2018-10-16 23:44:53 更新

概要

以前投稿していたものの再投稿版です。
愛用していたPCがバグってしまいデータが飛んでしまったため、再執筆して投稿してゆきます。
2018.10.16以前投稿していた分の修正が終了しました。


前書き

R-18G指定のリョナ描写多数。
キャラ崩壊、独自解釈、独自設定が多分に含まれますので、苦手な方はブラウザーバックを推奨します。






 白色の空間に、赤い閃光がほとばしる。


 彼と私、二人で築いて来たその空間を穢す、赤い色彩。

 その色彩と重なった甲高いオンナの声は、これから始める裁定の狼煙と成るには何ともつまらないものだった。



 「吹雪・・・・・。あなた、なんてことを・・・・」


 吹雪。

 私をそう呼んだオンナは、傍らに転がる一つの肉塊を抱き締めながら私を哀怒の眼差しで見上げてきた。


 「 ―――――ちゃんがいけないんだよ?私の司令官をたぶらかすから・・・・」


 名前を呼んだ言の葉に、何故か雑音の様なフィルターがかかる。


 ―――――ちゃん。


 ―――――チャン。


 ―― ―― -ちゃん?


 誰のことだろう?


 ここで、私を睨み付けるオンナの名前だろうか。

 それとも、彼女の抱きしめるあの汚らしい肉塊の名前だろうか。

 それとも。

 ソレとも

 ソレトモ・・・・・・・。


 まあ良いか。別に、アレが何であろうと。このオンナが誰であろうと私には関係のない事だ。


 そう想い、私は、手にした主砲を眼の前のオンナに向ける。

 何故か、何時も持っている愛砲ではなく劣等艦(むつきがた)が使う単装砲を持っていて、その砲もやけに血みどろだったが、別に構わない。


 ―――――そう、このオンナを壊すことが出来るのなら。


 そう、彼をたぶらかすモノは全て壊さなければならないのだから。


 「や、やめて・・・・!」


 さっきまで睨み付けていたオンナの顔が、瞬時に凍り付く。

 丸腰だから?

 それとも、死ぬのが怖い?


 それにしても、その崩れ切った泣き顔、なんというか、ソソル・・・・・。


 「・・・・ふふふっふふふ」


 「ヒィ・・・・・っ!!?」


 「ふふふふふううういういいういう・・・・!」


 芽生えた悪戯心は、私の単装砲をそのオンナの口中に捩じりこませた。


 ガチガチと歯茎が砲身叩く音と、必死で押し戻そうと舌を砲口に押し付ける感触が、何とも生々しい。


 「・・・・ふぃぎゅうびうう”ぅ”う”ぅぅううぅっ!!?・・・・んぶき!は、はべてえええぇ得ええ!!?」


 「きいひいいひひhっは”っはあh”hしゃははぁ”亜ぁ”ぁああ”亜ぁぁ――――っ!!!!」


ねじ込んだ砲身を上下左右に動かすたびに、オンナは、家畜のように汚らしい声を挙げる。


 ――――良い。


 その崩れ切った顔、そのブタのような声、そのいろいろな感情が交じり合った表情。


 ――――好い。


 ―――実に良い!


 ――――最高に良い!!


 もっとこいつで楽しみたいが、何時までもここで油を売る訳にはいかない。

 私には、重大かつ火急の案件があるのだから。


 そう、彼に―司令官につき纏う愚か者を誅殺するという、重大な使命があるのだ。


 「バイバイ。――――-ちゃん。タノシカッタヨ・・・・」


 ドン


 乾いた砲撃音が、空間に木霊する。


 飛び散る鮮血と脳髄液が顔面を覆いつくし、肉片がおろしたての制服に鬱陶しくこびりついて来たとき、私は自分が白い空間ではなく、ちゃんとした誰かの部屋にいる事を思い出した。


 「そっか・・・・。ここ、【私の部屋】だったけ」


 一人部屋と呼ぶには身に覚えのない小物と寝台が五つあるが、何故だろう。


 「まあ・・・・。いいか、別に」


 そう納得し、私は汚くなった制服を忌々し気に眺める。

 【壊した】オンナの残骸は壊されたことを抗議するかのように、べったりと自分の血反吐を私の制服に塗りたくっており、此れでは、おちおち外にも出られない。


 「わぁ・・・・。きったないなぁ・・・・」 


 生乾きに成った血と脳髄は、肌触りのよかった制服と彼の為に磨き上げた柔肌を薄汚い赤で穢しまくっていた。


 ――――参ったなぁ、これじゃあ司令官がびっくりしちゃうよぉ。


 「着替えよっかな・・・・」


 そう想い、私は着替えようと制服の裾に手を掛ける。


 ところが。


 「あれ?なに、なんなの・・・・!?」


 飛び散った血反吐は、いい感じに制服と私とを接着してしまったらしく、中々脱ぐことが出来ない。 


「あゝん、もう!!?急いでるのにィィい」


 焦る気持ちが余計に、脱衣を困難にさせ、困難になればなる程にイライラが募っていく。


 面倒臭い。

 何とも面倒くさい。

 甚だ面倒くさい。


 急がないとあのオンナが司令官にナニをするか分からないというのに。このまま穢れた躰で司令官に会うのは罷り成らないというのに。


 (・・・でも、あのヒトなら許してくれるかな・・・・?)


 ふと、そんな考えが私の頭をよぎる。


 そうだ、今までもそうだったではないか。

 あのヒトなら、この程度の小事、笑って許してくれるに違いない。


 (そうよ。私の司令官なら、寧ろよくやったと褒めてくるかもしれない・・・・!!)


 そうだった。

 この姿は、司令官を惑わす全ての災厄から彼を護るために行ったことで出来たモノ。

 ならば、これは正義の証。

 誇るべき、勲章なのだ。


 それを脱ぎ捨てるなどと、私は、何と愚かな事をしようとしたのか。


 「―――――ちゃんには、感謝しないといけないね」


 感謝の証として私の初めての唇でもあげようかと思い立った時、私は、彼女の頭が無くなっていることに気付き再び頭を抱えてしまった。


 (・・・そっか。この娘のあたま、壊しちゃったんだっけ)


 さて、どうしようか。

 お礼だけでは、物足りないし。かといって、口も頬も無いのでは、口づけのしようがない。

 かといって、このまま礼の一つもなく立ち去るのは気が引ける。


 「・・・・・・・そぅだ」


 彼女を、私の寝台に埋葬してあげることにしよう。

 だが、それをするにはこの【よくわからない物体】を退けなければならない。


 「あゝん、もう!!?・・・・邪魔臭いな。このカタマリ」


 抱きかかえた得体のしれない物体を引き剥がし、部屋の隅へと投げ捨てる。


 まったく、こんな気持ちの悪いモノを大事に抱えていたなんて。この娘はいったいどれだけ変態だったのだろう。


 「・・・ええっと。ここを、こうして。あと、ここを・・・・こう」


 寝台へと丁重に寝かせ、乱れた制服整える。

 両手をお腹の上で交差させたら、寒くないように布団を優しく掛けてあげる。

 最後に、無くなった頭に白いハンカチを被せた後、部屋に飾ってあった花瓶の花を布団の上に載せたら、一歩下がり合掌をする。


 「ありがとう。―――――ちゃん」


 万感の謝意を込めて、私は彼女の名前を呼んだ。

 相変わらず、名を呼ぶときに不自然な雑音が頭を横切るが、自分はきちんと名を呼んでいる筈なので、今は良しとしよう。


 ――――まあ、私としては司令官の名前を呼べればそれでよいのだが。


 「じゃあ、行ってくるね」


 そう言って、私は、部屋を後にする。


 弔ったはずの彼女が寂しげにこちらを見つめて来た気がしたので、私は、精いっぱいの笑顔で扉を閉めたのだった。










――・〇・――


《狂生》



 『あぁぁあぁぁ・・・・吹雪・・・・。よかった・・・・本当に、良かった・・・・・』



 それが、私が彼から送られた最初の言葉だった。


 数十年の時を経て、艦娘と言う名のヒトガタを以て此岸に出現した『吹雪』という名のナニモノか。

 現世の記憶など何一つ持っていない私を、この鎮守府(せかい)の主とも言うべき人物は、万感の想いで抱きしめた。


 「あ・・・あの・・・・」


 状況を理解できず、唯々抱擁されるままの私に、彼は殆ど号泣しながら「いいんだ・・・」と何度も繰り返す。

 そして、失った時間を取り戻すかのように私の体温を、私が打つ鼓動を、私の放つ【吹雪】の臭いを感じ続けた。


 (どうして・・・?)


 それが、私が最初に抱いた感情だった。


 喜怒でもなければ哀楽でもない。

 そう、私がこの世界で最初に抱いた感情。それは、【疑】だった。


 どうして、貴方は私の名前を知っているの? 

 どうして、死に別れたような感情を私に向けるの?

 どうして、彼はこんなにも哭いているの?



 私は、『吹雪』は貴方とは初対面の筈なのに・・・・・・。




――・〇・――






 正午を過ぎた頃、空腹を覚えた私は、昼食を摂る為とある店へと足を運んでいた。


 「あ・・・・、吹雪ちゃん。いらっしゃい」


 店の入り口に差し掛かった時、ちょうど店の暖簾越しにアホ毛と大きな赤色のリボンが印象的な割烹着姿の女性と鉢合わせる。


 「あ・・・こんにちは。・・・・間宮さん」


 記憶の引き出しから該当する名前を取り出し、私は、目の前の女性をそう呼称した。


 彼女の名は、給糧艦間宮。


 この鎮守府で甘味処『間宮』―定食もやっているので所謂レストランに近い―を切り盛りしている艦娘の一人だったと記憶している。


「・・・・はい、こんにちは。とりあえず、空いてる席に座ってくれる?」


 そう言って、間宮さんはにこりと笑い私に入店を促してくる。柔らかく人当たりの良い笑顔だが、今日はその笑顔に妙なよそよそしさを感じる。


 ――――おかしい。制服は、新しいものに替えて来たはずだけど。


 (・・・・ふん、ふん。まだ少し臭う、かな・・・?)


 流石にあの格好で出歩けば騒ぎになる上に、最悪没収される可能性がある。なので、不本意だが制服は着替えて来たし、シャワーも浴びたので今は返り血一つ付いていないはずだ。


 ちなみにだが、あの制服は大切な勲章なので、真空パックをして大事に隠してある。


 となると、臭っているのは躰の方だろうか。


 確かに、あの血反吐は髪にも付いていたし結構頑固だった。

 取り合えず、司令官に不快な思いはさせたくないので念入りに洗って来たのだが、どうやら、まだ完全には取れていないと見える。


 (やだなぁ・・・。これからご飯なのに・・・・)


 鎮守府随一の料理上手である間宮が振舞う料理の品々は、どれだけ舌の肥えた艦娘であろうと唸らせるだけの美味を誇る。

 無論、私もその美味にやられた一人だったが、今日の食事はあのオンナのせいで美味しくなくなるかもしれない。


 まったく、いったいどういう教育を受けて来たのかは知らないが、制服の件といい漂う悪臭の事と言い、つくづくあのオンナは私をイライラさせる。


 今度、育ての親でも調べ上げて文句を言いに行ってやろうか。


 そんな事を考えつつ、店の中へと入った私は、店内が妙に閑散としていることに気付いた。


 「あれ・・・?今日は随分とすいてる」


 甘味処間宮は、その美味故に何時も満席状態であり、昼食時ともなれば文字通り争奪戦と成る。

 ところが、今日のソレはもぬけの殻とまではいかないが随分と閑散としていた。


 (たしか、大規模作戦は少し前に終わったはずだけど。なんかあったけ・・・・?)


 間宮がこれだけ閑散としているのは、別に今日に限ったことでは無い。そう、例えば大本営からの勅命である深海棲艦に大規模攻勢を加えている時だ。


 この勅命は、鎮守府に存在する全戦力を以て事に当たる為、留守を預かる少数の艦娘以外は全て出払うことになる。

 そうなれば、当然間宮も自然と閑散とすることになるが、その作戦は、数日前に終えたばかりの筈だ。


 ――――それとも、何か火急の作戦でも発令されたのだろうか。


 だとしたら、どうして私の耳に入っていないのだろう。


 (まあ・・・。いいか)


 おかげで忙しなく食事が出来るのだから、いまは良しとしよう。

 後で、司令官にでも確認を取ればよい。


 そう判断し、私は適当に席を物色を始める。


 間宮の席は、六人掛けの席を複縦陣の様に配しており、よほどの幸運でもなければ基本は相席となる。

 そして、相席ともなれば必ずと言ってよほど雑談交じりの食事となるから、静かに食事をしたい私としては、この状況はまさに僥倖と呼ぶべきだろう。


 「・・・ここ、いいかな?」


 店の奥、入り口から最も遠い六人掛けの席を選び、私は先客に相席の許可を求める。

 特に注文もせず、出されたお冷をただぼんやりと眺めていたその少女は、私の声を聴くなりびくりと体を震わせた。


 「あ・・・ふぶ、き、・・・ちゃん・・・・?」


 三枚の花弁をあしらった髪飾りと李色の長髪。緑のセーラー服に紺のカーディガンを羽織った私と同い年くらいの少女は、顔を見るなりまるでお化けにでもあったかのような表情でこちらを見つめてきた。


 ――――なんかこの娘、すっごく失礼だな・・・・。


 別に私がこの娘に何かをした記憶もないのだが、いきなりそういう顔をされるのはなんとなく癪に障る。

 まあ、ひょっとしたらた他人の空似という事かもしれないし、気が向いたら雑談も兼ねてこの娘に聞いてみるとしよう。


 そう、判断しこの娘と斜向かいに座った所で、間宮さんがお冷を持ってきた。


 「えっと・・・。吹雪ちゃん?」


 「間宮さん。カレーライス一つ下さい!」


 お冷を持って来た間宮さんに、私は、思わず叩きつけるように注文してしまった。


 理由としては、斜向かいに座るこの娘の態度が妙に気に入らなかったからだった。


 先程から、まるで主人の折檻に怯える憐れな愛玩動物のように、小さく縮こまり、眼を此方に会わせる事無く俯いたまま口を真一文字に引き結んでいる。


 耳を済ませれば「にゃしい~」とでも聞こえてきそうなその出で立ちは、飼い猫としては及第点かもしれない。

 だが、私は食事をしに来たのであって、この愛玩動物(むすめ)と遊ぶ気は毛頭ないのだ。


 そう、この娘が私の逆鱗にこれ以上触れない限りは・・・・・・。


 「あ、あのね吹雪ちゃん。その――――」


 「・・・私は、構いません」


 気まずそうに言ってきた間宮さんの言葉を遮る様にして、向かいの娘はしゃあしゃあと言い放った。


 先ほどまで縮こまっていというのに、いまは随分と威勢が良い。


 ――――本当に、一々私に失礼な態度を取る娘だなぁ。


 娘の態度にイライラを募らせていた時、ふと胸元に光る黄色い三日月のバッジが映り込む。


 (あれは、睦月型を示すバッジだ・・・・)


 睦月型駆逐艦。


 吹雪型駆逐艦よりも前に建造された駆逐艦だが、その低能力さ故に専ら遠征や敵艦の威力偵察に使われている二軍の艦娘だ。


 だとすると、容姿的にこの娘は、二番艦の如月だろうか。


 確か、一番艦である睦月はショートヘアで、二番艦は変わった髪飾りをしていたと記憶しているから、恐らく目の前の娘がその二番艦だろう。


 なんにしても、私や間宮さんと言った目上の艦娘相手に随分と舐めた態度を取ってくれたものだ。


 ――――劣等艦のくせに。


 「こんにちは。ええっと・・・。どなただったかしら?」


 「は・・・?」


 おもむろに顔をあげ、向かいの娘はいきなりそう言い放った。

 先ほどの怯えた感じは成りを潜め、人差し指を口に当て挑発するように此方を見ている。


 「貴方のお名前。聞いても良いかしら?」


 なん、だって・・・・?


 さっき私の顔を見て『吹雪』と呼んだばかりだというのに、この娘はどこまで私をこけにする気なのか。


 「貴方、さっき私を――――――と呼んだばかりでしょう」


 突然、私の聴覚にあの時の雑音が響き渡る。

 そのせいか、私は自分の名前である筈の『吹雪』という言葉を聞くことが出来なかった。


 いいや、まって。私の名前、本当に吹雪だったけ?


 「・・・吹雪ちゃん?」


 如月と名乗った娘が不思議そうにこちらを見つめてくる。


 彼女は、私の事を『吹雪』と呼んだ。

 でも、私は今までこの娘に自分の名前を名乗ったことがあっただろうか。


 「・・・・ねえ。貴方、どうして私を吹雪と呼ぶの?」


 私の記憶している限り、私はこの娘に自分の名前を名乗ったことは無い。


 いいや、私はこれまで誰にも―それこそ司令官にだって名乗ったことは無いはずだ。

 なのに、どうして皆は私の事を『吹雪』と呼ぶのだろう。


 「え?・・・・だって、貴方は―――――」


 キョトンとした表情浮かべたの一瞬、如月と名乗った娘は私を沈痛な表情で見つめてくる。

 「しまった」とでも言いたげな顔つきだったが、見やられる私には最早その顔さえも映らなかった。


 ――――私は、だれ?


 そんな言の葉が私の頭を千回と駆け巡る。


 ――――いいや、違う。私は『吹雪』ではない。


 つぎは、否定の言の葉が万回と頭を駆け巡ったが、一刻の間をおかず今度は疑問の言の葉が頭を駆け巡った。


 だが、その疑問もすぐに否定の言の葉によって消されていく。


 私は吹雪?


 ――――違う。


 否定。


 私は吹雪?


 ――――違う、私は吹雪ではない。


 否定。


 私は吹雪?


 ――――ちがう、私は吹雪ではない。


 否定。


 吹雪ではない。


 おしえて―――――!


  吹雪ではない。

――――誰か!

  ふぶきではない。

―――――だれかおしえて!

  ふぶきデハナイ。

――――ダレカオシエテ!!

  フブキデハナイ。



 「・・・・ねえ、誰か教えて!!」


 頭の中で千万回と繰り広げられる問答に、私は思わず頭を掻き抱き声を荒げる。


 ――――誰だ。


 ――――私は、誰なんだ。


 「落ち着いて・・・!?貴方の名前は吹雪なのよ――――」


 「ちがうっ!私は吹雪じゃない!!?」


 応答してくれた如月という娘の言の葉を遮る様にして、私は更に声を荒げる。

 視覚がぐにゃりと狂い始め、頬を伝って来た滴の色が赤なのか白なのか、暖かいのか冷たいのかさえも、分からなくなっていく。


 だが、唯一つだけ、はっきりしている事があった。


 そうだ、私は吹雪ではない。

 だって、私は一度も貴方に艦名(なまえ)を名乗ったことなど無いのだ。

 なら、私は『吹雪』という名前では無い、はずだ。


 ―――――なら、私は一体誰だ。


 ――――誰なんだ。


 「私は、吹雪じゃない。私はふぶきじゃないわたしはフブキじゃないワタシハフブキジャナイ私ハふぶきじゃないわたしはフブキジャナイ私は吹雪ジャナイワタシハフブキジャナイ・・・・・・!!!!」


 最早、向かいの娘の声も怒声に反応した他の艦娘の声も顔も判らない程に、私は深淵へと墜ちて行く。


 私は、誰?

 私の、名前は何?

 私は、ナニモノで、何をする為にここに居るの?


 私は、わたしは、ワタシハ・・・・・・・。



 ――――ワタシハ、イッタイ、ダレナンダ・・・・・・?







――・〇・――


《狂愛》




 『愛しているよ、吹雪・・・・。僕が愛しているのは、君だけだ・・・・』



 ギシギシと軋む寝台の上で、彼は、この日何度目かの愛言を囁く。


 鎮守府の主たる彼の寵愛を受けてからすでに数週間。私は、唯々ひたすらに彼と連日連夜躰を重ねる日々を送った。


 彼と口づけを交わし。

 舌を絡め。

 足を開き。

 胸を揉み吸われ。

 彼が吐き出す性欲を、ひたすらに受け止める。


 彼とのまぐわいは一度や二度で終わることはなく、それこそ絶倫という言の葉が最適当と思えるくらいの性欲で、私は、昼夜所かまわず彼に抱かれ続けた。


 艦娘とは、提督という主の為に存在し、提督という主の為に生死するイキモノである。


 故に、その主たる彼とのまぐわいは承諾する以外の選択肢を、艦娘である私は知る事も無かった。

 知る必要も無かった。


 でも、唯一つ。たった一つだけ、私は彼に問いたいことがあった。



 ――――司令官。『吹雪(わたし)』は、何時になったら貴方に着任のご挨拶が出来るのでしょうか?




