2018-08-18 22:48:03 更新

概要

人の我慢にも限界ってものがあってだな。




霞「はぁ!?」


曙「どうして私達が!」


満潮「異動なのよ!!」






話を遡ること、一週間程前…。



1



【鎮守府内 執務室】 




霞「これで良しっと…」



提督不在の執務室を掃除して一息ついた。




提督は大本営での定期検診のため3日間不在となる。

今日はその2日目、彼がいなくても心配しないように秘書艦の霞は留守をしっかりと守っていた。





トゥルルルルッ、と執務室にある電話が鳴る。



霞「はい、もしもし…」


提督『霞か?俺だ』


霞「何よ?何の用なの?」



相手が提督と知ると途端に不機嫌そうな声で対応する。

長年沁みついた癖なのでもう治しようが無い。



提督『いや…留守は大丈夫なのかなと』


霞「あんたがいなくても問題ないわよ!いちいちこんなことで電話してこないで!」


提督『…ははっ、問題なさそうでほっとしたよ』


霞「こっちのことは良いからさっさと終わらせてきなさいよ!切るわよ!」



ガチャンッ!と叩き付けるように受話器を置いた。



霞(全くもう、心配性ね)



電話をしているときとは打って変わって笑顔になる。



霞(留守を預かっているんだからちゃんとしないとね!)






提督からの電話を励みに霞は一層頑張ろうと誓うのだった。






【鎮守府 工廠】



曙「みんな、お疲れ様!」



遠征を終えた曙を旗艦とした部隊が帰投し、保管庫へ資材を仕舞い込む。

資源を保管庫に入れて今日の遠征は終わり部隊は解散、のはずだったのだが…。




由良「ねえ曙ちゃん」


曙「はい?」



解散して執務室に戻ろうとする曙に由良が声を掛ける。

由良だけじゃない、他の仲間達も残って曙を見ている。



夕雲「そろそろ私達にも旗艦をさせて欲しいのだけれど」


雷「曙ずっと働きっぱなしじゃない、大丈夫なの?」


電「たまには休んで欲しいのです」


曙「え?う、うーん…」



曙は少し考える振りを見せてすぐに仲間達から離れる。



曙「わ、私は大丈夫だからっ!気を遣ってくれてありがとっ!じゃね!」


由良「あ!ちょっとっ!曙ちゃん!」



まるで逃げるようにその場を立ち去り、その場には何も伝えられなかった艦娘達が寂しそうに立ち尽くしていた。









曙(これはクソ提督に任された仕事だもの、しっかりとこなさないとね!)




今日も無事に遠征を終えて上機嫌で鼻歌を歌いながら執務室へ向かった。















(ずっとこの調子…)

(全然話を聞いてくれない…)

(いつまで続けるつもりなの…?)



















【鎮守府内 演習場】




満潮「今よ!集中して!砲撃開始!!」



満潮の号令と共に全員が的に向けて砲撃を開始する。

的に全ては当たらずバラバラと水柱を作った。



満潮「次!全速前進!ほら速く!!」



砲撃からすぐにまた号令が掛かり全員が行動を開始する。

満潮に続き陣形を整わせながら進むが形が歪み崩れてしまう。




春雨「ごめんなさい!陣形を崩して…!」


満潮「良いのよ、もう一度いきましょう!」



申し訳なさそうな顔をする仲間を励ましすぐに改めてやり直す。

艦隊としての練度を高めようと演習担当の満潮は懸命に取り組んだ。




満潮「今日はこれでおしまい、みんなお疲れ様っ」



演習を終えて解散させようとしたが仲間達の顔の暗さに心配になる。




沖波「どうしよう…このままじゃまた次の合同演習で…」


清霜「足、引っ張りたくないなあ…」


満潮「大丈夫よ、例え勝てなくったって司令官はみんなを責めたりしないから」


春雨「はい…」



満潮の励ましにも曖昧な返答しかせず雰囲気は暗いままだった。




満潮(ここのところ合同演習で負けが混んでて自信を失い掛けてる…もっと演習をして練度を上げないと…)



仲間達に明るい顔を取り戻せるように満潮は心の中で固く誓った。
























(司令官は…私達を責めたりしないけど…)

(私達の心配はそうじゃないの…)

(もう、見ていられなくて…)

















【鎮守府内 執務室】




満潮「戻ったわ」


曙「お疲れ」


霞「お疲れ様」



執務室に霞、曙、満潮の3人が集まる。

提督不在の間の情報交換のためそれぞれの担当の結果、状態を説明する。





曙「資源状況はこんな感じ、ほぼ横ばいね。本当はもう少し増やしたいけど…」


霞「無理して増やさなくてもいいわよ。司令官に節約できるようにやり繰りの相談をしておくわ」



曙が報告し霞がメモを取る。

そして報告をまとめ秘書艦の霞が提督に伝えるというのがいつもの流れだ。



満潮「最近合同演習の相手が強くなってきて、中々勝率が上がらなくって…」


霞「そうね…今月は60%くらいか…艦隊の練度をもっと上げないと…」


満潮「司令官にも発破をかけないとね、もっとみんなに声を掛けて励まして欲しいし」


霞「あ、司令官といえば…」






霞は先程提督から電話があったことを伝えた。



満潮「相変わらず心配性ね、ふふっ」


霞「全くよ」


曙「どんな顔して電話をしてきたか目に浮かぶわ」



3人とも顔を見合わせ穏やかな顔を見せる。

普段は絶対に提督の前では見せない優しい表情…。















霞、満潮、曙はこの鎮守府に提督が着任して直後に配属された古株の駆逐艦だった。

当時は右も左もわからない提督を引っ張り鍛え、叱咤し、導いてきた。


その厳しさは尋常では無く提督に対し一切の遠慮をせず言いたいことを言い時には手を出してでも強引に言い聞かせてきた。

その結果、提督は他の鎮守府に引けを取らない海軍提督に成長した。


彼女達の功績は大きく、そして影響力も大きい。

この鎮守府の柱と言うべき存在である。




霞(早く帰って来ないかしら)


曙(もっと資源を集めて嬉しそうな顔が見たいんだけどなぁ)


満潮(演習の相談と称して二人きりの時間を…って何考えてるの!?)




彼女達の内情はこのような感じである。

提督を鍛え、育て、成長させることが彼女達の生き甲斐であり誇りでもある。

そして知らず知らずのうちに成長する彼に惹かれていた。









しかし…













(いい加減にして欲しい…)

(苦しそう…)

(辛そう…)

(助けてあげたい…)

(私達が…)

(私達にも…)

(でも私達には…)
























提督は予定の3日を過ぎても戻ることは無かった。


2


【鎮守府内 執務室】




曙「まだ連絡無いの?」


霞「うん…」


満潮「全く…どこで油を売ってるんだか、もう!」



執務室では今日も連絡を待って3人が集まっていた。

提督が大本営へ行って7日目、まだ鎮守府に帰る気配は無く連絡もない。


4日目、5日目、6日目は艦隊運営を一切行っていない。

提督が帰らないことが気掛かりでまともに手がつかないからである。




曙「…」


霞「…」


満潮「…」



会話はすぐに途切れる。

強がりを言っていても本当は提督が心配であり可能ならば今すぐにでも大本営に乗り込んで提督を連れ戻したかった。


しかし留守を預かる身であり責任感の強い彼女達にはそこまですることはできなかった。

大人しく待つ、彼女達にできるのはそれだけであったのだが…。



霞(連絡が無いなんて今まで一度も…)


曙(定期検診で何かまずいものでも見つかったのかしら…)


満潮(演習成績や戦果のことで呼び出された?でもそんなに悪くは…)



トゥルルルルッ!



