2021-08-13 18:05:25 更新

概要

“蛇提督と追いつめられた鎮守府”の続き、part2です。
自分達の解体を免れる事を条件に、蛇目の男を新しい提督として迎える事となった横須賀鎮守府の艦娘達。
その男は見た目も評判も恐ろしいとの事であったが、艦娘の中には聞いていた人物像と違うのではと戸惑う者も…。
だが、そんな彼女達に構うことなく物語は進む…。


前書き

*注意書き*
・SSというより小説寄りの書式となっています。
・この物語は完全な二次創作です。
アニメやゲームを参考にしてはいますが、独自の世界観と独自の解釈でされてる部分も多いのでご了承ください。(出てくるキャラの性格も皆様の思ってるものと違う場合がございます。)
そのため、最初から読まないとちょっとわかりづらいかも知れません。

それでも良いよという方はどうぞ。
読んでお楽しみ頂ければ幸いです。

追記:すみません。いつからか下書き状態になっていて閲覧出来なかったと思います。特に修正はしていません。
お詫び申し上げます。2021/08/13




夕張の秘密




天龍 「ったく…何で俺たちがこんな事を…。」


龍田 「まあまあ、天龍ちゃん。そんなに怒ってたら、シワだらけになっておばあちゃんになっちゃうわよぉ。」


天龍 「なるか!」


いつもの姉妹漫才を繰り広げてる龍田と天龍は二人でトイレ掃除をしていた。


暁 「あ、いたわ!」

電 「ここにいたのです!」

雷 「探したのよ!」

響 「…。」

初霜「ご無事で何よりです。」

龍驤「ちゃんとやっとるか?」


天龍「お?なんだなんだ?ちびっ子勢揃いか?」


龍驤「誰がちびっ子やねん!」ムカー


暁 「そうよ!私は立派なレディーよ!」プンスカ


天龍「はいはい。んで、どうしたんだ?」


初霜「お二人だけでは大変なのでお手伝いをと。」


龍田「あらあらぁ、それは嬉しいけど…。」


天龍「良いのかよ?俺達は罰でトイレ掃除してるんだぜ?勝手にそんなことしたら…。」


初霜「大丈夫です。提督から許可を貰いましたから。」


天龍「許可をもらっただぁ?」


初霜「はい。貰えました。」


龍田「よく許可を貰えましたねぇ?」


初霜「今日はやることもないので、怒られてもいいから思い切って聞いてみたのです。そしたら意外とあっさり許してくれました。」


天龍「…。」


天龍は初霜達と会話をしながら、今から数時間前の事を思い出していた。



―――数時間前 執務室―――


朝から夕張に呼び出され、執務室の提督机の前に龍田と天龍は並んで立っていた。

その後ろには龍驤が控えるように立っている。

提督用の机には蛇提督が座り、その隣、少し離れた所に夕張が立っていた。

因みに黒猫のユカリは相変わらず机の上で寛いで寝ている。


夕張がいる理由は、古鷹が謹慎中の為、急遽、蛇提督から秘書艦をするように指名されたのだ。


天龍 「(こいつは一体、何をしてくる…。)」


龍田 「(天龍ちゃんが危ない目にあうようならその時は…。)」


夕張 「(せめて二人の罪を軽くする方法はないかな…。)」


龍驤 「(司令官はどないするつもりやろか…。)」


四人がそれぞれの思惑を抱きつつ、蛇提督が話を切り出すその時を固唾を呑んで待っていた。


蛇提督「では二人に処罰を言い渡す。君達には…。」


天龍 「…。」

龍田 「…。」

夕張 「…。」

龍驤 「…。」


蛇提督「トイレの掃除だ。」


天龍「……は?」


蛇提督「ここは広いからな。ここの北棟と南棟、入居施設と工廠の方だけをやってもらえればいい。」


蛇提督以外は唖然として、一時沈黙が支配した。


龍田 「あの…。質問してもよろしいですか?」


蛇提督「何だ?」


龍田 「それは何かの冗談でしょうか?」


蛇提督「冗談を言うような場面ではないと思うが?」


龍田 「仮にも提督の命を脅かしたにも関わらず、それだけで済ませるのですか?

それとも他に何かあるのですか?」


蛇提督「いや、それだけだ。」


夕張 「…。」

天龍 「…。」


夕張と天龍は目を見開き口をポカーと開けたままだ。


蛇提督「今回の件は私にも非がある。それを考慮した上での決定だ。」


蛇提督はそう言って椅子から立ち上がり、後ろにある窓から外を見る。


龍驤 「(司令官…まさか最初から…。)」


蛇提督「君達に言うことはそれだけだ。龍田と天龍は退室して構わん。」


龍田と天龍は、納得いかない感じではあるがこれ以上追及しても意味がないと判断し部屋を出ようとする。


蛇提督「夕張、今日は資材集めに行くため、鎮守府の外に行くぞ。」


夕張 「は、はい!」


ボーッとしていた夕張が慌てて返事をする。


蛇提督「私が不在の間の事だが、そこで龍驤、君に頼みがある。」


龍驤 「う、うちか?」


そんな会話を聞いたのを最後に龍田と天龍は執務室の扉を閉め、部屋を後にした。



―――現在 トイレ前の廊下ーーー


初霜 「提督に聞いたら『そうか。構わん。』の一言だけで終わりました。」


龍田 「そうなの? 手伝いをさせてしまったら罰にならない気がするけど…。」


初霜 「あの…。こうは考えられませんか?」


龍田 「?」


初霜 「提督は最初から罰を与えるつもりが無かったのではないでしょうか?」


龍驤 「(初霜も、うちと同じ考えか…。)」


天龍 「つもりが無かったなら、なんで処罰を与えるって言ったんだよ?」


初霜 「それは多分…あくまでも海軍の提督として、形だけでも軍規通りにしただけではないでしょうか?」


龍驤 「毎日の報告書にも書かなあかんからな。」


初霜 「天龍さん達が誤解をして古鷹さんを庇おうとしただけだということ、自分にも非があると考えたからこそ、トイレ掃除だけにした…という事ではないでしょうか。」


初霜の意見は辻褄が合っている。

初霜達にトイレ掃除を手伝わせることで、罰を軽くさせていると考えれば初霜の意見は筋が通る。


天龍 「ただ単純に誰でもいいからトイレ掃除をさせる口実が欲しかっただけじゃないのか?」


天龍はそれでも信じたくないという感じだ。

理屈は合ってても認めたくないのだろう。


天龍 「それに今回の事を利用して罰を軽くさせてやって俺達を信用をさせようとしているか、あるいは今回の事をネタに揺すってくるつもりかもしれないじゃないか。前の提督も最初は優しくしてたが、徐々に態度が変わっていっただろうが。」


誰も天龍の意見に対して反対する者はいない。

それが事実だからというのもあったが、それよりも天龍自身のことを周りが察し、気遣っているという理由の方が大きい。


天龍 「樹実(たつみ)提督や小豆提督は俺達のことを本当に気にかけてくれる数少ない人間だったけどよ…。」


この二人の名前が出ると、いつも空気はさらに重くなる。

それだけ彼らの存在は彼女達にとって大きかったのだろう。


天龍 「たいていの人間は俺達を嫌ったり怖がっている。

あいつもそうだ。いつも片言で笑いもせず、見下した顔で俺達を見る。きっとあいつも腹の中では俺達のことを嫌ってるのさ。」


天龍の蛇提督に対しての見解はごもっともだ。


天龍 「小豆提督は俺達を…友達の様に接してくれたのによ…。」


龍驤 「天龍の言うことはもっともや…。」


初霜 「…。」


龍田 「それでも龍驤ちゃんと初霜ちゃんは、あいつの秘書艦をしてから何やら考え方が変わったのでは?」


たびたび二人が見せていた蛇提督に対しての接し方が変わっていた疑問をここでぶつけてくる。


龍驤 「え…えっと…それは…。」


龍驤がどう言おうか悩んでる。


初霜 「あの方と接してみて、青葉さんから聞いた情報から思ってた人間像と違うと思ったのです。」


初霜は天龍達の気持ちを汲みつつ、素直な感想を述べる。


龍田 「例えば?」


天龍が少し苛立ちながら黙って聞いているのに対して、龍田は冷静だ。

初霜の意見に関心があるようである。


初霜 「演習の時も書類仕事も真面目に取り組んでいて、無愛想ではありますが、こちらの話もはっきり言えば聞いてくれる方です。」


個人的な事は言わず、初霜が蛇提督に対して思ったことを端的に伝える。


龍田 「ふぅ〜ん。」


納得したのか、それとも別の事を考えているのか、表情と合わせても読みづらい返事をする。


天龍 「お前達もあいつに上手い具合に騙されてるだけさ。」


呆れた顔で言う天龍は至って信じてない様子だ。


龍驤 「(せやけど…あれは気休めとか上辺だけとかじゃなくて…。)」


初霜 「(まるで私の傷みがどういうものかわかっているような…。)」


口には出さないが、二人が思った蛇提督の姿をあの時の事を思い出しながらそれぞれが考えていた。


雷 「何はともあれ罰が大したものじゃなくて良かったわ!」


それまで黙って聞いていた雷は話を切り替える。


暁 「その通りだわ!」


暁も合わせる。


電 「天龍さん達に何もなくて良かったです…。」


電は胸に手を当ててホッとした表情を見せる。


響 「ハラショー」


心なしか笑っているようだ。


天龍 「へっ!俺は別にどうでも良かったけどな!」


龍田 「私はともかく、天龍ちゃんに何かあればその時はヤってしまおうかと…フフッ…。」


天龍は腕組をして鼻で笑い、龍田は頬に手を添えて微笑む。

日常で見せるいつものその態度は、大した事ないとアピールするようだった。


雷 「どうでも良くなんかないわよ!」


龍田 「!?」

天龍 「!?」


だが、そんな二人を見た雷は急に怒鳴りつけた。


龍田と天龍は何事かと目を見開いて驚く。


雷 「心配だったんだよ!また天龍が憲兵に捕まって連れていかれちゃうって!」


電 「今度は解体されてしまうんじゃないかと思ったのです…。」


怒る雷と悲しむ電。

対照的な二人だが、涙目になっている事は共通している。


暁 「全く困っちゃうわ!どれだけ一緒に戦ってきた仲だと思ってるの!」プンスカ


響 「…。」コクコク


腰に手を当てて、ご立腹の態度を見せる暁。

響も心なしか珍しく怒っているようだ。


天龍 「お前ら…。」


龍驤 「まあ確かに…今回の事で皆に心配かけた事は間違いないわな。」


雷 「…。」

電 「…。」

暁 「…。」

響 「…。」


龍驤の言葉に「その通りだ」と目だけで訴えてくる暁姉妹。


天龍 「そうか…。悪かったな…。」


龍田 「ごめんなさいねぇ…。」


彼女達の気持ちを知って謝る。


暁 「わかってくれればいいのよ!」


腰に手を当てて、なぜかドヤ顔の暁。


雷 「って言ってるあんたが一番、泣きそうな顔して慌てふためいていたじゃない。」


暁 「なっ!? してないし!」


顔を真っ赤にして慌てて全否定する暁。


龍驤 「まあまあ〜。こうしてなんも無かったし、二人も反省してるようやし、良かったやんけ。」


初霜 「はい。」


またいつものケンカになりそうだったので、早めに止めて話を逸らす。


初霜 「そういえば、提督が不在の間、提督代理をすることになったんですよね?」


龍驤に合わせるように話を変えてゆく。


龍驤 「ああ、そうなんや。資材集めに出るもんやから、その間だけ緊急時に備えての事なんやと。」


龍田 「いよいよ行くのねぇ。同行するのは夕張が?」


龍驤 「そうや。」


天龍 「あいつと二人きりで大丈夫か?」


龍驤 「それが携行砲を許可してくれたんや。」


天龍 「えっ? マジかよ。」




携行砲。それは艦娘専用の護身用の銃と言っても良い。

陸上ではさすがに艤装を装着していくわけにはいかないので、小さな体の駆逐艦でも主砲や副砲を使い慣れてない空母や潜水艦でも持ち歩ける代物。

随分前に妖精と明石が共同で開発したと言われてる。

最初の頃は駆逐艦が使うような12.7㎝砲を小型化したような、手の甲より一回り大きいぐらいの物から始まり、今では人間が使う拳銃と対して変わらない形の物と、用途によってだいぶ種類がある。

だが、妖精が手掛けてるだけあって、その威力は一番小さい物でも車を吹っ飛ばす程の威力がある。


その為、例え提督が出張などの理由でその護衛の為に艦娘が付いて行く事になっても携行砲を所持する許可はまず降りることはない。

理由は簡単。艦娘の人間への反乱を恐れてるため。

または、あえて持たせない事でその意思がないことを証明する為にしている。

それでも人間より身体能力はあり(個体差はあるが)、頑丈な体をしているため、弾除けとして使われている始末。


ではなぜ、わざわざ護身用の武器が作られたのか?

なぜ人間が使ってる武器を使わせないのか?


その理由は、艦娘は「人間が作った武器が使えない」という謎の現象があるから。

いや、艦娘曰く「できない」らしい。


拳銃などの武器を持たせ、的に向けて引き金を引くだけという実験をやらせてみたところ、体が固まっていうことが利かなくなったり、持つことも怖がってしまう艦娘などが出るという結果になった。

他にも爆弾やナイフ、刀や弓なども試された。その結果も似たようなものとなった。


ナイフは誰でも持てるが、対人戦となると体がいうことを利かなくなる現象が起きた。

艦娘同士なら多少動けるが、人間相手にはそれが顕著になる。


弓も人間が作ったものは、例えそれを艤装にして使い慣れている一航戦と二航戦でも使うことができなかった。

だが、妖精が練習用に作った物は、普通に使いこなしていた。


この事から「人間が作った武器は使えない」という事はわかったが、

どうして使えないのかまでは、未だ解明されていない…。




天龍 「でもよ。確か携行砲を保管している金庫の鍵は前の提督が隠してしまっただろう?

どうやって開けるんだ? 無理に開けようとすると爆発する仕組みになってただろう?」


龍驤 「それが司令官が見つけてくれたようやで。」


天龍 「見つけたのかよ。」


龍驤 「つい先日、棚の引き出しに二重底になっていた所があって、開けてみたら鍵があったから夕張に尋ねてみたら、その鍵だったんやと。」


龍田 「古典的ですわねぇ。」


龍驤 「まぁ、そのおかげで使わせてもらえることになったんやから、結果オーライやな。」


初霜 「それで提督から代理として何を任されたのですか?」


龍驤 「緊急時においての対処法といったとこや。それ以外は何もせんといていいらしい。」


そう言いながら龍驤はポケットから紙を取り出す。


龍驤 「この紙にその方法が全部書かれてる。」


そうやって見せた紙には、あらゆる場面においての対処法が事細かに書かれていた。

迎撃する艦隊は敵の編成によって微妙に変えている。


初霜 「あらゆる状況に対応できるようになってますね。」


龍驤 「いつの間にこんなの考えてたんやか。」


雷 「それよりも夕張さん、一人で大丈夫かな…?」


電 「心配なのです…。」


龍田 「大丈夫よぉ。ちょっと間が抜けてるとこあるけど、根はしっかり者だから。」


天龍 「携行砲装備してても、出すのが遅かったりしてな。(笑)」


龍驤 「それ、言えてるで!(笑)」


アハハハっと天龍の冗談に皆が笑う。


初霜 「(提督の事を警戒している夕張さんでも、もしかしたら提督の何かを発見してくれるかもしれない。それが提督の見方が変わるきっかけになればいいけど…。)」


初霜は皆に合わせて笑いながら、何かしらの進展を内心願っていた。



一方その頃、蛇提督と夕張は…。



―――工廠―――


蛇提督「ほう…。これが携行砲か…。」


夕張 「はい。」


天龍が言っていた携行砲を保管している金庫を開けて、中を見ているとこだった。


中には駆逐艦が使う主砲ような形の物もあれば拳銃のタイプの物など、大中小様々な種類の携行砲が揃えられていた。


蛇提督「これならば持ち歩けるだろ。」


そう言って取り出したのはやはり拳銃タイプの物。


夕張 「はい…。」


夕張もあまり使ったことがないのか恐る恐る手に取る。


夕張 「あの…。本当に良いのですか…?」


蛇提督「万が一に備えてだ。…それに、それがある方が私と二人きりで出かける不安を少しは減らせるだろう?」


冷たい目線を向け、無表情のまま言い放つ蛇提督。


夕張 「(くっ…。こっちの考えがまるで見透かされてるようね…。)」


心を覗かれたような嫌悪感を感じる夕張。


蛇提督「まあ、二人だけではないがな…。」


そう言って近くにあったテーブルに近寄る蛇提督。


テーブルの上には尻尾を右へ左へ動かしながら座っているユカリと、ユカリの足下や頭、背中で遊んでる妖精達がいた。

ユカリは特に嫌がる事もなく、珍しい物を見るような目で妖精達を見ていた。


蛇提督「ふぅ〜ん。」


ユカリ達のそんな姿を蛇提督は顎に手を添えながら、考えるようなポーズで見ていた。


夕張 「あの…どうかしたのですか?」


蛇提督が何を思ったのか気になったので、なんとなく聞いてみる。


蛇提督「ユカリには妖精達が見えているようだな。人が嫌いでも妖精は平気なのだな…。」


言われてみれば妖精と動物が触れ合ってる姿は、初めて見たかもしれない。

妖精と呼ばれるだけに自然界の動物とかにも受け入れられる存在なのだろうか。

もしかして、動物とお話しできるとか?

夕張はそんな事をふと考えていた。


夕張がそうしているうち、蛇提督はさらにテーブルに近寄り


蛇提督「建造や開発担当の妖精はいるか? 頼みがあるのだが…。」


そう話を切り出して、しばらく交渉をしていると…


蛇提督「四人の妖精が付いてきてくれるそうだ。…私は出発の準備の為に一度私室に寄ってから、軽トラックを準備する。準備が出来次第、門の前に集合だ。」


夕張 「了解です!」


敬礼をして返事をする夕張。

妖精達も同じように敬礼をして、蛇提督が先に行くのを見送った。


夕張 「行ったようね…。」


ふう〜と安堵の息を漏らしながら、心の声が出た夕張。


夕張は工廠の奥へと進む。

途中途中、工具やら部屋の点検をしつつ、出かける支度をする。

渡された携行砲は大腿に着けるタイプのホルスターを見つけたので、それに入れることにした。

ちょうど夕張のスカートの中に隠れるような形となる。


そして夕張はある部屋の扉の前に立つ。

扉を開け中を少し覗き見る。


夕張 「(よし。ここも大丈夫そうね。)」


扉を閉め鍵をかける。


夕張 「(ここの中の物だけは、誰にも見られないようにしないと…!)」


鍵がかかったかドアノブを回して念入りに確認する。


夕張 「(これで誰にも入られないわね。)」


確認が終わり、その部屋の鍵だけは腰に巻いているウエストポーチの外側のポケットの中に入れた。


だが、夕張のそんな姿を少し離れたところからユカリがジーっと見ていたのだった。



夕張が準備を終え、鎮守府の正門の方へと走る。

夕張の肩や頭には妖精達も乗っていた。


門の側には軽トラックが停めてあり、運転席に蛇提督が座っていた。


夕張が助手席側へとまわり、車に乗り込む。

蛇提督は軍服を着たままだった。


夕張 「お待たせしました。」


蛇提督「よし…では、行くぞ。」


夕張と妖精達が乗り込んだのを確認した蛇提督は軽トラックにエンジンをかけ、鎮守府の外へと走り出したのだった。


鎮守府を出てからというもの、車内はエンジン音と車が道の段差に乗り上げた時の音が鳴るだけで、

夕張と蛇提督は何も話すことはなかった。


そんな空気とはお構いなしに妖精達はそれぞれが思い思いの場所で楽しんでいるようだ。


ある者は夕張の頭の上で外を眺め、ある者は蛇提督の肩の上で運転する様を興味津々に見ていたり、

またある者は車のハンドルの上で落ちないように動き回る遊びをしている。

ちなみに蛇提督はハンドルにいる妖精の事は全く気にしていないという感じだ。


そんな個性豊かな妖精達の姿は見ていて飽きないので、

夕張にとって緊張が支配するこの時間を少し和らいでくれるものでもあった。


ふと車からの外を眺める。

先ほどまで道路の周りは木々や草花が生い茂っていたが、人が住んでいる気配のする土地へと入った。


いや…正しくは人が『住んでいた』であろう。

そこには元は住居が建ち並んでいたのであろうと思われる瓦礫の山が散乱していたからだ。


夕張 「(そういえば…鎮守府の外の景色を見るのは、横須賀鎮守府に配属が決まって移送されてた時に見たとき以来か…。)」


あの時もこんな景色があった事を思い出す。


4年前の艦隊再編成の時に呉鎮守府から横須賀鎮守府の転属が決まった時のことだ。

海軍が深海棲艦に押されはじめて、敗北が続く中ついに本土にまで深海棲艦が襲来してしまった。


当時、まだ前線で艦娘達が撤退戦を繰り広げていた頃、残存の艦隊も把握できない状態での本土への奇襲だったそうだ。

今よりも多くの鎮守府がまだあり、各鎮守府が各々の判断で防衛するように本部から指令が下されたが、

ほとんどが前線の応援に出払っていたか練度の低い艦娘が残っていた為、対応が遅れた。


そのせいで深海棲艦に本土の沿岸部、特に太平洋側はほとんどが爆撃や砲撃によって蹂躙され、防衛しきれなかった鎮守府もほとんどが壊滅。

多くの提督と軍関係者、艦娘達が戦死したという。


そんな事を思い出しながら、通り過ぎる瓦礫の山を見て夕張は


夕張 「(あの時から何一つ変えられていないのね……。)」


と、心の中で嘆くのであった。


蛇提督「夕張に聞きたいことがあるのだが…。」


夕張 「な…何でしょう?」


突然蛇提督が話しかけてきたため、咄嗟に身構える夕張。


蛇提督「樹実提督が死んだ時の事だが、その時迎えの艦隊として合流地点に向かって行ったと聞いた。あの時何があったのか聞かしてくれないか?」


夕張 「あの時の事ですか…。」


古鷹にもこんな風に聞いてきたのだろうと思った夕張。

あの時の事を古鷹が話したのなら自分も話さないわけにはいかない。


夕張 「ラバウル基地で小豆提督から指令を受け、私を旗艦とする水雷戦隊で合流地点に向け出撃しました。そしてその途中で敵艦隊と会敵したのです。」


蛇提督「敵艦隊の規模は?」


夕張 「敵も私達と同じ水雷戦隊の編成で軽巡級と駆逐級、潜水級も混ざったりしていて5、6以上の艦隊が編成できる数であったと思います。」


蛇提督「数の方が随分と曖昧だな。」


夕張 「全てが全て、隊列を組んで現れたわけではないのです。」


蛇提督「どういう事だ?」


夕張 「ある程度集まってた艦種が軽巡と駆逐級だけの構成であった事から推察しただけということもありましたし、何より敵があちらこちらに点在するような形で現れたので、はっきりとした数はわからないのです。」


蛇提督「ふむ…。」


夕張 「敵を発見して小豆提督に指示を仰いだ時、ラバウル基地を背後から奇襲する艦隊が集結しようとしてるのではないかと予想されたので、なるだけ敵艦を撃沈させながら合流地点に向かえと言われました。私達は樹実提督に何かあってはまずいと思って焦りを感じながら、射程距離に入った敵艦は全て攻撃して進撃しました。」


蛇提督「…。」


夕張 「ですが…合流地点付近に来ても樹実提督の乗ってる船は見つからず、辺りを捜索してやっと見つけた時には…。」


蛇提督「既に船は木っ端微塵になってたということか…。」


夕張 「…はい。」


その時の事が鮮明に思い出される。

あれだけの敵を、右舷に今度は左舷にと現れては妨害してくる敵艦を撃ち倒し、多少無理してでも助けなくてはならない人を助ける為、突き進んだのに…。

自分達を待っていたのは、船の無惨な姿。

夢である事を願うが、生々しい焦げくさい臭いが一気に自分を現実へと引き戻す。

他の艦娘達は怪我してようが必死になって辺りを捜索した。

その内の一人が見つけたのは、焼け焦げた海軍章。夕張も見たことのある樹実提督が身につけていた物。

それでも彼女は、目の前の現実を受け入れきれず、ただずっと木っ端微塵になった船を目の前に佇んでいた。


しかしその後しばらくして、古鷹がやってきた。

心ここに在らずという状態で古鷹に自分がわかってることだけ伝えた。

だけど、古鷹の顔は段々と青ざめていき、海軍章を見せたら、絶望に満ちた声で悲鳴を上げ、取り乱してしまった。

その声に夕張も我に返った。いや、無理矢理戻されたと言うべきか。

自分よりも古鷹の方がやばい状態となったからだ。このままではまずい。

なんとか落ち着かせてから、小豆提督に報告した。

衣笠や加古達を迎えに行き、その後はラバウル基地へと帰還した。

その頃には他で起きていた戦いも終わっていたようであった。



蛇提督「そろそろ着くぞ。」


夕張 「…!」


記憶の世界から現実に帰ってきた夕張。

前を見れば、何やら門のようなものがあった。


蛇提督「ここで待っていろ。」


そう言って車から降り、車の向いている前方へと歩き出す。


夕張 「(ちん…じゅふ…?)」


夕張の目の前にあったのは、門であったろう瓦礫が立ち塞がり、壁の貼り付けていた石版に『鎮守府』の文字が刻まれてるのがわずかに見え、ちょうどその文字の上が壁ごと崩れてしまっている。


鎮守府であるならば納得だ。

ここに来る途中、所々崩れてしまっている長い塀が続いていたのを思い出す。

そしてこの門に辿り着いたので、鎮守府があった場所なのだろう。

壊滅した鎮守府跡地から、何かしら資材や資源の足しになるものを探すつもりなのかもしれない。


夕張がそうこう考えてるうちに蛇提督が車に戻ってきた。


蛇提督「もう少し中に入れそうだ。行くぞ。」


再び車を走らせ、ちょうど車一台分ぐらいのわずかな幅の道をゆっくり走らせた。


少し開けた場所に辿り着き、車を真ん中に停めることにした。


夕張は車から降り、辺りを見渡す。

大方、今いる場所は運動場の一部分だろう。

鎮守府によるが艦娘の訓練とトレーニング目的にどこにでも設置される。


自分たちのいる横須賀鎮守府より半分くらいそれよりも狭い敷地ではあるが、入渠施設と工廠施設がしっかりと設置されているようなので、必要最低限の設備はあったのではないかと思う。


蛇提督「夕張は妖精二人を連れて入渠施設と工廠施設の方を探ってくれ。まだ使えそうな艤装や兵器を探すんだ。」


夕張 「わかりました。」


気づけば全部で4人付いてきていた妖精達も二人の肩にそれぞれ二人ずつ分かれていた。


蛇提督「それと今言った物以外で、再利用可能な物を見つけたらメモっておけ。」


そう言って紙とペン、書きやすいように小さなボードも渡してくれた。


蛇提督「持ち帰られそうなものがあれば持ち帰るが、どんな物が再利用できるかの調査がメインだ。妖精によく聞いてリストを作るぞ。」


夕張 「あの…聞いてもよろしいですか?」


蛇提督「何だ?」


夕張 「リストを作るのはどうしてですか?」


蛇提督「今後、拾い集める時の作業効率化といずれそのリストを大本営に提出するつもりだ。」


夕張 「大本営にですか?」


蛇提督「そうだ。大本営、そして政府にも提案が採用されれば他の鎮守府や陸軍も協力してくれるかもしれない。だからリストは細かく書いておけ。」


夕張 「わかりました。」


蛇提督「それと…。」


夕張 「?」


蛇提督「瓦礫の下敷きになってる物とかで無理に取ろうとするな。怪我には気をつけろ…。」


夕張 「は…はい。気をつけます…。」


意外な言葉に少し驚く夕張を置いて、蛇提督は鎮守府の庁舎の方へと向かった。




夕張 「意外と再利用できる物、多いのね。」


夕張は妖精達と協力しながら作業を進めていた。


夕張 「(でも…よく考えたらこういう事を考えて実行する提督って今までいなかったのよね…。)」


現在、資源や資材の調達はそのほとんどが外国からの輸入に頼った状態だ。

政府もそういう外国との交渉や裏で何かしらの取引がなされて、現状を賄っているのだろう。

また今は沿岸部から内陸部の方へと避難してきた住民達の対応に追われている。


本土が攻撃された後、海軍に対する民衆からの信頼は地に落ちた。

またいつ攻撃されるかわからない状況で、この瓦礫だらけの現状をどうにかしようとする者は、一人としていなかったのである。



夕張 「あ…この艤装もまだ使えるかもしれないわね…。」


所々破損しているが直せば使えそうな物を見つけた。

そうでなくても廃棄して資材にすることもできる。


夕張 「これも使ってた形跡があるわね…。」


だが、艦娘の誰かが使っていたものだと思うと、居たたまれない気持ちになるのだった。



入渠施設と工廠を一通り見終わった夕張は


夕張 「ここはもう良さそうね…。あいつの様子を見に行ってみようかしら…。」


何か怪しい事をしてるかもしれないし…。

自分からあいつの所へ赴くのは何か気が引けるが、仕方なく蛇提督が向かった庁舎の方へと歩いてみる。


庁舎の側まで来た時に、物音が聞こえてきた。

どうやら物音は庁舎の二階からだったようだ。


庁舎の中に入れそうな場所を探し、崩れた壁の隙間から中へと入る。

廊下は床も天井も攻撃による被害で穴だらけだった。


こんな所を通ったのかあいつは…

そう思いながら通れる場所を探しながら先に進むと階段を見つけた。

階段を昇り二階の廊下に着いて、右左と確認してみる。


物音がまた聞こえた。

どうやらあのドアの無い部屋からするようだ。


夕張はそぉーっと部屋の中を覗いてみる。

部屋は見たところ執務室のようだった。

外側の壁の半分は崩れ落ちて、外がよく見える。

それでも提督用の机や執務に使ってたと思われる棚なども残っていた。

蛇提督は提督用の机でガサゴソと漁っているようだった。


夕張は意を決して中へと入る。


足音に気づいたのか机の裏から顔を出した蛇提督は夕張が何をしているのかを聞くより先に話しかけてきた。


蛇提督「夕張か。そちらの方は終わったのか?」


夕張 「はい。こちらは大方見終わりました。リストもこちらに…。」


蛇提督は夕張が差し出した紙を受け取る。


蛇提督「ふむ…。」


夕張が書いたリストを眺める蛇提督。


夕張 「さすがに燃料はありませんでしたが、まだ使えそうな艤装なども見つけました。手で持って持ち帰られそうなものは一ヶ所に運んでまとめておきました。」


蛇提督「そうか。ご苦労。」


夕張 「あの…提督はこちらで何を…?」


蛇提督「使えそうな物を探しつつ、何か情報となる物があればと思ってな。ここの提督の遺品とかを探していた。」


蛇提督は夕張から渡されたリストを夕張に返すと同時に机の上に置いてあった黒いノートを手に取り夕張に渡した。


夕張 「これは…?」


蛇提督「日誌だ…。」


よく見れば黒く見えるのは灰と煤まみれになっているからのようだ。

ノートの表紙に日誌の二文字が僅かに見える。


夕張 「中を拝見してもよろしいですか?」


蛇提督「構わん。」


そう言って蛇提督は、再び机の引き出しなどの物色を再開する。


夕張は日誌を開いて読んでみる。


日誌はこの鎮守府に提督として着任した日から丁寧に書かれていた。

どうやらこの日誌を書いたのは若手の提督だったらしく、几帳面な性格だったのか作戦の事や艦娘達との日常を些細な事でも書かれている。

艦娘の事を最初は怖かったようだが、日常を共にする事で割と友好的になっていったような感想が綴られている。


そして本土が攻撃された最後の日も書かれ、数少ない戦力で迎撃するが『必ず守る』という言葉を最後にこの日誌は終わっていた…。


夕張 「(ここの提督も…きっと…。)」


日誌を閉じてやるせない思いになる夕張。


蛇提督「その日誌は貴重な遺品だ。持って帰るから傷つけぬようにな。」


夕張 「(そういえば情報だとか言ってたわね…。)」


こいつは確か龍驤や古鷹から聞いた話によると、わざわざ元帥に頼んでまで貴重な資料を借り、過去の戦歴を調べているという事だった。

古鷹の時も樹実提督が死んだ時のことを聞きたかったということだった。

そうやって当事者の話を聞いて、その時の話を詳しく調べているのだろう。

もしかして龍驤や初霜ちゃんも?

秘書艦をしてから何やら様子が変わったのはそのせい?


だとしても古鷹の事は許せない…。

古鷹はあの時の事が辛すぎて一時は戦いに出ることも出来なかったというのに…。

加古や衣笠、異動してしまった青葉も古鷹を必死になって慰めて…。

樹美提督の名前を出さないように、思い出さないようにしてきて、やっといつもの古鷹になってきたというのに…!


蛇提督「夕張。そろそろ部屋を出るぞ。持ち帰れそうな物をトラックに積んだら出発だ。今日は他にも寄るところがある。」


夕張 「あ…は、はい! わかりました。」


夕張が物思いにふけってる時に、急に話しかけられたため少し慌てて返事をする。


夕張 「(ん? 寄るところ?)」



その後、二人は拾い集めた物を軽トラックの荷台に積み、鎮守府跡を後にした。


車は沿岸部から内陸方面に走らせていた。


夕張 「あの…提督…どこへ行くのですか?」


蛇提督「行けばわかる。」



そう言ってしばらく車を走らせていると人が住んでる気配のする民家が所々見えてきた。

深海棲艦の攻撃の爪痕が多少見えるが、比較的少ない地域のようだ。


そう思いながら景色を眺めていた夕張だったが、蛇提督がある家の前で軽トラックを停めた。


夕張 「(八百屋…?)」


蛇提督はエンジンを切り車のドアを開ける。


蛇提督「ここで待っていろ。」


夕張 「はい…。」


蛇提督は八百屋の中へと入り、「ごめんください」と店の人を呼んだ。


???「へい!いらっしゃい!」


奥の方から元気のいい男の声が聞こえてきたと思ったら、50代くらいのおじさんが出てきた。


おじさん「お客さん!何をおさが……っ!!」


そんなおじさんは蛇提督を見るなり、驚いた顔でその場に立ち止まってしまった。


その姿は車の中にいる夕張にもはっきりと見えた。

窓も少し開けているため声も聞こえる。


おじさん「あんた…軍人かい?」


さっきの明るい声と笑顔とは打って変わり、低い声で少し睨みつけるような顔で尋ねてきた。

きっと警戒しているのだろう。

そしてその理由が蛇提督の眼の事だけではないようだ。


蛇提督「見ての通りです。つい先日横須賀鎮守府に配属されて提督をしています。」


ついでに名前と顔写真入りの海軍証を見せる。


おじさん「ふん…そんなあんたがこんなしがない八百屋に何の用だい?」


腕を組みぶっきら棒な態度で続けて質問をする。


蛇提督「ここの野菜などを売って頂けませんか?」


おじさん「…。」


おじさんは蛇提督を睨みつけたまま少しの間黙っていたが、


おじさん「嫌だと言ったら…?」


相手を試すように聞いてきた。


蛇提督「理由を聞きましょう。」


八百屋のおじさんの態度に臆することなく、淡々と返事をする蛇提督。


おじさん「見ての通り、ここで売ってる品数も在庫もそう多いものじゃない。だけどここら辺りに住んでる人達はここにある食材を買い求めてくる。だが、軍人に売ってしまったらここいらの人達の分が無くなってしまうじゃないか。」


蛇提督「買い占めるつもりはありません。必要な分が足りなかったら別の店で買います。」


おじさん「そんな事をしたって同じだよ。それにこういう店で買おうとするだけ無駄だ。他の所も断るだろう。それにあんたらは国からの支給を貰っているんだろう?」


口調は相変わらず低く落ち着いた感じではあるが、今の質問にはどこか怒りのようなものを感じた。


蛇提督「ええ。その通りです。」


おじさん「ならそれで我慢するんだな。国のお達しがあるのなら別だが、それがないうちはあんたらに売る野菜なんか無いよ。ほらっ、さっさと帰んな。」


取りつく島もないというのは、こういう事をいうのだろうと夕張は蛇提督と八百屋のおじさんのやり取りを聞きながらそう思ったのだった。


蛇提督「わかりました。」


蛇提督は大して表情を変えず、八百屋のおじさんにお辞儀をして車へと戻ってきた。

車に乗り込みエンジンをかける。


蛇提督「他を当たるぞ。」


そう言って軽トラックを発車させる。

八百屋のおじさんは軽トラックが見えなくなるまで、見続けていたのであった。



そんな事があったにも関わらず、妖精達は最初の時と同じくそれぞれが遊んでいた。

その中の一人が夕張のウエストポーチの上にいたのだが、車の揺れでバランスを崩し下へと落ちた。

落ちた先は夕張が出かける前に念入りに施錠の確認をした、あの部屋の鍵を入れたウエストポーチの外側のポケットの中だった。

先ほどの資材調達してる際に何かの拍子に開いてしまったのかチャックが半分に満たない程度に開いていた。


夕張が思い出したようにウエストポーチの外側のポケットを外側から手探りで確認する。

中にいた妖精は潰されかねなかったので、慌てて隅に逃げる。


夕張 「(うん。あるわね。)」


鍵の感触を確かめ中に入ってる事を確認した夕張。


夕張 「(あら?少し開きかけてるじゃない。危ない危ない…。)」


そう思って中に妖精がいることに気づかずチャックを締めてしまう。


妖精は、これはマズイ…という表情だ。

チャックの裏側に手が届かないか手を伸ばしてみるが、ポケットの中思いの外深い為、わずかに届かない。

夕張や他の妖精が気づかないかと、ピギャーっと声を上げてみたり、ポケットの中から内側を叩いてみたり暴れたりしてみたが、車の揺れと音で気づいてもらえないようである。

辺りを見回しても鍵しかない。

鍵をポケットの裏側にうまく立てかけて、それを足場にもう一度チャックに手を伸ばしてみる。

手は届いたが車の揺れでうまくバランスを保てない。

車が止まるのを待つしかないと、ポンと座り込んで待つことにした。



その後も蛇提督は、二、三件店を回ったのだが結果は最初とほぼ同じ。

首を縦に振るものはいなかったのである。


蛇提督「もうそろそろ日が暮れるな…。仕方ない、帰るとしよう。」


そうして車は帰路を走り始めたのである。


横須賀鎮守府を出発した時と同じ車内は沈黙していたが、夕張は違った。


夕張 「(それとなく聞いてみようかな…。)」


この男が何を思っているのか、確かめるのは今が良いと夕張は思った。


夕張 「海軍の軍人というだけで、かなり嫌われているようでしたね…。」


蛇提督「市民を守るはずの軍が頼りないのだからな。予想範囲内の反応だ。」


夕張 「軍人であることを隠せば良かったのではないですか?」


蛇提督「隠したところでいつかはバレる。それにバレた時のいざこざの方が面倒な事になりかねない。」


夕張 「(それはそうよね…。)」


そういったことが起きて一番立場が危うくなるのは、こいつであろう。

余計な火種は作りたくないのかもしれない。


夕張 「ダメ元で元帥に頼んで食料の支給を増やせないか交渉してみてはいかがですか?」


蛇提督「それはもう既にした。鎮守府に配給されてる食料は各鎮守府の艦隊規模に合わせて設定されている。政府との約定で取り決められているから勝手な変更はできないそうだ。」


この男が着任してから間もない頃、食料の事も考えると言っていたことを聞いたのだが、既にそういうこともしていたのだと、夕張は蛇提督の話を聞きながらそう思った。


蛇提督「また違う場所を訪ねてみるだけのことだ。」


だが、食料の件はあまり期待しない方が良さそうだ。


夕張 「資材集めの調査はまだ続けるのですか?」


蛇提督「当たり前だ。リストの方もまだこれだけでは足りない。特に人間が使ってる日用品の物がどれだけ再利用できるか、もっと調べねばな。」


夕張 「それは何故ですか?」


蛇提督「住民が住んでた民家の瓦礫の片付けにも使えるからだ。」


夕張 「…!!」


夕張はハッとした。


夕張 「提督…それはまさか…。」


蛇提督「資材調達を理由に住居の瓦礫駆除をする為、政府や軍が動いてくれるかもしれないという事だ。」


驚いた。この男はそれも視野に入れてこの調査をしようとしていたのか…。

まさに目から鱗が落ちる、といった感じだった。


蛇提督「海軍がやらなくてはならない事は、何も深海棲艦を倒すだけではないということだ。」


真面目に仕事をするどころか、先のことまで考えて動いている。

元帥に脅されてるからなのか…、それとも…。

夕張は困惑するばかりだった。


蛇提督「それに調査のついでに、鎮守府の跡地などでは貴重な資料となる物も見つかったりする。今度の日誌もそうだ。大本営に渡して当時のあの鎮守府の提督が誰なのかを探してもらえれば、すぐに持ち主もわかるはずだ。」


夕張はドキッとする。

この男は過去の戦いの事を調べているようだけど、でもこいつのすることは土足で踏み入って来るような気がして…。

私にも聞いてきたが、こいつは興味本位だけで聞いてくるようで…。

私は別に構わない…。私は他の子に比べれば大した事ではない…。

でも古鷹のように消えることのない傷となって残ってしまう子もいる。

彼女達が再び悲しみに暮れる姿は見たくない。


夕張は拳を握りしめ、自分が心の底に抱いてきた感情がふつふつと湧いて出てきた。


夕張 「…それでも…許せないです…。」


蛇提督「何がだ?」


夕張は湧き上がる感情を胸の中にしまいきれず、言葉となって出てくる。


蛇提督は夕張の口調の変化に気づいたのか、運転しながら夕張の横顔をチラッと見た。


夕張 「提督はそうやって過去の事を調べているようですけど、でも古鷹のように過去に心の傷を負って、思い出したくない事だってあるんです。」


蛇提督「…。」


夕張の口調は段々と強くなってくる。

それに反して蛇提督は冷めた表情で黙って聞いている。


夕張 「あの古鷹の叫びようを見てわかりますよね? あの時も樹実提督が死んだ後は古鷹は出撃すらできない状態だったんですから!」


蛇提督「…。」


夕張 「今回の事で少しでも自分に責を感じているのなら自重して下さい。古鷹が今の状態に戻るまでどれだけかかったと思いますか?加古や衣笠達が必死に慰めて、私達も古鷹の前では樹実提督の名前を出さないようにしてきたというのに…!」


