2019-02-09 07:36:16 更新

概要

実家(pixiv)で書いていたものです。
読んだことがない人向けです。

実家では既に完結済です。
あちこち修正してます。


前書き

嫌われた提督と傷ついた艦娘達の長い長いお話です。


始まりと再会



無法鎮守府、そう呼ばれるところがある。

そこは上官に一切従わない艦娘達、戦えなくなった艦娘達、見放された艦娘達が集まる場所。


着任したがる提督がいないためそこで指揮を執る者はおらず、

艦娘達は好き勝手に出撃をしたり遠征をして好きなように過ごしていた。


そんな鎮守府に着任する男が一人。






【移動中の車内にて】



提督「そろそろ着くころかな」


見慣れない景色を眺めつつ、無法鎮守府に着任予定の提督は運転しながら呟いた。



提督「しかし本当に一緒に来て良かったのか?」


少しだけ振り向いて後ろに座った艦娘の声を掛ける。



??「何言ってるんですか、私と提督の仲じゃないですか」


明るく返事をする、その艦娘は工作艦の明石だ。

艦隊の修理と整備を担当している艦娘である。



明石「それに私がいれば凄く助かると思いません?」


提督「いや、確かにそうなんだが…」


明石「だったらいいじゃないですか…誰か一人くらい提督の味方がいたって…」


提督「すまない…いや、ありがとうな、明石」



雰囲気が暗くなったところで会話が途切れそうになる、そうならないように明石は次の話題を振った。



明石「そういえば今から行く鎮守府に最近艦娘が2人、タイミングよく異動で来てるらしいですよ」


提督「異動…ということは十中八九…」


明石「スパイ、もしくは監視でしょうね」


提督「やれやれ、奴らの考えそうなことだな」



提督はあることを秘密としている。それは明石も知るところではあるが今は公にはできないことである。

それを今、知られるわけにはいかない。



提督「普段から気をつけないといけなくなるな、全く面倒なことだ」


明石「でも…」


提督「そうだ、あれが今ばれるわけにはいかない。絶対に知られるわけにもな…。明石は…そうだな、無理やり連れてこられたことにしておいてくれ」


明石「そ、それだと今から行く提督の立場がますます悪くなりますよ」


提督「仕方ないさ、それに立場なんてこれ以上悪くなるものでもないだろう」



心配する明石をよそに諦めたように提督は言う。



提督「とは言っても頼りにさせてもらうからな、よろしく頼むぞ」


明石「は、はい!お任せください!」



またしても暗くなりかけた雰囲気を払拭する良い返事が聞けたところで車を停車させる。



提督「さあ、着いたぞ」



提督と明石が無法鎮守府に到着した。




【その少し前 無法鎮守府内 談話室】



荒れた鎮守府内の談話室で複数の艦娘達が集まっていた。



摩耶「おい、聞いたか?この鎮守府に提督が来るんだと」


鈴谷「マジ?そんなもの好きがいたなんてねぇ」


木曾「どうせすぐにいなくなるさ、気にするほどでもない」


摩耶「それがさ、結構大物みたいだぜ」



摩耶は手に持っていた雑誌を鈴谷、木曾に見せた。

二人はその雑誌を読み進めていくうちに段々と顔を歪めていく。



木曾「これは…本当にこんな奴が?」


鈴谷「最低のクズ野郎じゃん」



ちょうどその時外で車が止まる音がした。



摩耶「おいでなすったようだな、大物が」


鈴谷「大物さんがどうでるか楽しみだねえ」


木曾「おかしなことをしたら海に沈めてやろうか」



3人は提督の様子を談話室の窓から眺めていた。



【鎮守府内 執務室】


提督は車から出た後明石と別れ、明石は工廠へ、提督は執務室へと向かった。

鎮守府内は所々錆びれていたり修繕されず放置されていたりと予想通りの荒れ模様だった。


ある程度今後修理が必要なところをメモしながら執務室に辿り着いた。


執務室内は意外と綺麗にされていた。

綺麗と言うより誰も使っていないので荒れていないといったところだ。

長い間誰も入っていないのか机や本棚は埃が溜まりっ放しである。



提督「埃くさっ!」



とりあえず窓を開け換気をして空気を綺麗にする。

窓から見える水平線は中々の景色だ。


空気が少し良くなったところで部屋にあった設備に目が行く。

館内放送用のマイクらしきものが置いてあった。



提督『あーあー、あいうえお』



試しにスイッチを入れて話してみると自分の声が館内に響き渡った。


提督(しまった、壊れていると思って油断した…)


気を取り直して少し咳払いしてもう一度マイクに向かう。



提督『コホン、新しく着任となった者だが、一度顔合わせをしたい。14:00に執務室に集まってくれ』


なんとか立て直して集まってもらうように言った。

埃だらけの部屋に入れるわけにもいかないのでできる限り掃除をすることにした。


集合まで約一時間の掃除、それが新しい鎮守府での最初の仕事となった。




【鎮守府内 執務室】


14:00となったところでぞろぞろと執務室にノックもせずに艦娘達が入ってきた。

ノックをしないあたりお前には敬意を払わないと態度で示してはいるが

時間を守って集合するあたり根はしっかりとしているのではないかと感じさせた。



提督「これで全員か?」



艦娘達からの返事は無い、この鎮守府で彼女らを仕切る艦娘もいないようだ。

侮蔑の眼差しを送る者、下を向いてこちらを見ようともしない者、明後日の方向を向いて興味を示さない者と様々だ。



提督「まあいい、一人ずつ自己紹介をしてくれ」



一先ず顔と名前を一致させたいので自己紹介をしてもらうことにした。

正直返答せず帰ってしまうものと思っていたが並んで左側の艦娘から話し始めた。



摩耶「摩耶だ」


鈴谷「鈴谷だよ」


木曾「木曾だ」



まずは順番に3人が自己紹介をした。

しかし3人ともこちらへ挑発と敵意を含んだ視線を送っている。

現時点で彼女たちから良い印象は無いだろうと確信できた。



文月「ふ、文月です…」


長月「長月だ」



小柄な2人が続いた。

文月はビクビクしながら、長月はぶっきらぼうに下を向いたまま挨拶をした。



瑞鶴「瑞鶴よ、もう帰っていい?」



面倒くさそうに言ったのは正規空母の瑞鶴。

こちらには全く興味を示さない。



卯月「卯月でーす…」


こちらはだるそうに言ってきた。

さっさと終わらせろオーラが半端じゃない。


弥生「弥生です…」


提督(ん?)



弥生は自己紹介する艦娘達の中で一人だけ妙な雰囲気を出していた。

しっかりとこちらへ視線を向けてじっと見ている。


何かその瞳に吸い込まれそうになっているところへ



武蔵「武蔵だ」



急に声を掛けられハッと意識を戻した。



提督(武蔵…大戦艦がこんなところに?)



武蔵もこちらを見ずにどうでも良さそうに視線を逸らしている。


入室してきた艦娘は以上9人だ。

全員揃ったところでこちらの自己紹介をしようとしたが。



摩耶「なあ提督よぉ?」



摩耶が遮るように話しかけてきた。



提督「なんだ?」


摩耶「この雑誌に書かれていることってホント?」



挑むような視線を送りながら雑誌を開いて机に置いてきた。

雑誌をチラっと見ただけで提督には大方内容が予想できた。

思わずため息が出る。


その内容とは〈ある海軍クーデターを鎮圧した提督の闇の部分を暴露する〉というものであった。

内容を簡単にまとめると


・資源の横流しや資金の横領

・提督の秘密を知った秘書艦をクーデター鎮圧の囮にして轟沈寸前の目に遭わせた

・艦娘を大事に思う提督を演じて信じさせたうえでの艦娘の酷使


などが書かれていた。

その全てを査問会議で認めたというところまでちゃんと書かれている。



提督(上の誰かがこの鎮守府にご丁寧に雑誌を送ったんだろうな)



大本営の自分を嫌っている連中の手回しの良さに呆れていると

返事を待っている摩耶がイライラしたかのように雑誌をバンバンと叩き付けきた。



??「失礼します」



さっさと返事をしてしまおうと思っていたところに新たな艦娘が入室してきた。

その声は提督には懐かしく聞き覚えのある声で思わず声を上げそうになるほど提督を驚かせた。


提督(な!?どうして!?)


新たに入室してきた艦娘は二人。



朝潮「駆逐艦、朝潮です」


満潮「こんなやつに挨拶する必要ないって」



駆逐艦の朝潮と満潮だった。

挨拶はしてくれたが朝潮の目は怒りと悲しみの混じった感情を表していた。



提督(朝潮…)


摩耶「おい!聞いてんのか!」


こちらを睨んでいる朝潮から目を逸らせずそちらへ意識を向けていると

無視されていると思った摩耶がしびれを切らしたようだった。



提督「ん?ああ、この雑誌の内容のことか?」



摩耶の怒声に怯むこと無く提督は答える、雑誌に視線を落とすと朝潮も同じく視線を向ける。



朝潮「間違いありませんよね?」


提督「そうだな、書かれていることに間違いはないな」


鈴谷「うわ、あっさり認めちゃうんだー」


木曾「最低だな」



雑誌の内容を認めると艦娘達からの非難する言葉と視線が提督に集まった。

しかし提督の意識は朝潮に向いてしまっていてあまり気にしていない。



提督「質問はそれだけか?それでは今後のことだが…」



自分の気持ちを切り替えて艦娘達に今後の方針等について話そうとした、しかし。



摩耶「ここでてめぇに従うような奴は…いねぇんだよ!!」



摩耶に至近距離で雑誌を顔面に向けて投げられた。

避けるには距離が近すぎたため顔を手で守るのがやっとだった。

雑誌の硬い部分が直撃して腕が痺れてしまった。


提督の話を聞こうともせず艦娘達は次々と部屋を出て行った。


皆出て行ったであろうと思ったところで提督は椅子にもたれ掛かり溜息をついた。


こうなることは予想していた。

ここの艦娘が自分に従わないこと。

自分がしてきたことが知られることでその関係が更に悪化すること。

しかし…



提督(朝潮…)



前の鎮守府で共に過ごしてきた朝潮とここでまた会うことになるとは予想もしていなかった。


提督(これも上の嫌がらせか…?)



朝潮から向けられるあの怒りと悲しみを含んだ視線、提督には十分な精神的苦痛だった。


提督(朝潮、信じてはくれなかったか…)



これからこの無法鎮守府と呼ばれるところで朝潮と過ごすことを思うと早くも心が折れそうだった。










駆逐艦朝潮


彼女は前の鎮守府で忠犬と呼ばれるほど提督を尊敬し忠実に任務をこなす提督が最も頼りにしていた駆逐艦であった。












??「あの…」


提督「うぉわっ!!!」



全員が出て行ったと思い油断していた提督はいきなり声を掛けられて

びっくりして持たれていた椅子から跳ね上がった。



提督「びっくりした…あー、えっと駆逐艦の弥生だったか?」


弥生「はい…」



物静かな感じの駆逐艦・弥生が一人、執務室に残っていた。



提督「どうした、何か用か?」


弥生「あの…」



弥生は床に落ちている雑誌を拾って提督の机に置く。



弥生「これ…ですけど…」


提督「ん?」


弥生は何かを言いたそうに雑誌を見ている。



弥生「さっき言ってたこの記事のことですが…」



その後は聞き辛そうなのか中々本題に入らないのでこちらから聞いてやることにした。



提督「この記事が本当のことなのかどうか、ってことか?」



コクリと弥生はうなずく。



提督「さっき言った通りだよ。本当のことだ、俺がやったことだよ」



と言っている間弥生は目を逸らさずしっかりとこちらを見ていた。

先程もそうだったがなぜか弥生は覗き込むようにじっと見ている。



提督「…」


弥生「…」



両者無言の気まずい雰囲気が流れ、耐えられなくなった提督が声を掛けようとしたところで

弥生がぺこりと頭を下げた。



弥生「用はそれだけです…」


提督(なんだったんだ…?)



