2019-04-05 00:10:02 更新

*本作は"提督「化け物の誕生」大叫喚地獄(5)'の続編となっております。



なお本作から一部文章表記を変更させていただきました。

深海棲艦の発言は今までは全て、平仮名の部分をカタカナに変換していましたが、読みやすさと誤字脱字防止のために、今後からは《》を用いて区別したいと思います。


例) 通常「おはよう」

深海「オハヨウ」

↓ ↓ ↓ ↓ ↓

通常「おはよう」

深海《おはよう》












[救出作戦より一週間後]

〈鎮守府 艦娘寮〉

この一週間、艦娘たちはまるで葬式のような雰囲気の中で生活していた。



捜索活動はとうに打ち切りになり、提督の安否は確認できないまま"殉職"という形で決着した。


結果として艦娘は誰一人沈まなかったが、誰よりも艦娘のために行動した提督は死んでしまった。




提督は時間稼ぎのために、自ら港湾棲姫に突っ込んだのだ。


刀しか持っていなかったのにもかかわらず、激突した瞬間に大爆発が起き、大井と北上によってダメージを受けていた港湾にさらに負荷をかけたことで敵の指揮系統が一時ダウンした。その隙を逃さずに奮闘した艦娘によって、敵大艦隊は撤退、その後すぐに艦娘たちも帰投した。


艦娘たちが帰還した後はすぐ、バケツの消費を無視して全員を修復させ、提督の安否確認を行うため再度海へと向かった。鹿島が加勢として呼んでいた別の鎮守府とも途中で合流し、さらに捜索を進めた。


潜水艦すら導入し、せめて遺体だけでも回収しようとしたが、いよいよ見つかることはなく、そして大本営からは、事情聴取と時期提督の審査が行われた。





艦娘寮は静寂に包まれている。それは肉体的、または精神的な疲労によって、活力がないようにも思える。


しかしこの場合、艦娘たちが誰一人として暗い顔するばかりで、前向きに生きていないのは、艦娘たちの心の中に戸惑いと疑心があるからだ。










「時雨………」

「……………」


時雨と夕立の二人部屋は、派手な飾りやインテリアはないものの、仲の良い二人の絶え間ない明るさがいつもあった。少なくとも二人はそう感じていた。


しかし今は、まるで牢獄のように息苦しく、鎖で繋がれたようにもどかしい気分にしかならなかった。



「だ、大丈夫、きっと生きてるっぽい……」

「………」

「えっと……あの………」

「……………ん………?どうしたの、夕立」

「え?い、いや………」

「そう?………………」



時雨はあれからずっとこんな感じだ。夕立が何を話しても、まるで壊れかけたラジオのように、しばしば応答しない。


心が壊れたわけではない。体が壊れたわけでもない。時雨は話す、聞く、見る、息を吸う、息を吐く、歩く、寝る、食べる、つまりおおよそ生活自体は問題なくこなす。


しかし、それ以外はこれだ。応答しない、反応しない、動揺しない、感動しない、何もしない。後ろ向きな発言をすることもなければ、好転的な考えも持たない。



「ね、ねえ時雨、今日はいい天気だよ。散歩でもしようよ」

「うん…………?ああ、いいよ」




夕立は知っていた。散歩なんてしても意味がないことを。部屋にいる状態から、歩く状態に変わるだけで、時雨はやはり無反応だろう。



「(艦娘の中で、一番提督を信じてたのは時雨っぽい………。多分、まだ受け入れられないっぽい…………)」


















すやすやと寝息をたてる天龍の頭を、龍田は優しく撫でて、その寝顔を見て力なく微笑んだ。



この二人もまた、提督死亡の事実の影響を大きく受けていた。




『天龍さん、このところ苛立っていますね………』

『ええ。…………多分、悲しむことに慣れてなくて、それでもやりきれなくて、無理矢理怒りに変えて誤魔化しているんだわ……』

『そうだったんですか………。食事の時も、歩いている時も、何も言わずに怖い顔してばかりで………。哨戒に行ってくるといって、すぐにまた戻ってきて……』

『ごめんなさいね、明石さん。天龍ちゃんには、まだ時間がかかると思うから……』

『わ、わかってます。それは………それはわかってます。ただ私、天龍さんのあの姿は、あまり見たくないから………』




そんな話を昨日した。龍田も明石も、天龍の気持ちを痛いほど理解している。天龍のような性格なら、このどうしようもない気持ちが猛毒であるのことも。



「ん……………?たつた………?」

「あら、起こしちゃった?…………大丈夫、まだ寝てていいわよ」

「ん……」




そう言ってまた眠り始めた天龍から視線を外して、窓を見た。空は龍田の気持ちを写すように、鉛色の雲がどこまでも厚く広がっていた。雨は降ってはいない。風も吹いてはいない。



きっと天龍は、起きたらすぐに海に出て、あてもなくさまよった後すぐに帰ってきて、演習弾で片っ端からデコイを壊して、そしてまた寝るのだろう。このところいつもこんな調子である。


