2019-08-17 17:39:22 更新

概要

自己満足系SS。
愉快なおじいちゃんがブラック鎮守府を指揮するだけのSS。その1ということでジジイが着任するまでの話になります。まだまだにわかなので有り得ないミス等も見られるかもしれません。出来ればご指摘頂けると嬉しいです。


前書き

初投稿です。
艦これSSおなじみのブラック鎮守府に無理矢理着任を命じられた50歳。敵意満載で迎え撃とうとする艦娘達を前に、一人単騎突入を試みるジジイの運命やいかに。
オリジナル設定有り有り、キャラ改悪有り有りですので苦手な方はご遠慮下さい





















背後から逃げ出すようなエンジンの唸り声が響き、遠くから助けを求める叫びのようなタイヤと車体の摩擦音が轟いた。



無機質な音すらもこのように情けなく聞こえてくるのは、おそらく運転手である彼の先ほどまでの恐怖で歪む顔が脳裏に焼き付いているからだろう。



(まぁ、無理もないか。)



苦笑いを零し、改めて眼前に見える建物──■■■鎮守府を見つめる──






──堅く閉ざされた門、高くそびえる本館、重圧感を感じる空気。

生物なら誰もが忌諱するだろう、外界を廃絶せんとする重苦しい空間。滞りなく負の感情が循環してるであろうそこに、1秒たりとも居たいとは思わないだろう。







──ここはブラック鎮守府。

かつての前任の提督によって、心身共々使い回された挙げ句、罵倒や暴行を加えられ、傷を負った艦娘達が所属している鎮守府である。



元帥が替わり、新しく大本営が始めた鎮守府への抜き打ち審査が行われた結果、前に挙げたような鎮守府が審査を行う度に次々と発見されていった。



艦娘の扱いにうるさい論理委員会が世間から支持を持った最近では、大本営もこれを見逃す訳にはいかず、日々対策を負われている状態だ。



大本営は最初、メンタリストなどを送るなどして艦娘達の更生を図る「艦娘更生計画」を建て改善を図ったが、一つの鎮守府を復興させるのにも膨大な時間を要するうえ、人数不足も相まって放置状態になってしまう鎮守府が出来てしまった。ブラック鎮守府という性質上、放置しておけばいつか危険勢力となり、人間に牙を剥くかもしれない。


そんな危惧を持った大本営は、特別訓練講座を受けさせ最低限度の知識を持たせた新人提督達と、最近退職したばかりの提督達を召喚してブラック鎮守府に着任させて時間を稼ぐという計画を実行した。



無論、その対象となる多くの者が反発した。ブラック鎮守府の性質を知っているなら、誰しもそこに行きたいと思う者はいない。行けば最後、無事では帰って来られないことが噂されるブラック鎮守府。新人がどうにか出来る代物でなければ、退役した者達にも荷が重いものだった。


だが大本営は方針を変えることなくこの案を強行した。



世間の一部は最初こそ騒ぎ立ったものの、提督とあろうものなら当然の責務として最後にはその提案を後押しした。最後の頼りである論理委員会も今更、「軍の改善策としての方針ならば口出しはしない」と述べてこの案を見送った。


おかげでこうして、男は此処に来るハメになった。



(全く、艦娘のことだけじゃなくてこっちのことも考えて欲しいものだ)



心の中でそう毒づき、見るからに冷たそうな鋼鉄の門扉に手を伸ばす。



少佐──であったかは定かではないが──に渡された鍵をポケットから取り出し、長く閉ざされていたであろう門を解錠する。



ギィィィィィイイイッ

やかましい音をたてながら門は開かれ、広い敷地とその奥にある本館を見やる。



(──まぁ、なんとかするしかねぇな)


そう考えながら、男──否、ジジイはスーツケースを引きずって、静まりかえっている鎮守府の中へと足を踏み入れていった。
















第一章 クソジジイ、着任します










~艦娘サイド~






──来週から、新たな提督がここに着任する。

そう大淀さんから聞かされた時は、あぁついに来てしまったかと絶望した。

いつか来ることだとは分かっていた。そのいつかが永遠に来なければいいと思っていた。





周りの皆の顔を見る。ある者は私のように酷く落ち込んだ顔をしたり、ある者は憎悪からか顔をしかめ殺気を漂わせ──ある者は、そんな彼女らを見て心配そうな顔をしていた。




皆が皆、その表情に負の感情を宿らせていた。




……無理もない。だって彼女らはその“提督”というものに、酷く苦しめられてきたのだから。




目を閉じれば浮かんでくる、皆が提督にぶたれ、蔑まれ、犯され、傷ついて、泣いて帰ってくる光景。私は誰よりもそれを見てきた。




傷ついた彼女らを治すのは、私の役割だから─

連合艦隊唯一の工作艦である私、明石の役割だだったから。











大淀が、皆の顔色を伺いながら、続きを述べる。



大淀「──来週の10:00頃に、ここに到着されて指揮をお取りになります。提督の詳細ですが」



「──必要ありません。」



その大淀の説明を、誰かが静かに、しかし圧力を持った声で遮る。






声の聞こえる方へ顔を向けると、鉄仮面のような無表情の──しかし、瞳には燃えたぎる憎悪を写す加賀さんの姿があった。





加賀「言う必要はありません。聞きたくもありません──大本営の時間稼ぎとして使われるような人の話なんて。」




彼女は提督の説明を棄却し、そう吐き捨てた。

続きを遮られた大淀は、「しかし…」と何か言いたげにしていたが、加賀さんの圧力に押され、すぐに口を噤んだ。無論、周りも口を出すことなど出来ず──


 

─室内は沈黙に包まれた。空気が経過時間に比例してどんどん重量を増していく。




私はこの空気を壊せるほど言葉は強くはなく、息をのんで誰かが状況を変えてくれることを必死に願った。




しかしそんな願いは誰にも拾い上げられず、ついに沈黙を破ったのは、結局それを作り出した張本人だった。




加賀「私達には提督なんて必要ない─そう決まりました。今更、何所の馬の骨とも知れぬ者に首だしはさせません。」


 