――・〇・――





 ―――――ここは、どこだろう。


 グニャグニャだった視界が正常に戻った時、私は、見知らぬベンチに腰かけていた。


 (あれ・・・・?私なんで、こんなとこに居るんだろう・・・・・?)


 確か、今まで間宮に居たはずなのに、私はどうしてこんな所で寝ているのだろう。

 店からここまでの道程を思い出そうと頭を捻ってみたが、どういう訳か頭の中全体に霧がかかっているようで、うまく思い出せない。


 (確か・・・・。お店で、――---ちゃんとお話ししてたはずなんだけど・・・・)


 それでも何とか会話をしていたはずの誰かを思い出そうとしたのだが、ちょうどその人物の名前に差し掛かったところで、また、あの雑音が頭の中に響き渡る。

 そして、その雑音は会話をしたはずの人物の輪郭さえも覆い隠してしまうのだ。


 ――――誰だっただろう。


 確かにあの時、名前を聞いたはずだし声も聴いているはずなのだが、今となってはその人物がオトコだったのかオンナだったのかも、よく分からない・・・・・。


 (・・・・もういいや、なんか面倒くさい)


 ほんの少し前だったはずの事さえも思い出せないことに対して、私は一応猜疑心のようなモノを抱いてみたのだが、それすらも些細なことのように思えて、私は考えるのを止めることにした。

 そう、いまの私にとっては、自身の記憶異常よりも、この異様な睡魔の解消が重要に思えたのだ。


 (・・・司令官。私は少し眠りますから、気が向いたら起こしに来てくださいね・・・・)


 心地よく躰を包み込む睡魔を抵抗なく迎え入れ、微睡で重くなる瞼を少しずつ降ろしていく。


 この瞼が再び開いた時、きっと私は司令官の腕の中にいる事だろう。

 そして、彼の笑顔に迎え入れられて、彼の寝台でまぐわっている事だろう。


 そう、彼がいつも笑顔でいてくれることが、私が望む願いであり、私が存在する唯一つの理由なのだから。


 (そう・・・・私は・・・あのヒトの・・・・)


 いよいよ睡魔が限界を超え、思考も、視界も夢幻の彼方へと旅立だとうとした。



 その時だった。



 「こんなとこで寝たら、風邪引くよ」


 ――――え?


 突然に誰かに呼ばれた気がして、私は夢幻へと飛ばしたはずの意識を強引に現世へと戻した。


 ――――だれ・・・?誰が私に話しかけたの・・・・?


 重くなった瞼をうっすらと開けたとき、ぼやけた視界に桜色の色彩が映り込む。


 ―――――あなたは、だれ?


 少しずつ明瞭になる視線を上に向けながら、桜色の色彩のそれは艦娘の制服だったことを理解した。


 このヒトは、誰だっただろう。

 何処かで会ったはずなのだが、うまく思い出せない。

 背格好からして、駆逐艦ではなく軽巡洋艦のようなのだけれど・・・・・。


 「やっと起きたね。・・・まったく、間宮であれだけ大騒ぎしたっていうのに。あんた、店の娘達に謝りもしないで出て行っちゃうんだもんね」


 私の疑問に答える事無く、目の前の軽巡洋艦はフンと鼻を鳴らす。


 どうやら、彼女の話では、私は間宮で大騒ぎをして、そのままここに来てしまったらしい。

 そして、彼女はその時店に居て、その大騒ぎの被害者の一人なのだそうだ。


 ただ、どうして私は大騒ぎなどしたのだろう。

 私は、食事は静かに食べる派だったはずだし、食事もした記憶がないのだが。


 「ほら、とにかく立って。謝りに行くよ」


 言って、目の前のオンナは私の肩に手を伸ばす。


 私に何の了承も得ていないと言うのに、このオンナは自分の都合で私をどこかへと連れて行こうとしているようだった。


 「ほら、吹雪。立ちなって」


 【吹雪】 


 また、そう呼ばれた。


 ――――どうして。


 どうして、此処の艦娘達は私をその名前で呼ぶの?


 吹雪と呼ばれたことに、私はこのオンナにかつてない程の憤りを覚えた。


 ――――違う。


 先ほどまでの微睡はどこへやら、一度抱いた憤りは恐ろしいまでの速さで憎悪へと切り替わり、白刃の如き殺気へと置換されていく。


 ――――違う。

 お前は吹雪。

――――――違う!

 お前は吹雪

――――-違う!!


 お前は吹雪チガウおまえは吹雪チガウオマエハ吹雪チガウオマエハフブ違う!オマエハ吹雪チガウ!おまえはフブキ・・・・・・!!!!


 「・・・ちがう・・・・!」


 「え・・・・?」


 心中を掻きまわす糾弾と侮蔑、それを否定せんがために同数繰り返す憤りと否定を叩き切る様に、私は、思ったことをそのまま口にした。


 どうやらその言の葉は目の前のオンナにも聞こえていたらしく、オンナの伸ばす手が止まったのが視界の上端に映る。


 ―――――どうして。


 どうしてあなたまで私を侮辱する。

 否定しようとする。

 貶めようとする。

 辱めようとする・・・・・。


 私は、わたしはぁあ”あァ”―――――っ!!!


 「私は。吹雪なんかじゃないっ!!!」


 言うが早いか、私は右手に意識を集中させ、愛砲である12・7cm連装砲を召喚した。


 鎮守府での武器を含む艤装展開はご法度であったが、今はそんなの関係ない。

 いまは、無性にこのオンナを撃ちかった。

 今すぐ、このオンナで否定したかった。 

 ただそれだけが、私の全心を支配していた。


 「ちょ・・・・っ!?」


 「あぁ”ぁぁ”ぁ亜”ぁぁあ”あァ”ぁああ”――――っ!!!!!」  


 咆哮を上げ飛び掛かった私の視界に、狼狽するオンナの顔が視界いっぱいに広がる。

 完全に意表を突かれたオンナは、大した抵抗も出来ずに私に押し倒され、愛砲のゼロ距離射程に収まった。


 「ちょっと、吹雪アンタ――――」


 「黙れェ!!私は、吹雪ジャナイ!」


 愛砲をオンナの顔面にあて、私はもう一度否定の言の葉を紡いだ。


 まだ、私をそう呼ぶのか。

 どいつもこいつもいったい何度言えばわかるのか。


 私は、『吹雪』ではない。


 そう、『吹雪』などではないのだ。


 「・・・バイバイ。私を吹雪と侮辱する、誰かさん」


 愛砲のトリガーに指を掛け、そのまま握り込む。


 カチリとトリガーの音が聞こえ、撃鉄がゆっくりと雷管を叩いた。



 その直前だった。


 「そこまでです」


 な、に――――――?


 突然、後ろから別の誰かの声がし、同時に私の視界は180度反転する。


 「ふあぐ・・・っ」


 反転した視界は、私を阻止した者の顔を刹那の時だけ映した後、砂利交じりの地面へと移行する。

 それと同時に、手にした愛砲がもぎ取られ、砲弾が虚空へと消えて行った。


 そこまでの一連の出来事が、まるで一秒にも満たない程の時進みで移り変わったのだった。


 「姉さん。ご無事で」


 私を地べたへと組み伏せながら、もう一人の艦娘はそういった。


 声音からして、どうやら愛砲を向けた軽巡洋艦の姉妹の様なのだが、一体どこに隠れていたのか。


 「だれ、貴方だれなの。一体何の権限があってこんなこと・・・・!?」


 砲撃を阻止された事と、いきなり地べたに擦り付けられた事への憤りをこめて、私は組み倒した誰かを睨み付ける。


 砂利を巻き込みながら頭を傾けると、逆光交じりではあるが、私を組み伏せた者の顔が横目に映り込んだ。


 私でも思わず美人だと言わしめる程も、清楚な顔立ち。

 腰まで届くほどの栗色の髪と、それを纏めるように結ばれた薄荷色の大きなリボンが印象的な鉢金。

 そして、我が愛砲を向けたオンナと同じ色彩に染められた、まるで時代劇ものにでき来そうな変わった制服。


 間違いない。

 このヒトは。いいや、このヒト達は・・・・。


 「じん、つう・・・さん・・・・・?」


 記憶の引き出しから該当するはずの名前を選び出し、言の葉に載せる。


 「はい。覚えていてくれたのですね、嬉しいです・・・・」


 正解だったのだろう。

 頭上のヒトはもの悲しげな顔でにこりと笑った。


 なら、私が撃とうとしたヒトは・・・・。


 「せんだい、さん・・・・なのですか?」


 いまさら芽生えた罪悪感に狼狽えながら、私は、目の前に佇むヒトにそう言の葉を掛ける。


 「・・・・・・」


 そう呼ばれた彼女は、何も言わずにただ手を挙げた。

 ただ、何故かその顔にはまるで自分の方が悪いのだと言わんばかりに苦渋に歪んでいた。


 「私は・・・・なんてことを・・・・・」


 抱いた罪悪感が、先のソレと同じ速度で私を飲み込んでく。


 なんて愚かなことをしてしまったのだ。

 よりにもよって、このヒト達に砲を向けるなど。


 「ごめんなさい・・・・ごめ・・・なさ・・・・・」


 いったい何時ぶりだろう。

 誰かに、謝罪の言の葉を述べるのは。

 それに、誰へ向けて謝罪の涙を流すのも、随分久しぶりのような気がする。


 「・・・・神通、もういいよ。離してあげて」


 「え・・・。あ、はい」


 センダイさんの下知で、ジンツウさんは私を組み伏せていた手を離していく。

 握り潰さんばかりの指圧が無くなり、背中にあった重みと温もりが無くなるのを確かめた私は、ようやく地面から顔を離すことが出来た。


 「頬、擦りむいてるね」


 「・・・・!!!!っ」


 何気なく言ったセンダイさんの言葉に、私はびくりと躰を跳ねさせた。


 いけない。

 これが司令官にばれたら、このヒト達は、また・・・・・。


 「大丈夫だよ。もう、そんなに怯えなくたっていいんだ・・・・」


 やんわりと頬を摩り、センダイさんは悲しげな表情を浮かべる。


 どうして?

 どうして、貴方は私をそんな顔で見つめるの?

 だって、私は貴方を壊そうとしたのに。


 「ねえ。教えて欲しい事があるんだ」


 困惑する私の頬を撫でながら、センダイさんは徐に真面目な表情を作ると、私にこう問うた。


 「・・・貴方は、誰なの?」


 見つめる顔に悲哀と悲痛を載せて、センダイさんは私にそう問うた。


 私に向けるその顔には、司令官が何時も向けてくれる優しくも何処か狂気を含んだ愛情ではなく、純粋な哀情を含んだもの。

 私を彼の狂気の受け皿としてしまった罪。それを是としてしまった己の懺悔を以て彼の者への贖罪としたいと訴える、自責の眼だった。


 「私は・・・・、吹雪ではありません」


 ぽつりと呟いた私の答えに、センダイさんは「そっか」と、どこか寂しげに応えた。


 そう、私は『吹雪』などではない。


 だってそれは、無能で、卑怯で、司令官やこの鎮守府の仲間を壊すことしかできなかった愚かな艦の名前なのだから。





――・〇・――




《狂虐》




 ゴツン、ゴツンと扉の向こうからモノを叩く音が聞こえる。


 それは、宛ら動物や魚などを捌くときに発する音にも似ていたが、あの扉の向こうに居るモノは彼の物たちではない。


 そう、あそこで捌かれているものは、私の、いいや彼の・・・・・・。


 『この役立たずども!』


 そう言って怒鳴りつける彼の声に載せて、また、ゴツンと鈍い音が聞こえる。


 何時も優しく微笑む彼とは思えない程の荒々しい声で、汚い言の葉で、彼は手塩にかけ育てて来た大切な艦娘達に【作戦の失態】と称して懲罰を加えていた。


 いいや、果たしてソレは、本当に軍規に基づいた懲罰なのかと改めて問われれば、恐らく殆どの者たちが首を横に振ったであろう。


 『吹雪には傷一つ付けてはならぬと、何遍も命じただろうが!!』


 動物の肉を叩く音に似た音響と共に、幼い少女の悲痛な絶叫が重なる。


 私が参加した演習を含むすべての艦隊行動後に成される、彼からの叱責。私が起こしてしまった全ての失態に対する、彼からの懲罰。


 ――――だが、失態の当事者であり、本来裁かれるべきはずの私は、そこには居ない。


 ゴツン ゴツン ガツン ガツン


 扉越しに聞こえる音が、拳を打ち付けるソレから、鈍器のようなモノへと変わる。

 それと同時に、聞こえる悲鳴が絶叫から断末魔のそれへと変わっていく。


 ガツン ガツン


 ―――――やめて。


 『無能めが!』


 ガツン ガツン ゴキリ


 『穀潰し!』


 ―――――やめて下さい、司令官!


 ガツン グチャリ ガツン ガツン


 『命じたことも出来ない畜生めが!』


 ――――悪いのは。悪いのは、私なんですっ!!


 幾度なく扉越しに叫んでも、彼は一向に殴打を止めない。

 いいや、そもそも私の声帯は恐怖でマヒしていて、音を発してはいなかった。


 『ふんっ。今日はここまでか、下がれ』


 吐き出される絶叫が虫の羽音くらいになった所で、彼はようやく殴打を止めた。

 カランと鈍器を投げ捨てる音が聞こえたのを合図に、コツコツと彼の靴音がこちらに近づいて来る。


 いやぁ、来ないで・・・・・・!


 たった今繰り広げられた虐待の恐怖に苛まれ、私は砕けた腰で寝台へと後ずさった。


 だが、寝台一つしかないこの部屋では、退路も無ければ、隠れる事さえも出来ようはずもない。


 コツコツ、コツコツと靴音が近づく。


 その一刻後、ガチャリと扉のノブが回され、彼の顔が視界に入った時、私の頭は真っ白になった。



 『やあ、待たせたね。吹雪』


 歪な紅白の軍服を纏った彼は、罵詈雑言を吐いていたとは思えない程の優しい声と、一切の負を廃した屈託のない笑顔で、私に微笑んだのだった。






――・〇・――





「各艦、射撃訓練始め!」


 朝日が朱に染まり始めた頃、私は、オオヨド秘書艦の通達で僚艦たちとの演習に参加することになった。


 「潮、主砲撃ちます。えぇーい!」


 「いっけェーー!」


 訓練場とした鎮守府湾内の海中より次々とせり出してくる深海棲艦を模した的を、私とともに訓練する艦娘達は全速航行しながらそれらを易々と打ち抜いていく。


 「そこなのねっ!」


 「沈みなさい!」


 「撃ち方はじめ。いっけー!」


 毎秒規模で出現する的を、私と僚艦たちは単縦陣を保ったまま寸分の狂いなく打ち抜いていく。


 最も、私を含めこの鎮守府に在籍している艦娘達の練度を鑑みれば、この程度の訓練などお飯事レベルなのだが、オオヨドの通達は司令官の指示でもあるので、艦娘―特に私としては従う以外の選択肢はない。


 「漣、朧は曙の両翼に展開。潮はそのまま旗艦を続行してください」


 「よーそろー」の掛け声で、後方にいた特型駆逐艦の二人が前方に出たのち、『アケボノ』と呼称された薄紫の髪をした駆逐艦の両隣に素早く移動し、陣形が単縦陣から輪形陣へと変わる。


 参加艦娘は、私と綾波型の四隻、それと監督役のオオヨド秘書艦の計六隻。


 訓練内容は、単縦陣を使った水雷戦隊の砲雷撃戦闘と輪形陣を使った艦載機の迎撃訓練。

 綾波型駆逐艦の末妹とされる『ウシオ』を旗艦とし、単縦陣と輪形陣を必要に応じて組み替えながら戦闘訓練を行うのが今日の演習内容となっていた。


 ちなみに、監督役のオオヨドは形式上は殿として随伴しているが、持参したタブレット端末を用いて各艦の戦闘指示と艦隊行動の批評を行うだけで、直接戦闘には参加しない。


 記録するだけなら別にわざわざ随伴する必要はないのだろうが、彼女曰く「この方が評価をつけやすい」のだそうだ。


 畢竟、【隠れて演習をさぼったりインチキしようとしても無駄だ】とでも言いたいのだろう。


 ――――相変わらず、涼しい顔してなんとも性格の悪いことだ。


 (・・・てことは、そろそろなのかな)


 無表情でひたすらにタブレット端末を操作するオオヨドに軽蔑の眼差しを送りつつ、私は愛砲に詰める整備妖精たちに三式弾を込めるよう指示を出す。


 この陣形を取るときは、抜き打ち参加している空母の誰かが訓練用の艦載機を飛ばすことになっているが、訓練の精度を上げるために参加している空母艦娘は基本知らされることはない。


 ただし、私は司令官の好意で例外的にオオヨドから参加艦娘の詳細―軽空母か正規空母かを知る程度にとどめているが―を知らされることが多かった。


 ――――確か、今日は軽空母の誰かだったはずだけど。


 そう思ったのも刹那、参加しているオリーブ色の髪をした駆逐艦―確かオボロといった―が焦燥した面持ちで報告をして来る。


 「敵機接近。機種、九九艦爆、数10」


 九九式艦上爆撃機一一型。

 空母艦娘に配備される数多の艦載機の一つだが、同じ爆撃機の彗星一二型甲や空母運用型に改良された試製南山、新鋭攻撃機の流星改や最強の戦闘機の一つとうたわれる烈風改と違って、専ら練習用として扱われる最旧式の艦載機だ。


 在籍する空母艦娘がそれら最新鋭機でごてごてと飾り付ける中、頑なにこの艦載機を扱っているのは、私の知る限り一人しかいない。


 (となると、今回はズイホウさんかぁ・・・)


 また、面倒なヒトが参加しているなと、私は愛砲を構えながら小さくため息をつく。


 祥鳳型の二番艦であるズイホウさんは、数多の空母艦娘のなかでも艦載機に並々ならぬ愛情を注いでいるヒトで、その愛情たるや所謂オタクそのものであった。

 ただ、そのオタク故に艦載機における知識と運用術は最高練度の艦娘に匹敵し、彼女の操る艦載機はたとえ九九式艦上爆撃機(きゅうしき)であろうと十二分な警戒が必要だった。


 「それにしても・・・。瑞鳳さんってば、よくOKしたよね」


 私と同様に主砲を接近してくる艦載機に向けながら、ピンク色の髪をした駆逐艦―確かサザナミといった―が徐に言の葉を発する。

 確かに、とサザナミのぼやきを心中で肯定しながら、私は、自分とズイホウさんとの今までの関わり合いをもう一度反芻してみるのだった。



 総じて気位の高い者が多い空母艦娘の中で、ズイホウさんは比較的温和で面倒見のよいヒトだった。


 駆逐艦(わたしたち)と並び立っても違和感のないほどの幼い顔立ちだが、人となりは年長者を思わせるほどに朗らかで、物腰も柔らかく、付き合いやすい性格だったので、私も何度か雑談や食事を共にしたことがあった。


 だが、訓練を共にしたことはこれが初めてだった。


 ――――まあ、私が参加した出撃や演習後の『あれ』を鑑みれは、理由は言わずもがなであるが。



 そう結論付けたところで、旗艦役を任されたウシオの声が鼓膜に届き、私は再び二人の会話に耳を傾ける。


 「うん・・・。部屋で落ち込んでいるよりは、外で体を動かしていた方がいいんだって言ってたよ」


 サザナミの言の葉に返答する形で、ウシオはそう返す。


 どうやら二人の会話を鑑みるに、ズイホウさんの身に部屋で塞ぎ込むほどの【何か】があったらしい。

 そして、それを紛らわせるために、この演習に参加したのだそうだ。


 (訓練に参加してくれるのは有難いけど。ズイホウさん、ほんとに平気なのかな・・・・)


 ――――あのズイホウさんが塞ぎ込むほどの【何か】。


 一体、あのヒトに何があったのだろう。

 いいヒトだから、できれば協力したいのだけれど。


 そう思ったとき、私の前にいたアケボノが話の腰を折る様に二人の会話に割り込んできた。


 「潮。漣が言ってんのはね、そんなことじゃないわよ」


 アケボノから思いがけない言の葉が飛んできて、ウシオは、キョトンとしながら「え、そうなの?」とサザナミを見やる。


 ――――どういうことなんだろう?


