2019-05-18 21:22:02 更新

概要

【注意】ラノベが好きだという方以外はこの作品を読むのを諦めて下さい。内容が濃いので、軽い気持ちで読むと恐らく後悔します。
 この物語は『出雲』という男が主人公となっています。出雲シリーズとして、日常だったりシリアスだったりラブコメだったりを書いていく予定です。シリアスでは流血表現、残酷描写を含む予定ですので御注意下さい。
 この話には厨二病みたいな装名が多々出てくるので、どうか暖かい目で見てくれるとありがたいです。
 細かい修正等で更新することが多々あります。あくまで修正なので、物語を読み進めることに何ら影響はありません。


前書き

 ーー艦娘が現れ、軍が深海棲艦に対抗する術を得てから数年後。
 艦娘に全てを任せ、自らは後方から見守るしかない現状を嘆き、軍は秘密裏に新たな戦力の開発を開始した。全ての艦種の能力を兼ね備え、単体最強と謳われる戦艦レ級ーーーーあれと対等に渡り合えるようなそんな兵器を、我々も開発しようじゃないか、と。
 更に数年後、艦娘と深海棲艦の戦いが激化する中、それは完成した。……人体を改造するという、人道を明らかに踏み外した方法で。
 『殲滅艦』出雲。神の名を冠するその艦艇の参戦は、この戦争に一体何をもたらすのかーーーー。










 ーー真夜中の海に、轟音が響く。



戦艦棲姫「グッ……!!」



 巻き上げられた水飛沫の中、吹き飛ばされる一隻の深海棲艦ーー戦艦棲姫。


 数ある深海棲艦の中でも上位に君臨するだろうその姿は、深い傷を負い、夥しい血を流し、もはや轟沈寸前にまで追い詰められている。



「…………」



 バシャバシャと、何かが水上を歩き、戦艦棲姫の元へと近づいていく。


 それの周りには、奇襲のため戦艦棲姫に同行していた筈の多数の深海棲艦達が、黒い煙を吐きながら水面に浮かんでいた。



戦艦棲姫「キ、貴様ハ……イッタイ…………」



 よろけながらも、戦艦棲姫は立ち上がる。足元はふらつき、恐らくは視界も霞んで焦点も定まっていない。もはや虫の息なのは、誰が見ても明らかだった。



「……【第壱砲門】、開」



 短く発せられた声。瞬間、淡い蒼色の光の粒子が浮かび上がり、腕に収束する。光が消えたかと思うと、それの右手には、鞘に収められた一本の刀が握られていた。



「……もう、諦めろ」



 刀の柄に、手がかかる。



戦艦棲姫「クッ…………!!」



 直後、おもむろに戦艦棲姫が背後の化け物を模した砲塔を起動した。たとえ沈むとしても、せめて一撃……そう考えたのだろう。


 戦艦棲姫の砲塔がそれを捉え、まさに砲撃を繰り出そうとしたーー刹那。




 一閃の蒼白い光が、戦艦棲姫を通り抜けた。




戦艦棲姫「ーーーー?」



 何が起きたのか、という一瞬の間を置き、はっと戦艦棲姫が正気を取り戻す。そして、尚も一矢報いようと、それに砲塔を構えた……次の瞬間。




 ピッという音を立てて、戦艦棲姫の上体がずるりとずれた。




 視線が、自分の意思に反して、下へ下へと落ちていく。


 ここにきて、戦艦棲姫はようやく気付く。ーー自分の体が両断されたのだ、と。



戦艦棲姫「……ぁ………………」



 斬り口を引き金として、体全体にバチバチと火花が散り始める。そして、斬り離された上体が海面に倒れると同時、戦艦棲姫は轟音を立てて爆発した。



「…………」



 爆音が鎮まり、辺り一面文字通り火の海となった中、さも当たり前のようにそれは立っていた。


 戦艦棲姫を斬ったその刀は、従来の刀とは異なり、峰から刃先にかけて、刀身全体が漆黒に染まっていた。刃紋はおろか、鍔、反り、厚みすらないその異様の黒刀からは、今しがた斬った獲物の血が滴り落ちている。


 その様を一言で形容するならば、まさしく妖刀。


 左手に携えた鞘に、静かにその刀を滑り込ませる。カチッと柄の縁が鞘に嵌まる音がしたかと思うと、刀は光の粒子となって空中に霧散した。


 ふぅと小さく息をつき、月の昇った夜空を見上げ、目を閉じる。それからしばらくして、おもむろに腰に取り付いている無線機を手に取り、ボタンを押した。


 ーー無線機から流れるノイズが、パチパチと火の粉を散らす音と混ざり合い、月光と共に闇に染まる海に溶け込んでいく。



「……こちらⅩⅩ。大本営沖に出現した敵艦隊の殲滅完了。被弾、損傷はゼロ。電探に敵艦の反応が見られないため、残党及び援軍は無いものと判断。これより帰投する」



「……ああ、一隻残らず掃討した。何か問題が?」



「……姫級? ああ、戦艦棲姫か。時間は掛かったが撃沈した。他……それ以外はいなかったな」



「……そんな驚くことでもないだろ。いつものことだ」



「……ああ、わかった。詳しい話は後で話す。じゃあまた」



 そこまで言って、無線を切る。そして、くるりと踵を返し、先の火の海の中を引き返す。



「…………」



 風に靡く銀髪が、真っ暗な空と対比するように、火に照らされて白く煌めく。靡いた前髪の隙間から見え隠れする双眸は、片方は黒く、もう片方は蒼く、虚ろな光を宿して眼前の暗闇を見据えていた。


 ーーその異様な姿は、まさしく《死神》。



「……お前等と同じだよ」


       

 水上を滑走しながら、その男は呟く。






「俺は、お前等と同じーーーー『化け物』だ」





       *     *     * 



 コンコンと、扉を叩く。



提督「入れ」



 中から提督の声が聞こえる。相変わらず、そっけない声だなぁ。もう少し、感情込めて言っても罰は当たらないと思うんだけど……まぁいいや。



川内「失礼しまーす。提督、さっき呼び出しあったけど何か用?」



 扉を開けると、提督が執務机に肘をつき、手を組んで座っていた。俗にいうゲンドウポーズ……心なしか視線が冷たい。



提督「……はぁ。今日から秘書艦はお前だろう。今まで何をしていた」



川内「えっ!? あ、あれ、そうだっけ? ごめんごめん、昨日の夜戦が長引いたからさっきまで寝ててさ。わ、忘れてたわけじゃないからね?」



提督「……ほぅ?」



 提督の額から、ピキッて音がした気がする。


 あ、あれ、おかしいな。私何か間違ったこと言った?



提督「……よし、しばらく川内の夜戦出撃を控えるとするか」



川内「えー!!? な、何で!!?」



 それを聞くなり、私はすぐさま机に駆け寄ると、抗議の声を上げながら机上を両手で叩く。バンッという大きな音が執務室内に響くが、一番近くでそれを聞いたであろう提督は眉一つ動かさずに続ける。



提督「馬鹿者。執務に支障を来すようなら減らして当然だ」



川内「こ、今度から! い、いや明日からちゃんとするから! だからどうか夜戦だけは……」



提督「却下だ。毎度毎度許していては何も変わらないだろう。たまには厳しく言わんとな」



川内「そんなぁ…………うぅ……夜戦がぁ…………」



 冷酷にも告げられた夜戦待機勧告に、私は膝から崩れ落ちる。


 最近夜戦が無かったから、気合い入れて出撃したのが仇に……。ていうか何で起こしてくれなかったの神通……。



提督「まぁ、それはさておき、だ。川内、今すぐ外出の準備をしろ」



 絶望にうちひしがれていると、提督はクローゼットから取り出した軍服にいそいそと袖を通しながら、私に言った。その純白の軍服の胸元には、三本の金線を敷いた三つの桜が煌々と咲いている。



川内「えぇ……? どこか行くの……?」



提督「落ち込みすぎだろう……。先程、大本営から緊急の召集がかかった。今日のイチヨンマルマルから、あちらで話があるそうだ」



川内「へー……それって私も行かなきゃいけないの……?」



提督「当然だ。召集がかかった際には、秘書艦を必ず同伴させるように上から言われている。……もうそろそろ、大本営から迎えの車が来るはずだ。それまでには準備しておけ」



川内「はぁ……。わかったよ、じゃあ準備してくるね…………」



 とぼとぼと、力なく自室に向かう。ああ、何もかもにやる気がでない…………。



提督「……仕方ないな。ならもしも今日の出撃で夜戦になったときは、川内を編成に組み込んでやーー」



川内「30秒で支度してくるねっ!! 提督は玄関で待ってて!!」



 提督が言い終わるよりも先に、私は光の速さで執務室を飛び出した。



提督「……全く」



 執務室を出る間際に見えた提督の顔は、やれやれといった表情で苦笑していた。






 ーー時は過ぎ、その一時間後のイチサンマルマル。


 私と提督は、会議を行うと言われた部屋に向かうため、大本営の長い廊下を歩いていた。



川内「それで、今日は何の会議なの?」



提督「詳しいことはまだ何も聞かされていない。どうやら呼び出されたのは私だけのようだから、私が関係しているということは分かっているのだが……」



川内「え……て、提督、何かしたの?」



提督「いや、身に覚えは無いな。……おい、そんな目で私を見るな。何もしていないと言っているだろう。……というより、今回の会議は私への叱責ではないだろうな。仮にもしそうだとしたら、日時を指定して、召集理由も含めて予め知らせて来るはずだ。それに、緊急で呼び出す必要はない」



川内「そ、そっか。じゃあ何なんだろ、これまでに緊急の会議なんてなかったんでしょ?」



提督「ああ。まぁ、大方これから始まる大規模作戦に関することだとは思うが、もしかしたら長く掛かるかもしれない。そうなっても、終わるまで待っていてくれ」



川内「ん、わかった」



 と、話しているうちに、もう目的の部屋の近くまで来ていたらしい。私たちを待っていたのか、こちらに気づき、部屋の扉の前で一人の将校さんが私たちに向かって手を振っているのが見えた。



川内「……? ねぇ提督、誰かいるけど」



提督「ん? ……あぁ、あの人か」



 提督は小さく溜め息をついた。あ、やっぱり知り合いなんだ。



提督「……お久し振りです、元帥殿」



元帥「うむ。君も元気そうだな」



川内「ふぇっ!?」



 衝撃の事実に、変な声が出てしまった。こ、この人、海軍元帥さんだったの!?



提督「どうした川内。急に変な声出したりして」



川内「い、いや、この人がまさか元帥さんだったなんて思わなかったからさ。軍服だって着てないし……」



元帥「あぁ、すまんすまん。ちと暑いもんだから、制服は部屋の椅子に掛けとるんだ。近頃は気温が高くて、年寄りにはきつくて参るわ。はっはっは!」



提督「相変わらずですね……」



 高らかに笑う元帥に、提督が苦笑いで答える。 いつも表情硬いからわかりずらいけど、提督もそういう顔するんだなぁ。



元帥「さて、こんな格好ですまんが……改めて。儂は海軍本部、元帥だ。よろしく頼む」



川内「あ、わ、私は川内型軽巡洋艦一番艦、川内です!」



 そう言って、私はビシッと手を頭に寄せて敬礼する。


 すると、元帥さんは一瞬きょとんとして、またはっはっはと声を上げて笑い始めた。



元帥「いや、悪い。何もそんなに畏まることはない。見てわかる通り、堅苦しいのは苦手でな。気楽に接してくれたまえ」



川内「は、はい…………」



 いや、那珂だったらまだしも、私にそれはちょっと厳しいかなぁ……。



元帥「それはそうと、今日は急に呼び出してすまなかったな。何か邪魔をしてしまったか?」



提督「いえ、ちょうど今日分の執務を終えたところだったので、不都合はありませんよ。まぁ、どこかの軽巡が執務をサボっていたので、少し時間は掛かりましたが……」



川内「うっ」



 そう言って、じとっと私を見てくる提督。わ、悪気はないんだってば……。


 ていうか、もう今日分の執務終わってたの? まだ昼過ぎなんだけど。だったら秘書艦に呼ばなくてもよかったじゃん……。



提督「……それに、緊急の召集は初めてでしたので。来ない訳にはいきません」



元帥「ふっ。相変わらず真面目だな、君は」



提督「元帥殿も、お変わりないようで。暑いならば先に中に入って涼んでもらっていても宜しかったのに、わざわざ私が来るのを待っているなんて」



元帥「元帥たる者、階級に甘んじてはいかん。たとえ人の上についていようと、同じ人間であることにかわりはないからな」



提督「……やはり、頭が上がりませんね。まぁ、軍人が正規の場で服装を着崩すというのは頂けませんが」



元帥「そう堅いことを言うな。……それよりも、早く本題に入りたい。ただ話に華を咲かせるために、呼んだのではないからな」



提督「わかりました。じゃあ川内、大人しく待っているんだぞ」



川内「う、うん。いってらっしゃい」



 そう言って、提督は元帥さんと共に部屋の中へと入っていった。


 元帥さんとあんなに親しく話せるなんて……。流石は海軍本部大将。最前線を任されているだけあるなぁ。


 暇になった私は、ぶらぶらと廊下を歩く。大本営の廊下は、海方面の壁が全面ガラス張りになっていて、湾内の海を一望することができるようになっている。おそらく、湾内に深海棲艦が現れても、即座に発見、対応できるようにこうなっているのだろう。



川内「いつもと違う場所にいるからかなぁ。……海がいつもより綺麗に見えるのは」



 普段息を吸うように海を見ているのに、ここから見る海は、何か新鮮で心地がいい。



……いつか、誰でもこんな風に、平和な海を見られる日が来るのかな……。


 窓縁に肘をつき、ぼーっとそんなことを考えながらその風景を眺めていると、遠くで扉の開く音がした。


 反射的にその方向を見ると、二人の若い男の人が部屋から出てきた。ーー瞬間、私はその二人に視線を奪われてしまった。



川内「…………!」



 一人は白い軍服を着て、片手に軍帽を持っているため、提督だとすぐにわかる。当然ながら、うちの提督じゃない。あの人は金線三本に桜三つ。この人は金線三本に桜一つ…………つまりは少将だ。


 って、そんなことは置いといて。私が気になったのは、もう一人の方。


 その人は、髪が真っ白だった。艦娘だったらいざ知らず、人間で白い髪の人なんて、年寄りを除いて見たことがない。


 そして、服装も軍服ではなく、髪の色とは対照的に、たくさんのポケットが着いた真っ黒な半袖、長ズボンの戦闘服……いや、作業着?みたいなものを着ていて、手には黒い手袋をしている。簡単に言ってしまえば、全身真っ黒。


 それに、見た目は少将よりも若く見える。もしかしたら、今の私の姿と同じくらいなんじゃ……。


 そんなことを考えていると、その二人組がこちらに近づいてきた。


 二人は私より少し離れた位置で窓に体を預け、楽しそうに喋り始めた。いや、楽しそうにしてるのは少将の方だけだった。もう片方の黒い人は、全然笑ってない。たまに相槌を打ったり、むっと顔をしかめるくらい。


 それから暫くして、話が終わったのか、黒い服の人を残して少将が行ってしまった。去り際に手を振っていたから、割と仲が良いのかもしれない。



「…………」



 黒い服の人は、私と同じように窓縁に肘をつき、静かに海を眺めている。何か、近寄りがたい空気を纏いながら。


 んー、何者なんだろ、この人。海軍の提督と話をしてたし、海軍の関係者なのはわかるけど……。でも、どこかの鎮守府の提督って訳でもなさそうだし………うーん…………。



??「……なぁ」



川内「うぇっ!?」



 いきなり声を掛けられ、またしても変な声が出てしまった。やばっ、こっそり見てたのバレてた!?



