2018-11-03 20:24:21 更新

概要

「コレガ平和ッテヤツダロウ?」物語は海の悪役を放棄した二隻の深海棲艦を、心優しい少年が世界の外に隠したことから始まった。箱庭の鎮守府でひっそりと生きた鬼と姫の悲史、戦後想題編:Destrudo.


前書き

↓注意事項をご確認ください。

・シロートの拙い台本形式、一人称、三人称、複数視点、お話ごとに変わって読者の混乱を招くと思われます。

・相変わらずの誤字脱字。気を付けますが、前以て。

・誤字脱字修正の更新多し。

・顔文字や絵文字の使用を不愉快に思う方。

・本編の更新に間が空くのを嫌う方。

・今回も人が死にます。

相変わらずやりたい放題なので穏やかな海のように広い心をお持ちの方のみお進みください。


【1ワ●:戦後想題編:Destrudo-デストルド】



冬場宅郎は勤めているこの地方銀行が悪徳であることを知っていた。


官公庁との取引もあれば、個人事業主として上手く隠ぺいされた暴力団関連との取引もある。ここはイギリスに本社を置く社会の隠し金庫だ。冬場はその正義感から「辞めてやる」とある種の潔さを持つと同時に「早く定年が来い」と嵐に見舞われぬ平和も願い、その葛藤の中で日々を過ごしていた。


「冬場君、僕はでかけるけど、妻が来たらよろしくね」


支店長にそう背中を叩かれる。この男はイギリスから日本観光に来た時に夫のいる日本人女性と不倫をし、本格的に同棲をすると同時にイギリスの本社から転勤してきた。よろしく、というのは、もうすぐ来るであろう支店長の妻の対応だ。


なにやら大きな金を現金で持って入金をするという話を聞いている。へこへこして波風立てずの自分に声をかけてきた時点で良い予感はしなかった。


子供を連れた奥方の対応をした。アタッシュケースを持っている。35歳と聞いてはいたが、一回り若く見える。その母に手を引かれた小学生の頃の子供が、はっと目が覚めるような美少年だった。その美しい相貌に立ちすくんだほどだが、「あの」と苛立った奥方の声で我に帰る。失礼があれば、と接待対応を行った。


ヤべえな、と冬場はすぐに見抜いた。


その額の大金を現金で持ってきて、口座を移そうとするのは、珍しい。普通の銀行なら警察に知らせるまである。記録的には軍人の特別弔慰金であり、額としては20年は務めて死んだってところだ。


「父が」奥方がそういった瞬間に、嘘つけよ、と思った。


そういうのは書類でバレる。軍人なのは夫だ。そもそも支店長の女のことは噂になっている。


が、やぶ蛇だ。


この時点では深く踏み込まないほうがいいと判断して、支店長と奥様の意思に反しないよう、勤めを果たした。その途中、命知らずの副店長が介入し、融資の話を切り出した。奥方は興味を持ったのか「ちょっとこの子の面倒をお願いできる?」と初対面の仕事中の男に息子の世話を放り投げてきた。


「承知致しました」


「とても賢くて優しい子ですよ。ただ美味しいモノを食べても笑顔を浮かべない子なんです」


余計な情報をいくつか与えられた。どうでもいいが、笑顔で対応した。近くを散歩することとなる。


外に出て、古びた木造の平屋と田んぼに囲まれた道を歩く。


建設会社の事務所の社長からあいさつをされて、会釈を返す。冬場は唐突にこう思う。もう辞めちまおう。この社長が銀行に口座を開設した時、赤裸々に「ハンマー1つで出発したんだ」と思い出を語り、冬場はそのハンマーで殴打されたようなショックを受けた。鬱屈した日々を送る冬場はその言葉に、日差しのような光を感じたのだ。幸い、趣味のパソコンについては専門家級の知識がある。


「おじさん、なんで大人が子供に勉強しろっていうんだと思いますか」


唐突に少年がそういった。妙なガキだな、と思った。聞き方に違和感があったのだ。この頃の歳なら「なんで勉強しなくちゃならないの」という聞き方だろう。まるで答えを知っていて、試されるような聞き方に苛立ちと、そして少年の考えが気になった。


冬場「勉強は裏切らない。数字は嘘をつかない」


「戦うためだと思うんです。もっといえば生きるためだと思うんです」


獲物を狩るために武器作る、とか、食べ物を得るために農の知識を身につける、とか、原始的な答えだった。そうだな、勉学というのは歴史をたどればもともとそういうもんだ。冬場は現代に即した答えをいわなかった少年にユニークさを感じる。


次に少年が「あそこはなんですか?」と聞いてきた。


冬場「葬儀社だよ」


「どういう葬儀社なんですか?」


また妙な聞き方だ。どういう葬儀社って聞き方はなんなんだろうか、と意味を考え、答える。「遺族の気持ちを理解して、亡くなった人を想うとか」そう答えたものの、そんなものは理想だ、と冬場は思う。この葬儀社はけっこうな怒号が飛び交うことで有名だ。今日も怒声が轟いた。およそ死を悼む者からは出るべきではない暴言が飛ぶ。


少年はなにかを憂うような顔になる。


大人からそんな言葉が出てくるのはショックだろう。加えていえば、冬場も葬儀社にいる人間が、その言葉を吐くのはどうかと思った。


少年はまた蛇行して、歩く。それが足元にいる蟻を避けていることだと、気づいた。優しい子だ。思えば、自分も命を尊んで蟻を避けて歩いていたな、と冬場は少年に昔の自分の面影を重ねる。


コンビニの外にあるベンチに座り、買ったジュースを渡した。少年が大き目の飲み口のプルを開けた時だ。ハエがその飲み口から中に入り込んだ。外に飛び出すことは適わず、液体の中で蠢く。「もう一個、買ってくるよ」と冬場が腰をあげようとした時、少年はこんなことをいった。


「海の特別弔慰金ビジネスって本当にあるんですか」


そんな言葉をどこで覚えてきたのか。


海の特別弔慰金というのは、艦娘が死んで振り込まれる遺族への金のことだ。対深海棲艦海軍において他の軍よりも破格に設定されている。勤続年数3年程度でも億超えになることも珍しくはなかった。その莫大な金にまつわる闇の話だ。


あるといえばある。


孤児に適性が出た場合、艦兵士への道を勧めるケースが多い。有名な資産家が一時期、養護施設の創設を乱発したこともあり、そういった黒い噂も当然、流れた。孤児の適性者の場合、その身元責任者が職員になり、兵士が死んだ場合の慰霊金は施設に振り込まれるのだ。今の仕事に葛藤があった冬場は求職のサイトにお世話になっており、施設出身の子が死んだとニュースを観た時に、翌日の求人に施設職員の前年度の賞与が8か月分、と大々的に掲載されたのを見かけ、そこらだろうな、と見当をつけていた。


「夜、お手洗いに起きた時、そのような父さんの話が聞こえたんです」


冬場「どうだろう」支店長を出されて、とっさに曖昧な返事をする自分に嫌気が差した。「両親は好きか?」とボロが出ないように、不自然に話題をすり変えた。


「好きですよ。父さんも母さんも、僕を愛してくれている」


無垢な微笑みだ。可哀想にな、と冬場は思う。君の母親は不倫して君を産んだ。その母親は夫が死んだお金で、君のいる家を買ったんだよ。


最悪なのは、あの女が残した息子からすべてを奪って捨てたことだろう。青山、という姓の息子は、地獄の苦しみを味わうことは想像にやすい。過去を全てなかったことにして、君という新しい息子と支店長と再スタートを切ろうとしている。


「僕は、両親みたいに立派な大人になりたいな」


冬場「君の両親はだな……いや、なんでもねえ」


冬場「俺もがんばらなきゃな、少年もがんばれよ。茨の道だ。この焼き鳥食べるか?」


「ありがとうございます」


焼き鳥をじいっと見つめる。なぜかさきほどと同じく憂いを帯びた瞳で、鶏肉を見つめている。母親の言葉を思い出した。美味しいモノを食べても、笑顔を浮かべない子なんです。まさか、と冬場は想った。まさか、食べるために殺された鳥に罪悪感を抱いているのだろうか。このガキ、ちょっと度が過ぎてないか。


冬場「……君はなにか好きなモノがあるか?」


「ドラえもん」


冬場「ドラえもんは最初、黄色だったんだぜ」


「効率」


「信望」


「道徳」


「倫理」


「弱者」


ドラえもんの次からおかしい。子供らしいかと思えば、そうでもなくなる。今時の小学校というのは子供が、効率だの信望だのを欲しがるようになる場所なのだろうか、と冬場は考える。子供の時からそんなこと真剣に考えるとは日本の未来は明るいな、と冬場は心中で自嘲した。


冬場「効率や信望って好きになるきっかけは?」


「宿題とか早く終わらせたいし、人から頼られるのも好きです」


冬場「なるほど」考え過ぎだったか。「前半はすごいよく分かるよ」大人もそうだ。面倒なことは早く終わらせたい。


「そういえば僕、艦娘の中では」


「電、が一番好きなんです」


こういった話題の急な転換もまた子供らしい。


冬場「いなずまっていう兵士がいるのか。変な名前だな」


「戦争には勝ちたいけど、命は助けたい、とか、沈んだ敵も助けたいっていうんです。とても優しくて、彼女とならお友達になれそうだなって思えて」


冬場「絵に描いたような可愛らしい女の子なんだろうね」


戦争には勝ちたいけど命は助けたい、沈んだ敵も助けたい。それを優しいと思う可愛げは微笑ましい。戦場でそれを口にするのは、果たして優しいといえるのかは冬場には分からない。優しいのか。まともなのか。それとも異常なのか。どれにも当てはまるように思えた。


「可愛いですよ、とても」


その少年の眩しさから、目を背けた時、コンビニのコピー機が見えた。冬場が妄想したあの職場への正義の鉄槌の一つだった。銀行内のコピー機はセキュリティが甘いのだ。パソコンは厳重であり、受信データ、メールの送信データ、インターネットの履歴から厳重に管理されているが、これはそうではない。メールを送ることもできるし、対ウイルスソフトも入っていないデータの宝庫である。これを上手く使えば銀行の息の根を止めることも不可能ではない。


「宿題、早く終わらせなきゃ」

少年が囁くようにいう。


そうだな、面倒臭いことは早く終わらせなきゃな、と冬場は先程と同じことを考える。辞表届けを出そう。そして新しい人生のスタートを切るのだ、と冬場の心が固まった瞬間だった。この少年の言葉には人をその気にさせるような、不思議な力が秘められている。


冬場「ボク、名前は?」


少年は、レオン、と名乗った。


2


父と母と一緒に東南アジアに旅行をした時だ。

フィリピン全土に警報が鳴った時の出来事を現地人から聞いた。エンガノ岬にて、新種の深海棲艦が発見されたことがあり、対深海棲艦日本海軍の軍が出動したが、敵を仕留め損ね、その時の姫は逃走し、まだ沈んでいないという話だ。


ついでにフィリピンでは哨戒機や哨戒船がずいぶんと適当な仕事をしており、時間厳守が徹底されておらず、駐屯しているイギリス海軍と仲がよろしくないということも聞いた。


そんな島で、レオンは一人の艦娘と出会った。


ジャーヴィスという女の子だ。たまたま沖から抜錨して、爆雷を使って魚を獲っていたのを見た。たくましく活発だけども、体は華奢で可愛らしい子でもある。


「Are you British?」としゃべりかけられた。父の血を色濃く引いているからか、彼女にはレオンがイギリス人に見えたようだ。「I am Japanese」といえば、彼女はワオ、と手に持った焼き魚を差し出してきた。ありがたく受け取って白身にかぶりつく。


ジャーヴィス「おいしくないですかっ?」


「あ、ごめんなさい。食べ物を食べる時、これも生きていた命なんだよねって思うと、悲しくなって。仕方ないことだってわかっているんだけど、それに感謝するって、ずうずうしい気もして」


ジャーヴィス「優しいんだねー!」


「日本語、お上手ですね」


ジャーヴィス「うん。時雨、雪風、マミーヤと会ったことあります!」


日本軍所属の兵士の名をあげる。思い入れのある兵士の名前のようだ。


彼女には素っ気なく対応したが、いつになく絡まれた。


この少女は、自慢気に戦果を語り出した。参加した作戦、沈めた深海棲艦の数、もらった勲章の経緯だ。人として相容れない、とレオンはこの時に理解した。殺しを自慢気に語る神経が理解できない。いくら世界に貢献しているといっても、命を殺しているということを自覚すべきだ。その胸の勲章は誰かの血と涙にまみれている。


「深海棲艦と和解できる日は来るかな」


ジャーヴィス「どうだろうね! レオンは難しいこと考えますねー!」


皮肉を皮肉と理解せず、太陽のような元気で一蹴される。能天気なやり取りの中で、不意に、生と死について深く思考が降りてゆく。神の信仰、亡くなった人間の想い、生きているということと、死んでいるということの境界線は心のほうでは曖昧だった。


その翌日、穴場の狩場スポットに招待された。


オリョールの海に潜水艦が来ると、海が荒れて魚達が別の海流に乗ってこの方面に流れて来るそうだ。彼女は爆雷を落として浮き上がってきた魚を漁業用の網でまとめてすくってそれを背負って帰ってくる。


四日間、彼女と会って遊んだ。打ち解けてはいた風だが、レオンは嘘の笑顔を浮かべていた。結局、最後まで明るく好戦的な彼女とは馬が合わなかったのだ。


五日目にまたこの狩場に来た時だ。


そこに異常があった。


「誰……?」


洞窟内に人間が二人倒れていた。駆け寄ってみる。「大丈夫ですか!」と肩をゆすった時に、違和感に気付いた。死んだように冷たく、生きているとは思えない人体の損傷だった。その奇妙なデザインの衣服は濡れている。そして肌が異様に白い。すぐそばに赤黒い金属の塊があった。


ジャーヴィス「レオン! Don’t touch it!」


遠くでジャーヴィスがそう叫んだ。


ジャーヴィス「ソレから深海棲艦の気配がする!」


深海棲艦。ならばこの形状、姫や鬼種、だろうか。実物は初めてみる。最初期の頃からたくさんの人間を殺した災害認定の有害生命体だ。今この手で触れているほうが、口を魚のようにぱくぱくと動かした。動かす度にせき込んで、口から血を噴いていた。胸倉をつかまれたと同時に、ジャーヴィスが放った機銃弾がそいつの頭を貫いた。


倒れない。気つけになったといわんばかりに、白目が反転し、赤黒い瞳になる。


なんだこれ。聞いていたのとずいぶん違う。


殺意、と形容するに相応しい気迫の割に、表情は弱々しく、ただの泣いている子供のようだった。泣きむせぶような顔で、彼女は悲痛な声を漏らした。



痛、いよ。


タすケ、て。



やっぱり僕は正しかった、と確信を得る。深海棲艦だって、このように誰かに助けを求められる生き物であり、存在が有罪判定されるべきではないのだ。ジャーヴィスがこの生物を殺した数を誇るのは間違っている。社会的なことはよく分からない。幼い勇気と優しさの心が導き出した正解は、社会の仕組みと対立する思想だった。


その瞬間、深海棲艦達が視界から消えた。


3


「知りません」


尋問はそれで乗り切った。ジャーヴィスが上官に報告し、調査が行われたのだが、ジャーヴィスの証言を証明するモノは艤装の機銃の発砲痕だけで、他は一切発見されなかった。レオンとしても全く持って意味が分からず、忽然と姫と鬼が姿を消したという事実だけを認識している。「知りません」と答えた理由は、両親にあった。知っている、といえば、迷惑がかかる。もう今日には帰る予定なのだ。父は明日から仕事がある。


「幻だったんだよ」レオンは空港に見送りに来たジャーヴィスに念を押した。「見間違いなんだ」


ジャーヴィス「そうだね」珍しく影のある笑い方だった、「レオン、これ!」


連絡先を渡された。これは素直に受け取った。その場でジャーヴィスはそれ以上せずに、「今度はもっとレオンを笑顔に出来るおいしいモノを持って会いにいくよ!」出会った時と同じく爛漫な笑顔で手を振った。


4


日本に帰国したすぐ後の事だ。


頭の中にあの日のことが、ぐるぐると回る。ジャーヴィスの報告は正しい。間違いなく、あの日はあそこに深海棲艦がいた。消えたのだ。突然に。


ネットを利用して深海棲艦のことを調べた。あの形状と一致するのは、空母水鬼、そしてフィリピンの近くの海で生まれ、仕留め損ねて逃がしたという深海鶴棲姫だった。その性能を見れば、ジャーヴィスのあの時の似つかわしくない怒号も、上官にすぐに報告したのも、頷ける。


一人で人間を何万をも殺戮可能な兵器だ。


空母水鬼と深海鶴棲姫のことで頭がいっぱいになった時、象牙の腕が背中から生えていたことに気付いた。びくっと震えて、部屋の立ち鏡を二度見する。見間違いではなかった。そして、なぜだか、この腕が何なのか、本能に上書きされていくかのように情報が蓄積されていく。


二点だけは明確に理解した。


これであいつらのいる場所に行けて、

あいつらと会話ができるようになる。


部屋のドアノブをつかんだ。


扉を開いた先には、海があった。


空を球体の毒々しい形の飛行機が舞っている。


動画で見たことがある。艦載機だ。


空母水鬼と深海鶴棲姫が戦闘を行っていた。小島を一人で地図から消すといわれる戦闘能力を真の当たりにして、腰が抜けた。爆弾、機銃、海が爆ぜて、今を生きる命の咆哮がこだまする戦争のリアルを体感した。死闘の末に空母水鬼のほうが、倒れた。


深海鶴棲姫「……!」


目が合った。狂った咆哮をあげて、まるで殺意をよそに向けるようにして、倒れた空母水鬼に攻撃した。


その隙にその日はそこから抜け出した。


気分が悪い、とご飯の知らせに来た母親に伝えて、ベッドに潜り込んで、思考を回転させる。なぜ僕を攻撃しなかったんだろう。もしかして、あえてしなかったのだろうか。パソコンに繋いで再び深海棲艦の情報を集める。殺人衝動、という項目があった。嘘つき。僕を攻撃しなかったぞ。


タスケテ、深海棲艦、と検索してみた。レオンの望む答えは見つからない。


しかし、面白い学説を見つけた。


沈んだ艦娘が深海棲艦になる。


5


そうしてあの扉を開くことなく、一か月が過ぎて、冬が来た。


親が旅行に行くといったが、留守番をする、といった。お金だけもらって、独りで留守番をしていた。その理由は、前々から連絡を取っていたジャーヴィスが休暇を使って会いに来るのだ。彼女には謝らなければならないだろう。説明は悩む。


ジャーヴィス「お久しぶりです!」


空港まで迎えにいった。以前より日本語がりゅうちょうになっている。見てくれは時が止まったかのように変わらなかった。彼女のこともけっこう調べている。ラッキー・ジャーヴィス。運がいいやつらしい。


タクシーの中で彼女にすべてを打ち明けた。彼女は「訳が分かりません」と苦笑した。じゃあ、と腕を引っ張って、人気のない場所まで引っ張って、象牙色の腕を披露した。彼女は「?」と首を傾げた。見えていないのか?


なら、とあの場所に連れていくことにした。彼女はそこでバッグを手から落とした。


今日は深海鶴棲姫が比較的、穏やかだった。空母水鬼は見当たらない。まだ深海鶴棲姫に敗けて、そこらに寝ているのかもしれない。ただ、不味かった。深海鶴棲姫が、明らかな殺意をジャーヴィスに向けた。ジャーヴィスに艤装はない。さすがに姫の相手は無理だ、と思ったが、深海鶴棲姫は幸い満身創痍で、艦載機が切れているのか、攻撃はしてこなかった。ジャーヴィスは駆け寄って、一発ブン殴った。


深海鶴棲姫「……!」


満身創痍の彼女が取った行動は、背を向けて、逃げ出すことだった。深海棲艦がジャーヴィスの一発のパンチで怯えて逃げた。思わず、呆気に取られる。ネットで動画をいくつもサーフィンして深海棲艦の戦い方を観ている。力のある限り戦う。攻撃されたら攻撃された分だけ、怒る。待ち伏せる、ということはあっても、艦娘を前にして背を向けて逃走を図るというのは初めて見た。


「姫の中でも理性が高いね。日本の対深海棲艦海軍が仕留め損なうだけはあるよ」


ジャーヴィス「あれは理性が高いのもあるけど……」


深海鶴棲姫が空母水鬼を抱え上げた。一目散に走り去る。向かう先は、なぜか存在している三つの扉のうちの一つだった。扉を体当たりで押し開いて逃げた。「追いかけます!」とジャーヴィスがその扉の向こうに駆け込んだ。レオンも後に続いた。あの扉の向こうは確か、ドラえもんの世界だったはずだ。


6


沖に出た。深海鶴棲姫はのろのろとした蛇行で、海の向こうへと進んでいる。ジャーヴィスが叫ぶと、律儀に反応して、「クタバリ、ヤガレ!」と艦載機を発艦した。小さな脅威の飛行機が飛んでくる。「あ」とジャービスが間抜けな声を出した。「艤装ないんでした!」てへぺろしている場合じゃない。どう見ても、レオンが全速力で逃げても、逃げきれない。明け透けの空にはあの飛行機から身を隠す術もない。


空に丸い艦載機が、深海鶴棲姫の飛ばした艦載機に向かって飛んでゆく。二機の艦載機は空で高く舞って。お互いを掃射し合いながら、縦横無尽に飛び回る。深海鶴棲姫の飛行機が黒煙をあげて、海に堕ちた。


誠実なヲ級「おいエンガノ姫、人間の子供を殺す気で攻撃するとか正気か?」


ジャーヴィス「あはは」頬をひとさし指でかいて苦笑いした。「レオン、sorry! ヲ級です。死にました」


姫に加えてヲ級フラグシップとあればジャーヴィスの反応は至極当然のことだけども、このヲ級からは敵意や殺意といったモノが全く感じられない。なぜか自衛隊のような恰好をしているし。深海棲艦がこのような服を身にまとうっていうのは聞いたこともないどころか、やけにふつうに喋っていたような。


誠実なヲ級「人間の子供と英国の駆逐艦よ、君達、大丈夫……だよな。後は俺に任せて下がってくれ」


ジャーヴィス「?」


ジャーヴィス「み、味方? 深海棲艦がなんでこんなに喋れるの……?」


「っ」急激に頭が痛くなった。レオンの頭に情報が浮かび上がってくる。思い出した、というような感覚で、目の前に広がる世界の情報が脳に蓄積されてゆく。ここの世界は、そうだ。深海棲艦と人間と、艦娘が講和を成して、ともに世界に存続したまま、生き延びている歴史のある世界の基盤だ。


誠実なヲ級「もう隊が集まっているが、姫があの大破の状態ではイジメになって気分が悪い」ヲ級はどうしたものか、と唸る。「俺は仕事に誠実でありたいから、武士道や騎士道の精神持ち出して決闘だなんて職務放棄はできない……が、お前ら止まって警戒陣で待機だ」誠実なヲ級は海へと出る。そして振り返る。「君達に深海棲艦がどれだけ頼もしいか一対一で示しておく価値はあるということにしよう」


ジャーヴィス「な、なんかクールなヲ級さんですね……」


「ちなみにヲ級フラグシップってどれくらい強いの?」


ジャーヴィス「うーん、アカデミーで習ったはずですが、ヲ級の数値データは忘れました! 人間の味方であれば、海軍の中で最強の空母に位置するのは間違いないです!」


深海鶴棲姫「……」彼女の殺気は衰えず、だ。周りには敵対する深海棲艦の海上警備隊が待機している。敵意と殺気はふりまき続けている。勝ち目のない戦いでも、全身全霊で戦う気概を示していた。


誠実なヲ級「ヲ級」


深海鶴棲姫「アア……?」


誠実なヲ級「沖縄海上警備隊2分隊隊長の誠実なヲ級という。フラグシップ……だ?」


ヲ級が急発進、航行を開始した。縁を描くように、回って、ジグザグ航行に移った。深海鶴棲姫が壊れた艤装の飛行甲板にセットしてある黒艦功から機銃を乱発している。距離を離れたのを確認すると、艦爆機を発艦する。爆発に巻き込まれるからか? 彼女はそれなりに考えて闘っているように思える。


誠実なヲ級は一機も発艦していない。じいっと深海鶴棲姫を観察しているといった風だ。ヲ級が急に明らかな殺気を放った。初めて感じるイメージ通りの純粋な敵意と殺意に、レオンは怖気を感じながらも、高揚する自分に気付く。小学校での遊びなど及ぶべくもない本物の殺し合いに身が震えた。


ジャーヴィス「なんか変だな。あの姫、弱すぎるというか」彼女が首を傾げる。「すぐ目前にヲ級の艦功が迫っていたのに、何の迷いもなく、火薬庫に注水したのはちょっと違和感かな。あ」


艦功の攻撃をもろに喰らって、今度は陸地のほうに方向転換して逃げてくる。浜辺にあがる前に、ヲ級の艦爆赤が深海鶴棲姫の頭上から爆弾を投下した。


深海鶴棲姫「ウ、アアアア!」


咆哮をあげて、思いきり両腕を強く振った。砂浜の上に大きな人間と、艤装が、レオンの前に落ちる。意識のない、人体の右腕が欠けた空母水鬼と、大きく損傷した艤装だ。もしかして、とレオンは思った。さきほどジャーヴィスがいった通り、敵からの艦功の攻撃の対処よりも、火薬庫に水を入れ始めたのはなぜなのか。なぜ、ヲ級の爆弾が頭上から降ってきた時、この深海棲艦を投げ捨てたのか。


まさか、空母水鬼を守ることを最優先していたのか?