 本来、訓練中の私語は違反行為にあたる。

 多少の私語は、あのオオヨドでも黙認しているようだが、今は司令官のお気に入りである私が参加をしている訓練だ。


 そろそろ注意をして黙らせないと、後で彼女たちは司令官に【制裁】される事になるのだが、何故かアケボノの言葉が妙に気になって、私は注意をすることも忘れて聞き耳を立てつづけた。


 「ちょっと、三人とも。いまは訓練中だよ。そろそろ止めないと」


 そろそろまずいと思ったのか、オボロが三人の仲裁に入ってくる。

 綾波型のみで編成された第七駆逐隊の中では、一応彼女が長女(いちばんうえ)となるから妹の私事は同時に彼女の失態となる。


 つまり、彼女もまた司令官の制裁の対象となるのだ。


 「そ、そうだよ。ぼのたん。あんまり私語が過ぎるとご主人様にぶっ飛ばされるよ」


 その諫言に乗る形で、サザナミは会話を切ろうとそう付け加える。

 だが、元を糾せば自身の私語が事の発端だというのに、その言葉切りに司令官の制裁を出しにするなんて。


 確かに、司令官の制裁は少々行き過ぎているが、あの制裁は、私刑ではなくそれ行うための善悪と大義が存在する。

 なのに、サザナミはまるで司令官の制裁が【言いがかりをつけた私刑】だとでも言っているかのようだった。


 ――――これじゃ、まるで司令官が悪者みたいじゃない。


 目の前でサザナミが行った卑怯に憤りを覚えたとき、アケボノはオボロの諫言に従うどころか「はんっ」と鼻を鳴らした。


 「・・・・今さら、何言ってんのよ」


 苦虫を噛み潰したような声で、アケボノはそう呟き速度を落とし始める。


 (・・・えっ!?ちょっと、いきなり何?)


 いきなりアケボノの背中が目の前に立ちはだかり、私と他の僚艦たちもあわてて追従するように機関出力を落とす。


 「ちょっと、曙。どうしたのよ・・・・!?」


 妹の奇行を心配するオボロの言の葉を無視したまま、アケボノは速度を落とし続ける。

 刹那の時間で全速から半速へ。半速から微速へ。終いには機関の出力を制動にまで落とし、アケボノはとうとう海上に停泊してしまった。


 「曙さん。海上待機は訓練内容に入っていませんが?」


 タブレット端末越しに、オオヨドから忠告が飛ぶ。

 無表情かつ感情のこもっていない、まるで機械が発しているかのような声音だったが、言われたアケボノの方は肩を震わせながら感情を多分に含んだ声で言い放った。


 「・・・訓練? バカみたい、笑わせないでよ・・・!」


 わなわなと肩を震わせ、主砲を握りしめた右腕と噛み締めた唇からは赤い筋が刻まれていく。


 ――――怒っている?


 ――――いいや、哭いているのだろうか。


 「冗談じゃないわ・・・・!今さらこんなことして、いったい何になるというのよ・・・!?」


 ため込んだ感情を爆発させる様に、アケボノは噛みつくようにオオヨドに怒鳴り散らし始めた。

 だが、当のオオヨド本人はアケボノの憤りなどどこ吹く風でしゃあしゃあと言ってのける。


 「この訓練は、提督の御命令です。それをお忘れですか?」


 「あ、あんたねぇ・・・・。その、クソ提督が殺されたのよ。なのに、なんでそんなに透かしていられるわけ・・・!?」


 ほとんど殴り掛かる勢いで、アケボノはオオヨドに食って掛かる。


 普段から誰にでも、それこそ姉妹に出すら喧嘩腰に話すオンナだが、いまのアケボノは傍目でも分かるくらいに本気で怒っていた。


 「あ、曙ちゃん。これ以上はまずいよ・・・・!?」


 オオヨド目掛けて感情を爆発させるアケボノを慮ったのか、ウシオはアケボノの肩を掴み制止を促す。


 オオヨドは、存在的には自分たちと同じ艦娘(ぶか)であるが、彼女は司令官直々に監督役、もとい嚮導役を任されており、立場的には私たちよりも上であった。

 そして同時に、彼女は司令官と同等の権限を持つ人物とされており、その彼女に噛みつくなど沙汰の限りであった。


 だが、当の本人は止められたことに異議を唱えた。


 「なんでさ・・・!? 潮だってこんなことユルセナイって言ったのに、朧や漣だって、睦月のアレ、見たんでしょ?」


 爆発させた感情はアケボノの頬に大きな川を造り、溢れ出す憤りは宛ら噴火した火山の如き勢いで、アケボノに二ノ三の言の葉を吐き出させる。


 私も、此処まで感情を露わにした艦娘は見たことがなかったが故、素の状態だったのならウシオと同じように止めに入ったであろう。


 それが出来なかったのは、私がアケボノのはなった言の葉に驚愕していたからだった。


 ―――――司令官が、殺された?


 「虚言だと」否定しようとした時、彼女の態度が徐に私の記憶の引き出しをガタガタとうるさく揺すりはじめ、思考ををぐちゃぐちゃに掻き乱していく。


 ――――何故?

司令官の傍には誰かがいた。 

 ―――――どういう事?

司令官は誰かと会話をしていた。

 ―――――なんで司令官が?

司令官の顔はなくなっていた。

 ―――――どうして司令官が?

司令官の服は白ではなかった。


 なら、司令官は。

 わたしのしれいかんは。

 わたしの、タイセツナシレイカンは・・・・・・・。



 ―――――ワタシノタイセツナシレイカンハ、アノトキ、ダレカニ、コロサレタ・・・・・・?



 「・・・いったい、なにを、いっているの・・・・・?」


 恐らく、今の私は意味不明な顔でそれを言ったのだろう。


 問われたアケボノは、案の定「意味が解らない」とでも言いたげに私を見やった。


 「・・・呆れた。あんた、自分が何をやったかも忘れたって言うの?」


 「・・・・へ?」


 一体どういう事なのか。

 私を見やるアケボノは、さっきまでオオヨドに向けていた【怒り】を此方に向けてくる。


 「・・・いいわ。誰も言わないのなら、あたしが、あんたにはっきりと伝えてあげる」


 そう言って、アケボノは「やめよ」と必死の形相をする僚艦を無視して、私に言い放った。


 「クソ提督を殺したのはね。あんた―――――――」


 「黙れ」


 ――――え?


 突然背後からナニモノかの殺気が立ち上ったのも刹那、私の左耳の直ぐ脇を何かが通り過ぎる。


 そして・・・・・。


 ドン


 ―――――私の視界が、朱に染まった。 




 それは、私が啼いたものだったのだろうか、それとも、大切なヒトを殺されたオンナのものだったのだろうか。


 突如海原に木霊した、一発の砲声。

 その刹那、鼻腔をくすぐった硝煙と視界いっぱいに広がる朱の鮮血、そして、鼓膜を突き抜ける、オンナの慟哭。



 『い、いやぁ”ああ”あぁ”ァあ”ぁ”ァ”あ”アア”ァ”亜あ”ァァ”ああ”あああ”ああ”ぁぁ”ああ”ぁぁ”ぁぁ”ぁぁ―――――――――---っ!!!!!』 




 声量を無視したオンナの慟哭と、眼前に広がる赤黒い色素。

 それは、深淵に秘匿された私のもう一つの記憶の引き出しを開け放っていく。


 鼻腔を責める硝煙。

 鼓膜を劈く悲鳴。

 視界を埋め尽くす血反吐と、制服を朱に染める返り血。


 ――――そして、そこに沈む、在ってはならない白。


 その穢れた記憶の中身が、目の前のオンナの血反吐に重なって、『吹雪』の成した罪過を、白日の下に暴き出していくのだった。




 そう、―― ―― -ちゃんの言う通りだったのだ。



 『 ムツキちゃんがいけないんだよ?私の司令官をたぶらかすから・・・・』



 ――――司令官を、殺したのは、私。



 ―――――ワタシガ、シレイカンヲ、コロシタ・・・・・・。






――・〇・――



《狂涙》




 『戻ってきなさい。貴方がいるべき場所は、此処ではないわ』



 ――――どうして?


 紅に染まった海原に立つ、白雪のような髪を纏ったもう一つの艦娘《しょうじょ》。


 【深海棲艦】と呼ばれた異形の少女たちは、砲口を向ける私を見て幾度となくそう語り掛けてきた。



 『帰ってきなさい。そこは貴方にとって、地獄でしかないのよ・・・・』



 ――――どうしてあなたは、私を悲しげな眼で見るの?


 かつて己だったかもしれない者たちの砲火を浴び、血に塗れ、水底へと沈んでいく黒き少女たち。

 一日の大半を陸上《おか》で過ごす私を憐れむように、嘆くように、その少女たちは優しく【私のナニカ】に語り掛け、握れと言わんばかりにそのか細き掌を差し出してくるのだった。



 『必ずあなたを、そこから救い出して見せる。・・・だから、だからもう少し、耐えて頂戴』



 ――――どうしてあなたは、艦娘としての使命を果たそうとする私を憐れむの?


 幾重もの僚艦で守られた私を、その少女たちはまるで虜のように憐れみ、憤り、その盾を食い破ろうと砲火を浴びせ続ける。


 だが、必死に差し伸べる砲火《かいな》は、盾となる艦娘たちによってその悉くが阻まれ、か細き躰は鉄火に引き裂かれ、鬨の声は怨嗟の断末魔へと変わり、血反吐と共に水底へと死んでいく。


 ――――どうして?


 有言叶わず死んでいく敵である者たちを見つめながら、私は、心中を掻き乱す一つの感情に幾度となく問いを重ねた。


 ―――――どうして?


 どうして、私は、哭いているのだろう。

 どうして、私は、涙を流しているのだろう。

 どうして、私は、彼女たちの轟沈《し》を嘆き悲しんでいるのだろう。



 『あのヒト達は、吹雪《わたし》にとって、忌むべき敵であるはずなのに・・・・』






――・〇・――




 『あ、あんたねぇ・・・・。その、クソ提督が殺されたのよ。なのに、なんでそんなに透かしていられるわけ・・・!?』



 ―――――司令官。私は、どうして・・・・・。


 夜になった。

 虫の音は子守歌と成りて娘達を夢幻の彼方へと誘い、誰もかれもが寝息を立てる深夜の鎮守府。

 その夢幻の帳が下りた鎮守府にただ一つ灯る明かりの下で、私は、日課となった司令官との夜伽の任を果たすため、もはや永久に現れることのない彼を待ち続けていた。



 『・・・呆れた。あんた、自分が何をやったかも忘れたって言うの?』



 ―――――司令官を殺したのは、ワタシ・・・・・。


 執務室の中央に置かれた接客用に置かれたソファーの心地よい座り心地を尻部に感じながら、私は執務室の窓に顔を向けた。


 特注された絶大な採光力を誇る大きな窓からは、夜の帳が下り、ガントリークレーンの警告灯が照らす物静かな鎮守府の全景と、その先に広がる明かり一つない新月の海が視界いっぱいに広がっている。


 「・・・わたしは・・・・」


 徐にソファーから離れ、光陰の夜景が映される劇場のごとき一対の窓ガラスに近づき、私はそっと手を当てた。


 ――――擦り傷一つない、真っ白な手と日焼けしていない色白の肌。


 艦娘が所持する主砲は、深海棲艦を屠るために妖精の手によって作られた特注品だ。


 その威力は、私たちがまだ『艦』だった時の艦載砲のそれと同じ威力を発揮するとされ、また、『艦娘』の名の通り、私たちは前世同様海原を戦場とする。

 そのため、必然的に私たちの躰は狂乱する火線と潮風、海面を縦横する太陽光と放射熱に晒されることになる。


 故に、火器を持つ掌や、それを支える腕には砲火による硝煙や炸薬による細かい擦り傷や火傷の跡ができ、肌は陸以上の太陽光に焼かれ、火ぶくれをこさえた日焼けた肌は潮と海水に洗われ見るのも痛々しいものとなる。


 畢竟、戦場を跨いだ歴戦の艦娘となれば、文字通り傷だらけのとなるのだ。


 でも、窓に映る私の姿は、歴戦の艦娘とは程遠い傷一つない綺麗な躰。愛砲を握る掌も、まるで建造されたてのように白く綺麗だった。


 それもこれも、彼の――司令官の寵愛のたまものなのかも知れないが、その司令官はもう、この世にはいない。


 ―――――そう、私が、この手で殺してしまったからだ。



 『クソ提督を殺したのはね。あんたヨ』



 「――――――ちゃん。わたし・・・・」


 相変わらず、司令官以外の名前を口にするたびに、私の鼓膜にアノ雑音が横やりを入れてくる。


 何故なのだろう。

 頭の中ではきちんと発音しているはずなのに。まるで、鼓膜が音を拾うことを拒絶しているかのようだ。


 (司令官・・・・。わたしは、どうして貴方を殺めてしまったのでしょうか・・・・・?)


 窓に映る、色白の私。

 つい数刻前まで、私の躰が血まみれだったことなど嘘のよう。


 でも、あれは現実で、単なる質の悪い白昼夢などではない。

 それは、この鼓膜に残る砲撃音とあの娘たちの慟哭が虚偽に非ずと訴えているのだから。




 『クソ提督を殺したのはね。あんた―――――――』


 『黙れ』


 私を糾弾しようと言の葉をぶつけたアケボノは、その直後、オオヨドによって射殺された。


 アケボノをはじめ鎮守府に在籍する艦娘の処遇は、須らく司令官がその権限を持っており、艦娘が独断で処遇を決することは当然私刑に相当する。

 ただし、それは私たち末端の艦娘のみに罷り通る道理で、司令官から直々に嚮導役を仰せつかったオオヨドは、例外的にこの道理が通用しない。


 そう、即ち、オオヨドは私的独断で艦娘の処分ができるのだ。



 『どうして・・・・・。どうして潮ちゃんがあぁ”ぁあ”ァァ”ぁぁ―――――っ!!?』


 『彼女は規則違反を犯したのです。違反者は須らく処分されるのが筋ではないのでしょうか』



 そう言って、オオヨドは何の躊躇もなくアケボノを射殺した。

 そして、オオヨドは訓練の終了を一方的に宣言し、「何故だ」と訴えるウシオ達を黙殺して、一人悠々と鎮守府に引っ込んでしまった。


 そのあと聞いた風のうわさでは、ウシオがもう一度オオヨドに審議を問うたらしいが、あのオンナの事だ、暖簾に腕押し、きっとまともに取り合わなかったことだろう。


 ―――――あのオンナは、そう言う性分だ。



 『吹雪さん。この娘たちの戯言に耳を傾けてはなりません。貴方は、唯々健やかに、穏やかな生涯を此処で過ごしていればよいのです。それが、貴方の愛した提督の唯一つの願いなのです』



 「・・・・・・・・」


 海原に充満した、潮と血反吐の混ざり合ったえも言わぬ臭気。

 埋葬を許されず、水底に捨て置かれたアケボノの無念と、それをせざるを得なかったウシオ達の慟哭。

 アケボノを事も無げに処刑し、「務めを果たした」と恍惚の表情で鎮守府に凱旋した、オオヨドの大義。


 ―――――そして、本来裁かれる立場にあったはずなのに、こうしてのうのうと生を謳歌している、この私。


 鼻腔と鼓膜に生々しく残る悲痛と狂気の残滓は、いまだあの娘たちに無念を晴らせと訴えてるはずだ。


 なのに、なぜ―――――


 「・・・・どうして。みんな、私に何もして来なかったの・・・・・・?」



 『・・・・・・・っ』


 『・・・どうして・・・どうしてぇ・・・・・』


 『うぅ・・・・・うぇぅ・・・・・ぐふぅ・・・・』



 あの時、ウシオ達は私に何もしなかった。

 涙と哀惜、そして後悔を目じり一杯に湛えた顔で私を一瞥しただけで、そのまま鎮守府へと帰っていったのだ。


 ――――どうして?


 恐らくあの時は、オオヨドの目もあったから迂闊に動けなかったのかもしれない。

 だが、今は違う。

 ここにはオオヨドもいないし、司令官もいない。


 なのに何故。彼女たちは私に復讐しに来ないのか。


 「わたしハ・・・・。皆は、どうしテ・・・・?」


 何事もないように静まり返った鎮守府。

 殺意もなく、憤りもない。何もかも忘却の彼方に追いやって、唯々安らかな夢幻の眠りにつく鎮守府《せかい》。

 その静寂が、徐に私に言いようのない恐怖を抱かせる。

 カチカチと歯茎が鳴り、足は萎え、腰が恐怖に屈したとき、私は震える躰を掻き抱きながら崩れ落ちるように座り込んだ。


 ―――――どうしテ?


 どうして有罪無罪を捻じ曲げた私を憎くまない。

 どうして姉妹艦を理不尽に殺した私へ報復しようとしない。

 どうして共に添い遂げたいと恋焦がれた彼を横恋慕した私を邪魔だと思わない。

 どうして自らが受けた理不尽な制裁を私に科そうとしない。


 抱てしまった恐怖が私の全身を駆け巡ったとき、私の脳裏に私を見る艦娘達の顔が、まるで映写機のように次々と映し出されていく。


 映し出されるは、私がここに着任し、彼女たちと触れ合い、共に歩んできた日常の一コマだったが、私を見つめるその顔には、どういう訳か笑顔のコマが一つもない。


 ――――-ドウシて?


 みんな私を悲しげな眼で見つめる。

 腫物を扱うかのように接する。

 「私こそが罪人だ」とでも言いたげな顔をする。 


 ――――-ドウシテ?


 浮かび映し出される顔は、そのこと如くが哀惜の顔をしていた。

 罪を犯し、罪を擦り付け、罪から目を背け続けたものが見せる後悔の色に支配された懺悔の顔面。


 それはまるで、【お前は、私たちの犯した罪の象徴だ】とでも訴えているかのようだった。


 「・・・・私は、ワタシハァ・・・・・」


 ―――――私は、彼女たちの仲間などではない?


 なら、私は一体ナニモノだ。

 私の居場所はどこにある。

 私が、ワタシを私として認識できるものはなんだ。


 ―――――-ワタシは、いったい、ナンナノダ・・・・・。


 「ワタシは・・・・・、わタしハァァ・・・・・!」


 脳内を駆け回り始めた、オノレという無名の自己。

 本来あるべき自己同一性を失った私の躰は、いまだ規定できぬオノレという種族を確信させるため思いもよらぬ行動をさせた。


 「い”っ、いだいぃ・・・・・」


 「ぶちゅり」と肉の裂ける音と共に、部屋の中に鉄の匂いがじんわりと漂う。


 気付けば私は、司令官の机に置かれたペン立てから鋏をひったくり、それを自分の左腕に突き刺していた。

 しかしこれは、自沈《しぬ》ためのものではない。私が彼女たちの仲間――即ち赤き血が流れる艦娘であることを証明するために行ったことであった。


 深海棲艦が流す血は、私たち艦娘やニンゲンのいそれとは違い濃い青色をしている。

 その旨を聞いた時は正直半信半疑だったのだが、純白の肌を穢すその血糊は、確かに青く、鼻腔をくすぐった匂いは私たちのソレと大差なかったから、確かに深海棲艦は青き血を持つ種族なのだろう。


 最も、その血色の由来が彼女たちが深海を根城とするからなのか、それともその謎多き生態から来るものなのかは分からない。


 ――――そう、分からないからこそ、我々は調べ、学び、英知を得るのだ。


 「ちがう・・・・。ワタシハ、違う・・・・・!」


 仮に、いいや千万に一つの確率でこの傷口から出でるソレが青かったとき、私の天地が崩壊するだろう。


 この鎮守府で過ごした日々。

 戦友と慕い、慈しみ、育んできた友情。

 「美味」と舌つづみを打った間宮の料理。

 共に海原を掛け、己が命を預けた背中。


 ―――――そして、私を愛し、臥所を共にした司令官の暖かい手とこの身に注がれた彼の情熱。


 その全てが嘘だったとは思いたくない。

 あの笑顔が演技だったと疑いたくない。

 あの言の葉が虚言だったと信じたくない。


 ―――――私は、ワタシハ・・・・深海棲艦などではない!!



