2020-04-11 22:48:02 更新

概要

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前書き

親潮と提督の関係は祥鳳の理想通り優しく作られていった。

しかし親潮にはまだ隠された過去があり、提督はそのことを知らない。
最初は親潮の過去編から始まります。












第三部 ガラスの残骸




































【鎮守府内 親潮の部屋】




親潮「ん…」



いつも通り目覚ましが鳴る前の朝5時少し前に目が覚める。



今日も深い眠りが取れて前日の出撃の疲れが無くなっていました。





私はベッドから出てある日課を行います。




親潮「今日で…60日か…」




カレンダーの昨日の日付にバツ印を入れる。




親潮(もうやめようかしら…)



こんな変なことを日課にする必要が無くなったと心の中が軽くなった気がします。



















あの日…



司令が祝勝会場のホテルで私を助けてくれたあの日から



私は悪夢を見なくなりました。






以前は色んな悪夢にうなされました。





司令を殺す夢


司令に殺される夢


司令の家族を殺した過去の夢


黒潮さんが目の前で轟沈する夢





その悪夢を見た朝は一人で泣いたり、あまりの苦しさに吐いたりもしました。





それはあの日、司令の家族を手に掛けて…黒潮さんを喪った日からずっと続いていた



永遠に続く悪夢、それが私の罪なのだとずっと思っていたのに…






親潮「さあ!今日も頑張りましょう!」





自分で自分を発奮させる言葉を放って私は部屋を出ました。




【鎮守府内 演習場】





親潮「おはようございます祥鳳さん!天城さん!」


天城「おはようございます」


祥鳳「おはようございます親潮さん」



演習場に行くといつも通り祥鳳さんと天城さんが訓練をしています。


私はお二人に挨拶をしてから演習場の掃除の準備に取り掛かりました。




本当は私も早朝訓練をしたいのですけど…大井さんから『夜も追加訓練しているでしょ?勝手に朝練してオーバーワークになったら絶対に許さないから』と言われたので大人しく従います。


大井さんだけは絶対に怒らせたくありませんから…。

普段私の夜間訓練も見て頂いてますし…贅沢は言えませんよね。



親潮「準備良し!」



私は掃除道具を持って演習場の掃除を始めました。




















祥鳳「親潮さん」


親潮「あ、はいっ」



私が掃除を終えた時、訓練を終えて艤装を外した祥鳳さんと天城さんがやってきました。



祥鳳「これ…」


親潮「あ…」



祥鳳さんが私に何かを差し出す。



それは…


私の大切な…



祥鳳「最近の技術はすごいですよね、ここまで復元できました」



黒潮さんとの…思い出の写真…



以前私がクシャクシャにして捨てようとしていたものを…祥鳳さん…




祥鳳「天城さんが直してくれるお店を教えてくれたのですよ」


親潮「…」


天城「親潮さん?」


祥鳳「あの…私もしかして余計なことを…?」




私は嬉しさから涙を堪えることができませんでした。




親潮「祥鳳さぁぁぁんっ!!」


祥鳳「うわぁ!?」



その溢れんばかりの気持ちのまま祥鳳さんに抱き着いてしまいます。



親潮「うぐっ、えぐ…あ、ありがとう、ご、ございます…ありがとうございます…!うっ…うあぁぁぁぁ…」


祥鳳「良かった…」


天城「ふふ、紹介した甲斐がありました」



そんな私を祥鳳さんは抱きとめただけでなく優しく髪を撫でてくれました。









私と黒潮さん


そしてもう一人の大切な仲間




その3人が写った写真を持ちながら



私はいつまでも泣き続けました









【過去 艦娘訓練所】






新人艦娘としての訓練を終えた私達は最初の配属先を与えられました。




黒潮「これからも一緒やな、よろしく頼むで」


親潮「こちらこそ!よろしくお願いします!」


黒潮「あはは、相変わらず親潮はかったいなぁ」





私、陽炎型駆逐艦4番艦親潮は訓練所についてからずっと姉妹艦である黒潮さんと一緒でした。


辛いときは励まし合い、嬉しいときは共有し仲を深めていきました。


そんな彼女と同じ配属先を与えられて私はまた嬉しさで胸がいっぱいになりました。




舞風「あれー?二人とも配属先は決まった?」


親潮「舞風、野分も」


黒潮「うちらは択捉泊地やね、そっちは?」


野分「私と舞風は佐伯湾に決まりました」


親潮「そっか…離れ離れですね」



同じくこの訓練所でずっと一緒だった姉妹艦の舞風と野分は別の所へと決まったみたいです。



舞風「こらー、そんな暗い顔してちゃダメだぞー!」


野分「きっと…いえ、必ずまた会えます。だからそれまで…」


黒潮「元気でな!」



私達はお互いの手を出して握り合います。







親潮「はい!必ずまたお会いしましょう!」







その再会は私達が思っていた以上に早く




あんな最悪な形になるなんて誰が予想したでしょうか…











【択捉泊地 執務室前廊下】





※以降、提督の父を『提督父』として表記します。









??「どうぞ~」




廊下で待機していた私と黒潮さんはその声を合図に執務室に入ります。




黒潮「お邪魔するでー」


親潮「親潮、入ります!」




執務室に入ると机に座ったこの鎮守府の司令


そして傍には秘書艦が控えていました。



??「それじゃ自己紹介して」


黒潮「陽炎型3番艦、黒潮や。よろしゅうな」


親潮「陽炎型4番艦、親潮です!どうぞよろしくお願い致します!」



秘書艦に促されて私達二人はこの鎮守府の司令に挨拶しました。




提督父「ははは、同じ陽炎型なのに随分と違う二人だな。俺はこの鎮守府の提督を務める…」



私達の挨拶に対し、彼はすぐに笑顔を見せて挨拶を返してくれた。


そして直感しました、私達はとても良い司令官の下へと着任できたのだと。




衣笠「私は秘書艦の青葉型重巡の衣笠よ。よろしくねっ!」



隣に控える秘書艦の衣笠さんも挨拶をしてくれました。

明るくてハキハキしていてとても好感の持てる印象でした。


ただ衣笠さんは私達と同じように若く、『こんな若いのに秘書艦を?』と思ってしまいました。



衣笠「まあ秘書艦っていっても見習いみたいなものだけど…」


親潮「見習い…ですか?」


衣笠「そう、着任して1年経った艦娘はこうして順番に1ヶ月だけ秘書艦を務めるの」


提督父「改めてこの子にはどんな適性があるのか見定めるためだな」


黒潮「へえ~そうなんや」


親潮「なるほど…」



何だかしっかりと艦娘のことを考えてくれている司令官なのだと嬉しくなりました。



黒潮「うちはてっきり司令はんが若い女の子好きだから秘書艦させてるのかと思ったわ」


親潮「ちょ!?黒潮さん!」



黒潮さんも司令官に安心したのかいつものからかい口調でものを言っている。


本当…黒潮さんのこういうところって真似できないな…。



衣笠「だ、ダメよそんなこと言っちゃ!スイッチが…!」






スイッチ?





提督父「ふふ、ははははは!残念だったな!俺は既婚者で3人の子持ちだ!」


黒潮「いっ!?」



いきなり人が変わったように司令が笑い始めました。


隣では衣笠さんが『あちゃー…』と言った感じに顔を覆っています。






提督父「それじゃあまずは俺の妻から紹介してやろう!出会いは父の友人からの紹介でな、初デートは…」



司令は写真を取り出して私達に家族の紹介を始めました。



提督父「これが自慢の長男だ!成績は普通くらいだが頭の回転が良くていずれ俺の跡を継いでくれるって言って嬉しくて…」



その後は



提督父「こっちが少し歳が離れた次男坊だ!まだまだ甘え盛りで可愛いんだこれが!」



遠征部隊帰投の連絡が入るまでの2時間



提督父「これが可愛い可愛い娘だ!まだ小さいが俺が帰ると『パパ~』って言って抱っこをせがんでくるんだ!これが可愛くて仕方なくってなぁ!」



司令の家族自慢は続きました。



私も黒潮さんも衣笠さんも苦笑いで聞いていましたが…本当に家族想いの素敵な司令なのだと胸が暖かくなりました。








【鎮守府内 正門】




衣笠「ほんっと…家族の話になると止まらないんだから」



司令に呆れながら正門に連れて来てくれた衣笠さんはそう言いますが笑顔を見せています。

きっといつもあの調子なのでしょう。



黒潮「あはは、あの調子やと苦労しそうやけど…でも楽しそうやね」


衣笠「ええっ!提督のためならって逆に気合が入るわ!しょっちゅう落ち込んだりして大変だけどね」


親潮「司令が落ち込むのですか?」


衣笠「そうなのよ。ここから提督の家まで結構距離あるからね。簡単に帰れないのよ」


黒潮「ああー…ホームシックか」


衣笠「正解。会えない期間が3ヶ月を過ぎると段々と元気がなくなってきて…」


親潮「あはは…」



容易にその姿が想像できて苦笑いが止まりませんでした。




衣笠「ねえねえ、鎮守府の案内の前に着任の記念撮影しない?」



そう言って衣笠さんがポケットから使い捨てカメラを取り出した。



黒潮「お?ええね!」


親潮「ぜひお願いします!」


衣笠「りょうかーい、あ、高雄さーん!お願いします!」



てっきり私と黒潮さんのツーショットを撮るのかと思ったら衣笠さんはカメラを通りすがりの高雄さんに預け、私達の間に入ります。



高雄「それじゃあ撮るわよ」



衣笠さんが両手で私と黒潮さんの肩を掴み引き寄せます。


その物怖じしない強引さとすぐに打ち解けようとする彼女の姿勢に私も黒潮さんも自然と笑顔になりました。




衣笠さんが笑顔でウインクをして



私と黒潮さんが笑顔で写っている写真





それは私の大切な一歩目であり、思い出に残る大切なものだったので





私は少しラミネート加工をして御守り代わりにいつも懐に入れていました。






















その後、約2ヶ月間



司令は無理な任務を私達に与えることなく艦娘としての仕事を覚えさせてくれて



徐々に慣れ始めた頃…







黒潮「司令はんの家に?」


親潮「私達が…ですか?」


提督父「ああ」



私と黒潮さんが司令の家へと招かれることになりました。



私と黒潮さんは迷うことなく頷き、司令の家へと連れて行ってもらうことになりました。







黒潮「現地に行ったらどんな自慢話が始まるんやろうなあ…」



そう言う黒潮さんでしたが楽しみにしているのがハッキリとわかるような笑顔を見せていました。



親潮「ふふ、そうですね」



そして私も…楽しみに胸の中が躍っていました。




















それが…



あんなことになるなんて思いもしなかったから…









提督父の家】




提督父「ただいまー」



そう言って玄関のドアを開けると家の中からドタドタと走る音が聞こえます。



妹「パパおかえりなさい~」


提督父「ただいま、良い子にしてたか?」


妹「うん」



以前司令が言っていた通り娘さんが抱っこをせがんで走って来て司令が抱き上げていました。

その暖かい光景に思わず笑顔になってしまいます。



提督父「紹介するよ。最近うちの鎮守府に来た艦娘だ」




司令の言葉に私と親潮さんが前に出て挨拶をします。




黒潮「陽炎型駆逐艦 3番艦の黒潮や、よろしゅうな」


親潮「陽炎型駆逐艦 4番艦の親潮です!よろしくお願いします!」



顔をしっかりと前に向けて挨拶をすると司令のご家族は私達に笑顔を見せて迎えてくれました。



提督父「こちらが妻、娘と次男坊、そして…」





『始めまして、いつも父がお世話になっています』




小さい息子さんと娘さんと違い、私達よりも年上なその男性。



それが私の…



今の佐世保鎮守府提督、司令との出会いでした。







父「まだ着任したてで慣れないこともあるだろうから交流のためにも連れてきたんだ。話し相手になってやってくれよ?」




『え?俺が?』



いきなりの提案に彼は戸惑っています。




黒潮「まぁまぁ、そんなに固くならんでええからね。よろしゅうな」


親潮「どうかよろしくお願いします!司令には…お父様には日ごろ…」



すかさず黒潮さんがフォローを入れたので私もそれに続きます。

それに対し彼は少し苦笑いをしながらも『よろしくな』と返してくれました。



























街に出かけると私達は他の人と違った目で見られます。


艦娘という特殊な存在を珍しいものとして見る目、危険な存在だと認識している目や正体不明の化け物だと畏怖する目と様々です。


択捉泊地周辺でもそのような目で見られていましたから私は気にしてないように振舞っていたのだけど…




『彼女達をそんな目で見ないでもらえますか?』



彼は堂々と私達の前に立って一から艦娘というものを説明し、誤解を解くよう努めてくれました。


最初は私も黒潮さんも「なにもそこまで…」と遠慮気味でした。

しかし誤解されることに慣れ、どこか冷めていた私達にとって彼のその行動を嬉しく思ってしまいます。



黒潮「…」



いつもは「あんなの気にしてもしゃーないよ」と諦めていた黒潮さんが戸惑いながらもジッと彼を見つめていました。















その後は司令が家に居る3日間、彼と一緒に色んな所へ行き、色んなことをしました。




彼の知る町のレストランで美味しい食事を頂いたり



可愛らしい動物の居る博物館に連れて行ってもらったり



ゲームセンターなどで色んな物を持って帰ったりしました。






あっという間に3日間が過ぎ



最後に彼の一番好きな町が見渡せる景色の良い丘へと連れて来てもらいました。








本当に楽しい3日間でした。



自分達が艦娘であることを忘れさせるほどの幸せな時間でした。





黒潮「おおきに、な…」


親潮「本当に…ありがとうございました!」




そんな幸せな時間をくれた彼に私と黒潮さんは深々と頭を下げてお礼を言いました。





これが終わったらまたいつもの日常…


戦いの日々…



そう気持ちを切り替えるよう言い聞かせながら…




『またいつでも来てくれ、待ってるからな』




そんな私達に対し彼は笑顔でそう答えてくれました。



その答えは『また会いたい』という彼の気持ちが伝わって来て私の胸の中がとても暖かくなり



黒潮「ええよ、約束や」


親潮「私も!必ずまたお会いしましょう!」



返事が自然と大きくなってしまいました。




黒潮「えへへっ、ほな帰ろうか」


『うぉっ!?』



黒潮さん彼の腕に自分の腕を絡める。


黒潮さんの大胆な行動に私はとにかく驚くばかりでしたが



彼女の初めて見せる花の咲いたような最高の笑顔につい私もつられて笑ってしまいました。











幸せな時間でした




本当に…




幸せ…












だったのに…







【提督父の家 客間】






明日の出発に備え、私と黒潮さんは客間で荷物の整理をしていました。




黒潮「なぁ、親潮」


親潮「はい?」


黒潮「また絶対…ここに来ような」



黒潮さんは楽しそうに、そしてどこか照れを見せながらそう言いました。



黒潮「うちな、もう一回来て…その時は…」





その時は『兄さんと…』と最後は小声で聞き取りづらかった。



兄さんとは私達に思い出を作ってくれた彼のことでしょう





私はこの時まだ幼く、黒潮さんがどんな感情を持っていたのかはわかりませんでした



でも今ならわかります



黒潮さんはきっと彼に恋をしてしまっていたのでしょう





親潮「ええ。絶対にまた来ましょうね!」




そんな黒潮さんの感情には気づけなかったけど


私は大きな声でハッキリとそう答えました。







しかし…




黒潮「あ、メールや」





黒潮さんのところに届いたひとつのメール





黒潮「な…!?」




それが私達の幸福を奪い去りました










黒潮さんのあまりの驚きに私は彼女のタブレット端末を覗き込みます




親潮「え…」




そこにはある画像が映し出されていました








親潮「舞風…と…野分…」








私達の姉妹艦、舞風と野分が両手を後ろに縛られ、冷たそうな床にうつぶせに倒されていました。















黒潮「な、なんやのこれ!?」



黒潮さんが送り主にすぐ返信しようとしましたが、立て続けにもう一通メールが送られてきました。



そこには『言う通りにしないと殺す』と書かれていました。


そのシンプルなのに冷酷さが伝わる内容に私も黒潮さんも黙るしかできません。




そしてすぐにまたメールが送られてきました。


そこにはこの周辺の地図と『ここへ行け』という指定でした。




私と黒潮さんはこの家の人達に気づかれないよう部屋を出て外へと向かいました。








指定された場所はこの町の少し外れたゴミ置き場。



そこに着くと今度は『黒いゴミ袋を開けろ』と指示がありました。





黒潮「あ…」


親潮「なんで…」



ゴミ袋の中には艦娘用の艤装がありました。

ネームプレートを見ると舞風と野分の艤装だということがわかります。



先程の画像が本物であるの証拠なのだと言わんばかりのものでした。



親潮「うわっ!?」



いきなり私の持っていた携帯電話が鳴ってビックリしてしまい落としそうになりました。


ディスプレイには非通知と書かれ相手が誰なのかわかりません。





親潮「もしもし…」





少しの間の後



??『動画を送った』


親潮「え…?」




聞こえてきたのは知らない男性の声。


その内容もいまいち掴むことができませんでした。




黒潮「あ、また…!」



どうやら黒潮さんのタブレット端末に動画を送ってきたみたい。



黒潮さんが恐る恐るそれを再生すると










『キャアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!』






聞こえてきたのは金切り声の悲鳴と嫌な感じのする機械の音




『やめて!やめてやめて!殺さないでえええぇぇ!!!』




恐怖に泣き叫ぶ舞風の姿だった。





動画には舞風に対し見たいことも無い機械で彼女を傷つけようと…いや、殺そうとしている姿が映し出されていた。




親潮「な、なんですかこれは!!」


黒潮「二人を解放せえや!!」



舞風『やだよぉ!!ぐすっ、た、助けて!誰か助けてぇぇ!!』


野分『舞風を放せ!やめろ!やめろぉぉぉ!!!』




動画からは変わらず二人からの悲鳴が聞こえ続けていた。





??「助けるかどうかはお前ら次第だ」


親潮「なにを言って…!」


??「お前らの司令官を殺せ」


黒潮「え…!?」






殺せ…?



あの人を…?




??「その艤装を使って司令官を殺せ。それができなければこの駆逐艦を殺す」


親潮「そ、そんなこと…!」


??「10秒以内にやると言え。答えなければまず一人殺す」


黒潮「な…ん…」


??「いいか?人質は二人いるんだ。その意味がわかるか?」



そう言って男は私達の逃げ道を塞いできました。

考える間すら与えずに私達にやると言わせるよう囲い込んできたのです。




親潮「ま、待って…」


??「あと5秒だ」





舞風『いやあああぁぁぁぁぁぁっ!!!』


野分『ま、舞風ぇぇぇぇ!!!!』




動画の二人の悲鳴が大きくなってきて…




親潮「や、やります!!」


黒潮「お、親潮!?」


親潮「やりますから!!お願いします!二人に手を出さないで下さい!!」



私は司令を手に掛けることを約束してしまいました。



??「…」





電話の相手が見えないはずなのになぜかニヤリと笑みを深めた気がしました。




??「この駆逐艦達の捕えている場所を送っておく、殺し終えたのなら後は好きにしろ。目撃者も残すな、全員殺せ。本日の深夜4時までに必ずやれ」


黒潮「…」


親潮「…」


??「お前らはこの艤装を用意した者に既に監視されている。逃げられると思うな」



冷たくそう言い捨てて男は電話を切りました。



そしてすぐに黒潮さんのタブレット端末に二人の居場所が送られてきました。


この時点で居場所を送って来るなんて…舞風と野分を殺す用意も自分達が逃げる準備も終わっているのだろう…。







親潮「…」


黒潮「…」





私も黒潮さんも黒いゴミ袋を抱え、無言で司令の家へと戻り始めました。




ゴミ袋は家の近くの目立たない場所に置いてきました。





さすがにこんなものを持って家に入ると怪しいからです。





『お、おい大丈夫か?』


親潮「え…?」



家の玄関に入ると彼が心配そうに私を覗き込んでいました。

何度も声を掛けられていたみたいですが全く気づきませんでした。



親潮「な…なんでも…」


『しかし…』


親潮「失礼します…」



私はそのまま彼の隣をすり抜けるように部屋に向かって行きました。


これからのことを考えるとまともに顔を合わすことなんてできませんでした…





【提督父の家 客間】




親潮「…」


黒潮「…」




私達は一言も話さずにジッと時間が過ぎるのを待っていました。




時刻は深夜1時



残る時間は3時間



こんな時間なのだから既に皆さんは眠ったはずです。




黒潮「親潮…」


親潮「は、はい…」


黒潮「あんたはここに居た方がええ」


親潮「何を…」


黒潮「うちが一人でやる」


親潮「く、黒潮さん…!?」



私の言葉を無視して黒潮さんは立ち上がり、艤装を置いた場所へと向かい始めました。



きっと黒潮さんにも私の言葉が届かない程に余裕が無かったのでしょう…




私は黒潮さんをそのまま一度見送ります。


そしてすぐに別の出口から外に出て艤装のある場所へと時間差で向かいました。





親潮(黒潮さんだけに…こんな罪を背負わせたくない…!)




それだけが私の思考を支配していました。





私はこの時…


既に司令を手に掛ける覚悟を決めていたのです。






【提督父の家 寝室】




黒潮「…」




司令が眠る部屋のドアが既に開いていました。


黒潮さんは艤装の機銃を構えようとしていますがその手は大きく震えていました。




親潮「黒潮さん…」


黒潮「…!?」



小声で話しかけると張りつめた表情の黒潮さんが私に機銃を向けました。



黒潮「親潮…なんで…!」


親潮「私達はずっと一緒です」




私は黒潮さんの向けた機銃にゆっくりと手を置いて下げるよう促しました。



黒潮「親潮…」


親潮「これからも…ずっと…」




私の言葉を受け入れてくれたのか、黒潮さんが少しだけ頷いてくれました。


同時に…彼女の目から涙が零れました。









提督父「ん…?」


親潮「…!?」

黒潮「…!?」



私達のやり取りに気づいたのか、司令がゆっくりと目を覚まそうとしていました。





そんな司令に対し…




黒潮「…あぁっ!!!」




黒潮さんは反射的に機銃を放ちました。

弾丸は連射で飛び出したのか司令の全身のあらゆる場所へと当たりました。


サイレンサーがついていたのでしょうか?音はバスンバスンと聞いたことの無いような変な音だったことは覚えています。



提督父「…っぐ!?おごぉ…!!」



苦しそうな呻き声を上げながら司令が悶えているのが布団の上からでもわかります。





私も…気づいたら黒潮さんと同じように機銃を放っていました。





しかし覚悟不十分だったのか、その照準は定まらずに大きなベッドに散らばり






司令の奥様



司令の娘さん



司令の二人目の息子さんを貫きました。





親潮(も、目撃者も殺せと言われた…!考えるな、考えるな考えるなぁぁ!!!!)





私は自分にそう言い聞かせながら弾薬が無くなるまで機銃を放ち続けました。
























どれだけそうしていたのかわかりません。



長かったのか、短かったのか思い出すことはできません。







しかし、司令の頭を撃ち抜かれているのだけは覚えています。


家族の方達が生きているのかは確認していません、でも出血量と穴だらけになった布団の状態を見ると生きている可能性は無いと思いました。






親潮「はっ…はっ…はっ…!」


黒潮「う…ぐ…」




徐々に私達のしたことを自覚し始めると、呼吸が乱れ、胸が痛くなり、吐き気がこみ上げてきました。














提督父『今日からよろしくな』



提督父『大丈夫、俺がしっかりと守ってやるからな』



提督父『二人は本当に仲が良いな、あはは』






私達に優しくしてくれた司令の命を奪い





提督妻『美味しかった?本当に?良かった、頑張った甲斐があったわ!』




息子『ねーねー、遊んで遊んでー』




娘『おままごとしようよー。私がおかーさん役ねー』






私達を優しく迎えてくれた司令の大切な家族の命を奪ってしまいました









親潮「…」





身体が震え、立っていられるのがやっとの状態です。


寒気がして口元も震え始めました。






黒潮「終わったで…」




黒潮さん…?



親潮「う…あ…」



返事をしようと思ったのに口から出たのは変な呻き声だけでした。



黒潮「親潮、早う行かんと…!」



行く…


どこに…



そっか…私は舞風と野分を助けるため…



親潮「は、はい…」



そう、だから…




これは仕方の無かったこと…





そう自分に言い聞かせ、思考を取り戻して歩き始めようと思った












『ぅぁ…っ!?』











その時でした。





黒潮「だ、誰や!?」




後ろから誰かの声がして





親潮「く…っ!!」







『目撃者も殺せ』という思考に支配された私は








反射的に『それ』に機銃を放ちました















『うぐっ!?ぐあああぁ!!うぎゃあああああ!!』







私の放った機銃の弾丸が彼の腹を貫きました。




彼はその痛みからか絶望的な断末魔を上げながら腹部を抑えのたうち回っていました。





黒潮「親潮!な、何をしとるんや!?」



親潮「あ…ああ…」






私は…



私達に大切な思い出を作ってくれた彼にまで…





黒潮「早う逃げるで!さっさと報告せんと!」



親潮「あ…は、はい…!」




茫然自失としていた私を黒潮さんが引っ張り部屋から連れ出そうとしてくれました。











『ま…待て…』









部屋を出る時




彼の最後の消え入りそうな言葉を背に受けながら…






【どこかの海】






親潮「…」



黒潮「…」






舞風と野分が捕らわれているのは小さな島だったということもあって、私達は艤装の力を借りて海を走っていました。



しかし疲れからか速度は出ずに徐々に落ちてきました。





親潮「…」


黒潮「…」




やがて二人とも足は止まり




親潮「う…うぁ…うあああああああああああああああぁぁぁぁ!!!!」



私は耐え切れず悲鳴のような泣き声を出してしまい




黒潮「うぐ…ォェ…ゲェェ…」




黒潮さんは受け止めきれない現実の重みに泣きながら吐いていました。












どれくらいそうしていたのかわかりません。







舞風と野分の所へと再び走り始めた私達に









もうひとつの悪夢が襲い掛かってきました









親潮「あ…」


黒潮「なん…で…」





私達が走っている方角のやや右から探照灯が見えます。



艦娘が使用するものではありません。

あれは深海棲艦の探照灯のものでした。


光の数は6つ。


遠目には何がいるのかはわかりませんでしたが、着任間もなかった私達にどうにかできる相手ではないことは確かでした。








どうやって迂回して行こうか考えている時…





黒潮「親潮ぉ!危ない!!」


親潮「え!?」




私の前を庇うように黒潮さんが立ちはだかりました。







黒潮「うあああぁぁ!!?」


親潮「く、黒潮さんっ!!」






いつの間にか私に向かって魚雷が放たれていたようです。


黒潮さんは私を庇って大破してしまいました。





黒潮「う…ぐ…!」


親潮「掴まって!」




私は黒潮さんをすぐに抱え、その場から逃げようと走り出しました。


しかしその速度は遅く、私達に深海棲艦の6隻が迫ってきているのがわかります。




黒潮「もう…あかんよ…」


親潮「え…」



諦めたような黒潮さんの言葉に私は耳を疑いました。



黒潮さんは私を突き飛ばすようにして離れます。





黒潮「うちを…置いて行って…」


親潮「な…!?」




黒潮さんは囮になって私を逃がそうとしてくれました。




親潮「だ、ダメですそんなの!私もここで!!」


黒潮「頼むよ親潮…」


親潮「黒潮さん!」


黒潮「でないと…うちらのしたことが全部無駄になってまう!!」





私達のしたこと


司令とその家族を皆殺しにしたこと…




黒潮「頼むよ親潮…舞風と野分を助けたって…」


親潮「黒潮さん…っ…ぅ…で、でも…」




泣いてその場に留まろうとする私に黒潮さんが痛む身体をおして抱きしめてくれました。



黒潮「生きてな、親潮…必ず…ええことあるから…絶対に…死んだらあかんよ」




そして慰めるような優しい言葉を私に遺してくれました。











「生きてさえいれば…きっとええことあるからね…」










それが…黒潮さんの最後の言葉になりました










黒潮さんは私を離すと背中を強く叩いて走るように促しました














親潮「う…うあああああああああああああああぁぁぁぁ!!!!あああああああああああああああ!!」













私は泣きながら、そして耳を塞ぎながら走りました










私の後ろで沈んでいく黒潮さんのことを考えないよう









必死に、必死に、








死に物狂いで舞風と野分の待つ島へと走り出しました
















____________________









黒潮「ごめんなぁ…」







泣き叫びながら走り出した親潮を見送りながら黒潮は独り呟いた







黒潮「うちな…あんなことして…兄さんまで手に掛けてしまって…」






寂しさと悲しさ、これから迫りくる死の恐怖に涙が零れ、全身が震える






黒潮「生きていられるほど強うない…から…」















涙を拭い、黒潮は6隻の深海棲艦と対峙する





大破状態の黒潮が敵うはずも無く






深海棲艦の一斉攻撃を受けて








黒潮(あ…)









黒潮は海に沈み始めた













「ごめんなぁ…親潮…」












独り、罪を背負って遺された親潮を想いながら














艦娘 黒潮の短い生涯は幕を閉じた















____________________






親潮「着い…た…」








黒潮さんが私を逃がしてくれた数時間後



空が青くなり始め、陽が差そうとしている時間帯





ようやく舞風と野分が捕らわれている島へと辿り着きました







親潮「舞風…!野分…!!」






私は陸に乗り、指定された建物へと走り始めました





もう私には二人を助け出すことだけが救いでしたから































後に…




司令は私に言いました










『艦娘が、同型艦が、姉妹艦が人質にされた?だったら俺の家族を殺しても良いってのか?』



『俺の家族を殺したのも、俺を撃ったのもお前』


『ほかの選択肢を選らばず、戦わず、抵抗もせず、相談もせず、一番楽で簡単で確実な方法を選んだのはお前だ』


『お前が殺したんだ、お前が殺す選択肢を選んだんだ』



















あなたの言う通りです、司令…




私は…選択を間違えました

























指定された建物に行った時



舞風「あ!親潮!!」


野分「親潮…!?どうしてここに…」



二人は私に駆け寄ってきました







縛られてもいませんでしたし





命の危険に晒されてもいませんでした






親潮「え…」












舞風と野分は既に…









親潮「どうして…あなた達は捕まっているって…」


舞風「それだったら…」


野分「あの人達が助けれくれました」












助けられていたのです












視線の先にはどこかの年老いた提督らしき人物とその部下達が映りました。

















親潮「そ…んな…」






私は自分のしたことの大変さをまた自覚し始め、全身が寒気に包まれました







親潮「私は…なんのために…」








なんのために司令を手に掛け


家族を皆殺しにして






黒潮さんを…















親潮「い…いやああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁ!!!!!!!」

































耐え切れないショックに私はこの後意識を失いました
































どこかでガラスが割れるような音を聞いたような気がしました































私はこの事実を





まだ司令に話せていません…





























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【過去 ラバウル基地 医務室】








司令とその家族を手に掛け



黒潮さんを喪ったショックで倒れた私は



舞風と野分を助けてくれたラバウルの基地長に保護されました







親潮「…」





保護されてしばらくは医務室のベッドで過ごしたそうです。



私はこの時期のことはよく覚えていません。



記憶に残っていることと言えば『泣き叫んだ』ことと『苦しんだ』ことくらいでしょうか?



