2020-07-03 05:45:34 更新

概要

世の中には様々な分岐点があり、ルービック・キューブのように少し回せば、見える色が変わる。

都内の大学に通う結城 浩平は、親友である富山 輝と茅場 誠司と一緒に、大学生らしく程々な学生生活を送っていた。
そんなある日、海上自衛隊である父親からある物資を届けてほしいと、謎のキューブが送られてくるが・・・キューブを巡ってあらゆる国家組織が日本に襲撃してくる中、ただの大学生の浩平達は果たして、無事にキューブを届ける事が出来るのか・・・


前書き

・現実と仮想の区別がつかない方
・差別主義者の方
・復讐をする予定のある方

※この小説は、史実と異なる内容が含まれています。全てフィクションであり、政治的思考は含まれておりません。上記に該当する方はご遠慮くださるよう、あらかじめお願い申しあげます。


この作品は、核兵器保持や戦争及びテロリズム・差別・暴力を助長するものではありません。

小説家になろう、にも投稿しています。
更新はそちらを優先となります


タイムマシン、1度でもいいから乗ってみたいと思ったことないだろうか?

 勉強机の引き出しから繋がっているのもよし、車に乗り時速 88マイル(約142キロ)で飛ばし時空を超えるのもよし、誰しもが想像してみたことぐらいはあるだろう


 地元舞鶴市内の高校を卒業して、都内の大学に進学した、結城 浩平は大学の寮でハリウッド映画を見ながら大学の課題をしていた。

 同じ寮内に住み悪友でもある、富山 輝と茅場 誠司の2人も同じ部屋でのんびりと過ごしていた。

 輝は小柄で人懐こい性格であるが、少し抜けており、ぼんやりとした表情を浮かべてテレビの再放送の映画を覗き込んでいる。片方の茅場は背が高く、眼鏡越しだがあきれた視線をちらちらと俺に向けていた。

 恐らく早く卒論を終わらせろとでも思っているのだろう。


「はぁ、卒論どうすっかな」


 長時間ノートパソコンと向き合っていたからか、固まっていた首や肩を回しながら目を擦る、目が乾燥しているせいか視界がぼやけて見える。目薬がないかと、足元にある紺色の通学鞄の中身を探ると、四角い箱の角が指先に触れた。


「お、あったあった」


 目薬をさした後、全く進んでいない卒論のレポートに手をつけるが、とてつもなく集中力が無いし眠い。キーボードに打ち込むという動作すら億劫に感じるほどに、ちらちらと見てくる茅場に視線を送る。


「俺は文学部だから当てにするなよ?」


 どうやら自分が考えている事はお見通しだったようだ、流石大学一位の知将であると思っていると、映画に集中していた輝が会話に割り込んで来た。


「茅場は西洋学だもんな、俺は自衛隊にでも行くかな、お前もそうしろよ浩平」


「いや、俺は親父と同じ自衛官になるつもりはないね」


 浩平の親父は海上自衛官だ、自衛隊といえば堅物のイメージが染み付いているが、浩平の親父はどちらかといえば何事も他力本願な性格で暇さえあればサボるような人であった。


「なんでだよ、お前の親父さんイージス艦の乗組員なんだろ?」


それを聞いた瞬間、浩平はため息を吐きながら輝の顔を見た


「自衛隊に、親のこねなんかあるか」


 親父は最新のイージス艦の艦長で所謂超エリートコースだ、実のところ親父とは高校生の頃から顔を合わせていない、でも、もう関係ない。恐らくもう親父には会わない気がする。

 母親は難産だったのだろう、出産してからすぐに死んだため、浩平は実の母親と対面したことが無く写真でしか見たことが無かった。浩平は面倒見のいい親戚に預けられ、自衛隊で忙しいのは仕方が無いかもしれないが、年に一度たりとも顔を合わせに来ない親父に、当時から浩平は不信感を募らせる一方だった。


「輝はなぜそこまで自衛隊にこだわる、国民を守るという意味では警察でも良いだろ?」


 茅場の言い分はごもっともだ、今他国と戦争していない日本で、国民を身近で守っているのは警察官だろう。別に自衛隊を謙遜している訳ではないが、しばらく戦争が無い日本人にとってありがちな考え方だろう。


「だってよ、どうせ守るならデカい物がいいじゃん!?」


 屈託のない笑顔を見せる彼に、茅場は何も言わずに黙っていた。


「お前らしくていいと思うぞ、俺は好きだぞ、その馬鹿らしさ全開の理由」


「なんか馬鹿にされた気分なんだけど、そういうお前は卒論出来たのか?」


「馬鹿野郎、卒論なんて適当にしてしまったら卒業に関わるだろうが、今日はもう止めだ集中出来ない」


 そう言ってノートパソコンを閉じて鞄に押し込む俺に


「俺からすればどっちも馬鹿だ、もっと事前に準備しておけば早く仕上げられたのに」


 確かに間違いはないのだが、一々尺に触るような言い方するなと浩平は思っていた


「おいおい、俺は確かにバカかもしれないけど、一応内定は貰ってんだよ」


 馬鹿そうに見えて、輝は何かと早くに企業から内定を貰っており、逃げ道を作っていた。


「早ければいいもではないぞ輝、お前は人付き合いが上手いから最短で内定貰っただけだ。浩平はやりたいことが見つかったのか?それで就活を先延ばしにしてたじゃないか」


「う~ん」浩平は腕組をした。


「まだ保留かな」


 嘘である、内心は焦っているし就活は見えないところでスーツを着て面接を受けている。しかし、本当にやりたいことが無いからなのか、いつも面接では気持ちが入ってこないでいた。生きていけたらそれでいい、そんな漠然とした気持ちで取り組んでいるのだから当然といえば当然。浩平はそのように自分に言い聞かせていた。


「ま、卒論の締め切りなんてかなり先なんだし、どっか遊びにでも行かないか?」


 外を見ると雲ひとつも無い青空が広がっていた、梅雨の時期で蒸し暑さがあるものの丁度いい気温である。


「そうだな!とりあえず渋谷にでも行くか!」


こんな風に集まっては遊びに出る、これが3人の大学生活だった、どこにでもいる大学生のノリという雰囲気だ、なにも珍しいものではないだろう。それ故に刺激がない、刺激のない人生なんてつまらないだけだ。そんな事を浩平は一日の間で暇さえあれば考えていた。


「お前もいくだろ?浩平?」


「もちろん」


 今日もまた、平凡な日を過ごして終わるのだろう。浩平は、履きなれたスニーカーを履いて輝と茅場の後を追いかける。




 渋谷に出て浩平たちがする事は、行きつけの居酒屋に行き、余裕があれば二軒目にはしごするといったおっさんのような事をする。

 スクランブル交差点に近ければ近いほど、店は多い傾向にあるがチェーン店に固まってしまう、なので浩平たちはスクランブル交差点から離れた、道玄坂の円山町方面にある行きつけの個人経営の居酒屋に行く。

 別に、チェーン店が嫌なのではないが人情的なところを比べると個人店の方が落ち着く気がするからだ。


 その居酒屋は、地下に構えており比較的に席に余裕があることの多い傾向にある、日本酒は地酒が豊富にそろっており酒に詳しくない人でも店員さんへ聞いてしまえば、その人一人ひとりの要望にあったお酒を選んでくれるので、満足いく1本に出会えるといったサービスだ。


「いらっしゃい!ってまたあんちゃん達かい!適当に座んな」


 時代遅れの手動ドアを開けると、お客様にあるまじきな接客対応をされつつ、浩平たちは適当に空いてたテーブル席に座り生ビールを人数分を頼む事にした。


「おいっ!とっちゃん!生ビール3つと適当につまめるもん頼むぜ!」


 輝が無理難問な注文をするが、店主は「何が来てもしらねぇよ」と言い放つと、生ビールをジョッキに注いでいた、普通ならキレてもおかしくない注文の仕方だが、馴染みすぎて何でもありになっている。


「お前さ、他のお客さんがいるんだから少しは気を使えよ」


「お、そうか浩平、そりゃすまん事をしたな!」


 酒もまだ飲んでないのにもかかわらず、うるさい声で奥の隅っこのカウンターに座っていた女性に絡んでいた、その女性は右手で持っていたグラスを上げて軽く笑顔を見せ会釈する。


「にしても一人飲みとは中々だな」


「一人飲みと決めつけんな若僧、もう一人連れがいるんだよ、中々トイレから出てこねえけど」


 よく見ると彼女の隣の席には、ウイスキーの入ったロックグラスが置かれていた。男と一緒なのかと思ったがハンガーにかけられた上着を見ると、レディースのオーバーコートが架けられていたので女友達といったところだろう。


「デリカシーは必要だぞ全く…でもあの子、俺たちと対して変わらないんじゃないか?」


 思った事を思わず口走ってしまったが、悪い事を言っているわけではないのだから問題はないと自己完結したが、茅場は見逃さなかった。


「まぁ、見た目はそれぐらいだが、まさかお前…口説くつもりか?」


「馬鹿言え、確かに綺麗な顔をして美人だけど」


 その女性は、枝豆を食べながら日本酒をちょびちょびと飲んでいた。見た目は胸元くらいまである長い黒髪を赤紫色のゴムバンドでポニテにまとめており、スーツ姿であることから社会人なのだろうか、それとも就活中なのかどちらかだ。


