2014-09-12 13:11:09 更新


 <18話>



──キーン……コーン……カーン……コーン……


夏期講習初日の終了チャイムが鳴り、教師が去って。


「……うあーっ!! ひっさしぶりの授業はキツかったよなー、計佑」


 茂武市が伸びをしながら計佑を振り返ってきた。


「たった10日くらいしか空いてないだろ……なっさけないコトいうなよ」


 そう返したが、茂武市はまだ泣き言をいってくる。


「けどよー……"夏休み"っつってるのに学校来なきゃいけないとかよー……詐欺じゃね? 中学まではよかったよなぁチクショー……」

「……まあ……確かにそれはチョット思うけどよ……」


 計佑達一年はまだ二週間もない講習期間だが、二年、三年とその講習日数はだんだん増えていく。

それを思うとちょっと憂鬱な気分になったりもするが、そんな先の事をあまりくよくよ考えたくもない。

 それに自分には、今は楽しみな事があるのだ。勢い良く席を立った。


「じゃーな、茂武市」

「あれ?  今日はまくらちゃん待たねーの?」

「あいつは午後から部活だってよ」

「……じゃーヒマなんだろ? ちょっと付き合ってくれよー、とりあえずメシ食ってからさ~」

「悪いな、今日はちょっと用があるんだ」


 ヒラヒラと手を振って、グダーっと机に突っ伏している友人に別れを告げて。


「また明日ね、目覚くん」

「うん、須々野さんも」


 先日の旅行で随分親しくなった硝子にも出入口付近で挨拶をして、計佑は足取り軽く目的地へ向かった。


─────────────────────────────────


コンコン──


 目的地……理科準備室へたどり着いた計佑は、ドアをノックした。

──あの時は、ろくに確認もしないで入ったせいで大変な事になってしまったから。

今となっては……まあいい思い出とも言えるけれど、やはり同じミスはやりたくない。


「……どうぞ」


 中から少女の声が聞こえて、計佑は数日ぶりに会えるその人にドキドキしながらドアを開いた。


──あれ……暗……


 中は遮光カーテンが閉まったままで、あの時同様暗かった。

今は自分が開いたドアからの光があるから、まだ困らないけれど。

 計佑が会いに来た人物──雪姫はこちらに背を向けて、窓の傍に立っていた。

計佑がドアを開いた時、雪姫は一瞬だけ振り返ってこちらを確認したけれど、すぐに顔を前に戻していた。


「あの、先輩……?」

「ドア、閉めて……」


 なんだか雪姫の様子がおかしいとは思ったが、言われるままに閉じる。

……もう、お互いの姿はろくに見えなくなった。


「……あの……先輩? こないだちゃんと説明できなかった話、詳しく聞きたいってコトでしたけど……なんでこんな所で?」


 結局、茂武市や硝子にも隠し通した話題だし、

二人だけで話すこと自体には異議はないのだけれど、何故こんな暗室を選んだのかは分からなかった。

 そこで軽い音がして、一筋の光が部屋に差し込んだ。雪姫が、少しだけカーテンを開いたのだった。


「……今日は……あんまり私の顔、計佑くんには見られたくなかったから……」

「え……?」


 その雪姫の声には元気がなくて、その言葉の内容も気にかかった。心配になって近づこうとしたが、


「だめ……そこにいて」


 雪姫が体ごとこちらに振り向いて、制止してきた。


「あの……大丈夫なんですか? 体調悪いとかなら……」


「体調は平気……ちょっと気分が沈んでるだけ。

……こんな時の顔、計佑くんにはあんまり見られたくないだけだから、心配はしないで……」


 確かに一筋の光だけでは、逆光という事もあって雪姫の顔をちゃんと見るのは難しかった。

逆に、雪姫から計佑の顔は見えているのだろうけれど。


──気分が沈んでるって……どうしたのかな先輩……?


 自分のほうは、久々に雪姫に会えると浮かれていたりしたのだけど──

雪姫の方は落ち込んでいたと聞かされて、心配と申し訳無さが計佑の胸中を占めた。


「…………」

「…………」


 沈黙が続いてしまう。

それでも、いつまでもこうしている訳にもいかないと、思い切って口を開く。


「えっとそれでですね、まくらのコトなんですけど……」

「……うん……」

「もうピンピンしてます。ホント、何事もなかったみたいに……結局、あれから先輩のおじいさんには会えなかったけど…… 戻ってきたら、お礼を言ってたって先輩から伝えもらってもいいですか?」

「……うん、わかった……それはまかせておいて」


 やっぱり、雪姫の声に元気がない。

 雪姫には、全て──まくらの霊状態の事までも──話してみようかと考えていたのだが。

信じてもらえないかもしれないけれど、雪姫にだけは話してみたいと思ったのだ。

ただまあ、雪姫の怖がりぶりは相当だし、様子を伺いながらだな、と考えてはいたのだけれど。


──こんな状態の先輩に話して大丈夫かな……


 元気がないところに、こんな場所──殆ど暗室──で話すのはちょっと躊躇われたが、試しとばかりに……


「先輩……突然ですけど、生き霊とかって信じます?」

「い、生き霊っ!?」


 雪姫の声に力が入った。身体がギシリと緊張したらしい動きも伺えた。


「なっ何の話を始めるのっ!?

