2019-10-22 01:56:24 更新

概要

つ´・ω・`) ハーメルン用に小説として先行投稿品。未完状態や最新タイトルが変わることもある。本作は本格SF軍事ミステリー小説を目指しています。読み手に展開予測されたら負けだと思うレベル。

ノシ´・ω・`)つ どうなるか分かった人は、コメントでネタバレ突っ込んできてもいいけど、終盤まで行かないと無理だろ。現在の進捗率は20%以下だと思われ。軍事考察ガチ筋とかいれば、ガタガタ言いに来てもらえると色々修正出来て助かります。


前書き


ノシ´・ω・`)つ 本作はリアル系スペースオペラSFです。エドモンド・ハミルトンのシリーズ物くらい頑張れるといいなと思ってます。ロストユニバース・艦隊これくしょんは知らなくても問題ないです。むしろ、艦これは、知らないほど楽しめる仕様です。


つ´・ω・`) エタりださないように調整が済み次第こそこそ投下していこうと思っています。先行配信は、SS投稿速報内にあります。

つ´・ω・`) 軍事キャンペーン面で、んん?ってなるところは、バカSF映画とでも思ってご理解ください。南方方面での銀輪作戦展開など、なるべくそれっぽくは頑張ります。



ロストユニバース×艦隊これくしょん

    ,、 _. -lヽ- .、
   メ ヽl : : l、 ヽ: : ヽ
  . /: :ゝ ヘ: : :l  ヘ: : ハ
 〈 : / ´ ヽ :l ` ∨:.l: :l
  ヽ:l == \ヘ == l: :l : l
  ' l    `ヽ ー-l: : l : l
   l:ヽ  ー'ー'_ ィ: : l: : l
   l: : :,'´ テ弄彡l `.:l: :.l
   l: :/メ,ィ ゙Y' ハ ヽ:.l: : l

 「今回は、わたし悪役かぁ・・・」
 

※ロスユニのサントラっぽくサブタイトルを英語に改めました。

01 Prowling Bullet Star
02 Comets from Beyond
03 Fortune Ship-Girl “Yamashiro”
04 Power Landed the Ground
05 “Male” Alien on the Beach
06 A Moon in the Silence
07 Tiny Successore
08 “What say you?”
09 Concealed 5th ship of the “Takao-class”



01 Prowling Bullet Star




――全銀河に悪夢を


――宇宙には静寂こそ相応しい





【【10の惑星を周回させ太陽系モデルの天体が並ぶ、自治区。人類が入植をしてからすでに、数百年が経過している。この星系に限り、目まぐるしく宇宙船が往来することはない。静かに星々が規則正しく巡っているだけだ。】】




恒星を中心に周回する色とりどりの惑星たち。暗いステージに、超高速で奏でられる星々のダンスがそこにはある。


来訪者は突然に表れた。


突如空間が紅色に歪む。


それは複数の傘雲のようにダンスする宇宙を飾った。


白い雲と青い海が作る鮮やかな惑星に向かい。やがてそれは紫の渦に変わり、爆発と共に渦の中心から一隻の白い双胴型宇宙船が吐き出される。


白い塊は、後方に彗星のように黒く尾を引いている。煙を吐きながら、全体が三次元方向にクルクルと回転している。赤い火が前後の回転を抑えるように塊の後方から等間隔に吹き出している。


前方向の回転が収まると、白い船体が星の海に浮かび出てくる。進行方向に向けて後方に、青白い尾が船体の後部に六基ほどある噴射口から伸び始めた。


しかし、横軸のスピンが収まらずに全体的にクルクルと回転を続ける。回転に合わせて、日の光を受け、暗い海の中で白い船体がキラキラと流星のように瞬く。





「アビオニクスは?!」手早く操縦席横のバーを引き、白い船の側面から蒸気のような霧を小刻みに噴き出し回転を抑制する。彼の表情に焦りが浮かんだ。オレンジの髪を抜け、額から垂れる赤い血が、上がる体温を冷やし心地よくすら感じられる。


コントロールパネルを操作し、各種推進装置の状況を手動で確認する。エンジンの効きは悪く、進行方向に対して、わずかに傾斜しているようだ。船体の回転に合わせて、遠心力が気持ちの悪い重力を作り始める。


船側面から蒸気が噴き出し、姿勢が安定を始めたようだ。


前後の回転を落ち着かせると、進行方向に向けて、姿勢が安定する。加速は収まっているため、縛りつけるように止められたベルトが僅かに隙間を作る。


「エンジンリバース」船内は照明が落ち、異常なほどレッドランプが鳴り響いている。視界が赤く、黒く、交互に変わる。船内が超高速の加速に耐え切れずに、ギシギシと鳴り響く。


双胴後部に直通する2基の大型エンジンと、船体中央部の管制室後方に四点設置された補助エンジンが一斉に光を放った。


後部エンジンにカバーが付き、逆噴射。プラズマ・ニュートリノ・エンジンが生む青白い光が、進路方向にクラゲの触手のように力強く数本の尾を生んだ。


急減速により船内がギシギシと金切り声を上げる。船体のダメージにより、重力管制装置が十分に機能せず、激しい衝撃が居住区の家財を揺すり損傷させていく。





三人分の操縦席があるこじんまりとしたスペースに彼一人が座る。逆噴射による反動で彼を肩から支えるベルトに体が食い込んだ。オレンジの髪が揺れ動き、ほほを伝う血が前方に数滴飛び出す。



ケイン・ブルーリバー


オレンジの髪に、二十前後の甘いマスクの若い男性。

背は高く180cmほどでスラっとした体型。


瞳は透き通るように青く、深い。


しかし、そのセンスは僅かに常人とズレているようで、昔のガンマンのような服装に黒く長いマントを羽織っている。ハイセンスな服装が災いして、居酒屋などで抗争の種になったことがしばしばある。



「キャナル!」彼は目まぐるしく、操縦席周辺の操作を行う。


肘置きに添うように設置されているキーボードのような装置に、指を滑らせた。船体の制御に努めるが船内に衝撃が次々と起こる。喧しく騒ぎ立てるレッドランプは最初の倍くらいに増えただろうか。


「状況検索、超高速モード」名前を呼ばれ、光と共に数秒で実体化し、彼の操縦席の後ろに立つ女性。


背が高く、透き通る緑色で腰まで伸びるロングヘア―に、ヒラヒラとしたファンタジー風のメイド服。優しく、何処かはかなげな紫の瞳を持つ大人の女性に見える。


彼女の名はヴォルフィード。


本船の管理コンピューターだ。正式名称はFCS-Canal-Vorfeedこのプログラムから派生した、ケインと共に生きてきた少女型のキャナルは先の戦闘により“永久の眠り”についてしまった。


彼女の遺志を引き継ぐ形で、ヴォルフィードもまたキャナルとしてその記録を多く反映している。質量解像型の立体映像装置が構築するヴォルフィードの姿は、彼女を開発したある研究者の、一人の大人の女性の姿を模している。


「サイシステム再接続」彼は、目を左右に忙しなく動かしながら、情報の少なくなったモニタを見続け言った。



【【サイシステムと呼ばれる機構は本船の重要な動力源の一つであり、そのエネルギーの源は人の精神力である。今の状況で言えば、エンジンへの過給機と言ったところか。】】



船体のダメージは深刻で、通常エンジンだけでは、ハイパースペースよりはじき出された速度がいなしきれない。


「了解、サイシステム接続します」彼女の前に扇形のキーボードのような物が具現化され、

その上をピアニストのような速度で全指がカタカタと滑る。


彼の横にある小さなモニタが、船全体を緑の姿にデフォルトした映像を映し出し、中心から包むように青い膜が広がっていく。画面脇に伸びる、三本のオレンジのバーがせわしなく増減を繰り返して縦に伸びて行くが、やがて画面に真っ赤な警告表示が現れた。


「出力低下。サイシステム・リブート失敗。規定値に届きません」


彼女の手には、立体化された計算尺がある。


高度処理中を彼女らしく表現しているらしい。超高度な処理もするにも拘らず、彼女はレトロな物を好む傾向があるため、時にまったくもって不必要なものをおねだりされることもしばしばあった。


彼の操縦席前のパネルに船体が表示される。映し出された船体の双胴部の先、前半分が黒く表示されていた。つまり脱落している。


後部に集中するメインエンジン部は赤く塗りつぶされており、その他の部分は黄色と赤の部分が目立つ。この状況ではどこからでも警告する非常サイレンは意味をなさずにただ、喧しいだけだ。


しかし、キャナルの状況から察するに、現状、選択肢は幾つか用意されているようだ。非常時には、彼女はその全能力をコントロールに集中させるために消滅し、音声だけになってしまう。こういったときには、彼女の愛らしい姿には少し安心させられる。


「ケイン。ここは恒星系E-7です」


彼女は司会者のように腕を動かし、操縦席の前の、前方方向の宇宙を映す大型のフロントパネルに、青く雲を持つ星の映像を拡大表示した。そこには複数の情報が惑星に合わせて表示さる。


そこには、主要都市部や大気構成。周回する一つの丸い石のような、表面が凸凹とした衛星が説明されている。


紫がかった彼女の瞳の中に、流れるように数字のようなものが縦に数十、数百と見える。姿勢制御のために高速計算を続けているようだ。


いつもならば、観光名所の一つでも教えてくれるところだろうが、今の状況では。白い小船はいま、巨大な滝に引き寄せられ向かって進んでいる。


彼女の演算装置は今、あらゆる選択肢を作り上げ、そのこと如くを自らで否定している。人の数千倍の速さでの取捨選択が船内のメインメモリのあるコアから、僅かに火花を生まれさせる。


「ブーストチップ射出!」ケインが号令をかけた。


「了解。ブーストチップ射出します」彼女は答えるように淡々と復唱し、作業を進める。


双胴船の両側面の一部分が小さく水平方向に開く。UFOのような平たい胴体に、小さな青い姿勢制御用の垂直尾翼が二つ立っている、小型の無人機が何機も排出されていく。


それらは彼の操作により後部から青い炎の線を引きつつ、船体に沿うように飛行する。そのまま、蒸気を小刻みに噴き出し相対速度を合わせて船に張り付いた。


「現在、惑星TOARUの引力圏です」淡々と事務的に彼女が言う。


運悪く、吐き出された方向が悪かった。この相対速度ならば1日以内にはあの星に墜落するだろう。進入角度も分が悪く加熱が酷そうだ。が。彼は僅かに両肩掛けのベルトを緩めた。


――助かった。ケインは安心した。


通常、地球型の惑星はリゾート地だ。


「キャナル、衛星港に非常通信を」片手を伸ばし、イスの横に設置されたコントロールパネルを慣れた手つきで弾く。識別信号を偽装しながら彼は言った。


彼の気が少し落ち着く。先の戦いで辛くも生き延びることは出来たが、彼はUG(ユニバーサル・ガーディアン)から事の重要参考人として指名手配されている。彼の仕事柄、潜伏調査なども行っているため、こういったことには手慣れている。


「回転は止まったか」本来の用途ではないが、ブーストチップと呼ばれた小型無人機を船体に張り付かせ、推進剤の補助役として活用した。推力自体は心もとないが、船体の横方向の回転を止める程度であれば十分機能する。



【【衛星港。それは宇宙連合所属の惑星にある港。大気圏突入能力をもたない安価な貨物船や、宇宙専用の個人クルーザー乗りが、惑星に降りるための連絡船を発着させている場所だ。無論、警察も常駐しており非常時には救難活動も行う。


小型艇による辺境警備隊だったとしてもパトロール船2隻も出してもらえれば、急ぎけん引してもらって、この速度過多の状況から離脱できる。費用はお負けなしの言い値でやられるため、財布の中身も相当量が離脱することにはなるが・・・】】



「ケイン」僅かに緑の髪を揺らしながら、申し訳なさそうに。彼女は呟く。


「ケイン」力を込め、再び呼ばれる名前に何かを察して、ケインも手を止めた。


「金ならまだ、ばーちゃんの・・・」隠し口座に。いや、知ってるか。こいつなら。


「ここは特別自治区です」彼女は計算尺を離さない。


「衛星港並びに、その他の港湾施設は認められません」


彼女の言葉に再び彼の顔にシリアスさが増していく。操縦席後方から聞こえる彼女の声に答える代わりに、彼はベルトをきつく締め直すと、大気圏墜落に向けて、急いで機材の確認作業に入った。


「戦略支援コンピューターのFCS-キャナルは、墜落場所の選定を勧告します」


彼女の選択肢には、惑星を回避して漂流するという案がもちろん上がったが、さらなるエンジントラブルや、辺境ゆえに救助船に邂逅出来ないリスクを考慮して、最悪船体を犠牲にしてでも、マスターの生存を最優先にするとの判断である。


宇宙は途方もなく広く、いかにロスト・シップである彼女と言えど、万能ではない。



【【遺失宇宙船、ロストシップとは、この世界が出来る前にあった、宇宙一つの文明を終わらせたほどの超兵器である。その能力は単独にして星を砕き、また、個々にユニークな特殊能力を持ち合わせている。】】



白い宇宙船は今、黒い煙を後方に引きつつ、弾丸のように素早く眼前の青い星に向かい突き進んでいく。エンジンへの負担を考慮して、青白い光は次第に力を失い、細々と減速を続けながら、慣性航行を続ける。


FCS-Canalは、その能力をフル稼働させ、TOARUを中心に公転する月やその他の惑星を利用し重力ブレーキをかけつつ、最適な侵入角を探し続けた。


船体を包むように張り付く、白いブーストチップが、小刻みに蒸気を吹き、侵入コースの微調整を行う。急速に大きくなる青い惑星の姿に、彼の背筋に冷たいものが走った。


船体から力強く青白い光が前方に生まれ、TOARU直前で最後の急ブレーキをかける。


「TOARU大気圏に突入します」


その言葉を最後に立体映像装置が停止し、彼女の姿が消えた。彼女の持つ全ての機能が全制御へと向けられる。展開されている無人機を全て、自らの腹の下に張り付かせて、喪失した先端部分の揚力分として使用する。


しかし、出力不足の減速によるオーバースピードの為、前方を映すスクリーンが、真っ赤な炎の渦を映し続ける。


「ど根性ぉぉぉぉぉぉぉうううううう!」


彼は、座席横のスロットルレバーに片手を乗せ、大声を出した。額から流れる血はすでに乾ききっている。彼のブルーの瞳が、強く炎の渦を見つめる。


「おおおおおおおお?!」


強力な上下振動の中、小爆発が起きた。船腹を支えていたブーストチップがついに空中分解したようだ。船内の振動が彼の首を大きく揺すった。船体に僅かに亀裂が出来たようでコントロールパネルからも回り込んだ高温で火の手が上がる。


「ケイン。大丈夫ですか」システムを落としているため、船内の状況があまりよくわからず、彼女の重々しく悲痛な声が船内に反響する。しかし、返答はないようだ。


「ケイン?」


「ケイン!!」


・・・・・・


・・・







02 Comets from Beyond





自然の要害。


四方を海に囲まれた、それほど大きくはない鎮守府。溶岩が作り出した地形で、3キロほどある島全体がゴツゴツしている。


そこから人力で岩を削り出し、島上部に複数の平坦な場所を作った。施設や活動は専らそこで行われている。


端的に言えば、鬼が島とでも言ったところだろうか。


島全体には低い構造物が建造されており、陸上演習用の大型の場所を除いては、岩盤を掘り進み地下に主要工房が存在する。また、防空壕も多く建設され、それは敵艦砲射撃に耐えうる深さまで掘り進められている。


出撃には、岩盤側面の石階段を下り海上のふ頭からの直接発進と、入口が岩盤に偽装された緊急用の小規模な海底ドックが存在する。こちらは敵の侵入を警戒し、小型潜航艇や艦娘と艤装がギリギリに発進できる程度の特殊ゲートである。


外装からゲートの位置特定は困難であり、主に内側から緊急出撃時のみ使用される。




「大本営より緊急入電!平文です!」


眼鏡をかけた女性が扉を力強く開け、大声で執務室に駆け込んでくる。木で作られた床板にドカドカと彼女の軍靴の重い音が響く。


防災チームとして活動していたようで、彼女の服装はいつものセーラー服基調の服ではなく、陸軍のそれに近い。彼女の両足元にはゲートルの布がグルグルと巻き付けられており、いつでも戦闘にも対応出来ると言った様子だ。


大きくダークブラウンで作られた重厚な木造りの執務机に、白い軍服を着た初老の男がどっかりと座っている。彼は近寄ってくる彼女に鋭い細目を向けた。すかさず彼女は姿勢を正し、敬礼を返す。彼女の手には書き起こされた白いフミがある。


未明に、突如観測された青白い尾を引く奇妙な隕石。


発見当初は、あまりにも超スピードの為、この星への落下はないと予測されていたが、突如それは青白い尾を引き始め、近隣の惑星で重力ターンを行った。専門家の見解では星系内に入った際に重力により加速され、何らかの物質が発火したのではないかと発表された。


にわかに眉唾な話ではあるが、各国に落下予測地点の警戒を呼び掛かけていた。当鎮守府海域も落下予測点の一つであり、各員は万一に備え準備だけはしていた。


「そなえあれば、か」


スイングバイにより減速されたそれは、どうやらこの近辺へと落下するようだ。しかし

、主要都市部に向かわなかった事だけは幸いだろう。


彼は口を水平に閉じ、帽子を深くかぶった。内容は読まなくてもわかる。あれはここに向かっているのか、と。


広いとは言えないが、最低限の機能を有する執務室。彼のふくよかな体系に似合わず、スッと立ち上がると、戸棚の下に隠された金庫を急ぎ操作する。彼の額に僅かにいやな汗が浮き出る。


「まさかと思っていたが、手筈通りにな」


白い手袋をした手の甲で額の汗を拭いながら金庫を操作する彼に、彼女は一礼をすると、避難作業をするために再び駆け出して行った。


万一直撃ともなれば地上施設は壊滅するだろう。深海航空機用に設置された複数の機関砲座程度では質量弾など到底対応できるものではない。彼は炎上倒壊する基地の映像を否が応でも想像してしまう。三十六計逃げるに如かずだ。


すでに機密文書は纏めていたため、彼は迅速に機密ファイルを皮作りのブラックブラウンのカバンに詰め込む。また、急いで執務室からサイレンの操作をした。執務室内を見回し最終点検をする。


壁に掛けられた「!すでのな」の掛け軸に目が留まるが、心苦しい想いに駆られるも、彼は少し明るめのトレンチコートを羽織りカバンを片肩にかける。


執務室から作業員たちに遅れて駆け出た。いつもは数十秒の距離が今日は嫌に長く感じられる。地下工廠への道はすでに閉鎖され入口が堅牢に閉ざされている。彼は海底ドックに繋がる防空壕へと足を向けた。


出入りのしやすさのために、二階から下りるには半ら旋状の階段がある。その先には交差するように通路があり、階段に対して直線状に木で作られた両開きのドアがある。扉はすでに大きく解放されていて、外から潮の匂いのする風が吹き込んできている。


まだ少し肌寒い、か。吹き込む風に首筋が冷え僅かに鳥肌が立つ。空襲を警戒して建てられた、背景色に合わせた深緑色の高くはない二階建ての施設。それでも年のせいか、少し体が重い。彼は急いで階段を下り外へと出た。


外へ出ると施設の屋上に避雷針のように設置されたサイレンから、ウーウーと騒ぎ立てる音が耳を傷める。彼は日差しに目を細め辺りの様子を確認する。地上はすでに退避が完了しているようだ。日頃の訓練の賜物だろう。


「防空壕でやり過ごせればいいのだが・・・」自然と彼の呼吸が早くなる。


「提督さん!」遠くの青空に赤い火の玉がはっきりと見える。「こっちに来るっぽい!」突然、防空壕から弾けるように飛び出してきた駆逐艦娘に、空を見上げながら腕を引っ張られた。



【【駆逐艦級の女性たちは、女性と呼ぶよりもその体系から少女と呼ぶ方が適正だろう。また、その身なりも軍服と言うよりは女学生の制服に近い格好だ。手足が多く露出している。戦闘には極めて不向きで、まるで半世紀以上前の正式装備のようだ。


この制服が本採用されている事は、戦闘行為の制限につながり彼の悩みの一つでもある。恐らくは、彼は杞憂と感じているが、彼女らが“動く戦艦”というオカルトな物であり、人々から畏怖の目で見られないようにと配慮されているからであろう。


彼女らが組織的活動を始めた際には、いよいよ戦局が進退窮まり、あのような学徒まで動員したと内外から大いに批判が集まった。しかし、彼女ら自身によるその秀でた身体能力が全ての疑念を払しょくした。


正確にスケールダウンされた艦砲を携え、海上を滑るその姿が撮影されるやいなや、人々から賞賛の声が上がり続ける。このころから彼女たちには堅苦しい軍服は廃され、現在の女学生の着るセーラー服のような制服が使用されるようになった。


政府のプロパガンダもあり、艦娘の名は各国に知れ渡る事となる。彼女らの活躍により、劣勢に陥っていた前線は押し戻され、敵対勢力の跳梁跋扈にクサビを打ち込む事が出来た。現在では各国との最低限の通商が回復している。】】



「あたしじゃ不足っぽい?」


黒基調の手足が大きく露出するセーラー服を着た少女が、少し白い肌色のような髪を潮風になびかせながら、赤い瞳で立ち止まる彼の顔を、頬を膨らましながら覗き見ている。


彼女はせかすように彼の白い背中を強く押し、防空壕の中へと避難を促すが・・・?