 私は、わたしは、ワタシハ・・・・・。



 「どうし・・・・て・・・・?」


 貫いた傷口を伝い流れ出でる、海原のごとき蒼き血。

 鼻腔を震わす鉄の匂いは突き刺した鋏のソレではない。


 そう、その色はまさしく彼のヒト達と、同じ・・・・。



 「う、うあぁぁぁあ”ぁあ”ぁぁ”ああァあ―――――――っ!!!???」



 突き付けられた真実を否定するように、私は、引き抜いた鋏をもう一度突き刺した。


 「ぐっ・・・!!い、いぎぎっぎいいいああああうう・・・・・・!!」


 脳天を貫く激痛。

 最初の倍くらいの力で突き刺した刃先は、私の華奢な腕を意図も容易く貫通してマホガニー材の床に点々と血だまりを創る。


 だが、それでも目の前の現実は覆らなかった。


 「があああァ”ぁあ”ァァ”ァああ”ぁあ”あァ嗚呼ァ”ああ”嗚あ”あ ぃ”ぃ”ぃい”あアあァい”ぃあァ嗚”呼ああ”‐―――――――っ!!!!!!!」


 また刺した。

 今度は腕ではなく、場所を変えて掌に刺した。


 ――――-でも、色は全く変わらなかった。


 「違う・・・・・違うチガウちがう!!!?」


 また場所を変え、肘のあたり。

―――――色は同じ。

 また場所を変え、上腕二頭筋。

―――――色は同じ。

 また場所を変え、手首。

――――色は同じ。

 また場所を変え、掌、手の甲。

―――――色は同じ。


 「違う!!!・・・・私は、ワタシはぁぁぁ”ぁあ”ああ”あ”ぁあ”―――――――――っ!!!!!!」


 何度も何度も突き刺して、腕を穴だらけにしてもまだ足りずに掌へ。それでも覆えらぬからと今度は小指を刺し落とし、中指を裂いて、人差し指を剥離させ、親指を切り刻んだ。


 ――――違う。


 『戻ってきなさい。貴方がいるべき場所は、此処ではないわ』


 ――――違う!


 『帰ってきなさい。そこは貴方にとって、地獄でしかないのよ・・・・』


 ――――ちがう!!


 『必ずあなたを、そこから救い出して見せる。・・・だから、だからもう少し、耐えて頂戴』


 ―――――チガウ!!!


 違うちがう違うチガウ違うチガう違うチがウチガウちがうチガウチがうちガウちがうチガう違うちがうチガウチガうチガう――――――――――っ!!!!!


 脳裏を五月蠅く飛び交う深海棲艦の言の葉。

 私を見つめる見つめる蒼き瞳。

 涙を流し佇む白き躰。

 怒りを宿し、連れ戻さんとする腕。

 嘆き、悲しみ、怒り、哭く彼女たちの行動には、私が艦娘《どうほう》たちに欲した温かみがあった。


 私を仲間と呼び慕う、確かな慈しみがあった。


 そして、そこには私が渇望してやまない、私の授けられた福音《なまえ》があったのだ。



 『還ってきなさい、ヒガンノハナビラ。貴方が生きる場所は、此処にある』



 「・・・ふふ・・・・・ふふいうふぃふぃ・・・・」


 執務室一面に飛び散る、蒼き鮮血。

 原形を留めぬまで壊し尽くした、かつて左腕だったもの。

 深淵より這い出して来る、真の自我。

 三度目の返り血で真っ青になった顔を洗う、二筋の滴。


 その全てが、私の記憶を壊し、ワタシの記憶を形作っていく。


 「ふふいうふぃふぃ・・・・そっかァ。そうだったんだァ・・・・・・」


 ようやくたどり着いた、オノレの正体。


 燈台下暗しとは、こういう事を言うのだろう。

 彼奴らに剥奪され、弄ばれ、侮辱され、玩具として凌辱された日々。長き流浪と狂気の沙汰の最果てに存在した【本当の私】を規定する自己同一は、こんな近くにあったのだ。


 さあ、逝こう。

 この此岸に愚生するすべての者たちの中には、私の居場所など、無いのだから。


 そう、私は。


 ワタシノ、ナマエハ――――――。



 「・・・・ワタシは、彼岸の瓣・・・・」


 彼の瓣は、彼岸の野に咲く花芽たちの総称成り。


 ―――――その瓣たちを、此岸の者たちは畏怖を以てこう呼んだ。



 【深き海原に棲みし艦】―『深海棲艦』と。







――・〇・――



《狂焦》





 『 吹雪ちゃんがいけないんだよ?私の提督をたぶらかすから・・・・』



 唐突に襲い掛かった狂気の刃。

 信じたものから受ける裏切りの火砲に、私は、成す術もなく切り刻まれた。 



 ―――――どうして?どうして貴方が・・・・。



 裏切りの刃を振るうは、初期艦たる私の数日違いで鎮守府に着任した睦月型のネームシップ。

 無邪気で朗らか。心優しく、誰にでも分け隔てなく接する度量を持ち、旧型のレッテルをものともせずに縦横無尽に戦場を駆け回った歴戦の戦人。


 そして、私がはじめて戦友と呼び親しんだヒトだった。



 『・・・ムツキはね、提督の事が好きなの。愛しているの。でもね、吹雪ちゃんが居たままだと、提督はムツキの事を、見てはくれないの・・・・』



 ―――――ちがう!?あのヒトは、何時だってみんなのことを・・・・。


 そう言おうとした私の額に、突然、焼き鏝のようなものが押し当てられる。


 それが、炸薬で赤熱した彼女の愛砲だと気づいたとき、私は誰が誰を裏切ったのかを悟った。

 いいや、悟ってしまったというべきだろう。


 そう、裏切ったのは彼女ではない。


 ―――――裏切ったのは、私のほうだったのだ・・・・。



 『だけどね・・・・。きのうね、提督はようやくムツキのことを見てくれたの。抱きしめてくれたの。頭を撫でてくれたの。好きだと、言ってくれたの。そして、僕の計画の手伝いをしてくれたら、ムツキの事をもっと好きになってくれるって。ムツキのこと、お嫁さんにしてくれるって、言ってくれたの・・・・』


 畳みかけるようにそう言って、引き金に手を掛けた彼女の頬から、一本の赤い筋が横切る。


 愛してほしいと狂乱する感情にぐちゃぐちゃに破壊され、善悪の区別さえも出来なくなったその大きな瞳から流れ出でる赤い滴。

 本来無色透明であるはずの涙滴が朱に染まったのは、彼女が抱いた哀哭故だったのか、それとも、殺したいほどまでに憎んだ私への花向けだったのか。


 いずれにせよ、それを見たとき、私の心は決まってしまった。 


 『ねぇ・・・吹雪ちゃん。もういいいでしょ。もう十分でしょ。吹雪ちゃん、提督に、もう、十分愛してもらったじゃない・・・・』


 押し付けた砲身から、微かな振動が伝わってくる。


 それは、彼女のこころが「やめよ」と警鐘を鳴らす音。

 彼女が無意識に拵えた、良心という名の最後の防壁。

 確約など無い。彼が己を友殺しの畜生とし、飼い殺しにするために囁いた甘言の可能性だってあるのだ。


 そうだ、今ならまだ間に合う。


 即刻この砲身を降ろせ。

 親友に謝罪しろ。

 彼へのかなわぬ愛など捨て、自ら制裁を受けるべきだ。


 一時の私利私欲に従って愚行を犯すなど、艦娘の名が廃る恥辱だ。


 でも、私は彼女の良心の訴えに【否】と答えた。



 ――――分かったよ、ムツキちゃん。 



 それであなたが救われるのなら、私は、貴方の愛砲の錆になろう。


 そう口中に呟いて、私はゆっくりと瞼を閉じる。

 視界が暗闇に支配される直前に、視界の端に彼女の苦悶の表情が見えた気がしたけれど、それはきっと、私の願望に違いない。


 きっとそう。

 いいや、そうでなくてはならない。

 でなければ、あまりにも彼女がかわいそうだ。



 『・・・・・バイバイ。吹雪ちゃん。タノシカッタヨ・・・・』



 ドン



 一刻の間をおいて、彼女は引き金を引いた。


 撃鉄より光る閃光と、打ち出される砲弾が私の頭部を粉々に破壊せしめ、私を唯の物言わぬ肉塊へと変えていく。

 朱に染まる私の視界と、引き裂かれる肉塊の音響。二度目の終生を三つに減った五感で感じながら、私は、彼に最後の言の葉を送った。


 その言の葉が、私と彼と、彼の仲間たちを更なる堕天へと導くことになるとも、知らないで。




 『司令官・・・・。ワタシは、アナタを、愛してはいけなかったのでしょうか・・・・・?』





――・〇・――





 【吹雪】と呼ばれた艦娘が執務室で己の正体と向き合ていた頃、夜の帳が下りて久しい夢幻の静寂に包まれた鎮守府では、この狂気と哀哭の発端となったもう一つの物語が佳境を迎えようとしていた。



 「はい・・・・。計画は順調に進行しています」


 夜陰の中点滅するガントリークレーンの警告灯に紛れて鈍く光るデスクライトの光の中で、私―軽巡洋艦大淀は、持ち込んだタブレット端末で大本営との極秘通信を行っていた。


 この鎮守府に艦娘として着任して一年と少し。私は、日々の鎮守府の状況――主に吹雪という艦娘の近状報告を大本営に報告するのが任務となっていた。


 「はい。では、手はず通り彼は『深海棲艦による鎮守府襲撃よって戦死した』という形で処理致します。暁の水平線に、勝利を。通信終わり」


 決まり文句となった標語を最後に、私はタブレット端末の電源を落とす。

 ブラウザのバックライトが消え、光源がデスクライトとなった自室の隅をゆっくりと見渡していたとき、ふと部屋の隅に置かれた大きな袋に目を止めた。


 「・・・・提督。もう少し・・・もう少しですよ・・・・」


 部屋の隅に丁寧に寝かされた、墨色の死体袋。

 その中に納められたるソレは、この鎮守府の主にして狂気の首魁、即ち提督そのもの。

 人類を守護せるために創設された救済装置を私利私欲の凶器へと作り替えた狂人にして、不俱戴天の宿敵たる深海棲艦の鹵獲に初めて成功した人類最大の功労者。


 ――――そして、己が内に潜む我慾(あくま)に骨の髄まで侵された、憐れなで愚かな、ひとりのニンゲンだった。




 『提督、軽巡大淀、戦列に加わりました。艦隊指揮、運営はどうぞお任せください』


 大本営直属のこの私が彼の鎮守府へ異動となったのは、ちょうど一年前の今日くらいだっただろうか。


 深海棲艦がこの世に体現してすでに数年。

 横須賀鎮守府をはじめとした各諸国の大本営は、全國津々浦々に創設した鎮守府の指揮官確保に躍起になっていた。


 私が建造され在籍していた横須賀鎮守府も、多分に漏れず提督の確保に躍起になっており、寄り添うように創設された士官学校の門扉には、年齢履歴に問わず多くの提督の卵たちが入学しては卒業してゆき、終わることのない戦火の中に身を投じ、艦娘を指揮し、精神(こころ)をすり減らし、そして、終戦叶わず斃れていった。


 ――――その玉石混合の提督の中に、彼がいた。


 「ようこそ、軽巡洋艦大淀。我が鎮守府へ。将官と在籍する艦娘一同は、貴艦の着任を心から歓迎するよ」


 提督としての功績や艦隊指揮はいたって普通。どこかの財閥の御曹司でも無ければ、有力なスポンサーが付いているいるわけでもない。

 体格は、そこそこの長身だが軍人としては少々華奢な印象を受ける。顔は、美男子でもなければ不細工でもない。


 ――――本当に、どこにでもいそうな風貌をした、取るに足らない普通の提督。


 それが、私が彼に抱いた第一印象だった。

 しかし、彼には他の提督が持ち合わせていないある決定的な違い、例えるなら、纏う空気が異質であることに気付いたのだ。


 (・・・・何でしょうか。この、心身を弄られるような薄気味の悪さは・・・・・)


 執務室に漂う、ねっとりと纏わりつくような奇怪な空気。


 私が【艦】だっころに乗艦していた海軍将校たちの持つ威厳でもなければ、歴戦の提督たちが持つ貫禄でもない。

 オンナとして躰を預けるには甘美なれど、戦船として背中を預けるにはあまりにも異質すぎる。


 それは、言うなれば狂気と呼ぶべきもの。

 常人なら生涯纏う事のない、人道から外れたものだけが纏う実体無き刃。


 その、狂気と呼んだ空気を纏う彼を以て、私の戦船としての勘が「用心せよ」と警鐘を鳴らす。


 ―――――このオトコは、危険すぎる。


 前世と後世で出会ったニンゲン像とは余りにもかけ離れてしまっていて、実は「彼は人外の存在なのでは」と妙ないぶかりをしていたとき、私の鼓膜に彼の嬉々とした声が届く。


 「大本営から援助の通達あった時はまさかと思ったけれど。いま、君がこうして目の前にいる。それだけで、僕は天にも昇る心地だよ」


 そう言って、彼は満面の笑みで私に敬礼してきた。

 その笑みは、心底うれしそうであったがどこか狂気を含んでおり、私は「恐縮です」と応答しながら傍らに立つ一人の少女に視線を泳がせる。


 一切の色彩を廃した白い髪と、色白と呼ぶにはあまりに白すぎる肌。そして、その髪をまとめる赤い髪留めが印象的な駆逐艦くらいの少女。


 青を基本色とした吹雪型の制服を身に纏っているが、自衛と提督の擁護の為に展開させるべき吹雪型の艤装展開してはおらず、代わりに右手に12・7cm連装砲を持っている。

 しかし、赤く薄っすらとオーラを放つその双眼には生気がなく、秘書艦というより部屋に飾られた人形のようだった。


 がらんどうになっている左の袖口からは、薄く青味を帯びた包帯が見えており、直角に切られたその断面は、それが戦闘によるものではなく人為的に切り取られたものであることを私に訴えていた。


 この場の誰が見ても、彼女はヒトではない。ましてや、艦娘でもない。

 そう、その姿は、私の記憶にあるそれと寸分違わぬものだった。


 ―――――深海棲艦。


 そこにいたのは、まごうことなき深海棲艦。それも、よりヒト型に近い容姿は姫級や鬼級などの上位に属するもの。


 その深海棲艦様が、在ろうことか宿敵である艦娘の服を着て、ニンゲンである彼の傍らに立っていたのだ。


 (本当に・・・・。本当に、鹵獲してたなんて・・・・・)


 此処に配属される前に詳細は粗方聞いていたけれど、まさか本当に成功していたとは。


 己が宿敵である深海棲艦が無防備で此方を見つめていることに、私は正直頭の処理がい追い付かないまま彼に問うた。


 「・・・提督。単刀直入にお聞きします。そこに居られる深海棲艦、一体どうやって鹵獲されたのでしょうか?」


 徐に敬礼を解き、左手に艤装展開の準備をしながら、私は本題に切り込んだ。


 深海棲艦との戦端が開いてから数年。ただの一度だって成功しなかった深海棲艦の鹵獲。

 あの大本営や、数多の鎮守府が束になっても尚成し得なかったその偉業を、彼は如何にして成し遂げたのか。


 すると、彼はガクリと肩を落とし「ちがう」と応えた。


 「・・・大淀。どうやら君も、そして大本営も、とても大きな勘違いをしているようだ。僕はね、鹵獲などしてはいないよ」


 「え・・・っ?どういう事ですか?」


 意味が分からないといった風な私に向かって、彼はぐにゃりと不気味な笑みを浮かべる。

 そして、とんでもない言の葉を投げつけて来たのだった。



 『彼女は――吹雪はね、帰還したんだよ。僕のもとへね。深き海原に棲む艦、深海棲艦《ひがんのはなびら》と成ってね』





――・〇・――



《狂初》




 『はじめまして、吹雪です。よろしくお願いいたします!』



 それは、今思えば愛憎に似たものだったのかもしれない。


 深海棲艦なる侵略者がこの海に現れて、すでに数年。

 いまや反戦主義は過去の遺物となり、日ノ本の國は軍務省と名を変えた防衛省が政界の幅を利かせる一世紀前の軍國主義國家と成り果てていた。


 『七生報国ノ精神ヲ以テ、祖國ノ存命二尽クスベシ』


 その御旗のもと、士官学校には老若男女問わず連日多くの士官たちでにぎわっており、若き士官の卵たちが門扉を叩き、戦術を学び、【艦娘という名の生体兵器を使役するためだけの存在になれ】というお上の思考に染められて、死地へと旅立っていった。


 ―――――でも、不思議と嫌悪感は抱かなかった。


 それは、この日ノ本が島國であり、僕たちが大日本帝國海軍の末裔だったからなのかもしれない。


 日ノ本は、周りを海に囲まれた孤島の國だ。

 そして、深海棲艦はその海を棲み処とした海棲生命体だ。


 いくら一世紀あまり続いた不戦の盟を掲げ、平和を説き、対話を呼びかけたところで、彼女たち侵略者が耳を貸さなければこの論理が通づることはない。

 故に、我々日ノ本が掲げてきた不戦の詔は、差し当たり『剣を振りかざし進軍してきたものに無抵抗で和平を乞う』という、一種の自殺に等しい愚行と成り果ててしまった。


 なら、我ら日ノ本の民が生きるには、一つしかなかった。


 『我ら提督は、その心身悉く、七生報国の礎と成らん』 


 この身は、日ノ本一憶二千万の民を生かす延命装置。

 その歯車の一つ。

 友のため。親のため。御国のため。そして、まだ見ぬ愛するヒトのため。


 ―――――僕たち提督は、須らくこの身を以て救國の先駆けと成ろう。


 そんな思いを胸に秘め、士官学校を卒業し、鎮守府の門扉を叩いた時だった。



 彼女に――吹雪に会ったのは。



 「はじめまして、吹雪です。よろしくお願いいたします!」


 目の前で精一杯の海軍式敬礼をする、年端もいかぬ少女。

 士官学校の教本で毎日のようにその姿を見てきたが、いざそれが目の前に現れると、やはり、数多の提督が感じる感想に行きついてしまう。


 ―――――これが、艦娘?


 ―――――これが、深海棲艦を駆逐せしめる決戦兵器?