曙「!?」

霞「!?」

満潮「!?」



電話が鳴ると同時に三人の視線が電話機に集まる。

顔を見合わせて頷き合い霞が電話を取る。



霞「も…もしもし…?」


曙「ゴクリ」

満潮「ゴクリ」


霞「は、はい。秘書艦は私です…はい…」



曙(クソ提督じゃ…)

満潮(無いみたいね…)



曙と満潮は顔を見合わせてがっかりする。





霞「え…抜き打ち監査のため…?はい、わかり…ました…」






霞は話を終えてゆっくりと受話器を置いた。



曙「何だって?」


霞「うん…あのね」





電話は大本営の役員からだった。


『そちらの鎮守府を抜き打ちで監査をすることになった』


『定期的に無作為に選ばれた鎮守府にて行うもので特別な意図はない』


『艦隊の運営状況、提督に不正が無いかどうか、艦娘に対し酷いことをしていないかというのが調査内容になる』


『そちらの提督は監査のため大本営にてもう1週間程休んで頂くことになった、帰ることは許されない』





満潮「何よそれ…」


霞「決して悪いことにはならないから心配しないで欲しい…って」


曙「ふんっ!上等じゃない、真正面から受けてやりましょう。この鎮守府に不正なんかありもしないんだから!」


霞「うん…そうよ、そうよねっ」



少し沈みがちな霞を励ますように曙が明るい声で発破をかける。




霞「あ、それともうひとつ、今日からこの鎮守府に…」






コンコンッと執務室のドアをノックする音が聞こえる。






満潮「どうぞ」


??「失礼します」





ドアを開けて一人の艦娘が執務室に入った。





鹿島「大本営より派遣されてきました、練習巡洋艦・鹿島です。よろしくお願いします。うふふっ」



霞「よ、よろしくお願いします…」





先程霞が言い掛けたこと。


『大本営より今日から監査役に艦娘が派遣される』


『彼女に従うように』


ということだった。









鹿島「早速ですが霞さん、曙さん、満潮さん」




鹿島は持って来たカバンから書類を取り出して読み上げる。





鹿島「あなた達にはここを離れて頂きますね」






霞「え…!?」


曙「な…」


満潮「何よそれ!っ…」




反論しようとしたが途中で言葉に詰まる。


鹿島が反論できないほどの冷たい空気を漂わせていたからだ。





鹿島「うふふ…」






【鎮守府内 執務室】




鹿島「異動です、あなた達にはこちらの鎮守府へ行って頂きます」


霞「はぁ!?」


曙「どうして私達が!」


満潮「異動なのよ!!」



先程は気圧されそうになったが我慢できずに鹿島に向かって怒号を浴びせる。




鹿島「お、落ち着いてくださいっ。あくまで一時的なものです、そう、レンタル、レンタル移籍ですっ」


曙「レンタル移籍ぃ?」



曙が訝し気な目で鹿島を睨む。

鹿島は慌てた振りをしているもののこのような状況に慣れているのかどこか落ち着いている様にも見えた。



鹿島「抜き打ち監査のことは聞いていますよね?」


満潮「ええ。だから司令官は帰って来れないんでしょう?」


鹿島「はい、その監査ですがあなた達主力の艦娘も対象となりまして…」




鹿島の視線が書類と霞達を行き来しながら説明をする。





主力の艦娘達が提督を庇って監査の邪魔をしたり見られたりしたらまずい書類などを隠蔽しようとするかもしれない。

だからこそ秘書艦や主力の艦娘を遠ざけるということらしい。


そしてもうひとつ、この鎮守府の艦娘が不当な扱いを受けていないかを別の鎮守府にて見極めることだ。





霞「そんな必要ないわ」


曙「私達不当な扱いなんて受けていないもの」


満潮「一時的でも異動なんて拒否するわ、ここを離れるわけにはいかないもの」



彼女達からは『ここを絶対に離れたくない』という強い意志が感じられた。

そしてこの鎮守府にはまずい隠し事も無く艦娘が不当な扱いを受けていない。

彼女達の目がそう語っていた。



鹿島「そうですか…」



鹿島は笑顔のまま渡そうとした書類を仕舞う。






鹿島「では大本営には『秘書艦達が非協力的で何か隠しているかもしれない』と伝えておきますね」


霞「ちょ…ちょっと!?」


曙「何よそれ!」



慌てる霞達をよそに鹿島は不敵な笑みを浮かべ柔らかい雰囲気の中に強気の姿勢を見せる。



鹿島「あなた達の提督さんの疑いがあると大本営は判断すると思いますよ?それでも良いですか?」


満潮「私達を脅すつもり…!?」


鹿島「それに…ここを離れて別の鎮守府に行くのは悪い話ではないですよ?」


霞「え…?」





鹿島は一時的な異動先を説明した。


異動するのは横須賀鎮守府。

現在この鎮守府に着任している提督は大本営にも影響力の高い大将で配属されている艦娘も強者揃いである。


そして監査の一環として一時的に異動してきた艦娘達の実力を測ることも目的とされている。



満潮「それってつまり…」


鹿島「異動先でのあなた達の評価はそのまま提督さんの評価のも繋がります」


霞「…!」


曙(アピールのチャンスにもなるってことね!)




ニコリ…と鹿島は笑みを深めた気がした。





鹿島「どうしますか?」





霞、曙、満潮の3人は一時的な異動を受け入れた。






彼女達は鹿島に乗せられて気付かなかった。


自分達には選択肢が最初から用意されていなかったこと。

全て鹿島の思い通りに事が運んでいたことに…。





3




【横須賀鎮守府 執務室】




横須賀鎮守府に異動となった3人は早速着任の挨拶のため執務室を訪れた。



霞「本日より一時的にこちら横須賀鎮守府に異動となりました霞です!」


曙「曙です!」


満潮「同じく満潮です!よろしくお願いします!」



3人は大きな声でハッキリと挨拶し、綺麗な敬礼を決めた。



大将「よく来たなクソガキども!ここではお前達の実力を測るためにも馬車馬になって働いてもらうからな!予定期間は1週間だ、クタクタになるまでこき使ってやるぞ!覚悟しとけや!」


霞「は、はい!」


曙(これは…)


満潮(大変なところに来たかも知れないわね…)



大将の威圧感に気圧されそうになるが何とか堪え挨拶を終えた。



大将「てめえらの指導役は…おめえがやっとけ武蔵!たっぷりとこき使えよ!」


武蔵「まったく…他に言い方があるだろうに…さ、行こうか」








大将の乱暴な紹介に呆れながら武蔵は3人を外へ連れ出した。



武蔵「うちの提督はいつもあんな調子だ、口は悪いが決してお前達に対し酷い扱いをしたりしない。安心してくれ」


霞「は、はい!」



まだ固くなっている3人に武蔵は優しい笑みを向ける。



武蔵「早速だが君達には遠征部隊に配属してもらう。今日からよろしく頼むぞ」


曙「はい!」


満潮「よろしくお願い致します!」



元気よく返事をして3人は遠征部隊の待つ場所へ向かった。







霞(失敗は許されない!鎮守府の評価は…)


曙(クソ提督の評価は…!)


