2019-09-12 06:25:03 更新

概要




海軍と艦娘に全てを奪われた提督のお話、
その②です。

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前書き

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【演習場海岸】




雲龍「ふぅ…」



演習場から引き揚げてもまだ勝利の余韻、先程までの高揚感を拭い去ることができない。

全身が火照り今すぐにでももう一戦したところなのだけれど…



雲龍「あ…」



向こうから天城と葛城がやって来て私の胸の奥が鈍い疼きを感じる。




もう…これまで通りじゃいられないわよね…



あんな狂気じみた戦い方をしては妹達から距離を取られても仕方ない。



それは…覚悟していたはずなのに…





天城「お疲れ様でした雲龍姉様。はい、タオルです」


雲龍「天城…」



予想に反して天城は明るい笑顔のまま私を労いに来た。

その笑顔に取り繕っている様子は無い。



天城「見事な戦いっぷりでした!」


雲龍「ありがとう…」



天城は私のことを理解し認めてくれたみたい。



でも…




葛城「…」




葛城の顔は暗いままで…



雲龍「あの…ね…」






私は…













『卑怯者っ!!』








雲龍「え…?」



_____________________







提督「いやー、良い演習でしたね。本日はありがとうございました」


舞鶴「ぐっ…」



司令部施設から舞鶴鎮守府の提督と一緒に艦娘の所へ向かう。


雲龍が見事相手二航戦の二人を討ち取り勝利を得てくれたので大変気分が良い。

かなり不利な相手に勝ったことでこの鎮守府の評価も上がったことだろう。




舞鶴「あんな無茶苦茶な戦い方をしおって!どういうつもりだ!?」


提督「はっはっは」


舞鶴「笑ってないで…」











『卑怯者っ!!』






提督「ん?」


舞鶴「なんだ?」



向こうの方から大きな声が聞こえる。


見ると加賀に肩を借りた飛龍が雲龍に向かって吠えていた。




飛龍「あんな戦い方をして…!どういうつもりよ!!」



先程舞鶴鎮守府の提督と同じようなことを飛龍が雲龍に言っている。

思わず笑いたくなったが何とか堪えた。



雲龍「…」


飛龍「黙っていないで何とか言いなさいよ!!」




飛龍に対し雲龍は何も答えない、いや答えられないのか。


隣に天城や葛城が居ては本音を言いにくいだろう。



加賀「飛龍、よしなさい」


飛龍「でも加賀さん!あんなのは…!」


天城「あ、あの…」


雲龍「…」



天城はしどろもどろになっていて雲龍は何も言い返せず黙っている。

仕方ない、ここは助け船を出してやるか。





提督「卑怯…か。こいつはおかしなことを言うな」


飛龍「え…」


雲龍「提督…」



俺の嘲笑うような声に全員の視線が集まる。



飛龍「何よ…!本当に卑怯な戦いを…」


提督「お前、それを深海棲艦相手にも言うつもりか?」


飛龍「え…」


提督「深海棲艦が突如予想を超える攻撃をしてきても『卑怯者』と言って負けるつもりかと聞いているんだ」


飛龍「そ…それは…」



俺の言葉に飛龍の言葉尻が重くなる。



提督「演習のための演習とうちの空母をなめてかかるからこうなるんだ」


飛龍「っぐ…!そんなつもり…」


提督「無かったと言えるか?改二艦2隻でうちの雲龍に負けてしまった二航戦さん」


飛龍「う…っ!っ…」




飛龍が悔しそうに顔を歪め顔を俯かせる。



加賀「今日は完敗よ飛龍」


飛龍「加賀さん…」


加賀「次は容赦しないわ。覚悟してなさい」


雲龍「…」



そんな飛龍を慰めつつ加賀が雲龍に再選の挑戦状を叩きつけた。




雲龍「いいわ…」




そんな加賀に対し雲龍が嬉しそうに微笑む。




雲龍「二度と私と戦いたくないと思えるよう全力で叩き潰してあげるわ」



しかしその笑みは演習場で見せた顔と同じで欲望に歪んでいた。
























提督(さて…)



艦娘達を引き上げさせてとっとと解散しようかと思ったがもう一仕事ありそうだ。



葛城「…」


雲龍「…」



先程の雲龍の戦いっぷりを見てショックを受けたのか葛城が暗い顔で俯いている。

俺に反抗的な態度を取る直情的なタイプなのだがこの手のタイプは予想外のことに弱いことがある。



提督「葛城」


葛城「な、なに…?」


提督「お前、あっちの鎮守府に異動するか?」


葛城「え…!?」


天城「て、提督…!何を…」



こういう奴は怒らせて反骨心を揺さぶるのが一番良い。



提督「こんな危ない姉の傍にはもう居たくないだろう?」


雲龍「…」



俺の言葉に雲龍が顔を暗くする。

『それも仕方ない』と何か諦めたような表情をしている。



葛城「バカに…バカにしないでよ!!そんなことくらいで私が雲龍姉を見限るわけないでしょう!!」


提督「無理するな」


葛城「無理なんかしてない!あなたなんかに…艦娘の、私達の絆の強さはわからないでしょう!!」



わかってるよ。

だからこうやって煽ってるんだろうが。



葛城「雲龍姉!!」


雲龍「な、なに…?」


葛城「私…正直びっくりしたけど…あれくらいで雲龍姉のこと嫌いになったりしないから!」


雲龍「葛城…」


葛城「だから…その…これからも、が、がんばって!!」


天城「頑張って?」


葛城「それじゃ!」



頭の中で言葉が上手くまとまらなかったのだろう、葛城は無理矢理言葉を絞り出した後恥ずかしそうにその場を走って逃げて行った。




提督「それじゃあこれからもよろしくな」


雲龍「ええ」


天城「提督、ありがとうございました」



雲龍の心配事もこれで無くなり思う存分に力を発揮してくれるだろう。



これからの艦隊運営に大きな力になるであろう3人に期待しつつ俺は執務室へと向かった。





_____________________




【鎮守府内 執務室】



提督「これからまた忙しくなりそうだな」



そう言いつつも提督は楽しそうな顔をしています。

余程今日の雲龍さんの戦いっぷりがお気に召したのでしょうか。



祥鳳「…」


提督「どうした?」




この調子で強い艦娘達を迎え、力を発揮させることで艦隊は増々強くなっていくことでしょう。


しかしそうなると私は…



後ろ向きな思考を振り払うように私は首を横に振る。



祥鳳「次は私にも雲龍さんのような機会を下さい」


提督「ん?」


祥鳳「いきなり途中で撤退させられてフラストレーションが溜まっていますから」


提督「そうか…くくっ、わかったよ」




私がどう思っているかなんてこの人には筒抜けだろう。


しかし艦娘として、この鎮守府の秘書艦として


ちっぽけかもしれないプライドを守るため


私はもっと自分を追い詰めて強くなりたいと心に誓う。



いつか訪れるかもしれない改二改装もある…


その時のために…!


















提督「さて…」



提督が書類仕事を終えて私を見る。


今日も提督の思惑通り事が運び高揚していることだろう。


この後はいつも通り…




提督「…」


祥鳳「どうしました?」




提督の視線が私の胸元に行っているような…




提督「やっぱりやめておこう、無理だろうし」


祥鳳「な…!」




きっと私の胸を雲龍さんや天城さんと比べているに違いない…!



