2019-09-15 21:47:26 更新

概要

ヤンデレ化したとあるヒロインたちから上条さんたちが逃げるだけの話。


 彼らそれぞれに最悪な結末を乗り越えた男たち。その一人……上条当麻。神の奇跡をも打ち消す摩訶不思議な超常の力、幻想殺しを有する無能力者は一人の女子中学生に追われていた。


「こら、待ちなさいあんた! いつまで私から逃げてんじゃないわよ! いい加減観念して私と決着をつけなさい!」

「あぁ〜! またビリビリに出くわしてしまった。くそ、あいつが来なさそうな場所をチョイスしたというのに、無様な事で。不幸だ……」

「へぇ、あんた私を避けようとしてたんだ……」

「み、御坂さん? 小声で言っているのになんで聞こえているのでせう?」

「そりゃ、あんたの事はなんでも知ってるから」


 彼女はただの女子中学生ではない。着ている制服がまずそれを証明している。学園都市屈指の名門中学、常盤台中学の制服を着た茶色、短髪がトレードマークの少女は超能力者第三位、御坂美琴。御坂は事あるごとに上条に因縁をつけ、彼を追い掛け回す。彼にとって彼女における脅威の最たるは超能力者の肩書きに恥じない、人一人など簡単に消し炭にできる電撃にある。

 御坂はそのような凶器を彼に対しては遠慮なく全力で振るってくる。

 地面を不規則に抉る電撃がかの伝説に名だたる八岐大蛇を連想させるような巨大な曲線を描き、上空から急転直下、上条の頭上に雨霰と降り注ぐ。


「だから危ないって御坂さん!」

「ああっ? それもこれもあんたが私から逃げるから悪いんでしょうが!」


 上条は怯みながらも右手を出し、彼女の強烈な電撃をまるで何もなかったかのように、完全に搔き消した。威力や規模など関係ない“異能”の力なら全て、その右手は彼の身に降りかかるあらゆる攻撃を無効化する。それが例え神の奇跡でさえも。

 上条当麻は御坂から事あるごとに彼女に突っかかられる。彼は彼女の自然災害にも匹敵する雷撃の嵐を恐れ、できるだけ彼女に出くわさないだろう道を選んで歩いてはいる。しかし御坂はどんなルートにも現れ、喧嘩をふっかけてくるため、そんな上条の浅知恵が効果を発揮した試しはない。

 半ば諦念の意に苛まれながらも、上条は渋々彼女の喧嘩に付き合っている。

 御坂美琴は電撃を右手で封じられたも同然の状態であるため、身体能力自体はか弱い女性のそれと変わらない彼女の負けは火を見るより明らかなのが通例となっている。だが負けず嫌いな彼女は決して勝つまで諦めない。


「今日はここまでにしてあげる。感謝しなさいよ」

「あれだけ暴れておいてどの口が感謝しなさいだビリビリ」


 御坂は漸く無駄な時間であると悟ったのか、今日の攻撃を止めて、上条に背中を向け去っていく。

 上条にとっては迷惑極まりない行為で、彼はほとほと辟易していた。

 今日はタイムセールで特売の卵が売られる日。元々はそれが目当てで外出していた上条は御坂の退却と共にその事を思い出し、御坂に奪われた時間を取り戻そうと慌てて走り出す。

 背後からさっきまでと様子が一変した御坂がいるとも知らずに。


「ふふ……今日の当麻も可愛いわ。愛おし過ぎて、ついつい追いかけ回しちゃう」


 御坂の目からは光が消えており、その手には上条の位置情報を記したゲコ太の携帯を持っていた。彼女がそんな、彼の居場所を把握し、先回りするストーカー行為に及んでいた事を命辛々逃げ出し、生還した男が知るはずもない。


「あんたが悪いのよ。私をその気にさせておきながらいつまでも焦らすから」


◆◇◆◇◆◇◆


 最初は妹達を悲惨な実験から救ってくれた上条当麻に対する恋慕だった。それは女の子が憧れの存在を想う、誰もが経験するだろうありふれた恋。

 自分の命を投げ打ってでも妹達の死の運命を歪めようとしたなど、手段を選ばなかった彼女。

 御坂美琴は一方通行に手も足も出ずに負けてから、散々泥の中で足掻いた。

 核を潰せないことに苦悩した彼女は絶対能力進化計画の根本たるスーパーコンピュータ、樹形図の設計者の導き出した結論を捻じ曲げようと、各地の研究施設を所構わずに襲撃することを思い付く。スーパーコンピュータの導いた結論に頼る研究者たちを欺くには、彼らが信望するその神を叩けばいい。構想だけなら簡単だった。

