2018-06-13 06:37:10 更新

概要

※注意

高校生に成り立ての小僧が、原作未プレイの身でありながら、妄想で描いていく物語です。
また、他作品と比べて、文章力が乏しいと思います。
それでも、絶対に最後まで納得が行く作品に仕上げると約束いたします。
リクエスト等、改善点などがあれば受け付けますので、遠慮なさらずに送りください。


プロローグ


 艦娘……突如、世界中の海に現れた脅威、深海棲艦に対抗しうる唯一無二の存在。二次大戦中の軍艦達が精霊として擬人化した姿であり、全員が若い女性、『娘』で美しく、そして兵器には無いそれぞれの自我や個性を持ち合わせている。


 










 ───海は荒れていた。


 曇天の空に、青かった海の面影がなくなったどす黒い海の色。


 潮の香りはすれど、それらを見たときにその香りを嗅げば、嫌悪感に襲われるだろう。


 曇天なのは、ここで熾烈な海戦が行われ、砲撃の拍子にでる硝煙が空に溜まりに溜まったためだ。


 では何故、海がこんなにも黒く染め上げられているのだろうか。


 その理由は








「きゃあっ!?」


「くっ……!!」


「……っ!」


 海面に幾つもの雷のような轟音が響き渡ったと同時に、海上に三つの爆炎が上がった。


 その黒煙からしばらくして現れた三人の少女達はそれぞれ苦渋な表情を浮かばせており、またそれぞれ服はあられもなくほぼ面積が無くなっていて、その繊細で綺麗な肌には痛々しい傷を負っている。


「───!? で、電っ! ……赤城さん! 長門さん! ……大破っ!」


 そんな三人の少女達を、高速で飛来してくる幾つもの砲弾の雨を掻い潜りながら、横目で信じられないという風な驚愕させた顔をしながら、無線で被害報告をした。


(そんな……赤城さん、長門さんもッ!)


 少女は───いや、時雨はその心を大きく動揺させながらも、まだ飛来してくる砲弾を回避し続ける。


 度々その手で持っている主砲で反撃したとしても、長門みたく巨砲でもないその非力な砲では、こちらを砲撃してくる深海棲艦、戦艦ル級flagshipにはかすり傷程度の損傷しか与えられない。


 深海棲艦の数は6。


 戦艦 ル級flagship 1


 戦艦 ル級 1


 重巡 リ級 3


 正母 ヲ級 1



 強力な戦艦ル級flagship 擁する、敵の強力な艦隊に、こちらは


 戦艦 長門改二


 戦艦 大和改


 重巡 妙高


 駆逐 電改


 駆逐 時雨改二


 正母 赤城改 


 という、決してここまでこちらが不利になるほどの戦力差でもない。


 だが、何故ここまで艦娘達が不利な状況になっているのか。


 それは実に簡単で、そして実に可哀想な理由だった。




 時雨は、必死に敵からの猛攻に耐えながらも、出撃前の執務室での出来事を後悔しながら思い返していた。




 ..................


 ............


 ......




「資材が底を尽きそうになっている。これでは建造が出来ない。そのため、今すぐに遠征をしようと思う。長門、大和、妙高、電、時雨、赤城は敵陣の少し奥深くまで侵入し、資材を調達してこい。資材不足であるため、改二の使用は禁止。どんなことがあっても、資材を無駄にするな」



 こちらのことを一切振り向かずに提督から放たれた無理難題な命令に、そこに集められた艦娘達全員が困惑し、息を呑んだ。



「ま、待ってください! ……私達、いやここの鎮守府の殆どの艦娘達が度重なる出撃で疲労しています。食事も満足に取っておらず、万全な状態に程遠い調子にあります。......それに、私や赤城、電は既に中破しており、このまま出撃すれば......う"っ!?」


「「「「「……!?」」」」」


 必死な思いで進言していた長門の頬を、いつの間にか近づき、思い切り掌で叩いた提督。


 艦娘達が思わず恐怖に震え上がるなか、まるで虫を見るような目で、既にボロボロな艦娘達を睨み付けた。


「休暇? 食事? 治療? そのような時間を取る暇はない。お前らは艦娘、兵器なのだ。確かに銃のように兵器には整備は必要だろうが、それは一月に一回でいい。いいか? お前らに人権など存在しない。この鎮守府には、艦娘という兵器として登録されている。......それに、兵器ごときが上官の命令に歯向かうと言うのか? 今すぐ、解体してまた祖国のために沈んでいった海の藻屑になっていた『船』にしてやってもいいんだぞ? さっさと出撃し、日本の為に兵器としての使命を全うしてこい。この役立たず共が」


「「「「「「......っ」」」」」」


 こちらには有無を言わせる気がない提督の実力行使と脅迫が織り混ぜられた、二度目の無謀な命令に、時雨達は成す術もなく、そのまま執務室を立ち去った。



 ..................


 ............


 ......




(……こんなの、無理に決まってるよっ)


 段々と近付いてきてる気がする。


 もう、何分敵の攻撃に耐えなければならないのだろうか。


 長門や大和以外の、いやまともにまだ撃てる大和以外の砲撃は全くといって良いほど効かない。


 艦載機での爆撃や雷撃はことごとく敵艦載機に阻まれ、呆気なく撃ち落とされる。


 時雨と電の頼みの綱である魚雷は、敵戦艦や重巡によるアウトレンジからの砲撃で、魚雷の射程にそもそも入ることが出来ない。


 これが、正真正銘の詰み───ということなんだろうか。


「───うッ……」


「妙高っ! っ……大破」


 ついに、重巡妙高まで戦艦ル級flagshipによる強力な砲撃が命中してしまい、一気に轟沈寸前まで被害を与えられてしまう。


 悲しみと怒りにうちひしがれ、消え入った声で味方に味方の被害報告をする時雨。


「どうしてっ……どうしてなんだ……」


 もう、訳が分からなくなっていた。


 命令に従わなければ解体され、それを恐れて命令に従えば従うほど、心身を削られていき、最終的には今のような轟沈寸前まで追い込まれていく。


(僕は、一体何のために戦ってきたんだ?)


 ───日本という国を再び守るため。


 そのような言葉が、瞬時に浮かんできた。


 しかし、果たしてそれは本当だったのだろうか。


(守ってきた国に……ただ良いように利用されていただけだったんじゃないのかい?)


 ───兵器に人権など存在しない。


 そんな疑問に、散々言われてきたあの言葉が胸に突き刺さる。


「僕は……僕はっ」


 その時、時雨は思わず減速し始める。


 何のために戦っているのか。


 何のために砲弾を避けながらも、必死に生きようとしてるのか。


(生きたとしても、その生きようとした努力が……どうせ報われることはない)


 鎮守府に帰還したとしても、誰もが手一杯で、誰も笑って迎い入れてはくれない。


 そしてまた言われるのだ。


 ───Sランクで遂行しろ。役立たず


 ───無駄に弾薬を消費するな


 ───お前らの言う言葉は《はい》で充分だ。私語を慎め兵器ごときが


 ───いつまでたっても出来ないのか?


 ───上官に歯向かうな。解体されたいのか?


 いつまでも。


 いつまでもいつまでも。


 ずっと。


 ───兵器に人権など存在しない


「……」


 そして、これからも


(……そうか)


 そう悟った瞬間、もう時雨は立ち止まっていた。


「白霧、夕立、初春、春雨……皆。僕、もう何で生きてるのか分からなくなったよ……ごめん……皆っ───」


 その時、砲弾の雨が着弾し、時雨を幾つもの大きな水飛沫が取り囲んだ。

  





士官学校卒業




 

 長い廊下を、一人の長身細身の男が歩いていた。


 黒い短髪に、精悍な顔をしており、一見すればそこら辺にいるような優しそうな青年だ。


 士官の黒い制服と帽子、そしてその胸には卒業をしたことを示す一輪の赤い花が付けられていた。


 表情は何処か緊張気味である。


 やがて、目的地に辿り着いたのか、とある部屋の前で立ち止まり、迷わずノックをした。


 ───コンコン


誰だ?


「卒業生、小川 浩輝です」


入れ


 扉の向こうから入室を許可されたので、気を引き締めて扉を開けると、執務机にほくそ笑んだ貫禄ある男が座って待っていた。


 帽子を取って小礼をし、そのほくそ笑んでいる顔を見つめ、言葉を待つ。


「よく来てくれた。小川卒業生。そこに掛けたまえ」


「失礼します」


「さて、先ずは卒業おめでとう。よく頑張ってくれた」


「ありがとうございます」


「君には沢山のお礼を言わなければならない。教官達の間違いを真っ先に指摘したり、部隊長や室長まで安心して任せることができた。それに......同級生や後輩たちにも遅くまで熱心に付き合って勉学を教えていたと聞いた。表から影まで、君の活躍は色んな人を助けてくれた」


「いえ、自分が勝手にしたことです。このような小さな功績に上官のような素晴らしい方の頭を下げさせる訳にはいきません。なので、頭は下げないでください」


 苦笑いをしながら、上官を宥める浩輝に「そ、そうか?」と、少し納得いかなそうだったが、上官は要望通りに下げようとしていた頭を上げた。


「でも、小さな功績ではないぞ。この学校生徒や教官達だって、君のお蔭で士官学校が快適に過ごせるようになったという声が多いのだ。周りに認められている功績を誰が小さな功績だと言うのだろうか。......君ぐらいしか言わないぞ。全く......」


「そ、そうでしょうか?」


「あぁそうだ。だから謙遜はせずに堂々としていろ。逆に誉めてるこちらが惨めになってくる」


「そうですか......では、その......ありがとうございます」


「うむ。では本題に入るとしよう」


 そこで、上官の雰囲気が変わった。


 ピリッとした鋭い空気が部屋に充満する。


「実はな、君に横須賀の方にある鎮守府の視察に行ってほしいのだ」


「......? 視察、というのは一月に一回鎮守府の方に出向き、正常に機能しているか確認するというものですよね? どうして自分みたいな卒業して間もないひよっこを?」


「いや、うーん......その、まぁなんだ。経験を積めということではないのか? 私は大本営から君を視察に行かせろとしか通達されていない。詳細は分からないが、とにかく、命令なのだ。すまないな」


「少し理解出来ませんが......命令とあらば、行くしかないでしょう。上官が気に病む必要はありません」


 そう声をかけるも、怪しんで目を細めた上官は机の引き出し開けながら、こう言った。


「むむ......そうか。一応、大本営からの通達だが、念のため、道中に陸軍の奴等が襲ってくるということがあるかもしれん。これを持っていけ」


 引き出しから取り出したのは、自衛隊の方で正式に使用されているM9ベレッタという拳銃だった。


 少し驚きながら、「上官......これは」と、聞くと


「君は将来、これまでの実績を通して見て、きっと素晴らしい指揮官になり得る。そんな未来を担う卵に、死なれては困るのだ。それに、この頃の大本営は何を考えているかわからないからな......」


