2020-10-09 20:21:02 更新

概要

元ブラック鎮守府にやって来たのは艦娘のクォーターの青年だった。

この話に出てくる地名・団体・建物・人物名などは全て架空のものであり、史実とも違う要素が多々あります。

※過去に作者がハーメルンで活動していた際に投稿していたものの内容を大幅に改訂、再構成したものです。
※ボーイズラブ要素が微量ながら含まれます。また、淫夢語録も登場します。


第1章:提督になるまで




ー自動車工場ー



工場長「おい清太。このクラウン見てくれ」

清太「分かりました」


神奈川県のとある自動車整備工場。忙しそうに整備スタッフ達が歩き回る作業場の一角で、1人の青年が車の下に潜って作業をしていた。


清太「ったくこのクラウン年式と走行距離の割にどこもかしこもボロボロじゃねぇか。そりゃ調子も悪くなるぜ」


誰にも聞こえないように愚痴を漏らしながら車の下から這い出てきた青年の名は玉木清太。今年で24歳の2級整備士である。清太がクラウンのボンネットを開けてエンジンを調べていると、作業着を着た小さな生き物がエンジンのとある箇所を指差してきた。(以下作業着)


清太「何だ?そこに異常があるのか?」

作業着「」コクコク


作業着を着た生き物が指した場所を清太がよく見てみると、小さな亀裂があり、そこから僅かではあるがオイルがにじみ出ていた。


清太「うわ、これはヤバい奴じゃん。ありがとうな」

作業着「」エッヘン


清太に指で頭を撫でられて、作業着を来た生き物は誇らしげに胸を張る。この小さな生き物は妖精と言われている。妖精達は限られた人間にしか見えず、妖精達が見える者の多くは提督という職業に就き、艦娘という見目麗しい兵器達と共に数十年前、世界中の海に突如として現れた深海棲艦と戦うことになる。しかし8年前に多くの犠牲を払って食い止めた湘南海岸への深海棲艦の大侵攻が発生して以降、日本に深海棲艦が上陸してきたことはなく、何不自由なく生活しているということも相まって人々の深海棲艦との戦いに対する考えは甘い。


その後、清太はクラウンの状態を上司に伝え、タイムカードを押すと工場から出た。朝9時から18時。途中で1時間の休憩を挟む。勤続4年目にして給料は手取りで32万、賞与も年2回、残業は月20時間以内。年間休日127日(有休除く)のため、専門学校までしか出ていない清太にはかなりの好待遇である。


清太「今日の晩飯は何にしようか」

作業着「カレーがいいです」

清太「一昨日したじゃん」

作業着「今日もカレー明日もカレー。カレーは毎日食べられますよ」

清太「いや、飽きるだろ」


清太が作業着を着た妖精と話ながら歩いていると、清太の真横に数台のバイクが停車した。どのバイクも所謂族車と言われるような改造がされてある。清太が立ち止まっていると、真っ赤な髪の少年がバイクから降りてきて清太に頭を下げた。(以下赤髪)


赤髪「お仕事お疲れ様です総長!」

その他「お疲れ様です!!」

清太「江東。総長はやめろ。俺はもうとっくに族を引退してるんだ」

赤髪→江東「いえ、俺からすれば玉木さんは永遠に湘南怒髪天の総長ッス!」

清太「いや、だからな……」


清太はかつて暴走族の総長だった。自分が周囲に呼びかけて創った……と言うわけではなく、自然と人が集まって族になり、気付けば初代総長になっていたと言うのが正確なところである。江東はかつて清太がいたチームの3代目だ。


江東「今度江ノ島に走りに行くんですけど、どうっすか?」

清太「江ノ島はやめとけ。あんまり騒ぐと海軍にしょっ引かれるぞ。箱根にしとけ箱根に」


最近、江ノ島には鎮守府ができた。あまり騒ぎすぎると憲兵達に捕まるかもしれない。憲兵は未成年に対しても容赦がないため、清太は江藤達に箱根を勧めたのだった。


江東「いや、でも海軍にビビってたら地獄の番犬共が……」

清太「勝手に粋がらせてろ。それとも、初代総長の言うことが聞けないのか?」

江東「……わかりました。あの、それと江ノ島で1つ気になることが」

清太「何だ」

江東「何でもあそこの鎮守府、黒い噂が絶えないんすよ。艦娘達を虐めてるとか、そういうのが」

清太「……まさか、噂は噂だろう。ほら、もういいから行った行った」

江東「はぁ。じゃあ失礼します」


江藤達が去ると、清太は左腕に付けている銀色のバングルをさすった。


清太「艦娘、ねぇ……」



ー清太の自宅ー



清太「ただいま……っと」

??「お、お帰り~」

清太「」イラッ


江藤達と別れて1時間後。買い物を済ませた清太は職場から徒歩15分の自宅の玄関にいた。家賃は色々と訳あって破格の2千円である。風呂もトイレもちゃんとある。


清太「亮太。勝手に抜け穴から入って来てんじゃねぇよ」

亮太「飯を……飯を分けてクレメンス……」グゥー

清太「自分の金で材料買って作ればいいだろ」

亮太「お前の飯が食いたいんだよ!」クワッ

清太「黙れ」ゲシッ

亮太「あぅ」


清太に足蹴にされているこの男の名前は新見亮太。清太とは同い年で長い付き合いである。かなりの秀才で、帝都の有名国立大の医学部にストレートで入学し、現在は帝都にある大学病院で研修医として勤務している。しかし料理があまり得意でない上に、研修医という多忙を極める職業柄、よく清太に飯をねだりに来たりと何かと清太の部屋に入り浸っている。抜け穴とは清太と亮太の部屋の押し入れには隠し戸があり、よくそこから亮太が清太の部屋に侵入してくるのだ。


亮太「今日の飯は?」

清太「肉じゃがで~す……じゃねぇ!」バキッ

亮太「痛っ」


しばらく押し問答が続いたが、結局清太が折れて一緒に食事をすることになった。


亮太「う~ん、このホクホクとした感じに出汁の染み具合、これは北海道産の……男爵いもだな」ドヤッ

清太「茨城県産のメークインだ馬鹿」





ー江ノ島鎮守府 執務室ー



清太達が晩ご飯を食べている頃、ところ変わってここは江ノ島鎮守府の執務室。執務室には白い軍服に白い軍帽を被った肥満体の提督と、長い髪をポニーテールにし、露出の高い服装の艦娘がいる。


提督「全く。この辺りは昭和で時代が止まっておるのか。毎晩毎晩ブンブンブンブン蝿みたいに集まってきおってからに……。五月蠅くて敵わん」


提督の視線の先には江ノ島に集まっている暴走族達のバイクや車のライトがまるで洪水の様に溢れている。防弾防音仕様の窓ガラスだというのにバイクの騒音が聞こえてくるところからも、かなりの爆音であることがわかる。


提督「おい矢矧。お前、ちょっとあいつらを砲撃して肉片にしてこい」

矢矧「いや、それは……」


提督の言葉に矢矧と呼ばれた艦娘はたじろぐ。そもそも理由なしに一般人を砲撃するのは禁止されている。できるわけがないのだ。矢矧がたじろいでいると、提督がにやつきながら矢矧の顔を覗き込む。


提督「俺の命令が聞けないのか~?いいんだぞ?お前の姉妹艦達を売りに出すなり、解体してゴミに出しても。そもそもお前が戦果を挙げてこないからこうやって秘書艦で俺の世話をさせてやってるんじゃないか」

矢矧「……」

提督「阿賀野や能代がこの写真や動画を見たら泣くだろうなぁ」

矢矧「……このぉ!!」


提督の手に握られていた写真を見た矢矧は艤装を展開し、提督に襲いかかろうとした。が……


提督「おっと」バシュッ

矢矧「がぁっ!?」

提督「へへへ……残念だったな矢矧。こういうことがあるのを想定して、艦娘も気絶する特殊なスタンガンを携帯してたんだよ。おい、誰かいないか。このゴミをあのゴミ捨て場に捨ててきてくれ」


床に転がる矢矧の頭を踏みつけながら提督は薄ら笑いを浮かべた。



ー湘南海岸ー



清太「いや~江ノ島は凄いな。騒音がここまで聞こえてくるぞ」

亮太「江東達は箱根に行ったみたいだから、大方権堂達だろ」


矢矧が気絶させられた頃、食事を終えた清太と亮太は缶ビール片手に家から徒歩5分の湘南海岸に座っていた。今日は満月ということもあり、海岸の木陰でイチャつくカップル達を照らしている。


清太「族引退して6年か。時の流れは速いもんだな」

亮太「俺もお前も気付けば24だぜ?」

清太「うかうかしてたらあっという間に爺さんになって墓場に直行だな」

亮太「爺臭いな。……あ、そうそう。明日俺休みなんだけど、お前は?」

清太「休み」

亮太「じゃあさ、どっか走りに行かねぇか?奥多摩とか」

清太「え~箱根がいい。奥多摩混むじゃん」

亮太「箱根も変わらないだろうが」

清太・亮太「「……」」


暫しの静寂の後、清太と亮太は立ち上がると向かい合った。


清太「こうなったらいつものやつで決めるぞ」

亮太「どうやらそれしか方法がないようだな」

清太・亮太「「せーのっ」」

清太・亮太「「最初はグー!ジャンケンポン!!あいこでしょ!あいこでしょ!」」


突然大の男2人が真剣にジャンケンをする様子に、清太達の周囲で乳繰り合っていたカップル達は驚いた様子でその場から足早に立ち去っていった。


結局5分間の攻防戦の末、清太の希望通り箱根に行き、その後道志を経由して帰ってくると言うルートで決定した。



~翌日~

ー箱根ー



清太「いや~箱根はいいな」ノビー

亮太「天気もいいしな~」


翌日。清太と亮太は箱根に来ていた。平日の朝ということもあってか、人はほとんどいない。駐車場にある自販機で朝食代わりのハンバーガーとポテトを購入し、ベンチに座って食べようとしていたその時、爆音と共に数台の族車が駐車場に入って来た。


<やべぇ、地獄の番犬の権堂だ。

<早く行こうぜ。

<何で箱根にいるんだよ。


族車に貼られたステッカーを見た清太と亮太を除いたライダー達が逃げるように駐車場を後にする。族車に乗っていた男達はヘルメットを脱ぐと真っ直ぐに清太達の座るベンチにやって来た。


??「おい玉木、新見。何でテメェらがここにいるんだよ」

清太「権堂か。お前まだ族やってんのか。いい加減引退しろよ」

亮太「24にもなって7色パンチはキッツいぞ」


権堂次郎。清太や亮太と同い年で『地獄の番犬』と呼ばれる暴走族の総長である。特徴は7色に染められたパンチパーマで、遠目からでもよく目立つ。


権堂「うるせぇ!湘南でトップになるまでは……」

清太「いい年した大人がトップがどうたらってだせぇぞ」

亮太「ここで油売ってないではよハローワーク行ってこい」

権堂「うるせぇ!……俺だって就職してぇよ。でもな、俺がハローワークに行ったら職員が皆逃げちまうんだよ」

清太「そりゃその頭で行ったらアホだろ。何処の世界に7色パンチパーマの厳つい男を採用してくれる会社があるんだよ。ヤクザでも拒否されるわ」

権堂「これは俺のアイデンチチィだ!大体玉木!お前だって髪の毛灰色じゃねぇか!」

清太「俺は許可されてるからいいんだよ」


清太の髪は亮太とは違い、灰色である。しかし清太自身は整備士であり、接客をすることはほぼない上に、染めているわけではないため店長も工場長も許可してくれているため、問題はない。


亮太「アイデンティティーな。スーパーのバイトから抜け出したいならさっさとストレートパーマあてて黒染めするんだな」

清太「さ、馬鹿はほっといてツーリングの続きに行くベ」


清太と亮太はゴミ箱にゴミを放り込むと権堂達の間をすり抜けてバイクに跨がった。


権堂「テメェ!待ちやがれ!」

清太「悪いな。社会人は休日が少ないんだ」

亮太「だから休日にお前らに構ってる暇はないんだよ」


騒ぐ権堂達を無視し、清太達は駐車場から出て行った。


部下1「総長!早く追いかけて〆ましょう」

部下2「そうですよ!相手は2人です!」

権堂「馬鹿野郎っ!そんな恥ずかしい真似ができるかっ!」

権堂(大体あの2人がマジになりゃ、普通の人間100人連れてきても勝てねぇよ)

部下1「権堂さん?」

権堂「……あいつらはほっとけ!それより飯を食うぞ!」

部下達「「は、はい!」」

権堂「……おい!」

部下達「「はい!」」

権堂「……悪いが誰か奢ってくれないか?金がない」

部下達「「……」」



ー無人島ー



矢矧「う……ここは?」


清太達がバイクで疾走している頃、矢矧は無人島にいた。矢矧は周囲を見回すとため息をついた。


矢矧「そっか……私、捨てられたのね……」


矢矧はしばらくその場で座り込んでいたが、このままじっとしていても仕方ないと思い直し、島の探索を始めた。しかしその直後、矢矧は衝撃的な光景に出くわした。


矢矧「これは……」


島の中心部に矢矧が辿り着くと、そこには痩せ細った艦娘達の遺体が折り重なるようにして積み上がっていた。既に長い歳月が経っている所為か遺体は所々白骨化したり、腐敗している。埋葬もされずに朽ち果てていく艦娘達の成れの果てに矢矧はショックを隠せなかった。


矢矧「と、とにかく食料と水を探さないと……」


矢矧はフラフラとその場を後にした。そんな矢矧の後ろ姿を海から見つめる3つの影があることに矢矧は気付かない。



~数時間後~

ー清太の自宅ー



清太「今日は楽しかったな」

亮太「飯も美味かったしな」


権堂達と別れて数時間後。帰宅した清太と亮太は清太の部屋でゲームをしていた。夕食まではまだ時間があるため、暇つぶしである。


清太「さて、そろそろ飯を作るか」

亮太「俺の分も頼む」

清太「却下」

亮太「頼むよ~頼むよ~」スリスリ

清太「キモい。すり寄ってくるな」


ピンポーン……


清太・亮太「「あ?」」


ピンポピンポピンポピンポーン……


亮太「……権堂かな」

清太「まさか朝のお礼参りか?」


清太は忍び足で玄関に向かうとドアにチェーンをかけてそっとドアを開けた。


清太「はい」

??「久しぶりだな清太。元気にしてたか?」ニコッ


バタン!ガチャ


??「おい清太!何故ドアを閉める!儂だ!お前の祖父の清一だ!ドアを開けなさい!」ドンドン

清太「知りません。そんな人聞いたことも見たこともありません」

??「儂頻繁にテレビに出てるだろ?」

清太「テレビは見ないので」

清一「今まで何度も会っただろ!?」

清太「記憶にございません」

清一「とにかく開けろ!開けなさい!開けてくださいお願いします!!」

清太「いい加減にしろ。警察呼ぶぞ」


数分後。結局大騒ぎしているところを大家に見つかり、清太は渋々清一を部屋に入れた。


清一「大家さんが来なかったら(心に)致命傷を負っていた」

清太「そのまま死んで、どうぞ(無慈悲)」

清一「……もう少し祖父に対して優しくなれんのか」

清太「無理です」バッサリ

清一「……」


清太の言葉に清一はため息をつくと、部屋を見回して清太の方に視線を移した。亮太は気を遣って抜け穴から自分の部屋に帰っていった。


清太「何だよ」

清一「お前、彼女はいないのか」

清太「いねぇよ。どうせ言いそうだから先に言っとくけどな、曾孫を期待するなら俺には期待するなよ」

清一「そう夢もへったくれもないようなことを言うな……ところで本題に入るが」

清太「断る」

清一「せめて何かぐらいは言わせんか」

清太「どうせろくでもないことだということが予想されるからな」

清一「……お前、提督をやってくれんか?」

清太「断る」

清一「今の年収の5倍の額が手に入ってもか?」

清太「ああ。今の仕事が気に入っている。人間関係も良好。やりがいもある。提督はどうだろうな?まだやってんだろ?派閥争い」


清太の言葉に清一は顔を背ける。


日本海軍は一枚岩ではない。艦娘達の扱い方の考えの違いから常に不安を抱えている。艦娘達を兵器として使い捨てるような作戦や、爆弾を抱えてでも突撃させる戦果を最優先にする考えを非人権派。艦娘達を人と同じと考え、艦娘達と信頼関係を築き上げ、その上で艦娘達が死なないような作戦を立てるような考えを人権派という。日本海軍は艦娘達が出現するようになってからというもの、この2つの派閥が常に争っている。


清一「金や権力に目が眩んだ奴等よりも、お前みたいな人材が必要なんだ。金も権力にも大して興味のなさそうな奴が」

清太「あんたの人選次第で変わることだろ。自分の後継者が欲しいなら他を当たれよ」

清一「それは……」

清太「俺の回答はNOだ。さっさと帰れ」


そう言って清太は清一の背中を押して玄関から追い出すと鍵をかけた。



ー無人島ー



矢矧「はぁ、はぁ……み、水……」


清太が清一を追い出している頃、矢矧は砂浜に座り込んでいた。島中を歩き回ったが水はおろか食料もない。ずっと歩き回った所為か喉が渇いて仕方がない。その上連日の出撃の疲れもここにきて出始め、矢矧はその場を動けなくなった。


矢矧(このまま……死ぬの……?皆……ごめん)


??「……」



ー清太の部屋ー



『お前なんか息子じゃない!人間の皮を被った化け物め!』

『お前はどんなに努力しても幸せにはなれない。早く死んだ方が楽だぞ』


『お前らは使い捨てなんだよ。国のために早く死ね』

『元帥の孫だからって思い上がるなよ』


清太「!!」ガバッ

清太「……夢、か。ジジイの所為で嫌な思い出が夢にまで出てきやがった」


汗を拭い、毒づきながら清太が枕元の時計を見ると、時計は深夜1時半を指していた。


清太「……気晴らしに走るか」


清太はジャケットを羽織ると、バイクの鍵を持って玄関の扉を開けた。駐輪場には清太の愛車である火の玉カラーのゼファーχが停まっている。この他に清太は軽自動車のジムニーも所有している。


清太はバイクに跨がるとエンジンをかけ、寝静まった深夜の湘南に向けて走り出した。



ー湘南海岸ー



??「……ドウシヨウ」


清太がバイクで走り出した頃、湘南海岸の砂浜には困った顔をして体育座りをする影があった。


??「港湾棲姫様ニ言ワレテ運ンデキタモノノ、誰ニ渡セバ……」


彼女の名は戦艦棲姫。深海棲艦である。数時間前、自分達の休息地の1つである無人島で艦娘が倒れていて、このまま死なすのは勿体ないと思って悩んでいたところ、上司である港湾棲姫に『だったら帰してあげればいいじゃない』と言われ、ここまできた。


しかし、そもそもこの艦娘を海軍に引き渡したら同じ事になるのではないか。そう考えた戦艦棲姫は鎮守府には向かわず、誰か頼れそうな人を探していた。が、戦艦棲姫は人類の敵である深海棲艦。それも強大な力を持つ姫級である。海軍の警戒網をくぐり抜けてここまで来るのにも苦労したのに、さらに人を探すのは困難だった。おまけに到着したのは深夜で、人は殆ど通らない。


戦艦棲姫が困っていると、海の中から護衛のレ級とヲ級が心配そうに見てくる。


戦艦棲姫「コノママデハマズイ……」


戦艦棲姫が困っていると、バイクのエンジン音が聞こえて来た。音の鳴る方に戦艦棲姫が視線を向けると、どうやら若い男のようだ。その肩には妖精達が楽しそうに乗っている。


戦艦棲姫「アイツダ!アイツニ決メタ!ヲ級!アイツヲ止メロ!」

ヲ級「ヲ!」


戦艦棲姫に命じられ、ヲ級は艦載機を発進させた。



ー国道134ー



清太「Foo!気持ちい~」

ヲ級の艦載機「」ズダダダダ……

清太「うおっ!?な、何だ?」


突然の銃撃に、深夜の国道を走っていた清太が思わずバイクを停めた。すると銃撃をしてきた白くて丸い艦載機は清太の周囲をまるで清太を逃がすまいといった様子で旋回しはじめた。


清太「こいつら、白たこ焼き(深海棲艦が扱う艦載機の中でも上位に君臨する艦載機の通称)じゃないか。何でこんな所に……」


清太が周囲を見回していると、こちらに向かって走ってくる3つの影が見えた。それを見た清太はバイクを降りるとエンジンを切り、左手首に付いたバングルを外した。


清太「なる程。俺に喧嘩を売ろうってのか。上等だ!」


清太は不敵に笑うと周囲を旋回する白たこ焼きを掴み取り、影に向かって投げつけた。


戦艦棲姫「急ゲ!アイツガ停マッテイル間ニ……」


戦艦棲姫達が近づこうとすると、戦艦棲姫の頬を掠めて何かが飛び去り、すぐ後ろで爆発した。


戦艦棲姫「ナッ、何ダ!?」

ヲ級「ヲ、ヲヲヲ……(あれ、私の艦載機)」

戦艦棲姫「何?ヲ級ノ艦載機ダト?」

レ級「レ!レレ!レレレレレ!(アイツヤバい!絶対ヤバい!逃げましょう姫!)」

戦艦棲姫「馬鹿ナ事ヲ言ウナ。千載一遇ノチャンスナンダゾ!」


脚にしがみつくレ級を引き剥がそうと戦艦棲姫が苦戦していると、すぐ横に立っているヲ級の顔面に白たこ焼きが命中した。


ヲ級「ヺッ……」バタッ

清太「テメェらよぉ。人が気持ちよく走ってるのに邪魔してくれちゃってよぉ……覚悟できてるんだろうなぁ?ええ?」

戦艦棲姫「待テ!我々ハ決シテ怪シイ者デハナイ!頼ミガアッテ……」

清太「うるせぇ全員ぶっ飛ばしてやらぁ!」

戦艦棲姫・レ級「「ヒィィィィ!!」」


深夜の湘南海岸に深海棲艦の悲鳴と何かを殴る音が響き渡った。



~数分後~



清太「……で?何で深海棲艦。それも姫級とフラグシップ級が艦娘背負ってノコノコ現れたんだ?」


数分後。一通り戦艦棲姫をボコボコにした清太が鋭い目つきで目の前に正座をしている戦艦棲姫達を見る。


戦艦棲姫「私達ハ深海棲艦ハ深海棲艦デモ、穏健派ト言ワレル突然変異種ダ。基本的ニ自衛目的以外デ戦ウコトハナイ。艦娘達ニモ敵対感情ハナイ」

清太「突然変異種、ねぇ……」

戦艦棲姫「突然変異種ト言ッテモ、先天的ダッタリ後天的ダッタリスルガナ……トコロデオ前ハ何者ナンダ?」

清太「ただの通行人だ。じゃあ俺は帰る」


清太がクルリと向きを変えてその場から立ち去ろうとすると、戦艦棲姫が清太の肩を掴む。


戦艦棲姫「待テ。コイツモ連レテ帰レ」

清太「やだ」

戦艦棲姫「何故ダ」

清太「うちの家、艦娘飼っちゃいけないんだよ」

戦艦棲姫「ソンナ馬鹿ミタイナ話アルカ!トニカク、高速修復材ヲ置イテイクカラ、後ハ任セタ」

清太「あ!おい待て!」


清太の言葉を無視し、戦艦棲姫達は猛ダッシュで海へ逃げ帰っていく。その場に気絶して動かない艦娘と高速修復材の入ったバケツと共に残された清太は大きなため息を吐いた。


清太「何でこんな事に……」



~数十分後~

ー清太の部屋ー


清太「さて、連れて帰って来たものの……」


数十分後。清太は艦娘を部屋に連れて帰ってきていた。しかしここで困ったことが発生した。


清太「服脱がすのはなぁ……」


高速修復材を湯船に入れて入渠させる準備は整ったものの、風呂に入れるには服を脱がす必要がある。しかし清太には幾ら兵器とは言え、見た目は人間の女性の艦娘の服を脱がすのには気が引けた。


