2018-11-27 21:50:08 更新

概要

「若おかみは小学生!」は、関織子の話。だが、彼女のライバルでもある秋野真月・・・秋好旅館の話もあっていいんではないか?
真月に語ってもらうオリジナル版です。


前書き

劇場版「若おかみは小学生!」、ズバーンと胸に突き刺さる名作でした。あの一言を言うシーン。自分でもセリフを言いながらグジョグジョに乱れる、しかしそれこそ、若おかみとしての立ち位置が確固としたその瞬間に立ち会えて、うれしいといった感情もわいてくるのです。
その彼女・・・おっここと関織子の永遠のライバル、ともいえるのが秋好旅館の秋野真月です。普通や、埋没することをだれよりも嫌い、学校に「ピンクの…フリフリ?」のドレス姿で登校。同じ小学6年生とは思えない博識とずば抜けた頭脳の持ち主であることも特筆ものでした。
彼女にとって秋好旅館はおそらく人生そのもの。劇場版では両親の描写はありませんでしたが、それを創作してみるのも面白いのではないか、ということで、はじめてみました。
基本線は、劇場版での真月のみ。関織子が転校してきてからの登場となるわけですが、前段部分は彼女の今までとこれからを少しだけ創作してあります。
あとはほぼ劇場版で見てきた真月とおっこの絡みの部分をノベライズ版も参考にしながら書いていきました。

2018.10.27 作成開始
2018.11.4 14000字到達。この時点で、ようやく真月の書斎。
2018.11.5 20000字オーバー。最後の舞いの場面の描写に到達。
2018.11.7 完成(第一版 一刷/22216字)
2018.11.22 若干の修正を加える。22382字


1.

私の記憶が正しければ、秋好旅館は、創業250年以上を数える。

湯治場でもあったこともあって、古くから栄えている温泉街に進出した私の祖先。もっとも、どのお宿も今ほど特色をあらわにすることなく、仲良しクラブよろしく、争うこともなく平和に日々を過ごしていた。

明治に入ってからこののどかな温泉地にも文明開化の灯がともる。電車という輸送機関がこのひなびた温泉街に革命をもたらしたのだ。引きもきらない宿泊客に、新規に出店する宿も多数出現し、喧騒と繁盛に包まれていく。

だが、昭和に入ると、もともと経済規模が脆弱なこの地に真っ先に不況という大波が押し寄せる。客は来ず、やめていく旅館は数知れず。それを丁寧に拾い上げて行ったのが、さほど設備投資も、浮かれた改築もしなかった私の数代前の人たちだ。その結果、花の湯温泉街の中でも最も広い敷地面積を誇るまでに成長していく。

戦争は確かにこの地にも暗い影を落としたが、不幸中の幸いは空襲に遭わなかったことだろう。疎開先にもなったこともあり、若干ながらにぎわいが戻っていた時期でもある。

温泉ブームが勃興した昭和30年代。祖父に当たる先代は、あとを継ぐ私の両親に、「どういう旅館像を描いているか」を問うていた。父の下した結論は、「地域ナンバーワン旅館」ということだった。そこから父と祖父による壮大な秋好旅館成長物語がスタートする。

ほぼ10年かけて作られた先代の建物は、意匠を凝らし、遠目からでも視認できることをモットーにデザインしてあった。だが、父はこれでも満足していなかった。

平成に入って、父は更なる施設の増強を計画する。陳腐化の激しい本館を閉鎖する前に別館を新築。ここを本館に設定し、旧の本館はくつろぎの空間を最大限にするべく完全に建て替えたのだった。部屋数実に250室オーバー。ジム/映画館/ゲームセンター/大宴会場・・・結婚式利用目当てで、教会まで建てているほどである。

一時的な宿泊施設から「そこに泊まりに行く」ことを主眼に置いた父の先見の明は、普通で飽き足らない消費者の心をがっちりとつかんだ。平成時代の2度にわたる不況の時期、また、震災による消費冷え込みの時期にも、父はありとあらゆる販促策を打ち出して、花の湯温泉のみならず、全国の温泉宿の指針的な立ち位置にまで上り詰めた。


そんな秋好旅館を盛り立てているのが、私、秋野真月、12歳だ。

座右の銘は「普通は悪」。それは、父の思想とも合致する。普通の中に埋もれていては、花の湯のほかの旅館と同じになってしまう。普通であるとは、個性がないのと同じである。

だから、私は、学校に着ていく服でさえ、普通であることを極端に拒む。もちろん、最初のころは、先生からも「華美でない服装を」と何度も注意されたものだ。だが、そのたびに私はこう言った。

「服装で主張することの、なにがいけないのか、論理的に説明していただけませんか?」

小学生だから、制服がないことも幸いして、事あるごとにこの言葉を言い続けた結果、誰も私の服装に文句を言わなくなった。

もちろん、陰で「ピンフリ」などとあだ名されていることぐらい知っている。言いたいものには言わせておけばいいのである。


そんな私には、少しだけ野望がある。

それは、秋好旅館のコンセプトを諸外国に認めてもらいたいということである。

ラスベガスのホテルなども見学したが、ただただ豪華絢爛、というだけで、感動が湧きおこらなかった。「旅館」とは、旅人を癒す空間であるべきであり心の落ち着き、客室の清楚さ、もてなしの重要性には手を抜くべきではないと考えている。住み分けが大事な宿泊業界にあって、旅館というコンセプトが諸外国で受け入れられる素地はあると私は確信している。

父のコンセプトは、確かにすごい。旅館と銘打ちながら、表玄関はまるでホテル。しかも、ロビー階に至るまでこれでもか、と仕掛けが施してある。ロビー自体も、充分高い天井で旅館というには全くの不釣り合い。だが、一歩宿泊ゾーンに入ると、そこにあるのは、和風旅館の完成形。鉄筋コンクリートで作られたと思わせない客室に、初めて泊まられたお客様は一様に驚かれるのが私の自慢だったりする。

両親は、当然海外進出には反対である。風土にあった施設というものが生き残るのであり、押しつけがましいおもてなしを嫌う国民性とのミスマッチが必ず起こる、というのが彼らの説明だった。だが、日本文化の凄さに多くの外国人が感じ入っている今だからこそ、この旅館というコンセプトを理解してもらう絶好のチャンスだと考えていたりしている。実は、私の取り巻き・・・何人かのスタッフを私が抱えられている・・・にはその話をしてあり、そのつてを通じて、フランスのとある財閥の方がもうすぐこの話をしに来日されるそうだ。両親とどういう話をするのか、その内容が実に楽しみである。


花の湯温泉街の旗艦(フラッグシップ)的位置の秋好旅館だが、巨艦ゆえの問題点も多々ある。

それは、大きくなりすぎたことである。

スタッフは、常勤/非常勤/アルバイトまで含めて800人以上。特に厨房関係には、三ツ星出身のシェフは言うに及ばず、鉄人クラスの料理人がきら星のごとく並んでいる。何もかも一流な秋好旅館。もちろん、払う給与も一流でなくてはならない。