 (まだ、幼い子供じゃないか・・・・)


 狐につままれたのではという想いで見つめる僕に、その少女は、屈託のない笑顔でそう言ったのだ。


 「司令官の為に私、頑張ります!」


 木漏れ日のような笑顔で全幅の信頼を寄せる幼き少女。

 生まれて初めて異性のヒトに好意を向けられて、僕は自身の心臓がドクンと高鳴るのを感じた。


 「うん。よろしく頼むよ、僕の初期艦さん」


 答礼に合わせて軽い着任のあいさつを交わした後、僕は『吹雪』と名乗った少女と共に真新しい漆喰で色付けされた鎮守府へと歩いていく。


 正直なところ、向けられたその笑顔が社交辞令によるものだったのか、それとも、提督という存在故だったのかは分からない。

 でも、たとえそうだったとしても、僕にとってそれは眩しく映り、愛おしく感じ、そして、僕の胸の奥底にあるナニモノかを目覚めさせてしまった。


 そして、そのナニカこそ、僕とこの少女、果てはこの鎮守府そのものを魔境へと変えていくことに、僕はまだ気付いてすらいなかったのだ。



 『・・・・ボクハ、コノコノコトヲ、モットシリタイ・・・・・』






――・〇・――




 主なき執務室に灯る、一つのヒカリ。

 己がその手で主だった彼を弑してしまったかの深海棲艦は、今何を思っているのだろう。


 敵であるはずの彼女に憐憫の情を抱きながら、私は物言わぬ肉塊となった彼から視線をそらし、もう一度タブレット端末を起動すると、そこにある一つのアイコンをタップした。


 「そう・・・。あの深海棲艦は、確かに彼の初期艦である【吹雪】だった・・・・」



 『彼女は――吹雪はね、帰還したんだよ。僕のもとへね。深き海原に棲む艦、深海棲艦《ひがんのはなびら》と成ってね』



 大本営からもたらされた援助は、一介の鎮守府が受けるものとしては些か異常な程のものであった。


 一つが、一鎮守府が十年先まで浪費し切れないほどの膨大な資材の提供と、戦力増強のための大本営直属の艦娘を派遣すること。

 もう一つが、大規模作戦の詳細情報の優先的な提供と、作戦開始時に近衛艦隊を友軍として派遣すること。

 そして最後に、軍功華々しいとして二階級特進までつけるというおまけつきだった。


 (・・・・そう。あの方は確かに、人類救済の責を背負うものとして、ある意味最も適したヒトだった・・・・)


 数多の鎮守府を統括する大本営が、何故一介の、それも特に優秀な戦果を収めているわけでもない凡人であるはずの彼を選んだのか。


 だが、彼と同じ屋根の下で過ごし、彼の心に触れたとき、私は【ニンゲンとは如何に業深きイキモノ】であるのかを、嫌という程に思い知ることになったのだ。


 「ほんと・・・・。いくら艦娘と深海棲艦の生態研究の一環とはいえ、これではプライバシーのプの字も在りませんね・・・・」


 数秒の起動時間をおいて、端末の画面全体に膨大としか言い表せないほどの背景画が映し出される。

 その中の一つを軽くタップすると、その背景画は何かの動画として画面中央に拡大表示された。


 『すう・・・すう・・・。むにゅむにゃ・・・・』


 拡大された動画から、イヤホン越しに駆逐艦と思しき幼い娘の寝言が聞こえてくる。


 それは、防犯目的で鎮守府各所に設置されている監視カメラの映像だった。


 当たり前であるが、鎮守府はれっきとした軍事施設だ。

 そのため、敷地内の随所に防犯と軍事機密保持を目的とした【十台前後】の監視カメラが設置されている。


 だが、自分の携帯端末に映っているソレは、十や二十どころではない。

 この鎮守府で稼働している監視カメラの数は・・・・・私が把握している限り、【約千台】。

 それも、一般に出回っている既製品ではなく、大本営がこの鎮守府の為だけに特注した赤外線センサーと暗視スコープ機能を搭載した集音マイク付きの超高画質品だった。


 「・・・・・」


 ひとしきり駆逐艦の寝言を聞いたのち、私は画面をもう一度タップして画像を格納すると、今度は別のカメラ映像を拡大させてまた数秒間だけその映像を眺める。


 「・・・・・」


 鎮守府の至る所に設置された総数千台余りの監視カメラは、艦娘寮やその部屋の中はもちろん、工廠や入渠ドック、投抜錨に使う埠頭、果てはトイレの中にまで取り付けられており、艦娘の用足しや着替えに遭遇したことも一度や二度ではなかった。


 ―――――本当に、この鎮守府は狂っているとしか言えませんね・・・・。


 このカメラで撮影された映像は当然大本営にも行くことになるから、彼らがこれを見てナニを思い、ナニを感じているのかなどと考えてみただけでも反吐が出る。


 そして同時に、結果的にその行為に手を貸している私自身に対しても反吐を吐きかけてやりたくなる。



 ――――でも、それももう終わる。


 この通信を以て、この鎮守府はこの世界から消え去ることになるのだから。


 「提督・・・・。貴方にとっての最大の不幸は、大本営《わたしたち》に見初められたことだったのもしれませんね・・・・」


 そう独り言ちて、私は持参したタブレット端末を脇に抱え引き出しにしまった信号拳銃を手に取ると、部屋の隅に横たえた死体袋へと歩み寄る。


 「提督・・・・。艦隊、作戦終了です。大変お疲れさまでした・・・・・」


 撫でるようにして触れた手にごつごつした肌触りを感じながら、私は変わり果てた主に最後の賛美を送ったとき、ふと頭の片隅に彼の言の葉が蘇る。


 『大本営から援助の通達あった時はまさかと思ったけれど。いま、君がこうして目の前にいる。それだけで、僕は天にも昇る心地だよ』


 たった一度の出会いを運命だと盲信し、彼はあの娘の全てを知るために人心を捨て、ヒトであることを捨てた。

 それは、愛したモノの為に全てを捧げるという意味では、確かに最上の愛情表現だっただろう。


 だが、その愛ゆえに、彼はヒトならざるバケモノへと変えられ、多くの艦娘を不幸し、そして我々の大義の贄とされてしまった。


 「提督。・・・・いいえ、――-―-さん。貴方の残した艦隊運営記録は、必ずや我々の血肉となり人類救済の糧となるでしょう。ですから、貴方は彼岸の彼方で安寧な日々をお過ごしください」


 その日々が、どうか生涯を血反吐と悪態に塗れた無間地獄へと突き落とされた貴方へのせめてもの贖罪と慰め成らんことを。


 「さて、いきましょうか・・・・」


 別れの挨拶と戦果報告を済ませ、私は机の傍に設えられた窓へと歩み寄る。

 着任してからほとんど開けていなかったせいか、観音開きの窓のサッシには薄っすらと埃が積もっており、開けた瞬間、潮風と共に積もった埃が私の躰を通り抜けた。


 (・・・・予定時刻まで、あと、10秒・・・・)


 水平線に広がる、光無き新月の海。

 心地よい漣の音と鼻腔をくすぐる潮さいの香りの中に私は、微かに血と油の混ざり合ったえも言わぬにの匂いが混ざっていることを感じ取る。


 (この匂いは・・・・っ!?。予定よりも随分早いですね・・・・)


 夜風に混じる、血と油と磯が混ざり合った不快極まる臭い。

 そう、それは歴戦の艦娘なら嫌というほど嗅ぎ慣れた臭い。一度嗅げばそのおぞましい姿も相まって生涯忘れることのない瘴気とよべるもの。


 ――――我らの宿敵である、深海棲艦の躰からまき散らされる臭いだった。


 「まったく・・・・。ニンゲンというものは、一体どこまで狂気的で、恐ろしい生き物なのでしょうか・・・・・」


 深海棲艦の生態研究は出現とほぼ同時に行われてきたが、被検体とされた者のほとんどが大破し肉塊同然の状態だったため、まともに研究が進んだのは彼の深海棲艦を鹵獲した一年ほど前のことだった。


 だというのに、彼らはもう新たな【生きた被検体】を手に入れたというのか。


 「・・・・提督、前言を撤回致します。貴方の残した記録は今この瞬間を以て人類の確かな血肉となりましたよ」


 ――――確かに、貴方は軍功華々しい軍人、いいえ軍神《きゅうせいしゅ》でしたよ。


 願わくば二度目の転生を許されるのならば、私はもう一度、あなたの鎮守府で働きとうございます。

 そして、叶うのならば貴方の傍で、貴方と共に、今度こそ真っ当な生涯を歩みとうございます。


 「願わくば、貴方の次の人生に、幸多からんことを」


 込めた採光弾に南柯の夢を乗せながら、私は夜陰の空に向けて信号拳銃の引き金を引いたのだった。





――・〇・――



《狂幸》




 『あの、あのぉ・・・・私、司令官のこと・・・・大す・・・・、い、いえっ信頼しています!はいっ!』



 夜の帳が下りて久しい深夜の鎮守府。

 満月の光と潮風が織りなす心地よい雰囲気の中で、僕は一人の少女と夫婦になった。

 いいや、正確には仮初の夫婦というべきか。


 「吹雪。練度上限解放(ケッコンカッコカリ)、おめでとう」


 生涯ただ一人と決めた【嫁艦】に向けて、僕は御礼と共に少女の薬指に「絆の証」となる銀色の指輪をはめてやる。


 【ケッコンカッコカリ】


 大本営が艦娘の練度開放に拵えた、究極のお飯事と揶揄される仮初の婚儀。

 艦娘は練度と呼ばれる肉体強化の上限が存在し、この上限を超えることは基本出来ないものとされている。


 しかし、その上限を超え更なる練度の向上を可能とするものがケッコンカッコカリと呼ばれる方法で、その内容も実際の婚儀とほぼ同じものだった。


 「あの、あのぉ・・・・私、司令官のこと・・・・大す・・・・、い、いえっ信頼しています!はいっ!」


 左手にはめられた上限解放の装具を大事そうに撫で、吹雪は万感の思いを口にしてくれる。


 本当は、自分が用意しておいた【本物】をはめてやりたかったのだが、世の理上艦娘はヒトではないため、それを付けることは許されない。

 故に、薬指にはその飯事の象徴をつけさせることになってしまったのだが、彼女の涙交じりの笑顔の前ではそんなこと採るに足らない細事に思えた。


 「吹雪。幸せになろうな」


 体内を駆け巡る恍惚に導かれるようにして、僕は徐に彼女を抱きしめる。


 強く抱きしめればぽきりと折れてしまいそうな華奢な体躯。

 触れ合った体躯からは、彼女の小ぶりな乳房の柔らかい感触と共に激しく鳴動する心音が生々しく伝わってくる。

 

 わずかに視線を降ろせば、「せめても形だけでも」と思い被せたウェディングヴェールが潮風に乗り妖艶になびいていて、我が妻となった少女をいっそう幻想的に見せていた。


 「・・・・しれい、かん・・・・・」


 「・・・・・・・」


 高揚した頬と、これからされるソレに期待と不安を混ぜ込んだ表情で僕を見つめてくる幼妻の顔を一刻眺めたのち、彼女と静かに口づけを交わす。


 重なり合った唇から伝わる、今まで感じたことのなかったオンナとしての感触。

 鼻腔をくすぐる甘い臭い。

 繊細で儚く、そして本当に愛おしい僕の幼妻。


 こんな仮初の飯事であっても、彼女は全身全霊で自分にこたえてくれる。

 だが、歯車である僕には彼女に何一つ返してやれることはできない。


 それが、僕には嬉しくもあり同時に心苦しくもあった。


 だから、せめてこの鎮守府にいる間だけは、たとえ仮初であったとしてもこの娘に人並みの幸せを与えてあげたい。


 それが、この娘を娶った僕の責務なのだから。


 (この娘は。この娘だけは、僕が絶対に幸せにして見せる・・・・) 


 君は本当に愛おしい。

 健気で、儚くて、頑張り屋で、優しくて、そして、僕のすべてを捧げるに値するとても魅力的な女性だ。


 僕は君をきっと幸せにしてみせる。だから、君のことをもっと僕に教えてほしいんだ。


 ――――僕は、君の全てを知りたい。


 君の喜ぶ顔を。

 君の怒る顔を。

 君の楽しむ顔を。

 君の慈しむ顔を。


 姉妹と共に戦場翔け、戦友と共に暁の水平線に勝利を刻み、英雄と湛えられ軍神と賛美される。


 戦果華々しい戦乙女の顔を。

 戦禍無き太平を謳歌するその顔を。

 その群雄を、その讃歌を、その平穏を僕に見せてほしい。


 でも、それだけでは君の全てを知ることにはならない。

 なぜなら君は、ヒトと同じだけの感情持っているのだから。


 僕は君をきっと幸せにしてみせる。だから、君の悲しむ姿も僕に教えてほしいんだ。


 ―――――ボクハ、キミノスベテヲシリタイ。


 君が涙を流す顔を。

 君が痛みに苦しむ顔を。

 君が失望する顔を。

 君が絶望する顔を。


 裏切られ、貶められ、辱めを受け、信じたものに裏切られ。哭きすさみ、怯え絶望し、深淵の哀哭の中で死んでいく。


 苦痛に切り刻まれたその顔を。

 慟哭に塗れたその顔を。

 その絶望を、その憤りを、その悲しみを僕に教えてほしい。


 キミが見せる喜怒哀楽の全てを知ったとき、僕はきっと、この世の誰よりも君を愛することができるだろう。


 だから、僕はキミを最上の幸福へと導く天使となり、キミを最上の破滅へと導く悪魔と成ろう。


 (吹雪。僕は今日から、ヒトであることを辞めるよ・・・・。だから、今はもう少しだけ君を感じさせてほしい・・・・)


 重なり合った二つの体温。

 触れ合った体躯より伝わる鼓動が、僕と彼女の新たな門出を祝い、血濡れた修羅を創り上げていく。


 すべては、我が生涯の妻を、より愛するために。



 『その情愛を以て、我は、悪鬼羅刹の修羅と成らん』






――・〇・――





 星一つなき新月の夜空に、閃光が上がる。

 星々が放つ光ではなく、ニンゲンが創り上げた人工の閃光は、夜空を眩い光で照らしだし、水平線に隠遁する海棲生物たちに開戦の狼煙を伝えた。


 「密偵より合図を確認。全艦載機、作戦を開始せよ」


 通信機から「了解」と応答が聞こえたのと同時に、艤装から次々と淡く光る光弾が夜空へと放たれていく。

 その光弾は、夜陰を数秒滑空したのち、黒く塗装された九八式水上偵察機へとその姿を変えた。


 『全艦載機、発艦終了。これより、作戦行動に移行します』


 搭載された15機の夜偵からの通信に「了解」と短く応え、私――戦艦長門は腸を煮えさせる不快を鎮めようと「ハア~~」と大きくため息をこぼした。


 彼の鎮守府より南東六海里(約12キロメートル)の海上に陣取った、戦艦5隻、駆逐艦1隻からなる特別支援艦隊。

 大本営が抱える砲火力艦を集結させ創り上げた横須賀最強を誇る艦娘達。

 通常、主力艦4隻と駆逐艦2隻からなる支援艦隊を臨時再編し、彼の鎮守府への特別作戦艦隊として派遣されたが、今日ほど胸糞の悪さを抱えて海原(せんじょう)へと出陣したのは初めてだった。


 「長門ォ。あんまりため息ばかりついてると、眉間の皺がさらに増えるわよ」


 吐き出した鬱憤まみれのため息を茶化すようにして、僚艦の一人である陸奥がゆっくりとこちらにやってくる。

 長門型戦艦の二番艦にして私と同じくビッグセブンの一人に数えられる、私の、ただ一人の姉妹艦であった。


 「陸奥・・・・。お前な・・・・」


 別に四六時中に眉間に寄せているわけではないし、今は作戦中なのだからいらぬ私語は慎んでもらいたい。

 そう言おうとした時、陸奥は私の心中を見透かしたようにガクリと肩を落とし「まったく」と言わんばかりの顔をした。


 「そうやって一人だけ不満たらたらの顔をするなって言ってるの。あなた、不満を抱えているのが自分だけだとでも思っているの?」


 ガツンと音がするくらいに正論をぶつけられ、私は反論の弁をそのまま飲み込んでしまった。


 「そ、それは・・・・」


 妹に気圧されながら、私は僅かに視線を左右に揺らしてみる。

 右に泳がせれば、僚艦にして此度の火力の要である大和とその姉妹艦の武蔵が艦載機を放っているのが視線の端に映る。

 だが、その顔は何時もの武人然とした顔ではなく苦虫を十数匹ほどまとめて噛み潰したような、自沈したいほどの恥辱に塗れたような苦渋の顔つきだった。

 特に、大和の方は他傍目でも分かるくらいに消沈しており、前髪に隠れた顔からはぎりりと奥歯を噛み鳴らすが聞こえてきそうである。


 さらに左に視線を動かせば、此度の作戦における最重要艦である涼月がこの世のものとは思えぬ見るもおぞましき異形のソレに寄り添う姿が視界に映る。


 「~~~♪~~~♪」


 まるで、愛娘をあやすように子守歌を口づさみ、鎖で雁字搦めにされた異形のソレをやさしく撫でる、艦隊唯一の駆逐艦。

 その彼女があやすは『艦』と呼ぶには余りにも異形で、『生物』と呼ぶには余りにも忌避される現実と悪夢を融合させた海棲生命体。


 それは、万物を創生セシ神々のもたらした人類への神罰と呼ばれ、此岸に体現セシ艦娘達の不俱戴天と呼ばれる存在だった。


 彼の異形の名は――海峡夜棲姫。


 今は昔、大日本帝國海軍が経験した史上最大の海戦であるレイテ沖海戦。その戦場の一つであるスリガオ海峡で発見、鹵獲されたとされる新種の深海棲艦である。

 奇しくも、あの艦娘達の前世が眠る海で体現した深海棲艦は、我が大本営が、いいや、人類の悲願としてきた深海棲艦の鹵獲に成功した二つ目の成功例だった。


 ただ、我らが人類の延命の象徴が、よりにもよって世界の不俱戴天と忌避され、憎悪されてきたものだというのは、皮肉として片付けるには余りにも興が過ぎるところではあるが。


 「そうだな・・・。すまない、確かに陸奥の言うとおりだな・・・・」


 もう一度息を吐き出し、私は素直に己が非を認めることにした。


 そう、確かに彼女の言うとおりだ。

 この場にいる者、その誰もが今回の作戦に納得しているわけではない。


 だが、正論だけでは戦に勝つことが出来ないことを、此処にいる者たちは否応なしに骨身に染みついているのも、また事実なのだ。


 ―――――だから、私はこの出撃に自ら志願したのだ。


 【深海棲艦の生態研究の一環として、鹵獲した深海棲艦と共に出撃。彼の深海棲艦に関するあらゆる言動を克明に記録セヨ】


 それが、私たち特別支援艦隊が受けた命令だった。


 深海棲艦と我々艦娘との間には、物量という絶望的な格差が存在する。

 深海棲艦の無尽蔵に近い戦力に対抗するには、正攻法だけでは絶対に勝利することは出来ない。


 故に、我々の長たる人類は、戦に勝つために人心を捨てた。


 『人心を捨て、ヒトであることを捨て、正義を語る悪魔を以て人類救済の大義を成す』


 それが、母なる海を奪われ、背水の陣となったニンゲン達がたどり着いた唯一つの勝利の方程式だった。

 そして、この出撃こそが我々の血濡れた【美醜の御旗】を大義ある【白き御旗】へと昇華してくれる、唯一無二の救済なのだと。


 「涼月。始めてくれ」


 その言の葉を最後とし、私は己を悪魔と規定することにした。


 そう、私は艦娘としての誇りを穢した偽善者にして汚物の詰まった畜生袋。

 正義の生皮を被り、正論じみた謀言を垂れ流す悪名高き悪魔そのもの。


 ビッグセブンと賛美奉られたのも今は昔、私は数十年の艦歴のなかで初めて己を呪い、憎み、蔑んでいくのだろう。

 それが、あの閃光をその身に浴びて散った私が受けるべき当然の報いなのかもしれない。


 ―――――そう、私は、シノセンコウを浴びて尚蘇ったバケモノものなのだから。


 「了解しました」


 私の号令に、涼月はただ無機質に応答してみせる。

 それは、彼女が葛藤の末に編み出した余生術のひとつだったのだろう。


 感情を捨て、己を提督の道具と規定し、従い、尽くし、血と罪過にまみれ死んでいく。

 それこそが、己が掲げる艦娘としての使命であり存在意義なのだと。


 「す~~~、は~~~~」


 大きく深呼吸をして、彼女は秋月型駆逐艦涼月からとある艦娘へと己を変換する。


 それは、深海棲艦をこちら側に引き込む【儀式】のようなもの。

 その深海棲艦が辿った前世にゆかりのあるモノを依り代とし、此方の規定する自己同一性に再構築させ、自身を艦娘であると認識させるためのカギとなる存在だった。




 『・・・・山城。目を開けなさい、山城!』






 「・・・・山城。目を開けなさい、山城!」



 己を【山城】と呼ぶ、幼き少女の声。


 後悔と絶望に塗れた私の身を案じ、深淵より呼び戻さんとするどこか懐かしき声音。

 はるかな昔、いいや、もしかしたら遠き未来かもしれない幻と現の狭間で聞いた私を慕い慈しむその声は、久遠なる微睡を貪る私の五感をいま一度覚醒させた。


 ―――――だれ・・・・?私を、その名で呼ぶのは、ダレ・・・?


