2019-12-16 12:26:36 更新

概要

提督と艦娘たちが鎮守府でなんやかやしてるだけのお話です

注意書き
誤字脱字があったらごめんなさい
基本艦娘たちの好感度は高めです
アニメとかなんかのネタとかパロディとか
二次創作にありがちな色々





鎮守府大運動会


太陽の光を受けて、輝く横断幕にデカデカと書かれている文字


「…空はあんなに青いのに」


その輝きに目を細め、そんな輝きとは裏腹にため息をついている扶桑


気は晴れるものではない


最後のかけっこに出場することになり、なんなら一回戦で敗退すれば良いかと諦観にうなずけば


対戦表に見えたシードライン


端っこから嫌がらせのように伸びた線が、決勝戦の部分にまで食い込んでいた



一応はハンデ、なのだろう。INコースに立たされてはいるけれど

すぐ隣には提督と、比叡さん、赤城さんに、続いて島風ちゃんと、まず勝てる気がしない娘達が並んでいた


「あの…提督…?」


どうして?


問わずにはいられないその疑問は…


「あかねちゃんって呼んで?」

「はい?」


思わず聞き返す


聞こえなかったというよりも、その意図を汲み取れずにいた


「だーかーらー、あかねちゃんって」

「いえ、聞こえなかったわけでなく…」

「じゃあ、良いのね」

「いえいえいえいえ。まったく、まったく、そのようには…なぜ、ですか?」


追いつけない、話が飛躍していく


私が一つを理解する前に、2個3個先の結論を置いていかれても困る


「なぜ?」


そこで提督は首をひねった


本当にわからないという風に眉根をひそめ、やがて…


「名前で呼んで欲しいというのは、そんなに変?」

「変…では無いですが…」


言われればそうだ


それがただの女の子で、あったばかりの私と距離を縮めるためにというなら、理解もするけれど…


「あかねさんっ、あかねさんっ」


答えに悩んでいる間にも、横合いから比叡さんの元気の良い声が

悪く言えば馴れ馴れしく、良く言えば気さくに、彼女の名前を懐っこく呼んでいた


「負っけませんからねっ、はいっ」


威勢よく拳を突き出して、それを真っ向から受け止める 提督もまた笑顔だった



気にしているのは私だけなのだろうか?


