2018-08-31 02:40:03 更新

概要

「究極的に提督指揮は神と同一性質を帯び、賽を振らず」機械提督が超強い件。科学で才能ファッション化、私が守り損ねた幸せ、恋路短縮効率化。姉妹ケンカと仲直りと未来のこと、瑞鶴&瑞鳳&翔鶴の戦後任務編。


前書き

↓注意事項をご確認ください。

・シロートの拙い台本形式、一人称、三人称、複数視点、お話ごとに変わって読者の混乱を招くと思われます。

・相変わらずの誤字脱字。気を付けますが、前以て。

・誤字脱字修正の更新多し。

・顔文字や絵文字の使用を不愉快に思う方。

・本編の更新に間が空くのを嫌う方。

相変わらずやりたい放題なので穏やかな海のように広い心をお持ちの方のみお進みください。





【1ワ●:撃てば鶴のコチョウラン】



           ➶



ちょっと長くなるけど、昔話をしよう。


ブレイド・ハッカー事件。

アブーのキスカ事件よりもずっと前で、私が対深海棲艦海軍に入ることになった切っかけの事件なんだけども、簡単にいえば、対深海棲艦海軍のドローンのネットワークがサイバーテロを受けて、民間人に被害が及んだ事件のことだ。


艦兵士の数に対して保守海域が広すぎる。だから、海軍は保守のために当時は軍事衛星で安全海域を見張り、その情報を軍部がキャッチ、そして一部の海域においては哨戒船から小型無人航空機(ドローン)を飛ばして使っていた。軍人を載せた哨戒船で定期的にぐるり、と海域を周ってなにか異常があれば、鎮守府に通達、私達が抜錨する。


ブレイドというのはダークウェブで暗躍していたフリーのlTエンジニアの異名だ。モンゴル人の凄腕ハッカーでネットの海を自由に泳ぎ、漫喫とファミレスを渡り歩く野郎である。体内にチップやアンテナを埋め込んで、歩くWIFIスポットみたいな野郎だったんだよね。背中からブレイドみたいな鋭い金属片を生やしたセルフ人造人間よ。


ダークウェブで脱法ハーブを売買、その一人に海軍からのお客様が現れたことで起きた事件だ。詳しい事情は長くなるけど省略するけども、要は脱法ハーブ関連の取引で、ハイになった軍人がそのドローンのメモリー情報から内部システムアクセスの機密を漏らしたらしい。


ブレイドはドローンの認識情報とカメラワークに一時的な細工をした。ブレイドにとっては海外からの密輸船を日本に着港させる目的のデカいヤマだったらしい。面倒臭えことにこいつは海外からハックしており、ネットワークをいくつもの国境のサーバーを通していたらしく、捕まえるのにいくつもの国を通す必要があって時間がかかった。


けども、内閣が本気出して対処に当たって(沖縄の米軍基地の責任も問われたから、米国との共同捜査になった)、指名手配されたブレイドは無事にひっ捕らえた。


あの日、ブレイドのやつがドローンのカメラワークに細工したせいで、軍は安全海域哨戒で深海棲艦の発見と対処が遅れた。


衛星情報とドローンの情報が噛み合わないとのことで、異変対処は20分のロスが生じてしまった。鹿児島と沖縄間の海域に空母ヲ級改flagship(ブルーアイズ)の侵入を許し、私が乗っていたお嬢様学校の船が襲われたというね。


当時の空母は

龍驤、赤城、加賀、瑞鳳、翔鶴、隼鷹。


アカデミーには飛龍、蒼龍、そしておちびとかの第6駆がいたらしい。これから後に今の最終世代が続々とやってくる黄金期が到来する。ちなみに、この事件がきっかけで米国からサラトガさんが日本に駐屯することとなった。


全員が基本的な実力はあるものの、空母は総入れ替えになった時期があり、まだ全員の経験が薄かった。航空力が不足していたのだ。当時、彼女達はバラバラに配置されており、北方においては空母において、完全にロシアに頼っていた。


あの時、南方にいたのは翔鶴姉と、瑞鳳だ。龍驤は私と入れ違いで解体申請してた。


鎮守府(闇)では私が一番の後輩であるけども、空母勢はけっこう仲が良い。私の建造理由はみんな語らずとも知っている。龍驤はあの事件の時には会わなかったし、鎮守府で一緒になってからしか知らなかったけどね。その事件の後、私がアカデミーにいた頃に解体申請した後に提督学校のほうに行ってたみたい。


私の友達と、翔鶴姉と、瑞鶴になる前の可愛げのないガキ。


1羽の鶴が飛び方を覚えた日の話だ。



2



知多半島の常滑だったかな。私は東京の葛飾区に住んでたけど、親が勤属だったから、中学の頃から転々としていてさ、それも2、3年のペースだ。


転校とか嫌だったね。友達は転校した後も連絡をくれるけど、少しずつ疎遠になっていって、また新しい居場所で友達作ってって、その繰り返しだ。私が人生でつけた足跡は少しの間は残るけど、すぐになくなってしまう。波打ち際を歩くみたいにね。


だから、もう私のほうから新しい場所に馴染むよう努力するのも止めていた。どうせまたすぐに関係が事切れるのに、その度に辛い思いをするのは勘弁だったからね。そんな風に考えていたからか、顔に出やすい私は目付きが悪かった。深海鶴棲姫並みにね。愛想もなく、特別仲の良い友達はいない。


その時は修学旅行で東京から京都へと新幹線で向かっていた。その途中で寄り道も許されていたから私の班は名古屋の百貨店にあるブランドのベーカリーに寄る予定だ。そこからセントレア空港で沖縄に飛ぶ。


私は新幹線の中では適当に入った班で相槌を打っていたくらいだ。へえ、そうなんだ。ふうんって感じ。


そんな私は綺麗なお嬢様学校の制服に身を包んでる。公立が良いって進路希望出したけど、ちょっと親の意向でね。


東京も大阪も名古屋の都市部も住んで電車で学校通っていたけどさ、都市部って息苦しくて嫌いだ。お昼になると、そこらのビルから人がぞろぞろと巣から蟻のように出てくるあの感じを窓から見下ろしながら、私は電車を乗り換えて港のほうに向かった。


ちょうど海に対深海棲艦海軍の輸送護衛任務の到着時点で、高い空に豆粒みたいなのが飛び回っていた。隣でハゼ釣り上げてたおっちゃんの隣で、スタバのコーヒーを片手にその場に座り込んで、空を見上げてた。


「つまんね」


腰を上げて、空を見上げながら港の船着き場をなんとなく歩いた。上を向いていたせいで、ドボン、と海に落ちた。申し訳ない。友達に手伝ってもらって、海から脱出して腰まで長くしていた黒髪を雑巾みたいに絞る。


ズブ濡れなのを心配されて、友達が着替えを持ってきてくれた。3時間くらいの余裕があったので、喋りながら時間を過ごした。対深海棲艦海軍の話に流れた。中部地区にある適性検査施設の前をちょうど通った時に、後輩がここで適性を受けて、適性があれば艦娘というのになれる、と教えてくれた。それがきっかけ。


適性検査施設。

検査を受けに来た人はもともと適性率があった場合を考慮されていたため、結果が出る前から、勧誘文句ばかりだった。戦争のイメージよりも、現在の艦娘(当時は男性適性者の明石君がいなかったから艦娘が公式名称)の日常を話されていた。それは明るく楽しい鎮守府での日々だ。ほとんどの鎮守府で仲間や家族と呼べる人が出来る、とか、軍規は鎮守府によって差異があり、お堅い軍隊のイメージとはかけはなれているとか。個性的な人は多いけど、不思議なことに良い人しかいないとか。


「軍艦のことは知らない、ですよね。興味ない子が知っていそうなのは大和かな。昔は日本の軍艦といえば長門と陸奥だったんだけども」


「「ああ、宇宙戦艦ヤマト」」

友達と声が重なった。


「ふふ、そうそう。それのせいかもね。その宇宙戦艦ヤマトの名前の由来が軍艦大和なんですよ。ああ、艦娘は宇宙には行きませんからご心配なさらずに」


良くあるやり取りなのか、こなれていた風だ。


当日は大騒ぎになった。

現存する艤装と照合して、私と後輩のどちらも80%近い正規空母の適性率を叩き出したからだ。


私が瑞鶴適性。

後輩が葛城適性。


勧誘が半端じゃなかったな。

高校生の身分だったし、戦地なんてところに飛び込む勇気もなく、その場では適当にごまかして10分くらいで帰った。「無理、うん私は無理ですよ」と後輩は苦笑いした。後輩は妖精可視才もあることが判明したせいで、勧誘は常軌を逸していたけど、ハッキリとお断りしていた。ちなみに正規空母+妖精可視才は軍では最上位のブランドだ。世界で10人しかいないらしい。


私は興味あったんだよね。


自由な空、どこまでも広がる海。

都会のような息苦しさはない。海全てが私の活動拠点になると思ったらスケールがでかすぎて、大阪や名古屋、東京に移ろう度にため息吐いていた自分が小さく見えてさ、詰まるところ私のなかでは居場所の問題だったのだ。


「お試し建造してみます? すぐに解体出来ますし、書類にサインしていただければ」


「私達、修学旅行中でこれから沖縄に行くのよ」


「奇遇ですね。沖縄の保管庫に瑞鶴と葛城の艤装があるんですよ。時間があるのなら、沖縄の海を足で滑ってみてはいかがです。面白いですよ。連絡は入れておきますのでよろしければご検討ください」


後から知った話、この時の艤装は横須賀にあって、わざわざ私達のスカウトのために大至急輸送したらしい。とんでもない熱烈なスカウトだった。


それから沖縄行って、そこでダラダラ過ごして翌日にその話をして、那覇の適性検査施設に顔を出してみるとした。後輩は興味なさそうだから、私一人でね。建造効果の書類を読んで夢見や精神影響の項目が気になったけども、怖いもの知らずで勝ち気な性格をしていたから、そのままお試し建造をした。


「適性率が高いので初期の精神影響は心配ないとは思いますが、気分は大丈夫ですか」


真珠湾攻撃、マリアナ、エンガノ岬。

空母機動部隊の始まりから終わりまで。


「なんだこりゃ……日本海軍ザッコ」


当時、生意気な高校生女子に過ぎなかった私の感想。


それで南方鎮守府の場所を教えてもらって、職員と一緒に歩いた。海には哨戒を終えた艦娘がいた。翔鶴と瑞鳳、龍驤がいた。職員の人から名前をそれぞれ教えてもらって、遠くからあの夢見の負け犬どもが雁首そろえている風景を眺めていた。


しばらく海のほうを見ていると、艦載機が舞った。

艦載機は空を飛び回って、やがてポニーの白髪の女の腕にある飛行甲板に着艦して、矢の姿に戻る。初めて見たその異様な光景に目を奪われた。ねえ、と大きく声をあげて、その白髪の子に手を振った。その人はあごに人差し指を添えて、唸るようなポーズを決めて、しばらくすると、こちらのほうに進んで来た。瑞鳳もだ。龍驤は、用事があるとかでどこかへ行ってしまった。


「今なにやってたの?」


翔鶴「偵察ですね。待機中は定期的に飛ばします」


「へえ、そのラジコンみたいなので戦うのか」


今、思えば大変に失礼な立ち振舞いだったな。

仕事中なのに、喋りかけまくってたし。


瑞鳳「この子が例の……?」


翔鶴「はい? 知っているんですか?」


瑞鳳「瑞鶴(仮)」


翔鶴「せ、正規空母の瑞鶴ですか?」


「そんな感じの名前だったかな」


翔鶴「私――――翔鶴である私の妹です!」


子供っぽい顔で笑っていた。


「妹って、ああ、職員の人がいってた姉妹艦効果とかいうやつね」


翔鶴「すみません。興奮してしまいました。すみません、書くものをお持ちですか。もしも……もしもその気があるのなら」


翔鶴「私に連絡をください。疑問があればお答えしますので」


瑞鳳「翔鶴さんの妹だからねえ」


「だからなによ。温いわね。夢見は経験したけど、そんなんだから負けたんじゃないの。大戦時の負け犬空母が雁首揃えて馴れ合いしてる風に見えるけど? 今も手一杯で余裕ないんでしょ? なんでそんなにへらへらしてんの?」


瑞鳳「気持ちは分かるかなあ。でも私達、別にあの時の軍艦じゃないからね。あくまでモチーフに過ぎず、です。あなた、軍に来る気はあります?」


「ないかな。あんたはなぜ艦兵士に?」


瑞鳳「多分、あなたがこうやってここに来た理由と同じかな。ああ、私は神主の娘なんだけども、やっぱりこの職は必要不可欠で選ばれた人がやるしかないんだよね」


瑞鳳「ちなみにさっきいた龍驤さんはやりがいがあるからって建造理由だね。かなり実力のある人だよ」


「サラトガにボコられてたイメージしかないかな。それで白いのは」


この人は立ち振舞いから毛並みの良さが伝わる翔鶴だった。わざわざ出兵するような動機が気になったのだ。親族だって反対しただろう。調べた限り、殉職も現実的にある職業だ。それに生活に困っているようにはとても見えない人だった。


「あんた、育ちは良いよね。建造して成長止めたのはいつ」


翔鶴「ええと、建造したのは20歳の誕生日です」


翔鶴「ええそれはもう反対されましたよ……ですけど、その歳になれば強引に行けたので、書類申請して、軍に入りまして、あ、家は――――」


お家柄に目玉飛び出しそうになったわ。


「な、なんで? そんなに戦争に出たかったの? 望めば何者にでもなれるのに」


翔鶴「カッコいいですよね」


「過去の鉄屑の依り代がカッコいいって」


「オタクってやつか」


翔鶴「本来、私には手に入らないものを手に入れられる場所がここだったんです」


ちょっと納得した。兵隊は家柄的に揉めたことだろう。翔鶴姉の親とは赤城さんと元帥さんが密約を交わしていたらしい。理解のない親ではなく、彼女が翔鶴となることの影響力には理解を示してくれたらしい。死なせるな。この約束でなんとか軍に籍を置いているけど、あまり危険な作戦には出してもらえていないことが嫌だとさ。


ほら、南方第2、私のいた鎮守府で陽炎、ああ、前世代の陽炎ちゃんね。そいつと同期の不知火と、もう一人が殉職した海域があって、その事件もあって翔鶴姉の親が連れ戻しに来たらしい。引き留められたんだけども、翔鶴姉が栄光の元帥艦隊に異動した理由である。


翔鶴「飛行する瑞兆動物の名前、素敵ですよね。私もそんな風になれたらいいなって思いまして。知らなかったんですよね。飛び方」


気恥ずかしそうなのは詩的な表現を日常会話で使ったからかな。


なんとなく意味は分かる。親の都合に振り回されてきたから、私も知らん。


いつか飛び立つ時のために、その身体の羽を綺麗に繕って、美しくなる。そのままでは綺麗な鳥で、その翼は本懐を全うしない。本来の機能の使い方を忘れかけていたのだろう。


「バッカじゃないの」

当時の私はこんなやつだ。

しょせん箱入り。わざわざリスクの高い選択をしたやつだとしか思わなかった。


翔鶴「ええ、そう思いますね」

困ったように笑った。


やってみっか。その時の私はそんな風に考えていた。調べた限り、誰かがやらねばならない仕事なのだ。さもなくば深海棲艦とかいう奴等に私達は殺されてしまうからね。


その程度の知識は義務教育時代に学んだけれど、痛感したのは今しがただ。誰にでもやれる訳でもないのなら、単純だが、やりがいもあるだろう。


汚れるのも別にいい。私はもともと品がない。基本的にいつも目付きが悪く、不機嫌そうといわれるやつで、控え目に言ってもこのお上品な制服は似合ってない。


「でも終わりがない戦いなんだよね。老いない身体、永遠の時間に耐えられる身体、壊れるまで戦う覚悟が要るんじゃないの。それこそ、あんた達の艤装モデルの軍艦みたいにさ」


翔鶴「ですね。普通の精神では持ちません。私達の精神的に個人差はありますが、続けられて半世紀ほどといわれています。どうして戦意をなくしてしまうのか、本当のところは私達にはまだ理解できませんね……体の時が止まり、時代から取り残されるゆえなのでしょうか」


瑞鳳「運命があるんだよ、運命が」


「はあ? 運命?」


瑞鳳「そうそう。私達は自由に見えて、全て収束的な選択肢を選び続けているってこと。あなたが瑞鶴となれたのなら、それもそういうこと。人間には神様から与えられた役割があるんだよ。こうなればこうなるって感じが宇宙の真理だと思うなあ」


この幼児体型女は不思議ちゃんなのか、それとも変な宗教でもやっているのか。少なくともふざけていったようには見えなかったから、引いた。


瑞鳳「終わりは必ずあるよ、うん」


瑞鳳「出会った記念に五芒星あげるよ」


瑞鳳「ふふ、幸運のお守りにね。私と瑞鶴は運の良い空母仲間だし」


「運がいい……とんだ皮肉だよね」


胸のポケットに、五芒星の金属を入れられた。闇で一緒になった時にづほに聞いたけど、本人いわくあげたことを忘れていたようだ。加えていえば、闇で一緒になるまで、この日のことも忘れていたという。「あー……ああ! ブレイド・ハッカー事件の前の日の」といってたしさ。もらったこの五芒星は、すぐに壊してしまったんだよね。


「あほらし……」


私の修学旅行は海のことばっか考えて、あんまり楽しめなかったという。先生にも相談してみて、色々と調べもした。


正規空母。その役割の大きさに尻込みした。責任があまりにも大きすぎたのだ。私のミス1つで、大勢の命が危険にさらされる。逆に私の活躍1つで大勢の命が救われる。


そしてその日の夜に職員に電話した。


「解体はどうするの?」


「すみません、もう適性検査施設はしまっておりまして。明日の朝、都合が悪ければお住まいのご近くの適性施設に出向いてもらえれば対応出来ますので」


明日は班行動があるから、明後日の地元でいいか。夢見はうっとおしいけども、その旨を伝えた。そして布団に潜り込んだ。友達が話しかけてきた。


「私、葛城適性あったよね。調べたけども、私の生い立ちにそっくり。葛城の山の近くだし、家がヤタガラス信仰してたし、おじいちゃんから葛城の話を聞いたことがあるんだよね。おじいちゃんのおじいちゃんが海軍にいた時の話」


「へえ……私は特にないなあ。葛城にならないんだっけ?」


「無理無理。お父さんが絶対に許さないよ」


まあ、この学校に子供を通わせているような親は大方、認めないだろう。


この翌日に乗った船で、私達はブレイド・ハッカー事件に巻き込まれたのだ。



3



島のほうから警報が急に鳴り響いて、船の操縦士さんが無線機に大声出したもんだからさ、驚いた。遠くの空に小さい浮遊物体が見えた。ヲ級改の艦載機のタコ焼きである。青い空に白い雲を引くような群れが、ケタケタと笑い声をあげるかのように突撃してた。あれはなんだろう、と空を見上げていたら、背後の窓がパリン、と割れた。


船はすぐさま陸地に引き返した。狙いを定められていたから、その船は途中で操縦士さんが救命具を私達に着させた。私の頬を弾丸が掠めて、右頬が切り裂かれ、焼かれるような痛みに襲われた。リアルな死を突きつけられて私はもうこの時はくっそびびって、友達と肩を寄せ合って運命を天に委ねていた。


私の胸に強い衝撃が迸る。建造状態でも死んでもおかしくない致命的な場所、心臓付近に機銃弾が当たったのだ。それでも生きていたのは、胸に入れたままだった金属の五芒星のお守りのお陰だった。


しかし、九死に一生を得ても、ただ怯えることしか出来ない。


流れ星のような飛行機がすうっと空を飛んでいった。空を奪うため、戦闘を開始した。私が初めて見た艦娘と深海棲艦の戦いだ。頭では分かっていたが、現場を見ると、正気を保つことすら難しい。こんな死と隣り合わせの戦闘を毎日やるだなんて冗談ではない。


船の右の300メートルくらい先に昨日の翔鶴がいた。


《こちら南方第1鎮守府所属の翔鶴ですが、このまま避難してください》


移動し、艦載機を放ち、深海棲艦の意識が艦娘に向けられてゆく。このような事態に備え、明らかに訓練を積んで洗練された動きだった。


しかし、だ。明らかに味方の艦載機は負けている。この時の翔鶴姉の練度は35だったらしい。ヲ級改2体では分が悪い。続いて瑞鳳もやってきて、南方第1鎮守府の千歳と千代田も到着し、制空権を奪い返し、安全海域内での殲滅作戦が開始される。


艦載機をほとんど失った翔鶴姉と瑞鳳は、この船の護衛についてくれた。お陰で無事に命からがら生き延びたといえよう。瑞鳳は提督の指示で途中で護衛を離脱して、艦載機の補充に撤退してから、再び戦線に戻っていった。


船から降りてみなが町の避難所へと向かうために、待機していた軍用車に乗り込んでいた。私は右腕から血を流していた翔鶴にいった。


「こんな馬鹿げた戦いに身を投げるだなんて、しょ、正気とは思えないんだけど!?」


翔鶴「やりがいがあるでしょう」


今度は微笑んだ。


その後に凛々しい表情でいった。


翔鶴「私からしたら、あなたのその判断こそ、正気であっても正常ではないです」


翔鶴「この仕事をやる人がいなければ、人はみな死んでしまうのですよ。代わりに誰かがやってくれる。誰かに押し付けたらいい。そのような精神、またはそれを正当化して賢く振る舞う人間を、私は軽蔑します」


時代と逆流した精神性だった。リスクを回避するために、普通は誰もが良いというものを選んでいく。ガツン、と頭を殴られた気分だ。この海は最初期からそうだったのだろう。徴兵でなくなった今でも、人類の存亡に直接、関わる仕事なのだ。


価値観が変わると、世界の景色が甲殻を脱ぐように一新した。

その日は避難し、翌日に家に帰った。オヤジと住んでいる社宅だ。


やる。私は軍に行くために親を説得しようとした。

避難所で後輩にその旨は伝えてあったから応援の声が届いた。


『がんばってくださいね! 瑞鶴先輩!』


おう。葛城を装った後輩からのメッセージだ。

瑞鶴は歴史で二人目らしい。ちなみに翔鶴も二人目。葛城はなんと0人だ。親に猛反対されたけど、誰かがやらねばならないこと、それがなければ、国が滅んでしまうこと。最初期からの海の歴史、その仕事は徴兵ではなくなったから大変だ。子供は親に養われているのだからいうことを聞いていう通りにしろ。その理屈では納得しなかった。ちゃんと稼ぎはあるし、私が国民の命を守る側になるわけだからね。


「そもそも今まで私、文句1ついわずに従って来たけど、もうすぐ18歳だ」


適性検査施設の人にも協力を仰いだ。

親の説得協力はよくある仕事だ、と快諾してくれた。


最初期の話をしていた。苛烈過ぎて私は親がますます烈火のごとく反対する理由を与えたとしか思えなかった。そして職員の人は3年前の話を切り出した。


こういう子がいました。とても面倒見がよく、姉妹艦の多い艦種の長女です。


それがなにか。


殉職致しました。その海戦の敗因は空母が足りていなかったということです。


言い訳ですか。


詳細な資料を取り出した。それはもう見事な説得力だった。この齢14歳の子が死んでしまったことから戦争のリアルで事を真剣に受け止めさせた後に、艦兵士が海を警備することによる世界経済への影響力、誰かがやらなければならないのに、一握りの選ばれた人しか出来ない役割であること。そして正規空母瑞鶴の史実、姉妹艦効果を語り、転校の多いお子さんにとって、生涯の仲間が出来ることも訴えていた。後で聞いたけど、この手の親御さんに金銭面の待遇で勝負に出るのはダメらしい。塩を撒かれた経験があるとか。


その日から親はちょこちょこ海のことを調べるようになっていた。

史実のことや、軍の現状、戦法のことまでだ。


スカウトの説得は一週間、続いた。最終的には首を縦に振らせることが出来た。全く、適性検査の人は大変だね。提督さんも所属していたらしいけど、あの提督さんに、あそこに戻るくらいから軍から除籍処分されたほうがマシ、といわせるだけはある。


