2018-04-21 03:27:52 更新

概要

やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。
いろはルート、11作目。


前書き

 ご無沙汰です、夢兎です。
 第十章、開幕です。


第九章 いつまでも、目指すべき場所は先に在り続ける。

0~5


6〜8





第十章 されど、違えた道は交わらず、交わした想いは違え始める。





0        


 カチャカチャと箸がお椀に当たる音がダイニングに響いている。熱したフライパンにサラダ油を引いて、今溶いていた卵を半分ほど流し込むと、ジュウッと声が上がった。


 卵焼き。お弁当のおかずを代表する、と言っても過言ではないそれは、卵を溶いて焼くだけというシンプルなレシピでありながら、少しのアレンジで多種多様な味に変貌する奥の深い料理だ。


 そんな卵焼きは本日、わたしの気分によってチーズを乗せられ、チーズイン卵焼きへと姿を変える。うーん、語呂が悪いな……。チーズインフライドエッグ、チーズインオムレット、チーズ、卵……チーたま。チーたま?


「おっと……」


 どうでもいいことを考えていたら少し焼き過ぎてしまった。くるくると巻いて形を整え、とりあえず冷ましておく。このまま切ると包丁がチーズでべたべたになっちゃうからね。


 ちなみに今日のメインディッシュは唐揚げ。昨日の晩御飯の残りです。レタスとブロッコリーのサラダを端に作って、唐揚げを真ん中に、最後に少し冷めた卵焼きを並べて完成!


 うん、我ながら手抜き! たまにはね、手抜きも大事なんですよ、ええ。力を抜いて、身体を休めて、辛い毎日を生き抜く。……学校、行きたくないなぁ。


「はぁ……」


 あー、だめだめ。だめだよ、しゃきっとしないと。ふるふると首を振って、フライパンをキッチンペーパーで軽く拭く。そしたらまた火にかけて、あらかじめ切っておいた食パンを砂糖を加えた溶き卵に浸して、フライパンに投入。


 砂糖の甘い匂いが鼻腔をくすぐる。いい感じに焼けたらお皿に並べて朝ごはんのフレンチトーストも無事完成。


「まー、慣れてきたかな」


 もう半年くらいは自分でお弁当を作ったりする日々が続いている。たまにはるのんとかお母さんがやってくれたりもするけど、それほど多いわけでもない。


 お母さんの分はラップに包んで、これまた昨日の残りのサラダと、インスタントのポタージュスープを手に持ってリビングへ。


 ダイニングテーブルは一人で使うには大き過ぎる。シックなデザインになんだか冷たい印象を受けてしまうのも、あまり使う気になれない理由の一つだ。傷心の身にはキツい。


「ふぅ……」


 ソファに腰を下ろすと、意図せず息が漏れた。いつもなら落ち着く静寂が、今はどうも居心地が悪い。なにかをしていないと、心がざわつく。マイナスなことばかり考えてしまう。


 ……なにが悪かったんだろう。


 散々頭に浮かべた疑問が、またしても浮かんでくる。考えたって分からないことなのは、もう理解しているはずなのに。


 逃げているわけじゃない。何度も考えたし、何度も立ち向かった。その末に、考えても無駄だという結論に至ったというだけで、別に……嫌なわけじゃ——


 キィ、と扉の開く音が耳に届いた。はるのんが昨日帰っていないことを考えれば、そこにいるのはお母さん以外にありえない。


「おはよう」

「……おはよ。早いね」

「うん。なんだか、目が覚めちゃって」


 バツが悪そうに目を逸らす。これじゃどっちが娘なのか分かんないな。


「目は、いつも覚めてるんじゃないの?」


 ふふっとからかうように笑うと、お母さんは不満気に眉根を寄せる。どうやら図星らしい。お母さんのことだから、きっと、わたしに怒られると思っていつもは部屋でじっとしているんだろう。


「……いろはがなんにもさせてくれないから」


 じとっとした視線がわたしを射抜くけど、ぶっちゃけ全然怖くないし、なんならちょっとかわいいまである。


「起きてるくらい、いいよ。お母さんが楽なら、それで」


 ぱぁっと華やいだ表情に、また笑みが漏れた。この人、本当にわたしのこと大好きだなぁ。わたし、愛されてるなぁ……。まあ、わたしのほうが好きだけどね!


 親の愛、子の愛に敵わず。ふっ……またことわざを生み出してしまったか。とはいえ、わたしの愛もお母さんの愛あればこそだ。されど子の愛、親の愛より生ず。


 お母さんがずっとわたしを愛してくれたから、わたしもそれを上回る愛を返せるのだという、とても口には出来ない恥ずかしいことわざだった。ことわざの定義は知らない。


「お母さん……いつもありがと」


 なんだか無性に言いたくなって、感謝を告げる。こういうのは言いたいと思ったときに、いや言いたいと思ってなくてもガンガン言っていくべきだよね。


 流石に唐突過ぎたのか、お母さんは照れ臭そうにしながらも首を傾げる。


「なんでいろはが言うの……? 今のお母さんの番だったでしょ」

「お母さんの番ってなに……順番制だったの?」


 おかしな言い合いに堪え切れずに笑ってしまう。すると、お母さんも笑って、しばらくそうしたのちにようやく一息ついた。


「朝ごはん、そっちにあるよ」

「あ、ありがとー」


 フレンチトーストとサラダを持ってきたお母さんは一度ダイニングに戻り、わたしと同じポタージュスープを作ってソファーに腰を下ろす。


 ちびちびとスープを飲みながらそんな姿を見つめていたら、お母さんはわたしの視線に気づいてこちらに顔を向ける。にへらと頬を緩めると、年齢にそぐわない若々しさにどきどきした。


「お揃いだね?」

「……う、うん」


 なんというか、流石わたしのお母さんというか、娘は養殖ですすみませんみたいな。なんだこの謎の敗北感は……わたしにもこのあざとさが遺伝すればよかったのに!