蛇提督「そんな事をしても無駄だ。辛かろうが悲しかろうがそれをどう受け止めて生きていくかは本人次第だからな。」


夕張 「そんな他人事のように言わなくても!」


くあっと蛇提督を睨みつける夕張。


蛇提督「それに…。」


こいつはまだ何か言うのかと夕張は心の中で怒りの声を上げていたのだが、


蛇提督「忘れようとするのが土台無理な話なのだ。……その思い出が大切であればあるほどな。」


夕張の怒りは気づけばフッと消えていた。

何故なのか夕張本人にもわからない。

ただ、蛇提督のその時の横顔がとてつもなく寂しそうな表情をしていたように一瞬見えたのであった。


蛇提督「着いたぞ。」


蛇提督に言われ一瞬前を見る。

気づけば自分達の鎮守府に着いたようだった。

夕張はハッと思い出し、蛇提督の横顔を再び見た。

だが、蛇提督の横顔はいつもの冷たい無表情な顔に戻っていた。

いや…さっきのは気のせいだったのかなと夕張は首をかしげるのであった。


蛇提督は軽トラックを工廠へと走らせ、その前で停めた。


蛇提督「持ち帰ったものを工廠に運ぶぞ。どこに集めるかは決めてあるか?」


夕張 「はい。事前に言われた通り妖精達と決めた部屋がございますので、そちらにお願いします。」


古鷹 「私達もお手伝いします…。」


声がした方に蛇提督と夕張が振り向くと、古鷹の他に衣笠、加古、扶桑に山城が来ていた。

おそらく帰ってきたのを見ていたのだろうと夕張は思った。

だけど、その中に古鷹がいるのは想定外だった。


夕張 「古鷹!?」


夕張が古鷹の下まで駆け寄り、心配気に古鷹を見やる。


夕張 「出てきて大丈夫なの?」


古鷹 「大丈夫だよ。」


ニコッと笑う古鷹。


夕張 「それでも無理しちゃダメよ!………どうして止めなかったの?」


古鷹の後ろにいた衣笠と加古を見て問いつめる。


加古 「止めたさ。でも古鷹が休んでるだけでは嫌だからって…。」


加古もかなり心配なのはその困り顔でよくわかる。

その隣でうんうんと頷く衣笠も難しい顔をしている。


扶桑 「私達も止めはしたのですけど…。」


さらにその隣にいた扶桑も山城も衣笠達と同様のようだ。


蛇提督「まだ謹慎処分中のはずだが…?」


その場にいた艦娘全員がビクッとして、蛇提督の方を一斉に見る。


蛇提督は冷たい視線を古鷹に向けて、ジッと見ていた。


古鷹を心配する理由は、何も心身の状態だけではない。

この二人が会する事が正直一番緊張する場面であろう。


古鷹 「はい。そうです。」


だが古鷹は以前のように蛇提督の目を怖がる様子がない。


蛇提督「ではなぜここにいる?」


蛇提督の無慈悲と言うべき冷たく低い声が彼女達に響く。


古鷹 「心配は無用です。少し体を動かしたくなっただけですから。」


蛇提督に対して真っ直ぐな眼差しで答える古鷹。


そんな古鷹を何も言わずしばらく見ていた蛇提督は


蛇提督「そうか。勝手にしろ。」


と言って古鷹から視線を逸らし、夕張に近づく。


蛇提督「携行砲を返却しろ。金庫に戻してくる。あと、遺品の類を執務室に持っていく。荷台の物をここにいる者達で運んでおけ。」


夕張 「あ、はい。わかりました。どうぞ。」


蛇提督と古鷹のやり取りが意外にもあっさり終わって驚いてる夕張のところにまた急にきたもんだから、またしても慌てて返事をして、携行砲もすんなり返してしまった夕張。

このようなくだりを今日一体何回してるんだ?と自分にツッコミを心の中でいれていた。

それはともかく、思えば結局、携行砲を使うような事にはならなかったのだなと今さら気づいた夕張は、今日あった出来事をなんとなく思い返していた。

その間、蛇提督は携行砲を金庫にしまい、さっさと執務室へと行ってしまったのである。


加古 「凄いよ古鷹! あいつを退けるなんて!」


古鷹の姿に感銘を受けた加古が飛びつくように言う。


古鷹 「退けたなんて大袈裟だよ…。」


加古の言葉に少し遠慮がちになる古鷹。


扶桑 「でも、駆け引きを持ちかけた初霜ちゃんの時のように堂々としてたわ。」


山城 「あんなにあいつの事怖がってたのに。」


衣笠 「なんかあったの?」


古鷹 「私はただ…私が思ったことを素直に言っただけだよ。」


夕張 「そうなの?」


古鷹 「それに…。」


少し俯き、何か考え事をしているようだ。


加古 「それに?」


古鷹 「うん…なんでもない!」


考え事をしているような顔から一変して天使のような顔を見せる古鷹。


加古 「ちょっとなんなのさ〜。」


勿体振らずに話してくれよという感じの加古であったが、


古鷹 「いつかまた話すよ。」


そんな加古をなだめるように打ち切ってしまう古鷹。


古鷹 「…まだ始まったばかりだからさ。」


夕張 「(始まったばかり?)」


意味深な事をボソッと言った古鷹の言葉を聞き取った夕張。

一体古鷹に何があったのだろうと、心境の変化に疑問を抱いていた。


古鷹 「さあ、早く片付けてしまおう。」


古鷹の言葉に皆が従う。

いつか話すと言っているのでその時に聞ければいいかと、夕張は追究することを諦める事にした。



皆が片付けをしてる際、山城がしきりに辺りを見回している事に気づいた夕張は気になったので聞いてみる。


夕張 「何をそんなに気にしているの?」


山城 「え?ああ…あの黒猫がいないかと思って…。」


あの黒猫…ユカリの事だ。

あの一件以来、山城にとってトラウマになっているのだろうか。


扶桑 「そんなに怖がることはないわ、山城。とっても可愛いじゃない。私もいつかは触ってみたいわ。」


山城 「お姉様!触るなんて止してください。」


扶桑 「あら?どうして?」


そんなに怖いのかと隣で聞いている夕張も思いながら扶桑姉妹の会話を聞く。


山城 「触ろうとした途端に引っ掻かれるかもしれませんし。それに…。」


扶桑 「それに?」


山城 「ほら言うじゃないですか。黒猫は不幸を告げる凶兆だとか…。」


夕張 「それは確か西洋での言い伝えでしょ? そんなに気にすることないんじゃない?」


聞いたことのある話だが、あくまで言い伝え。

そこまで気に病まなくてもいいのでは?と思う夕張だったが、


山城 「だってあの男が連れてきた黒猫でしょ。艦娘を不幸にする男と不幸を告げる黒猫…不吉極まりないわ。」


厳密に言えば連れてきたわけではないが、確かにお似合いの組み合わせだと夕張は思った。

想像してみれば、蛇目と猫目。呼び方は違えど似たような目つきだ。

違うところがあるとするなら、猫は真ん丸の目だが蛇提督は細くて鋭い目つきなのだ。


山城 「とにかくあの男と一匹は私達に不幸をもたらす存在なのです。」


そう言って軽トラックの荷台にある物を取ろうとした時、荷台の物の山の中から何かが急に山城の目の前を飛んだ。


山城 「キャアーーッッ」


ビックリして仰け反ってしまった山城。その後ろにいた夕張もぶつかり巻き添いを食らう。

二人は倒れ勢いよく尻餅をついた。


夕張 「痛ったあ〜。なんなのよ、もう〜。」


辺りを見回し原因を探せば、すぐにわかった。


扶桑 「あら?ユカリちゃんがあんな所に…。」


夕張と扶桑が見ている先にいたのは、先ほどまで話題にしていたユカリだった。


ユカリは尻餅をついた二人をツーンとした顔で見ていた。


山城 「ほら、やっぱり不幸だわ!」


扶桑 「まあ、さっきの会話を聞いていたのかしらね。」クスッ


山城は泣き叫び、扶桑はちょっとばかし脳天気な事を言う。


古鷹 「一体どうしたの?」


加古 「なんだ?さっきの叫び声は?」


工廠の方に行ってた古鷹、加古、衣笠が駆けつけてきた。


それと同時にユカリも何事も無かったかのようにフラッとその場を立ち去るのだった。



ようやく工廠への持ち運びも終わり、荷台に積まれていた物も片付いた。


蛇提督「終わったようだな。」


偶然にも良いタイミングでそれとも終わるのを待っていたのか蛇提督がいつのまにか戻ってきていた。


蛇提督「車を片付けておく。君達は夕飯を食べに行け。」


気づけば日は沈み、日のわずかな光が空を照らしていた。

30分もしないうちにすぐ周りは暗くなってしまうだろう。


夕張 「わかりました。」


蛇提督は軽トラックに乗り込み、駐車場所まで移動させるために車を走らせその場を去った。


衣笠 「ああ〜腹減った〜。」

加古 「満腹になった後の睡眠は快適なんだよな〜。」

山城 「すぐに寝たら牛になるわよ。」

扶桑 「フフッ…さあ行きましょう。」


彼女達は蛇提督がいなくなった緊張が解けたように、ガヤガヤ話しながら食堂へ向かうのだった。

その中で古鷹は、夕張が一緒に行こうとしていないのに気づいた。


古鷹 「あれ?夕張は夕食行かないの?」


夕張 「私はまだやる事あるから。後から行くわ。」


そう言って古鷹に先に行ってもらうように促す。


古鷹 「そう? じゃあ先に行ってるね。」


蛇提督に何か仕事を任されてるのだろうと思いあまり気に留めず、加古達の後を追っていた。


夕張 「(さて私は工廠の方を見ておかないとね。)」


夕張は工廠の奥の方へと入っていく。

真っしぐらに向かった先はやはりあの部屋だった。


夕張 「(鍵は閉まってるようね。)」


ドアが開けられてないことを確かめる。


夕張 「(まあ当たり前よね。ここの唯一の鍵は私が持ってるんだから。念のために中も見とこうかしら。)」


まだ腰に巻いてたウエストポーチの外側のポケットに目をやると、夕張はギョッと驚く。


夕張 「(えっ?ウソ、開いてる? 鍵は!?)」


手探りでポケットの中をゴソゴソと探してみる。感触がない…。

焦ってチャックを全開にしてガバッと開く。目視で中を確認してみるものの、


夕張 「(な…無い。どうして? どこで落としたの…?)」


冷や汗がにじみ出てきそうだ。

とにかく冷静になって思い出してみよう…。

そしてハッと思い出す。


夕張 「(そうだ! 山城に押し倒された時だ!)」


荷降ろしするために軽トラックを停めてた場所に急いで行く。

辺りはだいぶ暗くなっただろうから懐中電灯も一緒に持ってく。


夕張 「(無い!……ここにも無い! どうして見つからないの…?)」


軽トラックが置かれてた付近を念入りに探し回ったが見つからない。


夕張 「(落としたのはここじゃないということ…? 車の中とか…?)」


思い当たる場所はそこしか見つからない。というより無ければ困る。

だが車の鍵はあの男が持ってる。

なんて言って鍵を借りればいいか…、あの部屋の存在は誰にも知られたくないし…。


仕方ないので車の外からでもいいから探すことにした夕張は軽トラックを駐車させてる所へと走った。


周りに誰もいないか警戒しながら、軽トラックのところまで来た夕張。

車の窓越しに懐中電灯を照らしながら両側の座席、その下、念のために荷台も見てみるが、

夕張の願いも虚しく鍵は見つからなかった。

本当は座席の下わずかな隙間とかも見たいが、もう辺りは暗く、懐中電灯一つでは影になるところが多く、見れそうな所も暗くて見にくい。


夕張 「(仕方ないわね。今度、資材調達に行く時にそれとなく調べてみるか…。)」


不本意だが断念して工廠に戻ることにする。


夕張 「(でもやっぱり中は見ておきたいからな。ピッキングに使える道具はあったっけ?)」


工廠に戻り、ピックやらなにやらの工具を入れた工具箱を持って、例の部屋へと行く。

だが、その部屋のドアが見えた時、夕張にとって信じられない光景を目にする。


夕張 「(あれ? ドアが開いてる?)」


外開きのドアは閉まりきらずに開いてるのがわかった。

先ほどまで鍵がなくて、開かないはずのドアが開いているなどありえなかった。


夕張 「(ま…まさか…空き巣…?)」


そう思うのも無理はない。

夕張がやろうとした事と同じ、ピッキングで開けたとしか思えない。


夕張は工具箱の中から金槌を取り出し、ゆっくりと部屋の前へと歩み寄る。

中から音は聞こえない。見て確認するため気づかれないようにそろそろとドアを開け中を覗いてみる。


だが、中にいたのはなんと蛇提督だった。


夕張 「て、提督っ!! どうして!?」


思わず驚いて声を出してしまう夕張。


蛇提督「夕張か。ちょうどいい、君を探していたとこだ。」


なんて事だろう…。よりにもよって一番見られたくない相手にこの部屋にある物を見られてしまうとは…。

夕張は人生最大のピンチを迎えたような顔して、蛇提督を見ている。


夕張 「あ…あの提督…。ここは鍵がかけられてたはずでしたよね…?」


どうして蛇提督がここに入られたのか、まずはその疑問を明らかにしたい。


蛇提督「鍵? これのことか?」


そう言って左手の親指と人差し指で挟んで持っていた物は、間違いなくここの部屋の鍵だった。


夕張 「そ…それを、どこで!?」


蛇提督が持っていた理由、その経緯を話すなら時は遡り、

妖精が夕張のウエストポーチの中に閉じ込められたあたりから話さねばならない。


妖精が閉じ込められた後、蛇提督達が別の店に訪ねる度に車は停止した。

それをチャンスと思い、もう一度ポケットの中で暴れてみたが気づいてもらえない。

なら自力で、ということで鍵を足場にチャックに手を伸ばし開けてみようと試みる。

だがそう長く車は止まらず、また動き出したりしてと困難を極めた。

やる度に少しずつ開けられているようだったが自分が出られるほどの隙間にはなっていなかった。


そうして車は鎮守府に帰ってきた。

車が止まり、夕張自身が動き出したようだったが車ほどの揺れではない。


これならいけると思った妖精は最後のチャンスだと思って、チャックを開けようとする。

そして、チャックが十分に開き「やったぁー」っと喜んだその時だった。

急に体が宙に浮く。そしてポケットの中をあっちへこっちへと転がされる。

ちょうど夕張が山城にぶつかり、尻餅をついた時だった。

妖精はいつのまにか鍵にしがみつき、そのまま外へと放り出された。


そんな時、荷台から飛び降りて着地したユカリが妖精と鍵に気づいた。

妖精はというとその時には目を回して気絶していた。

鍵と妖精を口に咥え、夕張から離れる。

ちょうどそれをしていた時は、扶桑から見て夕張の影に隠れていたため、扶桑も気づかなかったようだ。


気絶したままの妖精を、いつのまにか工廠に戻ってた他の妖精達の仲間の元に送り届ける。

妖精達がユカリにお礼を言ってるような仕草をしている。

その中の一人が、一緒に持ってきた鍵が誰のか伝えているようだ。


ユカリは鍵を再び咥え、その場を去る。

工廠の入り口に来た時、夕張が視界に入るが、ユカリは何を思ったのか鎮守府の中へと入っていったのだった。



―――執務室―――


蛇提督「あっ、しまった。夕張に今日のリストを渡してもらうように言うのを忘れていた。」


蛇提督が執務室で遺品などを大切に保管するために透明な袋の中に入れていたりしていた。


その時、執務室のドアが少しだけ開いたことに蛇提督は気づいた。

開いたドアの隙間からユカリが中に入ってきた。

ユカリは賢いもので内開きのドアなら、外からだけドアノブを回して自力で入ってくる。(開けたドアは閉めない)


ユカリは蛇提督の足下に駆け寄り、体を擦り付けてきた。


蛇提督「ユカリか。留守番させて悪かったな。…うん? ユカリ、何を咥えているんだ?」


ユカリが咥えていた鍵を取り、眺めてみる。


蛇提督「(携行砲の金庫の鍵とはまた違う鍵だな…。どこの鍵だ?)」


見覚えもなければ心当たりもない。


蛇提督「(まあどうせ、夕張に会いに行くつもりだったのだ。ついでに聞けばいい…。)」


鍵をズボンのポケットに入れ蛇提督は執務室を出る。夕張がいると思われる工廠に向かった。

何故だかユカリもその後をトコトコと付いていった。


蛇提督は工廠に来たものの夕張の姿はなかった。

ちょうど夕張はその頃、軽トラックの方へ鍵を探しに行ってる最中の時だった。


蛇提督「(いないな。夕飯に行ったか…。念のために奥も探してみるか。)」


本当は妖精に聞けば早くわかるのだが、その妖精達も何故だか見当たらない。

仕方ないので自分で探すことにする蛇提督。


工廠の奥へ進み、所々まだ見ていなかった箇所が多いことに気づいた蛇提督はついでに色々と見回りながら歩いていた。


蛇提督「(そういえば、ここまで入ったことなかったな。)」


途中、作業台と思われる机が置かれているところに来た。夕張が使っている作業台であろう。

机の上には工具箱や筆記具。何かを計測して書いた図面や数字が書かれた紙などが置かれていた。

目の前の棚には色々なファイルがあり、さしずめ机の上に置いてある図面のようなものを他にも保管しているのだろう。


蛇提督「…。」


蛇提督は工具箱を開き、工具を一つ一つ見てみる。

どれも使い込んでるような感じだ。それと同時に手入れもされているようで、使い古している物のはずなのに妙にどれも綺麗だ。


蛇提督は見たことをバレないように、元の状態に戻した。

そしてその場を離れ、さらに先へと進む。


色々な部屋がある所に着く。

中を覗いてみるとそんなに広くない部屋に人が横たわれるようなベッドのような物が置かれているので、どうやら艦娘自体を収納させておくための場所らしい。

なんとなく一つ一つ覗いていき、どんどん奥へと進むと他の部屋よりかは大きいと思われる部屋のドアの前に立った。

夕張が誰にも中を見られないように鍵を閉めたあの部屋だ。


他の部屋と同じく、中を見てみようと思ってドアノブを回す。


蛇提督「(うん? ここだけ鍵がかけられている?)」


ノックをしてみる。だが返事はない。

夕張がいるかもと思ってしてみたが、いなさそうなので他へ行こうとした時、


ニャア〜


ユカリが開かないドアを引っ掻きながら鳴いた。


蛇提督「ユカリ、引っ掻いてはいかんぞ。…あ、そういえば。」


ユカリを見て思い出した。ユカリが咥えてた鍵だ。

ズボンのポケットから鍵を取り出して試してみることにする。


蛇提督「(まさかな…。)」


鍵を鍵穴に入れ、回す。

ガチャっと音が確かにした。


蛇提督「(あ…開いた。)」


蛇提督もさすがに驚いたのか、少しだけ目を見開いた。

そのままドアを開け、中に入った蛇提督はまた驚くことになる。


中にあったのは見慣れない兵器?だった。


大きな盾のようなもの、棘付き鎖鉄球、片耳だけにつけるゴーグル?などなど、

見方によってはガラクタにしか見えない物の山がそこに置かれていた。


蛇提督「(なんなんだ、これは…。)」


さすがの蛇提督も呆然としてその場にいた時、


夕張 「て…提督! どうしてここに!?」


そして話は今に至る。



蛇提督「鍵はユカリが口に咥えていてな。どうして持っていたかわからんがな。」


夕張が蛇提督の足下を見たら、ユカリもいた事に初めて気づく。

夕張がユカリを見た瞬間、まるでそっぽを向いて知らんぷりするように、後ろ足で耳の裏側をかくユカリだった。


夕張 「(またこの子にやられた〜。)」


ユカリの仕業だったと、悔しがる夕張。


蛇提督「そんなことよりこれはどういうことだ? ここにある物は前に渡された工廠の兵器リストに入ってないものだろう?」


夕張 「こ…これは…その…。」


もう誤魔化すことも隠すこともできない。

夕張は諦めて本当の事を話す事にした。


夕張 「そ…その…私は、発明するのが好きでして…。」


蛇提督「発明だと?」


怒られる!と思って体がさらに縮こまるのだが、


蛇提督「いいから続けろ。それで?」


意外にも怒らず、聞いてくれるようなので夕張は続ける事にする。


夕張 「呉鎮守府にいた頃、私はよく明石と一緒に艤装の手入れとかを手伝いながらその傍、発明品を作るのが趣味でした。」


蛇提督「明石と言えば、工作艦の明石か?」


夕張 「はい。明石と一緒に共同作業でしたり、時には競ったりしていました。こちらに転属してからもやはり発明品を作ってみたい衝動は抑えられなくて…。」


蛇提督「前任の提督にバレなかったのか?」


夕張 「なんとかバレずにいました。資材から気づかれない程度にクスねたり、廃棄が決まった物を廃棄せずに使い回したりとか…。」


蛇提督「それは私が着任してからもしていたのか?」


夕張 「演習用の艦載機とか作ってる時に少し…。」


蛇提督「…。」


夕張は正直に答える。どちらにしろすぐわかってしまう事だから、自分の解体も覚悟で話す。


蛇提督「それで…この大きな盾はなんだ?」


夕張 「え?」


これは夕張には予想外な質問。まさか作った物が何かを聞かれるとは…。


蛇提督「なんだと聞いている。」


夕張 「そ…それはですね。艦娘は敵艦の攻撃に耐えられる装甲はあっても、やはりそういうのがあれば安心かと思って作ってみました。」


蛇提督「どのくらい、これは耐えられるんだ?」


夕張 「まだ実験してないんです。こういうの作ってるの他の子達に知られたくないので…。」


蛇提督「なに?他の艦娘は知らんのか?」


夕張 「はい。私がこういう事をやってるって知ってるのは妖精さん達だけです。」


蛇提督「そうか。んでこっちのモーニングスターもどきは何だ?」


蛇提督が棘付き鎖鉄球の方を持って聞こうとするが、重くて持てなさそうだ。


夕張 「艦娘は弾薬が無くなると戦えなくなりますよね? そこで艦娘にも消費しない近接武器でなおかつ深海棲艦を倒せそうな物をと思って作ってみました。」


蛇提督「なるほど。…それにしてもこの盾といいモーニングスターといい、これじゃまるでガ○ダム…。」


夕張 「えっ?提督、知っているんですか!?」


先ほどまでおどおどしていた瞳が急に光りだす。


蛇提督「あ…ああ、知っているぞ。昔はどっちかというとインドアだったから、アニメとかよく見ていたぞ。」


夕張が蛇提督に迫る勢いだったので、思わず少し後ずさりする蛇提督。


夕張 「そうなんですか!? 良いですよね、ガ○ダム!」


夕張の喜び方はいわゆる周りに自分の好きなものを理解してくれる者がいなくて話せなかったが、ようやく話がわかりそうな人に巡り会えたような、そういう喜びだ。


蛇提督「ああ、そうだな。…まさかビームサーベルとかビームライフルも作るつもりではなかろうな…?」


夕張 「本当は作ろうと思って、妖精さんにビームを作る技術があるか聞いてみましたが、さすがに無理みたいでして。」


蛇提督「ほう…。そうなのか。」


蛇提督にとっては貴重な情報だったのか興味があるようだ。


夕張 「そうそう。そこにあるゴーグルですが…。」


夕張が蛇提督が聞いてもいないのに話を続ける。随分と浮かれてきているようだ。


蛇提督「これか…。さっきから気になっていたのだ。」


蛇提督も興味があるようだ。

ゴーグルを手に取る。


夕張 「それ、スカウターですよ。」


ニコニコと笑っている夕張。


蛇提督「なに?スカウターだと?」


夕張 「はい。電探の進化として作ろうと思ったのです。敵の位置だけではなく敵の練度とかがわかれば、より戦略や戦術に役立つと思って。」


蛇提督「確かに。敵が強いとわかれば、早めに撤退させて轟沈も未然に防ぐ事もできるだろうに。」


そんなことを言いながら、頭の左側に装着してみる。

夕張に教えられ、電源スイッチを入れる。


蛇提督「ほう…。夕張をさしてちゃんと数字が出るではないか。」


夕張 「でもそれ、どうにも練度を表す数字ではないんですよね。」


蛇提督「ん? なら何の数字なんだ?」


夕張 「それがよくわからないのです…。」


蛇提督「わからないだと…?」


夕張 「練度ではないのは確かですが、何かまではまだ…。」


蛇提督「……なんだかどれも実用性には程遠いようだな。」


夕張 「う…。それは…その通りですね…。」


痛いところを突かれて、シュンとなってしまう夕張。

そんな夕張を見た蛇提督は質問を変える。


蛇提督「ではここにあるものは、そういう漫画やアニメに影響されて実際に作ってみようとしたものが多いということか?」


夕張 「そうなんです!」


また夕張の瞳が輝き始める。


夕張 「漫画やアニメの世界のだって、きっと実現できると思うんです! そうなったら凄く嬉しいじゃないですか!」


聞いてもいないことを話し始めてしまう夕張。

だが蛇提督は黙って聞いている。


夕張 「そこには夢があるんです。夢をそのまま現実にすることだってできるんだと伝えたいんです!」


だんだん話が勢いに乗って行く。


夕張 「他にもですね…念じただけで見えない壁を作る心の壁発生装置とか遠隔操作で飛ばせてオールレンジ攻撃可能の機動砲台とか………。」


どんな発明に挑んだか苦労したところとか嬉しかったところとか次々に出てきて、

まるでそれは自分の趣味の自慢をする人、そのものだった。


夕張 「それからですね………っ!!?」


ようやく自分が現状を忘れて暴走していた事に気づいた。

皆んなに遅いと言われるのが、昔から気にしているのだが

まさか気づくという事も遅くなるとは、と夕張は心の中で自分のしでかした事を悔いる。


蛇提督は先ほどから何も話さず、ジッとこちらを見ている。

笑ってはいない。怒っているようにも見えるようなその無表情な顔は不気味でしかない。


夕張 「あの…すみません…。つい調子に乗ってしまいました…。罰を受ける覚悟はできてます。」


とりあえず謝るしかない。

もしかしたらこれをネタに揺すられるかもしれない。

蛇提督の顔を見ることはできず、俯いてしまう。

不安と恐怖が体を駆け巡り、手の先の震えが止まらない。

蛇提督が何を言うのか、今はただ待つしかなかった。


と、急に蛇提督は、はぁーと溜息を吐く。

夕張はその声にビクッと反応する。


蛇提督「わかった。ここに置いてあるものは処分しなくていい。置いておけ。」


夕張 「え?」


耳を疑った。まだ信じられないのか蛇提督の顔を見て、口がポカンと開いてしまう。


蛇提督「演習用の弾薬や艦載機の製作は怠らず、普段の日課をこなしているならば、空いてる時間を使って発明とやらをすれば良い。」


夕張 「…。」


蛇提督が並べる言葉はどれも夕張にとって信じられないものだった。


蛇提督「必要あらば備蓄している資材や資源を使っても構わんが…ただし!」


蛇提督の目がより一層鋭くなり、夕張の目の前に人差し指を一本つき立てる。


蛇提督「使う場合は必ず申請書を出せ。まあ、許可を下ろせるかはその時次第だがな。」


次にと、中指もつき立て二本にする。


蛇提督「それと資材の管理は古鷹がしている。古鷹には必ずこの事を正直に話せ。彼女とよく相談して決めろ。足りない分は自ら志願して資材調達を積極的に手伝うのだな。」


つき立てていた指も腕も下ろし、


蛇提督「何か質問はあるか?」


夕張は目を丸くしたまま、その場で硬直していた。


夕張 「え…えっと…聞いてもいいですか?」


ようやく口から言葉が出せた。

条件を聞きながら心の中で浮かんだ疑問だった。


蛇提督「何だ?」


夕張 「あの…どうして…私が隠れてしていた事を罰しないのですか? そもそも今は資材や資源は必要不可欠なものなので、私のする事は良くないことでしょう…?」


今まで発明をするのが楽しいからやってきた。

だけど…今、私の周りはそんな感じではない。

大切な人が亡くなり、それでも傷を抱えたまま戦い続ける仲間がいる。

普段見せる顔はそんな事を微塵に感じさせないけど、本当は苦しみながら戦っている。

にも関わらず、自分だけこんな良い思いをしていて良いのだろうか…?

最近では発明に限らず、何かを作っている時にもそんな楽しさの裏側に罪悪感を感じてしょうがなかった。


あれ…? 私は罰せられたかったの?

許されない事をしているとずっと思ってきたから?

よくわからなくなってきた…。


夕張が頭の中で様々な思いが巡る。

その中、蛇提督は夕張の質問にすぐに答えず、夕張を見ながら何かを考えているようだ。

そしてようやくその口を開く。


蛇提督「今までの戦争の歴史を見ても、新しい兵器や技術が生まれ実用化されることで、戦争自体の大局を変えた事実は数多くある。」


急に壮大な話になったなと夕張は素直に思った。


蛇提督「今の局面を変えるために、新しい何かを生み出して起死回生を図る事も念頭において海軍は動かないといけない。そういった意味では夕張のやってる事は正しい。」


夕張 「そ…そうですか…。」


そう言ってもらえれば、自分のしている事も海軍にとって必要な事をしていると思えば、少しは意味があると思える。


蛇提督「そもそも資源や資材が無いのは夕張のせいではない。海軍の失態が招いたことだ。気にすることはない…。」


そう言って蛇提督は部屋を出ようとして、ドアノブに手をかけて止まった。


蛇提督「それとな…。」


夕張 「…?」


蛇提督が変なところで止まって、背中を向けたまままだ何か言おうとするのだから、

夕張は気になって全ての意識をそちらに向ける。


蛇提督「発明すること自体は悪いことではないだろう? 好きなことなら思いのままやってみるんだな…。

だが、出撃や遠征に支障が出ないほどにな。」


そう言って蛇提督とユカリは部屋を出ていくのだった。


最後の言葉は夕張にとって、一番の衝撃だったようだ。

またしばらくその場で硬直していた。

その後古鷹が、いつまで経っても夕食を食べに来ない夕張を心配して、工廠に呼びに来るまでそのままであった。



翌日、夕張は古鷹に、隠れて発明をしていた事を話した。

だが古鷹は前任の提督の時から気づいていたらしい。

そればかりではなく、夕張が資材庫の資材に手を出した時、前任の提督に気づかれないように資材の帳簿を誤魔化してくれていたらしい。さすがと言うべきか。

これには夕張も驚き、しばらく古鷹に土下座しながら謝罪と感謝の言葉を繰り返し言っていた。


恥ずかしがっていた古鷹は夕張に、どうして正直に話すことにしたのか聞いてきたので、

昨日起きた蛇提督とのやり取りを素直に話すことにした。


一通り聞いた古鷹は、


古鷹 「そうなんだ…。提督に許してもらえて良かったね。」


夕張 「一時はどうなるかと思ったよ…。でもまさか、こんなことになるなんて…。」


古鷹 「そうかな? 私は夕張の話を聞いてちょっと納得したかも。」


夕張 「え? それってどういうこと?」


古鷹 「あの人は…そういう人かもしれないってこと。」


意味深な古鷹の言葉があまり理解できず、首をかしげる。


古鷹 「私もまだ…あの人がどういう人かってよくわからないけど、でももう一回頑張ってみるって決めたの。」


夕張 「ねえ…古鷹。」


昨日の古鷹を思い出し、頭の中でふと言葉となった疑問を古鷹に聞いてみよう。


夕張 「古鷹の心が変わったきっかけって、提督が絡んでるの?」


古鷹 「うん…そうなんだと思う。」


夕張 「それって、どんな事?」


古鷹 「それは…またいつか話すよ!」


ニコッと笑って誤魔化されてしまう。

でもその時の笑顔は、樹実提督と共に歩んでた時の古鷹の笑顔とよく似ていたような気がした夕張だった。


余談だがこの日からもっと後に、大本営にいる大淀から聞いた事だが、

あの名前のわからない鎮守府の執務室で見つけた提督の残した日誌などの遺品は、

身元が判明しその提督の遺族のもとに無事に届けられたという。





不幸の果てに



夕張 「え? 出撃ですか?」


夕張が蛇提督と初めて資材調達に行った日から数日のことだった。

朝、いつものように秘書艦として来た夕張に蛇提督は告げた。


蛇提督「そうだ。目的はこの鎮守府近海の哨戒だ。敵の戦力もどの程度いるかも把握しておきたい。」


夕張 「艦隊の編成は、いかが致しましょう…?」


夕張に少しだけ緊張が走る。

最初に出撃するのは一体誰だろうか…。


蛇提督「龍驤を旗艦として、扶桑、衣笠、龍田、初霜、響の6名だ。」


夕張 「(良かった…。私は入ってないみたい…。)」


心の中でそっと胸を撫で下ろす夕張。


蛇提督「作戦の内容は、今の6名に直接伝える。朝食を済ませた後、執務室に集合するように伝えろ。」


夕張 「わ…わかりました!」


夕張は蛇提督と共に雑務を少しこなした後、食堂へと向かった。


食堂に来てみれば既に全員揃っていた。

古鷹と加古が食事当番の今日は、二人が作ったいつものカレーが机に並べられ、艦娘の何人かは先に食べ始めていた。


古鷹 「あっ、夕張、おはよう。提督と夕張の分はこっちに置いてあるよ。」


夕張 「おはよう。朝食ありがとね。…いやっ、それよりも大変なんだってば!」


天龍 「なんだよ朝から。前みたいな早とちりはごめんだぜ?」


天龍が自分の分のカレーを持って、自分の席に座る途中だった。

その後ろに同じように龍田もいた。


龍田 「一体、何が大変なのぉ?」


夕張は、朝、蛇提督から出撃の話があった事、その出撃する艦娘の名前をあげた。


夕張 「…と、いうことよ。朝食が済んだら執務室に集合だって。」


天龍 「なんだよ? 俺は出撃しねぇのか? ったく…つまんねぇな…。」


龍田 「あらあらぁ。久しぶりの出撃ねぇ。」


衣笠 「私が出撃するのか〜。大丈夫かな〜?」


加古 「衣笠なら大丈夫だろ? 演習訓練の時だって全然腕落ちてなかったじゃん。」


古鷹 「いよいよ出撃ね。でも編成に覚えがあるような…?」


龍驤 「それはあれやで。提督不在時の対処法の中に書いてあった編成や。敵の編成が何であっても対応できるようにしてる警戒用の編成やな。」


電 「はわわ…。響ちゃんが出撃なのです。」


響 「…。」


雷 「響、もしも嫌なら私が代わってあげるわよ!」


暁 「代わるって、あの司令官が許してくれるとは思えないわ。」


初霜「大丈夫です。私が響ちゃんも守ってみせますから。」


出撃の事について皆が話している中、その傍らで食事の手が止まり、俯いている扶桑の姿があった。

その手はわずかに震えている。


山城 「お姉様! これはチャンスですよ!」


扶桑 「な…何がチャンスなの…? 山城。」


山城の言葉にハッと我に返り、何事もないように微笑みながら扶桑は尋ねた。


山城 「あの男にお姉様の凄さを見せつけるチャンスです。前任の提督の時は失敗しましたが、今度こそ、お姉様がこの鎮守府に必要な存在であることを思い知らせるのです!」


扶桑 「え…ええ、そうね。その通りだわ。山城。」


天龍 「お? 珍しく前向きじゃねぇかよ、山城。」


山城 「珍しくとは失礼ね。私はお姉様の事しか考えてないのよ。」


扶桑 「…。」


古鷹 「でもここしばらく、鎮守府近海すら出撃してないから、今、どういう深海棲艦がいるのかわからないから油断は禁物だよ?」


龍驤 「フッフッフ〜。それは大丈夫やで。」


夕張 「どうして?」


龍驤 「ウチがいれば、どんな艦隊も主力。しかもウチが旗艦となれば安泰や。ま、ウチに任しとき。」


天龍 「まあ、樹実提督と小豆提督の下で戦ってきた衣笠と龍田がいれば、安心だな。」


龍驤 「いや…だから、ウチが…。」


龍田 「まあ、天龍ちゃんったら嬉しいこと言ってくれるじゃなぁい。」


衣笠 「衣笠さんにお任せ!」


龍驤 「ウチが…。」


古鷹 「二人と初霜ちゃんがいれば、安心だね!」


加古 「そうだな。戦い慣れてない扶桑さんも、それで大丈夫だろ。」


龍驤 「なんでや…なんでウチの話、聞いてくれへん…。」


天龍達がガヤガヤと話してる傍らで龍驤が肩をガクッと落として、涙目で呟いていた。


夕張 「ドンマイです。龍驤さん。」アハハ・・・


それとなく慰める夕張だった。




朝食を済ました出撃のメンバーは執務室へと集まった。


蛇提督は提督机の椅子に座り、その隣に夕張が立つ。

その二人の前に出撃メンバーが横並びになるように立っていた。


一通り作戦の内容を伝え終わった蛇提督は


蛇提督「…作戦内容は以上だ。何か質問のある者は?」


出撃メンバーの中で、衣笠は手を挙げた。


衣笠 「はい。質問良いですか?」


蛇提督「なんだ?」


衣笠 「近づいて来る敵艦を攻撃するだけに留めるって言ってましたが、もしも逃げる敵艦がいるようなら、追撃しなくていいということですか?」


蛇提督「そうだ。あくまで近海の敵の状況が知りたい。龍驤が索敵範囲を広げつつ、どのような艦種の艦隊がうろついてるのか、発見した場合は随時報告せよ。」


龍田 「随分と消極的なのねぇ?」


龍田が挑発するように質問する。


蛇提督「今回の作戦は海域の攻略ではなく、偵察という目的が優先される。よって、余計な戦いはなるだけ避け、予め決めたルートを通り、この鎮守府に帰投する事がこの作戦の主旨だ。」


龍田 「…。」


龍田の挑発に乗らず、淡々と作戦の主旨を述べる蛇提督を見て、龍田は面白くないという顔をする。


龍驤 「なるだけ情報を集めてこい、というわけやな。」


蛇提督「それと今回の編成では、この鎮守府に配属されてからまだ一度も共に出撃した事も無い者もいるはずだ。演習である程度互いの戦い様を見てるとは思うが、実践に出ればまた違う事も発見できよう。この編成にはそういう狙いもある。」


衣笠 「(そういえば、龍田さんや初霜ちゃんと出撃するのは初めてかな…。)」


夕張 「(前任の提督が誰を出撃させたかまで確認していたのね…。あれ?でも何から知ったのかな?日誌?それとも誰かから?)」


蛇提督「編成を考える上で大事なのは偏りがない事だ。誰と誰が相性が良くて悪いかなんて戦場に出れば関係ない。どんな編成だろうと、自分の力をいかんなく発揮できるようにしろ。」


龍驤 「わかったで。ウチに任しとき!」


蛇提督「期待している…。」


龍驤 「(おお!期待しているなんて、いつぶりに聞いたやろか!)」


声に出さずとも、浮かれている龍驤を他の艦娘達は、引き気味で見ていた。


蛇提督「他に質問が無ければ解散して構わない。」


龍田 「では、失礼します。」


龍田の言葉に合わせ、出撃メンバー一同は敬礼する。

龍驤は浮かれた顔から慌てて敬礼をした。


そうして静かに執務室を立ち去っていくのだが、出ていく順番が最後になった扶桑だけは扉の前で立ち止まってしまった。

扶桑以外の出撃メンバーが部屋を出たあと、扶桑は蛇提督の方に向き直り、再び蛇提督の前へと歩み寄ってきた。

その扶桑の顔は、何か思いつめてるようであった。


夕張 「(扶桑さん…一体どうしたんだろう?)」


怪訝な顔で扶桑の様子を見る夕張に対して、座ったまま顔の前で手を組み扶桑をジーっと見つめる蛇提督。


蛇提督「扶桑。どうかしたか?」


扶桑 「あの…提督…。聞いてもよろしいですか…?」


蛇提督「何だ?」


扶桑 「どうして…今回の出撃メンバーに私が組み込まれているのでしょうか…?」


蛇提督「…。」


蛇提督はすぐには答えなかった。

扶桑を見つめたまま、黙ったままだ。

何かを考えているのだろうか…ともあれ、この会話を黙って聞く事にしようと夕張は思った。


扶桑「この作戦はあくまで偵察が目的…なんですよね? 足の遅い私を入れるのは、作戦目的にそぐわないのではないですか…?」


扶桑の意見は一理ある、と夕張は心でそう思いながら、この会話の様子を窺う。


蛇提督「扶桑を出撃メンバーに入れた理由は二つある。ひとつは鎮守府近海とは言え、どのような敵がいるかわからない。ここの鎮守府の艦娘達は火力が低めなのが難点だ。戦艦級などの固い装甲を持った敵に対しての対策だ。」


蛇提督は淡々と話し始める。

それを不安げな表情で扶桑は聞いている。


蛇提督「二つ目は、先程も言ったが偏りが無いようにしたいということだ。それは出撃回数から見ても同じだ。」


出撃回数という言葉に、ピクッと反応する扶桑。


蛇提督「演習や訓練をどんなにさせても、やはり実戦経験を積ませてやらなければ意味が無い。よってここにいる者には平等に実戦経験を積ませてやりたい。その時の資源や資材の備蓄量で、多少の出撃回数に偏りが出てしまう可能性もあるが、硫黄島海域攻略にここの艦娘全ての力が必要だと踏んでいるため、それまでに出来る準備はなるだけしておきたいのだ。」


扶桑 「提督は…。」


扶桑は喉に何か詰まるような仕草をして、もう一度息を整え質問する。


扶桑 「私や山城が、前任の提督の時にあまり出撃しなかったことをご存知なのですか…?」


蛇提督「ああ、古鷹から少し聞いている。」


扶桑 「その理由もですか…?」


蛇提督「ああ、そうだ。」


しばらく二人の間に沈黙の時間が流れる。


夕張 「(扶桑さん…前任の時の事を気にして…!)」


扶桑 「そうでしたか…。事情を知っておられながら、それでも出撃の機会を下さった事に感謝します…。」


感謝という言葉を使ってるわりには、あまり嬉しそうな顔をしていない。


扶桑 「では失礼します…。」


蛇提督「演習と訓練を思い出しながらやれば、できるはずだ。」


扶桑 「わかりました…。」


丁寧にお辞儀をして執務室を出て行った扶桑。


そんな扶桑を出て行った後も心配そうな顔で見送る夕張。

そして蛇提督も手を組んだままじっと見つめていたのだった。



12:00、出撃メンバーは海上で周囲を警戒しつつ、扶桑や衣笠の艤装の中にある格納庫に入れてあった、おにぎりを食べつつ(自分達で作って用意しておけば後で妖精さんが入れといてくれるがどういう原理で入るのかは不明)休憩を取っていた。


数時間前に彼女達は出撃した。

出撃して早速、龍驤の艦載機や衣笠の水上機を飛ばして周囲の索敵をしつつ予定の航路を進んだ。

途中、会敵はしたものの、そのほとんどが駆逐級で多くても二隻か三隻程度の規模の艦隊しか現れず、艦隊と呼べるほどの敵艦隊は見受けられなかった。

近づいてくる気配のない敵艦はあえて見逃した事もあった。

それからしばらくして、敵艦を察知する事が無くなったので龍驤の判断で停船して休憩を取ることにした。


龍驤 「思ったほど敵が見当たらんな〜。」


初霜 「そうですね。」


衣笠 「私はそれで良かったと思うよ。久しぶりに出撃していきなり強いのと当たったら、大変だもん。」


龍田 「でもなんだか、物足りないわねぇ〜。」


扶桑 「…。」


扶桑は皆が話している中、俯いていた。


そんな扶桑の様子をちらちらと伺っていた衣笠が気になって、思わず話しかける。


衣笠 「扶桑さん、そんなに気にしなくてもいいですよ。駆逐級は戦艦から見たら小さい的ですし、当てづらいものです。でも、そのうち慣れて簡単に当てられるようになりますよ。」


扶桑の気にしていることは、きっと先程の戦いで敵にうまく砲撃を当てられなかった事を気にしているのだと、衣笠は考えていた。


扶桑 「あ…はい…ありがとうございます。久しぶりの実戦だから、なんだか緊張して…。」


龍驤 「まあ〜出撃前にあれだけ妹に期待込められて『頑張って!お姉様!』なんて言われたら、逆に緊張してしまうわな〜。」


山城の真似をして、わざとおどける龍驤。

そんな姿を見て扶桑や他の艦娘の笑みがこぼれる。

ただ響だけが扶桑の顔を見てジーっと見つめていた。


その時、少し強い風が吹いた。

皆が髪やスカートを抑える。

その中、衣笠は扶桑の艶やかな長い髪がなびくのをポーッと見つめていた。


扶桑 「衣笠さん、どうかされたのですか?」


衣笠の視線に気づいた扶桑が問いかける。


衣笠 「あっ…いや…その…扶桑さんの髪って綺麗だなーって思って…。」


少し照れながら答える衣笠。


扶桑 「衣笠さんの髪だって綺麗ではないですか?」


衣笠 「扶桑さんは髪もさることながら髪型とかも…何と言うか大人っぽいっていうか…。」


扶桑 「あら、衣笠さんのツインテールだってよく似合ってるではないですか。」


龍驤 「そうや。ツインテールの何が悪いんや?これはこれでええやないか。」


衣笠 「龍驤はいいのよ。見た目どうりっていうかそのままというか…。」


龍驤 「なんやと!?それはつまり子供っぽいって事かいな!」


衣笠 「い…いや…そうじゃなくて…。」


こんなつもりではなかったんだけど…っと困った顔をして、龍驤をなだめる方法を考える。


響  「今の怒ってる龍驤、暁によく似ている。」


プッと皆が吹き出して笑う。


龍驤 「うぐっ……響、それは今言っちゃあかん…。」


響  「そうかい?素直な感想を言っただけだよ?」


衣笠 「(ふぅ〜響ちゃんに助けられたわね。それにしても響ちゃんが話したところ、久しぶりに見た気がする…。)」


皆の笑いが収まってきた頃、初霜が扶桑に向かって話しかける。


初霜 「扶桑さん、安心してください。私達がサポートしますから、扶桑さんは砲撃に専念して下さい。」


扶桑 「ありがとう、初霜ちゃん。次、頑張ってみるね。」


龍驤 「ほな、そろそろ行きまひょかー? 任務終わらせて早く帰るで。」


衣笠 「うん、そうしよう!」


そうして彼女達は龍驤を先頭に衣笠、扶桑、初霜、響、龍田の順番で、単縦陣を取りながら再び予定の航路を進んだ。



しばらく進んだ後、またもや龍驤が飛ばした偵察機から敵艦発見の報せが届く。

駆逐イ級が三隻。

距離はまだ遠いが接近してきているようだった。


龍驤 「(本当やったらウチの攻撃機飛ばして攻撃したいとこやけど…。)」


出撃する前での作戦内容を伝えられたときに龍驤の艦載機についても話があった。

艦載機を入れるスロットの殆どを攻撃機と偵察機に当てがい、艦攻や爆撃機は牽制できる程度の数までにしておけと命じられていた。

理由は制空権を取るための確率を上げるためだ。

龍驤の艦載機の搭載数は決して多くない。空母も龍驤一人だけということもあり、敵に正規空部級が二隻以上現れれば、制空権の取り合いでまず勝てない。

だが逆に制空権が完全に取られず、砲雷撃戦に持ち込めれれば勝機はある。


硫黄島海域攻略の時もこの方法で行くことをすえての判断であったため、

龍驤も蛇提督のこの提案に同意したのだった。


そうこうしているうちに敵艦が見えてきた。

八時の方角から現れた駆逐級達はこちらの速度に追いつき、互いが平行して進む同航戦の形となった。


既に扶桑の射程距離に入り、扶桑並びに他の艦娘も砲撃準備をする。

だが敵の動きがおかしい…。

そう見た龍驤がまだ砲撃開始の合図をしないのだった。


龍田 「龍驤、敵が目の前にいるのに何を躊躇っているのかしらぁ?」


痺れを切らした龍田が龍驤に砲撃許可を促す。


龍驤 「よく見てみ〜。奴ら一定の距離を保ってこっちに仕掛けてこようとせん。こんなの初めてや…。」


扶桑の射程距離に入っているにも関わらず、攻撃してくる気配もなければそれ以上に近づいてこようとしない。

こちらの動きに合わせて付かず離れずの距離を保っているようだった。


衣笠 「ホントね。なんだか気持ち悪いな。」


初霜 「こちらを挑発…いや、監視しているのでしょうか…?」


響 「…。」


幾多の戦いを経た龍驤以外の艦娘も今までにない敵の動きに対して、困惑の表情を隠せない。


龍驤 「(敵がこちらを発見したら真っ先に攻撃してくるのに、あんな様子見する姿なんて初めてや…。駆逐級にそんな知能があったんかいな…。それとも、誰かに指示されて動うとる?)」


龍驤が目の前の敵に対して、あれこれと考えてる間に衣笠に報せが入る。


衣笠 「敵艦隊発見!10時の方角。距離40。」


無線で他の艦娘にも伝えられる。


龍驤 「数は?」


衣笠 「軽空母ヌ級が2、戦艦ル級が1、軽巡ホ級が2、駆逐イ級が1。こっちにまっすぐ向かってきてるみたい。」


龍驤 「そっちが本命やろな。ほな、さっさと目の前の駆逐を始末して…。」


初霜 「龍驤さん! 駆逐級が離れていきます!」


龍驤 「なんやて!?」


先程までいた駆逐級達が離れていく。


龍驤 「攻撃して来ないなら好都合や。あっちはほっといて軽空母がいる艦隊に集中するで!」


そう言って龍驤は自分の艤装である巻物を勢いよく広げる。


龍驤 「行っくで〜!攻撃隊!発進!」


巻物に描かれた空母の甲板から次々に艦載機が飛び立つ。

それとほぼ同時に敵のヌ級からも艦載機が飛び立った報告が入る。


龍驤の艦載機に乗った妖精が飛び立ってからまもなく敵の艦載機の一団を見つけた。

その方向へ進路を変え、突撃する。

交戦が始まった事が龍驤に無線で知らされる。


龍驤 「撃ち漏らしがこちらに来るかもしれへん。念のために輪形陣に変更する。」


龍驤の指示で輪形陣へと素早く変える。

迎撃する術を持たない龍驤と対空戦闘を得意としない扶桑が真ん中に、衣笠と龍田は陣の前後を、響と初霜は左右に配置した。


そして龍驤に報せが届く。


龍驤 「敵の攻撃隊がこっちに来るようやで。全艦、対空戦闘用意や!」


敵の艦載機が見えてきた。

数は20足らずといったとこか。

敵に照準を合わせる。


龍驤 「今や!迎撃開始!」


一斉に撃ち始めた。

敵の艦載機をみるみる撃ち落としてゆく。


残った敵機は散開し、そのうちの数機が龍驤達からみて左舷の海面近くまで降下した。


衣笠 「左舷!魚雷確認!」


龍驤 「全艦、回避行動! 響、龍田!魚雷処理頼むで!」


降下した敵機が魚雷を投下するのを衣笠が確認した。

龍驤は陣形の左舷側にいた響と後ろにいる龍田に指示を出す。


響 「…!」

龍田「任せてぇ。」


魚雷処理を二人に任し他の者は魚雷回避の為に他との間隔を少し空けていたとき

初霜がふと上を見上げた。


初霜 「あっ!扶桑さん危ない!」


扶桑のほぼ直上から爆撃機と思われる敵機が1つ、急降下してきていた。

先ほどの散開したうちの一機のようだ。


扶桑 「っ!!」


無線越しの初霜の言葉で扶桑は気付いたが回避は間に合わない。


初霜 「…!」


初霜が狙いを絞り主砲を放つ。


ドオオオォォン!!


爆弾を投下される前に、見事に仕留めた。


扶桑 「ありがとう。初霜ちゃん。」


初霜 「はい!」


仲間の危機が救えた事が嬉しかったのか、ある程度離れた距離からでも扶桑の目には初霜の嬉しそうな顔がはっきりと見えたのだった。


敵の艦載機は一通り撃ち落とし、ほとんど被害を受ける事なく乗り切った。


龍驤 「(あっさりと撃墜しおったな〜。ウチの特訓の成果が出たか?響も最初に比べて落ち着いて出来るようになっとったし、特に初霜の腕が著しく上がっている気がするで。)」


龍驤が感心していると先頭を走る衣笠から報せが入る。


衣笠 「敵艦隊、見ゆ!」


衣笠が見てる方向を龍驤達も見る。

龍驤達から見て10時の方角に艦影が見えた。


龍驤 「単縦陣に戻して艦隊戦に移るで!」


敵の陣形も単縦陣で、

前から軽空母2隻、戦艦、軽巡2隻、駆逐の順だ。

互いの艦隊は徐々に近づき、戦艦の射程距離にまで差しかかった。


先に仕掛けたのは深海側だった。

戦艦ル級が砲撃を始めたのだった。

だが、龍驤はまだ砲撃開始の合図はしない。


龍驤 「まだや、もうちょい引き付けるんや。」


戦いは反航戦となり、互いが互いの距離を縮めようとするため、円を描くように動く。


龍驤達の周りで敵の攻撃による水柱が立ち上がるが、慌てず龍驤の合図を待つ。

そして、軽巡の射程に入る頃を見越してここぞとばかりに龍驤が砲撃開始の合図を出す。


龍驤 「今や! 一斉にかましたれ!!」


ドオオン、ドゴオオン!


合図とともに衣笠、扶桑、龍田が一斉射する。狙いは軽空母だ。



ヌ級 「っ!!」


砲撃は見事にヌ級二隻に命中した。

一隻は撃沈、もう一隻は大破に追い込んだ。


龍田 「フフフ…逃がさないわよぉ。」


龍田が生き残ったヌ級を仕留めるために魚雷を放つ。


ヌ級 「キシャャャァァアア!!」


魚雷は見事に命中し、ヌ級を撃沈させた。


龍驤 「よしっ!空母は潰したで!あとは残った敵を畳みかけるだけや!」


空母を先に潰したのは理由がある。

現在、最初に発進させた攻撃隊が龍驤達がいる空域とは別の空域で戦闘中だった。

そのため第二波に対する直掩機の援護が期待できないために、最短距離で近づいて撃沈するのが最初からの狙いだったのだ。

潰してしまえば後は目の前の敵艦に集中するだけ。

急回頭して無理矢理同航戦に持ち込みながらさらに近づいてこちらの駆逐艦2人の火力も合わせれば、多少の被害があっても殲滅できる算段だった。


龍驤 「これで駄目押しにウチの残りの攻撃隊も発進させれば…!」


そうして彼女の巻物を取り出して発進させようとした、その瞬間、

ドオオォォン!


