2019-06-16 08:41:54 更新

概要

艦娘と海軍に全てを奪われた男の復讐物語。


前書き

本作に登場しないもの

艦娘への愛・優しさ・人権・ハッピーエンド

作者は善人主人公を書くのに飽きたらしいです。




【作中唯一のオリジナルキャラ】


《白友提督》

名前の通りホワイト鎮守府を運営する友人提督
彼には嫌われている







海軍の訓練校では艦娘についてこう教えられた。







『艦娘の同士の絆は強い、姉妹艦同士の絆は特に強い』




『精神的に強い者がいるが反対に弱い者もいる』




『艦娘はモチベーションを高めることでより一層励み、高い成果を上げる』




『艦娘も年頃の少女と変わらない者が多いことを忘れないように』と。




つまりこういうことか。



絆が強いなら姉妹艦の人質を取ることで従わせることが可能。



精神的に弱い者はその弱みに付け込み、強い者は煽てて働かせる。



モチベーションを上げるためには高いエサを与えればいい。



年頃の少女なら少し身体を張ってやればあっさりと靡く。



こんなところか。





海軍が艦娘を利用し続ける理由がわかったよ。

こんなに扱いやすい兵器は無いのだからな。




俺も利用させてもらうとしよう。






海軍に…艦娘に俺の家族を皆殺しにされた復讐のためにな…








俺達は訓練校を修了して最初の鎮守府へと向かう。




海軍提督見習いである俺の最初の仕事



それは落ちこぼれた艦娘、最上型ネームシップ、最上の指導だった。






プロローグ 傷だらけの鳳





【鎮守府内 執務室】




提督「今日からよろしくお願い致します」



敬礼を解いて俺は上官に頭を下げる。



上官「こちらは作戦海域攻略で忙しい、俺の邪魔をせんように勝手にやっておれ」


提督「はい、それでは失礼致します」



海軍提督見習いである俺はこの上官の下で艦娘達の指導をすることになった。

彼は作戦海域の攻略で忙しいらしく俺に構っている時間も勿体無いと言わんばかりに追い払った。


事前に彼のことを探ってみたが、どうやら他の提督達と比べ攻略が遅れているらしい。

それは彼の隠しきれない苛立った態度から見て取ることができた。



提督(邪魔はしないさ、その代わり好き放題させてもらおう)



内心ほくそ笑んで上官の下を離れ艦娘達が待つ工廠へと向かった。




【鎮守府内 工廠】



俺が工廠へ行くと既に艦娘達が集まっていた。



提督「よし、揃っているな。それでは自己紹介をしてくれ」


集まっている艦娘は4人。

重巡級が2人と駆逐艦が2人だ。



三隈「航空巡洋艦、三隈ですわ。提督、宜しくお願い致します」



やや大人しいタイプの艦娘だ。

彼女みたいなタイプは姉妹関係で脅してやると扱いやすいかも知れない。



朝雲「朝潮型駆逐艦五番艦、朝雲よ」



こちらはしっかり者のようだ。

しっかり者というのは褒めて従わせるのが一番やりやすい。


しっかりしているというのは褒められ続けたい、認められたいという欲求の裏返しでもあるからな。



山雲「朝潮型駆逐艦六番艦の山雲です~」



こういう掴みどころのない奴が一番苦手だ。何を考えているのか読みづらい。

事前に見た資料では姉の朝雲にベッタリらしい。


その点を上手くつけば扱うことができるだろうか。





さて、本来なら並んでいる巡に挨拶をするはずが、三隈が気を遣って最初に自己紹介をした。



誰に気を遣っているのかというと…



提督「お前は?」


最上「…」


三隈「も、最上さん…」



三隈が彼女の袖を掴んで言い聞かせてようやく顔を上げた。


しかしこちらを見ようとはせず不貞腐れた態度のままだ。



最上「航空巡洋艦…最上です…」


提督「…」




こいつか、例の落ちこぼれた奴は。



訓練受け直しを言い渡されてさぞ不服なのだろう、その態度を隠そうとしていない。




最上の資料を事前に見てここに送られた原因をいくつか確認しておいた。



彼女はここのところ出撃時立て続けに大破し撤退の原因になっていた。

その後、どれだけ訓練、演習をこなしても改善されることが無く、艦隊から外されてしまった。

それが気に入らなかったのか、最上は無断で艦隊に同行し、提督の許可なく出撃したらしい。


上がらない戦果と命令違反によって最上はここへ送られることとなったのだ。




最上は一体何に焦っているのか?