私はっ、幼なじみさんの話を聞きたくて計佑くんに来てもらったのにっ、なんでそんなイジワル……!!」

「ごっごめんなさいごめんなさい!! なんでも無いんです、ちゃんと話戻しますから!!」


 雪姫の声が、最後にはなんだか泣き出しそうな感じになってきたので、慌てて頭を下げた。

やはり、雪姫には真相を全て話すというのは無理そうだった。


──けど……そうすると、もう話せるコトって特にないんだよな……


 雪姫となら、話してみたい事はいくらでもある。

でも元気がない雪姫に無理はさせられないし、となると本来の目的のまくらの話がもうない今、どうしたものか……


「計佑くん……まくらさんのコトなんだけど……」

「あっはいっ、なんですかっ!?」


 やっと、雪姫の方から話しかけてきてくれた。ホッとして、上ずった声で返事をしてしまう。


「……島で……計佑くんの一番の女のコを何人か聞いたことあったでしょう?」

「……え、ああ……はい、ありましたね。三種類くらいでしたっけ……」


 計佑にとっては特に深い意味を感じなかったので、

それぞれはもうよく覚えてなかったが、『全部先輩』だと答えたことは覚えていた。


「……じゃああの時の質問に追加で……今、計佑くんと一番仲のいい女のコって誰になるかな……?」

「……それは……まくらになるでしょうね、一応」


──女って思うコト基本ないんだけど……まあ血は繋がってないし、一応そうなるだろうなぁ……


 そう考えて答えたのだけれど。


「……そっかぁ……やっぱりそうだよね……」


 なんだか、雪姫の声から更に元気が失われたような……


「まくらさんとの付き合いは……どれくらいになるの?」

「えっと……よく覚えてないけど、一応生まれた頃からの付き合いですね……

本格的にウチにいつくようになったのは、幼稚園くらいからですけど」

「……そっかぁ……やっぱり10年以上かぁ……」


 計佑としては、雪姫が何を気にしてるのか一向にわからない。


「あの、それがどうかしました?」

「…………」

 

 雪姫がまた沈黙状態になってしまった。


「…………」

「…………」


 しばらく待ってみたが、やっぱり雪姫は口を開かない。それでも我慢強く待ってみる。やがて──


「……あのね、私と計佑くんがちゃんと知り合って……まだ10日ぐらいしか経ってないよね?」

「あ、はい、そうですね……」


 ようやく、また口を開いてくれた雪姫に肯定の返事をして。


「でも幼なじみさんとは、もう10年以上経っていて……そしてこの先どれだけ経っても、

私の方が長くなるコトはないんだな、って思ったら……なんか寂しくなっちゃったんだよね……」

「……へ……?」


 間抜けな声が出てしまった。


「……あの……まさか、先輩が元気ないのって、それが理由ってワケじゃないですよね?」


 流石にないとは思ったが、一応尋ねてみた。


「……そのまさかだけど……」

「……ええぇ!?」


 まさかの答えに、大声が出てしまって。

……しばらくぽかんとしてしまってから。正直な感想を口にした。


「先輩って……時々、ホント変なコト気にしますよね」


─────────────────────────────────


「へ……変なコトって!!」


 計佑の言葉に、雪姫はカッとなった。

 計佑の声には、僅かながらも『なんでそんなバカなことを……』みたいな、呆れの成分が混じっていて。

少なくとも、自分はこの数日ずっと気にしていた事を、そんな風に切り捨てられて、


──計佑くんは、私のコトなんか好きじゃないからそんな風に言えちゃうんだ……!!


 そう思ったら、じわりと涙まで滲んできた。慌てて、ぐっと堪える。


──ここで泣いたら、もっと呆れられちゃう……!!


 優しい少年だから、慰めてはくれるかもしれない。

 でも今の自分の悩みがまるで解っていない少年なら、ここで泣き出す相手になんて、更に呆れる可能性もある。

そんな風に考え、くっと唇を噛んで俯く雪姫に、計佑がまた話しかけてきた。


「だってそうでしょ? "知り合ってからただ経過した時間" だったら、そりゃあ逆転するコトはないけど、

"知り合ってから一緒に過ごした時間" だったら、逆転するコトはありえますよね?」

「……あ……」


 その通りだった。言われてみれば全く当たり前の事で。

なんでこんな事にも自分は気付かなかったのか……俯いた顔が、自然と持ち上がっていた。


「それに過ごした時間の量って、そんな絶対なもんですかね……?

オレがこないだ先輩と知り合ってからの時間は……まあまくらが倒れて色々あったせいもあるけど、今までの人生の中で一番濃密な時間でしたよ」


──それは……私も同じ……


軽くなり始めた雪姫の心に、計佑の言葉が更に届く。


「例えば、たった数日でこんなに親しくなれた相手なんてオレは先輩しかいないんですけど……

優劣つけるもんじゃないとは思うけど、15年過ごした相手に、数日で追いついてくるっていう方がよっぽど凄くないですか?」

「……そ……それは……」


 少年の、本気で不思議そうな疑問の声に。その内容に、雪姫の心がぐんぐんと上向いていく。


──確かに……そんな短時間でここまで仲良くなれる人なんて……それこそ運命って言えるのかも……


 恋する乙女が、乙女回路全開の思考を始めて。


「第一、家族だけがずっと特別とかいってたら……一生、家族以外に恋人とか新しい家族とかも出来ない理屈になっちゃいますよ?

……やっぱり、何で先輩がそんなコト気にしだしたのかよくわかんないんですけど……」


 それは、色恋にはとことん鈍い少年だから言えた理屈だったかもしれない。

──けれど、雪姫には十二分な言葉だった。

スキップのような軽やかさで、計佑の方へと歩き出す。


「──えっ?  どっどうしました先輩?

……あっ、別に先輩の悩みを軽く扱ったつもりはないんですよ!?