??「さっきから凄い視線を感じるんだが……何か用か?」



 バレてた。


 ……今さら気づいたけど、この人オッドアイだ。右眼が青い。あと目が完全に死んでる。



川内「あ、き、気づいてたんだ。え、えっと、特に用とかはなくてその……ご、ごめんなさい」



??「……そうか。いや、別にいいけど……」



 そう言うと、この人はまた顔を外に向けてしまった。何なんだろ、この人…………。




 ーーそれから暫くして。



川内(うぅ……沈黙が痛い)



 さっきから、お互いに一言も発していない。いやまぁ知り合いって訳じゃないから当たり前っちゃ当たり前なんだけど……。あちらに至っては、私の存在を認知してるかどうかも怪しい。


 再度窓の外の景色を眺めようとするも、横が気になって仕方ない。そこで、私は窓の外に顔を向けつつ、横目でこの人を見ることにした。だって暇なんだもん。



??「…………」



 ……うわ、体はスラッとしてるのに、何か凄い引き締まってるのが服の上からでも分かる……。提督も割としっかりしてるけど、この人は何て言うか、軍人だから、弛まないように鍛えてるって言うより、戦うために鍛えてるみたいな感じがする。


 見れば見るほど提督って感じじゃないけど……一体何者なんだろ、この人…………。



長門「……む、ようやく見つけたぞ。こんなところで何をしているんだ」



 そんなことを考えていると、廊下の奥から大きな影が一つ、ゆっくりとこちらに歩いてきた。透き通るような黒髪に、強い意志を秘めた凛々しい双眸。黒い外套に身を包む



??「……長門か。暇だったから海を眺めてただけだ。何か用か?」



 長門さんは、黒い人の前で立ち止まるや否や、はぁ……とため息を吐いた。



長門「さっきの放送を聞いていなかったのか? お前の呼び出しだぞ、早く行ってこい」



??「……放送なんて流れてたのか。全然気付かなかった」



 え……放送なんて流れてたんだ。全然気付かなかった……。



長門「気付かなかった、じゃない! 全く……何でお前はそう外に無頓着なんだ。もう少し興味を持ってもいいんじゃないのか?」



??「余計なお世話だ。興味ないことに興味なくて何が悪い」



 ……その気持ち、痛いくらい分かる。うん、何となくこの人とは気が合いそうな気がしてきた。



長門「はぁ……本当にブレないな。まぁ、そういうところがお前らしいが……」



 そう言って、長門さんはうんざりしたようにこめかみに手を当てる。もしかしたらこの人のお目付け役みたいな感じなのかな……大変そうだな長門さん……。


 ……いや、本当にお目付け役だとしたら、余計この人が何者なのか知りたくなるけど。



長門「とにかく、提督が執務室で待っている。放送からそれなりに時間が経っているからな、なるべく急いで向かえ」



??「いや、でも廊下は走っちゃダメなんじゃなかったのか?」



長門「子供のように屁理屈を言うんじゃない! いいからさっさと行け!!」



 長門さんが大声を張り上げると、黒い服の人は「了解」と一言だけ言って、廊下の奥へと去っていった。



長門「全くあいつは…………む、川内じゃないか。こんなところでどうしたんだ」



川内「あ、いや、私、ここの艦娘じゃないから。提督がここで元帥さんと話をしててーー」



提督「ーー少し前に終わったところだ。待たせたな、川内」

 

川内「あ、提督。おかえり」



 声がして、後ろを振りかえると、提督が軍帽を被りながら立っていた。



長門「……ああ、貴方が川内の提督か。初めましてだな、私は長門だ。とはいえ、貴方の鎮守府にも長門はいるだろうが」



 長門さんは、苦笑しながら右手を差し出す。提督もそれに合わせて右手を出し、しっかりと握った。



提督「確かにいるが、最近着任したばかりでな。君の方が練度は断然上だし、改二の姿の長門と出会うのは初めてだ。やはり、世界でも名高いビッグセブンの改二の姿は貫禄が違うな」



長門「フッ、そうか。それは光栄なことだ。……ところで、先程提督……んん、元帥と話をしたと言っていたが……」



提督「……ああ。今朝、元帥殿から緊急招集がかかったんだ」



長門「……!」



 提督がそう言った瞬間、長門さんの凛々しい眉がピクッと動いた。



長門「緊急招集…………成る程、貴方が……」



 ブツブツと、長門さんが何かを呟く。声が小さすぎて、内容まではわからないけど。



提督「……長門?」



長門「あ、あぁ、すまない。こちらの話だ。……ところで、貴方は最前線に位置する鎮守府の提督とお見受けするが……」



提督「……ん、まぁそうだが。何故わかった?」



長門「やはりか。いや、先程、元帥と話をしたそうだからな。今さらだが、私は元帥直属、つまりは大本営の艦娘なんだ。今朝方そのような話を聞いていたから、もしやと思ってな」



提督「……成る程」



 そこまで言うと、長門さんの表情がガラリと変わった。さっきまでの、微笑を浮かべていた時とは別物みたいに、真剣な表情に成り代わる。



長門「これは余談だが……最近、深海棲艦の動きが活発になっている節がある。ついこの間も、大本営湾内に戦艦棲姫が現れたのだ。真夜中、皆が寝静まった時間帯、突如奇襲を仕掛けてきた」



川内「えっ!?」



提督「…………」



 突然の長門さんの発言に、思わず大きな声が漏れる。しまったとすぐさま口元を手で覆うが、提督がこちらを振り向くことはなかった。



長門「その時は、幸いある一隻の艦が哨戒に出ていたおかげで襲撃は免れたが……かなり危険な状況だった。この話は、今日の対談で元帥から聞いているはずだ」



提督「…………」



川内「『ある一隻の艦』……?」



 んー、軍艦最強の大和型とかかな…………他の艦娘じゃたった一隻で追い払えるわけないし。いや、でもただでさえ燃費が激しいのに、わざわざ哨戒になんて出すわけないか。


 そんな推測を立てていると、長門さんの声が少し低くなった。慌てて見返すと、身の毛がよだつ程の空気を纏った長門さんの姿が、そこにはあった。



長門「大本営近海に、姫級以上の深海棲艦が現れた事例は殆どない。……つまり、今まではただ防衛に徹しているだけだった深海棲艦が、とうとう攻めに転じ始めたと捉えられる」




 ーー埠頭を飛び回るカモメ達の鳴き声が、人ひとりいない廊下に反射して響き渡る。


 それなのに、長門さんの声だけは、やけにはっきりと頭の中に流れ込んでくる。まるで、声が意思を持って、他方向から来る雑音を掻き消しているかのように。



長門「もしそうだとしたなら、もはやこの戦いの激化は必至だ。……だからこそ、元帥は今日、貴方をここへ呼んだのだろうな」



 長門さんはそう言うと、鋭い瞳で提督の目をじっと見つめる。……いや、睨み付けている、と言った方がいいかもしれない。



提督「……長門、君はどこまで知っている」



長門「私は秘書艦だからな、今日の話の内容ならすべて把握している。……あいつは強い。それこそ、一人でも戦えるだけの力を持っている。だがそれ故に、周りの者達の分まで自分一人で抱え込み、いつかどこかでその重さに押し潰されてしまう時が必ず来る。そうなったら、どうかフォローしてやってほしい。……川内、お前も頼む」



川内「へっ? あっ、う、うん」



 突然話を振られ、困惑する私。


 ぜ、全然話についていけてないから、何を言われたのかわかんないまま返事しちゃった……誰が何だって?



提督「……ああ、わかった。善処する」



長門「すまないな。じゃあ、私はこれで」



 張り詰めた空気が瓦解し、長門さんが苦笑しながら別れを口にする。そして、手を振りながら、廊下の奥へと戻っていった。


 ……えーっと。



川内「て、提督。元帥さんとの対談って一体どんな話だったの?」



 長門さんは「あいつ」って言ってたし、もしかしたら誰かが大本営から異動してくるのかな?



提督「……明日になればわかる。とにかく、私達は鎮守府に戻るぞ」



 しかし提督はそれだけ言うと、くるりと来た道のりを引き返し始めた。



川内「え、ちょ、ちょっと待ってよー!」



 ……明日になればわかる、かぁ……。提督は話してくれなかったけど、長門さんの話からだと、誰かが異動してくるのは間違いない、のかな。一体誰が異動してくるんだろう?



 こうして、私達は鎮守府に戻った。その後提督は、調べたいことがあると明石さんの工廠へ向かい、そして私はというと、昼の約束通り、夜戦の編成に組み込まれ、今日の話を綺麗さっぱり何もかも忘れて、思う存分夜戦を楽しんだ。……明日から起きる波乱を、知るよしもなく。




ーーーーーーー

ーーーーー

ーーー

ーー





 ーー後日早朝0400、執務室。


 コンコンと、執務室の扉が叩かれる。



提督「入れ」



 ガチャリと音を立てて扉が開かれ、一人の白髪の青年が執務室に入室した。



??「…………」



提督「よく来てくれた。私がこの鎮守府の提督だ。歓迎する……『出雲』」



 白髪の青年ーー改め出雲は、執務机の前まで来ると、無表情を崩すことなく立ち止まる。そして、頭を軽く掻きながら、重そうな口を開いた。



出雲「……昨日の晩に元帥から知らされた。急な話で最初は驚いたが、最近の深海棲艦の不穏な動向とか諸々……そこら辺の話もある。だから、俺が何のためにここに異動させられたのかはわかってる。まぁ…………これからよろしく」



提督「ああ、よろしく頼む」



出雲「……それで、何故こんな早くに俺を? 本来なら、今日の正午に来る予定だった筈だが」



 出雲の光のない瞳が、提督の目を捉える。その瞳は、右目は海のような美しい蒼に、左目は夜闇のように深い黒で染まっていた。



提督「少し、話がしたくてな。お前のことは元帥殿から聞いてはいるが、やはり本人から直接聞いた方が文書に記されていた以上のことを知ることができるだろう」



提督「それに、お前がこの鎮守府に着任したことを他の艦娘たちにも把握してもらうためにも、今朝のマルロクマルマルに臨時集会を行うことにしている。お前に関して知らないままにしておくと、後々混乱してしまう可能性がある」



出雲「ああ……それは別に構わないが……」



提督「唐突で悪い」



出雲「……いや、それでいいさ。大勢の艦娘がいる中で、いつの間にか知らない男が一人混じってるなんて怖いだろうしな」



提督「そう言ってくれると助かる」



 少しも嫌な顔を見せずに出雲が了承してくれたことに、提督はほっと安堵な表情を浮かべる。ーーやはり、元帥殿が仰っていたことは本当なのか。



出雲「……で、話って?」



提督「……そうだな、聞きたいことは山ほどあるが……まず一番聞きたいのはーー」



 話を切り出そうとして、一度、ぐっと声を押し殺す。……果たしてこれは、安易に聞いてもいいものだろうか?


 少しの間逡巡し、机の上に置かれた紙に目を落とす。今日の会合で、元帥から伝えられた『出雲』についての情報の数々。その中でも一際異質に感じ、自分自身でぐるぐると赤い丸を付けた項目が目についた。



提督「…………」



出雲「……? どうした?」



 提督の顔が陰ったのを察知して、出雲が声をかける。



提督「ーーあ、ああ、すまない。何を聞こうか迷っていた。聞きたいことがありすぎて、その中から一つ選ぶとなると……な」



出雲「そうか。別に一つ選ぶ必要はないだろ。俺がここに着任する以上、時間はいくらでもあるんだからな」



提督「あ、ああ、それはそうだが……」



 煮え切らない提督の物言いに、出雲が怪訝そうに眉をしかめた。しかし察しがついたのか、おもむろに口を開き、言葉を紡いだ。



出雲「……聞きたいことって、もしかしなくても俺の《過去》の話か?」



提督「……!!」



 思惑を言い当てられ、提督の心臓が思わず跳ねる。


 元帥から渡された、『殲滅艦 出雲』に関する資料。その中に唯一記されていなかったものーーそれが、出雲の過去だった。


 そこに違和感を覚え、元帥に尋ねるも、「それに関しては、本人から直接聞きたまえ」の一点張りで、情報を聞き出すことは出来なかった。


 本来なら、どんな提督だろうと、どんな艦娘だろうと、過去、もしくは史上の事実は資料に掲載されるのが常識ーーにも関わらず、出雲に関しては、過去の情報が一つもない。


 唯一分かっていることは、『殲滅艦 出雲』は、海軍で極秘裏に開発された、人間を改造して造られた《人体兵器》だということのみ。これは、元帥の口から直々に伝えられたことだった。


 そこで、大本営から戻り、青葉や明石、大淀の力を借りて、出雲が人間だった頃の情報を徹底的に洗い出そうとするも、見つかるどころか掠りすらしない。


 何故ここまで固執するのかは、自分にもわからない。だが、何か捨てきれないものがあるような気がしてならなかった。何故、こんな非人道めいた計画に、自らの身を投じたのか。何が目的で、計画に加担したのか。


 ーー知りたいことは、全て過去に纏わることだった。



提督「……どうしても、か」



出雲「ああ。悪いが、まだあんたのことを信じ切ってるわけじゃない。時間が経って、ある程度信頼できるようになったら、そのうち話す。……まぁ、そこまで面白くも深くもない、なんならよくある話だから、期待して待ってても無駄だと思うがな」



 出雲は肩をすくめ、本当に大した話じゃないと言わんばかりに息を吐く。……本人が言うのなら、仕方がない。機を待つしかないのだろう。



出雲「……知りたいことはそれだけか? なら、俺は今日の集会まで休みたいんだが……。何分、こんな早朝に呼び出されたもんだから、結構疲れが溜まっててな……」



提督「そ、それはすまなかったな。この部屋の隣に仮眠室があるから、そこを使うといい。……まぁ、本音を言えば、聞きたいことはまだあるが……睡眠時間を削ってまで来てもらったんだ、それは追い追い聞かせてもらうとしよう」



出雲「別に寝る訳じゃないが……そうだな、そうしてくれると助かる。じゃあ、とりあえずこの話は一旦終わりってことで……」



 そう言い終えると、出雲は欠伸をしながら、気怠そうな足取りで扉へ向かう。



出雲「……あぁ、そうだ」



 取手に手をかけ、扉を半分ほど開けると、出雲ははたと何かを思い出したように振り返り、言った。



出雲「それじゃ、改めて…………これからよろしく。提督」



提督「……ああ、よろしく頼む」




       *     *     *




 ーー ジリリリリリと、けたたましく目覚まし時計の音が鳴り響く。



川内「んぅ……」



 布団を頭から被り、音を遮る。よし、これでもう少し……。


 ーーと思った瞬間、突然、謎の横揺れに襲われた。



川内「うあぁぁあああぁあぁぁあぁああ」



 体が勢いよく左右に振られる。言葉にならない叫びが上がる。


 頭がぐらぐら揺れてっ…………うぷ……。



神通「姉さん、起きてください!」



 布団から顔を出し、朧げな視界に捉えたのは、制服に着替えた神通の姿だった。



川内「うー……何、神通……? 私まだ眠いからおやすみ……」



 私が再度布団をかぶろうとすると、神通が間髪入れずに布団を剥ぎ取った。今まで布団に覆われ、温もりを欲しいままにしていた足元が急激に寒くなる。



川内「ちょっと、布団返してよ……足がすっごい寒いんだけど」



神通「もう、何を寝惚けているんですか! 今日は提督から、全艦娘に招集が掛かってるじゃないですか。急いで準備しないと間に合いませんよ?」



川内「わ、わかったから。とりあえず揺らすのやめて……夜戦明けで頭に響く…………」



 うぅ……しまった、我が姉妹のしっかり者が……。


 仕方なく、上半身をゆっくりと持ち上げる。窓から差し込む日の光が私の顔を照らすが、爽やかさなど皆無でただただ眩しいだけだった。



川内「んー……今何時…………?」



神通「マルヨンサンマルです」



川内「早すぎだよ…………確か集会ってマルロクマルマルからだったじゃん……私は昨日の夜戦で疲れてんの……」



神通「そう言って、昨日は昼間まで寝てたじゃないですか。それで昨日、夜戦禁止勧告受けたんじゃなかったんですか?」



川内「うっ……いや、そうだけど…………」



 痛いところを突かれ、私は言葉に詰まってしまう。


 こ、こうなったら仕方ない……姉の安寧を守るためにも、妹には犠牲になってもらおう!



川内「……な、なら最初に那珂を起こしてよ……那珂が完全に起きたら私も起きるから……」




 よし、これでしばらくは寝れるはず……!


 ……という私の安易な発想は、次の神通の発言によって、根本からいとも簡単に崩れ去った。



神通「那珂ちゃんなら毎日私より早く起きて、アイドルの特訓をやってますよ。『アイドルは皆を幻滅させるようなことはしないから、遅寝遅起きはしないんだよ!!』って。まるで誰かさんのことを言っているみたいですね」



 そう言って、神通はクスクスと笑い始めた。いや、それよりも。



川内「な……なん、だ、と…………?」



 衝撃の事実に、私は絶句した。な、那珂が、いつも早起きをしている……だと…………!?



