2020-05-17 09:36:41 更新

概要

オリジナルss 天使の羽は散る。


ーーーーー


カイゼル「っ…」


絶体絶命…まさにこの状況に相応しい言葉なのだが、不思議もまた不思議…妙に心は落ち着いていた。


当然焦りはある、以前の自分ならば間違いなく取り乱していただろう。だが今は違う。


もはや爆破されるのは免れない、この状況を打破するためにはゴーレム共をなんとかしなければならないのが必須条件。


ここである可能性を思い浮かべた。以前の自分ならば絶対に選択肢になかったものだ。


だがこれらをなんとかするには、今の自分にはこの答えしか思いつかなかった。

今の自分ならばできる自信がある。


それに、出来なければどの道死ぬだけだ。ならばやる価値は十二分にある。


カイゼル「…すぅ……」


覚悟を決めて、息を深く吐く。そして…そのまま"剣を鞘に納めた"。


ミクル「うぇっ!?」


ローグ「剣をしまった…!?諦めたのか…?」


予想外の行動で呆気に取られた2人。側から見れば戦いを諦めたようにしか映らないだろう。


無論諦めたつもりは毛頭ない。これは必要な行為だ。


今から行うことは我が魔法武術…抜剣術に伝わる奥義。この技さえ出せればこの状況を切り抜けられるはずだ。


ただ問題としては…私はこの技を"一度として成功させたことがない"。


それ故に最初は半ばどうすることもできないと思っていたが…そこである人の助言を思い出す。


魔法武術は身体強化を自分の動きと技に上手く乗せることで更に効果を発揮することができると…最初はなんのことやらと思っていたが、その後それらを意識して剣を振ってみるとすぐにその意味がわかった。


今まで如何に力任せに剣を振ってきたかを思い知らされた瞬間であった。


そこで改めて感じた…あの方は、カレン殿はやはり本物の強者だと。


どれほどの場数を踏めばあそこまで強くなれるのだろうか…年はいくつも離れているはずなのに、戦闘経験の差はまるで真逆だ。


カイゼル「…ふっ」


年甲斐もなく思ってしまった。向上心の塊のの少年心のように…いつか追いつきたい、あの方の実力に肩を並べたい…対等でありたい。


その気持ちが強まり、感情が昂っていくのがわかる。この程度の状況さえ乗り越えられないのならば、一生追いつくことなどできはしない。


だからこそ覚悟を決める。おそれるものなどなにもない、ただ真っ直ぐに…自身の全ての力を出し切るのみ。


剣の柄を力強く握り、全身に纏う魔装具に魔力を込めて身体強化を限界まで施す。


ローグ「いや…なにかするつもりか、だが無駄だ!」


ミクル「そうだヨ!ここで終わりなんだヨ☆」


2人は反撃の手立てなどあるはずがないと高を括っているようだ。


だがその状況は今この時を以って…私が覆してみせようぞ。


カイゼル「抜剣術、奥義…」


巨岩兵「ォォォォォォォ…!!」


ゴーレムたちが一斉に膨らみ始めた。爆発まで秒読みといったところか。


始めよう…全てを終わらせる。


更に深く集中し、全ての力を技と共に乗せる一撃を放つ。




カイゼル「……風凪」




そして、ついに一体のゴーレムが爆発し、それに連なるように次々と爆発が起こる。爆炎と爆音を上げながらそれらは地面を抉り、水の幕の中は惨い業火に包まれていった。


その惨劇を目の当たりにしたミクルは、歓喜の声を上げる。


ミクル「いぇーい!今度こそやったネ☆」


ローグ「……」


ミクル「ん?どったのろーくん?」


ミクルがはしゃぐ中ローグは1人、なぜか警戒心を解かなかった。


ローグ「…おかしくないか?」


ミクル「なにがサ?」


ローグ「あいつは…悔しいが俺たちの攻撃をほとんど対処してみせた。それにさっきもなにかやろうとしていた…本当にやったのか?」


ミクル「もうろーくん心配しすギ!あたしたちのあのコンビネーションで生き残ったやつなんていなかったでショ☆」


あの状況で、あの爆発をもろに受けて生きていられるはずがない。騎士団長がもし魔法使ならば話は違っていたであろうが、魔法が使えないことは事前情報で把握していたのでそれはない。


