2019-06-07 13:17:16 更新

概要

過去に街ひとつ壊滅まで追い込んだ殺人鬼が提督として鎮守府へ着任しちゃいます…(現在は第三章を更新中)
PV2000突破ありがとうございます!


前書き

〈目次〉

第一章:殺人鬼着任
第二章:鎮守府海戦
第三章:現実逃避の先に…


[第一章:殺人鬼着任]




男「あ〜…此処が鎮守府って奴か」


腰まで伸びた黒髪と赫色の眼球が特徴的な細身の男は鎮守府前で立ち止まる

かなり大きいケースを軽々と持ち上げるその様子は容姿からは想像出来ない異質さを放っていた


大鳳「貴方が今回派遣された提督ですね?」


気づけば目の前に艤装を装備した女が立っている


男「まあそんな所だ…アンタは?」


大鳳「今回貴方の秘書艦を務めさせていただきます大鳳です。以後お見知り置きを」


随分と固い挨拶に嫌悪感を抱くが顔には出さない

表情から感情が読み取られる程男も柔な道は歩んで来ていないのだ


男「御託はいいからさっさと案内してくれ…この日差しじゃ焼け焦げちまうよ」


大鳳「……はい」


無愛想な返事に又々殺気が溢れそうになるがこれも抑える

安定した生活の為にも“我慢”しなければいけない


男「…此処でやっていける自信なんて毛頭無いしなぁ…」


そんな愚痴を吐き男改め提督は大鳳に連れられ鎮守府へと案内されるのだった。





加賀「何故あの男を起用したのですか?」


元帥の秘書艦である加賀は不満そうに尋ねる

彼女自身あの男の採用には不安や不信があるのも事実

いくら元帥の決定とはいえ納得出来なかった


元帥「町一つ丸々壊滅状態まで追い込んだあの男…あのまま殺すのは勿体ないではないか」


現在深海棲艦と戦時中であるこの世の中

勿論人間による犯罪や反政府行為の対策に手が及んでいなかった訳でも無い

だが男はそんな状況下でしかもたった一人で犯行に及んだのだ


元帥「彼が…あの男が起こした事は到底許されるべき行為ではないが…こんなご時世貴重な逸材は利用しなければならない」


しかしながらそれをとっても加賀の意見は変わらない


加賀「私の…私達の戦友を殺した奴をのうのうと軍に起用する事自体異常です」


男はたった一人で町を壊滅させた

それも小さな集落のような寂れた場所ではなく鎮守府を起点とするかなりの規模を持つ街である

だが男はやってのけたのだ

子供女関係なく

人や動物も関係なく

況してや艦娘も関係なかった


元帥「艤装を装備した艦娘をも圧倒する身体能力…取り押さえるだけで百何人が命を落とした事か…」


拘束された男は憲兵にこう告げたという


『安定した生活がしたいなぁ』…と





提督「…此処が鎮守府…本気で言ってるのか?」


大鳳「ええ…」


外装は全体を見ても然程違和感は感じられなかったが内装は酷い有様だ

所々の壁はヒビ割れ至る所にカビが生えている


提督「俺が住んでいた場所よりは幾分マシだが…気分悪りぃな」


そう言うと提督は大きなケースを開けると元帥支給の清掃用具を取り出す


提督「大鳳とか言ったなこの鎮守府に居る艦娘とやら全員を呼んでこい!掃除の時間だ!」


大鳳「は…はぁ…」


暫くすると大鳳に呼ばれたのか艦娘が集まり始めた


提督「俺が知ってる鎮守府っつーのはもっと艦娘が居た筈だが…」


霞「他に集まって無い艦娘もいるのよ…そんな事も考えられないの?この低脳は?」


またキツイ奴が居たものだと提督は内心舌打ちする


『貴様には約束通り安定した生活を送ってもらう…だが私が危害を加えたと判断した場合その場で処刑を実行する』


提督「…ったくあの老いぼれは…」


望月「それよりいいの?早く掃除始めるなら始めちゃってよ…折角部屋から出てきた意味が無いじゃん…」


想定より少人数ではあるがさっさと始めようと提督達は清掃と修復に取り掛かる


望月「はぁ…面倒臭いなぁ…なんでこんな無駄な事しなきゃいけないんだろ…」


菊月「そんな事言って提督が来るの楽しみに待ってたでしょ」


望月「…るっさいな…」


提督「ほらアンタら無駄口叩いてる暇があれば手を動かせ手を!」


望月「あーもう言われなくても分かってるよ!」


渋々壁の埃やカビを取り除く作業をしている望月に菊月が指差す


菊月「あ…あれ…」


提督が掃除した場所はまるで新品に張り替えたようにシミ一つ無いうえ先程まであったヒビ割れさえも綺麗サッパリ無くなっていたのだ

その不気味かつ異様な光景に二人の背筋が凍りつく


望月「…提督…あんた一体…」


機嫌良さそうに作業に取り組む提督を二人は只々見つめる事しか出来なかった。





提督「ふう…これで内装は全て終わったな!」


清掃を始めて約5時間が経過した頃鎮守府内全ての修復が完了した

その圧倒的な手際と技術に翻弄され大半の艦娘は途中から提督の手伝いに回っていたのだ

数時間前迄は見るに耐えない有様だった鎮守府が今では全体を新調したかのようにピカピカになっている


霞「これは想像以上だわ…買い出しから帰ってきた鳳翔さんが混乱しなければ良いけど…」


艦娘といえど体力が無尽蔵にある訳では無い

しかし提督は一切休む事なく寮の自室を含め全ての修復をこなした


提督「これでも綺麗好きな方なんでな…ある程度は片して貰ったぞ」


果たしてこれを“片した”という単語で締めくくれるのかと違和感が湧く

掃除前ではやる気すら見られなかった艦娘達が今ではそこら中を走り回って喜んでいる


提督「さてと…やる事も済んだし後は何時もの日課をやるだけだな」


大鳳「提督?何処に行かれるんですか?」


初手で会った時より表情が明るくなった大鳳はそう問いかける


提督「執務室でやる事が有るだけだ…アンタたちは来なかった艦娘でも呼んでおいてくれ」


提督はそう言い残し足早に去っていく


大鳳「…不思議な人」





提督「ふぅ…ギリギリセーフ!」


大きなケースを抱え執務室に入り鍵を掛けると提督はすぐさま二重構造になっているケースの裏側を開ける


子供「んん〜!!!」


提督「ごめんな〜ずっと放置しちゃって…身体も凝ってるだろう?」


子供はケースの中に長時間閉じ込められていたのか関節部分が固まっていた

それでも提督は構わずケースから更に器具を取り出す


提督「この鎮守府は可愛い娘がいっぱい居たからねぇ…抑え込むのが大変だったよ」


提督「でもね…国から処分対象とされた君ならいくら殺して問題ないんだってぇ…」


子供「〜〜〜!!」


子供は抵抗しようとしているのか身体を小刻みに震わせる

これでも全力抵抗しているつもりなのだろうが提督にはもう関係ない


提督「人ってさ簡単に改心出来るほど単純な構造はしていないんだよ…だからこそ面白いんだけどなぁ」


そう言い提督は小さなペンチの様な器具を子供の耳に近づけさせる


提督「まずは音が聞こえないよう鼓膜を剥いでいこうか」


子供「〜〜⁉︎」


カチンカチンと耳元で金属音が響く


提督「ごめんね…やっぱり俺は“殺人鬼”なんだよ」





『ねぇねぇ!あの虫さんは何ていうの?』


幼い少女はそう彼に語り掛ける


『別にしらねぇよ...』


男は不愛想に返す



提督「...またか」


またあの夢を見る

提督が気付いた頃には日が昇り朝日が窓辺近くに差し込んでいた


提督「確かあの後鳳翔の所で宴会じみた事をやった筈だが」


思い出そうと記憶を巡らせても久々の酒に酔いしれていた自分しか残っていない

それに加え頭部に痛みが走る

ついつい飲み過ぎたのだろう...所謂二日酔いと言う奴だ

何とか身体を起こした提督はギョッとする

ベッドの真横に艦娘が寝ていたのだ


提督「なっ⁉︎お前何で⁉︎」


動揺する提督を尻目にその艦娘は目元を擦り起き上がる


多摩「...何にゃ?朝から騒がしいのにゃ...」


提督「人のベッドに侵入しておいてよくそんな事が言えたもんだな...」


痛む頭に重しを乗せたかのような感覚が提督を襲う

多分今なら漬物石に押し潰される糠の気持ちが理解出来るような気がする


提督「あーもう...いいから早く出てった出てった!」


半ば強引に気だるけな多摩を部屋から追い出す


提督「全く...この鎮守府にはプライバシーってのがな

いのか?」


ふと提督は自分のケースに目をやる


提督「まさか見られたなんかはしてないだろうな」


一抹の不安と焦りが胸を掠める

恐る恐るケースを開け中身を確認したが特に異常は見られなかった

残骸の位置 染みの経過時間 匂い

ケース自体あれから一度も開けられていないようだ


提督「はぁ…ただの杞憂で済んだが管理くらいはしておいた方が良いかもな」


いつ何時誰が自分の正体に気付くか分からないこの現状

見破られでもすれば混乱沙汰では済まない上この事が老いぼれにも伝われば自分の生活が脅かされるのは明らかだ

鬱な溜息を吐きケースをクローゼットへ仕舞う


提督「気が乗らない日は散策に限るよな」


軍支給の軍服を羽織り部屋を立ち去るのだった。





球磨「多摩⁉︎一体何処に行ってたクマ!」


今朝方から行方が分からなかった妹を見つけ球磨は直ちに駆け寄る


多摩「自室へ提督を運んでいる最中ベッドが想像以上にフカフカだったからつい寝落ちしてしまったにゃ...」


球磨「はぁ...実に多摩らしい理由クマ...」


相変わらず人の心配を何だと思ってるクマ...と内心呟やきながらこの自由奔放な性格は相変わらず多摩の特権だと改めて実感する


多摩「にゃ〜...それにして提督の寝顔はいつ思い出しても可愛かったにゃ〜」


球磨「っ⁉︎多摩!提督と一緒に寝たのかクマ⁉︎」


多摩「当たり前にゃ...それにしてもあの顔は母性本能を擽る何かがあったにゃ」


多摩から母性という言葉が出た瞬間球磨は喀血した


球磨「ま...まさか多摩から母性という単語が出るなんて...クマ...」


二人がそんな茶番劇を繰り広げている最中通路から人影が現れる


提督「どうしたんだ二人共?」


球磨「ああ提督クマか…ちょっと喀血してた所クマよ…」