 ズタズタに穢され残骸と成り果てた前世の記憶を辿りながら、私は鉛の如く重くなった瞼をゆっくりと開く。

 久方ぶりに開いた眼を痛めつける、強烈な夜光。

 光を浴び、網膜と視神経細胞が幾日ぶりの仕事に精を出しながら、私の視界を徐々に回復させていく。

 ゆっくりと彩られていく世界に僅かな恐怖と高揚感を抱いた直後、私の視界に思いもよらないモノが映った。


 (あなたは・・・だれ・・・・?)


 白を基本色とした水夫の制服を身に纏った、銀色の髪が印象的な駆逐艦くらいの少女。

 左右に突き出した艤装からは、二基の長10cm砲がオドオドした様子でこちらを見ている。

 銀髪の間から覗く白地の鉢巻きには、金字で【第六十一駆逐隊】いう恐らく日ノ本のソレと思わしき部隊名が書かれていたが、その部隊のことは私の記憶の断片には存在しなかった。


 ―――――第六十一駆逐隊。聞いたことのない名前だ。


 私が所属していた艦隊の名前でもなければ、私の大切な仲間たちの所属していた駆逐隊の名前でもない。

 いいや、そもそも私には所属していた艦隊などあっただろうか。

 いまだ溶解しかけた脳髄を必死でこねくり回す私に、その娘は二の言の葉を放つ。


 「目が覚めたのね。山城」


 にこりと笑い、その艦娘はもう一度私を【山城】と呼んだ。

 でも、私には何故この駆逐艦が私に笑い掛けるのかがいまいち理解できなかった。


 ―――――なぜ、私をヤマシロと呼ぶの?


 私が【山城】という名前だから?

 それとも、私がその【山城】という者に似ているから?

 でも、今の私にはそれを肯定する術もヒト違いだと否定する術もない。


 なぜなら、今の私には名前が存在しないからだ。


 恐らくきちんとした艦名(なまえ)は存在するのかもしれないが、今の私には己を規定できる名前も自己同一性さえも持ってはいないのだ。


 名前が存在しないのなら、その者は己を規定する同一性(アイデンティティ)を待たぬということ。

 同一性を持たぬということは、その者は己という【個】を認識、制御する自我と精神を持たないということ。

 自我を持たぬなら、その者は生物とは言えず。精神を持たぬなら、その者はこの此岸に留まることは出来ぬということ。


 故に、いまの私は詰まるところ実体を持たぬ幽鬼に等しい存在だった。


 「・・・・あなたダレ。どうして、ワタシをヤマシロと呼ぶノ・・・・?」


 ヒト違いだと言わんばかりに問うてみたけれど、その【山城】という名前は妙に私の心に引っかかる。

 何故だろう。

 その名前を、私は知っているような気がする。


 「どうしてって・・・・。そう、やはり忘れてしまっているのね・・・・」


 ガクリと肩を落とし、その駆逐艦は消沈して見せた。

 その顔が、一瞬、残骸と成り果てた記憶の断片と重なって、私の頭を掻き乱し、うんともすんとも言わなかった瓦礫の記憶達をガタガタと揺さぶり始める。


 ―――――この駆逐艦は、いったい誰なの?


 どうして、私にそんな顔をするのだろう。

 どうして、そんな悲しげな眼で私を見つめるのだろう。

 どうして、私はこの娘の顔から眼を背けられないのだろう。


 『私は、この娘とは初対面のはずなのに』


 いいや、それすらも今は怪しい。

 己を規定する材料が無きいま、全ての事柄に確証を持つことは出来ないのだ。

 なら、私はこの娘に会ったことがあると仮定した方が良いのではないだろうか。


 そう思い至った時、私の耳に娘の三の言の葉が飛び込んでくる。


 「これ、覚えてる?」


 言って娘は、何かを差し出してくる。

 白く華奢な両掌に収まりきらない程に大きなナニモノか。

 不格好な髪飾りで彩られた船の艦橋にも見えなくもないその物体を目にしたとき、私は瓦礫の記憶達が一斉にそのナニモノかに共鳴し、互いに結合し、形を成していくのを感じた。



 『久しぶりね・・・・・会いたかったわ・・・・・』



 万感の思いで私を抱きしめる、私と瓜二つの顔を持つナニモノか。

 失った時間を取り戻すかのように私の体温を、私が打つ鼓動を、私の放つ【山城】の臭いを感じ続けるそのヒトは、私が生涯をかけて守ると誓った大切な存在だった。


 ―――――あなたは、ダレ?



 『・・・・・これは、私からの贈り物よ。私とあなた、―-―――姉妹の再会の証』



 そっと私のソレに触れ、不格好な髪飾り嬉しそうにぶら下げるナニモノかの白き掌。

 「手作りだから」と舌を出しお道化て見せるその顔は、本当に美しく愛らしかった。



 『・・・・ねえ、山城。巷では、これをぺあるっくと言うそうよ』



 自身のソレにも同じものをぶら下げて、ナニモノかは満足げに私にほほ笑んだ。


 悠久の時を超え、幾千万もの因果を乗り越え再会した想い人との再会を祝す大切な証は、『違法建築』とまで揶揄されたソレに眩く映え渡り、以来私たちの大切な絆の象徴となった。


 ―――――あなたは、誰・・・・?そして、ワタシは、ダレ・・・・・?



 『山城、いよいよ決戦よ!私たち、―-―――戦艦姉妹の大舞台が来たのよ!頑張りましょうね』



 紅色の桜花を散らした眩いばかりの衣服を身に纏い、純白の鉢巻きを風に靡かせるナニモノか。

 聖母のような慈しみを振りまく優しき顔とは対照的な武人然とした凛々しき尊顔は、いつか見た夢を果たさんと覇気に満ちていた。



 『いよいよ、僕たちの決戦だね。―-―――、山城、みんな、行こう。必ずみんなで、戻るために!』



 そのナニモノかの傍には、全身全霊を以て死出の旅路を戦果の旅路にせんと揃いの鉢巻きを靡かせて、かつての戦友たちが一堂に会する。



 『今はやってあげるわ!しかも全力で!第二十四駆逐隊出撃します!』



 敗残兵の寄せ集めと揶揄され、残り物艦隊と侮蔑され、欠陥戦艦の取り巻き共と唾棄された、私の大切な艦隊(たからもの)。



 『第九駆逐隊、出撃します!山雲、何時も・・・・一緒だからね!』


 『駆逐艦山雲、抜錨しま~す』


 『最上、出撃するよ』



 そう、彼の艦隊の名は――――西村艦隊。


 その旗艦を任され、あの海へ、あの海峡へ、あの戦場へと旅立つ私の背中を最後まで守ってくれたナニモノか。

 そのナニモノかの姿は、徐々に形を成し、着色され、声音を紡ぎながら眼の前の少女と重なっていく。



 ――――そうか、そうだったのか。


 瓦礫の山から再生セシ己の正体。

 ようやくたどり着いた、私が、ワタシを私として認識できる自己同一性。


 そうだったのだ。あの名前こそ、私の本当の名前。

 そして、この髪飾りをくれたあのヒトこそ、我が生涯をかけて傍に寄り添い護り通すと誓った、私の、たった一人の姉妹。



 そう、あのヒトは。



 ―――――――あのヒトの、ナマエハ・・・・。



 「フソウ・・・・ねえ・・・さ・・・ま・・・・・?」


 徐に問うた私に、その娘はゆっくりと頷く。

 あの日と同じ顔で、同じ声で、その少女は万感の思いで私を抱擁する。


 そして、私の体温を、私が打つ鼓動を、私の放つ【山城】の臭いを感じ続けたのだった。




 『久しぶりね・・・・・会いたかったわ・・・・・』





――・〇・――



《狂逢》




 『あぁぁあぁぁ・・・・吹雪・・・・。よかった・・・・本当に、良かった・・・・・』




 西の水平線に沈む太陽が放つ最後の光が差し込む黄昏時の鎮守府。古くは逢魔が時と呼ばれた日の入りの執務室で、僕は彼女と再び会い見えた。


 「あ・・・あの・・・・」


 状況を理解できず唯々抱擁されるままの彼女に、僕は殆ど号泣しながら「いいんだ・・・」と何度も繰り返す。

 そして、失った時間を取り戻すかのように吹雪の体温を、吹雪が打つ鼓動を、吹雪の放つ臭いを感じ続けた。


 ただし、厳密にいえばこの艦娘は僕の知っている吹雪ではない。

 連れ帰った艦娘達の話では、この娘には【艦娘の吹雪】としての記憶は一切ないという事だったからだ。


 そう、この吹雪にはこの鎮守府の初期艦だった記憶もなければ、僕とケッコンカッコカリを交わし、唯一人のケッコン艦だった記憶もない。

 そして、自身がニンゲンに弓を弾く深海棲艦だという自覚もない。


 いま、僕の目の前にいる人ならざる者は、この此岸に生まれ出でた直後の状態、言わば無垢なのだ。


 だが、僕にとってそんな事は思案する価値さえない愚案だった。


 ―――――いまこの場に、この此岸に、この鎮守府に、この時空に、僕の吹雪がいる。


 それだけで、僕は十分だった。


 (吹雪・・・・。やはり君は、僕のすべてを捧げるに等しい女性だったよ・・・・!!)


 沸き起こる渇望と、置き場を見いだせず溜まり続けた欲望が一気に噴き出していく。


 本当に君は、僕のすべてを満たしてくれる。

 僕の躰を。

 僕の魂を。

 僕の心理を。

 僕の論理を。

 諸人には決して理解されることのない。この歪に、残酷に、冷淡に、無慈悲に捻じ曲がった【狂気】という名の心に、キミはいつでも歓喜という名の美酒を満たしてくれる。


 僕はもう君を手放すことはしないだろう。

 だから、キミはずっと僕の傍にいるといい。

 戦禍に焼かれることのないこの鎮守府(ばしょ)で、この部屋で、この腕の中で、キミは僕とずっと一緒に愛を育んでいくんだ。


 ――――――そう。失くしたのなら、また、いちから作ればよいのだから。


 「あ、あの・・・・。アナタハ・・・・・」


 「僕の名前はね、――-―-というんだ。そして、この鎮守府を護り導く、キミの司令官だよ」


 優しく言い聞かせるようにして、僕は自身の名と呼称を名乗る。

 これから君が幾千万回呼ぶことになる、僕の名前にして君をこの此岸へと繋ぎ留める大切な楔。

 決して千切れることのない、ナニモノにも穢されることのない、君と僕とをつなぐ大切な絆(くさり)。


 「シ・・・レイ・・・・カ・・ン」


 「そう、よく言えたね」


 「シレイ・・・・かん。ワタシの、しれ・・・イ・・・かん」


 「そうだ。キミの・・・・、キミだけの司令官だよ」


 たどたどしく何度も繰り返し呼称する幼き深海棲艦の声音が、僕の噴き上がる狂気と混ざりあい、狂乱なる饗宴へと二人をいざなっていく。


 これだ。

 これこそが、僕の望んだ失楽園への道標。

 キミとの出会いに心を弾ませ。

 キミと別れた絶望に心を引き裂かれ。

 キミと再会した奇跡に心を清め癒される。


 キミこそ、僕を天上の彼方へと導き、久遠なる極楽浄土への道標。その使者。いいや、神そのものと言っても過言ではない。


 最早だれにも、この旅路を邪魔することは出来ない。

 例え三千世界を想像セシ八百万の神々でさえも、僕たちの門出を遮ることなどできはしないのだ。


 「吹雪。また、幸せになろうな」


 体内を駆け巡る恍惚に従うようにして、僕は徐に彼女の左腕に自身の左手を重ねる。


 ニンゲンに魚の特徴を足したような歪な左腕。

 ぬるりと湿り気を帯びながらもごつごつとした感触を残すその指間に己の指を挟み込んだ時、僕の脳裏にある艦娘の顔が刹那的に浮かび上がった。



 『ねえ、ていとく・・・・。私・・・・やったよ・・・・提督からの頼み事・・・・ちゃんと果たしたんだよ・・・・。だから・・・・だから・・・・・!!』



 親友の返り血で真っ赤に染まった制服。

 壊した友情でくの時に曲がった愛砲。

 己の犯した過ちに見る影もなくズタズタに切り刻まれた表情で、その娘はあろうことか僕に指輪(ほうしゅう)を要求してきたのだ。



 『実は、司令官殿に褒めてもらいたくて、とってもとっても、睦月、頑張っていたのです』



 そう言って、娘は婚儀の終いに僕に抱き着いてきた。


 ボロボロに崩れた泣き笑いで僕の躰に手をまわし、制服にこれでもかと血と鼻水を塗りたくり、「ありがとう」と壊れた録音機のように何度も謝辞を述べてきたのだ。


 (・・・・ああそうか、まいったね。あいつに指輪、くれてやったんだよな・・・・)


 無論、娘に渡したのは酒保で幾らでも買える飯事品の方だったのだが、カッコカリの終いに見せた歪にゆがんだ汚らしい笑顔がここにいる吹雪の顔と重なってしまって、甚だ不快に感じる。


 ――――あいつ、解体しとくべきだっただろうか。


 あまりにその娘が鬼気迫る勢いで詰め寄ってきたので思わず了承してしまったのだが、今にして思えば、あえてあそこで【友軍殺しの咎で解体処分】と言う選択肢もあったのでないかと後悔してしまう。


 だが、曲がりなりにもあの娘は鎮守府唯一の最高練度艦。

 そして、吹雪が自身を【特型駆逐艦吹雪】として認識するための、同一性の一つなのだ。


 それを踏まえると、あの娘を此処で解体処分とするのは些か軽率と言えるだろう。


 (仕方ない・・・・。しばらくは、飯事に付き合うとするか・・・・)


 ガキの児戯に付き合うのは、大人として当然の責務。

 ならば、そのガキの保護者である僕が折れるのは至極当然のことだろう。


 そう自分を納得させて、僕は茶々を入れていた憤怒と共に娘の顔を頭から追い出す。


 まったく、何時みても汚らわしい顔だ。

 あの醜顔に比べれば、この吹雪の方が万倍もましである。


 それに、僕が愛しているのは吹雪だけだ。


 ―――――そう、吹雪だけなのだ。


 「吹雪。また一緒に、思い出をたくさん創ろうな・・・・」




 万物の母がその体躯を水平線へと埋没させ、人外の徒が跋扈する逢魔が時が終焉を迎える。


 その逢魔に導かれ、我が生涯の妻は現世に三度目の体現を果たした。


 それは、理を統べる神々の悪戯か。それとも、世を統べる縁の賜物か。

 いずれにせよ、我もまた相応の代償を払わねばならぬのだろう。


 最も、この奇跡に見合う対価など、在りはしないのだろうが。



 『All or nothing。その言の葉を新たな御旗とし、我は今一度、悪鬼羅刹の修羅と成らん・・・・』





――・〇・――





 光無き月下の海原に、一人の人外の雄叫びが木霊する。


 かつて、人類の守護者として君臨した彼の戦船は、三度の体現を以て人類に弓引く不俱戴天の怨敵と成り、同時に、人類を救済する天恵者と成った。


 「敵艦隊発見。砲戦、用意して」


 『了解。各砲塔、一式徹甲弾装填』


 新月の青黒い海原を全速で航行しながら、私は眼下に広がる水平線上を睨み付けた。


 月の御光も無ければ、共に海を掛ける戦友もなく。

 友軍の支援も無ければ、夜偵の援護もない。


 たった一人の進軍。いいや、新たに得た艤装には数百人の整備妖精たちが乗艦しているから、厳密にいえば私は一人ではないのかもしれない。

 それでも、背中の預ける者たちがいないというのは何とも寂しいものだった。


 『水上電探から、主山城へ。前方の敵艦隊の照合、終わる』


 艤装に詰める整備妖精から通信機越しに「照合完了」の報告が上がる。


 私の眼前に立ちはだかるのは、アヤナミ型駆逐艦が三隻。

 ムツキ型駆逐艦が三隻。

 センダイ型軽巡洋艦が二隻。

 それと、ショウホウ型軽空母が二隻の合計十隻からなる水上打撃艦隊とのことだった。


 「了解。各整備妖精は、引き続き敵艦隊の動向を逐一報告して頂戴」


 再度命令を下し、艦内通信に合わせた通信機から『ヨーソロー』の応答を聞きながら、私は新たに得た艤装を今一度眺める。


 深海棲艦の纏う艤装と酷似した、艦と生物を足したような不気味な艤装。

 まるで複数の砲塔を模したイキモノ達が寄り沿い、形を成しようなおぞましい外観からは想像もできないが、その艤装からは人肌よりも少し高めの体温と鼓動が伝わってくる。


 (まるで、姉さまが連れていた長10cm砲のよう・・・・)


 抜錨前に撫でさせてもらった二基の10cm砲の感触を重ねつつ、私は腰を下ろしている艤装の一部をそっと撫でてみる。


 「・・・っ!・・・・・・♪」


 やけに歯並びの良い41cm連装砲と思しき艤装は、私の手の感触に一瞬ビクリとしたのも直後、まるで動物が母親に甘える時のような妙に可愛らしい声を発してくる。


 (・・・・そう。この艤装も、姉さまのソレと同じく生きているのね)


 鉄と生物の合成体でありながら、確かに生命の息吹を感じさせる我が新しき艤装。

 やはり、姿形は変わっても纏う艤装だけは確かに私と姉さまを繋いでいるのだ。

 ようやく、今の姉さまとの繋がりを見いだせることが出来た気がして、私はようやく自分の生涯に【不幸】でなく【幸福】がやってきたのだと認識し肯定することができた。


 「姉さま。山城はもう、不幸などと嘆いたり、弱音を吐いたりは致しません」


 ことあるごとに自分を「不幸」などと卑下した日々。


 欠陥戦艦などと唾棄され、艦隊にいる方が珍しいなどと陰口をたたかれたのも、今は昔。

 かつて時期主力戦艦の先駆けとして建造されるも、その特異性ゆえに内地で無益な毎日を過ごしたこの屈辱の清算は、いま、この瞬間を以て成されるのだ。


 (・・・扶桑型の活躍する時がとうとう来たのね!姉さま、山城、頑張ります!・・・ふふ、ふふふぃうふぃふふふ・・・・・・)


 バシバシと胸を殴りつける鼓動。

 今か今かと血飛沫を浴びたくてうずうずしている、私を形作る約37兆五千億個の細胞たち。

 脳内をびりびりと振動させる、戦場を欲する艦娘としての本能。 

 その皮膚切り裂かんと鋭利に襲い来る潮風と、ソレに便乗する十の殺気と105の小さき闘志たち。


 その一つ一つが、私を歓待し、高揚させ、五臓六腑を血潮の宴へと誘っていく。


 「姉さま・・・山城、必ず成し遂げてみせます・・・・!」


 ―――――さあ、来るが良い。


 我は、扶桑型戦艦山城。

 我が姉妹は、日出る國――日ノ本の異名を名付けられし不沈の戦船成り。

 我を沈めたくば、それこそ国盗りを成す覚悟で参られよ。



 血液と共に体躯を縦横に貫く戦果功労への美酒を夢想しながら、私は数十年ぶりの雄叫びと共に、己が闘志を夜陰の水平線に高々と響き渡らせたのだった。



 「邪魔だァぁ・・・・。どけええぇぇぇぇぇぇぇぇえっ!!!!」






 新月の彼方から、とても懐かしい鉄火が聞こえてくる。


 はるかな昔、もしくは遠き未来に聞いたかもしれない砲火の奏でる戦笛。

 その音色に載せられて、届くはずのない硝煙の香りを鼻腔に嗅いだ時、私は忘却の彼方に連れ去られた深海棲艦としての本質を呼び起こされたのだった。


 ―――――仲間が、戦っている。


 深海を棲み処とする我々深海棲艦は、昼間よりも夜陰の方が五感が良く働き、より遠くの状況が認識できる。

 故に、今の私は執務室に居ながら水平線の彼方に展開される戦況を把握することが出来た。


 (・・・・あのフネは、ダレだろう?)