「大丈夫だ」見れば空には隕石が一つ。晴天の霹靂とはこのことだろうか。彼は深く被る帽子を少し上げると、視界を広げた。見つめる先は、あらゆる凶事を纏っているような、ひとたび見れば身震いのする火球が浅い角度で流れるように落ちてきている。


眼鏡を付けた彼女が可能な限りの重要物資を入れた大きなカーキ色のリュックを背中に背負い、建物から遅れて出てくる。彼女は扉を閉めると急ぎ施錠を行った。


しかし、彼の前で両手を広げ、威嚇するように赤い瞳で空を見ている少女の頭を、優しく撫でている彼の姿が彼女の瞳に移り込む。彼の見上げる視線の先にはあの赤い火球が上空を通過していた。


手前で小爆発のような物を起こしたそれは、降下角度を僅かに上げ、現れてから数十分の内に鎮守府近辺を通過した。どうやら、さらに南方に向かっているようだ。コースを大幅に変えたため、想定されたソニックブームの被害もない。


「綺麗・・・」施設内から防空壕へ向かう者達が足を止め、各々に空を仰ぎ見ている。


「不幸だわ」端麗な長い黒髪を持つ、巫女の装束のような服装をした女性が、赤い瞳を僅かに淀ませていつものつぶやきを口にした。


隕石が上空を通過した際の落とし物だろうか。彼女の頬近くを高速で通過した小さな物体は、そのまま土と砂利の混ざるグラウンドに突き刺ささり、僅かな煙を残して埋まった。彼女の麗しく長い黒髪が大きく騒めく。


「いや」トレンチコートに身を包んだ彼が、のそのそと立ちすくむ彼女に近づき、あやすように頭に手を置いた。「君は運がいいんだよ」優しく笑って見せる。吹き抜ける湿った潮風が心地よく感じられる。


「願い事、案外叶うもんだなぁ」しばらく空を眺めた後、彼は屋内へと足を向けつぶやいた。施設近くに存在する防空壕の入口から、艦娘や作業員たちが出てきたようだ。施設前の芝生の広場が活気を取り戻す。


「皆の無事を願ったらそれてくれたよ・・・」潮風が優しく頬をなでる。今は、無意味に騒ぎ立てるサイレンの音すら心地よい。通過した隕石の轟音が届けられるまで、多くの者が数分間。青空を見上げていた。


彼のつぶやきに、長い黒髪の巫女装束を着た女性が僅かに口を緩ませながら、彼の片腕を掴み、顔を寄せる。彼の反対側の腕には、頬を膨らませた少女が抱き付いている。


眼鏡を付けた彼女は、すがるような彼の視線を受け、困ったように苦笑いを返すと再び入口のカギを開けた。


彼や、作業員たちが施設へを戻ろうとする際に、誰もが強烈な悪寒に襲われる。彼方の空に青い太陽。あるいは蜃気楼のいたずらか、それは見る者を震え上がらせ音もなく消える。


「おい、大淀!」眼鏡をかけた女性が体を抱きかかえながらしゃがみ込む。過呼吸のように小刻みに呼吸をして、大きく青い瞳を開いている。彼の、彼女の肩に乗る白い手袋の手が振動する。


「取り乱しました」しばらく震えると気丈に立ち上がり、指で眼鏡を押すと日の光を受けキラリと光る。どうやらいつも通りのようだ。


「重いね、コレ」彼女の背負うカーキ色のリュックを取り上げ背負う、彼の膝は笑いよろけた。「早朝メニューにランニングを追加しておきますね」キリっとした青い瞳で彼女が彼を見つめる。彼は根負けしたようにガクッと首を落とした。


過ぎ去る作業員たちから、朗らかな笑い声が生まれる。直掩機のように彼の周りをウロウロとしていた赤い瞳の少女が、プクプクと頬を膨らまし彼らを追い立てる。


制海権を抑えているとはいえ、いつ敵の大規模作戦が始まるとも分からない四方が海の立地であり、その精神的負担は計り知れない。訓練を除いては可能な限り日常でありたいとの彼の方針でもある。


至近距離では軍神と畏怖される事のある艦娘たちも、この鎮守府では人との距離は近い。こう言ったじゃれ合いも日常的に行われている。


彼はズレた白い帽子を正すと、大きなリュックを背負いよろよろと建物の中へと戻っていた。翌日には「内助の功?」の見出しと共に、こっそりとリュックサックを片手で下から支えている眼鏡の彼女の写真が新聞になり掲示板に掲載されていた。





この日、二つの隕石が観測される。


一つは南方の島。もう一つは敵陣営に落下したと“観測”された。


当鎮守を通過した赤い火球は、南方方面の島に落下。


遅れて現れた、世界の全てを凍り付かせるかのような印象を植え付けた青い光の塊は。地表近辺に到達すると芯を残さずに蒸発してしまう。しかし、こちらは彗星やプラズマの類だったのではないかと、戦時下であるため深く追及されることはなかった。





――惑星トアル――



【【人類は、精神力をエネルギー源とした様々なシステム、メタサイコロジーの発見をする。精神エネルギーとの混合エンジンは、光速を超え、人を未知なる海へと駆り立てた。


メタサイコロジーにより超光速を獲得して以来、人々は、次々と惑星を開拓していった。やがて宇宙連合を発足させる。加盟していない星は、特別な環境保護モデルや、自治区として存在する惑星、企業の実験プラント惑星などがある。


惑星トアルは、環境保全を含む特別自治区である。開拓時に巨大人工衛星を周回させ、その表面を惑星トアルの素材で覆うことにより月の再現も行われている。もっとも、オリジナルの地球にある月ほど、潮汐力は発生しないが。


開拓時からの工作もあり、数世紀経過したこの星の住人達は、自分達のルーツが宇宙人であった事を、一部の星務官を除き、もはや忘れ去っている。


住人達は国家を形成し、幾度かの大規模な「内戦」を経験した。最後の致命的な内戦では、住民の滅亡を鑑み、やむなくUG(宇宙警察・ユニバーサルガーディアン)が円盤型パトロール艇によりトアルに強行着陸して首脳陣に圧力をかける。


強力な内政干渉によって、秘密裏にその内戦を終結させたことは“外の世界の者たち”には記憶に新しい。


しかし、その際に惑星トアル近郊に停泊していたUF(宇宙軍・ユニバーサルフォース)の持つ強力なサイユニットが、惑星トアルに不慮の干渉を行ってしまう。


不可解な超常現象が発生し、先の内戦により使用された艦船に酷似した能力を持つ、謎の“有機生命体”を発生させてしまった。


サイシステムの作用時にマイナスの干渉を多く受けたのか、それらは住人に対して、明らかに敵対行動をとっている。


宇宙連合は事態の収束を図りUFの強行着陸と同敵分子の排除を直ちに申し出たが、惑星トアル首脳陣は、代々続く自治権を理由にこれを拒絶。さらに、同自治区を後援する全銀河に傘下を持つ超巨大企業ゲイザーコンチェルンもまた、地球型惑星のサンプルモデルの維持を提唱。


さらに同社はこれ以降のUG、UFの不干渉と領宙内からの即時退去を強く勧告した。強力なロビー活動もあり、ついに宇宙連合は不名誉の後退を余儀なくされた。】】



こうして、住民。この星の人類は、真実を知らされぬまま、自らの保有兵器では効果の低い謎の敵との戦いを強いられたのである。


舞台はそれから

半世紀・・・





03 Fortune Ship-Girl “Yamashiro”





「提督、新しい任務が届きました」


書類にサインを入れ終わると顏を上げ、重いダークブラウンの机に乗る緑画面のモニターをみる。目線の端には机の前に立つ眼鏡の彼女がおり、蛍光灯の反射か眼鏡がキラリと光った。


昨日は防災要因として陸軍の制服のような恰好をしていたが、今日はいつも通りのセーラー服基調の格好をしている。彼女のスカートは袴をベースにしており、左右の腰元に着合わせにより多きく三角形の地肌が見えるスペースがある。


合わせて丈の短いスカート状の袴であるため、運動の際にはやはり下着が露出してしまうこともあるのだが、戦闘ともなれば服が剥けることも多々あるため、この鎮守府ではもはや些細なことを気にする艦娘は少ない。


「ふふっ」彼女の光る目に、彼の口元から思わず声が出てしまった。



【【二昔前のコンピューターのような緑画面のモニターには新しい任務が更新されている。このコンピュータの特性としては、外部への接続機能はなく基地内にある同様のコンピュータとケーブルで有線接続されているだけだ。


本国より任務を受けると、内容を受信した通信室から入力があり、それが出力されるだけの簡素な仕組みだ。秘匿性の高い任務が届けば、誰かがフミに文字を起こし、直接やり取りをするなど、本鎮守府の機密性は極めて高い。】】



「何ですか」彼女はこちらを睨みつけながら「真面目に聞いてください」その気迫に彼は姿勢を正した。彼女は怒らせると怖いからな、と。彼は背筋に汗が一つ流れるのを感じた。


「それで?」ダークブラウンの大きく重いデスクの上のコーヒーに手を伸ばす。持ち上げようとするティーカップの受け皿がカチャカチャと鳴る。今朝の新聞が悪かったのか、彼女はまだ不機嫌なようだ。青い眼光が鋭い。


「先日の隕石の件ですが」こちらに青い目を細め首を動かすと。またキラリと光る。今度はブラックコーヒーを飲んで耐えた。今日は良く光るなと彼は内心微笑む。


「南方諸島に墜落した物体を回収せよ、とのことです」彼女はいたって真面目に言った。彼女の手には書き起こされたフミがあるが、モニターには隕石のサンプルを回収せよとの見出しが見える。こちらの勢力圏内のため、お気楽な任務に思えるが。


「墜落、ねぇ」彼はジト目で、誤字ではないのかとの意味を込めて―


「お昼にしましょうか」彼女は室内を細目で見回すと、顎を上げ外へと合図した。「いいだろう、今日は何を食べようかな」笑顔で答えると、束ねた書類を引き出しにしまう。そのまま、彼は木造りの椅子に座布団を敷いただけの簡素な椅子から立った。


二人は今日の献立の会話などをしながら、階段を下りて行く。入口の木の扉を開けると良い日差しが滑り込んできた。久しぶりに早朝から3キロほど広場を走ったため、痛む膝には心地よい。


「おいおい」しばらく歩くと、途中にある艦娘達の宿舎の陰で、パタパタと体を探られる。「そこまでか」腰ポケットの膨らみや、白いドレスシューズの靴底の隙間。彼女たちは基本的に露出が多いため反復上下運動をされると目のやり場に困る。


「ええ」彼女お手製の金属探知機でさらに調べ上げた。音による機器の使用を気付かれないように、わずかに手元の光源が赤く光る仕組みだ。「軍機です」


機密の種類については、軍機、軍極秘、極秘、秘、部外秘とあるが、この鎮守府は前線に艦娘を多数保持する基地であるため、最高レベルの軍機が使用されることが多々ある。また、内地から隔離されているため、込み入った案件が訪れやすい。


彼女は手慣れた手つきで彼の全身に探知機を滑らせる。通常はあえてガードを緩くしているため、有事の際には間諜などへの相手方の油断をさそい情報の漏洩を防ぎやすくしている。


「大丈夫そうね」そういうと、離れにある食堂へと足を向けた。まさかとは思うが、執務室やその他の場所が盗聴されている事を警戒しての行動だ。


さらに、念を入れて歩きながら彼女は話を切り出す。そのほうが、雑音が混じり取りこぼしがあった場合に都合がいい。盗聴器は小型になるほど性能が下がることを見込んでいる。もし残っていたとしても、恐らくは大部分が衣擦れの音でも拾っているだろう。


彼がわざわざ食堂を本施設内に組み込まなかった事にも理由がある。


彼自身の説明では、匂いで腹がすいては士気が下がるからだと、当人は笑いながら言っていたが、実際にはこういう時の為に理由づくりの一つとしてあえて遠くに存在させていた。こういった事には小賢しくも頭のキレる男である。


「それで、内容は?」いつもよりゆっくりと歩きながら、彼は言った。


元が岩盤の為ジャリの残る道をコツコツと進む。彼は背筋を伸ばしているつもりではあるが、年のせいか白い背中が僅かに丸まって見える。


「宇宙船だそうです」僅かに眼鏡に片指を付け、彼女は至って真面目に答える。


「大国が財政難の時の目くらましかな?」彼女の比喩の意図を探ろうと彼の頭脳がフル回転する。そう。いつもの景気が悪い時のUFO騒ぎかなにかだろうと。「つまり、大本営は金鉱でも見つけたのか」なるほどと、一人納得する。


「他国に先駆け、直ちに船体のサンプルを回収ないし、破壊せよと」最新型の暗号電文でそれは届けられた。キラリっと彼女がこちらを睨む。彼の歩みが自然と止まった。


戦争相手が人外なため、常に資金難の当鎮守府では今だに印刷しか行えない九七式印字機Ⅱ型を使用していたが、どうも長距離無線利用と特務艦経由で信号が来たらしい。同盟国には解読が出来ないという事だ。


そこにはおおよその座標があり、大きくはない南方の無人島が指し示されているようだ。


「まさか」彼女も足を止め。広場で見つめあう二人。


気が付けば近海の哨戒を終え帰還してきた艦娘に囲まれていたが、別れ話でも切り出されたのかという緊迫感に押されて、誰も声を出せなかった。今朝の新聞が発端かと顔を見合わせる者もいる。


人生のうちで絶対に怒らせたくない人物ベスト3(某記者調べ)に君臨する彼女が迫真のオーラを出している。動けない、動けば殺られる。


「不幸だわ」入渠を終えて食堂に行こうとしたら、謎の人だかり。私、お腹がすいているのだけれど。巫女装束が風に靡き、彼女の乾かしたばかりの黒髪がほわほわと潮風に広がった。



【【入渠というシステムは、艦で言う所の修理に相当するのだが、彼女たちの場合には少し想像が難しい。オカルトな存在の修理となればやはりその方法も人知を凌駕する。たとえ手足を喪失したとしても、機能停止さえしていなければ入浴により修復できる。


艦娘用の入浴剤は、彼女たちの成分構成に酷似している物が使用されているようで、修復剤を溶け込ませた湯で、実際に入浴を行うことで体の回復が行われる。


エーテルだの魔力だのと技研の者は追及を放棄したが、恐らくは流体金属のように本来の原型に則って不足分を補填できるのだろう。損傷度合いや個体差により修復時間が違う事もその定着率の違いゆえだろうか。


緊急時には、濃縮された修復剤が使用される。人体に影響は少なく、腐食性も低いためありきたりのバケツなどで運用されることがしばしばある。


人体であれば、急速な細胞分裂により高い発がん性が懸念されそうなところだが、艦娘の運用顧問たる“妖精”の見解では無害らしい。問題があるとすれば、修復剤自体の生産速度で、当鎮守府では全てのオカルト技術を総動員して一日数リットルが限界である。


ゆえに通常は産出された修復剤を薄めて湯に溶かし、入浴によりダメージを受けた体を修復してもらう。訓練でも苛烈におこなうため修理が長期化する者が多く、入浴中に飽きないようにジャグジーやジェットなど多数のアトラクション風呂がある。


美肌維持のために無意味に入浴を繰り返すやからもいるのが悩みの種ではあるが、“見た目”はお年頃の容姿のため、ある程度は黙認されている。


稼働年数から考えれば、彼女たちはかなりの年齢を重ねているため、今更裸を見られた程度では何ともないが、入渠施設は基本的に男子禁制である。これはどちらかと言えば、爬虫類のように手足が生えてくるところを見られたくないがゆえだろう。】】



「何だ提督か」駆逐艦娘の人だかりの中心に提督と、キラリ眼鏡がいる。彼女は事情も分からずに背中を丸めてトボトボと渦の中心に向かい歩いていく。


「不幸だ」いつもの口癖を呟くと、モーゼの如く輪が開いた。「わ?」中心の二人がこちらを凝視してゆらゆらと近づいてくる。


気付かれた。嫌な予感がするの、足が動かない。風に靡く髪を片手で抑えたまま彼女は硬直する。その胸中には姉妹艦である扶桑が浮かび上がった。


姉さま・・・


「ちっ。進む!」彼女の赤い瞳に火が入る。「進むんだからー!!!!」鬼の山城と恐れられた彼女の本質が垣間見える。彼女の気迫が取り巻きの少女たちを後退させ、二人を差し出すかのように鶴翼の陣を取る。


彼女の赤い鼻緒の付いたヒールの底のような形状の高下駄が、地面をしっかりと掴んだ。そのまま、大声を出し両腕を広げダブルラリアットを繰り出す。踏み込みから体重と速度を乗せた、打点の高いラリアットだ!


「青葉見ちゃいました!!」手持ちカメラのキャップを外し、すかさずフラッシュが走る!


コーラルレッド。青葉は淡いサンゴ色の髪をした高校生程度の少女の見た目をしている。しかし、見た目に反して彼女のサバイバリティは極めて高く如何なる戦場でも轟沈することなく帰還を果たすほどだ。


さらに、持ち前の明るい性格もあり反復出撃もよくこなせるのだが、好奇心旺盛なうえに嗅覚がよく、事件の陰に青葉アリと揶揄されるほど、勇猛な突撃記者としての側面もある。また、擬態能力も高く、彼女の潜伏中は背景が透過しているのかと思われるほどである。


巫女姿の女性から繰り出されたラリアットは、正確に二人の顎に炸裂する。


彼は帽子を飛ばし後頭部を強打する直前に、取り巻きの少女の手がこれを支えた。どちらかと言えば意地悪な子が集まっていたので、横たわる彼の周囲に集まり、彼をニヨニヨと見下ろしている。


「ワーン」「ツー」「スリー」ダウンする二人を見て、周囲の中等生を思わせるセーラ服姿の少女達が手を上げカウントを取り、煽りたてる!!


決まった!スリーカウント!

提督轟沈!眼鏡大破!!


