2020-11-22 06:08:29 更新

概要

海軍と艦娘に全てを奪われた男のお話、その⑦です。

実家【pixiv】では3部と4部の間の『沖波の柱島日誌』も掲載しています。


前書き

柱島の攻略を終えた提督。

しかし彼はもう以前の提督とは違っていて・・・


【オリジナルキャラの補足説明】

白友提督→提督の友達でホワイト鎮守府運営中の提督

九草提督→クソ提督。頭が良くて出世にどん欲。性格最悪。












【大湊鎮守府】




白友「ふぅ…」



会議を終えて白友が廊下に出てきた。



??「よう」


白友「え…」



白友の表情が驚きに包まれる。



白友「お前…生きてたのか…」


??「ああ。生きて帰ってきたぞ」



白友の前に現れた男、それは彼の同期の…



霞「誰よこいつ」


曙「見ない顔ね。こいつが大本営の役員?」


白友「こいつは俺の同期の…」



白友の前に現れたのは柱島鎮守府に居るはずの提督だった。

彼の顔には禍々しい火傷痕が見えた。


まるで別人のような顔つきに白友が言葉に詰まる。



霞「同期?」


曙「クソ提督の同期が何の用よ」


提督「…」



白友の後に会議室から出てきた艦娘を見て提督の表情が冷たく変わる。




提督「落ちぶれたな白友」


白友「な…」


提督「九草なんぞに鎮守府を乗っ取られやがって。がっかりだな白友、お前に任せたのは間違いだったみたいだな」


霞「何よあんた!」


曙「偉そうにして!何様のつもりよ!」



やかましい艦娘達に対し提督は



提督「なんだその口の利き方は…」


霞「ひっ…!?」


曙「あ…あ…」



艦娘すら殺しかねないその提督の視線に霞と曙が青ざめる。



白友「おい!」



そんな二人を庇うように白友が前に立つが



提督「そんなガキどもに言いたい放題言われるような無能はいらん。お前は降格して更に辺境に飛ばしてやる」


白友「な…おい!」


提督「じゃあな」




そう言って提督は白友から離れて行った。








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【大本営 会議室】




会議室に大本営の役員達が再び集められた。



柱島鎮守府の提督の昇格を祝い佐世保鎮守府への帰還を…というのは表向きで、彼がどのような様子なのか、そして何を考え何を求めているのか、それを伺うためだった。



大淀「いらっしゃいました」



場を取り仕切る大淀の声に全員の注目がドアに集まる。




入ってきたのは…





雲龍「…」


「…?」


「ん…?」




彼の鎮守府に所属する艦娘の雲龍だった。



大淀「提督はどうしたのですか?」


雲龍「忙しいから誰か代理で行けって…」


大淀「え?」


雲龍「私、ジャンケンに負けたの…」


大淀「…」




大淀がやれやれと頭を抱える。



雲龍「もう行っていいかしら?私もお腹空いていて早く行きたいの…」


大淀「行きたい?」


「おいっ!!」



しかし肩透かしを喰らった会議室の役員達は憤りを隠せなかった。




「ふざけるな!」


「艦娘なんぞ代理で寄越しやがって!」


「バカにするのも大概にしろ!!」


「このふざけた行動を問題にしてやるからな!」



役員達の罵声が雲龍に浴びせられる。



雲龍「そうそう、提督から伝言があるわ」


「な…!?」




しかし雲龍がイムヤから借りた携帯電話を構えていたことで言葉を失う。








雲龍「『今、真っ先に文句を言った奴らは俺の敵だからな』だそうよ。ふふっ」








会議室の役員達は不敵に笑う雲龍の背後に柱島鎮守府の提督の姿が見えるような錯覚に陥った。







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【大本営近郊 孤児院 食堂】






「ごちそうさまー」


「いただきましたー!」



間宮「食べた後すぐに走り回っちゃだめよ?」



「はーい!」




食事を終えた子供たちが食堂を元気に出て行った。


間宮はそれを見送ると食器洗いを始める。



間宮「ふぅ…」



食堂から誰もいなくなるといつもここで一息つく。


孤児院に戻って約二年。


何度か旧佐世保鎮守府だった時津風や雪風が訪ねては来たが、最近はそれも途絶えている。



艦娘と会うことも減り、どこか寂しさを抱えながら間宮は孤児院の食堂で料理を作り続けていた。













間宮「…?」




間宮が夕飯の仕込みを始めようかと思った時、誰かが食堂に近づいてくるのに気づいた。





間宮「どな…た…?」



顔を上げてその人を見る間宮の表情が驚きに包まれる。




間宮「み、みなさん…」




間宮はエプロン姿のまま





間宮「おかえりなさい皆さん!!」





大喜びで駆け寄り間宮は客人を出迎えた。






その後、彼女は存分に腕を振るい食堂の食材全てを使い果たすまで料理を作り振る舞い続けた。







久しぶりに見ることができた間宮の最高の笑顔だった。






【横須賀鎮守府】





時津風「ほ、本当なの!?雪風!!」


雪風「はい!これ見て下さい!!」



雪風は天津風からの手紙を時津風に見せた。



時津風「う…うぅ…うぐっ…ばかばか…!どれだけ心配したと思ってんだよぉぉ…!!」


雪風「ぐすっ…でも…よかった…よかったですよぉ…」



二人はその手紙を見て泣きながら天津風や親潮、仲間だった艦娘達の生存を喜んだ。




時津風「…」


雪風「…?」




時津風が2度、3度と手紙を読み返していることに雪風が気づく。



雪風「どうしました?」


時津風「え…あの…なんでもないっ!」


雪風「あ…」



雪風もその内容を読み返して気づいた。



雪風「大丈夫ですよ!きっとしれぇも無事ですから!」


時津風「べ、別にあんな奴のことなんか関係無いよ!」



雪風の指摘に時津風が恥ずかしそうに顔を背けた。



雪風(素直じゃないですよね)



