2020-01-03 05:44:05 更新

概要

ダブルクロスルールブック1のサンプルシナリオを適当に改変しながら、なぞっただけの妄想です
ダイスはキャラ作成の時ぐらいしか振ってないので、リプレイとは呼べない代物です




昨日と同じ今日、今日と同じ明日。このままの日々がずっと続くと良いなって願ってた

だが、世界は待ってはくれなかった

きっかけは、ある日に起きたバス転覆事故

思い出は赤黒く染まったまま、知らない振りも時間切れ

忘れていたかった事実が、今日を啄み始めた日


DX3rd「remember Days」


ダブルクロス。それは、裏切りを意味する言葉



ー始まりー


学校帰りのバス停はいつもよりも混み合っていた


事故でもあったのだろうか?


予定よりも遅れてきたバスに、いつもより混み合った車内。友人と二人、なんとか座る場所にはありつけた

子供二人で大人一人分の場所だ。多少の融通はあったにせよ、目の前に居た人に


「おじさん、ありがとう」


なんて笑顔を見せれば、渋々と言った体でも席を譲らないといけなくなるのが大人というものだ


小賢しいと、子供ながらに思う


そんな子供が私、八坂 つつじ という子供だった


「つつっちゃんはすごいね…」


おずおずと、それを通り越して おどおどと。隣に座る友人、綾瀬 真花が声を掛けてくる

これでも随分とマシになった方ではある。出会った頃は口を割らせるのも苦労したほどだ


私にとって些事であっても、真花にとっては大事だったのだろう

尊敬の眼差しに、若干の自虐を含んだ視線で私を見つめながら、隣の大人から距離を取るように身体を寄せてくる

引っ込み思案と人見知り。それもかなりの度が強い真花には、満員に近いバスの中はさぞ息苦しいと察するに有り余る


なにか話をしよう


すごく他愛のないような

例えば朝のアニメの話だったりとか、どうでも良い話が良いだろう


そう考えていた矢先「あのね…?」と、いつの間にか握られていた指先に力が込められた


口火を切っておいて口ごもるのは、まあまあいつもの事

急かすでもなく、バスに揺られるに任せて真花の言葉がまとまるのを待っていた


「告白…されたの…」

「…?」


突拍子もないと言えばそうだろう

クラスの男子に意地悪をされた…まぁ、男子には限らないけれど。そんな類の後ろ暗い悩み相談かとは思っていたのだから


珍しい


とは思ったが可笑しいとまでは思わなかった

なにせ見た目だけなら美人なんだ。性格からして目立ってはいないだけで、陰気に伸びた前髪をくぐり抜ければ美少女が待っている

おまけに出るものも出始めているのだから、男子の視線には事欠かない

その視線がさらに真花を追いやるし、その態度に女子のやっかみも増えるばかり


しかし、告白する度胸がある男子がいるのは意外だった


しょうもないセクハラをする程度のものばかりだと思っていたのに


「誰から?」


そんな男の名前に若干の興味を引かれて先を促してみた


「夜神 秀人…くん…」


少しの間の後、消え入りそうな声音で その名前が耳に届く

「あぁ…」とは言ったものの、思い出すのに若干の時間を要したし

思い当たったのも、クラスにいたっけ? という程度の印象


付き合うの?


そう聞こうとした矢先の事だった


けたたましいクラクションの音

急ブレーキが掛かり、足元が引っこ抜かれる、誰も彼もが悲鳴を上げる中


乗っていたバスが何かにぶつかると、横転し、炎上して、爆発した



ー覚醒ー


夜神 秀人…


成績、運動、ともに普通、部活は帰宅部…。学校のどのクラスにもいる目立たない生徒

それがここ数日の調査で確認できた彼のプロフィールだった


本当にそんなやつがファルスハーツのエージェントなのだろうか?


こうして、後を付けている限りは、ただの小学生にしか見えなかった


「ふぅ…」


たまらずに息を吐いて壁に背を預ける


はじめての任務だからと意気込んでいられたのも最初だけで

集まらない情報と、何日も続く空振りを重ねる頃には、その地味さに気が滅入ってきていた


早く戻りたいと


そんな考えが頭を過るのに時間はかからなかった



「アナタの力を貸してもらえないかしら?」


彼女、姫宮 由里香に声を掛けられた時は素直に嬉しかった

対象が小学生という事もあり、大人では近づきづらく、また他に手の空いているチルドレンも近くに居ないからと

なんて、説明されたことの半分も頭には入らずに、その殆どを聞き流していた


肩に置かれた手のぬくもり、気遣わしく見やる瞳、優しく微笑む唇に、ただただ目を奪われて


「千晶くん?」


名前を呼ばれ、勢い込んで返事を返す

やっと自分の力が試せるという高揚も確かにあったが、それよりも、この人の力になれるという充実感の方が大きかった


恩返しと…


そう言えば随分と安っぽくも聞こえるが

この少年、猪頭 千晶のやる気を出させるのはそれで十分だった



ほんの息抜き程度の反芻


胸に灯った淡い恋心


それは、確かに千晶のやる気を取り戻させるには至ったが

同時に、その心に寒風を吹かせることにもなった


年の差


それもそうだけれど、彼女と自分では立場が違いすぎて高嶺の花が咲いている


それでも、まずは任務だ


ぬか喜びをすると分かっていても、自分には彼女の信頼は裏切れない


「ぁ…」


頭を振り、再び路地の向こうを覗き込んだときにはターゲットの姿を見失っていた


直後


通りの向こうで響く爆発音


遅れて飛び込んでくる破片と熱風に、叩き出されて路地を飛び出すと

横転したバスだったものが黒煙を上げて燃え盛っていた


じっとりと、粘つくような空気が辺りを覆っている


何なら悲鳴や怒号、泣き叫ぶ声が聞こえても良いほどの惨状なのに、辺りはひっそりと静まり返っていて

望んでいたわけじゃないが、いっそそうであった方が幾らか気も紛れたかもしれない

であれば、自分が目を離した隙に起きた惨状にも、まだ言い訳の余地があったのだから




「ふふっ…これで目覚める…」


黒煙のヴェールの向こう側

散らばったバスの破片に紛れて、まだ息のある少女の姿を見据えながら満足そうに微笑む影


「ちぇっ…もうきたんだ」


だが、それも一瞬


自分を付け回していた千晶の姿を認めると

忌々しげな声を残して、人影は煙に紛れて見えなくなった





何が起きたのかは分からなかったが、不思議と何が起きるのかは予想が付いた


バスの進行方向、その速度、衝撃の来た方向と、その強さ


混ぜっ返されるバスの中


飛び交う人達を意識的に除外して、真花の身体を抱えてバスの窓から飛び出した


幸いと言って良いものか

年の頃の割に、私の身長はデカかったし、それにしても真花の身長は小さかった

普段はからかわれる 凸凹も、こういう時は役に立つ


「がはっ…!?」


背中に刺さる破片と瓦礫

音まで聞こえそうなほど、派手に折れる骨


計算違いだったのは、真花を庇う事に必死で自分の身の安全まで考慮しなかったこと


ではなく


思ったよりも、それが痛かった事かもしれない


街路樹に強かと身体を打ち据えて、よろよろと座り込む

抱きしめた手を緩めると、真花の無事を確認して息を吐いた


「っ…!?」


安心すると同時に、焼けるような痛みに悲鳴が押し出される

当りどころの悪さに辟易しながら、突き刺さった大きな破片を2つ3つと引き抜いてく


何だろう?


何故か、何処か、見覚えのある光景


交通事故に巻き込まれた覚えなんて全然ないのに


燃えている、燃え盛っている、赤く、赤い、血のような赤が踊っている

黒煙を纏い、捻じれ、拉げ、圧壊している


まるで悪い夢のようなのに、確かに見覚えのある光景


熱いな…


そんな事を思っていた気がする


場違いな程に漠然と、そんな事を考えながらぼんやりと意識が薄れていった




ー世界の裏側ー


UGN日本支部

その副支部長たる、ローザ・バスカヴィルに呼び出されては断るわけにも行かなかった


いや、断りたかったよ? 嫌な予感しかしないし


そうして案の定、荷物を抱えこまされた 敷島 あやめは帰路に付いていた


帰りのバス停で待つことしばし、時刻になってもバスは現れず

遅れているのだろうかと、首を傾げながらも、スマホをいじり始める


か・す・が・きょ・う・じ


「なんちゃって…」


あまり面白い名前ではないが、遊び半分にスマホに音声を投げ込んだ

一応こそは、同姓同名の別人の名前が羅列はされるが、探しているのはそれじゃない


「えーっと…」


なんだったったけ?