救出された舞風と野分は無事に元の鎮守府へと帰され



黒潮さんはその後どうなったかわかりません。





そんなことが立て続けにあったことで私はしばらく立ち直ることなんてできませんでした。






自分で自分の命を絶ってしまいかねない程の発狂ぶりだったというのに、私は死のうとしなかったと後で教えてくれました。




黒潮さんの最後の言葉を守ったのか




私自身が元々死に対して臆病だったのか





今でもそれはわかりません…。













私がようやく自我が保てるようになるまで




約2年の月日を要したと、後に基地長が教えてくれました。









壊れて戻らないと思っていた私の心は




本の少しずつだけど元に戻ろうとしていたのです。
















ここ、ラバウル基地は以前は深海棲艦との戦いに於ける前線基地として使われていました。



しかし今は数人の艦娘と基地長だけの小規模の運営となっているそうです。






運営と言えば聞こえはいいけれど…



その本質は精神治療の病棟みたいなものでした。







私のように…立ち直れなくなった艦娘を保護する場所だそうです…。





あれだけのことをしてしまったというのに私に何の処分も与えられなかったのは




基地長が私の存在を隠してくれたからでした。





私だけじゃありません、ここには似たように存在を隠された艦娘達が入れ替わり来ていたのです。



















私の最初のリハビリは『黒潮さんの死を受け入れる』ことから始めました。




少しずつ話せるようになった私から基地長は何があったのかを聞き出してくれていました。




事情を知った基地長は大切な黒潮さんを喪った私に対し、『死を受け入れろ』という余りにも辛いリハビリを与えました。








最初はそのことに触れられるだけで叫び、暴れ、取り押さえられ、そして泣き喚くのを繰り返しました。




しかし基地長とこの鎮守府の艦娘達は根気よく私のところに来てリハビリをしてくれました。




基地長が『反抗できる元気があるならまだ立ち直れる可能性がある』と言っていたのを覚えています。








そんなリハビリを3ヶ月程繰り返して、少しずつ黒潮さんの死を受け入れ始めた私は





ラバウル基地の外に黒潮さんの墓を建てました




墓と言っても簡易の気休め程度の物ですが




そのお墓を作った時、これまでとは比べ物にならないほどの悲しみが訪れました








私は黒潮さんのお墓の前でしばらく大泣きしていました






微かな希望を捨て




もう黒潮さんは帰ってこないのだと自分に言い聞かせて…









大泣きする私の頭に基地長が優しく手を置いてくれました











黒潮さんの死を受け入れる








それが私の立ち直りの第一歩となり






それだけで2年と3ヶ月の時間を要しました



















ようやく第一歩目を踏み出した私が最初にしたこと





それは私達が手に掛けた司令とその家族の調べることでした。





基地長にそのことを聞くと彼は『いつか聞かれるだろう』と予想していたみたいで




当時の新聞記事を取ってくれていました








親潮「な…んで…」







そこには『殺害された』とは書かれておらず




『一家心中』と事実が歪曲されて書かれていました。




私と黒潮さんの名前なんてどこを探してもありません。








その記事の中で私達の司令だった人は様々な人にこき下ろされ




名誉を傷つけられていました。







親潮「なんで…よぉ…っぐ…っ…」








基地長が『上の人間達によって事実は闇に葬られた』と言っていました。




私のようなちっぽけな艦娘が何をしても、どう動こうとしても




何の影響も与えることなんてできないのだと絶望しました






そして…





≪家族5人の死亡が確認される≫






5人…





私が最後に撃ったあのお兄さんも助からなかった






親潮(もう…謝ることなんてできないんだ…)








そんな罪の意識に私はしばらく涙が止まりませんでした…





その後、司令の運営していた択捉泊地は間もなく解体され




所属していた艦娘は散り散りとなってしまいました






彼女達が今どこでどうしているのか




過去に目を向けようとしなかった私にはわかりませんでした…










黒潮さんと司令とその家族の死を受け入れた私に対し、基地長が与えた任務





それは演習でも遠征でも出撃でもなく





新しくこのラバウル基地に送られてきた





傷ついた艦娘のお世話でした













慣れないうちは本当に大変でした





何を話しかけても相手にされなかったり





理不尽な罵倒を浴びせられたり





せっかく作った料理をぶちまけられたりして





正直腹が立って『どうして私がこんなことを』なんて思ってしまうことは少なくありませんでした









基地長がどうして私に艦娘の世話をさせたのか





それは傷ついた艦娘の世話をすることで自分を見つめ直す、という意図がありました





少しずつお世話にもなれてくると『どうしてこんなにも彼女は塞ぎ込んでいるのだろうか』とか





『何が彼女を苦しめているのだろうか』などと考える余裕が出てきて





『私もきっとこのような感じで皆さんに苦労を掛けたのだろうな…』と思うようにもなりました











そんな余裕が出てくると自然に傷ついた艦娘への対応も優しくなってきたのか





徐々に私に心を開いてくれるようになりました




彼女達の話を聞いてあげたり




逆に彼女達に話を聞いてもらったり




そんな日々の繰り返しは少しずつ私自身を苦しめていた心の傷を治してくれていました










もちろんそう簡単に癒えてしまうほど簡単な傷ではありませんでしたが





それでも少しだけあの日のことを忘れることができたり





悪夢を見る頻度が少しだけ減ってもくれました











『幸せっていうのはね』




ある時基地長は私に言いました




『全てを忘れている時こそ幸せ、なんて言葉もあるんだよ』




この時は意味の分かりづらい言葉だと思っていましたが




基地長は私が少しずつ前を向けるようになったのだと言ってくれたような気がしました
















そんな日々はとても長く続き




私より後に来た艦娘が立ち直って新たな鎮守府へ行くのを何度も見送ったというのに




いつまで経っても私がどこかへ着任することはありませんでした




なぜなのかと基地長に聞いたことはありますが、『君を利用した奴らが君のことを忘れるまで…』とはぐらかされました




当時はどういうことかわかりませんでしたが、




きっと私を利用した者達が私のことなどどうでも良いと思えるくらい出世するまで、ということだったのでしょう




その月日はとても長いもので




私が看ていた艦娘達を何人も見送りっている間に





10年もの月日を送ってしまいました

















気が付いたらこのラバウル基地の艦娘は私だけとなった頃





基地長が病に倒れました









【病院内】





救急車を呼んで運ばれる基地長に付き添い、私も一緒に病院に行きました。




基地長の身体は既に病魔に侵されていて手の施しようが無いとのことでした。




心配する私をよそに基地長は…






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基地長「仕方ないよ…私はあの時、死んでいたはずだからね…ここまで生きられただけで充分だ…」


親潮「え…」


基地長「…」



基地長は私に心配をさせまいと笑顔を見せてくれましたが



その笑顔は酷く寂しいものに見えました。











病室に大本営の役員達がやって来て基地長にラバウル基地の解散を伝えに来ました。




事務的で優しさのかけらも感じさせない言い方に私は文句を言おうとしましたが基地長に止められました。








廊下に出た役員達は『臆病者の末路だな』と吐き捨てるように言ってその場を離れて行きました。






親潮(臆病者…?)




一体どういうことなのかと視線を送ってしまった私に基地長はゆっくりと話し始めました。











私が基地長に助けられる数年前





基地長が所属していた鎮守府に深海棲艦の大群が押し寄せてきました。





艦娘達は必死に応戦しましたが、あまりの数の多さに形勢は不利となって




通信設備を破壊され、他の鎮守府への救援を呼ぶこともできなくされてしまい




このままでは鎮守府を、そして基地長を守り切ることができないと悟った艦娘達は




基地長に逃げて欲しいと言ったそうです。




基地長は『そんなことはできない、私がこの場にいなければ誰が指揮を執るのか』と残ろうとしましたが




艦娘達はそれでも基地長に生きて欲しいと首を横に振ったそうです。







悩んだ基地長は『必ず支援部隊を引き連れて戻る、それまで生きてくれ』と他の鎮守府へと行きました。
























基地長が他の鎮守府へ行き、支援部隊を引き連れて鎮守府へ戻ると





艦娘達も深海棲艦もいませんでした。





彼女達は死力を尽くして海上で戦い





深海棲艦を道連れにして全員が轟沈してしまいました…。












その後、基地長は『戦闘中に逃げ出した臆病者』というレッテルを貼られ




二度と前線に出ることの無いようラバウル基地で艦娘の療養に携わることになったそうです…












基地長「私はね…どうしてあの場に残らなかったのかと今でも後悔している…」


親潮「しかし…艦娘達はあなたに生きて欲しいと…」


基地長「こんな後悔を背負って生きるくらいなら死んだ方がマシだと何度も思ったよ…」


親潮「…」



その気持ちはわかる気がします…。


私も黒潮さんに『生きて』と最後に言われなければとっくに自分で命を絶っていたでしょうから…。




基地長「私が艦娘達の療養に携わったのはね…ただの罪滅ぼしなのだよ…」


親潮「罪滅ぼし…?」


基地長「私が亡くしてしまった艦娘達の分…少しでも多くの艦娘を救いたいと…そう思って…」



基地長の目から涙が零れました。

それはきっと…後悔の涙です。



基地長「でも…満たされなかった…虚しかった…こんなことをして何になるのかと自問自答してばかりで…私は…っぐ…ぅ…」





誰にも言えない、一人で抱えてきた深い悲しみを共感しながら私は基地長の涙をハンカチで拭います。





親潮「たとえ罪滅ぼしだとしても…基地長に救われた艦娘は大勢います」



後悔の涙を拭ってあげたかった。




親潮「基地長に助けられ、救われ、立ち直ることのできた艦娘達を代表して言わせてもらいます」




涙を拭った後、私は基地長の手を両手で包みます。




親潮「あなたにお会いできて本当に良かったです。基地長、ありがとうございました」


基地長「親潮…ぅっ…っ…」




このまま後悔を抱えたままでいて欲しくないと私なりの精一杯の慰めでした。


何とか基地長の心に届いてくれたようで、少し嬉しくなりました。











基地長は最後にこう言いました。




基地長「君にもいつか過去のことと向き合わなければならない時が来るかもしれない」


親潮「過去に…」



それはきっと司令とその家族を手に掛けたことでしょう。



基地長「その時はどうか逃げずに正面から立ち向かって行ってくれ」


親潮「…」


基地長「罪から逃げて…後悔して…私の様にはならないでくれ…」


親潮「…」





基地長の最後の言葉に私は返事をすることができませんでした。






だって…私が手に掛けた人達はこの世におらず



もう…償うことなんてできないのだから…













翌日




基地長は静かに息を引き取りました。









私は黒潮さんのお墓の隣に基地長の墓を作り




悲しみを受け止めながらたくさんの涙を零しました。



















その数日後



私のところに大本営の役員がやって来て



大本営の着任待機所へ行くようにと通達してきました。












十数年の月日は上の人間が私という存在を忘れ去られるには十分だったようで





大本営に行っても私は命の危険に晒されることはありませんでした。










大本営で訓練をして数ヶ月後




着任先が決まったと言われました。




親潮(佐世保鎮守府…)






この鎮守府の司令官はまだ新人ですが飛ぶ鳥を落とす勢いで戦果を上げ始めたと書かれています。


人手不足になりがちだったようで駆逐艦の私ともう一人が呼ばれたそうです。


きっと遠征部隊だろうと思いましたが、着任するからには絶対に手を抜かないと心の中で自分を発奮させます。





親潮(黒潮さん…基地長…行ってきます!)





私は心の中でそう言って佐世保鎮守府へと向かいました。

























そして…





償いの機会は私が想像した以上に早く訪れたのです…






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【佐世保鎮守府 執務室】






最初に挨拶をした時から違和感を感じていました。







提督「久しぶりだな、親潮」


親潮「え…?」





私の過去のことを知っているのかと内心ギョッとしましたが、ここは平静を保ち流すことができました。



私はこの人と面識はありません。


顔も声も名前も知りません。




それがあのお兄さんと同じ存在だなんて誰が気づくでしょうか…










次に司令と個別で面談した時…




提督「親潮の所属歴はラバウル基地以前のものが無いが…艦娘の新人として配属されたのはこの時からか?」


提督「同型艦・陽炎型3番艦の黒潮だが…彼女は今、どこで何をしているのか知らないか?」




その質問に心臓を握られたような苦しさを感じました。


私の逃げ道を潰していくような司令の質問に…私は恐怖から寒気を覚えました。








部屋に戻って私は黒潮さんと衣笠さんが写った写真を手に取ります。


司令から感じた恐怖から逃げるように…縋るようにその写真を見ましたが、私の中の寒気を取り払うことなんてできません。





祥鳳「提督は嘘を簡単に見破る人です。これ以上…提督に嘘を吐かないで下さいね」



私の様子を気づいてか、祥鳳さんが注意しに来てくれたというのに…



私は逃げたい気持ちが先行してしまいます。



親潮(私は悪くない…私のせいじゃない…脅されて仕方なくやってしまっただけ…そう、私は悪くない…)



そんな卑怯な言い聞かせで逃げることしかできませんでした…







そんな汚い私の逃げをして



償いのために何も動こうとしなかった私に



すぐに罰が与えられることとなりました…














天津風「それじゃ、行ってくるわね」


雪風「がんばります!」


親潮「お気を付けて!」




その後、他の皆さんが遠征や支援要請などで鎮守府から離れた時





司令は動き出しました。










親潮「一体どういうことですか!!」




私は怒りの感情のまま司令に大声をぶつけました。




しかし司令は薄く笑うだけで全く動じません。











少し前、執務室で書類整理を手伝っていた私に対し、



司令が『遠征部隊の補給物資に毒を仕込んだ』『今頃苦しみ悶えているだろうな』と言いました。




そのことを鵜呑みにして司令部施設へ行って遠征部隊に連絡を取りましたが、それが司令の嘘だったことがわかりました。








親潮「何のつもりですか司令!何がしたくてあんな悪質な冗談を言ったのですか!?」





せっかく会えた姉妹艦を喪うのかと思ってしまった私は怒りが収まりませんでした。






しかし…






提督「そうだよな。何も知らない大切な家族が理不尽に殺されるなんて…悪い冗談だよなぁ、親潮」





司令の返ってきた言葉に私の怒りの炎は一瞬で消し飛びました。










『何も知らない大切な家族』



『理不尽に殺される』





その単語から連想されたあのことに私の勢いも思考も止まってしまいました。







提督「人を撃ったことはあるか?」






司令の質問はまた私の逃げ道を塞ぎました。




親潮「私は…!そんなこと、し、したことありま…ありません!人を…撃ったことなんてありません!」




そんな逃げ道を塞がれた私は



祥鳳さんに注意されたにもかかわらず、また逃げ出そうと嘘を吐いてしまいました。






提督「…」




親潮(ひっ!?)




そんな私の態度に司令が人間では無いと思えるほどに冷たい目で私を睨んでいました。





提督「ある提督の話だ。彼は新人として配属された艦娘を家に連れて帰ってきた」




私の脳裏に黒潮さんと訪れたあの家が過ります。




提督「彼の家族もその艦娘を歓迎し、できる限りのもてなしをした」



心を暖めてくれたあの家族…



提督「深夜、艦娘は眠っている家族の下へ艤装を装着して向かい…」



ゴミ袋に入っていた舞風と野分の艤装…



提督「機銃を使って全員を穴だらけになるまで撃ち、皆殺しにした」



それを身に着けた私達がしてしまったこと…













親潮「なん…で…」






なんでそんなにも詳しくあのことを…?




提督「それだけに留まらず…その場に駆けつけた『俺』を」」








その場に駆けつけたのは…



あのお兄さん…










司令は自分の服を捲り上げました。




お腹にはいびつな形をした大きく丸い傷痕と周辺を掻き毟ったような痕






提督「俺を殺そうと容赦なく機銃を撃ったよな?親潮」









忘れるはずがありません。



振り向きざまに放った機銃はあなたのお腹を貫いた







あなたは…死んだはず…




そう、新聞にも書かれていたのに…








提督「俺も死んだと記録されていたはずなのに?なぜ生きているのかって?」





まるで私の考えを見透かしたように司令は私を仇を見る目で睨みます。




その目には数え切れないほどの恨みと怒りが込められていました。





提督「俺は顔を変え、声を変え、名前を変えて生きてきた」




司令は別人となってでも復讐のために生きてきました。

もちろん私に復讐をするためです。



提督「だってお前は俺にこう言ったよな?必ずまたお会いしましょうって」




あの丘で黒潮さんとした約束



とても幸せだった思い出がまるで血によって塗りつぶされたような気がしました














提督「久しぶりだな…親潮」
















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どこかで







ガラスが割れるような音が聞こえました
































『しれー!!大変だよぉ!!』






























時津風らしき大声が館内のスピーカーを通して鎮守府中に響きました。






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【現在 鎮守府内 一階廊下】




提督「お、おい!もっと釘持ってこい!全然足りねぇぞ!!」


時津風「うああああああ!!冷たいいいいぃぃ!!」



司令が必死になって割れた窓を塞ごうとしています。


しかし隙間から風雨が押し寄せてきて司令と時津風、そして廊下を濡らしていました。






先日、大嵐がここ佐世保鎮守府を襲い、付近は猛烈な風雨に見舞われています。


どこからか風で飛ばされてきたトタンらしき物が窓を突き破って割らしてしまったのです。


時津風がいち早くそれに気づき、




祥鳳さんが追加の釘を持ってきてくれてようやく窓に簡易のバリケードを作ることができました。






提督「なんでこんな目に遭うんだクソッタレ…」


祥鳳「お疲れ様でした…」


時津風「うぅー…ベトベトして気持ち悪いー…」




風雨によって身体を濡らしてしまっても司令はしっかりと身体を張って窓を塞いでくれました。



親潮「司令、大丈夫ですか?」


提督「寒い。シャワー浴びてくる。お前も風呂行って来い」


時津風「あーい」


提督「一時間くらい席を外す。天龍、霧島、こんな天気じゃ深海棲艦は出ないだろうが一応付近を港から電探で調べておいてくれ。何かあったら連絡しろ」


霧島「了解しました」


天龍「おうっ」


祥鳳「では提督、お部屋に着替えを準備しておきますね」


提督「頼む」



一通りの指示をしてそれぞれが持ち場に戻りました。


それにしても祥鳳さん…司令の衣服の位置までしっかりと把握していらっしゃるなんて…さすがですね。




非番で特にすることも思いつかなかった私は何かできないかと考えながら部屋へと向かいました。




親潮(そうだ…!)



その途中、良いことを思いついて私の足は駆け足となりました。







【鎮守府内 執務室】





親潮「司令!親潮です!入ってもよろしいでしょうか!?」


祥鳳「どうぞ」


親潮「はいっ!」



執務室のドアをノックすると中から返事をしたのは祥鳳さんでした。

秘書艦の祥鳳さんが返事をするのがいつものことなので特に気になりません。




以前の私と司令の関係を考えるとこうして執務室を訪れるなんて考えもしませんでしたね…。




親潮「あ、あのっ!司令!」


提督「なんだ?」



書類に顔を向けていた司令が顔を上げてこちらを見てくれました。

私は用意して来たものをスッと差し出します。



親潮「こ、コーヒーを淹れてきました!どうぞ!」


提督「…」



先程司令は身体を冷やしてしまっただろうと思いコーヒーを準備してきました。

私がお盆を司令に差し出しましたが司令は訝し気に見るだけで受け取ろうとしてくれませんでした。



親潮「あ…!大丈夫です!ミルクとガムシロップもここに…」



事前に間宮さんから司令の味の好みを伺っていたので準備に抜かりはないはずです。


しかしそれでも司令は受け取ろうとしてくれず、隣で祥鳳さんが『しまった』という顔をしていました。



提督「なあ親潮」


親潮「は、はい?」


提督「どうしてコーヒーってホットを淹れる奴が多いんだろうな?」


親潮「え?」



司令が何を言おうとしているのかイマイチ掴めません。



祥鳳「提督は重度の猫舌なのですよ…」


提督「重度は余計だ」


祥鳳「すみません親潮さん…事前に伝えておくべきでした」


親潮「そ、そうなのですか…」




先程冷たい風雨に曝されたから暖かいコーヒーが一番だと思っていたのに…失敗です…。



提督「おまけにさっきまで運動してたんだ。逆に喉が渇いてる」


祥鳳「て、提督っ!」


親潮「…?」



運動…?確かにバリケード作るときは大変そうでした。



親潮「すみませんでした…こちらはお下げしま…」


提督「寄越せ」


親潮「あ…」



下げようとしたコーヒーを司令が受け取ってくれます。


もしかして私に気を遣って飲んでくれるのかな?と期待を持ってしまいました。



提督「全く…お前も天城も沖波も…祥鳳も…どうしてコーヒーをホットで持ってくるんだ」


祥鳳「提督の舌がここまでお子様舌だと予想できないからですよ。真冬の朝でもアイスコーヒーを飲むのは提督くらいですよ?」


提督「うっさい」



悪態をつきながらも司令は執務室にある冷凍庫からステンレス製のマグカップを取り出しました。

その中には氷…?



提督「コーヒーを凍らせたものだ、見てろ」



そしてマグカップに私の持ってきたコーヒーを注ぎます。



提督「一瞬でアイスコーヒーの出来上がりだ」


親潮「そんな方法が…」


提督「これまでに何度もホットコーヒーを持ってくる不届き者がいたからな。対策済みだ、くくっ」


祥鳳「提督は自慢げに言ってますがこの前は陶器のマグカップを使って急激な温度差の影響で割らしてましたよね?」


提督「それは黙ってろ」



そんな司令の裏話を聞いてしまい思わず笑いそうになってしまいました。


でも…司令に余計な手を煩わせてしまって…


私は…



提督「…次からはアイスで淹れてこい」


親潮「は、はいっ!」



しかし司令はまた私にチャンスをくれました。





私が大破して迷惑を掛けた時も


私が深海棲艦主力を仕留め損ねて任務に失敗した時も




いつもこうやって私に再びチャンスを与えてくれます。




親潮「この親潮!次は全力で司令にお喜び頂けるよう最高のアイスコーヒーを…!」


提督「やかましいわ」


親潮「あうっ!?」



つい大声になってしまった私のおでこを司令がペチッと叩きます。


最近はこんなやり取りが自然と行えるようになって私の胸の中がとても暖かいもので満たされるのがわかりました。




祥鳳「良かったですね」


親潮「はいっ!」



そんな私の気持ちを知っている祥鳳さんが笑顔で喜んでくれていました。



祥鳳「少し席を外します。親潮さん、ここはお願いしますね」


親潮「はい!…え?…は、はい」



祥鳳さんがいきなり席を外すと言ってこの場を私に任せてきました。



祥鳳(何か話したいことがありますよね?)


親潮(え…)



執務室から出ようとした時に私に小声で話しかけてくれました。

祥鳳さんには私の考えていることがわかっているようです。



祥鳳(大丈夫ですよ、頑張って下さい)


親潮(あ、ありがとうございます…!)