提督「本当に何があった⁉︎」


散歩ついでに恐ろしい現場に出くわしたものだと気分が落ち込む

それに球磨の背後には此方をまじまじと見つめる多摩もい居る…多分今一番会いたくない奴だ


多摩「それより提督は何でこんな所にいるにゃ?」


提督「…二日酔いで頭が回らなくてな…少し散策でもしようかと…」


多摩「なら多摩がこの鎮守府を案内するにゃ!」


多摩はそう言うと即座に提督の腕を掴み外へと駆け出して行った

あまりに一瞬の出来事に球磨はその場で棒立ちする事しか出来なかったそうだ。





多摩「…にゃぁ…久々に全力疾走すると体が持たないにゃ…」


人を散々引き摺り回しよくそんな台詞が出てきたもんだと提督は呆れ返る


提督「只でさえ気分が悪いのに更に追い討ちをかけるんじゃねぇよ…」


多摩「彼処に長居してたら姉さんの説教を受ける事になってたし万事オーケーにゃ…」


どこがだよと突っ込みを入れたいが今はそんな元気すら無い

酔っている時に滅茶苦茶回るコーヒーカップに乗せられた直前と同じ様な気がして来る

簡潔に纏めると吐きそうと言うことだ


提督「はぁ…安定した生活って何だっけなぁ…」


多摩「今回の件は悪かったにゃ…これはお詫びにゃ」


多摩は提督に近くの自販機で売っている天然水を手渡す

体調上では有難い品物だった

提督はキャップを開けると勢いよく飲み干すと先程よりも気分は良くなった気がした

疲れきった自身の体を木陰へ移動させる

真夏とはいえ沿岸部は海からの潮風も吹いており多少は涼しく感じられた


多摩「そういえば提督はどうしてこの鎮守府に来ようと思ったのにゃ?」


提督「あー…何といえばいいのやら…命令されたから?…なのか?」


多摩「なら提督はこの鎮守府の事は知らないのにゃ⁉︎」


提督「え?何かあるのか?」


多摩「にゃっ…何でもない…それを知れば提督はこの鎮守府を出て行ってしまうにゃ」


それを聞いた提督ははぁ…と小さな溜息を吐く


提督「俺はな多分この鎮守府でしか生きられないんだよ」


多摩「どう言うことにゃ?」


提督「この鎮守府を出れば自分に居場所は無いって事だよ…少なくとも此処を自分から出ようとするなんて馬鹿はしない」


そう言い多摩の頭を撫でてやる


多摩「提督撫でるの下手にゃ」


提督「人の頭を撫でた事なんて生涯まだ2回目なんだし妥協してくれ」


だがそんな不器用な撫で方でも多摩は心の何処かで安心していた

あの人とは違う別の何かがこの提督にはあるのだろうと…

多摩は何故か提督にだけは一人の人間として心を許せる気がしたのだった。





霞「提督そんな所で寝てたら風邪ひくわよ」


提督「......んあ?」


確か自分は多摩と一緒に居た筈では?

辺りを見渡せば日は暮れ太陽が水平線に吸い込まれる寸前であった

地面で寝ていた所為か凝りに凝った身体をなんとか起こす


提督「...ああなんだ寝ちまったのか」


霞「寝ちまったじゃないわよ!執務はどうしたの!」


提督「あっ...」


多摩に引き摺り回された後一切執務室には戻っていない

詰まる所執務は山積みという事だ

まさか気分転換の散策が一日掛かりになろうとは想像だにしなかった

まあ何も言わずトンズラした多摩には後で叱るとして...


提督「ありがとな...助かったぞ」


霞「なっ⁉︎何よ急に!」


何故か霞は顔を赤くし後方へたじろぐ

なんにせよ日が沈むまでに起こしてくれたのはとても有り難い


提督「早く執務終わらせないとな...」


霞「そう思ったなら早く行動に移す!ほら早く!」


霞に引っ張られ提督は執務室へと急ぐ

自然と二日酔いの頭痛はもう治まっていた。





元帥「こんな所に居たのか」


加賀「はい...今日は赤城さんの...」


途中言いかけた所で言葉を詰まらせる

鎮守府本部の裏側に位置する中庭には数々の墓標が存在しており轟沈艦の慰霊碑などがそこにはあるのだ

そんな墓標の中でも一際目立つ物があった


『○○鎮守府慰霊碑』


元帥「君が私の元に来る事になった理由もそうだったな」


加賀「何故....何故あの男は生きているんですか....」


必死に訴える様なその声は震えていた

加賀は嘗てとある戦友を失った経験を持つ

それも海戦での名誉ある戦死ではなく虐殺という無惨な形でだ


元帥「何度も言っているが奴は殺してしまうには勿体ない人間…せめて赤城達の分まで働き死ぬのが妥当ではないか?」


加賀「だとしても奴を野放しにしておくのは危険すぎます!幾ら厳重体制を敷いているとはいえ……」


艦娘を遥かに凌駕するその戦力をコントロールするにはそれ相応の対処が必要である

大きな戦力を動かすには更に大きな戦力を保有しなければそれは自軍の戦力とは言えない

それこそ只の暴発寸前の巨大な爆弾でしかないのだ


元帥「分かってる…だからこそあの鎮守府に送ったのではないか」


加賀「…まあ確かにそうですけど」


元帥「あの鎮守府は艦娘で居られる最期の場所だ…彼奴には十分お似合いだよ」


彼が配属された鎮守府は只の鎮守府では無い

各鎮守府から解体申請を出された高練度の艦娘達が最期に送り届けられる実質的な墓標であり実在する死…それが鎮守府の正体であった。





提督「ふぅ…まあこんなもんか」


昔から資料や書類の類はかなりの量扱ってきたのが功を奏したのか執務はものの30分で終わった


霞「凄い…全部正確に…尚且つ迅速に終わらせるなんて…」


その作業の効率にど肝を抜かれる

あんな平然とした顔をしながら通常十数時間は掛かるであろう執務を僅か30分で熟す提督には恐怖さえ覚えた

更に付け加えるとこの鎮守府には無理難題が押し付けられる事が多い

量だってそこらの鎮守府と比べても数倍はある筈なのだ


提督「よし!飯の時間だ霞!」


霞「えっ⁉︎」


提督「今度は俺が連れてってやるよ何か食うかい?」


霞「えっと…その…」


提督自身から食事に誘われるなんて過去に一度も無かった霞は脳内での処理が追いついていなかった


提督「黙りこくっても分からんな…仕方ない鳳翔サンの所にでも行くとしよう」


提督はそう言い霞の手を握る


霞「ひゃっ⁉︎」


提督「っ⁉︎…どうしたんだ…変な声だして?」


霞「あ…あの…男の人と手を繋いだ事がなくて…その…」


提督は何言ってんだコイツと首を傾げる

何故手を繋ぐくらいでここまで警戒されなきゃいけないのだろう


霞(ああもう!何でこんな胸が熱いのよ!…)


霞の真意に全く気がつかない提督はそのまま歩き出す

どれ程提督が他人の感情や思いを読み取る事自体が得意だとしてもそれを理解するのは難しい


望月「あっ!提督さんに霞じゃんどうしたの?」


霞「げっ…」


提督「ああ…望月か」


望月も丁度食事を取りに行くようだった


霞「あら菊月は一緒じゃないのね」


望月「今日は演習で練度を上げるんだってさ…懲りないよねぇほんと…」


望月のその言葉は呆れた様にも疲れ切った様にも聞こえる


望月「私達なんてどうせ直ぐ沈むのに何でここまで頑張らなくちゃいけないんだろうなぁ…」


霞「っ⁉︎…提督の前で言う事じゃないでしょ!」


無神経な発言に霞が若干感情的になる

だが望月も悪意や皮肉を込めて言った訳では無いと提督自身理解していた

恐らく此処に居た間何人もの仲間を失ってきたのだろう…其れこそ何も感じなくなる程に


提督「まあまあ…ならどうだ望月も一緒に食べるか?」


霞「っ!!」


望月「うん良いよ…丁度私も食べに行く途中だったし」


霞「……」


提督「どうした霞?急に黙りこくって?」


霞「別に…何でもないわよ…」


望月(ふ〜ん…道理で何時も此処に着任した提督を毛嫌いしてる霞がここまで懐く訳だ)


望月は霞の元へ駆け寄ると耳元で囁く


望月「…残念だけど提督は私が貰うからね」


霞「そう…まあ精々頑張る事ね」


いつになく余裕な表情を浮かべる霞に対し違和感を覚える

普段なら軽い挑発にも乗ってしまう彼女だが今日に関しては軽く受け流す程度だ

呆然とする望月を気にも留めず霞は食堂へ向かう


望月「まさかあんな一面があったとはなぁ…」


いや違うか

その根源を作り出したのは提督だろう

たった数時間の関係なのに彼を赤の他人だと認識出来なくなっていたのだ


…同じ匂いがする


其れは此処に存在している艦娘が提督に抱いた最初のイメージだった

提督もまた自分達と同じで様々な惨劇を自らで体験しその目にその身体に焼き付けてきたのだろう


提督「どうした望月〜早く行くぞ!」


此方へ手を振る提督を見てクスリと微笑み望月は足早に食堂へと向かった。


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[第二章:鎮守府海戦]




提督「いやー食った食った!昨日は酒の事でいっぱいだったがこう改めて食べてみると美味いもんだな」


テーブルに積み上げられた皿の山を眺めしみじみ思う

鳳翔は微笑みながら此方を見つめている


霞「本当によく食べるわね…何皿よこれ…」


望月「いいじゃん男は食ってなんぼだからねぇ」


艦娘は大食らいなイメージがあったがやけに二人は小食だ

これっぽっちで足りるのだろうか?


提督「艦娘っつーのはもっと食うイメージがあったんだがお前達はやけに小食だな」


望月「まあ私達は駆逐艦だしね…空母みたいに大量に資材を使う訳じゃないし」


そうだ

今迄忘れていたが此処に居るのは艦なのだ

ただの少女として接していたがれっきとした兵器としての顔を持つ

艦種によって行動や見た目将又資材の運用量も変動してくる

下手な資材の使い方をすれば鎮守府ごと潰されそうだな

今更だが此処に来る最中いくつかの監視カメラを見つけた


提督「鎮守府内まで監視するとは随分と趣味がお悪い事で…」


霞「?…提督何か言った?」


提督「いや別に」


食堂だけではない廊下や執務室にも監視カメラが設置されていた

それも全て隠すような形で設置されていたがそんな程度の小細工如きで私を管理出来ると思っているのだろうか?