ただそれが聞きたかっただけなのか、弥生は立ち去ろうとした。

執務室から出ようとしたところでこちらを振り向く。






弥生「睦月型駆逐艦三番艦の弥生です…司令官…これからよろしくお願いします…」





提督「お、おお。よろしく頼む」



しっかりと敬礼を決めて改めて頭を下げた後弥生は執務室から出て行った。


提督(あの娘、まさか、な…)


まさか出会ってすぐに全てを見透かされたような気がしたがその考えはすぐに振り払った。


提督(ともあれ、明日から忙しくなりそうだ)


少しだけ弥生に今後の光明を見出せた気がして少しだけ気が楽になった。








心の傷と支えの綻び



『司令官、ご命令を!』


『司令官、あまり頭を撫でないでくださいっ!』


『司令官をいつも尊敬していますっ!』



朝潮の声が聞こえてきた気がした…。


わかっている、これは思い出、夢の中。


毎日が充実していて笑顔の艦娘達に囲まれた日々。


あの幸せな日々はもう戻らない…。




【鎮守府内 執務室】



提督は執務室で朝を迎えた。

昨日は机に向かって色々資料を漁っていたらいつの間にか朝になっていたらしい。

机に突っ伏して寝てしまったためか身体かあちこち痛くてだるさを感じる。


ふと、窓の外から聞きなれない妙な音が聞こえることに気が付いた。


閉めていた窓のカーテンを開けると外に艦載機が飛んでいるのが見えた。

艦娘の偵察機、彩雲だ。



提督(これを飛ばせるのは…)



彩雲は空母の艦娘が飛ばすことで遠方でも艦娘の目となってくれる艦載機だ。

この鎮守府で飛ばすことができるのはこの鎮守府には瑞鶴しかいない。



提督(俺を見張っているのか…?)



よく見ると彩雲に乗っている妖精さんが申し訳なさそうにこちらを見ている、嫌々やっているのだろうか。



提督(…ふむ)



提督は執務室の机の上に放置していた摩耶が持って来た雑誌の男女が裸で絡み合うページを彩雲に見せつける。



『いやああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?』



少し離れたところから可愛らしい悲鳴が上がり彩雲はびっくりしてどこかへ飛んで行ってしまった。



提督(やれやれ、偵察するなら叫んではだめだろ)



呆れたように溜息をついて提督は執務室の机に向かって資料を確認し始めた。

目の前にあるのはこの無法鎮守府にいる艦娘のプロフィールだ。


改めて一人一人のプロフィールを確認していく。

過去に所属していた鎮守府でどのように過ごしたかなどが書かれている。




【重巡洋艦 摩耶】


主力重巡として激戦の多い鎮守府にて対空要員として大活躍

ある海戦を境に提督に暴力を振るい、その後も反抗的な態度を見せるようになる

手に負えない凶暴さゆえ今の鎮守府へ異動となる



【航空巡洋艦 鈴谷】


摩耶と同じく主力の航空巡洋艦として活躍

しかし更に摩耶と同じくある海戦を境に提督の指示に従わず

勝手に出撃を繰り返し大破して帰ってくるため面倒見切れず異動となる



【重雷装巡洋艦 木曾】


球磨型軽巡の姉妹艦として活躍を期待され重雷装巡洋艦へ改装するが

自分の戦果が出ないことを上官に八つ当たりをして暴力事件を起こしたことで異動





この鎮守府でも特に目立っていた3人だ。

最初からはっきりと反抗的な態度を見せている。

今日も朝から憂さ晴らしなのか勝手に近海へ出撃して深海棲艦を狩っている。

無断出撃は危険なので後で様子を見に行こうか…?




【駆逐艦 文月】


司令官の指示を守らず怯えてばかりで会話もままならない

出撃も遠征も出来ず使えないことから鎮守府を追い出される



【駆逐艦 長月】


文月と行動を共にし彼女を庇い立ててばかりで司令官に逆らうことが多く

改善の余地が見られないことから文月とともに追い出される




文月、確か挨拶の時は下を向いていて怯えていた。

それでもちゃんと挨拶に来た辺り多少改善はしたのだろうか。

そして長月は文月と寄り添うように隣にいた。

反抗的、と言う程ではないが警戒している態度はあったかもしれない。


しかしどうしてそんなに怯えるようになったのか書かれていないのがもどかしい。



【正規空母 瑞鶴】


姉の翔鶴が再起不能になってから不可解な行動が目立つようになり

出撃命令にも応じないため優秀な正規空母だったが異動となる




不可解な行動…さっきのアレかな。

今度はもっと過激な本を用意しておくか。



【戦艦 武蔵】


大戦艦ということで提督より期待され旗艦に抜擢されたが結果が出ず

その後は出撃拒否が続き最後まで出撃しなかったため異動





挨拶の時は静かにしていた大和型の武蔵

正直眠らせておくには勿体なさすぎる戦力だが…





【駆逐艦 卯月】


提督の悪い噂を流し鎮守府での立場を悪くして艦隊の士気を乱す

何度か渡り歩いた鎮守府でも同様の行為を働いたため提督不在の鎮守府へ追いやられる





悪い噂…か。

これ以上悪くなるものも無さそうだから大丈夫…かな。

最後は…。





【駆逐艦 弥生】


度重なる命令違反を繰り返し、何度注意しても改善する気配が無いため異動となる。





と書かれている

命令違反?あの弥生が?

続きがあった。





渡り歩いた鎮守府で次々と提督が何らかの理由で辞めざるを得ない状況に追い込まれる。

弥生に付いたあだ名は…




提督(疫病神…?)




資料を漁ってみたが朝潮、満潮の分は無かった。

着任してまだそんなに日が経っていないせいだろうか。


一通り読んでみてわかったこと、いや知りたいことがほとんど載っていない。

自分が知りたかったのは…


摩耶や鈴谷が変わってしまった海戦とは

木曾はどうして結果が出ず提督に暴力を振るったのか

文月はなぜ怯え、長月はなぜ庇うのか

瑞鶴がなぜ自分を観察するのか、翔鶴はなぜ再起不能になったのか

武蔵はなぜ出撃拒否をするのか

卯月はなぜ悪い噂を流し、弥生はなぜ疫病神と言われるのか


肝心なところが全然書かれていなかった。

それも仕方ない、この資料は海軍側から作成されたもので艦娘側のことを考えて作られてはいない。

都合の悪いところは隠すのは軍隊どころか会社組織でもよくある話だ。



提督(まずは現状を把握したいところだが…。)



実はすでに動いている。



コンコン、と執務室のドアをノックする音が聞こえた。



弥生「弥生です…入ってもいいですか…?」


提督「ああ、どうぞ」



ドアを開けて弥生が頭を下げて静かに入室する。

机の前まで来たら可愛らしく敬礼する。



弥生「頼まれてた調査、終わりました」


提督「ありがとう、助かった。」



彼女にはこの鎮守府の資源・資材量を調べてもらった。

自分で動いても良かったのだが…。



弥生「ケガ、大丈夫ですか?」


提督「これくらいなんともない、慣れてる」



先程鎮守府の調査を含め調べ歩いていたらいきなり誰かに頭を硬いもので殴られた。

余りの衝撃に気絶してしまったらしく弥生が執務室まで連れてきて快方してくれたらしい。

危険なので弥生が自分から調査を代わると言ってくれた。



提督(資源量は…思ったよりあるな、大本営からの定期支給ももらえているんだな)



提督不在の無法鎮守府といえど鎮守府として存在する限りは支給があるらしい。

燃料、弾薬、鋼材、ボーキサイトともある程度は揃っている。

しかし…



提督(高速修復材が全く無い…)



損傷を負った艦娘を高速で修理するための高速修復材が全く無い。

これではもし大規模作戦等が始まったら修理が追い付かず深海棲艦に攻められてこの鎮守府は落ちてしまう。

おまけに摩耶達三人は多少の損傷ならそのまま出撃してしまい危険でもある。



提督(なんとかしないとな…)



腕を組んで頭を振るって悩んでいると弥生が感想を待っているのかじっと見ているのに気付いた。



弥生「…」


提督「ああすまん、よくまとめてあって分かり易かった。ありがとうな」



立ち上がって弥生を労うため頭を撫でてあげる。

流れるように行ってからハッと気づく。



提督「あ!悪い、つい癖で…」


弥生「いえ…別に…嫌じゃないです…」



前の鎮守府に居たときの駆逐艦の頭を撫でる癖がつい出てしまったが弥生は特に嫌がってはいないようだ。

改めて頭を撫でる、嫌がったり逃げ出す素振りは見せない。

それどころか少し嬉しそうにしているような…?



提督「少し相談があるのだが」


弥生「高速修復材のこと…ですか…?」


提督「察しが良くて助かる、勝手に出撃している連中の今後のことも考えて確保しておいた方が良いと思ってな」



燃料、弾薬などの資源は定期的に支給されるが高速修復材だけは任務をこなしたり遠征で確保してこない限り

増えることは無い。



提督「長距離遠征を行って高速修復材を確保したいのだが遠征に行ってくれそうな子はいるかな?」



鎮守府近海の長距離遠征を行い遠征中にたまに発見できるらしい高速修復材の確保をお願いすることにした。



提督「自分が声掛けても難しいと思うからな。朝潮は頼りになるんだが…色々あって…な」


弥生「当たって…みます、ダメだったら改めて報告に伺います…」


提督「よろしく頼む、俺はちょっと出撃してしまった連中の様子を見てくる、しかし…」


弥生「?」



弥生は首をかしげる。



提督「弥生はどうして俺を色々と手助けしてくれるんだ?」


弥生「どうして…ですか…?」



弥生は少し考えてから答えた。



弥生「司令官が…信じられると思ったからです…」



弥生の意志がしっかりと感じ取れる声で答えた。

その表情は少しだけだが笑っているかのようにも見えた。



提督(俺を信じられる…?どうして…)



会ったばかりで俺の悪評を知っているのにも関わらず協力してくれる弥生が不思議で仕方なかった。




【鎮守府付近 港】



勝手に出撃してしまった摩耶、鈴谷、木曾の様子を見に来た。

と言っても戦闘中の艦娘に近づくわけもいかず、港から双眼鏡で様子を見ることにした。


摩耶、鈴谷は憂さ晴らしといった感じで敵駆逐艦を徹底的に狩っている。

二人とも主砲メインの艤装を身に纏い弾薬の限りを撃ち尽くすまで駆逐艦狩りを行っていた。



提督(摩耶も鈴谷も…自分に合った戦い方なんて微塵もする気は無さそうだな…)



艦隊といった集団ではなく艦娘単艦での行動のため周りと連携した作戦や装備などは無い。

油断をするとすぐに被弾をしてしまう。

相手がまだ駆逐艦だから被害は軽微ではあるがこれが重巡、戦艦等の高火力だったら大変危険だ。


しかしその中で木曾は少し違った動きを見せている。

甲標的を装備して魚雷を多く積み魚雷を当てることばかりをメインにして駆逐艦に攻撃している。



提督(何かこだわりでもあるのか?攻撃が偏りすぎてそのうち動きを読まれるぞ)



憂さ晴らしというよりは自分で何か試しているかのような動きではあるが同じような戦法ばかり取っているため

当てるのが比較的楽な駆逐艦でなければ危険なのは変わりがない。


取り敢えずはこのまま動きを観察することにしたが…






提督「…ん?」





何かがこちらに向かって飛んでくるのが見えた。




【鎮守府近海】



鈴谷「ねーねー、提督がこっちを覗き見てるよ」


摩耶「あぁん?」



気分転換に駆逐艦を狩っていたところへ鈴谷が摩耶に声を掛けた。

彼女は航空巡洋艦ということもあってか非常に目が良いらしい。


かなり離れた提督が何をしてるかすら言い当てる。



木曾「なんだ、ジロジロ見られるのは気分が悪いな」


鈴谷「大方、私達の艤装が吹き飛んで裸になるのを待ってるんじゃないの?」



鈴谷が嫌らしいものを見るかのような表情で言う。



摩耶「ちっ、うざってーな!」


摩耶は主砲を港の方に向ける。



摩耶「あ、手が滑った」



棒読みの声をあげそのまま港へ向けて主砲を放つ。

ちょうど海と港の境辺りに直撃した。



鈴谷「お、提督勘が良いねえ、見事に回避したよ」


木曾「おいおい、当たったらどうするつもりなんだ」


摩耶「当たったら?死体を雑魚どもの餌にしてやればいいだろ、ふんっ」



砲撃を喰らいそうになった提督を見ることもなく三人とも再び駆逐艦狩りに戻っていった。




【鎮守府付近 港】



提督(あ、危ねぇな!)