「上官......」


 重みがある上官の言葉に、浩輝は少し考えてから、答えた。


「......上官、これは受け取れません」


「......理由を聞こう」


「はい。自分がこの銃を持って鎮守府の方に視察に行くと、提督や艦娘達はきっと自分達は余り信用されていないと思う筈です。正直に、この頃耳に挟む鎮守府の戦績は芳しくなく、負け戦が多いです。新聞には『敵と繋がっているのではないか』という吹き出しまででる始末で、それを提督や艦娘達は当然責任と不安を感じており、自責も影でしていることを予想すると......やはり、このたった一つの『道具』で鎮守府全体の不信感を煽るのは得策ではないと思います」


 冷静に上官へ告げた理由は、この頃の世論と鎮守府の戦績から分析した上でのものだった。


 そんな浩輝からの理由に、上官は暫し黙考し、やがてぽつりと呟いた。


「......じっくり考えてみれば、確かにそうかもしれないな」


 そこで言葉を切り、心を落ち着かせるようにコーヒーを啜る。


「分かった。でも......くれぐれも気を付けてくれ。それと、一つ聞きたいことがある」


「ありがとうございます。それで、聞きたいこととは?」


 再びコーヒーを啜った上官はゆっくりと、カップを机に置いて、神妙な顔でこう問いてきた。




「君は、艦娘のことをどう思う?」


 その質問は、多分鎮守府に行くに当たって出会う艦娘についての何気ない質問なんだろう。


 何故、上官がその何気ない質問に神妙な表情を浮かべているのかは分からないが、浩輝は思っていることを口にした。


「艦娘は兵器です。人類が深海棲艦と唯一戦える術であり、人類の英雄です。自我や個性を持っていると聞きますが、何があっても兵器だと思います」


「............そうか」


(やはり、君もそうだったか......)


 上官はそこで何処か失望したようなトーンで、少し間を開けて相槌を打った。


「......御苦労。では、戻っ───「ですが」 ......? どうした?」


 退室を促そうとした上官に、浩輝は揺るぎない信念が籠った瞳のまま、訴える。


「......自分は兵器としてその上官の前にある『道具』のように、艦娘を扱うことは出来ません。会ったことはありませんが、鎮守府が公開した演習の映像を見る限り、艦娘は......いや、彼女達は普通の女の子です」


「......」


 浩輝の言葉に、上官は瞠目する。


「演習の時は、彼女達は兵器に見えるでしょうが、一度演習が終われば、彼女達は無垢な笑顔を浮かべるのです。それを見る度に思うのは、『このような少女達に、男である自分が守られている』という情けなさと、憧れです。彼女達には......この戦いが終わる頃には、それぞれの人生を見つけて、歩んで頂きたいと思っています。そして......戦いに縛られずに、世の中には沢山の楽しみがあるということを知ってほしいと心から願っております。といっても、自分はこうやって影から願うことしか出来ませんが」


 そう自嘲気味に笑う。


「......」


 しかし、言動の途中では時折優しく微笑みながら、まるで我が子を思う父親のように艦娘達の未来を願う目の前の青年に、上官は密かに思った。


(......親と子は似る、ということか)


 ふっ、と笑いながら、上官は立ち上がり、浩輝の肩にその手を乗せる。


「流石だな。百点満点の返答だ」


「はい」


「......明朝の0900に校門に集合だ。その時に資料を渡す。......後に手紙にて伝える予定だったがな。気が変わった」


「そうですか。......では、小川、任務を全うして参ります」


「ああ。期待している」


 浩輝はそこで回れ右して、扉の前で再び向き直り、小礼をすると静かに扉を開けて、退出したのだった。


提督候補生の後輩



 浩輝が校長室から退室したあと、上官は受話器を手にとって、あるところに連絡をし始めた。


「......私だ。元帥に繋いでくれるか」


 連絡先は大本営。


 そして、電話の相手に指定したのは、海軍元帥だった。


「もしもし。元帥殿」


【もしもし。おぉ......お前か。久し振りだな。どうだ? 士官学校の校長というのは】


 質問に、上官は鼻で自嘲気味に笑ってから、答えた。


「現役時代の通りに、殆どが事務さ。変わったとすれば、隣に秘書艦が居ないところだな」


【ははっ。そうか、所謂退屈なのだな?】


「そういうことだ。因みにそちらは?」


【俺か? お前とほぼ変わらないよ。毎日ここに座って判子おすだけだけど、実質退屈なのは一緒だろ】


「そうだな。そろそろ互いに趣味を見つけるべきかね? ......あ、それより。元帥殿に報告があるんだ」


【報告か。......どうだ? 合格か?】


「ああ。見事に『艦娘のことをどう思う?』という質問に対して、お前と同じような回答をしてくれたぞ。合格だ。まぁ、流石元提督の息子とも言うべきか......素質はある」


【悪いな。視察という無茶な命令を出して。伝える方も大変だっただろう?】


「いや、結構さっぱりと理解してくれたぞ。説明は一言二言だけだったが」


【浩輝は押しに昔から弱いからな。そこは22才という歳になっても変わってないな】


「それで......───横須賀鎮守府の方はどうなってるんだ?」


【......先ず、落ち着いて聞いてくれ。実は横須賀鎮守府で───】 



 ────......


 あれから数分。



「......」



 電話を切った後、上官は浩輝が向かう鎮守府に、大きな不安を抱いたのだった。



◆◆◆◆◆◆


 上官からの呼び出しを終えて、浩輝は早々に自分の荷物を片付けるために、四年間お世話になった寮へと向かう。


 海軍士官学校は広く、校長室から寮は走っても七分くらいの位置にあるため、道のりは長かった。


 そんな長いせいか、会う人会う人に笑顔で話しかけられる。


「───あ、小川先輩! おめでとうございます!」


「......? ああ、ありがとう。新見(にいみ)。これからも頑張ってくれ」


「───先輩! ご卒業、おめでとうございます!」


「藍田(あいだ)か。お前は航海士に希望してるんだ。今から海のことについて知識を吸収しておいた方がいい。雑学でも何でもいいから、とにかく情報が命だ。......元気でな」


「───おめでとうっす! 先輩も卒業っすかぁ......なんだか感慨深いっすね」


「崎守(さきもり)......。お前の減らず口を聞けなくなると思うと正直せいせいとするが、少し寂しい気持ちがある。三年間、付いてきてくれてありがとう」


 個性豊かな後輩や同僚、先輩に囲まれながら生活してきた校舎。


 この見慣れた廊下や曲がり角、それに少し薄汚れた天井や、階段の踊り場など。


 普段から気にかけていなかった全てのものが、懐かしく感じる。


 それからも、挨拶に来る多くの後輩や同僚に笑顔、または涙ぐみながらも一人一人に別れを告げて、浩輝はやっと校舎に出ることが出来た。


(......お世話になりました。四年間、自分を見守ってくれて、心から感謝致します)


 昇降口から校舎をおおまかに見れる場所まで離れて、そこで帽子を取り、小礼をしたあと、再び寮へと向かい始めようと一歩踏み出した時


「───あ、あの! 先輩っ!」


 後ろから、呼び止める声が聞こえた。


 聞き馴れた声で、浩輝はそれだけでも嬉しく、直ぐに笑顔になり振り向くと、黒い制服と女子専用の帽子を被った一年年下の三人の女子たちがそれぞれ哀しそうな表情を浮かばせていた。


「河瀬(かわせ)、浅井(あさい)......橘(たちばな)」


「......! 名前、覚えていてくれたんですか?」


 三人のなかで少し背が低い、浅井が嬉しそうに聞いてきた。


「ああ。確か、数ヵ月前に戦術の授業で一回教えた相手が浅井だった」


「す、スゴい......当たってます」


 浩輝の記憶力に驚嘆する浅井。


「あの、私は......」


 そんな浅井の横に居たこの三人の中では一番に背が高い、河瀬から聞かれる。


「河瀬は......確か指揮系統を見直し、指定された条件下で最善な系統を自ら考えるという授業で隣同士になり、途中から付きっきりで教えた相手が河瀬だった」


「......そ、そうです。小川先輩は凄まじいですね」


 河瀬も深く帽子で、覚えてくれていたことの嬉しさから頬を染めるのを隠すようにする。


 そんな河瀬に、浩輝は首を傾げながら、今日で終わってしまうこの後輩たちとの対話に、少々の寂寥感と喜びを噛み締める。


「──先輩」


 何故か頬を染め、顔を決して振り向かないようにしてる河瀬に注目していた時、もう一人の女子士官候補生が口を開く。


「あ、ああすまん。橘。先ずはありがとう......お前には沢山助けてもらった。そして、すまなかった。沢山の心配と苦労をかけた」


 帽子を取り、さらりとしたショートカットの黒髪を掬い上げながら微笑んでいた橘に、浩輝は自らも帽子を取り、小礼をする。


 そんな何時になっても、人への尊敬を忘れない律儀さが変わらない先輩の姿に、少し頬を染めながら、口を綻ばせる。


「......先輩。顔を上げてください」


 慈愛に溢れる声色で言われ、浩輝は感謝してもしきれなかった為に、自分が気が済むまで下げようと決めていた頭を、思わずゆっくりと上げてしまう。


「そんな哀しそうな顔をしないでください」


「え......」


(俺は......)


 いつの間にか、そんな顔をしていたようだ。


(......このような顔は誰にも見せないつもりだったんだが) 


 自らその決意を破ってしまい、情けなく思っていると、そんな普段の自信に満ちた先輩のらしくない姿に、橘は頬を膨らませる。


「もうっ。先輩! 最後くらいしゃんとしたらどうですか!」


 語気を強めたものの、その表情は笑顔だ。


「す、すまない」


(そういえば、いつも叱られていたっけな......)