川内「し、知らなかった……」



神通「そういうわけですから、姉さんも早く起きてください。時間はあるに濾したことはないですよ」



川内「ち、長女としての威厳が……」



神通「姉さんにそんなものを求めてもしょうがないですから」



川内「なんか神通が酷い!?」



神通「毎夜毎夜、夜戦だ夜戦だと騒ぎ立てている人が何を言っているんですか……」



川内「むぅ……」



 くっ……そんなこと言われたら起きるしかないじゃん……。


 とうとう観念した私は、ベッドから足を下ろし、床につけて立ち上がる。そしてそのまま腕を天に突き上げ伸びをすると、体全体が鉛になったような倦怠感が体中に広がった。



川内「んっ……くぁ…………ふぅ。あぁー、体がだるい…………」



神通「夜戦で寝るのが遅くなるのは仕方のないことですが、姉さんの場合は日常化してますからね。ちゃんと生活リズムは規則正しくしないとだめですよ?」



川内「えー? でも私が夜戦じゃないと本気出せないのは提督だって分かってるだろうし、今日早く起きなきゃいけないのもいつもなら無い臨時集会のせいだし。私はちゃんと自分の仕事はこなしてるし、次の夜戦に向けてぐっすり寝れる。win-win?ってやつじゃん」



神通「……今度、提督に相談してみましょうか……」



川内「ん? 何か言った?」



神通「あ、い、いえ、何でもありませんよ」



 神通はそう言って、取り繕ったように笑顔を張り付ける。何か嫌な予感がするなぁ……。


 制服に着替え、髪を整えると、トレードマークの白いマフラーを首に巻き付ける。鏡に全身を映し、くるりと一回転して変なところがないか確認すると、ドアの近くで待っていた神通が扉を開け、二人一緒に廊下に出た。



神通「では、そろそろ行きましょう。もうマルゴーサンマルですから、少し急いで行きますよ」



川内「だから早いって……。あ、そういえば集会ってどこでやるの?」



神通「大講堂です」



川内「ん、わかった」



 そこでふと、私は昨日の話を思い出した。


 そういえば、今日誰か大本営から異動してくるんだっけ? 多分今日の臨時集会ってその事だよね……一体誰が来るんだろうなぁ……。


 少し私の中で期待が膨らみ始める中、私たちは大講堂へと向かった。




 ーー0545、大講堂。



川内「うわぁ……やっぱりすごい数だね」



神通「この鎮守府内の全艦娘がここに集まってますからね……。まぁ、これくらいにはなるでしょう」



 講堂内は既に大勢の艦娘で埋め尽くされ、ガヤガヤと四方八方から話し声が響いている。



「急にどうしたんだろうね。こんな早くに皆を集めるなんて」



「もしかして、新しい艦娘が来るっぽい!? 楽しみっぽい〜」



「あはは、まだ決まった訳じゃないけどね……」



「特別集会って何気に初めてだよねぇ〜。あたしゃまだ眠いよ……ふわーぁ」



「そうですね北上さん♪ 全く……何の用なのかしら。おかげで髪のセットに時間かけられなかったじゃない」



「まあまあ、そんなカリカリしても仕方ないクマ。提督のことだから、何か重要なことなんだクマ」



「んー……ま、そだね。……あれ? そういえば多摩姉は?」



「多摩姉連れてきたぞー。ちょ、暴れんなって」



「ふにゃー!! 多摩はまだ布団で丸くなってる時間だにゃ! さっさと放すにゃー!」



「もう諦めろよ……あっおい、マントに爪たてるの止めろ! あぁ、破ける破ける!」



「スクープの臭いがします!! 記者魂が疼きますねー!」



「いや、それはないんじゃないかな……そろそろ大規模作戦が始まる頃だし、多分そのことだと思うよ?」



「ん〜……そうですかね? でもさっきから何か血が騒いで仕方ないんですよぉ!」



「それもう病気だよ……。っていうか、加古はもう起きて〜!!」



「zzz……」



 誰もこの集会が何のために開かれたのかわかっていないのか、ああなんじゃないか、こうなんじゃないかとそこらかしこで推測が飛び交っている。あと全然関係ない話し声もちらほら聞こえる。



川内「みんなやっぱり知らないんだねー。ま、あの時来てないから当たり前か」



神通「姉さんはこの集会で何を話されるのか知っているんですか?」



川内「いや、私も知ってるって訳じゃないんだけどーー」



提督「ーー皆集まったな。こんな早くに召集をかけてすまなかった」



 提督が壇上に上がると、ざわめいていた空気が水を打ったように静まり返った。


 こほんと一度咳払いをして、提督は続ける。



提督「ではこれより、臨時集会を行う。今日集まってもらったのは、この鎮守府に着任する新たな艦船の紹介のためだ」



夕立「ほら、やっぱり当たってたっぽい!」



時雨「うん、そうだね。でも……」



提督「『何故こんな早くに集まる必要が?』と思った奴も多いだろうが、早朝でなければ遠征などに出てしまい、このことを知らないままの艦娘が出てきてしまうからだ。そうなると、かなりの混乱を引き起こしてしまう」



 提督がそう言うと、天龍が不機嫌そうに口を挟んだ。



天龍「なぁ、たかだか一隻の艦娘がここに来るのを知らせんのに大袈裟じゃねぇか? これまでそんなこと一回もやんなかったじゃんかよ」



大井「そうよ、そんなので睡眠時間を減らされるんじゃたまったもんじゃないわ」



提督「夜戦明けの者達には悪かったが……今から紹介する艦は、普通の艦娘とは全く違う。だからこそ、全員に知ってもらわないと困るんだ」



加賀「ーーそれは、さっきから貴方がその艦船のことを『艦娘』と呼ばずに、『艦』と呼んでいることに関係があるのかしら?」



「「「「……!!」」」」



 ふとした加賀さんの言葉に、会場がどよめく。



((((艦娘じゃ……ない?))))



 ふと、頭の中で昨日の光景がフラッシュバックする。



『さっきから凄い視線を感じるんだが……何か用か?』



 それは、すごく無機質で不愛想な声で……でも、やけに心の中にスッと入ってきた声だった。 



川内「……いやいや…………んん?」



神通「……? 姉さん?」



 ……いや、まさかね。



提督「……ああ、そうだ。これ以上、時間を掛けても仕方がない。出雲、出てきてくれ」



「……あぁ」


              ・・

 提督が声をかけると、一人の青年が壇上に…………え。



「ーーーー」



 つい最近見たばかりの、一切の曇りのない白い髪。それとは正反対の、真っ黒な軍人を思わせる服装。そして、左右色違いの死んだ瞳。



出雲「大本営から異動してきた、『殲滅艦』出雲だ。本日付でこの鎮守府に着任することになった。よろしく」



 ーーその青年は、紛れもなく、昨日大本営で出会ったあの青年だった。




       *     *     *




 最初の喧騒ぶりよりも少し大きく、場内がざわめき出す。


 ……それも当然か。私も、この件を元帥殿から聞かされた時は驚いた。



提督「混乱するのも分かるが、聞いてくれ。今から説明をーー」



 する、一度静かにしろ。


 そう言おうとしたところで、横から声がかかった。言わずもがな、隣の出雲からだ。



出雲「……提督。その説明は俺からしてもいいか?」



提督「む?」



出雲「俺のことは、俺が一番よくわかってる。それに、本人から説明した方が納得しやすいだろ」



提督「……それもそうだな。では頼む」



出雲「あぁ」



 そう言うと、出雲はふぅと息をひとつ吐き、スッと前に出た。


 ざわめいていた艦娘達が、一斉に出雲に目を向ける。



出雲「あー…………海軍が何年か前から、艦娘について研究していることは知ってるな?」



時雨「え? う、うん。そう言えばその割に、僕たち艦娘がどういう存在なのかっていうのはまだ何一つ解明されてないんだよね。僕たちもまだよくわかってないくらいだし」



 唐突に出された出雲の問いに、時雨が戸惑いつつも、一言一句つっかえることなく答える。



出雲「ああ。そこで軍は、研究対象を艦娘から艤装に移すことにした。あくまで軍が知りたいのは、深海棲艦への攻撃手段。艤装の解析が進めば、いくらでも対深海棲艦用の兵器が造れる……とでも思ったんだろうな」



不知火「……? どういう事ですか?」



 出雲の煮え切らない物言いに、不知火が怪訝な顔をして先を促す。



出雲「結果的に、軍は艤装の構造の解明に成功した。そしてすぐにそれを利用して、兵器の開発に取り組んだ…………が、全て失敗に終わった。構造上には何も問題はなかったし、不備も確認されていなかったにも関わらず、全ての兵器が作動しなかったんだ」



 全ての艦娘の視線がこちらに集まる中、出雲は続ける。



出雲「改良に改良を重ねても、一向に作動しない。不審に思った研究員が、再度艤装内部の研究、砲撃実験を繰り返しているうちに、ある一つの研究結果が浮かび上がって来た」



大淀「ある研究結果……?」



 ごくりと、人知れず唾を飲み込む音が聞こえた。そしてその直後、誰もがその緊張の意味を知る。



出雲「それは、艤装は持ち主……つまり、艦娘の《魂》を動力源にして作動していた、ということだった」



「「「「っ!!!??」」」」



 出雲の衝撃的な発言に、講堂内が騒然となる。が、そんなことはお構い無しに、出雲は淡々と話を進めていく。



出雲「艦娘というのは、艦の魂が現代に甦り具現化した存在と言われている。つまりは、その魂にはとてつもない力が秘められているということだ。そんな力が艤装を動かしていたとすれば、全ての辻褄が合う。当たり前だが、大砲だの戦車だの、そんな魂どころか生きてすらないただの鉄の塊では動く訳がない」



大淀「ちょ、ちょっと待ってください! た、魂を動力源にしてるって……それじゃまるで、私たちが命を削って艤装を動かしているみたいな言い方ですが……!?」



 出雲の話を遮り、最前列でそれを聞いていた大淀が、困惑の表情を浮かべながら疑問の声をあげる。


 大方、他の艦娘達も同意見だったのだろう。仲の良い姉妹と喋ることもせず、ただ一心に、次に紡がれる出雲の言葉を待っている。ーーそんなはずはないと、そう言ってくれるのを信じて。


 ーー画して、艦娘達の心配は杞憂に終わる。



出雲「いや、そうじゃない。例えるなら、ここで言う《魂》というのは、いわば体力みたいなものだ。走れば確かに削れるが、時間が経てば元に戻るだろう? もっと詳しく言えば若干異なるが、実質殆どそれと変わらない。別に使えば使うほど寿命が縮まるとかそんなことはないから安心していい」



大淀「そ、そうですか……」



 出雲の言葉に、ほっと胸を撫で下ろす艦娘一同。



出雲「……話、進めていいか?」



大淀「あっ、す、すいません。お願いします」



出雲「……で、話を戻すが、軍は結局何一つとして兵器は生み出すことができないとわかり、全ての兵器の開発を中止した。その代わり、その研究結果を利用して、また新たな研究が始まった。ーーその結果が、俺だ」



「「「「……?」」」」



出雲の言葉に、多分ほとんどの艦娘が頭に疑問符を浮かべたのだろう。……ふむ、この情報量で気づいた奴は、青葉、大淀、霧島辺りか。目が大きく開いているのがその証拠だな。



出雲「……あぁ、まだ話してなかったか。この際だからパパッと言うが、俺は対深海棲艦用として改造された人体兵器だ」



「「「「!!!??」」」」



 度重なる出雲の衝撃発言に、またもや講堂内がどよめきに包まれる。



出雲「さっきの続きから話すと、軍は人体を改造して、艦娘の能力、及び艤装を備え付けることで、深海棲艦と渡りあえる兵器を造ろうとしたんだ。勿論、こんなこと公にしたら、騒ぎになるどころの話じゃなくなるから、あくまで秘密裏に開発を進めていた」



朝潮「ひ、人を改造するって、そんな非道な……」



摩耶「酷ぇことしやがるな……軍はそんなとこまで堕ちちまったのかよ…………」



 そう吐き捨てるように摩耶が呟き、心底軽蔑するかような表情を浮かべる。他にも、摩耶や朝潮と同じことを思った者も多いようで、ヒソヒソと喋り声が聞こえ始めた。



出雲「……何か勘違いしてる奴がいるみたいだから言っておくが、別に軍は無理矢理人を捕まえて改造を迫った訳じゃない。ちゃんとしかるべき人員を募って、本人との合意の上でやったんだ。軍だってそこまで堕ちぶれちゃいない」



 芽生えかけた軍への反感を払拭するかのように、その被験体である出雲自身がフォローを入れる。とそこに、前列で今まで平静を保っていた加賀が口を開き、問い掛けた。



加賀「……あなたはさっき、自分がそうだと言っていたけれど…………他にも、その人体改造が行われた人はいたのかしら?」



 ある種、真っ当な懸念事項に、出雲は首をふるふると横に振る。



出雲「いや、いない筈だ。俺の改造が最初で最期だったからな。理由としては、人員がほぼいなかったのと、俺の改造が、最初にして大成功だったから、ってところだ。……まぁだが多分、他に志願者がいたとしても無理だったと思うが…………」



時雨「……? どうしてだい? 人体改造を良しとする訳じゃないけど、もしもそんな技術があるのなら、大量に開発することだって可能なはずじゃ……」



出雲「それはーー」



提督「ーーそれは、人間一人を改造するのに、莫大な資金が必要になるからだ」



出雲「……提督」



 ……この話は私からせねばなるまい。これは軍の機密事項の一つだが、出雲がいる以上、この鎮守府内では意味のないことだろう。



提督「例えば……いや、例えるにしても例はこいつしかいないのだが……こいつを改造した際には、軍の総資金のおおよそ3/5が消し飛んだ。そんなものを、必ず成功するとも限らない中でポンポンと量産しようものなら、大本営どころか全ての鎮守府の機能が停止してしまう。そうなってしまえば、日本どころか世界が終わる」



出雲「……そういうことだ。だから、この人体改造に関しては、俺が最初で最期なんだ」



 出雲はそう言い終えると、疲れたように大きく息を吐いた。



出雲「……とりあえず、これで俺に関しての説明は終わりだ。提督、後は頼む」



提督「わかった、ご苦労。ではこれで最後とするが、何か質問等あれば言って欲しい。もしこの機で言いづらいことならば、後で私もしくは出雲本人に聞きに来てくれ」



青葉「は、はいっ!! 質問よろしいでしょうか!」



 ビシッと手を挙げ、意思表明をする青葉。まぁ来るとは思っていたが、やはりか。



提督「ああ。何だ、青葉?」



青葉「最初の方に言っていた、『殲滅艦』というのは一体何なのでしょうか? 新しい艦種のようですが……」



 ああ、そういえば言っていたな。



提督「出雲は対戦艦レ級を想定して改造された特殊艦だ。戦艦、空母、巡洋艦、駆逐、潜水艦に至るまで……全ての艦種の能力、特性が備わっている。そのため、艦種は特に定まってはいない。そんな中で、大本営近海の初出撃時、その戦いぶりを見た将校達から『殲滅艦』と揶揄され、次第にそう呼ばれるようになったんだ」



青葉「す、全ての艦種の能力を備えている艦、ですか……な、なるほど…………。ありがとうございまーー」



天龍「オイオイ提督よぉ。何かすげー過大評価してるみたいだけどよ、そいつホントに強ぇのか? 戦艦、空母って……笑わせんなよ、ただの人間じゃねーか」



 ーー瞬間、青葉の声を遮って、全員に聞こえるようにわざと大きく発せられた、挑発するような声が場内を駆け抜けた。


 艦娘全員の視線が、一斉にその声の主に集まる。



龍田「や、やめなよ天龍ちゃん。初対面の人に失礼でしょ~?」



天龍「いんだようるせーな、ここでちゃんと艦娘の、もといオレの怖さってヤツを教えてやらねぇと」



龍田「あまり意味ないと思うわよぉ……?」



 ヒソヒソと、姉妹間で話が聞こえる。どうやらイキった天龍を、龍田がなだめようとしているらしい。



提督「……天龍、今のはどういう意味だ? どうせまた新参者にカッコつけたいだけなんだろうが、私が先程言ったことに嘘はない。正式に大本営から通達を受けたものだからな」



天龍「べべべべ別にカッコつけたいわけじゃねーよブッ飛ばすぞ!! オレはただ思ったこと言っただけだ!」



 うがーっと今にも飛びかかってきそうな天龍を、龍田がどうどうと鎮める。ここまでが一連の流れなので、特に誰も口は挟まない。



天龍「……ごほん。ま、まあ要するにだ。オレが言いたいのは、何で提督はそいつの実力を見たこともないのに勝手に認めてんだよってことだ」



提督「だから、それは元帥殿が……」



天龍「別に提督はその目でそれを見たわけじゃねーんだろ? オレらみたいに艦の頃の戦歴があるならまだしも、たかだか人間上がりの素性もわかんねぇ奴の実力を、紙に書いてある文字だけ見て決めつけるってのはどーなのよ」



