角の立つ人のようです。こちら側にも積極的に話かけているようですし、何気なく話に持ってはいけそうですからね」


わるさめ「私達の間ではなにか目的があって想力省に来ているまでは確信してる」


瑞穂「大体のやつがそうでしょ……まあ、なにかそれが他の奴とは違ってヤバそうだって思ってそうだけど、想力なんだから大体のやつが革命思想持ってるはずよ」


わるさめ「とにかく瑞穂ちゃん、雨村ってやつになにかされたら私達に教えてよね。司令官やフレデリカ相手にキレても意味ないと思うから」


瑞穂「はいはい……ただの人間になった以上、自分からトラブル起こそうなんて思わないわよ。私が感情ストレートに出すのは鎮守府の連中だけだから安心しなさいな」


わるさめ・瑞穂「……」


わるさめ・瑞穂「がおー」


阿武隈(それって中枢棲姫勢力の間でどんな意味があるんでしょう……)


2


「まあ……皆、想力省に志願するくらいなので悪気はないと思います。あなた達と会話するのも仕事の一環と見ている節は否めませんね。情熱的なやつばかりですよ。ただ感情的なのも多いので、時にはデリカシーに欠けるのが傷です。こちらからも気を配ります」


わるさめ「あー、そうなんだよ……こほん、そうですか」


わるさめ(やば、一般人との喋り方忘れかけてたわ……)


わるさめ「面白い方がたくさんいますよね。ただ仰る通り、議論に熱があがってケンカに見える方もいますね。うちにもいますよー。明石君なんか直情的ですね。バリメロンとの仕事柄、想力省から派遣された雨村さんに失礼しないか心配です、はい」


「雨村かー……ちょっと失礼がないか心配ですね。あいつ変わってますから」


「同期ですから交友はあるんですよ。希望するキャリアも明確で官僚の仕事とは別方向の熱が露骨なため、ちょっと煙だがられているというか。悪いやつじゃないし、面白いという意味で個性的なので刺激にはなりますけども」


阿武隈「へえ、キャリア、ですか。なにか将来の夢が?」


「確か代議士ですね。官庁で経験を積んで国会議員に転身したいみたいです。想力省から転身した議員は絶対に出てくると思います。だから雨村は想力省に来たんですよ。多分、狙うポストは今の准将の倫理課ですかね……」


「今、政府は露骨に腐ってる……まあ、中枢がですね。政治をよく知らない国民にすら見抜かれるレベルですよ。一人のために質を下げるような真似をしてばかり。天下りなんかそれです。あなた達対深海棲艦海軍も一部そうですよ。内勤の上の役職に海の戦争に関して素人同然の年寄りが流れてます」


「疑惑の判定って有名でしょ? プロのあなた達から見て余りに露骨なのはその手のやつが関わってるケースも多いと思いますよ。私はそういうところ直したいがために人事改革案を提唱しているのですが、実現までの道のりは遠いですねー……」


阿武隈(なるほどー、疑惑の判定ってそういう裏事情も絡んでたんだ)


「今、身内で問題になってるのですが、艦娘……失礼、艦兵士の総合戦力ランキング見ました?」


わるさめ「へ? なんですかそれ?」


「戦後復興妖精とのいざこざ終わりまで、生還した最終世代の皆様に細かい評価をつけてランキング付けしたものです」


わるさめ「どういった理由で?」


「賞与ですよ。戦争終結ですからね。これで揉めてましてねー……」


阿武隈「あんまり興味ないですねー……ですが国家公務員の方ってなんかいつもパッシングされてますよね……」


わるさめ「私達、深海棲艦倒せば倒すほど稼げる歩合のところも大きかったから、アブーとかフレデリカのところにいた時から超稼いでたよねー……」


わるさめ(つか、ぷらずまのやつ公式記録だけでも深海棲艦万越え撃沈させてんのかよ……深海棲艦にとってもはや災害だな……)


わるさめ「ちなみに一位は?」


「艦兵士だと一位は駆逐艦電、二位は駆逐艦神風です」


阿武隈「へえー……神風さんは戦後復興妖精との?」


「ですね。戦後復興妖精の今がああなのは神風さんが彼女を倒したお陰だという見解が強くて。戦果勲章はないですけども、戦後復興妖精は海の傷痕レベルだと判断されましたから。妖精ということもあって海の傷痕と扱いはちがいますけどね」


わるさめ(世間話に流れちゃったなー……)


……………………


……………………


わるさめ「なんとなくて周りから変なやつだと思われているのは分かった」


阿武隈「多趣味ですね。なんか周りの目を全く気にしない人ってのはよく伝わりました。各レジャー施設、海外旅行、ボランティア、読書、ゲーム。人前でエロゲーとかメンタル強過ぎじゃないですかね……」


わるさめ「なにアブー、エロゲやったことあるの?」


阿武隈「ええ、男性向けの……(目反らし」


わるさめ「ゲーマーとしては雑食かー」


阿武隈「まあ……今や人気のアニメやゲームのケースもありますからね。その手のやつで原作知ろうと前年齢版が出る前にやったことはある程度ですが、恋愛系は男性向けも女性向けもハマりはしませんでしたね」


阿武隈「やっぱりあたしはアーケードのシューティング系が好きですね」


わるさめ「……雨村ってさ、提督の弟にしてはコミュニケーション力が高い印象だなー。開けっ広げで偏見はなさそうなイメージだし、話はしやすそう。ただ言葉はストレート気味な感じなのが反感買ってる風だ」


わるさめ「さて……私は雨村の家に忍び込んで来るゾ☆」


阿武隈「ちょ……それ許可取ってくださいよ!」


わるさめ「あー? 本人にちゃんと許可取るよ。多分、了承してくれると思うしなー」


わるさめ「ただ私はあんまり好きなタイプじゃねーから要らねーこといっちゃいそうだし、上手くやれる自信がねえからもう一人呼ぼっかな」


阿武隈「この件のメンバーは誰でしたっけ。電さんは明石君のほうの仕事や想力省のほうにも顔出さなきゃだし、神風さんや戦後復興妖精さんも忙しくて、雷さんは別で動いてくれていますし、他は……」


わるさめ「づほ。雷と行動共にしてて把握してるらしいよ」


阿武隈「鎮守府(闇)の常識人枠で安心」


わるさめ(づほはづほで意外と個性的だけどね……)




瑞鳳《ええ、はい。要は想力省所属メンバーの個人調査ですよね。私、そちら所属になるので資格は発行してもらってますよ。個人調査の場合、想力省に申請しなければならないので今日は難しいですが……》


わるさめ「申請……想力省管轄の警部のほうか」


瑞鳳《ですです。夕張さんが想力運用に乗り出してから世間に普及した時の想力専門のトラブルシューターみたいなもんです。まだ本格的な活動はまだですが、まあ、これ実質、陸がメインになって戦争が事件になるだけで、艦兵士とあまり変わりません》


阿武隈「あー……普及において全国規模で人手不足でしたねえ」


わるさめ「そんな一気に公務員増やせねえからって他のところからじゃんじゃん流れてくるけどまだ超人手不足のところだよね」


瑞鳳《またまたですです。まあ、こちらの正当性が認められたら申請はすぐ通りますよ。想力省のほうも想力を扱う人材において慎重に検討した人事ですが、当初の予定とは大きくズレたために随時対応の突貫的な面も発生したとのこと。もしも今の時期的に問題起きそうななにか発見したら迅速に教えて欲しいとのことのようですし、想力省の方達も志願した時の書類でサインしているそうです》


わるさめ「よろしく頼む!」


3


わるさめ「づほは有能だなー。どんな理由で家宅捜査許可出させたし」


瑞鳳「まあ、長くなるので内緒です。移動も含めて夜になっちゃいましたねー」


阿武隈「そのほうがいいです。許可あるとはいえ、住宅街。あたし達の今の知名度考えると下手に騒がれるのは色々と迷惑かかりますしね」


瑞鳳「雨村さんでしたか。こちらの個人データ閲覧禁止事項に触れていたようで、申請はすんなりと。上司の方が『あいつはいつかやると思ってた』って遠い目でいってましたよ……中々に変わり種のようですね」


わるさめ「……それでは」


瑞鳳「お、お化けとか出ないよね?」


阿武隈「出ても、り、リアル妖精さんだと思って乗り切りましょうよ」


わるさめ「事故物件のお化け屋敷だからねー」


瑞鳳「……そ、それでは参りますっ!」


阿武隈「お邪魔しますっ!」


わるさめ「さすがに肝は座ってんねー」




阿武隈・瑞鳳「(((((((( ;゚Д゚)))))))ガクガクブルブル」


わるさめ「雨村宅の中が私達のグッズで一杯だった件」


わるさめ「本棚や雑誌も私達関連で、壁や天井に艦娘のポスター張られまくってるなー。特になぜか鎮守府(闇)面子が多い」


わるさめ「駅のポスターとかの非売品もあるね」


わるさめ「あっ、あそこの壁にあるのフレデリカの部下だった頃に改二になって万歳して喜んでるアブーの写真じゃん。なっつい&可愛いー」


阿武隈「どこから流れたんですかあ!?」


わるさめ「それな……でも近海の観艦式の時に一般人と交友するだろ。その時にカメコに写真撮られたりするし、流出は避けられない身分よ。営業みたいに会社とコラボしてCM出たり商品やポスターになったり。歌とか出しちゃう人もいるっスー」


わるさめ「艦娘にはアイドル的人気もあるのだよ!」


わるさめ(しっかし、面白い展開でテンションあがるう!)


わるさめ「さて、各自バラけて家宅捜査にあたれい!」



* 家宅捜査官 阿武隈 1階居間


阿武隈「あっ、サイドボードにアルバムを発見……!」


パラパラ


阿武隈(家族の写真かな。この女の人と男の人が提督にひどい仕打ちした人達なんだろうけど穏やかな女性……男の人は外国人の方……とても爽やかな印象だ。人は見かけに寄らないですね)


阿武隈(雨村さんは提督とは違って健康的で笑った顔が爽やかなのは父親譲りかな。しっかし、顔が整っていてモテそうなオーラだなあ……)


阿武隈(……次の卒アル行こうかな)パラパラ


阿武隈(高校のこの制服は確か……都内の有名私立だったっけ。寮に行ってる。少し暗めなのは、例の事件の後だから、かな。写真も少なくなってるのはやっぱりご家族を亡くしてしまったから、だよね……)


阿武隈(……でも笑った顔も増えてる。これ、部活動、いや同好会か)


阿武隈(アニ研とオカ研! なるほど、趣味の合う仲間を見つけて、楽しそうだ。なんだかほっとする)


阿武隈(うーん、悪い人には見えないよね)


阿武隈(それどころか前向きに傷を治そうとしている感じがしますし、提督よりもこの頃の人間が出来ているような……)


パラパラ


阿武隈(この頃からアニメとかゲームのイベントに参加してる……この写真2ショット、彼女さんですかね。このおっとりしてほのぼのしたお姉さんの感じ、ちょっと気の抜けた由良さんに似てるかも)


阿武隈(あれ、高校の卒アルの寄せ書き)


阿武隈(妖精可視才は仕方ないよ。大学でもよろしくって、雨村さんもしかして対深海棲艦海軍に来たかったのかな?)


阿武隈(うーん……次です)パラパラ


阿武隈「艦娘の写真が一杯だ……陽炎ちゃんの兵士時代や瑞鶴さんの解体前の写真もある……」


阿武隈「あっ、これは電さんだ。フレデリカさんの頃にいて、この時期はトランスタイプだったことを隠して猫かぶりしてたんですよねえ……)


阿武隈(ほんと見破れなかったなあ。可愛いイメージしかなかったですし……)


阿武隈「うん? 次ページも電さんの写真に……文字?」


『可愛いは作れる』


阿武隈「」



* 家宅捜査官瑞鳳 一階その他


瑞鳳「龍驤さん仕様のまな板がある」


瑞鳳「これはひどいです」


瑞鳳「……キッチンにはこれといったモノはないですねえ」


……………


……………


瑞鳳「この部屋は物置、かな?」


瑞鳳(噂に聞いた提督の部屋のごとくモノに溢れてて足の踏み場が……)


コツッ


瑞鳳「おっとっと……! クローゼットの取っ手をつかんで~……!」


ガチャ


瑞鳳「あ、クローゼット開いちゃ………」



『瑞鳳改二乙 袴 大破ver ☆☆☆☆』


『長月 ストッキング 大破ver ☆☆』


『大鳳 スパッツ ☆☆☆』


『陽炎 スパッツ ☆☆』


『不知火 スパッツ 大破ver ☆☆』


『不知火 私服mode ストッキング ☆☆☆』


『阿武隈改二 スパッツ ☆☆☆☆』



瑞鳳「へ……」


瑞鳳「変態だ――――!」


タタタ


阿武隈「ど、どうしたんですかあ!」


阿武隈「!!?」


阿武隈「な、なんですかこれ……!」


瑞鳳「私達の服だよう!」


阿武隈「確かあたし達の服って……」


瑞鳳「損傷激しいからすぐに捨てますし、妖精さんと軍からの支給品だから、も、もしかして、着られなくなって廃棄した服とか……!?」


阿武隈「犯罪じゃないですかあ!?」


瑞鳳「だ、だよね。捨てたやつの所有権って自治体にあるもんね」


阿武隈「というかあたしと瑞鳳さんの服が☆4の最高評価なんですけど!? 完全にターゲットだ! それにスパッツ多過ぎなんですケドオ!」


瑞鳳「お、奥にだ、だんぼーるがあるよぅ……」


阿武隈「見なかったことにしません……?」


瑞鳳「い、いや、調査ですから行きましょう……ピリオドの向こうへ……」


ガサゴソ


瑞鳳「開けますよ……」パカッ


阿武隈・瑞鳳「……」


阿武隈「し――――」


阿武隈「今度は下着……」


瑞鳳「み、未使用だ……」


阿武隈「あたし達の支給品の簡素なやつにすごくよく似てますが……というか一緒な気がしますね……」


瑞鳳「た、ただの市販品で衣装の可能性もあるよね?」


コツコツ


わるさめ「どした……ん?」


わるさめ「キャハ☆」


阿武隈「キャハ☆ じゃないですよ! これはさすがにドン引きしましたよ! ねえ瑞鳳さん!」


瑞鳳「うーん」


阿武隈「ここは即答してくださいよ! なに腕組んで真剣に迷ってるんですかあ!?」


瑞鳳「提督ならケッコンカッコカリして筋を通せば、ま、まあ、見なかったことにして、所持を暗黙的に了承する、かな……?」


阿武隈「なんでそんな変な方向に思考を発展させてるんですかあ!」


瑞鳳「い、いや、男の人で周りは女の子ばかりだし……指輪まで渡されたらそこのとこ多少の理解と配慮はしてあげるべきかなあって……」


阿武隈「り、理解は分かりますが、配慮……?」


わるさめ「でもさ、アブーも司令官のこと大好きだろ?」


阿武隈「そ、それは……」


わるさめ「司令官がアブーから贈られたプレゼントを大切に持ってたり、アブーのスパッツ大事に隠し持ってたりしたら、ちょっと嬉しいだろ?」


阿武隈「隠し持ってるスパッツは普通に問い詰めるんですけど!?」


瑞鳳「こほん、とにかく艦兵士マニアってのは分かったけど、明石君のはないね。重要な目的関係のものについての情報はまだ見当たらないよね」


阿武隈「わるさめさんは二階調べてたんですよね? それは……?」


わるさめ「パソコンだよ。調べてみたけど、同じくアニメとか私達の画像ばっかりだった。深海棲艦もね。いくつかあって作成日付からして中学3年生からかな。私達の戦争に興味を持ったのは……」


わるさめ「本棚からしてもともと第二次世界大戦に興味持ってて、そこから海の戦いって流れかなあ」


わるさめ「あまり人に見せたくなさそうな妄想染みた論文で、妖精学、艤装の稼働論、深海棲艦の反転論だったけど、司令官の深海妖精論みたいにぶっ飛んだのはないっス。妖精学は最初期のもんかな。ほら私達も座学で習ったじゃん」


わるさめ「『深海棲艦は神が送った人類への神罰』とかなんとか。戦争した人類へのなんたらかんたら。海の傷痕が戦争起こした動機からして、あながち間違ってなかったよねー……」


阿武隈「そうですね……」


わるさめ「ただ1つわるさめちゃん的に気になったことはあるね」


阿武隈「な、なんですか……?」


わるさめ「づほとアブーの画像がやたら多かったゾ☆」


瑞鳳・阿武隈「!?」


わるさめ「冗談でーす」


瑞鳳・阿武隈「止めてくださいよ……」


わるさめ「お前ら容姿、キャラ、性能、どれ取っても人気あるからなー。恐らく雨村のタイプだと思われる。アブーは気をつけなよー。スカートの中の際どいのがいくつも流出してるみたいだからなー」


阿武隈「ああ……異性からの評価ってあまり気にしたことはなかったなあ。あたしって意外と異性人気がある……?」


わるさめ「『翔鶴』」


阿武隈「はい?」


わるさめ「翔鶴の画像がズバ抜けて多かったよ。時点でづほとずいずい」


瑞鳳「あのー、ストーカーとかじゃないですよね……?」


わるさめ「つーか私達の服とか出回ってるし、その衣装はそれだって見て分かるじゃん。深海棲艦や演習で傷ついた服って臭いすごいけど、それからはしないよね。モノホンのマニアならその臭い消すとも思えんし」


ガサゴソ


瑞鳳「あ、本当だ。メーカー名が書いてある……」


阿武隈「まさかのブリティッシュラフラビッツ……!」


わるさめ「くっそ、なにか臭うんだけどなー……夕立御姉様の鼻は物探し系か、この探偵調査の場合は止まない雨は姉を連れてくるべきだったかも」


瑞鳳「……、……」


阿武隈「どしました?」


瑞鳳「なんか露骨すぎません?」


阿武隈「それは自宅ですしぃ」


瑞鳳「想力省に志願した人ですよ。仕事柄、私達とも関係を持つため、本当に想力省でなにか目的があるのなら、こんな私達から反感買うようなものも自宅とはいえ放置したままにしますかね……?」


瑞鳳「これ場合によっちゃ志願動機不純で飛ばされますし」


瑞鳳「このような捜査も場合によっては行われるのは雨村さんも知っていたはずですし、そもそもこの捜査になったきっかけって、確か」


瑞鳳「電さんがフレデリカさんの狂気を感じたのと、雨村さんが私達の過去を調べたような発言をしたからですよね。それって」


瑞鳳「この展開も予想できない訳ではない、ですよね」


わるさめ「ねえねえ、時雨姉と繋いでいい?」


瑞鳳「構いませんが、事が事なので隠密です。提督に雨村さんが異父弟だというのはまだ私達の中でも内緒にってことですし、漏洩は徹底してくださいよ。そこら辺り時雨さんなら信用できますけど……」


4


わるさめ「そういうこと。お姉ちゃん、助けてー……?」


時雨《事情は分かったけど、僕かい……?》


わるさめ「鼻がきくからね。まあ、今回は探偵みたいなものだから夕立御姉様よりも時雨姉さんが適任かなって」


時雨《……要はその雨村さんに嫌な予感を覚えていて、それを拭うために調査するんだね? そして事情が事情だけに少人数で内密に調査したいと》


わるさめ「うん」


時雨《気は進まないけど、まあ、春雨のたまのワガママだと思って協力するよ》


わるさめ「わーい、時雨姉さん感謝するぜ!」


時雨《ちょっと待ってて。また連絡するから》


わるさめ「アブー、猟犬が出動してくれるってさ!」


阿武隈「時雨さんですか。心強い仲間ですねー」



【2ワ●:奇々怪々の狂恋事件簿】


時雨「バレないように出てきたし尾行にも気を使った。もう帰りは終電逃しそうだね」


わるさめ「帰りはタクシーなり始発までファミレスで時間潰すなり」


わるさめ「つか時雨姉、このグッズ量に驚かないんだね……」


時雨「別に。人の趣味なんて千差万別だし実害ある訳じゃないよね?」


わるさめ「時雨姉はドライだよねー……」


時雨「というか僕も気になる案件だ。准将の身内ではなく、電さんがフレデリカさんと似た狂気を感じた、という点と神風さんが警戒に値すると判断した点でね」


時雨「……」


わるさめ「どしたの?」


時雨「僕、霊感的なの高いからねー……家庭の事情で家賃二万の事故物件住んでいたけども、その時にもなんか視線常に感じてたというか」


時雨「よくこの家の中にいられるよね」


わるさめ「うん?」


時雨「『ヤバいのがいるよ』」


わるさめ「ちょ、そういうの要らないから!ガチの心中事件物件なんだから止めろ!」


時雨「言葉づかいは違うけど、そういうホラー苦手なところとか春雨の面影だよね」


時雨「ま、この家はなんかあると僕は思う」


わるさめ「……捜査状況は送った通りだよ。今はわるさめちゃん一階調べていて、づほとアブーは2階にいるー」


わるさめ「……それでどこか臭う?」


時雨「そのサイドボード」


わるさめ「アブーが既に調査済みだなあ。私はテレビ台の新聞の束調べてる。気になるなら調べてみてー」


時雨「遠慮なく……」パラパラ


時雨「……、……」


時雨「やけに2ショット写真があるけど彼女かな?」


わるさめ「あー、ちょっとアブーが由良さんと似てるっていってたけど、このおっとりした感じはどちらかというと翔鶴さんかなあ」


時雨「へえ、僕はまた違う印象だけど」


時雨「こっちの子は……?」


わるさめ「どれどれ……あれ、こっちは、ちょっとづほ……いや、ずいずいかな? 二人を混ぜた感じ?」


時雨「雨村さんともう一人のメガネかけた男の人、それと翔鶴さん似、瑞鶴さん似の女の人だね。これがオカ研&アニ研メンバー?」


わるさめ「そうじゃね」


時雨「日付的にこれ……」


わるさめ「あっ、心中事件の後か?」


時雨「だね。ちょっと調べ回ってくるね」


* 捜査官時雨


時雨「ここが例の衣服部屋か……」


ガサゴソ


時雨「本は雑誌と専門本か……この新書は」


時雨(ああ、どこぞの人が准将の深海妖精論から考えた深海棲艦論ね……)


パラパラ


時雨「次はサイドボードっと」


時雨「ノート……?」


『2××1年5月21日:共栄自立教団の人が来た。あの子の話をされたから追い返した。あの子供は不気味で嫌いだった。頭も悪いし、暗いし、私の育て方も悪かったけど、今度はそうはならない。子育てを間違えない』


時雨「次は一年後? 飛んでるなあ」


『2××2年5月21日:レオンは頭が良いし、明るい。あの子とは逆の子だ。小学校のテストも一番で、最寄りにある私立への受験を強く先生から勧められた。夫は海外に出張に行ってしまっているから、私ががんばらないと。あの子の希望で家庭教師をつけることにした。最近、あの子のお願いを断れなくなってきてるなあ。ゲームは1日、一時間までね、と約束させよう、うん』


時雨(なんだこの人……准将にあんな仕打ちしたのに)


時雨(普通に子供に愛情を向けられる人だったってのが……)


時雨(ムカつくね……あーダメだ。割とドライな僕だけどやっぱり軍の皆のことだと感情に流されてしまう)


『2××4年5月21日:レオンが友達を連れてきた。可愛らしい女の子二人だ。彼女かと思って期待したけど、そうじゃないみたい。姉妹らしいけど、あまり似てないね。姉のほうは穏やかだけど、妹は刺々しい感じ。でもレオンはその二人のことを大層気に入っているようだ』


時雨「……、……」


『2××5年2月10日:よく遊びに来る。レオンは周りに好かれるけど、いわゆる特別仲のいい親友がいなかったから、私も二人がレオンと友達でいてくれるよう、家族のように接して一年が経過した。ちょっと妙な姉妹だとは思う。世間話をしてもあまり口を開かない。笑ったり、むすっとしたり。言葉を喋っても端的だ。箱入りなのかな、と家のことを聞いたら、ここから最寄り駅の電車に乗って隣町から来ている、みたいなことをいった。同じ学校の子ではないらしいけど、高校はレオンと同じところに行きたいといってた』


『2××6年5月21日:レオンが高校にここから通わせていいか?ってお願いしてきた。それはさすがにどうかと思ったけど、この子達と仲もいいし、女の子も欲しかったし、すでに家族同然の子達だ。その日は雨に濡れてきていたからお風呂に入れてあげた。あらら、二人とも体重がその歳にしては異様に重いわね。見た目からは考えられないわ』


『2××6年12月21日:お母さん、と呼ばれた。あれ、私がこの子達を、産んだっけ?』


時雨「……!」


『2××7年1月3日:長期休暇で帰ってきた夫にその子達の話をしたら、通院を勧められた。レオンが、そんな子達は知らない、といった。なんで嘘をつくのかしら。その子達を呼んだけど、返事がなかった。どこかに消えてしまっている』


『2××8年4月18日:あの子達が久々に家に来た。招き入れて、和菓子を振る舞った。二人はその時にレオンのことが好きだって教えてくれた。あらら、どうしよう。そうだそうだ、彼女達のことを調べるとした』


『2××8年6月5日:私は精神がおかしいらしい。そうよね。どこかで心を壊してしまっていたんだ。だってあの子達、どこにもいないもの。調べても調べても、いない。最近、姿も見せない。私は頭がおかしいのかな』


時雨「ここまでか。しかし妙な日記だね」


時雨「この後の8月15日に一家心中事件は臭すぎる……この家庭になにが起きたのか」


時雨(ここまで情報がそろえば准将に相談すれば解決しそうな気がしないでもないけど、准将には今回内密だし、これ以上仲間を増やすのも……)


時雨「僕らだけで真実を導き出さないと」


時雨「うーん、ミステリーだ」


時雨「ええと、このクローゼットの中に……スパッツとかストッキングとかか……」


時雨(そういえば乙中将がよくストッキング履いてる女の子の脚を見てたっけ。よく分からない世界だけど、男のロマンってやつなのかなあ……)クンクン


時雨「っ! 女の人の匂いかなこれ」


時雨「……うん?(嗅覚作動」


時雨「このクローゼットの床板、少し浮いてる」


ギッ


時雨「床下から箱……?」


パカッ


時雨「金属の、破片」


3


瑞鳳「皆さんがまとめた情報をまとめておきましたよ。阿武隈さんがコンビニで印刷してくれたので、それをまとめましょうか。いくつか怪しい情報もありますよね」


時雨「いや、なんとなく謎は見えてきたよ」


わるさめ「マジかよ。時雨姉、それなに?」


時雨「衣装の入っていたクローゼットの床下にあった箱だ。多分、心中事件の時に警察が調べたと思う。雷さん経由で回してもらった捜査報告書にあるからね。中身は確認したけど、当初の捜査ではスルーされてもおかしくない」


時雨「金属の破片だ」


わるさめ「なんでそんなもんが?」


瑞鳳「それもしかして」


時雨「艦兵士か深海棲艦の艤装の破片かな?」


わるさめ「……はあ? あいつの家の中見たらそれがホンモノか疑うっス……正直、深海棲艦の引き揚げとか適当で一般のやつらが引き揚げたりもしてるから、その気になれば入手は可能だと思うけど」


時雨「……この日記をもう一度」


『2××1年5月21日:共栄自律教団の人が来た。あの子の話をされたから追い返した。あの子供は不気味で嫌いだった。頭も悪いし、暗いし、私の育て方も悪かったけど、今度はそうはならない。子育てを間違えない』


『2××2年5月21日:レオンは頭が良いし、明るい。あの子とは逆の子だ。小学校のテストも一番で、最寄りにある私立への受験を強く先生から勧められた。夫は海外に出張に行ってしまっているから、私ががんばらないと。あの子の希望で家庭教師をつけることにした。最近、あの子のお願いを断れなくなってきてるなあ。ゲームは1日、一時間までね、と約束させよう、うん』


『2××4年5月21日:レオンが友達を連れてきた。可愛らしい女の子二人だ。彼女かと思って期待したけど、そうじゃないみたい。姉妹らしいけど、あまり似てないね。姉のほうは穏やかだけど、妹は刺々しい感じ。でもレオンはその二人のことを大層気に入っているようだ』


『2××5年2月10日:よく遊びに来る。レオンは周りに好かれるけど、いわゆる特別仲のいい親友がいなかったから、私も二人がレオンと友達でいてくれるよう、家族のように接して一年が経過した。ちょっと妙な姉妹だとは思う。世間話をすると、どこかズレていた。箱入りなのかな、と家のことを聞いたら、ここから最寄り駅の電車に乗って隣町から来ているといった。同じ学校の子ではないらしいけど、高校はレオンと同じところに行きたいといってた』


『2××6年5月21日:レオンが高校にここから通わせていいか?ってお願いしてきた。それはさすがにどうかと思ったけど、この子達と仲もいいし、女の子も欲しかったし、すでに家族同然の子達だ。その日は雨に濡れてきていたからお風呂に入れてあげた。あらら、二人とも体重がその歳にしては異様に重いわね。見た目からは考えられないわ』


『2××6年12月21日:お母さん、と呼ばれた。あれ、私がこの子達を、産んだっけ?』


『2××7年1月3日:長期休暇で帰ってきた夫にその子達の話をしたら、通院を勧められた。レオンが、そんな子達は知らない、といった。なんで嘘をつくのかしら。その子達を呼んだけど、返事がなかった。どこかに消えてしまっている』


『2××8年4月18日:あの子達が久々に家に来た。招き入れて、和菓子を振る舞った。二人はその時にレオンのことが好きだって教えてくれた。あらら、どうしよう。そうだそうだ、彼女達のことを調べるとした』


『2××8年6月5日:私は精神がおかしいらしい。そうよね。どこかで心を壊してしまっていたんだ。だってあの子達、どこにもいないもの。調べても調べても、いない。最近、姿も見せない。私は頭がおかしいのかな』


わるさめ「気味が悪いよね……」


時雨「そしてこのアルバムだ。この女の人二人が写ってるのは高校の卒アルとは違うし、私服オンリーだ。多分、部活の仲間でも同じ学校に所属していたわけじゃないのかもね。そして心中事件の後から写真に写り始めてる」


瑞鳳「もしかしてその女の子二人が、この日記に出てくる雨村さんのお友達だという推理です?」


時雨「ああ、この二人の存在を記録し始めたのは、心中事件が落ち着いてからだしね。この女の子が関わっていると仮定して考えてみない? ごめん、僕の頭ではここで行き詰まったんだけど、すごく臭うところでさ」


わるさめ「……、……」


わるさめ「…………、…………」


わるさめ「待て待て待て……あり得ねえ妄想が……」


わるさめ「このアルバムの写真を撮ろう」パシャ


わるさめ「ちょっとスマホ弄ってるねー」


阿武隈「謎が謎を呼ぶミステリーですね……あたしもちょっと気になりますね。日記読んでいて怖くなるのは、この女の子達に関する部分ですし」


阿武隈「でも、時雨さんの推理は警察の人がして然りかと。一家心中の要素がてんこもりだから、この写真が撮られる頃にはもう警察はもう捜査から手を引いていたってこともあり得ますよね。お母様も精神の病でしたし……」


阿武隈「日記の信憑性は生き残りである雨村さんの証言を重視されて判断された可能性が高いと思います」


わるさめ「あああああああ……やっぱりだ! やっべえよこれえ!」


わるさめ「私達の間で抱え込むには問題がデカすぎる!」


瑞鳳「ど、どうしたんです?」


わるさめ「この二人、由良っちとか翔鶴とかづほとかずいずいとかと雰囲気ちょっと似てるよねって皆の間で意見出たじゃん! 共通点は艦娘ってところだったからさあ! それ考えたらこの二人にすっげえ既視感を覚えてアプリで加工して色を変えてみたんだよ」


わるさめ「おっとりしたほうの女、これ――――」


時雨・瑞鳳・阿武隈「……!」


わるさめ「『空母水鬼』だ」


阿武隈「確かにし、しっくり来ますが」


時雨「じ、じゃあまさか妹のほうも……」


わるさめ「ここまでたどり着けば芋づる式だ」


わるさめ「この妹のほうのむすっとしたずいずい風の面、絶対に『深海鶴棲姫』だろ! 空母水鬼はチューキちゃん達のところにいた時に会ったけど、こっちはまだ映像でしか見たことないっス……!」


瑞鳳「ああああ、深海棲艦の建造データ確認しました」


瑞鳳「空母水鬼の構成データ的には空母、翔鶴艤装も適応されるとあります。深海鶴棲姫は、私と瑞鶴さん、武蔵さんなんかの艤装のごちゃ混ぜで、かなり建造率の低いレア深海棲艦です……」


時雨「でも瑞鳳さんも瑞鶴さんも武蔵さんも長年軍にいて、海で戦ってきて損傷しているから、こいつの建造確率は決して0じゃない」


わるさめ「しかも構成データ的に私達が感じた面影メンバーと一致……」


瑞鳳「で、でも、さすがにあり得ないですよ」


瑞鳳「いくら姫や鬼だとしてもこんな風に陸で一般人と交友できるなんてあり得ないです。チューキさん達は例外ですよね。この子達の場合、日記の日付、写真の撮影時からして」


阿武隈「あたしのキスカ事件より時系列的に前になりますから、由良さんが海の傷痕と交戦する前です。由良さんが与えた一撃で海の傷痕が被弾して、その結果、思考機能付与能力の誤作動で産まれたのが中枢棲姫勢力ですから」


時雨「つまり、時系列的にはバグで思考機能付与能力が与えられた深海棲艦じゃない。此方さんからの証言的に把握しているのは、中枢棲姫勢力以外だと神風さんが戦ったという離島棲姫のみだ。空母水鬼や深海鶴棲姫だなんて大物の話は聞いたこともないよ」


瑞鳳「そもそも深海棲艦は基本的に反転建造で私達の艤装に積まれた想いを本能とした『生きたい=だから戦う』、『赦さない=だから倒す』、『会いたい=だから帰る』の殺戮生物で、このように器用に陸で活動できるはずがありませんし、この日記の記述や写真からして本体の艤装は見当たりませんよ?」


わるさめ「艤装は加工して本体は陸で活動出来るように調整可能だよ! 現に明石君と鹿島っちは過去に三越デパートでレッちゃん&ネッちゃんと会ったし!」


わるさめ「それに!」


わるさめ「雨村が海のこと調べ始めた時期はこの日記にある通り、『2××4年5月21日』っていう点は、こいつら深海棲艦に出会ったからと考えると筋は通るし!」


わるさめ「『2××5年2月10日』の日記! 『ちょっと妙な姉妹だとは思う。世間話をすると、どこかズレていた』ってこれも深海棲艦なら納得できる! チューキちゃんやレッちゃんなんか人間並みの理性持ってて活動してもずっとズレてたしさ!」


わるさめ「更に『2××6年5月21日:その日は雨に濡れてきていたからお風呂に入れてあげた。あらら、二人とも体重がその歳にしては異様に重いわね。見た目からは考えられないわ』っていう点も肉体に本体の艤装をコンパクトにして内臓していたら、見た目からは考えられないほど体重が重いことの説明もつくし!」


瑞鳳「……か、過去の天気予報のデータ、過去のブログを漁ったところ、そ、そのひっ、日、は、『雨』じゃありません……!」


わるさめ「海から来たから濡れていたとしたらそれも説明できるし!」


わるさめ「翔鶴やづほの画像が多かったのもなんか分かるし! これ全て偶然だと考えるのはいくらなんでもないじゃん!?」


わるさめ「海の傷痕の『艦隊これくしょん』の包囲網の外、システムから逸脱した深海棲艦がこの家に来ていたんだよ! バグでもねえ深海棲艦のくせに街に入って、人間の家庭に忍び込んで」


わるさめ「海の傷痕とも悪い島風ちゃんともチューキちゃん達とも違うケースの『異常』だよ!」


時雨「強めのとうっ!」チョップ


わるさめ「いったあああい!」


時雨「落ち着きなよ。春雨の推理は確定的な証拠がないだけで、真実味があり過ぎるから、そう決め込んで捜査する価値はあると思うし」


阿武隈・瑞鳳「ですね……」


阿武隈「まとめて、わるさめさんの推理が現時点の情報と照らし合わせて成立するかどうかを調査しましょう」


時雨「そうだね。そこで可となれば、大問題だ……」


4


阿武隈「急に消えたのは現海界、なら」


瑞鳳「陸活動も深海妖精の技術で」


時雨「確か欧州棲姫に思考機能付与能力与えていたし」


阿武隈「全て……人間が開発できる」


瑞鳳「想力工作補助施設の存在で」


時雨「説明は出来ちゃうね……」


阿武隈・瑞鳳・時雨「『雨村さんが佐久間さん並みの廃で、想力工作補助施設のような海の傷痕を出し抜く装備を少年時代に開発していたとしたら』」


阿武隈・瑞鳳・時雨「はは、まさか……」


わるさめ「雨村の想いがガチならあるいは……」


わるさめ「あの司令官と血の繋がった弟で……」


わるさめ「ここからならぷらずまのいった『フレデリカの狂気』に繋がる動機も考えられる……加えて感覚超人の神風のマークだ」


わるさめ「もう黒でいいと思うゾ☆」


阿武隈・瑞鳳・時雨「((((;゜Д゜)))ガクブル」


わるさめ「プロフェッショナルの悪い島風ちゃん呼ぼう……」


阿武隈「可能なら電さんもお願いします……」


5


電「……ほう、やはりあの男、なにかありましたか」


戦後復興妖精「わるさめちゃんから一生のお願いされたから来ましたけどー」


戦後復興妖精「お前ら艦兵士は毎日が楽しいねえ……」


阿武隈「戦争終わってからもトラブルだらけで楽しくないんですけどお!」


戦後復興妖精「そりゃパーパとマーマ、まあ、メインサーバー君の探知から逃れてたんだろうけど、確かに中枢棲姫勢力とは違うな。深海棲艦でもトランスタイプでも『繋がらないことが分かる』んだよ。想力工作補助施設で深海棲艦にそのケーブル回りをなにか細工してみろ。その瞬間をキャッチされるよ。深海棲艦は人間に危害を加えるから、そこは徹底してた」


わるさめ「でも、デカブリストは気付かれずに仕込めたよね?」


戦後復興妖精「ヴェル艤装はもともと探知できない仕組みの艤装だから、デカブリストを仕込めただけだからな。だからあれは海の傷痕特攻艦だったんだよ。ゆえにわるさめちゃん達の話が真実なら」


戦後復興妖精「運営陣とプレイヤーが気付いていなかった立派なバグだ」


戦後復興妖精「真実をこの面子で究明する必要はないよ。ここまで黒に近いグレーなら雨村をとっ捕まえて尋問すりゃいいからな。私も黒と判断。ここまで神風に報告しとけ。もはや准将に内密にー、とかそーいう次元の話じゃないかなあ」


戦後復興妖精(下手したらこいつら)


戦後復興妖精(海の傷痕とは別にロスト空間作っていたまである。そこは箱庭の鎮守府みてえなもんかね……)


電「……」


電「わるさめさん、雨村宅に行きますよ」


6


わるさめ「お、おい……」


電「ふうん……わるさめ」


わるさめ「なに?」


電「この方向から見たあそこの窓の向こうの部屋は調べましたか?」


わるさめ「ん? あそこは……」


わるさめ「え、どこだ? あんな窓とか部屋あったっけ? というか内装の部屋割り的にあんなところに部屋なんてない、はず?」


電「想力工作補助施設、それに準じた装備が使えるのなら基本的にやりたい放題なのです。性能は個々でまちまちだそうですが……」


電「恐らくあそこなのです。部屋の中からだとたどり着けなかったりするのですかね。いずれにしても、玄関からなのです」


わるさめ「そんな簡単に開発出来んの!?」


電「勉強不足なのです……想力工作補助施設は廃以上の今を生きる人間が想力と交わることで開発可能になる装備なのです」


電「私は戦争終わってからも想力まとってますし、今回は司令官さんの身に直接危害が及びかねない案件な上、司令官さんの頭の中でも完全にイレギュラーなことなので、この程度、造作もないのです」


わるさめ「司令官の狂信者も程々にしときなよ」


わるさめ「それと私、戦闘とかヤだよもう」


電「わるさめさん、戦争終結させましたが」


電「なぜ私達は戦ってばかりなのでしょうね」


電「……輪廻の蟻地獄みたいなのです」


わるさめ「そだね……」


電「フレデリカに唆された時から私とわるさめさんは」


電「きっともう――――」


電「……人間として幸せに生きることは出来なくなってたのかもです」


わるさめ「ああもう! そんな訳ないだろ! お前はこんな時に泣き虫の素を出すんじゃないやい!」



【3ワ●:フラワーベッドシー・メロドラマ】


玄関を開けると、汚い海が広がっていた。

暗闇の空に立ち込める硝煙や海の上でドロリとした血のような重油の臭みが風に運ばれて吹き付ける。星と月の明かりはなく、焼けるような戦場特有な空気圧が覆い被さってくる息苦しい海だった。


五感から憎悪の濁流がなだれ込んでくる。これはトランスタイプになった時の精神影響とよく似ている。その精神影響を風景化したような、黒く暗く赤く臭く醜い景色だった。


わるさめ「お花がいっぱいだけど、海だよね?」


電「お花畑の海ですね。死人花、幽霊花、曼珠沙華、天涯花、捨て子花、石蒜、つまり彼岸花の咲き誇る海、かな」


電「この世界の空気、これって違法建造された時の深海棲艦の憎悪の叫びと似通ったモノを感じます」


わるさめ「憎悪歌、沈メタル風景かー」


一人の女の子がお花畑の海に浮いている。深海鶴棲姫は初めて見るけど、あのむすっとした顔は瑞鶴さんとよく似ていた。ただ瑞鶴さんよりも一回り小柄だ。瑞鶴さんを瑞鳳さんに似せて、そこに威圧感を持たせたような感じだけど、私はあの子から深海棲艦特有の憎悪を感じない。


いや、深海棲艦とは思えない。肌の色も白くはなく、健康的だ。禍々しい艤装もないし、深海鶴棲姫によく似ている人間といった印象だった。瑞鶴さんや瑞鳳さんが深海鶴棲姫の衣装を着ているという表現がしっくり来る。


電「深海棲艦、なのですか……?」


深海鶴棲姫「……」


わるさめ「黙っていても景色が沈めたる沈めたるってうるせえぞー!」


深海鶴棲姫さんは片腕を上げます。服の袖にある太陰太極図を見せつけるようにした。意味が分からない。


電「単刀直入に聞きますね……」


電「雨村との関係を出会いから説明してください。今まで上手く隠れていたようですが、もう分かりますよね?」


深海鶴棲姫「……」


首を縦にでも振ってもらえればある程度の情報を有していると判断できたのですが、うんともすんともいわない。しかし、ただの深海鶴棲姫ではないのは明々白々だった。通常の姫ならばもうとっくに戦闘開始になって艦載機が飛んできている。


わるさめ「はあ、ならこういおう」


わるさめ「雨村レオン。もう言い逃れ出来ねえから、こいつが今後どうなるか分かるよね? 深海棲艦に与したのは重罪だぞ。懲役確定で10年ちょっとで済む終身刑より重く死刑より軽い。雨村の罪がいくつ加算されるかわかんねえけど、このまま黙りなら死刑もあるぞ?」


深海鶴棲姫「……」


わるさめ「ぷらずまー、こいつは喋れねえのかも……」


電「……言葉は伝わっている気がしますけどね」


わるさめ「待てよ。もしかして英語じゃないと伝わらないとか。チューキちゃんも最初、英語しか喋れなかったらしいよ?」


電「What's your name?」


深海鶴棲姫「……」


電「ダメなのです。中学生レベルの英語も分からねえダボなのです」


わるさめ「やーい、バーカ」


そういうと深海鶴棲姫がむっと頬を膨らました。その怒りの感情に呼応するように髪が、そこの海面に浮いている彼岸花のように空に向かって持ち上がる。

















深海鶴棲姫「ま、まい、ねえむ、いず、しんかいかくせーき」







電「めっちゃ英語苦手で、実は日本語バリいけるだろテメー」


わるさめ「話せるなら会話に応答してくれても」


深海鶴棲姫「大きいけど電だよね? 少し迷ってた」


電「あー……なのです」


深海鶴棲姫「つーかさー、春雨、わるさめか。お前に国家反逆だのなんだの言われたくないわよ。ランクSSSの中枢棲姫勢力に味方したうえ、丙少将准将暗殺試みたくせに」


電「そこはごもっとも……」


わるさめ「……ぅ」


深海鶴棲姫「あのさあ、察してくれないかな。私達がロスト空間作って穏やかに過ごしている理由が分からないかな。こっちからそうだなあ、ここに来たってことは海の全ては解明されたんでしょうに。また戦争したいわけ?」


わるさめ「放置しておけないのが分からないかな……つか、お前どうやってその理性を得たんだ。思考機能付与能力とは別の要因だろ。こっちは雨村が想力工作補助施設のような力を使用したと睨んでいるんだけど?」


わるさめ「そこらの話が終わったら帰るよ……」


深海鶴棲姫さんは、ため息をついた。


深海鶴棲姫「深海棲艦三大欲求、『生きたい=だから戦う』、『赦さない=だから倒す』、『会いたい=だから帰る』の三原則のうち、私は『会いたい=だから帰る』の本能しかなかったくらいに、前者2つが弱かった。まあ、主に降りかかる火の粉を払う程度だから、艦娘よりは深海棲艦を沈めたことのほうが多いかな」


わるさめ「おう。つまり穏健派なのは分かった。理性的なやつほど穏健派になる傾向があるのは身に染みて分かってんよ。だけどさ、思考機能付与能力でも与えられない限り、深海棲艦が人間と手を組めるはずがないだろ。私とぷらずまは嫌というほど知ってら」


深海鶴棲姫「私は空母水鬼と戦って同族討ちで死にかけた。その時だよ。なぜか海の底に雨村が堕ちてきた。あれは身投げだったみたいだけど。お兄さんのほうはその時は仕官妖精に見初められたんだっけ。弟のほうは水底で私達と出会った」


深海鶴棲姫「お前らなら姫鬼の深海棲艦が沈む時……」


深海鶴棲姫「悟ったように正気を取り戻しかけることが分かるでしょ?」


だから、なんだという。それが今の理性に繋がっただなんてあり得ない。そんなことでこんな異常が起きていたら、あの戦争は最初期でもう維持出来ずに破綻する。


深海鶴棲姫「目が覚めた時、ここにいた」


深海鶴棲姫「しばらくはあの男の子もいなかったんだけどね。とある時期に来た時に、私はあの子に向かって助けを求めたらしい」


深海鶴棲姫「あの男の子いわく『人の命を助けるのは人間として当然だ』と。何事よりも優先される事項だってさ。深海棲艦相手に頭イカれてるよ。普通、理解出来ないとは思うけど、恐らく雨村のその時の純度と私達がまとう想力で、なにか奇跡を起こしたんじゃないかな」


深海鶴棲姫「想いよ、届けってね。アッハハハ」


電「……」


信じがたいことですが、雨村のやつはロスト空間を形成してそこで深海棲艦を工作したわけだ。海の傷痕の母胎となったロスト空間とは別ならば、確かに探知から逃れられる。加えて死にかけていたというのなら、探知消失しても海の傷痕は気にも留めないだろう。毎日、膨大な死者の想がロスト空間へ誘われていくのだし、確認せずとも還ったと判断するのが妥当。いちいち流れ込んでくる想に検問をかけてはいないし。


わるさめ「兄と弟ともに自殺未遂者かよ。深海棲艦相手に人の命を助けるのは人間として当然? 深海棲艦だぞ。そこに自分は含まれていねえし、ネジ飛んでないか……」


深海鶴棲姫「深海棲艦かばう人間なんてまともな訳ないじゃん?」


深海鶴棲姫「それから私は人間になろうともがいたけど、結局、ここに身を潜めて生きてる。私は中枢棲姫勢力とは違って人間になりたいとか海の傷痕ぶち殺したいとか思わなかった。大いなる力に逆らわず、静かな海へと移る。賢い、でしょ」


深海鶴棲姫「ただ穏やかに生きたかっただけ」


深海鶴棲姫「私は私、深海棲艦であることも受け入れて、決して人間になろうだなんて思わなかった。だって、私は人間として産まれてない。深海棲艦だ。人間に馴染もうとしたけどダメだったね」


深海鶴棲姫「だから、ずっとそんな私が日の光を浴びられる日が来るのを待っているをだ。この暗く深い闇の中の鎮守府でね」


電・わるさめ「――――!」


電「雨村が想力省に来たのはあなた達が表の世界で自由に生きられるようにするため、ですか?」


深海鶴棲姫「詳しいことは知らないよ。ただあいつは優しいからね。私達が今まで生きてこられたのもあいつのお陰。あいつの読み通り早期に戦争は終結した。彼の示す進路に従って私達は耐えている。もう少しだ」


深海鶴棲姫「解体不可能の絶望から救ってもらえたお前のように」


そこで初めて、深海棲艦らしい冷たく燃える殺意の憎悪を放った。


深海鶴棲姫「待ってるよ」


深海鶴棲姫「提督をね」


過去のケースから、解決方法を考えてみるけど、なかった。

戦後復興妖精は生きた歴史に報いを求めた。

海の傷痕此方は人間の世界に居場所を望んだ。海の傷痕当局はその此方のための役割を持ってあの日からIFの戦争を存在意義とした。

一番、近いのは中枢棲姫勢力だろう。彼等は深海棲艦であることを受け入れて家族のために、海の傷痕を倒し、戦争終結を達成することで人として生きた証を望んだ。


でも、それとも違う。


こいつが願っているのは――――


わるさめ「『深海棲艦として一人の人間を好きになった』から、『深海棲艦というありのままの自分で、表の世界でその人と生きたい』ってことか?」


深海鶴棲姫「深海棲艦を家族と呼ぶだけはあるじゃん」


深海鶴棲姫「電、分かるよね。あなたが提示しようとしている『人間として産まれ変わる』という条件は飲めないよ」


電「ふざけたことを。深海棲艦がこっちの世界で生きたいというのなら、人間になる以外の方法はありません。私達が理解し合えるのに愛し合えない隣人にして、水と油、反転存在なのはご存知でしょう。その殺人衝動を消さない限り……」


深海鶴棲姫「此方は最初から人間を母として認識していたから、人間になることに抵抗はなかったんだろうね。スイキこと瑞穂もそうだ。そして私も理屈では電のいいたいことが現実的だと思うよ?」


電「なら、その歪な――――」


深海鶴棲姫「歪なのはどっちでしょうね。私はこういってるのよ」


深海鶴棲姫「産まれたことが罪だとは思わない」


深海鶴棲姫「人間の都合で、なぜ姿形を改造しなければならないわけ。私は深海棲艦という生命として産まれたの。お前ら人間の奴隷でも愛玩動物でもないし、そもそも私達は『人間を殺したことなんてない』わよ。そっちが勝手に深海棲艦だって理由で私達を迫害したんでしょ」


わるさめ「いや、それはワガママってやつだ」


わるさめ「深海棲艦なんだろ? 引きこもっていて知らないみたいだから教えてやるよ」


わるさめ「深海棲艦は戦争に敗北した」


深海鶴棲姫「だから?」


深海鶴棲姫「なんでお前らがわかんないかなあ……」


深海鶴棲姫「暁の水平線まで辿り着いた時、積んでた燃料は、船としての記憶だけか? 違う。人間としての心だ。過去をなぞるような航路で友の屍踏み越えて、仲間家族提督とともに歩んだ過去だろ?」


わるさめ「深海棲艦でなくなることがお前の否定になることくらい分かってんよ。だけど、雨村というお前の肩を持つ人間の存在――――」


深海鶴棲姫「あー、なるほどね。ごめんごめん」


深海鶴棲姫「私が雨村のやつ提督だとか、優しいやつだとかいったから誤解があったのね。私は別にお前らが准将を思うように、雨村のことを好いている訳じゃない」


深海鶴棲姫「奴は先見の明があるし、利用価値がある。もはや藁にもすがりたい身、生殺与奪の権利を委ねているだけでそこに美しい信頼関係はない」


深海鶴棲姫「トランスタイプのお前らなら分かる」


深海鶴棲姫「なあ電、深海棲艦の壊現象捩じ込まれたお前が描いた未来は死だろ。共存出来ず、破綻する事を理解していた。だが、人間サイドにいたから人間とつるむ他ない。優しいお前は自害を見据えたが、結末はともかく、過程は同じ」


深海鶴棲姫「だから『ビジネスライク』だろ?」


電「そんなの――――」


深海鶴棲姫「……心は、あるよ」


深海鶴棲姫「それでもなお」


深海鶴棲姫「こっちを深海棲艦と捉えて」


深海鶴棲姫「個を見てくれないわけ?」


電「――――!」


深海鶴棲姫「だからただ待っているのよ。提督が私達を表まで連れ出してくれる日を深海棲艦らしく冷たい水底のようなこの隔離施設でね。決して、お前らが使った戦争という方法などではない。一人の人間が頑張って勉強をして、国の中枢から、一人の人間としての信念を持ってあり方を変える正当で平和的な手段だ」


わるさめ「なるほどね……それが雨村の目的か」


深海鶴棲姫「あなた達はなぜかこそこそ嗅ぎ回ってる上、厄介なことに見つかるのは早いか遅いかだった。このおかしなレベルの歯車の噛み合い方、幸運値で偶然に干渉してるでしょ。だったらこうして会って話をしたほうがいいと思ったのよね」


深海鶴棲姫「この場は『見なかった』ことにして、私達に関わらないで」


深海鶴棲姫「後、深海棲艦とか深海鶴棲姫って呼び方は好きじゃないかなあ。それあなた達でいうと人間とか日本人って呼ばれているみたいじゃん」


ああ、これはどうしたらいいのだろう。中枢棲姫勢力とは戦争終結の目的一致で手を取り合えたけど、もしも私達は深海棲艦という種のまま家族として生きていくという未来を取っていたら、間違いなく、あの対中枢棲姫勢力決戦はどちらかが全滅するまで殺し合っていたに違いなかった。


わるさめ「今日はとりあえず鎮守府に帰ろ」


深海鶴棲姫「万が一を考えて最後に伝えておくよ」


深海鶴棲姫「『翔鶴』は私の前に連れて来るな」


わるさめ「あいあい」


わるさめ(どーしてレイテ沖海戦面子じゃなくて翔鶴……?)