資料には近々行われる大規模作戦『レイテ沖海戦』のことが絡んでいると書かれていた。




しかし本当の原因は他にあるだろう。



提督「不服か?こんなところに送られて」


最上「…っ!」



俺の上から目線の物言いに最上は反発して睨んでくる。



本来優しくて従順な艦娘と資料には書かれていたが、今の彼女からはそんな姿は見る影もない。






これは一度痛い目に遭わせた方が良さそうだな。





提督「そんなに現場復帰したければさせてやろうか」


最上「ほ、本当!?」


提督「ああ。これから行う試験に合格できればな、さっそくだがいけるか?」


最上「う、うん!僕がんばるよ!」



不貞腐れていた最上は一転して明るい顔に変わる。


隣の三隈や朝雲、山雲は少し複雑そうにしながらも最上を後押しするよう笑顔を見せていた。





笑っていられるのも今のうちだ



お前達は最初の実験台なのだからな





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【鎮守府内 祥鳳の部屋】



ここは上官の囮機動部隊に所属する軽空母隊長、祥鳳の部屋。


彼女は何かの資料を作るため机に座り資料をジッと見ていた。



そこへドアがコンコンと鳴らされる。




瑞鳳「し、失礼します」


祥鳳「なに?」


瑞鳳「あ…あの…資料を…」


祥鳳「そこ、置いて」


瑞鳳「うん…」




祥鳳の突き放すような言い方に瑞鳳が顔を俯かせる。




瑞鳳「あ…あの…お姉ちゃん…?」


祥鳳「瑞鳳」


瑞鳳「ひっ…」



祥鳳の突き放すような言い方に瑞鳳が身を怯ませる。



祥鳳「私はあなたの姉妹艦でも姉でも何でもないって言ってるでしょう。いい加減にして」


瑞鳳「ご…ごめんなさい…」


祥鳳「用が済んだら出てって」


瑞鳳「…うん」



泣きそうな瑞鳳に対し祥鳳はどこまでも冷たい。


しばらく無言で立っていた瑞鳳は静かに部屋を後にした。





祥鳳「ごめんね…」





瑞鳳が去った後、祥鳳の寂しそうに小声でドアに向かって話した。


その寂しい気持ちを振り払うように頭を振って再び机に向かった。





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【鎮守府内 司令部施設】



最上『作戦エリアに到達!敵軽巡と駆逐艦を発見!攻撃開始するよ!』


三隈『最上さん!あまり先行しないで、危険です!』



司令部施設に通信機越しの声が響く。


最上からは焦りの感情が隠しきれておらず精神的に不安定なのが手に取るようにわかった。









現在海上で戦っているのは最上と三隈だ。



朝雲「ねえ司令、どうして私と山雲は待機なの?」


山雲「てっきり随伴するように言われると思ったのだけど~」


提督「ふむ」



駆逐艦の二人は俺の傍で控えさせている。




提督「最上のための試験だからな。随伴艦無しに戦わせた方が最上も実力を発揮しやすいと思ってな」


朝雲「そうなの?」


提督「だが何かあった場合は出てもらうぞ、心積もりはしておいてくれ」


朝雲「わかったわ」




朝雲の質問に真面目に答えてやると彼女は納得したようでしっかりとした返事を返してきた。



やはりこういう真面目なタイプは扱いやすい。

今後もしっかりと対応して俺の言うことを聞きやすいように誘導してやろう。







最上『くッ…外した…!追撃するよ!』


三隈『最上さん、無理しないで!』



どうやら水上攻撃機が標的を外したらしく最上が悔しそうな声を漏らす。



山雲「またですね~」


提督「また?」


山雲「一時期から最上さんの水上攻撃機って当たらなくなったんですよね~」


朝雲「前は自在に操っていたのに…本当どうしたのかなぁ…」




攻撃機の操作はかなり難しいらしい。

精神的に不安定だとまず言うことを聞かなくなるだとか…。



最上『うぐっ…!!』


三隈『最上さん!?』




どうやら被弾したらしい。


航空巡洋艦である最上が軽巡や駆逐程度の被弾では大した損傷にはならないだろうが…




提督「朝雲、山雲、二人の座標はわかるな?」


朝雲「え?ええ」


山雲「大丈夫です~」


提督「二人を撤退させる。迎えに行ってくれ、通信機を忘れるなよ」


朝雲「え?もう?」


提督「ああ。これ以上は危険だ。試験も中止する」



俺は真剣な顔を取り繕う。

今の朝雲には俺がまるで心の底から最上を心配しているように見えるだろう。



朝雲「わかったわ!山雲、行くわよ!」


山雲「は~い」




何も疑うことも無く朝雲と山雲は最上達の場所へと向かった。





提督「最上、試験は中止だ。戻って来い」


最上『え!?何言ってるんだよ提督!こんな傷大したことないじゃないか!』




『中止』と言ってやると最上は焦りと苛立ちの返事を投げかけてきた。





本当…今のお前の思っていることは手に取るようにわかるよ。



内心ほくそ笑んでいたがそれを出さないよう気を付ける。




提督「命令だ最上、今のお前にはこれ以上何もさせられない。時間の無駄だ、早く戻れ」


最上『そんなの…そんなのやってみなければわからないじゃないか!!』


三隈『あ!最上さん!』


提督「最上!!どこへ行く!!」





予想通り最上が暴走を始めた。


全てが俺の思惑通りに運びおかしくて仕方なかった。



追い詰められた場合は人間も艦娘も考えることがとても分かりやすく読みやすい。






なあ最上、どうして朝雲と山雲を一旦ここに置いていたと思う?



お前が暴走しやすいようにしたからだ。


随伴であり、お前よりも力のない駆逐艦が傍に居たらお前は簡単には暴走しないだろう?




心を許しているであろう妹の三隈の前なら遠慮なく我を忘れてくれるだろうと思ったんだ。





そして…





三隈『最上さん!危ない!きゃああああっ!!!』


最上『み、三隈ぁ!!』




お前を助けようと妹の三隈は必ず身体を張るだろう。




案の定、いつの間にか接近していた敵重巡の砲撃を三隈はまともに喰らって被害を受けた。




今最上たちのいる海域では深海棲艦の重巡が出ることは調べ済みだ。

普段通りの最上と三隈なら砲撃一発で撃沈できる程度の相手だから苦戦しないだろうが、今の最上の精神状態ではそれも叶わない。



まあ、朝雲と山雲が合流するだろうから問題にはならないだろう。






最上『く…このぉ!なんで…なんで当たらないんだよおぉっ!!』




声だけでわかる。


フォームもバラバラでまともに照準を合わせることもできずに砲撃を繰り返しているのがわかる。




どうだ最上?


お前の勝手な行動のせいで妹の三隈は傷つき


試験には不合格で現場復帰は増々遠のいたぞ?





提督「くくっ…あははっ」





俺の掌で面白いように踊る最上が哀れで笑いが漏れてしまった。







心配するな。



必ずお前を立ち直らせて現場復帰させてやる。





お前は大事な実験体なのだからな。




朝雲『司令!最上さんを見つけました!』


提督「よし、山雲は三隈にこれ以上被害がいかないように敵の注意を引け、朝雲は寄ってきた重巡を雷撃で仕留めろ」


朝雲『了解っ!』


山雲『はーい』





この後は俺の指示通り朝雲が重巡を仕留めた。

4人に帰投命令を出して俺は彼女達を出迎えに港へ向かうことにした。





さて…どんな罰を与えてやろうか…





顔がニヤつかないように気を付けて司令部施設を出た。









【鎮守府 港近郊】





港へ向かう途中のことだった。




提督(あれは…?)




見慣れない艦娘が一人、港から艦載機を発艦させていた。

自主訓練だろうか?


最上や三隈のようなタイプではない。

あれは正規空母か軽空母の弓矢による艦載機の発艦だ。



彼女の洗練されたフォームに思わず目を奪われた。


それだけじゃない。


なぜか張り詰めた空気を漂わせ、その空気に当てられてしまう。



何かを諦めたような


逃げたいけど…逃げることができない無力感



彼女からはそんな感情が伝わってくるような気がした。






提督「艦娘達が4隻戻って来ていないか?」


??「え?」



俺が近づいていることに気が付かないほど集中していたらしい。


少し驚いてこちらを警戒するような目で見る。



提督「失礼。俺はこの鎮守府に提督見習いとして来ている…」



簡単に自己紹介をすると彼女は少し警戒を緩める。



祥鳳「こちらこそ失礼致しました。私は軽空母・祥鳳です」


提督「祥鳳…確か上官殿の機動部隊隊長だったか?」


祥鳳「いいえ、『囮』機動部隊です。私みたいな何の変哲もない軽空母に正規の機動部隊は務まりません」



囮…か…。



まるで投げ捨てるような言い方だった。


前を向くことを…


生きることを諦めたようなその言い方に思わず惹きつけられた。







良いな…こいつは…






今までに見たことの無い魅力を彼女に感じて昂る気持ちを堪えるのに必死になってしまう。





祥鳳「失礼します」





艦載機を戻し彼女はその場を離れて行った。






『囮』機動部隊か。




どうやら最上の試験以外にもう一仕事しなければならなくなりそうだ。




面倒臭さも煩わしさも感じない。



ただあの軽空母・祥鳳を必ず手に入れてやろうという欲が俺を包み込む。






どうやってあの上官から分捕ってやろうか考えながら俺は最上達の帰投を港で待つことにした。








【鎮守府 港】




提督「戻ったか」



祥鳳が去った後、港でしばらく待っていると最上達が戻ってきた。



三隈「わざわざのお出迎え…ありがとうございます…」


提督「そんなことは良い、早く入居して来い」


三隈「はい…」



三隈は心配そうにしている朝雲と山雲に連れられて工廠の方へと向かって行った。




提督「最上」


最上「…」



最上は俯いて悔しそうに唇を噛み締めている。



提督「自分の勝手な行動のせいで妹が傷ついた気分はどうだ?」


最上「ぐっ…!!」




唇がより一層きつく噛み締められる。


身体は震え出して目にはすぐに涙が溜まり零れ落ちる。






艦娘達の絆は強く、姉妹艦であればそれはより深い絆で結ばれている。


今の悔しがって泣いている最上はそれを実証していた。







提督「三隈の入居が終わったら朝雲と山雲も連れて第二執務室に来い」


最上「はい…」





辛うじて返事をして最上は三隈の運ばれていった方へ走って行った。






提督(きつ~いお仕置が待っているぞ、最上)