祥鳳「なんですか!?私だってそれなりに自信は…!」


提督「ほほう、自信がなんだって?」


祥鳳「あ…!?」



しまったと思った時はもう遅かった。

私は今この時もこの人の掌の上で踊らされていたのだと…






























今日は胸を使って色々とさせられてしまった。























【鎮守府内 執務室】






祥鳳「んぅ…」




目が覚めるとそこは自室ではなく執務室の仮眠用のベッドだった。

昨日提督と一夜を共にしてそのままベッドで眠ってしまったらしい。


部屋にある時計を見ると時間はまだ朝の4時、起きて準備するにはまだ早い時間だ。

隣では上半身裸の提督が静かな寝息を立てている。どうやらまだ深い眠りにあるみたい。



祥鳳「…」



上半身裸の提督を見ていると私はいつもある場所へと目が行ってしまう。





提督のお腹の右側にある生々しい大き目の銃痕。

かつて提督が艦娘に撃たれたという傷痕だ。


銃痕だけではない、その周りにはまるでかきむしったような爪痕が残っている。

提督が言っていた。『まるで弾丸が残っているかのようでそれを掻き出そうとしてこうなった』と。




その傷を見るととても悲しい気持ちが湧いてくる。



もしも彼が家族を殺されるという悲劇が無かったら



もっと真面目で優しい提督になることができたのだろうか…


そんなありもしない理想にいつも思考が持って行かれる。



なんだかんだで提督は駆逐艦達と仲が良く気楽な付き合いをしていて

沖波さんを、間宮さんを大事にしてくれて

雲龍さん達の力を認めるだけでなくその本心・本領を発揮させて…



祥鳳「提督…」



眠っている彼の髪を優しく撫でる。







あなたは私の理想に最も近いというのに…



それなのに…それが全て復讐のためだなんて…







祥鳳(でも…)





このまま提督がどこかで心変わりをして


復讐を忘れ、理想の提督として艦隊運営を続けてくれるのではと少しの期待を持ち


今日も彼の力になれるよう艦隊運営を手伝おうと心に誓った





























そんな期待は



すぐに夢物語であったと思い知ることになってしまうのだけれど…












避けられない運命










【鎮守府 港】




雲龍達を中心に北方海域の攻略に乗り出した。


モーレイ海は正規空母達の活躍もあって何の問題も無く攻略出来たのだが…



提督「また海流か…」


雲龍「ええ」



キス島の攻略が一向に進まない。

何度出撃してもあの海域の主力艦隊の潜む地点まで進むことができないのだ。



天津風「あの…ちょっといいかしら?」


提督「なんだ?」



天津風が少し手を上げて意見を述べる。



天津風「あの海域は私達の様な小型の艦娘でないと突破できない気がするのよ。大型艦を中心にするとどうしても海流を避けることができなくて…」


提督「ふむ…」


祥鳳「私も同じ意見です、ここは小型艦中心で行ってみるのも手かと思いますが…」



思ってはいるが『実際に出撃となると難しい』と言っているのがわかる。

現在この鎮守府の小型艦は天津風達駆逐艦の4人、これだけで攻略するというのはさすがに無理がある。



天津風「誰か…私達を引っ張って指揮してくれる人がいれば…」


提督「そうだな…」



天津風の意見を耳に入れつつその場を解散させ執務室へと向かった。




【鎮守府内 執務室】




沖波「あの…司令官…」



執務室へ行き、これから新しい艦娘を迎えようかと思っていると沖波から声が掛かる。

今の彼女の肩書は『第二秘書艦』。

正式に役割を与えてやると今まで以上に働いてくれて今では艦隊運営に必要不可欠であると言っても過言ではない程に頼りになっている。


本当…こういう真面目なタイプは扱い易くて助かるのだが…。



提督「どうした?」


沖波「この鎮守府の資源のことですが…」



沖波が自分で作ったプリントをこちらに見せる。



提督「やはり赤字か」


沖波「はい…特にボーキサイトは大幅な赤字です…」



沖波には資源管理も任せていて彼女の作ってくれている資料はとてもわかりやすくこの鎮守府の状況が手に取るように分かった。


雲龍達正規空母3人をフル活用して南西諸島からずっと攻略を続けていたためこの赤字は仕方なかった。

しかしこのままだと鎮守府の資源は減り続けいずれ枯渇してしまうかもしれない。

遠征をメインにすること無く大本営から送られてくる資源を中心に回していた限界がきたようだ。



沖波「しばらく演習と出撃を控えめにして…後は…」


提督「遠征を回すためにも軽巡が必要だな」


沖波「え?そ、そうです!すごいです司令官!」


提督「…」



それくらい考えなくてもわかるっての…。



祥鳳「大丈夫でしょうか…最近の雲龍さんの演習の張り切りようを考えると…」


提督「仕方ないだろう、資源が無いんだから」


祥鳳「それは…そうですが…」



確かに祥鳳の心配もわかる。

最近の雲龍は生きる目的を見つけたかのように尋常ではないくらい演習に打ち込んでいる。


その演習での張り切りようが今回の資源消費に繋がっているわけだが…。



提督「その雲龍を不機嫌にさせないためにも早速行動だな」



俺は執務室にある電話の受話器を取って大本営に掛ける。

相手は艦娘の配属を取り仕切る人事担当者だ。



提督「俺だ、軽巡を2隻寄越せ」



無遠慮な物言いに祥鳳と沖波がギョッとしている。
























提督「ったく…」


祥鳳「どうでした?」



出し渋った人事担当を何とか脅しつつ説得してようやく着任が決まった。


だが…



提督「軽巡2人の着任は決まったが…どうやら問題児らしい」


沖波「だ、大丈夫でしょうか…?」


提督「今更問題児が一人二人増えたところで変わらんだろ」


祥鳳「そうですね。提督が一番の問題児ですし」


提督「なんだとこら」



呆れた顔で祥鳳が軽口を叩く。



沖波「あ、あはは…」


提督「何笑ってんだ沖波、眼鏡に指紋付けるぞ」


沖波「や、やめて下さいー!」


祥鳳「やっぱり子供じゃないですか…」







それにしても問題ありか…




『まあ何とかなるだろ』とこの時は油断していた。



















それから3日後。



新しい艦娘が鎮守府へとやって来た。











【鎮守府内 執務室】








天龍「俺の名は天龍…ふふ、怖いか?」


提督「…」



着任の挨拶に来た二人の内の一人、軽巡洋艦天龍が俺に近づき不敵な笑みを浮かべている。


いきなり『怖いか?』なんて聞かれ反応に困る。

問題児だと聞いていたがもしかしたら頭のネジが外れている奴なのかもしれない。



提督「怖いかどうかは知らんがお前には期待してるぞ」


天龍「お、おうっ」


提督「…?」




なんだ今の反応は…。


反応に困って適当に返事をしただけなのだが天龍は嬉しそうな顔をして引き下がった。



祥鳳「秘書艦の祥鳳です、よろしくお願いしますね」


天龍「おう!よろしくな!」



祥鳳の挨拶にも気持ちよく返していた。

扱い易いのかそうでないのかさっぱりわからん。




そしてもう一人、こいつには見覚えがある。




大井「…」




重雷装巡洋艦大井


確か以前は呉鎮守府で同型艦の北上とともに主力艦隊で大暴れしていたはず…


そんな彼女がどうして…



それに俺は軽巡洋艦の着任を申請したはずなのだが。



祥鳳「あ、あの…大井さん…?」


大井「はい…」



祥鳳に促され面倒くさそうに大井が一歩前に出て敬礼をする。



大井「軽巡、大井です」


提督「なに?」



大井はそれだけ言って敬礼を解いて一歩下がった。



提督「お前は重雷装巡洋艦じゃないのか?」


大井「軽巡ですよ?」


提督「だが呉鎮守府で見た時は…」


大井「…」



『呉鎮守府』という単語に大井が眉をひそめ不機嫌そうな顔をする。






大井「ちっ…うっせーな…軽巡だって言ってんだろ…」


天龍「い!?」


提督「は…?」


祥鳳「え…?」


大井「あ、いえ…つい本音が出てしまいました。ごめんなさい」


提督「…」


祥鳳「…」



大井の態度に俺も祥鳳も言葉を失う。

こいつ本音…隠すつもりなかっただろ。



提督「…2時間後に演習場へ来てくれ。今日は見学と説明だけだから艤装はつけなくてもいいぞ」


天龍「そうなのか?なんか物足りねえなぁ」


大井「わかりました、それでは失礼します」


天龍「お、おい待ってくれよ!」



さっさと部屋を出ようとする大井を天龍が慌てて追いかけて二人とも退室した。











提督「おい…」


祥鳳「はい?」


提督「なんだあいつらは…あんなおかしな奴を寄越しやがって、もっとまともな奴は来ないのか」


祥鳳(あなたが『問題があっても良いからさっさと寄越せ』って言ったんじゃないですか…)





俺は執務室にある電話機を取って大本営に電話をして早速天龍と大井の過去の戦績などの資料を送るよう依頼した。







送られてきた資料をメールにて受け取り俺は天龍を、祥鳳は大井の資料を確認する。


そこには…





提督(なるほどな)



天龍のことはとても詳しく書かれており彼女がどうして問題児と言われたのかが把握できた。


どうやら天龍は念願の改二改装を迎えることができたというのだが、その後も遠征部隊の旗艦を務めるよう言われ不満に感じていた。

『いつかは自分も主力艦隊として』という彼女の希望が叶えられることは無く不満が爆発。

前の鎮守府の提督や艦娘達と喧嘩をしてしまい艦隊から異動させられたらしい。



提督(期待しているという言葉に反応したわけだな)