近隣の旅館の中では、給与は一等クラスの水準であるため、毎日のように『募集ありませんか』の電話がかかってくる。給与に見合うだけの働きが要求されることを知らずに額面だけにとらわれる人は、例外なく長続きしない。うちの退職理由の最多が「こんなに働かされると思ってなかった」というのでわかろうというものである。

私が面接の場に居合わせることも、実はしばしばである。だが普通でない旅館で普通に働きたいと思うことのこっけいさに気が付いていない人があまりに多い。決してブラック旅館ではないが、定時で上がれるようなごく普通を期待するのもどうかしている。一人2つ以上の職務を持つのは当たり前、寝ている時間も含めて24時間旅館にいる従業員も多数存在している。そうした、影の力があるからこそこの巨体が維持できるのだが、それがわからない人が多すぎる。

私自身も、学校に行っている以外は、旅館業にかかりっきりである。たいていは、賓客の出迎えやお見送りであり、それ以外の時間には、季節ごとに変わるレストランのコンセプト選定、季節ごとのイベントごとの企画立案などもこなしている。そこまでやっても、一日が充実していると感じられたことはない。何かをやり残した、という感じばかりが浮かぶ。


小学校6年生になったからと言って、私の生活スタイルが大きく変わることはない。毎日、ピンクの衣装に身を包み、周りから浮いているだの、変わっているだの言われても、それを受け流すことの繰り返しであった。


2.

4月20日。

温泉街に珍しく、転校生がやってくる、と聞いた。しかも私と同じ小学校6年生だそうだ。

花の湯小学校には、幸か不幸か、いじめや差別と言った、ほかの学校が抱えるセンシティブな問題が一切ない。それは、ここ自体が一種の「ムラ」であり、その中ではみ出さず、弾かれず、で今までどの家庭も付き合ってきたからに他ならない。

そこへやってきた”ヨソモノ”。好奇の目で見られることは間違いなかった。

朝礼が始まる数分前に担任の田宮先生が、転校生らしい子を連れて教室に入ってきた。

黒板にでかでかと書かれた「関織子」の名前。

「今日からこのクラスで一緒に勉強する関織子さんです。」

少しもじもじしている感じの、関さん。

「じゃあ、あいさつ」

先生に促されて関さんはこういう。

「関織子です! おっこってよんでください。春の屋旅館に住んでます!」

なかなかにはきはきした口調ですこと…私の中のもう一人の真月がそう言ったように思った。

周りのクラスメイトは、やんやの喝さい。まったく、転校生が来たくらいではしゃぎすぎでしょう…苦々しく思う私だった。

時間はあっという間に過ぎ、休み時間になった。

さっそく関さんの前にいる、池月さんが何やら関さんと談笑している。私は、関さんが気になって近づいていくのだが…池月さんがヒソヒソ話を始めたので二人の横に立ちはだかる。

私が横に来たことを感じて、声をさらに潜ませる池月さん。まったく、この人とは分かり合えそうにない…

「あなた、春の屋さんにいるの?」

私は関さんに質問する。

「うん。おばあちゃんがおかみをやっているの。」

私のことをどう思っているのか、関さんにも聞いておきたい気持ちになっていた。

「そう。うちも旅館なの。ご存知かしら?秋好旅館。私はそこの一人娘で、秋野真月」

まずはそう言って自己紹介する。

「春の屋さんって、”かわいい”旅館よね」

私の中では、地味で、何の面白味もないことをかわいいって表現したのだが、関さんは額面通り受け取ってしまった。

「あ、ありがとう」

褒めたわけではないのよっという意味も含めて、少しイヤミっぽく言ってやる。

「こじんまりとした木造で客室はたったの5部屋。お料理もこのあたりで取れた山菜だの川魚だのを出しているんですって?」

少し関さんの表情が曇ったのを見逃さなかった。これで十分に私のプライドは守られた。

「うちは料理も豪華で、朝のバイキングも大好評なのよ…」

さりげなく自慢も入れて見る。私の一人語りを聞いているほとんどのクラスメイトは「また始まった」くらいの感情しか出していない。

私は調子に乗って最近の旅館のこと…露天風呂の新設やらを語っていたのだが・・・振り返った時に関さんが噴き出したのだった。

「なぁにがおかしいのよ」

私は関さんに顔を近づける。

「あ、ご、ごめんなさい、ピンふりさん…」

関さんはついつい口走っただけだと思う。だが、クラスの大半の生徒はかなり反応する。

「ピンふり?ピンふりって何よっ」

初対面に近い彼女にそこまであだ名呼ばわりされるのは気分が悪い。

「ピンクの・・・ふりふり?」

知らぬが仏、とはよく言ったものだ。あるいは、天真爛漫とでもいうべきか。見たままの状況を発表しただけだが、クラス中がひっくり返るほどの衝撃が走った。

「あなたっ!私をバカにしてるの?」

普段はおしとやかな私もついつい感情を露わにしてしまった。

「そ、そんなことないけど、ほら、そのかっこう、ちょっと派手っていうか、浮いてるっていうか…」

真顔でそう返されると私も反論したくなる。

「なんですって?私はふつうっていうものにうずもれたくないの」

「普通は悪」の座右の銘を汚されたような気がして、私はさらに語気強く関さんに迫る。

「でも、時と場所にあった格好ってものがあるんじゃ…」

まったく、この人たちと来たら、集団で同じような服を着て、同じようなものを食べ、ほどほどに生きていくだけの人なんだろうと思う。

「それがふつうってことでしょう!私はこの社会に、いえ、この宇宙に、衝撃を与えたいの…」

あああ、そこまで言っちゃったよ…まあ正確には『われわれは宇宙に衝撃を与えるために存在しているんだ。それ以外の人間の存在理由なんてある?』

なんだけど、勢いで言ってしまった手前、

「…バァイ(by) スティーブ・ジョブズ」

と補足したのだが、格言に例えたのがツボにはまったのか、関さんはこらえきれずに大きく噴き出してしまう。笑われる、しかもそこまでゲラゲラ笑われることは屈辱でもあった。

「なんて失礼なのっ!」

と前置きして、私は続ける。

「あなた、春の屋さんの評判をこれ以上落とさないようにね!」

弱小旅館の評判など基本あってなきがごとしなので、「これ以上」っていう基準も知らないのだが、関さんが絡んでいくとなれば、先行きは不安しかない。私ははっきり言って、友達でもない関さんに忠告したに等しかった。

「それ、どういうこと?うちの旅館はいい旅館よ」

関さんが初めて気色ばんだ。少しだけ溜飲が下がった私は、教室を出て、クールダウンした。


その日、迎えの車の中で、関さんを少しだけ思い返していた。

確かに転校生だけれども、一日でクラスの人心を掌握してしまった。私はその人望と人徳に戦慄を覚えていた。

私のことを何のオブラートにも包まず、見たまま、思ったことをすんなりと口にできる。遠慮や善悪の判断がまだつかない年齢であるとはいえ、こうもストレートに来るとは予想もできなかった。そして、その思いきった言動が彼女を一躍人気者に仕立てていく。

「普通は悪」と言いながら、関さんこそ、普通ではないのではないか、と思ったのだ。そうでなければ、ああまで言えるはずがない。彼女の何がそこまで駆り立てるのか…春の屋とうちでは格が違いすぎる。だから、ライバルというには相手に不足がある。だが、旅館としてみたらそうでも、一人の人間同士では、良きライバルになるのではないか…そんな思いがふつふつとわいてくる。

「やってやろうじゃないっっ」

久しく火のつかなかった闘志がめらめらと湧いてくるのを感じていた。


3.