龍驤 「うわっ!」


龍驤に敵の砲弾が命中した。


衣笠 「大丈夫!?」


龍驤の後ろにいる衣笠が無線越しに声をかける。


龍驤 「平気や…。小破といったとこや…。でも砲弾が右から来たような…。」


初霜 「右舷に敵艦、発見!」


龍驤 「えっ!?」


右を見れば確かに駆逐イ級三隻がこちらと同航するように迫ってきていた。


龍田 「あれって…さっき撤退した駆逐艦達じゃない?」


龍驤 「まさか…!」


空母がいた敵艦隊とは反航戦となり、円を描くように動いて、今は最初の立ち位置とはほぼ反対になっていた。

つまり龍驤達がいる方は先ほど駆逐イ級達が撤退した方向と同じ方向にいるのだ。

撤退したと見せかけた駆逐級達は、龍驤達がこちら側に来るのに合わせて密かに近寄って来ていたのだった。


ドン!ドオン!


龍驤 「うっ!」


右舷側の駆逐級達は龍驤に集中砲火を浴びせてくる。

左舷の敵も容赦無い砲撃を他の艦娘にも浴びせてくる。


初霜 「龍驤さん! 右舷の敵はこちらで引き受けます!」


初霜と響が前に龍驤達の右側に並び、陣は複縦陣のような形となる。


龍驤 「助かる!そっちは任せたで!」


龍田 「龍驤、左舷の敵が急回頭してくるわ!」


龍驤 「しまった。先を越されてしもうたか…!」


龍驤のやろうとしていた事を敵側に先にされる。

弾幕を張りながら、急回頭して龍驤達からやや後から追いかけてくるような同航戦となる。


龍驤 「(まずいで…!このままじゃ挟み撃ちや…!)」


戦いは不利な方向へと持っていかれ、だんだん押されはじめる。

両側から攻撃され、なんとか応戦するも状況が好転しない。


右舷側では初霜と響が龍驤達を庇いながら、なんとか駆逐級を一隻撃沈している。

左舷側では衣笠、龍田が軽巡級を一隻撃沈に成功している。

だが、全員被弾して小破以上中破未満。

致命的なダメージを受けていないのが、奇跡に近いがこのままでは時間の問題だった。


扶桑 「(ああ…これも私のせいなのね…。)」


扶桑は応戦しながらも思い悩んでいた。



ああ…思えば私が最初から最大射程からでも敵艦に主砲の砲弾を当てられれば…、

あの駆逐級達が撤退する前に倒していれば…、

挟み撃ちにあう前に、命中させて少しでも敵を撃沈させていれば…、

少なくともこんな状況にはならなかったはず…。

でもどうしても当たらない…。

撃つ瞬間に体の軸がブレるような…。

これじゃ私が完全にみんなの足を引っ張ってる…。



初霜 「キャアアァ!!」


初霜に敵の砲弾が命中する。


龍驤 「大丈夫か!?」


初霜 「大…丈夫…です…。中破しましたが、まだ戦えます!」


傷つきながらも闘志を絶やさない初霜の姿を見て扶桑はある記憶が蘇る。


―――1年程前―――


扶桑 『初霜ちゃん、最近どこか思いつめたような顔をする事があるけど…大丈夫?』


初霜 『あ…いえ、ご心配には及びません。』


扶桑 『古鷹さんのお手伝いで秘書艦の仕事が大変なの?誰かに交代してもらいましょうか?なんなら私が…?』


初霜 『いえ、違うんです。秘書艦の仕事のことでは無いのです。ただ…。』


扶桑 『ただ?』


初霜 『最近…出撃させてもらえないのです…。』


扶桑 『確かに…ずっと秘書艦の仕事をしていますものね。』

扶桑 『(私と同じね…。)』


初霜 『秘書艦の仕事が嫌なわけではありません。むしろ提督のお仕事の手伝いも必要な事だと思います。でも私は…戦って強くなって、一人でも多く救いたいのです。』


扶桑 『救う?』


初霜 『はい。ただでさえ私達は負け続けているのです。辛い思いや苦しんでる仲間達を救えるように、強くなって救いたいのです。』


扶桑 『初霜ちゃんは強いのね…。』


初霜 『? 私は強くないですよ? 時々、扶桑さんのような戦艦のような力があればなって思ったりもします。』


扶桑 『違うの。そういう強いではなくて、ここのこと。』


胸に手を当てて諭す。


初霜 『でも私はいざというときに助けられなかった事があったんです。何もできなかったんです。』


扶桑 『それでもなお戦おうと思えることはとても素晴らしい事だわ。』


初霜 『そうですか? いつかきっと、より多くの仲間を救います。それがきっと艦娘として生まれた私の使命ですから。』


―――現在―――


扶桑 「(使命…か…。)」


あの時の…私を助けた時のあの笑顔は、

自分の願いを、自分がここにいる価値を自ら勝ち取った、

そういう嬉しさが彼女のあの笑顔を作ったのね。

あれは私にとって、とても眩しく見えたわ…。


『救いたい』


でもここで何もせずに朽ちてしまうのなら

きっと大きな後悔を残すだけね…。

それならいっそのこと…!!


龍田 「扶桑!?」


扶桑は急に列から離れ、左舷の敵に近づく。

狙いを戦艦ル級に絞り、再び照準を合わせる。

だが、その姿は隙だらけで、左舷側の敵は扶桑に狙いを集中する。


龍驤 「龍田!衣笠!扶桑の援護や!」


衣笠 「言われなくても!」

龍田 「任せてぇ!」


軽巡と駆逐に魚雷を撃たれる前にこちらで先に弾幕で邪魔をする。

扶桑がル級に集中できるように。


龍驤 『初霜、響!ウチの事はいい!龍田と衣笠をカバーするんや!』


初霜 「わかりました!」

響  「了解…!」


龍田と衣笠を守るような位置どりに2人が動く。


案の定、右舷の駆逐級達は魚雷を衣笠達に向けて一斉に放つ。

初霜達は魚雷処理をしながら、衣笠達を回避コースに誘導させる。


扶桑は慎重に照準を合わせている。

敵の攻撃によって近くで水柱が立とうとも微動だにしない。

この一撃でル級を倒せれば戦局を覆せる…。

だから扶桑はいつにも増して慎重になっていた。


ル級も扶桑に砲撃するが、かすめたりするも扶桑が怯む様子がないので、再度照準を合わす。

次は確実に当てようとする動作だ。


ル級と同じ側の軽巡ホ級と駆逐イ級は扶桑に気を取られていた。

その隙を衣笠と龍田は見逃さなかった。


衣笠 「そこよ!」

龍田 「そぉーっれ!」


ズドーン!!


衣笠はホ級を龍田はイ級を撃沈した。


そしてル級の照準合わせが終わる頃、動作が止まるその瞬間、


扶桑 「(今だっ!!)」


ドゴオオーン!!


扶桑の主砲の轟音が轟く。


ル級 「キシャャァアア!!」


扶桑の撃った弾はル級に見事に命中し撃沈させた。


扶桑 「…。」


扶桑は目の前で起きたことを口を開けて呆然としていた。


龍驤 「よし!これならウチの攻撃隊も出せる。行くでー!」


龍驤が艦載機を飛び立たせる。

二、三機の爆撃機しかいないが右舷側の駆逐級をやるなら十分だ。


飛び立ってから龍驤たちの進行方向と同じ方向に飛びそのまま上昇する。

そして右舷側の駆逐イ級一隻に集中して急降下、爆弾を落とす。

爆弾は命中し撃沈に成功。

残った右舷側の駆逐級に対して響が主砲を撃ち込む。これも命中し撃沈させたようだ。


龍驤は周りに敵がいないか確認し、一旦停船した。

皆の状態を確認するためだ。


龍驤 「みんな、大丈夫か?」


龍田 「私は平気よぉ。」

衣笠 「私もこの通り♪」

扶桑 「心配には及びません…。」

響  「異常なし。」


龍驤 「一番損傷しているのは初霜か?」


初霜 「その様ですが航行に支障は無いです。」


龍驤 「せやけど、みんななんだかんだでボロボロやし、さっきの戦いで疲労が溜まってるやろから、ここは予定を変更して帰投しといた方がええやろ。」


初霜 「でもまだ予定の航路を全て回ったわけではないですし、もう少しこの辺りの海域の調査を続行した方が…。私の事はいいですから…。」


龍驤 「ダメやダメや!戦えるかもしれへんが、今度もさっきの様な奴らに出くわすかもしれへんし、それ以上かもしれへん。無理しないようにと言われておったやろ?」


初霜 「そうですね…。あくまで偵察、無事に帰投することでしたね。」


龍田 「でも余計な戦いはするなっていう指示のせいで、逆に危険に晒されたことも事実よねぇ?」


龍驤 「あの駆逐級の事かいな?あれはウチの判断ミスで…。」


龍田 「その判断ミスを誘ったのはその指示があったからでしょう?あそこで軽空母の艦隊が来る前に沈めてしまえばあんな危ない目にはならなかったわよねぇ?。」


龍驤 「そ…それは…そうかもしれへんけど…。」


皆の空気が少し重くなる。


衣笠 「でも扶桑さんのおかげで勝つことが出来たわ!」


扶桑 「え…?」


衣笠が空気の重さをはねのけるように、話題を扶桑の話に切り替える。


初霜 「はい!凄かったのです!」

龍驤 「おお!あれは凄かったやのう!」


話題に飛び込むように二人が扶桑を褒める。


扶桑 「いえ…、私はただ無我夢中でやっただけですので…。」


衣笠 「列から離れて前に出たときはどうなるかと思ったけど、ああやって敵の注意を引きつけてくれてたんだよね。おかげで落ち着いて狙いを定めることが出来たわ!」


扶桑 「そうなんですか…?」


龍田 「ええ。それだけに限らず、ル級を一撃で倒した。間違いなく今回のMVPだと思いますわぁ。」


響  「ハラショー。」


扶桑 「皆さん…。」


龍驤 「あの山城も、さすが私のお姉様!って大喜びすること間違いないで。」


皆がワッと笑った。

扶桑の喜びと勝利の喜びを共に味わうように…。


扶桑もみんなの笑顔を見てホッとしたのか肩の力が抜け自然な笑顔をしていた。

そんな姿を見た響も同じようにホッとした表情をして微笑んでいた。


駆逐イ級 「グギギ……。」


だがそんな彼女らの知らぬところで、今にもボロボロで沈みそうなイ級の姿があった。

ちょうど扶桑の真後ろの所、少し離れた位置から扶桑達を見ていた。


そして最後の力を振り絞るように魚雷を放ち、力尽きた。

魚雷は扶桑を目掛けて走ってくる。

だが扶桑達は気付く気配がない。

魚雷がまもなく到着する頃、響が魚雷に気付いた。


響 「魚雷…!」


魚雷処理も回避も間に合いそうにない。

響がとっさに扶桑の盾になる。


ズドオオーン!


大きな爆音と光で、扶桑達は一瞬何があったのか理解出来なかった。

だがそれが終わった後、爆発による煙の向こう側を皆が見てすぐにわかることになる。

響がボロボロで大破して、そして海面に倒れたからだ。


龍驤達 「「「響(ちゃん)!!」」」


扶桑以外が響に駆け寄る。


龍驤 「ま…まだ息はしている…けど、これはちょっとヤバいで!」

衣笠 「当たりどころが悪かったのかも…すぐに入渠しないと!」

龍田 「ならすぐに艤装を強制解除して運ばないと。」

初霜 「響ちゃん…頑張ってください…!」


皆が話している後ろで扶桑は目の前で起きた光景を目の当たりして立ち尽くしていた。


龍驤 「おい!扶桑!」


扶桑 「は…はい。」


龍驤の呼びかけに我にかえる。


龍驤 「響を抱きかかえて連れて行けるか?」


扶桑 「任せてください。」


龍驤 「よし!響の艤装は龍田と衣笠で。周囲を警戒しながら早めに母港に帰投するで!」


そうして龍驤達は帰路についた。

龍驤は戻ってきた艦載機を収容させ、龍田、衣笠、初霜は周囲の警戒に細心の注意を払った。


扶桑は抱きかかえて運んでいる響の様子をジッと見て考え事をしていた。

その響の感触は、今にも消えてしまうのではないかと思うほどの弱々しいものであった。


扶桑 「くっ…。」


そんな響を見る扶桑の表情は悔恨の念に駆られていたのだった。



鎮守府の港では夕張の他、山城や暁達など鎮守府に残ってた艦娘全員が龍驤達の帰りを待っていた。

既に龍驤から連絡を受け、響が大破したことや他の者もだいぶ被害を受けていることを聞き、皆落ち着かない様子だった。


天龍 「おい!まだ帰ってこねぇのかよ?」

夕張 「報告ではもう見えてくるはずです…。」

暁  「響が…響が…!」

古鷹 「暁ちゃん落ち着いて。」

電  「はわわ…響ちゃん…。」

雷  「響…。」

山城 「姉様…。」

加古 「あっ!見えてきたぞ!」


龍驤達の姿が見えてきた。

だんだんとその姿がはっきり見える頃になると、

抱きかかえられている響以外は無事であることが確認できた。

到着を待っていた艦娘達の後ろにいつの間にか蛇提督の姿もあった。


暁  「ひ…響!」


港に着いた扶桑は響を抱きかかえたまま陸に上がる。

そこに暁達が真っ先に駆け寄るが、そのすぐ後ろから夕張と天龍が割って入ってきた。


夕張 「ちょっと見せて!」


天龍が扶桑から響を受け取り、夕張が傷の具合を見る。

ちょうどその後から蛇提督が響が見える位置まで来ていた。


天龍 「どうだ?」


夕張 「私は専門じゃないからはっきりとは言えないけど、入渠すれば治るよ。でも打ちどころが悪いのか意識がほとんど無いわね。治っても後遺症とか残る艦娘もいるって聞いたから、それを考えたら高速修復材を使った方が後遺症を残す可能性を減らせて良いんだけど…。」


天龍 「チッ…。今バケツは無いからな。とにかく早く入渠させてやんないと!」


夕張 「天龍!」


夕張が目配せで蛇提督の方を指す。

入渠させるのにも提督の許可は必要だからだ。

天龍がめんどくさいと思いながら蛇提督に言おうと振り向いて言おうとした時、


蛇提督 「早く連れて行け。」


きっと夕張と天龍のやり取りを聞いていたためか、天龍が聞く前に先に答えたようだ。


龍驤 「あ…あの…司令官?」


蛇提督「報告は後だ。お前達も入渠の準備をしろ。傷を治してからだ。」


そう言ってさっさと鎮守府へと戻ってしまった。


天龍 「ったく、なんだよアイツ…。」


天龍や龍田、山城は去っていく蛇提督を睨みつけていた。


衣笠 「帰ってきた私達に何か一言あってもいいと思うよね。」


さすがの衣笠も蛇提督の態度には不服のようだ。


夕張 「とにかく早く入渠させて!もう準備は済ませてあるから。」


龍驤 「お…おう、そうやな。ウチらも早いとこ入渠せやな。」


天龍 「悪い!龍田!初霜!響を先に連れてく!」


龍田 「私は大丈夫よぉ。早く入れさせてあげてぇ。」


初霜 「はい。響ちゃんをお願いします。」


天龍と夕張は響を連れて入渠施設へと急いで行った。


雷  「あっ!私達も行くわ!」

電  「なのです!」

暁  「ま、待ってー!」


暁達も急いで後を追う。

その後から龍驤達も古鷹達共に入渠施設へと向かった。


扶桑だけはその場で立ち止まったまま響達が見えなくなるまで見送った後、

先ほどまで響を抱きかかえていた手の平を見ながら、愕然としていた。


山城 「お姉様!」


扶桑 「や…山城…。」


山城の声にハッとして山城の様子を窺う。


山城 「響も心配ですが、扶桑姉様も心配で…。先ほどから何やら顔色が良くないです!もしかしてどこか怪我されているのですか!?」


よほど心配なのかぐいぐいと扶桑に迫るように聞いてくる。


扶桑 「山城、大丈夫よ…。心配しないで…。響ちゃんの事も重なって、久しぶりの実戦でちょっと疲れてしまっただけ…。」


山城 「そ…そうですか…。」


姉様がそう言うのでしたら…という風に一旦引き下がる山城。


扶桑 「私よりも響ちゃんや他のみんなの方が怪我しているの…。あちらを気にかけてやって…。私の事はいいから…。」


山城 「姉様…?」


扶桑は入渠施設へと歩き始めた。

山城は扶桑から何か違和感を感じたが、それがわからないまま扶桑の後を追いかけた。



―――入渠施設―――


夕張 「とりあえずこのまま安静ね。」


響の服を脱がし入渠という名の風呂に入れる。

入れた時に傷口に染みたのか少し辛そうな顔をしたように見えた。


暁  「響!しっかりして!」

雷  「私が一緒にいてあげるわ!」

電  「響ちゃん、頑張るのです!」


天龍 「だあー!お前ら!静かにしろ!」


雷  「天龍の方がうるさいわ!」

暁  「そうよ!」

電  「あ…えっと…ここでケンカはマズイのです…。」ボソボソ


天龍 「お前らがギャアギャア騒いでるからだろ!?」


夕張 「みんな出てってください!!」


そう言われて天龍達は夕張に摘み出された。


天龍 「ほらぁ!うるさいから出されちまったじゃないか!」


雷  「何ですって!」

暁  「私は響のお姉さんなのよ!そばで見守る権利はこっちにあるはずだわ!」


天龍 「そんなお前達の面倒見てきたの誰だと思ってんだ!」


電  「(はわわ…。ここに来てもまだケンカが止まないのです…。だ、誰かを呼ばないと…。)」


そうして誰かを探しに行こうと振り返った時、電は驚いた。

驚きのあまり開いた口が塞がらない。


蛇提督「うるさいぞ、お前達。くだらない事でケンカしてるんじゃない。」


天龍 「ああ?誰がくだらないって!」


そこに来たのは蛇提督だった。だが逆に違うケンカが始まってしまいそうだった。


蛇提督「電、中にいる夕張にこれを渡してくれ。使えるはずだ。」


と思ったが蛇提督は天龍を全く相手にせず、手に持ってた物を電に渡す。


電  「は、はい! えっ?こっ…これって!?」


渡された物を見た時、電だけではなくすぐそばで見ていた天龍や暁達も自分の目を疑った。

それはこの鎮守府にはもう残っていないはずの高速修復材、通称バケツであった。


蛇提督「それとこの鎮守府に保健室もあったろ?あそこのベッドを使えるようにしとけ。響の修復が終わったらそちらで寝かすんだ。医療用の道具が一通り備わっているはずだから何かあった時のためにすぐに対応させられるようにな。」


電  「は…はい…。」


蛇提督はそのまま向き直り立ち去ろうとする。

天龍は思わず蛇提督を呼び止め、


天龍 「お、おい!これ、どこで手に入れたんだ?」


蛇提督「今はそんなことを聞いてる場合ではないだろ。早くそれを響に届けて、あとは他の者も入渠させられるように手伝ってやれ。」


そう言って蛇提督はさっさと言ってしまった。


天龍 「くそっ!あいつ話をはぐらかしやがって…。」


電  「と、とにかくこれを夕張さんに届けるのです!」


バケツを持っていき、それを見た夕張も驚いていたが、理由はどうあれ響に早速使われた。

響の怪我はみるみる治り、響の顔も先ほどよりも楽な表情をするようになった。

それを見た天龍達もホッと安堵したのである。


後から龍驤達も入渠しに来たが、蛇提督がバケツを持ってきたことを聞かされ、皆が目を丸くして驚いていた。



―――21:00 執務室―――


夕張 「えっ?明日の予定は無しですか?」


蛇提督「ああ。全員休息の日とする。まあ、毎日訓練が出来るほどの資材があるわけでもないし、次に出撃するメンバーを考えるのと、書類仕事をメインにしようと思う。」


夕張 「そうですか…。」


蛇提督「それと今日の出撃の戦果報告と詳細だ。聞きたい事はいくつかあるからな。」


夕張 「わかりました。龍驤さんにその旨を伝えときます。」


蛇提督「今日はもう休んでいい。」


夕張 「えっ?でもまだ就寝時間ではないですが?」


蛇提督「構わん。私が疲れただけだ。夕張も早めに休んでおけ。」


夕張 「わ…わかりました…。」

夕張「(本当は高速修復材をなぜ持ってたか聞きたかったところだけど、なんか聞きづらい雰囲気だし、明日にしよう。)」


夕張 「では私はこれで…。お休みなさい。」


蛇提督「ああ。」


夕張は執務室を出て行った。

だが夕張が執務室から出て行ったのを後ろから見ていた者がいた。

その者は夕張が戻ってこないか、他に人がいないか確認して、執務室のドアの前に立つ。



コンコンコン


蛇提督「誰だ?」


扶桑 「扶桑です…。」


蛇提督「扶桑か。入れ。」


扶桑が部屋に入り蛇提督の前までやってきた。

その表情は何やら暗い感じである。


蛇提督「どうした?私に何か用か?」


扶桑 「提督…折り入ってお願いがございます…。」


蛇提督「何だ?」


扶桑 「私を…解体して下さい。」


蛇提督「ほう…。解体か。」


扶桑 「はい…。」


蛇提督「もう戦う気力が失せたと?」


扶桑 「…。」


扶桑は俯いたまま話そうとはしない。


蛇提督「だが今は解体するのにも少々手間でね。今の海軍の現状のこともあり、勝手に解体する事はできない。大本営に解体申請書を発行してもらわねばならない。今からしても明後日の朝になってしまうだろう。」


扶桑 「そうですか…。それでも構いません。」


蛇提督「だが良いのか?私が着任する時にも話したと思うが、解体になるとは限らないのだぞ?お前を別の用途で使おうとするかもしれない。それもとても屈辱的な扱いをな。」


扶桑 「それでも私がここにいるよりはマシでしょう…。」


蛇提督「…。」


蛇提督は扶桑の顔をじっと見た。

俯いたままそれ以上何も話す気配がないので、蛇提督は話を続ける。


蛇提督「そうか。申請書の発行を頼んでおく。申請書が来た時にまた呼ぶ。本人のサインが必要だからな。」


扶桑 「はい…。ありがとうございます…。」


扶桑は軽く会釈する。


蛇提督「明日はちょうど艦娘全員休みということにしてある。本当に解体するのかもう一度考え直すか、仲間に別れを告げる日にでもするのだな。」


扶桑 「その…できれば私が解体を希望した事を他の人に伝えないで頂けないでしょうか…? 特に…山城には…。」


蛇提督「何か理由があるのか?」


扶桑 「他の子達もそうですが…特に山城は私が解体されると聞いたら絶対に止めてくるでしょう。自分が代わりになるとか…最悪、前と同じ事をしかねません。そうすれば提督の身も危険となります。」


蛇提督「そのような事態になるとわかっているにも関わらず、それでも自分の解体を希望するのか?」


扶桑 「私は…。」


扶桑が何かを言いかけたが、また俯いてしまい口を閉じてしまう。


蛇提督「わかった。私からはこれ以上特に無い。そちらにまだ用があるのなら聞くが?」


扶桑 「いえ…もうございません…。それではお暇させて頂きます。」


蛇提督「ああ。」


扶桑は軽く会釈し部屋を出て行った。

蛇提督はその後ろ姿を、扶桑が部屋を出て行き見えなくなっても、そちらの方に視線を置いたまま手を組んで考え事をしているようだった。



―――23:00 保健室―――


修復が終わった響を保健室のベッドで寝かせ、そのままそばを離れずに見守っていた暁と電、雷はそのまま眠ってしまっていた。


電 「(う…うん?)」


電が自分のそばで何やら気配を感じて、寝ぼけながら目を覚ます。


電  「(し…れい…かん?)」


うっすら開けた視界で見たものは、蛇提督が暁達を起こさないようにしながら、響の様子を窺っていた。

電が起きていることには気付いてないようだった。


蛇提督「…。」


響の様子見が終わったのか、今度は暁達を見回し始めた。

電はバレないように目を閉じる。

その後、蛇提督が保健室の出入口とは違う方向に歩き始めた。

足音から察するに他のベッドや毛布を置いてた場所のようだが…。

コツコツ

その時廊下の方から誰かが来る足音が聞こえた。

蛇提督はそれに気付いたのか、自分の足音を最小限に立てないようにしながら急いで動く足音が電の耳では微かに聞こえた。


ガラガラガラ


誰かが保健室に入ってきた。


??? 「ったく…こいつら…。」


声からして天龍のようだ。心配して見にきたのだろう。

電はまだ寝ているフリをする。

天龍は先ほど蛇提督が行った方向と同じ方向に歩き始めた。

蛇提督がいることがバレてしまうかと思ったが、天龍は気づかなかったようで、持ってきた毛布を暁達にかけてやった。

暁達を起こすことなく天龍は保健室を出て行った。

足音も遠ざかり聞こえなくなった頃、部屋の隅でゴソゴソと動く音が聞こえた。

蛇提督が隠れていた所から出てきたのだろう。

蛇提督もそのまま音を立てないように部屋を出て行った。


電 「(司令官も響ちゃんが心配で見にきたのでしょうか…?)」


まだぼんやりとした意識の中で電はそんな事を考えながら、再び寝てしまうのだった。



―――翌日 10:00 執務室―――


蛇提督「そうか。そのようなことがあったか…。」


昨日の戦果報告をするために龍驤と龍田が来ていた。

他にも秘書艦の夕張と話を聞くために古鷹や天龍も来ていた。


龍驤 「危ないところではあったやけど、扶桑のおかげでなんとか切り抜ける事ができたんや。」


龍田 「でもぉ、提督の余計な戦いはするなという指示のおかげで、あのような事態を招いたと思うのですよねぇ。」


龍驤 「お…おい…。それはウチの判断ミスということでって言ったやろ…?」


龍田 「でもそれが、判断を鈍らせる要因になったとも言えるわぁ。その辺りのこと提督はどのように思っているのですかぁ?」


挑戦的に蛇提督に聞く龍田。緊張の時間が流れる。


蛇提督「龍田の言う通りだろう。龍驤や共に出撃した艦娘には重い荷を背負わせたと思っている。」


龍田 「ではお認めになるのですかぁ?」


蛇提督「だが現状を考えた上での決定だった。作戦の主旨を忘れさせないようにするためのものだったこともある。…それに、たとえ困難な任務であってもそれを成し遂げるのが艦娘というものではないのか?現に今回、それをしっかりお前達は成して無事に帰投したのだからな。」


龍田 「…。」


上手い事を言われ、自分の失態を誤魔化されたような感じもするが、ここで争い事にしても自分達には利がないので、龍田はそれ以上追及しなかった。


それに今回の事で、咎められる事が無かったのが意外だった。

響の大破はこちらの油断があったこと、今ではかなり貴重な高速修復材を使わせてしまったこと、予定の航路を全て通れずに任務の途中で帰投したこと。

こちらの非を責めようと思えば、いくらだってあるだろうにこの男は一切触れようとはしない。

前任の提督の時は、何もかもこちらの責任だとわめき散らしていたのに…。

前の古鷹の一件の時もそうだが、この男が一体何を考えてるのか分からなくなる時がある。


龍驤 「それに悪いことだらけやない。司令官の指示のおかげでわかったこともある。」


夕張 「何ですか?」


龍驤 「あの時の駆逐級三隻の動きや。あれは明らかに誰かによって統率された動きや。」


古鷹 「誰かの命令で動いていたということですか?」


龍驤 「そうや。あんな動き、以前の駆逐級ではまずやらない動きや。あんな良いタイミングで挟み撃ちに持ち込んだり、ル級達の方もその前提で動かなければ、ああはならんかったやろ。」



その時、古鷹の脳裏に鮮明に思い出す、あいつの冷酷な笑み。

空母棲鬼の仕業ではないかと、古鷹は思った。


蛇提督「ここにいる者たちに一つ聞きたい事があるのだが。」


龍驤 「な…何や?」


蛇提督「扶桑と山城についてのことだが…。」



―――15:00 保健室―――


目を開ければ、見慣れない白い天井がそこにあった。

いや、覚えはある。保健室の天井だ。

響は目を覚ました。自分がいつもと違う部屋で寝ていたことに気づく。

どうしてここにいるのかわからない。

布団の端っこで重みを感じるので起き上がってそちらに目をやると、暁達が寝ていた。

まるで自分が看病されていたようだ。そう思った瞬間、意識を失う前の記憶が蘇ってきた。

そう…魚雷が来ていたことに気づいて…とっさに扶桑を庇って…。

体に大きな衝撃が走った途端、目の前が真っ暗になったのが最後で…。


電  「あっ!響ちゃん、気がついたのですね。」


電がいつのまにか目を覚ましていた。


雷  「うう……あっ!響!起き上がって大丈夫なの?」


電の声に起こされるように雷も起きた。


暁  「zzz……。」


暁は涎を垂らしてまだ寝ている。


電  「痛いところはないですか?」


響  「大丈夫。」


雷  「ホントに?あれだけの大怪我だったのよ?頭が痛いとかない?」


響  「そんなに酷いもんだったのかい?」


電  「はい…。帰投した時は酷い怪我で、意識もほとんど無くて…。高速修復材を使った方がいい状況だったのです。」


響  「でも高速修復材は無かったはずだよね?それなら、あれから随分と日にちが経っているのかい?」


電  「いえ…一晩寝てただけですよ。」


響  「? それならどうして?」


雷  「実はね…。」


雷は蛇提督が高速修復材を持ってきて、響に使わせた事を教えた。


響  「そうだったのか…。」


電  「高速修復材は今ではかなりの貴重品なのです。駆逐艦の私達に使われることなんて、もう無かったのに…。あの司令官は使えと言いました。喜んでいいのか…、謝るべきなのか…。」


響  「…。」


駆逐艦は損害を受けても、他の艦種より修復する為の資材や資源の消費が少なく修復時間も短い。

高速修復材を使うなんていうもったいない事は絶対にしない。

だからこそ前任の提督の時は私達を毎日遠征に行かせ、私達より修復に使う消費が多い天龍や龍田を守りながら資材資源の調達をしていた。

でも時々、入渠させてもらえるだけ、まだありがたい方だった。

それこそまだ資材資源に余裕があり、ドロップ艦も見受けられた頃は鎮守府の数がどんどん増え始め、いろいろな提督がいた頃。

実力と戦果主義、そして提督同士で功を争う風潮が現れ始め、駆逐艦や潜水艦を沈むまで囮にして、海域の攻略や任務の遂行を優先させた戦い方が蔓延した。

いわゆる捨て艦戦法なんて呼ばれ方をしていたが、樹実提督や小豆提督が台頭してた頃は、その流れも抑制されていた。


暁  「ふ、ふわぁ〜。 あっ、響! 起きていたのね!」


暁がやっと起きた。雷と電は呆れた顔をして


雷  「ちょっと!起きるの遅いわよ!」


暁  「しょ…しょうがないじゃなーい!」


電  「ふ…二人ともここで騒いでは…。」アセアセ


ガラガラガラ


保健室の部屋のドアが開いた音がしたので、誰が来たのかとそちらの方に目をやると、


蛇提督「気がついていたか。」


意外な人物の来訪に先ほどの騒ぎが嘘のように暁と雷、電は固まってしまう。


蛇提督「お前達、あんまり騒いで響の体に障ったらどうする?」


電  「あ…あの…響ちゃんを心配して見に来てくれたのですか…?」


昨日の夜中に蛇提督が来ていた事を思い出しながら電は恐る恐る聞いてみる。


蛇提督「心配というほどではない。修復材も使ったからな。治ってもらわなくては困るだけだ。」


響  「(ああ…この司令官もか…。)」


蛇提督「それと扶桑を庇ったそうだな。見事な働きだったと言っておこう。」


暁姉妹「…。」


響達は察した。この司令官も駆逐艦を盾にして使うタイプだと。

前任の司令官と変わらない。


響  「ご…ごめんなさい…。」


蛇提督「何がだ?」


響  「修復材を使わせてしまったこと…です。」


普段の響は誰に対してもあまり敬語を使わない。

だがこの司令官相手には敬語を使った方がいいと、とっさに敬語に切り替える。


蛇提督「いざという時のために持っていたものだ。気にすることはない。」


響  「でも本当は大規模作戦の時に使いたかったものですよね?」


蛇提督「本当はそうだな。」


響  「でも私は駆逐艦だから、戦艦である扶桑を守りました。修復材を使わせてしまったことの代わりにはならないかもしれませんが、許して下さい。」


こうやって従順の意を示せば、大抵はやり過ごせる。

波風を立たせてしまうと、他の子にも悪い影響がいってしまう。

前任の司令官の時もそうしてきた。

天龍や龍田、姉さん達を守るために…。


暁 「…。」

電 「(響ちゃん…。)」

雷 「…。」


3人はわかっていた。

前任の提督をなだめる時に使っていた方法を響はしていることを。

そうやっていつも落ち着いている響に助けられてきてしまったことを…。


蛇提督「何か勘違いしていないか?」


響  「え?」


蛇提督「俺が褒めたのは自分の身を顧みずに仲間を庇ったということだ。」


響  「え…えっと…。」


蛇提督「それに駆逐艦が盾になると言うのは前任の提督の教えか?俺は言った覚えはないし、作戦の内容を伝えた時もそんな風に伝えたか?」


響  「い…いえ…。」


蛇提督「前任がどうであれ、今は俺の考えに従ってもらう。」


蛇提督がいつもより少し強い口調で感情をあらわにして話す。

その勢いに暁姉妹達は呆気に取られていた。

蛇提督はその姿を見て、ハッと我にかえって


蛇提督「……すまない。少し感情的になってしまった。」


響  「いえ…大丈夫です…。」


自分が思っていたことと違ったことが起きたので思考がストップしながら

条件反射のように答える響。


暁  「(はぁ〜びっくりした〜。それにしても…)」

雷  「(司令官が怒ったのって盾になるということなのかな…?)」


蛇提督「盾になったところで艦娘といえど命がいくつあっても足りんだろ。そんな事を考える前に、大破しないよういかに戦うかだけ考えてればいい。」


電  「(遠回しに自分の命は大事にしろって言ってるような気がするのです…。)」


蛇提督「とにかく響はもう少し休んでおけ。」


響  「はい…。」


蛇提督「それと話が変わるのだが…」


暁姉妹「?」


蛇提督「扶桑と山城についてだが……。」



―――17:00 扶桑と山城の部屋―――


山城 「姉様、夕食のお時間ですが今回も食事を取りに行ってまいりましょうか?」


扶桑 「ええ…お願い…。今日はずっと調子が良くないの…。」


山城 「…きっと昨日の出撃でまだ疲れが残ってるのですよ。無理は禁物です。」


扶桑 「ありがとう…。ここで横になってるわ。」


山城 「はい。では取りに行ってまいります。」


山城は部屋を出て行った。

それを見送った扶桑は布団に潜り込んだ。


扶桑 「(ごめんなさい…山城。明日か明後日か、私はいなくなる。もうここにはいられないの。)」


扶桑 「(思えば山城にはいつも心配をかけてしまったわね…。)」


今からもう3年前になるのね。

私達が姉妹一緒に建造され、共に同じ鎮守府に配属されることになった。

とても嬉しかった。

普通はどちらか一方が先に建造されるかドロップで出会うかなどで、

ほぼ同時期にというのは、わずかな確率、奇跡でも起きない限りはなかなかそうはならない。

でもそれが叶った。

同じ時、同じ場所で共に過ごせると思っただけで、

山城の笑顔を見るだけで、胸が温かくなった。


聞けば、今、海軍は窮地に立たされてるようだった。

これから行く鎮守府には戦艦は私達しかいないという事だ。


それなら山城、私達が活躍して鎮守府を支えて行きましょう!

そんな事も言ったような気がする。


横須賀鎮守府の提督と艦娘の仲間達は温かく迎えてくれた。

その時から贅沢なんて、とてもできない状況だったけど、

それでも山城と、皆といるだけで楽しかった。


けど、現実はそう甘くなかった。

最初は良かったけど2回目、3回目と出撃したとき、

大した戦果を上げられず、そればかりか余計な被弾を被るようになり、

傷だらけの私や山城を見た提督は回数を重ねるごとに顔色が変わり、

いつしかほとんど出撃させてもらえず、他の子達が出撃するのを見送る側になってしまった。


ある時、山城は言ったわ。

山城 『提督に出撃してもらえるように言ってみましょう!』


山城、あなたは他の子達が出撃する時の、それを見送る私の顔を見てそう思ったのよね。

本来なら姉である私が言うべきだったのに…。

私が提督の顔色を気にして言い出せないのを、気にしてくれていたのね。

私の背中を押そうとしてくれたのよね…。


勇気を振り絞って、提督の所へ。

提督に、私の口から「出撃させてほしい」と伝えた。

やっと言えた。

山城が背中を押してくれたから、隣にいてくれたから。


だけど、提督は最初の頃に見せた優しい笑顔が嘘のように…、


前任提督『ダメだ。』


扶桑 『ど…どうしてですか? 次こそは必ずお役に…。』


前任提督『お前達を出せば、せっかく集めた資源や資材がパーになるのだよ。』


扶桑 『私の被弾が原因でしたら、今度はしないように…。』


前任提督『次はしないという保証がどこにあるのかね?』


山城 『低速の戦艦なら、多少の被弾は致し方ないのでは…?』


前任提督『多少だと! お前達を出撃させるだけでも、かなりの資源と弾薬を使わすのに、さらに修理の分でどれだけ使っていると思ってるのかね?』


山城 『くっ…。』


そう…。それは戦艦などの大型艦ならどうしても付きまとう問題。

とても言い返すことはできない。


前任提督『それにお前達は、噂通りの不幸艦だったな。』


扶桑 山城 『…!』


それは私達にとって、他人から聞きたくない言葉だった。

確かにその言葉は、私達が建造された時から、自分の心の中でずっと気にしてやまないもの。

山城がいつも「不幸だわ」と口ずさむのもそれがあるから。

私は口に出さずも、心の中に得体の知れない憂いがあって拭いきれない。

いつ誰が言ったかわからないその言葉は、

私達「扶桑型」姉妹に生まれた時から背負ってる、ある意味宿命のようなもの。


だけど、あの時…。

私達が共に建造された時、きっとその『不幸』も振り払えると、

この鎮守府に来て提督と皆と出会って、きっと幸せになれるとそう信じたのに…。


前任提督『お前達が来てからというもの、資材は集まらんし戦果は上がらんし…。』


山城 『そ…それは私達とどういう関係が!』


前任提督『それにだ。…お前達は建造された時から不幸だったのさ。』


扶桑 『え…?』


耳を疑う言葉だった。


前任提督『海軍は残り猶予がない資材と資源をなんとか捻出して、失った正規空母を建造しようとしたのさ。予定では二隻な。』


山城 『そ…それって…。』


前任提督『妖精の気まぐれで建造されるとはいえ、だいたい決まった資源と資材を投入する事で、狙った艦種が建造されることはわかっていた。』


やだ…。これ以上は聞きたくない…。


前任提督『だがどういうわけか、建造されて蓋を開けてみればお前達だった。』


扶桑 『っ!!』


前任提督「そうさ。失敗したのさ。あろうことか『不幸艦』が建造された。これを皮肉としてなんと言うんだ。」


扶桑 『う…あぁ…。』


私は頭が痛くなりそうだった。

変な声が出て、でも喉が詰まって…。


山城 『あなたはっ!!』


前任提督『おっと、だがそれを引き取ってやったのは誰のおかげだと思ってる?

元帥の指令でやむなく引き取ることにしたが、あの時お前達を引き取ろうとする鎮守府なんて無かったんだ。』


山城 『っ!』


前任提督『むしろ私には感謝するべきだろうね。解体させずにここにいさせてもらってるのだから。』


山城 『くっ! あなたって人は!』


扶桑 『すみません…。気分が優れないので…失礼致します…!』


山城 『あっ! お姉様!待って下さい!』


私は逃げるようにその場から立ち去った。

山城が私を心配して色々と何かを言ってくれてたけど、

ほとんど聞き取れる状態では無かった。


私が描き抱いた思いや希望が、足下から崩れさっていくような…。

全てが真っ黒に塗り潰されていくかのような…。

そう…これが………絶望というのね…。


その後、前任の司令官が、日頃の鬱憤を晴らそうとして私に迫った時も、

山城の解体の撤回を条件に受け入れようとしたわ…。

あの時の私には提督やみんなの役に立つにはそれしか無いと思ったのに…。

結局、山城や天龍さん達を危険な目に合わせてしまった。


今回の響ちゃんも同じ…。

もうこれ以上私の不幸にみんなを巻き込むわけにはいかない。

やっとみんな揃って、またこれからやり直そうとしてる時に、

私がみんなの足を引っ張るわけにはいかない…。


扶桑 「(でもせめて…山城だけはここに置いてもらえるように、提督に頼んでみましょう…。)」


コンコンコン


扶桑 「はい…。どなたでしょう?」


山城が戻ってきたのかとドア越しに尋ねる。


蛇提督「私だ。入っても大丈夫か?」


扶桑 「て…提督…! どうぞ…お入りになってください。鍵は開いております。」


布団から起き上がり、部屋に入ってきた蛇提督を正座で迎える扶桑。


扶桑 「わざわざこちらに来て…どうなされたのですか?」


蛇提督「申請書が明日の朝には届くことがはっきりしたから、それを伝えに来た。」


扶桑 「そうでしたか…。わざわざ足をお運び頂き恐縮です…。」


俯いたまま答える扶桑。


蛇提督「今日はずっと部屋で休んでるそうだな?」


扶桑 「はい…。」


息苦しい…。

喉に何かつまる感覚はあの時からずっとだ。

提督を前にすると、この症状が出てくる。


蛇提督「その調子では、まだ誰にも自分が解体されることを言っていなさそうだな。」


その時、部屋のドアの向こうでガタっと微かに音が鳴った。

蛇提督はチラッとドアの方を見る。

ドアが僅かに開いているのに蛇提督が気づいたが、そのまま見て見ぬ振りをした。

扶桑は俯いたままで音に気付いていないようだった。


蛇提督「それとも解体することにまだ迷っているのか?」


扶桑 「いえ…。そうではありません…。」


蛇提督「そうか…。」


扶桑 「提督…。厚かましいですがひとつお願いがございます。」


蛇提督「何だ?」


扶桑 「山城を…山城は何があってもここに置いていただきたいのです。」


扶桑が顔を上げて真剣な表情で蛇提督を見る。


蛇提督「なぜ、そのようなお願いをする?」


扶桑 「山城は提督に対しても、あのような失礼な態度で、口も悪いところもございますが、あの子はいざ戦いになれば、とても頼りになる子です。」


蛇提督「それで?」


扶桑 「私がいなくなった分、山城の出撃回数を増やせると思います。あの子の活躍の機会を増やしていただきたいのです。」


蛇提督「それならば、扶桑がいなくならずとも、扶桑より山城の出撃回数を増やせばいいだけなのでは?」


扶桑 「いいえ…。それではあの子は私の事を気にかけてしまい、戦いに集中できません。本当は私よりも海に出て戦いたいはずなのに…。私を心配するあまりに自分の事は後回しにして…。前任の時もそうで…。」


蛇提督「…。」


扶桑 「だからいっそのこと私がいなくなれば…。不幸が付きまとう私が一緒にいてはいけないのです…!」


蛇提督「……そうか。扶桑がそこまで言うのなら、私からは特に言うことはない。山城の事は願いが叶うように努力しよう。」


扶桑 「ご理解頂き、ありがとうございます。」


蛇提督「では明日の6:00までに執務室に来い。秘書艦の夕張には8:00に来るように言ってあるから、お前と鉢合わせしないはずだ。」


扶桑 「ご気遣いありがとうございます…。」


蛇提督「では私はこれで失礼する。」


扶桑 「はい…。」


部屋を出てドアを閉めた蛇提督は、廊下の角を一度見るがそちらとは反対の方向に歩き、その場を去っていった。

その角の影にいたのは山城だった。



―――18:00 食堂―――


食堂では扶桑以外の艦娘全員が集まって食事をしていた。

山城はドアの隙間から聞いていた蛇提督と扶桑のやり取りを他の艦娘に教えた。

その話を聞いた皆は、一時黙り込んでしまっていた。


夕張 「思えば扶桑さんが提督に作戦について質問してた辺りから変だったのよね…。」


山城 「いや、もっと前からよ。私と天龍が牢から解放されて帰ってきて、あの時から既にお姉様の様子が所々おかしいところがあったわ…。」


天龍 「あいつが扶桑に何か言って自ら解体を選ぶように唆したんじゃねえのか?」


龍田 「ありえるわねぇ。いらない子をうまく排除できるようにしたとかぁ?」


龍驤 「せやったら、どないして扶桑と山城のことをウチらに聞いたんや?」


山城 「えっ? どういうこと?」


龍驤 「昨日の戦果報告してる最中に突然聞かれたんや。扶桑と山城のことをどう思うかって?」


天龍 「あと不幸艦なんて呼ばれ方たまにされるようだが、お前達はどう思っているのかって。」


山城 「何よ…それ…。」


天龍 「聞いた時は驚いたぜ。てっきり今回のことをそのせいにするつもりなのかと思ったけどよ。」


山城 「あいつは何て?」


龍田 「聞いてみただけって言っただけよぉ。」


古鷹 「提督の意図はともかく私達は否定的なことは言いませんでした。今回のことは扶桑さんのせいではないと。決して不幸を招き寄せたなんて思っていません。」


初霜 「皆さんも提督に聞かれたのですね?」


衣笠 「『も』って初霜ちゃんも?」


初霜 「はい。同じような質問でした。」


加古 「その時私も初霜と一緒にいて聞かれたんだ。」


雷  「私達も聞かれたわ!」


電  「それも保健室にわざわざ来たのです!」


暁  「まさに大人のレディだって言ってあげたわ!」


雷  「主砲撃つ姿もかっこいいっていうのも言ったのよ!」


響  「…。」コクコク


加古 「私達も古鷹達や暁達と変わらないよ。いつも怠惰な私に優しくしてくれるし。」


初霜 「むしろ今回のことは改めて感謝を言いたいと。」


衣笠 「そうだったのね…。」


加古 「衣笠は聞かれなかったのかよ?」


衣笠 「えっ!? わ…私も聞かれたわ! 一人で廊下歩いてる時にね。」


急にビクッと反応して慌てている衣笠。


加古 「なんでそんな動揺してんのさ?」


衣笠 「そんなことないわ!」


加古 「そ…そう。それで? なんて答えたのさ?」


衣笠 「わ…私も似たようなものよ。優しいとかかっこいいとか…。」


加古 「ふぅ〜ん。」


龍驤 「山城の話でも言ってたやけど、夕張に鉢合わせしないように明日の6:00に執務室に来いって言われたんやろ? バレないようにしないといかなはずなのに、なぜ扶桑と山城のことを唐突に聞いたんやろな?」


古鷹 「それもそうですね。秘密にしておきたいのなら、私達に感づかれないようにしないといけませんから。」


龍驤 「(本当はもうひとつ気になることがあるんやけど、今は置いとくか…。)」


天龍 「にしてもよ、山城。お前がその場で聞いてたんなら真っ先に乗り込んで無理やりにでも止めようと思わなかっのか…?」


山城 「止めたかったわ!止めたかったけど…。」


一瞬声を荒げるがすぐにシュンとなってしまう山城。


山城 「姉様がそんなにも思い悩んでたなんて…私は気づくことが出来なかった。そればかりか私は姉様に、追いつめるようなことばかりしてしまったわ…。」


古鷹 「でもそれは扶桑さんのことを思って…。」


山城 「それに姉様は私のしたことに深く傷ついて、それを自分のせいだと思ってるようだったわ。そうじゃないと言いたいのに、どう言えばいいのかわからなくて…。」


夕張 「なにより今回のことは扶桑さんの方が解体を希望してる可能性が高いようだし、下手に止めようとするとまた扶桑さんを傷つけてしまうかも…。」


初霜 「でも申請書が届くのは明日…。まだ間に合うと思います。説得してみましょう!」


山城 「でも今の姉様はふせって寝ています。今行ったら不自然だし、それに心の準備が…。」


龍驤 「ほな、明日の待ち合わせ時刻にウチらも行くんや。扶桑がこっそり部屋から出ていったのを後からつけてみたらっというシチュエーションにするんや。」


夕張 「それで大丈夫かな…?」


龍驤 「あとは勢いでやるしかないやろ。大事なのは解体申請書を出してる現場を押さえることで扶桑の手を止めて、あとは本人から直接話してもらうしかあらへん。」


龍田 「ちょっと強引なやり方ねぇ。でも事態が事態だから仕方ないわねぇ。」


天龍 「ああ。山城、お前もそれでいいか?」


山城 「ええ、構わないわ…。」


響  「…。」


響は俯いて何か考えごとをしているようだった。


電  「響ちゃん、どうかしたのですか?」


響  「うん、なんでもないよ。」


電  「そうですか?」


響  「私達も明日の朝行こう。」


暁  「当然よ!仲間の危機に駆けつけるのがレディっていうものよ!」


雷  「その通りよ!」


天龍 「おう!期待してんからなお前ら!」



話し合いが終わった彼女達は食器を片付け、各自自分達の部屋へと戻っていった。



―――22:00 扶桑と山城の部屋―――


山城 「姉様、お体の具合はいかがですか?」


扶桑 「だいぶ良くなったわ…。山城が気遣ってくれるおかげね。」


山城 「姉様、この山城、姉様のためならどんな事でも致しますわ。」


扶桑 「フフ…良い妹を持てて私は幸せだわ。」


山城 「姉様…。」


扶桑 「さあ…寝ると致しましょう。」


山城 「ええ…。」


扶桑 「お休み、山城。」


山城 「お休みなさいませ…姉様。」


布団を被って山城に背を向けるように横になる扶桑。

山城も扶桑が横になったのを見た後、扶桑と背中あわせになる向きで布団に入った。


扶桑 「(ごめんね…ごめんね…山城。)」


今にも出てきそうな涙をこらえながら、山城に気づかれないように泣いている扶桑。


山城 「(姉様…もしも明日、姉様のお気持ちが変わらないのでしたら、その時私は…。)」


扶桑とは反対に何かしらの決意した表情の山城であった。


―――翌日―――


早朝、扶桑は目を覚まし布団から起き上がった。

隣で寝ている山城を起こさないように、服を着替え準備をする。

もう一度、山城が起きていないかそおーっと近くに寄って顔を眺める。

スヤスヤと寝ている山城の寝顔を見て、少し切なげな表情で微笑んだ後、静かに部屋を出ていった。


扶桑 「(そう…これでいいの。)」


扶桑はそう自分に言い聞かせるように思いながら、執務室へと歩く。

やがて執務室のドアの前へと着き、そのまま停止する。

何かを考えてるわけじゃない、怖いわけじゃない、

ただ申請書に書く「その時」が今、目の前に来ていることを感じて、

ドアノブを見つめながら止まってしまっただけ。


迷ってるわけじゃない…もう決めたこと…。


そんな声が自分の中で聞こえたような気がした。


扶桑 「(そうだわ。ノックをしなければ…。)」


そんな当たり前のことすら今やっと気づく。

それと同時に自分の意識が戻ってくるような感覚だ。


コンコンコン


扶桑 「扶桑です。」


蛇提督「入れ。」


ドアの向こうで蛇提督の声が聞こえ、ドアを開け中に入る。

蛇提督はまっすぐこちらを見ている。

その膝の上にはユカリが座り、蛇提督に頭を撫でられていた。


蛇提督「来たようだな。」


扶桑 「はい…。」


机の上を見てみれば解体申請書と書かれた書類が一枚、丁寧に置かれていた。


扶桑 「こちらがそうですね…?」


蛇提督「そうだ。」


扶桑 「では署名を致します。どちらに書けば…?」


蛇提督「その前に…。」


扶桑 「はい?」


書こうとする扶桑を蛇提督が止める。


蛇提督「お前…このまま誰も言わずにここを去る気か?」


扶桑 「はい…。余計な混乱を招くだけですから…。」


蛇提督「急にいなくなってしまうことの方が余計な混乱を招くと思うが?」


扶桑 「それは…。」


思わず蛇提督の視線から目を逸らす。

蛇提督に言われて一理あると思ったのか、自分の中の考えに矛盾を見つけてしまい、すぐに認めたくないのか…。

そうとも違うともすぐには言えなかった。


扶桑が目をそらした隙に蛇提督は執務室のドアの方を見ていた。

ユカリもドアの向こう側に誰かがいることに気づいたのか耳をピクッとそちらの方に向けていた。


蛇提督「いっそお前自身から納得できるほどの理由を彼女達に言ってくれた方が穏便に済むと思うのだがね?」


扶桑 「提督の言うことも一理あります…。ですが…。」


どうしてだか自分の事をみんなに話す気にはなれなかった。

話せばきっとみんなは止めてくるだろう。

山城も必死にしがみつくようにせがんでくるかもしれない。

でも…もう…。


蛇提督「では質問を変えよう。」


答えられない私に提督は質問を変えてきた。


蛇提督「扶桑が解体を考えていたのは、私が着任する前からだと推測しているがそれは当たっているか?」


扶桑 「はい…。」


かすれた声でなんとか出せた。


蛇提督「なら私が来た時になぜ解体の希望を言わなかった?」


扶桑 「それは山城と天龍さんの無事をこの目で見たかったからです。」


蛇提督「彼女達が帰ってきた後、言わなかったのはなぜだ?」


扶桑 「それは…とても言えるような雰囲気ではなかったですし、あんな事件の後でしたから山城がおとなしく言う事を聞いてくれるか見守っていたかったからで…。」


私は嘘は言ってない。確かにそうだ。

みんなが心配だったから、今まで解体の話を言わなかっただけ…。


蛇提督「本当にそうなのか?演習で砲撃訓練してる時も苦手な対空戦闘している時も扶桑は必死そのものだったぞ?」


扶桑 「それは提督の命令でしたので私は遂行しただけで…!」


蛇提督「それともうひとつ。」


扶桑の話してる途中で制止させるように、提督の顔の前で人差し指を一本突き立てた。


蛇提督「今回の出撃、もしも山城のことを第一に考えていたのなら、どうして山城に譲ってほしいと言わなかった?」


扶桑 「なっ!? それも提督の命令で…!」


蛇提督「そうじゃなくて、本当は自分が今度こそやり直せると思っていたんじゃないのか?」


扶桑 「やめてください!!」


提督の言葉を振り払うように声を荒げた。


扶桑 「もういいのです! 私がここにいてはみんなの足を引っ張ってしまうのです!私の不幸にみんなを巻き込むわけにはいかないのです!」


堰を切ったように私の口から思ってたことが溢れ出てきた。


扶桑 「私は戦果を上げられないどころかよく被弾をして、修復と維持費だけでこの鎮守府に大きな負担をかけてしまう。そのしわ寄せが他のみんなにいってしまう!」


目から涙が…視界がやや滲んできた…。


扶桑 「前任の提督の事件も今回の響ちゃんの時も、みんな私の不幸の巻沿いにしてしまったのです!」


言葉が止まらない…溢れ出てくる。


扶桑 「やっと再生し始めたというのに、ここで私が邪魔してはいけないのです。」


そう…その通り…。


扶桑 「『不幸』の名を冠した私には、ここは合わないのです。」


これで…いいの…。


扶桑 「いっそのこと私がいなくなれば…。」


バターーン!!