あの手のタイプは煽ててその気にさせてやればしばらくは俺の言う通りに動いてくれそうだ。

しかし煽てに乗りやすい者は調子にも乗りやすくこちらの予想外の行動に出ることが多い。





その辺のさじ加減を間違えないよう気を付けることにしよう。




祥鳳「提督」


提督「何かわかったのか?」


祥鳳「それが…」



大井のことを調べていた祥鳳が自分のノートパソコンの画面を指差す。



提督「ん…?」



祥鳳が見ていたのは大井の戦績の資料だったのだが…



提督「どういうことだ…?」



祥鳳が指を差したある一定時期以降、大井の出撃がされていない。

それ以前は呉鎮守府の主力艦隊として華々しい戦績の数々が残されているというのに…。



提督「記録が無い、というのではなくて」


祥鳳「はい…『出撃していない』ということですね…」




残念ながら送られてきた資料にそれ以上の情報は載っておらずこの戦績表から何か掴もうとしたのだが…





あの何もかもどうでも良さそうな態度


そして一定時期以降出撃していないこと




これだけでは彼女がなぜ軽巡洋艦を名乗っているのかという謎に結びつくものを見つけられることは無かった。









_____________________










【鎮守府 演習場】




予定通りの時間に天龍と大井は現れた。


やる気の無さそうな顔で来ている大井も時間通り来るあたり根は真面目なのだろうと思わされる。



天龍「なあ、本当に良いのか?この天龍様はいきなり演習に出ても問題無いぞ」


提督「今日は普段の訓練風景を見てもらうだけだ」


天龍「ちぇー」


大井「…」



残念そうな顔をしている天龍と大井を連れて既に訓練を始めているであろう場所へと向かう。














雲龍「ほらほら、逃げないと捕まるわよ」


天津風「全艦!全力疾走で撤退!!」








天津風を中心にした駆逐艦4人が雲龍の艦載機から逃げる訓練をしている。

雲龍は全く手加減せず駆逐艦達を追い詰めようとする。

その雲龍の艦載機から駆逐艦達は必死の形相で逃げ回っていた。





天龍「な、何やってんだ…あれ…」


提督「見ての通りだ」


大井「…」




しばらく離れた位置から演習風景を眺めていた。


やがて疲れてきた者が追い付かれ雲龍の艦載機からの攻撃を受ける…



沖波「うぁぁっ!?」


時津風「ひぎゃっ!?」



雲龍の艦載機から機銃の攻撃がされる。

当然演習用の弾薬だがダメージは受けているだろう。



天龍「お、おい捕まったぞ!?やめさせろよ!」


提督「…」


天龍「おいってば!!」




天龍が本気で心配そうな顔を見せて俺に掴みかかる。


内心少し残念な気持ちが湧いてくる。

この程度の訓練で動揺するようでは彼女の底が知れてしまったからだ。






天津風「雪風!反転して!!機銃掃射準備!」


雪風「わかりました!」




天津風と雪風が反転し雲龍の艦載機を撃ち落としに掛かる。


何機か撃ち落としに成功するが如何せん数が多すぎる。



天津風「きゃああああああ!!」


雪風「うああああああっ!!」



撃ち落としに失敗し二人も攻撃を受けてしまい戦闘不能になる。









大井「ちっ…なんて指揮…」



提督「…?」




慌てて心配そうに見ている天龍とは対照的に大井は落ち着き払った顔で毒づいている。

華々しい戦績と経験を持つ彼女にとってこの駆逐艦達の様子は呆れるレベルということだろうか。



提督「雲龍、タイムは?」


雲龍「15分。まだまだね」


提督「そうか…天津風」



離れた位置にいる天津風に通信気を使って話しかける。



天津風『な、なに…?』


提督「全力疾走開始、15分」


天津風『うぐ…わかったわ…!みんな、いくわよ!!』




天津風の号令とともに駆逐艦達はよろよろと立ち上がり全力疾走を開始した。



天龍「お、おい…少しくらい休ませたって…」


提督「なんだお前。敵艦載機に追われている時も同じことを言うつもりか?」


天龍「う…でも俺だったらあのくらい撃ち落とせるし…」


提督「そうだな」


天龍「え?」



意見しようとする天龍に同意する。



提督「だからこそ対空面に秀でたお前が旗艦を務めてくれたらあいつらも助かるんだがな」


天龍「お、おう!もちろん力になるぜ!」




天龍が嬉しそうに胸を叩く。


やはり以前は不遇の日々を過ごしていたということもあって煽てに弱いらしい。



わざわざ今日の演習に対空訓練をねじ込んだ甲斐があるというものだ。




提督「ちなみに旗艦を任せるわけだからあの程度の訓練どうってことないよな?」


天龍「え…」



俺達が話している間も天津風達は全力疾走を続けている。

そろそろ限界なのか全員が死にそうな顔で走っていた。



天龍「も…もちろんだぜ…」




天龍の声が震えていた。



ビビッてはいるもののやる気のある顔を見せている天龍のこれからを期待することにするが…




もう一押ししておくか。




大井「…」




訓練の様子を黙って見ている大井にも刺激を与えたいからな。







俺がそう思っていたところに…




雲龍「ねえ」


大井「…?」



雲龍がいつの間にか大井に近づき声を掛けている。



雲龍「私と一対一で勝負してくれない?」


提督「…」



さすが雲龍…もう獣の匂いを嗅ぎつけたか。

勝利に、戦いにどん欲な雲龍に対し大井は冷めた目で見返す。



大井「嫌よ」


雲龍「…」



大井はあっさりと断る。

この手の挑戦はこれまでも多かったのだろうか手慣れた対応だ。


しかし雲龍は引き下がらない。



天龍「おい、何なら俺が相手をしてやろうか?この天龍様は改二改装を終えてから対空面が秀でて…」


雲龍「逃げる気?」


大井「挑発しても無駄よ。私の負けで良いから」


雲龍「…」




これ以上何を言っても無駄だと諦めたのか雲龍が不満そうにその場を離れて行った。




天龍「おいコラ無視すんなよぉ!!」




天龍の大きな声が虚しく響き渡っていた。




【鎮守府内 工廠】




提督「お疲れ」


沖波「あ、司令官」



工廠で演習の後片付けをしている沖波に天龍と大井を連れたまま声を掛ける。

沖波は義足の整備もあって他の者より片付けに時間が掛かる。


少し前までは他の者も気を遣って一緒に残っていたが、沖波が一人で行いたいということを言い続けようやく他の者達は先に上がるようになった。



提督「第二秘書艦もさせている沖波だ」


沖波「あ、新しく着任された軽巡洋艦の方ですね?夕雲型駆逐艦の沖波です!よろしくお願いします!」


天龍「お、おう…!」


大井「よろしく…」



立ち上がり深々と挨拶をする沖波に対し天龍は若干どもりながら、大井はだるそうに挨拶を返す。





大井「え…」




視線を下げた時に大井は何かに気づく。

視野が広いのかもう察したらしい。