首をひねりながら、ローザさんに言われたことを思い出す


春日恭二…は、良いとして


あともう一人…しゅーら・ゔぇら? とか言ってたか

なんか二人で悪巧みしているみたいだから、見つけたら連絡しろだったっけ?


一応でも、義理半分で手伝った方が良いのかと進言はしてみたが


「結構。ただし、自分の身は自分で守ってください」


はっ、鉄の女かよって


ただまあ、言質は取れた

降りかかる火の粉なら払って良いらしい

積極的に関わりたくもないが、この街には家族も友達もいる

そうなると、否が応でも首を突っ込まないと行けない場面も出てくるだろう


「ええーと、しゅーらゔぇら、しゅーらゔぇら」


発音は怪しかったが、今度はもう一人の方の名前?を検索してみた

古代インドの叙事詩に登場する投げ槍の名前らしい


あ、これあれだ、絶対当たるやつとか、死ぬまで追いかけてくる類の奴だ


だとしたら、相手のオーヴァードもそんな感じの攻撃をしてくるのだろうか?


「しかし…」


この手のコードネームは一体誰が考えているのか?

自分の時を何となく思い返すと、ローザ・バスカヴィルの あの鉄面皮で「アルテミス」と呼ばれた事を思い出す


それは、ギリシャ神話の女神様の名前だった


「はずっ…」


自分じゃ絶対名乗れないわと


背筋が痒くなるのと同時に

そんな事を億面もなく口にした、あの人の事を少しだけ可愛く思う



そうしているうちにバスが来た


最後のカーブを曲がり、直線を進みながら、飛び出てきた人影に急ブレーキーをかける


「へ?」


漏れた吐息が言葉にならないうちに、固まった体がスマホを取り落とすその前に


バスが爆発した


冗談ではない


ああ、そうだ、冗談でも早口言葉のそれでもない


文字通り、なんの変哲もないバスが、人影の目の前で爆発したのだった



同時に、圧しかかってくる様な粘いた気配に身震いをする


眼の前の惨事に、慌てるでも、驚でもなく、ただ足早に背中を向ける人々

逃げ遅れた人の中には、その場で倒れ込む人もいた


奇妙と言えば奇妙だが、知らない光景でもなかった


そんな光景に、慌てる心とは別にして、ノイマンシンドロームの性か、頭だけはやたらに冷静になっていく


一応でも犯人の影を求めてみるが、流石にどっかに行っていた


なら、今得られる情報はと、さっと視線を走らせる


拾い上げたのは、足元に転がる水晶?


ガラスの破片かとも思ったが、手にすると、それはサラサラと砂のように崩れていった


「モルフェウスか…」


自分と同じシンドロームの片鱗にふれて、そうかそうかと一人で納得する


「へ?」


そんな時


他にも手がかりは無いかと見渡す視線は、その一点へと吸い込まれていく


「うそ…。つつ…じ、ちゃん?」


そこには、見知った顔の女の子が倒れ込んでいた



ー日常と非日常の狭間ー


病院のベッドで眠る つつじの姿を認めて、ようやくと気を落ち着けた あやめ


なんでだとかどうしてだとか、気になることはあるけれど

穏やかな寝息の前では、全てがどうでもよく思えていた


「…かわいい」


それは、ただの子供の、女の子の寝顔だった


いつものバス停。通学路の途中で顔を合わせていた女の子

他愛の無い会話の中にも、どこか達観した様子も見て取れた


最近の子は進んでるな…


とか、そんな風にも思っていたけれど

その違和感は、なるほどどうして、ノイマンシンドロームの特有の分かりすぎるが故のものだったのかと納得がいった


「ん…あやめ、お姉さん?」


掛けられた声に顔を上げる

ついでの勢いで「大丈夫?」と声をかけ「大丈夫だったら病院にいません」と返されて

そのまま「怪我はっ」「痛い所はっ」なんて畳み掛けるような質問をくりかえして、ついには閉口されてしまった


「あ、ごめん」


気づいた時にはもう遅い

慌てて口を閉ざしても、飛び出した言葉は戻っては来ない


少しは考えろ私(ノイマン)。いや、考えなくてもこれくらい分かるだろう

オーヴァードに覚醒した人間がこの程度でどうにかなるはずもなく


それでも、心配なものは心配で、なかなか割り切れる訳もない



「いえ、ごめんなさいは、私もだから」


謝るお姉さんを手で制して、夢の続きを繰り返す


あの時は、あんまりにも熱くって、熱くて世界が揺らいで見えて、痛みで世界が歪んで見えていて

それが鬱陶しくて、振り払いたくって、波間に逆らうみたいに手を動かしていた


優しくだ


あやめお姉さんの顔に、ちょっと風を送るつもり程度の感覚だったんだけど


カーテンが揺れる、どころでは済まなかった


その上下が逆さまになるくらいに翻り、叩きつけられた風にお姉さんの髪が真後ろへと伸び切っていく

あわやそのままお姉さんごと吹き飛ばすんじゃないかと思ったその瞬間


砂の壁…なんだろうか?