心臓が早鐘を打つ。

双眼鏡から摩耶がこちらを向いたのと同時に主砲を向けたのに気付いたとき嫌な予感がして後ろへ走った。

数秒後摩耶の主砲が港に直撃をして大きな爆発音とともに港の一部が吹き飛んだ。



提督(もしあのまま動かなかったら…)



今日はこれ以上監視するのは危険と判断しこの場から離れようとした。



瑞鶴「邪魔よ変態っ」



後ろから瑞鶴に背中を蹴飛ばされて前のめりに倒れてしまう。

艤装のついた足で蹴られたためかなり痛い。



提督「ウグッゲホッ!人をこっそり観察するような奴に変態と言われたくないな。覗き魔」


瑞鶴「うるっさいわね!!今度変な本見せたら爆撃機突っ込ませるわよ!」



瑞鶴はそう言ってそのまま鎮守府近海へ海を走っていった。

彼女も憂さ晴らしで出撃していったのだろうか。



提督(一旦戻るか)



取り敢えず弥生の報告を待つために今日は執務室へ戻ろうと思った。


帰ろうとしたところで武蔵が堤防から近海の皆を見ているのに気づいた。

何となく気になってしまったので危険かもしれないが声を掛けてしまう。



提督「武蔵、お前は行かないのか?」



提督が声を掛けるとチラリとこちらを見たがそのままどこかへ行ってしまった。

その背中は何か寂しそうなものがあった。



提督(武蔵が出撃しなくなった理由…か)



遠くで艦載機が発進する音がする。

瑞鶴も駆逐艦狩りを始めたらしい。



提督(まあ今は出撃してくれないと助かる、今は資源も少ないしな)



寂しそうな武蔵の背中を見送った後、弥生と合流するために執務室へ向かった。




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【少し前 鎮守府内】



弥生は提督に頼まれた遠征要員を探していた。

最低でも弥生を含め4人は欲しいとのことだったので頼めそうな駆逐艦から当たってみることにした。


まずは文月と長月の部屋を訪ねた。



文月「あ、弥生ちゃ~ん」


長月「どうかしたのか?」



同じ睦月型の姉妹艦である二人は弥生を歓迎して迎える。



弥生「文月…長月…司令官から…遠征の依頼…」



『遠征』という単語にビクっと文月が震える、そしてガタガタと震え出す。



長月「弥生!文月に遠征の話をしたらダメなのは知っているはずだろう!」



長月がすかさず文月を庇うように前に立ち弥生に食って掛かる。



弥生「知ってる…だからこそ行かなきゃだめ…」



弥生は物怖じせず長月に言い返す。

しばらくそんなやり取りが続いた後文月が口を開いた。



文月「ダメだよ?長月ちゃん、司令官の命令ナラ…行かなきゃ」


長月「文月!?お前何言って…」



文月の様子がおかしいと長月は心配になる。

目は虚ろで焦点が定まっておらずブツブツと何かを言っている。



弥生「じゃあ明日、8:00に港で集合…遅れないで来てね…」


そんな様子を無視するかの様に弥生は要件だけ伝えて行ってしまう。



長月「おい弥生!待て!おーい!ああ、もう文月も本当にいいのか!?」


文月「行かなきゃ…ネ…たくさん…タクサン…」



長月は心配をよそに文月は一人ブツブツと何かを言っていた。




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弥生「卯月…あの…」



弥生は次に自分の部屋へ向かい卯月にお願いをしてみることにした。



卯月「嫌だぴょん、なんで司令官の命令で行かなきゃならないぴょん」


弥生「ダメ…?」


卯月「いくら弥生の頼みでも嫌ぴょん、最近の弥生は変だぴょん、司令官にべったりで」


弥生「べったり…って…ただ仕事を手伝っているだけで…」


卯月「それが変だって言ってるぴょん!提督なんてものは信じられないぴょん!卯月や弥生がこれまで何をされてきたのか忘れたぴょん!?弥生、さっさと目を覚ますぴょん!!」



怒って卯月はどこかへ行ってしまった。

正直卯月に頼み込んで4人目になってもらおうと思ったが当てが外れた。



弥生(あとは…)



満潮は…無理だろう、挨拶の時は明らかに司令官に対して敵意を見せていた。

そうなると頼めそうなのは駆逐艦は朝潮のみとなってしまう。





弥生「朝潮…さん…」



弥生は朝潮が一人の時を見計らって声を掛けた。

満潮と二人で居る時だと満潮が反対して押し切られそうな気がしたからだ。



朝潮「はい、なんでしょうか?」


弥生「明日、遠征することになって…3人は集まったのだけれどあと一人足りなくて…」


朝潮「私に遠征のメンバーに加われと?」


弥生「はい…お願い…します」



朝潮が怪訝そうな目を向ける。



朝潮「それは、あの人の指示ですか?」


弥生「司令官の?…そうだけど」


朝潮「…」



朝潮は考え込んだように黙ってしまう。

少しの沈黙の後弥生が口を開いた。



弥生「司令官は…前は朝潮さんは頼りになるって言ってた…」


朝潮「え?」


弥生「あいつは前も頼りになったって自慢してた…」



そこまで言ってないが朝潮を動かすため脚色してみる。



弥生「弥生からも…どうかお願いします…」



そして弥生は朝潮に対して深々と頭を下げる。


朝潮には弥生からこの遠征に対する何かの決意が感じられた気がした。

このまま朝潮は意地を張って断ってもいいが下手をすれば弥生は三人でも出撃しかねない。

それは危険なためここは折れることにした。



朝潮「わかりました、あなたに言われて仕方なく、ですからね」



何に対して念を押したのかは弥生は何となく察したが言ってしまうとこじれる可能性があったので黙っていた。



弥生「ありがとう…ございます…では明日の8:00、港でお願いします…」


朝潮「あ…はい」



弥生は朝潮へ感謝を伝えその場を離れる。

そのまま執務室へ報告に走った。


朝潮はその姿を見送ったまましばらくその場に留まっていた。



朝潮(つい乗せられちゃった、何やっているんだろう私…)



なんだか今の弥生に以前の自分の姿が重なって見えるような気がして胸が少し苦しくなった。






【翌朝 鎮守府 港】



弥生「おはよう…ございます…」


朝潮「おはようございます!今日はよろしくお願いします!」


弥生「早い…ですね…」


朝潮「こういうことは慣れてますから」



遠征出発の朝、一応旗艦を任されたということで弥生は30分前に集合場所に来ていたが、朝潮はそれよりも早く準備を済ませて待っていた。


その朝潮の姿に弥生はとても大きな頼もしさを感じた。

司令官が彼女を推していたのも良くわかる。



文月「ふみぃ~、死ぬほど眠いよぉ~」


長月「ちゃんと普段から早起きしていないからだ、まったく」



時間近くになって文月と長月も来た、これで今日の遠征メンバーは揃った。

朝潮は何かを探しているのかキョロキョロと周りを見ている。



弥生「司令官なら…見送りには来ないよ…?」


朝潮「別に!あの男を探していたわけではありません!」



即座にムキになって朝潮が否定する。

その表情はどこかがっかりしているように見えなくもない。



弥生「じゃあ…出発します…長距離遠征の反復で修復材の取得を目的とする遠征です。今日はよろしくお願いします…」


長月「あ、ああ。よろしく頼む」


朝潮「はい!よろしくお願いします!」


文月「がんばろうね~」



長月は心配そうに文月を見るが文月に昨日見せた妙な雰囲気は今のところは無い。


弥生旗艦の遠征部隊は鎮守府を出発した。



【鎮守府内 執務室】




提督は遠征に出る艦娘達を見送ろうと港に出ようとしたところを弥生に止められた。



弥生『ダメ…です、司令官はここで帰りを待っていて下さい…』


弥生は絶対に来てはダメだと念を押して港へ向かったのだった。



提督(もしかして朝潮との関係を気にして…?)



確かに今の朝潮と顔を合わせて出撃前に一悶着起こすよりはいいかもしれない。



提督(それじゃあ俺は俺で仕事をするか)



気持ちを切り替えてさっそくひとつ考えていたことを実行に移すことにした。



提督『あー、おはよう。重雷装巡洋艦の木曾、12:00までに執務室へ来てくれ』




放送設備を使い木曽を呼び出すことにした。



【鎮守府内 談話室】



朝の鎮守府に突然提督の館内放送が響く。

談話室に居た摩耶、鈴谷、木曾が顔を見合わせる。



摩耶「なんだなんだ?」


鈴谷「もしかして昨日の砲撃のことだったりして」


木曾「それだったら摩耶が呼ばれるはずだろう?」


摩耶「どうするんだ?」


木曾「行くさ、何の用か気になるしな」


鈴谷「大丈夫~?セクハラされたりして、にひひっ」



鈴谷が笑いながら言う。



木曾「ふん、もしそんなことになったら両手足を縛って海に捨ててやるさ」


鈴谷「おーっ怖っ」


摩耶「はは、そりゃ面白そうだ。その時はぜひ呼んでくれよ」



木曾は立ち上がって早速執務室に向かった。




【鎮守府内 執務室】



あまり時間を掛けずに木曾は執務室を訪れた。

早く来すぎて逆に呆気にとられたくらいだ。



木曾「それで、何の用だ?」



不機嫌オーラを微塵も隠さず木曾は睨みながら言う。

怯むこと無く手元にある資料を見ながら答えた。



提督「お前の過去の戦績、改装後の兵装や最近の出撃状況などを見せてもらったのだが…」


木曾「過去の戦績…?」



過去という単語に反応を示した。

と言っても良い反応ではなく明らかに不機嫌さが増した悪い反応だった。



木曾「人のことをこそこそ調べやがって、何がしたいんだ!」


提督「まあそうカリカリするな、お前の兵装についてなんだが…変に魚雷を意識して使用していないか?」


木曾「…」


提督「お前の軽巡時代からの記録を見せてもらったが魚雷より砲撃の方が命中率が高いし威力も十分に出せている。一度装備を主砲・副砲に変えてみろ。すでに工廠にお前用の装備が準備されているはずだ」