天龍「ん?あ…」



その視線を追って天龍も気づいたようだ。



天龍「その足は…?」


沖波「あ、これ…ですか?以前の鎮守府で…その…」


大井「ごめんなさい…」


沖波「あ、そ、そんな顔しないで下さい。もう気にしていませんし、この義足があれば私も働けますから」



心配そうに、申し訳なさそうな顔をする二人に対し沖波は慌てながらも笑顔を見せる。



天龍「沖波ぃっ!!」


沖波「うわぁ!?」



感極まった天龍が目に涙を溜めながら沖波に抱き着く。



天龍「俺が絶対に守ってやるからな!!」


沖波「わ、わかりましたから放して…く、苦し…」





これで天龍はもう一切手を抜くようなことはできないだろう。

そう内心ほくそ笑みながらチラリと視線を大いに送る。




大井「…」




演習の時に見せた冷めた表情とは違い、今の大井は驚きと戸惑いの表情を見せていた。


信じられないものを見るかのようなその目…

どうやら感情の起伏はあるようで安心した。



さて、これからどう揺さぶってやろうかな…。





【鎮守府内 食堂】




提督「それでは自己紹介をしてくれ」



飾りつけがされ、間宮の豪華な料理が並べられた食堂で天龍と大井の歓迎会が催された。



天龍「俺の名は天龍…天龍型のネームシップ、生まれは横須賀の…」


提督「はい拍手ー」


天龍「コラァ!?」



食事を前に延々と話しそうだったので天龍の自己紹介は強制的に終わらせた。




提督「次、大井」


大井「軽巡大井です。よろしくお願いします」



逆に大井は簡潔に終わらせた。


しかしそれだけではなく…



大井「それじゃ失礼します」


間宮「え…?」


祥鳳「あ、あの…大井さん…?」





声を掛けて止めようとするのを無視して大井はさっさと食堂を出て行ってしまった。


まあこんなことになるだろうと予想はしていた。




間宮「…」


雪風「間宮さん…」



せっかく用意した料理を食べてもらえずに間宮が悲しそうな顔をしている。



沖波「間宮さん!少し料理頂きますね!」


間宮「え?」



沖波が立ち上がり、食器をもって間宮の料理を一通り盛り付ける。



沖波「何とか料理だけでも食べてもらえるように行ってきます!」


天津風「あ、ちょっと沖波!?」



そして急ぎ足で大井の後を追い掛けて行った。



間宮「沖波さん…」



間宮が涙を零しそうなほどに嬉しそうな顔をしている。





…ここまでは予想通り。




後は沖波がどこまでプラスアルファを持って来られるかだ。




提督「頼むぞ沖波」


祥鳳「?」



俺は両手を合わせ神に祈るかのように沖波の行動に期待した。






_____________________





【艦娘寮 大井の部屋前】




沖波「あ、あの!大井さん!」



大井の部屋の前に来た沖波がドアをノックをする。



沖波「沖波です!開けて下さい!」






大井「なによ…」



しつこくノックし続け声を掛け続けていると気怠そうな大井の声がドアの向こうから聞こえてきた。



沖波「あ、あの…!料理を持ってきました!」


大井「いらない…」


沖波「でも…」


大井「いらないって言ってるでしょう!帰って!!」


沖波「帰りませんっ!!」


大井「な…」



大人しいと思っていた沖波の思わぬ反論に大井が言葉を失う。



沖波「大井さんが食べてくれるまで私ここでずーっと待ってますから!明日になってもここに居ますからね!」


大井「な、なんなのよ…もう…」







観念したようで大井がドアを開けた。



沖波「あ…ど、どうぞ…」


大井「入りなさいよ。立ったまま食べさせるつもり?」


沖波「は、はい!」



嬉しそうに笑顔を見せる沖波に大井は溜息を吐くしかなかった。











大井の部屋はまだ必要最低限のベッドと机しか用意されていない。



沖波は大井と机を挟んで向き合いじっと食べるのを見つめている。

居心地悪そうにしているのは部屋の主である大井の方であった。


早く終わらせたいと大井は間宮の料理を口に運ぶが…



大井「美味しい…」


沖波「ほ、本当ですか!?」


大井「ええ…ここまで美味しいのって食べたこと無いかも…」




あまりの美味しさに思わず誉め言葉を零すのを我慢できなかった。




沖波「えへ、やったぁ…!」



裏表がなく嬉しそうにしている沖波を見て大井も苦笑いを隠すこともできなかった。

















大井「ごちそうさまでした」




全てしっかりと食べ終え、大井が料理の前で手を合わせる。



沖波「ありがとうございました!すみません、その…押しかけて…」


大井「良いのよ。こちらこそありがとうね」


沖波「は、はい!お邪魔しました!」



食器を持って沖波が食堂へ戻ろうとする。





大井「ねえ…」


沖波「はい?」


大井「どうして…」



大井に声を掛けられ沖波が振り返る。


大井の表情が先程見せていた少し寂しそうな笑みと違い、暗く辛そうな顔をしている。




大井「どうして沖波はそんなにも頑張れるの…?」


沖波「…」



沖波には大井がどういう意味で聞いているのかすぐに理解できた。



沖波「私が足を失うというハンデを負っているのに、という意味ですか?」


大井「ごめんなさい…気を悪くしたなら別に…」


沖波「いえ、大丈夫です…!」



申し訳なさそうな顔をする大井に対し沖波が明るい顔で応える。



沖波「このケガが原因で私、前の鎮守府を追い出されて…」



少し前の辛い毎日を思い出してか沖波の顔が少し暗くなる。



沖波「リハビリもさせてもらえずに孤児院の補助金のためだけに閉じ込められるような日々を送っていました…」


大井「…」


沖波「もう、何もかもどうでも良いって諦めかけていたのですけど…」




暗かった顔が一転、明るくなる。



沖波「司令官が来てくれて…私に『このままで良いのか』って言ってくれたんです」


大井「あいつが…?」


沖波「はい。司令官は私にチャンスをくれて…その後も辛いことあったけど…でも」



自信を持った沖波の笑顔に大井は眩しさすら感じる。



沖波「でも、司令官がチャンスをくれたおかげで今の私があります!」


大井「…」



眩しい沖波の笑顔に大井は目を逸らしてしまう。




沖波「大井さんはどうして…?その…」


大井「…」




反対に今度は沖波が大井の暗い表情の原因を探る。



沖波「あ…す、すみません!…出過ぎたことを…」


大井「ううん、気にしないで」



言いたく無さそうに顔を俯かせる大井に沖波は謝るが大井はそれを止める。


これ以上は聞けないと沖波が部屋を離れようとした時




大井「私はね」



大井は一言、こう言った。



大井「取り返しのつかないミスをして…大切な人を傷つけたのよ…」



大井の視線は部屋のある所へ向かう。




沖波(あれは…?)