温泉街にとって、書き入れ時は、長期休暇の取れる時期、そして短いながらでも連休のタイミングである。最近は、月曜日に祝日が設定されたり、と、連休が発生する頻度も上がってきている。

なので、ゴールデンウィ-クは願ってもない集客の時期である。それゆえ、「来たいと思わせる仕掛け」を考えないといけない。そう思って始めたのが、谷にロープを這わせて、こいのぼりを連ねる、流しこいのぼりというものだった。花の湯温泉の名物にするには、かなり時間がかかったが、最初は一本/10数匹だったものが、「捨てるに忍びない」という方からの寄付が次々に舞い込み、今では10数本/200匹は優に超える一大風景にまで成長した。

これほどの規模になると、準備も大がかりである。空中で取り付けるわけにはいかないから、すべて地上での作業。いまでこそドローンがあるので空中を這わせること自体はそれほど難しくなくなったが、平成初期には有人の、ここ数年は無人のヘリコプターを使ってロープを持ち上げて向う岸に渡すという手法で張っていた。それでも細心の注意と、落下防止には気を使う。4月上旬から準備をはじめ、日に這わせるのはよくて2本。ひとたび風や雨が降れば作業はできなくなるので、時間との闘いでもある。

そろそろそのゴールデンウイークも始まろうかというその日。私は最後のチェックをするべく、現場に立ち会っていた。

特注のピンクの作業服は、「秋好旅館」のネーム入り。ヘルメットも、無理を言ってピンク色にしてもらった。けれど、私にとってのピンクはラッキーカラーでもあるのだ。

「『習わしは万物の王』 by ヘロドトス」

正確には、ピンダロスという詩人の言葉をヘロドトスさんが書いたのが正解だが、それが作られた祭りや催しであっても、ひとたび習わしとなれば、それは王の権威に勝るとも劣らないものに成長するという意味でもある。だから、私達が作ったこの流しこいのぼりの歴史も絶やしてはならないのだと肝に銘じるべくつぶやいたのだ。

「両端は小さな鯉のぼりで正解ね!」

それほど成功体験の無い催し物は、失敗を繰り返して確固たるものに出来上がっていく。ランダムに配置した去年までと趣を変えて、色合いも含めて鯉の大小にも気を配ったのだった。

私の声に呼応して、

「はい、奥行きが出て、いい感じです」

施工を担当したスタッフもそういう。けして私の周りがイエスマンばかりではないと信じたいが、ここ最近、苦言を呈するものは出てきていない・・・

「ちょっとあなた!!いたずらが過ぎるわよっっ」

うんうん、とうなづきつつ今年の出来栄えに満足している私の感情に土足で踏み込むような怒鳴り声が聞こえた。

ふっと振り返ると、商店街に向かって下りる階段の大きめの踊り場で、関さんがしゃべっている。

私は、櫓のステージの上を、関さんの方に向いて歩いて、声を掛ける。

「ちょっと関さん、なにしてるの?」

風体からして、お使いか、買い物なのだろうか。でもこんなところで出会うとは…

と思う間もなく、あれほどしっかりロープとつながっていたはずの一匹の鯉のぼりが、さほどの風もない中でロープから外れ、まるで生きているかのように挙動し始めたのだった。

「お、おじょうさま、あれっっ」

「人にでも当たったら大変っっ」

私達はうろたえるしかなかった。成功で終わるのかと思われた流しこいのぼりは、今までで初めての、鯉がロープから外れてしまうという一大事になってしまったのだった。

幸い、鯉は春の屋旅館の軒先に引っかかった、という連絡が入った。私は、早速回収に向かわせた。ほっとして、作業服を脱ぎ、部屋着に着替えた私は、安全面にも配慮していたはずの鯉がなぜ外れたのか…

「だいたい、ロープが切れたとしたって、あんなふうに生きてるみたいに泳げるはず、無いじゃない?」

しかも、風の向きと反対方向に鯉のぼりが不時着した。"不気味な現象ね"ともう一人の真月が言う。

当初は、徹底的な捜査があってもおかしくなかったが、ひとまず沙汰止みとなる。


4.

私にとって一番好きな季節は夏である。

理由は簡単!毎日のようにお客であふれる旅館を見るのが小さいころから大好きだったからだ。

数年前の東日本大震災の時。花の湯温泉街にも、自粛の波が大きく打ち寄せてきていた。夏休みになっても泊り客は最盛期の半分以下にまで落ち込んだ。

それでも両親は、「来てもらわなければ話にならない」とばかりに、大規模なSNSキャンペーンを張った。旅館のアカウントをフォローし、実際に泊まったら、写真をアップするなどすると、抽選でキャッシュバックや、宿泊券がもらえるなど、客足が回復するまでしつこいくらいにやった。来てもらえればこの旅館の良さはわかってもらえるだけに、この情報拡散の効果は絶大だった。去年あたりからはそのSNS繋がりからか、外国人の泊り客も増えて、着実に右肩上がりに伸びていた。

明日から夏休み。旅館に入り浸れる、最高の時間でもある。

だからわたしは、レストランメニューの再構築に余念がない。明日からの夏休みに浮かれてしまっているものもいたが、それは所詮家業を手伝うというルーチンワークの繰り返し、あるいは、花の湯と何の関係もない家の子たち。私のように、常に新しい課題に挑戦する、探求者ではないから出てくる行動だといえる。

この夏のレストランメニューの私のコンセプトは「医食同源」。漢方を取り入れたり、食べ合わせを楽しんだり、もちろん、スタミナ食にも照準を合わせる。彩りも、食材も、全てにおいて洗い出しを始めようとしていた時だった。