山城 「もうやめてください!姉様!」


後ろでドアが勢いよく開く音と共に聞こえてきた山城の声に私は驚いて振り返った。

山城だけではない、他のみんなも!? どうして!?

いや、それよりもさっきまでの会話を聞かれたの?


山城 「姉様、ごめんなさい。姉様の様子がおかしかったので後をつけさせてもらいました…。」


扶桑 「気づかれてたのね…。」


天龍 「なあ、それよりも解体の話は本当なのかよ?」


扶桑 「…。」


天龍 「そこにいるそいつに唆されたんじゃねえのかよ?」


扶桑 「いいえ。今回のことは提督は一切関係ありません。私が決めたことです。」


衣笠 「私達、誰も扶桑さんのこと、誰も責めていませんよ?」


初霜 「むしろ感謝を…。」


扶桑 「それがダメなのです!」


艦娘達「「「!?」」」


扶桑の声に艦娘達はたじろぐ。


扶桑 「皆さんは優しすぎます! いっそ責めてもらった方がいいです!」


古鷹 「そんな…。」


扶桑 「私がいない方がきっとみんなの為になるのです!」


山城 「姉様…どうしても解体すると仰るのですね?」


扶桑 「ええ。」


山城 「なら私も姉様についていきます!」


天龍 「はっ!? どうしてそうなるんだ!?」


扶桑 「何を言ってるの山城!? むしろあなたはここに残ってもらえるようにするために私は解体を選んだのよ!? 私一人で十分だわ!」


山城 「ダメです!」


扶桑 「!?」


山城 「姉様言ってましたよね? 修復と維持費だけで大きな負担になると…。それならば私も同じです。」


扶桑 「で…でもそれは!」


山城 「私も心の中でどこかそれを考えてたんです…。」


扶桑 「え…?」


山城 「姉様を困らせたのと同じようにみんなに迷惑をかけてきたんじゃないかって…。」


山城 「現状の鎮守府がもう一度再生していくためには、不幸ばかりの私がいては邪魔ではないかと…。」


龍驤 「お、おい…。山城までなんちゅうこと言うんや…。」


山城 「でも姉様が功績を残せれば、姉様だけでもここに置いてもらえる。戦わせてもらえる。」


扶桑 「!!」


山城 「そう思って姉様を元気づけて背中を押そうと…。でも私は逆に姉様を追い詰めてしまったのですね…。今回も、前の提督の時も…。」


扶桑 「山城…。」


山城 「私にも責任はあります。扶桑姉様が解体を選ぶなら私もお供します。一人では行かせません。」


加古 「山城、本当に本気なのかよ?」


山城 「止めないで下さい。もう決めたことです。」


まさかこんなことになってしまうなんて…。

でも山城は私と同じようなことで今までずっと悩んでいたって言うの?

私は…私は一番近くにいた山城の気持ちに気付けなかったのね…。

姉として失格だわ…。


山城の思いに気づいて、困惑している扶桑と同じように、

他の子達もどうしたらいいのかわからないという顔で困惑している。


響  「二人ともいい加減にして…!」


艦娘達 「!?」


響  「扶桑達の言いたいことはよくわかったよ。その気持ちがわからないわけでもない。」


電  「響ちゃん…?」


響  「つまり扶桑は私達のことを信じられないわけだね。」


扶桑 「えっ?」


響  「仮に扶桑の言う不幸が本当なら、私達はその不幸で簡単に押し潰されてしまう弱い仲間だって。」


扶桑 「ち…違うわ!そんなつもりで言っ…」


響  「同じだよ。」


響の異様な雰囲気に、その場にいた艦娘達は釘付けになっていた。

蛇提督とユカリだけはただジーっと様子を窺っていた。


響  「でも本当は周りの仲間が傷つくのが怖いんじゃなくて、それを見た扶桑自身の心が傷つくのが怖いんでしょ?」


扶桑 「それは…。」


響  「それは扶桑が優しいからだと思う。他人の傷みを自分の傷みのように考えられるから。」


響  「でも扶桑は忘れてるよ。仮に不幸だと言うのなら、ここに集まってるみんなは既に想像以上の不幸を目の当たりにして、ここにいるんだ。」


扶桑 「…!!」


響  「助けたくても助けられなかった人、死に損なった人、それぞれが不幸な目にあって、そしてここにいる。」


扶桑 「…。」


響は目を瞑り、色々なことを聞いたこと見てきたことを思い出しながら話してるように見えた。


響  「もしも私が大破したことを気にしているのなら、私は大丈夫だよ。沈みかけても、前の司令官に酷い扱いを受けても、私は何度でも立ち上がるよ。」


暁  「響…。」


今まで響を見てきたからこそわかる響の強い思い。

見ていなくてもその意思が強いことを扶桑と山城からでも感じる事ができた。


響  「なにせ私は不死鳥とも呼ばれてるから。誰かそういう風に呼ぶようになったかわからないけど、『響』として生まれてきた私に必ずついてくる異名だよ。」


山城 「(私達が『不幸戦艦』と呼ばれるのと一緒ね…。)」


響  「不死鳥は自身の体を燃やして灰になって、そしてその中から蘇る。でもまだ私は誰かを助けたり、救ったり出来ていない。きっとそれはまだ灰の中から出てきてないだけだと思うんだ。」


響はまっすぐ扶桑達を見る。


響  「扶桑も山城もそうなんじゃないのかい?」


扶桑 「響ちゃん…!」


響  「私も…みんなも…そして扶桑も山城も、きっとまだこれからなのさ。」


目から鱗というのはこういうことを言うのだろう。

響の言葉に気づかされる扶桑と山城。


暁  「響の言う通りだわ!」

雷  「いつだって私達を頼っていいのよ!」

電  「電の本気はこれからなのです!」

初霜 「不幸になんか負けません!」

加古 「私は頼りなく見えるかもしれないけど…やるときはやるよ!」

衣笠 「困ったときも衣笠さんにお任せ!」

古鷹 「みんながいれば大丈夫!」

夕張 「資源資材や弾薬はこちらで管理してますから、気兼ねなく使ってください!」

龍田 「ウフフ…一緒に敵を殲滅しましょう。」

龍驤 「言ったやろ? ウチがいる艦隊は主力。最強なんや!」

天龍 「そういうわけだ!解体なんか許さないぜ!」


扶桑 「皆さん…。」


天龍 「おい!提督!資材探しでもなんでも、扶桑と山城がここに残れるなら俺達はなんでもするぜ!簡単に解体なんかさせないからな!」


蛇提督「そうでなくては困る。」


フンっと鼻であしらうような返事をする。


山城 「本当に…ここにいて良いのですか?」


響  「良いんだ。不幸を一緒に乗り越えていけばいい…!」


山城 「響…。」


扶桑 「私は…。」


扶桑はまだ不安が残っているようだ。


山城 「姉様…ここに入る前、私に仰りましたよね?」


扶桑 「?」


山城 「二人で活躍して鎮守府を支えていきましょうって…。」


扶桑 「!」


言った記憶はかすかにある。

でもその時の言葉を山城が覚えていたことに驚いた。


山城 「あの時聞いて…私…凄く嬉しかったんです。姉様と共に戦える…一緒にいられる。あれが姉様の夢だと知り、私の夢にもなったのです。だからどうしてもその夢を実現したかったのです。」


扶桑 「山城…あなた…。」


今までどうして気づかなかったのだろうか…。

山城があの時の言葉を胸に抱いて、私を支えてきてくれたことを…。 


扶桑 「山城…ごめんなさい。私…山城のこと…みんなの事全然考えてなかったわ…。」


山城 「いいんです…姉様。もう過ぎたことです。」


扶桑 「皆さんにもご心配をおかけしました。」


天龍達の方にも顔を向け、深々と頭を下げた。

そんな扶桑に天龍達は笑顔でそれに答える。

そして響に向きなおり、


扶桑 「それから響ちゃん…本当にありがとう。庇ってくれたことも…私の目を覚まさせてくれたこと…。」


響  「良いってことさ。」


蛇提督「では、これはもういらないということだな?」


振り返って見てみれば蛇提督が申請書を扶桑達に見せるように手に取っていった。


扶桑 「はい!」


扶桑の迷いは吹っ切れていた。

もう一度頑張ってみよう。山城と…ここのみんなと。

気づけば喉に何か詰まるあの息苦しい感覚は無くなっていた。


蛇提督「そうか。」


そして目の前で申請書を破いたのだった。


蛇提督「さあ、事が終わったのだから、さっさと執務室から全員出るんだ。 私はこれから残した書類仕事をするのだからな。」


天龍 「へっ!わかったよ!みんな、行こうぜ。」


夕張 「書類仕事するなら私も手伝います。」


蛇提督「いや、まだお前達は朝食を済ましていないだろう? できたら後で私の分も持ってきてくれ。書類仕事は一人でする。」


夕張 「わ…わかりました。」


夕張の後から扶桑と山城も同じように出て行こうとするが、


蛇提督「そうだ、扶桑。聞きそびれていた事があった。」


扶桑 「はい?」


蛇提督に呼び止められ、振り返る扶桑。

山城も気になってその場で止まって扶桑の後ろから蛇提督を見ていた。


蛇提督「今回の出撃でル級を一撃で倒したそうだな。…感想は?」


扶桑 「それは…とても嬉しかったです。」


蛇提督「敵艦を倒せた事が?」


扶桑 「…それもそうですが、こんな私でも役に立てるのだと、勝利した後のみんなの喜ぶ姿を見てそう思いました。」


蛇提督「…そうか。それを本物としていくには、これからの働き次第だな。」


扶桑 「(まさか…提督は…最初から…。)」


今思えば提督は私の解体に賛成の意を示さなかったどころか、むしろ考えさせるような事をよく聞いてきていた…。

本当は最初から解体する気なんてなかったのではなかろうか…。


蛇提督「私から言うことはない。行っていいぞ。」


扶桑 「はい…。失礼します。」


執務室を出て、ドアの向こうにいる蛇提督をもう一度見るように振り返る扶桑。


山城 「姉様、どうかされたのですか?」


扶桑 「うん…なんでもないわ。」


天龍 「おーい。何そこで突っ立ってんだよ? 早く行こーぜ?」


先に執務室を出て行った天龍達が扶桑達を待っていた。


山城 「今行くわよ。 さ、姉様も行きましょう!」


そう言われて山城に手を引っ張られ、みんなの輪の中に入る。


加古 「嬉しい事があったら、なんかその勢いで寝たいよねー。」

龍驤 「どないしたらそうなるんや?」

古鷹 「二度寝はダメだよ、加古。」

龍田 「今日の食事当番、私達じゃなかったかしらぁ〜?」

天龍 「いっけねぇ!なんも用意してねぇ!」

雷  「あら?天龍サボり?」イッシシw

天龍 「ちげぇーわ!つーか龍田、お前も忘れてたのかよ?」

龍田 「天龍ちゃんの寝顔を見てたらつい…ねぇ。」

天龍 「起きてたんじゃねーか!!」


ガヤガヤと笑い声も混じえながら、楽しげに話すこのひと時。

扶桑は今、確かな幸せを感じていた。


電  「(あれ?そういえば響ちゃんがいないのです…。)」




―――執務室―――



蛇提督「…。」


蛇提督はユカリの頭を撫でながら、一人静かに座っていた。

その表情は心無しか笑ってるように見えた。


コンコンコン


ドアをノックする音が聞こえた途端、普段の無表情に戻り、ドアの方へと顔を向ける。


蛇提督「誰だ?」


響  「響だよ。」


蛇提督「入れ…。」


先に部屋を出て行ったはずの響が一人、執務室に戻ってきた。


響  「司令官に言いそびれていた事があったよ。」


蛇提督「なんだ?」


響  「スパスィーバ…。」


蛇提督「確か…ありがとう…という意味だったな。何かお礼をするような事をしたか?」


響  「してくれたさ。司令官が背中を押してくれた。」


蛇提督「そんな覚えはない。」


響  「それと扶桑が本音を話せるように、わざと意地悪な質問してたね。しかも私達がドアからこっそり覗き見しているのに気づいていながら。」


蛇提督「俺が扶桑に聞きたいことを聞いただけだし、お前達がいたのもたまたまだ。」


響の視線から目を逸らす蛇提督。


響  「わかった。そういうことにしておくよ。では失礼します。」


響はあっさりとその場を後にし執務室を出て行った。

蛇提督は閉まったドアを見ながら一人呟く。


蛇提督「あれは失言だったな…。」



―――鎮守府 廊下―――


電  「あっ!響ちゃん!」

暁  「探したわ!」

雷  「どこに行ってたのよ?」


響  「ごめん、トイレに行ってただけだ。」


雷  「みんなが待ってるわよ! 早く行きましょう!」


響  「うん。」


雷達の後を追うように走る響。

彼女は昨日の夜の出来事を思い返していた。

そうすると、なぜだか足が軽くなるような不思議な気持ちであった。



―――前日 21:00 執務室前―――


響は執務室のドアの前で立ち止まっていた。

一人で入るのは流石に怖いからだ。

だが、頭の中で初霜が以前言っていたことを思い出す。


『こちらの話もはっきり言えば聞いてくれる方です。』


その言葉を信じ、意を決してドアをノックする。


執務室では蛇提督が顔の前で手を組んだまま、目の前の虚空を見つめながら考え込むような姿勢で、提督椅子に座っていた。

そして机の上にはユカリがくるまって寝ていた。


蛇提督「生まれた時から不幸…か…。」


コンコンコン


蛇提督「誰だ?」


組んでいた手を解いて答える。


響  「響だよ…。」


蛇提督「入れ。」


響が中に入ってきた。


蛇提督「こんな夜更けにどうした?」


響  「司令官にお願いしたいことがあるんだ。」


なんとなく普段の口調で聞いてみる。


蛇提督「お願いだと?」


響  「扶桑の解体を取り消して欲しいんだ。」


蛇提督「理由は?」


理由を聞いてくれるようだし、私の口調にも特に苛立つ様子もないようだ…。

そう思った響は、蛇提督の様子を窺いながら話を続ける。


響  「扶桑のせいで私が大破したわけじゃないんだ。私が魚雷の発見に気づくのが遅かっただけ。もしも罰するのであれば、私を解体して欲しい。」


蛇提督「…。」


自分を代わりに解体して欲しいというのは、嘘ではないけど話の切り出しとしてちょうどいいからこのようにした。

蛇提督が今回の不始末を扶桑に被せようとしているのだと勘違いして、ここに来たと思わせるためだ。


蛇提督「また何か勘違いしているようだな…。」


響  「どういうことだい?」


蛇提督「解体を願いでたのは扶桑自身だ。」


やはり扶桑が自分から言ったようだ。蛇提督が嘘を言ってるようにも見えない。

蛇提督がそのように仕向けたという線が消えたわけじゃないけど、それなら他に方法がある。


響  「それなら司令官の方から解体をやめるように説得をお願いしたい。」


蛇提督「なぜ?」


響  「な…なぜって…それは…。」


蛇提督「甘い期待をしているのなら、やめることだな。」


響  「え…?」


蛇提督「私が着任する時に言ったかもしれんが、私は戦う気がある者しか使わん。自分が戦いに出ることで、他に迷惑をかけるから戦いたくないと言っている者をどうして引き止めねばならない? 説得ならお前達がやるのだな。」


唖然としている響に蛇提督は話を続ける。


蛇提督「仮に提督の権限で解体を拒否して、戦えという命令は出せるだろう。だがそんな迷いがある状態で戦場に出してみろ。それこそ取り返しのつかないことが起きる。」


響  「…。」


響は俯いてしまう。

それでも蛇提督は話を続ける。


蛇提督「扶桑の解体を諦めさせたければ、山城を解体するとでも言えば、扶桑はすぐにでもやめるだろう。諦めさせる方法はいくらでもある。」


やはりこの司令官も艦娘を道具のようにしか見ない人なのか。

それならなぜ駆逐艦が盾になるという話の時は怒ったのだろう。

自分のやり方と違うから怒っただけなのだろうか…。


響  「扶桑と山城は前任の司令官に酷いことを言われたんだ…。きっとそれを今でも気にしているんだと思う…。」


蛇提督「…。」


響は俯きながらも自分の思いを語ろうと思った。

今の自分に出来ることはこれしかないと思うからだ。

蛇提督はその様子をジッと見ていた。

寝ているユカリも起きているのか目を瞑りながらも耳だけ立てて響の話を聞いているように見える。


響  「私達が出撃する時、扶桑と山城はすごく寂しそうな目で私達を見送るんだ。あれはきっと本当は自分達も一緒に戦いに出てみんなの為に戦いたい、そういう顔だ…。」


蛇提督「そんなことがわかるのか?」


響  「わかるよ。かつての私もそうだったから…。」


蛇提督「かつて?」


響  「私は『不死鳥』とも呼ばれているんだ。誰が言ったかわからないけどそんな通り名がある。大破して死にかけてそれでも戦えるまでに回復してまた戦場に行く。今回のようなことは初めてじゃないんだ。そういう宿命を背負ってるのかもしれない。」


蛇提督「…。」


響  「でもそんなのは名前だけ…。実際は戦いに出ても特に大した戦果を上げられず、死にかけて帰ってくるだけ。前任の司令官にも『駆逐艦だから』という理由だけで出されてただけだ。かつての私はよく大破して大事な戦いの時に入渠して出られなかったりとか多かったんだ。そういう時に限って、仲間がどんどん沈んでいく。そんなだから前の雷も…。」


蛇提督「(前の?)」


響  「だから扶桑と山城とはいつか一緒に出撃したいって思ってた。そのためになるだけ被弾をこちらで受けるようにして、資源と資材を集めていれば、いつかきっと扶桑達も戦えるようになるって信じてた。」


蛇提督「…。」


響  「諦めたくない、諦めさせたくない…。でも結局、私は何も出来なかった…。」


そう何も出来なかった。

説得するにしてもどうすればいいのかわからない。

本当は司令官に任せたいとこだけど、司令官を説得する方法も見つからない。

やっぱり私はとても無力だ…。


俯いたまま黙り込んでしまった響を、蛇提督は見つめていた。

そんな一時の沈黙の後、蛇提督はその口を開いた。


蛇提督「不死鳥というのはな…。」


響  「?」


蛇提督「生まれ変わる時に一度自身の体を燃やして灰になる。そしてその灰の中から蘇って現れるそうだ。」


響自身も聞いたことのある伝説だ。


蛇提督「響はまだその灰の中から出て来てないというだけではないのか?…扶桑も山城もな。」


響  「!」


自分の耳を疑ったのでそれはどういう意味かと再度聞き直そうかと思った時、

蛇提督はハッとした表情を一瞬見せて、


蛇提督「俺はもう寝る。響も休んでおけ。」


と言ってスタスタと私室に入っていき、ユカリもいそいそとその後を追いかけて行った。

響はそんな姿を呆然として見つめたままだったが、


響  「(逃げるように行ってしまった…。フフ、なんだか面白い人だな…。悪くない。)」


最初は怖い人だと思った。外見も中身も。

次に思ったのは、最初の印象と違うと思った。庇ったことを褒めて盾の話で怒って。

その次は、やっぱり艦娘を道具のように考える人なのかと思った。

でもその次で、本当は…。


正直、司令官の真意はまだよくわからない…。

私を…私達を…どう思っているのか…。


響  「うん…これは、興味深いな。」


響の心は先ほどの執務室に来るまでの時より軽くなったような気がした。

むしろ新しい楽しみが増えたようなそんなワクワク感が、

沈んでいた心がわずかに踊り出したような、不思議な感覚に包まれていたのだった。



―――とある深海の底 海底洞窟―――


ここはある海域のとある島の地下。

岩盤の向こう側は海という洞窟。

その中で一人の影があった。


妖しげに光る白くて長い髪、後ろをロングで纏めた髪型にサイドテールが特徴的である。


???「面白ソウナ獲物ヲミツケタワ、タノシミネ…。」


そして冷酷な微笑みが彼女を見たものは決して忘れない。

そう、それはかつて古鷹達を追いつめた空母棲鬼だった。


空母棲鬼「サテ、次ハドンナコトヲシヨウカシラ?」





探しもの


蛇提督「…それで? こんな時間になんの御用でしょうか?」


夜、艦娘達も寝静まった頃。

蛇提督は一人、執務室の机にある電話を取りながら、誰かと話していた。

電話のすぐ横にはユカリが寝ていた。


蛇提督「その役目を私が代わりにしろ、ということですか?」


電話をする相手とは何やら険悪な雰囲気の蛇提督。


蛇提督「はあ…わかりました。どうせ断ることは出来ないのでしょう?」


ため息をつきながら諦めたように話す。


蛇提督「それでその者はどこに現れるのですか?……え? 鎮守府の跡地?」



―――翌日、早朝―――


加古 「やっべぇー! 時間ギリギリだ!」


朝早くから寝癖を直さないまま執務室へと走る加古。


加古 「(もう古鷹はなんで起こしてくれなかったんだよ〜。)」


泣きべそかきながら走る加古は、執務室のドアの前へと辿り着く。

ぜぇぜぇと息を整えながらドアを見つめる。

いや、正しくはその向こうにいるであろう人物である。


加古 「(入って…いいんだよね…?)」


息を呑み、ノックを試みる。


コンコンコン


蛇提督「加古か?」


加古 「は…はい。加古です。」


蛇提督「入れ。」


ドア越しにやり取りした後、恐る恐るドアを開け、中を覗いてみる。


蛇提督「何をしている? 早く入ってこい。」


加古 「は、はい!」


と思ったが、蛇提督に催促され慌てて部屋に入る加古。


加古「(うぅ…やっぱり他のみんながいる時は大丈夫だけど、一対一ではまだ…。)」


一人だけではまだ、蛇提督の顔もまともに見れない加古だった。

蛇提督は加古の様子をあの蛇目でジーっと見つめてくる。



蛇提督「夕張に伝えた時間より少し遅れてきたな。」


静かに低い声が威圧感を漂わせる。

加古が近くにあった時計をチラッと横目で見る。

06:00を3分ほど過ぎていた。

大した遅刻ではないが、遅刻は遅刻である。


加古「寝坊しました。ご…ごめんなさい!」


怒られると思って目を瞑って謝る加古。


蛇提督「…まあ、いい。次は遅れてくるなよ。次は許さないからな。」


加古 「は、はい!」


最後の言葉にビクッとする。


加古 「(うぅ…。やっぱり怖い…。厳しい人だな…。)」


今回は許してくれるようだけど初っ端から失敗したと思った。

時間にはうるさい人なんだと理解したのはいいけど、

古鷹に気をつけるように色々と注意されていたはずが早速やってしまった。


蛇提督「朝食はまだ取っていないだろう?」


加古 「はい…。」


蛇提督「なら先にすましてこい。ついでに私の分も持ってきてくれ。」


加古 「わかりました。」


蛇提督「今日は書類仕事がメインだ。片付けなくてはいけない案件が溜まっているのでな。」


加古 「ギクッ…。」


蛇提督「どうかしたか?」


加古 「い…いえ…。その…今日は演習訓練とか出撃はないのですか?」


蛇提督「演習訓練のための機材やらはまだ夕張に作らせているし、出撃も次の編成を考えてる最中でまだその予定はない。緊急事態でなければ何度も出撃できるほどの資源も今は無いのでな。」


加古 「そ…そうですか…。」


蛇提督「わかったらさっさと行け。」


加古 「はい。」


蛇提督の言われるままに執務室を出た加古。


加古 「(はぁ〜。よりによって書類仕事なんて…。)」


頭を抱えて思い悩む。

彼女は姉妹の古鷹とは反対に小難しい話や細かい事は苦手であった。

過去に何度か樹実提督の作戦説明中の時など、立ちながら寝て、樹実提督や古鷹に怒られたり、青葉に悪戯されたりしたのは良い思い出だ。

だが前任の提督の時はそれが災いしてしまった。

ちょうど提督が苛立っていた頃だったという事もあったが、古鷹を手伝うはずがいつもの如く眠気に負けてしまい、提督の怒りを買ってしまった。

それからというもの、執務の仕事はほとんど古鷹が手伝うようになり、龍驤と初霜がちょくちょくその手助けをするようになった。

でも他の艦娘が呼ばれることが無くなったどころか手伝わせてもらえなくなった。

古鷹に提督を刺激しない方がいいと言われそれに従ったが、自分があの時ヘマをしてしまったせいで古鷹達に余計な負担をかけてしまったと思っていた。


加古 「(今度はヘマしないようにしないと…。)」


ともかく朝食を取ってこよう。

そう思った加古は食堂へと急いだ。


二人の朝食が終わり、改めて加古の秘書艦の仕事が始まる。


蛇提督「さあ、始めるぞ。」


加古 「は…はい。」


ドサっと紙の束が目の前に置かれる。

ウゲッ…と顔を若干引きつらせた加古だが、首を横に振り気を紛らわす。


加古 「(いや…古鷹のためだ!我慢我慢!)」


そう自分に言い聞かせて気合を入れる。

用意されていた椅子に座り、ペンを持って目の前の書類を睨みながら執務机に向かう。


数分後…。


加古 「(えっと…これがこうで…これはこういうことだから…。)」


そばから見れば知恵熱で頭から湯気が出てきているのではないかという状態だ。

以前に古鷹から教えてもらったことがあると言っても、慣れないどころか苦手な作業をするのは、加古にとっては辛いものだ。

その隣で蛇提督はただ黙々と作業をしていたが時々加古の様子を横目でチラリと見ていた。


加古 「(ああ…まずい。また眠くなってきた…。こういうのを見るとやっぱり…。)」


もう疲れてきたのか瞼がだんだん重くなってくる。


加古 「(ダメだ…寝ちゃダメだ。寝てしまったらまた古鷹に…。)」


数分後…。


古鷹 「(加古…大丈夫かな?)」


加古が朝食の時から何やら様子がおかしかったので、心配して執務室の前まで来ていた。


コンコンコン


蛇提督「誰だ?」


古鷹 「古鷹です。」


蛇提督「入れ。」


失礼しますと古鷹が部屋に入るなり古鷹の目に飛び込んできたのは、

蛇提督の隣で机に突っ伏して寝ている加古の姿だった。


古鷹 「か…加古!」


蛇提督の前で堂々と寝ている加古を見て思わず声が出る。

急いで蛇提督に謝罪と加古を起こそうと思って近寄ったが、

蛇提督が右手の手の平を見せるように挙げて、古鷹を制止させた。


古鷹 「えっ?」


起こさなくていいという合図なのだろうが、どういう事かわからずそのまま立ち尽くす。


蛇提督「寝かしてやれ。」


古鷹 「いいのですか?」


蛇提督「苦手な事を無理にやらせた私が悪いのもあるからな。」


古鷹 「加古がこういうのを苦手な事を知っていたのですか?」


ちょっと驚いたように質問する。


蛇提督「個人の履歴書のようなものがあると前に言ったろ?それに一応書いてあったがどの程度苦手なのか確かめてみようと思ったのだが、まさかここまでとはな…。」


古鷹 「すみません。加古は昔から細かいことや小難しい話とかそういうのを相手にするとすぐに眠くなってしまうというか、人任せにしてしまうというか…。」


蛇提督「その加古の分までやってあげたり聞いたりするのが、古鷹ということだな。」


古鷹 「はい…。」


全くその通りですという意味がこもった言葉で頷く。


蛇提督「そんな彼女が嫌がらず、知恵熱を出してまで無理にやろうとしたのはどうしてだろうな。そんなに私が怖かったのか、それとも…。」


古鷹 「(加古が無理して…?もしかして加古、私のために?)」


朝食の時も苦手な書類作業があることは一言も言わなかった。

むしろ「やる時はやるんだよ」と言って心配させないようにしていたのかもしれない。


古鷹 「あの…加古の代わりとはなんですが…私が書類作業お手伝いしましょうか?」


蛇提督「ああ…そうしてくれ。今日中に終わらせたいものが結構あるのでな。」


古鷹 「わかりました。」


そうして古鷹も書類作業を手伝い始めた。


数十分後…。


加古 「うう〜ん。」


加古の目が少し開きかける。


加古 「(あれ…?私…いつのまにか寝てたのか…?)」


瞼をあげ、ボヤけた視界を見ながら自分が寝ていた事を自覚する。


古鷹 「あっ!加古、起きたんだね。」


加古 「えっ!?」


ここにいてはいけない人の声が聞こえたため、びっくりして一気に目が覚める。


加古 「古鷹!?どうしてここに?」


古鷹 「どうしてもなにも加古が心配だから見に来たんだよ。そしたら案の定寝ちゃってるんだから。」


加古 「ご…ごめん!」


古鷹 「私ではなく先に謝るべき人がいるよね?」


加古 「う…。」


古鷹に諭されて思い出した。

古鷹の事ばかり気にしていたため、忘れていた。

そう、今古鷹が座ってる位置とは反対側に蛇提督がいること。

恐る恐るそちらの方に目をやると、蛇提督はただ黙って目の前の書類作業をしていた。


加古 「えっと…その…。」


怒っているようにしか見えないので、怖くて声が出ない。


蛇提督「仕事の途中で寝るとは、大した度胸だな。」


加古 「ご…ごめんなさい!」


蛇提督「…。」


加古 「罰なら受けます!次こそはしっかりやりますから!」


必死になって謝る加古。

提督の前で寝てしまった大失態と古鷹に迷惑をかけてしまった事が加古を追いつめていた。


蛇提督「事情は古鷹から聞いた。苦手なのを無理にやらせた私の責任もあるからな。」


そう言って手元の作業を止めて、加古の方を見る。


蛇提督「すまなかったな。」


加古 「えっ? えっと…その…。」


拍子抜けしてしまったのか言葉を失う加古。


古鷹 「(私の時もそうだったけど、自分に非があると思ったらちゃんとそれを認める人なんだよね…。律儀な人なのかな…?)」


古鷹はあの時の事を思い出しながら、加古と蛇提督のやりとりを見守っていた。


蛇提督「罰を与えるつもりはない。だが、次はないぞ。」


加古 「は、はい!気をつけます!」


蛇提督「まあ、細かい事が苦手なら、また別の仕事を考えるまでだ。」


加古 「…。」


別の仕事?それでも「もうお前は使えないからいらない」と言われるよりはマシであった。

未だ気持ちがあたふたしながら、ふと気づいた。

自分の肩に肌掛けがかけられていることに、随分と自分が動転していたのだと思いながら、

肌掛けを触っていると、それに気づいた古鷹が話しかけてきた。


古鷹 「その肌掛け、提督がお貸ししていただいたんだよ。」


古鷹が少し微笑んで教えてくれる。


加古 「そうなの?」


意外…と言いたげな表情だ。


蛇提督「古鷹が風邪を引かないように加古に何かかけてやりたいと言ったからな…。」


古鷹の言い方では蛇提督が加古に肌掛けをかけてやったように聞こえるためか、何故だか遠回しに「私ではない」と言わんばかりに答える。


古鷹 「でも提督は私の意見にすぐさま聞いてくださって、ご自分の私室に肌掛けを取りに行ってくださったではないですか。」


蛇提督「それは…ここから誰かの私室に取りに行くにしろ、保健室に取りに行くにしろどちらも距離があるからな。私の私室から取ってくる方が早いと思っただけだ。」


加古は呆気にとられていた。

この男と普通に会話している古鷹を見て、なんだか不思議な光景だった。

私は今でもこの男が怖いけど、古鷹は全然気にせずに話しているようだ。


古鷹 「そうだ…提督、お飲み物は如何ですか?…と言っても今はまだほうじ茶しかなかったと思いますが…。」


蛇提督「ああ…それで構わない。」


古鷹 「では…。」


加古 「あっ、それなら私が行くよ!」


蚊帳の外になりかけていた加古が古鷹の代わりを買ってでる。

このままでは本当に役立たずになってしまうという焦りもあった。


古鷹 「えっ?加古ってお茶出した事あったっけ?」


加古 「そのぐらい出来るさ。私をなんだと思ってるのさー。」


ここは無理やりにでもこの役目を取りにいく。

一旦この場から離れて落ち着きたいという思惑もあった。


古鷹 「そう?じゃあお願い。」


加古 「うん、行ってくる。」


そうして立ち上がろうとした時、肌掛けがあった事を思い出して肌掛けを手に取りつつ、


加古 「あの…ありがとうございました。」


蛇提督「そこのソファにでも置いておけ。」


加古 「はい…。」


加古は素直にソファの所に肌掛けを置いて、お茶を取りに部屋を出て行った。

そんな加古の姿を見送っていた古鷹は加古の様子を見ながら、


古鷹 「(加古に提督は必要に怖がらなくても大丈夫なんだって教えたかったけど…わかってくれたかな…。)」


そう思いながら加古が無事にお茶を取って来れるか心配していた。



―――食堂―――


加古 「えっと…どこだったっけ?」


食堂に来た加古はお茶のセットがどこに置いてあったか思い出しながら探していた。


加古 「あれ?古鷹はこの辺りから取り出してた気がしたんだけどな〜。」


だが思った場所になく、加古はなんだかだんだん自分の事を情けなく思ってきた。


加古 「(嘘だろ…お茶が置いてある場所までわからないなんて…。)」


自分の情けないところばかりが目につく。


初霜 「加古さん、こんなところでどうしたんですか?」


加古 「初霜!…初霜こそどうしてここに?」


初霜 「実は先ほど加古さんが食堂の方に入っていかれるの見かけて、気になって来てみたんです。」


加古 「そう…。」


初霜 「何かお探しですか?」


加古 「ああ…ほうじ茶、どこにあったっけ?」


初霜 「ああ、それならこちらの棚ですよ。」


と言って初霜は加古が探していた場所とは随分と離れた場所にあった棚を開けた。

お茶のある場所を迷いなく教えてくれる姿を見てさすが初霜だーっと感心しつつ、

自分がかなり見当違いの場所を探していたことに少し恥ずかしくなってしまった。


加古 「あ…ありがとう。」


初霜 「提督にお出しするんですか?」


加古 「そうだよ…。」


初霜 「やっぱりそうですか。提督は濃い目や薄めとかのこだわりは無いようなので、普通に作って大丈夫ですよ。」


加古 「初霜は凄いな…。」


初霜 「どうしてですか?」


加古 「だって…戦いだけじゃなくそういう細かい仕事もたんたんとこなして、本当にしっかりしてるよね。」


初霜 「いえ…そんな事は…。」


加古 「あるさ。そのおかげで私なんかよりよっぽど古鷹の助けになってるよ。」


初霜 「加古さんだって古鷹さんとはそれこそ樹実提督の下で共に戦ってきたのでしょう?それなら私よりも多くの功績を残してるのではないですか?」


加古 「当時は私も自分の力が提督や古鷹達のためになってるって信じてたさ。」


初霜 「今もそうではないのですか?演習訓練の様子を見る限り、この鎮守府にいるみんなの中でも練度が高い方ではないですか。」


加古 「そう?でも最近気になるんだ。助けられていたのは私の方だったんじゃないかって…。」


初霜 「どういうことですか?」


加古 「樹実提督が死んでから何もかも変わったんだ。悲しみに暮れてる古鷹を元気づけようとしても上手くいかなかったし…。前任の提督の時でも、古鷹を少しでも助けようと思ってやったけどかえって初霜達にも負担をかけることになってしまった…。

だから思ったんだ。樹実提督の時は本当は私は何も出来ない奴でだけど他のみんながうまくフォローしてくれてたから、うまくいってたように勘違いしてたんじゃなかったのかなって…。」


初霜 「そんな事は無いです。古鷹さんだってきっと加古さんがいたから今日までやってこれたのだと思いますよ。」


加古 「どうかな…。私はマイペースな性格だと自分でも自覚してるけど、その分みんなに迷惑をかけてきたと思うんだ。思い当たる事がたくさんあるんだ。」


初霜 「大丈夫ですよ。加古さんは嫌な事があっても、平気平気なんとかなるよ、という感じでいつも前向きなのが加古さんの良いところですから。」


加古 「それは褒めてるの?」


初霜 「はい。」


加古 「そんなの私が脳天気なだけさ。」


初霜 「話が変わるのですが、提督はどうですか?」


加古 「どうって?」


初霜 「加古さんから見てどんな人に見えるかということです。」


加古 「…怖くて厳しい人だな。」


初霜 「仕事は真面目にこなす人のようですから。」


加古 「ただ…。」


初霜 「ただ?」


加古 「古鷹と話していた時、全然普通に話すんだなって思って…。」


初霜 「そうなんですか?」


加古 「というか古鷹、前に比べて提督に怖がらなくなっただけじゃなくて、少し元気になったというかなんというか…。」


初霜 「確かにそうですね。以前より良い意味で落ち着いたという感じがします。」


加古 「樹実提督がいた時ほどの幸せそうな顔ってわけじゃないけどさ。…でもなんか変わった。」


初霜 「前任の提督の時のようないちいち顔色を覗って接していた時よりは良いと思います。」


加古 「それはそうなんだけどさ。でも変わったきっかけがどうやらあの提督と関わってからなんだ。」


初霜 「そうなんですか?」


加古 「うん…。あの事件の後に龍田と天龍を許してもらえるように頼みに行った時にね。行く前と会ってきた後の様子がちょっと変わってて…。」


初霜 「どんな風にですか?」


加古 「それがうまく言えないんだよね。その時は気のせいかなって思ったけど、その後の古鷹の行動や提督に対しての態度で、気のせいじゃなかったんだなって思ったからさ。」