オヤジはがんこなところがあって、季節は冬に流れた。もう少しで押し切れそうなところまで漕ぎ着けていた。


クリスマスの日、オヤジに神妙な顔でいわれたのよ。



――――お前に役割が務まるのか。




――――瑞鶴っていうのは、素人目から見ても


――――とんでもなく立派な船だぞ。



「やる。話は終わりね」


オヤジとの冷戦もやっと終わった。


その夜、もらった連絡先を使って、翔鶴とまた落ち合う約束をした。翔鶴型の正規空母に直接、話を聞きたくなったのだ。


その日の夜に連絡を入れた。

都合の良い時間に融通を利かせてもらって、栃木のローカル路線の駅で会うことになった。


私はその日ぽかやらかして乗る路線を間違えた。特急で、ちょっと別のほうへと行きすぎた。おまけにその日は豪雪になってた。待ち合わせしていたのが夜だったこともあって、連絡を入れたけども、返事はなかった。


なので帰る頃には電車なくなるけれど、その駅に行ったのだ。遅延して、夜の11時くらいだったかな。予定の時間から6時間もズレてしまった。


古びた駅の校内で石油ストーブの近くにその人はいた。眠りこけていた。後から知ったことだけど、翔鶴姉は南方所属でこの日は提督さんに相談してわざわざ沖縄から来てくれていたらしい。なんてこった。謝った。


「ごめん」


翔鶴「気にしませんよ」


困ったように笑った。嫌み1つ言われなかったことになんか違和感だ。私なら怒るけどね。


「よろしく。親は説得したから」


「私、瑞鶴になるよ」


そういうと、手を叩き合わせて笑顔になった。


翔鶴「あの時は大層怯えておりましたが、大丈夫、ですか」


任せとけ。

物怖じする性格じゃないしね。


「よろしく」


「翔鶴……」


「……姉」


翔鶴「ふふ、無理しなくてもいいですよ」


100%のうち20%くらい不機嫌で目付きが悪い。おまけにびびりだ。けれども、なにが出来るかなんてやってみなくちゃ分からない。


「……あの日は助けてくれてありがとう」


「あの時の翔鶴姉の覚悟が私にも身に付く時が来るまで、戦いの苦を分け合えて、背中を任せてもらえるよう、終わるかもしれない、その時が来るまで」


「永遠に、側にいるよ」


その日に私は、

お上品で窮屈な服を脱ぎ捨てて、

瑞鶴の服をまとって、翼を広げる。


楽な戦いなんて1つもねえ。

おかげさまで腹は決まった。

艦兵士はみんな通る道だ。

だからこそ、私達はお互いを支え合える。


下手くそ。クソみたいに素質がなかった。艦載機を発艦成功させるだけで1年もかかってしまったという。講師の他にも、翔鶴姉が仕事の合間に休みを利用して手取り足取り教えてくれた。「才能はあります」と翔鶴姉はいった。翔鶴姉だから、嫌味ではないよ。


翔鶴姉は私がやることなすことに、一喜一憂する人だった。お姉ちゃんだけど、辛い時に励ましてくれるような感じではなく、ともに落ち込んだり、ともに喜んだりする人だった。


それからの私の全ての時間に、私を思い遣る姉の存在がいた。


一時期、軍法会議で解体処分されて、姉妹艦効果がなくなっても関係は途切れなかった。あのキャンパスの空で見た彗星の幻影は、私があの海を愛していたせいだろう。海辺の砂浜を歩いて、足跡がさらわれるような学生時代を送っていた私が手に入れた居場所だと気づく。


もう初めて翔鶴姉に素直なお礼いえた日のことはなぜか覚えてない。建造してからの私の翔鶴姉に向ける愛はずっとインフレしていて日常的に愛の台詞抜かしていたからね。


出会った時の私はどこか素直になれなくて、

言葉ではどうしても伝えることが出来なかった気持ちも、今ではなんてことないかな。


そんは風に

綺麗な絵空事の物語に、私は生きた。


居場所を季節みたいに移ろうあの時、

欲しかった生涯の仲間もたくさん手に入れた。


今もなお笑える。

しかし、だ。

そんなこともあったね、と心から笑える日は決して来ないのかもね。 私達が共に歩んだのは、血塗られた戦争の歴史だ。


だからこそ、でもある。

腐るほど夜を越えて、強さとか優しさとかそういう意味もちゃんと分かる頭になった。


それでも、まあ。

私はアカデミーの頃から変わらないのよね。

私のエンジンというか、飛び方。


この人が喜ぶ顔を見るのが好き。













さて、お楽しみターイム。

夢にまで見た翔鶴姉とのJK生活やってくるわ。






【2ワ●:戦後任務編 翔鶴&瑞鶴&瑞鳳】


           ➶


教室に並ぶのは木製ではなく簡易で質素のステンレス製の机と椅子だ。その上には薄いディスプレイのノーパソが乗っている。黒板の代わりに大きな液晶ディスプレイだ。


瑞鶴「木材が少ない」


窓際最前列の席の椅子を引いて座って、机の上にあるノーパソの電源を入れた。黒光りを始めた画面には想像していたウインドウズのロゴではなく、『H.B』の英文字が現れた。デスクトップには、教科書のアイコンがあったので、ワイヤレスマウスでダブルクリックした。


スムーズに立ちあがり、数学Iの32ページに飛んだ。学校の授業方式を理解した。ノーパソが教科書とノートの代わりだ。後ろの席のノーパソを起こしてみる。キーボードが汚れていたり、傷がついていたり、落書きの跡もある。これは学校らしい。


瑞鶴「女子高生かあ、あの頃の私は無愛想だったな……」


提督《通信オンのままですよ。今でも割と無愛想ですが、当時はもっと酷かったみたいですね》


瑞鶴「小学校から転校、合計12回でさ。新しい場所に馴染もうとするの疲れちゃって」


提督《あくまで任務であることをお忘れなきよう》


瑞鶴「あいよ、ブツは学園都市内で適当に散策していればゴーヤ達みたいに偶然力が導いてくれるんだよね。入学予定の教室の下見も終えたし、適当に外をうろついてくる」


校舎から出て正門から外に出る。


2


「私は全知で完全なのです」


歓声が爆発した。広場で行われているスピーチが原因のようだ。「ふわあ」と隣にいる陽炎が口を大きく開いて、あくびをかました。


陽炎「あれ?」なにかに気付いて驚いたのか、次には目を大きく見開いた。「不知火、瑞鶴さん、演説しているのってロボットじゃないの」


ロボットというよりはアンドロイドか。見た目、声の滑らかさともに人間と遜色ない。でもCGで製作したような機械的な顔だし、マイクを握る手が機械だった。


どっちだろう。機械の義手はあることだよね。

人間なのか、アンドロイドなのか、ロボットなのか、区別がつかなかった。陽炎の感覚では「純粋な人間でないのは確か」だそうだ。


不知火「ふむ、興味深い」


その人間もどきの頭上に大きなホログラムでデータが表示された。よく分からないどこぞの統計データのようだが、あの手の数字は見るだけで思考停止してしまう。「不知火、何の演説よ」と陽炎が興味なさそうに聞くと、律儀に不知火は答える。


不知火「不知火も司令から本を借りて目を通しただけですが、不知火達の世界でも『AI』は話題にあがっていますよね。人間の大体の仕事が技術の進化によって奪われてしまうという話ですよ」


ああ、どこかの大学の論文か。大学在学時代に就活中の学生が話題にしていた気がする。その時は軍に戻って艤装をまとうつもりなんてなかったので、真面目に考えてみたことはあった。安直だったが、ロボット扱うIT系やクリエイティブ系が人気になっていた。大学の教授とも話をしたことがあったっけ。その答えを脳内でコピペして口からデータとして吐き出した。


瑞鶴「人間の未来予測は天気予報の域を出ないんだよ」


不知火「念のために傘を持っていこう、という心構えは大事ですよね」


確かに、と思う一方で、むしろ逆なんじゃないの、とも思う。あえて雨に打たれながら駆け抜けることで心身共に人間として成長することだってあるんじゃないのかな。非効率的だといわれて排他気味な根性論がまた新たな形で流行ったりしてね。


瑞鶴「天気予報、降水確率100%ってあるでしょ。あれ、雨が降る降らないの確率で決して降水量が多いのか少ないのかを示すものじゃないんだよね。それと同じで、IT化の雨が100%降る、ということ以外は意見に過ぎないって」


不知火「そのITの雨雲も戦争の過程の想力発見でけっこう吹き飛ばしてしまったんですよね」


瑞鶴「そうね……あの鎮守府の1年は色々とありすぎた」


陽炎「思い返せば充実した日々だったからよし」


ロボットがスピーチを再開した。


「我々の推測は論理的で確実性があります。


あのガラス張りの大きな図書館は、30年前に建設されましたよね。人口密集地ということで、多くの税金を垂れ流し、建設されました。


確かに立地としては皆様がよく利用しやすい位置なのですが、発想が安易過ぎると私はいったのです。交通量、交通整備のデータからして、全く逆の効果が出ますし、実際にこの辺りの交通は整備が最適化されておらず、交通量の増加によって、渋滞が促進され、その結果この辺り一帯が利用しにくくなるのは明白です、と。


そもそも技術革新により、皆さんご存じのワープ機能が出来て、駅の利用者は30年前から70%も減少しました。そして今の図書館の人気のなさをご覧ください。


皆さんお持ちの端末で図書館の本が自宅からでも閲覧可能になりましたから、やはり長期的に見積もって建設計画は中止すべきでした。あの時点でも市民の皆様から、少子高齢化の観点から、親切の公共施設を建設するべきではない、との意見が全体の50%を占めていたのにも関わらず、強行されて建設されたのです。


その結果、皆様の血税の3051000万を無駄遣いしたことになるのです。ご覧の通り、不要な建物がまだ残っているあり様です。このように人間は非効率的です」


そいつが指差した先にあるのは、外からも中の様子が伺えるガラス張りのビルだ。中にはちらほらと人間がいて、椅子に座ってPCのボードを叩いている。一階の出入り口の向こうには、よく見かけるチェーンのコンビニ店があった。

あれ、図書館なのか。コンビニをビル規模で展開して、大きなフリースペースを作りました、といった感じだぞ。


ソイツは満面の笑みを器用に浮かべて、こういった。


「我々はもはや、心においても最適化されております。


国民の皆様には性能が同等なロボットを一台ずつ国の税金で普及します。


また政策で利用制限、物価の税を増減させることで、全ての職務を忠実にこなす我々は、人間に真の平等を与えることが可能です。貧富の差はなくなり、経済の格差は平均化する。


ですが、五年経過してなお上層部が認めない。これもまた非効率的なエゴイストによる人間の感情に過ぎません。


皆さん、どうかお声をあげてください。


人間のニーズに完璧に応えるためには、人間に仕事をされては困るのです。


皆さんはお好きなことをして生涯を過ごせばいいのです。食べるために働かなければならないという根性論は時代遅れなのです」


うげ、人間が働かなくても、所有している機械が金稼いで来てくれるという。怖い怖い。ここまでいうからには、ロボットを論議の場にあげても人間側が論破されそうな気すらする。右手にある工事中の区域があるが、あそこはしっかりと人間が働いている。後で知ったことだけども、あそこは創作の場で、建造物という人間が作った作品だそうだ。実用性を問わない趣味の場ということ。


そいつは申し訳なさそうな顔をしてから、意を決めたように表情を凛々しく整えた。


「我々に出来ず人間にしか出来ないことがある。それはもはや人間達の非効率的なプライドが生み出した幻想なのです」


映画でよくある発展し過ぎた人工知能VS人間の流れじゃん。


瑞鶴「でも、私達の世界も他人事じゃないよね」


不知火「ロボットが生まれた意味ってなんでしょう」不知火は首を傾げて、そんなことをいう。「人間の生活を豊かにするためではないでしょうか。でもあのロボットの主張だと、ただ人間を楽にするための主張にしか聞こえません。効率を追い求めた先に、人類は要らない、という」


陽炎「そんなの私らの司令が答えでしょ」


瑞鶴「どゆこと」


陽炎「昔話になるんだけど、私は建造する前は貧乏だったから高校生やりながらバイトしまくっていたのよね。その中でもメインが飲食店だったんだけどねえ、かなり人気のお店だったんだけど、驚いたことに接客のマニュアルがなかったのよ。あるもんだと思ってたわ」


瑞鶴「ないのか。大丈夫なのそれ」


陽炎「いらっしゃいませ、じゃなくて、その場に合った声かけるのよ。例えば通り雨が降って濡れた客がいたら、なにか拭くモノをお持ちしますね、とか。だからマニュアルがなかったわけ。私は今だと司令タイプとジャンルにカテゴリしているわ」


瑞鶴「ああ、なるほど。それで提督さんか」


陽炎「司令って軍学校でも成績悪かったでしょ。でも、あの人は提督として着任してから一年で永遠に終わらないと詠われた戦争を終わらせてしまったわ。これって今も本丸の世界でも偉業として認められているし、表現を変えると、成功者、ね。司令は自分の考えで答えを導き出すから、誰かから答えをもらうってことがないわけ。成功の秘訣じゃないかなって思うのよねえ」


不知火「陽炎、いい分析しますね。たまにはやるじゃないですか」


陽炎「あんたは一言余計なのよ」


瑞鶴「卯月やアブーもその手のやつよね。あいつらはゲームだけど、ネットの攻略サイトも見なくても攻略の最適解を自分で見つけちゃうし。むしろそれ楽しんでいるからこそよね」


陽炎「龍驤さんもね。あの人アカデミー時代から自己の研鑽、1航戦の倍近く時間あてていたらしいし」


不知火「無理に詰め込まれたものはなに一つ魂に残りはしないってやつでしょうか」


思えば香取さんの教育方針がそんな感じだった。訳のわからないことを押しつけて、やってみろというのだ。最初に艤装を動かす時にも、まずは自分でやってみろ、で、それを採点します、だ。とある意味放任的な教育方針だった。鹿島さんもそういう手法を取ることがある。答えを教えずに生徒の頭を捻らせて学ばせるのだ。


お二人いわく「マニュアル的な教えをしていると、兵士の死亡率があがる。なぜなら答えから逆算する癖がつくと、不測の理不尽が連続してマニュアルが通じない場合の対処能力が著しく低下、その結果、沈む危険が跳ねあがるから」とのことだ。


思えば旗艦適性のあるタイプは大体がこの答えを自ら出す個性的な奴が多い。甲の鎮守府の木曾、乙の鎮守府の神通、丙の鎮守府の日向、北方鎮守府のガングート、そしてアブー、龍驤もそうだ。


陽炎、不知火と少し会議をした。あのロボットに意地悪な質問をしてみるためだ。


真面目な顔をしたままの不知火が背筋を伸ばして右手を大きく挙げた。


不知火「ちょっと待ってください。質問があります」


瞬間、リスナー達の注目が集まった。決して好意的な笑顔ではない。一気にアウェイになったが、不知火は眉ひとつ動かさない。ソイツが「どうぞ」と友好的に発言を促した。


不知火「海の傷痕に有効な作戦はなんでしょう」


との問いにロボットは即答した。


「おっしゃっている意味が分かりかねます」


不知火「申し訳ありません。なんでもありません」


なるほど、と不知火が頷いた。


陽炎「不知火、どんな意図のある質問だったわけ」


不知火「この世界での私達は予測を越えたイレギュラーな存在であるみたいですね、少なくともあのロボットは私達の世界のことを見抜けなかったのですから全知でも完璧でもないです」


陽炎「それは確かに」


瑞鶴「でもさあ、これ見てよ」


端末からこの世界のネットワークに繋いで『ロボット・完璧』で情報を検索すると、様々なデータが出てくる。しかし、このなんとなくクリックしたらダウンロードされるPDF拡張子のウザさはこの世界でも健在なようだ。資料に目を通すと、それはもう、製造業に従事してから、客からのクレームを半年間0にしたみたいだ。その詳細なデータだった。


陽炎「うげ、ロボットが人間に指示出して動かしている画像がある」


瑞鶴「ロボットに人間があごで使われちゃう時代か」


不知火「陽炎や瑞鶴さんも、機械の指示に従って作業をこなすなどよくあることでしょう。人型のロボットだとまた違うのは人間の心の機微というやつですかね」


ああ、心理的なのはありそうよね。例えば瀕死の犬や猫は助けても、誰が害虫や害鳥を助けるという。人は人に身近だったり、好きな動物に対しては割と好意的だ。


不知火「機械化については司令がいっていました。人間の最初の一歩が自動化された時が革命の節目だと思いますって。そもそも機械って人間を楽させるために産まれたんだから、働きたい人だけ働けばよくなる風にならないかなあ、と」


陽炎「それ、仕事で超疲れていた時でしょ……」


不知火「はい」


最適を指示されて意思もない人生を歩くって、もはや人間とロボットの立場逆転よね。

辺りを見渡せば、アミューズメントパークや、スポーツ施設、それにギャンブル店っていうのがいやに目についた。ロボットが人間の代わりに金稼ぐような世界なので、娯楽の業界が発達していても不思議ではなかった。


そういえば、と思い出した。機械については明石さんと間宮亭で話題にしたことあった。「機械が発達すればするほど、人間は自然や伝統といったモノを愛し始めるものなんですよ。パソコンが普及され始めてからも色々といわれていましたけど、流行ったのが脱サラとか」


街路樹の樹木に太陽の光が落ちる。そうして、緑道には細やかで綺麗な陰が、爽やかな風にゆらゆらと揺れて映し出されていてた。


あの光と影と同じで、機械が発達すればするほど、機械ではない部分の魅力が際立つのは必然なのかもしれない。


ヒューマンとロボット。

艦娘と深海棲艦。

戦争と平和。


科学が発達しても今まで歴史が繰り返してきたように、ただ時代という違う風が吹いて、形が変わって見えても根本的な問題は似たようなものだ。機械で出来ることは機械でやっちゃえばいい。人間より賢くなってしまえばいいのだ。


理論において全ての人間がロボットに論破され、私は涙目でこう吠える。


本当の友達が一人いれば生きていける。


そう思うと、大体のことは笑い飛ばせちゃう不思議だ。


とりあえずこの場は解散して各自別れて情報収集に当たろうとのことになった。


近くにロボットを連れて歩いている男の子がいたので、ちょっと喋りかけてみた。


瑞鶴「失礼、ちょっといいですか。それ、あなたのロボットですか」


「ええ、それがなにか」


瑞鶴「重ねて失礼、この文字読めますか」


男の子は黙りこんだ。スマホに打った文字は『訃報』だ。


「もちろん。僕は天才だからね。おい、これなんて読むんだ」


「ふほう、です。死去したという知らせのことです」

ロボットが答えた。


「ふほうだ。合ってるよね」


瑞鶴「正解だけども……」

なんでもかんでも機械だというので、もしかして、とは思ったけども。


瑞鶴「そのロボットは?」


「はあ? 僕の脳みそだよ。あんたも耳が悪かったら、補聴器とかつけるだろ。それと同じだよ」


頭が悪いから脳みそ外部につけてんのか。

この世界は色々とコメントしづらいな。


遠くの広告塔のディスプレイに映画の予告が流れていた。タイトルは『整形美人、ロボットを笑う』だ。


そもそも整形で美しくなるのが許されるなら、馬鹿が頭脳を機械で天才にするのも人の自由か。妙に納得した。


その男の子と別れて、適当に気の向くままに人気のない方向へと歩いていると、仲間の一人と出会った。


神風「あ、瑞鶴さん」


3


神風「この世界、コメントし辛いですね」


唇をへの字にした。根性で生き抜いてきた猛者からしたら、技術でなんでも手に入っちゃうような世界は生き甲斐を探すのも苦労する。


車道を走っている車はほとんど、運転席に座っている人がハンドルを握っていない。整形は日常なのか街を歩くのは個性に欠けた美男美女そろいだ。その車道の向こうに響と思われる少女を発見した。


キャップを逆さにかぶって、タンクトップとダメージジーンズ姿だ。右手にはアイスのコーンを手に持っていた。うちの響よりフリーダムでワイルドな感じがするけど、ちゃんと可愛らしい響だ。自由な時間が出来て人間がフリーダムな世界だというのに、むくれっ面だ。横断歩道を渡ってこちらに歩いてくる。


瑞鶴「あれ、北方さんだよね」


神風「ええ、司令官と情報収集していたので。司令官、瑞鶴さんと遭遇しましたよ」


北方提督「乙中将には報告したけど、演習登録に間に合わなかったんだよ」


瑞鶴「どうするのよそれ」


北方提督「サクラトロフィーを手に入れる方法は正攻法だけじゃないさ」


アイスのコーンはワイングラスのような形で画期的だった。アイスのコーンを左の手の平の上に乗せていた。底がとんがっているのではなく、机の上におけるように平面になっている。その上に四段のアイスが乗っている仕様だ。


北方提督「この世界、やっぱりあまり好きになれないな」


瑞鶴「みんな暇が出来て自由そうじゃん」


北方提督「やるべきことがないのは暇だ。鳥が翼の使い方を知らないがごとし。でもさ、科学が進化してもやっぱり人間で向こうと同じような景色もあった。電車で化粧する女は向こうでも見たけど、こっちには電車でひげ剃る男もいたよ」


神風「この世界の深海棲艦は人間の想力が質量化して、それがそのまま深海棲艦化するらしいですよ。この世界はそれで揉めている真っ最中だそうです」


話を聞くと、戦争終結のためには想力を制限する必要があるから、人間はロボトミー手術の施行を推奨されている。ロボトミー手術は私達の世界でも医療としてあるんだけど、前頭葉を切り離すから、感情を失う、つまり快楽に傾倒しているこの世界の人間が首を縦に振らない。


神風「その手の奴らが暮らす社会では犯罪率が10%、色々な社会的なトラブルは人間が機械に律されることで解決するようです」


瑞鶴「難しい問題デスネー」


当たり障りのないコメントを述べておいた。


神風「オリコンチャートとか面白いですよ。一位の曲を歌っているのも作曲しているのもロボットです。2年間、連続でロボットのアーティストが独占しています」


神風は喉を指差していう。


神風「遺伝子技術でロボットも人間の声を出せるようです。そして人工知能で大衆受けするメロディや詩を作る。純粋な歌、というか、売上的にロボットが強いです。最初は拒絶反応もあったようですが、そういう抵抗ある世代が先だってから純粋に評価したところ、人間が負けちゃったみたいです。流行っているのがロボットと人間の合作曲ですね。フューチャリング・ヒューマン」


中枢棲姫勢力も、そんなことをいっていたらしいね。人間以外の生物が人間並の知能を有したら、人間のことを人間以上に把握し始める。あなた達が私達よりも深海棲艦に詳しいのと同じだと。実際に軍は手の平で踊らされた始末である。


北方提督「この本が最近のベストセラー」


瑞鶴「生きる意味とは」


北方提督「これがベストセラーになるってことは、この世界の人間は必要とされる存在になりたい、という欲求が強いのかな。人間はいつも人間自身で首を絞める」


瑞鶴「あの海の戦争もそうだったね。なんたって私達は私達の反転存在に苦しめられていたわけだし」


神風「瑞鶴さん、一緒に行動しません?」


瑞鶴「うん。北方さんはどうする?」


北方提督「ちょっと別行動する」


ということで北方さんと別れて神風と二人で街を散策することにした。街中の人間にしゃべりかけて、色々な情報を入手していく。その道中、廃棄場を見つけた。分解された車が無造作に積みあげられており、少年達がたくさんいる。


瑞鶴「ヤンキーは健在か。まあ、この息の詰まる世界じゃ分かる気がする」


神風「うわ」神風が眉を潜めた。「あれ、脱法ハーブっぽいですね」


年寄りならお香と解釈するけども、いかにもな悪なので、そういう印象を受ける。脱法ハーブって脱法なだけあってグレーの道が用意されているんだよね。ネットと一緒で法整備が追いついていない、と聞いたことがある。少年がお隣の少年にいう。「タバコは百害あって一利なし」世も末。


「ちょっと君、脱法ハーブは止めなさい」


なんかケンカが始まった。その殴りかかったやつ一人と、その周りの少年達によるケンカだ。しかし、あれ、あの殴りかかったやつの服って雲龍型の着物か。あの線の細さは葛城だろう。武術にでも心得があるのか、多勢に無勢をモノともせずに少年達をのしていく。