 甦る、ここの学校での思い出。


 いつもいつも、側で自分を見守り、間違いを正してくれた橘との記憶。


 自然と、頬を緩ませていた。


「......最後の最後まで、お前には叱られてばっかだったな」


「......!」


 冗談めかして笑うと、橘はそこで「ちょ、ちょっと待ってください」と、顔を隠すように後ろを振り向く。


「......」


(素直じゃないな。全く)


 橘が立ち、振り向いている地面の近くを背中越しに見てみると、雨は降っていないはずなのに、何故かポタポタと水滴が落ちていた。


 察するに、浩輝にその涙を見せたくないのだろう。


 肩も僅かに短間隔に上下している。


 心なしか、そんな普段から当たりが強かった橘と、自分との別れを惜しみ泣いてくれている橘を比べてしまい、笑ってしまう。


 そんな姿を愛らしくも思い、そしてもうこのやり取りが出来なくなると思うと、寂しく。


(ありがとう。橘)


 と、声には出せずとも、礼をした。 


 橘の他に来た浅井と河瀬の二人もそれに気付き、微笑ましそうに見ていた。


「橘。そのままでいいから、聞いてくれ」


 橘はまだ涙が出てくるのか、中々こちらに向かないため、浩輝は自分の被っていた帽子を橘に強引に被せ、その上からポンポンと優しく叩く。


「......!!」


 浩輝が起こした行動に驚いたのか、肩を跳ね上がらせたものの、甘んじて受け入れている。


「お前達も、聞いてくれ」


 そして、端からみていた二人にも、目配せをしながらそう呼び掛ける。


 二人も少し瞠目したが、直ぐに先輩からの言葉を一言一句聞き逃さないように、その背筋を伸ばした。


「......提督を目指してお前達はここに入学したと言っていたな」


「「はい」」 「......」


 浅井と河瀬は返事をして、橘はコクりと頷く。


「実は俺も提督に、いや......父さんに憧れて、最初は海軍士官学校に入学したんだ」


「「「......」」」


 三人は押し黙る。


 それは、浩輝が二年生の時に散々聞かされたことだった。


「でも、俺はどうやらその素質がなく、お前達のように『精霊』を見ることができなかった」


 だからこそ、三人は押し黙ったのだ。


 そんな三人に、「正直、羨ましいよ。沢山お前達のように見れたらなと心から思ったことがある」と、優しく語りかける。


「妬いた時もあった。悔しく思うこともあったよ。......父さんのようになれないと」


「「「......」」」


 浩輝の方を見れなかった。


 自分達が提督になれるという気まずさもあったが、見たらきっと、厳しい顔をしている。そう三人は思ったからだ。


 しかし


「でもな。お前達には父さんみたいになってほしいと思ってるんだ」


 そこで、思わず三人は浩輝の方に向くと、厳しいと思っていた顔は───清々しく、そして笑っていた。


「お前達が提督になった鎮守府はきっと笑顔に溢れているんだと思うんだ。......俺はそんな最高の鎮守府で、自信に満ちて執務室の席に座っている......そんなお前達の白い制服姿が見たいんだ」


 と、言葉を切った後、再び橘に被せた自分の帽子越しに、自らの片手を優しく乗せる。


 橘は頬を赤く染めながらも、呆然と瞠目しながら浩輝の顔を見上げていた。


(......)


 目尻に涙を溜まらせ、こちらを見上げる橘に少し見惚れながらも、浩輝は言葉を続けた。


「決して立ち止まるな。そして、これからも俺を思い出したりして、後ろを振り返ることなんてするな。お前達はただ前を見ていればいい。その為の尻拭いも喜んでするし、俺の同僚たちにも、信頼出来る教官や上官達にも頭を下げて頼んでおく。......だから頼む。───提督になって、艦娘達と一緒に戦争を終わらせてくれ。そして、艦娘達に『人生』を教えてやってほしい。かつて父さんがしたように、大事に扱ってほしい......俺には出来ないから。だからお前たちでやり遂げてほしい。最後に多くの要望を言ってすまない。そして最後まで、こんな駄目な俺ですまないな橘」


 三人は、そんな言葉に泣いていた。


 実は浩輝も泣きそうになったが、堪えているのは、最後の最後まで先輩らしくするためだ。


「三人とも。また会えたら、そのときには立派な姿を俺に見せてくれ」


 そこで、浩輝は橘の頭から手を離し、再び小礼をして、涙を堪えながら寮へと早歩きで向かうのだった。





 そんな後ろ姿を見ながら、橘は涙を溢れさせる。


 そして、小さく呟く。


「これから先で先輩をっ......思い出したりしないなんて......無、理ですよっ」


 

 そんな声は、届くこともなく、昇降口前でただ反響するだけだった。

 





 二人の少女 



 


 寮に辿り着く。


 相変わらず大きく、それでいて清潔だ。


(よく先輩達に早朝に行う掃除をやり直されたっけ)


 同僚や後輩たちも勿論ここに住んでいる。


(......走るか)


 今日は周りに涙を見せない。


 卒業する今日の一ヶ月前から、密かに決めていたこと。


 しかし、浩輝は先程のこともあり泣きたい衝動にあったのか、早々に自室に戻り、一人になりたかった。


 今、同僚たちに会えば、挨拶を必ずされるだろう。


 勿論、後輩たちにも会えば同じことになるかもしれない。


 きっとそんなことになれば、もう我慢できないだろう。


 ───これ以上、別れを惜しみたくない。


 その一心で、浩輝は自室へ走った。

  


◆◆◆◆◆◆



 穏やかな海。


 いつぞやのどす黒い海とはかけ離れた、どこまでも深い青に染まった海。


 そんな海を一望できる場所がある。


 そこは横須賀鎮守府。


 海上自衛隊、米軍の軍港の約2㎞南にある場所にそれはあった。


 横須賀鎮守府は世界有数の艦娘で編成された艦隊保有数を誇り、錬度もトップの位置にある。


 八艦隊まで保有し、特に横須賀鎮守府第一艦隊は世界最強とも謳われていた。


 深海棲艦が太平洋に現れてから、早15年。


 艦娘もそれと同じように現れ、艦娘を擁した人類対深海棲艦という熾烈な戦争を続けてきた。


 その歴史のなかでも、歴代の横須賀鎮守府の提督は多くの勝利と実績を残してきた。


 横須賀鎮守府は言うなれば、日本最高の鎮守府であり、世界に誇る鎮守府でもあるのだ。


 しかし、その栄光ある横須賀鎮守府の実態は───












 食堂では、艦娘達が朝食を摂っていた。


 しかし、それぞれの艦娘達の前にあるのは、ボーキサイト数本。


 例えるなら、艦娘用のカロリーメイトのような食べ物だろう。


 そんなボーキサイトを、艦娘達は大切に、一口一口を出来るだけ小さく、よく噛んだ上で食べていた。


 なぜそんなことをしているのかと言うと、出来るだけ空腹感を紛らすためだった。


「......ごちそうさまでした」


「───赤城さん。足りないのでしたら、私のボーキサイト、食べますか?」


 それまで不気味な静寂だった食堂で、一航戦加賀が隣で朝食を食べ終わった同じく一航戦赤城に、声をかける。


「......加賀」


 暫く、そのまま加賀の前にあったボーキサイトを見ていたが、赤城は「いえ、心配無用です。大丈夫ですから」と、寂しく笑った。


「......そうですか」


(赤城さん......)


 三月前の赤城は、よく食べる人だった。


 誰よりも食事を楽しみにしていたし、いつも食堂に居た間宮の料理を美味しそうに食べる、少し食い意地が強い、艦娘として見ても尊敬できる強さを持っている人だった。


 加賀は、そんなことを思いながら食堂を見渡す。


「......」


 あんなに生き生きしていた皆は、生きた人形のように、虚ろな目で一言も発せずに食べている。


 部屋中に艦娘達の咀嚼音だけが響くなか、加賀はその拳を握り締めた。


(......全ては......全ては───)


 怒りだった。


 ずっと溜め込んできた怒りが、赤城の元気のない姿を見たときから爆発しそうだった。


 そう、三ヶ月前までの横須賀鎮守府の朝は、もっと騒がしかった。


 駆逐艦達の明るい声。


 それを宥める軽巡や重巡達。


 そして、それらを微笑ましく見守る戦艦や空母達。


 楽しかった。


 ずっと続いてほしいと思った。


 しかし 


(───あの提督のせいだわっ......)


 新しい提督が来た瞬間、そんな楽しい日常が終わりを迎えた。 


「っ......」


 赤城を、仲間たちをこんな風にさせてしまったことに、多大なる悔しさが腹の底から沸き上がってくる。


 暴力、恐喝、重労働、轟沈進撃、兵站の不足、資金横領。


 大体がこれまでの鎮守府を見てきて提督がやっている悪事だと見当がついている。


 

(......大和さん、時雨。ごめんなさい......仇はちゃんとこの手で取るわ)







 ───そう、横須賀鎮守府は問題視されていたブラック鎮守府だった。





 ..................


 ............


 ......






「よし。これで後は、上が決めた所属先に異動するだけだな」


 寮の自室へ誰にも会うことなく、無事荷物の整理が終わったあと、次の自分がお世話になる寮の情報を見る。


(......おお。でもこの広さの部屋を独り占めって......良いのか?)

 

 資料を見てポツリと呟き、制服から私服へ着替える。


「ふぅ......今日のノルマは達成だな。案外苦戦したな。涙を決して見せないというのは」


 実は、今も密かに泣きたいぐらいに、別れを惜しんでいた。


 しかし、不思議と泣きたいはずなのに泣けなかった。


 どうやら散々仲間や後輩たちと会う度に泣くのを堪えていたため、今日一日泣けない体になってしまったのかもしれない。


(......威厳を保つのは中々大変だな。父さん)


 仲間たちに出来るだけ普段通りに接し、そして出来るだけ皆の記憶に今日の浩輝を残らせないように、泣くのを我慢していたのだ。


 どうしても泣いてしまうと、思い返したときに悲しい別れ方だったなとなってしまうが、どちらが一方泣かなければ、すっきりした別れ方だったなと思うのではないだろうかと思い立ったからだ。


 遠くを離れている父に小さく笑ったあと、気分転換に海に向かうことにした。


 フードを被り、浩輝は久し振りに砂浜へ足を運ぶ。








 海軍士官学校を出て、徒歩10分のところにある砂浜。


 三浦海岸などみたいに規模はそれほど大きくないが、充分泳いだり、遊んだり出来る。


 訓練が辛いときはよく来たものだ。


 浩輝にとってここは様々な思い入れがある場所だった。


 先ず、思い出すのは一年生の時に半ば強引に連れてこられたこと。


 最初は嫌々だったが、結局その場で家族のことや当時の訓練に対しての愚痴などを吐き出したことを覚えている。


 次に思い出すのは、夏の休暇中によく色んな人を誘って遊んだことだ。


 互いによく知らなくて、ぎこちなかった関係だったとしても、一日だけそこで遊ぶだけでもう何年も共にしてきた友のような関係を持つところまで行けたこと。


 一番印象に残っているのは、やはり遠泳大会だろう。


 一年に一回行われる海軍士官学校の伝統行事で、あの遠くの沖までグループを組んで泳ぎ切るという単純であり難しく、そして辛かった思い出しか無かったのだが、その裏には仲間たちと互いに叱咤激励し合って共に乗り越えたという輝かしい出来事があった。


 そんなここであった出来事が、走馬灯のようにどんどんと映像が穏やかな海をバックに溢れだしてくる。


 思わず、その口を綻ばせる。


 今日で、こことはおさらばだ。


「......お、イージス艦だ。あれは......こんごう型か? 何処かに行くみたいだな」


(俺も次の配属先はあの艦の中なんだろうな)


 次の配属先は大体見当が付いている。


 海上自衛隊のどの艦は知らないが、多分それらに配属されるだろう。


 一番専攻してきたのが航海士だったためだ。


「......」


 後悔はしていない。


 提督に憧れてここに入学してきた人なんてざらだと教官たちに聞いた。


 そして、大体が諦める道を辿ることも。


 俺はその『大体』に入っていただけだ。


「あの提督候補の三人に会えたのは幸運だったな」


(将来、偉大な人物になる人に会えること自体凄いことだからな。............サイン貰っとけば良かったか?)