どちらも同じくらいの高練度であり、戦艦と巡洋艦ではやや大淀の分が悪かった。海上での戦闘であれば機動性に勝る“この大淀”には、いかに最高練度の戦艦が相手であったとしても油断のならない敵と認識される事だろう。


勝者山城!!セーラー服の少女たちにウキウキと拍手喝采されながら、自称不幸女性は食堂へと向かって行った。


「ゴルァ!!!おのれやましろぉ!!」彼女は横たわったまま、弾け飛び歪んだゴールドフレームの眼鏡に手を伸ばす。


「ゆ”る”さ”ん”!!!」眼鏡を手に包むと、ハンドスプリングのように素早く跳ね起きる。天高い太陽の元、朗らかな風を生みながら彼女が食堂へとジャリ道を駆けだしていった。





大淀については、この辺境に珍しく訪れてくれた演習相手の艦娘に、演習終了後に某記者がインタビューしたことがある。


その内容はこうだ。



片目に黒い眼帯をした高校生のような少女がアップで画面に映し出される。


「あれが巡洋艦?」記者の向けた質問に彼女が答え始めた。「巡洋戦艦の間違いだろ?」彼女は残る片目を細め状況を思い出す。「ふふふ、怖い」自然と身震いしたのか顔が震えている。


インタビューは続き、彼女の証言が記録されていく。


相手の弾薬は確実に尽き、動きを、奴は動きを止めたんだ。追い詰めたと思ったら、突然奴に攻撃が当たらなくなり、気が付いたら毟りとられていた自分の艤装で負けていたと。


彼女自身は言い訳を行ってはいないが、実際には叩きあげられた海水に紛れ、視界不良の眼帯側の目方向から、“急降下攻撃”により肉薄される。想定外の攻撃による一瞬のスキを突かれ艤装の一部を大淀に利用された事が敗因である。


「――次は夜戦で勝負だ!!」


彼女の意気込みは強く、この大淀の特性を良く理解している。演習でなければリターンマッチなど出来る物ではないが、この教訓は映る彼女をより強くしたことだろう。


――提督の検閲により公開制限――





「今日は厄日かな?」


彼は、砂が付き少し色の変わった白い服をはたきながらよろよろと起き上がり、帽子を正した。朝からのランニングもあり、節々がギリギリと痛む。しかし、彼女、あの不幸センサーは正しく凶事を識別しているようで、僅かに彼の口が綻ぶ。


「てーとくよっわーい」少女たちがワイワイと騒ぎながらも、一緒に服を払ってくれる。


「年なんだよ」壮年であるが、持久力を除けば体はがっしりとしているほうだ。彼は少しバツの悪そうに言った。艦娘と比べてしまえば、相当な筋肉隆々な者でも彼女らを本気で相手どる事は難しいだろう。


「さっ食堂へ行こうか」彼は白い歯を見せ、そう微笑むと、両手を引かれながら、皆で食堂を目指した。





「まぁ山城だな」本来なら金剛型などの高速戦艦を出すところだろう。


「高練度とラリアットか」長門は続けた。


長門の黒髪は量が多く腰下まで長い。主砲斉射後に肉薄し、近接戦闘を好む彼女には、ジャムを作る原因となる、艤装への髪の巻き込みを懸念する声は多い。しかし、彼女を良く知る者であればその心配は無用である。


不要と判断されれば、直ちにそれは自ら断髪され、必要に応じて戦局に対応する。また、お手製の秘密兵器が隠されているとの噂もある。


彼女の服装は少し特殊で、一昔前のアニメのコスプレのような恰好をしている。頭にはシカのように二本の黒い電波塔のような物が乗る。白基調の服はレースクイーンのように腹を出し、短いスカートを着用している。


彼女の上半身には鋼鉄製のようなフレームが体になぞり装着され、防刃するかのように軽装甲として機能しているようだ。このことからも、いかに彼女が近接戦に重きを置いているかが伺える。


「ラリアット航空戦艦とは胸が熱いな」


作戦室で大きな机の上に広がっている地図に、ディバイダ―を広げながら至って仏頂面で彼女は言った。彼女なりの冗談なのだろうが、その場にいた誰もがかける言葉を失う。


「急くように言われているんだろう?」その静まり返る雰囲気は彼女にはいつもの事で気にせず続ける。こういう時、頼りになる。後、彼女は口が堅いほうだ。色々と。


「そうだなぁ、隕石から未知の資源を回収しろと言われてもなぁ」作戦室に居合わせた彼は食後のコーヒーを手に持ち、大きく椅子に背もたれる。


「確かに眉唾な話だな」彼女は複数の落下予測点に線を入れる。「それに」


「未知の汚染の心配もある」手をひらひらとする。「これ以上敵勢力が増えてはかなわん」しかしその瞳は楽しそうに待ち構えているようにも見える。頼もしいことこの上ない。


――しかし

確かに、なぜ奴らが生まれたのか?

大本営はどのように艦娘を?

妖精さんのオカルト技術とは。

分からない。


そういえば、昔。

ゴシップ話に、UFOのようなものが2隻。

月の影に。


レンズの汚れだの、宇宙人の攻撃だのと、一時期話題になった事がある。結局のところ政府の公式見解として、初期の衛星だったため宇宙空間でのトラブルが原因とされた。他の偵察していた場所とデータが混同してしまった可能性もある。とも発表された。


――今回の件も何か?



「不幸だわ」彼が思考の迷宮に囚われていると、いつもの声が聞こえてきた。


謹慎カッコカリにより、作戦室に併設される執務室のソファーで出撃待機中。しっかりと食事は行い、遠目で見ても心なしか輝いて見える。言葉とは裏腹にどこか表情も朗らかだ。



「提督、作戦概要をご説明します」


彼女の目が流れ込む日の光を受けキラリと光った。どうやら方針が纏まったようだ。表向きはお気楽な任務の為、彼は作戦顧問として要所に口を挟む程度にしか参加していない。作戦室にある簡素なソファーに腰を掛けて優雅なひと時を過ごしている。


彼はコーヒーをソファーの前にある机に置くと、作戦地図の前に進み集合した。山城も彼の隣に並び立って地図を見ている。




旗艦山城。


随伴艦として最上、山雲、満潮、朝雲、時雨にて目標ポイントへ急行。

その後、僚艦は同ポイントにて待機。


山城は単独突入にて洋上から強行偵察。

水偵にて落下予定ポイントを特定の後。サンプルの回収。

実地不可能の場合は砲撃により対象の破壊ないし埋没。


なお、こちらの勢力圏内ですが、敵遊撃部隊が確認されている為

この間、僚艦は山城脱出ポイントの維持をお願いします。


以上です。




「単艦突入なんて」顔を伏せながらクラクラとソファーへ戻りドカッと座る。大きな風が彼女の黒髪をフワッと広げた。「当てつけかしら・・・」恨めしそうな赤い瞳が黒いフレームの眼鏡をした彼女に向けられる。


「山城」提督はソファーの前にしゃがみ込む。「お前にしかできない」白い手袋を外すと直接彼女の手を取りジッと瞳を見つめ上げる。「頼めない」


彼は、そっと彼女の手を握り「訳がある、隕石を無事見つけたら、開けてほしい」指令書入りの筒を持たせる。「大丈夫、お前は一番運がいい」意味深な事を言いながら作る彼の笑顔に、彼女は耐え切れず視線を外した。


「戦艦山城、直ちに部隊の出撃準備に入ります」


彼女はソファーから立ち上がると、ビッと姿勢をただし室内に向け敬礼をするとそのまま退室していった。彼の答礼は額に付き、彼女の赤い袴スカートが見えなくなるまでその手を震わせていた。


扶桑を欠いてはいるものの、かつては寄せ集め艦隊と揶揄されたその編成は、雪辱とともに部隊連携が強化されている。また、山城の区分は航空戦艦であり、航空巡洋艦最上と合わせて必要に応じて航空戦・対潜戦にも対応できる。


本鎮守府には空母が着任しておらず、現在はもっとも汎用性に富み、信頼性の高い編成の一つと言える。





「扶桑型戦艦山城!武運長久を!」


年甲斐もなく溶岩質の岸壁に作られた石段を下りてきては、出撃用として機能している浮桟橋で帽子を振りながら、彼は今日一番の格好をつけ声を張り上げた。


何度も何度も帽子を振る。出撃する、彼女たちが見えなくなるまで。波高し、されど降雨の兆しなし。大洋が作る高波が岸壁に打ちつけられている。浮桟橋を支えるように下方にある消波ブロック群がドボドボと鳴る。


出撃するとすぐに、山城、最上を中心に駆逐戦隊が四方を囲み輪形陣を組んだ。動作点検も兼ねて、対潜哨戒機として水偵を飛ばしながら、彼女たちは六本の泡立つ潮の尾を引き離れて行く。



――バカね。あんなに苦しそうに言われたら、断れないじゃない。


山城の胸中には先程の光景が思い出された。眉間にシワを寄せるように苦しみながらも笑顔を作ろうとしていた、彼の顔を。いつまでもシャバッ気たっぷりの不甲斐ない提督ではあるが。何処か憎めない。


「不幸だわ」


彼女は、出発直前に彼に付けてもらった、片胸に垂れる金の飾緒に手をかけ、嬉しそうに呟いた。






04 The Landed Power




赤色灯がグルグルと喚き散らす。


ビービー、ピーピー、フイフイと各々の部署が、まるで我こそが被害甚大と自己主張しているかのようだ。赤と黒のコントラストがクルクルと暗い管制室内を彩る中、黒い塊はゴソゴソと動き始めた。


オレンジの髪色をした彼。


額から血を流しながら、身を投げ出された椅子に手を掛けてヨロヨロと起き上がる。手は痺れるが動くらしい。あいにく足もついている。幸いにも、黒いマントが鋭利な落下物等からの被害を軽減したようだ。


もちろんケインにはそれを意図してマントを着用している意識は皆無である。これは100%純粋に彼個人の趣味から来ている。ケインの私室にあるクローゼットには常に複数の黒いマントが大切に“陳列”されている。


また、ケインのその姿を侮辱するものは、西洋の騎士のように大らかな対応をされる事はなく、直ちに彼の怒りを買うことになる。それを機にしばしば大乱闘が発生することもあった。


短絡的に行動することもあるケインではあるが、それは、祖母の教えを受け毎日トレーニングを欠かさないこともあり、それなりに体術にも自信があるからだ。


「キャナル、状況を」返事はない。基盤の焼けた嫌な匂いが充満している。空調も機能していないようだ。ケインは片手を口にあて、青い瞳を細めで周囲に伺う。


「仮想復元フィールド・・・」


音声認識による、空間に疑似的に回路を投影させることによるメインシステムの再構築を図るも反応はない。ひとまず、踊るレッドランプを強制停止させた。


――無理もないか。


奴との決戦の時、爆発に巻き込まれてハイパースペースまで弾き飛ばされたのだから。


ケインはめまいにより、暗い床に腰を付き無機質な壁に背中を付けた。サイ・コード・ファイナルを小規模とはいえ発動させ、なおも生存している事は幸甚の極みである。これ以上を望めばそれこそバチが当たるというものだ。


「ミリィを待たせているからな」


ぐぐっと痺れる体を動かす。壁を支える反対側の手を伸ばし、腕時計のような形状をしたミニライトを点灯させて前方を照らす。ケインは全身に力を込めゆっくりと立ち上がった。漆黒の闇に、時計を頂点に円錐形に伸びる長い光が前方を照らす。


この、時計の機能も持つライトは、彼の家業に大きく貢献しており、キャナルとの直接通信も出来るなど汎用性は高い。言ってみれば、スパイの秘密道具のような物だ。




――ケイン。聞こえる?


「ケイン、ケイン」か細い音声が、煙の舞う暗い通路から聞こえてきた。


「キャナル、か」姿は見えない。


立体映像装置にも深刻なダメージがあるのだろう。よろける体を通路の壁にもたれるように当て、ズリズリと前へと進んでいく。骨折はしていないようだがかなり足が痛む。ケインは時折目を細めながら、深淵の奥へと前進する。


「コアをやられたのか?」しかし、本人がいるなら修理もしやすい。助かった。


「ええ。ケイン」キャナルの音声には多くノイズが入る。「残念ながら、自己修復装置も全滅です」


入り込んだ高熱と墜落の衝撃によるものからだろう。仕方ないと言えば仕方ないが、まずはこちらの再生産からとなると、修復にはかなりの時間を要しそうだ。


「この惑星では、素材の調達も難しいようです」船体から全天観測レーダーで状況を分析するがやはり処理能力が低下しているのか。反応は遅い。


「ケイン。無事ですか?」大多数の船内センサーも焼かれ。


――もはや、キャナルには目が見えない様子だ。


「ああ。オレは大丈夫だ」


ケインは壁に手をつきながら、ススけた船内を歩く。ドントンと壁を押す様にゆっくりと進む。先程よりは状況に慣れたようだ。痛みは変わらないが、経験からもっとも動けるようにと、体が自然と動く。


キャナルは、体温の分布や呼吸音を頼りに彼の身体の判断を行った。多少強がってはいるものの、身切れなどもなく大事には至ってないようだ。よかった。


「さすが私のマスター様」少し安心したように。語尾が上がる。


キャナルとの連動により、時計に表示されている時刻が更新された。16:03を示している。


突入前のデータ通りにほぼ24時間/日であるが、オリジナルの地球に比べ重力は少ない。急場の為しっかりと確認できなかったが、少しスケールダウンした星で、自転速度も調整したのだろう。テラフォーミングはしやすそうだなとケインは想像した。


「プラズマ・ブラスト、サイブラスター、リープレールガンの使用は行えません」


キャナルは冷静に本分である状況分析を始めた。


主要武装は双胴部前面に集中しているため、復旧の長期化は容易に想像できる。ソードブレイカーは宇宙船ではあるが、その加速性能や機動性が良好なため、どちらかといえば戦闘機のように一撃離脱戦闘を得意としている。


「サイバリア、ブーストチップ、メインエンジンに深刻なダメージ。FCS-CANALにも一部損傷が見られます」


そうか。予想はしていた。と、ケインは驚くこともなく淡々と彼女の報告を聞いている。


この星の現在時刻を考えれば、それでも船内が暗いという事は重大な亀裂がないという事でありいいものだ。恐らくはかなりの胴体着陸になったのだろうが、さすがはロストシップである。


「ですが」いつもなら、指を一つ、得意げに立てて説明しているところだろうか。「仮想復元フィールド形成による、サイシステム直結でのファランクスレーザーは」


いや、あいつはまだ寝ているか・・・


「連射をしなければ使用可能です。ただし、収束率と命中精度は低いですが」


それでも星間移動も出来ないトアルの戦力から考えれば、十分な力か。ゆっくりと音速程度で飛んでくる艦砲やミサイルの類など、誘導レーザー兵器の前では意味をなさない。


「おまけはないのか?」彼はいつもの軽口を叩いて見せた。


「ありま・・」外部センサーに反応。サイシステム反応。


「ケイン!」


キャナルの全機能が瞬時に立ち上がった。


船側から一部露出しているファランクスレーザーの開閉口がカシャカシャと数個開く。


船側には水平に黒く太い線が一本ペイントされている。その線に隠れるように船体の中心より前方方向に、横に並ぶミサイルの垂直発射装置のようなそれは、紫色のガラスのレンズのようなものが個々に開く内部に見える。


脱落している双胴前部には、内側が航空機の着陸時の減速用に上下に開くフラップのように開き、電磁レール射出による各種兵装の発射装置がついていた。双胴部の内側に回り込みサッカーコートのような四角い黒線は、開閉時の可動個所を示すために塗られている。


キャナルは残る全能力をFCS(Fire-Control-System火器管制装置)に集中させた。「何か飛んできます!サイシステムよ!」痛んだチップに過負荷がかかり、回路に光が数回発生する。


「何だと!?」


まさか、ロストシップの攻撃機。この星にもいたのか。


このままでは今度こそやられる。


ケインの体内でざわざわと血流量が上がって行く。


黒いマントをバサッと動かすと、痛みを隠しながら足早に第二管制室を目指した。各所から傷口が開き血が流れ出るが、気にしてはいられない。はやる気持ちが、逆に足をもつれさせる。転倒しマントが床埃を拾い上げた。


「小さな・・・航空機?」


キャナルから探るような訝し気な声が続く。


確かにサイシステム反応は異常に小さな航空機から来ている。FCS-Canalが健在ならば、トアルの中央局から詳細なデータを直ちにハッキング出来たのだが・・・


「移動速度の遅さから、センサーの故障の可能性もあります」


ロストシップ搭載の攻撃機であれば、音速などゆうに超えている。


この小型機のような物は、光速を武器にするキャナルにしてみればどうぞ落としてくださいと言わんばかりの時速200km程度の大気速度でしかない。無論。罠の可能性も捨てがたいが。


「現在直上を通過中」


ファランクスの紫の瞳が上空の機体を追いかける。


あえて、ケインには伝えていないが。


念のためファランクスの照準だけは合わせてある。エンジンを暴走させれば、数発くらいは独力でも撃てるだろう。後の事は分からないが、それ以上に、これ以上マスターを失わせる気も起きない。


「小型機、遠ざかります」


酷くノイズがかった声でキャナルは言った。合わせて警戒レベルを最小にまで引き下げた。


「ダメね」


キャナルは酷く残念そうに小さく呟いた。やはり長時間は稼働できないようだ。「FCSを停止させライフシステムを最優先します」


直上を通過中にフラッシュのような反応を捕らえたため、活動目的からサイシステム反応は誤認であり、自己診断プログラムを走らせながら、恐らくはここの住人が飛ばした偵察機の類だろうとキャナルは判断した。


また、こちらは“来訪者”であるため、極力専守防衛に努めたい。不要に攻撃して悪い宇宙人と思われては、ただでさえ入手困難なレアメタルがさらに入手し辛くなってしまう。


直接的な戦闘が始まらない限りは、ケインの持つサイブレードのみでも十分に対応出来そうである。であるならば、ここはメインシステムの損耗とエネルギー消費を抑えるために、システムを休止させて置く事が適切と、キャナルは状況分析を行った。


「ああ、おやすみキャナル」その言葉を最後に。船内から人気が無くなる。


痛みにも慣れ歩けるようになると、長い通路を抜けそこへたどり着いた。


ケインは、管制室のコントロール装置が焼かれてしまったため、非常用のコアに直結する第二管制室を目指していた。


こちらからであれば、直接サイエネルギーを送り込み、埋まっている船体を浮き上がらせる事ぐらいは出来るだろう。また、戦闘になれば、必要な装置もすべてそろっている。個人の負担は大きいが、キャナル無しでも戦えるように設計されている。


しかし第二管制室のハッチは固い。潜水艦のようなバルブを持つハッチの扉のハンドルは嫌な金属音を鳴らすばかりで、いくら回しても動かない。まるで入室を拒まれているようだ。冷えた金属の冷たい感触が手から伝わる。


「ばーちゃん・・・」


ケインはサイブレードに手をかけた。斬り進むことはたやすい。

――が。思い留り、小さく呟くとひとまず船の外側から様子を見ることにした。





光の滑り込む通路の亀裂から外へ這い出ると、密林に落ちた事が分かった。


日が傾いてきているが強い光で、しばらく目を細める。墜落速度から考えるに、予想よりかなり小さなクレーターだろうか。キャナルが墜落ギリギリまで制御していた事が良く分かる。


ケインは片腕を伸ばし、袖口に仕込まれたアンカーフックを飛ばした。船体の上部に引っ掛ける。アンカーには黒いケーブルのような物が繋がっており、巻き上げながら船側を蹴るように登っていく。


丸く膨らむ双胴中央部の管制室上部に、ケインは意味もなく仁王立ちになり周囲を観察し始める。風で煽られる黒いマントが、バサバサと潮風に泳ぐ。


この島で生活している様子は見当たらない。


二子山のような盛り上がりがあり、その手前に貝殻状に地面があるようだ。山側ではない水平線方向には、僅かに他の島の影も見える。恐らくは島ができやすい場所なのだろう。


この島は、恐らく最初に二子山が出来、そこから少しずつ侵食して陸地を形成したのだろうか。広がる貝殻の先端には僅かに黒い砂浜のような場所も見える。全体的に生い茂る木々がかなりの年月の経過を感じさせる。


落下地点は島の中央付近のようだ。盛り上がる土の様子から、意外と柔らかい地層なのかもしれないとケインは考える。


ただ少し蒸し暑い、か。ケインの付けるバンダナに汗が溜まり始めた。荒い潮風がバサバサとケインのマントを騒がせる。残念なことに、ケインの思考回路にはマントを外すという選択肢は存在しないようだ。