 御坂は迷わずそんな暴挙を実行に移す。厄介な邪魔が入ったものの、漸く目指すものへ辿り着いた彼女。

 だがあるべきものがそこには無かった。

 樹形図の設計者は何者かに破壊されていたのだ。

 衛星が破壊されていたら弄りようがない。避けようのない絶望に身を捩り、全身の力を落とした御坂は自らが作り出した孤立無援の中、生きながらの死を体験する。

 これまで止まる事のなかった思考が完全に止まったのだ。

 努力を積み重ね、己が道を進み続けていた彼女が、変えられない絶対の運命を前に停滞する。


『ねえ、教えて。私はどうしたらいいの?』


 御坂は柄にもなく見えざる何かに助けを乞う。一方通行という巨大な壁、破壊された諸悪の根源、最早科学が忌避し続けるオカルトにも縋らなければ精神の崩落を避けられなかった。

 考えろ、考えろ……御坂美琴の思考が漸く再開する。ネオンが混ざる街並みには目もくれず、自らの手で起こしてしまった最悪の状況に終止符を打つ方法を考える。

 一方通行に再度戦いを挑み、倒せば……いや、駄目だ。仮に奇跡的な勝利を収めたとしても、誤差の範囲だと思われることが関の山だ。そもそも同じ超能力者でありながら絶望的な力の差。勝つという前提自体が不可能な域に到達している。兵隊が戦車に勝てるものか。そのような表現が冗談に聞こえない力の差を一方通行は実際に見せ付けてきた。

 彼女の最大火力を誇る“超電磁砲”ですらベクトル操作により容易く跳ね返してしまう反則を擬人化したようなあの最強に、同じ能力強度に区分されていながら、圧倒的な壁に阻まれる。プライドが高い御坂だが今も死に続ける妹達を想うと、彼女たちへの贖罪の気持ちが勝る。


『もう分からないよ……』


 御坂が打てるおよその手は全て打ったが、そのどれもが雲の上、机上の空論に終わるものばかりだ。手に持った潰した研究所のマークが虚しくはためく。

 御坂は虚空を見つめていると、ふと実験資料へと目を移した。そこで苦肉の策を導き出すが、彼女の最後の考えは自らの命を死へと誘うものであった。

 絶対能力進化計画……一方通行が百二十八回御坂を殺す代わりとして、二万通りの戦場で二万体の妹達を殺す事で彼を“絶対能力者"へと進化させる。

 樹形図の設計者は導き出した。研究者たちは導かれた仮定を実現するため邁進していた。彼らには妹達を研究を成立させるための材料としか思っていなかっただろう。

 彼女の選んだ妹達の呪われた因果を断ち切るための究極の選択。それは一方通行に無様に敗北する事。“超電磁砲”が一方通行の能力進化には到底寄与し得ない弱者だと研究者に思わせ、仮定を狂わせる。衛星が破壊された時点で計画の復活は有り得ない。そこまで計算に入れ、彼女は覚悟を決めた。

 だが彼女には後ろめたさがあった。こんな事をして救われたとしてもハッピーエンドに終わるはずはないと、心の中では密かに思っていた御坂。誰もいない橋の上で彼女は誰かの助けを待つ。


『誰か助けてよ……』











『お前、何やってんだ……』


 踠き苦しむ御坂の元に現れたのは、上条当麻であった。


『何やってんだって聞いてるんだ!』


 上条は彼女に相対すると同時に拳を震わせていた。御坂に対する怒りの感情を込めているそれは途中で力無く抜けていくのを諦めが一周回り、平静を取り戻した彼女は見ていた。

 彼がこの後に言わなくても分かっていた。どうして一人で溜め込んでいたんだ。仲間を頼らなかったんだ。できるものならそうしたかった。でも彼女の中途半端な正義感が邪魔をした。結果それが首を絞め、取り返しの付かない惨状に至ったところで、御坂美琴は自分を呪いながら死ぬだけだ。