 お母さんとわたしの似てるところなんて精々顔立ちと髪の色くらいだ。だから、亜麻色の髪は結構気に入っていたりする。実は学校側に染めろと言われたことも何度かあるんだけど、ずっと突っぱねてきた。地毛なのだからそもそも染める必要なんてないし、なんで折角のお揃いを手放さなきゃいけないんだって感じ。


「いただきまーす」


 ぱくっと、一口サイズのフレンチトーストがお母さんの口の中へと吸い込まれていく。もくもくと一噛み二噛みして、顔を更に綻ばせる。そのうち崩れ落ちそうだな。


「娘と一緒に娘の作った朝ごはんを食べる……。もしかして、お母さん今、世界一幸せなんじゃない……? そんなことない?」

「大袈裟でしょ……」


 軽く引きつつも、その感覚には覚えがあるので強く否定することができない。……どうでもいいことも、すごく幸せに思えるんだよね。


 それは多分いろいろあったからで、もしなかったら見逃していた可能性が高いだろう。だからと言ってあってよかったとは思えないけれど、当たり前に転がっていて目を向けても注目し難い路傍の石のような幸せが、一つ一つ溢すことなく感じられることを、不幸中の幸いと呼ぶことくらいは許せる気がした。


「大袈裟かなぁ……大袈裟かも。でも、お母さんはね、娘を産んだら『かわいいお洋服を選ぶこと』とか、『一緒に料理をすること』とか、『二人で買い物に行くこと』、『若い子向けのお店に連れてってもらうこと』、『好きな人の話を聞くこと』、『デートで張り切る娘を応援すること』、『彼氏の顔を見ること』。そういう、子どもとするいろんなことが夢になるの」


 だから許して、とでも言わんばかりにお茶目に笑うお母さんが、わたしは少し照れ臭くて、


「……主語が大きいよ」


 なんて、誤魔化すような台詞を返してしまう。


「どんな家庭でも親は子を愛しているんだって、そう思っていたほうが幸せになれるでしょ?」

「……それは、見て見ぬフリをしてるだけだよ」


 世の中には、子どもが愛おしくない親もいる。望まれずに生まれてきた子どももいる。知らないフリをするのは、ただの逃げだ。


「たとえそれを念頭に置いていたって、なにかが出来るわけじゃないでしょ。いいんだよ、逃げたって。辛いものから目を逸らしたっていい。そうやって、生きていくものなんだよ。お母さんは、いろはに、自分が幸せになることだけ考えていて欲しい。……いろはが笑顔じゃないと、辛い」

「……そういうの、ずるい」


 そんなこと言われたら、無理にでも笑わなくちゃいけなくなる。でも、無理矢理作った笑顔なんて見せたくないから、幸せにならなきゃいけないと思う。ずっと笑顔でなんていられるわけないのに、そうあらねばならないと、そうありたいと、思わされる。これじゃ、呪いみたいだ。


「わたしだって、お母さんには笑顔でいて欲しい……」


 嫌だとか無理だとか、否定なんて出来っこないから、せめてもの反抗にそう言い返した。でも、お母さんにはわたしの抵抗なんて、たいしたことじゃないらしくて。


「ずっと笑顔でいるよ。いろはが笑っててくれるならね」


 ——本当に、ずるい人だ。


 ずっと笑顔でいるために、ずっと笑顔でいてもらうために、わたしはどうしたらいいんだろう。考えなきゃ……どうにか、しなきゃ……。


「わたし、は……」


 俯いていた顔を上げると、悲痛な面持ちでわたしを見つめるお母さんが瞳に映る。同時に、たった今、言われた言葉が頭の中を埋め尽くした。


 ——わたしが笑えば、お母さんも笑える。


 ——わたしが辛いと、お母さんも辛い。


「……わたし、こんな顔、してる?」


 そっと頬を撫でると、雫が溢れて指を濡らす。静かな頷きが心をぎゅっと締めつけて、漏れ出そうになった嗚咽を必死に呑み込んだ。


 ——耐えろ。


 ——耐えろ。


 ——今だけで、いい。


 ずっと笑顔でいるために、わたしが考えることなんて一つもない。わたしが笑顔になればお母さんも笑顔になれるんだとしたら、お母さんの笑顔でわたしも笑顔になれるはずなんだから。