満潮(私達に掛かっているんだから!)





心の中で同じ想いを持って3人は横須賀鎮守府での生活を始めた。











1週間は彼女達が思っているよりもあっという間に過ぎて



約束された日を迎えることになった。







しかし…





【横須賀鎮守府 会議室】



その日の朝、3人は指導役の武蔵から呼ばれ会議室に集められた。



(別れの挨拶かな?)



3人とも同じことを思っていたが武蔵からは聞かされたのは彼女達が予想していないものだった。








霞「え…」


曙「延長…ですか…?」


武蔵「ああ」





彼女達の移籍期間の延長だった。

それを聞いた3人はショックを隠しきれず俯いてしまう。



満潮「どうして…ですか…?何か私達が失敗を…」


武蔵「逆だよ」


霞「逆?」


武蔵「ああ、君達の実力をもっと見てみたいと提督が…な。1週間じゃ足りないから期限を一ヶ月に伸ばせないかと言ってきたんだ」


曙「…」




返答に困った。

自分達を評価してくれるのは嬉しかった、それが自分達の提督の評価にも繋がるからだ。


しかし本音は…



(帰りたい…)




鎮守府へ帰り、提督の傍に戻りたい。

またいつもの日常を過ごしたい、それが彼女達の本音だったのだが…。



逆にチャンスでもあった、自分達がここで頑張れば頑張るほどに提督の評価が上がる。

彼の役に立ちたいという想い、帰りたいという想いに揺られていたのだが…



武蔵「君達がどうしても帰りたいというのなら私から提督に…」



武蔵のこの一言は彼女達の反骨心に火を付けて後戻りできない状況を作った。



霞「いえ!ここに残らせて下さい!」



霞が口火を切り



曙「私達の力が認められそうで嬉しいです!頑張らせてください!」


満潮「もっと私達の実力が見たいのなら存分に見て頂きます!」


武蔵「そうか…」



武蔵は嬉しそうに頷き会議室を出ようとしたところで振り返り



武蔵「そうそう、君達の提督は無事に抜き打ち監査を終えたそうだ。今日にも鎮守府へ戻るらしい」



それだけ言って会議室を出て行った。






霞「ほっ…」


曙「良かった…」


満潮「何も無いとわかっていても…ね…」




わかってはいても監査されるのは気持ちの良いものでは無く、ずっと提督を心配していた。

提督が無事に帰って来れると聞いて3人は心底胸を撫で下ろし笑顔を見せた。




霞「後は私達ね…頑張りましょう!」


曙「ふふ、きっと私達がいなくて鎮守府は大変なことになっているでしょうけど」


満潮「それを含めて今から帰るのが楽しみね」






本音は『早く帰りたい』『提督の傍に居たい』というものだったが3人はそれを押し殺し





提督のためにより高い評価を得られるように頑張ることを誓ったのだった。

























そして…















約束の1ヶ月が過ぎ…
















『彼女』は3人の前に現れた。























【横須賀鎮守府 会議室】





鹿島「お久しぶりですっ、皆さん。この1ヶ月本当にお疲れ様でした」



出会った時と同じような笑みを浮かべ鹿島が会議室を訪れた。



霞「挨拶はいいわ、さっさと用件を言って」


鹿島「そ、そんな怖い顔しないで下さいよぉ」



睨む霞に鹿島がおどけた表情で応える。



鹿島「せっかく皆さんに良いニュースを持って来たのに」


曙「良いニュース?」


満潮「な、何かしら…」





何だろう…?


きっと提督が…


私達を褒めて…?





色んな妄想が霞を、曙を、満潮を包み幸せな気持ちにさせる。








しかしそれは…











鹿島「おめでとうございますっ、皆さんは正式に横須賀鎮守府に異動となりましたっ!」







霞「え…」


曙「な…」


満潮「なんで…?」








一瞬で消え失せることとなった…。













霞「どういうことよ!」



最初に怒りを露わにしたのは霞だった。



鹿島「どうもこうも…今言った通りですけれど?」



そんな怒る霞に対しても鹿島は全く動じる気配が無い。

それどころか挑発的な笑みを浮かべていて不気味さを感じさせた。



曙「な…なんで私達が…異動…」


鹿島「だからあなた達の頑張りが認められたからで」


満潮「そうじゃないわよ!何で私達が帰れないのかって聞いてんのよ!」



曙は肩を震わせて俯き満潮は霞に続いて鹿島に詰め寄った。

自分に危険が迫りつつあるかも知れないのに鹿島は全く動じない。




霞「帰る…」


鹿島「え?」


霞「私達は帰るわ!早く帰らないと…皆が困っているんだから!」


曙「そうよ!みんな遠征が上手く出来なくて困っているだろうし!クソ提督だって私がいないと資源管理がまともにできないわ!」


満潮「演習だって…すぐこのままじゃ合同演習にも勝てないわ!あいつにも発破をかけてもらって…」



霞に続き曙も満潮も帰る理由を並べ立てる。



霞「帰るわ!このままはあのクズだって…」





黙って聞いていた鹿島が浅い溜息をつく。








鹿島「あなた達、何様ですか?」








霞「…!?」


曙「ひっ…」


満潮「っ…」



鹿島の一睨みで3人は竦み上がる。




鹿島「座りなさい」





逆らう気持ちを打ち消す鹿島の強い威圧感に3人とも黙って従った。





鹿島「私がいないとダメ?皆が困る?演習に勝てない?勘違いもここまでいくとすがすがしいですね」


霞「な…え…?」


鹿島「おまけに提督さんをあいつ?クズ?クソ提督?よくそんな呼び方が今まで許されてきましたね」


曙「…」



冷たい笑みの向こうから鹿島の怒りを感じ、何も反論できないほどに呆気にとられ固まっていた。



満潮「だ…だって…現に私達が…」


鹿島「確かに、執務から遠征、そして演習を取り仕切っていましたよね?」



鹿島は持って来たカバンの中から書類を取り出し座っている3人の前に置く。



鹿島「あなた達いなくなってからのあの鎮守府がどのような状態だったか、ここに書かれています」



その言葉に食い入るように書類に目を通す。




(私達がいなくて…)

(みんなが困っているはず…)

(艦隊運営なんかままならないはず…)