わるさめ「もしかしてお前ずいずいの割合が高いのか? ずいずいの姉妹愛半端ないもんね。それが深海棲艦になったせいで反転してっから、翔鶴殺したくなるってとこ?」


深海鶴棲姫「……」


わるさめ「だんまりか。愛想のないやつだなー」


電「……、……」


いずれにしろ、答えは出てた。

殺人衝動を抱えたままで表の世界に生きるのは無理だ。出来たとしても、ここの暮らしと同じく部屋に監禁されるがままの人生になるだろう。つまり、基本的人権は得られない。もしもそれが出来るというのなら、私達は深海棲艦と戦争する以外の道があったということだ。いや、違うな。


存在したのだ。


少なくとも、雨村という深海提督の頭脳の中に。


わるさめ「それとさ、最後に1つ。空母水鬼もここにいるんだよね?」


深海鶴棲姫「さあね。そこらで虫の息じゃない」


2


雨村「このような寮舎の空き部屋に呼び出して何用でしょう? こっちの敷地は電さんの土地なので入るためにいちいち申請しなきゃならないんですよ」


神風「物置みたいな場所ですけどね」


雨村「明石君の仕事なら順調ですよ。夕張さん明石さんはお仕事出来ますねえ。ただ上の人が残業しまくるのは下が帰りづらくなりそうなので、個人的にはどうかと思いま、」


神風「『空母水鬼』、『深海鶴棲姫』」


雨村「はい?」


神風「ごまかしても無駄です。私、そういうの分かるんですよ。あなたもご存知でしょう。どうせ私の過去も調べて北方での訓練も戦後復興妖精のことも知っているかと」


雨村「勧善懲悪モノの時代劇を観るのが好きなんでしたっけ?」


雨村「……なにやつ」


神風「一かけ二かけ三かけて、仕掛けて殺して日が暮れて、橋の欄干腰おろし、はるか向こうを眺むれば、この世は辛いことばかり」


神風「片手に線香、花を持ち、何処行くの」


神風「私は必殺仕事人、雪降る北の鎮守府の」


神風「神風型の一番艦、神風と申しやす……」


雨村「声が可愛いのはともかくそれっぽい雰囲気が出過ぎですね……」


神風「まず全てを自白するチャンスを差し上げます。嘘発見器とは比較にならねえ精度なので嘘つく時は気をつけてくださいね」


雨村「黙秘権を行使する」


神風「黙秘権行使、それがもう嘘。黙秘するつもりないくせに。私は司令補佐のためなら前科も怖くないですが……」


雨村「対深海棲艦海軍系准将組の人こわすぎる」


雨村「多分、向こうでもう真実は暴いていると思いますから、そちらから聞けばいいと思います。まあ、お互いに『見なかった』ことにするのが一番、良いと思います。そちらに不利益はないです。バレなきゃ犯罪じゃないの思考があれば、ですが」


雨村「……分かりますよね。准将と私の関係、露呈したら」


神風「C級戦犯のフレデリカさんが想力工作補助施設を使えたらと思うとゾッとする。あなたのような危険人物が想力工作補助施設が使えるんです。これでもかなり温情をかけているつもりです」


雨村「私はこの力をあの子達を存命させるためにしか使用しておりません。信用に値する経歴のはずです。努力して私は国を変えようとしています。考え直してくださいよ。艦兵士と役人、その関係を維持したい」


神風「深海鶴棲姫という物的証拠は押さえているうえ、こっちは戦後復興妖精、此方も含めた対深海棲艦海軍ですよ」


神風「ゲロった後のこと頭で考えるための時間稼ぎは止めてください」


雨村「こうなることもまあ、分かってた。あなた達に隠し事が出来ないことも。だから、色々と隠蔽するのも止めて、彼女にこの場合のケースも話してある」


雨村「深海鶴棲姫……彼女はどうなるんですか?」


神風「世界共通の価値観その1・『深海棲艦は人類の敵』だ。与することは国家反逆罪に該当する。世界を救った中枢棲姫勢力ですらね。でも世界を救った中枢棲姫勢力と私達の関係は特別だ。あの人達はただの深海棲艦ではないですから」


神風「あなたは深海棲艦に与した罪人です」


雨村「……了解。1つこちらの希望を伝えておく。彼女には罪はない。最大限、そこを考慮して欲しい」


雨村「ああ、乗るか反るか」


神風「なんです? 手をグーとかチョキにして」


雨村「『軍艦じゃんけん』をしませんか」


雨村「あなたが勝てばそこまでお話します。僕が勝てば『准将の異父弟』というのは黙っていて欲しい。つまりこの一件、准将には内緒に、ということです。別にあなた達、なんでもかんでも准将に頼らないとなにも出来ない訳ではないはずです」


神風「機械乱数のない賭け事、ね」


神風「話が早く進みそうね。乗った」


雨村「じゃんけんですよ。テーブルゲームだと勝てる気がしません」


神風「ええ」


雨村「約束ですよ」


神風「しつこいわね……」


雨村「人間の認識速度は0.5秒でしたっけ。それ以下の時間で相手の手を認識して処理まで持っていけるのならば、後だしにはならないでしょうが、速度を意識してどの手の形にも持っていけることはなくして、手の形はグーからです。それならお互いに安心」


雨村「『公平』ですから」


神風(……やべ、しくじった。そんなあり得ないイカサマに釘さして来て、私の運の低さをついてくるだなんて、さすが司令補佐の弟なだけはあるわ……)


神風(まあ遊びに過ぎないから時間を稼げるのなら負けてもいいんだけどね……)


神風(瑞鳳、電、時雨、戦後復興妖精、阿武隈、わるさめが既に把握してるし、漏洩を防げるはずもないことはこいつもわかってるだろ。なにがしたいんだ……)


雨村「……特に意味はありませんよ。強いていうなら」


雨村「あなたの感覚、ちょっと興味があるだけです」


………………


………………


3


電「……以上、なのです。」


わるさめ「い、いや、司令官あのさ、雨村は……」


提督「………」


提督「外部からの干渉を遮断した疑似ロスト空間に」


提督「姫級の深海棲艦ですか」


わるさめ「え、そこ?」


提督「いえ、異父弟がいるのは教団の調査で知ってはいましたから。会うことはないと思っていましたので、このような巡り合わせとなるのはさすがに予想外です……」


瑞鳳・阿武隈・時雨「……」


提督「武蔵さんは……出払ってましたか。事実確認のために瑞鳳さんと瑞鶴さんをお呼びしますね」


………………


………………


瑞鶴「なにそれ……中枢棲姫勢力とは違うパターンの人間深海鶴棲姫?」


提督「まあ、詳しいことは置いといて質問にお答えください」


瑞鶴「ええっと……8年前は南方のほうにいて確か」


瑞鶴「まだ私が新人に毛が生えた程度で投入されたレイテ沖……」


瑞鳳「……私の記憶にあります」


瑞鳳「瑞鶴さんは南方の鎮守府の提督の作戦でレイテ沖へ出撃、防空埋護姫と対峙しました。押し返したものの撃破には至らず、乙中将がご就任なされてから扶桑さん山城さん時雨さんを中心にしたメンバーで防空埋護姫を撃破しましたね」


瑞鳳「しかし、それまでは特攻性質を持つ西村艦隊の艦種は時雨さん一人でしたので、その時のエンガノ岬沖までの補給線を5航戦を含んだメンバーでこじ開けたのですが、瑞鶴さんが大破しました。その穴埋めとして支援艦隊の私が前線に進撃しましたね。戦闘中、戦艦水鬼改の砲撃により小破しましたが、進撃命令がくだされ、最終的な損傷は大破の艦載機発艦不可、航行可です」


瑞鶴「……思い出した。武蔵さんもいたね。私は前日にあの海域の夢を見たから思うように体が動いてくれなくてル級の一撃で大破しちゃったんだ。隣に翔鶴姉がいてくれたから心は折れなかったけども」


提督「それなら資料に間違いはなさそうですね」


提督「艤装の損傷データからして、恐らく50%が瑞鶴艤装、30%が瑞鳳艤装、10%が武蔵艤装、10%がその他もろもろといった配分の深海鶴棲姫ですね」


提督「ありがとうございます。深海鶴棲姫の理性覚醒の大体の謎は解けました」


提督「雨村さんが当時、想力工作補助施設、それに準じる装備を開発したという点がいまいちですね。よくもまあそれだけの力で大事起こさなかったものです」


提督「見なかったことにしたいですが、見てしまった以上、対処しなければなりませんね」


コンコン


提督「どうぞ」


ガチャ


神風「あ、あの司令補佐……」


雨村「……お疲れ様です」


提督「よくぞおいでくださいました。事情は聞いておりますよ。そちらの意を汲んで事は可能な限り、内密に致しますし、こちらのメンバーにも箝口令を徹底します」


提督「神風さん、時雨さん、表で見張りをお願いしてもよろしいですかね。一時間経ったら交代させますので。例え甲大将が来ても准将の指示だといっていただければ」


神風・時雨「了解」


提督「それでは皆さん、長くなるのでお座りください」


提督「しかし、見てしまった以上、見なかったことにしてくれ、というのは無理な相談とご理解ください。その上でこちらが聞きたいのは3点です」


提督「『想力工作補助施設を開発したのか、イエスならそれをどう活用したのか。ノーの場合はどうやって疑似ロスト空間を使ったのか』」


提督「『あなたはどのような手段を用いて、どんな世界を開拓しようとしているのか』」


提督「そして最後に『その動機を踏まえて筋の通ったあなた自身の海の戦争に対しての意見』です」


雨村「了解です。順番にお答え致しますよ。まず一点目ですが」


雨村「イエス、あそこは疑似ロスト空間、というのですかね。私としてはただの別の空間程度の認識でした。ただそこにいると、安全だとは分かりました」


雨村「どうやって出会ったかは差して問題とは思えませんので」


提督「では、いい方を変えます……あなたが力を手に入れたのは、深海棲艦のまとう想力が原因でしょうか?」


雨村「そうですね。原因はそれ意外に思い付きません。すみません……1つつけ加えるのなら、その力であの箱庭に閉じ込めたことが始まりでした。意図して作ったものではありません。当時は私も混乱しました」


提督「……では問題というのは?」


雨村「学校でも習いますから、幼いこの身にも深海棲艦の基本的な知識はありました。でも彼女達は違ったんです。空母水鬼と深海鶴棲姫は私ではなく、その場所で自分自身やお互いにその攻撃性を向けておりました」


雨村「ああ、あの箱庭への行き来のパスは意思疏通ですね。こいつ」


阿武隈「想力工作補助施設……うすいクリーム色、象牙色でしたっけ」


雨村「ええ、ただ戦後復興妖精が使う完璧な想力工作補助施設ではありません。酷く用途が限定的でしたし、力にバラつきがあり過ぎました」


雨村「最初はその箱庭への行き来しか出来ませんでした。何度か行ったんですよ。理由は私自身でもよく覚えておりませんが、ただあそこの空間はなんだろう、とか、あそこにいた深海棲艦は今どうしてるんだろう、とかそんな興味だったと思います」


雨村「空母水鬼は虫の息になっておりました。やったのは深海鶴棲姫でした。その時は同じ箱の中に虫を二匹入れたらどちらかが死ぬまで殺し合う。そんな感じの末路程度にしか思いませんでしたよ。やはり深海棲艦は『害虫』だなって」


提督「……」


雨村「深海鶴棲姫は弱っていた。満身創痍で装備も使えない。あれは多分、燃料も弾薬もボーキもなかったんだと思います。今だと答えは簡単ですよね。海の傷痕という運営サイドとのパイプがなくなり、海色の想による深海棲艦の活動資源の供給が断たれていただけです」


雨村「彼女は私にこういったんですよ。深海棲艦らしく殺意に満ち溢れた顔で」


雨村「『誰カ助ケテ』と」


わるさめ・瑞鶴「――――!」


瑞鶴「それって、わるさめがうちに着任した時におちび、」


提督「瑞鶴さんそういうのは後でよろしく」


提督「……雨村さん、続きを」


雨村「深海棲艦の認識が変わりました。私はその時、なんとなく『沈んだ艦娘が深海棲艦になる』という学説が真実のように感じられました。あれは色々と穴がある説でしたが、もはや彼女の言葉と表情で方程式の答えの数字が提示されたに等しかったので」


雨村「最も私は深海妖精や海の傷痕には行き着きませんでしたね。そこまで真実を探求出来ず。ただ私が彼女にしたことはその深海棲艦の人類敵対本能を和らげることです。ここは此方さんの殺人衝動と同じです。彼女のスパンは此方さんよりも短いです」


雨村「此方さんは当局でしたが、彼女の場合は空母水鬼で抑えられました。深海棲艦特有の再生能力により、再生しては死にかけて。どうも彼女はその殺人衝動に矛盾して人間は最大限、殺さないよう抗っておりましたね。それが空母水鬼が絶命しなかった理由です。1年前までには2週間に1度のスパンにできました」


雨村「1年後、くらいですかね。私自身、彼女に情を持った。言い訳するつもりではありませんが、子供の時分ながら、その憐れな命を助けることは正義である、と。それを信じた時、この奇妙な腕が呼応しました」


雨村「あの箱庭の力以外に宿ったのは彼女の身体を工作する力ですね」


雨村「それからは彼女達を外に連れ出したこともあります。もちろん、工作して人間に更に似せましたよ。服の調達が最も苦労しましたね……衝動がクリアになっている間は外で問題を起こさず、活動できました」


雨村「分かったのは工作で本体の艤装を必要最低限に近づけることで人間らしくなってゆくということです。艤装を消せはしませんけれど、私は深海棲艦の肉体がある程度、工作可能だということを知りました」


雨村「……ほとんど、彼女達のお陰です。深海棲艦として比較的、理性の高い姫であったことと彼女達が本能に逆おうとする力を持っていたからでしょう」


雨村「この鎮守府が深海妖精を発覚、そして『深海妖精論』を知った時、海の秘密は解明されて行きましたよね。その時、私はその知識と目の前にある答えで、深海鶴棲姫を構成する要素までは突き止めました」


雨村「彼女達はあの輪廻の戦争の放棄を選択したのは確かです。私は深海棲艦が追い詰められていく海に恐怖を覚えておりました。この海の戦い、鎮守府の動向には一般の範囲ではありますが、常に情報を仕入れておりました」


雨村「海の傷痕や対深海棲艦海軍は私達に気がついていないことは分かりました。あの空間は神が形成した世界から上手く隔絶されている箱庭だと。唯一の懸念は、管理権が空白になったロスト空間と海の傷痕消滅により、こちらにどのような影響が出るのかという一点でしたが、ここも凌げました」


雨村「更に中枢棲姫勢力を『家族』だの『戦友』だのという認識も広まったおまけつきです。深海棲艦に対してあなた方を中心にただの殺戮生物ではない、という価値観が芽生えましたよね。予想以上に好都合な結末に転がりました」


雨村「……2点目の答えですが」


雨村「手段はまだ明確ではありません。彼女達の『生まれた種のまま』という希望を叶える手段が思い浮かびません。当局が此方さんを反転建造させて浄化解体で人間にしたという手段を取った。殺人衝動を持った生物が人間と共生して、幸せな未来を、というのが私の目的です。現時点ではちっとも光明が見えませんね」


提督「……まあ、現実問題、無理ですよ。定期的に殺人する存在を誰が好いてくれるのか。深海棲艦は社会に適応できる存在ではないので、戦争してたんですから。中枢棲姫さん達は目的の一致、消滅を覚悟してくれたから、という例外ですね。あなたの理想が達成されるのなら、最初から深海棲艦と争う必要はなかったということです」


提督「人間にならなくても、殺人衝動を消す。これが最低必要条件なのは分かってる風なので、あなたから説得してもらえませんかね……」


提督「なぜ深海棲艦にこだわる必要があるのか分かりません。生存願望があり、敵対意思もなく、こちら側で適応を望みながら一切の妥協はしない? 生きたいのなら、薬の大きな副作用を受け入れるために辛い苦しみにも耐えて然りとは思いません?」


提督「っと、すみません。目的のために手段を選ばないような言い方でしたね」


雨村「生きるために薬の副作用を受け入れるべきなのは私達、人間のほうかと。深海棲艦はあなた方が化けた反転存在であり、人間だと私は思いますから」


雨村「……そして3点目の応答です」


雨村「今なら深海棲艦が悲しい生き物だということは、艦む、艦兵士の皆様にはわかるはずです。私よりも隣人であり愛し合えないあなた達だからこそ理解は深い」


雨村「深海鶴棲姫は8年前に反転建造にて、構成は瑞鶴艤装50%、瑞鳳艤装30%、武蔵艤装が10%、その他もろもろ、小沢艦隊種、海外艦含め10%です」


雨村「空母水鬼は9年前に反転建造にて、80%が翔鶴艤装、その他もろもろが計20%です」


雨村「ハハ……エンガノ岬沖海戦、マリアナ沖海戦、史実効果により、突破口となると同時に、甚大な被害のリスクもつきまとう。大破してなお、入渠して出撃。人間の頭では深海棲艦反転建造システムを知らない限り、姫が産まれやすくなる環境の下地から抜け出せませんよね」


雨村「海の傷痕のシステムは美しく、残酷ですね。といっても主に思考するのがたった二人では例え天才だとしとも世界のシステムに穴が生じるのは必然です」


雨村「空母水鬼と深海鶴棲姫は最終世代の5航戦から産まれた深海棲艦といっても過言ではありません」


雨村「瑞鶴さん、あなたの艤装にあった一番の想いは」


雨村「翔鶴さんへの愛情です。姉妹艦効果が他よりも高いレベルで精神影響を与えていますよね。それが彼女が異質な原因の1つ、『会いたい=だから帰る』の本能が他を遥かに凌駕していた訳です」


雨村「空母水鬼を構成しているのは80%の翔鶴の想力です」


雨村「現存する翔鶴の70%の適性率よりも10%高いので、本能の感知、深海棲艦の第6感はご存知ですよね。それを便りに導かれたのは艦兵士の翔鶴ではなく、空母水鬼のもとだったのかと。そして空母水鬼もそう。深海鶴棲姫に惹かれた。彼女はアカデミー時代からともに過ごした瑞鳳さん、そして妹の瑞鶴さんの計80%です。このようなケースは稀でしょうが、深海棲艦がお互いを殺し合う1つの理由ではあるでしょう」


雨村「瑞鶴さん、あなたなら分かるはず」


雨村「翔鶴さんはあなたのためなら、その身を差し出すと」


雨村「それが空母水鬼が、当局の役割を果たした理由です」


雨村「そして姉を殺し続けることしか出来なかった深海鶴棲姫が『助ケテ』といった理由です」


雨村「深海棲艦としての本能を、その想いを持って押さえ込みにかかった理由です」


雨村「彼女達に手を差し伸ばしたことを間違いなどとは思いません」


雨村「あの箱庭の鎮守府にいる船は日の照る海に出たことはありません。暗い闇の中で錨を降ろしていただけです」


雨村「そう指揮した私は彼女達の提督ではあるのでしょう」


雨村「軍艦ではなく、船のよりしろとなった人間を指揮する提督なのでいつだって彼女達を生かす指揮を執ってきたつもりです」


雨村「電さんわるさめさんは彼女とお会いしましたよね。彼女達は彼女達の想いで、あそこまで温厚になりました。これが奇跡でなくとなんだというのでしょう。人間ベースであるあなた達でさえ、トランスタイプとして得た深海棲艦の想いで発狂しかけたはずです。それを深海棲艦である彼女達は自力で押さえ込んでいるのです」


雨村「……可能性が0だとは思いません」


雨村「誠勝手なお願いではございますが」


雨村「何卒、御慈悲を」


提督「妥協点は申し上げた通りです。一芝居打つか、あなたから説得してもらえれば、限りなく理想に近い幕引きが可能です。深海棲艦が深海棲艦である限り、駆逐しなければなりません。チューキさん達はそこを理解してくれていましたが……」


雨村「……もちろん、勧めましたよ。海の傷痕:此方が人間として復活したシステムは深海棲艦にも応用できますから。ダメでしたけどね。あなた方が説得出来るというのならそれが一番理想的ではありますね」


雨村「そうでなくともいつの日かあの本能は消えます」


提督「1世代で本能が? 愛の力で?」


提督「愛で救えるのに、愛で救えないモノに変えるのですか?」


雨村「ご助力を」


提督「恐らく自分が絶対に聞きたくない部分、まあ、自分達の母親が関連していそうですが、あなたはイカれてますって」


提督「『その時は同じ箱の中に虫を二匹入れたらどちらかが死ぬまで殺し合う。そんな感じの末路程度にしか思いませんでしたね。やはり『害虫』だなって』」


提督「この感想、異常です。島を消し飛ばす正規空母型の姫種、深海鶴棲姫の憎悪と戦闘力を目の当たりにした子供の感想が、害虫?」


雨村「……」


提督「それで現実問題、あなたはどうするんです?」


提督「時効はもうありませんよ。生きるのなら筋は通さねばなりません。あなた、今後どうなります? わるさめさんや瑞穂さんのケースとは違うのはお分かりですよね。もちろん死も覚悟してかばい続けていたんですよね?」


提督「それで少なくとも協力者として認識しているあなたが裁かれたことを知った深海棲艦である彼女達の反応は? 深海棲艦としての殺意全開で人間を襲うのでは?」


提督「善処しましょう。最大限、死亡撃沈をせずに彼女達との共生手段を模索致しますし、あなたの身柄も同じく最大限、取り計らいます。それは多分、彼女達の『現段階の完成度次第』で可能性はなくはないので」


提督「でもあなた達は上手く行かなかった時」


提督「最終的な外交手段に訴え出るのでは?」


提督「まずここを信用させてもらうために、無力化されてください」


提督「それから情状酌量の余地ですかね……まーた悶着起きますけど、会議でも取り計らいます。それには自分だけでなく、あなた達の誠意が必要不可欠なので」


提督「我々、対深海棲艦海軍が解散する前なので、ギリギリ間に合う『かも』といったところです。安易な保証は出来ませんし、誓約書に署名してもしょせん気持ちの上のことでしかありません」


提督「申し訳ないのですが、この場で決断を」


提督「和平か戦争か」


雨村「……紳士的な対応、痛み入ります」


雨村「1つ、電さんに質問があります」


提督「どうぞ」


雨村「今も沈める敵も救いたいと思いますか。それに彼女達は含まれますか」


電「思いますし、含まれます」


雨村「では信じさせて頂きたいと思います」


雨村「出来れば彼女達ともっと触れあって頂きたい。そのために協力は惜しみませんよ。彼女達、きっとあなた方が思うよりずっといい子達ですから」


雨村「今一度、相互理解を」


【4ワ●:この瑞鶴50%なら思ったより大丈夫かもしれない説】


電「はあ……」


わるさめ「乙中将、都内で女とデートしててとんぼ帰りだってよ」


わるさめ「(*≧∀≦*)キャハハ」


阿武隈「妖精ではなく、深海棲艦ですよ。笑いごとではないんですが……」


わるさめ「喋ってた感じ大丈夫だと思うゾ☆」


わるさめ「こっちが『失敗』しなければな。あの手の深海棲艦は深海棲艦なだけで、悪いやつじゃないと思うんだー。海の傷痕、悪い島風ちゃん、中枢棲姫勢力の誰とも違うタイプだけどね」


元帥「相変わらずわるさめちゃんは元気だねえ」


元帥「ちなみに瑞穂ちゃん、中枢棲姫勢力ではどうだったの?」


瑞穂「わるさめから聞いてないの?」


わるさめ「具体的に申し上げますと、わるさめちゃんのノリとテンションが発情期突入したレッちゃんをキレさせます」


わるさめ「私とレッちゃんがケンカすると、ネッちゃんが加わってきます」


わるさめ「私達がセンキ婆というおこワードをいったり、砲雷撃で潔癖気味のセンキ婆を汚したりしてセンキ婆がキレます」


わるさめ「すると、その騒々しさに瑞穂ちゃんが発狂します」


わるさめ「チューキちゃんが考えるのを放棄して武力行使に出ます」


わるさめ「そして見かねたリコリスママが仲裁という名の武力行使に入ります」


わるさめ「結果、やはり艦娘反応のあるわるさめちゃんが優先的に狙われて死にかけておりますが、なんとか全員生還で丸く収まります」


わるさめ「そして健気でがんばり屋の春雨ちゃんが顔を出して、隠れてこつこつ訓練します。強くなったといえばレッちゃんが実力を確認しに以下略」


元帥「うん、全く参考にならないね……」


電「だから深海芸人なのですよ……」


電「神風は営倉の雨村の監視に回されましたし、武力による衝突は避け、穏便に事を運び、今回この騒動に関与できる人員も……」


時雨「絶対に無理だよ。深海棲艦である限り、実験動物にするか沈めるか。まあ、すでに無力化自体は出来るから、良くても永久的な監禁ってところだね」


阿武隈「深海棲艦は私達にとって刺激になるのであまり多くの人員を動員出来ませんし。今回のこの一件、提督が総指揮からは外されたんですよね?」


提督「ええ」


元帥「雨村レオン君だっけか。弟だから適任とはいえねえわな」


戦後復興妖精「作戦面子から外された訳じゃねえじゃん」


戦後復興妖精「私はこっちに回されましたしー。いやー、長年人間に尽くしてきてよかったことその1、口が上手くなったこと。今回は元帥のじいさんが来るんですよね?」


提督「ええ。接触を許可されたのは、元中枢棲姫勢力幹部であり、トランスタイプのわるさめさん、瑞穂さん。それ+ぷらずまさん、戦後復興妖精さん」


提督「総メンバー提督は元帥と自分、艦兵士からは上記3名に加えて、阿武隈さん、瑞鳳さん、時雨さん、神風さん、瑞鶴さん、翔鶴さんの合計12名です。必要に応じて調整が入ると思いますが、スターティングメンバーは以上です」


元帥「ああ、後から決まったが、それ+青葉と雷ちゃんな。横の広がりが超広いから陸で自由で動くためにもちょっと別で動いてもらってる」


元帥「ここから更に各鎮守府2名まで選別して回す。コミュ力高い子」


元帥「それ以外は待機だが、事が事だけにな。甲乙丙で面倒を見させる」


戦後復興妖精「スターティングメンバー選定したのは誰?」


元帥「ここの大臣と対深海棲艦海軍とは別の海軍元帥」


戦後復興妖精「へえ、選抜面子的に中々有能な采配じゃないですか」


電「なぜ戦後復興妖精なのです? こいつ本来ならば」


元帥「死人が出る危険性が高いと判断したから。この国の最終世代の艦兵士は失う訳にゃいかんのよ。なので、ヤバい場合はわしか悪い島風ちゃんが一手に引き受ける」


戦後復興妖精「……私的にも此方は死なせられませんし」


電「……」


元帥「細かな情報だけは渡しておくね」


提督「時雨ちゃん、君が今回の副旗艦な。よろしく」


時雨「……優秀な旗艦の阿武隈さんがいるけど、僕でいいのかい?」


元帥「今回は戦闘をなるべく避ける方向で出来るだけ迅速な解決を。出来れば1日で。感情的な面子にこの役割は渡せねえから、メンバーは、阿武隈、瑞鳳、翔鶴、時雨に絞られたが、その中で時雨が最も客観的な判断が出来る素質と立場だと判断された」


元帥「翔鶴と瑞鳳は今回の相手を感情的にさせてしまう点が悪ィ。旗艦素質は艤装使って深海棲艦と戦うというのなら阿武隈だが今回のケースは時雨のほうが適任だし、最適に近いとわしも思うよ」


時雨「深海棲艦には超ドライですから、温情に欠けてしまうかもしれません」


元帥「……本来ならば練巡素質が生きるケースだが、香取は物事に対して准将に似ていて機械的かつ超容赦ねえ。鹿島は逆に優し過ぎるわ」


瑞穂「むしろ今回は情に流されない素質のほうが大事だと思うわ。旗艦には敵味方の意見を含めて立場に沿って客観的に判断できるやつが必要なんでしょ。わるさめと姉妹艦だし、ある程度は向こうの気持ちも分かるでしょうしね」


時雨「なんか瑞穂さんでもいい気が」


瑞穂「じゃあ殺す。深海棲艦を吠えるなら颯爽と葬るべきでしょ。私は認めないわよ。チューキ達が魂捧げて軍の捨て駒になったのに、ドロップアウトした引きこもりどもが私達以上の待遇を望むだなんて図々し過ぎて殺意が沸点越えそうなのよ」


瑞穂「甘ったれているとしか思えないわ」


時雨「……なるほど、引き受けます」


元帥「あいよ、頼むわ」


瑞鶴・翔鶴「……」


阿武隈「5航戦さんの意気消沈ぶりが……」


翔鶴「マリアナ。ええ、私の9年前のマリアナでの不覚がこのような因果をもたらして、皆さんに多大な迷惑をかけたことに申し訳が立ちません……」


阿武隈「大破とか兵士やってれば誰でも通る道ですから……」


瑞鶴「……」


瑞鳳「止めよ?」


瑞鶴「瑞鳳……」


瑞鳳「解体した今でも心にクるんだよね……瑞鶴さんのそういう顔は特に」


時雨「もうレイテの怨霊と対峙したくない気持ちはよく分かる……」


元帥「とにかく、とりあえず深海棲艦と和解を念頭に置かれた作戦だよ。それは世界では艦兵士が適任だろうさ。砲雷撃での争いを控えて、深海棲艦を一人の人間として接しながら、妥協点を模索し合う」


元帥「まー、全てが暴かれた今だからこそだな」


元帥「海の戦いとはまた違った意味で辛い面がある。とまあ……やはり最悪な展開を思い描くだろうが」


元帥「幸いなことに」


元帥「『最終世代の瑞鳳、翔鶴、瑞鶴』の比率が大きい。恐らく中枢棲姫勢力よりも遥かにこちら側に近いと思われる」


瑞鶴「なんでそう思うの?」


元帥「雨村という人間と好意的な関係を築けていると思われるためだ。実際、電と春雨の証言を聞いていて、かなりの理解を示す言動があったし。聞いた感じ闇墜ちした瑞鶴だから、とてもユニークな個性だとわしは思うけどな」


わるさめ「意外と大丈夫そうだった感じ」


わるさめ「翔鶴は会わないほうがいいかも」


わるさめ「ずいずいのヤンデレverだろうし。深海棲艦は憎悪で殺すけど、それ愛情とも受け取れるからね」


翔鶴「」


時雨「それで僕は副旗艦、要は艦兵士の皆のまとめ役というのは理解したけど、現場で僕より上の権限を持つ旗艦は他にいるんだよね」


元帥「旗艦准将」


提督「」


電「!!?」


元帥「こいつは想力工作補助施設が開発出来んからそこは期待するなよー」


電「ちょっと待つのですジジイ! 艦兵士ではない司令官さんを深海棲艦の射程に入る現場に立たせるとは耄碌したとしか思えねーのです! そういうことなら、提督勢の中では物怖じしない甲大将か、響の適任も併せ持って過去に軍人として海でも陸でもドンパチしてた北方のやつが適任だろーが!」


元帥「甲のやつは無理だよ。死なせられん。准将とわしはそういったしがらみとは唯一、無縁だ。まだ兵士として国のために死ねる」


阿武隈「いやいや、提督の立場は今やもうただの軍人の域を越えてますけど!」


元帥「乙中将と丙少将がいるから大丈夫。最悪、その二人でなんとか。それにこの作戦で電と春雨、瑞穂を扱うんだ。特に電ちゃんさ、ここぞという時の判断で准将以外の指示に従えなさそうな欠陥ちらついているだろ?」


電「……それは」


戦後復興妖精「雨村の兄貴だし、准将と接触した反応はチェックしとく価値はありますね」


元帥「北方は絶対に無理だ。あいつの主体的かつ自由な性格、考えりゃ分かるだろ。向こうはいわば、疑似ロスト空間で過ごしている。あいつの夢をなかば実現しかけているやつらだぞ。北方ちゃんは軍人だけど、国の為に命を捨てられるって柄じゃねえ」


元帥「北方のやつはガングートと一緒に雨村の見張りさせてる」


元帥「それに今回は想力工作補助施設の保持も許可されてる」


瑞鶴「ちなみに提督さん、軍学校の成績では……」


提督「腐っても軍人です」


提督「といいたいですが、教官からの評価は『お前より小学生のうちの息子のほうが強い』でした(目そらし」


一同「ですよねー」


提督「しかし、この海のことであり、会話ならば自信はあります。それに加えて戦争終結してから皆さんの日常に関わり、コミュニケーション力も向上を見せております」


わるさめ「まあ……そだね。今や長菊コンビとか第6駆とかカゲヌイ、主に駆逐艦からの評価はあがりっぱなしだぜ」


電「しかし司令官さん……相手は腐っても深海棲艦なのです。武力は最大限使用を控えるという作戦で」


提督「合同演習から始まり、トランスタイプ、キスカ、鹿島艦隊の悲劇、対中枢棲姫勢力、海の傷痕、フレデリカさん、最初期の皆さん、自分達が今まで学び得た力の本質は断じて蹂躙するのみの暴力ではありません。その成果を今こそ挙げる時です」


提督「早い話が、理解を深めて握手を交わすことです」


提督「鎮守府の皆ならきっと、出来ます」


戦後復興妖精「准将、私は前になにが起きるか分からないから気をつけろって忠告したけどさ、その意味を掘り下げておきますね。契約履行装置って使ったやつ、基本生きているうちにろくな目に遇わないんですよ。島風や少佐君もろくな死に方しなかったのは知ってますよね」


戦後復興妖精「名前の由来は詳しく私も知りませんが」


戦後復興妖精「名前は生死の苦海式契約履行装置なんです」


戦後復興妖精「生死の苦海は、輪廻転生の苦しみを海にたとえた語だ」


戦後復興妖精「契約したやつってろくな死にかたしていねえし、少なくとも地獄を味わう羽目になってる。なぜか契約を破棄しても破棄しなくても」


戦後復興妖精「そして大体、海関連の理由で死んでる」


戦後復興妖精「今回正にそれですからね」


戦後復興妖精「契約したやつは今回の件に関わるなとはいわんけど、優しさ出して忠告じゃなくて警告にしとくわ」


戦後復興妖精「今の流れは准将の因果を中心にして荒れてますよー」


提督「自分は戦争に魂を捧げた身です。終わってから今も、人生という性質の上、死も覚悟はしておりますよ」


提督「この鎮守府(仮)に来た時から今までの時間の中で得た航路の」


提督「終着点かもしれませんね」


提督「ぷらずまさん」


提督「自分は貴女という船と運命を共にする覚悟は出来ておりますよ」


電「――――」


電「了解なのです!」


阿武隈・瑞鶴・わるさめ・瑞鳳(なんかこの感じ、懐かしい)


戦後復興妖精(あほらし。警告無視されたし、責任は取らんとこ。まー、私は人を見る目あんまりないみたいだから気に留めとく程度にしとくか)


戦後復興妖精「それじゃ私はこれで」


元帥「どこ行くの?」


戦後復興妖精「深海棲艦は懲り懲りでしてね。深海棲艦と和解なんて柄じゃありまっせん。人間のほうが相手しやすいし、雨村のほうで主に協力します」


戦後復興妖精「所属は北方でよろしく。それじゃ」


元帥「まあ……いいか」


提督「……元帥、1つ策になりそうな考えがあるのです。このメンバーにはおりませんが、今回の作戦の性質上において強力な戦闘力を有した兵士が1名、存在します」


元帥「誰?」


提督「うちからは1名、間宮さんを」



* 修行中、間宮さん


間宮「師匠、いかがでしょうか……!」


大将「お願いだから客に出して?」


間宮「師匠を越えなければとてもこのお店の料理として出せませんよ……!」


客「大将、間宮さんの飯マダー?」


大将「聞いた? 常連の10割が間宮さんのファンだからね?」


間宮「納得できませんよ! 確かに電ちゃんのいう通り、ここのお店のらーめんは私より上でしたから! この味を越えて免許皆伝を頂かなければ私はお店を出せません!」


間宮「どうしても、というのなら師匠から学ぶためにこの近くにお店出します!」


大将「いやー……うちが潰れちゃうー……」


大将「とりあえず俺が運ぶから、どんどん料理してね」


間宮「いえ、その仕事は私がやりますから!」


大将「はいはい……じゃあお願い」


間宮「はい! 師匠、ところでこの料理の味は……!」


大将「」


プルプル


客「大将の携帯、鳴ってるぞー」


大将「うん? 誰だ?」


大将「お、もしもしー?」


わるさめ《よお、おっちゃん!》


大将「小春ちゃんかよ。そだそだ。魚、送ってくれてありがとうな。あれすげえ美味かったんだが、どこの海のやつなんだ?」


わるさめ《リアルの海では捕れないロスト空間という想力の海で生まれ育ったサンマだゾ☆》


大将「ご近所さんに配っちゃったんだが大丈夫なの!?」


わるさめ《大丈夫だよ。私達も食べたし、そこの間宮さんが料理して》


わるさめ《それで要件だけどさ! 間宮さんの携帯に繋がらなくて! ちょっと間宮さん、鎮守府に帰せないかな?》


大将「俺としては構わないんだが、間宮さん俺の味を越えるまでここを出ないって頑なよ。すでにうちのスープ使わせりゃ、俺より上等なもん作れるんだけども、どうもあの人の舌は自分が納得できないと満足できねえみたいで」


大将「まあ、代わるわ」


………………


………………


間宮「は、はあ……しんか!?」


わるさめ《ストップ!》


間宮「……は、はい」


わるさめ《司令官も最前線で仕事すっからさー》


大将「いっといで。またここで飯作りたいなら歓迎するからさ」


間宮「ありがとうございます! 絶対に来ます!」


間宮「電ちゃんはあなたには渡しませんから……!」


大将「ちょっと意味がわかんないかな」


わるさめ《おっちゃんありがとー! もうすぐそっちに行くから!》


大将「ああ、うん。電ちゃんや初霜ちゃんにもよろしくいっといてなー」


2


ガングート「かったりい。テロリストならさっさと拷問して情報吐かせて楽にさせちまえ。任せてくれたら絞首だの電気椅子だのより優しく殺してやれる自信はあるんだが」


北方提督「全くだ。上は私とガングートをなんだと思っているんだろうね。うら若き乙女達に誇り臭い営倉で男の見張りしろだなんてさ、どこの国のジョークだい。ウォッカなきゃやってられないよ」


神風「司令官もガングートさんもしっかり仕事してくださいよ! 私達がどれほど重要な任務を授かったのか理解するべきかと!」


ガングート「テロリストは嫌いなんだよ。それに見張りなんて私には向いてないぞ。銃殺したら、なんだ。私はまたシベリアへ行くのか?」


北方提督「強制送還だろうね。たまに遊びに行くよ」


ガングート「あいよ」


神風「会話がうら若き乙女からはかけ離れております。それに加えてあなた達二人、このようなほこり臭い場所が超絶似合ってますのでその点はご安心ください」


北方提督「全く、准将の秘書やり出してから神風は三日月と同じく悪い意味でクソ真面目になりつつあるよね。肩の力抜かないと三日月みたいに倒れてしまうよ」


神風「どの口でほざくの!? 三日月ちゃんが倒れたのはあなたが執務を丸投げしたからと聞いておりますが!?」


北方提督「雨村君がなんかしたら、まあ具体的にはいわないけど、容赦なくやるよ。それが最良だろうし、駆逐を立ち入り禁止にして私とガングートを指名したってことはそういうことだろう?」


神風「それはそうでしょうが」


ガングート「対象とは必要最低限の会話。目を離さない。怪しい言動には即対処。二人以上だ。ほうれんそう。以上を徹底すれば見張りでヘマなんかしないな」


北方提督「つまり酒は飲んでもいい」


神風「……ソ連の人の死因の1/4くらいがお酒関連って本当に思えてきた。あ、いや、ロシアでしたっけ?」


北方提督「ロシアって国は別にロシア人の故郷じゃないんだよ」


北方提督「ウォッカが置いてあるところがロシアなんだ」


ガングート「つまりここもロシアだ」


北方提督「ロシアはとっくに世界を制している」


ガングート・北方提督「ハハハ」


神風「ロシアジョークはよく分かんないのでツッコめませんが、そんな意味不明な言い分で飲酒は認めませんから」


コツコツ


戦後復興妖精「おっす」


神風「……」


戦後復興妖精「試合終わったらノーサイドの精神プリーズ」


戦後復興妖精「こっちにいることにしましたー」


北方提督「足音がしたけど、今回は実体持った?」


ガングート「推理小説ならここでトリックだ。本当に戦後復興妖精の足音か?」


神風「こいつの足音です。なお根拠は感覚」


戦後復興妖精「限りなく人間に近い妖精。原因、人の決めた細かいルールをかいくぐるため」


雨村「あの、助けてはもらえませんか」


神風「あん? 神風刀で例の装備、切り離したとはいえ、また開発されたらたまったもんじゃねえから、最大限、大人しくしているのをお勧めするわ」


雨村「いえ、万が一の場合に備えて今の状態だと思うので。私の首が刎ねる時はどう考えても、空母水鬼と深海鶴棲姫の後ですし」


北方提督「助けてって例の二人のことかい? 今、皆が助けようとしているけど?」


雨村「違います違います」


雨村「准将を、です」


神風「……聞いてあげるわ」


雨村「フレデリカさんって学生の頃から深海棲艦と艦娘について強く関係性を疑っておりましたよね? 恐らく仕官妖精は彼女のそこを知って深海妖精可視才を与えたのだと思いますが、知ってます?」


神風「C級の身内の恥を語るとかケンカ売っているので?」


ガングート「かーみーかぜー、いちいち感情逆立てんな」


雨村「『海へと沈み、我々が発見できなかった艦娘が深海棲艦化している』から『海へと沈み、我々が発見できなかった艦娘が深海棲艦化している』とのことで、『それがロスト現象内で起きている』ですが、その仮説は発見できなかった殉職者よりも遥かに多い深海棲艦の数についての矛盾が解決できず、とまあ、突き詰めていかれましたが」


雨村「この説の根本には様々な仮説を元にスタートしています」


雨村「准将は先代元帥と同じくこの戦いを1つの世界という視点から真実を掘り下げましたが、フレデリカさんはこの海の戦いを宗教的観点から真実を掘り下げました。彼女がアカデミー時代にいったそうですが、物的なモノには記録されておりません」


北方提督・ガングート・神風「……」


雨村「これが面白いんですよ。准将は真実を解明しましたが、どちらかといえば真実のその先にある本質を突いているのはフレデリカさんのほうだと思いました」


雨村「『見えない一本の糸がもしも誰か1人にでも見えたのなら私達は今すぐにでも真実にたどり着けますし、私はその糸の見えない点が、2つであることまで絞っておりますが、真に人類にとって重要なのはその糸の示す意味ですよ』と」


雨村「フレデリカさんはこれ以上は言わなかったらしいですが、恐らくその場では議論の価値なしと判断したのかもしれませんね。あまりに意味不明でしたから。あの人は天才的な頭脳があるのに、あまりに自己を伝えるのが下手すぎる。それは自分が異常だと分かっていたからでしょうが」


雨村「でも、非常に面白いですよ。きっと彼女は深海妖精を発見する前からある程度の真実を思い描けていたのだと思いますね」


雨村「今の情報からしてフレデリカさんはこう主張したかった」


雨村「要は『艦娘は深海棲艦と同じ存在で繋がった糸の塊。その糸の塊に私達が更に糸をつけると、深海棲艦となる際にその途切れた糸の先が1つ目の見えない部分』となりますが、『ただの見えない糸なので、その先はどこかに続いている』ということになりますね?」


雨村「『ロスト空間』です」


雨村「そして見えないもう1つの場所は、想力の透明なパイプ、『海の傷痕』に繋がっています。彼女は艦兵士も深海棲艦もマリオネットのような存在だと考えていたと」


雨村「そして私が面白いと思ったのは艦兵士と深海棲艦が1つの糸で構成されているという発想でした。艦兵士が損傷して身体や艤装の糸がほどける。そのほどけた糸で構成されたのが、深海棲艦です。だから、分離してもお互いに繋がったままです」


雨村「糸、まあ、ここは本能や役割といい変えます。それをたぐれば深海棲艦も艦娘も、お互いに引き寄せられる。その命の糸の因果は、運命の赤い糸と化します。准将は深海棲艦を艦兵士の艤装にたまった想いが反転建造にて人間をまとった艤装であるため、反転存在だとしましたが」


雨村「フレデリカさんの説だと、その糸さえ完全に切れたのなら、深海棲艦と艦兵士は運命から逃れられるということになります」


雨村「まあ、その糸の構成している1つが殺人衝動なので、この戦争が弾き出した問いは、深海棲艦からトランスタイプを介して人間へ戻ること。最後の海で反転建造によって産み落とされた此方さんが解そのものですが」


雨村「私が意図せずやっていたのは、その糸に新たでより強い別の糸を結びつけることでした。更に強い運命によって、艦兵士とは別のモノに引き寄せさせる。それが翔鶴艤装80%の空母水鬼と、瑞鶴艤装50%と瑞鳳艤装30%の深海鶴棲姫です」


雨村「きっかけは偶然が大きいですが、あの二人はお互いに適度に殺し合うことで、『艦隊これくしょん』の世界の枠外にいることが出来たのです」


雨村「解体された今、瑞鶴さんや翔鶴さん瑞鳳さんが前に現れたとしても、海の傷痕が用意した解体という慈悲の力で、殺人衝動もさほど誘発されないはずです」


雨村「准将が今回、思い描いている解決への切り込みはただ1つ。理性のある彼女達に思考させること」


雨村「具体的には『なにを以て深海棲艦なのか』です」


雨村「トランスタイプ、海の傷痕、中枢棲姫勢力、戦後復興妖精を引き合いに出して、そこを改めて思考させるはず」


雨村「そこさえ価値観を変化させたのなら、和解へと持ち込めます。そして彼女達も『殺人衝動があることが深海棲艦の定義』だとは絶対に考えておりません。あの時、私に助けて、といった深海鶴棲姫ですから」


雨村「准将が『彼女達の感情をどこまで心で理解できるか』が、そのまま成功作戦率に影響します。なぜなら、鎮守府(闇)は准将に盲目的で、准将が殺せ、といえば殺しにかかるからです。艦兵士だった彼女達は相手があくまで深海棲艦だとも認識しているから尚更です。ここまで行き着くと、この一件で」


雨村「確実に死ぬのは大罪者の私です」


神風「呆れた……自分を助けてってこと?」


雨村「ですから、准将です」


雨村「准将は、私を合法的に殺すのが目的です。私と准将の関係はご存知ですよね。さきほど話した時も准将が私を見る目は確かに冷酷無比でした。恐らく、准将は私の家庭を憎悪しているんだと思いますから」


雨村「そこを確かめてください」


雨村「もしもそうなら、止めてあげてください」


雨村「それは間違いだから」


神風・北方提督・ガングート・戦後復興妖精「………」


北方提督「みんな、どう?」














神風「10点かしら」


ガングート「30点はやる」


北方提督「20点かな」


戦後復興妖精「可哀想だろ。100点やるよ」


北方提督「400点満点中、160点だ」


神風「私は1000点満点中よ」


戦後復興妖精「ギャハハ。余裕で赤点ですねー。なるほど、レオン君は兄貴より口は上手そうですが、兄貴より頭は悪いんですね」


神風「ええとねえ、雨村さん」


神風「司令補佐はそんなことしたら、悲しむ人がいるって分かってるから絶対にしないわ。彼は本気で悪いところを治そうとしているの」


神風「その想いが」


神風「貴 様 風 情 の 存 在 に 負 け る と?」


神風「あんま調子乗ってっと死なない程度に首を刎ねっぞ」


北方提督「准将はもうそんなやつじゃないさ。この鎮守府に来て見ていたら私でも分かるくらいにね」


ガングート「お前が例の二人を本気で愛してねえからいえる台詞じゃねえの」


雨村「……、……」


戦後復興妖精「私からはそうですね、本気で殺しにかかるとしたら軍の連中にお前が危害を加えたら、です。敵に回るのは准将だけじゃないですけどねー」


戦後復興妖精「ヒントあげたんだからやり直し」


北方提督「中々面白い話だったよ」


ガングート「ラジオよりかは良いな」


戦後復興妖精「私を騙せたら100万円」


神風「憐れなり」


雨村「ええー……」


神風「ちなみに先の軍艦じゃんけん」


神風「私が見張りにつけられることを読んでいて、逃げ出すために感知の程度を試したのかもしれない、と司令補佐から教えてもらっております」


雨村(さすがに相手が悪いな、これ……)


戦後復興妖精「……雨村さん」コソコソ


戦後復興妖精「本気なら私も手伝いますよ」


戦後復興妖精「契約履行装置に願いを書き込んでください」


雨村(こっわ……)


雨村「……、……」


雨村「ハハ、いざという時は頼りにしています」


戦後復興妖精(へえ、0点だとはいわねえのか)


戦後復興妖精(お互いに出来るだけ穏便に、そして取り分を考えて、想力省の設立を読んでいたのなら、まあ、一般以上になにか超技術はあると見込んではいただろ。一家心中……絶対に過去でネジ飛ばしたパターンだとは思うが)


戦後復興妖精(……弟、ね。准将は今回こっちだと思うけどねえ)


戦後復興妖精(空母水鬼と深海鶴棲姫の理性覚醒が、基盤になった瑞鶴と翔鶴、瑞鳳武蔵艤装の運命の悪戯、海の傷痕が『知らなかった』想力工作補助施設だと?)