頭で考えるのが苦手な性格ゆえ、体を動かして考えないようにしているのだ。何か行動していないと、そのことばかり考えてしまって、苛立ちが収まらないのだ。



そんな天龍を龍田は不安そうに見つめることしかできない。いや、いざ天龍に何かがあれば、すぐに飛んで駆けつけるのだが、流石に心の問題に関しては手出しできないのだ。



その上龍田もまた、提督がいないという現状に戸惑っていた。


人間を嫌い、今まで提督を追い出してきたというのに、あの提督にだけは、今思うと、嫌いという感情は湧き上がってこないのである。




「もういっそ………戻ってきてくれないかしら………。ねぇ、天龍ちゃん………」
















あの戦い以降、摩耶はずっと怯えていた。


「ねえ、摩耶」

「ッ!?な、なんだ、愛宕姉」

「…………最近どうしたの?このところ、いつもそんな調子じゃない」

「あ、あたしは普通だよ!いつもこんな感じだろ?」

「そう?……………まあ、今はみんな不安定だから、仕方ないけれど…………」

「へーきへーき、問題ないって!」




高雄型四姉妹は、寮では同室で生活している。ベタベタのくっついているわけではないが、性格に差がある割にはとても仲良しである。


特に摩耶は、いつも強気な口調で女らしさを出さない性分ではあるが、姉妹のことが大好きであり、また同時に姉妹に対して思いやりのある優しい。




そして、摩耶がもっとも恐れることは、その大好きな姉妹たちに嫌われてしまうことである。


人間に対して、四人の中ではもっとも嫌悪感を抱き、もっとも嫌がらせをして、もっとも敵意を見せていた摩耶だが、この戦い以降は、少なくとも提督一人に関してはそんな感情を持たなくなった。


ほかの姉妹たちも同様である。もともと嫌ってはいない側の艦娘だったが、命を賭してまで艦娘を守ったという提督の艦娘に対しての想いは、この鎮守府全員が理解し始めていた。高雄も愛宕も、これまで自身の振る舞いを反省しており、捜索活動にも懸命に取り組んでいた。




ここで、ある一つの可能性を摩耶は考えた。はたして姉妹たち、またはこの鎮守府のみんなは、提督を虐げてきた自分を許してくれるのだろうか?


答えはすぐさまわかった。勿論否である。


時雨などの、提督と親しかった艦娘は、提督がいた頃から自分たちを咎めていたし、今艦娘全体は提督を見直し始めている。となれば、自分は当然嫌われる。


これは人間の世界で例えるならば、いじめが発覚していじめられっ子が救われたと同時に、次はいじめっ子がそのいじめの標的にされるのと似ている。




「そろそろ昼ごはんね。行きましょう」

「はーい。摩耶、鳥海も」

「あ、ああ…」

「わかりました」



こうして何気ない会話だろうとも、いやもはや言葉などなく、同じ空間にいるだけでも、周囲の反応が恐ろしくてたまらない。いつ、自分が咎められ、嫌われ、蔑まれるか、その時が来てしまうのがとても、怖い。



そして尚更、摩耶は提督への罪悪感と自身の行為の後悔で押しつぶされそうになるのだった。




















長門は思案していた。


提督がいようがいまいが、艦娘のリーダーは常に長門であったから、提督がいない今、動揺や怯えなどはなかった。


しかしもし長門の心を苦しめているものがあるとするならば、それは間違いなく、艦娘たちの反応だろう。



「長門、お茶淹れたわよ」

「ん、ああ、ありがとう」



まだ熱い茶を思い切って口腔内へ注ぎ込む。猫舌ではないにしても、少し冷ませばよかったと思いつつ、無理矢理それを飲み込んだ。



そう、艦娘たちの人間への恨みは、佐藤が死んだ後一気に爆発し、そして提督が死ぬまで冷めることはなかった。しかし今、誰も人間を憎いと言うものはいない。少なくともあの提督に関してはそうだ。


長門自身も、長いこと艦娘の模範として常に心を厳しく保っていたからか、それとも元からの性格からか、直接的な暴行を加えるまではいかずとも、それなりに人間を嫌っていた。今まで人間に敵意を見せず無関心を装ったのは、艦娘たちをただの暴徒に堕とさないようにするためだ。憎しみに理性が奪われるのを防ぐためだ。


そんな長門も、今回の件を重く受け止めている。そして他の艦娘も同様に、もしくはそれ以上に自分を責めていることも知っている。



艦娘たちはこれまで、対人間のチームワーク(本来なら対深海棲艦のチームワークだろうが)で団結しており、多少の派閥争いもあったが、しかし全体が崩壊することはなかった。だがこれからはそうもいかない。


自分たちが間違っていたとなれば、そこに軋轢や衝突が起きるのは必然だ。そうなれば、次は身内と戦うことになる。



深海棲艦と戦ってきた。しかし人間の愚かさに気づき、人間と戦うようになった。そして今は自分たち艦娘の愚かさに気づいた。ならば次は艦娘と戦うことになるかもしれない。


特に天龍や摩耶たちは糾弾されるだろう。時雨なんかは今までもいがみ合ってきたし、元々荒っぽい性格で苦手に感じる艦娘もいた。



「はあ…………どうしたものか……」

「ん?今後のことなら、今私たちが考えても仕方ないわ。大本営からの連絡が来るまで、いつも通りじっとしてましょ」

「いや………そうではなく……」

「?」



長門は、艦娘同士の争いを最も恐れているのだ。



















自分以外誰もいない執務室で、鹿島は、それまで提督が座っていた椅子に座っていた。


本人に見つかれば、「偉くなったものだ。ははは」と冗談の一つでも言ってくれるかもしれないと思い、同時にその可能性はもうないのだとも思った。



「これからどうすれば…………」


佐藤が首を刎ねられた時も、同じようなことを思った。しかしその時は今ほど悲観的に将来を考えてはいなかった。




鹿島はこの世の不条理を嘆いていた。



あの時自分たちを救ってくれた提督。自分のことなど一切構わず、ただ艦娘のためにその手を汚したあの人間。あの人は、生きて欲しい人間だった。


艦娘はほとんど人間と関わりを持たない。自分の鎮守府の提督と、軍の関係者くらいしか人間を知らない。だから彼女たちには判断材料が少ないのだ。人間が善か悪か。


この鎮守府の艦娘は悪として人間を評価した。嫌悪の対象、敵意の対象、殺意の対象、排除の対象、絶望の対象として認識し、いよいよ人間に牙を剥いた。



しかし提督は違った。あの宮本提督は、それまでの人間と違った。見ず知らずの自分たちを助け、どれだけ嫌われても尽力し、そしてついには命を落としてまで艦娘を守った。


鹿島は心の底から悲しんだ。はたしてこれまでこんなにも悲しみを覚えたことはあるのだろうかと思うくらい、三日三晩泣いた。涙を拭った服の袖がぐちょぐちょになった頃にようやく正気を取り戻して、それ以降は表情を作っていない。ただぼんやりと、誰もいない執務室で息をするだけだ。