 当然御坂がみすみす死にに行く事に断固として反発し、行く手を塞ぐ上条。御坂は邪魔をする彼に激昂し、彼を倒さんがために必殺の電撃を放とうとする。

 今までと違っていたのは上条が右手を構えず仁王立ちをしていた事。これでは電撃を防げない。

 上条当麻には御坂美琴と戦う気は無かった。ただ当てもなく、死にに行く御坂を止めたい、それだけのために身体を張って御坂の前に立ちはだかった。

 鉄橋に何度も、何度も迸る御坂の電撃を上条は無抵抗で幾度と無く浴びる。だが彼は倒れては立ち上がり、立ちはだかり続ける。

 普通はあれだけの電気を人間が浴びたら死んでいても不思議ではない。

 まさか、手加減をしている? 御坂の脳裏に過ぎる。

 御坂自身は殺す気で上条を攻撃した……つもりだった。彼も言及したように、無意識で

 彼の理解できない行動、そして自らの本当の気持ちに、彼女は遂に感情を取り巻く奔流に呑まれる。

 感情を制御していた糸が切れた御坂は発狂、橋全体を包み込むほどの爆雷を轟かせた。

 爆雷と共に全ての気持ちを吐き出した御坂は再起不能になっているはずの上条のいる位置に目を向け、慄いた。

 満身創痍ながら上条当麻は立ち上がっていたからだ。そんな彼は御坂美琴の想像を絶する境地へと彼女を導く。

 一方通行が実はめちゃくちゃ弱かったら……。

 とんでも理論を展開する彼が行き着く先は、“無能力者”の上条当麻が学園都市最強の一方通行と一対一で戦い、勝利を収める事。

 御坂の反対を押し切り、彼は御坂から実験所の場所を聞き出し、最強が待つ苛烈な戦場へと飛び込んでいく。

 御坂美琴は最早何も言えなかった。

 そして戦いの行く末を刮目する。

 激戦の末、上条当麻は辛くも一方通行を倒した。

 覆らないと彼女が決め付けていた運命を、上条当麻は覆したのだ。

 彼女はあの頃の出来事を今でも鮮明に覚えていた。それを思い出す度、今では雌の快楽で頭が痺れて堪らないために、定期的に頭に浮かべては口元を緩ませている。


「あはっ、当麻が私を救ってくれたんだよ」


 ヤシの実サイダーを飲みながら、御坂美琴は携帯の待受に設定した動かぬ上条にときめく。

 彼女の目には相変わらず光が無い。あの時から抱いてきた恋心は時間と共に着実に歪んでいた。

 彼女の性格に反して奥手なところと上条当麻の鈍感さという二つの要因が、このような愛に飢えた怪物を生み出した。


「ねえ当麻聞いてる? 当麻がイキりもやしを倒したから今の私があるって言っているの」

『……』

「ふふっ、当麻ったら相変わらず恥ずかしがり屋なんだから。良いのよ、無理しても答えなくても」


 サイダーを飲み終え、ゴミ籠に缶を捨てる御坂。口元から垂れている溢れんばかりの涎を腕で拭い去ると、上条の鞄に付けた発信機の反応を、携帯で辿りながら後を追い始める。


「そろそろ動く当麻の様子を知りたいわね」


 会ったばかりなのにもう会いたくて仕方がない。現在の御坂美琴は控えめに言っても狂っている。そんな自覚は無く、御坂は自分を正常な人間だと信じて疑っていない。

 ストーキングをする御坂が向かう先は自ずと決まっている。そこは上条が住むマンション。彼がある居候を置いている、御坂にとっては魔窟とも呼べる場所だ。


「あのシスター、当麻がいなくなった瞬間を見計らって、事故に見せかけて消しちゃおうかしら」


 マンションの駐車場まで差し掛かった御坂は差した指先から微弱な電撃を放っている。静かに迸る電気の波動は殺意の暗示。

 当麻の隣を独占するあのシスターを殺し、その座に彼女が座る。彼女が思い描くように、自然災害に見せかけ、雷を彼女に落としでもしてやれば簡単に仕留められる。超能力者ほどの能力強度ならその程度は十分現実的であった。

 そんな殺意を仄めかす電撃を止めると、殺意なんてまるで無いように振舞いながら、彼女は笑顔で階段を駆け上がっていく。


「今日は結婚指輪と婚姻届を持ってきたんだから。あの糞シスターが消えたら、ちゃんと受け取ってくれるよね」


 さっきは渡しそびれたそれらのアイテムを鞄に入れる彼女の情欲は盛んになるばかりだ。


◆◇◆◇◆◇◆


「インデックス、ただいま」


 上条当麻は補修を終え、御坂の猛攻から卵を守り切り、やっとの思いで自宅へと戻る。だがインデックスの声も形も無く、代わりとして翼を生やした高身長の女性が奥から現れる。


「当麻、お帰りなさい」

「その声は……神裂⁉︎」

「はい、貴方の神裂火織です。一応補足させて貰いますと、これからの姓は上条ですので上条火織と改める事となりますが」


 イギリス清教“必要悪の教会”所属、そして天草式十字棲教の女教皇であった神裂火織。イギリスにいるはずが何故か学園都市におり、それだけに留まらず上条の部屋で料理を作っていたようだ。