爆弾が、深海鶴棲姫を直撃した。その爆風で、レオンは砂浜に尻もちをついた。激しい突風と熱、舞い上がる砂埃に目をつむる。すぐ近くでボタっという音と、ガシャっていう音がした。恐る恐る目を開いてみると、右足と左肩が吹き飛んだ深海鶴棲姫が、空母水鬼の横でうつぶせに倒れていた。


ジャーヴィス「さすがの姫も戦闘不能だね……」


「なあ、ジャーヴィス、深海棲艦がその身を犠牲にして他の深海棲艦を守るってあり得るのかい?」


ジャーヴィス「ハイ、解説役のジャーヴィス先生です!」ジャーヴィスは敬礼をして、答えを述べる。「深海棲艦の本能の中に殺人衝動っていうのがあるみたいでして、それは艦娘、提督、そして軍関係者、そして人間、この順位で発散できるといわれていますがー、深海棲艦同士でも少しの発散はできるとの見解でありますね。それが、深海棲艦がお互いを攻撃し合うし、私達みたいに作戦組んで集団行動っていうのが難しくなっている一つの要因、そして私達が性能差を覆すことができる頭脳の差に繋がっているという見方です!」


ジャーヴィス「なのでレオンの質問への答えは、impossible!」


あり得ない、とのことだ。


じいっと動かなくなった深海鶴棲姫と空母水鬼を見つめていると、


誠実なヲ級「おい君達、攻撃できないからそいつから離れろ!」


まだ、ヲ級の殺気は消えていない。


誠実なヲ級「その個体は感情エネルギーボンベの作用で衝動が完全に浄化されていない異常な深海棲艦なんだよ! ソイツは今ここで始末しておかなきゃ戦争がまた勃発しかねんのだ!」


殺気を放ちながら、ヲ級は叫ぶが、その殺気のせいでレオンの身体は凍り付いて動けなくなってしまう。ヲ級が海から砂浜に戻り、走ってレオンのもとへと駆けてくる。ヲ級が到着したと同時だ。深海鶴棲姫の右手がヲ級の足首をつかんで、がぶっと勢いよく噛みついた。


誠実なヲ級「噛みつきしてまであがいてくる姫とか初めて見たな……」


本当に空母水鬼を守ろうとしているのではないだろうか。ジャーヴィスはあり得ないといったけど、レオンはそうは思えなかった。確かにさっき空母水鬼と殺し合いをしていたのはジャーヴィスのいう通り、その本能レベルの衝動であるとしても、やっぱりこの姫は隣の鬼を守ろうとしているように見える。


「失礼、します」


さきほど、本能に上書きされた情報を信じて、この象牙色の腕で彼女に触れてみるとした。今だ、と思った。今まで使えなかったほうの力を使用した。『カーンカーン』という音が鳴った。深海鶴棲姫は成されるがままだ。ハンマーで打つ音が聞こえるが、どこかを叩いて壊すどころか不思議なことに人体の損傷、付随していた艤装の損傷が修復されていっていた。彼女の傷が全て癒える。


深海鶴棲姫「……?」


丸い瞳を大きく見開いて、馬鹿みたいな顔をしている。


空母水鬼にも同じことをしたけども、


空母水鬼「……」


こっちは気絶したままだった。


誠実なヲ級「よく分からんが」ヲ級から怖い雰囲気が消え失せた。「大丈夫そうだな」


深海鶴棲姫「産まれる瞬間、光を見た」


彼女は立ち上がり、とうとつに人語をしゃべり始める。ジャーヴィスを見ていた。


深海鶴棲姫「産まれて良かった」


深海鶴棲姫「生きていて良かった」


深海鶴棲姫「ありがとう」


深海鶴棲姫「愛しているよ」


深海鶴棲姫「君を守る」


深海鶴棲姫「必ず生きて帰る」


綺麗な言葉を口にした。ジャーヴィスは呆気に取られていたが、


ジャーヴィス「こ、この深海棲艦……っ」


ジャーヴィスの小さな体が宙に舞った。深海鶴棲姫が思いきり、すくいあげるような軌道でボディブローを打ったからだ。「ジャーヴィスになにをするんだ!」とレオンは深海鶴棲姫をにらみつける。


深海鶴棲姫「なのに、そんな光に触れて、産まれた瞬間」


深海鶴棲姫「たくさんの人間が私に襲いかかってきて」


深海鶴棲姫「意味も分からず死にかけた」


深海鶴棲姫「騙された」


深海鶴棲姫「お前ら艦娘さえいなきゃ私は光は見なかったのに」


深海鶴棲姫「ぶっ殺してやる」


ジャーヴィス「Hey,common! こう見えても度胸と根性はあります!」


ジャーヴィスはむくり、と状態を起こすと、ぺっと血交じりの唾を吐いた。立ち上がって近づいてくる。そんなジャービスの恐れの見られない行動が癪だったのか、深海鶴棲姫が再度、拳を丸める。目にも見えない速さで腕が降られて、乾いた音が鳴った。ヲ級がその拳を手のひらで受け止めていた。


誠実なヲ級「そういう事情なら再度、介入だ。そのほうがお互いのためだしな」


深海鶴棲姫「誰だ」


誠実なヲ級「……沖縄海上警備隊2分隊隊長の誠実なヲ級という。フラグシップだ。ちなみに私は戦争中もずっと艦隊の旗艦をやっていた。フィリピンのオリョールの海でな」


深海鶴棲姫「お前も深海棲艦だろう。なんで私を止める」


誠実なヲ級「君は『間違っている』よ。人の心はエンガノ岬の海底に沈んだままか?」


深海鶴棲姫「間違っている……?」ギロリ、とヲ級をにらみあげる。「私達の正解不正解は『力』で決まるはずだろう。正しいと認めさせるには私はまだこの通りピンピンしているぞ。目が悪いのか?」


誠実なヲ級「姫を冠する深海棲艦はどうしてこうも意固地でわがままなやつばかりなんだろうな」


呆れかえるヲ級の顔面にヘッドバッドをかました。よろめく、ヲ級に大振りのストレートパンチが直撃した。ヲ級はぐらついたが、倒れなかった。深海鶴棲姫はむなぐらをつかんで引っ張り寄せると、再度、ヘッドバッドをぶちかました。


深海鶴棲姫「教えてやるよ。意固地でわがままでも、強いからだ」


誠実なヲ級「俺も強いぞ。フィリピンの海の縄張りじゃナンバーワンのフラグシップだ」


深海鶴棲姫「オリョールなんかザコしかいない海域だろ。たかが知れる」


誠実たヲ級「侵略してきた姫鬼だって追っ払ってる。俺が仲間達からフラグシップを託された意味を教えてやろうか」


深海鶴棲姫「私を馬鹿にしているのか。ザコ艦隊の旗艦なんざクソ面倒なだけだろ」


そういって、もう一発、頭突きをぶちかました後、ふらついた。そして今度は右のストレートだ。利き腕がそっちなのか、さきほどよりも早く鋭かった。が、ヲ級はそれも足腰で踏ん張って堪えてみせる。それどころか今度は上体をねじって攻撃動作に出る余裕さえあった。


渾身の右ストレートが深海鶴棲姫の顔面を撃ち抜いた。


深海鶴棲姫「――――」


一発で白砂の大地の上に沈んだ。


誠実なヲ級「俺が敗けねえし」


誠実なヲ級「折れねえし」


誠実なヲ級「沈まねえからだ」


深海鶴棲姫は白目を剥いたまま、起き上がってこない。一撃で姫をのした。


誠実なヲ級「誠実さは人を強くする。後ちょっと海で血を洗ってくる……」


「私の妹は心根の優しいツンデレでして」


「手加減していましたよー」


ヲ級がくるりと背を向けた時だ。


空母水鬼「第2ラーウンド♪」


背後で鬼がにこにこと笑っていた。


7


空母水鬼は流麗な動作で、ヲ級が一本背負いで砂浜の上に叩きつけた。ヲ級や深海鶴棲姫とは明らかに動きが違う。プロの柔道選手でも見ていたかのように、理を感じさせる段階を挟んで投げたのだ。なぜかはよく分からないが、この空母水鬼、武術の心得がある。しまったな。レオンはこの二人を今このタイミングで治したことを後悔しつつある。タイミングを間違えてしまったようだ。


空母水鬼「この子、妹なので仇を……あれ?」


ジャーヴィス「第3ラウンド! このジャーヴィスがヲ級さんの仇を取ります!」


空母水鬼「あー、米国の駆逐……」


ジャーヴィス「ラッキー・ジャーヴィス!」


空母水鬼「あら、英国の駆逐ちゃんでしたか。可愛らしいですね。よいしょっと」空母水鬼は彼女の腰とひざ裏に滑り込ませてお姫様だっこの形で抱えあげる。「それ♪」そのまま思いきり投げ捨てた。


ジャーヴィス「とう!」


空中でくるり、と回転し、こっちは体操選手のように見事な着地を披露する。運動神経抜群だ。


ジャーヴィス「ジャーヴィスは、こう見えても嚮導艦です。嚮導艦って知ってますか」


空母水鬼「もちろん。駆逐艦隊を指揮する旗艦ですよねー」


ジャーヴィス「つまーり、フラグシップということです!」


右腕をぐるぐると回しながら、空母水鬼に突撃する。そして空母水鬼の鼻っ面を殴りつけた。


ジャーヴィス「敗けねえし折れねえし沈まねーんだぜ!」


「もしかして君、それ真似したいがために空母水鬼にケンカ売ったのか!?」


ジャーヴィス「イエス! だってかっこ良かったもの!」


空母水鬼「いやー、お嬢さんが元気すぎてー……」とまるで蛇のような柔らかな動きでジャーヴィスの体にまとわりついた。「お姉さんアントニオ式卍固めかけちゃう♪」


ジャーヴィス「ノ――――!」


ジャーヴィスが口からブクブクと泡を吹き始めたので、慌てて助けに入る。


「おい、彼女を離せよ!」


空母水鬼「王子様がいるだなんて羨ましいですねー。いじわる王妃役やっちゃおうかなあ?」


力が強すぎて一向に引きはがせない。深海棲艦と人間の子供では馬力が違い過ぎる。蹴っても殴っても叩いてもつねってもダメージを受けた様子がなかった。なら、とレオンは象牙色の腕で空母水鬼の艤装に触れた。さきほどと同じくカーンカーンと音が鳴って、空母水鬼が


空母水鬼「ちょ、痛ったあああああああああっ!」


悲痛な叫びをあげて、白目を剥いて倒れた。ジャーヴィスと同じく口からぶくぶくと泡を吐いている。「た、助かった。いたた」とジャーヴィスは腰をさすっている。一連の流れを観察していて思ったが、艦娘に憎悪剥きだしの深海鶴棲姫はともかく、空母水鬼はヲ級のように落ち着いた雰囲気で、まともに会話ができそうな気がした。


「ジャーヴィス、帰ろう。このやんちゃな人達は僕が説得するよ」


象牙の腕で空母水鬼をつかみ、扉を出現させた。ドアノブをねじって扉を開くと、向こうに空母水鬼を押し込んで、続いて深海鶴棲姫も放り込み、この世界から帰還する。


8


深海鶴棲姫・空母水鬼「……」


空母水鬼のほうの艤装を象牙の腕でホールドしての話し合いだ。空母水鬼が「これは無理、本当に無理です。砲撃雷撃の傷みとは違って神経をかきまわされるような痛みは無理です。大人しさプリーズ」と深海鶴棲姫に暴力ストップの声をかけたら、思いの他大人しくなり、落ち着いての対話も可能になった。


「僕は君達を迫害したりしないさ。君達が殺戮兵器を自ら名乗るなら話は別だけど、この世界は君達の家として使ってくれて構わないよ。ここの海なら襲われる心配もなく穏やかに過ごせるはずだ」


深海鶴棲姫「お前が私達に対して『強い』のは分かった。だから、会話に応じてやっているだけだが、調子に乗るなよ。深海棲艦に人間を無条件で信用しろ、というのか。お前にどんな得があるんだ」


「得じゃなくて、徳だ」


「君達の命を守れるだろ」


深海鶴棲姫「……あ?」彼女は目をまん丸にする。しばらく黙り込んだ後、笑った。「アッハハハ!」


こんな風に笑えるんだ、とレオンの想いはますます強くなる。


深海鶴棲姫「お姉ちゃん、聞いたか。人間のガキが私達を守るだってよ」


空母水鬼はジャーヴィスにさっきの卍固めとやらをかけられている。「いやーん、駆逐艦の馬力じゃ私は痛くもかゆくもないですよー。なんというかジャーヴィスちゃん暖かくて気持ちいいですけどもー」と愉悦に浸ったような顔のままだ。深海鶴棲姫は小さく舌打ちして、顔を前に向ける。


深海鶴棲姫「利用する、の間違いだろ?」


「間違いじゃないよ」


深海鶴棲姫「人間っていうのは遥か昔から、私達という一本の丸太を利用し続けてきた。今も変わらない」


「君達が一本の丸太だって思う人はいないんじゃないかなあ……?」


深海鶴棲姫「なら、これならどうだ」彼女はいう。「お前、五日間ここから消えろ。そこの艤装もない英国の駆逐艦を五日間、私達と一緒にいさせるんだ。まず間違いなく死ぬだろうが、私達は殺さないと口約束してやろう。どうだ。お前は私達を信用できるのか?」返事はわかっているといった顔だ。


ジャーヴィス「オーケー! 構いませんよ、レオンそれで行きましょう!」


「「い、いいのか」」


深海鶴棲姫と声が重なった。


ジャーヴィス「悪い人達とは思いません。私の座右の銘は『今から全てが始まる』です!」


空母水鬼「正し、ジャーヴィスちゃんの貞操は保証致しません」


ジャーヴィス「てーそー?」首を傾げていって、「とにかくレオン、バックホーム!」


ジャーヴィスに色々と質問をしておいた。滞在期間はフィリピンでの長期任務を終えて一週間の休暇が入っているので構わないとのこと、しかし、その後、黒海で任務があるとのことで帰らなければならない、ということ、後は彼女の直感で大丈夫、とのことだ。半信半疑ではあるものの、レオンも深海鶴棲姫の提案に乗ることにした。五日間、この空間を去り、また日常生活を送ることとなる。


五日間、気が気じゃなかった。


9


結果からいうと、ジャーヴィスは無事に生きていた。


深海鶴棲姫「長い悪夢から、覚めた気分ではある」


空母水鬼「まあ」とこちらも同じような反応をした。「助けて頂いたみたいですね」


空母水鬼は膝から下が欠けていたり、顔面がえぐれていたり。なにがあったのかと聞くと、正直に教えてもらえたのだった。殺人衝動発散のために、深海鶴棲姫と空母水鬼はお互いで発散し合う。二人はもともと高い理性をかねそろえていて、艦娘や人間をなるべく攻撃しないよう、ずうっと二人で殺し合いをしており、お互い深海棲艦特有の再生力や他の深海棲艦を捕まえたり資材で身体の補給もしていたとのこと。


ジャーヴィス「レオンがあなた達を助けたんだよー!」


空母水鬼「そのようですねえ。ここは本当に平和ですし、私達もいつもより艦娘死ねとか思わず、この子に対しての攻撃も今までより遥かに抑えられましたし、まあ、人間っぽくはなりましたかねー」


艦娘と冷静に口を利けるようになった。これなら、間違いなく、この深海棲艦達とは争わずに住むだろう。空母水鬼は「ありがとうございます」と優しく微笑んだ。深海鶴棲姫は警戒心があったのか、その場で眉間にしわを寄せている。「お姉ちゃん、警戒したほうがいい」という。お姉ちゃんって姉妹なのか?


深海鶴棲姫「それで私とお姉ちゃん、そしてジャーヴィス、どっちを取る?」


「なにをいっているの」


空母水鬼「あー、ジャーヴィスちゃんは軍所属ですからこのような超特異な出来事を上司に報告する義務があるってことです。するとレオンは助かっても私達はいいところモルモット、だからどっち取るんだって聞いているんです。いやあ、少年、私達は実にいい時間を与えてもらいましたから年貢の納め時ですか」


深海鶴棲姫「……」


「お互いに信用はクリアしたんだから、ジャーヴィスを信じてよ」


ジャーヴィス「レオン、あの時ね、私が間違ってた。ごめんなさい」


彼女は頭を下げた。


ジャーヴィス「深海棲艦にも良い人達はいます!」


空母水鬼と深海鶴棲姫はなにも答えず、彼女をじいっと見つめていた。


ジャーヴィス「レオンは正しいよ。あの時、この二人を助けたのは、正しいです!」


深海鶴棲姫「ジャーヴィスお前、どうするんだ?」


ジャーヴィス「黙ってます」


彼女は意を決したような顔だ。


ジャーヴィス「あなた達が私達と敵対しない限り、このことは絶対に黙ってます!」


「なあ、ジャーヴィスのこと信じてあげてくれないかな」


空母水鬼「レオンのことには従います♪」


深海鶴棲姫は無言だった。肯定と受け取った。


ジャーヴィス「ありがとう。レオン、あの時、空母水鬼ちゃんと深海鶴棲姫ちゃんを助けてくれてありがとう!」彼女に手を握られ、激しく上下に振られた。


ジャーヴィス「レオンは優しいね。困っている人を助ける心、とっても素晴らしいものだと思う! その心、絶対に忘れないで!」


なぜか容姿に見合わない言葉の力強さを感じた。「へへ、うん」とレオンは答えた。


彼女は祖国に帰ったあと、また任務があるから、と告げて帰国した。最期に笑って「またね、ダーリン!」と抱き着いてきた。ちょっと照れ臭い。調べた限り、彼女は提督に対しての呼称だったからだ。強い絆が出来た気がしたからだ。


「またね」レオンは手を振って別れた。


その後日にどんな任務なんだろうな、とネットで記事を漁った時だ。露と英の共同作戦、黒海にて欧州棲姫を撃沈。


その殉職者の中にジャーヴィスの名があった。


ガングートという兵士が、彼女ごと敵を沈めた。


10


その訃報を伝えたところ、空母水鬼がその白く細長いその指で自身の艤装をガリガリと削って、自傷行為を繰り返した。深海鶴棲姫はそんな空母水鬼を悲しそうに見つめていた。艦娘が深海棲艦と戦って死ぬのは仕方ないことだ。レオンは一晩で、強引に自分を納得させた。


空母水鬼「呪わしい……深海棲艦のこの身体が」


深海鶴棲姫「もう処分したら。下手したらあいつを殺してたの私とお姉ちゃんだよ」


「それを彼女が、君達が望まない限り、僕は決して見捨てはしないよ」


そういうと深海鶴棲姫は黙り込む。やはり死にたくないのだ。なら、今の言葉は彼女なりの優しさなのだろう。それが彼女の口から処分、という形で発されたこと、そして空母水鬼が彼女の喪失により自傷行為に走ったこと、これが自己犠牲でなくてなんだという。深海棲艦にも例外はいる証明だ。


「これを見てくれ」


一週間後に血眼になってデータをかき集め、作った資料集だった。深海棲艦の生体情報、芽生えた自身の能力、そして軍の動向、膨大な150年の歴史から製作した海の秘密に迫った資料だ。そこから推測するに、軍はこの深海棲艦の存在を把握しておらず、この異常も恐らく歴史初のことだ。彼女達のことを軍に教えたら、どう動くかは想像に容易い。彼女達を生かすには存在を隠す、そして深海棲艦特性を切り離すことだ。


空母水鬼「人間になんてなれないですよ」


「知ってる。君達を正常にした時、この腕が工作したのは艤装のほうだ。そして、君が深海鶴棲姫に敗ける時、決まって肉体の損傷ではなく、艤装のほうをやられた時だ。そこから君達のその身体は、パーツの一つでしかなく、艤装のほうが本体っていう線が濃い。だから艤装を削って、肉体のほうに埋め込む」


空母水鬼「レオンの力って、そんなことができるんですか?」


「うん。この力は君達を救うための力だって、僕はそう思う」


空母水鬼「こんな小さい男の子が、私達の王子様になってくれるって」


空母水鬼は深海鶴棲姫に向かってほほ笑んだ。深海鶴棲姫は嗤った。


深海鶴棲姫「っは、子供の戯言だ。本当にその意味、分かっていっているのか」


「もちろんだ。それに僕ら、もう友達だろ。僕は必ず君達を助けるって、誓うよ」


深海鶴棲姫「好きにすれば」素っ気なく答えた。


最近、彼女の性格もわかってきた。肯定する時は大体黙り込んで、言葉にしてイエスと答える時は、とっても気分が良い証だってことをレオンは気づいている。要は素直になれないのだ。彼女の挙動一つ一つから本心を察するしかないのは、ちょっと難しい。


「じゃあ、今から君達を人間に近づけるけど、お願いがある」


「土日は午前、九時から十二時、午後は三時から六時、平日は六時から九時。この時間帯でしか君達を外に出せない。僕にも生活サイクルがあって学校もあるし、塾だって行かなくちゃならないし、君達とずっと行動を共にしてあげられないんだ」


二人の了承をもらい、人間改造手術を始めた。肌の色を改造して、ともに行動するにおいて、不自然に思われないように、その大人の容姿を子供の姿にまで近づけた。そして難所の艤装弄りだった。どこまでコンパクトにできるかが、人間の完成度に最も直結する。この実験に一か月を費やした。その中で限りなく手のひらサイズの艤装まで削っても生命活動が停止しないことが判明した。そして、彼女達の本能である殺人衝動は消せず、伸ばせても7日の周期が限界であることも分かった。


空母水鬼「衝動のほうはご存知の通り、私と妹で殺し合って発散しております。今までは5日周期だったことを考えると、殺人衝動は根強い本能ですね。でも、それを除いたら人間活動に支障はありません」


「驚いたんだけどさ、二人の容姿って似てるよね」


全く同一ではなくとも、艦娘の翔鶴と瑞鶴に似ている。もしや、とは思った。瑞鶴や翔鶴が関係しているのではないか、とレオンは考える。それなら深海鶴棲姫が空母水鬼をお姉ちゃんと呼ぶことも納得できる。沈んだ艦娘が深海棲艦になる、といった説は恐らく当たっている。


「僕の家で母さんに紹介するよ。とってもいい人だから良くしてくれる」


空母水鬼「レオンのお母さんですものねえ。お父さんは?」


「今、海外にいてめったに家には帰ってこないよ」


父はイギリスに転勤しており、念に数回しか帰ってこない。あの銀行は建物の老朽化で移転するとのことだった。あの冬場という男が潰した、というのもなんとなく察していた。例のハッカー・ブレイドが逮捕されて、容姿が公開された時、あの冬場卓郎という銀行員の男だと分かった。彼の余罪のいくつかに、あの銀行周りと思われるのことがあった。今思えばあの頃に偶然聞いた父の仕事の話は色々と黒かった。


「明日は遊びに行こう。服は三つの世界に出かけて適当に見繕えばいいよね」


貯金もいくつかある。小遣いもあまり使わず、お年玉も全て貯めてある。しばらく好きに遊べるくらいの余裕はあるだろう、なければ勉強や家の手伝いをして小遣いをねだればいい、とレオンは考えた。空母水鬼はずいぶんと上機嫌で鼻歌なんか歌っているが、深海鶴棲姫は気乗りしないのか、むくれっ面だ。


翌日、久しぶりに外の世界の光を浴びた。


11


「お友達」母は予想通り、嬉しそうな顔をした。「名前は?」


しまった。「私が姫で、こっちが鬼」と深海鶴棲姫がとんでもないことをいい出した。母は少し間を開けて、「ヒメちゃんとオニちゃんね」と彼女の名を呼んだ。ヒメちゃんはあり得るが、オニちゃんはどうだろう。彼女達のあだ名だと説明した。苗字から一文字ずつ取っただけ、と説明した。


その日はショッピングモールに出かけた。許された時間は短いので、ぶらぶらと適当に歩きまわっただけだ。空母水鬼は「わあ!」と好奇心旺盛な子とものように目につくものすべてに輝いている。人間の群れの中で、暮らしに溶け込むなど、海しか知らない彼女には新鮮だったのだろう。


深海鶴棲姫「……う」


大して彼女は挙動不審だ。びくびくしている。薄い氷の上でも歩いているように、一歩が慎重だった。そんなことをしているから通行人から注目を浴びて、「バレたか?」だなんていう程に疑心暗鬼に囚われている。バレる訳がない。深海棲艦の鬼と姫がこのようにモール内で遊んでいるだなんて思い至るわけがない。


試食コーナーでも言ってきたのか、ウインナーを頬に詰めた空母水鬼が帰ってきた。


空母水鬼「次はあそこです!」


と駆けていった先にあるのは、ペットショップだ。


空母水鬼は億にいた金魚を眺めていた。水槽に両手をつけて、中をじいっと見つめている。出目金のふくらんだ頬を真似して、量の頬をふくらませている。店員さんがそんな彼女を見て、微笑んでいた。


空母水鬼「お魚さんとこんな風に出会えるだなんて」目をキラキラと輝かせていった。


空母水鬼「レオンが私達の家を作ってくれたように、私はこの子達の家になる未来しかなかったはずなのに」


それもそうだ。深海棲艦が沈んだら、珊瑚やお魚の住処になることがほとんどだ。


キャンキャン、と犬の鳴き声が聞こえたと同時に、


「うわあああ!」と深海鶴棲姫の悲鳴が聞こえた。


尻もちをついて、ガタガタと震えたまま立ち上がろうとしない。キャンキャン、と吠え続ける犬に心底、びびっている。


深海鶴棲姫は産まれたての小鹿のように起き上がると、猛ダッシュでその場から逃げ去った。


近くの階段で膝を丸めて座っている。「ちわわ相手にびびったの」「違う、見逃してやった」姫の体裁を保つためか、大物オーラを出しているが、まだ肩が震えている。


空母水鬼「犬相手にびびる妹にマジバトルで勝てない私が最弱ですよね……」


深海鶴棲姫「違うよお姉ちゃん、ちょっと寒い。寒いと震えるのは自然だろう?」


確かに季節は冬だけど、モールの中だぞ。相当に混乱しているようだ。


「そろそろ時間だよ」


そろそろ帰らなければいけない時間が迫っている。


空母水鬼「もう少し!」彼女が二階へとあがると、それを追いかけるように深海鶴棲姫は後ろをついていく。本当に怖かったんだろうな。空母水鬼の服の裾をつかんで離さないその様は、傍から見たら仲睦まじい小さな姉妹そのものだ。


