2019-02-09 01:36:44 更新

 天気予報ではずっと晴れらしい。


自転車通学をする人間としてはありがたい。


ここ最近、ずっと晴れが続いていて乾燥している。


乾燥している時期は火の元に気をつけたい。


僕は独り暮らしだし。


集合住宅に住んでいるから、延焼もしやすい。


 「おはようございます」


「あ、おはようございます」


隣の部屋に住んでいる皆川さんだ。


大学生らしい。


とても愛想がよく、正直に言って綺麗な人だ。


難関大学に現役で合格し、成績も良いらしい。


僕は受験を来年に控えた高校生だ。


それもあって、たまに勉強を教えてもらう。


その代わりに、僕が第二外国語を教える。


僕の数少ない特技の一つが言語で、彼女が選択したフランス語は僕の話せる言葉の一つだ。


そんな不思議な関係を、僕は楽しんでいる。


向こうが楽しんでいるかどうかはわからないが、少なくとも僕はそうだ。


 僕は自転車で40分程の距離にある学校に通っている。


進学校ではなく、普通と言える程に普通の学校だ。


しかしながら、僕は学校に友人はおろか、話し相手すらいない状態だ。


仲間に入れてもらえない、とかいじめられている、とかではないが、上手に馴染むこともできなかったようだ。


けれど、僕には皆川さんがいたし、それで良いと思えた。


普通に授業を受けて、普通にお昼ご飯を食べて、普通に帰る。


 家に帰ると、そこには皆川さんがいた。


僕がなぜここにいるのか尋ねたら、意外な答えが返ってきた。


鍵を失くして家に入れないそうだ。


存外そういう一面もあるらしい。


 鍵は管理人さんに解決してもらうことにした。


ここの管理人さんはとても人が良く、何かあればすぐに改善してくれる。


「どうしよう...」


「まあ、何もないけどゆっくりしてて」


出会った当初は敬語で話していたが、今となってはすっかりそれもなくなっていた。


まるで本当の姉のように思えた。


僕は一人っ子だったし、両親も随分昔に逝去している。


そんな僕の、心の支えになっていたのかもしれない。


あまりに自分勝手すぎる思考回路だったし、それは自分でも重々承知の上だ。


それでも、今はまだこの関係に甘えていたいと考えてしまう。


 暫時は他愛もない雑談をしていた。


管理人が合鍵を持ってきてくれたのは、夜の8時くらいのことだった。


普段ならここで別れるのがいつもの風景だったが、今日は何かが違った。


皆川さんは、突然こんな意味のことを言った。


「今日は、君の部屋に居てもいいかな」


僕は拒否する理由が見つからなかったが、それより重要なのは、なぜそんなことを突然言ったのかだ。


しかし、僕には理解できなかった。


無論、快く引き受けたが、僕は料理が上手なわけでも、家事ができるわけでもない。


本当に普通の、一般的な高校生だ。


 結局、料理や家事は全て皆川さんにやってもらった。


なんだか申し訳ない気分になったが、どうしてもやりたいと言ったので言葉に甘えさせてもらった。


時刻は既に10時を回っていた。


そろそろ寝ようかと提案したら、拒否されてしまった。


 「実はーーー」


あまりに突然の予想だにしなかった報告が僕の鼓膜を叩いた。


「どういう...こと?」


「今まで黙っててごめんね」


混乱しているのが自分でもわかる。


時刻は既に2時過ぎ。


「でも、もう決まったことなの」


今まで味わったことのないくらいのショックだった。


 時刻は6時34分。


僕は口走った。


ここで言わなかったら一生後悔すると思って。


35分。


夜明けだ。


そこには、ただ一凛の花が咲いていた。


ナズナの花だった。


僕には、皆川さんが静かに微笑んだように見えた。


後書き

こんにちは。今回からテーマを決めてから書くようにしました。今回のテーマは「幸せの価値」です。では、また次回作でお会いしましょう。


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