戦後復興妖精(パーパは知ってたぞ。私のツレはそれで戦いを挑んだんだからな。恐らく頭悪すぎてアホな戦い方して負けたんだろうけど)


戦後復興妖精(やっぱり隔絶された箱庭鎮守府のせいか。いずれにしろ、こいつの証言は筋が通るし、納得できる偶然だ。深海棲艦周りは向こうに任せるとしても)


戦後復興妖精(電の想力工作補助施設も、同じく用途が限定される。恐らく准将起点にしてっから、いや、准将はあっちに回して正解か?)


戦後復興妖精(……佐久間が意図して作った想力工作補助施設じゃねえ。だから、その力はかなり限定的ってところは納得できる。私が使ってたやつは『生死』を起点にして用途を広げたけど、あれと同等なのは狙って製作しなきゃ無理だ)


戦後復興妖精(想力工作補助施設の能力が箱庭形成、維持と出入り。深海棲艦の肉体改造の二点っていうのがうさんくせえ。箱庭形成が初期能力だとすると、こいつはその時なにに対して廃の領域に足をぶっ込んだのか)


戦後復興妖精(……想力ってのは自由度があり過ぎて、他になにか活用していてもおかしくない。例えば、こいつが)


戦後復興妖精(ステルスかけてなにかを装備している場合)


戦後復興妖精(だとしたらそれが恐らく……)


戦後復興妖精(切り札であり、思考機能付与能力も施されていない深海棲艦と関係を結べた理由? まあ、やっぱり今は青葉達の調査待ちかね……)


戦後復興妖精(破綻した推理だよなあ)


戦後復興妖精(……乙中将に唾かけに行くか)


【5ワ●:プレゼント・フォー・ユー】


わるさめ「届けてきたよ。設備もね」


時雨「お疲れ様。ビデオ時間は約20分、終わりと同時に出るよ」


電・わるさめ「了解」


瑞穂「あの内容、私ならキレるけどね……」


わるさめ「ずいずい翔鶴づほが『面白い!』と太鼓判を押したからきっとウケる」



*ビデオレター ~わるさめちゃんより愛を込めて~


深海鶴棲姫「……」ポチッ


わるさめ《司会&実況のわるさめちゃんだゾ☆》


わるさめ《和解へと向かうために》


わるさめ《空母水鬼、深海鶴棲姫のお二人とお友達になれそうな奴等を私達、対深海棲艦海軍の仲間から集めました!》


深海鶴棲姫「……」イラッ


わるさめ《まずは丙少将鎮守府からは1名、この人!》


わるさめ《名乗りを挙げたのは奇跡の異能艦! 艦歴はいわずもがな! 様々な死地を乗り越えて、適性者としても中枢棲姫勢力の幹部と初対面でお友達になったドラマをお持ち! 幸運女神のロマンティックあげ、》


深海鶴棲姫「……」ハヤオクリ


わるさめ《乙鎮守府からは意外にもこの人! 残念、大和撫子だと思った? 山城よ! コミュ力に定評のある元気一番姉を差し置いて推薦されたのは、西村艦隊、レイテ特攻性質を所持する航空戦艦山城! 姉とともに地味に戦艦としては最年少であります! 建造された当時は18歳、その理由はケンカ売ってきたヤンキーをシメるためという根っからの押忍番、かの跡地は山城伝説と地元のホラースポットと化していた!》


わるさめ《言葉は要らねえ、拳で語り、》


深海鶴棲姫「……」ハヤオクリ


わるさめ《キタ(゚∀゚)キタ!》


わるさめ《全ての鎮守府の中で最も苦労した秘書官》


わるさめ《三日月氏いわく――――》


わるさめ《彼女がいなければ私は精神をやられていた》


わるさめ《北方伝説の片割れ! 天から吹き付ける銀の風が迸るは凍える炎のツッコミ! 北方の自由の翼は私がもいできた! 一時期はお婆ちゃんの介護のため軍を離れておりましたが、なんと艦兵士歴は20年、ツンデレとしても20年の歴を誇る超ベテラン! 北方鎮守府一筋、我が艦兵士道は北方とともにあり!》


わるさめ《北方からは駆逐艦天津風ことあまつんが駆けつけてくれたぞ!》


わるさめ《そして北方からはもう1名》


わるさめ《――――特徴》


わるさめ《『なにを!』、『しても!』、『可愛い!』》


わるさめ《北の雪国で開花した笑顔の花は氷の心をも溶かし尽くす! 月夜の癒しと太陽の笑顔! 皆さんご存知、ホロ適性者の中でもレア中のレア、『ゆー&ろー』の素質を併せ持ったドイツが産んだ奇跡の個体!》


わるさめ《ドイツでのろーちゃんは横断歩道を渡るときに日本の癖で手を挙げてしまうという! ナチス時代の敬礼をしてしまうという失敗であります! しかしッ、誰も彼もが可愛いと笑顔で赦したという! 正しく可愛いは正義! 文化の垣根をも溶かしている模様です!》


わるさめ《おっと、ここで新情報が飛び込んで参りました》


わるさめ《……》


わるさめ《す、すみません。あまりの衝撃に言の葉を失っておりました》


わるさめ《バリメロンが開発中、『アーケード艦隊これくしょん ダイヴver』の開発において、ドイツのアトミラール直々に『U-511は初期艦として選べますか』と開発に圧力をかけてきたとのことです! 現場にドイツからの開発陣を送り込もうとしているとの情報です!》


わるさめ《これには全世界のゆー&ろーちゃんファンもにっこ、》


深海鶴棲姫「……」ハヤオクリ


わるさめ《キタ!(゚ ∀゚)キタ!》


わるさめ《南方からはこの人が駆けつけた! アメリカでは飛んでいるUFOを墜としたとの謎の逸話がある模様! 九州鹿児島西郷どんを故郷に北アメリカ、カルフォルニアで15年過ごした後に日本に帰国! 対深海棲艦海軍にスカウトされて南方に配属! その後すぐにヨーロッパに支援として向かった日本国籍のビリー・ザ・キッド! 防空ロデオガンマン艦・照月!》


わるさめ《休日の朝は起きたら牛乳を飲み、二度寝するのが至高の幸せな模様です! 今朝に突撃あなたのことを教えてくださいをしたところ、ベッドの上で寝ぼけ眼の女の子座り! 口の端から牛乳を滴らせ趣味は乗馬と答えた――――》


わるさめ《と ん で も ね え ド エ ロ 娘 だ ッ!》


わるさめ《なお姉の、》


深海鶴棲姫「……」ハヤオクリ


わるさめ《鎮守府(闇)からはッ!》


わるさめ《エンジェル&デーモン!》


わるさめ《『歴史最悪の怨霊船:海の傷痕此方&当局』を沈めた我らが最高艦兵士勲章所持者! 始まりの艤装の一角を担った駆逐艦! 日本が誇る天使代表艦であります!》


深海鶴棲姫「……」


わるさめ《その実、世界で最も深海棲艦を沈めた艦兵士のギネス記録保持者でもあります! なんと甲の球磨型姉妹にトリプルスコアをつけての撃沈深海棲艦数10520!》


わるさめ《西方に支援として出向いた時、その戦闘力は露呈した! 深海棲艦が戦うのを辞めるといわれる程の圧倒的殲滅力を持ち、沈めることこそ私の慈悲だと言わんばかりに敵の息の根を止め尽くす!》


わるさめ《『沈んだ敵も、出来れば助けたいのです!』、『戦争には勝ちたいけど、命は助けたいっておかしいですか?』」


わるさめ《こ い つ は 一 体 な に を い っ て い る の か ッ!》


深海鶴棲姫「……」ハヤオクリ


わるさめ《そして艦兵士ではありませんが特別参戦枠》


わるさめ《同じく鎮守府(闇)から》


わるさめ《我らが提督、青山開扉准将!》


深海鶴棲姫「……!」


わるさめ《デーモンに魅入られた提督はやはりデーモン!》


わるさめ《彼との会話に応答する! それすなわち敗北なり!》


わるさめ《世渡りが下手な彼を発掘したのは先代丁准将! 戦争終結に魂を捧げて、艦兵士はただの船のごとく扱い、妖精、深海棲艦に関しては誰もが認めるド変態! 当時の人間としての至らなさはあの間宮さんをぶちキレさせる程であります! 一時期鎮守府では『あの人はあたし達より深海棲艦のほうが好きなんだと思う』とドン引きされていたぞ!」


わるさめ《なお最近、名前の読みをヒラトに変えた模様ですが》


わるさめ《誰1人からもヒラトとは呼ばれない可哀想なオープンザドア君!》


わるさめ《戦争終結してからメキメキとあがるコミュ力(自称)で、今回の作戦に意気揚々と参戦だぞっ!》


深海鶴棲姫(くっそどうでもいい情報しか発信されてない……)


わるさめ《続いては死の霊柩母艦、キングオブザアンラッキー、瑞穂ちゃん!》


わるさめ《婚約者に式をすっぽかされた挙げ句に軍の人間にだまくらかされて海へとやって来たッ! 更にフレデリカという超絶変態と意気投合! トランスタイプに改造され、禁断の8種にされたことで生死曖昧などろっどろのスライム妖精になった後、丁准将に実験道具として寄贈され、そこから更に海の傷痕による反転建造で水母棲姫にされた!》


わるさめ《中枢棲姫勢力として活動する中、海の傷痕を倒し、幸せな気持ちで天に召されたかと思いきや》


わるさめ《先日、戦後復興妖精にキャッチされて瑞穂ちゃんとしてまたもや輪廻転生! 海域突破報酬商品として我が鎮守府へとご案内! もう嫌だもう嫌だ、と嘆く彼女は中枢棲姫勢力のネッちゃん、第1世代矢矧にボコられて沈められるという理不尽! 一体彼女がなにをしたのか! 本作戦もお偉い様からのご指名による強制参加だ!》


深海鶴棲姫「……」ホロリ


わるさめ《以上が今作戦、ファイナルファンタジーを描く光の戦士達!》


わるさめ《なお仲間達は深海鶴棲姫のために今朝から会議を行い、親交を深めるための呼び名を考えた模様!》


わるさめ《瑞鶴、瑞鳳、武蔵! その割合が濃いとの情報のもと一晩かけてチャーミングな名前を編み出した!》


わるさめ《名前は瑞鶴、瑞鳳、武蔵から一文字ずつ! そして苗字には故郷の海と思われるエンガノ岬からストレートに起用! 発表します!》


わるさめ《じゅずっ、》


わるさめ《失礼、噛みまみた》


わるさめ《ずじゅっ、》


わるさめ《こほん。すみません、一発撮りでして》


わるさめ《ズズム・エンガーニョ!》


深海鶴棲姫「……」ブチッ


2

 

瑞穂(機材ぶっ壊されてるし絶対おこだわ)


時雨「やあ、初めまして、だね」


深海鶴棲姫「( ' ^'c彡☆))Д´) パーン」


わるさめ「止めてズズムちゃ、」


深海鶴棲姫「( ' ^'c彡☆))Д´) パーン」


電「はあ、わるさめさんは平手で済んで良、」


深海鶴棲姫「( ' ^'c彡☆))Д´) パーン」


瑞穂「ごめんなさいね……あれはキレて当た、」


深海鶴棲姫「 ( ゚д゚)、ペッ」


ビチャッ


瑞穂「まあ、我慢してあげ……」


深海鶴棲姫「( ' ^'c彡☆))Д´) パーン」


瑞鶴・瑞鳳(喋んなってことかな……)


深海鶴棲姫「お母様方? 私の前に来るだなんてさすがに肝は座ってるわね。タイミング悪かったら殺し合いだぞ」


瑞鶴「だからタイミング見計らって今に、」


深海鶴棲姫「( ' ^'c彡☆))Д´) パーン」


瑞鶴「」


瑞鳳(確かに深海棲艦特有の憎悪は薄いかな。雰囲気は人間に近い……血色もいいし、乱暴だけど、これ加減をしてくれている……つまり交渉自体は可)


わるさめ「……」


深海鶴棲姫「( ' ^'c彡☆))Д´) パーン」


わるさめ「なんでえ!?」


深海鶴棲姫「お前は雰囲気がうるさい。定期的に行く」


深海鶴棲姫「残り7日だ。私がこんな優しい態度でいられるのは」


深海鶴棲姫「よく言葉を吟味して全て端的に発言しろ。理解する頭はある」


時雨「代表して僕が。これ、こちらが用意した服だ。二人分」


深海鶴棲姫「……」


深海鶴棲姫「?」


瑞穂(理解する頭ないし…こいつの相手絶対に疲れるわ)


時雨「僕らとともに外に出よう。手筈は整えてある」


深海鶴棲姫「交友を深めることに意味はないし、お互いに上っ面の情しか芽生えない」


時雨「なぜ断言できるの? 僕は深海棲艦と交友を持ったことはない。中枢棲姫勢力ともあまり個人的な関わりはなかった。君は艦兵士と交友を深めたことがあるのかい?」


時雨「僕自身は別に君達と友達になりたい訳じゃない」


時雨「お互いの目的のためにこちらは君を測る必要があるだけだ」


深海鶴棲姫「……、……」


深海鶴棲姫「だってさ、お姉ちゃん」


時雨(……いつの間に背後に。気づかなかった)


空母水鬼「あなたは他者を無差別に警戒し過ぎです。付き合う価値はあると思いますよ。だって皆さん、とても雰囲気がお優しいですから。きっと本気で私達に配慮した未来を思い描いてくださっております」


電・わるさめ・瑞穂(こいつ……)


瑞鳳(これは困る、かな。提督さーん助けてえー……)


瑞鶴(これが空母水鬼とか冗談きついって……姿も雰囲気もその言葉から伝わる性格もなにもかも翔鶴姉そのままじゃんか……違いは二点、深海棲艦であることと、声か)


深海鶴棲姫「……見えていないから」


深海鶴棲姫「お姉ちゃん、視力がないんだ」


深海鶴棲姫「私も戦ってる時に気をつけてはいるけど、私達は中枢棲姫勢力とは違って人間の肉体を資材にしてない。失った部分の再生に個体差があるのは知ってるはずだ。お姉ちゃんの場合、視力の回復が殺し合いのスパンに追い付かない」


時雨「了解。最大限、配慮させてもらう」


空母水鬼「ありがとうございます」ニコ


瑞穂(うっわ、空母水鬼って大体ポンコツとツッコミで個性別れるけど、この感じは初めてだわ。リコリス並の違和感、慣れるには時間かかりそう)


空母水鬼「ところで准将殿がこの場にいないのは、やはり警戒なされているのでしょうか?」


時雨「答えは用意してあります」


時雨「『願掛けです。あなた達とは陸で出会いたい』とのこと」


空母水鬼「それは素敵な発想ですね」


深海鶴棲姫(意外とキザなやつなのか……?)


深海鶴棲姫(あいつの兄貴だし、そういう意図はないか?)


深海鶴棲姫(……地か)


深海鶴棲姫(外はあまり気が進まないな……)


深海鶴棲姫「……」ムスッ


深海鶴棲姫「( ' ^'c彡☆))Д´) パーン」


わるさめ「いったあああい! なんでわるさめちゃんは理性覚醒した深海棲艦からすぐに暴力振るわれるのお!?」


瑞穂「あんた深海棲艦的にケンカ売りやすいのよ」


瑞穂「悪い意味じゃないわ。要は甘えられているの、」


深海鶴棲姫「( ' ^'c彡☆))Д´) パーン」


空母水鬼「こら、暴力は止めなさい」


深海鶴棲姫「だってムカつくんだもん」


瑞穂(だもん、じゃねえぞオイコラお子様ボディ)


瑞穂(妹のほう……ガン飛ばしは武蔵並の威圧感あって、基本イライラ状態の瑞鶴の性格に瑞鳳の子供っぽい性格がプラスされてる感じが私の発狂の琴線に触れてくる。こっちが下手に出てりゃ調子乗りやがって)


時雨(……7日ね。この様子だと、深海鶴棲姫に空母水鬼との殺し合いを阻止する解決策を編み出して実行すれば、『貸し』の認識に持っていけないかな)


電(なぜだろう……私、今なぜか海の傷痕……)


電(の時より……怖、がってる……?)


瑞鳳(まあ、想定以上に意思疎通は可能ですね。希望もある)


瑞鳳(……よね?)


深海鶴棲姫「本当に武装はないみたいだけど正気か?」


時雨「生殺与奪は君達に委ねる」


電・わるさめ「……」


深海鶴棲姫「なに?」


わるさめ「私達はもう絶対に艤装で誰かを沈めたりしない」


電「今回において司令官も含めてお友達の皆と交わした誓いだ」


空母水鬼(本気の顔、ですね)


深海鶴棲姫(きっつ……頭はお花畑か)


空母水鬼「時雨さん、1つお願いがあります」


時雨「なんでしょう?」


空母水鬼「一人、お会いしてお話したい人がおります」


時雨「准将ならば予定で」


空母水鬼「間宮さんです」


深海鶴棲姫「後、つるむ面子はこっちに選ばせて」



【6ワ●:臭う事件】


情報収集部隊 青葉班 ~雨村宅~


青葉「このパソコンが例の? もう一度、見ておきますね」


阿武隈「わるさめさんいわく、このパソコンのパスワードはレオンですが、なんか単純過ぎてそのパソコンにはなにも重要な情報はないかもですが、わるさめさんの調べなので適当な可能性が否めないのも確かですね」


青葉「棚にある映画はB級が多いですね。それにスポーツに格闘技、お笑い、アーティストのライヴに、流行りのアニメと、勉強のための資料映像系ですかね。雑食な人ですねえ」


金剛「B級モノはホラーとかサスペンスが多いデース」


阿武隈「あ」


金剛「どうかした?」


阿武隈「この映画、フレデリカさんが持っていましたねえ。観たことあります。傀儡師の女の人が事件起こして、最後は自分をも人形になるみたいな?」


青葉「へえー。奇遇ですね。後、その棚って違和感がありません?」


金剛「よいしょっと。別に棚の裏の壁にはなにもありまセーン……」


青葉「……いや、そうじゃなくて棚に並んでいるモノに」


青葉「……、……」


阿武隈「あっ、DVDやブルーレイがあるのにこの部屋にテレビがない?」


青葉「それはパソコンあるから別に違和感ありません」


阿武隈「……言われてみれば」


阿武隈「それぞれジャンルに複数のシリーズがありますが」


阿武隈「アニメだけは一種類だけですね」


青葉「それだ。でも、疑問視するほどでもありませんかね」


青葉「北斗じゃないですか」


阿武隈「そういえばこれゲーセンのスロットに並んでましたねえ……っと、このスロットのDVDにあるやつです。雨村さんの趣味なんですかね」


阿武隈「もしかして深海棲艦のほうの趣味とか?」


金剛「強そうデース……お手合わせ願いたくなりマース!」


青葉「洒落にならないですって……」


金剛「ああ、ビデオは一階にもありましたケド、軍事関連のモノだったネー。あ、例のスパッツルームのところデース」


金剛「暁と響がまだ捜索してくれてるネー」


青葉「下着含めて色々な服がありましたし、あそこは多分、ズムム・エンガーニョちゃんとトビー・マリアナちゃんのためのクローゼットでしょうね」


阿武隈「まあ、サイズ的にはそうかもしれませんが、あの☆の意味は」


青葉「青葉的には深く考えたくないところですねえ」


金剛「……私は電ちゃん達のことが心配デース」


青葉「でも、提督も元帥も中枢棲姫勢力よりも人間に近くて、大丈夫そうな深海棲艦だと」


阿武隈「あたし的には親交を深める方向の作戦の性質上、あたし達にそういわざるを得なかっただけの可能性が高いと思います。だって提督が彼女達を深海棲艦と断言したら、あたし達は深海棲艦に対しての悪い感情で先入観が生じますから」


金剛「……なおさら心配デース」


青葉「甘い考えは捨てたほうがいいですねえ。相手は深海棲艦、平和的解決といえば聞こえはいいものの、相手を無力化することを最優先にその情報収集に兵士の私達が動員されていますので」


青葉「やってることは戦争と大して変わんないですよ」


青葉「海か陸かの違いだけで」


阿武隈「……ともかく、本命の雷班のほうからの情報が欲しいところですね」


金剛「ああもう、陸の上ってのは大変ですネ。海で深海棲艦と戦っていれば相手を沈める、逃げる、の単純で気が楽までありマース……」


阿武隈「……まあ、深海棲艦相手だと存在が有罪判定でこんな風に証拠探す必要もないですからね」


青葉「……私と大淀さん、陸奥さんはこんなことばかりやらされていましたから慣れてますけどねえ。軍内部の思惑、マウント取るための交渉、取引、情報収集、フレームアップのためのメディアリーク等々。解体しちゃったから、ストレスで禿げるまでありますねー」


阿武隈「頭があがりませんけど、ストレスで髪抜けるのはさすがに嫌ですね……」


青葉「青葉だってハッピーな情報収集じゃないと嫌なんですけどねえ……歴代の青葉適性者もこんなことばっかりですし。青葉適性者の偏見はんたーい」


2 情報収集部隊 雷班


雷「ごめんなさいね。職務に影響が出るようなことさせちゃって」


「あなたは変わらないねえ。構わないよ。上に話も通ってるみたいだし。先日にマークしてた空き巣も捕まえたところだしねー」


「それでどう? 指示された範囲でこの町周辺で起きた事件の資料だ。とりあえずいわれた通り、人死にが出たやつから上にしてありますが」


雷「交通事故のほうが半端ないわね……」


「不名誉なことに交通事故の大手ですから。新東名高速、東名高速、中央道が交わる自動車産業の国よ。車保有率も高いし、まあ、難しい問題です」


雷「ねえねえ、悪いんだけど、条件を『人死にが出た事件で、動機がよく分からない、突発的』なのに絞れない? 出来れば刑事の感で臭いやつ」


「へい。ドラマみたいにはかっこよく行かないと思いますが、要は俺の鼻で腑に落ちないやつですね。その隣の裸の書類がそれですよっと」


雷「仕事が出来る! その有能さを見習いたいわ!」


雷「それと刑事部屋なのに、タバコ臭くないのね」


「お嬢、それいつの時代の話ですか。最近の刑事ドラマは観てない? 喫煙者の形見が狭くなってる時代、ここも例外ではありませんよっと」


榛名・陽炎・不知火「……」パラパラ


「見目麗しいお嬢さん方がいるのも例外だけど」


乙中将「いや、申し訳ありませんね……なるべく迅速に致しますので」


「いえいえ、あなたのお噂はかねがね、良い鼻をお持ちだと」


乙中将「期待されるとよく外れます。それに推理はあまり得意分野とはいえないんですけどね……」


乙中将「卯月ママから紹介された女の子とのデートからとんぼ帰りしたんだから、それより幸せな時間であることを祈るばかりですよ」


榛名「乙中将! そろそろ口じゃなくて手も動かしてください!」


乙中将「榛名さんに叱られるとかへこむ」


陽炎「そーそー。展開によっては女の子とデートするより、心臓の鼓動が高鳴るかもしれないし、そこは期待してもいいと思うわよ?」


不知火「それなら向こうへ混ざったらどうですか? 胸が高鳴り過ぎて死ぬオチがあり得るほど刺激的な女の子とデート中ですから」


乙中将「元帥さんの指示通り、こっちでお願いします」キリッ


乙中将「執務で書類の早読みは得意だしね」


「想力って人間が出来ることはなんでもやっちまえる力なんでしょ? あなた達の海の戦いはそれを使って、戦争をあの形にしたわけだ。今度はどんな形なのか見当はついているのか? 人間が出来る全ての可能性を有した相手の証拠押さえるっつう話なら」


「その凶器を使わせた時点で迷宮入り濃厚だと思いますがねえ」


「そもそも法整備されたのも最近で」


陽炎「まあ、想力だからね。例えるのなら、ここに燃料があります。彼はこれを使ってなにをしたでしょう。そんな感じに広い可能性から突き詰めていけ、という途方もなく馬鹿げた作業」


雷「大丈夫。乙中将は超能力者だから」


乙中将「……僕からはこの20の事件を時雨と夕立、それと雪風ちゃん、それに青ちゃんの4人でランク付けさせて更に絞ってくれるようお願いできない? その上から10の事件を調べてみたいんだけども」


「……小さな事件もありますね。それと、これ以上の詳細な資料は漏洩問題もありますので別庁の資料室に足を運んで頂けなければお見せできない決まりです」


榛名「ちょうど提督達に頼んだので、結果が出るまで時間があります。その間に移動しましょう」


陽炎「刑事のおっちゃん、ありがとねー」


「お礼なんていいのよー(裏声」


陽炎「」


3


榛名「文化会館での政治家のシンポジウムの映像ですよね?」


乙中将「そだね。これは僕も週刊誌で見たことあるし、ネットでも話題になった事件だよ」


《ではどなたか質問はおありでしょうか。あ、そこの少年の方、ですね》


《はい!》


一同「……」


《私も将来は政治家になりたいと思って勉強やボランティアに精を出しています》


《先程、施策したアイデアが上手く行ったのは運の要素も大きいとおっしゃられましたが、やっぱり運ってなにかを成すために重要ですよね》


《あなたの人生の中で》


《最も運が良かったことはなんですか?》


《そうだなあ》














《車で人を轢き殺して捕まってないことかな》














雷・陽炎「は!?」


榛名・不知火「乙中将」


乙中将「少年がまとう想力は視えているよ。本当にギリギリね。発見された当局の残骸以上に幽質だなあ。深海妖精とはまた違うから、人間サイドで視えるのは僕だけな可能性があるレベルにうっすい」


陽炎「乙中将の可視才と意思疎通力は提督トップだったわねー……」


榛名「さすがです。裏は取れそうですね」


乙中将「詳しく調べる価値はありそうだ。情報収集班に報告して」


乙中将「次に行こう。映像記録や音声があるやつ」



【7ワ●:隠し持っていた力】


ガングート「お前、喋る気はないの?」


雨村「ありますよ。もう喋ろうかと。隠し持っている装備もです。相手の心の底を覗くような力ですけどね。罪悪感を掘り返すような」


ガングート「……ふうん。ちょっとやってみてくれ」


雨村「そういえばガングートさんってガングートの適性が出るまではもともと修道女をやっていたとか。なぜそんな人が深海棲艦に留まらず陸で人間相手にしたのか。ロシアでは艦兵士の強さを多方面に利用してましたよね。日本では考えられません」


雨村「……子供を殺した事はありますか?」


ガングート「……」


雨村「雰囲気がちょっと変わりました。少なくとも人間を殺したことはありそうですね。でもお強い精神力を尊敬致します。私ならとても出来そうにありません。相手が深海棲艦ならまだしも敵対しているという理由だけで人間は殺せません」


雨村「罪悪感は残り続けるでしょう」


雨村「ちょ、ちょっとナイフとかチラつかせないでくださいよ。北方って人殺しも許容するほど自由なんですか。あなたがやると洒落にならないんですって」


雨村「……、……」


ガングート(気味が悪ィ……)


雨村「あの、罪悪感で死にたくなったことはあります?」


ガングート「ある」


2


神風《はあ!? 見張りは二人でしょ!? なに席を離れているの!?》


北方提督「離れてるけど、サボってる訳じゃないよ。監視カメラで映像記録しながら観察してる。妖精、もとい想力は映像で視えるだろう。見張りを一人にしておいて、ちょっと情報与えもした。尻尾を出してくれないかなって」


北方提督「それに現場には10秒で駆けつけられるし、私は銃と改造スタンガン持ってるよ」


神風《逐一ほうれんそうです! ここにいる司令官は全員あなたより階級上なんですから、北方鎮守府にいる時のように独断で勝手しないでくださいよ!》


北方提督「ガングートに話しかけてるけど、ガン無視されて……」


北方提督(今ガングートの口が動いたか? 応答した?)


北方提督「……、……」


北方提督「!?」


ダッ


3


北方提督「改造スタンガンだ。運が悪くなければ死なないよ」


ガングート「……いっ!?」


北方提督「さて雨村君、この銃が見えるね?」


雨村「……は、はい」


北方提督「なにをしたか答える気はあるかい?」


北方提督「3秒数える」


北方提督「早くガングートを運ばなければならないからね」


北方提督「3」


雨村「ご、誤解ですって! 観念して隠していたモノを自白したところ、試してみろ、というから試してみただけですって! 本当、今回の件はあなた達をどうこうしようとするのは無理と判断しまして」


北方提督「1」


雨村「『本心を聞き出す力』と『その本心を実行させる力』です!」


雨村「私が得た箱庭形成の次の力はこれ! 防衛省で戦争復興妖精が契約利口装置で『自分の声を肯定的に受け取らせる力』を与えたって話ありましたよね! それと似たような力です!」


北方提督「了解、ようやく納得した。ガングートの罪の意識をほじくり返したんだね。ガングートのことだから、自身の中の罪悪感の程が気になったってところか」


雨村「……そうだと思います。詳しくは彼女が目覚めてから聞いてください」


北方提督「私にはガングートがナイフを自らの胸に突き立てようとしたように見えていた。その寸前で軌道を曲げて、右脚にナイフを突き立てた。刺したこの箇所、痛いんだよね。あえて痛みの大きい場所を自ら刺したように思えたけど、納得できる」


北方提督「悪趣味な力だ……」


雨村「次の改造周りの力でトランスタイプにしましたから、想力工作補助施設がなくとも別の装備枠に入れておけば可能です……」


雨村「ほんとにこれで全部です」


4


神風「……ッ!」


北方提督「見張り交代の時間だね。私はガングートを運ぶからよろしく」


甲大将「……」


雨村「話しますから睨まないでくださいよ……」


……………


……………


甲大将「私にやってみてくれ」


神風「甲大将!?」


甲大将「神風いるなら止められるだろ。ちょっと私情あるけども」


雨村「大丈夫だと思います。内容は死なせてしまった『前世代秋月』ですね?」


甲大将「よろしく」


雨村「ではその件について思考を巡らせてください。終われば合図ください」


甲大将「……、……」


甲大将「どうぞ」


雨村「前世代秋月を沈めてしまったこと、あなたに非があると考えておられますか?」


甲大将「考えている」


甲大将(へえ、マジだな。言葉が口から勝手に出た)


雨村「今、どうしたいですか?」


ドガッ


甲大将「……痛え」


神風「自分で自分を殴り飛ばしましたね……」


甲大将「ああ……」


甲大将「なるほどね。凶器を持っていれば危ねえな」


神風「人の心の傷につけこんで自害させるなんて」


神風「胸くそ悪い……!」


雨村「本心のほうの力で罪悪感なりなんなりほじくり返して死にたいと思わせられたのなら、後は実行のほうの一声で大体は死んでしまいます」ニコニコ


神風「……唖然としたわ」


神風「なにが面白くて笑ってるの……?」


雨村「失礼」


雨村「私の家庭の心中事件はこれが暴発したからです。あの時に発現しました。母は病んでいたし、タイミングが色々と悪かったです。私は親の前で兄のことについて問い詰めたんです。あの人達が私の兄にした仕打ちは人としてあり得ない行為です」


神風「確かにその力なら心中で処理されてもおかしくないわね」


甲大将「で、なにがしたいの? どこに逃げようとも、どうあがこうとも、どうとでも出来るっての分からないか? ちょっと考えりゃ分かるだろ?」


雨村「……想力ですか。私はそのような力があることは確信しておりました。恐らく准将よりも早くに。妖精もその力で構成されていることもね。生憎と私は深海妖精にはたどり着けず、海の傷痕までは分かりませんでしたが……」


雨村「いや、そこは万全を期して思考停止しておりました。あの子達は人並みとはいえ、人間の中だと賢いとはいえない知能の深海棲艦です。たった一言のうっかりな発言で、海に出兵してしまう危険もありましたから。いや、そうなると……」


雨村「当局にバレる」


甲大将「でも外に出してたらしいじゃねえか。メインサーバーのバスターが三時間周期でかかることを知っていただろ?」


雨村「……ええ、過去にあの子達を外に出したのに発見されませんでしたからね。その時間から安全な時間を導き出しました。彼女達を外に出して人間と触れさせないといつまで経っても深海棲艦のままです。本当は私に妖精可視才があれば良かったのですが」


甲大将「なくて良かったよ。あいつらはぷらずま、わるさめとは違うから、モルモットのち処分だ。あいつらは戦いを放棄したんだから中枢棲姫勢力とも違う。居場所は中枢棲姫勢力か。まあ、あいつらの目的からして」


雨村「……チューキさんですね。彼女は准将と似ていましたね。恐らく空母水鬼と深海鶴棲姫を海の傷痕を誘き寄せるための餌にしたことでしょう」


雨村「予想外だった。戦後復興妖精の存在がです。『Welcome my home』の能力は要は私の力と同じで、ロスト空間にアクセスする力です。恐らくこの箱庭のステルス原理も把握されておりますし、『生死の苦海式契約履行装置』に神風さんが書き込んだ願いが私に王手をかけていたことに気付いたのは、つい最近でした」


雨村「准将周りでしょう。彼女と会話し、あなたの存在を調べて、少しこちらを疑わせたらたったの3日で追い詰められた。レールを走るがごとしの偶然力ですね」


雨村「……もはや曼陀羅だ」


雨村「私は准将のトラウマを克服する道具として舞台に誘われたとしか」


雨村「私は罪人が罰を受けないのが嫌いです。よくあるでしょ。人をたくさん殺しといて、報いが用意されている登場人物です。軍人なんか正しくそれだ」


甲大将「理想論か。誰かがやらなきゃならねえからやるのよ」


雨村「でも、例えば、敵対する組織の人間殺しまくっている主人公を見て、かっこいいとかそういった感情が出るんですよ。それはそういう風に作られているからこそですが、私はそんな風に掌で踊らされていることに吐き気がした。一人の命が役割を持たされ、海に導かれる。ただの舞台装置のように扱われるお話の……」


雨村「『艦隊これくしょん』とかね」


甲大将「……私の質問には答えてくれないのか?」


雨村「失礼」


雨村「彼女達が表の世界で生きていくのは難しい。電や春雨、瑞穂はもともと人間ですからね。でも彼女達は深海棲艦ですので」


甲大将「諸悪の根源の此方は保護されたぞ?」


甲大将「そっちの深海棲艦が妥協するなら、手厚く生を保証するって軍の慈悲が分からねえの?」


雨村「我が身可愛さではなく、空母水鬼は私を」


甲大将「だったら、大人しくしておくべきだっただろ。もう少し動機練ってこい。あの深海棲艦二人とは別に目的があることは分かった」


甲大将「目的を話せ」


甲大将「その下手な話で丸め込もうとしているのが気に喰わねえし、これは私からの最後の慈悲だぜ。お前は艦兵士に危害を加えたんだろうがよ」


甲大将「だが、敵に回るであろうやつの中で本当に怖いのは提督とか艦兵士とかじゃねえよ。怒らせたら、ヤベエのは」


甲大将「此方と戦後復興妖精だぞ」


甲大将「内容によっては私からも慈悲を検討してもいい」


雨村「……天罰」


甲大将「罪には罰を、の正義感?本来、裁かれるべき存在に裁きを、とか? 要はお前は世の中のことよく知らなくて、それが世界のためになると信じてその実、世界と自分を滅ぼしちゃう落とし穴に落ちるパターンじゃねえか」


甲大将「そこにあの二人とお前の居場所はねえだろ。なに、お前らだけは例外?」


雨村「誤解を招きましたか。あの二人が人間になって本能を消したところで、無駄です」


雨村「居場所なんてもとよりあの箱庭以外には一つしかないんですよ。中枢棲姫さん達がなぜあなた達との戦いの最中、人間として復活するのを頑なに拒んだのか」


雨村「瑞穂さんもわるさめさんも、理解は曖昧なのでしょうが」


雨村「深海棲艦が人間になっても人間として活動するのは不可能だ。きっとあなた達には理解出来ない部分でしょうから、その内分かるとここでは答えておきますね」


甲大将「あくまで大戦時の怨霊船だから、その時の憎悪は覚えているわな。人間からもまあ、良くは見られねえ。深海棲艦とか世界で一番、迫害される『人種』だ。理解とかそういう話じゃねえ。ゴキブリ見て嫌悪感抱くのと似たようなもんだ」


甲大将「保護なしでは生きていけねえ」


甲大将「でも、お前との間柄がある。だからこそ可能性があるんだろう。電と准将の関係は知ってるよな。なぜそっちに傾かねえんだ。回す羅針盤の針先にびびってんの? お前の言葉1つで」


雨村「母親と父親は私が想力で殺したようなものです。その他諸々の罪もバレるのは時間の問題です。気付くのが遅すぎた。もはや私に人間としての未来はありません」


甲大将「……そだな」


雨村「……混ざるべきだったと戦争終結してから気づきました。でも、まだ間に合います。死んでない。始めるのに遅いなんてことはないんですから」


雨村「戦争の中なら私達は敗けない限り、存在を維持出来ますし、あの子達は深海棲艦だから相手を倒すことも、私との信頼関係があれば可能です。鎮守府で提督と艦兵士が過ごすような日々を送ることが出来ます」


雨村「厄介な海の傷痕はいなくなった。そして想力の情報を出揃った。対等です。どちらかの陣営が即座に相手を殲滅するような真似は出来ません」


雨村「深海棲艦が出てきた以上、どちらかが水底に沈むまで殺し合うのが偶然の行き着き先、つまり避けられようがない必然です」


雨村「あの子達の希望を叶えるには」


雨村「もはや我々には」


雨村「居場所なんてもとよりあの箱庭以外には一つしかなかったんです。あるとしたら」


雨村「深海棲艦と艦兵士が共存していた海です」


雨村「戦争で勝ち取り、外の世界の敷地を維持する以外にないんです」


雨村「なので『艦隊これくしょん』の再開を」


神風「……!」


甲大将「……」


雨村「とも頭の片隅で考えておりましたが、それも無理ですね。戦力差があり過ぎて賢くはない。なにより今いない戦後復興妖精が何をしているかも気付きましたし。あの箱庭の鎮守府から彼女達を連れ出してあの擬似ロスト空間の管理権限を確保」


雨村「……本丸を奪われたので、敗けです。勝ち目がない。だからこそ、准将や元帥にも最大限、協力すると申し上げました。彼女達に慈悲を、と」


雨村「……それと私を彼女達に合わせないほうがいいです」


神風「そりゃそうよ。あなた何するか分からないし」


雨村「私と空母水鬼は特に仲がいい。あなた達艦兵士と提督の触れ合いのように和やかな場になります。あなた達は最悪の場合、彼女達を殺すのでしょう?」


雨村「その時に躊躇いが出ます。鬼と姫を相手にその躊躇いが命取りになるのは私よりあなた達のほうがよくご存知かと」


【8ワ●:フラワーベッドシー・メロドラマ 2】


雪風「な、なんか建物から邪気を感じますよ……」


照月「ほんとだよ……相手は鬼と姫でしょう?」


間宮「修行中に呼び出されたと思えばまた最前線……」


間宮「というか電ちゃんホントに大人の姿になってます。可愛いさは変わってはおりませんし、雰囲気で分かりますけど」


雪風「雪風は街ですれ違っても気づかないかもしれません……」


電「こほん。経過情報を説明致します。向こうから指名されたのは私とわるさめさん、瑞穂さん、そして間宮さん、照月さん、ろーちゃん、そして天津風さん、雪風さんです。そして場所は『海が見えない場所』、『閉鎖された場所、なるべく狭いほうが望ましい』とのことです」


電「急遽、鎮守府の対策本部が逐一、エリアの根回しがありますので」


ろー「それがここ? ろーは初めて来る場所だなあ」


照月「確かに海が見えないし、閉鎖された場所で、狭いかもしれないけど」


照月「きっびしいかなー……」


雪風「ゆ、雪風も空母水鬼と深海鶴棲姫はちょっと……」


電「やるのです」


照月「そうじゃなくて!」


照月「ここどう観てもカラオケボックスだよね!? ついこの前まで殺しあいしてた連中とカラオケでワイワイやれる訳がないよねって!」


天津風「照月さんのいう通りよ! 向こうだってそのはず! 私達を殺しにかかってこない保証はあるの!?」


電「ねえのです」


ろー「逆に考えるのなら、こっちとの遊びに応じてくれる深海棲艦だから、照月ちゃんが思うほどではないと思うよ!」


天津風「確認しておきたいけど殺意はないのね?」


電「接触隊は唾吐かれてビンタされた程度なのです。威力的にかなり手加減をしてくれたと思いますのでコミュは取れますし、実際に取れました。こればっかりは会ってみれば分かります。特に空母水鬼はリコリス並に優しい……と私は思いました」


雪風「深海鶴棲姫は?」


電「お転婆ツンデレかと。こいつは感情のぶれが激しいので、ストレートな意味の危険度が高いのはこいつのほうなのです」


天津風「なるほどね……じゃあ、元トランスタイプがヤバいほうの深海鶴棲姫を相手よね。私達は温厚な空母水鬼と交友を深めて仲良くなるってことか」


電「私と照月さん間宮さん雪風さんは空母水鬼のほう。天津風さんとろーちゃんは深海鶴棲姫のほうです」


天津風「嫌! 私は5航戦なら翔鶴さん派よ!」


電「深海鶴棲姫のほうが平和で当たりかと」


天津風「……どこが平和?」


電「ぽんこつ空母と翔鶴さんキレたらどっちが怖いかお分かりだと思うのです。翔鶴さんタイプがキレるのはさすがの私も怖いですから」


天津風「それは確かに……深海棲艦なら尚更よね」


電「……後に准将も合流します」


天津風「……」


電「天津風さん、ろーちゃん。今回の作戦ですが、笑い話で終わるか笑えない話で終わるか、恐らくこっちに左右される部分が大きいのです。こちらの都合で無理させて向こうに付き合ってもらっているという状態なので」


電「平和的な解決策のためにちょっと身体張ってください」


一同「……了解」


4


電「2階です。それでは私達は3階なので、お別れなのです。ああ、いった通り貸し切りなのです。時雨さん、瑞鶴さん瑞鳳さんが監視カメラの前にいるので、そちらの状況は把握しています。抜け出して報告はせず楽しんでください」


間宮・照月「武運を祈ります……」


ろー「そっちもね! さあ、天津風ちゃん行こう!」


天津風「……ええ」


天津風「ろーちゃん、このフロアなんだろう。瘴気で満たされているわ。陸の娯楽施設なのに大規模作戦の海にいるようなおぞけが……」


ろー「姫種だからねー。ろーはアカデミーの頃に姫を見てしまって卒倒しました」


ろー「でも聞いていた感じ大丈夫だよ! カラオケボックスにいる深海棲艦がエンガノ岬沖にいる深海鶴棲姫と同じな訳がないからねっ!」


天津風「そ、そうよね……瑞穂さんとわるさめさんもいるし、後から准将も来るくらいだから、ある程度の安全は保証されているに違いないわ。きっとわいわいやれるっ」


天津風「海で姫と戦う時とは違う、うん」


天津風「さて、この部屋よね……」


ガチャッ













深海鶴棲姫「嵐ノ海ヲ越エテ行ケルノ 沈メ! 沈メ!」













天津風「あっるぇッ! このボックス殺意たっかいッ!」


わるさめ「深海鶴棲姫ちゃんが歌ってくれてるんだぞ!」


瑞穂「彼女の無念がよく伝わって他人事じゃないわよね」


ろー「そうだね……感動ソング」


わるさめ・瑞穂・ろー「泣ける……」


天津風「感性働かせる方向が違うわ! 伝わる殺意のメッセージと仲良くする気が微塵も感じられない選曲な点になぜ誰もツッコまないのかしら!?」


ろー「そんなメッセージは感じないよ!」


天津風「お願いだから耳から直で入る情報を正確に処理して! 沈め沈めいってるわよ!」


深海鶴棲姫「沈メ沈メ!」


天津風「ほらほらほら!」


深海鶴棲姫「( ' ^'c彡☆))Д´) パーン」


天津風「痛いっ! なにするのよ!」


深海鶴棲姫「ツッコミうざいし、うるさい」


天津風「一番うるさいのはあなたでしょお!?」


深海鶴棲姫「( ' ^'c彡☆))Д´) パーン」


天津風(なにこれ。絶対にツッコんじゃいけないカラオケボックス……)


天津風「苦痛すぎる……」


ろー「あの、初めまして。ろーといいま、」


深海鶴棲姫「( ' ^'c彡☆))Д´) パーン」


天津風「ろーちゃんに手を出すなんて」


天津風「北方を敵に回す行為よ……?」


ろー「天津風ちゃん」


天津風「……なに?」


ろー「相手は深海棲艦だからね」


ろー「ろーは、これが深海棲艦ズズムちゃんの挨拶と見ました!」


ろー「ダンケ! 私はろーといいます!」ニパー


わるさめ(あ、この子ガチの天使だ……)


深海鶴棲姫「……」イラッ


深海鶴棲姫「( ' ^'c彡☆))Д´) パーン」


ろー「……」ニパー


深海鶴棲姫「……上等」


瑞穂「あ、キレた顔が5航戦妹に似てる」


…………………


…………………


深海鶴棲姫「……」ハアハア


ろー「……」ニパー


わるさめ「さすがディスって☆ろーちゃんと呼ばれるだけの耐久はあるな……」


ろー「目標があると痛いことも耐えられるんだよ!」


天津風「ズズムちゃん、あなたもう止めておきなさい。伊58を抑えてのクルージング一位のプロをなめてはいけないわ……」


深海鶴棲姫「ごめん……よろ、しく!」


ろー「はい、よろしくお願いしますって!」


3


空母水鬼「♪」


電・照月・間宮・雪風(あ、普通に歌が上手い……)


間宮(でも深海棲艦? 翔鶴さんそっくりで反応に困りますね……)


照月(良かった良かった。こっちは当たりだあ……!)