ただ、オレにはどうしてもピンとこなかったもんだから、つい……!!」


 何やら勘違いしたらしい計佑が慌てて弁解してくるけれど。

雪姫の心中は、計佑の想像とは全くの正反対で──


「ねえ計佑くん。最後の言葉は、家族と恋人は全然別物で、だから私が悩む必要なんてないってコトだと思うんだけど……それはつまり、計佑くんは私の事を恋人だって思ってくれてるってコトなのかなぁ?」


 計佑の目の前で足を止めると、ニッコリして言葉を投げた。


「うえ゛!? いっいや、そんなつもりじゃなくて! 一般論のつもりで言ったんですけど!!」


 目論見通り、アワアワし始める少年の姿に、笑いがこみ上げてくる。

手を後ろで組んで、前かがみになって下から少年の顔を覗きこんでみた。

──おなじみのニンマリとした笑顔で。


「そういえば、妹さんの問題が片付いたら私の告白のコトを考えてくれるって話だったと思うんだけど……

それはどうなってるのカナ?」

「あっ!? いっいやっその~~~……すいません。島で言った通り、やっぱりまだ答えは出せそうにないです……」


 そしてうなだれる計佑の姿に、プっと吹き出して。雪姫はすっかりご機嫌になっていた。


──我ながら単純だなぁ……ホントに。


 さっきまで真夜中な心中だった癖に、計佑の言葉ですぐ快晴になる変わり身の速さに、内心苦笑する。


──でもしょうがないよね……王子様の言葉に振り回されちゃうのは、女のコのサガみたいな物だもん。


 そう言い訳して。そして、ご機嫌な気分のままに少年を弄る。


「ふふ~んだ。偉そうに先輩に説教たれてたクセに、自分のそのお子様ぶりはどうなのかな~?」


 前かがみの体勢から姿勢を戻すと、うなだれる少年の頭にポンポンと触れて。


「か、勘弁してください……」


 計佑の弱り切った謝罪に、雪姫はコロコロと笑ってみせるのだった。


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 その日の夕方近く。

計佑は、まくらと一緒にスポーツ店へと寄っていた。


「計佑っ、ありがとね~付き合ってくれて。助かったよー」


 昼、雪姫と別れた後、帰宅しようとした計佑にまくらから連絡があって、


『スパイクがダメになっちゃったんだよ~!! 今日の帰り、買わなきゃだから付き合って!!』


 そう泣きつかれたのだった。

 まくらの部活が終わるまでの時間潰しに、夏期課題を図書室でやって

──硝子も図書室で勉強をしていたので、二人で軽く談笑したり──そして今、

無事スパイクを買えたまくらは、店を出た先からもう箱を開いて、中身を確認したりしている。


「お前……随分部活頑張ってるみたいだけど。体調はホントに大丈夫か?」


 結局、一週間くらいは寝たきりだったのだ。

原因は病気ではなく、"呪い" というファンタジーなものだったけれど、

寝たきりだった身体はそれなりに鈍っている筈だ。

いきなりハードな運動には、ちょっと不安があったのだけれど。


「えー? だいじょぶだいじょぶ!! ていうか、前より調子いいくらいなんだよー!!

今、サイコーにソフトが楽しいとこなんだ!!」


 満面の笑みで、力こぶなど見せつけてくる姿に、苦笑がもれる。


「だったらいいんだけどな……けどまあ、オレの方は正直ちょっと腑抜けたトコがあるんだよな。

しばらくお前を起こすコトばっか目標にしてて、それがいきなり消えちゃったもんだからなのか……なんかちょっとなー」


 空笑いまでしてしまう。


「……オレも、なんか部活でもやった方がいいのかなぁ……それともバイトとか……

妹分が頑張ってんのに、兄貴が何もしてないってのもなんか気になってきたな……」

「…………」


 そんな呟きを聞いていたまくらが、急に計佑の腕を引っ張ってきた。


「ねえっ計佑!! ちょっとそこのゲーセン寄ってこ!! 今日はアタシが奢っちゃるから!!」

「はぁ!? ちょっちょっと待てよ、お前スパイク買ったりで金ねーだろーに!?」

「いーからいーから!!」


 結局引っ張られていってしまう計佑。

 まくらに連れ回されるままに、対戦ゲームをやったり、ダンスゲームに興じたり、UFOキャッチャーではしゃいだり……


「あーっ!! プリクラも撮ろーよっ!! 退院記念退院記念!!」

「プップリクラだとぉ!? それはちょっと……!!」


 それでも結局抗いきれない。撮った写真を、まくらが楽しそうにデコり始める。


──あー……この流れは、コイツまたオレに気ィ使ってんだよな…


 さっきグチを零してしまったせいだろう。

妙にハイテンションなのも、きっとそれもあってのことで……


「……あのな、まくら。別にオレそこまで──」

「計佑はさ、何もしてないなんてコトないじゃん」

「え?」

「気分屋で手のかかる妹分の面倒みて。家事も結構やって、勉強もマジメにやって成績優秀──」

「いや、勉強はお前がダメすぎなだけな?」

「…………」


 まくらが膨れてしまった。


「……や、悪い……つい……」


 せっかくフォローしてくれていたのに無粋な茶々を入れてしまった事を詫びると、まくらが空咳をついて。


「……まあともかく。

計佑がなんだかんだで頑張り屋なのは、ずっと一緒にいた私がよくわかってるっつーの!!」


 パァァン!! と計佑の背中を力強く叩いてくる。


「いっっ……!! テメっ、運動部が全力で叩くなよ!?」

「えー!? ちゃんと手加減したっての!!」


 思わず反撃しそうになったゲンコツを躱して、まくらがケラケラと笑う。


「焦んなくたって、すぐにまた目標なんて見つかるよ、計佑なら!!」


 そう言って、ウインクしてくる。


──なんだよ……やっぱそういう意図かよ……


 やはり予想通り、自分に気を使っての言動だったのだろうと確信する。


「生意気だぞコラっ」


 恒例のワシャワシャをかましてやろうと、まくらの頭に手を伸ばしたが、腕をガッシと掴まれてしまう。


「んー? もしかして『凹んでるオレを励ますためにハシャぎやがって……』とか考えた?」

「なんだよ、お互いお見通しってワケか?」


 ニヤリとするまくらに計佑が苦笑すると、


「ぶっぶーハズレー!!