「……あ」


外には雪が降り始めていた。


空母水鬼が一つのマフラーを見ていた。特に柄もなく、黒い生地に赤いラインが入った簡素な大人用のマフラーだ。ちょっと値が張ったけども、今日はそれを買って帰ることにした。外に出ると、「これ使いましょう」と空母水鬼がマフラーを袋から取り出した。


「でも一つしかないよ」


空母水鬼「小さいからきっと大丈夫です」


空母水鬼はマフラーの橋を持って、輪をひっかけるようにして一番外の深海鶴棲姫の首元に回した。くるくろと三人の首回りを一周した。側頭部がくっつくほどに頭部の近い距離で、そのまま家路へと着いた。「ふふふー」と上機嫌な空母水鬼、深海鶴棲姫は「っち」と舌打ちが聞こえた。むっふー、という息を吐く。ご満悦なのか、にやついている気がする。


まあ、そのマフラーは深海鶴棲姫と空母水鬼のバトルで跡形もなく燃えたんだけども。

やんちゃ過ぎる。


12


空母水鬼「ちょっと別世界から連れてきましたー」


「なにしてるんだよ」


その翌日、箱庭の中に一匹の犬がいた。キャンキャン、と深海鶴棲姫に向かって吠えている。彼女たな飛びかかり、噛みついた。助けようとすると、空母水鬼から止められた。よく分からないが、あの犬が深海鶴棲姫を殺せるとは思えなかったのでしばらく見守った。


しばらくの我慢の後、犬が噛みつくのをやめた。その瞬間だ。深海鶴棲姫が犬の前足に両手を入れて、胸に抱き締めた。犬は腕に噛みつき、ひっかき、暴れまわる。


それが30分くらい続くと、犬は抵抗をするのを止めた。


深海鶴棲姫がそっと壊れモノに触れるように、優しく頭を撫でた。「くうーん」と犬が甘えたような声を出した。深海鶴棲姫は犬をそっと胸から離して、起き上がると、笑った。もしかして、あの時、怖がって逃げたのを敗けた、とでも思って、リベンジでもしているのだろうか、とレオンは思う。


深海鶴棲姫「心を通じ合わせたぞ」


にかっと笑った。


深海鶴棲姫「コレガ『平和』ッテヤツダロウ」


「なぜ深海棲艦オーラ全開なのか分からないけども」


予想を超えた言葉が出てきた。そうか、平和か。確かにとても素晴らしい一歩を踏み出した、とレオンは思った。深海棲艦が命を殺さず、解決したその姿勢は人間の暮らしの中でも役立つ精神だ。


空母水鬼「よくやりました!」

拍手を送っている。


深海鶴棲姫「あはは」





深海鶴棲姫「よしっ!」


初めて見る自然な笑顔だった。


13


二人は日に日に人間らしくなっていく。レオンは母にそんな二人の話題をよく投げた。その度に母は幸せそうに微笑み、同時に「また連れてきなさいな」と二人と会いたいという。すでに何回か家にも招いていて、食卓を囲んだこともある。母なら、もしくは、と思って、レオンは二人のことを打ち明けようか、と本気で悩んだこともあった。ダメか。殺人衝動はある。最悪、母の命にかかわってくるので、話はしなかった。


そろそろ今後の進路を決めなくては。


こそこそとせずに堂々と外を出歩かせるために動かなくてはならない。難しい話で、政治というものに関わってくることもレオンは気づいていた。そして、自身が生涯を捧げてなお達成は困難であることも理解し、行き詰った。あの特異な深海棲艦は人間らしい、と軍に報告を入れても、すでに頭の中に入っている血塗られた歴史が、その希望を否定する。艦娘と深海棲艦の関係は、沈めるか沈められるか。


いずれにしろ、政府組織に入り込む必要がある。夢の達成には政治的要素が強く、対深海棲艦海軍よりも、内陸勤めのほうが得策であると判断し、より一層、勉学に励む。闘うため、生きるため、だ。そして夢をつかむため、とごく自然な熱意のもと、机に向かう毎日を送る。高校の受験を終えた頃には、空母水鬼と深海鶴棲姫は母とかなり親身になっていた。ボロを出さないか心配だったが、母は気づいた様子もなかった。


が、深海鶴棲姫がポカをやらかした。


深海鶴棲姫「うわああああ!」


久しぶりに聞いた彼女の悲鳴だ。なにかと思えば、食卓の上の料理をひっくり返していた。深海鶴棲姫はそのまま二階へと走り去った。床のフローリングに堕ちているのは、七面鳥だ。なんだあいつ、七面鳥にもびびるのか。「瑞鶴です」と空母水鬼がささやいたワードで謎は解けた。


空母水鬼「ごめんなさいお母様。あの子、昔のトラウマで七面鳥を怖がるチキンなんです♪」


「なんだかおもしろい子ねえ」


空母水鬼はやたら母と仲が良い。母はやたら空母水鬼のほうに好意を持っていた。お転婆で不愛想な深海鶴棲姫よりも、上品で人付き合いの上手な空母水鬼のほうが好感を抱いているようだった。空母水鬼に「お母様」と呼ばれると、嬉しそうにしている。


レオンは階段を駆け上がって、深海鶴棲姫にいう。


「いいか、僕は一つだけ嫌いなことがある。人間として正しい行いをしないことだ。悪いことしたら、ごめんって謝るんだよ。キミは素直じゃないけど、それが出来ないやつじゃないのも知ってる。母さんは笑って許してくれるから、ほら、下に行って母さんに謝っておいで。君達のために料理してくれたんだよ」


深海鶴棲姫「……うん」


手に花を持った。彼岸花のお花だ。


深海鶴棲姫「……ごめんなさい。これ詫び」

とその一輪の花を差し出した。


「あら、気にしないでいいのよ。さあ、一緒に食べましょう」


深海鶴棲姫は悪びれた様子で下に降りていった。しっかりと謝って、食卓を囲った。あまり人付き合いがうまい子ではないんだよな。切り替えも上手ではなく、落ち込んだ様子でご飯を食べて帰っていった。まあ、外に出たところで途中まで送って、箱庭に帰る。


レ正面玄関から家に戻ると、母親に手招きされる。


「お母さん、お姉ちゃんのほうが好きだなあ」


レオンはすぐに言葉の意味を察した。もうすぐ高校生にもなる息子が、同じ歳の姉妹の女子を二人連れてきている。親がそう思うのも無理はないと解釈した。どちらか一人を選ぶことなんてありえない、と答えることが出来たらどれだけ楽だろうか。レオンは笑ってごまかす。母は、こういった。


「レオン、良い? 選ぶならお姉ちゃんのほうよ」


あれ、と思った。その声が少し今までの母の優しい声とは違って、上から押さえつけるように脅迫染みていたからだ。そもそも恋愛の話なら、優先されるのは本人同士の気持ちのはずだ。教育熱心という言葉が思い浮かび、あくまで自分のためを思っていってくれているのだ、とレオンは解釈してその場は笑ってごまかした。


「今日は僕が洗い物をやるよ」母の機嫌取りに食器を持って、台所に向かった。


キッチンのゴミ箱に、彼岸花が捨てられていた。


14


その翌日だった。午前中、玄関から母の半狂乱の声が聞こえた。


二階の自室の窓から外を覗いてみれば、知らない女性二人が玄関口にいた。知らない、とか、消えろ、とかそんな母の言葉が聞こえてきて、そっと一階に降りて聞き耳を立てた。人生で三度目の衝撃だ。一度目は深海棲艦と出会った時のこと、そして二度目は、ジャーヴィスが戦死したこと。そして三度目は、


「あなたの息子さんですよね。今、我々の施設で保護しております」


腹違いの兄の存在を知ったことだ。


「母さん、僕には兄さんがいるの?」


そう声をかけた瞬間、母の顔が真っ青になる。


その日はすぐにその人たちを追い払って、居間に連れて行かれた。


「あなたに兄はいないわ」とか「人違い」とか、そんな御託を並べた。とても信じられなかった。兄がいると知れば、興味が湧くのもごく自然なことだった。レオンはあの大人の人が制服と思わしき服装のマークを覚えていていたので、ネットで検索をかけたところ、すぐに共栄自律教団であることが判明した。


所有施設を調べ、こっそり兄を探しに行くとした。


15


居場所は最寄りの施設で当たりだった。青山という姓、そして男、在籍記録があった。今はもう施設にいない、と職員の人から聞くことができた。どこへ行ったのかといえば、対深海棲艦日本海軍の学校の寮に住んでいるという。直に会いに行く勇気はなかった。もう、この時点でレオンは兄が母に捨てられた、というのを理解し、そして今の幸せな自分を見て、今が壊れることを危惧した。ただ真実は知りたかった。


父や母が答えてくれるとは思わなかった。職員からこれ以上の事情を聞き出すには、それなりの筋を通さねばならず。明確な関係性を示す書類が必要になってくるだろう。兄の過去を知っている人物はいないだろうか、と施設の子に聞いて回ったが、関わりがない、という子がほとんどだった。


「一縷の望みは」


一週間後、電車に飛び乗った。目的地は岐阜刑務所だ。小さな頃の記憶を思い出したのだ。あの黒い銀行で少しだけ一緒に時間を過ごした男が「君の両親はだな……いや、なんでもない」となにかをいうのをためらった。時系列的にいえば、あの時すでに兄が産まれていなければおかしい。なにか知っているのかもしれない。


「よお、あの時の坊主が何の用だ」


ハッカー・ブレイド。冬場宅郎というサイバー犯罪者だ。色々と相貌が変化しているが、間違ってはいないはずだ。あの時の銀行勤めの男だ。「突然、申訳ありません」と一言断ってから、面会の事情を説明した。すると、冬場は赤裸々に事の説明を始めた。


冬場「その話かよ。なんか教団連中が来たぞ。あいつらは、本当にどういう情報網していやがる」


「覚悟はあります。詳しく、教えてください」


冬場「レオン君も覚えているだろ。あの時の金はお前の母親の夫が死んだ時の特別弔慰金だ。それを別口座に移した。後は、小さな遺産相続分か。要は金だけ持って息子を捨てて逃げた。すごいぜ。捨てるって文字通り、外に放りだすんだ。兄が住んでいたアパートの家賃の何か月分かは払って、義務教育分終わるまでの金を置くこともなくな。教団の話では、兄貴はそのあと海に身を投げたが、命を拾って、ホームレスやっていたんだとよ。その途中、教団に保護された。今は軍学校の寮にいる、って教団連中から聞いたぜ?」


目の前が真っ白になった。


レオンには両親が、人間として下劣だったことを知った。


冬場「坊主なら、どうだ。父親が戦死して、葬式に現れた母親を見たら、どう思う。この人と暮らしていく、迎えに来てくれた。小学生六年生の自分なら、こんなことを想うだろう」


それが、どうだ。金だけ持って逃げただと。


冬場「お前の親はこっち側だ。捕っているか捕まっていないか」


冬場「これが世界の歪みってやつだ」


今までの全ての母と父の姿が、偽りだと判明した。深海鶴棲姫が謝って仲直りの品をゴミ箱に捨てていた時から、おかしいとは思っていたんだ。芽生えていたこの違和感の根源を垣間見た気がした。


いくら母が隠そうとしても、追及して明らかにしなければならない。放置してなあなあにして良い問題ではない。


父が返ってきた年末の休みに、その話を切り出した。


これが四度目の衝撃だ。


16


「あの子のことなんて、知らないっていっているでしょ!」


母がヒステリックに叫び声をあげ、レオンの頬から乾いた音が鳴る。それが答えだ、あの子のことなんて、知らないっていっているでしょ。知っているからこそ、飛び出てくるセリフだった。


しかし同時にレオンの胸に少しの安堵が滲む。少なくとも母は申し訳なく思っているからこそ、ヒステリックになるのだ、と解釈したからだ。父は「止めよう。今のまま家族で仲良く暮らすのが一番だろう?」と母を宥める。


「兄さんに対しての筋があるはずだ」


レオンはその正義感から言葉をつづける。


「まずなによりも誠心誠意の謝罪、遺産の半分の額を渡す。当然だろう。その上で赦してくれって頭を下げる」


また頬を張られた。今度は父親だった。「親に対してその口の利き方はなんだ」


一体なんなんだ、とレオンは吐き捨てる。言い方の問題ではないだろう。あんた達は間違っている。人として間違った行いをしたんだ。何度、質疑をしても、望んだ答えは返ってこない。過去の過ちをなかったことにしようとしている。


「いい加減、本当のことをいえよ!」


我慢の限界が訪れた。象牙色の腕が、母の肩をぐっとつかんでいる。その瞬間だった。母は今までの言動が嘘のように罪の告白を垂れ流した。



“あの人より恰好良かったもの。私、寂しかったの。私を放置してばかりで嫌気が差したのよ。だから、別居したし、あの子とも離れた。気味が悪かったのよ。容姿も頭も悪くて、なに考えているか分からないやつだったし。なんで私があんな出来損ないを引き取らないといけないわけ。むしろ私、よく我慢したわよ。だから夫が死んだのは、神様からのプレゼントよ。そのプレゼントを受け取ってなにが悪いの”


“私は、なにも悪くないわ”


“今の生活は幸せよ。これが、私の望んでいた未来”



「今、どうするべきか分かるか。今、どうしたい」



“あいつ、殺しておけば良かったわ”


逃れようとした母の力を押さえつけた時だ。

母の手が、力なくだらん、と垂れ下がる。象牙色の手の中で、母の首がひしゃげていた。続いて、その象牙色の手は父の首を同じように締めた。その首が折れる。


「あらー……」


空母水鬼が、つかつかと歩いてくる。


空母水鬼「ごめんなさいね。間に合わなかったかあ……」


「こっちの台詞だよ。ごめん、僕、取り返しのつかないこと、自首しなきゃ」


とそうは思ったものの、そうすれば空母水鬼と深海鶴棲姫はどうなるんだ。捕まるってことは足がつくってことだ。万が一でも、二人の存在が世に露呈してしまえば、そこで二人は深海棲艦として叱るべき運命を辿るだろう。しかし、と、人としての道徳倫理とせめぎ合う。


空母水鬼「つくよ?」

両手を叩き合わせる。


空母水鬼「この死体を隠して、別の世界からこの人達を連れてくるの。私達が殺した痕跡を消すように殺して、後はここを火の海にしてしまえば、一家心中です♪」


空母水鬼はそこで無表情になる。


空母水鬼「あなたが選んで。私はレオンに従うよ」


唐突にあの日の彼女の言葉が心の中でこだまする。


――――レオン、ソレに触るな。


そう怒号を飛ばしたジャーヴィスの声と顔を思い出した。過去の大戦時の夢を見る彼女達、深海棲艦と争い続けてきた150年にものぼる歴史、なぜ深海棲艦の存在が有害災害認定されているのか、ようやく理解した気がする。あの時、この二人と出会わなかったら、今の未来はなかったはずだ。あの日、手を差し伸べようと一歩を踏み出した時、聞こえたちゃぷん、という音は人域では営めぬ海に足を踏み入れた時の音だ。彼女達に寄り添おうと前に進めば、いつの間にか深海へと溺れ死んでしまうかのような、そんな気がする。


心を通わせたぞ。これが平和ってやつだ。


そして彼女達との思い出も連鎖するように掘り起こされる。違う。彼女達は深海棲艦であって深海棲艦ではないのだ。彼女達の命そのものが有罪判定なのは、人種差別。この文章が強烈に脳裏に焼き付いた。僕がこの両親を殺した悪党なのは疑いようもない。ただそれで日本人が悪だと烙印を押すようなものだ。


パチパチと視界に炎が燃える。その空間には別世界から連行し、自傷させた二人の親と、空母水鬼と、深海鶴棲姫の計五名の人間がいる。もうすぐ火事になってこの育った家は思い出とともに焼け落ちる。全てを焼く焦げた臭いには、二人は慣れているのか、眉一つ動かさなかった。レオンはいう。


「僕に出来ることは残りの人生を君達に捧げることくらいだ」


空母水鬼「……そうですか」


「深海棲艦は、少なくとも君達二人だけはいつの日か必ず負い目なく日の光を浴びさせてあげる」


深海鶴棲姫「なあ、レオン」燃える炎を見つめながらいった。「私もお姉ちゃんと同じく、お前に従ってやるよ。お前に助けられる身まで堕ちて、お前の夢が叶う日まで、この深海棲艦の身のまま」


深海鶴棲姫「待っててやる」


空母水鬼「ああ、そうです。レオン、さっき急に母親がぺらぺら流暢になったけど、あれなに?」


「……多分、新しい力。本心を聞き出す力、と、本心のままに動かす力だ」


空母水鬼「そう。なら一つだけ約束して」


小指を小指に絡められた。


空母水鬼「その力は私と私の妹には絶対に使わないこと」


彼女は困ったようにいった。


空母水鬼「私達の関係が、壊れちゃうから」


背後にあるテーブルが焼けて脚を失ったのか、崩れ落ちた。背後にあったはずの道を防いだ音のように思える。もう後戻りは出来ない。これから先はやることが山積みだ。この隠ぺい工作は必ず成功するはずだ。なぜならば政府が、世界が、把握していない未知の力なのだ。罪と罰の因果に囚われるとしたら、空母水鬼と深海鶴棲姫が裏切った場合のみだが、まずありえないといっても良かった。


牙の色の腕を見つめる。なぜ三本目の腕は、腕の形をしている。人間の華奢な二本の腕では引っ張り寄せられない未来をつかむために、この形をしているんだろうな、とレオンはなんとなく思った。あの両親の死体も箱庭に保存してあるが、人間の体を利用していくつか試してみたいこともあった。


三人で覚悟を決めたその時だ。

深海鶴棲姫の背中からこの家の様相を表すかのような、紅蓮の腕が生えた。そして空母水鬼の背中から、全てが燃え堕ちたかのような灰燼の色をした腕が生えた。


17


なんとか一家心中で運よく生き残った少年としての立場を入手した。ここらの頭の周りようは親の狡猾かつ残虐な血を意識させられ、気分の良いものではなかった。


二人の写真を完全に処分しておいたのも正解だった。そして両親の遺産、幸い親戚が優しく、理想的な事後処理の方向で進んだ。そして高校は三年間、虹のふもとという養護施設から通うことにした。遺産、両親の生命保険、それらの金銭から大学を卒業するまで経済面では上手くやれば困らない。

 

預け子として寄付金が大きい額だからか、一人部屋をもらえた。この虹のふもとという施設では最近、この部屋に住んでいた少女が阿武隈として建造して軍に行ったらしい。その少し前には由良とかいう人も軍に行ったという。


施設というのはあまり良い印象がない場所だったが、その通りだった。

 

宿舎の裏を通った時に、角のすれ違い様に、肩がぶつかった。駅一つ向こうの公立高校の制服を着た連中だ。荒れていると有名な工業高校の生徒達だった。ギロリ、と鋭い眼光で睨みつけられる。深海鶴棲姫のガン飛ばしにははるかに及ばないが、「ご、ごめんよ」と怯えたふりをしておいた。


「う……」

 

少年が倉庫の壁に向かってよれよれと進み、背中を預けて、崩れ落ちるようにして倒れた。なにが起きていたのかはすぐに理解した。イジメかなにかだろう。あの男グループ連中は関わり合いになるべきではないと頭では分かっていないが、レオンの人道がそれを許さなかった。傷を負った少年に歩み寄る。


「大丈夫かい? 保健室まで連れていくよ」


「ありがとう。でも、大丈夫です。少し休んで僕一人で行くから、見なかったことにしてください」


欠けてしまっている歯が見える。まさか見なかったことにしてくれ、といわれると思ってはおらず、レオンはその場に立ちすくむ。彼を観察した限り、これが初めて、といった訳でもないだろう。


「僕を助けて、あなたが因縁つけられることのほうが、イヤなんです」

すげえ、とレオンは内心で彼を賛美した。そのいくつもの見て取れる体の傷が、ケンカでは常に負けていることを示している。イジメが社会問題でどれほどの苦痛を伴うかは、その悲惨な過去の事件を考えれば分かる。この少年は手を指し伸ばした相手に気を回す。瞳から、鋼鉄のような強い意思を感じた。


「分かったよ。でも、お願いがある。もうダメだ、と思った時は僕を頼ってくれ」


「……はい」と少年は困ったように笑った。

 

18


施設の子に同じ学校に通う子がいたので、学校で話を聞いてみたところ、彼の名は羊舜(ヒツジシュン)ということを知った。小学生の頃からの問題児だという。あの子のどこが問題児なのか、レオンにはさっぱり分からなかった。深く聞けば、あのイジメっ子はその頃から凄惨なイジメを羊舜に加えているとのことだった。自傷行為を繰り返してまでも、あの男から逃れ、そして施設を抜け出してホームレスをやって警察に見つかり、職員に叱咤され、また家出の繰り返しだ。


「変わったのは、舞衣さんが返ってきたあの日かな。ああ、舞衣さんっていうのは由良さん」


「変わったって、なにが変わったの」


「なんか強くなったというか、そんな感じ。家出はしなくなった」


こんなことがあったんだ、と過去のエピソードを語る。


それはあのイジメっ子は由良のことが好きで、羊舜を虐めていた時に、助けた。人を虐めるな、食べ物を粗末にするな、と思いっきり殴り飛ばしたらしい。それから羊舜とおしゃべりして、仲良くなった。その不良はそれが大層に気に入らず、逆恨みして、由良に危害を加えた。由良は命にかかわる重傷を負って、医療の建造という経緯を経て、軍に行き、羊舜はその時から、変わった。イジメに屈しなくなったという。なにが羊舜の中で革命が起きたようだ。


「関わらないほうがいいよ」と少女は強い口調でいった。「あの斎藤は本当に狂ってる。わざわざ受かった最寄りの学校を辞めて、別の学校に逃げた羊舜と同じ学校に進学してイジメるようなやつだから」


確かにイカれている。助けようと思った。しかし、あの日の羊舜の強い眼差しを思い出す。彼なりの考えがあるのかもしれない。どうして耐えているのか、レオンにはさっぱり分からなかった。そのようなやつを死、もしくは社会的な死を与える手段はレオンの頭には少なくとも数通りの方法が即座に思い浮かんだ。

 

羊舜という今まで出会ったことのない人間に、レオンは興味を持った。

 

彼の希望通りに距離を取りながらも、観察はしていた。イジメ、に該当する行為は日常茶飯事だが、暴力の頻度は一週間に一回、空母水鬼と深海鶴棲姫の殺人衝動と同じ周期だった。


暴力沙汰は決まって羊舜が反抗した時だ。斎藤が少年院に行った時の話、そして自慢気に他社をいたぶった時の話、そしてよく分からない理由で他の子に向けた時に羊舜はいい返す。斎藤は羊舜が怒るポイントを理解して、楽しんでいる節があった。あの斎藤が他に手を出さずにいるのは、羊舜がターゲットを買って出ているお蔭だということを理解した。

 

日誌を提出しに来た時、職員室ではまたケンカか、とグループが連行されていた。職員に連行されて両成敗まではよくあることだ。職員室から羊舜が出て、のろのろと外の門をくぐって外に出た。いつもは保健室に向かうのだが、今日は違う。どうせやることもないし、とレオンは彼の後をつけてみた。

 

近くの神社だ。防犯カメラ作動中、との看板の上にグラフィティアートで落書きされている。よく不良が溜まるとのことで有名な場所だったが、今宵は誰もいなかった。賽銭箱の前の石階段で腰を下ろして、膝を抱えて、そのお山に顔をうずめた。すすり泣く彼の心の声が、レオンの耳元まで届く。


“神様、助けてくれ”


“僕は友達が、一人もいない”


 その日は声をかけずに帰った。その翌日のことだ。不良が「あの女どもが死ねば、特別弔慰金で施設が潤うよな」と夕飯の時に斎藤がいった。羊舜がきっとにらみつけた。律儀だ。あの斎藤というやつは、彼女達がいなければ人類が滅んでしまうということを知らないようだ。そしていつもなら斎藤が暴力行為に出るのだが、今日はそうじゃなかった。斎藤が椅子ごと地面に倒れた。


「羊舜は君よりずっと強くて立派な人間だ」


レオンが蹴っ飛ばしたからだ。ざわめいた。由良さんの再来だ! と誰かが叫んだ。そこからは斎藤のグループとケンカだ。当然のように負けてボッコボコにされた。それもそうだ。今までケンカなぞ一度もしたことがなく、勉強が出来る優等生として、日々を平穏に生きていた。暴力は腐るほど見てきたが。

 

職員室でお叱りを受けた。これでもう元の生活には戻れないだろう。あの斎藤のターゲットにされて然りだった。


その日は羊舜に呼び出され、「なんで」と介入した理由を聞いてきた。倉庫の裏だ。乳児院のほうから夜泣きする赤ん坊の声が聞こえる。レオンはからかうようにしていった。


「神様が君の願いを聞き届けてくれたんじゃないのかなー」


羊舜はそういうと起き上がり、倉庫の陰に消えた。すすり泣く声が聞こえた。いちいち尊敬できるやつなんだよな、とレオンは思う。人前で泣くやつはどうかと思う。別に涙を流すべきではない、といいたいのではなく、こうやって人前で涙を見せまいとする彼の精神に敬意を払いたくなる。泣き声が止んだ後、