そんな彼女達の希望に似た想いは一瞬にして崩れ去る。








曙「な…なんで…」



最初に声を震わせたのは曙だった。



曙「何で資源が…こんなにも増えているのよ…」



鎮守府の資源を主に管理していたのは曙だった。

鎮守府を出て横須賀鎮守府に来る前までの資源量はほぼ横ばいに推移していたはず…。


あり得ないものを見て身体を震わせ始めた曙の隣で次に声を上げたのは満潮だった。





満潮「どうして!?合同演習の勝率が90%!?嘘よ!あり得ない!」




満潮が大声で書類が間違いだと指摘した。

彼女が指揮をしていた演習部隊の勝率はせいぜい60%、それも勝てない日が続いてスランプに陥っていたはず…。






霞「落ち着いて曙、満潮。こんなのでたらめよ!私達を騙してこの鎮守府に置いて行こうとする罠よ!そうに決まっている!」


鹿島「うふふっ」


霞「何よ!何笑ってんのよ!」




鹿島「必死ですね」




鹿島は相変わらず挑発的な姿勢を崩さない。




鹿島「『私達がいなければ』『私達がずっと引っ張ってきた』『みんな大変だろうな』。それがあなた達の幻想だったと自覚するのがそんなに怖いですか?」


曙「幻想…」


満潮「ち、違う…そんなはずは…」


霞「しっかりしてよ!騙されたらダメだって!」




鹿島は立ち上がりカバンからDVDを取り出して会議室に置いてある再生機に入れる。





鹿島「あなた達が不在の鎮守府がどんな状態だったか」



そしてテレビの電源を付けて再生した。



鹿島「それを知って…」



振り返り3人を見る。









鹿島「現実を受け止めなさい」









【鎮守府内 執務室】




テレビには執務室が映し出された。

机に向かって書類を整理している提督の姿が映っている。



夕雲『提督、次はこちらの書類になります』


提督『ああ、ありがとう』



提督の隣には夕雲が控えており秘書艦をしているようだった。





霞(なんで…)




その映像を見ていた霞は愕然とする。




霞(なんで…そんな…)




穏やかな顔をしているの…?司令官…。





その表情を見て今までの提督との違いがより鮮明に見えてきた。

自分達が近くに居る時はどこか張りつめていて…息苦しそうで…


どうしてそんな簡単なことにも気付かなかったのだろう…




夕雲『提督、今日の書類整理は終わりました。お疲れ様です』


提督『夕雲もお疲れ様』



こんなにも優しい笑顔で接しているなんて…



夕雲『では労いの時間です』



労い…?

夕雲は提督に近づいて正面から自分の胸に引き寄せ抱きしめた。



霞「な、ななななっ何やってんのよ!!」



夕雲『いっぱい甘えて下さいね』


提督『ははっ、いつもながら照れくさいな』



提督は抵抗もせずに夕雲を受け入れされるがままになっていた。

目を閉じて安らぎを感じる提督に霞が黙っていられるはずもなく



霞「何やってんのよ、このクズ!さっさと離れなさいよぉ!!」



我慢できずに霞は立ち上がってテレビを掴みガタガタと揺らす。

曙と満潮が両肩を掴んで強引に座らせることでようやく治まった。






雷『戻ったわ!』


電『ただいまなのですっ』



執務室のドアが開き駆逐艦の雷と電が入ってくる。



提督『おかえり』


夕雲『おかえりなさい』



提督を抱きしめていた夕雲がようやく離れた。

その顔は名残惜しそうでまだまだ足りないと言った感じだった。


雷と電は提督に近づき何かを求めるように見上げる。



提督『遠征お疲れ様、今日もありがとうな』


雷『ふふっ、もーっと褒めても良いのよ?』


電『嬉しいのです』



提督は両手でわしゃわしゃと二人の頭を撫でている。

二人はそれを嬉しそうに受け止めて目を細めていた。





曙(あの二人の…あんな顔…見たこと無い…)



映像を見ながら曙はショックを隠せなかった。

自分が見る雷と電と違い二人は本当に楽しそうにしていた。



由良『提督さん、今日の遠征終了しました。獲得した資源の結果はこちらです』


提督『ありがとう由良…って、凄いじゃないか!また大成功だ!』


由良『みんなが頑張ってくれた結果ですね、ね』


雷『ねー』


電『ねー、なのです』



曙(遠征の結果…本当に良いんだ…どうして…)



曙が旗艦を務めていた時の前月比は100%を超えるかどうかの範囲だった。

しかし曙が抜けた今の資源獲得量は150%に増え備蓄資源も増えていた。



曙(私がいたから…?私がみんなの足を引っ張っていたせいで…?)




私…なんか…




映像の中の執務室はいつの間に由良と提督の二人になっていた。



由良『提督さん、お洗濯終わりました。洗い終えた洗濯ものはこちらに置いておきますね』


提督『ありがとうな由良、こんなことまでさせて』


由良『良いんです、好きでやっていることですから。それよりも…』



由良は少し体を屈めて提督を上目遣いで見る。

提督は由良が何を欲しているか察して手を頭に置いた。



由良『えへ…』



由良は顔を赤らめてそれを受け入れていた。





ギリギリ…ギリ…と何かの音がする。



霞が怒りを堪え歯ぎしりをする音だった。






清霜『司令官!ただいまー!』



沖波『ちょっと清霜、ノックをして下さい…あ、由良さん!すみません!』



由良『あ…』




頭を撫でられていた由良が恥ずかしそうに提督から離れた。




由良『お、おかえりなさいみんな。演習の報告よね』



春雨『は、はい…今日も無事に終わりました』



清霜『明日の合同演習も勝つぞー!』





満潮(明日も…ってまさか…)





意気込む清霜を尻目に提督は手元の資料を確認する。




提督『凄いな、今週の演習勝率…90%を超えているじゃないか!』



春雨『えへ、司令官のお陰です』



沖波『作戦通り、演習通りに自然と身体が動きました。普段の訓練の賜物ですね』





満潮(私がいたときには…負けが混んでたのに…)