「なんだ?気に入ったのか浩平!」


「うるさい脳筋、声がでけぇよ」


「おらっ、ビール持ってきてやったから飲んで少しは落ち着かんか」


 店主は勢いよくビールの入ったジョッキをテーブルの真ん中に置いた、茅場が「酒を飲んだら余計落ち着かない」と寒い事を言い切る前に浩平と輝は乾杯の音頭を取ることにした。


 彼女は、馬鹿騒ぎしている浩平たちの事を気になるのか、チラホラとこちらを横目で見ていた。申し訳なくなった浩平は、この人にお詫びとして一杯奢ることにした。

 キザな事をしている事は百の承知であるが、決して口説いているわけではないので、少し背徳感があるが問題は無いだろうと高をくくった。


「すみません、彼女と同じ物を一つ彼女にお願いします」


「へぇ、浩平が珍しいことするじゃねえか、問題ないか?お嬢ちゃん?」


 店主の言葉に少し笑みを見せながら、彼女は小さく頷いた。無口ではあるが、不思議と彼女の表情を見ていると微笑ましく感じた。

 ちらちらと見つめ過ぎたのか、彼女は浩平に対して会釈を返してきた。そしてそのまま立ち上がり歩み寄ろうとしてきたが、浩平は気付いていない振りをして、残ったビールを飲み切ろうとした。

 何かを期待して、この様な行為をした訳では無いが何をされるのか少しドキドキとしていた。


「おいおい、今日はいい飲みっぷりだな!俺も負けられねぇ!とっちゃん!生ビールおかわりだ!」


 変に張り出してビールを飲み込んでいる輝はさておき、彼女は丁度俺の隣まで歩み寄っていた。


「お酒ありがとうございます」


 そういうと、彼女は軽くお辞儀する。俺は即座に立ち上がり、同じくお辞儀し返した。

 ゆっくりと顔を上げると、彼女の顔が目と鼻の先にあった。この状況なら本来慌てふためく状況なのだが、不思議と浩平も彼女も何となく反応が鈍い。このまた不思議な状況が数秒続いた、輝や店主の野次が聞こえてくるが、浩平は無意識に彼女の瞳を見続けていた。


「やだ、じっと見られたら」


 彼女は後退りして浩平に向かってお辞儀をした、確かに初対面の男に見つめられていい気分になる訳がない。浩平は「あ、すみません、つい」と呟いた。


「なあにやってんだ、焼き鳥が冷めるだろ」


 茅場は食べ切った焼き鳥の串を筒の中に入れる、周りの空気が冷たくなったのをよそ見にビールを飲み続ける。

 そんな空気の中、店の扉が開く。そこにはスーツ姿にサングラスをかけ、ジェルワックスでかけ分けた七三分けセットに、無精髭で見るからに厳つい風貌をした中年男性が入ってきた。


「いらっしゃい、好きな席にどうぞ」


 店主が好きな席に座る様に勧めるが、男性はその場から動く気配は無かった。


「すまねえが客じゃねえんだわ」


「あ?なんだって?」


 何を訳のわからんことを言い出したのかと思っていると、彼女は先程とまるで別人の様な目付きをして彼の事を睨んでいた。


「おいおい、とんでもない事が起こりそうだぞ」


「言われなくてもわかるから、黙ってろ脳筋」


 この事態に楽観視している輝に対し、茅場は額に汗をかいて様子を伺っていた。

 すると彼は、ポケットからタバコを取り出し、口に咥えジッポーライターで火をつけると、「そうだぜ兄ちゃん、お口をチャックだ」と言い放った。

 普通ならこの台詞を中二病だと思うだろうが、如何にも本業の人が言うと全然違う物を感じる。そして同時に、非日常的な場面。刺激を浩平は感じていた。

 それに、彼の目的は浩平の後ろに立っている彼女にあるのは聞かなくてもわかる。視線が痛いほど感じるからだ、だが浩平の身体が自然と彼女を庇おうと手を広げていた。ここでヒーロー気取りをしてかっこつけたかったわけではなかった、こうすることで自分の中で何かが満足する事が出来るからだ。


「相変わらずだな」


 彼はタバコの煙を吐き出すと、のしのしとこちらに歩み寄ってくる。何が相変わらずなのかわからないが、この状況で高度な事を考えるなんて無理な話だ。

 今ところ銃や刃物は出していないものの、危険だという事は鳥肌が立つほどに感じる。


「そういうアンタはマナーがなってないがな」


 突然聞き慣れない声が聞こえる、そこには金髪のストレートロングでラフな格好をした白人女性が、タバコを右手に持ってトイレの扉をこじ開けていた。

 男は彼女の姿を見るなり、聞こえない程度の舌打ちをした。サングラスで表情が読みにくいがどことなく機嫌が悪くなっているように感じた。


「そうか、おめえがいない訳ないもんな」


「悪いがここはЯпония(イポーニィ)だ、Китай(キタイ)と一緒にするな、やるなら外だ」


「そうか、別にアンタとやりたく無いがね」


 まるで映画の中にいるようなシチュエーションに、俺も含めて3人はすっかり固まってしまった。


「それに態々髪型を変えたようだけど、このサングラスは目立つぜ」


「髪型は気分だ、それに俺は堂々と殺り合う」


 そんな事を口にした瞬間、白人の彼女が男性の顔面に蹴りを入れる、その行動にビックリしたが間一髪のところで、咄嗟に自分の右腕で防いだ事にも驚いた。


「やるなら外じゃないのか?」


「そうでもしねえと、お前は出ていかないだろデカブツ」


「夜の10時にまさかこんな事になるとはな」


 男性は少し眉間にシワを寄せると、2人は外に出て行った。その瞬間、浩平たちは溜息を吐いた。そんな臨場感がある空間は経験した事がなかったので、一気に疲れが襲ってきた。

 すると彼女はカウンターにもたれ、片足をクロスさせた。


「やっぱりね」


「えっ?」


 浩平は目を剥いた。それは他の2人も店主も同様に、予想にしてなかった台詞だ。


「ドッキリか何かだってきっと!そんな事が起こる訳ないだろ!カメラはどこだって!?」


 輝は笑いながらタバコを吸い出した、どうやら番組のドッキリか何かかと思っているようだ。普通そう考えるのが当たり前だろう。

 しかし、店主が「そんなアポイントなんか無いぞ」と言い放った、驚きの後おかしさが込み上げてきたのか輝はまたしても笑い出した。それは茅場も浩平も同じく、笑が溢れていた。

 だが、彼女の方は口の口角をぴくりとも動かさなかった。


「例のお返し」


 冷たい声だった、表情が冷たいからなのか余計に冷たが感じられた。そして彼女は、自分のネックレスを浩平に渡してきた。

 見た目こそ、十字架だが不思議なデザインをしており、真ん中はサファイアだろうか、蒼く輝いていた。


「…どうも」


 彼女はそれから何も言わずに、その場を立ち外にへと出て行った。数秒だけ浩平は思考が止まり固まったが、あの男性の姿が脳裏によぎった。

 あの男性は、彼女が目的でここにやってきた。ならここで行かすべきではない、そもそもあの白人女性が守った意味が無くなってしまうからだ。

 浩平は、その場を飛び出し慌てて彼女の後を追いかけた。

 しかし、そこには彼女の姿はなかった。周りには姿を隠しやすい路地裏や街角もない、人混みにでも紛れたのだろうか、まるで幽霊のように姿を消したのだ。

 唯一、足元には薬莢のような物と数滴ほどの血が付着していた。


「どうした、急に飛び出して」


 輝も後を追うように上がってきた。


「幽霊のように消えて行った」


「は?何言ってんだ」と、輝は腑に落ちないといった顔をして浩平を見つめてきた。


「全く、急にかけ出すからビックリしたじゃんか、早く戻ろうぜ」


「いやいや、彼女を追いかけることが先決だろ、もしくは警察に連絡を」


 浩平は彼の反応にイラついていた、あんな事があったのに全く彼女の事を心配していないからだ。


「てか、そのお前が心配している彼女って誰だよ」


「は?」


 この発言に耳を疑った、この状態でおける彼女は1人しかいないからだ。そんな印象深い彼女の事をそう簡単に忘れるわけが無い。


「誰って、さっきまで一緒にいた」


「さっきまでも何も、俺ら以外誰もいなかったぞ?そもそもお前、今日飲み過ぎなんだよ。吐くまで飲みやがって」


 輝が指を刺す方向を見ると、さっきまで血溜まりがあったところが嘔吐にかわっていた。

 本当に酔っ払って見た幻覚だったのだろうか、しかし、口の中には吐いた後の気持ち悪い後味はなく。そもそも、浩平の身体は全然酔っ払ってなかった。


「お前に彼女がいた話なんて聞いたことも無いから、少し気になるが、あまり溜め込むなよ」


 何かを勘違いしている輝をよそに、浩平は手に持って握り締めていたネックレスに気がついた。

 興奮して忘れていたが、浩平は右拳に握り締めていたネックレスを広げてみる。


「これ、お前が酔っ払って自分の手で引きちぎったネックレスじゃんか、ってかなんで直ってんだ?」


「引きちぎった?」


 さっきから輝と話が噛み合ってない事に違和感を感じていた、いくら脳筋と言われるぐらいの脳無しでもここまでにはならないはずだからだ。

 浩平は心配している輝を無視して、居酒屋に戻ると先程彼女がいた席が、何の痕跡も無くなっていた。

 それだけだと皿や酒を下げただけだと分かるが、白人女性が置いていった上着までもが消えていた。


「おぅ、吐くまで飲むんじゃねぇぞ」


 どういうことか店主までもが、輝と同じような反応をしている。本当に自分の幻想だったのだろうかと疑ったが、自分の右拳にあるネックレスは確かに存在している、決して俺のものでは無く彼女の物だ。