「飯の時間も終わっちゃったし、あげるよ」


ポケットから学校の売店で買った安いチョコレートを差し出した。羊舜はそれを受け取った。混乱しているのか、包装紙のまま口に放り込んでいた。「紙ごと喰うなよな。本当に羊か」と突っ込みを入れたところで彼は気づいたのか、口から取り出して、包装紙を外して口の中に入れた。


羊舜は、口の中でチョコレートを転がしながらいった。


「夢のように甘い味がする」


19


深海鶴棲姫「私に任せろ、そのクズに本当の恐怖ってやつを教えてやるよ」


バレた。まあ、一度や二度はごまかせても、難解も顔に痣を増やしていれば、遅かれ早かれバレるか。それにそろそろやられっぱなしというのも気に食わない。正直に深海鶴棲姫と空母水鬼には経緯を打ち上げたけども、彼女達を頼ろうとは思わなかった。そのために耐えて、情報を集めたのだ。


「僕のほうで解決できる問題だからでなくていい。それより、この花はなんだい?」


箱庭の世界の海に浮かんでいる花は彼岸花か。


「深海鶴棲姫が浮かべたのかい?」


深海鶴棲姫「違う。この四つ目の世界、海に勝手に彼岸花が増えていくんだ」


空母水鬼「レオンの力ではないのですか?」


「違う……というか知らない、かな」


四つ目の世界は、発見した当時からただ絶え間なく広がる夜の海だったはずだ。その頃に彼岸花はなかったが、勝手に増えていっているという。彼岸花という時点で深海鶴棲姫との関係性をレオンは疑った。だが、彼女は身に覚えがないという。その彼岸花を手に取ってみるが、なんの変哲もない花だ。


「深海鶴棲姫の力だろ。空母水鬼のほうは単純な再生力だし、この四つ目の世界は後付けだけど、深海鶴棲姫が僕と同じ腕が生えた時と同じタイミングで作られたし」


深海鶴棲姫「レオンやお姉ちゃんみたいに、この力のこと、よく分からない」


「加えてこれ。ハイビスカス、サクラ、バラの花がロビーのところから各世界に繋がる扉に埋め込まれていたよ。なにがなんだか分からない。僕の力なのか君の力なのか……」


「どんな世界なのかもよく分からない」


空母水鬼「まあ、これといって実害のない静かな世界ですし。なにか異常が起きたらそれを手がかりにして調べればいいのでは」


「……そうだね」


まあ、今は放置でもいいか。二人の反応を見るに特別、害があるといった風でもない。


「ところでさ、二人って戦うと強いんだろ」


二人はきょとん、とした顔になった。


「僕に戦い方、教えてくれないか」


深海鶴棲姫「私達は産まれつき強いだけだぞ」


「それはそうだけども、なんか教えられる強さはないの」


空母水鬼「私にかかってきてみてください♪」

 

といったので試しに殴りかかった舜間、景色が逆さまになった。「大丈夫ですか」と空母水鬼が覗き込んできた。


空母水鬼「私、柔道ならかなりできます。空手や少林寺拳法、弓道、華道の心得もあるんです。ま、柔道以外は心得がある程度ですが、柔道なら人に教えられるくらいに魂に刻み込まれていますねー」


深海鶴棲姫「翔鶴か。いいな、私の瑞鶴とか瑞鳳とかイントレピッドとか武道の心得なにもない」


空母水鬼「武蔵成分なのか、おっそろしいハードパンチャーですけどねー……」


「空母水鬼先生、教えてくれ」


空母水鬼「もちろんです!」


ということで柔術の講座が始まった。「申し訳ない」とサンドバッグ代わりにしている深海鶴棲姫に謝っておいたが、「痛くもかゆくもないけど、本当にこれで誰か倒せるのか」と返された。こんなんで深海鶴棲姫がダメージ与えられたら艦娘の中に提督が混じって最前線で戦ってるだろ。


深海鶴棲姫「レオン、お前はちょっと優しすぎる。ケンカに向いていない」


「はあ?」


深海鶴棲姫「本当に暴力で勝ちたいのなら、相手を殺す気でやれ」


最もだと思えたが、彼女がいうと嘘臭いのも事実だ。


「君は殺す気で戦ったことがあるのか」


深海鶴棲姫「さあな」


空母水鬼だってギリギリで殺さない程度に痛めつけて、艦娘だって傷つけるのを嫌う。そんな彼女が本気で相手を殺そうとしたことがあるのだろうか甚だ疑問だった。ただ納得できる節もあった。手加減して勝てる相手ではないのだ。レオンは全力で暴力を振るうが、深海鶴棲姫は涼しい顔を崩さない。


「そういえば深海棲艦の人体に弱点ってあるのかな」


深海鶴棲姫「強いていうならこの身体自体が弱点だ。柔らかい人間の女のような身体だ」


といってもなぜか超耐久力を秘めている。本当に海の戦争は不思議なことでいっぱいだった。空母水鬼が腕を組んでしばらく考え込んだ後、「えい」と不意に深海鶴棲姫に飛びついた。なにをしているのかと思えば、空母水鬼は深海鶴棲姫の脇腹をこしょぐっている。そんなのが通用するのか?



深海鶴棲姫「ふひ、あっひゃっひゃひゃ!」


 

効くのかよ。それなら、と思って同じく脇腹をこしょぐってやった。「ヤメロ、沈メルゾオ!」と姫の殺気を出してきたが、もう慣れている。そして深海鶴棲姫は身をよじるだけで反撃はしてこない。「ちょっとでも攻撃したらレオンには致命傷ですからねー。この子は詰みです」なるほど、とこしょぐり続けた。


深海鶴棲姫「……」


空母水鬼「よだれと涙と鼻水垂らしながら気絶しちゃいましたね……」


やり過ぎた。まあ、やってしまった以上、仕方ない。目を覚ましたら謝ろう。


空母水鬼「レオン、強くなるのいいですが、弱い人間が強くなるにはやっぱり頭を使うのが一番ですよ」


「そっちのが得意かな。まあ、訓練は続ける」


20


斎藤に彼女が出来たという。施設にも連れてきたので、彼女の身元はすぐに割れた。レオンの高校に在籍する女性徒だったからだ。


見てくれはいいが、良くない噂が流れていることも知っている。確か、私立の高校三年生の男と交際していたはずだ。別れたのか、と考えたが、レオンのクラスのグループのラインで、二股をかけていることが判明した。母親のことを思い出して、不愉快な気分になる。


淡々と頭の中で計画が練られてゆく。最近。斎藤のやつは羊舜に手を出さなくなった。単純に女のほうに時間を割いているからだろう。わざわざ呼び出して殴りつけることはなく、パシリ程度だ。それは幸運、なのだろうか、とレオンは己に問う。違うよな。少なくとも決着をつけて相手に認めさせなければならない。


「は、浮気? ガチで?」


まずは二股されている男のほうに接触して取引を持ちかける。レオンは内心びくびくと震えていた。こいつも相当なワルとして有名で、暴走族なんかに入っている。深海鶴棲姫や空母水鬼の殺気には慣れていたものの、彼女達は自分に絶対に危害を加えないという確信があるが、外の人間は違う。ゆえの恐怖だ。


「で、お前雨村だっけ。なんでわざわざ俺に伝えに来たわけ」


あの手この手で言葉を発信した。時に本心を吐かせて言葉巧みに誘導を試みる。最後に僕も協力する、との約束を交わして、レオンは決戦の場を整えることに成功する。ただ予想外なのは「やるからには殺す来でやるわ、あのクソ女もな」と両方をターゲットにしたことだ。面倒なことになってしまった。


加えて予想外がまだあった。なんだか両方とも数をそろえて抗争のようになってしまったことだ。レオンは町外れにある大きな空き地目指した。待ち合わせの時刻は午後6時だったのだが、着いた頃にはすでに集団の抗争が始まっていた。学校には遅刻するくせにこういう時は時間よりも早く来るのか、と内心、呆れ返る。人数は藪木勢30名VS4斎藤勢0名といったところで、乱闘状態だ。武器使ってるやつもいる。


「じっと、していようかな」


終わるのを待ったほうが賢明そうだ。けしかけたのだが、本当にこうも暴力を動物的に震えるのには呆れる。彼らは弱いから、その弱点を埋めるために某力を振るうのだ、とそう思った舜間、恐怖は消えた。本当に強い人間を二人、知っている。一つは今も生きている兄、そしてもう一人は羊舜だ。


闘えば、空母水鬼と深海鶴棲姫の気持ちを理解できるかな。そんな風に乱入して、拳を振るった。結果、一人にはがい締めにされて、もう一人に思いっきり殴られた。斎藤に辿り着く前に、大地の上に沈んだ。だめだ、ちょっと鍛えたくらいでは勝てない。鼻血を拭ってようやく、起き上がった頃、戦場にはレオンを含めて三名しか立っていなかった。斎藤と藪木のリーダー格の二人だ。


斎藤が強い。藪木の拳をステップでかいくぐり、左のフックであごを揺らしてから、右でアッパーを打ち込んだ。大丈夫か、口から血が垂れている。思いきり、舌を噛んだんじゃないのか。斎藤が藪木の顔を踏みつけながら、レオンのほうを見た。「雨村かよ。お前さあ、こういう小賢しいの得意そうだよな」


察しが良いな。今後の影響も考えると、斎藤とはどうやらここで決着をつけるしかなさそうだ。腹をくくった。斎藤がゆっくりと近づいてくる。藪木と敵として対峙していた時とは違い、倉庫裏で羊舜をいたぶる時の悦の表情だった。油断している。勝機を見出した。


ただ適当に振るわれた斎藤の拳をレオンは避けられず、鼻っ面にもらう。歯を食い縛って耐えると、腕をつかんだ。空母水鬼から教わった通りに、やってみる。一本背負いの基本だ。投げるのではなく、ちょっと持ち上げて、背中を使って、ゴロン、と転がせるように、地面に落とした。上手く勢いが乗って、地面の上だ。ダメージはあったようで、斎藤は起き上がってこなかった。


「あっ」


足を手で掬われた。まだ戦う気力があったのか。尻餅をついた。


「そういえば殺す気でやれっていわれたっけな。斎藤君、だから君は強いのか?」


誰が使ったものなのか、斎藤は地面に転がっているサバイバルナイフを手に取った。


「俺は殺す気で誰かに暴力を振るったことはねえよ」斎藤はぺっと血交じりの唾を吐いて嗤った。「むしろその気概を持ってみてえな。俺はただいつでも死ねる勇気があるから、なんでも気軽にやれるだけだ」


殺す気が気ないのに、人を殺せる。なるほどな、とレオンは斎藤という男の本質を見抜く。究極的なまでに考えることを放棄しているのだ。こいつは恐らく、例え、羊舜が苦悩の末に首を吊っても、翌日には「あ、そう」とけろりとしている。それどころか、気分次第で葬式にさえ顔を出してきそうな気さえする。しかし、それはそれで納得できる理由だ。この手のやつが深く考えて何年間も人をねちねちと虐める訳がないのだ。


すっと、伸びてきたナイフがレオンの頬を切り裂いた。


「雨村、俺は面倒だから、嘘が好きじゃねえんだよな。ほら、やるよ。俺を刺せるか」そこでナイフの向きを変えて、柄をレオンに向ける。「十秒やるよ。刺さなけりゃ、息を吸うようにお前を殺す」


やらなきゃ、やられる。それだけは理解した。レオンはナイフを手に取った。振り上げると、斎藤が笑った。「おお」と嬉しそうに笑った。「だよな。お前は人を殺せるやつだと思ってた」


「僕が殺せるのは人の形をしたお前らみたいな怪物だけだ」


殺す気分で頸動脈を狙ったナイフは斎藤に刺さらない。


空母水鬼「今度は間に合いました。人を殺そうとしたレオンへのお仕置きです!」


彼女に強い力で、腕をつかまれ、止められたからだ。そのまま軽く一本背負いで投げられて、空母水鬼と位置が変わる。斎藤とレオンの間に割って入るような恰好になった。レオンはダウンした。背中の激痛に身をもだえ、もうろうとする景色を必死の思いで繋ぎ止める。


「なんだ、お前」


一切の躊躇いなく、空母水鬼の顔面を殴りつけた。空母水鬼は微動だにしない。


空母水鬼「……」


斎藤の色のない顔が、強張った。目を見開いて、その場にストン、と崩れ落ちた。瞳孔の震えが、波紋のように広がって。みっともなく全身をガタガタとさせている。空母水鬼がくるり、と振り返って、綺麗な顔で笑った。


空母水鬼「ちょっと睨んだ程度です。あ、警察が来ちゃう前に逃げましょう!」


空母水鬼に抱えられ、その場から離れる。さすがに高校生とはいえ、人間一人を抱えることくらいはへっちゃらのようでどれだけ走っても空母水鬼を息一つ乱さない。「丈夫な男の子ですねー」と空母水鬼は心底うっとうおしいそうにため息を吐く。斎藤が鬼のような形相で追いかけてきている。「レオン、定期は一つだけです」と急に常識的なことをいって、切符売り場で切符を買って、改札をくぐる。


「そもそもなんで駅だよ。地方の寂れた駅だし、隠れる場所も逃げ場も少ないよ」


空母水鬼「あ、逃げる=帰るみたいな考えでした」


「あーあ、ホームの先端まで来ちゃったし……」


電車に乗って逃げられたらいいけども、電光掲示板が示すのは次の電車の到着予定は早くても10分後だった。目の前に広がるのは、ただの細長く続いたホームと線路だけだ。さすがに線路に逃げる訳にはいかない。すでに体力は自力で立てる程度には回復していたので、空母水鬼の腕から逃れ、ホームに足をつく。


空母水鬼には手を出させない。どうせこの場は逃げても、すぐに明日に因縁をつけられるだろう。ならば斎藤と対決するしかない。後に引けなくなることには耐性ができていた。


「斎藤君は僕が知っているだけでも、僕と羊舜君に対して殺人未遂を39回はしている。ああ、ごめん、由良さんのを含めたら40回か。悪運が強いていうのかな、事は社会的に裁かれていないから、まだ丸く収めることが出来る。それでだ、お互いもうやめにしないかい。僕はもう君と金輪際、関わりたくない」


「悪運が強い? 事は、社会的に裁かれていない?」


斎藤は震えた声でいう。


「俺には生まれつき上等な妖精可視才がある。悪運が強いのも、社会的に裁かれていないのも、雨村、お前のほうだろうがよ。お前そいつ、もしかして深海棲艦ってやつじゃねえの」


空母水鬼「わお、今の私を看破するとは上質な提督素質がおありで。でもきっとあなたのような人が捨て艦とかやるんでしょうねー……」


「こんなふざけたリアルがあるか。なんで町中で海の化物とよろしくやっていやがる。そいつは一人で人類を滅ぼせちまう程の化物だってわかってんのか。こんな町中にいて、許される存在じゃねえ」


「あはは」


「なにがおかしい」


斎藤の口から常識が飛び出たこと、そして正義感が秘められていたことに思わず、笑う。


「そうか。分かった。お前、俺より馬鹿か」


「君はただいつでも死ねる勇気があるから、なんでも気軽に出来るっていっておいて、なぜびびったのか。お前はただ今まで恐怖を感じたことがなくて、生物としての死を恐れる本能に欠陥があっただけだ」


「ただ自分と他人の痛みに鈍いだけの、人間だ」


「ふざけんな、俺が怖がる訳ねえだろうが。驚いただけだ」


「『怖かったんじゃないのか?』」


「怖かった」


そういった舜間、斎藤の顔がさきほどのように強張った。しっかりと自身の本心をその耳で聞き届けたようだ。今まで斎藤の精神を支えていたものに亀裂が入ったかのように、顔に皺が出来ている。


「『なぜ羊舜を虐めた?』」


「特に理由はねえよ』


「『彼が自殺したらどう思う?』」


「なんとも思わねえ」


「『君に大事な人はいるかい?』」


「いない」


「『君が死ぬと悲しむ人はいるか?』


「いない」


「『夢はあるか』」


「ない」


そこでホームに電車が到着した。車両の扉が開いて中から学生やサラリーマン達が降りてくる。斎藤の姿が行きかう人々で何度か覆い隠される。空母水鬼がこつこつとブーツの踵をわざとらしく鳴らして、斎藤のもとまで歩み寄って。ポンポン、と肩を叩いて、耳元でなにかを囁いた。恐怖の輪郭に染まる。


「『もう、死んじまえ』」


それだけ伝えて、レオンは車両へと乗り込んだ。空母水鬼も続いて乗り込んでくる。「電車ですかー。置換とかされたらどうしましょう。あ、漫画で見たんですけど、私が扉のほうでレオンがその前でこんな感じでー!」とよく分からないことを言い出した。こんなガラガラの車両で置換するやついないだろ。


車両の扉が閉まる。斎藤は逆の都心行きの路線のほうにいた。物憂げな横顔が見えた。アナウンスが鳴って、向かいの線路に特急列車がもうすぐこの駅を通過する。遠くのほうから真っ赤なボディの車両がやってくる。そこまで見えたが、レオンの乗った電車はもう出発し、斎藤の姿は小粒となってよく見えない。


「なあ、斎藤になんていったの?」


空母水鬼「深海棲艦だと見破ったので、ちょっと体内に隠しておいた艦載機を口内まであげてちら見せしただけです」


「次からは勝手な行動は慎んでくれ。でも、今回は助かったよ、ありがとう」


空母水鬼「……はい♪」


彼女はどうしてか、困ったように笑った。


翌朝、テレビであの駅で高校生の飛び込み自殺の報道が流れていた。そして虹のふもとでは、斎藤に虐げられていた子供達がこっそりと『斎藤君、死んでくれてありがとう』のパーティーを催していた。なにやっているんだ、と職員が叱咤したが、その職員とその問題を起こした子供達と、翌日には笑い合っていた。


なんとなくレオンは、戦争が悲しいっていうことも、今回の事件と同じようなモノなんだろうな、と想う。そういえば戦争は幼い頃はケンカって名前で、平和は仲直りだった、という本の言葉を思い出す。


同時期に、羊舜が学校を辞めて施設から忽然と姿を消した。


21


「「「なにもやる気が起きない」」」


 全てがとろけるような、猛暑の夏、雨村家の三名は棒アイスを加えながら、和室で死んだように寝そべっていた。網戸の向こうから聞こえる蝉時雨と、入り込んでくる熱気が活動能力を奪ってゆく。


タンクトップとハーフズボンの深海鶴棲姫が、


「あー……」と扇風機に向かって声を出している。


「変わってくれよ。お前らは爆炎に包まれるとかよくあるから熱も慣れてるだろう。つうか、そもそもマリアナ海やレイテの海の夏はもっと熱いはずだ。ここは耐久数値の一番低い僕が扇風機を独占すべきだろ」


深海鶴棲姫「イヤだ。お前、半英国人なんだからレディファーストは知ってるだろ」


「お前、扇風機買ってきてからずっと独占してるじゃん! ファーストというか現状エターナルじゃんかよ!」


深海鶴棲姫「姫にクーラーくらい献上しろよ。甲斐性なしが」


「生意気な……」


空母水鬼「ギャルゲでいうと好感度あがったからこそですよー……」


「どこでそんな知識を仕入れたんだ……?」


ああ、もうどうでもいいや、と畳の上に四肢を投げる。


資金は節約の方向だ。大学に進学して、少なくとも残り三年間は計画性のある生活をしないと破綻する。いちいち深海鶴棲姫のわがままを叶えていたら一年も持たない。そもそもクーラー一つ渋ることになったのは、深海鶴棲姫が「妬けた家、建て直せ」といって、空母水鬼もそれに賛成してきたからだ。


レオンとしても虹のふもとは好きになれなかったので、高校卒業のタイミングと同時に希望と絶望に塗りたくられたこの家を全く同じ間取りで建て直し、移り住んだ。


空母水鬼「明石さんの世界に涼みに行きましょう」


深海鶴棲姫「科学が発展してるブレイドの世界だろ。ピーターズランドは論外だ」


「ブレイドさんとこは戦争続行中で二人の正体バレたらたるいから、講和してる明石えもんのほう。ちなみに先に二人で行っておいて。僕はちょっとやることがあるからさ」


深海鶴棲姫「明石の世界はあまり好きじゃない」


「なんでさ、あそこ深海棲艦の負のエネルギー吸収してくれる世界なのに」


空母水鬼「わがままな子のわがままなので気にしないでいいですよ」


三人で明石えもんの世界に、涼みを求めて旅行することになった。明石の世界の北極か南極を推しておいたが、二人はあまり気乗りしなかったようだ。深海鶴棲姫は海やプールは絶対に嫌でショッピングモールを推していて、空母水鬼は今年の夏は山ガール、避暑地の山でキャンプしたいという。


じゃんけんぽい。空母水鬼の勝ちだ。


22


高校でのいざこざも終わり、無事に大学生活だ。第一志望は国家公務員だとずっと前から決めていたので、防衛省のほうか経済産業省かで迷っている。どっちも対深海棲艦海軍と深い繋がりがある。大学では有益な情報を仕入れながら、大学時代から人脈を形成し、省の見学にも趣き、また勉学に励む時間だ。


「そろそろ本格的に始めなくちゃな」


本当はもっと早くこの能力について調査を行うべきではあったものの、親がいなくなることで生活にあれほど余裕がなくなるとは予想外だった。おまけに色々と問題に首を突っ込み、解決に乗り出したせいで、定額を喰らって志望した学校も推薦取り逃して、合格もギリギリラインといったところだった。


さて、この途中で開通した四つ目の世界の調査の続きだ。


まずこの海だ。ずっと夜だ。空には満点の星が輝いており、月はいつも見えない。ただ今日は少し変化がある。覗き込めば、なぜか太陽のような発行体が深海にあって、空からではなく、海の底から世界が照らされていることだ。水面にいくつも浮かぶ彼岸花を映えさせるかのように、優しくライトアップされている。


この彼岸花はなんなのか。日に日に増えていっている。手に持っても、手触りはそこらの花で、異質性は全く感じない。この花も、こっちの花も、手当たり次第に触れてみる。三本目の象牙の腕も使用して、その花をつかみあげたところ、視界が全く別の景色を映した。




深海鶴棲姫「お姉ちゃん、もう秋が終わるぞ」


空母水鬼「珍しく嬉しそうですねー……」空母水鬼はあごに人差し指を添えて、うーん、と唸る。「あ、もうすぐレオンと出会って一年……はもう過ぎましたか。私達が人間擬態の改造を受けて初めて町に出かけた日が、冬でしたね。雪が降ってましたし」


ああ、空母水鬼が金魚のように頬をふくらまして、深海鶴棲姫が犬にびびって逃げ出した日のことか。遠い日の記憶のような、その割に昨日のことのように鮮明に思い出せる思い出だった。


深海鶴棲姫「今年も雪が降るかな?」


空母水鬼「うーん、どうでしょうね。この辺りの地域は振る年があったりなかったり。雪って火薬が湿気るから好きじゃないんですよね。もしかしてあの思い出で好きになった?」


深海鶴棲姫「冬は寒いだろ?」


空母水鬼「あの日もそんなこといってましたね……寒いと嬉しいのですか?」


やけに深海鶴棲姫が嬉しそうだ。空母水鬼の二人の時は、こんなに感情豊かな素で振る舞っているのか、とレオンはマジマジと深海鶴棲姫の顔を観察する。「あっはっは」と彼女は無垢に笑った。


深海鶴棲姫「だから、そういう理由でまたくっつけるだろ?」


空母水鬼「やだ私の妹の乙女力高すぎ――――」


そこでメモリーは途切れ、再び彼岸の海が視界に映る。




記憶だ。赤い彼岸の花は人の記憶の結晶だった。他の花にも同じように、触れてみる。いくつかの記憶を除いた。深海鶴棲姫達の記憶は最初の一つだけで、後は全く無関係の誰かの記憶だった。ただその記憶から推測するに、この世界とはまた別の明石、ブレイド、そしてサンクトゥスの世界だと思われる情報が見て取れた。記憶の持ち主は艦娘だったり、ただの人間だったり、深海棲艦だったり。


「彼岸花、ね」


深海鶴棲姫に関連性のある花なので調査したことはある。ネットで調べた浅い知識ではあるが、八割方は悲しい記憶であり、死の間際の強烈な記憶が最も多かった。誰かの情熱とか、再会とか、恋心とか、彼岸花に添えられた花言葉を想起させる内容だ。確かに彼岸花は自然と死のイメージがある。その毒を持って、墓荒らしの生物から魂を守る役割があり、死の近くにその花にはあるからだ。


「他の世界から、船の魂が流れ着く場所か。海の墓地みたいだな」


海花に包まれた魂達の安らぎのベッド。そんな世界なのかな、とレオンは思う。


その日、帰ってきた深海鶴棲姫に正直にこの世界を調べる過程で、記憶を盗み見してしまったことを謝った。深海鶴棲姫はなにもなかったが「別に空母水鬼や僕にくっつきたいなら冬じゃなくとも出来るじゃないか」といえば、髪を彼岸花みたいに空に持ち上げて、「黙レ!」と海に投げ捨てられた。


空母水鬼「乙女心は秋の空なんですよねー」


彼女が素直になれないだけだろ。


深海鶴棲姫「そんなことより朗報だ。名案を思いついた」


どや顔だ。


深海鶴棲姫「クーラーを買う方法がある。バイトってやつだ」


空母水鬼「社会に貢献するんです!」


まさかの深海棲艦の勤労意欲が炸裂した。犬と心を通じ合わせて、平和を口にした時以来の成長なんじゃないかな、とレオンは考える。ためになる心の一つだ、とレオンは捉えて、その案をに賛成した。たださすがにバイトする場所は考えなければならない。現実の世界では絶対にダメだ。