大鳳「提督!ここにいらっしゃいましたか!」


提督「どうした大鳳?そんなに慌てて」


かなり急いだのだろうか大鳳の息は切れている


大鳳「鎮守府周辺海域に敵艦隊が進撃が捕捉されました!」


霞「なっ⁉︎」


望月「っ!」


唐突な報告に二人は驚きをを隠せていない様子だ

カウンターの向こう側では慌てて鳳翔が出撃準備をしている


大鳳「兎に角提督は急いでシェルターに!」


提督「待て待て!なんで私がシェルターに行かなけりゃいけないんだ…指揮を執る者なら前線に出るのが当たり前と聞いたが…」


霞「まさかあんたこの鎮守府がどういう物なのか知らないで来た訳⁉︎」


提督「いや勝手に配属されて勝手にやってくれと言われただけだが?」


望月「はぁ…なら道理でこんな所に長居する訳だ…何も知らないんじゃ仕方ないし」


大鳳「時間がありません!私から簡潔に説明させていただきます」


霞「駄目!」


説しようとした瞬間した時霞が割って入る

その表情は焦っているのか何かに恐怖している顔にも読み取れた


望月「でも早く説明しなきゃ元も子もないよ」


霞「でもそんな事したら提督はまた…」


提督「いい加減早く話して貰わないか?」


全く進展しない話題に痺れを切らした提督は大鳳へ説明を要求する


大鳳「ええ分かりました…早急に説明致します」


霞「ちょっと…」


望月「霞っ!!」


説明を妨げようとする霞に望月から喝が入る

普段からは想像できない迫力に押され霞は口を噤む


大鳳「この鎮守府…いえもといこの場所は行き場を無くした艦娘が配属されます

勿論大多数の艦娘は解体処分とされますが此処にいる娘達は例外なんです…」


提督「例外?どういう事だ?」


提督の質問に望月が落ち着いた口調で返答する


望月「提督を失い鎮守府自体が解体され行き場を無くした艦娘…又は…」


そう言いかけた所で口調が途切れた

望月は静かに霞の方を見る

其れを察知したのか次は黙っていた霞が口を開いた


霞「提督から解体処分とされたものの政府から戦力としての需要があると判断された艦娘よ…」


大鳳「そしてこの鎮守府は政府にとってのデコイ…敵艦を誘き寄せ新兵器の実験に使う為だけの囮です」


提督「兵器?そんな物この鎮守府には俺が知る限り無かったぞ」


「当たり前よ…」と霞がボソッと呟く


大鳳「新兵器…所謂原爆と言われる物がこの鎮守府の下に埋め込まれています」


望月「提督さんも此処に来る最中気づいたかもしれないけどこの周辺は数年前に廃都市となってるから鎮守府以外に被害はないの」


この時点で提督は全容を理解した

どうして自分がこの鎮守府へ配属されたのか

答えは簡単だ…危険物は危険物の元へ置いておけば安全だろうと考えたお偉い爺が国から見捨てられたが十分戦力になる自分と同じ理由を持つ艦娘達が集まる場所へと送り最期の最期まで働かせようという魂胆だ

その場で処刑する…それが意味するものは地下に埋まっている原爆とやらの起動だろう

この鎮守府に憲兵が居ないのもそれが原因だ


提督「なるほど…多摩が言っていた出て行く理由には十分に成り得る」


多摩の発言から過去に提督は何人か着任しているようだったが…

おそらく今の話を聞き尻尾巻いて鎮守府から逃げ出したかそれが出来ないと判断し自ら命を絶ったか…

いずれにせよ理由程度幾らでも見つかる


霞「…アンタも此処を出て行くのね」


そう言い放ち霞は出撃へ向かう


大鳳「今まで通り指揮は私が執るので提督は早くシェルターへ」


提督「全くだ…こんな鎮守府命が幾らあっても足らんよ」


望月「……」


大鳳「望月さんも早く出撃の準備をして下さい!敵艦隊の侵入を許せば此処ら一帯が消し飛びますよ」


大鳳に促される形で望月も出撃へ向かった

食堂には提督一人と静寂だけが取り残されている


うんざりだ

全くうんざりだ

安定した生活を望んだのに待っていたのはそれとは程遠い文字通りの地雷原であった

これ程迄に失望した事があっただろうか


提督「まあクソジジイが鎮守府をやるから其処で好きなようにやっても良いと言った時点で怪しむべきだったな…」


あれだけ人の感情を読み取れると豪語していた自分が今になって恥ずかしく思えてくる


提督「さて…と…そろそろ準備しなきゃな」


提督は足早に暗闇が支配する鎮守府廊下へと消えていった。





大鳳「これより第一艦隊旗艦大鳳抜錨します!」


その掛け声と重なり第一艦隊 球磨 多摩 霞 望月 菊月 鳳翔も続いて抜錨する

毎戦大鳳が指揮を執りただそれに従い敵艦隊を原爆の起動区域から遠ざけるだけ

もう何度目の出撃だろうか


大鳳「各艦単縦陣に!鳳翔さんは私と共に艦載機での索敵をお願いします!」


鳳翔「いえ…その必要もないみたいわよ」


菊月「正面に敵艦隊を視認…戦艦ル級を旗艦とする駆逐イ級ロ級艦隊だと思われる」


水平線の暗闇に僅かな光が明滅している


大鳳「全砲門開いて下さい臨戦態勢に入ります!」


大鳳の一声に押され砲門を開く

敵は未だ此方には気が付いていないようだ


大鳳「鳳翔さん 望月さん 菊月さん 霞さんは左方向への迂回と威嚇を行なって下さい

私と球磨さん 多摩さんは右方向からの畳み掛けを行います」


望月「おっけ〜…菊月行くよ〜」


菊月「わかってる…早く済ませよう」


霞「……」


大鳳「球磨さん 多摩さんは畳み掛けの準備をお願いします」


球磨「合点承知だクマ!絶対に沈めてやるクマよ!」


多摩「にゃ!」


こうして一艦隊は分離して敵艦隊の撃滅へと向かった

鎮守府近海の暗闇は依然静寂が包み込んでいる。





鳳翔「此方鳳翔敵艦隊を視認しました」


無線機越しから鳳翔の声が響く

口調はいつも通り冷静だ


大鳳「了解しました…威嚇射撃で意識をそちらに逸らしてください

後はこっちの仕事です」


「わかったわ」の声とほぼ同時に威嚇砲撃が行われる

直線距離で800m程だろうか

眩いばかりの閃光が鎮守府近海を瞬時に照らした


大鳳「さあ私達も行きますよ!」


この位置から迂回し敵艦隊の背後部分に回り集中砲火を浴びせる

穴だらけの作戦ではあるが高練度の艦娘がゆえ多少の無茶は承知の上だ


大鳳「撃ち方用意!」


射線を目標へ固定し時期を伺う

少しでも勘付かれてしまえば其れこそ危険だ

瞬間全ての敵艦が射程圏内に入る


大鳳「撃てっ!!」


同時に球磨 多摩は主砲による砲撃を開始

爆音と黒煙が周辺一帯を包み込む


望月「…やったみたいだね」


敵艦の誘き出しの後即後退したお陰で巻き込まれずに済んだものの矢張り現鎮守府で最も練度が高いあの二人の火力は凄まじい

此方も雷撃による援護は行ったが大体は球磨 多摩の主砲によるものだ


鳳翔「敵艦隊はこれで殲滅ですかね?」


菊月「多分…確認出来たのはあの艦隊だけだったし」


霞「…なら早く帰投しましょ…こんな所に居ても時間の無駄だわ…」


望月「霞も…司令官にはどうせ話さなきゃいけない事だったし仕方ないよ」


重々しい空気の中大鳳達と合流しようとしたその時だった


菊月「⁉︎…前方に敵艦載機確認!」


鳳翔「なんですって⁉︎」


先程まで気配すら見せていなかった海域上空に気付けば多数の艦載機が此方へ向かって来ていた

同時に大鳳から無線機による通信が入る


鳳翔「大鳳さん大変なの!敵艦載機が…」


大鳳「分かっている!此方も肉眼で確認した…それと…」


大鳳「……それぞれ敵旗艦ヲ級と推定する艦隊4つが此方へ進撃中だと」


たったその一言で鳳翔は絶望のどん底へ引き摺り込まれた感覚に陥った

今の艦隊ではヲ級艦隊4つなど相手に出来る訳がない

更にここで撤退しても敵艦隊が原爆の起動範囲内に侵入してしまう

もはや希望など残されていなかったのだ


大鳳「鳳翔さん!聞こえてますか!」


その声にハッと我に帰る


鳳翔「あっ…すみません…」


大鳳「兎に角直ぐに合流後交戦する予定なのでそちらの指揮は鳳翔さんに任せます!」


そう言い残し通信が切れる

どちらにせよ生き残るには今この場で敵艦隊を残滅するしか方法は無い


鳳翔「これより大鳳さん率いる艦隊と合流します…おそらくその後ヲ級艦隊4つと交戦するでしょう…」


望月「んなっ⁉︎4つって何だよ!」


鳳翔「言いたい事は分かるわ…でも落ち着いて聞いて

これよりヲ級艦隊との交戦中敵艦隊の殲滅が確認されるまで一切の撤退を禁じます」


菊月「なるほど…敵を前にして帰投するくらいならその場で轟沈しろと言う事か…」


鳳翔「厳しい言葉にはなるけれどそういう事よ」


その発言に意を唱える者はいなかった

そこに居た誰もが妥当だと理解していたのだ

自分達にはその程度の価値しかないと…結局は唯の兵器だという事も…

さっきまで星空が見えていた夜空も今では暗雲で覆われていた。





球磨「やっと見えて来たクマね」


大鳳の艦載機でしか確認出来なかった敵艦隊も肉眼で視認できる程近距離に迫っていた


多摩「鳳翔さん達合流まであとどれくらいにゃ?」


大鳳「ものの数分で着くはずなのでそこまで時間は掛からないと思いますが…」


冷静に物事の順序を並べ直す

ル級を引き連れた艦隊…何故なんの抵抗もせず態々こんな沖合まで誘き出されてくれたのだろう?