それとは反対に俺は彼女達を待つため、見習い期間中に与えられる第二執務室へと向かった。





【鎮守府内 第二執務室】





しばらくして4人が第二執務室に集まった。



提督「三隈、身体は大丈夫か?」


三隈「はい。あのくらいでしたら後遺症も残ることもありません。ご心配をおかけしました」



ゆっくりとこちらに頭を下げる三隈だったがその視線は悔しそうに俯いている最上の方をチラチラと見ている。



提督「それは良かった、こちらも遠慮する必要もなくなった」


三隈「え…?」


最上「…?」



俺の言葉に怪訝そうな目を向けてくる。




提督「最上、先程言った通り命令違反の罰を受けてもらう」


最上「はい…」


三隈「提督…どうか寛大な処置を…」



悔しそうに唇を噛み締めて最上が返事をする。



しかしその顔には反省の色が見られない。


このままではまた同じようなことをしでかすだろう。





提督「気に入らんな」


最上「え…」




俺の言葉に最上が顔を上げる。




提督「命令違反で仲間を危険な目に遭わせておいてその態度は何だ、馬鹿にしているのか?」


最上「え…その…」


朝雲「司令…?」



威圧的な言い方をすると最上がしまったという顔をする。




提督「連帯責任だ、全員に独房入りしてもらう。3日間食事抜きのおまけつきだ」


朝雲「い!?」


山雲「あら~」


最上「ちょっ、ちょっと待ってよ提督!どうして他のみんなまで!?」



俺に掴みかからんばかりの勢いで最上が詰め寄ってくる。



提督「この上また命令違反を重ねるか?もっと重い罪が必要か?」


最上「で…でも…!その…」


三隈「最上さん…やめて…」


朝雲「わ、私達のことはいいから…」



そう言う朝雲だが顔が引きつっている。

それはそうだ、独房入りだけでなく3日間も食事を抜かれるのだ。

誰だって本音は嫌だと言いたい状況に決まっている。



提督「さっさと移動しろ」


最上「っぐ…!」



まるで血を流さんばかりに最上が歯を食いしばっている。



そんな最上を無視するように俺は机にメモを置いて先に独房へと向かうため第二執務室を出た。



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【鎮守府内 第二執務室】




祥鳳(第二執務室…ここは初めて来るわね)



私は上官から書類を届けるよう言われ第二執務室に来ていた。

『雑用くらいさせてやる、感謝しろ』と偉そうに言われて正直腹が立った。


でも…正規空母のような力を持たない私にとってこれくらいしかできないものね…




ドアをコンコンと鳴らすけど反応がない。



祥鳳(留守かしら?)



ドアをゆっくりと開けて覗いてみるとやはり誰もいない。


書類だけ置いて出るかどうか悩んでいると机の上にメモがあることに気づく。



祥鳳(『独房に行ってます』か…)



艦娘達を閉じ込めてよからぬことでもしているのかしら?

少し前に港で見かけたあの人、悪いことをするような人には思えなかったけど…




祥鳳(海軍提督なんてどいつも最低なのかしら…)




うんざりするような気持ちで書類を置いて執務室を離れようと思った時…




祥鳳(…あれ?)