「あの、どういうことでせう? それにその格好……」

「ああ、この格好ですか? 私と当麻の愛の術式を組むために必要と見て、急ぎ土御門から貰い受けました。軽く刀を向けたらすぐに応じてくれましたよ」

「憐れ土御門……えっと……それにしても上条さんにはいささか理解が及ばない部分ががが……」


 上条は神裂の異様な格好に思わず目を疑う。彼女は土御門元春が用意していた堕天使エロメイドコスを最早恥ずかしがる様子も無く着こなしていた。その腰には奇特な格好には不似合いな彼女の愛刀“七天七刀”を携えている。

 上条当麻は知る。七天七刀が泣いている事を。だが彼はそれについて言及する事はしなかった。いや、できなかった。

 彼女が刀に何故か苛立っているように映っているからだ。


「当麻、どうかしましたか? 刀などではなく、私に目を向けなくては困りますよ」

「いやぁ……本音を言うと、あまりに凄まじくエロい格好だから直視できなくて。あう、は、鼻血が……ってなんで刀にキレてんだ⁉︎」


 神裂自体のプロポーションが最高峰なだけあって、素でも男を引き寄せるのに、胸をチラ見せするような、扇情的なメイドコスチュームは上条当麻という一人のうぶな男の幻想を殺すにはオーバーキル気味な相乗効果を発揮した。


「だからといって刀に目を奪われるのは許せません……私は刀より魅力が無い、という事ですか?」

「そこまで言ってないだろ。話が飛躍し過ぎだ。その服装といい、お前、明らかに普通じゃないぞ」

「私は至って普通です……これは当麻に擦り寄る蛆虫を斬るためだけに持参しましたが、この私よりも当麻を惹き付けるのならば本末転倒。このような愚物は要らないですよね」

「ちょっと待って神裂さん!」


 上条当麻が慌てて乱心する神裂火織を止めようとしたところ、気配を感じなかった居候、インデックスがひょっこりと姿を見せる。

 大食いのインデックスは酷く腹を空かせている。夕飯時という事もあり、彼女の腹の音は大きくなる事こそあれ、収まる事はない。


「かおり〜、お腹空いたんだよ。あ、とうまお帰り! 今日はかおりが夕飯を作ってくれるって」

「神裂さん……? シスター・ルチアから逃がしてくれた上、ご飯まで作ってくれてありがとうございます」

「インデックスは良いとして……アンジェレネまで⁉︎」


 インデックスに続き、元ローマ正教、アニェーゼ部隊所属のシスター・アンジェレネが上条の家に、勝手に厄介になっているとは、彼女との縁がそれほど深くない上条は知る由が無かった。


「あの、えっと、神裂さんの口車に乗せられて、あとは済し崩しに学園都市にまで侵入させられてしまいました」

「アンジェレネを娘として迎えようと思いまして。幼いから打ってつけだと」


 不敵に笑う神裂は口を一旦閉じてからアンジェレネを一瞥し、それから上条を見つめ、再度口を開いた。


「子育ての練習ですよ、練習……ふふふ」


 聞くだけで頭が痛くなるような意味の分からない彼女の計画。

 アンジェレネの修道服の中には無数のお菓子が入っているのが確認でき、彼女は神裂に餌付けされた挙句、良いようにここまで連れて来られたようだ。

 アンジェレネはシスターにあるまじき怠慢から実直なルチアによく説教されており、そこに逃げ出したくなる理由は幾らでも作れると上条は邪推する。


「俺、神裂、アンジェレネにインデックス。一人暮らし用の部屋に四人は大人数だな」


 居候のインデックスだけでもかなり辛いところがあるのに、神裂とアンジェレネまで加わっては暫定的にしても部屋は窮屈になる。

 どさくさに紛れ、神裂は光の消えた目で上条当麻を見つめている事に、上条は気付く。最初に出会った時の敵意とも、共闘に臨んだ時の聖母のような雰囲気とも意を異にしている。

 神裂は上条にただならぬ劣情を抱いていると、幾ら鈍感な上条当麻でもそこはある程度察する事ができた。

 あんな恥ずかしい格好を平然とし、かつアンジェレネや大切に想っているはずのインデックスを見ようともしない、仲間として残酷とも表現できる非情な態度。

 恋愛感情以外からアプローチをかけていけば、案外察しは良かった上条は身の危険を漸く感じてくる。


「もう刀の事はどうでも良くなりました。取り敢えずは役に立つので生かしておきます」


 エロメイド姿がすっかりと板に付いた神裂火織は刀をベッドに放り投げ、常軌を逸した空間に当てられ放心しかけている上条と腕を組む。そこに気高い聖人の面影は無く、他の女への敵意を燃やし、発情した一人の変態がいるだけであった。