『どうしてあの人が死ななければならないのですか!!?』

『あの人は何も悪いことなどしていないのに!!』

『死ぬくらいなら優しくなんてしてもらいたくなかった!!』

『死ぬべきは私たちのほうだ!!』

『あの人なくしてこれから何を信じれば良いのですか!?』

『どうして………どうして!!』





泣き疲れて、目が覚めたら執務室のソファで寝ていた。隣には目を赤くした明石がいて、自分が泣きながら何を叫んでいたのか教えてくれた。なんでも、明石が入ってきても気づかず、嗚咽交じりに誰もいない事務椅子に向かって言っていたらしい。



見苦しいところを見せたと赤面するところなのだろう。しかしその時の記憶がなかった。明石曰く、あんまり悲しいことがあると、忘れることで心を保つのだと教えてくれた。



そして涙すら出なくなって、同時に活力もなくなったのか、もうしばらく誰かと話してないし、仕事もしていない(今は出撃停止中の扱いだから問題はない)。


他のみんなも同様に、何もしていないらしい。それもそのはずだ。何をすればいいのだ、こんな時に。



今だってそうだ。試しに事務机引き出しを開けてみる。ペンと書類、印鑑しか入っていなかった。提督とは趣味の話なんてしたことはないけれど、せめてそれらしい形見くらいないのかと、少し落胆した。











その時、





ジリリリリリリリ!ジリリリリリリリ!






「!」


机の上の電話が鳴った。


この電話は鎮守府内では工廠と食堂にしか繋がっていない。しかしこの二つからかけてくる艦娘はいまい。となると、この電話は大本営からだろう。



「…………はい、こちら○△鎮守府。秘書艦の鹿島です」

「あーもしもし」



この時、鹿島は違和感を覚えた。


いつもなら、階級やら名前やらを、お堅い口調で淡々と述べるのに、この声の主は、大本営に勤める軍人にしては、どこか気の抜けた、はっきり言ってだらしのない声だった。



「あの……所属は……?」

「しょぞくぅ?ああ、いつもみんなは言うんだ。あっそ、まあ、うーん、とりあえず大本営の人間だよ。うん」

「………………はあ」

「悪いね。怪しさ満点だろうけどさ、気にしないでくれたまえよ」

「いえそれはまあ別に…………それで、どう言ったご用件でしょう」

「ああそうそう。あのさ、君のところの提督、今いないでしょ?」

「ええ。あ、もしかして……」

「そうそう、次の新しい提督の話」



"新しい提督"と言う言葉に鹿島の頭は一気に覚醒し、思わず立ち上がって電話の声に問う。



「つ、次の提督、ですか?」

「ああ。……………あそっか、まだ一週間なのか。ごめんね、まだ心の整理がついてないだろうに」

「構いません、それより、その方の名前は……………?」

「うん、今日はそれを伝えるために電話したんだ。よーく聞いておくれよ」

「はい」ゴクリ



鹿島は近くにあったメモ用紙と、引き出しにあったペンを握って、声に集中した。





「名前は黒崎 閻。男性だ。彼は今現在軍医をしているが、今回は特例で軍医を一時休職して、そちらの提督として着任する。一週間後には到着するはずだ」



















[同時刻]

〈???〉

燃え盛る海。


最後の記憶はそれだ。水面が燃えると言う矛盾の中で、身体中の感覚が失われていくのを感じながら意識を手放した。




「…………」




次の瞬間に炎の海は消え、薄暗い世界に引き戻された。どうやら夢だったようだ。



寝相が特別悪いということはないが、今、私はほぼ真っ直ぐ仰向けの状態で眠っていたようだ。枕もないのに。



「…………」



上体を起こして、周囲を見渡す。どうやら自分は、平らな岩の上に安置されていたようだ。冷たい岩の温度が身体中に伝わる。


というか、全裸で寝ていたようだ。



「……………」



一応周囲を見渡し、誰もいないことを確認する。女々しく体を隠す必要はないようだ。


壁や天井、床を見る。これも全て岩だ。デコボコした表面は、緑色や紫、藍色を全て混ぜて黒っぽくしたような色だ。まるで洞窟の中にいるような気分だ。



「…………」



しかしこの岩の部屋には、私が今座っている岩のベット以外ないもない。いや、入り口らしい穴が壁にあるが、それも真っ暗で先があるのかわからない。


服を着ていない、完全なる裸。布の一つでもと思うが、本当に何もない。



「…………」



いや、おかしい。なにもかもおかしい。


ここはどこ?私は誰?いや、自分のことくらいはわかる。


服はどこ?裸は何故?うん、これだ。



「………………これ本当にどうなっているんだ…………?」




宇宙人に捕まって、UFOの中に収容された気分だ。というか状況としてはほぼ同じようなものだ。ふざけたことを考えている場合ではない。


まずは、記憶を辿ってみよう。なにが起きたんだったか……………。



「確か、みんなで出撃をした………そう、助けに行ったんだ!それで、みんなに作戦を伝えて、それで………。北上と大井が、そう、大破した。それで、ん?………………それで…………………?どうしたんだったか?」