 悠々に飛んでいるカモメを見上げながら、そう苦笑する。


 そして、そのまま砂浜に倒れ込み、「今日はここでずっと......最後くらいはここでじっとしていよう」と、見納めの感覚でその両目を瞑り、回想に浸ることにした。








「───ぅ......」






(......?)


 そんな時、誰かの呻き声が聞こえた。


 いや、正確には押し返しする海の大きな音にその声の大部分をさらわれて、呻き声かは分からないが、確かに聞こえた。


 疑問に思い、身を起こして良く目を凝らして見渡してみる。


「誰か俺と同じように見納めに来たのか?」


 首を傾げながら、ふと押し返しする波を凝視すると、そこに二つの岩のような物体を発見する。


 いや、岩ではなく、人工物のようで何処かカクばっている。


 色は鼠色に近い黒。


 その特徴的な凹凸から、何かの兵器に見えてきてしまう。


 早々に立ち上がり、靴を脱いでその物体の元に行くと、思わず目を見張った。


「......大砲か?」


 どうやら三連装砲のようだが、そのフォルムに浩輝は見覚えがあった。


(......これって)


 両手で持ち上げようとすると


「っ......重ッ」


 その海岸に良くある大岩かそれ以上の重量があったために、持ち上げられない。


 諦めて腰に両手を突き、またその物体を凝視し黙考する。


「しかしな......」


(これはあの大和の主砲をそのまま小さくしたようにしか思えないのだが......)


 そんな憶測のさなか、まだあるかもしれないので、付近を捜索してみると、似たような機器だったり、小さな砲台がバラバラに落ちていた。


(どういうことだ......誰かがここに武器を調達していたのか? いや、それはあり得ない。海軍士官学校の検問は常に厳戒体制が引かれている。所々にカメラも設置されていると上官から聞いた。......一体どのようにここに───っ!?)


 考えていた矢先、足元にコロリと当たった物体に目を向けた瞬間、鳥肌が立ち、震え上がるほどの恐怖を覚える。


「───魚雷っ!?」


 本体の魚雷の大きさはないが、人が両手で持てるほどの大きさの爆発物が側にあったことに腰を抜かした。


 早急に離れ、直ぐ近くの岩場に身を隠す。


(なななな、なんでこんなところにっ!)


 心臓がバクバクと打っている。


 危険信号を本能で発している浩輝は「......もう下手に近付いたりしない方がいいな。上官に報告して大人しく寮に戻るか」と、五月蝿い胸の奥を沈めるように、片手で抑えて、立ち上がろうとすると


「あぁっ......」


 側から呻き声が聞こえた。


「は?」


 振り向けば、そこには二人の血だらけの少女が倒れていた。


 片方は大和撫子を形容させる黒く長い髪を一つに結び、女神を連想させるような美貌をビリビリに破れてしまっている白い装束と赤いスカートで包む、傷だらけの十八歳ぐらいの美女。


 その少女が守るように抱えているのは、ボロボロで、痛々しい裂傷の痕が其処らかしこにある、黒いセーラー服に身を包んだ、およそ十四歳ぐらいの美しい少女。


 浩輝は錯乱し、もう訳がわからないままだったが、人命救助が先と、その二人の少女にとりあえず着ていたパーカーを優しく被せた後、携帯を取り出して同僚に救助の増援を求めたのだった。

  







救った少女は何者か





「ありがとな、皆。卒業したばかりなのに......また迷惑をかけた」


 浩輝は自室から扉を開けて出ようとする四人の同僚たちに頭を下げる。


 同僚たちは礼をしている浩輝に対し、少し意表を突かれたのか驚いていたが、やがてそれぞれが返答する。


「いいってことよ。お前には散々勉強を見てもらったからな」


 一人はそう微笑み


「後、夜食な!」


 一人は思い出したかのように笑い


「あっ、たしかにそうだわ......特に肉じゃがは格別! お袋の味を思い出して涙出そうになった奴がいるみたいだからなっ」


 一人は隣の同僚をジト目で見ながら嘲笑を浮かべて


「っ!? お、おいっ! お前ここでバラすかっ! 卒業しても秘密協定は終わってねぇぞぉ!」


 そして最後の一人はジト目で嘲笑を浮かべてくる同僚に食って掛かる。


「おいおい! マジかよ! お前結構可愛いとこあんだなぁ! な! 浩輝?」


「ははっ───」


 特に、この四人との交流は、根強く記憶に残っている。


 一年生から今日の卒業まで、互いに切磋琢磨してきた仲だ。


 血の気が結構多い四人は、意外にも浩輝が居るときに喧嘩は一度も無く、逆に仲が良すぎて一時期は男色があるのではないかという噂が出たが、四人とも無事この海軍士官学校で出会った女子士官候補生と付き合い始めたので、そんな噂は自然消滅していったのはいい思い出だ。


 何もかも、今はすごく楽しい。


 こうして四人の相変わらずの会話をするだけでも、本当にこの手離したくないと思うほどに、楽しく───凄く惜しかった。


「いやぁしかし。お前に言われて、砂浜で一緒に飲んでたところ酒に酔って眠っちゃった姉を運ぶの手伝ったけど......すっげえ別嬪さんだよな」


 そこで一人が感慨深く話を切り替えてきた。


「そそそ、そうか?」


(本当に綺麗だったけど......名前さえ知らないからな)


 実は、この四人には砂浜で傷つけられて倒れていたあの二人の少女を運ぶのを手伝って貰ったのだ。


 幸い今日は卒業式ということもあり、保護者達が大勢ここに来てるため、大きい方を姉、小さい方を妹という設定にしている。


 そして、四人には───


・姉妹と久し振りに出会い、気分転換に砂浜に行って、姉とは二人で海の景色を見ながら酒を飲みながら、妹が海で存分に遊んでいたのを微笑ましく見守っていた。


・しかし、妹は遊び疲れたのか俺の膝で眠ってしまい、姉は酒が弱かったのか、直ぐに酔って寝てしまった。


・寝てしまった二人を自室に運ぶのは困難と判断したため、お前達を呼んだ。


 ───というその場で即興で作った話を吹き込ませて、今に至っている。


 たかが二人を運ぶのに、四人は過剰戦力かもしれないが、単にそれは最後にしっかりと四人揃って話したかったためだ。


 もちろん、このことも伝えてるため、今のところ四人は何も浩輝の作り話を不信に思うことなく、自室まで運んでくれた。


 二人の傷についてだが、四人に連絡をした後、浩輝は早急に自室へ戻り、長袖長ズボンを2着、ボロボロの服の上に着させて、大部分を上手く隠しているため問題ない。


 顔に少し血糊があったため、それも綺麗さっぱりに拭き取っている。


 全ては計画通りだ。


 因みに何故、浩輝は自室に一旦二人を運んだのか。


 それは周囲に落ちていた様々な兵器や機器があったからだ。


 あのまま同僚たちを呼んでいたら、明らかに戦闘後だと判断できる傷を負っている少女達に、疑いの目が行く。


 武器密輸は日本は今でも固く禁じている。


 しかも、小さくても魚雷という爆発物までコロコロと落ちていたのだ。


 いくらいたいけな少女だったとしても、あれほどの兵器と爆発物を未来の日本の命運を担う士官候補生達、ましてや提督候補生も居る海軍士官学校に持ち運んだのだ。


 重罪になってしまう。 


(......あんな女の子があれほどの兵器達を運べる訳が無いが......やはり負傷しているということは、そういうことなんだろうか......)


 少し苦い表情を浮かばせるが、浩輝はそこで邪念を払うように力強く目を瞑らせる。


(いや、何か事情があるはずだ。あの歳なのに、体重が異様に軽かったし、小さい方の女の子をおんぶして運んだときは、度々背中に骨が当たるような感触もあった......あれは肋骨だろうか。だが相当な期間、まともに食事を摂っていないのは分かった。......絶対何か事情がある筈なんだ)


 今は、少女達を信じ続けよう。


 犯罪者だった場合何をすべきかなんて考えるのは止めよう。


 浩輝はそう拳を握り締めていると、不意に能天気な声が隣から発せられた。


「そうだよ。こんな綺麗な人、アイドルや女優にも居ないと思うよ」


「同感。しかもお前の妹も天使みたいな可愛さだよな。十四才くらいか? にしては発育良いよなぁ......お前羨ましいぞ。こんな姉妹に卒業式に来て祝ってもらうなんてよっ!」


「おい。諦めろ。神は不条理なんだ」


「ん? お前誰? 確か脳筋だった気がするんだが......脳筋が神の悟りなんて開けない筈だぞ......?」


「よしお前いっぺん表出ろよ?」


「まぁまぁ......あははは......」


(すまない! 皆。嘘も方便なんだっ!)


 内心バレるかバレないかという焦燥感と、騙しているという罪悪感に溺れながら、最後にこの面子で話しが出来ているということに、少々の嬉しさが募っていた。


「......」 


 卒業するとは、こういうことなんだろう。


 海軍士官学校という巣から、仲間たちと別れて、各地の部隊という大空へ旅立つことを、海軍士官学校を卒業するということなんだろう。

 

 全員が同じ道を辿れない。


 しかし、それぞれ違う道なんだとしても、また何処かでそれぞれの道が交差する時が来るかもしれない。


 その時は何歳になっているのだろうか。


 意外と早々にばったりと会うかもしれない。


 それか、中年を迎えた頃にやっと会うかもしれない。


 もし、久し振りに会えたのだとしたら


(......その時は、肉じゃがを振る舞ってやるか)


「......じゃあ、また何処かで会おう」


 一頻り笑い合ってから、そう区切りを付けると、同僚たちは笑い返してきた。


「ああ。また何処かで」


「おう。四年間ありがとな! 楽しかったぜ」


「何処かで......か。まぁその時はこいつに肉じゃが作ってやってくれや」


「てめぇ......しつこいぞ? この野郎。......じゃあな浩輝! 元気でな」


「......そっちもな」


 自室から遠ざかっていく四人の同僚たちの背中を見送り、浩輝は自室の扉を閉めて、早速電話を教官室へかけた。


【......もしもし】


「もしもし。第十五期卒業生、小川 浩輝です」


【ああ、小川くんか。卒業おめでとう】


「ありがとうございます」


【どうしたんだ? 態々電話をここに寄越すなんて】


「はい。実は上官に今早急に相談したいことがありまして......」


【何? 上官にか? ......ふむ。小川くんから相談か......よし、少し待っててくれ。上官の電話に繋げる】


「感謝します。出来るだけ早くお願いします」


【分かった。任せておけ】


 ツーツー......───


 そこで電話が一旦切られる。


「......はぁ」


(いつの間にか、なにやってんだろうな......)