「どうした浩平、早く座れよ」


「どうしたはこっちのセリフだ、酒臭いぞお前」


 さっきまで全然飲んで無かった茅場が、顔を真っ赤にして日本酒を飲んでいた。この短時間でここまで酔えるものなのだろうかと時計を確認すると


「11時20分?あれから1時間以上経ったということか?」


「何を言ってるんだ?あれからっていつからだよ」


「そりゃあれだろ、茅場が酔ったあたりからじゃね?」


「脳筋は黙ってろ」



 その日は色んなことありすぎて、素直に楽しめる気分にはなかった。しかし、酒の入っていることもあり普段は屁理屈しか言わない茅場は、口数を増やし。脳筋の輝はより一層うるさい男になっていた。

 それに比べ浩平自身はどうしてもさっきまでの出来事が、幻想に思えないので早めに帰ると言い残し、自宅に戻った。


「よくあんな事があったのに、酒が飲めたものだなアイツら…だけど、全て俺の幻想だったならばアイツらの反応や店主の対応も全て合点がいく…」


 受け取ったネックレスをポケットから取り出し、机の上に置くと浩平はシャワーを浴びることにした。





 あれから数日後の出来事であった、バイトも終わり夜も遅い夜中の1時頃に浩平のスマートフォンから着信音が鳴り響く、相手先は親父からである。

 風呂上りだということもあり、面倒だと感じつつも鳴り止む様子が全く無かったので渋々と電話に出ることにした。


「なんだよ親父、今何時だと思ってるんだ」


「よう、唐突だがお前、来週の土曜日に百里に行ってこい」


「断る」


 その後、何度も断ったが親父はしつこかった。しかし、親父の言葉は偉そうであったものの声は弱々しかった。自分を説得するために口を動かす事を止めようとしない親父に対して、次第に弱い者虐めでもしているかのような気持ちになり、仕方が無く話を聞く事にした。


「丁度、空自のダチに渡したいものがあってよ、そのブツをお前の寮に送ったから変わりに渡せ」


 これが、今年に入ってから初めて交わす親父との会話かと思うと怒りを通り過ぎて呆れてしまう、そもそも自分に渡す必要はどこにあると疑問に思うが親父はお構い無しに話を続ける。


「これぐらいのこと、ガキでも出来る簡単なことだ」


「出来るか出来ないかの問題じゃない、速達すればいいだろ?何故俺を経由させる必要がある?」


「あんなぁ、自衛隊は厳しいんだよ、そういう…なんだ、手続きがよ」


 浩平は業務連絡しかしない父親に対してイラついていた。久々に電話をくれたと思えば、自分の怠慢を息子になすり付けようとした親父が。


「知るか、俺は学生だ舞鶴の義父にでも頼めばいいだろ」


「お前さぁ、少しぐらい親孝行したらどうなんだ?高校なんて不登校なんかしちゃってさぁ」


「元はといえばアンタのせいじゃないかっ!!アンタがっ!!」


 浩平は感情的に罵倒を吐いた、対して親父は何も言い返してこようとしなかったが、煙草を吸う音だけが聞こえてくる。

 数秒の沈黙が続き、外から雨音が聞こえてくる中、浩平は出来るだけ早く事を進めたかった、親父も何も言わないが、そうしたがっているように感じた。


「はあ、で、誰に渡せばいい」


「言ってもわかんねぇだろうから、使いの者を出させる、あれだ陸自の菜々子ちゃん」


「あー、藤田さんね」


 藤田 菜々子とは陸上総隊直轄の対特殊武器衛生隊の女性自衛官であり朝霞駐屯地にて勤務している。

 親父の知り合いの部下らしく、直属の部下ではないのに良くパシリに使われている可哀想な人だ。


「そうだ、確かその日の百里は防衛大臣の視察があるから陸海空の隊員がいるが、まぁ気にしなくてもいいだろう、それじゃしっかりと頼むぞー」


ピッ!……ツーツー


 空気を切り裂くように、物静かな自室から通話終了の音が大きく鳴り響く。


「くそ、言うだけ言って切やがった」


 浩平は、スマホをベットの片隅に放り投げ捨てて直ぐに眠る態勢に入った。


「しかし、このネックレス…なんだかんだ着けているけどどうしたものか」


 あの一件があってから、天気は荒れ気分が優れない事が続いていた。


 明日は早朝バイトがあり、出来るだけ睡眠時間を確保しておきたかった、なので髪を乾かすのも億劫に感じ眠りに落ちた。



 週が明けて月曜日

 夕方頃に、言われた物が舞鶴から送られてきた。普通ダンボールで送られる筈なのだが、今回はやたらと頑丈そうなステンレス製の鞄で運ばれてきた、開けてみると手の平サイズで正方形の黒い箱が、新聞紙によって周りを敷き詰められて入っていた


 また面倒なガラクタを送りつけやがったなと、この頑丈そうな黒箱を一層のこと投げ捨ててやろうかと思ったが、これが無いと困る人が出てきてしまうので地べたに放り投げる程度でやめておいた。


「一見すると一色のルービックキューブみたいな模様と形してるな、本当は箱じゃなくてルービックキューブなんじゃないだろうな?」


 試しに、指に力を入れて動かそうとするも、全然微動だにしなかった。これが欲しがるような物好きなんているのだろうかとベットに寝転がりながからルービックキューブのような箱を眺めていると、その箱は突如、型の筋をなぞるように光り出した。


「うおっ」


 浩平は、思わず光り出した箱をベットに向かって投げ捨てた。箱はしばらく青色の発光を続けた後に、まるで金属同士擦り合ったような高い音を響かせて元の状態に戻った。


「なんちゅう物を送ってくれたんだ、あのクソ親父」


 あまりにも唐突な反応に、全身がかっと熱くなった。何かの悪戯であってくれと手の平から汗を滲み出しながら浩平は恐る恐る、箱を手に取ると、その箱はキンキンに冷えていた。

 これは普通の箱じゃないと感じた浩平はまず、元のあったステンレス製の鞄の中に戻し、部屋の片隅にへと移動させた。


 そんな時だった、家のインターンフォンが鳴り響く


「おーい、どうせバイトも行かないで寝腐ってるんだろ?遊びに来てやったぜ」


 輝の声だ、相変わらず暇な奴だと思いつつも玄関へ向かった。


「なんか鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていぞ、とりあえず顔を洗ったら?」


 そんな間抜けな表情をしていたのかと、浩平は本当かと問い掛けると彼は嘘をつく必要がないと正論で返された。確かに、あんなことが起こったのだから仕方が無いと自己完結し重い足を運んで顔を洗うことにした。


「輝、この時間に来たという事は飯を食べにきたな」


「ご名答」


 なんて屈託の無い笑顔をするのだろうか、いつも自分の給料日前になると、こうして浩平の家に度々訪れるようになるのだ、今度から金を取ってやろうかと思いつつも、浩平はインスタントの味噌汁を作り、宅配便が来るより前に温めて置いた作り置きの唐揚げを電子レンジから取り出した。

 そしてそれらを机の上に運び、アルコールが弱めの酎ハイを冷蔵庫から2人分を取り出し、胡座をかいて座った。


「お前って唐揚げばっかり作るよな、身体に悪いぞ?」


「文句言ってないで冷めないうちに食べろよ」


 浩平は大好物である唐揚げに箸を伸ばし、慣れ親しんだ味を楽しんでいると、輝はテレビのリモコンに手を伸ばしチャンネルを変えていた。


「夜の7時なのに何も面白い番組やってないじゃん、つまんねー」


「我が家の様にくつろいでいるお前をみている方がよっぽどつまらんわ」


 お互いにぶつくさ言っていると、画面の中の司会者が何かを喋っていた。直ぐにこの番組は報道番組であると分かったが、出演者のコメンテーターの表情はどこか硬く、強張っていた。

 音が低く設定されていたからか、声が全く聞き取れ無かったので音量を上げることした。


「俺といる時に、こんな陰気臭いもんを見るなよ」


「ニュースぐらい見させろ、それにお前も社会情報を知っていた方がいいぞ」


 輝は不機嫌そうな表情をしていたが、大人しくニュースを見ていた。


「はい、こちら台北です。台湾では現在戒厳令が出されており国道では中華民国国軍の軍用車が閉鎖し検問が実施されています。中国人民解放軍が高雄市を占領してから軍による取り締まりが厳しくなってきていると地元住民へのインタビューによって明らかになりました」


 こんな緊迫とした状況なのに、輝も浩平も重視してはいなかった。明日の天気は晴れるのかなと酎ハイを飲みながらぼんやりとしていただけであった。輝も同様にスマホをいじりながら酎ハイを飲んでいた。