振り返ってもう一度メモ用紙を見直す。









祥鳳「独房に…入ってます?」






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【鎮守府内 独房】




鎮守府の地下にある独房は10部屋用意されている。


中は2畳程の広さで簡易のトイレが付いている以外は何もない。

ドアに小さめの鉄格子があるだけで外の様子を伺うこともできない。

そして寝る以外にできることなんて何もない。


精神的に壊れてしまわないように座禅を組んだり眠りについたりする者が多い中…




最上「うっぐ…ぐす…」



最上はずっと泣いていた。


独房に入ってもうすぐ3日目になる。

巻き込んでしまった仲間達への申し訳の無さ、自分への苛立ちと情けなさにずっと泣き続けていた。



三隈「最上さん…大丈夫ですか…?」



隣の部屋からドア越しに声が聴こえる。



最上「三隈…ごめん…ごめんね…っ…ひっく…」


三隈「最上さん…もういいですから…」


最上「朝雲…山雲…僕のせいで…っう…」


朝雲「今日で終わりですよ、もう泣くのはやめましょう?」


山雲「そうですね~、泣いていると身体に悪いですよ~」



朝雲も山雲も最上を責めるようなことをせずに慰めている。




仲の良いものだ、3日間ずっとこの調子だった。



そして…




最上「ちくしょう…あいつ許せない…!どうしてこんなこと…っぐ…!」



ぐううううぅぅぅぅ…と大きな音が鳴る。

きっと誰かの腹の音だろう。



最上「ちくしょう!ちくしょう!バカ!提督のバカ!」



腹の音の後に悔しそうな声が聴こえたと思ったら壁に何かを打ち付けるような音が聞こえる。

恐らく最上が壁に八つ当たりをしているというのが予想できた。


全く…懲りないやつだ。




祥鳳「あの…」




ドアの外から誰かの声が聴こえる。




祥鳳「すみません、こちらに提督はいらっしゃいますか…?」



俺を探して誰かがやってきたらしい。




提督「ああ、こっちだこっち」


最上「ええっ!?」


三隈「ど、どうして…?」


朝雲「し、司令!?いたの!?」



最上達のびっくりした声が聞こえた。

それはそうか、彼女達に俺も独房入りしていることは全く言ってなかった。




祥鳳「…何をしていらっしゃるのですか?」




小さな鉄格子から顔を覗かせたのは先日見掛けた軽空母、祥鳳だった。




提督「連帯責任で食事抜きの独房入り」


祥鳳「え…?」




祥鳳が呆れながら信じられないという顔になる。



提督「もう3日目だ、腹減って死にそう」


祥鳳「…」



しばらく呆気にとられ無言だった祥鳳がハッとして書類を見せる。



祥鳳「こ、これを…あなたの上官から…」


提督「ああ、わざわざありがとう」




鉄格子から書類を受け取る。


内容は大本営からの最上指導の報告書提出の催促だった。




面倒くさい…と内心思いつつ顔に出さないように気を付ける。




祥鳳「そ、それでは失礼いたします」


提督「ああ」




祥鳳は怪訝な表情を残したままその場を去って行った。















提督「最上」


最上「は、はい!?」



祥鳳が去って少ししてから部屋越しに最上に声を掛ける。



提督「この3日間、言いたい放題言ってくれたじゃないか」


最上「う…」


提督「『バカ』だの『クソ』だの『死ね』だの、お前は俺を何だと思ってるんだ」


最上「そ、そこまで言ってないよぉ!!」




ある程度は認めるわけだな。




提督「何か言うことは?」


最上「ご…ごめんなさい…」


提督「何!?聞こえんぞ!後3日追加するか!?」



そんなのは俺も御免被るが。



最上「ごめんなさい!いっぱい反省したから許して下さいぃっ!!!」





廊下に響き渡らんばかりの大声で最上が謝った。









提督「よし…」




俺は独房を出て4人とも独房から出してやる。



ぐううううぅぅぅぅっ…と、今度は俺の腹が鳴る。



提督「それじゃあ飯にしようぜ、好きな物を食べさせてやる」


三隈「やった…」


山雲「うふふ~、遠慮なく注文しますよ~」


提督「ああ。遠慮なんてするな。どんどん食え」




どうせ海軍が金を出すから俺の懐は痛まないからな。





最上「…」



複雑そうな顔をして最上はこちらを見ている。




いくら連帯責任と言ってもまさか俺が一緒に独房で飯抜きをしているとは思わなかったのだろう。



最上が俺を見る表情は先日までの怒り、疑い、やりきれない想いが消えて今は戸惑いで染まっている。





これで50%くらいか…






艦娘達は年頃の少女と変わらない



こうして身体を張って同じ目線で行動してやるだけで簡単に強い信頼を得ることができそうだ




簡単に靡きやがって…笑いが止まらんぞ






今後の最上との信頼強化に手ごたえを覚え、俺は気分よく食堂への歩みを進めた。








喜べ最上



今日中にはお前との信頼関係を100%にしてやる









【鎮守府内 食堂】




食堂に豪華な料理が並べられている。


好きなものを食べさせると言ったため、艦娘達は無遠慮に出前まで頼んだためテーブルの上はすごいことになっていた。


しかし相当腹を空かせていたのか、艦娘達の食べる量は凄まじくあっという間に料理を空にしていった。








提督「最上」



並んだ料理を一通り食べ終えたところで最上にだけ聞こえるように声を掛ける。



提督「美味いか?」


最上「う…うん…」



複雑そうな顔をして最上が顔を俯かせる。

さっきまで凄い勢いで食べていたのに今更だろ…。




提督「美味いと思えるなら良かった。兄妹を…家族を喪った時の飯は酷くまずいものだ」


最上「え?」



俺の言っている意図が掴めない様で最上は首をかしげる。



提督「俺は…両親と弟、そして妹を喪っている」


最上「そう…なの…?」


提督「ああ。ずっと食べては吐いての繰り返しだった。立ち直るのにえらく時間が掛かったもんだ」


最上「提督…」





俺の『本当の話』は最上の心にも響くようだ。


もっとも…俺の家族を殺したのは艦娘だがな…







提督「三隈の被害があの程度で済んで良かったな?」


最上「うん…ごめんなさい…提督…」



謝る最上の頭に手を置いてやる。


最上は逆らうことなくそれを受け入れる。



随分と大人しくなったものだ。


もう一息か、そう思っているところに。







上官「おい!」




いきなり食堂に上官が入ってきた。



提督「何でしょうか?」



俺は上官に向かい敬礼をする。

それに倣い艦娘達も同じように敬礼をした。



上官「こんな落ちこぼれの再教育にどれだけの時間を掛けているんだ!」


最上「…っ!」




『落ちこぼれ』という言葉に最上が唇を噛み締めて悔しそうな顔を押し殺す。




提督「すみません、再教育に時間が掛かりまして。もう少し時間を頂けないでしょうか」


上官「さっさと終わらせろ!それができないなら諦めてしまえ!こんな落ちこぼれにこれ以上無駄な時間を割くな!!」




やかましい奴だ。


元々再教育期間は3日と決められている。

その時間を丸々独房で過ごしたので上官のお怒りはごもっともだろう。



もちろん俺は計算ずくで行ったがな、お前がここに怒鳴り込むのも含めて。




提督「訂正してください」


上官「なにぃ!?」


提督「最上は落ちこぼれなどではありません」


最上「提督…」




ほら、怒れ怒れ。




提督「必ず戦線に復帰して力になってくれると思います、どうかそれまでは…」


上官「偉そうな口を利くなぁ!!」


提督「ぐぁ!!」



上官に特殊警棒で頭を殴られて俺は膝をついてしまう。



三隈「提督!!」


朝雲「司令っ!」



ここまで予想通りだと笑ってしまいそうだ。



上官「新米の分際でふざけたことを言いやがって!お前のような甘ったれが海軍を腐らせるんだ!わかっているのか!!」



倒れた俺に容赦なく警棒を振り下ろす。


この場で反撃してくびり殺してやりたいがそれを堪える。



最上「や、やめてよ!お願いします!僕が…僕が悪いんだからぁ!!」




お前が殴り、俺がそれに耐える分、最上は俺に対して信頼を深めていくんだからな。



やがて上官の大きな声につられたのか、この鎮守府の艦娘達が集まってきて上官が居心地悪そうに顔を歪める。




上官「ふんっ!」




忌々しい顔で俺を睨みつけた後、足早にその場を離れて行った。








最上「提督!大丈夫!?」


提督「ああ…」




正直かなり痛い。

あのクソ野郎、思いっ切り殴りやがって…。



朝雲「早く医務室へ行きましょう!山雲!」


山雲「はーい」



朝雲と山雲に抱えられて俺は医務室へ連れて行かれることになった。





【鎮守府内 医務室】




三隈「これで手当て完了ですわ、提督大丈夫ですか?」


提督「ああ、ありがとうな」




三隈に治療をしてもらい不安にさせないよう笑顔を作る。



最上「…」



最上は泣きそうな顔で顔を俯かせている。



好機だと思ってさっさと行動を起こすことにした。




提督「悪いが少し最上と二人にしてくれないか?」


朝雲「え…」


三隈「わかりました…」




少し名残惜しそうな顔を見せて退室する。



最上「ごめん…なさい…提督…」


提督「ん?」


最上「僕のために…こんなことになって…」



俯いた最上が涙を零す。


俺に対しハッキリとした弱みを見せるということはかなり信頼を置き始めたらしい。




提督「こんなこと気にするな。それよりも…」




ここは最上との信頼関係を100%強固なものにする好機だ。




提督「お前が何に焦っているのか当ててやろうか?」


最上「え…」




最上が顔を上げる。




提督「近々行われるレイテ海戦もあるだろうが…」


最上「…」



最上の顔が強張る。



提督「本当は『妹達に改二を先に越された』というのが大きいな」


最上「…っ!!」




図星を突かれたようで最上の顔色が酷いものになる。



緊張、焦り、苛立ち



そんな感情が混ざった言葉では言い表せないものになっていた。



最上「うぐ…っ…うぅ…!」



大粒の涙を零し、悔しそうに顔を歪める。






最上型ネームシップである最上にとって妹が自分より力をつけると言うのは想像以上のショックだったのだろう。



先日、最上の妹である鈴谷・熊野の両名が改二実装された。

その能力の上がり具合は凄まじくあっという間に艦隊の主力になったらしいのだ。






艦娘達の姉妹同士の絆はとてつもなく強い。



だがその反面、負の感情は生まれやすくなまじ絆が強いため表に出すことが難しい。


こうして最上のように溜め込んでしまい精神的に弱い者が生まれてしまったというわけだ。






提督「焦るな、というのは無理な話だろうが…」


最上「え…」




俺は最上の手を握る。



提督「今は俺を信じてくれないか?必ず戦線に復帰させてみせる」


最上「提督…」


提督「そしていつの日か訪れる改二実装の時まで耐えてくれないか?」




最上の涙が俺の手に零れた。




最上「うん…僕…頑張るよ…だから提督…僕を…」


提督「…」


最上「た、助けて下さい…」


提督「ああ…」




少年のような強さが消え失せ、か弱い少女のような最上の後頭部に手を回し引き寄せる。



最上は抵抗なくそれを受け入れ、俺の胸の中で泣き始めた。





提督「一緒に頑張ろうな」


最上「うん…うん…!」



















これで最上はもう俺に逆らうことは無い。


彼女の中から俺への疑いは消え、強い信頼関係が結ばれただろう。





提督(本当に簡単なものだな…くくっ、なんて単純なんだ艦娘というのは…)




順調に行き過ぎて心の中で笑いが止まらなかった。













_____________________



三隈「最上さん…良かった…」


朝雲「はい…!これで明日からも大丈夫ですね!」





医務室の外で話を聞いていた三隈と朝雲が嬉しそうに顔を見合わせていた。












山雲「…」








しかし山雲だけはどこか冷めた目で医務室のドアを見ていた。








【鎮守府内 囮機動部隊の部屋】




龍鳳「瑞鳳さん!しっかりして下さい…!」


瑞鳳「うぐ…うぅ…」



ベッドに寝かされた瑞鳳が苦しそうに呻いている。




祥鳳「どうして…?」




なんでよ…瑞鳳…




祥鳳「なんで私を庇ったのよ瑞鳳っ!!」






囮機動部隊としての任務中…



帰投中、殿をしていた私は仲間達を逃すために撤退が遅れた。



何とか戦闘海域を抜けたと思った時…





私に潜水艦の魚雷が迫っていた。



瑞鳳は私を庇って潜水艦の魚雷に直撃し、大破して命辛々帰投したのだった…。







狭霧「す、すみませんでした…!私達を逃すためにこんなことに…!」


天霧「ちくしょう…!瑞鳳、すまない…!」




随伴していた駆逐艦達も悔しそうに唇を噛み締めている。




瑞鳳「うぅ…っぐ…」


祥鳳「瑞鳳…!」




痛みに顔をしかめる瑞鳳を見て胸が苦しくなる。




龍鳳「修復材は…?」


天霧「ダメだ…もう残ってない…」


狭霧「もう何日も支給されなくって…」


龍鳳「そんなぁ…」




龍鳳ががっくりと肩を落とす。



そう…



私達のような使い捨ての部隊に修復材なんてものは支給されない。


傷ついたまま放置され見捨てられるなんてことは当たり前だ。






でも…





瑞鳳「お、お姉ちゃん…うぅ…だめ…」


祥鳳「…」


瑞鳳「置いて…行かない…で…」




苦しそうに呻きながら瑞鳳が涙を零す。



きっと悪い夢を見ているのだろう…。






祥鳳「龍鳳、ここで瑞鳳を看ててくれる?」


龍鳳「え…祥鳳さん、どちらへ…?」


祥鳳「何とか修復材を譲って貰えないか行ってくるわ…」


狭霧「え…」


天霧「止めときなって…また殴られるのがオチだ…」




わかっている。


あの上官が私達なんかに資材を譲ってくれるわけが無い。



でもね…




瑞鳳「う…うっ…ひっ…お姉ちゃん…うぅ…」




苦しそうにしている瑞鳳を前に何もしないなんて選択肢は存在しなかった。




_____________________




【鎮守府内 工廠】





提督(現在の資源は…)