関さんが、自分のところに逗留している客のことでいろいろと聞いてくるのだった。曰く、その人が占い師で、どう接したらいいのかとか、ユーレイがどうとか…

「占い師?おまけにユーレイ?そんな非科学的なものを信じているの?」

私は嘲笑気味に問い直した。逢ったこともないその占い師にどうしろ、とアドバイスなどできるはずがない。ましてユーレイなど、この世に存在するはずがない。

「信じるっていうか、その…」

答えがもらえず、ドギマギする関さん。

「あなた、明日から夏休みで浮かれているのかしら?」

しゃべりながらでも私の手は休まる瞬間すらない。

「ううん、いや、そーじゃなくって…あの、真月さんもユーレイとか見たことあるかなって」

ああっ、もう、このこ・ど・も・はぁ! 私は広げていた食にまつわる参考書をバン!と叩く。

「あなた、若おかみじゃなくて、バカおかみじゃない?」

徹底的にバカにしたつもりだったのだが・・・

「どっかでも言われたような…」

ケロッとしている関さん。やっぱり、この人は普通じゃない。

「花の湯温泉はねえ、夏休みこそ本番なの。みんな家業を手伝うのに忙しいわ」

はじめての夏を過ごすであろう関さんに、イヤイヤながら私からのもったいないアドバイス。

「あ、あたしだって…」

そんなことわかっている、とでも言いたげなその鼻先に、私はバサッと、チラシを突きつける。

一発で読めたら大したもの・・・

「どーいげんしょく?」

少しほくそえみつつ、「間違いですっ」と言う代わりに本をたたく。

「医食同源っっ」

正解を発表するが、チラシを取ってみると、きょとんとした関さんのままだった。

「あなた、医食同源の意味はご存知?」

首を横に振るだけの関さん。"チッ、かわいこぶってんじゃないわよ" もう一人の真月も同調する。

「じゃあ、レストランの語源は?」

これは小学生にはハードル高い。医食同源知らない関さんがそれを知っているはずがない。多分関さんも「なんでそんなこと聞いてくるんだろう」と、混乱しているのは間違いない。それは、首を横に振る振り方でもわかった。

"仕方ないわねえ"

と言いたげに、席を立ち、窓に向かいつつ説明する私。

「レストラン‼ 語源はラテン語でね、英語のレストアと同じ「良好な状態にする、回復させる」という意味。「医食同源」は、医療も食事も健康維持には必要で、元は同じという意味。つまり、医食同源レストランメニューは洋の東西を問わず、お客様に健康になっていただくメニューのことなの」

ここまで一息に言い切って、満足した私は、自分の席に戻り、また書き物に集中する。

「今、そのおさらいをしているところだから、悪いけど…」

ここでまた私の悪い癖が出た。

「汝の心に聞くな心に教えよ! by トルストイ」

格言を言うと、相手が確実に煙に巻かれる。だから言論の際に多用するのだが、私だって、完全にその意味を理解していたり、格言そのものだってうろ覚えだったりする。トルストイは、「汝の心に教えよ、心に学ぶな」と言っており、私の使い方は少し間違っていたようだ。

だが、結果、関さんは、私と議論する気が無くなったのか、仲良くなった温泉街のほかの店の子たちと下校していった。


その日の夜、1学期終了を祝う宴席が設けられていた。両親に親せき、私付きのスタッフも大勢参加していた。

挨拶もそこそこに、宴会はあっという間にヒートアップする。

「ところで真月、最近、目の色が変わっているじゃないか?」

出されている刺身をつまみに日本酒を嗜んでいる父がそういう。さすがはお父様。私の心境の変化をズバリと言い当てる。

「そうかしら?」

ちょっとはぐらかしてみる。

「いやいや。そう謙遜するなぁ。ここ最近のお前が出してくる企画がズバズバヒットしているから、一時期のスランプを乗り越えたんだなって思っただけだぞ」

一時期、確かに私の出した企画はほぼ全滅状態だった。冬企画の、「忘年泊・新年泊」企画こそその還元率の高さで好評だったが、秋・冬/新春企画は、ほかのプランナーのものが採用されたり、私のものが使われても成功とは言い難いものばかりだった。

あの「鯉のぼり騒動」以来、私は兜の緒を締めた。そこから、初夏企画/そして夏休み企画も私のものが採用され、今回は高評価を得ている。

「少し、考え方を変えてみたからかも、ですけど」

「ん---?」

父は、明らかに興味を持った返事をした。

「今まで私は、旅館、スタッフ、お得意先さま…そういう方向でしか見ていなかったことに気がついたんです。泊まってくれるお客様に何ができるか…そこにもう一度立ち返ったからかもしれません」

お客様第一。最近のはやりで言えば、「カスタマー・ファースト」とでもいうべきか。私ほど、生まれた時から旅館業に携わっているものでさえ、この基本的なことを見失ってしまうことがあるのだ。ここ最近のスランプの原因が、そこにあると気づかされたからでもある。

「なかなかいい視点だな。そこから一歩踏み出して、お客にも、旅館にも利益がもたらされる、WIN-WINの関係を模索できたら、お前も立派な経営者だ。これからも精進していけよ」

父は私の頭をポンとたたく。こういうとき、母は一切口出ししない。父のいうことが絶対であると同時に正解であり、補足の必要もないからだ。ただニコニコ笑って私達を見ている。

「明日のこともありますから、私はこれで・・・」

私は、宴たけなわの中、一礼してその場を離れる。私には、やるべきことが山積みだからである。


5.

あっという間の夏休みだったのだが・・・

私には、一つの期待と、それを覆って余りある不安にさいなまれていた。

期待とは、私が、来年の新春に踊るお神楽の舞い手に選ばれたこと、不安とは、相方があろうことか、関さんだったことである。

「ほかの人にはならないの?」

何度も掛け合ったのだが、大人たちの決めたことであり、鳥居くん…澄川君の力ではどうにもならないらしい。

「どうして、そう、関さんを毛嫌いするんだい?」

鳥居くんも私のしつこさに辟易してそういう。

「だって、あの子どんくさいし、舞いなんてできそうもないし…」

ありったけの罵詈雑言を並べ立てる。

だが、さすがに鳥居くんも、決めつけたような私の言動にカチンときたのか、

「それを決めるのは君じゃないよ。やらせてみてからでも遅くはないんじゃないかな?」

と、むしろ関さんに寄り添ったような発言をする。

「でも・・・」

私も、言った手前簡単には引き下がれない。そもそも格が違いすぎる。私は、秋好旅館を継ぐ決心をかなり前に決めている。だから、お神楽を舞うことは一種の既定路線。そのための準備は怠りない。

日本舞踊の先生のところに師事するのは当たり前。動きのメリハリも考えて、能や狂言を観劇したり、その道のプロに教えを乞うことだってある。それほど真剣なのだ。

それに比べて関さんはどうか?確かに「春の屋」を継ぐことを決めてはいるだろうが、昨日今日決まったような話。本人にその自覚があるのか、と言ったら、私ほど固まっていないと思えるのだ。関さん本人に聞いたわけではなかったが、日々の学校生活を見ているだけで、そう感じられるところがいろいろ見受けられる。


そんなだから、お神楽のけいこは、イライラのしどうしだった。

私は、それこそ、途中から音が聞こえてもどの部分かを理解して舞いを始められるが、関さんは全体像を理解することすらおぼつかないでいる。息を合わせないといけない場面でも、関さんがどうしても遅れてしまう。挙句、自分の舞いではなく、私の舞いに調子があってしまうありさま。

「パンパン」

鳥居くんの手拍子がけいこ場に響く。

「関さん、相方の動きにとらわれ過ぎだよ。もっと自分の舞いに集中しなきゃ」

「ご、ごめんなさい…もう一度お願いします」

関さんはそういうのだが・・・私としては、何か言わなくてはならない衝動に駆られる。

「あなた、神楽を雑に考えてるから、雑な舞いになるのよ」

動きの意味、二人の掛け合い、そもそものストーリー・・・それらすべてが頭の中に入っている私と、つい最近まで都会育ちの関さんとでは積んでいるものが違う。雑に考えている、というよりは、きっちり理解していないからどうしてその動きになるのかがわかっていないのだと思う。

「ちゃんと、考えてるわ…」

関さんはそういうのがやっとだった。


それでも、日にちが薬、とでもいうのだろうか、めきめき上達してくる関さんに私は目を見張る。もともと運動神経もいいみたいだし(通知表でも、体育が突出していたのはよくわかっていたんだけど)、なにより、センスがいい。メリハリが神楽では重要なのだが、静と動、その一瞬の切り取りに非凡なものを見出した。

だが・・・ところどころはよくても、通しで見てみると、どうしても平均を下回る。それは、やはり神楽の何たるかを完全に理解していないからだろうし、物語に没入できていないからそうなるのだと思っている。


6.