「お前はニュース見とけよ、自衛隊になるなら」


「それはそうなんだけど、同じ事を何回も言ってるから聞き飽きたというか」


 不謹慎だと感じる人は感じるこの発言だが、確かにここ最近同じ事を繰り返して報道しているように感じているのは浩平自身も同じであった。

 台湾がこの状態なら、海上自衛隊の艦長である親父は海に出ているのだろう、普通なら自分の親が戦争に巻き込まれるのではないかと心配するべきなのだろうが、昔から無愛想であった親父の事を浩平は心配する気にはなれなかった。


「てか、あのケースはなんだ?」


「あー、あれは親父が勝手に送ってきた物だよ、土曜日に同じ自衛隊に渡すんだ」


「中身はなんだったんだ?」


「え?」


 一瞬、部外者のコイツにみせてもいい代物なのか迷ったが、見られても減る物でもないので、浩平はケースを開けて中に入っている箱を見せた。


「なんだこれ、やたら頑丈そうな石だな」


「石に見えるか?どちらかといえば箱じゃね?」


「いや、見た目的には石じゃん、つまんね」


 思ったよりしょうもなかったのか、輝はあくびをしながらリモコンでテレビのチャンネルを変更していた。



 同時刻



 日本海沖には海上自衛隊の護衛艦 DD-118 ふゆづき が作戦行動を実施していた。

 浩平の父親である結城 涼介がこの艦の艦長を勤めいる、涼介は艦橋にてタバコに火を付け吹かしていた。


「定時連絡、18:00近海に不審船は見られず、領空も問題見られず異常なし!」


「なぁ、この夕焼けは明日も見れると思うか?」


「は・・・明日の天気は快晴と・・・」


「そうじゃねーよ、明日も無事に迎える事ができるかという意味だよ」


「も、申し訳ございません!」


「よせやい、この艦は大戦前の海軍じゃないんだからさ、気楽にやっていこうぜ」


「はっ!」


「まぁいいか、ところでお前はこの地平線の先には何があるかわかるか?」


「ユーラシア大陸…朝鮮半島であります!」


「たしかにそうだが、この先には中国の第822導弾旅96117部隊が配属されている山東省のミサイル基地がある、東風21という中距離弾道ミサイルが日本に何発も向けられている事を日本人は知らない」


「戦争を知らない世代が大半ですから…それは自衛隊内部も同じですよ」


「まぁな、そうだ君、砲雷長を呼んでくれ、CICにいるはずだ」


「かしこまりました!」


 その時、涼介はタバコをふかしながら地平線の先を眺めていた

 彼の国、アメリカと中国、二つの大国が睨み合う台湾海峡、台湾に中国軍が侵攻してからアメリカの艦隊が沖縄に集結し緊張が高まっている

 台湾北部の台北にアメリカ陸軍が上陸し、南部の高雄が中国軍が占領、台中市で両軍が衝突するのは時間の問題だとされている


「お呼びですか霧島艦長」


「そう硬くなるな、CICの鬼さんよ」


「その呼び名はやめて欲しいですよ、私には登坂という名前があるのですから」


「悪かったよ登坂、それを言うなら君も、結城という名前になれてくれないか?霧島は旧姓だ。ところで、あと何回この夕焼けを見れると思う?」


 登坂は、この問いに対して周りを見回すとしばらく沈黙を保った

 場所が艦橋ということもあって、他の隊員がいるからだ


「秘密規定の事を考えているのなら心配はご無用だ登坂、今更隠したところでだ、いつかバレる」


「・・・今現在、偵察衛星によると河南省にて動きがあると同時に青海省にも動きがあると情報が入りました、これはインドとロシアを意識した動きと見ていいと思います。」


「インドとロシアの状況は?」


「インドは国境線沿いに陸軍を集結させて厳戒態勢を敷いています、ロシアは経済的にミサイルを撃つ余裕が無いのか沈黙を貫いていますが、漁夫の利・・・尻馬に乗る可能性が高いと、ペンタゴンは結論付けたそうです」


「で、あとどれぐらいだ」


「そうですね、もって1週間かと」


 この会話に対して、艦橋に隊員の誰もが固唾を飲み込んだ、この情報は国の極秘事項であり自衛隊内部でも一部しか聞かされていないことだ


「防衛大臣の百里基地視察は変更、急遽鎌倉に変更するとのことです、にしてもなぜ鎌倉に、いっそのこと中止にすれば」


「安全重視という意味合いもあるのだろうが、防衛大臣の性格から考えて、核やら責任から逃げたいが本音だろうさ」


「話を変えますが、あのキューブは一体」


「さぁな、ペルシャ湾で変な機体が浮いていた時に見つかった代物だ、ただのおもちゃかも知れないし、それ以上かもな」


「あの機体、地球の技術ではないことから、様々な国が介入し、中にあった石は一つだけでは無く、アメリカや中国、ロシアも回収したんですよね?」


「そうだ、だがあの石を持っているだけでは意味がない」


「と?いいますと?」


「石を最初に発見し手にしたのは俺だ、詳しくはわからないが、直感で危険なものだと感じた俺は、手榴弾で爆破し粉々にした。あの石を大国に渡すわけにはいかない」


「まさか、あの砕け散った石は…貴方の意図的な」


「その通りだ、現場と報告書には爆発物や引火性による誘爆だと報告したが、こうするしかなかった」


「その物言いだと、何か知ってますよね?」


「あの石は、大きな石盤で出来ていた」


 この時点で登坂は察した、複数ある石を繋ぎ合わせると何かが分かると言うことに。


「まさか、設計図かなにかだと」


「いや、簡単に言い表すと何かの動力の回線だよ、よくわからなかったが、先程言った通り不吉な予感がしたから手元にあった手榴弾で粉々にし、中身のエネルギー源だけを回収した。」


「もしかして…」


「あの石は何かしら動力源の可能性がある」


「息子さんに渡されたのに理由は」


「気まぐれだよ、深い意味はない」


「しかし、機体は彼の国に回収されましたよね?」


「そう、だからもう既に気がついているはずだ、動力源の存在に。それにロシアや中国も馬鹿じゃない、石の本来の使い方に気がついているはず。」


「その石には何があるのかご存知で?」


「これは一部の人間しか知らないことだ、あの石はいわゆる無限機関みたいなものでよ」


「それは巡回するということですが、原子力みたいなものですか?」


「原子力よりたちが悪い、人体に無害な故にエネルギーが核爆発よりも遥かに上廻る、この石が発生させる物質が全て新しい化学記号になり、あの握り拳サイズで地球上の全ての核ミサイルの何倍の爆発も生む」


「まるで漫画みたいな代物ですね」


「なにかの冗談かと、俺だって思ったさ。しかし、危険はこれだけじゃない。あの代物にガンマ線を与えた自衛隊の研究員がいたんだが、様子を見に行って帰ってこなかった」


「…放射能ですか」


「いや、三フッ化塩素が充満していた」


 三フッ化塩素は化学式 ClF3 で表される塩素とフッ素の化合物の事を指し。気体または淡黄色の液体で、有毒とされている。1912年、溶融 NaCl/HF の電気分解によって初めて作られてから、ナチス・ドイツ下のカイザー・ヴィルヘルム研究所で暗号名 N-stoff として軍事的応用が検討されたことがある。


「それだと、その塩素は室温で硫化水素と混合すると爆発するはずです、いくら硫化水素が空気に対する比重が1.1905で空気より重たいといえ」


 硫化水素は可燃性があるが、糞や屁にも若干含まれる。硫酸塩還元細菌による働きで、口臭にも含まれている。


「あの代物は、人類史にあらゆる研究者達が功績を残してきた理論や法則を尽く覆すほどの、原理が動いているとしたら納得ができる」


「そんな危険な物を自分の息子に渡したんですか!?」


「あいつなら大丈夫さ、それに一人が死ぬより人類が絶滅する方が大変でしょうよ、まあ先に人類が自爆するかもしれないがな」


 そういうと、涼介はタバコを灰皿に捨てると騒ついた艦橋室を後にした。

 涼介のさっぱりとした受け答えに、登坂はすっかり頭を抱え込んでしまった。


「これって・・・戦争になるんじゃ?」


「家族を避難させないと・・・」


 艦橋内は不穏な雰囲気に包まれていた、これでは任務に支障がでると判断した登坂は、ため息を吐きながら騒ついた隊員達を一喝し気を引き締めさせた、しかし核戦争というパワーワードは、そう簡単に済ませられる物ではない、それは登坂自身も分かっている事だった。

 しかし、この手の話題は隊員内に広まってしまうと連携が乱れてしまう事は誰にでも予想出来る。


「お前達は何の為に自衛隊に入った?国を守る事以外に家族を守る為じゃないのか?自分の家庭を奴らの放射能なんかに浴びさせてたまるものか!」


 登坂の呼びかけが功を奏したのか、隊員達は気を引き締めるべく元気よく返事を返した後に、自分達の持ち場に戻って行った。




 2日後、親父から送られてきた不気味な黒色の箱を茅場が所属しているゼミの教授に見せる事にした。

 勿論、事前に茅場には説明してアポイントを取った、当初茅場は教授に見せる事を反対していた、国家機密をそう簡単に持ち歩いたり見せたりしていいわけが無いと。しかし、西洋学を専攻して世界史全般卒論にしているほど通な彼にとっては興味が無いわけがない。