やけにキラキラした砂塵が、まるでバリアーの様に薄く広がっていた

説明を求めてその顔を覗き込めば、気まずいと、その言葉を貼り付けたような顔で目を逸らされる


「なるほど…お姉さんもですか」


ならばそうなんだろう


良くもわからないこの現象は、案外と珍しくもないんだろうと察するに余る



「違うんだよ…?」


咄嗟に出てきたのはそんな言葉

それに対して「何が?」と言わんばかりに細まる視線


言い訳の余地もなかった

ただただ「も」と、そんな接続詞が重くのしかかってくる


つつじ ちゃんの不意打ちに、オートで発動した砂の結界

飛んできたボール程度じゃ起動しないようにはしていたけれど

加減されていたとはいえ、レネゲイドが生み出した力に過剰に反応してしまっていた


「いや、隠してたとかじゃなくて」

「いや、隠すでしょう普通」

「いや、そうなんだけど…」


何も説明してないのに勝手に納得をされて

まるで逆転した立場に、私のほうが項垂れてしまう



「良いでしょうか?」


ふと、病室の入り口から掛かる声

顔をのぞかせていたのは、優しげな表情をした男性だった


「ああ、ごめんなさいっ支部長っ」


まさに天啓…ではないな

入るタイミングを伺ってはいたが、見かねて声を掛けざるを得なくなったと、そんな完璧なタイミングだった


「いえ、良いんですよ。お話はできそうですか?」

「あ、えっと…」


そう言われて、つつじちゃんの顔を覗き込むと、なにやら大人びた表情で頷かれた


私のほうがお姉さんなのに…


何故か、この場で一番子供っぽい振る舞いをしている気がする



「はじめまして。私は霧谷 雄吾と言います。つつじさん、とお呼びしても?」


その問い掛けに頷き、話の先を求める つつじ


「これから少し難しい話をします。混乱することもあるでしょうが、まずは聞いて下さい」


それからいろいろ聞かされた


レネゲイドだのオーヴァードだのジャームだの、UGNだのFHだの

難しい言葉を並べたてれば、頭が良くなるとでも思ってるのだろうかと揶揄したくなる内容だったが

その男性は、子供を子供扱いもせずに、ただ真摯に話をしていた


「以上ですが。ご理解いただけましたか?」


話の区切りに設けられた質問コーナー


とはいえ、改めて聞き返す内容でもなかった

これまでの現象に、ただ名前を付けられただけなのだから


「そうですね。先生がこの後、私に協力して欲しいという所までは想像できました」

「ふふっ…これは、一本とられましたね」


先生とからかうように言われて怒りもせずに、柔和に微笑む 霧谷先生

優しいと言えばそうなのだろう、悪く言えば暢気か。ただ、個人的な評価としては強い人だとはおもった


「でも、それは少し先の話です。今はまだ、力の使い方や身の振り方について学んで頂ければと思っています」


差し当たってはと、隣で大人しくしていた あやめお姉さんに手を向ける

急に焦点が合って驚いた顔もしていたが、内容を理解すると年上らしい背伸びの仕方をして胸を叩いた


「任せてっ」

「…」


不安しか無い


「あ、つつじちゃん信じてないでしょ、その目はっ」

「ううん、つつじ子供だから分かんない」

「ずるいっ、こんな時だけ子供の振りしてっ」


言いたい事は分かるが、内心で舌をだして聞き流す

少なくても、お姉さんよりはまだ子供だと言い張れる以上、子供で通せる部分は通しておこうと思っていた





急に賑やかになった病室から、霧谷 雄吾が退室する

少し距離を開けた後、ぱたぱたと病室の方から あやめが駆け寄ってきた


「敏い子ですね」


それが、つつじ に対しての感想だった


「護衛の話をしましたら、すごく嫌な顔をされていましたよ」


あれは恐らく、遠回しに監視の意味合いも含まれている事を理解していた顔だった


「不憫だと…言ったら、あなたにも失礼になるのでしょうが」


それでも、そんな感想を抱かずにはいられない

レネゲイドの症状は多々あれど、概ね強大な破壊の力を有するものだ

それをただ、分かりすぎるだけというノイマンの悩みは、それを持つものにしか理解出来ないだろう

しかも、それをまだほんの子供が、これから知っていく楽しみを横取りされたように見えて仕方がない


「いえ、私なんか全然。頭だけ良くなってもね…性格なんてそんな変わりませんよ」

「良かった。あなたになら任せられそうだ」

「はい、任せて下さいっ」


そう意気込んで、つつじちゃんにもしたように胸を張ってみせた


「ははっ、確かに不安になりますねぇ」

「そんなぁ…」

「いえ、冗談ですよ。では…」


微笑んで、去っていく霧谷さんを見送る


「かっこいいなぁ…」


大人の人って感じがする

憧れるってのもあるけれど、どっちかという尊敬できるって感じだろうか


自分も忙しいだろうに、子供一人相手にわざわざ 自分で足を向ける

それが、彼なりの誠意というものなんだろうと一人頷いていた


それに対して…


突如、震えだす マイスマートフォン

画面なんか見たくもない、そのまま壁にでも叩きつけてやりたいが、そういう訳にもいかなかった


ローザ・バスカヴィル…


きっと今日のことを報告させられるのだろう


大人の人と言えば、確かにこっちもそうかもしれないけれど

こうはなりたくないなと思う大人の一人になりそうだった





「落ち込んでるの?」


事件の後、待機を命じられていた猪頭 千晶は、その一室で姫宮 由里香に声を掛けられる


自責の念はもちろんある


もしかしたらと


あの時、目を離さなければ、防げたのかもしれない事件

犯人の姿こそ適わなかったが、状況的に考えれば、夜神がやったと思っていい


そして もう一つ


猪頭 千晶にはこっちのほうが重症だった


オーヴァードになったとて、幼少よりUGNチルドレンとして訓練していたとは言え

所詮は一般的な青少年。姫宮 由里香からの信頼を裏切ってはいないかと、淡く抱いた恋心にこそ傷が付くのが不安であった


「…ごめんなさい」


もとより、口数が多い方ではないが。さらに言葉少なく、押し込めるようにした謝罪の言葉


「セーフよ、セーフ」


それでも、姫宮 由里香は笑って答えた


あなたにお願いしたのは夜神秀人の監視で、事件の阻止ではないと

見逃してしまったのは頂けないけれど、起きた事件の責任までどうこう言う気はない


「でも…それは…」


詭弁だと、そんなものは聞いてる僕にも分かるし

それを口にしている姫宮さんはもっとだろう


「納得行かない? でもね、大人はこういう時、そう言うものよ。契約に含まれてませんってね?」


冗談めかして微笑む姫宮 由里香


それが大人のやり方なら、随分とズルいと思うし

そう思う自分がまだ子供だと言われてるみたいで、へそが曲がりそうだった


「でね。次から次に悪いんだけど、次の任務、頼めるかしら?」


言われて、顔をあげると姫宮さんの顔が近くにあった

その微笑みのどこを見て良いかも分からずに、思わず目を逸らしてしまう


「な、なんですか? 僕に出来ることなんて…」


それでも、沈黙だけは気まずいと

なんとか絞り出した言葉は、自嘲気味に揺れてしまっていた


そんな僕を落ち着けるように、姫宮さんが僕の両手を取って口を開く


「あなたにしか出来ないことよ」





「感心しませんね、子供をたぶらかすのは」


染まる頬を隠すことも忘れて、ぎこちなく出ていった 少年を見ていると少々不憫に思えてきた


「あら、人の心配をしている暇はないんじゃなくて、八坂先生? 娘さん、気がついたそうよ?」


自分の席に戻ると、無機質にキーボードを叩き始める姫宮 由里香

先程までの優しいお姉さんとの顔を見比べると、随分な猫の被りようだった


「はっはっはっ。自分の事になると難しいものですね…」


苦し紛れの笑いを零し、白衣を来た男性が姫宮にコーヒーを差し出してくる

それを一口含んで顔をしかめた後、ドバドバと砂糖とミルクを叩き込んでいった


「心配しなくても。あなたの立場にも察しが付いてるんじゃなくて?」

「ノイマンに隠し事は出来ませんか…」

「別に、親子の情と言い換えても良いけれど」


言い方よりも結果が全て

レネゲイドの制御に、オーヴァードのメンタルは必要不可欠なものだ

特に、不安定な子供心のケアを怠れば、すぐにでもジャーム化しかねない危うさもある


「あなたの口からそんな言葉が聞けるとは」

「何? 私だって木の股から生まれた訳ではないのだけど?」

「いえ、ことさら彼が不憫だなと…」

「初恋なんて、夢みたいなものよ」


特に子供の時分には


それが本当に好きだったのか、その好意が憧憬か尊敬か、芽生えた性衝動なのか

自分の事を振り返っても証明する手段もない


いい夢だった


結局、大方の大人がそう考えて忘れていくものだろう


「私は叶えましたよ?」


なのにこの男は、大層自慢げにそんな事を吹聴する


「…妬ましい事」

「はっはっはっ」



ー転校生ー


UGNチルドレン、猪頭 千晶の次の任務は、監視対象である夜神 秀人及び、護衛対象の八坂 つつじ のいる学校に転校することだった


それはいい


任務に不満があるわけじゃない


レネゲイドが大人と子供の区別を付けてくれない以上

大人が出来ないことをするのがチルドレンの役割だと、そのためのチルドレンだと理解はしている


だが


「きゃー」と、教室に呼ばれた途端に上がる黄色い声

突き刺さる女子たちの視線は自分に向けられたものだった


自分の顔つきが男らしい から程遠いのは理解しているつもりだった


UGNの施設にいた時も、職員の女性たちからよくよく可愛がられもしていたけれど


まさかここまでとは…


適当に自己紹介を済ませた後、軽く頭を下げて指定された席に座る

並んだ机の隙間を通る間にも、次々に覗き込んでくる視線が鬱陶しい


良いか悪いかで言えば、かなり悪い


これは明らかに悪目立ちだった


これからの任務を思うと、余計な視線にさらされるのは避けたかったのに


囲まれてしまった


転校生という立場上、多少は仕方ないにしろ

休み時間を知らせる鐘がなった途端に周囲を、机の周りを、女子たちに埋め尽くされて逃げるに逃げられなくなってしまった


浴びせかけられるのは、在り来りな質問ばかり


前の学校や、今住んでる場所の事

なんの度胸試しか、異性の好みや、告白まがいの質問まで混ざる始末

それらに、曖昧な笑顔と用意していた答えを貼り付けて受け流していくと

人垣の向こうに、護衛対象の八坂 つつじ と目が合った





「何やってんだか…」


あれが霧谷先生の言うところの護衛というなら、随分と頼りがないと思う

あの様子では何かあった時にも、女の子に囲われて身動きが取れないんじゃなかろうか?