私よりも後に着任なさった比叡さんが、こんなにも仲良くされていて

立場があると、そう言おうとした私がまるで言い訳をしているみたいにも思えてくる


「気持ちは分かりますよ、まあ…」


そのまま、きゃっきゃっと、年頃の娘達の様に はしゃぎ始める二人を前に困惑をしていると

それを気遣うようにして、赤城さんに声をかけられた


「赤城さんもあのように?」

「まさか、流石にあそこまでは出来ませんが」


それはまた、なんとも言えない表情だった


微笑ましいと、見守るようではあったけれど、何処かで羨む自分を押し込めているような


「扶桑型戦艦…。そう言われても嬉しくはないでしょう? 事実ではありますが」

「はぁ…それは、まあ…」


そう言われれば確かにそうかも知れない


事実ではある。その通りでもある


ただ、それは容れ物の名前でしか無く、私自身を指すものじゃないだけで

個人的な感傷を含めれば、気持ちのいい称号ですら無いものの


「まあ、気楽に。強制でも、まして命令でも有りません」


ただ、と…


前置きしたを赤城さんが、悪戯に微笑んだのは意外だった

失礼だと承知の上でも、彼女はもっとこう、事務的な方だと思っていたから


「たまに拗ねるだけですよ。なだめるのも一苦労なので、おすすめはしませんが」


自分のレーンに戻っていく赤城さんに軽く頭を下げて、その向こう側の提督の様子を盗み見る


あいも変わらず、きゃっきゃっと、比叡さんと手を繋いだり合わせたり、抱きついたりつかれたりしてはいる中


ふと…


「にぱっ♪」


笑顔だった


目が合った途端、何の躊躇いもなく向けられる笑顔

私の戸惑いをどこ吹く風と、薙いで行くような、眩しいほどの笑顔だった






少し前


そんな あかねが、スタートラインに向かう途中の事


着替えも終わり、更衣室から運動場までの、つまらない廊下を歩いていると


「どういうつもり?」


待っていたのは山城だった


応援とか、見送りでもなさそうで

何処か問い詰めるように、通せんぼと、前を塞がれている


「どうって?」


もっともらしく聞き返しはしたけれど

十中八九、扶桑の事だろうと当たりはついていた


「お姉さまの体力測定の結果は知ってるでしょう?」

「だからシードにしたんじゃない?」


「ふざけないで…」「ふざけてないわ?」


もちろんそれは知っている

下から数えたほうが早いくらいだと言うのも理解しているがゆえ


「こんな催し したってね、最後の方以外だれも覚えてないものよ」


もしくは一番最初だが

扶桑にそれをやらせると後々の結果に流されるだけだろうし、目立たせるのはこうするのが一番だと思う


「見世物にしようっての?」

「そりゃ、お披露目だもの。目立たなきゃ嘘でしょう?」


あからさまに不満を、いやもっとか

あるいは敵意すら感じるほどに、表情を曇らせる山城


「お門違いね。あなたが泣いて嫌がるから扶桑が買って出てくれたんじゃない?」

「泣いてないっ…けど…」


後ろめたさはあったんだろう

なにせ、大好きなお姉ちゃんを身代わりにした形だ

意気消沈とばかりに沈んでいく敵意が、分かりやすくも可愛らしい


「大体ね。島風が出てる時点で もう茶番よこれ、どうせ あの娘が勝つってみんな思ってるわ」


それは山城も認めているようで

それとこれとは別だと言いつつも、それ以上の反論を思いつけず口をもたつかさている


「だとしてもよ、山城…」


そんな彼女の肩に手を置いた


「努力の向こう側ってのを見せてあげる」




あまりにも堂々とした物言いだった


何も言い返せず、文句の一つも忘れて、歩いていく提督の背中を見送るしか出来なかった


「なんなの…」


結局は自分が目立ちたいだけか

聞く所だけを聞けば、そんな風にも受け取れる言葉だったけど


ただ…


少しばかりトレーニングをした所で島風に勝てるとも思えないし

ましてや、見えない所で努力を重ねるとか、そういう事をする類にも見えない


どちらかといえば、あれは島風と同じ類だろう


自分の才能を信じて止まない感じの

良くも悪くもだが、自分とは真逆の性格だと思う


それを羨ましいとさえ…


そう思った心に首を振り


「買収でもしたんじゃないでしょうね…」


思いもしない言葉で蓋をした






位置についてと、運動場に割れたスピーカーの音が木霊する


艤装を抱えた春風が、発射のタイミングを図り、その主砲の仰角を目いっぱいに伸ばしていった


よーい…


どーんっと、祝典用の砲弾が上げられるのと同時に大声であかねが叫んでいた


「すとーっぷっ!」


よくよく通る声だった


大砲の音を二つに割るように伸びた声は、思わずと艦娘たちの足を縫い付ける


仕方がないのかもしれない


艦娘という立場上、上がそういうなら反射的に足を止めてしまうのも


ただしスタート直後に、大声を出してはいけないなんてルールもないのだから

これはモラルの問題で、ひたすらに せっこい作戦でしかなかった


「勝ったわっ」


困惑に揺れるスタートラインから艦娘たちを置き去りにして

ゴールテープに向け、一目散に 飛び出した あかねを誰もが見送るしかなかった






「せっこ…」


観客席の上から、尊敬にも似た呆れのため息を漏らす神風


最初にあった時からそうではあったけど、この感情をなんと表現すれば良いものか決めかねる

あんなもの 司令官だって、反則限界一杯なのは分かっているだろうに


どうしてそう、躊躇がない…


きっとアレは目的のためなら悪魔に魂を売れるたぐいの人間で

売った魂ごと悪魔を買収してしまえる人間なんだと思う


それはいい、私からしたら今更だし

その思い切りの良さを、時には気持ちよくも感じられる


ただ…


どうしても、納得が出来ないといった山城の表情が気にかかっていた


「あれが努力の向こう側ですって…」


吐き捨てる様な声音だった


子供の悪戯を見つけたときよりもなお酷い声

見下してるといえばまだ可愛くて、もう軽蔑の色さえ浮かんでいる


「そんな事言ってたの? あいつ?」

「ええ…まぁ…」


随分と格好をつけて言い放った事は想像に難くはないが


「ただのずるじゃないですか、あんなの…」

「そうだけど。面白くはなったわ…」


山城の表情を盗み見ながらも、運動場に視線を落とす


島風の独走で終わるかと思われていた かけっこは、司令官の独走から始まっている

おっとり刀で、島風も追いつきはするだろうが

前を走っている司令官の事、もう一つ二つは手を考えているんだろう


そうして、それを期待している自分を否定する気も起こらない


判官贔屓でもないが、島風が買って当たり前のレースに出来た曲がり道を面白がっていた


「まぁ、言いたいことは分かるけどね…」



きゃー司令かーんっ、がんばってくださーいっ


だとしても、隣から聞こえる黄色の声援は元気いっぱいで


「好きな奴は好きなのよねぇ…」

「あんなのの何処が…」


相変わらずの冷たい言葉ではあったけど、一つ言えることはあった


「そりゃ、文句ばっか言ってるよりはカッコいいからでしょ?」


言いたいだけを言い残し、鼻白んだままの山城を置いておいてゴールラインに足を向ける


やることがあった


目下のところ、戻ってきた司令官を一回くらい蹴っ飛ばさないと


面白くなったのはそうだとしても、周りに示しもつかんし、何より私自身が納得できない




「分かってるわよ…」


神風の小さな背中が人混みに紛れた後に、一人ごちる山城


最後に神風が濁した言葉尻がイヤに耳に付いて離れない


「分かってるのよ…」


提督のアレが褒められたものではないけれど

何もしないで文句ばっかり言ってる私より、よっぽどまともだってのは


隣でちっちゃい娘達が提督の応援をしている

微笑ましいと、素直に思えば良いものを。その黄色い声でさえ耳障りに思う自分が嫌になる


「はっ…」


笑ってしまった笑い飛ばすしかなかった

あんな滅茶苦茶やっても慕われている提督が、羨ましいだなんて笑うしか無かった






「吹雪ちゃん、あなたはそれでいいの?」


ついには言わずにいられなくなったのが初霜だった


提督の応援をしたいのまでは分かるけど、あんな子供じみた悪戯を許容して良いものかどうか

まぁ、おかげで出来レースに熱が入ったと思えば、良い面もあるんだけど


問題なのは吹雪の方…


「え? なにが?」


キョトンとされてらっしゃる


掛けられた言葉の意味も分からずに、ただただ提督への慕情がにじみ出て止まらない


「ううん…良いの」


何も言えなかった


言うべきは提督の方にすべきだと思った


お願いだから最後まで吹雪にとっての、素敵な司令官であって欲しいと願って止まない


「初霜は良いのか? 応援しなくて…」

「そりゃ、したいけど…」


問いかけてくる若葉の声は淡々とはしていたが

提督に注がれている視線は、なにか眩しいものを見るようだった


確かに、眩しい人だとは思う…変な魅力のある人だとは思う


若葉に促されるように、提督に視線を向けると

誰にはばかるでもなく、楽しそうな声をあげて運動場を駆けていた


けれど、少しばっかり危なっかしくも思えた


あの輝きに見せられて、あの輝きに目を細めて

そんな風に周りを巻き込んだ挙げ句、気づけば燃え尽きて仕舞いそうな一時の篝火みたいに


「バランスってあるでしょ?」

「バランス? なんのだ?」

「分からないなら良いの」

「そうか…」

「ええ…」


だって、私まで きゃーきゃー言い出したら、きっと神風さんの負担が半端なくなっちゃう

いくら楽しくたって、みんなでジェットコースターに乗り込む訳にもいかないんだから


「あ…」


そうやって、しばらく提督を眺めていると、ついには私の前を走り去って行った


ほんの少し、一呼吸にも似た間


向けられた笑顔が眩しくて


どうしてか、見送った背中に手を振ってしまってた






「おうっ!」


硬直が解けるまでの一拍分、随分と水を開けられてしまった




疾きこと島風の如し


たかがかけっこ、されどかけっこ


はい そうですかと負けを認める訳にも行かないんだよ


なんだかんだ、決勝まで居残るレベル

提督の足の速さだって尋常ではない


なんだったら、時々で色仕掛けや買収行為も目立ちはしたが

そこまでの負けず嫌いは正直嫌いではなかった


「さすが、疾いわね」


ようやくと隣に並ぶが、特に慌てた様子もなく、いつもの笑顔をかえしてくる


「あの程度、丁度いいハンデかなって」


それじゃ、いっくよーっ!