みんなその言葉を黙って聞いている。それぞれ心配そうに、同意するように、どうでも良いように。



加賀「着任なんて許しません。ここへ来ようものなら私達は全力を持ってしてその者を弾圧します。」




そうだ。と数人の艦娘達がその言葉に木霊するように呟く。更に一部の艦娘達もそれにのり、殺意は伝染していく。今や、それは呟きではなく、高らかな提督の殺害宣誓と化していた。




「そうだ!その通りだ!」



「私達に提督なんて要らない!」



「浅ましき本部の輩から皆を守るんだ!!」



「追い出せ!!ここから!この世から!」



「二度と戻って来れないように─!!!」





テロリズム溢れるこの空気の前に、私は何も出来なかった。目を逸らすために、大淀に目を向ける。





その時の大淀の顔は、いつもより悲しみで歪んでいるように見えた。














提督歓迎戦線











時刻 10:01

─鎮守府入り口前─



ジジイ「……………」



バリケード「……………」



ジジイ「……………」



バリケード「やぁ」



ジジイ「」






ジジイ(…歓迎はされないだろうと思ったがここまでとは。最早本館内にも入れないつもりか)



ジジイ(ガラクタが…いや、一級品の家具が山のように積まれててバリケードになってるな。勿体ない)ツンツンッ



バリケード「グラグラッ」



ジジイ(人力で崩すのは不可能……というより下手に崩したら更に大変なことになるなこりゃ)



ジジイ「…………」チラッ



窓(板打ち付け)「通さんよ」





ジジイ(ここから入るのは難しい…本館以外から入ってみるか?)



ジジイ(だが提督権限を獲得するには執務室に行かなければならん。本館以外から入ると距離が遠くなっちまう)



ジジイ(…邪魔になりそうな荷物はここに置いておくとして…。あ、これとこれは持ってくか。上着は……まぁ着てても邪魔にはならんだろう)



ジジイ(──さて、何所から侵入しようか)チラチラッ



ジジイ「………」チラッ



二階窓(板無し)「通すよ」



ジジイ「…………」









──────────────────

鎮守府本館─2階─



「提督来た?」


「ええ、今丁度玄関で立ち往生してるところですわ。」


「ふーん、ちょっと見して……やば、ジジイじゃん!」


「ええ、どうやら退任したけど大本営に呼び戻されて、泣く泣くここに来た提督のようですわね。」


「はーん、だったらあれで諦めてくれるかな?」


「どうでしょう、私は罵声の一つでも吐いて帰ると予想しますけど」


「あのバリケード作るのほんと苦労したからね。…あんなゴミみたいな物でもやっぱ使えるっちゃ使えるんだねぇ。」


「私は反対しましたわ。たとえ前任が使っていたとしても、あの品々の価値は変わらないというのに。」


「えー、熊野あれを使いたいと思ってるの?」


熊野「そんなわけありませんわ、鈴谷。あの品々は売れば相当なお金になっただろうに、と悲観してるだけですわ。」


鈴谷「相変わらずがめついね、熊野は。」


熊野「別に、貴方がさっきに言ったように、どんな物でも使えることには使えるというだけのことですわよ。」


鈴谷「ふーん、って、あれ。あのおっさん、玄関から離れてくよ?」


熊野「…あら、以外にもすんなりと、すぐに帰りましたわね。バリケードを崩そうとでもするかと思っておりましたのに。」


鈴谷「まぁ、提督が来ないに越したことはないし、これでいいっしょ。」


熊野「それはそうですが…あら?」


鈴谷「ん、どうしたのくまのん?」




熊野「……あの人、正門に向かっていませんわ。」


鈴谷「ほんとだ。……外の倉庫に向かってる?」


熊野「ですわね……」




熊野「……倉庫に入ったわね。」


鈴谷「あそこなんかあったっけ?」


熊野「特には…。陸上での訓練用に色々置いてありますが…危険物はありませんわ。」


鈴谷「だよね、線引きとかハードルとかだけだよね。」


熊野「一体何を……?」




熊野「あっ、提督が出てきましたわ。…あれは……」


鈴谷「…なんかでっかいもの持ってる?」


熊野「あれは……梯子ですね。」


鈴谷「梯子だね。」




熊野「…こちらに向かってきてますね」


鈴谷「……来てるね」


熊野「……」


鈴谷「……」




ボゴッ




鈴谷「……今の音ってさ……」


熊野「…まるで梯子がここの壁に掛かるような音でしたわね。」




ギコッギコッギコッ




鈴谷「ちょ、ちょ!?ヤバいじゃん登ってきてるじゃん!」




ギコッギコッギコッ




熊野「あ、慌てないで下さい鈴谷!ここは窓を開けて掛かってる梯子を落とせば─」


カチャ、ガラガラガラッ


熊野「梯子は─」


ジジイ「っお!?」目の前


熊野「きゃっ!?」


鈴谷「熊野、飛び退いちゃ─」



ズルッ、


ゴロッドタン!



鈴谷「ひっ…」


ジジイ「痛ってて、体制崩しちまって腰打った……」



熊野「あっあぁ……」



ジジイ「ん、お前らは…」



鈴谷「き─」


ジジイ(あ、やべえやつ)


二人「「きゃぁぁあああ!!!」」




\ドウシタ、ナニガアッタ!/ \イマノ ヒメイ!?/




ジジイ「くそっ、」スクッ




ジジイ「悪かったなお二人さん!」ドタドタドタッ



ドタドタドタッ



「す、鈴谷さん!?どうしました!?」


「熊野さんまで!」



鈴谷「て、提督が……」



「!まさか!?」



熊野「そ、そこの……窓から…」



「な、なんてこと…」


「榛名、無線!」


榛名「か、加賀さん!聞こえていますか!提督が二階中央窓から侵入しました!多分そちらに…」



加賀『ジジッ、分かりました─』


榛名「わ、私達も行きましょう!霧島!」


霧島「ええ、鈴谷さんと熊野さんは!?」


鈴谷「…あ……足が…動かなくて……」


霧島「仕方ありません、そこの部屋で待ってて下さい!私は提督を追います!」


熊野「え、えぇ…」











──────────────────




ジジイ「ひぃ、ひぃ、こんな激しい運動、老体にはかなり響くぞ…」ドタドタドタッ

 