 一方的に想いを向けさせていた。お母さんはわたしをずっと見ているのに、わたしはいつも別のところを見ていて。でも、それだってわたしにとって重要なことには違いなくて、だから目の合わないときだって出てきてしまうけれど、それでも、お母さんの笑顔に返す顔がそんなのでいいはずがない。大好きなお母さんの愛より、わたしがお母さんを想う気持ちのほうが大きいんだって言い張りたいなら、わたしがお母さんに見せるのは嘘偽りない笑顔でしかありえない。


「わたし、お母さんのこと大好き、ずっと。大丈夫、だから……ね? 笑って」

「強く、なくていいよ……」

「ううん、ダメだよ。わたしはお母さんの娘なんだから……一色いろはなんだから、強い子じゃないと、ダメ」


 弱くたっていい。逃げたっていい。負けたっていい。そんな風に思うわたしももちろんいて、でも、そんな弱音はお母さんには見せたくない。これはわたしの、子供の意地だ。


「ほら、笑って……お母さんが笑ってくれないと、わたしも辛いんだよ?」

「笑え……ないよ……」


 こんなにも子供のことを考えてくれるお母さんは、特別なことなんてなんにもないわたしの唯一の誇りだ。わたしが生まれてからずっとわたしのことばかり考えて、自分のことなんて全部後回しで。


「……お母さんが、わたしのお母さんでよかった」


 心の底から、そう言った。この人以外なんて考えられない。わたしのお母さんは、お母さんだけだ。一生、それだけは死ぬまで変わらない。


「そろそろ……行かないと」

「学校、辛いなら——」

「行くよ。ちゃんと行く。ちょっと辛いけど……元気、出たから」


 先輩と顔を合わせるのが怖い。会いに行ける気もしない。会ったところでなにを話せばいいのかもわからない。でも、閉じこもってしまったら、出てこれなくなるから。


 あらかじめ支度は済ませてある。鞄を持って玄関へ向かうと、お母さんも見送りに来てくれる。ローファーを履いて、改めて向き合った。


「もう……いつまで泣いてるの。泣き虫なんだから」


 ぽんぽんと頭を撫でると、お母さんは悔しげに唇を噛んで視線を逸らす。子供みたいな仕草がたまらなく愛おしい。ずっと、側にいたい。側にいてほしい。


「ね、お母さん。続き、あるよね」

「続き……?」

「夢の、続き」


 彼氏の顔を見せて終わりじゃない。それだってまだ出来てないけど、もっともっと、沢山夢があるはずで、わたしはそれを叶えなきゃいけない。叶えたい。


「『娘さんをくださいって言われたい』……」

「そんな、お父さんじゃないんだから……」


 お父さんがいたなら、言われたくないって言うのかな。


「でもあげたくない……」

「喜べばいいのか呆れればいいのかわかんないよ……」


 あげたくないと思えるくらいに大事な娘になれてるんだと考えれば、悪い気もしないけど。お母さんには子離れが必要だなぁ……離れたくない。わたしも大概だった。


「……言い切れないよ。でも、本当のところは、一つだけなのかな」


 優し気な微笑みをたたえて、お母さんはゆっくりと口を動かす。



「幸せに、なって欲しい」



 答えなんて、考えるまでもなくて。


「うん、任せて。だから、それまで……ううん、これからもずっと」


 直接的な言葉を口にしたくなくて、視線だけを向けた。お母さんは一瞬困ったように指を弄って、首肯する。


「ずっと、側にいるよ」


 多分、わたしは今、お母さんに呪いをかけたのだ。


「行ってきます」

「行ってらっしゃい」


 外へ出ると、秋風が住宅街を吹き抜けていく。かちゃり、鍵の閉まる音に後ろを振り返った。扉の向こうで、お母さんはどんな顔をしているのだろう。


 お母さんがわたしのことなんてお見通しなのと同じで、わたしもお母さんについては詳しい。生まれたときからずっと一緒だから、知らないことよりも知っていることのほうが絶対に多い。


 一歩、足を踏み出しながら、口の中でつぶやいた。


「わたし、知ってるよ」


 お母さんが指を弄るときは、わたしに嘘をつくときなんだってこと。でも、


「お母さんが嘘をつくのは、いつもわたしを悲しませないためだよね」


 だから、たとえそれが泥濘に突き立てられた誓いでも、わたしはそれを信じよう。嘘だって、分かっていても、お母さんの言葉を絶対に忘れない。


「約束破ったら、泣いちゃうからね?」




 祭りが終わって、また次の祭りがやってくる。


 十月上旬。今日から、体育祭実行委員の始動だ。


 いろいろと悩むことも多いけど、家に帰れば笑顔になれる。先輩に小町ちゃんがいるように、わたしにも常に寄り添ってくれる家族がいるから。


 生徒会長一色いろは。今日も笑顔で出陣です。




1        


 後の祭りという故事成語がある。


 今になって省みても、もう手遅れでどうすることもできない。みたいな意味で、多分、日本人なら一度は耳にしたことのあるメジャーな言葉だ。


 ちなみに、英語だと|鳥は飛んで行ってしまった。《The bird is flown.》というらしい。なにかの参考書で見て、ちょっと詩的だなと思った記憶がある。飛んで行ってしまった鳥には、餌を与えることも、声をかけることも出来ない。