私は祥鳳さんに頭を下げてお礼を言いました。



提督「何をひそひそ話してんだ」


祥鳳「何でもありませんよ、ふふっ。それでは失礼しますね」



司令の疑い目線を受け流しながら祥鳳さんは執務室を出て行きました。



親潮「…」



祥鳳さんがこの場を二人きりにしてくれたことは嬉しかったですが…


正直何を話せば良いのかわかりません。




相変わらず鎮守府の外は暴風雨のようで窓をガタガタと揺らしていました。




親潮「いつまでこの天気は続くのでしょうか…」



特に話題が思いつかなかったので、苦し紛れに天候の話をしてしまいました。



提督「予報ではもうすぐ落ち着くはずなんだがな、全く…早く落ち着かないと眠れやしねえ…」


親潮「お休みにならないのですか?」


提督「責任者が現場に艦娘をほっぽりだして寝るわけにいかんだろ」


親潮「そ、そうですよね…!」



それが当然の仕事だと司令はこの場に寝ずに待機するみたいです。

どこまでが仕事なのか計る物差しはありませんが、私はその司令の姿に好感が持てます。



提督「しかし面倒なのには変わりないな。やっぱり後は天龍に任せて寝てしまおうかな」


親潮「え、ええ!?」


提督「冗談に決まってんだろ。相変わらず頭が固いなお前は」


親潮「あ…もう!司令!」




最近は私に対して時津風や雪風、天龍さんと接している時みたいに冗談を言ってくれます。


からかわれているのはわかっていますがそんなやり取りひとつでとても嬉しい気持ちになります。

















親潮(司令…)





















あなたが私に言ったこと



忘れてはいません






『お前が俺を支え、信頼を得て、過去のことを忘れ始めた頃…』


『お前から全てを奪ってやるっ!!!!!』


『お前の家族を皆殺しにして裏切って大事なものを全て奪ってからゴミのように捨ててやるからな!!それがお前のできる唯一の償いだ!』


















いつの日か…




罪を清算する時が訪れるのかもしれません




私のしてしまったことは




姉妹艦が人質に取られていたとしても




決して許されることでは無いのですから…









でも…




近頃の私は…それでも良いのかと思ってしまいます






臆病者の私は相変わらず戦うことも沈むことも怖いままです



ですが…



あなたのために戦った結果、沈むのなら…



私は後悔なんてしません







逃げに似た考えなのかもしれないけれど




そう思うことができる自分に対し



これで良いのだと納得しています










ですから…司令…




お願いします





いつの日か私に罪の清算をさせるのなら







どうか…私一人だけに…
















親潮「あの…司令」


提督「なんだ?」






そのために私は過去のことを全て司令に話します。


過去に私が犯してしまった選択の間違いを伝えようと思います。



私はもう…過去のことから逃げるのをやめたのだから…








親潮「話しておきたいことが…あります…」





胸の中が緊張で強い高鳴りを覚えますが、しっかりと司令を見ます。





親潮「あの…司令のお父様を手に掛けた日…」



天龍『おーい提督、聞こえるか?』



提督「ん…?」


親潮「あ…」





司令のお父様を手に掛けた日


既に人質にされていた艦娘が救出されていたこと


私のしたことは大きな間違いだったこと



そのことを司令に話そうと思いましたが、天龍さんの声が司令の手元の通信機に聞こえてきて中断せざるを得ませんでした。




提督「どうした?」


天龍『海上の荒れが少し落ち着いてきたと思ったら…遠くからなんか光が見えてさ』


提督「光?」


天龍『何回か点滅してて…気のせいじゃないとは思うんだけど…』


提督「霧島、偵察機は飛ばせそうか?」


霧島『まだ風が強くて飛ばせそうにありませんね』


提督「わかった。司令部施設のレーダーに反応が無いか確認してみる。お前らはその場で光のあった方角を電探で反応が無いか確かめてくれ」


霧島『了解しました』


天龍『おうっ』



通信を切って司令は立ち上がりました。



提督「親潮」


親潮「は、はいっ!」


提督「お前は祥鳳と一緒に工廠に待機してくれ。もしかしたら誰か運ばれてくるかもしれん」


親潮「わ、わかりました!」



そう言って司令は足早に司令部施設へと向かって行きました。








親潮「…」







話す機会を失ってしまって私はしばらく呆然としていました。







____________________





【鎮守府内 司令部施設】





提督「天龍、光は?」


天龍『変わらず点滅してる、明らかにこっちに向けてだと思うんだけど…』


提督「ふむ…」




こんな夜に、しかも大嵐の中こちらに向けての点灯。

何があったのかある程度予想はついているが念には念を入れて確認をする。



提督「やはりな…」



司令部施設のレーダーに映し出された反応は艦娘のもの。


そしてもうひとつ、この映し出された反応からある信号を捉えた。



提督「救難信号か」



この反応はやはり…



提督「霧島、天龍、海に入れそうか?」


霧島『海はかなり落ち着いてきました。遠くに行かなければ大丈夫かと』


提督「光に向かって進め。この反応は恐らく艦娘からのものだ」


天龍『マ、マジかよ!?遭難か!?』


提督「ああ。レーダーで救難信号を確認した。しかし念のため用心して近づけよ」


霧島『了解しました!』




通信を切って改めてレーダーに目をやる。




提督(しかし一体誰が…こんな天候の中…)




なぜ艦娘が遭難しているのか


こんな所に辿り着いたのか



その結論を見出すことはできなかった。











しばらく後…





霧島『司令!艦娘を発見しました!』


天龍『お、おい!しっかりしろ!』


霧島『意識を失いました!このまま連れて鎮守府に戻ります!』


提督「わかった。受け入れ態勢を整えておく」



霧島と天龍が無事に艦娘を発見したようなので通信した通りこちらの受け入れ態勢を万全にする。



提督「祥鳳、遭難した艦娘を霧島と天龍が連れてくる。入渠ドック、医務室の準備に走れ」


祥鳳『はい!』


提督「親潮は工廠で待機、すぐに他の駆逐艦を走らせる。協力して到着した艦娘の艤装を外してやれ」


親潮『了解しました!』



館内の内線を使用して他の艦娘達に指示を送った。






提督(さて、どこのどんな奴が来るのやら…)




俺は色んな考えを張り巡らせながら工廠へと向かった。






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【鎮守府内 工廠】






親潮「担架の準備は!?」


天津風「いつでも良いわよ!」


時津風「艤装を外す準備もできてるよー!」


雪風「受け入れ態勢万全です!」



姉妹艦達の元気の良い返事が返ってきました。


司令からの連絡通り天津風達が駆けつけてくれて遭難した艦娘の受け入れ態勢が整いました。



天津風「それにしても…遭難した艦娘はこんな大嵐の中、どうして出撃したのかしら?」


時津風「帰りに巻き込まれたとか?」


雪風「心配です…他に遭難者がいなければ良いのですけど…」



確かにこんな悪天候の中で出撃したなんて普通ならば考えられません。




親潮「何か悪いことに巻き込まれたとかじゃなければ良いですね」


天津風「そうね」




そんな話をしていると…




天龍「おーーーい!手を貸してくれーーー!!」



連絡通り天龍さんと霧島さんが遭難者を連れて戻ってきました。



霧島「早く艤装を外して入渠させてあげましょう!」


親潮「はいっ!」







言われた通りに動こうと思いました。

























親潮「え…!?」






















しかし天龍さんと霧島さんに抱えられてきた艦娘を見て




私の足は止まってしまいました
























10数年前、彼女は最後に見た時に比べ




とても大人びていていて別人のようだったけど




見間違えるはずはありません









『ねえねえ、鎮守府の案内の前に着任の記念撮影しない?』









思い出されるのは私と黒潮さんが不安にならないように見せてくれた彼女の笑顔



















「衣笠…さん…」



















私はこの鎮守府で司令だけでなく




衣笠さんとも10数年ぶりの再会をしてしまいました









なぜかこれは偶然ではなく







運命であり、必然であるのだと確信してしまいました










目の前にいる彼女は憔悴し、疲れ切って気を失っています










その衣笠さんの姿は









『司令のためならば沈んでしまっても構わない』と思っていた私に対し








逃げ出すなと言っているような気さえしてしまいました…

























そう…






私は…







過去からは逃げられない…


















これまで過去から目を背けてきた清算をしなければならない…













____________________








「衣笠も今日で着任1年か」




早いものよね。


新人だったのが昨日の事みたい。




「実はな、来週から衣笠に秘書艦をしてもらいたいんだ」




え?



ええーーー!?私が!?




でも…今の秘書艦の高雄さんは?





「悪い悪い、実は1年経った艦娘には1ヶ月間だけ秘書艦をしてもらうことにしているんだ」




どうして?




「傍で仕事をしてもらうことでその艦娘の適性を改めて見直そうと思ってな」




そんなことしてるんだ。




「やってくれるか?」




任せて!衣笠、提督のために頑張るね!




「ありがとう、早速だが近々娘の誕生日があってな」




え?




「プレゼントを贈りたいんだけど…あ、そうそう、この前家からこんなにも写真が…」











この後、提督の家族自慢に2時間も付き合うことになっちゃった…








本当…家族が大好きなんだよね…ふふっ。






【鎮守府内 執務室】



提督「遭難した艦娘は?」


祥鳳「艤装を外し、入渠させた後、医務室に寝かせています」


霧島「損傷がかなり酷くて肉体にもダメージを負っていました。しばらく出撃はできないかと…」





大嵐の中遭難していた艦娘を救出し、その後の確認をしていた。

窓ガラスを叩いていた強風は止み、どうやら嵐は過ぎ去ったらしい。



提督「艤装から名前は確認できたか?」


霧島「はい、ネームプレートには『衣笠』と。あのサイズの艤装は重巡洋艦かと思われます」


提督「ふむ…」



机にあるノートパソコンで海軍データベースにアクセスし、衣笠の名を調べてみる。



彼女の名が見つかり、所属鎮守府が確認できた。




提督「舞鶴鎮守府所属か…」


祥鳳「以前の演習では見ませんでしたよね?」


提督「ああ。向こうは一航戦二航戦の空母機動部隊で来たからな」



雲龍達が着任した頃に舞鶴鎮守府とは一度演習をしている。


あの時は空母機動部隊の力試しということで演習をしたので連れて来なかったのだろう。



データベースから衣笠の経歴を確認する。


戦歴は十分かつ改二の重巡洋艦ということで実力には期待できそうだった。



提督「こいつは良い拾い物だな…」


祥鳳「提督、悪い顔をしてますよ」


霧島「また悪いことを考えていますね…」



呆れる二人をよそに俺は立ち上がり、二人を引き連れて重巡洋艦衣笠の眠る医務室へと向かった。





【鎮守府内 医務室】



間宮「あ、提督」


提督「起きたか?」


間宮「いえ…まだ…」



衣笠には間宮に付き添ってもらっていた。

彼女のために簡単な食事を用意したのに手を付けていない所を見ると本当に目を覚ましていないようだった。


眠っている艦娘は大人びているように見えるがどこかあどけなさも残している不思議な魅力を感じた。

その容姿には見覚えは無く俺とは面識が無さそうだった。



提督「悪いがこのまま看ててくれるか?もし起きたら…」


衣笠「ん…うぅ…」


間宮「あっ」


祥鳳「起きました…か…?」



今後のことを間宮に任せて一旦離れようとした時、彼女がゆっくりと目を開いた。



間宮「大丈夫ですか?」


衣笠「ぅ…」


提督「…?」



目を開けた彼女が俺の方を見て目を逸らさない。

その目は虚ろで焦点が定まっているようには見えないのだが…



衣笠「提督…?」


提督「は?」


衣笠「提督ぅぅぅっ!!」


提督「うぉ!?」



衣笠がいきなりガバっと迫って来て俺に抱き着いた。



祥鳳「ちょ…離れて下さい!」


衣笠「なんで…なんでよぉぉ!!」


提督「なにが…」


衣笠「なんで死んじゃったのよぉっ!!」


霧島「え?」


間宮「死んだ…?」



意識が朦朧としているのか、衣笠は俺を誰かと勘違いしているらしい。


ちょうど良いので俺は目で祥鳳に邪魔するなと伝えてこのまま付き合うことにした。



提督「すまなかったな…」


衣笠「えぐ…ぅっ…わ、私、10年以上もずっと死んだなんて信じたくなくって…う…ひっく…」


提督(10年以上…?)



その言葉にある予想が頭を過る。



衣笠「また会えるって…信じて…っ…ぅ…」



急に力が抜けた衣笠が俺に全身を預けてしまった。



提督「おい」


衣笠「…」



彼女は再び気を失ったようで反応が無くなった。


これ以上は何も聞き出せないと諦め、再び衣笠をベッドに寝かせた。



霧島「司令を誰かと勘違いしてたのでしょうか…?」


提督「…」


霧島「司令?」


提督「ん?ああ、そうだな…」



ある考えに思考を持って行かれていたので返事が遅れてしまった。



提督「間宮、またこの場を任せて良いか?目を覚ましたら連絡をくれ」


間宮「はい」



一旦医務室から出て目を覚ますのを待つことにした。



提督「…」


祥鳳「提督…」



祥鳳もある程度気づいたのか、そっと俺の背中に手を置く。

そんな気づかいしなくても大丈夫だと歩き出し、執務室へと向かった。



____________________




【鎮守府内 工廠】




大井「遠征部隊、全員集まって」


風雲「あ、呼ばれたわ」


親潮「は、はい…!」



大井さんの号令に本日の遠征部隊が集合します。



出撃前の点呼と作戦確認でいつも行っていることです。。





大井「今日の遠征は…」





遠征内容を確認する大井さんを前に、私の頭の中は運ばれてきた衣笠さんのことでいっぱいになっていました。




どうして衣笠さんが…



彼女は生きていてくれた…でも私はその足取りを追わなかった…






これは過去から逃げ続けていた私への…








大井「親潮っ!!」


親潮「…!?」



大きな声に思考を中断し顔を上げる。



大井「聞いてた?」


親潮「え…あの…」


大井「…」



しどろもどろになってしまう私の反応に大井さんが溜息を吐く。



大井「あんたは時津風と交代」


時津風「はーい」


親潮「あ、あの…待って下さい…」


大井「何よ」


親潮「ちゃんと話を聞いてなくて…申し訳ありませんでした…!その…こんなことでご迷惑をお掛けしたくなくって…お、お願いします…私…」


天津風「親潮」



何とか出撃させてもらおうと思う私を天津風が遮りました。



天津風「悪いけど…今日のあなたと一緒に出撃するのは不安だわ」


親潮「そ…んな…」


天津風「今日は休んで気持ちを切り替えて、大丈夫よ。あの人はこんなことであなたを見限らない、そうでしょ?」



すぐに不安にならないよう天津風はフォローしてくれました。

あの人とはきっと司令のことです。



天津風「まあ…出撃できなかったことを当分ネタにしてからかってくるでしょうけど…」


雪風「ああ…」


時津風「絶対からかってくるね~」



そして姉妹艦達は私を励ますように笑顔を見せてくれた。


申し訳ないという気持ちが湧きつつも彼女達の思いやりに感謝しました。




大井「そういうわけだから親潮」


親潮「はい…」


大井「演習場で2時間走ってなさい」


親潮「はい…え?」



2時間走る…?


大井さんの言葉に周りの皆さんの視線があっという間に憐れみに変わりました。





大井「さっさと行きなさいっ!!」


親潮「は、はいぃ!!」




大井さんの怒号に私は弾かれるように演習場へと向かいました。





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大井「まったくもう…」




やれやれと思わず頭を掻いてしまう。



大井「天津風、ありがとうね。あなたからああ言ってくれた方が親潮も少しは冷静になれるでしょうから」


天津風「いえ…でも…」


雪風「2時間走るっていうのは…」


時津風「途中で倒れると思うよ~…」


大井「その方が好都合ね。あの子、一人で部屋に閉じこもっても良い事無さそうだから」


時津風「ああ~…」


雪風「確かに…」



親潮のことをわかっている姉妹艦達は私の意見に頷いてくれた。




親潮は真面目で規律をしっかりと守り、任務を忠実にこなしてくれる。


しかしその反面、落ち込むと一気に思考が持って行かれて切り替えが中々できないのが欠点だ。



大井「どうして親潮があんな状態なのか心当たりある?」



私は彼女達の指導役としてその辺りをしっかりと確認しておかなければならない。



天津風「うーん…昨日までは何もなかったと思いますけど…」


雪風「夜に遭難した人を連れて来た時少し変でしたね」


大井「遭難したって…あの天龍と霧島が連れてきた子?」


時津風「うん、なんかあの時から親潮の様子おかしかったね~」


大井「…」




親潮の知り合いだったとでも…?

でもいつもの親潮だったらどこの誰かすぐに声を上げるはず…





『大井、手が空いたら執務室に来てくれ』




色々と考えようとした時、提督から呼び出しが掛かった。



大井「今日も遠征よろしく頼むわね」


雪風「はいっ!」


時津風「行ってきま~す」



遠征部隊の出撃を見送って私は呼ばれた通り執務室へと向かった。




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【鎮守府内 執務室】




間宮『提督、彼女が再び目を覚ましました』



大井を呼び出して数分後、内線から間宮の声が聞こえてきた。



提督「彼女の様子は?」


間宮『ベッドで落ち着いています。あの…すみませんが私はそろそろ昼食の準備に…』


提督「わかった。10分くらいで行く」



大井「入るわよ」


祥鳳「どうぞ」



間宮との内線を切るとちょうど大井が執務室に入ってきた。







大井「あのさ…親潮の様子がおかしいんだけど…何か知らない?」


提督「ふむ…」





執務室に入るなり大井が心配事を口にする。



提督(やはりな…)



ある程度予想していたが、どうやら間違いなさそうだ。



大井「何よ…何か知ってるんじゃないの?」


提督「まあな。祥鳳、大井、これから医務室へ行く。最低限の艤装を着けて来てくれ」


祥鳳「え…?」


大井「なんでよ?」


提督「すぐにわかるさ」



俺は戸惑う二人を無視してそのまま行こうとする。




祥鳳「あの…提督…」



しかし祥鳳が俺の袖を掴み心配そうな顔を見せる。



祥鳳「よろしいのですか…?その…」



そして視線を大井に向ける。


その視線は『大井を同行させてもいいのか?』という訴えだろう。




提督「構わんさ。大井、お前は俺と親潮の間に何があったのかある程度わかっているだろう?」


大井「え…ええ…。まあ…」



大井が神妙な面持ちに変わる。


こいつにはある程度俺の過去のことを話している。

勘の良い大井なら何があったのか把握されていてもおかしくはない。


それに簡単に口外するような奴じゃないと信用している。



提督「親潮は?」


大井「演習場。遠征できるような状態じゃないから罰として走らせてる」


提督「そりゃ賢明な判断だな」



あの石頭が精神的に不安定なままだと碌なことにならないから疲れさせて頭空っぽにさせようとする大井の意図が感じられた。




提督「それじゃ準備してくれ」




そうして俺達は衣笠の待つ医務室へと向かった。





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【鎮守府内 医務室】



提督「入る…」

祥鳳「間宮さん、よろしいですか?」



提督がノックもせずに入ろうとしたので私はドアの前に立ってノックをしました。



大井「やるわね祥鳳」


提督「生意気な…」


祥鳳「…」



全くもう…庇った甲斐がありません。

ノックもせずに入って間宮さんを怒らせたら後で面倒なことになるのは提督だというのに。



間宮「どうぞ」


祥鳳「失礼します」



私に続き提督と大井さんも医務室に入りました。



衣笠「あ…」



入るとベッドで上半身を起こしている衣笠さんが少し不安そうな顔で提督を見上げました。


どうやら先程とは違って一応落ち着いてはいるみたいです。



間宮「それでは私はお昼の準備がありますので、失礼します」


提督「ああ、お疲れ」


祥鳳「お疲れ様でした」


衣笠「あ、ありがとう…!」


間宮「ふふ、しっかりと休んで下さいね」



間宮さんを労うと衣笠さんが慌てたように礼を言いました。

衣笠さんが心配にならないよう間宮さんが精一杯の笑顔を見せてから退室しました。



提督「さっきとは違って落ち着いているみたいだな」


衣笠「え…?」


提督「忘れたのか?目を覚まして早々に俺に抱き着いたじゃないか」


衣笠「う、嘘…!?なんで…」


提督「嘘じゃないさ。『なんで死んじゃったのよ!』なんて意味不明なことを言ってたくせに」


衣笠「あ…ぅ…どうして…」



提督の言葉に衣笠さんが恥ずかしそうに顔を俯かせます。



衣笠「よく見ると…似ても似つかないのに…なんで…」


提督「…」



 

俯いている衣笠さんに感づかれないよう提督が衣笠さんを観察しているように見えます。


その顔は以前親潮さんがこの鎮守府に来た時のことを思い出させました。




落ち着かない私は視線を大井さんに送ってしまいます。

大井さんも緊張の面持ちでこの状況を見守っていました。




提督「所属は舞鶴鎮守府、重巡衣笠で間違いないか?」


衣笠「は、はい…!」



顔を上げた衣笠さんがすぐに提督に対して敬礼をしました。



衣笠「助けて頂き本当にありがとうございました!私、その…作戦中嵐に巻き込まれて…はぐれてしまって…」


提督「嵐に巻き込まれた?」


衣笠「え?は、はい…」


提督「嵐の中出撃させられたんじゃなくてか?」


衣笠「い、いえ…その…あの…」



提督の問いに衣笠さんが落ち着かなくなります。



提督「調べによると舞鶴鎮守府は戦果が中々上げられず焦っていると聞いている。お前達は悪天候にも関わらず出撃させられた。違うか?」


衣笠「…」



衣笠さんの沈黙は提督の問いに対する答えを示していました。



提督「大本営に行方不明の艦娘の連絡が入っていないか確認したがお前の名前は無かった。舞鶴の提督は今頃必死になってお前を探しているだろうな。こんな悪天候中に出撃させたうえ轟沈させてしまっては穏健派の連中から叩かれるからな」



先程まで提督が大本営に確認を取っていたのはその事実を確認するためだったのでしょうか?

いえ、ある程度予測とハッタリを利かせて衣笠さんから情報を引き出そうとしているみたい。


以前この鎮守府に演習に来た舞鶴鎮守府の提督はそこまで酷い人には見えませんでしたが、戦果を焦るあまり艦娘に無理をさせてしまったようです。

衣笠さんの様子を見るに強要されていたようには見えません。



衣笠「ごめんなさい…これ以上は…」



その証拠に衣笠さんは口を噤みました。

どうやらある程度の信頼関係は舞鶴鎮守府の提督とはできているみたいです。


これはこの鎮守府に迎えるのは難しいかな?と思いましたが…提督はどうするつもりなのでしょうか。



提督「まあそのことは良いか」



提督がこれ以上追及しないという姿勢を見せたら衣笠さんがホッとしていまいした。



提督「お前を見つけたのも救出したのも天龍と霧島だ。後で礼を言っておけよ」


衣笠「あ、はい」


提督「それじゃ失礼するよ」


祥鳳「え?」



あれ…?


親潮さんのことは…?



そう思っていたら提督が胸ポケットにペンを差しました。




『何も言わずフォローしてくれ』の合図です。



しかしどうすれば良いのか…




提督「大井、親潮は演習場だったな?」


衣笠「え…」




提督が衣笠さんに聞こえるようさりげなく親潮さんのことを口にしました。



衣笠「親…潮…?か、陽炎型の…?」


提督「知っているのか?」


衣笠「あ…ぁ…」



親潮さんのことを口にした衣笠さんは信じられないような顔をしながらベッドを出ようとしました。



大井「ちょっと…!あなたまだ…」


祥鳳「まだ傷が治っていないのですよ!」


衣笠「あ、会わせて…!親潮に…」


提督「…」



こうなることを予想していたかのように提督は冷静な顔で衣笠さんを見ています。



衣笠「会わせてっ!お願い、親潮に会わせて!!お願い!お願いよぉぉぉ!!」


大井「ぐ…!何て力…!」


衣笠「放してぇ!!どいてよ!お願いよ!親潮はどこ!?どこにいるのよぉ!!」


提督「絶対に放すな」


祥鳳「は、はい…!」



提督が私と大井さんに艤装を着けさせてこの場に同行させた理由がこれだったようです。



提督「ふーん、お前、親潮を殺しに来たんだな」


衣笠「な…!?ち、違…」


提督「事件を追って親潮を探していたのか。大方大本営から雇われた刺客だろう?わざと遭難してこの鎮守府に潜り込んできたか」


祥鳳「え…」



衣笠さんを見るにそんな様子は…。



衣笠「ち、違う!違うぅぅ!!」


提督「悪いがお前はここで処分させてもらう、残念だったな」


衣笠「待って!待ってよぉ!!親潮に会わせてよ!その後なら何をしてもいいからぁぁ!!」



必死になって親潮さんに会いたいと訴え泣き叫ぶ衣笠さん。

とても大本営からの刺客には思えません。



大井「提督!あんたいい加減にしなさいよ!」


提督「…」



しびれを切らして大井さんが提督に止めるよう訴え掛けました。

しかし提督は何かを待っているかのように黙っています。



衣笠「お願い…!うっ…ひっく…親潮に聞きたいことあるのよぉ…う…」


提督「何を聞くというんだ?」


衣笠「あの…私の…私達の提督だった人が…ひっく…ほ、本当に…一家心中したのか…って…」


大井「あ…」


祥鳳「…」



衣笠さんの言葉に大井さんが私に視線を向けてきました。

きっとどういうことなのかと彼女も把握したに違いありません。



提督「もしかして択捉泊地の話か?当時の新聞には一家心中だと…」


衣笠「違うっ!!」



提督の言葉に衣笠さんがすぐに反論しました。



衣笠「違う!違う!!絶対にそんなことしない!あの人は本当に心の底から家族を大事に思ってた!いつもいつも家に帰りたいって!家に帰って家族を抱きしめたいって私に自慢してた!それなのに!それなのに…ぅ…」


提督「…」



衣笠さんの悲痛な想いが届いたのか、提督が何も言わなくなりました。


その表情は何も感じさせない無表情を作ってはいましたが…



祥鳳(提督…)



とても…寂しそうな…




衣笠「えぐっ…ひっく…お願い…お願いします…親潮に…」



そして衣笠さんは…ずっと…




提督「わかったわかった、俺が悪かった」


衣笠「え…」



観念したかのように提督は呆れた顔で両手を広げました。



提督「お前を試して悪かったよ、この問題は非常に面倒くさいことだからな。それはわかるだろ?」


祥鳳「提督…」


提督「放してやれ」


大井「ええ…」



提督が衣笠さんを放すように言いました。

衣笠さんはもう暴れるようなそぶりは見せず落ち着いているように見えます。



提督「親潮を呼んでくる」


祥鳳「あ…私も…」


提督「お前達はここで衣笠を看ててやれ。一人になったらこいつも不安だろう」


祥鳳「でも…あの…」



私は一人で行こうとする提督の袖をつかんでしまいます。


先程、寂しそうな顔をしていた提督の傍にいなければという気持ちに駆られたからです。




提督「祥鳳…」



提督は私に向き合い両手を優しく頭に置いてくれました。

その優しい動きに思わず胸がきゅっと…



提督「ふんっ!」


祥鳳「え…あああーーー!!」



提督は私の頭をわしゃわしゃとかき回しました。


おかげで髪の毛がボサボサになってしまいます。



祥鳳「な、何をするんですか!」


提督「余計な心配してんじゃねえよ!」


祥鳳「な…!」



私の心配など余計なことだと言って提督は医務室を出て行ってしまいました。




祥鳳「なんてことを…もう」



医務室の鏡を見ながら髪を手櫛で治します。



大井「『心配いらない』ってことよ。本当に素直じゃないんだからあいつは」


祥鳳「大井さん…」


大井「きっと大丈夫よ、ね」



そう言って私を励ましてくれて少し気持ちが楽になりました。




衣笠「…」




そんな私達を衣笠さんが観察するように見ていました。





____________________






【鎮守府内 演習場】





親潮「はっ…ぐ…ぜえ…ぜえ…ぜぇ!」



大井さんに罰を与えられてからどれだけの時間が経ったのかわかりません。

とにかく私は解決しない考えを振り払うようにひたすらに走り続けました。






『親潮、戻って来い』


親潮(え…)



演習場にあるスピーカーから司令の声がしました。


私は荒れた息を整える間もなくすぐに司令の所へと向かいます。






親潮「し、しれ…す、…ぐ、す、すみませ…えん…はっ…遠征…に…」


提督「…とりあえず息を整えろ。大井から話は聞いてる」


親潮「は…はひ…」






司令の言葉に甘えて私は何度か深呼吸を繰り返して呼吸を整えました。












親潮「お待たせしました、司令」


提督「衣笠のことだが」


親潮「あ…!」



私の呼吸が整うのを確認した司令が衣笠さんのことを口にする。



提督「お前…衣笠の事、俺に黙ってたな?」


親潮「あの、そ、その…わ、私…」



司令の言葉に私は胸が苦しくなって…泣きたいくらいに申し訳ないという気持ちが湧いてきました。



親潮「し、司令…も、申し訳ございません…!あの…」


提督「おーおー、慌ててる慌ててる」


親潮「え…」



下げていた頭を上げて司令を見るといつもの悪戯な表情をしています。


それどころか…なんだかとても機嫌が良いように見えました。




親潮「ふねぇ!?」



いきなり司令は私に両手を伸ばし両頬を摘まみました。



提督「まーた一人で抱えて塞ぎ込みやがって!何回目ですかお前は!ああ!?」


親潮「ふ、ふみまへぇん!」


提督「おまけに遠征まで行けなくなりやがって!後で散々弄ってやるからな!覚悟しとけこの石頭!」


親潮「もうひわへほはいまへんへひた!」


提督「…ったく」



頬を掴まれたまま謝罪すると司令が頬を放してくれました。






親潮「その…衣笠さんは…」




その後、私は司令に衣笠さんが司令のお父様の最後の秘書艦だったことをお伝えしました。





提督「衣笠がお前を待っている」


親潮「は…はい…」



会って何を話せば良いのか…


何を聞かれるのかという不安に包まれます。



提督「そんな顔すんな、衣笠はお前を責めにきたわけじゃない。聞きたいことがあるそうだ」


親潮「え…」


提督「しっかりと対応してやれ。あいつを助けられるかはお前次第だ」


親潮「司令…」



励ましにも聞こえる司令の言葉に胸の奥が暖かくなり、顔を上げることができました。




親潮「はい!」





やっぱり司令の機嫌がとても良いように見えます。


司令と再会してからずっと見てきましたから見間違えるはずがありません。




私が衣笠さんのことを隠していて…遠征にも出られない失態をしたというのに…



本当に…一体どうしたというのでしょうか?