『警告!警告!提督が侵入しました!現在─』



ジジイ「!館内放送!?ちっ、耳が早い!これだと間に合うか五分五分だぞ…」ドタドタドタッ




\オイ、コッチダ!/ \アシオトガスルゾ!/




ジジイ「っ──、やっぱそう簡単にはいかないか!──よし、こっちに行くか!」キーッ、ドタドタッ



\アレ、ドコイッタ?/ \アッチジャナイ?/ドタドタドタ



ジジイ「──とりあえず撒けたか。よし、この調子で一刻も早く執務室に──」



「──見つけた!」スタタッ



ジジイ「!」



ジジイ(やべ、早速見つかっちまったか!クソッ、逃げるしか…)ドタドタッ



ヒュッ



ジジイ「うおっ!?危ない!」避け



ジジイ「なんかとんできて……あれはクナイか?」



ジジイ「しかし止まってる暇はねぇ─」ダッ




ヒュヒュヒュッ




ジジイ「うっひぃ!?どんだけ飛んでくるんだ!?」ドタドタドタッ



ジジイ「マズい早くしないと死ぬ─」



謎の棒「やぁ」スッ



ジジイ「っ!足下にっ『ガツッ』ンダホッ!?」ズッテーン



ジジイ「……くそっ、なんて原始的かつ効果的な罠だ…」



「捕まえた!!」ガシッ



ジジイ「!」



ジジイ(ヤベッ)ドタバタッ



「ちょ─あ、暴れないで!……他の皆が来るまで大人しくしてて!さもないと─」シャキンッ



ジジイ「……!」





ジジイ(不味いな、今床に転んで這いつくばっている状態で……首元におそらく刃物を当てられている……。)




ジジイ(しかも背中に跨がられ完全ロックされてて腕も動けん……)



ジジイ(完全に制されてるなこれは)




ジジイ(打開は……難しいぜ。艦娘パワーはさることながら、拘束もなかなか出来上がってやがる)




ジジイ(仕方ねぇ……今は少し情報を引き出すことを目的にするか。)




ジジイ「…ちっ、捕まっちまったか……、大人しくしてれば助けてくれんのか?」




「…あなた自身に恨みなんてないけど、私達には提督は必要ないの。」



「諦めて帰ってくれれば危害は加えないわ。………多分」




ジジイ(アカン最後の多分が怖すぎる)



ジジイ(というかそこくらいは言い切ってくれ)




提督「そんな、命だけは勘弁してくれよ。頼むから」



「……提督としてここに来たのが悪いの。運が悪かったとでも思って諦めて。」



「─それと、怪しいことをすればすぐに刺すから。…なんなら背骨を折ることだって出来るんだからね」



ジジイ(……改めてくれる意志はねぇか……)




ジジイ(やっぱ提督に対する敵意有り有りか…そりゃクナイ投げて来たもんなぁ…殺す気しかねぇだろうな)



ジジイ(一応話せば分かる奴と見たが……)




\アッセンナイサン!/ \テイトクツカマエタンデスネ!/




川内「来たわね」



ジジイ(流石に時間はないよな……ん?)




ジジイ(……微弱ながら力が抜けたな。これなら─)ガサガサッ




川内「っ!何をして─」グッ



ジジイ「そいっ!」ポイッ



川内「!?」




スタングレネード「ピカッと!!!」キーン



川内「っわ!?」ガバッ




\キャッナニナニ/ \ウオッマブシッ/




ジジイ(うつ伏せで閃光回避、音は…ナオキです)



ジジイ(態勢を崩してくれたな……今のうちに─!)



川内「っ─!!」グイッ



ジジイ「ぐっ……」グググッ


ジジイ(服にしがみついて来た…)



川内「行かせ……ない…」



ジジイ「悪いが何言ってるか聞こえねぇよ!」バッ



川内「っ!」ドタンッ



ジジイ「その上着はくれてやるよー!」ドタドタドタッ



川内「っ、待てぇぇ!!」










──────────────────









「ちっ、提督は何処よ!」



「落ち着きなさいな!とりあえず執務室前で待ち伏せしてれば捕まえられるわよ!」



「その前に他の奴らが手を出されてたらどうするのよ!待ってるなんてしてたら被害が増えるだけよ!さっさと見つけて始末しなきゃ─」



「あんた現状分かってんの!?私達はあの屑を『私達の提督』にさせないためにこうしてるのよ!?私達はただ執務室にあの屑を入れなければいいのよ!」



「それにあんたが艦装全開にして暴れる方が被害が出るわ!憎いのは分かるけど一旦落ち着きなさい!」



「っ!………分かったわ!執務室に行きましょう!」



「分かればいいのよ!行くわよ!」ダッ














ジジイ「………」ヒョコッ



ジジイ(ふむ、全く艦娘と会わないことと、今の艦娘のやり取りを見るに……皆執務室前でガードを固めてるようだな…)


ジジイ(あの艦娘達が何言ってるかは聞き取れなかったが、執務室の方向に行ったからそうだろう。)


ジジイ(しかし……こうなると今執務室に行くのは自殺行為だな…)


ジジイ(スタングレネートはあと3つ、とっておきはあるものの、状況にもよるしな…)


ジジイ(さっきの奴みたいにここら徘徊してる奴もいるし、艦娘相手に消耗戦は悪手だ)



ジジイ「………」



『警告!警告!提督は本館西側にいる模様です!付近の艦娘は警戒して下さい!』



『そして提督は閃光弾らしきものを携帯しているようです!随時警戒して下さい!』



ジジイ「…………」


ジジイ「…。」










──────────────────




『明石は監視カメラで、提督が侵入してきた時用に監視して頂戴。』





『数が限られてて見れる範囲は狭いけれど、本館の西側か東側かくらいは分かるでしょう?』





『それを放送で皆に伝えて下さい。』




明石『…はい。』





────────────



明石「警告!警告!提督は本館西側にいる模様です!付近の艦娘は警戒して下さい!」




……あぁ、何やってるんだろう、私。




加賀さんの指示に従い、私はモニターを敵のように睨みながら、皆に現状を知らせていた。



「そして提督は閃光弾らしきものを携帯しているようです!随時警戒して下さい!」




幾分か前には写っていた提督の姿を血眼で探しながら、私は考えていた。




(本当にこれでいいのだろうか。)