「とうまはかおりとそこまで進展していたの……びっくりなんだよ!」

「インデックスさん、俺だってびっくりなんです」

「あわわわ! 神裂さんが、神裂さんが上条さんに、上条さんに!」

「前々から女の人と粗相を仕出かすのがとうまなんだって、ある程度諦めていたけど、そんなにくっつき合うのはドン引きかも」


 インデックスとアンジェレネはてんやわんやとしている。その内、インデックスは呆れたようで、神裂にくっ付かれている上条に溜息を漏らした。


「インデックス! 誤解するな! これは神裂が勝手に!」

「ふん! とうまなんかもう知らないんだよ!」


 インデックスは上条の弁明に全く耳を貸さず、神裂の用意したご飯に手を付けようとするが、それを七天七刀が邪魔する。


「えっ……か、かお、り?」

「当麻を不快にする雌ガキが……イギリス清教が大事にしているという理由で仕方無く殺さず、傍観していましたが、もう限界ですね」


 テーブルに刺さった刀を神裂は抜き、そのまま怯えるインデックスへ向ける。その目は本気で彼女を殺めようとするもので、彼女に課せられたインデックスの保護という使命を真っ向から放棄する事を示唆していた。


「苦しんで死んでください」

「とうまぁぁぁぁ助けて! ひぃぃぃぃ!」

「待てよ神裂! インデックスに悪気は無い。寧ろ誤解を招く状況を作った俺が悪いんだ。どうか刀を納めてくれ」


 神裂がインデックスに刀を下ろそうとした直前に、上条が横槍を入れる。土下座までし、彼女をなんとか退かせようと必死にインデックスを庇う。


「と、当麻がそこまで言うなら、今回は刀を納めましょう」


 上条の表情に簡単に絆され、頰を赤らめながら刀を鞘に納める神裂だが、彼女の狂った感情の矛先は今すぐにインデックスから逸れるほどそちらは簡単ではなかった。


「次に当麻へ無礼を働いたら、いかなる場合でも、例え当麻が擁護しようと、この七天七刀で貴様の身体を引き裂いて学園都市の養分にします。アンジェレネ……貴女も同様です。娘だからといって、私よりも当麻に甘え過ぎないでくださいね」

「怖かったですぅ……こんな神裂さんは見た事がありません……!」

「た、たすかった……たすかったんだよ」


 一悶着あったが、なんとか収まりをつけた彼は半ば強引に飯にしようと神裂にご飯の残りを持って来てもらうよう頼んだ。

 神裂の作ってくれた夕食はごく普通の有り触れた和食だ。彼女の奇抜な格好が目に着かなければ美味しく食べられるのにと、上条は儚い願いを込めているが、不幸な彼にはそれすらも叶わない。


「かおりの作ってくれたご飯も美味しいんだよ!」


 自分の命より食が大事か、と上条は突っ込みたい。殺されかけておいて茶碗から溢れるくらいのご飯を何杯も食える胆力が羨ましい。


「まともな食事は久しぶりですね。シスター・ルチアは健康には気を遣ってくれましたが、ほとんど野菜しかくれませんでしたよ」

「アンジェレネも苦労……なっ!」

「当麻……他の女の事情など、どうでも良いではありませんか」


 あまり話した事の無いアンジェレネと単純に話したいと上条が思ったのが失敗であった。上条は神裂の地雷をものの見事に踏み抜き、彼女の怒りを煽る。


「当麻、あーんしてください」

「良いよ神裂。俺は高校生なんだ。自分で食える」

「あーんしなさい」


 彼女の強引な要求を断る事ができない上条は仕方無く口を開けるしか生き残れる道は無いと悟る。

 アンジェレネやインデックスは神裂の異常性にすっかり当てられ、上条を助ける事よりも保身を優先している。つまり見て見ぬ振りだ。世界を救ったヒーローでも些細な理由で簡単に切り捨てられる。実に良くできた世界はそのままの顔で上条当麻を嘲笑った。


「あむ、うん、神裂の焼いたこの魚、良く焼けてるな」

「当麻に褒められ、嫁としては恐悦至極ですね」


 神裂は上条に軽く褒められただけでにやけている。今までの凛とした彼女とは別人のように頰を赤らめ、悶々としているのは新鮮だったと同時にとてつもなく不気味であった。


「もう見ているのも不快ですね。浮気好きの異教の猿」


 玄関を突き破り、食卓へと飛び込んできたのは、見覚えのある車輪だった。沈黙したインデックスとアンジェレネ、神裂の怒りを余所に上条が壊れた玄関の方へ目をやると、そこには神裂と同じく目から光が消えたシスター・ルチアがいた。彼女の目線は上条当麻から微動打にしないでおり、それが上条を更なる恐怖へと追いやっていく。