更に足を前に出す、横に並べたのなら提督を追い抜くなんてのは訳はなかった


だというのに


「ちょっとっ! なんですぐ後ろに張り付いてるんですかっ。離れて下さいよっ」

「いやよ、このほうが楽だもの」

「くぅぅぅぅっ!」


やられた


由々しき事態だ


島風が前を行く、そんなのは当たり前で、それを追い抜くのが至難なのは当然で


速度を出す時、一番邪魔なのは風の抵抗

まして、海風吹き込む鎮守府の敷地ではどうしたって無視できない


「島風を風よけにぃぃっ!」

「あははは。ほぅら、私をゴールまで引っ張ってきなさいなっ」


そこにあった足の速さは、これでほぼ埋められた


私が風を切り、その隙間を提督が駆け抜ける


意地を張って、速度を上げることはまだ出来る

けど、それで振り切れたものじゃない。提督だってまだ余力を残している

もしも、そうしたなら、ゴール前のスパートで一気に持ってかれるのが目に見えていた


「提督っ、ちょっとせこくないっ!?」

「せっかく決勝戦まで居残ったんだ、勝たなきゃしょうがないでしょうっ」

「でしょうけどっ!!」


ここまで全て計算ずくって訳だ


スタートで私のテンポを乱して、追いついたら後ろに入って風よけに使う

ゴール前までに私の体力を刈り取って、肥やしにしたぶんだけ自分のスパートに利用する

なんて無駄のないせこさ


どうする島風、どうする私


選択肢は多くはない


せいぜいが、根比べを続けるか、あえて速度を落としてスパートに駆けるか程度だ


「うぉっ!?」


チラリと後ろを振り返る


提督の顔色を伺うつもりで、その実見たくも無いものが目に入ってしまった


無言のまま、息も切らさず、機械的に疾走してくる赤城さん


なんて力強い走りなんだろう


淡々としながらも確実にゴールを目指している


このまま提督と戯れて、足を落とそうものなら、追い抜かれて追い付けない予感はあった


「ええいっ、ままよっ」


前を見る、小賢しい選択肢はもう良い、ゴールまでに提督を振り切ればいいだけもんっ






「ふむ…これは…」


スタート地点


島風が慌てて走り始めた後、顎に手を当てて関心している赤城


「一杯食わされましたね…」


確かに、ああも声を上げられれば私達は足止めるより他はない

してやったりと楽しそうな提督の笑い声、慌てて走り出す島風の足音

海風に靡く前髪を手で抑え、肩を回し、足首を回し、スイッチを入れるようにつま先で地面を叩く


彼我の距離はそれほどでも


単純な速力なら島風に追いつけるわけもないが

おそらく、提督なら何か企んでいても不思議はない、その混乱に乗じればまだ…


とんっ…とんっ…


跳ねるように、すきっぷでもするように軽い足取りで跳ねていく


一つ、二つと、歩を進め、三つを持って地面を蹴り上げた


つま先が沈む感覚を受けて、さらに抉るようにと力を込めて前に出る




「ん…んん?」


右左と、周りを見回して、一人になっていることを確認する比叡

提督に待てと言われ「はいっ」と足を止めてから、数秒と経った後

一人取り残されたスタートラインには、閑古鳥に鳴いていた


「比叡さま、比叡さま」


嫋やかに微笑みながら、春風が比叡の袖を引く


「どうぞ、お駆けになって?」

「ですが、あかねさんが待てと」

「まぁ…」


あら可愛いと、その素直さに感動すら覚えてしまいそうでした


「ですが、比叡さま。こんな所で待ちぼうけをされては春風も困ってしまいます」


彼女の手に自分のそれを重ねて、くすぐるように指先で手のひらに円を描く


くるくる…くるくる…と


ゆっくりと円を広げていき、こそばゆさに広がった手のひらに指を絡める

ほんの少し背伸びをして、届かない頬に顔を近づけて、もどかしく募る愛情を飲み込んで


「ふぅっ…」


悪戯に吐いた吐息に彼女の肩が跳ね上がる


「は、春風ちゃん…? ちょっ、ちかい、ちかいですって…」

「比叡さまが行けないんですよ? あんまりに可愛いことをおっしゃるから」


ついには、しなだれかかるようにその肩に体を預けてしまう


「そんなに春風の事をじらして…」


まるで、恋人同士の逢瀬の様に


「あかね様からの伝言ですわ」


後少し、もう少しと、顔を寄せていき



「うっそぴょーん♪」



途端


「ひぇぇぇっ!?」という声が尾を引いて、振り切るように駆け出していった


「ほんと、可愛らしい事…」


見送る背中に手を振って、惜しかったと、吐息の残り香に頬を染める春風だった






彼女の性格ゆえなのか、真面目が功を奏したのか、はてまた海風の悪戯か


あかねの戯言は耳に届かないまま、一人走り続けていた扶桑


優勝候補の島風は提督に捕まっているし、出遅れた赤城がそれを追い上げても居るが


うさぎとかめ、そんな美談があるように、確実に走り続けていた彼女に届くかどうかの瀬戸際で


最後の直線、最後の一歩は走るというより飛び込むように


はらり…


ゴールテープが千切れ、地面に舞い落ちた



「もうっ!? 提督が邪魔をするからっ」

「島風が頑張って走らないからでしょっ」


そんなゴールテープの向こう側

遅れてきた比叡を迎えて、罪の押し付け合いをする3人だったが


「酷いですよ、あかねさんっ。あんな嘘ついてっ」


そもそも論はごもっとも


だが、それは常道に生きる者の意見であり、勝負の世界は非常だった


「「遅れるやつがわるい」」


一喝


正論よりも暴論をとった二人に「ひぇっ」と声を上げるしか無い比叡だった




青いなと…思っていた


見上げた空は、走り出した頃と同じに青くって

上がった呼吸が潮風に溶けていく


それに気づいたのは、旗風さんが終わりの祝砲を上げたとき


どうしてか、提督と、島風ちゃんが私の後ろに居て

息も絶え絶えな比叡さんが慌てて滑り込んでくる光景


仕舞には仲良く口喧嘩を始める二人を、訳もなく眺めていると


「お疲れさまです扶桑。良い走りでした…」

「え? えぇ…。ありが、とう…?」


掛けられた赤城の声に我にかえる


勝った…の…?


比叡さんとは対象的に、息も切らさず、落ち着き払って歩いていく背中の先

「この、おバカっ!」と、提督が神風さんに蹴っ飛ばされるている

提督が静かになれば、喧嘩あいての居なくなった島風ちゃんと一緒に、赤城さんに引っ張られて奥に消えていった


「扶桑様? どうかされましたか?」


2度めの呼びかけに見上げられている

具合でも悪いのかと、心配をする旗風さんに大丈夫と答えると


「では、奥にお茶の用意があります。どうぞ…」

「え、えぇ…」


旗風さんに手を取られる

そのまま、淀みのない所作で先導されると「あの…」と口を挟む暇もなくなっていた


今日は困惑してばかり


かけっこ一つで右往左往して、小さい娘に手を引かれて歩いている


本当に不思議な一日だった





部屋に戻り、シャワーを浴びて、それでも気持ちは落ち着かず


椅子に座り、隅に置いていたものを拾い上げる


安い作りではあった


丸く切り出された真鍮の板


手彫りのせいか、変に歪んだ文字が「いっとうしょう」と元気に刻まれている


こんなものが何になるのか


そりゃどうにもはならないだろうと、自分でも分かってはいるけれど


「ここで良いかしら…?」


壁にピンを差し込んで、そこに頂いたメダルを掛けてみる


程よく目に付く場所に


自戒として、自負として、ともすれば直ぐにでも くすんでしまう輝きを磨き続ける為にと


きっと提督だってそこまで考えてはいなかっただろうけど

良くて、少しでも私の自信になればとか


ふーそーう?


名前を呼ばれた気がした


会いたいのだろうか?