空母水鬼「明石さんの世界で短期のを探してきました! 接客ガ――ル!」


「……」


深海鶴棲姫「その私を見る目はなんだ」


空母水鬼「レオンがいわんとしていることは超わかります。でも問題なっしん! この子は接客の才能を秘めています。主に瑞鳳成分30パーセントの部分が奇跡を起こすんです!」


よく分からないが。まあ、目を離さなければなんとかなるし、深海鶴棲姫も理解はしているみたいだし、大丈夫かな、と二人の自主性を尊重することにした。どんな仕事を見つけてきたのか、と聞けば、明石の世界で行われる大きいライヴイベントのグッズの売り子だという。


大丈夫か。


23


空母水鬼・深海鶴棲姫「「ぜえぜえ……」」


ミュージックフェスの野外の仕事だ。事務所の社長兼バンドのリーダーをしているという南方棲鬼が募集していたバイトのようだが、とんだハズレを引いた。南方棲鬼の用意した舞台は500人近く収容できる舞台で、その舞台のセッティングに割り当てられたのが、レオンと空母水鬼、深海鶴棲姫の三人という。真夏の太陽が容赦なく大地に降り注ぐ中、重い機材を持って百回を超える往復をする。


空母水鬼「なる、ほど、やけに報酬が良いと思えば落とし穴です、か」


仕事が終わったのは午後9時だ。朝の9時から働いたので12時間労働。


南方棲鬼「助かったわ。空母水鬼と深海鶴棲姫だけあって体力仕事が捗る。ああ、もちろん残業の分のお給料は上乗せするし、特別に詩集したこれをあげるわ。明日はこれを着て売り子のほうがんばってね」


彼女からもらったのは、バンドのオリTだった。サウス・セクシーズの英文字が書かれて、やたらファンキーかつセクシーな南方棲鬼のキャラのプリントされている。


「「おお」」


空母水鬼と深海鶴棲姫は目を輝かせていた。シャツには、空母水鬼と深海鶴棲姫のキャラもプリントされている。黒一色のやたらファンキーなデザインだった。深海鶴棲姫のほう、軍の適性データの画像で見たことあるな。瑞鶴のエプロンにあったアレまんまだ。


南方棲鬼「男の子にはこれあげる♪」


軽く頬にキスされた。


空母水鬼「――――」


「ひ」


レオンの口から悲鳴が漏れる。だだ漏れの純度100%の殺意の波動を垂れ流している。空母水鬼の無表情な割に目力で相手を貫きそうなどす黒い目が、特に怖い。きっとあの時、この目で斎藤をにらんだに違いない。斎藤が腰を抜かしたのも頷ける恐怖だ。


南方棲鬼「あらー、なるほどなるほどー、気づかなったわ。次からは自重するわね」ここはさすがの鬼種といったところだ。空母水鬼の殺意を軽く受け流して、悪戯にごめんね、と舌を出した。「決闘ならライブ終わった後で受けて立ってあげるから、今は収めてねー」


「すみません。僕のほうからもいっておくので。空母水鬼、落ち着け」


空母水鬼「……まあ、レオンが不愉快ではなかったのなら」


深海鶴棲姫「おい南方棲鬼、今、レオンの頬に粘膜つけたが」


彼女は、珍しく不安そうな顔をしている。


南方棲鬼「ん、なに?」


深海鶴棲姫「変な病気、持ってないだろうな」


南方棲鬼「上等だエンガノの瑞鶴ちゃんよォ、そのツインテむしってやろうか……?」


深海鶴棲姫「っち、雇い主じゃなけりゃボコってやるんだがな」


南方棲鬼「つーか深海鶴棲姫がバイトって何事よ。お前が誰かと一緒に仲良くつるんでるってだけでも驚いたのに」


深海鶴棲姫「クーラーがいる」


南方棲鬼「ああ、そう。欲しけりゃ客と揉め事起こすなよ」


大丈夫かな。レオンはこういった催しごとにあまり良いイメージを持っていなかった。気性の争うな、また妄執に囚われた過激なファン、バンドフェスにおいて上品な連中が集まるイメージを持ってなかったのだ。


一旦、帰って爆睡して、翌日、売り子の仕事をこなすことになった。


なんと翌日は雨が降ったが、小ぶり程度なら決行するようだ。大振りになったら、明石のひみつ道具を使って雨を遮断するらしい。雨なら客足も減って楽になるかな、と期待したものの、まさかの満員御礼だった。


「やっぱりというか、筋肉痛だ……」


売り子のレジは三つ、商品は十種類、オリジナルTシャツから、アルバムに、ペンライトやサリューム、南方棲鬼派閥加入証明書、南方棲鬼の自叙伝なんかもある。マニュアルみながら、レジの操作を覚える。全く、レオンと空母水鬼はちゃちゃっとレジ打ちはマスターした。深海鶴棲姫が数字にあまり強くないようで、レジ打ちを「だる」とあきらめて、在庫の整理を始めた。まあ、これが適材適所だった。客の列の整理は警備員がやってくれるし、飲み物の販売所は別にあるので、なんとかなるはずだ。


鎌倉なヲ級「少年、開演するまで暇だよな。話をしよう。ここは新潟だが、鎌倉時代の新潟を知っているか」


警備員のヲ級に声をかけられた。


「よく知らないかな」


鎌倉なヲ級「新潟の地のこの辺りではな、縄文時代や弥生時代の遺跡が数々と発見されたという伝承がある。寛治三年のことだ。奈良、平安時代に、遺跡の数は増えていく様が当時の地図も確かに残っている。だが、それがどうだ。鎌倉時代になれば、なぜか遺跡が全く増えなかった。そして人の活動形跡も忽然と消えた。謎の空白の歴史がある土地なんだ」


「興味深い」


鎌倉なヲ級「地球温暖化は今もホットな話題だよな。なにも今に始まったことではない。その空白の時代に気候の変動により、海進と海退を繰り返す。日本がアジアの大陸と陸で繋がっていたという話は有名だろう。そのように海進の現象により、その土地は水浸しになってしまったからだという説が有力なのさ。そして土砂の堆積によって新しい地面も出来た。新潟の潟という字の別の読み方を知っているか」


「……かお、だっけ」


鎌倉なヲ級「正解だ。新潟の意味は文字通り、新しい潟という意味なんだよ」アルバムを指さしていった。海進海退ニューフェイス。南方棲鬼のアルバムの名前だ。「意外と南方棲鬼は博識なんだよな」


センスはよく理解できないけどな。


深海鶴棲姫「レオン、一応、在庫の段ボールを裏で整理しておいた」


「ありがとう。助かるよ」


鎌倉なヲ級「これは驚いたな。人間と仲良くする深海鶴棲姫の個体は初めてお目にかかる」


ヲ級は深海鶴棲姫をまじまじと見つめていった。


鎌倉なヲ級「そいつは絶滅危惧種だぞ。ケンカっ早さが原因で大体駆逐された姫種だ。試しに聞いてみよう。少年は全体的に小さいほうが好きなのか。ツンデレっていうんだったか。好きだけど素直になれない面倒くさい女の性格のこと」


深海鶴棲姫「――――!」


髪が天に向かって逆立った。文字通り怒髪天を突いたようだ。露骨にケンカ売ってきたからな。


深海鶴棲姫「私は好きでこんなちんけな身体と面倒な性格で産まれた訳じゃない!」


ヲ級の顔面に容赦なく拳を叩き込んだ。ここはさすがヲ級フラグシップといったところか。ダメージはあるが、致命傷には遥か及ばず「ふふ」と笑って、すぐに起き上がってきた。鎌倉なヲ級に背中を強く叩かれる。「だとさ、きっと君の一言でその姫の世界は反転するだろう」一体なんなんだよ。


開園すると、怒涛の客が流れ込んできた。三人でさばけるものか。300人は並んでいる。空母水鬼とレオンで高速でレジをさばき、バックヤードで深海鶴棲姫がパワフルに動き回っている。昼休憩なぞ取る暇もなく、六時間ぶっ続けで忙しく働いた。そのあと撤収作業をしたら、明日にこの会場を使うバンドに引き渡さなければならない。そこまでやって仕事が終わったのは午後六時だ。よく働いた。


南方棲鬼「ありがとう。これお給料とライブ大成功のお祝いプレゼント」


荷台の上に段ボールが乗っていた。


南方棲鬼「クーラー欲しいんでしょ。中古だけど、あげるわ」


空母水鬼「マジですかあ! ありがとうございます!」


ありがたい。南方棲鬼にお礼をいった。


短期バイトは終了だ。


24


クーラーは手に入れてしまったので、「このお給料、どうする」と二人に聞いたところ、せっかくなので、このバンドフェスで遊んでいこう、ということになった。今回のイベントでは丸三日、どこかで音楽は鳴り響いている。とりあえず自宅にクーラーを運び込んでから、またフェス会場へと戻る。


野外のライブ会場の外、柵の向こう側でギターを持った女の子の後ろ姿が見える。会場内でのライブは叶わなかったのかな。いつの日か、と夢を抱いて、夢の会場の近くで歌うミュージシャンの卵、みたいなやつだろうか。


「聴いてください」














高貴な駆逐棲姫「『金どころか足もねえ』」



 



聴かずに通り過ぎた。



大型のステージに混ざって歌を聴いた。空母水鬼はノリが良くて、どんなミュージシャンの歌でも場の空気に溶け込んでいて楽しそうだ。空母水鬼の隣で場の空気に合わせてみるけども、変に疲れる。メタルとかレゲエとか、レオンの魂にはちっとも響いてこなかったのだった。深海鶴棲姫も興味ないのか退屈そうにあくびをしている。色々と音楽を聴いて回って、レオンの記憶から、ふと、アーティストの歌の歌詞には、愛、空、海、そして花。この四つに関するフレーズが多いな、とどうでもいい発見をした。


売り場で食べ物と飲み物を買った時、深海鶴棲姫がいった。


深海鶴棲姫「この世界、私達のような理性のある深海棲艦と艦娘が戦ってたんだろう」


「らしいね。なんだっけか……いくつか向こうの世界とは違う歴史がある」


例えばフィリピンの地形はえぐれて、オリョールの海が広大になっていたり、大きなミサイルを撃ち込まれたりして地形が色々と変わっている。「よお」と酒臭いヲ級に絡まれた。鎌倉なヲ級だった。鎌倉の変なTシャツを着ている。この人も仕事が終わってからフェスを楽しんでいるようだ。


深海鶴棲姫「酒臭い……なにか用か」


鎌倉なヲ級「歴史の話をしていたからな。一つの史実を語ってやろう」


深海鶴棲姫は興味があったのか、黙り込んだ。



鎌倉なヲ級「遥か前、我々と艦娘の話だ。なにが世界を巻き込む戦争に発展したのかといえばだな、どこぞの馬鹿軍人が我々の拠点にミサイルを撃ったせいだ。我々の拠点は木っ端みじん、そして深海棲艦が人間の領地を略奪し、ミサイルを撃ち放った。そして人間の拠点を荒野にし、その土地を侵略した」


「……ふうん」


鎌倉なヲ級「向こうの柵の向こうにいる駆逐棲姫がその時にな、侵略を命令された兵士だった。あいつは生活に困っているから、金儲けにワンチャン狙って歌を作ったみたいだが、中々、良い歌を創る、ああ、ちなみに昔、私もあの駆逐棲姫の派閥にいたんだ。口うるさいが、根っこは心の優しい高貴なお姫様だ」


深海鶴棲姫「金どころか足もねえやつがか?」


鎌倉なヲ級「知ってるのか。曲名で損をしているが、良い曲だったろう」


深海鶴棲姫「聞いてない。行ってみるか」


とのことなので、例の駆逐棲姫がいる場所へと向かった。ギターをかき鳴らしていた。歌は歌ってはいない。そしてギターで新しい曲調のメロディを奏で始めた。


高貴な駆逐棲姫「聴いてください。『月が綺麗だね』」


さっきとは違う曲のようだ。

ちょっと立ち止まって彼女の音楽を試聴してみるとした。



“初めて登場した時 提督を恐怖のどん底に落としたよ”


“夜戦時の超威力で提督を震え上がらせたよ”


“だから翌年の夏もボスを任されたよ”


“けど”


“戦艦が来るだなんて聞いてなかったから”


“サンドバッグだった ボスから艦娘通し過ぎって怒られた”


“その年の秋には ネ級の随伴艦にされたよ”


“私がんばろうって思った 負けないよ”


“けど”


“連合艦隊で来るだなんて知らなかったから”


“夜戦にも持ち込めなかったよ”


“何度も私をいじめに来る このジオング 初風を寄越せ”


“オチロッ オチロッ 日に日に涙目さ”


“堕ちるのはいつも私の地位と名誉と自尊心”


“今は清掃バイトでシミ落とす毎日だよ”


“でもいつも 窓から見上げるお月さまは綺麗なのだ”



「「切なっ……」」


これはこれで魂に響くものがある。


駆逐棲姫がその曲を歌い終えると、曲調が変わる。曲名はいわずに歌い出した。



“前触れもなく弾道ミサイルが飛んできた”


“ゴミのように燃え上がる仲間 吹き飛んだ日常”


“殺してやるって泣き叫び”


“仲間とともに生き延びる”


“前触れもなしに弾道ミサイルを飛ばしたよ”


“ざまあみろ”


“人間をたくさん殺したよ なにもない荒野にしてやったのさ”


“全てを奪ったはずの場所に”


“一輪の花が咲いてた”


“一輪の花が咲いてた”


“なぜ一輪って数えるのか”


“知ってるか”


“その意味を知った時”


“流れた涙が私の憎悪を消したよ”




深海鶴棲姫「うええええん……!」


めっちゃ泣いてる。深海棲艦だからこそ感情移入できる部分があるのだろうか。彼女は給料袋を彼女の横に置いてあるギターケースの中に入れた。相当に感動したようだ。


「さて、行こうか」


空母水鬼がさっきの会場からいなくなっていたので探した。見つけたのは一時間後だ。「迷子になっていた子供がいたので、一緒にお母さんを探していました!」とのことだ。


空母水鬼「なんか妹が泣いてますけど……」


深海鶴棲姫「泣いてないっ」


空母水鬼「泣きながらいわれても……まあいいや」


バンドフェスから帰って、残ったお金で業者を呼んでクーラーを設置した。こうして雨村家には夏を凌ぐアイテムを手に入れて快適な日々を過ごすことになったのだが。


冬が来た日に深海鶴棲姫がいった。


寒い。姫に暖房を献上しろ。


エアコンにしときゃよかったな。


25


「ちょっと説明してくれよ。なんだこれ」


空母水鬼「良かれと思いまして。レオンも男の子ですし」


PCやクローゼットに知らぬ間にモノが増えている。PCの中には艦娘の画像、それもなぜか流出している際どいモノばかりだ。なぜか翔鶴が多くて、次点で瑞鳳と阿武隈、由良、瑞鶴といったものだ。そしてクローゼットの中には彼女達が実際に着ていたという衣服の類が置いてあった。


空母水鬼「艦娘の皆さん、可愛いから満足でしょう!」


「なんで急に僕の欲望に興味持ち始めたんだよ」


空母水鬼「先手を打ったんです。ふと最近、それ周りのこと深く考えるきっかけがありまして。正直ですね、レオンがよく分からない女に色を寄せるのは私的には耐えられなかったんですよ。百歩譲って艦娘は私達の鏡的存在ともいえるので許可しましょう!」


「まあ、艦娘の子達、可愛いけどさ……まあ、この件は事情が分かったからいいや」


空母水鬼「私と妹でお相手できたらいいんですけどねー」空母水鬼ははっ、と自重気味に嗤って、言葉を続けた。「艦娘の死肉基盤だし、生殖能力周り皆無ー……」


空母水鬼「胸はこれどうなんでしょ。レオン、触ってみて人間の女性と違うか、確かめてみてー」


「……」


空母水鬼「ごめんなさーい。レオン、人間の女の人の胸に触れたことないですもんねー」


「……」


空母水鬼「なんですか、その明らかに引いた目は」


「こっちも先手を打っておこう。僕が君達を人間にしても、ここの三人の間に恋愛はあり得ないよ。なぜか、というと、君達を人間として外の世界に解き放つことが出来た時、僕がもうよぼよぼの老人である可能性が高いからさ。そのくらい時間がかかる。深海棲艦の君だからこそ分かるはずだよね」


空母水鬼「明石さんの世界は200年近く経っても差別根強いですからねー……」


「そろそろ君達と遊ぶ時間もなくなる。もう大学生だ。未来の計画があるんだよ」


空母水鬼「そろそろというか、あのバンドフェスから全然遊んでくれないじゃないですかー」


ポテチつまみながら、足で足をぼりぼりと書いて、ネットでアニメを観てる。思わず、画像の翔鶴を二度見する。本当にこの人が基盤かよ、と思うほどの品の低さで最近の日常を送っている。


空母水鬼「あ、レオンそうです! このマイクに向かって声の力を使ってください! 三回くらい!」


「はあ?」


空母水鬼「私は耳を塞いでいます。レオンの声が聞きたくなった時の慰めにー。というのは半分でちょっとレオンの声の力を貸して欲しいといいますか」


空母水鬼「それはですね、『明石えもん印の声紋キャンディー製造機』です! マイクに向かって声を出せば、その人の声のキャンディーが造られるんです!」


「嫌だ」


空母水鬼「テレビは1日一時間にしますからあ~。ちょっと妹が隠し事してるみたいなので、吐かなければそれで、と思いまして。まあ、あの子も年頃なのでレオンには言いにくいこともあるでしょうし、でも、なにかヤバいポカだったりしたらあれですし」


「変なことに使うなよ……?」


空母水鬼「約束します!」


マイクに向かって声の力を使ってみた。キャンディーが排出される。「ありがとうございます!」といくつか排出されたキャンディーをポケットに入れた。


「後、国家試験の勉強の邪魔はしないでくれ」


参考書を広げて試験の勉強をするとした。単位は一つも落としてないけども、別に合格したい司法試験があるのだ。


空母水鬼「大した信念ですよねー……正直どこかで私達は切られると思っていたのに」


「心外だな。逆に幸運だと思ってるよ。人生賭けての目標を見つけたんだからさ」


空母水鬼「すけこましー。人生捧げて君を幸せにしたいでござる。キリッ」


「もうネット控えなよ……君の品が堕ちる一方だ……」


26


翌日、講義の終わりに同じ学科の女子からしゃべりかけられた。サークルの勧誘だ。無下に一言で断るのもよろしくないと思い、何のサークルかと聞いてみたところ、アニ研といわれた。断ろうと考えたが、空母水鬼が最近アニメにはまっていることを思い出して、何かコミュの一環になるかな、と思って詳しく話を聞いた。籍を置けば後は全て自由参加、とのことなので思い切って参加することにした。


駄弁ってアニメ見てイベント行くー、とかいう気楽なサークルだ。


「部長にあいさつしておきたいんだけど」


「部長休学して旅に行ってる。近いうちに帰ってくるとかいっていたけどね」


「休学して旅か。面白そうな人だね」


「常にインスピレーションを求めている創作家だよ」アニメの円盤のパッケージを指さした。「こんなアッ感じのロリ系。れっきとした二十歳超えの人だけど、よく中学生に間違われるらしい。あ、今、お前も中学一年生みたいじゃん、とかって思ったでしょ」


「うん」


正直にいったら、おい、と軽く頭にチョップが入った。この人の名前は春明というようだ。日本に来て二年の中国人、といわれた時は驚いた。日本語がとても上手で、日本文化にレオンよりも詳しかったからだ。そしてとても会話が上手く、感心した。知的で面白く、そして可愛らしい女性だ。


仲良くなるにはそう時間がかからなかった。


春明「雨村君の家、あそこら辺なんだ」意味深な表情でそういった。


「知ってるんだ。特別なにか珍しいもんがあるところじゃないけど」


春明「兄がそこにある工場で住み込みで働いているんだよね」


そんなことを聞いたものだから、その日の帰りは、今頃、兄はなにをしているのだろう、と考える。軍学校は卒業しており、どこかに配属されたはずだ。優秀なのか、平凡なのか、生きているのか死んでいるのかも分からない。「はあ、五千万か」いつの日か兄に返すつもりだが、果てしなく遠い金額だ。


空母水鬼「物憂げですねえ。まあ、真っ当に返すには気が遠くなりますね。夢追い人のレオンならいつの日か巨万の富を築くチャンスにも恵まれるかもしれません」


「大きな夢だね」


空母水鬼「まあ、人の夢と書いてはがないと読む訳ですが」


「読まないよ。そういえば最近、深海鶴棲姫のほう見ないけど」


空母水鬼「ピーターズランドの転生郷に出かけてます」


「はあ、あいつ一人で行かせて大丈夫かよ」


空母水鬼「大丈夫です。艦娘がいないので妙な刺激もされません。しっかりと私がいいつけておりますし、あの子としてもレオンに心配かけるような真似は絶対にしませんし、したとしても報告はしますよ」


「……まあ、それもそうか」


空母水鬼「レオン、ところでその円盤は」


「アニメ研究部のサークルで続きを借りてきた。北斗」


空母水鬼「私も観るー」


「いや。今日はもう戻ってくれ。人に見られてる」


何気なく窓外を見下ろした時、電柱にくくりつけられた灯りの下を歩いている男と目が合った。カーテンを閉め忘れていたことに気付く、空母水鬼との会話、聞こえていないよな。この家はレオン一人で住んでいることになっている。空母水鬼の姿を見られていないか、会話を聴かれていないか不安になった。


男は明るく笑うと、再び歩き始めた。


その翌日、また同じ時間にその男が通った。近所であのような男に記憶はない。不審者かと思って、レオンは窓から声をかけてみた。「あなた、最近、新しく引っ越してきた方ですか?」「いえ……」と答えた後、携帯の画面を見つめる。男は頭をかきながら、いった。「やっぱり雨村レオンさん?」


「そうですが、どなたです?」


「あ、失礼しました。私、春明の兄の明陽(メイヨウ)申します」


 春明の兄、そういえばここらで働いていると前に聞いたな。玄関から外に出て、明陽のもとへと行く。携帯の画像に映っているのはサークルの部室で撮影したものだった。聞けば、春明から話を聞いて、ちょうど仕事からの帰り道にこの家の雨村の表札を観て、気になっていたものの、わざわざインターホン押すのもな、と思って通り過ぎていたらしい。事情は把握したので、「立ち話もあれなので良かったらあがりますか」「お邪魔でないのならぜひ」家の中にあげて、キッチンへと通した。


明陽「両親は不在なんですか?」


「他界してます。あ、お気になさらずに。小学生の頃の話で今はもう割り切れておりますので」


明陽「そう、ですか。それでこの広い家に一人暮らし、なんですね」


なぜかびくびくしている。その丸い眼鏡、ぼさぼさの髪、妹と違って快活な人ではないようだ。明陽の話を聞いたが、ここから歩いて一キロ先にある会社の寮に住んでいるようだ。といっても、個室は満喫程度のスペースしかなく、おまけに壁が薄く隣の住人のいびきで毎日寝付くのに苦労しているとか。


「キッチンや風呂やトイレが共同なのは窮屈そうですねー……」


明陽「そこは別に愚痴はいうけど、文句とは違う。日本は素晴らしい国だ」


「故郷の中国は嫌いなのか」


明陽「僕は運良く日本に来ることができたからマシだけど」


いちいち意味深な物言いをするやつだな。


気になるので遠慮なく聞いてみたところ、春明と明陽が日本に来た経緯を全て教えてもらえた。


二人は中国の田舎のほうに住んでいて、洞窟の中で部落に近い集団生活を送っていたようだ。父は土産工芸品を作っていて、母親は貧乏が嫌になって二人が小さい頃に逃げ出したらしい。当時、中国では遺跡ブームが巻き起こり、観光業が大層に儲かっていたそうだ。そして政府がとうとつに明陽と春明の住む地域の住民に立ち退きを要求した。明陽と春明達の故郷から人を失くして、観てください。昔の文明です、と観光地にしようとしたらしい。そんなジョークみたいなリアルがあるのか、とレオンはなかば呆然とする。


「じわじわと締めあげられて、条件を飲んだ。その時に僕と春明はとても賢かったから、海外留学の話が来たんだ。というか、これに乗るしかなかったから日本語を勉強して、海を渡ったというわけだ」


「へえ……明陽さんは春明みたいに学校に行ってないの?」


明陽「どっちか一人だけで精一杯だった。春明の日本での学費もろもろが足りなかったから、僕は就労ビザを発行してもらって働くことにしたんだ」


妹のために朝から晩まで汗水たらして働く兄か。後でうちのアニメ観てだらだらしている姉と、好き勝手に遊びまわっているわがまま姫な妹に雨村家の家計簿を突き付けてやろう、とレオンは小さく誓った。そんな二人を思い描いたからか、レオンの中で明陽の好感度はうなぎのぼりだ。


明陽「あ、ごめん。少しお手洗いを貸してもらってもいいかな」


「もちろん。そこの階段のところを右に行って突き当たり」


明陽が席を立ったので、その間にレオンは春明にラインを飛ばしておいた。君の兄と会ったんだけど、良いお兄さんじゃないか、だ。すぐに返事が来た。会ったんだ。まあ、良い兄貴だよ。弱気なところがたまに傷だけどね。とのことだ。兄妹の仲は良さそうだ。


「うわっ!」


ドシン、という音がした。何事だ。レオンはトイレに向かった。廊下のフローリングに尻餅をついている。


明陽「ど、泥棒……」


「泥棒?」


一人暮らしでこの広い家、空き巣の狙いにはなりそうだが、別に金目のモノは特にない。扉を開けた。


深海鶴棲姫「……やべ」


泥棒のほうがマシだ。というかどうして彼女がトイレなんかにいるんだ。来る必要のない場所だろ。深海鶴棲姫を強くにらんだ後、明陽のほうに振り返る。ぽかんとした顔のまま微動だにしない、さきほど一人暮らしをしていると伝えたばかりだ。どうしたもんかな。