……これは、私が幽霊の間色々お世話になった分のちょっとした恩返しだよ」

「恩って……大袈裟な。結局大したコトできなかったろ」


 しかめっ面をする計佑に、まくらが顔をニコニコとしたものにかえた。


「バカ、頑張ってくれたコトが嬉しいんじゃん。だからまー、遠慮なんていいんだよっ。

本命の恩返しはまだこれからなんだし……白井先輩のコトがね!!」

「ばっ……!? だからそれはいいっていったろーが!!」

「とは言ってもどーしたもんかなぁ……

私は先輩知ってるけど、先輩はまだ私のコト知らないんだもんね……よし計佑っ、とりあえず先輩に私のコト紹介してよ」

「話きけよ!? だから余計なお世話だって言ってんだろ!!」


 計佑が喚いてみせると、まくらがジト目になった。


「……もう私のコトは言い訳に使えないんだよ、計佑? 先輩に答え求められたらどうすんの?」

「……っ……!!」


 ぐっと言葉に詰まる。──まさに昼間、それで弄られたばかりだった。

 黙りこんでしまう計佑に、まくらからのトドメが飛んだ。

 

「基本、頼りになるおにーちゃんなんだけどなぁ……色恋にはどーしよーもないヘタレなのが残念なんだよねぇ」


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 次の日の講習が終わって。

 計佑は茂武市を捕まえて、昨日考えた事を提案してみた。


「なあ茂武市、天文部つくらないか?」

「天文部ゥ!? またいきなりだな……なんで部活つくるなんてコトを?」

「……ん……いやまあ、なんかちょっと始めたくなったんだよ」


 昨日はまくらに諭されてしまったが、やはり妹分に差をつけられっぱなしなのは面白くない。

最近、先輩の事でまくらに弄られてしまう機会が増えている。

ここらで一発、兄としての威厳を取り戻さなければ……

そんな事を考えて、自分の一番の趣味……天体観測を活かせる部活の事を思いついたのだった。

 実は入学時にも、天文部に入ろうと考えた事があった。

ただ、部活案内では天文部の名前はなく、人がいないため休部状態と聞いて諦めていたのだった。


「どうだ茂武市? お前も星好きだろ。一緒にやってみないか」

「いや好きだけどさぁ……部活つくってまで……ってなるとなぁ」


 基本面倒くさがりな茂武市が渋る。

けれど、それは計佑にとっては予想していた通り。

だから、そんな親友を落とすための文句は既に考えてあった。


「……天文部とか出来ると、

『ないんなら仕方ないよね……天文部入りたかったんだけどなぁ』

なんて引っ込み思案の星好き女子が入ってくる可能性が──」

「おいっなにしてんだ計佑!! すぐに職員室行って申請してくっぞ!!」


 ガタンと席を立ち、さっさと教室を出て行こうとする単純な友の姿に思わず吹き出しそうになるが、

もちろん計佑もすぐに後を追うのだった。


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 担任に話を聞くと、部室は部室棟に残っているとの事だった。


「提出が必要な書類は後で届けさせるから、とりあえず掃除でもしておけ」


 との言葉に従い、渡された鍵と掃除道具を持って部室へ向かったのだが……


「あれ、計佑? なにしてんのこんなトコで……」


 まくらと鉢合わせてしまった。


「お、お前こそなんで……ここは文化部の部室棟だろう……?」


 運動部の部室棟はグラウンド脇にある。

校舎内にある、文化部の部室棟にまくらが用がある筈はないのに……


「私はただ、顧問の先生がこっちにいるって聞いて……なに、その焦った顔?」


 まくらが訝しんでくる。まくらには、まだ天文部の事は話していなかった。

いずれバレることなのは分かっているが、流石に昨日の今日で知られるのはちょっと抵抗があった。


「まくらちゃん!! キミも天文部入ってくれないかっ!?」

「ちょっ、バッ!!」


 なのに、計佑の思惑など知らない茂武市がいきなりネタバラシをしてしまった。


「……へー……天文部、ねー……」


 まくらがジトリとした目を向けてきて、気まずさに目を逸らす。

 計佑の思惑などまくらにはバレバレだろうし、

計佑の方でも『私にナイショでそんなコト始めようとしてたんだー……』

というまくらの怒りは、手に取るようにわかった。

 まくらはわずかの間黙考すると、


「……時間がある時だけでいい、掛け持ちオッケーだったら入ってもいーよ」


ニパッと "茂武市だけ" に笑いかけた。


「マジでっ!? ヒャッホー!! いきなり女子部員ゲットだぜー!!」


 茂武市が跳ねながら天文部室へと駆けていく。


「…………」

「…………」


 残された二人に沈黙が降りた。


「あー……別にずっと隠すつも「罰としてハーゲンダッツ5つな」


 最後まで弁解もさせてくれず、まくらがかぶせて言ってきた。


「ちょ!? 罰キツくね!? ちゃんと後で話すつもりだったってば」


 数日黙っておこうとしただけの罰にはキツすぎると、改めて反論したが


「ゴネるんだったら『鼻血失神』の話、マジでおばちゃん行きだけど」

「……喜んで奢らせていただきます……」


 伝家の宝刀を抜かれては、うなだれるしかなかった。


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 掃除道具を置くなり、茂武市は


「会員募集の張り紙は絶対いるよな!!