全長210M 白い船体の双胴船ソードブレイカー。


慣性制御装置と強力なショックアブソバーのおかげもあり、全壊は免れたようだ。しかし、土から覗かせる部分は、やはり痛々しい。キャナルの“黒い素肌”も見え隠れしている。また双胴部分の前部は完全に喪失している。



【【ソードブレイカーの腹部には大気圏の往復が可能な小型のシャトルがドッキングされていたが、先の戦いでミリィを離脱させるために与えてしまって今はない。


しかし、ソードブレイカー単独で悠々と大気圏を往復できるにも拘わらず、わざわざ能力の劣るシャトルを保持していた事には理由がある。ソードブレイカーの高性能さを秘匿しているのだ。


超高級機能である大気圏往復能力は個人が持つには手に余る代物で、毎回この船は只者ではありませんよと宇宙中に喧伝するようなものだ。多方面から目を付けられてしまう。ゆえに非常時や、未開の惑星以外では主にシャトルを利用していた。


もっとも、このトアルのような自治惑星ではシャトルがあろうとなかろうと、外宇宙から来ている時点で只者ではないと思われるため、面倒な手順を踏まずにソードブレイカーごと大気圏突入をしていただろうが。】】



ケインは露出している船体を見ながら、顎に手を当て考える。


さて、どこから手をつけよう――



マントが回転し大きく広がった。


わずか一瞬。


何かに見られているような。嫌な気配を感じ取る。何処かに狙撃手でもいるのかと、ケインは気配の来た方角に体を素早くターンさせ、彼方の海上を眺めた。


海の上、水平線の手前に、白と赤い何かが動いている。


ケインは腰からさっと双眼鏡を取り出した。人のような物が海上に立っている。しかしその両肩には大型の砲台のような物がアームに支えられこちらに向いているようだ。


恐らくは無人兵器だろうとケインは推測した。それにしても人のような気配も持っているとはと、その高性能さにケインは感心する。


――航空機、これか。


双眼鏡に、まだらな緑迷彩をした小型機が割り込んで写り込む。やはりかなり小さい。人型の顏の半分以下の大きさだろうか。惑星の科学レベルから考えれば、少しオーバーテクノロジーのようにケインには感じられた。


人型は後方に潮を吹き、こちらに前進を開始したようだ。設置されている砲塔はこちらを狙っているとは思えないほど、照準が空に向いている。どうやらここの住人は一方的に交戦的な種族ではないらしい。


人型の上空を旋回していた航空機は、前進してくるそれの後方に回り込み、腕により後方に伸ばされた板の上に着陸しようだ。再出撃してくる様子はない。


しかし、未知の兵器をやすやすと、損傷しているソードブレイカーに近づけてやるほどケインはお人よしでもない。ならばと、ケインはアンカーケーブルを飛ばし、眼下にある太い木の枝に巻き付けた。


サイブレードのある腰に手をかけケインは思う。ミリィなら撃ち落とせたかな、と。彼の首筋に熱さから以外の汗が垂れる。


「どおぉぉぉぉぉおおおお」


ターザンのように奇声を出しながら、ドロドロとした地面に転がり落ちた。着地が決まらなかったのは、彼の身体能力から来るものではなく、この星の重力の僅かな軽さと彼の怪我の深さによる所から来ている。


火事場のバカ力のように全身の痛みが引き、ケインはスッと立ち上がると何事もなかったかのようにマントの泥を払い落とす。


「さあ、ビジネスの始まりだ!」


交渉の余地ありと見て、前方に見えた泥の砂浜を目指しケインは密林を走り出した。オレンジの髪を風に切りながらケインは不敵に笑う。






05 “Male” Alien on the Beach






「見つけたわ、“隕石”さん」


戦列から離れた山城は僅かに青さの残る洋上から、一人呟く。万一を想定して友軍戦隊は後方に下がり、水平線下に待機している。


彼方には最上から発進した白い水戦の直掩機が二つ見える。接敵している様子はなく、上空警戒だろう。


偵察を終えた山城の95式水偵が高度を急角度で落とす。海面を舐めるように飛行し帰還してきた。重低音のプロペラ音が海上に響く。


上からの攻撃を想定したカラーリングは、木々に溶け込むように緑と深い肌色のような迷彩色をしている。開けた場所で見上げる分には、逆に空の色に浮いてしまい“対象”からは目立ってしまっていた事だろう。


彼女の伸ばした腕の上に、飛行甲板のようなデザインが施された板を後方に伸ばす。水偵は後部に増設された“着艦フック”を下すと機首を上げながら緩やかに胴体着陸する。そのまますぐに格納部へと収納され消えていった。



【【艦娘発進の水上機にはフロートの投下機構は基本的に存在していない。さらに機体何れかの場所に着艦フックが増設されている。これは水上機と銘打ってはいるが、特殊作戦を除いて艦娘の持つ小さな着陸目標に着陸せざるを得ないことに起因する。


水上に待機させ潜伏させたり、フロートを使い、潮流や河川の流れに沿い漂流させながら奇襲発進する運用方法もあるにはあるが、そもそも自分自身が十分に小さいため、自らが移動し潜伏すれば良い話である。


着艦後はオカルト技術の集大成により、速やかに弓矢の矢や、その他の小道具に変態する。何らかの入れ物さえあれば持ち運びが出来るという代物だ。また、高い互換性によりその機種の取り扱いさえできれば、別の者の装備品であれ直ちに発着艦が可能だ。


空母発進の艦娘艦載機に比べ、水上機のフロートの固定装備化、着艦フックの増設により制空能力全般が著しく低下しているが、偵察・対潜攻撃などでは依然として高い戦果が期待出来る。】】



水偵が採取したデータを吸い上げると、手早く艤装から印刷を行う。木々の間に出来たクレーター部分には、隕石とは思えない人口構造物のような、白い何かが埋まっている白黒写真が撮影されていた。


――なるほど、これが真実か。


彼女は一人納得した。恐らくは軍機。あるいはそれ以上か。





「さて、不幸の手紙を見ましょうか」


山城は胸元から筒を取り出しゆっくりと開けた。並の横揺れが、彼女の長い黒髪をゆっくりと左右に揺する。崩れるほどではないが少し波は高い様だ。


砂浜へと向け巡航速度で前進しながら指令書に目を通す。


だからこその最小単位。

関係者は少人数で。かつ、高練度だから。


――つまり、本当の作戦は、未知の宇宙船の拿捕か無力化。それが指令書の内容だった。


あの人の苦渋に満ちた笑顔が思い出される。


随伴艦を下がらせているのは、攻撃を受けた場合に対処と報告がしやすいようにと。また、離脱ポイントが想定水平線以下に設定されていた理由は、相手方に発見をされないようにするためだ。


このまま日没になれば暗闇を航行してきた相手方が、圧倒的優位に立つのは明白だ。それが作戦時間の短さに反映されているのだろう。恐らくは、提督の裁量により、危険があれば距離を維持し撤退せよとの意味だろう。


未知の者に対して、彼は決して傲慢ではなかった。宇宙由来の超兵器の存在を考慮して犠牲の選択をしたのである。作戦に保険がある以上、死んで来いと言われたわけではないと、彼女の口が儚げに開く。


強い潮風が巡り、彼女の黒髪と赤い袴スカートをバタつかせている。彼女は決意を胸に両舷を全速にして接近を試みる。彼女の後方に力強く泡立つ潮のワダチが長く伸びる。


「あら?何か動いているわ」


生い茂る木々の合間から、わずかに顔を出す白いドーム状の部分。その上にカラスのような物がモコモコと動いている。


減速し額に手を当て、赤い瞳を細めて観察してみると、どうやら人のようだ。


黒い塊の上にオレンジの髪が動いているようにも見える。何処かの国の偵察隊かとも思えたが、首の下の黒い塊が彼女の考えを払しょくさせる。


反射的に背部から伸びる両肩先に固定された、小回りの利く二基の28cm連装砲に力が入った。しかし、まだ有効射程外だ。だが。


「こっちに気付いた?」


バサッと黒い塊が広がるように動く。翼のように見えたそれはどうやら黒いマントのようだ。風にながされ体から伸びている。人型のシルエットが現れこちらを向いている。


「まさか?」


遠目に見るその人間は、双眼鏡をつけるような動作をしている。勘なのか、宇宙的機器によるものなのかは定かではないが、あの位置からこちらに気付かれたようだ。


「困ったわね。会話、できるかしら」


山城の両足から再びジェットスキーのように後方に潮が噴出する。気付かれた以上は、うかうかとしてはいられない。一気に接近して森を死角に接触を試みる。海上を滑り、風を切るその姿はまさに艦娘と言われる所為だろう。



【【端的に言えば、それは超伝導電磁推進に類似した機構だと妖精は説明する。妖精いわく、ジェットエンジンのように海水を呼び込み、未知のエネルギーを利用して圧縮。その後に後方に噴射することが出来るそうだ。


またオカルト技術のお出ましだと、本部の技研の者たちは顔に手を当て話を聞いていた。さらに、その未知のエネルギーとやらは、艦娘自身の精神的ポテンシャルに依存するらしく、反復出撃などをこなし疲労が溜まると能力全般が下がるらしい。


何とも人間臭いお船様だと、技研の者たちは聞いていたが、数日後には艦娘の疲労度を測り、危険度合いが高くなると各種身体バランスの異常を検知して“赤疲労”として表示される体温計のような装置を作り上げた。


赤疲労であるから出撃を見送るという事ではなく、当事者達が置かれている状況が客観的に分かるため、無理な作戦立案を行わないなどの配慮が出来る。艦娘の中には過度に出撃して死に場所を求める者もいるため、その予防措置でもある。】】



海面を滑走しながら、山城は思案にふけった。別ポイントを偵察していた、二機目の水偵が滑走を続ける彼女から後方に伸ばされた飛行甲板に帰還する。


「偵察したの、印象悪いかしら」


決定的な証拠はないが、恐らくはあの人は宇宙人だろうと彼女は思った。理解されるかわからないが“現時点で”敵意はないと全ての砲を上げ照準を外す。するとその人は、こちらに向けて森にジャンプすると消えたようだ。


時に戦場指揮官は決断を迫られる。


作戦に宇宙人と接触しろという内容はない。進むべきか、戻るべきか。彼女はその判断の中に長距離先制攻撃をされなかったという希望的観測にかけた。彼女の片胸に垂れる金の参謀飾緒が日の光を受けキラキラと揺れる。


――仮にも戦艦。危険性があれば、自分が受け切ろうと。




それから10分ほどたち、直線上にある砂浜で。

二人は接触した。


ざわざわと波が動く。。

優しい潮風が木々を囁かせている。

日は傾き、もうすぐ夕焼けに変わろうとしている。


「こんにちは、言葉、わかりますか?」


先に切り出したのは山城だった。森を背に、砂浜に立ち、不敵に腕を組んでいる来訪者に僅かに緊張をしながらゆっくりと発音する。しかし、返事がない。“彼女は”無口なのだろうか。


少し気の強そうな顔で、彼女の背は高く180前後の身長をしているようだ。自分よりも高い。しかし西洋の魔王のように足元まで伸びる謎の両面黒マントを着用している。宇宙ファッションはなんて前衛的なのかと山城は関心した。


彼女から殺気は感じられないし、敵意はないようだけれど、きっと言葉ね、困ったわ。山城は困ったように口を閉じ歪めた。



「・・・ミタイ ミコ」彼女はぽつりといった。服装を見ている。


――巫女みたい。記憶の彼方の知識を手繰り山城はそう推測した。


「え?」何だ聞こえているじゃない。でも、英語か。


「イヤ、ナイ ミタコト。ハシル ニンゲン ウエ ウミ」


彼女はオレンジの頭をポリポリと掻きながら、何か言っているようだ。


ジロジロと全身を探るように、水に塗れ直に胸の透ける服装を見られては、たとえ同性相手とは言えあまりいい気はしない。もっとも、視線による空中戦はこちらも同じだが。


「あの、わたし、にがて、えいご なのです」彼女の靡く黒マントに気が取られ、早くて聞き取れなかった。


不幸だわ。


――やっぱり金剛が適任だったんじゃないかしら。


「ワタシハ、ケイン・ブルーリバー」オレンジのショートヘアでボーイッシュな彼女はふぅとため息を一つつくと、マントをバサッと翻し、堂々と名乗ったようだ。


「くすっ」しかし、ここでは今どきマントなんて珍しい。山城につられて笑うように、木々も風に騒めく。


「コラっ!ワラウナ!」彼女の刺さるようなブルーの眼光にキラリ眼鏡を思い出す。


彼女も怒らすと怖そうだ。


なんだか、頭から血もたれてるし、実は吸血鬼?


「ごめん。ごめんあさい。ごめ」あたふたと謝罪の言葉を並べるが。片言で伝わるだろうか。少し顔を赤らめながら山城は言うと、困ったように砂浜に視線を落とした。


ケインは、肩辺りから延びる武装が気になり腰の柄に片手をかけていたが、彼女の態度に完全に毒気を抜かれた。わざわざ、初対面の人間を威嚇しても仕方がない。それになにより、向こうのほうが驚いているようである。


やはり外界との交流はないのだろう。交渉以前の問題だ。


「ワタシハ ケイン ブルーリバー」ケインは自分を指さし再び名乗る。


「デ アンタ ハ?」彼女はこちらを指さしてきた。恐らくは名乗れという事だろう。


「わたし、です、やましろ」金剛教室で教わった通りに、山城は心細そうにつぶやいた。


「コイ ヨ ワタシト」


ケインはジェスチャーで船の方角を指し森へと歩き始め背中を見せる。ユニバーサルラングエッジが通じないのであれば、このままではラチがあかないと、キャナルに通訳をさせようと考えた。


山城は船へと案内されたのだろうかと彼女の動作から気付く。


彼女の来た獣道。水偵が偵察した方角へと目を向ける。視界不良の場所で襲撃されれば一溜りもないが、なぜか彼女に艦娘と同じものを感じ親近感から戸惑いながらも、山城は彼女の後に続く。


「どこから きた?」英語をしゃべる以上、変な格好をした偵察隊の人だったのかもしれない。山城は思い出したように一つ尋ねてみた。


「ウチュウダヨ」


彼女の指は真上を指している。


二人はそれ以降、会話と言う会話もなく森を進んでいく。彼女は若くて提督の倍くらい元気な人だ。時折よろけるのは怪我によるものからだろうか。彼女の着るガンマンのような海賊のような服のズボンからは赤い血液がにじみ出ている。





「イリグチ ココ」


そこ亀裂よね?


白い船体には亀裂部分があり、中には細い通路が見えた。通路の片側には部屋の扉のような物も並んで見える。確かに埋まってて、気の毒だけど。


「お邪魔します」


山城は彼女についていくように、体をジャンプさせ亀裂に飛び込んだ。


内部では大きな艤装に包まれているような感じがする。少し暗いが、見えないレベルではない。内部は全体が煤けている。煙やほこりも舞っている。でも、懐かしく。母親のようで。船全体が優しい感じ。


まさか、・・・姉さま?


「起きろキャナル!」


何処から取り出したのか、大きな時計のベル鳴らしてる。


うるさっ。まさか、壮大などっきりかしら?あいつならやりかねないわね。と、山城の視界は急にグラグラとした。何処かに青葉でもこ隠れていないか赤く淀んだ瞳が、ジト目で暗がりを探る。


「ケイン、どうしましたか?」キャナルは音声に雑音をまじらせて尋ねる。


「言葉がわからん」ケインは堂々と胸を張りながら言ってみた。


「SFみたいね」山城はポツリと呟く。


姿の見えないものとの会話。どうやらどっきりではないらしい。やはり宇宙船の船内なのだろうか。大きさから言えば何人いるかもわからないし。でも優しい女性の声がする。


「ケイン?」キャナルは訝し気に切り出した。「彼女からサイエネルギー反応が。アンドロイドですか?」


「人間のはずだが、オモチャみたいな飛行機が格納されていったぞ」


ケインは山城が水偵を収容している所を直接見ていた。恐らく背負っている大砲のような武器も本物だろう。


“SF見たいね。”


キャナルは先程山城の呟いた一言から音声パターンを照合を始める。幸い、登録されている言語だった。銀河共通語から派生した方言語。元が“宇宙人達”だったことを考慮すれば当然と言えば当然だ。


「あなたは人間ですか?」珍しく少し困ったようにキャナルが山城に問いかける。「私は・・・コンピュータです」


会話での友好性を示すため、キャナルは一瞬、立体映像装置の稼働をと思ったが、メインメモリにこれ以上のダメージは避けたい。ライフシステムをに異常が出ては困る。マスターの安全確保が最優先だ。


「私は・・・」こちらも困ったように説明を始める。「戦艦です」なるほど。これが異文化コミュニケーション。コンピューターに言うのも可笑しな話だけれど、優しそうな人でよかったと山城は少し安心する。


「困りました」


キャナルは率直に言った。これまでのデータベースにこのような事態はない。生きる戦艦とはアンドロイドとは違うのかとキャナルは思案する。サイボーグの可能性も考える。


「艦娘、です」会話の空白を埋めるように、山城はポツリポツリと話し始めた。


機密に触れない範囲で山城は説明を行った。彼女の話を総合すると、謎の武器を使って、謎の敵と戦う、謎の防衛隊といったところか。


キャナルは状況分析を行うが、やはり結論はすぐには出ないようだ。当事者たちが何もわかっていないとは。ただ、彼女から繰り出されるているピュアなサイエネルギーからは、彼女が悪意ある艦娘とは感じられない。


「なぁ、俺寝ててもいいか?」


二人は、当たり障りのない会話で謎の空中戦をしているようだ。多分誰かの愚痴とかを、言い合っているんだろうなぁと、キャナルのいつもの会話のニュアンスからケインは想像する。


こういう時に機嫌損ねて、ライフシステムでも止められたら大変だ。あいつには何度も宇宙に放りだされたり、徐々に空気を抜かれる嫌がらせをされたことがある。もっとも、ギリギリ死なない程度にはマスターの安全が保障されているが。


彼はゲッソリしながら地面に座り込んだ。ゆっくりと目を閉じる。




「冷血コンピーター」


「コ、コンピーター言うなぁぁぁぁ」


二人の女性が言い争いの喧嘩をしている。

懐かしい夢。今はどちらもいないが。




「それで、“彼”にしばらく同行して貰いたいのですが」山城は申し訳なさそうに続ける。


「あと、ここの埋没を・・・」


サンプルは適当にその辺の“瓦礫”を持って行っていいとの話だが。同盟各国にこの場所を特定されても困る。万一過激派と交戦すればこの得体のしれない宇宙船の持つ本気を見ることになる。


嘘かホントか、キャナルの話では、主砲一発で後ろの二子山が吹き飛ぶらしい。大和級戦艦を5隻も連れてこなければいけないような話だ。それに、初対面で馬鹿正直に全てを教えて貰っているとも思えない。


「山城さん。大丈夫ですよ。そこの“アレ”が埋めてくれるので」潜伏は得意と言いたげにキャナルの声が少し明るくなったようだ。「埋まってしまえば、発見されることはありませんから」


でも、主人任せて。まぁいいか。彼女は、コンピューターのくせに、随分アバウトなんだなぁと山城は失笑した。


「直せたら、すぐに出ていきますから」気のせいか、キャナルの声は少し暗い気がした。


キャナルとしては、ここが自治惑星であるために自分たちによる過度の干渉は極力避けたいとの思惑がある。また、ゲイザーコンチェルンの息がかかっているとの噂もあった星の為、滞在中は極力目立ちたくはないとの気持ちもあった。


敵がロストシップであるかわからない以上は、FCS-Canalの判断としては、無用な戦闘で戦力の消耗は避けたいとの後ろめたい気持ちが彼女にはある。


「んあ?」壁際に頭を垂れて寝ていたケインは僅かに目を開いたようだ。


「どうしましょう。“コレ”背負っていきましょうか」


艦娘としての感情に従い“彼”をきちんと治療してあげたいとの気持ちはある。


キャナルから話を聞けば、墜落でここの医務室もつぶれたみたいだから。純粋に。でも連れて行けば、きっと面白くないことが彼におこるかもしれない。捕まえた宇宙人の未来など映画でよくある結末を迎えるだろう。


でも、あの提督なら大丈夫かな?