いや違う…誘き出されていたのが此方の方だったとしたら…

ル級艦隊がヲ級艦隊の存在を探知されないよう行動していたならば…


大鳳「はぁ…深海棲艦も随分と悪どい手を使うようになってきましたね」


鳳翔「すみません!到着しました!」


報告から丁度5分後鳳翔率いる艦隊と合流する


霞「敵艦隊は…もうすぐそこみたいね…」


大鳳「ええ…相手側も此方の存在には気付いている頃でしょう」


遠くでは艦隊のシルエットがハッキリ分かる程近付いていた


大鳳「総員再度単縦陣に!殲滅目標ヲ級艦隊!」


もう逃げ場など何処にも無い

いや逃げ場など何処にも無かったのかもしれない

そんな事を考える暇もなく球磨達の砲撃により海戦の火蓋が切って落とされるのだった。





提督「はあ夜だってのに電気すらつけないのか此処は…」


鎮守府近海での戦闘を考慮しているのだろうか

鎮守府内の電気は全て消灯されている


提督「こうも暗いと何も見えないな……ん?」


暗闇の廊下を渡った先僅かだが光が差し込んでいる


提督「あれは…部屋から灯りが漏れているのか?」


確かに廊下の端にある部屋からだ

僅かだが物音も聞こえていた

存在を探知されないよう気配を殺し近づく


⁇?「…そこに誰かいるのかい?」


少女だろうか

小さな声が部屋から漏れる


提督「提督だが…お前は出撃しなくていいのか?」


ここからでは室内を覗くことが出来ない為声と光を頼りに接近しながら提督は問う


⁇?「提督の命令ならば僕も出撃するつもりだよ」


疲れ切った様なその声質はまるで人形から出ているに思えた

ゆっくりと部屋の扉の前に立つ

どうやら光は扉と部屋の隙間から出ているもののようだ

提督が取手に手を掛けようとした次の瞬間だった


⁇?「部屋に入って来ないで!」


先程とは打って変わり拒絶を訴える声が響く

その威圧と迫力に提督は一歩たじろぐ


提督「…分かった…ならこの場で話をしたい」


この時点で提督は声の主に興味を持っていた

周りを徹底的に拒絶する者程他人に聞いて欲しい何かを持っているものだ


提督「お前は大鳳達と同じ艦娘か?」


⁇?「…うん…そうだよ」


少し間を空けて返事が返ってくる


提督「いつから其処に引き篭もってるんだ?」


⁇?「分からない…この部屋には時計がないからね…」


艦娘も引き篭もり体質になるのか

内心提督はそう呟く


提督「鎮守府で避難命令が出ているんだがシェルターの場所が分からないからな…案内してくれないか?」


その瞬間部屋の扉が勢いよく開かれ少女が姿を現す


時雨「はぁ…はぁ…それは一体どういう事なんだ提督!!」


提督「いやだからシェルターの場所を…」


時雨「そんな事はどうでもいい!」


時雨は此方の話など御構い無しと言わんばかりに取り乱す


時雨「何故出撃命令を出したんだ…答えてよ提督さん…」


このまま絞め殺さんと言わんばかりの力で提督の胸ぐらを掴む時雨の目は狂気そのものだ

だがこんな状況でも提督は何の抵抗もせずただ淡々と話を続ける


提督「命令など出してはいないぞ…彼女達が勝手にやった事だ」


この言葉が時雨の逆鱗に触れたのかとうとう時雨は提督の首に手を掛ける


時雨「…貴方みたいな人が居るから…みんなが…みんなが…」


首の骨が折れてもいい程の力で握り潰そうとするが提督は苦しそうな素振りを見せるどころかただただ無言で此方を見つめ続けていた

時雨は逆に恐怖を覚えたのかゆっくりと提督の首から手を離す


提督「お前が何故此処に引き篭もっているのかは大体察しはつく…」


大鳳達が言っていた通り恐らく時雨も過去の鎮守府で何かしらのトラブルを抱えていたのだろう

これは私の境遇からも言える事だが過去のトラウマなどから立ち直れる人間は極少数だ

だからこそ鎮守府で明るく振る舞っていた彼女達を見た時はかなりの衝撃を受けた

しかしながら全員がそうという訳でもなさそうだ

現にこの場所に引き篭もってしまっている彼女が唯一の証拠なのだから


そんな時だった


提督が所持していた無線機に急遽通信が入る


大鳳「提督!聞こえますか!」


提督「どうした大鳳もう終わったかのか?」


大鳳「いえ…寧ろ逆です…」


大鳳はこれまでの経緯を簡潔に説明し始めた


ヲ級艦隊との接触


主力艦の大破など


そしてこれから敵艦隊を誘導し自爆を行う事も


大鳳「敵艦隊を沈めるには他に方法はありません…その為に時雨さんをシェルターへ入れて貰えませんか」


淡々と説明するその声にも疲労が混じっていた


提督「うむ了解だ…ならせめて場所を教え…」


時雨「何言ってるんだ大鳳!!」


時雨は提督から無線機を取り上げると大声で大鳳に怒鳴る


大鳳「その声は時雨さん⁉︎提督と一緒だったんですか!」


そんな大鳳の質問も無視し時雨は更に続ける


時雨「自爆なんてするくらいなら今すぐ僕が行くからら...どうかそんな事...」


大鳳「ですがこれ以外に方法はありません!時雨さんは早く提督をシェルターへ...」


そう言い残し通信は切れる


提督「...との事だ...どうする時雨?」


時雨「...どうもこうもないよ...今すぐにでも援護へ向かう」


提督「それがどんなに無駄な事か分かっているのか?」


時雨「それでも何もせずに仲間を見捨てるよりはマシだよ」


提督「それが私の質問に対する答えでいいんだな時雨...」


黙ったまま時雨は唇を強く噛むと提督を押し退け廊下を駆けて行く


提督「...この程度の事で自分の命を投げ出そうなんて...全く理解出来ないな」


だが提督はこれを狙っていた

時雨自身が行動し自らのトラウマと決別する為には必然事項だったからだ


提督「目的も達成したし本当はここでお役御免のつもりだったが...」


提督は大鳳から預かった補給倉庫の鍵を取り出す

ここから補給倉庫まで最短距離で往復10分位だろう


提督「さて時雨...君の決断が正しかったか答え合わせといこうじゃないか」





球磨「………」


大鳳「…そりゃそうですよ…ヲ級艦隊4つとの交戦なんて無謀に決まってるじゃないですか…」


負傷した球磨を担ぎながら大鳳は起爆地点へ向け敵艦隊を誘導し始める

球磨はもう意識自体無いのかぐったりと項垂れていた


鳳翔「いつかは来ると覚悟していましたが…まさかこんな形で終わるなんて…」


多摩を背負う鳳翔も遣る瀬無い気持ちでいっぱいだった

奇跡的に轟沈艦は出なかったものの何方にせよ死は免れない

そんな事は此処に配属された時誰しもが感じていた筈なのに改めてこの場に立つと死に対する恐怖が湧いて出てくる


望月「大丈夫かい菊月?」


菊月「…ええ…なんとかね…」


霞「まあ仕方ないでしょう…こんなの始めから分かっていた事だったんだし…」


まさに霞の言う通りだった

廃棄されるか戦場で華々しく散るかの二択を迫られた時後者を選んだ者がこの原爆が埋まる囮の鎮守府へ配属されるのだ

死なんてとっくの昔から理解出来ていた事なのに


あと数分で起爆海域に到着する

敵艦隊が起爆海域に侵入すると同時に原爆が起動し周囲一帯は焼け野原と化す


はっきり言ってシェルターなど意味はない

3000度を超える熱エネルギーが放射されれば防熱シェルターといえども一瞬にしてバターように溶けてしまうだろう

それを承知の上で大鳳達は原爆を起動させようとしていた

つまり提督や時雨の安全など最初から考えてなどいないのだ

この鎮守府に配属されたという事は命を投げ捨てたと同然でありそれはつまり死に繋がる


大鳳「提督…時雨…本当に申し訳ない…」


後方では敵艦隊が全速力でこちらを追って来ていた

そして遂に痺れを切らしたのかヲ級数艦が艦載機を発艦させる


鳳翔「不味いです!…あの艦載機の速度じゃ起爆海域に突入する前に…」


大鳳「仕方ありません…鳳翔さん球磨さんをお願いできますか?」


そう言い球磨を鳳翔へと引き渡す


鳳翔「そんな…大鳳さん一体何を⁉︎」


大鳳「どうせ此処で尽きる命です…最期の抵抗くらいさせてください」


鳳翔「…分かりました…お願いします」


艦隊指揮を鳳翔へと譲り大鳳は敵艦隊の方へ向く

結局球磨や多摩達の全力を尽くしても5分の1程度も削れなかった

長い間艦隊指揮を執り続けてきた思い出が大鳳の脳内にフラッシュバックする

所謂走馬灯というやつだ


大鳳「天月発艦!」


多数の敵艦載機向けたった数機を放つ

いやこの状態では艦載機を発艦させる事自体が負担だろう

しかしながら正に数の暴力

数機程度の艦載機など数十もする敵艦載機に比べれば虫ケラ同然である

大鳳が放った艦載機は次々と爆撃されていく


大鳳「もはや足止めさえも出来ない…か…」


急に全身の力が抜けその場に座り込む

鳳翔は起爆海域に着いたのだろうか

時雨や提督達は何をしているのだろうか

自らの死を理解した途端他人の事を考えずにはいられなかった


大鳳「…はは…なんだろう…もう疲れたな…」


艦載機がこちらへ照準を合わせているのが自然と分かる

さあもう抵抗はしない好きなようにしてくれと諦めた次の瞬間だった


時雨「大鳳さん危ない!」


時雨の声と同時に前方を飛行していた艦載機が次々と爆撃されていく


大鳳「なっ…なんで時雨さんがここに⁉︎」


想像だにしなかった登場に脳内の収集が追い付かなくなる


時雨「話は後です…とにかく今はこの戦況を打開します」


大鳳「打開するって…あの艦載機の量じゃ私達で処理するには限界が…」


ハッとして後ろを振り返るとそこには見慣れた仲間達が居た