五十鈴率いる遠征艦隊とその救出部隊の救援のため、26隻の艦娘を連れて敵大艦隊と交戦していたのは鮮明に覚えている。駆逐艦を囮にし、空母で蹴散らし、軽巡で撃ち落とし、重巡で退避させ、戦艦で切り開き、雷巡でとどめをさす。これが最新の記憶。


しかし、それがどうしてこうなった?作戦は成功したんだったか?しかし、北上たちは大破していたのに……………。



「思い出せん!くそっ、とりあえず何か着たいな…………」



これ以上考えてもまるで答えが出る気がしない。仕方がないので、岩から降りて立ち上がる。



「おっ、ととととととっととぉぉぉぉ!?」



しかしどういうわけか、両足を地につけて、足に力を入れ立ち上がろうとした瞬間、ほんの一瞬は直立したものの、足の力が抜け、そのままバランスを崩して倒れてしまった。


転んだというより、まさに倒れたという感じ。つまずくというより、ひとりでに立てなくなった感じ。



「あー…………………どうなってるんだ?」



ふと自分の両足を見る。


「…………?」


右足を見て、


「………??」


左足。いつも通り、じゃない。


「……???」


右足をもう一度見て、


「…????」


左足。真っ白。というか、灰色に近い白。コンクリで作ったマネキンのような、そして女のような華奢な足。


「?????」


なんだこの足。




「おいおい…………なんだって………え?」



視線を足から股間へ、股間から腹へと向けた。



腹は、"普通"の私のような"普通"の色の部分が6割ほどあり、残りの4割、特に右脇腹はまるまる、その白い肌になっていた。女のように綺麗な肌で、シワの一つもない。


「あ…………あ…………?」



腹から胸へ、二手に分かれて両手へ………



「な、なな、」


左手は普通。右手は、肩から指先までまるごと、白い女の腕だった。




















「なんだこれはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッッッッッッ!!??!!」





















[同時刻]

〈大本営 第1会議室〉

「元帥閣下」

「む………何用かな、北方長官」



大本営は日本海軍の統括機関であり、全国に置かれている鎮守府の総本山である。俗に"大本営"とは、大本営本部と大本営直轄鎮守府、ならびに周辺の軍用施設の総称で、規模、戦力、影響力ともに軍部の中では最高位に位置する。


その中でも元帥はその大本営のトップであり、事実上の海軍総司令官となる。そしてその下には、日本を東西南北にわけて統治する長官がそれぞれ4名いる。長官は複数の鎮守府の総監であり、その下にさらに各鎮守府の提督がいる………という身分構造である。


そして提督達よりも遥かに多くいる海軍の関係者は、階級に応じて給与や役割に違いはあれど、大抵は各軍事施設に配属されている。この軍事施設は、艦娘がいないところが中心であり、戦闘よりも湾内警備や海洋資源開発に着手している機関である。


そして海軍の監視役として存在する憲兵団。海軍部内の悪行や規則違反などを取り締まり、時に一般市民の避難や避難施設の建設などを行う機関がある。この機関はたとえ元帥だろうともその影響は受けず、完全に独立してその権力を保持している。





この北方長官、もとは憲兵の出であり、海軍内外の事情にも精通している切れ者だ。戦闘時の指揮能力、学歴もさることながら、出世というものを熟知している。もし彼が政治の世界に進出するならば、国務大臣の道は待った無しだろう。



そんな彼にとって、不当な権力の行使はやはり目立つ。




「閣下、先程お聞きした、例の鎮守府の新任提督のことなのですが……」

「あれか…………どうした?」

「黒崎 閻は確か、大本営直属の軍医だったはずです。私も幾度かお会いしたことがあります。なのに、何故彼が提督に………?」

「彼自らの希望でね、休暇はあの鎮守府で過ごしたいと言ってきたんだ。何故わざわざ あそこに近づきたがるのかは、わからんがね」

「確か宮本とかいう提督が殉職したばかり…………、何か、関係があるのでしょうか」

「わからんよ。あの鎮守府もそうだが、黒崎くんにも困ったものだね……」

「先先代の元帥、黒崎 勝五郎閣下のお孫さんですからね………。なにかあったら大変ですよ」

「その上父親は陸軍将軍ときたもんだ。まあ、親の七光りで調子に乗ることもなく、ちゃんと仕事をしてくれるのは嬉しいよ?でもねぇ…………」

「ええ。彼は医者というより研究者です。腕は確かですが、心がいかれてます」

「全くだ。軍人一家で、勇ましい男かと思ったら、ただのマッドサイエンティストだったからな………」

「となると、ますます疑問ですね。何故あの鎮守府に行くのか……………。まさか、研究資料として艦娘を使う気でしょうか?」

「馬鹿を言え。あそこの艦娘は人一人では手がつけられん」

「ところで、護衛はお連れしなくてよろしいのですか?」

「構わん。軍医は一人で鎮守府に向かうと行っていた」

「しかしそれでは、何かあったときに………」

「問題ないだろう。あれは人の死を見ているわりには、もっとも死に遠いような男だ。艦娘に殺されたりはしないだろうよ」

「はあ…………。わかりました。お時間を割いていただき、ありがとうございます」

「おう。……………そうだ、北方長官よ、お前も少し休暇をとれ。そしていい加減結婚しろ」

「またその話ですか。そのうちしますよ。失礼します」

「おう」



バタン




北方長官は廊下を歩きながら考えていた。



黒崎 閻という男は、その出自と才能に関しては疑いようもなく素晴らしいものだ。医者としての腕ならばまさに日本を代表する名医とならぶものだろうし、彼の父親と祖父のことを考えれば、もし軍人として働いていたなら出世は間違いなかったはずだ。


しかし彼の本質はどうだ。人命救助や国への奉仕などは全く考えていない。かと言って私利私欲のために誰かを利用しているわけでもない。彼は単純に、知的好奇心と彼自身の嗜好を絶対の基準として行動しているのだ。軍医としての仕事はあくまで自身のそれを叶えるための通行料稼ぎとしか思っていない。


つまり優秀なだけで、人としてはまるで敬うことのできない奴だ。



そんな男が、一時的とはいえ提督となるのはおかしな話である。奴の知的好奇心はいつから艦娘と戦争に向けられるようになったんだ?