その手紙にかつて彼女らの提督の名前が無く不安になったのだろうと雪風は察した。



手紙の内容を見れば亡くなったとは考えにくく、無事だとは思うが時津風はその確信が欲しかったのだろう。




時津風「さ、さあ!天津風が帰って来るまでに訓練しよーっと!」


雪風「あはははは」


時津風「何笑ってんだよ雪風ぇ!!」




二人は久しぶりに明るい笑顔を自然と見せることができた。








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時津風「イク!ゴーヤ!聞いた!?」


イク「イムヤから連絡がきたのね!!」


ゴーヤ「無事で…うぐ…えぐっ…よかったでち…」


雪風「本当に良かったです!」





演習場で早朝訓練をしていたイクとゴーヤに会うと彼女達にもイムヤから連絡が来ていたようだ。




イク「イムヤ…」


ゴーヤ「約束、守ってくれたでちね…!」



二人の胸の中は喪ったハチのことを想い、ハチの分まで生きると言ってくれたイムヤの無事の嬉しさに暖かい気持ちでいっぱいになっていた。



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天龍「それ本当か!?」


風雲「ええ、沖波からやっと手紙が…」


天龍「ははは、そうか無事だったか!いやー良かったな!」


風雲「良くないですよ!!」


天龍「え?」



てっきり無事を喜んでいるかと思ったが風雲の反応は違った。



風雲「あの子…柱島鎮守府に行ってから全く連絡寄越さなくって…!私が何度も手紙送ったのに…!私の気持ちも…ぐすっ…し、しらないで…なによ…」


天龍「何か事情があったんだろ?わかってやれよ」


風雲「わかんないわよぉ!うぐっ…えぐ…!」


天龍「うぉ!?泣くなって…」




手紙を出さなかった沖波に対し憤りを見せる風雲だったが、無事を喜んでいることは間違いない様子なので天龍は苦笑いするしかなかった。






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陸奥「柱島を…攻略した…?」


天城「はい!今朝雲龍姉様と祥鳳さんからお手紙が!」


葛城「…」




天城は陸奥と葛城の所へ無事を伝えに行っていた。



葛城「なによ…」


天城「葛城?」


葛城「私達のことなんてどうでもいいくせに…」



少し寂しそうにしながら葛城はその場を離れて行った。




天城「あの子…まだ…」


陸奥「葛城の中では整理ついていないみたいね」


天城「そういう陸奥さんは?」


陸奥「私?私はね…」



陸奥は嬉しそうにしながらもその瞳の奥に情熱を滾らせる。




陸奥「秘密よ、うふふっ」


天城「陸奥さんたらっ…」



そんな陸奥を見て天城は楽しそうに笑顔を見せた。









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【横須賀鎮守府 演習場】





演習場に横須賀鎮守府の艦娘達が集められた。



長門「提督がお見えだ!全員敬礼!」



長門の号令に全員が一斉に敬礼をする。



九草「…」



現われたのは九草提督。


彼は白友提督の後の横須賀鎮守府の提督となっていた。



九草「3日後、柱島…いや、佐世保鎮守府との合同演習が決まった」


葛城「え…」


風雲「それって…!」


時津風「天津風達と…!?」



時津風達の反応を無視して話を続ける。



九草「内容は未定、当日発表されるとのことだ。各自手を抜くなよ」


天龍「手を抜かないようって…」


九草「特に元佐世保鎮守府の奴ら、情が移って手抜きなんかしたら許さんからな…!お前らも!無様な結果になるんじゃないぞ!いいな!」


陸奥「…?」




九草は苦虫を嚙み潰したような顔をしながらその場を離れて行った。




瑞鶴「今日のあいつ…随分と余裕が無いわね」


天城「はい…いつものような口調ではありませんでしたし…」


深雪「けっ!あんな奴…!司令官が人質にとられてなけりゃ…!」


叢雲「ちょっと…!聞こえちゃうって…!」



九草がその場を離れると艦娘達からの非難が聞こえてくる。



白雪「司令官…」


磯波「元気にしてるかな…」


吹雪「大丈夫!きっと戻って来るって信じてやって来たんでしょ!これまで通り頑張ろうよ!」


白雪「うん…」


初雪「そう…だね…」


吹雪「…」




吹雪の発奮にも中々艦娘達の気持ちは上がらない。











数ケ月前




海軍穏健派上層部の役員を多く取り込んだ九草は白友を追い落とそうと動き出した。





監査機関にも九草の力は及んでおり、横須賀鎮守府の監査に訪れた役員達はありもしない不正を作り出し彼を追求した。


当然反論し再調査を依頼する白友だったがそれを聞き入れてもらえずに白友は少しずつ窮地に追い詰められそうになる。




そこで助けになったのが完璧な経理業務をしていた第二秘書艦の翔鶴と白雪。


彼女達の作成していた資料には穴が無く、監査機関の作りだしたありもしない不正はこれで見破られるかに思えた。




しかしここで九草は白友の弱点を突く。



九草は助手として連れて来ていた駆逐艦の曙と霞が白友と監査機関を欺いたと言い始めた。


もちろん彼女達は何もしておらず白友をハメるようなことをしてはいないのだが、九草はトカゲの尻尾切りと言わんばかりに二人を解体処分にするとまで言い出した。


監査機関も大本営の役員もそれで良いと言い始め、彼女達を助けるにはもはや選択肢は一つしか残されていなかった。






…結局白友はありもしない不正を認め、横須賀鎮守府を追い出されることになる。


九草は『これまでの彼の功績を考えるとチャンスを与えるべきだ』と言い始め、彼を大湊鎮守府へと異動させ、資源獲得をメインとした任務をさせるようにしたのだった。もちろんそんなものは建前で本音は自分の居た駆逐艦の多い鎮守府へ彼を追いやり良い気分に浸ろうというものだった。



横須賀鎮守府にはそのまま九草が座り、白友の育て上げた精強なる艦隊をそのまま手に入れることができたのだった。


そして彼女達をこう脅した。



『白友提督が戻れるかどうかはあなた達次第』



そう言って彼女達を無理やり戦いに引きずり出し戦果を上げ続け少将にまで昇りつめたのだった。










時津風「大丈夫…だと思うよ?」


天龍「時津風?」



暗く顔を沈ませる艦娘達に対し時津風は少し明るい声で言った。



時津風「しれーが…なんとかしてくれる、と思う」


葛城「は…?」


時津風「だ、だってしれーは白友提督が大好きだって言ってたもん、きっと助けようとしてくれるって」


吹雪「時津風さん…」



時津風が『しれー』という人物は一人しかいない。



雪風「ふふふふ」


時津風「何笑ってんだよー!」


イク「笑わずにいられないのね!」


ゴーヤ「素直じゃないでちね」



旧佐世保鎮守府のメンバーはそれに続き笑顔が連鎖するかと思われたが…



風雲「あまり期待しない方が良いと思うけど?」


葛城「同感…あんな奴、期待するだけ無駄でしょ」



未だに提督のことを良く思っていない二人はすぐに反論する。




時津風「…ごめん」




その反論に時津風はすぐにしょぼくれた顔をする。



風雲「別に…時津風が悪いわけじゃ…」


天城「葛城?」


葛城「こっちこそ…ごめんね…」



盛り上がりかけた空気はまた一気に冷え切ってしまった。



長門「まずは演習に勝てるよう連携をしていこうか、全員出撃準備!」



その空気を変えるべく長門が大きな声で全員に号令を掛けその場は解散となった。




陸奥「皆には悪いけど…私はアピールの場にさせてもらうわ」


長門「良いんじゃないか?存分に暴れてもらおうか」


陸奥「任せて」



何に対してのアピールなのか。


長門はそれをちゃんと理解しておりそれ以上追及するようなことは無かった。





陸奥(もしも時津風の言う通り本当に助けてくれるのなら…)




陸奥はそんな淡い期待を持ちながら演習場へと乗り込んだ。












そして




天龍「よーし…!見てろよ!俺の成長した姿を見せてやるぜ!」




ここにまた意気込んでいる艦娘が一人



五十鈴「天龍、あなた今日は遠征部隊でしょ?遅刻するわよ」


天龍「…」





気合を入れようとして空回りしていた。








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【横須賀鎮守府 港】





佐世保鎮守府の提督を出迎えようと九草とその部下達、そして合同演習の審判も務める大本営の役員も集まった。




提督「出迎えご苦労」



船から降りるなり提督は頭を下げる九草にそう言った。



九草「お久しぶりです、よくぞご無事で柱島からお帰りになられましたね」


提督「残念ながら、だろ?あははははははっ!!」


九草「…」



高笑いをする提督に周りの部下や役員達がギョッとする。


しかしその態度は現在の九草と提督の地位の差を感じさせるような気がした。



提督「さっさと鎮守府へ案内しろクソ提督、長旅で疲れてんだよ」


九草「くそう、です。ではこちらへ…とその前に」



九草は部下に合図をして提督達の乗ってきた大型船に行かせようとする。



九草「大型船の燃料は大丈夫ですか?よろしければ演習中に補給を執り行おうと思いますがいかがでしょうか」


提督「勝手にしてくれ」


九草「では…」



九草の合図で部下達は大型船内へ入って行った。



祥鳳「提督、皆さんが…」


提督「わかってるよ、全員自由行動」


天津風「…!!」


沖波「お先に失礼します!」


イムヤ「行ってくるわ!」


雲龍「失礼するわね」



提督が自由行動と言うと何人かはすぐに駆け出して鎮守府の方へと走って行った。



九草「随分とまあ、規律の緩い艦隊ですね」


提督「俺は誰かさんみたいに人質を取って艦隊運営するようなことはしないからな、あはははははは!!」


九草「…」



九草はすかさず皮肉を言ったが簡単に提督に言い返されて彼にわからないよう顔をしかめた。



九草「この後は鎮守府案内の前に役員の方を交えて会食を…」


提督「断る」


九草「は…?」



車に乗せようと誘導する九草を無視してさっさと行こうとする。



提督「お前らと一緒にメシなんざ吐き気がする。俺はさっさと休ませてもらうぞ」


九草「…」


役員「佐世保提督!横暴が過ぎますぞ!少しは我々との…」


提督「あ?」



提督は役員に対し銃口を向ける。



提督「何か言ったか?」


役員「い、いえ…何も…」


提督「次俺に舐めた口利いたら頭吹っ飛ばすぞ」



本当にやりかねない程の圧力を感じ、役員は首を縦に振るしかなかった。



九草「お疲れ様でした、では明日の演習開始までゆっくりとお休みください」


提督「ふん、最初からそうすりゃいいんだよ間抜け。行くぞ」


祥鳳「はい」


九草「…」



九草は提督に対し深々と頭を下げて顔を見えないようにする。

その表情はかつてない程の怒りに歪んでいた。





役員「なんて滅茶苦茶な奴だ…!話に聞いていた以上じゃないか!九草君、あまりあいつを調子に乗らさないようにしてくれよ!」


九草「わかっていますよ…」




愚痴る役員に対し九草は必死に感情を隠しながら答えていた。





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天津風「と、時津風!雪風!」


時津風「う…あ、天津風だ…うっぐ…うぁぁぁ!」


雪風「あ、会いたかったですよぉぉ!!」



天津風は二人に会うなり抱きしめて再会を喜んだ。



時津風「バカバカ!どうして手紙くれなかったんだよぉ!どれだけ心配したと思ってるんだよ!」


天津風「ごめんね…あの人が外部への連絡を一切禁じてたから」


雪風「うぐっ…えぐ…でも…生きててくれて…ひっく…」



3人は涙を零しながら久しぶりの再会を噛み締め合った。





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風雲「私がどれだけ心配したかわかってるの!?なんにも連絡寄越さないで…」