別に、あの提督がここに就いて欲しい訳ではない。私も皆程ではないとは言え、提督という存在には嫌悪感を持っている。


しかし──




一週間前の、提督が来ることを伝えられた日の、あの空気が、あの光景が、あの表情が。

私の中で、とても印象に残っていた。










加賀さんのあれは、いつも通りじゃないの。




─だから嫌なの




みんな提督に穢された。だから仕方ない。




─でも嫌なの




大淀だって分かって─




──大淀は、悲しそうだったじゃない




それもこれも、全て提督が悪いのよ。






そう、提督だ。



悪いのは全て提督なんだ。



だから、提督は必要ないのだ。




そう心の中で思い続けるが、それでも。



(…これでいいのだろうか。)



そう思えて仕方がない。




まるで今、私は私達に必要な何かの芽を摘もうとしているかのように感じている。




しかし、自分でそう思っていても、分からない。



私達に必要な物とはなんだ。


私達に足りないものはなんだ。


極小のネジか、歯車か、回路か、はたまた燃料か、ボーキサイトか、資材か、連装砲か、艦載機か、魚雷か。



分からない。



画面の向こうに居るかもしれないあの提督が必要とでも言うのか?



否。否。むしろ不要なものだ。余分なものだ。



なら私は何を今求めているのだろう?



私は何を……




明石(いけない、倦怠感に苛まれそう……今は画面に集中しなきゃ…)



1度瞼を深く閉じ、ひととき目を休ませる。



明石(……いけない。みんな頑張って提督を捕まえようとしてるのに、私がこんなんじゃ…)



荒れた内心を落ち着けさせ、義務感に突き動かされてまたモニター画面に噛みつく。




明石(提督は今何所に──)



















私とモニターの間に、何かが放り込まれる。








思わず、その何かに視線を注ぐ。














それはまるでスプレー缶……。それの蓋は外れ、何かが内側から漏れだそうとしている。





これは──












私は咄嗟にマイクをオンにしようとして──




「悪いな、お嬢さん」





……そんな言葉に、思わず固まってしまった。




パァーンッ!







私の視界は、完全に何も写さなくなった。














───────────────────









ジジイ「悪いな、お嬢さん」




パァーンッ!




「ああああああぁぁぁぁぁあ!!?」




破裂音が響いた後、ピンク髪ロングヘアの艦娘が、目を両手で押さえて椅子から転落し、床を転がった。




ジジイ(そりゃそうだろうな、スタングレネードの閃光を目の前でもろに喰らったからな…)



ジジイ「改めてごめんよ、お嬢さん。」



聞こえてはいないだろう。が、ここは気持ち的に。



ジジイ「さてと……」



マイク&モニター「やぁ」



ジジイ「こんなもん付けてたのか……提督居ないからって自由過ぎやしないかね……」



ジジイ(……中々高性能だな。数こそ少ないがちゃんと隠蔽されつつ周囲の確認も出来る。しかも死角を作らないよう縦にも動かせるようになっている……)




ジジイ(っと、機械いじりしてる場合じゃない、スタングレネードの音に気づいた艦娘が来るかもしれない)



ジジイ「……」チラッ



「ああああああぁぁぁぁぁあ!!!」



ジジイ「もう一度改めて言うぜ……すまんね。」



ジジイ「ちょいとあんたを利用させて貰う。」カチッ







───────────────────




「提督は何所だ!」


「くそっ隠れてコソコソと…」


「西側は殆ど探したけど居なかったよ!」


「ということは入れ違いで東側にいったか…」


「一応のためもう一回念入りに探せ!私達は東側を探す!」


「執務室はお願いね!」


「言われなくても死守するわよ!」


「御意。」


「そういえばさっきから放送がないんだけど?まさか、あいつに何かされてないでしょうね!?」


「待て、迂闊に出るのは不味い!今はここで待機しろ!」


『ズズッ…ザッザァ………』


「…!マイクの入った音!」


「みんな静まれ!放送が聞こえ─」




『ああああぁぁぁぁぁあ!!!』




「「「!?」」」




「な、何よこれ!」


「悲鳴!?まさか!?」


「─っ!」ダッ


「あ、あんた!ちょっと待ちなさいよ!」ダッ


「しまった!明石が…」


「わ、私達も助けに…!」


「しかし……執務室が…」


「構いません。ここは死守します。」


「……分かった。頼む!」ダッ


「…………」










────────────────




「明石!……明石!」ダッダッ


「クソッ、間に合ってくれ!」ダッダッ












ジジイ「…」ヒョコッ








ジジイ(さて、そろそろ攻める頃合いか…)




ジジイ(…しかし問題はここから)




ジジイ(何人か守りは外れたが、流石に守りが居ないってことはないだろう。一人か二人くらいは必ず付いてるはずだ。)



ジジイ(スタングレネードは明石に種明かしされているが…)



ジジイ(………)



ジジイ(…いや、ここは正面突破で行くか)スッ



ジジイ(仮に大砲が向けられようと俺にはとっておきがあるからな)タッタッタッ











─────────────────






ダッダッダッダッ





ガチャッ

「明石!明石大丈夫!?」







明石「」





「ど、どうしたというんだ明石!」



「皆、明石は一体─」




明石「…誰か……そこに……いるの?」




「「!?」」



「め、目が見えてないのか?」



「……どうやらその様よ。しかも耳もあまり良くないみたい」



「なんだと……何をされた明石!」



明石「えぇ……目の前に……閃光弾が……」



「せ、閃光弾?」



「明石が放送で警告してたやつだな、……なるほど、これか」



「もう残骸だけど、何だか分かるの?」



「…細かいことは分からんが…敵を無力化することに重きを置いた手榴弾のようだ。」



「……小賢しい真似してくれるわね……」



「それより、提督がここに居ないってことは……」



「きっと執務室に向かっているだろう……まんまと餌に釣られたということだ」



「それでも、明石さんがまだ軽症で良かったです。閃光弾での一時的なショックを受けてるだけですから、時間経過で回復するでしょう。」



「明石、あなた他に変なことされてない?何でもいいの、言ってみて。」



明石「…特には。何も聞こえませんでしたし何も見えませんでしたが、触れられることはありませんでした。」



「…そう、なら良かった。」



「とりあえず私達は執務室に向かおう。曙と霞は明石を頼む!」タッタッタッ



「分かったわ。」



「ほら大丈夫?立てるかしら。とりあえず医務室に行くわよ…」



明石「すいません……」



「いいから体動かして、時間がないから早く行くわよ。」



明石「はい……」









明石「…………」








酷い耳鳴りと、未だに痛みの引かない目を押さえながら、私はまた、あの違和感についてぼんやりと考え始めていた。









私は、何を欲しているのだろうか──









「悪いな、お嬢さん。」




『─ワリィな、お嬢さんよ!』











────?