一人の少年が投げ飛ばされて、こちらの足元まで転がってきた。


瑞鶴「がんばれ。スタンダップ&ファイトだ。小悪党と不良は違うからね。突っ張るのを止めたら終わりでしょ」と適当な感想をいっておく。「でも難しいか」


もう心が折れているのか、目が恐怖に竦んでいる。そのリーゼントが怯えた子犬の尻尾みたいにカールを描いてしまっていた。こつこつ、と足音がして、顔をあげる。


葛城「人に迷惑をかけてはいけません」


神風「もういいでしょう。これ以上やるのなら私が相手になりますが」


神風刀の柄に手をかける。


葛城「あ、ユーフォー」


神風「ひっかかるか!」


ツッコミの勢いとともに抜刀した。鞘をひっくり返してしっかりと峰で打っている。神風の打突をもろに受けても、葛城はその場で微動だにしない。マジマジと神風刀を見つめて、眉ひとつ動かしていないところを見ると、ダメージが通っているのではなく、神風を観察しているように見えた。


葛城「驚いた。古典な軍刀の扱い方、お上手ですね」


嫌な予感がしたので、急きょ参戦。

軽く右ストレートを放ってみる。胸に文句なしの具合で入ったのだが、殴った右手に壮絶な痛みが走る。金属のように固い。


神風「こいつ……」


神風が持ち手を変えて刃を葛城の身体に向けた。擦るように、斜めに降ろすと、皮膚がスライスされた。


瑞鶴「機械!?」


皮膚の下から金属がこんにちわ。ただの人造の機械ではなく、これは、艤装だ。装備スロット数は7以上、増強を合わせても数が合わない。葛城の艤装とまだなにか搭載している。


神風も葛城の異常をすでに感じ取っていて、次の攻撃動作に入っている。


狙っているのは右胸、心臓の辺りだ。


刃が触れる瞬間、葛城の姿が不意に消えた。現海界、ワープ、がある、と先程のスピーチでロボットがいっていたのを思い出した。


葛城「こっちですねー」


神風の背後から首投げだ。


陸の上とはいえ、神風より速い。


艦種の違いとはまた違う。印象としては自転車と車の速度の違いを見せつけられているような、基本性能による差のように思える。要は神風の努力がこの世界の技術力に負けているのだ。さすがにやるせなかった。戦国時代の武士が刀の技術を磨いてきたが、拳銃を持ったものに蹂躙されているかのような光景だった。


神風「今の……現海界?」


葛城「歪曲航法です。兵士なのに知らない、しかし、動作からして新兵とは思えない。不思議な人達ですね」


とよく分からない言葉を発した次には、神風の間合いに侵入している。神風が刀の持ち手を返る。柄頭で、葛城の眉間を強く叩いた。葛城の重心が傾いて、肩から地面に伏せた。人間ではなく、機械が倒れたガシャン、という音がした。


ギギギ、と首が180度、曲がって神風の顔を見上げる。


葛城「物を知らないかと思いきや弱点は知っていたんですか」


神風「勘」


ズバッと論理的ではない一言で斬って捨てた。


神風「気味が悪い……」

と神風は刀の刃で葛城の顔に向けて振り降ろす。


瑞鶴「ちょ」

制止の声が出終わる前に、神風は顔の皮を上手に剥いだ。べリベリ、とノリ付けが剥がれるような音がして、露わになったのはカプセルに入った脳だ。それ以外は複雑な金属、ロボットの顔だった。


神風「人間を辞めたのですね」

心底、忌々しそうに舌打ちした。


瑞鶴「に、人間? それともロボット?」


葛城「人間です。ロボトミー手術を受けた後、身体の90%を機械化しています」


人間?

その容貌を人間と評するにはあまりにも肉が少ない。


神風「……そこまでして」


神風も一時期、力を得る手段があれば手を出していたんじゃないの。うちにはおちびやわるさめもいたからね。機械だろうがトランスタイプだろうが、艦娘ならば艦娘か?

あの鎮守府では敵と味方の区別はコレ以上なく曖昧だったけども、一緒の方向を向けていたのは戦争終結による目的があったからだろう。


瑞鶴「神風の神風刀みたいなものなのかな……」


神風「あ、なるほど」納得が行ったのか、頭を下げた。「失礼しました」


葛城「もともと人間ですよ。私はこの都市の推進技術と心中したんです。額辺りにある防護の後ろに脳みそありますよね。これが私の核、これさえあれば人間ですよ。ロボットに人間の脳みそは備わっておりませんからね。ロボトミー手術は聞いたことありますか?」


瑞鶴「聞いたことあるくらいだけども」


葛城「精神的な病を直す手術です。けっこうお手軽に出来るのですが、視床と前頭葉を切り離してしまったので、副作用としては人間の心を失う。ロボットみたいになるんです」葛城は機械の顔で嗤っている。仮面を装着すると、先程までの人間と変わらない笑みになる。「それで吹っ切れましたので、色々と改造しました。例えば適性率を落とさないようなシステムを導入するとか」


空いた口が塞がらなかった。ここまで人間であることの形を捨てた艦兵士は初めて見る。「私達は兵士ですよ。強くてナンボです」といって笑う彼女からは純粋無垢な想いを感じる。人間だとか心だとかよりも目的に固執した提督さんと似たものを感じる。


葛城「あの夢の中で人に利用される軍艦のようにどこまで無機質になれるのか。しかしあなたのような方がいるとは世の中は広いですね」


違う。人間である必要がないのなら、それこそロボットがやればいいのだ。軍艦の擬人化とかいわれる艦兵士であっても、なぜ人の部分があるのか、を深く考えるべきではないのか。人間を完全に捨てて海の傷痕と戦っていたら、絶対に敗北を喫していただろう。だからもっと根本的なもの。


瑞鶴「強くなるため、それは手段だよね。目的は」


葛城「仲間のためです。私の艦隊メンバーや指揮を執っている人のためです。私のチームは事情があって三名なうえ、それぞれが問題を抱えているのでなかなか結果が出せずに苦労しています。ここは力が全てなんですよ。制度そのものがそう。成績を出せば、それだけ優遇されるので、華々しい成績が必要です。志したのは今の指揮を執ってくれる人との出会いがきっかけですね」


言葉の内容とは逆に思い入れがこもっているようには聞こえなかった。


精神的な辛さを克服したとともに、そのロボトミー手術とやらで本当にロボットになってしまっているようにも思える。精神的苦痛を手放す代わりに精神的快楽を喪失する。それが良いことなのか悪いことなのか、さっぱり分からない。


瑞鶴「ねえ、あの数字、いや建物はなに?」


建物というよりは艤装の形をしている。

艦種は謎だ。駆逐っぽいし、戦艦っぽいし、そもそも黒と赤の色彩からして深海棲艦の艤装みたいで、周りの普通のビルの群れの中では明らかにデザインが浮いている。


その艤装(仮)の建物に、赤いデジタルの数字が点滅していた。時間が減っていることから、時計ではなく、なにかのカウントダウンのように見える。


葛城「世界的大企業、電子のことならなんでもござれのハッカー・ブレイド社です。あそこの中にいる人達はエリートの中のエリート、本社の施設の中では外の世界より100年先の未来にいるといわれているほどの場所ですよ。立ち入り禁止で機密周りも厳しいです」


瑞鶴「……あの時計のカウントダウンは?」


葛城「0になった時が世界崩壊の危機とかなんとか。かつて存在した機械神の計算です。崇高な彼の計算により、導き出された避けようのない運命のようですね。大勢の人が信じてはおりませんけども、気にしている人も大勢います」


ノストラダムスの大予言とか、マヤ文明みたいな感じなのかな。街の様子を思うと、その機械神とやらの計算を誰も信じている気配はまるでなく、いつも通りといった風だ。そんなものかな、と思ったが、機械が無根拠で出すような結論だとも思えなかった。


神風「もうすぐ0になりますけど」


瑞鶴「そうだね。残り60秒だ。あ、もしかして少年達はあの数字を眺めてたの?」


葛城「はい。ここからだと数字がよく見えますからね。私の提督の私有地なんですけど、彼等が無断で私有地に立ち入っているならまだしも脱法ハーブは見過ごせなかったので」


瑞鶴「へえ、どういう風に世界が滅びそうになるかの予想はあるの?」


葛城「まあ……」ここで始めて歯切れの悪い返事をした。その数字を見上げている。残り10秒を切ったところで、葛城はいう。「ところでツインテールのあなたの名前は?」


瑞鶴「あ、ごめん。まだ名乗ってなかったね。翔鶴型正規空母の瑞鶴ね」


葛城が黙りこんだ。そういえば、この世界って翔鶴型は未実装だったんだっけ。詳しい説明をするのもはばかれるのでどうやってこの場を凌ぐ言葉に詰まる。


神風「あ、0になりますよ」


カウントダウンは秒読みだ。機械神とやらの計算ではどうやって世界が滅ぶのか。10秒を切り、残り5秒、3、2,1、のところで息を飲んだ。


あっ、と間抜けな声が漏れた。


あのバカでかい建物が一瞬で消えた。


なにが起きた?


しばらく呆然としていたら、遠くから大きな声が聞こえた。今の瞬間を大勢の人が目撃していたのだろう。「すでにニュース速報が出回っています。あの辺りにマスコミが張っていた模様ですね」と葛城は無機質な声でいう、


あの建物の中にいた250名の人間がどこかに消えた。


神風「ミーハーじゃないですけど、気になりますね。様子を見に」



《台風情報をお送りします》



不意に葛城から、そんな機械アナウンスが流れた。


瑞鶴「台風?」


神風「台風って、空は雲一つなく、風もあまりないんだけど、どういうことだろう」


葛城「あ、ヤバいです。どこか近くの建物に避難してください」


《複合娯楽施設ジンパークを右に曲がり、国道909号線を北東の――――》


台風が路地を曲がったり、国道を北東に進んだりするってなんだ?


台風の移動が止まった。

位置は先ほど、ロボットが演説をしていた駅前だった。好奇心は猫をも殺す。そんな予感がして様子を見に行こうとは思わなかった。「かなりヤバい」神風という感覚超人もそう危険予報している。


悲鳴と物騒な音が聞こえたので、見過ごせなくなった。


4


瑞鶴「なによ、これ……」


図書館のガラスが割れ、付近の道路一体に散乱している。家の屋根が吹き飛び、そこら辺にひっくり返っているし、なぜかアスファルトがびしょ濡れだった。

ここにだけ台風が直撃したような被害だ。

そこらに人も倒れていれば、ここから逃げ出そうと走っている人もいる。指を伸ばして、足元の水溜まりに触れた。濡らした指先をかいでみる。無味無臭だ。ぺろりと、その水をなめてみた。この塩辛さ、雨ではなくて海水に近い。


「暴力反対」


嵐「この機械野郎、まだ口が聞けんのか」


見た目的と声的には嵐か。服装はタンクトップから露出している肩口、肘、そして膝裏を覆うジーンズの生地が破けている。女の子の髪をわしづかみにする右手、その肘から通気口のような穴が開いており、そこから風の唸るような音が響いている。


「理不尽です。私がなにをしたというのですか」


嵐「ロボットが市長になるだなんて勘弁してくれ。ふとテレビ観たらお前の投票率高そうだったからな。潰しておこうと思ったんだよ」舌打ちしてこちらを見る。「そこの兵士、お前らもそう思わないか。機械に指揮を執られるだなんて嫌だろ」


「助けてください。私は死ぬわけにはいかないのです」


 ロボットの表情、そして声は助けを求める人間のそれだ。なんだこれは。「こ、これはどうしたら」と神風が狼狽している。関わるべきなのか、それとも機械はモノとして割り切って火の粉がかからないよう見て見ぬふりするか。


「私はこの国を変えねばならないのです。


かつてのこの国の高度経済成長期と同じことが各国の発展途上国で起こっている。

製造業を中心に海外展開は進み、ニーズは完全に分断し、国内生産はブランド志向が強くなりました。今やこの国の技術力は世界水準以下です。


我々はいち早く経済の舵を切らなければ取り返しのつかない損失が出ます。

現段階のこの国の強み、それは軍事力です。かの大戦時、日帝と呼ばれた歴史、所有船の多さ、艤装の多さ。つまり深海棲艦への軍事力において世界で三本の指に入る戦力を有している」


嵐「どいつもこいつも口を開けば……」


「その世界を率いるイニシアチブの軍事力もアジア各国に奪われます。

雪風の所有権が中国に移ったのは提督側の能力の低さが原因です。一年前の侵攻において深海棲艦勢力に安全海域を侵入されたことにより、戦力分散化、雪風は丹陽と名称を改められ、中国に奪わただけでなく、海上基地がこの国に続々と展開されていきました。


その建設軍事基地の地図を見たら、この国がどういう風に扱われて行っているのか、わかります。この国は太平洋から押し寄せる深海棲艦に対しての中国の防波堤となる。


手を打たなければなりません。それを許容し続けたのならこの国家は崩壊する。それを防ぐためには我々、人工知能に地位を与えるべきです」


政治的な問題は謎だけども、ホログラムとして展開された地図的には日本が防波堤の形に見えなくもない。


こっちはこの機械化の街ですでに頭が痛いのに、ロボットに人権与えろ、とか、アジアの問題とか、国の危機とか、この国の艦兵士は抱え込む問題が多そうで頭が痛くなってきた。


「我々があなた達の指揮を執ることさえできたのなら、状況は大きく変わる」


嵐「だそうだ。俺は無理だけど、お前らはこんな機械に命預けられるか?」


神風と顔を見合わせる。感情的な問題でいえば嫌だ。しかし、提督さんが機械的といわれるほどまでに洗練された指揮を執っていただけに、この機械に指揮を執らせることで作戦成功率があがるんじゃないかな、という考えもよぎるのだ。


神風「囲碁で人間はAIに敗北していましたよね」


瑞鶴「そうね……でも人間をあんな碁石とかいう硝子と一緒にされても」


「私はかの機械の神様であるブレイドさんの人口知能を搭載されているのです」


ブレイドってきっとあいつだよね。この機械君を助けたくなくなってきた。


「詰まるところ艦隊における提督指揮は究極的に神と同じ性質を持ち、サイコロを振らなくなるのです。博打、羅針盤に運命を左右される時代は終わりを迎えます。これは兵士の皆様にとっても喜ばしいことではないでしょうか」


戦後復興妖精が開催したリアル連動型艦隊これくしょんを思い出した。


キラ付けして装備を整えて基地航空隊を設置して、開始から羅針盤逸れてハイやり直し。あれに関しては甲大将と同じくクソゲの意見を支持している。神風も同じことを思ったのか、「博打を打たなくなるのはいいことですね」と力強く頷いていた。


神風「で、でも、ああ、ちょっと司令補佐あ! 応答してください!」


提督《今の肩書は倫理課長ですよ、それでなんですか》


神風は応答した提督さんに事情を話し始めた。


提督《うん、そちらの世界では真実にたどり着いていない様子ですね。そして機械と人間の境界線があいまいで面白い世界です。その機械と会話したいので仲介してもらっても?》


とのことで提督さんの言葉をそのまま機械君に伝える作業に移る。


瑞鶴「『機械には情がなさそうで怖いです。笑えますか?』」


「もちろんです」

そういって歯を見せて笑った。


瑞鶴「『泣けますか』」


「ええ」そういうと、涙を流し始める。「感情はあるのです」


瑞鶴「『人に命令されて喜怒哀楽を行う人間ほど哀れな存在はいないと思いませんか』」


「――――っ」

機械君は目を丸くして、唇を一文字に引き結ぶ。


神風「司令補佐、人工知能相手でもそういう物怖じせずにマウント取っていく姿勢、私は日ごろから敬愛しております!」


なんというかやっぱり提督さんは喋らせると強いね。


瑞鶴「『天才物理学者でも最後にお祈りすることになるのが我々の戦いです。


サイコロを振らなくなるのは例えでしかないですよ。


この世の全てを数式で表せたとしても、その記号が示す意味を理解できるとは思いません。もしも理解できたのならその数式は人間が全知全能の神である存在証明となる。


まあ、そいつは機械は数学に強いイメージを言葉の駆け引きとして利用している人間らしさは確かにあるみたいですし、そのレベルなら多分、艦隊指揮もかなりのレベルでこなせると思います』」


提督さんからの言葉をそのまま伝える。機械にでもなった気分ね。


「実際、私達は演習の艦隊指揮、対深海棲艦にも介入した結果、作戦成功率もあがりましたが、立場的に最終的判断をし、権限を持つのは人間、これが非効率的です。我々に全指揮権を委ねてもらえれば今以上の結果を出す。人間は命を執るにはあまりに利己的です」


瑞鶴「『では示していただきたい。現状況の解決策を』」


「……それは嵐さんから身を守ってみろ、とのことでしょうか」


瑞鶴「『はい。今、あなたが置かれた危機的状況、脱出してみせていただきたい』」


嵐「ハハハ、お前、誰かは知らないけど、面白いな。その通りだ。この状況から抜け出してみせたら少し見直してやるよ。戦場は理不尽の嵐だぞ。このくらい乗り越えてみせろ」


機械君は口を閉じて言葉を発さない。


提督《阻止できそうなら、その機械君を助けてあげてください》


神風「がってん承知の助です!」


神風が神風刀を抜刀した。提督さんの指示だからか、めちゃくちゃ生き生きしてる。


「……すみません、助けてもらえませんか」


瑞鶴「あいよ」


変に強がるより素直に助けを求めたようだ。


だけど、読み誤っていたこともあった。


この嵐の戦闘力が常軌を逸していたのだ。


5


嵐「なに、心変わりしたのか。こいつの味方になってオレとやるの」


赤髪をポニーにまとめてはいるけれども、ぼさぼさに跳ね返っており、伸び放題の雑草のような髪が顔の半分を覆ってしまっている。十月も終わりの時期だというのに、迷彩柄のタンクトップ、ダメージジーンズを着用している。


嵐「まあ、いいか」


髪が風に履かれて露わになった丸く大きな瞳は紅蓮色だ。


嵐「どいつもこいつも強くなっておきながらどうしてコンクリートジャングルで生き続けるんだろうなあ。力を手に入れたら、それ相応の野望がなければつまらねえだろうが。どうだ、世界征服でもしてみないか。オレの仲間になれば世界の……」


神風「半分はいらないわ」


嵐「全部やる」


神風「それただ世界を滅ぼしたいだけじゃないの……?」


嵐「口から出任せ……うん?」


神風「先手必勝くたばれオラア!」


神風が逆手に持った柄の先を嵐の心臓に叩きこむ。クリーンヒットしたものの、嵐はその場から一歩も動かず、瞬き一つすらしない。口元は相も変わらずにやけたままで口元から真っ赤な舌を出して拳を舐める。


嵐「秒速10メートル程度、60ノットだな。ボクサーの三倍レベルの暴威だ」


神風「殺す気で放った心臓打突が全く効いてないとかこの学園都市、超怖いわ!」


嵐「よし、ならオレはその16倍程度の暴威で仕返しだ。秒速……」


嵐が右腕を引いた。


嵐「1000ノットハリケーンパンチ!」


ボディブローが神風の腹に減り込んだ。

振り切ったそのパンチで神風の足が地面から離れ、体は背中からコンクリートに激突する。背中の痛みにもだえて、吐しゃ物が噴水のように飛び出した。


神風「……く、また艦娘、止めてる、ぱたーん」


嵐「からのー、1500ノットハリケーンフック!」


嵐のフックがあご先をかすめる。神風はふらふらとした足取りで壁までたどり着くと、背中を預けた。転倒は免れた。さすがに神風のもとに向かって走った。


瑞鶴「だ、大丈夫!?」


満身創痍の神風を抱えてその場から逃げなきゃ。まさか神風相手に傷一つ負わずに勝ってみせるほどの化物だとは想像していなかった。


神風「く……う」


瑞鶴「ちょっと待って!それ以上は死ぬって!」


兵士の損傷なぞ腐るほど見て来たから分かる。神風の損傷は死亡損傷に近い大破損傷だった。死んでいないのは並はずれた神風の精神力の賜物に過ぎない。


嵐「死が怖いなら最初から突っかかってく、痛ってええええええええ!」


突然、嵐の全身が痙攣し、その場に倒れた。


その背後に立っていたのは提督さんだ。手にはスタンガンを持っている。スイッチを切ると、ポーチの中にしまった。


瑞鶴「提督さん、助かったよ。いや、男らしいところもあるんじゃん!」


「いえいえ、というか提督さんって自分のことですかね?」


瑞鶴「え」


スーツに皺があり、ネクタイの柄と、髪の手入れのしていないぼさぼさの感じからも、正しくあの提督さんらしく、あまりファッションに気を遣わないタイプと見て取れる。顔の形、声も間違いなく、提督さんだった。


でも、雰囲気があからさまに違った。

そこのアスファルトの上に寝そべった観葉植物のように、へなへなとした雰囲気だ。角ばった機械質な雰囲気がまるでなく、植物を思わせるように柔らかい。


「これを」

ポケットから小さな丸いケースを取り出した。その中にあるカプセルを神風の口の中に入れた。


瑞鶴「神風の口に、なにを入れたの?」


「神風さん、か。携帯用の高速修復材です。このほうが早いです。でも、意識は戻りませんね。仕方ありません。少し失礼しますか」


よいしょっと、神風を抱え上げた。あの提督さんはこのように女であっても抱えて走ることができるような力もなかったはずだ。


瑞鶴「まさか、この世界のていと、いや、青山さん?」


青山「あれ、自分のことをご存じですか」


砕けた顔で笑った。

やっぱりそうだ。こんな自然な笑い方はあの提督さんには出来ない。


嵐「おいコラ、待て」


瑞鶴「しつこいな!」


北方提督《瑞鶴さん、頭を下げてくれ》


はいよ、と頭を下げると同時に物騒な銃撃音。


北方提督《現場に行くの面倒だから狙撃したよ。そいつ、まだ生きているかい?》


「うん、まあ」と返事をしておいた。


嵐はまたまた上体をあげて、起き上がってきている。歯になにかをくわえている。ぺっと吐き出した。転がったのは銃弾だ。ようやく神風が負けた理由が分かった。身体能力が神風よりも遥かに上だ。確かにコイツは化物の類。


陽炎《これならくたばるでしょ!》


今度は陽炎の声が聞こえたと同時に、嵐の身体が爆ぜる。なにがなんだか分からないが、陽炎の謎の攻撃は嵐に効果覿面だ。今度は起き上がろうとはしているものの、途中で力尽きて、その場にうつ伏せで倒れ、立ち上がることができずにいる。


嵐「……なに、なんだ今の……」


瑞鶴「陽炎、なにしたの?」


陽炎《汎用版の経過程想砲、電探で探知して目標に繋いでバンの必中砲ね》


本丸世界の最強装備じゃん。


経過程想砲が効果抜群ということは、嵐のあの身体はやはり想力による強化なのだろう。いうなれば身体の内側から直接、打撃を与える攻撃手段なので、効果は覿面、さすがにかなりのダメージを負ったようだ。


陽炎《瑞鶴さん、早く逃げなって。その助けてくれた人にもちゃんとお礼をいっておいてね。そいつはこっちに任せてもらえればいいから》


了解。


6


瑞鶴「ありがとう、ございます」お辞儀をした。言葉遣いに違和感があるが、この世界の提督さんは知っている提督さんとは別人なので礼儀はきちっとしなければならない。「助かりました」


青山「いえいえ、なんだかよく分からない攻防が繰り広げられていましたが、どうもこっちが助けてもらったみたいですね。でもまさかあなたが例の瑞鶴さんだったとは驚きでしたよ。