ローグ「そう…だよな。そうだ、誰一人としてこれを防げたやつなんていない…考えすぎか」


過剰な心配だったとひとまずローグも安堵し、ふと水の幕の向こう側へと目を向ける。


ローグ「あの爆発だ、死体すら残らな……っ!?」


安心しきったところでローグの視線がなにかを捉え、身体が硬直する。


爆風で巻き上げられた土煙が徐々に晴れる中、ローグの目には何かが映った。


ローグ「おい…嘘だろ」


ミクル「もう今度はなにサ…って、え…あれっテ」


ミクルも連られて土煙の中に視線を向けた。


そこには爆発で跡形もなく消えたはずであろう…


カイゼルの姿があった。


ーーーーー


ミクル「嘘…生きてル!?」


その姿は、爆発の直前に鞘に納めたはずの剣が抜かれていて、おそらくなにかしたであろうことがわかる。


だがそれよりも2人が驚いた理由は、あの爆発を受けたはずのカイゼルが無傷だということだった。


ローグ「剣を振り抜いただけ…?そんなことで一体…はっ…!?」


そこでローグはカイゼルの足元へ視線を落とし気づいた。

なぜかカイゼルの足下だけが、爆発の余波を受けた形跡が見当たらなかったのだ。


あの爆発で少なくとも周りの地面はほとんど

抉れているのだが、そこだけが剣を振った時の剣先くらいだろうか…円を描くような範囲が無傷だった。


ーーーーー


ここで1人、この場を凌いだカイゼルは表情こそ冷静を保っているが、内心感情がすごく昂ってしまっていた。


それもそのはず、先程使った技は…我が抜剣術の奥義なのだから。




風凪…抜剣術の奥義の一つで、その特徴は類い稀なる防御性能だ。



鞘から抜き放たれる一閃は音速を超え、それを円を描くように振ることによって真空波を生み風の膜を造りだし、全ての攻撃を無力化する。


風を凪ぐが如く…この技の前ではあらゆる攻撃が通用せず、風が止むと同時に静まり還る。


少なくとも今までこの技を完璧に使いこなせた試しがなかった。それが今、完璧に自分の物とし、あの爆発を凌いでみせたのだ。


これを喜ばずしてなんとするか。カレン殿の助言がなければ、これを使うことなどできなかった…いや、そもそもこの技を使うという発想すら至らずに諦めていたであろう。


カイゼル「…ふぅ」


感情の昂りも束の間、すぐに頭を切り替えて目の前の敵へと向き直る。


カイゼル「閃風ッ!」


剣から放たれた突風が水の幕を突き破り、水飛沫をあげる。


脚に力を込めて、相手が動揺している隙をつき一気に距離を詰めていく。


ローグ「なっ…!」


ローグが我に返った時には既にカイゼルが眼前へと迫ってきていた。なんとか魔法を繰り出そうとするが、もう遅い。


カイゼル「はぁッ!」


ローグ「がはっ…!?」


剣を振り上げて、柄頭で後ろの首元目掛けて思い切り縦に殴打する。その一撃をもろに受け、ローグは有無も言わず気絶させられた。


カイゼル「残り、1人だな」


ミクル「ろーくん!じ、冗談きついヨ…」


最初に対面した時の余裕の表情はまるでなく、流石に危機感を覚えたようだ。


それでも彼女はまだ足掻く素振りを見せる。


ミクル「くっ…でも無駄だヨ!あたしの固有魔法は流体変化!あたしに物理攻撃は効かないヨ!!」


カイゼル「貴殿は私の使う技を理解しているはず…それでも同じ言葉が吐けるのか?」


ミクル「っ…!?」


ミクルの表情が更に険しくなる。だがそれは戦意を徐々に無くし、焦りと恐怖に変わっていった。


カイゼル「私は魔法を斬ることができる…貴殿のそれが魔法であるならば、どうなるかは想像に難くないはずだ」


剣を構えて、魔力を込める。そしてここぞとばかりに彼女に向かって殺意を込めた。


カイゼル「それでもその固有魔法に自信があるのならば…試してやろう」


ミクル「ヒッ…!?」


地を踏み込み、一直線に相手との距離を詰めていく。彼女はほぼ戦意が喪失しているのか、固まって動きそうになかった。


だがこの際そんなものは関係ない。誰であろうとこの街を脅かした者に容赦はしない。


やがてミクルの眼前へと迫り剣を振りかぶった。


カイゼル「…悔い改めろ」


ミクル「ち、ちょ、まっ…!!?」


目にも止まらぬ速さで振られた剣は、彼女の首を軽く跳ね飛ばした。


…ように、ミクルは錯覚してしまった。


ミクル「ァ…ァァァ…」