 それは、人との別れとよく似ている。今はインターネットが発達してボタン一つで連絡を取ることも出来るけれど、そのボタンを押すことが出来ない場合、あるいは押す勇気がない場合——例えば、なにかをきっかけとして相手を怒らせてしまったとき。


 怒った理由に見当がつかなければ、連絡を取ったところでなにを話せばいいのかも分からない。去ってしまった相手の手を取ることが叶わないなら、過去を振り返るしか手はなくなる。けれど、それは本来、手を離される前にすべきことで、そうした後悔こそがまさに後の祭りで、証文の出し遅れ。六日の菖蒲、十日の菊。


 どう言い換えても同じこと。後悔は先に立たず、後悔したときには手遅れで、望まぬ未来の先で背後の轍を辿っても、理解出来なければ途方に暮れる他にない。


 ない……んだけど、そこではいそうですかじゃあ仕方ないですねさよならですと割り切れるような女だったなら、こんなくどくどと脳内で未練がましいこと考えてるわけないよねっていう。ほんとそれ。


 諦めきれない。諦めるわけにはいかない。いくら考えたってなにがダメだったのか、なんでダメだったのか全然分かんないけど、どうすればいいのか分かんないけど、叶えたい夢のために、見たい笑顔のために——自分のために、諦めない。


 後の祭り? いや、違う。まだ、どうにかできる。まだ、手は届く。離れてしまったけど、遠ざかってしまったけど、そこにまだ鳥はいて。だから、飛び去る前に出来ることをやらなきゃいけない。


 いまだ冷めやらぬ校内の熱気は、後の祭り——体育祭にまで引き継がれ、続く選挙が結末を迎えた末に落ち着いていくのだろう。タイムリミットを設定するなら、そこだ。


 選挙の話で先輩の態度は変化した。それはつまり、選挙に理由があるということだ。選挙の結果が出た後に、やっぱり辞めますなんてことはできない。それまでに原因を突き止めて関係を修復しなければ、本当に後の祭りになってしまう。


 ……でも。


 ここまで決意して、次に出てくる言葉が「でも」なことに自分自身の不甲斐なさを再確認しながら、ため息を吐いて思索を続けた。


 どれだけああしようこうしようと考えたところで、わたしの心は「修復なんて出来るのかな」という気持ちで満たされている。


 わたしだって、なにも最初からすべて終わってしまったなどと不貞腐れていたわけじゃない。散々考えて、嫌になるくらい悩んで、それでもなにも理解出来ないから塞ぎ込んでいたのだ。


 生徒会長になるついでに大志くんを助けることが出来る。そういう話をわたしは先輩にしたけど、それのなにがトリガーになったのかが分からない。


「——さん」


 どうなんだろう。もし仮にそれが雪乃先輩のときのような価値観や認識の違いなんだとしたら、他者から見たわたしの行動は一体どんな解釈の仕方が出来るのか。


 雪乃先輩のときは、わたしが相談しないこと頼らないことを善と考えていたのに対して、雪乃先輩はそれを自身が頼るに値しない存在であるという受け取り方をしていた。


 雪乃先輩のことを想って——じゃないな。わたしはわたしが褒めて欲しいばかりに、相手の気持ちを踏み躙り、傷つけたんだ。けれど、それでも、その気持ちは——褒めて欲しい、認めて欲しいという気持ちは譲れなくて、行き違いを埋めるために想いを打ち明けた。


「——きさん」


 隣に立ちたいと、今でも思う。隣にいたいと、ずっと思ってきた。


 生徒会長を続けるというのは、そのための手段でもある。奉仕部がなくなってしまった影響で、部への依頼という形で先輩に近づく術は絶たれてしまった。それ以前に、わたしももう頼ってばかりではいられないという気持ちになっている。


 奉仕部という都合のいい空間は使えない。それは仕方のないことで、遅かれ早かれいずれ訪れていた未来なのだから、わたしはそこで嘆いたりはしない。なくなってしまったのなら、新たに関係を築くしかないんだ。分かりやすいグループがなくたって、先輩の隣にいられるだけの関係を。


 なにかを成すことで、あの人の隣に立つ。機会を得られる可能性があるのなら、二年連続だって生徒会長くらいやってみせる。


 なにも、失いたくないんだ。いつも強がってしまうけれど、強く見せようとしてしまうけれど、そうしなきゃいけない理由があるけれど、本当のわたしは誰かが隣にいないと泣きそうになる弱虫だから、隣にいて欲しい人から二度と目を離したりしない。


 絶対にその鳥を飛ばせはしない。


「——一色さんっ」

「は、はいっ!」


 ばっと勢いよく顔を上げると、ボブカットの黒髪を揺らして頬を膨らませる女生徒が瞳に映った。つい最近会話をしたばかりなので、性格の悪いわたしでも流石に名前は覚えている。


「富士通さん……?」

「ふ、じ、つ、か!」


 そうだった。富士通は会社名だった。


「冗談だよ」


 笑いながら言うと、富士塚さんは怪しむように眉を顰めた。


「ほんとに……?」

「いや、ほんとだってば! わたしだってクラスメイトの名前くらい覚えてるよ!」


 覚えてないフリとか、覚えてなんてやらないって気持ちになったりはするけど。だいたい、もう進級してから五ヶ月も経っている。名前なんてものは自分が呼ぶ呼ばないに関わらず耳に入ってくるんだから、嫌でも覚えてしまうだろう。