大井の部屋に置いてある写真立て



そこには笑顔の多いともう一人



髪を結った黒髪の艦娘が笑顔で写っていた。






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【鎮守府内 食堂】




提督「ほいこれで上がりだ」


時津風「あーーーー!!」


天龍「ぐっ…!そんな…」



食堂に沖波が戻ると提督達がトランプでババ抜きをしていた。

どうやら間宮のデザートを巡って一勝負しているらしい。


間宮が用意したデザートは12個で6種類のケーキが並べられている。

欲しいものが被ってしまった複数人はこうして勝負するということになってしまったというわけだ。



提督「ではこのチョコレートケーキは俺が頂こう」


時津風「あーーー!あああーーーー!」


天龍「おい!俺の歓迎会だろ!?少しは遠慮しろよ!!」


提督「ふははははは!!悔しいか!?負けたお前らが悪いんだよ!」


祥鳳「なんて大人げない…」



先に上がった雪風が同じくチョコレートケーキを選んでいたためこれで品切れになってしまった。



提督「それではありがたく頂くとしようか」


間宮「うぅ…なぜかあまり嬉しくない…」


時津風「せ、せめて、せめて一口!しれぇ!」


提督「うるさい奴だな…ほれ、口開けろ」



やかましい時津風に観念したのか提督がフォークで一口分掬って時津風に向ける。



時津風「や、やった!あーん」


提督「なんてな」


時津風「あ、あーーーーーーー!!」



しかし時津風に向けたフォークを反転し自分で食べてしまった。



提督「うむ、間宮のチョコレートケーキは最高だな」


間宮「はぁ…ありがとうございます…」


時津風「ちくしょう!しれぇの阿保!バカ!インキンタムシ!」


提督「あはははは、負けたお前が悪いんだよ!この負け犬!負けコアラ!」


天龍「3番目に抜けたのになんでそんなに偉そうなんだよ!」




葛城「言いたい放題ね…」


天津風「二人とも子供なんだから」


天城「ふふ、でも楽しそうじゃないですか」



少し離れて勝負に参加しなかった面々が呆れながらその光景を眺めていた。




ちなみに1位は雪風。始まった時点で既に残り1枚という強運だった。


カスタードプティングが希望だった雲龍が2位、無表情で何を考えているか読めず提督も苦戦。先に上がられた。





沖波「も、戻りました」



その騒がしい食堂に食器をお盆に乗せた沖波が戻ってきた。



提督「お?戻ったか沖波。安心しろ、お前の好物のモンブランは取って…」


沖波「司令官、祥鳳さん、少しよろしいですか?」


祥鳳「はい?」


提督「モグ…ん、わかった」



沖波は神妙な面持ちで提督と祥鳳を呼び出した。




_____________________




【鎮守府内 執務室】




提督「大切な人を傷つけた…か」


沖波「はい…」


提督「痴情のもつれか」


沖波「違いますよ!多分…」



冗談を言ってやると沖波が自信無さげに否定する。

こいつのことだ、さらにもう一歩踏み込んで聞き出すことはしなかっただろう。


まあ…そんな下心が無いからこそここまでできたのだろう。



提督「十分だ、大井のことはこれから…」


祥鳳「あの…提督」


提督「ん?」



これから相談して対策を練ろうと思ったが祥鳳が少し手を上げてそれを止める。



祥鳳「大井さんの居た呉鎮守府に現在前の鎮守府で一緒だった龍鳳がいます。彼女と連絡を取って聞いてみますので明日までお待ちいただけますか?」


提督「そうか、わかった。俺は俺の方で大井を刺激することにしよう」


祥鳳「あまり無茶はしないで下さいね」


提督「善処する」



大井の詳細についてはとりあえず祥鳳に任せるとして…



沖波「あの…司令官」


提督「ん?」


沖波「大井さんを助けてあげて下さい…その、辛そうで見ていられなくて…」




やれやれ、そんなことまで期待されるとは…俺も随分と信用されたものだな。




提督「できる限りのことはする、しかしそれを大井が望むとは限らないぞ」


沖波「は、はい!それでも構いません!よろしくお願いします!!」


提督「できなかったらお前のメガネを没収するぞ」


沖波「ああ!?やめて下さいー!」


祥鳳「何をしているんですか…」







沖波のメガネを取り上げる悪戯をしながらこれからのことを考えていた。








【鎮守府 演習場】




提督「そんなわけで今日から軽巡である天龍と大井にも演習に参加してもらうわけだが…」



着任した二人を演習に参加させるため艤装を付けさせたのだが…



大井「…」


天龍「おっしゃあ!」



可能な限り対空兵装を身に着けたの天龍に対し、大井は必要最低限の主砲を一つ身に着けているだけだ。

それはまるで本来の姿である重雷装巡洋艦をわざと感じさせないようにしているかのように…



雲龍「…」



雲龍が不満そうな顔をしている。

きっと大井が魚雷を大量に身に着けてきたら演習を挑むつもりでいたのだろう。


最近出撃を減らされ、演習内容を必要最低限にされているのでフラストレーションも溜まっているのもあるだろうが…早いところ資源を確保しないとな。




提督「天龍と大井、それぞれに遠征部隊と出撃部隊を任せたいのだが」


天龍「出撃!俺は出撃したいぞ!」



…言うと思った。



大井「それじゃあ私は遠征部隊で良いわよ」


提督「…」



『遠征部隊の旗艦なんか誰でもできる』

『私はあなたとは経験が違うからこのくらい簡単』



そう内心思っているような言い方に少々頭にきたが今は何も言わないでおく。




提督「では演習の内容を…」





一通り演習の内容を伝え、天龍と大井を旗艦に水雷戦隊の演習に取り組む。




天龍「よーーーしお前ら!遅れるんじゃねえぞ!!」










天龍「ど、どうだ…!な、なに?まだ余裕…?」










天龍「ぜ、ぜぇ…ぜぇ…!こ、こんくらいなんてこと…おぇっ!」










天津風「大丈夫?」


天龍「な…んてこ…と…っぐ…うぐ…ゲホッ…」


時津風「それじゃもう一本行く?」


天龍「う…ま、まかせ…ろ…!うおおおぉぉぉっ!!」





天龍は限界を超えても虚勢を張り強気の姿勢を崩さない。



これまで出撃をさせてもらえず不遇の毎日だったこともあり、是が非でも出撃部隊の旗艦を務めたいのだろう。



雪風「頑張って下さい!いきますよ!!」


天龍「だあああああぁぁぁぁ!!」




そんな天龍のひたむきな姿勢に対し駆逐艦達からの言葉は暖かい。

この調子ならすぐにでも彼女達の信頼を得られ艦隊旗艦も問題無くこなしてくれそうだ。




提督(天龍は大丈夫そうだな…)






さて、問題は…









大井「…」




沖波「あ、あの…」


雪風「大井…さん?」




大井は何も言わずただ演習をこなしている。


駆逐艦達とコミュニケーションも取らずひたすら終わらせるという作業に思えた。



時津風「…」


天津風「…」



次第に駆逐艦達は委縮してしまい暗い雰囲気となってしまう。


訓練中に馴れ合いをするくらいならこれでも良いかも知れないのだろうが、訓練を終えても大井が誰かとコミュニケーションを取ることは無い。

こんな暗い雰囲気を蔓延させられては艦隊のモチベーションを下げてしまいかえって遠征効率が悪くなりかねない。




提督「…と思うのだが?」


大井「ちっ…」



自分の思ったことを臆せず余すことなく全部大井に伝えると彼女は忌々しいと言わんばかりの顔で俺を睨んだ。

その怖い顔に周りにいる駆逐艦達は増々怯えてしまう。


無理もない、大井はこの艦隊では一番練度が高く何度も修羅場を潜り抜けてきた武勲艦だ。

その威圧的な態度だけでなく艦娘にしかわからない力関係を感じているのかもしれない。




雲龍「…」




雲龍がまだ諦めずに大井と演習できないかとこちらを見ている。

今は無理だってさっき言っただろ。



提督「前の鎮守府で何があったか知らんがそんな態度だといつまで経っても…」


大井「あんたには関係ないでしょう。気に入らないならまた異動させるなりどこかへ飛ばせば?」



俺の忠告に全く耳を貸さず大井は鎮守府の方へと行ってしまった。




提督(やれやれ…予想以上に引きずっているな)




チャンスがあれば何があったのか聞き出そうとも思ったがどうやらそれは叶わないらしい。








祥鳳「提督、龍鳳と連絡が取れまして…」


提督「ああ」



呉鎮守府に居る龍鳳と連絡を取った祥鳳が戻ってくる。

『ここでは話し辛い』と言いたいのか鎮守府の方をチラチラと見て俺を移動させようとするが…



提督「ここで話せ」


祥鳳「ですが…」



全員の居る前で話せと言うが祥鳳が困った顔を見せる。



提督「このままだと誤解を招いたままになりそうだからな」


祥鳳「わかり…ました」



あたかも俺がこれからの大井を心配しているかのように言うと祥鳳は渋々と言った感じで話し始めた。







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【鎮守府内 大井の部屋】






なに…やってんだろうな…


私…




部屋に戻るとすぐに目がいくのは棚に置いてある写真立て







本当に…



何をやっているのだろう…



こんな小さな艦隊しかいない鎮守府で…






小さな鎮守府に…






逃げてきた私は…







大井「これから…どうすればいいんだろう…」








ねえ…







北上さん…















【過去 呉鎮守府】








ある大規模作戦海域に参加した時のことだった






大井「私と北上さんの前を遮る愚か者!沈みなさいっ!!」



いつものように最終海域の主力部隊と戦い…



北上「まぁ、ここは本気で殺っときましょうかね……うりゃあっ!」



私達の連撃が戦艦水鬼を捉え





大井「北上さん!やったわぁ!!」


北上「大井っちと組めば…最強だよね!」




見事撃沈することに成功した。





武蔵「良し!艦隊帰投を開始する!」




連合艦隊旗艦を務める武蔵の号令により私達は鎮守府の道を戻り始めた。





大井「大丈夫ですか北上さん、私の肩に掴まって」


北上「あ痛た…ありがとねー」




ほぼ無傷だった私と違い中破状態だった北上さんに肩を貸して私達も進み始めた。




青さを取り戻した海を眺め、達成感を味わいながら帰投の道を進み始めた




きつい戦いだったけれど…いつもの日常に違いなかったはずだったのに…


















武蔵「くっ…こんなにも天候が荒れるとは…」





帰投する途中に大嵐に遭ってしまい…




大井「北上さん!危な…きゃああっ!!」


北上「大井っち!?」




嵐の中を進む私達に大波が襲い掛かりそうだったので私は北上さんを半ば突き飛ばすような形で大波に巻き込まれないようにした。


しかし私はそのまま波にのまれ、艦隊から離れてしまう。







大井「う…っく…」




目が覚めた時、私は艦隊から離れてしまったようで一人海に孤立していた。



大井「北上さん…みんな…どこに…?」



こんな状況に陥った場合はとにかくその場に留まり助けを待つこと。

何度も演習をして確認してきたことだ。

私はその場に留まり仲間達との合流を待った。



きっとすぐ見つけてくれるはず…


そう自分に言い聞かせてその場に留まり続けたのだけど…





大井(陽が…)




太陽が沈み始め、辺りが徐々に暗くなっていく。



少しずつ、少しずつ暗くなる海に比例するかのように私の不安は大きくなっていった…








まだなの…?