清太「しょうがない。服着せたまま入れるか」


清太は艦娘を抱え上げるとそのままゆっくりと湯船に入れた。


清太「後は着替えだな……ズボンはジャージでいいとして……」


そこまで言って清太は艦娘の大きな胸をチラリと見てため息をついた。


清太「……シャツ、着られるかな」



ー風呂場ー



矢矧「……ん。ここは……?」


矢矧が目を覚ますと、何故か服を着たまま風呂に入っていた。どう考えても自分が気を失う前にいた無人島ではない。


矢矧「何で服を着たまま風呂に入っているのかしら?」


矢矧は軽く頭を振ると、湯船から出た。湯船を出ると、目の前の床にバスタオルと着替えが置かれている。


矢矧「んっ……ほっ……無理ね」


矢矧は濡れた服を脱いで置かれていたシャツを着ようとしたが、胸が邪魔で着ることができなかった。おまけに下着も無いため、仕方なくそのまま用意されていたジャージを着ることにした。


清太「……ん?おお。目が覚めたか」


矢矧が風呂場から出ると、すぐ横にある台所で料理をしている清太が声をかけてきた。


矢矧「あなたがこの服を用意してくれたの?」

清太「ああ。悪いな。うちは俺しか住んでないから女性用の服とか下着はないんだ。今日はそれで我慢してくれ」

矢矧「えっと……私ノーパンノーブラなんだけど……」

清太「仕方ないだろ。乾くまで我慢しろ。もうすぐ飯ができるから、そっちの椅子に座っててくれ」

矢矧「ええ」


清太に言われるがままに矢矧がリビングにある椅子に座っていると、やがて玉子粥と梅干しの載ったお盆を持って清太が向かいの椅子に座り、テーブルの上にお盆を置いた。


清太「とりあえず食えよ。腹減ってるだろ」

矢矧「え、ええ……」


矢矧は恐る恐るスプーンを手に取って玉子粥を口に運ぶ。口に入れた瞬間、矢矧は目を大きく見開いた。


矢矧「何これ……美味しい……!」

清太「それはよかった」


矢矧の感想に清太も満足そうな顔をする。あっという間に矢矧は玉子粥を完食すると静かに手を合わせた。


矢矧「自己紹介がまだだったわね。私は江ノ島鎮守府所属の阿賀野型軽巡洋艦三番艦の矢矧よ」

清太「玉木清太。24歳。職業は自動車整備士だ。阿倍モータースって所で働いている」

矢矧「そう。ところで玉木さん、私は無人島で倒れていたはずなんだけど、どうしてここに?」


矢矧の質問に清太は変わった深海棲艦に高速修復材と共に押しつけられたと言うことを話した。矢矧は初めは信じられないといった様子だったが、清太が何度も繰り返し説明していると納得してくれた。


矢矧「まさかそんな変わった深海棲艦がいたのね」

清太「俺も驚いたよ。世の中わからんもんだ。……ところで何で無人島なんかで倒れてたんだ?」

矢矧「それは……」


矢矧は江ノ島鎮守府であったことを清太に話した。清太は無言で聞いていたが、矢矧の話が終わると大きなため息をついた。


清太「随分と腐ってるんだな」

矢矧「ごめんなさい」

清太「矢矧が謝ることじゃない。で、矢矧はこの後どうするつもりなんだ?」

矢矧「大本営に行ってこの事を話そうかと思ってるわ」

清太「なる程……やめといた方がいいぞ」

矢矧「え?」

清太「もしお前の所の提督の仲間が大本営にいたら矢矧の話は全てもみ消される。お前もろとも、な」


矢矧の言うことが全て正しければ恐らく江ノ島鎮守府の提督は非人権派。大本営にも非人権派はいるだろうから恐らく矢矧が大本営に直接出向いて訴えてももみ消される可能性が高い。そう清太は判断したのだ。


矢矧「じゃあどうすれば……」

清太「ここに元帥のプライベートの電話番号が入った携帯がある。それを使えばいいんじゃないか?」

矢矧「本当!?」


清太はスマホを操作すると清一に電話をかけた。


清一『何だ清太。遂に提督をしてくれるのか?』

清太「アホ抜かせ。元帥さんに話があるって奴がいるから代わるぞ」


そこまで言うと清太はほい、とスマホを矢矧に渡した。スマホを受け取った矢矧は江ノ島鎮守府の状況を事細かに清一に話した。


清太「とのことのようだ」

清一『ふむ……度し難いな』

清太「色々と軍規違反もあるっぽいな。元帥はどう責任を取る?」

清一『今すぐに対応は難しい』

清太「理由は?」

清一『代わりの提督がおらん』

清太「ふーん」

清一『清太。提督やって……』

清太「一週間以内に何もしなかったら直接乗り込んで鎮守府破壊するから」ブチッ


清一が何か言おうとするのを遮り、清太は言いたいことを言って通話を打ち切った。清太の横では矢矧が心配そうな顔をしている。


矢矧「今の話本気?」

清太「本気」

矢矧「憲兵が沢山いるのよ?1人で勝てるわけないわ」

清太「心配しなくても大丈夫だって。さ、仕事行く準備しよ。矢矧はこの家から絶対に出るなよ。インターホンが鳴っても出なくていいから」


ヘラヘラ笑いながら言い放った清太はいそいそと出勤の準備を始めた。



~半日後~

ー阿倍モータースー



清太「お疲れ様でした!!」


仕事を終えた清太が大急ぎで買い物を済ませ、ダッシュで自宅に帰ってみると、そこには亮太や権堂と談笑する矢矧の姿があった。


亮太「あ、お帰り」

権堂「玉木ぃ!女いるなら紹介しねぇか馬鹿野郎!」

清太「彼女じゃねぇよ」

亮太「いや~ビックリしたぞ。晩飯頂こうと抜け穴通ったら美女がいるんだもん。オラビックリだ。萌え袖もポイント高いゾ」

清太「……権堂は何でいる?」

亮太「近くを歩いてるのを見かけて入れた」

清太「そうか。亮太。少し話がある。こっちに来い」

亮太「え?あ、ちょおい」


<焦るなってまぁ落ち着けよ~

<これが落ち着いていられるか馬鹿!人様の家に勝手に入ってきて、人を勝手に入れるなんて許せるわけねぇだろ!

<おい、暴力はNO……

<お前がっ反省するまでっ殴るのをっ止めないっ!!

<ぎゃぁぁぁ!!


権堂・矢矧「「……」」


しばらく何かを殴る音が聞こえ、その音が止むと亮太の血と思われるものが両手や顔に付いた清太が現れた。


清太「さて。飯を作るぞ」

権堂「その前に返り血拭いたらどうだ?」

清太「おっとそれは見苦しい物を見せたな」

矢矧「あの、新見君は……」

清太「そのうち復活するからほっとけ」

矢矧「……」

権堂「じゃ、俺もそろそろ帰るわ」

清太「おぅ」


権堂が帰ると、清太は矢矧と共に晩ご飯を作り始めた。



ー台所ー



矢矧「あなたって料理上手だけど、ずっと1人で暮らしてるの?」

清太「ああ。16の頃からずっと1人暮らしだ」

矢矧「そうなの?」

清太「元々はこのアパートの大家さんの家に居候してたんだけど、俺が中学卒業した直後に大家さんが結婚するってなって、居候がいちゃ悪いと思ってこっちに引っ越したんだ」

矢矧「そうなの」

清太「さ、できたぞ。運ぶの手伝ってくれ」

矢矧「わかったわ」


出来上がった料理を持って清太と矢矧がリビングに入ると、顔に包帯を巻いた亮太が椅子に座って茶碗を箸で叩いていた。


亮太「ゴハンマダー?」チンチン

清太「亮太……?」ハイライトオフ

亮太「ごめんなさい帰ります」

清太「素直でよろしい」

矢矧(本当にそのうち復活してた……)



ー江ノ島鎮守府ー



清太と矢矧が晩ご飯を食べている頃、江ノ島鎮守府の地下にある牢屋に提督はいた。牢屋に入っている艦娘達を見ながら提督はにやつきながら口を開く。


提督「さて……残念なお知らせだ。矢矧だが、私に反逆したために処分した」


提督の言葉に牢屋にいる艦娘達がざわつく。


提督「さて、次は誰を秘書艦にしようか。あぁ、そうそうおい阿賀野、能代。これ矢矧の遺影な。中々良かったぞ」


矢矧の姉妹艦である阿賀野と能代に提督が手渡したのは提督や憲兵達に無理矢理犯されている矢矧の写真だった。写真を見た瞬間、能代は泣き崩れた。


能代「こんなの……酷すぎる……」

提督「艦娘は兵器。全部使い潰すに越したことはない」

阿賀野「許せない……」

提督「ははは。精々檻の中で吠えていればいいさ」

??「いい加減にしてください。五月蠅いですよ」


提督が高笑いしていると、1人の艦娘が提督の笑い声を遮る。提督は笑うのをやめ、ジロリと声のした方に視線を向けた。


提督「翔鶴。五月蠅いと言ったか?」

翔鶴「ええ」

提督「たかが兵器のくせに随分な物言いだな」

翔鶴「どうせ死ぬなら思い切り反抗したくなっただけです」

提督「ふむ……いいだろう。じゃあ出ろ。死に場所に送ってやる。おい」


提督は自信の周りにいた憲兵達に声をかける。憲兵達は牢屋を開けて翔鶴を連れだした。


提督「艤装は外してある。適当に沈めろ。反抗的な艦娘は要らん」

憲兵「はっ」



~3日後~



清太(ジジイに電話して3日……まだ江ノ島鎮守府に動きは無いな。ジジイの野郎、本気で俺を提督にするつもりか?)


矢矧「どうしたの?あなたの番よ?」

清太「長考って言葉を知ってるか?」パチン

矢矧「う……それはいい手ね……」


矢矧を拾って3日後。仕事が休みの清太は矢矧と将棋を指していた。外は大雨が降り、時折雷が鳴っている。


矢矧「本当に元帥は動いてくれるのかしら」

清太「さぁ?俺は海軍じゃないからその辺りのことは分からないな」

矢矧「……皆どうしてるかな」

清太「目の前以外のことに気を取られ過ぎると失敗するぞ。ほら、王手」パチン

矢矧「あ……降参よ」


ピンポーン


矢矧が頭を下げたのとほぼ同じタイミングでインターホンが鳴った。清太がドアを開けると、そこには戦艦棲姫が立っていた。


戦艦棲姫「久シブリダナ」ニヤリ


バタン!ガチャ!


戦艦棲姫「オイ!何故鍵ヲカケル!開ケロ!」ドンドン

清太「……俺は疲れて幻覚を見ているんだ。布団に入って寝た方が良さそうだ」

戦艦棲姫「コレハ現実ダ!現実逃避スルナ!」

清太「布団から目を覚ませば明日からまた仕事だな」

戦艦棲姫「ソノ前ニオ前ニシテ欲シイ事ガアル!ダカラ早ク開ケロ!」

清太「また面倒事持って来たんだろ」

戦艦棲姫「チョットソコノ海デ艦娘ヲ拾ッタダケダ。大シタコトデハナイ」

清太「大事だ馬鹿!超絶面倒なもん持って来やがって!」


~数分後~


清太・矢矧「「……」」

戦艦棲姫「……ト言ウワケダ。アイツモ追加デ頼ム」

清太「いやお前さ、ここはブラック鎮守府から艦娘を守るシェルターハウスじゃねぇぞ」


そう言って清太は風呂場の方を見る。現在風呂場には戦艦棲姫が運んできた艦娘が入渠している。ちなみに服は戦艦棲姫と矢矧が脱がした。


戦艦棲姫「姫級ノ私ヲボコボコニデキルナラ多少何ガアッテモ大丈夫ダロ」

清太「あれは偶然だ」

矢矧「偶然で小規模な鎮守府なら1つ潰せる程の戦闘力がある戦艦棲姫をボコボコにできるの?」

清太「ああ」

戦艦棲姫「アアッテオ前ナ……」


清太の言葉に戦艦棲姫は呆れたように首を振っていると、押し入れの襖が開き、亮太が現れた。


亮太「華麗に参上。晩飯貰いに来たゾ」

清太・矢矧・戦艦棲姫「「……」」

亮太「……今北産業(訳:今来たところだから簡潔に状況説明を頼む)」

清太「艦娘が、新たに1人、増えました」

亮太「ふむ……オーケー理解した」

矢矧「今のでできたの!?」

亮太「目の前にいる戦艦棲姫。清太の言葉。俺の推測から戦艦棲姫が矢矧さんの時と同じように艦娘拾ってきて清太に押し付けに来た。これで合ってるか?」

清太・戦艦棲姫「「正解」」

矢矧「あの五七五でここまで想像できるのがある意味凄いわ」アキレ顔

??「あ、あの……」


矢矧が呆れていると、風呂場の方から声が聞こえてきた。清太達が視線を風呂場のある方に向けると、バスタオルを体に巻いた白い髪の艦娘が遠慮がちにこちらを見ている。


清太「何だ?」

??「その……服は何処ですか?」

矢矧「足下に置いたと思うんだけど」

??「いえ、それは分かるんですけど……その……下着は」

戦艦棲姫「今乾カシテル所ダ」


戦艦棲姫が顎でしゃくる方向には、艦娘が身に着けていた胴着や下着が部屋干しされている。


清太「雨で湿気もあるし部屋干しだから完全に乾くまでしばらく掛かるな。乾燥機付き洗濯機買わないとな」

戦艦棲姫「今日ハノーパンノーブラダナ」

??「そ、そんなぁ……」

清太「うちは男所帯だからな。どうしてもっていうなら矢矧か戦艦棲姫から奪うしかないな」

矢矧「ちょっ、何でそうなるのよ!」

戦艦棲姫「ソウダゾ!大体私ハ今日ノーパンダ!ブラモシテナイ!大体私ハブラヲ持ッテナイ!」

亮太「唐突すぎるカミングアウトだな」

??「矢矧さん」


清太達が大騒ぎしていると、突然白髪の艦娘が矢矧の方を向いて口を開いた。艦娘の雰囲気に矢矧は表情を強ばらせる。


矢矧「な、何かしら翔鶴さん」

翔鶴「下着、貰いますね」ニッコリ

矢矧「え?ちょ、ちょっと嘘よね?あ、待って待って嫌!ズボンをずらさないで!」

翔鶴「16万馬力は伊達ではないですよ」

矢矧「今は艤装展開してないからそんなに力は出てないはずよね!?」

翔鶴「それでも16万馬力の片鱗を見せる事はできます」

矢矧「いやーっ!!」


その後、抵抗空しく矢矧は翔鶴によって下着を奪われ、その日1日ノーパンノーブラで過ごす事となった。


戦艦棲姫「マァ……ソノ、ナンダ。コウイウコトモアル」

矢矧「うぅ……」涙目

亮太「敵対関係にあるはずの深海棲艦が艦娘を慰めてるってシュールすぎる光景だな」

清太「戦艦棲姫が特殊すぎるだけだけどな」

戦艦棲姫「サテ、ソロソロ帰ルカ」

清太「おぅ。早く帰れそして2度と来るな」

戦艦棲姫「ソウ冷タイ事ヲ言ウナ。コレカラ時々御邪魔サセテ貰オウカナ。オ前達トイルト退屈シナイ」

清太「お前はいいか知らんが、俺からすれば迷惑だ」

戦艦棲姫「冗談ダ。真ニ受ケルナ」


戦艦棲姫を押し出して玄関のドアを閉めると清太は小さくため息をついた。もし深海棲艦と一緒にいるところを見られたりでもしたら、清太は海軍から追いかけ回されかねない。


亮太「結局神様はお前をそっとさせておく気はないみたいだな」

清太「そうらしい。神様に抗議できるもんならしてやりたいよ」


晩飯作るか、と清太は腰を上げると台所に向かった。



~翌朝~



翌朝早く。清太は矢矧達を起こさないように外に出ると、祖父の清一に電話をかけた。


清太「おいジジイ。いい加減にしないとマジで江ノ島に乗り込むぞ」

清一『だから言ってるだろう?お前が江ノ島鎮守府の提督になってくれれば……』

清太「それは無理だって言ってるだろうが。もういい。後悔しても知らねぇからな」ブチッ


清太は電話を切ると舌打ちをした。


清太「そもそも海軍の問題だろうが。何で俺がカタ付けにゃ行けねぇんだよ」

亮太「まったくだな」


背後から聞こえた声に清太が振り返ると亮太が立っていた。


亮太「ま、こうなるかもなとは思っていたけど。そのカチ込み。俺も乗った」

清太「お前はダメだ。今回は俺1人でやる」

亮太「そう言うなよ。副総長が総長置いてイモ引く(逃げる)なんてあり得ないだろ?」

清太「……勝手にしろ」

亮太「メンバー集めるからよ。大勢で行った方が楽しいだろうし」

清太「おいおい……」

亮太「赤信号、皆で渡れば?」

清太「怖くない……ってか。ガッツリアウトだけどな」


そう言うと清太は亮太と顔を見合わせて笑った。



ー清太の部屋ー



清太「……まだ着れそうだな」


部屋に戻った清太は押し入れを漁り、1着の特攻服を羽織って鏡の前にいた。膝上程の丈の特攻服は真っ黒な生地に白く『湘南怒髪天』と刺繍され、その上には金色で『初代総長』と刺繍がされている。


矢矧「何してるの?」


清太が振り返ると、ジャージ姿の矢矧が立っていた。


清太「起きたのか」

矢矧「ええ。翔鶴さんはまだ寝てるわ。で、何それ?」

清太「今度の祭りで着ていく衣装だよ」

矢矧「祭り?」

清太「元帥が動いてくれそうにないから、俺が動くことにした。明後日江ノ島鎮守府に乗り込む」


清太の言葉に矢矧は驚いた。江ノ島鎮守府は体術・剣術・射撃の訓練を受けた憲兵だけでも50人以上はいる。たった1人では勝てるわけがない。


矢矧「いくら何でも無茶なんじゃ……」

清太「誰も1人とは言ってない」

矢矧「え?」

清太「ま、事が始まってからでいいじゃないか。どうせ俺が勝つし」

矢矧「大した自信ね」

清太「そりゃどうも。さ、仕事に行くわ」

矢矧「いってらっしゃい」


清太は特攻服を脱ぎ、丁寧に畳むと押し入れを閉め、作業着に着替えると玄関のドアを開けて仕事に向かった。



ー阿倍モータースー



清太「おはようございます」

店長「おお、清太。少し話がある」


清太が出勤して同僚達に挨拶をしていると、店長の阿倍に声を掛けられた。店の奥に移動すると、店長は清太の顔を覗き込んできた。


阿倍「お前、聞いたか?」

清太「何をですか?」

阿倍「今度江ノ島に暴走族が乗り込むって噂だ」

清太「……!!」

阿倍「俺も昔族でな。そっちから話が回ってきたんだよ。で、首謀者の清太に質問がある」

清太「な、何でしょうか」

阿倍「鎮守府に男はいるか?」

清太「……は?」

阿倍「だから、鎮守府に男はいるのかって言ってるんだ」カオチカヅケ

清太「け、憲兵とかは男だと……」

阿倍「そうか。なら俺も参加させて貰おう。仲間達も引き連れてな」

清太「そ、そうですか」

阿倍「楽しみだなぁ~」

清太「……」


清太(店長って物凄い男色だからなぁ……憲兵は悲惨かもしれない)


喜んでいる阿倍の横で清太の脳内ではそんな考えが一瞬よぎった。



~夕方~

ー清太の部屋ー



清太「……何してるんだ?」


夕方。清太が家に帰ると、翔鶴と矢矧が清太の押し入れを漁っていた。


矢矧「突然襖を破って崩壊したのよ」

清太「下着なら今日大家さんが買ってきてくれただろ?」


実は清太は大家さん(既婚:33歳女性)に頼んで矢矧達の下着を買ってきて貰っていた。服はジャージがあるのでそれ程困らないのに、何故漁っているのか清太には不思議だった。


翔鶴「玉木さん、普段からちゃんと整理してます?」

清太「亮太が押し入れに侵入するからそもそも下の段は使えないんだよ」


かつて亮太の侵入を防ぐために押し入れに荷物を詰めていると、亮太によって押し入れが破壊されるという事件が発生し、それ以来抜け穴のある押し入れの下段には極力何も入れないようにしているのだ。


翔鶴「あら?これって……」


押し入れの整理をしていると、突然翔鶴が声を挙げて1着の服を広げた。


翔鶴「これ私知ってます!特攻服ってやつですよね?」

清太「ああ。昔作って余ったやつだな」

翔鶴「着てみてもいいですか?」

清太「別にいいぞ」


清太の言葉に翔鶴は嬉しそうに特攻服を着ると、鏡の前に立つと矢矧の方を見た。


翔鶴「矢矧さん、どうですか?」

矢矧「え?ええっと……可愛いと思うわね」

翔鶴「私、1度特攻服って着てみたかったんですよ」

清太・矢矧「「ええ……(困惑)」」


清太(艦娘も見かけによらないな。普通はドン引きしそうなのに)