何だろう、この声は──?










先ほど聞いただろう、あの提督の声に重なって、誰かの声が私の中で木霊する。









聞いた覚えのない声だが──









…それよりも、その声をまた聞きたいと思っている自分に、疑問しか浮かばなかった。









──────────────────







~執務室前~








ジジイ「…確か、ここ曲がった廊下の突き当たりが執務室だったな」



ジジイ「さて、少し覗いてみるか…」



ジジイ「チラッ[壁]_-)」



加賀「………………」



ジジイ(ふーむ、やはり守りはいるか)



ジジイ(執務室の真ん前で弓を構えて仁王立ちしている艦娘がいるな)



ジジイ(あいつは確か……正規空母の加賀だったか。)



ジジイ(…表情は覗えんが、物凄い殺気だな。肌がピリピリしやがる。見つかったらヤバそうだな。本気で殺しにかかってきそうだ。)



ジジイ(しかし、空母だったことは幸いだな。軽巡や駆逐とは違って破壊力はあるが機敏には動けないだろうし、拘束さえされなければ“とっておき”でゴリ押せる俺にとっては嬉しい相手だ。)



ジジイ(…残された猶予も少ない。ここは短期決戦で勝負を仕掛けるか…)






─ゥゥゥゥンッ─





ジジイ「…………ん?微かに嫌な音が……」



ジジイ「……後ろから聞こえたけども……」



ジジイ「………スッ(静かに後ろを振り向く)」










艦載機「やぁ」



ジジイ「」













ジジイ(艦載機!?しまった、スタングレネードで耳潰しちまって艦載機の音を拾えなかった!)



ズドーンッ!!!



ジジイ「オワッ!?」


















ジジイ「っ……」




ジジイ(クソッ、既に艦載機を飛ばして唯一立ち位置から死角になるこの物陰を見張ってやがったか。耳さえ健在なら気づけたものを…)



ジジイ(ちっ……咄嗟に物陰から出たからもろに喰らうことはなかったが…)チラッ






加賀「………(弓をこちらに向けて構える)」



ジジイ(マズい、前後で挟まれちまった!)






ジジイ(こうなったらいちかばちか突っ込むしか…!)ダッ








─ブゥゥゥゥゥゥゥンッ─



ズドドドドドドッ!!!










ジジイ「うおおおおっ!!」ダダダダッ










背後からは爆撃してくる艦載機

そして正面には大弓をこちらに向け、今にも射貫いてきそうな正規空母。



まさに絶対絶命だ。













加賀「……」ギギギッ─



ジジイ(弓を限界まで引いた!今だ!)



ジジイ「そこだっ!」スタングレネード投げ










ジジイ(こうなると思って爆撃されたときに持っていたスタングレネードのピンを外しておいた!弓を引いて手が塞がっている以上、手で覆い隠すことは出来ねぇ!)



ジジイ(そしてスタングレネードを目の前で喰らえば、例え目をつぶっていても目は利かなくなる!)



ジジイ(勝った!第一章!完!!!)










加賀「……」シュッ




カンッ!!




ジジイ「ファ!?」






ジジイ(矢をスタングレネードに当ててこっちに弾き飛ばした!?マズい!手で塞げ─)






スタングレネード「ピカッ!と!」






ジジイ「ぐぅおわぁぁぁあ!!?」ズッドタッ














ジジイ(不味い、まともに喰らって目も耳も利かなくなった!平衡感覚が……くそっ、上手く立てねぇ…!)









ズドドドドドドッ!!





ジジイ「─!っ───」








ズドドドドドドドドドッ!!!