「猿、ここは危険ですので私が紹介する安全な教会へ行きましょう」

「なんなんだ一体……いや、それよりも俺の部屋がとんでもない事に!」


 ルチアは剰え土足で上条の部屋へ押し入り、彼を無理矢理連れ去ろうと手を掴む。教会へ行きましょう、を呪文のように連呼する様はかつて彼女が発狂した瞬間を思い出すが、恐怖と驚きの度合いは先を軽く凌駕する。


「私の猿……早くこの呪われた地から脱出しましょう。そして穢れた身を私で清め、この不条理な世界から魂の解脱を遂げるのです」


 ルチアの力は華奢な身体に似合わず剛力で、彼女より体格は明確に大きい上条を軽々と持ち上げ、肩に担ぐ。

 しかしあんな状態の神裂が黙っているはずがない。七天七刀を構えるエロメイド姿の彼女は目を見開き、歯を火花でも出そうなくらいに軋ませている。


「彼から離れなさい。シスターふぜ……がはっ!」

 

 半狂乱の神裂が怒りをぶちまけようとした矢先に、その出鼻を背中に刺さる剣が挫く。剣を伝う血が床を汚し、そこに力を失った神裂が膝をついた。

 平静を失った人間の鼻を明かすのはカップラーメンを作るよりも簡単だろう。屈指の強者とはいえ、精神的な強さが伴わなければ引き出される強さはたかが知れる。

 そこに身体的な負担が被されば尚更の事だ。


「これ……は……聖人殺し!」


 彼女は包丁に施された“聖人殺し”の効力を受け、身体を板の沼へ沈める。聖人が這い蹲るそのすぐ横で冷笑しているのはアンジェレネであった。

 これには神裂だけでなくインデックスや上条も驚くばかりだったが、ルチアだけは想定していた通りなのか、とっ散らかった部屋の有様を一瞥しつつ笑っていた。


「やりましたよ、ルチアママ……あはっ、これで当麻パパと一緒です」


 ルチアと肩を並べるアンジェレネは最早別人だ。上条をパパと呼び、到底今までの関係では成し得ない好感度の高さを感じるのは上条当麻本人が一番良く理解していた。


「アンジェレネ……裏切りましたね」


 アンジェレネは引っ込み思案な性格だが、そんな様子は現状垣間見られない。冷酷に邪魔な相手を潰す断罪者として、神裂へ硬貨の魔術を向ける。

 彼女が最初からルチアに与していたのはルチアや彼女自身の口振り、挙げ句の果てには一連の残虐な裏切りから明白だった。まさに馬鹿でも分かる教科書の内容のようだ。


「邪魔」


 アンジェレネは浮かべた凶器を容赦無く振り下ろす。硬貨の魔術は上条の部屋を廃墟に形作り、神裂とインデックスの姿を纏めて消し去った。

 上条当麻は言葉が出なかった。二人がそう簡単に死ぬとは彼には思えないが、それでも目の前に突き付けられるリアルが否が応でも目に入ってくる。


「ママ、褒めて……」

「アンジェレネ、頭を出してください」


 アンジェレネがルチアの指示を受け、頭を差し出す。ルチアは彼女の願いを叶えんがために修道服のフードを取り去り、愛撫を始めた。他人や建物を平然と破壊しておいて、 形を失った瓦礫の中で歪な愛を囁き合う異常性は、上条には言葉では語れなかった。少なくとも上条当麻は正常なのだろうか。正常か異常かなんて早々頭に浮かべるものでもあるまい。

 それだけ上条を取り巻く状況は生々しく、なおかつ逼迫していた。あの狂気に飲み込まれては例え肉体を保てていたとしても精神は保たない。


「んっ、あっ、気持ち良いよ、ルチアママ」


 この際激変した性格は置いておいたとしても、上条にはとある違和感が募っていくばかり。アンジェレネにこんな力があったのか。ルチアに軽く聖人を翻弄する身のこなしがあったのか。“幻想殺し”をもつ以外は至って普通の少年は彼女たちの急激なパワーアップを説明できないでいた。

 潜在能力、などのパワーワードで疑問を惨たらしく圧殺するのもまた一つの手だが、果たして誰も恨まないからといって彼女たちから目を背けるのはいかがなものか。

 薄れ行く意識に微睡みながら、不器用に口元を緩めている彼女たちを最後に見届ける上条は、やがて完全に目の前が見えなくなった。


「なんなのあの女共、私の当麻をあんな目に遭わせて!」


◆◇◆◇◆◇◆

 