自分に降って湧いた感情がいまいち飲み込めない

会って? お礼を? 気を使って頂いて? それは何か違う気がするけれど


「扶桑ったら」

「へ? てい、とく?」


振り返ればそこにいた


というよりも


しびれを切らしたのか、その細腕が首から回されて、肩にちょこんと頭を乗せてくる


「なぁに? 扶桑?」


肩越しでも分かる表情


にこにこ と、絶える気配のない笑顔


「あの、なにか…御用でしょうか?」


困惑のままに口を動かす


自分の部屋に勝手に入ってきている事に、抗議の一つを上げても良かったのかもしれないが

そんな事は思いもつかずに。あるいは、もう その程度には受け入れてしまっていたのかもしれない


「ふふっ。御用って、貴女が呼んだのでしょう?」

「あの、いえ、そう、ですが…ではなくて…」


口にした覚えこそあれど、それはあくまで唐突に現れたからであって

なぜ、とか、どうして、とか、色んな事を混ぜ込んで、ついつい口にしただけであって


「そんな夢見心地で呼ばれたら、さすがの私も照れるわよ…」

「いえいえいえい。まったく、まったくそのようには…」


そうやって、頬を染めてみせる提督の仕草を何処まで本気に取ったものか

いわんや、この方に照れるとかいう外聞があった事にこそ驚きたくもある


「綺麗でしょ、金メダル」


とんっと、落ち着いた声で

提督の指が、壁にかかったメダルをそっと撫でる


「…ええ」


真鍮ですけれど


それが事実だとしても、そんな野暮な事を言う気にはなれなかった


「真鍮だけどねっ」

「ぁぁ…」


どうして、どうしてこの方はもう、なんて好き勝手な…


「あははははっ」


笑っている、笑ってしゃっる…

笑い声が肩に響いて、肩叩きでもされている気分になれる


おばあちゃんでは無いのですけれど


そんな風に拗ねて見せれば、きっともっと笑われるのだろう


「ねぇ、扶桑…やっぱり、目立つのは嫌だった?」

「え?」


突然の変化に、戸惑いを隠せなかった

ついさっきまで、笑っていた娘が。今にも泣きそうな声をだしている



ああ、そうか…


ずっと不安だったのね


それはそう、それもそう


極端に嫌がる山城に、見かねて代わりを申し出て

何なら無理矢理にでも見えただろうし、実際嫌々ながらというのも半々ではあった


親睦のためと言われたら、提督の顔を立てる為にと


傲慢だったか、いっそ山城の様に「イヤ」とすっぱり断ることこそ真摯であったか



ごめんなさいと


そう言われた気がした、そんな風に聞こえた気がした


だから私は「いいえ」と、首を横にふり


「私の勝ちです」


そう言って、誇らしく胸を張った



・・・・


けれど


しばらくの無言に、若干の不安を持ち上がってくる


冗談が過ぎただろうか、嫌味に聞こえただろうか

悪い方にばかり考えが転がり落ちていき、終いには「ごめんなさい」と言いかけたとき


でも…


と、神妙な口調で先手を取られる


「実質私の勝ちだったと思うの」

「はい?」


そんな素っ頓狂な言葉に思わず目が丸くなる


「だって、おっぱいよ? このおっぱいの差で負けたのよ?」

「あの、いえ、それは、そうかもしれませんが…」

「おっぱい参考記録とかないの?」

「そんなルールは、どこにも…」

「じゃあ作ってっ」

「ご無体な…」


それはまるで、負けず嫌いの子供がダダをこね始めたようでいて


「あの…提督? その様に触られては…」


まるで諦めてはいなかった


「イヤなの?」

「イヤとかではなく…その、困ります…」


手慣れた手付きだった


対応に窮しているうちに、指先が服の隙間に入り込み、あっさりと下着を外してしまう

軽くなった吐息の隙間をついて、大胆に動く指先に包み込まれながら、下から持ち上げる様にして…


好色家だとは聞いていたけれど、流石に素直に過ぎるのではないか

そんな事を考えていられたのも最初だけで


「好きよ…」


耳元で囁かれる


それを何回も何回も、繰り返し、重ねて、努めて、名前を呼ばれて

触れる指の感触さえも混ぜ込むように


「貴女は?」


悪戯に聞かれた問を、曖昧に答えてやり過ごせば


「好きって言って?」


見上げる様なお願いを

何度も何度も せがまれて、その度に触れる指先の感触が強くなり

耐えかねて頷いてしまった時には、何かが折れた様な諦めが心に隙間を作る


「ありがとう。大好きよ、扶桑」


出来た隙間に染み入る声


入り込んできた温もりに、不安も躊躇いも流され、安心へと変わっていった






「みてみて比叡っ、りっぱなものよねっ」

「はいっ。戦艦とはかくあるべきですねっ」


出撃前


艤装を背負った扶桑を囲んで、あかね と比叡、二人して扶桑を褒めそやしていた


確かに目立つ


同じ戦艦である比叡の艤装と比べても、一回り以上に派手な装備は

いっぱい付いてる大砲も相まって、子供心にも その威容を示すには分かりやすいが


「あの、えぇっと…」


確かに、褒められるのは嬉しい


しかし そんな、何かの儀式のように周りを くるくる回られても対応に困るしか無い上

立派立派というその視線が胸元に集まっているのが気になってしょうがない


神風さん曰く「なんなら一発ぶん殴りなさい」と


「そんぐらいで死にゃしないわよ」とまでも言われても、流石に気は咎める


「はぁ…良いなぁ。私も戦艦だったら少しは…」

「あぁ…吹雪さん。それは戦艦だからと言うより…」


そんな飛び火しそうな話題は避けてほしかった


なんなら身長さこそありはすれ、それを言ったら比叡さんの体型だって


なんて失礼な事を考えていたら、横合いから「だめよっ」と提督の声に遮られる


「吹雪には吹雪のいい所があるんだから」


薄い胸元を撫でる吹雪の両手を取り、自分の胸の中で抱きしめる提督


「…たとえば?」


それで納得できる訳もないのか、頬を染めながらも答えを求める吹雪


「扶桑っ、教えて上げなさい」

「へ?」


思いもよらなかった


年頃の女の子になんと言って たらしこむのかと眺めていたら、その矛先が急にこちらに向けられた


「私? 急に…そんな…」


ああ、そんな瞳で見つめないで欲しい

純朴そうな瞳で見つめてくる吹雪の視線に、何も言わないのは裏切りにも等しいが

しかし、急に良い所と言われても、もちろん悪い子な訳じゃないけれど


「え、っと、えーっと…素直なところ、でしょうか?」


思い余って、ようやく出した答え


これなら誰もが認める所だろうし、大きく角は立たないだろうと胸を撫で下ろしたが


「ぶなんねぇ」

「で、では提督はどうだとっ」


つまらなそうな提督の声に、たまらず声を上げてしまった


にやり…


そんな風に笑った気がした「そんなの決まってるじゃない」と微笑んで、吹雪の頬に顔を寄せていく


「私のことを好きでいてくれる所よ?」


優しい口づけ


頬に触れるだけの幼い愛情表現は、それでも吹雪の頬を雪解けの様に溶かしていく


「…え、あ、はい、それは…」