初霜 「では古鷹さんに直接聞いてみればいいのでは?」


加古 「うん…。いつか聞いてみようと思う。」


初霜 「それと古鷹さんが加古さんの事、どう思っているかも聞いてみてはどうですか?」


加古 「聞いてみたいけど…ちょっと怖いな…。」


初霜 「そうですか…。では、今なら聞ける、って思った時にでもいいと思います。それまでは、自分で確かめるまでは余計な憶測はしない方がいいと思います。」


加古 「できるかな…。なるだけそうしてみる…。」


初霜 「はい。」


加古にとっては非常にお節介な事を言われているはずなのに、

初霜のそれはあまり高圧的に感じない。

ある意味それも彼女の良さなのかもしれないっと加古は思った。


加古 「私からも聞くんだけどさ…?」


初霜 「はい?」


加古 「初霜もあの提督に対しての態度、変わったよね? やっぱり秘書艦をした時に何かあった?」


初霜 「私も古鷹さんの様に何か変わった感じありますか?」


加古 「う〜ん…。なんというか…。前より力が抜けたというか…。警戒して張りつめた空気が和らいだような…そんな感じ。」


初霜 「そうですか…。私も少なからず変化があったのですね…。」


加古 「初霜は提督のこと、どう思ってるの?」


初霜 「…。」


初霜はあの夜の出来事を思い出していた。

蛇提督の表情、仕草、言葉。

その後の事、今日に至るまでの事を思い出して、答えを導きだす。


初霜 「…不思議な人、ですかね…。」


加古 「その言い方から嫌いではないんだろうけど……、曖昧なんだね?」


初霜 「はい、その通りです。曖昧なのはまだあの方のこと、よくわかってないからです。」


加古 「そうなんだ。悪い人かもしれないというのは?」


初霜 「それもわかりません。ただ青葉さんからかつての事件の事やそれまでの経歴だけの情報で悪い人だと決めつけてしまうのは反対です。」


加古 「それは…そうじゃない可能性もあると思うから?」


初霜 「そう思ってくれて構いません。」


加古 「なんか私も混乱してきたよ…。何を信じたらいいのか…。」


初霜 「そんなのは簡単です。」


加古 「?」


初霜 「加古さんの目で確かめればいいのです。」


加古 「うっ…。それはあの提督と話してみろってこと?」


初霜 「はい。」


加古 「できるかな〜…?まだ怖いんだよね…。」


初霜 「大丈夫です。あの方はちゃんと話を聞いてくれる方です。」


加古 「そうなの?」


初霜 「はい。それに私も同じ、確かめてる所なのです。」


加古 「自分で確かめるか…。」


初霜 「もしかしたら古鷹さんもそうなのかもしれないですね。」


加古 「古鷹が?」


初霜 「はい。龍驤さんもそんな感じで、私もそのようになって、それなら古鷹さんもそうなったんじゃないかって…私の勝手な思い込みですが。」


加古 「そっか…。そうかもね。うん。頑張ってみるよ。」


初霜 「はい!」


初霜は元気に答えた。

その意気です、っと背中を押してもらえた気がした。


加古 「そろそろ戻るよ。古鷹が心配するだろうから。」


初霜 「はい。また困ったことがありましたら、いつでも相談してください。」


加古 「あはは。これじゃ初霜は私のお姉さんみたいだね。」


加古らしい笑顔を少し取り戻して、加古は執務室に戻るのだった。



―――執務室―――


古鷹 「あっ、加古!遅かったね?」


加古 「ごめんごめん。食堂に行ったとき初霜に会ってちょっと話してたんだ。」


古鷹 「そうだったの…。」


初霜と会っていたと聞いて、お茶の在り処を教えてもらったのではないかと思った古鷹だった。


蛇提督「お茶すまなかったな。加古には他に頼みたいことがある。」


加古 「はい。」


蛇提督「それではまず…これとそれを…。」


加古に与えられた仕事は誰にでもできることだった。

ただ古鷹や蛇提督が席を立たずとも、書類仕事ができるようにサポートする内容だった。

今の自分はそれが限界なのだと思いながら、加古は眠くならないように自分なりに工夫しながら、仕事をした。

時々、初霜が言っていたことを思い出して、蛇提督や古鷹の様子を眺めた。

仕事中でも二人は時々話すことがあったが、ほとんどが仕事に関しての話なので特に変わった事はなかった。

自分から蛇提督に話しかける事は…やはりまだ出来そうにない。

先程の事でまだ蛇提督も怒ってるかもしれないと思ったら、迂闊に話しかける事はできなかった。


そんなこんなやってるうちに昼は過ぎ、日は暮れた。


蛇提督「よし、この書類で終わりだ。」


蛇提督はペンを置き、書類の束を揃える。


古鷹 「お疲れ様です。」


古鷹も書類の片付けを手伝う。


加古 「(やっと終わったか…。)」


ふぅーっと静かに一息つく。


蛇提督「二人ともご苦労だった。」


古鷹 「これで期限が近いものはだいたい終わらせたのですよね?」


蛇提督「ああ。一通り片付けた。」


古鷹 「それは良かったです。朝早くから一人でされてても一人でやり切れるものではありませんから、人手が欲しい時はいつでも仰って下さい。」


加古 「(あ…久しぶりに見たな。秘書艦モードの古鷹…。)」


樹実提督の時によく見せていた姿だった。

秘書艦の仕事を長く経験しているおかげで、その立ち振る舞いは秘書そのもの。

あの大淀さんにも負けないだろう。


蛇提督「ああ…そうだな。今回は助かった。…ありがとう。」


古鷹 「…!」


加古 「(今確かに…。)」


最後の言葉だけトーンが下がって聞こえづらかったが、確かに聞こえた。

きっと聞く事のない言葉だと思っていたからこそ、内心かなり驚いている。


蛇提督「ん?どうかしたか?」


古鷹 「いえ…お礼なんてとても久しぶりに聞いたので…。なんだか新鮮な気持ちでした。」


蛇提督「そうか…。加古もご苦労だった。今日はもういいぞ。」


加古 「あ、はい!」


蛇提督「そうだ。明日のことだが、明日は資材集めに行くぞ。」


加古 「…そうなんですか? 何時頃に出発ですか?」


蛇提督「09:00に工廠前に集合。09:30には出発だ。それまでは朝食を済ませ、昼食も持参できるようにしておけ。」


加古 「あの…朝、執務室に行かなくていいのですか?」


蛇提督「特にやることは無いからな。出かける前に夕張から携行砲の使い方を聞いておけ。」


加古 「わかりました…。」



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遠くで爆音が鳴り響いている。

だが、そんなことは関係ない。

今、大事なのは腕に抱えてる「彼女」である。


???『あ………たちを…………まも………げて………。』


蛇提督『わかったから!そうするから今は喋るな!』


???『よかっ…た……。』


そして彼女の息が静かに引き取ったのを腕越しに伝わる。


蛇提督『!!』


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蛇提督「っ!!」


蛇提督は布団から飛び起きた。

そこは蛇提督の私室だった。

夢を見た蛇提督は冷や汗をかいていた。


蛇提督「久しぶりに見たな…あの夢…。」


はぁーっと深い溜息をつき、布団のそばに置いてある時計を確認する。

時間は05:00になろうとしていた。


蛇提督「……こういう時は…温かいものでも飲もう…。」


服を着替え私室を出る。


蛇提督「(やはり執務室にガスコンロやポットを置いたほうが良さそうだな…。)」


以前、この執務室にもそれらは置かれていたのだが、元々古い物で前任の提督の時に壊れてしまい、撤去してしまったことを古鷹から聞いたのを思い出した。

いつかここに設置しようと思いつつ、執務室を出る。



―――食堂―――


食堂へとやってきた蛇提督は食堂の一角にある調理場でお茶を自分で作り飲んでいた。

食堂は一度に50人弱は入れるほどの広さはある。

だが誰もいない食堂は静まりかえっていた。

この時間なら誰かしらが朝食の準備をし始めていると思っていたがいなかった。

蛇提督がふとガスコンロの上にのっている大きな鍋を発見する。

その中を確認すると、案の定カレーだった。


蛇提督「やはり作り置きがあったか…。」


朝食担当がいない理由はこれだ。

昨日のうちで多めに作り、今日の分は温め直して食べるだけ。

今日の一日の分もこれで保たせるのだろう。

戦時中のこの国でもこれだけ食べられれば贅沢な方ではある。


ふぅーっと息を吐き、お茶を飲み終えた蛇提督は湯飲みを片付け、食堂を出ようとする。

だがそのまま執務室には戻らなかった。

食堂から外に出て運動場の脇を通り、海がある方へと歩く。


蛇提督はコンクリートで作られた岸壁の上を歩き海沿いを行く。

今日の天気はどんよりとして、波も少し荒れている。

それでも蛇提督は遠い目で海を眺めながら何か物思いにふけっている様だった。


そんな蛇提督の後ろ、遠く離れた木の影に四つの小さな影があった。


雷 「あれってやっぱり司令官よね…?」


電 「こんなところで何をしているのでしょうか…?」


暁 「もう少し近づきたいけど、怖くて行けないわ。」


響 「…。」


暁姉妹達が蛇提督にバレない様に尾行していた。

戸惑いつつも追いかける暁、雷、電。

でも響は三人の前をずいずいと進む。


暁 「ちょ…ちょっと、響そんなに行ったらバレちゃうわよ!」


大きな声を出さない様にしつつ、響を止めようとする。

と、したら響がすくっと立ち止まった。

響きに追いついた三人はその視線の先を見る。

蛇提督は海の方に突き出す様に作られた岸壁の上を歩き、その一番奥岸壁が終わるところに立っている灯台の下で立ち止まり、そのまま海を眺めていた。


それを確認した暁姉妹は一旦互いが見えるように向き直り輪を作って、いつもの姉妹会議を始める。


暁 「ど…どうする?」


雷 「怪しいことをしているのなら監視してたほうがいいって天龍達が言ってたわ。」


電 「でもここからではよく見えないのです…。」


暁 「なら、あそこまで行くっていうの?」


雷 「もうちょっと見えそうなところを探してみるとか?」


電 「あれ? そういえば響ちゃんがいないのです。」


気づけば四人で会議をしていると思ったら、響だけその姿がなかった。

三人が辺りを見回して探していると、「あ、いたわ!」っと雷が指をさす。


響は既に海へと突き出た岸壁の入り口に差し掛かっていた。

まっすぐ蛇提督のところへ行こうとしているようだった。


暁 「ひ、響――!」


そう叫んで三人は響の後を追うのだった。



ただじっと眺めている蛇提督は、今朝見た夢の映像が脳裏からはなれずにいた。

その映像が脳裏によみがえるたびに蛇提督は目を細め顔は険しくなる。


響 「司令官、こんなところで何をしているんだい?」


突然の響の登場でピクッと反応した蛇提督は響には背中を見せたまま少しだけふり返る。

だが決して今の顔を見せようとはしない。


蛇提督「…見ての通り海を眺めているだけだ。」


いつものように低い声で答える蛇提督。


雷 「響―!」


暁達が二人のもとに辿り着く。


暁 「勝手に言っちゃダメよ…。」


息を切らせながら響に注意を促すが、響はそれに構わず蛇提督との会話を続ける。


響 「よくここに来るのかい?」


蛇提督「ああ…そうだ。」


響 「どうしてここに来るんだい?」


そういいながら蛇提督に少しづつ近づく。

彼の隣に立って顔を見るためだ。


蛇提督「…。」


蛇提督は自分の隣に立って自分を見つめてくる響をチラッと横目で見て、再び海へと視線を向ける。


蛇提督「…どうにも落ち着かない時に波の音を聞きに来る。」


響 「ふぅ〜ん。そうなんだ。」


響はそれ以上は深く掘り下げようとはしなかった。

蛇提督の様子を見て、なんとなく響はそう思ったのだ。


暁 「(あの響が…。)」


雷 「(なんだか…。)」


電 「(楽しそうなのです…。)」


蛇提督ほどではないとはいえ響も顔に表情が表れないのだが、姉妹達にはその違いがわかるようだ。


蛇提督「そういうお前達はどうしてここにいる?」


振り向いて暁達を見る。

ビクッとした三人はたじろぐ。


雷 「ほらここはお姉ちゃんの出番でしょ!」


暁 「ふぇっ!?」


小さい声で雷に背中を押されて前に出される暁。


暁 「え…えっと…。」


どうしようかあたふたしている暁を蛇提督はジーっと見つめる。

その視線がやっぱり怖い…。


暁 「お…。」


暁が何かを言おうとする。


暁 「お‥おはようなのでしゅ、司令官…。きょ…きょうはおひがらもよく…。」


ポカーンとした空気が流れる。

もう一度言うが、今日の天気はどんよりとした曇り空だ。


蛇提督「あ…ああ、おはよう…。」


これにはさすがの蛇提督も呆れてなんとか返事をする。


雷 「ちょっと!何が、お日柄も良く、よ!全然そんなんじゃないでしょう!」


暁 「れ…れでぃは、あ…朝のあいさちゅから…たいちぇつにしゅるのよ…。」


ひきつり過ぎて呂律が怪しい。


雷 「だからって…!」


電 「大丈夫なのです!」


暁に食ってかかる雷を電が止める。


雷 「な…何がよ…?」


電 「お日柄も良くというのは天気のことではなくて、縁起が良い日という意味で使われるのです!」


またもやポカーンとした空気が流れる。


暁 「そ…そうなの!?」


使った本人は知らなかったようである。


雷 「それでも余計にダメじゃない!?じゃなくて私が言いたいのは…!」


ワーワーと騒いでる三人を見て、心無しに呆れた顔の響だったが、

彼女達の代わりに答えようと蛇提督に向き直る。


響 「今朝、司令官が運動場の脇を通って海の方に歩いていくのを暁が見つけたんだよ。」


蛇提督「ふん…なるほど。」


少し鼻で笑い何かを察したかのように話す。


蛇提督「つまり俺が怪しい事をしているんじゃないかと気になって後をつけてきたということか。ご苦労なことだ。」


暁 「(ギクッ…。)」


雷 「(バレてる…。)」


電 「(はわわ…。)」


気持ちが隠しきれず、ビクビクしている三人。


響 「…私は司令官が何をして何を考えているのか気になっただけだよ。」


蛇提督「お前達から見れば得体の知れない奴だからだろ?私への対抗策も考えておかないとな。」


響 「…。」


蛇提督の言葉を聞いて、響は何を思っているのかじっと蛇提督の顔を見つめたままだ。

そんな二人のやりとりを暁達三人はソワソワしながら見守っている。


響 「…ただ単純に司令官に興味があるだけだよ。司令官がどんな人かなんていうのは色んなことを知ってから考えるよ。」ニコッ


蛇提督「…!!」


チラッと響をもう一度見た蛇提督はその鋭い目を見開いて驚いていた。

響は笑っていた。

普段、あまり表情を変えないギャップとまだ幼く見える小さい容姿もあってか響のそれはとても穏やかで綺麗なものだった。

誰もが見ても思わずドキッとしてしまう様な可愛さだった。


暁 「(ひ…響が!)」


電 「(笑ったのです!)」


姉妹達も驚いていた。

響が明らかな笑顔を見せるのはそう滅多にないのだろう。


蛇提督「…そろそろ執務に戻らなくてはな。失礼する。」


帽子のつばで顔を隠して蛇提督はその場を立ち去ってしまった。


響 「(また逃げるように行っちゃったな…。やっぱり面白い人だ。)」


クスッと笑った表情で響は蛇提督が立ち去るのを見送った。


雷 「響…あなたあの司令官が怖くないの?」


響 「最初はそうだったかもしれないけど今はそうでもないよ。むしろ話してみると面白い人だよ。」


暁 「(他人にあまり興味がない響が面白いだなんて…。)」


雷 「(響にこれを言わせるなんて…あの司令官やるわね…。)」


電 「(司令官さんと何かあったのでしょうか…?)」


響の変化も気になるところだが、響を変えた蛇提督が何者なのかそれぞれが気になり始めるのだった。



―――工廠―――


夕張 「それで…これはこうやって、こう使うの…。」


加古 「なるほど…。」


約束の時間の前に加古は蛇提督の言う通りに夕張から携行砲の使い方を学んでいた。


夕張 「弾の入れ方さえわかってれば、そんなに難しくないでしょう?」


加古 「うん、私でもこれはわかりやすい。さすが妖精さんや明石が設計しただけのことはあるよね。」


夕張 「そりゃあね。どんな娘でも扱えるようにって改良に改良を加えたそうだからね。」


加古 「こんなちっちゃいのに車吹っ飛ばすほどの威力あるんだから驚きだよね。」


夕張 「まあ…そんなつもりではなかったらしいけどね…。」


加古 「えっ?」


夕張 「携行砲を作り終えた明石から聞いたことなんだけど…。」


加古 「うん。」


夕張が落ち込むような顔をしたので、加古はそれに耳を傾ける。


夕張 「本当は提督達と艦娘の信頼をより強くするために作ったんだって。艦娘はただでさえその存在が特殊だからいろんな人種に狙われやすい。もちろんそれに関係の深い提督達も例外じゃない。もしも命が狙われるような出来事に巻き込まれるようなことがあったらいくら人間より身体能力の高い艦娘といえど素手だけでは限界がある。人間の作った武器は扱えない艦娘達が陸上でも戦えるようにと思って作られたものだったの。」


加古 「へぇ〜。そうだったのか。」


夕張 「でも結果は加古も知っての通り。かえって上層部の人達や一部の提督達に恐怖を与えてしまった。やろうと思えば人間なんか簡単に潰せるのだと。人間と艦娘の間の信頼関係にさらに溝を作る羽目になったのよ…。」


加古 「そうなんだ…。」


そう言って今加古が手にしている拳銃タイプの携行砲を見つめていた。

そして思い出したように加古は話す。


加古 「でも樹実提督は言ってたんだ。きっといつか人間と艦娘が分かり合える時が来るって。こうしてお前達と一緒にいてみんな素晴らしい娘達だってわかったのだから、きっと他の人達もわかってくれる。この戦争を終わらせればきっと叶うって言ってた。」


夕張 「…。」


加古 「私は樹実提督のような人もいるんだって知ることができたから、人間はみんな悪い人達ばかりじゃないって信じてる。」


夕張 「加古…。」


夕張は樹実提督とは少ししか関わったことがないが、その少しでもわかる。

彼は本当に尊敬に値する人だと…。今でもあの爽やかな笑顔が心に残っている。

その人の下で戦ってきた加古や古鷹は人間を信じたいという心が残ってるのかもしれない。


加古 「あのさ…ちょっと夕張に聞きたいことがあるんだけどさ…。」


夕張 「ん?なに?」


加古 「夕張は秘書艦やってさ、なんか変わったことあった?」


夕張 「ど、どうしてそんなこと聞くの?」


ドキッとする夕張。


加古 「ほら秘書艦やったことのある娘達は、その前と後ではなんか雰囲気変わった感じするだろ?古鷹は特にそうだし初霜も龍驤もそんな感じだしさ。そんで夕張はどうだったのかなって?」


夕張 「わ…私は特になかったわ。」

夕張 「(隠れて発明してたことバレて弱みを握られているなんて言えないわ。)」


加古 「あの提督が来た頃はすごく疑ってかかってたけどさ。最近あまり提督の事について語らなくなったじゃん?」


夕張 「(ギクッ…。それはあいつの悪口言ってる事バレたらそれこそ弱みを使って脅されたら嫌だから控えてたけど、加古意外と鋭いわね…。)」


加古 「まぁ、夕張はそんなにこれといって変化もなかったし気のせいかなって思うけど、それなら何か気づいたことはないの?」


夕張 「気づいたことね…。」


夕張は秘書艦になってからのことを思い出してみる。


資材集めにも行って、二人きりの時間も多かったが大した会話はしてない。

ただ古鷹のことについてちょっと感情的になって問い詰めた時に、提督が一瞬凄く寂しい顔をしたような気がする。

でも本当に一瞬だったからそうであったかは定かではない。

ただ何故だかあの雰囲気が今でも忘れられない。


発明品を隠していた倉庫がバレてしまい、資材もちょろまかしていたこともバレていよいよまずいって思ったけど、何故だか話を聞いてくれた。

最終的には海軍の利になると思ったから許してくれたのだと思うけど、最後に発明することは悪いことじゃないって言ってくれたのよね…。

今までそんなこと言ってくれる人いなかったから、なんか聞いたときは頭真っ白になっちゃって…。

むしろあんな事があったから、あいつのこと悪く言うのができなくなって…。


「……ばり!…夕張!」


夕張 「えっ?な、なに?」


加古 「なにじゃないさ〜。さっきから考え込んじゃって…。」


夕張 「あ、ごめんごめん!」


片手を頭の後ろでかいて、笑ってごまかす。


夕張 「私のことじゃないけど、この前衣笠が扶桑さんと山城さんの事についてあの提督から聞かれた時にどう答えたのかって尋ねたら、なんか動揺してたわよね?」


うまく話をすり替える夕張。


加古 「ん?そういえばそうだったね。」


夕張 「あれ、きっとなんかあったのよ。後で聞き出しておかないとね。」


クックックっと笑う。


加古 「ハハッ…。なんか夕張、青葉みたいだよ。」


蛇提督「そろそろ出発の時間だ。」


ギョッとした加古が振り返る。

いつのまにか蛇提督がやってきていた。

服装はいつもの提督用の白い軍服ではなく、茶色の作業服に近い服を着て海軍帽に似ている茶色い帽子をつけていた。。


加古 「は…はい。準備は出来ています。」


蛇提督「携行砲の使い方も聞いたか?」


加古「はい。」


蛇提督「なら先に正門の方に行っててくれ。車はもう既にまわしてある。」


加古「はい。先に失礼します。」


加古は従順に蛇提督の言うことを聞き、怯えながらそれに従う。

失態を既にしているため、今度はしないようにと気を張っているからだ。


蛇提督「夕張、製作を頼んである訓練用の弾薬や機材の進捗状況はどうだ?」


夕張 「は、はい。六割程っと言ったところでしょうか。ただ現在ある資材を使ってしまうと出撃や遠征の入渠用の鋼材の事を考えると安易に使える量ではないかと…。」


蛇提督「そうか…、やはりそうなるか。もっと集めてこないといけないな。」


夕張 「はい…。」


以前に古鷹と相談して出た答えも合わせて蛇提督に伝える。

夕張もこの製作には意欲的に取り組んでる。

演習訓練の方も最初は天龍の意見同様、意味があるものかと疑ってはいたものの、

久しぶりにもの作りに励む事ができるため、あえて反対はしなかったのだが、

やってるうちに皆の練度が上がってるようで、実戦でもその成果があった報告も聞いた。

自分の得意な事で皆に貢献できていると思うと、ちょっぴり嬉しかったりするもんだ。

最近では演習訓練の質を上げるために何か作れないかと密かに思案中だがその為の資材の余裕もない。


蛇提督「…この調子では夕張の好きな発明も手をつけられんだろうな。」


夕張 「えっ!?」


まさか発明について聞かれるとは思ってもなかったので、びっくりしすぎて思考が止まってしまう。


蛇提督「そうなのであろう?」


確認するようにもう一度聞かれる。


夕張 「えっ…えっと!発明はあくまで余ったものや廃棄処分が決定したものから、つ…使いますので、お…お気になさらず!」


発明用の資材まではいらないと、慌てながら遠回しに遠慮する。

というか本当は欲しいが、そんな図々しい事は言えない。


蛇提督「そうか…。では私もそろそろ行く。」


夕張 「行ってらっしゃいませ…。」


去っていく蛇提督の後ろ姿を見送る。


夕張 「(はぁ…でもどうして急にあんな事を聞いて来たのかしら?気にしててくれてたって事?)」


以前、古鷹が言っていた『そういう人かもしれない』という言葉をふと思い出す。

あの言葉の意味を知りたいのなら、もう少しあの男を観察する必要がある。


夕張 「(ほんと…不思議な人よね…。)」


夕張はしばらくその場で物思いにふけるのであった。



加古は軽トラックの前で蛇提督が来るのを待っていた。

そしてようやく蛇提督がやってきて、


蛇提督「待たせたな。行くぞ。」


加古 「はい。」


二人は軽トラックに乗り込み、鎮守府を出発する。


今回も四人の妖精がついてきて、車内でワイワイとやっているが、それとは反対に助手席では加古が緊張で縮こまっている。

蛇提督は相変わらず、妖精達に気にも止めず黙って運転をしている。


『自分の目で確かめるのです。』

初霜が言った言葉を加古は思い出す。


加古 「…あ…あの…今日はどこに行くのですか…?」


なんとか声を出して蛇提督に尋ねる。


蛇提督「今日もある鎮守府の跡地だ。ここから少し距離はあるが、まだ使えるかもしれない兵器や物資があると見込める場所だ。」


加古 「そ…そうですか…。」


会話はそれ以上続かずまたシーンと静まり返ってしまう。


加古 「(やっぱり無理!私には無理!)」


心の中で泣きべそをかいてしまう加古だった。


それでも何か話してみるか、いややっぱり無理!と葛藤を繰り返して悶えてる加古だったが、それに構わず車は走り、気づけば目的地に着いてしまったようだった。


蛇提督「ここに停めておく。降りるぞ。」


加古 「は…はい。」


加古は車から降りながらある疑問を抱く。

車を停めた場所は鎮守府の敷地から見てだいぶ端っこで正門の前の大通りからは反対側、なおかつ生い茂った木々の裏側に車を置いている。

ここまでの道のりでもう少し鎮守府の中の方、庁舎や工廠施設があるところの方に車を進ませられる道があったようにも見えた気がした。

なによりここでは、持ち帰れそうな物資を見つけて載せようにも大変なのではないだろうか…。


加古 「(うーん…。まぁ、いっか…。)」


けどやっぱり聞かないことにしよう。

加古は気が進まないのか、なんとなくそうするのであった。


蛇提督「では、妖精を連れて資材探しをしてくれ。これが持ち帰りが可能なものを書いたリストだ。この中にはないもので新たに発見すればさらにここに書き加えておけ。」


加古 「(だるくなる事務作業だけど…体を動かしながらやるから眠くなったりはしないと思う…。でも扶桑や山城の為でもあるんだ。がんばろう。)」


よしっと心の中で気合を入れつつリストを受け取る。


蛇提督「私は庁舎を当たる。遺品とかも出るかもしれないからな。」


加古 「はい。わかりました。」


夕張から聞かされていたが、蛇提督は自分が鎮守府に来る前の戦いの記録などが無いか、遺品を探すことで資材調達のついでにしている事を聞いていた。


でもよく考えてみれば、彼が例の事件で牢獄にいる間戦況は大きく変わり本土も直接攻撃され危機的状況となった。今の現状になるあの悲惨な経緯を彼はその目で見ていないのだ。

そうであるなら何があったか知りたいと思うのは当然のことなのかもしれない。


そうして二人は別れ、それぞれの担当の場所で資材探しが始まった。

工廠と思われる建物に行く道中で加古は辺りを見回しながら歩いてみる。

やはりここもかなり攻撃を受けたようで瓦礫の山と化しており、ほぼ原型を留めていない。

庁舎の方も建物の壁がわずかに残ってるだけで、壁の高さだけで推測してみれば三階まではあったろうと思われる。

工廠の方も建物の色合いや様式から推測しているだけに過ぎない。


加古 「(でもここなんか前に来た事があるような気がするんだよな…。)」


思い出せそうで思い出せない。

うーんと唸りながら腕組みして思い出そうとするが、瓦礫の何かの先っぽに足を引っ掛けて転びそうになる。


加古 「(いいや!後できっと思い出すよ!)」


ずっと考え込むのは私の性分に合わない。

だから今は資材集めに専念しようと気持ちを切り替えることにした。


そうして工廠に辿り着き加古はいつになく真剣な顔つきで作業を開始する。

いつしか時間を忘れて没頭していると、自分以外の足音が近づいて来ることに気がつき、ふとそちらに首を振り向かせた。


蛇提督「捗っているようだな。」


加古 「あ…提督。」


蛇提督の方から加古の所へ来た。

一体何しに来たのか困惑しつつ加古は蛇提督に尋ねる。


加古 「えっと…どうしたのですか…?」


蛇提督「もう昼時だ。」


加古 「えっ?そうなんですか?」


もうそんなに時間が経っていると気がつかなかった。


蛇提督「13:00をもう回ってるぞ。」


加古 「すみません!全然気がつきませんでした!」


そういえば提督の代わりに時間の管理をするのも秘書艦の務めだと古鷹が言っていたっけ?

あっ!時計持ってないや!またやってしまった!


と、一人加古は焦りに焦っていた。


蛇提督「別に構わない。寝ていられるよりはマシだからな。」


加古 「うっ……ごめんなさい…。」


もしかして寝ていると思われて見に来たのだろうか?

そうなると私って信用されてないってことじゃん!


頭をかきむしってショックを受けている加古。


蛇提督「昼飯は持ってきたのか?」


加古 「あ、はい。車の中に。提督の分もあります。」


蛇提督「そうか。」


今朝、古鷹が作ってくれたおにぎりが鞄の中にある。

具材はない為、本当にただのご飯を固めただけのものだったが、加古と提督の為に作ってくれたのだった。


加古 「今取りに行ってきます。」


蛇提督「車の鍵だ。」


加古は車の鍵を受け取り、昼飯を取りに行く。

しばらくして鞄を持って蛇提督の所まで戻って来た加古は鞄からラップで包まれたおにぎりを取り出す。


加古 「はい。これが提督の分です。」


蛇提督「ああ、すまないな。私はもう少し調べておきたいところがあるからまた行く。」


加古 「わかりました…。」


一緒に食べないということだが、これは良かったのかそれとも提督に話しかけるチャンスを失うと見て悪かったのかと、加古としては複雑な気分だった。


蛇提督「昼飯を済ませたら再開だ。間違っても寝ないようにな。」


加古 「だ、大丈夫です!」


また釘を刺された。やはり信用されていないのであろう。無理もないけど…。


蛇提督「そうか。何かあったら知らせろ。それではな。」


そう言って颯爽と立ち去ってしまった。


加古はため息をついて、とにかく今は古鷹の作ってくれたおにぎりを食べようと気持ちを切り替える。

どこか腰掛けて食べられそうな場所を探して少し歩く。

やがて瓦礫があまり散乱しておらず瓦礫の山に囲まれるようにあった小さな草原っぽいところというより芝生のような場所があったので、そこで座り込んで食べることにした。


加古 「(やっぱりここ見覚えあるんだよな〜。でもどこだっけ?)」


正面に見える海を眺めながらそんな事を考えている加古だったがやはり思い出せない。

このまま考えてると眠くなって来ちゃうな〜っと思っていると、

加古の後ろの瓦礫の山の方から足音が聞こえた。

ビクッと驚く加古。


加古 「(うげっ…もしかして私が寝ていないか確かめに来たのかな…?)」


蛇提督が来たのだと思い振り返ってみる。

だが振り返った瞬間、ガタッと大きな音を立てて誰かが慌てて逃げる影を一瞬だけ見えた。


加古 「(えっ?提督じゃない?こんな所に一体誰が?)」


そう思ってその影を追いかけ、瓦礫の山を登る。

瓦礫の山の頂上に着いてどこへ逃げたか見回してみる。

音が微かに聞こえた。瓦礫の影を使ってうまく逃げているのかもしれない。

ともかく音がした方に追いかけてみる。


だけど、それ以上は音は聞こえずどこへ行ったのか分からなくなってしまった。

途方に暮れて辺りを見回す加古。とすると敷地の端っこの方にあるちょっとした森の中に入っていく人影が遠くながら見る事ができた。


加古 「(えっと…これは一応、提督に報告した方がいいんだよね…?)」


加古は蛇提督がいると思われる庁舎へと向かう。


加古 「提督…。どこにいらっしゃいますか…?」


姿が見えないので呼びかけながら辺りを探し回る。


蛇提督「どうした?」


蛇提督が急に瓦礫の影から現れた。


うわっと驚いていた加古だったが、気を取り直して話始める。


加古 「えっと報告がありまして…。」


蛇提督「言ってみろ。」


加古 「先ほど不審人物を見かけまして…。」


蛇提督「ほう。姿を見たのか?」


なぜだかあまり驚いていないのが気になった加古だが構わず続ける。


加古 「はっきりとは確認できませんでした。しかし遠くから後ろ姿を少しだけ…。」


蛇提督「どんなだ?」


加古 「女性だったようです。長髪を後ろでまとめて赤いリボンのようなものをつけているようでした。」


蛇提督「そうか。」


加古 「…。」


加古はその特徴を伝えた後、何か考え込むような難しい顔をしている。


蛇提督「どうかしたか?」


加古 「いや…えっと…その…。」


言葉を濁して言おうか言わないか悩んでいる。


蛇提督「構わん。言ってみろ。」


加古 「じゃ…言うのですが…その姿を思い返した時、どこかで見たことのある気がして…。」


蛇提督「知り合いか?」


加古 「いえ…そこまでは…。」


この鎮守府に来てからというもの既視感だらけでそれでなおかつ思い出せないのだから

頭がどうにかなってしまいそうだと、頭をかきむしる。


蛇提督「そんなに考え込んでるとまた知恵熱出してオーバーヒートするぞ。」


加古 「うっ…それもそうですね…。」


これでは書類作業した時の二の舞になってしまうと思ったので考えるのを諦める加古。


蛇提督「その不審者にはまた会えるだろう。今は資材探しに専念するんだ。」


加古 「はい。わかりました。」


ん?また会える?

蛇提督の言葉に違和感を感じたが、資材探しに専念と言われたので、再び工廠に戻る加古だった。


加古はその後も資材集めに没頭した。

蛇提督の言う通り資材になりそうなものが結構見つかるので、持ち帰り出来そうな物はわかりやすい所に一ヶ所に集めておいた。


拾えば拾うだけ扶桑と山城が安心して出撃できるのだと思ったら、今自分が役に立っている、そんな気分になれたのだった。

気がつけばもう日はすでに傾き始めていた。


蛇提督「加古、そろそろ帰るぞ。」


加古 「はい。」


もうそんな時間なのかと空を見上げれば、多少明るいといえどどんよりとした曇り空なので日の光があまり入らず随分と暗くなっていた。


蛇提督「集めた物をなるだけ荷台に載せるぞ。」


加古 「はい。」


二人で軽トラックの荷台に集めたものを載せる作業を始め、それが終わる頃にはもう日が沈んだのか懐中電灯を使わなければ周りが見えないほどになっていた。


加古 「(あ…お腹減ったな…。古鷹達心配して待ってるかな?)」


グゥ〜っと鳴ったお腹を抱える加古。


蛇提督「今日はこの近くにあるらしい食事処で夕食を食べるぞ。」


加古のそんな姿を見てこの後の予定を伝える。


加古 「えっ!?外食ですか!?」


意外な発言に戸惑う加古。


加古 「えっと…私…お金を持ってませんが…?」


蛇提督「俺が出す。」


加古 「あ…でも…それじゃ…。」


遠慮しようにも焦りでうまく言葉にならない。


蛇提督「構わん。」


加古 「はい…。」


その一言で押し切られてしまったので、加古はそれに従う。


だがむしろ艦娘には給料制度は無い。

元々艦娘は一般には秘匿なので外出は許可されない限りほとんどない。

ましてやお小遣いのようなものはその鎮守府の提督に特別な事情やお使いを頼まれない限り渡されることはないのである。

加古達も例外ではない。


加古 「(奢ってもらえるって事なんだけど…昨日に続いての今日だしな…。気が引けるというか素直に喜べない…。)」


奢ってもらうそのお金は鎮守府の経費からなのかそれとも提督の財布からなのか、そこがすごく気になるところである。


蛇提督「早く乗れ。行くぞ。」


蛇提督に急かされ、急いで車に乗り込み発車する。


しばらく車を走らせると蛇提督はあるところから周りをキョロキョロ見るようになった。

言っていた食事処がある所の近くまできたのだろうか、暗い道を車のライトを頼りに少しゆっくり走らせる。


加古 「あの…場所は誰から聞いたのですか…?」


蛇提督は「あるらしい」と言っていたので誰かから聞いたのだろうと思って、誰なのか気になったものだから恐る恐る聞いてみる。


蛇提督「知り合いからだ。」


即答でその一言だけなのではっきり誰かわからない。


加古 「(知り合いって…前にユカリを送りつけてきた木村っていう人かな?)」


加古が思い浮かべられる人といえばその人ぐらいだが、別の人の可能性もある。


蛇提督「あったぞ。ここのようだ。」


車を駐車させて加古達は降りた。

いかにも老舗を匂わせる木でできた外観に引き違い戸のドアの店だった。

そのドアの上には大きな明朝体で「食事処」と書いてある看板があった。

本当は何軒かの住居と横並びにあっただろうと思われるその店であったが、

周りが廃墟であったり瓦礫となっていたりで、今では寂しくその場所にひとつ建っていた。


蛇提督「入るぞ。」


蛇提督に言われ中へと入ることにする。

カランカランとお客が来た事がすぐにわかる音が鳴りながらドアを開け、中の様子を見ながら入ってみる。


内観は五つか六つのカウンター席があり、小さな御座敷タイプの席が設けられ机が三つある。

飲食店というより居酒屋に近い作りになっていた。

机やカウンター、その椅子も木でできていた。


???「いらっしゃいませ!」


カウンターの奥に暖簾がある出入り口から若い綺麗な女性が出て来た。

その女性は今時珍しく割烹着を着ていて、ロングヘアを後ろで纏めつつ印象的な赤いリボンをつけていた。


加古 「あっ!!あなたは!!?」


その姿を見た加古は驚いた。

女性の方も加古の声にビクッとして止まる。


加古が驚くのも無理は無かった。

なぜならその女性は艦娘なら誰もが知っている人、給糧艦、間宮だった。


間宮 「えっと…あなた方は…?」


加古 「間宮さん!私だよ、私!樹実提督の所にいた加古だよ!」


自分を指差して思い出させようとする加古。


間宮 「樹実提督の?…まあなんと懐かしいでしょうか。お久しぶりです、加古さん。」


大人の女性を思わせる微笑みで返す間宮。


加古 「小豆提督の所にいた間宮さんなんでしょ!?驚いたよ、だって死んだとばかり思ってたから…。」


間宮 「はい。この通り生き延びていました。」


加古 「一体どうしてこんな所にいるのさ?生きてたのなら私達に…」


蛇提督「加古、積もる話はあるだろうが私達は夕食を食べに来たのだぞ。まずは座るぞ。」


加古 「あ…はい、すみません。」


少し強い口調で加古の話を遮った蛇提督。


間宮 「あの…加古さん。そちらの方は…。」


加古 「あ…こちらの方は…。」


蛇提督「先日、横須賀鎮守府に着任したばかりの提督だ。」


加古が紹介するより先に蛇提督は名乗った。

そのついでに先ほどまで帽子のつばで隠していたあの鋭い蛇目を見せるのだった。


間宮 「そうでしたか…。ではこちらの席にどうぞ。」


蛇提督の目を見て一瞬ウッとたじろいだ間宮だが、接客に手馴れたように席を案内する。

それでも彼女の肩はわずかに震えていた。

彼女の恐怖は蛇提督の目だけでは無かったのである。


蛇提督と加古はカウンター席に座りメニューを見る。

それぞれが何にするか決め、注文する。

料理ができるまでの間、二人は黙ったままだ。

というより今の加古に話す余裕がない。


間宮さんが生きていたことは素直に嬉しい。

でも今までどうしていたのか、

あの鎮守府の跡地に来てたのは間宮さんなのか、

そうだとしたらどうして逃げ出したのか。

聞きたいことがたくさん加古の頭をグルグルと回る。


間宮 「お待たせしました。」


そうこうしてるうちに料理ができたようである。

二人ともご飯と味噌汁がついている普通の定食もので主菜だけ加古は肉野菜炒め、蛇提督は肉じゃがを選んでいた。


早速、加古が最初の一口を食べる。


加古 「うう〜ん!おいしい!!」


頬が落ちそうな美味しさなのか頬が緩む。

さらに次さらに次とどんどん食べる。

あまりの美味しさに先程の思い悩んでいた事をさっぱり忘れてしまったようだ。


加古 「ああ!やっぱ間宮さんの料理はおいしいな〜。何年ぶりだろうか〜。」


そんな姿の加古を見ていた蛇提督は自分の前にある料理に向き直り、箸を持ちそして最初の一口を口の中へと誘う。


蛇提督「っ!!」


蛇提督の鋭い目はいつも以上に大きく開かれ一瞬止まった。


間宮 「いかがですか…?」


心配しながら尋ねる間宮さんは蛇提督の表情を窺う。


蛇提督「…これはおいしいな。」


そしてまたゆっくり二口目を取り口の中へと入れる。


間宮 「お口に合うようで何よりです。」


蛇提督の言葉を聞いて少し安心したような間宮だった。


加古 「本当においしいよ、これ!間宮さん、また腕上げたんじゃない?」


加古は物凄い勢いで食べながら絶賛する。


間宮 「そんなことはないですよ。」


加古 「いや〜他のみんなにも食べさせてあげたいよ。きっと喜ぶよ!」


間宮 「ええ…。」


間宮の表情が少し暗くなる。


加古 「うちのところに天龍と龍田もいるんだよ。間宮さんが生きてたことを聞いたらあの二人きっとすごく喜ぶよ!」


間宮 「そうなのですか? あの方達も無事だったのですね。良かった…。」


間宮と縁が深いのだろうか、二人の名前を聞いて驚きそして少し安堵したような顔をした。


加古 「帰ったらあの二人に間宮さんがここにいることを伝えるよ!すぐここに飛んできちゃうかも!」


間宮 「いえ…加古さん。私がここにいることは伝えないで欲しいのです。」


加古 「えっ!?どうして!?」


間宮 「…。」


間宮は黙ってしまった。

加古と間宮の会話を食べながら黙って聞いている蛇提督は間宮の表情を窺っている。


間宮 「提督さん…。」


間宮が真剣な表情で蛇提督に向き呼びかける。

何かを言いたそうなので、蛇提督は黙ってその続きを待つ。


間宮 「こちらへ来たのはやはり私を連れ戻すために来られたのですか?」


蛇提督「いや、ここへ来たのは全くの偶然だ。私達は夕食を食べるためにここへ来たに過ぎない。」


間宮 「そうなのですか?もしもここの事を知っているのがあなた方だけでしたら秘密にしておいて欲しいのです。」


蛇提督「構わん。」


加古 「提督!?」


そんなあっさり引き受けていいのかと言おうとしたが、手を挙げて加古を制止させる。


蛇提督「だがひとつ聞きたい。あの鎮守府の跡地にどうして来ていた?」


間宮 「跡地とは何のことですか?」


知らないふりをする間宮。


蛇提督「とぼけても無駄だぞ?加古もあなたがあの場所に来ていた事を見ているのだぞ。」


間宮 「…。」


加古 「(加古も? あれ?提督も目撃してたのかな?)」


蛇提督「言えないのか?」


間宮 「…。」


蛇提督「あの跡地に来ていたことは認めるのか?」


間宮 「はい…。」


蛇提督「そうか。」


そう言って蛇提督は残っていた料理を食べた。

そのまま互いにシンとなってしまったため、加古はどうしたらいいかわからなくなっていた。

蛇提督は全て食べ終え、


蛇提督「加古、もういいのか?」


加古 「え?あ…はい。」


蛇提督「なら行くぞ。」


加古 「え?行くんですか!?」


このまま帰っちゃうのかと驚いたまま席を立ち上がる。


蛇提督「これ以上は遅くなるからな。…ごちそうさま。」


間宮 「は…はい。」


驚いていたのは間宮も同じだった。

お代を出すと同時に席を立ち颯爽と帰ってしまった蛇提督に呆気に取られ、

ありがとうございました、という接客に重要な台詞を言うのを忘れてしまうほどだった。


蛇提督と加古は車に乗り込み、帰路につく。

しばらく加古がどうしようか悩んでる時、蛇提督が運転しながら話しかけてきた。


蛇提督「加古、今日間宮に会ったこと誰にも言ってはならんぞ。」


加古 「どうしてですか?間宮さんが私達に会うことを避けているからですか?」


私を見てすぐさま逃げたのは艦娘だと気付いたか、海軍の人間だと思ったのか、どちらにしろ避けてるのは確かなんだ。


蛇提督「ああ。それはきっと海軍の人間に知られてしまう事が怖いからだろう。」


加古 「知られてしまうとどうなるのですか?」


蛇提督「まだ彼女は立場上、兵役についてる身のはずだ。生きていた事を隠していた事がバレてしまったら軍規違反とみなされる可能性がある。処罰も下される可能性がある。」


加古 「そんな…。」


蛇提督「もしも彼女を助けたいと思うなら誰にも話してはいかん。」


加古 「提督は間宮さんを助けてくれるのですか?」


蛇提督 「使えるのならな。それより艦娘が公に経営をしている事が問題だ。艦娘は原則的に一般には秘密だ。彼女が艦娘だと一般人にバレたら何があるかわからん。」


加古 「(やっぱり余計な問題を引き起こすと今の自分の立場に危険が及ぶかもしれないから下手に首を突っ込みたくないのかも…。前に夕張がそう言ってたしな。)」


蛇提督「だが助けるにしても彼女が軍を避ける理由がわからない限り私にもどうしようもない。」


加古 「それならもう一度行って、私が聞いてきますよ。」


蛇提督「無闇に聞こうとするな。彼女が嫌がって雲隠れしたら元も子もない。こういうときは焦りは禁物だ。他の仲間に教えることも禁ずるのはその為もある。天龍や龍田がそれこそ間宮に会おうとしたらまたひと騒動あるだろう。憲兵にも気づかれる。」


加古 「理解はできますが納得はできないです。なんかじれったいというか…。」


結局、自分は何もできないという事なのだろうか…。


蛇提督「もう会わないわけではない。あの鎮守府の跡地にはまだ行くからな。そのついでに食事を理由に度々会いに行けばいい。彼女が戻らない理由にあの鎮守府が関係しているようだからな。」


それを聞いた加古は先ほど蛇提督が「加古も」見ていたと言っていた事を思い出した。


加古 「そういえば提督も間宮さんがあの鎮守府に来ていたこと、どこかで見ていたのですか?」


蛇提督「ああ。」


加古 「どうしてあの時言わなかったのですか?」


蛇提督「言う必要がないと思ったからさ。余計な話をするとそれが気になりすぎて資材集めに専念できなくなると思ったからな。」


加古 「うっ…そんなことは…。」


あるかもしれないと思ってしまった加古だった。


蛇提督「それに私達には直接危害がありそうでも無かったしな。なぜなら彼女は何かを探しているだけのようだったからな。」


加古 「探していた?」


蛇提督「ああ。しきりに瓦礫の下や物をどけたりしてな。」


加古 「…。」


あんな所で一体何を探してたのだろう。

間宮さんが私達に会おうとしなかったのはそれが理由なのだろうか…。

一体間宮さんに何があったのか…。


加古は答えのでない考えをグルグルと巡らせながら、二人は自分達の鎮守府に帰るのだった。



―――間宮の食事処―――


間宮 「(天龍さんと龍田さんか…。懐かしいわね…。)」


蛇提督と加古が帰った後は店じまいをして、店の後片付けをしながら間宮は昔の事を思い出していた。


―――5年前 パラオ泊地―――


間宮 『提督、昼食をお持ちしました。』


間宮はおぼんに食事をのせて執務室へと来ていた。


小豆提督『あ…間宮さん。わざわざすみません。他の誰かに持って来てもらえれば良かったのですが…。』


間宮 『フフ…気にしないで下さい。お昼時でも他の娘達は忙しいですから。』


今でも執務室のドアの向こうからバタバタと何人かが通り過ぎていく音が聞こえる。


小豆提督『そうですね。ここは今最前線の基地で常に警戒態勢ですし本国への輸送任務も重なってここの艦娘、総動員ですから。』


間宮 『でも小豆提督の指揮下だったら皆安心して取り組めますね。』


小豆提督『いえ…そんなことは…。』


小豆(あずき)提督、名前は決して本名ではない。

顔はそこそこでやや黒めの褐色肌。

帽子でいつも隠れているが髪型は丸刈りであるため、まるでいつの時代かの野球少年がそのまま大きくなった容姿をしている。

顔の形も豆の形に似ているため、いつの頃からか彼のまわりの人間や艦娘達にそのあだ名が広がってしまったのである。


小豆提督『それにしても…間宮さんまでそのあだ名で呼ぶんですね?』


間宮 『良いじゃないですか。可愛いし美味しそうですよ。』ニコッ


小豆提督『お…!美味しそう!?』


間宮 『? どうかしましたか?』


小豆提督『い、いや!なんでもないです!』

小豆提督『(美味しそうだなんて…間宮さんが言うとなんか…///)』


小豆提督の頭の中は先程より随分と扇情的な間宮さんの姿が映っているのである。


その時、執務室のドアが急に開いて二人の艦娘が入ってきた。


天龍 『おーい小豆、いるかー?』


入ってきたのは天龍と龍田だった。


天龍 『あ!また間宮さんの前で鼻の下伸ばしてんのかよ。』


小豆提督『そんなわけないだろ!というか入る時はノックをしろといつも言ってるだろ!』


龍田 『あら天龍ちゃん。提督の良いところを邪魔しちゃったから怒ってますよぉ。』


小豆提督『だから違うって!』


間宮 『フフッ…。いつもながら仲がよろしいのですね。』


小豆提督『これが仲が良いように見えますか…?』


天龍 『それはいつもこいつが何かに現を抜かしてねえか監視してるのさ。ちょっと目を離すとすぐこれだからさ。』


間宮 『あら?そうなのですか?それはいけませんね(笑)』


小豆提督『ま…間宮さん。天龍の言う事を真に受けてはいけませんよ?』アセアセ


間宮 『でも提督さんはどの娘と話す時もとても楽しげに話してるではないですか?』


小豆提督『いや…それは提督として、請け負ってる艦娘の状態を把握してケアもするためにしているのであって、決してやましい心はありませんよ…?』


間宮 『ウフフ。では今はそういうことにしておきますね(笑)』


天龍 『間宮さん、提督にはくれぐれも気をつけろよな。』


小豆提督『天龍…覚えてろよな…。』


小豆提督は拳を握りしめて悔しそうな顔で天龍を睨む。


龍田 『そういう天龍ちゃんは提督が他の娘と話してるのを見ると、いつもイライラしてるのよぉ。』


天龍 『ばっ!?龍田!!急に何言いやがる!?』


先ほどまでニヤニヤしていた天龍が龍田に言われて急に焦りだし顔がやや赤くなる。


小豆提督『そうか…。そういうことだったのか…。』


天龍 『へっ!?』


小豆提督が何かを悟ったのか、声は低くなりやや俯く。

いつもと違う雰囲気の小豆提督にドキッとする天龍。


小豆提督『天龍…お前…俺のこと…。』


天龍の顔がさらに赤くなる。ドギマギして心臓の音が聞こえてきそうだ。

間宮さんはただその様子を見守り、

龍田は、おお?これは!?という表情で次の展開を期待している。

そして小豆提督の口が開かれる。


小豆提督『俺がそんなに……見境のない奴だと思っていたのかぁーーー!!』


天龍 『はあっ!?』


龍田 『(あらあら…そう来ちゃうのねぇ。)』


小豆提督『いいか!?俺はこれでも一途なんだ!決して浮気性ではない!!』


龍田 『(これは間宮さんに変な誤解されないために必死に弁明してるわねぇ。)』


小豆提督『それに!俺の理想の女性は美人で料理が上手でお淑やかで母性あふれる人なんだ!!』


龍田 『(しかも勢いでほぼ告白もしてるわぁ。)』


間宮の反応を見るためにチラリと間宮を見る龍田。


間宮 『あら!?そうなのですか? でも思い当たる娘がたくさんいますね〜。』


龍田 『(あ…気づいてないわね、これ。この二人が結ばれるにしてもまだ先ねぇ。)』


天龍 『あーそうかい!どうせ俺は料理も上手くないし母性もないしお淑やかじゃねぇもんな!!』


龍田 『(こっちは拗ねちゃったわねぇ。)』


間宮 『でも天龍さんと提督はどの娘といるよりも一番仲がよろしいではないですか?』


小豆提督『え…?』


間宮 『だっていつもお二人は楽しそうにふざけあったり、冗談を言ったり。』


天龍 『それは…こいつとはそれなりに長い付き合いだし…。』


間宮 『それだけじゃなく時には本気でぶつかったり、互いの本音を言い合ったりしたりして…、いつの時だか駆逐艦の娘達の事でケンカしてたり…。』


小豆提督『それはきっと天龍が駆逐艦の娘達の状態を気にかけて、俺に直談判してきた事かな? 疲労が絶えないから休ませる時間を作って欲しいとかだったかな?』


天龍 『あの時は提督の事も考えてなかった俺がいけねえんだけどよ…。』


小豆提督『いやいや、天龍が言ってくれたから俺も正気に戻ったんだ。あの時は助かったよ。』


間宮 『フフ…そうやって互いの間違いを認めてすぐ仲直りできるのですから素晴らしい関係だと思いますわ。羨ましいくらいです。』


天龍、小豆提督 『『そ…そうかな。』』


小豆提督と天龍が照れくさそうに頭をかいている。


龍田 『二人は結局、似た者同士なのよねぇ。』


龍田が意地悪そうに笑う。


天龍 『う、うるさい!』


さすがに恥ずかしいようで顔を隠すようにプイっとそっぽを向いてしまう。


小豆提督『ハハ…そうかもしれないね。天龍とは出会う前から知ってたんじゃないかって思う時もあったし、天龍が怒って俺に言ってくることはどれも共感できる事だったからすぐ受け入れることもできたんだ。』