沖波「…」


風雲「一体…どう…いう…」



連絡をしなかった怒りをぶつけようとしたが既に泣いている沖波に何も言えなくなった。



沖波「だって…だっで…しれいかんがだめだって…えぐっ…わ、わたじだっでおねえちゃんに手紙…うぐっ…っ…」


風雲「沖波…」


沖波「わだじだっでおねえぢゃんにあいだがっだ…うっぐ…ひっく…う、うえぇぇぇ…」


風雲「ああ、もう…」



泣きじゃくりだした沖波に我慢ができず風雲が両手を広げる。


沖波はよろよろとしながら風雲の胸に飛び込んだ。



沖波「うわあぁぁぁぁぁ!お姉ちゃあぁぁん!!」


風雲「まったくもう…」



我慢できず風雲も貰い泣きしてしまう。




風雲「私だって…会いたかったに決まってるじゃない…」





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葛城「何よ今になって会いに来て…」


雲龍「…」


天城「葛城…」



妹達に会いに来た雲龍に対し葛城は背を向けて顔を見ようとしない。




葛城「私は雲龍姉を許したわけじゃないから!顔も見たくないわよ!」


天城「ちょっと葛城!せっかく雲龍姉様が帰ってきたというのに」


雲龍「いいわよ天城」


天城「雲龍姉様…」



いつも無表情の雲龍が寂しそうに笑顔を見せている。




雲龍「何度も死にかけて、辛い想いをして、もうダメだと思う事もあったけど…こうして二人の顔を見れて…生きて帰ってこられて良かったって噛み締められる」


葛城「…」


雲龍「ありがとうね、生きていてくれて」



それだけ言って雲龍は二人から離れて行った。




葛城「なによ…」



背を向けていた葛城が身体を震わせる。




葛城「人の気も知らないで…!っ…もう…ぅ…」


天城「…」




素直に喜ぶことのできない葛城を天城は心配そうに髪を撫でながら慰めた。








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霧島「お久しぶりです金剛姉様!比叡姉様!榛名!」


金剛「キリシマーーーーー!!」


比叡「おかえりなさい、本当に無事で良かった…」


榛名「もう…毎日どうしているかずっと心配していたのですよ!」



霧島は金剛姉妹の居る所へと真っ先に辿り着いていた。




霧島「ご心配をおかけして申し訳ありませんでした、しかし…むぐぅ!?」


金剛「フッフッフ…」



霧島に対し金剛が口を布で縛り喋れなくする。



金剛「もう逃がさないネーーーー!!!金剛姉妹はこれからもずっとずっと…」


比叡「お、落ち着いて下さい金剛姉様ぁ!!」


榛名「ああ、また発作が…」



金剛は毎日霧島の心配をしているうちに少しおかしくなってしまったらしい。


帰ってきた霧島を見て金剛は暴走し縄で縛って監禁しようとした。



霧島「んんーーーー!?ッムヌヌゥゥゥ!?」




その後、しばらくの間霧島達は金剛を落ち着かせるためにあの手この手と苦労する羽目になった。





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天龍「そっか、ま、何はともあれ無事で良かった」


衣笠「心配してくれてたんだ」


天龍「当たり前だろ!あんなところに行くって知ってりゃ俺だって…」


親潮「一緒に行きたかったのですか?」


天龍「…」


衣笠「素直じゃないなあ、もう」


天龍「な、何がだよ!」



衣笠と親潮はかつての仲間だった天龍と陸奥に会いに来ていた。



陸奥「でも本当に良かったわ、こうしてまた五体満足無事で会えることができて」


衣笠「う、うん…」


親潮「…」


陸奥「…?」



陸奥の言葉に二人の顔が暗くなる。



陸奥「ごめんなさい…もしかして誰か…」


天龍「なんだよ…戦闘でどっかやっちまったとか…?」


親潮「…」


衣笠「艦娘は…無事だったけど、ね…」


陸奥「え…」


親潮「…」



その後、陸奥と天龍は詳しく聞くことはできず二人を見送った。





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熊野「まさかご無事で帰ってこられるとは…」


大井「あら、私程度の存在じゃ生き残れないと思ったの?」


鳥海「ふふ、冗談ですよね」


熊野「ええ。それに…」



熊野は嬉しそうに大井の格好を見る。



熊野「その姿になっているあなたでしたら生きて帰るのも納得がいきますわ」


大井「ありがとうね、でも演習の時は容赦しないから覚悟してよね」


鳥海「そこは…お手柔らかにお願いします」



大井のからかいに鳥海は楽しそうに目を細めた。



大井「…」



しかし熊野も鳥海もどこか疲れたような表情をしていることに気づかないはずがなかった。




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ゴーヤ「おかえりでち!!」


イク「イムヤ!おかえりなのね!!」


イムヤ「ただいま!ゴーヤ!イク!会いたかったよぉ!!」



ゴーヤとイクはイムヤを暖かく出迎えた。


3人はひしと抱き合い再会を喜び涙を零した。







ゴーヤ「うぐ…み、みんな…連絡来ないからって…諦めてて…」


イク「もう…諦めかけてたのね…ひっく…」


イムヤ「ごめんね、長いこと心配掛けちゃって…でもね」



二人の顔を上げさせイムヤは満面の笑みを浮かべる。




イムヤ「私は…生きて帰ってきたよ!」













その後、しばらく柱島でのことを話して一旦戻ろうとしたイムヤに



イク「あ、あのね、イムヤ」


ゴーヤ「お願いがあるでち…」




二人はあるお願いをした。




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【横須賀鎮守府 廊下】





時津風「あ…」


雪風「しれぇ!」



久しぶりの再会に時津風は戸惑い雪風は驚きつつも笑顔を見せる。



提督「…」


時津風「え…」


雪風「し、しれぇ…?」


提督「…」



しかし提督はチラリと見ただけでそのまま声も掛けず素通りしてしまった。



祥鳳「…」



その後ろで祥鳳が二人に対し申し訳ないと頭を下げ、提督に続いて行った。







時津風「…」


雪風「時津風…」






その提督の態度に時津風はショックを隠せず顔を俯かせた。








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瑞鶴「あ、佐世保の…」


翔鶴「お久しぶりです」


祥鳳「はい、お久しぶりです。皆さんもお元気そうで…」


葛城「あ…!」



そのまま歩いていると提督と祥鳳は瑞鶴と翔鶴、そして一緒にいる葛城に会った。



葛城「何よあなた…何をしに…」


提督「…」



提督がキョロキョロと視線をあちこちにやっている。



提督「天城は?」


葛城「あ、天城姉になんの…」


天城「私がどうかしまし…祥鳳さんっ!!」


祥鳳「天城さん…お久しぶりです」



天城が祥鳳の顔を見ると嬉しそうに駆け寄ってきた。



その駆け寄ってきた天城に祥鳳は嬉しそうに顔を綻ばせる。




提督「それじゃあ俺は部屋で寝てる」


祥鳳「は、はい」


天城「提督…?」


提督「…」




提督は小声で天城だけに聞こえるよう『少し頼む』と言ってからその場を離れて行った。




天城「私の部屋に行きましょうか」


祥鳳「はい…」




何かを察した天城は祥鳳を連れて自分の部屋へと向かった。





葛城「なんなのよ…こっちは眼中に無いってわけ…!?」


瑞鶴「こら、そんなに突っかからないの」


葛城「あたっ…!」



憎々し気に顔を歪める葛城に瑞鶴が先輩らしく額を軽く叩きながら宥めていた。





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天城は和風の自室に祥鳳を通し、寛げるよう座らせてお茶を差し出した。