だって“アレ”、なんだかんだバカだし。

山城はくすりと笑う。


「では、“ソレ”に翻訳機を持たせましたので、旧型でちょっと重いですけど」気が合ったのか、何やら不届きな発言が飛び交っているようだ。


ケインは黒い電卓のような装置にポチポチと何かを入力している。すると、文字盤に何か記号が印字されたようで、彼の言葉が分かるようになった。


「では、ケインをお願いしますね山城さん」最初よりも音声のノイズが酷くなっている。キャナルは言うと再び眠りについた。山城は静かな船内を、彼と二人で進み入口の亀裂へと戻っていた。





「はぁ、不幸だわ」


後方から爆発音がし、鳥がギャーギャーと飛び立っていく。


ケインがテキパキと爆弾を炸裂させて、船体を埋めているようだ。


その最中に特にやる事もなく一人、泥の砂浜でオレンジに彩られた水平線の彼方を眺める。久しぶりに外地でゆっくりとした時間を堪能する。


「あかつきの、すいへいせんに~」


宇宙船のバイタルパートなどの理解がないため、もしかすると潰れてしまうのかもしれない。あるいは秘密保持のためだろうか。


ケインに追い立てるように船から離された彼女は特にやる事がなく、膝を抱えて近くに転がっていた石ころを一人、砂浜で海岸に向かい無気力に投げている。


ケインの説明では、船は特殊な合金のようで、埋めさえすれば誰にも発見されないらしい。やはり宇宙人なのだなと改めて理解した。破損した船体のかけらもいただけたし。後は彼を背負って帰るだけか・・・


ケインは作業を終え、体育座りで海に向かい石を投げている山城を発見する。悲壮感たぱたっぷりに白い巫女服の上半身を夕陽で赤く染めている。ケインは安心したかのように全身から力が抜け、崩れ落ちるように砂浜に膝を付いた。


何十回目かのポチョンとなる水音の中、ドムッと彼女の後方から音が聞こえた。山城は振り向くと赤い目を大きく広げ夕暮れの砂浜を駆け出した。急いで両手でケインを支える。抱きかかえる腕の中で、白い巫女装束に赤い染みが広がり移ってくる。


ケインは山城の腕の中で目を細め、浅く呼吸をしている。彼女の長い黒髪が潮風により彼を包み込みオレンジの強い光源が、寄り添う二人の姿を幻想的に黒く浮かび上がらせる。


山城は、ケインは艦娘以上にムチャをする人間なのかもしれないと思いながら、彼をゆっくりと背中に背負った。自発的に抱き返してこない以上、飛行甲板を動作させない片腕で彼を背中に押さえつける。


彼女の比較的大きな胸の中には、ゴツゴツとした何だか痛む欠片が挟まっている。重量過多で作戦時間の日没までには離脱できなそうだ。


「何だか嫌な予感がするの・・・」


彼女はぼそりと呟くと、ゆっくりと、泥の巻きあがる砂浜を歩き、海上へと足を進めて行った。


 




06 A Moon in the Silence






月が昇るころ。


浮桟橋に立ちしかめっ面で夜空を凝視していた白い軍服の男の顔がわずかに緩む。日中は温かいが、やはり夜風は冷えこむ。彼の体は僅かに震えた。


海上を動く黒い影から発光信号があり、救助者一名と光っている。


観測所はこれを察知し、足の速い駆逐艦娘・島風が直ちに浮桟橋へと駆け下りてきた。海上を睨む提督の背中を見ながら敬礼を始め、一筋の風と共に海上へと飛び降りるように着水する。


艦娘用の避難民・救助用の下駄履き付きボートをけん引していたわけではないため、恐らくは誰かが背負っている。編成から考えるには、魚雷を積まずに危険個所の少ない最上か山城だろう。わざわざ知らせてきた以上は送り狼の可能性がある。


代理として執務を任せていた長門が発進命令を下したのだろう。白く銀色の髪を夜風に流しながら海上を高速で突出していく彼女を見送る。








「かんたいが、かえってきました・・・」


島風が対潜警戒を行う中。山城を先頭に単縦に浮桟橋へと艦隊が戻ってくる。淀んだ赤い瞳で疲れ果てた様に力なく山城が言う。


「お、そーいー」


黒いうさ耳バンドのようなリボンを揺らしながら、山城をすり抜けて海上から浮桟橋に島風が飛び上がった。やたら面積の少ない青いスカートがヒラヒラと回転するように広がり、両腰から紐を垂らす様に履いている黒い下着が見え隠れする。


島風の荒い着地で浮桟橋がグラグラと揺れた。


「衝突禁止」


振動によりよろけた提督が頭を浮桟橋に足をかけていた少女の胸部にぶつけた。彼女は苦笑いをするように僅かに白い歯をみせて言う。


首ほどまでの長さの黒髪をした、ブラウンの冬服のセーラー服のような上着と、探検家のようなブラウンの短パンを着た少女。しかし、攻撃を受けたのか全体的に服が破れている様子だ。


最上が彼を支えた。避けるように伸ばす片手の飛行甲板には緑色の水偵を数機乗せたままでいる。彼の脇に掛けた手を離すと、短パンから露出した、僅かに出血している小麦色の太ももについた海水をパンパンと払い落とす。




山城艦隊の帰還は、予定時刻から遅れに遅れる。道中、敵の潜水艦の攻撃に遭ったためだ。暗がりに潜水艦とはよく言ったものである。


僚艦は待機中に交戦していたため爆雷を使い切っており、山城はケインを抱えながら片手で水偵を飛ばして、数隻の潜水艦を一人で相手取っていた。海上を滑るように移動しながら執拗な攻撃を加えてこれを撤退させた。


敵潜水隊は水面近くに浮上していたため、洗うように精密主砲射撃も加えている。未確認ではあるが撃沈もあったかもしれない。



【【主砲としては小口径である28cm砲が幸いして、噴煙も少なく抱えている彼に被害は少ない。無論山城にはそのことも十分理解していての砲撃である。


時に斬り込み突入して危険をかえりみずに人名救助なども行う当鎮守府では、大口径砲よりも機動性と汎用性の高い小口径砲や機銃が重宝されている。


この鎮守府で選抜される打撃チームは、空母の不足などの理由もあるが、主に接近戦に重きを置く。さらに旗艦には艦娘が稼働時間に対して携行できる装弾数の少なさから、常にドッグファイトが可能なほどの練度が求められている。


戦艦としては低速に部類する山城は、速度の不幸を嘆くこともなく、多くの経験から任務ごとにもっとも自分に適した兵装を自ら選別している。


当鎮守府に着任している金剛型戦艦唯一の金剛もまた、大口径砲を装備せずに高角砲と接近戦での一撃の大きい魚雷装備を行っている。】】



――さて、どういいわけしましょうか。


無言で見つめ合っている二人をすり抜けて、他の艦娘たちがぞろぞろと、朧気に等間隔に照らされている石段を上っていく。



提督は衝突によりズレた白い帽子を正すと、無言で白い手袋をした手を背中に組んだ。そのまま反転すると、石段を上っていく。


彼に続き山城も上がっていく。長い沈黙の数分間。


ちょっと、キャナルさんと長話をしていたのも、襲撃の遠因になりえたと言わざるを得なくもないかもしれないけど、急な任務だったし、きっと不幸なのがいけないに違いないと、山城は考えることをやめた。


気が付けば、いつのまにか、なにやら額から血が垂れている。全身もギシギシとガタが来ているようだ。


「ふふっ」なんだかこの宇宙人さんが可笑しくなった。「この人も“不幸”なのかしら?」


――キャナルさんまた会えるかな?


「あ、おみやげです・・・」ジャリ道の広場へ出ると思い出したかのように彼女が切り出した。


足を止め振り向いた提督に、背中の彼と、もそもそ胸から取り出した船のかけらを手渡す。


その後、彼をすり抜けて入渠ドックへと一人トボトボと歩き出した。


背中を丸めて歩き出す山城の姿に、月の光があたり、長い黒髪が寂しそうに揺れる。片肩に付く、戦闘によりひしゃげた飛行甲板を模したが艤装が一層悲壮感を増している。不幸を忘れるほどに。


「山城、重い」提督は声を震わせ言う。


マントに包まれた女性を手で抱える。支える二の腕は膨らみ痙攣を起こしている様に震える。振り返り山城を追いかけようにも、足が震え動かない。彼女の腰あたりにある、箱のような物が腹に刺さりさらに限界が速まる。


「君たちには失望したよ」


しんがりを務めていた少女が二人の様子に呆れ果て、一人反転し、戻ってきていた。顔には出していなかったが、彼女には山城が見た目以上に重傷を負っている事を知っている。それゆえに、彼も気付き、多くは尋ねなかったのだろう。


全体的に短いセーラ服を着る駆逐艦娘のその少女は、背中にランドセルのように特徴的な二連装のキャノンを背負う。しかし、背中と同程度の大きさがある割りには、砲の間隔が肩幅より短いため、前方に折り曲げそのまま突き出すことは出来ない。


使用時には背中から取り外し、手で持つか、あるいは背中を曲げ直接敵に照準を合わせる必要がある。彼女の腰には空になった魚雷の発射装置がスカートの上に付いている。つまり戦場では剥き出しの危険個所が多いという事だ。


山城はケインを背負ったまま、被弾している最上を庇い、敵の攻撃に割り込んだため攻撃が直撃している。飛行甲板を傾斜装甲のように構え、衝撃をいなしていたが、体を密着させて貫通を防いでいたため、支える身体内部にはかなりの負担がかかっていたはずだ。


また、一見いつもと変わらぬようではあるが、恐らくは重度の赤疲労だろう。


「この人は、外国人のようだね」時雨から話を聞くと、帰還前に簡単に山城からあった説明では、何処かの国の先遣隊だと説明を受けたようだ。詳しくは分からないが“隕石”の調査中にケガを負ったらしい。


ふむ。と彼は話を聞いている。しかし、時雨の表情は疑念を持っているようだ。青く澄んだ瞳を、鋭く収縮させるかのようにこちらをのぞき込んできている。


「医務室でいいのかい?」


彼を腕に抱えたまま、首を傾げて少女が尋ねる。


肩に乗っていた、ロングヘアの三つ編みが背中の艤装の上に回り込み、髪の先端を止める赤いリボンが揺れている。彼は部外者であるため、時雨は一応連れて行く先の確認を取った。


「すまない」目を合わせると、彼は口を閉じすぐに下を向いた。


「こういう時は」少女は顔を起こした彼の瞳をのぞき込みながら、一歩距離を詰める。「ありがとうって言うんだよ」


濃厚な少女のブルーの瞳に彼の背筋に冷たい物が走る。詰問するような深い瞳が少女の思慮深さを思わせる。


「ああ。すまない」彼の瞳が泳ぐように少女から離れ、周囲に生える小さな木々へと向けられた。


「ほら。また」


作戦に伴い、“危険度の少ない任務”とはいえ時雨には山城を単艦突入させることに抵抗があったのだろう。恐らく彼女、山城は、多くを語らずに憎まれ役を買って出たのだろう。残された時雨が勘付く可能性も考慮しなかったわけではない。


彼はそれ以上答えずに、帽子を深くかぶった。一人、執務室のある施設へと向き、歩き出す。月夜に伸びる一つの哀しい影。夜風の冷たさが今は心地よい。





鬼が島には鬼が棲んでいる。


総数二十に満たない艦娘で、祖国から遠く離れ、広範囲の敵深海棲艦群を抑え込むために、厄介払いのように追い立てられた艦娘がいる。戦艦長門。戦艦山城。戦艦金剛の三名だ。誰が始めたか、鬼の山城、地獄の金剛、音に聞く蛇の長門。


ひとたび戦闘ともなれば、小唄にもあるようにその鬼の片りんを見せる。彼女らが抜き去った深海棲艦が洋上に残る事はない。今日まで空母を欠いたこの鬼ヶ島が存続している理由の一つでもある。


大淀はその鬼たちを束ね、それを指揮する彼もまた鬼なのだろうか。しかし、彼のストイックな指揮の下で、今日まで轟沈艦が出ていないことは幸運からだけであろうか。





「こちらが結果報告です」キラリと大淀のメガネが光る。ワザとやっているのだろうか。最近よく光るようだ。


「早いね」提督は素直に驚いた。少し太めの万年筆を片手に持ち顔を上げる。


入口に立つ彼女に敬礼をされながら、何故か睨みつけられる。また光ったようだ。月光かなと彼は苦笑する。


「ラリアット級戦艦から、入渠中に聞き出してきましたので」


入口の木の扉を閉めながら、黒フレームの眼鏡二世が怪しく光る。尾骨を痛めたようで、ジェットバスにうつ伏せでゴロゴロしながら報告を始めた様子が気に障ったようだ。思い出すと怒りがこみあげてくる。


「お手柔らかにな」書類をトントンと叩き纏めると引き出しにしまう。冷や汗をかきながら、彼は言った。艦隊が無事に帰ってきたため、彼の気も抜けたようで、平時の調子に戻っている。


「あまり甘やかされては困ります」青く鋭い瞳がジロリと睨む。艦としては金剛と並び大先輩である上に総合能力ではあちらが上だ。ある意味では目の上のたんこぶと言ったところだろうか。「詳細な戦闘詳報は後ほど提出させます」


ツンツンとする彼女の態度に、新しい眼鏡を買ったのは俺なのにと困った瞳を黒いフレームの眼鏡を付ける彼女に返した。


前の壊れた眼鏡は大切に保管しているみたいだ。


金のフレームのメガネは、曲がっていただけなので一応修理するかと聞いたのだが、これはこれでいいと言われた。何やら思い出があるらしく、新しい眼鏡もよく似た形状を探していたようだ。


「提督さん」小さく声が聞こえる。


執務室の通路側にある強化ガラス張りの窓枠には、小さな木箱のような入口がドアの隣に設置されている。彼女は蓋を開け、モコモコと中へ入って来た。箱から飛び降りるようにジャンプすると、背中の透明な羽が開く。


背中に付く、上下左右に両手一杯にまで伸びる四枚の大きな羽はアクセサリーではなくトンボのように羽を動かし実際に飛び回れる。


「彼は艦娘なの?」


西洋の小人のようなターコイズ。上下ともトルコ石の色のような作業着を着る彼女は、小さく首を傾げた。背中に長く垂れる、一本の青い三つ編みテールがふわふわと揺れる。片手には、彼女用の小さなモンキースパナが持たれている。


「いや、聞いた限りでは人間だと」


いや、実際はどうなのだろうか。妖精さんがそういうのであればそうなのかもしれないと、一瞬、思考停止のように彼の考えが偏った。


「彼、艤装を積んでいるよ?」手のひらほどの小さな少女は、彼の肩にパタパタと光を七色に反射させながら“飛び乗り”座り込んだ。


「まさか」妖精さんは医務室で見てきたのだろう。彼は見た目の割りにやけに重いと思ったが。


「箱と筒、コードでつながってるね」凄く楽しそうに茶色いブーツを履く足をパタパタさせている。「何だろうね?興味あるよ」


「宜しいでしょうか」


やばい。光で思い出した。口の中が急速に乾いていく感じがする。彼は自然と唇を舐め擦り合わせる。


「妖精さんも聞いてほしい」こちらも怯えるように首筋に抱き着くように掴まり小刻みに震えて固まっている少女に言った。「キレイな月も出ている。少し夜道を歩こうか」


「ええ。お供します」





「彼は」大淀は一泊置いた。


「やはり宇宙人です」海沿いを歩きながら。街灯も少ない夜道で、ドプドプと岩場に打ち付ける波の音が、今日は不気味に感じる。「報告の限りでは、彼は船体にダメージを追って墜落した所を、山城に発見されたと」


大淀が、一枚の写真を差し出してきた。街灯の下に立ち確認する。水偵が撮影した白黒写真には、確かに、木々の間に小さなクレーターがあり、何か白いものが埋まっているようだった。


「回収したサンプルにも有害反応はないから安心だよ」肩から小さく可愛らしい声がした。


「ただ山城は、船の内部ではなにか艤装と同じ物を感じたと証言しています」


山城の話では、“彼は”遭難者というわけだ。彼女は黒い眼鏡に指を当て淡々と話を続けた。宇宙人も国際法上では、そもそも法律がないために無国籍の外人扱いにはなるはずだが。この際、難民とでも処理しておこうかと考える。


――いや、もとから大本営は知っているのか?


余りにも出来すぎていると、彼は考えを巡らすが、材料が足りな過ぎて少し判断が難しい。こんな時はあのお転婆にでもと、コーラルレッドの髪をした彼女を思い浮かべた。


「船内ではコンピュータと対話できるとの事ですが、不調で現在は活動を休止している様です」ここから彼女の表情がいっそう険しくなる。「少なく見積もって主砲の火力は“大和級”戦艦5隻分とのことです」


「なるほど」


足の遅い水偵だからこそ、撃たれなかったのかもしれない。戦闘を想定して二式水戦の搭載も考えたが彼女がそこから不幸を感じ取ったらしく、倉庫にしまってあった旧型水偵を自ら積んで行った。


こちらから仕掛けていれば、地図を書き換える事態になっていたかもしれないと思うと、やはり彼女でよかったときつく両目を閉じる。


――攻撃を受けた場合。


「船に招き入れてもらえたのか、やはり、あいつは運がいいな」


背中で手を組みジャリ道を歩きながら半分ほど欠けた月を見上げる。少し雲も出てきたようだ。風向きが変わり、雨の気配がする。


最悪轟沈も覚悟はしていた。


だからこそ――


「大丈夫。艦娘はあなたが想うより強いよ」


月を見上げ、立ち止まる彼に察したように妖精さんが言う。


しかし、彼の口は閉ざされたままだ。

提督は遠くを見る。暗い海の遠くを見る。

遥か向こう。深く蒼い海の先を。


ハワイ方面はすでに同盟国により奪還されている。しかし、敵の根拠地は海底深くにあり、決定的な攻撃方法に欠けこちらは依然として消耗戦を強いられている。上陸させた敵にしか対抗策がないという消極的な話だ。


“あれらは”海中を魚のように振動推進するようで、ボス格の敵は海上を航行するよりも動きが速い。海上に顔を出している間に倒しきれなければ、すぐに逃走を許してしまう。これがいつまでも“姫クラス”を倒せない理由だ。


さらに姫君どもは知能も高いらしく、やすやすと上陸してはこない。防御の薄い沿岸に現れては、都市を崩壊させ撤退していく。果たしてそこに何の意味があるのだろうか。


何れにせよ、ハワイ周辺地域の奪還により敵の動きが変わるだろうと今後の厳しい戦局を考える。あれらが本気でこの鎮守府を狙えば、吹けば飛ぶような貧弱さである。所詮は本土決戦の時間稼ぎかと、無言でいる彼の表情がさらに暗くなった。


「そうです提督、私たちは、いつでもあなたのそばに―」






人気のない、街灯の下にシルエットが二つ。潮風。

打ち付ける波の音。退廃的な雰囲気。

――何も起きないはずがなく。(某記者調べ)


「二人はまだこちらに気付いていないよ」


コーラルレッドの髪には雑草が巻き付けられている。全身を地面に押しつけて、両肘を僅かに動かし、ゴソゴソと進む。ジャリ道の草葉の陰からカメラを構えた。彼女はウキウキとしながらキャップを外す。動くレンズに一瞬、街灯の光が反射する。


「います・・・よ!!」


キスか、ビンタか。


明日の新聞を楽しみにして、って。

こっちに眼光が。眼鏡うわ。



小さな線香花火のようなオレンジの光がヒュルヒュルと昇り、パンという乾いた音が小さく鳴ると、一瞬周囲が明るくなる。大淀は背中に背負っていた機銃を構え突進してくる。


「探照されたワレは味方なり」


青葉は直ちに投降を宣言すると、両手を上げて立ち上がった。危うく肩の1、2個撃ち抜かれる所だ。至近距離から12.7mmなど食らいたくもない。彼女の深いため息とともにカメラは取り上げられた。


やはり島風が付けられていたようだ。




――提督により検閲――





「何事もなければ、記事にもさせてやれるんだがな」


フィルムを引っ張ってから、カメラを返してやる。大淀には甘いと怒られたがフィルム代より、ちょっと多めの甘未引換券を一緒に渡してやった。リンリンと草から虫の鳴き声が聞こえる。


今は関わるなと、青葉を追い立てると話を再会した。



「彼との話はどうするの、出来れば立ち会いたいよ」妖精さんが珍しく、興奮しているようだ。ペチペチとスパナで首筋を叩いている。


「妖精さんには、隠し事はできないですし、宜しいのでは」


彼女はフッともう一人思い出した。


「不幸ラリアットは当事者なのでいいとして、ワイルドゴリラも呼びますか?」


「長門か・・・それ普通に名前呼んだほうが早くないか?」確かに、頼りにはなるが。大淀なりの冗談なのだろうが、と、彼の口は僅かに綻んだ。


「あいつ、精密機械触らすと何故か壊すんだよな」


体から出る謎の湯気のせいかな?