それどころか、余計な事に巻き込む心配も出てくるけど


「すごい人気だね…猪頭くん…」


そんな彼に呆れの視線を送っていると、遠慮がちに真花が話しかけてきた


その視線は興味深そうに、その何かの吹き溜まりに留まっているが

巻き込まれたくはないのか、遠回りに私を壁にして回り込んでくる


「ま、見てくれだけなら良いしね」


ただ、可愛いに極振りされているような容姿は人を選ぶだろうけど

小動物的に突っつきたくなるのは、女子供の習性なんだろうとは理解する


「つつっちゃんも?」

「私?」


そう問われて、真花の方を振り返る


交わる視線も一時の事


認められたくない何かを誤魔化すみたいに逸らされた


何も言わないだろう


こういう時の真花はだいたいそうだった

言いたくない。というよりも、何を言えばいいかわからない

誰にだって良くあることだし。整理のつかない言葉を感情に任せて喚かれるより余程良いと思う


答えを急かす訳もない


ただ、いつでも聞いてあげられると

あなたの味方であると、伝える代わりに彼女の手をとって微笑みかける


「私は真花の事が好きだもの」


誤解を招く言い分なのは理解しているが、嘘をついているわけでもない


要するにわざとだ


だってこうすると、真花はすぐに顔を赤くする

その好意がどこに起因するものかは気づかない振りをして

それでも、しおらしく項垂れる彼女をみてはほくそ笑む


理詰めで回る世界の中で、唯一ままならないのが人の心


それだけに、その事を、随分と愛しく思っていた


握り返してくる指先を受け入れて、お互いの日常を確認し合うと


一つだけ


確かめておきたいことを口にする


「事故のこと、覚えてる?」


霧谷先生は言っていた


記憶処理を施したと


随分勝手だとは思ったが、オーヴァードの力の事を考えれば分からない話でもない

それに、私個人の都合においても、そんな事故の事覚えていても楽しい筈もないだろうとは思っていた


「え、あ、うん? 大変だったよね…私達の目の前でバスが転んじゃって…」

「そう…ね」


なるほど、そういうシナリオになっているらしい

記憶処理がどの程度の精度なのかは知らないけれど、なかったことにするよりは認識を歪めたほうが都合が良いのはそうだろう


「あれ…でも」


不思議そうな顔をして、真花が私の身体をまじまじと眺めてくる


「つつっちゃん…私のこと庇ってくれて…怪我…血が…あれ?」


意外と、あてにならないものだ

記憶の断片と、目の前の現実につぎはぎに頭を抱えだす真花


これ以上はダメだろう


なんかの拍子に全部思い出されるのもあれだし

私が大怪我した所まで意識があったとなればきっと…


「そりゃ、擦り傷くらい出来るでしょ?」

「あ、うん…そうだよね」


納得はいかないが鵜呑みにした、そんな反応だった

それが彼女からの信頼で、それを利用した自分を若干でも咎めたくもあるが


「ダメだよ、八坂さん」


不意に掛けられた声

その主は…


「誰?」


素直な疑問だった


そういやこんな奴いたかとは思うが、それを言えばクラスの有象無象が大体そうではある


「夜神くん…だよ、ほら、こないだ話したよね…?」

「ああ…」


真花に耳打ちをされて、ようやく事実と認識がつながった

とはいえ、その程度だ。真花にとって渦中の人でも私にとっては名前が出てくる人でしかない


「相変わらずだねキミは。そんなんだから綾瀬さんにだって事故の話が出来るんだ」


隠しもしないのは敵意だろうか?