夜、明日からの最上の訓練に備え資源の確認に来た。


俺のような見習いに充てられる資源はわずかなもので少しの無駄も許されない。



彼女達の傷を治す高速修復材も数えるほどしか置いてなかった。



朝雲「司令っ、何してるの?」


提督「ん?ああ、朝雲か」



資源を見ていると後ろから朝雲に声を掛けられた。



提督「明日からの訓練に備えて資源を見ているのだが…何かあったのか?」


朝雲「ううん、何か手伝えることないかなーって」


提督「ふむ…」



朝雲は少し頬を紅潮させたようにしてこちらを見ている。



こいつ…



もしかしてやり過ぎたのかもしれない。



提督「気を遣ってくれて嬉しいが特に手伝ってもらうことは無いかな」


朝雲「そ、そっか…」



今度はしょんぼりして視線が下へ向く。

残念そうなその顔…



提督「だがありがとうな。今日はもうやることがないけど明日からよろしく頼むぞ」


朝雲「あ…」



頭を撫でてやると一転して嬉しそうな顔をした。



朝雲「うん!最上さんのために、司令のためにも頑張るね!」





ああ、やはりな…。


どうやら俺は朝雲にも好印象を与えすぎたらしい。







『艦娘は年頃の少女と変わりない』という特性を少々甘く見ていたようだ。


恋や愛なんてものはモチベーションアップは期待できるが、その反面弱りやすく壊れやすいという欠点を持つ。

扱いが難しくなって制御し辛くなってしまうのだ。




真面目な朝雲は意外にもこういったものに幻想を抱き憧れていたのだろう。


どうやら今のその標的…もとい対象は俺になってしまったようだ。



提督(今後は適度な距離を保って…ん?)