あいつだけ筋肉機関なのかな?


「翻訳機とかいうのが壊されては困るよ」


アレの二の腕にたまに乗っている、長門産の塩つぶが原因かとも思えるが、精密機械はとかく塩には弱いものだ。訓練を積むのは良いことなので無碍に出来ない所が悩みの種だ。


「最近は蒸気機関車とか、消防車とかいうと褒められてると思っているのか、まんざらでもない顔で照れますよ、彼女」


山城とプロレスでもやらすか?厚手のレオタードを着てリング内を暴れまわる姿を想像してしまう。長門には大淀がついて、山城には俺がセコンドだろうか。ちょっと楽しそうではある。


「案外彼も、体に重し付けてるし気が合うかもな・・・」顔だけを見れば、女性に思えるのだが生身で艤装を付けているような奴だ。全体で100キロ近くあったかもしれない。


「何にせよ、彼が起きるまでは待つか」


ブラフかもしれないが、あえて山城に船の能力を伝えたことは、一種の保険なのだろう。緊迫した戦局の中、事を荒立て第三勢力の台頭ともなれば最悪の事態を招きかねない。手放しで信用できるものでもない。が。


――まぁ。あいつが連れてきたならいいか、と、深く考えることを止めた。


突然。


強烈なスポットライトの中にいるような感覚を覚える。ふっと暗い空を見上げると、そこには月があり、まるで見られているような気がして身震いした。


まさか、な・・・


「どうしましたか?」大淀が心配そうに、月の夜空をまぶしそうに手で顔を隠し見上げている彼に声をかけた。


「いや」肩に乗る妖精さんは気付かなかったようだ。「大丈夫だ」最近色々な事が起こりすぎて疲れがたまっているのだろうと、彼は気を引き締めた。


後方の電灯が作る二つの影が、寄り添うように施設へと向かっていく。






07 Tiny Successore







「ばーちゃん・・・」ケインはもぞもぞと、医務室の無機質な白いベッドを動く。


マントは取り外され、ベット脇に掛けられている。彼のベッドの隣には、監視の意味も込めて、金剛型戦艦の金剛が小さな丸い木の椅子に座って様子を見ている。


彼女は両耳上に、ブラウンのフレンチクルーラーのような三つ編みを団子状に巻いた髪を作っている事が特徴的だ。通常であれば、両ももに酸素魚雷発射装置を積載しているが、今は外され、太ももの上には、編み物の玉が乗っている。


服装は扶桑型戦艦山城の巫女のような服ではあるが、こちらはどちらかと言えば拳法衣のようである。スカートはチャコールグレー。少し黒に近い灰色だ。上半身も開いた柔道着のようである。


しかし、金剛型戦艦は全艦、帯留めを正面位置にてリボンを作ってるため、彼女らが古来よりの巫女の伝統に重きを置いている事が伺える。


「提督も・・こっちに来るネー・・・」


ウトウトと眠っていた頭をカクっと動かすと、太ももから転がり落ちた毛玉を立ち上がって追いかける。


「ああ。提督へのプレゼントがデス」


監視と言うが、彼の持つ艤装からは、深海棲艦のような邪悪な力は感じないため、怪我が悪化していないか時折呼吸を見ながら暇をつぶすように彼女は編み物をしているだけだ。


毛玉が転がる。コロコロと。





オルゴールが、聞こえてくる。遠く遠い日。


足踏み機織機。


自前で作った背中ほどまでの長さのケープを羽織った女性。


木造で大きな西洋型の屋内に一つある。


彼女の踏む機織機がカタカタと回る。


――少年の日。





「ばーちゃん!」


小学生を思わせる背丈の少年がマントを纏い、郊外の小高い山の上にある大きな木造の洋館の前に立つ。暗がりに映し出されるオレンジの光景。


「街が、街が燃えてるよ!」


ローブを羽織った祖母が彼の肩を抱くように寄り添っている。


中世を思わせる色とりどりの家屋は崩れ、多くの場所から火の手が上がる。離れた高台から二人、黒い煙を吐き続ける街を見下ろした。祖母は優しくケインを抱き寄せる。決意の中、彼女の手に力が込められる。


――夢の中で。





ソードブレイカーの第二管制室。そこで祖母は逝った。

ロストシップ、前世界の負の遺産。


410M級重砲撃艦ゴルン・ノヴァ。


全体は黒く、サイブラスターの直撃にも耐える装甲。

外見は羽を広げた大きく黒いカラスのようである。


ソードブレイカーは超高速で惑星を離脱すると、ヴォルフィードは祖母をマスターとしゴルンノヴァと対峙した。そのマスター、闇を撒くものと。


膝まで伸びる金の長髪に鋭く刺さるブルーの目つき。戦闘員のようなダークブルーのスーツに小さく丸い肩当てが付いている。闇を撒く者の白兵戦能力は高く、一流のサイブレード使いでもある。



「全銀河に悪夢を―


 ―宇宙には静寂こそ相応しい」



虚空から声がする。闇を撒く者の。

サイシステムを経由し意識が、声が流れ込んでくる。


宇宙空間に輝く交差。白と黒。

近づき、離れ、また近づく。


擦り合い、近距離を通過するたびに

踊るように光の矢が絡み合う。


より多くの光の矢が白い船に

重く深く突き刺さる。


ソードブレイカーはゴルンノヴァの火力の前に、一方的に攻撃を受ける。ゴルンノヴァから来る光の矢が、次々とソードブレイカーに覆いかぶさる。距離を離し体制を立て直そうと、サイバリアを張るが。


「ゴルンノヴァの火力は途方もねぇ!ここは反転離脱しかねぇぞ!」


ソードブレイカーを護衛するように小型海賊艇が一隻随伴する。こちらは足も遅く小型なためレーザーでの牽制を行いながら、両者から、より大きく距離を空けている。


「ジル。もういいわ、これ以上は・・・」


そう言うと祖母は、プラズマニュートリノエンジンを最大稼働させ、ゴルンノヴァへと急接近を始めた。アリシアにはケインの面影がよぎる。後方の惑星にはまだケインが残っている。彼の撤退を促す願いは、彼女には届かなかった。


「早く離れなさい!!」


「何するつもりだ!」彼の怒声のこもる必死な叫びが、通信にノイズを混ぜ込む。


迫りくる光が両者を引き離す。小さな一人乗りの海賊艇は、ゴルンノヴァの猛攻の前に回避に専念するも、ソードブレイカーのサイバリアを貫き小刻みに被弾する。機関出力の低下によりついに脱落して行く。


「アリシア!アリシアー!!!」


黒煙が宇宙に伸びて行く。絶叫と共に後方へと弾き飛ばされながら操縦桿を必死に握る。青い白い光が、力強くソードブレイカーの後方へと伸びる。


「あの子をお願い」


その声を最後に、彼女は彼方へと行ってしまった。彼の広域レーダーからソードブレイカーの光点が消えた。





ソードブレイカーは双胴部の先端から発射されるサイブラスターで果敢に応戦するも、ゴルンノヴァの重火力がサイバリアを突き抜け中心区画に直撃を与えた。


すれ違うように、ファランクスレーザーでゴルンノヴァ黒い船体を洗い、目くらましをしながら、徐々にケインのいる惑星から距離を離していく。


「今の攻撃によりソードブレイカーの戦闘能力、さらに45%まで低下。サイエンジン出力32%。敵砲撃、防御不能です」


幾度目かの直撃をうけ、船も祖母も満身創痍だった。コアへと直結する第二管制室に座る。肺をやられたか、口から血も多く出ている。キャナルは傍らに立ち、淡々と状況説明を行っていく。


「ジルは?」アリシアは痺れる手を伸ばし、コントロールパネルをゆっくりと操作していく。バーニアを吹かして「すでにレーダー圏外です」


さらなる光が直撃しコントロールパネルが小爆発を起こした。祖母の胸が大きくえぐられた。彼女は口から大きな血だまりを吐き出す。キャナルは内部センサーにより急速に失われていく身体能力を、アリシアの状況を理解する。


「F・C・Sキャナルは、悲しみの感情を表すルーチンを、構築中です」キャナルはアリシアの身体能力の低下を感知し、生命体の終わりを理解する。「ホロ映像に、投影します」彼女の瞳からは流れるような光が生まれた。


「F・C・Sキャナルは、非、論理的、揺らぎにより」


緑のロングヘアーでメイド服を着た背の高い女性が、操縦席の傍に静かに佇む。アリシアは、ヴォルフィードの持つ、対ロストシップ用の最後の切り札を準備する。


「いいのよ。キャナル。あなたの気持ちはよくわかるわ。ありがとう」血が滲む肩を抑えながらも、ゆっくりと優しく話す。「最後の命令よ。サイコードファイナルを発動して頂戴」


「警告します」撤退への願いを込めて。キャナルは言葉を紡ぐ。「コードファイナルの発動は、サイエネルギー、物理障壁の、除去を意味します。これは。生命体にとっては、死を意味します。」


「いいのよ。ケインを守るためなら」


照明を喪失して暗い船内。彼女の赤い口紅が力強く動く。


「マスター。F・C・Sキャナルは悲しいと感じています」


体と言う入れ物を取り去ったサイエネルギーは、僅か1ピコ秒で超新星に匹敵するエネルギーを放つ。ケインのいる惑星を離れ、ゴルンノヴァを誘引していた事はこのためである。


「さよならだね。キャナル」


ゴルンノヴァの砲撃が双胴部の片方を撃ち抜く。船内に強力な振動が生まれる。


「サイシステムコードファイナル始動。物理障壁破壊ステージに入ります」


キャナルは目を閉じ、涙を振り切る。操縦席周辺に最終装置を床からせり上がらせる。取り囲むように3方向から彼女を狙う。


「あの子を。ケインをよろしく」





「ヴォルフィード内に、爆発的な、サイエネルギーの発生を感知」


ゴルンノヴァのFCSがヴォルフィードの異変に気付いた。ロストウエポン。ゴルンノヴァの周囲に展開していた重力レンズの群がレーザ兵器を収束させ動きを止めたヴォルフィードに強力な狙い撃ちを続ける。


「やつめ!ついにマスターと同化したか!」


輝きの一撃が爆発的に広がり、ゴルンノヴァを包み込んだ。ゴルンノヴァと闇を撒く者の断末魔が光の中響き渡った。





「うるせえ!」


ケインは帰ってきたジルの太ももを叩いた。車イスに乗り暗く冷たい格納庫にふさぎ込むように座るケインに、諭す様に話しかける。


「何でばーちゃんを守ってくれなかった!」


ジルの太ももを。叩く。叩き続ける。オレンジの髪が悲しく震える。


「こんな時にまで、負けやがって!負けやがって!!」


――何度も何度も。


ジル・ウィル。彼は20年間もの間、宇宙海賊としてユニバーサルガーディアンを手玉に取り、忽然と姿を消した。その伝説は宇宙に広く知れ渡っている。また、モノカーボンサイブレード使いとして名が知れていた。


彼はサイブレード使いだった。ジルは海賊時代に祖母に挑み負けた。サイブレード使いとして名高いアリシアに一騎打ちを挑み死を覚悟した。何度も挑むがついに勝てなかった。気が付けば腐れ縁。負けて以来、ずっと彼は傍にいた。


ケインにはいつも、負けおじちゃんとからかわれていた。


「負けやがって・・・!!」声にならない声で。叩き続ける。


ケインはジルを叩くことしか出来なかった。ジルはケインに叩かれる事しか出来なかった。ソードブレイカーが帰還するまで、格納庫に乾いた声が木霊する。





オルゴール。聞こえる。その時。





ソードブレーカーが帰ってきた!


「ばーちゃん?」船から降りてきたタラップを黒いマントを風に泳がせながら駆け上り、大急ぎで船内へと入った。「ばーちゃん!」オルゴールがなっている。祖母が好きだった。あの、優しい音色。フルートを吹く人形が動く。あのオルゴールが。


「え?」


操縦席につくと後ろを向く、緑の長い髪を持つメイド服の女性がいる。


あれ?小さくなった?気のせいかな?

少女が、後ろを向いて立っていた。


「君、だれ?」少女はこちらを向く。ゆっくりと。


キャナルなりの気配りだろう。新しいメモリーに、少年に容姿を合わせて少女の姿へと変わる。アリシアの遺志を継いで。ケインと共にあるために。それ以降彼女は容姿を固定してキャナルであり続けた。


「私は。エフ・シー・エス。キャナル。ヴォルフィード」ゆっくりと。言葉を紡ぐ。彼女の声にもケインと同じく少し幼さが残る。


「キャナル?キャナルってそんな・・・」


祖母の傍にいつも付き従っていた、彼女だ。ばーちゃんはやっぱり。ケインは言葉に詰まった。


「初期化コード、ロクロクロク。自動起動モードにて映像化されました」


少女の周囲に光が広がり、仮想インターフェイスが展開され、空間に次々と映像パネルが広がる。


「マスター。ご命令を」キャナルの瞳は大きく力強く開かれる。


「じゃあ。じゃあ、ソードブレイカーを俺に?」


嬉しかった。興奮したんだ。ずっと欲しかった。乗りたかったんだ。


「はい。ソードブレイカーは、強い男の乗る船です」


――強い、男の。


いつかばーちゃんに譲ってほしかった。でも――





機織機は巡る。カタカタと。





オルベウス星系、第3惑星E-17。


ケインが幼少期に過ごした家がある星だ。


ALICIAと彫られた、小さな西洋風の白い石の墓所がある。この辺境の地は、ゆっくりと時間が過ぎてゆく。星の多くを草原地帯が彩る。


地球型のリゾート惑星ではあるが、辺境に位置しすぎる為に衛星港もなく、主要星系への移動コストに見合わない理由もあり、大規模な植民は現在も行われていない。





生命維持機構に致命的なエラーが発生しました。直ちに製造元に――



ゴルンノヴァとの戦にて負傷して以来、体の機械化が進み、首より下が鋼鉄の体に変わった老いたジル。


ケインの成長を見守りながら祖母の墓守として、その近郊に暮らしていた。ときおり現れる、海賊時代のジルの足取りをたどり、ありもしない財宝を求めてくるトレジャーハンター退治も行っていた。


ジルはベッドに横になり遠くを見つめる。




彼女の機織機が巡る。




ジルの胸につけられていた小さな警告灯がチカチカと光り始める。ケインはアリシアの命日の為、キャナルとミリィを連れて、この星に帰ってきていた。


「また、勝負ができるな」


鋼鉄の拳を振り下ろし、警告灯を叩いて止めた。


「アリシア」


暗い室内に静寂が訪れる。


彼女を想いながら、ゆっくり目を閉じる。サイブレードを構え対峙する懐かしいあの日。


気配がする。


「キャナルか」彼の枕元に、転送されて投影される立体映像で、祖母の時と同じ背の高いメイド服姿の女性が立っている。キャナル・ヴォルフィードだ。


「ジル。私を許してくれますか?」


二人とも前を、遠くを見つめながら。その日を思い出す。少し怯えるような声だろうか。彼女にしては珍しい。経緯はどうであれ、ヴォルフィードには、アリシアを手に掛けたのは自分自身であるとの思いがある。


「いいんだよ、キャナル」


白い口髭とアゴ髭が繋がり、クマのような体型からは想像できないほど静かに、優しく伝える。子供を、ケインをあやしていたころのように。アリシアと同じように。


「これでいいんだ」


山男のようながっしりとした体形の大男は、微笑みながら眠りについた。


  ――深い眠りに。


「お疲れ様、ジル」ヴォルフィードは静かに囁いた。





オルゴールが止まった。

カタカタと動いていた、機織機が止まった。


ケープを羽織った女性が立ち上がる。




でも、ばぁちゃん。


記憶? 誰の?


キャナルの? コード・ファイナルの時に?




「ばーちゃん?」


彼女はケープをなびかせながら虚空へと歩き出す。


小さな体に、黒いマントを付けたケインが追いかける。


「ばーちゃん」「ばーちゃん」


彼女は立ち止まり、微笑むと遠くへ離れていく。


「ばーちゃんまってよ」


ケインにとって祖母は憧れだった。


「ばーちゃん」「ばーちゃん!」


ケインのマントは祖母にあやかって付けている。彼女のなびくケープに。


「ばーーーちゃーーーん!!!」


・・・・・


・・・








08 “What say you?”