 今日も善意で自分の時間を結局削ってしまっている。


 お人好しも大概にしろと毎日自身に叱咤しているが、一向に治る気がしない。


 嘆息して、ふと、ベットと敷いた布団にそれぞれぐっすりと寝ている二人の少女へ振り返った。


「......何があったんだろうな」


 プルプルプル......───


 そこに、電話がかかってきた。


「───はい、もしもし」


【もしもし......どうしたんだ。君が私に相談事とは】


 そんな上官の珍しげに思っている声を受話器を通して聞きながら、頭のなかで、今起こっている現状をド直球に伝えるべきか、遠回しに説明してから伝えるべきか迷ってしまう。


【......? どうした? 小川】


「あ、すみません。えっと」


(このまま待たせるのはいけない。......それも早く女の子たちに救急の処置をとってもらいたい......)


 そこで決めた。


「......上官。実は今日の呼び出しを受けた後、こんなことがありまして───」



 説明は5分続いた。




 


 

上官の決断






..................


 


 


............


 


 


......


 


 


【───それで現在、二人の少女を自室にて保護している状態にあります】


 


「......ふむ」


 


 校長室で、通話相手から相談を受けて5分が経過したころに、上官は深く思い耽るように頷いた。


 


「それで、私に指示を仰ぎたいと......そういうことだな?」


 


【はい。負傷しているとはいえ、あの小柄な体であのような大きく重量のある兵器を多数持ち運ぶなんて無理な話だと自分は結論に至りました。自分と年齢が近そうなもう一人の少女の場合も結論は同じです。......憶測に過ぎませんが、何か事情があるんだと思います】


 


「......そうか」


 


(普通なら、この相談は即刻打ち切って、直ぐにでも憲兵と共に小川の部屋に駆け込み、二人の少女を銃刀法違犯の容疑で即刻取り押さえるべきだが......あれほど大きな兵器と小川は言っている。成人女性が運べるのも精々ライフル一丁に、拳銃は腰に巻き付けて五丁くらいで、バックには手榴弾など爆発物を数十個ほどだ。この目安としては辛うじて持ち運べるというのを前提にしてるものなんだが......あれほど大きな兵器? ......はて、一体どのようなものなんだろうか)


 


 少し黙考した後、上官はなにか怪しむように、通話相手である浩輝に問う。


 


「質問するが......君が説明する途中で言っていた、大きな兵器とは一体どんなものなのかを聞きたい。種類によっては、その少女達の容疑が晴れる場合もある」


 


 容疑が晴れると言い切った上官は、誠心で言ったつもりだった。


 


 決して嘘はついていない。


 


 何故なら、それは武器の種類によっての重さが関係しているのだ。


 


 簡単にその理由の詳細を述べるならこうだ。


 


 ”成人にも満たない少女二人が拳銃や爆発物を運んできたならまだしも、携行型対戦車ロケット弾やら機関銃やらを、しかも予備弾倉込みで運んでくるというのは、流石に不可能である”


 


 ───ということだ。


 


 屈強な兵士にだって、持ち運びが大変なものを、どんなにバカなやつだとしても成人にも満たない少女達が持てる筈がないと判断できるだろう。


 


 浩輝からは、一人は成人に近い体つきをしてる少女が一人。


 


 もう一人は推定十四才くらいの年端も行かない少女であると、この五分間の説明のなかで報告されている。


 


 どちらも体には特別鍛練を積んでいるようには見えない。


 


 多少筋肉はあるものの、それは一般人と同じようなものだったとも報告の内に混ざっていた。


 


(明らかにおかしい......)


 


 果たして、そんな二人の少女が一体どれ程大きな兵器を持ち運んできたのか。


 


 不確定要素に眉を狭めていると、浩輝から返答が返ってきた。


 


【......上官。話す前に、一つだけ一方的な約束とお願いがあります】


 


「なんだ」


 


【これから話す内容には、決して嘘偽りないことだけを話すと自分は誓います】


 


「......」


 


(成程。出来れば契約書にサインしてもらいたいのだが......小川は約束を破るタチの男ではないからな)


 


「分かった。それで、お願いとは?」


 


【はい。お願いとは至極単純なことです。............自分を信じてくれませんか?】


 


「......」


 


 そんな何処までも真っ直ぐな声色で放たれた、何処までも真っ直ぐに多少の疑いの念があった上官の心を的確に突いてきた言葉に、上官は思わず口角を微かに上げてしまう。


 


(こういうところもとことんまで似てるな。......以心伝心と言ったかな。元帥殿?)


 


 そこまで思ったとき、無意識にも「ああ。信じよう」と、上官は返してしまう。


 


 後悔は無かった。


 


 逆に、何処かこのような会話が懐かしく感じてしまっているのだ。


 


 それに、上官は浩輝のことを信頼できるに値する器を持っている人物であると、本能と自信の意思で感じ取っている。


 


 それも、長年様々な人と出会って培われてきた人生観と経験があるなかで。


 


 ───思い耽っていると、そこで浩輝が話し始めた。


 


【上官。率直に質問致しますが......海軍の方であの戦艦大和の主砲───45口径46㎝三連装砲塔をそのまま小さくした三連装砲を作らせた......という情報はありませんでしょうか?】


 


「......!」


 


(もしや......大和かっ!?)


 


 瞠目しながら、艦娘という結論に早くも辿り着いてしまったのは、元提督として当然だった。


 


【その......自分も今、訳が分からなくなっていまして。ですが、そんな砲塔が砂場に三つ。そして副砲らしきものが二つほど少し離れた位置にあり......どれも重量が見た目と比べ、あり得ないほど重く......それも、機器も幾つか落ちてました......ですので上官。自分はどうしても考えられないんです。こんなに痩せ細り、傷だらけで目もかけられないほどに疲弊している少女二人が、あれほどの重量がある砲塔や機器、それに魚雷等を一気に持ち運んできたなど......「いや、もう事情は分かった。充分だ」】


 


 途中で上官は浩輝の言葉を途切れさせて、暫し黙考に浸った。


 


「......っ」


 


(まさかっ......いや、あり得るのか? 確かに、決して遠くはない位置にあるが......)


 


 考えれば考えるほど、疑問が増えていく。


 


(......深海棲艦との戦闘海域とは程遠い内海に位置する筈なのだが......もしかして負傷したままここまで辛うじて辿り着いたというのか? にしても何故横須賀鎮守府に帰還しなかったんだ......?)


 


 そこで、ハッと何か苦い記憶を思い出したのか、瞬時に怒りに染まった表情を浮かばせた。


 


(───まさか......大和を囮に使ったと?)


 


 上官はそこまで思い立った時、(いや......そうか)と何故か納得する。


 


(ブラック鎮守府。元帥殿からの噂が本当だったとしたら......今回の起こるべくして起こってしまったこの騒動にも合点がいく)


 


 怒りが沸き上がってくるなかで、浩輝に話された一部の内容を思い返していた。


 


 ───こんなに痩せ細り、傷だらけで目もかけられないほどに疲弊している


 


(艦娘をここまで追い詰めていたのか......日本最高の鎮守府の提督は)


 


 当時、苦楽を共にしてきた秘書艦や艦娘達の笑顔が脳裏を過った。


 


 だからこそ、あのような無垢な少女たちの笑顔を奪っている横須賀鎮守府である提督の所業は許せなかったのだ。


 


【え? あのっ......上官?】


 


「......っ!? あ、ああ。いや、すまない」


 


 浩輝から怪訝そうに伺われた時、上官は(いかんな......)と、怒りから少し正気を取り戻した。


 


「......事情は把握した」


 


【......はい】


 


「とにかく、分かったことが一つだけある。その少女二人の身元についてだ。お前の大和の主砲をそのまま小さくしたかのような三連装砲や散らばっていた副砲や機器、人が両手で持てるほど小さくさせた魚雷が少女たちの近くに落ちていたという話が本当なら───それらは全てその少女たちが持ち運んできたもので間違いないだろう」


 


【はい!? 上官、それってもしかして......この娘たちが犯人だと言いたいんですか?】


 


 まだ会って間もないというのに、少女たちのために憤る浩輝に、艦娘のことになると躍起になってしまう自分と親近感が沸いてしまったものの、上官はそれに対し冷静に返答する。


 


「いや、犯人ではなく、それらの兵器や機器を持ち運んだ当人は少女たちと言っているだけだ」


 


【......? つまり、どういうことですか?】


 


「つまりだ。その少女達は犯人ではなく、寧ろ保護しなければならなかった存在ということだ。......その少女達の身元は、恐らく横須賀鎮守府の艦娘。負傷や疲弊をしているのを見るに、深海棲艦と海戦をした後だ」


 


【───艦、娘......ですか?】


 


 いきなりの上官からの言葉を浩輝は中々に信じられないようだった。


 


 それも、上官は共感していた。


 


 浩輝が唯一知っていた公開演習の時の艦娘はどれをどうとっても全てが華やかで、我ら一般人が踏み込めれない領域に到達していて、アイドルや女優を優に越すほどの力強い輝きを放っている存在だろう。


 


 しかし、蓋を開けてみれば、悲劇のヒロインという称号が似合うほどに、表情は疲れ切り、体は痩せて衰弱し、痛々しい切り傷が至るところにある、ただただ哀れな少女だった。


 


 あのときの強い輝きは見る影もなき風前の灯となって、弱々しい命の輝きに変わっていた。


 


 そうなれば、誰もがそんな二人の少女を艦娘だとは思えないだろう。


 


 上官はそんな二人の少女の姿を見なくても、浩輝の深刻さが物語る声色で、大体は想像できていたのだ。


 


「小川。悪いが、そのまま二人を一日匿ってやってほしいのだが......いいか?」


 


【......】


 


「こちらは運が悪く、終わらせねばならない事務が沢山ある。それに今日だ。卒業式ということもあり、外を出歩く者が多く、その少女二人が誰かに目撃されてしまう場合がある。特に......一人、大和は結構な人気を誇る艦娘だ。見つかれば即刻、大騒ぎになるやもしれん。だから出来ればそのままお前の部屋で明朝まで安静にしてもらいたい」


 


【......わ、分かりました。ですが、その......】


 


「大丈夫だ。艦娘はお前よりは断然、力がある。もし何か間違いが起ころうならば、お前が殴られ吹っ飛ばされようとも、艦娘自体に被害が来ることは絶対にない」


 


【いや、充分大丈夫じゃないと思いますが。というか、身の危険が感じられますが......】


 


 おどおどした声に口を綻ばせる


 


「............小川」


 


【はい】


 


 


 


 


 


 


 


「......その子達に、出来るだけ優しくしてやってくれ」


 


【え......───】


 


 ガチャ......────


 


 それを伝えた後、浩輝の有無を言わさずに通話を切り、校長室の椅子にゆっくりと背を預けながら、深くため息を吐いた。


 


 


(どこまで、あの提督(下衆)によって傷付いた心を包容してやれるか......そしてちゃんと正面から向き合っていけるかが肝だぞ......小川)




自分に出来ること



ツーツー……


「切れた……」


 上官から一方的に通話を切られ、「というか……押し付けられた気がするような」と、挙げ句には救護している二人の少女を強制的に部屋に置くように命令されたため、なんとも言いがたい感情が芽生えはじめている。


「しょうがない……のか良くわからないけど、一日ぐらいなら匿える気がするし」


 今一度、少女達のほうに目を向け深く嘆息すると


「よし」


 そう心を焚き付けて、先ずはするべきことを考える。


(先ずは、負傷している傷を治す必要があるな……見る限りだと、上官が言っていたように、先程深海棲艦と海戦しついたと思われる火傷や切り傷がある。だけどおかしいな……明らかに最近戦闘をして、ついたとは思えない古傷が無数に残っているんだが)


 少女達の容態を見ながら、情報を整理していると、ある疑問が脳裏を過った。


(……この艦娘達の提督は一体何をやってるんだ? 何故このような酷い傷をその時で治さずに放置してたんだ……?)