木曾「…それは命令か?」



ドスの利いた脅すような声で木曾が言う、怯む気は毛頭ない。



提督「命令だ、このままではいつか危険な目に…」


木曾「前に摩耶が言ったと思うが…」



提督の話を途中で遮って木曾が膝を上げる。



木曾「お前の命令に従う奴はいないんだよっ!」



そのまま前蹴りで提督の机を思いっきり蹴る。

机が提督の方へ向かって動き、そのまま身体にぶつかりみぞおち辺りに重い衝撃を喰らう。



提督「うぐぅっ!」


木曾「今度下らないことを言ったらバラバラにして海に捨ててやるからな!」



そのまま木曾は執務室から出て行った。







提督(痛てて…まあこうなることは予想はしてたけどな)





腹部の痛みをこらえて提督は室内にある鎮守府内用の電話を取った。




提督(これで諦めるようなら最初から呼び出してないんだよな)





【鎮守府付近 遠征海域】



遠征の結果約4時間の長距離遠征で高速修復材を4つ確保した。

これまでの経験からするとまあまあの結果だと思う。



朝潮「弥生さん…そろそろ、この後、海も荒れる可能性がありますし」


弥生「そうですね…では…」


文月「だめ…」



戻りましょう、と弥生が言いかけたところで文月がその場で急に止まった。



文月「ダメ…ダヨ、足りないヨ?」


長月「お、おい…文月」


文月「ダメダメダメ、足りなイ、足りなイ全然足りなイ」



狂ったように文月が言い始め頭を抱えうずくまった。

朝潮はどうしたらいいかわからないようで戸惑っている。


しかし弥生を見るとそんな文月を冷静に見ていた。



文月「ダメ!ダメ!もっとモッと持って帰らナきゃ!イヤ、いやああ!」


長月「文月!おい!…くっ!」



長月が涙目になって弥生を睨む。



長月「弥生!こうなることはわかっていたはずだ!どうして!」


弥生「…」


長月「文月が前に何をされてきたのか言っていただろう!?なあ!!



文月はその場で膝をついて頭を抱えながらへたり込む。



文月「やだ…もう殴られるのは、補給されないのは…食事を抜かれるのは…」



泣きながら苦しそうな声で文月は続ける。



文月「怖い、よう…もうやだ、何もできないのは…菊月ちゃんが私達を…庇って…いやだよぉ…ふ、ふえぇぇ…えぐっ…ううぅ…」


長月「ふ、文月、大丈夫、大丈夫だからな、っぐ…うぅ…」



朝潮(文月さん…)



彼女の様子を見るに過去にどんな扱いを受けてきたかよくわかる。

ブラック鎮守府と呼ばれるところでは艦娘は兵器、道具のように扱われ、捨て駒にされたり徹底的に酷使されたりということが日常茶飯事らしい。



朝潮(私なんか…恵まれていたのだろう…な…)



前の鎮守府と提督の顔を思い浮かべそうになって思わず朝潮は頭を振った。

とはいえこの状況をどうするか。

天候は悪くなり掛け、燃料も減った自分たちはできれば早いところ帰投したい。



弥生「文月…」



冷静に見ていた弥生がようやく何か言い始めたと思ったらそのまま優しく文月を抱きしめる。



弥生「大丈夫…あの司令官は大丈夫だから…」


文月「でも、でもぉ…」



髪を優しく撫でながら文月に言い聞かせる。

朝潮は複雑な想いでその状況を見守っていた。


弥生「あの司令官は優しい…から…一緒に帰ろう…何も無い、絶対に誰も傷つけないから…大丈夫…」



急に弥生は朝潮の方を振り向いた。



弥生「そうだよね?朝潮さん…」


朝潮「え!?」



急に振られて朝潮はびっくりする。



朝潮(あの司令官なんて…!信じられ…)



その場で怒りが湧いてきて全力で否定しようと思った。

しかし弥生にすがり付いて泣く文月、その場で困り果てて泣きそうな長月。

そして弥生の助けを求めるような視線に耐え切れずに渋々朝潮は折れた。


朝潮「わ、私の前にいた鎮守府の時は、遠征の帰りを温かく迎えてくれましたよ!叱られたり何か嫌なことされたりとか一度もありませんでした!大丈夫ですよ!!」



半ばヤケクソ気味に朝潮は肯定する。



文月「ほんとぉ…?」


朝潮「はい!だから一緒に帰りましょう!」



その言葉にようやく文月は立ち上がり、まだ泣き顔を見せつつもごめんね、と一言言って帰り支度を始める。

それまでの光景を見ていた長月は慌てたように文月を手伝い始めた。



朝潮「では帰投しましょう!殿は私が務めます!長月さんは文月さんに付いて!弥生さんは先頭お願いします!」



照れ隠しなのかつい大声でその場で仕切ってしまう。

弥生が旗艦なのはすっかり忘れているようだ。



弥生(朝潮さん…ありがとう…)



弥生の遠征部隊はそのまま無事、母港へ帰投した。



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【鎮守府内 廊下】



明石「木曾さーん」


木曾「ん?」



執務室から出て行った木曾は憂さ晴らしにまた出撃しようとしたところで明石に呼び止められた。



明石「提督からの命令で木曾さん用の主砲と副砲が完成したので試してほしいのですが」


木曾「あぁ?」



先程のやり取りを思い出して木曾は不機嫌そうに返事をした。



明石「ひぃっ!?睨まないで下さいよ!」


木曾「そんなもんはいらん!廃棄してしまえ!」


明石「ちょっと待ってください!せっかく作ったのに廃棄しろって言うんですか!?」


木曾「あの提督の命令だろ!知るか!」


明石「そんな…」



明石はショックを受けたようにその場で肩をがっくりと落す。



木曾「ん?」


明石「せっかく、せっかく完成したのに…」


木曾「おい?」


明石「提督から命令があって他の仕事をキャンセルして大急ぎで作ったのに…」


木曾「ちょっと」


明石「木曾さん専用の装備になるように徹底して調整したのに…」


木曾「ぐっ」



肩を震わせたかと思ったら明石は涙を零し始めた。



明石「これで少しは被弾せずに帰ってきてくれると思ったのにぃっ!わああああぁぁん!!」



しまいには大声で泣き始めた。



木曾「あああ!もう、わかった!わかったからさっさとよこせ!」



木曾はあっさりと折れた。

というのも実は明石がここに着任して以来被弾して帰ってくる彼女たちの面倒を見ているのは明石だからだ。

無法鎮守府と呼ばれる場所でも艦娘は艦娘に対しては優しい娘で変わりは無かったようだ。


もちろん明石が艦娘の修理を含めた面倒を見るよう提督から言われているというものあるが…。



明石「グスッ…で、では今から工廠で装備の説明をしますね」


明石(提督のためです、嘘泣きも遠慮なしに使わせてもらいますよ)




今回の木曾への装備交換も提督の依頼だった。

その後なんとか木曾を引き止めて欲しいというのも一緒にお願いされた。



提督『木曾がそっちへ行きそうだ!なんとか引き止めて装備交換させてくれ』


明石『な、なんとかって言われても!』



いきなりの提督のお願いを泣き落としでなんとか乗り切った。



木曾「何してるんだ、早く来てくれ」


明石「はーい、今行きまーす」



こうして木曾の装備は魚雷メインから主砲、副砲メインへとチェンジさせることに成功した。






【鎮守府内 執務室】



弥生達4人が帰投し、執務室へ揃って報告に来た。

その中には朝潮も居る。

彼女は目を合わせたくないのか先程から横を向いている。



今はそれよりも文月の様子の方が気になった。

執務室に入ってから俯いてガタガタ震えている。



弥生「司令官…今回の遠征の成果です…」



心配になって文月に声を掛けようとしたところで先に弥生から報告書を差し出された。



提督「ああ、ありがとう。えーっと高速修復材は…4つか」



より文月の震えが酷くなり長月が心配そうに寄り添う。

さっさと終わらせた方が良い気がしたので早めに切り上げることにした。



提督「よし、皆お疲れ様。上々の戦果だ。今日はゆっくり休んでくれ」



弥生たちに向かって座りながらだが頭を下げる。



文月「ふぇっ?」



信じられないものを見るかのように文月がこちらを見る。



文月「それだけ…?」


提督「それだけって…?ああ、そうだ!」



机の引き出しを開けて手を突っ込む。

文月がひぃっと怯え、長月が盾となるかのように庇う。



提督「大本営から間宮券が支給されてきたんだ。ちょうど4枚あるので皆で食べてくれ。ここには間宮の店は無いが券に所属鎮守府と氏名を書いて送れば後日送られてくるから」



4枚の間宮券を弥生に渡す。

弥生は受け取り一人一枚ずつ分けた。

文月も長月も受け取ったが納得いかない様子だ。



文月「文月を…ぶたないの?」


提督「ん?なんでそんなことをしなければならないんだ?」


文月「じゃ、じゃあ明日から食事抜き?」


提督「そんなことしないよ」



文月が信じられないと言った顔で質問を続ける。



文月「じゃあじゃあ、今からもう一度行ってこればいいの?」


提督「いや、だから今日は休んでくれって言ったのだが…?」


文月「じゃあ…」


弥生「文月…」



弥生が優しく文月の頭を撫でる。



弥生「ね?大丈夫って言ったでしょ…」


文月「うぅ…ふぇぇ…っ…」



文月は安堵したのかその場で静かに泣き始めた。



提督(弥生、お前もしかして文月のために…?)



弥生が進んで遠征をしようとしたこと、遠征旗艦を務めたことにようやく合点がいった。

弥生はきっと文月と…



朝潮「私はこれで失礼します」



朝潮が急に切り出しさっさと退出しようとした。



弥生「司令官…朝潮さんは、この遠征で本当に頼りになりました…司令官の言った通りでしたね…天候、残燃料数、索敵と常に把握してくれて帰りは殿もしてくれました」


朝潮「ちょ、ちょっと余計なこと…」


提督「そうだろう?朝潮はとっても頼りになるんだ」


弥生「朝潮さん…今日は本当にありがとうございました…」


朝潮「い、いえ別に私は」


提督「俺からも改めて礼を言う。皆を助けてくれてありがとな、お前は本当に…」


朝潮「失礼しますっ!!」



耐え切れなくなったのか朝潮は執務室を全速力で飛び出していった。




長月(え!?)



長月は目を疑った。


長月(い、今、朝潮に尻尾が見えたような…?)




まるで飼い主に褒められて喜ぶ犬のしっぽが見えた気がして長月は何度も目を擦った。





【鎮守府内 執務室】



提督は集めた資料を一通り確認して一息ついた。


提督(高速修復材が少しでもあると心強いものだ…これからは少しずつでも鎮守府として機能するように…)


長月「失礼するっ」


提督「え?」



色々考えているところにいきなり執務室のドアが開かれた。

入ってきたのは長月だった。



長月「…」



入ってきたのは良いが用件が何なのか中々切り出さない。



提督「どうした?」


長月「司令官…今日は…その…」



言いたいことは決まっているらしいが言葉を選んでいるらしく中々口を開かない。



長月「その…礼を言う」


提督「礼?それはこっちのセリフなんだが、遠征に行ってもらって助か…」


長月「違う、ふ、文月のことだ」


提督「ああ、文月のことか。それだったら礼は弥生に言うと良い」



意外そうな顔でこちらを見上げる。



長月「弥生に?」


提督「今回の遠征は弥生が自分から遠征をするように言ってきたんだ。きっと文月のことを考えてだと思う」


長月「そうなのか…あいつが…いきなり遠征に出ろって言われた時は正気を疑ったが」


提督(全く…弥生のやつ…特に説明もしないまま遠征に誘ったな?)