提督「む……」



 ……確かに、天龍の言っていることも一理ある。


 ただ大本営から送られてきた情報だけを見て、それが正しいと判断するのは早計だ。いくら大本営だろうと、それが間違っている、或いは大幅に誇張されている可能性もなくはない。


 まぁ最も、今回の情報に至っては正しいと言わざるを得ない。何故ならこの情報は、あの会合で、元帥殿の口から直々に伝えられたのだから。



出雲「…………はぁ」



 そんなことを考えていると、隣で出雲が呆れと疲れが混じったようなため息をこぼした。


 無論、天龍がそれを聞き逃すことはなく、ぎろりと出雲を睨みつける。



天龍「あ? んだよ新入り。何か言いたいことでもあんのか?」



出雲「何でもない。まぁ確かにな、って思っただけだ」



天龍「誤魔化すなよ。『こいつ面倒くせぇ』って思ってんのバレバレなんだよてめぇ」



出雲「……わかってるならいちいち反応するな。無駄に体力を使いたくない」



天龍「あ"あ"!!?」



 ビキッと、天龍の額に青筋が浮かぶ。その怒りの矛先である出雲は、我関せずと言わんばかりに右手で片方の手袋をいじっている。


 天龍を発端として雰囲気の悪くなりつつある講堂内が、徐々に喧騒を取り戻していく。


 ……これは少しまずいな。



提督「天龍、一旦落ち着け。出雲、お前も煽るんじゃない。この集会は、お前達が喧嘩するために開いているわけではないんだぞ。それに、周りの者達の迷惑も考えろ」



天龍「……ちっ」



出雲「別に煽ってるわけじゃない。……というか、徹頭徹尾俺は何も悪くないと思うんだが」



提督「それを煽りというんだ。全く……少しは自重しろ」



出雲「解せん……」



 とりあえず、興奮を抑えることができたようだ。主に天龍だが。


 ……とはいえ、このまま解散させてしまうと、後で天龍が因縁ふっかけて暴動を起こしそうだな。さて、どうしたものか…………。



時雨「ちょ、ちょっといいかな、提督」



提督「む? どうした、時雨?」



 事態の収拾に頭を悩ませていると、時雨が片手を上げているのが見えた。どうやら、何かこの空気を打破する案があるらしい。



時雨「確かに天龍の言い分も最もだし、いっそのこと直々に見せてもらったらどうかな。僕らも、出雲さんの戦い方とか見てみたいしね」



提督「それは、出雲に出撃命令を出せ、ということか?」



時雨「ち、違うよ! 他の鎮守府の艦娘達と演習するみたいに、僕たちと模擬戦をしてもらうんだ」



 時雨の提案に、周囲の艦娘がどよつく。



提督「……ああ、なるほど」



 びっくりした、まさか出雲を単艦出撃させろと言っているのかと思ったじゃないか。


 ……だが確かに、それなら出雲の力をこの目で見ることができる。艦の能力値の把握は、指揮する立場からすれば最重要事項といっても良い。



天龍「お、いいなそれ! それならあいつと正々堂々やりあえんじゃねーか!!」



 時雨の案に、天龍が嬉々として乗っかる。そして龍田はというと、もう止めるのを諦めたらしく、にこにことお転婆な姉を見守っていた。


 やいのやいのと場が盛り上がりを見せる中、壇上でそれを見守る男二人。



提督「ふむ……」



 少し考えた末に、私は時雨の案を出雲に提案してみることにした。



提督「……私としては、お前の正式な実力を測ることができれば、これからの艦隊や作戦に組み込む際その情報が活かせるだろうから、是非とも見ておきたい。……だが、昨日の今日で無理をして来てもらった手前、無理矢理やらせるのも気が引ける。もし今すぐが嫌だというのなら明日でもーー」



出雲「別に構わない」



 ……言い終わる前に、承諾を得た。



出雲「まぁ俺としては、こいつらとはできるだけ戦いたくはないんだが……。いくら模擬戦だからとはいえ、加減間違えたら怪我させるかもしれない」



提督「……お前の言いたいことはわかる。だが、全力でやってもらわなければ、模擬戦をする意味もなくなる。それに、模擬戦といえど、それは実戦と何ら変わりのない『戦い』なんだ。怪我を恐れていては話にならん。それに、入渠すれば怪我などーーっ」



 ーーざわり、と、何かが体の内側を這い回る感触。



出雲「…………」



 出雲の剣幕に、気圧されているのだろうか。体が、ピクリとも動かない。



出雲「……『入渠すれば治る』なんて、表面上の話でしかない。傷は傷だ、受けた記憶までなくなる訳じゃない。そいつも……周りの奴も」



 そういって、出雲は無表情な顔を悲痛に歪め、強く右手の拳を握る。


 ……何となくだが、今、出雲の過去に少しだけ触れた気がした。……それも、苦々しい筈の、悲痛の過去に。



提督「……すまない、失言だった。取り消そう」



出雲「……こっちも悪い、少しかっとなった。あー……模擬戦、だったか。遅かれ早かれやることにはなってただろうし、どうせやるなら早いほうがいいしな」



提督「そ、そうか。では、私はここにいる艦娘たちを解散させた後、模擬戦を行う艦娘を何隻か選考する。出雲は、今から一時間後に海上演習場に向かってくれ。装備等が必要なら、工廠にいる明石に頼めば……」



出雲「あ、艤装は必要ない、自前のがある。……あと、ちょっといいか」



提督「……?」



出雲「模擬戦の方法についてなんだがーー」




       *     *     *




 解散から一時間後、時刻は0730、演習場にて。……簡潔に言おう。



「ちょっとどいてどいて! あんたたちばっかりずるいわよ、私だって見たいのに!」



「ず、瑞鶴……上の方が空いてるみたいだから、上に行きましょう?」



「はわわわ、ほ、本当に浮いてるのです」



「うみゅぅ……つ、潰れるぅ…………」



「暁、大丈夫かい? 私の膝でよければ貸すよ」



「だ、大丈夫よ! こ、これくらい、レディならなんともないんだからっ……!」



「そんな無理して近くで見ようとしなくても……」



「テートクの隣はワタシの特等席デース……だからそこを退くネ、榛名……!」



「いくら金剛お姉様でもここは譲れません! いつも金剛お姉様ばかりずるいです、少しくらいは榛名にも譲ってください!」



「ちょっと、金剛お姉様も榛名も止めてください、みっともないですよ? はぁ……いつもはあんなに仲がいいのに、提督が絡むと何でこんなになってしまうのか…………」



「ひえぇ…………」



「はぁ……なぜ不知火まで……」



「何言ってんのよ。あんたが部屋でずっとそわそわしてるから、私たちが一緒に来てあげたんじゃない」



「べ、別にそわそわなんて……!」



「いや、あれでそわそわしてないっちゅうんは無理あるやろ。読んでた本、全然ページ進んどらんかったで?」



「そ、そんなはずは……」



「……それにしても、こんな戦闘狂でバカ真面目な不知火が他人に興味持つなんてねぇ……?」



「な、何ですか。不知火に落ち度などあるはずが……陽炎、今すぐそのニヤニヤをやめてください。さもなくばその緩んだ頰がねじり切れることになりますよ」



「ちょっ、いはいいはい! わかった、わかったかや頰ひっぱふのやめっ……アーーーーーー!!!!」



「あんたも懲りんなぁ……」



 ……観覧席がこの鎮守府のほとんどの艦娘で溢れ返り、もはや座れずに立って観戦しようとする者まで出始めている。


 模擬戦の旨を伝えたあと、各自自由に過ごすよう言ったはずだが……



大淀「皆、新しい男の人に興味津々なんですよ。これまでは男性と関わるとしたら提督しかいませんでしたからね」



提督「自然に心を読んでくるな……。だが、そうか。お前たちからしてみれば、あいつで二人目なのか。大本営で会う奴らを除いてだが」



大淀「ええ。彼、顔も整っていますし、何かと話してみたい娘もちらほらいるみたいですよ?」



提督「……そうか、それは良かった。天龍のように、部外者が艦隊に入ることをよく思わない奴も多々出てくると思っていたが……それを聞いて安心した。あいつが孤立してしまうことだけは避けたかったからな」



大淀「ふふっ、はい、そうですね。しかし、それにしても……」



 クスッと笑ったかと思うと、大淀はくるりと演習場の方向に目線を向けた。そこには、出雲と選出した六名の艦娘が模擬戦の定位置につき、スタートの合図がなるまで待機してもらっている。どうやら疑問あり、といった様子だな。



大淀「これは……本当に大丈夫なのでしょうか」



提督「これが模擬戦を行うにあたって出雲の出してきた条件だ。最初は私も反対したが……本人が言って聞かなかったからな、やむなく承諾した。……まぁ、もし危険な状況になったら強制的に止めるから安心しろ」



大淀「それならいいのですが……しかしーー」






 ーー海上、待機艦娘。



天龍改二Lv.98「ーーまさか1対6の演習方式で、しかもこっちは実弾、実機使用とはな。ナメてんのかあいつは?」



武蔵改二Lv.99「正確には7対1だがな。……まぁ確かに思うところはあるが、あちらがいいと言っているのなら構わんのだろうよ。私らは本気で相手をするだけだ」



加賀改Lv.98「全ての艦種の性能を兼ね備えた艦、だったかしら。それなら一隻だけでも私たちと渡り合える、ということ……? 随分と低く見られているのね」



赤城改Lv.99「あの……何か殺気立っているところすみません。食事中に呼び出されたものですから、よく事情が……」



加賀「赤城さん……集会の途中で突然いなくなったと思ったら、また食べていたんですか……」



球磨改Lv.99「集会の途中で抜け出すとか……よく提督が怒らなかったクマね」



赤城「今回の模擬戦?に出れば許してやると言われました! ……で、この模擬戦というのは?」



加賀「はあ……この模擬戦はですねーー」



北上改二Lv.98「はーあ、まさかあたしらが呼ばれるなんてね〜……ま、いーけどさ。ちゃっちゃと終わらせて部屋でゴロゴロしよーよ、大井っち」



大井改二Lv.98「はい、北上さん! こんな模擬戦さっさと片付けて、北上さんとあんなことやこんなことを……うふふ♪」



球磨「大井は少し自重しろクマ……」






大淀「……あれ? 確か、こちらから出す艦娘は6人でしたよね? 一人多い気がするのですが……」



提督「……ああ、最初は武蔵、加賀、赤城、球磨、大井、北上の6名で組む予定だったんだが、そこに天龍が乱入してきてな……。入れろと言って聞かなかったから、出雲に一人増えてもいいか聞いたところ、『何人だろうが構わない』とな。だから、天龍を無理やりねじ込んだ。要は実質1対7だな」



大淀「な、何人増えてもいい、ですか……。よほど自信があるのでしょうね。ほとんどの艦娘がレベル上限に達しているというのに……」



 それを聞き、大淀が感嘆の声を漏らす。……だが、それは少し違うだろう。



提督「……いや、あれは自信があって言ったんじゃない。あれは……自負だ」



大淀「自負?」



 私の言葉に、大淀が首をかしげる。



提督「……直にわかるさ。それよりも、双方とも準備ができたようだし、早く始めるとしよう。大淀、開始の笛を頼む」



大淀「あ、は、はい! 了解しました!」



 私の言葉を聞き、大淀が合図を出すために席を立つ。そして、急ぎ足で観衆の人混みの中に消えていった。


 開始の合図を大淀に任せ、観覧席の背もたれに体重をかける。よれた軍服を整えると、ふぅとひとつ息をつき、これから激戦が始まるであろう演習場に目を向けた。


 ……今回の主役ともいうべき白髪の青年は、ただ静かに、水面に佇んでいた。



提督「……さて、お手並み拝見といこうか」




       *     *     *




 ……あんな大勢の艦娘と面を向けてはのは久しぶりだったな。



 割と緊張した。



 大本営にいた頃は、元帥が気を遣って、艦娘たちに俺がいることを伏せてくれていたから、艦娘と顔を合わす機会はほとんど無かった。



 あっても、作戦実行時の情報共有のために、長門と日向と、あと数人かと話をするくらいだ。



 ーーそれでいいと、内心思ってた。いや、むしろそれでよかった。



 ただ送り出すだけじゃなくなっただけで、どれだけ救われたか。同じ戦場に立てるようになって、どれだけ嬉しかったか。



 ……閉じた両目を、ゆっくりと開く。



 もう……《あんな悲劇》は二度と起こさせない。



 だからこそーー。






「……負けられない。悪いな」






 ーーーー演習開始の、笛が鳴る。




     *     *     *




天龍「っしゃあ! ブッ飛ばしてやらァ!!」



 合図と共に、天龍が愛刀を片手に飛び出していく。



武蔵「お、おい待て天龍! 迂闊に飛び込むな!! まだ私達は奴の力を何一つ分かっていないんだぞ!!」



天龍「るせェ!! アイツはオレ一人で片付けてやる、絶対邪魔すんじゃねぇぞ!!」



 虚を突かれ、武蔵が慌てて呼び止めるも、天龍は構わず滑走スピードをぐんぐんと上げる。徐々に遠ざかっていくその後ろ姿には振り返る気配すらなく、もはや聞く耳など持ってはいなかった。



武蔵「くっ、天龍め……この模擬戦は貴様の鬱憤晴らしのためにやっている訳ではないのだぞ……」



北上「別にいーんじゃない? この際、天龍に全部任しちゃえば」



 交戦中とは思えない、間の抜けた声が武蔵の耳を掠める。声の主は、前方で球磨、大井と共に陣を取る重雷装巡洋艦ーー北上からだった。


 彼女は飄々とした態度を崩さず、手にした酸素魚雷をぷらぷらと遊ばせながら続ける。



北上「天龍も改二になって強くなったみたいだし、ちょっとやそっとじゃやられないでしょ。それに、巡洋艦やら駆逐やらが先陣切るなんて当たり前のことじゃん。ああは言ってるけど、今は頭に血ぃ昇ってるだけだって。時間が経てば、ちゃんとやるだろうさ」



 天龍が近接戦闘に秀でているのは周知の事実だ。海域攻略において、天龍の斬り込みに助けられた場面は少なくはない。それによって敵の主力が混乱したからこそ、今まで味方が轟沈するというリスクを避けることができた…………が。



武蔵「だが、天龍だからなぁ……」



北上「ま、天龍だからねー」



 そういって、からからと北上が笑う。武蔵も呆れたように息を吐き、苦笑を浮かべた。


 珠に傷なのは、あの難儀な性格だ。単純で感情の起伏が激しい故に、公私を分けることができない。それは、同時に扱いやすいという意味でもあるのだが……旗艦である武蔵からとってすれば、なかなか苦労するところがあるのだろう。



赤城「えっと……今は待機、ということでいいのでしょうか?」



 一向に進む気配がないことに気付き、後方から赤城が声をかける。



武蔵「む、そうだな。取り敢えず、今は相手の動きを見て力量を測ることとしよう。先も言った通り、まだ私達は相手の力を何一つとして分かっていない。不用意に近づくのは危険だ」



球磨「それもそうクマ。じゃ、天龍には犠牲になってもらうってことクマね」



武蔵「言い方に悪意を感じるが……まぁそうだな。折角撒いてくれた種だ、しっかり見させてもらおうじゃないか。ーー『殲滅艦』とやらの力を」



 武蔵の口がにやりと歪んだその時、赤城と同じく後方で待機していた加賀に、事前に発艦していた索敵機から報告が入った。



加賀「……天龍が相手艦を捕捉したわ。今から戦闘に突入するみたいね」






天龍「ーーよぉ」



出雲「…………」



 天龍の太刀が、出雲の鼻先でキラリと光る。その距離、僅か数㎝。


 飛び出した直後、天龍は滑走しつつ、いつものように電探で索敵に入った。毎日行う演習でも、索敵による相手艦の位置の把握は必須事項。いつ回り込まれて、奇襲を受けるか分からないためだ。


 ましてや、今回の模擬戦の相手はたった一隻。さらに力量も分からないとなれば、相手の居場所を見失った時点で後手に回ってしまうことになる。そうなってしまえば、たかだか一隻とはいえ、奇襲で艦隊が全滅することも十分あり得る。