 実は、精霊を視認できるという適正がなく、提督になるための艦隊運営の講義に参加できなかったが、二年生までは希望が潰えたわけではないと諦めが付かずに、独学で艦隊運営の基礎を学習していた。


 その時に学習した艦隊運営の内容は、今でも色濃く記憶に残っており、その内容の中には、『出撃させた場合、必ず心身ともに徹底的なケアをしなければならない』という項目があった。


 心身のケアは、不規則に深海棲艦が現れることにより、場合によっては短間隔で戦闘する艦娘を、運営する上で最重要とされており、特に体の傷は士気を大きく減少させるため、出撃させた艦娘は必ず入渮させなければならないという決まりがあるのだ。


 全国にある鎮守府へ、大本営が直々に発令している、謂わば『海軍の掟』の内の一つでもあるこの決まりを、全国の提督は守らされている筈なのだが、現に目の前に居る艦娘に、無数の古傷がそこかしこにある。


 通常なら、出撃後に直ぐに入渮させるため、艦娘に古傷なんて出来ないはずである。


───「おかしい……」


 そう。おかしいのだ。


 『海軍の掟』の内の一つのこの決まりを守らない提督は、既に解任させられ、無期懲役、或いは死刑にだってなり得る重罪を課せられることになっている。


「確か、上官があの横須賀鎮守府の艦娘だと言ってたな」


(ん……? 待てよ?)


 明日視察しにいく鎮守府は、横須賀鎮守府という、全国でも随一の艦隊保有数と練度を誇る、誉れある鎮守府な筈だ。


 世界からも注目され、あのアメリカのノーフォーク海軍基地、ニューポートニューズ海軍基地をも抑え、『世界最強』とも呼ばれが高い、最高な鎮守府な筈だ。


(まさか……いや、だが)


 嫌な予感がした。

 何か、ゾワゾワと肌を撫でるような、寒気がした。


 そう。これは悪魔でも予感なのだが、横須賀鎮守府は最近では沈静化してきている問題を抱えている、曰く付きの鎮守府ではないのかと、そう思っている。


「───ブラック鎮守府……なのか?」


 しかし、その考察を直ぐに取りやめる。


 何故なら、どうしても信じたくなく、疑いたくなかったからだ。


 日本の海軍力の象徴とも言われる、横須賀鎮守府という誉れある、立派であろう鎮守府が、まさか艦娘を道具のように扱う提督が支配する箱庭だと。


(……)


 三度見つめながら、今度は側へと歩いて、やがて二人が寝ているベットと布団の間に、腰を落とした。


(……いくらなんでも酷すぎる。どうしてこんなことになったんだ。どうしてこんなに傷付いているんだ)


 交互に、明らかに弱っている寝息を、両側で立てている二人の少女を見比べて、同情、焦燥感、悲壮感等、様々な思いが糸のように絡まりながら、込み上がってくる。

  

 ──信じたくはない。だが、これは疑わずにはいられない。


(……この無数の古傷と、肋骨が少し見えるほど痩せ細った体の状態。目下には大きな隈もある。栄養不足、睡眠不足……それに──)



「───ぅうっ…………ぅ」

「───…………っ、くっ……」


(涙を流しながら…………魘されている)


 精神面にも、相当来ているようにみえた。


「っ……」


 思わず、血が出てしまうほどに握り締めた拳、そして強く強く、その奥歯を噛み締める。


 怒りが、悲しみが、悔しさが湧いてくる。


「み…………な。ごめ、んっ……さい」

「ごめ……な、……いっ…………みん……な」


 


「……!」 


 二人の少女───いや、二人の艦娘は、大粒の涙をそれぞれの眦から、頬を通らせて、枕に染みらせていた。


 そこからは、浩輝と同じように、怒りが、悲しみが、悔しさが感じられ、絞り出された誰かへの謝罪には、自責の念と、後悔、そして慈愛が混ざっているように感じられた。

 どれだけ辛い思いをして来たのだろうか。

  どれだけ痛々しい思いをして、どれだけ喜怒哀楽を心に仕舞い込んで来たのだろうか。



「……」


 無力な自分に、この少女達へ何か出来ることはないだろうか。

 

 しかし、かける言葉が見つからない。

 かといって、無駄なことをして、恐らく見る限り、少女達にとって久方ぶりの休息を邪魔することは出来ない。


 どうにかして、今ぐらいは心から安心して、寝てもらいたい。


 魘されている少女達を落ち着かせる方法。考えて、考えて、考えて、そこで、浩輝はあることを思い出した。







 ………………………………


 ……………………


 ………………






 ───小川先輩の手、なんだか心から安心できますよね


 ───え? 急にどうしたんだ、橘


 ───ほら、私の大事な進路を決める試験の結果が悪くて、先輩の部屋に勉強会を早急に開いたときあったじゃないですか


 ───ああ……あったな、そんなこと。お前は真面目だから、確か分からないことが分かるまで、その時は付き合わされたな。……まぁ、先に寝落ちしたのは驚くことに、教えてる方の俺じゃなくて、まさかの教えを乞う方の橘だったけどな?


 ───そっ、その、あの時は、……すみませんでした……夜遅くまで付き合ってもらった上、頼んだ立場でありながら……


 ───……いや、元から気にしてないぞ。大体、あのときは根掘り葉掘り聞いてきて凄く頑張っていたし、ペースも尋常じゃなかったからな。テスト勉強の疲れも溜まっていたんだろうし


 ───………………


 ───それにほら。良く寝る子は育つって言うだろ? あのときのお前はなんだろうな……自棄(やけ)になっていた感じだった。勉強に、当たっているように感じた。……思い通りの結果が残せなかった気持ちが先行し、次の試験への切り替えが出来てなかった気がした。だから必要な事だったんだよ。あの時、寝落ちして、少なからず頭の整理は出来たんだろ? 


 ───……そうですね。……寝たことによって、翌朝には試験後みたく自棄(やけ)になっていた自分がすっかりと居なくなってました。


 ───だったら、気に病むことじゃないだろ。結果オーライだ


 ───ですが、翌日いつも通りの自分で居られたのは、寝たことだけではなく、もう一つ理由があるんですよ。……先輩。私、薄く記憶に残ってることがあるんですよ?


 ───なんだ?


 ───先輩、魘されている私の手を、そっと優しく、握って下さいましたよね?


 ───…………気付いてたのか


 ───はい。薄くですが、それでもあの時のことは鮮明に記憶に残ってます。……暗闇に差す、一筋の光のように、先輩の優しい手の温もりと感触は……不安でしょうがなかった私の心を、ゆっくりと解してくれました。 


 ───……あ、あのときは何かできることはないかと夢中で……気がついたら、魘されている弟にいつもこうしていたのを思い出して……だから……その、嫌……だったか?  


 ───………………いえ、少なくとも、嫌……ではなかったです。むしろ、ありがとうございました。あの時の私を安心させてくれて


 ───……あ、ああ。だが、そのっ……すまなかった。デリカシーが無かった行動だった。これかは絶対にしないから安心してくれ


 ───……………………はあ、何でそうなるんですか。もうっ


 ───えっ?


 ───もういいです。話は終わりです。というか、早く食べないと講義に遅れますよ? 鈍感先輩


 ───は? え? 鈍感? って、橘! 待ってくれ、あとちょっとで食べ終わるんだ!


 




 ………………………………


 ……………………


 ………………


 


「…………ははっ。懐かしいな」


 思い出した記憶に、苦笑しながら、黙考した。


 ───小川先輩の手、なんだか心から安心出来ますよね



「……」


(もし、それが本当なら……)


 後輩と照らし合わせるのは違うことなんだろうが、今の自分にはこれぐらいしか出来ない。


 これで不快に思ったりしたら、その時はその時だ。

 今は、出来るだけのことをしてあげたいだけなのだ。


 要は、自己満足に等しいことをする。

 

 それで、少しでも、少しだけでも安心してくれるのなら、自分は喜んで、その手を何度でも包んであげようと思う。


 もし嫌だったりしたら、煮るなり焼くなり、好きにしてくれても構わない。


「……」


(……今だけは、憧れていた提督になれるのだろうか)



 そう思いながらも、浩輝は人生で初めて、艦娘の痩せ細っていてもその綺麗な手を、握り締めるのだった。


 

久方ぶりの優しい温もり



 ────......ぼ、くは


 暗闇が広がっている。



白霧、夕立、初春、春雨......皆。僕、もう何で生きてるのか分からなくなったよ......ごめん......皆っ───



 ────あのとき......あきらめて......轟沈したはず



時雨ちゃんっ! ......ッ!! 



 ────い、や......そうだ......大和さんが庇ってくれて......それで......それ、で? ......ぼくはたすかったのかい? 大和さんをぎせいにして......僕一人だけ......? 



 暗闇だけが、目一杯に広がっていた。


 そして、回想すればするほど、絶望と不安だけが沸き上がってくる。


 いや、今の時雨の心には後悔だけが独占しているように見えた。


 何故あの時、立ち止まってしまったのか。


 何故あの時、余計のことを考えてしまったのか。


 




 そして、何故あの時、大和を巻き込んでしまったのか。




 ───僕は......僕はっ......ぼくは......ぼ、くはっ......


 自分の勝手な行動に、大和さんを巻き込んでしまった。


 そんな後悔だけが、溢れだしてくる。


 責任は全て、自分にある。


 どのみち、責任転嫁出来る相手が───いや、居るには居るが、どうせ逆らえない。


 艦娘は人間に逆らえない。







 いや、提督に逆らえない────ぇ......?