「しかし、この時間の大学は全然人がいないな」


「当たり前だ、時間を見ろ」


 腕時計の針は丁度8時を指していた、6限も終わって部活生も切り上げている時間帯である。


「これで、この箱がなにもなかったら働き損だな」


「俺はこれであって欲しいが、お前が送った写真を念のために教授に見せたところ、興味深々になってしまった…」


「いいじゃん、新しい未知の発見になるぞ」


「いいか、もしも何かあった時お前は責任を取れるのか?何もなければ学生の悪戯に済むが、爆弾や生物兵器だったら」


「考えすぎだ茅場、そんな危険物だったら今頃俺らは死んでいてもおかしくないだろ?」


 なんでも今から会いに行く教授は、名誉ある賞をいくつか授与しているほどの偉いさんらしく、夜遅くでないと時間を開けることが出来ないぐらいだそうだ。

 そうしていると、教授の研究室にまでたどり着いた。


「お忙しい中失礼します。園田教授」


 ノックして部屋の中に入ると、意外にも片付けられた部屋で、ベレー帽を被った教授がキーボードに打ち込んでいた。


「夜分遅くに来てもらって申し訳ないね茅場君、そして君かい?茅場君の友達というのは」


「はいそうです、手短に済ませたいので挨拶は割愛させていただきます。これをどう思いますか?」


 浩平はステンレス製の鞄の中から、真っ黒な箱を取り出し教授に渡す。教授は手に取りあらゆる角度から見回す


「えーと、結城君だっけか、これは箱なんかじゃなく石だな」


「石ですか?」


「そう…たが中に何か入っておるな、手に持った瞬間から直ぐに分かったよ」


 そう言いながら教授は、石を軽く擦った後に顕微鏡で覗き込んでいた。浩平は内心何かあってほしいと期待していた、タダで親父の言われた相手に渡すのも尺だと感じていたからだ。


「教授…なにか分かりそうですか?」


 茅場は少し興奮気味で教授に問い掛ける、側からみれば普段と変わらず大人しいと感じるだろうが、3年間一緒にいた浩平からすれば、珍しく鼻息が荒いなと感じていた。


「ふむ、まだ詳しく見てないから何ともだが…一つ聞いていいかい?結城君」


「はい」


「この石はどこで見つけたんだ?」


「さぁ、親父が送ってきた物だから詳しくは知らない、だけど同僚の自衛隊に渡すとだけ聞いています」


 教授は机の上に置かれたスマホに手を伸ばした、頭で考えるよりに先に体が勝手に動き出し、浩平は教授のスマホを奪い取った。


「お、おい、浩平、何をしているんだ?」


「さ、さぁ、何故かわからないけど、体が先に動いていた」


「なんだそりゃ?あの光に浴びすぎて頭がおかしくなったのか」


「それは違うぜ茅場、俺は見せるのは良いと思う。だがこれを研究所に持っていかせて大多数に見せるとは訳が違う、何となくだがそんな感じがした。」


 すると教授は、クスクスと笑い出した。


「安心したまえ君達、私は家内にメールするだけじゃよ、勝手に研究所に持ち歩いたりとか非常識な事を私はしない」


 浩平は申し訳ないと思いながら、教授のスマホを返した。少し考えすぎだったのかもしれない、いや、もしそれぐらいの物だったら、これぐらいの警戒心で充分なのかもしれないと、浩平は心の中で自己完結した。


「ま、結論から言わしてもらうと、これはパンドラの箱とでも言うべきかもしれない。中身が何か全くわからないし、まず石の物質が普通じゃないほどに硬い。さっき擦って出た粒子を顕微鏡で見たものは、ただの風化した鉱石だった、周りに付着していた物だね。」


「なるほど、結局は分からないままというわけか」


 浩平は机に置かれた石をトントンと指先で叩いていた。


「ただ」


 教授は深呼吸を一つし、浩平の顔を真っ直ぐに見つめた。


「この石の扱い方には気を付けていたほうがいいだろうね、あ、いや、君ががさつとか、そう意味で言ったわけではないから気を悪くしないでくれ」


「扱いに気をつけろといったところで、何に気を付ければ」


「そうだね、出来るだけ刺激を与えないようにするとか」


「それは結局、浩平のがさつな部分を直せと遠回しに言っているようなものですよ、こいつ変なところで引っかかるので」


 浩平は右手で頭をかきながら苦笑いをしていた、俺はそこまで短気じゃねーよと浩平は自分の中で突っ込んだ、別にがさつと言われたからってキレるわけがない。実際に、よく物を壊したりするので、がさつなところがあると自覚しているので人に言われても仕方がない部分ではあると自虐的に思った。

 しかし、本当にそれだけだろうかと引っかかっていた。教授が見せたあの表情は、もっと他に言いたいことがあるんじゃないのかと。


「見た感じ、ダイアモンドではなさそうですね」


「あぁ、茅場君これはもしかするとウルツァイト窒化ホウ素で出来ているかもしれん」


「あれか、地球上で最も硬い物質と言われてる・・・」


 その名前は聞いた事があった、ウルツァイト窒化ホウ素は火山性の残留物から得られる材料できた物質。その化学的な構造はダイヤモンドとさほど変わらないが、その構造にもっと化学的な結合がいくつか加わり、地球上で最も硬い物質と言われている


「ご名答だよ、結城君」


「しかし、風化の状態からみて数百年も前の物ですよ?そんなことが」


「そんな昔に、この鉱石を加工するだけの技術は無いはず・・・と言いたいみたいだが、我々の知っている世界史だけが全てでは無い事は、君も分かっているはず、違うか?」


 教授が言っていることはごもっともだ、自分たち人類が知っていることなんか、たかがしれているぐらいなのだろう。

 太平洋は地球上最大の海で、その広さは165,250,000km2ぐらいと言われている、それがどのくらいの広さなのかは、地球上のすべての陸地を合わせた総面積は、147,244,000km2。そんな太平洋の事でさえ全然解明されていないのだから。


「しかし、これだけ丈夫な石で守られている中身の正体を知りたいものだ」


 そんな鉱石で出来た意味不明な代物を何故、親父が持っていたのか、これを自衛隊でどうするつもりなのか謎が深まるばかりであった。

 そこで浩平は、衝撃を与えると光出すことを思い出した


「あの、歴史上の遺産の産物で衝撃を与えたら光出す

なんて物はありますか?」


「そんはオーパーツみたいな代物は見た事も聞いた事もないが…」


「例えば、こんなふうに」


 浩平は、机の上に置いていた鉱石をわざと地面に落としてみせた、その行動に茅場を何をしているんだと言わんばかりに驚愕の表情で浩平を見ていた。

 その2秒後、地面に転がった鉱石は振動を繰り返して青色の閃光を放ちだした。


「これは一体…ただ物では無いな」


「もしこれで放射線が放出されてたらお前を死ぬまで恨み倒してやるからな!」


 そう言いながら茅場は浩平の後ろに隠れた、彼の意外な一面を見られたところで、数秒後その光は収まり振動も収まった。

 改めて鉱石を取り、浩平は置いてあった机の上に置き直した。


「これを見てどう思いますか?」


 教授は眉間にシワを寄せながら、難しそうな表情をしていた。


「この鉱石は恐らく、機械仕掛けではなく、何かしらの物質同士がぶつかり合って、あの光を放ったのか仮説しか言いようがない…」


「すみません教授、世界史の資料を貸してもらってもよろしいでしょうか?」


「別に大丈夫だが、卒論は既に提出していなかったか?」


「えぇ、少し調べたい事がありまして」


「そうか、研究熱心な君だから特別にファイルにして送信しておくよ、結城君もどうだい?」


「え、それではお言葉に甘えて」


「そうだ、ここを出る前に、これをあげよう」


 教授は黒いアタッシュケースを渡してきた、大きさは丁度ノートパソコンぐらいで収納スペースは広く設計されていた。


「このステンレス製のものより、こっちのほうが頑丈だ」


 こうして浩平達は教授の研究室を後にした、こんな石ころに歴史を作り直すような価値があるとはとても思えないが、鞄にしまい直した。茅場はあまり危ない事をするなと注意するが、おう、と浩平は静かに答えた。


ピロンッ♪ ピロンッ♪


 学校の校門から出た瞬間、浩平のスマートフォンから着信音が鳴り響く、非通知からであったが茅場は早く出ろよとサインを送ってくるので、言葉通り出ることにした。


「はい、どなたでしょうか?」


「あ、もしもし!浩平君の電話で間違いないよね!?」


 自分から質問しているのだから先に質問に答えろと思ったが、電話口の声に聞き覚えがあった。


「そうですが、この声はまさか藤田さんですか?」


「そう!菜々子よ!元気してた?」


 相変わらず人一倍に元気な人だなと、浩平は思いつつも、どうして自分の電話番号を知っているのか問い詰めると、藤田はおどおどしながら答えてくれた。


「そ、それは結城さんから教えてくれて…悪い事しちゃったよね…もう30近くになる三十路手前ののオバさんが知ったら…」


「三十路手前って、藤田さんはまだ27歳ですよね…それに別に俺は悪いとは思ってませんよ、親父が勝手に送っただけでしょ」


「ありがとう、ところで結城さんから送られた物は誰かに見せた?」


「え?見せたらまずかった?」


 電話口から聞こえるほどのため息を吐いたあと、どこか苦しげな口調で「誰に見せたの?」と聞いてきた。浩平は即答しなかった。口を軽く開いたまま迷ったように静止して、園田教授に見せた事を伝えるべきか迷っていた。しかし、何かに巻き込まれては申し分ないと思い、公言する事を避けた。