鹿島「はい」








鹿島の声に3人は混乱の中から現実に引き戻される。




鹿島「どうしてあなた達が居なくなってから遠征で資源が増えたり演習結果が良くなったかわかりましたね?」



霞「…」



曙「…」



満潮「…」




3人は答えない。


いや、答えがわかっていても答えたくないのかも知れない。


そんな3人を見て鹿島はやれやれと小さく首を振る。





鹿島「艦娘が戦ったり資源を集める時に大切なもの」




まるで確認するかのように3人を覗き込み正面から見据える。





鹿島「それはモチベーションです。艦娘が普段以上の実力を発揮するためには『誰かのため』というものを明確にして自覚させることが大事です」



満潮「…知ってるわよ、そんなこと」



鹿島「彼女達の力の源は『甘えること』『甘えさせること』『お世話をすること』『褒められること』ですね」



霞「力の…源…」



鹿島「執務室の皆さん、楽しそうでしょう?今までは誰かさん達が居たせいで誰も近寄ろうとしなかったでしょうから余計に提督さんの近くにいたがるのかも知れません」



曙「…」






あんな楽しそうな仲間達を見るのは初めてだった。


自分達が執務室で提督の傍に居る時は誰も近寄ろうとしなかった。




仲間達の生き甲斐を、楽しみを、原動力を奪っていたのは自分達だと自覚して増々鎮守府に帰りたくなった。


帰って謝りたい。


仲間達に頭を下げて許してもら…
















鹿島「あなた達、まさか謝れば許してもらえるとか元の鎮守府に帰れるとか思っていませんか?」
















曙「え…」





鹿島のその一言は甘い幻想を打ち砕いた。





鹿島「あなた達はしてきたことは仲間の皆さんにだけですか?違いますよね?本当に酷いことをしてきたのは…」





鹿島の視線は再びテレビに注がれる。





鹿島「提督さんに…ですよね?」





画面に映し出されたのは執務室では無く演習場だった。





鹿島「鎮守府内のあちこちに隠しカメラが設置されているのはご存知ですよね?」



霞「確か…艦娘達に危害を加えていないとかを…監視するため…」



鹿島「そうです、艦娘の皆さんの保護のため、提督さんが何か不審な点が無いかを調べるために設置されていたのですが…」








満潮『何とか言いなさいよ!』



提督『す、すまない…!』







満潮「あ…」





テレビに映し出されていたのは叱る満潮と謝る提督だった。







鹿島「面白いものがたくさん撮れていました」







満潮『あんたの作戦がしっかりしてないのが原因よ!わかってるの!?』



春雨『み、満潮さん…私達が…』



沖波『そうです…私達のミスが原因で…』



満潮『いいえ、みんな練習通りにできているわ!こいつがつまらない作戦を立てたせいで…!』



提督『…』







鹿島「すごいですね、みんなの前で提督さんを叱るなんて。提督さん可哀想、何も言い返せずにじっと耐えているなんて」



満潮「あ…あれは惜しいところで負けて…他の皆が気にしないように…」



鹿島「見て下さい沖波さんと春雨さんの表情。青ざめて泣きそうになっていますよ?自分のせいで大好きな提督さんが叱られていて居心地最悪でしょうね」



満潮「う…あ…」



鹿島「きっと春雨さんも沖波さんも委縮して実力を出せなくなったでしょうね。『もし自分がヘマをしたらまた提督さんが叱られる』って頭をよぎるでしょうから」



満潮「…っ」




満潮にはもう反論する気力すらない。


画面の沖波と春雨の表情を見て自分も同じような顔になろうとしていた。










映像が切り替わり今度は工廠が映し出された。





由良『大丈夫…?』



曙『はい…平気…です…』




曙は遠征帰りに損傷したらしく由良に肩を借りて入渠ドッグへ向かっていた。


同行した雷と電も被弾したようで曙程ではないがあちこち損傷していた。




提督『曙!大丈夫か!?』



曙『…っ!』




提督が帰投した艦娘達のもとへ駆けつけた。




雷『司令官!曙が…』



電『途中で会敵して…その…私達を庇って…』




曙は居心地の悪そうな顔で俯いている。




由良『提督さん、曙さんをお願いします。私は二人を…』



提督『わかった!さ、曙…』




肩を貸していた由良が曙を提督に預けようとした。





曙『触んな!』





提督の差し伸べた手を曙は乱暴に叩いた。





提督『あ、曙…!?』



曙『こっち見んな!このクソ提督!そんなに私の裸が見たいわけ!?』



提督『ち、違う!俺はお前が』



曙『ふん!』




曙はふらつく身体を圧して自力で入渠ドッグへ向かった。




由良『ちょ、ちょっと曙さん!』



提督『曙…』



雷『…』



電『…』














鹿島「本気であなたを心配して来たのに、酷いものですね」



曙「ち、違う…あれはその…」





曙(遠征に失敗して…役に立てないのが悔しくて…でも…クソ提督が来てくれたのが…)




本当は嬉しかったのだが照れくさくなってあのようなそっけない態度を取ってしまった。













映像は続き、見慣れないパーティ会場が映し出された。




霞「あ…」



鹿島「覚えていますか?前の元帥さんが退役するときのパーティ会場です」





パーティに呼ばれたのは提督だけでは無かった。


『秘書艦も同伴させること』と大本営から通達がありパーティには霞が同席した。









霞『何やってんのよ!ナイフとフォークの使い方あれだけ教えたでしょう!』



提督『あ、ああ…』



霞『本当にだらしないわね!もう!』





パーティ会場に霞の大声が響き周りから注目を集めてしまう。


霞は苛立ちながら席を立ってどこかへ行こうとする。




提督『お、おい霞、どこへ…』



霞『お花を摘みによ!』



提督『う…すまない…』




足音に苛立ちを感じさせながら霞は提督を置いてパーティ会場を出て行った。









『なんだあの提督は…あんなガキに良いように言われて…』




『情けない…言い返すこともできんのか…』




『あの鎮守府の程度が知れるな』




『海軍提督の恥晒しめ…』









提督『…』







霞が去ってから他の提督達からの白い目と陰口に提督はただただ俯いて耐えるだけだった。

















鹿島「酷いですね、パーティ会場で晒し者にするなんて」



霞「あ、あれは…違…」



鹿島「何が違うんですか?提督さんの顔見て下さい。屈辱的な目に遭わされて本当に辛そうですよ?」



霞「…」







霞(あの日は…パーティ会場に同席させてもらうことが嬉しくて…ドレスが似合ってるって褒めてくれて舞い上がりそうで…だからいつも以上にいつも通りでいられるよう張り切って…)