矢矧(翔鶴さん、こういうのが好きなんだ。意外……妹の瑞鶴さんが見たら失神しそう)


翔鶴「あ、そうだ。矢矧さんもどうですか?」

矢矧「え?わ、私!?私はいいわよ」

翔鶴「そんな事言わずに、今度江ノ島に乗り込む時に着ていきましょう」

矢矧「いや、別にそんな服着なくても……」

翔鶴「え?下着を脱がされたいんですか?」

矢矧「……じゃ、じゃあちょっとだけよ。当日は着ないから」

翔鶴「やったぁ!」


清太(矢矧って翔鶴に対して弱いな……)


翔鶴にされるがままの矢矧を見ながら清太は1人考え込んでいた。



~2日後 深夜~

ー清太の部屋ー



清太「……よし」


2日後の深夜0時。清太の部屋では清太が特攻服に着替え、襲撃の準備をしていた。


矢矧「いよいよね」

清太「ああ」


矢矧と翔鶴も清太の部屋にあった余り物の特攻服を着ている。当初矢矧は嫌がっていたが、翔鶴に押されるがままに結局特攻服を着たのだ。


清太「さて、行くか」


清太が玄関のドアを開けると、既に多くのバイクや車がアパートの前に停車していたその数バイク15台車4台。総勢45人である。


清太「じゃ、いっちょ江ノ島の腐れ外道に一泡吹かせてやるか」

一同「「おぉっ!!」」


清太は自分のバイクに跨がると矢矧達の方を見た。


清太「俺か亮太のバイクに乗れよ」

矢矧「え?」

翔鶴「でも……私達バイクには乗った事がないので……」

亮太「大丈夫。絶対こかさないから」

清太「後ろで座ってるだけでいい」


清太は矢矧を。亮太は翔鶴を後部座席に乗せ、集団の先頭に出て一路江ノ島鎮守府に向けて走り出す。途中、権堂をはじめとする他の暴走族達も集まり、江ノ島に続く国道は暴走族達で埋め尽くされた。その数400人。湘南一帯は爆音に包まれ、ヘッドライトの洪水は一気に江ノ島に流れ込んでいった。


無論爆音を立てる以上警察も出動するが、ここで清太は100人を警察を散らすための囮に使った。囮の族達はパトカーや白バイの前を時間を掛けて走り回り、やがて県外に逃げる手はずになっている。このお陰で300人は江ノ島に入る事に成功した。



ー江ノ島鎮守府 正門ー



清太「さて、はじめようか」

亮太「だな」


バイクから降りた清太と亮太は真っ直ぐに正門に立っている憲兵の元に歩み寄った。いつも以上に集まった暴走族に、正門前にいる憲兵達も動揺の色を隠せない様子だ。


憲兵1「な、何だ貴様ら!五月蠅いぞ!」

清太「うるせぇ」ドゴッ

憲兵1「ぐふっ」ドサッ

亮太「お前も寝てろ」バキッ

憲兵2「がふっ」


清太と亮太はあっという間に正門前にいた憲兵を蹴散らすと正門を開けた。正門を開けると一斉に暴走族達が鎮守府になだれ込み、憲兵達との大乱闘が始まった。憲兵の多くは仮眠中だったところを襲われ、慌てて飛び出してきた事もあってか武器を持っていない。


権堂「おい玉木!」

清太「何だ権堂?」

権堂「ここの憲兵は大したことねぇな!これなら俺でも憲兵になれそうだ!」

亮太「知能面でアウトだろ」

権堂「何だとぅ!?」


こんな会話をしながらも3人の周りにはノックアウトされた憲兵達が積み上がっていく。そして倒れた憲兵達はいつの間にか現れた青いつなぎを着た阿倍達によってハイエースに積み込まれていく。


阿倍「清太。こいつらどうする?」

清太「好きにしていいですよ。あ、返却先は大本営で」

阿倍「よし分かった。ところで親玉は何処に居るんだ?」

亮太「多分建物の中でしょう」

阿倍「よし。突撃するぞ!」

亮太「あ、おい、待てぃ」


憲兵達をラリアットでなぎ倒しながら建物の中へと突っ込んでいく阿倍を追う形で清太達も建物の中へ足を踏み入れた。



ー清一の邸宅ー



清太達が江ノ島鎮守府に乗り込んで暴れている頃、元帥である清一の自宅には大本営から江ノ島鎮守府襲撃の一報が入ってきていた。


清一「何?江ノ島鎮守府に大量の暴走族が現れて乱闘中だと?……ああ、ああ。わかった。マスコミや政治家達に根回しをしておけ。ああ。儂も準備ができたらすぐに大本営に行く。ああ。じゃあ」プツッ

??「どうかしましたか?」

清一「清太の奴、本当に江ノ島鎮守府を潰す気だ。今暴走族達が江ノ島鎮守府で乱闘中だと連絡が入った」

??「だから早く手を打っておいた方がいいと言ったじゃないですか」

清一「いや、今日の朝方にでも行こうと思ってたんだがな……」


清一の言葉に栗色の長い髪をポニーテールにしている女性が呆れたように呟く。白髪が混じり、傍から見ても明らかに初老の男性である清一とは対照的に、この女性は20歳前後の容姿をしている。


??「はぁ……ひとまず私は江ノ島鎮守府に行きます」

清一「今から行くのか?」

??「ええ」


清一の言葉に女性は短く答え、寝間着から素早く私服に着替えて部屋を後にした。



ー江ノ島鎮守府 執務室ー



清太「ここかな?」


清太が執務室のドアに手をかけ開けると、太った中年の男が拳銃を構えていた。


提督「き、貴様ら!俺の鎮守府をこんなにしてただで済むと思っているのかっ!?」ガタガタ

権堂「もっと威厳のある奴かと思えば思ったよか大したことなさそうだな」

亮太「全くだ」

清太「俺達が手を下すまでもないな」

提督「な、何!?き、貴様ら、馬鹿にしやがって。全員殺してや……アーッ!!」バタッ


理解が追いついていない提督にいつの間にか背後から忍び寄っていた阿倍の一撃が入り、提督はそのまま失神した。


阿倍「じゃあコイツは俺が貰っていくから。お疲れさん」ヒョイ

清太「は、はい……」

亮太「お疲れ様です……」


阿倍が立ち去った直後、遠くからパトカーのサイレンが聞こえてくる。窓から外の様子を確認した権堂が焦った声を挙げた。


権堂「やべぇポリが来やがった!」

清太「よし撤収!ずらかるぞ!!」

矢矧「あ、あの!」


清太が急いで走り去ろうとすると、背後から矢矧が声を掛けてきた。


矢矧「……ありがとう」

清太「礼には及ばないよ」

亮太「清太!急げ!」

清太「……じゃあな」


その後、清太達は数時間にわたって警察に追い回され、清太が家に帰り着いたのは夜が明ける頃だった。そしてその時、清太は重大なミスをしている事に気がついた。


清太「……ナンバー隠すの忘れてた」




~3日後~

ー警察署ー



清太「カツ丼ください」

刑事「黙れ」


3日後。ナンバーから足が付いた清太は警察に逮捕された。今は取調室で事情聴取の最中だ。


刑事「あれだけの暴走族をどうやって集めた?」

清太「何かバイクで走ってたら自然発生した感じですね。類友ってやつですかね?」

刑事「……何故鎮守府に殴り込んだ?」

清太「その場のノリで。それより天丼ください。1番いいやつで」

刑事「さっきのカツ丼は何処にいった!あと真面目に質問に答えろ!」

??「まぁまぁ少し落ちつかんか」


清太が刑事に怒鳴られていると背後から年配の刑事が入って来て肩を怒らせて怒鳴る刑事を宥める。清太は年配の刑事に対して右手を挙げた。


清太「山ちゃん久しぶり~」

刑事「お前……山野刑事に向かって……」

山野「ああいいんだ別に。彼は少年課にいた時からの付き合いでね。君は席を外して貰えるかな?」

刑事「……わかりました」


刑事が取調室から出て行くと、山野はゆっくりと息を吐き出しながら先程まで刑事が座っていた椅子に腰掛けて清太の方を見た。


山野「全く。引退してから捕まるなよ。今回の件、逮捕されたのお前だけだぞ?現役時代は県警本部がマジになっても捕まらなかったくせに。警察無線を傍受したり、本気の白バイ隊を振り切って逃げたのは後にも先にも新見とお前だけだぞ」

清太「褒め言葉と受け取っておくよ」

山野「……海軍の鎮守府に乗り込んで暴れたんだ。下手すりゃ海軍に引き渡しだぞ」

清太「その時は力技で逃げる。心配しなくても無期懲役とか死刑にさえならなきゃ大人しく刑に服すよ」

山野「お前は幾つになっても変わらないな」


清太の言葉に山野は思わず苦笑いした。


清太に掛かっている容疑は凶器準備集合罪、道路交通法違反、建造物侵入、傷害罪などである。これだけなら今の日本の法律なら初犯と言う事もあり、5年以下の懲役で済む事が多い。上手く行けば執行猶予もしくは罰金で済む。


しかし清太が乗り込んだのは海軍の鎮守府。軍施設に乗り込み暴れたとなれば罪は重くなる。場合によっては海軍に引き渡され、より重い刑罰を言い渡される恐れもあるのだ。


山野「まぁ良い方に転がろうが悪い方に転がろうが、数日は留置所で過ごして貰うからな」

清太「はいはい」



ー留置所ー



清太「さて……」


留置場に入れられた清太はさっそく床に寝転ぶと昼寝をはじめた。何せ何もない留置場である。暇で仕方がないのだ。この昼寝は清太にとって時間潰しの手段の1つだった。が、10分もしないうちに清太は看守の声によって起こされた。


看守「おい、面会だぞ」

清太「ん~……?今昼寝中で忙しいから後にしてくれ」

看守「ふざけたこと言ってないでさっさと起きろ」


看守に引き摺られながら清太は留置所を出ると、面会室に向かった。



ー面会室ー



清太が面会室に入ると、仕切りの向こうに栗色の長い髪をポニーテールにした若い女性が座っている。清太は椅子に座らされると大きなため息をついた。


清太「誰かと思ったら大和かよ」

大和「実の祖母に対してその言い草はないでしょ」


面会相手は大和。大和型戦艦1番艦で、歴とした大本営所属の艦娘であり日本海軍最強、かつ元帥である清一の妻だ。清太からすれば母方の祖母に当たる。見た目は20歳前後に見えるが、実際には建造されてから50年を超えている。


清太の言葉に大和はやや呆れながらも着替えや本、手紙を渡した。


大和「鎮守府に乗り込むなんて大それたことをしてくれたわね」

清太「ジジイがとっとと動いてればしなかったよ。文句があるならダラダラと問題を先送りにしようとしたジジイに言えジジイに」

大和「ごめんなさい。帰ったら主砲で砲撃しておくわ」

清太「いや、そこまでしなくてもいいから。ジジイがミンチになる」

大和「……江ノ島鎮守府の娘達、あなた達に感謝してたわよ」

清太「感謝されるような事はしてないぞ」

大和「素直じゃないのね。じゃあ私は後片付けがあるから帰るわね」

清太「ああ」



ー留置所ー



清太「やっぱクビか……」


留置所に戻った清太は大和から受け取った荷物を確認した後、手紙を読んでため息をついていた。手紙は4通あり、1通は亮太から気遣いの手紙。2枚目は清一から。3枚目は江ノ島鎮守府から。そして4枚目は勤め先の店長、阿倍からだった。まず最初に亮太からの手紙を開け、次に阿倍からの手紙を開けると、そこには逮捕された者を働かせるのは厳しく、やむを得ず清太を解雇にした事が書かれていた。


清太「まぁ、仕方ないよな……」


流石に逮捕され、前科が付くことがほぼ確実の人間を会社におくことはできない。阿倍としても難しい決断だったのだろうが、これはやむを得ない。そう清太は自分に言い聞かせ、清一からの手紙を開けた。


『たぶん逮捕されて会社クビになっただろうから提督になって?お願い。一緒に入ってる書類に必要事項を書き込んで面会に来た大和に渡してくれたらいいから』


清太「はぁ!?何あのジジイ!?孫が逮捕されてんのに何ウッキウキで提督になるための書類送りつけて来てんの?ボケてんじゃないのか?」


清太は清一からの手紙を投げ捨てると、江ノ島鎮守府からの手紙の封を切った。内容は自分達を救ってくれた事への感謝の言葉で埋め尽くされてあり、最後に『もしよかったら自分達の提督になってくれないか』と書かれていた。


清太「……」


手紙を読み終えた清太は壁にもたれかかると、窓の外に広がる青空を見た。既に職を失い、再就職先のあてもない。それどころか懲役で何年も塀の中で暮らす事になるかもしれない。


清太「……辞めたくなれば辞めればいいか」



~3日後~

ー面会室ー



清太「これ、ジジイに渡しといてくれ」


3日後。面会にやって来た大和に対し、清太は1通の手紙を渡した。内容を確認した大和は驚いた様子で清太の方を見る。


大和「本気?嘘じゃないわよね?」

清太「無職になった訳だし、下手すりゃ数年ムショにいるんだから今出したところで大して問題ないだろ」

大和「……あの人が聞いたら即時釈放まで漕ぎ着けるわよ」

清太「まさか。できるもんならやってみな」



~1週間後~

ー警察署前ー



山野「2度と捕まるなよ」

清太「嘘だろ。マジで釈放されたよ。それでいいのか日本の警察」ボーゼン

山野「罰金や釈放に必要な金をお前のお爺さまが全部払ってくれたからな」


それに、と山野は言うと清太の耳に顔を近づけた。


山野「今の日本の警察はどう足掻いても日本海軍には勝てん。ほぼ言いなり状態だからな。良い事でも悪い事でも、言う事を聞かなかったら何をされるかわからん」ボソリ

清太「……司法の独立とは何なのか」

山野「さぁな。さ、早く行け」


山野に背中を押され、清太は警察署を後にして自宅に向かった。



ー清太の部屋ー



清太「久々の我が家だな」


清太が部屋に入ると荷物が綺麗さっぱり無くなっている。部屋で寝転んで昼寝をしていた亮太を蹴り飛ばして事情を聞くと、昨日のうちに大和達が全て江ノ島鎮守府に運んでいったらしい。


亮太「皆ウッキウキだったぞ」

清太「いや、せめて俺がいる時に荷物運び出せよ。てか止めろよお前」

亮太「俺は積極的に荷物を纏めて運び出すの手伝ったぞ」ドヤガオ

清太「……」ハイライトオフ

亮太「お、おい待てよ。何マジになってんだよ。どのみち荷物は運び出すつもりだっただろ?その手間を省いてやったんだよ。ていうか大和さんに逆らったら死ぬし。だからお願い頼むから目のハイライトを消して無言でこっちに来るなぁぁぁぁ!!」


~数分後~


清太「ったく。俺のバイクとジムニーは?」

亮太「ひゃ、ひゃぶんまだひゅうひゃひょうにあひゅ(訳:た、たぶんまだ駐車場にある)」


数分後。亮太を一通りボコボコにした清太は正座をする亮太の目の前で仁王立ちをしていた。


清太「やれやれ。こんなんじゃここにいる必要もないわな。さっさと江ノ島鎮守府に行くわ。じゃあな」

亮太「大家さんにはどう言っとくんだ?」

清太「家賃は払うからしばらくそのままにしといてくれって言っといて。もしなんかあった時に逃げ場が無いと困る」

亮太「いや、いくらでもあるだろ」

清太「なるべく借りは作りたくないような所ばっかりだからな」

亮太「なるほど。ま、嫌になったらすぐに帰ってくるだろ」

清太「どうだか。じゃ、行くわ。バイクはまた取りに来る」

亮太「ああ」


清太はクルリと向きを変えると玄関のドアを開けて部屋から出て行った。



ー駐車場ー



清太「さて、行くか」


駐車場に着いた清太は愛車のジムニーに乗り込んだ。ジムニーは清太が初めて新車で購入した車で、中間グレードの5速MTである。ちなみにジムニーの隣には亮太の愛車である86が停まっている。清太はエンジンを掛けるとゆっくりと駐車場から出て江ノ島鎮守府に向かった。




第2章:着任




~30分後~

ー江ノ島鎮守府 正門ー



清太「さて、着いたのはいいけどどうしようか」


30分後。江ノ島鎮守府の正門まで来た清太はハンドルを握りながらため息をついた。よく考えれば清太はまだ軍属ではない。身分証明証も免許証や保険証ぐらいしか持っていない。清太が困っていると、1人の艦娘が正門横にある詰め所から出てくると運転席の窓を叩いてきた。


??「あの、鎮守府に何か用ですか?」

清太「今度ここの鎮守府の提督になった者なんですけど」

??「……少しお待ちください」


眼鏡を掛けた艦娘は手に持っていたバインダーを開いて何やら確認をした後、軽く頷いてから清太の方を見た。


??「玉木清太さんですね?お待ちしてました」

清太「ああ……って何で分かったんだ?」

??「この車に乗って来た灰色の髪の人が新しい提督だと上から指令書が来ていたので」

清太(雑過ぎるだろ大本営……つーか大和とかは何も話してないのか?)

??「私は大本営から配属になりました大淀と言います。以後よろしくお願いしますね」

清太「ああ。ところで大淀……さん?」

大淀「さんは不要です」

清太「大淀。車は何処に停めておけばいい?」

大淀「それなら工廠の裏に停めておくのが1番いいかと」

清太「わかった」


清太は大淀を乗せると交渉の裏まで案内してもらい、そこにジムニーを停めた。


大淀「では執務室にご案内します」

清太「わかった。そう言えば俺の荷物が来ていると思うのだが……」

大淀「それなら執務室の隣にある提督自室に保管してあります」

清太「そうか」


清太と大淀が鎮守府に入ると、中は豪華絢爛で贅沢を極めたような内装だった。真っ赤な絨毯に金の装飾が施されたカーテン。階段の手すりには無駄に凝った彫刻が施されている。


清太「……個人的な感想だが、気分の悪くなるような内装だな。これでは維持費もかさむだろうし、もっとシンプルでいい」

大淀「無駄にお金が掛かってますね」


あちこちを見て回り、あれが無駄、これは要らないと言いながら清太と大淀が執務室に向けて歩いていると、清太は自分の肩や頭に頭上から何か落ちてきている事に気付いた。清太が肩に落ちたものを見ると、どうやら消しゴムのカスのようだ。


清太「?」フリカエリ


清太が不思議に思っていると、背後からも気配を感じ、振り返ってみた。


??「ぶっ殺してやるのです」ギョライポンポン

清太「」

大淀「どうかしましたか?」

清太「……なぁ大淀」

大淀「何でしょうか」

清太「俺やっぱ提督辞退していい?」

大淀「なっ……!ふざけてるんですか!?」

清太「命の危機を感じるんだ(真顔)」

大淀「そんなの全国の提督共通です。提督は常に民間の過激な非人権派団体や深海棲艦から命を狙われているものなんです」

清太「いや、俺の場合は背後……味方から刺されそうな意味で命の危機を感じる」

大淀「ここの艦娘達はあなたに感謝している娘も多いんですよ?」

清太「……この状況でもそれを言い張れるお前の神経を俺は疑うぞ」


立ち止まって会話をする清太の頭には消しゴムのカスが積もっていた。



ー執務室前ー



大淀「ここが執務室です」

清太「またここも無駄に豪華だな」

大淀「とりあえず中に入りましょう」

清太「ああ」



ー執務室ー



大淀「皆さん、新しい提督が着任されましたよ」

清太「どうも、提督です」


執務室のドアを開けて清太と大淀が部屋に入ると、数人の艦娘が一斉に立ち上がって清太の方を見る。その中には矢矧や翔鶴の姿もあった。


矢矧「まさか本当に着任してくれる何てね」

清太「前の職クビになったからな」

翔鶴「私達何かのために申し訳ありません」

清太「過ぎた事は仕方ない。頭を上げてくれ」


頭を下げる翔鶴に清太が苦笑していると、背の高い艦娘と、中学生のような見た目の艦娘が近づいてきた。


??「提督か。この鎮守府を解放してくれた事、感謝しているぞ」

清太「そりゃどうも」

??「私は長門型戦艦一番艦、長門だ。この鎮守府で戦艦を統率している」

清太「そうか」

??「は、はじめまして司令官!私は特型駆逐艦の吹雪です!駆逐艦の中で最も練度が高いので駆逐艦統率艦を勤めさせて頂いてます!」

清太「へ~。所で今うちはどれぐらいの艦娘がいるんだ?」

矢矧「前は100人以上いたけど、今は30人位かしら?」

清太「はぁ!?減りすぎだろ!」

翔鶴「精神を病んでしまった娘達が大勢いて、人数の大半を占めていた駆逐艦が入院中だからといこともあります」

長門「その駆逐艦達も全員再起不能の可能性が高い。空母も3人が入院中だが、状態はかなり深刻で何時復帰できるか」

清太「……まぁいい。どうせ今うちの鎮守府に必要とされる戦果はそう多くないだろうから、ゆっくりやって行けばいい」

大淀「と、お思いでしょうが、提督にはその前にやって貰う事があります」


清太が長門達と話し込んでいると、突然大淀が割って入って来た。


清太「何だ?」

大淀「海軍士官学校を出ていない提督には提督として必要な素養を一通り学んで貰います」スッ

清太「……いや、何これ?」


大淀が清太に差し出してきたのは『よく分かる解説。提督に必要な素養を全て網羅!!玉木元帥監修シリーズ』と書かれた分厚い本が5冊。


大淀「これは実際に提督候補生が使用しているテキストです。提督憲章、艦隊指揮、作戦立案、鎮守府運営、基礎教養の5つです。これを1週間で覚えて貰うように指示が来ています」