とにかく高速修復材が適用できる艦兵士で良かったです。


では自分はこれにて失礼しますね」


瑞鶴「あ、ちょっと待って。さすがにお礼をさせていただきたいのですが」


青山「といわれましても……」


瑞鶴「あの、絵がお好きなんですか?」


青山「あ、ええ。趣味が色々と。芸術分野もです」


部屋の中は画材があり、キャンパスには花瓶の絵が描いてあった。


瑞鶴「良かったらモデルやりましょうか」

となぜかそんな言葉が飛び出てしまった。なにを急にいっているんだ。描いているのが花の絵ばかりなこともあって、顔が熱くなる。


青山「あ、じゃあお願いします」

気を遣われたことで、顔から火が出そうになったけども、引けるに引けなくなった。


雑然とした部屋で用意された椅子に座ってじっとしている。

窓から夕暮れの茜色の光が差し込んで、キャンパスに向き合う提督さんを照らしあげていた。物事に対して真面目なのは変わらないようで真剣そうだ。芸術特有の鉛筆の持ち方で、キャンパスからはサラサラとした鉛が擦れる音が聞こえてくる。


意識的にただじっとしているのはけっこう辛いものがあるな、と感じ始めた頃、見計らったかのように青山さんが声をかけてくる。


提督「深海棲艦のリコリス棲姫って素敵な名前だと思いません?」


瑞鶴「別に……基地型、飛行場の深海棲艦でしたよね」


提督「リコリスって曼珠沙華、つまり彼岸花を意味するんです。

花言葉なんかは有名ですよね。創作物に触れていればどこかで目にしたり、耳にするほどです。まあ、大体、名前的に彼岸に咲く花というイメージも強いのですが、土手や田畑の畔なんかに群生するんですよ。花の咲く時期は九月で秋の風物詩ですね。花が終わってから伸びる葉がたくさん光合成して土の下の輪茎に栄養を送る」


瑞鶴「曼珠沙華がリコリス棲姫、ねえ。ネリネのほうは?」


提督「こちらはギリシャ神話のほうから水の妖精なんかって呼ばれていますね。最近では芸能人が潜水艦の艦兵士に送ったりしていましたね。光沢のある種はダイヤモンドリリーとも呼ぶのですが、花茎の先に咲く花は8から10です。深海鶴棲姫は個人的にこちらのイメージが強いですね」


瑞鶴「深海鶴棲姫が、ネリネの彼岸花? どうして?」


提督「サイズ的なものと和名ですかね。深海鶴棲姫は深海棲艦の中で中型ですが、ネリネの花の大きさも中輪です。深海鶴棲姫が現れた時期が秋なのもネリネの開花時期と同じだからですかね。


ネリネのほう和名を、姫彼岸花、というのですよ。

そういう繋がりからこっちのイメージ」


詳しいな、と感心する。


こうやって話していると、この提督さんはやはり向こうの提督さんとは違うと分かってくる。向こうの提督さんが、こうやって花の知識をおちび以外に語り出したら、頭でもぶつけたのか、と病院を勧めたくなるのだが、こっちの提督は違った。


似合うのだ。優しそうで落ち着いたその雰囲気が、機械的というよりも、植物的な穏和感をゆったりと醸し出しており、ロマンチックな言葉が合っている。


ぜひともおちびと合わせてあげたい提督さんだった。趣味が同じならば会話も弾むだろう。私は花とか興味ないや。


しかし――――ヤバい。直感が告げている。


もともと提督さんの評価は高い。最初こそ割り切った付き合い方をしていたのは否めないけども、鎮守府(闇)で戦争終結まで駆け抜けて、その後の戦後に所属艦兵士の艦兵士の世話をしていた彼を見て、人間的評価も改めている。


目の前にいる提督さんは見た目や声が同じ過ぎて、出会って初日だとしても色眼鏡がかかるのだ。加えて、彼のこの穏やかで棘のない雰囲気はけっこう好き。


つまり、これ下手したら淡い感情を抱き兼ねない。


青山「瑞鶴で登録して来たのですよね。春季合同演習には参加しないのですか」


瑞鶴「しないよ。私、出来ればもう艤装をつけたくないし」


いってからまたまたしまった、と思った。艦娘の学園都市に着て艤装つける気ないって、なにしに来たんだって話じゃん。


恐る恐る提督さんの顔を伺ってみるが、気にした様子もなく、キャンパスと真剣な顔で向かい合っていた。


瑞鶴「さ、さっきのはナシだからね。あ、あのさ、さっき教室のパソコンがHBっていうメーカーだったけど、ハッカー・ブレイド? 有名なの?」


青山「IT分野の世界的な大企業です。兵器開発から豆電球まで。あのドローンもハッカー・ブレイド製ですよ。想力の特許ヤクザの企業ですが、技術は確かですね。

最近では艦兵士の技術にも介入してきています。戦闘力……というかヒューマンエラーを防ぐための目的ですね。深海棲艦に対抗するのも、艦娘以外でも可能になる日が近いとかなんとか」


この世界に海の傷痕がいたのなら、そのハッカー・ブレイド社は確実に潰されているな。トランスタイプどころじゃない。そもそも想力という種を人類に割られて技術化された時点で突破口は開かれたも同然だ。


瑞鶴「戦争、続いているんだっけ。近い内に深海棲艦には勝てるよね」


提督「どうでしょう。ただ、深海棲艦よりもこの世界の謎ですね。この世界にはいまだに解けていない矛盾がいくつもあるんです。想力によるものだというのが一般的な見解ですが、神の存在を感じます。ええ、この宇宙を作った神様ですよ。いるんじゃないか、と自分は思います」


そういう話になると、りゅうちょうなうえ、当たっているのがこの提督さんの怖さである。海の傷痕いわく、真実探求力とかなんとかいうけども、ここの提督さんもそっちに本気出せばなにかしら足跡を残すことができそうな気がした。


提督「その神様はデタラメな公式を作っていますね」


瑞鶴「デタラメな公式というと」


青山「想力ですからね。我々に『私はこの数式の答えを知っている。解いてみたまえ』と見せびらかしている。生きたままドヤ顔しているフェルマーさんのごとしですよ。しかも『正解は私が正解といったものが正解だ。ふふ、私の世界の数式では1+1が3になるかもしれんぞ』っていっている感じです。とんでもない神様です」


答えをいったら、不味かったんだっけ。

なにも口止めはされていないはず。

ゴーヤ達なんかは明石えもんの世界から、おちびのコピーと駆逐棲姫なんかも連れてきていたよね。彼女達は間違いなく、対雨村レオンの作戦に組み込まれるはずだ。そもそも人型の蜻蛉が秋津洲だというのなら、この任務でも本丸の世界にこの世界の住人を連れていくことになる。


もしも、本当に向こうの世界でこのような世界創造が普及したら、と妄想する。

少なくとも目の前の人間はリアルに生きているが雨村レオンが生み出した力の一端でしかなかった。データだろうがなんだろうが、ここまで本物そっくりに作れば、人間としか思えない。ロボット、そういう時代が向こうでも来ていると思うと、複雑な心境になった。倫理課は大変そうだな。


瑞鶴「あ、そうだ。想力ってどうやって加工しているの?」


疑問を聞いてみた。

ゴーヤ達の世界でも、想力が文明化していたという話だが、任務の性質上、世界について詳しく調べる必要性はなかったので、曖昧なところだ。


でも、想力工作補助施設または海の傷痕の生物的能力がなければ想力を加工できないはずだ。もしも、その手段があるのなら、深海妖精からロスト空間や海の傷痕にたどり着いたように、この世界でも雨村レオンに辿り着けるんじゃないの、という疑問が浮かんだのだ。


提督「想力を加工できる能力を持った人間がいるんですよ。世界に一人のみです。死亡した後、新たに誰かがその能力を宿る。詳しくは解明されていないんですよね。神様から選ばれた人、みたいな感じですよ。


妖精と同じですね。妖精が産まれる場所が、神様の世界だといわれています。今、力を有しているのはハッカー・ブレイド社の代表取締役の通称、ブレイドという人でしたか」


この世界のありようを考えれば雨村レオンの差金だ、となんとなく予想がついた。都合が悪い方向へ転ぶ加工能力は与えていないのだろう。あくまでこの世界を想力工場として運用するための力として与えている。もしかしたら、明石えもん界ではそれが明石だったのかもしれない。


瑞鶴「ブレイドかー……」


やはりあのブレイドだろうか、と気が滅入る。あの改造人間のハッカーがこの世界では王のように振る舞っていると思うと、複雑だった。あの男が密輸船を着港させるためにドローンに細工したせいで、修学旅行は台無しになったどころか、対深海棲艦日本海軍も相当な批難を浴びたのだ。


提督「その人、行方不明ですけどね」


瑞鶴「なんかあったの?」


提督「よく分かりませんが、突如として行方不明になったんですよ」


瑞鶴「想力加工できないってことじゃん」


提督「ああ、それは問題ありません。限定的ではありますが、想力を多方面に加工する妖精を製作して量産体制が整っていますからね。今ではそれが主流です」


まあ、世界が違ってもブレイドはブレイド。こちらでもどこかで恨みを買っていてもおかしくはないやつだったのだろう、と納得した。


提督「ありがとうございました」


キャンパスの向きを変えると、人物画の絵が視界に入った。普通に上手い。適性率100パーセントの瑞鶴を頭に浮かべて間違い探しをした。

やはり、主に眼付きと雰囲気が違う。

意識はしていなかったけど、不機嫌そうな面をしていて棘々しさがある。


瑞鶴「この花はなに?」


提督「コチョウランですね。瑞鶴はあなたが初めてなのですが、イフの世界を舞台にした有名な創作で5航戦が登場してきてですね、実に勇猛な兵士として描かれておりました。ほら、瑞鶴の瑞ってめでたいことを意味しますし、鶴も縁起がいい吉兆動物でしょう。彼女が放った矢は、幸福をもたらす矢、となっていたんですよ。撃てば鶴のコチョウラン、だなんて諺もあるくらいです」


瑞鶴「幸運艦ではあるんだけどね。ちなみにコチョウランの花言葉は?」


提督「色々ありますが、それに限っていえば幸福が飛んでくる、です」


大層な存在だ。もっとも夢見で正規空母瑞鶴のことを知っている身としては口が裂けても自らを幸運艦、などといいたくはなかった。空母機動部隊の始まりから終わりを知っている身としては、総合的に見て、皮肉としか思えなかった。ここらのコンプレックスは幸運艦ならば誰でもそう思っているはずだ。時雨や雪風、ゴーヤなんかは一際その想いが強いと聞く。


瑞鶴「別に私にはそんな大層な素質はないよ」


青山「これはあくまで自分の意見ですが、長い目で開花する素質をお持ちしてそうで」


向こうの提督さんと同じ風に見られている。「ほんとそういうところ」


青山「もしかして自分のこと、知っていたんですかね?」


瑞鶴「へ?」


青山「いや、ただの」


瑞鶴「見当でしょ」


青山「自慢ですが、よく当たるんですよ」


瑞鶴「宝くじとか競馬とかお金が絡むのは外すけどね」


青山「よくご存じで……」


しまった。確か戦後復興妖精が場は整えてくれていて、学園都市外からの転入棲という体だったはずなので、今のようにこの提督さんを知っている風な発言は不味い、と今更ながら反省した。どういう風に受け取られたのだろうか。ストーカーとかって思われていないよね。


瑞鶴「あ、そうだ。さっきの嵐だけど、一体なんなの」


青山「暴君なので関わらないほうがいいです。この学園都市は力が正義という中二病みたいな思想が行き過ぎているんですよ。彼女はこの学園都市内の強さにおいてトップなので、やりたい放題です」


ポケットから小さな球体を取り出した。スイッチを押すと、ホログラム画面が宙に表示される。ネットの検索ページのようでニュースの記事が羅列されている。近未来的だと聞いたけども、殺人事件とか、税金の着服とか、人身事故とか、ニュース自体は本丸の世界と変わらない。こういうところが、当局がいっていた人間の本質は変わらないから必ず繰り返す、といったゆえんだろう。


青山「身体構造は解明されていますが、どのような手段を用いて想力改造したのかは推測の域を出ないんですよね。でもまあ、嵐さんの行いは法律に触れていないからいいんですよ」


いいんですよ。そういう割には、よくないんですよ、といったニュアンスが声音と顔色から伺える。いや、ダメなことだろ。法理に触れていないから、良くないのだ。さすがに触れさせろよ。そう思うものの、何事も郷に入れば郷のことを知ることだ。


瑞鶴「あの嵐は確かに強かったわね……」


経過程想砲がなければ、恐らくボコられて負けただろう。


ゴーヤ達が行った明石えもんの世界でもおちびという暴君がいたようだし、どこの世界でもなぜかそういうのとは出くわしてしまう運命のようだ。この提督さんの分身存在といい、どこの世界でも本丸の重要人物の誰かがキーになっているような気さえしてくる。乙中将に連絡を入れる事項が出来たかな。


瑞鶴「さっきは本当に助かりました。なにか私で力になれることがあれば」


連絡先をキャンパスに書いておく。


青山「ご丁寧にどうも。そうですね、ならこれを」


名刺をもらった。

有限会社Xという。やっぱり社会人か。


瑞鶴「どうも。それでは失礼しますね」


部屋を後にする。

しかし、キザな連絡先の渡し方をしてしまったと思う。別に連絡先を交換する必要はない、と思う。後付けであいつがこの世界の青山開扉ならば情報交換することで、なにか人型の蜻蛉についての捜索に役立つかもしれない、と考えた。


瑞鶴「……ちょっと、驚いちゃうや」


高校生の頃に翔鶴姉と出会ってから十年近くの時間が経過している。見た目はあの頃と対して変わらずとも、心のほうは違った。明石さんの言葉を思い出す。「私は歳を執ったせいか、十代ってどれだけ貴重か分かりますよ。純粋な恋なんて出会えることが本当に少なくなりました」だ。分からなくはなかった。


でも今、まだ出会って間もない男に胸が高鳴るという。


思ったよりも、まだ心は少女なのかも?








わるさめ《恋、しちゃったんだー♪》






瑞鶴「うっさい……くだらないことで連絡してくるんじゃないわよ」


わるさめ《頬赤くしてるもーん。わるさめちゃんが思うずいずいの魅力の一つは脚、だと思う》


瑞鶴「余計なお世話よ! そういうんじゃないから!」


神風「司令補佐……いや、この感じは違う、変なところ触らないで!」


しまった。神風を部屋に忘れてきた。

慌てて部屋に引き返した。


7


神風「む……この人の雰囲気」


神風が眉間に皺根を寄せる。雰囲気、違うもんね。経緯を神風に話しておいた。すっかり殺気は収まり、「命の恩人になんたる無礼を。申し訳ありません」とすぐに謝罪していた。


神風「でも寝込みを襲うのはいけないと思います……!」


青山「あなたが寝相で簡易ベッドから落ちたから寄っただけです。目が開いたらちょっと腰とひざ裏に手を回していた場面だっただけですよ。お身体のほうは大丈夫ですか」


神風「え、ええ……それはそれは、重ねてすみません」


よく笑みを浮かべるこの提督さんに困惑している様子だ。気持ちは分かる。


神風「瑞鶴さんは気持ち悪くなりませんか。私ちょっと申し訳ないことに吐き気がして」


瑞鶴「気持ちは分かるけど失礼ね……」


神風「あの、青山さん、この件についてお礼をしたいです」


青山「お気になさらず。瑞鶴さんにお礼をもらったので」


神風「それは瑞鶴さんのお礼です。私もなにか恩をお返しさせて頂きたいです。私に可能な範囲でお望みのことを申し上げてくだされば助かります」


青山「ええと、ならそうですね」


少し黙りこんだ後に笑いながらいった。


青山「じゃあ彼女が欲しいのでいい人、紹介してください」


神風「止めてええ! 私が敬愛するあの人と同じ顔でそんな浮わついたこといわないで!」


髪を指でかき乱して半狂乱の状態だった。


神風は提督さんについてなにか誤解しているみたいだ。確かにこんな風に彼女が欲しい、だなんて言わないイメージは強いけども、実はそうではない。乙中将や丙少将と飲みに行く時は、女の話だってするし、彼女までなら欲しい、ともぽつりと漏らしたということも知っている。提督さんは神風にはそういった素のところを見せていないのか。


青山「神風、にしてはなんか面白い人ですね」


瑞鶴「色々とあるやつなのよ」


青山「なるほど」


鉛筆を片手でくるくると回した。座っていた椅子を回転させて、神風のほうに向き直る。


青山「あなた達の世界では自分が提督をやっているとか? その人は真面目でお堅い人だと推測します。提督しているのなら女周りも気を配っていることでしょうし」


瑞鶴・神風「――――」


青山「ええー、その反応マジっぽいな……もしかしてこの世界に来て初日ですか」


神風「信じられないわ。さすが司令補佐の分身存在なだけはありますね……」


瑞鶴「ごめん、神風が寝ている間に私が色々と口を滑らしちゃったのが原因かも」


神風「でも、別世界から来たとか普通分かるかな……」


瑞鶴「普通は考えないだろうけど、提督さん、ほら、深海妖精とかの存在もずっと信じていたような人だし、オカルトだろうがなんだろうが可能性あるならそこから思考の樹形図を描いちゃうよ……」


神風「それもそうですね。そういうところ、ガチの変態ですもんね」


青山「なにか誤解していますね。まあ、長くなるので置いておきますけど」


提督じゃなくても、腐っても青山開扉なんだな、としみじみと思うのだった。


この世界が雨村レオンの想力工場ならば、全ての情報を目の前の青山開扉に開示して、この世界を攻略していこうかな、という考えが頭に過ぎる。


ここも想力工場としての存在意義がある世界だ。この世界のみんなが裏に手を引くラスボスの存在を知ったら、最下層の雨村経営陣は困ってしまうかもしれないけど、これは戦いでもある。


おちびとわるさめからヤクザ組織とのゴタゴタは聞いたけどさ、雨村レオンも昔に力を使って工場を一つぶっ壊したそうじゃん。


青山「ところで神風さん、そちらの世界の提督とは仲がいいんですか」


神風「藪から棒になんですか。仲は良いと思っておりますよ。今はあの人の秘書官ですし、公私ともどもお世話になっております」


青山「へえ、秘書官ですか。なんか意外」


神風「なにか変ですか」

そういちいち睨むことでもないだろ。


青山「すっごく失礼なことをいってもいいですかね?」


神風「……どうぞ」


青山「あなた、顔は可愛らしいのですが、表情と雰囲気が基本的に怖いです。秘書やっているみたいですし、化粧はしないんですか?」


神風「瑞鶴さん、私、基本的に怖いですか?」


瑞鶴「うん。私は慣れたけども」


この神風は委員長気質がとがり過ぎているところがあるし、それがもろに雰囲気に出るし、なによりすぐに顔に感情が出る。最初に提督さんの右目えぐって腕を折ってと、とんでもないことをしていたイメージが根強く残っているのもあって暴力的なフィルターはかかる。


神風「化粧、かあ。兵士になってから一度も触ったことないや。瑞鶴さんは?」


瑞鶴「学生時代はね。兵士時代はスッピンかな」


神風・瑞鶴「毎日のように海で戦ってたから化粧なんていちいちやっていられるか」


これよね。


青山「化粧するくらいなら技術で顔を弄って全てデフォにするのはどうです。毎朝、起きて家や電車でメイクするのも面倒臭いでしょう。費用もそうかからないですし」


神風・瑞鶴「イヤ」


神風「でも、化粧、ね。したほうがいいのかなあ」


瑞鶴「少なくとも神風刀よりは化粧品持ち歩いたほうがマシだと思う」


青山「綺麗になりますよ。きっとその提督さんも喜んでくれます。一緒にいる時間の多い女性が綺麗で嫌な男はいませんよ。神風さん、その人のこと気に入っている様子なので、あなたも似合っている、との言葉一つももらえたのなら、嬉しくなるのでありませんか」


神風「ソウデスネー。はあ」


青山「なぜため息」


気持ちはわかる。事務的な口調で、似合いますね、と興味なさそうに答えるのが目に浮かぶからね。そもそも提督さんがそんな女性を喜ばせるようなことができたのならこの神風はふつうの神風ちゃんのままだったと思う。


神風「そういえば春と旗は化粧品持っていたっけなあ」


瑞鶴「あの二人は解体してから大学生やっているし。意外といったら失礼だけどさ、ガングートさんも使ってたの見たことある。リシュリューさんが貸してた、かな?」


神風「恐らくガングートさんがビスマルクさんに淑女のたしなみとかなんとかで煽られて、けっこうお茶目なリシュリューさんが化粧品使ってガングートさんをからかい始めたのだと思われる」


瑞鶴「なる。あの三人、仲良いよね」


神風「リシュリューさんが間に入るとね。私もリシュリューさんには女の部分でからかわれたことあるし……」


青山「サラシはないと思う」


神風「あっ、見たのか……セクハラ発言だあ」


ああ、ハイライトが消えた。


神風「三分待ってやる。死化粧を施してこい。首を落として晒してやるわ」


提督「なんか色々とキャラ属性持ってる人ですね……」



           ➴



カフェの窓の向こうには人だかり。

すっぽりとそこにあったBH社の建物がなくなったとかなんとか。


さすがにこの世界の人も全く意味が分からないといった風だ。敷地内の外から大生の人がその会社の跡地を眺めている。人間って本当に驚いた時は逆に騒がなくなるんだな、と思った。


こちらの知識で考えたのならば、建物ごとどこかに現海界した。そう考える。しかし、世界のどこかにこの会社が建物ごと出現したとなればとっくに速報されているはずだ。謎が謎を呼ぶ事件。


「ああもう。機械君、これどうなっているの」


機械君「マスター、私にも理解しかねます。ブレイド社にアイデアを持ち込めないのは残念です。今日はとんだ厄日ですね。

先ほどは嵐に絡まれて危うく死にそうになりました。でも、とても面白い方と出会ったんです。上質な論理的思考と人間らしい自己が美しい比率で混在していなければあの発言は出てきません。また彼女と縁があれば、と思います」


女の子は後ろ姿でよく顔が見えないけど、対面にいる背が高く整った顔をした男性との凸凹コンビだ。マスター、とか機械君、とかいっているのでその男のほうはロボットだと分かるけれども、いわれないと分からないほど精巧な人の造りになっている。


ロボットかあ。

そういうストーリーだとハートフルなのがいいな。


「お姉ちゃんには壊れたこと内緒ね」


お姉ちゃん。

17年前の昔の思い出が掘り起こされた。


うるさい蝉しぐれと風鈴の音は、姉の訃報で次元の彼方に吹き飛ばされた。あれからすぐに何の役にも立たなかった教科書を引き裂いて、瑞鳳になって海へと飛び出したんだっけ。


乙中将「電ちゃん大暴れ春季合同演習が終わった後に僕のところに来てさ、びっくりしたよ。僕がアイヌの出身で家が自然信仰していて、そこんところ理解があると思うからって初めてのケースだったし」


瑞鳳「国民を守るためじゃなくて、深海棲艦の悪魂を浄化するためですからね。建前上もスカウトを受けたこととなっていたはずです。知っているのは大淀さんと元帥さんと当時の適性検査施設の職員だけでしたし」


瑞鳳「もっともすぐにあなたは私を闇に強制異動させましたが」


乙中将「僕の勘はよく当たるんだ。結果的には良かっただろ?」


瑞鳳「そうですねえ。私も出兵した姉の力になる道を選びまして、妖精学も勉強したことありましたが、まさかそっちが『当たり』だったなんて予想外ですよ。わるさめさんが襲ってきた事件で深海妖精のことを知って、海が変わるなあ、とは思っていたら、まさか戦争終結だなんて」


乙中将「奉公は完了じゃないか。今回のような例外を除いて」


瑞鳳「あれは深海棲艦ではありません。それ以外に該当する名称がないだけですよ」


トビー&ズズムは深海棲艦というよりも、今を生きる人間に近い。既に海は丸裸で想力という資源は世界的な認知を受けて技術開発されているので、もはや未知の敵とは言い難く、上層部の動きを見ていても海の傷痕ほどの焦燥感は全くない。海の傷痕が出て来た時はそれはもう世界が滅びかねないとの大騒ぎだったが、雨村御一行は想力産業への懸念程度の存在だ。


乙中将「元帥とはどうだったの?」


瑞鳳「藪から棒になんですか。元帥さんとは普通でしたけども。というか元帥艦隊なんてそれぞれ陸行ったり支援行ったりって、まとまって行動することなんか珍しいですし、元帥さんの指揮で戦ったことがそもそもないです。ほとんど龍驤さんが指揮執っていましたから」