現実は、彼女の首元ギリギリで剣を寸止めしていたのだ。


カイゼルの殺気に当てられて死んだと錯覚するほどの恐怖を植え付けられてしまい、そんな死の恐怖に耐えきれず、彼女は白目を剥いて気絶してしまった。


カイゼル「はぁ…ひとまず、終わったな」


悪魔のような小天使たちの翼は、1人の騎士によって全て散っていった。



ーーーーー


ミクル「ふぅ…」


戦いが終わると、全身に疲労感が襲ってきた。動けなくなるほどではないが、できれば一休みをいれたいくらいだ。


カイゼル「使えたとはいえさすがは奥義…身体の負担が凄まじいな」


そう、あくまで奥義。強力故に今の自分では連発することは難しい。


まだまだ鍛錬が必要なようだ。


カイゼル「……」


自分が倒してきた4人の姿を見る。気絶させる程の一撃を加えたのだが、特筆すべき点は誰ひとり殺していないということである。


カイゼル「私は…甘いのだろうか」


少なくともこの者たちに数十人は騎士団の者たちが殺されている。それをこの程度で済ますなど自分が甘い証拠なのだろう。


しかし…ここで殺してしまってはそれこそ同じ穴の狢だ。争いは争いしか生まない、この者たちを殺しても意味がない。


所詮この者たちは末端にすぎないのだから。


カイゼル「ふむ…」


末端という単語で思ったが、この者たちはなぜリーネを襲ったのだろうか。無論なにか目的があって来たのは間違いないのだろうがその目的がさっぱりわからない。


かつての勇者の街だから…?いや、その理由では弱すぎる。そんなことでこんなことをされてしまったら無条件に喧嘩を売りにきているようなものだ。


ならば別の理由…この前の聖堂襲撃と合わせるならば一つ思い当たることがある。


カイゼル「まさか…クレハ殿か?」


やつらはクレハ殿を狙って来ていた?彼女にはやはりなにかがあるのか…あの大神官でさえ命懸けで守るほどだ、そこまでして欲するものなのか。


小天使隊というそれぞれが魔法のエキスパートを投入させるほどに欲するもの…碌でもないことは間違いなさそうだ。


それに…さっきから不安が拭えない。脳裏で最悪の事態を想像してしまっている。


リーネを派手に襲ってまで手に入れたいものがあるとするならば…"この程度の戦力"で済むはずがない。


カイゼル「……考えすぎだろうか」


だが用心に越したことはない。警備を更に強化して、あらゆる自体に備えなければ。


この事件でわかった。簡単に怪しい者たちを侵入させてしまうとは、警備が緩い証拠だ。


カイゼル「っ…はぁ…」


更に疲れが押し寄せてきた。戦いの最中常に気を張りっぱなしで一瞬の油断も出来ず精神を磨耗しすぎたようだ。少し休むとしよう。


カイゼル「ふぅ…その前に王城でクレハ殿の安否を確認せねばな」


剣を鞘に納め、王城へと足を向けたその時…後方から拍手をするような音が響いた。


それに気づき後方へと振り返る。するとそこにはさっきの4人とは別の、大柄な男がゆっくりと拍手をしながら近づいてきた。


「いやー、流石はリーネの騎士団長…案外強いじゃねーの」


カイゼル「…何者だ」


声をかけると叩いてた手を止めて、軽くにやけた。


「人がせっかく褒めてんのに何者だはねぇだろーよ」


カイゼル「もう一度聞く、何者だ」


「はぁ…」


大柄な男は呆れたようにため息をついた。こんな状況、タイミングで現れるやつなど警戒して当然だろう。


「逆に聞くが…何者だと思うんだ?」


カイゼル「……」


どうやら素直に質問に答えてくれないらしい。なぜこちら側から答えねばならない。


…大方察しはついている。あの4人が倒された後で、特に驚くこともなく私に近づき声をかけてきた…普通のやつではないことは確かだ。


そして極めつけは…この者の醸し出す強者の気配、それはあの4人を遥かに凌駕している。どうみても私に称賛を送りにきただけなはずがない。


導かれる答えはただ一つ…


カイゼル「帝都グレシアの…四聖騎士か」


「…くくくっ」


男はほんの一瞬感心したかのような表情をし不敵に笑った。


「…正解だ。俺は帝都グレシア四聖騎士の1人…」


続け様に男が目を見開いた瞬間、その場一帯の空気がガラリと変わるのがわかった。


これは…間違いない、紛れもなく殺気…!?しかも大蛇の目のようなまやかしではない純粋な…!