それにあの鎮守府は、確か上官殺しが着任していたところのはずだ。そして最近、そいつが殉職した。これには何の関係がある?




考えても答えは出ない。そもそもこんなこと、気に留めるほどでもないのかもしれない。


そう思いながら、足早に次の仕事へと向かった。


















〈岩の部屋〉

「待て待て、待て待て待て待て待て!!」



自分のものではない自分の体。白く、細く、毛もなく、シワもなく、傷もない、まるでマネキンのような綺麗な腕と足と腹部に向かって絶叫ひた。


触ってみると、ツルツルとした表面で、押すと柔らかな弾力があり、そして死んだように冷たかった。



「なんだこれ……………な、なんだってこんな……」



右腕を、左手で撫でる。同様に、両足と腹も触った。体の白い部分と元の色の部分は、ギザギザした波線を境に綺麗に分かれている。まるで、そのパーツをあとから接着剤でくっつけたように。


恐る恐る、白くない部分を触ると、なんてことない、いつもの自分の体だ。温度や感触ともに、普通。












《あらあら…………》

「はッ!?」



唐突に聞こえた、冷たく美しい、凍るほど鋭く溶けるほど優しい、そんな声。


振り向くと、そこには少女が立っていた。



「え………?」

《まだ起き上がってはダメ。体が慣れていないから……》



赤い目。白い肌。白い髪。セーターともワンピースとも制服とも、何とも当てはまらない服装。高校生くらいの体躯。



「お、お、お前は………」

《ええと…………》



そう、深海棲艦だ。




「お前ッッ!私に、私に何をしたッッ!!?」

《……………》



全裸であることも忘れ、局部ガ晒されていることすら気付かずに、私はまだ動く左腕を使って後ずさりしながら叫んだ。


深海棲艦は不思議そうに私を見下ろしていたが、やがてゆっくりと近づくとしゃがみこみ、柔らかい笑みを浮かべて言った。



《大丈夫よ、貴方の敵じゃないわ》

「…………ッ!?」



海軍で働く者ならば、他の人間よりも深海棲艦を忌み嫌い、それに対して酷く攻撃的になる。まず連中を信用なんてしないし、命乞いでもしてこない限り(コミュニケーションがとれればの場合)、その全てを殲滅する。


しかしわたしにはどうにも、この深海棲艦の笑顔と言葉を疑うことができなかった。



「敵では、ないだと?」

《そう。殺したり、傷つけたりはしないわ。…………むしろその逆かしら》

「なに?」



言っていることは本当のようだ。実際、武装はしていないようだし、仲間を引き連れているわけでもない。見た目を問題視しなければ、ただの女の子にしか見えない。


むしろ逆、とはどういうことだろう。助ける?しかし、その理由がわからない。



《………………ええと、どこから話したらいいのかしら…………》

「ま、待て」

《え……?》

「まずはわたしの質問に答えろ。ここはどこで、何故私はこんな体なのか」

《……………わかったわ。敵の前でも萎縮せずに命令口調で立ち向かうその姿勢、感心はしないけど、気に入った》



そうしてまた柔和な笑みを浮かべると、私の隣に座り込んだ。まるで、河川敷で共に語り合う親しい友人のように。


この距離感…………馴染まない。







《ここはとある無人島……。海と繋がっている洞窟の中よ。壁は何かの石がうっすらと発光しているみたい。風も通らないし、貴方を安置しておくにはちょうどいい場所でしょ?》

「無人島……………どの辺りの海域だ。いや、近くに何か、私でもわかるような目印はあるか?」

《ないわ………。でも、強いて言うなら、ここは他の海より寒くて、たまに流氷があるくらいかしら》

「(北方海域か?距離はあるが、私の鎮守府からは行けないこともないか……)」

《今はそんなに寒くない………海よりはずっと暖かいわね》

「…………………私はどうやってここに?」

《運んできたの。私の仲間が》

「運んできた?」

《ええ……。ここから少し離れたところで、貴方の残骸を見つけた》

「ざ、ざんがい?」

《およそ人の原型をとどめていない、既に冷たくなった貴方》

「……………それって、つまり」





《貴方、もう死んでたのよ》

















[さらに一週間後]

〈鎮守府〉

昼下がり、艦娘たちは全員で正門に並んでいた

並び始めて20分ほど経つが、誰も文句一つ、どころか一言も発さずに整列していた。


特別な集会や、提督を追悼するためにこうして集まっているわけではない。彼女たちは、今から来るであろう新しい提督を待っているのだ。それも今までとは打って変わって、歓迎するために待っているのだ。



あの、人間を忌み嫌い、蔑み、虐げ、挙句暴力までふるった艦娘たちが、その人間のためにわざわざ整列までしてスタンバイしているのだ。先の物語でもわかる通り、このようなことは今まで一度もなかった。


これは決して、人間に従順になったとか、或いは脅されてやっているだとか、そういうわけではない。特に誰かが呼びかけたというわけでもない。ただ新しい提督が来るという情報が出回った時から、なんとなく"こうしよう"と考えていただけの話だ。




艦娘たちは恥じていたのだ。


今の今まで虫けらのように思えた人間に、あわよくば二度も助けられ、その優しさと努力と忍耐を持って接してくれたあの人間に、真摯に向き合ってこなかった自分たちを。失って初めて気づいた自らの愚行と、あの人間の正義に、艦娘たちは後悔と罪悪感を覚えた。