口下手な弥生の姿が容易に想像ができて少し微笑ましい気持ちになった。

言うことが無くなったのか長月はその場で黙り込んでしまう。

気まずい雰囲気が流れる前にこちらから質問を投げかける。



提督「長月、もしよければ前の鎮守府がどういうところだったか教えてくれないか?」


長月「え?」


提督「嫌なことを思い出すなら無理しなくてもいいが…文月がどんな目に遭ったのか聞いておきたくてな」



長月「そう…だな…」



長月は少しためらった後ぽつぽつと話し出した。



前の鎮守府の提督は階級の低い者で主に遠征等で資源を確保するのが仕事だったらしい。

その仕事か立場が気に入らないのかよく遠征部隊の駆逐艦に八つ当たりしていたという。

高速修復材が思うように確保できない時は殴られたり補給・入渠をさせてもらえなかったり

食事を抜かれたりとやりたい放題だったと長月は口を噛みしめながら続けた。


特に辛かったのは率先して皆の盾になった姉妹艦の菊月のことだ。

彼女は皆に被害がいかないように提督を挑発したりして自ら矢面にたったらしい。


その光景を毎日見せられ、菊月を犠牲にしてしまった罪悪感と暴力の恐怖で文月は塞ぎ込むようになったらしい。



提督「ある程度想像はしていたが…酷い話だな」


長月「だが今回の遠征を機に少しでも立ち直ってくれそうな希望が見えた気がする、弥生と司令官には感謝しないとな」



今後文月が立ち直れそうなことに本当に嬉しそうな長月を見ていたら提督も嬉しくなった。



提督「辛いことだったろうがよく話してくれた、もし今後愚痴りたいことでもあったら遠慮なく言ってくれ。聞いてやることしかできそうにないが話すと楽になるぞ」


長月「愚痴?そんなものはないぞ」


提督「そうか?こういうのは支える側も辛いものだ」


長月「え…」


長月が痛いところを突かれたような顔をする。


やはりな…相当無理をしてきたのだろう。



提督「文月の手前中々言い出せなかっただろうが、今後は…」


長月「そんなものはないと言っているだろう!」



怒って長月は執務室を出て行ってしまう。


静かになった執務室に提督は一人取り残された。



提督(ま、あとは弥生がうまくやってくれるだろう)




そう確信して再び手元にある資料を読み始めた。



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【鎮守府内 文月・長月の部屋前】




長月(なんなんだあいつは!)



長月は先程の言葉を思い出す。



『愚痴りたいことでもあったら遠慮なく言ってくれ』


『こういうのは支える側も辛いものだ』



長月(違う!私は…)



愚痴りたい、支える側も辛いという言葉を頭の中で否定する。



長月(でも…本当は…)



長月は混乱しながらも気が付いたら自分の部屋の前に居た。

入ろうと思う前に弥生が部屋から出てきた。



長月「あ、弥生!今日はありがとう!」


弥生「ううん、長月も…今日はありがとう…それと」




弥生は長月に頭を下げる。




弥生「今までありがとう…文月のそばにいてくれて…」


長月「え?いや、そんなのはいいんだ、当然の…」


弥生「長月が…いてくれたから文月は…ギリギリのところで踏みとどまれた、長月の…おかげ…だよ」



弥生に言われて長月は何かが溢れそうな想いで一杯になった。

油断すると涙が流れそうだったがなんとか堪えた。



弥生「おやすみ…また明日ね」



弥生はそのまま自分の部屋へ戻っていった。

長月はその背中を見送って自分も部屋に戻る。



文月「あ、おかえり~」



部屋に入ると文月が出迎えてくれた、最近は見られなかったスッキリした顔をしている。



文月「しれーかんと何をお話してたのー?」


長月「ああ、間宮券のお礼をな」


長月(結局司令官にお礼は言えなかったが)


文月「ふ~ん、あ!そうだ!」



文月はポケットから先程もらった間宮券を取り出した。


文月「これあげるね~」


長月「え?」



文月は取り出した間宮券を長月に渡そうとする。



長月「これは文月のだろ、お前アイス好きだっただろう」


文月「うん、でもね」



文月は申し訳なさそうに俯く。



文月「これまで長月ちゃんにいっぱい迷惑を掛けてきたから…」


長月「あ…」


文月「ごめんね、ごめんね。ずっと支えてもらってばかりで、ううん、ありがとうね長月ちゃん」



泣き始めた文月は謝罪とお礼を繰り返す。

その姿を見て長月も耐え切れなくなったかのように泣き始めた。



長月「な、何を言う!そんなの姉妹なんだから、と、当然だろ!」


文月「でも、でも長月ちゃんずっと我慢して、私のせいで…ごめんね」


長月(やめろ、これまでずっと…)





長月はずっと我慢してきた。

壊れかけた文月を支える者は自分しかいないと、ずっと一人で様々なものを抱えてきた。

文月が泣きそうなとき、泣いているとき、トラウマに支配され震えているとき、常に傍らにいた。


だが本当は


長月(私も、助けてほしかった…)


辛くて仕方なかった。

誰にも言えず、誰にも頼れず辛かった。



長月(この苦労を誰かにわかってほしかったんだ…!)



文月に恩を着せるつもりは無かったがこの鎮守府に異動させられた後も文月は回復の兆しを見せず、長月はいつ来るかわからない助けを本当は待っていた。

誰かに話を聞いてほしかった、愚痴を聞いてほしかった。


長月の心の奥で蓋をしていた想いが提督の一言で蓋を開けてしまい、想いが溢れ出てしまった。






文月の心の支えである長月も我慢に我慢を重ねて壊れかけていたのだ。


しかし弥生の助けによってギリギリのところで救われることとなった。




長月「いいんだ、いいんだ!これからも一緒にいるから!な!」


文月「ありがとう、長月ちゃん、ありがとう…」



二人は抱きしめ合い一緒に泣いた。

その涙は二人がしてきた苦労の思い出を少しずつ流していくかのようだった。







弥生(良かった…本当に…良かった)


部屋に戻る振りをして様子を伺っていた弥生はもう大丈夫だろうと安堵して今度こそ自分の部屋へ戻っていった。





その足取りは自分でも驚くほどに軽やかになっていた。









嘘と思惑 冤罪と私刑




【鎮守府近海】




木曽「そこだぁ!!」




木曾の甲標的による雷撃、主砲、副砲とも全て命中し近くを徘徊していた敵駆逐イ級は全滅した。



摩耶「ひゅ~、絶好調だな木曾」


鈴谷「やるじゃん、新装備との相性バッチリだね」


木曾「う、うるせぇーーーーーっ!!」




泣いて頼む明石のお願いとはいえ提督の思い通りになってしまった木曾としては複雑な思いだった。







【鎮守府内 執務室】



弥生「司令官…お手紙です…」


提督「ありがとう」



提督のところへ大本営からの書類が弥生の手によって届けられた。

その内容とは




提督(合同遠征と合同演習か…)




内容は3つの鎮守府による合同の遠征と演習の実施についてであった。



遠征に参加するのは自分の鎮守府ともう一つの鎮守府、各3人ずつで合計6人による遠征だ。

合同で遠征することによりいつもと違う艦娘同士意見交換等を行って今後に活かすというものであった。


そしてもう一つが合同演習。

これには3つの鎮守府が3日間の総当たりで最大6人の艦娘による艦隊を編成しての実戦形式の演習だ。



提督(遠征はまだしも演習は…)



弥生「…」



近くにいる弥生の頭を撫でながら思案する。



先日の初遠征の後、ありがたいことに弥生と文月、長月そして朝潮は積極的に遠征に出撃してくれている。

長距離遠征に出て4人で高速修復材を確保してくれるのは心強かった。

自分を信頼してくれる弥生、文月、長月なら合同遠征も行ってくれそうだ。

朝潮は…まだ前のように仕事を直接は頼みづらい。



それよりも問題は演習だ。



近くにいる弥生を手招きして自分の膝をポンポンと叩き膝の上に乗れと促す。



弥生「…」



特に抵抗もなく弥生は提督の膝の上に乗っかる。



相変わらず今日も摩耶、鈴谷、木曾、そして瑞鶴は近海の駆逐艦狩りをやっているようだ。

彼女達の実力はこっそり伺っていたが練度はかなりのもので艦娘単体の実力は確かなものだ。


しかし今度の演習は艦隊として戦うものであり艦隊としての連携等が重要視される。

単体の艦娘6隻と艦娘の艦隊と演習をしても結果は火を見るよりも明らかだろう。





弥生のほっぺたを突っついてみる。柔らかくて気持ちが良い。


弥生「…」


弥生は大人しくじっと座っている。



提督(なんとか艦隊を組んでくれるように頼んでみるか…難しいだろうが)



コンコン、とドアをノックする音が聞こえた、小さい音だったので文月が鳴らしたのがわかる。



提督「どうぞー」


文月「し、失礼しま~す」


文月が入ってきた、最近は俯くこともなくちゃんとこちらを見れるようになった。

受け答えもはっきりしてきてどうやら俺に慣れてきてくれたようだ。




長月「失礼す…ああ!」




長月が入ってくるなり俺の方を指さして大声を上げる。



長月「こら!司令官、変なことをするんじゃない!」


提督「変なこと…?」



弥生のほっぺたを優しくつまんだ。



長月「そういうことをするなと言っている!弥生を離せ!」


弥生「しれいふぁん…そろほろ…」



弥生が降りたそうにしたので離してやる、3人が机の前で揃った。




提督「実は3人にお願いがある、3日後から別の鎮守府との合同遠征が始まるんだがそれに参加してほしい」


文月「合同遠征~?」


長月「なんだそれは、初めて聞くな」


提督「もう一つの鎮守府と合わせて合計6人の艦娘を編成する。かなり長距離遠征になるから恐らく3日間は遠征してもらうことになるだろう」


長月「3日も…」


提督「引き受けてくれるか?」


弥生「了解しました…弥生…お受けします…」



文月と長月が考えようとする間もなく弥生が了解してしまう。



文月「は、はい~がんばります」


長月「わかった、行ってくるよ」



その勢いにつられて二人も了解する。



提督「よろしく頼む。合同遠征の相手は俺の先輩でな、信用できる人だから心配しないでくれ。きっと艦娘もしっかりしてると思う。3人とも3日後までゆっくり休んでくれ、以上だ」



3人は敬礼して執務室を退室した。



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廊下に出たところで長月は弥生に声を掛けた。



長月「弥生、さっきのようなことをされて嫌ならはっきり言うんだぞ」


弥生「さっきの…?」


長月「ほら、髪を撫でまわされたり顔を触られたり…」


弥生「ああ…」



長月が少し心配そうに言うが弥生は意に介していない。



弥生「私…嫌なんて言ったっけ…?」


長月「え?」



その弥生の意外な返事に長月が固まってしまう。



長月「お、おい、弥生、ちょっと待て!それはどういう意味…」



固まる長月を置いて弥生は先に行ってしまう。



文月「わ、私も今度司令官にお願いしてみようかな~?うん」


長月「お前まで何言ってるんだ!」



こちらも意外なことを言っていたが長月としては内心嬉しくもあった。



長月(まあ…文月が司令官を怖がらずに接していることができると思えば良しとするか…)