天城「でも…本当に良かったです、皆さんとこうして無事に再会できて」


祥鳳「…」


天城「祥鳳さん…?」


祥鳳「っ…ぅ…」



何も言わなかった祥鳳が静かに涙を零す。



祥鳳「無事では…ありませんでした…」


天城「え…」


祥鳳「過酷な戦いなのは覚悟の上でしたが、でも…それでも本当に辛くて…」


天城「…」



泣きながら語る祥鳳に天城がゆっくりと近づいて自分の胸の方に祥鳳の頭を寄せる。



祥鳳「提督は…2度も生死の境を彷徨いました…」


天城「提督が…」


祥鳳「私の…ひっ…ぅ…私のせいで…私がもっと…上手く…やれれば…っぐ…ぅ…私が強ければ…」


天城「…」



天城は提督が真っ先に祥鳳を連れて会いに来た理由がわかった。


秘書艦という弱みを見せ辛い立場の祥鳳のやり場のない気持ちを自分という受け皿に吐き出させようということだ。




天城「でも、それでも皆さん生きて帰って来ました」


祥鳳「え…」


天城「あなたが頑張ったからですよ、祥鳳さん」


祥鳳「天城さん…」


天城「提督もその頑張りを認めているからこそ、こうして真っ先に私に会いに来てくれました。祥鳳さん、あなたのためにですよ?」


祥鳳「うっ…ぅ…うぁぁぁぁ…」




ようやく溜めていたものから解放されたのか、祥鳳は声を上げて天城の胸の中で泣き始めた。


そんな祥鳳を愛しく天城は優しく髪を撫でて慰めた。






天城「おかえりなさい、祥鳳さん…」











祥鳳を慰めながら天城はある決意を胸の中で固めていた。



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天城「あら提督」


提督「…」




ひと段落して天城が部屋を出ると提督が部屋の外で待っていた。



提督「祥鳳は?」


天城「眠りましたよ。とてもとても疲れていたようですね、誰かさんのせいで」


提督「すまんな」


天城「いいえ、真っ先に私のところに連れてきたので許してあげます」



天城は悪戯な笑顔を見せる。


提督は『変わらないな』と苦笑いをしながらその場を離れようとした。



提督「すまんが少し休ませてやってくれないか?」


天城「わかりました。あの…提督」


提督「なんだ?」











天城は提督にある提案をする。



提督「…それはこっちにとってもありがたいが、良いのか?」


天城「構いません。葛城はいつまで経っても意固地ですし、九草提督は私をまともに出撃もさせず事務処理ばっかりさせますし、白友提督がいなくなってからこの鎮守府の艦娘達は暗い顔ばっかりですし…いい加減頭に来てるのですよ?」