ジジイ「マズイっ…避けられ─『ズドドドドッ!!!』」





ジジイ「がはっ─『ズドドドドドドドドガーンッ!!!』─」




























~~~~~~~~~~~~~~~~~~


─ブゥゥゥゥゥゥゥンッ──










加賀「………」



加賀「……呆気ない最期でした」



加賀「…ジジッ、榛名聞こえますか。提督はこちらで始末しました。」



榛名『─ジジッ、わ、分かりました!!一応、提督の死体があるか確認しておいて下さい!私達もすぐそっちへ向かいます!』



加賀「分かったわ。…明石は無事でしたか?」



榛名『はい、例の閃光弾を喰らったようで、一時的に目と耳が利かなくなってはいましたが、それ以外は何もされてないようです。』



加賀「…そうですか。では回復次第、すぐにモニター監視に戻るように言って下さい。まだ侵入者がいるかもしれないので。他の娘達にも、警戒を崩さないように伝えて下さい。」



榛名『わ、分かりました!ジジッ─ガッ』



加賀「………」スッ



加賀「……」トコットコッ

























殺した。殺してやった。

私達を蔑み、踏みにじり、恥辱した、諸悪である『提督』………いいや、正確には、『提督』に成り得る人間を。私は今、この手で殺した。





一切の躊躇なく、葛藤もなく、迷いもなく。

前の悲劇を繰り返さないため、この鎮守府と私達を守るため。──何より、自らとその仲間の運命を台無しにした者に報復するため。




結果は自らの想像通り。私達を筋の通らぬ権限で抑えつけ暴虐の限りを尽くした『提督』は、その権限を持たない貧弱なだけの身でここへ来て、そして私の爆撃によって塵となった。





そう。私は今、望みである報復を成したのだ。








しかし───



 









加賀「……っ──、」ギィィ、、、






身篭もった憎悪はついて離れず、軽くなるどころかより一層の重さとなって私を苛立たせた。











呆気ない。あまりにも。

私達の積年の苦渋を全て清算するには、この一瞬はあまりにも呆気なく、想像以下の感触だった。





その一瞬には意味が無かった。そこに感情を挿む隙間などなく、憎悪を込める合間はなく。結果ここで起こったことは、ただの一方的な虐殺と変わりは無かった。





終わった後に感じたことは快感ではなく、安堵や達成感ですらない。ただ何かに馬鹿にされているような苛立つ虚無感だけだった。









それもそのはずだ。既に、私達達を苦しめていた『提督』はここにはいない。ここに来たのはただの時間稼ぎの囮であり、私の言う、『提督』その者ではなかった。また、その『提督』に値するような人物でもなかった。







故に、そんなただの代わり身に等しい者を、虐殺紛いの手法で殺した私は、端から見ればただの醜い復讐鬼に変わりは無かったのだ。







それが酷く悔しい。

被害者である私達が、正当な理由を持って立ち上がったした私達が間違っているように思えて。









加賀「───」







──これ以上考えるのは止めよう。

私達のこの怒りは正しいものだ。何があろうとそれは変わりないはずだ。










今は、バラバラになっているだろう男の遺体を確認することが最優先だ。そろそろ煙も散らばり、閃光弾で少し見にくくなっていた視界も鮮明に──




















───ポイッ





















煙の中から、つい先程見たものと同様のものが、目の前に投げ込まれる。




















これは──















急な飛来物に思わず注目してしまい、目を閉じることも間に合わず──






















スタングレネード「ピカッと!!!」パァァアンッ!











私の視界は、一瞬で白く染まった。







~~~~~~~~~~~~~~~~~~~





スタングレネード「ピカッと!!!」パァァアンッ!







加賀「っつ────!?」ドサッ





目を貫くような閃光が弾け、目の前でそれを喰らった加賀は、思わず体制を崩し、倒れ込みそうになる。しかし、咄嗟に手を後ろに回して付き、受け身を取ってどうにか尻もちをつく程度に抑えていた。





本来なら前にあったピンク髪の艦娘みたく絶叫し、悶絶して転げ回るものだが、どうにか目を抑えながらも体制を立て直そうとしている。






しかし視覚と聴覚を奪われた状態で倒れてしまうと立て直すのは難しい。この状況に混乱してたことも相まって、すぐに立つことは叶わずに何度も転倒を繰り返していた。







そして──







「──あ”ぁ……死ぬかと思った──」














そんな呑気な言葉を吐きながら、爆撃され煙が立ち篭める場所から姿を現したのは──














ジジイ「全く、三途の川が一瞬見えちまったよ」






──ついさっき爆撃され、蜂の巣となったはずのジジイだった。











ジジイ「肩に弾喰らったことはあるものの、全身にくまなく撃ち込まれ更に爆撃されるとは思わなんだ。」







そんなことをペラペラと悠長に話すジジイの体には、爆撃されたにも関わらず傷一つついてはいなかった。



着ていた軍服はボロボロに焼き焦げているが、弾け飛んでいるはずの腕や足は何事もなかったように付いていて、風穴が空いているはずの胴体には年の割にガッチリとした筋肉が垣間見えるだけで何所も穴は空いていない。










しかし、そんな異様な光景を目撃出来る人物はここには誰もいなかった。












加賀「──っ!!!」





どうにか大弓を杖代わりにし、体制を整える加賀。




しかしその目と耳は既に使えるものではない。今ジジイが何をしようと、彼女にそれを把握する能力はない。





ジジイ「…お前さんはもう詰みだ。諦めな」






聞こえないであろう言葉を投げかける。無論その言葉で止まるとは思っていない。




すぐに荒れた床を蹴り、立ち塞がろうとする加賀の方へと駆ける。






加賀も絶対通さないつもりなのか──






─ブゥゥゥゥゥゥゥンッ──






奥から艦載機を飛ばして、壁のように横一列に並べて行く手を阻んだ。





そして──





ズドドドドッ!!!







機銃を乱射し、自身を巻き込んでまでこちらに弾幕を撃ち込んできた。






ジジイ「覚悟決まってんなオイ!」スッ






咄嗟に体制を限界まで下げて回避する。

肩に数発かすったが何とか避けることが出来た。




ジジイ「──しょっと!」スッドタンッ!





そしてそのまま、艦載機と床の隙間へと飛び込み、床に張り付く。

ブゥゥウンッ!とすぐ上を艦載機が飛び越えていく。






どうにか加賀の弾幕を回避出来た。

すぐに立ち上がり、執務室へと走り出す。





ジジイ(ここまでくれば───)





\ナニカオトガスルゾ!/\マサカテイトクガイキテ!?/





ジジイ「っ!?」




ジジイ(増援が来たか!だが執務室は目と鼻の先!俺の勝ちだ─)ドタドタドタドタッ









そう油断した矢先──









ズドドドドドドッ!!!






ジジイ「っがぁ!?」ドッターンッ!!!






背後から左足のふくらはぎを打たれ、思わず転倒してしまう─。







ジジイ(増援の艦娘に空母が!?いや、こんなに早くついてくるはずない─)




ジジイ(もしかして──)クルッ













加賀「………捉えた!」




ジジイ(なにぃ!?加賀!?)





振り向いて見ると、なんとさっきまで通り過ぎていった艦載機達が、いつの間にかこちらへと向き、機銃を放っていた。







ジジイ(一体どうやって───。)





ジジイ(──いや、今はどうだっていい。早く執務室に!)