闇が深くなり、徐々に視界が悪くなっていく。



この辺りはまだ作戦海域範囲で、主力を撃沈したといってもまだまだ強力な深海棲艦が多く…






大井「ひっ…!?」



暗くなった視界の向こうから何かが複数近づいてくる。




大井「来ないでぇっ!!」




恐怖感に支配された私は…


私はそれを何かと確認する前にありったけの魚雷を放った。





大井「あ…っ!!」



北上「え…」




私が魚雷を放った方に立っていたのは…






大井「よ、避け…」





避けるように言う間もなく私の魚雷が北上さんに…






大井「いやああああああああああああぁぁぁっ!!!」






___________





【現在 鎮守府 演習場】





天城「そんなことが…」




私が一通り話し終えると皆さんは神妙な面持ちになっています。



時津風「そりゃあそんなことがあったら引きずるよね…」


雪風「自分で自分の姉妹艦を…想像するだけで怖いです…」



先程まで見せていた大井さんへの不信感を少しでも拭うことができたようで話せて良かったとホッとしました。



提督「おかしいな」


祥鳳「え?」



そんな中、提督だけは何か疑うような目をしています。



提督「何か掴めないかと思って北上の情報を確認していたが、そいつは今でも戦っているぞ」


天津風「え?」


沖波「もう復帰しているってことですか」


提督「そのはずだが…」


祥鳳「はい…」




そう、既に北上さんは戦線に復帰していると龍鳳も言っていた。

再起不能かと思えるほどの損傷だったにも関わらず北上さんは懸命のリハビリによって戦線に復帰したのだ。


その場にいなくてもわかる。

きっと大井さんを心配させまいと必死だったのだろう。




…しかし自分で大事な姉妹艦を殺しかけたという事実は大井さんの心に深く傷をつけてしまったらしい。




仲間の労いや励まし、北上さんからの許しの言葉を貰っても彼女は自分を責め続け



戦線に戻ることはできなかったということだ…。




葛城「仕方ないかも…ね」




私も自分から瑞鳳を遠ざけようとした時は冷たく接したことがあり、時には手を出してでも彼女を傷つけたことがある。


それだけでも酷く心を痛めたというのに殺しかけるなんてこと…想像するだけで吐き気を催すほどに恐ろしい。





提督「でも生きてるんだろ?」


祥鳳「…?」




自分達のことに置き換えて大井さんのことを考える私達をよそに



提督はどこか苛立ったような顔をしていた…。







【鎮守府内 執務室】




提督「ふむ…」



執務室に戻った提督は大本営から送られてきた資料を確認しています。


手元にあるのは北上さんの資料。

何かを確認してうんうんと唸っている。



提督「…」


祥鳳「…?」



そしてチラリと私の方を見てまた資料に目を戻しました。


一体何なのだろう…?



提督「決めた」



提督は机の上にある館内放送用のマイクを手に取る。



提督「葛城、執務室に来てくれ」



そして放送で葛城さんを呼びました。



提督「沖波、これを用意してくれ」


沖波「え?あ、はい…でもこんなもの何に…」


提督「すぐにわかるよ」


沖波「はい…」



沖波さんにメモを渡し何かを取りに行かせました。







葛城「入るわよ」




入れ替わるように葛城さんが入って来ます。



提督「お前に頼みたいことがある」


葛城「な、何よ…」



真剣な雰囲気で聞いてくる提督に葛城さんが少したじろいでいます。


…しかし私にはなぜかわかります。



きっと提督はろくでもないことを考えて…



提督「大井を立ち直らせるため…」


葛城「ゴクリ」




沖波「司令官、これでよろしいでしょうか」




そこへ沖波さんが何かを抱えて戻ってきました。


沖波さんが持ってきた物、それは…




提督「お前に北上になってもらいたい!」


葛城「は、はぁ!?」



本当にろくでもないことを考えていたようで頭が痛くなりました…




【鎮守府内 大井の部屋前廊下】



葛城「ほ、本当にやるの…?」


提督「ああ」


葛城「本気?」


提督「本気だ」



葛城さんが何度も確認しています。

それはそうでしょう…こんな格好をさせられて普通はふざけているとしか思えません。



提督「それじゃ頑張れよ」


沖波「が、頑張って下さい…」


祥鳳「身の危険を感じたらすぐに逃げて下さいね…」


葛城「うう…そこまで言うなら止めてよう…」



すみません葛城さん…この行為がきっと大井さんのために…



提督「ふふっ…」



なっている…はず…?ですから…

楽しそうに笑う提督を見て不安しか感じませんでした。





意を決して葛城さんが大井さんの部屋のドアをノックします。

私達は少し距離を取ってその様子を伺います。








大井「誰…」



気怠そうな大井さんの声がドアの向こうから聞こえました。

どうやら部屋には居るようです。


葛城さんは何も答えずもう一度ノックします。



大井「何よ…もう…」



面倒くさそうに大井さんが部屋のドアを開けました。






大井「…」


葛城「…」





葛城さんは右足を前に出して

左足を後ろに下げて膝をついています。



両腕と両太ももに魚雷のレプリカが大量に付けられ

葛城さんの服装はクリーム色に近いスカートを着て

髪は三つ編みにされています。





葛城「き、北上、ですよ?」


大井「…」



本当の北上さんの口調もわからず葛城さんが困り顔でそう言うと…



大井「…」


葛城「ひぃっ!?」



大井さんがとても冷たい表情で葛城さんを見下ろしています。

その視線には殺気すら感じました。



葛城「あ、あれ?」



身構えていた葛城さんをよそに大井さんは部屋に戻ります。

呆れてしまったのだろうかと思ったのだけれど…



大井「…」



大井さんは部屋にあるテーブルを持ち上げて戻ってきました。




大井「バカにしてんのかぁっ!!!」


葛城「きゃあああああああ!!!」




そして持ってきたテーブルを葛城さんに投げつけました。

わざと外したのかはわかりませんが、テーブルは葛城さんに当たらずすぐ隣の壁に当たりテーブルは粉々に砕けました。


そのまま葛城さんを襟首を掴みなんと片手で持ち上げます。


危険な可能性もあるので提督が艤装を付けるように言っていたのに…なんて力でしょうか。



助けに行こうとする私と沖波さんの前に提督が邪魔をします。

もう少し様子を見ようというのでしょうか?

確かに葛城さんは艤装を装着していますから大丈夫でしょうけど…



大井「あんた!どういうつもりなのよ!?北上さんの真似なんかして死にたいの!?」


葛城「ひぃぃ!!ごめんなさい!提督がこうすれば大井さんが元気になるって…!」


大井「なんですって…!!」



大井さんの殺気を含んだ視線が提督に向けられました。





提督「げ…」



何が『げ』ですか、こうなるのは予想していたでしょうに。



提督「やっぱり無理だったか」


葛城「やっぱりって何よ!?」




鬼の形相をした大井さんが提督に迫ってきたので私と沖波さんが間に入って止めようと思ったのに…



祥鳳「きゃあっ!?」

沖波「きゃああ!!」



簡単に弾き飛ばされました。

艤装を付けていればと思っていたので油断しました。




提督「意外と元気そうで何よりだ」


大井「ふざけないで!!」


提督「っぐ!?」


祥鳳「提督っ!!」



大井さんが片手で提督の胸倉を掴み壁に押さえつけました。



大井「あんた何がしたいのよ!!こんなふざけた…北上さんの真似させて!!」


提督「っく…くくっ…決まってんだろ、拗ねてるフリしたバカ女を引きずり出すためだ」


大井「なん…ですって…!!」



押さえつけた手の反対側で大井さんが提督を殴ろうとしています。


まずい…!!