「ばーちゃん」


ケインは、白い布団を掴まえる様にモソモソと動きうわ言のように小さく呟く。


「ばーちゃんじゃないデスよ」


何だか様子がおかしいかなと、二本の手編み棒を椅子の上に置き、彼の顔をのぞき込んでいると、何だか不当な評価を得たようだ。金剛はため息をつくと、片腕を伸ばし彼を胸の中へと抱きしめた。


「んん?」ケインは居心地の悪い圧迫感の中、目を覚ました。


「キャナルか?」


バッと彼女の胸を押しのけ、ベッドから上半身を起こす。ケインには何故か寝起きにキャナルが抱き付いている経験が何度かあった。周囲を見渡すと全体的に白い部屋で医務室に通されている事が分かる。


ガラス窓は解放されており、僅かに涼しい風が淡いピンク色のカーテンを揺すりながら滑り込んでくる。外は芝生のようで明るく開けている。空は青く高い。僅かな白い雲がポツポツと素早く流れている。


「金剛です」彼女は少し困ったように笑顔を作った。


僅かにケインの顏には涙の後が残っている。何があったのかはわからないが、何か良くない夢でも見ていたのだろう。子供のように眠る彼に、艦娘としてだからだろうか、自然と彼を抱きしめていた。


「世話になったみたいだな」ケインは体に巻かれた包帯を見て、僅かに微笑みながら言った。彼女の頭に水平に伸びる、二つの鉄柵のレーダーシステムのような突起物は、恐らくは彼女も艦娘の一人だからだろうとケインは推測した。


「良ければ朝食をお持ちしますので、待っていて下さい」金剛は半分ほど編み終わっているマフラーをまとめると、そのまま部屋を後にした。


「随分と不用心だな・・・」ケインはオレンジの髪をポリポリと掻いた。ベッドの下にはケインの履いてきた茶色く硬いブーツが揃えて置いてある。ここでは屋内でも靴を履いているようだ。


見渡す室内には他に三つほどベッドがある。サイブレードもベッドの脇にあった。小さな木造りのタンスの上にバンダナ・増幅器・発信機が乗っている。飛び出す当てもないため、ケインは冷たい風の吹き込む窓の外を眺め彼女の帰りを待った。


医務室のドアがコンコンと鳴る。


「やぁ、ケインさん」


白い軍服の男がドレスシューズの白い靴でコツコツと入ってくる。ケインは振り返ると、部屋の中央までゆっくりと戻った。ベット横に掛けられていた、マントをバサッと羽織る。僅かにいつもより軽いようだ。


「すみませんが、マントに仕込まれていたナイフは、こちらで預からせていただいています。」


彼は可能な限り必要事項を丁寧にケインに説明するが、彼には伝わらなかったようだ。やはり言語の壁があるようだ。


「提督、こちらを」


護衛として付いてきているのだろう、背中に火器を背負った女学生のような恰好をした眼鏡の女性が白い軍服を着た彼の後ろから何かを手渡している。


「ケインさんどうぞ」一見ただの電卓のような物をケインに手渡すと、ペコペコとオレンジの頭を動かし彼は受け取った。何か操作をしているようだが、一部艤装のような感じを覚え、傍らにたつ女性に目が細まる。「提督後ろへ」


念のため、ケインから目を離さずに彼を自分の後ろへ下げようとするが、白い手袋をした手がそれを遮った。


「オレはケインブルーリバーだ」ケインはマントを捲りながら手を伸ばす。「まずはお礼を言いたい」手の甲まで伸びる指出しグローブは、彼が近接戦を好んでいるのかと伺える。


「ええ。ご無事で何よりです」彼は恐らく握手だろうと、手を伸ばしがっちりとこれに答える。「マントの中の刃物ですが、こちらで一時的に預からせていただいています」気まずそうに少し白い軍帽を動かしながら言う。


「ああ。適切な処置だ」ケインは気を悪くすることもなく笑顔で答えた。


「それで、今後どうされますか」彼は目を合わせ、ケインに問いかける。


「まーな。待たせている者もいるし、船が直ればすぐに出て行くつもりだよ」ケインは厄介事には関わりたくないと言った具合で、ジト目を返す。しかし、先を予測してため息を一つついた。「ここに来たのは偶然だ」牽制するようにケインは言葉を続けた。


「そうでしたか」ここまでは山城の報告通りだと彼は頷く。「ですが」恐らくはその先も。

「山城から受けた報告では、そちらの必要とする資材は、あいにく地球では貴重品でして」彼はコツコツと進み、空いている窓をパタンと閉める。


「地球?」しかしケインの引っ掛かった言葉は違う場所だったらしい。何かを疑うようにケインの語尾が上がった。彼の背中に問いかける。


「我々はそう呼んでいます」


星間マップにはTOARUと記載されていたため、住民が便宜上そう呼ぶのか、何かの略式名称なのかとケインは深く考える事はやめた。


「ここは、軍拠点の一つでもあるので、相当量の資源はあります」彼はコツコツと部屋の中央に戻り、ケインと対峙する。無言でケインの青い瞳を見つめる。「しかし、艦娘用の貴重品であるため、みすみすお渡しするわけにも参りません」


「それで?」ケインは先を促させる。


「すでに周知の事かと思いますが」装甲が黒光りする、甲殻類を思わせるような禍々しい深海棲艦達を思い浮かべ、彼の表情が厳しくなる。その様子から、戦況は思わしくないのだなとケインは容易に想像できた。「現在我々は、人類をあげて謎の敵との交戦中であります」


「つまり?」そら来たとばかりにケインは面倒事を想像した。


「貴船に助太刀願いたい」


しかし、ケインには二つ返事は出来なかった。ソードブレイカーは現在、壊滅的な被害を受けており、言ってみれば、戦艦に高角砲しか積んでいないような状態だ。もっとも、その高角砲はこの星の科学レベルから言えば、100%に近い精度を叩きだすだろうが。


「独力でも時間があれば回復は出来る」レアメタルの精製からとなれば、自動修復機の一つもない状況では厳しい。実の所、これはケインのブラフであるが彼らにはその真偽を確かめるすべはない。「断ると言ったら?」


「治療代は払ってもらいますわ」


彼の後ろにいた、眼鏡の女性が眼鏡をキラリと光らせ入口前で艤装を展開する。カキンというロックの外れる音のような物が聞こえると、背中に背負うバックパックのような個所からはアームが伸び、上下左右に機銃が4丁展開される。


「いくらだい?」ケインは不敵に笑いながら言い返す。


「あなたの命と等しい値段です」彼女は冷たい瞳でケインを狙う。


数発の銃声と共に、ケインはベットの下に前転をするように走り込み、ベッドを盾に素早くサイブレードを装着した。ケインが両手で握る白い機械の筒から、ブンと言う重低音を鳴らし青白い光が真っ直ぐに伸びる。


「一戦やろうってのかい?」


ベッドの陰から立ち上がりサイブレードを構える風圧が、ケインのオレンジの髪をふわふわと持ち上げる。バサバサと黒いマントは泳ぎ、ケインの口元が楽しそうに綻んでいる。時代が時代なら魔法剣士とでも呼ばれているかのような風貌だ。


「オーヨド!何してるデス!」


銃声を聞き、金剛が廊下を走って戻って来る。片手には食事の乗ったプレートを持ち、扉をバンと開け放つ。訪れる鈍い衝撃。人の感触。サッと彼女の顔が青く変わる。


「がふっ」


必要時にロックを掛けやすくするための片開きのドアが災いして、中に立つ彼に扉が直撃した。壁に叩きつけられゴロンと仰向けに床に転がる。


「金剛、たまには白以外も履くんだぞ・・・」


ゴミのように転がる提督が、金剛の腰元でヒラヒラと動くその中身を見ながら、辞世の句を詠んでいるようだ。彼は口元から血を垂らし穏やかに目を閉じる。


「てーとく!」金剛は足を後方に大きく振り上げる。「時間と!」勢いよく弧を描くように下りてくる。「場所を!」彼の腹部を目指し正確に。「わきまえなよ!」


金剛の一撃は彼の腹部に強烈に刺さり、白いパイプベッドごと打ち上げられると、彼はゾンビの如くヨロヨロと数歩を歩き膝から崩れ落ちた。


「良い所だったのに」奇しくも、呟く二人の声が重なる。


「あら?」大淀は眼鏡をクイッと指で持ち上げた。「いつから気付いてらしたんですか?」彼女は艤装を格納し、縦に二丁ずつ機銃を背中に付ける。


「あんたが空砲を撃った時からさ」ケインも白い光を収め、発信機をガンマンのように腰のホルスターにしまった。「もっとも」咄嗟に身を伏せたが衝撃波のみが抜けて行ったためケインは確信していた。「敵意は最初から感じなかったがね」


「大方こいつの性能が見たかったんだろう」これ見よがしにマントを片手でサッと動かすと、サイブレードの収まっているホルスターを見せつける。


「なんだ。初めから全部バレてましたよ。提督」彼女は楽しそうに笑うと、団子虫のように丸くなっている彼に声をかける。「提督?」彼はぐったりとした顔で小刻みに震えているようだ。


「金剛、あなた、本気でやりましたか?」キッと彼女を睨みつける。「ノー。バット二本が折れるくらいネ」すかさず金剛は答え、ヘラヘラと笑っている。彼女が本気であれば、床に穴の一つや二つ空いているところだ。


「ウッドですか?」キラリと大淀の眼鏡が光る。「ノー。もちろんメタルねー」二人は顔を見合わせる。「Hahahahahahaha」医務室に高笑いが響き渡った。


「お、おまえら・・・」白い手袋の手が、地底から這い出す死者の腕のように、プルプルと震えながら伸びる。立ち上がろうと、大淀の太ももをガシッと掴んだ。「え」肋骨は避けていたが「えいそ・・・」レバーに響くダメージからめまいの中声を絞り出す。


「流石指令。データ以上の変態な方ですね」そう言いながら、彼の手を振り落とすと、床に転がった白い手をグリグリと踏みつける。「それ、私の妹がよく言うやつデース」金剛は涼しい顔でカチャカチャとケインの前に朝食を並べ始めた。


「何だか恐ろしい所だな」


ケインは、怒らせた時のキャナルが2人いるようでゾッとした。ある時、キャナルの育てていた観葉植物のソテツを人質にとり交渉を迫ったことがあったのだが、ケインはもれなく宇宙遊泳の一人旅をプレゼントされたことがある。宇宙服なしでだ。


「いつまで寝てるデス」


金剛は両脇を抱え彼を抱き起す。速度の大半は床に擦りつけながら蹴り込んだため、見た目よりもダメージは少ないはずである。純粋に鍛えていた人間ならば数分で立ち上がれるところだろうが、いつまでもぐったりとしているのは彼のトレーニング不足によるものだ。


「提督、昼メニューに長門とのジムを追加しておきます」大淀の心無い言葉に一層めまいが酷くなる。ケインは居たたまれない気持ちで彼を見ていた。何だか少し親近感が芽生える。





「それで、ケインさん」


金剛の用意した洋式セットの食事をケインが食べ終わるころに、彼は腹を抑えながら浅い呼吸で続きを始めた。提督は金剛が運んできた常温水をグビグビと飲み干す。


「ここチューク諸島は、いや、昔はトラック島と呼ばれていましたが」


彼は説明を始めた。ケインは少し長くなりそうだなと、念のため腕時計の録音機を作動させておく。必要であればキャナルにそのまま送信解析させることが出来るからだ。キャナルの修理が進めばの話ではあるが。


「実は赤道近くの場所なんです」彼はさらに話を続ける。「深海棲艦が現れるようになってから、一部の海流の流れが変わり」このあたりの事は各国では新聞になる程度には有名であり、わざわざ隠すほどの事でもない。


彼の説明では、本来赤道近辺は一年中温暖であり台風の発生や雨期を除いては安定的な気候であるとの話である。しかし、どういう訳か深海棲艦が現れてからは、海流が乱れそれに伴い冷たい寒気が一部の海から湧き上がっていると言う。


「持ってきたわよ」


背丈が小さくセーラー服を着た少女が入ってくる。紺のスカートと、全体的に紺と白のコントラストの短い夏服のような制服だ。髪色はややダークグレーとと言ったところだろう。手にはクルクルと回る地球儀が乗っている。


「忙しいのにこき使って、ほんっとじょーだんじゃないわ」


手に持つ地球儀をクルクルと手で回転させながら言う。提督に地球儀を手渡すと、チラリとケインを見てとフンっと逃げ出す様に、消えて行った。


「ああ」提督は素っ気なく困ったものだと、特に咎める様子もない。「あけぼのは誰にでもああなんですよ」


良くは分からないが、恐らく彼女たちは、単なる兵としてではなく特別な扱いを受けているのだろうとケインは思った。


「どうぞ、おかけ下さい」彼は白手でケインを医務室にある無機質な勉強机のような机の前にあるイスに着席するように促した。机にはこの近海の情報誌や医学類の冊子が乗っているのが見える。


「現在、我々がいるのがこちらです」


彼は素早く地球儀を回し、太平洋の左下に位置する島々にペンにより印をつける。その後に説明と共にハワイ、硫黄島と印をつける。地球儀上に三角形の線が結ばれた。


「我々は多大な犠牲と共に、この内側に敵勢力を抑え込みました」


今回彼は説明を省いているが、人類は二つの敵根拠地を想定しており、一つは前大戦での激戦地太平洋と、もう一つは大西洋。いずれも海底深くに活動の拠点があるとわかっている。つまりは二正面作戦を展開中だ。


大西洋方面は潤沢な戦力を惜しみなく導入し、今日までは陸地への大きな被害は出ていない。問題は敵の質・量ともに多い太平洋側であったが、先の決戦により孤立していたハワイ島の制海権を連合軍が奪還してからはこの三角形の内部へと敵は身を潜めている。


「深海棲艦は海底で過ごすというが、潜水艦やらはないのか」


ケインの素朴な疑問であったが、立ち会っていた眼鏡をかけた艦娘から鋭い視線が刺さる。そんなものがあれば、とっくにやっているということだろう。


「ケインさん。我々には、この狭い地図上の範囲だけでも手に余る広さなんです」


彼の言葉には、どこか悲壮感が漂う。ケインは、この小さな島の基地は。おそらくは後方に控える島々の前線基地として使われているのだろうと思った。つまりは、捨て駒だ。


「ゴホン」


続きを話そうとする提督に、眼鏡をかけている彼女が咳払いで制止する。彼は地球儀を金剛に渡すと、時計を見る仕草をした後、もうこんな時間かと部屋を離れていった。


「ケインさんはしばらく滞在されるでしょうから」大淀は眼鏡をキラリと光らせると、ケインに着いてくるように促す「施設の案内もかねて、外で続きを話しましょう」


「片付けは私がやっておくデス」


ブラウンの髪色をした金剛が片手をフリフリと動かす。だいぶ元気そうな女性だなとケインは思った。医務室のある施設。提督の執務室と、複数の作戦室があると説明を受けながら、学校のような形をしている二階建ての建物から二人は外へと出た。





「ところでケインさんは軍人ですか」


大淀は先に歩き、広場で光を集めながら前を向いたまま小さく喋る。芝生の上を潮風が抜ける。芝生の周りはいくつかの施設が点在しているようだ。


「いや、宇宙では何でも屋のような仕事をこなして生計を立てている」


衛星港もないような惑星だと、ケインは余計な知識は与えずに、当たり障りのないように会話を選ぶ。宇宙ではポピュラーな仕事ではあるが、彼女の表情には少し同情の色がある。宇宙人も大変なんだなと。


重武装なのかわからないが、個人の船に兵装があるのであれば、隕石でも飛び回って資源でも集めているのかと想像する。向かってくる隕石を砕くくらいは出来るだろう。あるいは、宇宙海賊対策だろうか。


何れにせよ墜落するくらいであれば、本船の能力は宇宙人としては期待できるものではないのだろうが、それでも、自分たちには十分すぎる戦力だと、彼女は分析する。


「あなたには、二つの身分が用意できます」


広場を抜け、わずかに木々が立ち並ぶ砂利の小道に入る。


「一つは、都合よく記憶の一部を失った同盟国の遭難者」


ケインはなるほどと、思った。確かにこれならば怪しまれこそすれ、追及されても困らない。しかし、自分が宇宙から来たことを伏せたいという事は、保守的な星なのだろうとも想像する。ケインのマントが風に煽られバサバサと動く。


「もう一つは、試作“艦娘”としてこの星にいる間を過ごしてもらう事です」彼女は立ち止まり、振り返る。「あなたは、私たちの言う、艤装を装備していますから」


本来はさらに、客将として前線における艦隊司令部のように、指揮の一端を任せるなども選択肢があったが、もとより軍属ではないものに指揮を任せることはやはり危険と、大淀の判断のもとに二つに絞られた。


「もちろん。このほかにも、ケインさん自身で資源を集めて、地球を離脱する方法もありますが」彼女の赤い瞳がケインを見つめる。「その際は、我々を攻撃しないことをお約束願います」


彼女の青い瞳に、有無を言わさぬ力がある。


「あなたは“どう思いますか?”」





09 Concealed 5th ship of the “Takao-class”





「ああ。ケインさんお戻りですか」


提督は白い軍帽をクリクリと動かし、位置を調整しなおすと執務室のイスから立ち上がった。ケインの肩には妖精さんが乗っている。


「妖精さんもご一緒でしたか」重いテーブルの上にある、ミニチュア木造りのテーブルセットのイスを引くと少女は七色の翼をはためかせ、テーブルにトンの着陸する。トコトコと歩き、テーブルについた。「それで、どうされますか?」


「ああ、それなんだがしばらくは―」ケインは少しいやな顔をすると「艦娘として雇用契約を結ぼうと思う」きまり悪そうに言葉を続けた。


「本当ですか?!」彼は即座に手を伸ばし、ケインに握手を求めた。「いや、助かります」妖精さんはテーブルに着くと涼しい顔で小さなティーカップで紅茶のようなものを飲んでいるようだ。


「そっちのちまいのにね」ケインはマントから手を出し、彼の握手にいやいや答える。チラリと少女の方を向くと、我関せずとイスから出る両足をパタパタと動かしている。「この星に気になることも出来ちまったしな」


「ほう。一見華奢に見えるが、相当な鍛錬をしているなお前」


併設されている作戦室からのっそりと、筋肉質な女性が開いている簡素なドアを通り、長い黒髪を揺らしながら執務室へと入ってくる。


「あんたは?」


身長180センチはあるケインは、若干目線を下げ目を合わせ言う。彼女は腕を組みながら軽装甲のような艤装を身にまとい立つ。重厚なプレッシャーのある、言うなれば相対するものに戦車のような印象を与える。


「予備知識のない貴様には理解が難しいかもしれんが」彼女は堂々と名乗り始める。「私は長門型一番艦、長門だ」彼女は白い手袋をとり握手を求めてくる。「ビックセブンと呼ばれたこともある。以後よろしく頼む」


「ああ」ケインも握手を返すが、力強い握手にわずかに驚かされる。「こちらこそよろしく」


「時に貴様、かなりできるな」


長門はケインのスキのないいでたちに、かなり多くの死戦を潜り抜けてきていそうだと想像する。唯一の懸念は目立つマントだが、自分の長髪も似たようなものであり、どこか似ていると彼女はフッと微笑んだ。


「戻ってきたところですが、こちらもひと段落付きましたので」提督は白いドレスブーツでコツコツと歩く。「一緒にお昼でもいかがでしょうか」ニコリと営業スマイルのように言われケインは頷くと外へと戻った。


「何度もすみません」彼は視線を左右に動かし警戒しながら広場の芝生を歩く。「一つ宇宙人がらみで任務が来ていたもので」


ケインは先を促すように、彼に続き高い日差しの中、サクサクと芝生を進んでいく。


「新型宇宙船を調査せよと」ケインは面白そうに話しを聞いている。「今までは戦力の不足と内容が内容なだけに後回しにしていたのですが―」


草むらがガサっと動く。眼鏡をした彼女が戻ってきたようだ。


「大淀か、声をかけてからにしてくれ」提督はビクッと驚くが、ケインは初めから気付いていたのか気にせず歩き続ける。


「失礼しました。以後気を付けます」彼女は眼鏡をクイッと動かしながら言う。


「真偽の調査と、対象の奪取。不可能の場合はこれの破壊をと」少しバカバカしそうに彼は言うが、自分たちによく似た宇宙人を一人目の前にしていると、少しその内容にも現実味を帯びてくる。「眉唾な話ではありますが」


「餅は餅屋という事です」そういうと、彼女はケインの隣を合わせるように歩く。「随分と急な話だな」半ば疑うようにケインは声を出した。


「実はこれは今日付で判明したのですが」彼は声を潜め前を向いたまま小声で話す。「敵深海棲艦が活性化したので、宇宙由来の超兵器の開発を始めたようなのです」


「ここからは軍機、いや、すごく秘密の話なのですが」彼の声色が暗く変わる。「このままでは近々人類は敗北します」目を閉じ語るその姿は重々しく先ほどの話よりも真実味がる。


大西洋の戦況分析では、それは一進一退であり、辛うじて物量により敵勢力と拮抗していいるに過ぎないこと。先の決戦では実は敗北していたにもかかわらず、深海棲艦自身が何故か海底に身を引いたこと。


深海棲艦は不可解な行動ばかりを続けていると。


「奴らの行動は意味をなさない」ツバでも吐き出すかのように彼は言葉を続ける。彼も失ったことのある男なのだろうか。「これはまるで」涙がにじませながら白い手袋をきつく握る。「まるで、遊んでいるだけだ」




――ばーちゃん。町が、町が燃えてるよ。


――ケイン。


ロストシップは、闘うことを宿命付けられた船。ロストテクノロジーは、甘い蜜。その代償は、文明の滅び。ロストシップに関わるものすべてを巻き込んで、戦いへと、戦いへと。




ケインは目を細めて過去を思う。


「いいぜ。その話受けるよ」


ケインにしては珍しく、詳細を聞いてすらいないがその任務を受注する事にした。ケインには深海棲艦の、その不可解な行動に思うところもある。新造艦が万が一ロストシップであれば、捨て置くことも出来ない。


「それでそいつはどこに?」地名など聞いてもわかるものでもないが、一応は録音をしておく。「ポートモレスビーです」彼女は目を光らせると、そう答えた。「ここからですと、艦娘の全速航行でも片道一日はかかりますね」


「予備戦力に乏しいこの鎮守府では―」提督は力なくつぶやく。「半径、半日圏内の遠征が限界でした」青い海の彼方には霧のようなものがわずかに見える。「遠からず奴らは陸地へも侵略を始めるでしょう」


「作戦発動までは日数がかかりますので、短い付き合いでしょうが」彼は曲がった軍帽を正すと、背筋を伸ばしケインと向き合う。「よければ、艦娘達と仲良くしてあげてください」ケインは彼の表情に枯れ木のような哀しさを感じ取った。