 しかも富士塚さんは一年のときから同じクラスだし、覚えないという方が無理な話だ。


「ふぅん……その割には名前なんて呼んでるところほとんど見ないけど」

「……ま、まぁ、それはいいじゃん。ちゃんと覚えてるし。で? なにか用?」


 名前なんて呼びたくなかったんだよ、と言うわけにもいかず、逃げるように話題を変えると、富士塚さんはそうそうと思い出したように口を開く。


 ころころと表情の変わる子だ。改めて見てもやっぱり顔がいい。名前は仕方ないとは言え、クラスの人間関係は微塵も把握していないから、この子がスクールカーストでどのくらいにいるのかは分からないけど、この顔なら充分快適なスクールライフを送れそう。


 ……いやでも、あんまりかわいくてもそれはそれでなぁ。


「——ちょっと、聴いてる!?」

「あ、うん……えと、なんの話だっけ」


 目を逸らしつつ答えると、はぁーっと長いため息が耳に届いた。……これはわたしが悪いですね、普通にごめん。


「まあいいけどさ……体育祭の話」

「体育祭?」


 予想外の返答に首を傾げてしまう。修学旅行が一ヶ月後だねーとか文化祭の件での文句とか、その辺りを予想してたんだけど。


 体育祭なんて言ってみれば文化祭の劣化版だし、昨年の目玉種目変更で多少は話題性も出たんだろうけど、所詮は二学期のイベントラッシュに押しつぶされてしまう程度の行事だ。


 ほんと後半にイベント詰め込みすぎ。生徒会引き継ぎのこととか考えろよ。


「そ。生徒会って体育祭もやるんでしょ?」

「……一応ね」


 めっちゃやりたくないけど。いやー、正直体育祭とかどうでもいいでしょ。パリピがはしゃいで月曜日学校サボるイメージしかないよ。


「私も実行委員だから、よろしくね」

「あ、部活入ってたんだ?」


 体育祭実行委員ってことは、運動部ってことか。言われてみればこの活発そうな見た目には運動が似合いそうな気もする。っても、真面目そうっちゃ真面目そうなんだよな……黒髪も根本が茶色なのを見るに染めてるんだろうし。


「え……」

「え?」


 呆然と、なんて表現が似合いそうな顔の富士塚さんを見て、つぅっと冷や汗が垂れる。……もしかして、またなにかやらかした?


「……部活の話、前にしたっていうか」

「あー……えぇと、その」

「横断幕とか、作ってくれたの生徒会だって聴いてたんだけど……」

「おうだんまく……?」


 待てよ……なんか知ってる気がするぞ、それ。確か、七月上旬か六月下旬頃、結衣先輩が奉仕部から離れてる期間に入ってきた仕事で——


「あ! 富士塚みつか! 女子水泳全国大会出場!」

「うん。それそれ」


 へぇ……! すごい! え、すごいじゃん、富士塚さん! あのときはなんで仕事が増えるんだよとか思った記憶があるけど、こうして目の前に全国大会行きました! って人が立ってると実感が湧いてくる。


「……へぇー」

「うっ……な、なに? 急に見つめるのやめて、さっきまで全く気づいてなかったくせに」

「あはは……それに関してはほんとごめん」


 これは謝るしかないんだよなぁ。わたししか悪くないしな。


「いやでも、悪気があったわけじゃない……わけでもないか。うん、まあ、えっと、ほら、あんまり同級生に良い思い出がないというか……」

「あー、なるほど、ね」


 わたしの言葉になにかを察してくれたのか、富士塚さんは申し訳なさそうに目を伏せる。ちなみに富士塚さんはあの件には全く関わっていない——同じクラスでそれを止めなかったという意味なら別になるが——ので、そんなに気にされるとそれはそれで困っちゃうんだけど。


 ていうか、気にしてくれる人、いたんだなぁ。


 全員ああいうやつなんだ、みたいな認識だったせいで、深く知ろうとせずに見逃してきたことがある。きっと、クラスの中にも何人か昨年の生徒会選挙の件及びそれに関連するわたしへの悪ノリという名の嫌がらせに思うところのあった人はいるんだろう。


 見て見ぬ振りをするのも問題だ、なんてよく言われてるけど、わたしは止めなかったことを悪だとは思わない。わたしが同じ立場ならそうしただろうし、一人が止めたところで状況は悪化しただけだろうから。


 だからといって、なにもしないのが善とまではいかない。ただ、下手になにかするよりはそちらの方がマシというだけ。だいたいそんなものは、いつか飽きられて風化してしまう寿命の短いコンテンツでしかない。


 遊ばれる側になるのはそりゃもちろん避けたいけど、なってしまったならじっと耐え忍ぶのが一番安全な逃げ道なんだ。


 まあ、そうは言ってもそれは他人目線の話で、当事者になればどうにかしたいと躍起になってしまうし、傍観者にさえ悪感情を抱いてしまうものなんだけど。でも、本当はどうにかしたいなら自分でどうにかすればいいだけで、外野がぎゃーぎゃー勝手に騒ぎ出す必要はない。