天龍 『お…おう。』


小豆提督の素直な感想に顔を赤らめたまま天龍は俯いてしまう。

そんな二人を見てる間宮と龍田は自分の事のように嬉しそうに笑っている。


小豆提督『そういえば天龍と龍田はどうしてここに来たんだ?用があって来たんだよな?』


龍田 『ああ、忘れるところだったわぁ。そろそろ私達、行かないといけないから挨拶だけでもしていこうと思ってぇ。』


小豆提督『えっ?今日だったか?もうそんな日だったか…。』


間宮 『どういう事ですか?』


天龍 『間宮さんにはまだ言ってなかったな。俺たち今日付で異動なんだ。』


間宮 『えっ?そうなんですか?』


龍田 『そう。南西諸島方面の応援で小豆提督の指揮下からあちらの提督の指揮下に移る事に決まってねぇ。』


間宮 『寂しくなりますね…。』


小豆提督『大丈夫ですよ、間宮さん。何もずっとあっちにいるわけじゃないし、任務が一通り終わったらまたこちらに戻るそうですから。それに南西方面は大事な油田地帯なんでそこに彼女達が応援に行けばむしろ安心ですよ。』


天龍 『ああ、あっちは任しておけ。だから小豆も俺達がいなくてもしっかりやるんだぞ。』


小豆提督『誰に言ってる?俺の実力は一緒にやってきたお前達が一番よくわかってるだろ?』


小豆提督はそう言って勇しく笑う。


龍田 『そうねぇ。』


そんな姿の小豆提督が面白いのか龍田はクスクスと笑う。


小豆提督『お前らもきっちり仕事してこい!そしてまた帰ってこい!』


天龍 『ああ!そっちも元気でな!』


そうして二人は互いに右手の拳を突き出して、それをつなげる。

それは戦友を通り越してまるで兄弟のようにも見えるのだった。


間宮はそんな二人を微笑ましく見ているのであったが、その笑顔にはどこか切なさがあった事を他の三人は気づく事がなかったのである。



―――横須賀鎮守府―――


蛇提督と加古は鎮守府に到着し、工廠の前まで車をまわす。

二人が車を降りたあと、帰って来たことに気づいたのかそれとも待っていたのか、古鷹と扶桑、山城が二人のもとへとやって来た。


古鷹 「おかえり、加古。」


加古 「ただいま。」


蛇提督「加古、携行砲の片付け忘れるなよ。」


加古 「はい…。」


子供に注意するような感じだと加古は少し不快に感じた。

が、それでも彼の言う通りにすぐさま返しに行くことにした。

古鷹と扶桑は、荷台の資材を落ちないように縛っていたロープを解いてる蛇提督に歩み寄り話しかける。


古鷹 「提督、お疲れ様です。」


扶桑 「お疲れ様です…。」


そんな二人の後ろから山城がじっと見ている。


蛇提督「ああ。」


古鷹 「収穫はどうでしたか?」


荷台いっぱいに乗ってるガラクタの山を見ながら、古鷹は話す。


蛇提督「今回行ったところの鎮守府の跡地は使えそうな物が結構落ちていた。一回では運びきれないから、これから何回か分けて行くつもりだ。」


古鷹 「そうですか。それは良かったです。今度、私も行ってみたいですね。秘書艦の仕事をあまりできませんでしたので…。加古ばかりでは大変だと思いますし。」


蛇提督「いや…それは…。」


蛇提督が思わぬ提案に少し戸惑った様子となったが、


蛇提督「加古は書類仕事ができない。だからせめて資材集めで体を動かせながら働かせる。むしろ古鷹は私の不在時に書類の整理などを龍驤や初霜達と共にやってもらう方が良いと私は考えてる。」


古鷹 「そうですか…。提督がそのようにお考えならそれに従います。」


と言う古鷹は少し残念そうだ。

それを見た蛇提督は怪訝そうな顔をする。


扶桑 「あ…あの…。」


扶桑が恐る恐る話しかけてくる。


蛇提督「どうした?」


扶桑 「お二人の食事を取っといてあります。」


蛇提督「あ…。」


しまった…という表情を見せる蛇提督。


扶桑 「どうかされたのですか?」


蛇提督「すまない。外食で夕食を済ませてきてしまった。」


扶桑 「えっ?そうなのですか?」


蛇提督「ああ。目的地の近くに食事処があると前から聞いていたのでな。遅くなった時は食べていけると思ってな。だが、その事を伝え忘れてしまった。」


扶桑 「そうでしたか…。」


扶桑もなぜだか残念そうな顔をする。

それを見た蛇提督は、


蛇提督「次からはちゃんと言う。すまなかった…。」


扶桑 「いいえ、大丈夫です。お気になさらず。」ニコッ


扶桑は蛇提督が本当に謝ってる事を感じて、安心させるためにふっと微笑む。

その笑顔は扶桑自身の儚げな雰囲気と合わさって神秘的なものだ。


蛇提督「う…。」


その笑顔に思わず後退りした蛇提督は帽子のつばで顔を隠す。


蛇提督「こっちは任せたぞ。執務室に戻る。」


扶桑、古鷹 「「はい。」」


そう言って顔を隠したまま、スタスタと立ち去っていった。

それとすれ違うように、工廠に携行砲を返しに行っていた加古が蛇提督を横目で見ながら古鷹達のところに戻って来た。


加古 「提督…どうかしたの?」


古鷹 「フフ…別になんでもないよ。」


そう言う古鷹はなんだか楽しげだ。


山城 「姉様…あいつに気安く話しかけるのは危険ではありませんか?」


山城が不機嫌に話しかけてくる。


扶桑 「大丈夫よ、山城。」


山城 「ですが、もしも扶桑姉様の魅力に気づいて、変な気を起こされたら…。」


山城の言う扶桑の魅力はともかく、前任の提督の一件のこともあり気にしているのだろう。


扶桑 「山城、あの方は少なくとも前任の提督とは違う気がするの。」


山城 「そうであっても、もしかしたら今後の出来事で豹変するかもしれないじゃないですか。前の提督も最初は優しそうな人に見えたではないですか。」


訴えかけてくるように扶桑に聞いてくるが、扶桑は微動だにせず、


扶桑 「山城の言うことも最もだわ。その可能性もある。けれども何か違う気がするの…。」


加古 「扶桑もあの一件以来、感じたものがあったんだね。あの事があったとしても?」


扶桑 「ええ。もしもあの事が本当なら私や山城はとっくに見捨てられてると思うの…。」


古鷹 「でも実際はそうじゃなかった。」


扶桑 「はい。」


山城 「でもあいつは私と天龍に初めて会いに来た時、姉様達を人質同然に扱ったのよ!従わなければ解体だって…私達を無理矢理に従わせるために。」


扶桑 「ええ。それも事実。だからこそ私も戸惑ってるの。本当のところはどうなのだろうって…。」


山城 「だったら…。」


扶桑 「でも山城、決めつけるのはまだ早いと思うの。山城があの方をどう思うかは自由だけど、決めてかかって拒む前にもう一度あの方と話して自分で確かめてみるべきだと思うの。」


加古 「(初霜と同じ事を言うんだな。)」


山城 「そ…そうですか。姉様がそこまで仰るなら…。」


本人の中でも整理がつかないのか納得できないのか、扶桑の言う事を聞いてくれるかは微妙な感じに返事をする。


古鷹 「さあ、荷台の物を運びましょう。」


加古 「そうだね。遅くなってきたしね。」


扶桑 「はい。山城もお願い。」


山城 「わかりました。」


加古 「(扶桑も提督と関わってなんか変わった感じあるよね。古鷹はどう思ってるのかな…?)」


加古は内心、そんな事を考えながら古鷹に聞くチャンスをうかがっていたが、どうにも切り出せず結局そのまま運ぶ作業を手伝った。


運ぶ作業が終わり、車を動かしてもらおうと一人執務室に向かう加古は鎮守府の廊下を歩いていると、前から龍驤がやって来た。


龍驤 「おお、帰ってたんか?なんや遅かったな〜?」


加古 「うん。思った以上に資材にできそうなものがあってね。時間掛かっちゃった。」


龍驤 「そうやったか。お疲れさん。」


加古 「あのさ…。龍驤に聞きたい事があるんだけどさ…?」


龍驤 「なんや?」


加古 「提督と何かあったの?」


龍驤 「きゅ…急にどうしたんや?」


ちょっとたじろいだ龍驤は加古にその理由を尋ねる。


加古 「ほら今まで提督と秘書艦なり関わった娘とかがみんな何かしら変わった感じあったでしょ?龍驤は最初に秘書艦やったし何か知っている事があるかなって?」


龍驤 「まぁ…無かったと言えば嘘になるんやけどな…。」


人差し指で頬をポリポリしながら加古から目を逸らしている。

何を言おうか悩んでるのかもしれない。


龍驤 「そうやな…。一言で言うなら不思議なやっちゃやな。不可解というか…。」


加古 「(龍驤も初霜と同じ事を言うんだな。)」


龍驤 「青葉や大淀がくれた情報で人柄を判断するのはやめといた方がええと思うわ。こっちにきてからの事と合わせて考えるとさらに頭が変になりそうやわ。」


加古 「あの事件の真相は違うかもしれないって事?」


龍驤 「今はなんとも言えへん。確固たる証拠も根拠もないのやから。ただ…。」


加古 「ただ?」


龍驤 「あの扶桑の一件でちょいと気にかかる事があってな…。」


加古 「あの時は驚く事が多かったよね。提督がわざわざ皆んなに扶桑と山城の事を聞いて回ったり、扶桑の真意を探るような質問をしてたり…。」


龍驤 「ああ、それもそうなんやけど、もひとつ気になることがあってやな…。」


加古 「え?なに?」


龍驤 「いや…。これは扶桑に聞いてからやな。いつか話すで。」


加古 「ええ!?そんな勿体ぶらずに…。」


龍驤 「まあまあ。それよりいいんか?なんか仕事の途中やないのか?」


加古 「あ!しまった!提督を呼びに行くとこだったんだ。」


龍驤 「ほな、早ういかんと。うちは寝る支度するで。ほなな。」


加古 「うん。」


龍驤の言いかけた事が物凄く気になる加古だったが、自分のすべき仕事は優先しないといけないと自分に言い聞かせながら執務室へと向かうのであった。


―――執務室―――


執務室では蛇提督がユカリの頭を撫でながら、何やら物思いにふけっていた。


蛇提督「最近艦娘に対しての態度が甘くなった気がするな…。」


頭を撫でられ気持ち良さそうなユカリの顔を見つめながら、一人呟く。


蛇提督「それのせいか艦娘の中にも最初の頃とは態度が変わった奴もいる…。こんなつもりではなかったのだがな…。」


ユカリの撫でる場所を頭から顎に変える。


蛇提督「あの夢を見ていたせいか…。いや…そうではなく…。」


コンコンコン

ドアをノックする音が聞こえた。


蛇提督「誰だ?」


加古 「加古です…。」


蛇提督「入れ。」


「失礼します」と言いながら加古は執務室へと入る。


加古 「提督、荷台の積み下ろしが終わりました。」


蛇提督「ご苦労だった。車を車庫入れせねばな。」


そう言って蛇提督は椅子から立ち上がり車の鍵を引き出しから取り出す。

ユカリはもっと触って欲しいと言わんばかりに、グデンっとお腹が見えるように体を横に倒す。

それを見た蛇提督は「また後でな」とボソッとユカリに言うのだった。


そんなやり取りを加古はなんとなく見ていたが、自分のそばまでやってきた蛇提督に、


蛇提督「そう言えば食事処に行ったことで誰かに何か聞かれたか?」


加古 「いえまだ何も…。」


蛇提督「そのうちに誰かしら気になって聞いてくるだろう。その時は一般人がやってる店だが海軍を嫌う店主ではないから大丈夫だ、とでも伝えておけ。」


加古 「提督の知り合いからそのように聞いたから、ということで良いんですよね?」


蛇提督「そんな感じでいい…。」


加古 「わかりました。」


蛇提督「明日もあの鎮守府跡地に行くぞ。作業もまだ途中だしな。」


加古 「まみ!…食事処にも行きますよね?」


思わず名前を言いそうになったのをこらえて言い直す。

誰かに聞かれたらまずいからだ。


蛇提督「ああ。」


加古 「(そうか、明日も行くのか。今、間宮さんの事を助けてあげられるのは私しかいない…。しっかりしなくちゃ。それに間宮さんの隠してることも気になるし…。)」


蛇提督「今日はもういい。明日に備えて寝るといい。」


加古 「了解です。ではお先に失礼します。」


蛇提督「ああ。」


蛇提督はそう言って先に執務室を出て行った。

それを見送った加古は今日の出来事や他の娘達との会話を思い出していた。


加古「(あの人は間宮さんを本当はどうしようとしてるのかわからないけど、けど間宮さんの事を助けるためにはあの人のそばを離れてはいけないだろうな。万が一ってこともあるし…。でもこの間宮さんの一件であの人がどうするかでどういう人かわかるかもしれない。自分の目で確かめるんだ。)」


加古は心の中でささやかな決意をする。

そんな加古をユカリはじーっと見ていたのだった。



―――翌日 鎮守府跡地―――


蛇提督と加古の二人は再び昨日訪れた鎮守府跡地に昨日と同じ時間にやってきていた。

加古はまた間宮さんが来るのではないかと周りを気にしながら作業をしていたが、

とうとうその日、間宮さんが姿を現すことは無かった。


加古 「おしっ!今日もかなり集められたぞ!」


昨日と同じくらいに持ち帰れそうな物を集めた加古。

自分が良いことをしているという実感があるだけにやりがいを感じ始めている。

もう気づけば辺りは暗くなり、日が落ちはじめていた。


加古 「(結局、間宮さん…来なかったな…。)」


残念ではあるがこの後あの食事処に行くのだ。

間宮さんがいることを祈るばかりである。


蛇提督「加古、そろそろ行くぞ。」


加古 「はい。」


蛇提督「荷台に積み終えたらあの食事処へ向かうぞ。」


それを聞いた加古は、さらに張り切った。

早く間宮の所へ行きたかったからだ。

荷台に積む仕事を早めに終わらせ、二人は食事処へと車を走らせる。


蛇提督「昨日も言ったが無理に彼女の事情を探ろうとするなよ。」


加古 「わかってますよ。あくまで自然にですよね?」


さすがにムッとした加古。

そんなに自分が何かをやらかすと思っているのだろうか…。


二人はそれから会話することなくあの食事処に辿り着いた。

「営業中」の看板を見てホッとする加古。

カランカランと音が鳴りながら引き違い戸を開け中に入る。

するとカウンターに間宮がいてその向かいのカウンター席に50代くらいのおじさんが一人座っていた。どうやら先客がいたようだ。


間宮 「いらっしゃいませ!…あなた方は。」


二人を見るなり間宮は驚きを隠せないようである。


おじさん「なんだい?間宮ちゃん。この人達と知り合いかい?」


間宮 「え…ええ。昨日初めて来られたお客様です。まさか二日連続で来るとは思わなかったので…。」


おじさん「おお!そうかい!さしずめ間宮ちゃんの味の良さを知って昨日一日でファンになったってとこだろう。なあ、兄ちゃん。」


蛇提督「ええ。そんなところです。」


帽子のつばで目を隠しながら答える蛇提督。

おじさんは先ほどまで間宮と楽しく会話でもしていたのか、随分と上機嫌だった。

他人の蛇提督にも気安く話しかけてくる。


おじさん「そういや兄ちゃん。どこかで見たことあるような…あっ!?」


蛇提督はそれまで帽子のつばで隠していた蛇目をおじさんに向けた。

それを見たおじさんは一気に思い出したのである。


間宮 「あら?そちらもお知り合いなのですか?」


おじさん「えっ!?いや〜よく見たら結構前にうちの店にやって来たお客さんだったよ。」


間宮 「あら、そうだったのですか。こんなところで会うのも何かの縁でしょうか。」


間宮は二人の事情を知らず、微笑ましいことだと思いニコリと笑う。


おじさん「ハハハ!そうよーそうともよ!ここで会ったが何かの縁。ほらお二人さん、こっちに来て早く座りなさい。」


加古 「(なんだ…この人?提督と知り合いなのか?)」


加古は知らないのであるが、以前夕張と共に蛇提督が食材を売ってくれる店を探して、最初に訪ねた八百屋のおじさんだった。

あの時はおじさんの方が、蛇提督が海軍だと知って一方的に追い返したのである。


蛇提督と加古は間宮に渡されたメニューを見て注文する。

加古は豚肉丼、蛇提督はきつねうどんを選ぶ。


間宮 「ではお作りしますね。少々お待ちください。」


間宮はカウンターの奥にある厨房へと入っていた。

それを見送ったおじさんは先ほどの態度から打って変わり蛇提督を睨みつける。


おじさん「あんた…ここに何しに来たんだい?」


蛇提督「ここの味が気に入ってまた食べに来ただけですよ。」


先ほど間宮が持って来てくれた緑茶を呑気に飲みながらおじさんの問いに答える。


おじさん「どうだか…軍人の言うことなんか信頼できないね。」


加古 「(この人、軍人が嫌いなのか?じゃあさっきの態度は間宮さんに悟られないためにわざとしてたのか…。)」


おじさん「そっちの娘は誰なんだい?まさかあんたの妹とかじゃないよな?」


加古 「あっ…えっと…私は…。」


急に話をふられたので戸惑う加古。


蛇提督「この娘は知り合いの妹だ。昨日来たこの店にもう一度行きたいと言われてこうして来たと言うわけです。」


加古 「(い、妹って…!でもまあ私と古鷹は重巡にしては幼い容姿してるから、提督の部下と言っても逆に信じてもらえなさそうだよね…。)」


おじさん「ふぅーん。それにしても昨日来て今日もとは…。あんた、暇なのか?」


蛇提督「この辺りの地域の調査のついでに来ているのですよ。帰りは遅くなるから外食で済ませると鎮守府の部下に伝えてありますから。」


おじさん「そうかい。」


本当に納得したのかそれとも違うことを考えてるのか、態度だけではわからない返事をして、おじさんも緑茶をゴクッと勢いよく飲む。


おじさん「まさかあんた…間宮ちゃんをスカウトしようとするために来たんじゃないだろうな?自分のとこの鎮守府の料理担当にしようとか…。」


蛇提督「ああ、そういう手もありますね。」


加古 「(えっ?)」


冗談なのか本気で言ってるのか加古は少し困惑する。


おじさん「やめときな。間宮ちゃんはこの辺りで住んでる住民からかなり慕われてるんだ。それが最近きたばっかの軍人に引っこ抜かれたなんて聞いたら黙っちゃいないぜ。俺達が無理矢理にでも取り返しにいく。」


加古 「(ふぇ…。)」


この人本気だ…、と開いた口が塞がらない。


おじさん「それに何があってもあの娘はここを動かんよ。」


蛇提督「それはなぜですか?」


蛇提督の目がやや鋭くなる。


おじさん「前に言ったのさ。間宮ちゃんの腕なら商売繁盛するって。こんな寂れた所にいないで、もっと人が集まる場所に店を構えた方が良いよって行ったのさ。」


加古 「それでなんて言ったんですか?」


加古も気になるところではあるため、思わずその先を聞くためにおじさんを促す。


おじさん「大切な人がいた土地だから弔いのためにも離れられないって言ったのさ。あんなにまだ若いのに…。想い人でも失って心を痛めてるのかねぇ…。」


加古 「(大切な人…弔い…? あ…まさか…。)」


おじさん「そういうわけだ。あんたには手に負えんよ。むしろ間宮ちゃんに何かしてみろ?その時は俺がお前さんをしょっぴいてやる。」


蛇提督「肝に命じておきますよ。」


不気味なほど無表情で言うため、本当にわかっているのか怪しい感じだ。


間宮 「お待たせしました。」


間宮が出来上がった料理を両手にカウンターへとやってきた。


おじさん「そいじゃ、俺は行くぜ。間宮ちゃん、ごちそうさん!」


おじさんはポッケから小銭を出して席を立ち上がる。


間宮 「あら?もう行かれるのですか?」


おじさん「店でやり残した事を思い出してね。また来るよ。」


間宮 「はい。ありがとうございました。」


おじさんは颯爽と店を出て行った。

その姿を間宮が笑顔で見送る。

加古もおじさんの顔を忘れないために横目で見送るのであった。


ともあれ目の前に差し出された豚肉丼を早速食べる。


加古 「いただきまーす!」


最初の一口を口の中へと放り込む。


加古 「う〜ん!美味い!」


豚肉を食べた瞬間、こってりのった脂が口の中に広がる。

加古の表情は幸せそのものだ。

それを横目で見ながら蛇提督もきつねうどんをすする。


蛇提督「…これも美味しいな。」


ボソッと呟いた言葉は間宮と加古にも聞こえた。

こんな人でも美味しい物を食べれば感動するのだなと加古は思った。


蛇提督「あのお客さんは、あなたが艦娘である事を知っているのか?」


間宮 「いえ…。あの方は知りません。」


蛇提督「そうか。」


間宮 「艦娘が一般人には秘密情報なので特別な命令がない限り一般人に関わってはいけないことは存じ上げています。それでも一人で生きていくにはこうするしかなかったので…。」


蛇提督「よくここに店を構えることができたな?」


間宮 「元々ここは違う方が経営してたところなのです。ここのご主人と出会ったのが4年前でちょっとしたきっかけで店を手伝ったことがあったのです。ただもう店を畳んで親戚を頼って引っ越す直前でした。私はご主人に無理をお願いしてこの店と土地を借りました。土地代を月に一回払う事を条件にここに住まわせてもらいつつ店を営んでいるのです。」


加古 「(間宮さん…4年もここにいるのか…。)」


蛇提督 「それで4年もここにいるのか。大したものだな。」


間宮 「先ほどのお客様のように一週間に何回か来てくださる方が何人か、遠方からわざわざ来てくださる方もいて、この通りいろんな人に支えられてきましたから。ちなみにあの方はこちらの店に食材を格安で提供してくださってる方なんです。」


加古 「(あの人、ここのファンでありスポンサーというわけなのか…。)」


蛇提督「そうか。あの人からここのことについて聞いたら、そういうのがよくわかったよ。…4年もここにいる理由はあの鎮守府が関係しているのか?」


間宮 「それは…。」


間宮は口をつぐんでしまった。

蛇提督から目を逸らしどうしようか悩んでる様子だ。


加古 「間宮さん私思い出したんだ。あの鎮守府どこかで見たことあるって…。あの鎮守府の提督って小豆提督が初めて提督として着任してしばらくいたところでしょう?」


間宮 「…。」


間宮は黙ったままだが違うとも言わない。

加古の読みは当たってるようだ。


加古 「小豆提督は樹実提督と仲が良かったから、よくこっちに仕事を理由に遊びに来てたからよく覚えてる。ただ、私は小豆提督の鎮守府には一回しか行ったことなかったから忘れてたよ。」


間宮 「…。」


間宮は黙ったままだが話は聞いているようだ。


加古 「あのおじさんが言ってた大切な人の弔いのためにここにいるって聞いてピンときたんだ。もしかして小豆提督のために?」


間宮 「ええ…。そんなところです…。」


小豆提督が関連していることは認めた。

それでも何があったかまではまだ言う気になれないのだろうか、

彼女はそのまままた口をつぐんでしまう。


蛇提督はそんな彼女をチラリと見ながら緑茶を飲んでいる。


加古 「間宮さん、小豆提督が戦死する直前まであの人の下で給糧艦として勤めてたって聞いてたよ。当時の間宮さんもそうだったけど小豆提督も間宮さんといて楽しそうだったもんね。」


加古の言葉に間宮がピクッとかすかに体を震わした。

蛇提督はそれを見逃さなかったがそれでも黙って聞いている。


間宮 「…本当にそうだったのでしょうか…?」


加古 「えっ?」


間宮が小声で何かを言いかける。


間宮 「そういえばお二方もどうしてあの鎮守府に?それこそ小豆提督のことで?」


間宮が話題から逸らすために逆に違う質問をする。


蛇提督「使い回しができそうなガラクタをかき集めて、こちらの資源や資材に変えてるのさ。今、私達の鎮守府は資源や資材の備蓄量が少ないのでな。小豆提督の鎮守府だったというのは今加古から聞いて初めて知った。」


蛇提督がその質問になんの違和感も感じさせずに淡々と回答をする。


間宮 「まあ、そうだったのですか。それを提督自ら行ってるのですね。なんとご立派なのでしょう。」


先ほどの俯いた表情が嘘のように笑顔を見せる間宮。

間宮さんは褒め上手だ。それのおかげで艦娘やいろんな提督達に愛されやすい。

ここに来るお客さんもみんなこれにやられたんだろうな、

と内心思う加古だった。


蛇提督「大したことではない。」


そしてそれをたった一言であしらうこの男もやはり一筋縄ではいかないな、

と横から見ている加古はこの男の堅物ぶりを思うのである。


蛇提督「しばらくはあの鎮守府で資材回収を続ける。思った以上に使えそうなものがあったのでな。それにああいう元から敷地が狭い鎮守府は地上に倉庫を設けず、地下に造ったりするものだからな。まだ探す余地がある。」


またもや間宮は体をピクッと動かした。


蛇提督「加古、食べ終わったか?」


加古 「は、はい。」


蛇提督「なら、帰るぞ。」


加古 「あ、わかりました。」


蛇提督はポケットから財布を取り出し、お代を間宮の前に出す。

そのまま立ち上がってすぐさま帰るのであった。

加古は慌ただしく立ち上がり蛇提督の後を追いかける。


間宮 「あ…ありがとうございました。」


その姿を見送る間宮。


間宮 「(さっきのは…私にわざわざ教えてくれたのかしら…。)」



蛇提督と加古は車に乗り込み、帰路に着く。

しばらくお互い黙っていたが、意を決したように加古は蛇提督に話しかける。


加古 「提督、どうして間宮さんを目撃した時の何かを探していたようだったというのを聞かなかったのですか?」


蛇提督「聞いても答えないだろうと思っていたからな。それよりもここの土地にずっと居続けてる理由を知りたかったのだが、それは加古が教えてくれたな。」


加古 「小豆提督ですね?」


蛇提督「ああ。」


加古 「でも少し引っかかることがあるんです…。」


蛇提督「なんだ?」


加古 「小豆提督が最後に亡くなったのはパラオ泊地だと聞いています。今はパラオ泊地に直接行けないのであの鎮守府に供養のために来ているのなら、わかります。ただ…。」


蛇提督「あの場所には代わりになるお墓や慰霊碑があるわけではない。」


加古 「そうなんです。提督の言う通り何かを探しているんだったら、それはなんだろうって…。遺品とか…?しかも4年間ずっと探しているということになると思います。」


蛇提督「ああ、その通りだ。本当は途中で諦めかけたりしたこともあったのだろうけど、それでも見つけたい何かをどうしてもという心が、彼女をあそこに留まらせてるのだろう。」


加古 「(この人…あのやり取りだけでそこまで考えてたのか…。もしかしてこの人…本当はかなり繊細な人なんだろうか…。)」


蛇提督「だからこそ彼女は俺のあの言葉に反応した。」


加古 「それって地下室のことですか?でもそれは本当なんですか?私は聞いたことがないです…。」


蛇提督「そういう場合が多いというだけの話だ。それに実際、あっても無くても私にはどちらでもいい。」


加古 「えっ?それってどういう意味…。」


蛇提督「その可能性に賭けてまた彼女はあの鎮守府に探しに来るということさ。」


加古 「なっ!?それって間宮さんを誘き出すために嘘を言ったのですか?」


蛇提督「そういうことだ。」


加古 「(なんて人だ…。少しでもこの人の事を見直した私が馬鹿だった。やっぱり自分の目的のためには手段を選ばないんだろうか…。)」


そのまま二人は会話することなく、自分たちの鎮守府に無事に帰るのであった。



―――翌日 食堂―――


早朝、加古は古鷹と衣笠と同じテーブルで共に朝食をとっていた。


古鷹 「ねえ、加古?」


加古 「なんだい?」


古鷹 「昨日も行ってた食事処ってそんなに良いところなの?」


加古 「(うっ…。やっぱ聞いてくるよね。。)」


龍田 「それ、私も気になるわぁ。」


天龍 「あ、俺も。」


話が聞こえたのか近くにいた天龍と龍田も話を聞きに来る。


加古 「(一番話したくない二人が来ちゃったよ…。とにかく二人にはバレないようにしないと…。)」


天龍 「というか、加古だけいいよな?ここ以外の料理食べれてよ。俺もたまには違う料理が食べたいよ。」


龍田 「まぁ、毎日がほとんどカレーですとねぇ。他の食材があれば出来なくはないけどぉ。」


加古 「その辺はみんなにすまないって思ってるよ…。」


古鷹 「やっぱり提督も毎日同じような料理しか出ないから飽きちゃったのかな?」


加古 「そういうことじゃないと思うんだ。前に知り合いから教えてもらった所で今行ってる鎮守府跡地から近いから行ってみようと思っただけで、そこの資材回収をしている間だけなんだと思う。」


まだ眠たい状態の加古の頭もフル活動させて、波を立たせないようにしながら誤魔化す。

本人にとってはかなりの重労働だ。


夕張 「前に食材を売ってくれるところを探して回ったことあったけど、もしかしてそれ関連だったりする?」


話している輪の中に夕張も入ってくる。


加古 「あーうん…そう。なんかそれっぽいことも言ってたような気がする…。」


曖昧に返してその場をやり過ごそうとする加古。


天龍 「料理を出す店にか?食材を売ってくれる店が無かったからって料理店にお願いしに行くなんて無茶じゃねえか?」


衣笠 「実はその料理人をスカウトしようとしてるんじゃない?」


加古 「(ブフッ!?)」


思わず吹きそうになる加古。


古鷹 「どうしたの、加古?」


加古 「ちょっとむせただけ…。大丈夫。」

加古 「(まさか昨日と同じこと言われるなんて…。)」


天龍 「なんでそう思うんだよ?」


衣笠 「ほら、店を経営をしている人なら海軍を相手でも食材を売ってくれそうなツテを持ってるかもしれないし、料理人自身を雇ってしまえば私達の食事の担当も任せて毎日の食事のメニューも変えられる。一石二鳥じゃない?」


天龍 「そんな簡単に一般人を雇って平気なのかよ?俺たちと関わるって事は秘密にしていることだって漏れてしまう可能性だってあるだろ?」


夕張 「そこはあくまで『一般人は』よ。軍に入隊させてしまえば立場上問題ないし、艦娘と関わる事になれば、それ相応の教育と指導、厳しい規律を叩き込まれることになるだけよ。あとは人間性の問題だけね。」


古鷹 「加古、その店の料理人ってどんな人なの?」


加古 「えっ!?」


まさかその流れで料理人がどんな人かなんていう話につながると思ってもみなかった加古は焦った。その辺りのことをまだ対策を考えてなかったのだ。

だが、下手な嘘を言えばそれはそれで作り話だというボロが出てしまいかねない。

特に今は天龍と龍田がいる。一番感づかれたくない本人達を前にすると焦りが出てきてしまう。


天龍 「なあ?どんな奴なんだ?顔は見てるんだろ?」


龍田 「…。」


天龍がさらに迫ってきて、その後ろにいる龍田も気になるのかじっとこちらを見ている。


加古 「えっと…若い女性…だよ。」


夕張 「えっ!?女性なの!?」


夕張も天龍の隣に来て加古に迫る。


天龍 「しかも若いって!?どのくらいの歳の人なんだよ?」


聞き捨てならないと天龍もさらに迫る。


加古 「(私のバカ…。)」


思わず口が滑ってしまった加古。

ここまできたら本当の事を言ってしまいたいが、それは間宮さんを裏切ることになる。

この場にいるみんなが加古に注目して、逃げられない危機的状況をどうするか、

追いつめられた加古の頭から汗が滲み出る。


龍驤 「なんや?どうしたんや?」


その時、龍驤が騒ぎに気付いてみんなの輪の中に入ろうとしていた。

それを見た加古はとっさに


加古 「あ!そうそう!ツインテールの髪した25前後の女性だよ!」


龍驤 「は?」


衣笠 「えっ!?」


答えを聞いた艦娘達の中で衣笠だけが異様な驚きをする。


天龍 「おいおい、まじかよ!それって本当に食材の件を解決するためにやってるのか?」


加古 「えっと…それは…。」


ギクリッと緊張が走る。

まさかバレてしまったのか?


天龍 「それと見せかけて気に入った娘を手元に置こうとしているんじゃないのか?」


加古 「え?」


龍田 「あり得なくないわねぇ。小豆提督といい前任の提督といい、男の方というのはどうにも変態な人が多いものねぇ。」


古鷹 「龍田さん…小豆提督と前任の提督を一緒にしてはいけないと思いますよ…?」


龍田 「でも男の人は少なからず性欲というものがあるでしょう?」フフッ


古鷹 「そ…それはそうですが…///」


何故だか赤くなる古鷹。


夕張 「もしそれが本当ならちょっとしたスキャンダルね!」


加古 「(えぇ…。)」


話が思わぬ方向に走り始めていると加古は思った。


龍驤 「なんやと!?司令官が他の所で女作っとるんか!?しかもウチと同じツインテール!なんや許せへん!!」


衣笠 「…。」


盛大に誤解をしている龍驤。

ただ、そんな彼女達が騒がしくなってる中、衣笠だけは物思いにふけってるのか、少しボーッとした表情で止まっていた。


蛇提督「加古はいるか?」


加古 「(!?)」


いつのまにか蛇提督が来ていた。

まずい…!今、来てしまっては…。


天龍 「あ!!」


蛇提督「なんだ一体?」


天龍 「お前!資材回収とか言いながら何しに行ってるんだ?」


蛇提督「何のことだ?」


天龍 「とぼけても無駄だぞ。加古から聞いたんだ。夕食を食べに行くふりして、その店の若い女に会いに行ってるそうだな?」


ギロリと蛇提督の目が加古を睨む。

ビクッとした加古は縮こまる。


龍驤 「しかも25前後のツインテールときた!その女のどこがええんや!?」


蛇提督「は?」


他の艦娘も蛇提督に注目する中、蛇提督は一旦目を瞑り、何か考えたようだがすぐさま目を開けて天龍達に向ける。


蛇提督「例えそれで他意があったとして、お前達に関係あるのか?」


冷たい表情で威圧してくる蛇提督。

この感じは天龍と山城に最初にあった威圧感と似ていた。


天龍 「そりゃあるだろ!あんたは一応俺達の提督だ。部下の俺達が何をしているのか聞く権利はあるはずだ。」


怯まずに言い返す天龍。


蛇提督「だが知る権利は無い。」


天龍 「何だと!?」


蛇提督「お前達は私の命令に素直に従っていればいいだけだ。命令に必要な事だけを伝えるが、知る必要のない事は知らなくていいのだ。」


天龍 「なんだよ、それ。俺達は命令を聞くだけの人形じゃないぞ!」


蛇提督「私が何しようと私の勝手だ。だがお前達は違う。私の命令を従順に聞けばそれでいい存在なのだ。」


天龍 「テメェ!!」


今にも殴りかかりそうな天龍を古鷹が止めにくる。


古鷹 「天龍!やめて!」


天龍 「止めるな!古鷹!」


龍田 「天龍ちゃん…落ち着いて…!」


古鷹だけでは止められそうに無かったのを見越して、龍田が静かに天龍の方に手を置く。


天龍 「龍田…でもよ…。」


暴れるのをやめた天龍だが悔しそうである。


蛇提督「忘れてるようだから言っておくぞ。お前達は私のおかげでその命がある。ここの鎮守府に置いておけるのも私のおかげだ。だがいつでもお前達をここからいなくさせることもできる。だから余計な詮索はしない事だ。」


艦娘達 「…。」


皆は黙ってしまった。

今まで色々とあったりはしたが、この男と艦娘達の立場とその関係を改めて思い知らされたのだから。


蛇提督「加古。」


加古 「は、はい!」


蛇提督「出発する時間を早めるぞ。時間は08;00だ。わかったな?」


加古 「わ、わかりました。」


蛇提督はそれだけ伝えると食堂をさっさと出て行ってしまった。

その後ろ姿をその場にいた艦娘達はただ黙って見ているのだった。



―――間宮の食事処―――


間宮は早朝から店の準備のため掃除をしていた。

箒を手に取りながら顔はボーッとし何もないところをずっと見ている。


間宮 「私も小豆提督も…楽しそうだった…か…。」


間宮は昨日、加古が言っていた言葉を思い出す。

箒を持ったまま店の外に出る。

空を見上げれば今日は快晴であった。


間宮 「そういえばあの時も…こんな天気でしたね…。」



―――5年前 パラオ泊地―――


間宮 『提督さん、失礼します。』


執務室のドアをノックしてみるが、中から返事がない。

間宮の手には小さなバスケットがあった。

仕方が無いので中を覗きながら入ってみる。


間宮 『提督さん、おやつでもいかがですか?羊羹をお作りしたのですが…。』


部屋を見渡しても小豆提督の姿はなかった。


間宮 『(どこに行ったのでしょう…?)』


間宮はその場所で立ち止まったまま考える。


間宮 『(ああ、そうでした。今、遠征に出ていく娘達がいたはず。ならその娘達の見送りかしら…。)』


外に出て海の方へと歩く。

天気は快晴で海も地平線までよく見える。

案の定、小豆提督はコンクリートで舗装された港で一人海を眺めていた。


間宮 『遠征に行った娘達の見送りですか?』


小豆提督『ああ!間宮さん!』


間宮の声に気づいて嬉しそうに後ろを振り返る小豆提督。


間宮 『姿が見えなくなるまで見送りをするなんて、提督さんはお優しいですね?』


小豆提督『そんなじゃないですよ…//』


顔を少し赤らめて海の方に向き直る。

間宮もそんな彼の横に並び立つ。


小豆提督『それに…少し考え事をしていました。』


間宮 『何を…考えていたのですか…?』


間宮は小豆提督の横顔を見ながら尋ねる。


小豆提督『先ほど見送った娘達の遠征を決めたのは俺なんです。この判断で間違いないだろうか、俺のミスであの娘達が危ない目に合わないか心配なんです…。』


間宮 『提督さん…。』


小豆提督『以前、俺の指揮下で夕張がいたのを覚えてますか?』


間宮 『はい…。よく覚えてます。』


小豆提督『ここのパラオ泊地に拠点を変える前にあいつは別の提督の所へ異動になったのですが、あいつには悪い事をしたと悔やんでいるんです。』


間宮 『それは何故ですか?』


小豆提督『あいつに樹実提督の救出を頼んで艦隊を組ませて行かせました。しかしその道中に不審な深海棲艦を発見したと報告があり、もしかしたらその時私がいたラバウル基地を襲撃する艦隊が集おうとしてるのではないかと考えて、夕張になるだけ撃沈するように指示をしました。しかしその判断は間違っていました。』


間宮 『…。』


小豆提督『間宮さんもご存知の通り、樹実提督は救出できずラバウル基地はそれほどの被害を受けなかった。俺の判断ミスで大事な戦友を失い、夕張や関わりの深い艦娘達に深い傷を負わせてしまった。』


間宮 『小豆提督のせいでは…。』


小豆提督『いや、あの時…。俺は戦友よりラバウル基地を失う事を恐れてしまった。自分の命を優先してしまった。その代償が今の現状なのです。』


間宮 『提督さん…。』


間宮は気づいていた。

その時から小豆提督の様子がおかしかった事。

何かを焦って自分を追い込むように毎日の執務をこなしていた事。

見てることしかできなかった間宮が他にできそうなことは料理を作ってあげる事だけ。

毎日の激務に耐えらるように健康的な食材で美味しい料理を作る。

料理ができたのなら、料理を届ける事を口実に提督の様子を見にくる。

それが最近の間宮の日課となっていた。


小豆提督『昨日、間宮さんが言っていた天龍と喧嘩した話なんですけど、

あれも樹実提督を失った俺の失態を取り戻そうと思って我を忘れて躍起になっていたんです。そのせいで駆逐艦達が無理をして、俺の言う事全部こなそうと疲労を隠していたようなのです。』


間宮 『そうでしたか…。』


実はそれも間宮は知っていた。

駆逐艦の娘達が無理をしていることはわかっていた。

彼女達の小豆提督に対する思いも直接聞いた。

だが、それを小豆提督に言う勇気を出せなかった。

小豆提督の事、駆逐艦達の事、両方の事を考えてしまい板挟みになっていた。


小豆提督『そんな時、あいつが俺を叱りに来たんですよ…。』


間宮 『天龍さんですね…。』


小豆提督『はい…。お前一体何してるんだ?って…。』


間宮 『…。』


その喧嘩の場面も間宮は隠れて見ていた。

最初はどうなるかと思っていたが、だんだん互いが和解し仲直りした。

その後の小豆提督の激務は変わらないが、駆逐艦の娘達の方は随分と改善された。

小豆提督自身は以前ほど焦燥感に駆られている様子がなくなっていた。


小豆提督『あいつと喧嘩しているうちに色々と気づかされて、一体俺は何してたんだろうって反省しました。今も忙しいですが彼女達が万全な状態で任務をなるだけこなせられるように配慮しているつもりですが、実際のところはわかりません。』


間宮 『大丈夫です。小豆提督のお考えは間違っておりませんよ。』


小豆提督『そうでしょうか…。』


間宮 『…。』


こういう時、どう言ってあげればいいのか間宮にはわからなかった。

目の前で俯いてる提督も駆逐艦の娘達や他の艦娘達、

今みんな任務をこなす事だけを考えるようにしているが、本当は心が落ち込んでいる。

どう元気付ければいいのか、どう勇気付ければいいのか、間宮は悩んでいた。

自分の料理を出してあげれば、みんな美味しいと笑ってくれるが、本当のところはわからない。

それに根本的な解決にはならない。


間宮 『私も…戦えればいいのですが…。』ボソッ


小豆提督『えっ?』


間宮は小さな声で呟く。

他の娘達と同じように自分も戦えたら…。

自分より小さい娘達でさえ戦っているのにどうして自分は戦闘能力がないのか…。

自分が給糧艦として生まれてきたことが悔しい…。


間宮 『そうだ!提督さん、羊羹を作ったのですが如何ですか?』


一瞬俯いていた間宮は、顔を上げてにこやかな笑顔で小豆提督に話しかける。

そして、手に持っていた小さなバスケットに入っていた羊羹を取り出す。


小豆提督『あっ!羊羹ですか?食べたいです!間宮さんの羊羹美味しいんですよね〜。』


今の小豆提督は子供のように笑ってくれる。

でもこれが本当に彼の為になっているのか間宮にはわからなかった。


小豆提督『羊羹も良いですが、今度、間宮さんの厚焼き卵食べたいですね。俺、あれが大好物なんですよ!』


間宮 『フフ…。わかりました。今度作りますね。』


小豆提督『はい!お願いします。』


その後も他愛のない話をしながら、二人は執務室へと戻っていった。




―――現在 間宮の食事処―――


間宮は外の掃除を終わらせ、店に戻る。

ふとカウンター席を見て昨日の事を思い出す。


『地下に造ったりするものだからな。まだ探す余地がある。』


あの提督が言っていた言葉を思い出す。


間宮 「やっぱり…行ってみましょうか…。」


手に持っている箒を強く握りしめるのだった。



―――鎮守府跡地―――


加古 「はぁ〜…。やっぱりあれは私のせいだよね…。」


加古は入渠施設らしきところで資材回収をしながら今朝のことを考えていた。

ここまで来る間、蛇提督と加古は一言も話すことはなかった。

あの事態を招いたのは自分のせいだと思ったので、きっとそのことで蛇提督は怒っているのだと思っていた。


加古 「(あれ絶対怒ってるよ…私がヘマしたから…。)」


謝ったところでもう今日が最後で次からは執務どころか資材回収も手伝わせてもらえなくなるかもしれない。

そう思うと怖くて行きたくても行けないのである。


加古 「(でもやっぱり…謝るべきだよね…。)」


加古は蛇提督のもとへ行くか行かないか悩んでいた。

目の前の作業も進んでいるのかどうか怪しいものだ。

だが今の加古にはそれを考えてる余裕は無かった。


その時、加古の後ろから足音のような音が聞こえてきた。

もしかしたら蛇提督が来たのか、加古は恐る恐る後ろを振り返ってみる。


間宮 「あ、加古さん。こちらにいらしたのですね。」


加古 「間宮さん!」


驚いた。

あの提督の言う通り彼女の方から来たのだ。

少し悔しいがあの男の思惑が当たったのだった。


加古 「間宮さん、どうしてこっちに?」


間宮 「今日はお店がお休みなの。暇だから何かお手伝いできないかなって思って…。」


加古 「そうなんだ。ありがとう!」


手伝ってくれるというのは正直に嬉しいことであったが、

本当に間宮さんはそれだけのためなのだろうか?