清太「……いや、どう考えてもキツくない?」

大淀「元帥からの命令です」

清太「……」

矢矧「流石にこの量を1週間は無理じゃない?」

吹雪「1年以上は掛かりそうですが……」

大淀「わ、私だってそう思いましたが『彼なら可能。調べたら中高の全国模試で常に上位10位以内に入ってたし』とのことで……」

長門「よく分からないが、それってかなり秀才じゃないか?」

清太「はぁ……大淀。どっちにしろ1週間は無理だと伝えてくれ。元帥じゃなくて秘書艦の大和にな。最低でも3か月はかかる」

吹雪「3か月でできるんですか?」

清太「さぁ?」

翔鶴「さぁって……」


清太の言葉に矢矧達からはため息が漏れる。どう考えても3か月そこらで完全に覚えられそうにないという空気になりつつあった中、たまらず清太が声を挙げた。


清太「何だよお前ら。俺では無理だってのか?」ジロリ

大淀「え、えっと……」メソラシ

吹雪「まぁ、見た目的に……」メソラシ

長門「元々暴走族だったようだしな。どっちにしてもあんな無茶な殴り込みをする時点であまり賢そうには見えんな」

翔鶴「私も正直……」ウツムキ

矢矧「……」

清太「……そうか。よく分かった」


そう言うなり清太は教本を持つとスタスタと執務室のドアの方へ歩いて行く。


大淀「ど、何処へ行かれるのですか?」

清太「決まってるだろ。1人落ち着ける場所で勉強するんだよ」

矢矧「今からするの?」

清太「見とけよ見とけよ~。絶対に3か月以内にマスターしてやるからな!」

大淀「あ!ちょっと提督!これから着任式をしようと……」


大淀が引き止めようとしたが、清太は猛ダッシュで執務室から走り去ってしまった。


矢矧「私が追いかけるわ。その間に着任式の準備を」

大淀「分かりました」



ー桟橋ー



矢矧「いた」


鎮守府から出た矢矧は敷地内を走り回り、ようやく桟橋に座って勉強する清太を見つけた。


矢矧「玉木さ……コホン、提督」

清太「矢矧か。何だ?今俺は勉強で忙しいんだ」

矢矧「これから着任式があるわ。早く来て」

清太「え~必要ないだろう」

矢矧「いいから!ちゃんと皆に顔を覚えて貰わないと色々面倒でしょ!」

清太「痛ててててて!!引っ張るな!腕がもげる!」

矢矧「着任式に出る?」

清太「出ます出ます!!出る!だから離せ!!」



ーグラウンドー



長門「おい、提督はまだ見つからないのか」

翔鶴「私に聞かれても……」


グラウンドで着任式の準備をしていた長門に話しかけられて翔鶴が困った顔をしていると、そこに矢矧に引き摺られるようにして清太が入って来た。矢矧によって朝礼台に立たされた清太は集まった艦娘達を見ると側に立っている大淀に耳打ちした。


清太「おい。何か少なくないか?10人ぐらいしかいないんだが」ヒソヒソ

大淀「あなたの事が信用できないとか、仕事中で出てこれない艦娘も複数人いるんですよ」ヒソヒソ

清太「なる程。あー……えーっと新しく江ノ島鎮守府の提督になった玉木清太だ。これからよろしく頼む。で、早速だが今日から1か月は出撃や遠征は鎮守府の整理や手続きの都合で無しだ。俺からは以上だ」

大淀「何か提督に質問はありますか?」


大淀が声を掛けると、和服姿の艦娘が手を挙げた。


大淀「では鳳翔さん」

鳳翔「軽空母の鳳翔です。あの、提督は階級は何なんでしょうか?通常なら自己紹介で述べるものですが……」

清太「そうなのか。俺は急遽ここに着任する事が決まってな。多分まだ軍籍がないんだ。近いうちに何かしらの階級になると思う」

鳳翔「そうですか」

清太(何だかすごく穏やかな艦娘だな。話してるとこっちも安心するような気分だ)


鳳翔の質問が終わり、大淀が再度質問がないかと尋ねると、1人の艦娘が手を挙げる。今度は巫女服のような服装の艦娘だ。


??「金剛デース!!テートク、紅茶は好きデスかー?」

清太「紅茶?うん、まぁ好きだが。それがどうかしたのか?」

金剛「ワタシも紅茶が大好きなんですケド、お茶会に必要な食器や茶葉がなくて、揃えて欲しいんデース!!」

清太「う~ん。今すぐには難しいが、落ち着いたら考えてみよう」

金剛「本当デスか!?」

清太「ああ。本当だ」


清太の言葉に金剛の顔がパッと輝く。周囲にいた同じような服装をした艦娘達も1人を除いて嬉しそうな顔をしている。


清太「他に質問はないか~?」

??「……」スッ

清太「はい、じゃあ……」

??「ここで死んでもらいますっ!!」ドンッ


清太が言い終える前に、指名された艦娘は突然艤装を展開して清太に向けて砲撃を行った。しかし


清太「あぶねっ!」パシッ


清太は素早く左手首に付けていたバングルを外すと、主砲から放たれた砲弾を素手でキャッチした。その光景に一瞬艦娘達は呆気にとられて固まってしまった。一方の清太は何事もなかったかのように砲弾をじっと見ると艦娘の方を見た。


清太「おいおい……これプレゼントか?随分荒っぽい渡し方だな。あと信管ぐらい抜いておけよ」

艦娘達「「え?えええええ!?」」

大淀「ちょっと提督!」

清太「何だ?」

大淀「今素手で砲弾をキャッチしました?」

清太「ああ」

大淀「あなたは人間ですか!?」

清太「いきなり失礼だな。俺は人間だ。少しだけ艦娘の血が混じってるがな」

長門「戦艦でも砲弾を素手で弾くのがやっとなのに、艦娘でもない人間が素手で捕るなんて前代未聞だぞ。一体どんな艦娘の血が混じってるんだ?」

清太「大本営の大和の血が混じってる」


清太の言葉に、今度は艦娘達の目が点になる。真っ先に我に返った矢矧は恐る恐るといった様子で清太の方を見た。


矢矧「ま、まさかだけど、提督って玉木元帥と大和秘書艦のお孫さん……?」

清太「ああ。てか矢矧と翔鶴は気付いてると思ってた」

翔鶴「いや、気付きませんよ……」

清太「ま、この話はこの辺にしておいて……だ」


清太は砲弾を手の上で転がしながら砲撃した艦娘に視線を向ける。既に清太に向かって砲撃をした艦娘は周囲にいた艦娘によって取り押さえられている。


清太「金剛、彼女の名前は?」

金剛「ワタシの姉妹艦の榛名デス」

清太「そうか。榛名。何で俺に向かって砲撃をした」

榛名「に、人間なんて皆同じです!最初はいい顔をして、きっとまた……」

清太「なる程な……」

榛名「提督に砲撃した以上、榛名は解体ですよね……」


俯く榛名に対し、清太はしばらく黙っていたが、やがて大きなため息をついた。


清太「はぁ……何言ってんだか」

榛名「……ほぇ?」

清太「榛名、人間は皆同じじゃないぞ。俺を前任の豚と一括りにするなよ。俺はあそこまで太っちゃいないし、無作為に発情もしないぞ」

吹雪「ぶ、豚……」プッ

長門「ふっ。的確な表現だな」

榛名「し、しかし砲撃した事実は……」

清太「よっと」


何かを言おうとした榛名の言葉を遮り、清太は天高く砲弾を投げると、素早く地面に落ちていた小石を拾い上げて砲弾に向けて投げた。清太の手から離れた小石は砲弾の信管に命中し、砲弾は派手な音を立てて爆発した。


清太「榛名に砲撃されたなんて事実はないぞ。俺が榛名から受け取ったのは着任祝いの花火だからな」

大淀「花火って……何て無茶苦茶な……(呆れ顔)」

清太「俺は砲撃なんてされてない。だから榛名を処罰もしない。さ、着任式はこの辺でお開きにしようか。俺はまだやることがあるんでな」


そう言い残すと清太は矢矧から教本を奪うと足早にグラウンドから立ち去った。



~数分後~

ー執務室ー



清太「……何これ」

大淀「今この鎮守府にいる艦娘の名簿です。鎮守府の長たる提督である以上、皆の顔や名前は覚えておいてください」


数分後着任式を終えて桟橋に向かっていた清太は追いかけてきた大淀によって執務室に強制連行された。現在、清太の目の前には分厚い名簿表が置かれている。


清太「出会う度に名前を聞けばいいだろ」

大淀「駆逐艦の中には何かと繊細な娘も多いので……」

清太「そんなメンタルで本当に大丈夫なのかよ(呆れ顔)」

大淀「とにかく、ちゃんと覚えてくださいね。提督が部下の艦娘の名前や顔が分からないなんてあり得ないですから」

清太「はいはい」

大淀「では私は経理の業務があるので失礼します。何かあれば放送で呼んでください」

清太「わかった」


大淀が執務室を出ると、清太は1度大きくノビをして名簿を開いた。名簿には艦娘の名前、艦種、性格等が事細かに記載されてある。


清太「金剛と榛名と鳳翔と大淀と矢矧と翔鶴は何となく分かるからいいや。あと吹雪も長門も」

??「」ブッコロシテヤルノデス

清太「?」


清太がパラパラと名簿をめくっていると、ドアの方から声が聞こえた気がし、ふと清太が顔を上げると、ドアの隙間から背の低い艦娘がこちらを伺っているのが見えた。


清太(……今、ぶっ殺してやるって言ってなかったか?……気のせいか?)


清太「何か用か?」

??「ぶっ、ぶっ殺してやるのです」


清太が声を掛けると、艦娘は一瞬ビクッと体を震わしたが、ドアを開けて入ってきた。その手には魚雷が装備されている。


清太(やばい。殺意マシマシじゃん。どうする?)


・清太の脳内選択肢


①武力制圧

②お金(3000円)で懐柔

③お菓子(カロリーメイト)で懐柔

④に~げるんだよ~(執務室がある場所は3階。出口のドアの前には艦娘が立っていて、逃げるなら窓しかない)

⑤放送で大淀達に助けを求める


清太(まずここはお菓子で気を引こうか)


清太「お菓子があるが、食うか?」スッ

??「……」ポイッ

窓ガラス「」パリーン

清太「」


清太が与えたカロリーメイトは清太の真横を通過し、窓ガラスを突き破って海に落ちていった。


??「カロメは口の中がぱさつくから嫌いなのです」


清太(そんな理由!?水飲めばいいじゃん!じゃ、じゃあ次はお金を出してみるか)


清太「ど、どうぞ……お納めください」スッ

??「……ちっはした金なのです。こんなんじゃ電は買えないのです」


清太(3000円がはした金ってどういうことだよ!あと買うって何!?恐らくこの子の名前が電って事は分かったけど……さて、どうしようか)


電?「さっさとくたばりやがれ、なのです」


清太から受け取った3000円をポケットにしまった電は、再び魚雷を手に持つと清太に近づいてきた。


清太(よし、こうなったら……)


清太「よっと」ヒョイ

電?「はわっ!?」


清太は素早く電に近づくと、手に持っていた魚雷を奪い取った。まさか奪われると思っていなかったのか、電も驚いたような表情になる。


清太(武器さえ奪えば後は何とかなるだろ)


電?「まだ、まだ終らんよ。なのです」スッ

清太「」


清太(まだ魚雷持ってんのかよ!ええい!こうなったら無くなるまで奪い続けてやる!)


清太「そんな危ないもん持ち歩くんじゃない!」

電?「五月蠅いのです!」

清太「まぁそう言わずに、話をしよう」

電?「断るのです!」

清太「あれは今から36万……いや、数年前の事だったかな」

電?「こっちの了解も得ずに勝手に喋ってるのです!あと凄まじく話が無茶苦茶なのです!」

清太「まぁ、いいやつだったよ」ギョライウバイ

電?「話の筋道が全く見えないのです!あとしれっと魚雷を奪ってるんじゃないのです!」ウバイカエシ


電の注意を逸らすために無茶苦茶な会話を続けながら清太は電と数分間に渡り魚雷の奪い合いをしていたが、焦れったくなった電が魚雷を投げ、その魚雷が窓を突き破り、崖下の岩に当たって爆発した事で音に驚いた大淀達が執務室に駆けつけ、電を取り押さえた事で事態は収束した。


大淀「全く、何かあったら放送で呼んでくださいって言ってたじゃないですか」

清太「そんな余裕はなかった」

矢矧「もう、そんな調子でこれから先大丈夫なの?」

清太「大丈夫だ。問題ない」

矢矧「本当かしら?」

大淀「電さん、どうしてこんなことをしたんですか?」


大淀に尋ねられ、電はオドオドした様子で口を開く。先程とは雰囲気がかなり変わっている。


電「い、電はただ皆を守りたかったのです。きっとまた酷い目に遭わされるのです……」

清太「え?俺そんな風に見られてるの?」

電「あ、暁ちゃんが言ってたのです。『暴走族は凶暴で、艦娘を酷い目に遭わせる』……って」

清太「いやすごい偏見だぞそれ!確かにそういう奴もいるかもしれないけど、あの時の連中は皆お前らに何も危害加えなかったじゃん!」

矢矧「まぁ、そうよね」

大淀「どちらにしても騒音撒き散らしたり危険行為を行っている時点で一般人にとっては迷惑千万だと思いますが……」

清太「電。俺は理由も無しにお前らを酷い目に遭わすつもりはないぞ。それは約束する」

電「本当ですか?」

清太「ああ」


清太は椅子から立ち上がると電の元に歩み寄り、小指を出した。


清太「約束する」

電「……っ!はいなのです!」


電は嬉しそうに清太の出した小指に自身の小指を絡ませて指切りをすると、嬉しそうに去って行った。その後ろ姿を見送ると清太は再び椅子に座った。


清太「あ~死ぬかと思った」

矢矧「電ちゃんは時々人格が変わるのよね……」

大淀「巷ではプラズマモードと呼ばれていますね」

清太「二重人格って艦娘でもあるんだな。それは知らなかった。あ、そうだ」

大淀「どうかしましたか?」

清太「いや、今思い出したんだけど俺、まだ荷解きしてないんだった。ちょっと荷解きしてくる」


そう言って清太は執務室を出ると、隣の提督私室に向かった。



ー提督私室(以降清太の部屋)ー



清太「うわ……悪趣味アンド臭い……」


部屋を開けた瞬間、清太は思わず鼻を押さえた。部屋は壁紙から家具、全てにおいて黄金色で、かつ強烈な悪臭が漂っていた。清太は急いでドアや窓を開け、換気扇を回した。


清太「おい、悪いんだけど大至急この部屋改装してくれないか?あと脱臭も頼むよ」


清太が鼻を押さえながら肩に乗っていた作業着を着た妖精に頼むと、作業着を着た妖精も鼻を押さえながら頷き、何処かへ飛んでいった。


清太「さて……と」


妖精が何処かに消えた後、清太は入り口近くに置かれていた自身の荷物を開け始める。どうやら片っ端から家にあった物を詰め込んだようで、正直鎮守府生活で必要ない物も多い。清太は要らないと思った物と必要な物を分け、要らないものは万一に備えてアパートの部屋に戻す事にした。


清太「ちゃんと相談してから運び出せよな。冷蔵庫とか電子レンジとか絶対要らないだろ。二度手間じゃねぇか。つーかこれ、臭いが移ってたら最悪じゃん」


愚痴をこぼしながら清太が一通り荷物の仕分けを終えたタイミングで、作業着を着た妖精が大勢の妖精達を連れてやって来た。


作業着「清太さん、これより部屋の脱臭及び改装を行います」

清太「わかった。一度荷物を外に運び出すから、ちょっと手伝ってくれ」


清太は妖精達と共に一度荷物を執務室に移すと、鎮守府生活で必要ない物をアパートに運ぶため、工廠裏に停めてあるジムニーを取りに行った。しかし


清太「……ジムニーがない……だと……」ボーゼン

清太「誰かに盗まれたのか?」キョロキョロ


清太が周囲を捜索すると、すぐ横の海底にジムニーが沈んでいた。


ジムニー「」アカン

清太「俺の……ジムニーが……」ガクッ


清太はその場に膝をつくと、目の前の海底に沈む愛車を眺めた。


清太「初めて新車で買ったのに……夢の現金一括払いだったのに……」

??「あ、あの~」

清太「リッター5キロしか走らんポンコツのランエボからようやく乗り換えたのに……まだ買って1年も経ってないのに……」

??「お~い……」

清太「……んだようるせぇな!!俺は今感傷に浸ってんだよ!邪魔するならバラして海に沈めるぞ!!」

??「あの、えっと……ちょっと落ち着いてください。話を聞いてください」

清太「この状況で落ち着けるか!あ、そうか。分かったぞ!お前だな!?俺のジムニーを海に沈めたのは!」


背後から話しかけてきた銀髪の艦娘の肩を掴むと、清太は激しく前後に揺さぶった。一方の艦娘は必死な様子で両手をブンブンと横に振る。


??「いや、違いますよ!やったのは明石です!!」

清太「うるせぇ!ドラム缶にコンクリと一緒に詰めて沈めてやるっ!!お前もジムニーの気持ちを味わえ!」

??「いやーっ!明石、助けてー!!殺されるー!!」



~数分後~

ー工廠ー



清太「……で?ジムニーに乗ってみたくなって、偶々鍵が掛かってなかった上にエンジンが掛かったのをこれ幸いと運転しようとしたけど車を運転した事がなくて操作を誤り海に落とした……と」

??「はい……」

??「猛省してます……」


数分後。逃げ回る銀髪の艦娘を追い回して工廠に入った清太は、何事かと工廠の奥から出てきたピンク色の髪をした艦娘と共に銀髪の艦娘を捕まえ、ロープで拘束していた。2人の艦娘は工廠の柱に縛り付けられている。どうやら銀髪の艦娘は軽巡の夕張と言うらしく、ピンクの髪の艦娘は工作艦の明石と言うらしい。


清太「ふざけんな!確かに鍵をちゃんと管理してなかった俺にも非があるが、勝手に乗り込んで運転して挙句の果てに海に落とす馬鹿が何処にいるんだよ!」

明石「ここにいま~す……てへっ?」

清太「」ブチッ

夕張「ちょ、ちょっと明石……」

清太「……そうか。反省してないのか。おい、妖精共。こいつらドラム缶に詰めてコンクリを流し込んで海に沈めとけ」

妖精達「「はーい!!」」


妖精達がドラム缶に明石達を入れるために2人に近づこうとすると、明石達は焦ったような表情になった。


明石「ま、待ってください!冗談!冗談ですから!」

夕張「ちゃんと海から引き揚げて直しますから!」

清太「本当に?」

明石・夕張「「本当です!!」」

清太「……よし、じゃあ今すぐに取りかかれ」

明石・夕張「「はい!!」」


明石と夕張は返事をするなり妖精達と共にジムニーを海底から引き揚げ、調査を始めた。


清太「エンジンにも海水が入ってるだろうから廃車は確定だぞ。ただの水没車でも修理は厄介なのに、海水だと尚更難しいんだ。どう責任を取るつもりだ?」

明石「大丈夫です。我々と妖精達の技術は宇宙一ですから」

夕張「絶対に直してみせます」

清太「……そうか。じゃあ頼むぞ」


そう言って清太は工廠から出ると、自分の部屋に戻った。



ー清太の部屋ー



清太「おぉ。これはいいな」


清太が部屋に戻ると、部屋は先程とは大きく変わっていた。壁紙はシンプルな白色。床は一般的なフローリング。備え付けの机も木製のシステムデスクに置き換わっている。照明も贅沢極まりない金銀宝石がふんだんに使われていたシャンデリアから、普通の照明になっていた。あまりに臭かった臭いも完全に消えている。既に妖精達が気を利かせてくれたのか、一部の家具は運び込まれていた。


清太「態々クローゼットや箪笥まで運んでくれたのか……ん?」


清太が残りの荷物を運び入れて部屋を見回していると、システムデスクの上に写真の束やDVDの束が置かれている事に気付いた。清太が写真を見ると、どうやら前任の提督の物らしく、艦娘達が酷い目に遭わされているのを撮影した写真ばかりだった。中には矢矧や翔鶴達の写真もあった。DVDの中身も恐らく似たような物だろう。


清太「くだらねぇな」


清太は舌打ちすると写真やDVDを手に取り、外に出るとDVDをハンマーで1枚ずつ粉々に砕き、写真は工廠裏にあった焼却炉に放り込んで燃やした。


清太「……人間のために戦っているのに、その人間達にこんな酷い目に遭って殺されるぐらいなら、感情も持たず、何も言わない兵器の方が少しは幸せかもな。艦娘を人間の女と同じ見た目にして、さらに生殖機能まで与えた神様は残酷だな」


燃えて灰になっていく写真を見ながら誰ともなしに清太はポツリと呟くと、ポケットからHOPEを取り出して口に咥え、傷だらけのジッポーライターを取り出して火を付けた。清太の握るジッポーライターには桜吹雪と錨が刻印されていた。




第3章:一航戦



ー執務室ー



清太「もうこんな時間か」


焼却炉で写真を燃やし、執務室に戻った清太は艦娘の名簿を眺めて名前や容姿を覚えていた。ふと顔を上げると壁に掛かった時計は午後6時を指していた。清太は執務室の隅に置かれた机で経理作業を行う大淀に声を掛けた。


清太「おい、大淀。晩飯食いに行っていいぞ」

大淀「え?いいんですか?」

清太「ああ。そう言えば大淀は姉妹艦がいないが、誰と飯を食ってるんだ?」

大淀「私は基本的に明石や夕張さんと一緒ですね。時間が合えばの話ですが」

清太「そうか」


清太(明石も夕張も俺のジムニーを修理してるはず。多分まだ作業してるだろうな……よし)


大淀「では先に失礼します」

清太「ああ」


大淀が執務室を出ていった直後、清太は大急ぎで工廠に向かった。



ー工廠ー



清太が工廠に行くと、明石も夕張もオイル塗れになりながら大勢の妖精達とジムニーを修理していた。


清太「おい、もう6時だぞ。飯を食ってこい」

明石「え?でも……」

夕張「いいんですか?」

清太「ああ。飯も食わずに働かせて倒れたりでもされたら俺が困る。仲のいい艦娘と飯食ってこい」

明石・夕張「「ありがとうございます!」」


明石と夕張は頭を下げると大急ぎで着替えを済ませて工廠から出て行った。それを見送った清太は大きく深呼吸をすると妖精達に話しかけた。


清太「さ、作業を再開するぞ。俺も手伝う」

妖精達「「アイアイサー!」」


清太は工廠の奥に新のままで保管されていた男性用作業着に着替えると、早速作業に取りかかった。清太の横では清太の相棒でもある作業着を着た妖精がせっせと働いている。


清太「しかし作業スピードが滅茶苦茶早いな。普通の人間だったら何日もかかりそうな作業なのに、たった数時間で全体の作業の半分以上が終わってるなんて」

作業着「人間の技術力を超越した我々妖精達が大勢で作業しているのもありますし、何よりも海水に浸かっていた時間が短かったというのもありますね」

清太「全く大したもんだよ」

妖精「エンジン入りまーす!!」


清太が作業着妖精と話していると、他の妖精達が何処からかエンジンを運び込んできた。しかし、そのエンジンを見て清太は違和感を覚えた。


清太「おい、これジムニーのエンジンじゃないだろ」

作業着「正解です。これはジムニーのエンジンを更に改良したエンジンです。燃費、パワーを向上したエンジンとなっています」

清太「いや、ジムニーは確か元々64馬力だったはずだ。これ以上パワーを上げたら軽自動車の自主規制値を……」

作業着「自主規制だから問題ナッシングです。法で罰せられる事はありません」

清太「そうだけどさ……ま、いっか」


その後、清太は妖精達と協力して運ばれてきたエンジンをジムニーに載せ、ジムニーの修理は完了した。


清太「よし、皆ご苦労様。褒美を取らせるぞ」

妖精達「何ですか?」

清太「間宮券だ。何故か執務室の引き出しに大量にあってな。要らないからお前らにやる」


清太が間宮券を配ると妖精達は嬉しそうに食堂の方に去って行った。誰もいなくなると、清太はジムニーの修理が終わった旨を書いたメモを残し、ジムニーを工廠裏に移動させた。