照月(幸運の女神な雪風ちゃん効果かな!)




空母水鬼「ところで間宮さんと電さんは大層に准将がお好きだと、聞きましたが」


間宮「は、はあ……そんなことまで……」


電「なのです。間違いなく私が世界で一番の理解者です」


電(……大体、司令官さんが聞きたそうなことも分かりますしね)


電「トビーさんにも想像出来ませんか。 あなたが深海棲艦である以上、未来を想像しても絶望しかなかったと思うのです。そんな闇の中からどこまでも続く光の差す世界へ連れていってもらえたら、その司令官さんに対してどんな感情を抱くのか」


空母水鬼「……本当に愛しておられるのですか?」


電「もちろんなのです」


空母水鬼「ではお聞きしたいのですが、准将の趣味、好きな映画や歌、休日はなにして過ごすのか。どんな話題で笑うのか、好きな異性のタイプは?」


空母水鬼「戦争が終わってからです。戦争終わっても、深海棲艦の本とか読んでいるような人なら話は別なのですが……」


電「……、……」


電(戦争終わってから? あの人は戦争への知識や思考が趣味だし、映画や歌はあまり観ない……休日は本ばかり読んでいるか鎮守府でも外でも仕事してたし、どんな話題で笑うっけ。好きな異性のタイプだなんてよく分からない……)


電「人間的な嗜好性はあまりない人で特別好きなことは……」


空母水鬼「……彼は戦争中と何も変わっていないのですか?」


電「い、いや、そんなことはないと思うのですが」


空母水鬼「それは本当に愛しているといえるのですか?」


空母水鬼「私は直接、会ったことはないですが、彼の話はたくさん聞きました。映像でも、音声でも」


空母水鬼「なぜ彼はいつも敬語でお話をするんだろうって不思議に思っていて。あなた達の話を聞けば尚更です。まるで自分の中にあるナニカに触られないため、いつも敬語で話して距離や壁を作っているかのようで、どうも戦争終結してからも変わらない」


空母水鬼「特に電さん、あなたは支離滅裂ですから」


空母水鬼「合同演習時に、戦争においての美しさはあってはならないという信念がもはやない。あなたの周りには戦争で得た美しいお花がたくさん咲いています」


電「……」


空母水鬼「なんだかあなたの准将への愛は宗教みたいです……」


照月・雪風(それは間違いないです)


間宮「……」


空母水鬼「間宮さんは」


間宮「いいえ、提督さんのことはよく知りませんね」


間宮「愛は理屈じゃないんだぜ」


電「間宮さんが修行行ってからなんか変に……」


………………


………………


提督「……、……」


瑞鶴「どうよ提督さん?」


提督「空母水鬼のほうは……面倒ですねこれ」


提督「深海鶴棲姫のほうはあなたの性格に瑞鳳さんの子供っぽい面と武蔵さんが混じることでとにかく手が早そうな上、ツンデレと来た。暴力系ヒロインですね」


瑞鳳「……私、子供っぽいですかね?」


提督「あなた適性率高い割にデータと違って卵や九九艦爆の足がとか、個性あまり出してきませんでしたよね。鹿島さんが来た辺りから観察していましたが、オフの時は意外と。良い意味で故に貴重な常識人枠」


瑞鳳「子供っぽい自覚はないですけどね……」


提督「空母水鬼のほう、自分が到着する前、雨村さんや間宮さんについてなにか?」


瑞鳳「いや、歌があってそこまでは音は拾えません。さっきの会話は歌がなかったので拾えていましたね」


時雨「僕は耳が良いからなんとか。電さん間宮さんとトビーさんが話していたけど、鎮守府(仮)であなたが着任してからのことだ。多分、准将周りのことだね……」


瑞鶴「あー、なるほど。間宮さんが挙動不審なの分かった」


瑞鳳「間宮さんの恋愛の話かな?」


瑞鶴「それで提督さん、間宮さんとはどうよ?」


提督「どうもなにも……間宮さんはやっぱり部下ですかね」


提督「あなた達にとって自分が提督のようにそれと同じです。自分が瑞鶴さんや瑞鳳さんに交際申し込んでも、あなた達にとっての自分は永久に提督でしょう?」


瑞鶴「それはそうだけども」


瑞鳳「提督って悲惨な人生送ってきたからか、人間的に強いですよね。悪い意味で」


提督「悪い意味で、ですか……」


瑞鳳「私が提督さんの歳の時は恋人欲しかったけどなあ。色々とこの先のこと考えたら、一人だと寂しいかなって。やっぱり特別な人がいると違うじゃないですか」


提督「たくさんの仲間に囲まれていて寂しいというのは分かりませんねえ」


瑞鶴「それとこれとは違うんだよね」


瑞鳳「そうそう。仲間はあくまでも仲間です」


時雨「准将、これ平和的に解決できそうかい?」


提督「まだなんとも。ですが、今までの情報を照らし合わせるとなんとなく見当はつきました。空母水鬼のほう、こっちが厄介そうですね。恐らく雨村さんに恋愛的な意味で惚れている可能性が高いと考えます。間宮さんを指名したのは艦兵士と提督との色恋について興味があるんでしょう。翔鶴艤装にはない想だったでしょうし」


提督「深海棲艦に性欲はないので、そこが欠けた愛ですね」


提督「深海鶴棲姫は恐らく雨村さんより姉のほう。姉妹愛です」


提督「なので雨村さんに手荒な真似をすれば、空母水鬼とは亀裂が入ります。そこから深海鶴棲姫のほうも、と流れでしょうか。深海鶴棲姫のほうは交渉次第でこっちの味方に引き込めそうです」


時雨「……なぜ?」


提督「雨村さんは絶対に頭おかしいから。彼の言動を分析すれば、残念なことに昔の自分とよく似ていますね。恐らく……あくまで目的を見据えた上で彼女達を保護したと思われます。自分が戦争終結のためにあなた達に良くしていた理由と同じかと」


提督「そして空母水鬼は恐らくそれを含めての好き、なのが厄介です。深海鶴棲姫の言動的に、彼女はそれに気づいております。なので、深海鶴棲姫が雨村さんをかばう理由として大きいのは彼がいなくなることによる姉への精神影響かと」


提督「要は雨村さんに危害を加えたらヤバいです。姉は当然、妹のほうも姉の味方につくでしょうから。ですので、作戦のほうは」


提督「まず妹のほうに条件を提示。姉のほうにもそうです。雨村さんへの想いが報われる提案をし、それに妹のほうに協力を取り付ける」


提督「ですが、これ二点ほど大きな障害があります」


提督「『性欲という本能を介さない恋愛感情が良く分からないので皆さんの力が必要不可欠で自分からは指揮を執れない点』と『雨村さんの目的がまだ不明瞭なため、そこを絶対に阻止の方向で強硬手段に出る恐れがある』こと」


時雨「……物言い的に雨村さんの目的に見当はついている?」


提督「いいえ」


提督「ただ生命が産まれることに罪はないけど、度を越えて調和の取れない行動を取る倫理道徳の欠けた輩を嫌う人だとは思いました」


提督「そして自分自身だけは例外。何故ならば人間として最低な人間を裁くことは現行法では満足に出来ないから、誰かがやらなければいけないと考えるため」


提督「デスノート持ったら容赦なく名前書き込みそうなタイプ」


提督「……その『デスノート』のような未知のナニカで、あの家庭をぶっ壊したんでしょうねえ。あの母親は上手く仮面を被っていたそうですが、時期的にいえば教団が訪れた後ですから、恐らく彼は自分の存在を知り、自分の両親が異父兄になにをしたか知った。まあ、行動に筋は通る動機にもなりますし……」


提督「現時点での推理です」


時雨「デスノートで例えると異常だけど、不幸な人だよね。そんなものを持ってしまったばかりに道を踏み外してしまったという」


提督「解釈次第ですね。問題はデスノート、彼の想力工作補助施設は奪いましたが、切れ端をトランスタイプのロスト現象を利用して隠し持っていることがほぼ確定事項であることです。能力次第によって危険度は大きく変わります」


提督「想力工作補助施設だとトランスタイプの解体は出来なくはありませんが、時間はかかるとのこと。作業行程を効率化してある妖精工作施設を作って解体、または隠し場所である箱庭を消失させて浄化解体という流れのほうが時間的には早く済みます」


提督「……まあ、ここらは保険的な意味合いが強いので、皆さんは当初の予定通りに彼女達と交友を深めてください。きっと平和的解決は可能ですから」


提督「時雨さん、電さんと照月さんに空母水鬼が妹と雨村さんをどう思っているのか探るようにお願いします。そこらアドリブは刺激してしまう不安があるので、出来れば探り方のアドバイスも。深海鶴棲姫のほうには自分が行ってきますので」


時雨「了解」


提督「では」


瑞鳳「提督、てっきり忘れていたことを思い返していて」


瑞鶴「それ、USB?」


瑞鳳「雷ちゃんに持っててっていわれたきり、ちょっとそのまま忘れてました……」


提督「……それは?」


瑞鳳「神風ちゃんが願い事を書き込んだ時点で排出されたメモリーです。提督周りのことかなって電さんと雷ちゃんの三人で隠し持っていたんです。提督さんの過去はあまり良くないものだろうから皆にバレないようにです。実際、提督さんの過去でした」


提督「ああ……それであの時、自分を縛って拘束いたんですか。その間に観てたんですね」


提督「自分の過去というと、内容は?」


瑞鶴「パソで観たら?」


提督「そうですね。別にもうあなた達に隠そうとも思いませんし、観たければどうぞ」


瑞鳳「提督って教団にいた頃は荒れてましたよね。周りに酷いことばっかりして」


提督「ええ、まあ。至らないところはありました」


7


提督「――――!」


瑞鶴「うわあ、交渉して凶器を電車で輸送させてる……」


時雨「誰かを使って間接的に危害を加えてるね。なにこれ、一緒の部屋だったやんちゃな男の子が気に食わなかったのかい?」


瑞鳳「……」


提督「これ、電さんは観ていないですよね?」


瑞鳳「へ? ええ、私と雷ちゃんだけですが……」


提督「これ自分じゃないです」


瑞鳳「ふぇ!?」


提督「自分が世話になった教団の施設と内装が違いますし、そもそも――――」


提督「この頃の自分は他人から危害を加えられようとも、よほどでない限りは気にしたことはありませんし、周りから浮いていても危害を加えられてはいません。貪るように本を読んで過ごした日々で、このように策を弄して他人を追い込むような真似はしておりませんし、恐らく雷さんも自分が教団の施設にいた事実、そして神風さんの願い事の先入観で『だろう』と決め込んで誤解されておりますね」


提督「恐らくアルバムの写真の間からして、心中からしばらく空いている期間の雨村さん。雨村一家の心中事件から、雨村さんが世話になった施設で、教団とは別だと思います」


瑞鳳「え、ええ!? 提督さんの子供時代と似すぎてません!? 雨村さん、髪は黒といってもハーフなのに!」


提督「目の下に隈がついたら、似てはいますね。初めて血の繋がりを感じました。でも自分はこんな風に他人にこびへつらうような処世術をあの頃、習得してはおらず」


提督「途切れ途切れ、場面が雨村さん視点ではない……このメモリーはあの擬似ロスト空間にいたこの少年の記憶かな……可哀想に。最後に途切れている部分の駅構内で恐らく死んだ」


時雨「この駅でなにか事件がなかったか、すぐに情報収集部隊の雷さんに報告するよ」


提督「……、……」


提督(……しかしこれ)


提督(恋愛関係の拗れか。一人の女が浮気して、双方の男性がいざこざね。浮気相手の男を焚き付けるように彼氏のほうを唆して、病院送りにさせたのか?)


《本当にそれでいいの? 本音は違うはずだ。だってあなたは被害者だ。相手の女はこうなることが分かっていた。ほら、このSNSのやり取り見てよ。君は小馬鹿にされただけだ。なぜ君が一人で割を喰うのか分かりません》


提督(雨村さんは対象に危害を加えるにおいて、実行犯に対して取引した風でもない脅迫した風でもない。諭す、の言葉がぴったりだ。しかし、いくら感情的な面のある子供とはいえ、人を殺す暴力をこうも言葉だけで上手く実行してくれるか?)


提督(どれも相手は雨村さんの思惑通りに動いている事実。これ、どちらかというとカリスマ教祖と信者みたいな印象だ。教祖の言葉で盲目的に動く信者的な)


提督(……誰かを策に嵌めて、危害を加えるにしちゃあまりに下手くそ過ぎる。もはや策の意図はなく、本心をただ伝えているみたいなほうがしっくり来るけど、それじゃ肝心の違和感が消えない。まあ、想力か。なにかの作用でこうなることを確信していなければ自滅する……)


提督(……偶然力? いや、それだとわざわざ喋って焚き付けるのはなぜ? コスト削減……偶然の要素を減らすため? それなら電話とかでもいいけど、全て直接会って話している。二人きりで。偶然力はなんかしっくり来ないな……)


提督(そしてくだらないいざこざばかりに首を突っ込んでいるのを気になる。試している、がしっくり来る)


提督(もしかして……何かしらの人体実験か?)


提督「はあ……」


提督(嫌な血の繋がりを感じますね……)


提督(……あれ?)


提督(この児童養護施設どこかで……)


提督「!」


提督(阿武隈さんと由良さんが育ったところだ)


提督「……ではわるさめさんのところに行って参ります」


瑞鶴「……、……」


瑞鳳「それが真実だとしてもまだ不安要素はあるね」


瑞鳳「うん。提督の過去を含めて、やっぱり神風ちゃんの願い事が原因で降りかかってきたトラブル濃厚だから……」


瑞鶴「意味が分からないのがあるね」


瑞鶴「なんでおちびは『大人の姿』になったのか」


時雨「確かに……」


4


翔鶴《えっと? 私が本気で恋をして、その場合、究極的には妹を取るか相手を取るか、ですか?》


提督「ええ、変なことを聞いてすみません」


翔鶴《……、……》


翔鶴《難しいです。なにぶんその質問の答えは本気で恋愛しないと出ないので。ですが、瑞鶴を見捨てるだなんてのはあり得ないと思ってくれて間違いありません。私の精神が狂ってしまえば、分かりませんが……》


提督「なるほど。ありがとうございました」


翔鶴《いえ……こちらは元帥さんの指示のもと、雷さんや青葉さんの情報収集部隊とともに雨村さんのほうを調査してますが、手詰まりの部分が多くて。そちらからもなにかあれば本部へ連絡を入れてくださいね》


提督「了解」


プルプル


提督「もしもし、阿武隈さん? ちょうどよかった」


阿武隈《あのお、今雨村さんの育った施設に来て、資料室の日誌を見せてもらいにお願いしに行ったんですけどお》


提督「ええ。なんだ、そっちも行き着きましたか」


提督「見せてはもらえませんでした?」


阿武隈《ええ、部外者にはって。上にお願いしてもらえば……と思ったのですが、ちょっとお手伝いしてくれたら見せてもらえるとのことで、資料自体はすぐに確認できます。その後あたしは少し拘束されちゃうかもですけど、お上通すよりもそっちのほうが早いですよね?》


提督「そうですね。阿武隈さんはよいのですか?」


阿武隈《ええ。構いません。あたしがお世話になっていたところですしね》


提督「では、お願いしますね」


5


わるさめ・瑞穂「」


天津風・ろー「」


提督(全員ぶっ倒れている件。そしてわるさめさんが何故か全裸だし……一体モニタールーム出てからこの短時間になにが起きたという)


提督「暴力は勘弁してもらえませんかね」


深海鶴棲姫「( ' ^'c彡☆))Д´) パーン」


提督「この子達、悪い子でもありませんし」


深海鶴棲姫「( ' ^'c彡☆))Д´) パーン」


提督「自分には超効いてますけども、威力自体は弱いです。自分に喋るの止めて欲しいのならその方達と同じようにしないと」


深海鶴棲姫「……、……」


提督「姉と雨村さんにはどうなって欲しいので?」


深海鶴棲姫「……はあ、もう気付いたんだ?」


提督「確信に近くなったのは今の返答のお陰ですけども、こちらとしては個人的な事情も含めてなるべく早期の解決に導きたいんです」


深海鶴棲姫「個人的な事情って?」


提督「あなた達はあくまで深海棲艦というカテゴリーでマリアナとかレイテの怨霊船であることは理解もしているのですが、あまりに人間に近すぎて」


提督「深海棲艦の立場に置かれた瑞鶴さんと翔鶴さんを見ているみたいです。真実を知った提督としてはけっこう胸に来るものがあるんです」


深海鶴棲姫「……、……」


深海鶴棲姫「お姉ちゃんより、私のほうが強い。本気で戦ってもね」


提督「それは雨村さんの身になにかあった場合、空母水鬼が暴走してもあなたが止める。無力化された彼女の殺人衝動をこちらで消してしまえばいいということですね?」


深海鶴棲姫「それで構わない。ただ雨村は殺すな。お姉ちゃんはあいつが生きてさえいれば、生きていけるだろうから」


提督「なるほど、それは飲めません」


深海鶴棲姫「……は? 最大限、譲歩したって分からない?」


提督「深海棲艦を名乗る以上、信用できませんから。そこを理解してもらえたのなら、艦兵士を手荒に扱うのを止めて頂きたい。こちらと手を取り合うのならそれが信用出来るという判断材料がなくては問題外って関係なので。ここは中枢棲姫勢力も例外ではありませんでしたよ」


提督「あなた方に優しく出来るのは我々だけです。そしてその我々は最上位の決定権を所有しておりませんからね?」


提督「腹を割って話せばあなたが思う以上にこの子達は理解を示してくれます」


提督「この子達は既に沈みかけたあなた達を助けようとしている救護艦です。今回は兵装はなく、ただ手を差し伸べるだけ。あなた達がどれかには安心して乗れるほどに理解や優しさのある子達だと思います」


提督「出来る限り早急に。話を聞いた限り……」


提督「とにかく自分は最大限そちらの希望に配慮すると誓います」


深海鶴棲姫「……」ジーッ


提督「なにか」


深海鶴棲姫「別に」


深海鶴棲姫「そのスーツだっさ」プイッ


提督(なんだこれ? まさか瑞鶴さんのツンデレ部分? 自分には嫌われたのか距離が縮んだのかが全く分からない……)


深海鶴棲姫「もう帰っていいよ」


提督「はい……そうさせて頂きます」


……………


……………


深海鶴棲姫「みんなみんなー生きているんだ友達なーんだー♪」ボエー


瑞穂(歌ヘッタクソね……)


わるさめ・ろー「これは仲良くしてくれるっていうメッセージ!」キラキラ


深海鶴棲姫「……」プルプル


天津風(あっ、平手打ちの動作に移行したけど手を振り上げたところで耐えた!)


深海鶴棲姫「……ねえ、わるさめ」


わるさめ「ん?」


深海鶴棲姫「仮に私が人間になれたとしても、深海棲艦として産まれた以上、深海棲艦の時だった記憶はなくらなくて、その時の気持ちもずっと覚えていくし、私に至っては人間をきっと好きになれない」


深海鶴棲姫「……生きていけるのかな」


わるさめ「あん?」


わるさめ(なにいってんだ。深海棲艦として生きたいみたいなこといってたくせに……ありゃあの場の嘘か?)


瑞穂「わるさめ」ヒソヒソ


わるさめ「……うーす」


わるさめ(お母さんならなんて答えるかな……)


わるさめ「……、……」


わるさめ「深海棲艦だろうとそこまで考えられるなら、苦痛は感じたんじゃないの。ただの深海棲艦は憎悪全開なだけだけど、あなたが味わった苦しみはきっと愛を知ったからだよ。その苦痛は幸せを知ってるからだと思うっス。自覚ある?」


深海鶴棲姫「……」コクリ


わるさめ「自分が勝ち取った幸せだ。誰かの批判なんか気にする必要はないよ。そういう心ない人も多いから、幸い私達は生きているだけでも無駄に鍛えられる」


わるさめ「私から見たらあなた達は人間だし」


わるさめ「そしてそもそも人間自体、生きていく絶対的かつ永久的な理由なんてないんじゃないの。私にも一時期あったけど儚すぎた。なくなって」


わるさめ「そしてまた気づいたら手に入れてて。出会いと別れのごとく繰り返して」


わるさめ「今度は前よりも上手くやれっかなって」


わるさめ「そんな感じで私は生きてるけどね」


深海鶴棲姫「……、……?」


わるさめ「こんな適当な感じで生きててもいいっス」


わるさめ「分かったか」


わるさめ(なんか子供に教育してるみたいだー……)


深海鶴棲姫「……よく分からない」


わるさめ(人間的な部分に関してはチューキちゃん達より遥かに子供な印象だよ。その分1つの間違いで作戦に大きく影響しそうだなー)


ろー「おお、わるさめちゃん、ろーは大変感動しました!」


天津風(全裸じゃなければね……)


ろー「わるさめちゃんって声が綺麗だよね。妙な安心感があるというか」


ろー「お母さん? みたいな安心感」


瑞穂「普通のトーンだとね。テンション高い時だとキンキンうるさいのよ」


わるさめ「よし、ならば一曲行きますか……」


天津風「可愛いの聞きたい」


わるさめ「あまつん、演歌ばっかだよな。意外」


天津風「おばあちゃんとよく聞いてたのが演歌だったからね」


わるさめ「瑞穂ちゃん、それであの歌入れてー」


わるさめ「例の春雨ちゃんの可愛い歌」


瑞穂「あいよー。あれね」


深海鶴棲姫・ろー「……?」


天津風「春雨の歌ってあったっけ?」


わるさめ「期待していいよ。瑞穂ちゃんもめちゃ上手いし」



      ♪


天津風「……え、このイントロは」


わるさめ「YOU は SHOCKッ!!!」


天津風(愛をとりもどせ、ですって!?)


天津風(どこが春雨ちゃんの可愛い歌なの? 可愛さにかすってもない選曲……)


天津風(っく、ツッコミたいけど歌ってる最中だからせめて間奏まで……!)


天津風(この空間、私には拷問よ……)プルプル


深海鶴棲姫「あ、雨村が持ってたアニメの……」


ろー「ろーも知ってますって!」



* モニタールーム


瑞鶴「天津風がツッコミたくてぷるぷるしてるw」


時雨「まっっったく、春雨の可愛い感じ出てないね……」


瑞穂《俺との愛を守るためお前は旅立ち明日を見失ったッ!》


瑞穂《微笑み忘れた顔など見たくはないさ愛をとり戻セイッ!》


提督「あの二人は歴代春雨と瑞穂の適性者に風評被害を与えそうだ……」


瑞鶴「確実に与えるでしょうね……」


瑞鳳「あ、間奏に入った途端、天津風ちゃんが腰をあげました!」


天津風《世紀末覇者のヒャッハーな歌じゃない! どこが春雨ちゃんの可愛い感じの歌なの!?》

















春雨《ひゃうッ!》






















天津風《南斗ツッコミ奥義、飛翔白麗!》




ドスッ!



瑞鶴「春雨ちゃん要素そこかw」


時雨「……」ブフォッ


時雨「はは、不意討ちだよ。ジュース飲むんじゃなかった。けっほ」


提督「さすがうちのお笑い枠ですね。面白い。そして天津風さんのツッコミもキレと速度と捻りが同居してる。さすがは島風さんの親友といったところ……逸材ですね」


時雨「でも、ズズムさんも今くすっとしたよ」


提督「あ、電さん達のほうが少し盛り下がってますね」


瑞鳳「トビーちゃんの持ち歌が尽きてしまったのかも」


電《雪風さん、一緒にこれ歌いませんか?》


雪風《了解です! サンタのおじさんのほう行きます!》


電《……》ポチ


シャンシャン


時雨「あっ、これ『赤鼻のトナカイ』だ」


瑞鳳「選曲が可愛いですっ」



    ♪


電《まっかなおっはなのー、トナカイさんはー♪》


電《いつもみんなのっ わらいものー♪》


間宮《可愛い。来て良かった……》


電《でもその年のー、クリスマスの日ー♪》


電《サンタのおじさんは♪ いいました♪》




雪風《……》


パーラララ-♪



















雪風《我想去台湾》












照月《なんで丹陽になったの!?》


空母水鬼《……》ブフォッ


電《いつも泣いてたトナカイさんは♪》


電《こよいこそはと、よろこびました♪》




瑞鶴「雪風が芸人のお題ボケみたいにしたw」


時雨「どっちのボックスもネタに走り出したね」


提督「あっはは、サンタのおじさん、台湾に行きたいってw」


瑞鳳「珍しく提督さんのツボに入ってますね……」


6


天津風「そういえばあなた、なにか夢はないの?」


深海鶴棲姫「( ' ^'c彡☆))Д´) パーン」


天津風「……仮にあなたの願いが叶ったとして、空母水鬼とか雨村さん? と暮らせるようになったら、やりたいこととか」


わるさめ「よく堪えた。ナイスガッツあまつん」


深海鶴棲姫「わるさめは帰っていいよ。うざい」


わるさめ「あいよー。そゆことで一曲唄ったら休憩入りまーす」


深海鶴棲姫「……、……」


深海鶴棲姫「深海棲艦だっていう理由で深海棲艦を迫害する奴等を根絶やしにしたい」


天津風「ほとんどの人類が対象よね……」


深海鶴棲姫「……そっか。なら」


深海鶴棲姫「私やお姉ちゃんが死んだほうがいいな」


わるさめ(……重っ)



【9ワ●:子供の世話を手伝うことになった】


わるさめ「ズズムちゃんから追い出されちゃってさー、鎮守府よりそっちのほうが近いし、なにかおもし、こほん、手伝うことあれば数に入ろっかなってー》


阿武隈《あたしは今、情報収集のために雨村さんのいた施設にいるんですが……》


阿武隈《まさかのあたしのいた施設という》


わるさめ「ほお、里帰りって訳か」


阿武隈《……う、うーん。あたしは兵士になるまではここですね。一時期解体してからは教団、そこから卯月ちゃんの実家に、でしたけど。まあ、一番育った場所ではありますね。あたしは各所を転々としていましたから》


わるさめ「近いから合流したいんだけども、行っていい?」


阿武隈《構いませんけど、雨村さんが自白したって話は聞きましたか?》


わるさめ《聞いてねえや》


阿武隈《今その裏を取りにここにきたんですけどお……》


阿武隈《過去の記録は日誌等で取ってあるんですが、ルールで部外者には見せられないってことで。今回の件は警察にも協力を要請したんですけど、民間の施設ですから、頼んで断られたらちょっと時間がかかるって話でして》


阿武隈《そこをなんとかってお願いしたところです。ああ一応、提督には報告したんです。日誌は見せてもらえるのですが、ちょっと訳あって日を跨ぎそうなんです》


阿武隈《わるさめさん、赤ちゃんとか児童は好きですか?》


わるさめ「好きだけど、どした?」


阿武隈《なら短期で部外者じゃなくなれば、と院長が提案してくださって》


わるさめ《なんじゃそりゃ》


阿武隈《お上に動いてもらうまでもなく、あたしが首を縦に振れば済みますし、そのほうが早いですから。まあ、少しお手伝いすることになって拘束されますけども》


阿武隈《ここ乳児院もあれば児童養護施設もあるので、手のかかる子が多い上に人手が足りてないみたいで……》


《阿武隈! お前ここの施設出身てホントかー!》


阿武隈《ちょっと! 君は児童養護施設の子だから乳児院のほうに入ってきちゃダメでしょお!? しかも土足ですし!》


《オンギャアアアアアア!》


阿武隈《赤ちゃん泣いちゃったじゃないですかあ! よーしよし、阿武隈ですよー。長良型軽巡洋艦の阿武隈ですよー》


《オンギャアアアアアア!》


《阿武隈ー、暇だからサッカーしようぜ》


阿武隈《赤ちゃん泣いているんですけどお!? というか君、それ赤ちゃんのミルクなんだから勝手に飲んじゃダメですよ!》


《うわ、ホントに阿武隈さんじゃん! あの鎮守府の第1旗艦の英雄だよ! お話聞かせてもらえませんか!》


阿武隈《ちょ、ちょっと》


《適性データ見た? 阿武隈さんといえば、あれじゃない? 失礼!》


ワイワイガヤガヤ


阿武隈《ちょっと……》


阿武隈《あたしの前髪っ、あたしの前髪さわり過ぎなんですけどぉ!うぇぇやめてぇ!》


阿武隈《ちょっとぉ……!》





















阿武隈《だから前髪は止めてえぇぇ!皆さんはあたしの指示に従ってください! んぅぅ、従ってくださぁいぃ!》


一同《イヤで――――す!》


わるさめ「くっそw」


【11ワ●:戦後日常編 わるさめちゃん&阿武隈】


春の季節に着任。

その頃はまだ間宮さんが着任していなくて、間宮亭はまだなかったかな。


フレデリカと瑞穂ちゃんと阿武隈と由良さんと、卯月と長月と菊月と弥生と天城さんがいた。戦艦がいなくても、一年でフレデリカから第1艦隊旗艦を委ねられた阿武隈+卯月と第2艦隊旗艦の由良さんが素質が高くて戦艦並に強かった。天城さんはかの歴代軽空母最強という龍驤の適性者と同じく妖精可視才を持ってた。


私の素質は皆の足元にも及ばないから、上手くやっていけるかは不安だった。あまり馴染めないかも、というのが最初の印象だったかな。アブーと由良さんはべったり。睦月型は睦月型で仲がいい。天城さんと瑞穂ちゃんはちょっと私には分からない大人の話をしていたからね。う、うーん、まあ、みんな優しそうだし大丈夫かな?


姉妹艦の多い白露型だったから、姉妹はたくさんいる。でも家族ではなくて、親友という存在に憧れていた。私は引っ込み思案で、いつも誰かに譲るような自己主張の出来ない子供だったからか、親友という存在を持ったことがなくて。


着任初日でそんなこと考えていた時、

私は花壇であいつと出会ったのだ。


「春雨さん、ですね」


「私は一昨日に着任した駆逐艦電なのです」


「よろしく、お願いします」


笑っているのに泣いているような顔だった。

手を取られて、強引に握手させられた。


「よろしくお願いします」


なにか祈りを込められたような気がした。


存在自体は知ってた。私のアカデミーの卒業年の冬の戦い。珊瑚の囮の駆逐艦4名の中、唯一の生き残りだから、すぐに察したけど、なんでかな。一目見た時から、なぜだかこの子となら親友になれそうな気がしたんだ。ま、適性データ見る限り、春雨と電は相性は良さそうで仲良くやれそうな感じしない?


司令官も知らない部分も多いだろう。あの頃の鎮守府での電とのこと、根掘り深く聞かれたことはないしね。私は多分誰よりもあいつとたくさんの思い出を持ってる。あいつの場合は見当ついてそうなのが、恐ろしくて、そしてわるさめちゃん的には相談しやすくて頼もしいところでもあるんだけどね。


あの頃はトランスタイプでもなくて、純粋な電と春雨の思い出だ。


電とよく遠征や哨戒をしていた。遠征は二人でいける近場のお使いをよくしてたっけな。ドラム缶担いで海を航行する時に燃料を節約するコツとか、深海棲艦と戦う時にスコールの中にあえて飛び込んだり。あいつは私より航行速度が速かったけど、私に合わせてくれていたのも、地味に覚えてる。


春はお花を育てたっけな。夏は近場の町の近くに行って燃料を多く消費して、こそっと花火を見たっけな。秋は一緒に勉強したり鎮守府近海からサンマ捕ったり。


あの頃の私達は、子供のように純粋な友達でいられた貴重な時間。


でもまあ、電と今の関係はともかく。

私達、どうにかこうにか生きて終われたね。


「腐れ縁とはお前との関係みたいなことをいうのでしょうね」


「好きで腐れた縁にした訳じゃねーやい」


こんなやり取りの裏側にちらちらしてる不器用な想いもお互いに気付いているから、毎日飽きずに繰り返せる訳だ。私も、電もね。一時期はその全てが辛いだけの思い出にもなったけど、反転×2であら大体元通り。


アブーも由良っちも、みんなそう。

そういう意味であの鎮守府は特別な場所だった。家族や恋人や友達ですら及ばなさそうな、私達の中だけで伝わる以心伝心の超ネットワークの絆が構築されたのだ。


今回はさ、途中で気付いたことがあったんだ。

フレデリカの頃から今まで、アブーと由良っちが軍に来た理由を私は知らない。アブーが話すのは決まってキスカの事件で解体した後の話だからね。


アブーと由良っちが育った施設に来た時からアブーの様子がいつもより刺々しかった。施設のことを「燃えるけど、燃やせないゴミの収集場」とかいうし。


戸籍名を聞いたんだけど、教えてくれない。どうも戸籍名で呼ばれるのが嫌いなようだ。なお卯月も知らない模様。前に卯月にそれとなく聞いたけど「どうでもよくはないけど、そこは察していたから触れないようにしていたぴょん。由良の建造理由はクソ重いのを察したから聞けねー」だとさ。


――――なあ、わるさめ、おかしいこと、たくさんある。


――――そう思うのは私が深海棲艦だからか?


――――お前ら人間は、罪のない深海棲艦ですらも、深海棲艦だから、という理由で殺す。学校で一人を苛めて団結力を高めるのと似ている。


ズズムちゃんは私達よりもずっと社会派である。

チューキちゃん達もそうだけど、深海棲艦は本当に人間より人間について確信を突いてくる。もしかしたら人間に対して平等な深海棲艦が文字通り姫として人間の上に立ったほうが世の中は良くなるんじゃないかと思う程にはね。


うん、ジョークですよ。


今回の事件は、ちょっと洒落にならない。

ガチのヤクザが腹を括って、私達に乱暴してきたからね。雨村が昔に従業員を扇動して暴動を起こした工場のいざこざが原因なようだ。


奴等の名はキマイラ。

一応中国系らしいが、ボスは3人いてそれぞれ就任する際に『獅子』『羊』『蛇』の名を頂戴する。その名の通りキマイラのような組織とのトラブルだ。裏社会に潜むライオンの口から噴いた業火に私達が焼かれていくお話である。


――――こっちにも面子がある。


阿武隈さんと准将は雨村の身柄と交換です。


こちらとしてもなるべく穏便に済ましたいが、想力で出し抜かれるのは2度とごめんだ。1回失敗すればどちらかが消えるとお考えを。


――――春雨さん、あの工場は確かに道徳のない搾取を行っていた。従業員もよく殴られていた。けれど、それでも真面目に働けば故郷で働くよりも、ずっとお金を稼げて帰国することが出来たんだ。


――――工場が潰されたせいで母親が死んだ。その罪の意識で海に身を投げた。


――――何故、雨村という悪党をそこまでして庇う。


我々は勝てずとも必ず爪痕を残すぞ。


悪党に言われちまった。世の中の複雑なシステムは私の頭では理解不能だった。海ではハッキリしていた敵味方の空も、陸では分厚いグレーの曇り空に覆われる。


――――こいつらみてえに子供を利用した悪党を見てると、ちび風とちび津風の無念を思い出して不愉快なんだ。


だろうね。私もだ。


――――テメーは、いつもいつもいつも!


それは電の心の叫び。



余計なことばかり! フレデリカの時だって、私がやるって私の代わりに手を汚した!最悪な借りを作らせやがって、誰がそんなこと頼んだのです!?


誰が『友達に私の代わりに人を殺して』ってお願いするのです!?


それが優しさだというのなら。

そんな優しさがあるのなら――――!


なぜ解体不可能と告げられて咽び泣いていた私を抱き締めてくれなかったんですか!?


あの頃、電と春雨として私達は確かに友達だった! 鎮守府で一番、仲が良かった! トランスタイプになってもケンカするってことは表でも裏でも仲が良かったということでしょう! あの苦しみを知っていたのは春雨さんだけだったのに――――!


なにが友達だ! テメーと私が親友になんてなれるわけねえのです! まるで呪いのように大事なところでなぜか助け合うことが出来ない間柄なのですから!


それを可能にして鎮守府でまた肩を並べられたのも、司令官さんがいたからだろうが! 私達の綻んだ絆に命を芽吹かせてくれた人です!


フレデリカは私がやるかお前がやるかの違いだろうがよ。お前には躊躇う優しさがあったから、私がやっただけだ。それは私の春雨としての優しさだったんだよ。ずるいわお前。私には借りがあるからって軍に私の存在を黙っていたくせに。


なんだよ、司令官いねえと私達はダメなのか? そんな上っ面だけ色塗っただけの鎮守府だったのかよ。


あまり私を泣かせないでくれ。


でも、まあ、電には昔から痛いところばかりつかれてしまうんだよな。

なるほどね、私を見ると電は自分達の罪を直視してしまうからか。道理で戦争終結しても電と春雨の頃みたいになれねえ訳だ。でも、リコリスママが「あなたには優しい伴侶がいるから、フランケンシュタインみたいにはならないわ」っていってた。まだ、私達は間に合うはずだと今でも思う。



あたしは――――


顔の知らない親なんかがゆりかごに置いた紙の名前なんて!


仲間が! 居場所が! 意味のある名前が!


欲しかったから――――阿武隈になったんです!


みんなもそうでしょ!?


あの鎮守府の日々は、

確かに幸せだったはずです!


赦せますか!?


そんなあたし達から仲間を奪った連中を!

皆は優しく手を差し伸べたのに!

その手を引きちぎって嘲笑った奴等を!


運命の歯車が音を立て、崩れるのも気にせず廻る。


残念ながら夢からは覚めちまったんだよな。

お前が一番大好きだったゲームは、

お前と私達が運営をぶっ倒してサービス終了させた。

海と鎮守府を行き来していた日常系のほんわかしたお話には戻れない。世の中の現実と向き合わなきゃね。私達が逃げ込んだ世界は、私達がこの手でぶっ壊した。艤装を外した次は、艦兵士名も思い出の中にしまって生きるんだぞ。


――――アブー、うーちゃんはいう。落ち着け。


うーちゃん達のために犠牲になったぴょん。


聞いた限り元帥が指示した作戦にミスはねー。

こっちがミスしたその結果が今だし。

そのクソみてえな指揮じゃ命預けられないから、


もううちの旗艦を降りろ。


思えばアブーと卯月のケンカも珍しい。

英雄だなんて呼び名が似合わないちっぽけな少女でしかない私達は、等身大の自分を受け入れて生きなきゃな。まずは目の前にあるクソみてえな幸せを各員、強く抱き締めてくれ。


安心しろって。アブーのいう通りではあるよ。

あの鎮守府で歩んだ日々は確かに辛さすらも愛しく思える。


あの子達を見なさい。


今の私達はあの子達のあの時間がとても貴重な時間になることを知っている。特に理由もなくお互いを必要としあって、特に必要もなく気が付けば一緒にいて、特に夢や目標もなく怠惰に過ごしても、毎日バカみたいに笑えて楽しいんだよね。メイビー。


そう。今を生きるだけの楽しいその日暮らし。


未来はふわふわ、目標がなくても毎日が楽しくて不安なんてない。深海棲艦と戦って死ぬだなんてとんでもない。思い描く未来は隣にいるお友達と明日なにして遊ぼうか。


兵士であることを忘れられるほど楽しい時間もあった。


いつかお互いにお互いが知らない友達に囲まれて、間宮さんや秋津洲や山風たんみたいに恋とかもして、大切な家族を連れてお花見でも出来たらいいよね。


私達はきっともうすぐ永遠に近い場所に行ける。


もちっと頭空っぽにしてノリで生きよう。


意外とテンションあがるぞ、そんな時間もね。


さあ、新旧鎮守府(闇)のメンバーよ。

最後の仕事の始まりです、はい。


ああ、そうだ。

あの時はまだ珊瑚での傷が全く癒えてなかったろ。

電、ありがとね。


なんのことかって?

私が春雨として鎮守府に着任した時に

この小さな手を握ってくれたことだよ。


愛じゃ救えねえもんもあること、

思い知りに行こう。

そうして思いっきり泣こう。

そうして私達は本物の愛の形を思い知るのだ。


私があの家を出た時、鎮守府(闇)に来た時、

いつもの門出と同じく、

今日もまた4月の春雨が降っている。


もちろん、濡れて行くよ。






【12ワ●:今宵の騎士様を求めて】


アブーが3時まで子供のお世話をがんばってくれたお陰で資料は入手完了だ。


お日様燦々なグラウンドで子供達が元気に遊んでいた。

乳児院は15の赤ちゃんが、そして児童養護施設の子は50人きっちりで、年齢層は小学生から高校生までのようだ。中々広い施設で、寮のある学校っていうほうがしっくり来る。


グラウンドでは少年達がキックベースをしていて、周りにはサッカーボールの他にグローブやバットが無造作に転がっている。野球かサッカーで衝突したところ、キックベースになったのかな。


阿武隈「くっ、やんちゃな子供は卯月ちゃん一人で十分です」


アブーはしかめっ面だ。寮の玄関のステンレスに向きあって、櫛で荒れた髪を整えている。アブーは前髪の癖が強いせいでセットにけっこうな時間がかかるんだよね。それと建造の精神影響。長良型で唯一変わってしまった艦首と前髪を重ねているっぽい。


阿武隈「ほんとに施設の子供ってのは生意気です……ねっ!?」


飛んできたサッカーボールがアブーの即頭部に直撃した。


「ごめん、狙った! 貧乳も英雄ならこれくらい避けろよな!」


アブーの眼が死んだ魚のようになった。


阿武隈「人の身体的特徴を悪くいうだなんてお仕置きが必要ですね」


助走をつけて、フリーキック。大きく回転を加えられたそのボールは空中で変化が加わって、大きくカーブして宙を鋭く飛んでいく。狙いをつけさせたら砲雷撃だろうがスポーツだろうがさすがの一言だ。その子の側頭部に直撃した。


阿武隈「へへん!」

こいつ大人げねえ。


わるさめ「しかし、お前なんか変だな」


同じようにやんちゃな卯月の悪戯にはむしろお姉さんのように教育的指導をしていた。第6駆や睦月型といった駆逐の中でも子供勢には由良っちと同じく面倒見が良かったやつだ。こんな風にガキにボールぶつけて中指立てるような元気溌剌なアブーを少なくとも私は初めて見る。


そういえば、アブーと由良っちが軍に来た理由を私は知らない。前に一度だけその場のノリで卯月に聞いてみたけども、知らねえぴょん、との答えが返ってきた。アブーがする陸の話は決まってキスカの解体の後だったんだよな。雷の施設とか卯月の家とか、薄々と家庭がないのは気付いていたけども、ハッキリと施設育ちだったというのも今日知ったことだ。


わるさめ「アブーってなんで軍に来たの? 由良っちの追っかけ?」


阿武隈「阿武隈になりたかったからですけど」


わるさめ「軍艦阿武隈ファンに阿武隈適性出たの」


根っからのミリオタだから、というのは意外と少ない志望動機なんだよな。聞いた中だともとから瑞雲好きだった日向くらいだぞ。


阿武隈「ここよりマシですしね」アブーは前髪を整えながらいう。「艦兵士がそのような事情の子が多いのも知っていました。艦兵士も家庭に恵まれなかった子が多くて、どこかに傷を負った子が多くて、そんなみんなと共同生活です。鎮守府もここもそこは変わりませんよ」


確かに。提督なんかそこらのことも必修で学ぶとかって話で、司令官はその一環としてカウンセラーの資格を取ったみたい。実際、駆逐の面倒は提督やお姉さん方が見ていることも多い。鎮守府は戦争拠点なので色々とルールがあって、常駐させる人材に苦労しているらしく、その方面の理由が間宮の適性者を口説き落とすのに元帥さん自ら出向く程の理由にもなっている。


わるさめ「孤児ってさあ」


阿武隈「その表現もこの業界では差別に該当です」


そうなのか。実際、施設出身者も自分のこと孤児孤児っていうし、その表現を気に留めている風でもなかったけどな。当の本人とその周りでの温度差ってやつかね。


そこからはアブーの語る施設の話に傾聴した。施設にも色々と種類があるらしい。孤児や虐待用、障害者用、不良用だ。子供達も未来のため効率的に管理されて、該当する施設のプールで入渠するって印象を受けた


阿武隈「ぱっと偵察してきましたけど、昔とあまり変わりませんね」


わるさめ「偵察っていう? 職業病か」


捨て子5割、家庭問題5割といった具合で子供達の4割程がやんちゃなんだと。アブーと由良っちがいた頃よりかは遥かにマシではあるらしい。二人が在籍していた頃はもう世紀末レベルで荒れていたようで近隣住民からも苦情の電話が鳴りやまないことも珍しくなかったとか。家前でタバコ吸っている、喧嘩している、神社の裏に注射器を捨てていった、とか。


阿武隈「それで調査したことですけど、雨村さんがこの施設に預け子として在籍していたのはあたしと由良さんが軍に入った少し後ですね。その時にやっぱりというか、事件が起きていましたね。院長さんも渋ったんですけど、なんとか教えてもらいました」


わるさめ「事件?」


阿武隈「不良グループのケンカから発展した殺人事件です」


おっかない話だな。


どうもその件に雨村の影がちらついていたようだ。そして当時、雨村と一緒に良くいた子の名前を聞き出してその子に事情聴取をするべき、とのことだ。名前は羊舜君で、年齢はアラサー。この近くに家を借りているようだった。


そして七年前に起きたもう一つの事件。


ここから近くの工場で大規模なストライキが起きて、働いていた外国人留学生全員が母国に強制送還された事件があるとか。表向きストライキなだけで実際は工場内をめちゃくちゃにされて怪我人も多く出たという。暴動だ。


雨村の能力はすでに報告が入っている。あいつの能力は蛇に化けたサタンのように人をそそのかす力に長けているから臭うよね。


わるさめ「でも弥生っちも施設出身者だったよね。ああいう大人しい子も多いの?」


阿武隈「ええ、大抵の子は普通ですが、ピンからキリまでいるんですよ」アブーは芝居がかった風に肩を落として、木枯らし舞うような切ないため息を吐いた。「施設ってところは燃えるゴミなのに、燃えないゴミ扱いのゴミ屋敷ですよ。今は施設建設にも近隣住民が烈火のごとく反対しますし」


わるさめ「……ふうん」


やっぱり今日のアブーは言葉が棘々しい。


私はその羊舜君とやらの事情聴取を請け負うことにして、ちょっと施設を後にした。


阿武隈「あっ、あたしも行きます!」


わるさめ「顔が来たくないって感じだぞ?」


阿武隈「……羊君、もうすぐお仕事の時間のようでお店に行ったほうが早いです」


門外に出てから、深呼吸する。


施設の名前は虹のふもと。

アブーの言葉通り考えるのなら、この世で最も処分に困るゴミは人間なのだ。燃えるけど、燃やせないゴミといったところだ。


ただ捨てられた子供達が行き着き先はやっぱりこういうところが多い訳だ。


心の傷があって荒れることもそりゃあるだろう。それを周りが嫌がって施設建設反対も分かる。仮にこの施設がなくなって、散り散りになって路上で生活するようになったら、それはそれで施設に入れろ、との苦情が来るんだろうな。彼等は子供だし、働けない子も大勢いるから一人では生きていけない。そんな彼等はどうなるのだ、と考えたら世界から居場所がなくなるようで寒気がした。


白い柵に囲まれた内側で業者が機械で地ならしをしていた。そのすぐ道路を挟んだ真横には近隣住民から看板を使っての一言、『墓地建設反対』だ。現代はどうやら生者だけでなく、死者も居場所に困るご時世みたいだな。


もちろん死者も墓という家の家賃を払って正当にそこにいる権利を確保していて、私のお母さんも家賃二千円で安らかに眠っている。どんなボロアパートよりも安い物件だと思う屋先、近くにはホテルが見えて、同じく家賃二千円のカプセルに入って眠っているゾンビのような生者の姿があるという。


街を少し歩くだけでどれほど人間が損得で生きているかが等身大に伝わる。


あの皮肉なまでの茜色の空から吹きつける清らかな風は太陽の笑い声のようだ。


2


よくある雑居ビルの中にお店はある。ダークブルーのネオン看板にある店名はレインボウブルー。


エレベーターで三階まであがった。扉が開くと、ロイヤルな内装がお出迎えした。受付にはみんなのイメージそのままのマダムといった風体の女性がいる。


システムを紹介される前に、会員カードと作らされた。そこらにある肖像画に入った男を観察する。てっきり整髪料つけまくったホストみたいな写真かと思えば、そんなことはなかった。黒髪の童顔系、可愛いけど、真面目な印象を受ける男が多かった。


記入する欄にアンケートの項目がある。

私は項目の一番下のそれ以外に○つけて、内容を書いた。

今晩は本物の騎士様を探しに来ました♪


阿武隈「え、ええっとお……」


隣のアブーはこのような場所に不慣れなようで、おろおろとしていた。


そしてなんと真剣に恋人を探しに来たとの項目に○をつけていた!