「友達2人には見せましたが…」


「そう…わかったわ。当日見せた友達2人共来て欲しいの」


「どうしてです?あの代物は隠蔽するほどの価値があるのですか?」


「私には中身について何も伝えられてないけど、少なくとも極秘事項だということは確かね、なにせ状況が変わったから」


 これが極秘事項の価値がある物なのかと、浩平は疑いの目で石の入った鞄を見つめていた。


「とりあえず、その友達を連れて朝の9時に明大前駅に来て頂戴、私が車で迎えに行くから」


 そういうと、藤田は浩平の返事を聞かずに通話を切った。冷静を装っていながらも声には焦りが目立っていた。どうやら、申し訳ない事をしたみたいだと浩平は罪悪に襲われながら、スマートフォンをしまった。


「何か嫌な内容だったのか?眉間にシワが寄っているぞ?」


「そういったところだ、お前今週の土曜日空いてるか?」


「え?なんで」


「実は…」


 こうして浩平は申し訳なさそうに茅場に伝えた、茅場は呆れた顔をして「俺たちでよかったな」と言いつつも承諾してくれた。

 次に輝には電話で伝えたが、面白そうだからという理由でスロットの熱いイベントに行く事をやめることにしたらしい。


「まさか自衛隊がここまでするとはな」


「親父の代物が、そこまでの物だと考えられないけど」


 二人が困惑していた中、うしろから気配を感じた。


「貴方達何してんの」


 乱暴に扉が開け放たれて、入ってきた人物の最初の一言に、浩平はげんなりとした顔をする。

 そのまま見なかったことにするように回れ右をして帰ろうとすると


「何、見なかった事にしてんのよ!」


「いったぁ!おまっ、何も足元をひっくり返すことねぇだろうが!?」


 無視された腹いせに、足で思い切りに浩平の足元を蹴り倒す、そのせいで手に持っていた物が盛大な音を立てて地面を転がる。

 慌てて地面に落ちたケースや鞄を拾い集める。衝撃で壊れるような軟なものがなかったのが幸いしたが、心臓に悪い思いをしたのが本音だ。


「キャラがブレているぞ浩平」


「メタい発言よしてくれ」


「それで君は確か、前川 瑞樹か」


 前川 瑞樹、浩平と同じゼミ生であり、剣道部に所属している。ピアスとブラウンロングヘアーとすらっと伸びた脚が特徴で、見た目によらず活動的な性格をしている。


「貴方は確か・・・茅場君だったよね」


「普通に茅場でいい、それよりいつもの相方はいないのか?」


「美香の事?なら忘れ物をしたから取りに戻ってるわよ、もう帰ってくるころだと思うけど」


 そう言った矢先に足音が廊下から響き渡ってくる、ここの廊下は縦長なのもあってか、出口から離れた校門前まで足音が聞こえてくる。


「あら、珍しいメンツがこの時間にいるのね、特にアンタは」


「俺がいたら悪いか高垣」


「誰もそんな事言ってないわよ、バイトばっかりしているイメージがあったから、そう思っただけ」


 高垣 美香、彼女も浩平と同じゼミに所属しており前川とは高校の頃からの親友であり、ウェーブがかったセミロングの茶髪をしており、顔に傷一つない美肌がチャームポイントと自称している。実は浩平とは中学生の時まで同じ舞鶴で生まれ育ったので彼の事を一番よく知っている。


「へぇ、本当のところはどうだかね」


「相変わらず疑い深い性格してるわね、茅場君も何か言ってやってよ」


「輝の方が世話が掛かるから、面倒な事を増やさないでくれ」


 二人は輝の顔を思い浮かべた。茅場の顔色を見る限り、嘘を付いているようには見えなかった。それとも単純に演技が上手いだけなのか、茅場の事を詳しく知らない二人にとって知りようがない。だが、輝の事は詳しく知らなくてもどのような人間なのかは知っている人が多い。なので


「そういえば、彼とも仲が良かったわね」


 と、前川が思い出したかのようにつぶやく、輝は運動神経や動体視力の面では、かなり優れており高校時代にボクシング部に所属して地区大会優勝するほどの腕前で推薦入学があったほどらしいが、引退してから地元で暴力沙汰になって推薦は白紙になった。

 しかしながら、努力家である彼は後期入試で今の大学に合格し入学することになった。

 そんな彼だが、馬鹿そうでありながらムードメーカーな存在から大学でありながら校内で、知名度は高く面識のない彼女2人でも知ってるほどの有名人として知られている。


「でも、彼はまだ天真爛漫なところがあっていいけど対して、結城、アンタはいつもボケっとした顔してるし、そんなんじゃ誰も近寄ってこないわよ」


 余計なお世話だと思いながら浩平は、バツが悪そうな顔を見せた。実は彼自身この表情に関しては自覚しており、中学生後半の際にクラスメイトが全体でカラオケ行こうだのという会話があったが、そんなくだらないことを誘うなというオーラを出していたので、もちろんお誘いなんてかからなかった過去があるからだ。


「ま、直せたら今頃彼女を作って遊んでるか」


「そういうお前こそ人の事言えんのかよ」


「私はいいの。そんなことに構ってる時間が勿体ないからね」


「美香!またこんなこと言って!」


 前川が話に割り込んでくると、高垣は視線をそらしながら大丈夫だからと、ためらいながら答えた。


「とにかく俺はお前らの事には興味がないし、早くさっさと帰ろうぜ」


 浩平は吐き捨てるかのように発言をして、校門をくぐった。前川が何かを言いたげな表情をしてこちらを睨んでいた。もちろん茅場も気が付いていたので、何か言ったらどうなのかと聞いてきたが、「ほっとけ」とだけ言い残し歩き続けた。彼女の事を昔から知っているので今更何かしたところでな感じがあるからだ。


「そうね、さっさと私たちも帰ろ瑞樹」


「・・・やっぱり、アイツの事少し苦手かも私」


 前川は額辺りを少し引きつらせていた、別に彼に何かをされたわけではないのだが、生理的に受け付けないというほうが正しいのかもしれない。そんな前川を高垣は少し気をつかっていた。


「瑞樹は嫌いそうだもんね、アイツ案の定頑固だし何を考えているのか分からないし、でも悪い奴ではない事だけはわかってあげて?・・・ね?」


 悪い奴ではない。そんなことは前川自身わかっている、それにただ行き過ぎた発言が気に食わないだけで、別に嫌いではない苦手なだけなのだ。

 すっかり雰囲気が悪くなってしまったので、話の話題をそらすことにした。


「それよりも美香!今週の土曜日って何か用事ある?」


 突然のスケジュール確認に高垣は、少し戸惑いを見せるが、基本休日は溜まっている課題を消化する時間に空けているのでバイトはないことはわかっていた、おまけに今週は課題が出ていないので、スケジュール帳を開けて確認するまでもなく空いていることを伝えると。前川は満面の笑顔になった。


「その日に鎌倉で期間限定スイーツがあるの!一緒に行こうよ!」


「私は全然いいけど、瑞樹・・・大会が近いんじゃなかった?」


「近いけど私は出場しないからいいの!なんせ新人戦なんだし先輩の私がしゃしゃり出たら後輩の為にもならないから」


 大体の体育会系の部活・サークルは基本的には四年生の夏前に引退するが、正確には三年生終了間近で一線を退く、なぜならば、四年生は就活に専念する為だからだ。


「そうか、もうそんなに経ったのよね・・・」


「私ね、正直美香の事、尊敬してる」


「え?急にどうしたの瑞樹!?」


 前川の唐突な告白に、高垣はまたもや戸惑っていた。彼女の性格上、そんな水くさい事を言うような人ではないと高垣の中では認識していたからだ。


「前から言おうと思ってたの、美香はどんなことがあっても前向きに行動して、決して弱みを見せないところ、凄く尊敬してる。」


「そんなこと・・・ないわよ」


「謙遜しなくたっていいの!それに、やっとの思いでモデルの道が開けたじゃない!」


「モデルと言っても、まだまだ雑誌の端っこにチラッと載るぐらいだけどね」


 そんな彼女達の会話は、浩平達の耳にまで聞こえていた。茅場は彼女達と接点があまり無いので、無関心かわではあったが、高垣の事を昔から知っている浩平にとって"モデル"というキーワードが引っかかっていた。


 彼にとって別に彼女が何になろうが、どうだって構わない。しかし、中学生の時から変わらない芸能界というきらびやかな世界に夢を抱いていた事をしっていたので、今もこの気持ちは揺らがなかったのだと知った。