今後のことを考えていると向こうから誰かがやってくるのが見えた。



あいつは…




俺が手に入れたいと思っていた艦娘



提督「軽空母・祥鳳だったな、どうしたその顔は」


祥鳳「…」


朝雲「だ、大丈夫ですか!?」




祥鳳の頬は赤くなっている部分がある。

誰かに殴られたというのは一目瞭然だった。



誰が殴ったのかは容易に想像がつくがな…。



祥鳳「あの…」


提督「おい…」


朝雲「ちょっと!?」



祥鳳は俺の前に来るといきなり両膝をついて頭を下げた。


まるで土下座をしているかのようだった。




祥鳳「お願い…します。高速修復材をひとつ、譲っていただけないでしょうか…」


提督「…」


祥鳳「あなたの望むこと…何でもします…お願いします…!」



両膝をついたまま深々と頭を下げて床につける。






『何でもします…』か…。



だったら部屋に連れ帰って一晩中夜の相手をしてもらいたいところだが…。



朝雲「司令…」



朝雲が『どうにかして欲しい』と言った目でこちらを見ている。


朝雲の手前、それは不可能だろう。

そんなことを言ったら一瞬でこの三日間の苦労が吹き飛んでしまう。





それに祥鳳…


お前は大切にするつもりだからな…ふふっ…




提督「朝雲」


朝雲「な、何?」


提督「お前、今日の訓練で負傷したよな?」


朝雲「え…」



朝雲が一瞬何のことかわからないと首を傾げそうになった。

そもそも今日は独房で過ごしていたから訓練なんてしていない。



朝雲「そ、そうよ、大変だったんだからっ!」


提督「いやぁうっかり普通の損傷と間違えて修復材を使ってしまったよ」


祥鳳「…?」



朝雲が察して俺の小芝居に付き合うが祥鳳が何のことかとわからずにこちらを見上げた。



提督「数え間違えていたよ、高速修復材はマイナス1だな」


祥鳳「あ…」



俺は高速修復材を祥鳳に差し出す。



提督「誰のためか知らんが早く持って行ってやれ」


祥鳳「あ、ありがとうございます!」



嬉しそうに涙を溜めて祥鳳が深々と頭を下げた。



提督「その代わり明日なのだが手は空いているか?」


祥鳳「はい、明日は出撃もありませんし…」


提督「少し手伝って欲しいことがある。明日の10:00、演習場へ来てくれ」


祥鳳「は、はい、了解しました!それでは失礼します!」







祥鳳は高速修復材を抱え足早に走り去って行った。









朝雲「司令ってさ」


提督「ん?」



祥鳳が去って俺達もその場を離れようとした時、朝雲が俺に声を掛ける。



朝雲「なーんか、あの祥鳳さんに対して優しくない?」


提督「そうか?」


朝雲「そうだよっ」




面倒な奴だな…。

まあ、お前の言う通りではあるがな。



提督「だったら『お前にやる資材は無い』って突き放した方が良かったか?」


朝雲「そ、そうは言ってないけどぉ…!もう!知らない!」




やれやれ、今度はヤキモチ焼きか。


本当に面倒くさい…。




しかしこれで一旦は距離を置けるだろうかと思うことができた。



今後は用心しないとな…。























山雲「…」













離れた場所から山雲がこちらを見ていることに気づいていた。



まるで俺を仇とするような視線、気づかないはずがなかった。




あいつともどこかで話す必要がありそうだ。











【鎮守府内 演習場】



翌日、朝10:00に艦娘を演習場に集合させた。



提督「最上、準備はできているか?」


最上「う、うん!」



初めて会った時とは打って変わって従順になったものだ。



最上「でも…どうして偵察機だけなの?主砲とかは?」



しかし最上には偵察機だけを装備させ攻撃に使う物は一切持たせていない。



提督「すぐにわかるさ」


最上「?」



こちらへ向かって歩いてくる音が聞こえる。



提督「来たな」



俺がそちらへ視線を向けると艦娘達もそちらへつられる。



祥鳳「お約束通り来ました、昨日は本当にありがとうございました」



来るなり祥鳳は俺に対して深々と頭を下げる。



提督「いいさ、その代わり今日は最上の指導役をお願いしたい」


最上「僕の?」


祥鳳「私が?」


提督「ああ。艦載機の使い方を一から教え直してやってくれ」


祥鳳「は、はい…」



祥鳳は少し不思議そうな顔を見せながらも頷く。



提督「そういうわけだ、今日は彼女に教えてもらってくれ」


最上「え…でも…」


提督「俺を信用してくれないのか?」


最上「ううん!そんなことない!わかったよ!」



慌てて両手をワタワタとさせる。


本当に信頼されたものだとおかしくなる。



最上「よろしくお願いします!」


祥鳳「はい…それじゃあ海に出ましょうか」


提督「三隈、朝雲、山雲は二人の護衛をしてやってくれ。そう遠くに行かなくてもいいからな」


三隈「はいっ!」


朝雲「了解!」


山雲「はーい」




5人はそろって海に出て演習海域へと向かった。




_____________________



【演習海域】




祥鳳「それでは一度飛ばしてみて下さい」


最上「う、うん!」



最上さんが艦載機を飛ばそうと構えます。



祥鳳「待って!」


最上「え!?」



しかし慌ててそれを制しました。



祥鳳「最上さん」



私は最上さんの後ろに立ち両肩に自分の手を置きます。



祥鳳「落ち着いて深呼吸して。艦載機の妖精さんをしっかり見て」


最上「妖精さんを…」



最上さんは空を見上げ、ゆっくりと呼吸を整えます。


そして艦載機の妖精さんに視線を送ります。



最上「あ…」



どうやら気づいたみたい。



祥鳳「どう見える?」


最上「僕を…心配してる…」


祥鳳「そうよ」



艦載機の妖精さんは最上さんを見上げ、心配そうな視線を送っています。



最上「ずっと気づかなかった…見えていなかったんだ…」



少し悔しそうに最上さんが唇を噛み締めます。



最上「ごめんね…」



優しく妖精さんを撫でると妖精さんは嬉しそうに顔を綻ばせました。




これならきっと大丈夫でしょう。





祥鳳「最上さん、深呼吸しながら空を見上げて」




言われた通り最上さんが空を見上げます。



祥鳳「空はいつだって広くて自由です。この空に艦載機を自由に解き放って下さい」


最上「うんっ!」




自由…か…。






今の私には一番遠い言葉のような気がします…。




_____________________




【鎮守府内 演習場】




双眼鏡から祥鳳と最上の様子を伺っていると最上が艦載機を発艦させたのが見えた。


その飛び方は軽やかでこれまでの最上と違い解放的で自由な飛び方だった。




祥鳳…大した奴だ、ものの数分で最上を立ち直らせようとしていた。




このままいけば最上は順調に復帰への道を辿ることができるだろうが…。






正直最上に対しては元々心配はしていなかった。


彼女ほどの器ならば少しのきっかけがあれば立ち直ることは可能だと思っていたからだ。



これまで最上を指導してきた奴らが無能だっただけだろう。





しかしそんなことより今は…




双眼鏡から祥鳳を覗き見る。





最上の艦載機を目で追っているがその姿はどこか寂しそうだ。





その寂しそうな姿を見て思う。



どうやって祥鳳を手に入れてやろうか…と。





双眼鏡を下ろしその辺りに座って最上の帰投を待とうかと思った時、後方で誰かの視線を感じた。




提督「そんなところで見ていないでこっちに来たらどうだ?」


??「…っ!」



声を掛けられて隠れようとしたがバレているのに観念したのかゆっくりとこちらへ歩いてきた。

艤装を付けていなくても雰囲気でわかる、彼女は艦娘だ。




提督「君は?」


瑞鳳「祥鳳型…軽空母、瑞鳳です…」



ああ、上官の囮機動部隊の…。



提督「祥鳳の妹か?すまないな、今は彼女に最上の指導に協力してもらっている」


瑞鳳「…」



瑞鳳は少し悲しそうに顔を俯かせた。



提督「どうかしたのか?」


瑞鳳「前は…ね…?」


提督「ん?」


瑞鳳「私も…前はあんな感じにお姉ちゃんに色々と優しく教えてもらったのに…」



瑞鳳がポツポツと話し出す。

この感じはきっと誰かに聞いてもらいたかったのを我慢していた言い方だろう。


こいつは随分ともどかしい想いを溜め込んでいたらしいな。


仲間達にも言えなかった愚痴みたいなものを聞かせてくる。

いつもだったら迷惑なので突き放したいところだが、祥鳳関連のことなので黙って聞くことにした。



瑞鳳「せっかく一緒の機動部隊に配属されたのに…急に私に冷たくなって…」


提督「…」


瑞鳳「昨日もね…お姉ちゃんが危なかったから庇ったんだけど…今朝、目が覚めた時『余計なことしないで』ってすごく怒られて…ぐすっ…」



泣き出しやがった。

面倒臭いことこの上ないな。



しかし祥鳳は随分とこの瑞鳳を大事に想っているようだな。

瑞鳳も囮機動部隊なんてところに配属されなければこんなことすぐに気づくだろうに…。





しかしこの状況…


祥鳳が瑞鳳を想い、瑞鳳が祥鳳を想う強さ





利用しない手は無いな。





提督「昨日のことだがな」


瑞鳳「…」


提督「祥鳳が俺のところへ来たぞ。『高速修復材を譲ってくれ』って必死に土下座してな」


瑞鳳「え…?」



涙に顔を濡らした瑞鳳が顔を上げる。



提督「そして『何でもしますから』って言うから今日の最上の演習に付き合ってもらうことにしたんだよ」


瑞鳳「そう…なの…?」


提督「誰のための修復材なのかは言わなかったけどな」



そう言って俺は瑞鳳の目を見る。



瑞鳳「うっ…っぐ…えぐ…」



今度は大粒の涙を零して泣き始めた。

先程までとは違う嬉し涙だろう。



ハンカチを差し出して涙を拭うように促す。





しばらく瑞鳳の泣き声に付き合うこととなった。


本当に鬱陶しいが顔に出さないよう気を付けた。








瑞鳳「ありがとうね…それじゃあお姉ちゃんが来る前に…」


提督「あ、ちょっと待ってくれ」



瑞鳳が泣き止んでその場を離れようとしたところを引き留める。


そしてある物を渡した。




瑞鳳「これは…?」


提督「俺のところへの直通の超小型通信機だ。何かあったら使ってくれ」


瑞鳳「あ、ありがとう…」



それをどんな機会に使用すればいいのかわからず瑞鳳が不思議そうな顔をしている。



提督「いつでも連絡をくれ、いたずらでもラブコールでも構わないぞ」


瑞鳳「も、もう…!ふふっ」



呆れたような顔をして瑞鳳が笑顔になった。






…お前も囮機動部隊で死なれては困る。

そんなことになったら俺の祥鳳を手に入れる計画はご破算だ。




祥鳳を手に入れるその日まで生き延びてくれ。




その通信機はその切り札だ…大事にしてくれよ。













瑞鳳がその場を離れしばらくした後…





最上は笑顔のまま帰投した。



その笑顔は近々行われる復帰試験の成功を予感させた。
















【鎮守府内 第二執務室】




その日の夜、最上の試験内容を確認するため机に向かっている時のこと。



山雲「失礼します~」




山雲がノックもせずに執務室に入ってきた。





…そろそろ来る頃かと思っていたぞ。






提督「どうかしたのか?」


山雲「…」



山雲は薄ら笑いを浮かべこちらを見ている。



いや…睨んでいるのか…。



山雲「お上手ですねぇ~」


提督「どういう意味だ?」


山雲「ここまで手際の良い司令さんは初めてでした~関心します~」


提督「…」



やれやれ…

予想通り山雲は俺の行動に疑いを持っていたらしい。


最上や三隈、朝雲と違い俺とは一定の距離を保っていたからそんな気はしていた。



だが疑いを持っていることは表面上のことで本当の望みは別にあるだろう。




提督「何が言いたいんだ?」


山雲「はい?」



こういう手の者には包み隠さず本音で話すのが良い。



提督「俺にどうして欲しいんだ?」


山雲「そうですね~」



山雲は隠し持っていた銃を俺に向けた。



山雲「これ以上~、朝雲姉に近づかないで頂けますか~?」


提督「…」




その本質は異常な姉への愛情か。


艦娘というのは本当に面白い、人間では中々見られない激情を見せてくれる。



山雲はこうやって今までも提督達を脅し、排除してきたのだろうか?