提督「…」



突如愚痴りだした天城に提督がなんとも言えない顔をする。


こんな彼女の姿を見るのは初めてだと驚いているようにも見えた。



天城「あら?私が愚痴るのは意外でしたか?」


提督「なんで俺に愚痴るんだよ…」


天城「ふふ、提督なら何言っても許されるような気がしまして」


提督「お前…俺を何だと思ってるんだ…」



提督に対して相変わらず物怖じしない天城の姿勢に呆れた溜息を吐くしかなかった。



天城「それに…祥鳳さんも心配、ですからね?」


提督「…わかったよ」



提督は天城に対し軽く頭を下げる。


その姿に今度は天城が驚く番だった。




提督「力を貸してくれ」


天城「提督…」



そして顔を綻ばせ優しい顔になる。



天城「うふふ、提督も柱島に行って少し丸くなったようですね。こちらこそどうかよろしくお願いします」




天城は提督の願いに快く頷き異動を願い出た。





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【横須賀鎮守府 客室前】





イムヤ「二人とも、いい?」


イク「う、うん」


ゴーヤ「大丈夫でち…!」




夜、イムヤは二人を連れてある部屋の前を訪れていた。

二人の返事を聞いてイムヤがドアをノックする。



イムヤ「司令官、ちょっといい?」



3人が訪れたのは提督の部屋だった。



『ちょ、ちょっと待ってて下さい…!』



イムヤ「?」


ゴーヤ「祥鳳さん?」



しかし中から聞こえてきたのは



『あ…!司令官、動かないで下さいぃ…』



イク「沖波の声なのね?」



祥鳳と沖波の声だった。




『入っていいぞ』


『て、提督!まだですよ!?あ、動かないで下さい!』



イムヤ「???は、入るよ?」



ようやく提督の声が聞こえてきたのでイムヤ達は戸惑いつつも部屋のドアを開けた。





イムヤ「…何してんの?」


祥鳳「すみません…」


イムヤ「い、いや…祥鳳さんが謝んなくったって…」




部屋に入るとそこには祥鳳の膝枕と耳掃除をされている提督の姿。


そして提督の足の方には沖波が居た。




イク「え…」


ゴーヤ「て、てーとく!?」



沖波の方を見た二人の表情が驚きに包まれた。



沖波が提督の足を構っている。


その足は…




イク「てててて、ていとく!」


ゴーヤ「あ、足がなくなってるでち!?」


提督「あっはっはっは、やっぱり驚いたか」



提督の左足は膝から先がなくなっていた。



沖波「もう…司令官たら…」



その足に義足を付けようとしている沖波が呆れた顔を見せた。



祥鳳「はい、終わりましたよ」


沖波「こちらも、メンテナンス完了です」


提督「うむ」



膝枕しながら耳掃除をしていた祥鳳、義足のメンテナンスをしていた沖波が提督を解放した。



ゴーヤ「あ、あははは…」


イク「相変わらずなのね…」


イムヤ「ね?変わってないでしょ…」



苦笑いをする二人にイムヤも苦笑いで返した。












提督「で?何の用だ?」




ようやく身体を起こした提督が二人に視線を送る。



ゴーヤ「あ、あの!てーとく!」


イク「私達をまた一緒に戦わせてほしいのね!」



二人でそう言うと揃って頭を下げた。



沖波「ゴーヤさん…イクさん…」


イク「一生懸命がんばるのね!だから…」


ゴーヤ「私達をまた使って欲しいでち!」


提督「…」



二人の言葉に反応せずに提督は黙って見ている。




祥鳳「提督…?」


提督「…」


イムヤ「司令官、お願い」



イムヤも同じように頭を下げてお願いをする。

それを見た提督は苦笑いをしながら浅いため息をついた。



提督「俺はお前らからハチを奪った男だぞ」


イク「…」


ゴーヤ「…」


祥鳳「提督…」



『何も今そんなこと言わなくても』と祥鳳が心配顔をする。



提督「そんな奴の所に戻ろうってのか?帰ってきても俺は出世のためにお前らを散々使い倒すぞ?」


イク「かまわないのね」


ゴーヤ「てーとくなら安心して任せられるでち!」


提督「は…?」


沖波「イクさん…ゴーヤさん…」




脅しとも取れる提督の言い方に二人は自信を持って返事をした。




イク「イムヤは…ていとくがハチを大事にしてくれてたことを証明するって柱島について行ったのね」


ゴーヤ「こうしてイムヤが帰ってきてくれたことが何よりの証明でち!」


提督「…」


ゴーヤ「てーとく…イムヤを…みんなを大事にしてくれて…」


イク「本当にありがとうなのね!」



再び二人揃って深く頭を下げた。




提督「ふっ…」



そんな二人に対し提督は顔を綻ばせる。



提督「ちゃんと訓練してたか?」


ゴーヤ「も、もちろんでち!」


イク「九草が来てから資源拾いばっかりさせられてたけど…空いた時間はいつでも帰れるよう特訓してたのね!」


提督「そうか」



提督は楽しそうにニヤリと笑みを浮かべる。




提督「足引っ張ったら放り出すからな」


ゴーヤ「そ、それじゃあ…!」


提督「イムヤ、後は任すぞ」


イムヤ「うん!任せて!」


イク「ていとく!ありがとうなのね!」




3人は手を取り合って喜びを分かち合った。


その姿を見て祥鳳も沖波も嬉しそうに笑顔を見せた。



しかし祥鳳には心配事があった。




祥鳳「提督…これで天城さんと合わせて3人、あの九草提督がそう簡単に異動を認めるでしょうか…?」


提督「心配いらん、沖波」


沖波「は、はい」


提督「これ。明日の演習が始まるまでに用意してくれ」


沖波「わかりました」



沖波は提督からの指示の書かれたメモを受け取った。



提督「大きな餌であの小物を釣る、明日が楽しみだな。あははははは」


ゴーヤ「てーとくの悪者顔…久しぶりに見たでち…」


イク「こうなったらもう任せちゃって大丈夫なのね」




頼もしさを感じさせる提督の不敵な顔を見てゴーヤもイクも呆れつつも楽しそうに笑っていた。






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【翌日 横須賀鎮守府内 廊下】





天龍「よお、久しぶりだな」


提督「…」


祥鳳「天龍さん」




演習の準備に司令部施設へと向かう提督と祥鳳の前に天龍が現れた。

天龍は廊下の壁にもたれて両腕を組みながら提督と祥鳳を見ている。



天龍「無事生きて帰って来れただろうが…柱島では相当苦労したんだろう?」


提督「…」


祥鳳「…」


天龍「ふふ…やはりそうか」



不敵に笑う天龍が目を閉じながら得意げな笑みを見せる。



天龍「そりゃそうだよな、なんせ対空戦のスペシャリストの俺がいなかったんだからな」



どうやら天龍は置いて行かれたことを根に持っているらしい。









天龍「なあ、これで俺がどんだけ頼りになるということがわかっただろう?だからよ…」


五十鈴「天龍、なにやってんの?」


天龍「なんだよ、邪魔すん…」




天龍が閉じていた瞳を開けると既に提督も祥鳳もいなくなっていた。




天龍「…」


五十鈴「大丈夫…?熱でもあるの?」


天龍「う、うっせー!」



天龍は恥ずかしそうに顔を赤くしながら走り去ってしまった。














【横須賀鎮守府内 司令部施設】






九草「天城、伊19、伊58の異動…?」


提督「ああ。こっちに寄越せ」


役員「佐世保提督殿…それはあまりに勝手ではありませんか…!?」


提督「あ?」



提督が懐に手を伸ばす。



役員「ひぃ!?」



また銃口を向けられると思って役員が九草の陰に隠れた。


その姿を見て提督がニヤリと笑みを深める。

彼は九草と役員が繋がっていることを確認できたからだ。



九草「別に構いませんが…それなりの見返りがありませんと…」


提督「わーってるよ。何もタダで寄越せなんて無茶言わねえよ、おい」


沖波「はい」



司令部施設に同席した沖波がジェラルミンケースを机の上に置く。



提督「ちょっとした余興をやろうぜ」


九草「余興?」


提督「ああ。普通に演習しても俺らの圧勝でツマランだろ?そこで…」



提督が沖波の置いたケースを開く。


その中身は…



役員「うぉ…」


九草「…」



ぎっしりと詰まった札束だった。



提督「艦娘一人5,000万。3人で1億5千万だ。俺に3戦して一度でも勝てたらこれをくれてやる」


祥鳳「こちらを」



すかさず祥鳳が九草に書類を渡す。


その書類は異動の契約書だった。既に提督の押印がされている。

内容は『本日の演習に勝利した場合、移籍金として支払う』と書かれていた。



提督「金は好きにして良いぞ。上に配っても良いしお前が好きに使っても良い」


九草「…」



慎重派の九草は何か裏が無いかと黙って考えている。


いつもの彼ならばこのような余興に付き合わないのだが…



役員「九草君!こ、こんなふざけたことを許すな!君の実力を見せてやりたまえ!」



役員は九草の陰に隠れながら演習をやろうと煽る。



提督「くくく…役員さんはやる気だぞ?」


九草(ち…!)



提督は役員と九草が裏で繋がっていることを見越してこのような取引を持ち掛けたのだ。

役員は金に目が眩み九草に受け入れろと催促する。

あわよくば九草が手にした金の一部を貰おうと思っているに違いない。



提督「心配すんな。普通にやったら俺達が楽勝だろうからハンデをくれてやる」


九草「…ハンデ?」


提督「ああ。演習は3種目だったな」



提督が改めて演習予定の種目を確認する。



提督「そうだな…1つ目の5kmリレーだがこっちは3人で良いぞ」



1種目目のリレーは以前も行ったもので、通常5人で行うものに対し提督は3人で挑む。

圧倒的不利なのは明らかだ。



提督「2つ目の空母による対空戦、こちらは2人、そっちは3人でやろうか。どのみちこっちは2人しか空母がいないからな」


九草「…」


提督「それと3つ目の艦隊戦、そっちが6人に対しこっちは4人で良いぞ。更に3戦やって1つでもそっちが勝てばこの金はくれてやろう。どうだ?」



不利な条件を与えるだけでなく1戦でも勝ったならそれでこの大金が手に入れられる。

そんな好条件を与えられても九草は黙っていたのだが…



役員「く、九草君!こんないい様に言われてて良いのか!?」



提督の挑発先は九草ではなく同席している役員だった。

すっかり金に目が眩んでいる。



部下1「九草提督…私はやるべきではないと思います」



そこへ九草の部下が九草に進言してきた。

彼は冷静な表情で演習をすべきではないと九草に伝える。



役員「おい!お前何を!?」


部下1「佐世保提督には絶対の自信があるように見えます…いくらハンデをもらったかと言っても…おそらく勝ち目はないでしょう。それに何か裏があるようにも見えます、ここは大人しく艦娘の異動を受け入れた方が…」