それを向けられる意味は良くわからないけど

念の為とはいえ、確かに不用意にする話でもなかったか


「行こう綾瀬さん。これからはボクが守ってあげるから」

「え、でも、私は…まだ…」


引きずられていく真花


すがるような視線を向けられるが、人の恋路に邪魔をするのも何だと、手を振って見送った


「ああ、そっか…」


そこで、向けられた敵意の意味に思いが至る


邪魔だったんだろう


学校では大体一緒にいるし、真花が欲しい彼からすれば私は


「相変わらずか…」


きっと、他人には私がそう見えてるんでしょうね



ー高校生ー


きんこんかんこん


終業の鐘がなるのと同時に、敷島 あやめ は教室を後にした


遊びに誘う友達の声に逐一 断りを入れながら、校門の前までやってくると

息を吐き、大げさに足を開いて学校の敷地の境を越える


少しやることが出来た


出来ることならやりたくはないけど、自分に出来ることならやるしかない


何より迷惑なのだ


人の住んでる街で騒ぎを起こされては敵わない

両親だっている、友達だっている、つつじちゃんだっていらない怪我をしている

これ以上、自分の日常を壊されるのは御免こうむりたい


「番号…変えてなきゃ良いけど…」


慣れた手付きでスマホを取り出せど、慣れない手付きでその番号へ指を伸ばす


独特の空白をそわそわしながらやり過ごし、鳴り出した音に安堵する


やがて


そう、何回もしないうちに音が途切れると、懐かしい声が電話の向こうから聞こえてきた


「ようっ、アルテミス」

「その呼び方やめてよ、美亜ちゃん。恥ずかしいんだから…」

「いいじゃんか、かっこいいぜ? 私なんかミーアキャットだぞ?」

「それは自分で言いだしたんでしょう?」

「あぁ…猫じゃないって知った時は驚愕だったさ」


なんか久しぶりだったのに、そうは感じさせない安心感があった


猫川 美亜。コードネームはミーアキャット

それを自分で名乗るほどにはノリが良くて、それがネコじゃない事にショックを受けていた女の子

同い年ではあったが、オーヴァードとしては美亜ちゃんの方が若干先輩ではあった


ブラックドックのシンドローム


良いか悪いかは置いといて、その力で情報をつまんではお小遣い稼ぎを生業にしている娘でもある


「で、こっちに掛けてきたって事は、ご依頼かにゃん?」

「うん、少しね」

「いいぜ少しだって。ただし報酬はでっかくな?」

「じゃあ、次あったときにご飯奢るから」

「しょっぱいなぁ…」

「これがただの高校生の限界ですぅ」


唇を尖らせて見せたは良いが、美亜ちゃんの言うことも分かる

普段は それとなく咎めてはいるものの、こういう時ばかりは頼りにするのは卑怯だと


「株とかでさ、儲かりそうじゃん? 手伝うぜ?」


なんならそれが報酬でと、共謀を持ちかけてくる美亜ちゃん


一瞬だけ考えてしまった


ブラックドックとノイマンで…きっと今日中にはロンダリングまで済ませる事はできるだろう

その手段、その手法、その結果がでる前に


「それはズルでしょ」


きっぱりと、その言葉を否定する


「へーい」


今度は未亜ちゃんの方が唇を尖らせる


考え方はいろいろあるだろう


それも自分の力だって、美亜ちゃんみたいな考えも間違ってはないと思う

私だってズルした事はないこともない


ただ、ノイマンのその力、頭が良くなるって簡単に言える程度のものだけど


たまに分からなくなる


一体どこまでが自分の考えなのか


お父さんとお母さんはそれでも良いと、それで良いって言ってくれたけど

未だに、私が私自身を受け入れられてはいなかった


「あ、それじゃあさ…」


それでも、賢しらに頭は働いてしまう


私も、未亜ちゃんも、それなりに得をする落とし所というのを見つけてしまった


「経費ってことでさ? ローザさんには話しておくよ?」

「なるほど、UGNのサイフなら取りっぱぐれはしないにゃ…」


お主も悪よの…


電話越しに耳打ちをされるという、珍しい体験をしながらも

私自身、きっと悪い顔をしていた事だろう



ー小中学生二人ー


放課後の音楽室、大きなピアノと少女が一人


年の頃にしては長身で、大人と言うにはまだ幼さを残す容姿


夕日の差し込む部屋の中。ふと、灯ったように奏でられる音楽


ピアノを前に座した少女の影


差し込む夕日に照らされる横顔


踊る指先を辿り巡る旋律は、水を得た魚のように、沈む鍵盤は泳ぐ白魚のように


放たれた窓から入り込む風をも取り込んで曲は熱を帯びていく


揺れるカーテン、独りでに捲られていく楽譜、飾られた肖像画がでさえ息を呑む


そこにあるのは歓喜であったか、畏敬であったか、陽の光さえも頭を垂れた


燃える燃えていく


熱を帯びた旋律に、世界が焼却され昇華されていく


最後の音符が跳ねた


残る余韻に閉じる楽譜、カーテンは閉まり、夕日は眠りに付いた



「どうぞ…」


扉の向こうにいる誰かに向けて、八坂 つつじ は声を掛けた


遠慮がちに開く扉。バツが悪そうに顔を出したのは、件の転校生 猪頭 千晶であった


「小フーガト短調…だったけ?」

「さすがね先輩」

「先輩って…」


案の定といえばそうか


その言葉を口にした途端、否定も不思議もなく目を逸らされる


「存外、UGNも人手不足なのかしら?」

「いや、それは…」


しょうがないと彼は言う


そう都合よく子供が、まして小学生のチルドレンを用意できる訳もなく

年齢的にも、見た目的にも行けそうな彼があてがわれる事になったと


それを良かったというべきなのかは悩ましい


人材豊富に小学生の選択肢がある時点で、どうかと思う面もなくはないが

護衛という観点からすれば、今朝の一見を考えると彼の容姿は多少可愛すぎた


「それで先輩? 私をこんな所に呼び出してどうしたの?」


本当なら真花と一緒に帰っていたはずなのに

それも、夜神とか言うのに持っていかれ、手持ち無沙汰にされたあげく

放課後まで意味もなく待ちぼうけを噛まされたのでは、へそだって曲げたくなる


「挨拶、まだったからな。それと、綾瀬さんについて…」


その時、初めて私は彼の事をまともに見たように思う


正直に監視されてるだけだと、鬱陶しくも思っていた

かかわらなければその内いなくもなるだろうと


ただ、真花にまでそれが及ぶとなれば心中穏やかにはいられなかった


「彼女、ファルスハーツに狙われているみたいだ」

「どうしてそれを先に言わないのよ…」

「人前で出来る話じゃないし…」

「ああ、そう…ねぇ…」


わかりやすいくらいに目を細めてやった


あの状況だと確かにそうだろう

休み時間も何もかも、女子に囲まれていたのだから

当然男子達の視線もそこに集まるし、そんなタイミングで不用意に私を呼び出せば、余計な注目の重ねがけだ

私からしても、黄色いやっかみに巻き込まれるのは御免ではあったけど


「まって…狙われてるって、夜神 秀人とか言わないでしょうね?」


それは最悪の予感ではあったが、ありえそうな予想でもあった


ここ最近になって真花にちょっかいを掛け始めたやつ

名前さえも知らなかったのに、急に強気にでてくるやつ

こないだの事故以来、あからさまに私と真花を遠ざけようするやつ


単に恋路の邪魔だとかではなく


UGNの息のかかったオーヴァードがうろついているとやり辛いと考えれば、不思議と納得がいった


「知ってたのか?」

「知りたくもなかったけど」

「夜神は今どこに?」

「二人でデートでもしてるんじゃない」


その先は最悪な予想ばかりが先に立つ

真花をさらうっていうのなら、このタイミング以上もないだろうに



ー襲撃ー


結論から言えば、真花は無事だった


というか、本当に帰り道を共にしただけらしい


何もないならそれが良いけど、果たしてそれをどう伝えたものか


夜神が化物になって貴女を狙ってる


なんて


言えるわけは…いや、言ってもいいが信じては貰えないだろう

良くて、アニメやゲームの話だと思われれるか、最近の夜神の強引さを考えればもうひと越えあるかもしれないにしても


腹いせに君の事をバラされるかもしれない


猪頭 千晶がそんな事を言っていたのを思い出す


そのくらい…


その時はそうは答えたが、今こうやって何を伝えるのかを躊躇っているあたり

口でいうほど、割り切れてはいない自分もいた


「つつっちゃん?」


携帯電話越しに聞こえる声

今は家に居るという彼女の言葉にひとまずは安心ではあった


「なんでもないわ。おやすみなさい、真花」

「あ、うん、また明日ね」


また明日


言葉を返して携帯電話を切った



その帰り道


バス停から歩いてこの方


既に下校時刻は過ぎているが、それにしては静かすぎた

日の落ちた住宅街、その路地に人通りが少ないのは分かる話だが


あの家もこの家も、家族の談笑、夕食の準備、そんな生活感が何もない


電気だけが付いている、やかんの音だけがなっている


回る換気扇、焦げ付いた料理の匂い


静かな世界で人の音だけが聞こえない


以前にも感じたこの感覚、昔にも覚えたこの感触



かつん…


耳に届いた人の音は、悪意を纏っていた


「いけないな、子供がこんな時間まで出歩いては」


その声に肩を掴まれて振り返る


「そうね、おじさんみたいな人に声を掛けられるし、もっと早く帰れば良かった」

「おじさんではないよ。私は春日恭二」

「君を迎えに来たとかいうつもり?」

「…」


悪役がいいそうなセリフを適当に返しただけだったが図星のようだった

黙り込んだメガネの男、目つきの悪さも際立って、こめかみが悩ましく動いていた


「いや、良い。分かっているはずだ、その力。君は選ばれたんだ、我々が力の使い方を教えてあげよう」

「それ、UGNにも同じこと言われたわね」


結局はこうなる


だから関わりたくはなかったのだが


どっちもどっち、結局の所戦力としてのオーヴァードが欲しいだけ、上っ面はともかくその本音は変わらない


「いや、彼らはダメだよ。人類を護るとか言っているが、その実オーヴァードの力を独占しようとしている」

「分かる話ね。けど、あなた達が違うという事もないでしょう?」

「違うとも。我々は世界を変革し、人類を導く者たちだ。オーヴァードの力で人類を次の段階へと進めるためにね」


それだけ聞いたなら悪い話じゃないんだろう

世界を護るのがヒーローなら、世界を導くのもヒーローだ、子供心に従うならば私は後者を選びたいけど


「ごめんなさい、おじさん。私、しらない大人に付いていくなって言われてるから」

「ふっ、はっはっはっ。いや、君は実に良い子だ。じゃあ、無理にでも付いてきてもらうよ」


春日恭二が一頻り笑い終えると、ずれたメガネを掛け直して前を向く

そこにいたのは、目付きの悪い眼鏡のおじさんなどではなく、獲物を狙う獣の姿であった


響いたのは一発の銃声


その結果が、春日の足元の地面を抉っていた


「次は当てます」


銃を握る敷島あやめ

その表情は常にないほど厳しいものだった


「君か。久しぶりなどとは言いたくないのはお互い様かね?」

「つつじちゃんをどうするつもり?」

「知ってるだろう?」

「千晶くんっ!」


答えの代わりに名前を叫ぶ

瞬間、屋根の上から春日へ向かって一直線に影が伸びっていた


「っと。ははっ、ダメだね、ただ突っ込むだけでは」


それは少年の姿ではあった

ただそれにあるまじき、鎧のような筋肉と、片側から生えたイノシシの身体

まるで、半身がそれに乗っ取られたようで、そのうちにイノシシの身体から少年の身体が生えているようにも見えてくる


飛び込んだ衝撃で地面に亀裂が入る


それほどの衝撃を、ただの大人のなりで受け止めた春日が、そのままイノシシの頭を地面に叩き伏せた


「では、教えてあげようか。これが力ってもんだよ」


鮮血が吹き出す


角か、あるいは爪か


イノシシの頭を抑えていた春日の腕から伸びたそれは、何の抵抗も無く肉を貫き地面へと縫い付ける


「ふんっ!」


そのまま一息


空気でも抜くような気安さで力を込めると、風船が割れるでもしたみたいに あっけなくイノシシの頭が潰れていた


「千晶くんっ!」


あやめお姉ちゃんの悲痛な叫び声が聞こえてくる


自分が案外と浮かれていたんだと気付かされた瞬間だった


だって、しょうがない


これだけの力だ、何だって出来るって思う、自分にだって出来るって思う


事実、出来はするんだろう


やり方だって知っている


後はそれで人を打てるかどうか



ぽっ…!