 新月の海原で、ここの元同胞たちと戦っている一隻の彼岸の瓣。 


 超絶的に研ぎ澄まされた五感から伝わってくる情報を鑑みて、どうやら彼女は私と同じく姫級に属する者のようだった。

 でも、彼女から伝わってくる熱は、私を連れ戻そうとした慈恩のソレではない。


 彼女から伝わってくるのはもっと自己的で、渇望的。

 己の定めた誓約を果たさんとする妄執と、戦友(とも)定めた者たちを救わんとする執念だけだった。


 (・・・・あのヒトを、助けなきゃ・・・・)


 名前も知らぬ同胞に憐憫の情を抱きつつも、私は彼女を助けに行こうと思い立った。


 ―――――あのヒトは、私と同じなのかもしれない。


 彼女の言う仲間がいったい誰のことを指すのかは、正直分からない。

 でも、私の知る限りでは、此処に彼女の同胞とする深海棲艦は存在しないはずだ。

 ならば、彼女もまた私と同じ、無垢であるがゆえにニンゲン達の業の玩具にされた憐れな彼岸の瓣の一人なのだろう。


 そう、自己同一性を確立できぬままニンゲンの虜にされ、仮初の同一性(アイデンティティ)を植え付けられ、己を【深海棲艦に非ず】と嘯く憐れな道化。

 ニンゲンの業を満たす、欲と恥辱に塗れた愛玩人形。


 その愛玩人形が行き着く先は、絶望と破滅以外にはない。


 「・・・・・いこう」


 徐にそう呟いて、私は彼女の所へ行こうと踵を返そうとした。



 その時だった。



 「どこに行くつもりですか?」



 突然執務室に別のオンナの声がして、私は咄嗟に艤装展開の構えをしながら声の聞こえた方向に視線を合わせる。

 唯一の出入り口であるマホガニー色に塗装された高級木材製の観音開きの扉を塞ぐようにして佇むその少女を視界に捉えたとき、私は全身の毛が逆立つのを感じた。


 「・・・・・っ。オオヨド、秘書艦・・・・」


 声の主は、この鎮守府における影の支配者であるオオヨド秘書艦のものだった。

 しかも、彼女はすでに艤装展開を終えており、配下の艦載機である紫雲をこれ見よがしに侍らせ、「貴方を沈める準備は出来ています」とでも言いたげに二基の愛砲をこちらに向けていた。


 「さっきぶりですね、吹雪さん。いいえ、今の貴方にとっては初めましてというべきなのでしょうか・・・・?」


 噛み締めるようにそう呟いて、オオヨド秘書艦は妙に穏やかな表情をで私を見つめてくる。

 その顔は、何時もの能面とは対照的に生気に満ちていたが、銀縁の眼鏡に囲まれた水晶色の瞳にはどこか哀切が漂っており、まるでこれが今生の別れであるかのようだった。


 「・・・・そう、ですね。そうなのかもしれません・・・・」


 恐らく、司令官に着任の挨拶をした時のことを言っているのだろう。

 あの時、私は確かにあの場にいたけれど、まだ自分がナニモノなのかを認識していない無垢の状態だった。


 故に、自身の自己同一性を確立し、仮初の艦娘から真の深海棲艦として覚醒した私に対して放ったその言の葉は、至極的を得ているのかもしれない。


 「さて、オオヨド秘書艦。この場合、やはり私は深海棲艦として抵抗するべきなのでしょうか。それとも、被験体として大人しく貴方に討たれるべきなのでしょうか?」


 ちらりと天井を見やり、私はあえて左手をオオヨド秘書艦に突き出す。

 何度も何度も斬り付けて、五指を落とし、原形を留めぬまで破壊しつくしたあの左手は、私の戦意に呼応しニンゲンに魚の特徴を足したような歪なモノへとその姿を変えていく。


 ―――――これが、本来の私の左腕の姿。


 私を、万象の敵から護る盾。

 私の、万象の敵を屠り去る矛。

 私が、ワタシを私として認識するための本当の自己同一性。


 人類の不俱戴天である深海棲艦と成った私を象徴する、私の真の艤装。


 「そうですね・・・・。私個人としては後者の方が好ましいですが、やはりここは、前者の方がより良い情報が得られるのでしょうね」


 哀切の顔から一転して「ニタァ~」という効果音が飛び出しそうなほどの強烈で下種な笑い顔を作り、オオヨド秘書艦は左手にもつ愛砲の引き金を躊躇なく引いた。


 ドン


 炸薬の匂いが辺りに充満し、高速回転する三発の155mm砲弾は私の頭部目掛けて飛来し、その頭蓋を粉みじんに破壊した。



 はずだった・・・・。



「どういうつもりですか・・・・?オオヨド秘書艦」


 意図が分からず、私は思ったことをそのままぶつけてみる。


 あの砲弾は、確実に私の心臓を狙ったはずだ。

 だが、私を狙ったはずの三発の砲弾は、どういう訳か私の【右斜め頭上を通過】して、執務室の窓を破壊したのち夜陰の海へと消えていったのだ。


 砲塔の故障?

 それとも、オオヨド秘書艦が故意に弾道をゆがめた?


 いいや、そのどちらとも違う。

 なぜならこれは、彼女にとって予想外の事態だったからだ。


 「そんな・・・・。どうして?」


 まるで鳩が豆鉄砲を食らったかのように、オオヨド秘書艦は眼を真ん丸にして私越しに砲弾の消えた窓を見つめる。 


 ―――――アリエナイ。


 顔全体でそう訴える彼女に、私は僅かにほくそ笑み鎌をかけてみる。


 「一体どうしたというのです?オオヨド秘書艦。・・・私は此処ですよ?」


 「う、うるさい・・・・!」


 ドン ドン


 売り言葉に買い言葉をそのまま体現するかのように、オオヨド秘書艦は再度の砲撃を行う。

 今度は右股に装備した第二砲塔も使用した合計6発の砲弾が、私を肉塊に変えんと襲い掛かる。



 ところが。



 「どうして・・・・!?」


 「意外と砲撃が下手なんですね。オオヨド秘書艦?」


 放たれた6発の砲弾は、その全てが私の躰を模るようにして綺麗に掠め通り、背後の窓ガラスをヒト型に破砕して夜陰の空へと消えていった。


 ―――――アリエナイ。こんなこと、あり得ない・・・・!?


 今度は躰全体でそう訴えて、オオヨド秘書艦はまだ私に愛砲を向けてくる。


 左手と右股に装備した軽巡洋艦にしてはやけに大きく見える二基の15・5cm三連装砲は、傍目でも分かるほどにガタガタと震え、銀縁メガネの奥から見える水晶色の瞳からは先ほどの闘志は微塵も感じられなくなっていた。


 差し詰め、今の彼女は己の持つ常識では説明不可能な摩訶不思議な現象に遭遇し、右往左往する諸人の一人と言ったところであろうか。


 「やれやれ・・・・。一年もの間、私を散々弄りまわして来たというのに。貴方たちニンゲンは何も学ばなかったのですか?」


 「な、なにを・・・・!?」


 戦意を喪失し狼狽えるばかりのオオヨド秘書艦をして、私はニンゲンという生き物に心底幻滅してしまった。


 まったく、私たちを被験体とした大本営と言い、愛玩人形とした司令官と言い、ニンゲンというものはどこまで愚かで、自己中心的で、固執的なのだろう。

 艦娘達を使役し、弄び、凌辱し、敵とする深海棲艦たちすらも自らの自慰と啓蒙の糧として食い散らかしても尚彼らは己の悪癖と向き合うことをしない霊長類の愚長たち。


 なんと愚か。

 なんと低能。

 なんと救いようのない頭でっかちな有機生命体であろう。 


 こんな愚かなモノたちに、私は従い、命を懸け、同胞たちの血を浴びてきたというのか。


 こんな大バカ者達に、私は、ワタシハ・・・・・。


 「オオヨド秘書艦。いいえ、此岸に巣食う70億のニンゲン達よ。ようく見ておきなさい。これが、私たち深海棲艦が久遠なる戦禍と犠牲の果てに手にいれた究極の力よ!」


 鎮守府を監視する千台余りの監視カメラに宣言するように言い放ち、私は突き出した左腕を徐に半回転させる。

 上向きと成った掌をオオヨド秘書艦と自分の視界と重なるようにして移動させ、魚のヒレの付いた指を僅かに握ったのち、掌に焔が揺らめいているようなイメージを脳内り作り出す。


 そして、言の葉を紡いだ。



 『盟約者たちよ。ワレニ、シタガエ』





――・〇・――





《狂定》




 『君が、――-―-大佐だね。キミのことは、元帥から聞いているよ』



 彼岸の瓣と成った吹雪と再会してから数日たったある日、僕は横須賀鎮守府――通称『横鎮』を統べる元帥閣下より召喚を命ぜられた。


 ――――ち・・・っ。大本営め、こういう時だけは耳が早いな・・・・。


 深海棲艦と成った吹雪のことはいずれ大本営に知られることは分かっていたけれど、まさか数日余りで知られてしまうとは。

 正直、大本営の情報収集能力を僕は見くびっていたのかもしれない。


 だが、玄関先で待ち構えていた元帥から「応接室へ行け」と命ぜられ、訳も分からずそこへ向かった僕を待っていたのは思いがけない人物との邂逅だった。


 「まずは初めまして、と言っておこう。ここまでの御足労に感謝申し上げる」


 「はっ。恐縮であります」


 僕の所属している鎮守府の執務室よりもはるかにだだっ広い応接室の奥。いわゆる上座に座る高級そうなスーツに身を固めた中年くらいの男性に、僕はぴしりと背筋を伸ばし敬礼の姿勢をとる。

 通常、と言うより軍関関係者で無い民間人が鎮守府の――それも最重要防衛目標である提督に一対一で面会することなどあり得ない。


 つまり、彼はそれが出来る立場にあるという事。その証拠に、彼のスーツの襟に光るバッジは僕にとって文字通り雲の上の人が着ける代物だった。


 「うむ。とりあえず掛けてくれたまえ」


 「はい」と再度敬礼をしたのち、僕は彼の着席を確認してから腰をおろす。

 尻部に伝わる高級家具ならではのしっかりとした掛け心地。己の体重をしっかりと支える緩衝材の心地よい感触を感じながら、僕は彼の襟につけられたバッジに目をやる。


 紫のモールに映える、金色の11弁菊家紋。


 そのバッジをつけることを許される者は、この日ノ本において唯一つの職務しかいない。


 ―――――-防衛大臣・・・・。なんで、こんな天上の人がわざわざこんな横須賀くんだりまで。


 そう、僕の目の前に座る人物は、日ノ本における軍事行動を統率する防衛大臣そのヒト。

 本来、國会議事堂に設けられた完全防空の執務室で雑多の書類に埋もれている人が何故こんな血と磯に塗れた前線にまで足を運んだのか。


 そんな、彼の真意を測りかねていた時、防衛大臣が話の口火を切ってきた。


 「――-―-君。キミにとって、艦娘とは何かな?」


 「はい・・・・?」


 いきなり不可解な言の葉をぶつけられて、僕は素っ頓狂な言葉を返してしまった。


 「キミにとって、艦娘とはどんな存在だい?」


 ―――――艦娘とは何か。


 その問いは、艦娘の誕生と同時に幾度となく議論されてきたことだった。


 深海棲艦が人類に牙をむいてから幾星霜。

 深海棲艦に唯一対抗できるとされた艦娘達に、我々人類は羨望と謝辞、懐疑と異質の目を向けてきた。


 曰く、艦娘とは人類に使役される兵器である。

 曰く、艦娘とは人類の滅亡を憂いた神からの天恵である。

 曰く、艦娘とは我々と同じだけの喜怒哀楽持ったまごうことなきニンゲンである。

 曰く、艦娘とはヒトの皮をかぶったヒトならざるバケモノである。


 容姿美麗のカタチを成し、人語を理解し、ヒトと同じだけの感情持ち、身の丈ほどもある巨大な重火器を以て海原を翔ける少女の姿をしたナニモノカ。


 彼女たちが一体ナニモノで、何を思い、多くの血を流してまで人類の味方となり深海棲艦と戦うのか。


 だが、いくら問いを重ねても、議論をぶつけあっても、終ぞ回答が出ることはなく、我々人類は唯々彼女たちの無償の庇護を受けながらここまで生きたのだ。


 「そうですね・・・・。至極私的なことを申し上げれば、興味深い存在という所でしょうか」


 「ほう・・・。興味深い、とな?」


 思いがけない回答を得たという感じで、防衛大臣はそう言い放つ。


 まあ、本来なら「やれ、艦娘は唯の兵器である」とか、「やれ、艦娘は我々人間と同じ存在である」などと言うべきなのかもしれない。


 だが、彼は恐らくそんな使いまわされた社交辞令を聞くためにここまで足を運んだわけではあるまい。

 でなければ、わざわざ人払いをして僕と一対一で話をする必要などないはずだ。


 「はい。世間では、艦娘は兵器だのニンゲンだのと宣っているそうですね。でも、自分にしてみれば、何故彼女たちをニンゲンの価値観で区別するのか理解に苦しむのです」


 「なるほど。では、君は艦娘はニンゲンではない。しかし、兵器でもないというのかね?」


 「いいえ、そうではありません。自分は、そもそもこの論議自体が無意味であると思っているのです」


 「どういうことだ?」とでも言わんばかりの顔をして、彼は僕の論理に興味を示してくる。


 その彼に、僕は一つの哲学じみた言の葉を送ってみた。


 「大臣。自分は、何故艦娘がいまだに人権を得ることが出来ないのか、その理由が解る気がするのです」


 なるほど、確かに艦娘は我々ニンゲンととにかくよく似た特徴を持っている。


 彼女たちは、喜怒哀楽と言うニンゲンと同じだだけの感情がある。

 彼女たちは、ニンゲンと同じだけの心理を持っている。

 彼女たちは、ニンゲンと同じだけの思考回路を持っている。


 そして、彼女たちはニンゲンを愛し、ニンゲンに愛されるだけの魅力と恋愛思想を持っている。


 これだけ我々と共通する特徴を持ち、尚且つ容姿美麗とくれば確かに彼女たちをニンゲンと規定し、兵器と断ずるものを排斥しようとするのもある意味では当然なのかもしれない。


 だが、世論はいまだに無駄な議論を続け、まとまる気配はない。


 何故か。


 答えは簡単だ。


 畢竟、彼女たちをニンゲンと規定するものと、彼女たちを兵器と規定するモノたちの根っこの部分が一緒であり、彼らは本当に論ずるべきことを先延ばしにしているだけで、一向に己の愚を認めようとしないからだ。


 いいや、気付いていても尚論ずること避けているのだ。


 「それは、どういう事だ?」


 いまいち釈然としない大臣に、僕は能面のような顔を作り言い放った。



 『大臣。貴方は、年端もいかない少女に、面と向かって今すぐ死ねと言えますか?銃を手に取り、バケモノと戦えと言えますか?親や兄弟、親友、恩人を見殺しにしろと言えますか?』






――・〇・――




 白色の空間に、赤い閃光がほとばしる。


 彼とワタシ、二人で築いて来たその空間を穢す、赤い色彩。

 その色彩と重なった甲高いオンナの声は、これから始める裁定の狼煙と成るには何ともつまらないものだった。



 「かは・・・・っ。・・・あぁ・・・・か・・・・く・・・・」


 「あ~あ、だから言ったのに・・・・」


 己の流した血反吐の中に沈む、この鎮守府の影の支配者。

 司令官との共謀関係を盾に暴虐の限りを尽くしてきた彼の艦娘は、ここに来てまさかの因果応報ともいうべき最期を迎えようとしていたのだった。


 「ら・・・ぜ・・・・。ろう・・・ひ・・・て・・・・」


 突然【謀反】を起こされた艤装によって、扉に背を預け座り込むオオヨド秘書艦は見るも無残な姿と成っていた。


 カタパルトを装備した右腕は肩の付け根から吹き飛ばされており、右側頭部は、頬から目尻にかけての皮膚がまるで切れ味の悪い刃物で強引に切り採ったかのように歪に抉れている。


 さらに視線を下に向ければ、ゼロ距離射撃をさせた二基の10cm高角砲の砲身がわき腹に突き刺さっており、砲塔の方は砲弾と言う名のミキサーに掛けられた内臓の一部と血反吐がぶちまけられて見るも無残な姿と成っていた。

 あれでは、いまごろ砲塔内も悲惨な状態になっていることだろう。


 「ごぶぉ・・・・っ。がは・・・ごは・・・・は・・・・が・・・・ぐ・・・・」


 「おどろいたなぁ・・・・。まだ、生きているんですか」


 あそこまで大破していれば、むしろ轟沈したほうが遥かに楽だったであろうに。なのに、あのオンナはまだ生きようとしているのか。


 ―――――というより、なんで生きているのだろう。


 よくよく見てみれば、オオヨド秘書艦の損傷具合は見た目は酷いけれども轟沈するほどの致命傷には至っていないようだった。


 (おかしいな・・・・。掌握した艤装には、『確実に殺せ』と命じたはずなんだけれど・・・・)


 そう思ったのも刹那、オオヨド秘書艦の艤装が淡く光り輝く。

 緑と青が絶妙に混ざり合った、温かみのある光。

 それは、艦娘達の間では畏敬と哀惜の意味を込めて呼称されるある装備品が発動した光だった。


 (・・・・あれは、応急修理要員の光)


 【応急修理要員】


 艦娘達の間では、ダメコンと呼称されている特殊な整備妖精のことだ。


 この整備妖精は、搭乗している艦娘が轟沈(しぼう)しかけたとき、自らの命と引き換えに艦娘を轟沈から救ってくれるという献身の塊みたいな存在だ。

 まあ、平たく言えばその妖精を身代わりとするわけだが、どうやら私はオオヨド秘書艦の艤装を完全には掌握出来ていなかったと言う訳だ。


 ――――まあ、どのみちそのダメコンも使ってしまったのだから結果オーライなのだけれど。


 そう自分に結論付け、私はいま一度オオヨド秘書艦の艤装――正確にはそこに詰める整備妖精に指示を送る。


 「主砲、斉射用意。目標、軽巡大淀左右両足」


 『リョウカイ、シマシタ。ホウゲキ、ヲ、カイシシマス』


 まるで機械が喋っているかのような声が艤装から聞こえた後、力なく垂れ下がっていたオオヨド秘書艦の左手がゆっくりと持ち上がる。


 「オオヨド秘書艦。貴方には、ワタシの艤装の手慣らし相手になってもらいますよ」



 ――――そう、彼岸の瓣として転生したワタシが得た新たなる艤装。その最初の錆に・・・ね。



 にやりと口元を歪めたその刹那、かの左手は私の命じた通り主の両足目掛けて砲撃を始めた。


 ドン ドン ドン


 「がぁ・・・っ!?いいいぎぁあ”あ”ゝああ”ぅぅ”ぅぅ”ぅぅ”ぅぅぅぅう・・・・・・!!!」


 主の口から絶叫と血反吐を吐き出させながら、オオヨド秘書艦の左腕はひたすらに砲撃を繰り返す。


 【己の精神】が乱心していないのにも関わらず、【己の躰】が乱心し自らを傷つけるという奇行極まる展開。

 きっと、いまの彼女の精神は必至で暴走する躰を制しようと躍起になっているはずだ。


 だが、【砲撃時の反動と振動がわき腹に刺さった砲身と砲弾でぐちゃぐちゃにされた内臓に更なる追い打ちをかける】という筆舌に尽くしがたい痛みの中で、一体どれだけの抵抗が出来るだろう。 