そう心の中で納得し3人は遠征の準備に取り掛かった。



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【翌日 鎮守府内 執務室】



館内放送を使い摩耶、鈴谷、木曾、瑞鶴、武蔵、朝潮、満潮、卯月を呼びだした。

遠征に出る予定の弥生、長月、文月以外の鎮守府メンバーだ。

全員時間通りに来てくれたのがまたしても意外だった。


提督「3日後から3つの鎮守府による合同演習がある。そのためにこの中のメンバーで艦隊を組んでみようと思うんだが…」



ここまで言って艦娘達の反応をみる。

冷ややかな視線を投げかける者、無関心な者、明後日の方向を向いている者。

初日の挨拶の時と皆変わらなかった。



提督「今日から…合同演習のために準備を…」



続きを言おうとしたところで無関心な姿を見せていた武蔵が執務室を出て行く。

それに合わせて卯月、瑞鶴、満潮が出て行く。



摩耶「提督さんよぉ、忘れたのか?ここでてめえに従う艦娘はいないって言わなかったか?」


鈴谷「最近駆逐艦の子と仲良くなり始めて調子に乗ってるんじゃないの~?」


木曾「少なくとも俺達はお前の言うことなんか聞かないからな」


満潮「…」


瑞鶴「時間の無駄ね、帰っていい?」



次々と冷たい言葉を投げかけられて思わず絶句した。

残りの4人も出て行こうとしたがここで引き下がるわけにはいかない。



提督「頼む!なんとか協力してくれないか!?このままでは…」



思わず立ち上がって摩耶の肩をつかんでしまった。



摩耶「汚い手であたしに触るんじゃねぇ!!」



振り向き様に摩耶に腕をつかまれてものすごい力とともに投げ捨てられた。

身体が宙に浮き執務室の机を越えて床に落ちる。



提督「っぐ…グハッ…!」


背中から落ちてしまい提督は息が詰まりせき込んでしまう。



朝潮「あ!?…し、失礼しますっ」



一瞬駆け寄ろうとしたかのように見えた朝潮が立ち止まり執務室を走り去ってしまう。



鈴谷「摩耶が乱暴するから朝潮がびびって逃げちゃったじゃん」


摩耶「こいつが汚い手で触るから」


木曾「後でちゃんと朝潮にフォローしておくんだぞ」



床に転がった提督をそのままにして皆出て行ってしまった。














提督「惨めなものだな…俺は」


身体の痛みで立ち上がることができない提督は床に倒れながら一人呟いた。


今後どうするか考えるのも嫌な気持ちになってきた。



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【鎮守府内 弥生と卯月の部屋】



弥生「明後日から他の鎮守府と合同遠征に行ってくる…3日くらい…」


卯月「き、聞いてないぴょん!」


弥生「言ってなかったし卯月…私の話、聞いてくれないし…」


卯月「う…」



少し咎めるような言い方をされて卯月が言葉に詰まる。



卯月「さ、最近の弥生は司令官にべったりぴょん!おかしいぴょん!」


弥生「司令官を…そんなに悪く…言わないで…」


卯月「海軍提督なんてものは信じられないぴょん!これまで皆最悪だったぴょん!」


弥生「あの人は違う…信用できる…から…」


卯月「できないぴょん!あいつも前の鎮守府で色々やらかしたからここに来たんだぴょん!」


弥生「でもそれは…」


卯月「もう寝るぴょん!遠征行くなら勝手にするぴょん!」



弥生の言葉に卯月は全く耳を傾けず一人ベッドに入ってしまった。



弥生「卯月…お願い…話を聞いてよ…」


卯月「うるさいぴょん!もう弥生なんか知らないぴょん!!」


弥生「卯月…」




やがて弥生は諦めて自分も遠征に備え眠ることにした。



二人とも背を向けるような気持ちで眠りにつき寂しい夜を過ごした。



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【2日後 鎮守府 港】




提督「じゃあ3日間よろしく頼むな、弥生、文月、長月」



提督は合同遠征に出かける3人の駆逐艦を見送りに来た。

合同遠征は合流ポイントまでは各鎮守府から出撃してそのポイントまで行く必要がある。

よってここで彼女達とは一時お別れとなった。



提督「弥生、合流までの旗艦をよろしく頼んだぞ」


弥生「はい…お任せ下さい…」


文月「行ってきま~す」


長月「では出撃する」


提督「ん。あー、ちょっと待った」



3人が出撃しようとしたところを提督が待ったを掛ける。



提督「お前達、好きな食べ物はなんだ?」


長月「は?」


提督「なんでも良い、言ってみろ」



いきなりの提督の質問に意図が読めず3人は少し考えた。



弥生「ハヤシライス…かな?」


文月「え~っとチーズケーキ?」


長月「あ、あ、ああの鶏肉に甘辛いソースを混ぜた…名前がわからん!」


提督「見事にバラバラだな…まあその方がやりがいがあるが!」


弥生「?」


文月「ふぇ?」



提督は自信満々に胸を叩いた。



提督「よーし、帰ってきたら全部作ってやる!」


文月「ほんと~?やった~」


長月「だ、大丈夫か?作れるのか?」


提督「任せておけ、小さい頃から料理は慣れたもんだ。言っておくが自信あるぞ」


弥生「楽しみです…」


文月「がんばってきますね~」


長月「き、期待してるからなっ」


駆逐艦たちの目がキラキラしていた気がして提督は微笑ましい気持ちで出発を見送った。

そして遠ざかる3人を見て寂しさと3日間不在となる不安がやってくるのだった。









【鎮守府 正門前】






提督(そろそろかな…?)



提督は合同演習前に視察に来る別の鎮守府の海軍提督を待っていた。

その人物は提督の上官にあたる人でもある。




提督(正直会いたいとは思わんが…)




その上官は艦娘に対して冷たく、海域攻略作戦でも強引な策を取ることもあり相性は最悪だった。

しかし上官のため失礼な態度を取るわけにもいかず仕方なく出迎えることにした。




高級なセダン車が正門前に止まり中から小太りで50代くらいの上官が出てきた。



提督「本日は遠いところわざわざありがとうございます」


上官「ふんっ。本当に遠いな、面倒なことこの上ない」



提督の挨拶に上官は鼻で適当に答え部下を2人引き連れて鎮守府内に勝手に入っていく。

予想はしていたが向こうもどうやら提督を嫌っているようだ。



提督(摩耶達が出撃してて助かった…)



上官と摩耶達が会ってしまったら何が起こるかわからない。

うっかり暴力沙汰になって血の雨を見ることにならず提督はほっとした。



提督「こちらです、ご案内します」



鎮守府内を一通り案内(といってもほとんど勝手に見回っていた)したあと合同演習の打合せ用の書類を準備するため

提督は上官達と別れ執務室に向かった。

上官はもう少し自分達で見回ってから帰ると言ってさっさと反対方向へ行ってしまった。



提督(何事も無かったな…わざわざ見に来るんだから何か意図があって視察に来たと思ったが…?)



少し気味が悪かったが面倒な視察の同行が終わり気持ちが楽になったのでそれ以上考えることはなかった。




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【鎮守府内 廊下】




…誰かが近づいてくる。



上官「おい、手筈通りやれよ」


部下「はい」



上官と部下は何かを打合せして急に大声で話し出した。






部下「それにしてもビックリしましたね、あの提督、この鎮守府の駆逐艦を見事従えてました」


上官「あいつの得意分野だからな、懐柔は。だがそれには少しやり方があるみたいでな」


部下「やり方?」


上官「ああ、下劣なやり方なのだが…」



誰かが少し離れた場所でその会話を聞いている。



上官「まず気弱そうな艦娘を選んで二人きりになったところで仲の良い艦娘を解体すると脅す」


部下「脅迫ですか?」


上官「脅して従わせるのではなくそこで一度その艦娘を犯してしまうらしい」


部下「うわっ本当ですか!」


上官「そう、提督に逆らうとどうなるか身も心もボロボロにして思い知らせてやるんだと」


部下「へぇ…でもそんなことして抵抗されないんですかね」


上官「だからこそ気弱な艦娘を選ぶんだよ、仲の良い子を盾にしてな」


部下「えげつないですね~」


上官「ここの鎮守府だと…弥生とか言ったかなぁ、着任早々目を付けたらしい」


部下「さすが、手が早いなあ」


上官「さっき自慢してたよ、犯している写真を見せながらな」


部下「前の鎮守府でもやってたんですかねぇ」


上官「恐らくな、それがばれることを…」


誰かが走り去る音が聞こえた。







上官「…これでこの鎮守府もあの男も終わりだろう」


部下「ですね」



上官と部下は嫌らしい笑みを浮かべた。





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卯月は走り出した。


(弥生が!弥生が!!おかしいと思ったぴょん!!!!)


(ごめんね、弥生!気づいてあげられなかったぴょん!!!!)


(弥生が!自分の盾になってたぴょん!?)


(司令官!絶対に絶対に許さないぴょんっ!!!!)


(で、でも…どうするぴょん!?誰か!誰か!!!)


卯月の思考は弥生を助けること、自分のせいで提督に犯されていた弥生への罪悪感と提督に対する大きな怒り、早くなんとかして欲しいという焦り、それらが混じりあって滅茶苦茶な状態だった。



(誰か助けて!誰かぁ!!)



卯月は泣きながら鎮守府を走りあちこちを駆けずり回った。

最終的には外に出たところで近海で駆逐艦を狩って帰ってきた摩耶達に出会う。

今日は3人だけでなく瑞鶴と満潮も一緒だったようだ。



摩耶「お、おい!ど、どうしたんだ卯月」



泣いている卯月を見てビックリした摩耶達が心配そうに駆け寄る。



鈴谷「ねえ、何かあったの?」



泣いていた卯月のところへ摩耶、鈴谷、木曾、瑞鶴、満潮が駆け寄る。



卯月「ふえぇっぐずっうっうえぇぇ…えぐっ、うぐっ…」



卯月は泣きじゃくった子供のような状態で中々話せない。

木曾が膝をついて卯月の顔を持っていたハンカチで拭ってあげる。


しばらくそうしているとようやく落ち着いた卯月が話し始めた。




卯月「や、弥生が…弥生がっ!」


瑞鶴「弥生がどうかしたの?今日から遠征じゃなかったの?」



執務室を覗き見しているため瑞鶴は遠征に行っていることを知っていた。




卯月「弥生が、その、し、司令官っに…」


満潮「司令官が何?あいつに何かされたの?」


卯月「その、その…」



卯月はその後の言葉が中々見つからなかった。

弥生が司令官に犯されていたなどとはっきり口にしてしまっては弥生の名誉も傷つけることになるかもしれない。



木曾「ゆっくりでいい、落ち着いて言うんだ」


卯月「その…司令官に乱暴されて…お、犯されたって…」


摩耶「なっ!?なんだよそれ!!」


鈴谷「嘘!?マジなの!?」


卯月「ひぅっ、わ、私を、盾にして、脅して…」


木曾「ほう…」


卯月「写真、を、撮って…また、脅したって…」


満潮「…」


瑞鶴「…」


卯月「た、助けて…えぐっ…お願い、弥生を…助けてぇ…」



泣き出しながら卯月は摩耶達を見上げて懇願する。

怒りが噴出しそうな顔をした摩耶、鈴谷、木曾がそこにいた。



摩耶「あいつ…絶対に許さねえ!!」


鈴谷「なーんか急に仲良くなったと思ったら、そうゆうことだったのねぇ」


木曾「元々クズだとは思ってたがここまで腐っていたとはな…くそっ!!」


満潮「…」




3人は足早に鎮守府内へ入っていく、その後を無言で満潮が付いていく。



卯月「ま、待って…」



よろよろと卯月が少し遅れて鎮守府へ入っていった。











瑞鶴「…」


瑞鶴は一人取り残された。



瑞鶴(あいつが…そんなことしてたようには思えなかったけど…?)