気の抜けた音だった、太鼓でも叩いたような、空気でも引っこ抜いたような


ただ、そんな音が響き、それが春日恭二の横腹で爆発した途端

音圧が埒外な爆風になって、春日恭二の身体を吹き飛ばしていた


びっくり…


それをした自分にも、その結果が人に見える何かを軽々しくも吹き飛ばしたこともだけど

なにより、あやめお姉ちゃんが怖い顔をしていた事によっぽ驚いていた


「話は後、今は…っ」


躊躇なく銃を構え、吹き飛ばされた春日に間髪入れずに銃弾叩き込んでいく あやめ


それがそうなら、問題なく春日の身体を貫いたであろう銃弾は、影を掠めるに至る


「っと。レネゲイドの力と言え、ただの銃では届きませんよ?」

「知ってる…だからさ」


猪突猛進


その避けた先に脇目も振らずに突っ込んでくる巨体


折れた骨を牙にして、砕けた骨を角に変え、潰れた身体を強引に継ぎ接いだような有様で

吹き出す血を燃料にでも使ったのか、その勢いは先よりも増していた


「ぬぉぉぉぉぉっ!?」


獣が獣を打ち倒す


力を力で強引にねじ伏せようとしたその腕は、やはりかより強い力で砕かれる

踏ん張りも聞かないまま突き上げられ、その悲鳴ごと壁に叩きつけられた


「はぁ…はぁ…」


崩れた壁から、強引に立ち上がったのは 猪頭 千晶だった

もはや満身創痍、イノシシの身体は鳴りを潜め、代わりに取り戻した半身は血に塗れていた


「千晶くんっ、平気っ!?」

「平気じゃ…ないけど…」


倒れ込む千晶に、慌てて介抱に向かうあやめ


「おじさん、生きてるんでしょう?」


そんな二人を横目にして、崩れた壁の向こうへ問いかける


「くくっ。まあいいです、ここは引きましょうか」


瓦礫の中、その姿は見えないが、気配が遠のいていくのは分かる


「次に合う時は気が変わっていることを願いたいですがね」


捨て台詞はそんなもんだったが、個人的には次が無いことを願いたい



一息つき、おじさんの気配が完全になくなった後


「ダメだからね、つつじちゃん…」


その声には明確な怒気が含まれていた

浮かぶ表情はもちろん怖い顔。まるで安いお面でも被っているみたいに似合わないが、それでも真剣なのは伝わってくる


「そりゃズルしたくなる気持ちは分かるし、私だってした事はあるけど…」

「したんですか?」

「あ…」


とはいえ、お面はお面だった、簡単に小突いただけであっけなく取れてしまう


「いや、違うんだよ? 夕飯のお買い物が面倒だったとか、シャーペンの芯を切らしてたりだとか…」

「しかもせこいし…」

「いいでしょっ。些細なことだよ、細やかな事なんだよっ」

「そのささやかを全人口が享受したら経済が死にますね」

「小賢しい娘ねっ」

「ノイマンですので」

「ぐぬぬぬ…」


それを口にする人を始めた見た気がする

ただしく歯噛みをするという表情で、それでも言い足りないのか「とーにーかーくー」と大声を出して元の話題を引き寄せてくる


「ファルスハーツはダメだから」


同じノイマンとは思えないほど、ざっくばらんとした意見だった

らしいと言えばらしいし、変に理詰めで話されるよりも分かりやすくて良いとは思う


「UGNなら良いんですか?」


じゃあと、言葉を続けた私に お姉ちゃんの言葉が詰まる


この言葉の意図に気づいているのだ


だってあり得るんだもの


あの おじさんの言葉を信じるでもないけど、私もUGNの全てを知っているわけじゃない


人を守るのと社会を守るのは別だってこと

理由はどうあれ秘匿されているレネゲイトの力

それを、力の独占だと揶揄する言葉も理解する


「怒るよ?」


それはまた随分と感情的な態度だった


向けられる銃口と一緒に泣きそうな視線も向けられる


UGNが信じられないならそれでもいいけど、悪い子になるのは許さない

殴ってでも止めてやるって、そんな暑苦しい少年漫画の様な気迫は思ったよりも悪くはないものだった


「行かないよ」


まあ、安心はした…かもしれない


機械的に考えだす頭に、いつか自分が機械になるんじゃないかって

そんな不安もあっただけに、目の前のお姉ちゃんの態度を見ているとしばらくは平気かとおもう


「だって、しらない大人にはついていっちゃダメだもん」


そんな、わざとらしい子供らしさに目を丸くしていたお姉ちゃんだったけど

すぐにいつもの笑顔を浮かべた後、優しく頭を撫でてくれた


「まあ、でも、取り合われるのは悪い気はしなかったかな」

「悪い子になってるっ」





ワーディングの効果も切れ始め、人の気配が目立ち始めた頃

とりあえずはと、逃げるように つつじの家に集まっていた


なんだが


「なんだ、これ…」


風呂場を借りた後、血まみれだった制服の代わりに

着替えと、手渡されたのはパステルカラーの、女の子用のパジャマだった


「あんな格好で部屋に入れたくないの」

「わかるけど…」


もう少し、父親の服とかは何かあったんじゃないだろうかと、そんな文句よりも


「かわいい…」


一番やっかいだったのは、あやめさんの その目だった


まるで女子供が新手の小動物を見つけたように輝いた瞳に

今にも伸びてきそうな手は、やはりか迷うこと無く伸びてきて


「はなして…」

「いや」


がっしりと、抱え込まれてしまった


今更自分の容姿ついては言うまい


年の頃を考えても、男というより女の子みたいだと良く言われるし

小さい頃からそうだったのから その自覚もある


だからといって、女の子扱いを受け入れろというのは話が別だ


あたっている、押し付けられてもいる

本人にその気がなくても、出るところが出ているんだから、抱きしめられればそうもなる


些細な抵抗をした所で火に油だった


いっそ突き飛ばせば憤りも伝わるのだろうけど、流石にそこまでするのは違う気もする


「すけべ」

「冤罪だろ…」


自分の服を貸した男の子が近所のお姉さんと戯れている

そう見られれば、相違もないが、流石に無罪だけは主張しておきたかった


「さて、それじゃあこれからのことだけど…」


何が、さてなのだろうか


急に年長者としての自覚を取り戻した あやめさんが話を進め始めていた


その違和感は、つつじからしてもそうだったようで

あやめ さんが、年下二人に怪訝な視線を向けられていた


「へ? なに?」


知らぬは本人ばかりなり


あるいは開き直ってるんじゃないかと疑いたくなる とぼけっぶりだったが

なんとなくでも、年上だししっかりしないと、とか考えているほうが似合いそうではあった




話としては簡単なものだ


春日恭二が夜神秀人を覚醒させ、その夜神が先日のバス襲撃を引き起こしたと


「邪魔な私を殺して、傷心の真花を慰める算段でもしてたのかしらね?」

「つつじちゃん、怖いこと考えないの…」

「そう? 一番子供っぽいやり方だとおもったんだけど?」

「最近の子供ってみんなそうなの?」

「一緒にすんな…」


ドン引きする あやめの視線から逃れるように、身じろぎする千晶


「でも、綾瀬も覚醒する可能性は合ったって」

「ふーん…」


千晶の報告につまらなそうに目を細める つつじ


同じ境遇芽生える連帯感、それで恋心に似た何かは生まれるのは分かるけど

とかく自分をどうにかする気がないのが透けて見えるのが気に入らない


「しょーもな…」


吐き捨てた


いっそ、正義の味方ごっこでも始めてくれたほうがまだ好感がもてたか


「そうは言うが、八坂はどうなんだ?」


不意に問われた言葉


同じ様にオーヴァードに覚醒して、それでどうするつもりなんだと問いかけてくる



思い浮かんだのは一つの光景


赤黒く、血が捻じれ、拉げるような、真っ赤で真っ黒い誰か…


「逢いたい人がいるの…」


見つめてくる千晶の視線を押し返して答える


多少、重さを増した空気を和ませるつもりだったんだろう


「あ、もしかして初恋の人とか?」


茶化すような あやめお姉ちゃんの声が愛おしくも聞こえてくる

けれど、その言葉に頭を振って、代わりの答えを口にした


「私を殺したやつ…」


笑顔で、努めて笑顔で、そう伝えた私を見つめる二人の視線は奇異に富んでいた



ー偽りの記憶ー


翌日


終業のチャイムが鳴ると同時に、真花の手を取って足早に下校の途につく つつじ


だいぶ強引な気はするが、握り返してくる真花の手は特に嫌がる様子もなく

時々、合わない歩幅につっかえながらも、黙って付いてきてくれた


「どうしたの?」


それは当然の疑問で


「別に?」


どこ吹く風で答える私は、ふと思いついた冗談を口にしていた


「さいきん真花が構ってくれないから」


まるでヤキモチをやく子供のように拗ねてみせる


ふと…


真花の足が止まり、首輪の先につながった紐が伸び切るように繋いだ手が引き止められた


冗談が過ぎたろうか


どう埋め合わせをしたものかと、ひねる頭と一緒に振り返ると

思った以上に縮こまっている真花がいた


赤らむ首筋を竦めた肩に隠して、うつむき加減に染まる頬


告白でもされたような婦女子の反応に、こっちまでたまらなくなりそうだ


「ごめんね…?」


謝られた



「どうして?」と、聞き返す僅かな間

割り込んだ影に拐われて、真花の姿が掻き消える


油断していた


こんな真っ昼間から、まさかワーディングもなしに突っ込んでくるなんては考えてもなく

わずかに交錯した夜神 秀人との視線が、それを嘲るように笑っている