 拘束されてるわけじゃあるまいし、手も足も口も動かせる。逃げるにしろ、戦うにしろ、助けを求めるにしろ、自分の意思で選べばいい。


 わたしはそうした選択を——自分のためであれなんであれ、悩んだ末に導き出した答えを否定しない。


 それは当事者以外にも当てはまることだ。傍観する側だって場合によっては悩むことになるわけで、例えば友達が標的になってしまったとか、例えばそういう空気が嫌いだとか、例えば過去に同じ経験をしたとか、過去と未来、今の自分と昔の自分、被害者の立ち位置、自分の立ち位置、関係、いろんなものを鑑みて、最終的に選んだのが関わらないということなら、それでいい。


「富士塚さんが気にすることじゃないよ」


 こんな言葉を掛けたところで罪悪感や後悔は消えはしない。心の底からそう思っていたとしても、相手の心理状態によっては慰めにもならなかったりする。


 だから、多分、こういう台詞を言うべきなんだ。


「富士塚さんとわたしの立場が逆だったら、わたしは富士塚さんを助けてないから」


 わたしの言葉に、富士塚さんは面食らったように目を丸くして、しばらくしたのちに笑みをこぼす。


「……普通、そういうこと言う?」

「ふふっ、どうだろーね。言わないんじゃない? 困ってたら助けるよ、って言ったほうが楽だもん」


 なにもわざわざ助けてないなんて馬鹿正直に言う必要はなくて、もっと分かりやすい優しい態度を取ることもできた。


 わたしとしても優しくするのは構わない。人に優しく接せられるのは普通にいいことだと思うし、わたしも嫌われるよりは好かれたい。人が人に好かれようとするのは、自然なことだ。けれど、初めて友達を作るときくらいは、わたし自身を見せるのも悪くない。


 雪乃先輩や結衣先輩もわたしのことを友人だと言ってくれるけど、それはあくまで親しい間柄であるという意味で、わたしと彼女たちは離れようが近づこうが会えなくなろうが会わなくなろうが、先輩と後輩だ。そもそも、変えたいとも思わない。


 わたしは先輩たちにわたしの先輩でいて欲しいし、わたしもまた先輩たちの後輩でありたい。それはわざわざ変える必要もないくらいに掛け替えのない関係で、失くすことを惜しいとすら感じる。


 だから、そういう意味で、この子が——富士塚みつかがわたしの初めての友達なんだ。富士塚さんがわたしのことをどう思っているのかは、まあ、ひとまず置いておくとして。


 すべてが悪ではないのだと思えた。今までは誰かの持つ悪意を全体に当て嵌めていた。その悪意さえ、ただの側面でしかなく、わたし自身にもそういう部分があるにも関わらず。


 過去の印象を完全に取り払うことはできないけれど、もう少し踏み出そうって決めたんだ。見なければならないとは言わない。見逃してはならないとも言わない。これはただ、わたしが見てみたいと感じたというだけの話。


 そして、その一人目が富士塚みつかであったらいいと、彼女のような人間がいいと、わたしはそう思ったんだ。


「でも、富士塚さんにはそういう楽をしたくなかったから」


 だから、わたしは素直にそう告げる。うわべを取り繕ってとりあえずの関係を築くのは嫌だったと、本性を晒してぶつかり削り削られることがあるのかもしれないけれど、それがいいのだと。


 別に、痛みがなければとか傷がなければとか、そんなことは言わない。誰だって知られたくないことがあるし、知らなきゃよかったこともある。頑張ればなんでも出来るとか、そんなわけがない。精神論なんてそう思うやつだけがそうしていればいいんだ。


 ただ、わたしは今までの経験を踏まえて、なにも言わずに合わせているだけが嫌だから。傷つき痛みを感じることでしか得られないものもあるのだと、そう信じたいから。


「こんなわたしだけど、友達になってくれる?」


 ——信じたい、だなんて。前は思えなかったのになぁ。


 後ろを振り返れば、散々な記憶が沢山ある。


 どうせ失望するくらいなら、最初から期待しないほうがいいと思った。誰かを信じて責任を押しつけてしまう行為は悪だと謗った。信頼も期待もなにもかも、誰にも委ねず自身の手で成さなければならないと縛りつけた。


 でも、確かにそこには嬉しかったこと、幸せを感じたこともあって。それが、わたし一人では得られなかったことをわたしは知っているから。


 どれだけ縛り付けたって、人は身勝手な生き物だから、知らず知らずのうちに人に頼り、誰かを信じ、誰かを傷つけてしまう。誰にも頼らず生きていける人間も、誰も信じずに生きていける人間もいない。


 出来ないことを出来るようにしたいとは今でも思う。開き直って頼ってばかりでもいいやなんて思えない。


 なら、それならせめて、わたしが誰を頼り、誰に期待し、誰を信じ、誰を傷つけたのか知っておきたい。誰かを傷つけた自分を、わたしは知りたい。それが、わたしに出来る、精一杯のことだ。