それ故に、今再び傲慢にも人間を見下すなどという過ちを犯すことはできない。艦娘たちは今度こそ、正しい艦娘になろうとしているのだ。



この整列はその第一歩。人間に対して敬意と誠意をもって接することこそ、彼女らがすべきことだと判断した。







「来たぞ」

「「「「「!」」」」」




黒い軍用車両。見た目は一見普通の乗用車のようにも見えるが、その実、特殊加工のドアの装甲、防弾ガラスの窓、防弾仕様のタイヤなどの特殊設計であり、やわな攻撃では壊れない作りになっている。



正門の前で止まり、助手席から軍服を着た男が現れる。一瞬、「この男が新しい提督か?」と艦娘たちは思ったが、男は艦娘たちに敬礼をして、そして次に後部座席のドアを開けた。



「全員ッ、敬礼!」




長門の合図で、艦娘たちは美しい敬礼を見せる。そして今から現れる新しい提督に視線を注ぐ。



しかし、艦娘たちがその者を見たとき湧き上がった感情は、




「なっ…………!?」

「ええっ!?」




困惑だった。





「ふぅん……………ここが、ね」



生気を感じない細い目。頬は痩せこけ血色も良いとは言えない。髪は女のように長いが縛られてはいない。細身で、ぶつかっただけで折れてしまいそうな体格だ。髭は生えておらず、不潔というわけでは決してない。何より、着ている服装が"白衣"なのだから。




「え…………?」

「嘘だろ………」

「この人が……?」




艦娘たちはいつしか敬礼を解き、眼前に現れた酷く頼りないこの男に、驚嘆と困惑の目を向けるばかりであった。



「ん、ありがとね、田荘くん」

「いえ、なんてことないです!では兄貴、自分はこれで失礼します」

「はいよー、じゃあねー」




車は颯爽と元来た道を引き返し、すぐに見えなくなってしまった。



究極的に気まずい雰囲気の中、艦娘と白衣の男のみが取り残されてしまう。



「………」

「「「「「…………」」」」」

「………」

「「「「「…………」」」」」




互いに見つめ合ったまま、沈黙。


艦娘たちは、まさに開いた口が塞がらない状態だ。一方で白衣の男は、その死んだ目で艦娘を順に見ていくだけで、表情は一欠片とも表さない。


沈黙に耐えかねた最前列の朝潮は、すぐさま硬直したままの長門に小声で言う。




「………………」

「長門さん、長門さん」

「はっ、な、なんだ?」

「歓迎の挨拶、挨拶ですよ!」

「そ、そうか。…………………ゴホン!

遠路遥々、このような場所に足を運んでいただき、誠にありがとうございます!私は戦艦の長門。艦娘たちの統率をしております」



長門はぴしっと背筋を伸ばし、リーダーらしい厳格な態度で言った。澄んだ声が響き渡り、海風の音とともに鼓膜を震わせる。


すると白衣の男は、ゆっくりと長門を視線をずらして、しばらく間を開けてから言った。


「………………」

「………………」

「…………あっ」

「!?」ビクッ

「あー…………」

「……………?」



真顔から一転、次は笑顔で話し始めた。


「いやーすまないすまない!これこれっ、白衣な。あっはははは!びっくりするわけだよそりゃあな!あははは!」

「え…………?あ、いえ、そのようなことは…………」

「いいっていいって!いやーすまないねぇ、僕、普段はこれが仕事着だから、つい軍服を着てくるの忘れちゃったよ」

「はあ………」



白衣が仕事着、という言葉に軍人らしさが感じられず、困惑する艦娘たち。その中で、はっと目を見開いて鹿島が言った。



「あ、あのっ!」

「ん?」

「鹿島?」

「貴方……………まさか、電話の………」

「……………あ、君かあ!」



突然の二人の一致に、さらに艦娘たちは困惑する。



「あの………鹿島さん、お知り合いなのですか?」

「いえ、以前新任提督の話をして下さった方です。でも確か、大本営の方だと聞きましたが…………?」

「うん、大本営直属の軍医。どーも艦娘諸君。黒崎 閻でーすっ」






「「「「「」」」」」」ポカーン









「反応悪いなぁ………。何?軍医が提督ってのはそんなにおかしいかい?これでも大雑把なくくりでいうと、軍人なんだぜ一応」

「鹿島さん、知っていたのですか?」

「ええ、まあ……。でもこんなにお医者さんらしい方とは思いませんでした」

「むしろ病人に見えるぜ」

「こらっ、天龍!」

「まあいいさ。とにかく、今日からここで提督として、君たちと共に戦っていくわけだから、よろしくね」

「」

「長門さん長門さん」

「はっ!?あ、そうだなっ。

こちらこそ、よろしくお願い致します!」

「「「「「よろしくお願いします!」」」」」




未だ整理のつかない心を無理矢理叩き起こして、長門たち艦娘は再び敬礼をした。


表情からはまだ疑いと戸惑いの色が消えてはいないが、艦娘たちとしては、佐藤中将のような男でなくてよかったと胸を撫で下ろした。同時に、しかしそれにしても、弱そうな人間だなと、大半の艦娘が思った。