【鎮守府内 医務室】





親潮「親潮です…失礼します」



ノックをしてから医務室に入ると、そこにはベッドで上半身を起こした衣笠さん。

そして傍に祥鳳さんと大井さんがいました。



衣笠「親潮…!」


親潮「本当に…お久しぶりです、衣笠さん…」



十数年ぶりの衣笠さんとの再会に私はまず深々と頭を下げます。



親潮「この十数年、連絡も取ろうとせず…本当に申し訳ありませんでした…」



そしてこれまでに何の行動も起こそうとしなかったことを謝罪しました。




衣笠「教えて…!」


親潮「ぅわっ!」



衣笠さんはそんなことお構いなしに私の両肩を掴んで顔を上げさせます。




衣笠「教えてよ…!親潮、あの後どうなったの…!?あなたと黒潮が提督と一緒に行った後…どうなったのよ!」


親潮「あ…の…」


衣笠「ねえ…親潮!教えてよ!ねえ!あの人は…あの人は一家心中なんてしてないよね!そうでしょう!?」



衣笠さん…



今でも司令のお父様のこと…



私はこれまで自分が行動しなかったことを悔やみ唇を噛み締めました。




どう伝えれば…



あの人が一家心中なんてしていないことを伝えるには真実を話すしかありません。



しかしこの場には大井さんもいて、司令と私の過去のことを知られてしまいます。

司令はそれを承知で私をここに来るよう言ったのでしょうけど…



衣笠「親潮ぉ!黙ってないで何か言ってよぉ!!」




逃げ出したい気持ちから私は視線を彷徨わせます。



司令も祥鳳さんも大井さんも黙って見ています。



助けてくれそうにないことはすぐに理解できました…







私は…



どうすれば…














『君にもいつか過去のことと向き合わなければならない時が来るかもしれない』







あっ…






『その時はどうか逃げずに正面から立ち向かって行ってくれ』





私の胸の奥から湧き上がってきたこの言葉










『罪から逃げて…後悔して…私の様にはならないでくれ…』









ラバウル基地長の最後の言葉でした。










私は一度、司令を前にして逃げ出そうとしました。



二度と逃げ出さないと…司令にも自分にも誓ったはず…!






私は自分にしっかりしろと言い聞かせ、正面から衣笠さんを見ました。





親潮「衣笠さんの言う通り…あの人が一家心中したなんてデタラメです」


衣笠「親潮…」


親潮「あの…択捉泊地の司令は…」




言え…


言うんだ…私…!




親潮「し、司令とその家族を…わ、私が…」


衣笠「え…」




震える唇をギュッと噛み締め、改めて覚悟を決めます。




親潮「私が…手に掛けました…」


衣笠「な…」




…黒潮さんのことは言いませんでした。



衣笠「なんで…なんでそんなことを…!」


親潮「そ、それは…」


衣笠「どういうことなのよぉぉ!!」



衣笠さんが怒りの形相で私に襲い掛かろうとしました。



祥鳳「止めて!」


大井「落ち着きなさいよ!」



そこに祥鳳さんと大井さんが間に入って止めてくれました。

二人とも艤装を付けていてその加護の力で衣笠さんを抑えてくれました。



衣笠「答えてよ親潮!なんでよぉ!」


提督「そんなもの、少し考えればわかるだろ」


衣笠「え…」


親潮「し…司令…?」



司令が衣笠さんから守ってくれるように私の前に立ってくれました。



提督「お前、択捉泊地の最後の秘書艦だったんだろう?どうして無実を証明しようと動かなかったんだ?」


衣笠「そんなの…!」



衣笠さんが悔しそうに顔を歪めます。



衣笠「多くの艦娘を人質にされたからよ…!私の姉妹艦も…!着任したての艦娘もみんな…!っぐ…ぅ…わ、私…」



悔しそうにしながら涙を零しました。



衣笠「私…あの人のことを信じていながら…えぐっ…お、脅しに負けて…ぅっ…」


親潮「衣笠さん…」




衣笠さんも…



提督「だったら親潮がどんな状況だったか想像つくだろ」


衣笠「え…親潮…」



司令が上手く話を促してくれます。

本当に…どうして今日の司令はこんなにも私に味方をしてくれるのでしょうか。



衣笠「あなた…も…?」


親潮「…」



言葉にはできませんでしたので頷くことしかできませんでした。



衣笠「黒潮は…?」


親潮「あ…の…く、黒潮さんは…」



口が震え涙が零れましたが、それを堪えながら口を開きます。



親潮「黒潮さんはその後…わ、深海棲艦から私を護って…囮に…なって…」


衣笠「そんな…」



黒潮さんのことを伝えると衣笠さんは顔を俯かせてまた涙を零しました。



衣笠「私が知りたかったことが…こんな…」


親潮「衣笠さん…」



衣笠さんの言葉から無念さがひしひしと伝わってきます。



提督「まあでも良かったんじゃないか?お前の求めていた答えは出たんだろ?」


衣笠「…」


親潮「司令…?」



少し挑発するかのような口調で司令が言いました。

まるで衣笠さんの意識を自分に向けさせるようにしているように感じられます。



衣笠「ねえ…」


提督「ん?」


衣笠「あなたの目的は何なの…?」


提督「何が?」


衣笠「このことを知っていて親潮を匿っている理由は…何の得があるというの…?」


提督「別に匿ってるわけじゃないんだが…そうだな…」



司令は余裕の表情で衣笠さんを見ています。

司令にっても辛い過去のことに触れられているというのに…本当にどうしたというのでしょうか?



提督「俺はあの択捉泊地の提督の関係者だからな」


衣笠「関係者…?」


提督「ああ、それも深い関係だった。お前なんかとは比較にならないくらいにな」


衣笠「な…!信じられない!」


提督「信じる信じないは好きにすればいい」



疑わし気な衣笠さんの視線を嘲笑うかのように司令は余裕で見返します。



衣笠「…あの人の家族構成は?」


提督「5人、妻と子供が3人。長男次男長女の構成」


衣笠「長男と次男の歳の差は…!?」


提督「12歳差。干支が一周分だな」


衣笠「長女の好きな遊びは!?


提督「ままごと。いつもお母さん役をやりたがる」


衣笠「っぐ…ぅ…」



家族のことをすぐに答える司令に衣笠さんが段々と焦りと戸惑いの表情に変わっていく。


その表情は『どうしてこんなことまで知っているの!?』と言っているように見えました。


対照的に司令の顔はとても楽しそうです。



提督「ほらほらどうした?」


衣笠「だ、だったら…!」



その後、司令と衣笠さんのやり取りがしばらく続き…





衣笠「…じゃあこれは!?長女3歳の時のクリスマスプレゼントでお店に置いてなかったのは!?」


提督「引っ掛けだな。店に置いてなかったのは次男のプレゼントだ。おかげで隣町まで買いに行く羽目になったからな」


衣笠「え…!?」


提督「あ…口が滑ったかな」



司令がしまったという顔をしました。

口が滑ったと言いましたが、恐らくはわざとだと思います。



衣笠「あの人は…隣町まで買いに行ったのは長男だったって嬉しそうに言ってた…」


提督「…」


衣笠「あなたは…」



衣笠さんが答えを求めて視線を私に向けてきます。



親潮「この人は…あの択捉泊地の司令の…」


提督「どうも初めまして」



私が言おうとするのを司令が遮りました。

言い辛かったのを見抜かれていて助けてくれたのでしょうか?



衣笠「な…んで…一家5人皆亡くなったって…」


提督「一家心中は捏造だったろ?だったら一人くらい死を偽装しようと思えばできるんじゃないか?」


衣笠「…」



衣笠さんが顔を俯かせ口元を震わせています。

無理もありません、こんなことをいきなり言われたら誰だって混乱します。



提督「衣笠」



司令が優しく衣笠さんの頭に手を置きます。



提督「あの人のこと、ずっと信じて想ってくれて…感謝する」


衣笠「あ…」


提督「もう背負わなくて良い、これまでよく頑張ったな」


衣笠「う…ぁ…ぅ…」



司令の言葉に何かから解放されたように衣笠さんが大粒の涙を零し



衣笠「うあぁぁぁぁぁっ!あぁぁぁ…!」



司令の胸に顔を埋めて大きな声で泣きました。


そんな衣笠さんを司令は躊躇うことなく優しく抱きしめました。




司令は衣笠さんの顔が見えないのを良いことに


いつもの悪戯な笑顔を見せていました。





親潮(でも…良かった…)




衣笠さんが長年抱え続けた過去のことから解放されて…私は嬉しくなると同時に






いつの日か、私も司令と



今の衣笠さんみたいに…優しく抱きしめてもらえる日が来られるようにと思いました。







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大井「良かったわね」


祥鳳「はい…」



提督が衣笠さんを優しく抱きしめています。



提督が親潮さんを庇い、衣笠さんを救ってくれた感動的な光景のはずなのに…




祥鳳「…」



こんな時に私の胸の中は嫉妬を生み出してしまっていました。




私はあんな風に…優しく抱きしめられたことがないからです…。







衣笠「ねえ…」




しばらくして落ち着いた衣笠さんが涙を拭いながら提督から離れました。




衣笠「まだ言ってくれてなかったよね」


提督「何がだ?」


衣笠「あなたの目的…」


提督「ふむ…」




提督の目的、目指すところ。



それは海軍の上へと登り詰めての復讐



最近はそんな目標を忘れさせてくれるほどに穏やかな毎日だった気がします。




提督「知りたければ自分の目で確かめろ」


衣笠「え?」


提督「じゃあな。親潮、後は任せた」


親潮「あ、は、はい!」


衣笠「ちょ、ちょっとぉ!」



提督は話をいきなり切り上げるとさっさと医務室から出て行きました。


私と大井さんもそれに続き退室しました。



大井「大丈夫なの?親潮に任せて」


提督「問題無いだろ、上手くいけば衣笠からここに残りたいと言うはずだ。それだけでなく良い親潮の抑制剤になってくれそうだな。あははは」


大井「何よそれ…まったく…」



提督の不敵な笑みに大井さんが呆れた返事をしました。




提督の不敵な笑みは衣笠さんを迎えられるという勝ち誇ったもの




そしてどこか嬉しそうなモノを含んでいました。







私は提督にそんな笑顔を引き出した衣笠さんにまた嫉妬してしまいました…





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【鎮守府内 医務室】




衣笠「そっか…それじゃあやっぱりあの人は…」


親潮「はい…」



司令が医務室を出てから私は衣笠さんに今まであったことを全部話しました。



衣笠「親潮…」


親潮「え…」



衣笠さんは手を伸ばし私の頬を優しく触れてきました。



衣笠「さっきはごめんね…親潮も大変だったのに…」


親潮「いいえ、私なんか…」


衣笠「今はどう?」


親潮「え?」


衣笠「あの人は…親潮を大事にしてくれてる?」


親潮「はい!」



衣笠さんの質問に私は自信を持って答えました。



親潮「司令には何度も助けて頂いて、何度もチャンスを頂けて、本当に大事にして頂いています!」


衣笠「そっか!」


親潮「私はこのまま司令に命を懸けてお仕えする覚悟です!」


衣笠「…」



私の言葉に衣笠さんが少し寂しそうな顔をします。



衣笠「ねえ、親潮?」


親潮「はい?」


衣笠「命を懸けて頑張るのと、命を捨てるのは違うからね?」


親潮「あっ…」



衣笠さんの言葉は私の胸に深く突き刺さりました。



衣笠「命を懸けることに逃げちゃダメだよ?」


親潮「し、しかし…わ、私はこれくらいのことをしないと…」



司令の大切な家族を奪った私は到底許されるものではないことはわかっています。

だからこそ命を懸けることで…私は…





衣笠「変わってないなぁ…親潮のそういうところ」


親潮「え…?」


衣笠「ほんっと、頭固いんだから。ふふ」


親潮「わわ!?」



衣笠さんが私を抱きしめてくれました。

先程司令が衣笠さんにしたように、とても優しく…



衣笠「私が救われたように…今度は親潮が救われる番だよ」


親潮「で、でも…」


衣笠「大丈夫だよ、親潮。これからは私も傍にいるから」


親潮「き、衣笠さ…っ…ぃ…ぐすっ…」



衣笠さんの温もりと優しい言葉が私の胸に染み込んできました。

私は耐え切れずに涙を流し、衣笠さんの服を濡らしてしまいます。








衣笠「ずっと誰にも言えずに大変だったね…黒潮のことも…もう一人で抱えちゃダメだからね」










私はそのまま衣笠さんに涙を受け止めてもらいながら泣き続けました。










衣笠「がんばろうね、親潮」


親潮「はいっ!」








そして私はこれからの挽回の日々を生き続けることを誓いました。








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【鎮守府内 執務室】




提督「さてと…」



親潮から衣笠がこの鎮守府に残りたいとの報告を受けて俺は早速行動に移った。



携帯電話で舞鶴鎮守府の提督に連絡を取る。

番号は先日演習に来た時に教えてもらっていた。




提督「お久しぶりです、舞鶴提督」


舞鶴『なんだ…今忙しいんだが…』



えらく疲れた声をしている。

先日まで作戦海域攻略に出ていただろうから仕方あるまい。

それにこいつには大きな心配事がある。



提督「実は昨日、遭難していた艦娘を保護しました」


舞鶴『な…!』


提督「艤装のネームプレートには衣笠と…確かそちらの鎮守府の所属ですよね?」


舞鶴『ぶ、無事だったか、そうか…』



心底ホッとするような長いため息が聞こえてきた。





これはもらったな、と内心ほくそ笑む。




提督「しかし意識不明のままです、このままだと目を覚まさないかもしれないと…」


舞鶴『なんだと…!』


提督「とりあえず大本営に報告しておきますね、規則ですから」


舞鶴『おい!やめろ!』



俺の提案に舞鶴提督の慌てた声が聞こえた。



提督「どうしました?」


舞鶴『大本営に報告するのは…!』


提督「まさかあの大嵐の中、艦娘を出撃させたなんて知られたら何を言われるかわかったものじゃないですよね?特に穏健派の連中は面倒くさそうですし」


舞鶴『っぐ…!だが…!』


提督「わかってますよぉ。艦娘が『出撃できます』とか言ったんでしょう?戦果に焦っていたあなたを助けるために…良い話ですねえ」


舞鶴『…』




以前の演習を見ていたが、この舞鶴提督と艦娘との関係は良好だった。

しかしそれが今回の衣笠の遭難を招いてしまったようなものだが。



舞鶴『…何が望みだ…!』



ようやく本題に入れそうだ。



提督「もし衣笠が目を覚ましたらこのままこちらへ異動させてくれませんかね?」


舞鶴『そんなことだろうと思ったわ…!』


提督「一応本人が目を覚ましたら連絡させますから。そちらにどうしても帰りたい場合は帰しますし、それでいいでしょ?」



親潮や過去の絡みから鑑みるにここを離れるとは思えんがな、くくくっ。



舞鶴『異動の書類を送ってやる!もし衣笠が帰りたいって言ったらさっさと帰せよ!!』



ガチャン!大きな音とともに電話が切れた。



提督「一件落着だな」


祥鳳「どこがですか…」



祥鳳の呆れた顔を見ながらも俺は少しの達成感を味わっていた。





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「なあ衣笠」



なあに?



「君から見て親潮はどう思った?」



うーん…何か危なっかしいよね、黒潮は器用そうだから大丈夫だと思うけど…




「だよな…」



それがどうかしたの?



「ああ…もしかして今後、親潮に限らず厳しいことを艦娘に言わなければならない時が来るかもしれない」



うん…



「そこで…衣笠にはフォローに回ってもらうことが多くなるかもしれない」




フォローかぁ…




「そんな時のためにサインを決めておこう」




サイン?




「ああ、こうやって…」









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【鎮守府内 演習場】




翌日、さっそく衣笠が実力を見てもらいたいと言って来たので演習場に顔を出した。




提督「…あれ?演習は?」


大井「もう終わった」


提督「は?」




岸を見ると天龍が体育座りして顔を隠している。

誰が見ても落ち込んでいるようにしか見えない。



提督「…何があったんだ?」


大井「あのね…」








話によると演習場で一通りの力を見せようと準備をしていた衣笠に天龍が無謀にも実戦演習を挑んできた。


戸惑う衣笠に大井は『気の済むようにしてやって』と言い、全員の見ている前で二人の対決が始まった。





提督「結果は…まあ天龍を見ればわかるか」


大井「ええ…おまけに…」






衣笠に対し一方的に撃たれ何もできずに戻ってきた天龍。


落ち込んだ天龍に衣笠が追い討ちを掛けてしまった。






『ごめんねー!もう少し手加減すれば良かった!?』





最初から手加減されていたということが天龍のプライドを大きく傷つけられたらしい。



大井「実力は申し分ないわね。すぐにでも最前線で通用するレベルだと思う」


提督「そうか…衣笠」


衣笠「あ、はーい!」





一旦衣笠と艦娘達を集め挨拶をさせる。




衣笠「青葉型重巡衣笠です、遭難していたところを助けてくれてありがとうございましたっ!これからよろしくね!」




元気の良い挨拶に対し全員が暖かい拍手で応えた。

隅っこで体育座りをしている天龍を除いて。



時津風「ねーねーしれー、天龍励ましてあげなよー」


天津風「このままじゃ演習ができないわ」


提督「知らん」



相手にしていられないと俺はさっさと執務室へと戻った。



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祥鳳「さてと…」



提督からサインが出ていたのでフォローに回ります。


何と言って励ましたものか…




衣笠「ねえ」


祥鳳「はい?」



天龍さんに声を掛ける前に衣笠さんから声を掛けられました。



衣笠「もしかして…提督から『フォローに回れ』のサイン出てた?」


祥鳳「え…」



どうしてそれを…?

そう思って衣笠さんを見てしまうと彼女は寂しそうな笑みを見せました。



衣笠「そっか…やっぱり…そう、なんだね…」



そして懐かしそうに目を細めました。


もしかして…提督のお父様は同じように…




衣笠「よぉっし!だったら衣笠さんも手伝っちゃうわよ!」



自分の頬をパンパンと叩いて衣笠さんが気持ちを切り替え、天龍さんの所へと向かって行きました。




衣笠「そんなに落ち込まないでよ!あなたほどの実力を持った軽巡洋艦は中々いなかったわよ!」



そして天龍さんの励ましに協力をしてくれました。




大井「頼もしい子が来たじゃない?」


祥鳳「そうですね」






彼女の存在が、あの明るさが提督と親潮さんの関係をまた進めてくれるのだと前向きな気持ちになりました。





【鎮守府内 提督の私室】




夜、私は提督の部屋を訪れました。


少し聞きたいことがあったからです。



提督はベッドに座りながら本を開いてリラックスしていました。



提督「衣笠はどうだ、使えそうか?」


祥鳳「実力は全く問題ありませんでした。戦術理解度も高く視野の広さと気遣いに慣れていてなんでもこなしてくれそうですね」


提督「そうか、くくっ…上手いこと不足していた重巡洋艦の補強に成功したな」


祥鳳「…」


提督「なんだよ」



しかし私の中の複雑な気持ちはまだ消えていません。



祥鳳「提督、何か…衣笠さんに特別な想いがあるのですか?」


提督「は?」


祥鳳「衣笠さんが来てからの提督は…なんというかずっと上機嫌でしたから…」


提督「ああ…」



提督が少し面倒くさそうに私を見ます。


わかっています、こんな嫉妬混じりになっている質問をわざわざしなくても良いのに…




提督「まあ…嬉しかったからかな」


祥鳳「嬉しい?」


提督「10年以上もずっと信じてくれていたことがな…」


祥鳳「提督…」




誰が、とか何がとかは言いませんでした。


でも提督は目を細めて本当に嬉しそうにしています。



その目は先程見た衣笠さんのどこか寂しそうな笑みと同じでした。









そんな提督を見て私は提督を後ろからそっと抱きしめます。







提督が過去の傷で痛い想いをしませんように




そしていつの日か提督と衣笠さんのように親潮さんともあのように許してくれる日が来ますように







そんな願いを込めながら…






























でも…



提督の本当の傷は



心の奥底



普段光の届かない闇の奥の奥



その扉の奥に隠されていることを






私はまだ知りませんでした…












鳳の羽休め




【鎮守府内 執務室】



祥鳳「提督、軍令部からのお手紙です」


提督「ああ」



いつものように祥鳳が大本営からの書類を持ってくる。


しかしその内容にはいつもと違うものが入っていた。



提督「ふむ…」


沖波「司令官?」


天城「どうかしました?」


提督「大規模作戦への出撃命令が来た」



俺は書類を沖波に渡し確認させる。



提督「消費資源の予想を頼む。まあ今の資源状況なら余りそうだがな」


沖波「はい、現在の鎮守府資源状況を考えるとかなり余裕がありそうです」



潜水艦隊のおかげで資源にはかなりの余裕ができた。

これならば万全の状態で大規模作戦に臨めそうだ。



天城「あら…大規模作戦の最終海域担当は呉鎮守府と横須賀鎮守府の合同艦隊ですね」


提督「さすが白友、早くも最終海域を任されるようになったか」


沖波「どうして司令官が自慢げなんですか…」


天城「そこは普通悔しがるところでは…?」



呆れる二人を相手にせず作戦資料を見直す。




うちの鎮守府の作戦担当は第二作戦海域、輸送と敵主力部隊の撃滅をすることとなっている。



提督「さっそく大井を呼んで今後の作戦を…」


祥鳳「あの…」


提督「なんだ?」



さっそく行動に移ろうとしたところで祥鳳が口を挿む。



祥鳳「これから忙しくなるという時に本当に申し訳ないのですが…お暇を頂けませんか?」


提督「は…」


沖波「ええ!?」


天城「しょ、祥鳳さん!?」



祥鳳からのお願いに思わず耳を疑った。



天城「つ、ついに提督に愛想尽かして…!?」


提督「…どこかへ異動するのか?」


祥鳳「ち、違います!少しお休みを頂きたいだけです!どうしてそうなるんですか!」


沖波「な、なんだ…そういうことですか…」



俺も沖波も天城も驚いたがどうやら休みが欲しいだけのようだった。


とはいえ祥鳳が休みを欲しいと言って来たのは初めてのことだ。



提督「わかった、好きなだけ休め。大規模作戦に入ればこの先は忙しくなるからな」


祥鳳「あ、ありがとうございます、しかしそんな長期ではなく2日程となりますので」


天城「祥鳳さん、お休みを取るなんて何かあるのですか?」


提督「休む理由はなんだって良いだろう。あまり詮索してやるな」


天城「あらお優しい」


祥鳳「別に隠すことではありませんのでお話しますよ、すぐにわかることですし」


沖波「え?」




祥鳳がわざわざ休みを取るのはどうしてなのか?


それは…




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【鎮守府 正門】





瑞鳳「お姉ちゃーーーーーーんっ!!」




正門で待っていると時間通り瑞鳳がやってきました。

嬉しそうに私に駆け寄ってくるとそのまま胸の中に飛び込んできました。



瑞鳳「久しぶりだね!会いたかったよぉ!」


祥鳳「本当…久しぶりね、瑞鳳」



私は抱き着いてくる瑞鳳が愛おしくて同じように抱きしめ髪を撫でます。

瑞鳳も嬉しそうにして増々顔を胸に埋めてきました。



瑞鳳とは私がこの鎮守府に行くことになって以来の再会です。

その間に瑞鳳は改二となって以前とは見違えました。




イムヤ「大鯨が来たよ!」


ハチ「大鯨さん!」


イク「大鯨---!!」


ゴーヤ「大鯨!久しぶりでち!」



今日、この鎮守府に来ることになったのがもう一人。



龍鳳「もう!私軽空母改装したんですよ!空母です空母!今は龍鳳です!」


ゴーヤ「大鯨ーー!」


イク「会いたかったのねーー!」


龍鳳「うわわ!?」



瑞鳳と一緒に訪れた龍鳳が潜水艦隊の皆さんに出迎えられました。


龍鳳は補給艦・大鯨だった時に潜水艦隊の新人訓練のお世話をしていたことがあったとか…。



家庭的な龍鳳ですから彼女達に懐かれるのもわかるような気がします。




イク「さっそく遊びに行くのね!」


ゴーヤ「この辺りを案内するでち!」


祥鳳「待って下さい、瑞鳳と龍鳳には先に提督に会ってもらいますからその後でお願いします」


イムヤ「だってさ。ほら、大鯨を放して」


龍鳳「ですから!大鯨じゃないんですって!」



そう言いながらも龍鳳は嬉しそうにしています。

彼女も潜水艦隊の皆さんとの再会は嬉しいのでしょうね。




【鎮守府内 執務室】




執務室に入り、私は先に入って提督の隣に立ち二人を迎えます。

お休みを頂いているとはいえ、私はこの鎮守府の秘書艦ですからいつものスタイルで二人を執務室に迎えました。



提督「ようこそ佐世保鎮守府へ。祥鳳から話は聞いている、君達は今日からここの所属だ」


瑞鳳「よろしくお願…ええ!?」


龍鳳「私達、異動ですか!?」


祥鳳「もう…提督?」



挨拶するなり提督がとんでもない冗談を言います。



提督「…冗談だ」



半分本気だったでしょうに…


冗談だと言うのに若干の間があったのは二人の反応を伺ったからでしょう。


あわよくば二人を異動させようという魂胆でしょう…本当、油断ならない人です。



提督「呉鎮守府の提督からも話は伺っている。大規模作戦前の休暇だろう?」


瑞鳳「は、はい」


龍鳳「せっかくのお休みですので祥鳳さんに会いたいって瑞鳳さんが聞かなくって…」


瑞鳳「りゅ、龍鳳…!それは言わないでよぉ!」



楽しそうに話す龍鳳に慌てている瑞鳳。

しかし瑞鳳の表情に陰りが見えたのを見逃さなかった。



提督「ふーん」



提督もそれに気づいたようです。



提督(お前が休みを取った理由がわかった)



そして私にしか聞こえないよう小声で話しかけてきます。



祥鳳(あの…瑞鳳は…)


提督(わかってるさ、無理に勧誘はしない。好きにしろ)


祥鳳(すみません…)



提督が私の考え、想いを理解してくれたようで嬉しくなりました。



瑞鳳「もう!お姉ちゃん、提督と何をひそひそ話してるの!?」


祥鳳「え!?」



急に私に矛先が飛んできました。



瑞鳳「提督!お姉ちゃんは渡さないからね!」


祥鳳「ず、瑞鳳…私は別に提督とは何も…」


提督「何言ってんだ、昨日だって…」


祥鳳「っ!?」



提督がとんでもないことを瑞鳳の前で言おうとしたので…



提督「俺がもういいって言ったのに…痛ぁっ!?」


瑞鳳「えぇ!?」


龍鳳「な、なんですか!?」




急いで対処しました。



祥鳳「どうしました提督?」


提督「どうかじゃないだろお前…!ぐぁ!?」



提督の足を踏んで余計なことを言わないようにしました。

こんな実力行使をするのは初めてですが、瑞鳳と龍鳳の手前仕方ありません。



祥鳳(余計なことを言わないで下さいね!?)


提督(…)



小声で脅迫するとようやく大人しくなってくれました。



瑞鳳「ど、どうしたの?」


祥鳳「どうもしないわ、心配しないで」


龍鳳「え?え?」



提督のおかしな態度に戸惑っていましたがどうにか誤魔化すことはできました。


…しかしこの程度で提督が大人しくなるはずもなく…



祥鳳「あなた達のお部屋は…ひぃ!?」


瑞鳳「わぁ!?」


龍鳳「こ、今度は祥鳳さん!?」



提督が机の陰から二人には見えないように私のお尻を撫でてきました。



祥鳳「な…なんでも…ぃ!?」


瑞鳳「ちょ、ちょっと…本当にどうしたのよぉ…」



提督は私のお尻を鷲掴みにして…それだけに留まらず提督はスカートの中に手を入れてきて下着の上から…



提督「いででででっ!!」


瑞鳳「うわぁ!?もう、なんなのよぉ!」




『いい加減にして下さい』と言わんばかりに足に力を入れました。



祥鳳「それじゃあ後で…!二人ともさっき通った談話室で待ってて」


瑞鳳「ちょ、お姉ちゃ…」


龍鳳「一体何が」


祥鳳「早く行きなさい!」


瑞鳳「はいぃ!」

龍鳳「はいぃ!」



これ以上二人の前で醜態をさらしたくないので追い出すように二人に対し大声を浴びせてしまいました。











祥鳳「なんてことをするのですか提督!」


提督「それはこっちのセリフだ!思いっきり足を踏みやがって!俺に何の恨みがあるんだ!」


祥鳳「提督がおかしなことを言おうとするからです!今度二人の前で変なこと言おうとしたらしばらく口を利きませんよ!」


提督「ちょっと待てコラ!」


祥鳳「失礼しますっ!」



すっかり頭に血が昇ってしまい、そのまま執務室を出て行きました。




全くもう…!