 そんなことを懸念しつつ、索敵に入った直後ーー天龍は目を丸くした。


 それもその筈。出雲は、定位置から一歩も動いていなかった。


 奇襲や撹乱など、一切動く気配がない。まるで、攻め込んで下さいと言わんばかりに留まっている。


 こちらを侮っているのか、はたまた今更策を講じている最中なのか。どちらにせよ、その出雲の態度は、天龍を刺激するには十分すぎた。


 ーーそして、現在に至る。



天龍「まさか動いてすらいねぇとはな。それにこっちには実弾投入だの人数の増員だの……ハンデのつもりかよ?」



出雲「ハンデなんてくれてやった覚えはないな。ただ、そっちの方が戦いやすいかと思っただけだ」



天龍「はっ、よく言うぜ。ま、そのお陰でオレが今ここにいるからな。礼は言っとくぜ……てめぇをブッ潰せるチャンスをわざわざありがとよ」



出雲「気にするな。どうせ結果は変わらない」



 天龍の挑発を、出雲は何食わぬ顔で受け流す。そして、反撃とばかりに繰り出された出雲の無自覚な煽りに、天龍の歯がギリッと軋んだ。



天龍「あっそうかよ…………なら聞くが、てめぇが今、武器も持たずに丸腰っつーのもハンデか?」



 刀を突きつけたまま、天龍が怒りに口を戦慄かせながら問い掛けた。


 そうーーーー出雲は、この模擬戦が始まってから今まで一つも装備を着けていない、いわば丸腰の状態だった。


 太刀を突きつけられている今この状況下でも、出雲はポケットに手を突っ込み、防御の体勢すらとろうとしていない。


 まるで隙だらけーーだがだからこそ、天龍は衝動的に斬りつけたくなるのを抑えて、突きつけるに留めている。



天龍(仮にも、大本営から派遣されてきた人材だ。何かあるに違いねぇ)



天龍「おら、どうなんだよ」



出雲「別に丸腰って訳じゃないが……まぁ、できれば使いたくはないな、少なくともお前らには。ーーただ」



天龍「?」



 眼前に煌めく刀に臆することもなく、出雲はうんざりしたように息を一つ吐き、ーーーー表情が変わる。






出雲「ーー本気で『戦る』なら、話は別だ」






 ーーゾクリと、得体の知れない悪寒が背筋を駆け抜ける。



天龍「ーーーーっ!」



 ーー気が付くと、天龍は構えていた太刀を振り抜いていた。


 それは、天龍の意思ではなく、出雲の殺意に当てられ、無意識下で働いた防衛本能。


 半ば不意打ち気味に放たれた一撃は、出雲の無防備な首筋を捉えーー。




 ーーキィィィンという甲高い音を発てて、止まった。



天龍「はっ!?」



 完璧に捉えたと思った斬撃が止められ、天龍が驚愕の表情を浮かべる。


 刃先を見ると、いつの間に取り付けたのか、本来ならば刃が当たった筈の範囲を覆うように、真っ黒な鱗のようなものがパキパキと音を発てながら首筋に纏わりついていた。



天龍「なっ、何だコレ……!?」



出雲「狙いはいい。が、まだ甘いな」



天龍「っ……んだとーーーー」



出雲「ーー死にたくなきゃ避けろ」



 言い終わるが否や、黒鱗がパキパキと崩れ、光の欠片となって霧散すると同時、入れ換わるように出雲の左手に刀が顕現した。


 ーーそして、一閃。



天龍「ぐっ!!」



 横薙ぎの一閃を、すんでのところで刀の腹で受け止める。……が。



天龍「ーーがっ!?」



 振り抜いた力は天龍の刀に留まらず、衝撃波となり体を突き抜けた。


 力に負け、天龍の体が吹き飛ばされる。そして、水飛沫を上げ、激しい音を発てて着水した。



天龍「がはっ、げほ……! ……クッ、クソ、何が…………」



出雲「まだ終わってないぞ」



天龍「っ!?」



 息吐く暇も与えず、出雲が間合いを一瞬で潰す。ーーまた一閃。



天龍「くっ……!」



 先程とは違う縦薙ぎの一振りを、今度は横に飛び込み回避する。


 空中でひらりと一回転し、天龍が着水。すぐさま体勢を立て直して反撃に転じようとする……が。



出雲「ーーーー」



 なおも、出雲の斬撃は続く。反撃する隙も与えずに、右、左、上、斜め……全方位から斬撃が飛び天龍を襲う。



天龍「がっ、ぎっ、クッソ……がっ!!」



 嵐のような剣戟を、長い実践で培った勘を発揮し紙一重で捌ききる。が、勢いまでは受け流しきれず、徐々に後方へと押され始めたーーその時。



天龍「ッ…………舐めってんじゃねぇぇぇぇ!!!!」



出雲「ーーっ」



 瞬間、今までとは明らかに異なる音を発てて刀がぶつかり、火花が散った。


 これまで防戦一方だった天龍が、歯を食い縛り、足を踏み込み、斜め上から迫る刀を迎え撃ったのだ。



天龍「ぐぅ…………っ!?」



出雲「…………」



 力と力が拮抗し、カチカチと鋼同士が擦れ合う音が響く。



天龍「…………オイ……!」



出雲「……あ?」



天龍「テメェ……どういう……つもりだッ…………!!」



 己が持つ力の全てを太刀に込めながら、天龍は殺意を剥き出しにして目の前の相手を睨み付ける。


 その理由はーー。



天龍「何で………………何で抜いてねぇんだよ!!」



 ーー今、両者の目の前で軋めき合う刀の片方が、鞘に収まったままだったから。


 言うまでもなく、それは出雲のものだった。



出雲「……最初に言った筈だろ。『できれば使いたくない』ってーー」



天龍「フザけんのも大概にしやがれッ!!」



 出雲の声を遮って天龍が怒鳴った直後、背負った艤装の砲塔が起動し、出雲を捉えた。



出雲「!」



 僅かに出雲が怯み、刀に込めた力が一瞬緩む。その隙を、天龍は見逃さない。



天龍「らァァァァ!!!」



 瞬間的に力を爆発させ、出雲を刀ごと弾き飛ばす。が、一瞬怯んだとはいえ、現段階において力も技量も出雲の方が上。そのまま勢いに押し飛ばされることなく、少し後退させるに留まる。



天龍(十分ッ……!!)



 生じた隙に乗じて、再度艤装を起動、照準を合わせーーそして、爆音。


 普段ならば演習用のペイント弾故に殺傷能力は皆無だが、今回は鉄をも穿つ実弾。更には、対象との間隔が数mという至近距離での発射。直撃すれば、致命傷は避けられない。


 ……筈だった。



出雲「ーーーー【第弐】開」



 発射と同時に、出雲は後方に大きく後退、ボソリと何かを呟く。次の瞬間、空中で体を捻り、右脚から繰り出された蹴りが天龍の砲弾を迎え撃った。


 ーー亜音速の砲弾が、甲高い音を発てて蹴り落とされる。



天龍「はぁっ!?」



 あり得ない、と天龍が目を剥く。至近距離での実弾発射を素足で撃ち落とすなど、艦娘であっても不可能に近い。それを仮にも人間がやるなど、脚が吹き飛んでもおかしくない筈ーーーー。


 などと考えていると、先程砲弾を撃ち落とした出雲の右脚が目についた。



天龍(……!! また…………!)



 ーーまたしても、出雲の右脚には、黒い物体が張り付いていた。

 しかも今度は前とは違い、片足だけという奇妙な格好ではあるが、完全な鎧のような形に変化し、その形状を保っている。



天龍(何なんだよありゃ…………でも、今ならーー!)



 出雲の理解不能な武装を訝しんだその時、先程の蹴りで出雲の体勢が崩れ、背を向けるような形となった。それに畳み掛けるように、天龍が追撃を仕掛けようと前に踏み込む。


 ーーが、全ては出雲の思惑通り。



出雲「ーーふっ」



 蹴りの遠心力を利用し、着水した右脚を軸に回転、武装していない左脚でもう一度蹴りを繰り出す。体勢が崩れたのは、天龍を前へと釣り出すための偽装ーー。


 完全に攻めの体勢に入っていた天龍はこれを避けることができず、出雲の左脚が天龍の腹部へと深々と突き刺さった。



天龍「ごっーーーー!」



 衝撃を諸に受け、声にならない悲鳴を上げて天龍が吹き飛ぶ。一、二、三回ほど水面を跳ねーーーー大きな音と共に水柱が巻き上がった。






加賀「……防戦一方ね。まさか、あの天龍がここまでやられているなんて……」



 上空に飛ばした偵察機を通して、状況を確認していた加賀が思わず感嘆の声を洩らす。



武蔵「……身体の使い方が、人間のそれを逸している。それに、『艦』としての戦い方ではなく『人』としての戦い方…………近接戦闘に持ち込まれてしまっては、まず勝ち目はない、か。一体、どれだけの鍛練を積めば、あれほどの力を…………」



 前を立つ武蔵の頬に、一筋の汗が流れ落ちる。日本が誇る大和型二番艦ーーこれまでに様々な功績を叩き出してきたあの武蔵でさえ、出雲の技量に戦慄し、ふるふると体を震わせている。



北上「……ていうかさ、まず何あれ。鎧……みたいだけど、さっきっから出たり消えたり……しかも、刀もそうだよね。最初は何も持ってなかったのに、気付いたら手に持ってるし。何なのあれ、手品かなんか?」



球磨「いや、流石にそれはないクマ。確かにワケわからんけど……少なくとも、丸腰じゃなかったってことはわかったクマ」



武蔵「そうだな。天龍一人ではおそらく……いや、確実に押しきられる。まぁ、元々天龍一人でどうにかしようとは思っていないが、奴がそれほどの技量を持ち合わせているのはわかった。そろそろ反撃といきたいところだが……まだ何を隠し持っているか分からん以上、闇雲に突っ込むのは危ない。最初は中距離・遠距離からの攻撃で様子を見よう」



北上「そだね。じゃ、まずはあたし達が行くとしますか。 ほら行くよ、大井っち!」



 北上が魚雷を装填し、くるりと横を向いて大井に呼び掛ける。すると、口に手を当てて、大井が何かを考え込むような仕草をして立っていた。



大井「…………」



北上「……大井っち? どしたのそんな険しい顔して」



大井「あ、いえ……少し、気になったことがあって」



北上「気になったこと?」



 大井の釈然としない物言いに、北上が首を傾げる。普段あれほど自己表現の多彩な彼女が、こうも言い淀むのは珍しい。



大井「はい……。私、あの人の戦い方、どこかで見覚えがあるみたいなんです。何でかしら…………」



赤城「……もしかして大井さん、貴方もですか?」



 ふいに、後方から大井に声が掛かる。その声の主は、これまで会話に参加せず、加賀と共に偵察機を飛ばして出雲の戦闘を見ていた赤城だった。



大井「貴方もって……まさか赤城さんも?」



赤城「ええ。私は集会に居なかったので、偵察機から見るのが初めてですが…………あの方の動きは、以前どこかで見覚えがあります。私も何度も思い出そうとしているのですが、どうしても思い出せなくて……」



加賀「貴方は集会に『いなかった』のではなくて、『抜け出した』のでしょう?」



赤城「ど、どっちでもいいじゃないですか! もう、加賀さんの意地悪!」



 加賀に溜め息を吐かされながら指摘され、赤城が子供のように頬を膨らませる。



北上「ちょ、ちょっとちょっと。何かあたしだけ置いてけぼりなんだけど……どゆこと? 二人はあいつと面識あるの?」



赤城「いえ、面識はないと思います。あんな髪の色をした人、一度見たら忘れないでしょうから」



大井「でも、何かが突っ掛かるんですよね……」



 そんなことを言って、大井はう~んと唸りながら再度思案顔になる。赤城も目を閉じて、どこで見たのかを思い出そうとしているようだ。



武蔵「おい、お前たち」



 そんな若干抜けた空気を断ち切るように、武蔵が冷静な口調で言い放つ。



武蔵「……どこで見かけたのかは、後でじっくり思い出せばいい。それよりも、今は模擬戦に集中しろ」



赤城「……それもそうですね。慢心でした。それで、作戦はどのように?」



武蔵「北上・大井は先に言った通り、中距離まで接近、雷撃で相手を撹乱してくれ。その隙に、赤城と加賀は艦載機を発艦、逃げ場を残さないよう広い範囲に航空爆撃を頼む。私は後方から援護射撃を行い、どんな状況になっても対処できるように立ち回る。以上だ、何か質問は?」



球磨「球磨は何をすればいいクマ?」



武蔵「球磨は天龍を回収した後、天龍と共に雷撃と主砲攻撃による北上と大井の援護を頼む」



球磨「分かったクマ」



 武蔵から指示が下され、各々が配置につく。全員が陣形位置に就くと、武蔵が右手を掲げーー凛々しい声が響き渡る。



武蔵「……さて、天龍の我が儘に付き合っているのもここまでだ。全艦、これより砲雷撃戦を開始する!」



全員「「「「「了解!!」」」」」







天龍「……ぁ…………かっ………!!」



 海面に膝をつき、腹を抱えて天龍が踞る。鳩尾に入ったのか、口からは掠れた音が響き、目尻には涙が浮かんでいる。



出雲「……」



 悶える天龍に、ゆっくりと近づいていく一つの影。


 それの右足は既に元の状態に戻っており、先程の黒い物質は跡形もなく消失していた。


 天龍の目の前まで来ると、出雲は立ち止まりーー顔をしかめた。



出雲「……まだ、やるのか」



 ーー下から出雲を見上げる天龍の目は、まだ死んでいなかった。



天龍「ゲホッ、ゴホッ…………ハッ、笑わせんなよ」



 よろよろと、天龍が立ち上がる。



天龍「こちとら、毎日毎日砲弾の飛び交う戦場にいんだぜ……? こんっな蹴りなんか、効くわけねぇだろ……」



 そう言い放ち、天龍が太刀を構える。……が、その体重を支える両足は震え、正面に構えられた剣先は揺らいでいる。ダメージを受けているのは誰が見ても明らかで、その言葉に説得力はない。



出雲「……そうか」



 続いて、出雲も片手に刀を構える。依然として、その刀は鞘に収まったままだ。



天龍「ちっ、一々癇に障る野郎だな……。いい加減抜けよ、それ」



出雲「……少なくとも、お前相手に刃を見せる必要はないな」



天龍「あぁはいそうですかよ…………なら」



 ふぅと深く息を吐き、コキコキと首を鳴らしたかと思うと、天龍の体が前に倒れ込んだ。いや、重心を前に落とした、といった方が正確だろう。



天龍「ーー死んでもその鞘、抜かせてやるッ!!」



 重力落下による加速を利用し、天龍が凄まじい速度で前進、あっという間に間合いを詰めたかと思うと、目の前の出雲に斬りかかった。



天龍「るぁぁぁぁっ!!」



 先程のお返しと言わんばかりに、天龍の太刀が銀色の軌跡を描く。狙いは当然、最初と同じく左の首筋。



出雲「ーーーー」



 それを見越していたかのように、出雲が瞬時に上半身を後ろに軽く反らし、紙一重で回避する。



天龍「まだまだッ!!」



 続けざまに、天龍が砲搭を起動、砲撃を繰り出す。前方の広範囲に砲弾をバラ撒き、弾幕と水飛沫、二段階の目眩ましで視界を奪いつつ出雲の退路を塞ぐ。



出雲「っ……!」



 吹き荒れる水飛沫と轟音で、視覚と聴覚が一時的に麻痺し、周りの状況を掴むことができない。ーー故に、出雲は気付くのが遅れた。


 眼下に、幾つもの魚雷が迫っていることに。



出雲「ーー!」



 爆音の連鎖と共に、優に5mを超える水柱が次々と立ち上る。並の深海棲艦なら木っ端微塵に、鬼・姫級であったとしても轟沈は避けられない火力の暴力。明らかに、一介の軽巡の持つ雷撃の威力ではない。


 ーー鳴り止まない爆音の中、突如として大きな斑な影が水柱を覆った。


 立ち上る水柱の遥か上空、何重にもプロペラ音を奏しながら空中を漂う鉄の塊ーーその影の正体は、直上にて編隊を組む十数機の艦載機。


 音を伴いながら移動するそれは、雷撃によってできた水の檻を覆い隠す様に黒い雨を降らせーーーー今だかつてないほどの轟音が、演習場を駆け巡った。







天龍「ーーーー」



 ……何が、起きたのか。


 突然目の前で起きた光景に、頭が追いついてこない。自分はさっきまで、あの中心であいつと戦っていたはずーー。



北上「いやー、スッゴイ音。こりゃやり過ぎたかねぇ」



大井「普通なら間違いなく轟沈じゃ済まないでしょうけど……まぁ、あくまで模擬戦ですし大丈夫でしょう」



北上「いや大井っち、忘れてるかもしんないけどコレ実弾だよ? 今回実弾でやるって提督が言ってたじゃん。ま、かくいうあたしも魚雷撃つまで忘れてたんだけど。何か手に馴染むなーってさ」