適当に選んだのか、迷った末に本心が出たのかは知らんけど、ネタをゲットだ。


料金の説明が終わった後、指名を聞かれた。もちろん指名したのは羊舜君だ。源氏名は騎士君らしい。


わるさめ「ええと、騎士君?」


「ナイトですね。それではシックスルームでナイトがあなたをお待ちしております」


笑いそうになったわ。


シックスルームで待つナイト様のもとへ。薄暗い照明の灯りのもと、安っぽい装飾を見渡しながら、財布を握り締めてたくさんのお姫様を受け持つナイト様が待つ部屋へと向かう。果たしてこれは夢があるのかないのか。


その途中、携帯が鳴ったのでアブーには先に行ってもらうとして、トイレに入った。


わるさめ「司令官からラインとか珍しい……」


個人チャットではほとんど私のスタンプの既読無視が続くだけだ。司令官はこの手のチャットが好きではないらしく、電話か直接会いに来てくれとかいう。ちなみにずいずいと龍孃は司令官とやり取りするけども、質問に答えてくれる程度の会話らしく、相変わらず事務的だと。


《今、なにしていますか?》


《司令官がほったらかしにするので風俗で浮気しています(おこ》


《わるさめさん、ズズムさんに懐かれたみたいですね》


はいスルー。


《トビーさんのほうは電さんですかね。トビーさんがトランスタイプの精神影響って実際どんな感じなのか、興味があるそうでして》


なつかれた、とかちょっと突っ込んで聞きたいところだけども、トランスタイプの精神影響だなんて理屈的なことはむしろ私や電より司令官のほうが詳しいはずだから、わざわざ私に聞くってことは感情的なことか。私はトイレの個室に入って座った。


わるさめ「ええと、私が戦争終結までに宿した深海棲艦は……」


ロ級、駆逐棲姫(わるさめ)、泊地水鬼(ハクチー)、戦艦水鬼、重巡棲姫の5種類でわるさめちゃんとして爆誕した。その後ジョーズ形態で潜水棲姫、防空棲姫、ワ級だ。


合計8種類をこの身に宿したことになる。そりゃまあそれだけの姫鬼の装備を一人で回転させて戦うのだから保護された同時7種の電が軍から危険度SS認定され、最高戦力となったのも納得できる。


ただ私と電では精神影響の度合いが違うし、傾向も違った。


電いわく、最も憎悪がひどかったのが深海海月姫、第一世代のサラトガだ。

私は駆逐棲姫だったな。ただ私は電と違って伸びる髪が白くなったので髪色を染めていた。春雨ちゃんのベレー帽で頭頂部は必ず隠していたし、化粧を使って血色良くも見せてもいたかな。


精神影響は建造直後が凄まじく、体調不良で何日か寝込んで嘔吐を続けた。深海棲艦の艤装に積まれた綺麗な記憶が反転して絶望と憎悪の叫びが常に脳内にこだまするのだ。暴力性と理性の狭間で揺らぎながら耐え続けた。例えるのなら、自分の中に投入した数の深海棲艦が身体に同居しているような感じだ。私がもとは人間だったからもあるけど、出撃して深海棲艦にその暴力の矛先を向ければ衝動は収まったし、日常生活を春雨の仮面かぶって過ごせる程には落ち着いた。でも今も春雨ちゃんの部分がほぼ消し飛んでいるように性格が変化している。電もそうだ。


《今も身体の中に誰かいる感じがしますか?》


《浄化解体されてからは特にない。でも、しこりみたいなのは感じる》


そういえばリコリスママが、私のようなトランスタイプのことを『フランケンシュタイン』と例えたことがあったな。正しくそれだ。最初は純粋な子供でしかなかったけど、深海棲艦という存在が私を怪物に仕立てあげたのだ。深海棲艦と艦娘のどっちつかずの醜悪な怪物。


でも、リコリスママはこうもいった。「あなたには伴侶が要るから結末は違うし、もともと人間なのも大きく違うわね。それにフランケンシュタインはもともと良い子なのよ。人間が彼を怪物にしたんだし」ってね。人間はこの身体を迫害するだろうけど、深海棲艦のほうはあっさりと受け入れてくれた。だからこそ、私と違って独りぼっちになった電の心証を考えると、どれほどの苦痛だったかの想像に容易い。


《そっちはどう?》


ズズム&トビーちゃん達との親睦会は良好に続いており、今はビリヤードしているんだと。ズズム&トビーは艦兵士と接しても大丈夫、と判断されたようなので、こちら側からは新たに人員増加した。シフト制なんて仕組みが出来て、連続稼働時間に定評のある潜水艦を投入して、司令官の代打として龍孃も組みこまれたとか。なんやかんやで少人数ではなくなりつつある模様だった。雨村の身柄は今、お上と打診中だけれども、ズズム&トビーのことに結論が出るまでは制裁的な措置は見送るとのこと。つまり今のお友達計画は順調だ。


司令官と元帥いわく、順調過ぎて強い違和感があるとのことだった。その違和感を拭うきっかけが雨村の過去から分かるかも、と青葉班と雷班は一家心中の真実の裏付けを取っている模様。私がいるアブー達は青葉班のほう。今は雨村の施設で情報収集をしているけども、私として最も気になるのは雨村の家でのズズム&トビーの行動だった。「人間になろうとしたけど無理だった」というズズムちゃんの言葉はその人様の家庭に混じった経験から来るもののはずだ。私の考えじゃ深海棲艦と人間は仲良くなれると思うので解せない。


トイレから出てセックス、間違えた、シックスルームに向かった。


木造の薄い扉を開けると、二畳ほどの広さだった。右手の壁には薄いテレビがあって、ソファはテーブルを挟んで二つあった。奥のソファは一人用で手前にあるのはなぜか二人用だ。私が手前のソファに座ると、正面にある扉が開いて、スーツ姿の騎士様のご登場だ。剣と盾があるんだけど。


わるさめ「アハ。なんで剣と盾を持ってきてるんだ」


羊「意外とウケるんですよ」羊君は私を見て少し目を丸くしたけど、くしゃっとした笑顔を見せた。「いらっしゃいませ」


阿武隈「ああ、もう聴取は大体終えましたよ」


アブーがほっとしたような風だ。助かった、という擬音がため息から伝わる。


わるさめ「……仕事が早いね。早く終わらせてイケメンと遊びたかったんだね」


阿武隈「あはは……」アブーの笑顔がひきつっている。


羊君は妙に芝居がかった動作で向かいのソファに座った。私は適当に飲み物を注文した。遊びたい気持ちもあるけれども、割と真面目な話を聞きに来た。ジュースを注文しておいて、早速だけども、本題に入った。いきなりプライベートを聞くのもどうかと思ったけど、羊君は感じよく柔らかな対応をしてくれた。雑談も混ぜていくスタイル。


わるさめ「この子、風俗通いしていましてね」


羊「ゲームセンターお好きなんですか?」


阿武隈「へ、よく分かりましたね?」


羊「いえが、阿武隈さん。施設の頃からゲームお好きでしたし」


今、アブーの戸籍名をいおうとしたな。『いえが』なんとかだ。その瞬間、アブーの眼が鋭くなったので慌てて阿武隈といい直した感じ。私が来る前に釘でも刺したのかもね。あの施設の当時からいる職員にアブーのこと聞けば一発なので、隠したいのではなく、呼ばれたくないと思われる。


わるさめ「アブーはそんな子供の頃からゲームやっていたんだ?」


阿武隈「まあ……雨村さんはどんな子でした?」


羊「立派なお兄さんでしたよ。正義感が強く、成績も良かったですし」


阿武隈「加えて預け子だったんですよね。虐められそうな性格していますね」


わるさめ「なんでそれが虐められそうな性格なんだ?」


阿武隈「恵まれていると、周りから顰蹙を買いやすいからですかね……」


そういうものなのかな。尊敬や憧れよりも嫉妬が先行するのかね。


羊「ええ、まあ……当時は目をつけられていたのですが、本人は決して物怖じせず間違っている物事に対して真っ向から解決に乗り出すガッツもありました。本来なら好かれる性格だと思いますし、僕は雨村さんのことが好きでしたが、職員から嫌われていたのも事実です」


わるさめ「ええー……職員からも?」


羊「相当アレな不良の更生、まあ、解決に乗り出すってことは問題を起こすってこととほぼ同義ですから、職員もあまり良い顔はしませんね。当時のそいつは本当に頭がおかしかった」


普通はその手の奴とは関わらないようにするだろうよ、わざわざ解決に乗り出すというのは変な子なのかな、とは思うけど、雨村が普通じゃないのは判明している。深海棲艦を保護し、自宅に招き入れていたようなやつだ。こっちはその狂気の深度を測っている。


阿武隈「ちなみにその不良、先に話した亡くなった人です……」


なるほどねえ。ここまで聞けば、その事件の全貌の見当は私でもつく。悲しいことだけども、救いようのない人種っていうのは実際いるんだよね。例えば雨村の『本心を聞き出す力』と『本心を実行させる力』を使っても、その不良を自害に追い込むことは出来ないかもしれない。人を地獄に叩き落とすことに罪悪感なんて全くなかったら、逆に素行不良を誘発してしまうだけ。だから、雨村は第三者、その彼女に浮気されている彼氏君のほうをそそのかしたって感じかな。


わるさめ「ちょっと待って。羊君は由良っちを知っているよね?」


羊「もちろんです。面倒見が良くて子守唄がお上手なお姉さんでした」


阿武隈「……ですね」


またまたアブーが妙な感じになった。今日のこいつ、やっぱりおかしいぞ。


わるさめ「だったら周りからひんしゅくを買うタイプなんじゃないの?」


阿武隈「ストップです。そういうのはあたし達の暗黙の了解に繋がる部分ですので」


うげ。あの由良っちでさえも暗い理由があって軍に来たのか。こういうのはせめて本人の口から聞くのがマナーってものだな。じゃあ、次のお話に行くとしよう。


わるさめ「あ、そうだ。例のテロ起きた工場の件も雨村が関わっているの?」


羊「そちらは知りませんが、そこの工場に勤めていた子と雨村さんが話していたのを覚えています。まあ、関係を持っていてもおかしくないとも思いますよ。あの工場、悪い噂がたくさんありましたからね。労働者は最低時給以下の収入だったとか」


わるさめ「ふうん……よく分からない世界の話だ。工場のことも施設のことも」


そこでアブーが口を酸っぱくしていった。


阿武隈「提督がいた施設は共栄自律教団のところなので、普通な子が多かったと思います。提督は本当のピンからキリまでいる施設の内情を知らないんだと思いますね……」


羊「そうですね、僕達は普通かどうか聞かれたらやっぱり普通ではないんですよ。世間一般の認識は駆逐艦なんて幼い年齢で軍に行くだなんて不幸だ、とかいうじゃないですか」羊君はいう。「僕達の間では羨望の的ですよ。英雄になれるかもしれない上に稼げる仕事ですからね。全員に艦兵士の適性が出るのなら、応募は殺到すると思います。そういう子供達もたくさんいるんです」


まあ、重要なのは個々の心っていうのは分かったよ。心が強ければ耐えられるし、弱ければ少しの傷でも致命傷になる。


それからしたらやっぱり私より電のほうが心に傷を負っていたんだと思う。私は自暴自棄にはなったけど、電のように戦争終結に取り付かれ、自害を望むことはなかった。もともと性格は似ていたけど、トランスタイプになってから犬猿になったのはそこかな。だから同じく司令官に救われた身でも、司令官を想う気持ちでは電に及ばないのだろう。ただ想いが深ければ良いってもんじゃないとは思うけどね。


それから何気ない世間話をした。私達が羊君の素性を知っているからか、プライベートの話にも答えてくれた。院の近くのアパートを借りたのは、家賃的に都心よりも単純に交通費を含めて数千円安くなるからとのことだ。そのほうが施設にも顔を出しやすいし、とのこと。教団のシステムに感銘を受けたゆえ、毎月お世話になった施設に寄付をしているという好青年だった。


わるさめ「かっこいいー。ライン教えて?」

リップサービスではなく本心だ。

私の人を見る目が羊君を良い男だと告げている。


羊「そういうの怒る彼女がいるんですよ。僕としてもじっくりお話したいんですけど」


それに律儀だ。こういう仕事をしているだけあってトーク力もあるし、彼女はいるか。そして同時に延長どうですか、会いたければ店に来てー、というニュアンスも含んでいるから商売上手。トドメに可愛い笑顔だ。春雨ちゃんだったら顔を赤くしてアブーの背中に隠れていたかも。


羊「それと、雨村さんのことですが」


わるさめ「うん?」


羊「お話できる知人がおりますよ」


とのことなのでその知人とアポを取りつけてもらった。


場所はあらら、雨村宅からそう離れていないお水のお店だ。ちなみにこのレインボウブルーには三十分もいなかったけど、料金は一時間分きっちり取られて、外に出たらまた入り直さないといけないシステムのようなので時間まで遊ぼうと思ってたけど、アブーの帰りたいオーラが半端なかったのよ。


エレベーターに乗り込むとアブーは恨めしげにいう。


阿武隈「なぜあたしがわるさめさんと夜のお店をはしごする羽目に……」


わるさめ「アブーと二人きりのデートって初めてだよね☆」


阿武隈「デートって言い方止めてください……」


またまた死んだ魚の眼になっていた。

次もまた女性専用の風俗ですからね。


3


雨村宅の見える道を通っていたところ、路地裏の電柱で居座って酒飲んで喋る青少年チャラ男二人組に絡まれた。こんな路地で酒飲んで近所迷惑も考えずに甲高い声で笑っているから、あまり良い印象は受けない。


くう、やっぱり可愛いっていうのは罪だぜ。なかなか解放してもらえなかった。


阿武隈「あの、失礼します……」

とアブーが早足で去ろうとしたけども、腕をつかまれてしまった。


阿武隈「離してっ」とその腕を振り払った拍子に手の甲が相手の頬に直撃してしまった。ああ、これはマズそうな展開だ。嫌な予感を察して私はアブーの手を取って走ろうとするけども、正面に男が周り込んでいた。「あ、ユーフォー」とベタな手を使ったけども、「いるわけないだろ」リアリストはひっかかってくれない。プライベートで酒飲んでロマンチストにもなれないのはつまんないな。司令官かよ。


ん、今、向こうの交差点からこっち見ているの司令官じゃね。顔はよく見えないけども、雰囲気とか体格、そして着用しているスーツがそっくりだ。ナイト様キタコレ。雨村宅までズズムちゃん達を送って出てきたのかもしれない。アブーも気付いたのか、「提督!」と手を大きく振った。そいつはその場に突っ立って、腕を組んで長考を始める。間違いねえ、あいつは司令官だな。


阿武隈「提督、ちょっと助けてくださあああい!」


アブーが声をかけると、こつこつと歩いてきた。やっぱり司令官だったが、その虚弱オーラでなにか変わる訳でもなく、逆にガンつけられてしまっていた。


提督「途中、道にでも迷いましたか。見つかってよかったです。話はつけるので先に」


わるさめ「司令官かっこいいよ!」


とのことでアブーと一緒にその場から退散した。いやあ、助かった。司令官はああいう話に聞く耳持たなそうなタイプは大の苦手だろうけども、男なだけあって意外と頼りになるじゃん。走りながらアブーにそういったら、「はい!」と嬉しそうに笑った。こいつも司令官好きだよなあ。


角を折れたところで走るのを止めた。身を隠しながらちらっと様子を伺った。


提督「すんませんっしたァ!」


全力土下座で現金を献上する司令官の姿がありました、はい。さっきまで乙女顔だったアブーもこれには百年の恋も冷めてしまうといった風だ。目から光が消え失せてしまっている。私はかっこいいと思うけどね。もちろん、ちゃちゃっとスマートに撒いてくれるほうがかっこいいけどさ。


阿武隈「でもあたし達を助けてくれたんですよね……」


わるさめ「そうだね。これからは夜に出歩くのはなるべく控えよう」


不良組はバイクにまたがり、騒々しいエンジン音をあげた。


その時だ。雨村宅の二階の窓が開いた。顔を出したのは今朝より更に不機嫌そうな面のズズムちゃんだった。窓縁に足をかけて、猫のような身のこなしで家の周りの塀に着地すると、そのまま道路に舞い降りた。


そして思いっきりバイクを蹴り飛ばした。

バイクにまたがった不良達ごと路上を滑った。


深海鶴棲姫「最近この辺りでうるさいのはその音だ」睨みつけて、正面を指差していう。「その音がすると、あの家の赤ん坊が泣き始める。二度とその乗り物でここらに来るな」


男達の表情が変わった。ケンカかなこれ。

近隣の住民が窓を開けてこっちの様子を伺っていた。不良達もそれに気付いたのか、バイクを起こしてそのまま走り去った。


いや、本当に無事で良かったよ。むろん、あの不良君達のほうだ。姫を相手にしたら万人いても勝てないぞ。


とにもかくもなんとか解決だ。

私達の今宵のナイト様はズズムちゃんでしたね。


4


阿武隈「さっきはありがとう、ございます。提督も」


深海鶴棲姫「別に」ズズムちゃんはルービックキューブで遊びながら「泊まってもいいよ。私達と一つ屋根の下で眠る勇気があるのなら、だけどね」だとさ。


アブーの顔が曇るけれども、私はお言葉に甘えさせてもらうことにした。伊達に二年間、深海棲艦と暮らしてはいない。トビーのほうは知らんけどもズズムちゃんは良いやつだと思っている。なによりズズムちゃん達と交友を深められて一石二鳥だと思った。ちなみにトビーこと空母水鬼は電と間宮さんとともに外出中だと。そして箱庭は悪い島風ちゃんが捜査のため、封鎖しているとか。管理権限を奪ったという話だけども、ズズムちゃんは気に留める様子もなく、非常に穏やかだ。


深海鶴棲姫「准将、お前はどうする?」


司令官は眉を潜めて、長考中だった。ズズムちゃんと過ごせるのは作戦的には願ってもいないことだろうが、ここは司令官の世界で一番嫌いな母親が生きて、そして死んだ家なのだ。出会った頃の司令官ならば、気にもせずに首を縦に振ると思うんだけど、迷うってことは人間味が出て来た証拠だよね。


結局、司令官も泊まることになった。


アブーが司令官に調査のことを記したメモ帳を渡した。その瞬間、司令官は仕事モードに突入して、しゃべりかけても上の空だ。ズズムちゃんが「貸せ。雨村のことなら私に聞けばいいじゃん」と資料を奪い取った。そして資料に目を通すと、すぐにぽいっと捨てた。


深海鶴棲姫「工場の件は雨村がやった」


知っている風だ、詳しい事情を話してもらったところ、なんつうかまた社会の闇だね。


アジア圏内の貧しい外国人留学生が働く工場の話だ。その子は学校の友達ではなく、雨村が街で会ったという男の子で、その子は出稼ぎに来ていて宿舎と職場を行き来する生活を送っていたそうな。その工場はともかく劣悪な環境であって、その男の子は身体に痣があったらしい。違法な面もあったので、それを見かねた雨村が力を利用して工場ごと潰したという話だった。


提督「大騒ぎですよね……記録的に百人以上の暴動ですから」


ズズムちゃんは頷いた。


その工場、裏にヤクザと繋がりがあった。経営者はクリーンでも、違法な面を承知しているから、弁護士やアドバイザーを雇っていて、合法的な奴隷契約みたいな環境をまかり通していたようだ。最低賃金は守られていても、あの手この手で給料から天引きされているんだとさ。無賃労働の超ブラックな妖精さんよりはマシとはいえど、わざわざ海の向こうから日本まで出稼ぎに来て、寮舎と職場の行き帰りとはなんだかな。海と鎮守府を行き来している私達の生活を思い出すね。


わるさめ「その工場は見たけど、煙突から白い煙をあげていたから稼働してるんだよね?」


深海鶴棲姫「関わっていたキマイラっていう中国系の組織の会社だったと思う。あいつらは共栄自律教団から学んだノウハウを悪用してまた奴隷商売をやっている。その工場で働いているのは全員が住み込みの労働者、家がなかったやつとかに住所を与えている。対して安くない寮舎と飯代、組合とかがピン跳ねしてた。みんな働いているけど、年収が最低賃金計算で会わない人もいるって話だから、生活保護をもらっている人もいる。それも撒きあげるシステムがあるんだよ。外国人の留学生の場合は指定された就労場所に入れてしまえば終わり。途中で抜け出せば罰金が科せられるっていう。だから期日までみんな我慢して働く。一人の不法就労のせいで大勢が飛ばされて反抗的な連中は海の向こうへ飛ばされて、見せしめになってた」ルービックキューブを難しい顔で睨んだ。「それでも出身地によっては故郷で働くより稼げるから巧妙なんだよね。日本はまだマシだけど、アジアの貧困地域で産まれたやつはずっと貧しい。廃墟みたいな家で毎日、豚の油で炒めた白飯食べてる」


司令官もアブーも私も唖然とした瞬間である。

なにに驚いたかといえば私達すら知らない世の中のシステムを深海棲艦がこうも詳しく知っているという事実だろう。この子、ずいずいやづほよりも遥かに社会に詳しいんじゃないだろうか。ここまで来たらもうこの子を深海棲艦と見ろというほうが難しい。


提督「ヤクザですよね?」


深海鶴棲姫「そう。雨村が前の工場は潰したけど、それは奴らにバレてはいない。想力での犯罪だなんてあの頃、誰も気づかないからね。教唆にもならない方法で雨村も法をかいくぐってはいたけど、キマイラの連中はあの事件があまりに異質だから何者かが裏で糸を引いた陰謀だって考えている。面子の問題もあるし、ヤクザ間のもめごとにもなった。雨村がやったと公表されたらあいつは死ぬ」そういってズズムちゃんは私達を順に見た。「人間の敵は人間だ。それをごまかすために深海棲艦は犠牲になっていた。お前らがくだらない心の傷を、戦争終結に向けたようにね。学校で弱い者を虐めて団結力高めるのと似ていると思った」


まあ、私は別に深海棲艦になにかされて軍に来た訳ではないのは確か。


提督「キマイラ、ですね。青葉さん……いや雷さんに聞いておくか」


阿武隈「裏社会とは関わりたくないですねえ……」


アブーは興味なさそうにあくびをして、テレビのスイッチをつけた。


ちょうど私達のことが報道されていた。艦兵士の実態についてだ。艤装や装備を史実になぞらえた説明がちょうど終わり、給料の話になっていた。対深海棲艦海軍だと沈めた深海棲艦、そして遠征、戦果報告書によって決まるけれども、種にも寄るが、姫を沈めた艦隊の歩合は基本給になんと平均300万の上乗せである。それを鎮守府の所属メンバーで規定(姫を沈めたとか、被害とか)によって審査されて個々に割り振られる。最も姫や鬼など平均して半年に一度だけだけど、電のやつは単艦で討伐数は少なく見積もっても100を越えている。あいつが資産家な理由の1つだ。


深海鶴棲姫「空母水鬼が500、私は800か」


少しズズムちゃんは誇らしげだ。本来なら高いほど不名誉なことなんだけども、個性というやつだろうか。ちなみに司令官に海の傷痕のことを聞いたところ「10億はくだらないと聞きました」との返答だった。此方の鹵獲にも成功しているからね。丁丙乙甲元の参戦艦と提督勢に、それと外野でも姫や鬼を沈めているので、総額だとジャックポット並の報酬といえよう。


世界を救った私達にはちゃんと見返りはある。命を賭けて世界を守り抜いて、全員生還という結末を手にして世界に深海棲艦のいない海をプレゼントした。


アブーがチャンネルを変えた。国会の中継だ。


姫や鬼の首の額だけ聞くと大層なものだが、本質的な問題は違うのだ。

世界を救ったこれ以上ない戦果を挙げても、私達は基本的に今あの議席で大胆に寝てしまっている国会議員より年収が低い。その工場にも故郷の家族のためを想って今も身を粉にし命をすり減らして働いている人達がいて、私達の半分以下の収入だという。


なんかおかしいけど、なにもおかしくないんだろうな。


中学の時分、容姿とか、持っているスマホの機種とか、母親の健康とか。そんなんからも不平等を感じていたけれども、季節がめぐるごとに世の中はより複雑になってゆく。ズズムちゃんがやっているルービックキューブのように一向に完成の気配がない。



【13ワ●:キマイラ】


翌日の晴天の中を歩いて、施設へと向かった。

今日でお手伝いは終わり。行きにコンビニでスタバのコーヒー買ったついでに募金箱に神に懺悔するような気持ちで札を入れてみた。アブーは釣りを全てブチ込んでいた。司令官は一円足りとも入れなかった。さすがですはい。


外に出た私を寒くも温かくもない春の風が撫でてゆく。コーヒーを飲みながら公園の鉄棒で出来た知恵の輪のモダンの下を通り抜けた。その先にあるベンチで、見覚えのある女性が座っていた。


提督・阿武隈「あれ電さんじゃないですか……」


ベンチで真っ白に燃え尽きている。私やアブーがしゃべりかけても、反応はなかったけれども、司令官が隣に座ると、うつろな顔をあげた。


提督「こんなところで寝たらダメですよ……」


なにがあったのかと問えば、トビーちゃんとオールして疲れたとのことだ。カラオケビリヤードダーツから屋内スポーツ場で五時間ぶっ続けでバスケをさせられたらしい。相手が相手なので最小限の注意を払いながらのお付き合いが応えたとか。


電「時雨さん達に引き継いだのです……朝は間宮さんが料理を振る舞うそうです。電はもう疲れたのです。トビーさんの体力おかしいのです……」


世界最高英雄も陸の上ではこのあり様だ。


提督「首尾はどうでした?」


電「もうトビーさんとはお友達といっても過言ではないですが、雨村周りのことでは気をつけてくださいね。あいつの名前を出すと雰囲気が露骨に変わります。雨村のことを聞かれたので、時雨さんからの指示通りに『彼はこっちに危害を加えた』ことを教えたら、目の色を変えて雨村の身の安全を聞いてきたのです。どういう事情でも雨村になにかしたら不味いのです」


提督「了解しました。では自分は合流しますかね。お互いがんばりましょう。それとわるさめさんも阿武隈さんも夜に出歩くのは控えるように」


わるさめ・阿武隈「了解」敬礼しておいた。


司令官と別れた後、電が重苦しく口を開いた。


電「わるさめさん、珍しく落ち込んでいますがなにかあったのです?」


わるさめ「よく分かるな」


阿武隈「なんかお二人って変わったようで変わっていないところもあるんですね」アブーがなつかしむようにいった。「あの新造の鎮守府でもお二人は仲良かったですもんね」


電「む、こいつは分かりやすいと思うのですが」


阿武隈「少なくともあたしはいわれて気がつきましたよっ」


それは司令官もよく知らない私と電の歴史だ。きっと知っているのはアブーに由良っち、フレデリカ、瑞穂ちゃんと天城さん、卯月、長月、菊月、弥生、間宮さんだけだろうな。鹿島っちが練巡派遣で来た時はすでに私と電はトランスタイプだった。


私が着任した時はすでに皆、仲が良くて正直、上手く場に馴染めるか不安だった。着任のあいさつをして歓迎会を迎える前に、鎮守府正面の花壇で電と出会った。珊瑚の件で姉妹が全滅して傷心している電だった。泣いているような笑顔であいさつされた。こいつとはお友達になれる、とよく分からないけど思った。まあ、適性データ見る限り、私達の相性は決して悪くない。


よく二人で定時の哨戒、ドラム缶を担いで遠征もした。夏にはこそっと遠征中に寄り道して花火を観に行ったり、秋には花壇の近くの落ち葉を集めて焼き芋作ったり、冬には花壇の周りに骨組みを作ってビニールで覆って雪で花が散らないようにしたり、純粋なお友達でいられた時間だ。


わるさめ「ちょっとね、経済について悩んでいたのさ」


電「お前は昔からそこ周りに振り回されますよね」


出ました億万長者の余裕。


私達は少しだけしゃべって公園を後にした。

少し歩いた先の入り組んだ路地に入ると、ランドセルを背負った子供達が集団登校をしていた。ピュアな子供達を見ていると心が癒されるね。いや、私も歳を取ったもんだとしみじみと思う。一人の女の子にちょっかいかけまくっているあの男子が可愛い。


わるさめ「可愛いな。ハイエース……間違えた学校まで私が輸送護衛してあげたい」


電「お前、本当に犯罪起こしそうで怖いのです……」


阿武隈「でも目の保養にはなりますねえ」


人気のない路地に折れて、施設の建物が見えてきた。

正面から来た一台の車が私達を通り過ぎてゆく。ブレーキの音がすると同時に、荷台から男達が俊敏に飛び出してきた。強い力でぐいっと腕を引っ張られ、電も私もアブーも数秒で車の中に押し込まれてしまった。「騒ぐな」と持っているナイフのように鋭い声でいわれた。刃物はまだいいが、拳銃まで持っているやつらがいる。


電が舌打ちして、アブーが涙目になった。

まさか私達がハイエースされちゃうとは。


「キマイラのモンだ。大人しくしていれば危害は加えない」


このハゲ、ヤクザかよ。洒落にならん。私達が一体なにをしたという。そういえばハルハルが強盗にさらわれた理由が戦争終結で職を失う羽目になったから、だったっけ。そんな感じかね。だけどもたかがこのくらいで私達を――――


「町で遊んでいる仲間にもな」


電の殺気が強くなったが、手を出す気配はない。仲間想い。最悪に荒れていた時のこいつならこのハゲをぶっ潰して仲間の周りにたかる蝿も容赦なく焼いたことだろう。


かなりヤバい事態であるのは分かる。ハイエースされちゃったこと自体ではなく、今をきらめく艦兵士をこのような真似で誘拐するという方法を取った以上、恐らく組織でも上のやつが関わっていることが予想出来たし、腹をくくっている可能性が高かった。


私達は目隠しをされて、どこかにドナドナ。


こうやって運ばれていると、輸送護衛されている物資の気分になるね。

そんな余裕があるほど私はもうこの程度のことではびひらなくなっている。ぶっちゃけ鹿島艦隊の悲劇でレッちゃん&ネッちゃんに拉致られた時のほうが遥かに怖かった。


2


目隠しを外された。連行された場所は鉄臭い倉庫のような場所だった。

周りには段ボールが山積みになっており、乱雑にプラスチックやステンレスのテーブルや椅子が置かれていた。中央一体は綺麗に空いていて、ドラマだとブツの取引が行われそうなロケーションだ。


わるさめ「女を連れ込むならもちっと部屋を掃除しなよー」


そういうと耳元でバチバチと電気が弾ける音がした。余計なことはしゃべるな、と脅された。く、わるさめちゃん的にそれは厳しい注文であるが、素直に従うとしよう。電はともかく、アブーは今にも泣きだしそうなほどに怯えてしまっているからね。


「初めまして。キマイラ4代目の獅子といいます」


端正な顔立ちのイケメンだ。羊君は可愛い系だけど、こっちはかっこいい系だ。鍛えているのか、身体はがっしりとしているけど、顔面から爽やかな香りを発している。


獅子「直接的な面識はないですが、あの施設出身の家鴨さんですよね?」


誰のことかは消去法で分かる。私は桜鹿小春、電は勇海花、となるとアブーの戸籍名だ。私と電の視線がアブーに向く。アブーはなにもいわずに、ただ肩を震わせている。やっぱり艦兵士の過去はハッピーじゃないね。


獅子「最近、ここらを嗅ぎ回っているみたいで。さきほどブツの取引といいましたが、その認識で合っています。私達は情報を求めているのです。そうですね、まず追って順に説明します」


ご丁寧にキマイラという組織の説明からされた。中国系のマフィアだけども、七年前の抗争で事実上、解体されたが、その残党が集まって結成した組織だそうだ。日本のヤクザと中国マフィアを基軸に外国人系の構成員が主だという。中国に本拠地を置く亜刀龍という組織が大元なようだ。


獅子「昨日、うちのメンバーから報告を受けまして。絡まれたでしょう」


あの二人組が上に報告してそこからなにか感づかれたのかね。


獅子「七年前の工場で起きた暴動、あれは最悪でした。うちの構成員も多く検挙されて中国の組合は日本への航空券が手に入れることが出来なくなり、解散する羽目になった。もちろん、自業自得ではありますが、面子というものが強い組織でして、あれは『異常』です。聞く耳を持たない猛獣のように従業員が暴れ出した」獅子は確信しているかのようにいう。「あの騒ぎが集団幻覚とか馬鹿げていますよね。今、噂の想力が原因として考えられます。『虹のふもと』の職員にうちのメンバーがいるんですよ。報告によると雨村という男のことを調べていたそうですね。そしてあなた達が昨日いた場所は雨村の家だった。なにか知っているのなら教えて欲しい。あの事件でみんな不幸になった」


獅子「雨村のことは気に留めていなかったのですが、一人の少年があの従業員達と同じく獣のように彼女の浮気相手を殺した後、路線で飛び降りしています。阿武隈さん、その殺された相手はご存じですよね。由良さんの建造理由を作った相手ですよ」獅子は手で首をかっきる仕草をした。「彼女から声を奪ったやつだ」


明るみになる最終世代長良型の洒落にならない建造事情だった。まさかあの由良っちも医療目的の建造だったか。うちでは弥生っちとはっつんと由良っちか。はっつんは足が悪くて、弥生は心臓が弱くて、由良っちは喉か。その中でも一番重そうな背景があるのは由良っちのようだ。


電「結論から申し上げますが、教えられません」


獅子「でしょうね。だからアポを取りつけてカフェでお話する訳にも行かなくなった。私にはなぜ雨村をかばうのか理解できません。そのような悪党をかばう理由があるのですか?」獅子は自嘲気味に笑った。「私達も悪党ですが、強引にこちらに与する理由は作らせて頂きました」


目前のキマイラの獅子が大口を広げて、今にも火炎放射をしてきそう。

もう向こうは雨村に当たりをつけていて、ただ確信を求めている風だった。それを得たらどうするかの予想は簡単だ。


これどうするんだよ。

素直に情報を渡せば雨村は無事では済まない。今は軍に保護されているからこいつらに誘拐されて殺されはしないけど、本気ならいつか必ず殺されるだろう。そうしたらトビーちゃんマジギレ、作戦失敗。


獅子「手荒な真似はしたくないんです。教えていただけませんか?」


阿武隈「か、仮に情報を渡すことで勝ち目のない抗争になったらどうするんですか」


獅子「最大限、譲歩致します。今からお話することは誠意として受け取って欲しいのですが、私達の組織の派閥は仲が悪く、この件は私の裁量で組織全体としての決定ではありません。今後ろにいるのは全員、その犯人のせいで割を食った連中です。春雨さん、あなたのように母の治療費を稼ぐために出稼ぎに来ていたのに、あの事件のせいで母親が死んでしまって罪の意識から海に身を投げたやつもいる」


もうマジで勘弁して。なにが正義か悪かさっぱり分からない。


「獅子さん」


静かな空間に声が響き渡った。後ろからこつこつと二人分の足音がする。連行されていたのは司令官だった。バンザイしながらこちらに歩いてくる。


電「司令官さん!?」


提督「いや、現場に向かおうとしたところ、お金がなかったことに気付きまして、銀行もまだ空いてなかったですから、少し貸してもらおうと電話をかけたところ、出なかったので」全く怯えた様子はないのは、さすがは司令官といったところですはい。「持たせている支給携帯は位置特定出来る仕組みですからね……」


獅子「あなたは躊躇いますが、後に引く気はないです」


提督「今までの兵士の日常トラブルが可愛く見える程の案件のようですね……」


腹くくったヤクザ相手だからな。


でも、こちらとしては助かる。私達では判断できないのだ。


獅子が再び同じ説明をした。

司令官はその話を聞き終わると、色のない声でいった。


提督「ただいま隠密の任務遂行中なので詳しくは話せないのです。あなた達が知りたがっている情報を渡すと、芋づる式に機密が漏れてしまいます」司令官は同じく冷えた声でいう。「あなた達にもこちらと同様に死を覚悟する必要がありますが、それでもよろしいですかね?」


獅子「構いません。お堅い方かと思っておりましたが、一番話が早そうだ」


提督「やったのは雨村さんですね」


獅子「ありがとうございます。ではこちらの要求は雨村の身柄の譲渡、それと出来る限り警察の介入はなしで穏便にしてもらいたいですね。手荒な真似はしませんが、身柄を預からせて頂きます」


提督「そこは自分一人でお願いします」


電「!?」


獅子「申し訳ありません。それと阿武隈さんです。二人は必要です。まあ、艦兵士のような丸裸を見られる程度で可愛い悲鳴をあげるような女の子に手荒くしないですからご安心を」ジョークなのか、本気なのか判断に困る。


提督「了解。電さん、直で今の状況とお話を元帥にお伝えして指示を仰いでください」


電「し、しかし」


提督「心配はありませんよ。お願いします」


電、という言葉に獅子が目を丸くしていた。まあ、名前出されなきゃ今の姿からは分からないよな。


獅子「想力っていうのは面白いですね」と興味深そうに電を見つめた。「想力で欺かれるのは二度とごめんです。二人の人質の意味は分かりますね。穏便に済ませたい。そちらの事情的に隠密のようですし、雨村さんの身柄の譲渡が難しければ、彼を含めた話し合いの場でも構いません。まだ殺すつもりはありませんから」


どうだか。私としては雨村なんかどうでもいいんだよ。電みたいに優しい訳でもねえからな。テメエがやらかしたことはテメエで処理しろっていう話だ。問題はトビー&ズズムちゃんが黙っていないということで、その二人を良きに計らうだめに雨村の安全は保持しなければならない点だ。


少なくとも司令官と第一旗艦のアブーを拉致する以上、本気。


しくじれば、人が死ぬ。


私達は司令官とアブーを残して、また車に押し込まれてしまう。


私達は大きな問題と直面することになってしまった。司令官&アブーを取るか、雨村を見捨ててトビー&ズズムちゃんと戦争するか。


その選択の答えはすぐに出るだろう。電なんかは特にね。もちろん私もどちらかを取るとしたら、迷わず司令官とアブーを選択する。けれど、それが最善の選択ではないのは明白だった。そもそも善悪が複雑過ぎて、私には根本的な問題に全く答えが導き出せないあり様だ。


電と会った公園の北の入り口で降ろされた。電はすぐに元帥に電話をかけていた。


青葉「おはようございます、青葉です」


ベンチの後ろから私に抱きついてきた。


青葉「調査は終わりました。なかなか新鮮味のある情報でしたね」


さすが青葉っち、表でも裏でもこの情報収集のスピードである。


3


青葉「施設にはやっぱりやんちゃな子も多くいましてね、手のつけられない子供達もいました。施設の中では職員の目もあるのでマシでしたけど、やっぱりそういう子って問題を起こして別施設に移されていくみたいです。あのキマイラとかいう組織はスカウトの名目でそういう子達も請け負うとのことで就職口を回していたみたいですね。もちろん暴力団というのは隠して、息のかかった一般の会社を通してのね。ヤクザって大体皆さん、フィクションとかゴシップでしか知らないのでは?」


それは否定できないね。そりゃヤクザだろうから暴力沙汰だってあるだろうけど、そういう記事しか見ないせいなのかもしれない。


そういえば、と家の近くにあった家のことを思い出した。高い塀に囲まれて庭の大きな木に囲まれて中の様子が見えなかった屋敷だ。ヤクザの家だと近所では有名だったけれども、落葉を掃除していた婦人は大層、愛想が良くて普通の人にしか見えなかった。お母さんが拾った犬の引き取り手を探しにその家に突撃した時にも、「引き取ります」と笑いながら子犬を大層に可愛がってくれたそうだ。世間話もしたらしいけど、そこらの人よりも善人の印象だったとか。


青葉「人材会社ですね。その息のかかった会社だと支払われる報酬も割高なので、そこを紹介しようとするみたいです。施設出身者の素行不良者を囲えば決まってまずは遠くの場所で働きますね。報酬周りは悪くないんですけどね」


青葉っちは事務的かつ淡々としていて司令官のような雰囲気だ。


青葉「実際は裏社会と表社会のパイプ、例えば危険なモノの取引現場のお店とか、政治家や警察の汚職金の洗浄をしているところ、ボディガードやっていたらいつの間にかマフィアの親衛隊にされていたとかですね。暴走族やっていてキマイラの事務所に出入りしていたら、そのまま組織へのパターンもあったそうですよ。これが最も理想的っぽいですかね」


とんでもないワルの養成所である。記事の見出しは『児童養護施設は未来のヤクザのエリートスクールと化していた!』だな。いや、でも、私の認識でも施設っていうのはそういうイメージがあるからインパクトにかける。そういったら青葉っちは眉を潜めた。すまん。


青葉「結局は今のヤクザのやり口ですよ。例えば株主の立場利用して脅すとか、息のかかった会社から金を回収するのに法外な料金のパーティー会場を経費で定期的に用意させる」


わるさめ「へえ、みかじめとか麻薬とかテキ屋とか裏カジノとかじゃないのか」


青葉「ありますけども、わるさめさんって暴力団が馬鹿の集まりだと思っていませんか……利益団体ですよ。裏社会が不景気になるって大体表世界も不景気になってるくらい密に繋がっているんですよ」


青葉っちは妙に実年齢を感じさせる皺久なため息を吐いた。


わるさめ「つまり組織としての資金力はあるんだ?」


青葉「ええ。大元は中国系ですが、例の工場はかつて流行した貧困層搾取のビジネスですね。例の暴動で一斉摘発されてキマイラの頭、これ三人いるんですが、全員捕まりました。すでに出所していて、3人のうち2人はどこかの会社で働いている模様ですが、大きな損失が出た上、悪いイメージがついて一部、中国の組合が日本へのチケットを用意出来なくなって上から大層に締められたそうです。一人が出所してから通り魔に殺されていますから、恐らくそのレベルの不始末だったのかと」


わるさめ「……今のキマイラはまた再生したの?」


青葉「ええ。そうですね。ちなみに四度目の再生ですね。キマイラには三人のボスがいるようで世代交代の度に、蛇、羊、獅子の名をそれぞれ頂戴して名乗ります」


だからキマイラか。安直な気もするけど、説明聞く身としてはシンプルで覚えやすい。


青葉「その中の獅子、こいつはやり手のようですね。先にいった問題児を利用したビジネスです。大層なカリスマがありますね。面倒見も良くて表の仕事も紹介してくれる。金に困った時は低金利で貸してくれるとか。獅子の言葉で、その世話になった人は組織や出身施設に寄付も進んでするみたいですよ」


わるさめ「ヤクザだぞ……繋がりを切るのが普通じゃないの……」


青葉「おまいうですよ。深海棲艦と暮らしていたわるさめさんなら私より分かると思いますけどね。チューキさん達がもしも資材に困ったとしたら、遠征して集めて来てあげるんじゃ?」


なるほどね。悪者だからこそ、悪者の気持ちが理解できるってこともある。本当かどうか知らないけど震災で真っ先に救助や復興に当たったのが、不良やヤクザの会社だったという話もある。


青葉っちがいうには、仮にキマイラ自体がなにかやらかしてお上の世話になったりしても息のかかった会社には迷惑がかからないように徹底してあるようだ。


そしてキマイラ本体が崩壊しようが、息のかかった会社がある限り、身体を引きちぎられても金と子供という資材で新たな身体を繋ぎ合わせて合成製造される。正しくキマイラという名に相応しい怪物の組織だ。


青葉「シマの薬物関係はむしろ規制しています。街で過度に荒れた子達、まあ、群れを成している子達のバックにもいますが、教育的指導をしているそうです。中にはキマイラの組織で獅子君の側近として働きたいだなんて熱烈な子も多くいるとか。行き場のない子には宿舎尽きの仕事を斡旋してあげたり」


青葉「組織の利益に繋がるんですよね。イメージとしては裏のパイプを使って、クリーンな表世界へ入れてあげるといった風ですね。警察も把握しているそうですよ。少年集団の総長も彼とは仲が良くて実質的にキマイラの管理下みたいなもんでして、警官の中にはあの組織は仕事を減らしてくれるから、獅子君の名前があれば小事はなるべく丸く処置して様子を見るという話までありましたよ……」


なんてことだ。まさか非行少年少女達に誰よりも寄りそって明るい未来へと導いているのが親でも教師でも施設の職員でもなく、ヤクザという事実に驚愕した。強い風体のキマイラの口に自ら飲み込まれてゆく子供たち、その胃袋の中は政府の保護下よりもよほど快適だという。


青葉「羊は最大限、裏事業には関わらないそうです。蛇や獅子が捕まったり殺されたりした時にしたら、亜刀龍との橋渡し、そして組織の再生のために動くそうです。ヤクザといってもヤクザとしての活動はほぼしないとか」


青葉「そして蛇は獅子に入れ知恵をする」


青葉「荒れた子供達の心理学、一部の異常者やまともな判断が出来ない子を除いて、ほとんどの子供は愛で更生可能だそうです。彼等は大人からあれしろこれしろと命令されるのを嫌う傾向があるそうですが、獅子の仕事によって、子供達の長はこう認識しています。『借りがある』から『お世話になっている』、そして『面倒を見てもらっている』、だから『この人のいうことには耳を貸そう』という四段階の流れがあるそう。ここまでいけば、彼等を操舵可能になるそうです。この手法で大きく成功した組織の前例があります」


青葉っちは芝居がかった動作で曇り空を差す。


青葉「雷さん」


青葉「聖母の奇跡、一人の投資家による寄付から始まった非営利団体。ホームレス人口の二割を社会に復帰させ、行き場のない子供達の受け皿となり、各業界において成功者を輩出したノーベル賞候補の団体として名の挙がる我らが最終世代暁型三番艦雷さん所属の共栄自律教団です」


さすが雷ママとしか。あの子の話を聞くと、本当に愛で世界を救える気分になるぜ。


青葉「今のキマイラの頭である獅子と蛇は教団の施設出身者です。こいつらは教団のノウハウをビジネスに利用しています。配っている教材も教団指定のオリジナルを改変した内容ですね。その中でも法律関連を覚えさせている模様、これは大人子供も身を守る術、そして攻撃する牙にもなりますからね。今のご時世、法律関連の試験会場にヤクザが普通にいます」


むしろこいつら同じ規模で見たら政府の職員よりもその分野で貢献しているんじゃねえのか、と思うレベル。もう私の頭はパンクしそう。裏社会が闇ならば、表世界は灰色の光のように思っていた。けど、今聞いた話では闇が光輝き、光が闇を帯びている。見慣れたどこにでもあるような街並が、蜃気楼のような幻に思えた。


青葉「面子、これを潰せばキマイラは怪物と化します。なんだかんだいってもヤクザです。周りのヤクザ組織もしっかり同業とみなしていますから」


わるさめ「仮にその面子を潰しちまったら?」


青葉「キマイラですよ。再生力を頼りに身体の一部が引きちぎられるのを覚悟して襲いかかってきます。政府でも簡単に潰せない組織なので、相手が私達だろうと牙を剥くかと」


わるさめ「今朝そのキマイラに誘拐されて司令官とアブーが拉致られた。雨村が面子を潰したと確信している風で、雨村の身柄と二人を交換だってさ。そういう状況っス……」


青葉「もうイヤ……准将とその第一旗艦……間違いなく本気じゃないですか」これにはさすがの青葉っちも冷や汗をかいていた。「榛名さん神風さん&コンビニ強盗達を乗せたバーニングラブワゴンが恋しく思えるほどですよ……」


その時に私は気付いた。さきほどから子供がこっちをじいっと観ている。手に持ったスマホをいじり始めた。子供は時間もあるし、未来もある。あっちの少年は転がったボールを全力で追いかけて、転んでもすぐに起き上がる。そしてあっちの少女は恋バナに前傾姿勢になって喰いついた。


未来の光達は時間の流れが同じとは思えないほどの今の消費力で毎日を駆け抜けている。私はその超スピードで輝き流れる青春の流星群に向かって長い長い願いごとを三回、呟いた。いい終わる頃には子供達は高速で走り去って人込みに消えてしまったよ。


【14ワ●:side阿武隈-あひるのキス】


スキンヘッドの男に連れて来られたのはチタンの階段をのぼった先にある事務所だ。そこには簡易ベッドと丸いテーブルだけがあった。


窓が一つだけある。人の体が出入り出来ないほどの大きさで、実質、出入り口は扉一つだけだった。


不意に後方で鈍い音がした。驚いて後ろを振り向くと、提督が埃のかぶった床に倒れていた。スキンヘッドが殴り飛ばしたのだ。大丈夫ですか、と駆け寄る前に、提督は起き上がって、「大丈夫です」といった。


「カメラも盗聴器もねえ。扉の前には武器持ったやつがいる。逃げようとは思うな」男は冷えた殺意の声でいった。「俺は彼女とその親の仇を討つためだけに生きてきた」


相手が誰だろうと、邪魔をするなら関係ないということなのだろう。本気になった大人の怖さにあたしはすくんだ。深海棲艦よりも遥かに弱い命である人間の動物としての強さだ。


扉が開いて、獅子が入ってきた。お盆にペットボトル二つと灰皿と煙草を乗せていた。うずくまる提督とあたしの姿を見ると、「頭が悪すぎる」とガラスの灰皿で男の顔面を殴打した。


獅子「大事な人質だ。まだ客人として扱えよ。暴力を利用したいのなら最下層の構成員でも連れてきて、やればいい。いいか、暴力っていうのは弾みがあってだな……」獅子は寝転がった男の顔をじいっと見る、殴られた男は鼻から血を噴き出して、痙攣を繰り返していた。そしてやがて動かなくなる。「こういう風に弾みで死んじまうかもしれないんです」と笑って男の腹を踏みつけた。


阿武隈「い、いや……いやっ……!」


目前の景色を隠すように、提督があたしを胸の中に埋めた。


「安心してください、まだ生きておりますよ。死んでもどうとでもなりますがね。こいつは行方不明扱いされていて、今もそう。捜索なんて全くされていませんし、息していようがしていなかろうがどうでもいい人間です」と獅子はお盆を灰皿に付着した地を服で拭いて、机の上に置いた。倒れている大男を軽々と抱えて「ごゆっくり」と部屋を出ていく。


改めて思い知る。洒落にならないトラブルに巻き込まれた。英雄だなんて呼ばれても艤装のないあたしはただのちっぽけで、提督の腕の中で震えることしか出来ない無力な女の子でしかない。


そのままベッドの上に連れて行かれた。毛布をかぶせられる。嫌な臭いがするけど、同時に提督の香りもするから、心は落ち着きを取り戻し始めた。提督と同じベッドで寝転がりながら、向き合っている。その顔はいつもの思考している時の顔だった。提督がいった。


提督「……阿武隈さんの過去を教えてもらってもいいですか?」


この人なら書類であたしの経歴を知っているだろう。知る人は少ない。あまり語りたくはない過去だった。だからあたしは街の話をしても、キスカの事件の後に解体してから過ごした時間のことだった。書類上、不可解な点はあるだろう。なぜ解体した後、元の施設とは別の教団のところにお世話になったのか、そもそもなぜ阿武隈として建造したのか。書類にあるのは建前なのだ。


まだあたしの髪が黒くて背が低く、

そして卯月ちゃんと会う前の昔話を紐解いた。


2


S部屋と子供達の間で呼ばれる部屋がある。裕福な預け子や、成績が群を抜いて良い子供に与えられる一人部屋のことだ。あたしはそこでゲームばっかりやっていた。テレビゲームとダーツだ。その部屋で勉強はあまりしていない。学校の授業をやっていれば大体、平均で95点は取れた。素行も悪くない。職員にも迷惑をかけないし、学校でも問題を起こしたことがない。


唯一恵まれないことがあるとしたら、捨て子だったことだろう。


私が施設の出身だというと、『普通の子と親』は同情的になる。家族に捨てられたというのが可哀想だとでもいうのだろう。本当に可哀想なのは、親の顔を覚えている捨て子だ。産まれた時から親がいないというのは割り切ってしまえばけっこう楽だった。親がいることで不幸になるケースは施設にいれば身に染みるし。


内向的だったから、友達を作るのが苦手だったかな。周りは絶対にあたしのコンプレックスを突いてくる。名前だ。綺麗な名前だね、とよく褒められた。似合わない名前だな、とよくけなされた。戸籍名は家鴨白鳥(いえがもしらとり)という。


これを知っているのは提督と卯月ちゃんとそのお母さんと由良さんくらいだろう。施設では家鴨(アヒル)なのに白鳥とか何のネタだ、とからかわれたこともあった。名字に湖がつけば美しい印象の白鳥になれたかもしれないけども、評判の悪い施設で育つあたしは醜いアヒルの子である。


この名前が大嫌い。顔も知らない親がゆりかごの中にあたしと一緒に入れた『この子の名前は白鳥です』の置き手紙を恨んでいる。顔の知らない親なんかがつけた名前に何の愛着が持てるというのだ。意味のある名前が欲しい。それこそあたしが『阿武隈』になった理由の一つだ。


それと施設から抜け出したかった。高校になれば寮のあるところに行こうと思ったけど、阿武隈の適性が出たから、迷わずにそっちに行った。


戦争は怖くなかった。

死ぬのもあまり怖くなかった。


施設には頭のおかしい不良がいました。暴力沙汰はすぐに起こすし、冬には暖を取ろうと人の持ち物を廊下で燃やすような子です。一度だけその子がケンカしている場面も目撃したことがあった。肩が当たって、謝ってもらえなかった、というのが理由だそうだ。その不良は相手の髪をつかんで、テーブルにガンガンと打ちつけていた。


もう頭の出来とやっている行動からしても、ただのチンパンジーにしか見えない。


その被害者こそ、今日にお店で出会った羊舜君だ。羊君はその不良に目をつけられて、色々と意地悪をされていると他の子から聞いた。羊君は頭がおかしくなってしまった、とも。その不良は家庭でひどいDVを受けていたからか、そのうっぷんを晴らすかのように、弱い者を力で蹂躙するのが好きなのだ。


当時の羊君は自傷行為をよくした。決まってその不良が近くに寄ると、自分に危害を加える。そうやって自分が傷ついて騒ぎを起こせば職員が飛んでくるからだ。彼なりの自衛術だった。羊君は家出も何回かした。その度に施設に連れ戻されて職員から怒られていた。それでも彼は執拗に施設を逃げだそうとしていた。もう立派な問題児だ。


そんなことも割と珍しくもない光景だった。もちろん普通の子が多いんだけどね。そう、傍観者っていう立場から物見する普通の子だ。あたしもその一人だった。でも、あたしがいた頃はかなり荒れていて、近隣住民から多くの苦情も寄せられていた。「お前んとこのガキがゴミ漁ってる!」と。連行された羊君は職員から怒られて、平手を喰らっていた。


あたしは偶然、日誌を提出しに寄っていたから、その時の羊君の悲痛な叫びを聞いた。



子は親を選べないどころか、親に振り回される。

この養護施設っていうのは燃えるのに燃やせないゴミ収集所だ。実際に僕はゴミのように扱われているんだ。乳児院の赤ん坊なんて望まれない産声をあげた人権持った犬猫だろ。だから檻から出てしまう動物の園は周りの住民に嫌われるんだ。

施設で迫害されて、

職員(お前ら)から罵倒されて、

家出しても働ける歳でもなくて、

路上で暮らす日々がマシだと思えるほどだ。

そんな生活をしていたら、将来の夢が本気でホームレスだ。そんな夢の生活をしている僕を善人面した大人が施設に連れ戻すんだ。ただ生きているだけで顔も知らない人達から生ごみ扱いされてゴミ置き場をたらい回しにされる。いっそもう犬猫みたいに殺せよ。お願いだから、もうこの場で僕を殺してよ。


じゃなきゃ――――


いつか怪物になってお前らに復讐してやる!