確かに彼女からは他の艦娘達と違い狂気めいたものを感じる。



並の人間ならばこの狂気に気圧されたりするのだろうが…。




山雲「…」




俺は動じることなく銃口から目を離さず山雲を見つめ続ける。



俺は一度死んだようなものだ。


艦娘に殺されかけたこともある俺にとってこの程度の脅しは何の意味も無い。




命なんぞいつでも捨ててやる覚悟でいるからだ。





山雲「…」


提督「…」





やがて…





山雲の表情に少しだけ迷いが見えた。




『少し脅してやろう』という甘い気持ちが揺らぎ不安が彼女を襲い始めたのだろう。



『このままでは私も朝雲姉も…』



そんな感情を持って顔が強張る前にこちらから動いてやることにする。





提督「安心しろ、朝雲に関しては元から一切手を出すつもりは無い」


山雲「…」


提督「本当だ。どうせ俺は最上の試験が終わったら別の鎮守府へと正式配属されるだろうしな。お前達とはここでお別れだ」


山雲「そうですか~」


提督「そんなことより…」




逆にこの状況を利用させてもらおうか。




提督「良いのか?このままだとお前達のこの次の着任先はあの上官の下だぞ?」


山雲「え…」


提督「あんな囮機動部隊を扱うような奴の下で働く方が朝雲が大変なんじゃないか?」


山雲「…」




無表情を取り繕ってはいるが山雲の表情に動揺が見え隠れしている。


あっさりと揺れ動きやがって…

内心呆れた溜息をつくがこのまま攻勢を掛ける。




提督「山雲、俺に銃口を向けた無礼は許してやる。その代わりにひとつ頼まれてくれないか?」


山雲「何をですか~?」


提督「お前にとっても悪い話じゃない。それは…」





俺はあることを山雲に提案する。





山雲「…」


提督「お前が嫌というなら別に構わん。その後のことは俺の知ったことではないからな」



山雲は少し思案するような顔を見せたが俺の提案に頷いた。



山雲「わかりました~。朝雲姉のためにもあなたに利用されてあげます~」


提督「ふん、言ってろ」



山雲が少し悪そうな笑みを見せる。


その笑みはこれからの悪だくみを俺と共有することを了承した笑みだった。




山雲「それに~」



執務室を出ようとした山雲がチラリとこちらを見る。




山雲「あなたを敵に回すと面倒なことになりそうですから~」


提督「誉め言葉として受け取っておく」


山雲「失礼いたしました~」




山雲は笑みを浮かべたまま退室した。






山雲が俺に協力することで今後動きやすくなりそうだと俺は心が躍るのを感じていた。




_____________________




【鎮守府内 執務室】




祥鳳「…」


上官「以上が作戦内容だ、解散しろ」




集められた艦娘達がぞろぞろと執務室を出ていきます。



その中の何人かは私に憐みの視線を向けてきました。



それも仕方ありません…




祥鳳(これで終わりね…)




次の作戦が終わる頃に私が生きている可能性なんて毛ほどもありませんから…。






_____________________




【鎮守府内 司令部施設】



提督「準備は良いか?」


最上『いつでも大丈夫だよ!』



通信機を通して元気の良い返事が聞こえてくる。



提督「作戦開始っ!」


最上『航空巡洋艦最上!抜錨だよ!』



最上の復帰試験が始まった。




俺の隣には大本営からこの鎮守府の視察と試験の監督に大本営から役員がやってきていた。



提督「本日はよろしくお願いします」


役員「…」



役員は俺の挨拶に少し手を上げて応える。

寡黙な男らしいが芯が通ったしっかり者だと海軍内でも評判だ。


うっかりボロが出ないよう俺も気を付けないとな…。










最上の復帰試験は順調に進んだ。









最上『提督!道中の敵は撃沈したよ!先に進むね!』


提督「気を付けろ、次が敵主力艦隊だからな」


最上『了解!』




最上の元気の良い返事がまた通信機越しに響く。



役員「艦娘と強い信頼関係を結ぶことができたのだな」


提督「ええ。何をするにもまず信用してもらわないことには進みませんからね」



役員の問いに自信を持って答える。


この信頼を得る方法が独房に3日閉じ込めたり上官にわざわざ殴らせたりしたと聞いたらこの寡黙な役員はどんな反応をするのだろうか?

そんなことを考えていると…



部下「すみません、少しこちらへお願いできますでしょうか?」


役員「いえ…今は試験の最中でして…」


部下「ですが緊急の案件だと上官殿が…」


役員「しかし…」



上官の部下が役員をここから連れ出そうとする。

真面目そうな役員はここから離れようとしないが…。



提督「構いませんよ、今は最上達は移動中ですしすぐに戦況が変わるようなことはありません。何かあればお呼びしますよ」


役員「では…少しだけ…」



役員は俺に頭を下げその場を離れて行った。








好都合だ。






俺はレーダーの表示を最上達ではなく囮機動部隊の表示に変更する。






提督(もうすぐか…)





祥鳳率いる囮機動部隊が敵を引きつけるためにいつも以上に作戦海域へ深入りしている。


おおよそ上官に無理難題を押し付けられたのだろう。

このままでは祥鳳の部隊は敵を引きつけられても撤退することはできない。




なぜ彼女達の位置がわかるのか。



それは…




_____________________



【作戦海域付近】




天霧「くっ…敵が多すぎる…!」



私達、囮機動部隊は作戦海域の最終エリアにいる艦娘達を助けるため敵を少しでも引きつけるよう動いていた。


艦載機を発艦させ、深海棲艦に攻撃を当ててこちらを向かせ撤退する。

その繰り返しだったのだが…さすがに最終海域ということもあってか敵の数がこれまでとは段違いだった。








瑞鳳「きゃあああああっ!!」


祥鳳「瑞鳳っ!!」



撤退中、敵からの攻撃を振り切ることができず、瑞鳳が敵戦艦の砲撃をまともに受けてしまった。



瑞鳳が吹き飛ばされ、海面に何度も身体を叩きつける。




龍鳳「こ、このぉ!!」




すぐさま龍鳳が艦攻艦爆を発艦させて敵戦艦を撃沈した。




瑞鳳「うぐ…うぅぅ!」


狭霧「瑞鳳さん!しっかりして下さい!」


天霧「これだけ酷いと…もう…」




瑞鳳はもう発着艦できないどころかまともに動くことすらできない状態だった。





祥鳳(ここまで…ね…)





みんな頑張って戦ってくれたけど…これ以上はもう無意味だ。



私は通信機を使って上官に連絡をする。




祥鳳「囮機動部隊、瑞鳳が大破しました。帰投させて下さい」



どうせ断れるだろうと諦めていた。



上官『何を言っている!お前らの仕事はまだ終わっていないぞ!もっと戦え!死んでも敵を引きつけろ!!』


祥鳳「…」


上官『このまま帰ってきてみろ!お前ら全員解体してやるからなっ!!』




予想通り過ぎる声に呆れを通り越して情けなさすら湧いてくる。




こんな奴のために命を捨てたくない。




私だけならまだしも…


こんな作戦に参加させられた龍鳳、天霧、狭霧…




そして…






祥鳳「了解しました。主力部隊の作戦中は何が何でも敵を引きつけて見せます」


上官『ふんっ!最初からそうしていろ!この使い捨ての役立たずが!』


祥鳳「ですから…どうか生き残った者達に処分はしないで下さい」




一方的に通信を切って握り潰して破壊した。


もうあんな奴の声は聴きたくなかったからだ。




瑞鳳「うっ…、だ、大丈夫…まだ…」


狭霧「ダメです瑞鳳さん!動かないで!」



痛みを堪えて瑞鳳が立ち上がろうとする。

しかし損傷が酷く狭霧に寄りかかってしまう。




瑞鳳「さ、最後まで…一緒に…」


祥鳳「…」




瑞鳳…





あなただけは…





瑞鳳「お願い…」





喪うわけにはいかない…







私の脳裏に浮かぶのは瑞鳳が着任したての頃


一緒に海に出て私が指導したこと


『お姉ちゃん』と言って私に笑顔を向けてくれたこと







いつかこんな別れが来ると思っていたから…


あなたに冷たい態度を取り続けていたのだけど…





祥鳳「撤退準備を始めて」


龍鳳「え…」


天霧「でもこのままじゃ敵に追いつかれてしまうよ…」





瑞鳳…私があなたを…





祥鳳「私が時間を稼ぎます」


瑞鳳「お…お姉ちゃん…!」


龍鳳「そんな…!」




あなたを護るから…




狭霧「このまま戻ったとしても…私達は…」


祥鳳「鎮守府に戻ったら最上さんの再試験をしている提督の所へ行って。彼ならもしかしたら力になってくれるかもしれない」











これでお別れね






瑞鳳「お願い…やめて、やめてよぉ…」




瑞鳳が泣きながら私へ手を伸ばす。




瑞鳳「お姉ちゃん…置いて行かないで…っ…ひっく…」




こんな時でも…私をお姉ちゃんと呼んでくれるのね…





祥鳳「瑞鳳…」




私は瑞鳳を抱きしめる







祥鳳「さようなら…」







あなたを…必ず護るからね…








祥鳳「行って!龍鳳!あなたが先頭よ!!」


龍鳳「祥鳳さん!!」


瑞鳳「お、お姉ちゃん…!」




私は仲間達から離れ敵のいる方へと走り出す。







瑞鳳「待って…待ってよぉぉぉ!お姉ちゃぁぁぁん!!いやだあぁぁぁ…!!」








さようなら…








瑞鳳の大きな声を背に後押しされるかのように私は走り続けた。










_____________________







お姉ちゃんが…





見えなくなっていく…!!