この後も提督の発言と行動には十分注意しようと改めて思うのでした。






瑞鳳「あ、お姉ちゃん」


祥鳳「お待たせ」



談話室に行くと二人とも大人しく待っていてくれました。



龍鳳「あの…私達の鎮守府の方から預かっている手紙がありまして」


祥鳳「手紙?」






龍鳳が見せてきた手紙の差出人は『重雷装巡洋艦 北上』と書かれていました。






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【鎮守府内 会議室】




提督「待たせたな」



大規模作戦に向けて大井と作戦会議をするため会議室に来てもらった。



真面目な大井は予想通り先に来ていたが…



大井「…」


提督「大井…?」


大井「え?あ、ああ、ごめんなさい」



作戦資料ではなく何かを広げて見ていた。

大井はそれを俺に見られたくないのかサッとそれを隠す。



提督「…」


大井「な、なによ…」


提督「北上からの手紙だな?」


大井「…!?」



図星だったようで俺の指摘に身体をビクつかせた。



大井「な…なんで…」


提督「同じ呉鎮守府の二人が来てたからな。連絡し辛いお前に手紙が届くのは予想できるだろ」


大井「そ、そうよね…」


提督「内容は…現状を伝えつつお前に寂しいと、戻ってきて欲しいと遠回しに書かれている」


大井「ちょ!?どうして!?」


提督「読んでいたお前の顔を見れば大体わかる。迷いが出てるのが丸わかりだぞ」


大井「ぐっ…相変わらず油断も隙も無い…」



予想が全部当たったようで大井が顔を紅くして恥ずかしそうにした。



提督「…お前も余裕が出てきたな」


大井「え…」


提督「ここに着任した当初のお前だったらその手紙を読むこともなかったんじゃないか?」


大井「そ…そうかもしれないけど…余裕が出てきたからって手を抜くつもりは無いわよ!」


提督「わかってるさ、そんなこと心配してねえよ」


大井「ふん…!」




手紙を仕舞い、俺と大井は作戦資料を広げて大規模作戦の打ち合わせを始めた。











その後数時間二人で作戦内容の確認を行った。



大井「だから現有戦力なら十分に…」


提督「ふむ…」



大規模作戦に対する編成や作戦を一通り練り終えた。



今はその再確認作業に入っている。



大井の立てた作戦は相変わらず見事なもので穴らしい穴が全く見当たらなかった。


これならばと俺も安心して作戦指揮を執ることが…






提督「…」


大井「提督…?」




ん…?




なんだ、今の。




妙な違和感を感じた。



不安のような不気味なような…



判別し辛い何かを…





大井「ねえ」


提督「ん?」


大井「どうしたのよ、いきなりそんな難しそうな顔して」


提督「…そんな顔してたか?」


大井「鏡見た方が良いんじゃない?」


提督「ああ…」



鏡は無いので窓辺に写る自分の面を拝む。

うっすらと写るそれは少し張りつめていて緊張しているように見えた。



大井「ちょっと…本当にどうしたのよ、何か作戦に問題があったかしら?」


提督「いや…そんなことはない…よな?」


大井「もう一度確認してみようか?」


提督「そうだな…」







その後、作戦内容を見直したがやはり穴は見当たらず




違和感の正体は結局わからず終いになってしまった。







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【鎮守府内 演習場】




瑞鳳が一緒に演習をしたいと言って来たので望み通り付き合うことにしました。


龍鳳は潜水艦隊の皆さんと一緒に居るみたいでこの場には姿を見せませんでした。



瑞鳳「うわぁ…」



他の方達の演習風景を見ている瑞鳳が感嘆の声を上げる。


今、演習をしているのは雲龍型姉妹の皆さんで、雲龍さん対天城さんと葛城さんとの1対2の実戦演習でした。




瑞鳳「すっごいねあの人、あれだけの艦載機を一人で対処してて…」





雲龍さんはあの五航戦姉妹との演習以降、腕に磨きをかけてきました。


以前とは違いただ勝ちたいという本能剥き出しの戦いと違い、どこか静かながらも情熱を秘めている芯の強さを見せてくれました。



そんな雲龍さんの姿を見て提督も満足そうに笑っていたのを覚えています。







瑞鳳「私も…あのくらい強ければ…」






愚痴にも近い瑞鳳の呟き


私の耳には十分届いたけれど、それを追求するつもりはありません。




祥鳳「さて、久しぶりに一緒に海に出ましょうか?」


瑞鳳「う、うん!」




この問題は瑞鳳自身の問題



私が発破を掛けて無理やり前を向かせても意味は無いのだから…













瑞鳳「ねえお姉ちゃん、私と実戦演習してくれない?」



その後、しばらく二人で海に出て艦載機を飛ばしたりしていると瑞鳳が不安な面持ちながら勝負を挑んできました。

その意図はわかっていますけど私は何も言いません。



祥鳳「ええ、もちろんよ」



私は快く了承し、実戦演習の準備を始めました。









結果は言うまでも無く…





瑞鳳「はぁ…はぁ…!さ、さすがお姉ちゃん…つ、強い…ね…」


祥鳳「…」



私の圧勝でした。


たとえ改二であっても今の瑞鳳に負ける気はしませんでした。



それどころか瑞鳳は手を抜いていたところもあります。


そんな瑞鳳を叱り付けてやろうとも思いましたがそこはグッと堪えました。




祥鳳「そうね。私も瑞鳳に負けないように努力してきたから」



そして当たり障りのない返事をして演習場を引き上げることにしました。



祥鳳「もうすぐお昼ね、食堂に案内するわ。ここの料理長の腕は最高よ、楽しみにしててね」


瑞鳳「う、うん…」




瑞鳳の表情には相変わらず迷いが見られる。


その顔は『どうして何も言わないの?』と少し悲しそうでした。







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【鎮守府内 執務室】




大井との作戦会議を終えて執務室に戻ると意外な人物が居た。



提督「ハチ?」


ハチ「テートク、こんにちは」



潜水艦隊のハチだった。

執務室に来るのはこの鎮守府に来た当初以降あまり見なかった気がする。



提督「どうかしたか?」


ハチ「あの、ですね…秘書艦のお仕事をしてみたくて…」


提督「は?」



物好きな奴だな。



天城「ハチさんは数字に関してはかなり強いみたいですよ」


沖波「先程少し経理書類を見て頂いたのですが…処理する速度もとても速かったです」


提督「へぇ~沖波さん、重要な経理書類を俺の断りもなしに勝手に見せたわけですか~、へぇ~」


沖波「すすすすす、すみません司令官!わ、私なんてこと…!」


提督「冗談だ。別に外部に漏れようが内部で勝手に見られようが問題になりそうなもんは無い」


天城「だったらあまり沖波さんをからかわないで下さい」


提督「善処する」



とはいえ勝手に書類を見せたことは問題になりかねないので一応注意しておいた。




提督「やってみたければ勝手にやれ。別に拒む理由も無い、今は祥鳳が休みだからな」


ハチ「ダンケ!」


提督「ミスしたらお前と霧島のメガネを交換するぞ」


天城「なんですかその地味な嫌がらせは…」


ハチ「ふふ、気を付けますね」


沖波「それではハチさんには私と一緒に…」



ハチは嬉しそうに俺に対して敬礼をして沖波と一緒に書類整理を始めた。


そんなに秘書艦業務がやってみたかったのか…?




変わった奴だな、とこの時は特に気に留めるようなことはしなかった。






その後ハチは書類整理の補佐を見事にして終えた。

その仕事っぷりに俺も天城も沖波も感嘆とするしかなかった。


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【鎮守府内 祥鳳の部屋】




お昼を一緒に終えた後、私は瑞鳳を連れて買い物に行ったり艤装の整備を一緒に行った。



祥鳳「今日は楽しかった?」


瑞鳳「うん…」



その間も瑞鳳はずっと浮かない顔をしていた。


私はその間何度も声を掛けようかという衝動に駆られたけど何とか堪えることができた。



瑞鳳が何に悩んでいるのか。


どうして今、このタイミングで私に会いに来たのか。



瑞鳳「ねえ…」


祥鳳「うん?」



それを瑞鳳の口から言わせなければならない。


自分が何に悩み、何を恐れているのかハッキリと自覚させるために。



瑞鳳「どうして…何も聞いてくれないの?」


祥鳳「…」


瑞鳳「どうして何も言わないの?私…その…演習でも手を抜いて…一日付き合わせて…以前のお姉ちゃんだったら…」



以前の私だったら演習で手を抜いたりしたら絶対に許さなかったでしょう。

しかし今日はそれをあえて見逃しました。




瑞鳳「どうして…そんなにも優しく…」




顔を俯かせて今にも涙を零しそうな表情でベッドに座っている瑞鳳の隣に座ります。



祥鳳「…」


瑞鳳「お姉ちゃん…」



そして瑞鳳の髪を優しく撫でます。

瑞鳳に対し怒っていないという気持ち、そしていつでもあなたの味方だということを態度で伝えました。


そんな私に対し甘えるように瑞鳳は頭を肩に寄せてきてもたれかかってきました。




瑞鳳「あの…ね…」




そのまま瑞鳳は自らの悩みを打ち明けてくれました。










この先に訪れる大規模作戦




瑞鳳は呉鎮守府に異動しただけでなく、その大規模作戦の最終海域のメンバーに選ばれた


改二改装された瑞鳳の実力を見込んでの抜擢ではあったのだけど、瑞鳳にはその任務を全うするだけの自信が無かった


演習に身が入らなくなり、調子を落とした瑞鳳は私に助けを求めるようにして会いに来た、ということです。




瑞鳳「覚悟が無いんだよ…」


祥鳳「覚悟…?」




瑞鳳の話では今回の大規模作戦、レイテ海域攻略戦では多くの艦娘に物凄い気合の入りようを感じたとのことです。


中でも呉鎮守府の武蔵さんや演習先で会った横須賀鎮守府の瑞鶴さんなどは目を合わせるのもできない程でした。



瑞鳳「みんな…あんなに気合入ってて…顔つきが変わるほどにやる気をだしているのに…」


祥鳳「…」


瑞鳳「私…こんなことでいいのかなって…」





瑞鳳はどうしてメンバーに選ばれてしまったのかと思い、さらには『不調なら外してくれるかもしれない』『誰でも良いから私と変わって欲しい』と思考が逃げに入ってしまったとのことでした。


もしも自分のせいで任務達成できなかったら


仲間が傷ついて迷惑を掛けたら



そんな瑞鳳の不安が伝わってきます。




瑞鳳「ねえ…」


祥鳳「うん?」


瑞鳳「お姉ちゃん…私…ここに居てもいいのかなあ…」



縋るように助けを求めるような目をしていても、瑞鳳はどこか叱責を求めるように問い掛けてきました。

怯えも含んでいるようなその表情に愛おしさが胸の奥から湧き上がってきます。



祥鳳「瑞鳳が望むのならそうしてあげるわ」


瑞鳳「え…」


祥鳳「うちの提督ならあなたが着任することに賛成するでしょうし…大丈夫よ、もしも瑞鳳を悪く言うような人がいたら私が守ってあげるから」


瑞鳳「…」



瑞鳳はただ戸惑うだけで悲しそうに顔を伏せました。



祥鳳「でも…瑞鳳はそんなこと望んでいないでしょう?」


瑞鳳「…」



ゆっくりと、小さく頷きました。



本当は瑞鳳にだって任務を達成したい気持ちはある。

彼女にだってプライドはあるし、艦娘としての誇りがある。


それを垣間見えた気がして嬉しくなりました。



瑞鳳「ねえ…」


祥鳳「なあに?」


瑞鳳「どうしてお姉ちゃんは…強いの…?」


祥鳳「え?」


瑞鳳「私…前も護ってもらってばかりで…ちっとも強くなれない…」



自信無さげに問いかける瑞鳳に私は笑顔で答えました。



祥鳳「ひとつは…自分のため、自分自身の誇りや立場、プライドを守るため」


瑞鳳「…」



まるで『自分にはそんなものはない』と瑞鳳が暗い顔で俯いた。



祥鳳「もうひとつは…こうして自信を持ってあなたと再会する時のためよ」


瑞鳳「え…」


祥鳳「ふふっ」



私の答えが意外だったのか瑞鳳が顔を上げました。



祥鳳「私が頑張れるのはあなたがいてくれたおかげでもあるのよ?」


瑞鳳「お姉ちゃん…」


祥鳳「ありがとう…あなたが生き続けてくれたからこそ私は怖いときも辛いときも乗り越えられてきたの」


瑞鳳「ぐす…ぅ…お姉ちゃ…っ…」




それが瑞鳳の求めていた答えかどうかはわかりません。

けれど瑞鳳は涙を零し、私に縋りついてきました。


やっと…緊張の糸が解れてきたようです。



瑞鳳の中で『もしかしたら私に嫌われるかもしれない』という恐怖感がずっとあったのでしょう…。

無理もありません、前の鎮守府ではずっと瑞鳳に冷たく接してきたのですから。



でも今は…こうして私に弱みを見せてくれる。



それが嬉しくて私はいつまでも瑞鳳を優しく抱きしめ続けました。













瑞鳳「私…決めたよ」



しばらく泣いた後、涙に顔を濡らしながらも瑞鳳が顔を上げました。




瑞鳳「私…必ずお姉ちゃんの所に帰ってくる」


祥鳳「うん」


瑞鳳「まずは…そこから始めようと思う…!」





その表情は少し迷いが取れていて



私は瑞鳳の悩みを少しでも解決に導くことができたのだと胸の中が暖かくなりました。






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【鎮守府内 食堂】




瑞鳳「いっぱいあるよ!どんどん食べてね!」


提督「なんだ?」



夕飯を食べに食堂へ行くと瑞鳳の元気な声が聞こえてきた。



祥鳳「あ、提督。こちらどうぞ」



先に来ていた祥鳳が椅子を引いて座るよう促す。



提督「瑞鳳は何をやっているんだ?」


祥鳳「帰る前に皆さんに得意料理を振舞いたいって張り切っていまして」


提督「得意料理?」




テーブルを見ると大量の卵焼きが用意されていた。

そのひとつを摘まみ早速食べてみる。



瑞鳳「どう?美味しい?自信作だよ?」


提督「…」




参ったな…『普通』以外の感想が湧いてこない。


視線をさりげなく左右に送ると周りの艦娘達が目を逸らした。

どうやらこいつらも同じ感想なのだろう。



それも仕方ない、なんせ毎日間宮の料理を食べているのだ。

舌が肥えてしまっていても仕方ない。



俺は素直に感想を言おうとした。



提督「ふつ…」


祥鳳「…」


提督「う…」


瑞鳳「?」



祥鳳が俺の足に自分の足を置いてきた。


こいつ…下手なことを言ったら俺の足を踏み潰す気だな…



祥鳳「提督、美味しいですよね?」


提督「…」



笑顔でそう言っているが目が全く笑っていない。

ここは大人しく従わないと何をされるか分かったものじゃない。


それにしても祥鳳がこんなにもシスコンだとは…



提督「美味いぞ。瑞鳳は良い嫁になれるな」


瑞鳳「本当!?良かった!」


祥鳳「良かったわね瑞鳳」


瑞鳳「うん!まだまだいっぱいあるからね!」


祥鳳「残さず食べて下さいね?」


提督「…」



くそ…覚えてろよ祥鳳。



内心悪態をつきながら俺は目の前にある卵焼きを胸焼けするまで食べることになってしまった。




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【翌日 鎮守府正門】




瑞鳳「ここで良いよ」



自分が所属する呉鎮守府に帰る瑞鳳と龍鳳を見送るため正門に来ました。

見送りに来たのは私の他に潜水艦隊の皆さんです。



イムヤ「元気でね、大鯨」


ゴーヤ「大鯨…また来てね…」


イク「大鯨…寂しくなるのね…」


ハチ「大鯨さんと再び会える日を心待ちにしています…」


龍鳳「皆さん…ありがとうございました。それといい加減名前を憶えて下さい!絶対わざとですよね!」



怒る龍鳳に潜水艦隊の皆さんが笑顔に包まれました。




祥鳳「瑞鳳」


瑞鳳「うん?」


祥鳳「いつでも会いに来てね。この先どんな辛いことあっても…」



私は瑞鳳の手を取って両手で包みます。



祥鳳「私は…いつでもあなたの帰る場所になってあげるから」


瑞鳳「お姉ちゃん…」


祥鳳「必ず…帰ってきてね」


瑞鳳「うん!約束するよ!絶対に帰ってくるからね!」



瑞鳳は自信を持って頷き、この鎮守府に来た時とは別人と思えるほどに良い笑顔を見せてくれました。






瑞鳳と龍鳳を見送ってから私はすぐに気持ちを切り替えます。



この後すぐに私達も大規模作戦に赴かなくてはなりません。




祥鳳「さあ、私達も頑張りましょう!」





また瑞鳳と再会した時に理想のお姉ちゃんでいられるよう




私は声を大きくして自分に発破を掛けました。








崩壊のキッカケ





戦いを終えて







鎮守府に戻った僕は絶望した








『そん…な…』






鎮守府は壊滅的被害を受けていて






機能していないのが嫌でも理解できてしまう







『だ、誰か…』





瓦礫と化した鎮守府に人の姿は無く




『て、提督…』




僕達の指揮官の姿も見当たらなかった








死体すらないのを見るに、どうやら鎮守府から逃げ出したらしい









『うそ…だ…』








僕はガックリと膝をついて天を仰ぐ







黒い雲に覆われた空から雨が降り出し






僕の頬を伝う涙を隠してしまった






『扶桑…山城…みんな…』









もう、立ち上がる気力も無くなってしまった…








『僕は…もう…ダメだ…みんな…ごめんね…』

















希望を無くした僕はそのまま目を閉じて







意識を失った…








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【前線基地】





大規模作戦に出撃するために艦娘を連れて大型船で前線基地へと移動した。



他の鎮守府からも艦娘と提督がこの前線基地に集まり合同作戦が開始されようとしていた。




まずは作戦会議のため、全提督が集まることとなった。

秘書艦を同席しての会議で俺はいつも通り祥鳳を連れて来ていた。




提督「どこだ…」


祥鳳「白友提督ですか?」


提督「ああ」



キョロキョロと視線を彷徨わせると白友の姿を見つけた。



提督「む…」



見ると白友の顔が張りつめている。

隣の秘書艦・長門もその空気に当てられてか固くなっているようだった。



提督「大丈夫か、あいつ」


祥鳳「無理もありません、最終海域攻略部隊に抜擢されましたからね…」



確かに白友提督の横須賀鎮守府は呉鎮守府との合同部隊で最終海域攻略の任を与えられている。

その責任と重圧は計り知れないだろう。


しかしあのままでは緊張が他の艦娘にも伝染してしまうのではないかと思う。


俺は白友をからか…励ましてやろうかと思い近づこうとした。





??「失礼」


提督「ん?」



それを遮るかのように誰かが俺の前に立った。

恰好を見るにどこかの提督だというのがわかる。



??「佐世保鎮守府の提督殿ですね?」


提督「誰だお前」



見覚えのない奴に白友との接触を邪魔されたせいで少し棘のある言い方をしてしまう。



??「始めまして、私は…」



差し出してきた名刺を受け取り名前を確認する。

名前は九草。


最近大湊鎮守府に着任した提督らしい。


そういえば大湊鎮守府の提督は潜水艦隊を引き抜いた後、どこか僻地へ飛ばされたんだったな。

こいつはその後任か。



九草「九草です、よろしくお願いします」


提督「クソ?」


九草「くそう、です」


提督「よろしくな、クソ提督」


九草「…」


祥鳳「て、提督…」



『初対面の相手になんてことを…』と祥鳳が呆れ顔になっている。

確かに祥鳳の言う通りだが俺は遠慮するつもりは無かった。



九草「あなたには一度お会いしたいと思っていました」


提督「あ?なんで?」


九草「特別強い艦娘を与えられたわけでも無く、大本営からの支援も当てにせず戦果を上げ続けるあなたがどのような鎮守府運営をしているのか気になりましてね。色々と学ばせて頂こうかと」


提督「別に特別なことは何も」


九草「そうでしょうか?強い艦娘を引き抜いたり、厳しい訓練を行っていたり」


提督「…」


九草「駆逐艦を単艦で演習に出したりと、色んな噂を耳にしましたよ?」



霧島や陸奥、潜水艦隊の引き抜きや、親潮の単艦出撃のことを言っているのだろう。



九草「私もあなたを見習って強い艦隊を築き上げたい。あなたのように艦娘を利用し、自力で出世街道を走ってみたいものですね」



九草は俺に対し、値踏みするような嫌らしい笑みを見せた。

それだけでこの男が本当は俺を見習ったりすることは無く、いつか出し抜いてやろうと画策するような奴だと思わせた。



提督「てめえには無理だクソ提督」


九草「な…なぜですか」


提督「小物は小物らしく上に媚び振ることだけを考えてろ。自分の枠をはみ出すと痛い目に遭うぞ」


九草「…」


提督「目ざわりだ、あっちに行け。このコピー機野郎が」


九草「くっ…」



話にならないという苛立ちを噛み殺しながら九草はその場を離れて行った。



祥鳳「提督…何もあそこまで挑発しなくても…」


提督「上層部の奴ら、乗り換えやがったな」


祥鳳「え?」


提督「なあ祥鳳、白友とあのクソ提督、どちらが融通が利きやすいと思う?」


祥鳳「え…えっと…」



いきなりの俺の質問に祥鳳が少し考えるような仕草をして…



祥鳳「…」



何も答えられず黙ってしまった。



提督「そうだ、白友の頭の硬さは親潮並みだ。とても融通が利くタイプじゃない」


祥鳳「まだ何も言ってませんよ…」



こいつのことだ。

正直に言ってしまっては失礼だとか気を遣って沈黙したのだろう。



提督「それに白友は最近表彰されるほどに戦果を上げ続けたおかげで発言力もかなり高くなってきたからな。穏健派の上層部も扱いに困り始めたのだろう」



俺は視線を離れて行ったクソ提督に向ける。



提督「対してあのクソ提督は利用できるものは利用するという考えだろうから上も扱い易いと踏んだのだろう。この調子なら奴も力をつけてくるだろうな」


祥鳳「注意した方が良さそうですね」


提督「ま、俺の敵では無いがな。心配なのは白友君が何かに嵌められないかということだけだな」


祥鳳「そう…ですか…」




楽観する俺に対し、祥鳳は心配そうな顔をしていた。







【前線基地 近郊の宿泊所】




提督「お邪魔するぞ」


白友「お、おい!?なんだいきなり!」



前線基地の近くにある宿泊所、その大部屋にノックも無しにお邪魔する。



吹雪「ああ!?佐世保鎮守府の提督さん!?」


叢雲「うげ…」


金剛「何しにきたデーーーーース!」



艦娘達の嫌そうな視線が突き刺さる。

とても歓迎されているような感じではなかった。



白友「おい、会議中だ!話は後で聞いてやるからさっさと出て行け!」



おーおー、そんな張りつめた顔しちゃって。

この緊張感が秘書艦だけじゃなくて全員に伝染している可能性が十分にありそうだ。



瑞鶴「…」



中でも瑞鶴の気合の入りようは半端じゃなかった。

特別な艤装を纏い、刺すような視線で俺を見ていた。


それも仕方ない、今回の作戦海域のレイテ沖は瑞鶴にとって因縁の海域らしいからな。



これはさっさと対処しないと白友も苦労しそうだ。



提督「実はな…お前の鎮守府の艦娘達に大事な話があって来たんだ…」


白友「な、何を…」



全力で真剣な顔を作って言うと白友の言葉に力が無くなった。

このために真剣な表情を作る練習をしておいて正解だったな。



提督「あの…な…」



俺は真剣な表情のまま艦娘達の方を向く。

艦娘達のゴクリという喉音が聞こえるような気がするほどに部屋の空気が張りつめた。




提督「さっきの作戦会議の時に白友が『俺、この作戦が終わったらケッコンする艦娘を決めるんだ』と言っていた」


榛名「本当ですかぁ!!?」


提督「うおぉ!?」



真っ先に反応したのは榛名だった。

相変わらずだな…こいつは。白友の童貞奪えなかったくせに。



金剛「テ、テートク…?」


翔鶴「一体誰を…」


白友「お、おい!俺はそんなこと一言も…」


提督「照れんなよ、俺に指輪を見せて決意を見せてくれたじゃないか」


白友「何言ってんだぁ!!」



もちろん全部デタラメだ。

しかし緊張で硬くなっていた艦娘達には真偽を確認する余裕も無く鵜呑みにしてしまったようだ。



吹雪「誰!?誰なのですか!?」


叢雲「へ…へぇ~…そ、そうなんだ…」


阿武隈「提督ー!教えて下さいぃ!!」


鳥海「長門秘書艦!本当なのですか!?」


長門「え…」



長門が困ったような視線を送ってきたので俺は『話を会わせろと』目配せをする。



長門「す、すまない、作戦前だから秘密にしていて…」


白友「長門ぉ!?」


白雪「わぁ!本当なんですね!」


深雪「よっしゃぁ!良い所見せるぜー!!」


五十鈴「これは腕が鳴るわー!」


熊野「後でたっぷりと問い詰めさせて頂きますわ!」




張りつめた艦娘達の空気が変わり始め




瑞鶴「提督さん」



最後には瑞鶴が席を立ち



瑞鶴「帰ったら…絶対に聞かせてもらうからね!」


翔鶴「瑞鶴…ふふ、そうよね!」




『生きて帰る』ということを堂々と宣言し、艦娘達は緊張感から解き放たれ、良いムードで閉めることができた。







【宿泊所 廊下】




白友「っぐ…お前なぁ!」


提督「あっはっはっは」



隙を見て帰ろうとしていた俺は白友に捕まってしまった。



白友「あんなこと言ってどうするんだ!これじゃあ嘘でしたなんて絶対に言えないだろ!」


提督「良いじゃん本当にしちゃえば。この際だからケッコン艦を選んだらどうだ?」


白友「そんな簡単なことじゃ…」


提督「どうせ決められずに大本営からのケッコン艦を決める任務もほったらかしなんだろ?」


白友「う…だ、だが…こんな大事なことを…そんな任務なんかで…」



どうやら今の白友にはまだ本命の艦娘はいないらしい。



提督「いっそのこと『任務だから』って誰でも良いから渡せばいいじゃないか」


白友「誰でも良いって…そんなことできるか!」


提督「俺はそうしたけど?」


白友「な、何て奴…!」



あーあ、呆れた顔で頭振ってる。

こうした方が一旦艦娘も落ち着くとは思うのだがな。



白友「お前も…こんなところで油売ってないでさっさと自分の作戦海域の見直しくらいしたらどうなんだ!明日にはもう出撃だろ!」


提督「ご心配なく、こっちの準備は完璧だ。後は作戦通り…」





…?




ん…?





まただ…。





何かが引っ掛かる。





白友「それじゃあ失礼する!油断するなよ!」


提督「え?ああ、そっちも頑張れよ」




白友は艦娘の待つ大部屋へと戻っていった。




提督「…」




先日もあった違和感を覚え、俺は正体不明の不安から逃れるように早足で戻った。





【前線基地 司令部施設】




提督「…」



前線基地に戻った俺は一人、作戦資料を広げ改めて確認している。





やはり大井の立てた作戦は完璧で穴らしい穴が見当たらない。


全てを大井に任せるのではなく、俺も一緒に考えた作戦だ。

それに連合艦隊旗艦の陸奥や秘書艦の祥鳳にも内容を見てもらっている。



それなのに…


一体何に対して違和感を感じたんだ…?





??「提督、入っても良いでしょうか?」


提督「…?ああ」



司令部施設のドアが鳴る。



ハチ「失礼しますね」


イムヤ「頑張ってるわね、司令官」



入ってきたのは意外な艦娘だった。

ハチは片手にお盆を持っている。


アイスコーヒーとドーナツみたいなものがある。


そういえばこいつらは本作戦中は出番無かったな。

手が空いていたから料理でもしていたのだろうか?