大淀も、どこか寂し気に立っているようだ。海から冷たい風が差し込んでくる。



【【深海棲艦は現在、攻勢防御を主眼に作戦を行っており、新個体“姫級”の敵がこれを統率している。彼女らは海上に姿を現している期間は長いのだが、威力偵察以上の攻撃を行うとすぐに海中へと逃れてしまう。ひどく賢い。


先の決戦において大打撃をこうむった理由は、新型敵深海棲艦、飛行場級が多数目標に常駐していたことに起因する。飛行場タイプは単独にして、300機以上の航空隊を指揮していたというから驚きだ。軍令部の想定ではこれの半分以下が上限とされていた。


丸いフォルムに黒い体。むき出しのガチガチとした白い歯。それらが空に八分。


爆撃機の不足に伴い用意した、艦娘の戦爆を打撃力の要とした戦略にも無理があった。如何に艦娘といえど万能ではなく、先の戦争同様に戦爆はあくまでも爆撃機であり、その空戦能力は習熟内容の違いから極めて低い。結果、瞬く間に制空権を失うことになった。


艦娘は軍艦を盾に包囲を形成し果敢に善戦するも前線指揮官を失い瓦解。辛くも硫黄島・ハワイ方面へと落ち延びる事ができた。世に言うウェーキ沖の悪夢である。直後から情報統制が行われ、大勝利の報のもと、人類は数か月程度の安心を享受している。


人類は未だに深海棲艦らの全容を何一つ解き明かしてはいないのだ。】】





「不幸だわ」


木造りで四人掛けのテーブルが並ぶ艦娘で賑わう食堂で、よくわからない大きな肉が目の前にあり、周囲からは羨望のまなざしで見られている。白と赤を基調とした巫女服をまとい、山城は、ナイフとフォークを使いモクモクとお肉を口にしていく。


珍しくハンバーグ定食を頼んでみたら、配ぜんしていた者から、スープを手にこぼされてかなり熱い思いをした。赤く変わった手の甲をさすり、姉のように儚げに大丈夫よと一言言うと、乾燥を始めたワカメのようシオシオと力を無くす。


見かねた料理長が謎のステーキセットにメニューを変えてくれていた。オーストラリアからの若干固い肉ではあるが、通常では肉自体が希少なこの鎮守府では実際に購入を考えれば結構値が張る食べ物だ。奥歯をかみしめしっかりと味わう。


「相変わらずだな山城は」白いドレスシューズをコツコツとならし、わらわらと騒いでいる駆逐艦娘を追い払うと、山城の向かいへと着席する。「ケインさんもこちらへどうぞ」彼は隣のイスを引いた。


「なーんだよ提督は羨ましいねぇ」厨房から声が聞こえてくる。「まーた新しい子はべらせちゃってさ」数人の料理人がヘラヘラといつものようにからかってくる。


ケインは眉をひそめた。山城は血の気が引いていく。美味しいお肉の味がどこかへ消えてしまった。何か良くない予感がする。何か大事なことを忘れていた。特大の不幸を予感した。


「変なマントつけてるけど海外艦かい?」年長者の料理人はいつもの調子で悪気なく続けた。「また、かわいい子だねぇ」


ケインはサイブレードに手をかけ、立ち上がり一気に抜き去った。


「待ってくださいケインさん!」提督は目を丸くして彼の手を両手で押さえつける。時同じくして弾けるように動いた、ケインの両肩には山城と大淀がいる。「誰が!変なマントだって!」ケインはオレンジの髪を逆立てる勢いで吠える。「それに、俺は男だ!」


山城は、キャナルから聞いたケインの取り扱いについての注意事項を思い出した。揶揄の類かと思ってその時は一緒に笑っていたが、彼女はこう言っていた。ケインのマントをバカにしたり、ケインを女のように扱うと斬られます。


―― 斬られます 斬られます 斬られます


エコーのように脳内を反芻する。この目は本気だ。絶対に離してはいけない。


「うーむ。高雄型だな」一人弾き飛ばされ、床に尻餅をつきながら彼は頷く。「間違いない5番艦だ」うんうんと頷く。「頭パンパカパーンなんですか、バカ言ってないで早くなんとかしてください!」大淀が眼鏡を光らせ怒鳴りつける。



【【硫黄島近海で警戒警備を続ける高雄型については諸説ある。1番2番艦はスカイブルー。少し濃いめの青色で添乗員のような恰好であるがタイトミニのスリットは深く一見キャンペンガールのような扱いを受ける。


1番艦・高雄[たかお]は黒髪のゴワゴワとしたショートヘアなのに対して、2番艦・愛宕[あたご]は黄色い背中まで下りるロングヘア―である。両艦ともに胸が大きく戦意高揚のために広告塔にかりだされることもあり、人懐っこくファンキーな性格である。


3番艦・鳥海[ちょうかい]、4番艦・摩耶[まや]、1番から同型艦ではあるが“戦局の悪化”にともない近代化改修を実地、その際に服装も見直され、駆逐艦のセーラー服をベースにさらにスカートにはスリットが両サイドに入っている。


両者とも色が少し薄い黒髪で、鳥海は愛宕ほどに長い髪。摩耶は防空巡洋艦であり自らの進言により、短髪で延焼箇所が少ないように洗練されている。


広報任務も忠実にこなす、高雄、愛宕とは違い、スリットに網タイツのような赤い格子を入れられた事もあり、両者とも性格がやさぐれているところがある。本来の運用目的から逸脱した任務ではと思うところもあるため、軍内部では黙認されているが。


摩耶にいたっては自信家なきらいがあるが、先の決戦において、制空権のない中で敵航空部隊に大穴を開けたことが全軍撤退の一助となっていた。その潜在能力は高く、自他ともに認めるところである。】】



「おっかねぇおねーちゃんだな」


料理人たちは引きつるような顔つきで、厨房へと退散する。まるで深海棲艦でもみているかのようだ。ケインはまだ言うかとばかりに、威嚇を続けている。急場とはいえ戦艦並みの力二人分でやっと抑えられるとは、やはり只者ではないようだ。


「ケインさんは高雄型5番艦ということで行こうかと思います」落ち着きを取り戻したケインを二人が離すと、四人は再びテーブルに着いた。「それで、高雄型ってのは?」忌々しそうにじっとりとした視線を、ケインは彼に送る。


「あちらです」


ぱんぱかぱーんのポスターが食堂の壁に貼られている。先頭に金髪の女性が両手を上げてポーズを取っている。やたら胸を強調している。ポスター上部に書かれた扇形のぱんぱかぱーんの文字の下にはほかに女性が3名。


こちらも先頭の彼女と同じくパンパカパーンの姿勢を取っている。キャンペーンガールのような二人と対照的に、白いセーラー服姿の二人は、どこか死んだ魚のような目で、乾いた笑顔を作っているのが印象的だ。


食堂が静まり返る。山城はモクモクとステーキを頬張っている。近くのテーブルには、楽しそうに様子を見ながら甘未を食べている少女たちがいる。


「ぱんぱかぱーん」少女の一人が小さく呟く。一斉に笑い声が生まれた。


「あに・すん・のっ」迅雷の速さでケインは動き、少女の胸倉を掴み締め上げる。口は禍の元。本日一番運のない艦娘こと駆逐艦・満潮[みちしお]だ。金剛のようなモンブランを二つ髪にのせ、そこからライトブラウンのツインテールを垂らす少女。


「艦娘は切られても死なねーんだったな」ケインの引きつった笑いが、ほかの少女たちをわずかに遠ざける。「獲物はなしだ、表へ出な」非礼があれば、女子供とて情け容赦は一切しない。ケインのフェアな戦闘スタイルが垣間見える。


「大した腕力だな。それの無礼は代わりに詫びよう」長髪をたっぷりとゆらし、ゆらゆらと長門が食堂へと入ってくる。しかし、言葉とは裏腹に彼女はコキコキとこぶしを作り、不敵に微笑んでいる。「どうだ、この後私と」


「困りますね」ここへ来て、大淀が口をはさむ。


「彼との“デート”は私が先です」大淀は立ち上がりゆらゆらと歩み寄りながら、長門を威圧する。「面白いことしてくれたじゃない」少女は手を離され、ゲホゲホとする。「誘われたのは私でしょう?」満潮もケインとの楽しいデートをご所望のようだ。


山城はチンピラ達を横目で見ながらモクモクとステーキを食べている。叩いた小さな骨が肉に混じっていたようだ。舌に刺さりほのかに痛む。無表情でレロレロと舌を動かしている。提督は見かねて立ち上がった。


「お取込み中のところすみませんが」提督は、ケインの白く手の甲まで延びる指だしグローブで、大胆にも長門にこぶしを作り振りかざしている様子を見ながら、コツコツと歩き出した。「あの、どちらの制服がよろしいですか?」例のポスターを指さす。


自己主張の強いぱんぱかぱーんだ。


「冗談だろ?」口元をヒクヒクと動かしながらケインが濃縮した青い瞳で提督を見つめる。「艦娘という“契約”ですから」ケインはこの時ハッとなり後悔した。




――トラコンってのは、契約守ってなんぼのもんだ。


中には、人生が終わるような仕事もたくさんある。

だから!契約の際には、細心の注意を払うんだ!

ケインは机を強く叩く。


「それは、わかってるけどぉ~」


黄色いショートヘアの女性がソファーの上で、ピンクの小さいザブトンを抱きかかえている。顔いっぱいで困っていますと表情を作りソバにいる緑の髪の少女に助けを求めるように視線を送る。


「分かってない!」手に持つ書類にはミレニアム・フェリア・ノクターンの名前で契約書にサインが入っている。「人のシリアスな信用。ぶちこわしにしやがって!」


「ケ、ケイン。もうそれくらいに・・・」緑色の髪をしたメイド服の少女が止めに入る。「キャ~ナ~ル~」ケインは眉をヒクつかせて、ゆっくりと首を少女の方へと向ける。「あ、あう~」彼女はちっちゃく体を縮こませるように後ろへと下がり始める。


「だいたいお前も、お前だ。なんだってこんな奴、正式なクルーにしたんだ」ケインは追いかけ、少女に詰め寄った。「それはその~」縮こまって、半笑いで両指ををつんつん合わせながら。「通関とか、面倒だったんで、つい・・・」


彼女は極限まで“可愛く見える”ように努めるが、付き合いの長いケインにはキャナルの“悪質な内面”を知り尽くしているため、彼女のいかなるお色気ももはや通用しない。ケインの説教は長時間に及んだ。



【【トラブル・コントラクター。厄介事下請け人とは、言うなれば酒場で提供されるクエストを宇宙規模でネットワーク化したもの自ら選択して、個々に仕事を契約できるシステムだ。雇用側も同じくトラコンと呼称する為、この業務形態全般を指してトラコンと言う場合が多い。


仲介業者・斡旋業者が多く存在し、中には悪質な内容で受注者には極めて不利な条件や、実際に命の保証がされていない内容も多々存在している。しかし、暗黙のルールとして一度契約がなされた場合。契約を履行できない者は職歴に記録されてしまい、次からはまともな内容の仕事を受け辛くなる。


さらには、仲介・斡旋業者には罰則がなく、あくまでも雇用主対契約者での係争となり、多くの場合資本力に乏しい個人であるトラコンの身分は保証されない。つまり泣き寝入りとなるのだ。ゆえに、トラブル・コントラクターには常に契約の際には力量と危険度、また妥当性を考えた上で契約を行う必要がある。


単純に言えば、日雇い者の自腹移動額が、総支給額を上回っていたり、命の危険を伴う作業を行わされても、誰も助けてくれないというような事だ。だからこそ、契約書は常に隅々まで契約内容を確認する義務がある。】】



ケインにも不測の事態ではあったが、過去に何度か、契約不履行の経験がある。その苦い経験が契約時のケインの慎重さを作り上げている。しかし今回は、情に流された結果、よくないほうに転んだようだ。


「トラコンは」ケインは握られた拳から力を抜く。「契約守ってなんぼのもんだ」人を呪わば穴二つ。巡り巡って帰ってきたようだ。オレンジの髪ががっくりと垂れる。


提督の説明では、艦娘の保護は手厚く、艦娘対人の衝突であれば、艦娘が優遇されるとの事。艦娘対艦娘の問題であれば、基本的には当事者間で解決を図るように促されていることが説明された。


つまり、ケインのように喧嘩っ早い者では、艦娘でもなければ、この地球上では常時留置所送りになってしまうとの彼の判断である。暫定的措置として、他方への上陸作戦時以外には、通常の服装でも構わないと彼は確約した。


高雄型はそもそもイロモノ扱いを受けているうえに、艦娘自体の実体も良くはわかっていない。“おおむね”人類に対して友好的とあれば、このような“まぎれ”がいたとしてもそう多くは疑われないだろう。それに4番艦は素行の悪さでも一目置かれている。


試作5番艦であるなら、なおさらという事だ。設定上はもっともらしく、接収された同型艦のひな型が戦後に同盟国で就航し、そのあと例の実験の際に長門型よろしく巻き込まれたとでもしておこうか。と、提督は試案を巡らせる。


「高雄型5番艦・ケインブルーリバーだ」白いスカートを揺らしながら、謎の指さしと共に名乗りを上げる。「名前の由来はコロラドの研究機関で鹵獲データの再設計を受けたことに由来するぜ」こんなところだろうか。いや、ベースは英語か。


「ケインブルーリバー様だ。試作艦なんで水上戦はちょっとBADだぜ」劣化摩耶とでもいったところかと、遠い目をしながら彼は考える。いやまてよ、マントがあるな。マント。

ハロウィン艦か?


「提督」視界が揺れる。「私、哨戒に行ってきますよ」気が付けばゆさゆさと山城に体をゆすられていた。「提督、デイドリームはその辺で」大淀も眼鏡をキラリと輝かせ鋭い視線を送っている。


「まぁ、ともあれ作戦までは気楽に過ごしてください」提督は乾いた営業スマイルを浮かべにっこりと笑う。「まだ、深海棲艦も侵攻してくる気配はありませんし」


食事を終えキラキラと輝いているような山城を入り口まで見送ると、彼女に代わり長門が席に着き四人はメニューを見た。身長の高いケインと、重々しい長門。眉をピクピクと動かしながらメニューを眺める大淀。乾いた笑いを浮かべる提督。


テーブルが異様に小さく見える。


食堂はいつのまにか、この枢軸の4人と、いったい何が始まるのかと、ビクビクとおびえる三人の料理人だけになっていた。メニューにある肉類には、完売を現す猫のシールがペタペタと貼られている。残っているものは、貧相な魚の天ぷらと、草物ばかりだった。


「おのれ山城」


大淀はこれみよがしにステーキを頬張っていた彼女を思い出し。奥歯をかみしめた。






10 Battle of







「ママ・は・いっーてた・きをつけなさい」


クルクルとフレンチクルーラーを乗せた金剛を筆頭に、駆逐水雷戦隊を従えて広場のトラック規則正しく小走りしている。


「ほんとの・あいにーは・じかんが・いーるわ」


少人数の少女たちが崩れぬ隊列で金剛に続き、歌いながら追いかける。走りながらのため小刻みに歌っているが最近金剛がはまっている歌らしい。


「だけど・あなたーに・でああた・とーきに」


無駄に上半身をブリブリと振り、クルクルしたフレンチクルーラーが左右にマラカスのように揺れているが、それでスタミナが落ちないとはさすが戦艦といったところだろうか。


「へぇ。気合はいってるじゃねーか」ケインは感心するように彼女たちのジョギングを目で追う。歌いながらにも関わらず、統率が取れている。どちらもかなり訓練をしてそうで、根は真面目なんだろうなとケインは思った。


初めから燃えることを前提に木造りで簡素に作られた食堂から、ゾロゾロとごつい4人衆が出てくる。ケインはトラックを走り回る集団を見て小さく呟いた。先頭に一人変なのがいるが。


「ひゃくねーんのー・じーかんさーえ・軽々と・飛び越えて、しまった!」


金剛は立ち止まりポーズを決める。ファンシーな巫女装束が風に揺られる。


「You're mine~!」片手を天に伸ばし、青い陽光のもとポーズをきめる。ていとくー!目を離しちゃNOなんだからねー!!片手が犬のしっぽのようにブリブリと振られている。急停車により後続が玉突き衝突を起こした。「オウマイグッデス」


「なんか言ってますよ」大淀がキラリと提督を睨みつける。「昼の酔っぱらいには、正直関わりたくない」身も蓋もないことを言いながら、彼はコツコツと歩みを進める。しかし、残念だが彼女はシラフだ。


「いつも走ってるのか?」急いで立ち上がり、再び等間隔に隊列を整えている金剛を見る。


「ええ。私も今朝、大淀に突き合わされましてね」苦々しそうに表情を暗くしながら、提督はギスギスする体を動かす。「この後は私とジムだろう?」ふてぶてしく腕を組み言う長門に片手を振って彼は答える。


「うーまれたとーきに・なーくした・かーけら」金剛はまたブリブリと走り出す。さしずめ、ランニングのアイドルだろうか。「ああー・みつけーた・みーたーいー」


金剛の伸ばす片手に合わせて、後続の少女たちも一糸乱れぬ挙動で追従する。悲しいかな金剛の軍歴は長く、基本的には少女たちは彼女のいう事をよく聞く。攻撃機動を始めた戦闘機のように斜めに手をあげたままトラックのカーブを旋回していく。


「なにか」長門は広場へと近づいてくる兵士に声をかける。「大本・から・あります」


ヨォアマーイン!!てーとくー!!


「黙らんかバカモンが!!!」彼はビクッとして姿勢を正し敬礼を行う。「ああすまん。貴様ではない」長門は答礼をすると、指で気まずそうにほっぺたをカリカリと掻く。「大本営からであります!」


「ん」ファイルを持ってきた若い下士官の敬礼に提督は答礼すると、彼は足早に持ち場へと帰っていく。「ほう。フォーティーフォー・セカンド、か」提督は内容に目を通し呟く。


「なんだそれは」長門が不思議そうにダークブラウンの眼を細め言う。


「ああ。本作戦にあたり、グアムから増援が来るのだが、その部隊名だな」提督は言葉をわずかに詰まらせる「それとエンタープライズが来るらしい」


「どちらのですか?」大淀も興味を持ったようだ。艦なのか、艦娘なのか、とういことだ。


「いや、詳細は不明なのだがおそらくは。艦のほうだろう」ここで言葉を濁らせる。


現存しているエンタープライズ級空母の事だと思われるが、速力10ノットとは機関損傷でもしているのだろうか。それにここは係留装置に乏しい上に、溶岩質のためかなりの場所に海面から見えない尖った岩が存在している。


座礁の危険を伴ってまで少数部隊の移動のために、わざわざそれが来るとも思えないが、艦娘一人でけん引できる人数でもない。指定区域から、護衛を変われと指示があるので、その時にははっきりするだろうが。


「青葉にでも見に行かせるか?」本来なら一番に駆け出してきそうな話だが、不幸にも彼女はいま山城と共に海の上だ。「艦娘の不足分を補うという事だろうが、彼らを使うとなるといささか気の毒ではあるな」


「フォーティーフォー・セカンド。例の日系部隊ですね」大淀が青い瞳を細め言う。「欧州の深海棲艦上陸戦でもっとも活躍し、もっとも部隊をすり減らした連隊」


「深海棲艦ってのは、どれほど厄介なんだ?」のどかに走りまわる金剛一行を眺めながらケインは尋ねた。


「一隻でも上陸されれば、後ろの建物はなくなりますね」もっとも、姫級を除いては、一体一体が人間の数倍の大きさのため、浮き桟橋から人が通れる程度の石段と、溶岩質でそそり立つこの基地への上陸は難しいだろうが。




後書き

ノシ´・ω・`)つ ここの運営さんは、やる気ななそうだから、コメ荒れてもいいけど、こっちはレスバ万歳筋だから喜んで迎撃始めるよ。豆腐メンタルは煽りに来ないでね。崩れても知らんよ。作者と読者は非営利のため対等だと思っています。ただ、こちらは専守防衛に努めます。

 


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