提督「へえ…」



部下の冷静な言葉になぜか提督が楽しそうに笑みを見せた。



九草「…おい」


部下1「え…ぐぁ!?」


役員「な…!?」



進言する部下に対し、九草は拳を鼻にめり込ませた。



九草「俺がこれだけハンデをもらって不様に負けるってのか?ああ!?てめぇらは黙って俺に従ってりゃいいんだよ!」


部下1「うぐ…ぅ…すみません…」



殴られた部下は鼻から血をポタポタと零している。



提督「おいおい、いつもの口調はどうしたんだ?くくく…部下は大切にしようぜ」



提督はそんな九草の部下に近づきながら自分の服の全ポケットを突っ込んでは探すを繰り返した。



提督「…あれ?」


祥鳳「提督…ハンカチはちゃんと持ち歩いて下さいっていつも言っているでしょう…?」


提督「ああ、すまんすまん」



祥鳳からハンカチを受け取り、鼻血を零している部下に渡した。



提督「おーおー、部下に優しくない酷い上司ですこと。そんなことではいつか…」


九草「いいでしょう、その余興受けて立ちますよ。あなたが言ったルールでぜひともやらせていただきます」


提督「話聞けよ…」



冷静さを欠いた九草は提督の言った有利な条件で大金を賭けた演習に挑むことを伝えた。











提督「沖波、第一種目の作戦はこれだ。天津風と親潮にも伝えてくれ」


沖波「はい」



沖波は提督から作戦が書かれたであろう小さなメモを受け取る。



提督「それじゃあ俺は寝る。後は頼むぞ二人とも」


沖波「行ってきます」


祥鳳「頑張ってね沖波さん。提督はおやすみなさい」



沖波が司令部施設を出て行って数秒後、提督の静かな寝息が聞こえてきた。




役員「これから演習だというのに…何だその態度は…!」


祥鳳「すみません」



提督に代わり祥鳳が役員に頭を下げる。



祥鳳「柱島では余裕のある時に少しでも睡眠を取るようにしてましたので…まだその癖が抜けていないのです。演習は私が見ていますのでご安心ください」


九草「…」



それはこの演習が『余裕で勝てる』という態度の表れだと捉えられ九草は眉を顰めた。





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【鎮守府内 演習場】





吹雪「よーし!皆さん、頑張りましょう!」


叢雲「前回の様にはいかないんだから!」


雪風「頑張ります!」



演習場には出場する艦娘が集まっていた。



時津風「…」


吹雪「時津風さん、どうかしました?」


時津風「う、ううん、なんでもないよ、大丈夫、しっかり走るから」


風雲「沖波…どれだけ成長したか見せてもらうからね」



横須賀鎮守府のメンバーは吹雪・叢雲・雪風・時津風・風雲の順番で走るよう指示されていた。


5人中3人が改二艦であり人数も5対3ということで性能面でも体力面でも圧倒的有利だった。



白友が人質にされているということもあり、絶対に手を抜けず彼女達は本気で勝ちにいこうとしていた。












沖波「お二人とも2回分走って頂きますので…どうかよろしくお願いします」


親潮「了解しました」


天津風「あの人らしい指示だわ…沖波もアンカー頑張ってね」


沖波「はいっ」



対して佐世保鎮守府の走者は親潮・天津風・沖波の順番になる。

親潮と天津風は人数が足りない分の穴埋めとして2回分走ることになった。



親潮「それでは行きましょう」


天津風「まさか雪風と時津風と対戦することになるなんてね…夢にも思わなかったわ」


沖波「でも…自分達の実力を測る良い機会ですね。私は風雲姉さんと対決できるなんてドキドキします」



3人は不利な条件でもまるで動じることなくリレーの準備を始めた。










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『よーい…』





開始の号砲が鳴らされタスキリレーが始まった。





吹雪「行きますっ!!」


親潮「…!」




最初のランナーは吹雪と親潮



二人はほぼ並走しながら海面を走り出した。






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深雪「がんばれー!ふぶきー!!」


白雪「負けないでー!」




観覧席ではランナー達の応援の声が上がっている。



しかし声を掛けているのは横須賀鎮守府の艦娘達だけで…




陸奥「…」



陸奥は佐世保鎮守府の艦娘達を見る。





雲龍「今朝のAランチは正直物足りなかったわ…」


衣笠「間宮さんから貰ってきた羊羹まだあるけど、後であげよっか?」


雲龍「お願い…」


霧島「もう全部食べたのですか?」


雲龍「うん…船の中で食べちゃった…」


衣笠「そんな一遍に食べたら肌が荒れちゃうよ?」




横須賀鎮守府の艦娘達は余裕の表情で談笑していた。




天城「雲龍姉様が…私達姉妹意外と談笑してる…ぐす…」


陸奥「何も泣かなくても…」



その光景を見て天城が感激の涙を零していた。




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吹雪「叢雲ちゃん!!」


叢雲「ええ!」




リレーはタスキを吹雪から叢雲に渡していた。


以前負けたことのある彼女達は全力疾走10分訓練を取り入れてそれをずっと続けていた。

そのため以前よりも速度もスタミナも十分に強化されていた。




叢雲の少し後ろを親潮が追い掛ける。



現状2対1の状態で親潮は2倍走らなければならず、さすがにペース配分を考えてか吹雪と少し距離を離されてしまっていた。





それを見送りながら天津風が準備を始める。



雪風「負けませんよ、天津風」


時津風「ごめんね、こっちには負けらんない理由があるから」


天津風「ええ。わかってるわ」



申し訳なさそうにする二人に天津風は笑顔で応えた。




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提督「すー…」



提督は本当に眠ってしまったのか寝息が聞こえている。



役員「おお、リードしていますな!」



中立的立場のはずの役員はすっかり九草側の応援をしている。



九草「ち…これだけハンデをもらって…なんてザマだ…」



しかし九草はそのリードに満足できず舌打ちをしていた。





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叢雲「ぜぇ…!ぜぇ…!ゆ、雪風ぇ!」


雪風「はいっ!!」



二人目のランナーの叢雲が雪風にタスキを繋ぐ。



親潮「天津風!」


天津風「ええ!」



その後、親潮が天津風にタスキを繋いだ。


そのリードは吹雪と叢雲が繋いだ時よりさらに大きくなっていた。





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雪風「と、時津風!」


時津風「おぉ!!」



3人目から4人目へのタスキを繋ぐ。



時津風は一瞬後ろの天津風を見る。


距離は大きく離されかなり余裕を持って走ることができそうだ。



雪風、時津風、天津風の性能に大きな差はない。



自分がしっかり走り切れれば勝てると時津風は自分に気合を入れた。





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沖波「ん…ん…」



天津風が2周目に入ると沖波が準備運動を始める。


風雲「改二改装したのね、おめでとう沖波」


沖波「ありがとうございます、と言ってもまだ改装したばかりで慣れないところもありますけど」



沖波が少し照れ臭そうに笑みを見せた。



風雲「手は抜かないからね、私達だって負けられないから」


沖波「はい」


風雲「…?」



涼し気に返答する沖波に風雲は妙な違和感を感じる。



全く気負う素振りを見せない沖波に少しだけ寒気を覚えた。






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役員「い、いよいよアンカーですな!」


九草「ええ…」



もうすぐ大金が手に入る。


そう思う役員は逸る気持ちを堪え切れない様子だった。



九草(さすがにこれだけ離せば…)



映像を見ると走る二人のリードは更に大きくなり、とても残り一人では逆転できないように見えたが…



祥鳳「…」


九草(ち…何だというのだこの落ち着き様は…)




何も言わず黙って画面を見ている祥鳳に九草は不気味なものを感じていた。





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時津風「風雲っ!!!」


風雲「はいっ!!」



タスキが時津風から風雲に繋がる。


風雲は勢いよく海上を走り出し、時津風は両膝に手を置きながら徐々にスピードを緩めた。




天津風「沖波っ!!」


沖波「こっちです!」




そのしばらく後に天津風から沖波へとタスキが繋がった。




天津風は沖波が走り出すのを見送りながらゆっくりと速度を緩めた。
















「ふざけんなよっ!!!」













天津風に対し大きな声で誰かが叫ぶ。



天津風「時津風…」


時津風「ぐ……ぜぇ!ぜぇっ!ぁ…天津風!!」



天津風に対し、時津風が息を乱したまま怒りに顔を歪めながら近づいてくる。



時津風「はぁ…!はぁ…!ど、どういうつもり…だ…よ!天津風ぇ!!」


天津風「…」


親潮「と、時津風…何を…」


時津風「親潮も!バカにすんなよ!!」



怒りを抑えきれない時津風に周りの艦娘達は何事かと注目を集めたり、間に入って止めようとする。



雪風「と、時津風…落ち着いて…」


吹雪「一体どうしたのですか…」



雪風は心配そうに時津風と親潮、天津風の間に入り、吹雪が何事だと聞き出す。




時津風「思いっきり手を抜いてさ…!何がやりたいんだよ!!」


叢雲「え…」


吹雪「手を…抜いた…?」


天津風「…」



時津風の指摘に天津風がバツの悪そうな顔をして沈黙する。



親潮「すみません、時津風」



助け船を出すように親潮がそれに答えた。




親潮「全て司令の指示です、手を抜くようにしたのも…」


時津風「な…」




親潮の視線は今、走っている二人に注がれる。






親潮「劣勢の状態で沖波さんに繋ぐのも…」







二人の距離はいつの間にか大きく縮まっていた







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風雲(なんで…なんでよ!?)









同じ夕雲型の改二なのに






一切速度を緩めずに5kmを全力疾走しているのに





白友提督を人質に取られ、負けるわけにはいかないというのに







風雲(どうして…!?)






風雲はあっという間に離していたリードを詰められ






風雲(え…)