「ふ、フレンダ? あのー、頼みますからそろそろここから出してくれませんか?」

「ダメな訳」


 またしても一人の男が囚われている。窓が一つだけで碌に明かりが差さないコンクリ詰めの倉庫の中。男、浜面仕上は金髪少女フレンダ=セイヴェルンと二人きりになっている。

 フレンダは彼を騙してここまで誘い込む算段を立てていたようで、良くも悪くも真っ直ぐで、周りで巡らされる策謀などには疎い彼は格好の的であった。


「結局、アンタはここで私と二人きりで過ごす訳よ」


 手錠を手足に嵌められ、横倒しになっている浜面に頭から乗っかるフレンダ。彼女は彼に覆い被さってはスンスンと鼻息を荒くする。

 浜面にはなぜそのような事を深々と接触してまでするのか、理解に苦しむ。理解という概念は破棄された世界。彼はそんなアブノーマルな世界へ入門しているなど、知る由も無いため、彼女の思考を真摯になって考えようとする。

 その時点でフレンダのペースで事が運んでいるのに気付きもしないで。


「仕上、仕上……良い匂いな訳、んっ……こうしてくっ付いているだけでどんどん仕上に染められていくわ」


 フレンダは鼻腔を彼の素肌に直接擦り付け、そこで肌を適当になぞる。鼻がちょこんと触れているのが浜面にはこそばゆく感じる。突然フレンダの頭が不自然に振り上がると、彼女の前代未聞な表情が浜面を恐怖のどん底に突き落とす。


「ふぁぁぁ、頭にクるのぉぉぉ」


 フレンダは服を毟り取るように両手を交差させながら強く掴み、よがり狂っている。側から見れば頭のネジが何本か飛んでいる光景を浜面は目にした。

 フレンダの目が天を向き、それから一気に脱力して溶けていくと思われたが、彼女は支えとなる膝に馬鹿力を込めて踏み止まる。


「えへへ、仕上の匂いだけでこんなに気持ち良くなれるなんて予想外だった訳。危うく意識を持って行かれるところだったわ」


 まともな位置に戻ってきたフレンダの瞳は吸い込まれてしまいそうなくらいに暗い。浜面はここで漸く生命の危機を感じる。

 フレンダにはすでに数日監禁されている。ケータイは没収され、浜面は他のアイテムのメンバーとは監禁日数とイコールでずっと連絡が取れずにいる。それどころかフレンダ以外の人物との接触ができていない。

 一日三食、毎食フレンダの手作りを食べさせられ、断ろうものなら口移しで捻じ込まれる風呂や就寝も付きっ切りで、牢獄で看守に睨まれた囚人の気分を味わえる、そんな類の悪趣味に付き合わされる浜面は日に日に憔悴していく一方だ。

 戦火に燃えた広大な極寒の地ロシアで宛ても無く滝壺と走り回っていた方が遥かにマシに思える絶望感に苛まれている浜面。

 悲壮の浜面を余所に、フレンダはいつもの服の上に、どこで買ったか気になる鯖のイラストが入ったエプロンをつける。


「仕上、何食べたい? 今日も手作りする訳よ」


 フレンダは瞳に生気が宿らない笑顔で浜面を一瞥し、鯖缶を両手に抱えて厨房へと向かおうとするが、浜面はそんな彼女を間髪入れずに引き止める。

 ここで言わなければ、ここで言わなければ。

 浜面は覚悟を決め、立ち止まってくれたフレンダに心中を吐露する。


「いつまでも俺が帰って来ないって知ったら麦野たちは黙ってない。だから俺を解放してくれ」


 フレンダのしたいようにさせていたが、そろそろ限界だった。アイテムのメンバーの中で、取り分けリーダーの麦野沈利は仲間の怠慢を赦さず、容赦無く粛清する冷酷主義であり、いつまでも顔を出さないものなら、彼女の電子レーザーで骨まで消失させられるだろう。

 フレンダだって麦野の恐さは痛い程に知っているはず。今の彼女がお世辞にも聞き分けが良い状態とは思えないが、抑止力をちらつかせれば少しは譲歩してくれるだろうと、浜面は勝手ながら目の前のフレンダという女を推し量る。


「なんで……」


 だが彼の目論見は逆効果だったとすぐに判る。浜面は短絡的に物事を考え過ぎていた。幾らポジティブシンキングが重要としても、あまりに楽観視が過ぎて後先は考えていなかったのだ。