そして、事件は起きた。

おそらく、目測を誤ったのだろう、関さんが私に近づきすぎて二人がぶつかり大きくよろめいたのだ。本人があとで弁解したのによると、考え事をしていたらしいのだが、神楽の最中に雑念を呼び込むなどもってのほかである。

堪忍袋の緒が切れた私は、師匠である鳥居くんにも聞こえるようにこういった。

「関さん、この神楽から外れてちょうだい」

「え・・・」

「いつまでこんな調子なの?この神楽はねぇ、花の湯温泉にとって伝えていかなくてはいけない大切なものなのよ!」

私の怒りは頂点に達していた。それはぶつけられたからではない。私と関さんとでは、考え方も、理解度も、何もかも雲泥の差だと思っていたからだった。

「わかってる・・・」

力なく関さんは返答する。

「わかってないわ!」

なにを分かっているというの?だが、それに呼応した鳥居くんの答えは意外だった。

「関さんは外さないよ。二人とも、旅館を継ぐ覚悟があるから選ばれたんだ。」

仮にそれでも、他にもっと旅館を、この花の湯温泉のことをもっともっと理解している子どもがいるはずだ。

「いつまで続くかわからない旅館なのに?」

つい本音が口をついてしまった。感情に任せてしゃべるな、とは父にも厳命されていたのだが、若気の至り、というやつか…

「秋野さんっ」

と鳥居くんがたしなめたのにかぶせるように

「それ、どういう意味?」

と関さんが聞いてきた。

「わからないの?お客様に気を使わせる旅館が長続きすると思う?」

「うちがそうだっていうの?」

まあちょうどよかった。私と関さんの決定的な違いを見せつけるいい機会だと思って、思っていたことをありのままぶちまける。さすがに熱く語ったので、扇子を扇ぎながら。

「春の屋さんは、仲居さんが一人だから、あなたのおばあさまも接客をしなくてはいけないわよね」

「それがどうしたのよ」

「もう大おかみでもいいお年じゃない。そんなお年寄りに、荷物を運んでもらったり、何かものを頼むのだって、お客さまは気を使うわ」

正直、春の屋のやり方…従業員数では、5部屋でもギリギリいっぱいではないかと思っていた。一気にオーダーが舞い込むことだってありえるし、何より人員に余裕がない。

「だからわたしが…」

関さんが出張ってくる。

「子供にだって気を使うわ」

私は一蹴する。子供のあなたに何ができるというの?

「つぶれる旅館が出るなんて、花の湯温泉の恥だわ、恥じよ、恥っっ」

最後の恥っっは、とんでもなく不細工な顔芸で関さんを挑発してやった。もちろん、経営状態まではよくわからないが、早晩消えてしまっても不思議ではない・・・

「だからもう、神楽から外れてちょうだい…」

トドメの一撃・・・のはずだったが、関さんの反撃っっ! ドンッッ!稽古場の床が大きく振動する。

「つぶれるって何?春の屋には春の屋のやり方があるわ」

ここまで近づいてきた関さんの顔を見るのは私も初めてだった。

「そのやり方が悪いって言ってんの」

形勢はやや私に不利に傾き始めていた。

「真月さんこそなによ! なんでも自分でできるつもりで、みーんなスタッフさんだのみじゃないっ」

痛いところを突かれる。指示は出しても手は出さない。それが私流だが、周りからみたら仕事していないのまるだしである。

「バカおかみに何がわかるの…」

相手の繰り出すストレートを交わすのが精一杯になってきた。

「旅館業の癖になんでピンふりドレスなの?意味わかんない」

私のアイデンティティーにとうとう関さんは触れてしまった。しかも私が一番忌み嫌う4文字まで使って…

「またピンふりって言ったわね、バカおかみっ」

「言ったわよ、ピンふり」

もう鼻と鼻がぶつかっての言い合いに発展した。何度、バカおかみといい、何度ピンふりと聞かされたのか…お互いが言い合って疲れ切ってしまうまで応酬は続いた。

「もう…その辺でいいでしょう」

鳥居くんは、わたしたちが言い合っているさなかにも、仲裁に入ろうと苦心していたようだったが、剣幕に気圧されてとうとう入る機会を失ってしまったといっていた。

ともかく、この一件は、私を大きく傷つけた。私個人的な内情もだが、関さんに、神楽そのものを汚されたようにすら感じていた。彼女に何がわかるというのだろうか?ついこの間まで都会育ちの小学生に、この花の湯のいわれであるとか、歴史であるとか…わかっているのなら、少なくとも神楽の動きはもっときびきびしてしかるべきだ。

言い合いで気持ちがおさまるわけはなく、私は父にこのことをぶちまけた。


7.

「あっはっはっは…それは災難だったな、真月」

夕食を終え、大きなブランデーグラスで洋酒を嗜んでいた父は、大笑した。

「もう腹が立って腹が立って…」

いまだに感情の高ぶりを押さえられない私。

「まあ気持ちはわかる。だが、よくよく考えてみなさい」

父が落ち着いた口調でかたり始める。

「お前は、生まれた時から、秋野家・・・秋好旅館の継承者だ。もちろんそれに伴う責任も覚悟も植え付いている。それに肉付けするべく、私達親も、スタッフたちも、お前を陰になり、日向になり、バックアップしてきた。その成果が今のお前なのだ」

また新たな液体がブランデーグラスに注がれる。少しグラスの中で泳がせて一口飲んで、父は続ける。

「それに比べて、春の屋さんのお嬢ちゃん・・・関さん、とか言ったか…は、急に決まったような後継者だ。お前と考え方も、立ち居振る舞いも、何もかも違って当たり前だ。違うことを容認することこそ、上に立つものの品格だと私は思うがね」

容認する…受け入れる…私ははっとなった。

     

        「花の湯温泉のお湯は、誰も拒まない。すべてを受け入れて、癒してくれる」


父からも、祖父からも、毎日のように聞かされている花の湯温泉街のモットーだ。関さんだって、今では曲りなりでも春の屋の若おかみだが、それを受け入れ、成長させることは、私達、先達たちの使命ではなかったのか…それを下品で、くだらない言い合いで終わらせてしまったとは…

私は、心の底から反省した。自分にも、祖先にも、今まで花の湯を守り育ててくれた先人たちにも…

「話してよかったですわ」

「ん?なにかわかったのかい?」

私の一言に疑問を呈する父。

「私が関さんを受け入れないといけないっていうことに気づかせてくれて、ありがとう」

「さすが物分かりがいい。それでこそ、秋好旅館の若おかみだ」

父は、また私の頭にポンッと手を置く。このぬくもりがあるから、私は何でも父に打ち明けられるのだ。

「そうだ。そろそろライトアップの試験点灯もあるから、お父様も見学していてね」

私は、かなり晴れ晴れした表情で父にそういう。

「ああ、そうさせてもらうよ。お前の才覚がどこまで達したかも確認したいしな」

私は、弾むような足取りで部屋を出る。心の中には、関さんに対するわだかまりも、蔑みも、なにも存在していなかった。


8.