霞「アンタだけ残して逝ける程私も舐め腐った根性はしてないわよ」


鳳翔「ええ…私にも出来る事がありますし」


球磨「…ク…球磨も…まだ…うごけ…る…クマ…」


多摩「そう…にゃ……」


そうだった

皆はいつもこうして支えてくれていた

自分が指揮を誤った時でも臨機応変に対応し勝利へと導いてくれたのだ

先程まで自ら死を待っていたのが馬鹿馬鹿しく思えてくる


望月「ほら私達に出来る事をするよ…戦場で華々しく散るって自分で選んだんだから」


菊月「そうよ…だからほら立ち上がって」


二人の手を借り大鳳はゆっくりと立ち上がる

前方には爆撃し損ねた艦載機と多数のヲ級艦隊がうっすらと此方へ向かって来ていた

駆逐艦一艦が支援に来た所で絶望的な状況には変わりない

だがその支援は今此処に立っている艦娘達の“何か”を確かに変えていたのだった。





大鳳「…大丈夫ですか…時雨さん…」


時雨「うん…なんとかね…」


いくら対空に優れている時雨でさえこの圧倒的な量には太刀打ち出来ない

球磨と多摩に関しては残弾を使いきっていた


菊月「全く…落としても落としてもキリがないね…」


こうして敵艦載機と交戦している最中でもヲ級艦隊は着々と接近している


霞「まあでも怖気づいて自爆するよりはよっぽど良いわね!」


そう言った霞の顔は何時も以上に清々しい表情をしていた


鳳翔「…!ヲ級艦隊射程距離に入りました!」


大鳳「遂に来ましたね…」


艦載機ですら殲滅出来ていないこの戦況での敵艦隊合流は正に最悪の一手だ

それでも大鳳達は決して撤退はしない

最後の最期まで足掻き続けると決めたのだから


鳳翔「⁉︎っ…時雨さん!」


時雨「えっ…」


探照灯を付け辺りを索敵していた時雨が初手に狙われるのは必然であった

敵艦隊から放たれた砲弾は時雨に向かいまるで雨の様に降り注いだ


時雨「うぐっ…⁉︎」


疲労が蓄積していた時雨にもはや避ける術など無い

たった一射撃により轟沈寸前まで追い込まれる


望月「くそっ…こんな量相手に出来る訳無いでしょ……うがっ⁉︎」


艦載機の爆撃により望月も瀕死にまで追い詰められる

ヲ級が射程距離内に入った事で艦載機に関してはほぼ無制限の状態で上空を飛び回っている為落とし続けてもキリが無い


大鳳「…鳳翔さん…少し提案しても良いですか…」


鳳翔「…なんでしょう」


大鳳「私が敵艦隊に突っ込んで自爆します…その隙に鳳翔さん達は鎮守府へ帰投してください…」


鳳翔「んなっ…何を言っているんですか大鳳さん!」


大鳳「しかしこれが最善策です…そうでもしなければ全艦隊が此処で沈みます…」


鳳翔「…っ」


この時鳳翔には文字通り返す言葉が無かった

大鳳の提案こそ被害は最小限に抑え尚且つ提督が生き残れる方法の一つでもあったからだ

球磨 多摩 霞 時雨 望月を鳳翔と菊月のみで帰投させるのは物理的に不可能

だが大鳳が敵艦隊と衝突 誘爆を起こせば帰路は見えてくる

もう認めるしかなくなったその時だ

時雨に付いている無線機から僅かに通信が入る


時雨「あれ?…こんなものつけてたかな…」


提督「あー…艦隊聞こえるか?」


時雨「んなっ⁉︎なんで司令官が!」


提督「そんな事はいいから絶対にその場を動くなよ!危ないからな」


たったその一言を残し通信は途絶える

そして次の瞬間時雨達は提督の言葉の意味を即座に理解した。





妖精「一体どうしたんですか提督?こんな夜更けに」


出撃の準備を済ませ休憩を取っていたところに提督は現れた

呼吸が乱れている...恐らく全速力で倉庫まで来たのだろう


提督「ハァ...ハァ...すまんな妖精...少し欲しい物があってだな」


妖精「欲しい物?提督さんが望む物は此処には無いと思いますが...」


提督「そうだな...砲弾なんてないか?」


妖精「砲弾ですか...まあ確かに腐る程ありますけど...一体何に使う気で?」


妖精の目が急に鋭くなる

砲弾など艦娘でも無い提督が使うとなれば怪しむのも当然だ


提督「悪いが理由を説明している暇はないんだ...至急頼む」


妖精「...申し訳ありませんが専門家でも無い提督が砲弾を扱うのは危険極まりません...拒否させていただきます」


妖精の発言は確かにもっともな意見だ

だがその意見が提督に通じるとは限らな



提督「ふむ...なら仕方ない」


妖精「ちょっと提督さん!?」


最初から場所が分かっていたのだろうか

提督は砲弾が詰め込まれている箱をいとも簡単に持ち上げると全速力でその場を去って行った


妖精「あの箱200kg以上ある筈だけど...」


その光景に呆気に取られ妖精は提督を追おうとはしなかった。





提督「...ふぅ...たく滅茶苦茶重いじゃなえか砲弾」


そんな愚痴を吐きながら提督は鎮守府の屋上へと辿り着く

水平線の先には僅かだが敵艦隊と艦載機の様な物が見えていた


提督「これじゃあ敵艦隊と時雨達の区別がつかんなぁ...」


そう言うと提督は無線機を取り出し時雨へ向け通信を開始する


提督「あー...艦隊聞こえるか?」


時雨「んな⁉︎なんで司令官が!」


時雨は当然の事に焦ったような声を出すが提督は構わず続ける


提督「そんな事はいいから絶対にその場を動くなよ!危ないからな」


そう言い提督はすぐさま通信を切ると20kg近くはある砲弾を片手で軽々と持ち上げる


提督「射線は...位置的にこの辺りでいいかな」


敵艦隊へ向けて提督はゆっくり射程を合わせ一言呟く


提督「賭けはアンタの勝ちだ時雨..」


その直後鎮守府から一発の砲弾が放たれたのだった。





大鳳「時雨さん…提督はなんと?」


不安げな顔で大鳳は時雨の顔を覗き込む


時雨「その場を動くなと言い残してすぐに通信が…」


次の瞬間だった

此方へ向かって来ていた敵艦載機が爆撃されたのだ

あまりに一瞬の出来事に二人はその場に固まる


大鳳「時雨さん…艦載機が爆撃された方向って」


時雨「うん…間違いないよ…鎮守府からだ」


僅か十数秒間に鎮守府から放たれたたった数発の砲弾は艦載機だけでなく敵艦隊諸共巻き込んでいくのだった

ヲ級艦隊も最初は何が起こっているのか分からなかったが鎮守府方面から狙撃されていると分かると大鳳達には目もくれず真っ先に報復攻撃を行う


大鳳「不味いです!あの量の砲弾を浴びたら鎮守府が…」


だが砲弾が鎮守府へ近づいた瞬間何かに弾かれた様に砲弾はゆっくりと軌道を変え海へと落下していった

ヲ級艦隊も負けじと艦載機を放つものの全てを的確に爆撃される

無数に鎮守府方面から放たれる砲弾は艦載機だけでなくヲ級艦隊にも直撃していた


時雨「提督が動くなと言っていた理由…これは確かに動いたら被弾してしまうね…」


さっきまで大鳳達を完全包囲していた敵艦隊も今では届かない攻撃にただ防御する一方だ

今更大鳳達に構っている暇はない状況だった


大鳳「皆さん!敵艦隊の包囲が薄い今のうちに撤退します!」


現在動けるのは大鳳 菊月 鳳翔の三人だけだが今の包囲網を抜けるには十分だった

戦闘不能な球磨 多摩 望月 時雨 霞を抱え艦隊は鎮守府へと即座に帰投する

そんな艦隊を無視する程ヲ級艦隊は追い詰められていた

艦載機を幾ら出そうが撃ち落とされ砲撃をしようとも何かに弾かれ海へと消えていく

全く進展しない戦闘にヲ級艦隊は撤退という形を取ったのだった。




大鳳「艦隊…帰投しました…」


鎮守府港にて疲弊しきった表情で大鳳は提督にそう告げる


提督「あの状況でよく誰一人轟沈せずに帰還出来たものだ...よくやったな」


鳳翔「...ですが帰投出来るキッカケを作ってくれたのは提督です...私達は何も...」


提督「いや敵艦隊を射程内に留めてくれたのはお前達だ...そうでもしなきゃ私の砲弾は届かなかったからな」


しかしそんな会話をしている最中にも球磨 多摩 霞 時雨は限界を迎えていた

その様子見かねた提督は報告は後でいいと言い残し艦隊に入渠するよう促したのちその場を去って行った

提督がどのようにして鎮守府から砲弾を放ったのか

それを言及する者は居なかった。





妖精「見つけましたよ!提督さん!」


提督が執務室へ戻ろうとしていた最中妖精に引き止められる


提督「すまないが妖精さん...後にしてくれないか」


妖精「いえそれは駄目です!しっかりと説明して下さい」


提督「はぁ...悪いが今はそんな気分じゃ...」


妖精「私達の仲間の一人が屋上にて提督を発見しましてね」


その一言に提督の表情が一変する

つい先程まで疲労が目立っていた顔だったのに対しこの話題を口走った瞬間正に獲物でも狩るような顔つきに変わっていたのだ


提督「見たって...何をだ?」


妖精「...普通では信じられない事ですが...提督が遠方の敵艦隊へ向けて砲弾を投げ込んでいる光景だったと報告されています...」


妖精「更に敵艦隊の砲弾を提督が所持しているカバンから取り出された鉄球のような物で軌道修正を行なっていた事も」


妖精「にわかには信じられませんが...本当なんですか提督?」


提督「...全部嘘だな」


妖精「はい!?」


想像だにしない回答に妖精は一瞬耳を疑う


提督「どちらにせよ今回の事は忘れろ...それが身の為だ」


そう吐き捨てる様に言い提督は再び執務室へと向かい始める

提督の言動に疑問だらけの妖精だったがこれ以上の詮索は身の危険を暗示する...僅かだがそんな気がして堪らなかった。


ーーーーーーーーーーーーーーーー


[第三章:現実逃避の先に…]