 フレンダの瞳の闇が蜷局を巻く時、彼女は薄っすらとした笑みを浮かべていた。拘束された手足と隔絶された暗闇と、二重苦の閉塞感に当てられて、さらに追撃の三重苦目。

 平常心が見るからに崩壊しているフレンダは静かにだが、彼に対して怒声を浴びせる。小さくとも、他に音の生きていない世界では耳にどうしても残り、浜面を這い上がる事すら許されない奈落の底へと手招いてくる。


「なんでそこで麦野が出て来るの? 分かった、結局浜面はまだ他の女に毒されている訳……まだ私以外にうつつを抜かすダメ男な訳!」


 浜面が地雷を踏んだようで、ふつふつと腑を煮えくり返すフレンダは乱暴に彼の唇を奪う。


「やめ、フレンダ……苦し……んぐっ!」

「んちゅ、くちゅ、はふっ……仕上仕上仕上、最初から最後まで、徹頭徹尾こうすれば仕上は迎合していたのかしら。結果論を連ねてもしゃーなしか。これから心を奪えば関係無いし」


 フレンダの舌が浜面の口内を縦横無尽に暴れ回る。男と連むばかりだった浜面がこういった淫らな行為に巻き込まれる経験は無かった。

 眼に映るのはフレンダのぱちくりとした瞳だが、それは光を失い、まるでショーケースに飾られた人形のよう。どこを見ているか分からないようで、その実、浜面しか見ていないのは鈍感でも一目瞭然。そこを顧みるだけで浜面は気がおかしくなる。抵抗を試みようとしても手錠を手足にかけられていては力の強弱に関わらずどうしようもないだろう。

 どこまで鈍感であっても彼女の異様な好意に気付いてしまうくらいに。

 彼女が言った通り、このまま悪戯に疲弊される展開に持って行かれたら、彼女に屈服する事も有り得るだろう。獲物と睨んだら決して逃がそうとしない姿勢は正に暗部の名に恥じない働きだ。


「そんな無駄なところでまで暗部らしくなくて良いよ」


 やっとキスから解放されるが、息をつく暇すらなく料理を作りに彼女はキッチンへ走っていく。程無くして彼女の好物である鯖缶を主軸に据えた料理の群れが立ち並ぶと、鯖の味噌汁、鯖の部分を掬い取り、無理矢理浜面の口へ捩じ込んだ。


「仕上……ふふ、貴方のために料理も上手くなる訳。これで仕上の妻になる訳、訳、ワケェ!」

「むぐっ!」


 フレンダの料理は絶品だが、いかんせん激アツの料理を自分のペースで食べられないのは普通に辛い。誰だって自分で箸やらスプーンをもって食べたいものなのに、拘束されて介護同然の待遇では堪ったものではない。冷静を欠いているフレンダにこの気持ちをどんなに噛み砕いて伝えたところで馬の耳に念仏を唱えるのと変わらないが。


「きゃは! 仕上おいしい?」

「うん、美味いよ」

「嬉しい訳嬉しい訳嬉しい訳嬉しい訳……じゃあ味噌汁をもう一口食べてみて?」


 背に腹は変えられない。何よりもフレンダの飯は絶品なのが腹立たしい。やり方は間違っていても、これ程までに気を遣っていると知れれば、逃げる気も薄れるというものだ。


「これの出汁って何だ?」


 それでもここから逃げなければ少なくとも飼い殺されるのは目に見えている事が薄くでも頭に浮かべば、是が非でも逃げたくなってしまう。

 まずはフレンダを信用させなければ話にならないと思う浜面は茶を濁す形でフレンダに切り込んでいく。


「それ聞きたい訳? 良いわ、教えてあげる」


 ノリノリのフレンダは怒りもすっかり忘れ、浜面の望みを快諾してくれた。理性まではまだ狂った愛に食われていないようだ。

 だが、フレンダが口を再び開くと、その淡い期待は一瞬にして薄っぺらい延べ棒のようになる。


「私の女の子の血、経血を混ぜたわ」

「オェェェ……あがっ」

「仕上? なんで吐こうとするの?」


 浜面は努力虚しくキレたフレンダに踏みつけられる。瞳に戻ってきた光は何処へやら。闇が溶けた虚空を映す瞳が不死鳥の如き復活を遂げてしまう。

 不死鳥なんて生易しいもので済めば良いが。浜面はフレンダの顔を見ようと視線を動かす。


「仕上仕上仕上仕上仕上仕上仕上仕上」


 作られた能面のような無機質極まる、淡白な表情が視界一辺を覆う。浜面の名前を呪文のように連呼しながら、お手製の爆弾を浜面に近付けてくる。まだ起動はされていないが、入ったら最期、爆死は免れない。気なんか休まるはずもなかった。


「私、浜面と一緒に旅立つ訳。拾った命だけど、浜面のためならいくらでも散らせられるわ」



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