祥鳳「大井さん!」


沖波「やめて下さいぃ!!」



もう一度、私と沖波さんの二人掛で大井さんを止めます。



大井「は、放しなさい!!放せえええ!!」



とてつもない力でしたが今度はこちらも油断せず全力で抑え込み床に倒します。

私は大井さんを後ろから羽交い絞めにして沖波さんがこれ以上提督に近づけないよう腰の辺りを正面から押さえつけました。



提督「そんな元気があるならこんな小さな鎮守府に居る必要がないだろ」


大井「なにを…!!」


提督「そんなに北上の傍に居るのが怖かったのか?」


大井「…っ!!」



提督の言葉に大井さんが黙ってしまいます。



提督「図星か、情けない奴だ。こんなところに逃げてきやがって」


祥鳳「提督、何もそこまで…!」


大井「あんたに…」



大井さんが肩を震わせ涙を零します。



大井「あんたなんかに私の何がわかるっていうのよ!?」


提督「わかりたくもないな。罪の意識に耐え切れず逃げ出して、その後勝手に不貞腐れて引き籠っているバカ女の気持ちなんかわかるかよ」


大井「っぐ…!ああああぁぁ!!ふざけんなふざけんなぁ!!」


沖波「お、大井さんっ!」


葛城「提督!あなたいい加減にしなさいよ!!」




提督「付き合ってられん」



泣き叫ぶ大井さんに対し提督は背を向けて離れて行きます。





提督「失ったわけでも無いのに、やり直せるチャンスが転がっているのに…本当にもったいないな」





祥鳳(提督…)





離れて行く提督の背中が酷く寂しいものに思えました。



『失ったわけでも無いのに…』か…。







大井「放せ!放せえ!!あんた、許さない!!許さないからぁあ!!」






その後、大井さんが落ち着くまで私と沖波さんと葛城さんでしばらく引き留めた後



私は二人で話がしたいと沖波さんと葛城さんを先に帰らせることにしました。






祥鳳「大井さん」


大井「っぐ…ぅっ…」




大井さんはまだ泣いています。

私がハンカチで涙を拭うことを拒否せず受け入れていて、その弱々しい姿は初めて会った時の面影は全く見られませんでした。




祥鳳「…」




これから話すことを考えると少し躊躇ってしまいます。

しかしこれ以上大井さんと提督の関係を拗らせないようにするにはこれしかないと意を決して話すことにしました。





祥鳳「提督は…大井さんの気持ち、わかると思います」


大井「何がよ…」


祥鳳「提督は自分の家族を目の前で殺されたと言っていました…」


大井「え…!?」




さすがに艦娘に殺されたというのは伏せておきます。




祥鳳「きっと…どこか大井さんが羨ましいのかもしれません、まだ北上さんが生きていて…やり直せるチャンスがある大井さんのことが…」


大井「…」



瞳を涙に濡らしたままでも大井さんの表情が落ち着きます。

良かった…ちゃんと言葉は届いているようです。




祥鳳「あんな言い方したことはさすがにやりすぎですが…どうか…」


大井「…」





大井さんは何も答えず部屋に戻りました。


しかし先程までと全く違いとても落ち着いていた表情にこれからのことが少しでも良くなると思うことができました。





さて…次は執務室へと向かいます。



勝手に話したこと、提督に謝るためです。






【鎮守府内 執務室】




祥鳳「…大井さんにこう話してきました」


提督「そうか」



先程大井さんに話したことをしっかりと提督に伝えます。


勝手に提督の過去を話したことが後ろめたくてまともに顔を見ることができませんでした。




提督「そんな顔するな。別に気にしちゃいない」


祥鳳「ですが…」




提督「お前ならそうしてくれるとも思っていたからな」


祥鳳「え…!?」



提督の言葉に思わず顔を上げます。

こんな大事なことを話したというのに提督は余裕の笑みを浮かべていました。





もしかして私は…





祥鳳「…」


提督「どうした?」





私は…





祥鳳「バカに…」


提督「え?」





祥鳳「バカにしないで下さいっっっ!!!!!」






それだけを言い捨てて執務室を飛び出して






宛ても無く鎮守府の廊下を走りました






悔しくて悲しくて涙が止まりませんでした








私の考えが見透かされていたことよりも、



利用され提督の掌の上で踊らされていたことよりも、







自分のした行動がまた提督の復讐への一歩を進めてしまったような気がして…







祥鳳「っ…ぅっ…えぐっ…」





走り出した足は止まっても





涙が止まりませんでした。







『大丈夫ですか?』







そんな時…私に声を掛けてくれたのは…













【鎮守府内 天城の部屋】




天城「落ち着きましたか?」


祥鳳「すみません…」


天城「ふふ、良いんですよ」



泣いている私を自室へ招いてくれたのは天城さんでした。

彼女の部屋は和風の落ち着いた感じに彩られ、普段から落ち着いた姿を見せる彼女らしさをこの部屋にも感じます。




天城「何があったのですか?」


祥鳳「あ…の…」


天城「無理せず話せる範囲で良いですからね」


祥鳳「は、はい…」



にこやかに話す天城さんに私の胸の中が徐々に落ち着いていきます。


天城さんから不思議な優しい雰囲気を感じます。

もしかしてこういうことに慣れているのでしょうか?






祥鳳「その…さっき提督に…」







もちろん全てを話すわけにはいきません。


しかし私が最近持ち始めたもどかしい気持ちを天城さんに申し訳ないと思いつつぶつけてしまいました。

きっと誰かにも聞いて欲しかったのかもしれません。



天城「…」



私の話を天城さんは何度も頷いて真剣に聞いてくれました。




天城「祥鳳さんは提督を信じたいのですね」


祥鳳「え…?」



何か明確な答えが欲しかったわけではありませんでした。

しかしその天城さんの言葉は驚くほど自然に私の胸に響きました。



天城「ちゃんとその気持ち提督に伝えましたか?」


祥鳳「え…?いえ…こんなこと…」




提督に『復讐を忘れて生きて欲しい』なんて言えるはずもありません。

あの人がこれまでにどれだけの黒い感情を溜め込み生きてきたか、それを全て知っている私には…



天城「祥鳳さんは秘書艦なのですからしっかりと普段思っていることを伝えないといけません」


祥鳳「でも…」


天城「お二人はそういう気軽な関係に見えますよ?」


祥鳳「…」








気軽な関係…か…。





気が付いたら私と提督は


いえ、提督と艦娘達の関係はとても気軽で肩肘の張らない関係になっていました。




艦娘達に対し絶対に逆らうことの許されない厳しい『命令』をするときがあれば


時津風さんや雪風さんに言いたい放題暴言を浴びせるもありますけれど…


艦娘の皆さんはどこか安心して提督に心を許し命を預けています。



口ではお互い言うことはありませんがどこか強い信頼関係で結ばれているようで


私はそれを感じるたびに前の鎮守府では一切感じることの無かった心地よさを覚えていました。


それと同時に…その気軽な関係が全て提督の復讐のための関係に過ぎないのだと思うと


どうしようもない虚しさと悲しさを感じるようにもなってしまい…




祥鳳(おかしな話ですよね…)




あの人の全てを聞いて、身体を許して


復讐を成すために進む提督の行く末を見届けるためにこの鎮守府に秘書艦として残ったというのに…






いつの間にか…私は彼に自分の理想の提督像を追い求めるようになっていたのでしょうか…。






立ち位置を見失って勝手なことをしていたのは私なのでしょうか…






天城「ダメですよ」


祥鳳「え?」



天城さんの声に私はハッと顔を上げます。



天城「そうやって自分一人で抱え込んで、自分で解決してしまってはダメです」


祥鳳「天城さん…」


天城「ふふ、葛城もそういうところがあって良く誰かと喧嘩して一人で泣いてたりするんですよ?」




その後は私がもう少し落ち着くまで天城さんがお話してくれました。





雲龍さんは寡黙で人間関係で誤解を招くことがあり、『それでも良い』と諦めに入ってしまうこと。


反対に葛城さんは人当たりが良く良好な人間関係を作れる反面、反発を買うこともあり喧嘩になってしまうこと。




そんな姉、妹の間を取り持って天城さんが右往左往していたことなど…




祥鳳(何か手慣れていると思ったのはそういうことでしたか…)



泣いている私に対する対応があまりにも手慣れていて落ち着いていたのはこれまでの経験からのようでした。



思えば私の周りに天城さんのような人がいたことはありませんでした。



瑞鳳や龍鳳、囮機動部隊だった仲間達を慰めるたり鼓舞したりすることはあっても


誰かにこうやって話を聞いてもらって慰められるのって初めてのことかもしれませんでした。




天城「さて、祥鳳さんも落ち着いたようですし、提督の所へ行きましょうか」


祥鳳「え…」



私の返事も待たずに天城さんが立ち上がりました。



天城「大丈夫ですよ、私が間に入りますから」


祥鳳「でも…」


天城「それに…」



天城さんの何か確信の持った笑顔は



天城「提督もきっと祥鳳さんのことを心配してますよ」


祥鳳「天城さん…」




私をとても安心させてくれました。



_______




【鎮守府内 執務室】




提督(どうしたものか…)



祥鳳が怒って出て行ってからボーっと後頭部に両手をやって考えていた。





俺の過去のことを話した祥鳳に『気にしないように』と余裕ぶって対応したのがどうやらまずかったらしい。

俺の態度が祥鳳の逆鱗に触れたのか、あのような本気で怒った態度を見せたのはこの鎮守府に来て初めてかもしれない。



今の鎮守府の艦娘との関係は祥鳳を起点に作ったと言っても過言ではない。


その根元が揺らぐと全体に悪影響が及びかねないため早いところ解決したいのだが…





提督(謝る…?にしても何に対して謝れば?)