 そんな悪循環に浸っているとき、不意に頭に冷たいものを感じた。


 そして、何だろうか。


 全身を柔らかい、毛布に包み込まれているようだ。


 ───な、にこれ......


 嗚呼、何ヵ月振りだろうか。


 全身は痛むが、久し振りに毛布に横になった気がする。


 いや、気ではない。久し振りに毛布に横になっているのだ。


 ───......


 ずっと悩みながらも、戦闘に使い続けてきたオーバーヒート寸前の頭にヒンヤリと感じるもの。



 ボロボロに疲弊していた体に、久し振りの毛布のような感触がする柔らかいものに包まれた休息。



 ───............っ



 生きていることを実感し、またこれほどまで『生きている』と実感できる束の間に与えられた、自身の体の癒し。


 願わくば、このまま浸っていたかった。


 そう思ったとき、これまで与えられた恐怖や暴力、理不尽な命令。


 そして、目の前で解体されていく仲間たちや、命令によって大破進撃して目の前で轟沈していく仲間たち。


 ここ数ヵ月で経験した全ての光景が心の奥から溢れてきた。


 そのせいか、時雨はいつの間にかジワリと涙を滲ませ、やがて両目から溢れ出させていることが自覚できた。


 小粒ではなく、大粒の雫の大きさだ。


 ───......ごめんねっ......皆......ぼくがあの時気付いていればっ......


 誰が看病をしているのかは分からないが、そんなことになりふり構っては居られなかった。


 今は全てを受け止めて、そして声には出さない分、ずっと我慢してきた様々な悲しみや怒りを涙で吐き出したかった。


 ───大和さんッ......ごめんなさいっ。ほ、んとうにっ......ごめんなさい


 看病してくれている人にこの涙は見られているだろう。


 こんな傷だらけで、汚くて、血だらけでも布団を使わせてくれているのだろう。


 血がくっついてしまわないだろうか。


 磯臭くならないだろうか。


 泥だらけにならないだろうか。


 気配で自身の側に看病してくれている人が居てくれているのが分かっている時雨は、そんな布団を貸してくれている申し訳なさと心配を一層強める。


 ───今っ......なみだながしてるからっ......枕に染みないかな......?


 いつ振りだろうか。


 これほどの優しさを身に感じるのは。


 ───......ぇ?



 突然、時雨は自分の片手を誰かは知らないが、力強く握られたことに驚く。


 だが、それは不思議と、心から安心出来、また不思議と拒否することは出来なかった。


 自分の手とは一回り大きく、ゴツゴツしているという感触から、看病してくれている人は男性というのが分かる。


 提督が男なことから、拒否反応を起こすと思っていたが、それは起こらず、逆にこのままで居たいと思えるほどの


 ───............温かい



 








 温かさだった。






傷を治す方法



 

 魘されていた二人の少女の手を握ってから、数分が経過した。


 抵抗されると危惧していたが、そんなこともなく、逆にしばらくするば、弱々しく握り返してきてくれたことに、驚きを隠せなかった。

 やがて苦しみから解放されたかのように、荒くしていた息、苦悶の表情から漏れていた呻き声がすっかりと無くさせ、気が付けばそこにあるのは、魅入ってしまうほど美しく、けれどもあどけなさと可憐さを残させた、清々しいほどに安らかに眠る、眠り姫のような二つの顔だった。


「……安心、してくれたのか?」


 内心ホッとしながら、それでも何かしてやれたことに嬉しさが募る。


 耳をそれぞれの顔に近付けると、呼吸法も荒かった口呼吸から、いつの間にか鼻呼吸へと変わっており、それ即ち、現在の休眠が深いということ。

 

 それほどまでに安心してくれたのかと、凄く嬉しいが、一旦そこで、今後の少女達への対応を考えはじめる。


(先ずは、さっきも思ったけど、この全身にある傷を治すことだが……専用の浴槽に入渮させないといけないからな……)


 出来るだけ、今は早く負っている傷を治して、充分な休養を取ってもらいたいのだが、肝心の治療方法である、専用の浴槽が近くに存在していない。

 浩輝の知っている範囲の情報に寄ると、専用の浴槽は主に鎮守府、警備府、泊地、前哨府にでしか。設置されていない。


 それは経費削減という理由もあるが、普段から艦娘が利用しないため、態々設置しなくても良いというものもある。


 当然、今回のような、士官学校近くの浜辺に負傷し気を失い、漂着するケースや、燃料切れで一般の軍港に寄港するというケースも過去に何回かあった。

 しかし、それらは『何回か』という、非常にレアケースな事例で、ましてや普段から、陸地から遠く、そして民間船が航行しないように封鎖した限定の海域で戦闘している筈の艦娘が、負傷した状態で海軍士官学校近くの浜辺に漂着するなど、星の数ほどの確率だ。


 海は広大で、海流という、謂わば『海の道』がある。

 漂流しているとして、何らかの、例えば嵐のような悪天候で大きく海が荒れる状況にならなければ、海流に大きな変動は起こらず、永遠とその海域を回り続ける場合にだってなり得る。

 言うなれば、繋がった同じ道をぐるぐると回ってしまうということだ。


 運良く何処かに漂着したとしても、漂着したところがゴツゴツした岸部だった時、漂流者は大きな怪我を負ってしまうかもしれない。


 ───しかし、こうして遠くの海域から本土へ、しかも岸辺ではなく、比較的怪我をしにくい浜辺に二人の艦娘が漂着し、また海軍士官学校の知覚だったこともあり、偶然通りかかって見つけた浩輝が、現在自室で保護している。


 良く考えてみると、正にこうして生きていることが奇跡的とも言えるようなものだ。


 そんな奇跡的な確率のこの事例に、直ぐ様対応しろというのは無理難題であり、これを予想して専用の浴槽を海軍士官学校に前もって設置しておく、みたいな芸当を誰でも出来る筈がない。


「……上官とか、この学校に文句を何で設置しておかなかったとか言えるような事じゃないな、これは」


 兎にも角にも、応急処置はしておこうと、一旦二人の片手を握っていた両手を離して、救急箱を取り出そうと立ち上がろうとした時


 ───コンコン


 と、自室のドアをノックする音が聞こえた。


「? 誰だろう?」


(いや。俺の部屋に用があってきたとき、丁寧にノックする知り合いなんて、橘や他の女子の後輩とかだよな)


 相手がどんなのか、粗方見当が着いた浩輝は、「はい」と返事をしたあと、直ぐ様立ち上がろうとしていた腰を上げて、玄関へ向かう。


 もし、訪ねてきたのが橘だったときには、提督候補生なので、専用の浴槽が無いこの状況で、酷く負傷している艦娘には、どう対応すればいいのかを聞こうと、意気込んでドアノブを捻ると


「──どーもっす。先輩」


「…………お前かよ」


 そこに居たのは、一人の士官候補生だった。


 彼の名前は、新見(にいみ) 義人(よしと)。

 一年下の後輩で、髪型は清潔感があるさっぱりとした黒髪だが、顔からはどことなくチャラい雰囲気を漂わせている。

 

 口調も軽く、面倒くさがりなのだが、それに反比例して座学や実技の成績はそこそこ高い位置にあるのが、ひた向きに頑張っている士官候補生のことを考えると、少し癪に思えてくる。

 だが、人懐っこい性格で、誰もそんな新見のことを不思議と嫌ってはいない。


(いや……確かにこいつも口調や態度に似合わずノックするタイプの奴だったな……失念してた)


 そして、意外と礼儀正しい一面も持っているので、強く言えない、憎めないタイプの後輩である。


「で? ……何の用だ?」


 はぁ……と嘆息し、再び訪ねてきた人物を見ると、浩輝は面倒くさそうに用件を聞く。


「いやいや、折角訪ねてきた後輩に対してどんな顔してるんっすか」


「さっきばかりに別れの挨拶しただろうが……何でまた会いに来るんだ」


 そう。実は先程に、上官に呼び出され、この寮へ帰ってくる道中で新見とは会っていたのだ。

 その時に、別れの挨拶は済ませ、すっきりとした別れ方が出来た筈なのだが、こうしてまた会ってしまえば、必然と気まずくなってしまう。


「あの別れの挨拶の時のやり取りは一体なんだったのか……」


「まぁまぁ、過去は過去っスよ先輩!」


「……そう簡単に過去の事を片付けられたら人生は本当に苦労しないぞ」


「確かにそうっスね。けど苦労しない人生という儚い夢を見るのも、また人生の一興じゃないっスかね?」


「若造が何それらしい事を言ってるんだよ……俺も若造だけどさ。……って良いからさっさと用件を言え。こう見えて忙しいんだぞ」


(早くあの子達の応急処置ぐらいは出来るし、痛みも少しは和らぐだろうからな。……というか、ここに来るってことは……こいつまた彼女に何かしたのか? 良く見ると額に汗が滲んでるし、走ってきたのか呼吸も荒いな)


 いや、新見について一つ補足情報を付け足さなければならない。

 それは、新見はかなりの女好きで、彼女がいるにも関わらずに、しょっちゅう他の女子と仲良くしているのだ。

 その結果、案の定彼女と何度となく喧嘩し、その度に自室に駆け込んできた新見から、彼女への愚痴や、どうしたら許してくれるのかという相談を浩輝は何回もされていたのだ。


(もう男らしく一筋になってくれるとこちらとしては楽なんだが……あ、いや待てよ。そういえば今日でここを卒業するから、もうこいつの相談を聞くことはなくなるんだったな。嬉しいのやら寂しいのやら……) 


 そんなことを思っていると、「先輩、用件を言う前に少し休ませてくれませんか?」と、そう言いながら、新見はここまで持ち込んできたのか、謎の一リットル相当の一つのバケツを、玄関に置いて、腰を落とした。


「そのバケツ……どうしたんだ? 置くときに何かと重そうな音が響いたんだが」


「上官に頼まれたんすよ。廊下を歩いていたら、何か両手で重そうに運んでいたので、手伝おうと近付いたら、『君は……確か小川と一緒に居ることが多い新見君だったよな? 丁度いい、小川の部屋までこれを運んでくれないか? 至急にな』って言われて、中身も聞かされないまま流れで来た感じで…………というか、結構見た目の割に重くて、ここまで走って運んできたんで正直今キツいっす……」


「へぇ……とりあえず運んできてくれたんだな。ありがとう。ちょっと待ってろ、何か飲み物持ってくるから」


「よろしくっス」


 どうやら、校舎から寮の三階にある自室まで、走って運んできてくれたらしい。

 

 普段から海軍士官候補生は訓練をしており、海上自衛官候補生のそれを凌駕するほどの体力を消耗する、スタミナを鍛える訓練を行っている。

 

 なので、それを三年間続けてきた新見も一般人を凌駕する体力と筋力を身につけている筈なのだが、それでも運んできたバケツが見た目以上に重いためか、予想以上に体力を消耗してしまったらしい。