「めんどくさいでしょ」


 苦笑しながら言うと、富士塚さんはふるふると首を振る。あれ、自分でもめんどくさいなと思うんだけど。


「正直、よく分かんない……」

「……ああ、なるほど」


 めんどくさいどうかも分かんないってことか。


 一人で納得していると、富士塚さんは妙に真剣な表情で言葉を続ける。


「でも、目的を達するために楽をしたくないっていうのは分かるよ」

「そう?」

「うん。だって、なんかさ、水泳で賞貰ったときとか、今まで頑張った結果だって思ったらすごい嬉しくて……。もし、もっと簡単に入賞する手段があったとして、それで褒められても、自分がなんで褒められてるのか分かんないじゃん。私が頑張ったから、その結果だから、素直に受け入れられる。重みが分かるっていうのかな……まあ、才能だって言われることも多いけどね」

「才能ねぇ……」


 まあ、なんの分野にせよ活躍するような人は、誰しも才能があるとは思うけど。でも、才能だって努力で伸ばす必要があるわけで、その人が努力したという事実はなにも変わらない。


「お前にはもともと才能があるんだから当たり前だ、みたいなこと言われんの、ぶっちゃけめっちゃ腹立つ。こう、顔面殴ってやりたくなる」

「あははっ、いいんじゃない、殴って。そういうやつに限って、生まれてこれまでたいして努力なんてしたことないんだよ。偏見だけど」


 正直、努力の仕方をまちがえなければ誰にだって輝くことは出来ると思うんだよなぁ。ずっと上達しない人は方法がまちがってるっていうか。それを含めて才能だって言われたらそれまでなんだけどね。


「ま、そういうわけだから、一色さんの考え方もまったく分からなくはないよ。敵作りやすそうだけど」

「最初っから敵だらけだったから、そこはねー」

「あー……でも、そう考えたら、やっぱすごいよね、一色さん」

「へ?」


 なにかすごいことしたっけ。今、わたし自虐しただけな気がするけど。っていうか、初っ端から自虐ってどうなのわたし。これ、絶対先輩の影響だよ!


「今、一色さんの敵なんてほとんどいないでしょ? それどころか雪ノ下先輩とか葉山先輩くらいに学校でも有名だし。それは一色さんが頑張ったからじゃないの?」

「あー……それは」


 成り行きというか、いつのまにかそうなってたというか。別になにかしたってほどではないよなぁ。わたし、他人なんてどうでもいいやって思ってたし。


「いまいちな顔だ」

「うっ……まあ、うん」

「あははっ、うん、それでいいと思う。私はそういう自分のこと嫌いな人なんて気にせずに走ってる一色さんが、結構好きだよ」

「えっ、あ、えー……っと、あ、ありがとう?」


 なんだこれ! なんだこれっ!! めちゃくちゃ恥ずかしいんですけど!? どうしてこうなったっ? えー、わたしなにもしてないよー?


「照れてる?」

「て、照れてないしっ?」


 なにを言っちゃってるんですかね? いつも先輩をからかっているわたしがこんなことで照れるわけないじゃないですかー。やだなー。はー、顔熱い。今日は夏日だな?


「そういうことにしておいてあげよう」

「どこから目線なの……もう、そろそろ行くよ! 会議始まるし」

「まだ時間あるけどなぁ」

「うっさい!」

「わーん、一色さんが怒ったー。ひどーい」


 くっそ棒読みじゃねーか! スクールバッグを引っ掴んで歩き始めると、待ってよーとかなんとか言いながら富士塚さんもわたしの横に並ぶ。


「ところで、提案なんだけどさー」


 ひょこっと少し前傾姿勢になって覗き込むようにわたしを見ながら笑う。うーん、やっぱり顔がいいですね! かわいい! 顔かわいい! めっちゃ失礼かもしれないけど、本当にかわいいので仕方がない。


「なに?」

「いろはって呼んでいい? 私もみつかでいいからさ」

「え、別にいいけど……」


 まあ、そもそも同級生にはわたしをいろはと呼ぶ人だっている。わたしにだって、同級生とそれなりそこそこの関係を築いていた時期もあるわけで。対等だったかどうかについてはノーコメントで。


「名前なんて——」


 ——ただの記号じゃん。とは言えなかった。その記号が、相手によってはいろいろな感情を生み出すことを、わたしは知っているから。


「なに?」

「……なんでもない。それにしても、唐突だね?」

「そう? そうでもないでしょ」


 そうでもないのか。確かに、わたしも雪乃先輩と初めて呼んだときは割と唐突だった気がしないでもないけど……なんかこうして畏まって呼んでいいか聞かれるとちょっと恥ずかしいな。


「——だって、私たち、友達なんでしょ?」


 にひっと歯を見せて笑う彼女がわたしにはすごくまぶしくて、思わず目を瞑りそうになる。わたしと友達だってこんないい笑顔で言った子、今までいたかなぁ。私たち友達だよね、そう言ってなにかを押しつけようとしてきた子なら沢山いたけど。


 ぐあー、泣きそう。あー、ダメダメ、ほんと最近涙腺が仕事し過ぎてる。もっと休んでいいんだよ。……そっか、わたし、友達欲しかったんだなぁ……。クソザコぼっちで、まだまだ先輩には追いつけそうもないです。あの人、全然ぼっちじゃないけど。