「高垣、お前モデルになったのか」


 浩平は、歩幅を狭め彼女達のペースに合わせると、横目で彼女に問いかける。


「何よ、もしかして盗み聞きしてたの!?」


「なんで前川が驚いてんだよ」


「別にいいでしょ!それより盗み聞きなんて悪趣味ね」


 浩平は唸った、なんで第三者にこんなことを言われないといけないんだろうか、ジェラシーをむき出しにしている前川に苛立ちが積もるが気にしても仕方がない


「聞こえたんだから仕方ないだろ!不可抗力だ!」と軽くノリツッコミをしてみた。


「必死になると余計不信感が増すから辞めておけ」


 普段は無関心のくせに、どうでもいい時に口出しをしてくる茅場に少しイラッとしたが、彼女からは「そうよ」と、意外に素直で単調な答えが返ってきた。


「まだ雑誌の端っこだけど、掲載してもらえる事が決定したわ」


 本来なら、高垣も性格的にこの流れに乗っかって茶々を入れてくるところなのだが、いつもと違う反応に浩平は違和感を感じていた。


「そ、そうか、おめでとう、夢を叶えたんだな」


 男のツンデレは、気持ち悪いだけで良いことなんて全く無い。ここは、素直に祝うべきなのだろうと心中で考えていた。


「へぇ~、アンタの口から祝って貰えるなんてね」


「なんだよ、そんなに意外だったかよ」


「そもそも、アンタが私の夢の事を覚えていた時点で意外で驚きなのだけれど・・・ありがとう」


 高垣はわずかに微笑んだ。


「アンタは卒業したら何をするの?」


「そうだな・・・俺は」


 正直、4年生にもなった今でもなにも考えてなかった。自分が何がしたいのかしたかったのか、想像ができなかった。


「どうせなにも考えてないんでしょ?」


 図星であった、言い返す言葉もなくただただ苦笑いするしかなかった。なにを言っても言い訳でしかならず、強がりにしか見えないからだ。


「最後くらい頭をつかいなさいよ、今まで好き勝手やってきたんだから、私はダンス部に入ってスタイルを鍛えたわよ」


「その言い分だとまるで、モデルの為にダンス部に入ったみたいだな」


「そうよ、悪い?」


 交通量が全然ない道路ではあるが、横断歩道の真ん中で立ち留まる。浩平も足を止め横断歩道の真ん中で振り返る。「おい、横断歩道ぐらい渡りきれよ」と茅場は注意するが、信号は依然として青信号のままである。そんな中、浩平の中にはよくわからないが憎悪が湧いていた。


「本当は他の目的があったんじゃないのか?」


「他のって?」


「俺らの大学のダンス部は比較的に事務所に所属している男子が多い」


「あきれた、そんなことを考えてたの?馬鹿じゃない」


「図星か?媚でも売れば関係者と手短に」


 浩平は話の途中だが口を閉じた、墓穴を掘ったと察した。というより、こんなことを言われたら誰でもそうだろう。


「信じられない。よくそんなこと平気で思いつくわね。」


 高垣の声は冷めきった声だった。今までの冗談交じりのニュアンスではなく、軽蔑しきった声ではあった。彼女の手には握りこぶしが鬱血するのではないかぐらいに力が込められており、その手つきに怒りが込められていた。


「最低・・・行こう?」


 前川は高垣の手を引っ張るが、彼女の足はその場で動かなかった。信号機は青から点滅に代わっており赤信号になるのは時間の問題ではあった、しかし、住宅街の中という事もあり、車は一台も止まっていないので両者とも動こうとしない、気が付いていないだけのかわからないが、茅場は早くしろとつぶやいた。


「本当はどうなんだよ・・・下心はなかったのか」


 高垣は、至って無言で冷めた目で浩平を睨んでいた。エウリピデスのギリシア劇の作品で無言の意味を表すシーンがある。沈黙でも思いや経験を表すのに十分だという事が描かれている。

 それと同じくして、無言でありながら色々と感じるものがある。彼女は返事を返さず浩平を背に向けて歩き出した、返す気もないということを背中で語っているようであった。前川も彼女に続いて歩き出した、茅場はすれ違う彼女たちに、すまないとささやいていた。

 まるで俺が悪者みたいじゃないか、と浩平は心の中でつぶやいた。ただ浩平の中で憎悪ではなく自己嫌悪が溢れていた。彼は口で言うほど彼女に対して思っているわけではなかった、むしろ今回に至っては全面的に彼女のほうが正しいと理解している。


「あぁ、嫌な奴だな俺って」


 誰にも聞こえない声で、空を見上げながらつぶやいた。彼女とは幼馴染なのでどのような人間なのか理解しているはずなのに、なぜ口であんなことを言ってしまったのか、それは間違いなく彼女に対する嫉妬なのだろう。

 自分がすべきことを明白にわかっている高垣、対して自分は親父にお使いを頼まれるくらいのボンクラ、そんなことを思ってしまっていた。


 すると、車のクラクションが鳴りびく、信号機の色はとっくに赤になっていた事に気が付き、慌てて横断歩道を渡りきる。


「ちゃんと自分のまいた種は回収しとけよ、俺はお前のためにシフト交渉しないとならんから、バイト先に寄る」


 茅場は深いため息を廃棄ながら、浩平と別れた。なんだかちゃんと親父の血を引いてしまっているのだと皮肉ながら感じていた。人の気持ちを考えずに自分がやりたいようにやる神経、自分が親父に対して一番嫌いな性格の部分だった。それなのに同じようなことを無意識にしてしまっていた。

 行く宛てすら決めずに、重たい石が入ったアタッシュケースを手に彷徨い頭を冷やした。その道中、浩平は何とも言えない気分になり、良くわからなかった。ちゃんと謝らないといけないと思っているが、しばらく彼女との面識はなかったせいか連絡先を知らなかった。唯一、前川の連絡先は知っていたが、あそこまでジェラシーをむき出しにされたばかりという事もあり、あまり気が進まない。

 いずれにせよ、自分が選ぶべき選択肢は一つしかないと浩平は思った。


「仕方がない、前川に仲介入って貰おう」


 彼女に電話するが、一向に出る気配がしない。着信音が鳴り続けているので着信拒否されているわけではないのだろうが、直ぐにというわけにはいかなそうだと彼は察した。





 そして、指定された土曜日、明大前駅午前9時頃に俺たちは眠そうな顔をしながらベンチに座って待っていた。浩平達3人とも前日の金曜日にバイトがあり、世間的には給料日後という事もあり忙しかったのだ。


「眠いよ浩平、大学は休みだぜ」


「お前、今日スロット行くつもりだったんなら一緒じゃねぇか」


「まったく、スロットなんて博打のどこがいいんだか」


 天気は快晴で暑いぐらいだ、それに対して気分は暗かった。まだ高垣との問題は解決していなければ、昨日の激務が相まって辞めたはずのタバコが恋しくなってきていた。


「まだ仲直りしてないのか、今回はお前が悪い。弁解のしようがないぞ」


「別にプライドが邪魔しているわけじゃない、ただ向こうと連絡が取れないだけだ」


「そうか、無理もない」


 全く相変わらず何を考えているのか分からない奴だと、浩平は横目で見つめていた。輝は眠たそうにあくびをしてうたた寝に入ろうとしていた、ちなみに彼にこのことを話していない、以上と言えるぐらいの正義感の強い性格をしているので、このことがバレると面倒な事になるのは2人ともわかっていたからだ。


「しかし、9時は既に過ぎているぞ」


 そう愚痴りながら浩平たちは藤田の車を待っていると、白いミニバンが目の前に止まった。04…陸上自衛隊所属の車両だという事がわかった。


「ごめん!待った?」


「9時7分、7分遅刻だぞ」


「別に7分ぐらいいいじゃねぇか茅場、藤田さん百里までお願いします」


「あ、いや、百里じゃなくて鎌倉に変更になったの」


「何故鎌倉に…あそこに駐屯地なんてなかったでしょ?」


「詳しくは中で話すわ、とりあえず早く乗っちゃって!」


 浩平達は言われた通りに、車に乗り込んだ。すると彼女は君は助手席にと言わんばかりに、指を指してきた。「何故助手席…」と浩平は聞いた。


「まあいいから」と藤田は、ドアが閉まる音を確認したと同時にアクセルをかけて駅前なのに急発進でミニバンを走らせた。


「ちゃんと持ってきたよね?」


「心配しなくてもちゃんと持ってきてますよ」


 浩平は足元に置いている鞄の中から、黒いルービックキューブ模様の鉱石を取り出した。


「そう、ならいいわ」


 妙に物静かな対応をしているので、藤田の顔色を伺うと、彼女は冷や汗をかいていた。なるほど、後ろの初対面2人に初っ端から天然な部分を悟られないように気張っている事が、自分でもよくわかった。

 そのせいか車内は沈黙が続いていた。浩平と茅場はともかく輝が、この陰気な雰囲気に耐え切れる性格じゃない。車に乗った事ないのかというぐらいスマホで、写真を撮った後、案の定、乗って数分には痺れを切らし始めた。


「ねえちゃんさあ、本当に自衛官なんですか?」


「っ!?」


 藤田の身体は、わかりやすくビクついていた。それは車が、一瞬蛇行運転になったほどだ。

 それに見かねたのか、茅場が「目上の人には敬語使え」と注意していた。確かに、身長は低めで童顔な顔付きをしているせいで、自衛官らしい威厳のような雰囲気が彼女にはまったくと言っていいほど無い。