横に並ばれたと思ったすぐに沖波に抜かされてしまった







一瞬見えた沖波の横顔






まるで別人のような厳しい顔つきだった








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役員「な、なんだあの速度は!?」


九草「ぐ…!」




勝利を確信していた役員の顔が一気に青ざめる。


九草は悔しそうに顔をしかめた。









祥鳳「提督、終わりましたよ」


提督「ん…」





祥鳳は勝利を確信して提督を揺り起こしていた。






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風雲「はぁ…!はぁ…!…うぐ…ぐ…」










結局風雲は大差をつけられてゴールを迎えた。





沖波「…」




全力疾走をして息も絶え絶えな風雲に対し、沖波は息ひとつ乱さず涼しい顔をしている。




風雲「おき…なみ…?」



両手を膝につけた風雲を沖波が見下ろす。



沖波「風雲姉さん…」



そしてどこか寂しそうな顔を見せた。




沖波「波の動き、風向きを見て必要最小限の動きをして…」


風雲「え…」


沖波「カーブに対しても力の入れどころを見極めて燃料とスタミナを温存し続ける」



風雲には沖波が何を言おうとしているのかわからない。



沖波「そうして少しでも決戦のための余力を残しておかないと…」




そこには風雲の知っている沖波はいなかった




沖波「私達は…あの柱島で生き残れなかったのですよ」


風雲「沖波…」


沖波「…」





沖波はそのまま風雲から離れ仲間達の方へと向かった。






親潮「お疲れ様です」


天津風「良い走りっぷりだったわよ」


沖波「ふふ、ありがとうございます」




親潮、天津風、沖波の3人は余裕の表情を見せながら演習場を離れて行った。




振り返りもせず離れて行く沖波の姿に、風雲は沖波との距離感だけでなく力の差をも感じ取っていた。






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【横須賀鎮守府 工廠】





九草「まったく…何てザマだ!情けない!」






演習を終えて艤装を外していると、リレーに出た艦娘達が九草に呼び出された。

吹雪、叢雲、雪風、時津風、風雲の5人が横並びに立たされている。



九草「あれだけリードしていたのに恥ずかしくないのか!?どうなんだ風雲!!」


風雲「すみません…」



そしてその矛先が風雲に向けられている。


司令部施設から見ていた九草には風雲が逆転を許したという風にしか映らなかったらしい。



時津風「やめろよ…!負けたのは全員が負けてたからだよ!」


雪風「そ、そうです…!雪風達の時は手を抜かれていました!」



風雲だけが責められることに耐え切れず時津風と雪風が声を上げる。



九草「だったらお前らまとめて連帯責任だ!全員明日まで独房に入ってろ!!」


時津風「な…!」


風雲「ちょ、ちょっと待ってよ!負けたのは私のせいなんだから!他の子は巻き込まないで!」


九草「黙れ!よくもこの俺を役員の前で恥を掻かせたな!?食事抜きで明日まで腹空かせて反省していろ!」


提督「そうだそうだ!お前らがヘナチョコなせいで恥を掻いたんだ!クソ提督に謝れ!」


九草「!?」


雪風「え!?」


時津風「し、しれー!?」


提督「このちんちくりんの雑魚共が!それでも改二駆逐艦か!?そんなことではいつまでも子供体形のままだぞ!!」


九草「…何をしているのですか?」


提督「説教」



いつの間にか提督がその場に混ざっている。



提督「撮ったかイムヤ」


イムヤ「ええ、バッチリよ」



その後ろではイムヤがスマホを構えている。



提督「いやー、クソ提督が自分の無能さを部下に責任転嫁しているところを撮影させてもらった」


九草「な…!?」


提督「可哀想な艦娘達…このことは大本営に報告させてもらおうか。穏健派筆頭のはずのクソ提督がこんな姿を晒しては…」


九草「ぐ…!な、何が望みですか…!」


提督「一回くらいの負けは許してやれよ、そっちがヘナチョコなんじゃなくてこっちが強すぎるだけなんだからよ。残り2戦あるんだ、そっちで挽回すりゃいいだろ?」


九草「…」


雪風「しれぇ…」



提督の意外過ぎる提案に九草が眉を顰める。



九草「どうしてあなたがそんなこと…元所属だった艦娘への情けのつもりですか?」


提督「情けって言うより情けないけどな」


時津風「な、なんだとー!!」


提督「俺はそっちの吹雪に少し貸しがあるんだよ」


吹雪「へ?私?」



名指しされた本人が一番驚いている。



提督「そんなわけでここは俺に免じて許してやってくれや、な?」


九草「…わかりました」



提督の提案に九草があっさりと引き下がりその場を離れて行った。









風雲「なによ…お礼なんか…」


提督「よお、沖波に負けたヘナチョコアンカー」


風雲「何ですってぇ!?」



提督の挑発に風雲があっさりと乗ってしまう。



叢雲「ちょっと!よしなさいよ風雲!一応助けてくれたんだから!」


提督「一応ってなんだ一応って」


吹雪「そうですよ!佐世保の提督さん!本当にありがとうございました!」


提督「ほらほら吹雪を見習え、土下座して感謝しろや」


風雲「うぐぐぐ!こんのぉーー!!」


叢雲「だぁぁ!あんたも挑発するんじゃないわよ!」



提督のあざ笑うかのような言い方に風雲は掴みかかりそうになる。

それをすり抜けるかのように提督は笑いながらその場を去っていった。





まるで以前と同じいつものやり取りに思えた。




雪風「時津風、良かっ…」


時津風「…」




しかし時津風は寂しそうな顔をしている。






時津風(なんで…)


雪風「時津風…?」





時津風(どうしてこっちを見てくれないんだよ…しれー…)






提督が時津風を視界に入れることが一度も無かったからだった。








提督との間にできてしまった壁のようなものに時津風は涙をこらえながら俯くしかなかった。










【横須賀鎮守府 工廠】





大鳳「それでは対空戦のメンバーですけど…」



横須賀鎮守府の空母機動部隊のリーダー的存在である大鳳が仕切り、これから行われる対空演習のメンバーを選ぼうとしている。



瑞鶴「向こうは二人で来るのよね、舐められたものね」


翔鶴「瑞鶴?油断してはダメよ?」


瑞鶴「わかってる。リレーでも5対3で負けちゃったわけだし…油断なんてしないわ」



瑞鶴の表情は良い感じに引き締まっていて頼もしさを感じさせる。

気負いは感じられない様で翔鶴がホッと息を吐いた。



隼鷹「向こうさんは何してくるかわかんねーからなー。前みたいに突貫してきたりして、あっはっは」


大鳳「ちょっと隼鷹さん?」



物々しい雰囲気を変えるべく隼鷹がおどけてみせて大鳳がそれを窘める。



葛城「十分考えられるわね、どうせ雲龍姉は狂気全面に出して襲い掛かって来るに決まってる」


天城「葛城…」


瑞鶴「あなた…自分の姉に対して…」


葛城「大鳳さん、私を演習に出して下さい」



葛城が険しい表情のまま演習への出撃を志願する。


彼女の中ではまだ雲龍のことを許すというのは割り切れない問題らしい。




大鳳「…わかりました」


翔鶴「大鳳さん?」


葛城「ありがとうございます!」


大鳳「…ですが対空戦ですよ?対艦戦ではありませんのでそこは勘違いしないで下さい」


葛城「う…すみません…」




次の演習は艦娘同士の戦いではなく艦載機を使った対空戦となる。


両チームの艦載機を全て撃ち落とした方が勝ちというルールだ。



大鳳「天城さんは?」


天城「私は遠慮します、外から雲龍姉と葛城の成長を見守らせていただきたいので。それに…」


翔鶴「…それに?」


天城「いえ…演習が終わったらお話します」


葛城「…?」



天城の申し訳なさそうな顔に葛城が眉を顰めた。



瑞鶴「そっか、それじゃあ私と…」


隼鷹「はいはいはい!前回の借りを返したいから出させてくれよ!」


大鳳「それでは瑞鶴さん、葛城さん、隼鷹さんの3人で対空戦に出場して下さい」


葛城「やってやるわ!見てなさいよ雲龍姉…!」


隼鷹「おーっし、景気づけに一杯やるかぁ!」


瑞鶴「…がんばりましょう」



やる気満々の二人に対し瑞鶴は少し自信無さげだった。









翔鶴「瑞鶴、どうしたの?」


瑞鶴「私達、ずっと演習をして大規模作戦をこなして戦果を上げたりしてきたけどさ…」



翔鶴と二人だけになったところで瑞鶴が暗い顔を見せる。




瑞鶴「なんか…勝てる気がしないのよね…今日の演習」


翔鶴「瑞鶴…」


瑞鶴「白友提督のために負けるわけにはいかないのはわかってる。でも、でもね…」



瑞鶴の表情は離れ離れになっている白友を想ってか、いつもの毅然とした態度ではなく弱々しい一人の女の顔になっていた。



瑞鶴「佐世保鎮守府のみんな…前に来た時と一緒でとっても楽しそうに見える」


翔鶴「…」


瑞鶴「正直…羨ましい…」




白友という大きな柱を失った瑞鶴の気弱な言葉を受け取りながら翔鶴は瑞鶴を優しく抱きしめ髪を撫でた。






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【横須賀鎮守府 演習場】






祥鳳「演習…久しぶりですね」


雲龍「ええ…柱島に行っていた間はずっと深海棲艦との艦載機ばかりだったものね」




演習開始までもう少し。


祥鳳と雲龍は先に出て準備運動をしていた。





雲龍「今でも悪夢にうなされることがあるわ…」




雲龍は遠い目で顔を上げながら呟く。



雲龍「沖波の考えた強化訓練をしている夢を…」


祥鳳「それ、すごくわかります…」




暑いわけでもないのに二人の顔に汗が浮かんでいた。





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瑞鶴「葛城、いい?絶対に先行しちゃダメだからね」


葛城「は、はい…!」


隼鷹「そんなに気負うなってーの、いつも通りやりゃ勝てるって」


葛城「いつも通りじゃダメよ!さっきのリレー見たでしょう!?」


隼鷹「お、おい…」


瑞鶴「葛城…」




先程出撃を志願した時より葛城の気負いが大きくなっている。


出撃させるべきでは無かったかと瑞鶴は演習前だというのに頭を悩ませた。




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【司令部施設】




沖波「失礼します」



艤装を外し終えた沖波が司令部施設にやってきた。



提督「よぉ先生、見事な走りっぷりだったな」


沖波「も、もう、先生はやめて下さい…!どうせ寝てたくせに…」


提督「バレたか、それよりもこれから生徒達が演習に出るぞ。もし負けるような事があったら一から叩き直してやれ」


沖波「負けるはずがありませんよ、あれだけ戦ってきたのですから」


提督「それもそうだな」



提督は司令部施設の椅子に深く腰を掛けて帽子で目を隠す。



提督「寝…」


沖波「寝たら祥鳳さんに言いつけますよ?ちゃんと見ててあげて下さい」


提督「わーったよ」



沖波に釘をさされ提督は大人しく司令部施設の画面を見た。








九草「…」




少し離れた所から九草がその二人の様子を見ていた。







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『演習開始』





葛城「全艦載機!発艦開始!!」



勢いよく葛城が艦載機を発艦させる、だが…



瑞鶴「葛城!速すぎる!!」


隼鷹「迂回するこっちにも合わせろっての!!」



葛城が正面を、瑞鶴と隼鷹で左右からという予定だったが、気負い過ぎた葛城の艦載機が先行してしまった。




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祥鳳「葛城さんの艦載機が来ましたね、私が正面から向かい撃ちましょう」


雲龍「それじゃあ私が左右から援護するわ」



二人は落ち着いた様子で葛城の迎撃を開始した。



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提督「あらら…俺から見ても葛城が突っ走ってんのがわかるぞ」


