2020-02-18 23:45:35 更新

前書き

前回の続きです。


[chapter1:飛べない鳥の唄]


私は、幸せになれますか?

 ―――――春風つばめ




 春風つばめは、飛べない燕だ。

 翼をもがれ、籠の中に入れられて自由を奪われ、それを取り戻す手段も無い哀れな燕。 「過去を視る」という異能力を内包した左右で色が違う眼に全てを狂わされ、物心ついた時から劣悪な環境の児童養護施設にて暴行を受けながら育った結果、彼女は希望というものを失ってしまった。

 繰り返される毎日から逃げ出そうという気も起きず、このまま朽ち果てていくのだろうと思ったある日、小さな転機が訪れた。



「はじめまして、こんにちは!」

 その人物は、この場所に蔓延する陰鬱な雰囲気を吹き飛ばすかのような明るい笑顔を浮かべ、つばめ達の前に現れた。

「冬土幸鳥(ふゆつち ことり)です!みんなよろしくね!」

 長くて美しい紅い髪を持つその少女は、そう挨拶した。まだ穢れを知らないその瞳は輝き、つばめ達の濁った瞳とは対照的だった。

 この児童養護施設には3歳〜10歳位の身寄りのない子供を引き取り、自立できるまで育て上げると宣伝していた。多くの親がそれに釣られ、余分な子供や要らない子供達を此処に捨てていく。最初は上手く運営出来ていた児童養護施設も子供の数が増えるにつれおかしくなっていき、虐待が蔓延するようになってしまった。それでついたのが「ゴミ箱」という俗称である。この施設―「洞ノ院(うろのいん)」は正式名称よりこの俗称の方が通りが良い。その位酷い施設だったのだ。

 勿論市の監査は入る。だが、この施設の現状を目にしても市は動こうとしなかった。それにはとある組織が関係していた。


 五大名家。

 この国を裏から支配する悪泣、苛内、鬱櫛、易蟻、越月という五つの名家の総称である。

 この養護施設にはその中の一つである鬱櫛家がバックとして控えていた。

 鬱櫛家はこの養護施設の他にも沢山の施設を経営しており、施設長にはそれぞれ鬱櫛の人間を据え、彼らに一切を任せていたという。

 然し幾ら名家とは言え一枚岩では無かったようで、施設長の中にはその権力を利用して好き勝手振る舞う者もいた。

 そしてつばめの居た施設は、横暴な施設長によってその悪事の総てが握りつぶされていたという訳だ。

 その様な事もあり、鬱櫛本家はこの施設で虐待が行われていた事実を知らなかった。

 だから助けは来なかったし、つばめ達の為に動いてくれる人間もいなかった。

 施設長は事ある毎にその事実を子供達に聞かせ、彼ら彼女らが「要らない人間」である事を強調した。そして今子供達が生きているのは自分達のおかげなのだから言う事を聞けとも。そうして幼い子供達を労働力に使った。

 少しでも言う事を聞かなかったり、何かミスをしたら過剰な程の暴力が振るわれ、それによって死んでしまう子もいた。

 もう、子供達に明日は無かった。


 そんな時に入って来たのが冬土幸鳥だった。

 彼女は明るく優しい少女で、直ぐに子供達の人気者になった。彼女がいれば陰鬱な雰囲気が少し晴れたし、子供達にも少しだが笑顔が戻った。ミスをする事も少なくなり、それで暴力を振るわれる事も減った。大人達はそれを鬱陶しく思っていたようだったが、兎に角彼女は直ぐに子供達のリーダー的存在になった。

 そして、幸鳥はつばめにも明るく接してくれた。つばめの持つ異能力や左右で色が違う眼を受け入れ、友達になろうと言ってくれたのである。大人だけでは無く子供にまで嫌われた彼女と、友達になりたいと…。

 最初はそれに戸惑った。友達が出来る事なんて初めてで、どうすればいいか解らなかったからだ。でも、幸鳥はめげずにつばめと接してくれた。それが嬉しくて…つばめは笑える様になった。最低な環境で、生き抜こうと思えた。


 だが、希望は唐突に奪われた。




 とある夜、つばめは中々寝付けなかった。普段、子供達は大部屋で雑魚寝をしている。当然寝息も聞こえるがそれが煩いという訳では無い。寧ろ子供達の寝息は静かな方だ。身体は十分に疲れ切っており、睡眠を求めている。なのに眠れなかった。

 理由は分かっていた。幸鳥が心配だったのだ。

 就寝前、幸鳥は施設長に呼び出された。皆心配していたが就寝時間になっても戻って来なかったので仕方なく先に寝ていたのだ。

 もう一時間…いや、若しかしたら二時間程経っているというのに戻って来ない。どうしたのだろうか。

 何度目かの寝返りを打った時、ひっそりと扉が開いて誰かが入って来た。幸鳥だった。

(幸鳥ちゃん…?)