今年の私の秋の企画筆頭は、「紅葉を夜でも感じられるライトアップ」というものだった。LEDライトのおかげで、明るくても電気使用量は控えられる。なにより、敷地全体が色とりどりの電球で彩られている。海を感じさせる青、紅葉を思わせる赤、黄色も効果的に配置した。

「なかなかいい感じですね」

今回施工を担当したのは、色彩デザイナー。彼の指示の下、色合いが決まっていったのだった。

「きれーい」

取り巻きのスタッフも一様に感動していた。

「夜の時間帯は、草木も眠るというわ。木々の負担も考慮して、一時間短縮する方向で様子を見ましょうか」

「賛成です」

二人して単眼の望遠鏡で遠目の確認をしているさなかに、私と、その彼の声が揃う。

「ん?」

そこに映っていたのは人影である。時間は7時過ぎ。夜に観光客が出歩いている時間帯ではない。ズームアップする。そこに映ったのは、若おかみ姿の関さんだった。

「あれは・・・春の屋さんの若おかみじゃ…でも、冷えるのに、なんでここに、こんな薄着で…」

スタッフが言う。私はこういうしかなかった。

「…バカおかみだからよ」

すぐさま、私の元に無線が入る。関さんが私に逢いたい、と言ってきたのだった。

私はいぶかる。さっきの件で謝りに来たのか?まあ、それも可能性としては十分にある。思い立ったが吉日、な行動とすれば一応説明が付く。だが、この時間帯といえば、どちらかと言うと旅館の仕事に忙殺されているはず。単身乗り込んできたとなると、謝罪だけではすまない、別件がメインのような気がしてきた。

もちろん、関さんが何を聞きに来たのかなんてわからない。なので書斎に通して、と指示を出した私は、一足早くに待ち構える。ガチャリ、と重々しく書斎の扉があく。「ありがとうございました」と、道案内してくれた仲居さんにお礼を言うのを認めて、私は、慌てて書斎の一番奥の椅子にドカッと腰かける。

部屋をじっくり吟味しながら来ているからか、関さんが私に対峙するまで相応の時間がかかった。

その待つ間に、私は読みかけの本に目をおとす。

「真月さん・・・」

話しかけられるが、本からは目を離さない私。

「何か、ご用かしら?私、忙しいんだけど」

「あ、あの、さっきのことは謝るわ。あたし、けいこで散漫だったし、あなたのいっていること、まちがってないもん」

そんなことは今更言われなくてもわかっている。だからこう答えるしかなかった。

「で、なに?」

「・・・真月さんに力を貸してほしいの。どうしてもお客様に満足していただきたくて…」

なるほど。宿でトラブルでも発生したから、私にどう対処するのがいいのか、聞きに来た、と。"はっ、何たる安直な考えっ" もう一人の真月もあきれている。

「あなたには、意地ってものはないのかしら?」

確かに私に教えを乞うという姿勢は評価できる。しかし、どうして私なのか、自分たちでどうして解決できないのか…聞きたくなるのは当然だった。

「あるわよっ」

その言葉には力があった。私は関さんの方に向き直った。

「でも、お客様に喜んでもらう方が大事だもん…真月さんだってきっとそうするわよ」

カスタマー・ファースト…あの小さな旅館が、そこに気が付き始めている。私は戦慄した。お客に満足してもらうことに心血を注いできたからこそ、秋好旅館も支持を失わないできている。どんなお客か知らないが、無理難題でも吹っ掛けられたのだろうか…

「さあ。どうかしらね…」

私には、聞くべき相手はいない。自分たちの力で解決できる胆力も、技術力も、もちろん資源もある。だから、他人の世話になることはないと断言できる。

だが、次の瞬間、電気スタンドが消える。そして、一瞬の停電ののちまた復活する。

びっくりする私。でも、これは初めての経験ではない。何度となく味わった、奇妙な現象。今のその現象は、「関さんに寄り添え」という神からの…いや、姉からの啓示のように思えたのだ。

「まあ、春の屋さんがつぶれたら、花の湯温泉の恥ですからね」

とは言ってみたものの、ここまでお客様のことを考えていられる彼女と和解もしたかった。

話を聞くと、「病院食のような薄味ではなく、しっかりと味も感じられて、こってりしたものを食べたい」というリクエストに応えたい、というものだった。

私の中で、パズルがパチパチと組みあがるように、いろいろなアイディアが浮かぶ。

基本中の基本は、塩味の出し方だ。全体的に味付けするためには、固体より液体。だから焼き魚はふり塩ではなく、全体的に塩水を塗れば、少ない量で塩味を感じられる。

塩分を控えるとなると、ほかの香辛料の使い方も変わってくる。なんといってもコショウはその中でも一番手だ。あとは黒酢やバルサミコ酢。うまみ成分の昆布由来のグルタミン酸を積極的に活用することなどを力説した。

もちろん素材のことも忘れてはならない。私は、関さんの心意気に感じ入り、厨房から「花の湯牛」のフィレ肉を調達させた。うちの旅館でも、トップクラスの上客にしか出さない稀少部位である。そのロゴを見た関さんの顔がぱあっと明るくなる。

「夢見ることができれば、それは実現できる by ウォルト・ディズニー」

私の中でも大好きな名言である。夢が実現に至るには、資金だったり、時間だったりが必要なのだが、障害を乗り越えれば実現できるということを説いてくれている。あまりに有名なので、ことあるごとに使っているせいもあって、これは原典そのままだった。

「じゃあ、頑張ってね」

春の屋に送るようスタッフにも段取りしているから、帰りはスムーズに戻れるはず。ここまでおぜん立てするなんて、あーなんていい人なのかしらw

関さんからは、「ありがとう」とか、いろいろ言われたのだけれども、当たり前のことを当たり前にしただけのことなので私としては少し照れくさかっただけである。


9.