瑞鶴は偵察機を使って度々執務室を覗き見ていた。

たまに卑猥な本を見せられて撤退したがそれでも覗き見を続けていた。



瑞鶴(普通に仲良くしてたと思うけど…?)



最近は駆逐艦3人と仲良くおしゃべりしたりお菓子を食べたりしていた。

特に弥生は懐いていて自分から提督に接していたように見えたが。


瑞鶴の脳裏に褒めて欲しそうに色々と手伝う弥生の姿が思い浮かんだが…



瑞鶴(ま、どうでもいいか。あいつがどうなろうと私の知ったことじゃないし)



瑞鶴はさっさと自分の部屋へ向かった。





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【鎮守府内 執務室】




提督「こんなものでいいか…」


提督はこの鎮守府の艦娘のデータを元に艦隊を組んで出撃した場合の作戦を考えていた。



提督(演習用に準備はしたが…無駄に終わりそうだな…)



艦娘達が従ってくれる可能性がゼロに等しいためせっかく準備したが達成感がまるで無かった。

資料を机にしまい込む。

机の上には料理の本が姿を見せた。



提督(さて、そろそろこっちの準備もしておくか)



料理の本は弥生、文月、長月達の帰還時にごちそうするためのレシピが載っている。

先程それに合わせた料理道具を町へ買いに行き、自費で買い揃えた。




弥生達の喜ぶ姿を想像して少しだが気持ちが楽になり前向きな気持ちになりそうになった時…







バァンッ!!






いきなり執務室のドアが勢いよく開き摩耶、鈴谷、木曾、満潮が姿を見せた。

大きな音に提督もびっくりして椅子からずり落ちそうになった。



提督「な、なんだいきなり!?」



無言で近づいてきた摩耶に胸倉を思いっきり掴まれてそのまま顔面を殴られた。



提督「ぐあぁっ!!」


摩耶「最低だな、このクソ野郎がっ!!」



顔面を殴られて後ろへ吹っ飛ぶ、受け身もまともに取れず床に転がった。

艦娘達の力は艤装が無くても成人男性くらいの力は持っている。


その艦娘の拳をまともに受けて立ち上がれないほどのダメージを負った。



提督「ぐっ…うぐ…ガハッ…」


摩耶「出せよ!てめえが撮った写真を全部!」


提督「しゃ、写真…何のことだ…?」


摩耶「しらばっくれんじゃねえ!さっさと出せ!!」



また近づいてきた摩耶に胸倉を掴まれ持ち上げられた。

片手で成人男性を持ち上げるのは艦娘だからできることだろう。


摩耶はそのまま腹部と顔面に何発も拳をめり込ませた。



提督「やめ、やめ、ろ…うぐっ、ぐあぁ!」



殴られて口の中を切ったのか提督は血を噴き出した。



摩耶「だまれ!てめえがあの娘にしたことに比べりゃぁなあ!」


提督(何を、何を言っているんだ…!?)



状況が全く飲み込めず提督は殴られ続けた。

その後思いっきり床に投げ捨てられ鈴谷の近くに転がった。




鈴谷「提督ぅ、そんなに女の子が好きならさぁ」



鈴谷は自分の右足を後ろへ逸らし…



鈴谷「あたしのパンツ見せてあげようかあ!?」



その右足のつま先を提督の顔面にめり込ませ蹴り上げた。

提督の身体が1メートルほど宙に浮き床に叩き付けられた。

顔からは鼻血が流れピクピクと身体を痙攣させている。



鈴谷「うわっきもっ」


その姿を見て鈴谷が嫌悪する。

その眼差しは心からの侮蔑を含んでいた。



提督(一体なんだ、何が何だか…)



想像を絶する全身の痛みに悶えながら提督は必死に考える。

なぜいきなり襲われるのか、何に対し怒っているのか、写真とは何なのか。

普段の提督なら冷静に考えられたかもしれないがこの状況では思考がまとまらない。



摩耶「まだ答えねえつもりか…ああ!?」



摩耶が三度近づいてくる、また殴られるのかと恐怖とともに身構える。



木曾「待て、殺す気か」



木曾が待ったを掛けた。



摩耶「んだよ!止めんのか」


木曾「殺してしまったらもう苦しめられないだろう、それに先に聞かなければならないこともあるだろ」


摩耶「ちっ」



木曾が間に入って提督を見る、そのまま髪を掴まれて近くに引き寄せられる。

引っ張られた髪の痛みと全身の痛みで提督は呻いた。



木曾「ほら、さっさと写真を出すんだよ。お前が駆逐艦の子にしたことの写真だよ」


提督(ま、まただ…一体何なんだ)



先程の摩耶といい木曾といい何を出せと言っているのかわからない。



提督「何の…写真だ、い…ったい、何のことだ…」


摩耶「てめえが弥生にしたことだよ!言わせんなこのクソ野郎がぁ!」



摩耶にまた顔面を殴られた。

歯が一本飛んでいったような気がする。



提督「わか、らない…俺、は、何も…して、ない」



口の中が傷だらけで喋るのも難しくなってきた。

待っているのがもどかしくなってきた鈴谷は勝手に机を探し始めた。



鈴谷「なにこれ、料理道具?新品だねぇ」



鈴谷はその料理道具を持ち上げ


提督「や、やめ…」


鈴谷「おりゃぁ!!」



別の料理道具に思いっきりぶつけて破壊した。



鈴谷「だめじゃん提督ぅ、鎮守府のお金を無駄遣いしてさぁ?」


提督(そんな…それは…)



提督が弥生達のために買ってきた料理道具を破壊された。

ショックを隠せずにがっくりと力を失う。


木曾も提督をその場に捨てて摩耶とともに棚のあたりを探し始める。

満潮は冷たい目で床に転がる提督を見下ろす。



鈴谷「無いねー、どこにも」


木曾「隠しているのか?それとも処分したか?」


摩耶「クソッどこにも見当たらねーじゃ…ん…?」




摩耶は棚に大事そうに飾られていた何かを見つけた。

シルバーのバックルで盾と船をモチーフにしたデザインのものだ。


他の物と違い大切にしているのがなぜか伝わってくる。



提督「そ!それ…は!や、やめて、くれ!それだけ…は」



提督はそれを見た瞬間痛む身体を押してその場の誰かの足を掴んで懇願する。

傷だらけの口で喋るのもままならないが無理をしてでも止めようとする。



提督「たの、む。俺が…気に、入らな…い、なら好きに、していい、だから…それだけは」


満潮「…」



その近くの誰かに懇願する、それは冷ややかに見下ろしていた満潮だった。

満潮はその場で思いっきり提督のあばら辺りを蹴った。



提督「グボァッグハッアア、アガッアアッア」



その衝撃に耐えきれなかった提督はその場で血と吐瀉物をぶちまけてしまう。



摩耶「なんだ、お前の大事なものか…?」




摩耶はバックルを持った手を離し床へ落す。

ゴトッと重い金属音がする。



摩耶「てめえは…てめえらはその大事なものを奪ったんだろうがぁ!!!」




摩耶の脳裏に何かがよぎったのか、彼女からものすごい怒りを感じる。

そしてそのバックルを力の限り踏みつけ粉々に破壊した。



提督「あ…」





このバックルを作ってくれた者達の言葉を思い出してしまう。





『提督のために作りました、受け取ってください!』



『大事にしなさいよ!みんな頑張って作ったんだからっ!』






大切にしてきたバックルを壊されてしまったという現実を受け入れ全身が絶望感でいっぱいになる。



提督(そんな…そんなぁ…)



摩耶達は一通り部屋を荒しながら探し回ったが結局目的物は見つからなかったようだった。

一旦諦めて撤収することにしたようだ。



摩耶「おい!てめえが白状しない限り毎日来てやるからな!」


鈴谷「聞いてないんじゃない?」


木曾「ふん、意識を失ったか?行くぞ」


満潮「…」



まるで死んでいるかのように倒れている提督をそのままに4人は出て行った。








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その光景をずっと見ていた者がいた。


卯月「あ…あ…」



卯月は耐え切れずにその場を逃げ出した。



(こ、これで良かった、良かったぴょん…)



走りながら考える。



(本当に、これで、弥生を…)



本当に?



(弥生はもう傷つかないで済む…)



本当に?傷ついてた?



(あの司令官は悪者…)



本当に?



(弥生に乱暴を…)



してた?本当に?



(あの上官達が言って…)



信用できる人だったか?あの人達。




自分を正当化しようとする自問自答を繰り返すうちに…











(あ…)




気が付いたら部屋にいた。

弥生が不在の部屋で卯月は一人布団に包まる。



(本当に?本当に…)



これで良かったのか?

あの司令官は本当に弥生を犯していたか?

もし弥生に変化があったら自分は真っ先に気が付かないか?

そもそも最近の弥生は楽しそうじゃなかったか?

あの上官が嘘を言っていたんじゃないのか?



(これで、良かったぴょん?…?本当に…?)



卯月は次第に自分がとんでもないことを起こしてしまったと思い始めた。

提督への罪悪感でもない、弥生を守れたという達成感でもない。







自分は嘘を、とんでもない嘘をついてしまったんじゃないか?







今、卯月を心の中を浸食しているもの



(もし、弥生にこの嘘がばれたら…)




その恐怖に支配された卯月は眠れぬ夜を過ごすことになった。






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【鎮守府内 執務室】




どれくらい意識を失っていたのだろうか。

提督はうつ伏せになったまま目を覚ました。

全身が痛くて言うことを聞いてくれず、起き上がることもできなかった。



目を開けた視線の先に見えたもの。

それは先程摩耶に破壊されたシルバーのバックルの残骸だった。



提督が2つ前の鎮守府を去る時に艦娘達から贈られた大事なバックル。





『あなたを守れる船でいられますようにって想いが込められてます、ねっ』




『恥ずかしいから言うんじゃないわよ!もう!』






作ってくれた艦娘の言葉を思い出し、提督の目から涙が溢れてきた。



提督「う…うぅ…」



泣いても誰も助けてくれず、慰めてくれない寂しさにも打ちのめされる。



提督(帰りたい…前の鎮守府に…)



理不尽な暴力への憤りと恐怖、前の鎮守府への懐かしさと未練。

この鎮守府で出会った朝潮からの怒りと悲しみの視線、その朝潮への罪悪感。

大事な思い出を破壊された悲しみと絶望感。


その全てが今の提督を包み、耐え切れず一人静かに泣き始めた。




提督(あの時…あの時の選択は間違いだったのか…?)