 彼女はいつもの様な明るい雰囲気を纏っていなかった。髪はボサボサで衣服は乱れ、所々破けている。顔には苦悩がくっきりと浮かび上がり、涙を堪えているようにも見えた。

「幸鳥ちゃん…?」

 小さな声で話しかけると幸鳥はビクッと震え、「つばめちゃん…」と泣きそうな声で言った。

「どうしたの…?何かされたの…?」

 幸鳥は答えない。下唇を強く噛み、必死に何かを堪えている。

 短い沈黙の後、幸鳥はつばめの所まで来て彼女にしがみついた。

「だ、大丈夫…!?」

 幸鳥は声を出さずに泣いていた。抑えていた涙は零れ、床に小さな染みを作った。

 やがて、小さな声が聞こえた。

「つばめちゃん、私…」

 大人に、淫らな事をされた―そういったことを、幸鳥は言った。

 つばめは何も言えなかった。ただ、打ち明けられた絶望の大きさに途方に暮れる事しか出来なかった。




 翌日、幸鳥はいつもの様に笑顔だった。昨夜の事など無かったかのような笑顔で、皆のまとめ役としてそこに居た。

 だが―昨夜の出来事は現実に起きた事なのだ。幸鳥は施設の大人に乱暴され、つばめにしがみついて泣いた。それは実際にあった事で、幸鳥はそれを必死に隠している。いつも通りの冬土幸鳥として、皆の前に居る。

 それからも度々幸鳥は夜に呼び出され、暴行を受けていたようだった。それに必死に耐え、皆の前では普段通りの自分を演じる…それが想像を絶する程辛い事である事は厭という程解っていた。解っていたが…それでも、つばめは彼女の為に行動を起こす事が出来なかった。自分がどうなるのか分からないし、それが怖かったからだ…そんな自分にも嫌気がさした。

 やがてそれは後悔に変わる事となる。




 幸鳥が初めて呼び出されてから、一ヶ月後の夜。

 この日もボロボロで戻って来た幸鳥に対し、やはりつばめは何も言えなかった。彼女に出来るのは幸鳥の帰りを待ち、彼女のぶつける想いを受け止める事だけだった。

 だが、この日はいつもと違った。いつもは泣きながらつばめに縋り付く幸鳥が、今日は何も言わずに床に横たわったのだ。程なくして、寝息が聞こえてきた。疲れて想いをぶつける気が無かった…とは断言出来ない。壮絶な虐めを耐えている幸鳥は、何かしらに溜め込んだ物をぶつけないと壊れてしまう。それが解っていたからつばめに想いをぶつけていたのだ。

 それをしないという事は…幸鳥の心が壊れてしまっている事を意味した。

 然しつばめにはそれが分からず、奇妙に思いながらもやがて訪れた眠気に身を任せてしまった。

 それが、間違いだった。



 翌朝、幸鳥は部屋に居なかった。

 彼女は隣の部屋で、首を吊っていた。

 それを見た瞬間、つばめは意識を失った。




 暗闇の中。

 ひとつの声だけが響いていた。


「つばめちゃん、逃げて」


 それは紛れも無く幸鳥の声で、彼女の最後の言葉だった。




 その日の夜につばめは意識を取り戻した。

 そして直ぐに養護施設から逃げ出した。

 警備が杜撰な施設だったので逃げるのは容易だった。施設側も子供が逃げるとは思っていなかったのだろう。

 闇夜に紛れて、一羽の燕は籠の中から逃げ出した。

 自由を求めて、必死に羽ばたいた。




 そして彼女は、彼…赤坂蜥蜴に出会った。


後書き

キリがいいのでここで切りました。
前後編の前編と思って頂ければ。


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2020-02-18 22:54:52

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