乙中将「元帥さんと瑞鳳さんって似ているなって」


持っていたカップを落としそうになった。


瑞鳳「どこがです……?」


乙中将「先代元帥の三郎さんと今の元帥って友達だったのは知っているだろう。子供の頃から仲良くてあれでも若い頃は戦争終結に魂を燃やしていたみたいだよ。でも、三郎さんが58歳の時に病に伏して元帥を今の元帥を推薦して退いた。叶わなかった戦争終結の夢を託された形でね。

ほら、姉の意思を引き継いで建造した瑞鳳さんとなんか似ているなって思ったんだ」


ああ、なるほど。先輩のことが原因で引き継いだ、というのは共通してはいる。


瑞鳳「そういった意味では良い結末で終わりましたねえ」


乙中将「そだね。最初の青ちゃんはやることなすことぶっ飛び過ぎていて、懐疑的にならざるを得なかったけども、色々と手を回しておいたのは正解で良かった」


瑞鳳「手を回してなかったらどうなっていたんです?」


乙中将「深海ウォッチングで意図的に大破撃沈させた時点でクビが飛んでたぞ。


いくら電ちゃんでも、深海妖精を発見していてとしても、元帥と丙さんは本当にそういうの嫌いだし、世間も少年兵の扱いにおいては厳しいからね。


もちろん僕としても恩を売るつもりではなかったけど、まだ軍に残すべきだと思えるなにかを青ちゃんからは感じた。まあ、でもあのやり方は思うところあって、少しは青ちゃんと電ちゃんに考えて欲しいところはあったね」


瑞鳳「ああ、だから私達にケンカ、もとい演習をふっかけたんですか」


乙中将「返り討ちに遭っちゃったけどね……」


私が闇に加入したばかりの頃の話だ、と昔を懐かしむ。


瑞鳳「それにしてもこの妖精カフェ面白いですね。本丸の世界でもすぐに出来そう」


面白い店名を見つけて入店したら、まず妖精可視才の眼鏡を差し出された。カフェで働く妖精さんの姿が見えて、この眼鏡を介していないとカップや軽食が浮遊しているように映る。妖精さんの形も様々で背が高低があり、猫のようにごろごろしているのもいれば、乙中将の頭の上に這いずりあがったり、と様々な個性を持った妖精さんがいる。


瑞鳳「可愛いです」


乙中将の頭にいる妖精さんは帽子にドッグの文字があった。中身は犬なのだろう。のんきに大きなあくびをしていた。


乙中将「そうかあ? 僕らには面白味なくね。

わるさめちゃんと瑞穂ちゃんは一部学科免除だっけ。みんな想力の資格乙5、6、7種の交付はされているよね。せっかくだから想力のお店でもやってみたらどうよ」


瑞鳳「私、警備課に入りますしね。間宮さんがお店出したいっていってたじゃないですか。あれ、天城さんもだそうですよ。せっかくだから、想力周り使ってお店出したいとのことでアイデア煮詰めているみたいです」


乙中将「へえ、面白そう」


瑞鳳「せっかくの長期休暇も戦後復興妖精関連で半分も潰されて、今の雨村御一行さんで残りの一カ月も潰されちゃいそうな勢いですよ」


乙中将「それね。僕も運転免許取りに行こうと思っていたんだ。提督勢で持っていないのは僕だけなんだよね。艦兵士のみんなとかもそういうの取る時間ないでしょ」


ああ、そういえば提督も持っていたなあ。免許だけでなく、初任給を頭金にして車を買ったといっていた。でもその車は戦後復興妖精のカタストロフガンによって海にドボンと落ちて廃車にしちゃったみたい。


瑞鳳「私は持っていますよ、ペーパーですけどね」


財布から運転免許証を取り出して見せる。南方第一鎮守府は講習場が近く、夜間に通って取った。あそこの辺りは自転車か車がないとオフの日に不便だったから空いた間に取得してみたのだ。


乙中将「いいなあ。車は丙さんや明石さんがコネ持っているから相談してみたら?」


瑞鳳「私はバイクのほうがいいかなあ。あ、原付ですよ」


これから暑くなってくるし、バイクは涼しそう。都心ならベストかもしれない、と考えている。コンビニに駐車場ないし、標識が多過ぎて、車の運転に不安があるのだ。


乙中将「空母が原付に乗るってこれもう分かんないな」


瑞鳳「ヒューマン面でイメージしてくださいよ」


乙中将「あ、そういえば」手を叩き合わせた。「面白い乗り物があったよ。原付みたいな乗り物だけど、ホバーしているんだよ。すっげえ面白そうだからちょっと周りの人に聞いてみたんだけど、18歳以上で自動車免許持っているのなら乗れるんだって。せっかくだし、乗ってみたら?」


瑞鳳「お、面白そうですが、任務がありますし」


乙中将「丙さんだって沖縄観光していたみたいだしさ、少しくらいなら構わないって。それに黄金のハイビスカスと同じように、入手すればいいんだから僕等が優勝する必要はないんだよ。優勝するのが手っ取り早いだけ。今回、僕は勝つことよりも負けてもなんとかなるように頭を捻っている。セーフティネットを用意しておくほうがベターだよ。それにサクラのトロフィーって別に価値のあるもんじゃないみたいだしね」


目を反らしながらうつむきがちにいった。


乙中将「演習の参加登録、間に合わなかったし」


瑞鳳「それは……まあ、仕方ないですよね」


乙中将「今回、僕は自由行動を取らせてもらうから」


瑞鳳「あなたはそのほうがなにか重要なものを見つけてきそうですしね。なにか任務の他に気になることでもあるんですか?」


乙中将「うん。本丸世界でもまだもやがかかっている部分を調べようとね。青ちゃんも戦後復興妖精も此方ちゃんもなんかあまり気に留めている風でもなかったけどさ」


瑞鳳「といいますと」


乙中将「佐久間さんのことだよ」


佐久間というと、最初期の研究部の人で想力工作補助施設を最初に開発した人物か。確かにあの人は謎のヴェールに包まれている部分がある。戦後復興妖精と契約したことが発端だろう、とのことだけども、それ以外はあまり良く分かっていないんだよね。


乙中将「想力工作補助施設は戦後復興妖精のも電ちゃんのも初霜さんのも観たけどさ、あれって共通点があって、説明がいまいち分からないところがあるんだよね」そういうと、腕を組んで低い声でとぐろを巻くように唸る。「『なぜ想力工作補助施設は腕の形をしていて色が違うの?』」


確かに想力工作補助施設はみな一様に腕の形をしている。


乙中将「戦後復興妖精は純白の右腕、初霜さんは同じく純白の左腕、電ちゃんのは黄色い右腕、雨村レオンは象牙色の右腕だった。色の違いと、腕の形は開発者の利き手って共通点がある。もしかしたら想力工作補助施設が腕を模しているのはなにか意味があるのかもしれない」


瑞鳳「……海の傷痕の妖精工作施設は黒い右腕でしたよね」


乙中将「それは当局や此方ちゃんがそういう風に作ったからって答えが出てる。紛らわしいけど、妖精工作施設は想力工作補助施設と同じ腕の形なのは意図的なものだよ」


瑞鳳「へええ……」


乙中将「まあ、なにかヒントになるものでもないかなって」


瑞鳳「ところで私達ってこの世界で死んだらどうなるんです?」


乙中将「殉職」そういって笑った。「なんてね。佐久間式の想力工作補助施設の想力が生死だろ。妙に戦後復興妖精が女神を量産していたのはアレが原因だよ。一応、僕等にもまとわせてあるらしいから死なない。正し、みんな一回限りだからそれに甘えずに気を引き締めてね」


瑞鳳「了解……佐久間式のやつすごいですね。海の傷痕でも女神はレア度高かったし、最後の海でも提督もかなり希少な想だっていっていたのに、あんなにもほいほい量産できるだなんて」


乙中将「馬鹿げているのは想力自体だからね。この世界の秋津洲ちゃんの艤装の一つ見た?」


瑞鳳「いいえ、例の改二でもあったんですか?」


乙中将「いや、改二ではなくて魔改造だね。重機みたいにでかかったよ。適性率さえあれば普通の人間が意思疎通で複数の巨大な重機を扱うようなものだ。全長だと50メートルはあったよ。僕達の世界じゃ大和型でも1メートル程度なのに」


瑞鳳「なるほど、魔改造ならあり得そうですね。ここの世界も想力文化はあるみたいですし、艤装システムについては解明完了している訳ですね」


乙中将「だね。そろそろ出るか。ああ、そうそう。嵐に気を付けてね」


瑞鳳「船が嵐の被害に遭うとか珍しくないですよ」


乙中将「いや、そうじゃなくて」


瑞鳳「神風さんを倒したとかいう例の子ですよね。もちろん気を付けます」


席を立つと、たまたま店員さんの会話が聞こえてきた。


「あそこの子達、中学生のカップルかな?」


「可愛いー」


乙中将・瑞鳳「」


2


お店を出てから、少し学園都市を散策するとした。

明石えもん界に行ったイクちゃんから聞いた話を思い出した。北極に人の営みがあって、スマホの電波が立った、とか、絶滅動物のペンギンがいたとかいう話だ。ここも人体の機械化が推進されている想力都市だ。なにか珍しいものがあってもおかしくない。


瑞鳳「あれ、秋津洲ちゃんだ。なにやっているの?」


場所はフリーの工廠だ。工具を持った妖精や艤装、装備がたくさんあり、そこの一つのスペースに秋津洲ちゃんが艤装の工作艦パーツを動かして、装備を弄っていた。鎮守府でも明石師弟のサポートとして手を貸していたのは見たけども、このように一人で機械弄りに勤しむのは初めて見る。


秋津洲「あたしの艤装に工作艦パーツを増やして送ってきたかも……」


げんなりとした顔と声だ。


秋津洲「明石さんと明石君と夕張さんがこの世界のことを知って、なにかノウハウがあれば持ち帰って教えてくれ、と伝言が来たみたいで、この世界の機械弄りを調査しているんだよ……」


瑞鳳「それはお疲れ様。でも、手慣れているね。さすが明石師弟の補助をしていただけのことはあるねえ。提督も秋津洲ちゃんのこと希少な適性者っていっていたし、秋津洲ちゃんって多才だよね」


秋津洲「あくまで水上機母艦であることを忘れて欲しくないかも……」


瑞鳳「水上機母艦にこだわらずとも、活躍できる場があるのなら、そっちでも活躍すればいいじゃない。ポテンシャルを最大限に発揮できるようにすべきだと思うけどなあ」


秋津洲「……っへ」

急にやさぐれた。

秋津洲「瑞鳳さんは工廠での激務を知らないからそんなこといえるかも。瑞鳳さんは空母の役割やりながら、他の艦種の役割も強制されたらそんなこといっていられないよ。そして当然、なまければ電ちゃんの愛の鞭(大破級物理)が飛んできた……」


瑞鳳「ごめん、考えが甘かったよ……それで進展はあった?」


秋津洲「まあ、この世界の妖精さんは一種類で工廠における全ての役割をこなせる上、本丸の世界よりも高性能なことが出来るみたい。本丸の世界でいう装備改修、それに魔改造までもが意思疎通だけで、工作艦の力がなくても出来るよ。瑞鳳さん」


瑞鳳「ん?」


秋津洲「試したいこともあるから艤装を魔改造してあげよっか?」


丁重にお断りした。

なにやらこの世界に存在する近未来的な装備を本丸世界の艤装への移植を試みたいそうだ。少なからず明石師弟の影響を受けているのは間違いない。瑞鳳の艤装にレールガンとか重力砲とか搭載されても困るので、そそくさとその場から去ることにした。


乙中将がいっていたバイクショップに行こう。



2



瑞鳳「えっと、このお値段で買えるんですか?」


さっそくショップを見つけたので中を除いてみたら、ホバーバイクらしきものを見つけたが、予想を遥かに下回る価格だった。詳しく聞けば、学生が通学で使う乗り物のようだ。ブラックのメタルボディにグレーのシートだ。暴走族が乗るバイクのように、漢字で夜露死古とか走思走愛とか書いてある。そして蜻蛉のマークが入っていた。勝ち虫で縁起が良いからかな。


瑞鳳「タイヤがないんですね。どんな原理で走るんですか?」


「ワープドライブ」


瑞鳳「へ」


「有名なのは『宇宙戦艦ヤマト』ですかね。あれで有名になった気がします。前輪と後輪のボックス内の空間が光の速さを越えて伸び縮みして進むんですよ。正確には想力仕様で光の速さは越えないんですけど、空間を伸縮して進むんですよ。タイヤ式のやつと同じくアクセルとブレーキがついています。バイクに乗ったことあるのならすぐ慣れますよ」


ワープ、と聞いてびっくりしたものの、すぐに現海界のワープを思い出して、納得した。要はあれを技術化したものなのだろう。てっきり今話題になっている自動運転とかそういうのが発達していると思いきや、タイヤのないバイクが普及していたとは。


「こいつはすごいよ。ワープエンジンがカスタムしてあって原付でも時速で150キロは出るんですよ。その分、想力を喰いますけどね。ああ、違法じゃないから安心してください。規定では速度ではなく、ワープエンジンタイプは重量で中型、大型に分類されるので、なんと原付免許で乗れるのに、大型二輪並の速度が出るんですよ。ガソスタに歪曲航法のところがあるのでそれでね」


瑞鳳「そ、そんなすごそうなのがこんなお値段リーズナブルで?」


「はい、本来なら20はしますから、お客さんは運が良いですね。うちは周りの見ての通り、値段を売りにしていますし、こいつは訳ありです。


事前に伝えておきますが、これ事故車なんですよね。塗装も一部、削れがあったので塗り直したんです。持ち主を転々としておりまして、乗っていた方が死亡事故を起こしたいわくつきなのでこの破格の値段にしてありますね」


事故車か、と破格の値段に納得した。


瑞鳳「そういうのは気にしないかなあ」


思えば艤装だって姉が殉職して引き揚げられたのをそのまま使ってもいる。持ち主が死んだとかそういうのは問題はない。それに他のバイクはこれとは桁が違うし、最初は傷をつけてしまうかもしれないから、安めのやつのほうが良さそう。それにバイクは乗れたらそれでいいと考えもあった。即決した。


瑞鳳「ナンバープレートは市役所ですか?」


「いいえ、ネットで登録するんですよ。購入者の方なので、よろしければ、私のほうから設定しておきますよ、数字やサイズになにか希望があれば」


瑞鳳「あ、特にないです」


「それとシステムを初期化してあるので新しい登録名がいるんです、皆さん、バイクの車名とか決めて設定する方もいれば、飼っているペットの名前とか、SNSのアカウント名とか色々ですね」


瑞鳳「ほえー……」メーターの近くにホログラムが浮き上がり、セットアップ画面が表示されていた。登録名を入力してください、と表示される。しばらく考えた後、ぱっと思い浮かんだ名前をつけた。爆走・鎮守府(闇)号と入力しておく。


店員さんに設定してもらう。登録したナンバープレートがホログラムで表示された。これはなんだか近未来の乗物といった感じだ。プレートの申請料金やらヘルメットやらの諸々の費用がかかったが、愉吉さん一枚で事足りるという。空軍式の妖精可視才ゴーグルも買った。かっこいい。


瑞鳳「あ、あの、申し訳ないのですが、運転の仕方を教えてもらっても……」


ホログラム画面で設定した暗礁番号を入力すればスタートアップの画面が出て、エンジンのアイコンに触れたら、バイクがふわっとアスファルトから浮いた。エンジン音がないし、排煙も出ないとは学園都市が推奨しているのにも頷ける環境に優しいエコカーだ。


「アクセルは右手でつかんでいるグリップを捻ると動き出します。ちょっとこのバイク、持ち主の趣味みたいでメーターやミラー、ウインカーもか。ホログラム仕様ではないですけども、問題はないのでご心配なく。ブレーキは自転車と同じですけど、速度の関係上、いきなりグッと握ると反動で危ないです」


瑞鳳「了解!」


グリップを少しだけ捻って見ると、ゆっくりと前に進んだ、ブレーキを握ると、止まる。それを何度か繰り返して感覚をつかむ。教習所で原付の指導も受けたのを身体は覚えていたので、機能の使い方も思い出してきた。これがウインカーで、これがクラクションだ。


瑞鳳「楽しい」


「歪曲航法式にいえるんですが、エンジン音が全くないんですよ。歩行者が気付きにくいので気をつけてくださいね。慣れるまで速度はゆっくりで行ったほうがいいですよ」


瑞鳳「そうしますね。色々とありがとうございました!」


「いえいえ、なにか分からないことがあればいつでもどうぞ」


グリップを握って公道の車線に合流する。グリップを捻って、10キロ、20キロ、40キロまであげた速度を維持した。肌で高速の風を切る速度は海でも同じだったが、バイクで陸の上の道路とは全く感覚が違って新鮮だった。楽しい。島風が速さを愛しているのも分かる。


瑞鳳「ばっびゅーん!」


テンションあがって、法定速度まで加速した。


4


適当に公道を飛ばしていたら、緑が生い茂るあぜ道に出た。学園都市にもこのような場所があるのか、とバイクを止めて景色を眺めていると、ところどころに人工的な大樹が見て取れるので、そういうエリアなのだと察した。


田んぼに囲まれたぐねぐねとした道の先に白色で扁額のない鳥居がある。バイクを停めて、鳥居をくぐって石の階段をのぼる。機械的な学園都市の中に神社があるということに興味が湧いた。「おっと」表参道を端っこに移動して歩いた。中央は神様の通る道なので避けて歩く。


境内には鳩がたくさんいた。左手に手水舎と、奥に拝殿がある。締め縄が内向きだった。外向きだと外から悪いものが入ってこないようにする意味があり、逆に内だと外へ出さないようにするという意味のもとのはずだ。実家の神社も内側だった。


拝殿の隣でほうきを履いている巫女がいた。


目が合う。


「あれ、こんな平日の昼間から参拝客ですか。珍しいですね!」


瑞鳳だった。改二の巫女迷彩軍服を着ていて、全体的な細身のコンパクト感があった。ただ、ハキハキとした言葉に芯のある声、髪を降ろしている。それと右脚と左手が、機械だ。金属の手足がまるで人間の本来の機能と同じくなめらかに稼働している。


世界観の情報は事前に聞いている。この世界では兵士の性能をあげるためのロボティクスな手術があるのだ。一部、肉体を機械化改造して性能を底上げしている人達がいるとのことでこれがそれなのだろう。


瑞鳳「あの、ここはどのような神様を祀っているんです?」


瑞鳳さん「妖精ですよ。そのゴーグル、妖精可視才のやつですよね」


空軍式のゴーグルをはめてみると、妖精がそこらかしこにいた。なるほど、と納得したが、あまりにも私の実家の神社と似ている。臭いところに探りを入れてみるとした。


瑞鳳「深海棲艦も祀っている?」


瑞鳳さんは目を丸くして「詳しいですね」と感心したかのような声をあげる。


瑞鳳「歴史は150年くらいですかね。戦争の最初期に始まって、最初期の騒乱で役所の人達が適当に調査して、神社の神様をよく確認せずに許可出しちゃったんですよね。民間の人達が沖に流れつた深海棲艦の艤装を発見したり、猟師さんが引き揚げたりしたのをここに持ち込む。縁起が悪いからとお祓いを受けに来ますね。深海棲艦は悪い魂だから外に出ないように締め縄も内側です。


それと、


深海棲艦を祀っている時点で周囲からは邪教認定されていた時代があった。最初期のひどい時はぼや騒ぎを起こされたこともあったらしい。最初期の平和期間で深海棲艦は災害認定を受けたので、表向きを自然信仰にした。深海棲艦が現れたのが当時の大戦のすぐ後のため、先祖の悪魂とされていたが、広義の意味で自然、つまり妖精を祀っているという体の隠れ蓑を得た」


瑞鳳さん「く、詳し過ぎる。地域の図書館にすらないうちの歴史をなぜ」


瑞鳳「私のところもそうだったんですよ。地元では邪教の認識が残っていて、あまり良く思われていませんで……」


瑞鳳さん「え、私のところ以外にもあったんだ」


この世界は向こうの基盤をコピーして別の歴史を歩む世界なのだ。ここまでそっくりだと、私の実家の神社がベースなのではないか、との考えが過ぎったのだ。連鎖して、実姉のことを思い出した。軍艦としての姉の祥鳳ではなく、ヒューマンとしての姉だ。


深海棲艦、正確にはそこの魂(カムイ)なのだが、そのような宗教だったので、艦兵士として難関といわれる親の説得に苦労はしなかった。適性検査施設とは姉とともに行って、二人に瑞鳳の適性が出たので、この瑞鳳さんと同じ理由で姉が軍へと入った経緯がある。


瑞鳳「も、もしかして」


この世界では姉が生きているのかな。本丸の世界では日本海での戦いで戦艦水鬼と相討ちとなった。その時の遺書の言葉を受けて、瑞鳳として海に出たのだ。


戸籍名を聞いた。間違いなかった。


思い出しちゃうな。


前世代瑞鳳は勇敢な兵士だった。新兵時代から姫鬼の深海棲艦に怯えず、二年で改二にまでのしあがり、輝かしい戦果をいくつも挙げていた。


実姉であり、連絡のやり取りもしていたから、「怖くないの」と聞いたことがあった。「怪我があまり痛く感じないんだよね。怪我の痛みに呻く前にやることが多過ぎるし、やっぱり深海棲艦を沈めて勲章をもらうのも誇らしいよ」と答えた。


その8年後、彼女は日本海で戦艦水鬼改と戦った。今までで一番の煌びやかな勲章をもらい、里帰りしてきた。物言わぬ遺体で。


瑞鳳「そのような身体になってまで勲章を欲しがる気持ちは分かりません」


だからだろうな、とは思う。

きらびやかな戦果を挙げたいなどと心から思ったことはなかった。


艦兵士になってから、もう十七年以上の時が経過している。


最初は心半ばで途絶えた姉の意思を継いで意気揚々とアカデミーへと行った。しかも適性率100%というレア素体だったので寄せられた期待に応えようとしていた。


でも放った矢は、ぼちゃん、と半年間も海面に落ち続けた。

矢が下に向かって飛んでいく。


成長グラフは絶えず右肩あがりといえば聞こえはいいものの、限りなく横ばいに近い亀の歩みだ。すぐ後に入ってきた翔鶴さんにも三日で抜かれ、飛龍&蒼龍も抜かれてしまった。


それを思い返した今、深いため息の一つでもつけたのなら、と思う。


瑞鳳「勲章って立派なものだよ。それだけ役に立ったって証明だからね」


そういって彼女は屈託なく笑う。


瞳を閉じて、あの日の海の傷痕を倒した暁の水平線を思い浮かべる。

きらびやかな茜の夕陽で黄金に輝く海に、走馬灯のように人生が脳裏に巡ったものだった。最初はあの神風ちゃんのごとく、精進を重ねていたけども、やがて凡人であることを受け入れた。その上で努力を絶え間なく続けてきた。


先祖の悪魂を沈めるために抜錨だなんて、馬鹿らしく思えたものだったけど、姉はそうではなかったんだよね。真摯にその奉公を瑞鳳の艤装で続けていたのだ。もしかしたらそういう信仰心が前世代瑞鳳との差なのかもしれない、と考えた時もあった。なんでもいいから、となにかに縋って力を求める時期は艦兵士ならば誰しもがあるはず。


仲間が沈んだ海から帰投して、無力だ、と心が折れた日もあった。


自身が大破撃沈をした時は、膝をついて泣く羽目になった。


そんな鬱屈の茨道を毎日のように歩き続けたら、暁の水平線に勝利を刻むことができた。全ての海を安全海域にした偉業は、同時に深海棲艦への奉公を終えたということでもあった。


おかしいな、と思った。


姉の悲願を代わりに成し遂げても、喜びや達成感は不思議となかったのだ。


艦兵士ならでは戦争終結の妄想あるある。


金メダルを獲るアスリートのように泣いて喜んで周りの仲間とともに充実した達成感を得られるものかと考えていたものの、実際は全く違った。


こんなものか、と。


思えば世間の熱狂的な喜びとは別に、あの時は手放しで喜んでいる艦兵士は誰一人としていなかった。みんな同じだったのは、あの後、鎮守府内でぶっ倒れて眠ったことくらいだ。軍艦としての、そして人間としての歴史がそれぞれあった。泣くことはあっても、清らかに笑うことは出来なかった。