深海鶴棲姫「……じょ」


彼女は急に今にも沸騰しそうなほどに真っ赤な顔になった。


深海鶴棲姫「柚樹。こいつの、か、彼女だ。よろしく」


「それだ。ナイス」


この時すでにレオンも混乱していた。


27


「どうする。これ、どうしたもんだ」


明陽が帰った後に四つ目の世界で緊急会議だ。なんとか合いカギを渡した彼女という説明で納得してもらった。いるのに気がつかなかった、と説明したら、納得はしてもらえたのだが、問題は今後だ。春明との付き合いがある限り、兄とも縁はあると考えたほうがいい。


なぜ彼女がトイレにいたかといえば、明陽が来た時に階段を降りて一階に来ていたらしい。慌てて、隠れた場所がトイレだったとのことだ。


「まあ、その体で通すしかない。接触は控えていつか自然消滅したことにすればいいか。春明も明陽も絶対にこの世界のことなんか気づく訳ないし、深海鶴棲姫だなんて絶対にバレないはずだし」


深海鶴棲姫「自然消滅ってなんだ。死んで自然に還るまでってことか?」


「段々と疎遠になってそのまま関係が消滅する」


深海鶴棲姫「だから、それが死ぬってことだろ」


「生きてるよ。例えば僕がここに残って君が地球の裏側に行くことになる。合えなくなって、そのまま連絡しなくなって、そのまま関係が消えてしまうってこと。お互い生きてはいる」


深海鶴棲姫「任せろ。私は地球の裏側に飛ばされても、なんとかここに帰ってくるぞ」


「そうか。最高の名犬だな。ちなみにそういうことをいっているんじゃない」


この会話からもして、好きや嫌いの感情はあっても、こと恋愛感情となると全く的外れのことを言い出す。恐らく彼女のベースとなった艦娘達の感情はトレースされているものの、瑞鶴、瑞鳳、武蔵といったメインの連中が恋をしていないからだろう。していたら深海鶴棲姫はここまで馬鹿な発言はしないはずだ。


「対策を打つ。許可するまで箱庭の外に出たらダメだ。空母水鬼にもいっといて、とその場は伝えた。


その翌日にやっぱりというか昨日のことに興味を持った春明があれこれと昨日の出来事を詮索してきた。最悪だったのは「彼女いたんだー」明陽がさっそく妹に報告していたことだ。当然、どんな彼女さんなの、と聞いてきた。他愛ない話なのだが、レオンは不備のないよう頭をフル回転させて受け答えする。


「そうだ。リアルな女の子に恋愛感情とはなにかをよく知ることのできるやつないかな」


アニメに囲まれたサークルの部室に、それっぽいのがあるかもしれない。春明が「よく分からないけど、恋愛感情をつかむには感情移入できるやつのほうがいいよね。確かに映像だと音や動きもあるから、つかみやすいかも。でも、感受性が高い子なら小説でもいいかもしれないよ?」とのアドバイスだ。


さっそく帰ってから深海鶴棲姫に恋愛アニメと恋愛小説を贈りつけた。


深海鶴棲姫「ごめん。これきっと私には理解できん」


「難しいかー……」


深海鶴棲姫「私の感覚では生物種の壁があって、人間への恋愛感情は持つのは難しい。お前は飼ったペットに恋愛感情を抱けるのか」


「僕の認識はペットかよ……」


深海鶴棲姫「誤解するな。レオンはレオンだ。そして私は深海鶴棲姫なんだ。まあ、恋愛じゃなくても、愛っていうのは知っているし、私の心の中にもあるから、この女がこの男に抱いた恋愛感情ってやつは完全に分からなくはない。私がレオンに対して持つことができないだけだ。ごめん」


なんで僕が振られたみたいになってんだよ。


深海鶴棲姫「まあ、任せておけ」


「よろしく。基本的に合わせないからな。万が一、その必要が出た場合のみだ」


ああ、と彼女はテレビの画面を見ながら素っ気ない返事をした。


28


明陽「へえ、雨村君の趣味なんだ」


明陽は部屋の艦娘グッズを見ながらいった。これは使えると思って、そのままにしておいた。「僕、艦娘が好きでさ。ほら、可愛い子ばっかりだろ」この趣味が原因で彼女と疎遠になった理由づけに使えそうだ、と思ったのだ。念には念を入れて、深海鶴棲姫に彼女の役割を与えたものの、その仕事を与えないことが一番なので、すでに疎遠気味になって、愛が冷めかけているといった雰囲気をにおわせておいた。


「明陽の話も聞かせてくれよ。そうだ、晩飯を作ったところだ。食べていくかい?」


深海鶴棲姫「おう。喰ってけ。私が作った」


絶句した。


「さすがに怒るぞ。お前、なに考えているんだ……?」


深海鶴棲姫「彼女は彼氏に飯を作る。そして彼氏に会いたくなる衝動を抑えられなくなる。よく分かる」


明陽「あ、お邪魔してます。ご飯を作りに来てくれるなんて良い彼女さんですね」


深海鶴棲姫「そうか。良くやれているか」なんか嬉しそうだ。「多めにしてやった」ご機嫌だな。


簡単な飯をごちそうして、食卓を囲みながら明陽の話を聞いた。


「へえ、もう中国に帰っちゃうのかー」


明陽「ああ、やっと帰れるよ。あの地獄のような工場から……」


「仕事、キツイんだ?」


明陽「僕に就労ビザを発行して、航空チケットを渡したところ、中国の亜刀龍っていうマフィア組織が絡んでいてさ、その系列のキマイラって組織の工場なんだよ。まあ、ハメられた、というのもあれだけどね。少なくとも故郷で働くよりはお金が稼げる。それと春明のこともあるからがんばってこられた」


まあ、外国人労働者の賃金の安いっていうのはレオンも知っていた。一時期を境に一部の業界が人件費を安くするためこぞって、外国人労働者を雇った。といっても最近はその賃金も値が高くなってきた節がある。中国人の人件費は高騰中だ。そういう話をしたら、「そうでもない」と明陽はいった。


明陽「ピン跳ねが酷くて最低時給以下の給料だ。ま、日本で働けるだけましさ」


「経済事情には興味あるな。中抜きってやつか?」


明陽「ああ。亜刀龍とキマイラは住み込みで働かせるけど、あんな狭い寮のくせに馬鹿げた金額を利用料で引く。会社のイベントはほとんど強制参加で高い金を払わせられる。行っても来なくても酷い目に遭うんだよな。おまけに僕達がここで働く必要があるのを知っているから、足元を見てる。パワハラやモラハラ、暴力だなんて日常茶飯事だよ。労働組合もキマイラの味方だし、労基は僕らなんか相手にしてくれない」


深海鶴棲姫「なんだそりゃ。甘えたガキの愚痴か?」


明陽「あはは、ごめんね」


まあ、深海棲艦である彼女は産まれた時点で死刑宣告の人生だからな。そんな境遇である彼女が今の話を聞いて大したことはないと思うのも無理はない、とレオンは思った。


深海鶴棲姫「明陽には愛する人がいるんだろう。この幸せがあれば後は些事だ」


と予想を超えた続きの言葉が紡がれる。


明陽「すごく良い彼女さんだね」


「あはは……」疎遠気味設定が吹き飛ばされちまった。


しかし、彼は人間であり、今の深海鶴棲姫とは立場も境遇も違うのだ。誰かと比べて幸せとか、まだマシだとか、レオンは好きではなかった。問題は違法な行為をまかり通していることだ。レオン自身がそうなので、なんとも言い難いことなのだが、重要なのは、人として、の部分だとレオンは幼き頃から考えている。


明陽「そういえば雨村君は艦娘好きって聞いたけど、柚樹ちゃんもそうなの?」


深海鶴棲姫「お前、今、私に艦娘が好き、か聞いたのかオイ……?」青筋が浮かんだ。


明陽「……ごめん、デリカシーがなかったね」


「おい柚樹ちゃん、止めてー! 気づいてー!」


深海鶴棲姫「すまん……つい」


深海鶴棲姫「そうだ。レオンと明陽、お前ら艦娘だと、どいつが一番好きだ」


「そうだなあ」考える。大体が空母水鬼が勝手にセレクトしたものなので、説明がしやすいように、最も多く飾ってある兵士の名前をいう。「翔鶴」


深海鶴棲姫「一番ぶっ殺したいやつだな」


姉の空母水鬼を形成する兵士が最も殺意を向けるとはちょっと意外だった。


深海鶴棲姫「お姉ちゃんに至近距離戦で一度も勝てずにいつもボコられる。翔鶴が強いせいだ」


逆恨みじゃないか。というか、そういう発言を空気を吐くようにするなよな。


深海鶴棲姫「……すまん、つい」


深海鶴棲姫「お前ら翔鶴、由良、瑞鶴、瑞鳳、武蔵、イントレピッド。この中で一番好きなやつは誰だ?」壁に貼り付けてあるそれぞれのポスターを指さしていった。


「僕は答えた通り翔鶴さんだよ。明陽さんは?」


明陽「由良さんかな」


「分かる。その中では翔鶴さん由良さんイントレピッドさんが優しくて品がありそうだよね」


深海鶴棲姫「っち」なんで露骨に落ち込んだ顔をしている。「瑞鶴、人気ないな……」


明陽「そういえば柚樹ちゃん、瑞鶴にちょっと似ているよね」


深海鶴棲姫「……どこが?」


明陽「顔。そういえば沈んだ艦娘が深海棲艦になるって話を知っているかい?」


胃が痛くなってきた。


深海鶴棲姫「知ってる」


明陽「その説が急激に浸透したのは、その翔鶴さんとか瑞鶴さんとか由良さんとか武蔵さんとか瑞鳳さんが同時に出撃したレイテの海戦の後なんだよね。それから海の未知からして念とか魂とかの怨霊が物質化したっていう説……艦娘と深海棲艦の繋がりが有名化した」


深海鶴棲姫「……なんで?」


明陽「レイテの海峡夜棲姫や深海鶴棲姫が現れた時、『あ、こいつ扶桑山城瑞鶴じゃん』ってなったからさ」


ですよね。


知識としてはある。例えば防空埋護姫なんかは史実や船の特徴と照らし合わせて、謎解きみたいに涼月ではないか、といわれていたり、水母棲姫が瑞穂だったりという説は多い。そこからいくつも説が派生しているのだ。だからこそ、深海核棲姫だなんて鶴という一文字が与えられた訳だ。もっとも明陽の言動を見るに目の前にいるのが、その深海鶴棲姫とは思いもしていないだろうけども。


中国海軍の事情も聞いた。明陽は政治や経済の動向に詳しく、聞いていて実りのある話だった。驚いたのは深海鶴棲姫も興味を示して珍しく真剣に明陽の話に耳を傾けていたことだ。


深海鶴棲姫「ぐすっ、苦労してる。妹のためとか明陽、お前、良いやつだな」


身の上話でもらい泣きまでしている。彼女もすっかり人間らしくなってきたもんだ。


明陽「さて、そろそろ帰るよ。明日が日本での最後の仕事だ」


深海鶴棲姫「おい明陽、せっかくだから出した菓子とかも持って帰れ。それ喰って明日もがんばれ。たくさんあるから仕事の仲間にも分けてやれ」


袋に家の中にある食べ物入れて明陽に持たした。「ありがとう」と明陽は笑った。彼女が初対面の人間の男にここまで優しくするのも珍しい。水は差さないでおくとした。明陽が帰ってから「ま、パソコンのメールアドレスは渡したから、連絡は取れるさ」と別れを惜しむ深海鶴棲姫を励ました。


その後で空母水鬼が深海鶴棲姫からその話を聞いて、珍しく動揺していた。


空母水鬼「び、びびってませんよ。わ、わた、わたしを、びび、おこ、びびらせたら大したもんですよ」と大量の冷や汗をかいてなにか隠していた。


その翌日だ。明陽が働く工場で暴動が起きたのだ。ニュースにもなった。


「空母水鬼……なにか知っているのか?」


空母水鬼「え、ええっと」


「隠したら怒るよ。いえば怒るけど、許す」


空母水鬼「ごめんなさああああい!」


空母水鬼「妹が明陽さんに渡したお菓子の中にキャンディがあったはずです。あれ、明石えもん世界のひみつ道具の『明石えもん印の声紋キャンディー製造機』で作ったやつでして。ほら、レオンにマイクで声の力を使ってもらったじゃないですか……?」


「ああ、あれね……」


空母水鬼「説明した通りそれをなめると、同じ声色で同じ言葉をしゃべるんです! も、レオンの声の力は、明石えもん印のひみつ道具経由だと、他人も使えるようになりました! だ、だって、本心のままに動かす力なら、聞いた話、暴動が起きてもおかしくない場所、なんですよね……!」


「なるほど……可能性はある」


いずれにしろ、そういうことなら足はつかないだろう、とレオンは判断する。こんなことを政府機関が真顔で推理するはずがない。


予想通り集団幻覚だなんて面白い話で片付いていたし。


深海鶴棲姫「私にも非があるけど」


空母水鬼の顔面にトゥーキックをかました。


深海鶴棲姫「殺し合いやろう」


空母水鬼「かつてないほどのげきおこ……」


深海鶴棲姫「明陽は愛する人のために辛い毎日を歯を食い縛ってがんばってた。その心が分からないお私達じゃない。それを私達が穢してぶっ潰しちまった」


深海鶴棲姫「暴動を起こしたやつらが無事で済むと思うのか」


深海鶴棲姫「春明も悲しまないと思うのか」


深海鶴棲姫「私達は償うこともできないが、なら自己満足でもいい」


深海鶴棲姫「お互いに罰を与えよう」


空母水鬼「……承知しました」


二人がドンパチを始めたので、元の世界へと帰った。もとはといえば、この力が原因か。ようやく、ここでこの力の制御を考えるようになった。暴走したことなど一度もないし、そういうのはあえて究明しないでおいた。この能力の知識を深めることで、この口から三人の世界を滅ぼすなにかが世界に漏れてしまうことを危惧した。知られたくないことは知らないでいることが一番の対策かな、とレオンは考えていたのだ。


調査を開始したその日、丁の鎮守府壊滅の報道が流れた。


「……青山?」


そして、その撤退作戦の指揮を執ったのが兄だと知った。


29



「マジかよ……」


一つの鎮守府がまた深海棲艦に潰された。それ自体よりも衝撃的だったのは『深海棲艦艤装を展開できる駆逐艦電の保護』の情報だった。歴史に類を見ない以上だ。その七種の性能数値を見れば、世界最強の戦闘力を誇っている。単騎で海域を一つ奪還するほどのチート性能を有しているのだ。適性率の低下、100%の適性率が2%にまで落ち、性格は電から反転したかのように凶悪だという。


後日に流れた情報から、その電の所属していた鎮守府そのものが、異常だったということが判明した。キスカ、そして鹿島艦隊の悲劇、問題ばかり起こしている。それに加えて今回の事件、鎮守府の提督は、現乙中将とともに若くして提督の地位を手に入れた不来方フレデリカという人物だった。こいつが電に深海棲艦艤装を移植した人物のようだ。電はよく分からない、と本当かどうか怪しい供述をしている。鎮守府が襲撃されたことにより提督(フレデリカ)が殉職したことで、謎は解明できないままのようだ。


「なにが起きてんだよ……」


海が壮絶な変化を見せている。嫌な予感がした。


「まさか不来方フレデリカも僕と同じような力を持っていたのか……?」


海のことに時間を割きたいものだが、もう就活を始めなければならなかった。防衛省か経済産業省、このどちらかを決めあぐねていたが、経済産業省のほうを第一志望にすることに決めた。この不思議な力が大きな影響を持つのは、絶対に経済のほうだ。レオンがもともと関心を示す分野でもある。


「念のために対策、を考えなきゃな」


武力が必要だ。話合いで解決するのが一番だが、国の在り方が示す通り、強さあってこそ成立する対等である。最も考えるのも、行使するのも嫌いな分野だった。斎藤との一件以来、一本背負いも使っていない。


ああ、海の秘密、バレるなよ、誰もこの世界に近づいてくるなよ、とレオンは切実に祈った。


30


なにか未知のエネルギー体がある、ということまでは確信した。明石えもんの秘密道具の動力源がソレだったからだ。解明されている情報によると、明石えもんの世界では沈んだ艦娘が深海棲艦になり、そしてブレイドの世界ではその艦娘から抽出できるエネルギーが質量を持って深海棲艦となるようだ。しかし、どうもレオンの世界ではそれだと辻褄が合わないことがあった。


決定的な矛盾が生じる点だ。


『艦娘の数の割に深海棲艦が多過ぎる』のだ。


明石えもんの世界では、艦娘が馬鹿みたいに量産されていたのであの深海棲艦の数も納得できる。ならば冬場の世界の怨霊説が正解なのだろうか。謎の力によって深海棲艦が誕生しており、艦兵士が関わっているという点までしか絞り込めない。


「冬場さん」

ブレイドを探し、協力を求めた。

彼はこういった。


ブレイド「まだ私が驚けるとは、驚いた」


ブレイド「私達の世界はおそらく雨村レオン、お前が想像した不思議な国だから、そこに科学的根拠なぞ些細なものだ。お前の創作だからこその歪な歴史であるだけのこと。だが、お前の世界は違う」


「ああ、深海棲艦や艤装や妖精が自然発生だなんて馬鹿げているにも程がある」


ブレイド「そうだな。海。そして船だ。大戦時のモデルがある」


ブレイド「お前は無宗教か。ここの世界にお前という神がいるように、お前の世界にも神に位置する存在がいるとは考えないのか」


納得した。それだ、とレオンは思った。この象牙の色の力は、このように世界をいくつも創造するようなふざけた能力を持っているのだ。この力を得たものが他にもいるとしたら、どうだろう。そいつが不思議な能力で深海棲艦と艦娘や妖精を作りあげたのかもしれない。


あの撤退作戦、突如として深海棲艦100体が出現したもその説を裏付けている。なぜならば、この世界から深海棲艦を100体を表の世界に連れ出せば、あの撤退作戦と全く同じ謎を提示できるからだ。表の世界には不思議な能力を持つやつが、自分の他にもいるのだ。間違いない。


表の世界は、そいつの気分によっていつ滅ぼされてもおかしくない。


ブレイド「お前もこっちの世界の気持ちを理解したようでなによりだ」


冬場は嗤った。


まさか。レオンには理解できることではなかった。どんな理由で150年も艦娘と深海棲艦を殺し合わせる戦争を行うというのだ。ネジが飛んでいるどころの話ではない。そいつはきっと、人間ではない。少なくとも人間の心を持ってなどいない。歴史最悪の、正真正銘の怪物だ。


「あの戦争を始めたやつは狂ってるよ。歴史に類を見ない大量殺人機だ」


ブレイド「人間らしいよな。私が生きた鏡だとしたら笑ってる」と冬場は笑った。「レオン、一つ勉強の時間だ。人は人をなぜ殺すのか。そこのメカニズムの解明に私は興味ないが、人なぞ殺しても構わんぞ」


「冬場さん、あんたなにいってるんですか」


ブレイド「殺しにおいて罪と罰において法や倫理道徳で私は考えないのだよ。効率と生産性だ。人殺しにおいての罪と罰というのは殺した相手が人生における生産性を殺人者が保証できるかどうか、だ。まあ、そこで考えを止めている」


「馬鹿じゃないのか。じゃあ、その人の周りの人間の悲しみはどうなる。お前の主張は心ってやつを無視しすぎている。効率だ生産性だのって、それこそ人の心を紐解かなきゃ非効率だろ」


ブレイド「私がいいたいのはだな、『罪と罰に触れるな』ということだ。そいつは神が飼う永遠のペットだ。私達の生涯を喰らうような化物だからこそ、出来る限り無視するのが最も効率的だ」


ブレイド「人を殺したことによる報復は恐怖には値するが、ここらを煮詰めると、早い話が取り返しのつかないことを取り返しのつく方法にすることが妥協点、解決策だと私は結論を出している」


「はあ、冬場さんらしいね」


それがつまり効率だの生産だの、と機械化を推奨する理由なのだろう。レオンにはまるで理解が及ばなかった。人格や記憶、ありとあらゆるものをデータ化してコピペして、命の在り方そのものの定義を変えようとしている。生死の価値観の変革だ。それすなわち根本的な人間本質の革命である。


ブレイド「これは推測の一つでしかないが、お前の世界の神も似た考えを持っている可能性がある。その海の話を聞く限り、私の世界の深海棲艦と艦娘のあり方とは矛盾点が見受けられるが、これがなかなか効率を意識している節がある。レオン、これはアドバイスだが、お前が危惧する神の正体はおそらく『人間』だ」


「形はそうかもね。深海棲艦だって形は人間だ。だが、そいつは少なくとも人の心は持ってない」


ブレイド「撤退作戦の内容を聞くに、お前の兄はお前にない物を持っている。そしてお前の兄にないものを、弟のお前は持っていると思われる。皮肉なものだな。お前は優しいゆえに情報を秘匿した。世界にとって大損害を与えるほどの有益な情報をな。兄は私に似て非情で機械的な判断を持って真実を追うタイプだ」


「……」


ブレイド「皮肉だが社会的な悪はレオンで、世界ってやつを救うのは兄のほう」


かもな、と珍しく冬場は曖昧な語尾をつけた。


ブレイド「ま、レオンと考えは同じだ。その不来方フレデリカというやつを調査するべきだ」


「だよね……」


ブレイド「その女、恐らくお前の世界で初めて神の領域に踏み込んだ馬鹿な天才だよ」


全く持って解せないが、冬場は全く根拠のないことは絶対にいわないし、けっこう当たるんだよな。


31


面接で馬鹿正直に思ったことを語ったら、その後に人事部の課長に声をかけられた。「卒論を読んだ」との声が飛んできた。それなりに見込みがあったから声をかけてきたのかと思えば、卒論だ。あれは時間を節約するために、能力にまつわるオカルト話と海の戦争を繋げて書いたものだった。海には不思議がいっぱいで、テーマとしてはけっこうポピュラーなはずだ。どこに目をつけられたのか。


「雨村レオン君といったね。君は一年で戦争は終わると思うのか?」


「終わる訳ないじゃないですか」


「君がそういったんだが……」


「終わらせる訳ないじゃないですか。私が一年で終わるかもしれない戦争を終わらせないようにするんです」とレオンは正直な感想をいう。「そのような意味で申し上げました」


「ちょっとそこらの話を詳しく聞いてもいいかな」


その本意は絶対に話す訳にはいかない。居酒屋に連れていかれたけども、酒は理由をつけて酔わない程度にしか飲まなかった。そもそもあの戦争は終わらせるのはどうなんだろう、とレオンは前々から考えていた。そりゃ戦争は終わったほうがいい。しかし、あの海の戦争は異質過ぎるのだ。


この日本の国力が高い理由の一つとして保持している艤装の数が多いことが挙げられる。つまり、戦争終結はこの国が幅を利かせる力が損なわれるということだ。深海棲艦や艦の兵士のビジネスはこの国の一大産業でもある。殺すということは失くすということ。効率と生産性と保証。ブレイドの思考をトレースしてをそのまま語った。


「なにを成したいんだ。なぜうちだ?」


「深海棲艦は悪者じゃないです」酒が入ってしまったせいか、少し本音が口から滑り出る。「舞台で悪役を押し付けられているだけで、そいつらを僕らは本気で殺してるに過ぎません。舞台から降りさせたらけっこういい連中なんですよ」空母水鬼と深海鶴棲姫を思い浮かべて語り過ぎた。「僕らは人殺しだ」


「雨村君、俺のじいちゃんがこの省にいた頃の話なんだがな」とっておきの面白い話でも語るかのように、前置きをして、間を開けた。「140年前、通産省だった頃のことだ。政府機関としての存在意義は『民間の経済活力の向上および対外経済の円滑な発展……』とまあ、置いといて『エネルギー物資の安定した供給を図ること』を『任務』とする。その時代において、独りの伝説の官僚がいたそうだ」


「最初期辺りですか。伝説にもなる官僚なら名前は残ってそうですが、どなたです?」


「平林絹子という女性だ」


「ここのことは腐るほど調べたつもりでしたが、全く聞き覚えのない名前ですね」


「140年近くも前、石油課の秘書官補佐だ。窓際ポジに生きたやつな上、特別、記録に残るなにかをを成したわけでもない」そういって、笑った。「だが、俺の祖父いわく『日本を支えた名もない官僚』だ。その平林絹子っていうのは君と同じく、海の戦争についてご執心で、呪文のように、海軍に資金を流せ、と周りに突っかかっていた。小さな女の身で男と口論してケンカしになる。俺の祖父がそいつをなだめるために、よくその場で相撲を取っていたらしい」


なんじゃそりゃ。


「だけど、妙な熱があってな、色々なところに新しい風を吹かしていた。敵が多すぎて、そいつの夢は成就はしなかったけどな。平林のあだ名は島風だったらしい。省内のシマを荒らして吹きまくる風だ」


「その時って確か時代的に深海棲艦が知的行動を取り始めて、拠点軍艦を狙い始めた時ですよね。歴史上、最初期で最も死者が出た時期は、深海棲艦が登場した時、そして第二波は、その拠点軍艦戦略が通用しなくなった時の二か所のはずです」


「平林絹子の主張は正しかったんだよ。ちょっと話は変わるが、北方の伝説は知っているか?」


「ええ、北方領土奪還作戦から始まった第一世代島風の偉業ですよね」教科書にも載ってるうえ、世界の対深海棲艦海軍の常識といっても過言ではない話だ。入渠、高速修復材、対深海棲艦に落とし込んだ陣形戦法エトセトラ。