加賀「...以上が大鳳からの報告です」


鎮守府からの報告書を一通り読み上げ加賀は書類を元帥へ差し出す


元帥「轟沈艦0に敵主力部隊の一部制圧...私が見込んだだけの事はあるな」


いつになく満足気な元帥だがやはり加賀は何処か不満そうな顔を浮かべる


元帥「加賀認めたくないのは分からんでもない...しかしこんな御時世だ...納得してくれ」


加賀「...あの男の実力は認めます...ですが幾ら何でも危険過ぎです!」


いつもは冷静沈着な加賀でもこの男の話題になると必ずと言っていい程冷静さを失う

当時のトラウマが根強く残っている証拠だろう


元帥「危険か...そう言えばあの鎮守府には当時の友人も居たのだったな」


加賀「ええ...もしもあの男が鎮守府を乗っ取ろうと企んだ暁には大勢の艦娘が殺されるでしょう...」


元帥「あの男に限って鎮守府を乗っ取ろうなどとは考えないさ...それに今回の案件で時雨が戦線復帰したのはかなり大きい」


時雨...加賀にとってかつての鎮守府で共に戦った戦友でもありあの男による惨劇から逃れられた生還者の一人だ


加賀「時雨はあの男の顔を見ていません...だからこそ危険なんです...」


惨劇の後鎮守府に配属されそこから引き篭もりがちになってしまったという報告は加賀自身にも知らされていた

だが配属先が別だった事もあり再開を果たす事は出来なかったのだ


元帥「あの男が問題を起こしいざとなれば加賀...君の友人諸共鎮守府を吹き飛ばす事を承知の上で私は彼をあの鎮守府へ配属させた...この意味が分かるか?」


加賀「はい勿論です」


加賀には既に理解出来ていた

元帥にとってあの鎮守府は男を縛り付け利用する為の鳥籠...そして其処に配属されている艦娘はただの餌

元から艦娘の安全など考えてはいないのだ


元帥「とにかく鎮守府近海には飛龍を偵察させに行った...怪しい行動をとれば直ぐに動きが分かる」


加賀「...そう...ですか」


加賀は唇を強く噛み締め執務室を出て行く

『こんな御時世だ...納得してくれ』

そんなもの納得出来る訳がない

当時の唯一の仲間があんな危険地帯に居る事自体加賀は許せなかった


加賀「赤城さん...貴女ならこんな時どうするのでしょうか...」


その答えが返ってくる事は永久に無い

しかし加賀はまだ何処かに当時の仲間達が居る気がして堪らなかった。





提督「...やはり無いか」


時刻はまだ日が昇りきっていない午前5時前

提督は小型のボートで敵艦隊との接触地点まで来ていた


提督「潜って探すってのは...いや残骸は深海に沈んでるし持ち上げるのは不可能か」


ボートから身を乗り出し海底をくまなく凝視していたその時だ


飛龍「あれ?誰かと思えば...どうしてこんな所に?」


提督「飛龍か...なんだ老いぼれ爺のおつかいか?」


飛龍「いいえ今回はただの近海警備ですが...貴方は相変わらずですね」


提督「...ほっとけ」


会話が終わると提督は再び深海棲艦の残骸を捜査し始める


提督「...なぁ飛龍」


海底を覗き込みながら提督は飛龍へ静かに問う


提督「轟沈した艦娘っつーのは深海棲艦になるんだよな」


飛龍「はぁ...そうですけど...やっぱり諦めてなかったんですね」


飛龍が返したその言葉には半ば呆れた感情が込められていた

だがそんなの御構い無しと言わんばかりに提督は再度問い掛ける


提督「...俺が破壊した鎮守府近海で特異な深海棲艦が現れて報告例は?」


飛龍「いいえ...あそこ一帯では特異な深海棲艦どころか通常の深海棲艦すら見かけなくなったからね...そういった報告はないわ」


提督は「そうか」と一言発した後小さな溜息を吐く


飛龍「まだ続けているのね...あの娘の捜索」


提督「まあな...」


自分自身でもこれ以上の捜索は無意味なんじゃないだろうかと思う日がある

しかしながらそんな日に限って当時の夢を見るのだ

まるであの娘が忘れないでとでも言っているかのように


飛龍「どちらにせよまさか貴方が提督をやっているなんて最初聞いた時は度肝を抜かれたわよ」


提督「まあ配属先がアレだしな...あんな所正常な奴が居れる場所じゃねぇよ」


何時もの男らしからぬ気弱な態度に飛龍は思わず口元が緩む


提督「...なに笑ってんだお前」


飛龍「いやアンタ鎮守府に入ってから随分と丸くなったなぁって」


前まで飛龍が持っていた提督の印象は正に触れる物全てを傷つける様な獰猛さと何を考えているのか分からない異質さ持ち合わせている殺人鬼といったものだった

だが鎮守府に配属された提督は何か毒を抜かれた印象を飛龍に与えていたのだ


飛龍「一通り済んだ事ですしよかったら鎮守府まで送りましょうか?」


提督「...そうだな...結局それらしい物も見つけられなかったし...丁度いいかもな」


そう言った提督の表情は何も成果が得られなかったからだろうか何処か寂しげに感じられた





霞「どこ行ってたのよ!このクズ!」


黙って周辺海域へ出たお陰か鎮守府に到着するや否や霞は提督に向かい抱きつく


提督「ああなんだ...色々と探しててな...」


霞「...もう...心配したんだから」


悪い悪いと霞の頭を撫でてやる中ふと飛龍の事を思い出し振り返る

しかしもう其処には飛龍の姿は無くポツンと乗ってきたボートが一隻浮いているだけであった。





飛龍「たく...元帥さんも加賀さんも人使いが荒いんだから」


そんな愚痴を零し飛龍は帰路を急いでいた

通常なら直ぐ終わる近海警備でも加賀さんに頼まれた任務まで請け負うとなると流石に荷が重いうえ時間もかかる


飛龍「あっ...加賀さんに早く報告しとかないと!」


加賀への報告をすっかり忘れていた飛龍は慌てて通信を始める


加賀「...任務は終わったかしら?」


報告が遅れて所為だろうか

加賀の声はいつになく力がこもっていた


飛龍「まあ一応...」


加賀「それで提督には会えたかしら?」


飛龍「...ダメですねーなにせ提督ですから鎮守府から出てきませんでしたし」


加賀は「そう...ありがとう」と一言言い残し通信は終了する


飛龍「...すみませんね加賀さん...私はまだあの男の生き様を少しでも見ていたいんです」


ふぅ...と一息つき飛龍はすぐさま本部へ向け帰投するのだった。





提督「...暇だな」


時計は既に昼の12時を指している

普段なら昼食を摂っている時間帯だが先日の戦闘の件もあり食堂は開いていない

各自艦娘には自分で買ってくるよう言っておいた所為か今日はやけに静かであった


提督「大本営からの支給品も使い物にならなくなったし...どうしたものか」


そんな事を考えていた最中執務室の扉が開く


大鳳「提督!いらっしゃいましたか!」


意気揚々と大鳳が入室してくる

手元には何やら箱らしき物をぶら下げていた


提督「どうした?そろそろ飯時だろ」


大鳳「あっ...と...その...」


しどろもどろになりながら大鳳は提督へ手にぶら下げていた箱を差し出す


大鳳「これ...鳳翔さんに教えて貰いながら作ったんですけど...」


どうやら箱の中身は弁当らしい


提督「これを私に?いいのか?」


大鳳「美味しく出来たかは分かりませんが...食べてくれるのでしたら幸いです...」


提督「うむ...有り難く受け取らせてもらうぞ」


大鳳はどこか嬉しそうな表情を見せた後軽快に執務室を去って行った


提督「弁当か...またアイツを思い出しそうになるな」


蓋を開けると色とりどりに並べられたなんとも美味しそうな光景が目の前に広がっていた

こうしっかりとした飯が食えたのはいつ振りだろう


提督「艦娘っつーのも一概に悪い奴とは言えないな」


提督はぼそりと呟き大鳳特製の弁当に手を付ける。





菊月「どうした望月そんな浮かない顔をして」


菊月は工廠で売っていた握り飯片手に問い掛ける


望月「いやー...流石にあんな物見せられたら...ね」


菊月「提督の事かい?」


望月「...まあね」


鎮守府近海戦闘において提督がいる行った行動

どこをとっても唯の人間がなせる所業とは思えない

その事を気に掛けている艦娘だってそう少なくはなかった


菊月「でもさ望月...この鎮守府にやって来る艦娘は決して普通の道を歩んでいない」


望月「...」


菊月「それは提督も同様だと思うんだ...現に鎮守府の真実を伝えて残ってくれたのは今の提督だけだ」


望月「...まあ確かにそうだけど...」


菊月「それに私自身彼が特別危険な人間だとは思えないしな」


微笑みながらそう話す菊月に望月もつられて笑みを浮かべる


望月「まあこんな事気にするのも私らしくなかったかな」


先程までの提督に対する不安が嘘の様だった

だがそれでも提督の身体能力については疑念が残ってしまう


望月「帰ったら提督に直接聞いてみようかな...」


時刻は間も無く午後1時になる

出撃も無い今日菊月と望月はそんな談笑を交わしていた。




多摩「...」


提督「...執務の邪魔だ多摩...」


大鳳の弁当を食べ終え執務に取り掛かろうとしたその時だった

多摩がノックもなしに執務室へ入ってきたと思ったら提督の膝の上で寝始めたのだ

これでは執務どころではない


提督「全く...やっぱり艦娘ってのは自由だよなぁ...」


しかし多摩はそんな言葉も御構い無しに提督の膝で寝息を立てている

本人は自分の事は猫じゃないと断言している様だがこれでは唯の猫と同じだ


ふと机に置いてあるハサミに目が止まる

一瞬あのハサミで多摩を弄り回したい衝動に駆られたが直ぐに思い留まる

今この場で問題を起こせば今までの安定した生活が全てチャラになってしまう


提督「クソ...大本営からの支給はまだなのか...そろそろ限界だぞ」


気づけば提督の手には既にハサミが握られていた

提督の殺人衝動はもはや自分でも制御しきれない域まで達している


提督はそっとハサミを置き多摩を見下ろす

頭と腕だけを提督の膝に乗せながら寝ているがその体勢はキツくないのだろうか

なんてくだらない事を考えると自然に殺人衝動は治まってきた


提督「...多摩お願いだからそろそろ起きてくれないか」


そう言いながら揺さぶると多摩はまだ眠たそうな目を此方へ向ける


多摩「なんにゃ...多摩はまだお昼寝タイムだにゃ...」


提督「悪いが私も執務があるからな...寝るなら自室にしてくれないか?」


多摩「部屋には姉さんがいるにゃ...寝るわけにはいかないのにゃ!」


だとしても執務中に来るのはもっと駄目だろうと内心ツッコミを入れる


提督「はぁ...そうだな私も少し休憩するか」


多摩「そうにゃ!提督も休むにゃ」


多摩に促される様に提督はゆっくりとソファーへ腰掛ける

提督というものは普段座ってする仕事が多い所為かこの鎮守府へ配属されてから腰の辺りをよく痛める


提督「こうしてゆっくり出来る時間ってのも悪くないな多摩」