「そんなんだから君は…」


前に、そう言われたこともあったか

それが一体どういう腹づもりだったかまでは分からないけれど


道行く先に聞こえる悲鳴に、舌打ちをしながらも自分でワーディングを展開する

どうにも、やらされてる感じがたまらなく不愉快だった。いっそ、やめてやろうかとも思うほど


その方が夜神の邪魔になる、目撃情報も増えてこっちとしては助かるが…

それをすると、それをした夜神と同レベルなのが悩ましい


「そんなんだからって…」


誰があんたと同じ土俵に立つかっての


声にならない口を漏らして夜神の、真花の後を追う

いっそ、今のワーディングで彼女の意識が飛んでいたらと願いながら





次に真花が目覚めたのは冷たい床の上だった

むき出しのコンクリートと、打ち捨てられた机や椅子

電気すらも通っていないようで。何処からか迷い込んできた明かりに、ほの暗く照らされる部屋の中


「おはよう真花」


掛けられた声に身を竦め、振り返った先で顔をしかめる


「夜神…くん?」


それが何処ともしれない場所で、知っている顔だっただけに、不信感ばかりが募っていく


「無理やりで悪いとは思ったんだけどね」


薄気味悪い顔で笑っている


知ってる顔のはずなのに、まるで別の誰かのようで


「つつじちゃんは何処?」


その何が気に入らなかったのか、多分その全部が気に入らないとばかりに彼の表情が強張っていた



「つつじちゃん…つつじちゃん…つつじちゃん…君はそればっかりだね…」


イライラするなぁ…


勉強もあいつが一番だった、体育もあいつが一番だった


ただ一番なだけだったらまだ良かった


あいつはズルをしている、あいつはズルをしていて


その上で手を抜いていた


100点を取れるのに、100点を取らなくて。一番足が速いのに、一番に手を抜いて

そんなのに誰も気づかないでいて、どうでもいい誰かが持て囃されている

持て囃されている誰かの隣で、あいつが一番どうでもいい顔をしていて


まるで…


クラスの全員を、学校中の誰もに興味がないみたいで


一番になろうとしていた自分がバカにされているみたいで


好きって言葉でさえも無かったことのように


「八坂はさぁ、卑怯者なんだよ。出来ることをやらないで、内心、必死になってる僕らを笑っているんだ」



真花にそう言われた時、自分がどんな顔をしているか夜神には分からなかった

「そんな事ない」とか「つつじちゃんをわるくいわないで」だとか、あいつを庇うような言葉を想像していただけに


「分かるよ」


その微かな一言は、不意打ちの様に夜神の心をゆらしていた


「つつじちゃんは すごいもん。夜神くんが好きになるのも…」


その後のことは良く覚えていなかった


何か勢いのまま、衝動に突き動かされて、気がついたらボロボロになった真花が倒れていて


「はっ…ははっ。あははははっ」


笑っていた


心の底から笑っていた


最初からこうすれば良かったんだ、こんなにも簡単だった


だってこうすれば、あいつは嫌でも僕のことを見るだろうから





廃ビルの側面


ただでさえ草臥れた建物に、取って着けられたような階段は随分と頼りない

足を下ろす度、ぎぃぎぃと嫌味を零し、不平不満に軋みをあげる


そんな階段に頼るまでもなく飛び降りても良かった

それがたとえ屋上の上からだろうが、春日恭二にとっては造作もない


ただ


それでも、律儀に階段を踏み鳴らしているのは

本人の自覚のない所での、人であった頃の 名残 とでも言えるものかも知れなかった


かつん…


不安定な場所から確かな足場へと、かかとをつけると同時に毒づいた


「またキミかね…」


言えるほど親しい間柄でもないが、かと言って知らない顔でもない


「何処へ行くつもり?」


向けられる銃口に射抜くような視線

怖い顔をしてはいるが、一介の女子高生である敷島 あやめ には

まったく似合うものでもなく、無理をしているのは明白だった


だが…


意外と、それ自体は嫌いではなかった

正義と秩序を吹聴するUGNに比べれば、ただ自分の日常を守りたい


乱暴に言うなら他所でやれと


培ってきた常識や善悪の基準が壊れた上で、それを踏みつけてでも立っている姿は寧ろ私達にこそ近いものに思えた


「いや、潮時かと思ってね」


夜神秀人、適正を認め、覚醒を促して見たは良いものの

やはり子供か、力は大きいが安定はしない

今となっては、ジャームになりかけの出涸らしだ


もう少し、洗脳なり何なりをして何かに依存させたほうが安定するかと

次に対しての良い結果にはなりこそすれ、もうそれ以上の興味もない


「見捨てる気?」


巻き込んでおいてと、暗に非難をされてはいるが誤解はしないで貰いたい

唆した事こそ認めるが、それでも覚醒を望んだの彼だし、自分は選ばれたんだと増長を膨らませたのも彼だ

子供だからと、責任の所在をぼかそうとするのは社会の悪い癖に思う


「見捨てはしないさ」


いや、そもそもただのサンプル相手に見捨てるも何もないが、そこは見解の相違でしか無い

殊更、UGNの一派とこの手の話で合意が得られたこともないし、この議論は不毛だろう


だからこそ…


言えることがあるとすれば


「君たちはね?」


それだけを言い残して踵を返す


「待ちなさいっ!」


引き金が絞られる


放たれた弾丸が正確に肩を掠めるがその程度だ

傷はすぐにでも塞がるし、こういう稼業だ、とりわけ破れた服に愛着があるでもない


「撃ちなよ? そうすればキミはもっと我々に近くなれる」


まあ、無理だろう


彼女が発現した力の中で、私を明確に害せるものといえばクリスタライズ位のもの

物質であれば一切を結晶化させる強力なエフェクトではあるが


その引き金は引けまい


どうにも我々(オーヴァード)を、まだ人だと思ってるようだからね彼女は

いや、自分がまだそうでありたいという裏替えしかも知れないが


くくくっ…


その人間らしさに、笑いを零さずには居られなかった


ビルの影に入ると同時に、金属が拉げる音が聞こえてくる


「いっそ、私を撃たせるでも良いかも知れないな」


一人でも…そうすればタガは外れるかも知れない


そう呟きながら、愉悦を湛えた春日恭二は夜の闇に紛れていった





「バカにしてっ」


八つ当たりだと分かっていても、その手を止められなかった

銃を握りしめた手をそのままに、手近な手すりに打ち付けると事もなく圧し曲がる


きっと古かったんだろう、錆びてたし…


私が馬鹿力とかじゃなくてね


アイツの足音が遠ざかっていく、分かっていても追いかける気にはならなかった

居なくなるなら、それでもいいし、それでいい

ヤブの蛇を突く趣味はないし、それ以前に上に残してきた あの子達のほうが気にはなる


無茶してなきゃ良いけど


千晶ちゃんはともかく、つつじちゃんは…


頭が良い…


頭が良いだけに、最短ルートを選びがちなのは…割と自分にも覚えがあることではあった





「さいってー」


つつじ と千晶、二人が部屋に入ると、倒れて気を失っている真花と、変に嗤っている男が目についた


何より腹が立ったのは、真花の体に傷が付いてた事で

それ以外の事情はそっちのけで、夜神とかいう何かを処理する方法を何パターンか考え始めていた


「あんた、真花の事すきなんじゃなかったの?」

「は? 誰がこんな女の事なんか。ボクが用があるのはお前だけさ」

「そっ…」


特に、これと言った感想もなかった強いて言うなら


「私には無い。とりあえず、要らないなら その子返してくれない」


そんな態度が癪にでも触ったのか、みるみるうちに夜神の表情が歪んでいく


「お前さぁ…」


隣にいた千晶にまでこづかれて、まるで私が悪いみたいな空気が蔓延し始めていた


「いつもそうだ…八坂はさぁ…」


みしり…


音がなる


空気が変わったとか、そういう擬音もあったかも知れないけれど

それはより物理的なもので、床から天井からボロボロと崩れ初めて夜神の手元に集まり出していた


槍か…


そんな風に感じた時には、それはすでに目の前にあって

避けるくらいなら、このままカウンターをかました方が手っ取り早いかと身構える


「なにやってんの?」「なにやってんだよ…」


目についたのは赤色で、ついでにでっかいイノシシが苦悶に呻いていた

突き刺さった槍が それだけでは済まずに、触れた血肉を氷の様に結晶化させてはボロボロと形を崩していく


当たらなくてよかった


オーヴァードのエフェクトも色々か

見た目通りには済まないことも往々にあると頭に入れつつ、傷ついた千晶の様子を盗み見る


「後は俺がやるから下がってろってっ」


そこだけ聞けばカッコの良い台詞だけど

結晶化して崩れたイノシシの半身はどうにも痛々しいし、その端から治り始めているのも正直気味が悪い


「イヤよ、あんたが暴れたら真花まで巻き込むでしょう」

「なんとかするっ」

「また串刺しにされたいの?」


言ってる傍からだった


みしりとまた建物が崩れ始めると夜神の手に槍が形成され始める


「ボクを無視するなよっ!」


そう叫んだかと思えば、ヒステリックに投げられる槍を


「うるさいなぁ…」


ネタが割れてるならどうとでもなった

なんなら目の前で炸裂でもするんじゃないかと警戒もすれば、途中で撃ち落としたほうが早いかと指を鳴らした


ぽっ!