「まあ、あれだ。自己紹介とかは追々やっておくとして、何か質問とかあるかな?」

「質問…………?」

「うーん…………特にないですね」

「質問……………あっ、はいはい!」

「はい、えーと君は……」

「駆逐艦雪風です!あの、しれぇはなんで軍医なのにしれぇになってんですか?」

「あーそれね。………………………まあ、理由の半分は興味本位だよ。海軍の中でももっとも需要がありもっとも大変な仕事を体験してみたいっていう」

「なるほど〜。じゃあ、残りの半分は?」

「……………」



その瞬間、艦娘たちは空気が変わったのを感じた。お気楽な、どこか抜けているこの男の雰囲気が、弱々しくも恐ろしい切れ味を持つナイフのようなものに変化した。


細い目がほんの少し大きくなり、澱んだ瞳がちらと垣間見た。




「あの…………しれぇ?」

「…………………残りの半分か。いいよ、教えてあげよう」

「はい………」

「僕はとある調査のためにここに来たんだ。誰からの命令ではないけれど、おそらく今後、我々人類に大きな影響を及ぼすかもしれない」

「…………どういう意味ですか、提督」



そしてとうとう、黒崎の顔は再び真顔に戻った。へらへらした笑いがまるで演技だったかのように。



「それだよ、鹿島くん」

「え?」

「僕はね、前任提督、宮本 會良の死について調査しに来たんだ」



















〈北方海域 無人島〉

どの程度時間が経ったのだろう。


薄暗い洞穴の中に捕らえられて随分長い。たまに食事を持ってくる(とっても海産物ばかり。しかも素材そのまま)あの深海棲艦以外誰とも会っていない。聞こえるのは遠くから僅かに聞こえる波の音と、洞穴の天井の水が地面にポタンポタンと落ちる音だけ。



《まだ身体がうまく動かないはずだから、しばらくは安静にしてね。無理に動こうとしても、というか、まず動けないと思うわ》



そんなことを言っていた。仕方なくここで大人しくしているわけだが、今日になってようやく手足が動かせるようになった。壁を支えになら、歩行も可能だろう。


暗い洞穴の中にも慣れてきた。風通しも悪く、掃除も手入れもされていない天然の部屋だが、居心地はわるくない。動けない、という条件つきならばだが。




《あら、起きていたのね》


見ると、またいつもの深海棲艦が来ている。ここのところは私自身寝てばかりで、会話なんて日に一回か二回だけだった。敵と話すことなどないが、向こうがあまりにもフレンドリーな対応をするので、どうしても無視できない。


「お前か…」

《なによ、残念そうな顔。少し傷つくわ》

「こっちはお前たちを殺そうとしてきたんだぞ?傷つくくらいで済むなら儲けもんだろう」

《……………まだ信用してくれないの?》

「敵を信じてどうするんだ」

《そう…………残念だわ。もし、私のことを信用してくれたなら、これをプレゼントしようと思っていたのに》

「なに………?あっ!」


深海棲艦が持っていたのは、折りたたまれた白い服………そう、軍服だった。


ちなみに、ここに来てからはずっと裸である。寒いとか暑いとかは感じなかったが、身体中見られている気がしてソワソワして落ち着かなかった。



「私のか?いや、しかしそれは……」

《貴方のは燃え尽きちゃってて残ってないわ。これは私の仲間が作ってくれたの》

「作った?服をか?」

《ええ。なによ、裁縫くらいできるわよ。深海棲艦をなんだと思っているの?》

「(服という文化があるのか………。言葉がある時点では、それなりの知能を有しているとは考えられていたが、ここまでとは……)」

《どうする?》

「え?」

《このまま素っ裸ってのはきつくない?私を信じてくれれば、これを貴方にあげるわ。どう?》

「…………………服で私を釣る気か」

《いらないならいいわ。それも原始人みたいで素敵よ》ニヤニヤ

「…………………………なにをすればいい?」

《ふふっ、頭が良くて助かるわ。ほら》

「おっと……」バサッ

《これを着てついてきて。貴方に全てを教えるわ》



投げ渡された服は、少々ゴワゴワした肌触りで、麻縄のように固かったが、それでも着ないよりはマシだった。


それから、これはおそらく拾った布かなにかで繕ったのだろう、不出来なふんどしもあった。今の時代これを身につけるのはごく僅かだとは思うが、今の状況では十分ありがたいものだ。



《…………》

「な、なんだ。人が着替えるのをあまりジロジロ見るな」

《いえ……、やっぱり貴方と私たちでは身体の作りが違うみたいね。体格というかパーツというか………》

「…………おい、どこ見てる貴様」

《貴方のその股の間にぶらさがってる物って………》

「やめろ!指をさすな!」

















〈無人島 洞穴内部〉

この洞穴は自然の力によってできたものらしいが、それにしても広い。地面は凸凹していて歩きにくいが、横幅と天井の高さは漁船1隻がまるまる一つ入る広さだった。


私が軟禁されていた部屋は洞穴からさらに分岐した空間らしく、今歩いているこの大きな廊下から、多くの空間がまるで植物の根のように分かれていた。



「アリの巣のような洞窟だな………。お前たちはここに住んでいるのか?」

《いいえ。本来は海の底に住んでいるわ。外の光も届かない所だけれど、私たちの目なら見えるから。ここは拠点の一つって感じよ。使うことも稀だわ》

「そうか。(まさか我々も、こんな無人島に敵がいるとは思っていなかったな。連中の居所が海の中にあるとは聞いたことがあるが、なるほど、地上侵略の中継拠点といったところか)」

《ほら、ここよ》

「ん?」

《もうみんな集まってるみたいね》



洞窟の奥の、人が優に通ることのできる大きな穴。その中を深海棲艦は指差した。洞窟の突き当たりにあり、入り口はあとから破壊されたような形跡がある。



「ここに、答えがあるのか?」

《ええ。貴方のその身体と、これまでのこと全部ね》

「…………」



正直、私はこいつを信用していない。こいつは敵意も殺意も感じられず、どころかまるで民宿のように飯や部屋、挙句服まで提供してくれたが、今は戦時中だ。ましてこんな身体になっていては、疑念を向けざるを得ない。


もしかしたら、この中には同様に捕らえられた艦娘がいたとか、私のような不幸な人間がいるとも考えられる。あるいは、ここで殺されるか。



そう考えると、どうにも前に進みたくなくなる。今すぐ駆け出して逃げるか?いや、この無人島のどこに逃げ場なんてある?せいぜい捕らえられ、手足を切り落とされるのが関の山だ。