すぐに思考を切り替え、立て直し、足を引きずりながら執務室へと向かう。






加賀「──っ!」ズドドドドドッ







それをさせまい、と後ろから雨のように弾丸が飛んでくる。





肩に、横腹に、尻に、左太股に──様々な部位に弾を撃ち込まれる。



しかしこんなことで怯むことはない。ついさっきに全身に喰らう臨死体験をしたばかりなのだ。こんなことで止まったりしない。




ただ、当たるなと。脳と心臓と右足には当たるなと願い続けた。









そして───










ガチャ──









ジジイ「──はッ───」


















───辿り着いた。





目に飛び込んできたのは、どこか煌煌とした雰囲気の壁紙と床面に対し、家具が執務用の提督机だけというあまりに物寂しい執務室の風景。






しかしそれさえあれば今の俺には充分だ──






ドタドタドタドタッ!!!




ジジイ(……足音が近づいてくる!)




悲鳴をあげる体を無視して提督机へと近づく。

足音はもうすぐそこまで来ていた。




必要なものはただ一つ。提督権限を得られる提督専用の特別勲章だ──





ジジイ「っ──、勲章は──」






机上を漁る。ない。積まれた書類の中を探す。ない。机の中を探す。ない。机の下を覗き込む。ない。






───何所だ。一体───



勲章は大本営から提督だけに寄付される特別なものだ。所持者である提督がいなければ艦娘が触ることも出来なければ、執務室から出すことも出来なくなっている。



だからないはずはない。きっと近くにあるはず───







──!もしかして──





引き出しを開き、中を覗く。そして底の板にぐっと力を入れてみる。





すると底の板はバコッという音と共に外れ、

──中から小さめの箱が現れる。







予想的中。

所謂二重底の引き出しである。。常用する大切なものを隠しておくには丁度いいものだ。










ジジイ(見つけた───)








バァンッ!




???「そこで止まりなさい!」ガチャッ




ジジイ「!」





勲章を手にしかけた時、執務室の扉が乱暴に開き、一人の艦娘が入ってくる。

──人一人分程ありそうな大きさの銃火器、ロケランをこちらに向けながら。





ジジイ(……まじかよ。)




流石に動きが止まる。拳銃程度なら止まることもなく手を伸ばし続けていただろうが、ロケランの矛先をこちらに向けられると、思わず体が固まってしまう。





???「……そのまま動かないで下さい。動けば撃ちます。撃てば、あなたは確実に死にます。」



ロケランを向け、そう言いながらその艦娘はジリジリと距離を縮めてきた。






ジジイ「……それは……あんたさんも同じなんじゃないか…。…こんな狭い場所でそんなもんを撃てば……あんたも……巻き添えを喰らうだろう…。それに──」




???「──覚悟の上です。」






冷徹に言いのけてその艦娘はまたロケランを構える。どうやら本当に動けば撃つ気のようだ。





???「心配要りません。あなたが提督にならないというのなら私達はあなたを殺しはしません。」




ジジイ「……俺のこの状況見てそんなことよく言えるな…………もうこっちは……既に死にかけなんだが…」




???「……10秒以内にその手を降ろせば、その傷を治療すると約束しましょう。」




???「……無謀なことは止めて下さい。艦娘と人間では反射神経も違います。あなたがどれだけ急に動こうと、この引き金を引く方が早くなります。………大人しく降伏して下さい。」





威圧的に、こちらにそう伝えてくる。

言っていることは全て本気だろう。俺が動けばロケランをぶち込んでくるだろうし、この手をすぐ降ろせばこの傷も治療してくれるだろう。









しかし、こちらも引くわけにはいかない。







ジジイ「……気持ちは嬉しいが、そのご厚意は無駄なもんだ。……俺はお前らの提督になる。そしてお前らを救ってやる。……そのために来たんだ。」







そう堂々と言い抜くと、ロケランを向ける艦娘はピンとはった眉を歪ませ、不満を顔いっぱいに現した。





???「……ここに提督は必要ありません。私達は私達だけでやっていきます。あなたは必要ではありません」






























─長い沈黙が続いた。





聞こえてくるのは自身の荒い呼吸と心臓の鼓動。流れる熱い血と汗の感触、そして麻痺していく感覚器官。




互い、相手の顔をただ見つめ合い、沈黙している。







そして────



























ジジイ「─────!」グッ








引き出しの底、勲章の入っている箱に手を伸ばす────

















──よりも少し早く─




















???「─終わりです。」








???「───あなたは、英雄には成れません。」

















ギュュュユユユユンッ!!!










──目の前に、戦車すらも破壊出来るほどの火力を持つ弾が迫る───





そして──










ジジイ「──っ─」










ズドォォォォォオオオンッ!!!





