ハチ「実は…シュトーレンを作ってみたのです」


イムヤ「糖分を摂取すると頭の回転が良くなるわよ」


提督「ふむ…では頂こうか」



シュトーレンを掴み口に入れる。

出来たてでまだ暖かく味もしっかりしていた。



提督「まあまあだな」


ハチ「まあまあ…ですか」


イムヤ「ちょっと、ハチが一生懸命作ったんだからその感想はないんじゃない?」


提督「俺に美味いと言わせたいのなら間宮を超えてみろ」


イムヤ「無茶言わないでよ!」



そう言ったが空腹だったのか持ってきたシュトーレンを全て平らげてしまった。



ハチ「次は…もっと美味しいものを用意しますね」


提督「うむ、励め」


イムヤ「もう、偉そうに…」



一息ついたところで改めて作戦資料に目を向ける。




ハチ「提督、あまり無理しちゃダメですよ」


イムヤ「疲れたら休もうね」


提督「検討しとく」



少し心配そうな声を掛けてハチとイムヤは退室した。










提督「…」





一息つけたおかげで俺の頭は少し冷静になり、先程とは違い作戦内容がしっかりと見えてきた。





…やはり大井の立てた作戦は完璧だ。


穴らしい穴が見当たらない。



戦闘隊形、砲撃順、陣形から撤退時の確保まで、全てに至るまでしっかりと練られている。





それなのに…どうしても違和感が消えようとしない。





この後もその違和感の正体を探るが見つかることは無かった…。












そして…作戦当日









親潮『潜水新棲姫、討ち取りました!』


沖波『こちらの被害、ありません!』


天龍『対潜部隊!これで作戦完了だ!!』







風雲『道中突破!ドラム缶は傷ひとつ無し!』


衣笠『輸送部隊、必要資源を届けたよ!!』


天津風『帰投を開始するわ!』









俺の不安は…










雪風『雪風!全魚雷命中させました!』


陸奥『敵主力を撃破の撃破を確認!!』


祥鳳『提督、作戦完了しました!』




提督「お疲れ…」








結局杞憂に終わった。






この作戦の間に違和感の正体を確かめることはできなかった。







【前線基地 工廠】





時津風「しれー!作戦終了だよー!最後は雪風が仕留めたんだよー!!」


雪風「がんばりました!」


大井「みんな、お疲れ様!」


ゴーヤ「お疲れ様でち!」




出撃を終えた艦娘達が待機していた艦娘達に迎えられる。



沖波「司令官、今回の消費資源はこちらです」


提督「…ああ」




沖波から渡された資料で消費資源を確認する。


…予想以上に消費した資源が少なかった。

それだけ今回の作戦が順調だったのだろう。


全て作戦通り…結局何の問題も無かった。




時津風「しれー?なんか嬉しそうじゃないねー」


提督「…ん?」


葛城「どうしたのよ、そんな難しい顔して」


提督「ああ…」




最近こいつらの前でも考え事をすることが多くなってしまったな。

今後は顔に出さないよう気を付けないと。



提督「もっと高難度な海域に行っても良かったかと思ってな」


祥鳳「もう…そんなこと言って、みなさんをちゃんと労って下さい」


大井「あまり欲張ると痛い目みるわよ」


提督「そうだな、お疲れさん。さっさと艤装を片付けろ。終わり次第大型船に乗り込め」


時津風「はーい」


大井「それじゃみんな、片付け始めるわよ」




これ以上艦娘達に気取られないようさっさとその場を切り上げさせてた。






【前線基地 廊下】




??「無事に終わったようだな」




艦娘達と共に前線基地の廊下を歩いていると強い威圧感を感じさせる男が訪れた。



提督「作戦完了しました、呉提督」



俺はしっかりと敬礼をして答える。



呉「予想よりも早かったな」


提督「はい、私も思っていた以上に上手く運んで驚いています」





俺の態度に周りの艦娘達が目を丸くする。






時津風「しれーが敬語使ってる…」


雪風「おかしくなってしまったんでしょうか…」


天津風「弱みを握られているんじゃない?」


風雲「ありえるわね…」





くそ…ちんちくりん共が言いたい放題言いやがって…



呉「はは、楽しそうな艦隊じゃないか」



この呉提督の位は大将。


今回のレイテ沖海戦の総指揮を任されている提督だ。


戦歴が長く多くの戦果を上げてきた叩き上げの提督で、穏健派にも過激派にも所属しない我が道を行く男だ。

そのため人望も厚く、艦娘のみならず提督達や上層部からの信頼も厚い。

歳は…確か俺より15くらい上だったか…。



俺の障害になるような男では無いが…できれば敵に回したくない男でもある。





大井「…」



大井が呉提督の視線から逃れるように身体を隠した。

そういえばこいつは呉鎮守府から来たんだったな。




呉「少し良いか?」




それを察してか、呉提督は俺と二人になれるよう先を歩き始めた。




【前線基地 司令部施設】




呉「大井の様子はどうだ?北上からある程度は聞いていたが練習巡洋艦なんだって?他の艦娘達と上手くやれているか?」



呉提督は二人になるとすぐにフランクな話し方に変わった。

それは俺に『遠慮する必要はない、気楽になれ』というメッセージだ。


こういうところもきっと彼の人を惹きつけるところなのだろう、見習わねばならない。



提督「ええ、とても頼りになる練習巡洋艦です。今回の作戦もほとんどが彼女の立てたものです」


呉「そうなのか?」


提督「艦娘達ともしっかりとやれています。あいつの指導は見事ですよ」


呉「あの大井が…信じられん…」



呉提督が信じられないという顔をする。

あいつ…呉鎮守府でどんな生活を送っていたんだ。



呉「しかしそちらへ行って結構経つな。そろそろ帰りたいという様子は見せないか?」


提督「近頃余裕が出てきたのか悩んでいる様子はありますね」


呉「へえ…」



俺は隠さず呉提督に大井の様子を話す。

この男に隠し事をするのは得策ではないと本能が訴えていたからだ。



呉「大井本人が呉に帰りたいと言ったら?」


提督「帰らせますよ。痛手なのは間違いありませんが変に縛り付けるつもりもありませんからね」


呉「そうか…」



意外そうな顔でこちらを見る。


大井に限らず元々艦娘達には『異動したければいつでも言え』と言ってある。

それで皆が離れて行ってしまうのなら俺にそれだけの資格が無い、やり方が悪いということ。


今のところはそういう奴は出てきてはいない、一応そうならないようにはしてきたつもりだ。



呉「あの大井が…出撃もせずに…ねぇ…」


提督「…?」



呉提督がまた意外そうな顔をしている。

そういえば俺は大井が重雷装巡洋艦として戦っているのは見たことが無かったな。



呉「まあそのことは良いか、すまなかったな。北上の奴がどうしても大井のことを聞いてきて欲しいって言ってな」


提督「いえ…」


呉「しかし順調な時ほど気を付けろよ。落とし穴ってのはいつの間にか足を突っ込んでいるものだ」



『一応忠告しておく』といった風に俺に釘を刺してきた。



…落とし穴、か。


まるで最近俺が感じている違和感を見透かしているかのような忠告だった。



提督「…落とし穴?」


呉「作戦内容、艦隊運営を見てもお前は非常に優秀だ。何もかも囲い込もうとして完璧なものを作り出そうとしている」


提督「…」



完璧…か…?


確かに何でもかんでも完璧なものを目指す癖はあるような気がするが…



呉「しかし…」



呉提督の目が少し遠いものを見るかのような目をする。



呉「世に完璧なものなど存在しない、それを目指せば目指すほどに何かから遠ざかり見えなくなる」


提督(見えなくなる?)


呉「早くそれに気づけると良いな。こればかりは自分で気づかなければならないものだからな」



それだけ言って彼は司令部施設から出て行った。



その背は少し寂し気だった。


まるで…何かの後悔を感じさせるかのような…

彼にもその手の経験があったのだろうか。





俺は呉提督の忠告をしっかりと受け止め艦娘の待つ大型船へと向かった。




【前線基地内 廊下】




??「全く…こんななんてことの無い作戦にどれだけの時間と資源を費やしたのか…」



ん…?

この耳障りな声は…。



声の主の方へと近づくと九草…いや、クソ提督が苦虫を嚙み潰したような顔をしていた。

その正面には複数の駆逐艦達が俯いて立っている。


そういえばあいつの艦隊は別方面の輸送作戦に出撃していたか。



九草「結果的に完遂できたから良かったものの…大破撤退が続いたせいで高速修復材の余計な消費まで、なあ霞?」


霞「はい…」


九草「曙、お前もだ、俯いていないで何とか言ったらどうなんだ?」


曙「すみません…」



クソ提督にネチネチと言われ艦娘達は力無く返事をする。


ああ…こいつ、艦娘に手を出さないなら何をしても良いと思っているタイプか。

一応穏健派の所属だもんな。手は出さないんだな、口は出すけど。



九草「また独房で過ごしたいか?何日も食事抜かれたいか?」


霞「…!」


九草「お前らだけじゃない、連帯責任で全員行うぞ」


曙「お…お願いします…!それだけは許して下さい!」





…どこかで聞いたような罰則だな。


それだけはして欲しくないと艦娘達が必死な顔をしている。

その顔は恐怖に引きつっていてとてもではないが士気が高そうな状態には見えなかった。



それに対しクソ提督は艦娘を嘲笑うかのように見返していた。

この顔は艦娘に対し差別意識を持っている顔だな。

『艦娘は人間とは違うただの兵器』というようなことを思っているのだろう。


その意識の行きついた先が『兵器なら何をしても良い』という思考だな。



九草「帰ったら追加訓練だ、わかったな」


霞「はい…」


曙「はい…」


九草「ちっ…返事もまともに返せんのか、このクズどもが」





…全く酷い奴だ、手を出さなきゃ何をして良いというものじゃないだろ。人のことは言えないが。


こいつのこの態度はいずれ異動することを見越しているというのもあるだろうな。

だからこそ遠慮なく酷い扱いをし、出世したら用済み。そんなところだろう。



俺は別に助ける気も無いのでその場を離れようと思ったら…







白友「おい」


九草「え?」





艦娘に対して酷い扱いをすると恐ろしいまでの嗅覚を発揮する白友君が駆けつけた。



九草「これはこれは白友提督、この後の最終海域攻略の準備はよろしいので?」


白友「お前なっ!」


九草「うぐ…!?」



白友はなんと片手で九草の胸倉を掴み持ち上げた。

きゃー素敵、白友君カッコイイー!



白友「命を懸けて戦ってくれている艦娘に対するその態度はなんだ!恥を知れ!!」



…似たようなこと、以前俺も白友に言われたっけ。



九草「くくっ…あはは…」


白友「何がおかしい!」


九草「私はあなたの同期の提督を見習っているだけですよ?あの人のように自力で上に上がれるようにと行っているだけです。彼も艦娘に対して数々の非道を行ったとかで有名じゃないですか」



…もしかして俺のことか?

俺はお前と違って上に媚びへつらったりしたことは無いぞ。



白友「お前とあいつを一緒にするなぁ!!」



お?

白友君…君って奴は…



白友「確かにあいつは滅茶苦茶で、いい加減で何考えているのかわからない奴だがな!」



酷い言われようですね。



白友「だがそれでもあいつは艦娘としっかり信頼関係を築いている!それにあいつが俺を助けてくれなければ今の俺は無い!そんなあいつを侮辱するようなことを言うのは許さんぞっ!!」



おいおい…そんなこと言われたら嬉しくて泣きそうだ…。




九草「こんな兵器ごときに真剣になって…あまり深入りすると痛い目を見ますよ」


白友「この…野郎…!」


九草「おい!霞!曙!こいつをさっさと引き剥がせ!命令だ!!」



九草がそう言うと呼ばれた二人が身体をビクつかせる。

そして申し訳なさそうな顔をして九草から白友を引き剥がした。



白友「っく…!」



艦娘に掴まれて白友はすぐに九草を掴んでいた手を放す。

下手に抵抗して艦娘達が傷つかないようにする配慮もあってだろう。



九草「ふん、言われるまで助けようともしないとは…お前達の態度、よくわかったぞ」


曙「あ…ぅ…」


霞「す、すみませ…」


白友「おい!いい加減にしろよ!」


九草「この借りはいつか絶対返させていただきますよ。では…」



その場を離れようとする九草を尚も追い掛けようとする白友を塞ぐように艦娘が立ちはだかる。



霞「お願い…」


曙「もう関わらないで…」


白友「くっ…」



これ以上何かをすると後でこの艦娘達がどうなるか。

そう思うと白友も素直に引くことしかできなかった。






それにしても…



提督「兵器に深入りするな、か…」




九草の言葉は以前俺が白友に忠告した言葉と似たようなものだった。





【前線基地 大型船停泊所】




祥鳳「あ…おかえりなさい」



ようやく大型船に戻ると祥鳳が外で待っていた。



提督「帰りの支度は?」


祥鳳「完了しています、後は出発だけですよ」


提督「そうか」



既に帰る準備はできているようで俺は祥鳳と共に船に乗り込もうとした。




??「佐世保の提督さん!」




聞き覚えのある声が俺の足を止める。



提督「君は…芋型駆逐艦の…」


吹雪「な、なんですか芋って!吹雪ですよ!ふーぶーき!!」



知ってるっての。

相変わらず元気な奴だな。



提督「何か用か?」


吹雪「先程はありがとうございました!」


提督「は?」


吹雪「提督さんが来てくれたおかげでみんなの緊張がほぐれて良い感じのまま出撃できそうです!」


提督「そいつは良かった」



しかしこのことを伝えるためだけにわざわざ来たということは無いだろう。




提督「で?何の用だ?」


吹雪「ふふーん」


提督「?」



吹雪が俺と祥鳳の前でクルリと回って見せる。



吹雪「気づきませんか?ほら、ほら」


提督「…?」



そう言って何度も俺の前で回る。

そんなことをしているとスカートが…



提督「白か。飾り気のない下着だな」


吹雪「な!?」


祥鳳「て、提督っ!!」


提督「白友の奴を誘惑するのならいっそのこと透けているものを…」


吹雪「どこを見ているのですか!もっと上を見て下さい!」


提督「上?」



言われた通り視線を上げる。

しかし何が違うのかサッパリわからない。



祥鳳(提督、髪では無いでしょうか?)



いつまでも答えが出てこない俺に対し祥鳳がコッソリと小声で教えてくれた。




提督「ああ、髪を解いているのか」


吹雪「はい!清楚な淑女を目指す第一歩です!」


提督「は…?」



またわけのわからないことを…



吹雪「第二秘書艦の翔鶴さんと白雪ちゃんを見てて思ったんです!司令官の傍にいるのは清楚な人が相応しいんだって!」


提督「頭大丈夫か?」


吹雪「酷いこと言わないで下さい!」



こんなやかましい淑女がいてたまるか。




深雪「おーい吹雪!いつまで遊んでんだよ!」


白雪「集合掛かったよ!」


磯波「みんな待ってるよ…!」



そこへ同型艦の艦娘達がやってきた。



提督「おい、お前ら」


深雪「なんだい?」


提督「吹雪とうちの秘書艦の祥鳳、どっちが清楚って言葉が似あうと思う?」


深雪「祥鳳さん」

白雪「祥鳳さん」

磯波「祥鳳さん…」


吹雪「そ、そんなぁ!?」



あっさり祥鳳と答えた辺り、こいつらも吹雪のわけわからんことにウンザリしているみたいだな。



提督「そういうことだ、お前に清楚要素はこれっっっぽっちも無い。諦めろ」


吹雪「うぐっ…!う、うわあぁぁぁん!今に見てて下さいよぉぉぉ!!」



大声で嘆きながら吹雪は走り去ってしまった。


白雪や磯波が俺に軽く頭を下げ、その後を追い掛けて行った。




提督「あの直向きさはあいつの良いところなんだがな」


祥鳳「それを教えてあげたらどうですか?」


提督「絶対に教えてやらん」


祥鳳「もう…そんな子供みたいなこと言って…」




あの調子ならまた何かしら因縁つけてやって来るのではないかと思い、呆れながらもどこか楽しみにしてしまった。






【大型船内 司令部施設】





俺達は大型船に乗り込み佐世保鎮守府への道を戻り始めた。





その道中のこと…




天城「提督、大本営からご連絡が来ました」


提督「ん?繋いでくれ」



大本営から…?

一体何の話だろうか。



役員『現在どの辺りだ?』


提督「ここは…」



俺は現在地を大本営の役員に伝える。



役員『実は…』




少し言い辛そうにしながら役員は要件を俺に伝えてきた。




その内容は…





【大型船内 会議室】




陸奥「壊滅した鎮守府の様子を見て来いって?」


提督「ああ」


霧島「一体何があったのですか?」


提督「レイテ作戦の別働部隊があったのだが…艦隊の出撃中に空襲を受けて壊滅したらしい」


天龍「マジかよ…」


提督「幸いその鎮守府の者達は逃げ出すことができて助かったらしい」



助かったのか…と場の空気が緩みかけたが…



葛城「ちょ、ちょっと待ってよ!出撃中の艦隊はどうなったの!?」


提督「さあ?」


葛城「さあって…!」


提督「聞かされなかった。救出しろとも生死確認しろとも言われなかった」


沖波「どうして…」


提督「俺からは何も言えん」




出撃中の艦隊を置き去りにして逃げ出したなんて大問題だからな。

上層部の奴らもそこには触れて欲しくないのだろう。




提督「とにかく、俺達の仕事は壊滅した鎮守府の確認、それと」


祥鳳「それと…?」


提督「宝探し」


時津風「宝…」


雪風「探し…ですか?」


提督「ああ」


天津風「嫌な予感…」



相変わらず察しが良いな、天津風。




提督「艦娘用の艤装、主砲や艦載機、魚雷等が必ずどこかに残っているはずだ。探しに行くぞ」


陸奥「はぁ!?」


大井「何考えてんのよあんたは…」



俺の言葉に艦娘達が動揺する。

いや…動揺していない奴もチラホラ。



提督「ちゃんと大本営の許可は得たぞ」


天龍「そういう問題か!」


衣笠「そんな火事場泥棒みたいな真似…」



失礼な。

その通りだけど。



提督「特別戦いがあるわけじゃないんだ、嫌ならここで待機してろ。もしかしたらまだ死体が転がってるかもしれんからな」


時津風「うげ…」


風雲「シャレになってないわよ…もう…」



目的の場所に着いているので俺はさっさと会議を切り上げて会議室を出た。




祥鳳「あ、待って下さい」


親潮「司令、御供します!」



まあこいつらはついてくるだろうな。



霧島「主砲…」


雲龍「艦載機…」


陸奥「き、霧島!あなたねぇ!」


葛城「雲龍姉!少しは躊躇しなさいよ!」





迷うことなく立ち上がったのは霧島と雲龍だった。





ハチ「あ、はっちゃんも行きます!」


イムヤ「え…!?」


ゴーヤ「ハチ!?」



そして意外にもハチが同行を願い出てきた。






【壊滅した鎮守府 外】




祥鳳「これは…」


霧島「酷い…ですね…」



大型船を降りて目に入ったのは焼け野原となった光景だった。



雲龍「こんなところに本当に艦娘用の艤装なんかあるのかしら?」



ブレないな雲龍。

最近は以前のような狂気的な面を見せず真面目に訓練に取り組んでいたが根っこは変わらないらしい。




提督「工廠の格納庫は頑丈だからな、無事だと良いが…」


祥鳳「少しは艦娘達の心配をして下さい」



呆れる祥鳳を無視して俺は周りを見渡す。


鎮守府らしき建物の残骸を発見した。



その場所へ向かうとどのような形で建物が配置されていたか見えてきた。





提督「あったな」




予想通り工廠のあった位置に格納庫を発見した。



雲龍「…きれいに残っているわね」


親潮「どうしてなのでしょうか…?」


提督「中には燃料、弾薬もあるのだろう。暴発したら大変だから頑丈な建物にしているだろうと思っていたが…予想通りだったな、くくくっ」



全て予想通りに事が運び思わず笑いが零れてしまう。



ハチ「テートク」


提督「なんだ?」


ハチ「鍵が掛かっています」


提督「それがどうした?ぶっ壊せ」


ハチ「電子ロックです」


提督「…」



電子…ロック…?



提督「霧島、主砲で吹っ飛ばせ」


霧島「引火したらまずい物が入っていると言ったのは司令では?」


提督「…」


雲龍「あなたでも読みが外れると動揺するのね」



雲龍の冷静なツッコミが妙にグサッときた。



親潮「し、司令!大丈夫です!何か方法があるはずです!」



おまけに親潮なんぞに慰められる始末ときた…



提督「生意気」


親潮「う、うわあぁぁぁ!な、何するんですか!」



親潮の頭を掴みワシャワシャとかき乱す。

整っていた親潮の髪が一瞬でボサボサになった。



祥鳳「な、なんてことするのですか提督!親潮さんに八つ当たりしないで下さい!」



慌てて祥鳳が櫛で親潮の髪を梳いてやっている。

用意の良いことで…同じようなことを祥鳳に何度もやったからか。




提督「とりあえず何かヒントが無いか辺りを探すか…」


親潮「司令、まだ危険があるかもしれませんので護衛します!」


ハチ「はっちゃんも同行します」


提督「祥鳳は霧島と雲龍と共に鎮守府のあった方を頼む。1時間探して何も無かったら引き揚げよう」


祥鳳「こ、この焼け野原をですか…」


霧島「簡単にあきらめない辺り司令らしいですね」


雲龍「悪あがき」


提督「うっさい、早く行け」




こうして二手に分かれ辺りを探すことにした。













手掛かりを探すと言えば聞こえは良いが…



祥鳳の言う通りこんな焼け野原に何か残っている様には見えなかった。




親潮「何も…ありませんね」


ハチ「電子ロックを開けるヒントになりそうなものも…これでは…」


提督「…」




正直このまま探していても仕方ないのではと思ってしまうな…




提督「…」



ん…?


今…あそこの瓦礫の陰に…




親潮「司令?」


ハチ「どうかしました?」




気のせいかと思ったが、どうやらそうではなかったらしい。





提督「おい」


??「…」



その者はうなだれたままでこちらを見ようとしない。



親潮「どうしました…!?」


ハチ「だ、大丈夫ですか!?」




ボロボロになった艤装と傷だらけの身体。


彼女が如何に修羅場をくぐり抜けてここへ辿り着いたか物語っていた。




提督「死んだふりしてんじゃねえ、こっち見ろコラ」


親潮「え…」


??「…」



俺のことにそいつがゆっくりと目を開ける。



そして俺の姿を確認すると…



ハチ「あ…!」


??「…!」



憎しみのこもった顔で俺を睨み、艤装の砲を向けた。


しかし動じることは無い、どうせ砲に弾など残ってはいないことなど顔を見ればわかる。



親潮「司令!あ…」



俺は庇おうとする親潮を押しのけてその艦娘に近づく。



提督「ここの格納庫の電子ロックが解けないんだが…何か知らないか?」


??「は…?」


親潮「し、司令!少しは彼女の心配をして下さい!」



うるさいな…こいつ最近言うことが祥鳳に似てきたぞ。



??「火事場泥棒かい…?」


提督「そうだ」


??「最低だね…提督なんてどいつもこいつも…失望だよ…」



悔しそうに唇を噛み締めながら睨んでくる。

きっと自分達を置き去りにして逃げた提督のことも頭に過っているのだろう。



ハチ「私達の船に運びます!早く手当てを…」


??「いらない…」


親潮「ですが…!」


??「もう…このまま…放っておいて…」



俯きながら涙を零して生きるのを諦めるようなことを言う。

その態度が妙に癇に障った。



提督「だったら自分で命を絶つなりしてりゃ良かったじゃねえか」


親潮「司令!なんてことを!」


提督「それができなかった理由があるくせに拗ねてんじゃねーよ」


ハチ「死ねない…理由…?」


??「…」



俺の言葉に対ししばらく反応しないと思ったら…



??「ぅ…ぐす…」



少女は嗚咽を漏らし始める。




??「お…お願い…だよ…」


提督「なんだ?」



そして俺に対し両膝を着いたまま頭を下げた。



??「みんなを…助けて…ぅ…っ…」


提督「…」


??「助けて…くれたら…なんでも言うこと聞くよ…電子ロックでもなんでも…解除する…から…」



自分達を見捨てた海軍に対し土下座するなど相当な屈辱だろう。

しかしそのなりふり構わない姿勢は嫌いじゃない。




祥鳳「提督、こんなものが…って一体何をしていらっしゃるのですか?」


提督「ん?」



そこへ祥鳳達が戻ってくる。


祥鳳が何かを見つけたようで俺に差し出してきた。



提督「…」



そこには出撃中の艦隊の名前と作戦内容が書かれた書類があった。

とても電子ロックの解除方法がわかるものではないが…





この出撃メンバー…



西村艦隊所属の…




提督「お前が時雨か?それとも満潮?」


時雨「え…ぼ、僕の名前は時雨…」



ここまで傷だらけにされて鎮守府へ帰投できたのは…



提督「さすが幸運艦時雨だな、一人であのレイテ海域突破してくるとは」


時雨「何が…幸運なものか…僕一人…残って…」


提督「いや、お前の幸運は大したものだ」


時雨「え…」


祥鳳「提督…?」


提督「俺達の大型船に運んで治療をしてやれ」



そういうと霧島と雲龍が時雨を抱え運び始める。




提督「安心しろ、救出に向かってやる。お前は傷を治したら海域のことを俺達に教えてくれ」


時雨「え…あ、う、うん」



戸惑いながらも時雨が嬉しそうな顔を見せて運ばれていった。




祥鳳「どういうことなのですか?提督」


提督「絶対に会いたい奴の名前があった」


祥鳳「え…?」



俺の言葉に祥鳳が先程手に入れた西村艦隊の艦娘の名前を確認する。



提督「そいつに再会するために救出作戦を開始するぞ」


親潮「し、司令!それでは!」


提督「厳しい海域だが大丈夫だ。あいつは簡単にくたばるような奴じゃないからな」




俺は作戦資料を見ながら準備のために大型船へと戻り始めた。





夜戦中心の海域か…ここは…



提督「ハチ」



ん…?



あいつどこ行った?