「みつか……すき……」

「私もいろはすきぃー」


 なんだこれー、楽しいー。くそぅ、ちょろ過ぎだろ、わたし。この女子特有の距離感すき……雪乃先輩と結衣先輩みたい。いいなぁ、こういうのいいなぁ。


「うーん、いいねぇ、こういうの。女子高生! って感じ」

「分かる。ほんと分かる」

「ふはっ、真顔やめてよー。それでさー、もっと女子高生って感じの案があるんだけど」

「なにっ?」

「帰り、どっか寄り道してかない?」

「あっ、それいいっ……けど、うん」


 帰り、かぁ。お母さんが待ってるし……でも連絡すればちょっとくらいなら、いやでもなぁ。ここは、断るしかないか……。


「ごめん。なんか用事あった?」

「ううん、違くて。ちょっと、お母さんが調子悪いっていうか、いや今は全然大丈夫なんだけど……そばにいないと無理しそうで不安っていうか」

「あー……、それならいろはの家、行ってもいい? ほんとに大丈夫なら」


 真面目な表情でそう言ったみつかは、そっとわたしから視線を外して前を向く。それはきっと、わたしがちゃんと断れるようにという配慮なのだろう。友達だからという理由で無理をして欲しくないと、思ってくれている。そう考えるのは、大袈裟だろうか。


 でも、それが事実として、どうしてわたしにそこまで気を遣ってくれるんだろう。わたしが学校で有名だから? ……そうではないと思いたい。いや、違う。わたしはそうじゃないことを信じる。富士塚みつかに、期待する。


 少しだけ、わたしの家に居着くお姉さんの気持ちが分かった気がした。


「……いいよ。今日の放課後ね」

「ほんとに? 大丈夫……?」

「言ったでしょ。わたしは、富士塚みつかに、楽をしたくないって」

「……うん。じゃあ、楽しみにしとく」


 なんだか変な空気になってしまった。しかし、流石わたしの選んだ女である。そんな空気をぶち壊すことにも躊躇がなかった。


「いろはって友達いなかったでしょ」

「んなっ……いや、まあ、いましたよ? えぇ、ほんとに、いたにはいた。お互いに友達と思っていたかどうかはともかく……世間一般的な目線で見てそう呼べるものはいた、はず……」

「それ、いないと意味一緒だから」


 ずがーん。わたしにクリティカルダメージ。いや、今更ダメージ受けることでもないな。友達なんていらないんだからね! って散々言ってたしな。自業自得もあるよ、正直。そういうとこだぞ、いろは。


 ああでも、書記ちゃんとかは割と話すっていうか……生徒会室の中か生徒会の仕事してるときだけだけど。嫌われてるわけでもなく、好かれてるわけでもなく、喋れる相手として認識している。……それは友達? ではないか。


「友達いなきゃダメなんですか……」


 友達いなきゃダメとか、それもうわたしダメダメじゃん。あー、ダメダメの生徒会長一色いろはでーす。自虐も猛威振るっちゃうレベル。


「ダメなんて言ってないじゃん。私がいろはの友達一号で、しかも友達になろうって言われて、私は嬉しいなぁと思ったってだけ」

「なにそれぇ……わたしのほうが嬉しいんですけどぉ……」

「あははっ、私はいろはが友達一号じゃないけどね?」

「それ、今言う必要あった……?」


 上げて落とすとかテクニシャンかよ。その調子で男子の心も揺さぶってるんですかね。お前が言うなよって。


 っていうか、わたしばっかなんか立場低くない? これで、私たち友達だよね? って台詞で掃除当番代われとか言い出したら、わたし泣くよ?


「でもさ、いろはが友達一号だったらよかったなぁとは思うよ。もっと早く話しかけてればよかったって思う……ほんとに」

「……みつか?」


 どこか切なげな表情を見せるみつかに、なんとも言えない気持ちになる。不安になって名前を呼んでも、その切なさは瞬く間に霧散して、


「ほら、着いたよ」

「あ、うん……」


 納得できないままに、会議室へ繋がる扉をくぐった。


 体育祭実行委員初日。昨年はなにやらいろんな問題が起きたらしいけど、今年はそんなに悪いことにはならないだろう。そう高を括っていたのに、入った部屋にはあるはずもない顔があって。


 ああ、どうやら今回も一波乱起きる様子。


 ただでさえ波立ってるのに、これ以上立てるのやめてもらっていいですか。わたしサーフィンの経験はないんですけど。


 ……はぁ、お家帰りたい。




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3件コメントされています

1: tona 2018-07-26 00:53:31 ID: Qp-ByABH

次めっちゃ楽しみ!

2: SS好きの名無しさん 2019-03-20 01:45:15 ID: S:SI39V0

これはもう終わり??
また続けるなら嬉しいけど
2,3年振りに見たら続いてて最初から読み始めたけど中途半端出終わるのは残念

3: SS好きの名無しさん 2019-05-26 22:14:42 ID: S:wSE6WQ

今さらですが読みました
続きがみたい、そう思わせてくれる作品でした。
ありがとうございます


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