蛇提督が言っていた、何かを探してるようだったという言葉を思い出す。


間宮 「私にできることあるかしら?」


加古 「少し力仕事になるのですが大丈夫ですか?」


間宮 「ええ。大丈夫よ。これでも私は艦娘よ。あなた達ほどではないけど、それなりに身体能力あるんだから。」


そう言って腕まくりをしながら、細腕の力こぶを見せるように、笑って答える。


加古 「ははっ、そうですか。ならお願いします。」


少し様子を見ておくことにしようと加古は思ったので、間宮に自分の手伝いをお願いした。

その後、しばらく二人は協力して作業をする。妖精とも話しながら資材を順調に集める。


作業をしてる間、間宮はあることに気づく。

加古が事あるごとにため息を漏らしているのである。

本人は気づいているのか…それとも無意識にしているのか、

どちらにしろ気がかりなことがあって、目の前の作業に集中できていないのは確かだった。


間宮 「加古さん、何かあったのですか?」


加古 「えっ?」


間宮 「何やら元気がないようで…。」


加古 「あー…。やっぱりわかっちゃいますか?私って結構顔に出るそうなので…。古鷹によく言われるんです…。」


間宮 「フフ。それは加古さんがとっても正直で素直な娘だからですよ。嘘をつくのが苦手なんですね。」


加古 「まあ…そうですね。」


間宮 「私で良かったら聞きますよ?」


そう言って加古を安心させるために、ニコッと笑う。


加古 「それじゃ…。」


加古は今朝の話を話した。

そのせいで蛇提督に謝りたくても謝りにいけない事。

ついでにこちらの鎮守府の艦娘達から蛇提督が怖がられてることも話した。


間宮 「そうでしたか…。私のために、加古さんに苦労を煩わせてしまって申し訳ないです。」


加古 「いやいや!間宮さんが謝ることじゃないよ!口が滑りそうになった私がいけなかったんだ…。」


間宮 「それにしてもあの提督さん…そんなに皆さんから嫌われてるのですか?」


加古 「あの提督が着任してからのことやその前にあった犯罪についての事を話せば長くなっちゃうけど、少なくとも同じ人間からは嫌われてるようだし、私達の中にも嫌ってる娘はいるけど、でもそうじゃないんではないかって言う娘も出てきて正直私にもよくわからなくなってきましたよ。」


間宮 「そうですか…。」


加古 「あの人を初めて見た時、どう思いました?」


間宮 「そうですね…。さすがに初めてあの目を見たときは驚きましたが、話してみるとなんだかすごく落ち着いていて、普通に話す方だなと。ただ…。」


加古 「ただ…?」


間宮 「あの目に見られると全てを見透かされるようで、ちょっと怖いかな、と…。」


加古 「ああ…。それ、私もわかります。あと何考えてるのかわからないし…。」


間宮 「そうね…。でも、悪い人ではない気がするの…。あくまで勘ですが…。」


加古 「そうなんですか?」


間宮 「はい。私もいろんな人と接する機会がありましたから、そういうのがなんとなくわかるようになったんです。あの方は確かに何を考えてるかわかりませんが、きっと私達に危害を加えるようなことは考えてないと思います。だからこそ、あの方を見直す意見が出ているのではないですか?」


加古 「確かにそうですね…。」


間宮さんは私達より大人びていていろんな娘を見てくれるお母さん的存在だ。

だからこそ間宮さんの話は凄く説得力があり、みんなを納得させる。

その人徳の良さも相まって間宮さんの話はみんながよく聞いていた。

そんな間宮さんが、悪い人ではないと言うと、そう思えてくる…。


間宮 「加古さん、一緒に謝りに行きましょう。本当に怒ってるのか確かめに行きましょう。」


加古 「ええっ!?」


間宮 「大丈夫です。無理を押し付けてる私にも謝る必要がありますし、ちゃんと謝ればきっと許してくれますよ。そうじゃなくても私が何とかしますから。」


加古 「ううん…。」


加古は少しの間思い悩んだ。

恐怖が心の中を支配するような感覚だったが、間宮さんがいればという言葉に少し希望を感じ、心が揺れる。

『自分で確かめるしかない』

初霜の言っていた言葉をまたもや思い出し、そして…。


加古 「わかりました…。行ってみようと思います!」


間宮 「では行きましょう!」


間宮は笑顔で応じる。


二人は蛇提督がいると思われる庁舎の方へと向かう。

庁舎の方は入渠施設や工廠に比べて、被害が甚大だ。

二階から上がほとんど建物の骨組みと壁の一部しか残っていない状態だ。

庁舎の一階部分を見回しながら二人は蛇提督を探すのだが二人は彼の姿を見つけることはできなかった。

そんな中、間宮がふと立ち止まって見上げている。

間宮より先を歩いていた加古はそれに気づき間宮のもとに戻る。


加古 「間宮さん、どうしたんですか?」


間宮 「…。」


加古に尋ねられても、ある場所だけを見続けてる間宮。

間宮の見ている方に視線を移してみると、庁舎の二階で何かしらの部屋があっただろうと思われる場所のようだが、ほとんど原型を留めていない。


加古 「あそこに何かあったのですか?」


間宮 「あ…ごめんなさい…。」


今やっと加古の言葉が聞こえたようであった。


間宮 「あそこにはね…。執務室があったのよ…。」


加古 「(あ…。)」


小豆提督の事を思い出していたのだなと察する加古。


間宮 「ごめんなさい。さあ、あの方を探しましょう!」


先ほどの寂しそうな顔を振り払うように笑顔になった間宮は、加古を促す。


加古 「はい…。」


その笑顔に押されるように加古はそれ以上は聞かなかった。

今は蛇提督を探す事を優先するべきだろうと思ったからだ。

だが、探し始めたもののなかなか見つからない。

庁舎の裏側まで回って見てみたが、その姿を見つける事は叶わなかった。


加古 「もしかして行き違いになっちゃったかな…?」


間宮 「そうかもしれませんね…。」


時間はそろそろ昼時だ。

もしかしたら蛇提督が加古を呼びに行ったのかもしれない。

そう思った加古は入渠施設がある方向に歩き始める。

だが、通る道は初めて通る場所だ。


加古 「(こっちから行けるかな…?)」


道端の瓦礫を見ると案外使えそうなものが落ちているなと加古はそう思いながら先へと進むと瓦礫の向こうから何やら音が聞こえたような気がした。


加古 「提督?そこにいるんですか?」


そう尋ねながら瓦礫の上を登った加古。


間宮 「あ…。加古さん、そこは危ないのでは?」


加古 「えっ?」


間宮に言われて振り返ったその時、


ドンガラッシャーン!!


加古 「うわっ!!?」


間宮 「加古さん!?」


加古は瓦礫とともに加古の足元に大きく空いた穴に落ちてしまった。

間宮が急いで穴の中を覗いてみる。

穴から入った日の光がわずかに穴の中を照らし、加古の姿も微かに確認できた。


間宮 「加古さん!大丈夫ですか!?」


加古 「いてて…。なんとか大丈夫です…。」


間宮 「(ああ…良かった。でもどうしましょう…?)」


間宮はどうやって助け出すか悩んだ。

だがそんな時、間宮に近づいてくる足音が聞こえてきた。

足音のする方を間宮は見た。


蛇提督「そこにいるのは間宮か?」


間宮 「提督さん!」


探していた蛇提督が現れたのだった。


蛇提督「間宮、先ほどの大きな音は何だ?」


間宮 「それが…加古さんがこの穴に落ちてしまって…。」


蛇提督「加古!そこにいるのか?」


蛇提督が穴の中を覗き込む。


加古 「て、提督!?は、はい…。私はここにいます…。」


驚いたようだったが何故かその後は少し怯えたような声で答えた。


蛇提督「そこで待っていろ。ロープを取ってくる。」


間宮 「あの…提督さん。私には出来る事はありますか?」


蛇提督「いや今はない。ここで待っていろ。」


そう言って蛇提督はその場を離れる。

しばらくすると長くて少し太めのロープを肩にかけて持ってきた。

それと何やら何かを入れた小さなリュックタイプのカバンも持っているようだった。

ロープを近くの瓦礫と化している柱にくくり付け外れないか念入りに引っ張りながらロープを穴の底へと落とす。


蛇提督「私は下へ降りてみる。間宮はロープが外れないか見ていてくれ。」


間宮 「わかりました。」


蛇提督はロープをつたり、下へと降りる。

ゆっくり降りていくが案外深い。

穴から加古のいる下までは10メートル近くあるかもしれない。


蛇提督は無事に下まで降りることができたようだ。


蛇提督「加古、どこだ?」


加古 「ここです…。」


上の穴から日の光がわずかに入り、その光と加古の声を頼りに加古を探す。

影になっているところに、微かに加古の姿を見つけることができた。

どうやら座り込んでいるようである。

何やら様子がおかしい。


蛇提督「どうした?」


加古 「そ…それが…落ちたときに左足を挫いたようで…。」


怯えたような声になっていたのはこれが原因だった。

足を挫いて歩けないことに戸惑っていたのだった。

あまつさえ書類作業中に居眠りをし、今朝は自分が口が滑りそうになったばかりに変な誤解をされ蛇提督を怒らせてしまい、そして今は足を挫いて動けなくなるという失態を晒して、加古は切羽詰まっていた。

蛇提督の視線からとても逃げたいが、足が痛くて思うように体を動かせずにいた。


蛇提督「見せてみろ。」


加古の左足首を触ってみる。


加古 「痛っ!」


ほんの少し触っただけでかなり痛いようであった。


蛇提督「随分と腫れているようだな。」


加古 「…。」


今、なんと言えばいいのか加古にはわからなかった。

次は叱られる、怒られる…。

そればっかりが頭を支配して、落ち込むことしか今の彼女にはできなかったのである。


蛇提督「そのままにしていろ。」


蛇提督がカバンの中から何かを取り出そうとする。

何が出るのかと気になって見ている加古を横に、蛇提督が取り出したのは湿布と包帯だった。


加古 「えっ?」


蛇提督「応急処置程度しかできないが、今はこれで我慢しろ。」


蛇提督は痛いところに湿布を貼り、包帯でなるだけ固定できるように巻き付けた。

その間、加古は処置をしてくれる蛇提督を黙って見つめていた。


蛇提督「ひとまずこれでいいだろう。あとは鎮守府に戻って入渠すればすぐ治るはずだ。」


加古 「はい…。あの…ありがとう…ございます。」


蛇提督「礼を言うのならここを出てからにするんだな。」


加古 「う…はい…。」


やっぱり怒っているのかなと思った加古はまたも縮こまってしまうのだった。


蛇提督「その怪我でロープを登るのは無理だろう。どこか別に出口がないか調べてみるか。」


そう言ってカバンからごそごそと探して取り出したのは懐中電灯だった。

用意が良いなと加古は思った。


蛇提督「加古はそこで待っていろ。」


蛇提督は懐中電灯で辺りを照らしながら探ってみる。

照らしてみて初めて分かったことだが、今いる部屋はだいたい10畳ぐらいの広さで壁は崩れかかって危ない所もあるが、それなりの広さがある。

衝撃で倒れた棚とかもあるが、床に散乱している物を見てみると鋼材や資材の類が多い。

まだ使えそうなものがたくさんあるのだった。


蛇提督「(もしかしてここは本当に資材庫だったんじゃないのか?)」


規模はそれほど大きくないけれど、予備などを置いておく場所だった可能性もある。

しばらく調査をしながら少し奥へと入って蛇提督はある物を見つける。


蛇提督「扉だ。扉があったぞ。」


懐中電灯でドアノブを照らして回してみる。

だが鍵がかかってるようで開けることはできなかった。


「ピャアー」


いつの間にか蛇提督の肩の上にいた妖精が蛇提督にアピールする。

蛇提督はそれに気づき自分の手の上に妖精さんを乗せる。

妖精さんは「私に任せなさい」という感じで胸に手をおくジェスチャーをしていた。


蛇提督「開けられるのか?では頼む。」


手の上にいた妖精さんをドアの鍵のそばへと近づける。

妖精さんはどこから取り出したかわからないピッキング用の道具で鍵穴をガチャガチャといじり始める。

やり始めてから数分後、ガチャッと音がなった。

蛇提督は再びドアノブを回して開けてみる。

多少ドアの立て付けが歪んでいるのか何かを引きずるような音を立てながらもドアは開けることができた。


蛇提督「よくやった…。ありがとう。」


加古には聞こえない程の小さな声で礼を言う。

妖精さんはドヤアという顔つきで満足そうな顔で答える。


ドアを開けた先の部屋も先程の部屋と同じくらいかもう少し広い部屋のようだった。

床に倒れた棚や資材が散乱しているのは同じのようだが、使われなくなったと思われる家具などもあった。


蛇提督は足元に気をつけながら奥へと進む。


蛇提督「(うん?なんだこれ?)」


ふと足元に落ちていた小箱に目がとまる。手の平サイズの大きさだった。

蛇提督はそれを拾い角度を変えながら眺めてみる。

そして中身を確認してみようとするが、蓋が壊れてしまっているのかどんなに力を入れて開けようとしても開けることができなかった。


蛇提督「(ひとまず回収しておこう…。)」


そう思った蛇提督はカバンの中へと入れるのであった。

さらに奥へと進もうと通ろうとする方向に懐中電灯の光を照らしてみる。

するとすぐそこに天井に続く階段を発見した。

階段の先を照らして上を見てみると天井に扉と思われる物を発見する。

蛇提督はその扉の前まで登り、開けられるか調べてみる。

鍵らしきものはないのでそのまま扉を上に押し上げるように動かしてみる。

だが、一瞬動いただけで開けられない。

蛇提督は何か重いものがのしかかってる感触を感じたのだった。


蛇提督「(これは間宮に手伝ってもらった方が良さそうだな。)」


蛇提督の考えはこうだった。

地上に残っている間宮に地上からこの地下室の出入口を探してもらい、場所を特定する。

瓦礫などで埋もれて見えないようなら蛇提督が下から扉を叩いて音で探してもらう。

あとは扉にのしかかっている障害物が退けられるかどうかという問題だが、そこは見てみなければわからないが、蛇提督もロープで地上に戻り、退けられるようならそうする、

といった感じだ。


早速、蛇提督は行動に移す。

間宮が方角とだいたいの距離から予想して移動し、蛇提督は扉の前で石か何かで扉を叩く。

しばらくすると扉の向こうから何かで何かをぶつける音が聞こえた。

音が聞こえるということは、もしかしたら退けられるほどの障害物である可能性がある。

蛇提督はロープの所まで戻り地上に戻る。

そして間宮のいる方へと急ぐ。


間宮 「提督さん、こちらです。」


間宮が手を振って自分の位置を知らせる。

蛇提督はそちらへと走り、間宮に案内される。

その場所は入渠施設の近くにあった小さな小屋の中だった。


間宮 「この下にあるようです。」


間宮の指が指し示した場所は、いろんな物が爆発による衝撃か何かでいろんな物が落ち、小屋の屋根の一部なども落ちてはいたが、幸いにも細かな物で人の手で退けられそうだった。


蛇提督「よし、ここいらの物を退けるぞ。退けたものはなるだけ外に。」


間宮 「はい。わかりました。」


二人は瓦礫の駆除に取り掛かった。

そして数十分程経ち、ようやく完了する。

隠し倉庫だったようで扉の取手も床の下にある仕組みで、ある一部分だけの床板を外せば取手が現れる仕組みになっていた。

取手を引っ張り上げある程度まで持ち上げるとストッパーが作動して扉を支えてくれる。


ストッパーがしっかり効いているか確認した蛇提督は間宮と共に地下へと入る。

今度は蛇提督が先導して加古のもとへと急いだ。

そしてようやく加古のいた部屋に辿り着き、待ちくたびれていた加古を発見する。


間宮 「加古さん!!」


間宮が駆け寄って加古を心配する。


間宮 「大丈夫ですか?」


加古 「うん…私は大丈夫です。」


間宮 「そう…。ともかくここを一旦出ましょ。」


加古 「はい…。」


間宮にそう言われて一人で立とうとするが、足が痛んでまた倒れかけてしまい、間宮がすかさず手を伸ばして、加古を抱きとめる。


間宮 「やはり歩くのが辛そうですね。」


加古 「いえ…。大丈夫です。このくらいなんとも…。」


間宮の手助けを借りようとせず、もう一度立とうとする。

加古はもうこれ以上迷惑をかけたくないという思いで意地になっていたのだった。

そんなやり取りを間宮の後ろで見ていた蛇提督は、


蛇提督「その様子では無理だな。」


と、一言。冷たく言い放つ。


加古 「う…。」


やはり怒っているのだろう。足手まといなんだと思っている。

私の姿を見て情けない奴なんだと、きっとそう思っているんだと。

加古は悔しくて仕方がなくて、正直心は泣いていた。

いよいよ顔にも出てきそうになってしまう。

加古がそう思っていた時、ふと自分の横に誰かが来た。


蛇提督「ほら、肩を貸せ。」


加古 「えっ?」


驚いた。

さっきまで私の事をダメな奴だと思って呆れてんじゃなかったのか?

何が何だかわからないという表情で固まってしまった。


蛇提督「何をしている?早くしろ。」


加古 「は…はい。」


加古は言われるままに左腕を蛇提督の首の後ろにかけるようにして、支えてもらう。


間宮 「あの…提督さん…。」


間宮は自分がその役目をした方が良いのでは?と言いたげな感じで言いかけた時、

蛇提督はそれを察したのか、間宮を見て答える。


蛇提督「間宮には懐中電灯を持って私達の足元を照らしてもらいつつ、歩けそうな場所を探して誘導してほしい。多少、遠回りしても構わん。」


間宮 「は…はい。」


蛇提督に懐中電灯を渡され、それに従う。

三人は地下の出口へと向かった。


歩いている最中、加古の頭はほぼ真っ白だった。

自分を嫌っていたのではなかったのか、どうして手を貸してくれたのか。

その疑問で一杯になって、その答えを考えようとしても集中できなかった。

ふと蛇提督を見る。横顔がすぐ間近にある。

いつもと変わらない無表情だ。感情を読むことなんてとてもできそうにない。


蛇提督「どうかしたか?」


加古の視線に気づいたのか質問をしてきた。


加古 「い、いえ。なんでもありません。」


慌てて目を逸らす加古。

その様子を間宮は気にして見ていたのだった。


ようやく三人揃って地上に戻ることができた。

だがまだ加古が辛そうなので、近くで腰掛けて休められそうな場所を探す。

腰掛けるのにちょうど良い高さの平らな瓦礫を見つけたので、蛇提督は加古をそこに座らせる。


加古 「あ…ありがとうございます…。」


蛇提督「…さて、これからどうしたものか。加古はこれ以上続けられそうにないしな。今日はここで引き上げた方がいいかもしれんな。」


加古 「少し休めば大丈夫です!まだやれます!」


蛇提督「そんな足で続けたところでまた怪我するだけだ。諦めろ。」


加古 「う…。」


自分の失態をどうにか取り返したい加古は、空回りするばかりで苦しそうだった。

少しの沈黙の時が流れたあと、見てるだけだった間宮が口を開ける。


間宮 「お二人さん、お腹空いてませんか?もう昼時ですから空かせてるかと思うのですが?」


その時、グウーと音がなった。

表情を見る限り、犯人は加古のようだった。

本人が返事をする前に彼女の腹が先に答えてしまったようだ。

恥ずかしそうに俯く加古。


蛇提督「そうだな。車に置いてある昼飯を取ってくる事にしよう。」


間宮 「あの…お二人もいらっしゃると思って、お昼用のお弁当のおかずを少し多めに持ってきたのですが、そちらもどうですか?」


蛇提督「良いのか?」


間宮 「はい。」


蛇提督「では頼む。」


間宮 「では私も取って参りますね。加古さんが作業をしてた入渠施設の近くに置いてきたので。」


蛇提督「わかった。」


そうして二人はそれぞれ弁当を取りに行く。

それを見送った加古は、一人ため息をつく。


加古 「私…何やってるんだろうな…。」



間宮は弁当を取りに入渠施設の方へと歩いているとふと木陰の方を見て、人影が見えた気がした。

思わず瓦礫の影に隠れた間宮は人影が見えた方をそっと覗き込む。

二人の黒づくめの男がいた。何やら話してるようだったがここからは聞こえない。


間宮 「あの方達は…まさか…。」


自分を捕まえにきたのだろうか。

実はあの二人が密かに連絡して私を監視させるために呼んだのか…。

逃げたいところではあったけど、あの二人に弁当を食べさせるという話になっているので

急に消えるわけにもいかない。

とりあえず、今は見つからないようにして弁当を取りに行って二人のところへ戻ることにした。


しばらくして間宮と蛇提督が戻ってきた。

蛇提督の持ってきた袋の中には古鷹が握ってくれたおにぎりがいくつか入っており、

間宮は少し大きめのバスケットに弁当の箱が入れてあった。


間宮 「さあ、遠慮せず召し上がって下さい。」


パカっと開かれた弁当の中を見て、加古は目を輝かせ蛇提督はホホウ〜と感心した表情を見せる。

弁当の中はニンジンやキャベツなどの野菜の他、タコさんウインナーや厚焼き卵などの弁当定番とも言えるおかずが入れられていた。


加古 「これ、食べていいんですか?」


間宮 「はい。」


蛇提督「間宮のはあるのか?」


間宮 「はい、私のはこちらに。」


そう言って自分用の弁当を持って言う。


間宮 「ただ申し訳ありませんが、どのくらいそちらの弁当を持ってきているのかわからなかったこともあって、二人分を用意しませんでした。なのでその一つの弁当をお二人で分け合って食べていただけますか?」


蛇提督「構わん。」


加古 「わ、わかりました…。」


三人はお昼を食べ始める。

蛇提督と加古はおにぎりから食べ始める。

そのおにぎりから食べていた加古はしきりに蛇提督の様子を見ていた。

その視線に気づいた蛇提督は、


蛇提督「加古、食べないのか?」


加古 「い、いえ…。こういう時は提督からお先に…。」


蛇提督は少しの間、加古をじっと見たあと、


蛇提督「そうか。」


そうして間宮が用意してくれた箸を手に取り、弁当にあったタコさんウインナーを摘み、食べた。

ただ黙ってもぐもぐしている蛇提督の表情を見ていた間宮が、


間宮 「いかがですか?」


蛇提督「ああ、美味しい。」


間宮 「それは良かったです。」


加古 「…。」


加古も蛇提督が食べたのを確認して弁当に手をつける。

ただ前ほど、目を輝かしたり、はしゃいだりしない。


間宮 「口に合わなかったですか?」


その様子を見ていた間宮が心配して尋ねる。


加古 「あ、いえ!とても美味しいです!」


慌てて感想を言う加古。

決してそういうことではないという意味で言いたかったのだろう。


きっとさっきのことで頭が一杯になって、味わってるどころではないのだろう。

間宮はそう思っていたが、気の利いた言葉が思いつかない。

何故だろうか…。

いつもなら何か励ます言葉を言うのだが、今は何故だか何も言えなかった。


加古や間宮の様子をチラッと見ながら食べている蛇提督は、そんな二人をよそに弁当に入っている厚焼き卵に箸を伸ばす。

そして、見た目を少し眺めたあと、口の中へと入れる。


蛇提督「!」


明らかな表情の変化をした。

いつも無表情でリアクションの薄い蛇提督だが、そばにいた二人もその変化に気づく。


間宮 「どうかしましたか?」


蛇提督「これは…なかなか美味しい。」


随分と感心しているようだった。

今までの反応の中で一番大きいと思った加古だった。

蛇提督は気に入ったのか二口目をすかさず入れて、よく味わって食べているようだ。


蛇提督「卵焼きというのは料理人の腕が一番に表れると聞いたことあるが、ここまで美味しいのは初めてだ。」


そう言いながら三口目を食べている。


加古 「あ…わ、私も…!」


蛇提督の初めてみる反応に、見つめたままだった加古が自分の分がなくなってしまうことに気づいて、慌てて箸を伸ばす。


間宮 「気に入って頂いて何よりです。」


そういう間宮の表情はどこか切なさを纏って微笑む。

それに気づいたのか、今度は蛇提督が聞き返してきた。


蛇提督「この厚焼き卵に何かあるのか?」


間宮 「提督さんを見ていたら、ちょっと思い出したのです…。あの方も厚焼き卵が大好物でしたから…。」


間宮が少し俯く。


それを見ていた加古は先ほどのことを思い出す。


加古 「さっき…執務室があった場所を眺めていましたよね?小豆提督の事を思い出していたんですか…?」


間宮 「ええ…。」


やっぱりそうだったかと加古は思った。

きっと提督が厚焼き卵を食べてる姿が小豆提督の面影と重なって見えたのだろうと思った。


間宮 「ここは私とあの方が初めて会った思い出の場所ですから…。」


瓦礫の山と化しているこの鎮守府を見渡すように間宮は視線をそちらに向ける。

その時、潮風が吹いて間宮の髪を優しくなびかせる。


加古 「小豆提督の下で給糧艦の務めを果たすという事を自ら志願したって他の娘から聞いたことがあります。どうしてそうしたんですか?」


間宮 「…。」


間宮は少し俯き目を閉じる。

昔の事を思い出そうとしているのか、それとも何から話そうか考えてるのか少しの沈黙の後、間宮は語り出す。


間宮 「あの方は前線基地と補給基地をつなぐ中継地点の防衛、兵站管理、前線の支援を主な任務を任せられるようになったのだけど、その立ち位置が私の仕事をするのにちょうど良かったからってところかしら。前線の娘達とそうじゃない娘達、どちらにも食料の調達と料理を届けたりするために、自由に立ち回ることができたの。」


加古 「ああ、なるほど。さすが間宮さん。」


間宮 「でもそれは上層部を納得させるための建前で、本当はあの方を支えたいって思ったからかもしれません…。あの時の自分のした事は私自身も驚いてるのですよ。」


加古 「…。」


たったこれだけの話でもその切実さが伝わってくる。

それは彼女の表情か、それともそれを醸し出す雰囲気のせいなのか。


間宮 「別の娘達から聞いた話も混えて話すのですけど、養成学校時代の小豆提督は同期の樹実提督と違って特にこれといった特技もなく、成績も良い方では無かったけれど、ギリギリで提督になる事ができた方だったらしいの。けれど、他の同期の方達からは蔑まれていたようで、提督として着任したこの鎮守府は名もない鎮守府だったそうです。」


加古 「へぇー。そうだったんだ…。」


加古は初めて知った。

加古の知っている小豆提督は樹実提督の相棒兼右腕として名が知られる頃だったからだ。


間宮 「私は元々、呉鎮守府の配属でしたが、全国の鎮守府や泊地を回って、料理をもてなしては慰労するという企画を数年に渡ってやっていました。そしてここの鎮守府に訪れることになったのです。」


加古 「なるほど。その時に会ったんですね。」


間宮 「はい。本当は私の料理は最初にその鎮守府の提督に食べさせるのが通例でした。それが決まりだったと言っても過言ではありません。どこの提督も私の料理を早く食べてみたいという思いがあったのでしょう。けれど、あの方は違いました。」


小豆提督『俺は執務が忙しくて食べられそうにないです。それよりも連日の出撃で疲れてるうちの艦娘達に早く振る舞ってやって下さい。間宮さんが来るって聞いてからみんなソワソワしながら待ってるんです。』


間宮 「そう言って艦娘達の食事を優先させました。」


加古 「そうだったんだ…。」


間宮 「そんなに忙しいのかと気になったので、料理の準備をしながら、度々見かける小豆提督を目で追っていました。その時の小豆提督はあっちへこっちへ忙しなく動いているかと思えば、小さな駆逐艦の娘に同じ目線で何か優しく話しかけていたりと、いつ食事をしているのかわからない人でした。」


加古 「小豆だけにまめな人だったからね…。」


間宮 「あの方がやっと私の料理を食べられるようになったのは夜になってからでした。最初は、提督さんも食べなければ普通の執務もできなくなってしまいますよ、っと言って食べるよう促したのですが…。」


小豆提督『俺が優秀じゃないばかりに失敗だらけで、みんなに迷惑をかけっぱなしだから、今みんなが休めてる間に、次の事に取り掛かれるようにしておきたいんだ。』


間宮 「後から聞いた話ですが、小豆提督は着任当初、執務の要領を掴めなくて艦娘に逆に面倒を見られるような人だったそうです。私が来た頃はやっと要領を掴み始めて軌道に乗り始めた頃だったそうです。」


蛇提督「…。」


蛇提督は黙って間宮の方をじっと見つめながら話を聞いている。

弁当を食べていた手も今は止めている。


間宮 「けど食べるのを遠慮し続けてる事を聞いたその時の艦娘達が小豆提督を強引に引っ張ってくる形で食堂へと連れてきました。」


小豆提督『わかった!わかったから引っ張るのをやめてくれ!…お?これは良い匂いだな…。』


間宮 「席について小豆提督はどんな料理があるのか見渡しながら、料理に手をつけました。その時、食べたのは厚焼き卵でした。」


加古 「なるほど。その時のそれがとても美味しかったんだね。あの人の事だから美味しいって喜びながらたくさん食べたんだろうね。」


間宮 「たくさん食べたのは正解ですが、最初の一口目を食べた時…泣いたんですよね。」


加古 「えっ?泣いた?」


間宮 「涙を一筋流して、しばらく手を止めていました。」


小豆提督『美味しい……。こんなの生まれて初めてだ……。』


間宮 「その後は味を確かめるように次から次へと食べていきました。そんなに泣くほどのことなの?っと笑う娘もいましたが、私はあの時のあの方の食べる姿は今でも忘れられないのです…。」


加古 「そんな事があったのか…。」


間宮 「また次の鎮守府へ行くためこの鎮守府を後にしましたが、心のどこかでまたあの方に料理を振る舞いたいって思っていました。その矢先に先ほどの話が持ち上がったわけです。」


加古 「そうだったんだ…。ね?どうしてあの時泣いたのか聞きました?」


間宮 「ええ。何度か聞きましたがうまく誤魔化されて話してはくれませんでした…。未だに理由はわからないままです…。」


蛇提督「その時の思い出が忘れられないから、ここに来るのか?」


間宮 「え…ええ…。そんなところです…。」


間宮は微笑みながら答えるが、蛇提督はまだ他に理由があるのだなと内心、確信する。


加古 「でも小豆提督、幸せ者だなぁ〜。」


間宮 「どうしてですか?」


加古 「だってさ〜。いつでも間宮さんの料理を食べられたわけだし、その間宮さんには支えてあげたいって思ってもらってたわけだから、どんなに苦しい執務も作戦も乗り越えられてきたわけだもんね。」


ムフフと笑う加古。

こちらでの樹実提督と艦娘達の事とよく似た感じなので、どういう日々を過ごしてきたのか、なんとなくわかる気がするのである。


間宮 「それは…どうですかね…。」


加古 「え?」


間宮は切ない雰囲気から随分と暗くなった。

その代わりように加古は驚く。


間宮 「確かにすぐそばにいましたので、いつでも料理は振る舞えたしお話もできました。でも本当に支えになれたのかはわかりません。」


加古 「そんなことは…!」


間宮 「でも私はあの方が苦しんでいる時、何もできませんでした…。戦闘艦ではないため、他の娘達の代わりに戦いに行くこともできず、料理しか私には無かった。何か気の利くことも言えなかった。むしろ私よりあの方を理解できる娘もいた。私は…何もできなかったのです…。」


加古 「(あ…。)」


加古は自分と同じだと思った。

樹実提督を支えようと必死になってた古鷹を応援しようと、いつもそばで誰よりも近くで見守っていたはずなのに、あの人が亡くなってから古鷹をどうしようもできなかった。

それでも無理する古鷹を支えようとしたのに、逆に面倒をかけてしまう始末。

間宮さんも私と同じ。むしろ小豆提督がもうこの世にいない今、本当に自分が助ける事ができたのか本人に確かめることもできない。

私よりよっぽど出口のない迷宮の中に閉じ込められているんだなと思ってしまった。


一時の沈黙の後、口を開いたのは蛇提督だった。


蛇提督「自分が役立たずだったと思わせられるほど、酷いことでも言われたのか?」


間宮 「い…いえ…そういうわけではないのですが…。」


少し慌てて言葉を返す間宮をじっと見て様子を見ていた蛇提督はさらに話を続ける。


蛇提督「まぁ例え、恩を仇で返される結果になったとしても、それでもなお恨むことなくその人に対して何もできなかったと不足感を感じているのなら、あなたの小豆提督に対する想いは本物だということだ。

それだけは誰にも否定できない、神様でさえも覆せない大切なことだ。

それだけは…絶対に忘れるな…。」


間宮 「は…はい…。」


加古 「…。」


蛇提督の言葉を聞いた二人は固まっていた。

話を理解できなかったわけではないけど、あまりにも突拍子もない事を言ったので

どう返したらいいのか戸惑っているのだ。


蛇提督「それにな…。」


そんな二人を見て少しばつが悪くなったのか、視線を下に向け弁当のおかずを一口、ヒョイっと口に入れて食べた後、話を続ける。


蛇提督「一度何かあって挫折した者が、もう一度やり直す気持ちで始めようとする時、かなりの勇気が必要なんだ。立ち上がろうとする時に足に力を入れて立とうとする時と同じだ。

その時に手を差し伸べて引っ張ってくれる、肩や腕を持って支えてくれる者がいれば、例え怪我をしていても立ち上がる事ができる。そこには一人で立ち上がろうとするのと大きな差があるんだ。

そうは思わないか?加古。」


加古 「え?…は、はい。そう思います。」


急に加古の方を見て、話を振られるので少しびっくりした。

けれど今のは…私に対して言ったのだろうか…。

加古はそう思った。


間宮 「…。」


間宮は蛇提督の言った事について考えているのか、少し俯いて物思いにふけっているようだ。


蛇提督「間宮もそういう立ち位置にいたのだろ?今は何もできないけど、すぐにでも必要とされれば助けられる場所から小豆提督の事を見守っていた。

その場所に居続けようとするのは大変な事だ。誰にでもできる事じゃない。」


間宮 「私は…。」


加古 「間宮さん…。」


間宮は明らかに戸惑っていた。

蛇提督の言葉に揺れているのは確かだ。

それを受け止めるかそうでないかは間宮さん次第だ。


間宮 「ごめんなさい…。私が思い出話をしてしまったばかりに、湿っぽくなってしまいましたね。」


無理に笑っている事がわかる。

だが、間宮としては今この話は置いときたいのかもしれない。


間宮 「話が変わってしまうのですが、先ほど憲兵らしき方達がいました。あれはまさか私を捕まえに来たのでしょうか…?」


加古 「あっ…それは…。」


蛇提督「それは私を監視している者達だな。」


間宮 「え?提督をですか?」


蛇提督「そうだ。私は犯罪者なのでな。提督になったのも特別な措置があってなったのだ。

まあいわゆる仮釈放に近いものだ。」


間宮 「そ…そうなのですか。」


蛇提督「あの者達には間宮は一般人だと言ってある。幸い、彼らはあなたのことを知らないようだ。」


加古 「(ん?てことは提督はその人達に会った事があるのか?)」


間宮 「そうでしたか…。ありがとうございます。」


蛇提督が嘘を言ってる可能性もないが、もしも自分が艦娘であるとバレているのなら、すぐに捕まえにきているはずだ。

捕まえるのなら一般人がまず来ることのないこういうところで接触を図ってくるはずなのだから。


蛇提督「さあ、さっさと食べ終えたら帰る支度をするぞ。」


加古 「え!?やっぱり帰るのですか…?」


蛇提督「ああ、お前がその状態では続けるにも続けられないだろう?それよりも帰って入渠する事が先決だ。」


加古 「う…。わかりました…。」


蛇提督「間宮、悪いのだがトラックの荷台に今日集めた物を載せる作業を加古の代わりに手伝ってくれないか。軽い物だけで構わない。」


間宮 「ええ。良いですよ。」


加古 「間宮さん、すみません…。」


間宮 「気にしないで下さい。お役に立てて嬉しいですから。」


にっこりと微笑む間宮だった。


三人は食事を済ませ、少し休憩した後、早速、荷台に載せる作業が始まる。

加古を助手席に座らせておいて、蛇提督と間宮の二人はせっせと載せる。

作業は終わり、蛇提督も間宮にお礼を言って運転席に乗り込む。


加古 「間宮さん、今日は本当にありがとう。」


間宮 「どういたしまして。明日はお店を開いているので気が進むようでしたら、またいらしてください。」


加古が助手席から話しかける。

間宮は笑顔でそれに答える。


加古 「わかりました。ではまた今度。」


助手席から顔を出して手を振る。

間宮もまたそれに応じて手を振って送り出す。


車は走り出し、見えなくなるまで見送った間宮。


間宮 「(あ…あれは…。)」


蛇提督の軽トラックが走った道の脇から黒い車が走り出すのが見えた。

きっとあの憲兵達の車だろう。

あの提督が監視されてるというのは本当のようだった。


間宮 「(あのような事を言う方が、本当に犯罪者で悪い方なのでしょうか…?)」


今日の蛇提督に言われた事を思い出していた間宮。

『絶対に忘れるな』

と言っていた言葉が頭の中で響く。


間宮 「(小豆提督の涙のわけもわからずじまいですが、あの提督もどうしてそう言ったのかわからないままね…。)」


―――軽トラック 車内―――


加古 「…。」


再び二人きりとなって加古は今朝の事を謝るのなら今しかないと考えていた。

だが、不思議と怖さが無くなっている。

きっと昼での事が原因だろう。

あの時の蛇提督は間宮さんだけではなく、私の事に対しても言っていたのかもしれない。

そう思ったら今なら謝れるかもしれない。


加古 「あの…提督…。」


蛇提督「なんだ?」


加古 「あの…ごめんなさい!」


蛇提督「何がだ?」


加古 「け…今朝の事です…。私が余計な事を言ってしまったせいで、変な誤解をさせてしまって…。」


蛇提督「ああ、そのことか。だがみんなに変な誤解をさせて、うまく誤魔化せたのだろう?間宮の名前も言わなかったようだし、あれで結果的に良かったのだろう。」


加古 「え?良いんですか?」


キョトンとしてしまった加古。


蛇提督「あれで私が独断で何かやましい事をしていると思わせられたのなら、彼女達が間宮と接触していると思わんだろう。変に作り話を作れば、すぐにボロが出る。あのぐらいで良かったのだ。」


加古 「え?では提督は最初から怒っていなくて、あれは演技だったんですか?」


蛇提督「全てが演技ではない。私と彼女達の立場をはっきりさせるために、たまたまあの場を利用したのだ。私がやることにいちいち聞かれてはこちらも迷惑だからな。」


やっぱり怒ってるのかそうでないのかわからない。

私に対して牽制も含めて言っているのだと思うけど、

それでも今はそれほど怖さを感じないのは、あの威圧をしてこないからだろうか…。


加古 「あの…昼での事なのですが…。」


蛇提督「昼がどうかしたか?」


加古 「あの時の立ち上がろうとする人の例えですが、あれは私に対しても言っていたのですか?」


蛇提督「さあ、どうだろうな。私は思った事を率直に言っただけだ。」


否定しないところがなんとも言えない。

『いつでも手を差し伸ばせる場所から見守り続ける。それは誰にでもできることではない。』

間宮さんに言ったあの言葉は自分にも言われていたような気がした。


蛇提督「特にな、それまで自分の事を責め続けた者が、ゼロからやり直そうと思った時というのは、乗り越えなければならない目の前の壁がとても大きく見えてしまうものだ。傷だらけの状態ならなおさらな。だが、支えてくれる仲間がいると実感できるのとそうではないのとでは、大きな差があるのだよ。」


加古 「(えっ…それって…。)」


古鷹も当てはまるけど、前の扶桑と山城の件も当てはまる。

まさか…扶桑と山城の事を聞いて回った理由って…。


蛇提督「間宮も自分の事を責めているようだからな。間宮もまた誰かに引っ張ってもらわなければ、あそこから出てこれないかもしれないな。」


まさにそうかもしれない。

間宮さんの後悔は出口のないものだ。

けれど、もしかしたらこの提督ならあるいは…。


加古がそう考えて、提督の横顔を見る。

この人には確かに何か不思議な何かを感じる。

樹実提督に比べたら、無愛想だし目は怖いし何を考えてるかわからない。

けれど、間宮が言った『私達に危害を加えようとすることはしない』ということは

当たっていると思った加古だった。


そうして車は横須賀鎮守府に着くのであったが、

加古の状態を見て古鷹や皆が驚き、古鷹にこっ酷く叱られたのは言うまでもない。



―――その日の夜 執務室―――


蛇提督は一人執務室で膝の上にユカリを乗せながら、今日あの地下室で見つけたあの小箱を開けようと試みていた。

だがやはり、蓋の部分が壊れているのかびくともしなかった。

蛇提督はどうしたもんかと頭を掻きむしっていたが、ふと思い出した。


蛇提督「(そういえばドアの鍵を開けてくれた妖精さんがいたな。あいつに頼めば…。)」


早速、蛇提督は艦娘全員が夕食を食べに、食堂に集まってる時を狙って、工廠へと一人と一匹が向かうのであった。




―――翌日 間宮の食事処―――


間宮 「(あの方達は今日も来るのでしょうか…?)」


夜、間宮は一人、店のカウンター席に座り休憩していた。

前と同じならばそろそろあの二人が来る頃である。


間宮 「(昨日…あの二人が帰った後、あの地下室を探し回ってみたけど、結局…それらしい物は見つからなかったわね…。)」


間宮は頭をガクッと落とし、ため息を漏らす。


間宮 「(やっぱり…あれは嘘だったのですか…。)」


その時、店の引き違い戸の向こうで車が停まる音が聞こえた。


間宮 「(どうやら今日も来たようですね…。)」


間宮はスクッと立ち上がり、お客を迎える態勢になる。


カランカラン


引き違い戸を開けたお客は案の定、あの蛇提督とその後ろに加古がいた。


間宮 「いらっしゃいませ!今日もいらっしゃると思ってましたよ!」


先ほどの暗い顔が嘘のように笑顔で接待する間宮。

落ち込んでいたなどと微塵も思わせない。


蛇提督「また来てしまって悪いな。」


間宮 「そんなことはありません。贔屓にしていただくのはありがたいことです!」


加古 「間宮さんの料理は何度食べても飽きないからさ。」


間宮 「嬉しい限りです。さあ、こちらの席にどうぞ。」


間宮は二人をカウンター席に案内して座らせ、自分はカウンターの向こう側に回ってメニュー表とお茶を配る。

二人はしばらくメニュー表を見ながら、何にするか考え、それぞれ決める。

加古は麻婆豆腐を主菜とした定食。

蛇提督は和食定食Aセットというのを選ぶ。

内容はご飯と味噌汁、主菜は牛肉に幾つかの野菜があり、そしてあの厚焼き卵も入っていた。


加古 「(あの厚焼き卵…気に入ったのかな…?)」


なんとなく横目で蛇提督を見ながら、そんな事を思う。


間宮 「かしこまりました。では少々お待ちください。」


間宮は厨房へと入り、料理を始める。

待つ事数十分、二人の料理が出来上がり、届けられる。


加古 「おお〜!美味そう!いただきま〜す。」


加古が勢いよく食べ始める。

蛇提督もそれに合わせるように手を合わせ、食べ始める。


加古が喜びながら食べてるところを見ると、加古は提督に謝る事ができたのかなと間宮は気になった。


間宮 「加古さん、提督に謝る事、できましたか?」


加古 「はい。おかげさまで。」


蛇提督「それは昨日の朝の話のことか?」


間宮 「はい。加古さん自分のせいだとずっと思い詰めていたようでしたので。私からもその件に関しては謝罪を…。」


蛇提督「それは構わない。約束を守ることで、この料理を食べさせてもらってるような物だからな。」


間宮 「そんな事がなくても、ちゃんとお料理はお出ししますよ!」


蛇提督「それはどうかな。私達があなたを連れ戻しに来たっと言っていれば、あなたは一旦雲隠れするつもりだったのではないか?」


間宮 「そ…そんなことはないですよ…。」


笑顔を崩さない間宮だが、若干声がおどおどする。


蛇提督「まあ、それでも、あなたはここから離れられない。あの鎮守府でどうしても見つけなければならないものがあるから。一旦雲隠れしても必ず戻ってくる。」


間宮 「なんの話でしょうか?」


間宮の表情は笑顔だが、声は真剣だ。

隣で見ている加古は、いよいよか…、と固唾を飲んで見守っている。


実はここにくる前に、蛇提督と加古はあらかじめ決めていた。

間宮が何を探しているのか直接聞いてみることにしたのだ。

間宮を追い詰めるようなやり方になってしまうのが、加古にとっては少し負い目を感じる。


蛇提督「昨日のことで加古から聞いた。あなたは手伝いをしながら、何か違う物を探してるようだったと。しきりに施設の床を探っていたようだったと…。私が言った地下室を気にして探していたのではないか?」


間宮 「否定はしませんが、見つけられればさらに資材の回収にお役に立てるとついでに探していただけですよ。」


蛇提督「そうか。あなたを初めて目撃した日、瓦礫の影からあなたの様子を見ていたが、何かを探してるようだった。それも地下室を探していたと?」


間宮 「それは…。」


蛇提督「だがあの日、偶然にも地下室を見つけた。加古が怪我をしたのでやむなく断念して地下室の調査を翌日にするつもりで、昼飯を食べ終えた後、私達は帰った。」


間宮 「そうですね…。」


蛇提督「でも、あなたは私達が帰った後、一人であの地下室に行ったな?」


間宮 「!!」


間宮の目がピクッと動く。


間宮 「どうして私が入ったと思うのですか?」


蛇提督「今日、あの地下室へ入った時、物を動かした形跡がいくつかあったからだ。」


間宮 「それは…加古さんを外に出すために退かした物とかでは?」


蛇提督「通ってないはずの道の所の物が動いててもか?」


間宮 「…っ!!」


蛇提督「長年放置されてれば、物の周りにホコリが溜まって置いてあった場所がわかるように、輪郭になるように積もっていたりするもんだ。だが、その輪郭が最初から崩れてて既に誰かが動かした形跡があるのをいくつか発見した。

それに実は目印になる紙ををいろんなところに挟んだり、下敷きにしたりしておいたのさ。」


間宮 「え…。」


そう実は蛇提督は出口を探してる最中、きっと間宮が地下室へと入り、何かを探すはずだと思い、カバンからメモ用紙を取り出し、それをさらに適当に切り取った。

ただのゴミに見せかけるためだ。だが、自分の設置した物だとわかるように、文字や模様を書いておいた。

そして、何気ないところに紙を挟んだり、下敷きにしたりすることで、

誰かが動かせばその紙が落ちたり、動いたりするように仕向けたのである。


蛇提督「普通、物取りなら元の位置に戻そうとしないはず。でもわざわざ、何も起きてないかのように元の位置に戻そうとする律儀な人は、私は一人しか思い当たらないがな?」


間宮 「…意地悪な人ですね。」


蛇提督「こうでもしなきゃ、話してはくれないだろうと思っていたのでな。」


間宮 「…。」


間宮は俯いてしまった。

もうその顔に笑顔はない。

先ほどの落ち込んでいた表情になったのであった。


加古 「間宮さん、教えてください…。小豆提督と何かあったのですか?」


間宮 「…。」


間宮は俯いたまま目を瞑っている。

そんな間宮を蛇提督と加古は黙って見つめる。


間宮は深く息を吸いそして静かに吐く。


間宮 「…わかりました。お話ししましょう。」


間宮は観念したようにそう言うと、静かに語り始めた。


間宮 「そう…あれは…。」



―――5年前 パラオ泊地―――

 

間宮 「(今日もこの料理を食べて喜んで頂けるかしら♪)」


間宮は一人楽しそうな顔で、今日の朝食をのせたおぼんを持って執務室に向かっていた。


間宮 「(最近は小豆提督も元気が出てきたようで良かったです。)」


そう思いながら執務室のドアの前へとやってきて、ノックをしようとした時、


???『トラック泊地が陥落したですって!?』


中から大きな声が聞こえた。

声の主は小豆提督の初期艦だったと言われてる叢雲のようだった。

だが、何やらただならぬ雰囲気なので、

間宮はそっとドアを開け、中の様子を見てみる。


叢雲 『トラック泊地の艦隊はどうなったの!?』


小豆提督『ほぼ壊滅だそうだ…。トラック泊地で指揮されてた提督も戦死したらしい。敵はかなりの航空戦力を投入してきたそうだ。でも何人か生き残った艦娘達がいるようでこちらへ避難してくる。叢雲はみんなに言って受け入れ準備を進めてほしい。』


叢雲 『それはいいとして、あんたはどうするのよ?』


小豆提督『何が?』


叢雲 『何が?じゃないわよ!!わかってるんでしょう?トラック泊地が陥落したってことは敵が次に狙うのはここに決まってるじゃない!』


小豆提督『そうだな。』


叢雲 『今、ここもトラック泊地への支援へ行かせてるだけじゃなく、南西方面にも支援してて、今ここにいる艦娘達を集めても大した戦力にはならないわよ。』


小豆提督『ここの設備は整っているけど、戦力は確かに分散していて迎撃できる能力はほとんどないな。』


叢雲 『なら、とっととここを捨てる準備をしないといけないわ。撤退してどこかで迎撃する準備を整えなくちゃ…。』


小豆提督『いや、俺はここに残る。』


叢雲 『はっ!?』


間宮 『(!?)』


叢雲 『何を言ってるのよ、あんた!?さっきの話を聞いてなかったわけ?』


小豆提督『昨日、大本営の決定で指令がきたよ。ここに残ってる戦力を使って、なるだけ時間を稼げってね。』


叢雲 『な!?』


間宮 『(そんな…。)』


小豆提督『ここにある物資や資源は前線用に置かれてた物だ。でもトラック泊地が陥落した今、ここが最前線の基地ってことになるけど、今迎え撃つための戦力を集めてる暇はない。大本営は大幅な前線の後退を決定したそうだ。戦力があまりにも違いすぎるって。