「伝説の第一世代が命賭けて築いた平和期間だが、俺らはちょっと舵取りを間違ってた。もしも祖父の世代が、そいつを正当に評価していたら、その大二波で死んだ人間の数が5割は減ったと、それなりに説得力のある見込みが出ちまった。俺のじいちゃんは平林絹子を可愛がっていただけに、そのことを悔やんで死んでいったよ」


「なのに平林さんは評価されなかったんですか。その人の発言は強くなるはずですよね?」


「出張先で死んだんだ。最期まで面白いぞ」そういって笑った。「平林さんも島風の適性があってな、兵士が足りないとかいって、その場で島風に建造されて海の作戦に連行されて、深海棲艦に殺された」


「むちゃくちゃすぎる。といっても思えば徴兵時代ですし、無茶苦茶なのが最初期ですね……」


「ああ。島風っていうのはな、日本、いや世界の救世主だよ。島風がいなきゃ俺らはきっと産まれてなかった。この戦争の顔だ」課長はエンタメのキャッチコピーのようなことをいう。「やつは時代の節目に必ず現れる」相当、酔ってるな。


「じゃあ、今も時代の節目ですね。島風の適性者はいますから。その平林さん以来ですか」


「ああ、だからさ、俺らが生きている内になにかとんでもないことが起きるぞ」


確信しているかの風だった。その平林絹子、もとい島風の話を延々と聞かされる。なかなか、興味深い人物だった。確かにまるで海の未来を予知していると聞こえなくもない主張の数々、彼女の言葉に耳を貸して省が輸送船と航路、物資の確保に動きを見せたのなら、確かに人類の損傷は軽度で済んだだろう、とレオンにも思える。一つだけいえる。その平林絹子には官僚の才能はないけども、たった一つ絶大なほどの先見の明を持っていた。そう思うと、途端にレオンの中でも平林絹子が尊敬に値する人物にまでふくらむ。官僚においてもっとも必要な素質だと、思えるからだ。


「面談でさ、雨村君と話をして、俺はあの海の未来を語る姿に彼女を思い浮かべた。君も先見の明があるかもしれない。もしかしたらないかもしれない。だけども、雨村君みたいなやつが省にいると面白くなりそうだ」


よく分からないけども、これは希望があると見てもいいだろう。儲けモノだ。


「雨村君、島風の適性があるか」からかうようにいった。


「ないですが、あの服を着て省に行って、新しい風でも吹かしましょうか」冗談で返しておいた。


「ナイスアイデアだ。俺がふんどし姿で相撲を取ってやる」


絵面が汚すぎるわ。


32


全てが手のひらの隙間から零れ落ちていったのは。6月11日、23才になるレオンの誕生日のことだ。ようやく社会人としての慣れも出てきて、肩の力が抜けてきた。といっても派閥や敵の多い省内の人間関係の中、周りに誕生日を祝ってくれる仲間は作れなかった。


省内に持ち込んだ個人のパソコンでメールのやり取りをする。春明と明陽は今、台湾で暮らしているようで、兄妹そろってよく連絡を送ってくる。年末にでも日本に遊びに来るとのことだ。誕生日おめでとう、のメールももらった。


深海鶴棲姫と空母水鬼からも『おめでとう』のメールが来ていた。


「元気でやってるかな……」


上京してからあの二人には昼の10時から11時までの間だけは家の中で過ごしてもいいとだけいっている。それ以外は箱庭の中だ。仕事して疲れてあの箱庭ではしゃぐ元気もあまりなくなっていて、会うのも一か月に一度の頻度だ。


マウスの操作を誤り、ネットのページを更新した時に新しいニュースの記事が浮かんだ。


「海の底で新種の妖精を、発見……?」


思わずクリックしてニュースの詳細を確認した。駆逐艦電が大破撃沈し、捜索活動をしたところ、甲の鎮守府が使用した深海の撮影カメラにて新種の妖精が映った。その写真には電が映ってはいるが、ほかに妖精らしき存在はなにも映っていない。詳しく調べると、妖精が視認できる存在は現状にて4名だ。


江風、初霜、元帥、青山開扉中佐。


妖精可視才持ちの中でも、現状世界で四名にしか確認できない。この時点では四人にしか見えないことが大衆に疑問を抱かせていたため、まだ半信半疑だ。しかし、後日に公開されたそのカメラの映像動画で、電の体になに者かが工作をしていることが判明した。


この話題で省内、いや、世界が震撼した。同時期に提出された深海妖精論なるものが、この海の真実に迫る論文として脚光を浴びたからだ。論文内容はまさに青天の霹靂、今世紀最大の発見とまで銘を打たれたほどだ。


謎に包まれていた深海棲艦の誕生原因に迫る内容。


それは、深海棲艦を根絶やしにする可能性の発見だった。


「反転、建造……!」


深海棲艦の特性を理論的に証明している節だ。レオンが疑問に思っていた深海棲艦の数に対して艦娘の数が少なすぎるという矛盾点さえも解決した美しい論理がそこにはあった。レオンはすぐさま頭の中の知識と照らし合わせ、これが『真実』であるとすぐに答えを導き出した。深海鶴棲姫は瑞鶴、瑞鳳、武蔵、イントレピッド、そして空母水鬼は翔鶴、由良といった成分を持っていた。そしてなにより艤装が本体であるという決定的な情報をレオンは有していた。この深海妖精の役割が、沈んだ艤装片や兵士の身体の血肉を資材にし、通常の兵士の建造システムを反転させ、艤装に人間を適応させる。その工程ならば説明がつくのだ。


戦争が終わる――と、広まるどころではない。


我々はようやく神と面会できる、とまでノーベル賞受賞者が語り始めていた。


あの海が、あの鎮守府が世界を振り回し始め、まず声をあげて立ち上がったのは、やはり日本政府だ。国連の議題にも取り上げられ、この日の丸の国を中心に、政治が大きく荒み始めた。


官僚の皆の認識は同じ。


――下手に扱えば、国が経済から滅ぶ。


これは先進国の中で頭一つ飛びぬけるどころではないのだ。


この国だけが、何百年も先の未来へ到達できる。それほどの利権性を孕んだ案件を世界が黙って見ている訳がないのだ。アジアの時代がやってくる。それを懸念して動きを見せていたアメリカが経済をコントロールすべく先手を打ってきた。


空から巨万の富が降ってきたと思えば、その巨万の富に押しつぶされて圧死しそう。日本がアジアの大国だなんだの余裕かましていられない時代が予想よりもちょっと早く来た。


その日から省内は慌ただしくなる。


残業徹夜は当たり前の風景で、国外問わずの出張の数が爆発的に増え、まさかの退職金もらった老後のOBが支援に駆けつける事態にさえなったというね。廊下で倒れてそのまま寝ているやつまで出始めて、もはや省内はいつ死者が出てもおかしくない戦場と化していた。


「仕事、終わら、ねえ……!」


レオンが23時、新規の書類申請を担当していた頃、帰ってきた課長にコーヒーを差し出された。


「うちと防衛省が特に地獄だ。海から超大型の嵐が来ちまったな……」


といっても、平林絹子に思い入れのあるこの人は海周りの仕事は本望そうだ。


「なあ、雨村」と同期の佐田が肩をつかんできた。「頼む、俺の分もやっておいてくれ」


「無理。僕、自分の分だけで休憩なしでやってたとしても帰るのは深夜三時は超える」


佐田「今日は初めての新婚記念日なんだよお……後一時間しかない……」


「知るかよ……」


佐田「クソがあ、あんな馬鹿げた量の資源工面しろとか……今の世界情勢と資源財源の欠如状況も知らねえのか……」


僕らは一拍置いて、とうとう叫んだ。













「「「鎮守府(闇)滅べ!」」」




結局、佐田が帰宅したのは午後2時だった。虚ろな目をした者たちが集まる食堂、課長が不意にテレビをつけた。ニュースはいまだに深海妖精で持ち切りだった。そして「課長、お客人です!」と課長の秘書が大声で怒鳴り込んできた。それと同時にテレビ画面に速報の白文字が点滅した。


《鹿島艦隊の悲劇で殉職処理されておりました駆逐艦春雨を保護、彼女は駆逐艦電と同じく『タイプトランス』》


《研究部にて調査した結果、『人間と同等の知能を持つ深海棲艦の勢力を確認』》


《中枢棲姫勢力、中枢棲姫、リコリス棲姫、水母棲姫、戦艦棲姫、レ級フラグシップ、ネ級フラグシップを》



《『Rank:SSS』に認定》



課長と佐田が手からコーヒー缶を落とした。


「雨村、佐田、今トリプルエスって見えたけど俺の見間違いだよな?」


佐田「ハハ、どうも集団幻覚のようですね……」


見間違いではない。


その危険指数は、歴史上ただの一回しか用いられたことはない。全世界の人類が何戦万と死亡した波乱の最初期のみだ。


その指数は社会崩壊の非常事態時を示している。これは深海妖精とは違った意味で、最悪だった。詰まるところ『深海棲艦が戦略的な軍事行動により人類殺戮を行う』という意味だからだ。


「防衛省、大丈夫かよ……みんな夜逃げして誰もいなくなるんじゃないか……?」


世界滅ぶならもう死んじまおうかな。幸せいっぱいであるはずの佐田が絶望を口にした。


33


ランクは電と同等に認定された駆逐艦春雨を、中枢棲姫勢力対処のため、鎮守府(闇)に着任させたという。


そして予想されていた最悪の結果は回避できていた。


中枢棲姫勢力が攻勢の動きを見せなかったからだ。


しかし、日本の領海内に陣取ったままのため、この国は恐怖の最中にいることには変わらない。突如として領海内に、いつ発射されるか分からない核兵器が現れたようなものなのだ。


佐田「このままいくと、俺らは仕事に殺されるな」


「そうだね。同期の辞職者も出てる……」


一か月ぶりの休み、佐田と二人で公園のベンチで項垂れていた。中枢棲姫勢力がじっとしてくれているお陰でなんとか仕事も間に合うようになってきた。しかし、予断を許さない状況なのは相変わらずだ。


佐田「俺らと同じ知能があって、中枢棲姫に至っては天才の類らしいじゃねえか。きっと俺らを不憫に思ってじっと穏やかにしてくれているんだよ。話せばわかるやつらなんだ」


「否定しないけど現実逃避をするな。中枢棲姫は戦力を集めているって情報あるだろ……」


近々、軍が本格的に対処するだろう。


その予想は本日中に的中した。相手が相手なので作戦内容の事前公開は一切なしだったが、国民の不安解消のためか、『甲乙丙闇の全戦力出動、最高戦力動員』との情報が流された。安全海域は北方、南方、同盟国の補助を受けるとのこと。


安心かと思いきや、これは裏を返せば、敗北した場合、対深海棲艦日本海軍が全力に近い戦力を動員して深海棲艦に勝てなかったことを意味してしまう。


その日、佐田と別れた後、久々に箱庭の世界に赴いた。


34


深海鶴棲姫「人間並みの知性を持った深海棲艦?」


彼女達は箱庭鎮守府に引き籠っていたからか、深海妖精以降の表の世界の情報を持っていなかった。


深海鶴棲姫「そんなの明石の世界にうじゃうじゃいるだろ」


空母水鬼「久しぶりに会ってそんな話題を……深海妖精の発見は私も驚きましたけども」


深海鶴棲姫「それでその勢力の頭は誰だ。お前が頼むならこっそりと私とお姉ちゃんが話をつけにいってやってもいいぞ。十分な会話ができるんだろ。私達以上の使者がいるか?」


「その手もあるんだけども」


深海鶴棲姫「その手しかないだろう。お前は人類が滅んでもいいのか」


空母水鬼「理性覚醒したやつの深海棲艦種は?」


「中枢棲姫と……」


深海鶴棲姫「――――」


深海鶴棲姫が瞬時に凍り付いた。


空母水鬼「あわ、あわわわ……!」


震えていた。歯をがちがちと鳴らして、冷や汗をかいている。


空母水鬼「あのバケモノが私達と同じレベルの理性を手に入れただなんて!」


空母水鬼「イヤアアアアアア!!」


「ど、どうしたんだ」


深海鶴棲姫「私とお姉ちゃんは中枢棲姫に会ったことがあるんだ」


「……マジで?」


深海鶴棲姫「レオンと出会った時、私達は死にかけていただろう。アレ、私が探知した中枢棲姫にケンカを売ったからだ。正直、私は深海棲艦側でもトップクラスの性能を誇っていたし、お姉ちゃんもいたから奢っていた面もある」


彼女は眉間に皺を寄せていう。


深海鶴棲姫「一撃で、レオンと出会った時の様だ」


冗談だろ。この二人が純粋な深海棲艦だったとはいえ、深海棲艦の中でも上位の種だ。しかも二人がかりで敗けただなんて信じられない。


空母水鬼「中枢棲姫は神話級の深海棲艦ですよ!? 知能の程は!? 脳筋馬鹿であってほしい!」


「……人間基準で比較しても上位の部類に入るとの予想がある。少なくとも軍の戦闘詳報を見るに現乙中将を一杯食わせる程の策を考えて出し抜いてる」


空母水鬼「いやあああっ!」


空母水鬼「そんなの私と妹が行ってもぶちのめされるだけですよ!」


空母水鬼「だって私と妹はそんなに頭良くないですもの――――!」


深海鶴棲姫「……そんなことない」


空母水鬼「そんなことありますよ! レオンは私と妹が提督を策ではめて、どや顔してる場面が思い浮かびますか!」


「控え目にいってあり得ないだろう」


残念ながら同意せざるを得ない点だった。


深海鶴棲姫「私はあの日の借りを中枢棲姫に返す」


深海鶴棲姫「ついでに世界を救ってきても構わんのだろう?」


空母水鬼「あなたが脳筋でしたか! レオンは中枢棲姫『と』っていったんですから他にもいるんですよね!?」


「理性覚醒した深海棲艦は他だとリコリス棲姫」


空母水鬼「基地型のサディスト女王!」


深海鶴棲姫「彼岸花仲間か……」


「水母棲姫」


空母水鬼「昼夜問わずにヒステリック起こすソロモンの同胞キラー!」


深海鶴棲姫「お姉ちゃん、まだ勝てるよ」


「ネ級フラグシップ」


空母水鬼「単騎で駆逐棲姫を潰して随伴艦にするやつだ!」


深海鶴棲姫「……任せろ」


「レ級フラグシップ」


空母水鬼「飛び魚地獄の一人ガチ艦隊!」


深海鶴棲姫「勝ち目はまだある……!」


「戦艦棲姫」


空母水鬼「脳筋やめた知的ダイソンお姉様とか即レッドカードなんですけど!」


「戦艦棲姫は軍が沈めたらしいけどね」


空母水鬼「それって他のメンバー絶対にげきおこじゃないですか!」


なんかちょっと深海棲艦の世界に興味出てきた。


空母水鬼「お話に行くならあなた一人でお願いします! 絶対、確実、死!」


深海鶴棲姫「……」


深海鶴棲姫「へっ、今回は見逃してやらあ」


めだか師匠みたいなこといい始めたぞ。


といっても今回はこの二人を出すつもりはない。軍だって馬鹿じゃない。絶対に勝利を組み立てた上で挑むはずであり、その内情をよく知らない以上、この二人を出すのは最悪、誰も得しない事態に陥りかねない。相手が相手なので、ただの戦闘になるともレオンには思えなかった。


「いいかい。少なくとも君達も人間にとって中枢棲姫勢力と同じ危険度なんだ。この事件はある意味、中枢棲姫勢力が人類にどう影響を与えるかで、僕らにとっては棚ぼた案件となる。今回は見に徹して注目しておくべきだ。得しかない」


空母水鬼「あの人達のイメージがそのままこっちのイメージ、ですもんね」


深海鶴棲姫「それでだ、その戦艦棲姫を倒したのは?」


「龍驤と卯月がまず中破に追い込んだ。龍驤が大破撃沈」


空母水鬼「へえー、大健闘ですね!」


深海鶴棲姫「中破させてからは? 戦艦棲姫の脅威は中破程度じゃなくならない。ましてや理性が人並みなら尚更だろ」


「そこから撃沈させたのは駆逐艦春雨」


空母水鬼・深海鶴棲姫「……は?」


深海鶴棲姫「春雨ってあの白露型のザコだろ……?」


「……もしかして軍の最高戦力をご存知ない?」


空母水鬼・深海鶴棲姫「大和」


「2年前に死んだよ。今は暁型の電だ」


空母水鬼「私がちょっと攻撃すれば『はにゃ――!』って吹き飛ぶ可愛い子?」


深海鶴棲姫「お前、からかってるのか」


「まさか。『Type:Trance』って知ってる?」


「電と春雨は深海棲艦艤装と一体化していて、展開できるみたいなんだ」


深海鶴棲姫・空母水鬼「はあ!?」


空母水鬼「でも、まあ、それはお強いですね」


深海鶴棲姫「ああ。最強っていうのも納得できた」


「だろう。電が7種で春雨が5種、みたいだね。姫鬼の7種とか5種とかチートもいいところだよな」


空母水鬼・深海鶴棲姫「ハートのほう」


「どういうこと?」二人は珍しく真顔で頷いていたので、気になって深く探りを入れてみる。


深海鶴棲姫「艤装が本体、その艤装に私達のおぞましい本能が眠ってる。暴力の衝動だ。こればっかりはレオンには分からないと思うが、そんなのを宿して人間やっていられるのは心が強いからだと思う」


空母水鬼「まあ、間違いなく戦闘力と引き換えにどこかしらぶっ壊れてはいるでしょう」


確かに電も春雨も適性率が格段に落ちて性格が前とは全く違うという情報はある。合同演習内容を視聴すれば一目瞭然だ。味方殺しさえやってみせようとする電があの電とは違うわけでもなく、本人たちはぷらずまだのわるさめちゃんなどと名乗っているとかなんとか。その名はネットから引っ張ってきたらしいが。


深海鶴棲姫「艦娘ごっこやっている私達と逆のパターンだ」


空母水鬼「深海棲艦ごっこやっている艦兵士ですねー」


「いずれにしろ、戦争終結が現実味を帯びてきた」


空母水鬼「あの闇の鎮守府でしたか。彼らは真っすぐ最短距離を爆走すること青春のごとしですね」空母水鬼はけだるげにいった。「相容れる人達ではなさそうです」


深海鶴棲姫「その平穏な日常ってやつは大丈夫そうなのか?」


「君達がポカしない限りね。僕は拷問されても吐かないし、尻尾だってつかませない。君達がぽかしなきゃ、バレる訳がないだろう」


そもそもまだこの摩訶不思議な力は、解明されていない。しかし、着実にその神秘のヴェールは剥がされていっている。深海棲艦艤装を工作するという深海妖精の性能がこの象牙色の腕に宿る力と似ている部分があったからだ。


「それに戦争終結というのは、悪い流れじゃない」


空母水鬼「私達の存在が露呈した場合、余計に注目浴びそうですが……」


「あの鎮守府は海の未知を暴いていっているんだ。戦争終結した時に、深海棲艦の建造システムはもちろん、科学兵器が通用しない理由、深海棲艦の全てが暴かれた時、君達はもう未知の恐怖ではなくなる。人間が君達を制御できると国が認め始める。そうなれば世の中の流れは今よりもっと僕のほうに傾く」


空母水鬼「……どうしてそう思うんです?」


「会話が出来て、心があり、愛が芽生え、理解し合えるからだ」


それは自然な流れといえる。明石の世界では深海棲艦から人間を害する衝動を全て消した結果、そこにあったのはお互いに社会の一員として共生する未来だ。あの世界と同じく戦争終結しても、溝は簡単には埋まらないのだろう。


空母水鬼「人と認可されても溝は埋まらないと思いますけどね。深海棲艦という人種の罪を考えたら」


「そのために僕がいるんだ。戦争終結、いやこれから先の時代は、化学の領域では辿り着けなかった海の未知の資源に必ず興味が映る。もはや世界が彼らに期待しているのは対深海棲艦海軍の存在意義の究極的な全う、戦争終結と、未知のエネルギーの発見と確保および供給法だ」


「そしてそれは現在の省内では処理しきれない。エネルギーなら普通に考えて僕の所属する省が先導管理することになるだろうけど、海の戦争が深く関わっているから、対深海棲艦海軍が発言力を持って、恐らく解散すると同時に貴重な人材として確保されるだろう。軍人はしょせん軍人だから、組織には政治経済の専門家も流れるはずだ。その場合、担当部署が増えすぎるから僕の読みでは」


「新省の設立だ」


空母水鬼・深海鶴棲姫「……」


空母水鬼・深海鶴棲姫「zzz」


「むしろ眠気が吹き飛ぶような話しているんですが!?」


空母水鬼「政治の話とか訳分からないから眠くなりました」


深海鶴棲姫「途中までは聞いていた。私達が恐れるるに足らずな存在になれば、確かにまあ、共生という選択肢も人類は取りやすくなるだろうが、レオン、その場合、私達は別の生き物にならないか?」


「想像力があるね。その通りだよ。殺人衝動持ったまま表の世界にいられる訳がないだろう」


深海鶴棲姫「要は人間になれってことか」


「ああ。君達も殺人衝動、要らないだろう。それさえ消せば人間とほぼ同じになれる」


深海鶴棲姫「いると思うから、私は明石の世界が好きじゃないんだ」


空母水鬼「また誤解を招きそうな面倒な発言を……」


空母水鬼は変わりまして、と咳払いして続ける。


空母水鬼「早い話が、私達、表の世界で生きたいだなんてこれっぽっちも思いません。ここは複雑な深海棲艦乙女の機微といいますか、私も妹もですねー……」


空母水鬼「言葉を選ぶので少しシンキングタイムです」


空母水鬼は空を見上げる。十秒程度経つと、夜空に一筋の流れ星が流れた。その星に願い事を託すかのように囁いた。


空母水鬼「あなたと出会って過ごしたこの身体と心が、宝物なんです」


「……分かるけど、分からない」


「物理的な損得ではなく、精神の尊徳の考えといいますか。理性的な人間の男の人には分かりづらいかもですね。だってどう考えても、私達が人間になれば客観的にはハッピーエンドですもの」


深海鶴棲姫「……誤解するなよ。別に浮わついた意味はない」


空母水鬼「気恥ずかしいからって話をややこしくしないでください」


少なくとも深海鶴棲姫ではなく、空母水鬼がいうようなわがままだ。彼女達にとって今のまま、というのは自分の思う以上に、大切な意味が込められているのだろう、とレオンは考えた。


なら、深海棲艦が深海棲艦のまま人間と暮らせるはずがない、という現実が邪魔だった。そして多数決的な意味合いで、レオンもそれをよしとするような独裁者の道を歩むのは勘弁だ。ならば、あの日の延長戦だ、と思い至る。


「この場所を正当な権利で確保する。君達が表の人間に認知されながらも、今のまま憂いなく過ごせる。この案はどうだい。これもまた相当な茨の道だけど、可能性が全くないとも僕は思わない」


空母水鬼・深海鶴棲姫「それ」


満場一致だった。


「これがどういう意味か分かるかい?」


深海鶴棲姫「意味だと?」


「土地を買うのとは訳が違う。国家創設に近い。つまり」


空母水鬼「武力が必要、という訳ですか?」


「それも必要だろうね。というか、万が一の場合も考えて武力は必要だ」


深海鶴棲姫「明石とブレイドとピーターズの世界から兵隊集めるのは嫌だぞ。あいつらはあいつらで戦争をやっているし、明石やキルミの世界は戦争で起きる被害の傷みをよく知ってる。私達の事情に巻き込むべきじゃない。まあ、あいつらもレオンあっての命だそうだけども、それでも、だ」


「全く持って同感だ。だから君達を強くする。方法はまだ待ってくれ」


空母水鬼「変な風なのは嫌ですよ。あまり弄らないでくださいね?」


「そのつもりだよ。ただ装備をとんでもなく強くする方向で考えるつもりだから」


とのことで今日の会議は終わりだ。


35


例の鎮守府の電がリコリス棲姫を撃破して帰ってきて、中枢棲姫勢力の戦力の6割を削ることに成功した。が、ほかの幹部の撃破はされていないままだ。引き続き軍は中枢棲姫勢力を完全に滅ぼすための動きを見せると思っていたが、『そんなことはどうでも良くなるほどの事件』がすぐに起きた。



――――死人に口なしの時代が終わったことに震撼したまえよ。


――――今を生きることを始めた死者の強度にすくむといい。


――――当局は、


――――貴方達の子であり、全ての想が還るべきところ。



――――海の傷痕で或る。



十月四日、海の傷痕大本営襲撃。


神を引きずり出した日だった。


一分あれば世界を滅ぼせる正真正銘の化物。


その力の一部を披露した。そして危険度『ワーストエバー:歴史最悪』に認定だ。人類の英知を超えた宇宙からの侵略者が現れた時のような場合を想定して設置されたランクである。


世の震撼とは別に至ってシンプル。

軍が勝てば人類は生き残る。

負けたら人類が死ぬ。


そして10月14日。

『暁の水平線の存在を確認』大本営発表。


戦争の終結は目前だ。


街の風景はそれでも変わらなかった。いつも通りの日常風景だ。とても世界が終わるという絶望に染まっているものはいなく、なんというか、軍とか上層部がなんとかがんばってくれるだろう、という考えが透けてみえるほどだった。海の傷痕なんかネタにされているくらいだ。


能天気なのか馬鹿なのか知らないけども、人々は明るい。


「ハハ」レオンも、笑える人間の一人だった。


海の全てを管理しているという神が登場した時、終わったかと思った。僕らの存在もバレており、自分の存在や能力が軍や海の傷痕に目をつけられているかもしれない、と考えたが、一向にそれらを尋問しにくる者は現れないのだ。