大井「…………ぁ」



北上「……え、もしかして本気で忘れてたの?」



 我に返ると、いつの間にか二人の艦娘が天龍の前に立っていた。立ち込める膨大な水蒸気を目の前にして、一人はケラケラと笑い、一人はサーッと顔を蒼ざめさせている。……そうだ、あの時。



天龍「……っ! お前ら、何を……!」



北上「ん? いやぁ、中々天龍が悪戦苦闘してるからさ、あたし達が助太刀に来てあげたってわけ。あ、もちろん他の皆もね」



天龍「何勝手なことしてんだよ! 余計な真似すんなっつっただろうが!!」



 戦いに水を刺されたことに苛立ちを隠せず、天龍が大声で怒鳴る。その怒りの矛先である北上は、はぁ……と溜め息を吐き。



北上「……あのさぁ、じゃあ聞くけど、あんだけボッコボコにされといて、『まだ大丈夫か』なんて思える奴いると思う? 傍から見ても戦力差は歴然だったし、あんな化け物に一人で敵うわけないことくらい薄々わかってたでしょ」



天龍「っ……!」



 心当たりがあるのか、反論しようとしても言葉の先が出ない。


 『もう少し時間があれば』『自分が本調子なら』……いくら自分を正当化しようと御託を並べても、結果としてそれらはただの言い訳に過ぎない。


 ほんの数分の攻防。たったそれだけでと思う者もいるだろうが、熟練の強者からすれば十分すぎる時間。それだけで、大抵の相手の実力は推し量れる。


 『戦闘』を知る者だけが有する洞察力ーーその結果が、北上の警戒心を強め、天龍を押し黙らせる。



球磨「つーわけで、お前の我が儘はここまでだクマ。あとはちゃんと指示通り動いてもらうクマよ」



 ぐいっと、後ろで天龍の腕を掴んで持ち上げる艦が一人。


 北上らが戦闘に介入する直前、天龍を後方へ投げ飛ばした張本人ーー球磨型ネームシップ、球磨だ。


 頭頂部から伸びるアホ毛をぴょこぴょこと動かしながら、ジト目で天龍を睨み付ける。



球磨「海域出撃ならともかく、今やってんのは模擬戦だクマ。勝手な行動は慎めクマ」



天龍「…………ちっ、わぁーったよ。やりゃあいんだろやりゃー」



 球磨の手を振り払い、自らの足で立ち上がる。若干出雲の蹴りによる痛みが残っているが、艤装が動く以上、まだ大破判定は受けていないようだ。



北上「おぉ、何か今日は聞き分けいいね。何か変なのでも食べたりした?」



天龍「どういう意味だコラ!」



北上「冗談、じょーだんだって。ほら大井っち、何呆けてんのさ。戻ってきてー」



 ーー通常、演習での勝敗は、艦隊の被弾状況の比較で決まることが多い。


 演習では本来、艦の轟沈や味方同士での潰し合いを避けるために実弾や実機は使用せず、代わりに模擬弾頭、もしくはペイント弾が用いられる。


 魚雷や艦載機なども、損傷を最小限に抑えるために威力は低めに設定されており、あくまで『実践演習』という形で行われるのだ。


 では損傷しないという状況下で、どのようにして勝敗が決まるのか?


 ーー演習のシステムとして、被弾した際、受けた砲撃や雷撃、航空攻撃の本来のダメージ量、或いは運による回避やクリティカルなどを計算し、自動的に記録するというものがある。


 そして、その記録を元に、艦の小破・中破・大破判定を決めるのである。


 小破・中破判定を受けたとしても戦闘に何ら影響はないが、大破判定を貰うと、艤装が機能停止し、戦闘に参加することが出来なくなる。これは実戦において、大破した艦は身動き一つ取れなくなるという状況を想定しており、海域に出た際、艦娘達の大破時での勝手な行動を抑制する働きもある。


 今の天龍の被弾状況を見るなら、おそらくは小破程度。戦闘続行に支障はない。



大井「ーーーーは、」



北上「お、戻ってきた。お帰り大井っーー」



大井「きっ、北上さん! わ、私達……ひ、人を…………!」



 目に光が宿り、正気を取り戻したと思ったのも束の間、またも顔を蒼白くさせて焦りだす。


 普段はきつい物言いや態度を取るが、本音は優しい彼女だ。出撃の際は、誰よりも他の人の身を案じていることは、誰でもない北上が一番よく知っている。だからこそ、自らの本気の雷撃を、人に向けてしまったことを酷く悔やんでいるのだろう。


 ーーだが、今この瞬間において、その良心は無意味だ。



球磨「大井、何言ってる。仮にも今は戦闘中、情けなんか掛けてたらお前がやられるクマ。それに、本気で相手しなきゃ模擬戦をやる意味なんてないだろ」



大井「で、でもっ! これであの人が死んじゃってたらどうするんですか!!」



球磨「それならそれまでの奴だったってことクマね」



大井「っ……!」



 非情な言葉を吐く姉に対し、大井が声を詰まらせ、キッと睨み付ける。



大井「……球磨姉、見損ないましたよ……そんなこと言う人だとは思わなかったです!」



球磨「球磨は事実を言ってるだけクマ。今回の模擬戦はあいつの実力を測るためのもの。この程度の攻撃でやられてるようじゃ、戦場ですぐやられて使い物にならんクマ。そもそも、実弾を使えって言ったのはあっちだクマ。自業自得ってもんクマ」



大井「だからってーー!」



北上「はいストーーップ!」



 徐々にヒートアップする姉と妹に、北上が軽い口調で割り込み仲裁する。このまま口論を続けていれば、いつ仲間割れが起きてもおかしくない。


 たかだか模擬戦で、姉妹間の仲が悪くなるのは流石にいただけない。何より戻ったときに、ただでさえ心配性の木曾の心労が増えてしまう。



北上「大井っちも球磨姉も落ち着いてって。今は口論する時じゃないでしょ?」



球磨「……」



大井「でも北上さん!」



北上「大井っちが言いたいことはわかるけどさ、よく考えてもみてよ。現に実弾使っていいってあっちが言ってるんだから、大丈夫なんでしょ、きっと。じゃなきゃそんなこと言わないよ」



大井「っ…………!」



北上「まぁホントにそうだとしたら、あたし的にはダメージくらいは受けててほしいとこだけどね……」



 そう言って、未だに蒸気が立ち込める前方に目を向ける。その頬には、冷や汗が一つ浮かんでいた。


 大井にはああ言ったが、流石にあれほどの攻撃を受けて無事でいる筈がない。何せあれは、鬼・姫擁する敵艦隊を制圧する際に行う絨毯攻撃。今までの海域において、あれを喰らってまだ立っていられたのは鬼や姫のみ。それも、少なからずダメージを負って。


 もはや、艦一隻に向けていいものではない、過剰といっていい程の攻撃の暴力。もしもこの中で生き残っていようものなら、それはーー。


 ーーと、その時。


 耳を擘くような発砲音と共に、蒸気を掻い潜って弾丸が飛び、北上と大井の体を捉えた。



北上「ぅくっ!?」



大井「きゃあっ!!」



 突然の銃撃に反応することができず、北上は腹に、大井は頭に弾が命中、被弾部位が真っ赤に染まる。



天龍「お、おい! 大丈夫か!?」



北上「痛っ…………く、ない? ていうか何これ、ペイント弾?」



大井「……っ!? ぎっ、艤装が動きません!」



天龍「何だと!?」



球磨「……! まさか、今ので大破判定貰ったクマ!? 北上は!?」



北上「あたしは……うん、まだ動く。けどこの感じだと、中破くらいは受けてるかもね」



 大井が懸命に動かそうにも、一向に動く気配のない艤装を見て、球磨は動揺を隠すことができない。ーー何せ、攻撃が異次元過ぎる。


 雷巡が紙装甲だとしても、あの蒸気の中からでは、急所の頭を狙い撃つどころか身体に当てることすら不可能だ。そもそも、あいつは飛び道具など持っていなかった筈なのにーー。



艦娘「「「「……!!」」」」



 次第に蒸気が晴れてゆき、事の元凶が姿を現す。ーーそして、その異様な光景に息を呑む。



北上「……まさか、傷一つ受けてないなんてね…………それに」


 空笑いを浮かべ、頬に飛び散ったインクを拭いながら北上が呟く。その言葉通り、出雲の体には掠り傷すら見当たらない。が、真に見るべきはそこではなく。



天龍「今度は銃にバリアかよ……もうなんでもアリじゃねーか」



 出雲の両手には、先程まで手にしていた刀の姿はなく、代わりに二丁の片腕程はある大型の拳銃が握られていた。そしてそれの周りには、重なる雷撃、爆撃を受けボロボロな状態ではあるが、六角形を敷き詰めたような不透明の壁が、パキパキと音を発てて崩れ落ちながらも宙に顕現している。


 近接攻撃の刀と中距離攻撃の銃、更には砲弾さえ通らない鎧に不可思議な障壁。今確認できている武装だけでも、あちらの攻撃はほとんどの距離に対応でき、こちらの攻撃は全くと言っていいほど通用しない。



 ーー全ての艦種の能力、特性が備わっている。



 あの時提督が言っていた言葉が、今なら納得できる。……こいつなら、そうであってもおかしくはない。



出雲「……喋っていられる余裕があるのか」



艦娘「「「「っ!!」」」」



 ピキッと、空気が凍る音がした。


 銃を構えた両腕を下ろし、ゆっくりと発せられた出雲の声が、波打つ海上に、やけに静かに響き渡る。


 決して大きな声ではない。しかし、風の織り成す波の音を掻き消して、確かに聞こえたその声は、艦娘達の体を強張らせ、見えない鎖で縛り付けられるような錯覚を覚えさせた。ーーそこに佇む艦娘達の顔は、普段から飄々とし、感情を表に出さない北上でさえ、何かに怯えるような恐怖に染まっている。



出雲「……来ないならこっちから行くぞ」



 ガチャリと引き金に指を掛ける音と共に、出雲の体が沈み込み、前に跳び出そうと左足を踏み込んだーーその直後。



武蔵「下がれ!!!」



 凛々しく、そして猛々しい一声と共に、凄まじい音を発てて赤く燃える砲弾が後方から出雲を狙い撃つ。



出雲「っ!!」



 意表を突かれるも、踏み込んだ左足で後方へと大きく跳び、すんでのところで砲撃を回避する。



赤城「第二次攻撃隊、全機発艦!」



加賀「目標、敵艦一隻。攻撃開始」



 続いて、キリキリと弦が撓り、二隻の空母から矢が放たれた。そしてそれは何機もの艦載機へと姿を変え、水面を擦る低空飛行を保ちつつ、機銃を眼前の敵へと発射。その先にあるのは、海面に片膝をつく出雲が一人。



出雲「ーーちっ」



 体勢も整っていない回避不可能の銃撃に、両手の銃が光と共に霧散、消えると同時に右腕を前へと突き出す。直後、出雲の目の前にあの不透明の盾が顕現し、迫り来る銃弾を防ぎきった。



武蔵「おい貴様ら、何を突っ立っている! 危うくやられる寸前だったぞ!!」



 後ろから、旗艦である武蔵、そして一航戦の空母二人が駆けつける。……が、はたと、何か空気がおかしいことに気付く。



天龍「ーーは、む、武蔵……わ、悪ぃ……」



球磨「あ、ありがとクマ…………助かったクマ…………」



北上「ーーーーぅ」



大井「ぁーーーー」



 天龍と球磨は今まで忘れていたかのように呼吸を再開し、北上と大井に至っては、武蔵の声すら聞こえていないかのように立ち尽くしている。



武蔵「……おい、本当に何があった? 全員、汗の量が尋常じゃない。それに大分消耗しているようだがーー」



赤城「武蔵さん、今はそれを聞いている暇はありません!! 艦載機だけで渡り合うには流石に限界があります!」



加賀「多少手を抜いていたとはいえ、まさかあの爆撃で無傷とは……。あれはもしかして、『全ての艦種の能力』の内の、戦艦の装甲かしら。だとしたら、並大抵の攻撃は通らないわ、ねっ……!」



 続けざまに矢を引き、艦載機を発艦させる。その切羽詰まった声音に、事態が好転していないとわかるまで、時間は秒とかからなかった。



武蔵「っ……一旦距離を置く! 赤城と加賀は引き続き艦載機を飛ばして注意を引き付けろ! 貴様らは大破した大井を後尾にして下がれ!」



球磨「わ、分かったクマ」



北上「お、大井っち、大丈夫? ほら、行くよ」



 ようやく意識を取り戻したのか、北上が隣で立ち尽くす大井の手を取り声を掛ける。すると、ふと、握った手がふるふると震えていることに気付いた。



大井「……北上さん…………私、思い出しました…………」



北上「お、思い出した……? 何を?」



 ぼそりと呟かれた声に、北上が大井の顔を覗き込んで聞き返す。その瞳は、怯えるような色に染まりながらも、艦載機飛び交う激戦地の中心を見据えていた。


 ーー握った手を握り返され、その手にぎゅっと力が入る。




北上「大井っち……?」



大井「……やっぱり、見たことがあったんです、私。あんな、怖いくらいの殺意を撒き散らして、深海棲艦を次々に斬り刻んでいくあの人を」



 水飛沫の散る音が、水面を蹴る音が、空に溶け込むように次第に聞こえなくなっていく。それに反比例するように、艦娘達の耳には、大井の声だけがやけに明瞭に響き渡ってーー。



大井「……確か、そんな光景を同じように見ていた、周りの提督達からはーー」



「《白い死神》と、呼ばれていました」



 ーーバラバラと機銃から放たれた無数の弾丸が、真っ正面から出雲を襲う。



出雲「ふっーー」



 艦載機の動きを的確に察知し、正面に障壁を展開して銃弾を防ぐ。続く多方向から迫る魚雷も、足元に張った障壁を踏み、空中で一回転して回避する。



出雲「避けてるだけじゃ、キリがないか……っ!」



 蜂のように出雲の周りを飛び回る何機もの艦載機を睨み付け、着水と同時に出雲の口から声が零れた。


 1分か2分か、はたまたほんの数秒か。その幾らかの時間、出雲は艦載機との攻防に興じていた。


 さながら曲芸師の如く宙を舞い、時に障壁を張って防ぎ、狭い空間の中で一度も止まることなく縦横無尽に動き回る。



出雲(さっきの爆撃もそうだが……何機もの艦載機を同時に、それもこれだけ精密に操れるのは、並大抵の奴にできる芸当じゃない)



 その証拠に、いくら広い場所に出ようとしても、艦載機がその先に回り込み抜け出すことができない。更に付け加えるなら、これだけ密集している中で飛んでいるにも関わらず、一切衝突や誤射がない。この洗練された航空連携から察するに、どうやらここの空母は中々の強者らしい。



出雲「……はっ、面白い」



 終始無表情だった出雲の顔がにやりと歪み、弾幕の隙間を縫って右手に装甲を纏う。そして、拳を握ると、その腕を大きく振りかぶりーー。



出雲「ふっ」



 海面に拳を突き立てると同時、大きな衝撃が加わり海面が陥没し、巨大な水柱が立ち昇る。


 突如として巻き上げられた水の塊をもろに受け、出雲の周りを飛び回っていた艦載機が次々と墜落していく。


 静まり、水柱が綺麗さっぱり消え去ると、そこに残るのは白髪の青年ただ一人。



出雲「ーー?」



 右手の装甲を解除し、前を向いて立ち直る。直後、出雲は眉を潜めた。



武蔵「……流石だな。よもや、ここまでやるとは思わなかったぞ」



 出雲の前方10m、腕を組み、六門の主砲を背にして仁王立ちする影が一つ。それは、他の艦娘達を我が身の後ろに置き、不敵に笑う。



出雲「……何の真似だ」



 怪訝に眼を尖らせて、出雲はその影ーー武蔵を睨み付ける。



武蔵「なに、簡単なことだ。こっちの領分で戦って通じないのならば、一度、貴様の領分で戦ってみようと思ってな。どうだ、そっちの方が貴様もやりやすいだろう?」



出雲「……お前一人でか」



武蔵「元よりそのつもりだが……何だ? この武蔵だけでは不服だとでも言うのか?」



出雲「不服だの何だのは関係ない。誰だったとしても、海上戦を捨てた今のお前等と俺とじゃ勝負にならないのは目に見えてる。……忠告するぞ、やめておけ」



武蔵「フッ……人間風情が、大きな口を叩くじゃないか。私らとて、何も海上戦だけを訓練している訳ではない。人の体に生まれ変わったんだ。当然、それに見合う戦い方も学んでいる。……それにだ」