自分のいないときにあんなことになっていたなんて思いもしなかった。


彼はその後何も言わず隠して感じさせもしなかった。





俯いた霞の目からポロリと涙が机に零れ落ちた。









鹿島「提督さんがどれだけのストレスをあなた達に感じていたかわかりましたか?」



霞「…」



鹿島「提督さんはね、ストレスでもう限界でした。仕事が手につかなくなるくらいに、そして鎮守府に帰りたくなくなるくらいに」



曙「そ…そんな…」



満潮「わ、私達は…本当は…」



鹿島「『本当は提督さんを想っている』とでも言いたいのですか?あれだけ好き勝手にしてそれが伝わっているとでも?」





鹿島の言葉に何も言い返せず悔しそうに、悲しそうに顔を俯かせた。









鹿島「真意の伝わらない暴言は…ただの中傷にしかなりません」










霞『あんたがいなくても問題ないわよ!いちいちこんなことで電話してこないで!』




霞「あ…」







テレビに映ったのは電話で怒鳴っている霞の声だった。







鹿島「提督さんは『自分なんて必要ない』と思わされるくらいに追い詰められていました」




霞「違う…違うの!そんなつもりじゃ…うぅ…ぐすっ…」







耐え切れずに霞は嗚咽を漏らし始める。


曙も満潮も同じように泣いていて悲しく暗い雰囲気が会議室を包み込んでいた。






































鹿島「でも…安心して下さい…」









曙「え…?」










鹿島「提督さんは…あなた達を許してくれました」








満潮「ほ…本当…に…?」








鹿島「はいっ」








鹿島の言葉に光明を見出せたかのように3人は顔を上げる。



鹿島の視線は再度テレビに注がれた。

















由良『提督さん…あの…横須賀鎮守府からお手紙が…』





テレビには再び執務室が映る。


由良が秘書艦をしていて手紙を提督に渡した。





提督『霞、曙、満潮を異動させて欲しい…か…』











霞「し、司令官…」











由良『提督さん…あの…どうするのですか…?』











曙「お願い…」











提督『そうだな…』











満潮「止めて…止めてくれる…よね…」










画面の向こうの提督は少し考えるような仕草をして…




































提督『わかった…正式に異動させよう』



























霞「うそ…」





























提督『彼女達もそれを望んでいるだろう、向こうで頑張ってるみたいだし』























曙「違う…」























































『俺も…あいつらの顔なんて二度と見たくないからな』












































満潮「いやああああああああああああああああぁぁぁぁっ!!」




霞「嘘よ!こんなの!うぐっ…あ、あああああぁぁぁ!!」




曙「何言ってんのよ!どうしてよ!違う!違うのよおおお!!」





会議室に3人の絶叫が響き渡った。



テレビに縋り付くようにして提督に向かって叫んでいる。



顔を涙で濡らし苦痛に顔を歪めまるで置き去りにされた子供の様に泣き叫んだ。








鹿島「それじゃあ明日異動の書類とあなた達の私物を持ってきますね」





そんな3人を放り出し鹿島は一人会議室を後にしようとする。





霞「ま…待って!待ちなさいよぉ!」




霞は鹿島の腕を掴み引き止めた。




霞「し、司令官に会わせて!ねえ!お願いよ!私を…私達を帰して!」



鹿島「ダメです、あなた達の異動は決まっています」



曙「謝るから!償うから!何でもするからお願い!」



鹿島「無理です、決定事項です」




鹿島は感情を持たない瞳で見下ろし一切の希望を持たせない。




満潮「何よ!あんた何がしたいのよ!私達をここに連れてきたのも全部あんたの考えたことじゃないの!?司令官に…」



鹿島「…」



満潮「ひっ…」




鹿島の冷たさが一層強くなった睨みに満潮が身を竦めた。












鹿島「私が…何をしたいのか…?」





逆らえない雰囲気で鹿島は3人を睨む。





鹿島「私が大本営から派遣された本当の理由はね」





霞も曙も満潮も何も言うことができない。





鹿島「『抜き打ち監査』のためでは無く…」





視線は一旦テレビに映った提督に向かい





鹿島「提督さんに『必要なもの』を与え」










そして視線は霞と曙、満潮に注がれた。




















鹿島「鎮守府にとって『邪魔なもの』を排除するのが私の本当の仕事ですよ」



























氷のように冷たい鹿島の視線に3人はただ絶望して沈黙するしかなかった。






























鹿島「うふふっ…」
























終わり ?






【横須賀鎮守府 廊下】





彼女達の泣き叫ぶ声は廊下まで響いていた。






霞「うぐっあぁぁっわあああああああああぁぁぁ!」



曙「嫌だよぉ!帰りたいっ帰りたいよおおおぉぉ!」



満潮「司令官っしれいかぁぁぁん!!」







今も会議室では3人が泣き叫んでいることだろう。




鹿島(思った以上に重傷でしたね)








私は歩きながら彼女達の提督さんとの出会いを思い出した。









【約1ヶ月前 大本営 宿泊室】









いつまで寝てんのよ!このクズっ!!







提督「うおぉぉ!!」






霞の声が聞こえたような気がしてベッドから飛び起きた。




提督「あ…」




部屋にある時計を見ると時間は午前6時、窓を見ると陽が昇りかけていた。




提督(ここ…大本営だったな…)



昨日大本営に到着してそのまま一泊して今日から定期検診が始まる。

定期検診を受けるのは年に1度で胃カメラやレントゲン撮影、血液検査など全身を一通り診てもらう。



せっかく大本営に来て仕事も忘れゆっくり眠れると思ったのだが…



提督(習慣って怖いな…)





少しでも惰眠を貪ろうとしたら脳内に住む霞の声が聞こえるような気がしてゆっくりと眠ることもできなかった。

検診が始まるまでまだまだ時間がある。



提督(散歩でもするかな、どうせ検診の朝食は摂れないし)



そもそも最近の朝は気持ち悪くって何かを食べる気がしない。

執務中に腹の音が鳴って曙に『だらしないわね!』って叱られたっけ…。




みんなどうしているかな?


大規模作戦も当分無いから忙しい時期ではないがしっかりやれているだろうか。

最近演習の勝率が悪くて満潮がやたらと張り切っていたが無理させていないだろうか。



鎮守府を一日離れただけなのに気になって仕方なかった。

後で電話をしてみようか?


霞がどんな反応するか想像はつくけど…。




提督「っぐ…ぅぐ…」




胃の辺りが急に言いようのない不快感に襲われ軽い吐き気を覚える。

最近こんなことがよく起こりここ2週間くらい朝食をとっていない。




もしかして…




その考えを振り払い俺は時間潰しのために部屋を出て大本営の周りの散歩に出掛けた。






【大本営 医務室】





医者「うーん…ストレス性胃炎かな」


提督「え?」




午前、定期検診で胃カメラをした後、老人の医師にいきなり言われ言葉を失ってしまった。

隣では助手らしき人が頭を抱えている。

その顔は『今言ってはだめでしょう…』と呆れていた。




ストレス…




一瞬あの3人の顔がよぎりかけて頭を振ってそれを否定した。




彼女達は関係ない…!