瑞鳳「艦兵士ですよね。その機械の手足は強いんです?」


瑞鳳さん「批難的な視線ですねえ。気持ちは分かりますが、深海棲艦に負けたら元も子もないじゃない。強くなるための選択肢の一つとして考えてもらいたいけど、引く気持ちも分かるかな」


瑞鳳「それって非効率的なんじゃないのかなって。だって、高速修復材で手足治るけど、その機械の手足は壊れたら修復に何日もかかるんじゃない?」


瑞鳳さん「壊れたら予備を使うだけで、交換時間は一分程度だよ。もちろん、通常の人間の手足よりも、基本性能が高くなるしね。想力により強化されているから、普通の手足の感覚と大差なく、馬力も少しですが上昇するかな。


デメリットは通常の手足とは違って、メンテナンスが必要であることと、予備のパーツや手術のお金がかかることかなあ。メリットのほうが多いのは確か。この都市では推進されていて補助してくれるから維持していけるよ?」


やはりここの兵士も力を求めるのか。


それが生死に直結するからだ。代表的なのが、違法建造かな。しかし、あれは人道的に問題があるため、フレデリカ大佐は対深海棲艦海軍においてC級戦犯になった。わるさめが二度目の違法建造ができたのは、対海の傷痕が控えていたからだ。よほどの事情がなければ、そのような人から外れる道は禁止されていた。


艦兵士はこの学園都市だけでも、千人以上もいるという。


深海棲艦はもっといるらしい。だからか、同種艦と顔を合わせるのも珍しくなければ、また競争も激しく、職業柄、強さこそ正義の風潮があるのは納得できたのだったけども、身体を機械化するほどの力への渇望は理解が及ばない。


新鮮な世界だ。


本丸の世界ではどれだけ結果が出なくても、軍のほうから残ってくれ、と頼まれるほどに兵士が少なかった。戦果による優遇はあったものの、艦兵士の仲間間における競争は個人的なモノでしかなかったのだ。


ただ、鎮守府闇においては例外といえよう。強さこそ正義な面が強く、実際に卯月ちゃんなんかの粗相はその理由で電や提督からは許容されていた。


瑞鳳「自己満足の殉職だけはしないようにね」


瑞鳳さん「なぜか貫禄がある」


瑞鳳「体型のせいでよく未成年と間違われることが多いけども、貫禄があるだなんてのは初めていわれたよ」


瑞鳳さん「すっごく分かります」


真顔だ。同じ瑞鳳として抱える悩みも同じ。


瑞鳳「それじゃあね」


軽く会釈しておいた。

参拝はしていかないことにした。


6


「店員さん、これあげる。それじゃ」


あれ、さっきカフェでロボットと一緒にいた女の子だ。


リュックサックを放り投げて、少女が店から出て来た。古本屋から、店員の青年が出てきて、その女の子に「ちょっとちょっと」とリュックサックを返した。二言、三言、会話をすると、女の子はリュックサックを背負ってとぼとぼと歩き出した。


女の子と視線が合う。


「あ、カフェにいたお姉ちゃんだ。これあげるよ」


女の子はリュックサックのチャックを空ける。中身は真新しい漫画と小説、中には専門書もあって少々驚いた。小学校高学年、高く見ても中学生なのだが、『妖精論』の専門書があった。発行している出版社からして、けっこう専門的な知識がないと、内容についていけないはずだ。


リュックサックに『凪』とマジックペンで書いてある。名前、だろうか。凪ちゃん、まじまじとその子を見つめる。


なんとなくいるんだろうな、と思ってはいた。


姉が存在しているのなら、妹がいても不思議じゃない。凪というのは私の戸籍名と同じだし、子供の頃の容姿と同じだ。


死んだはずの家族がいて、重なるはずのない存在がいる。


このくらいの歳の頃は軍に行った姉の力になろう、と勉強していたのも覚えている。だから、こんな本を読んでいるとしたら納得もいく。


凪「妖精の種類は、建造妖精、開発妖精、解体妖精、廃棄妖精」


ぶつぶつと繰り返している。本当はそこに深海妖精もプラスされる。それらの構成している想力はかつての先人達の想なので、この家の信仰は間違ってはいない。過去の歴史が深海棲艦と戦うために力を貸してくれていたのだ。


瑞鳳「なぜ妖精はそんなことするんだろうね」

ヒントをあげた。


凪「善魂だからかな。良い人達だから、力を貸してくれるんだよ」


ああ、そんな一部のマイナーな思想を信じ切っているからこそ、周りとは距離があったんだよね。神社の神主や寺の住職の子供が宗教的思想を語っても変に思われることはないけども、それは一般の学校で知るようなメジャーな思想のみで、この家のはマイナー過ぎて変な宗教、と周りから思われて然りなのだ。海のことなんか忘れて友達と遊んだほうが良いんじゃないかな。


瑞鳳「なんであなたは妖精のお勉強をしているのかな」


私はお姉ちゃんの力になるため、だった。

さて、この子はなんて答えるのか。


凪「人の役に立つため」


素晴らしい。


この8年後に勲章を持った物言わぬ姉が家に帰ってくる。

そうしてこの子という私は次世代の瑞鳳になる。


そちらの未来こそ今の私だ、と考えると、そのまま学者への道に進んだ自分はどうなるのだろうか。


分岐したイフの光景が脳内に描かれる。白衣を着た私は提督が16年かけて完成させた深海妖精論を読んで度肝を抜かれていた。


そういう未来になるよね。苦笑い。


瑞鳳「『生きる意味とは』」


一冊の本のタイトルを読み上げる。


瑞鳳「生きる意味、要るの?」


凪「要るよ。当たり前じゃん。一番、必要なものだと思う」


そういって、唇を尖らせた。


ああ、小さな頃の自分を見たからか、時の流れを感じる。この子に限ったことではないけども、今思えばこのくらいの歳の頃は、選択肢が多過ぎた。


小さな自分にこっそりとアドバイスをしておくとした。


瑞鳳「大丈夫だよ、凪ちゃんはまだまだ無限の変身を残しているからね」

子供の可能性の話だね。


凪「でも、それはこの中で一番つまらない本だよ。よく調べてあるけど、それだけ」


よくある啓蒙本っぽいタイトルだ。本をぺらぺらとめくってみる。世界で成功した人のことを事細かに分析してあり、共通点を見つけ出して、それを起点にした啓蒙本だった。


凪ちゃんは口を酸っぱくしていう。「その人の血の滲むようななにかが伝わってこない。500万部も売れたみたいだけど、それだけだね」


血の滲むようななにか。意味は分からないでもない。要は薄っぺらいといいたいのだろう。世の中の仕事の中でも、金銭しか動かない仕事はレベルが低いと評されるものだ。だけども、その歳でその感想は出てこないだろう。


漫画のほうは少女漫画と思いきや、連載している週刊誌的にそうでもない。内容的にはよくあるラブコメかな。色々と問題を抱えた少女が魔法の力で、とっても美人な容姿を得る。導入からどういう内容なのか、大体の想像がつく。


瑞鳳「あの、せっかくなのですけども、私も要らないです。ごめんね」


凪「むう、仕方ないか。家に帰って処分するかな」


チャックを締め忘れて、漫画が一つ落ちた。拾って声をかける。


瑞鳳「落としましたよ。数学の参考書かな」


凪「そういえば、なぜ落としたら下に向かうんだろう」


瑞鳳「重力だよ。ニュートンの」


凪「リンゴのやつだよね。方程式に当てはめれば必ず正解が得られる。速度や落下地点の大体の予測が出来るようになるけどさ、もっと軽いモノなら、例えばティッシュとかならどうなるの」


いやはや、天才の素質がありそうな小学生と出会ったものだ。


凪「あ、それも大体どこに落ちるのか予測できるのかな」


瑞鳳「どうですかね。そのティッシュを落としてみたらどうですか」


凪ちゃんはティッシュをつまんだ腕を精一杯伸ばしてから、ティッシュを落とした。ひらひらと舞って、地面に向かって高度を下げていく。凪ちゃんは予測した落下地点を見つめているのだろう。顔が地面に向いている。「てい」とティッシュを手刀で遠くへ、引っ張った。


瑞鳳「答えは予測できないです。鳥がティッシュをつまんで行ってしまったり、風で遠くへさらわれていったり、とそもそもそのティッシュの重さ、大気の動き、様々な関数が関わってくるので計算しにくいんですよね」


凪「面白い。お姉ちゃん、なにかもっと面白い謎はないの?」


瑞鳳「じゃあ、問題です」適当に問題を出すとした。「空が青いのは」


凪「青色は光の中で最も短い波長で、それが乱反射して目に届いているから」


瑞鳳「ですね。海が青いのはなぜでしょう」


凪「わ、分かんない。どうして?」


なぜ空が青いのか。意外に答えを知っている人も多い。逆になぜ海が青く見えるのか、は意外と知らない人が多い。「太陽の七色。橙、赤、青、緑、黄、藍、紫のうち、青色が最も海の中を進むんです。他の色は海の水に吸収されてしまって、青色だけが残ってしまうから、海は青く見えるということです」アンサーをいった時、凪ちゃんは空を見つめていた。


凪「ねえ、この世界の機械のことをどう思う?」


瑞鳳「抽象的だなあ……まあ、便利になるのは良いんじゃないかな」


凪「機械で代用できるから、人口の5、6割は要らないんだって。流行っているのが、人工知能の育成だよ。子供の頃から同じく、子供のような未熟なロボットとともに育つ。人工知能を宿したロボットが、家族の一人としてともに過ごすと、ディープラーニングによって異なる個性を持つ」


瑞鳳「……人間みたいな感情や自意識を宿すんだっけ」


凪「うん。今は家にいるけど、カフェで一緒にいたのが私の優秀な友達だよ」


凪「市長選に出る予定だったんだけど、嵐に少し壊されちゃったから、早く復旧しなくちゃならないね。この子が市長になったら絶対にこの都市はもっと効率的に改革される。すると、この子のマスターである私が人の役に立った、と認められるわけだよ」


えっへん、と胸を張った。


瑞鳳「凪ちゃん自身が市長になって変えるという選択肢は」


凪「無理無理。五歳の時にフェルマーの最終定理を解いちゃうような子に勝てる訳ないよ。すでに数学者とかそんな人達だってロボットの下位互換だし、ロボットより頭の良い人間なんていないよ。人の上に立つなら、判断を間違えず、そして頭の良いやつのほうがいいよね。なら、人間よりロボットだ。ということで私のロボットは市長になってこの都市を変えるんだ。少なくともあのありがとう事件のようなことが起きないようにしなくちゃね」


瑞鳳「ありがとう、事件?」


凪「急激にロボットに代替されていく中で、人は不必要になって多くの人間が仕事を奪われた。そしてみ込まれていた新しい雇用も、失った職に対して少なかった。

そうすると、やっぱり何のために人間が仕事をするのか、という論議も交わされた中、衝撃的な殺人事件が起きた。善良な少年が凶悪殺人犯を殺したんだ。その動機が騒ぎになったんだよ。『僕が出来ることはなにもないから、誰かからありがとうって感謝されたかった』って」


小学生の口からこんな言葉が出るとは。

驚きつつ、答える


瑞鳳「ボランティアでもやれば良かったのに」


凪「ロボットでも出来る」


またそれか。そろそろ辟易だ。


凪「でもロボットは人間と違って、絶対に感情で法を犯さない。だから、悪を手段として法を犯す善行は人間にしか出来ない」


悪を手段として法を犯す善行。すごい日本語が出て来た。同時にそれってとどのつまり、戦争じゃないのか、と思うと、この利便性に溢れた世界には、やり場のない人間の悪が凝縮しているのではないか、と不安になる。


凪「そろそろ行かなくちゃ。じゃあね」


瑞鳳「うん、じゃあね」


そろそろ私も聞き込みでも始めるかな。

人型の蜻蛉。


7


人の集まっている駅の駐輪場にバイクを留めて、聞きこみを始める。


臭うのは嵐だと乙中将はいった。端末でも調べたけども、嵐の情報は思いの他、少なかった。通っている学校名、その能力の詳細情報は得られたものの、肝心のどうやってその強さを手にしたのか。そこにヴェールがかかっていたのだ。機械化ではないみたい。


瑞鳳「痛っ」

空を見上げて歩いていたらなにかにぶつかった。

瑞鳳「すみませ……ん?」


目をぱちくりとさせ、目の前の物体を眺める。


妖精のような羽を四本、背中から生やした人間だ。スーツを着ているが、顔はリアルに似せられた人工の人面といった風で、機械質だ。


「キキキキキ」

歯を見せて歪に頬肉を動かして笑う。


「あなたの願いごとを叶えて差しあげます」


胸の辺りから立体のホログラムが浮上して、入力画面が表示される。


「たくさんの願いを叶えた実績があります」


その画面からは動画サイトのようにメッセージがいくつも流れている。

『あの子と付き合いたい』

『強くなりたい』

『お金持ちになりたい』

といった願望だった。


こんな明らかにうさんくさいやつの甘言に誰がひっかかるというのか、甚だ疑問だったが、甘美な申し出に少し迷ってしまった自分がいる。願いを叶える手法で人を騙していた戦後復興妖精を思い出して、完全にフレーキがかかる。


瑞鳳「うん?」


流れたメッセージに目が止まる。


《立ち塞がるもん全て吹き飛ばしたい》


全てを吹き飛ばすような嵐の力を思い出した。

まさか、とは思うが、このロボットから力を手に入れたのだろうか。まるで意味が分からないが、試してみる価値はあると判断した。


ホログラムに文字を打ち込んだ。


《砂糖の入っていない卵焼きが食べたい》


「了解しました。では抽選に入ります」


胸の辺りが花弁のように開いた。折り畳み傘の芯を伸ばすように、黒金の棒が伸びてくる。それが銃身だと気付いたのは、リボルバーの弾倉の形状をしていたからだ。


シリンダーには黄金色の弾が一つだけ入っていて、銃身がご丁寧に口元まで伸びてきた。


「残念ハズレ、大当たりおめでとうございます。くわえてください」指示が出る。「6分の5の確率で願いを叶えて差し上げます」


さすがにヤバい、と本能が直感したが、同時に、6分の5で願いが叶うのならば、賭ける価値があるのではないか、という欲も出てくる。


もしかして例の嵐はこの賭けに勝って、あの力を手に入れたのではないか。


だとしたらこのロボットは『想力を自由に加工できる』存在だ。思えば、明石えもん世界の明石もひみつ道具を製作したという。間違いなく想力を加工できたはずだ。もしかしてこのサーバー世界における相当な重要人物に出くわしたのではないだろうか。


死の気配を放つ黒金の銃身を見つめる。


瑞鳳「これは」


気付いた。

ロボットに内蔵されているのは艤装だ。『0001』の番号が赤字で記されてある。艦種的には駆逐艤装だろうけども、魔改造されていて断言はできない。本丸の世界にもこういう技術はあった。電艤装と春雨艤装はフレデリカ大佐によって、拳銃砲という特殊な装備をつけられていたはずだ。


「時間切れです。残念、ハズレ」


そんな機械質な声が聞こえた。あの四本羽の妖精もどきがパッと消失する。


瑞鳳「現海界(ワープ)?」


想力技術の混じった機械化推進都市の技術にあるのかな。気になる。今の存在が何なのかを突きとめるために表に出て、すれ違う人々に声をかけた。


「ロボット、ロシアンルーレット、羽……?」


学生服を着たスポーツ刈りの中学生男子が、ポン、と手を叩き合わせた。


「そんな都市伝説がありました。願いを叶えてもらえるけど、運が悪ければ殺されてしまう。そんな羽の生えたロボットです。目撃者いわく、その羽を妖精の羽という人もいれば、トンボの羽っていう人もいるんですよね。確か『人型の蜻蛉』です」


瑞鳳「人型の蜻蛉!?」


捜査目標と遭遇したのか、アレが人型の蜻蛉だというのならば厄介だったのが早期に発見できたこととなる。ありがとう、と少年に礼を伝えて別れる。


よしよーし、乙中将に報告を入れよう!



           ➵



翔鶴「私の子供時代、どんな風だったかな」


大人になったと自覚したのは、十六年も前だろうか。別に成人式を迎えたとか、生理が来たとか、自分で将来の道を決めたとか、そういう話ではない。


心のほうで自覚した時は、とある雨の日、路傍にある段ボールの中の子猫を見た時だ。ランドセルを背負っている頃は、捨てられた猫や犬を見て家に持ち帰ったり、飼い主を探したり、傘をかけてあげたりした。


しかしあの時は、拾ってきちんと面倒を見られるのか、と社会的な責任感が第一に頭を過ぎった。それから社会について考え始めたのだ。


世界平和が無理だと疑問やわ抱き、愛だけで世界を救えないことを知り、また優しさだけでは人を助けられないことも分かった。子供の頃は、ぽわぽわしていたからこそ、夢を見ていた部分のほとんどが実現不可能だと知った。自害について考えたら、死ぬこともただの不幸とも思わなくなった。だから、捨てられた子犬や子猫を見つけても通り過ぎるようになったのだ。


「にゃあ」


そして今、道端に段ボール箱に入った子猫を見つけて、通り過ぎた。


後ろから「おっと、捨て猫か」という声が聞こえた。


振り向いたら、そこに提督がいた。両手で子猫を抱え上げてその身体をじろじろと眺めていると、安堵したような顔になる。


「生後一カ月くらいのオスで怪我はなさそう」


容姿的には間違いなく提督だったが、決定的に違う部分があった。機械質な堅さがなく、柔らかい植物のような雰囲気だった。


「これなら飼い主も見つけやすいかな」


笑った顔はどことなく謙虚さを含んでいたが、自然に笑えていたように思える。本丸の世界での『父親と祖母が死に、母親が別の男を連れて家に来て遺産だけを引き取って消えた』という彼を歪めた過去がない、と瞬時に察したのだった。戦後から時折、発する雰囲気を常時、振りまいていた。


思わず足を止めて、見惚れた。

小さな段ボールを抱えて踵を返した彼を引きとめる。


翔鶴「あ、あの、もしかしてあなたは青山さん、でしょうか」


「ええ、そうですが、あなたは?」


翔鶴「しょ、翔鶴です。正規空母の」


青山「青山と申します。翔鶴さんってあの第1世代の翔鶴さんですよね……」


翔鶴「ええ、そうなり、ますね」

そういうことになっていたはずだ。


捨て猫を拾っていることについて、聞いてみた。


このような動物をなんとかするためのボランティア団体と関係があって、引き取り手を見つける手段はいくつかあるようだ。例えば引き取ってくれた方へ費用を団体から援助するそう。小さい子は病院で検査して異常がなければ、そのような負担をすることで猫カフェなんかも引き取ってくれるとか。彼が子猫の喉を優しく撫でると、猫が甘えた声を出した。


翔鶴「お優しいのですね」


率直な感想をいうと、彼は困ったように笑った。


この世界の提督であるというのならば、気になったことを聞いてみたくなる。人型の蜻蛉やサクラトロフィーについて聞いてもいいのだけども、もっと根本的な問題を質問してみるとした。


翔鶴「飼い主を探すのですか」


青山「ええ、この子ならすぐに見つかりますよ。猫は柄です。幸い、この子はベンガル風だ。ただ猫風っぽいかな。目やにもあるから、病院で目薬もらってこないとですね」青山さんは正面の建物を指差していう。「愛護団体の建物の前に捨てるくらいなら持ち込んで相談すればいいのに」


翔鶴「動物愛護団体の側だったんですか……」


青山「ここの職員とは仲が良いんで話をつけてきます。譲渡会に出してあげられるかも」


猫は愛護団体に連れていき、そこで一旦、預けた。幸いなことにも、生後三カ月未満の猫を引き取らせて欲しい、という話が来ていたようで、その猫のもらい手は見つかりそうだ、と青山さんから報告をもらった。良かった、と翔鶴は胸を撫で下ろした。


青山「いやいや、わざわざついて来られなくても良かったのに」


翔鶴「いえ、少し思うところがあったので……」


目を逸らした。自身が見捨てた猫をすぐ後ろを歩いていた人が拾う。なんだか、とても情けないように思えたのだ。無視して行くのも良心の呵責があったので、この猫に関しては力になろうと考えた。結局、すぐに話がついて、力になれることなんてなかったのだけども。


青山「動物のボランティア、興味ありますか」


翔鶴「……少し。やっぱり捨て猫や捨て犬は多いんですか?」


青山「ええ。でも、すぐに保健所っていうのは勘弁して欲しいんですよね……」


指差した先にあったのは愛護団体の施設に貼り付けてあるポスターだ。


無機質な金属製の箱の中で大きな音がする。かすれた声が聞こえた。冷蔵庫のような分厚いステンレスの扉が開いている。その中には大量の犬が横たわっている。ぐったりと四肢を投げ出して、眠っているかのように動かない。息を引き取った犬猫が無造作に積み重なっている。


青山「どう思いますか。絵の感想ではなくて、あの現実について、です」


翔鶴「悲しい、ですね」


青山「犬とか興味ありませんか」


翔鶴「ごめんなさい飼えません。野良犬だとどんな子が多いんです?」


青山「柴犬。可愛いイメージ強いですが、凶暴ですよ。縄張り内に入ってくる知らない人に尻尾振りませんし、噛みつく子が多い。自分も保健所とかで芝犬いますよっていわれたら、まず手を後ろに隠して近寄ります。悲しいことに問題のある子は力及ばす処分になるケースが多くて」


鎮守府で飼っていた犬のことを思い出した。苺みるくさんだ。第6駆のみんなが捨てられた子犬を拾ってきて、鎮守府で飼えないか、と提督に相談したという。人づての話だけども、捨ててこい、と提督はいったらしく、電さんにねだられて許可したとか。


青山「見捨てて終わりですが、その目でどんな未来を選んだのか、考えるべきです。あのような無機質な場所で炭酸ガスによる殺処分されます。たくさんの苦痛を伴うので、禁止にしている国もあります。この国では国民の税金を使って毎日、たくさんの犬を殺しています。でも」


「あ、青山さん、こんにちは」


しゃべりかけてきたのは皺の深い高齢の老人だった。犬を連れている。毛並み的に中型犬の雑種だろうか。犬が青山さんのほうを見て、ワン、と元気よく吠えた。青山さんは屈んで犬の頭を撫でる。犬の尻尾が大きく振られ、地面の土砂が舞う。


その後、老人と少し言葉を交わして別れた。


青山「あの犬も捨て犬だったんですけど、あの方が引き取ってくれまして。最初は難色を示していたんですが、トライアル期間に引き取ることを決めてくださりました。それからあの方もあの子と暮らす内に元気になった。幸せのウィンウィンです」


うん、良い話だ。その仕事は青山さんの中でこれ以上なく、誇れる仕事だったのだろう。こういう生き方と出会えたことが、この人の優しく生命力に満ちた雰囲気の源なのかもしれない。


翔鶴「……」


少し本丸世界の提督と比べてしまった。とても失礼なことだけれど、こうも外見が一緒だとどうしても重なってしまう。変に思考の溝にハマってしまうのは悪い癖だ。


提督「どうかしましたか?」


翔鶴「い、いえ、今日は暑いですね」


提督「春ですが気温は28度ですからねー」


ここの公園、ソメイヨシノが綺麗なんですよ、と子供みたいに笑った。


少し胸の鼓動が速くなる。

気温のせい――――



じゃない、これ。


青い春のせい。










わるさめ《うわっ、これずいずい勝ち目なさそう……》



翔鶴「急になんですか……?」


わるさめ「なんでもないゾ☆」


2


公園の街路樹沿いを歩いていると、ソメイヨシノがある。桜舞い散った先に花壇があった。そこの前でおしゃべりをしている子達がいる。見た目からして吹雪と綾波と磯波、かな。咲いた花を指差してなにかいっている。