清太「……さ、俺も飯を食いに行くか」



~2時間後~



明石「ヤバいヤバい!大淀とついつい話し込んでたら遅くなっちゃった」

夕張「あぁもう徹夜コース確定じゃない!!」


清太が工廠から立ち去って2時間後。明石と夕張は慌てた様子で工廠に戻って来た。しかし、明石達が工廠に入ると、修理していたはずのジムニーがない。


明石「ちょっと!ジムニーがない!!」

夕張「まさか盗まれた?」

明石「いやいや!それもうただでは済まないわよ……ってあれ?」

夕張「どうしたの?」


慌てた様子の明石が突然立ち止まったことを不思議に思った夕張が明石の横に行くと、明石が1枚のメモを読んでいた。



~メモ~


明石・夕張へ


ジムニーの修理は終わったから工廠裏に移動させた。今日はさっさと寝るように。


提督


追伸:間違ってもまた運転しないように。



明石・夕張「「……」」

明石「……何だ。思ったよりも優しいじゃないですか」

夕張「前の提督がゴミ屑以下だったからね。でもそれ抜きでも根はいい人そうよね」

明石「そうよね。さ、提督の言う通り今日は早くお風呂に入って寝ましょうか」

夕張「そうね」


メモを読んだ明石と夕張は笑顔で工廠を後にした。



ー廊下ー



清太「さて、飯を食おうか」


明石と夕張が工廠でメモを読んでいる頃、清太は1人廊下を歩いていた。


清太「食堂に行こうとしたら矢矧に捕まって延々と執務について説明されたお陰でメチャ遅くなったな」グゥ~


清太は食堂の入り口にある食券の販売機に近づくと、ある事に気付いた。


清太「そうだ。電に金渡したんだったんだっけ……あれ?ってことは俺今日飯抜き!?」ガーン


清太は財布の小銭入れを引っかき回してみたが、かき集めても130円しかない。食券機でデザートを除けば1番安い食べ物でも200円はするため、まともに食事はできない。非常食だったカロメはプラズマモードになっていた電によって海の藻屑となった。


清太「着任早々夜に鎮守府の外に行くのは良くないだろうしなぁ……仕方ない」

鳳翔「あら?提督?」


清太が肩を落とし、自分の部屋に戻ろうと体の向きを変えたその時、割烹着姿の鳳翔が声を掛けてきた。


清太「鳳翔」

鳳翔「提督、ご飯食べないんですか?」

清太「いや、それがな……恥ずかしい話、金を持ってないんだよ。まだ着任初日なのに夜に鎮守府を離れるのもよくないし、今日はもうこのまま寝ようと思っていたところだ」

鳳翔「ダメですよ。ちゃんと食べないとお体に障ります」

清太「しかしな……」

鳳翔「ダメです。そうだ。今日は私のお店で晩ご飯を食べられたらどうですか?ツケにしておきますので」

清太「いいのか?てか鳳翔、店やってるのか」

鳳翔「ええ。大和さん……提督のお祖母様に頼んで許可を貰ったんですよ」

清太「ふぅん。だから割烹着姿だったのか……じゃあ、折角だし行かせてもらおうか」


清太は鳳翔の案内で鳳翔の経営する居酒屋に向かった。鳳翔の店は鎮守府の建物の地下、かつて艦娘達を閉じ込めておく地下牢を全面改装したものだった。前任の提督が更迭された後、艦娘達の精神的にも地下牢を潰す事は確定していたが、利用方法に悩んでいた所を鳳翔が店を出したいと大和に申し出たため、大規模工事で鳳翔の店に改装されたのだった。


鳳翔「ここです」

清太「『居酒屋 鳳翔』……か。いい名前じゃないか」


居酒屋の入り口には赤地の布の暖簾に白地で『鳳翔』と書かれ、その上には木の板に『居酒屋 鳳翔』と墨書されてある。


鳳翔「そんな……ただ思いつかなくて自分の名前をあてがっただけですよ?」

清太「それでも、俺個人的にはいい名前だと思うぞ」

鳳翔「そ、そうですか?では、開けますね」


少し顔を赤くした鳳翔が入り口の引き戸を開けると、中には大宴会ができそうな程広い座敷や、カウンター席、テーブル席があった。清太が厨房を除くと、割烹着姿の妖精達が忙しそうに仕込みをしている。


清太「中々いい感じじゃないか」

鳳翔「まだ開店して間もないですからね。私は料理の準備をしてくるので、それまではお品書きを見ていてください」

清太「分かった」


鳳翔が厨房の奥に消えると、清太はお品書きを眺めた。手書きなのか達筆な文字で料理名が書かれている。基本的には和食がメインのようだが、洋食も扱っているらしい。酒の種類もかなり多く、日本酒や焼酎、ビールといった居酒屋の定番から、ワイン、カクテル、チューハイなども揃っている。所々に料理の写真も載せてある。


清太「どれも美味そうだな」


清太がお品書きを眺めていると、鳳翔がお茶を持ってやって来た。


鳳翔「お決まりですか?」

清太「う~ん。どれも美味そうで決められないから、鳳翔のお勧めを頼む」

鳳翔「お勧めですか?なら丁度いい鯨肉が入ったので、それで竜田揚げとお刺身を作りましょうか?」

清太「頼む。それとビールを中ジョッキでお願いするよ」

鳳翔「かしこまりました」


鳳翔はペコリと頭を下げると再び厨房に消えていった。その後、すぐに割烹着を着た妖精達がビールの入った中ジョッキを持ってやって来た。妖精達からビールを受け取った清太が早速ビールを飲もうとすると、入り口の引き戸が開く音が聞こえた。


??「もう!翔鶴姉、お願いだからその服着て鎮守府を歩き回るのはやめてよ!」

翔鶴「いいじゃない。寧ろ鎮守府ぐらいでしか着られないわ」

??「だからって……あれ?」


翔鶴と大声で会話していたツインテールの艦娘は清太に気付くと、早足で清太に近づいてきた。


清太「な、何だ?」

??「あんたね?翔鶴姉に変な趣味を教え込んだのは」ズイッ

清太「はぁ?」

??「あんたのお陰で翔鶴姉も私もセットで危ない奴認定されて駆逐艦達に怖がられてるのよ!どうしてくれるの?」ズイズイッ

清太「知るかそんなの。つーかその程度で怖がる駆逐艦達にも問題ありだろ。よっぽど問題がない限り、俺は他人の趣味嗜好にどうこう言うつもりはない」

??「何ですって~!!」ズィィィィィィ

清太「大体、翔鶴は俺と出会う前からそういうのに興味があったみたいだし、俺のせいじゃねぇ」

翔鶴「やめなさい瑞鶴!」


謎の艦娘に胸ぐらを掴まれながら清太が平然とした様子でビールを飲んでいると、翔鶴が割って入ってきた。瑞鶴と呼ばれた艦娘は清太から手を離すと翔鶴の方へ体を向ける。


瑞鶴「でも……」

翔鶴「提督の言う通り、私は提督がここに来る前から不良や暴走族に興味があったわ。決して提督の影響じゃないわ」

瑞鶴「そう……なの?」

翔鶴「ええ。だから提督に謝りなさい」

瑞鶴「……ごめんなさい。翔鶴型航空母艦2番艦の瑞鶴よ」

清太「今日付で江ノ島鎮守府に配属された玉木清太だ。以後よろしく頼む」

翔鶴「ところで提督は今日はこちらで夕食を食べられるんですか?」


清太と瑞鶴の自己紹介が終わった後、すぐに翔鶴は清太の隣のカウンター席に座り、清太に問いかけてきた。瑞鶴も翔鶴の隣に座っている。


清太「ああ。本当は食堂に行きたかったんだけど金が無くてな。今日はこの店で食う。代金はツケにして貰う」

瑞鶴「まさか踏み倒したりしないわよね?」

翔鶴「瑞鶴!」

清太「明日朝一で銀行に行って金を下ろしてくるよ。何で着任早々印象の悪くなるような事をしないといけないんだよ」

鳳翔「あら。翔鶴さん達も来てくれたんですか」


瑞鶴の言葉に清太が呆れていると、鳳翔が料理を持ってやって来た。お盆の上には千切りキャベツと鯨の竜田揚げに鯨の刺身、ご飯にしじみの味噌汁、白菜の漬け物が乗っている。


清太「おお!メチャクチャ美味そうじゃん!いただきます!」

鳳翔「ありがとうございます」


清太は早速竜田揚げを箸で掴むと口に放り込むと、嬉しそうに鳳翔の顔を見た。


清太「美味い!鳳翔は料理上手だな」

鳳翔「そんな。私なんてまだまだですよ」

瑞鶴「そりゃそうよ。鳳翔さんって鎮守府でも料理の腕前は1、2を争う程だもん」

翔鶴「でも提督もかなり料理上手ですよね」

瑞鶴「そうなの?」

翔鶴「ええ。普通にお店を開けるぐらい上手よ」

清太「昔からずっと料理は基本的に自分で作っていたからな」

鳳翔「今度は提督の料理を食べてみたいものですね」

清太「機会があればな」


清太はビールを飲むと、鳳翔や翔鶴達の方を見た。


清太「……そういえば今うちの空母って鳳翔と翔鶴型意外に誰がいるんだ?」

鳳翔「今は私や翔鶴さん、瑞鶴さんの五航戦以外だと一航戦の赤城さんと加賀さんが鎮守府にいますね」

翔鶴「本当は二航戦の蒼龍さんや飛龍さん、それに大鳳がいるんですが、今は入院中です……」

瑞鶴「特に二航戦の二人は重症で、復帰は絶望的っていう話よ」

清太「そうか……まぁひとまず一航戦の2人にも挨拶しておかないとな。着任式の時いなかったし」

瑞鶴「やめておいた方がいいわよ」

清太「何故だ?」


清太が不思議そうな顔をすると、いつの間に頼んだのか、瑞鶴はカシスオレンジを一口飲むとため息を漏らした。


瑞鶴「あの2人、提督さんを殺す気満々だから。さっきも食堂で農薬入りの食事を持って待ち構えてたし」

清太「何それ怖い。つーか少し前、俺食堂に入りかけてたんだけど」

瑞鶴「命拾いしたわね」

清太「洒落にならんわ!まだ何もしてないのに命狙われるとか理不尽すぎるだろ!」

翔鶴「でも、このままじゃ提督、食堂に入れませんね。一航戦のお2人はよく食堂にいるので……」

清太「お前ら五航戦が何とかできないのか?」


清太が何気なく翔鶴達に声をかけると、翔鶴達の顔が一気に青くなった。


翔鶴「そ、それは無理です!絶対無理です!」

瑞鶴「下手したら手足もがれて置物にされちゃう!提督さんは私達に死ねって言うの!?」

清太「誰も死ねと言ってないだろ?話を飛躍させるな」


清太はため息をつくと竜田揚げを口に放り込む。その様子を見ながら瑞鶴が口を尖らせる。


瑞鶴「提督さんは赤城さん達がどれだけ強いか知らないからそんな態度が取れるのよ」

清太「ああ知らないね。どれだけこの鎮守府で強かろうが上には上がいるもんだ。大体俺は憎まれる様な事も何もしてないんだから、襲われる筋合いはない」

翔鶴「まぁ、そうですよね……」ニガワライ


翔鶴(幾ら一航戦の先輩達でも戦艦棲姫やフラグシップ級を相手にして素手でボコボコにはできませんし、至近距離で撃たれた戦艦の砲弾を素手で捕る事はできませんから……逆に提督に勝てる人ってどんな方なんでしょうか?)


鳳翔「よろしければ私から話を通しておきましょうか?」

清太「できるのか?」

鳳翔「えぇ。何とかなるかと……」


鳳翔がそこまで言ったその時、入り口の扉が開き、2人の艦娘が店に入って来た。店に入るなり、綺麗なロングヘアーの艦娘が鳳翔に話しかける。


??「鳳翔さん、日本酒とお刺身特盛り、それからご飯メガ盛りでお願いします」

鳳翔「かしこまりました。加賀さんはどうしますか?」

加賀「……私も赤城さんと同じものを」


鳳翔に声をかけられた髪をサイドポニーにしている加賀と呼ばれた艦娘は表情を変える事なく返事をした。


清太(やべぇ。まさかの一航戦の2人じゃん。面倒な事になる前に早く店から出よう。つーか翔鶴達は?……あ、店の奥のテーブルの下に隠れてら)


清太は赤城達に顔を見せないようにしながら急いで食事を済ますと、手で鳳翔に合図を送ってそのまま帰ろうとした。しかし


赤城「あら?何故鎮守府に男性がいるんですか?」

清太「」

加賀「そう言えばそうですね。今鎮守府にいる男性は提督だけのはずですが」

赤城「もしかして、提督ですか?」ハイライトオフ

清太「いいや。私はただの作業員ですよ(大嘘)」

赤城「作業員?」

清太「提督から頼まれてゴミを回収に来たんですよ。しかし予定が大幅に遅れましてね。今日はここに泊めさせて貰う事になったんです」

加賀「その様な話は聞いていませんが……まぁいいでしょう」


清太(いけるか?)


清太がホッとしたのも束の間、加賀は素早く移動すると翔鶴達の隠れている机の下に手を伸ばし、翔鶴達を引きずり出した。


加賀「彼女達にも聞いて見ましょうか」

翔鶴「ひっ」

加賀「五航戦。答えなさい。この方は本当に作業員ですか?」

翔鶴「え?えっと……」

赤城「素直に答えてくれたら解放しますよ」

翔鶴「本当ですか?」

赤城「ええ」ニッコリ


清太(アホ!それは罠だ!!間違っても白状するな翔鶴!)


翔鶴「か、彼は作業員ではなく提督です!」

清太「う゛ぇあぁぁぁぁぁ!!」

瑞鶴「ちょっと翔鶴姉!何でバラすのよ!」

翔鶴「だ、だって素直に言ったら解放してくれるって……」

赤城「ええ。解放しますよ。ただし……」スッ


そう言うと赤城は艤装を展開し、翔鶴と瑞鶴に襲いかかった。五航戦姉妹は為す術もなくボコボコにされて宙を舞い、ベシャッという音を立てて外の壁に激突し、そのまま気絶してしまった。


清太「……」

赤城「さて、次はあなたの番ですよ」

清太「おいおい。まだ俺はお前らに何もしてないぞ?何も危害を加えてない無実の男を攻撃するのが一航戦のやり方か?」

赤城「黙りなさい!この鎮守府に提督は必要ありません」

清太「えぇ……(困惑)」


赤城の言葉に清太が困惑していると、赤城が弓を構えて矢を放ってきた。清太は側にあった椅子で防ごうとしたが、椅子は木っ端微塵に砕け散ってしまった。


赤城「私達の矢は深海棲艦をも貫きます。その程度の物では防げませんよ?」

清太「……どうやらそのようだな」


清太が椅子の残骸を捨てると同時に赤城は次の矢を放つ。清太はバングルを外すと飛んできた矢を素手で掴んだ。


赤城・加賀「「なっ……」」

清太「あばよ」スタコラサッサ


一航戦の2人が動揺している間に、清太は急いで店から逃げようとした。しかし、店の入り口に辿り着いた瞬間、膝に痛みが走った。清太が下を見ると、右膝に矢が突き刺さっている。


赤城「まさか背を向けて逃げようだなんて、呆れた方ですね」

清太「ちっ……」


清太(酔いが回って判断力が鈍ったな。確かにこれは失態だった。俺らしくないミスだ)


赤城「さて、さっさと死んでもらいましょうか」


清太(やばい)


赤城は弓を構えると清太に向けて矢を放とうとした。が、次の瞬間赤城の持つ弓の弦が切れて矢は床に落ちた。床に落ちた矢を見た後、赤城はある場所に視線を向けた。


赤城「……鳳翔さん。これはどういうつもりですか?」

鳳翔「提督に死なれては困りますから。それに、あなた達に提督殺しの罪を犯して欲しくないですからね」


清太が鳳翔の方を見ると、いつの間にか鳳翔も艤装を展開して弓を持っている。どうやら赤城の弓の弦を狙い、矢で弦を切ったらしい。


加賀「赤城さん。ここは引きましょう」

赤城「……分かりました。ここは引きます。ですが、私はあなたを絶対にここから追い出してみせます」

清太「それは大本営に言ってくれ。俺の一存では辞められないんでな」


清太の言葉に赤城達は返事をする事もなく、店を出て行った。赤城達が去ったのを確認し、清太が床に座ると鳳翔が艤装をしまって駈け寄ってきた。


鳳翔「提督、大丈夫ですか?」

清太「ああ。それよりも折角の店を汚してしまって済まない」

鳳翔「何を言ってるんですか。お店は何度でも修繕できます。それよりもお怪我を……」

長門「失礼するぞ」


鳳翔が清太の傷の手当てをしようとしていると、長門が店に入って来た。店の様子を見た長門は驚いたように目を見開いた。


長門「これはどういうことだ。鳳翔、一体何があったんだ?」

鳳翔「実はかくかくしかじかで……」


鳳翔が事の経緯を説明すると、長門は腕組みをしてため息を吐いた。


長門「まぁ一航戦の2人がほぼ全面的に悪いな……ただ、見え透いた嘘をついた提督も提督だと私は思うぞ」

清太「いやお前な、殺意マシマシの相手に『僕提督』何て言ったら是非殺してくれって言ってるようなもんだろ」

長門「それはそうだが……」

清太「これから出会う度に命を狙われるんじゃたまらねぇよ」

長門「極力我々も気を遣っておくつもりだが……」

清太「頼むよマジで」

鳳翔「あの、提督」


清太が長門と会話していると、鳳翔が困ったような顔をして声をかけてきた。


清太「何だ?」

鳳翔「あの……膝に刺さった矢を抜いた方がいいのではないでしょうか」

清太「……そうだな」

長門「よし、それなら任せろ。力には自信がある」

清太「待て。止せ。まずは鏃を取ってから……」

長門「ふんっ!!」ブチブチィ!

清太「あぎゃぁぁぁぁぁ!!」



~数分後~

ー廊下ー



長門「その……すまない」

清太「ほんとだよ」


数分後。清太は長門に背負われて清太の部屋に向かっていた。長門が力任せに矢を引き抜いた結果、却って傷口が広がり重傷になってしまった。そこで清太が『入渠ドッグに放り込んでくれれば普通の治療よりも早く治る』と言ったため、着替えを取りに行く途中である。


清太「力が自慢なのは結構だが、もう少し頭を使ってくれ」

長門「申し訳ない。……ところで提督。聞きたい事がある」

清太「何だ?」

長門「今日の着任式、榛名の砲撃を素手で止めたのを見て思ったんだが、何故提督は海軍に所属していなかったんだ?相当な実力があると私は見たのだが……」

清太「……色々あってな。何なら俺は矢矧と出会ってなければ一生海軍とは関わらないつもりでいたんだ」

長門「それは宝の持ち腐れではないのか?それだけの実力があるのに……」

清太「まぁ、普通はそうだろうな。でも、俺は違ったわけだ」

長門「しかし……まぁいい。提督には提督の考えがあるんだろう。これ以上私が深入りするのはよくないな」

清太「気遣い感謝するよ」


その後、長門は清太の部屋に着くと清太を部屋の前で一度降ろして部屋に入った。



ー清太の部屋ー



長門「ふむ……着替え着替え……下着は分かるが、服はどれがいいんだ?分からんな……」


首を傾げながらクローゼットを漁っていた長門だったが、ある服を見つけると手に取った。


長門「これは確か翔鶴が身に着けていたな。今はこういう服が流行なのか?軍服もないようだしこれにするか」


長門は特攻服や下着を手に取ると、そのまま部屋を出て清太を背負うと入渠ドッグに向かった。



ー入渠ドッグー



清太「悪いな。後は何とかするから部屋に戻っていいぞ。あ、『整備中』の看板を忘れずにな。万一艦娘が入って来たら騒ぎになるからな」

長門「分かった。では私は先に失礼するぞ」


入渠ドッグに着いた清太は長門を帰らせると、服を脱いで腰にタオルを巻いて『入渠』と書かれてあるボタンを押した。するとドッグの上にある電光掲示板が光り『1:00:00』と表示された。


清太「うげ……1時間もかかるのか」


清太はゲンナリした様子でドッグに入ると大きく息をついた。


清太「まさか初日から艦娘に襲われて怪我をするなんてな……鍛え直さないと」


清太はドッグに肩まで浸かると静かに目を閉じた。



ー???ー



1人の少年が立っている。その手は真っ赤な血で染まり、足下には砕け散ったガラスや、血まみれの大人や子供が転がっている。少年の身に着けている服はボロボロで、足下に転がる大人を見下ろす目は死んでいた。


場面が変わり、同じ少年が艤装を背負った女性に手を繋がれて歩いている。その周囲には少年と同じような少年達が歩いている。


再び場面が変わり、少年は再び死んだ目になっている。目の前には怯えた目をする軍服の男。周囲には大勢のバラバラにされた憲兵達の死体が転がり、血の海になっている。少年はそれを踏みつぶしながら男に近づき、何の躊躇いもなく持っていた刀を振り下ろした。