(ここの寮、エレベーターがないからな。三階まで走って上ってきたというのも原因なんだろうが……)


 暑そうに校則で禁止されている第2ボタンまで開けて、手でシャツの中へ、涼しい風を送るように扇いでいるため、暑いだろうと考慮し、氷を入れたコップに麦茶を淹れて、新見に渡す。


「どうもっす。……っ……っ───」


「おいおい。ゆっくり飲め。むせるぞ」


 そう苦笑し、がぶ飲みしている新見に声をかけた後、浩輝は新見いわく見た目以上の重さがあるという精々一リットル位の一つのバケツを試しに持ってみることにした。


「……っ、確かに……見た目の割には、重いな……」


 持ってみると、一リットルを優に越える謎の重さが確かにあった。


 少しダンベルのように、筋トレの要領で両手で上下させていると、お茶を一気に飲み干し、喉が潤わせ、幾分か疲れが飛ばせた新見が、何かいじらしい笑顔で、こう訴えてきた。


「そうっスよー? それを自分は一人でここまで運んできたんスよ? 」


「む……その目はここまで運んできたから対価が欲しい、みたいな目をしてるな」


「お、分かってるじゃないッスか。先輩」


「一体、何が望みだ……」


「いやいや、『望み』って……まるで自分が悪者みたいじゃないッスか!」


「金、財産、俺の私物なら何でも良い……だがっ、家族や友人、知り合いには手を出すなっ!」


「なんか始まっちゃったよ……なんか本格的に自分が悪者になっちゃって来てるよ……」


「……」


「…………先輩?」


「……ということで無理だ。お前が提示する物なんてたかが知れてるし、なにより、先程のお茶一杯が運んできてくれた対価ということで良いだろう」


「何がということでッスか……自分で始めた茶番を途中で諦めないで最後までやり抜いて欲しかったッスよ……というかお茶一杯が対価って酷くないスか? せめて昼飯奢るくらい良いでしょうよ」


「よし、じゃあ昼飯奢ってやる」


「え? いや良いですよ。まだ対価の方を言ってませんし……」


「いいや、昼飯を奢るで対価は決まった」


「はい? まだ自分は言ってませんよ?」


「俺は、せめて昼飯を奢ってという言葉をお前から確かに聞いた。このせめてとは、即ちお前にとっての対価の許容範囲、最低条件。しかし、お前はその最低条件の前に提示する対価を口にだしていない。ということは、必然的に対価は既に口に出した昼飯を奢るという対価が挙がる。その為、お前に払う対価は昼飯を奢るで決まったということだ。そして───」


「───あーあもう分かりました! もういいんで、その屁理屈マシンガンを止めてくださいッス!」


 ペラペラと機関銃のように、屁理屈を一言一句噛まずにスラスラと連射する浩輝に対し、新見はこれ以上聞きたくないと両耳押さえ、そう叫ぶ。


「お、分かってくれたか。流石は新見。自慢の後輩だ」


「違うッス。諦めたんス。過去に何回もこの状態になると絶対自分の言い分を聞いてくれないこと経験してるので」


「そんなことはない。俺はお前の先輩だぞ?」


「じゃあ対価の方h「それはそれ、これはこれ」ほら絶対聞かない」


「まあまあ。器の小さい男はモテないとよく言うじゃないか」


「確かにそれは自負してますけど……先輩もマジで大概ッスよ?」


「いや、俺は人によって態度や許容範囲を変えてるから」


「じゃあ自分に対価をやらないというのは……」


「だって考えてもみろ。訓練や講義が終わり、特に凄く疲れていた時、自室にノックはするものの、毎月のようにのろけ話+喧嘩の相談で俺の自由時間を邪魔してた奴に、たかだかバケツ一つ運んでくれたぐらいで、相応の対価を払えると思うか? こっちは凄い対価を払う前から対価を強制的に払わせられてるんだぞ? 時間は金なり、タイムイズマネーとか聞いたことあるだろ? つまりはそういうことだ。分かったか?」


「なるほど……一理あるッスね」


「いやいや、百理くらいあるわ」



「…………そういえばなんかバケツに書いてありますけど、所々削れてよく読めないッスね」


「話を逸らしたことは追求しないでやる。……確かにそうだな。読みにくいが───」



(……? 高、速……修復材? )


 数分間凝視していると、自然と頭のなかにその文字が浮かびあがった。



「日本語で『高速修復材』と書かれてあるな……」


「へぇ…………あ、確かにそう言われてみれば分かってくるッスね」


───プルプル


 と、そこに着信音が鳴り響いた。


「おっと……彼女からだ。すんません、ここで失礼するッス」


「……またなんかやらかしたのか?」


「ははっ。んな訳ないッスよ!」


「大切にしろよ? 誠実にな」


「ええ、言われなくとも大切にするッスよ。誠実に生きるのは勘弁ですけど」


「はぁ、この女好きめ……。早く行ってこい」


「はい! 邪魔しましたッス!」



 嵐のように去っていった後輩を見送り、一応ドアの鍵を締めた後、玄関にある『高速修復材』と記されたバケツを持ち上げて、二人がいるところまで持っていく。




「───上官から偶然とは言えども、これが送られて来たんだよな……」


(もしかして、この『高速修復材』というのは、今そこで寝ている二人の艦娘を治せる何かだったりするのか? 艦隊運営について学んだけど、それは本当に基礎の基礎だから、まだ俺の知らない艦娘の治療法があっても十分あり得る)


 それに、そう思い立ったのには、確かな理由がある。


 先程まで通話していた相手は上官。

 そして話していた内容は今保護している二人の艦娘についてだ。

 

 その後に突然送られてきた、『高速修復材』なる一つの謎のバケツ。


 このバケツの使用用途を説明する手紙が一緒じゃないのは、もしもの時、間違いやイレギュラーが起こったとき新見に見られないための事前策だろう。


(修復と書かれているから……間違いではないはずだ)


 上官に今すぐにでも聞きたいぐらいだが、予定が立て込んでいたり、事務で忙しいだろうし、側に他人がいたりすると、結局話せない内容である。



「……」


 暫し、両側で眠る二人の艦娘の顔を見比べる。


 先程よりは落ち着いたものの、全身の切り傷や火傷が痛んできているのか、少し息が荒くなってきている。


 これまで、寝返りを打とうとしても、傷が傷んでやはり失敗するのを、実は数回見てきていた。


(今は、俺が助けないと。俺しか居ないんだ……君達の司令官がどんな奴かは知らないが、少なくともそいつよりは、まともな提督になれる筈だ。今だけは、君達の提督になることを許してほしい。今だけは、父さんみたいな立派な提督になってみせる…………)


「───くよくよしてる場合か。違うだろ。今は……助けるんだろう!」


 そう自分に喝を入れて、先ずは小さい方の艦娘を優しく抱えあげ、バスルームまで行き、服を脱がせて、下着姿で浴槽にゆっくりと寝かせた。

 目の前の美少女の下着姿などに目も暮れず、浩輝は掠れた文字で『高速修復材』と表記されているバケツの蓋を開けて、一心に少女の多数の傷口へと、一縷の望みをかけて、液体を塗り始めた。



「頼む……」


(見立てでは、この『高速修復材』とやらは、艦娘を修復出来る液体が入ったバケツだ)


 予想が外れるかはこの際どうでもいい。


 やるか、やらないかの話であって、もし少しでも望みがあるのならば、やった方が絶対に良い。


 入念に、傷口へ『高速修復材』を塗っていく。

 

「───っ…………ぅう」


 塗るためにとはいえ、直に傷口に触れているので、痛みが募っているのだろう。少女は苦悶な表情を浮かばせ、呻く。


「すまないっ……耐えてくれ」


 慰めの言葉は少女に深い眠りに落ちているため、届いてないとは思うが、それでも浩輝は、側で謝り続けた。

 

 その時だった。









「……!?」


 少女の古傷、切り傷、火傷や痣全ての傷に塗り終わった瞬間、目の前で傷がどんどんと塞がられ始めたのだ。

 体は僅かに光を帯び、幻想的で、この世の神秘の一片を見てる気になる。


「綺麗、だ」


 そんな思わず呟いてしまった言葉。

 信じられないと、瞠目する浩輝の目の前で、徐々に傷だらけで汚れていた少女の体は、白く美しい体へと『再生』していっている。

 

「……」


 茫然と、ただ少女が美しい体へと昇華───再生されていくのを眺めていると、やがて少女がその瞳をゆっくりと開け始めた。


 浩輝は、少女が開けた綺麗で透き通った、サファイアを連想させる蒼い瞳に、見とれていた。



 









「……こ、こは? どこ、……だい?」


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2018-06-16 20:32:37

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1: SS好きの名無しさん 2018-05-27 12:09:57 ID: zsHlHO7d

面白かったです。最初は、ブラック鎮守府、視察、この先がどう行くか楽しみにしてます。
頑張ってください。応援しています。

2: SS好きの名無しさん 2018-06-04 02:06:43 ID: 6GJx65OW

読みやすくてこの後の展開が楽しみです。

無理をせずこの文才を保って完結まで頑張って下さい。応援してます。

3: SS好きの名無しさん 2018-06-04 21:29:42 ID: K0mrhHpH

面白かったです。分かりやすく良いですね♪
あ、てもこれ素人関連なのですが。名無し[・・・]とか良い思う、すみません。続き楽しみにしてます。頑張って下さい

4: 水源+α 2018-06-04 21:32:12 ID: K4si2xxN

2<<コメントありがとうございます。

 読みやすいという言葉、書かせていただいてる身からしてみれば、一番嬉しい言葉です!

 文才はまだまだ拙い方ですが、技術向上と共に、完結まで頑張っていきたいと思います^^

5: 水源+α 2018-06-09 21:16:21 ID: qDG0jIal

1<<コメントありがとうございます。

展開の方は未だに悩んでいて、多少行き当たりばったりの展開になっていくやもしれませんが、納得が行けるような作品に必ず仕上げたいと思っております。

まだ高校生活に入ったばかりで、慣れない環境の中での部活の方も忙しいため、帰宅したら直ぐに寝てしまうという生活が殆どで、更新の方は不定期にさせていただいてます。

なので、気長に待っていただけると嬉しいです


このSSへのオススメ

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1: SS好きの名無しさん 2018-06-16 20:41:26 ID: i2DcV_1V

高校生が書く艦これssだとは思えない文書力の高さが窺える、ブラック鎮守府系の艦これssです。
まだ鎮守府に出向いてませんが、それでもこの後の展開を楽しみにさせる構成が上手いと思います。
まだ登場してない艦娘と主人公がどのような出会いを果たし、どのように関わっていくのか、ワクワクしてくる作品だと思います。
作者への期待と応援、そして是非皆さんに見てもらいたいと思い、書いてみました。


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