その日は日誌を提出せずに、部屋に籠もってゲームをやった。院長が日誌を取りに来てくれて、学校のテストで五教科満点を取ったから内緒でご褒美のゲームをプレゼントしてくれた。さっきのは忘れよう。関わればろくな目に遭わない。ひどいこと、されたくなかった。どうやらあたしは世間知らず。あたしは美しい白鳥で、あの子のほうが醜いアヒルの子に違いない。


ねえ提督――――

よく「その歳で兵士として戦争に参加するのは不幸だ」っていうし、みんなも軍に来た事情を不幸話のように語るけど、あたしは思うんです。それって、底辺を知らないからいえる台詞なんだって。だから、親に捨てられたから、とか、そういう話を聞くと、ああ、この子は幸せだったんだなあって思うくらい、あたしも頭おかしくなっていたんです。


ごめんなさい、話が逸れましたね。


そしてその翌日ですよ。寮制の高校に進学していたお姉さんが夏休みに施設に戻ってきた。お昼時に食器を乗せたお盆を持って、一人で変なスプーンの握り方でご飯を食べている羊君の隣に座って、「久しぶりだね。覚えてくれているかな?」と優しく微笑んだ。場の空気が凍った。


例の不良が席を立った。そのお姉さんは綺麗で可愛いから、羊君が優しくされているのが気に喰わなかったとかそんな理由だと今でもあたしは思います。いつもと同じく強さを誇示するように虐め始めました。羊君の味噌汁の入った食器を持って、頭からかぶせました。


そして不良君が床を転がった。一瞬の出来事でした。そのお姉さんがグーで不良君を殴り飛ばしたんですよ。混乱して戸惑っている様子の不良君に、そのお姉さんは笑顔でいいました。あれは太陽のように明るい笑顔でしたが、同時に氷点下の冷えも伴っておりました。


「人を虐めるな」


「食べ物を粗末にするな」


あたしはその言葉で今までその当たり前を忘れていたことを思い出しました。真実の愛っていうのは、忘れちゃった当たり前を思い出させてくれる気付けのことをいうんだって思います。ああ、そうですね。このお姉さんがなにを隠そう、最終世代長良型四番艦の由良さんです。ここであたしが阿武隈になった理由その2、このお姉さんの妹になれるからです。えへへ。


由良さんは乳児院に顔を出して、赤ん坊の世話をしていました。由良さんの透き通る声の子守唄は泣いている赤ん坊も泣きやんで寝静まってくれるんですよね。あの子達の母親みたいでした。まあ、提督なら書類を読んで知っているかもしれませんが、由良さんの建造理由は医療目的です。


例の不良君が由良さんにやり返しました。


喉をカッターで切りつけて、由良さんの声を奪ったんです。


由良さんは親衛隊が出来るほど人気者でしたから、みんなで見舞いに行ったんですよ。


その弱ったお姉さまの姿を見て、全員が報復を誓いました。


起き上がれず、手足も動かない由良さんに向かって、仇は取る、と豪語していました。でも、あたしは止めた。周りも止めればよかった。由良さんの口が開いてなにかパクパクと声にならない声を発していたんです。提督も今なら由良さんがそれを望まないのは分かりますよね。それを止めようとしていたんです。


不良君はボコボコにされた後、別の施設に飛ばされました。

似たような輩が集まる場所です。もう本当に燃えないゴミが集まるような場所、施設の中でも底辺なところです。施設の職員も、動物園と声に出していうほど、酷いところですよ。寝ている人に注射器で薬物注入するような、です。


その下はもう、ええ、少年院とかですよ。でも、そっちのほうがあたしはマシだと思います。


不良君がいなくなったことで、施設には平穏が訪れました。


そして由良さんに由良の適性があったので、適性検査施設を通してすぐに建造に移りました。由良さんはそのままアカデミーですね。後から聞いたんですが、身体の成長は止まるけど、大学四年間の学費でも貯めようかなっていう理由だったみたいですね。ええ、まあ、海の傷痕当局に単艦で挑んで一矢報いるような方ですから肝は座っているんですよ。


その頃はあたしもちょっと友達も出来て、明るくなっていって、由良さんの真似して悪いことを悪いと注意する勇気も持てるようになりました。その頃ですね、阿武隈の適性が出ました。姉妹艦効果、あれはとても尊いものです。卯月ちゃんは、そうですね。最初はよくからかわれたんですけど、あの程度あたしからしたら可愛いものですよ……悪い子じゃないのも分かりますし、なにより趣味があたしと一緒でゲームでした。仲良くもなりますよ。


二人でやるゲームって楽しいんですよね。


アカデミーを卒業したら、ええ、由良さんのいるフレデリカさんの鎮守府へ、です。そこから先は提督も知っているかと思います。あたしがあのキスカでした指示で由良さん達を沈めてしまったこと、本当に慙愧の念で胸がいっぱいでした。ええ、だからです。あの親衛隊の子達と会うのが怖かった。元の施設ではなく、別の施設にお世話にすることにしたんです。


卯月ちゃんには本当にお世話になりました。


あたし、あの時が初めてだった。どこにでもあるような普通の家庭の輪に入って、母親が作る料理の並んだ食卓を囲めて、何気ない会話、本当に救われました。


え、卯月ちゃんの家は絶対にどこにでもある普通の家庭じゃないって?


ふふっ、提督はユーモアが上手くなりましたね。


娯楽施設で提督にスカウトされた時、もうあたしは海に戻るのは無理だって、思っていましたけど、その時にくれた言葉もまた真実の愛の言葉でした。辛くても苦しくても、目標に向かってがんばる。また心の中に引きこもっていたあたしにいった『今のあなたに必要なのは雨の中を駆け抜けてゆく、そんながむしゃらな意思だと思います』ですね。


それって思えば、あたしが阿武隈の時に無意識にやれていたことなんですよね。あたしがあたしを大好きでいられた時に持っていたものです。あなたの評判は悪かったけど、戦争終結に賭けるその熱意のもと、もう一度あの鎮守府で阿武隈として決着をつけようって一歩を踏み出せました。


ここから先は語るまでもありませんよね。


でも、今また怖いです。あたしに艤装はないです。無力な女の子でしかなくて、またあの頃のあたしのように誰かが理不尽に傷つく姿を見ていることしか出来なかった。思えばあなたはずっと艤装もないのに、はぐれのハ級にも負けるくらいなのに、今のあたしでも出来る考える力と諦めない心で世界を救ってみせた。北方棲姫の時、あたしが独断で勝手して艦隊に迷惑をかけても、あなたは見捨てないどころか、あたしの我を通すための指揮まで取ってくれた。


そして帰還した後、あの慰霊碑で、この生還したあたしが由良さん達が勝ちとった勲章だってことも教えてくれた。あれ、すっごい胸に来ました。女の子であることを意識するほどにです。


まあ、その、あたしは、はい。そうですね。


恐らく電さんにはあなたを想う気持ちで負けちゃいますけど。


けど、提督のこと好きですよ。

4割くらい、女の子的な気持ちで。

別に付き合って、だなんていいませんけども。


え、な、なんですか? 震えているって?


そりゃそうですよ。相手が相手ですから、本当に怖いです。


2


阿武隈「――――へ?」


それは不意打ちだった。確かに感じる呼吸の吐息と、唇から伝わる男の人の体温。いやはや、あり得ない、とあたしは混乱の極みだ。状況を冷静に判断すると、あ、あの、提督があたしにキスをしているということになる。あり得ない。これは奇跡といっても過言ではないことだ。


阿武隈「ひゃ、ひゃあっ」


変な声が出た。首に這わされた指がつつっと鎖骨をなぞって下に降りてきた。


阿武隈「ちょ、ちょっと待ってえ。そ、そこから下はだ、ダメ」


阿武隈「むぐ」


唇に、舌が這った?


ど、どうしよう。


これって、く、口を開けてってこと?


阿武隈(わ、分かんないいい。こういう時って、ど、どうすれば……)












雷「心配して駆けつけてこれとか張り倒すわよ。この雷様に殺意を抱かせたこと誇るがいいわ」




阿武隈「いつの間にか、雷さんがいるんですけどオ!」


提督「な、なんで雷がここに!?」


雷「……二人とも夢中過ぎね。キマイラの組織の獅子君と蛇ちゃんはうちの教団出身で私とも面識があったのよ。さっき男の人が死にかけていたから大至急、病院に向かわせたわ。先に謝っておくけど、今回の事件はどうしようもないわね。教団ももう解散の方向だし、せめて私が側にってキマイラの口の中に飛び込んだんだけど」


雷さんは唇を尖らせる。「この状況で盛るとかどうかしているわ……」


全く持ってその通り! あたしは平静を完全に取り戻した。


阿武隈「お、思えば、今日はダメです。あたしは準備が、まだそのお」


雷「本当に余裕ね……」雷さんがため息を吐いた。「でも、既成事実をゲットしたわね。司令官は冗談や慰めでそういうことは絶対にしないわ。そうよね?」


提督「……そうですね、自分は冗談でこういうことはしません。まあ、神風さんからも重く考え過ぎといわれましたし、今回の件は今までの日常トラブルの中でもヤバいので出来る限り安心させたいという意図もありましたが、阿武隈さんの気持ちも知った上で答えとしての行動でもあります」


阿武隈「ふえ……?」


提督「すみません、自分も動揺しておりましたね、さっきのは……」


阿武隈「あっ、違います! あの、本当にあたしで……?」


提督は困ったように頷いた。そっか、そっかあ。


阿武隈「ま、まあ、そこまでいうなら……」


阿武隈「あ、あたし的にもOKしてあげても……まあ」


これが提督の不器用の優しさなのか、それともなにかの作戦なのか、あたしには判断出来なかったけど、最近の提督を見ていると、こういう嘘はつかないって本気でそう思う。例えそれがあたしの勘違いだとしても、今くらいはいい。本当に殺されちゃうかもしれない危険な状況だ。


だったら少しくらいは女の子として男の人に甘えてもバチは当たらないよね。本当に心には余裕が出てきた。


あたしは隣の男の人に、寄りそってぴとっと頭を肩に預けた。肩を抱かれてぎゅっと引き寄せられる。


ふわあ、しあわせ。


無限の資材の泉を見つけたかのように、今を生きる力が湧いて溢れ出てくる。


【15ワ●:名もなき悪に小さな春を】


元帥《ああ……戦後復興妖精が定時連絡をしてこねえ。ったく、なにか箱庭で相当なことがあったんだろうけどさあ》


わるさめ「かもねー……裏切るとは思えないけど、手綱を握れるかといえばねえ……」


元帥の判断は、司令官とアブーの安全を最優先だ。雨村の身柄をこっちに護衛輸送して、獅子に引き渡すとのことだった。そしてこちらに来る兵士は、神風&甲大将の2名とのこと。正直、その2名はこの最悪な展開において頼もしい兵士といえよう。


わるさめ「元帥のじっちゃん、本当に信じていいんだね……?」


元帥《もちろんだ。准将と阿武隈ちゃんの身の心配はしなくてもいい。万が一はない》そう強く断言した。《間違っても倉庫に乗り込んで独自で奪還しようとは考えないでくれよ》


司令官とアブーの命がかかっている場面なのに、この露骨な問題児扱いに私はへそを曲げちゃいそうだ。こうして不良が誕生するのか、と思うと少し不良ってやつに親近感が湧いてきたぜ。


元帥《誤解しないでくれ。こういう時に怖いのは電ちゃんのほうだ。考えるのを止めて二人の身柄の安全のみのために動いてもらわれると困る。時雨と龍驤のほうにも伝えてあるが、ズズム&トビーという爆弾があるんだ。わるさめちゃん、電ちゃんのことを頼むぞ》


わるさめ「イヤでーす」


電話を切った。

誤解しているのはそっちだな。私が本気になった電を止めたことがかつてあるだろうか。こいつは昔から発狂すると手に負えないのだ。そして私も、そうだろう。


誰か助けて。解体不可能の時の電の声は聞こえていた。


私達はお互いの大事な時に助け合わなかった存在なのだ。私達はただ同じ不幸を知っている境遇で、戦力からいったら電の代わりが私に出来て、私の代わりは電に出来た。ただそれだけである。私はそれでも電のことを友達だとは思っている。電のほうは本心なのかどうか知らないけど、私のことを突き放すけどね。


電「私がいながらなんという失態、絶対にケジメは取らせてやるのです……」


もうすでに怒りの噴火が近い。どこまでも追ってケジメを取らせるだろう。もはやこっちもヤクザと似たようなものだった。私達はもうトランスタイプじゃないけど、こいつは雨村、はっつんと同じく『想力工作補助施設』を自家開発可能な超素体である。電には司令官という強い鎖があるので暴走はなかったのだが、その鎖から解き放たれたら手のつけられない猛獣なのだ。見た目は一見、大人しくて可愛らしい少女なのだが、惚れ込んだ飼い主に危害を加える人間を容赦なく叩き殺す。この世界で最も可愛いけど超危険な動物はイルカでもディンゴでもなく電ちゃんであるとここに記しておく。


由良「わるさめちゃん!」


わるさめ「昔みたいに春雨ちゃんでもいいゾ☆」


由良「今はなんかわるさめちゃんのほうがしっくり来るからそっちで」


由良っちの登場だ。一応、私だけだと不安なので元帥さんに頼んで、向こうの親睦会メンバーから一名を貸し出してもらった。由良アウト、山城インだ。なお今朝にとうとう瑞穂ちゃんが発狂してズズムちゃんに襲いかかったらしいが、返り討ちにされたとのことだった。なおあまつんが、突っ込みが足りないことに発狂し、大至急、突っ込み勢力の増員を要請したらしい。由良っちの離脱を決死で止めようとしたあまつんの姿があったそうな。あっちは楽しそう。


わるさめ「つか由良っち、ヅラじゃないんだ?」


由良「まあね、髪は目立たないように黒く染めたよ」


私は特性の変装セットで黒くしている。もともと髪が黒いやつとか、電のように茶髪なやつが羨ましい。さすがにこうやって街をうろうろするのにピンクとかホワイトとか目立つしね。けども、やっぱり愛着もある人も多いようで自然に地毛になるまではー、とかいうやつも多い。


由良「青葉さんのお陰かな? 思ったより落ち着いているね……」


青葉「いえ、この二人は伊達に修羅場潜ってきてないのでメンタル強いだけですって」


わるさめ「由良っちもアブーと同じ施設出身者なんだよね。話せるお話?」


電「お前、何気なくそういう話を……」


由良「今なら話せるかな。私は医療目的だね。ちょっと揉めて喉を切り裂かれちゃって声が出なくなっちゃったから。阿武隈とは施設で特別仲が良かったわけじゃないよ。ただ大事だったから阿武隈は知っているし、私も阿武隈の建造理由を知っているよ。阿武隈は名前が欲しかった。それと姉妹艦効果で私の妹になりたかったって」


医療目的か。妖精さんが建造の魔法で身体の不備も直しちゃうからね、適性のある場合は建造は最良の治療法となる。はっつんや弥生もそうだし、割とよくある理由ではあった。今となってはみんなの建造理由もけっこう大っぴらだけども、アブーの名前が欲しかったというのは初めて聞く動機だった。ただアブーが戸籍名で呼ばれることを嫌っている風なのも、戸籍名が嫌いだったからだろう。


そしてもう一人、やっぱりというか黙ってはいないであろうやつが乱入してきた。


卯月「アブーと司令官がさらわれたって。うーちゃんは当然こっちだし……」


うちでも悪童として有名かつアブーと仲の良いウサギである。卯月は髪を丸めてパーカーのフードでその赤髪を隠している。さすがにいつものような元気はなく、あの最後の海の戦場にいる時のような雰囲気に近かった。ちょっと不安だ。うちの卯月が頼りになるのは艤装がある場合だからな。


卯月と由良っちと電は真面目な顔で会議を始めた。


私は司令官とアブーのことを考えた。獅子を信じるのなら、人質としての価値があるので、まだ殺されてはいないだろう。下手な手を打てば、片方をまず殺す、と暗にいっていた。アブーは恐らく恐怖のドン底にいる。司令官はこの手のことでも動じないやつだからアブーを上手く慰めてやれるだろうとは思うけど、今回ばかりは頭ひねっても脱出は難しいだろう。事前に準備が出来たのならマイケル・スコフィールド並の頭脳でプリズンブレイク出来そうなやつではあるけどね。


そんなこと考えていると、不意にしゃべりかけられた。


羊「やっぱり春雨さんだ」夜勤明けのナイト様がご登場だった。「僕、仕事終わってから同僚と遊んでいた帰りなんですけど、奇遇ですね。周りの皆さんはもしかして鎮守府のお仲間ですか?」


わるさめ「そうだよ。お仕事お疲れ様ー」


夜勤帰りのナイト様は変わらないあどけない笑顔を浮かべた。


青葉「わるさめさん、知り合いなんですか……?」


青葉っちが唖然とした顔でいった。そしてすかさずファイティングポーズを取る。


わるさめ「どうした……疲れてテンションおかしくなったか」


青葉「ひつじしゅん! こいつ、キマイラの三頭の一角の羊ですよ!」


まずその言葉を聞いて私が行ったのは、電と卯月の額にでこピンすることだ。危ない、判断が遅れていたら、電の明らかな暴力の意を含んだ想力工作補助施設が羊君に触れていた。「落ち着け。もう一度いうけど、司令官の狂信者もほどほどにしておきなさい」と言葉をかけておく。


羊「やっぱり獅子と揉めちゃいました? もう僕の身ぐるみ剥がされちゃっているし」


羊君は気だるそうに頭をかいた。営業スマイルを取っ払って、獅子に通じる眼光を光らせた。「獅子のやることには関わりたくないんですよね。見なかったことにしようかな」


なんだこいつは。


組織のボスじゃないのか。その組織の構成員である獅子が真正面から国家に宣戦布告をしているのに、まるで無関係といった風なニュアンスで言葉を発した。下手しなくても自分の身が危険にさらされている状態なのに、知ったことか、といわんばかりだ。その名の示す通り、身ぐるみ剥がされるという日でも、のんきに草でも食べている羊のようだった。


由良「舜――――くん?」


由良っちの声で、羊の目が大きく見開かれた。


羊「舞衣さ……こんがらがるから由良さんでいいか」


青葉「お知り合いなんですか……?」


由良「うん、施設で私とよく遊んでくれた男の子だよ」


私もこれには驚いた。思えば同じ施設出身者だから顔見知りでもおかしくないな。実際にアブーは羊君と知り合いだったようだし。でも、アブーの時とは羊君の反応が露骨に違った。喜怒哀楽の複雑に入り混じったかのような顔をしていて、羊の雰囲気が消えてしまっている。


由良「暴力団に入ったの……?」


由良っちが長い睫毛を悲しそうに伏せた。


羊「……ええ」


由良「阿武隈と提督を返して」


そして力強く、真正面から睨みつけた。


羊「獅子が狙ったのはその二人ですか」


羊君は眉根を潜めて、しばらくの間、場に沈黙が流れる。青葉っち、由良っち、卯月に電も、みんな同じように露骨に敵意の視線を向けている。


仮にキマイラと全面抗争になっても、戦いにはこっちが勝つのは間違いない。ただ、獅子がいった通り、キマイラはその鋭い爪で必ず悲しい爪跡を私達に残すだろう。羊君は吐き捨てるようにいった。


羊「由良さんの頼みです。准将だけならば獅子に交渉してもいい」


そして羊君は条件をつけ加える。


羊「でもあの阿武隈はイヤですね。強姦殺人の被害にでも遭えばいいと思う」


最低な言葉を吐いた。どうやら昨夜のアブーへの態度はあくまでお客人の対応のようだった。なんとなくアブーが羊君と話していた時に様子が変なのは気付いていた。もしかしたら、羊君から嫌われていたのを知っていたのかもしれない。


卯月「アブーがキスカの事件の後、出身施設に戻るのを拒んだ原因はお前か?」


羊「さあ。ただ僕が由良さんを好いていたのも知っていますよ。あの子は僕が最も嫌いなただの傍観者でしたけどね。キスカ後の阿武隈さんは精神的ショックで被害妄想が過剰だったのでは。戻ったら由良さんを好いていた連中に報復をされるとかって」羊君は舌打ち混じりにいう。「とんでもない女だ。それを知っているのなら、僕達に由良さんを使い捨てたことを謝りに来るのが普通ではないですかね。昨夜、春雨さんから聞いた話ではゲーセンで遊び呆けていたとか」


卯月「あのキスカの現場にいないお前になにが分かるし……」


卯月「実際に由良は今ここにいて死んではいないだろ。それはアブーが執った全員生還の指揮が功を成した結果だぴょん」


羊「准将のお陰だろう。あの人がいなければ由良さんは今もロスト空間で大和、弥生、長月、菊月とともに幽閉されていたはずだ。だから准将ならばと申したのですが、交渉決裂ですね。今、僕が把握している情報からしてどっちかは確実に死にますよ。雨村を引き渡してもね」


そういって身を翻した。


羊「最後のアドバイス。春雨さん、昨日に僕がいった知人のところに行っていませんよね。そこには蛇がいます。今のキマイラのブレインだ」


去っていく敵大将を止めることも、捕まえることも今の私達には無理だ。ここが海で相手が深海棲艦ならばすでに電と卯月が深海に沈めているだろうけども、本当に私達は陸ではただただ無力であることを思い知るばかりだ。


羊君が食べかけのサンドイッチをゴミ箱に捨てた。

由良っちが泣きそうな顔で、そんな羊君の後ろ姿を見つめていた。


2


緑色のフェンスのひし型の隙間から吹きつけてくる四月の風が心なしか潮風のように乾いていた。


わるさめ「はあ……」


まさか昨日に勧められた店が蛇の口の中とはね。


どうも羊君も私達と出会った時に話した情報を組織に流したらしいな。私達が雨村を調べていることになにかひっかかるところがあって、ブレインの蛇のもとへと行かせようとした魂胆のように思えた。


羊「どうしてついてくるんです?」


わるさめ「偶然だよ。私はちょっと待ち合わせしているやつと合流して蛇のところへ」


これはあくまで私が人を見る目だけども、羊君はまだ完全な悪党ではないと思う。まあ、出会って1日程度の相手に仲間が犯されて死ね、とかいわれるのは腹が立つ。


赦せないほどではなかった。私も電も最盛期の荒れ具合は言葉だけじゃ済まなくて、実際に放送禁止用語で罵倒しながらの殺し合いも何回かしたっけな。


わるさめ「ヤクザに入った理由、なにかあるの?」


羊「もしかして僕のこと良いやつだとか思っています?」


わるさめ「『由良さんには命を助けてもらった恩があるから准将だけなら僕の力で』といった。羊の役割って組織の悪事に加担しないこと、もっといえば捕まらないようにすることだって。蛇と獅子がヤクザ事業を主に回すけど、羊が動くのは頭が捕まって組織が崩壊しかけた時の再生させる役割だ。なのに今回の悪事に首を突っ込もうとしたよね。優しい心はあるんじゃないかなって」


羊「違いますね。キマイラの大元の組織、亜刀龍というマフィアなんですが、その幹部が日本にいるんです。僕はその幹部と愛人の間に産まれた子供で、本妻のほうが激昂して、僕の存在が都合悪くなったから、という理由で施設に入ることになった。キマイラ再生の時は直系のやつが必ず入る。その四度目の再生の時に白刃の矢が立ったのが大元の幹部の子である僕だった訳です」羊君はボタンのシャツを外して、胸元のキマイラの刺青をちら見せした。「組織が由良さんや他の施設の子に手を出さないという条件で僕はキマイラに加入した」


わるさめ「由良っち……?」


羊「喉を切り裂いたやつが四年条件の預け子で、僕と同じく亜刀龍の幹部の子供だったんです。あれだけ荒れたやつの面倒は見ないくせに、その実、自業自得で施設の子にぼこられた時に怒った頭がおかしいやつですよ。僕がそれを知った時、施設を抜け出して親に会いに行った。例の工場が潰れた時です。その時に加入の条件を提示された。代わりに施設の子達に手を出すなってね」


わるさめ「その不良……殺されたんだよね?」


羊「ええ、今の獅子はその不良君の親である幹部と盃を交わしたやつです。獅子は荒れた子供の面倒を見る手腕に目を見張るものがありますが、感情的かつ仁義に厚いのが傷です。親父の息子が殺されたことで、あの工場が潰されて割を喰った連中と、いまだに犯人を独自に探してケジメを取らせようとしている」


そういうことか。あの獅子、工場が潰されて損したビジネスのケジメとかなんとかいっていても、実際の理由は自分の感情のうっぷんを晴らすのが目的だったようだ。あくまで自分のためであり、それが仲間のためにもなる。これは動機としては強く厄介だった。


羊「本来なら由良さんも、あいつをボコった奴らも目をつけられていた。逆恨みだろうが、手を出すっていうのはそういうことなんですよ。由良さんや阿武隈だって艦兵士だろうが、生きていなくてもおかしくない。ですが、僕は由良さんに命を助けられた恩がある。僕は絶対にいつかあの不良君に殺されていたと思いますからね。あの頃、僕を助けてくれた彼女のような女性を守ることができるのなら」


羊君は今日の春風のようにどこか切なげな感じだった。言葉の節々が震えていて、私には嘘をついているようには見えなかった。


羊「僕は僕を自慢できる。それが自己陶酔(ナルシズム)でも構いません」


パトカーが一台の車の前に止まっていた。ドライバーは公園の敷地から飛び出した木々のせいで一方通行の標識が見えなかった、と警官にモノを申している。確かにあれは見えない。仕方のないことだ。「違反は違反。それは管轄外だから市役所にいってね」とルール至上主義なご様子だ。羊君がいう。「あの警官達、よくここで張っていますね。点数を稼げる場所だからですね。タクシーの運転手から特に評判が悪いですよ」


今の世の中の真実の一つだ。

本当に違反を止めたいのならば市役所を動かすべき。偉大なルールのもとに飼い慣らされた私達はなにか大事なモノを忘れている気がしないでもない。あの生暖かい春の風で不穏にさざめく葉っぱを見ていたら、不意に胸騒ぎに襲われた。あの敷地から食み出した葉っぱのさざめきに魔王の手招きの気配すら感じる。


我が身は我が身で守るしかない。

大事なのはルールなのか。

それともルールだから大事なのか。


きっと遥か過去の歴史から続く私達の原始的な宿命の一つだ。本当に人を一人救おうとしたら、その一生を代価として捧げ、強大な怪物に立ち向かう本物の騎士の覚悟が必要なのかもしれない。


2


そして駅に到着した。すでに奴はいる。

司令官狂信者、オープンザドアチルドレンの一人である神風だ。てっきり全身からいつもの刀鬼のオーラを放出していると思いきや、春のせせらぐ小川のように穏やかな雰囲気だった。


神風「キマイラ、亜刀龍のところよね」


わるさめ「……組織となにかあったので?」


神風からわずかに殺気が漏れる。「中国のキマイラを構成する蛇は、私の貞操を商品にして二年も賭博させた女なの。あてがうのは決まって異常性癖を持つ反日家よ。今でも負けていたらと思うとゾっとする」


どうも私達の運命の歯車が尋常ではない速度で廻り始めているようだ。神風は艦兵士になる前に、なんと親に生きるチップとして違法カジノを連れ回されたという嘘のような本当の経歴を持つやつである。ちなみに親父が先代丁准将との賭博に負けて引き渡されたからだと。ちなみに北方の大人組の間では大爆笑の鉄板ネタ扱いだそうだ。


神風「今度は司令補佐と阿武隈さんを人質(チップ)か。例え子供産む機械にされようが、殺されようが、私は往くわ」神風は肝が据わっているね。もう軍の中では最下位鎮守府の北方から、最高位の甲の素質を帯びつつあるような速度の成長である。「勧善懲悪の大義のもとに仏陀斬ってくれるわ」


すでに必殺仕事人モード。「お、雄々しい方ですね……」とガチのヤクザをびびらせるほどの気迫な模様だ。北方さんの自由教育がここに一人のジャパニーズナイトを産んだといえよう。


基本的にうちは男より女のほうがたくましいのです、はい。


3


わるさめ「何のお店?」


羊「あの看板の百合の花が見えますかね?」


百合、女性専門風俗というワードからどういった感じのお店なのかは想像できちゃうよね。どうやら蛇は女を好んで飲み込むようだ。「可愛くて、人気があって、知性もあって、初心な私達なんて蛇からしたら上等な餌なわけだ」と私は客観的な感想を真面目に述べた。おい神風、その私を見る目はなんだ?


羊「レズの店ですよ。女性しか立ち入れなくて、ガラス越しに女性が裸で絡み合っているのを眺めて楽しむ趣旨ですね。望めば混ざってプレイできます。艦兵士ってその手の方も多いと聞いたことありますね」


わるさめ「神風ちゃん、実は私あなたのことが――」


神風「オエエエッ」


おいコラ。


私はそそくさとお店の中へと歩を進めた。さすがに今回のトラブルは仲間の命がかかっているので、百合ごときに臆するわけにも行かないのだ。司令官とアブーのためなら私は迷うことなく絡み合うぜ。


鐘の音が鳴り、出迎えたのはドレスを着た細身の女性だった。蛇のイメージと一致するところは細いところ。「アハ」と嗤った時にちろちろとした真っ赤な舌が、なんと割れている。「リンゴ食べますか?」と意味不明なことをいってくる。もはやギャグだろ。


わるさめ「あの、ここってむしろ男のお店なんじゃ……?」


蛇「うちは男性の方はお断りしているわ」


つつうっとあごを妖艶な指先の動きでなぞられた。「触らないで。私にえろいことしていいのは司令官だけなんですー」と私はその手を乱暴に払いのけた。「あら、強気で可愛いらしい子。私のタイプね」と舌舐めずりである。まさかこのわるさめちゃんをドン引きさせる変態がこの星でフレデリカ以外にも誕生していたとはな。


蛇「それで羊、私と直で接触を持つって役割に反しているわ。それにこの子達、艦兵士と仲良くお店に来るってことは私達を裏切ったっていう解釈でいいのかしら?」


羊「いいえ。蛇沼さんは?」


蛇「死んだとしても、儲かるほうに協力するわ」


嬉々としていった。自らの死と引き換えにしても、金が欲しいという人間か。かつての私と同じだな。生きているからこそ意味のあるもの、という考え方は大間違い。神風は落ち着いた様子で、静かにその蛇のちろちろと割れた舌を眺めている。蛇が「奥へ」と手招きした。私はキマイラにそそのかされる子供達と同じく、その口の中に飲み込まれていった。


もちろん隣の神風と同じく、私も腹から喰い破ってやるつもりだ。


4


蛇「想力ビジネスに参入させて。それで獅子の凶行を止めてあげられる理由にもなるわ」


こいつの狙いは想力ビジネスにヤクザの窓口として手引きして欲しいとのことだった。蛇がいうにはそれなら私も獅子を止める理由にもなるし、上にも申し立てがつくどころか、全てが手打ちになるほどの貢献になるという。蛇はブレインというだけあって合理的かつ情報通だった。


蛇は席を立って、奥のデスクの引き出しから、トランプを取り出した。


蛇「私、神経衰弱とっても強いのよ。やっぱりこういうのは拒む?」


わるさめ「……いいえ、話が早いです」


蛇「へえ」蛇は味を占めたかのように新たな要求を出してくる。「3組を取られるごとに相手の服を一枚、脱がせられるっていう条件も加えていいかしら。負けたら全部ね。ただの遊びだとつまらないし、私はこのお店開くだけあってあなた達のような初心な少女ってとっても興奮するの」


わるさめ「受けて立つ! 神風がな!」


神風「エッ(°Д°`)」


相手が示した条件は好都合だ。お前がこういうの超強いの知っているんだからな。適材適所だ。もちろん、プレイヤーは神風でその代わり服を脱ぐのは私の役割だ。司令官やアブーのために服を脱ぐことなんて余裕で出来ちゃうね。間宮亭でも頻繁にやっていることである。


蛇「羊、あなたはこの場にいなさい。男がいたほうがきっと可愛い反応してくれるわ」


私は求められた反応は出来ないと思いますはい。


5


そうしてゲームスタートだ。


お互いがトランプをシャッフルして山を半分こにして、それぞれテーブルの上に並べた。その間すでに蛇は吐息を荒くして、粘着質な視線を私のほうに向けていた。目がガチだ。このお店の女の子、間違いなくこの蛇に喰われちゃっているだろ。


蛇「先行後攻はどうする?」


神風「選ばせてもらえるのなら、後攻でお願いします」


この時、神風はすでにやる気がなさそうだった。勝ちを確信しているのか、それとも蛇の様子に引いているのかは分からん。


蛇は指先をふらふらとさせてめくるカードを思案していて、ひっくり返す時は二枚一気にめくった。ハートのジャックがそろう。なんだかそのハートに熱烈な視線を送るジャックを見ていると蛇からのキモいメッセージが込められているような気がした。こいつの前で脱ぎたくねえ。そして蛇はカードの絵柄をそろえたので続いてめくることが出来るけども次は外した。


蛇「あれ、外しちゃった」


神風「当たり前。最初から何度も当てられる訳ないじゃないの」


続いて神風の番がやってきた。めくった絵柄はスペードの5でそろう。そして「時間がないからね」と続いてカードをめくる。今度はダイヤの6がそろった。間違いねえ、やっぱりこのカードにはイカサマがあって神風はそれをすでに攻略完了している。


神風「茶番ね。もうめくるの、面倒だから私の勝ちでいい? 裏の模様に細工されたプレイングカードだなんて古典かしらね。見比べてもその細工の種類を知っていなきゃ見落とすかもだけど」と次も二つめくると、今度はクローバーの3がヒット。次はハートの4だった。そろえたカードが5634(ころすよ)と殺意満々であり、もはや勝負ありだろう。


蛇「すごいわね。模様が違うの分かっていてもめくるカードはしばらくやらないと分からないはずなのに」蛇が目を丸めている。


蛇よ、今お前が喰おうとしているのはとんでもない逆境無頼の賭け士である。猛毒を持っていることを知らずに飲み込んで死に至るなぞ自然界ではよくありそうな話。


神風「後攻を選んだのは昔と変わっていないかの確認です。亜刀龍が使っている暗号模様が」


蛇「マジか。中国売人の組織暗号とか獅子と羊も知らないのに……」


茫然自失な様子である。神風は蛇にターンを回さず封殺した。ただ神風がカードをそろえていくのを眺めているだけのゲームとも呼べない勝負内容だ。


蛇「でも中国の蛇でしょ。優良店で良かったわね。あそこは約束を守る場所なのよ。他の店なら勝っても人形になるまで犯されていたと思うよ?」


服を脱ぎながらそんなこといっている。律儀に全裸になってんじゃねえよ。別にお前の裸は見たくないんだよ誰得だ。


神風「……わるさめさん、なにも聞かずに素早く私の右隣に移動して」


従ったほうが良さそうな気がしたのでそそくさと移動する。


蛇「……このゲームの裏にある意図にも気付いた?」


その時、扉が乱暴に開かれた。武装した男が三人も乗り込んできた。なるほど、ゲームはただの時間稼ぎでその間にどういう方法かは知らないけれども、助っ人を呼んだらしい。羊君は私が監視していたけど、ずっと気をつけしていたのでなにかしたとは思えないからやっぱり蛇か。刀かドスか迷う長さの刃物、そして私や電の艤装につけられていた見慣れたサイズの小さな砲口、つまり拳銃だ。


蛇「あなた達は自分の価値を理解していないのね。これが最も儲かる方法よ」


私は自分の価値なんてよく分からないけども、司令官やアブーみたいに捕まえてなにか利用しようとしているのはもはや疑いようがないだろう。


ふわり、と風が吹きつけた。次の瞬間には正面の拳銃を持った男が壁に叩きつけられていた。神風の先制に素早く反応したのは刀を持った右手にいる男だ。容赦なく神風に向かって刃物の切っ先を向けて突進する。


神風は男の髪を握ったまま、片手で持ちあげてその男を盾にした。男は戸惑っていたので、私は落ちている拳銃を拾ってその男に向かって発砲した。今の私は解体されてなお想力がまとわりついて少し力持ちだ。拳銃の扱いは知っているので造作もない。


蛇「っち、使えねえな。相手は軍人だろうが。見た目で油断しているんじゃないわよ!」


蛇がヒステリックな声をあげて発砲した。突っ立っている残りの男に向かって、だ。胸を撃たれた男は壁に衝突して、ずるずると糸の切れた人形のように四肢を投げ出して動かなくなった。蛇が私のほうを見て目を思い切り見開きながら、嗤った。


蛇「春雨だっけ。お前、人を殺したことあるだろ」


神風「――――は?」


蛇の巧妙な罠にまんまとはまった神風の一瞬の油断だ。蛇がすぐさま銃口を向けたけれども、私のほうが速かった。


照月の速撃ちには敵わないけれども、この手のやつに躊躇う理由はない。蛇の手から拳銃が弾かれる。苦痛に顔を歪めた。


蛇はすぐさま銃を拾いに動いたが、次の瞬間には神風が地に叩き伏せた。さすが最遅から最速になった女。


蛇「ごめんごめん。なめていたのは私もだわ。羊もそうでしょ?」


羊「軍人であるのは知っていましたが、ここまで暴力に長けているとは驚きました」


平然とした顔だ。顔に飛び散った血も拭おうとしない冷静さは司令官を想起させた。あいつもそうだった。鎮守府で奇襲をかけた時に私が拳銃で撃っても、こんな風に平然としていたのだ。


神風「わるさめさん、本当に人を殺したことあるの……?」


わるさめ「どさくさに紛れてフレデリカにトドメ刺したのは私だからね」


なお軍には様々な私の付随価値により、見逃してもらっている模様である。やつが一般人だったらヤバかったのだろうが、C級戦犯であることがついていた。といっても殺したのは事実であり、一生忘れられない記憶でもある。もっともフレデリカは可哀想なやつであの場では私に殺されるか、電に殺されるかの二択だった。


羊「提督殺し、ですか……」


蛇「あー、でもごめんなさいね。私達、不良じゃないから暴力だけで首を縦に振らないのよ」


わるさめ「三人だよ。私は三人も殺しちゃった」


銃の引き金に指をかけて蛇の眉間に押し当てる。


一人は『誰か助けて』と叫んでいた電だ。あの時、世界で唯一、あの苦痛を理解できた私が駆け寄って友を抱き締めていたのなら、電は自分を殺さずに済んだはずだ。そしてもう一人は春雨ちゃんかな。鹿島っちが引率してきてあの悲劇で沈んだ駆逐四名を含めれば合計七名にも及ぶ。その全てが、私が助けられたのに助けられなかった命だ。


蛇「……参った。あなたは引き金を引ける」


蛇が眉間に皺を寄せた。「噂を聞けば綺麗事の塊だから、しょせん小娘の集まりかと思っていたけど、想力に加えて、後ろにこんなのが何人控えているのか分かったもんじゃない。全面抗争なんか金かかるだけだし。最も儲かるのはあなた達に与することね」


わるさめ「獅子が司令官とアブーに手を出したら……」


蛇「……出したら?」


わるさめ「死んでも楽になれると思わないほうがいい」


今回の一件、恐らく最もヤバそうなのは電と、戦後復興妖精こと悪い島風ちゃんだ。メモリーではこのような連中に育てていた子供のちび風とちび津風を殺されている。私は彼女と個人的な交友も深いし、友達だとお互いに認識している。すでに余生、生死はどうでもいいといっているようなやつだ。息をするようにこいつらを殺すだろう。


蛇「ああ、そいつらの死体はこっちで処理するわ。大丈夫、そいつら子供の頃から飼育されているからどうとでもなるのよ。あなた達でいう妖精と提督のようなものかしらね。妖精のように社会の法で守られていないの」蛇は羊君のほうに視線を送る。「羊、あんたも今回ばっかりは協力しなさい。組織に壊滅的被害を与えたら上は相手が軍の人間だろうが関係ないわ。そしてその罪は私達が支払う羽目になって終わるだけ」


羊「それで済みませんよ……組織もさすがに手を引くと思います」羊君は肩をすくめた。「甲大将と雷さんの恨みを買うんですよ。あの二人は僕等でも手を出すな、と通達される人物でしょうに。少なく見積もって億の人間を敵に回すと思うので、亜刀龍も示談で話を進めるはずです。僕は――――」


部屋に転がった死体を見る。3人の屍だ。蛇が座っていたほうのデスクの側面に小さな凸凹がある。そこにあの蛇の長いつけ爪を挿入すると奥のスイッチを押せる。これが男達を召喚した種のようだ。


わるさめ「蛇がいいたいのはここから先は死体がもっと増えるってことだ」


わるさめ「蛇に私達のこと流したの羊君だよね。蛇のいう通り、ここまで首突っ込んで巻き込まれたもなく、羊みてえにいられないわ。どっちの味方?」


私は拳銃を羊君に投げ渡した。


わるさめ「言葉は無力だ。私か蛇を撃て?」


悪いやつか良いやつかは大した問題ではない。ここから先は不安要素を取っ払っておくために、敵か味方かハッキリさせないとこのように寝首をかかれるだるい展開にまた襲われ、今度は転がる死体の中にこっち側も混じる羽目になるかもしれない。


羊君が銃口を斜め下の床に向けて動かない。鉄のオートマチックの拳銃は鈍い死の輝きを放っている。その引き金を引いて、蛇を殺せば私達の味方だ。私達を撃てば敵だ。単純かつ短時間で済む意思表示である。


羊君は銃を思い切り、投げ捨てた。その銃は壁にかけてあるキマイラの絵画の獅子の顔に当たった。人を殺す気はない。そして獅子とは敵対する。そういう意味なのだろう。なぜそう答えを出したのかは私でも分かる。


羊「由良さんを泣かせない選択で」


わるさめ「撃ってたら由良っちは泣いてたね」


羊君はやっぱり本物の騎士様だったようだ。私の人を見る目も中々のもんだよね。残念ながら私じゃなくて由良っちのナイト様だけどさ。


蛇「いいわあ……やっぱり春雨さん、私の好きなタイプ。ゾクゾクする」なにが面白いのか嗤った。そしてこのババア、私達みたいな女の子に乱暴されていることに興奮しているのか、股を濡らしているとんでもない変態である。


さすがの私も嫌気が差してきたよ。


鎮守府に帰ってにゃが月&菊にゃんを意味もなく抱き締めてあのキュートな声で罵倒されたい。いや、やっぱり止めよう。それだとこいつと同類みたいじゃん。人の振り見て我が振り直せってやつだな。


神風「まさか他の鎮守府にもいるとは予想外だったわ」神風は納得したように頷いていった。「うちの司令官があなたを秘書官に指名した理由もなんとなく分かったわ……」


わるさめ「北方ちゃんは面白いよねー……」


神風「私が知る限りで最高の最低女よ」


もう一度アカデミーの頃に戻れるのなら北方鎮守府に着任するのも面白いかもね。


わるさめ「……」


部屋に転がった3人の屍を見る。

嫌な予感はしていたものの、死体が出ちまった。

ドクン、と心臓の鼓動が跳ねた。死人が出たってことはもう笑い話じゃ済まない物語になった。


確かにいるこの人間が社会では消失している人間だという。この人達もきっと子供の頃から苦労してきた奴等なのだろう。私はそれで可愛い悲鳴をあげるようなほのぼのとした人生は歩んで来ていないものの、やはり思うところはある。私もそうだったのだ。軍では鹿島艦隊の悲劇で殉職扱いされていたのに生きていた透明な経歴がある。


わるさめ「子供ビジネスで入った人達なの?」


蛇「そうね。家出して帰りたくないって外をうろついていた居場所のない奴等。こっちのルートで中国に輸出した後、教育後に偽りの身分で帰ってきたやつね。国籍も名前も故郷も全て偽りで、もちろん家族もいないわ」


蛇「ただ目の前にいるそいつ、家族を欲しがるのよね。女を孕ませるのは面倒だからご法度にしてるわ。でもそいつにはそのくらいしか未来の希望がねえのよ。全く持って迷惑な話よね」蛇はけだるそうに乱れた前髪をかき上げた。「誰がこんな野郎どものガキを作りたがるのよ。そのくせ良い女を求めたがるんだから。どうせ不幸にしかならない。そんなやつ使い潰してやるのが世の情けってものでしょう?」


その時、その男の右手が少しだけ動いた。胸を撃たれたけども即死はしていなかったようだ。「残念ながら、もう助からないわね……」と神風が悟ったようにいって、その仏となろうとしている人間の死を看取るためか、優しい雰囲気に変わる。


家族、か。確かに家族を求めるならば、夢見るのがどんな家庭なのか私にも分かる。正直、お父さんは私が物心つかない時に死んでしまって良いイメージはないけども。


私は母親を想う気持ちで、戦争に出たのだ。

あのボロいアパートのちゃぶ台を囲う毎日は本来、春雨適性を70%も持っていた私には出せない勇気が与えられる程の強さが育まれる場所だった。弱虫にとって生きる意味どころか命を賭ける意味にすらなるんだ。


私は男の前に座り込む。

ごつごつした力仕事をしてきた男の手に、適当な生活の見て取れる食べかすのついたぶしょう髭。そして漂う強いアルコールの匂いがする吐息が空洞を吹き抜ける風のようにひゅうひゅうとしていた。段々と弱ってゆく。


私はその初対面の男のあごを軽く持ち上げる。


「まだ小便臭い小娘でごめん――――」そう一言謝っておいて、私はその男の唇を奪った。あどけない少女の触れるだけのうぶな口付けだ。


風前の灯火が吹き消えるまで、そんな優しいキスをした。


「10年後には最高の女になる少女のファーストキスだよ」


どうか、安らかに。




【16ワ●:side-阿武隈 怪物と怪獣のバラード】


雷「万が一の時の順番は司令官、私、阿武隈さん」


雷さんが獅子と交渉しても、犠牲になる順番を決めるのが精一杯のようだ。なぜ助けを呼んでくれなかったのか、とあたしは考えるが、すぐに振り払う。助けを呼んでどうなる。最も効果的な助太刀はやはり想力関連だろう。警察でも教団の仲間でもなかった。だからこそ、人質を見せしめにする時の順番を少しでも全員生還の確率をあげるために、その順番にしたというが、あたしは納得が行かなかった。


阿武隈「最初はあたしです」


心を少女から兵士に切り替えた。冷静に命の価値に点数をつけて、かつての提督のように『死ぬ順番』に頭を捻った。提督は絶対に死なせられない。もはや社会的に大きな価値があり、電さんや神風さんの暴走のことも考えると、最後に回さなければならない。そういう意味では全世界で四億の人間の寄る辺である雷さんもそうだ。つまり、この場で最初に死ぬべき存在はあたしとなる。


阿武隈「提督は最後かと」


提督「……いいえ、自分、阿武隈さん、雷さんです」提督は相も変わらず冷静な口調でいう。「重以上である自分と阿武隈さんは想力工作補助施設の力で復活の可能性が残されていますが、恐らく雷さんは想が分散してしまって、復活が困難と思われるので全員生還とするのならその順番」


どちらにしても提督が最初の犠牲者じゃないか。


乾いた自嘲があたしの口から漏れ出る。


戦争終結してから、酷く冷静に死ぬ順番を話し合う今この瞬間にひどく吐き気を催した。今ここで死ぬのでは何のために戦争を終わらせたのか甚だ疑問だった。戦争終結の翌日には晴れ晴れしい門出を思い描いたのに一カ月経たずにこのような埃臭い倉庫で生死をさまよう。


雷「私が来たんだから私が一番か二番にならないと意味がないじゃない」


そういって雷さんは頬を可愛らしくふくらませる。この子はあたしが思う以上に肝が据わっている。慣れているのか、精神が尋常ではなく頑丈なのか、よく分からない。「でも、まあ」


なにがいいたそうだけども、提督のほうを見ただけだ。提督は苦笑いした。いつもの雷さんなら「しっれいかーん♪」や「私がいるから大丈夫♪」とかいって司令官に抱きついていそうなのにな。二人になにか違和感がある。あたしの知らないことを二人の間で共有しているかのような感じだった。


雷「遺書でも書く?」


机の上に置かれている筆と紙を見た。獅子が「最大限の人間としての権利を」といって、ご丁寧に用意した遺書セットだ。吐き気がする優しさだけども、あたしは万が一に備えて書いておきたいとは思う。言葉もなくお世話になったみんなと死に別れるのはイヤだったからだ。


提督「阿武隈さんって一人っ子なのに末っ子感が強いですよね」


雷「あ、分かる。艤装つけた海の上では凛々しいのにねえ」


阿武隈「この状況で二人が落ち着きなんですよ!」


雷「見習いなさい」雷さんは声のボリュームを落としていう。「殺されるとしたら、私達がこの状況に置かれていることを他に知らない場合よ。こちらには想力工作補助施設があるんだから、その気になれば現海世でここに来て私達を連れて脱出して終わり。そうでしょ?」


阿武隈「た、確かに」


想力工作補助施設ならばそうでなくとも、この辺り一帯のヤクザを全て瞬時に倒すことも可能だ。よくよく考えれば電さんわるさめさんを外に逃がして、いや、あたし達の誰かに連絡が繋がらないことを軍の誰かが疑問視した時点で助けに来ることは確定だ。


じゃあ、その手を使わないのは?