身体中が震える。それもそのはず、またしても実感してしまったのだ…死の恐怖というやつを。


この殺気はかつてのカレン殿と同等…下手したらそれ以上だ。私は今、死の間際に追い詰められたのかもしれない…


そんな思考をして固まっている自分を差し置き、大柄の男は自らの名を告げた。


エリアス「炎魔人エリアスだ」



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ノイス聖堂…東大陸国ゼノギアの北方にある海辺の近くの聖堂だ。周りに村などはないが、王都リーネからはそれほど遠くない位置にあり、生活に困ることはなかった。


そこにある日、1人の少女が辿り着く。彼女は赤い瞳に赤い髪を生やし、それと容姿も十分に整っている可愛らしい子だった。記憶を失っているようで、大神官のノルフは奇怪と思いながらもその子を保護した。


だが名前を覚えているようで、その名前を聞いたノルフは面をくらいつつ咄嗟に判断した。


彼女を徹底的に保護する目的が出来た、この子を1人にするわけにはいかない、と。

そこでノルフは彼女にある偽りの名前を付けることにした。

名をクレハ。そう自分を名乗るよう彼女…クレハに告げる。


それからしばらくして、クレハは聖堂の仕事の手伝いをしながら徐々に世間の常識について学んでいった。そんなある日のこと。


クレハ「大神官さま、少しいいでしょうか?」


そしてついに来た免れぬことなき疑問…彼女はあることをノルフに質問した。


クレハ「私は…やはり普通ではないのでしょうか」


ノルフ「…ふむ」


この発言はいつしか来ることは想像に難くなかったこと、答えるべきかとノルフは少し頭を悩ませる。


クレハ「いえ、わかっています…私は普通ではありませんね…?この力も…」


ノルフ「…そうだな」


彼女は賢い子だ。苦し紛れの否定などすぐに嘘だと見破ってしまうだろう。だからあえて真っ直ぐにその質問を肯定する。


ノルフ「お前は普通の人ではない、だが…それがなんだというのだ」


クレハ「……」


普通じゃなければなんだ、それだけでなにか変わるのか?否、何も変わりはしない。

この数年ずっと彼女はここに住んできた、もはや家族みたいなものだ。今更普通ではなくても誰も気にはしない。


ノルフ「私たちは…家族だ」


クレハ「…はい!」


彼女はその言葉を聞き、満面の笑みを浮かべる。それに釣られて、ノルフも優しく微笑んだ。


けれども彼女には一つ、釘を刺さなければいけないことがある。これをしなければ、最悪彼女自身が傷つく恐れがあるからだ。


ノルフ「クレハよ、一つ約束してはくれないか?」


クレハ「なんでしょうか?」


ノルフ「お前のその力だけは…出来る限り人前では隠してくれ」


クレハ「…わかりました」


クレハは反論することなく素直に了承してくれた。彼女は約束を守る良い子だ、誓って破ることはないだろう。


万が一のことがあったとしても…私の命が奪われる危機に陥ったとしても、彼女だけは奪われるわけにはいかない。何故なら彼女は…


クレハ「大神官さまとの約束、必ず守ってみせます!」


世界を導く1つの鍵なのだから。


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ーーーーー


王城門で襲撃に遭った後、私自身何ができるかを考えていた。

私は無力だ。だが立ち尽くすままではいられなく、気づいたら身体が動いていた。


とにかく、今の私にできることは…住民の避難。

騎士さんたちと協力して逃げ遅れた人たちを結界が張ってある王城へと誘導していた。


そんなことをしていて慌ただしく動き回る中、遠くから大きな魔力を度々感じるのがわかった。


おそらく今回の襲撃者…それをカイゼルさん含む騎士さんたちが戦っているのだろう。ついさっきも中央広場の方で爆発音が響いてきた。

あのゼブラとかいう男を捕らえていた地下牢も爆発に遭ったと聞いたので、その仲間たちだろうか。


少し心配だ、カイゼルさんは一度あのゼブラとかいう男に負けている。少なくとも同じ強さの人が後3人いるとしたら…勝てるのだろうか。


クレハ「……」


やはり少し様子を見に行くべきかと考えていると、騎士さんの1人が報告にきた。


騎士「クレハ様、ご苦労様です。住民の避難は大方済みましたので後は我々が引き受けます、クレハ様は王城内へ」


クレハ「いえ、全員の避難を確認するまでは戻りません」


騎士「で、ですが…」


騎士さんが困ったかのような態度をする。わがままな発言をしているのは自覚しているが、それでも役に立ちたいという思いが馳せる。


クレハ「私なら住民の皆さんの微かな魔力を感じ取れます。もし未だ身を潜めてる方がいれば、その方を見つけるのに必要なはずです」


騎士「確かに…クレハ様のおかげで避難は早々に行えていましたが…」


クレハ「お願いします…まだ私にやらせてください」


騎士「……」


どれほどの無理を言っているのかも理解しているつもりだ。それでも、ただ待っていることだけは…もうしたくないのだ。


騎士「わかりました…では引き続きお願いします」


クレハ「…はい!」


騎士さんは一礼し、心当たりありそうな場所へと向かっていった。大通りなどの広い場所は騎士さんたちに任せておいていいだろう。


今やるのは、この街の人たちを避難誘導し守ること。今私ができることを全力でやるだけだ。



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