ずっと…ずっと俺を支えて…





脳裏によぎるのは彼女達の怒り顔。


罵倒の言葉。




彼女達が笑ったのは…


最後に褒められたのはいつだったかな…







そんなことを考えていると強い吐き気に襲われて思わず身体を屈めてしまう。





違う…




違うんだ…





必死にそれを否定しようとしている時点で心の中でそう思っている自分を自覚してしまう。

それが辛くて負の感情の悪循環に陥ろうとしてしまうのが嫌で検診を途中で投げだして宿泊室へ向かった。







部屋に戻り携帯電話を取り出して電話を掛ける。



声が聞きたかった。

自分の中のそれを否定して欲しくて縋るような気持ちだった。



霞『はい、もしもし…』



霞の声だった。

そういえば霞に留守をお願いしてたっけ…。



提督「霞か?俺だ」



霞『何よ?何の用なの?』



浅い溜息と共に面倒臭そうな対応をされた。

その言葉に胸の辺りがじわじわと痛むのがわかる。



提督「いや…留守は大丈夫なのかなと」



霞『あんたがいなくても問題ないわよ!いちいちこんなことで電話してこないで!』



当たり障りの無い話題にしようと思ったがどうやら霞の逆鱗に触れたらしい。





『あんたがいなくても』か…。


俺…必要無いんだろうな…。





提督「…ははっ、問題なさそうでほっとしたよ」



霞『こっちのことは良いからさっさと終わらせてきなさいよ!切るわよ!』




何とか取り繕っているといきなりガチャンッ!と受話器を置く音が耳元で響き、電話が切られたことがわかる。





なんだよ…それ…




自分が何を求めていたかわかる。

少しでもいい、労いの言葉、優しくて暖かい言葉が欲しかった。


こんなものを部下に求めている自分が女々しくて…情けなくて…





提督「っぐ…ぅ…ぅ…っ…」




情けなくて…泣いた。



提督として着任して初めて流した涙だった。










慰める者も


立ち直らせてくれる者もいない独りの宿泊室で


しばらくの間泣き続けた。













その後館内放送で自分の名前が呼ばれた。


どうやら検診を途中で抜けたことが知れたらしい。


すぐに大本営の幹部の部屋に行くようにとのことだった…。








【大本営 幹部の部屋】




提督「しばらく休みをいただけませんか?」


幹部「はぁ?」



俺を呼び出した幹部の部屋を訪れてすぐにこう言った。

半ばヤケクソ気味で投げやりな言い方に幹部は眉を顰める。


彼は海軍提督達の人事等を統括する者で位は自分よりかなり上だ。


隣では彼の秘書艦の駆逐艦・磯風が黙々とメモを取っている。



彼女のようなもの静かな秘書艦だったらどんな感じなのだろうか…



幹部「バカなことを言ってないでさっさと検診に戻れ」


提督「バカなことって…」



全く自分の意見を聞こうとしない幹部に苛立ちを覚える。

もちろん我儘言っているのはこちらでその自覚はあったが今はどうでも良かった。



幹部「子供みたいに拗ねていないで早く戻れ!そんなことだからいつまで経っても…」


霞『そんなことだからいつまで経ってもクズなのよ!』



提督「…」



まるで霞に怒鳴られるような錯覚に陥り胃の辺りにまた吐き気を覚える。



幹部「おい!黙っていないで何とか言ったら…」


満潮『黙ってないで何とか言いなさいよ!!』



幹部「何黙って見て…」


曙『何見てんのよ!こっち見んなって言ってんでしょ!このクソ提督!』









自分の中で…




何かが限界を超えた











座っていた椅子を掴み持ち上げる。




幹部「お…おい…」





霞『いつまでたってもクズなのよ!』


曙『このクソ提督!』


満潮『ウザイのよ!』






雑音が…




喧しい…!








持ち上げた椅子を窓ガラスに向かって思いっ切り振り下ろした。




幹部「うおおおぁぁ!?」


磯風「!?」




ガシャーーーーーンッ!!と大きな音が幹部の部屋に響く。


とても気持ちが良い。



提督「うわははははははははっ!!」



気が付いたら笑っていた。

狂ったように、これまで溜め込んでいたものをぶつけるかのように笑い続けた。


隣の窓ガラスも続けて破壊しまた大きな音が鳴り響く。


幹部は机の上で身体を竦めており磯風は彼を護るように立ちはだかっていた。







提督「はははははは!やってられるかバカやろぉ!!!全部全部壊れてしまえええぇぇ!!」






幹部の部屋の窓ガラスが全部割れるまでそれは続けられた。





警備「何事ですか!?」


提督「わははははははっ!」



ぞろぞろと警備員が部屋に入ってきた。

俺は警備員に向かって近づくと回り込んだ警備員に背中から床に倒し伏せられた。



警備「何だお前は!?何を考えている!?」


提督「うるせえ馬鹿野郎!てめえら全員ぶっ殺してやる!!」


警備「とか言っていますがどうしますか?」



押さえ付けられている俺の後頭部に銃口が向けられた。



提督「撃てええええ!!殺せえええええええええ!!」



ヤケクソになって喚き散らす。




もう、楽にして欲しかった…。






幹部「…放してやれ」




ため息を尽きながら幹部は俺を解放するよう護衛に言った。




護衛「良いのですか?危険では?」


幹部「ガラスを割られただけだ、なんてことはない」


提督「ふーーーっ!ふーーーーっ!!!」


護衛「ですが…」


幹部「大丈夫だ、下がってくれ」



納得がいかない顔のまま護衛達は俺を放しそのまま退室した。








提督「…」


幹部「わかった、わかったからそんな目で睨むな。ちゃんと休みを与えてやるから今日はもう宿泊室で休んでいろ」


提督「…」



その言葉が真実かどうかもうどうでも良くそのまま立ち上がって部屋を出た。




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幹部「ああ…全く、こんなに壊して…」



部屋の窓ガラスを全部壊されて幹部は深い溜息をついた。

隣では磯風が箒とちり取りを持って割れたガラスを片付け始めた。



磯風「ここまでされてお咎めなしか?随分と優しいな」


幹部「ん?ああ、あいつの様子に気付けなかった俺もまずかった。たまにいるんだよ、女だらけの職場でストレスを溜め込んでああなってしまう奴がな。それに…」


磯風「それに?」


幹部「ああいう平凡な男も組織には必要なんだよ」



彼のように大きな戦果は挙げられないが安定していて特に問題も起こさない。

組織側にとって『ある程度計算のできる人間』は組織の根元を支える人財といえた。

ましてや艦娘達の提督という難しい職場なら尚更のことである。



磯風「なるほどな」



磯風は納得したようで少し嬉しそうな顔を見せながら掃除を続けた。



幹部「そしてこの手の対策は一応準備してある」



幹部は部屋にある電話を取る。






幹部「俺だ、カウンセラーを一人こちらへ寄こして欲しい」







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【大本営 宿泊室】




今自分の心の中にあるものは『やってしまった…』という後悔と『どうにでもなれ』という投げやりな気持ち。

その2つの気持ちが頭の中で駆け巡り自分を苦しめていた。


今日で大本営に来て4日目、みんなには3日で帰るように言って来たのでもしかしたら心配しているのかもしれない。

そう思って机の上に置いている携帯電話に目が行くのだが…。



ふと浮かんだのは執務室で3人に罵倒されている自分の姿



俺の心配なんて…しているわけないか…





その自分の中結論に少し悲しい気持ちになっていると

コンコンとドアをノックする音が聞こえた。



??「すみません、大本営より派遣された者ですけど」


提督(大本営から…?)