使えない、ということはあり得ないだろう。そもそも電さんだって開発できるし、佐久間さん開発の想力工作補助施設も今回は持ち出せるのだ。仲間があたし達を見捨てることはあり得ないと断言してもいい。ならば導き出される答えは、この状況を『利用してなにかしている』だろう。


雷「ね? 少しは安心して落ち着けた?」


提督「元帥も自分達がまだ軍に籍があるからって無茶なやり方しますよね」


思えば今回の指揮は元帥か。あの人は丙将席出身の提督ではあるけども、若い頃は雄牛と呼ばれるだけあって甲の素質も兼ねそろえていたという。その二つの特性を合わせた指揮を一言で例えるとしたら、攻撃こそが最大の防御、だろうか。そのような危ない橋も渡る人だけれども、今回は安全を確信した上で指揮を執っている可能性のほうが高いようにあたしにも思える。


扉がノックされた。びくっと震えたあたしの肩を提督が抱いて胸に引き寄せる。


「失礼します」


現れたのは獅子ではなかった。女性用のスーツを着た中年の女性だった。艶やかな黒髪だけども、全身から神経毒でも含んでいるような空気を出して、こちらの肌を心なしか麻痺させる。瞬きすらせずにじいっと見つめたのは雷さんだった。ヒールを鳴らして雷さんの元へと歩み寄る。


雷「あ、千種ちゃんだ。久しぶりね、元気だった?」


蛇「あいつがビッグサプライズのゲストが増えたっていうから誰かと思えばゴッドマザーかよ。獅子の野郎、見境なく噛みつくにも程があンだろうが」呆れたようにこめかみを押さえた後、微笑みを浮かべた。「にしても懐かしいですね。私を本名の名前で呼ぶのも今や世界であなたくらいですよ」


提督「……誰です?」


雷「蛇沼千種ちゃん。教団施設出身者で四代目キマイラの蛇ね」


提督・阿武隈・蛇「!?」


阿武隈「なんであなたも驚いているんですかあ!?」


蛇「おっそろしいわね。なんで私が中部支部の蛇に就任したのを知っているのよ……あなたは変わらないけど、私のほうはもう40過ぎているし、整形も何回かしているのに」


雷「だってあんまり変わってないもの」


蛇「ったく、ヤクザですよ? 今この状況、あなたが檻の中に忍び込んでホワイトタイガーを手懐けていたことを思い出しますよ。相も変わらず恐れ入る……」


そういうことか。確かに雷さんの情報収集力は常軌を逸していますけどね。確か青葉さんの情報収集力も雷さんを通してのパイプを頼ることが多いと聞いたことがある。このように裏にもパイプがあれば、警察の中枢にも教団出身者がいるというのだから、協力を仰げばある程度のことは聞き出せてしまうのだろう。このようなヤクザ組織は正しくそれだ。


雷「教団のブラックリストに載っているからね。あなた、組織の金をうちが学生に出している金貸し屋に流しているわね。それを低金利だけど蛇、あなたがそこの会社からプラスにして回収している。汚れた金の洗浄にうちを利用しているって話があるのよね。どうなの?」


蛇「潰れる時は共倒れになりましょうよう」蛇はねっとりとした声でいった。「教団はありとあらゆる方面から庇護が厚いから、胃袋に入っちまえば寄生虫のごとく宿主に守ってもらえるしね。まあ、あなた達が怖いのはそれを『想力で完全にこっちだけを悪者にして処理しちゃう』ことだが」


蛇はどうやら利益のためなら恩を仇で返し、そしてこずるい絡め手が得意なようだ。


雷「獅子君は本気みたいだけど、組織としてはどうなの?」


蛇「亜刀龍ね。中部支部の四代目の私達は組織にとっても貢献しているから監視の目は緩いほうなのよ。亜刀龍っていう組織がそもそも馬鹿の集まりでね、そこらのワンマン企業の社長みてえに血筋に重きを置くのよ。今世代は羊が直系な。今回は簡単にいうと『結果で全て決まる』ね。これだけの騒ぎ起こしてしくったら全殺し、成功しても事が事だけに締めあげられるだろうけど生きてはいられる」


蛇は提督のほうを舐めまわすかのようにじろじろと見る。


蛇「この男が例の准将か。テメエが海の深海棲艦(ゴミ)をお掃除したせいでゴミ収集業者(深海棲艦周り)のビジネスが全滅したぞオイ。本部のある中国なんかは史実的にも艤装がクソ少ねえ故に儲かっていた面もあるビジネスだったのに」蛇は忌々しそうに舌打ちを放った。


提督「その代わり今回のゴミは無料で処理するので勘弁してください」


蛇「アッハハハ、確かに私らは陸のゴミだわな。ジョークが粋で面白いわね」


提督「ジョークをいったつもりはないです」


真面目な顔でそういうと、蛇は更に甲高い声で嗤う。


蛇「准将、お前だけは念のために遺書を書いておくのをおススメするわ。獅子と私には殺しの美学があるからね。獅子は年齢が高いやつから殺す。私は男から殺す。つまりお前だよ。でもまあ、状況が変わった。この場の全員が助かるように私からも尽力してあげるわ」


蛇はじゃあね、と手を振って踵を返した。部屋を出て行く際に、


蛇「春雨さんの大事な司令官さんで良かったわね。私、あの子に惚れちゃったのよ」


と恍惚とした顔を浮かべていった。


わるさめさんがすでに蛇と接触していたようだ。ということはちゃんと向こうは動いてくれている。それが分かっただけでも安心感が胸中に滲む。わるさめさんって戦後復興妖精といい、中枢棲姫勢力の人達といい、ダークサイドから異様にモテますね。あたし的には羨ましくもなんともないですけども、本人はどうなんだろう、とそんなのんきなことを考えた。余裕も出てきたかな。


蛇が出て行った後に、提督が感心したかのような声音でいう。「まさかわるさめちゃんの良さが分かるやつが敵にいるとは驚きだ」


やっぱり、今日の提督はなんか変な気がする。


真っ先に殺す、といわれたし、無理もないよね。でもそれは絶対にさせませんよ。今度はあたしが提督を守ってあげたい。提督と艦兵士としてではなく、青山開扉と家鴨白鳥として、そういった助け合いをしてみたい、とあたしはまたまたのんきなことを考える。


阿武隈「あの、提督」


提督「なんですか?」


阿武隈「これからは下の名前で呼んでもいいですかあ?」


提督「といいますと」


阿武隈「ヒラトですよね。じゃ、じゃあ、ひー君とか」


提督は上半身を捻って顔を後方に向けた。肩をぷるぷると震わせている。なんか笑われているような気がするけど、提督を笑わせるってなかなかできないことなのであたし的にはOKです。


提督「では、あひるちゃんって呼んでもいいです、か?」


阿武隈「……それ、可愛いですか?」


提督「いえがも、ですが、あひるとも読めますよね。あひるちゃんって阿武隈さんに似合っていてとても可愛らしいと思いますから」そういって提督は優しい笑みで笑ってくれた。


阿武隈「ええ、まあ、はい。了解です、ひ、ひー君」


提督「あ、あひるちゃん……」


提督はまたまた上半身をひねって、顔を隠すと、身体を小刻みに揺らして、噛み殺し切れていない笑い声を出していた。まあ、いいでしょう。許します。雷さんが提督をじいっと責めるような視線で睨みつけていた。雷さんのこのような顔も中々のレアですね、はい。


提督「……あひるちゃん」


提督「自分が例え自分じゃなくなっても、あひるちゃんは自分をを愛してくれるって。甘えれば甘えるほど、悲惨な目に遭うかもしれません」


提督の言葉は相変わらずあたしには見えていない未来が見えているかのように難解だ。


阿武隈「愛し抜きますよ」


提督?「ぎゃっは、いや、あ、ありがとう、ございます」


「獅子君、お菓子ちょうだい!」


どこかから子供の声が聞こえた。あたしは慌てて、固定されて開けない窓のビリビリのカーテンを開けて、下の様子を伺った。


この目を疑わずにはいられなかった。数えると子供が10人ほどいた。なんなんだ。ヤクザが管理する建物にこうも簡単に子供が出入りするのか。大人達はなにをしているんだ。


獅子「たくさんお食べ。きっと」


獅子「この恵みが俺の最後だから」


その獅子の言葉に蛇と羊の顔にここからでも見えるほどの陰が落ちていた。


「ボス、そんな悲しいこといわないでくださいよ」


羊「どうせ死んでからも地獄で顔を合わせますよ」


蛇「そうねえ。獅子、あんたとの付き合いも長いけど悪くなかったわ。最後にすっげえ上玉の女の子を拝むことが出来たからね」


大人達は倉庫の段ボールからお菓子の袋詰めを取り出した。なつかしい。町内会で催される獅子舞に参加すると、もらえるお菓子の袋詰めだった。子供達は獅子舞の頭を持って、遊び出した。太鼓やリコーダーを鳴らして、獅子舞をするように大人達のもとへとお菓子をもらいにゆく。


そして蛇が電子ピアノに触って、音を鳴らした。筆箱、教科書を叩き合わせたり、チタンの階段にのぼってジャンプしたりして音を鳴らしている。そういった野性的な音をメロディに乗せて伴奏を始めた。羊、舜君もいた。ラジカセのスイッチを入れると、音楽が流れた。


この曲はなんだっけ。あたしは耳を澄ました。その歌い出しで思い出した。学校でよく歌うことになる曲の一つ『怪獣のバラード』を怪物達が歌っている。合唱曲とは違って、誰かがアレンジしてJポップ風味にしたノリの良い曲調だった。全員で大きな声をあげて唄声を重ねている。



真っ赤な太陽、沈む砂漠に。大きな怪獣がのんびり暮らしていた。ある朝目覚めたら、遠くにキャラバンの、鈴の音が聞こえたよ。思わず叫んだよ。海が見たい。人を愛したい。怪獣にも心はあるのさ。出かけよう砂漠捨てて。愛と海のあるところ。



獅子と蛇と羊も唄声というより咆哮に近かった。獅子、羊、蛇、三頭で一頭の怪物達はなぜか大粒の涙を流しながら、魂の咆哮をあげている。あの海の姫や鬼の憎悪の叫びと似通ったモノを感じた。怪物たちのその唄に、ある子供はお菓子を食べながら、ある子供は笑いながら、ある子供は真似するように叫んで歌う。酔っ払った海賊達の宴のように無骨で陽気、そして遠慮がなかった。


阿武隈「な、なんなのこれ……」


絶対に踏み入ってはならない程の狂気があそこには充満している。


提督「阿武隈さ、あひるちゃんが羊の過去を教えてくれましたね。雷さんは獅子と蛇のことを知っているんでしょう。過去を教えてもらえませんか」提督はまた珍しい表情をしていた。牙を剥くような笑みを口元に貼り付けていた。「あの悪党どもに、すこーしだけ興味が出て来ました」


雷「あまり気持ちの良いものじゃないけどね、獅子君と蛇ちゃんを刺激しないためにも教えておいたほうがいいかもしれないわね」と、雷さんはそういって二人の過去を語り始めた。


あまりにも、強烈過ぎた。


獅子は同性愛者の父親の子だったそうだ。母親から父親の代わりの相手として性的虐待を受けていた。冬の田舎の町を薄着でさまよっていたところを警察が発見して保護したそうだ。本人は遠くの山を指差していったという。「あの山を越えて、太陽が昇る海が見たい」と。彼が保護された当時は大丈夫だったけれども教団に保護されて落ち着いた頃、大人の女性を見るだけで発狂するようになった。だけども、彼は子供には優しく、良きお兄さんとして子供達の世話を見てくれていたそうだ。雷さんも実年齢が10前後の時、彼と一緒にあやとりやトランプをして遊んだという。


蛇も保護されて施設に来てから知り合ったようだ。彼女は10の頃から援助交際を強要されていたらしく、ある日水道会社がメーターを調査したところ、不振に思って自宅の中を調べた。家では血まみれの裸の蛇が出産途中で放置されていて、死にかけていたという。教団に保護されてからも、大人の男が近寄ると発狂した。彼女は同性愛者になることでその発狂を抑える術を手に入れたようだ。



蛇「大きな怪獣は涙で見つめていた」


羊「東へ歩いたよ、朝昼夜までも」


獅子「海が見たい、人を愛したい」


「「「怪獣にも望みはあるのさー♪」」」



なまじ羊の舜君と付き合いがあったから、私には彼等の痛みが理解できてしまった。

職員室から聞こえた羊君の言葉を思い出す。


――――いつか怪物になってお前らに復讐してやる!


彼等のあの涙は血だ。涙という透明な血をその眼から流しているのだ。同時に彼等が『血の通った人間』であることも今この時初めて強く意識することが出来た。大本営でいった人間のプロフェッショナルの海の傷痕当局が此方の言葉を借りてこんなことをいったという。「被害者から更に加害者と被害者に別れる」


あの怪物達も、被害者だったのだ。

心を見失った怪物達が我が子を怪物に仕立てあげた。


雷「子供ってね、未熟だから庇護も厚いけど、未熟というより怪獣だからなの」


あたしには痛いほど理解できた。だから、大人に首輪と鎖をつけられる。子供が可愛いのは、その無邪気な純粋さにあるけれど、これは表現を変えると、獣性であることは羊君をいじめていた不良を思えばすぐに分かる。弾みで人を死に至らしめる暴力ですらも、深く考えずに行う。


雷「阿武隈さん、私が見る限り、あの鎮守府の皆は本当に優しい人達よ。英雄とかそういう意味じゃなくて、その心のあり方がね、人類の宝といっても過言ではないわ」


雷「彼等は川を流されるように、世のルールで施設に回されただけだったのよ。そんなのが救いになるわけないじゃない。本当にしてあげるべき大事なところ以外ばっかり細かく決められていく。だから、今も人を傷つけながら愛を求めてさまよう怪獣のまま。私は色々な人を見て育ってきたけれど、生まれつき頭がおかしい人なんて本当に少ないの。頭がおかしくなっちゃった人がほとんどなのよ」


阿武隈「それは、分かります。あたしもおかしくなった時期がありましたから」


雷「明日の君も優しくあられますように。怪物はフィクションでもリアルでも人間が産み落とすもの。私はどんな酷い目に遭っても、退治される怪物になってしまった怪獣を出来る限り優しく殺してあげたいわ」


雷さんはそういって笑った。その幼い身体にある記憶が、どれほど重い情報があるのか、あたしにはよく分からない。私が湖の苦しみを知っているとしたら、この子は海の苦しみを知っている。それでもなお、このようにあのような人達すらも愛しむ心を持てる雷さんという存在が、聖母と呼ばれるのも分かる気がした。愛が広く深すぎて見る角度を間違えたら、この子もまた怪物に見えそうだ。


雷「阿武隈さんの戸籍名は家鴨白鳥さんだっけ。漢字、忘れちゃった」


阿武隈「唐突ですね。家内の家に、鳥の鴨に、色の白、そして白鳥の鳥です」


雷「家鴨白鳥さん、初めまして。私は雷あらため、ちあきあかりこです」


初めまして、という言葉には強い違和感がある。だけど、艦兵士としての生を終えて、陸で一般人として生きるあたし達には必要な過程なのかもしれない、とも思った。ちょっとイヤだな、とあたしは思う。今、目の前にある現実を見ていると、鎮守府でのみんなとの暮らしが愛しくてたまらない。むろん、冷静に考えれば人が死ぬ場所なので、あれなのだが、陸の上も大して変わらない。


阿武隈「漢字はどう書くんです?」


雷「千の明かりを灯す子供と書いて、千明灯子ね」


とても彼女に似合う、綺麗な名前だった。


提督「漢字で書けますか?」


提督がからかうようにいった。


阿武隈「そのくらい書けますっ」


提督は窓外を見下ろして、いう。


提督「雷さんやわるさめちゃんを見ていると思いますけど、母親って悪いもんじゃないですよね」


提督は信じられないことをいった。世界で一番嫌っているのが母親のはずだ。これは欠陥が治っているのではないんじゃないか。そしてその次にまた信じられないことを、からかうようにいった。


提督「明石君もそうですけど、男性の方って女性の胸って母性を感じるから好きなんでしょうか。自分にはよく分からない感覚です。あひるちゃんの胸、ちょっと触っていい?」


阿武隈「……へっ?」


突然なにをいっているんだろう。言葉の意味そのままなのだろうけども、ちょっと階段を飛ばしてあがりすぎじゃないかな。でも、提督がこういう風に女性を求めるというのは良い傾向のようにも思える。あたしはしばらくの逡巡の末、ゆっくりと頷いた。


雷「せん……こほん、司令官、程ほどにしときなさいね」


【17ワ●:砕け散った願い】


わるさめ「ガングートのやつと北方ちゃんは来ないの?」


甲大将「改造スタンガンのせいでガングートがまだ起きねえんだ。命に別状はないけど、北方のやつは三日月から大激怒を受けて精神的にダウンしている。今は使い物にならねえ」


鮮明に場面が想像出来ちゃうな。あの連中は本当に面白いやつらだね。こんな事態に巻き込まれているからか、やつらの話を聞くだけで少し気が楽になる。


わるさめ「甲大将は今回、元帥のじっちゃんが出さないって」


甲大将「無理いって来た。陸の上で相手が相手だから艦兵士は出来る限り出したくねえだろ」


神風「……雨村にしゃべりかけちゃダメよ。声を出せるようにはしていないけど」


存在しない会社の名のロゴの入った中型トラックで雨村は輸送されていた。危険度SSクラスの拘束具で雁字搦めにされて、手足はもちろん声や視界と聴力も利かず、首すらも固定されている。想力工作補助施設も解体してあるし、この拘束状態ならば目的地までの輸送護衛は心配ない。ちなみに運転手は陸軍人さんがしているらしい。


甲大将「お前ら事前に説明した通り、一つのミスで死を覚悟しとけ」甲大将は由良っち、電、卯月と私、それに神風の顔を順番に見た。「では最後に作戦の確認をしていくぞ」


さすがの私も耳の穴をかっぽじって、その作戦を聞いた。


遠くから懐かしい合唱曲が聞こえた気がするが、学校の近くでも通ったのかね。


なんでか分からないけど、怪獣達の泣き声のように聞こえた。まるで私の中に確かに存在していた深海棲艦という怪物のしこりが呼応するように、ざわついた。


電「おい」電が強く私の脇腹を小突いた。「今回はふざけたら許しませんよ」


安心しろよ。今回ばかりはさすがの私も本気である。


わるさめ「つか、お前の想力工作補助施設の用途そんなに限定的だったのな」


電「……ないより遥かにマシなのです」


電の黄色の腕に宿ったのは『応急修理要員』程度の回復を行える力だそうだ。想力といって想像できる攻撃性能は全くない三本目の腕である。司令官のもとにワープとかそういう力だと思っていたけど、電の沈んだ敵も助けたいとかなんとかが原因なのかね。


いずれにしろ、戦闘面においては何も心配していない。

元帥が電話でいった『絶対に大丈夫』の意味が理解出来たからだ。


2


今日は陽が暮れるのが早い気がする。

外は月明かりが雲で遮られて、闇の深い夜だった。でも、あの大きな雲が風で流れたら、綺麗な満月と星空が見えそうでもある。


現場の倉庫に到着した。私達は倉庫内にいたキマイラの構成員の指示に従ってトラックを進めてゆく。武装したキマイラの従業員の監視のもと、雨村を荷台から外へと運び出した。陸軍人は待機だ。私達が逃げるための足である車を保持してもらうためにね。


工場の中から怪獣のバラードの歌が聞こえた。


みなが顔を歪めた。この声、明らかに子供の声が混じっている。今から血の雨が降るかもしれない現場に子供がいるのだから、重く受け止めて当然だった。不意に工場から子供達が外へと駆け出してきて、敷地の外へと出ていった。現場から子供がいなくなったのは助かる。けど、彼等がまるで公園や学校で遊ぶようにヤクザの拠点に出入りしていることが異常だ。キマイラという怪物組織の異質さを物語っていた。


神風「……うん?」


卯月「どうしたぴょん?」


神風「妙な気配がします。よく分からない。人間のような、深海棲艦のような。いずれにしても怪物であることは間違いないですね。いうまでもないですが細心の注意を払ってください」


甲大将「……行くぞ」


周囲をヤクザに囲まれて、雨村の乗った車いすを押した。

正面玄関から倉庫内に入った。紺色の廊下には白い蛍光灯が、薄い光を落としている。かつてここで経営していた会社のロゴがズタズタにされて、その上からグラフィティアートで子供を食べる怪獣の落書きが描かれていた。


真っすぐこしらえた黄色テープの歩行帯のラインを歩け、と指示された。


そのロードに沿って進み、広い場所に出た。広い空間には壊れた産業用ロボットが死んだように佇んでいる。今日の朝に連れて来られた場所とはまた違った。右手には番号を割り振られたシャッターがあって、あそこからトラックが荷物を積むのだろう。


不意に音がした。スポットライトの照明の音だ。照らされた中央には獅子と羊と蛇がいた。その隣には雨村と同じように拘束具をまとった二人がいる。司令官とアブーだろう。そしてもう一人いた。さすがの私も驚いた。


電「ど、どうして雷お姉ちゃんがいるのです!?」


雷「幹部の蛇と獅子とはちょっと知り合いでね……交渉をしに来たんだけど」


そういえば青葉っちが蛇と獅子は雷ママのところ出身だっていっていたな。それに加えて雷ママの情報収集力と性格を考えてみれば確かに今回のトラブルにも首を突っ込んできてもおかしくないとすら思える。司令官やアブーのためにキマイラの口の中にも躊躇いなく飛び込んでいくやつだ。


獅子「雷さんは恩人でしてね。人の形をしたゴミだった俺と蛇を人間のクズにまで進化させてくれた施設の教典です。本来なら、どうせ応急修理要員や女神妖精で復活するであろう准将のほうを、この時までに殺しておこうと思っていたのですが、彼女の一生のお願いをされたので聞かざるを得なかったんです」


羊「話すまでもなく僕らがやろうとしていたことを彼女がこなしていましたよ。これで雨村を引き渡してさえもらえれば、阿武隈と准将の身の安全はお約束できます。もともともうこっちは死を覚悟してあなた方に手を出す羽目になったので……」


蛇「春雨さあん」蛇が愛しそうに私の名を呼んだ。「さっきみたいにこの獅子を優しく殺してあげてよ。その光景を脳裏に焼き付けるだけで、私はしばらく女に困ることはなさそうよ」


ちょっとさすがの私でも、こいつだけは勘弁です。


甲大将「雨村と話をしたいとのことだが、警告がある」


獅子「なんです」


甲大将「想力の特殊な力がある。『本心を聞き出す力』と『その本心を実行に移させる力』だ」


獅子「そういうことか」


獅子は嬉しそうに目を輝かせた。


獅子「合点が行きましたよ。その力で先代キマイラのビジネスをブッ潰したわけだ、確かにあの工場の従業員は暴動を起こすほどの不満を抱えていた。いつかあの上司を殺す、というロックな夢を持つ人も珍しくなかった」


獅子「ではそれを確認させて頂きたい」


雨村の車いすを押すのは神風だ。雨村は『死なせるどころか傷さえつける訳には行かない』のだ。ズズムちゃんはそうでなくとも、トビーちゃんが発狂してしまう。そこは私達の間でも念入りに律している。ちょっと小突くと連鎖爆発してしまう爆弾だ。それを処理出来ないから困っている。


神風が一部の拘束具を外して、視力と聴力を雨村に与える。


獅子「雨村、その能力を使って殺した施設の不良を覚えているか?」


雨村「えっと」雨村の声音は至って平静だった。「人の形をしたゴミを処分した。地獄へ招待したら線路に飛び込んだせいで電車が止まりましたね。死んでも人に迷惑をかけたゴミのこと?」


獅子「そいつを使って殺したほうだ。俺が盃を交わしたオヤジの息子だ」


雨村「うげ、道理で社会のゴミなわけか。処分して良かった」雨村は心からほっとするような声音だった。「リサイクル不可能ですからね。やっぱりあの殺しは僕の勲章だ」


羊「……雨村さん」


雨村「やあ、舜さんじゃないか。由良さんとは会ったかい。彼女は僕が調べた限り、暴力に屈するタイプだから、拉致でもして殴りながら何度も犯してやれば従うようになると思うよ」


その時、卯月と電の表情に色が消えた。噛み締めた唇から血が滴っている。その光景が見えても見えなくても雨村はいうんだろうな、と思った。


雨村「ああ、この情報のお礼はいいよ。僕ら、友達だっただろう?」


羊「僕はあなたのこと、嫌いではなかった。あなたは由良さんと同じく正義感が強く、尊敬できる人でした。僕に恵んでくれたチョコレート、本当に甘い夢の味がした。でも、今の言葉でその甘い夢から覚めました。あなたもまた僕と同じく怪物に育ってしまったようだ」


雨村「一緒にするなよ」


雨村の雰囲気が露骨に変わった。


雨村「お前らみたいなゴミと僕をね。キマイラだっけか。君達は確かに必ず対深海棲艦海軍に爪跡を残すだろうけど、それは社会的に見て何の生産性もなく、ただの個人の感情の発散に過ぎない。つまり表の爪弾き者のヤクザにもなり切れなかった子供だよ」


雨村「死んで詫びろよ、社会の寄生虫が」


こいつは司令官の弟らしいが、司令官とは逆のやつだと私は確信した瞬間だ。


出会った頃の司令官は少し話せばネジが飛んでいたやつだと分かったけど、その心の奥ではそうではなかった。光を求めて手を伸ばそうとしていた。雨村は表に綺麗な光を塗りたくって、その実ネジが飛んでいる逆パターンだ。司令官と同じくなにかしらの信念を廃の領域に踏むこむレベルで持っているので、救いようがねえな。


獅子「羊、もういいだろう。俺がこの手で息の音を止める」


獅子が銃の引き金に指をかけた。


電の想力工作補助施設はギリギリまで出さない。蛇の情報では獅子には妖精可視才があるとのことだからだ。そんなものぶら下げて入ればその場で司令官やアブーが呆気なく殺されてしまうかもしれないからね。そして元帥のじっちゃんの『大丈夫』の意味も私達は甲大将から知らされている。もうとっくに手は打ってあるのだ。



戦後復興妖精「情状酌量の余地はねえかな」



悪い島風ちゃんが想力工作補助施設の白腕で獅子の首をつかんで、思い切り遠くへブン投げた。二階のところまで飛ばされてバーチレーターだっけか、そこにホールインワンだ。そう、なんと捕まっていたのは司令官に化けた悪い島風ちゃんだったのである!


戦後復興妖精「お前らみたいなガキ利用した悪党を見ていると、ちび風とちび津風の悲劇を思い出して不愉快なんだよ!」


純白の腕は拳を作って、こんな状況下でも私に熱烈な視線を送っている蛇の横っ面を殴り飛ばした。よくやってくれた。


決戦の火ぶたが切られた。


3


ドスやテッポウが飛んできているけれども、全て私達には届かない。ゲーム的にいうと無効化である。


私達の周りにはすでに悪い島風ちゃんが防護網を形成してくれていた。

この防護網はなにを隠そう、科学兵器が効かない深海棲艦の防御シールドだ。核兵器でも切り崩せない力に拳銃や刀など何の意味も成さない。ティータイムすら出来る余裕があるぜ。


神風「私と私の仲間に触るな!」


もはや神風ちゃんの形をした必殺仕事人が襲いかかってくる悪党を容赦なく処理している。今回、この場で私達が救助できる命、アブーと、取引を交わした羊君と蛇の合計三名だ。獅子とそれにくみする構成員は腹をくくっているので悪い島風ちゃんの気分次第だろう。


さっさとみんなでトラックへ飛び乗ってしまえば作戦は完了だった。


神風が辺りの露払い、卯月と由良っちと電の三人がすでにアブーの身柄を確保していた。そして甲大将は雨村にすぐに拘束具をつけている。雷ママは羊君の手を引いていた。そうなると私が救うべきは、ちっくしょう! 


蛇「春雨さああん」最悪な夜だよ!


蛇を抱えて走った。四十のババアの同性愛者がここぞとばかりに私の身体に触れてくる。頬、鎖骨から乳房の輪郭をなぞるように指を這わせてくる。誰か人命を救助している私を助けてくれ。「死にさらせオラア!」とその粗大ゴミをゴミ収集車の荷台に強引に投げ捨ててやった。


蛇「あん、痛い♪」くそ、殺せなかった!


私は大至急、蛇の頭を蹴り飛ばしに駆けた。次の一発をぶち込むと、やつはようやく気を失った。良かった。私の心をざわつかせる邪悪を滅すことが出来た。


そんな風に遊んでいた時だった。


甲大将「――――チィ!」


なぜか甲大将が雨村の車椅子から手を離して、雷ママのもとへ全速力で走った。羊君と雷ママを腕力で強引に地面に叩きつけてその上から覆いかぶさった。


なぜだ。拘束具はしっかりとつけ直して雨村の能力は封じてあるはずだった。


次の瞬間、最悪な音が私の耳にも聞こえた。



ガガガガガ。



どうして深海復讐艦功(アヴェンジャー)が倉庫の中を舞っている――――!


4


雷撃値13、対空値4、対潜値5、索的値5の怨霊船が操る空の力。


その礫が狙いを定めた甲大将の背中に直撃していた。確かに噴き出す血飛沫を見て、私は更に走る。あれはヤバい。私達の艦これ仕様の防御網は核兵器からも守ってくれる盾ではあるものの、同じ想力を原動力とした力で突破することが出来るため、あの飛行機は私達に損傷を与えられる。


深海復讐艦功はひらりと旋回した。その向かう先に、トビーちゃんこと、空母水鬼がいた。以前は翔鶴の姿とうり二つだったけど、今は違う。その翔鶴の外皮が爛れていて、皮膚の再生が開始されており、その左の面半分が本来の空母水鬼の顔へと戻っていた。


そんな、あいつから確かに臭うのは腐るほど嗅いだ血の臭いだ。


わるさめ「どうしてここに、いやお前、時雨姉達になにをした……?」


トビーちゃんは笑うだけだ。右腕をくの字にすると、深海復讐艦功がまるで鳥のようにその腕に舞い降りた。トビーちゃんは「――、――」となにか声を発していた。聞き取れないけども、その仕草は知っている。嫌というほど連想させられる。


深海復讐艦攻はまるで憎悪のない艦娘側の艦載機のように指示に従って、ゆっくりと人間を攻撃することなく小鳥のように飛び回る。


電「冗談キツイのです……」


トランスタイプで妖精可視才のある電にはアレの異常がよく分かるはずだ。


深海棲艦の装備に意思疎通出来るだなんて聞いたこともなかった。艦載機での攻撃を得意とし、妖精可視の才能もあったリコリスママだって深海棲艦の装備に意思疎通など出来なかった。


うちの龍驤の技巧の次元で、

高性能深海艦載機を操る空母鬼種。


電「トビーさん、止めてください!」


空母水鬼「あ、電ちゃん……ええっと」


電の制止の声におろおろと戸惑った様子だった。「電ちゃん、ですか。ええ、はい。大好きですよ。とてもいい子でした」とトビーちゃんは意味不明なことを呟き始めている。「お友達です……ええ、私のことを本当に理解してくれていて、ええ、そうかも。お友達ですから――――」


雨村「攻撃しても、許してくれるよ――――」


ほくそ笑んだサタンが言葉巧みに純粋無垢な子をそそのかしていた。


雨村「アハハハハ」


全てを、理解した。



電・わるさめ「雨村アアアアアア!」



深海復讐艦功がすぐに攻撃を開始した。私達は防空の術を持たない。電の想力工作補助施設の効果は限定的で『沈んだ敵を救うこと』しか出来ない。しかも応急修理要員程度の効果で文字通り、死なない程度の応急処置で復活させる救いの力に過ぎない。


今度は電を――――


かばった雷が、背中から血を噴き出しながら倒れた。


電は冷たいコンクリに沈んだ姉を、すぐに想力工作補助施設で応急処置を始める。


雷「その子を、怪物にしたわね――――」


雷が、雨村のほうを見ていた。憐れな人間を慈しむような、同時に無念の漂う表情だった。電は雷と甲大将の治療で手が塞がっている。抱えて逃げるにしても、あんな物の隙間を縫うような小さい飛行機から安全な場所まで無傷で逃げられるか。あの凶悪な鬼種に艤装のない私達はどう対応すればいい。




私の大事なお姉ちゃんを――――



私はトビーさんのこと、



お友達だと思っていたのに、



こんなのひどいよ――――!






――――電ちゃん、ごめんなさい。



でも――――私達は、



――――お友達だから、許してくれるよね?






全てが、壊れてゆく。まるで深海棲艦が艦娘を沈めにかかるようにどこまでもその想いは利己的で純粋無垢だった。


不意に私の携帯が鳴った。留守番メッセージに伝言が流し込まれる。


時雨《ごめ、ん――――ズズムさんのほうが、そっちのことを察していた、みたいだ。僕達じゃ、止められなかった》


時雨《ごめんよ――――》


その声は悔しそうで、申し訳なさそうで、切なかった。

どこだ。私達はどこで間違ったんだ。


トビーちゃんは電を友達だと思っているのか、その繋がりが消えるのを怖がっている風に不安な顔だった。トビーちゃんは本当に今も私達と友達でいられると思っているのだろうか。雷は軍の研究施設に囚われていた間も、ずっと電に寄りそって励ましていた姉だ。その雷がなにかしたわけでもないのに、半殺しにしたんだぞ。


電が、泣いた。つられて私も泣きそうになった。


もう、厳しいかな。


作戦は失敗だった。



【18ワ●:side阿武隈-ピッキングフロアサバイバルゲーム】


卯月「アブー、大丈夫ぴょん?」


乱闘から逃れるために逃げ込んだ先は二階のフロアだった。棚がいくつも並んでいて、そこ入った段ボールが乱雑に床に落ちて足の踏み場に困る場所だった。


阿武隈「あたしは、大丈夫、ひーく、いえ……提督は無事ですか!」


卯月「司令官は無事だから今は自分達のことだけ心配するぴょん。ったく、空母水鬼とか冗談じゃねえし。とりあえず二階に逃げてきたけど……」


由良「大声を出しちゃダメだよ。それと阿武隈、まだ膝が笑っているから少し休憩しよう。放っておいても戦後復興妖精が敵を全て片付けてくれるだろうから大丈夫」


阿武隈「……これは元帥の指示なんですか?」


戦後復興妖精「その通りでっす♪ こっちの敵はあらかた掃除した。後は下で寝ている虫の息の獅子のやつを殺して後顧の憂いを断ったらわるさめちゃん達の加勢に行く」


棚の隙間の向こうから戦後復興妖精がこっちを見つめていた。


戦後復興妖精「雨村の本性、および雨村、空母水鬼、深海鶴棲姫にこちらを攻撃させるためにあえて泳がせておけ、と元帥に命令されたもんで」


戦後復興妖精「対深海棲艦海軍は外から借りたくさんあって、元帥がハゲたって話は知っているよな。あの三人もまたけっこうな価値があるんだよ。深海鶴棲姫の構成データにゃ米国に所有権のある艤装も少しだが混じっている。つまりあの特異な想力をまとった深海棲艦の身柄を拘束すれば、アメリカを少しは黙らせられる。元帥はお友達計画が破綻した場合、連中に情けをかける気はなかったってことだ」


どちらに転んでも利は確保しておいたということか。さすが抜け目がない。

そして戦争中ではない。かつての電さんやわるさめさんのように保護、そして戦力として引き入れることも、中枢棲姫勢力のように手を結ぶ選択肢もないだろう。


戦後復興妖精が向こうから段ボールを棚に押し込んで、こっちの手元まで滑らせた。


戦後復興妖精「念のために武器を持っておけ」


その箱の中に入っていたのは14センチ単装砲、阿武隈の艤装にある初期装備だった。あたしが最も使い込んだ装備でもある。


戦後復興妖精「弾数は無限だが、補充には時間がかかる。八発。一発分の補充に一分程度だ。威力はかなり弱くしてあるが、当たりによっちゃ人間程度は死んじまう。まあ、お前らが死ぬよりはマシと思って設定しておいた。この暗闇でもお前らなら余裕で当てられるだろ?」


陸の上に足を地につけて艦これの装備を使うのは、何気に初めての経験だったけれども、不思議とやれない気がしない。卯月ちゃんも由良さんも、砲撃精度は艦兵士の中でもトップクラスだ。装備さえあれば、あたし達は負けることはないはずだ。


戦後復興妖精「どうも下には空母水鬼がいるみたいだから、私は一階の助太刀に向かう。神風に神風刀を持たせたけど、あいつほど空母と相性悪い艦兵士もいねえだろ」


確かに。神風さんは神風刀と体術の活用で艦載機から身を守る術は持ってはいるものの、決して誰かを守る術には成り得ていない。軍刀では届かない距離にいる艦載機処理には苦しむはずだから、本体の首を落とそうと前に出るしかない。つまり、彼女は仲間を守るために死地に飛び込む判断をするはずだ。それも最速で。


卯月「うーちゃん達に武器さえあれば、負けないぴょん」


由良さんが頷いた。

そして今、戦後復興妖精がいったトビーさんが、交戦しているという情報は深く考えないほうが良い。向こうにいる時雨さん達の包囲網を抜けて来たということは、恐らく、あちらの作戦遂行部隊にもなにかあったことはまず間違いないから、余計なことに気を取られてしまう。今はこの状況の対処のみをすべし、と自分を強く律しておく。


卯月「まず一人!」


卯月ちゃんがさっそく、装備を使った。砲弾はこちらに姿を現したキマイラの構成員の男一人だった。腹部に当たった。嗚咽声をあげると、その場で悶絶し、動かなくなる。


卯月「といっても敵は……」


由良「まあ、戦後復興妖精がほとんど倒しちゃったからね。装備は今のような護身用だから、あんまりブッ放さないようにね……ねっ?」やる気満々の卯月ちゃんに水を浴びせる。「万が一、狙いをミスしたら死んじゃうかもって戦後復興妖精もいっていたし使わないのが一番だからね」


だけど、そうもいっていられないようだ。


あたしは砲口を構える。その戦後復興妖精がいなくなったはずの向こう側に、新たな人影があった。棚の隙間からじいっとこちらを観察するように見つめている。どうやらあたし達も一階に負けず劣らずの修羅場をかいくぐらなければならないようだ。


明らかな敵意と不機嫌そうな面を向けられている。


深海鶴棲姫「こうなるだろうから私は『見なかったことにして』っていったのに」


卯月・由良「!?」


深海鶴棲姫ことズズムちゃんだ。


殺意がある。あたしは躊躇いなく、その頭骸に向かって単装砲を放った。向こうにいるズズムちゃんが、両手で頭を守り、その砲撃を受けた。ズズムちゃんのほうから血の臭いがしたこと、あたしの顔に生温かい液体が付着したことで、この装備でも相手を損傷はさせられるという確証を得た。


深海鶴棲姫「態度で示すのは好きだよ。やっぱり私達はこうなる運命だよね」


ズズムちゃんは「悲しい。だから淋しいな」と自嘲気味に笑った。


深海鶴棲姫「いつもそう。私は私なりに全力を出してやるだけやっても」


あたし達の誰もが衝撃を受けた瞬間だった。


深海棲艦というのは笑いもすれば悲しみもするけど、涙を流さないことで有名な未知の生物だった。それは思考機能付与能力によって人間並の理性を得た中枢棲姫勢力ですらも例外ではなかった。でも、この姫は悲しいといって、涙を流している。


深海鶴棲姫「いつも、報われないんだ」


姫が、その牙を露わにした。



Trance――イントレピッドオ!



艦兵士艤装のタイプトランス――――!

冗談ではない。その空母艤装は最高性能と名を挙げられるほどの性能を有している。


阿武隈「イントレピッドの艤装、確かモデルはスプリングフィールドM1903!」


あたし達三人は声をかけあうまでもなく、取った行動は同じだった。

その場からの撤退だ。

真正面から中枢棲姫勢力級の理性を持った深海鶴棲姫とやり合うほど錯乱していない。冷静に今まで得た状況を分析すると、あの深海鶴棲姫を構築する艤装は瑞鶴が50%、瑞鳳30%、武蔵10%、そして残る10%、その中にイントレピッドがあったのだろう。なぜそれを完全な艤装として違法建造できたのかは知らないけども、現実、扱えている。


卯月「ガタガタのズタボロにして海上航空宇宙博物館に寄贈してやるし!」


由良「サラトガさんと同じく射出型の弾が艦載機に変化するのは300メートル前後、それまでは想力をまとったスナイパーライフルの弾丸ってことを各自、忘れないようにね!」


阿武隈「了解。それでは散です!」


各自、散らばった。固まっているだけでは良い的になる。このような場所で戦うのは初めてだけど、陸でのサバゲーでも負ける気はしなかった。なんたって今あたしが隊列を組んでいるのは、あのキスカの時の仲間だ。今度はあの時のようには行かない。あたしは今度も生きて帰るのだ。


愛する恋人とまた会うためにもね。


2


5発まとめられた装弾子が二つだけれども、トランスタイプならば自動生成で補充は無限、今のあたし達の単装砲と回転率は同じかそれ以上と想定すべきだ。幸いながらこのフロアは直径300メートルもない上、障害物がたくさんある狭い空間なので銃弾を艦載機に変化させるのは難しい。


そして、深海鶴棲姫が現れたからといって一階へ合流するのは悪手かな。


空母水鬼と雨村がいる。そこに深海鶴棲姫を合流させるとしたら、戦後復興妖精が空母水鬼を無力化してからが望ましいだろう。もちろん、あたし達があれを倒しにかかるというのもリスクの高いだけの愚策だ。今やるべきことは死なずに深海鶴棲姫を出来る限り足止めすることだった。


艦兵士の旗艦(フラグシップ)の役割は提督の立てた作戦を理解し、戦闘海域の現場で指示を送ることである。


そして最も辛いのは『誰よりも被害を最小限に抑えるよう立ち回りを要求される』基本があることだ。時と場合によっては仲間が傷ついているのに自分だけ後方に下がるという選択もしなければならない。


提督は本来、状況の進展や被害報告を受けて羅針盤の針の先、進撃撤退継戦を決定する役割がほとんどではあるものの、今のあたしの提督は現場の報告を各艦兵士とのやり取りで正確に判断し、作戦成功においてその場の最良選択を素早く選択することが出来ていたから、旗艦としての負担はかなり減っている。それはフレデリカ大佐の時もそうだった。人格はともかく、単純に指揮を執る提督にあたしは恵まれている。それに加えて、戦う仲間のレベルがいつも高い。


砲撃音。

指示を出さずとも、由良さんと卯月ちゃんはあたしと同じことを考えている。


深海鶴棲姫「じれったいな! オラア!」


棚が乱暴に蹴り飛ばされて、ドミノ式に倒れていく。どうやら空間内の障害物を倒して視界を広くしようという魂胆のようだ。さすがは最終世代の瑞鶴さんを母としているだけあってその素質でも受け継いでいるかのような馬力と手の早さだった。


卯月「こっちだぞー」


卯月「その感情的な性格もうちの瑞鶴と似ているぴょん!」


全くだ。蹴り倒すその動作の隙を見逃さずに卯月ちゃんが砲撃を当てた。あたしと由良さんも砲撃している。その全てが鳩尾、頭部、股関節、急所にそれぞれヒットした。深海鶴棲姫が頭を抱えて背中を丸めた。


深海鶴棲姫「この暗闇でなんつう馬鹿げた砲精度をしていやがる……」

大したダメージではないだろうけど、損傷は損傷だ。


あたしが身を潜める反対側には由良さんがいた。

誰かと一緒にいる。あの背丈からして羊君だろうか。敵対している仲なので不安だったけれども、二人に争う様子はないので一安心だ。


その時、暗がりの宙になにかの気配と確かな飛行物体の移動を確認した。


阿武隈「由良さん、狙われています!」


深海鶴棲姫の黒艦功がいつの間にか射出されていたようだった。発艦を隠し、虚を突くための一機だけ。加えてその漆黒のボディは暗闇に溶け込む迷彩となっている。


さすが理性の強い深海棲艦だ。ただの深海棲艦ならば攻撃された時点で狂ったように発艦を始めて辺りを火の海に変えてくるのに。この時点でもう瑞鶴さんよりも技が上手い。ここらは瑞鳳さんと似たものを感じた。


由良「へ?」


ああ、気付いていなかった!