 そう言って、組んでいた腕を手解き、武蔵が前へ歩き出す。そして、出雲の目の前で立ち止まると、獲物を狩る獅子の如く、鋭い眼光を放ちながら出雲を見下ろす。


 その顔は、獰猛な笑みを浮かべていてーー。



武蔵「ーーせっかく、私が全力を出せるような好敵手と出会ったのだ。貴様がそこまで言うのなら、せめて怪我はしてくれるなよ?」



出雲「……へぇ」



 ピリピリと一触即発の空気を醸し出す二人。ーーその背後では。



天龍「…………」



 陣形を組み、固唾を飲んで二人を見守る艦娘達の中、天龍が今までとはまるで別人のように、静かにその二人を見据えていた。







武蔵「…………」



出雲「…………」



 凍てつくような長い沈黙が、向かい合う二人の間を流れる。


 突如として吹かれた風が、両者の体を撫でるようにして通り過ぎた。それによって髪が乱れることも意に介さず、指一本すら動かすことなく、感覚を極限まで尖らせ、互いの眼から視線を一瞬たりとも外さない。相手の一挙手一投足に至るまで、全ての挙動に神経を注ぐ。


 あたかもこの世界から切り離されているのではないかとも思えるその異様な空間は、未だに崩れる気配がない。それほどまでに、目の前の二人は今、違う次元に立っているのだろう。



武蔵「…………」



出雲「…………」



 だが、それはあくまで錯覚に過ぎない。この世界に存在する以上、当然のように時計の針は進み続ける。


 ーーそしてその時は、突然に訪れた。



武蔵「ーーふっ!!」



 凪のような静けさから一転、武蔵が予備動作もなしに出雲の顔面へと拳を放つ。


 さながらそれは、武蔵自慢の主砲の如く。殴打にあるまじき唸り声を上げながら、出雲に迫る。



出雲「ーー」



 出雲はこれを、涼しい顔で首を傾け難なく躱す。行き場を失った力は、衝撃波となり出雲の首筋を通り抜けた。



武蔵「はぁぁぁっ!!」



 続けざまに、武蔵が拳を繰り出す。その洗練された一突き一突きが、顔面、鳩尾、脇腹と、人体の急所を的確に攻め立てる。


 ……が、出雲には当たらない。それどころか、掠りすらしない。



武蔵「ふっ、はっ! らぁっ!!」



出雲「ーー」



 次々と繰り出される鉄拳を、後退しつつ最小限の動きで躱し続ける。神憑り的な反射神経ーーまるで息をするように攻撃を捌くその顔は、涼しげな表情を浮かべていた。



武蔵「くっ、流石にやるな……! だが、避けているだけでは何も始まらんぞ!!」



 回避に徹し、攻撃の素振りを見せない出雲に対し、凶暴な笑みを絶やさぬままに武蔵が問いかける。そうしている間にも、乱打が止まることはない。



出雲「ーーーー」



 空を切る音、腕と拳がぶつかり合う音、そして靴底が水面を弾く音。これだけの音が鳴り響く中で、出雲は一言も発しない。ただただ黙々と、迫り来る打撃を捌いていく。


 そしてそうしていくうちに、出雲の光のない瞳が、期待を裏切られたとばかりに徐々に冷えきっていきーー。



出雲「ーー駄目だ」



 瞬間、出雲が回避を止め、迫り来る武蔵の拳を左の掌で受け止めた。空気の破裂する音と共に、嵐のような乱打が途端に止まる。



武蔵「っ……!!」



 数ある中の渾身の一発を易々と受け止められ、僅かな驚きに武蔵が目を見開く。だが、出雲を相手取った以上、こんなことは予期していた範疇に過ぎない。


 ーーが、その直後、出雲の力はその範疇を軽々と覆す。



武蔵「ぐぁっ……!?」



 突如、武蔵が顔に苦痛を浮かべ、膝を折って崩れ落ちた。



武蔵(な、何て力だ……! この体の何処からこんな力が……っ!!)



 包むように掴まれた拳、そこからめきめきと鳴る音は、仮にも人体から発せられていいようなものではない。そして付け加えるなら、それは脆く些細なことで壊れる人の体とは違う、堅く、強靭な艦娘の体。その中でもとりわけ頑強な戦艦の拳の骨が、耐えうる力の限界を超えてみしみしと軋み、焼けるような痛みが体内を駆け巡る。



出雲「…………」



 激痛に顔を歪める武蔵を、出雲は一切変わることのない無表情で見下ろす。その凍えるような絶対零度の視線は、相対する者を容赦なく突き刺し、その者に宿る戦意を根っこから削いでいく。そうしてできた穴を埋めるように植え付けられるのは、もはやどうしようもない失意と畏怖。


 しかし、それに武蔵は屈しない。



武蔵「ふ、ふふっ…………なるほど、あいつらはこれを食らったのか…………。道理で、あんな顔をしていたわけだ……!」



 歴戦の修羅場を潜り抜けてきた武蔵にとって、恐怖も絶望も慣れ親しんだものの一つ。海面に片膝を着き、苦痛に顔を引き吊らせながらも、出雲の圧に呑まれることなくにやりと笑ってみせる。



出雲「へぇ…………流石は大和型二番艦。気概だけは一流だな」



武蔵「気概だけが一流かどうかは…………その身で直接確かめろ!!」



 武蔵が咆哮を上げた次の瞬間、目にも留まらぬ速度で黒い影が出雲の足元を駆る。


 それにいち早く反応し、出雲が水面を蹴って跳躍、己の脚を襲う影を紙一重で回避する。その間にも、出雲は武蔵の拳を離すことはない。


 ーーその影の正体は、武蔵の長い左足。



出雲「ーー!」



 出雲ならば、唐突に繰り出された足払いだろうと必ず躱す。そしてその後も、相手を自由にさせるような真似をする筈がない。


 武蔵自身が出雲を格上だと認め、下した評価から割り出した結論は、的中し、それからに実を結ぶ。



武蔵「ふっーー!!」



 拳を掴む出雲の左手、その手首を空いている左手で捕まえ、体を反転、武蔵が大きく振りかぶる。流石の出雲も、未だ空中に身を置き、踏み留まるものが何もないという中では、大和型の馬力に抗うことはできない。



出雲「ーーっ」



 成されるがまま、武蔵によって水面に叩きつけられる寸前、ふいに出雲が今まで握っていた武蔵の拳を解放した。そして、掴まれた手を強引に振り解き危機を脱するが、投げられた勢いは無くなることなく、さながら砲弾の如く体が上空へと吹き飛ぶ。



武蔵「天龍っ!!」



 天高くまで舞い上がった出雲ーーその先には、太刀を片手に携える天龍がただ一人、ふつふつと神経を研ぎ澄ませて待ち構えていた。



出雲「ーー!」



 太刀の柄を握る右手に、力が入る。



天龍「…………っ」




ーーーーー

ーーーー

ーー





 ーー時は遡り、出雲と艦載機の衝突の最中。



天龍『ーー 一騎打ち?』



武蔵『あぁ。あちら側に銃という遠距離攻撃の武器が出てきた以上、砲撃戦では分が悪い。だからあえて接近戦に持ち込む』



 距離を置いたと同時、武蔵が唐突にそんなことを口にした。すると、すぐそばに立つ球磨が異論を唱える。



球磨『それはちょっと考えが安直過ぎやしないクマ? わざわざ相手の領域に踏み込むなんて、自分から死ににいくようなもんクマよ?』



天龍『……悪ぃけど、いくら武蔵とはいえ、あいつ相手に肉弾戦で勝てるとは思えねぇ。あれはマジで化けモンだ』



 傍らに立つ天龍も、球磨の意見に同調するように言葉を紡ぐ。いつもなら特攻してでも相手との実力差を認めたがらない天龍が言ったそれを聞き、武蔵はふっと笑みを零すと。



武蔵『それは私だってわかっているさ。だから、この一騎打ちは勝つことが目的ではない』



天龍『……? どういうことだよ?』



 武蔵の最初の言葉とは全く逆の発言を受け、天龍が怪訝に目を細めながら聞き返した。



武蔵『先程のを見てわかる通り、奴の身体能力は私たち艦娘を遥かに凌駕している。この事は、天龍が身をもってわかっている筈だ。このままひとかたまりで動けば懐に入られて全滅、かといって散れば一人ずつ確実にやられる。だが奴を好き勝手にさせておけば、こちらに勝機はない。……だからまず、奴から自由を奪う必要がある』



北上『なるほどねぇ。それで接近戦か。無茶するよホント』



天龍『……つまり、囮になるってことか?』



 内容を察知した天龍が、至った結論を口にする。が、武蔵はふるふると首を振り。



武蔵『囮とはまた違うな。確かに引き付けるという面では同じだが、これはそれに接近戦も加わる。流れとしては、一騎打ちと銘打って奴を誘い出し肉薄、その瞬間に奴を動きを力ずくで封じる。ここまでが狙いだ』



球磨『めちゃくちゃ脳筋な提案クマけど……もうそれくらいしかあいつを止められる方法はなさそうクマね』



北上『確かにあれを止めておくには、この面子じゃ武蔵しかできないだろうね。他じゃ逆に押さえられそうだし』



加賀『……ちょっといいかしら』



 武蔵の提案を聞き、ほとんどの艦娘が賛成の雰囲気を醸し出す中、静かに聞いていた加賀が異議を呈した。



武蔵『? 何だ、加賀』



加賀『今貴方が言っていた作戦は、模擬戦の趣旨と大きく離れているわ。この模擬戦は、あくまで出雲の実力を測るためのもの。……なら、艦としての戦い方を捨ててまで勝ちにいく必要はあるのかしら?』



 真っ直ぐに武蔵の目を見ながら、加賀が正論を放つ。それを聞いた武蔵は、すっと軽く目を閉じ、くるりと加賀へと向き直ると。



武蔵『……そうだな、必要はないかもしれない。だが、模擬戦といえど戦いに何ら変わりはない。戦いとは、いつだってイレギュラーなものだ。いつどんな敵がどんな手で攻めてくるかはわからん。ただ今回は、艦としての戦い方ではなく、人としての戦い方だったというだけのこと。それに……』



加賀『……それに?』



 声が途中で途切れ、加賀がその無表情を崩すことなく先を促す。次の瞬間、武蔵が目をカッと見開き、口元を獰猛に吊り上げて笑った。



武蔵『奴の実力はもう知れただろう。ならばこの勝負……存分に勝ちにいくしかあるまい!』



加賀『……はぁ。まぁ、いいけれど』



 武蔵の返答に、諦めた様子で溜め息を零す加賀。そんな正規空母を尻目に、球磨が自身の艤装を手で撫でながら言う。



球磨『で、その後はどうするクマ? 武蔵が肉薄するなら、下手に砲撃はできないクマ』



赤城『航空攻撃も駄目ですね』



武蔵『私としては別に構わないが……後で提督にどやされるのは勘弁だな。さて、どうしたものか……』



 そう言って、腕を組んで考え込む。と、その直後、遠方で激しい音が轟いた。



大井『……! 水柱が……!!』



加賀『……応戦させていた艦載機が全機墜とされたわ。水飛沫に浚われたみたいね』



武蔵『……もたもたしている時間はないな。とはいえ、策は考えてある。そこは私に任せて、貴様らは下がっていろ。……奴が来るぞ』





ーー

ーーーー

ーーーーー




天龍(投げ飛ばすとは聞いてねぇ……けどっ!)



 天龍の目が出雲の姿を捉えると同時、天龍の対空機銃が起動、落下する出雲に照準を合わせ、砲身の先が駆動音を鳴らしてその一点を追う。



天龍「空はオレの領域だぜ! 喰らえっ!!」



 叫ぶやいなや、砲口が火を吹き、連射音を響かせて白く焼けた無数の光弾が標的に向かって立ち昇る。


 艦載機を蜂の巣にする弾幕が直下から迫り来る中、無抵抗のまま落下する出雲は迎撃の素振りすら見せない。そしてそのまま、体が弾幕に突っ込む直前、パキンとガラスの割れるような音と共に、出雲の周りを囲うように障壁が展開。次々と砲弾を弾き、宿主の身体に弾が到達することを許さない。



天龍「……っ!」



 どれだけ砲弾を放っても、出雲の装甲を撃ち抜くことはなく、軽い音をたてて無残にも弾け散る。しかし、天龍はそれに構わず、それどころかより一層砲弾を撃ち込み続ける。


 その意図とはーー。



天龍(あいつのバリア……明らかに鎧みたいな黒い方とは強度が違ぇ)



 違和感に気付いたのは、赤城ら一航戦の爆撃によって生じた蒸気が晴れ、出雲が姿を現した時。


 最初に天龍が出雲と組み合った場面では、出雲は至近距離発射の砲弾を黒い装甲を纏った脚で迎え撃って見せた。


 遠くならまだしも、超近距離という最大威力で放たれた砲撃を蹴り落とす。そんな荒業をやってのけたにも関わらず、その装甲が綻ぶことはなく、何なら傷ひとつすら付いてはいなかった。


 対して、まさに今空中に展開されているあのバリアのような装甲は、おそらくその航空攻撃を防ぎきったのだろうが、パキパキと音をたてながら崩れ、ボロボロになって宙に顕現していた。


 爆撃と砲撃によるダメージを比べるというのもおかしな話ではあるが、あくまでそれは『通常の状況』で攻撃を行った時の話。砲撃に至近距離発射という条件が足されれば、与えるダメージは航空攻撃のそれと遜色ない。


 つまり、色のついた黒い装甲と無色透明な装甲は、耐久面において大きな差がある。言わずもがな、脆いのは後者である。



天龍(どういう条件があって、あれを使い分けてんのかはわかんねぇが……両方同時展開っつーのは今んとこねぇ。……なら)



 今だ轟く連射音、その中を穿つように出雲が落ちていく。それを視界に捉えつつ、強く握った刀の柄にもう片方の手を掛け、握る。


 その距離、およそ20m。



天龍(脆い方に弾当て続けりゃ、いずれどっかが綻ぶ……っ)



 ぐぐぐっ……と徐々に天龍の右肩が沈み込み、力を手の剣に注ぐ。そして集中を途切らせることなく、むしろ一層鋭敏に、抜くべきタイミングを待つ。


 ーー距離、およそ10m。



天龍(まだだ…………まだ…………)



 弾薬ももうじき尽きる。これを外せば、もうこの手は使えない。


 冷や汗が頬を垂れ、滴となって天龍の手に落ち、弾け散ったーーその時。


 パキッ、と、出雲を覆う透明の障壁に、小さな亀裂が走った。



天龍「いぃまぁぁぁぁぁぁッッ!!!」



 天龍の目がカッと見開き、待ち望んでいた瞬間に咆哮を上げる。ダンッと水面を蹴り、跳躍すると同時に溜め込んでいた力を解放、生じた亀裂へと剣筋を這わせるように両手に握った太刀を振るう。



出雲「ちっ……!」



 絶対不可侵の城壁にこじ開けられた一つの穴を正確無比に狙い定める天龍の剣撃に、出雲がようやく防御の体勢に入った。透明の障壁が一斉に崩れ、それと入れ替わるように黒い欠片がパキパキと腕に収束し始める。ーーが、もう遅い。



天龍「らぁぁぁぁぁぁッ!!!」



 振り抜かれた天龍の太刀は、かろうじて纏った腕の装甲の一部をなぞるように擦り上がり、金切り音を鳴らして深紅の火花を散らす。太刀はその勢いのまま、出雲の頭部へと一直線に向かっていった。


 ーー鮮血が、飛び散る。



出雲「……っ!」



天龍(クソ、甘ぇ…………なら、もう一発!)



 直撃する一歩手前で顔を背け、紙一重で首が飛ぶのを免れるも、切り裂かれた左頬から血が飛び、左目を思わず閉じた。そして、がらりと空いた胴体に、追撃をかまそうと天龍が右足を踏み込んだ、その直後。



天龍「ーーッ!?」



 ゾクリと、天龍の体を凄まじい悪寒が駆け抜けた。


 続いて、天龍は気付く。腕にしか注目していなかった所為で見抜けなかった、黒い鎧に覆われた、右脚の存在に。


 そして、この状況はーー。



天龍(最初と、同じ……っ!!)