祥鳳「ハチさんでしたら先に大型船へと行きましたよ?」


提督「は?」






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【大型船内 待機所】




ハチ「みんな!」


イムヤ「ハ、ハチ!?」


イク「いきなりどうしたのね!?」



ハチは大型船内に戻ると待機所で待っていた潜水艦隊に声を掛けた。



ハチ「すぐに出撃準備をして下さい!」


ゴーヤ「え?え?何がどうなって…」


ハチ「絶対提督から出撃の話が来ます!早く!」


イク「わ、わかったのね!」




ハチに言われた通り潜水艦隊が出撃の準備を始める。



イムヤ「…」



そんなハチの異常な張り切りようにイムヤはある不安を覚えていた。






____________________




【大型船内 会議室】




陸奥「それで…」


大井「救出作戦をすることになったと」


提督「ああ」



会議室に秘書艦達と大井、陸奥を集めて救出作戦の段取りを始める。



沖波「でも…皆さん大規模作戦を終えたばかりで…」


提督「体力も資源も有り余ってんだろ?」


沖波「う…」



大規模作戦が予想以上に順調に終わったためまだまだ余力を残しているのはわかり切っている。



提督「作戦海域出撃と言っても最奥まで行くわけじゃない。艦娘が取り残されているのは中間地点で救出したらさっさと引き上げる」


大井「そうは言ってもこの道中…それにもうすぐ陽が暮れるわよ」


提督「ああ、そうなると夜戦が想定されるだろうな、そこで…」







【大型船 格納庫】




作戦会議を終えて俺はこの救出作戦の柱となる艦隊に声を掛けようとした。




提督「潜水艦隊は…」


ハチ「提督っ!」


提督「うぉ…!?」



先にハチに声を掛けられ変な声が出た。



イムヤ「潜水艦隊、出撃準備できてるわよ」


提督「は…?なんで…」


ゴーヤ「ハチが準備するよう言ってくれたでち!」


イク「いつでも準備OKなのね!」


提督「ほう…」



先に大型船へと行ったのは出撃を既に想定していたからか。



提督「察しの良い奴は大好きだぞ」


ハチ「ふふふ、ダンケ」



早めに行動したハチを褒めるべく帽子の上から頭を撫ででやる。

ハチは嬉しそうにそれを受け入れて顔を綻ばせた。



提督「作戦海域に取り残された艦娘を救出する。お前らの後方には救出用の水上部隊が備えている。夜戦状態になった海域で存分に暴れてこい」


イムヤ「了解っ!」




こうして西村艦隊の救出作戦が開始された。






提督(さて、あいつは生きて…まあ生きているだろうな)




殺しても死なないようなしぶとさを持っているあいつとの再会を楽しみにして司令部施設へと向かった。






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【作戦海域】





最上「このっ!当たれぇ!!」



最上の主砲が火を噴き、敵軽巡を撃沈した。



最上「よし!一旦引くよ!」


満潮「わかったわ!」


朝雲「りょ、了解…」


山雲「は~い」



最上の号令に随伴していた駆逐艦達が返事をし、移動を開始した。








最上「戻ったよ!」


扶桑「お帰り…」


山城「みんな…無事…?」



少し離れた岩場で休んでいた扶桑と山城が身体を起こす。



最上「いいよいいよ起きないで!休んでてよ!」


扶桑「すみません…」


山雲「お二人は~自分の心配だけしてて下さい~」


山城「不甲斐ない…わ…ごめんね…」


満潮「そんなこと言わないでよ、二人がいなかったら作戦完了はならなかったんだから」


最上「そうだよ、後は時雨が無事に辿り着いて助けを呼んできてくれることを信じるだけだよ」



レイテ海域最奥の敵主力と交戦した艦娘の中で扶桑と山城の損傷は酷く戦える状態ではなかった。


主砲の弾を打ち尽くし、艦載機は全て撃ち落とされているため後方支援すらできない状況だった。



作戦海域から撤退する途中、鎮守府との交信が途絶えてしまった。


敵の少ない所で待機していたがいつまで経っても通信が回復することは無く、損傷が殆ど無かった時雨に鎮守府まで行ってもらう方法を取った。

苦肉の策だったが大破している扶桑と山城を連れての撤退が現実的では無いため、この方法しかなかったのだった。




朝雲「痛た…」



先程の戦いで朝雲の艤装も傷つき戦いに参加できそうになくなっていた。



満潮「朝雲…あなたは次から出なくてもいいわよ」


朝雲「で、でも…3人じゃ陣形が…」


山雲「大丈夫です~、私が朝雲姉の分まで戦いますから~」


朝雲「ごめんね…ぐす…」




最上(…みんな疲れ切ってる。僕の弾薬も…あと副砲の分しか…)




いよいよ本格的に追い詰められて来たが最上は顔を上げる。


その顔は以前、スランプに陥って自信喪失していた彼女の姿を微塵も感じさせなかった。




扶桑「ねえ…もう十分よ…」


山城「これ以上長引いたらまずいわ…私と扶桑姉様を…」


最上「ダメだよっ!!」



二人が『自分達を置いて行って』と言おうとしたが最上が強い口調でそれを遮った。



最上「絶対にみんなで帰るって言ったじゃないか!諦めないでよ!」


満潮「最上…」


最上「僕は諦めない!提督ともう一度会うって…成長した僕の姿を見せるんだって決めてたんだ!」


扶桑「再研修先で会ったって言う…新人だった提督さんね…?」


山城「ずっと…会いたいって言ってたものね…」



暗くなりそうな雰囲気を払しょくするかのような最上の姿に全員が顔を上げる。



朝雲「私も…会いたいなぁ…」


山雲「…」


朝雲「どうして黙るのよ」


山雲「何でも無いです~」


満潮「とにかく…もう少し頑張りましょう、私達にできるのは時雨を信じて…」




言い掛けたところで満潮が敵深海棲艦の接近を目にする。



満潮「来たわ!敵水雷戦隊4隻!」


山雲「朝雲姉はここで休んでて下さいね~」


最上「行くよ!これくらいなら大丈夫だ!僕が先頭に立つ!二人は随伴を狙って!」




最上、満潮、山雲が敵水雷戦隊と対峙し、砲撃を開始しようとした。





最上「え!?」





いきなり敵の半数が何かの攻撃を受けて撃沈した。



目を疑う光景に戸惑っていると残った深海棲艦が反転し爆雷投射を開始していた。




山雲「この反応は~」


満潮「も、もしかして!」


最上「い、今がチャンスだよ!」



爆雷投射をしている2隻を背後から砲撃し見事撃沈した。




しばらくその場で待っていると会場に誰かが顔を覗かせた。





イムヤ「司令官、救出対象を発見したわ!」



イムヤに続き他の3人も顔を覗かせる。



ゴーヤ「助けに来たでち!」


イク「元気そうで良かったのね!」


最上「え…」


満潮「ほ、本当に…?それじゃあ時雨は!?」


ハチ「大丈夫です、皆さんを待っていますよ!」



ついに待ちに待った救出部隊と会えて最上が脱力しその場にへたり込む。



イムヤ「うん…わかったわ、了解!みんな、辺りの警戒に行くよ!」


ハチ「すぐに水上部隊が来ますからね、待ってて下さい」



提督からの通信を終えて潜水艦隊は再び海に潜った。





最上「あ…」


満潮「あれは…?」


山雲「見覚えありますね~」




3人の上空を味方の艦載機が通過する。


その艦載機を使っていたのは…





祥鳳「最上さん!」


最上「しょ、祥鳳さん!?」




祥鳳率いる救出部隊が最上の下へ辿り着いた。




祥鳳「助けに来ましたよ」


最上「う…ぅ…っ…」




長い緊張感から解放された最上が涙を零す。




祥鳳「あの時と…逆になりましたね」


最上「うぐ…っ…ぅ、うあぁぁぁぁぁ!」



祥鳳に抱きしめられた最上は大きな声で泣き出した。


大きく響くその声は本当の意味での作戦終了と全員が無事に帰投できることを確信させてくれた。





祥鳳「さあ、帰りましょう」







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【壊滅した鎮守府 大型船停泊所付近】






提督「帰ったか」



救出に向かった部隊が取り残された艦隊を連れて無事に帰ってきた。



イムヤ「作戦完了!全員無事よ!」


時津風「ケガの酷い人はこっちだよー!」


親潮「入渠準備は整っています、早く治して下さい!」


風雲「肩貸すわ!掴まって!」



損傷の酷い艦娘が先に船内へと運ばれていく。

サイズの大きい艤装を着けているところを見ると彼女達が戦艦姉妹だろう。



時雨「扶桑…山城…!」



その姿を見て時雨が駆け寄った。



扶桑「時雨…ありがとう…あなたのおかげでみんな無事よ」


時雨「うっ…ぐ…えぐっ…み、みんな…」


山城「不幸なこと…ばかりじゃなかったわね…」



扶桑と山城、時雨が涙を零しながら生還を噛み締めていた。





朝雲「し、司令…?」



その後に運ばれて来たのは見覚えのある駆逐艦。


新人研修の時に会った朝雲だな。



朝雲「しれぇぇぇーー!!!」


提督「っ!?」



傷だらけのはずの朝雲が両手を広げて迫ってきたのでつい避けてしまう。



朝雲「な、なんで避けるのよぉ!」


提督「身の危険を感じた」


朝雲「何よそれぇ!?」


提督「さっさと入渠施設に連行…じゃなくて連れてけ」


朝雲「あっ!?」



俺に言われて沖波と風雲が朝雲を捕まえた。



沖波「傷だらけなんですから早く治しに行きましょうよ!」


風雲「ほら!早く来なさい!」


朝雲「は、放して!私は司令とお話がしたいのよぉぉぉ…!」



朝雲は二人に引きずられるようにして大型船へと向かって行った。



やれやれ…あいつまだ俺のことを狙ってやがったのか。

今後は近づかないようにしておくか…?





最上「提督…?」




またも見知った奴が近づいてくる。



提督「よぉ、2年ぶりくらいか?」


最上「うぐっ…ぅ…て、提督…」



最上は涙を零しながらゆっくりと近づいてくる。



最上「会いたかったよぉ…ぐす…提督に会って…僕…」


提督「成長したな」


最上「ほ、本当…?」


提督「ああ、見違えたぞ」



以前に比べて勇ましさと風格は出てきたようだ。

女らしさはほとんど変わっちゃいないが。



最上「ぐすっ…あ、ありがとう…提督…」


提督「お前も少し休め、クタクタだろう?」


最上「うん…とっても…疲れ…」


提督「おっと…!」



目の前で意識を失った最上を抱きとめる。

どうやら疲れが限界を超えたようで意識を失い眠りについたらしい。



提督「空いている部屋で寝かしてやれ」


天城「はい」


葛城「こんなになるまで…お疲れ様」



最上は天城と葛城に抱えられ船内へと運ばれた。




祥鳳「提督が再会したい相手って最上さんのことだったのですね」


提督「違うぞ」


祥鳳「え?」



俺が会いたかったのは…いた!


他の者に比べ損傷が少なかったためか別の所で休んでいる艦娘が二人。



提督「山雲ぉっ!!」


祥鳳「え!?」


満潮「な、何!?」


山雲「あ~」



目的の艦娘を見ると思わず大きな声が出てしまった。



提督「やはり生きていたか!」


山雲「司令さんも~、相変わらずゴキブリ並みの生命力ですね~、しぶといですね~」


満潮「ちょ…ちょっと山雲…なんてことを…」


提督「お前もな!簡単にくたばるような奴じゃないと信じていたぞ!」


祥鳳「て、提督…?」



俺が会いたかったのは…相変わらず俺に対し遠慮のない山雲だった。





【壊滅した鎮守府 格納庫前】




全員の治療を終えて格納庫前に集まってもらった。

見返りに格納庫の中身を頂くということは既に説明済みだ。




時雨「提督…あの…ごめんなさい…」


提督「なんだ」


時雨「僕は…この電子ロックの解除方法を知らない…」


山城「時雨…?」


時雨「助けに行ってもらうために嘘を吐いたんだ…ごめんなさい…」



時雨が申し訳なさそうに深々と頭を下げた。



提督「知ってる」


時雨「え…」


提督「お前にそんなこと最初から期待してない」


時雨「だ、だったらどうして…」



お前には恩を売るだけで充分だと思っていたからな。

今後の働きに期待してるぞ、くくく…



朝雲「ほら!やっぱり司令はみんなのために動いてくれたのよ!最初から格納庫の中身なんてどうでも良いのよね!」


提督「…」



朝雲…いつまで俺に対して夢を見てやがるんだ…



提督「山雲」


山雲「は~い、私、パスコード知ってます~」


朝雲「え!?なんで!?」


最上「山雲、どうして…」


山雲「秘密です~」




こいつが電子ロックの解除方法を知っていると思ったのには理由がある。






以前、新人研修先で俺は山雲に仕事を手伝わせたことがある。


もちろん普通の仕事ではなく当時の上官の弱みを握り追放するというものだった。



その際に相手を脅す方法、弱みを握る方法等一通り教え込んでやった。




今回の電子ロックの解除を知っていたのはこの鎮守府に居た提督の何かしらの弱みを握っておくためだろう。


自分の姉妹艦の朝雲、そして仲間達を守るために。





山雲「でも~、開けるのには~、司令さんに条件があります~」


提督「あ?」



山雲が俺に取引を持ち掛けてきやがった。



提督「おい、助けてやったのに何を…」


山雲「それはですね~」


提督「なんだよ…」




山雲が俺に近づき他の者に聞こえぬよう耳元で条件を言って来た。





提督「て、てめえ!」


祥鳳「?」


満潮「な、何よ!?」


山雲「お願いします~」




くそ…!山雲の奴め…!

俺の次の手を読んでやがったな!




提督「…」


山雲「条件を呑んでくれなかったら~、ドアに対して主砲を撃ちますよ~」



おまけに脅してきやがった。

ドアに主砲を撃って二度と開かないようにする気か…!




提督「貸しだからな…!」


山雲「いつか必ずお返しします~」



期待できそうにない…



俺は泣く泣く山雲の条件を呑むことにした。








その後、山雲がドアを開け、中に入ると…




霧島「凄い…!試製41cm砲が…!」


雲龍「これは…新型流星と…イタリア副砲…」




装備の充実していない俺達にとって宝の山とも言える艤装が大量に残されていた。




提督「良し、使えそうなものを一つ残らず回収していけ」


朝雲「ちょ、ちょっと司令!本当にこんな火事場泥棒みたいなことするの!?」


提督「そうだが?」


朝雲「う…そんな…」



俺の躊躇うことの無い返答に朝雲がガックリと肩を落とす。




朝雲「私の…初恋の人が…こんな人だったなんて…」



どうやら朝雲の幻想をぶち壊せたようで安心した。


隣では山雲が嬉しそうにしている。

今後は変な嫉妬に絡まれなくなりそうだな。




満潮「ふん。こんな信用できない奴見限って正解よ」


提督「…?」



なんだこの小娘は。



扶桑「ちょっと…満潮…?」


最上「提督は僕達を助けてくれたんだよ?そんな言い方…」


満潮「なによ、こんな奴に助けて欲しいなんて頼んでないわよ」



扶桑と最上の注意にもふいっ、と顔を背ける。



どうやら一度見捨てられたことが尾を引いて俺に八つ当たりしているようだ。

そんなこと俺には関係無いのでお灸を据えてやろう考える。



提督「…」


満潮「な、なによ…」




無言で近づくと満潮は一歩下がった。

あっさりと虚勢が剝がれ落ちたようで笑いたくなる。



提督「俺達がここに辿り着いた時、時雨は一人泣きながら絶望していた」


満潮「え…」


時雨「いや…僕は最初気を失ってたけど…」


提督「そんな時雨を見つけたのが俺、介抱したのも俺」


満潮「う…」


提督「そして救出作戦を立てたのも実行したのも俺」


大井「作戦考えたの、あんただけじゃないでしょ」


提督「俺が行動を起こさなかったら時雨は死ぬまでここで泣き続けてお前ら全員死んでいたわけだが?」


満潮「その…」



周りのヤジを無視して満潮に問い詰めを続ける。




提督「そんな俺に対してそんな口を利くわけだ?」


満潮「あ…ぅ…」


提督「ガッカリだな。助けた甲斐が全く無くなった、放っておけば良かったかな」



本当は格納庫の中身以外興味なかったが。



最上「満潮、謝って」


満潮「うぐ…でも…」


扶桑「実際このお方が助けてくれなかったら…ね?」


提督「別に謝罪せんでも良い、感謝を言葉にしてみろ」



満潮が言い易いよう誘導する。



満潮「…」


提督「おらどうした?」


満潮「…がと」


提督「聞こえん」


満潮「ありがとうっ!」


提督「何が?」


満潮「時雨を、みんなを助けてくれてありがとうって言ってんのよ!」


提督「気持ちが籠ってない」


満潮「もう!ありがとうございました!私達を助けてくれてありがとうございましたぁ!!」




最後はヤケクソ気味だった。




提督「ふむ」



俺は胸ポケットからスマホを取り出して今の動画をチェックする。





ピッ

『私達を助けてくれてありがとうございましたぁ!!』



満潮「ちょ!?」


ピッ

『私達を助けてくれてありがとうございましたぁ!!』



満潮「何よこれぇ!?」


ピッ

『私達を助けてくれてありがとうございましたぁ!!』



満潮「なに撮ってんのよぉぉ!!」


提督「面白いから海軍ホームページに上げておいたぞ、喜べ」


満潮「喜べるわけないでしょ!?バッカじゃないの!?早く消しなさいよ!」


提督「断る。俺に対して舐めた口を利いた罰だ、お前は当分晒しものだ」


満潮「こ、このぉぉ!!」



満潮が襲い掛かってきたので親潮の方へと逃げる。



提督「親潮、俺を助けろ」


親潮「は、はい!止まりなさい!司令には近づかせませんよ!!」


満潮「どきなさい!あいつ許さないんだからぁ!」




顔を真っ赤にして怒る満潮に対し親潮を壁にして俺はさっさとその場から退散した。











その後、最上達7人の艦娘達は大本営への一時預かりということで俺達の大型船で送ることとなった。




航空戦艦の扶桑と山城


航空巡洋艦の最上


大発搭載可能な満潮


真面目で扱い易い朝雲


裏の仕事もさせられそうな山雲


そして高性能で文句なしの実力を持つ時雨




選り取り見取りな7人であったが、俺は約束通り彼女達をスカウトせず大本営へ送り届けた。


俺の上げた満潮の動画が発端となり、彼女達の提督は艦娘を置き去りにして逃げた事がバレて降格処分となったらしい。


これでまた出世の道が早道となったと思い笑いが止まらなかった。





____________________




【大本営近郊 港】



時雨「本当に良いの?何も恩返ししなくて。僕は別にここに残っても…」


提督「気にするな、そういう約束だからな」


時雨「約束?」



大型船から港に降り立った時雨が別れる前に提督に何かできないか聞いたが提督はそれを断った。



提督「それよりもお別れの前にお使いに行って来てくれないか?」


時雨「お使い?」


提督「ああ。こいつと一緒に…」



そう言って提督は時雨に1万円札と同伴させる艦娘を呼んだ。






【大本営近郊 商店街】




雪風「えーっと…宝くじ売り場は…」


時雨「こっちだね」



時雨は雪風と一緒に商店街の宝くじ売り場を目指していた。



時雨「それにしても雪風のところの提督は変わってるね」


雪風「はい?」


時雨「幸運艦二人でスクラッチの6千万円を当てて来いなんて…無茶苦茶も良いところだよ」


雪風「う…本当にそうですよね…」



時雨の意見に雪風は苦笑いするしかなかった。



時雨「別にお金に困っている様には見えないし…どうしてこんなことさせるのかな?」


雪風「外れたら後でからかうためにやっているんだと思います…」


時雨「それだけのためにこんな…?本当に変わってるね、ふふっ」


雪風「そういう人なんです…以前も雪風は宝くじを買いに行かされました…。あ、お金はしれぇが出してくれましたよ?」


時雨「結果は?」


雪風「100円しか当たりませんでした…」


時雨「ご愁傷様…」



それは後で散々からかわれたのだろうと時雨は少し憐れみを含んだ目をしながらも笑っていた。




時雨「あ、ここだね」



話している間に宝くじ売り場に着いた。



雪風「よーし…今度は当てますよー!」


時雨「軍資金は1万円だから…50回引けるね。頑張ろう」



こうして時雨、雪風の幸運艦はスクラッチで六千万円を当てるという無謀な挑戦を始めた。
























雪風「しれぇ!しれぇ!当たりましたよ!」


提督『なにぃ!?本当に当てたのか!?』


雪風「はい!10万円が当たりましたっ!!」


提督『じゅうま…ん…?』


雪風「しれぇがくれたお金が10倍になりました!褒めて下さい!」


提督『…』



嬉々として携帯電話で報告する雪風だったが提督の反応は冷たい。



提督『はっ!二人でそれっぽっちか!?それでも幸運艦か!』


雪風「し、しれぇ!酷いです!」


時雨「あの…このお金はどうすれば…」


提督『知らん!好きに使え!』


祥鳳『提督!いい加減にして下さいっ!!』



電話の向こうから祥鳳の怒鳴り声が聞こえてきたと思ったら一方的に電話を切られてしまった。




雪風「…どうしましょうか?」


時雨「お言葉に甘えて半分こしようか。僕はみんなでどこか美味しいものでも食べに行くよ」


雪風「それじゃあ雪風はいっぱいお土産を買って帰ります」



当たったお金を山分けし二人はその場で別れようとした。




時雨「本当にいいのかな?」


雪風「はい?」


時雨「僕ね、提督に恩返ししたいから一緒に戦わせてよって言ったんだけど…」



大本営へ向かう途中、時雨は提督にそう打診しだが断られた。



時雨「僕だけじゃない、最上も朝雲も…扶桑だってそう言ったのに提督は全部断ったんだよ」


雪風「そうだったんですか…」


時雨「自慢じゃないけど僕達実力はある方だと思ってる、それなのに…」


雪風「詳しい理由はわかりませんけど…しれぇは山雲の奴めーって嘆いてましたよ?」


時雨「山雲が…」




ふと、あの壊滅した鎮守府の格納庫でのやり取りを思い出した。




時雨(そっか…そういうこと、だね)



きっと山雲がこれからも西村艦隊の7人でいられるようにと提督に頼んでくれたのだろう、と時雨は結論付けた。


そんな約束、権力を使って反故にできるというのに…




時雨「本当、変わった人だよね」


雪風「はい!変わっててとても楽しいです!」


時雨「そっか…ふふっ」



楽しそうに言う雪風を見て時雨もつい笑顔が零れた。




雪風「またお会いしましょう!」


時雨「うん、元気でね」




大きく手を振ってから雪風と別れ



時雨は西村艦隊の仲間達が待つ所へと向かう






その足取りはとても軽く



これからも厳しくも楽しい毎日が来ることを予感させてくれた








____________________




【鎮守府内 艦娘寮】



イムヤ「ハチ、入って良い?」


ハチ「どうぞ」



私はノックしてから部屋へと入った。



イムヤ「雪風からお裾分けよ」


ハチ「…またですか」


イムヤ「うん…」



先日大本営に時雨達を送り届けた時、司令官のお使いで5万円を手にした雪風が全額お菓子に代えて帰ってきた。


最初の方はみんな喜んでありがたく頂いていたのだけど…



ハチ「こうも立て続けに頂くとお肌が気になりますね」


イムヤ「そうだね…」



確かに気にはなるけど…


ハチは以前はそこまで気にしていなかったと思う。



しかし最近のハチは違う。


身だしなみから普段の行動、演習の姿勢に至るまでとても気を遣っている。


本さえ読めれば良いという以前のハチとは全く違っていた。



イムヤ「ねえ…ハチ」


ハチ「はい?」



その理由に私は気づいている。


本当は背を押して応援してあげたいけど…




イムヤ「ハチってさ…司令官のこと、好きなの?」


ハチ「…」



私の問いにハチは黙ってしまい、何かの愛おしさを感じているような表情になる。


その顔だけで答えがわかってしまった。




ハチ「みんなには…秘密にしてて下さいね」


イムヤ「…」





ごめんね、ハチ…


応援してあげたいけど…



イムヤ「ダメ、だよ…」


ハチ「え…」



あの人だけは…



イムヤ「司令官だけは…やめた方が良い」


ハチ「ど…どうして…」


イムヤ「あの人は…ハチの想いに応えない。絶対に応えることはない、だから…」


ハチ「え…」


イムヤ「ハチだけじゃない、きっと誰の想いにも応えることは無いよ…だから…」


ハチ「で…でも…」



ハチ食い下がろうとする。


その理由もわかっている。



イムヤ「祥鳳さんは特別に見えるかもしれないけど…あの人は司令官との距離感を理解してるから」


ハチ「…」




傍から見たら祥鳳さんと司令官はそういう関係に見えるのかもしれない。


しかし祥鳳さんは以前寂しそうに『あの人に…そういうことを期待してはダメですよ』と言っていた。


祥鳳さんはその司令官との距離感をしっかりと心に留めながらいられるけど…




ハチ「…」




今のハチにそれができるとは思えなかった。



私はその歯止めが利かなくなる想いを止めようと思ったのだけど…




ハチ「イムヤは…応援してくれると思ってました…」


イムヤ「ハチ…」


ハチ「出て行って下さい…」


イムヤ「…」




もう…止められることなどできそうになかった。

















この時、私のした行動は




司令官とみんなの間にあるガラスのような絆に




ハッキリと傷を作ってしまい




後に崩壊する原因となってしまった









私がもっと上手くやれれば…




あんなことにはならなかったのかな…





伊8 過去編






【数ケ月前】








辛い大湊鎮守府での生活で







私は徐々に現実逃避することが増えていきました







元々本は好きだったけど







この頃に特に好んで読んでいた本は








『王子様がお姫様を助ける』というものでした












捕らわれたお姫様を助けてくれるお話







攫われたお姫様を助けてくれるお話







お姫様と一緒に逃げてくれるお話








どれも私が憧れ…






いえ…







私が望んでいたお話でした










『いつか誰かがこの地獄のような日々から助けてくれる』








そんな願望を持っても良い







いつかきっと訪れるからと希望を持って良い







私が好んで読んでいた本はそんな気持ちにさせてくれました












たまに結末が悲劇で終わる作品に遭遇した時







私は二度と視界に入れたくないと







焼却炉に投げ捨てたこともありました







『せめて本の中くらいは幸せで終わらせて欲しい』







そう強く思っていたからだと思います

























現実逃避する時間は寝る時間を削ってまで行いました










だって…眠ると酷い悪夢に悩まされることがあるから…








私が水上からくる爆雷を避けきれず







海に潜るよりも早い速度で沈んでいく夢













眠っても疲れるだけの最悪の悪夢








そんなものを見ないよう







空いている時間は…








ずっと…本を…































イムヤ「ごめんね…交代」































傷ついたイムヤが帰ってきて…












ハチ「はい…」














私に現実と向き合う時間がきました











今日も『弾除け』として出撃し






深海棲艦達の標的、みんなの囮になるため






出撃を開始しました












こんな日々を続けていたせいでしょうか







私はいつの間にか仲間に対しても無関心になってしまいました











目の前でゴーヤがイクを怒鳴りつけていて





イムヤが間に入って必死になって止めようとしていました








(…)







目の前で姉妹艦が仲間割れをしようとしているというのに






私の心は全く揺らぐことは無く





さっさとこの場を離れて部屋で本を読みたいとしか思いませんでした











もう…何もかもどうでもいい






壊れるなら壊れてしまえばいい







そんな投げやりな感情に支配されてしまい






私は姉妹艦達を放置してその場を離れてしまいました








後ろからイムヤの泣き声が聞こえたような気がしましたが






どうでも良かったです











そして部屋に戻り






いつものように『王子様がお姫様を助ける話』を読んで






現実から逃げ出して





塞ぎ込むのに時間を費やしていました



















その翌日…





私達に異動が言い渡されました










異動先は佐世保鎮守府





話によるとかなり危険な人が提督をしているそうです





ゴーヤ「どうせ…どこに行っても同じでち…」





ゴーヤの言う通りです





どうせ異動先でも弾除けか資源拾いしかさせられないでしょう








私はうんざりした気持ちから逃れるように






ろくな準備もせず






出発の日まで部屋で本を読み続けていました












【佐世保鎮守府 執務室】




佐世保鎮守府へと異動した私達は最初に提督への挨拶のため執務室へと通されました。



提督「簡単に自己紹介してくれ」



この鎮守府の提督からそう言われたのですけど…




(なに…これ…)



手が


足が


口元が


そして身体が震えます



大湊鎮守府でも感じることの無かった恐怖が私達を包み込みました



どうしてそんな恐怖を感じたのか



きっと私達は…前よりも恐ろしい目に遭わされるんじゃないかって怯えていたのだと思います





あの大湊鎮守府での生活で私は自分の心を閉じ込めてしまったのだと思っていたのに




なぜか…それが引きずり出されたような錯覚に陥りました




イムヤが私達を庇って前に立ってくれましたけど




それでも顔を上げることすらできませんでした











これが




私と提督




いえ…





私の王子様との出会いでした










【鎮守府内 廊下】




祥鳳「…というわけで皆さんは当分の間お休みとなります」



秘書艦の祥鳳さんが今後の私達がどうすれば良いのか伝えに来てくれました。



イク「ほ、本当なのね?」


祥鳳「はい」


ハチ「何もしなくてもよいのですか…?」


祥鳳「はい」



信じられない話でした。


着任して早々に私達に与えられたのは長期休暇でした。


その証拠に大きな部屋と当面生活に困らないお金を渡されました。





イムヤ「ね、ねえ…休みとお金をもらったんだしさ、明日みんなでどこかへ行かない?」




説明を終えて祥鳳さんが離れた後、イムヤがそう提案してきました。


まだどこか疲れたようなぎこちない笑みを見せています。



でも…



ゴーヤ「ゴーヤは一人でゆっくりしたいでち、放っておいて欲しいでち」


イムヤ「え…」


ハチ「はっちゃんも同意見です」


イムヤ「ちょ、ちょっと…」




私達はそう言ってイムヤが出した提案を蹴ってさっさと部屋に入りました。






イムヤ「なによなによぉ!!せっかく環境が変わったんだから、す、少しでもっ…ぅ…楽しもうと思ったのにぃ…!!バカぁ!!もうあんた達なんか知らないからぁぁ!大っ嫌いっ!!」






ドア越しにイムヤの大きな声が響きます。





イムヤには申し訳ないけど…




疲れ切っていた私はもう何も考えたくない




何にも振り回されたくない




ただただ本の世界に浸かって現実を忘れたい






そう、思ってベッドの上で本を手に取りました






でも…物語の情景が浮かぶ前に





イムヤの必死で何とかしようとする姿




疲れていてもこれからの自分達のことを考えてくれた不器用な笑顔







それを蔑ろにしてしまった罪悪感とイムヤの悲しそうな顔ばかりが浮かび








本の世界に没頭する前に私は目を閉じて







深い深い眠りにつきました





眠る直前に





『そういえばイムヤの顔を見たのは久しぶりだった』なんて思いました







この時既に私は立ち直りの第一歩を踏み出していたのかもしれません








【翌日 ハチの部屋】






ハチ「ん…」




目が覚めると見慣れない部屋が視界に入ります。



ああ、そういえば異動したのだったと少し遅れて思考がついてきました。





窓を見ると陽が沈もうとしています。





えーっと…




時計を見ると既に夕方です。



24時間以上寝てしまったのだとようやく理解できました。






上半身を起こすとお腹が鳴ります。



最後に食事をしたのがいつだったかなんて覚えてません。





食堂、食事に関しては祥鳳さんから聞いていましたので私は食事を摂るため早速立ち上がり部屋から出ました。















ハチ「…」





食事を終えて廊下に出るとイムヤのことが頭に浮かびました。





ハチ「イムヤ…」



ドアをノックしたけど返事はありません。


どこかへ行っているのか、それとも眠っているのか。




私は早くイムヤに会って謝りたいな、と思っていました。



いつの間にか…そんな心の余裕ができ始めていたのです。






【鎮守府内 ハチの部屋】




ハチ「はぁ…」




私は読んでいた本を置いて溜息を吐きます。



お言葉に甘えて休みを満喫し本の世界に没頭しようと思っていたのに



手持ち無沙汰になってしまってイマイチ入り込めませんでした。






それだけじゃありません。




ハチ(どんな人なのだろう…)




私はこの鎮守府に来てまだまともに提督と話をしていません。




私達をこの鎮守府に異動させた人




私達に休めるところを与えてくれた人






私を…助けてくれた人…?