吹雪の体から力が抜けていき、良いように可愛がられていた


ある意味感心する


もはや、たらしこむと言うよりも、誑かすとか拐かすとか、魑魅魍魎の類にも見えていた


「いやぁ、分かっててもああ言われると嬉しくなっちゃいますよね」


たまらなくなったのか、比叡さんまで抱き合う二人に飛び込んでいくと

3人一緒になって、きゃっきゃっと団子になってしまう


「…ようかいうわきおんな…」


なんて、不意に湧いた嫉妬の感情を言葉にすればこんなものだろう

昨日の今日で本人を前に他の娘とイチャつけるなんて、素直が過ぎて文句を言う気も起こらないが


「扶桑」


溜息が出る前に肩を叩かれると、戦支度を整えた赤城さんが視線で提督の方を促していた


「旗艦は貴女です。放って置いても止まりませんよ、あの方は」

「ああ…」


「そうですか」が、「そうですね」 に変わり「そうでした」と諦めが付く


「提督」


そう声を掛けて彼女を方を見たら、途端にそっぽを向かれてしまった

そこで切り替えてくれるだろうとの期待は裏切られ「何故…」という呟きは海風に消えていく


「言ったでしょう? 拗ねると…はやくなだめてください」

「そんな…」


子供みたいな、とは思うものの膨らんだ頬はまさしく子供のそれで

何がそんなに不満かと言えば、きっと名前で呼んでくれないことか


「では…あかね、様?」


これでも譲歩したつもりだった

上官を名前で呼ぶ抵抗を押し切って、せめてと敬称だけでも飾ってみたが

結果は、視線だけはこっちを見てくれたが、まだまだ不満そうだった


「扶桑さん扶桑さん、もうちょっと可愛くお願いしますっ」

「ぇぇ…」


吹雪ちゃんにガッツポーズで応援されるが、何を頑張ればいいのか皆目だ


「じゃあ…あかね、さん?」


一応でも、顔を向けられるがまだまだ不満そうな表情は変わらない


「はいっ。扶桑さんもう一越えですっ」


比叡さんにまで応援されて、赤城さんには覚悟を決めろと無言で小突かれる


「もう…。あかねちゃん、そろそろ良いですか?」


今度は笑顔だった


とても可愛らしくて、眩しくて…


胸が跳ねる、顔が熱くなる


油断をすれば昨日を思い出しそうな笑顔を見ていられずに


「いってらっしゃい扶桑っ」


温かい声に背中を押されていた






「気に入らないって顔ね?」


水辺線の向こう側


扶桑たちの背中が見えなくなるまで手を振り続け

後ろに立った気配に、覚悟を決めて振り返る


「何をしているの?」なんて無粋な事を聞くわけもなく、憮然とした表情の山城に問いかけた


結果…


「別に…」と、ぶっきらぼうで返されてそっぽを向かれてしまったが


私の視線から逃れるように、何処でもない何処かに視線をそらしている山城

そんな彼女に ひょいっと近づき、下からその顔色を覗き込む


「具体的にゆーとー」


引いたら負けとでも思っているのだろうか

パーソナルスペースの ひろーい山城が、その懐まで入り込んでも一歩も下がらない


「大好きなお姉さま の見送りに来たら、思いの外私達と仲良くやってて、疎外感が半端ないって顔」


図星かな?


特に反論はないけれど、その眉根に寄った皺が、さらに深くなったように見える


「もっと言えば、私にお姉さまが取られるのがイヤなんでしょう?」

「別に…お姉さまが誰と付き合おうと勝手でしょうし」

「別に…ねぇ」


そういった奴が別段だった試しはないのだけれど

そこで私を暗殺しようとしないあたり、まだまだ若いとは思う


「つまりは何? 扶桑と仲良くしたいなら、貴女の許可を取ればいい?」

「だったとして。出すと思いますか?」


それはごもっとも


出さなきゃその話はお終いなのだから、泥棒猫にそんな許可を出すわけもない


「だとしても。許可は取るものよ、山城?」


にっと微笑んで、山城から距離を取った


「ご勝手に」と、鼻を鳴らしての仏頂面ではあったけど

何処かを見ていた視線の端に私が入ったのを確認して満足する


今日のところはこのくらいで良いだろう


直に、私の事が気になってしょうがなくさせてやるんだから


にひひひひひ…






本当に厄介だったのは次の日からだった


やーまーしーろーっ


やーまーしーろー…


廊下の先、階段の下、扉の向こうから

事あるごとに名前を呼ばれ、なんでも無い話をしては去っていく

そのうちに、気づけば私の視界の端にいるようになり、目があう度に愛らしい笑顔を向けられた


堪らなかった…


元より、人付き合いの悪い自覚はあるが

だからこそ余計に向けられた好意が暑苦しい

どれだけ冷たくあしらっても、なついた子犬のように纏わりついて離れない


「いい加減にしてくださいっ」


そう、声を荒げた事もあったが

それでも彼女は平然と平気な顔で、いつもの愛らしい笑顔を浮かべながら


「好きな娘に好きって言うのは悪いこと?」


なんて、小首をかしげて見上げてくる



分かってる、分かってはいる


彼女はあくまで、扶桑姉さまとの関係を認めさせたいだけだって

それでも、向けられた好きという言葉に、ざわつく心を抑えられない自分もいた

もののついでだと、言われて当たり前なのに、そう言われるのが怖くなってきていた





「ねぇねぇ山城」

「はぁ…なんですか」


懐っこく名前を呼ばれて、これみよがしに溜息を返して

そんな事も気にせずに、笑顔で とっとこ 近づいてくると、手前で足を止める彼女


「次の演習なんだけどねー」


仕方がない


仕事の話ならあしらう訳もいかず、そんな事にも気づかずに


一歩…


自分から彼女へと距離をつめ、広げられた資料を一緒になって覗き込んでいた




「まぁ…」


その光景は驚くほど扶桑の目を開かせた


山城が自分から人に近づいて行っている


まして、いくら窘めても邪険に扱っていた あかねちゃんに…


私も、ああだったのだろうか…


仲良くなるって、そんな前提を飛ばして、気づいた時には彼女を好きになっていた


いや…


良くも悪くも、好きにさせられていたのかもしれない


「ほんとうに…変な娘ね…」


もしかしたら止めるべきだったかもしれない

妹に変な虫がついていると、そんな風にも見えたから


けれど…


きっかけになればとも思う


人付き合いに消極的な山城が、彼女を通してでも、少しでもと


老婆心かしら…


年をとったつもりはないけれど、山城に気づかれる前に、見ない振りをしてその場を後にする扶桑だった






「15時ぐらいかしら?」

「13時でしょう…」


がちゃり…


執務室の扉が閉まると同時に、あかねと旗風がそれぞれに時計の針を口にしていた


「どうしてそのように?」


見送った山城の性格を考慮すれば、そこまで時間は掛けないだろうと早めの時間を口にした旗風ではあったが

どうしてか提督は、その見積もりよりも たっぷりと時間を掛けてきた



どうということはない話


非番の山城が出かけるというので、ついでにケーキを買ってきてと お願いをした提督

意外と言えたのは、二つ返事なながらも山城がそれを了承した所だろうか?