最低あと二人集めて同好会から部に昇格させなきゃだもんな!! 行ってくるぜ!!」


 そう言い捨てて、さっさと駆け出していった。


「……茂武市くん、掃除がイヤで逃げた?」

「いや、今日の場合ホントに早く新入部員が欲しいだけだと思う」


 とりあえず部復活という形にはなっているが、茂武市の言葉どおり現状は正確には "同好会" 扱い。

正式に部として認められるには、計五人の人間が必要なのだ。


「まあ……あいつの期待通り、確かに女子も来てくれるとありがたいけどな……

でないと茂武市の場合、さっさとやめるとか言い出しかねないからな」

「ふーん……?  茂武市くんだけが望んでるみたいな言い方してるけど、計佑だって女のコ入ったほうが嬉しいんじゃないの?」


 まだ機嫌が今ひとつのまくらに、ジロリと睨まれた。


「バっ……!! オレはそんなんじゃねーよ!! オレは純粋に星を……!!」

「あ~はいはい、そうでしたねー、『失神鼻血くん』にそんな甲斐性あるワケありませんでした~」


──またも伝家の宝刀を抜かれてしまった。しかもあだ名にまでされてしまった。


──ぐっ……コイツゥゥゥ!!!!


 これには、とうとう計佑もキレた。

 ウブな少年に、過度の性的からかいは禁物ということが、まくらにはわかっていなかった。


「調子に乗りすぎだコラァァアア!!!!」


 少年が少女に飛びかかる。


「ひぇっ!? ちょちょっ、なにっ計佑……!?」

「うるせぇえええ!! もう許さねェェぇエエ!!」


 計佑がまくらをくすぐり始めた。


「ひゃわ!? やっやめ!! わたっ! 私!! くすぐりだけは……!!」

「よ~く知ってるよォオ!! だから今やってんだよぉォオォ!!」


 完全にブチ切れてしまった少年は、少女の本気の哀願を切り捨てて、ガシガシとその身体をまさぐる。


「きゃはははは!! ひゃはっ、ひゃめっ、はははははっ、あはっ、はははははっっっ!!!!」


 ついに、立てなくなったまくらが床に倒れこむ。それでも手を緩めない計佑。


「オラオラオラァ!! 兄貴をバカにしすぎるとこうなるんだよォォ!!」


 どころか、少女の腹に馬乗りになる。

──危険な構図になってしまっても、少年は全く気にしなかった……


──そうしてひとしきり、少女の身体を蹂躙して。


「へッ……思い知ったか」

 

 ようやく、計佑が手を止めた。


「……っ……はっ……は……」


 もう声も出せずに、息も絶え絶えのまくらが身体をピクピクと震わせている。

満足して、身体をどかそうと思った瞬間──コンコン、とドアをノックする音がしてドアが開く。


「こんにちはー、天文部員さんに書類、の、お届、け……」

「あっ、先輩!? ……ああ、先輩が書類持ってきてくれたんですね、すいませんわざわざ……」


 突然現れた雪姫に驚いたが、先生が『後で届けさせる』と言っていた件だろう。

立ち上がって、すぐに雪姫の元に向かう。


「……? どうしました、先輩?」


 雪姫が完全に凍りついていた。

その視線は計佑に対してではなく、計佑の後ろに固定されたままだ。


「……?」


 何があるのかと振り返る。

 まくらが、やっと痙攣が止んだのか、ゆっくりと身体を起こしているところだった。


「……なに、してた、の……?」


 雪姫の硬い声が聞こえた。

……ようやく、鈍すぎる少年が理解した。女子に馬乗りになっていたところを見られた、ということを。


──絶対変なゴカイされてるぅぅうう!!??


「ちっ違あ!? 違いますよっ先輩!! 別に変なコトしてたワケじゃなくて!?

ちょっと罰を与えて……いやっ別に変な罰じゃなくて!! ただくすぐってただけでですね……!!」


 慌てて、必死に言葉を吐き出したが、


「…………」


 雪姫は俯いたまま、無言で書類を計佑の手に押し付けてきた。

条件反射で受け取ると、雪姫はすぐに身を翻して立ち去っていく。

慌てて後を追って、


「せっ先輩? ホントに変な誤解しないでくださいね? 確かに傍目には変な風に見えたかもしれないけど──」

「ねえ計佑くん」


 ぴたりと足を止めた雪姫が呼びかけてきた。


「はっはいっ何ですか!?」


 口を開いてくれた雪姫に、ちょっとホッとする。


「あのヒトが……例の幼なじみさん?」

「あっはい、そうです!!」

「妹さんに……いつも馬乗りになったりしてるの?」

「ちがっ……だから違いますよ!? 今日はたまたま……あいつがあんまりオレの事をバカにするもんだから、

ちょっとカッとなって……普段はあそこまでは──」

「 "あそこまでは" ってコトは……その手前くらいのコトはいつもやってるんだ?」

「そ、それは……」


 向こうを向いたままの雪姫の声が冷たい。──冷たく聞こえる。

けれど、雪姫にウソはつきたくない……そんな想いで、正直に答える。


「……まあ、その。アイツとのじゃれ合いはいつものコトではあります……」

「……そう、なんだ……」


「…………」

「…………」


 気まずい沈黙がおりた。

 いたたまれない思いで計佑が立ちすくんでいると、突然バッと雪姫が振り返ってきて。

思わずビクリしてしまう。

……けれど、その雪姫の顔は──笑顔だった。


「ふふっ……じゃれ合いはいつものコトだって言うけど!!

さっきのはどう考えてもマズかったと思うよ?