ひとりで全てを抱えることを決断した。

覚悟もしたはずだった。



しかしここにきて我慢に我慢を重ねていた提督の心は限界に近付いていた。





提督(間違って、いたんだろうか…なあ…羽黒…神通…)



思い出すのは前の鎮守府で支えてくれた艦娘の顔…




提督(朝潮…)



意識を失ったのか、眠りについてしまったのか、提督はそのまま涙を流しながら意識を手放した。






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【鎮守府へ向かう船】


合同演習に向かうための船が進む。

そこには艦娘達とそれをまとめる提督がいた。



水無月「さっちん、あとどれくらいかなあ!?」


皐月「陽が昇るくらいには着くらしいよ!」


水無月「楽しみだね!司令官に早く会いたいなあ!!」


皐月「うん!」



船の甲板ではしゃぐふたりに誰か近づいてくる。



加賀「着くのは6時間くらい後ですか、気分が高揚します」


皐月「加賀さんも楽しみなんだね!司令官に会うの!」


加賀「ええ、でも一番楽しみにしているのは…」



加賀は後ろを振り向く、もう一人近づいてきたみたいだ。



水無月「うわっ神通さん、目が真っ赤だよ!」


神通「…」


皐月「だ、大丈夫?」


神通「身体が火照って…」


皐月「え?」


神通「楽しみすぎて…眠れませんでした…」


加賀「何をやっているのあなたは…」


神通「もう三日前から…ずっと…」


水無月「ちょっと!大丈夫なの!?」



加賀はやれやれと頭を抱え呆れる。



加賀「そんな酷い寝不足の顔で提督に会うつもりなの?少しでもいいから横になってなさい」


神通「はい…すみません…」


来たばかりだったが神通は船内に戻っていった。








神通(もうすぐ、もうすぐ会える…提督…はやく会いたい…!)









軽巡洋艦 神通


前の鎮守府で提督が最も信頼を置いていた艦娘だった。















偽りの心 本当の気持ち




【合同遠征 合流地点】



弥生「到着…ですね…」



弥生と文月、長月は合同遠征の合流地点に無事到着した。

そこには軽巡洋艦の川内型、川内と那珂、そしてもう一人。



文月・長月「ああ!」



そこにいたもう一人のメンバーを見て文月と長月は思わず声を上げてしまう。



菊月「久しぶりだな、元気だったか?」



同じ睦月型の9番艦、菊月だった。


前の鎮守府で一緒だった菊月。

暴力に怯える仲間達を庇ってくれた菊月。



文月「き、菊月ちゃん!」


長月「菊月ぃ!!」



合流相手への挨拶も忘れてしまい文月と長月は菊月へ駆け寄る。



文月「菊月ちゃん、あのね、その…」


長月「あ、あのなっ、菊月…」



慌ててしまい、ふたりとも言いたいことが中々言葉として出てこない。

そんな二人を笑顔で見守っていた菊月はもどかしくなったのか二人を引き寄せて両手で抱きしめる。

嬉しくなって文月と長月は泣きそうになりながら抱きしめ返す。



文月「ごめんね、菊月ちゃん、助けてもらってばかりで、ごめんね、ありがとね」


長月「すまない、すまなかった菊月!私はお前に何も…何もしてやれず…っ!」


菊月「いいんだ」



菊月は更に力強く二人を抱きしめる。



菊月「姉妹なんだから助けるのは当然だろう?」



当たり前のように、しかし力強く菊月ははっきりと言った。

偶然か、先日長月が文月に言ったセリフと同じで文月も長月も嬉しさが溢れ泣き出してしまう。



文月、長月、そして恐らく菊月の心残りだったお互いへの心配、愛情、謝罪の気持ちと罪悪感。

それらが混じり合った胸のつかえが完全に解消されたように思える光景だった。



その光景を温かい目で見守っていた弥生、そして川内と那珂は改めて顔を合わせる。



弥生「睦月型3番艦、弥生です…こちらは文月と長月。これより合流します」



小さく敬礼を決めて挨拶をする。



川内「川内型1番艦、川内だよ、今回の旗艦を務めさせて頂くわ。よろしくね」


那珂「妹の3番艦、那珂ちゃんだよー。よっろしくぅ!こっちは…もう知ってるか、菊月ちゃんだよ」



お互い挨拶を済ませ楽にする。



弥生「もしかして…菊月が来たのは…」


川内「そちらの提督からわざわざご指名があったのはこういうことだったのね」


那珂「感動の再会だよぉ!那珂ちゃんも貰泣きしそうっ!」



文月、長月がまだ泣きながら菊月を抱きしめ、菊月はそれに応える。



弥生(良かった…本当に、良かったね…文月、長月)



川内「私達あなたのところの提督と付き合い長いんだけど…」



川内が弥生に話しかけてきた。



川内「大丈夫?元気にやってる?」


弥生「苦労はしてる、と思う…けど…頑張ってます…」


川内「そう…まぁ、あなた達の様子を見る限り心配は無さそうだね」


那珂「これで神通ちゃんも安心だね」



那珂が安堵したかのようにため息を吐いた。



川内「はーい、そろそろ行くよ。」



川内が号令をかけて全員揃え出発の準備をする。

弥生達6人の合同遠征が始まった。



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弥生(司令官…ありがとう…)



この鎮守府に提督が来てから何度目だろう、弥生には嬉しいことがたくさんあった。

帰ったら文月達のことを提督に報告しよう。

それだけじゃなくて卯月に、他の艦娘にも話して少しでも提督を信用してもらえるように説得しよう。



弥生(うん…きっとわかってくれるよね…)



そう思うと自然と気持ちが前向きになる。



弥生(司令官…今なにしてるかな)



帰ったら提督はきっとごちそうを作って待っているだろう。

また膝の上に乗せてもらおう。

もしかしたら提督が食べさせてくれるかもしれない。



弥生(早く…帰りたい…でもしっかりと遠征をこなさないと…)



水平線の向こうにあるであろう鎮守府の方向を見た。

弥生は早く帰りたい気持ちとこの遠征を無事済ませて提督に褒められたい気持ちになった。



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【鎮守府内 執務室前】




朝潮はある資料を提督のもとへ届けるために執務室へ向かっていた。

その資料とは鎮守府の現在の資源量などをまとめた書類で本来は弥生が任されていた仕事だった。


しかし合同遠征前日でも弥生が資料作成をしていたのを見かねた朝潮が声を掛けて仕事を変わったのである。



弥生『ありがとう…司令官に届けて下さい…必ず…直接…』


朝潮『わ、わかりました』




『直接』というのを念押しされて朝潮は少し後悔をした。

提督と顔を合わせるのは抵抗がある。

この鎮守府に来てからまともに会話すらしていないのだ。


朝潮(私はあの人を許せない…絶対に…)



しかし弥生に頼まれた手前途中で仕事を投げ出すほど朝潮は無責任になれる娘ではない。



朝潮「これは仕事です、だからしょうがないんです。はい」



そう自分に言い聞かせる声は廊下に虚しく響く。



朝潮(さっさと渡して退散しよう)



朝潮は執務室のドアをノックする。



朝潮「あれ…?」



返事が無い、提督は不在なのだろうか。

ホッとした気持ちとほんの少しの落胆が朝潮を包む。



朝潮(いない、か…書類だけ置いて…)



顔を合わせずに済むと思ったけど…



弥生『必ず…直接』



弥生の言葉を思い出した。



朝潮(ああ、もう!仕方ないですね!)



責任感の強い朝潮はちゃんと言われた通り提督に直接渡すため執務室の中で待つことにした。

ドアを開けるとやはり提督はいないのか中は真っ暗だ。

中に入りかけたところで朝潮は違和感を感じる。



朝潮(部屋が…荒されてる?)



朝潮は部屋に入り中を見渡す。

壊れた物が散乱していて机も荒されて滅茶苦茶になっている。

棚も中を探られた跡があり何かを探した跡のようだった。



朝潮(な、何…?泥棒でも入ったの…?)



恐怖すら感じるその光景に朝潮は外に出ようとしたところで誰かが倒れているのに気が付いた。



朝潮「し、司令官っ!!!!」



うつ伏せのまま倒れている提督に慌てて近寄る。

大声を上げてしまったが提督の反応は全く無い。



朝潮「司令官!司令官っ!!」



近くまで寄って提督の顔を見る。

その顔は腫上がり口と鼻からは血が流れた痕がある。

流血はせずもう乾燥し始めているようだ。



朝潮「あっ…」



顔を見て朝潮は気づいた。



朝潮(涙の…あと…)



提督が泣いていたのか、涙の痕が残されていた。

それを見た朝潮は溢れだす想いが止められなかった。



朝潮「司令官!しっかり、しっかりしてください!司令官!!」



必死になって声を掛けたところで提督がうめき声を上げる。

助け起こそうとするが少し動かしただけで提督が痛みに顔を歪めたのですぐにゆっくり戻した。



朝潮(どうしようどうしようどうしよう!?何をすればいいかわからない!私は…!?)



すぐに何とかしないと、という想いが先行して中々考えがまとまらない。

そんな朝潮にある言葉が聞こえてきた。




『慌てるとき、焦るとき、怒ったとき程冷静にな』



以前提督がよく言っていた言葉だ。

ハッと自分を見つめ直し、その場で深い深呼吸をする。



朝潮(今ここで私にできることなんて何もない…だったら!)



弾かれたように朝潮は廊下へ飛び出し走り出した。



朝潮(誰か、誰か助けを…!)



助けてくれる艦娘を探すしかない。

この鎮守府の仲間達の顔が頭をよぎる。

よりにもよって助けてくれそうな弥生達が遠征中だ。

また思考が慌て始めて助けてくれそうな艦娘が思い浮かばない。




朝潮(助けて!誰か、司令官を助けてっ!)











朝潮は自分を、そして仲間達を裏切った提督を憎んでいたはずだった。

顔も二度と合わせたくないはずだった。

一生許さないと怒りを覚えたはずだった。




しかし今はそんなことは朝潮の頭から完全に消えてしまい、助けを求めて奔走した。





ドンッ!



朝潮「うぁっ!?」




鎮守府内を走り回っていると誰かにぶつかった。

勢いよくぶつかったはずなのに相手はびくともしなかった。



武蔵「朝潮…?」



ぶつかった相手を見て見ると戦艦、武蔵だった。



朝潮「む、武蔵さん!、えっと、た、助けてくださいっ!」



精神的に限界が来ていた朝潮は武蔵にすがり付き懇願する。



朝潮「お願いします!助けてください!司令官が、司令官が!えぐっ…うっ…このままだと…!」



すがり付いた朝潮の肩を優しく両手で掴み武蔵は目を見て話を聞いてあげる。



朝潮「お、お願いしますっ司令官がケガを、大怪我して、私どうしたら、うぅっ」



ここまで自身の中の混乱を抑えてきた朝潮は武蔵に我慢していたものを吐き出し

それを武蔵が受け止めようとしてくれたため、ついに涙まで流してしまった。



武蔵「わかった…執務室だな」



そんな朝潮の願いを武蔵は頭に手をポンと乗せて答えてあげる。



武蔵「私は執務室へ向かう、朝潮、工廠へ行けるか?」


朝潮「は、はいっ」


武蔵「明石を呼んでくるんだ、こういうことは彼女がいてくれた方がいいだろう」


朝潮「わ、わかりました、武蔵さん、お願いします!」



朝潮ははっきりとした目的ができたおかげで勢いよく走り出した。

武蔵は朝潮に言った通り執務室に向かった。






【鎮守府内 工廠】



提督に言われていた装備の開発と改修が終わって明石は今日の仕事を終えようとしていた。

摩耶用に対空機銃、鈴谷用に強化された瑞雲、瑞鶴用に烈風など艦娘用の装備がずらりと並ぶ。



明石(問題はこれをどう彼女達に使ってもらうかよね…)



木曾の時は嘘泣きを使ってなんとか装備させることに成功した。

しかしそんな作戦は2度も3度も通用しない。

提督の話では合同演習が始まるらしいのでなんとかそれに役立ててほしいのだが…。





朝潮「し、失礼します!明石さん!」



そんなことを考えていると急に工廠のドアが開かれる。

涙目になった朝潮が肩で息をしながら走ってきた。



明石「ど、どうしたの朝潮、そんな…」