そんな興味が収まることは無く




突き動かされるままに私は歩き出しました







【鎮守府内 執務室前廊下】






ハチ「…」



執務室前に来たまでは良いものの…ここで足が止まってしまいました。




ドアをノックする勇気も無く、ここで引き返してしまおうかと思っていると…





祥鳳「どうかしましたか?」


ハチ「え…」



振り返ると書類を抱えた祥鳳さんがいました。




祥鳳「何か提督に御用ですか?もし伝え辛ければ私から…」


ハチ「い、いいえ…その…」



気を遣ってくれる祥鳳さんを前にしどろもどろになってしまいます。



ハチ「一度…提督と…お話を…」


祥鳳「分かりました、少々お待ちください」




そう言って祥鳳さんは先にドアを開けて執務室に入ろうとしました。






『ふざけんなよテメェコラァァ!!』







ハチ「ひぃっ!?」



中から提督らしき人の怒号が聞こえ、思わず身体を竦めてしまいました。



祥鳳「…?なんでしょうか?」



しかし祥鳳さんは動じることなく執務室へと入ります。



祥鳳「提督、いきなりそんな大声を出して…ハチさんがビックリしてしまいましたよ?」


提督「ぐ…!痛てててて…このバカが力加減を…」


??「ご、ごめんなさいなのね…」




…?



聞き覚えのある声に恐る恐る顔を上げる。




イク「次はもっとぎゅーーーっとやるのね!」


提督「アホかお前!何の嫌がらせだ!」




そこには提督の後ろで肩を揉もうとしているイクの姿があった。



イク「う、動かないで欲しいのね…今度こそ…」


提督「ち、近寄るな!あっちに行けこのクソッタレが!」


沖波「あ!ありましたイクさん!肩揉みのコツのサイトが!」


イク「本当なのね!?」



恐怖に顔を引きつらせる提督に迫ろうとしていたイクがサッと離れ、提督は心底ホッとしていました。




祥鳳「楽しそうですね」


提督「どこをどう見たらそうなるんだ…あー痛てて…」


ハチ「…」







言葉遣いは乱暴で艦娘に対して優しくしているようには見えない。



椅子にふんぞり返って座るその姿は『偉そう』という言葉が真っ先に浮かびます。






祥鳳「提督、ハチさんがお話したいことがあるみたいです


提督「あ?なんだよ」


ハチ「…」





こんな態度の悪い男が…




提督「おいコラ無視すんな」




私の…王子様であるはずがない…!





そう思ってしまい私はいつの間にか彼を睨んでしまいました。





その時は怒りが湧いていたせいなのか





自然と彼に対する恐怖心が無くなっていました










その後、私は執務室に残り彼を監視する目的で許可をもらって鎮守府の資料を受け取りました。




『この人の不正を暴いて大本営に通報してやる』と思っていたのです。




それほどまでに私は理想の王子様とかけ離れた彼に妙な感情を抱いてしまっていました。






しかし…




不正の痕跡を見つけ出すことはできず




逆に彼がしっかりとした鎮守府運営をしていることを知りました。










提督「ふっ…どうだ」





勝ち誇った笑みを見せる提督が気に入らなかったので




その後は怪しい行動をしないかずっと執務室で本を読みながら観察していました。






それからはイムヤも執務室に来て




私達4人は提督の撮った動画を基に結束を強め




潜水艦隊としての日々が始まりました






私達の行動を勝手に盗撮するなんて最低の行為をではあったけど





彼の手際の良さに思わず感心せざるを得ませんでした








しばらく潜水艦隊としての日々を過ごし






みんなの力に成れていることを実感できた頃







大変なことが起こりました










イムヤ「謝れ!あんたが全部悪いのよ!よくもゴーヤを傷つけたわね!?絶対に許さない!!謝れ!土下座して謝れぇぇぇ!!」







逃亡しようと一人で飛び出したゴーヤを連れて帰って来た時





イムヤが提督に対して親の仇でも見るかのような目をしながら言いました







その尋常ではない様子に私は恐怖と共に後悔を覚えます








『どうしてイムヤがこんな状態になるまで気づけなかったのか』







私は自分のことばかり考えていて周りに目を向けず






何かにつけて何とかしようとしていたイムヤを無下にし続けて





深く深く傷つけ、手を差し伸べようとはしませんでした




甘えていたのです






イムヤの心遣いと優しさに







その甘えのツケがこんなところで…





提督「わかった」






え…





何がわかったのだと思う前に提督はイムヤの前で跪いて







提督「本当に申し訳ありませんでした…」






イムヤの前で土下座しました







その姿にイムヤの勢いはあっという間に収まり






その場を去る提督の姿を背を見ているイムヤの表情は







『とんでもないことをしてしまった』とすぐに恐怖で引きつっていました





私もゴーヤもイクも『一緒に謝りに行く』と行ったのですけど





イムヤは『連帯責任を取らされる可能性を減らしたい』と一人で行きました





連帯責任…







話によると3日間地下牢に閉じ込められて作戦指南をするとか…






いえ…あそこまでのことを強要してそれくらいで済まされるのでしょうか?






ゴーヤ「…」



イク「…」



ハチ「…」






私達はこれからどうなるのか





そんな不安を抱えながらイムヤを待つことしかできませんでした







イムヤ「みんな、ただいま」





しばらくするとイムヤが工廠に戻ってきました。





(え…)




イムヤの表情を見て驚きました。





ハチ「だ、大丈夫でしたか?」


イムヤ「うん、お咎めなしだよ」


ゴーヤ「ほ、本当に…?」


イムヤ「本当よっ」




何かから解放されたようなとてもスッキリとした顔





先程の恐怖に張りつめた顔や思い詰めて辛そうだった顔を忘れさせるほどに





イムヤは気持ちの良い笑顔を見せていました




助けて…くれた…?





罰を与えなかっただけじゃない





イムヤの中に巣食っていたどす黒いモノを打ち払い





本当の笑顔を取り戻してくれた







この時、私の中にあった提督への疑いは無くなり





その反対に彼に対する興味・好奇心が湧いてきて





何かにつけて気にしたり観察するようになりました









その後…





私の心を最も揺り動かしたのは…











私達、潜水艦隊の活躍が認められ、大本営近くのホテルでのパーティに呼ばれた時のこと




お手伝いに同行していた親潮さんの危機に




提督はご自分の昇進を取り消すことになってまで親潮さんを助けてくれました









まさにそれは私がずっと読んできた『お姫様の危機を救う王子様』と同じ構図でした













こんな乱暴で偉そうで私の理想からかけ離れているはずの彼に








私はすっかり心を奪われてしまいました












私の…







王子様…
















【鎮守府内 談話室】




いつもの訓練を終えた夜、談話室で本を読んで寛いでいる時のことでした。



提督「面白いものを読んでるな」


ハチ「え…?」



提督が声を掛けてくれました。

いつもなら本を読んでいる私に声を掛けることなんて無いのに…


少しドキドキしながら顔を上げると提督が悪戯な笑みを浮かべながらこちらを見ています。



提督「くくく、ネタばれしてやろうか?」



読んでいる本がクライマックスに差し掛かっていることを知ってか、提督がそんなことを言ってきました。



イムヤ「ちょっと司令官!マナー違反にも程があるわよ!」


祥鳳「そんなことしちゃダメですよ」



私より先に周りの仲間達が提督に対して批判をします。



ハチ「構いませんよ?」


提督「ん?」



私は本を閉じて提督に対して挑戦的な視線を向けます。



実はこの本を読むのは3度目です。


クライマックスの内容も全て頭に残っています。




提督「その復讐は果たされる。無人の国会議事堂にマシンガンを撃ち込んだ後、見捨てられた者達のビデオをマスコミに送り付けて見事国のトップから賠償金を受け取ることを約束させた」


ハチ「お好きなシーンはありましたか?」


提督「仲間の秘密を守るために病院のベッドから飛び降り自殺をするシーンかな」


ハチ「私は自由のために高速道路でアクセルを全力で踏み込むところが好きです」


提督「…なんだ、読んだことあったのかよ」


ハチ「うふふ、そういうことです」



提督は少し呆れながらも嬉しそうにしているような気がしました。


きっとこの本の内容を共有できることが嬉しかったのかもしれないです。



提督「その作者の『役立たず共をクビにしまくる話』も面白いぞ」


ハチ「そうなのですか?それは読んだことありませんでした」


提督「良い子にしてたら今度買ってやる」




そう言って提督はその場を離れて行きました。





同じ趣味を、本の内容を共有できてとても嬉しかったです。



イムヤ「なんて本を読んでるのよあなた達は…」


祥鳳「そ、壮絶な内容ですね…」



そんな私達に対してイムヤと祥鳳さんは苦笑いしていました。























提督を意識し始めてから




色んな事に気を遣うようになりました











提督の視線を気にして化粧に力を入れたり





ひとつひとつの仕草にを気を遣ったり





訓練により一層力を入れるようにしたりしました









提督が何をし、何を考え、何を見ているのか





彼の邪魔にならないよう見ていたりしていたのだけど…










同時に私の視界に入って来るのは







祥鳳「提督、そんな適当に帽子を被らないで下さい」






秘書艦の祥鳳さんの存在でした








いつも提督の傍にいることのできる






秘書艦…







私も






秘書艦になりたい…






【大型船内 ハチの部屋】





イムヤ「ハチってさ…司令官のこと、好きなの?」


ハチ「…」



イムヤの問いにドキッとしてしまいました。


こうもあっさりと見抜くのはさすがイムヤだなと感心させられます。




ハチ「みんなには…秘密にしてて下さいね」


イムヤ「…」



少し恥ずかしくなってしまいますがイムヤには正直に言いました。



でも…



イムヤ「ダメ、だよ…」


ハチ「え…」



イムヤは悲しそうな顔で首を横に振ります。



イムヤ「司令官だけは…やめた方が良い」


ハチ「ど…どうして…」


イムヤ「あの人は…ハチの想いに応えない。絶対に応えることはない、だから…」


ハチ「え…」



どうして…


なんで…?


応援…してくれるんじゃ…ないの…?




イムヤ「ハチだけじゃない、きっと誰の想いにも応えることは無いよ…だから…」


ハチ「で…でも…」



私の頭を過るのは常に提督の傍にいる祥鳳さんの姿。


あんな楽しそうな祥鳳さんが提督の傍に居られるのに…




イムヤ「祥鳳さんは特別に見えるかもしれないけど…あの人は司令官との距離感を理解してるから」


ハチ「…」



そんな私の考えを察してか、イムヤは祥鳳さんと提督のことを話してきました。





(そんなはずない、だって祥鳳さんはあんな幸せそうに…)





私の脳裏に何度も提督に寄り添う祥鳳さんの姿が過り




ハチ「イムヤは…応援してくれると思ってました…」


イムヤ「ハチ…」


ハチ「出て行って下さい…」


イムヤ「…」



イムヤに八つ当たりとも思えるような言い方をしてしまいました。





この後、しばらくイムヤと口を利くことはありませんでした。







【鎮守府内 祥鳳の部屋】




祥鳳「珍しいですね、ハチさんが訪ねてくるなんて」


ハチ「は、はい…」




私は今、祥鳳さんの部屋にいます。



祥鳳「それで…私に聞きたいことはなんでしょうか?」


ハチ「あの…ですね…」



私が祥鳳さんの部屋を訪れた理由。





ハチ「祥鳳さんは秘書艦としてどのような心構えでいるのかな…って」


祥鳳「心構え、ですか?」




こんな質問は建前です。



本当は…



私自身が提督に近づくにはどうしたら良いのか、それを探るため。


私が秘書艦になるにはどうしたら良いのかを伺うためでした。



そんな本音を隠しながら祥鳳さんの厚意に甘える自分が嫌になりました。




祥鳳「そうですね…」




それからは祥鳳さんから色んな話を聞きました。


普段どんなことを考えて秘書艦をしているのか。


提督に対してどう想い、どうしているのか。




祥鳳さんは隠すことなく色んなことを聞かせてくれたのだけど…





正直聞くべきでは無かった後悔しました。




私がただ提督に対し恋心を持っているのとは違い、祥鳳さんは心の底から提督を信頼し、全てを投げうって支える覚悟が感じられました。



聞けば聞くほどその覚悟の違いに圧倒されます。

そして祥鳳さんからは絶対に秘書艦という立場を譲らないという強い意志も感じられました。




そんな覚悟の前で私の中で湧き上がってくるのは焦り…



そして祥鳳さんに対する嫉妬でした。




どうしてそこまでできるのでしょうか?


どうしてそこまで提督のためにできるのでしょうか?



私には…






ハチ「ありがとうございました…」





祥鳳さんにお礼を言って逃げるように部屋を出ようと思った時



彼女の部屋の本棚のところに目が行きます。






そこには先日私と提督が内容を共有した本と同じものがありました。






【鎮守府内 廊下】




祥鳳さんとの差を見せつけられた私はその後の訓練や任務に身が入らなくなりました。



頭の中では常に提督に近づくにはどうしたら良いのかということばかり。


精神的に追い詰められて…私の思考はかなり狭くなっていたのだと思います。





ハチ「あ、あの!提督!」



だから…何もかもすっ飛ばしてあんな短絡的な行動に出てしまったのだと思います…



提督「なんだ?」



提督が一人なのを見計らって私は意を決して声を掛けました。



ハチ「わ、私、秘書艦になりたいと思っています!」


提督「…」


ハチ「ど、どうすれば、私を、その…ど、どんなことでもします、ですから…」


提督「…」



ハチ(あ…)




言ってしまってすぐに後悔しました。



私の問いに対し提督はとても冷たい視線で返してきたからです。


私は自分の気持ちを気づかれる覚悟で言ったけど…とてもそれが届いている様には見えませんでした。




提督「お前の気持ちはありがたいが」



耳を塞ぎたくなるような返答が返って来ます。



提督「俺は秘書艦を代えるつもりはない。この先もずっとな」


ハチ「あ…ぅ…」



私を見て提督はハッキリとそう答え




その場を離れて行きました。











ハチ「ぅ…ぐす…」






私は湧き上がる悲しい気持ちに耐え切れずその場で涙を零し




部屋に戻ってベッドに顔を押し付けながら大きな声で泣き続けました













その翌日…






【鎮守府内 演習場】




イムヤ「あれ…大井さんだ」


ゴーヤ「珍しいでち」


イク「一緒に訓練受けるのね?」



気落ちしたままいつも通り演習場に向かうと大井さんがいつもの指導服ではない格好をしていました。


その顔はどこか悔しそうな感情を持っているように見えます。



何かあったのかなと思っていると…



提督「集まっているな」



提督が演習場にやってきました。


私は碌に顔を見ることもできずに顔を伏せてしまいます。







提督「…それじゃあ始めろ」




提督の話にその場に居る全員が戸惑いざわつきます。



今日の演習の内容。



それは全員が普段使用しない艤装を使っての自由演習でした。




例えば戦艦の陸奥さんや霧島さん、重巡洋艦の衣笠さんが使用できるのは機銃と偵察機のみ。


空母の祥鳳さんと雲龍型姉妹は副砲だけ。


水雷戦隊の皆さんは主砲と魚雷の使用禁止。



そして私達潜水艦は魚雷の使用を禁止されました。




どうしてこんなことを…?



戸惑う私達に対し提督は『さっさと始めろ』と言っただけです。





提督は私達に使う艤装を指定するとその場に座って私達の様子を見ていました。










しばらくして一人、二人と相談し合い少しずつ海へと飛び込みました。







訓練の意図が掴めないまま、何をすれば良いのかわからないままです。


使い慣れていない艤装のため、しばらくぎこちない演習を続けていると…




提督『雲龍、霧島、衣笠は合格。上がって良いぞ』



演習場にあるスピーカーから提督の声がしました。



ハチ(合格…?)



何を以って合格の基準としているのかさっぱりわからず、そのまま慣れない艤装の続けることしかできませんでした。





その後、次々と仲間達が合格を言い渡されました。



イムヤ、ゴーヤ、イクも順番に合格となったのに…




私は…訓練終了を言い渡される6時間、合格を与えられませんでした。













これは…もしかして罰なのですか…?







そう結論付けてしまった私は沢山の涙を海に落としました。







【鎮守府内 ハチの部屋】




イムヤ「ハチ…入るね」



その日の夜、イムヤが心配して来てくれました。


この前は八つ当たりに近いことを言ったというのに…イムヤはやっぱり優しいです。




イムヤ「大丈夫…?」


ハチ「…」



ベッドで仰向けのまま私は答えることができません。



イムヤ「ねえ…ハチ、もしかして司令官に想いを伝えたの?」


ハチ「…」



勘の鋭いイムヤは私がしたことを見事言い当てました。


私はその言葉を聞いて頭の中に冷たく突き放した提督の姿が思い浮かんでしまいます。



イムヤ「この前は…ごめんね。私、ハチの気持ちを…」


ハチ「私の…」


イムヤ「え?」


ハチ「私の…せい…かもしれません…」


イムヤ「何が…」



自然とまた涙が零れてしまい布団に流れ落ちてしまいます。



ハチ「私が…提督に…秘書艦にして下さいなんて言ったから…」


イムヤ「ハチ…?」


ハチ「あんな…罰みたいな訓練をみんなに…ぅっ…ぅぅ…ひっく…」


イムヤ「そんな…そんなはずないよハチ…」







泣きじゃくる私をイムヤが必死に慰めてくれたけど





私の中の罪の意識と後悔が消えてくれることはありませんでした…

















ハチが提督に想いを伝える





その2日前のことだった










拡がる亀裂







____________________






【鎮守府内 司令部施設】




天龍『資源確保完了だ、今から帰投する』


提督「ああ」




大規模作戦を間近に控え、天龍達を中心に資源確保のための遠征に出していた。


現在の遠征部隊は天龍・衣笠・天津風・時津風・雪風・親潮の6隻。



これまで何度も行ってきた遠征だけに特に何の心配もしていなかった。




提督「これで大規模作戦への準備も完了だな」


沖波「はい、十分すぎるほどに資源確保できています」


大井「作戦もしっかりと練り上げてあるわ」


提督「ああ…」


大井「…?」




しかし相変わらず違和感は消えない。


何かが引っかかったままでその正体を明らかにすることができていない。




祥鳳「提督…どうかしましたか?」


提督「…ん?」


祥鳳「最近ずっと…」


天龍『て、敵艦載機接近…!』



祥鳳が何かを言い掛けたところで通信から天龍の声がした。



天龍『し…指示…………ガガッ…』


提督「おい!どうした!」



通信はすぐに途絶えてしまい、その後は声が聞こえなくなってしまった。



提督「祥鳳、機動部隊を編成する。遠征部隊の帰投経路に行ってこい。沖波、お前も出撃しろ」


祥鳳「は、はい!」


沖波「了解しました!」




俺はすぐに放送を使い6隻の機動部隊編成を伝えた。




大井「大丈夫かしら…」


提督「こんなところで姫クラスや鬼クラスは出ないだろうが…あいつらなら…まあ…」




言い掛けてまた違和感を感じた。



提督「…」



それは今までとは違い強い違和感だった。



提督「…」


大井「な、何よ…急に黙らないでよ。不安になるでしょう?」




確かに大井の立てた作戦は完璧で穴が見当たらない。


だが、本当にそれで良いのか?

それで大丈夫なのか?



そんな問いかけがまた俺の中で始まる。



何度も繰り返してきた違和感との向き合い。



それがようやく…






祥鳳『提督!天龍さん達を発見しました!全員無事です!深海棲艦は既に撃沈完了のようです!』






祥鳳の声に隣の大井がホッと溜息を吐く。



提督「帰投完了まで護衛してやれ」


祥鳳『はい!』




大井「無事でよかったわ…」


提督「まあ…そうだな」



無事を喜ぶ大井とは違い俺は色んな考えを頭の中で巡らせていた。





【鎮守府内 工廠】




提督「おい…」


大井「ちょ、ちょっと…!?」



遠征部隊の帰投を見計らって工廠へ行くと戻ってきたのは予想以上に傷だらけの艦隊だった。



天龍「提督…獲得した資源…全部置いてきちまった…」


親潮「本当に…申し訳ございません…」


提督「一体どうしたんだ?そんなヤバイ奴らと会敵したのか?」


天龍「いや…そんなでも無かった…」


大井「だったら…どうして…」



どうしてこんなにも艦隊が傷だらけなのか?


俺も大井も同じ問いを天龍に投げかける。



衣笠「提督…」



そんな俺と天龍の間に入ったのは疲れ果てて肩を借りている状態の衣笠だった。



衣笠「後で少し…話したいことが…」







【鎮守府内 執務室】




治療を終えた後、衣笠には執務室に来てもらった。

他の者は執務室から出てもらい今は俺と衣笠の二人になっていた。




提督「話というのは遠征のことか?」


衣笠「うん…」



衣笠は神妙な面持ちでそう答えた。



これはただ資源獲得ができなかったことへの申し訳なさではないということはすぐにわかった。



衣笠「あの…ね…」








____________________





ドラム缶いっぱいに資源を入れて鎮守府へ帰投する途中のことだった。




天龍「て、敵艦載機接近…!」



先頭を行く天龍の電探が深海棲艦の放った艦載機を捉えた。



天龍「指示を…あっ!」



提督からの指示を貰おうとした天龍が通信機を海に落としてしまう。



天龍「し、しまっ…」


衣笠「て、天龍!何やってるの!前を見て!迎撃態勢を取らなきゃ!」


天龍「あ、ああ!全員輪形陣を…!」



幸い敵艦載機の数は多くは無く、深海棲艦の編成はエリートクラスもフラグシップクラスもいなかった。


これなら苦戦することも無いと衣笠は思っていたのだが…





衣笠「ちょっとみんな!このままだと戦えないよ!早くドラム缶を捨てて!!」


時津風「え!?で、でも!」


天津風「資源を捨てちゃったら…!」


衣笠「引火したらそれどこじゃないでしょ!早くしてっ!!」


雪風「は、はいぃぃ!!」



艦娘達の行動は衣笠が想定していたものより一つも二つも遅れていた。




確かに想定外の会敵ではあったが、ここまで後手後手になってしまうと撃沈するのに時間が掛かるだけでなく被害も想像以上のものだった。





____________________





提督「…」


衣笠「正直…肝を冷やした…こんなことは初めてだったよ…」


提督「…」


衣笠「ご、ごめんなさい。気を悪くした?」


提督「いや…」





衣笠の報告のおかげでこれまでずっと感じていた違和感の正体がハッキリと見えた。








作戦内容が完璧であればあるほど



その作戦の成功体験が重なれば重なるほど



見えない欠点は大きくなっていた…







提督(対応力…か…)





作戦に頼り切りになっていた艦隊の欠点が浮き彫りになった。


艦隊の非常事態に於ける対応力が無さすぎる。

作戦通り、想定通りの事ならば問題無くこなせても、今回のように予定外の会敵をしたり指示を受け取れない状況に陥ったりすると途端に戦力が低下してしまう。


それほどまでに作戦担当を任せていた大井の作戦は完璧だったのだ。




大井の作戦に頼りきりになり、ここまで気づくことのできなかった自分を恥じ、手で顔を覆って天を仰ぐ。




戦歴が豊富で視野の広い衣笠が今回の遠征に同行していたからこの程度の被害で済んだ。


もしも衣笠が同行していなかったら…最悪轟沈なんて事態に陥っていた可能性がある。




提督「衣笠」


衣笠「な、なに!?」


提督「助かった」


衣笠「え?え?」



俺は座ったまま衣笠に頭を下げた。



提督「お前が同行してくれて助かった、感謝するぞ」


衣笠「そんな…」


提督「早速対処に動こうと思う。少し一人にしてくれないか」


衣笠「わかったわ、あまり一人で抱えないでね」



少し心配そうな顔を見せて衣笠は退室した。





提督「…」



対処に動こうとは思ったが時期が悪すぎる。


大規模作戦を間近に控えていてとてもではないが対応力に磨きを掛ける時間が無い。


一瞬作戦を放棄することも考えたがそんなことをしたらこれから想定している最悪への近道ができてしまう。


今の状態でそれだけは避けたいと思っているので作戦まで時間が無いが現在の艦隊を見極める必要ができた。




提督(そのためには…)





強引になってしまうが始めなければならない。





俺は執務室にある放送設備に近寄り



提督『大井、司令部施設に来てくれ』



作戦担当の大井を呼び出した。






後書き

文字数制限が来たのでここで終わりです。
どうかこれからも応援よろしくお願いします(催促)

プロローグ
第一部
第二部
第三部← イマココ。三部に入りました!
第四部
最終章

先は長い…

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この作品『ガラスの絆』も上げています。
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17件コメントされています

1: sei 2020-01-05 12:45:48 ID: S:G0FA9M

キタコレ‼

2: SS好きの名無しさん 2020-01-05 22:10:48 ID: S:6cLm4O

待ってましたヽ(・∀・)ノ

3: SS好きの名無しさん 2020-01-05 23:08:45 ID: S:SkMUOd

無理なさらずに頑張って続けて下さい!!

4: SS好きの名無しさん 2020-01-14 18:10:07 ID: S:yXHL26

あれ、親潮は主人公を撃ってな…σ(^_^;)?
やめとこう。

5: tm_brother 2020-01-21 01:14:35 ID: S:akPuVY

何度読み直しても飽きないですなぁ。素晴らしい作品を書いて下さってありがとうございます!
身体に気をつけながら、続けて下さい!

6: Chrome 2020-01-24 21:09:09 ID: S:Spv3-j

第三部は親潮の過去編なのかな…?

7: 千の鶴 2020-01-24 23:26:34 ID: S:w9zzix

去年の11月頃から艦これにハマり最近艦これのSSにハマり出してこの作品に一週間前に出会い最新まで読んだんですけどとても奥深く面白いと思いました。これからも続き楽しみにしているので無理のない投稿スピードで完結まで頑張って下さい。

8: ドイツ騎兵 2020-02-04 00:55:10 ID: S:pfzthm

ここでがっさーが出てくるとは予想出来ないよ!、更新めっさ楽しみ〜

9: No way234 2020-02-13 00:32:50 ID: S:T9y_Sb

久しぶりに読んだけど止まらなかったわ、また更新待ってるよ

10: ウユシキザンカ 2020-02-14 08:07:27 ID: S:PGwlWB

>>1 メシウマ!

>>2 待たせたな!

>>3 そんなこと言われると無理したくなります

>>4 撃ったよ。

>>5 今後もまだまだ続きますのでどうかお楽しみに。

>>6 3部前半までですね。

>>7 作者にとって最高の誉め言葉です、ありがとうございます。

>>8 親潮が引き寄せたようなものですね。

>>9 これからも頑張って続けますのでどうかよろしくお願いします。

11: sei 2020-02-20 09:51:21 ID: S:mN9-dg

提督が復讐に出るとなると衣笠はどうなってしまうんだろう。

12: SS好きの名無しさん 2020-02-23 09:53:50 ID: S:Y2xZTM

しょうほうがヤンヤンしてきそうで、楽しみです

13: ドイツ騎兵 2020-03-19 10:33:24 ID: S:mjA22Y

これはボノたんと霞が来るフラグか!?

14: SS好きの名無しさん 2020-03-20 21:25:59 ID: S:jiplVs

誤字報告です。

×そして以外にもハチが同行を…
○そして意外にもハチが同行を…

まぁベタな奴ですね

毎回更新を楽しみにしております。
頑張って下さい。

15: 目玉焼き 2020-03-22 11:05:02 ID: S:t2BhZu

西村艦隊ってだけで泣きそうになってしまった……
無事だといいけど……

16: SS好きの名無しさん 2020-03-29 01:34:21 ID: S:0FXdVK

もうホントに好き。更新が待ちきれない

17: No way234 2020-04-08 19:08:47 ID: S:QINXCd

暇すぎて、続きが待ちきれない..


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3件オススメされています

1: SS好きの名無しさん 2020-01-05 22:12:21 ID: S:nUulTp

とりあえず①から読んでみヽ(・∀・)ノ

危険、かなりの中毒性あり。
もう、この作品から逃げられない。

2: SS好きの名無しさん 2020-02-04 00:35:25 ID: S:2UmdnI

辞められない…止まらない……!!

3: Adacchieeee 2020-04-10 02:12:57 ID: S:Fdh0aV

①から読んでたけど、ヤバい位に凄い‼
夢中になること間違いなしです‼


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