もし他の人……先生とかに見られてたら、どう言い訳するつもりだったの?」


 最後には指を立てて、メッ! という感じで雪姫が軽く睨んでくるが、計佑はその姿に安堵を覚えた。


「こらっ!! 何ホッとした顔してるの!? 今、私は怒ってるんだからね?」

「あっはい、すいません!!  ホント、不注意でした……」


 計佑が、慌てて頭を下げて。


──よかった……ちゃんと誤解だってわかってもらえたみたいだな。

ホント、見られたのが先輩で不幸中の幸いだったな……


──雪姫だからこそ最悪な状況だというのに、微塵も気付く事なく、呑気にそんな考えを抱く少年。

その呑気さのまま、雪姫に誘いをかける。


「あっ!! そうだ先輩。部っていっても今はウチ人数少なくて同好会扱いだったりなんですよね。

……なんで、よかったら先輩も入ってくれたりしませんか?」


そう口にした途端、雪姫の顔がこわばった。


──あれ?  誘っちゃマズかった……かな?


「……数合わせのためだけに、入ってほしいっていうこと?」


また雪姫の声が冷たくなった気がした。


「えっ!? いやっ違いますよ、そういう意味じゃなくて!!

正式な部じゃないし、軽い気持ちで入ってもらえたらな、ってそういうつもりだったんですけど……」


 誤解されたらしいと知り慌てて弁解したけれど、雪姫はクルリと身体を翻した。


「あっ、あの先輩……」

「……だとしても。あんなに女のコといちゃついてすぐに、他の女のコ誘ったりするんだね……」

「……え?」


 後ろを向いたままの雪姫が何を言い出したのか、よくわからなかった。

 雪姫が顔だけ振り向いてくる。


「やーっぱりプレイボーイだねキミは……天然のフリしてさっ」


 ジロッと睨んできてから、また前に顔を戻すと。


「ふーんだ。計佑くんなんて、そうやって誰彼かまわず女のコ誘ってればいいんだよ」


 そう言い捨て、雪姫は足早に去っていく。


──え……何? なんか最後急に態度が……?


 雪姫の最後の言動がわからず、ぽかんとしてしまう計佑。

そんな少年の背中をパンっとたたく者がいた。まくらだった。


「バカっ計佑!! 何やってんの!? 先輩ヤキモチやいちゃったんだよ!!」

「え? ……ヤキモチ?」


 なんでそんなモノ? ていうか、何でここで餅を焼く話になるの? ──とでも考えてそうな少年の顔に、まくらがイラっとした顔つきになった。


「~~~!! ホントにこういうのじゃバカなんだから!!  このヘタレ鈍感!!  もういいっ、私が誤解といてくる!」


 タッとまくらが走りだして。

ヘタレ鈍感少年は、ポカーンと立ち尽くしていた。


─────────────────────────────────


 雪姫は半ば逃げるように──いや、本当は逃げるためだけに。早足に部室棟から離れていた。


──最後までは……普通にしていられなかったよ……


 胸がズキズキする。

 部室のドアを開いた瞬間に見た光景は──ショックだった。

本当に一瞬、心臓が止まった気がした。

 計佑と今一番親しい女のコ……それが幼なじみのコである事は、分かっていたつもりだった。

でも、想像のずっと上をいく親しさを見せつけられて……雪姫の胸は激しく軋んだ。


──私には……絶対あんなコトはしてくれない……


 計佑がウソをついていたとは思わない。

でも少年の言葉どおりなら、じゃれ合いが『ちょっと』エスカレートした結果、

馬乗りになって、くすぐり続ける──さっきの女の子の状態からして、短い時間ではなかったろう──

そんなのが当たり前な関係。

──とても、平気ではいられなかった。

とっさに仮面をかぶったけれど、無邪気に計佑がこちらを勧誘など始めてしまった時……抑えきれなくなってしまった。


──そんなに、仲のいい自分達を……私に見せつけたいっていうの?


 もちろん、計佑にそんな意図がないのはわかっている。

あの奥手な少年があんな事を出来るというのは、きっと家族同然の気安さ故ということもわかる。

 それでも……


──……私……こんなに嫉妬深かったのかな……


 なにせ初めての恋で。

嫉妬なんていう物も、数日前に知ったばかりだった。


「……はぁ……」


 踊り場で、足が止まった。


──いけないいけない。あんな別れ方じゃあ、計佑くん気を悪くしたままになっちゃう……


 メールを打とうと、携帯を取り出して──


「白井先輩っ」

 

 後ろから声をかけられて、ビクリと振り仰ぐ。

 階段の上に立っていたのは、活発そうな女のコだった。


──あ……もしかして……


 さっきは、向こうを向いて倒れていたので顔はよく見えなかったのだが、

多分計佑の幼なじみ──音巻まくらだろうことは察せられた。案の定、


「……はじめまして、白井先輩。

計佑から聞いてるかもしれないけど、私は音巻まくらっていいます」


 挨拶しながら少女──まくらが降りてくる。

まくらは踊り場まで降りてくると、ペコリと頭を下げてきた。


「まずは、色々ありがとうございました!!