この場に置いては随分と気の抜けた音の様に思う


風船が割れるにはまだ丸く、太鼓でも叩いたようなその音は

それでも空気を伝い、飛んでくるはずだった槍の軌道を逸していた


「あっちいってて…」


さらにもう一度と、追い打ちを掛けるように指を鳴らせば

周囲に散ったはずの音が、反響を重ねて狙い済ましたように夜神の元に殺到していく


音は振動に変わり、頭を揺らす振動は衝撃へと膨らんで夜神の体を揺さぶる


「ほら、さっさと行って」


妙な顔を浮かべる千晶を小突いて取り押さえて来いと顔を向ける


呆然としていたというよりは何処か呆れたような

私が何かをしたのは認めているのに、それを淡々とこなしているのが受け入れがたいといった風


しかし、流石はイノシシか、動くとなれば早かった


状況を理解して、頷いて、イノシシの巨体が唸りを上げて夜神に突っ込んでいく

途端に、建物が揺れるほどの衝撃と、崩れる壁から舞い上がる粉塵が立ち込める


その隙きに悠々と真花の元にたどり着くと、その無事を確認して胸を撫で下ろした


それでも、生きてるってだけだ


目立った外傷こそ致命傷には見えないが、何をされているのか分かったものじゃない


「つっ! お前っ、放せよっ!」


大したものだ、煙の向こうでは未だに無事なのか千晶に抑えられた夜神が暴れているみたいだった


咀嚼ともまた違う、肉を抉る音と、石が転がり砕ける様な音は

煙の向こうはさぞ凄惨な絵が広がっていると想像に固くはなかった


「どいて」


仕方もない


音をぶつけても、巨体をぶつけても死なないのならと


「お前、なにをっ」


訝しがる千晶を引っ剥がし、夜神の胸元へ手をのばす

牙でも突き刺さっていたのか、抉れた皮膚の内側に躊躇なく押し込んで


音…ひいては空気の振動を操れるのも私の能力らしい


さっきみたいに撃ち出してもそれなりに破壊力はあるが

だったら直接相手の体に打ち込んだらどうなるかしら…


知的好奇心ならとっくに満たされている、不明瞭なのは夜神の耐久力くらいだが


「ま、死ぬまで続けるだけよ」


焼き肉ほど良い匂いはしないものだ


単純にタンパク質が焦げる匂いは不快でしかなく、指先に伝わる生暖かい感触も面白いものではない

夜神が苦悶の叫びをあげてはいるが、そんな雑音も力を使えばやすやすと耳から遠ざかっていった


想像は…出来るものじゃないだろう


体の中から揺さぶられ、振動は摩擦に摩擦は熱に、膨らんで膨らんで焼いて焦がれて

熱を孕んだ空気は膨張を続けた挙げ句に暴発する

痛いとかそういうレベルの話ではなく、常人ならば、即死をして然るべき破壊の跡を刻まれる


それでも生きていたのなら、最早人と言って良いものか


「かっ…はっ…」


夜神の胸に風穴が空いている


下半身がまだくっついているのが嘘みたいな有様ではあるが、それでもまだ死にきれてはいないようだった


「なんでだよ…八坂は…ボクが強くなったらって…いったじゃないか」


まるで恨み言のような言葉だった


それではまるで、以前に私がこいつに告られた様にも聞こえるし


「強くなったよなぁ…ボクは…」


特に何も言わなかったし、何も言わなくなった

気づけば事切れていたし、そのまま砂になって死体すらも残っていない


「なぁ…お前、こいつに…」


千晶もその結論に至ったのだろうか、なにか若干の同情が夜神に向けられている気がする


「さあ? 知らないし、知ってても興味ないわ」


それっきり


特に何も言われなかったし、何も言わなかった


まあ、大方呆れてはいるんでしょうけど、私には関係のない話

真花を抱え上げ、遅れて合流したあやめお姉ちゃんと一緒に病院にいって、それで事件はお終いでしかなかった





それから数日後


入院していた真花の検査も終わり、程なくして私達はいつもの日常に戻っていた


学校に行って、つまらない授業眺めて、それっぽい成績でやり過ごす


出来ることを出来るからって出来るようにやっても

面倒くさい事しか起こらないってのは、今までもそうだし、これからはもっとそうなる


「夜神くん、転校しちゃったんだね」


休み時間のある時、真花が話しかけてくる


それ自体はなんてこともなく

真花に記憶処理が聞いててよかった程度の感想が、場合によっては不愉快に思うくらいで


「残念ね、初めての彼氏だったのに?」


からかうように言葉を返す


恥ずかしがるか、落ち込むか、その辺の反応を期待していたんだけど


「…へ?」


目が点になったを写真に収めたみたいな顔をされるとは考えてはいなかった


「なによ?」

「え、だって…夜神くんは、つつっちゃんの事…」


今度はこっちが「へ?」という番だった

いや、口からでたのは「は?」ではあったけど


「いや、あいつ真花に告白したんでしょう?」

「そうだけど…そうでも、ずっと つつっちゃんの話ばっかりしてたし…」


気を引きたかったんじゃないかな


そんな事で私の友人を巻き込む男なんて御免被りたいが

真花からしてみれば、私に友達が増えるチャンスだったのに程度の感想でしかないのももどかしい


「自分がっては…考えないわけ?」


そりゃ、結局そうだったのかもしれないけども


告白されて、舞い上がっても良いはずなのに

最初から自分が除外されている自信のなさはどうにも気にかかる


「あはは。私なんか好きになる人いないって」


自嘲か


目立つのが嫌いって意味では私と同じなんだろうけど

胸に灯る蟠りは同族嫌悪によるものか、あるいは私ごとばっさり否定してきた憤りなのか


「私がいるじゃない?」


それならそれで、ほっぺた抑えてでも私の方を向かせるだけなんだけど


「あ…ごめん、そうじゃなくて、私もつつっちゃんの事は…好きだし…」


ほほを染め直して丸くなる真花


自分の失言に気づいて、いじらしく返事を返してくれる姿は実に可愛らしかった





ねこふんじゃった♪ ねこふんじゃった♪ ねこふんじゃったら…


音楽室を埋め尽くすその曲は、概ね子供らしい選曲ではあった


少なくとも、最初に聞いた小フーガト短調に比べれば、実に年相応といった感じで可愛らしくも思えたんだが


可愛らしさの限度を超えていた


陽気始まった足取りは、猫を踏んづけたところから一転して

踏んだ方も、踏まれた方も、痛みと混乱の坩堝に転げ落ちていく


曲の終わりは実に無残なものだった


「私達とジャームって、何が違うのかしらね」


ようやく満足したのか、ピアノの上で踊っていた指先が止まり

ふっと息を吐くと八坂つつじが僕を見下ろしていた


年の頃より高い背丈と、それに似合う長い黒髪

浮かんだ表情は、何かを諦めている様にも見えて気にかかる


「あれは八坂が悪いわけじゃ、仕方なかっただろ」

「別に、私だってアレを殺人だとは思ってないけど」


けれど納得はしていない


むしろ、1つの詭弁に答えを見出したような印象さえ受けてしまった


「自分たちはそうじゃないって、線引しているようにも見えてね」


鍵盤の蓋が落ちる


そのまま立ち上がると、八坂は部屋の外へと歩いていった


「違うだろ」「違わないでしょ」


すれ違う一瞬


交わした言葉は交わる事もなく、それを遮るように音楽室の扉が閉められた





「はい。では、引き続き二人をお願いします」


優しげなその言葉に「任せてください」と、敷島 あやめは見えもしないのに見栄を張って答えると、スマホの通話切る

仕舞いがてらにローザさんに送った資料に目を通すと、なんの返事もなく既読で済まされていた


ビジネスライクと言えば聞こえは良いが、個人的にはなんともつまらない応対だとは思う


「霧谷先生?」

「うん。つつじちゃんをよろしくってさ」

「へー」


帰り道


一緒になった つつじちゃんに、霧谷さんからの言葉を伝えてみるも

こっちもこっちで つまんならそうに声を漏らすだけだった


「いやいやグッド・ニュースもあるんだよ?」


なんとか気を引こうと勿体をつけてみたけど、対して期待されていないような視線がちくちくと刺さる


「しばらくは千晶くんも、同じ学校にいるんだって」


もともと友達付き合いの少ないつつじちゃんを心配していただけに

それが増えるみたいで個人的にはありだったんだけど


「…」


無言だ


鼻の1つもならない


あからさまに嫌そうな顔をしている


「ちがうよっ」


その表情はまるで「まぁ、一箇所に集めたほうが管理しやすいものね」とか言いたそうで

念の為の護衛の継続とかって建前は絶対に通じない顔だった


「霧谷さんはそんな事考えてないからねっ」


護衛の継続は仕方ないにしても

学校に行ったことのない千晶くんへの配慮とか色々考えてくれているんだよ


「霧谷先生は…ね」

「揚げ足をとらないのっ」


しかし、そう言いたいのも分かるだけに、茶化す以外に誤魔化すすべが思いつかなかった


それだけUGNが一枚岩でないのは私だって分かっているし

最近はFHのスパイだなんだって話も聞こえてくる


「あやめお姉ちゃんは?」


ふと、足を止めた つつじちゃんが私を見上げてくる

そこに、子供らしい純粋さはなく、悪く言えば値踏みするように、良く言えば確かめるように覗き込まれた


「私はつつじちゃんのお友達。それじゃだめ?」


きっと理詰めで話せば分かってくれたかも知れない

UGNの事情だとか、FHの現状だとか、つつじちゃんなら理解はしてくれるんだろうけど


それは違うよね


して欲しかったのは理解じゃなくて共感


友達としての握手を求めて彼女に手を伸ばす


「ううん」


伸ばして手が握り返される


その小さな手をぎゅっと握りしめると


二人なかよくお家に帰ることにした



ーおしまいー




後書き

最後までご覧頂きありがとうございました

感想

GMってすごいな

熱血少年のロールプレイを出来ないことに気づく自分




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