多摩「そうにゃ...提督もゆっくりする時間くらい確保しといた方がいいにゃ」


多摩の言葉にも一理あるかもなと少し考えながら提督はまぶたを閉じるのだった。





球磨「提督ーいつまで寝てるクマー!」


提督「…む…今は何時だ…」


まだはっきりしない意識の中提督は時計を見る


提督「……夜中の1時⁉︎」


また多摩にしてやられたかと頭を抱える

そもそもこの鎮守府に配属されて以降何かと気が緩んでいるようだ


提督「すまんな球磨…すぐ起きる」


だが12時間ぶっ通しで寝ていた所為か身体が思うように動かない


球磨「提督も無理するなクマ…球磨がちゃんと起こしてあげるクマよ」


提督「むむ…すまないな球磨」


球磨「そんな事気にするなクマ」


球磨に両腕を引っ張られた状態でなんとか態勢を元に戻す


提督「…こんなに気分が緩んだのも久し振りだな」


飛龍に言われた通りこの鎮守府へ着任してからというものの2時間程度で済んでいた睡眠も今では6倍にまで跳ね上がっているのだ

これが安定した生活なのかは不明だがやはり今迄の生活と比べ違和感は残ってしまう


提督「そういえば書類はどうした?今日までに済ませなければいけない物もあったんだが…」


球磨「それなら全部多摩がやっておいたクマ!ああ見えて執務はちゃんと熟すクマ」


提督「あの多摩がか…人は見かけによらないと言うがここまでギャップがあると流石に驚くな」


球磨「多摩が居た鎮守府の提督はそれにすら気付かなかったクマ…だから今度多摩に会ったらちゃんとお礼を言って欲しいクマ」


提督「まあそれくらいなら構わんが…」


今更思い出したがこの鎮守府に居る艦娘も何かしらの事情を抱えているのだ

この瞬間笑顔で会話している球磨でさえ自分の過去については一切口にしていない

ただ単に話したくないだけなのかあるいは…


球磨「どうしたクマ?そんな難しい顔して?」


提督「いやな…球磨はどうしてこの鎮守府に来たのかってのを考えていてな」


すると球磨は何故か不思議そうな顔で此方を見つめる


球磨「球磨はずっと前からこの鎮守府に居るクマよ?」


提督「…そうか…ありがとうな」


球磨は夕飯がまだ食堂に残っている事を提督に伝え執務室を後にした

部屋に一人残された提督はふぅ…と小さな溜息を吐いて立ち上がる


提督「確かに腹も減ってきたな…」


空腹の腹をさすりながら提督は足早に食堂へと向かう

球磨と長く会話した所為だろうか時刻はもうすぐ深夜の2時をまわる。





鳳翔「あっ…提督さん起きられたんですね」


食堂へ着くと提督分の夕食を作り終えたのか鳳翔が入り口で出迎えていた


提督「悪いな…こんな時間まで」


鳳翔「気にしないで下さい…私が勝手にやっている事なので」


それは助かると提督は軽く微笑んだ後暖簾をくぐり食堂へと入る

食堂内では壁に掛けてある時計の秒針がカチカチと音を立てておりそれ以外の気配は無い

先程作ったばかりだろうか食堂内には胃を擽る良い匂いが漂っていた


提督「そうだ鳳翔少し話があるのだが」


鳳翔「はいなんでしょうか?」


提督分の夕食を取りに厨房へ向かう鳳翔を提督は引き止める


提督「…球磨の事で聞きたい件があってだな」


場の空気が一瞬にして凍てつく

鳳翔もまさかそんな事を聞かれるとは思ってもいなかった

食堂内を一時的に静寂が支配する


鳳翔「…提督の夕食持ってきますね…話はそれからです」


提督「ああ済まない」


そう言い鳳翔は厨房へと姿を消す

この鎮守府についてあの老いぼれが言っていた事のが事実とすれば球磨は…


提督「全員が全員トラウマを克服出来るわけじゃない…だがここまで劣悪だとは想像出来なかったな」


この鎮守府に立つ者としてでなく提督は個人的な主観で球磨に興味を示していた


恐らく球磨は過去の記憶を失っている…いや忘れようとしているのだろうか

提督が球磨に質問した時の反応

あれは確実に球磨自身の記憶に残っていない様子だった


提督がそこまで考えた所で厨房から鳳翔がやって来る


鳳翔「難しい話の前に先ずはご飯を食べちゃいましょう」


鳳翔は笑顔でそう言ったが何処か不安を隠せていない

恐らく球磨に関して他の提督からも聞かれその度に説明していたのだろう


提督「そうだな…なら先に食べてしまうか」


そう言い綺麗に並べられている料理に手を付ける

初日に行った宴会以来の鳳翔の食事だがやはり軍の支給食とは比べ物にならない程美味い


鳳翔「嬉しいです…こうして美味しそうに食べてくれる提督さんは初めてなので」


提督「む?前の提督達は鳳翔の料理を食べなかったのか?」


鳳翔「…こうして面と向かいながらお話させて貰う事自体無かったですから…食事なんて尚更…」


そうか…と返し提督は箸を置く

既に鳳翔から聞き出したい事は決まっていた


提督「唐突ですまないが早速本題に入らさせて貰うぞ」


さっきまで暖かかった場の空気は一瞬にして緊張する


鳳翔「分かりました…あまり気は乗りませんがお話させていただきます…球磨さんがこの鎮守府へ来た経緯を」


食堂内には壁掛け時計のカチカチという時を刻む音のみがこだましている。






提督「殺した⁉︎」


鳳翔からの一言に提督は思わず耳を疑う


鳳翔「えぇ…球磨さんは過去に一度提督を殺しています」


普通そのようなトラブルを起こせば艦娘と言えども無事では済まされない事くらい提督も理解していた

鳳翔が言うには球磨は元の鎮守府で提督を殺害後この鎮守府へ送られてきたらしい

だがそれだけを聞けば球磨が解体処分されなかった理由も自ずと見えてくる


球磨は元鎮守府の中でもトップクラスの練度を誇っている

それも他の艦と圧倒的な差を開かせた状態でだ

恐らくあの老いぼれ爺が自分と同様まだ戦力としての価値があると判断しいつでも殺せるこの鎮守府へ送ったのだろう


提督「球磨が元の提督を殺した理由ってのは分かるか?」


鳳翔「はい…あまり軽く話せる内容ではないですが…」


鳳翔の反応を見る限りここまで詮索した提督は初めてなのだろう

通常なら昔提督を殺したという一言だけで尻尾を巻いて逃げ出す提督がほとんどだ

しかしながら今回の提督は逃げ出す素振りも見せずただ淡々と話を聞いている

この提督は今迄の人間達とは何かが違う…鳳翔は提督に対しそんな印象を抱いていた


提督「なら話は早い...説明してくれるか?」


鳳翔「ええ構いませんがその前に一つ...」


この時鳳翔は提督に対してもう一つある感情をい抱いていた


疑念である


この鎮守府に勤めた提督の中でここまで艦娘に興味を持ち近づいてきたのはこの男が初めてだったのだ…提督の行動を疑うのも無理はない

その上で鳳翔は提督にある質問をする


鳳翔「提督…貴方は誰かを殺めた事はありますか?」


提督「それはどういう意味だ鳳翔」


鳳翔「この鎮守府に派遣される提督は大概が過去に犯罪を犯している人達ばかりでした…

正直に申し上げて提督にも何かあるのではと踏んでいます」


提督「……」


提督は口を噤み十数秒間の沈黙が続く

鳳翔の予想は確実に的を射ていた

だが事実その事に鳳翔自身も確証を持てていないのだ

この現状をどう打開すべきか提督は頭を捻り一つの結論へと至った


提督「…確かに私は世間から見れば犯罪者と言われる立場の人間だろう」


鳳翔「やはりそうですか…」


どこか残念そうな顔で鳳翔は応えた


提督「人の過去を探ろうとするんだ…少なくとも自分の事に関して隠し事はしたくない」


この時提督は鳳翔の表情から嘘だとしても犯罪者であると言わなければいけない状況だと悟っていた

憶測だが過去に何人かの提督に対して同じ質問をしたのだろう

恐らくその時の提督達は全員何もやっていないと答えた筈だ

この状況で誰一人として自分の過去を曝け出そうという気持ちにはならない

それが逆に鳳翔の信用を落とす行為という事も容易に推測出来た


鳳翔「分かりました…提督さんの事信じてみます…」


そう言い鳳翔は球磨の過去について口を開いた。





球磨「提督ーまだ起きてるクマ?」


執務室の扉から球磨が顔を覗かせる

食堂から戻り再度寝る支度をしていた丁度その時の事だった


提督「どうした球磨?そろそろ寝ないと明日の任務に支障が出るぞ」


球磨「その…えっと…」


言葉を詰まらせながらも球磨は中々執務室に入ろうとしない


提督「要件があるならさっさと済ませてくれ…そんな扉の後ろでモジモジされても困るんだが」


提督がそう言うと球磨は渋々執務室へ入る

しかし何故だがその手には枕が握られていた


提督「まさか…寝れないとか言い出すんじゃなかろうな…」


球磨「クマッ⁉︎」


どうやら図星らしい

いくら艦娘と言えどもこういった部分では只の少女となんら変わりはないのだろうか


球磨「…その…良いクマ?」


提督「まぁ…別に構わんが」


こうして別の人間と一つの寝床に着く事は久し振りだし球磨についても出来れば詮索したい所だが…

鳳翔に言われた通り深い詮索を続けると怪しまれるかもしれない


提督「なあ球磨」


提督は机から立ち上がり執務室の窓を開ける

外からは磯の香りを含んだ潮風が吹き込み執務室全体を一瞬のうちに包み込む


提督「提督って嫌いか?」


球磨「急に何を言い出すクマ?球磨は提督の事を信頼しているクマよ?」


提督の質問の意図が理解出来ないのか球磨は不思議そうに首を傾げる


提督「いやそれなら良いんだ」


やはり鳳翔が言っていた通り覚えてすらいないのか

これは自分の殻に閉じ籠っていた時雨の数倍厄介だ


球磨「提督は相変わらず不思議な人クマ」


アンタに言われたかないよと提督は内心項垂れる

しかしながらこれ以上の詮索は無駄だ


提督は執務室の電気を消すと自らのベッドへ入る


球磨「ちょっ⁉︎急に電気を消すなクマぁ!」


慌てながらすぐさま球磨も提督のベッドへ侵入する

一人用のベッドに二人も居るとなると流石に狭い…それどころか寝返りすら打てない

そんな提督を尻目に球磨はもう寝息を立てていた


提督「そんな呑気に寝られたら聞きたい事も聞けないんだがな…」


球磨「……」


普段より狭いベッド中提督は早く寝てしまおうと瞼を閉じた。





時雨「鳳翔さん?…どうしたんだいこんな夜更けに…」


鎮守府屋上の小さなベンチに腰掛けていた時雨は鳳翔にそう問い掛けた


鳳翔「ごめんさいね…球磨さんの事を提督さんに聞かれてね…」


時雨「⁉︎…案外早かったね…司令が気付くの」


時雨も球磨の案件については配属後直ぐに鳳翔から説明されている

しかしその後は部屋に引き篭もっていた為球磨自身に会う機会は中々無かった


時雨「あの司令の事だ…多分球磨を意地でも元に戻そうとするだろうね…僕みたいに」


鳳翔「…」


その問いに鳳翔は只々黙り込んでいた

ハッキリ言ってしまって球磨は時雨とは比べ物にならない程重症化している

本人が当時の出来事を“無かった事”にしているというのはそれ程まで自身にとって強烈で忌まわしい記憶だった意味を持つ

だがそれは完全に球磨の記憶から消えている訳ではないのだ