《どうしたの?》

「……………なあ」

《?》

「お前は、私の敵でないといったな」

《…………ええ。それが?》

「証拠を見せてみろ」

《え?》

「証拠だ。お前が私の味方であるという証拠を見せてみろ」



深海棲艦は、今まででもっとも驚いた顔をしていた。それもそうだ。捕らえられている分際で、この人間は何様なのだと思っているに違いない。


そもそも今までの扱いで、まだ疑っている私の方がおかしいのかもしれない。だが、たかだか武装解除と餌付けで私を飼い慣らしたつもりになっているかと思うとそれはそれで癪だ。


私は軍人だ。そう簡単に寝返ると思うなよ。




《そうね…………じゃあ》

「おっと…………!?」



深海棲艦は少しの間考えると、突然私を抱きしめてきた。



「なにぃっ!?」

《どう?これが証拠よ》



頭一つ分身長差があるため、深海棲艦が私の胸に顔を埋める形になる。手はがっちりと背中をホールドしている。柔らかい身体の感触と、ほんのり漂う良い匂いが感覚を刺激する。


突然の、抱きしめるという攻撃(?)に私の体は一瞬間フリーズした。しかしすぐに正気を取り戻して、肩を掴んで引き離す。



「何をする貴様っ!?」

《何って……………ハグよハグ。友好の証》

「ゆ、ゆうこーのあかし?」

《そう。え、ハグで合ってるわよね?人間の世界では、これが友好の証だって聞いたのだけれど…………》

「……………」


どこ情報だ、それ。


《なによ、違うの!?》

「違うに決まってるだろ!いきなり抱きつく馬鹿がいるか!」

《じゃ、じゃいつするのよ!》

「それは………その、愛している人とか、本当に親しい友人とか………?」

《な、なな、何ですって!?私そんなつもりじゃないわよ!?》///カァァァァ

「そんなことわかっている!というか、敵にいきなりこんなことする奴は普通いないぞ!」

《し、知らなかったのよ。そうよ、私悪くないもん!》



深海棲艦は、死人のような白い顔を僅かに赤くして、子供のように開き直った。怒っているのか恥ずかしいのかわからないが、観察的な対応から一転、初めて感情的な部分に触れることができた気がする。


というか、こっちとしてもかなり恥ずかしい。女々しく逃げ出したくなるほどに。あ、そうだ、これを理由に逃がしてもらうか。





そうして、部屋の前で二人で怒鳴りあっていると、後ろから聞き覚えのない声がした。



《なにやってんだよお前ら………》

「!?」

《あ、あら重巡棲姫。もう来てたのね》

《まあな。ほかの連中もとっくの昔に来てるはずだ。………………ところで、それが例の人間か?》

《そうよ》

《ほぉ〜…………パッとしねぇな、なんか》

「…………」



男くさい口調で話しかけてきたのは、重巡棲姫の呼ばれている姫級の深海棲艦だ。


鎖骨ほどまで伸びた真っ白な髪。同じく白色のパーカーのような服を着ていて、黒と灰色のスパッツを履いている。横しまのニーソをと黒い靴も履いている。しっかり見開かれた赤い瞳にすんと伸びた鼻。控えめに言っても美形で、白い肌は深海棲艦特有のものだとしても、絹並みに美しかった。


冷やかすように八重歯をのぞかせてニヤリと笑い、腰に手をあてて続ける。



《どうだ?自分たちの敵をこんな距離で見るのはそうそうないぞ?ここならビビって小便漏らしてもいいんだぜ》

「…………………ふふっ」

《あ?》

「いやすまない。似たような奴が仲間にいてな。思い出してつい」

《………………なかなか度胸があるやつだな。この状況でよくまあそんなこと言えたもんだ》

「度胸があるわけじゃない。私にとっては、命の危険程度じゃなんてことないってだけだ」

《へぇ……………》



重巡棲姫はナメられたと思ったのか、威嚇するように目を見開き、足を肩幅ほどに開いてこちらを睨みつける。赤い瞳は爛々輝き、周囲の空気が数倍重く感じられるほどに怒りのオーラが伝わる。



《こら、重巡棲姫》ポカッ

《あでっ》

《この人間は重要な実験体よ。乱暴にするのは許さないわ》

《わーってるよ。チッ………》

「(実験体?なんだそれは……?)」

《ささ、みんな集まっているのでしょう?さっさと入りましょう》

《おう》

「…………」



そして、この二人の深海棲艦に挟まれるようにして、部屋の中へ入った。









後書き

各地で桜がその顔をのぞかせ、暖かな春の陽気を感じる今日この頃、皆様はいかがお過ごしでしょうか?

私は、ニートしてました。





……………………。





さて、"提督「化け物の誕生」 焦熱地獄(6)"はいかがでしたでしょうか。

深海棲艦の会話のカタカナから平仮名への表記変更につきましては、作品冒頭で説明した通りでございます。ゲームの方ではしっかりカタカナなので、今まではそれに合わせておりましたが、文章にするとなると、いささか読み手にも書き手にも負担がかかるので、このような措置をとらせていただきました。


なんといいますか、"SSと言う割には長編になりすぎだろ"とか、さっさとみんなをヤンデレにしたい"とか、書いているうちに自分の願望とか不満とかが悶々と溜まってしまって、そろそろ番外編でも書きたいなと思っております。

だめですよね。本編進めなきゃね。





またそのうち投稿します。では、次回作で。


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SS好きの名無しさんから
2020-06-29 22:19:08

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2019-04-12 00:01:59

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2019-04-11 21:49:16

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2019-04-12 00:02:06

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