それを指摘しようものなら きっと「別に…鬱陶しいだけだし」だとか言うのでしょうけれど

少し前の様子だったなら「お断りします」とか言いそうなだけに、その進歩は目覚ましい



「そうね、旗風の言うことはきっと正しいわ」


時計の針を眺めながら、あかね が思いを巡らせる

その視線は時計の向こう側に、山城の背中を追いかけて、ある願望を見つめているみたいだった


「せいぜい早めの昼食を取るくらいで、さっさと用事を済ませて帰ってくるんでしょうね。あの子は…」


それを楽しげに口にする あかねに、そこまで分かっていながらと、やっぱり理解が追いつかない

そんな私を見かねたのか「願望よ」と、答え合わせのように1つ指を立てている


「たかだかケーキ1つよ? そんなんでも悩んでくれたら嬉しいじゃない?」

「適当な詰め合わせで良いじゃないですか、そんなもの…」

「それを春風に渡せるなら認めてあげるわ」

「…」


流石に、言い返せなかった


つまりはそういう願望なんだろう


好きな子が、一生懸命に、悩んでくれた


それで苦手なものが出てきても、この方なら笑顔で受け取りそうな予感はある


いや、ちがうか


「好き嫌い無さそうですものね、司令は」


たとえあったとしても、その瞬間から好物に変わっている


「もちろん。旗風の事だって大好きよ?」

「そりゃどうも…」


そんな話はしていないのだが、あからさまに向けられた好意を雑に受け取る旗風だった






旗風の予想は概ね正解だった


用事も済ませた山城が早めに昼食をとり、嫌々ながらもケーキ屋さんの門をくぐる所までは


「あれ…」


ショーケースに並ぶケーキの数々

定番から、変わり種まで、彩りも鮮やかで目移りもするくらいに興味は惹かれるけども


何かを忘れてしまったように、山城の食指は動くこともなく止まってしまっていた


一番人気だとか、新商品だとか、オススメだとか、色々と書かれてはいる


けど、そうじゃない


じゃあそれで、なんて言葉は思いつかず

声を掛けてくる店員から一旦離れて、遠巻きにショーケースを眺めている山城


「あいつ…何食べるんだろう?」


買って来いって言ったくせに何も言わないんだもの、選ぶ方の身にもなれっていうのに


ショート、チーズ、チョコレート…この辺りなら外れない、けど、当たりもし無さそうだし

なんだったら、ちょっとお高くて、お高く止まった派手めな奴とかでも喜びそうだけど



なんにも知らないのね…私…


思えばそうだった


馴れ馴れしいと距離をとって、お姉さまに出した手に噛み付いて


結局は私の意地


肩肘を張らずに見てみれば、それ以外にアイツを嫌う理由が見つからなくて


そもそも、嫌えるほどにアイツの事を分かっちゃいなかった



だってほら、ケーキの好みすら分かってない


どれでも良いとまでは言わないけれど、きっとどれを選んでも喜んではくれる


それは…それで嫌だった


一番喜んでもらえるものはなんだろうと、そればかりを考えている


「一番って…そんなの…」


呟いたのは諦観で、一体私は何を諦めて、何と比べていたんだが…




「贈り物ですか?」

「ち、ちがいますっ。ただのお土産だから…その…」


ようやく声をかけた店員さんに、見透かされるように笑われてしまった





そして、ぴったり15時


山城は執務室の扉を開いていた


もしこれが、彼女の予想通りと知ったのならば、意地を張って時間をずらしただろうけど

何も知らない山城は、概ね彼女の願い通りの行動を取ってしまっていた


「おかえりなさい山城♪」

「…」


笑顔だった


むっちゃ笑顔の提督に迎えられた


「おかえりなさい山城♪」


わんすあげいん、もう一度と笑顔を向けてくる提督に


「…た、ただいま…」


重たい口が、ぶっきらぼうに言葉を返す


だってしょうがないじゃない


言わなきゃずっと繰り返すつもりなんだもの

そんな顔をしている以上は、おとなしく口にしてしまったほうが…


それで満足したんだろう


私と目があった視線はそのまま下へ逸れていくと、手元のケーキの箱に夢中になっているようだった


「それじゃ、扶桑も呼んでお茶会にしましょうか」


ぽんっ


1つ手を叩いた提督が席を立つ


「…」


柔らかく響く音は、それでも私の頭を揺さぶるようだった


差し出したケーキ。その箱を、放り出すように手を離した

幸い、机までの距離は遠くなく、中身が崩れることは無さそうだったけれども


回れ右


「結構です。私はお邪魔でしょうから…」


自分の吐いた言葉に驚きながらも、飲み込むには遅すぎて

たとえそのつもりだったとしても、結局その通りに執務室から…彼女から逃げ出していた




「…思ってもないことを」


力なく閉じた扉を見送って、旗風が何処か呆れたように言葉を漏らしていた


「あら、人のことは言えなくなくない?」

「…存じません」


澄まし顔


素直じゃないという点に置いては、どっちもどっちだとは思う


そんな彼女の横顔に、愛らしさを見出して

なんならいつ誰が来るとも知れない執務室で、事に及ぶのも楽しそうではあったけど


「まぁ、お預けね…」


何が、とは聞かれなかった

いや、普通ならお茶会の話なんだろうけど、悩ましげなため息がそれを否定しているようでもあった





鎮守府の外れの桟橋


とりあえずで整備された場所でしかなく、言ってしまえば滅多に人のこない様なそんな場所


良く言えば静かで、悪く言えば物寂しい


ただ海を眺めるにはちょうど良くて、一人になるには都合が良かった


「はぁ…不幸だわ…」


吐いたため息はどこ吹く風と消えていく


だが、不幸だなどと嘯いた所で自分の失態を取り消せる訳もない



不満があったとすれば、提督が扶桑お姉さまの名前を呼んだこと


勘違いをしていた


提督が私に優しいのは、私のことが好きだからなんかじゃなくて

ただ、扶桑お姉さまとの仲を私に認めさせたいが為


最初からそう言っていた


許可は取るものだと、堂々と言われてもいたはずなのに


「勝手にすればいいじゃない…」


誰が誰と仲良くしてようが私には関係ないのだし


そう吐き捨てたなら


残った不安は、自分が再び一人になることだけだった



「やーましろっ」


掛けられたのはいつもの声


いや、何時もと言えるほど過ごした時間は長く無いはずなのに

鬱陶しいと振り払っても纏わりついてきて、それにも疲れて無視を決め込んだら調子に乗るし


「何ですか…」


結局、仏頂面でぶっきら棒にでも返事を返した方が早かった


振り返りもしない、振り返りたくもない


どうせ笑顔でそこにいるのは分かっているのだから、あまり合わせたい顔ではない

なんだったら、その瞬間にでも言わんで良いことを口走ってしまいそうだった


「なに? はこっちのセリフよ」


そうして、了承も得ずに人の隣に並んでくる

手が届く距離、肩が触れ合うほど近く、横を見れば顔色だって伺えそう


「別に、私のことなんて放って置いて。扶桑お姉さまとお茶でもしてれば良いじゃないですか」


良かったですね、お墨付きですよ


なんて、思ってもない言葉で締めくくり、事さらに彼女の方から顔を背ける


「思ってもないことを…」


聞き流せばよかった、いつもの軽口だと無視も出来たはずなのに

その呆れたような物言いが、どこか癪に障ってしまう


「あんたに、私の何がわかるってんですか」


苛立たしげに問いただして、それこそ呆れられそうなのに


「は? 分かるわけ無いでしょそんなの?」


それどころか開き直られて、その態度に余計に苛ついて


「そういう山城は私の何が分かるの?」


だったらと、放って置いてと、噛みつこうとした口に手を突っ込まれた気分だった



分からない


そりゃ分からないわ


ケーキの好みも知らない相手の何が私に分かるっていうのか


「でしょー?」


迂闊


なにも言わない事を肯定と受けられて、得意げな笑顔に覗き込まれていた


「だからさ、一つ教えてほしいのよ?」