いつ何を引き金に記憶が暴発し暴走するか分からない

恐らくだが司令はそれを危惧して球磨をトラウマから逸脱させようとしている


鳳翔「…私は球磨さんが苦しむ姿を見たくはありませんしさせたくもありません

でも球磨さんが自身の記憶を暴発させて更に苦しむ姿はもっと見たくありません…」


時雨「だから賭けたのかい?…司令に…司令が球磨さんをあの記憶から救い出すのに」


鳳翔はただ黙り込んだまま海の方を見る

前日の海戦が嘘のように海は暗く青く静まり返っていた


鳳翔「提督さんは不思議な人です…今迄の提督さん達とは何かが決定的に違う…だからこそ任せられる気がします」


確証なんて無い

それでも鳳翔は提督に確かな安心と理解を与えて貰った様な気がしていたのだった。





忌まわしい記憶

それは球磨がこの鎮守府に配属される前の出来事だった



木曾「そういえば球磨姉今日は新しい提督が着任する日だったよな」


廊下を歩きながら球磨にとってこの鎮守府唯一の同型艦である木曾はそう尋ねる


球磨「確かそうだったクマ…またロクでも無い奴だったら球磨が成敗してやるクマ!」


木曾「ふふ…やっぱり姉さんは頼りになるなぁ」


人員が不足しているのか近年大本営は管理業すらロクに行えない無能な人間でさえも提督として採用している

その所為もあり以前の提督は資材を使い果たそうとしたところを秘書艦である球磨に喝を入れられその後行方を眩ました


球磨「それにしても今日は随分と静かクマね」


この鎮守府は基本自由なので昼間際の時間帯ならば誰かしらが騒いでいる

しかし何故か今日に限っては話し声どころか他の艦娘の姿すら見ない


木曾「確かにそうだね…いやいくらなんでも静かすぎないか?」


球磨「ちょっと気になるクマ…」


またロクでもない提督が何かやったのだろうかという一抹の不安が球磨の脳裏を過る

だがその不安はある一つの光景により掻き消されたのだった


提督「遅いな…集合時刻を5分も過ぎているぞ」


其処には綺麗に整列した鎮守府の艦娘達と男が一人立っていた


球磨「…えっと…もしかして提督さんクマ?」


提督「もしかしなくても提督だが?」


提督はさっさと並べと言わんばかりに球磨達に手招きする


木曾「今回の提督は案外大丈夫なんじゃないか?」


球磨「そうクマか?…な〜んか自分は苦手クマ」


全員が列に並び終えると提督は姿勢を正し自分がこの鎮守府へ配属された経緯を話し始めた

どうやらこの提督今迄の提督達とは違いかなりのベテランらしい

元帥から存続が厳しい鎮守府があるという事で派遣されたようだ

どちらにせよ今回はまともな提督だと殆どの艦娘が安堵してしまっていた


誰もこの男の本性に気が付かないまま…


最初の異変は一人の駆逐艦の失踪から始まった


球磨「電が居ない?」


木曾「もうすぐ遠征だってのに…何時もなら遅れる事すら無い筈なんだが…」


いつになく心配そうな顔をする木曾

木曾はこの鎮守府の艦娘の中でも様々な艦と交流を持っており人一倍仲間意識が強い

その所為でもあるのか一つの艦に異常が出ればまるで自分の事の様に心配してしまう

球磨はその木曾の責任感の強さが裏目に出てしまわないか日々戦々恐々としていた


球磨「でももうすぐ遠征の時間クマ…電の事は球磨が直接提督に報告しておくから木曾はもう行くクマ」


木曾「すまない姉さん…」


木曾はそう一言残し遠征向かって行った

球磨も提督に電の事を報告したものの有力な手掛かりは見つからなかったそうだ


そのまま半月も過ぎないうちに二人目の失踪者が出た

駆逐艦艦雷

遠征からの帰投後何人かに目撃はされていたがそののち失踪


そして三人目軽巡洋艦五十鈴が失踪したところで球磨はこれ以上は我慢の限界と提督に掛け合った


球磨「最初の失踪者が出てからもう1ヶ月クマ…」


提督「それがなんだというんだ球磨?」


球磨の話などまともに聞く気も無いのだろう

提督は黙々と執務を続ける


球磨「どうもこうも無いクマ…ここまで来て誤魔化しきれるとでも思ってるクマか?」


提督が着任してからというもののこの鎮守府では異質な事ばかり起こっている

遠征の割合とは合わない資材量に加え艦娘の失踪も然りこの提督はどこか危険だ


球磨「先に言っておくクマ…この鎮守府に居る艦娘全員がお前を疑ってるクマ

この先一人でも失踪者を出せばその時は…分かってるクマね」


提督の返事を聞く前その前に球磨はさっさと執務室を後にした

部屋には提督ただ一人が残される


提督「…はぁ…この鎮守府から絞り取れる資材もここまでか」


この男がベテラン提督と言われる所以

その手口は別鎮守府からの資材略奪である

提督不在の鎮守府へ赴き過度な遠征を行い不要な艦娘を解体し資材へ変換

更にその資材を自分が務める鎮守府へ横流しし強力な艦隊を編成する事で戦果を挙げる

それがこの男もとい提督の本性だ


提督「まあ時間が経てばどうせバレてた事だったし…それに資材だって十分に貯まったもう潮時だろう」


そう言い提督が荷支度を始めたその時執務室の扉がゆっくりと開かれる


木曾「今お前が言った事…本当なんだな…」


提督「これはまた…どうしたんだ木曾」


木曾「ふざけるのも大概にしろよ…お前の身勝手な行動でうちの仲間が何人殺されたのか分かってるのか?」


提督「殺されたなんてまた物騒な物言いをするものだ」


構っている暇もないのか提督は荷支度の手を休ませない

それに逆上した木曾は思い切り提督へ摑みかかる


木曾「このまま五体満足で返すとでも思っていたら大間違いだぞ」


提督「やれやれ君も陸での艦娘がどれほど弱い立場か分かっていないようだね」


木曾「なんだと貴さ……」


瞬間鎮守府には重々しい銃声が響き渡ったという。





嫌な予感がする


銃声を聞きつけた球磨の脳裏はその感情だけが支配していた

今回の件で提督は鎮守府を今日中に離れざるえなくなる

だがそこまでの過程で提督自身が艦娘に危害を加える事迄は想定外だ


球磨「あの野郎!何考えてやがるクマ!」


抑えきれない銃声による不安と怒りを言葉で発散させるがどうにも収まる気配がない

艦娘と言えども艤装無しでの陸では身体的にも人間と然程変わりない

球磨は枯れ果てる呼吸など御構い無しにただがむしゃらに執務室へと向かう


飛龍「あれ?どうしたんですか球磨さん?」


廊下で飛龍とすれ違うものの今は構っている暇など無い


球磨「申し訳ないクマ…今急いでるからまた後でクマ!」


そう飛龍に一言残し足早に去って行く


飛龍「…あんなに球磨さんが取り乱してるの初めて見るなぁ…何かあったのかな?」





やっとの思いで執務室までやって来た球磨の体力は限界に等しかった

先程の銃声はなんとやら執務室は静まり返っている


球磨「…て…提督…居るクマ…?…」


扉を軽く叩きながら問い掛けるも返答は無い

しかしながら此処でただ待っている訳にもいかないのだ

球磨は覚悟を決めると執務室の扉をゆっくりと開ける


球磨「誰か居ないク…マ……?」


球磨の目に飛び込んできたその光景はあまりにも衝撃が強すぎた


球磨「あ…あぁ…なんで…そん…なぁ…」


力無く横たわる木曾とその周りに広がる赤い海

球磨には其れがもう息をしていないと瞬時に判断出来たそうだ

唯一の姉妹艦としてひたすらに愛していた者の死体

球磨が自我を保っていられたのはそこまでだった。





加賀「以上が今回の件の報告になります」


元帥「…大体は把握した」


そう言い元帥は艦娘による提督殺害事案の報告書をそっと閉じる


元帥「優秀な人材を亡くしたのは惜しいが…まあ良いだろう」


ただでさえ人材不足な日本軍に対し深海棲艦は日に日に勢力を伸ばしつつある

そんな状況で内部抗争じみた事が起きたなど世間に知れれば軍への批判はより高まるだろう

更に軍のトップである最高司令官が提督による悪質な行動を黙認していた事実が漏洩すれば国民の信頼など地に落ちたも同然だ


元帥「球磨の対処については例の鎮守府送りにするとして…」


ふと元帥は報告書一覧に目を通すと加賀に向かい一言「これで全てか?」と問う


加賀「いいえ…艦娘達への公表はここまでとして以降の文書は機密となります」


加賀はそう言い元帥へ資料を手渡す

資料の見出しには以下の文書は最高司令官よる確認後即刻処分せよと記されている

そうして元帥は重ねられた報告書の1ページ目を捲った。





飛龍「あらま提督さんどうしたんですそんな急いで?」


球磨と別れた後鎮守府を彷徨いていた飛龍は偶然提督と遭遇する

かなり急いだのだろうか提督の頰には汗が滲んでいた

それに荷物も何故か普段より多い


提督「…ああなんだ飛龍か」


飛龍「なんか急いでいるみたいですけどこの後ご予定でも?」


提督「…まぁな…少し予定は狂ってしまったが許容範囲内だ」


飛龍「そうですか…よかったらお送りしますよ?」


出来る限り艦娘との接触は避けたいところだが護衛が付くのは丁度良い

下手に接触を拒んで怪しまれるよりも何も知らない艦娘を利用した方がよっぽど安全だ


「ああ頼む」と言い飛龍に荷物を持たせる

軍人の提督でさえ持つのに一苦労する程の荷を飛龍は軽々と持ち上げる


提督「それなら鎮守府正面口まで…」


そこまで言いかけた瞬間提督は左肩に強い衝撃を覚える

まるで背後から大木で殴りつけられた様な痛みと衝撃だった

提督は慌てて左肩を抑えるが血は止まらない


飛龍「バッグ…しかも取り出しやすい位置に護衛用の小銃を仕舞っておくのは危険ですよ」


そう笑顔で忠告した飛龍の手にはいつの間にか木曾を撃ち抜いた小銃が握られていた


提督「お…お前…どういうつもりだ…」


多量に出血した所為だろうか

足元は覚束ないうえ呂律も回らない

更には吐き気や頭痛も襲って来る


飛龍「球磨さんから聞きませんでした?この鎮守府に居る艦娘全員貴方を疑っているんですよ?

それに木曾さんが撃たれたならその報いも受けて貰いませんとね」


提督「お前…木曾の事…知っていて…」


飛龍「勿論ですよ

あんな銃声が近くで響けば誰だって確認しに行きます…まあ球磨さんの反応みたさに放置した私も悪いですけど…」


すると飛龍は手に持っていた小銃を投げ捨てる


提督「私を…殺さないのか…」


一瞬だが提督に安堵の光が差し込む


飛龍「私は殺しませんよ

貴方に対して恨みもありませんし…ただ彼女が許すかどうかは分かりませんけど」


そこで提督は飛龍の真横に立っている存在に気づく

彼女の手には先程飛龍が床へ捨てた小銃が握られている


飛龍「まあ精々鬱憤でもなんでも晴らしちゃって下さいね“球磨さん“」


まさにその時提督は彼女が球磨である事を理解した

その全身は血を浴びており赤黒く目の焦点は合っていない


提督「…お前…やめ…」


飛龍「補足ですけど命乞いしても無駄ですよ…彼女…もう忘れてますから」


瞬間鎮守府には三発目の銃声が響いた。


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