沖波「的にして下さいって言っているようなものですよね」


提督「うーわ、沖波さん口悪っ!」


沖波「司令官に言われたくないです!」



司令部施設から演習場の映像を見ながら二人は楽しそうに話している。






九草「ちっ…!せめて数機くらい落とせよ…!」




そんな二人を尻目に九草は舌打ちしながら見ていた。




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天城「葛城ったら…」



葛城の艦載機を見て天城が心配そうな顔で見ている。



先行してしまった葛城の艦載機が祥鳳と雲龍の見事な連携によって次々と撃墜されていく。



天城(キレイな陣形…前の演習を思い出しますね…)



雲龍が祥鳳の動きに合わせ完璧なフォローをしていた。


それが今の雲龍と祥鳳の深い関係を想像させて天城は嬉しく思ったが、葛城のこともあって心からは喜べなかった。




翔鶴「早く退かないと…!」


大鳳「全機撃墜されますよ!?」




翔鶴と大鳳が葛城に撤退して欲しいと声を上げた時…




天城「え…」



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葛城「っぐ…!」



葛城が自分の艦載機を一旦引き揚げさせようと思った時だった。




葛城「え!?なに…!?」




葛城の艦載機が残らず全て撃ち落とされてしまった。




瑞鶴「何よあれ!」


隼鷹「マジかよ…」




いつの間にか祥鳳と雲龍が葛城の艦載機を対空機銃で撃ち落としに掛かっていたのだった。




隼鷹「無茶苦茶だろ!?ありえねーって!」




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九草「な、なんだあれは…!」


役員「こんなのは反則…」


提督「反則か?」


役員「え?え?えっと…その…」



司令部施設にいる審判役の役員がパラパラと演習規定を読み直している。



提督「前例が無いだけで反則ではないだろう?くっくっく…」






通常、艦載機を操りながら同時に対空機銃で艦載機を撃ち落とすことなどできるはずがない。


艦載機を出している間、空母の艦娘達は想像以上の精神力を使って操っているからだ。

とても対空砲で狙いを定め撃つことなどできない。

下手をすれば自分の艦載機を誤って撃ってしまう可能性だってあるのだ。


それに対空機銃と対空電探を装着するということは自分の搭載数を削ることになるため数字上の不利を招くことになる。



沖波「うふふ、面喰ってますね。向こうの艦載機の動きが乱れています」




その様子を見て沖波のメガネがキラリと光った。




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瑞鶴「くっ…!各個撃破で来たか…!隼鷹!一対一で迎え撃つわよ!」


隼鷹「わ、わかってる…!けど上見りゃ良いのか下見りゃいいのか…!?」


瑞鶴「下への対処はできないわ!上空の艦載機だけを撃ち落とすことを考えて!」



そうは言うものの、想定外のことに二人とも艦載機の動きが乱れ、上手く陣形を作ることができない。





葛城「あ…ああ…」




立て直そう、冷静になろうとするが、その間に艦載機が次々と撃墜されていく。



祥鳳も雲龍も上空と対空の手を休めることなく撃ち続け…










『全機撃墜確認、佐世保鎮守府の勝利です』









時を必要とせずに3人の艦載機は全て撃墜されてしまった。





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祥鳳「お疲れ様でした、雲龍さん」


雲龍「お疲れ様…」



演習を終えて二人が一息吐く。


しかし演習に勝利したはずなのに雲龍は浮かない表情だった。



雲龍「正直…ガッカリしたわ…」


祥鳳「雲龍さん…」




何に対してガッカリしたのか。


祥鳳にはそれが痛いほどわかり彼女の背を優しく撫でるのだった。




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提督「…」


沖波「司令官?」



司令部施設で提督は自分の両耳を手で塞いでいる。



沖波「なにしてるのですか?」


提督「…?」



沖波に見られているのに気づきようやく提督が手を放す。



提督「いや…祥鳳がバカみたいにデカい声で叫ばないかと…」


沖波「ああ…それで…」



前回の合同演習で窓が割れそうになるほど祥鳳が歓喜の声を上げたことを思い出し提督は対策していたらしい。



沖波「ちゃんと勝ちましたよ、後で祥鳳さんを褒めてあげて下さいね」


提督「へいへい、わかってますよ」



沖波の声に提督が面倒くさそうに答えながら立ち上がる。



提督「持って来た金を仕舞っておいてくれ。あと、明日の艦隊戦の作戦準備も忘れるんじゃねーぞ」


沖波「はい」



提督は後のことを沖波に任せ、さっさと司令部施設を出て行った。






















沖波「…………んどくせーな…」







提督が去った後、残された沖波の小さく呟いた







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【横須賀鎮守府 工廠】





葛城「すみませんでした…」


瑞鶴「…」


隼鷹「あーあ、ったく…あれだけ先行されてちゃアタシらだってフォローに追いつけないだろ…」


葛城「はい…」



工廠に引き上げるとすぐに葛城が二人に対し頭を下げた。


隼鷹は頭を掻きながら呆れた溜息を吐き、瑞鶴は何も言わず俯いている。



瑞鶴「ごめんね隼鷹…」


葛城「え…」


隼鷹「は?なんで瑞鶴が謝るんだよ」


瑞鶴「気持ちが負けてたのよ…葛城だけじゃなく、私も…」


隼鷹「瑞鶴…」


瑞鶴「こんなんじゃ…負けて当然よね…」


葛城「瑞鶴先輩…」


隼鷹「お、おい…」



力無くうなだれる瑞鶴に葛城も隼鷹も掛ける言葉が見つからなかった。





雲龍「大丈夫?」


瑞鶴「え…」


葛城「雲龍姉…」



そこへ同じように演習場から引き揚げた雲龍がやって来た。



雲龍「艦載機の動きにも迷いが見られたわ。色々と抱えているようね」


瑞鶴「雲龍…」


雲龍「何か悩みがあるならいつでも聞くわよ。自分の仲間達には言い辛いことあるでしょうから」


瑞鶴「う、うん…ありがと…」



おおよそ雲龍らしくない優しい言葉に思わず瑞鶴は礼を言い、葛城が目を丸くしていた。





雲龍「葛城」


葛城「え…!」



しかし打って変わって葛城には冷たい目で見る。



雲龍「さっきのあれは何?どういうつもりなの?」


葛城「な、何が…」


雲龍「あなた、実戦でもあんなふざけた戦い方をするつもりなの?」


葛城「あ…ぅ…」



雲龍の厳しい指摘に葛城が言葉に詰まる。



葛城「さ、さっきのは…雲龍姉との…演習だったから…」


雲龍「演習のつもりで演習をしていたと?」


葛城「そ、それは…」


雲龍「…」



しどろもどろになる葛城に対し、雲龍が小さくため息を吐く。




雲龍「あなた、この2年間何をしてきたの?」


葛城「わ、私…」


雲龍「正直…ガッカリだったわ」


葛城「…」



雲龍の厳しい視線から葛城は逃れるように俯いてしまった。




そんな妹を呆れるような目で見た後、雲龍はその場を去ってしまった。






葛城「なによ…なによなによ…!だったら雲龍姉は何が変わったって言うのよっ!!」




雲龍が去った後、目に涙を溜めながら葛城が叫んだ。



祥鳳「葛城さん」


葛城「しょ、祥鳳さん…」



そこにすかさず祥鳳が現れる。



祥鳳「雲龍さんはあの柱島で変わりましたよ、以前のような狂気を全面に出す戦い方はもうすることはありません」



祥鳳は雲龍のフォローのために葛城に近づいたのだった。



祥鳳「今の雲龍さんは…自分のためだけでなく、仲間のために戦うことのできるとても頼りになる方なのですよ」


葛城「…」


祥鳳「だからこそ…今日の葛城さんの突っ走った戦い方が許せなかったのでしょうね…」




祥鳳の言葉を受け入れられたかはわからないが、葛城はそれ以上声を荒げることは無かった。






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【鎮守府内 談話室】




時津風「…」


雪風「しれぇに会いに行かなくてもいいのですか?」



午後から演習の無かった時津風と雪風は談話室で寛いでいた。


とはいえ時津風の表情は沈みがちでいつものような元気が見られない。



時津風「しれー…怒ってんのかな…」


雪風「はい?」


時津風「2年前…しれーの考えていることが理解できずに『大っ嫌い』なんて言っちゃったからさ…」


雪風「ああ、しれぇなら根に持っててもおかしくないですよね」


時津風「でしょー…」



雪風が肯定すると時津風が力無くテーブルに額をくっつけた。



雪風(よし…!)



そんな時津風を元気づけようと雪風が行動を起こす。