女性の声だった。

ここが海軍の大本営ということなら来たのは艦娘の可能性が高い。



もしかしたら俺に処分を伝えるために寄こした者かも知れない。

自分は既に海軍提督を辞めるつもりでもいたので大人しく彼女を部屋へ迎えた。





彼女は部屋に置いてある椅子に座り俺はベッドに腰を掛ける。



鹿島「初めまして提督さん、私は練習巡洋艦鹿島です。よろしくお願いいたしますっ」


提督「あ、ああ…」



何に対してよろしくなのかわからなかったので曖昧な返事になってしまう。



鹿島「私は提督さんのカウンセラーとして大本営より派遣されました」


提督「カウンセラーだと?」



てっきり処分を伝えるための使いの者だと思っていたのだが違うらしい。

海軍は、大本営は俺を現場へ戻そうと彼女を寄こしたようだ。



提督「せっかく来てくれて悪いが俺は…」


鹿島「『あの鎮守府に帰るつもりはない』」


提督「う…」



言おうと思ったことを先に言われ言葉に詰まってしまう。

鹿島は持って来たカバンから書類を取り出して読み上げる。



鹿島「『どうせ俺なんか居なくたって』『彼女達が居れば大丈夫だろう』『俺なんか必要とされていない』」


提督「…」






鹿島「そして…」






書類を呼んでいた鹿島はいつの間にかこちらを見ていた。





鹿島「『彼女達』とこれ以上顔を合わせたくない」


提督「やめろ!」


鹿島「…」



俺の制止に鹿島は言葉を止める。




提督「あんたに何がわかるって言うんだ!霞は、曙は、満潮は俺をずっと支えてくれたんだ!何もできない親の七光り同然で提督になった俺を育ててくれたのは彼女達だ!!ずっとずっと傍に居ていつも俺を…俺…を…」


鹿島「…」




言葉尻がどんどん重くなる。

言おうとしていることと思っていることに違いが生じている証拠でもあった。



鹿島「彼女達に感謝している。だからこそ…」


提督「え…」





鹿島「だからこそ…提督さんは辛い…ですよね…?」




鹿島は真剣な表情だった。




鹿島「提督さんが一番恐れていること、当ててみましょうか?」




一転、今度は少し悪戯な笑みを浮かべる。

重苦しい雰囲気を払拭させる不思議な魅力があった。




鹿島「提督さんが今、一番恐れているのは『彼女達』では無くて…『このままだとストレスの矛先が彼女達にいってしまうこと』じゃないですか?」


提督「…な!なんで…」





自分の中に隠されていた不安、恐怖を暴かれた気がした。




そうだ…



俺が本当に恐れていたこと



鎮守府に帰りたくない本当の理由…






これまでずっと支えてくれた


霞を


曙を


満潮を




嫌い…



傷つけてしまうこと…





鹿島「提督さん」




気が付いたら鹿島は俺の前に立っていて



優しく抱きしめてくれた




提督「よしてくれ」


鹿島「ずっと…ずっと独りで悩んでいたんですね…」



この優しさに溺れたら



鹿島「我慢して…我慢して…こんなになるまで耐えて…」



全てをさらけ出してしまう






提督「女々しいよな…褒めて欲しい…認めて欲しいなんて…」


鹿島「そうは思いません」



鹿島は首を横に振ったのがわかる。



鹿島「誰だって…同じ欲求を持っています。人も…艦娘も同じ…同じなんですよ、提督さん」


提督「ぐっ…う…ぅぅ…」






我慢できずに涙が零れ


彼女の衣服を濡らしてしまう






鹿島「大丈夫です…提督さん…」






彼女の優しい声に身を任せてしまう













「私が…全てを…救ってあげますからね…」









【鎮守府 正門】



大本営に行ってから10日目、ついに自分の鎮守府へ戻ることとなった。

鹿島が事前に動いて霞、曙、満潮の3人を横須賀鎮守府へ一時的に異動させてくれたらしい。


そのため正門にて自分を迎えてくれたのは彼女達では無かった。



夕雲「おかえりなさい、提督」


電「司令官さんっ、おかえりなさいなのです」


雷「おかえり司令官、ゆっくり休んでね」


春雨「司令官、会いたかったです!おかえりなさい!」


由良「提督さん、おかえりなさい。お仕事は私達が出来る範囲でやっておきましたので提督さんは休んでてくださいね、ね」




艦娘達に笑顔で帰りを出迎えられ自然と自分の顔がほころぶのがわかった。

雷と電が走り寄ってそのまま自分に抱きついて来て夕雲と由良が両手を握って執務室まで連れて行ってくれた。



こうして触れ合うのはいつ以来だろうか…。



霞達にが掛かりっきりだったので他の艦娘達には寂しい想いをさせていたのかも知れない。










【鎮守府内 執務室】



沖波「おかえりなさい司令官!」


清霜「司令官だー!わーい!」


鹿島「うふふっ、清霜さん嬉しそう」



執務室に行くと今度は沖波と清霜と鹿島が迎えてくれた。

彼女達は書類整理をしてくれてたらしい。


鹿島は自分が不在の間この鎮守府の運営を代行してくれていたためか執務室に居たらしい。



沖波「こちらが今日届いた書類、そしてこちらが司令官がいなかった間の書類です。あとこちらは遠征の結果で…」


提督「おお…すごいな…」




沖波の書類のまとめ方はキッチリとしていて非常に見やすかった。

もしかしたらこういうことが得意なのかもしれない。


こんなことならもっと早くに…





清霜「司令官?どうしたの?どこか痛いの?」


提督「あ、ああ…大丈」


鹿島「提督さんはまだ治療を終えてませんから、あまり無理はさせないで下さいね」


提督「お、おい鹿島…!」



清霜に『大丈夫』と言おうとしたのに鹿島はそれを遮った。



沖波「ええ!?ち、治療って…!?」


清霜「司令官どこか悪いの!?大丈夫なの!?」


提督「いや、あの…その…」



本当のことを言うことができずにしどろもどろになってしまった。



鹿島「疲れが溜まっていて大本営で休んでいたのですよ。だから…」



そして助け舟を出してくれたのは鹿島だった。



清霜「うん!わかった!清霜に任せて司令官は休んでいてね!」


沖波「司令官のお仕事は必要最低限までに減らして見せます!」


提督「お…おお…」



沖波と清霜が発奮して増々仕事に意気込んで取り掛かった。

呆気にとられ何も言えずに見ているといつの間にか鹿島が俺の隣に来ていた。




鹿島「後で彼女達をいっぱい褒めてあげて下さいね」


提督「え?」


鹿島「それが彼女達の一番のご褒美ですから」





そうか…


いつも隣で誰かが睨みを利かしていたからまともに褒めてあげられなかったっけ…




清霜や沖波だけじゃない


雷や電、夕雲も由良も春雨も、俺の留守中の鎮守府を守ってくれたみんなをいっぱい褒めてあげよう…!




そう心から誓うのだった。































そして霞、曙、満潮が鎮守府を離れて約1ヶ月が経過した。









その間の艦娘達の戦果、演習成績、遠征結果は目を見張るものがありこれまでとは比べ物にならないほどに高い成果を上げた。


一体どうして…?



ひとつは残った艦娘達のモチベーションの向上。

俺の役に立ちたい、褒められたいという素直な欲求を満たし常に高いモチベーションを維持して普段の仕事をしてくれたかららしい。




もうひとつは鹿島の指導によるものだ。

彼女が率先して仲間達に指示を送り徹底した管理の元に艦隊運営を手伝ってくれた。


その手腕は確かなもので、遠征での効率的な資源確保の仕方、戦いでの個々の能力に見合った作戦などを一緒に考えてくれた。

それを実行に移すことで目に見える結果を出し、艦娘達の自信に繋げ良い循環を作り上げることに成功したのだ。



鎮守府全体が暖かく和やかな雰囲気に包まれ、着任して初めて安らぎを得たような気持ちになり


全てを投げ出して自暴自棄になっていたことなどすっかり忘れかけていた






いたのだが…






どうしても心の奥底にしこりのようなものがある気がして