そうして、その笑顔を傾げると、私が放っていったケーキの箱を掲げられた


「私はどれを食べれば良いのかしら?」



「どれって…」


掲げられた箱、広げられた箱の中を見せつけられている


喧嘩腰に発した幼稚な言葉は完全に流されて

言われるままに買ってきたケーキの前に、気恥ずかしさを隠しくれなくなる


「別に、どれでも…」「嘘ね」


被せるように繋がる彼女の言葉


私のことなんて分からないと言ってたくせに、そこは断言をするという矛盾に答えるように


「だって、どれでも良いって人は、あれもこれもは買わないでしょう?」

「それは…」


そうかも知れない


どれでも良いと興味が無いのなら

ホールケーキを適当に切ってもらえばいいし、じゃなくても全部同じのを選べばいい


そうはしないのは、選ぶことに意味がある場合

自分が選びたいだとか、選んで上げたい相手がいるだとか…


そこから先はきっと勘でしかなくて

判断基準は自分の欲望でしかなくて


私が彼女の為にケーキを選んできたと

そんな期待を貼り付けて見つめてくる視線は、プレゼントを期待する子供みたいで



「…それ」


箱の真ん中


これ見よがしに鎮座しているケーキを指差した


言ってしまえばフルーツタルトの類


見た目にも鮮やかで、華やいでいて、楽しいそれは…なんとなく彼女のイメージに合う


反面


好色家な彼女への軽い嫌味も込めていた


「ははーん。つまり山城は私のことをそう見てたわけだ」


したり顔で浮かべる 歪んだ笑顔


なんなら気づかれたかと、それをネタに何を言われるかと身構えながら

素知らぬ振りで「なにが?」とその先を求めてみると


「このフルーツタルトみたいに、綺麗で可愛いって言いたいのねよねっ、分かるわ」


いや、分かってはいたが


分かっているだけに、ことさら言葉が出てこない


前向きを通り越して、自分の都合の良いように物事を捉えられる その心持ち


「生きやすいもんよね…羨ましいわ」


吐き出した吐露は嫌味が半分で、それでもやっぱり羨ましいとは思ってしまう


私もそんな風になれたらって



「そんなの簡単よ」


そう言い切った彼女が、いつもの笑顔で私を見つめていた


「やりたいことを、やりたいように、やりたいだけやればいいの」


大見得を切った後、差し当たってはとケーキの入った箱を掲げられる


「とりあえず、二人で食べましょう?」


見透かされたような気がしていた


一緒にではなく、二人で二人っきりでって…わざわざそんな言い回しをされた気がするのは


期待していたっていうの? 私が? こいつに? こいつと?


思う所は勿論ある、全てに頷けたわけでもないが、認めないでいるのは わがままが過ぎる気もする


けれどそれ以前にだ


「うふふ、山城のいちごをたべちゃおうっかなぁ…」


フルーツタルトの上から剥がされた いちごに彼女の唇が触れている


赤と赤


優しい口づけを重ねる反面、蛇のような舌なめずりが艶めかしい表面をなぞっていく


いやらしい、いかがわしいと、そう口にしようものなら「山城のえっちー」とか言われそうなのは明白で

それでも、この品性の欠片もない行為を止めさせようというのなら


べちゃ…


その口を塞ぐように手のひらを押し付ける


肉が潰れる感触が、固い歯の上に広がっていくのが透けて見えるようだった



溢れる果汁が、涎のように頬を伝って襟首を赤く滲ませていく

不満そうに声を漏らしながらも、唇をなぞる指先は何処か手慣れていて


ちろり…


小さく伸びる舌が指先を舐め取る、そんな所作でさえ艶めかしく見えて視線をそらす


あざとい、というよりは めざといのか


そんな私を見つけた瞳が愉しげに細まると、音もなく顔を寄せてきた


「ねぇ、知ってる?」


くすぐるような吐息と、撫でるような甘い声音


耳元で囁かれる声を振り払えずに、どうしても意識がそこへ持っていかれてしまう


初めてのキスの味


したこともないのに、分かるわけはないと、そう思っていただけに



ちゅっ…



「…っ!?」


慌てて彼女を引き剥がしてさえ、脳裏にこびり付く甘酸っぱさ


「あははは、山城ってば、いちごみたいになってる」

「なっ…ななっ…!?」


それはそう、いちごだもの、こんなものいちごの味でしかないのに

分かっていても胸の高鳴りを止められないでいた


一方的に熱くなる顔を隠すように口元を手で覆い

触れた指の感触に、彼女の唇の感触が重なって、考えないようにと意識を逸した分だけ思い返して混ぜ返して



白状すればパニクっている


突然奪われた初めてよりも、それを拒否しきれていない自分に戸惑っている


白状すればパニクっていた


最近は憎からずには思っていたけれど、此処までされて寧ろ嬉しく思っている自分に戸惑ってもいた



悪戯の成功した子供みたいに笑う彼女


屈託もない、満面の笑顔


ただ笑う彼女を見てられなくて、眩しさからか顔を隠しながら後ずさって


一歩、二歩…


「あっ…!?」


突然、体が傾いた


気付いた時には遅かった


滑らせる以上に足元がなくなり、ふわりと浮いた体は一瞬で落ちていく


「山城!?」


慌てて手を伸ばしてくれる彼女


放っておけばいいのに、むしろ濡れ鼠になった所を笑ってくれても良かった

だって艦娘だもの、濡れるのには馴れてるし、それで少しは頭も冷えるんじゃないかっても思ったし


それでも私は…


落ちる間際の、走馬灯にも思える僅かな瞬間

伸ばされた彼女の手に、思わず縋ってしまっていた





1つだけ嘘をついた


それは、私の事なんて分かんない、そう言っていた あかねの言葉が真実だと頷ける


ケーキ箱の中身


本当は、全部 あかねの為に選んだものだった


どれかわからないのなら、それっぽいのを片っ端から、皆の分だなんてもっともらしい言い訳にも手伝わせて


それから、箱の開けた瞬間の あかねの視線が一番長く止まったものを指差しただけだった

あるいはと、ビターな大人のチョコケーキみたいなのも差し込んでみたけど

それこそ的外れで、素直に賑やかなフルーツタルトを選んだのは彼女らしいとも言えた



夢を見ているんだろう


布団に入った事までは覚えている


偶々目が覚めかけていて、ぼんやりとした頭の中で今日のことを思い返していた


あの後二人で海に落ちて、なし崩し的に二人でお風呂に入って…


ケーキ…海に落ちちゃったな…


不幸…いや、それを不幸のせいにするのは無責任か、あれは私の不注意で




罪悪感、なんだろう、胸が締め付けられるようなもどかしさ

それにつられて目を開いていくと、私の布団の中に私以外の体温を見つけてしまった



そこは、まあ、良いのかも知れない


夜這いにしろ、朝帰りにしろ、あかね が自分の部屋で寝てることの方が少ないという評判だけは聞いていた

なんなら、実体験をする日が来るとまでは思っていなかっただけで、こいつがいる事自体を不思議には思わない


今更だ、私ももうそこは譲るし、布団の半分くらいは良いとしてもだ


「何をなさってるんですか…?」


余りにも理解できない状況は、寝起きの口を改めさせる程だった


「…何をしているのよ?」


その不思議そうな声音はそれ以上に涙ぐんでいて

熱っぽい吐息が首筋に掛かる度に、心中穏やかではいられなくなってくる


こう、なんだろう…?


遠慮なのか配慮なのか

改めて自分の体を見回して、まったく手を付けられてないのに安心する反面


それはそれで対応に困る


決してして欲しいとまでは思わないのに、それで済まされるのは納得がいかない


意地っ張りなだけかもしれない、彼女を海に引きずり込んだ罪悪感も確かにある

それが、おぼえたての愛情と好奇心を取り違えただけの稚拙な情動だったとしても


「もう、良いんですか…?」


直接は言えなくても、わざと伺うように言葉を掛けると


「まぁ、山城が起きるかもってドキドキを楽しんでただけだし、ねぇ…」


残念と言えば残念だと、あっけらかんに言ってのけられた


蹴り出されるとか思わなかったんだろうか?