ー入渠ドッグー



清太「っ!!」ザバッ

清太「……夢か」


目が覚めた清太はホッとした表情になると、ドッグの湯をすくって顔を洗った。電光掲示板を見ると、丁度入渠が終わったようだ。膝の傷も完全に癒えている。


清太「早く寝るか」


ドッグから出ると清太は脱衣所で服を着ようとした。しかし、置かれていた服を見た清太はゲンナリした顔をした。


清太「何故特攻服を選んだんだ長門……」


清太はため息をつくと特攻服を羽織った。



ー廊下ー



??「うぅ……夜の廊下は暗くて嫌いだわ」

??「大丈夫だよ暁。私がついてる」


ここは入渠ドッグ近くの廊下。暗い廊下を2人のパジャマ姿の艦娘が歩いている。黒髪の艦娘は暁型の長女、暁。白髪の艦娘は暁型2番艦の響。2人は自分達の部屋から廊下の奥にある共用トイレに向かっている途中である。ちなみに響は夜中に1人では怖くてトイレに行けない暁の付き添いである。


暁「何時も思うけど、何で部屋にトイレが付いてないのよ~!」

響「仕方ないさ」

暁「もぅ!もしお化けに襲われたりしたらどうするつもりなのよ……」

響「まさか。お化けなんているわけ……」


そこまで言いかけて、響はピタリと足を止める。突然響が立ち止まったために暁は響の背中にぶつかってしまい、そのまま床に尻餅をついてしまった。


暁「ちょっと響!突然立ち止まらないでよ!」

響「あ、あれ……」ユビサシ

暁「え?」


響の指差す方向を暁が見ると、ゆらゆらと誰かが近づいてくるのが見えた。元々怖がりながらトイレに向かっている事もあり、2人は思わず大声を出した。


暁・響「「きゃあぁぁぁあ!!」」

清太「は?え?お、おい。どうした?」

暁「お化けだぁぁぁ!!(号泣)」

響「殺さないと……(錯乱)」

清太「お、おい落ち着けって。俺は新しく着任した提督だぞ。お化けじゃない……ぞ?」


暁達を落ち着かせようと近づきかけた清太は、足下に水溜まりができている事に気付いて立ち止まった。視線を暁達に向けると、2人のズボンが濡れている。


清太「……まさか2人とも、漏らし……」

暁「わぁぁぁぁ!!」ズツキ

清太「えぶっ」

響「こ、殺してやる……」ギソウテンカイ

清太「こんなことで殺されるとか理不尽すぎる……」

??「あなた達!そこで何してるの!?」


暁の頭突きが鳩尾に命中して清太が蹲っていると、廊下の突き当たりから声が聞こえてきた。清太が声のする方に視線を移すと、眩しい光で思わず目が眩む。


清太「うわ、眩しっ」

??「あ、すみません。探照灯を懐中電灯代わりにしてたので……光量を下げますね」


清太の言葉に近づいてきた艦娘は慌てて光を弱める。どうやら発光していたのは自身の左目のようだ。


清太「君は?」

??「古鷹型重巡洋艦1番艦の古鷹です。玉木提督ですね。お話しは長門さんから聞いています。これからよろしくお願いします」


清太の問いに古鷹はぺこりと頭を下げた。


清太「そうか。こちらこそよろしく頼む」

古鷹「ところで、叫び声が聞こえたのですが、どうかしたんですか?」

清太「ああ。俺の姿を見てどうもお化けと勘違いしてしまったみたいで、それで……」


清太が水溜まりの方に視線を移すと、古鷹はすぐに理解したのか、笑顔で清太の方を見た。


古鷹「わかりました。提督、後片付けは私がしておきますので」

清太「悪いな」

古鷹「いえいえ。ただ、夜の鎮守府で特攻服を着るのは遠慮してくださいね」

清太「以後気をつける」


古鷹の言葉に頭を下げ、清太は自分の部屋に戻り眠りについた。



第4章:前途多難




~翌朝~

ー清太の部屋ー



清太「朝か……」


翌朝。早朝5時に目が覚めた清太はベッドから体を起こすと軽い柔軟体操をした後、左胸に「ていとく」と書いたゼッケンを緑色のジャージに貼り付け、早速それに着替えた。軍服がない以上、服は何でもいいのだが、目立つ方がいいと判断したのだ。


清太「まずは飯だが……食堂は行かない方がいいしなぁ……金もないし」


食堂で一航戦に遭遇すればまた面倒事が起きかねない。おまけに金もない。清太はしばらく悩んだ後、清太はあるものに手を伸ばして部屋を後にした。



~3分後~

ー桟橋ー



清太「食堂が使えないのなら自分で飯を作って食えばいいじゃないか!」


3分後。桟橋には海パン姿の清太がシュノーケルと銛を持っていた。清太は桟橋を全力疾走すると、桟橋から勢いよく海にダイブした。


清太「お、結構でかい魚がいるじゃん」


清太は嬉しそうに次々に銛を繰り出して魚を捕まえていった。



~30分後~



矢矧「たまには早起きして散歩をするのもいいわね」


30分後。矢矧は桟橋の先端に立っていた。江ノ島鎮守府の総員起こしは朝の6時。まだ後20分以上余裕があるため、矢矧は鎮守府を散歩していたのだ。


矢矧「ん?」


矢矧がそろそろ自分の部屋に戻ろうとしたその時、桟橋から50mほど離れた海面が突然盛り上がり、清太が大きなイシダイを両手に掲げながら現れた。


清太「捕ったド~!!」ザパァ

矢矧「は?え?ちょ、ちょっと提督!何してるのよ!!」

清太「ん?おお矢矧か。今上がるから」


矢矧に気付いた清太は桟橋をよじ登ると、矢矧に近づいていった。手に持っている網には先程のイシダイ以外にも大きなスズキやカレイ、サザエなどが大量に入っている。


矢矧「こんな朝早くから一体何をしてるの?」

清太「朝飯調達」

矢矧「はぁ?これ全部食べるつもり?」

清太「いや、流石に捕りすぎたから鳳翔にでもあげるつもりだ」

矢矧「そう。で、どうして食堂を使わないの?」

清太「金がないのと、一航戦に毒殺されかねないからな。俺は食堂は使えない」

矢矧「……ところで提督。漁協に許可は取ってるの?」

清太「……」プイッ

矢矧「ちょっと!」

清太「矢矧。『バレなきゃ犯罪じゃないんですよぉ』って名言を知ってるか?」

矢矧「それは名言じゃなくて迷言よ!ああもう!とりあえずシャワーを浴びて食堂に来て!まだ間宮さんや伊良湖さんにも挨拶してないでしょ!一航戦の朝ご飯を食べる時間帯は知ってるから、それを避けていくわよ!」


矢矧は清太の持つ網をひったくるようにして持つと、清太の耳を引っ張って歩き出した。


清太「うぉぉぉぉ!!痛い痛い!止せ矢矧!俺は今海パンしか履いてないんだぞ!ちゃんと歩くから離せ!あ、おい。わざとコンクリの方に行くな!俺を殺す気か?お願いですからやめてください!」ズルズル



~数十分後~

ー食堂ー



清太「昨日振りだな」

矢矧「何を食べるの?」

清太「A定食で」

矢矧「わかったわ」


矢矧はスカートから財布を出すと食券販売機にお金を投入し、A定食の食券を2つ購入して受付に並んだ。既に多くの艦娘は食事を終えたのか、食堂は閑散としている。


??「矢矧さん、おはようございます!……あの、そちらの方は……?」

清太「筋肉モリモリ、マッチョマンの変態だ☆」

??「へっ!?」

矢矧「何てこと言ってるのよ提督!!」ガンメンパンチ

清太「あべし!!」

??「へ、変態さんですか……?」

矢矧「ち、違うのよ間宮さん。彼は新しく着任した提督で、玉木清太って言うの」

清太「どうも。提督です」

間宮「間宮と言います。これからよろしくお願いしますね。あ、そうだもう1人……伊良湖ちゃん」

??「はーい!!」


間宮が厨房に向かって大声を出すと、もう1人女性が現れた。


間宮「彼女は伊良湖と言います。私と同じ艦娘です。伊良湖ちゃん。この方は新しく着任された提督よ」

伊良湖「伊良湖です。以後よろしくお願いします」

清太「よろしく。あ、そうだ。さっき海で魚を捕ってきたからよかったら使ってくれ。もし使えないのなら俺に返してくれたらいいし、何なら鳳翔に分けてあげても構わない」

間宮「す、すごいですね。かなり大物揃いです。ありがとうございます。ありがたく使わせて頂きますね」

清太「ああ。ところで間宮」

間宮「何でしょうか?」

清太「飯はまだか?」

間宮「あ!すみません急いで作ります!!」


清太の言葉に間宮は大慌てで厨房に入っていった。



~数分後~



矢矧「で、今日はどうするつもりなの?」

清太「要らない贅沢品を売って、ついでにバイクを引き取って、銀行に行って金を下ろしてくる」


数分後。間宮から渡されたA定食を食べながら矢矧に問われた清太は、味噌汁を啜りながら答えた。A定食の内容は白ご飯、玉子焼き、納豆、味噌汁、焼き魚、沢庵、海苔といった非常にシンプルなものだ。


矢矧「売るあてはあるの?」

清太「知り合いにツテがある。俺がザッと見ても1000万以上はするな」


鎮守府に使われていた贅沢品や宝石、貴金属類は全て妖精達によって綺麗に掃除された後、整理整頓されて工廠隅にあったトラックに載せられている。提督私室にあったという純金の便器やバスタブを見た清太は吐きそうになった。こんなものにまで金を使うのは悪趣味すぎる。


矢矧「売ったお金はどうするの?」

清太「鎮守府運営資金の足しにする。俺の金じゃないからな」

矢矧「そう……ねぇ、私もついていってもいいかしら?」

清太「別に構わないぞ。飯が食い終わったら準備ができ次第すぐに行くから、正門前で待っておいてくれ」

矢矧「わかったわ」



~20分後~

ー鎮守府正門ー



矢矧「まだかしら?」


朝食を食べ終えてから20分後。私服に着替えた矢矧は正門前で清太を待っていた。しばらくすると、トラックに乗った清太と大淀が工廠の方からやって来た。清太の顔はゲンナリしている。


清太「悪い。待たせたな」

矢矧「いいわよ。で、何で大淀もいるの?」

大淀「提督が逃げ出さないように監視するためです」

清太「逃げねぇっての……さ、行くぞ」


清太は矢矧を乗せると、トラックを発進させて鎮守府を出た。


大淀「提督、一体何処にこんな高額な物を売るおつもりなんですか?普通のところに持ち込んでも買い取って貰えませんよね?」

清太「俺の知り合いに貴金属の売買をやってる人がいる。一応連絡もしてある」


やがて清太達の乗るトラックは人通りの多い道から外れ、山の中に入っていった。しばらく走ると、『真柴商会』と書かれた大きな鉄製の門がある場所で清太はトラックを停めた。


矢矧「ここ?」

清太「ああ」

大淀「すごく怪しいのですが……」

清太「気にするな」


清太は門の横に付いていたインターホンを押すと、自身の名前を名乗った。ほどなくして門がゆっくりと開き、柄の悪そうな男達が清太達を取り囲んだ。突然のことに大淀や矢矧が身構える。しかし清太は焦る様子もなく、1人の男に近づいた。


男「押忍!兄貴、お久しぶりです!」

清太「若頭はいるか?」

男「へい。中にいます」

清太「わかった。トラックの中はそのままにしておいてくれ」

男「わかりました」

清太「大淀、矢矧。行くぞ」


清太は大淀達に声をかけると敷地の奥にある建物に向けて歩き出した。慌てて大淀達も後を追う。



ー建物内ー



??「久しぶりだな、清太」


清太達が建物に入ると顔に大きな傷がある男が高そうなソファーに座っていた。清太は男の元に近づくと笑った。


清太「そっちこそ久しぶりだな。真柴」

真柴「電話で聞いたが、また随分な物を売りたいみたいだな」

清太「ああ」

大淀「あの……お話し中にすみません。あなたは一体……?」

真柴「ん?ああ。俺は真柴次郎。清太の中高の同級生だ。職業はヤクザ。真柴組若頭で、清太とは5分の盃を交わしている。この会社は俺が任されている会社でな。主に貴金属や骨董品を転売している」

清太「盃っつっても形だけで、あんまり意味が無いものだけどな」


清太と真柴は中学の頃からの付き合いで、よく一緒に遊んだ仲だった。しかし真柴の父親はヤクザの組長で、真柴自身も組の若頭になったということもあり、清太や周りの人達に迷惑を掛けないためにと清太が就職して働き出した頃から徐々に会う機会は減っている。余談になるが、真柴組は構成人数およそ130人で、神奈川を拠点とするヤクザである。祭りの出店、貴金属売買、情報売買、土木建設など幅広い事業を手がけている。


真柴「まぁこの話はその辺にして、早速物を見に行こうか」


真柴は立ち上がると建物から出て、トラックに置いてある貴金属などを物色し始めた。


真柴「へぇ。随分といいもんばっかりじゃないか。いいのか?」

清太「ああ。俺には合わないからな」

真柴「だろうな。貴金属で身を固めるのはお前らしくねぇよ。……ザッと見ても4億だな。どれも中古品とは言え、貴重な宝石が随分と使われているものが多い。どうする?」

清太「乗った」

真柴「よし。支払いは?」

清太「現ナマ(現金)で。小切手は無しだ。紙幣で頼む」

真柴「わかった。おい、4億詰めて持って来い」


真柴は外にいた部下に声をかけると、真柴の部下はすぐにアタッシュケースを持って来た。蓋を開けると札束がぎっしり詰まっている。


真柴「4億だ。受け取れ」

清太「感謝するぜ」

真柴「……ところでお前、この売りもん、幾らぐらいと思ってた?」

清太「1000万ぐらい。だから、正直驚いてる」


清太の言葉に真柴ははぁ、と小さくため息をつくと苦笑した。


真柴「お前、ほんと物を見る目無いな。堅気(ヤクザではない一般人)の店に持ち込んでたら最悪足下見られてたぞ」

清太「自覚があるからこそダチのお前のところに持ち込んだんだ。昔から得意だったろ?こういうの」


全くお前って奴はよぉ、と真柴は呆れたように声を出すと、チラリと矢矧達の方を見て清太に小声で話しかけた。


真柴「……お前、見たところ今は堅気……それも相当お堅い仕事してるんだろ?あんまし俺達には関わるなよ?バレたら色々厄介だぞ。最悪お前のとこのクソジジイ達も巻き込むことになる」

清太「……ああ。気をつける。じゃあな」

真柴「おぅ」


真柴達はトラックから荷物を降ろしたのを確認した清太は矢矧達を乗せて真柴商会を後にした。トラックが走り去るのを見送ると真柴はポケットからハイライトを取り出して火を付けた。


真柴「……俺も組長の息子じゃなかったら今すぐにでもヤクザから足を洗って堅気になりてぇよ」




ー車内ー



大淀「どういうことですか提督!まさか元帥のお孫さんともあろうお方がヤクザと……」

清太「ヤクザじゃない友人だ」


真柴がタバコを吸っている頃、清太のトラックの中では助手席に座る大淀が清太に詰め寄っていた。清太と大淀に挟まれている矢矧は肩をすぼめ、小さくなっている。


大淀「もし誰かに見られていたらどうするおつもりですか!?」

清太「知らんな。俺は友人に会いに行って、要らないものを引き取って貰っただけだ」

大淀「なっ……」

清太「大淀は一々堅すぎるんだよ。そもそもあいつは肩書きがヤクザの若頭ってだけだ。世間は例え友達であってもヤクザになったらあっさり縁を切る事が多いが、俺はそんな事はしたくない」


清太の言葉に大淀は黙り込む。海軍の提督とヤクザ。もしマスコミに写真でも撮られたら『海軍と反社会勢力の癒着』とでもされて大事になりかねない。しかし清太は全く気にする様子もない。清太からすれば本当に友人に会いに行き、物を売っただけだという考えなのだろう。


清太「大淀。世の中は白か黒ってよく言うけどな、そんなに世の中はきれい事で済むことばっかりじゃない。今回の物を売るのも普通の店じゃ怪しまれて買い取って貰えなかったかもしれない」

大淀「それは……そうですが……」

清太「工廠で金とかは溶かして金塊にしようとも考えたけど、そっちの方が色々と面倒になりそうだったからな。刻印を偽装するのは面倒だからな……」

矢矧「いや、そっちの方がアウトでしょ……」

清太「ま、何にせよ思わぬ大金が手に入ったんだ。よしとしようじゃないか」

矢矧「このお金はどうするの?」

清太「まずはお前らの私服を買う。それから連絡用のスマートフォン。娯楽の本やゲームも買おうか」


清太の言葉に大淀と矢矧は驚いた様子で清太の方を見る。


大淀「何か施設の拡充に充てないんですか?」

清太「今の人数ならあの設備で十分だろう。あ、そういえば図書館がないから図書館でも建てるか。漫画とか児童書とか置いてさ、これなら駆逐艦も喜ぶだろ?戦艦とか空母向けには戦術書とか置けばいいしさ」

矢矧「それはいいかもね」

清太「あと、大淀。1つ聞きたいんだが、うちは食堂で金を払わないといけない程困窮してるのか?」

大淀「いえ、ちゃんと予算は出ているのですが、前の提督が資金横領のために有料にしていたみたいです。それがそのまま続いている感じでして……」

清太「それ、早く言ってくれよ……。予算があるなら即時食堂は無料開放。鎮守府運営に必要な予算がどれぐらいか洗い出してくれ」

大淀「わかりました」



~数十分後~

ー清太のアパートー



清太「さて、バイクを引き上げるか」

大淀「ここに住んでいたんですか?」

清太「ああ。16から住み始めて今まで暮らしてたからかれこれ8年か」

大淀「元帥とは暮らしてなかったんですね」

清太「……ああ。ジジイはしょっちゅう南方の激戦地に行かされてたしな」


清太はトラックからはしごを降ろして荷台に掛けると、バイクを荷台に載せた。清太がバイクを固定していると、1人の女性が煙管を咥えながら近づいてきた。大家の鷹野準子である。清太の住んでいたアパートの横にある自宅で食事処『鷹ノ巣』を切り盛りしている2児の母である。既に30を超えているが、20代中盤にしか見えない容姿を持つ美人で、近所の人達からの評判もいい。


矢矧「準子さん」

準子「おや清太。もうギブアップかい?」

清太「馬鹿言え。バイク取りに来ただけだ。すぐ戻るよ」

準子「冗談だよ。ちょっと店に寄って行きな。航太と雪もいるから。あんた達も」


準子は矢矧達を見るとふーっと煙を吐きながら笑った。



ー鷹ノ巣ー



準子に案内されて鷹ノ巣に入ると、テーブル席で男の子と女の子がトランプをして遊んでいた。2人の子供は清太の顔を見ると顔を輝かせて駈け寄ってくる。


??「あ、兄ちゃん!」

??「久しぶり!」

清太「おう。航太も雪も元気にしてたか?」


清太は笑いながら雪を抱っこし、航太の頭を撫でる。航太は今年で7歳。雪は5歳になる。清太が高校や専門学校に通っている時は忙しい準子に変わってよく2人の子守をしていたためか、2人とも清太によく懐いている。


航太「ねぇ兄ちゃん、キャッチボールしようよ」

清太「おおいいぞ。じゃあ外に行こうか」

雪「雪も行く!」

清太「そうかそうか」


航太達に引っ張られて清太が店の外に出て行くと、準子はカウンター席に腰掛けて煙管に新たな刻みタバコを詰めて火を付けると矢矧達の方を見た。


準子「……どうだい清太は?」

矢矧「どうって……前にいた提督よりはずっとマシだと思いますが……」

大淀「時折常識外れなことをしますね。こう言っては何ですが、本当に海軍元帥の孫か疑うレベルです」

準子「ははは!そりゃそうだよ。あの子はあのクソジジイ共と1度も一緒に過ごした事がないんだから」


準子は豪快に笑うと矢矧達にかからないように煙を吐いた。


矢矧「そう言えば、提督ってずっと1人暮らしって言ってたわね」

準子「ここに来る前はあの子は帝都でホームレスだったからね。詳しくは知らないけど、あの子は駅に置いてあるピアノを弾いて日銭を稼いだり、時には汚れ仕事も引き受けていたみたいだよ」

大淀「でも、どうして元帥の孫、それも初孫なのにホームレスに……」

準子「さぁ?ただ、クソジジイ達が自分の孫だって騒ぐまであの子は自分が元帥の孫とは一切言わなかったからね。よっぽど関わりたくない何かがあったんだろうね」

大淀・矢矧「「……」」



~数十分後~



大淀「お世話になりました」

準子「また遊びに来な」

清太「そのつもりだ」

準子「あんたは来なくてもいいよ」

清太「扱い酷くない?」

準子「冗談だよ。何時でも帰って来な」


数十分後。清太は準子や航太達に見送られて鷹ノ巣を後にした。鎮守府に帰る途中、清太は銀行でお金を下ろして石材店に立ち寄ると小さな墓石を購入した。


大淀「墓石なんか何に使うんですか?」

清太「そりゃお前、墓を作るために使うんだよ」

大淀「誰の墓ですか?」

清太「矢矧が島流しにあった場所には多くの艦娘の遺体があると聞いた。そこに建てるんだよ」



ー鎮守府 桟橋ー



清太「大淀は留守を頼む。矢矧はこのボートを引っ張って島に俺を連れて行ってくれ」

矢矧「わかったわ」

大淀「なるべく早く戻って来てくださいよ」


鎮守府に戻ってくると清太は大淀と矢矧に指示を出し、工廠に転がっていた小さなボートに墓石やらスコップやらを積み込むと、矢矧の艤装にロープで繋いだ。


清太「さ、行こうか」

矢矧「ええ」


清太の言葉に矢矧はゆっくりと島に向けて進み始めた。



~1時間後~

ー島ー



清太「ここか……」

矢矧「ええ」


1時間後。島に到着した清太は驚いていた。島には木々や草が多いが、ザッと見る限り食材になりそうなものはない。植物があるという事は水が多少はあるという事になるのだが、湧き水も見つからなかった。