私が寝込んでる間、なんか随分と手を貸してくださったみたいで……」


 まくらが、そう礼を言ってくる。


「えっ!? うっううん、そんな大したことしたワケじゃないし……いいから頭を上げてっ?」


 雪姫が慌てると、まくらはぴょこんと頭を上げた。


「えへへ……ありがとうございますっ!!」


 まくらはニコニコとした笑顔を浮かべていた。


──……すごく……カワイイ女のコだ……


 自分のような仮面の笑顔じゃない……心の底から笑ってるだろう顔で見つめられて。

雪姫の心は沈み始める。それでも、表面上は雪姫も笑顔を浮かべてみせた。


「えっと……それで音巻さん? 私に何か……」

「あっ、よかったら私のコトはまくらって呼んでくださいっ」


 ビッと片手を上げながらそんな風に言ってくるまくらに、


「そ、そう……? うん、わかった……まくら、ちゃん?」


 恐る恐る呼びかけると、


「はいっ!! ……私は、雪姫先輩、って呼んでもいいですか?」


 ノータイムで返事をされた後、上目遣いでそんなコトを聞かれて。


「う、うん……いいよ、まくらちゃん」

「やったーっ!! 憧れの先輩と、もう名前で呼び合う仲っ!!」


 両手を突き上げて飛び跳ねる少女に、雪姫は内心ちょっと引いてしまっていた。


──す、すごい元気なコ……ホントに私とは正反対だ……


 人見知りで、いつも他人には心の壁を築いている自分。

 親友にすら、悩みを話すことは出来ないでいるような自分と比べて、彼女のこの人懐っこさはどうだろう……

そんな風に、いよいよ雪姫の心は沈みきっていって。仮面の笑顔もはがれそうだった。


「あっ!! 肝心なコト忘れるところだった」


 そう言って、まくらはテヘっと笑ってみせると、


「雪姫先輩っ!! 先輩も天文部に入ってくれませんか?」


 計佑同様、雪姫を勧誘してきた。

けれど、雪姫の今の心中は、それにイエスと言えるようなものではなく──しかし本音を言える筈もないので、


「……う~ん……文化部といっても、三年が今から部活っていうのはやっぱり……ね?」


 そんな当たり障りのない理由で、やんわりと断ってみる。


「いえっ、計佑も言ってたけど! ウチはまだ同好会みたいなもんで!!

私だってソフト部メインの掛け持ちですから。軽い気持ちで、ね?」


 けれど、食い下がられてしまった。


「……う~ん……でも……」


 渋る雪姫に、まくらが探るような目付きになった。


「……雪姫先輩。もしかして、私たちのじゃれ合い見てヤキモチ妬いてませんか?」

「えぇっ!?」


 ストレートに図星をつかれて、思わず後退ってしまった。


「やっぱり……」

「……あ……」


 ハァ、とまくらが溜息をついた。カマをかけられたとわかったが、後の祭りだった。


「雪姫先輩?  先輩もよくご存知だと思いますけど、

計佑は、そりゃ~もー、すっ────ごい!! 奥手男なんですよ?

そんなヤツが、異性として意識してる相手にあんなマネできると思います?」

「そ……それはそうかもしれないけど……」


 まくらが今言ったことは、まさについさっき自分も考えていた事だった。

でも、問題は計佑の事だけではないのだ。計佑の気持ちはそうであったとしても、もう一人の……


「……だって、まくらちゃんはどう思ってるの? 計佑くんのコト……」


 そう、それが問題だった。

 計佑の気持ちは、はっきりと聞いている。

でも、もう一人の当事者である、まくらの気持ちは雪姫には何もわかっていないのだった。

 今度は、雪姫のほうが探る目付きになった。

そして、まくらのほうは表情を消して。一瞬の間、お互いに沈黙状態になった。


「……計佑のコトを、私がどう思ってるか、ですか……」

 

 そう呟くまくらの顔を、雪姫はじっと見詰め続けた。

まくらは、雪姫の不安そうな表情にクスリと笑うと。


「……雪姫先輩。もし私が先輩の心配してる通りの気持ちだったとしたら。

今こうして先輩のコト追いかけてきて、部に誘ったりなんてしませんよ?

だってもしそうなら、雪姫先輩には誤解したままでいてもらった方が、私には都合がいいハズでしょ?」


 そんな風に答えてきた。


「……あ……そ、そっか……」


 まくらに言われて、初めて気がついた。その通りだった。

まくらが計佑の事を異性として好きなら、自分の存在など邪魔者以外の何物でもない筈で。

 そして、もう1つの事にも気付いた。

先程からのまくらの言動……これはつまり……


「……もしかして……私の気持ち、まくらちゃんはもう知っちゃってるの?」

「はい、もちろん!!  ……よーく知ってますよっ」


 ニパっと笑ってみせるまくらに、雪姫は顔が熱くなった──恥ずかしさと、嬉しさで。

 初対面なのに、自分の気持ちをよく知っているという──それはつまり、計佑がまくらに自分の事を話したから──

そう考えたからだった。

(もちろん実際のところは違うのだが、雪姫がそう考えてしまうのは仕方のない事だ)

 計佑が自分の事を、

妹── "恋敵ではないのか" と恐れている相手でもある──に "恋人候補" として紹介してくれていた……

そう思うと、雪姫は幸せで面映くて、顔が赤くなるのを押さえられなかった。

 そうやって恥じらう雪姫に、まくらはニコニコと言葉を続けた。


「だからですねっ雪姫先輩!! 是非とも先輩にも天文部に入ってほしいんです!!」

「う、うん……誘ってくれるのは嬉しいんだけど、でもどうしてそこまでして……?」


 雪姫が疑問を投げかけると、まくらはふっと憂い顔になった。


「先輩もご存知の通り……計佑はすんごい奥手です。

はっきり言って、ほっといたら一生カノジョなんて出来ないんじゃって不安になるくらい」


 ふうっとため息までつくまくら。


「だからこそ!! 雪姫先輩にはどんどん押していってほしいんですよっ」


 一転、まくらが胸の前で両拳をつくって雪姫に詰め寄ってくる。


「あっあのっ……まくらちゃん? なんでそこまで……」

私のことを応援してくれるようなコトを?  という部分までは口にしなかった。

けれどまくらはちゃんとそれを汲み取って。


「えー、だって。雪姫先輩みたいな人が、私の "おねえちゃん" になってくれたら、私も鼻が高いしー」

「……えっ!? まっまくらちゃん!?」


 くふふっ、と笑ってみせるまくらに、慌てる雪姫。

そういう未来を夢想したことがないとは言わないが、流石に気が早すぎるからかいに、狼狽えてしまう。


「……まあホントのコトを言うとですね。

一般的な目だと、計佑じゃ雪姫先輩にはつり合わないって言われるかもしれないけど……

あれでも、私には自慢の……兄、……なんでっ!!