瑞鳳「離して!離してよぉ!!お願い、行かせて!お姉ちゃんと一緒にぃ!!」





私がもがいて狭霧と天霧を振り切ろうとするけどガッチリと掴まれていてそれができない。



狭霧「お願いします…っ…瑞鳳さん!」


天霧「何のために祥鳳さんが行ったと思ってんだよぉ!!」



狭霧も天霧も泣いている。


その顔がもうお姉ちゃんが助からないと思わせるには十分で…




瑞鳳「いやぁ!いやだぁぁ!お姉ちゃん!戻ってきてよぉ!!」




私が泣き叫んでも二人は撤退する足を止めようとはしない。




龍鳳はこちらを見ずに撤退経路を見ている。


龍鳳にも頬から零れ落ちる涙が見えていた。





もうダメなんだ…



お姉ちゃんはもう…










誰か…



誰か助けて…!










絶望な気持ちになっていた私は…










『俺のところへの直通の超小型通信機だ。何かあったら使ってくれ』












あの人の言葉を思い出した。










【鎮守府内 司令部施設】




提督(作戦海域から離れ始めたか…?)




レーダーを見ると瑞鳳の反応が作戦海域からこちらへと戻ってくるのがわかった。


どうやら撤退を始めたらしい。



しかしあの海域の敵数は相当なもので撤退するにしても容易では無いはず。



余程練度が高い艦隊ならばなんとか撤退も可能だろうが、そうでないなら誰かを犠牲にするくらいでないと撤退はできないだろう。








あの責任感の強さ、佇まい、雰囲気


そして瑞鳳への姉妹愛




必然的に誰が犠牲になるか容易に想像がつく





役員「失礼」



席を外していた役員が戻ってくる。


俺はすぐにレーダーを最上達に切り替えた。



見るとあと少しで敵主力の潜む海域へと突入しそうなところだった。




提督「もうすぐ主力と会敵します」



現在の状況を伝え役員が俺の隣に立ち静かに見守るようにしている。






そこへ…






『…けて…』





役員「?」



通信機に何か声のようなものが聞こえてくる。



この場の通信機は役員にも聞こえるようになっているので彼は聞き慣れない声に首をかしげている。




『助…けて…!お、お願い…』




役員「なんだ…?」


提督「まさか!?」




俺は大袈裟に驚いて通信機を瑞鳳のものに合わせる。




提督「瑞鳳か!?」



瑞鳳『お願い…!お姉ちゃんを…助けて!お願いっ!!』


提督「どうした瑞鳳!何があった!?」



あたかも心配しているような感じで大声を出す。




瑞鳳『お、お姉ちゃんが…ひ、一人で…わ、私達を逃がすために…!』


提督「な、なんだと!?」


瑞鳳『お願いしますっ!お願いしますぅっぅっ!ぐすっ…お、お姉ちゃんを…』


提督「わかった!すぐに救援を要請する!」



俺はすぐに上官に通信を繋げる。




提督「上官殿!聞こえますか!」


上官『なんだ!?こちらは作戦中だぞ!』



上官の苛立った声が通信機越しに聞こえる。

もちろん俺の隣にいる役員の耳にも届いている。



提督「囮機動部隊へすぐに救援をお願いします!このままでは犠牲が…!」


上官『そのための囮だろうが!どうせ使い捨ての奴らだ、そんなことに一々気にしてられるか!!』


提督「な…!」



上官は一方的に話て通信を遮断した。



役員「なんてことを…!私が」



血相を変えて役員が上官のいる場所へ行こうとする



提督「いいえ!それでは間に合いません!」


役員「し…しかし…!」


提督「すぐに助けに行くには…」



俺は迷っている表情を作る。







最上『提督、どうしたの?もうすぐ敵主力と会敵すると思うのだけど…』






通信機から最上の声が聞こえる。







祥鳳が戦っているであろう海域に今、最も近いのは最上達の部隊だ。






提督「最上…」


最上『何?』


提督「その…な…」





わざと間を作る。


あっさり言ってしまっては危機的な状況の演出にならない。




最上『提督…僕、何があっても提督に従うよ?』


提督「最上…?」



一瞬彼女が何を言っているのかわからなかった。




最上『撤退なら撤退って言ってよ。試験がダメでも僕、何も言わない。提督を信じてるから』




そういう意味か。


彼女からの厚い信頼に胸が躍る。




ならば存分に役に立ってもらおうか?





提督「最上…実はその近くの海域で祥鳳が孤立してしまったんだ」


最上『え…!?大変じゃないか!』


提督「ああ…だがお前は試験を…」


最上『そんなことどうでもいいよ!早く座標を教えてよ!すぐに向かうから!!』


提督「最上…」




そう言ってくれると思っていたよ。




内心笑いを堪えて最上に座標を指示する。


すぐに座標を言えたのは先程から瑞鳳が居た位置をレーダーで捉えていたからだ。




彼女に渡した超小型通信機は発信機の役割も持たせていた。




全てはこの時のためだ。



彼女がどう移動し、どのような行動を取っているか把握し、いつ作戦が行われるか推測し今日を迎えた。


わざわざ艦娘に対しての穏健派の役員が来る日に最上の試験を合わせたのはこのためだった。




役員「私は動かせるものを出して撤退経路の手助けをします!」


提督「あ、ありがとうございます!」



俺は大袈裟に役員に対し深々と頭を下げた。



提督「最上!北西に艦載機を飛ばせ!祥鳳を援護するんだ!」



最上『了解!いっけぇ!!』




元気の良い最上の返事に俺は祥鳳の救出を確信していた。





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【作戦海域付近】





祥鳳「はぁっ…はぁ…っぐ…」




身体の痛みに海面に膝をつく。



飛行甲板も損傷を受けてこれ以上発艦できないようになってしまっている。




祥鳳(ここまで…ね…)




思っていた以上に時間を稼ぐことができた。


先制攻撃で空母ヲ級を仕留めることができたのが大きい。



後は一進一退の攻防を繰り返し、敵の部隊を削り徐々に後退していたけど…。




どうやら限界が来たようだ。


燃料・弾薬は尽き、損傷も受けてこれ以上何もできない。




私は敵を前にして目を閉じる。





脳裏に浮かぶのは泣いている瑞鳳の姿…






ごめんね瑞鳳…





本当は以前のようにあなたに優しくしたかったのに…





こんな囮機動部隊に来てしまって…





ずっと突き放すような態度を取り続けてしまった…
















ごめんね…







さようなら…






あなたに『お姉ちゃん』と呼ばれていたこと





心の底から嬉しかったよ






心の中で別れを言っていると…





『無事に辿り着いただろうか?』


『彼に匿ってもらっているだろうか?』


という思考に行きつく。











『もしも私があの人の指揮下で戦えたなら…』






そんな未練がましいことを思っていた時だった。








祥鳳(え…?)






聞き覚えのある艦載機の音が上空を通っていく。



ゆっくりと目を開けると視界に入ったのは…




祥鳳(瑞雲…?あれは確か…)



先日指導して欲しいと言われ一緒に出撃した彼女の…


なんで…こんなところに…?




最上「祥鳳さーーーーーん!」



今度は幻聴…?



恐る恐る声のした方へ顔を向ける。





幻じゃなかった…




最上「良かった!無事だった!!」