清太「ここまで何もない島なのか」

矢矧「ええ」

清太「で、艦娘が死んでいた場所は?」

矢矧「こっちよ」


清太が矢矧に連れられて島の中心部に行くと、小さな木でできた十字架の前で矢矧は立ち止まった。


清太「どうした?」

矢矧「前まではここに沢山艦娘の遺体があったのに……」キョロキョロ

清太「この十字架は矢矧が作ったのか?」

矢矧「いいえ。私が作った物じゃないわ。そもそもここに無造作に積み上げてあったのよ」

清太「ふぅん……」


清太と矢矧が首を傾げていると、島の奥からガサガサと言う音が聞こえてきた。清太と矢矧が身構えると、大きな花束を持ったヲ級が現れた。


ヲ級「ヲキュ?(訳:あれ?)」

清太「ヲ、ヲ級?」

矢矧「何でこんな所に?」


清太と矢矧が戸惑っていると、ヲ級は清太達の方に近づいてペコリと頭を下げた。


ヲ級「ヲ、ヲヲヲヲヲ。ヲヲヲ、ヲヲヲ(訳:お、お久しぶりです清太さん、矢矧さん)」

清太「もしかして戦艦棲姫一派のヲ級か?」

ヲ級「ヲ(訳:そうです)」

矢矧「攻撃してこない所から見てもそうっぽいわね」

清太「しかし言葉が今一つ分からんな……」


清太と矢矧が困っていると、奥の方から戦艦棲姫とレ級が現れた。


戦艦棲姫「何故オ前ラガココニイルンダ……?」

清太「お、淫乱棲姫」

戦艦棲姫「誰ガ淫乱棲姫ダ!」

清太「ノーパンノーブラで人様の家に上がり込んだ時点で淫乱もいい所だろ」

戦艦棲姫「グヌヌヌ……所デ我々ノ拠点ニ何ノ用ダ?」

清太「ここお前らの拠点だったのかよ!艦娘の遺体が沢山この島にあるようだから、墓でも建てようと思ったんだよ。この十字架はお前らが建てたのか?」

戦艦棲姫「アア。流石ニ可哀想ダッタカラナ」

清太「墓石を持って来たから改装してもいいか?」

戦艦棲姫「別ニ構ワナイゾ」

清太「よし。じゃあ手伝ってくれ」

戦艦棲姫「ワカッタ」


その後、清太達は戦艦棲姫達と協力して墓石を建て、綺麗に整備を行った。墓石には『艦娘達之墓』を刻み込まれている。墓を建てた清太は持って来ていた線香を置き、ヲ級は持って来ていた花束を供えた。


清太「こんなもんだな」

戦艦棲姫「ダナ」

清太「俺達はそろそろ帰るよ。鎮守府をそう長く空けるわけにもいかないからな」

戦艦棲姫「ナッ……!オ前、提督ニナッタノカ?」


戦艦棲姫の言葉にヲ級とレ級が戦艦棲姫の前に立つ。その様子を見て清太はふっと笑った。


清太「別に提督になったからと言ってお前らを殺したりはしねぇよ。今のところ上に報告するつもりもない」

戦艦棲姫「ソウカ」

清太「じゃあな」

戦艦棲姫「アア」


戦艦棲姫達に見送られ、清太と矢矧は島を後にした。



ー鎮守府 桟橋ー



清太「さて、後は鳳翔に昨日のツケを返しに行くだけだな」

大淀「提督!」


清太が矢矧と後片付けをしていると大淀が駈け寄ってきた。肩で息をしている事から、相当急いで走って来たのだろう。


清太「何だ?」

大淀「一航戦の2人と戦艦組が食堂で喧嘩を……」

清太「はぁ!?何で喧嘩になるんだよ。とりあえず行くぞ」



ー食堂ー



赤城「もし毒が入っていたらどうするんですか!」

長門「提督はそんなことはしない!」

榛名「大体、着任早々周りの不評を買うようなことはしません!」

金剛「そうですヨ!」


清太達が食堂に入ると、食堂の真ん中で艦娘達が向かい合ってにらみ合っていた。食器は割れ、食べ物が散乱したり、机がひっくり返っていたりと食堂はかなり悲惨な状態だった。清太は艦娘達をかき分けながら赤城と長門の間に入った。


清太「はいはいそこまで。飯を食う食堂で何してんだよお前ら。割れた食器やら家具を買う費用も考えてくれよな」

長門「提督……」

清太「長門。誰が食堂で喧嘩をしていいと言った」ジロリ

長門「すまない……」

清太「怪我してる奴はさっさと入渠するなり明石に頼んで手当てして貰え。えーっと……間宮」

間宮「は、はい!」

清太「事の経緯は?」

間宮「その……提督が朝捕ってきた魚を出したら赤城さんが『毒が入ってる』と……」

清太「なる程な……」


清太は地面に落ちている魚の刺身を拾い上げると、自身の口の中に放り込んだ。


長門「なっ……!」

矢矧「て、提督」

清太「うん。毒も無いし、普通に美味いぞ。こんな美味い魚を食わないで捨てるのは勿体ないな」モグモグ

赤城・加賀「「……」」

金剛「何を黙ってるんデス?自分達が間違っていたんデスから、謝るべきデス」

赤城「……」

榛名「何か言ったらどうなんですか?」


金剛の発言を皮切りに、艦娘達が再び騒ぎはじめた。清太はしばらく黙っていたが、やがて思い切り近くにあった机を拳で叩いた。


清太「あーもううるっせぇぇぇぇぇ!!!」バァン

艦娘達「「」」ビクッ

清太「一々うるせぇんだよ!長門!さっさと皆と協力して後片付けをしろ」

長門「あ、ああ」

清太「一航戦!昨日もだが、俺に当たり散らすのは筋違いもいい所だ!」

赤城「提督は必要ないって言っているじゃないですか」

清太「へぇ。鎮守府の運営や艦隊指揮はどうするんだ?」

赤城「そんなこと、私達でできます」

清太「ウッソだろお前」ケラケラ


赤城の言葉に清太は大声で笑った。清太の態度が気に障ったのか、赤城が眉間に皺を寄せる。


赤城「何がおかしいんですか?」

清太「いや、既に人望のなさが見え見えみたいな状況で、よくもまぁそんな凜々しい顔で言えるなって思ってさ。戦略的に重要な戦艦組の信頼は絶望的だ。他の艦種もどうだろうな」

赤城「少なくともあなたよりは私達の方が人望はあります」

清太「ふーん……まぁどうでもいいけどさ。そんなに言うならやってみな。1週間だ。1か月の出撃禁止期間が明けたら先に赤城達が1週間鎮守府の運営をして、その後俺が1週間鎮守府の運営をする。で、どっちの鎮守府運営がよかったか投票して、票が多い方が今後の鎮守府運営をするってのはどうだ?」

赤城「もしあなたが負けたら?」

清太「こっから出て行くよ」


清太の言葉に食堂にいる艦娘達がざわつく中、大淀が清太の元にすっ飛んでくる。


大淀「しょ、正気ですか提督!艦娘が鎮守府運営するなんて前代未聞ですよ!?」

清太「今までが今までなんだから、やろうと思えばできるんじゃねぇの?(適当)」

大淀「し、しかしですね、提督が勝手に辞めては……」

清太「出ていくとは言ったが、誰も辞めるとは言ってないぞ?」

加賀「……どういうことですか?」

清太「あのな、どうせ俺が辞めた所ですぐに替えの提督が来る。それこそ前の提督よりヤバい奴が来るかもしれない。だったら俺はどうしても必要な時だけ鎮守府に来て、必要ない時は俺は他所で暮らしておけばいいってことだ」

加賀「なる程。確かに完全に辞められて前任より酷い方が来るのも面倒ですし、いい案ではないでしょうか」

赤城「加賀さんがそう言うのなら……分かりました。しかし、勝つのは私達です」

清太「あっそう」

加賀「……」


赤城は清太の横を通ると加賀と共に食堂から立ち去った。赤城が立ち去ると、長門や金剛、矢矧達が清太の周りに殺到した。


長門「どう言うつもりなんだ貴様は!」

清太「聞いてた通りだ」

金剛「もし負けたらどうするつもりデスか!」

清太「俺に負けて欲しくないなら俺に投票すりゃいいだろ」

矢矧「大体提督はまだまともに艦隊指揮も鎮守府運営もしてないじゃない!勉強もまだ進んでないでしょ?1か月で間に合うの?」


矢矧の発言に金剛達の顔色が真っ青になる。


榛名「あの……今の話本当ですか?」

清太「ああ。本当だ」

榛名「本当だ。じゃないです!」

清太「大丈夫だ。問題ない」

榛名「榛名は大丈夫じゃないです!!」

清太「気合と根性で何とかする」

金剛「何だか不安になってきたネー……」

清太「心配するな。何とかするから。さ、皆で片付けるぞ」


不安そうな顔をする艦娘達に対し、清太は笑うと自ら率先して後片付けをはじめた。



~2時間後~

ー居酒屋 鳳翔ー



清太「邪魔するぞ」


食堂の後片付けを終えて2時間後。清太は居酒屋鳳翔を訪れた。まだ営業時間ではないが、鳳翔は店の奥で営業に向けて準備をしている所だった。


鳳翔「あ、提督」

清太「昨日の飯代を払いに来た」


そう言って清太は財布から1万円札を5枚出して鳳翔に渡した。


鳳翔「あの、お代は全部で1200円ですが……」

清太「壊した椅子やら床を汚した詫び料込みだ。昨日は本当に申し訳なかった」

鳳翔「……」


清太が頭を下げると、鳳翔は無言でレジを開け、清太の飯代を除いたお金を清太に手渡した。


鳳翔「私が欲しいのはご飯代だけです。時々顔を出してくだされば、それ以上お金は要りません」

清太「しかし……」

鳳翔「いいですから」

清太「……わかった」


鳳翔に押し切られる形で、清太は財布にお金をしまった。



~1週間後~

ー執務室ー



清太「……こんなもんかな?」

大淀「そうですね」


1週間後。清太は執務室の椅子に座り、大淀に渡された報告書を見ていた。内容は図書館の建設完了や娯楽品であるゲームや漫画の納品完了などである。


清太「まだまだ金は残ってるから、後はプールしておくか」

大淀「そうですね。緊急事態に備えて残しておいた方がいいですね。……所で提督」

清太「何だ」

大淀「勉強、進んでますか?」

清太「もちろんさぁ☆(大嘘)」

大淀「進んでいないようですね」ハァ

清太「いや、別に全部が全部知らなくても何とかなるだろ。寧ろ戦略とか戦術とか教本のセオリー通りにしてたら単調な作戦になるぞ?鎮守府運営だって全ての鎮守府がマニュアル通りにはいかないしな」

大淀「そこはどんどん応用させていくものだとは思いますが……とにかく最低でも提督憲章や基本的な艦隊指揮ぐらいは覚えてください」

清太「面倒くせ~」

大淀「」イラッ


清太のこの言葉に、大淀はおもむろにロープを取り出すと清太を椅子に縛り付け、清太の目の前にある机に教本とノートを置いた。


清太「お、大淀?」

大淀「提督には徹底的にこの教本を覚えて貰います。異論反論は一切受け付けませんから」

清太「おいおい。冗談だろ?」

大淀「嘘じゃないです。では、はじめましょうか」

清太「嫌だー死にたくないー!!」



~1週間後~

ー鎮守府裏ー



清太「」チーン


1週間後。清太は鎮守府の裏にあるベンチで白目を剥きながらタバコを吸っていた。連日大淀にしごかれ、睡眠時間も大幅に削られた清太は毎日死んだ目をしている。今こうしているのは大淀に『ちょっとトイレに行ってくる』と言って抜け出してきたからだった。


??「ん?提督、こんな所で何してんだよ」


清太が2本目のタバコに火を付けようとした時、いつの間にか目の前に2人の艦娘が立っていた。清太はチラリと艦娘達に視線を移したが、気にする様子でもなくすぐにタバコに視線を戻して火を付けた。


清太「見ての通り。何しに来たんだ摩耶、天龍」


清太の目の前に立っているのは重巡洋艦の摩耶。そして軽巡洋艦の天龍である。摩耶は対空能力が高く、火力もある頼れる重巡洋艦である。天龍は燃費の良さと面倒見の良さから遠征に向いている


摩耶「暇だから散歩してたんだよ。で、途中で天龍とばったり会って一緒に鎮守府を散策してたんだ」

清太「そうか」

天龍「……何か死んだ目をしてるけど大丈夫なのか?」

清太「これが大丈夫そうに見えるのなら俺はお前に眼科を受診することを勧めるぞ」

天龍「……何かゴメン」

摩耶「ところで提督。たまにタバコを吸ってるけどさ、美味いのかそれ」


天龍が頭を下げる横で、摩耶は清太の手に握られているHOPEの箱を指差す。


清太「美味いと思う事もあるし、不味いと思う事もある」

摩耶「何だそりゃ」

清太「その時の気分で変わるんだよ」

天龍「ふーん……な、提督は何でそのタバコを吸ってるんだ?他にも色んなタバコがあるだろ?」

清太「安いから」


※地域によって多少違いがあるかもしれませんが、HOPEは1箱10本入りで大体260円前後。タバコの自販機ではよく2箱520円ぐらいで売られている。ちなみにセブンスターは1箱20本入りで510円程です。


摩耶・天龍「「……」」

清太「後はまぁ、昔っから吸ってるからってのと、あんまり頻繁に吸わないから10本で十分なのと、箱が小さいから持ち運びしやすいってのがある」

摩耶「まぁ、色々理由があるんだな」

清太「そういうことだ」


摩耶の言葉に清太が頷いていると、建物の影から榛名が現れた。榛名はゆっくりとした足取りで清太に近づくと、笑顔で清太に話しかけた。


榛名「提督?ここで何をしているんですか?」

清太「」ビクッ

榛名「大淀さんが探していましたよ?」

清太「……榛名。お前はここで何も見ていない。いいな?」

榛名「提督。榛名、全力で、捕縛します」

清太「やめろぉ!!」


抵抗空しく榛名に捕縛された清太は、この後鬼の形相で待っていた大淀にこっぴどく叱られ、タバコを没収させられた上、より一層厳しくしごかれる事になったが、これが良かったのか清太は1か月の間に鎮守府運営や艦隊指揮、作戦立案などに必要な知識をほぼ完全にマスターした。



第5章:迷える者



ー江ノ島鎮守府 工廠ー



清太「明石~夕張~!いるか~?」


一航戦の2人に清太が宣戦布告して1か月後。遂に遠征や出撃が解禁された。今日から1週間鎮守府の運営は一航戦の2人が行うのだが、提督である清太は何故か大荷物を持って工廠に来ていた。


明石「は~い……ってどうしたんです?その大荷物」

清太「いや~赤城達に追い出されちゃってさ。工廠裏にテント立てていいか?」

夕張「いいですけど……」

清太「じゃ、早速建てさせて貰うわ」


清太はさっさと工廠裏に行くと、こぢんまりとしたテントを建てた。大きさは大人2人がギリギリ寝られる程で、そこまで大きくない。清太は必要最低限の荷物のみテントに持ち込むと、それ以外の荷物はジムニーに放り込んだ。


清太「ま、これでいいだろ」

夕張「で、これからどうするんですか?」

清太「そうだな……まずは海で朝飯でも調達しようかな」


清太はさっさとジャージを脱ぎ捨てると海パンに着替え、シュノーケルと銛を用意すると海に向けて歩き出した。




ー鎮守府食堂ー



矢矧「提督が追い出された!?」


一方そのころ、食堂では大淀から清太が提督私室から追い出されたという話を聞いた矢矧が大声を出していた。矢矧の大声に、少し離れた場所に座っていた長門達が集まってくる。


長門「何?それは本当か?」

天龍「確かな情報か?」

大淀「え、ええ。先程加賀さんから聞いたので、間違いないかと」

摩耶「幾ら何でもやり過ぎじゃねぇのか?」

金剛「テートクー!!何処に行ったんデスカー!!」

榛名「榛名は……榛名は大丈夫じゃないです……」ハイライトオフ

比叡「ヒエー!榛名の背中からどす黒いオーラが……」

清太「あ、間宮、伊良湖。魚がいっぱい捕れたからこれあげる」


食堂がカオスな空気に包まれそうになってきたその時、何とも気の抜ける声が聞こえてきた。矢矧達が振り返ると、そこには海パン姿の清太が間宮や伊良湖に大きな魚を渡しているところだった。


間宮「こんなに沢山。ありがとうございます」

清太「いいよ。どうせ1人じゃ食べきれないからな。じゃ」スタスタ

矢矧「ちょっと待ちなさい提督」ガシッ

清太「な、何だよ矢矧」

矢矧「あなた何やってるの?」

清太「何って……朝飯調達したら思いの外沢山取れたもんだから、お裾分けに来たんだが?」

矢矧「今どういう状況か分かってるの?自分の部屋から追い出されたのよ?何でそんなに平然としてるの?」

清太「今俺は執務をしているわけじゃない。1週間キャンプして暮らすと思えば部屋を追い出されたぐらいどうってことない」

矢矧「……」ポカーン

大淀「相変わらず呆れた方ですね」

長門「肝が据わってるのか、楽天的なのか、それとも単なる馬鹿なのか分からんな」


清太の言葉に矢矧をはじめ、その場にいた艦娘達が呆れたようにため息をついたり頭を抱える。


清太「ま、一航戦の2人が鎮守府を回してる間、俺は長期休暇気分を満喫させて貰うよ。俺は海に潜ってるか工廠裏のテントに居るから。じゃあな」スタスタ

矢矧「ちょっ……」


清太はそう言い残すとさっさと食堂を後にしてしまった。残された艦娘達はしばらくの間呆然としていたが、やがて長門が口を開いた。


長門「やれやれ……例え勝機があったとしても、もう少し危機感を持って欲しいな」

金剛「良くも悪くも平常運転デース」

矢矧「全くですよ……」



ー工廠裏 清太の野営地ー



清太「さて、飯にするか」


工廠に戻って来た清太はジムニーからまな板や机、椅子を引っ張り出すとテントの横に並べ、料理をはじめた。魚を捌いて刺身にしたり、残った切れ端を使ってアラ汁を作る。


清太「よし。こんなもんだな」

夕張「いい匂い……」

明石「わ、美味しそう」


清太が料理を作り終えた頃、料理の匂いに誘われたのか工廠から明石と夕張が出てきた。


清太「お前ら、飯はまだか?」

明石「ええ」

夕張「まだよ」

清太「だったら一緒に食うか?ついさっきまで海で泳いでた魚の刺身とアラ汁。それからサザエの壺焼きだ」

明石「滅茶苦茶豪華じゃないですか!いいんですか?」

清太「ああ。ちょっと多めに作ったからな」

夕張「あの……魚とかサザエを捕るのはまずいんじゃ……法律的に」

清太「バレなきゃ犯罪じゃない」

夕張「いや、アウトですから!!バレなきゃいいっていう問題じゃないですから!!」

清太「大体な、このサザエが捕れたのってすぐそこの海だぞ?漁船は鎮守府の周辺300mの海域には緊急時以外近づけないから、個人が魚や貝類を捕った所で大きな問題は無い。それに俺は食う事を目的にしてるし、間宮達にもタダで渡してる。密漁とかする奴の大半は売って金にするのが目的だろ?俺はそうじゃない。何よりもここには許可なしに警察が入って来られない。今現在は憲兵もいない。お前らが証拠をひっさげて警察に俺を突き出さない限りは俺を捕まえる奴はいないってことだ」

明石「理由がこじつけすぎる気がしますが……」

清太「あんまり深く考えすぎるな。飯がマズくなるぞ」


その後、清太は明石と夕張と共に朝食を食べた。明石達からの評価は上々で『また食べてみたいか』と清太が尋ねると『また食べてみたい』と返ってきた。



~2時間後~

ー工廠裏ー



清太「久々にバイク洗うか」


朝食から2時間後。清太は工廠裏にバイクを持ってくると洗車をはじめた。汚れを落とし、丁寧に磨いて必要な場所に油を差す。全ての作業が終わり、清太が工廠にバイクを戻そうとしたその時、桟橋の方から大声が聞こえてきた。


赤城「一体何をしているんですか!!」

清太「何だ?」


清太がバイクを片付けて桟橋の方に行くと、厳しい顔つきの赤城が6人の艦娘を叱責していた。


赤城「古鷹さん。独断で撤退とはどういうつもりですか!」

古鷹「その……文月ちゃんが大破していたのに加え、艦隊の半数が中破以上だったためこれ以上の進軍は不可能と判断しました」

赤城「だから目的地を目前にして撤退したと」

古鷹「はい……」

赤城「ふざけないでください!!いいですか?我々は少しでも戦果を挙げてあの男を追い出さねばならないんです。砲弾を避け、雷撃を躱すだけで損害は防げます。あなたが慢心していたのではないですか?」

古鷹「そんなことは……」

天龍「おいおい。流石に無理があるぜ。それで轟沈したら本末転倒だ。大体、今回は潜水艦による奇襲だったんだ。今回の出撃は水上戦を重視して誰もソナーや爆雷を持ってなかったから、どうしようもなかったんだ」

赤城「っ……もういいです!入渠してきてください。あなた達は飯抜きです」


天龍の言葉に、赤城は苛立った様子で立ち去った。


清太「……」



~1時間後~

ー桟橋ー



古鷹「はぁ……」

天龍「おいおい、あんまり自分を責めるなよ。あれはどうしようもないって」


1時間後。入渠を終えた古鷹達は桟橋に座っていた。その表情は天龍を除いて皆一様に暗い。


文月「ごめんなさい。私が大破しなければ……」

吹雪「文月ちゃんは悪くないよ。ただ運が悪かっただけだよ」

時雨「そうだよ」

夕立「仕方ないっぽい」


今にも泣きそうな文月を吹雪達が慰めていると、突如目の前の海面が盛り上がり、シュノーケルを装着し、銛に魚を突き刺した清太が現れた。


清太「呼んだ?」

天龍「呼んでねぇよ」

清太「そうか。呼んだか」

吹雪「人の話聞いてますか?」

清太「ん?初めて見る艦娘達もいるな。OKまずは自己紹介だ。ビバ○ーヒルズからここ、ヤベー艦娘達が仕切る鎮守府に着任した、ディラン・マッ○イだ」

時雨「え?外国人なのかい?」

清太「んにゃあ。そうだ。三つ編みの彼女」

吹雪「嘘ばっか言ってないでちゃんと自己紹介してくださいよ」ジト目

清太「ブーキーシャラップ」

吹雪「誰がブーキーですか!」

清太「何だ嫌か?じゃあブーでいいか?」

吹雪「それはもっと嫌です!!もー!ちゃんと吹雪と呼んでくださいっ!!」

古鷹「吹雪ちゃん。ちょっと落ち着いて……」


肩を怒らせて叫ぶ吹雪を後ろから古鷹が止めに入る。古鷹に宥められ、吹雪は大きく深呼吸をすると文月達の方に振り返った。


吹雪「……この方は新しく着任した提督の玉木清太さんです」

夕立「ただの日本人っぽい!」

清太「まぁそりゃネタだしな。それよりお前ら飯抜きにされたんだろ?」

古鷹「ええ……でも、失敗した私達が悪いので……」

清太「久々の出撃で不測の事態が重なった結果の失敗だろ?全員無事に帰ってきただけでも俺は別にそんなに悪いとは思わないんだが」

吹雪「で、でも失敗は失敗ですよ?」

清太「ただ任務失敗するだけならまだマシだろ。誰かが轟沈してしまう方が任務失敗よりも重大な失敗だと俺は思うぞ?そもそも別にうちの艦隊の他にも本土近海。特にこの辺りは色んな鎮守府や警備府が24時間監視してるんだから。さ、そんな顔してないで飯にしよう。飯も食わないでいると余計に気持ちが暗くなるぞ」