──執務室は爆砕の波に包まれた。









目の前は真っ黒に──感じる感覚もなく───





意識は暗い昏い底へと落ちていった──
























~~~~~~~~~~~~~~~~~~











ドタドタドタドタドタドタッ!





榛名「大淀さん!?大丈夫ですか!?」



霧島「まさかロケットランチャーを─」



???「───ええ、そうです。」



榛名「!大淀さん!?何所ですか!?煙が渦巻いてて視界が……」



大淀「……ここです。心配ありません、大破リミッターが作動してますので。機能停止することはありません。」



霧島「─!艤装がもうボロボロじゃないですか!すぐに入渠しなくては──」



加賀「──いえ、その前にまず、確認を──」



榛名「!?加賀さん!?なんで、加賀さんもボロボロだから入渠に──」



長門「大丈夫だ。携帯していた修復材キットでとりあえずの応急処置はした。もう目も耳も治っている。」



加賀「えぇ。それよりも、確認を─」



霧島「…確認、とは?」



加賀「……提督が死んだかどうかです」



榛名「え?」



霧島「それは─」



長門「まぁ待て。話しはあとだ。とにかく先に提督の死体を確認するぞ。」



霧島「…分かりました」



榛名「大淀さん、立てますか?」スッ



大淀「……すいません。」スッガタッ



加賀「……艦載機の皆、行って下さい」ブゥゥウンッ



霧島「……煙が晴れて──」





















「──英雄には成れない。そう言ったな。」




















榛名「!?」



霧島「!?」



長門「!」



加賀「…」



大淀「!?」






艦載機が執務室内を旋回し、煙を散らせていく。



──その煙の合間から現れたのは───

















ジジイ「─そこの、大淀とか言ったか。」













ロケランをまともにくらい、爆発四散したはずのジジイがそこには立っていた。




その体には傷はひとつたりともなく、火傷やかすり傷さえも、加賀の艦載機の機銃で撃ち抜かれた左足も何事もなかったかのように治っていた。










その光景に思わず目を疑う艦娘達。

唯一驚いていないのは──先ほど対峙し、それを既に体験していた加賀だけ。















ジジイ「お前さん、確かにそう言ったよな。」









しかしジジイはそんなことも構わず、淡々と話し続ける。
















ジジイ「──俺は英雄になるさ。──必ずな。」












そう言ってジジイは、持っていた平面状の小さな箱を前に掲げる。






──提督権限を持つためのもの──特別勲章の入った箱だ












大淀「─っ!加賀さん!爆撃を──!」




驚愕から解放され頭がまわるようになると、すぐに大淀は艦載機を展開する加賀に攻撃を促した。



しかし────







加賀「────いいえ、出来ません」



大淀「───」








返ってきたのは、絶望的な拒否。



最後の希望を託して、他の榛名達へと目を向ける─






榛名「──っ」ギチギチギチ



霧島「……」ギチギチギチ



長門「………くそっ」ギチギチギチ








そこには三人の戦艦が砲撃体制に入りながら──

ぎこちなく、詰まった歯車のように揺れ動き、提督の方を睨み付けていた。






─まさか。と、一つの答えが頭をよぎる。















ジジイ「──いかなる艦娘であっても、提督に対しての攻撃は許されない。銃口を向ければリミッターが作動する。」










殺意を滾らせ、こちらを睨み続ける戦艦達に、ジジイは───いや、提督は左手に握るものを見せつけた。














──そこには、特別勲章が握られていた。















提督「───つまりはまぁ、そういうことだ。」





大淀「───」



加賀「…っ」



長門「……」



榛名「──!」



霧島「──」











ドタドタドタドタドタドタッ!








無数の駆け足の音が聞こえる。



明石を保護していた者、見回りを終えた者、爆発音に気づき駆けつけた者達が、全員執務室へと向かってくる。




「──アンタ達──」



「さっきの音は──」





真っ先に入ってきたのは、霞と曙。




「──提督は──」



「──何所に──」




それに続き、神通と川内が飛び込んでくる。





「─捕まえた?──」



「─なにがあったの──」



「─あんまり押すな──」



「─焦げ臭いけど──」






そこには、提督を迎え撃つために動いた全ての艦娘達が集い───








提督「…………」










──そこに立つ一人の男を見て、全員が絶句した。









すぐさま連装砲を構えて撃とうとする者、クナイを投げようとする者、腰を抜かして倒れ込む者、驚愕のあまり後ずさりをする者──異なる行動をし合ったその全ての艦娘達はしかし、全員同じく提督を見たままの状態で固まっていた。


















そんな光景を見て、提督はにやりと笑うと──











提督「──丁度いい。結構な人数集まってるな」









そう呟いて、深く深呼吸をし──















提督「──現在時刻10:37!おはよう■■■鎮守府勤務の艦娘諸君!」







思いっきり声を張り上げ──












提督「──私は浅田 創(あさだ はじめ)!年齢50才!本日からこの鎮守府に着任し君達と共に勤務する──」












──高らかに着任宣言を述べる。









提督「君達の、提督である!!!」






















怒り、殺意、戸惑い、諦観、悲壮──彼女たちの様々な視線が交差する──









焼け焦げてボロボロになった執務室内で、そんなしがれた声と視線が行き渡っていった───












              ~第一章 完~























─キャラ紹介─




・浅田 創(あさだ はじめ)


ブラック鎮守府対策で召喚された人物の一人。年の割に外見は老いているが、動きがかなりスタイリッシュだったりスタングレネードを鎮守府に持ち込んだり爆撃を受けても死なない謎のジジイ。



・明石


ブラック鎮守府で工作艦として働いていた艦娘。前任の暴挙で傷を負った艦娘達を直し続けていた。彼女たちの苦しみを最も知る人物であり、彼女も提督が着任することに対して不快感を示していたが、何やら提督としてやってきたジジイに対して思うことがあるようで……?



・加賀


殺意の波動に目覚めた加賀。どうやら提督に対して相当な憎悪を持っている模様。ちなみに相方の赤城はこの鎮守府には居ないようだ。




後書き

ここまで読んでくださり本当にありがとうございます。こんな自己満足SSを見て頂けて感謝感激です。

ジジイの謎復活に関してですが、何か言われる前に言っておくとちゃんとした設定がありますのでご心配なく。
続きも執筆中なのでどうぞご期待下さい。


このSSへの評価

3件評価されています


2019-12-25 22:32:04

SS好きの名無しさんから
2019-09-17 21:03:00

星闇夜桜さんから
2019-08-23 00:30:29

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2019-12-25 22:32:05

星闇夜桜さんから
2019-08-23 00:30:30

このSSへのコメント

4件コメントされています

1: SS好きの名無しさん 2019-08-17 13:00:52 ID: S:H6mjqv

おじいちゃんで、鈴谷にジジイじゃんと言われる外見だけど50歳なのか…

孫がいるかは兎も角、今の50歳って普通まだまだオッサンやぞ?

それともここの提督は10代20代が当たり前なのか…

2: カナブン 2019-08-17 16:05:23 ID: S:IfQSAe

コメントありがとうございます。

鈴谷のジジイ発言は「提督の外見がかなり年老いていること」を表してます。これもキャラ紹介で書いておくべきでしたね……。早速修正ポイントです。

そのことについても続きで触れていくつもりなので良かったらお待ち下さい。

3: 星闇夜桜 2019-08-23 00:33:01 ID: S:YoJY6y

とても面白かったです!
おじいちゃんがブラック鎮守府着任の作品は見たことがないけん結構新鮮でした。
(しいちゃん。無理はするなよ←爆撃とバズーカについて)

4: カナブン 2019-08-23 16:26:42 ID: S:Yw966g

コメント&評価ありがとうございます。良い評価を付けて頂き、感激です。

おじいちゃんと言っても爆撃されたうえにロケランを撃ち込まれても生きているようなスーパーおじいちゃんですがね(笑)
もし気に入って頂けたのであれば是非おじいちゃんの今後にご期待下さい。


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