「何やら騒がしかったが、何かあったのか?」

父が気にして私に声を掛けてくれた。

「あ、いえ、春の屋さんのところで、トラブルがあったみたいで…」

「で、しっかり手助け、したんだろうな?」

「ええ。それはもう・・・」

私は胸をなでおろす。まあ万に一つも、追い返すとか手ぶらで返す選択はなかったのだが、もしそんなことでもしようものなら、父からの鉄拳制裁が待っていたことだろう。

「なら、いい。よくやった、真月」

父は言葉少なく私をねぎらってくれた。


ほっとして自室に入った私は、今日の出来事を振り返っていた。

そもそもが、お神楽の練習に端を発した関さんとの言い合いだったわけだが、私の上から目線の態度や言動は改めないとな、と考えさせられた。だって、関さんは、どこまで言ってもまだまだ見習い。若おかみではなくバカおかみ、おっちょこちょいでとんちんかんでまぬけかもしれないが、その前途洋洋な未来にまでケチをつけるのは間違っている、と感じたのだ。「つぶれる旅館」と断定してしまったことに、である。

彼女がこれからどう化けるのか、わかりもしないで決めつけてしまった私。秋好旅館に恥を忍んで対処法を聞きに来れるその行動力。むしろ私の方が関さんに学ぶことが多いように感じた。

"関さんって、私にとっていいライバル、なのかもしれないわね"

そう思って、新春向けの企画書に手をつけ始めた時である。

部屋の有線電話が鳴り響く。内線の呼び出し音だ。

「真月ですが」

と受話器をもって応答する。

「ああ、私だ」

電話の主は父だった。

「ちょっと済まないが、春の屋さんに行って、泊り客をピックアップしてきてもらいたいんだ」

「ええっ?」

今日の春の屋は、何かある。いや、ありすぎる。食事制限の激しいお客に、今度は泊まっていられなくなったお客。何か、魔物でも憑りついているんではないか…

「なにかあったんですか?」

父に詳細を聞こうとするが、

「それが、詳しくは話してくれないんだよ。ただ、おかみのいうには、どうも若おかみと関係する人らしくって…」

「若おかみに関係する人?何者なんでしょうね?」

「状況が呑み込めないんだが、真月、お前が行って確認してきてもらいたいんだよ」

「わかりました。で、何名ですか? 」

「ご夫婦と5歳くらいの男の子が一人。キセという苗字だ」

「了解です。10分で春の屋さんに向かいます」

そういうと、私は、ドライバーに電話をかけ、すぐさま送迎用の車を動かすよう指示する。失礼のないように、よほどのことがない限り出さない、最上級の送迎車である、ロールスロイスを出庫させた。

車はいつもの道を下っていくのだが、今日ほど長く感じられた時はない。関織子にまつわる人が突如現れたのか、それとも、関さんの、知ってはいけない人が現れたのか…思いは固まらない。


10.

私が春の屋につくと、正面には、ポルシェ911が停まっている。私は、車から飛び降りると、すでにキセさん一家が出ようとしているところだった。

「真月さん、わざわざすみません。お願いいたします」

おかみの峰子さんにそういわれる。理由を聞くのは後だ。

「承りました。」

そう言って深々と一礼する。だが、春の屋の玄関では、男の子のイヤイヤが始まっていた。

「いやだぁ、ここがいい、ここにいる」

私は状況が呑み込めないでいた。男の子がここが嫌で移りたいといったのではなく、ご両親が移りたいといったのか…。でもどうして…?

「もー、わがまま言わないの、おくつはいてっ」

奥様らしい人は男の子をとりなそうとしている。

「翔太、ごめんな。お父さん、ここに居られないんだ。さあ、行こう」

私はますますわからなくなっていた。この子のお父さんの言った「ここに居られない」ってどういうことなのか…混乱はするが、私は、キセご一家の不自由を解消するのが目下の役割。奥様の持っていた旅行鞄を手に持ち、送迎車に誘導しようとするが・・・

「ぼくだけここにいる。お父さんとお母さんは行けばいいよ」

翔太と呼ばれた男の子は気に入り、大人は去らなければならない・・・そんな状況が私には理解不能だった。だが、ここでもう一人のキーパーソンが現れる。関さんだった。どうやら、先ほど停まっていたポルシェから降りてきたようだ。

その姿を見た翔太君の動きは素早かった。

「あっ、おっこだ!!おっこーー」

と言うなり、その胸元に飛びついてきた。私は翔太君を虜にした関さんに少し嫉妬した。

「翔太くん」

関さんはそれだけ言う。

「ぼく、ここにいたい。泊まっていいよね?」

べそをかきながらでも、しっかりと関さんに意思を伝える。

「いいのよ、ここに居て」

関さんは、翔太くんを柔らかく抱きとめていた。

しかし、私には、課せられた使命、というものがある。依頼主である春の屋のおかみもいる中で、親子が別々の宿に泊まるなど、あってはならない。

「関さん、あとは任せて」

理由を知らずに別の宿からの客をピックアップするのは私としても初めてだ。それだけしか言えないが、使命感の方が先に立っていた。

ところが、お父さんが、なぜか関さんの方に向かって詫びを入れている。

「お嬢ちゃん、なんていったらいいか…勘弁してくれ…」

今にも土下座しそうな勢いのお父さん。私はいったい何がこの家族と関さんにあったのか…知ってはならないことを知るのではないか、と戦慄した。

しかし、事態は動いている。キセさんご一家は、うちの旅館に泊まる方向にだ。

「行くぞ、翔太」

「翔太」

ご夫婦に促される翔太くん。その両肩をつかみながら、関さんはこういう。

「あの・・・どうかこのまま、うちにお泊りください」

「えっ」

大人たちの驚きが私のところにも伝わる。

「関さん、だいじょうぶよ。うちで預かるから」

理由を聞かされていない以上、私はそういうしかなかった。

その言葉をやんわりと、しかし意志をもって、首を横に振って拒絶した関さん。静かな口調で語りだす。

「亡くなった両親も、祖母のおかみもよく言うんです。花の湯温泉のお湯は、神様からいただいているお湯。だれもこばまない。すべてを受け入れて癒してくれるんだって…」

その一言は、私にもぐさりと胸に突き刺さった。それ以前に、私は関さんのご両親がいないことを知らなかった。それでなければ、一足飛びに、春の屋の若おかみになったりするはずがない。両親とともに移り住んでいたと思っていた私がバカだった。

「だから、ゆっくり休んでいってくださいっ!」

勢いよくおじぎする関さん。隣で翔太くんも、

「・・・くださいっっ!!」

なんていって、両親にお辞儀したりしている。

これで一件落着か…と思いきや、お父さんの顔は依然として晴れないでいる。

「・・・ありがとなぁ、お嬢ちゃん…」

声を振り絞りながら言うお父さん。

「だけど、オレがつれぇんだよ。だってあんた・・・オレが死なせちまった関さん夫婦の一人娘…織子ちゃんだろ?」

私は驚きのあまり、関さんを凝視してしまう。そうだったのだ。被害者と加害者が一つ屋根の下でいる。春の屋のおかみとしては、関さんにとって遠ざけなくてはならない対象。うちにヘルプを頼んだのも、そういう背景があったからなのだ。

おそらく、関さんは、相手が「両親を奪った相手」と知らずに接客もしていただろう。会話も交わしていただろう。だが真実を知った関さんにとって、今のキセさんは両親を奪ったにっくき相手のはず。