私としては雪姫先輩くらいの人じゃないと、って気持ちがあるんですよねっ」


 まくらが、ぎゅっと雪姫の手を握ってくる。


「……計佑と雪姫先輩のコトを応援する。……そう決めたんです。

これは計佑にも約束したコトですからねっ!! ……だから、先輩を応援させてくださいっ」


 自分には計佑への恋愛感情なんてない──計佑にもそう伝えてある──そう宣言されて、ひたむきな目で見つめられて。

雪姫の中から、まくらへの警戒心は綺麗に消えていった。


「……ありがとう、まくらちゃん……」


 素直に礼を口にできた。それに、まくらがニッコリと笑ってみせた。


─────────────────────────────────


 残された計佑は、部室の片付けを始めていた。

その心中は──


──……ヤキモチ? それっておかしくね? だってアイツはそういうのじゃないって断言してんのに。

   家族みたいなの相手にヤキモチとか、ワケわかんないんだけど……


……そんな感じの、相変わらずの朴念仁ぶりだった。

けれど、この時の少年はちょっとだけ前に進んだ。立場を置き換えての想像にチャレンジしてみたのだった。


──……まあでも、一応もうちょっと想像してみるか……

  例えば先輩に、幼なじみの男がいて。そいつとは家族同然の付き合いだったとして……


 想像する。食事は大抵一緒。登校も大抵一緒。お風呂も、小さい頃には大抵一緒……


──許せねェエエエエ!!!!


 そこまで考えた時、烈火の如く怒りが湧いてきた。

『バキッ!!』

 力んだせいで、運んでいた星座盤が割れてしまった。


「おわっ!? やっやべえ!!」

 

 我に返ったが、もう遅い。


「あっちゃー……弁償だなこれは……」


 幸い、安物のペラいものだったからよかったものの。

──いや、安物じゃなければ、そうそう割れたりもしなかったか。

そう考えて、微妙で、複雑な気分になる。

そのせいで、ついさっきの怒りの事などすっかり忘れてしまう計佑。

 増えてしまったゴミを片付けて、そこにまくらが戻ってきた。


「たっだいまー」

「おっ、なんだよ随分遅かったじゃないか……?」

「あーうん……雪姫先輩を説得するのに結構時間かかっちゃってねー」


 テヘヘと笑ってみせるまくらだが、その言葉の意味するところは……


「えっ!? じゃあまさか、先輩入ってくれるのか?」

「うんっ!! まあ委員会とか忙しいからいつもいつもって訳にはいかないそうだけどね。

……まくらサマに感謝しろよ?」


 Vサインを突き出すまくらに、素直に感謝の気持ちが湧いた。


「でかしたっ!! アイスもう一個追加してやるよ!!」

 

 まくらの髪をワシャワシャかき混ぜてやる。


「こらっ!?  感謝してんなら、何でそれをやんのよ!!」


 慌ててまくらが逃げ出すが、計佑は一気にご機嫌になっていた。


──そっかー……先輩とも一緒に部活やれるのかー……!!


 ホワンとする計佑に、まくらがジト目になった。


「……天文部は、純粋に星のために作ったとかなんとか、さっき誰かさんが言ってたんだけど……

……今目の前にいる、鼻の下伸ばした誰かさんじゃなかったかなぁ……」

「おっオホン!!」

 

 慌てて表情を引き締めた。そして誤魔化すようにまくらに尋ねる。


「そっそういえばさあ!!  お前、先輩がヤキモチやいたとかなんとかいってたじゃん?

それってやっぱなんかの勘違いだったろ?」


 ついさっきの妄想での怒りの事などすっかり忘れて、そんなことをほざく少年。

……まあこれは、

『そもそもオレじゃ先輩につりあってないんだし、妬く必要とかなくね?

それに、いくらオレのコト好きって言っても、家族みたいなの相手に妬くほどだなんてないよなぁ……』

という、相変わらずの謙虚さもあっての事なのだが……


 しかしまくらは唖然とした顔になって。そして、大きくため息をついた。


「マジで……これは苦労しそう……」

「……はあ? 一体何に苦労するんだ?」


ガクリと項垂れるまくらに、計佑は首を傾げるのだった。



─────────────────────────────────



<18話のあとがき>


17話のラストは暗かったかもですが、今回すぐにそれを払拭させました。


そして今回、ちょっと長くなってしまったので、アリス登場は次回にスライドさせて。


ところでこの話……なんかこう……ちょっとまくらのための物語になってきてるような(汗)

なんかまくらが大分健気になってきた……なりすぎのような……

こちらの世界でのまくらは、『恋人になれないのなら、妹として傍にいよう』

という想いの下に行動しようとしています。

僕が原作まくらでひっかかった点は、

計佑に対してどっちつかずのトコだったもんですから、

この話においては、立場をはっきりとさせてるつもりなのですが……

けれど、まくらに全力で応援させてしまうと、健気指数が高くなりすぎるような……うう~ん……

このまま書いていくと、どんどん先輩が霞んでしまうんでは……それじゃ原作通りじゃないかと(T_T)


あ。ちなみに、17話のホタルの言葉で「お前たちの生い立ちが前の世界と違う」

というものがあったと思いますが、こちらの世界では原作以上に家族同然の育ち方をしてるということで。

原作じゃあ確か、どっちが兄か姉かわかんないって感じでしたけど、

こっちは明確に計佑が兄的に振舞ってきてます。ゲロの片付けしてやったりとかね(^_^;)


「白井先輩が、いくらなんでも、家族相手にまで妬くほどオレの事が好きだなんて」

直前の計佑の妄想に置き換えると、計佑も家族みたいな男に対して妬くワケで、

つまりは計佑の方も、雪姫に負けず劣らずもうベタぼれということですかね///


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