 出雲が砲弾を蹴り墜とし、自分に背を見せた、あの状況。隙だと思った出雲のブラフにまんまと引っ掛かり、その後、自分はどうなったのか。


 過去の体験が危険信号を発し、その手に乗るなと体を硬直させ、天龍の動きが一瞬止まる。その一瞬が、致命的だった。



出雲「ーー【第弐】」



 出雲が呟くと同時に、足元に無色の障壁が張られ、そこへ軸足である左足を踏み込む。黒鎧を纏った右足がしなり、天龍の側頭部に狙いを定め、今まさに撃ち抜かんとしたーー直後。



出雲「!」



 ほんの一瞬、何かを察知したかのように、出雲の視線が天龍から外れた。



天龍「ッ!?」



 次の瞬間、出雲の蹴りが空を薙ぎ、突如発生した突風に天龍が思わず目を塞ぐ。そして、蹴りの勢いで体を反転し体勢を戻した出雲は、真下に展開したそれを両足で踏み込み、後方へ大きく跳躍、天龍の領域から瞬時に離脱した。



天龍「しまっ……!!」



 咄嗟の出来事に、遅くも振り切られた太刀は遠のく出雲に届かず、大きく空を切る。ようやく掴みかけた獲物に寸でのところで逃げられ、天龍が歯噛みしたーー次の瞬間。



天龍「うぉっ!?」



 つい先程まで出雲がいた場所ーーつまりは天龍の目の前を、突如として銃弾の雨が叩きつけた。


 続いて、2機の艦載機が天龍のすれすれを横切り、上空へと舞い上がる。エンジン音を響かせ、空を縫い付けるように飛ぶそれらは、次第に高度を落とし、役目を終えたとばかりに主の元へと帰っていく。


 飛行甲板を装着したしなやかな左腕を真っ直ぐに伸ばし、向かってくる艦載機を自らの体の一部であるかのように正確に迎え入れる。その凛とした姿は思わず魅入ってしまう程に美しく、着艦の余波で靡いた前髪から覗く絶対零度の鋭い眼光が、射抜かんばかりに出雲へと向けられていた。


 宙に身を投げ、揺れ動く視界の端に映ったのは、弓を手にした青い袴の一航戦ーー加賀だった。



加賀「……やはり気付かれていたのね。でも、次は……」



 背負った矢筒に手を伸ばし、矢を抜き取る。



加賀「……外さないわ」



出雲「っ…………!」



 長い跳躍から着水すると同時、間髪入れずに先程の数倍もの密度の弾幕が出雲を穿つ。出雲はこれを再度後方へ跳躍して回避するが、隙を与えまいと更なる雷撃が着地点に合わさるように後方から迫る。


 航空戦において、『予測』というのは基本にして最重要の能力。この密度の弾幕に対して、出雲の障壁はまず使えない。そしてこの短時間なら、展開するのに少なからず時間を要する黒い鎧も発動できない。ーーならば、必ずどこかしらに飛んで回避するはず。


 コンマ何秒にも満たない一瞬で弾き出された、熟練の空母の有する並外れた予測が、徐々に出雲を追い詰めていく。



出雲「くっ…………!」



 降り注ぐ爆撃、地を這う雷撃、宙を飛び交う弾幕。たった三種類の攻撃を巧みに使い分け、組み合わせることで、防御の的を絞らせない。


 出雲ーー彼において最も忌避すべき点は、あの障壁を展開させてしまうこと。あれを展開させて、彼に少しでも時間を与えてしまえば、致命傷となる反撃を食らう恐れが充分にある。だから、彼と交戦する際は、彼の時間を奪うことが最優先。


 それが、加賀が出雲との戦闘において出した結論だった。



加賀「……それでも、貴方には当たらないのだろうけれど」



 すっと弓を下ろし、動き回る出雲を見据える。



加賀「貴方の力はもうわかったわ。……恐らく、この鎮守府の誰も貴方には勝てない。それほどの力を、貴方は持っている」



 眼前に広がる激動の攻防とは対照的に、穏やかなそよ風が頬を撫でるように通り過ぎた。直後、加賀がクスリと微笑む。



『ならばこの勝負……存分に勝ちに行くしかあるまい!』



加賀「……ふふ、そうね。なら、あとは任せたわ」






出雲(……おかしい)



 跳躍に次ぐ跳躍、未だ被弾はゼロ。


 確かに射撃精度は高い。それこそ、ギリギリでなければ躱せない程に。それに、弾幕の密度も、【第弐】の障壁で防ぎきれない耐久限度を見極めた上で撃ってくる。動くことでしか回避できないのはこの上なく厄介だ。


 だが、攻撃が単調すぎる。これでは、次の予測さえ立てば、まずダメージを負うことはない。何か、別の意図がある。



出雲(これは……誘導されているのか)



 そう感じ取った直後、突如として艦載機の群れが一斉に出雲の元から離脱し、その周りを牽制するようにぐるぐると飛び回る。そして、プロペラ音や風の切れる音が、辺り一面にノイズとなって蔓延し始めた。



出雲「……囲まれたな」



 事態をいち早く察知すると、四方を旋回する艦載機に警戒し、いつどこから飛び出してきても撃ち落とせるように体勢を整える。武器も最小限に留め、片手に刀を顕現させると同時に軽く握り、より一層鋭敏に感覚を尖らせる。


 さぁ、どこから来る。右か左か、前か後ろか。


 ……いや、どれも違う。



出雲「……上か」



 聴覚の網に引っ掛かり、素早く太陽の照らす真上を見上げると、一機の艦載機がこちらに向かって急降下し、そう遠くもない距離まで迫ってきていた。


 次の瞬間、艦載機の下部に抱かれていた爆弾が外れ、慣性の法則に従って標的である出雲の元へと一直線に落下。爆弾は落下速度を伴って徐々に加速し、次第に風の切る激しい音が響き始めた。


 艦載機の檻の中、迫る爆弾を目の前に、出雲はにたりと歯を見せ嗤う。気付かなければ必殺だろうが、気付いてしまえば捌くのは容易い。



出雲「ふっ!」



 手に持った刀を薙ぎ払い、残り数mという距離で爆撃を迎撃する。ーー瞬間、弾から膨大な量の白煙が発生し、出雲を取り巻く艦載機ごと覆い尽くした。



出雲「っ……!? 煙幕……!?」



 視界を塞がれ、どこに何があるのか全くわからない。更には、旋回する艦載機のノイズによって、頼みの聴覚すら機能しない。


 ーー全ては、この一瞬のために。



出雲「初めから、これが狙いか……っ!」



 立ち込める煙に口元を腕で覆い、歯噛みする。まさか、ここで煙幕を使ってくるとは思わなかった。


 こうも索敵手段を奪われると、迂闊には動けない。なら今は、目の前の見える範囲の攻撃だけを回避するのに専念するしかない。


 そう考えたーー直後。



出雲「ーーッ!?」



 辺りを埋め尽くす騒音をいとも簡単に吹き消すかのような、地響きにも似た轟音が鳴り響いた。


 そしてそれは、空を切り裂く鈍い音へと切り替わり、ドップラー効果を伴って次第に高く、大きくなってゆく。一度聞いても異常だと分かるその音に、我が身に脅威が迫ってきているのを感じ取ったのか、ゾクリと背筋に悪寒が走る。


 数秒にも満たない刹那の間をおき、周囲を満たす白煙を吹き飛ばすように掻き分けて、その元凶が姿を現す。それをようやく目に捉えたのは、既にわずか1mにも満たない距離まで迫ってきていた時だった。


 ーー煌々と紅く光り輝くそれは、紛れもなく絶大な破壊力を備えた凶弾。直撃すれば、恐らく骨すら残らない。



出雲「っ!!」



 永らく感じていなかった危険信号に、咄嗟に手の刀を翻し、鞘の腹で砲撃を受ける。この力の前には、【第弐】の障壁など紙に等しい。


 鉄と鋼が衝突ーー瞬間、発生した衝撃波が周囲に広がり、吹き荒れる暴風が立ち込めていた煙幕を塵一つ残さず消し飛ばした。


 その中心地から、砲弾の勢いをもろに受け、巻き上がった水飛沫の中を吹き飛ぶ出雲。ーーその右手に握られた刀を覆う鞘の中心から、一筋の亀裂が走る。




 亀裂は瞬く間に鞘全体に広がりーーーー甲高い音と共に、弾け散った。




ーーーーーーー

ーーーーー

ーーー





武蔵「……どうやら直撃したらしいな。弾着観測、感謝するぞ。加賀」



加賀「貴方……水上偵察機を装備し忘れたからって、いくら何でも無謀すぎるわ。自身のではなく、他の艦娘の艦載機を利用するなんて……。本当に、成功したからいいものの……」



 着弾の衝撃で巻き上げられた水が降り注ぐ中、艦載機との通信を切り終えた加賀が安堵の声を漏らした。それを聞き、加賀の隣で煙を吐く砲塔に手を置いた武蔵が高らかに笑う。



武蔵「なに、前例がないだけだ。弾着観測など、信頼ある者に任せれば何も問題あるまい。それに、貴様も今こそとやかく言っているが、あの時は二つ返事で引き受けていただろう。お互い様だ」



加賀「あの時は状況が切迫していたからやむを得なかっただけ。本来ならあんな不確定要素の高い一発勝負なんて引き受けません」



武蔵「なら、これからはやれるということだな。前向きに捉えておこうか!」



加賀「揚げ足を取らないで」



 あっけらかんとして笑う武蔵に、加賀が額に手を当て、再度呆れたように溜め息を零す。打算があるというから乗ってはみたものの、武蔵の提案は滅茶苦茶なものだった。咄嗟の判断だったとはいえ、よく自分が承諾したものだ。



天龍「オイ武蔵!! やったのか!?」



武蔵「む」



 会話を交わす二人の後方から、一際大きな声がかかる。振り返ると、天龍を先頭に、北上、大井、球磨、赤城らが列を組んでこちらへと向かってきていた。



武蔵「さて、どうだろうな。確かに砲撃に手応えはあったが……あぁ、そういえば、これが模擬戦だということをすっかり忘れていた。なら、生きていてもらわねば困る」



天龍「あんた今だいぶぶっ飛んでること言ってんの気付いてるか? ……にしても、遠目から見ても相当な攻撃だったぜ。あんなんもろに食らって、立ってられる奴なんていんのかよ?」



加賀「事実、武蔵の砲撃は命中しているわ。私が弾着観測したのだから、まず間違いない筈です」



赤城「加賀さん、他の艦の弾着観測射撃できるようになったんですか?」



加賀「……ただの偶然よ。一か八かの賭けが成功しただけですから」



大井「ーー殺し、たんですか」



 辺りが若干の賑わいを見せ始めた中、か細く、しかしはっきりと発せられた声が響く。


 大破判定で艤装が動かず、北上に牽引されている大井。その目は、忌むべきものを見るような激情に震えていた。



球磨「……はーぁ」



 そんな妹の傍らに佇む球磨が、呆れを隠そうともせず大きな溜め息を吐いた。すかさず、大井が視線を球磨へと移し、キッと睨みつける。



大井「何ですか、姉さん。まさかまた、甘っちょろいだとか思ってるんですか?」



球磨「……そうクマね、今回に関しては流石の球磨も呆れてモノが言えんクマ。……お前、まさかあいつのこと、まだ『人間』だとおもってるんじゃねーだろーな?」



大井「っ……そ、それがなんだっていうんですか。あの人は人間ですよ。艦娘でもなく、深海棲艦でもないじゃない!」



球磨「確かに、あいつは球磨たち艦娘とは違うクマ。ーーでも、人間でもない」



 そこまで言って、球磨が組んでいた腕を解き、大井に向き直る。



球磨「大井。お前が本当にあいつをただの人間だと思ってるなら、何であの時、お前は何の躊躇いもなく、容赦もなく、魚雷をぶっ放した? お前は重雷装巡洋艦だクマ。その気になれば、戦艦だって沈められる。そんなの人間に向けたら、木っ端微塵じゃすまないことぐらいわかってたはずクマ」



大井「それはっ……! それはあの時、天龍が危なかったから…………!」



球磨「そうだクマ。お前はその瞬間、あいつを『敵』だと認識したんだクマ。そしてそれは、少なくとも今ここにいる全員に共通してること……模擬戦の相手としての『敵』ではなく、沈めるべき『敵』として」



 球磨の有無を言わさぬ物言いに、相対する大井はぐっと押し黙る。理解している、理解してしまっているからこそ、姉の言葉に何も言い返すことができない。


 あの感覚は、いつも味わっている。本能的に、身体的に、宿命的にーー艦娘が『奴等』に備えている戦闘本能。



球磨「あいつには、球磨らにそう感じさせる、何かがあるんだクマ。……だから、皆が沈めようとしているような奴が、そんな簡単に沈むわけねークマ」



大井「……え?」



 言い終わり、球磨がくるりと体を反転させると同時、ーーーー遥か後方から、水飛沫が上がる。


 何もなかったはずの海上に、真っ黒な影が一つ。水気を帯び、太陽の光を反射して輝くその髪は、体の黒も相まって透き通るように白い。



武蔵「……本当に、大したものだ」



出雲「ーーーー」



 感嘆の声を漏らす武蔵の視線の先、水を滴らせながら直立する出雲の表情は窺えない。ーーただ、その背後から発せられる濃密なまでの闘気から、前髪の下に陰る表情は見えずとも知れた。



天龍「ずっと、水中にいやがったのかよっ……!!」



加賀「っ……!」



 すかさず、身の危険を感じ取った天龍が太刀を構え、後方に位置取った加賀と赤城が瞬時に筒から矢を引き抜き、弓をしならせ出雲へと向ける。大井を挟むようにして立つ球磨と北上も、再び走った緊張に警戒の糸を緩めない。


 そんな中、最前の武蔵は、ギュゥと強く拳を握り、微かな笑みを浮かべて佇んでいた。その笑みは、果たして余裕から生まれたものか、はたまた畏怖から生まれたものか。


 その真意は、当人のみぞ知る。



出雲「ーーもう、限界だ」



艦娘「……っ!?」



 ふいに、冷たい声音が海上をなぞった。


 ゆらり、と出雲が身を起こし、顔を陰らせたまま空を仰ぐ。そして、だらりと下がった片腕を持ち上げると、淡い青色の光粒が手に収束し始め、パキパキと音を発てて宿主の思うがままに形を象っていく。


 やがて光が収まると、そこには一本の刀が握られていた。しかし、先程とは異なり、その刃は鞘によって覆われていない。


 剥き出しの刃が、艦娘たちの目に映る。



天龍「な……ん、だよ…………あれ……」



 驚愕に目を見開き、天龍が掠れた声を漏らす。そしてそれは、他の者も同様だった。



北上「刃が、黒い…………」 



 見かけ上は、鍔のない白鞘の日本刀。だが、鞘から抜かれ、露わになった刃は漆黒に染まり、あるべき反りもなく真っ直ぐに伸びている。一目見ただけでも明らかに異質だと分かるその刀は、全てを飲み込むような威圧感に塗れていた。



出雲「……刀は使わないつもりだった。これを使えば、必ずお前等の体を傷つけることになる。それだけは嫌だったから、わざと鞘から抜かずに抑えてた。……だが、どうやらそんな甘い考えじゃ駄目らしい」



武蔵「……何?」



 訝し気に、武蔵が凛々しい眉を寄せる。その表情を見てか否か、出雲の口元がニヤリと歪み、前髪の奥で蒼く煌めく瞳が、闇に浮かぶ鬼火の様に、より一層揺らめいた。



出雲「ーーもう、身を案じるのは止めた。出せる力を、全て出す」



 ーー瞬間、膨大な黒い霧が出現し、出雲の背後を埋め尽くした。


 吹き荒れた暴風が海上を撫ぜ、波打つ音、パキパキと何かが割れる音、ギギギと金属が軋む音が交じり合い、風に乗って反響する。直立する出雲の背後に立ち上る黒霧は複雑に渦巻き、少しずつ収縮しながらもその密度を徐々に上げていく。


 風が止み、黒霧が文字通り霧散し跡形もなく消え去った直後……戦慄が、迸る。



出雲「【第伍】ーーーー『三千槍』」



 出雲の背後に、突如として顕現した黒い外装。ーーそれはまさしく、艦娘が使用する艤装そのものだった。


 背負うように艦砲が並び、艦首や艦橋といった軍艦の細部を象った部分がいくつも見受けられる。……ひとつ異なる所を挙げるとするならば、その搭載された艦砲の異常な多さだろうか。


 優に、30は超えている。



武蔵「ーーッ!! 今すぐここから逃げーー」