ところがキセさんのその一言を聞いても、関さんは動じていなかった。いや、それまでにいろいろなものを吐き出し、全てに整理と決断と、矜持を決めていたんだと思う。じわじわと玄関の方に向かって歩みつつ、振り返り、こういった。

「いいえ。わたしはここの…春の屋の若おかみですっっ」

その目には、今まで流してきたであろう、涙のかけらが残っていたのか、うるんだ目つきになっていた。

その一言に、周りの大人たちは感涙にむせんでいた。キセさんも、感じ入った様子で、関さんを見ていた。


私は、この一件で、関さんに一つ教わったことがある。それは、一人の人間が、感情を殺してまで役に徹することの崇高さである。

小学6年生の関さんが、両親を図らずも奪った加害者をも受け入れる態度を示したことは、はっきり言って普通ではない。

ここでまたはっと気づかされる。そう。関さんはやはり「普通ではなかった」のだ。

甘えたい盛りの彼女に居なくなっている両親。でも関さんは、それをうらやんだりしない。それどころか自立しようとさえしている。振り返って私はどうだ。自分一人では何もできない小学生だ。生い立ちが違うとはいえ、私は、関さんを人間的に尊敬してしまっていた。

「春の屋の若おかみさん!」

玄関口は、私と関さんだけになっていた。ほかの面々は「春の屋」に吸い込まれていたあとだった。私の呼びかけに振り返る関さん。

「バカおかみは返上ね」

私は尊敬を込めてそう言いつつ、乗るべき3人のいない送迎車に乗り込む。

「出して」

そういうと、車は、私だけをのせて秋好旅館に向かう。


「で、どうだった?」

私が車から降りるなり、お父様が喰いつき気味に聞いてくる。

それでなくても、こんなことは前代未聞。今後の対処法にもなることだから、起承転結を聞きたいのはよくわかる。

私は、今までの一部始終を語って聞かせる。すべて丸く収まり、わたしの出番がなかったことも…

すべてを話終わり、私は嘆息する。

「うーん。春の屋さんって、バカにしてたけど…」

「けど、なんだよ?」

「これから、うちといい勝負ができそうな旅館に成長するかもですわね」

私は、そう父に言うと、残っていた、新春向けの企画をやりなおそうと考えていた。


11.

初冬のあの日以来、私は、関さんを目の敵にしたり、蔑んだりすることを止めた。むしろ、私の方から関さんに歩み寄っていった。来年には中学生になる私たち。学業がもう一つの関さんに、個人的に家庭教師よろしく、勉強を教えることも普通になっていった。こうして、私と関さんは、急速に仲良くなっていく。

びっくりしたのが、お神楽のけいこだった。あの日以来、関さんの踊りの精度が格段に上がったのだ。それは、花の湯温泉の神が、関さんに乗り移ったかのようだった。鳥居くんも目を丸くしたくらいだから、覚悟が決まったことで動きの意味も理解できたのか、と思ったりする。


そしていよいよ本番の日。

まず体を清めるために、源泉でもある「起源の湯」という場所に入浴する。ここに一歩足を踏み入れた時から、私と関さんは、神楽を舞う主人公に徹しなくてはならない。

「不思議な場所だね」

関さんはボソッとつぶやく。

「そうね」

私も一言だけ返す。白装束に身を包んで、両手を合掌したまま、10分程度浸かる。

この場所だからか、私は、霊の存在を感じたという関さんに聞いてもらいたいことがあった。

「あなた、前にユーレイの話してたわよね」

「うん」

関さんはこちらを向かずに声だけ返事する。

「じつはね、私、声だけは聞いたことあるの」

「え?」

さすがに驚いて、関さんはこちらを向いてくる。

「失敗したり、お客様に叱られたりしたときに『真月がんばって』『真月ならだいじょうぶ』って・・・」

自分語りをすることなんて、今日の今日まで思いもしなかった。それをさせるだけの霊験というものがここにはあるのだろうか…

「私にはね。私が生まれる前に亡くなった姉がいるの。」

ここから先は、私も聞かされた内容でしかない。名前は美陽で、病弱だったこと、大病院に入院させたのに治療の甲斐なく亡くなったこと、亡くなって12年以上たっていること…

「あれは、姉の声のような気がして…逢いたかったなぁ…」

ふと、私の目から大粒の涙が流れる。姉のことを思って泣いたことなど一度もない。しかし、ここに来て、姉のことを考えていると、まるでここに姉がいるような…そばについてくれるような感覚にとらわれる。

"姉も見守ってくれている。もう大丈夫だわ"

ひとしきり泣いた後、私はお湯で顔をざばざばっと洗う。迷いはおろか、すっと背筋が伸びるような、覚悟と決意がみなぎっていた。

「さあ、行きましょう!」

笑顔で関さんに言う私。晴れ晴れした笑顔になっていると自分でもわかるほどの顔つきだっただろう。


そして、いよいよ神楽の本番である。

私の何よりの心配は、関さんが果たして調子を合わせられるか、というその一点だけだった。だが、関さんの顔を見ていて、不思議と、その思いは徐々に小さくなっていく。

それは、関さんの顔からも、「失敗したらどうしよう」とか、「間違えないように」と言った、不安や恐怖、強迫観念というものがすっかり消え失せていたからだった。

"もう本当に大丈夫だわ"

笛や太鼓、それに琴の音色がいやがうえにも私たちを高揚させる。滑り出しこそ、少し歩調を乱した関さんだったが、それからはノーミス。特に一度ぶつかって大げんかに発展した場所の舞いも、お互い完璧だった。

いよいよクライマックス。二人が喜びを表現する、扇子を両手にもっての立ち回りとなる。二人が立ち位置をそれほど違えず、絶妙な距離感と、観客にも分かるオーバーアクションで、山犬と村人がわかり合うシーンを演じる。

私は村人役だったのだが、この神楽の本質は、「花の湯温泉は、神様からいただいたお湯で、来られるものは誰も拒まない。動物も人間も、すべてを受け入れて癒してくれる」ことを言い表したものだということだ。私も関さんを受け入れたし、関さんも私のことを受け入れてくれている。お互いの想いが一つになっているから、別々の役どころ、そして神楽が終わればライバル旅館同志として火花を散らせないといけなくなる間柄であっても、この神楽をうまくまとめることができているのだ。

音曲が最高の瞬間を迎えようとしている。私と関さんは、お互いを見合う。そして、決めのポーズがきれいに決まった。

また、わたしたちの「花の湯」の物語が紡がれていく。



後書き

サイドストーリーって、案外書きやすいんですね。主人公の関織子ことおっこの物語に時に寄り添い、時に反発するライバル的立ち位置の秋野真月だから、大きく創作する必要がないから、というのが大きいと思います。
ただ難儀したのは、一部、劇場版ノベライズと実際の映像のマッチングが取れなかったところがあったこと。なのでその部分に関しては、セリフも描写も少し違っていますのでご了承ください。
それでも2万字越え。彼女の心情表現にも注目していただきたいところです。


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