強欲が過ぎる。余りにもアブノーマルな嗜好に口を出すのも憚れるが

確かに そういう あかねからは店じまいの空気が漂ってもいた


ただ…


それでも何か思いついたのか、掲げられた第2ラウンドのお題目は


「お互い気づいてない振りをするってのは?」

「聞かないでください」


即答した


何を嬉々としているんだこの女は


流石に付き合ってはいられないと

布団を被り直して、丸めた体の内側にだけ聞こえるくらいに ぼそぼそと


「…二人でっ、てのは…ないんですか?」







翌朝


目を覚ますと一人っきりだった


冷えた布団に人恋しさを覚えると、昨夜の記憶が脳裏をかすめていく


いっそ夢だったほうが良かったのか


一旦落ち着いてみると、どうしてこうなったのかも曖昧になっていく

だからといって後悔があるわけでもなく、たしかに自分が満たされていた事だけは実感出来ていた


起きよう…


残るまどろみを振り払って、億劫にパジャマを脱ぎ捨てる

といっても、ほとんど脱げていた様なものに対して手間取らず、そのまま強引にシャワールームに体を押し込むだけだった





なにかしら?


廊下を歩けば、もちろん他の娘達ともすれ違って、そこそこに挨拶も交わすんだけど


そう…


おはようを言って、すれ違う瞬間かその手前くらいか

個人差と、言って良いのかわからないけど、程度の差こそあれ

皆一様に何かに気づいた顔をして、頬を染めているように見える


考えすぎか…そう思っても、拭いきれない疑問を抱えたまま執務室の扉を開けていた


「あっ」


扶桑お姉さまだった


扉を開けると、あかねに一礼をして退室しようとしている所だった


自ずと目が会い、おはようございますを言うその前に

気づいたなにかから逸した横顔は、羞恥に染まっているようにみえた


「なんですか?」


流石に無視も出来なかった

他の娘たちならともかく、扶桑お姉さまにまで そういう態度を取られては看過もできない


「ううん。良かった、わね?」

「はい?」


何とは言わず、逃げるような遠回しの言葉に首をかしげていると



「…匂い、かと存じます」


あかねの傍に控えていた旗風がつぶやくと、未だ合点のいかない私に向かって扇をはためかせた


朝日のように明るい あかねの髪が、扇に煽られて揺れている


わざわざ匂いとまで言われて、言われるままに煽られた風に鼻を鳴らすと


「あっ…」


おおよそ、他の娘達と同じ反応だったかもしれない

違った点と言えば、染まった頬の色が赤ではなく青だったこと


「司令官様は、毎朝と皆様と顔を合わせますから…」


仁王像…というほど厳つくもないが、旗風の反対側で春風もまた口元を緩めながら答え合わせをしてくれた


つまりだ…


私と同じシャンプーを使った あかねが日課のごとく 女遊びをした結果

始めは、シャンプー変えたのかという程度の認識は、程なくして昨晩私の部屋にいたという結論に変わったわけだ



「旗風」


山城が小さく彼女の名前を呼ぶ


それだけだったとしても、姉を取られたという嫉妬心は二人を結びつけていた


「よろしいので?」

「よろしいのよ…」


変わらない表情のまま嬉々として、座っていた あかねの肩を抑えた旗風


そうなれば簡単だった


この距離、その状況で、いくら あかねでも逃げ切れるとも思えない


「随分な挨拶ね」


挨拶もそこそこにと、ため息をつく あかね


人間大にまで圧縮されてるとは言え、戦艦の主砲を前にしての余裕は流石とも思うが

こいつが単に図太いだけなのは、短い付き合いの中でも十二分に知っていた


そしてそれは、往々にして出処の分からない自信から来ていることも


なんなら、私が撃たない確信でもあるのかも知れないが


「安心して、あんたを殺して私も死ぬから」


その自信を信用するでもないが、割と本気で引き金を引く気ではあった



愛が重い


だが、それはそれで喜ばしい


扶桑にべったりだった依存心が、こちらに傾けられたこと

自分が愛されてるという実感は何より誇らしいものだ


しかし極端だな


振り向ける愛情が1か0しかない感じだ

勿論、山城だって扶桑の事を忘れたわけでない無いだろうが

心中まで望まれるほどには、優先順位が逆転してしまっていた



眼窩の様な主砲の穴が私を見下ろしている


怖い怖いと嘯いてみても、ぶれない照準は今か今かと息を呑むように発射の合図を待っているみたいだ


旗風も巻き込む気?


しかしその命乞いは無意味だろう


「一緒に死んで差し上げますが?」


いつだったか、戯れに聞いた時の旗風の答えがこれだった

殺した責任は取ると、地獄まで来てお世話をしてくれるらしい


それなら安心だ


死んでもひとりじゃないというのは安心して開き直れる


どうせだもの


生きてるうちにしか出来ない事は、きっとまだ多い



とんっ とんっ…


ペンを置く、書類を纏める、神風が立ち上がる


その時点を持って私は勝利を確信した



力強く捕まれる私の首根っこに、子猫が覚えるだろう安心感を想像しながら引きずられていく

物の序でと、困惑している山城までも捕まえると


「邪魔」


最後に一言浴びせかけ、そのまま外へと放り出された





「不幸だわ…」


そう言わざるを得ない


こいつと関わりだしてから この方落ち着く暇がない


寝ても覚めても私の何処かに居やがるし


姉さまだけを追いかけていれば良かった日が随分と遠くに感じられる


「そう言ってられるのは、山城が幸せだからでしょ」


放り出されたことも感じさせずに、立ち上がる あかね


それが何かを言っているのはわかるんだけど

それ以上に、手を広げた彼女に制服の袖を通しながら、甲斐甲斐しくも身なりを整えていく旗風の姿の方に視線が言って止まない


「は、はたかぜ?」


堪らずに声をかけてみるも「なにか?」と当然の様に首を傾げられてしまう

これがさっきまで、堂々と共犯者をしていた娘の言動だとは思えなかった


「どう?」

「麗しく存じます」


白い制服を着こなしてみせるあかねに、畏まった旗風が そっと傍に寄り添っていた


「じゃ、行ってくるわ山城」


軽く手を振り、廊下の向こうへと歩いていく背中を呼び止める


まだ


聞いていないことがあった。ていうか誤魔化されてはたまらない


「私が幸せってどういう意味よ…?」

「そんなの…」


簡単よって彼女は笑う


いつものように、明るく、賑やかに微笑んで


「私が居るじゃない」


見送りの言葉を掛けるどころか、空いた口が塞がらなかった


自信の出処が分からない


あいつが居ることでどうして私が幸せだってのか


しかし、思い返すほどに濃くなっていく触れ合いは、一夜を境に一線を越えてしまっている


「うそつき…」


だったら答えて欲しい


私が幸せだというのなら


いま、覚えている寂しさは一体なんだってのか



ーおしまいー



後書き


最後までご覧いただきありがとうございました
艦娘可愛いと少しでも思って頂いたなら幸いです


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