正直その解決の糸口が見当たらない。





…というより普段から、いや、ここへ来た当初から肉体関係を求めたりと無茶苦茶をしてきただけに謝ったりする基準がさっぱりわからない。



それがこんなところでツケを払うことになろうとは…




提督(考えていても仕方ない…)




とりあえずは行動と執務室から出ようとした時だった。





天城「提督、いらっしゃいますか?」


提督「え?あ、ああ…」



天城…?


珍しい来客に思わず返事をしてしまう。



天城「失礼します」


提督「どうかしたのか?珍しい」


天城「祥鳳さんが泣いているのを見掛けました」


提督「…」



なるほど、それならわざわざここへ来たのも頷ける。



提督「祥鳳はどこへ行った?」


天城「私の部屋で休ませています」


提督「わかった、案内してくれ」


天城「会ってどうするおつもりですか?」


提督「む…」



執務室を出て行こうとする俺の前に天城が立ち塞がる。



提督「何か気に入らないことが無いか聞き出す。それに対し自分に非があるようなら謝罪する」


天城「そうですか」



満足そうに頷いて天城がドアから離れる。



天城「それなら今ここでお願いします」


提督「なに…?」





執務室のドアがいつの間にか開いていて




祥鳳「…」




少し顔を俯かせた祥鳳が立っていた。





隣の天城が楽しそうな顔をしている。


こいつ…最初からそのつもりで一芝居やりやがったな…。




天城「どうしたんですか提督?先程の言葉は嘘ですか?」


提督「おい…」


天城「うふふ、このこと間宮さんにも相談しようかな?」


提督「っぐ…!」


祥鳳「あ、天城さん…!」



天城の奴…地味な嫌がらせを材料に使いやがって…



間宮に祥鳳を泣かせたことを知られてしまったら次の食事からどんな苦行を強いられるかわかったものではない。


初対面の時は天城がこんなことをしてくるタイプには思えなかったが…

やはり雲龍の妹ということもあってか色々と肝が据わっているらしいな。



しかしこれは天城からの助け舟と捉えても良いのかもしれない。

わざわざ祥鳳を連れて来てくれたのだ、話が通じる状態だということだろう。






提督「祥鳳」


祥鳳「は、はい…」




俺は祥鳳に対し深々と頭を下げる。



提督「不快な思いをさせてしまったようだな。すまなかった」


祥鳳「そ、そんな…わたしこそ…提督のことを話してしまったというのに…」



『誠意をもって謝ることも時には大事なことであり必要なこと』



…だったよな、グラーフ教官。



祥鳳「ごめんなさい…提督…」



俺の誠意を込めた謝罪は幸いにも祥鳳に届いたようで逆に祥鳳に謝れる不思議な結果がついてきた。




天城「良かった、これで元通りですね」




…食えない女だ、今後は天城も怒らせないように気を付けた方が良いな。


しかしこの問題を解決に導いてくれた天城に今回は感謝しておくことにした。






祥鳳「提督…お願いがあります」


提督「なんだ?」




もう用は済んで執務室を出ると思った祥鳳が俺にお願いをしてくる。



祥鳳「大井さんと…しっかりと話をしてもらえませんか?」


提督「…」


祥鳳「大井さんと真正面から向き合って話を受け止めてあげて下さい。お願いします」




祥鳳らしい真剣なお願いなのだが…

俺にとっては『その方が効果がある』という卑しい感想しか湧いてこなかった。

無論そんな態度はこの状況で絶対に見せないよう細心の注意を払うが。



提督「わかったよ、明日早速話してみる」


祥鳳「よろしくお願いします提督」



少し嬉しそうな顔をして祥鳳は執務室を出て行った。


その表情に俺は少し危機感を感じた。



最近艦隊運営を真面目にし過ぎたせいか、祥鳳や沖波ら近しい艦娘から妙な期待をされることが増えてきた気がする。



…今後は少しその距離感を考え直さなければならないな。



最悪その場合は…





天城「ふふ、これで元通りですね。良かったです」




考え事をしようとしていたので天城がまだ残っていることに気づいていなかった。




提督「感謝するぞ、正直どうすればいいのかわからずに途方に暮れていたからな」


天城「これくらい良いですよ、それよりもあまり祥鳳さんを泣かさないで下さいね」


提督「…前向きに努力する」



俺の返答に嬉しそうな顔を見せて天城が退室しようとする。

良い機会だから彼女に少しお願いをしておくか。






提督「お前に頼みがあるのだが…」







俺のお願いに天城は快く了承してくれた。






【鎮守府 演習場】




いつも通りの時間に演習場に行くと全員が揃っていた。

その中には大井もいる。


昨日あんなことがあったというのに真面目なものだ。

しかしさすがに顔を合わせ辛いのか俯いていた。



提督「大井、お前は俺と一緒に来い」


大井「え…?」


提督「祥鳳、演習は任せるぞ」


祥鳳「は、はい!」





演習を祥鳳に任せ俺は近くにある階段をのぼる。


少し躊躇った様子を見せながら大井が後をついてきた。





大井「あ、あの…!」


提督「ん?」



こちらから声を掛ける前に大井が話しかけてきた。



大井「昨日はその…ごめんなさい…」



意外なこと過ぎて一瞬頭がついて行かなかった。

これは昨日祥鳳が大井と話してくれた効果の一つだろうか。



提督「お前に掴まれた胸倉の辺りが真っ赤に腫れていることなんか気にするな」


大井「う…」


提督「以前間宮に顔面をぶん殴られたことに比べればこんなの大したことない」


大井「あんた…普段何やってんのよ…」



俺の少しおどけた返答に大井が呆れた顔を見せる。

しかしその表情は少し硬さを和らげリラックスできているようだ。




提督「案外スッキリしたんじゃないか?」


大井「え?」


提督「お前、誰にも相談もせず一人で抱え込んでいたのだろう?あんなに大声で感情を爆発させることはあったのか?」


大井「…」



大井が何も答えずに視線を下に向ける。


やはりな。

自室に閉じこもるような行動を取るからそうなのだろうと思っていた。


前の鎮守府でも誰にも相談できず、弱みを見せることもできず閉じこもっていたのだろう。


こいつにとって唯一の拠り所であった北上を自分で傷つけてしまったのだから。




提督「お前に頼みたいことがある」


大井「なに…?」




そんな大井に対しての対処法となるかはわからないが…



大井「…?」



俺は大井にノートとペンを渡す。



提督「ここは演習場が良く見えるだろう?」



大井と一緒に昇ったのは演習場近くにある観覧席だ。

合同演習などで見学しやすいように作られている。



提督「お前に駆逐艦達の演習を見て気づいた点を書き出して欲しい」


大井「…なんで私がそんなこと」


提督「嫌か?」


大井「嫌よ…」



不満そうに大井がノートとペンを返そうとする。



提督「そうか…残念だ…」



俺は大袈裟に残念そうな顔をする。



提督「お前が…艦娘でもトップレベルの練度の大井があいつらの特徴や弱点を見つけ指摘してくれたらもっと生存率も高くなりそうなのに…」


大井「は、はぁ?」


提督「あーあ、残念だ。沖波もせっかくあんなに頑張って立ち直りかけたというのに…」


大井「ちょ、ちょっと!」


提督「大井がちゃんと見てくれなかったからなー、あー残念だー」


大井「わかったわよ!やれば良いんでしょ!?」



俺の三文芝居に怒りながら大井がノートを持って演習場を向いて座った。



提督「それじゃ任せたぞ」



やると言ったからには手を抜くことはないだろう。

安心してその場を任せ俺も演習場へ向かう。






大井「ねえ…」




演習場へ向かおうとした俺に大井が声を掛けてくる。




大井「あんたはどうして立ち直れたの?」


提督「…」




『俺が目の前で家族を殺されてどうしてそんなに元気でいられるのか』



そう言いたいのだろう。


どう答えようか少し悩みそうになったが祥鳳から言われた『大井としっかり話して欲しい』という言葉を思い出した。




提督「立ち直っているように見えるか?」