古鷹「いや、でも赤城さんに今日はご飯抜きと……」

清太「そんなもん知らん」


清太は躊躇する古鷹達を半ば強引に工廠裏まで連れて行くと、工廠から借りてきたパイプ椅子に古鷹達を座らせて早速調理をはじめた。焼き魚に刺身、味噌汁がみるみるうちに完成し、古鷹達の前に並べられていく。


吹雪「矢矧さんや翔鶴さんが提督は料理上手だと言ってましたけど、すごいですね」

文月「美味しそう……」

天龍「こりゃスゲぇな」

清太「よし、こんなもんか。悪いが米は無くてな。これで我慢してくれ」

古鷹「いえ!こんなに沢山料理を作ってくれただけでもありがたいです!!本当にありがとうございます!」ペコリ

清太「礼には及ばない」

加賀「何やらいい匂いがすると思ったらあなたの仕業ですか」


しきりに頭を下げる古鷹に清太が苦笑していると、加賀が現れた。加賀は古鷹達をチラリと見たが、すぐに清太に視線を移した。


加賀「随分と楽しそうですね」

清太「する事がないから暇つぶしに海に潜っていたらついうっかり魚を捕りすぎてな。丁度腹を空かせた艦娘達が居たもんだから振る舞ってたところだ」

加賀「……私達がちゃんと運営できているのか心配ではなくて?」

清太「お前らが言い出した事だ。ちゃんと出来ると俺は思ってるが?それともあれだけの大見栄を張って、実は書類作業が全くできません……ってか?」

加賀「……」

清太「それからな加賀。1度お前に聞いておきたかったんだが、加賀の意見はないのか?何時も赤城が喋ってばかりで、加賀は殆ど意見を言わないじゃないか」

加賀「それは……一航戦である私達は常に一心同体。意見は同じだからです。2度も同じ意見を言う必要はないかと」

清太「なる程。一心同体か」

加賀「そうです」


加賀の言葉に、清太は薄く笑うと、机の上に置かれた刺身を口の中に放り込み、飲み込むと再び加賀の方を見た。


清太「その割りにはお前の顔はやつれてるな」

加賀「」ピクッ

清太「まぁ、1週間頑張ってくれ。ほらよ」ヒョイ


清太は加賀に大きな焼き魚を投げて渡すと加賀に背を向ける。加賀は清太に頭を下げる事もなくその場を後にした。


清太「古鷹」

古鷹「は、はいっ!」

清太「加賀と赤城は建造された時期は同じか?」

古鷹「え?いえ、赤城さんはこの鎮守府が出来た時には既にいたようですが、加賀さんは……」


古鷹はそこまで言うと、言い辛そうに口を開いたり閉じたりして清太から目を逸らしてしまった。その様子を見かねた天龍が代わりに口を開いた。


天龍「今鎮守府にいる加賀は2代目だ。赤城と一緒にいた加賀は、前任の提督に……」

清太「……そう、か。嫌なことを思い出させてしまってすまない」

天龍「いや、いいんだ。で、赤城は2代目の加賀を迎えてから少しずつおかしくなっていった。異常な量の訓練。無茶な出撃を自分に課していた。加賀にもかなり無茶な訓練をさせていた」


でも、と天龍は1度そこで話を切り水を飲むと続けた。


天龍「でも、加賀は必死に付いていって、赤城とそう変わらない練度にまでなった。赤城は加賀をとても大事にしている。加賀もそのことを分かっているからこそ、赤城の言う事は絶対……みたいになってる感はあるな」

清太「なる程な」

吹雪「加賀先輩はもしかしたら赤城先輩の異常性に気付いているのかもしれません。でも、赤城先輩を裏切れないという気持ちと、赤城先輩が周囲に喧嘩を売りすぎた所為で、今更誰かに助けを求められないという二重苦に陥ってるのかも……」

清太「赤城がおかしくなっているのなら、何故他の皆と同じタイミングで入院しなかったんだ?」

時雨「メンタル検査の時も赤城さんを庇って検査を誤魔化したんだ。自分が何とかするからって」

清太「ふーん……何となく怪しいとは思っていたけど、そういうことか」

夕立「提督さんは赤城さんがおかしい事、知ってたっぽい?」

清太「どう見ても様子がおかしかったからな。いきなり攻撃を仕掛けたり、仲間割れを引き起こすような事をしたりする時点で少しはおかしいと思うよ。今回も実際問題まともに執務が出来るかどうか……」

文月「じゃ、じゃあ何で無理矢理にでも入院させないんですか?」

清太「何を言っても今は聞き入れないだろうからな。俺もどうしようか迷ってる。方法が無いわけでも無いが、あまり使いたくないし……」


清太がそこまで言うと、工廠から明石と夕張、それから矢矧と長門、それに大淀がやって来た。


明石「提督、何だか大本営から提督宛に荷物が来てます」

清太「俺宛に?」

矢矧「一体何を送ってきたのかしら」

清太「……ちょっと見に行こうか。あ、飯食い終わったら適当に重ねて置いておいてくれ」

古鷹「わかりました」


清太は椅子から腰を上げて古鷹に頼むと、工廠に向かった。



ー工廠ー



夕張「これです」


工廠に着くと、夕張は入り口に置かれた大きなダンボールを指差した。ダンボールには『開封厳禁』と書かれてある。


大淀「何だか物々しいですね」

長門「一体何が入ってるんだ?」

清太「……」


清太が無言でダンボールを開けると、そこには大和型の艤装が綺麗に収納され、1本の小太刀と共に入っていた。小太刀は鞘の塗装が剥がれ、ボロボロである。艤装も砲身は新品同然でピカピカだが、それ以外は傷だらけである。特に煙突部分にはかつては何かマークがあったのか、塗りつぶされたような跡があった。


矢矧「何?これ……」

大淀「随分年季が入ってますね」

明石「砲身のみ交換されてるようですね」

長門「提督、これは一体……」

清太「……これは俺の艤装だ。もうとっくに捨てたもんだと思ってたのに」


清太はそっと艤装を持ち上げると状態の確認をはじめる。傷だらけではあるものの、通常使用をする分には問題なさそうだ。清太が状態確認を終えると、突然清太のスマホが鳴った。清太がポケットからスマホを取り出すと、大和からだった。


清太「もしもし」

大和『もしもし清太?もう艤装は見たかしら?』

清太「何でこんなもん送ってきたんだ?」

大和『もしもの時のためよ』

清太「これだけ周辺に鎮守府があるのにもしもの事態が起きるか?」

大和『わからないじゃない。砲身だけは交換しておいたから。ちゃんと稼働するし、何も問題は無いはずよ』

清太「そうか」

大和『近いうちに抜き打ちで視察に行かせてもらうわ』

清太「それは遠慮して欲しいね」

大和『あら?何か来たら困る事でもあるの?』

清太「ああ。見たらショック死しかねないからやめとけ」

大和『ちょっとそれどういう意味かしら?』

清太「そのまんまの意味だよ」プツッ


清太は通話を終えるとため息をついた。


清太「あのババア、余計なことしてくれたな」

長門「提督」

清太「何だ?」

長門「その……よかったら私と手合わせしてくれないか?嫌ならいいんだが……最近赤城に嫌われてしまった所為か出撃が無くてな」

矢矧「ちょ、ちょっと長門さん。それは無茶じゃ……」

長門「頼む!提督の実力が知りたいんだ!」

清太「……別にいいぞ」

長門「本当か!?」

清太「ああ。ただ俺にも少し準備させてくれ」


清太は嬉しそうにする長門の横を通り過ぎると明石から訓練用の砲弾と的を貰い、早速艤装を装着すると海に出た。5分間海上を走った清太は次に砲撃を開始した。数発砲撃を終えた清太は海から上がると艤装を降ろした。


清太「長門。相手はお前だけでいいか?」

長門「む……そうだな……本格的な演習がしたいし。矢矧、大淀、夕張。悪いが一緒に演習させてくれないか?」

矢矧「わ、私!?いいけど……」

大淀「私も提督の実力が気になるのでいいですよ」

夕張「私は流石に……代わりを呼ぶのでご勘弁を……」

長門「わかった」



~数分後~

ー演習場ー



明石「ではこれより演習を開始します」

長門「提督と戦えるなんて胸が熱いな」

矢矧「少し気になるわね」

大淀「そうですね」

翔鶴「でも、流石に6人で寄って集って戦うのはどうなんでしょうか」

瑞鶴「いいんじゃない?すぐ終わらせればいいんだし」

摩耶「提督は何考えてんだか」ハァ


清太の相手は長門、翔鶴、瑞鶴、摩耶、矢矧、大淀である。清太達が所定の位置についたのを確認すると、明石は演習開始の号令を出した。


長門「翔鶴、瑞鶴。艦載機を発艦させてくれ」

翔鶴「わかりました」

瑞鶴「了解……っと」


長門の言葉に翔鶴と瑞鶴は艦載機を発艦させる。しかし、しばらくすると翔鶴と瑞鶴は困惑したような顔になった。


長門「どうした?」

翔鶴「その……提督、全く動いてません」

長門「何?」

瑞鶴「それどころか、私達の艦載機がバカスカ墜とされてる」

長門「どういうことだ?対空射撃はしてるのか?」

翔鶴「いえ、それが……提督の艦載機に墜とされてます」

摩耶「はぁ!?提督は戦艦だろ?てことは水上戦闘機で艦載機を墜としてるってことか?」

矢矧「もう既に化け物ね」

大淀「ですね」


※清太の装備

46cm3連装砲

10cm連装高角砲改+増設機銃

二式水戦改(熟練)×7

二式水戦改(熟練)×7

10cm連装高角砲改+増設機銃(増設装備枠)


別枠:小太刀(刃渡り60cm)



ー清太ー



清太「演習場じゃどうせすぐに触接するから電探とかは要らないしな。お陰で水上戦闘機を多く載せられる」


長門達が困惑している頃、清太は悠然と空を眺めていた。上空では二式水戦が次々に爆撃機や雷撃機を墜としていく。二式水戦に乗り込むのは清太と行動を共にしてきた精鋭の妖精ばかりである。普段は見かけないのに、清太が二式水戦を装備すると自然に集まってきた。よく一緒にいる作業着を着た妖精も今回は飛行服に着替えて彗星や天山を叩き墜とし、今現在は零戦と激しいドッグファイトをしている。


清太「さぁて。どうなるかな」


清太はポケットからタバコを取り出して口に咥えると火を付けた。



ー長門ー



翔鶴「艦爆隊、雷撃隊壊滅しました……」

瑞鶴「私のもほぼ全滅よ。辛うじて制空権は取ったけど航空攻撃は無理ね」

長門「いや、制空権を取っただけでも大きい。各自偵察機を。弾着観測射撃をするぞ」


長門の言葉で皆偵察機を飛ばそうと準備を始めていたその時、突然砲弾が長門達に降り注いだ。


長門「な、何だ!?」

摩耶「提督の砲撃だ!」


摩耶が指差す方を長門が見ると、遠くに発砲炎が見えた。


長門「馬鹿な……あの距離で。しかもあの大型の砲でここまで正確な砲撃が出来るのか……」

翔鶴「また来ます!」

長門「回避運動を取りつつ接近して応戦するぞ!五航戦は下がれ!各員砲撃開始!」


長門は素早く指示を出すと自身が先頭に立って砲撃を始めた。しかし長門の砲はまだしも、摩耶や矢矧、大淀の砲はまだ射程に入っていない。火力を集中させるにはリスクがあるものの、艦載機を失い、射程圏外からの攻撃手段を失った今、前進して清太に近づく他ない。


摩耶「長門!20cm砲の射程に入ったぜ!」

長門「良し、各自射程に入ったら砲撃を……」


長門がそこまで言った瞬間、長門に46cm砲弾が直撃した。


矢矧「な、長門さん!」

長門「くっ……油断した。怯むな!行くぞ!魚雷を撃つ準備をしておけ!」中破

矢矧「はい!」


長門の言葉に矢矧は返事をして前を見たが、そこには驚きの光景が広がっていた。摩耶や大淀の砲撃した砲弾を清太は次々に素手で弾き飛ばしていたのだ。足下に飛んでくる砲弾はジャンプして躱し、その体勢から正確な砲撃を行っている。


矢矧「嘘でしょ……」


格が違う。矢矧は一瞬恐怖を覚えた。素手で砲弾を弾くのは戦艦ならまだいる。しかし、重い艤装を身に着けてジャンプするのは難易度が高く、かなりの練度か必要であり、それに加えてジャンプをしてバランスを崩した状態から46cm3連装砲という扱いの難しい砲で正確な砲撃を行うのは艦娘であっても出来るものはごく僅かである。


矢矧が呆然としていると大淀の大声が飛んできた。


大淀「矢矧さん!ボーッとしてないで砲撃を!!」

矢矧「え、ええ!」


我に返った矢矧は大淀と連携して清太を挟み込むようにすると砲撃を開始した。が、その瞬間清太が動いた。


清太「遅い。遅すぎる」ボソリ

大淀「え?」ゾワッ


清太は一瞬で大淀との間を詰めると、強烈な正拳突きを大淀の鳩尾に叩き込み、腹を押さえた大淀の側頭部に回し蹴りを見舞った。あまりの速さに大淀は何も出来ないまま吹き飛ばされ、データを取る明石達のいるすぐ側に着弾した。


明石「お、大淀、轟沈判定です……」

夕張「つ、強すぎる……」


その後、清太は砲撃で長門を轟沈判定に追い込み、摩耶や矢矧も近接攻撃で轟沈判定にした。残るは五航戦の2人……だったが、恐れをなした五航戦はあっさり降参した。


瑞鶴「あんなの勝てるわけがないわ!」

翔鶴「艦載機を失った空母なんてただの案山子よ!」


こうして長門達と清太の勝負は清太の圧勝で終了した。



~1時間後~

ー工廠ー



長門「……完敗だ」

大淀「目の前にいきなり提督が現れてからの記憶がありません……」

摩耶「消えたと思ったら目の前にいるのは最早恐怖だ」

清太「すまん。手は抜いたつもりだったんだが……」


明石(あれで手を抜いてたんですか……)

夕張(本気になったらどうなるんだろう……)


明石「……今回の演習で収集したデータを確認しましたが、提督の艤装同調指数は340でした」

長門「何だと!?私は140だぞ!?」

明石「この数値は私達艦娘を含めてもかなりの高水準です。ていうか日本海軍の艦娘達全員を入れても5本の指に入る高さです」


艤装同調指数とは、艤装と体がどれだけ同調しているかを示す基準であり、高ければ高い程艤装の力を引き出せ、様々な動きが出来るようになる。練度向上などで大抵の艦娘達は150から200が限界と言われているが、結婚カッコカリというシステムを使うと250。これに加えて結婚カッコガチをすると300まで向上すると言われている。一部の艦娘達はこの水準を大きく超える事もあるが、非常に稀な事であり、通常ではあり得ない。


矢矧「大部分の艦娘達は提督に敵わないってことね」

摩耶「とんでもない奴と演習させられたもんだ」

翔鶴「それだけ高いと戦艦棲姫も素手でボコボコにしたのも納得です」

清太「でも俺は大和に勝ったことがないぞ」

艦娘達「「」」

清太「後、俺は大和以外にも4人に負けたことがある。全部1対1で」

艦娘達「「」」


長門(提督のお祖母様である大和はともかく、他の提督よりも強い奴らは、一体どんな奴等なんだ?)

摩耶(空でも飛んでんのかそいつら)

大淀(提督に勝つビジョンが全く浮かばない。一体どうやって勝ったんでしょうか?)

矢矧(大和、やっぱりとんでもないのね……)


清太「ま、大和ともう1人以外は全員既にこの世にいないけどな。もし敵で現れたら日本はお仕舞いかもな」

大淀「さらっと恐ろしいことを言わないでください」

矢矧「そういえば話は変わるけど、提督は艤装を格納できないの?」

清太「俺は艦娘みたいに艤装を格納することはできないし、任意に展開することは出来ない。だからこうやって普段はダンボールとかに入れて保管して、必要な時に装着するんだ」

夕張「それってすごく面倒臭いですね」

清太「まぁ、仕方ないわな」

長門「しかし、それだけ強いと最早私達の出る幕ではないな」

清太「それは違うぞ」


長門の言葉を清太はすぐに否定する。


清太「俺は艤装を背負って戦える時間に制限がある。制限時間は4時間だ。これじゃあ近海警備もままならない」

瑞鶴「短っ!」

明石「制限時間を超えるとどうなるんですか?」

清太「体が耐えきれなくなって最悪死ぬ」

艦娘達「「死っ……!!」」


清太の言葉に長門達艦娘は息を飲んだ。その様子を見た清太はヘラヘラ笑うと近くにあったドラム缶に腰掛けた。


清太「そんなに驚くことはない。俺は今後出撃する気はないしな。皆が頑張ってくれれば俺の出番はないわけだし」

長門「そ、それはそうだが……」

清太「俺があまり先頭に立って戦って目立ちすぎると色々と面倒なことになる。だから俺が出撃することは原則ないと思ってくれ」

長門「……わかった」

清太「さ、皆戻った戻った。俺は昼飯の片付けをしないといけないからな」


そう言うと清太はさっさと工廠の外に出て行った。



ー執務室ー



加賀「……」カリカリ


清太『加賀の意見はないのか?』


加賀「……」カリカリ


清太『その割りにはお前の顔はやつれているように見えるな』


加賀「……」カリカリ

??「あ、あの、加賀さん」


加賀がペンの動きを止めて顔を上げると、書類作業を手伝ってもらっている涼月が恐る恐ると言った様子で声をかけてきた。


加賀「何かしら?」

涼月「しょ、書類の確認をお願いしたいのですが……」


涼月は最近着任したばかりの艦娘で、書類作業の経験も浅い。加賀は丁寧に書類を確認すると赤いペンで誤字脱字のある部分を囲むと涼月に返した。


加賀「赤く印をした場所は誤字脱字です。それからこの部分。この言い回しは適切ではありません。やり直してください」

涼月「す、すみません……」


加賀の言葉に涼月は慌てた様子で書類を受け取るとやり直しはじめた。


加賀(提督の指摘通り、出撃続きでほぼ鎮守府にいなかった私や赤城さんは書類作業はあまりできません。お陰で処理速度は遅く、どんどん書類は溜っていく一方……それなのに赤城さんはずっと弓道場に籠もりっぱなし……)


加賀は小さくため息をつくと、涼月に少し休憩してくるように言って執務室から退席させ、1人で頭を抱え込んだ。赤城がおかしくなっているのはわかっている。でも、右も左もわからなかった加賀をここまで育て上げ、守ってきてくれたのは赤城である。その思いから赤城から離れられなくなった。もし赤城と離れ離れになったらと思うと加賀は怖かった。赤城以外の艦娘達とはあまり話したことがない。任務以外で赤城以外で話す艦娘は鳳翔ぐらいである。その鳳翔とも以前清太の着任したばかりの頃の一件で疎遠になっている。


加賀(誰にも相談できない……)


加賀は孤立していた。誰かを頼ろうにも赤城以外は皆一様に目を逸らしてまともに話せるような状態ではない。


加賀「どうすればいいの……」


頭を抱える加賀に答える声はない。




~翌日~

ー工廠裏ー



矢矧「そっち行ったわよ阿賀野姉!!」

阿賀野「任せて矢矧!それっ」ポーン

能代「いっけー!!」スパーン!

清太「甘いわ!!」ブロック

能代「あぁまた防がれた!」


翌日。清太は工廠裏で矢矧達阿賀野型4姉妹と暁達第6駆逐隊に夕張を加えてバレーボールをしていた。明石は審判である。


暁「すごいわ!これで5連続得点よ!」

響「司令官のお陰だね」

清太「はっはっは!もっと俺を頼っていいんだぞ」

雷「それ私の台詞ー!」

電「なのです」

能代「あの提督ちょっと強すぎない?」

阿賀野「全部防がれちゃうわね~」

酒匂「ぴゃあ……」

夕張「元々色々ぶっ飛んでる方ですから……」


矢矧(あの演習以来最早何があっても驚かないわ……)


清太「あ~疲れた。じゃあ俺は寝るわ」

能代「え?まだ朝の10時ですよ?」

清太「朝から朝飯と昼飯の調達して疲れたんだよ。少し寝かせろ」

能代「あなた本当に提督ですか?」

清太「提督じゃなかったら何なんだよ」


能代の呆れたような声に清太は苦笑いしながら答えるとテントの中に消えていった。


矢矧「ね?ちょっと変わってるでしょ?」

能代「ちょっとというかかなり変わってるわね……」

阿賀野「でも、あれ位の方が話しやすいしいいじゃない。さ、私達も部屋に戻りましょ。暁ちゃん達も」


阿賀野は手を軽く叩くと暁達を引き連れて工廠裏から立ち去った。



~3時間後~



清太「あ~あ、今何時だ?」

時計「」13時ヤデ

清太「そろそろ昼飯にするか」ゴソゴソ


清太はテントから出ると昼飯の準備を始めたが、準備に取りかかってすぐに矢矧が現れた。


矢矧「また魚?」

清太「手に入る食材が貝か魚しかないからな。で、何の用だ?」

矢矧「魚ばっかりじゃ体に悪いと思ってご飯持って来たのよ」

清太「マジで!?」

矢矧「初めて作ったから、あまり期待しないでよね」


少し顔を赤らめながら矢矧が差し出してきた包みを清太が開けると、中には梅干しの乗ったご飯と唐揚げ、玉子焼き。ミニトマトが入っていた。


清太「これ全部矢矧が作ったのか?」

矢矧「梅干しは鳳翔さんから。ミニトマトは秋月から貰ったわ。それ以外は鳳翔さんに教えて貰いながら私が作ったわ」

清太「初めてのわりにしちゃ見た目は中々いいぞ」

矢矧「そう?」


清太は早速箸を手に取ると唐揚げを口に運ぶ。


矢矧「……どうかしら?」

清太「うん、普通に美味いぞ。初めて作ったって割りにはよく出来てる」