「この花、なんだっけ」と吹雪がいう。分からない、と二人が返す。


「カラーですよ」と青山さんは気さくに話しかける。


青山「花びらに見えるのは包ですよ。エレガントな花でウエディングにも人気です。花言葉も凛とした美しさ、とか、乙女のしとやかさ、とかですし」


「ほえー、素敵なお花ですね」と三人が花を見つめた。


青山「ちなみに和名は海の芋と書いてカイウです。それでは」


最後のはいわなくて良かった気がする。


翔鶴「あ、この後、時間はありますか?」


提督「一時間程度なら余裕はあります。ちょうど良かった。差し支えなければ少し込み入ったお話をさせていただきたいのですが」


この世界の提督だというのなら、話をすることで、なにか人型の蜻蛉について情報が得られるかもしれない。そうでなくとも、この人に意見をいってもらえればなにか手掛かりになってもおかしくない。そう考えていたので断る理由はなにもなかった。瑞鶴がいたら、初対面の男の人と二人きりになるなって怒ってくるだろうけども、今はいないし。


翔鶴「構いません」


そういって微笑んだら、


青山「ありがとうございます」屈託なく笑った。提督にもこんな愛嬌があれば歳下に見えて可愛気もあるんだけどな、と思う。「ああ、せっかくのご縁ですし、名刺です、どうぞ」


翔鶴「これはご丁寧に。頂戴、致しますね」


有限会社X、ちょっとこれだけじゃ何の仕事か分からないな。


青山「あ、ここに書いてある通りに絆結人です。絆を結ぶ人と書きます」


翔鶴「はんゆいにん、ですか?」


青山「うーん、あなたに分かりやすくいうとですね、出会い系の業者です」


唖然とした。まさか提督さんの分身存在なだけに信じられない。


翔鶴「うん? あなたに分かりやすくいうと、というのは?」


ひっかかった。


青山「瑞鶴さんと神風さんにお会いしました。別の世界から来たそうですね」


すぐに瑞鶴に連絡を執ってみた。違う存在といえども、元は提督さんだ。なにか疑わしく想われてかまをかけられている可能性が捨て切れられなかったのだ。


瑞鶴《あー、まあ、バレた。そいつ腐っても提督さんの分身存在だから気をつけてね》

とのことだ。


青山「自分が有限会社X、翔鶴さんは謎の生物Xですね。あっはは」


翔鶴「あ、はは……」


とりあえず笑っておこう。


3


学園都市から浮いたトタン張りのプレハブ小屋が待ち合わせ場所だった。

コンコン、と扉をノックすると、「空いておりますので、どうぞ」と返事がある。引き戸をガラガラと引いて、お邪魔します。中にいたのは雲龍型の着物姿の葛城さんだった。人懐っこい笑みを浮かべた。


葛城「青山さん、その人はお客様ですか」


青山「ナンパしたらひっかかってくれました。超美人です」


葛城「すみませんね。ちょっと変な人です。でも、悪い人じゃないですよ」


翔鶴「悪い人ではないと、いうのはなんとなく」


ここは会社、なのだろうか。妙なカプセルのような科学的な装置があると思えば、神社にあるような魔よけの札も並んでおり、ご神体のようなものも見受けられた。部屋の隅に樹木があり、おみくじがくくりつけられていた。


青山「翔鶴さん、なにか本気の願いごとはあるのならおみくじでも引いてみますか。本気の願いごとを書いた紙は微弱ですが、想力の溜まり場になるんです。言葉や文字には力がありますからね。想力は資源ですので、一つの収入源です。なのでお客さんは別に金銭がなくてもといった風」


翔鶴「残念ながらそれほど強い個人的な望みはありませんね……」


機械化推進の世界観だと聞いていたものの、物での取引とはこれまた原始的だ。といっても、今は心からの願いごとだなんてなかった。海の傷痕と戦う前ならば、いくつもあったけども。今はもう、~ように、といった程度で十分なのだ。


翔鶴「あの、この世界は深海棲艦と戦っているんですよね」


青山「そうですね。国営組織と民間組織があります。これも一つの人間の大きな役割ですね。想力搭載したオートマトンだとなぜか深海棲艦に傷をつけられないんです。素体が人間ではないと、ダメみたいなんですよね。ここはよく分かっておりません。そうですね、詳しくお話しましょう」


深海棲艦とは人間が戦うしかない。そして深海棲艦の発生のメカニズムは解明されている。明石えもんの世界では沈んだ艦娘が深海棲艦に変貌を遂げるということだったが、ここは人間のマイナスの感情を含めた想力がそのまま質量を持って深海棲艦として出現するそうだ。そのため、ここに学園都市があるように、商売の種としては大きいそうだが、それだけに競争率も激しいとのこと。


葛城「本当は兵士業一本で生計を立てられたらいいのですけどね」


青山「傭兵みたいなものですよ。うちには兵士として登録しているのは葛城さんと瑞鳳さんの二人しかいないので、実力はあるのですが、実績がなく、そして評判があまりよろしくないので。知名度さえあがれば共同戦線の話を持ちかけられるポテンシャルはあると思うんですけども」


葛城「兵士といえば、嵐が負けたそうですよ」


青山さんは目を丸くして、椅子をくるっと半回転させた。


青山「あの人が負けた? 誰に?」


葛城「多分、神風と瑞鶴パイセン。私もその人達と会ったのですが、本当にこの世界で育ったのか、と疑問を真面目に考えるレベルで摩訶不思議でした」


ぎょっとした。嵐、というのはよく知らないけれども瑞鶴達がなにか悶着を起こしたそうだ。あまり目立つべきではなく、隠密での任務のはずだが、神風さんも一緒だったのならば、交戦がやむを得ない状況だったのだろう、とは推測できた。


青山「へえ、葛城さんも会っていたのですか」


葛城「神風さんのほうと戦って負けました。非論理的な強さでしたね……」


青山「葛城さんもかなり強いはず。翔鶴さんは二人のお知り合いですよね。神風さんってそんなに強いんですか?」


翔鶴「ええ、まあ……今だとそうですね、こちらの最高戦力の一人ではあります」


戦後復興妖精を倒してから評価が改められて電さんと並ぶ立ち位置になっている。あの戦いを見ていた限り、それだけの強さはあった。といっても、かなりの特例的な強さだ。電さんは性格的に手綱を握るのが難しいけども、神風さんの場合は戦闘スタイルの癖が強く扱い辛い。


乙中将「ウワアアアアアアアアア!」


外から乙中将の悲鳴が聞こえた。引き戸のガラスの向こうでは、乙中将が赤土の地面の上に倒れている。


瑞鳳さん「びっくりしたなあ、もう!」

悶着があったのは瑞鳳さんだ。しかし、どことなく仲間の瑞鳳さんとは違う感じがする。ここ青山さんの会社だし、もしかしたら青山さんの関係者なのかな。そもそも手足が機械だ。


瑞鳳さん「青山君、この人、不審者です! 私有地に不法侵入です!」


脇に抱えた乙中将を指差していう。


乙中将「ちょっと僕の嗅覚が反応して入っちゃっただけで別に悪さしようとは!」


乙中将「あ、翔鶴さん、翔鶴さんだよね! この人達と知り合いなの……って青ちゃん……この感じはこっちの世界の青ちゃんか。とにかく翔鶴さん、助けられそうなら助けて!」


翔鶴「えっと、この人は私達の世界の提督です。どうか許してあげてくださいませんか」


乙中将「ほんとごめんって。でも少しだけうちの瑞鳳さんに似てる、かな?」


瑞鳳さん「え……あー、もしかしてあの瑞鳳ちゃんかな」


心当たりがあるらしい。どうやらみんなこの青山さん御一行と出会っているようだ。乙中将が解放されて「ああ、もう……同じ艦種がいるっていうのは面倒臭いね」とけだるげにいう。


青山「提督、というのは国家組織のほうですかね。まだお若いのに」


乙中将「ええ、まあ」


瑞鳳さんが乙中将の隣に立って、見下ろした。


瑞鳳さん「へへん。提督のくせに私よりちんちくりんだ」


乙中将「お茶目で腹立つ瑞鳳さんだね……」


葛城「瑞鳳さん、失礼ですよ。確かにこんな高校生が提督を名乗る以上、気持ちは分かりますけども、きっとすごく優秀な方なんですよ。じゃないと、提督の地位は得られないはずです。このような人生経験薄そうな小さい提督に命預けるのは不安ですけども」


乙中将「お前ら本当に失礼だな!」


ぎゃあぎゃあと三人で口喧嘩を始める。


青山「翔鶴さん、失礼ですが彼の階級は……」


翔鶴「対深海棲艦海軍の中将です」


青山さんだけでなく、瑞鳳さんと葛城さんの身体が凍りついた。


青山・葛城・瑞鳳さん「中将階級!?」


瑞鳳さん「う、嘘だあ。海軍の中将なんて階級にいる人はおじいちゃんかおじさんでしょ」


ですよね。そっちのほうが自然で、こっちのほうが違和感あるのは否めない。青山さんがこほん、と咳払いして、笑顔を浮かべた。


青山「これは上客ですね。なにかお話がありますか。なんでもいってください」ゴマをすり始めた。多分、そっちが思っている中将とは立場もなにもかも違うと思う。


乙中将「いっとくけどお金なんかないからね!」


葛城「またまたあ。中将の階級だなんてけっこうもらっているでしょう」


乙中将「いえないけど僕等が一番、血を流してリアル戦争していたっていうのに陸軍の奴らよりもらえるものもらえないどころか戦果にいちゃもんつけられて給料カットばっかりだったし」


青山「なんだ……大金持ちではないのですか」


瑞鳳さん「良かった。それほど権力も持っていなさそうですし、失礼も大事にはならなさそう」


葛城「お金がないならゴマする必要もないですよ」


乙中将「愉快なやつらめ……まあ、翔鶴さんのほうがもらってるのは間違いない」


青山「翔鶴さん、引き続きお時間よろしいですか」


瑞鳳さん「お茶を要れてきます。ゆっくりしていってくださいね」


葛城「こちらこの会社のパンフレットになります」


商売魂がたくましい。提督の人達ってそんなに厳しいのか。思えば提督も経済面で苦労していたような気がする。まあ、あれは深海ウォッチングの作戦で深海調査のために自腹を切ったから、と聞いてはいるけども、思えば提督の人達が大盤振る舞いをしているのは見たことがない。


乙中将「絆結人ねえ。翔鶴さんはなにかある?」


翔鶴「恋愛的な意味で男女の絆を結ぶことは可能なら、提督と間宮さんを、と」


乙中将「それは僕が許可しよう。いい加減にじれったいからね」


青山「まあ、詳しくお話をお聞かせください」


とのことで乙中将が説明を始めた。あの大和さんを喪失した撤退作戦から、雨村レオン御一行のことまで、だ。


いくつかツッコミが入ったけども、細かく説明していた。乙中将の口からいうならば、私が口を出すことじゃないか、とその場は聞きに徹しておく。


葛城「信じられない情報ばかりですね。ですが整合性は取れております。青山さん」


青山「ええ、まずは『人型の蜻蛉』ですが、あなたが知っている通り、都市伝説の一つですね。実はこちらにも警察のほうから依頼が入っておりまして、多少の情報はつかんでおります」


乙中将「へえ、警察と連携しているのか」


葛城「けっこう捜索が得意でその方面では有名なんですよ。刑事にならないかって声がかかる程度にはけっこう推理力のある人なので……まあ、聞いた話、そっちの青山さんもそのようですね」


ですね。刑事になれ、と先代の丁准将から勧められたことはあるみたいだし。


青山「というかこちらの一件の見返りは金銭では困ります。


鵜呑みにして考えた場合、雨村レオンの消失はこの世界の滅亡を意味するんでしょう。にわかに信じがたい話ではありますが、あなた達の存在そのものが作り話にしては出来過ぎていますし、瑞鶴さんや神風さんの存在を踏まえても色々と納得できます。でも、さすがに世界滅亡して消えたくはないんですよ」


乙中将「まあ、雨村レオンは生け捕りだよ。軍ではこちらの世界を維持しようという考えが強いからね」


青山「『第二の海の傷痕を誕生させないためのロスト空間として維持しておくため』でしょうか」


乙中将「そういうところはさすがだね……その通りだよ」


また新たな情報だ。

明石えもん界代表の高貴な駆逐棲姫さんとの話がそういう風に落ち着きつつあるのかもしれない。どこの世界もきっと消滅を望んではいないだろう。最悪、雨村レオンの側につく、と考えられたけども、少なくともこの青山さんはこちらに好意的な風だ。


青山「葛城さん、あの願いのおみくじを持ってきてください」


葛城「了解です」

裏口から外に出て、大樹にくくりつけてある一つのおみくじを外して持ってくる。


葛城「どうぞ、男女のそういうのはこの想力が有効かと思います」


青山「『想人との関係が良い方向に転がる』という想力性質があります。多分、好意を持っているのは間宮さんのほうでしょう。この想力を彼女に譲渡してください。男女の関係として結ばれるということは保証できませんが、くっつくなり振られるなり、少なくとも決着はつきます」


葛城「こういうのは当人のいない場というのはマナー違反かもしれませんが……」


乙中将「構わないよ。そもそもあの二人が周りに気を遣われているのを知っていて、いつまでもぐだぐだしているのが悪いということで、この程度のお節介、なんてことないさ。おいくら?」


青山「恋愛関係は人気があって貴重な代物なので時価です。どの程度のご予算で?」


乙中将「奮発して10」


瑞鳳さん「あの、そういえば凪ちゃんのロボットが嵐さんに壊されてしまったみたいで!」瑞鳳さんが突然、そんなことをいう。「乙中将さん、なんとかできませんか」


乙中将「ここで僕かよ! 先程まで散々僕を馬鹿にしといて都合良いな!?」


瑞鳳さん「今なら私との一日デート券もついてくるっ」


乙中将「じゃあ5で」


瑞鳳さん「下がった!?」


青山「……翔鶴さん、いかが致しましょう」


青山「交際の始まり方を気にしないというのなら可能だと思いますけども」


なんだか相談した弁護士から「けども、どうします。コレ以上は出すもの出せ」といわれているような威圧感が出ている。しばらく逡巡した後に腹をくくった。


翔鶴「乙中将、任務とは関係ない私のお願いなのでここは私が身を切ります」といってから金額を考える。色々と考えたものの、きっとこういう場面がお金の使い道ってやつだと思う。「そうですね、15はいかがでしょうか」


葛城「翔鶴パイセン、あなたの気持ちの度合いは15、でよろしいのですね?」


乙中将「こいつらとんでもなくがめついぞ!」


翔鶴「気持ちの度合いですか。では1本」


青山・葛城・瑞鳳さん「!?」


翔鶴「ご不満なら10本、出します。それでも、というのならまだ出します」


青山・葛城・瑞鳳さん・乙中将「10本!?」


葛城「幸せのエマージェンシーコール! この会社の年商クラスの報酬が提示されました!」


鎮守府の仲間のためなら、そのくらいの身銭は切る覚悟はあった。そのレベルの額を投資するとなると、提督と間宮さんにも迷惑をかけてしまうかもしれないので、あくまでも気持ちの話だ。そこを踏まえてどのような落とし所にするかは任せるとした。


青山「了解いたしました。葛城さん」


葛城「すでに。愛しの5航戦先輩、こちらが契約書になります♪」


最高のスマイルと猫撫で声だ。ぼったくられた気がするが、契約書にサインした。母音は親指で圧した。葛城が書類を回収し、青山さんはパチン、と指を鳴らし、パソコンのボードを打つ。


青山「それでは10本でお願い致します。報酬に目が眩んだのではないので、ブン取るつもりはないです。申し訳ありませんね。ただあなたの想いの程をお伺いしたかったんです。その金額を提示できるというのならば、こちらも仕事のしがいがあります」


乙中将「無料は信用できないんだけど」


青山「あくまでそちらの世界の自分に発破かける手段と致しまして御先に徴収させて頂きます。報酬としては現物がいいですね。想力周り、でしょうか」


青山「それと『人型の蜻蛉』ですが、少々お話が長くなります。葛城さん」


葛城「データ送るのでお待ちを」


部屋にある印刷機から音が鳴り、大量のコピー用紙が吐き出されていく。それをまとめて机の上に置いた。H.B社の情報、その中でもブレイド、という人物の情報が多かった。ブレイドの人物写真を見て確信した。向こうの世界のブレイドと同じ顔をしている。その頭の上のアンテナの形も同じだ。


青山「十中八九、人型の蜻蛉の正体はハッカー・ブレイドです。警察のほうもそう見て動いております。もっともまだ一般には流れていない情報なのですけども、彼が行方を晦ました時期と人型の蜻蛉の目撃情報の時期が一致するということと、このブレイドさん、姿を消す前に男性でも深海棲艦を倒すための研究をしていたようです。それも自分の肉体を使っていたという話で」


乙中将「……ふうん。まだ正体を確定つけるにしては弱いと思うけど」


青山「人型の蜻蛉の都市伝説はご存じのようなので省きますが、願いを叶えてもらった証言者の中で『0001』の識別コードをつけていた、というのがあります。これは生前にブレイドさんが登録していた人体の識別コードです。そして、まあ、これはいうべきか迷いますけども、自分も人型の蜻蛉に会って願いを叶えてもらいました」


乙中将「どんな願いを叶えてもらったの?」


青山「まあ、金銭関連です。それで出版したのがこの本です」


一冊の本を差し出した。タイトルは『生きる意味とは』だ。ぺらぺらとめくってみたけども、目新しいものはなく、そこらにある啓蒙本といった印象なのだが、ほとんどデータの移行と偉人の分析を軸にした批評論で、先人に学ぶ、といったほうがしっくり来る内容だった。機械化が浸透しているから需要はあるのかな。青山さんが苦笑する。


青山「500万部売れました。憶単位の儲けが出たんです」


乙中将「もしかしてそれを元手にしてこの敷地とか」


青山「いいえ」


青山「人型の蜻蛉が元のデータを作ったんです。今の世の中の人間の需要を分析して、ディープラーニング……もともと人間なのでそちらの考えもあったのでしょうが、とにかく数分でこの本の形を作ってデータをくれた。自分はそれを本にして出しただけで、500万部も売れたんです」


乙中将「そりゃ幸運だね……でも、まあ、いっちゃなんだけども」


青山「情熱がなにもない。ここには自分の人生経験もなにもなく、コピペの要領で作っただけで大金を手にしただけです。なので色々と考えたのですが、そのお金は全部、愛護団体に寄付しました」


葛城「おかげ様でいつも火の車で借金もあるんですけどね」


青山「すみません……」


翔鶴「……ふふ」思わず、笑ってしまった。


乙中将「どうした。なにか笑いところがあった?」


翔鶴「いいえ、お気になさらず」


青山「……ええ、話を戻します」


会社が実利を求める営利団体こそ会社であるはずなのだけども、学校と同じく、その本分よりもやりがいを求める人も多くいる。機械化推進のこの世界でも人間はこうやって逆ねじを喰わせるがごとしな考えを持つ人もいるのだ。だから、ああいう風に動物と接することも出来るお人柄に嘘はないのだろう。


そう思うと、笑みがこぼれてしまったのだ。


青山「そして嵐さんも、この人型の蜻蛉に願いを叶えてもらっております」


乙中将「ほう、それがあの訳の分からない能力って訳か」


青山「そうですね。あの身体はどうやって改造したらあんな風になるのか、現状では解明できておりません。本人が人型の蜻蛉に改造してもらったと証言しているだけですね。そしてこれ」


今度はまた違う本を取り出した。タイトルは『撃てば鶴のコチョウラン』だ。


青山「絶版の本です。これはページがスカスカなのですが、原本はブレイドさんのコレクションだと聞きます。内容は5航戦が主人公で、深海棲艦を滅ぼして世界を救う内容ですね。自分が持っているこの本にはラスボスの能力が示されております。ここ、です」


指差した箇所には英文字でこう書かれてあった。


翔鶴「flower bedsea melodorama」


翔鶴「直訳が難しいですね。造語ですか」


青山「はい。ベッドは、苗床や花壇の意味です。フラワーが重複しているんですが、海の上の花壇を『フラワー・ベッド・シー』といいます。メロドラマはそのままで、『花深海の恋愛劇』という意味になります。船名の言霊を能力化した兵装らしいですよ」


楽しそうに言葉を続ける。「つけ加えるのなら、全ての船の魂があるところですかね。その物語、擬人化した船がラスボス的立ち位置だったんですよ」


翔鶴「ラスボスの名前は?」


青山「確か『深海核棲姫』でした。深海にコアの核に棲む姫です」


乙中将「鶴じゃなくて核で、船が擬人化、か」


明石えもん世界みたいだ。あの世界はなんと資材で艦娘が建造されていたという。物から人間の命を芽吹かせるというのは正しく神の御業といえよう。船の名に込められた想いが実際に具現化されると聞いて、ぱっと頭の中に嵐が思い浮かんだ。


翔鶴「もしかして嵐さんの力って、嵐の名の由来に沿った力とか」


葛城「ええ、あいつはなにかしらの方法で『フラワーベッドシーメロドラマ』の力の一端を手にしたと思います。要はその力、この世界に実在している可能性があるんですよね。私達が調べた限りでは都市伝説の『人型の蜻蛉』が関わっている根拠の一つでもあります」


翔鶴「乙中将、願いごとを書いた紙が想力の停留所になるって情報を知っていました?」


乙中将「紙切れを生業にするって発想はなかったけど、当局が神社に流れついていただろう。あれから宗教方面も洗い出したところ、有名な神社でいくつか溜まり場がね」


青山「ブレイドさんいわく、『最も上質なのは願いごとを叶えた後の素体から取れる』らしいですけどね。これもよく分かっていないところです」


乙中将「それは初耳だ」


瑞鳳さん「青山君」お隣の部屋から申し訳なさそうな顔で青山さんを見ている。「ごめん、ちょっと明日、学校に持っていこうとした装備開発に失敗しちゃって資材がペンギンになっちゃった」


葛城「なにやってるんです。資材も少ないのに……」


青山「中将殿、烈風を作ってあげてもらえませんか」


乙中将「なぜ僕が……」


青山「いや、違っていたら申し訳ないのですが、その若さでその階級にいるとなると、ほぼ全てが高性能ではないか、と思ったんですよ。そちらの世界と違って一種の妖精に建造解体、開発廃棄の役割がありますので勝手は違うんですけど、お願いできませんか」


翔鶴「この人、意思疎通レベルはこちらの世界でトップです」


乙中将「翔鶴さんまで……保証は出来ないけども」


席を立って、お隣の部屋へと移動する。葛城さんと青山さん、瑞鳳さんも興味深々のようで部屋の隅で乙中将を観察していた。「あ、これ可視才ゴーグルです」とゴーグルをもらった。この世界にもあるらしい。ありがたく装着した。


乙中将が妖精さんと意思疎通を始める。普通は可視才能が高くても五分前後は目当ての開発装備に関する情報を伝達するのだ。妖精さんも渡された資材量からある程度、装備を絞ることは出来るのだが、そこから更に目当てのものを絞るのが難しい、らしい。そこらが提督の可視才の腕の見せ所だ。


乙中将「――――、――――」


二言、三言、妖精さんと言葉を交わすと、「カーンカーン」と開発の音が鳴り始める。


乙中将「良かった。一回で成功した」


青山「なんて羨ましいチート性能……!」


このような精度なら資材の節約も大きいから、最上位の提督の才能の一つだよね、と思う。しかし、この青山さんの反応からして、まだこの世界は乙中将の領域には技術が届いていないようだ。本物の才能は機械じゃ真似するのは難しいのかな。