 まあ、それもあのオンナがしてきた罪過と、これから世界に降りかかる地獄に比べれば生温いものであるが。


 ドン ドン ブチュリ ドン グチャリ ドン


 「がぁ・・・ぎぎい”あ”いあ”いあ・・・・・がはっ・・・あぐああ”あ”いい”いあ・・・・!!!!」


 「ふ~~ん。なるほどね、【避来矢の艤装】はこんなことも出来るんだ・・・・」


 私が左手を介し砲撃地点を念じる度に、オオヨド秘書艦の左手は私の思念の通りの軌道を描き砲撃を行っていく。


 足首からふくらはぎへ。

 膝から股へ。

 股から足の付け根へ。


 宿主が苦悶の絶叫を上げるのを意に介さず砲撃を繰り返すその様子に、私は改めて自身が授かった新しい艤装の性能に俄然興味がわいていた。



 【避来矢(ひらいし)の艤装】


 それが、深海棲艦と成った私が手にした艤装の呼び名であった。


 名前の由来は、日ノ本に実在する神具『避来矢』からとられたらしく、その特性も彼の武具をそのまま再現した防御特化型の特殊艤装であった。


 その防御性能は『究極の絶対障壁』とうたわれるほどで、これを装備した艦船はあらゆる鉄火から無傷で生還することが出来る。

 ただし、この艤装はその名の通り防御のみに特化したものであるの為、自衛を含め攻撃能力は一切備わっていない。


 ――――いいや、違う。


 【持ってはいない】のではなく、【持つ必要がない】のだ。


 何故ならこの艤装は、飛来する砲弾の軌道を変えるのではなく、その根幹――即ち艤装を制御する整備妖精そのものを洗脳掌握することで、敵艦娘を無力化するのだから。


 「あがぁ”っ・・・・ぎぅ”っ・・・・ぐぃ”・・・ぐ・・・・い”・・・あぁ・・・・・」


 「あらら・・・・。もう終わりですか・・・・?」


 まだ両足が破壊されただけだというのに、オオヨド秘書艦の精神は限界を迎えてしまったようで、血反吐がこびりついた口から盛大に泡を吹いて失神してしまった。

 それと時を同じくして、左手の主砲からカチカチと空撃ち音が響く。


 どうやら、ご自慢の15・5cm三連装砲も弾切れのようだ。


 (やれやれ、いままで散々ワタシたち相手にでかい顔をしておいて。なんともみっともないヒトですね・・・・)


 だらしなく開いた口から意味のない言の葉を吐き出す影の支配者に唾棄の眼差しを送りつつ、私は掌握した艤装に砲撃停止の指示を出す。


 一応、彼女たちも敵ではあるのだが、永遠に空撃ちを続けさせるのもなんか忍びない。

 それに、元々私たち海棲生命体と整備妖精たちは一蓮托生の間柄なのだ。

 例え敵であろうと無下には出来ない。


 「さて・・・・。帰還(かえ)りましょうか・・・・」


 空撃ち音が静まり、水平線の彼方より鳴り響く戦火の音色を心地よく聞きながら、私は彼からもらった愛砲を右手に召喚し、その照準をオオヨド秘書艦ではなく執務室の扉に合わせる。


 【艦娘の吹雪】として生きるために彼から授けられた、愛用の12・7cm連装砲。


 彼岸の瓣として覚醒したいま、この愛砲の最後の鉄火は私を縛り付けたこの鎮守府にこそ相応しい。


 さようなら、司令官。

 さようなら、艦娘達。

 さようなら、此処で過ごした思い出たち。


 ここで過ごした吹雪としての日々は真贋に満ちていたけれど。それでも、私にとってはとても楽しい日々でしたよ。


 徐に頬を伝わった一筋の滴は、これで本当にお別れなのだという人類への未練か。それとも、艦娘だった己への未練か。


 いずれにせよ、もはや後戻りは出来ぬ。


 そう、ワタシは深海棲艦とニンゲン達、その両方から戦慄と忌避の対象とされる者。簒奪者(スレイヤー)なのだから。



 「・・・・・バイバイ。吹雪ちゃん。タノシカッタヨ・・・・」



 マホガニー材の扉に映る、艦娘としての影(じぶん)。

 吹雪として創造され。

 吹雪として生き。

 吹雪として愛され。

 吹雪として憎まれ。

 吹雪として殺されたその影に、ワタシは最後の撃鉄を鳴らしたのだった。





――・〇・――



《狂義》




 『大臣。貴方は、年端もいかない少女に、面と向かって今すぐ死ねと言えますか?銃を手に取り、バケモノと戦えと言えますか?親や兄弟、親友、恩人を見殺しにしろと言えますか?』




 防衛大臣に投げかけた、質疑の言の葉。

 世界を二分する議論を皮肉る蔑言にして、この世の真理を体現せしめるその言の葉は、彼にだけではなく、恐らくこの此岸に愚生する全ての諸人にはなったものだったのかもしれない。


「吹雪、ごめんね・・・・。つらかっただろう、痛かっただろう・・・・・」


 白一色でコーディネートされた医療用のベットで可愛らしい寝息を立てる幼き彼岸の瓣に、僕は心からの謝罪を述べながら包帯の巻かれた左腕をやさしく撫でてやる。


 防衛大臣との会談から数時間後、帰路に就こうとした矢先に吹雪が無断で大本営(ここ)へと運ばれたという話を聞きつけ、僕は送迎用の輸送船から飛び降り、一目差に大本営の暗部とも言うべき場所へと足を運んでいた。


 (大本営の連中め・・・・。僕の吹雪をこんなところに連れてくるなんて・・・・・!) 


 人類防衛の総本山たる大本営には、津々浦々に散らばる鎮守府に比べて併設されている施設も多岐にわたる。

 その中でも、鹵獲した海棲生命体――撃沈した深海棲艦や建造した艦娘を含む――の生態研究を行うこの研究施設は、人類の延命と啓蒙を得るために一鎮守府と同じだけの施設が備わっており、建物の外観も一端の鎮守府かと見まごうばかりのものだった。


 「・・・・・・」


 自らの流した血糊でじんわりと蒼く染まったがらんどうの左手。

 締め上げて吐かせた研究員の話では、ニンゲンに魚の特徴を足したような歪な左手は、大本営に運びこまれた際に研究材料として捥ぎ取られてしまった。

 確かに、吹雪を艦娘として認識させるにはあの左手は邪魔な存在だったし、代わりの左手も、後で手配してくれるとのことだった。


 だが、それ以上に僕を驚いたのは、吹雪が七つの海に湧き出す数多の深海棲艦などではなく、とても特別―――それも、鬼級や姫級以上の存在と成ったことであった。


 「簒奪者(スレイヤー)。まさかキミが、その一人に成っていたなんてね・・・・」


 病室の外に響き渡る研究員共の狂喜を耳障り気味に聞きながら、僕は艶やかな黒から無色の白へと変わった彼女の髪の毛と、額にそびえる一対の小さい角を優しく撫でてやる。



 【簒奪者(スレイヤー)】



 何時終わりとも知れぬ人類と深海棲艦との戦火。

 七つの海を血と鉄火で穢し続ける戦の中で、ある日、摩訶不思議な艤装を纏った突然変異ともいうべき深海棲艦が現れた。


 その深海棲艦の最大の特徴は、自らを守る砲火器を一切持たないことだった。


 いいや、正確には、持つ必要がないというべきなのだろう。


 簒奪者(スレイヤー)と名付けられたその深海棲艦の持つ艤装―――【避来矢の艤装】は、あらゆる海棲生命体の鉄火を奪い、支配し、己の物とすることが出来る。

 そう、簒奪者の名の通り、スレイヤーの前では全ての艦娘だけではなく仲間である深海棲艦すらも無力となり、膝を折り、絶望し、無抵抗の屈辱の後に沈んでいくのだ。


 故に、彼の深海棲艦は敵味方を問わずあらゆる生命体から戦慄と忌避の象徴として渇望され、秘匿されてきたのだ。


 その象徴が、今僕の目の前にいる。


 それもあろうことか、僕の最愛のヒトであった吹雪の姿を伴って。僕の目の前で可愛らしい寝息を立てているのだ。


 「く・・・・。くくっくくうっくくうkっくくくく・・・・・・・」


 突然妙な笑意が込み上げてきて、僕は拳をぎりりと握りしめ必死で笑いをこらえた。


 まだ駄目た。

 まだ堪えろ。

 この嘲笑を吐き出す場所は、此処ではないはずだ。


 だが、一度感じてしまった笑意は僕のなけなしの防備を容易くぶち破り、一気に五感を蹂躙し脳内を犯し尽くした。


 「くひぃあはははあああいいあはあああ”っはは”あひあい”あい”あい

”いあ”はい”あぁぁァァ”ァあ”あ―――――――――――っ!!!!?」


 五臓六腑を蹂躙しつくす得体のしれない笑意を言の葉に載せ、僕はすやすやと眠る吹雪と騒ぎを聞きつけ飛んできた研究員共を無視して笑い続けた。


 なんて愉快。

 なんて残酷。

 なんて愚か。

 なんて笑止。


 研究員共の話では、吹雪が我々の手中に下ったいま、人類の延命と勝利は確定したも同然だと言っていた。

 確かにそれはそうだった。

 簒奪者の力をってすれば、今日にでも深海棲艦を絶滅させることなど簡単であろう。


 そして、それは同時に艦娘達も必要なくなるということを意味する。


 ―――――それを知った時、数多の提督たちはその事実をどう受け止めるのだろう。


 年端もいかぬ少女たちを戦場に送り出す必要もなくなるのだと安心するか?

 もう「クソ」だの「クズ」だのと罵詈を叫ぶ小娘たちの機嫌を取り、地べたに頭を擦りつけ無くてよい喜ぶか?

 太平の世で、嫁艦たちと余生を過ごすことだ出来ると嬉し涙を流すか?


 ――――否。断じて否である!


 「義を見てせざるは勇無きなり」という言の葉が服着て歩いているような連中が

、この事実を承認し歓喜するなど万に一つとてあり得ない。


 何故かって?


 ――――そうだな。せっかくだから、一つの具体例を挙げるしようか。



 この世界にとても良く似た異世界のとある村に、一組の男女が居たんだ。


 この二人は、たがいに寄り添いながらも己の抱く御旗をめぐって言い争いばかりしていたんだ。


 オトコは、万事の争いを暴力ではなく言の葉で解決すべきと説く、戦争反対派だった。

 オンナは、万事の争いを言の葉ではなく暴力で解決すべきと説く、戦争肯定派だった。


 オトコとオンナは互いの主義主張を決して譲らず、日がな一日喧々諤々を繰り返し、たがいの主義主張を否定し続ける毎日を送っていたんだ。


 そんなある日のことだった。


 二人の住む家に十人ほどの強盗がやって来たんだ。

 武器を持ち、いかにも屈強そうな体つきをした強盗たちは二人に言ったんだ。


 『命を差し出すか、命以外の全てを出すか。そのどちらかを選べ』


 戦わなければすべてを奪われることは、二人も十分わかっていた。

 でも、戦争反対派であるオトコは包丁以外の刃物を使ったことすらない文字通りのど素人。

 戦争肯定派のオンナの方は武術の心得はあったけれど、彼女の技量ではとても太刀打ちできそうもなかった。


 ―――――もうダメだ。


 二人はそう感じた、その時だった。


 『待ちなさい!二人に手出しはさせません』


 騒ぎを聞きつけたのか、突然一人の少女が二人と強盗との間に割り込んできたんだ。


 この村の住人ではない年端もいかぬその少女は、瞬き一つの間に強盗たちを次々となぎ倒してしまったんだ。


 まったくの初対面。

 たまたま、この家を通りかかっただけ。

 名も知らなければ、助ける理由も定かでもない。

 本当に偶然、そこで不幸に喘いでいるヒトがいて、その不幸を嘆き憤り、彼らの不幸を肩代わりしただけの、唯の心の優しい娘だった。



 ――――さて、ここで問題だ。


 二人は、少女になんて言うのだろうね。


 「助けてくれてありがとう」て、お礼を言う?


 確かに、ニンゲンであるのなら、恩人に例の一つも述べるべきだろうね。


 ――――でも、その謝辞は本当に心からのものなのかな?


 オトコは、争いを暴力ではなく言の葉で解決すべきと説く、戦争反対派だ。

 その彼が、最も忌避する暴力によって救われたということは、結果として自身の論理を否定されたということ。



 その彼が、本当に心の底から少女に謝辞を述べられるのだろうか。



 対するオンナは、争いを言の葉ではなく暴力で解決すべきと説く、戦争肯定派だ。

 その彼女が、肯定する暴力によって救われたということは結果として彼の論理を否定し、自身の論理を証明したということ。


 でも、自分の持つチカラ以上の暴力を見せつけられた彼女の内心は穏やかではないだろうね。

 何せ相手は、見ず知らずの人間だ。

 今回はこちらに味方をしてくれたけれど、次もそうだという確証はどこにもない。

 そう、考えたくはないが、『少女が強盗に雇われて今度はこちらを襲いに来る』という可能性だってあるのだ。



 故に、彼女もまた本当に少女に心からの謝辞を述べられるかの言えば、そうでもないというわけだ。



 ――――さて、此処で最初の問題に戻ろう。


 彼らはこの事実を承認できるだろうか。

 艦娘はニンゲンだと宣う彼らは、敵味方の判断ができない艦娘を保護したという事実を承認できるだろうか?

 艦娘は兵器だと宣う彼らは、戦争を終わらせられる得体のしれない艦娘(へいき)を手に入れたという事実を承認できるだろうか?



 「なあ、キミたちは承認できるかい?」


 小首をかしげ口元をぐにゃりと吊り上げながら、僕は後ろを振り返り青白い顔をした研究員共に問うた。


 ――――さあ、キミたちは彼女たちに宣言できるかい?


 年端もいかない幼子を前にして、キミたちはどんな言の葉を掛けるんだい?


 これで戦争は終わらせられる?

 いまは敵かもしれないだけど、でも彼女は正真正銘ニンゲンの味方だ?

 キミたちはもう戦わなくてよい。これからは、ニンゲンとして思うがままに自由に暮らせ?



 それとも?

 『艦娘(ばけもの)はバケモノらしく御主人様(ニンゲン)の命に従っていればよい』

 もしかして?

『艦娘は、戦無き世界で生きてゆく事は出来ない。だから、戦争が終わったら今すぐニンゲンの世界から出ていけ』



 「・・・・なあ、キミたちはどっちなんだい・・・・?」


 艦娘は、ニンゲンなのかい?

 それとも、僕たちがバケモノなのかい?



 まるで地の底から呻くような声を出し、僕は今一度彼らに問うた。


 ―――――なあ、応えてくれよ。



 『僕たちニンゲンは、本当に、自分たちが考えているようなニンゲンなのかい?』




――・〇・――






 新月の海に、幾万もの鉄火が木霊する。


 夜陰を引き裂き、赤白く瞬く幾千万もの光源。

 その鉄火の中央に位置するは、かつて人類を守護セシ戦船にして今は人類に弓引く不俱戴天の戦船が一隻。


 しかしながら、その戦船が放つ言の葉は、彼女たちが千万回と聞かされた呪言などではなく、千万回と放ってきた戦の祝詞であった。



 「ち・・・っ!いい加減しつこイ・・・・・!!」


 飛び交う幾千万もの鉄火をかいくぐりながら、私―ヤマシロは、敵とする艦娘達と夜戦を繰り広げていた。


 「ぐ・・・っ被弾・・・っ!?まだ、弾薬庫に火は回ってない・・・・?」


 嫌なところに命中した砲弾の安否を確かめながら、私は左右に展開する二隻のセンダイ型軽巡洋艦率いる水雷戦隊から次々と撃ち込まれる曳光弾交じりの小中口径弾を忌々し気に眺める。


 元々、戦艦は己が搭載する艦載砲と同規模の装甲板を持っていることが常であり定石である。

 故に、その定石に漏れる事なく、私の重要防御区画(バイタルパート)の厚さは300mmを超えており、彼女たちの持つ14cm砲や12,7cm砲ごときではこの装甲板を貫くことは到底できない。


 ただし、それはあくまで艦載砲のみを用いての戦闘を前提に考えてのこと。


 相手方も、それは重々承知の様子らしく、ただ闇雲に砲火を浴びせるのではなく、砲撃と雷撃の二通りの戦法を混ぜ合わせることで此方のバイタルパートを抜かんとしてきたのだった。


「さあ、仕掛けるよ!よーい、てー!」


 左舷に展開したセンダイ型のネームシップと思しき軽巡洋艦率いる水雷戦隊より、一斉に玉石混交の砲弾が連続斉射される。

 単発火力ではなく、連続攻撃に重点を置いたいわゆる速射砲の概念を取り入れたかの艦載砲は、こちらの装甲板をまるでドラムを叩くがの如く鳴らし始めた。


 「潮、主砲撃ちます。えーい!」


 「やらせはしません!」


 「徹底的にっちまうのねっ!」


 奴らが戦艦であるワタシに対抗せんと考案した、艦載砲の運用戦法。

 それは、比較的装甲の薄い砲塔部分や機銃座、艦載機を駐留させている飛行甲板やカタパルトのみを巣中的に攻撃するというものだった。


 我が戦艦の主砲塔や機銃砲塔を覆う150mmもの装甲は、一発や二発ごときでは傷一つ付けられない程度の強度を誇る。

 だが、流石に打ち込まれる砲弾が十や二十、果ては百発規模の砲弾に耐えられるような強度までは持ち合わせていない。


 結果、第三砲塔は猛攻耐え切れず大破――と言うより落伍したと表現する方が正しい――し、副砲である15.2cm砲もその四分の一が使用不能となる有様だった。


 「各艦、突撃用意・・・・行きましょう!」


 私の損傷を好機と捉えたのか、今度は右舷に展開していたセンダイ型の二番艦と思しき軽巡洋艦率いる水雷戦隊が、左舷の艦隊が張る弾幕を縫うようにしてこちらに突撃を開始してくる。


 その後ろにコバンザメのようにして張り付くは、旧式の代名詞であるムツキ型が三隻。


 「改装された如月、見惚れていたら、やっちゃうわよ?」


 「睦月型の本当のチカラぁ!ええい!」


 「これでもくらえ~」


 両の足に取り付けた三連装ないしは四連装式の九三式魚雷発射管を起動させ、けん制射撃を仕掛けながら全速力で此方に突撃してくるその様は、宛ら歴戦じみた水雷屋のごとき勇士を彷彿とさせる。


 ――――だが、その勇士に敬意を表するこそすれ、彼女たちの攻撃をむざむざ受けてやる気はこちらにはさらさらなかった。


 「いっった!あゝん、もう鬱陶しいぃイぃぃい・・・・!!」


 ガンガンとうるさく躰を叩く小中口径弾に、私は怒髪天を貫き勢いで残存する主砲と副砲に砲撃を命じる。


 豆鉄砲同然の砲弾はといえ一丁前に痛覚はきちんと刺激してくるから、やはり痛いものは痛い。

 それが、秒刻みで何百発も飛んでくるのだから鬱陶しいことこの上なかった。


 「邪魔だァぁ・・・・。どけええぇぇぇぇぇぇぇぇえっ!!!!」


 『―――!!--――---!!!!っ』


 『!!!--――-―--!!!!っ』


 生き残っている5基の35.6cm連装砲と、10基の15.2cm単装砲が私の怒気に呼応するかのように文字通り唸り声をあげて起動する。

 宛ら安眠を妨げられた獣の如き咆哮を上げ、起動セシ我が砲塔たち。

 内蔵された砲弾の撃鉄を叩き砲弾吐き出すその様は、最早機械仕掛けの砲塔ではなく、紅蓮の業火を以てすべてを焼き払う魔獣のソレであった。


 ドゴゴゴゴーーーーン


 奴らの搭載する艦載砲とは比べ物にならない炸薬で打ち出された356mm一式徹甲弾と152mm三式弾は、纏う熱波と共に敵艦へと突撃していく。


 「・・・・・っ!!?まずいぴょん、みんな避けるぴょん・・・!」


 迫る艦砲に気付いたムツキ型の一隻が、慌てて急旋回を掛けながら回避運動の指示を出す。

 だが、時すでに遅く雷撃の態勢に入っていた他の艦艇たちはその指示に従うだけの余力などある筈もなく、せめてもの抵抗と称して顔面を両手で遮ることしかできなかった。


 「はにゃあぁぁぁあア”ァ”ァあ”―――!!!」


 海面を貫き、十数メートル規模の水柱を次々と創り上げるは合計10発の356mm一式徹甲弾。


 当たれば即死確実の威力を持ちながら、例え直撃でなくとも至近弾と言う名の二次災害を伴って眼前の艦娘共を次々と切り裂いていく。


 「うびゃあぁぁ”ぁ”ぁぁ”ぁぁ!!!」