ダメだ――ここから砲撃すれば破片や砲弾が羊君や由良さんに当たってしまう恐れがある。すでに由良さん達は黒艦功に発見されてしまって狙いをつけられている。いちかばちか、とあたしは砲口を構えるけども、由良さんが砲口を構えたので、そちらに賭けることにして意識を深海鶴棲姫のほうに向ける。


艦功の機銃音が強く倉庫内に響いた。


由良さんと羊君がその場に伏したのを視界の端で捉えた。


深海鶴棲姫「阿武隈は合格、卯月は不合格」


卯月「――――!」


卯月ちゃんが足を抑えて、うずくまった。あの深海棲艦は、あたし達が動揺してわずかな隙が産まれやすいのが仲間の生死に気を取られる被弾時であるということを知っていた。


状況、由良さんと羊君が被弾。


卯月ちゃんも足をやられて、継戦能力が大幅に下がった。皆がたたで死なない兵士だとしても、分は明らかに悪かった。


深海鶴棲姫「これだけやってもサイレンが聞こえないだろ?」


阿武隈「へ、サイレン?」


爆風が巻き起こる。ちらっと見えた艤装は瑞鳳改二乙艤装だった。この爆発は、彗星か。自傷を躊躇わない攻撃性を出されてはもう成す術がなかった。諦めない心でも、意識を吹っ飛ばされてしまっては意味がなかった。


艦爆は頭から外していた。ないと思ってた。

だって、


――――その音がすると、あの家の赤ん坊が泣き始める。


雨村さんが一時期、虹のふもとの施設に入っていたから、ここの近くに乳児院があることを知っているはずだ。ズズムちゃんの個性からして限界まで艦爆など使わない、と思い込んでいた。薄れゆく景色の中で、ズズムちゃんが、あくびをしながらいう。


深海鶴棲姫「もうとっくに警察が来る騒ぎだろ。ここだと通報を受けて十分くらいだけど、とうの昔にその時間は過ぎている。私がここに来るまでの間も、パトカーの音はなかった。うるさい銃撃の音がいくつ鳴ったと思ってる」


深海鶴棲姫「つまり、戦後復興妖精が想力補助工作施設で内輪揉めに収めてくれているって分かったから、艦爆の爆発音でも、近所の皆さんの騒音にはならないはずだよ。思考が『艦これ』のシステムに制限されているから見誤る」


深海鶴棲姫「お前にはここが海にでも見えているのか?」


このフロアにある情報だけで考えていた。

深海棲艦の認識を完全に外さなかった。どこの深海棲艦が陸で騒音を気にしたり、サイレンの音がしないことから情報を判断して装備を回転させるというのか。強い、というより怖い。呆気なく、負けちゃった。


阿武隈「ズズムさんは、あたし達の手を握るつもりはあるんですか……?」


深海鶴棲姫「勘違いするなよ。殺人衝動とかそういう問題じゃない」


阿武隈「あたし達はあなた達を本当に、殺す気なんてなかった」


その手を取らずに、深海棲艦の殺人衝動のあるまま、好き勝手やるというのなら、こちらの握手の形で伸ばした手は無様に引きちぎられてしまったというわけだ。ならばあたし達には深海棲艦と艦娘の関係、血で染まった運命の赤い糸があるだけだ。


深海鶴棲姫「私は深海棲艦という犠牲者の生き残りだ。その数億の無念を無視はできない。私が深海棲艦であることを辞めたら彼等の生はただの虫けらにさえ劣ってしまう」


深海鶴棲姫「深海棲艦の生き残りとして彼等の過去を受け継いで、前に進む選択を私は選ぶ。例え私一人しかその歴史を知らなくなっても、私一人が覚えていればいい。だから私は穏やかな暮らしを望んであそこに引きこもってた」


深海鶴棲姫「全人類が全人類の事情で私達を海の粗大ゴミだと処分を繰り返し、純粋無垢な子供のような私達を怪物として完成させたんだろ。そんなお前らは私達にとってはただの『大量殺人者』だぞ」


深海鶴棲姫「そんな異常者どもが善人面をして、差し出した自称救いの手を握れ、と強要する。だから私は痛感したよ」


深海鶴棲姫「深海棲艦は本当に戦争に負けたんだなって」


戦争終結で歴史を変えられても、世界は変わらないのかな。悲しい輪廻の連鎖が終わると思ったら大間違いだったのか。戦争であたし達が残した海の傷痕は癒えることはない。それもそうか、とあたしは自嘲気味に笑った。大昔に勃発した戦争の爪跡ですら、いまだに今を生きる人々が争う原因となっているではないか。


阿武隈「でも、あたし達は――――」


阿武隈「一つ屋根の下で眠れたじゃないですか」


深海鶴棲姫「……五月蠅い」


最後にあたしが提示した希望は、うるさいとはねのけられた。

全てを理解したと同時に、頭部を強く蹴られて意識が飛んだ。


【19ワ●:騒乱の終わり、公園で家なき子のように】


わるさめ「電、艦載機! ああもう!」


電と深海復讐艦功の間になんとか割って入らなければならない。その白い歯並びの間にある砲口と目が合った時だ。三日月になにかが空中を斬った。数秒の後に、深海復讐艦功が爆散した。その風圧で見慣れた長い髪が乱雑に空中を舞った。あの武器は、軍刀だ。


神風「艦載機処理は歴代艦兵士ワーストの自信があるわ」


悲しいことをいってくれる。神風刀を手に持った神風が助けてくれた。空母水鬼が神風の危険度を本能で察したのか、艦載機10機を発艦させた。


神風「御免、絶対に無理だからわるさめさんは守りでがんばって。私はあいつの首を落としてくるわ!」


わるさめ「違う! とりあえず私が電と雷を! お前は甲大将を抱えて逃げろ!」


艦載機は電達を狙っているんだぞ。お前の刀が相手の首を落とすよりもこっちがやられるほうが速い。判断が間違っている。こっち側の人命を優先するべきだ。


私は電と雷を抱えて、倉庫の奥へと身を隠した。私の背よりも遥かに高い倉庫棚がたくさんあって、製造業用ロボットの隙間に身を隠した。


獅子「俺のところに来るのか……」


しまった。こいつがここにホールインワンされていたことを忘れていたぜ。だが、獅子は攻撃しても来なければ、私と電や雷を見る目は穏やかで敵意はちっとも感じられなかった。それどころか、慈しむような手つきで、雷の頭を優しく撫でた。


獅子「教団のなにがすごいかっていえば、あそこは俺らみたいなのに対しても、家族として温かく接してくれる人ばかりだったんだ」


わるさめ「なにいってんだ?」


獅子「信じられるか。本当にあそこにはお互いを家族だと思っている奴らが大勢いる。あの教団は、俺らみたいなやつに、そこらの幸せな家庭でも及ばない何百人という家族をくれる。俺は世界であそこより温かい場所をいまだに知らない」


電「雷お姉ちゃんは私の力がなければ死んでいたのです!」


電が想力工作補助施設の腕で思い切り、殴り飛ばした。


電「雷お姉ちゃんのことだからここに飛び込んできたのも優しい理由があって、その救済の対象にはお前も含まれていたはずなのです! 私達は戦争を終結させたのに、テメーがくだらねえ戦いに巻き込んだせいで雷お姉ちゃんは理不尽な傷を負う羽目になったのです!」


獅子はなにもいうこともなく、表を暗闇の向こうに向ける。


獅子「俺は暴力でしか人を救う術を知らないクズにしかなれなかった」腰をあげて、暗闇の中へと歩を進める。「もう格好悪いだけの終わり方しか出来ない」


電「お前はまだ分からないのです!?」


獅子が暗闇の中へと紛れた。雨村を地獄へ道連れにするつもりなのだろう。それを電が止めようとしたが、間に合わなかった。


電「わるさめさん! 私は雷お姉ちゃんから手が離せないから、お前が止めてくるのです!」と私に命令をしたね。「イヤだね」と私はそれを断った。


わるさめ「腹くくった男の最後に水を差す気はない」


電「雷お姉ちゃんがあいつの死を望むと思っているのです!? テメエはいつもいつもそう! 人間のくせに深海棲艦側のほうに与したこともそう! 自分がどちらにいるべき側か、本当になにをするべきなのかが判断できねえダボなのです!」


わるさめ「チューキちゃん達のところにいたのは間違いじゃねえ」


電「それ自体はそうでも、司令官さん暗殺に加担といい、余計なことばかり! フレデリカの時だって、私がやるって代わりに手を汚した! 最悪な借りを作らせやがって。誰がそんなことを頼んだのです! 誰が『友達に私の代わりに人を殺して』ってお願いするのです!?」


電「それが優しさだというのなら、そんな優しさがあるというのなら、なぜ解体不可能と告げられてむせび泣いていた私を抱き締めてくれなかったんですか!? あの頃、電と春雨として私達は確かに友達だった! 鎮守府で一番仲が良かった! トランスタイプになってもケンカするということは表でも裏でも仲が良かったということでしょう! あの苦しみを知っていたのは春雨さんだけだったのに――――!」


電「なにが友達だ! テメーと私が親友になれるわけねえのです! まるで呪いのように大事なときになぜか助け合うことができない間柄なのですから! それを可能にして鎮守府でまた肩を並べられたのも、司令官さんがいたからだろうが! 私達の綻んだ絆に命を与えてくれた人です!」


濁流のように感情を向けてくる。私も思いっきりぶち撒けたいけど、今は堪えた。こいつのいっていることは正しいからだ。私達はすれ違い過ぎた。きっとトランスタイプになっても、司令官がいなくても私達は電と春雨の頃のように、友達でいられた未来はあったはずだ。


わるさめ「全てを助けられるだなんて思わん」


電「もう、いい。私があいつを連れ戻して――――!」


電が腰をあげた時だった。


獅子が咆哮をあげた。怪物が怪獣のような雄叫びをあげて、銃撃音が幾度も鳴った。それでも構わずに電は走ってゆく。こいつ冷静な状況判断が、私にも劣るな。悪い島風ちゃんが助太刀に来るのを待つか、この間に逃げるかが最善の判断だろう。


わるさめ「雷を放り出すのか……」


わるさめ「お前にはいいたいことがまだ山ほどあるんだよ!」


相も変わらずお花畑の電を追った。あの傷を癒すだけの力でトビーちゃんに勝てるものか、状況は最悪だった。


空母水鬼「アアアアアアアア!」トビーちゃんが発狂していた。獅子の銃弾で、雨村が被弾したのかもしれない。最悪なタイミングで電は戦地へと飛び込んだ。


空母水鬼「電ちゃん、私の提督が傷を負ってしまったの!」


空母水鬼「雷ちゃんを助けたその力で彼を治して!」


チューキちゃん達とはまるで違うな。深海棲艦もこうも理性を得るだけで個性が枝分かれしていくものだとは、正しく人間と表現しても違和感がないほどだった。


肝心の雨村は確かに左腕を抑えているものの、口元に笑みを貼り付けたままだ。物見するように、獅子のもとへ駆け寄る電を眺めている。


空母水鬼「なんで……?」


信じられないといった顔をしている。こっちが信じられねえよ。


空母水鬼「なんでなんでなんで!? なんでそんな人を私よりも優先するの!? 私と電ちゃんはお友達じゃないの!?」


その攻撃性を露わにし、深海復讐艦功を電に差し向けた。電は獅子の治療に必死で、その攻撃にすら気付いていなかったので、私が艦載機との間に割って入る。かばって被弾した。撃たれたのは、お腹と右肩か。私は立っていられず、その場に倒れた。


電「わるさめさん!?」


お前の馬鹿な行動の結果だろうがよ。

クソ、私達はこの程度の修羅場、何回もくぐり来てきたっていうのにこの様はなんなんだ。どう考えても海の傷痕のほうが強かった。なのに司令官がいないだけで、こうも私達が脆いとか泣かせてくれるじゃないか。確かに電のいう通り、私とお前の絆を繋いでいた結び目は司令官だったのかもな。


深海復讐艦功が私の頭部に狙いを定めていた。妖精可視才の融通か、その艦載機はしっかりと状況を判断して、ゆっくりとそして確実に当てるために高度を下げて来ている。ああ、終わったかもしれない。頭を撃ち貫かれてしまえば、例え私がトランスタイプだとしても助からん。


空母水鬼「あなたとはお友達じゃないから、殺してもいいか……」


特徴も性格も聞いてはいたけど、トビーちゃんとは初対面ですからね。


その深海復讐艦攻の白い歯並びの間にある砲口と目が合った時だ。


空中に一閃が奔り、またまた三日月の弧が描かれた。


神風「ごめん、私のほうに追尾してきた艦載機の処理にてこずった!」


神風「――――!」


神風がなぜか身を捩り、バランスを崩して、その場に転がった。


深海鶴棲姫「お前……背中に目玉と暗視スコープでもついているのか?」


もはやズズムちゃんの登場にも驚かないけど、状況は最悪に近い。あの艤装の銃は私の記憶違いでなければ、イントレピッドのライフルだ。深海棲艦艤装を宿していた私達とは逆の艦兵士艤装を操る深海棲艦のような気がした。神風の天敵である空母二体、状況は好転していない。


神風が刀を握り直して、殺意の籠もった瞳をぎょろりと動かした。


神風「大体の実力は見切った。その首を落とす」


深海鶴棲姫「へえ、威勢だけじゃないな。強そうじゃん」


神風が歩みを踏んだのと、同時だ。


今度は機銃が空を舞う艦載機を撃ち貫いてゆく。


戦後復興妖精「すまん、ちょっと奥で甲の姉ちゃんと雷の周りを飛びまわってた艦載機の処理してたら少し遅刻した」


戦後復興妖精「神風は待て。そしてわるさめちゃん、大丈夫か」


わるさめ「私はこの通りまだなんとか大声出せる!」


良かった。考えられる限りの最強の助っ人が戻ってきてくれた。雨村が「待て」とまるで犬をしつけるように、制止の声を放った。トビーちゃんが抑えつけるように殺気を引っ込めて、ズズムちゃんがコツコツと足跡を大きく慣らしながら、雨村の隣に並び立った。3人が揃ってしまった。今作戦はこうならないようにしていたのに、キマイラとのトラブルで私達がしくったせいで、最悪の事態を招いてしまった。


戦後復興妖精「代表して、一番冷静なわるさめちゃん」


戦後復興妖精「決めろ」彼女は真剣な顔と声でいう。「私は萎えた年寄りに過ぎねえから、若者の人生の決定は身に余るんだよ」


戦後復興妖精「現実を受け入れて諦めるか、それともまだ夢を追いかけるか」


深緑の甚平のポケットに手を突っ込んで、空母水鬼と雨村を見つめている。


その意味は、分かる。


戦後復興妖精「今の現実はお前らが世界を救い、勝ち取った未来だ」


ここぞというこの場面で独断行動をしないということは、今この時が私達の人生にとって重要な分岐点だからだろう。目の前にある今は私達が戦争終結させてから、選んできた結果、ぶつかった人生の壁なのだ。立ち止まるのか、壊すのか、登るのか、引き返すのか。どういう選択をするのか。


戦後復興妖精「諦めるのなら普通の大人になっちまった祝福と、そして手向けをやる」想力工作補助施設の白手で、雨村達を指差していった。「元帥とか准将とか政府の思惑とか知ったことじゃねえよ。現場の判断を尊重し、救いの手を引き千切りやがったあいつらを残虐に殺すと誓おう」


雨村「……面白い。答えを静聴させてもらう」


電・神風「……」


さあ、私よ。正念場だ。

羅針盤を回して進路を決定してくれる司令官はいねえぞ。


私はどういう進路を取って、どんな未来へと進む。


今までの人生で培った全てで答えを導き出して、未来のために新たな一歩を踏み出さなければならない。


お母さんに少しでも長く息をしてもらうために、戦争へと出兵した。そんな私をお母さんは「初めてあなたが自分の意思で重要なことを決めた」と褒めてくれた。


鎮守府でみんなと出会って、真実と虚偽の日々を過ごした。


鹿島艦隊の悲劇で深海棲艦に誘拐されて、チューキちゃん達のところで二年間を過ごした。


現丙少将准将の暗殺失敗で鹵獲し、また鎮守府へ電のところへと戻った。


そして海の傷痕を倒し、戦争終結させた。


そうして訪れた今この時だ。


何度も泣いた。あの戦いの中、海からこうやって陸にあがって、移り行く風景から取り残されている自分自身、街のビルが私の墓石のようにも見えた。


鎮守府(闇)の皆はそれぞれ悩んで、傷を抱え込んでいた欠陥品ばかりだったな。


その中でも特に闇に堕ちていたのはやっぱり私と電だろう。


そして、悪党といえばランクSSSと認定された深海棲艦勢力であるチューキちゃん達もそうだ。最近出会ったばかりの羊君も悪党だよね。今そこにいる獅子もそうだ。彼等もまた闇の中で生きている。


わるさめ「まずは目の前にあるクソみてえな幸せを各員、強く抱き締めてくれ」


諦めて守ってもらう側に回った悪党なんて私は知らない。


誰もがみんな戦って傷つくことを選び、理想を追い求めたじゃないか。


私は悪党のほう。穢れなきお姫様なんて似合わないのだ。

ならば私が選んで歩く道は一生を賭けて挑む本物の高潔な騎士道だ。それが自己陶酔でも構わないと思う?


思わん。そんな上等な覚悟じゃない。


代表して委ねられた選択な以上、みんなのことも考えた上での決断でなければならない。そこを踏まえて改めて思考を巡らせても答えはもうひっくり返せなかった。


今まで学んだこと、生きていて良かった、と思えたことを頭の中に並べる。


宝物を得てきた私の航路―――


最後の海を越えた時のように『生きていて良かった』と思えるホンモノは全て『死んでもいい』と思えるほどに全身全霊の道を踏み出したからこそ手に入れたものばかりだ。


今ここの道も同じなはずだ。ズズムちゃん達との友好関係を望むというならば、彼女達を上から物見など馬鹿げている。チューキちゃん達に首輪を繋いで飼い慣らせたことがあったか。鹿島艦隊の悲劇の時も、血の雨が止んでから彼等との関係が生まれただろう。私達と深海棲艦は血で濡れたゆえの運命の赤い糸なのだ。


ならば、命を差し出して対等にならなければならない。深海棲艦とはいつだって命のやり取りの先に絆があった。そこを越えてこそ、だ。


チューキちゃん、リコリスママ、瑞穂ちゃん、センキ婆、ネっちゃん――――


今度もまた恐れずに往くしかねえよな。


強く凛々しくたくましく。

百獣の王のごとし。


なあレッちゃん、そうだろ?


私は意を決して、


わるさめ「ガオ――――」


答えを怪獣のように吠えた。


わるさめ「現実を受け入れる」


わるさめ「そしてなお」


わるさめ「夢を追いかける!」


その答えには『お友達計画をまだ失敗だと認めず、続行する』という意が含まれている。これだけボロクソに裏切られ、仲間をけちょんけちょんにされてこの答えは我ながら、ノリとテンションで生きている気がしないでもない。


綺麗事か? 理想論か?

けっこうけっこうコケコッコー。『アリスの不思議な国』や『オズの魔法使いの世界』は、あるかもしれないし、ないのかもしれない。私はそんな世界があると信じることにしただけだ。


わるさめ「電、お前もそうだよ。沈んだ敵も出来れば助けたいとか、戦争には勝ちたいけど、命は助けたいとかって、そりゃ現実が見えてねえガキの台詞だよね」


電「お前と一緒にす、」


わるさめ「その主張だけを聞けば良い子だよ。でも自分の正直な心を曲げられない不良の突っ張り道を歩いていることに気付けよ」


電「――――!」


ならもう私達は突っ張り通して本物になるしかないだろ。諦めたところが私達の天井ってやつで、それが見えたら私達は子供に未来を託す側になるのだ。


命を賭けて当たって砕けた時、もしも生きていたら潔く諦めてやるとしよう。まだ私達は全力を出してはいない。この場には鎮守府のみんなもいないし、司令官もまだいない。世界を救った私の仲間達が力を合わせてダメだった時が本当の終わりだ。その時、みんなで泣けばいい。


いつかどうしようもない現実が私達の心を折る日まで、素敵な夢を見ていたい。終わらないと歌われた戦争さえも終わらせた私達にそんな日が来るかは甚だ疑問だけどね。今はただ完全な闇からも光を抽出できる今を生きる力を燃料にして、キラキラしているほうへと舵を切るのみだ。


神風「賛成。突っ張り続けた人生しか歩んできていないし」


神風の殺気が、刀を鞘に収めたと同時に消失した。


戦後復興妖精「大志を抱く若者は世界の宝だぜ。戦後復興の妖精として祝福しよう」


悪い島風ちゃんは嬉しそうだ。けっこうレアな表情だった。


雨村「人生の進路を決めた褒美に一つ教えてあげる」雨村が拍手をした。「彼女達は救えるよ。救えないと僕は営倉でいったけども、それは『僕が彼女達の提督だから』だしね」


だろうな。少なくともお前がトビーちゃんを怪物にしたのは分かっている。


わるさめ「それでどうするの?」


戦後復興妖精「安心してくれ。私があそこを調べて雨村達の目的はもう判明している。あの箱庭の鎮守府だが、詳しいことは長ったらしい説明が好きな准将辺りにしてもらうとして、こいつらはそこに行くつもりなんだよ。だから私達は体勢を立て直して箱庭の鎮守府へと突撃するだけだ」


神風「なにそれ。逃げるつもりはないってこと?」


戦後復興妖精「そだな。雨村の想力省に来た理由も准将に聞けよ。営倉から箱庭の鎮守府に場所が変わるだけだ。なんならお前ら、そこまで送っていってやるぞ」


雨村「お願いしようかな。僕もいい加減にくたびれた」


悪い島風ちゃんが三人のもとへと歩み寄る。なぜか警戒している様子はなかった。


深海鶴棲姫「――――気に入った」


ズズムちゃんが、こちらに歩いてきた。

顔はうつむいていて、ズボンのポケットに手を入れている。敵意は感じられなかった。私のもとまで歩いてくると、ポケットから手を出した。ぐいっと肩に手を回されて、引き寄せられた。顔は見えなかったけど、耳元で小さな声が聞こえた。


深海鶴棲姫「お前にまた会える日を楽しみにしてる」


無愛想だけど、どことなく優しさを感じた。雨村が希望をあげるといったけど、そのズズムちゃんの声音こそが灯台のように私は思えた。「じゃあな」と短い別れをいうと、踵を返して雨村達のもとへと戻った。


三人の姿が消失する。同じく私の気力も完全に消え失せて、その場に尻もちをついた。そういやもう痛みが消えていると思ったら、電の癒しの想力工作補助施設が私の背中に触れていた。知らない間に傷を治してくれていたようだ。電は顔を私のほうに向けているけど、瞳は伏せたままだ。


電「……ごめん」


今こいつが私に謝ったのか? だとしたら今日という日は私の歴史に刻まれるな。なんだか、こそばゆくてすぐにケンカしてばかりな私達の関係が恋しくなる。からかってやろう、と言葉を発しようとすると、神風が「上で寝ているであろう阿武隈さん達の治療ね」と水を差した。


電は重たそうに腰をあげて、二階へと向かって駆けて行った。


その入れ違いで悪い島風ちゃんが帰ってきた。「後始末は私がやるから帰っていいよ」と一言いうと、倒れている獅子のほうへと行った。生きているのか死んでいるのかはよく分からない。この戦いで何人の犠牲者が出たのかも分からない。


ただ負傷した甲大将、雷、阿武隈、卯月、由良っちは電の治療の後、すぐに目覚めて、この倉庫の入り口で私達は集合した。


アブーがけっこう怒っていた。


阿武隈「あたしは意味のある名前が欲しかったから阿武隈になったんです」アブーの発する声は抑揚がめちゃくちゃだった。「艤装を用意してもらって、あの連中をエンガノ岬沖の深海に沈めてやります!」


発言内容も唐突でめちゃくちゃだ。完全に冷静さを欠いている。


阿武隈「攻撃されたんです。みんなもそうでしょ。あの鎮守府での日々は確かに幸せだったはずです。赦せますか。そんなあたし達から仲間を奪った連中を。皆は優しく手を差し伸べたのに。その手を引き千切って嘲笑った奴等を――」


卯月「アブー、うーちゃんはいうけど、落ち着け」


卯月がアブーをなだめにかかる。任せた。


卯月「聞いた限り、元帥が指示した作戦にミスはねー。こっちがミスした結果が今だし。そのクソみてえな指揮じゃ命は預けられねえから、もううちの旗艦を降りろ」


このウサギ、なだめるどころか、真っ向からケンカを売りにかかっていた。


阿武隈「それは卯月ちゃんが決めることじゃ――!」


由良「ケンカするなっ」


由良っちがビシっとアブーと卯月にチョップをお見舞いした。そういえば、あの頃はこんな風だった。アブーは駆逐に対してお姉さんをしていたけど、卯月とは特別仲良いからか、たまにケンカをしていたのを見かけた。その時はこうやって由良っちが間に入って止めるのだ。


阿武隈「……申し訳ありません。もう大丈夫です」


卯月「ったく、箱庭鎮守府のことも知らないし、作戦もなにも決めてないのに、沈めに行くって感情で吠えられても賛同はできねーぴょん」


神風と甲大将は呆れたのか、ため息をついている。

ちなみに時雨姉達も無事。怪我人は出ているけども、みんなすぐに退院出来るとのことだ。やっぱり手加減はしてくれていたか。ただの深海棲艦ならそんなことはしてくれていない。だから、きっと私達は、と明るい未来が垣間見えた。


ちょっとした口論が収まると、私達はすぐにこの夜のように静かになった。みんな、疲れ果てている様子だった。


その日は予約しておいたホテルに辿り着く前に、公園の遊具広場に入った。その広場でみんな糸が切れたように座り込んだ。


私は携帯でとある人物に連絡をかけた。

ちょっと癒しを求めてね。


長月《なんだよ。私と菊月は忙しいんだ》


この二人は毎日のように町に出かけて、コブタ君やオオカミ君達とドッジボールしているみたいだ。その二人とは私も会ったことあるけども、なんだかあまりよろしくない仲だったんだよな。でも今はもうお友達だという。私達がこうしてとんでもない目に遭っていた時も二人は友達と元気よく遊んでいたのだろう。私達とズズムちゃん達もこんな風になれるのだろうか、だなんてことを考えてしまった。


わるさめ「にゃがーと菊にゃんは悩みがなさそうでいいよね……」


長月《にゃがーってなんだよ。後な、子供には子供の悩みがあるんだぞ?》


わるさめ「例えばー?」


長月《実は今、外にいる。つまり門限を過ぎてしまっているということだ。生徒指導の鹿島にバレずにどうやって宿舎に戻ろうか菊月と真剣に悩んでいる最中なんだよ》


わるさめ「鹿島っちに二人が夜遊びしているって伝えとくね。ばいばーい」


長月《なんだと!? 私と菊月になにか恨みでもあるのか!?》


ふう、癒されたぜ。通話を強引に切った。もちろん、鹿島っちに通報しておいた。


その日、私達は家無き子のように公園で眠りについた。



【20ワ●:そうして光輝く朝が来る】


翌日は目覚めたら、私達はまるで死体のように一か所に集められていた。


見知った顔が私の顔を覗き込んでいた。司令官だ。


提督「良かった。全員生還ですね」


なら時雨姉達も生きているのだろう。


わるさめ「おはよー……」


司令官は今回、途中から離脱している。


倉庫内に乗り込む前、甲大将に作戦の全貌を教えてもらって知ったのだ。それまで悪い島風ちゃんが司令官に化けて現れていたことに全く気づかなかった。


あの日、司令官は私とアブーを助けるために不良に金を渡したせいで財布がすっからかん。小銭もコンビニで使ってしまったようだ。私達に金を借りるために電話したところ昨日に雷から教えてもらっていたキマイラの拠点に高速で向かっていたから、疑問に思ったようだ。だよね。思えば私達はハイエース(トラックだけど)されて車で運ばれたのだ。司令官があの短時間で私達のところまで辿り着ける訳がなかった。


司令官が連絡を入れてヤバいと直感してすぐに元帥に連絡を送ったところまでは本当のよう。相手が相手なので、現海界システムを利用して、司令官の姿に化けた悪い島風ちゃんが潜入した。今回ばっかりは司令官よりも適任だったかな。司令官は姿が見つかったらヤバいから、と悪い島風ちゃんにしばらく監禁されていた模様だ。


阿武隈「おはよう、ございますう……」


アブーが目を覚ますと、司令官の顔を見て大きな声をあげた。









阿武隈「ひー君!!」





は? ひー君?


その大きな声で、みんなが飛び起きた。


由良っちと卯月と神風がぽかんとした顔だ。

電は頭の上に?を浮かべている。


私は目前の面白い光景を冷静に観察してみるとした。アブーは司令官に駆け寄ってその胸に体当たりする。司令官も混乱している様子だったけども、なにもいわなかったのは今回の一件が精神的に厳しいものがあったことを察しているからだろうかね?


アブーは胸を撫で下ろしながらいう。


阿武隈「ひー君が無事で良かったあ」


提督「あ、阿武隈さん? ひー君って、自分のことですか?」


阿武隈「えへへ、みんなの前だからって照れずとも、あひるちゃんでいいですよう」


アブーはまるで恋人に甘えるかのように司令官に身を寄せている。


阿武隈「ね、ひー君?」


さすがの司令官も、このアブーの態度に対して混乱の極みの様子だ。







提督「皆さんなぜ阿武隈さんを放置していたんです!? どう見てもヤバい感じのクスリを打たれているじゃないですか!?」






わるさめ「あぶくまってひゃん字い、スワヒリ語であぽくりふぁあ?」






阿武隈「シャブ隈とか止めて欲しいんですけどお!」





甲大将「昨日まで別にどこか特別おかしい様子はなかったぞ。ん、昨日……?」


甲大将が顔を背けて、「っぷ」と吹き出した。


なんとなく私は察した。アブーと一緒にいた司令官は、悪い島風ちゃんが想力工作補助施設で化けた偽物だ。悪い島風ちゃんはあいつらに軟禁されたとしても、びびったり怖気づいたりはしないだろう。けど、きっとアブーはそうじゃない。ハイエースされた時点で涙目だったし、人質にされてからも大層に怯えていたはずだ。もう悪い島風ちゃんがアブーで遊んだとしか思えん。


提督「とりあえず、ひー君と呼ぶのはやめて……」


阿武隈「ひ、ひどいです。もしかしてあたしのことは遊びだったの……?」


提督「え?」


神風と電の瞳からハイライトが消えた。二人も察したようだ。


わるさめ「アブー、審判を行う。司令官になにをされた?」


阿武隈「ええっと、その」アブーは両の人差し指を絡めてもじもじし始める。「キスして、胸とか触られましたしい……あたしと付き合うってことで、ひー君とあひるちゃんってあだ名も決めて」


お腹がよじれちゃう。アブーの中では司令官と付き合っていることになっているようだ。なるほど、アブーのこの司令官の彼女面も納得した。そういえばレインボウブルーのお店のアンケートで『真剣に恋人を探しに来た』の項目に○をつけていたな。どうやらその願いが叶って一夜の甘い夢を見ることが出来たようだ。


提督「……くっ」


司令官も把握したようで、顔から生気が消えた。その巨大すべり台の影に溶けて消えてしまいたそうな感じだった。


由良「阿武隈……」


阿武隈「なんですかあ?」


由良「捕まっていた提督はね、戦後復興妖精が想力工作補助施設で化けた偽物なんだ」由良っちはバツの悪そうな顔で真実を告げる。「目の前にいる本物の提督じゃないんだよ……」


阿武隈「じょ、冗談やめてよ。意地が悪いなあ」


卯月「そういえばネタばれした時、アブーは目と耳を塞がれていた状態だったな。拘束を解いた時から今までその件のネタばらしをしていなかったぴょん……」


阿武隈「卯月ちゃんまで、や、止めてってば……」


アブーは助けを求めるように、一緒に囚われていた雷のほうを見た。


阿武隈「夢じゃないですよね?」


雷「私も迷ったのだけど、阿武隈さんが本当に怯えていて、司令官の偽物でも落ち着けていたからあの場では見逃したわ。私は最初から疑問に思っていたのよね」雷は苦笑した。「だって飛び込んだ私を見てあの司令官は『なんで雷がここに!?』っていったでしょう。司令官はどんな時でも私を呼び捨てにしたことないし、その時に疑問に思って、その後の様子で察したわ」


電「心苦しいのですが、今一度よく考えるのです」


アブーは瞳を閉じて、腕を組む。


さすがの卯月もこれは気の毒だと思っていたのか、完全な同情の目を向けている。


戦後復興妖精「ギャハハ」


いつの間にか、悪い島風ちゃんが鼻をほじりながら突っ立っていた。


戦後復興妖精「酷い! あの時の誓いは嘘だったんですね! 自分が例え自分じゃなくなっても、あひるちゃんは私を愛してくれるっていったじゃないですか!」


阿武隈「甘えれば甘えるほど、悲惨な目に遭うかもしれないってそういうことですか……! そもそも最初から提督じゃなかったわけですしっ!」


戦後復興妖精「この結婚詐欺師!」


アブーがわなわなと震え始める。


戦後復興妖精「おーっうぉっうぉっうぉっ!」


アブーに人差し指を突きつける。


戦後復興妖精「ド――――――ン!」



アブーはしばしの沈黙の後、カッと目を大きく見開いた。










阿武隈「サイッッッアクなんですケドオオオオオオオ!!」




アブーの魂の絶叫が早朝に響いて、公園の小鳥たちが一斉に空へとはばたいた。


阿武隈「道理でなんか提督にしては積極的だと思った! 思えば、思えば、変だなとは感じていたんですよ! 確かに提督は雷さんが現れた時、『雷』って呼び捨てにしていました! 提督ってあたし達のこと絶対に『さん付け』で呼ぶうううううう!」


阿武隈「雷さんの態度がおかしかったのも、あだ名を呼びあった時に笑っていたのもそういうことですか! なんであたしは気付かなかったのお!」


地面に頭をガンガンとぶつけ始める。せっかく助かったのに死ぬぞオイ。


阿武隈「戦後復興妖精さん、絶対にゆるしま……ロストしていますしい!」


すでに悪い島風ちゃんはどっか行っちまったよ。


阿武隈「提督が急に『あひるちゃんの胸、触っていい?』とかいって、あたしの服の中に手を入れて胸を直に触って来たんですよ!? 提督があの状況でそんな馬鹿な真似するわけないですよねえ!?」


提督「いいえ」


阿武隈「へ?」


提督「その状況じゃなくてもしないですよ」


さすがの一言ですわ。

アブーには悪いけど、これでこそ司令官だ。


阿武隈「うわあん! 返して! 色々なあたしの初めてを返してよおおお!」涙目で提督の胸倉をつかんで、揺さぶっている。












わるさめ「第一淫乱戦隊阿武隈っ」



阿武隈「水雷でしょお!? この、このおっ!」


提督「っぶ、痛っ、ちょ」


非もない司令官がアブーの怒濤の全力往復ビンタをくらっている。可哀想に。


提督「阿武隈さん、止めてえええええええ!」


司令官は数分後にはおかめのように頬を腫らして轟沈してしまった。


わるさめ「全く、司令官がなにしたっていうんだよ」


提督「なら止めてくださいよ!」


うん、ごめん。面白かったから放置しちゃった。今回の一件はこういうオチがあったってことが救いのように思えるからね。


その騒ぎの少し後に、獅子達が私達のところにやって来た。


2


ここは甲大将と司令官、それに雷が話を上手くつけてくるとのことだ。この三人に任せておけば大丈夫だろう。あの獅子と羊君の様子からして、今回の一件で報復だなんて考えているようには見えなかった。さすがの怪物もそこまでのガッツはなかったようだ。


例えこの二人が死のうとも、キマイラは何度でも復活する。奴らとのいざこざは、今の獅子が過去の恨みから行動を起こしたように未来へと続くかもしれない。今回の一件で思ったのは戦争で本当に解決することなんてないのかもってことだ。私達はお互いを理解し、折り合いをつけ合うしかない。


獅子「俺達はあなた達と雨村から手を引く」


当然だよ。生き損ないの死に損ないめ。


獅子は牙を引っ込めたように大人しかった。過去を慈しむように雷を見つめていた。公園から出て行こうとする電に向けて、いった。


獅子「礼をいう。俺だけでなく、みんな命を助けてもらった」言葉だけだった。そこに握手を求める手はない。「確かに君は最高の艦兵士の名に相応しい優しい英雄だ」


電「……もう私達の前に姿を現すんじゃねえのです」


その全てを拒絶するような返答だった。


獅子は自嘲気味に笑って、それ以上電に言葉をかけなかった。


羊君が公園のジャングルジムの近くで由良っちに声をかけた。アブーから聞いたんだけど、なんと羊君はズズムちゃんの攻撃から身を呈して由良っちを守ったとか。昨晩は敵の攻撃から命を賭けて由良っちを守る本物の騎士となっていたようだった。ただ守りきれずに由良っちも被弾して気を失ってしまっていた模様。


ちょっとみんなで聞き耳を立てた。相手が相手だし、由良っちに脅しをかけないか調査するためね。うん、建前。あの二人の関係の行方が気になったというのが本音です。


太陽のきらびやかな光のもとで、二人は談笑していた。あんなことがあったのに、女の子を笑わせるトーク力はさすが羊君といえよう。出来ることなら録音してうちの司令官にヘビロテを強要したい。


二人は何気ない昔の話から今までのこと、お互いのことを話しあっていた。


そして会話が途切れた時、羊君は勝負に出た。

今までのりゅうちゅうな台詞とは逆に、短い愛の言葉だった。


そして由良っちの答え。









由良「ヤクザはちょっと無理かなあ……」






ごめんね、といたずらに舌を出して、由良っちは謝っていた。羊君は「ですよねー」と視線を流していた。


悪党の男は愛した女を命賭けて守り、事が片付いた後にその女からトドメの一撃をもらう。


羊「僕は間違わないよう、尽力します」


そして悪は悪の道を再び往くのだ。


由良「人を虐めたり、食べ物を粗末にしちゃ、めっ、だからね」と苦笑いした。振った後すぐに昔のお姉ちゃんに早変わり。


羊「はい、誓います」


羊「怪物と戦うものは自らも怪物にならないよう気をつけなければならない。ニーチェの言葉ですが、深海棲艦と戦い抜いたあなた達は、怪物にはならなかった」


羊「遠い場所からでも僕に光を差してくれていた」


羊「僕は悪党だけど、あの日に由良さんが僕を助けてくれたことは生涯、忘れない。その記憶がある限り、僕は怪物でも人の心を見失わずにいられると思う」


羊君は再びその騎士道に新たな誓いを立てる。まるで物分かりの良い子供のように反省した顔でね。


由良「ふふっ。ならよしっ!」


この由良っちの笑顔が羊君の勲章だろう。


ところで私は思うんだが、聞いてくれないか。


由良っちはヤクザのボスにこのような命令をし、首を縦に振らせている。もちろん、その命令に報酬はなく、保証もなにもない過酷な無賃労働、奴隷契約である。キマイラ達が使うという子供ビジネスの手法を天然でやってのけているのだ。しかも惚れた弱みという最高の泣き所を突いていやがるときた。由良っちってかなりの魔性の女じゃね?


羊「ああ、そうです。春雨さんこれをどうぞ」


羊君から手紙を渡された。ふむ、次は私に唾をつけようだなんて中々のプレイボーイじゃないか。草食動物かと思いきや、キマイラというだけあって本性は獰猛な獣なのかな。わるさめちゃん、ベッドヤクザは嫌いじゃないゾ☆


私は受け取った手紙に淡い想いを期待して広げた。













『本当に困った時は連絡してきてね♥ 蛇より』



なあ、誰か教えてくれよ。

今回の私はけっこう真面目に頑張っていただろ。


なんでこんな目に遭わなきゃならないわけ?



【21ワ●:戦後日常編 終結】


4月の晴天に雨が降っていた。

私はこんな春雨によく縁があるんだよね。そしてこういう春の日はやっぱりなにかが起きそうな予感がするんだ。もちろん濡れて行きますとも。


私はなんとなく、施設に顔を出したくなったので、アブーと由良っちにアポを頼んでみた。「構わないって」との返事が来たので私達は施設へと向かった。そうそう、虹の麓には宝物があるって話があるよね。子供のことを差しているのかなって思った。


今度はハイエースされることなく到着したよ。

子供みたいに褒めて褒めてーっていいたくなるね。


今日は創立記念日で小学校が休みのようで、朝からグラウンドで少年達が元気よく遊んでいる。


由良っちは乳児院に顔を出してくる、とそっちに向かった。アブーは初めて私がここに来た時のように、少年達に盛大におもちゃにされている。アブーはもうそういう星の下に産まれてしまったんだろうな。


でも、今度のアブーはちょっと違う。「めっ」と少年達に優しいお姉さんのように悪戯を咎めていた。少年達はそれぞれ顔を見合わせた後、


一同「イヤで――――す!」


阿武隈「んんっ、あたしの指示に従ってくださあいぃ!」


盛大にアブーの前髪をいじり始めたのだった。卯月も混ざってますね。


私はその様子を笑いながら見ている。うん、実に平和だ。


電「子供というのは無邪気なものですね」


院長との会話から抜け出した電が私のところにやってきていた。どうやらあの院長は艦兵士の中では神風型がお気に入りらしく、神風がいまだに拘束されている。電が何気なく艦兵士の話をしたところ、「そうね、職員からはあの、なんだっけ。芸者の子達が人気あるわ」といったそうだ。神風型は芸者だと思われているようだ。


電が面白い動画を見せてくれた。それは私の知らない神風型の芸の様子だ。どうも、あのゲームの司令官の鎮守府メンバーで行われた宴会の時の映像のよう。


神風《お待たせ致しました》


神風型三姉妹が部屋へとやってくる。


春風《わたくし、神風型次女の春風と名を申します。ええ、今宵の宴を祝して一芸を披露させて頂きたく存じます》


旗風と神風が三味線を持っている。

春風が台座の上に座り、三味線を弾き始めた。芸者っぽい雰囲気が出ている。神風型って見た目からもう個性が強く、和が似合うこと似合うこと。


三味線のメロディに乗せて春風が歌い始めた。凛々しくキッと引き締まった鋭い視線だ。雰囲気はいつものおっとりした感じとは違う。曝け出されたその肩口に刺青の幻覚さえ視えてしまいそうだった。



春風《本日、未熟者》



春風のあねさん半端ねえよ。その和傘の持ち手が仕込み刀でも違和感ないよ。間違いなくズズムちゃん達とのカラオケに呼ぶべき人材じゃねえか。うっすら気がついてはいたけど最終世代の神風型はみんなユニークだ。画面の中のプリンツも私と同じことを思ったようだ。拍手しながらいった。


プリンツ《やっぱり神風さんの妹だなぁ》


神風《どういう意味かしら!?》


そのオチで映像はおしまい。中々、面白かった。


2


私と電は何気なく、施設の中へと足を踏み入れた。子供達に絡まれたけども、軽くあしらって中の様子を見て回った。子供達はなかなか解放してくれなくて、無邪気に何度も取りとめなく、話題を投げてきたので話に付き合ってやったぜ。


なんとそれだけで一時間も取られた。女子高生はやったことないけど、マックとかファミレスとかでその気になれば1日時間を潰せるほど話題に恵まれるような生活なのか?


私達が足を止めたのは、電子のピアノの音が聞こえる部屋だった。女性の職員がピアノを弾いて、子供二人が歌っている。


曲は『見上げてごらん夜の星を』だ。


その歌声を私と電は聴いていた。おっとりとしていて、優しく包み込むようなその音色が耳に心地良かったのだ。今はもう太陽がのぼっていて、空の星は見えないけれども、照らされている大地の上でも輝く未来の星達は確かにこの目に映っている。


そして夜になったらまた宇宙の星が見える。まぶたを閉じて、昨日の夜空を思い出した。空をゆっくり眺めている余裕はなかったけれど、そんな時に限って綺麗な星の夜だったのを覚えている。


怪物でも怪獣でも化物でもフランケンシュタインでも、星を見上げることは出来るだろう。夜空ではあんな風に名もない星がたくさん輝いているのだ。きっと大地の星な私達もそうなんじゃないかな。あの遠くの星の住人から見たらこの地球で生きる私達も同じくまとめて輝いている。そして、こんな優しい詩を書いているのかもしれない。珍しく私はロマンチストモードである。


わるさめ「そういえば電」


電「なんなのです?」


わるさめ「初めて会った時に私にした強引な握手、なにか意味があるの?」


あの花壇で出会った時、自己紹介をされた。その後に手を取られて握手させられたのだ。電は思い出しているかのように天井を見上げている。「そうですね、あれは」と電は語った。


電「あなたが死んでしまわないよう、電の祈りを込めたのです」


私も知らない内に願いを託される星にされていたようだ。あの頃の電は珊瑚で姉妹をまとめて失って大層に落ち込んで、休養の名目であの鎮守府にいたから、なんとなく気付いてはいたけれど、こいつがそんな台詞を私にいうことが意外だ。


電「聞いておきたいのですがわるさめさん、もしかしてあの頃の関係に戻りたいのです?」


わるさめ「別に。今は今で良くね?」


電「……ええ」


わるさめ「あんがとね。あの時の握手は私もけっこう救われた」


電「そうですか」


少しだけ関係が変化したのかな。

あの子供達のように私達もきっとまだ純粋に笑えるはずだ。


窓外の景色を見下ろした。


まだアブーがからかわれていた。あいつは人気あるね。長月いわく、子供には子供の悩みがあるとのことだったけれども、少なくとも今のあの子供達はアブーをおもちゃにして遊ぶことに夢中のようだ。願わくはあの子供達が怪物にならないように、と私も密かに祈りを込めた。


歩いた先にあったのは自習室だった。

今度もまた声が聞こえた。



《本日、時刻は0900、桜の花びらが――――》



ラジオから流れてくる人の声だ。「ちょっと男子、なんでラジオなんて持ち込んでいるのよ!」と女子の責める声がした。ラジオっていうのは私も勉強の休憩の合間に何気なくよくかけていたのだけども、あれってけっこう勉強の天敵なんだよね。


最後の海で邂逅を果たしたお母さんの言葉を思い出した。


『今までがダメだと思うのなら、これからがんばりなさい。あなたは。生きてる。可能性に満ち溢れているから、どうか、あなたは健やかにね』


うん。じゃあ、がんばろうか私。


これからもたくさん間違って傷ついて苦しみ、もしかしたらその道中で私も怪物になってしまうかもしれない、友達、仲間、家族に該当する繋がりをたくさん持っていてもね。私は色々な苦しみを知っても、強くあれる私でありたい。そう気楽に考えた。そういった辛い経験も誰かの幸せに繋ぐことが出来たら良い。


せっかくわるさめちゃんになって春雨ちゃんには出せなさそうな勇気だって持てたんだ。前向きに選択肢が増えたと捉えることにして、改めて考える。


私達に新たな道が見えるのも、流れ星が急に瞬くかのようにけっこう唐突。


コレは悪くないんじゃないか、と私はラジオを聴きながら思う。


声はどこまでも届く。

芸能人が夢や希望を垂れ流す声は電波に乗って貴方に寄り添い、手の届かない遠く離れた場所から背中を押す一番星となるのだ。


時間帯は子供達がすやすや眠りにつく夜の頃がいい。


ああ、そうそう! お悩み相談のコーナーは設けたいね!


迷える子羊君や恋するウサギちゃん達のメッセージを募ろう。迷いも恋の心も幸せの種だから、この私の声で救助して、その想いが花咲く場所まで輸送護衛する。そして、


わるさめ《それでは皆様、スウィートドリームズ。続きは貴方の夢の中で。以上、本日のパーソナリティーは桜鹿小春ちゃんでした♪》


なんてね。こんな風にみんなの一日の終わりを楽しく愉快にしてあげるんだ。



テンションあがるじゃん、そんな毎日!



















後書き



ここまで読んでくれてありがとう。


戦後編14ですが、タイトル変わります。ご容赦を。

↓ぷらずまさんのいる鎮守府(闇)~the most coveted flower~

最終話「小さな手でお花を愛でる少女から」

【1ワ●:深海のグロリアス】

【2ワ●:ノン・ネリネ・マーメイド】

【3ワ●:戦後任務編 潜水艦ズ with 丙少将】

【4ワ●:終結】

【5ワ●:あの二人はシンフォリカルパス】


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Newtonさんから
2019-01-31 12:29:51

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このSSへのコメント

4件コメントされています

1: SS好きの名無しさん 2018-03-29 18:15:51 ID: oyoCpLoH

いい意味で長編の駄作

2: 西日 2018-04-01 00:23:25 ID: al6BL5wZ

コメありがとう。
こんな物語の終わり間近まで時間を割いて応援やコメントしてくれる人のお陰で終わりまでたどり着けそうです。

3: 松丈 2018-05-02 07:51:10 ID: _Bsg3g9F

次は出血公のお話ですか。楽しみです。

4: 西日 2018-05-04 02:25:30 ID: ZW0Cfjy6

お楽しみに。今しがた不慣れな形式で書き始めたばかりなので、まだ投下まで時間はかかりそうです。ごめんなさい!


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