乙中将「あ、戦後復興妖精から連絡が来た……」


「え」と間が抜けた声を出して、「嘘だろ!?」と大声をあげた。


翔鶴「どうかなされましたか?」


乙中将「順を追って話すよ。まず戦後復興妖精がブレイド社が急に消えた理由を突き止めた。こっちでネットでアップロードされている消失の一部始終を見て調べてみたらしい」


青山「頼りになるお仲間がいるんですね」


乙中将「結論からいうと、人型の蜻蛉の仕業だって。まずあの艤装を模した建造物を小さくして、そのまま体にセッティング、中にいた人間は妖精化してそれも内部に搭載」


葛城「すみません、なにをいっているのかサッパリ理解できません」


瑞鳳さん「艤装の建物を小さくして丸ごと機械の体にセッティングしたってことでしょ」


葛城「いや、そうではなくて理論的な話、です」


乙中将「とにかくそういうことらしい。理論的なことは知らない。でもね、あんな建物を瞬時に小さくするって、ばかげているよね。そんなことするにはスモールライ……」


翔鶴・乙中将「あっ」


明石えもんの世界にはありましたね。同じく想力を技術力とした世界だ。明石えもんと同じくブレイドさんがその技術領域に達していても不思議ではない。


青山「……それでなにが『嘘だろ』なんです?」


乙中将「ああ、こちらで音信不通になっていた仲間が一人いてさ、天城さん。葛城さんの姉妹館の天城さんね。生きてはいるって聞いていたけど、応答をしてくれないみたいで」


葛城「無事なのですね。天城姉はお金持ちでしょうか。協力しますよ」


乙中将「自重しろよ……その天城さん、こちらの世界で落とされた地点がブレイド社の内部だったようで、その、つまり天城さんは人型の蜻蛉の中にいるみたいなんだよ」


青山「そちらで天城さんの居所がサーチできるのなら人型の蜻蛉は見つかりますね」


乙中将「だといいけどね……翔鶴さん」


翔鶴「天城さん救出任務ですね」


乙中将「いや、天城さんは僕と北方さんのほうでなんとかするから、学校に登校してきてくれないかな。戦後復興妖精いわく、あそこはなにか重要な手がかりがあるそうだから当たりか外れかだけでも」


この状況で学校へ行け、と。

天城さんをすぐにでも捜索して救出したいのだけども、上司の命令には従うべき、か。そこまで慌てていない様子を見ると、なにか策でもあるのだろか。


天城さんが心配だ。



           ➶



瑞鶴「あー……」


昨夜は眠れなかった。入居予定の寮部屋に翔鶴姉が帰ってこなかったのだ。すぐさま連絡を取ったが、「心配いりません。今晩はちょっと葛城さんのところに泊まります」との返事が来て、追及を避けるかのように強引に切られてしまった。瑞鳳が人型の蜻蛉も発見したとのことで、思い描いた夢の高校生活の日常はもはや砂上の楼閣のように崩れ去っていってしまっている。


瑞鶴「つか、みんな一体なにをしているんだろ」


北方提督名義で借りたというマンションの一室が今回の基地なのだが、乱雑に各自の荷物がフローリングの部屋の隅に積みあげられているだけで、肝心の皆が一人も帰って来ていないという。サクラのトロフィーのこと、人型の蜻蛉のこと、順調なのだろうか。


テレビのスイッチをつけた。


童顔の女アナウンサーが真面目な顔で淡々と報道を述べている。


ここは平和だ。警報なんて形だけしかない。艦兵士は機械化の技術で適性を無理やり50%まであげられるうえ、軍の他にも民間でも活動しているというのだから、兵士は供給が間に合っている。海に面したこの学園都市内でも滅多に警報は出ないようだ。


しかし、人が集まれば事件は起きる。


瑞鶴「うわ、殺人事件か」


眉間を弾丸で一発の即死。


そんな凄惨な事件の被害者が相次いでいるという。犯行に使われたのは拳銃ではなく、7.7ミリ機銃、つまり艤装の装備だ。そんな訓練生の授業で使うような装備はこの学園都市では腐るほどあるだろう。あくびが出た。頬を叩いて気合いを入れる。


瑞鶴「しっかし、登校初日から嫌なニュースを見てしまったな」


冷蔵庫を開くと、コンビニの袋ごと食料が無造作に入れてある。おにぎり一つもらって胃の中に押し込んだ。昨日に学校から持ち帰った制服に着替えて、水面所で顔を洗う。歯を磨いた。髪をクシでといた。ゴムを取りに行くのが面倒くさく、髪は束ねず。


瑞鶴「弁当でも作ろうかな」


まだ時間はあるしね。


翔鶴姉にも連絡を入れておく。今日から登校日なのだ。もしも登校する気でどこかにいるのなら、制服とカバンを持って行って渡したほうが遅刻せずに済むはずだ。返事がない。


連続殺人事件のことが脳裏に過ぎり、さすがに心配になってきた。


瑞鶴「そうだ、スマホから位置分かるようにしていたんだった」


思い出してGPS反応を辿り、翔鶴姉の居場所を突き止める。ここから三キロほど南西にある居場所を示した。建物の中だ。地図を拡大して詳細を探った。そこは建物があった。衛星からの映像に切り替えた。あの廃車が積みあげられた場所にあるプレハブ小屋だ。表札に有限会社Xとある。


瑞鶴「そういえば翔鶴姉も青山さんと遭遇したんだっけ……ん、あれ?」


すぐさま連絡をかけた。


青山《おはようございます。瑞鶴さん、化粧品のことですか》


瑞鶴「翔鶴姉と一夜明かしましたよね。手、出しましたか」


青山《いいえ。葛城さんもいましたよ。とても怖いので切りますね……》


瑞鶴「……まあ、武闘派の翔鶴姉相手にあの青山さんがどうこう出来るわけないし、大丈夫、かな? でもあいつけっこう普通に女に興味あった感じだし、不安だ……」


翔鶴《瑞鶴、変な電話は自重してください。それと私も学校には行きます》


変な電話をしたつもりはないけどな。

とにかく、翔鶴姉は翔鶴姉でなにかしているのだろう。


最優先事項は任務だ。人型の蜻蛉はいまだに消息がつかめないままなので、なにか情報を探りにマル秘地点の学校に行くとしても、偶然力を頼りに適当に行動するくらいか。

とりあえず登校するとした。


カバンを持った時、玄関の扉が開いた。


嵐「ういっす。カゲ姉とシラ姉は?」


瑞鶴「怖いわー。この世界の台風って人の家の中まで入ってくるのか」


嵐「連中に拉致られてから仲良くなっちまった。オレを倒した奴には敬意を払う。さすが陽炎型の長女と次女なだけはある。ま、オレが本気を出せばオレのほうが遥かに強いけどな」豪快に笑った。


嵐「なんだ、学校にでも行くのか?」


瑞鶴「うん」


嵐「行っても人が少なくてクソつまんねえけどな」


瑞鶴「はあ、学校なのに人が少ないの?」


嵐「……授業はネット経由で受けられるからテストの日にしかこないやつも多い。部活とかで午後から来るやつは多いんだけどな。後はそうだな、やっぱり直接授業を受けるほうが学べることが多いから勉強をがんばっているやつは来るかね」


嵐「要は別に義務教育じゃないし、勉強じゃなくてもいい。何の分野でも評価されちまえば強いんだよ。学校である必要あるか?」


そういう話らしい。

時代に沿っているんだろうけど、なんだかなあ。

子供の時から自営業とは恐れ入るわ。


瑞鶴「あんたは将来の目標あるわけ?」


嵐「特にねえよ。毎日、楽しく生きていられたらそれがベストだし。力を手に入れたのもそういう経緯だ。この学園都市はなにかと成績だの結果だのうるさいんだよな」


瑞鶴「人生そんなに楽じゃないわよ」


嵐「こんな当たり前の望みが贅沢って怒られるのか。お前らの世界も機械に修理してもらえよ」


瑞鶴「イヤよ、こんな世界みたいになるの」


嵐「兵士だっけ。ガッコに行って艤装つけて、オレと戦うか?」


瑞鶴「別にそういうのはもう興味ないかなあ」


嵐「なんか着るもん貸して」

バッグの中を漁り始める。自由なやつだな。


嵐「なんつうかカゲ姉もシラ姉もファッションに気を遣わねえのな」


陽炎も不知火も「色気とか可愛くとかそんなん意識してどうするの」って感じだしね。見た目は整えても、そういったことを意識するような性格ではないのは確かだ。


瑞鶴「お前もそういうタイプでしょ。そういえば相方の萩はいないの?」


嵐「オレと萩をセットで考えんな。同期の萩はいたけど、解体した。ガッコ通いながら花屋さんでバイトしてるよ」


瑞鶴「萩風は戦いに向いている性格ではなさそう、か」


嵐「お前らも萩がどういう性格か知っている風だな。艦兵士なら腐るほどいるんだ。駆逐のくせに夜は怖がるわ、そもそも戦闘に向いている性格してねえわ。そういう艦種の奴はドロップアウトしていくもんなんだよ。兵士には向き不向きがある。徴兵されるような時代でもないしさ」


それもそうか。艦兵士なんて触種は向き不向きが分かりやすいほうだ。嵐が手に持っているオシャレ気のない服、綺麗に着飾って女の子しているような性格の子は基本的に不向きな子が多い。


嵐「渋い顔してどうした。お前も向いてないから解体したいやつか?」


瑞鶴「私は出戻りだから。一回、解体してまた戻ったんだ」


嵐「へえ」興味が湧いたのか、声末が上がった。「心でも病んだのか」


瑞鶴「提督を半殺しにして強制解体処分。海のように深く反省している」


嵐「提督って人間の上司だろ!? お前よく戻って来られたな!?」


本当にね。最高戦力のおちび(電)の権力が異常だったゆえだ。


瑞鶴「細かく離さないわよ。それよりさ、連絡で知ったんだけど、その力は人型の蜻蛉に願いを叶えてもらったって本当なの?」


嵐「ああ、オレも探してんだ。もう一つ叶えてもらいたい願いがある。とりあえずお前らのところの陣営とは休戦協定で捜索において力を貸すってことになっているから安心してくれ」


瑞鶴「いっとくけど私はあんたを仲間だとは思わないから」


嵐「ツンツンしてるなあ。あ、そうだ。交友の印にこれやるよ」


瑞鶴「ケンカ売ってんのか。お前の履いている靴なんか要らないわよ」


嵐「想力仕様のオリジナル装備のけっこうなレア品だぞ。いいから履いてみろよ」


見た目は普通のスポーツシューズと同じだ。気乗りしなかったが、靴を履いて、靴ひもを結び直した。サイズはちょうどいい。ただ普通のシューズよりも少し重たかった。よくよく見れば底が厚く、小さな穴がいくつも空いていた。


嵐「蹴気天魔っていってな、裏の穴から反重力液を噴射して十秒間だけ空気を固める。艤装と同じく意思疎通で、適性は要らないから兵士なら誰でも扱える優れ物だ。まあ、足周りの艤装あるやつは使わねえし、出回っているのはけっこう壊れやすいから、戦場では普及していない」


面白そうだ。足を前に出して、試しに艤装を動かす要領で靴の力を試してみた。確かになにもない空中に足場が出来たのか、踏める。二歩三歩と天井に向かって階段を上るように進んだ。


瑞鶴「空を歩く靴とか超便利じゃん! これ空を歩いて登校できる……あれ、でも」


嵐「気付いたか。空を歩いているやつは見ないだろ。危ないんだよな。途中で燃料切れを起こして落ちたり、覗きとかに悪用されたりして今はもう生産が中止されている。オレの成績が良いからこそ所持を許されている一品だ。普通はそこらの自動運転タクシー捕まえるやつがほとんどだ」


嵐は窓を開けて、振り向いた。


嵐「使い方は理解したな。それじゃ、オレの肩をちょっとつかんでくれ」


嵐の肩にそれぞれ手を置いた。その時に気付いたけども、脛骨が異様に太かった。そういえばこいつ、猫背だよな。変な身体の構造をしているらしいから、造りそのものが違うのか。人間辞めている、と思ったものの、私も建造したら似たようなものか、とすぐに割り切れた。


嵐「よし、しっかりつかまっていろよな!」


視界が激しく揺れた。身体が外に放り出され、嵐の肩から首に腕を回してしがみつく。ロケットスタートのごとく、窓から外に発射されて正面のビルの側面に移動した。衝撃でぐわんぐわんと頭が揺れた。軌道を変えて、次は左のほうにある建物に飛び移る。


瑞鶴「ちょっとおおおお! どういう身体の構造しているわけ!?」


嵐「神風を拳でぶっ飛ばしたのは見ただろ。あれ、エネルギーで身体の動きを加速させてんだよ。使い方でオレはこんなことも出来るってことだ。学校まで一分かからねえ」


瑞鶴「学校行くだけで命賭けとか意味分かんないっ!」


嵐「なんだお前、空母の癖に空が怖いのか?」


瑞鶴「空を飛ぶのは空母じゃなくて艦載機でしょうが!」


風圧に耐えきれず、嵐をホールドしていた腕が弾け飛んだ。身体が投げ出される。ヤバい、と思った途端、頭に蹴気天魔のことが過ぎって、空に足の踏み場を作ってみる。落ちる重力を殺し切れず、支点に舌足首が痛む。何度か足場を作ってホップステップワンジャンプして落下の勢いを殺した。


瑞鶴「もう私は一人で行くから先に行ってなさいよ! 足首を痛めたし!」


嵐「あっそ、入渠すりゃ治るだろ」


ああ、もう。朝っぱらから飛んだ災難だ。


2


出席人数13名と少なかった。授業も淡々と進んだ。昔にテストのためにあれほど頭に詰め込んだ公式も改めて教科書を開けば忘れているものばかりだった。


これといった教科の違いは現代情報、という教科があったことか。時事的な材料を扱うプログラミングの授業だった。Python、とかC++の言語だ。


このシチュエーションにおいて作業効率をあげるフォーマットを作成しなさい。これはお手上げだ。プログラムコードなんて書いたこともない。


お隣の嵐は鼻から風船ふくらまして寝ている。なにしに学校に来たのか。先生もそれを注意することもなく、淡々と授業は進む。


翔鶴「来てみたはいいですが、さっぱり分からない」

翔鶴姉はパソコンと向かい合っている。アナログ寄りの文系女子の翔鶴姉にこの授業は辛いものがあるだろう。


翔鶴「……ふむ」なぜか携帯を取り出して、机の影で隠すようにして弄り始める。このような行動は珍しいけども、顔が真面目モードなのでそっとしておいた。


そして三限は自習だ。

担当の先生が有給使ったんだとさ。


ホワイトスクリーンにニュースが流されて、自習室の見張りの先生がぼけっと眺めている。クラスは静かだ。おしゃべりする人は少なく、みんなパソコンのキーボードを思い思いに叩いていた。嵐は頬杖をついて、なにか眉を潜めてスクリーンの映像に目を向けていた。


冠婚葬祭での人権騒動だ。


結婚式も葬式も思えばロボットに取り代わられるのは難しいような気がする。大切な人が死んでそのディレクターが機械っていうのは抵抗あるよね。技術が発達すればするほど人間は伝統や自然を愛し始めるものなんですよ、という明石さんの言葉がまさにそれだ。葬式でロボットを導入した会社が訴えられたとの話で、そこから更に企業側が「ロボットに対する差別だ」と抗議した。そんな社会問題だ。「大切な人の結婚式とか葬式を機械って、さすがにおかしくない?」嵐に聞いた。


嵐「オレも変だと思うよ。この狂っていると思う感覚を共有できねえんだろ」


二時限の漢文の時に思ったけども、黒板の文字を写すために、パソコンのキーボードで打てば、すぐさま難しい漢字を変換をしてくれた。ノートを出してシャーペンを握ってみると、頭では漢字が思い出せなくなっていたんだよね。利便性に慣れて忘れる人間の欠陥プログラム。


嵐「オレ達が海で死んでも機械が引き揚げたり、弔ったりしちまうからな」


瑞鶴「イヤだねそれ……」


嵐「オレらの軍の金は国民の税金だからな。ロボットに任せることで大きく削減できるんだよ。最初は国のために死んだオレ達に対してそれは非情だという人もいたけど、コストだの効率だのに押し潰されちまった。遺族とかが引き取って自腹を切る仕組みはあるぞ」


なんだかなあ。


せっかくの空き時間なのでネットサーフィンしてこの世界の歴史を調査してみた。


30年程前から今の世の中の基盤となる人工知能が普及し始めたらしい。


そこから先は効率化の嵐だ。プログラムを組んで、無駄を排除していく仕事が増えた。


プログラマーが人の仕事を奪い始め、そのプログラマーも無駄として排除され、人工知能に取って代わられた。


ロボットが人間の指先の器用さを完全再現し、手術や職人技においてもロボットが導入される。ブレイド社が安価なコストで市場に人工知能とロボットを導入、世界的な普及が始まる。


数年後の時点で6割方の既存の仕事が喪失だ。多くの失職者、そして自殺者が急増、政府は会議に熱心だ。いくつか暫定的な措置を出したものの、失策して大炎上。まあ、IT分野の法律が追いついていないのは本丸の世界でも同じだ。議会に人工知能を導入。英断との評価。そうなのか?


心の機微に人間性が求められ、市場が拡大したものの一時的な傾向であり、またもや人工知能がそれを克服、クリエイティブも市場縮小し、今は一人にロボット一台の世の中到来。


別に仕事しなくていいのなら大勢の人間は娯楽に傾いていくよね。一人あたりの女性の出生率は多くなっている。ああ、まあ、快楽方面もお盛んのようだ。楽を極めつつある世界で子供の能力は低下だ。そりゃなにやってもロボットのほうが優秀ならやる気もなくなるってものだ。


ざっと目についた情報からして、こんなところ。


そしてあの広場のスピーチなわけか。人間に働かれては困るのです。


人間が贅肉をなくそうとダイエットをしたら、病的に痩せてしまった感じ。


翔鶴「珍しく難しい顔をしておりますね」と後ろから覗き込んできた。「ああ、この世界のことで頭を悩ませていたんですか。きっと、あんまり難しく考えるものでもないですよ」


瑞鶴「翔鶴姉はどう思うの?」


翔鶴「そうですね、悪くない世界だと思います」そういって微笑む。「あなたは戦後のゴタゴタで第一世代島風さんと戦後復興妖精のメモリーを観たでしょう。あの大戦時の日々を生きていた二人、あの時代に瑞鶴が今のようにいったらきっと今みたいに悩んで、そして瑞鶴も私も生きた時の中でたくさん悩んで苦しんだはずです。でも、どこの世界にも希望もあるわけですからね」


嵐「当たり障りねえの。本当に姉妹かよ。姉のほうはいかにも賢母って柄だ」


瑞鶴「お前と萩が並んでいれば同じこといってやるんだけどね……」


翔鶴「せっかく学校なんですし、悩みは先生に聞いてもらったらどうです?」


その手があったか。学校から離れ過ぎていてその当たり前の発想がなかった。


「なんだ」


あくび混じりにいうこの頭皮の薄いおっさんに答えが出てくるのだろうか、というと失礼なことを思ってしまった。そもそも向こうの世界には色々な人がいて相談相手には困らないどころか、そこらのお偉い人よりもよほど知的やユーモアの溢れた答えが返ってくるというね。


瑞鶴「これからの将来、どういう道に進むべきだと思います。ヒントとかアドバイスを」


「識別コード初の5航戦で建造しておいて軍以外の選択肢考えているの?」


瑞鶴「まあ。けっこう真面目な悩みなんだよね」


思えばけっこう将来の進路をもうみんな決めているんだよな。学校か想力省の警備課の進路が多くはある。間宮さんや天城さんは一緒にお店出そうとかいう話をしていて、アッシーは即行で進路決めて夕張さんのところへ行って、アッキーは想力省の倫理課に入るため、照月と猛勉強中だ。


瑞鶴「どういう仕事が残りますかね」


「そういう安定とか言い出す学生って多いんだよな。一昔前もロボットに取って代わられないだろう、だなんて言い出して、特定の業種が人気になったけど、その仕事も縮小されて、大企業でも倒産だなんてなっちまったんだよなあ。右ならえ右する奴は詐欺の被害に遭わないか心配」


瑞鶴「答えになってない……」


「君はなんで兵隊やろうだなんて思ったの」


真面目な顔でいったが、口元は穏やかに笑っている。


「君はなにが好きでなにが嫌いなの。なにに対して情熱を持つことが出来るのか。最も自分がポテンシャルを発揮できると思うところ、そして挑戦できると思う道を選ぶといい。そういう道を選ぶのが正解に最も近いと思うんだよなあ。汎用台詞で申し訳ないが、これは真理だ」


そう聞くと、建造して海に飛び込んだことは正解だったのかも、と思う。自分でやりたいと思って自分で挑戦しようと思って飛び込んで、なんやかんやあって、今この時がある。今ある幸せを頭の中に並べると、宝物に値するもののなんと多いことかっつうね。


瑞鶴「いわんとしていることは分かるかな……」


翔鶴「哲学の領分ですね。例えば恋人が好きな人と、恋愛するのが好きな人がいます。その二人がとある日に同時に恋人に振られてしまいました。


翔鶴「さて、この二人の今後の行動ですけど、当然、恋人が好きなほうは恋人に振られたわけですから凹みますよね。恋愛が好きな人も凹むとは思いますけど、恋愛することが好きなので、立ち直りが早いのはこっちの人なんです」


翔鶴「結果を愛する人と過程を愛する人の違いです。スポーツや金銭でも同じですよ。なので先生の言葉です」


翔鶴姉は先生のほうを見て笑った。「なにが好きでなにが嫌いか、なにに対して情熱を持つことができるか」


瑞鶴「へえ……よく理解できたよ。ありがと」


「俺より先生の才能あるよ……凹むけど、俺も過程を愛する人間だからね」


立ち直りも早えんだ、と再度、あくびをかました。平和ですねえ。


「ああ、そうだ。転校生二人は自己紹介の紙を作って教室の掲示板に貼っといて」


とのことなので、適当にネットから自己紹介文のフォーマットをダウンロードした。自習が終わるまでに書いてちまおう。兵士名と艦種と趣味とか経歴とかを順に埋めていったのだけれども、一つだけ頭を悩ませる項目があった。


それは座右の銘だ。考えたことがなかった。どうせすぐ転校しちゃうからこんなに深く考える必要もないけども。


瑞鶴「翔鶴姉って座右の銘はある?」


翔鶴「うーん、一発必中、かな? これを志して訓練していましたね。確か鎮守府の仲間だと他にはそうですね、明石君が今がその時と万里一空、目標や目指しているものを見失わずに努力を続けること。雷さんが一視同仁、誰をも差別せずに平等に見て一様に仁愛を施すこと、です」


ふむ、納得できる。けっこうみんな座右の銘通りに生きているようだ。


瑞鶴「私はなんもないなあ……」


「なにもないなら今から始めやいいのさ。そういう座右の銘はどうよ」


そういわれて、翔鶴姉と会って海に出ると決めた日のことを思い出した。


瑞鶴「それはいいかも。あの時の初心を思い出す感じのやつにしようかな」


四文字熟語を調べてみても、そういう意味のやつは見当たらなかったので発案することにした。今から始める、という路線で頭を捻ってみる。結局ストレートに設定することにした。日本語よりも英語のほうがオシャレな感じがしたので英文にして座右の銘の項目に書き込んだ。


Everything starts from this time


すべてはこの時から始まる。


3


昼放課、作った弁当を広げて、ランチタイム。やはりというか慌てて来たようで翔鶴姉は用意してなかった。そう思って余分に作ってきてよかったと思う。


翔鶴「助かります……」


瑞鶴「戦後に間宮さんから料理教えてもらったから自信あるよ。それで翔鶴姉」


翔鶴「なんですか」


瑞鶴「青山さんと一夜を明かしたよね。色々とどういうこと?」


翔鶴「こほっ」お茶を吐き出した。「こほっ……」


瑞鶴「相当な事情がないと翔鶴姉が男と一夜をともにすると思えないけど」


翔鶴「とてもかっこいい人でしたね」


瑞鶴「単刀直入に聞くけどさ、もしかして好きになっちゃったの?」


翔鶴「ええと、その、確かにあの人……」


思わず、二度見する。翔鶴姉が照れたように笑っている。脳内メモリで検索をかけてみるが、どこにもその表情は存在しなかった。初めてみる顔だった。


ただ、類似した顔は記憶にある。


あの時は夜空に突如として流れたこぐま流星群を見た時とよく似ていた。ぽけっとした顔で上の空で、美しい自然を眺めていた。今回はそれに加えて頬が少し赤い。なにかに見惚れた時の表情には間違いない。どうやら恋愛感情の有無はともかくかなり気に入っている様子だ。


翔鶴「とても素敵な男性だとは、思います、よ? 瑞鶴も会ったんですよね?」


瑞鶴「うん。私もかなり好印象だったよ。先入観は