気付かれていない。


あの二人の存在に気が付いていた場合、人類が死ぬか負けるかの今ならば、確実に姫と鬼である二人も動員しようとしてくるはずだが、それがないからだ。


加えて、想力。


海の未知のエネルギーの名とその情報も出回り始めていた。そのデータと象牙色の腕が秘める力、あの世界の情報を踏まえれば、その想力の性質、発生原因、利用方法、面白いほどに紐解けたからだ。


更に官僚内から、新省が設立されるかも、というレオンの想定通りの噂が流れ始めた。


海の傷痕に勝ち目はあるのか、という点だが、これまた軍が流した情報からいくつかの勝利の根拠も見え隠れしていた。それでも相手が全身全霊のなりふり構わずで戦えば、今すぐにでも人類は滅びてしまうだろうが、なぜか海の傷痕はそれをしない。それどころかペラペラと情報を漏らしている節まである。


レオンは軍の勝利、戦争終結に賭けていた。万が一、負けても生き延びる手段は持っているが、レオンは軍の勝利、戦争終結を心から願っている。


全て上手く行っているのだ。


深海棲艦の謎は解き明かされ、彼女達がどういった存在だったのか、の理解もすぐに広まり始め、被害者、という見方も出てきた。


「まさか兄さんが、ここまでやってくれるだなんて」


准将の鎮守府は一年で世界の構造そのもをひっくり返すような衝撃を与え続け、レオンの予想よりも遥かに短い年数での計画達成の実現性が増してきた。


血を分けた兄が勝てば、人類には得しかない。


政府の管理下にある組織は対海の傷痕に向けて全力でのバックアップを行い、陸軍や海軍の協力はもちろん、他国からの補助、名のある個人からの寄付も、災害時を遥かに上回る記録だ。


「勝ちです」元帥の言葉も流れた。余裕しゃくしゃくの様子だ。機密のため作戦の全貌は明かされてはいないが、闘志満々だった。


あの大海原で海の傷痕は人を想ったのだ。


鎮守府(闇)は大きな帆を張ったのだ。


僕は風向きが変わるのを待った。


正しかった。あと少しで、ようやく自分も報われる、とレオンはより一層、仕事に打ち込んだ。出来ることは少ない。しかし、歴史最悪の武力を有した戦争神に挑む対深海棲艦日本海軍を骨身を削って支えたいと、レオンも疲労と戦った。


デスクワークですら、戦争といってもいい。省内では病院送りになる者も珍しくなく、防衛省と軍の情報処理課からはとうとう過労死者が出てしまったという。内陸もまたこの人類の存亡を揺るがす大渦に飲み込まれていた。勝利を想定して動く政治は、同僚の葬式に出る余裕すらもないほど切羽詰まった状況だ。


そうして近づいてくる決戦・海の傷痕。


世界の経済が停止し、今を生きる全ての人間が、固唾を飲んで情報の獲得のためにメディアを見守る。この大嵐の中、迎えた正月の空気なんか、今後の人生で二度と迎えることはないだろうな、とレオンは思った。


決戦当日は省内の仕事の手が止まった。


上が「ここからの時間は、好きに過ごせ」といったからだ。みんな様々だった。家族と過ごす人、仕事する人、祈りを捧げる人、それぞれが自由に生きた。


省内にある大食堂、テレビの前には大勢の人が集まっていた。ラジオも置いてある。大きな液晶画面が設置してあった。映像がいくつかの衛星情報から発信されて、ネット放送局のチャンネルから流れる。それにラジオは大本営発表か。普通のテレビは各メディアが独自に得る情報の獲得のためだろう。


この日はきっと歴史上、人類が一つの未来のために最も多くの祈りを捧げた日だろう。


その日、対深海棲艦日本海軍は75億の命を背負って、海へと出撃した。


36


先陣を切ったのは乙の鎮守府だ。その妖精可視才の才覚から、至上最年少で乙の将席に就任した提督だった。戦いが始まってからしばらくは会話があった。スポーツの観戦に近い熱があった。


佐田「あんな小さい身体でよくがんばってるよ……」


官僚なんか実際に海の生の戦争映像、しかも女の子の少年兵が、血みどろの戦いを繰り広げる光景を初めて見たとしても不思議ではない。神通が艤装全損、人体損傷して、血反吐掃きながら深海棲艦に徒手空拳で殴り掛かった時から、みんなが黙り込み始めた。


なにが起きているか分からなくなったのだろう。


兵士が消えたり、現れたりしているのだ。


みんな思ったより海の専門知識は調べてないんだな、とレオンは思った。


深海妖精論いわく、ロスト現象の起きた兵士はロスト空間にいるとある。そこで深海棲艦が建造されているとも。消えた兵士はロスト空間に飛ばされているのだ。


乙の艦隊は海の傷痕の随伴艦を叩き潰すと、海の傷痕が背を向けた。そこで歓声があがった。大衆の目には乙の鎮守府が海の傷痕の攻撃に打ち勝った、という見え方だったのだろう。死者も出ていない。しかし、レオンには神通があえて海の傷痕を狙わず、その周りの深海棲艦を優先的に殲滅したように見える。作戦ゆえなのか、とレオンは、もしも自分が提督として策を組むなら、とイフを想定して考えた。


そして、海の傷痕が次に狙いをつけたのは、その快挙、所有兵士、名実ともに日本の全鎮守府の中で最強を誇る准将の鎮守府だった。


海の傷痕を、四方から囲み、その正面に位置したのは、駆逐艦電だ。その二人の戦いを見た時の周りの顔といったら、時が止まったかのようだった。


深海棲艦艤装を展開して可愛らしい女の子の風体が化物に変形する。宿す7種の装備は、歴史上、何度も軍艦を沈めた化物ばかりだ。最高戦力の実力を前に海の傷痕は意に介した様子もなく、そして傷一つ負うこともなく、電と戦い、大破に追い込んだ。


海の傷痕が、黒い腕を艤装から出した。


「――――!」


僕の象牙の腕と、よく似てる。やはり海の傷痕もこのような力を持っていたのか。電の身体から、剥がれ落ちるようにして兵装が海へと堕ちてゆく。確信した。アレは解体だ。電を解体したのだ。


「……ん?」


なんだありゃ。めっちゃ大きいロ級のようなのが、海から飛び出してきた。そのジョーズみたいな風貌のやつが、味方であり、タイプトランス駆逐艦春雨だ、とレオンが気づいたのは違法建造の許可申請書類を確認してからだった。


彼女は最高戦力が敗北を喫した海の傷痕の人体を、噛み千切った。しかも、その後の砲雷撃戦でも、海の傷痕が、回避や防御と受け取れる行動を繰り返したうえ、まさかの大和なんか登場したもんだから、もう興奮と戸惑いが入り交じり、言葉すら出ない。


薄れていった希望が再び大きく灯り始める。


勝てるんじゃないか、と。


海の傷痕に捕まるも、全拙者にて、あの黒腕を完全に破壊し、海の傷痕は逃走。


「春雨、めちゃくちゃ強え……」


そして絶望がやってきた。大量の深海棲艦勢力によって最終ラインに迫られたのだ。最終防衛ラインを担当するのは、第6駆逐隊の暁、雷、電だ。「大丈夫かよ」と佐田がいった。そういうのも無理もない。彼女達は立派な兵士といえども、小学生女児の見た目をしている。


しかも支援に駆けつけたのは天城一人だけだ。他の海域では武蔵、長門、甲の艦隊が丁の艦隊が激しく動き回り、丙の鎮守府の艦隊がフォローに回っていた。どこも死線で余裕はなさそうだ。


暁、雷、電もよく耐えている。


夜で観にくいけども、探照灯が使用されたのは分かる。敵地の孤立したところだ。あんな子供が、その身を削り、血反吐吐きながら、最終防衛ラインを決死で守っている。ここまでくると、彼女達の勇気を純粋に応援しない者は誰もいなくなった。


子供とか女じゃない。彼等は、世界を救うためだけに戦う光の勇者にしか映らない。


空が白み始めた頃に、海の傷痕が現れた。


その場では誰もなにもいわなかったが、沈んだな、とレオンは思った。あの損傷であの化物を相手取るにはあまりにも戦力差があり過ぎる。


しかし、まるでピンチに駆けつけるヒーローのように一人の兵士が支援にやってきた。准将の鎮守府所属の響だ。改二のヴェールヌイ艤装、その砲の一撃が、海の傷痕に直撃した。


海の傷痕はまたもや撤退した。あいつは遊んでいるのか。それとも、なにか探っているのか。最初からずっとよく分からないことをしている。潰せる兵士をわざわざ見逃して、遊んでいるようにすら思えた。


海の傷痕のほうにもなにか作戦があるのか、とレオンは疑った。


そして二度目の絶望の大波がやってきた。


深海棲艦250体の急出現および、軍戦力の兵士5割の艤装が全壊。海の傷痕がとうとう全力で沈めに来たようだ。


そして、起きた事態にレオンは舌を巻く。


新たな深海棲艦勢力が、海の傷痕めがけて特攻をし始めたからだ。


間違いなく、中枢棲姫勢力だった。中枢棲姫、水母棲姫、レ級、ネ級、そして死んだとされた戦艦棲姫とリコリス棲姫までいる。


別の個体か?

分からない。生き返ったのか、とレオンの中にそんな予想がよぎる。


あるのか? 死んだ深海棲艦を復活させる方法があるのか?


あるというのならば、空母水鬼と深海鶴棲姫のためにもぜひとも知っておきたいところだった。


「海の傷痕、これがWorst-Everの敵か……」


空母水鬼と深海鶴棲姫が怯えるほどの深海棲艦勢力を一人で相手取り、次々と沈めてゆく。海の傷痕も今までとは違って攻撃的な動作を続けており、明らかに殺意に満ち溢れた破壊的な行動を取っている。海の様子は画面ではよく見えなかった。馬鹿げた数、まるでろう害のような深海棲艦型の艦載機が飛び回っているからだ。


中枢棲姫が沈む。戦場に残ったのは響改二と春雨の二人、そして駆けつけた電だった。電の撃ち放った砲撃が、海の傷痕にクリティカルヒットした。煙の中から海の傷痕は出てこない。仕留めたか、という希望がレオンの胸の中に浮かんだ。


戦争神を殺して世界を救ったのか?


煙が晴れると、そこに海の傷痕は健在していた。しかも、なぜか損傷の形跡が全く見受けられない。


電が冷静とはいい難い行動を始めた。海の傷痕に向かって突っ込んだのだ。無様な航行だった。弾薬が切れたのか、周りの深海棲艦に装備で殴りかかるという形振り構わずの攻撃を行い、


海の傷痕が放った一撃で、彼女の首と胴体が、別々に沈んだ。


とうとう、兵士が死んだ。


最高戦力の死亡と同時に軍の動きが明らかに変わった。全面攻勢の姿勢に出たのだ。特攻命令――レオンはその言葉を思い浮かべた。もはや軍は6割以上の戦力を削られ、敗北寸前だったからこそ、確信した。いやいやいや、と敗ける訳がない、とレオンは頭を左右に振る。会ったこともない血の繋がった兄に声援を送る。


あの鎮守府、なんとかしろよ。ここまでむちゃくちゃ国を荒らしておいて、ここ一番で敗けるのは絶対に許されないだろう。


「……うん?」


どこかから聞こえてきた大衆の騒ぎが瞬間的に静まり返り、少ししてざわめきに変わる。


空だ。裂け目が空に入っている。あれはなんだろう。ミサイルの形状に似ている。一つだけ分かるのはこんな馬鹿げたこと出来る奴は一人しかいない。海の傷痕の仕業ということだ。


佐田「あれが落ちてくるのか?」


「ただの爆弾ならいいんだけどね……」


佐田「なんかさ」声は震えていて、肩もかすかに震えている。悟ったような顔、しかし同時に泣き出しそうな顔だ。「怖え。俺、まだ死にたくねえよ」


なんなんだよ、とレオンは思った。今更かよ。人間の愚かさを知った気がした。海の傷痕が現れた時、人類の叡知を越えた『Worst-Ever』であることはすぐに公式発表された。どれだけ危険な存在なのか、散々語ってきたはずだ。


それでも町の皆は普段とあまり変わらなかった。注意換気する人もいれば、海の傷痕はネタにしていた奴らもいたし、遠目から撮影して動画サイトやSNSにアップする連中もいた。


「佐田」


佐田「なんだよ」


「善き政治ってどんなもんだと思う?」


佐田「急になんだよ……俺はずっと貧富の差を……」


「よく言われることだよね。差をなくそうだ。僕は今この時、貴重な瞬間だと思う。今、全人類は貧富どころか身分、生まれ、国境を超えて、死を待つしかないという一点で平等を体現してる」


「例えばさ、戦争時代から食べるもんがなくなってさ、そこからよく食べ物を粗末にするなって教えが僕らに広まったけど、最近はもうそうじゃないよな。食べ物なんか溢れてるから米粒一つ残さず食べるって行為を卑しいっていう人もいる」


佐田「……ハハ、あのミサイルが落ちたら俺らはまた食べ物一つに困るかもな。どこの国も自分とこで手一杯だろ。そこからはお決まりの世紀末パターンだ」


「もしも生き残ったらさ」


「命を大事にしようぜ」


なんてことを世界が滅ぶ間際に思った。普段ならなにいってんだよ、と失笑で返されかねない発言だったが、今日この時は「そうだな」と佐田は悟ったように頷いた。


画面は霧に覆われて衛星監視の映像からはなにが起きているかも分からなくなった。ただ周りには絶望の雰囲気が明らかに漂っていた。生きているのに、まるで深海にでも沈んだかのような暗い空気だった。


そして霧が晴れる。画面に移ったのは、


「海の傷痕が、いない?」


深海棲艦もいない。海に立っているのは、軍の兵士だけだった。なにが起きたんだ。まさか勝ったのか。映像に移る兵士の様子は、今までの緊張が嘘のようだ。まさか、あの霧の中で海の傷痕を特攻によって沈めたのだろうか。どうなんだ、と画面に向かってつぶやくも、当然、答えは返ってこない。


誰かが「勝った」と声をあげた。


それを否定するかのように、兵士が海へと沈んだ。


海の中から現れたのは、海の傷痕だった。


そして、敗北の事実が告げられる。全世界に存在する艤装の全てが全損した、だ。


海の傷痕の圧倒的な武力によって、瞬間的に天国から地獄に突き落された。終わった、とレオンも全く同じことを思った。みんな常識として知っている。人類は艤装でしか戦えない。その戦う手段を失くした兵士がどうやって全快の海の傷痕に勝つというのだ。日を跨いで今までの兵士の決死を観てきたか、涙を流し始めた者もいる。


「ま、まだですよ!」


レオンは画面にいる小さな子を指さしていった。あそこに間宮と一緒にいる兵士は間違いなく、電だ。なぜか死んだはずの電があそこにいたのだ。


海の傷痕の周りの空間がゆがみ、本物の軍艦艤装の主砲が出てきた。その砲撃は電に当たるが、煙が晴れた後、かつての海の傷痕と同じように、損傷様子は全くない。


電が、艤装を展開した。


「タイプトランス……の、中枢棲姫、勢力?」


あの艤装の形状からして中枢棲姫、リコリス棲姫、戦艦棲姫、水母棲姫、レ級、ネ級だった。レオンは考える。一体なにがどうなっている。電はなぜ蘇ったんだ。女神や応急修理要員ならば、すぐに復活する。そして、中枢棲姫勢力は沈められたはずだろう。その艤装をどうやって回収して、どういった方法でタイプトランスとして死んだ電を建造したのか。まるで訳が分からなかった。


電が、兵士を乗せた拠点軍艦のほうに向かってなにかいっている。音声がなくとも、画面越しでも、兵士達の全身全霊の高揚が聞こえる。


電が、海の傷痕に仕掛けた。海の傷痕も応戦する。目まぐるしいほどの砲弾や艦載機が舞って、海の傷痕を削り取ってゆく。海の傷痕は沈まない。中枢棲姫艤装が放った砲弾が直撃した。海の傷痕はまだ沈まなかった。そして電が、綺麗な動作で構えた。持っているのは電艤装に付属している初期装備、だろうか。


祝砲のような、新たな時代の幕開けを告げるような、不思議な砲撃音がなぜか聞こえた。


海の傷痕が、沈む。同時に電も、海へと沈んだ。


勝ったのか、負けたのか、なにが一体どうなったのか。なにも分からないまま、沈黙が空間を支配した。


そしてラジオから150年にも及ぶ戦争の結末が告げられた。


《――――1645――暁ノ水平線二到着ス――――戦争終結――》


勝った。確かに勝ったといった。


聞き間違いかな、ともレオンは思う。周りも確認し合っている。テレビのアナウンサーが涙を流して、「勝利です――――勝ちました!」と同じ報告を叫んだ。その瞬間、この場の空間が雄たけびで埋め尽くされる。


勝った。


勝った。


勝った!


全員生還の軌跡を描いて、

歴史最悪の怨霊船を倒して、人類が勝利した。


叫んで、飛んで、ガッツポーズをして、ハイタッチを交わし合う。今までの疲労までも吹き飛ばす報いを確かめ合って、全員がぶっ倒れるまで勝利に酔った。軍が戦争の戦果として考えうる最高の奇跡を描いたことに対して、心の底からだとか、尊敬とか、そのような言葉では表し切れない感情が、溢れる。


これは大げさだけど、メディアがつけたこのドラマのキャッチコピーは正しくそうだ。


全人類が泣いた。



その記事を見た時、レオンの胸がちくり、と痛んだ。


深海棲艦完全消滅。

これが誤報だと世界で一人だけ知っている。


37


あの大英雄達がもたらした恩恵は計り知れない。


この国が世界を代表して世界を救った。全領海を安全海域達成および想力エネルギーの解明および命の恩人および、数え上げたらキリがない。まるで海の全てを持ち帰ってきたかのような恵みを戦果として持ち帰ってきたのだ。


それを彼らから託されるのは官僚である僕達だ、と考えると、無限に情熱が湧いてくる。それはみんなも同じだろう。そのせいだろうな。いっつも対深海棲艦海軍は隠し事をすることで有名なので取り調べが少し荒くなってしまったとかなんとか。


その日、更なる衝撃の真実が出回る。


「准将の鎮守府が海の傷痕此方を鹵獲してた……?」


佐田「ああ、マジだよ。准将の独断とのことだが、噂じゃ大本営の野郎が、こっそり准将に此方鹵獲命令を出していたらしい。大本営にいて尋問の最中だとよ」そういう佐田は晴れやかな笑顔だった。「おかげで事後処理がかなり楽になった。想力周りは全て抜けるんだからな。それどころか海の傷痕の産まれから、あの戦争の終わりまでの歴史も、だ。分かるか。加えて最初期の全てがこれから明らかになる」


「海の傷痕だろう。大量殺人者だし、大丈夫なのかそれ……」


佐田「今の態度次第でいいんじゃねえの」


佐田「俺らの先祖だって戦時中、たくさんの人を殺しただろう。でも敗けた時、全員殺されたか。戦争っていうのは相手を皆殺しにするために行うもんじゃねえ。外交政治なんだからな」


佐田「海の傷痕の罪は大きすぎる。法では裁き切れないほどだ。持っている情報からしても俺はあそこで死ぬことが償いになるとは思えないよ」


「佐田、ごめん……ちょっと今まで君のこと誤解してたよ」


佐田「戦争終結した翌日は、嫁さんとすっごくベッドの上で盛り上がった」


「なんだその唐突で余計な一言は。感動を返せよ」


後日、待ち望みにされていた海の傷痕のその生涯が公開された。一冊の小説みたいなページ数、これでもかなり省略されていたようだ。いくつか機密に触れるため省かれているらしいが、あの怪物の化けの皮が剥がれたら、ただの恋する女の子が出てきた。こんなこと一体誰が予想しただろう。


佐田「そういえば准将の話、聞いたか?」


「色々と聞いているけども」


佐田「ツイッターでフレデリカ擁護発言してすげえ叩かれて、すげえ擁護されてた。その日にアカウント消してやんの。あの人、なに考えているか分かんねえけど、そんなことも予想できないとはけっこう間抜けなところもあるのなって」佐田は笑った。「ネット慣れしてねえんだろうなあ」


「いや、ふつうに炎上承知の上であえて発言したんじゃないかな……」


フレデリカは戦犯だが、どう考えても、戦争終結に貢献した一人ではあるのだ。彼女の被害者達の言葉によっては、戦犯汚名はそのままでも、それとは別に評価するべきところはするべきだ。


ただやはりというか人間色々な人がいるようで、ゴシップが調子乗り過ぎていたな。


ポーラ「こんにちわあ♪」


「酒臭っ!」


強烈なアルコールの臭いのする女が声をかけてきた。ワイン瓶を持って明らかに酔っている。


「な、なにか御用でしょうか」


ポーラ「間に受けないでくださいねえ。それのせいでポーラの鎮守府、すっごくムード悪くてえ」


視線を落としたのは記事だ。出版社が面白おかしく対深海棲艦海軍の記事を乱発していて、その中に悪評も一定の需要があるのか、北方鎮守府の悪口にも匹敵する記事がある。神風、についてのことだった。異動後、深海棲艦を一隻も倒さず、唯一の戦果なしの艦兵士の名だった。航行する以外の機能が全てなくなった彼女を民間船と揶揄するような言葉まで、どこかの誰かがいったみたいなニュアンスで使われている。


ポーラ「なーんも分かってない。出撃回数それだけで死ななかったってことがすごいことです」自嘲気味に鼻を鳴らしてやさぐれた。「異動して次の日に死んだ子もいるっていうのに」


「ジャーヴィスですか」


口が滑った。異動して次の最終段階作戦に参加し、黒海で彼女は死んだ。だからついついジャーヴィスの名前が出てしまったのだ。ポーラが「あれあれ、ご存じですかー」


「まあ、あなた、ジャーヴィスと無関係の船では」


ポーラ「詳しいですねー。けっこう思い入れのある子なのでー、ショックでしたあ。おまけに沈めたそのガングートさんがうちの鎮守府に来るというねえ、まあ、あの人が『沈める気で撃った』っていうから、ポーラ、良い人だなあって思って仲良くなっちゃいましたけども」


「沈める気で撃った……それってむしろ」


ポーラ「ガングートさんは全力で欧州棲姫を沈めることだけに全力を出したってことですー。なので、最期の海の神通さんみたいに徒手空拳で挑んだジャーヴィスも、きっと報われたんだと思いますから。全く、神風ちゃんの件でみんな荒れてますし、本当にこの仕事は酒飲まなきゃやってられませんよう」


そっか。軍の人達は、そういう風に想うんだ。ジャーヴィスは報われた。かつての彼女を思い出した。天真爛漫で好奇心旺盛な子だった。空母水鬼に立ち向かった時のように、きっと彼女は突撃したのだ。そう思うと、少しだけ瞼が熱くなった。思い出の中の彼女が、いつも笑ってるせい。


「お気持ち、お察しします」けどお前、歩きながら酒飲むなや。


ポーラ「それでは防衛省に無事に来ましたし、取り調べ受けてきまー」とよく分からないことをいって、千鳥足で省内に入っていく。ここ経済産業省だぞ。


38


電「はあ……」


電だ。電がなぜか来ている。


電「あのー、すみませんが、ここにポーラという人はいませんか?」


佐田「あー、あの人いますよ。ここから見える2階です」


大英雄の一人が来たものだから、省内は大騒ぎだ。ミーハーのやつが彼女の周りにたかり始める。


電はわるさめとともにレオンが考える深海棲艦の理解者であるとも考えている。トランスタイプの性質からして、深海棲艦とともに歩んだその身心はこちらに近いものがあると見ている。


彼女には色々と聞きたいことがあった。


恐らく、聴取の情報の中でも極秘に該当する機密を所持している。最後、ロスト空間からわるさめとともに帰還し、海の傷痕と秘密の会話をしたと思われるためだ。知りたいのはロスト空間の維持、管理権限の詳細情報、そして『死亡撃沈から女神なしで復活したギミック』だった。准将とともにいた彼女の中には海の秘密の全てが、あると見ていた。


しかし、どうやって聞き出す。ここで声の力は使えない。使ったとしても、相手は海の未知の最も深くにいることを踏まえると、最悪の事態も起こり得る。確か電は防衛省に長く拘束される。准将と同じく事実調査も合わせて3日は確実だ。


声の力、または『明石えもん印の声紋キャンディー製造機』、その他にも使えるひみつ道具があるかもしれない。ブレイドの世界には記憶をデータ化する技術もあるし、ピーターズの世界では魂が物質化し、様々な能力を持つワンダーがある。なんとかなるかもしれない。


ポーラ「すみません~」


電「はわわ、途中まで一緒に来たのにいつの間にかいなくなってたから驚いたのです。軍の位置特定できる携帯持っていて助かりました……」


しっかし、こいつ外だと猫かぶり過ぎだろ。


さて、こいつと接触する方法を考えて。


――――プシュン。



39


「明日の午後から軍の人が来るが、決して無礼をしないように。防衛省の担当官が、准将が機密かくしてないか疑い過ぎてめっちゃ不機嫌にさせちまったからな。勲章売り飛ばす、みたいなこといわせちまったらしいが、容赦なくげんこつ飛ぶんで、客人に対しては当たり前だが、出会えば丁重に対応するように」


明日は休みなので関係ないか、とレオンは海の未知の続きを知ることで頭がいっぱいだった。深海鶴棲姫と空母水鬼にたくさんの土産話が出来た。そして予想通りだった。すでに政界では想力省という新省の設立の企画案が出ていた。全てが順風漫歩な今にレオンは鼻歌を歌って帰宅した。


ネットで配信されていた衛星映像を繋ぎ合わせたドラマが違法アップロードされていたやつを、こっそりとダウンロードしておいた。


用意してきた海の未知についての資料を説明しながら空母水鬼と深海鶴棲姫に観てもらい、あの二人に海の全ての真実を伝える。


あの二人にも、あの海の全