それでここの物資や資源は必要な分だけ残してあとはフィリピン諸島を経由して本土近くの泊地や基地に輸送する事が決まった。』


叢雲 『それならあんたもそれに合わせて、ここから脱出すればいいじゃない。輸送部隊のみんなに護衛してもらって行けば…。』


小豆提督『いや、前線の司令官が真っ先に逃げるなんて、艦隊の士気が下がってしまうだろ?だからダメだ。殿を務めてくれる艦娘達と共に俺は残る。』


間宮 『本気なのですか?提督さん。』


間宮がドアを開け中へと入ってきた。


小豆提督『間宮さん!?』


叢雲 『間宮さん!? 聞いてたの!?』


間宮 『先ほどの話、本当なのですね?』


間宮がまっすぐ小豆提督をじっと見る。


小豆提督『ええ。そうです。本当の話でここに残ることも本気です。』


間宮 『そうですか…。なら…私もここに残ります。』


先ほどよりも強い眼差しで小豆提督を見ながら間宮は言った。


叢雲 『なっ!?間宮さん何を言って…!?』


小豆提督『叢雲!』


叢雲 『な…何よ?急に…。』


小豆提督は間宮の眼差しを見て何かを察したのか叢雲を呼び止める。

急に大きな声で呼ばれるので、気の強い叢雲も一瞬たじろいでしまった。


小豆提督『ここはいいから、早く他の艦娘達にこの事を伝えてきてくれ。それと09:00に全員を集めて広場に集合だ。』


叢雲 『わ…わかったわ。みんなに伝えてくるわ…。』


二人だけにして欲しいという小豆提督の意図を悟ったのか、

それでも小豆提督と間宮の事を心配しつつ叢雲は執務室を出て行った。


小豆提督『わけを聞かせてもらえますか?間宮さん。』


ドアが閉まる音を確認した小豆提督が間宮に質問する。

少しの間、間宮は俯いて黙っていたが、もう一度小豆提督を見る。


間宮 『もう私は…何もできないで…終わりたくないのです。』


小豆提督『え?』


間宮 『きっと私は…提督さんが初めて私の料理を食べて泣いた…あの時の姿を見てから、あなたのそばで料理を作りたいと思ったんだと思います…。』


小豆提督『…。』


間宮 『最初は良かったです。私の料理に提督も他の娘達も喜んでくれました。しかし、あれが起きてからそうじゃなくなったのです…。』


小豆提督『樹実提督が戦死した時からのことですね…?』


間宮 『はい…。提督さんも艦娘達もみんな苦しんで悲しんでいるのに、私は何一つ気の利いたことも慰めてあげることもできませんでした。戦況は悪化して他の娘達は休む暇もない程に出撃回数が増える一方で、それでも私にできることは料理を作ることだけ…。一時はは美味しいって思ってくれても、根本的な解決にならない…。』


小豆提督『間宮さん…そんな事は…。』


間宮 『私は!私は…給糧艦として生まれてきた事が、憎いです!』


小豆提督『間宮さん…。』


間宮 『ですが今は給糧艦だから戦わなくていいという言い訳が通じる状況ではありません。私用の艤装もありますし、武器がないわけでもありません。囮や壁役ぐらいはやれます。』


小豆提督『…。』


間宮 『私は提督さんをおそばで支えるとあの時から誓ったのです。ですから私は最後まで提督さんの隣で戦わせてもらいます。』


小豆提督『…。』


小豆提督は何も言わなくなってしまった。

間宮の事をじっと見つめたまま、何かを考えてるのか、

間宮も何も返答しない小豆提督をじっと見つめ返す。


小豆提督『あ…ああ…。』


やっと口を開いた小豆提督は、声を詰まらせつつそのまま続ける。


小豆提督『そういえば間宮さんにしか頼めない事があったのを忘れてたんだ。』


間宮 『え?』


小豆提督『実は俺が最初にいたあの鎮守府に大事な物を置いてきてしまったんです。それを間宮さんが見つけて、預かっててもらいたいんです。』


急に話が予想外な方へいくので、間宮も拍子抜けしてしまう。


間宮 『一体…何を置いてきたのですか?』


小豆提督『俺のクソ親父からの手紙です。』


間宮 『提督さんの父親からの手紙…ですか?でもどうして置いてきたのですか?』


小豆提督『嫌いだったんですけど、一度だけ俺から手紙を出した事があったんです。んでその返事が来たのですが、内容が相変わらずのクソっぷりだったので、最初は燃やしてしまおうかと思ったのですが、どうにも捨てきれなくて…。

それでこのぐらいの大きさの箱に入れて封印することにしたのです。』


そう言って大きさがこのくらいと手を動かして表現する。


間宮 『私が預かってどうするのですか?』


小豆提督『俺が無事に帰ってきたら、その時に返してもらいたいです。ですが、俺にもしもの事があったら、その時は捨ててください。

戦死した提督の遺品って誰のかを調べるために中身を確認するから、俺は見て欲しくないんです。あれは人様に見せられる物じゃない。』


間宮 『ですが、それなら私でなくとも他の誰かに…。』


小豆提督『いえ!艦娘達は皆、人手不足でそれどころじゃないですし、あの鎮守府に戻れる艦娘もいません。頼めそうな知り合いもいません。なので、間宮さんしかいないんです!』


急に物凄い勢いで間宮にお願いする小豆提督。

間宮もたじろいでしまう。


間宮 『しかし、私は…。』


それでも行きたくないという間宮。


小豆提督『間宮さん、こんな時にこんな事を頼んでしまってごめんなさい。ですが、こんな時を迎えたからこそ、なんというか…。俺の唯一の家族の手紙なので…。』


歯切れの悪い感じになってしまっているが、必死さは伝わってくる。


小豆提督『こんな事を頼めるのは間宮さんしかいないんです!お願いします!!』


頭を下げてまで懇願する小豆提督を見て、

頼まれると断れない性分の間宮は、


間宮 『わかりました…。そこまで仰るのでしたら…。』


小豆提督『ありがとうございます!!』


パァアーっと明るくなった笑顔で喜ぶ小豆提督。


小豆提督『では明日出発する予定でお願いします。その為の準備をお願いします。護衛も付けさせます。詳細は後ほどお伝えします。』


やや早口に今後のことを話す。

間宮は俯いたまま、それを聞く。


間宮 『わかりました…。』


間宮は渋々承諾し、執務室を出る。

その時はもう一度小豆提督の顔を見る事はできなかったのだった。


その日の夜、間宮は自分の部屋で準備を進めていた。

その表情は暗いままだ。


間宮 『(手紙の話というのは本当のことなんでしょうか…?あのタイミングでそんな話が出るものでしょうか…?)』


間宮はそのことばっかり考えていた。


間宮 『(本当は…いても邪魔なだけの私を…。)』


小豆提督はそんな人じゃないと、自分でもわかってるはずなのに悪いことばかり浮かんできてしまう。


コンコンコン


誰かが部屋のドアをノックする。


間宮 『はい?』


叢雲 『叢雲です。』


間宮 『どうぞ入って。』


叢雲が中へと入ってくる。

少し間宮の様子を窺ってから話しかける。


叢雲 『準備はできましたか?』


間宮 『ええ。一通り終わったわ。』


叢雲 『そう。明日、07:00に出発することになりました。護衛は私と吹雪姉さんがします。』


間宮 『随分早い出発になったのね?』


叢雲 『敵の侵攻が予想以上に速いようなんです。安全に出発するためには早めに出たほうが良いって事になったんです。』


腕組みをしながら叢雲は答える。

その雰囲気はいつもよりどこか冷たい。


間宮 『あの…。叢雲ちゃんからも提督さんに言ってもらえないか…。』


叢雲 『ダメよ。』


間宮の言いたいことを察してか、言い切る前に断る。


叢雲 『提督の命令は絶対です。承諾したのなら命令を遂行してください。』


間宮 『叢雲ちゃん…?』


叢雲 『明日…06:30にお迎えに上がります。お休みなさい。』


そう言って叢雲は部屋を出てってしまった。

明らかに様子がおかしかった叢雲を、そのわけも聞けずじまいになってしまい、

間宮は再び俯いていた。


翌朝、間宮は叢雲に連れられるように港へと来た。

そこには吹雪が先に来ていた。


吹雪 『間宮さん、おはようございます!』


間宮 『おはよう、吹雪ちゃん。道中よろしくね。』


吹雪 『はい!護衛はお任せください!』


吹雪は元気の良い声で敬礼する。

間宮はそんな吹雪を微笑ましく見た後、誰かを探すように周りを見渡す。


間宮 『提督さんはいらっしゃってないのですか?』


吹雪はその質問に答えづらそうに目を逸らす。


叢雲 『司令官は来ませんよ。』


間宮 『え?』


昨日の冷たい雰囲気のまま叢雲が言う。


叢雲 『敵がすぐ近くまで迫ってきてるようなんです。もう既に作戦司令室で艦隊を指揮しているはずです。』


間宮 『そう…ですか…。』


間宮は残念そうだった。

これが最後の別れとなってしまうんじゃないかとわかっているからこそ、

最後に一目見ておきたかった。

だが、どんなに忙しくても出撃や遠征に出る艦隊の見送りを欠かさなかった小豆提督が見送りに来ないという事は、やはり私は…。

そんな悪い予想を立ててしまう。


吹雪 『司令官は忙しいのですよ。本当は本人がここにいたかったはずなのに…。それでも司令官は司令官の責務を果たさないといけないですから…。』


間宮を慰めるように言ってるはずの言葉だが、

どこか自分に言い聞かせてるようにも聞こえた。

思えば彼女達も別れ際に提督さんに会いたかったであろうと、

間宮はそう感じたのであった。


間宮 『そうですね…。きっとあの方が無事に生還できることを祈って、今は私達の務めを果たしましょう。』


間宮もまた自分に言い聞かせるように、彼女達に出発を促すのであった。


そして彼女達は出発し、少しづつ泊地が遠く小さくなっていく。

護衛の二人は何かをこらえるような表情で泊地を振り返らないようにしていることを

間宮は気づいた。


その時、間宮はふと泊地の港を見た。

港の岸壁に人の姿があったような気がした。

目を凝らしてみるが、人影はなかった。

でも誰かが自分達を見ていたような視線があったような感じがした間宮だったが、

やっぱり気のせいだったのかもしれないと前へと振り向き進むのであった。


航路をしばらく進んだ三人、それまで三人とも黙っていて気まずい雰囲気だった。

そんな中、吹雪が二人に話しかける。


吹雪 『ここまで来れば一安心でしょうか?』


間宮 『そろそろこちらの制海権に入るはずよね?』


叢雲 『ええ。このままレイテ島を横目にフィリピン諸島を西から回って台湾沖、沖縄、佐世保鎮守府に行くのが予定の航路です。』


吹雪 『小豆提督の最初の鎮守府は横須賀鎮守府の近くだよね?遠回りして行かないといけないのは、少し大変だね。』


叢雲 『仕方ないわ。トラック泊地が陥落した今、マリアナ諸島付近や硫黄島付近は危険海域よ。まだこちらのルートが安全だわ。』


間宮 『このまま会敵せずに進めればいいけど…。』


吹雪 『大丈夫ですよ、間宮さん。南西諸島の方はまだ防衛ができてるようですし、敵の侵攻の情報も今朝の時点ではありませんでしたから。』


叢雲 『そうね。まだ戦える戦力を残してるはずだから、そう簡単に突破されないはずよ。』


間宮 『そうですか…。』


今頃、パラオ泊地はどうなっているだろう…。

もう戦いが始まっているのだろうか…。

小豆提督は無事であろうか…。

間宮の心の中はそれでいっぱいだった。


叢雲 『ん?何かしら…あれ…。』


その時、叢雲が正面やや左に何かの影を発見する。

叢雲達から見て11時の方角。


叢雲 『なっ!?まさか、あれって!!』


そのまさかだった。

深海棲艦の艦隊だ。

敵は単縦陣なのか全て見えないが、戦闘は影から推測するに雷巡チ級だと思われる。


吹雪 『どうしてここに!?というかあちらの方角はフィリピン諸島だよね!?』


間宮 『あちらは、こちらが制海権を取っているのではなかったの?』


叢雲 『もしかしたらあちらも攻撃を受けてるのかも。』


その時、敵の動きがあった。

こちらの進行方向を遮るように進路を変えてくる。

艦隊の数も雷巡の後ろに軽巡や駆逐、合わせて六隻いるようであった。


叢雲 『チッ…あちらもこちらを捕捉したようね。』


吹雪 『どうしようか叢雲ちゃん?引き返す?』


叢雲 『引き返してもそれこそ会敵する確率が上がるだけよ。1時の方向に進路を取って強引に突破するしかないわ。』


間宮 『なら私も…!』


叢雲 『ダメよ!!』


間宮 『!?』


急に声を張り上げて怒る叢雲に間宮は驚く。


叢雲 『あなたに何かあったら、私はあいつに顔向けできない。私にしか頼めないからって任されたこの任務は絶対に成功させるのよ!!』


間宮 『…。』


間宮は呆然とした。

叢雲の必死な思いが間宮の心に突き刺さる。


吹雪 『間宮さん!ここは私達に任せてください!』


間宮が吹雪の顔を見る。

吹雪も叢雲と同じのようだ。


間宮 『で…でも…。』


吹雪 『お願いです!間宮さんは先に行って下さい!』


その時、敵の砲撃音が聞こえた。

それから間も無く、間宮達の近くに大きな音と共に水柱が立つ。


叢雲 『あいつらは私達に任せて!』


吹雪 『あいつらをなんとかしたらすぐ追いかけますから!』


間宮 『二人とも…。』


叢雲と吹雪は互いにアイコンタクトして互いに頷く。

二人は間宮の壁になるように位置を変え、応戦する。


間宮 『(私はこんな時でも…役に立てないのかしら…。)』


間宮は唇を噛みしめ、逃げる方向に体を向ける。


間宮 『叢雲ちゃん…吹雪ちゃん…ごめんなさい!』


間宮は一心不乱にその場から逃げた。

砲撃音が聞こえなくなるまで最大船速で走る。

間宮は振り返ることなく走り続けた。



―――現在 間宮の食事処―――


蛇提督「…。」

加古 「…。」


間宮の話を聴いた加古は俯いていた。

それが小豆提督との最後の別れになってしまったこと。

最後の別れにしては、とても虚しく聴いている自分もやるせない気持ちになること。

間宮さんがそんな思いをこれまでずっと抱えてきた事が悲しくて仕方がなかった。


加古はふと蛇提督を見てみる。

蛇提督は表情を変えず、ただじっと間宮を見てじっと話を聴いている。


間宮 「それから私は必死に走り続けました。方位磁石を頼りに走りました。

途中、深海棲艦とも会敵したこともありました。その度に私の無力さを思い知らされました。

応戦しても全然敵にダメージすら与えることしかできず逃げることしかできませんでした…。」


加古 「叢雲と吹雪はどうなったんですか?」


間宮 「近くの島に隠れながら、あの二人を待っていましたが、来る事はありませんでした。結局、私は何日もかけて自力で本土に向かいました。」


加古 「それで無事に着いたんですよね?でもどこかの鎮守府に助けを求めなかったんですか?」


間宮 「それが…燃料も底を尽きて着いた場所は偶然にもあの鎮守府から西に何キロかの地点だったんですの。知らない所では無かったので、目的の鎮守府の方向に歩きながら、道中の別の鎮守府に寄ろうと思っていたのですが…。」


蛇提督「本土が襲撃されて鎮守府だけでなく海岸沿いの街や村も壊滅状態になった後か…。」


加古 「え?」


間宮 「はい、その通りです…。どこもかしこも焼け跡と瓦礫が並ぶだけ。人もほとんどいませんでした。」


蛇提督「パラオ泊地に敵を発見して海戦が始まる頃、南西諸島側でも敵の攻撃を受けたんだ。間宮達がフィリピン諸島沖で会敵したのはそのためだ。それから翌日未明、今度は本土が襲撃された。敵は本土の東側と北側から侵攻してきたらしく、北側の艦隊は北海道の海岸沿いと日本海側を回り、東側の艦隊は北上する艦隊と西進する艦隊に分かれたんだ。

昔、樹実提督が行った同時多面作戦によく似せた動きだ。」


加古 「まさかそんな…。」


蛇提督「なんとか追い払うことには成功したが、甚大な被害を受けた。間宮はその時帰ってきたのだろうな。」


間宮 「あの光景を見た私は信じられませんでした。あまりにもひどい惨状で…。

小豆提督の鎮守府は残ってる事を祈っていました。

しかし、やっとの思いで着いた時はもう既にあの有り様でした…。」


加古 「あれじゃ、どこに小豆提督に頼まれた手紙があるのかわからないですもんね。執務室は跡形もないし。それこそ爆発とともに手紙も燃えてしまったんじゃ…。」


間宮 「はい…。そのように思った事も何回もあります。」


蛇提督「それでも…諦めきれずに探し続けたのか?」


間宮 「はい…。今の私が海軍になっても、きっと何も役に立てないという思いもあったので、戻る気になれませんでした。あの方の最後にも付き合えず、何もできなかった私がお役に立てる方法は、あの方に頼まれた任務を成し遂げる事…。私にはそれしかなかったのです…。」


加古 「間宮さん…。」


間宮 「でも時々思うのです…。本当は手紙の話は嘘だったんじゃないかって…。私が残っていても邪魔なだけだから、私をあの場から追い出すための嘘だったんじゃないか、と…。」


加古 「間宮さん、それは…!」


間宮 「思えば、家族からの大切な手紙なんて置いてくるはずがありません。あるなら手元に置くはずですし…。ですがそのような小箱なんて見たことないですし、やはり最初から無かったのかもしれません…。そしたらあれは私を追い出すための嘘で…。」


加古 「間宮さん…。」


加古は間宮になんと言えばいいのか分からなくなってしまった。

間宮は自分を責めすぎて、我を忘れかけている。

こういう時、下手に何かを言うとさらに傷つけかねない。


蛇提督「確かにそれは嘘だとすぐわかるな。」


加古 「えっ!?」


間宮 「…!」


急に無神経な事を言う蛇提督に加古は驚く。

今、自分が最善の注意を払って間宮さんをどうにかしようとしてるときに、

この人は何を言っているのかと。


蛇提督「そのタイミング、そしてその内容は嘘だとすぐバレても仕方ないな。」


加古 「な!?提督!何を言って…!」


間宮 「やはり…提督さんも嘘だと思いますか…?」


蛇提督「ああ。嘘をつくならもう少し他の方法はなかったのかと思うところだ。」


間宮 「そう…ですよね…。」


間宮は俯いて、今にも泣き出しそうな雰囲気である。


蛇提督「ああ、これを見なくてもすぐにわかる。その真意も…。」


間宮 「え?」


間宮が顔を上げて蛇提督を見ると、蛇提督はポケットから何かを取り出していた。

それはあの時、地下室で蛇提督が見つけた小箱だった。


間宮 「それは?」


蛇提督「あなたが探していたものだ。」


加古 「え!?」


間宮 「!?」


二人は驚いた。

無理もない、そのあるかどうかも分からない物が急に目の前に出されたのだから。


加古 「み…見つけたんですか!?どこで!?」


蛇提督「あの地下室に落ちていた。最初は蓋が壊れていて開けられなかったが、妖精さんに直してもらった。」


間宮 「…。」


間宮は小箱を見て釘付けになっていた。

自分が今まで探し求めてきて、見つけられなかったそれが、今目の前にある。

驚きとすぐには信じられない気持ちで頭が真っ白になっていた。


加古 「中!中身を見ましょう!」


そう言って加古が小箱に手を差し伸ばした時、


蛇提督「加古、帰るぞ。」


加古 「え!?」


またも驚いてつい声を上げてしまう。


蛇提督「間宮、これはあなたが一人で読むべきものだ。持ち主が誰のかを確認するために先に中を見てしまった事をここで詫びよう。すまなかった。」


間宮 「い…いえ…。」


蛇提督「ほら、加古。ボーッとしてないでさっさと帰るぞ。」


加古 「え?え?…あっ!待って下さい!」


二人分のお代を出してすぐさま行ってしまう蛇提督を加古は慌てて追いかける。


間宮は呆然としてしまい、蛇提督達を黙って見送る。

そして彼らが行ってしまった後、再び小箱を見つめるのだった。




加古 「提督は中を見たんですよね?何があったんですか?」


帰りの車内で加古は蛇提督に問いかける。


蛇提督「あれは…間宮の胸の中にしまっていたほうが良いものだ。」


加古 「そうですか…。」


中に何があったのか気になる所だが、聞き出せそうにない。


蛇提督「もし、間宮があの事を他の誰かに言えるようになれたのなら、その時聴いてやればいい。」


加古 「わかりました…。」


少し黙った後、加古は俯いたまま蛇提督に話しかける。


加古 「間宮さん…立ち直れるでしょうか…。」


蛇提督「さあな。彼女次第だ。」


加古 「私…間宮さんの気持ち、わかるな…。」


蛇提督「古鷹のことか?」


加古 「わかってたんですか!?」


蛇提督「まあな。」


最初は驚いた加古だったが、

もとより自分の考えてることというのは案外他の人にバレやすいと知っていたので

提督にも私が頑張る理由を既に悟られていたのかもしれない。

そう思ったら少し安心して間宮に影響されてか自分の過去の話をし始める。


加古 「…私も古鷹に、何もしてあげられなかった。」


蛇提督「…。」


加古 「樹実提督を亡くした後、古鷹はしばらく部屋から出られませんでした。それまで私や衣笠や青葉が元気付けようと頑張ったけど、聞けてるような感じじゃなくて、そのうち、部屋に閉じこもって…。」


運転をしながらただ黙って聞いている蛇提督だが少しだけチラッと加古の様子も見る。


加古 「いつの間にか部屋から出てきた時は驚きました。大丈夫なのかと聞いてみたんですけど、その時の古鷹は…。」


古鷹 『心配かけちゃってごめんね…。これからまだやることたくさんあるのに私がこのままじゃダメだよね。私、頑張るから心配しないで!』


加古 「そう言って私達を心配させないように無理に笑うんだ…。あんな姿の古鷹、見てられなかったよ…。」


蛇提督「…。」


加古 「その後は前任の提督を迎えて、働き尽くしだった。明らかに無理しているってわかるのにさ…。樹実提督の事も一切口に出す事も無くなった。」


感傷に浸って加古の素が出てきているせいか、敬語も使わなくなってる事も本人は気付いてない。


加古 「でも私は明らかに無理してる古鷹に何もしてあげられなかった…。そればかりかいつも古鷹に迷惑かけてしまって…。きっと古鷹も私のこと…飽きれているだろうなって…。」


蛇提督「それはどうかな。」


加古 「え?」


蛇提督の意外な返しに加古は思わず蛇提督を見張る。


蛇提督「そういうのは本人に直接確かめるんだな。」


加古 「でも…。」


蛇提督「このまますれ違ったままでいいのか?」


加古 「ううん…。」


良くない…という思いとそれでも聞くのが…、

という二つの思いが加古を葛藤させる。


蛇提督「聞きたいことや言いたいことがあるなら、なおさら、そうするべきだ。」


思い悩んでる加古の姿をチラッと見た蛇提督はさらに続ける。


蛇提督「そうじゃなきゃ…絶対、後悔するぞ…。」


その言葉を聞いた加古はふと蛇提督の横顔を見る。

いつもと変わらなさそうな表情をしているが、

先ほどの言葉は今までの蛇提督の言葉で一番重みがあるような気がした。


加古はもう一度前を向く。蛇提督が見ている方向と同じ。今度は俯かない。

この車が進む先は、古鷹が待ってる私達の鎮守府がある。

その鎮守府にもうすぐ着くのであった。

 

―――間宮の食事処―――


間宮は小箱を見つめたまま、まだ固まっていた。

この小箱の中を見てしまったら、もう自分がここに残る理由もなくなる。

いや知りたくない真実も知ってしまうことになるかもしれない。

あの提督が言っていた『これはあなたが一人で読むべきもの』という言葉が耳に残る。


間宮は決意して小箱に手を伸ばす。

ゆっくり蓋を開け、中を見た。

そこには一枚の封筒が入っていた。封筒自体には何も書かれていない。

封筒の中に手を入れてみる。一通の手紙が出てきた。


宛先は小豆提督、差出人は小豆提督の苗字と同じで男の名前なので父親だと思われる。

間宮は手紙の内容を見てみる。確かに父親とは思えないような内容だった。

仕送りとか美味い酒はだとか、小豆提督を心配するような事は一切書いてない。

小豆提督がクソ親父というのも無理はない。


しかし父親からの手紙というのは本当だったようだ。

そしてそれを封印してあの鎮守府に置いてきた。

小豆提督は本当のことを頼んでいたということになる。

それならなぜあの提督は『嘘だとバレても仕方がない。』と言ったのだろうか?


そう思って封筒の中を今度は覗いてみる。

するともう一枚紙が入ってるようだった。

驚いた間宮はその紙を取り出す。取り出した紙を見たときさらに驚いた。

折りたたまれた紙に「間宮さんへ」という文字が書かれていたのだった。

筆跡も確かに小豆提督のものだ。

間宮は恐る恐る紙を広げ、その内容を読み始めるのだった。





もしも何かの理由でこの手紙を読んでいる方が間宮さん以外の方であるのなら間宮さんに渡して頂きたい。

それができない場合は一緒に同封している手紙も合わせて処分して下さい。


間宮さん。

はじめに、あなたに謝らなくてはいけません。

大切な物を私がいた鎮守府に置いてきたというのは嘘なんです。

ごめんなさい。

この手紙はあの時、間宮さんが私と一緒に泊地に残ると言ってくれた時、

とっさに嘘をついて間宮さんが部屋を離れた後にすぐにしたためた物です。

そしてちょうど、その日の夜に遠征任務で私がいた鎮守府の近くを通る艦娘がいたのでその娘に、この手紙と親父からの手紙を入れたこの小箱を託しました。

予定通りならば間宮さんが私の鎮守府に着くまでには、この手紙と小箱は私の鎮守府に届けられているはずです。


どうして嘘をついたのか。

それはあの時、間宮さんは本気で覚悟を決めていました。

嬉しいという思いと同時に焦りもありました。

間宮さんには生きていてもらいたかったのです。

間宮さんを無理やりにでも諦めさせ、何か違う事を頼めないかと思った時、この嘘を思いついたのです。

本当にごめんなさい。


話が少し変わりますが、

以前から間宮さんは私が間宮さんの料理を初めて食べた時、どうして泣いたか気になって何度か尋ねられましたよね?

恥ずかしくて言えなかったのもありますが、理由を話すと少し長い私の身の上話をしなくてはなりません。


私は貧乏な家に生まれ、ある年齢までは両親に育てられてきましたが、

父は酒癖が悪くて、母といつも喧嘩していました。

そのうち母は蒸発して、父と二人だけの幼少期を過ごしました。


深海棲艦という脅威が迫ってる事を世間の話題で知り、海軍養成学校に入学できる年齢となった頃、父や母を見返す気持ちも持ちながら、家を飛び出して海軍に入隊しました。

しかし、十分な勉学を学ぶ機会をもらえる事が少なかったため、学校時代は困難を極めました。

それこそ寝る間も惜しんで勉学に励みました。

提督の素質がある事が唯一の希望でした。

これがきっと私に与えられた天命なのだと。

いつしか提督になるための道を目指すことになりました。

ようやくギリギリで卒業し、名も無いところではありますが、自分の鎮守府を持ち提督になる事ができました。


けれど、喜びも束の間、今度は艦娘達とうまくいきません。

女の子とあまり接した事がないという事もありますが、私が仕事の要領をうまく掴めず、失敗ばかり。

艦娘に逆に面倒を見られる羽目になりました。

またそれから寝る間を惜しんで、執務に取り掛かることになります。


そんな時、私の鎮守府にやってきたのが間宮さんでした。

間宮さんの料理はとても美味しいのだと、前々からその評判を聞いてはいましたが、

食べることに興味がなかった私だったので、料理は全て艦娘達に食べさせればいいと思っていました。


それでもあの娘達が、「食べないと損するよ」と強引に引っ張るものですから、

ちょっと食べてすぐに執務室に帰ろうと思っていました。


そして最初の、あの厚焼き卵を食べた時、

私の体が、全身が震えました。とても美味しいとはっきりわかりました。

今まで腹を満たすためだけに食べていたので、味なんて感じてる暇も無かった私があの時、確かに味で、いや、料理の味と一緒に入ってる他の何かを感じて感動していました。

今までで、生きていて本当に良かったと思った瞬間でした。


私が間宮さんに生きていてほしいと思った最大の理由はこれです。

私のようにもっと料理でいろんな人を喜ばして救って欲しかったのです。


料理しかできず、いつも他の艦娘達を見送ることしかできない気持ちはわかります。

私も艦娘達に命令するだけで、結局、無事に帰ってきてくれるを祈ることしかできない私でした。

でも間宮さん。間宮さんにとっての戦場は海ではなく、

厨房であり、食堂であり、美味しい物を食べたいと思ってる人々のところではないでしょうか?

人にはそれぞれ違った自分の戦場があるのです。


ごめんなさい。

なんだか説教じみた話になってしまいました。

お節介だと思ったかもしれません。


それでも私は、

間宮さんが誰かのために料理を作ってる時、

その料理を私や艦娘達に振る舞っている時、

それを食べて美味しいと言った時の笑顔を見てさらに笑顔になる時、

そんな姿の間宮さんが好きでした。


追い払うような形でお別れしてしまったことを謝ります。

どうか間宮さん、お元気で健やかに。

間宮さんの進む先で、たくさんの人が救われ、間宮さんも笑顔になりますように

遠くから願っています。


 小豆提督






間宮は読み終えるまでに、涙が止めどなく溢れていた。

堪えきれず、うずくまってしまう。


間宮 「うう…うわああぁぁぁぁぁぁ!!」


ずっと我慢していた何かを吐き出すように泣き出す。

近所は誰も住んでいない、一つ静かにたたずむその食事処から

彼女の泣き声が人知れず響くのであった。




―――横須賀鎮守府―――


夜、蛇提督と加古は鎮守府に帰ってきた。

いつものように工廠の前まで車を持ってくると、

古鷹、衣笠、天龍、龍田が出迎えた。

二人は車から降りると、真っ先に古鷹が近寄る。


古鷹 「お疲れ様です!」


蛇提督「ああ。」


加古 「待っててくれたの?」


衣笠 「そろそろ着く頃かなーって思って。」


加古 「天龍達も?」


天龍 「まあ俺も手伝うって言ったし、こういうのはある程度交代でやった方がいいだろ?」


龍田 「重い物を運ぶから小さい駆逐艦の娘達にやらせるのは酷ですしねぇ。」


加古 「ありがとう。助かるよ。」


天龍 「それにあの仕事サボりの加古が真面目にやってるんなら、俺達がやらないわけにはいかないしな。」ニヤニヤ


加古 「それ!どういう意味さ!?」


天龍 「そのまんまさー。」


艦娘達は笑いあっていた。

この雰囲気がいつもの彼女達なのだろう。


蛇提督「加古、お前は古鷹に話したいことがあったんじゃないのか?」


加古 「え?…え?」


古鷹 「加古が、私に、ですか?」


加古は急に自分に振られ戸惑った。


天龍 「は?一体どうしたってんだよ?」


蛇提督が彼女達にとって意外なことを言うので、皆がどういうことかと加古を見る。


加古 「え…いや…その…。」


みんなに注目され戸惑っている加古を見て、蛇提督はさらに続けて話す。


蛇提督「ここではなんだ。二人の部屋で話すといい。こちらの片付けは残ったメンバーで十分だ。」


古鷹 「え?ですが…。」


蛇提督「ほら加古。何をしている?さっさと古鷹を連れて行け。」


加古 「は、はい!」


蛇提督に言われ、加古は古鷹の背中を押して「いいからいいから」と古鷹に囁きながらその場を立ち去る。

古鷹はもちろん他の艦娘達も何がどうなっているんだという表情でそれを見送った。


蛇提督「私もやる。さっさと終わらせるぞ。」


衣笠 「は!はい!」


蛇提督が話しながら衣笠と目線が合ったとき、衣笠がビクッと反応して返事をする。


こっちはこっちで扶桑と山城の件依頼から何やら様子がおかしいと

天龍と龍田は衣笠を見ながら、二人とも心の中で同じように思うのだった。



―――古鷹と加古の部屋―――


古鷹 「ねえ加古?話って何?」


加古 「えっと…それはだね…。」


急にこの機会がやってきてしまい、まだ心の準備ができていない。

しかもこの機会を作り出したのがあの提督でほぼ強引なやり方だ。

だがまさかあの提督は私を気遣って、後回しにせず早く済ましてこいと言いたかったのだろうか?

そういえば帰りの車の中で「絶対、後悔する」と言っていた。

怖くて聞けない私の背中を押してくれたのだろうか?


古鷹 「加古?」


加古が先ほどから何も喋らずに何か考え事をしているばかりなので、

古鷹は心配して加古の顔を覗き込む。


加古 「あの…あのね…古鷹…。」


口元が震える。

でも言うなら今しかない。


加古 「古鷹に…ずっと…謝りたいって思ってたんだ…。」


古鷹 「え?」


加古 「私…古鷹に迷惑かけてばかりで…何もできなくてさ…。」


古鷹 「え? ど…どうしたの急に?」


加古の様子が少し変になってきたのを察知して、古鷹もその姿に戸惑う。


加古 「ほら私…こんな性格だからいつも古鷹や他の皆に迷惑かけて、それでも暢気だから反省なんてしないしさ…。」


加古は喉の奥からずっと溜め込んでいた何かが少しずつ口から出てくる感覚を覚える。


加古 「樹実提督が死んじゃって、古鷹が一番苦しかった時、私…何もできなくて…見ていることしかできなくて…。そしたら部屋から出てきたと思ったら、古鷹が無理に笑って…わかっているのに…無理しているってわかってるのに…私…何も…。」


あれほど言うのが怖くて話せなかったのに、一度その蓋を開けると不思議なくらい、

胸の中にずっと感じていた負債感がどっと溢れ出して、言葉もチグハグになっていく。


加古 「だからせめて…負担を減らそうと…手伝おうとしたのに…失敗ばかりで…私…う…。」


涙も溢れ出してくる。

泣いてしまうと言葉を出せなくなるから我慢するが、今度は喉に力が入って話せない。


加古 「私…古鷹に…迷惑かけてばかりで…姉妹なのに…何も…できなくて…。」


その時、古鷹が加古を抱きしめた。

加古はびっくりして目を丸くしていた。


古鷹 「加古、ごめんね。」


加古の耳元で囁くように言う。

声で古鷹も泣いている事がわかった。

どうして古鷹が謝るのか、謝っているのは私の方なのに…。


古鷹 「加古の優しさ、ちゃんと届いてたよ。加古だけじゃない、衣笠や青葉、他のみんなも…。」


その言葉を聞いた時、加古の心は少し落ち着きを取り戻す。


古鷹 「いつも私の事を気にかけて元気づけようとしてくれてた事…わかってたよ…。

でも私…ずっと見てみぬふりをしてたの…みんなの優しさに甘えたら、また樹実提督を失ったあの時の弱い私に戻ってしまうようで…怖かった…。

だから…みんなに…ちゃんとお礼を言えなかった…ごめんなさい…。」


加古 「古鷹…。」


まさかそんな風に考えていたなんて思ってもみなかったと、

自分を抱きしめる古鷹の体の震えを感じながら加古は驚く。


古鷹 「加古…あなたがいてくれて本当に良かった。いつも前向きな加古を見てると、

加古を守るために頑張ろうって思えた。

もう一度やり直そうって思えたのは、加古達が私をずっと見守ってきてくれた事に

本当の意味で気づくことができたから、私はきっと大丈夫だって…加古達がいたからそう思えたの。」


加古は蛇提督の言っていた立ち上がろうとする人の例えを思い出した。

自分を支えてくれる者がいるという実感があるかないかで大きく違う。

古鷹はまさにそれを感じることができたのだと思った。


古鷹 「だから…ありがとう。もう自分を責めなくていいんだよ。私もそうだったけど…もういいの。悲しいことがあってもそれにめげずに前を向いて歩けばきっと良いことある。」


古鷹が抱きしめるのをやめ、加古と向き合う。


古鷹 「一緒に頑張ろう加古!私達が力を合わせたら、きっとなんでもできるよ!」


涙が流れながらも励ます古鷹に加古はその姿に魅入る。


加古 「うん…わかったよ。だけど私からも言わせて。私も…古鷹やみんながいたからこれまで頑張ってこれたんだ。だから…ありがとう!」


加古は笑顔を取り戻す。


古鷹 「うん!これからもよろしくね!」


加古 「よろしく!」


和解ができた二人はとても嬉しそうだった。

いつの間にか手を取り合って、喜び合っていた。



翌日、一人執務室にいた蛇提督。

その時、そばにある電話が鳴り響いた。

蛇提督は電話の受話器を手に取る。


蛇提督「はい、もしもし?こちらは横須賀鎮守府だ。」


間宮 「もしもし?提督さんですか?」


蛇提督「その声は間宮か?」


間宮 「はい。折り入ってお願いしたい事がございます。」


その後、蛇提督と間宮は電話で数分、会話をする。


蛇提督「わかった。元帥にはこちらから話しておこう。」


間宮 「はい。お願いします。」


蛇提督は電話を切る。

その時、執務室のドアがノックされ、加古がやってきた。

蛇提督が許可して加古が執務室へと入ってくる。


加古 「あの…提督。また間宮さんの所へ行きますか?」


蛇提督「いや…もう行くことはないだろう。」


加古 「え?それはどういう意味ですか?間宮さんに何かあったのですか?」


蛇提督「ああ、海軍本部に。元帥に会いに行くそうだ。」


加古 「え?てことは海軍に戻るって事ですか!?」


一瞬喜ぶ加古はハッとする。


加古 「でも、戻れば重い刑が…。間宮さん大丈夫なんですか…?」


蛇提督「さあな。彼女の処遇がどうなるかわからない。私達はただ結果を待つだけだ。」


加古 「そんな…。」


加古はがっかりする。

そんな姿を見て蛇提督は、


蛇提督「話は変わるが、どうやら古鷹にちゃんと言えたようだな?」


加古 「え?わかりますか?」


蛇提督「お前と古鷹の表情を見れば、すぐわかるさ。」


加古 「そうですか…。」


ちょっとの間、二人が沈黙した後、


加古 「あの…ありがとうございました。」


蛇提督「何がだ?」


加古 「強引なやり方とはいえ、機会をくれて…その…私の背中を押してくれたことです…。」


蛇提督「勘違いするな。そんな気がかりを胸に抱えたままでは戦いの時に支障が出るだけだ。解決できるなら早いほうがいい。」


加古 「そ…そうですか…。」


やっぱりこの提督の真意がどこにあるのか、わからないと思う加古。


蛇提督「それよりも私が頼んだ資材回収の報告書はできたのか?」


加古 「あ!すみません!まだです!」


蛇提督「ならさっさと、早くしてこい。」


加古 「わかりました!失礼します!」


加古はまた怒られると思って急いで部屋を出て行った。

その姿を見送った蛇提督は少し小さい溜息をするのだった。


その夜、蛇提督は加古を早めに休ませ、一人と一匹だけになった後、誰かと電話をしていた。


蛇提督「…ということです。あとはそちらに任せます。」


???「ご苦労。まずはよくやったと言っておこう。」


蛇提督「これであなた直々の依頼任務は達成したという事でいいのですね?…元帥。」


電話の相手は元帥だった。

元帥というと老人に近い年頃の人物をイメージするが、

この元帥は40代前半の人物であるためか、まだ声にハキハキした印象がある。


元帥 「そういうことだ。任務を達成した報酬は何がいいかね?」


蛇提督「それでは間宮の要望をなるだけ聞き入れてほしい。」


元帥 「ほう?」


蛇提督「罪人であることは避けらませんが、彼女の意志を尊重しつつ、後腐れがないようにするためです。そして彼女がもし海軍に戻って職務をする意志があるのなら、あえてこちらから恩を売れば、彼女が次に裏切ることはないだろうという考えです。」


元帥 「なるほど。報酬はそれでいいのかね?」


蛇提督「このぐらいが妥当と思っただけです。どの程度まで聞き入れていただくかは、そちらに委任します。」


元帥 「いやいや、私はてっきりこちらが備蓄してる資源や資材を要求してくると思っていたがね?」


笑い声は聞こえずともニヤニヤして意地悪そうに笑っているのがわかる言い方だった。


蛇提督「ぐ…。考えなかったわけではないですが今回の任務にその報酬は割りに合わないと遠慮しただけです。」


元帥 「そうかい?なら、そういうことにしておこう。」


蛇提督「(食えない男だ…。)」


蛇提督はどうやら元帥に苦手意識があるようだった。


蛇提督「あなたの狙いは一体なんなのですか?」


元帥 「なんの話かね?」


蛇提督「俺を獄中から出して、特別措置を取らしてでも俺を提督として着任させた。

一体何をやらせるつもりなのですか?」


元帥 「そのまんまさ。提督としてやらせたかっただけさ。」


蛇提督「…。」


元帥 「それにわざわざ言わずとも、君なら勝手にやるだろうし。」


蛇提督「…?」


蛇提督にとっては理解不能の言葉だ。

もう既に元帥の掌中で踊らされているというのだろうか?


元帥 「では明後日の朝、憲兵が迎えにくる。間宮にその事を伝えといていてくれたまえ。」


蛇提督「わかりました。失礼します。」


蛇提督は電話を切った。

一息ついて体を楽にしていると、机の上で寝そべってたユカリが蛇提督の腕にすり寄ってきた。

ユカリの頭や背中を撫でながら、先ほどの元帥の言葉を思い出す。


蛇提督「(君なら勝手にやる…か。俺の事について何か知っている?あの人が俺に関わった事なんて、あの軍法会議の時に参席していたという事だけだがな…。)」



明後日、蛇提督から連絡を受け、憲兵が迎えにくる時間に間宮は食事処の玄関の前で待っていた。

ほぼ5年、世話になった食事処を眺める。

もうここには戻って来れないだろうと思いながら、ここに来るまでの事、ここに来てからの思い出を思い返していた。

失ったものは多く、その中に他の艦娘達、小豆提督がいて、大切な日々、日常が失われた。


でも、それとは反対に多くの人と出会えた。

ここを貸してくれたご主人のこと、気に入ってきていただいたお客さん、食材を提供して頂いて支えてくれた人々、そしてあの蛇目の提督。


ずっと探してきたものは見つけた。

小豆提督の思いも受け取った。

何かを探すために過去に戻るのはやめよう。

海軍本部に行けば、もうきっと自分の人生はそこで終わりを告げられるだろう。

規則を破った罪は避けられない。

それでもいい、後悔はない。私は小豆提督の願った事を知らずにしてきたから、

それで良かったのかもしれない。きっとあの方も喜んでくださる。

ただもしも願いが叶うのなら…。


憲兵 「間宮だな。」


ふと呼ばれた方を見ると、憲兵が来ていた。


間宮 「はい。そうです。」


間宮は胸を張って答えた。

憲兵に案内され車へと乗り込む。

もう今の間宮に迷いは無かった。


間宮を乗せた車は無事に海軍本部に着いた。

時間は昼前といったところだ。

車から降りた間宮は、海軍本部の入り口で待っている人影に気がついた。


大淀 「間宮さん、本当に間宮さんなんですね…。また会えて嬉しいです!」


間宮 「大淀さん?どうしてあなたがここに?」


大淀 「元帥付きの秘書艦をしているんです。」


間宮 「そうだったの。呉で明石さんや夕張さんと仲良くしていたのが、懐かしいわ。」


大淀 「そのメンバーで一緒に間宮さんの料理を食べた時も忘れてはいませんよ。」


間宮 「フフ、そうですね。」


大淀 「積もる話はありますが、まずは元帥とお話を。部屋に案内します。」


間宮 「わかりました。」


間宮は大淀について行き、案内された部屋に入る。

元帥はもう少しでお見えになると告げられ、一人待つことになった。


待っている間、間宮は自分が緊張していることに気づく。

無理もない。ああやって大淀が迎えてくれたが、元帥が来れば処遇が決まる。

もしかしたらもう艦娘としてやっていけないかもしれない。

それでもけじめをつけるためにここへ来た。

だからしっかりしよう…。


間宮がそんな事を考えてると、部屋のドアが開けられ、立派な海軍服を着た男が入ってきた。

その後に大淀も続いて入る。


男は見た目が40代前半で、体格の良い体をしていた。

暑苦しいタイプではなさそうだが、子供のスポーツのコーチなんかをやってそうな雰囲気がある。


元帥 「はじめまして、私が元帥です。」


間宮 「はじめまして、こんにちは。間宮です。」


元帥 「以前にお見かけした事がありましたが、こうして話すのは初めてですね。

あの小豆提督と共に戦われたあなたに会えて光栄に思います。」


間宮 「いえ…そんな…。大した事ではございません。」


見た目の雰囲気に似合わず、紳士的な挨拶をする元帥に間宮は内心驚いていた。


元帥 「あなたのことは彼から事情を聞いています。」


「彼」というのはあの蛇目の提督のことだろう。

元帥はどのように受け止めたのだろうか。


元帥 「しかし、今まで生きていた事を隠し、自分の素性を隠していたとしても一般人とも勝手に関わり、今日まで生きてきた。あなたのしたことは、事情はどうあれ規則を破ったことになります。」


間宮 「はい、承知しております。ですから私はどのような処分が下ろうとも、受け入れる所存にございます。」


隣にいる大淀は俯いている。

本当は庇いたいのだろうけど、できない事がわかっているので、悔しくて手を握り締めている。


元帥 「そうですか。それは良い心構えです。」


間宮 「はい。ですが僭越ながらお願いしたい事がございます。」


元帥 「なんでしょうか?」


間宮 「まずはこの手紙を。小豆提督が大切に持っていた父親からの手紙をその方に返していただきたいのです。小豆提督の遺品でありますから。」


元帥 「ほう。なるほど。」


間宮 「それと私が営んでいた食事処ですが、あそこの土地ごと私がこれまで得てきた利益も合わせてその土地のご主人様に感謝を持って返すことと、

あの店に立ち寄って頂いた常連のお客さんや支えてきてくれた方達に感謝と別れを告げる猶予を下さい。」


元帥 「ふむ…いいでしょう。いきなり何も言わずに消えてしまってはかえって怪しまれますからね。」


間宮 「ありがとうございます。これで心残りはありません。」


元帥 「本当にないのですか?」


間宮 「え?」


どういう事だろうと間宮は戸惑う。


元帥 「他に願いがあれば、言ってみてください。」


無いわけではない。

叶うのならそうしてみたい。

もう一度、やり直すチャンスをもらえるなら…。


間宮 「私は…………。」






間宮が海軍本部に行って数日後、

蛇提督は執務室で、ある紙を眺めていた。


蛇提督「(もうそろそろか…。)」


その紙は昨日、海軍本部から来た通知書だった。

加古から手渡され、封筒に入っていた紙のその書かれている内容を見たときは

目を一瞬大きく見開いて驚いていた。


加古 「提督!来ましたよ!」


執務室のドアをノックもせず、バアーンと開けて入ってきた。


蛇提督「加古…ちゃんとノックをして入れ…。」


加古 「アハハ…すみません。つい興奮してしまって。」


頭をかきながら照れてる加古を見て蛇提督はハアーっと溜息をする。


加古 「さあ、どうぞ。入ってください。」


加古の後から一人の女性が入ってくる。

それは今時珍しく割烹着を着ていて、ロングヘアを後ろで纏めつつ印象的な赤いリボンをつけていた。


その女性は鮮やかな笑顔で、とても嬉しそうにこう言った。



間宮 「間宮です。本日よりここでお世話になります。よろしくお願いします!」
























後書き

次はpart3につなげる事になります。
次回から新展開!(の予定。)


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このSSへのコメント

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1: SS好きの名無しさん 2019-09-17 23:49:30 ID: S:u7gRu6

期待しています。頑張ってください!

2: 扶黒烏 2019-09-21 10:44:55 ID: S:0FOUUF

ありがとうございます!^_^

3: 朝潮型は天使 2019-10-22 01:19:37 ID: S:RCdEbp

遅くなってもええんやで 頑張れ

4: SS好きの名無しさん 2019-10-23 23:29:41 ID: S:T3s20n

ユカリちゃん唯のネコちゃうやろ

5: 扶黒烏 2019-10-30 20:20:02 ID: S:gSG37S

応援ありがとうございます。

いえいえ、ユカリちゃんはご主人が大好きな唯のネコですよ。(笑)

6: SS好きの名無しさん 2020-06-02 03:16:38 ID: S:30Mrz5

あら久し振り

艦娘がちょっとずつデレるのは良いものですな

7: 扶黒烏 2020-06-02 10:53:39 ID: S:nfLcJ_

>>6

はい。私もそういうの好きなんですが、
作品要素にハーレムやラブコメをつけていいのか悩みどころです(笑)


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2件オススメされています

1: 朝潮型は天使 2019-10-22 01:19:23 ID: S:AmpNL-

ホントに好き 更新頑張ってね

2: ぽんちょ 2020-06-04 21:31:14 ID: S:mQYSeM

提督さんがどういう感じで打ち解けていくのか楽しみで仕方ない
そういう感じの艦これ小説がみたいなら
ほんとにオススメ


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