「落ち着いてください藤田さん、貴女は衛生兵でも立派な自衛官なんですから堂々と構えておけばいいんです」


 見ていられなかったので、フォローに回るも彼女のネガティブ思考は更に加速を増していくばかりであった。


「べ、別にいいのよ!自衛官には見えないもんね…」


 本当に自衛官なのかと、詳細を知っている浩平でも疑問に思うほど彼女の姿は弱々しく見える


「…とりあえず紹介しておくけど、この人が言ってた自衛官の藤田 菜々子さん、このなりで20代後半だから」


「一言余計よ!」


「自己紹介が遅れました、私は茅場 誠司と申します。彼とは同じ大学の同期です」


「右に同じく俺は富山 輝っす」


 こうして話していると、車は東名高速道路に差し掛かっていた。明大前駅から鎌倉まで、高速を使っておよそ1時間半ほど掛かる、渋滞さえしなければ1時間ほどでつくだろう。

 そこで、今回の件について聞くことにした。


「藤田さん、もうそろそろ説明してもらいますよ、何故中身を見ただけで、コイツらも連れて行く必要があったのですか?」


「簡潔に一言で言い表すなら、保護する必要があったからね」


 保護という言われならない言葉に、俺達は一瞬戸惑ったが、茅場が尽かさず返事を返す。


「私達は誰にも狙われるような事をした覚えはありませんよ?」


 茅場の言っている事はごもっともだった、鉱石を見ただけで何故保護されるまでの規模になるのか、理由としては成立してないからだ。


「うん、あまり詳しい事は言えないけど、この鉱石には一国の軍隊が動くほどの価値があるの」


 輝はマジかと飛び上がらんばかりに驚いていたが、一方で浩平も茅場も、まるでSF漫画のような内容に呆れていた。


「あのー、俺達大学生なんで、そんな子供騙しみたいな話されてもなんですが…」


「ハリウッドならボツにされているシナリオですよ、藤田さん」


「そう、意味がわからない?何度でも言うわ、そんな事が事実なの」


 原田は泣き笑いのような表情をした。別に言葉としては理解出来ているが、何を馬鹿な事を言っているんだとしか思えない。それは茅場も同じことを考えていたのだろう、「役者の方が向いてますよ、藤田さん」と彼は言った。

 そんな中、輝は外の景色を見回していた。一見するとそんな輝は落ち着きの無いようにしか見えないが、目の動きから何かを数えているようだった。


「どうかしたのか輝?」


「いや、違和感があってな。明大前駅の近くには、直ぐに首都高に入る道があるんだけど、そこを利用せず一個先のJCT辺りで高速に入ったからなんでだろうなって」


「いや、どうでもいいだろ」


「違和感はまだあってさ、下道の途中から前方車と後続車がピッタリつけてきているんだよ。一定距離を保ちながら…」


 浩平達は思わず前と後ろを確認すると、セダン車に挟まれていた。ナンバープレートを見る限り防衛省の管轄の車ではないようだが、警察の覆面の可能性も捨てきれなかった。


「あと、さっきからそのセダン車しか見えないこともおかしいと思ってね。ついさっき渋滞情報を調べたらところ、走った後の高速道路が渋滞しているんだ、まるで線を引くように」


「お前、変なところすげぇよな」


「ただ一台だけ通り過ぎていったセダン車があって、その車両はすぐに見えなくなってしまったけど…外79025ってナンバープレートが特徴的だったよ」


「79?ちょっと待って、それ本当?」


 すると輝はスマホを俺に渡してきた、その画面にはセダン車で例のナンバープレートが写っていた。藤田も横目で確認すると、藤田は片手で運転しながら、携帯で電話しだした。


「藤田です。現在川崎浮島JCT辺りを走行中、ですがトラブル発生。全方向セダンの不振車に挟まれています、至急応援を要請します。」


 応援を要請しているところから、どうやら電話先は自衛隊関係者にかけているようだ。それより何故"79"という数字で何が分かったのかが気になった。


「はい、わかりました…ですがこの車両は普通のワンボックスですよ?スピードは余り出ないかと」


 何をする気なのかは、なんとなく予想が出来た。どうやらカーチェイスでもするつもりなのだろう


「え、はい、わかりました。善処します」


 そう言い放つと、藤田はスマホを胸ポケットに入れると、車線変更したと同時にアクセル全開にしセダン車から逃げるように速度を上げた。

 それに対し、セダン車は2台とも自分達の車に合わせるように速度を上げてきた。これで浩平達を追跡していることは確実となった。


「おいおい、変な女自衛官の妄言じゃなかったのか!?」


「なんだ茅場、ビビってんのか!?」


「口を慎め輝!脳筋は黙ってろ!」


「それより、79という数字とロシアと関係があるのか?」


 その問い掛けに、藤田は冷や汗を額から流し少しためらいを見せてから口を開いた。


「外は大使館、79はロシア大使館所属の車両を意味するの、たまたまロシア大使館の車両が通り過ぎただけだとは考え難いと思わない?」


「はあ、でもさ本当にロシアなら、こんな足跡残さないと思うんだけど」


「本来ならその考え方が正しいと思う、でも出たところ勝負ならどう?」


「え?」


「そう、この中身はそれ程の価値があるものなの」


 どう答えていいのか分からず、浩平はただ呆然としていた。


「実は昨日に偽装車を走らせていたのだけど、既に襲撃に遭ったわ、相手は中国の国家安全部、搭乗者は警察特殊部隊のSATだから何とか1人を確保をして追い返したみたいだけど」


「なるほど、他国がそこまで露骨なら隠す必要がない訳か…この中身は一体なんだ」


「浩平、今はそれより後ろの連中をどうするかだろ?」


 車は大黒にまで差し掛かった時、合流地点でグリーン色の一回り大きいSUVのような車両が割り込んで来た、その車両の屋根には銃座があることから軍用である事が素人目にでもわかる。


「GAZ-2330 ティーグル!?なぜ日本にロシアの軽装甲車が!?」


「まじかよ…ここは日本だぞ」


「わかんない!あんな物が出てくるなんて想定外よ!!」


「高速道路から降りたらまだ撒けるんじゃねぇか?」


「脳筋は黙ってろ!高速道路から降りたら民間人を巻き込む事になるだろ!」


「でもよ茅場!そもそも俺たちも民間人だろ!!」


 しかし、彼方さんは浩平たちの事をそのように思ってはいないようで、銃座に軍服で完全武装した白人男性が座ると固定されたサブマシンガンを乱射し始めた。


「とうとう撃ってきやがった!」


 こんな状況下の中、茅場ただ一人だけが相変わらず、張りつめたような無表情がそこにはあり、落ち着きを取り戻していた。


「あいつらは正規軍か?」


「多分正規軍というより対外情報庁ザスローン部隊あたりじゃないかな?」


 ザスローン部隊とは、ロシア対外情報庁(SVR)の特殊部隊の事を指し、ザスローン(Заслон)とは、ロシア語で防壁を意味し、ロシアの特殊部隊中で最も機密性が高く、その任務は明らかにされていない。

 ソ連時代に暗殺、破壊工作等を任務とした旧KGB第1総局の特殊部隊、ヴィンペル部隊と同じものとされている。


「それって特殊部隊じゃないの?」


「本当にザスローン部隊なら、まともな武器を持っていない私達に勝ち目ないわ、でも幸い日本の高速道路は狭いからカーブによって視界が狭くなるのが救いね」


 だが、大黒を通り過ぎるとカーブは比較的に緩やかになるので危機的な状況の上に悪化するのは確実であった。


「航空自衛隊とかに支援は?」


 浩平は、誰しもが考えそうな案を提案したが、藤田は即答で無理だと言い放った。


「自衛隊は総理大臣の許可が確認されない限り、武力行使ができないのよ、害獣駆除ですら許可がいるのだから。」


「向こうが仕掛けてきたことだ、これは憲法第9条のもとで許容される自衛の措置としての「武力の行使」の新三要件。

 わが国に対する武力攻撃が発生したこと、またはわが国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これによりわが国の存立が脅かされ、国民の生命、自由および幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険があること

 これを排除し、わが国の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がないこと

 必要最小限度の実力行使にとどまるべきこと該当するんじゃないのか?」


 この男、普段の言動から何を考えているのか察することは難しいが、これでなかなか以上に頭が回る。


「事はそう簡単に動かないの、今は逃げる事に専念しないと」


 蛇行運転で銃弾を避けていると、高速道路は横浜付近にまで近づいてた、その時ヘリコプターの騒音が辺りを響き渡させる。

 音は次第に左側がから大きくなり、高速道路の外枠から現れたのは、神奈川県警の中型ヘリであり、ドアからは狙撃銃を持った武装警官が身を乗り出していた。


「AW139…神奈川県警所属のSATが出動したのね」


「自衛隊機じゃないのか?なぜ警察が…」


 そんな疑問も束の間、SATの隊員だと思われる者が上空からロシアの軽装甲車に向かって発砲した、あちら側も機関銃で交戦するが、軽装甲車のタイヤはパンクし方向性を失うと外壁にぶつかり、後ろを走っていたセダンも玉突き事故のように衝突した。


「すげぇ、まるで映画のような光景だ」


 輝は今の光景に圧倒されているようだ、そんな中茅場は、浩平に対して、俺たちはとんでもない世界に足を踏み入れたようだぞ、と言いたげな表情を向けていた。

 車の中での距離なのだから直接言えばいいのにと浩平は思いつつも、どうして自分たちはこんな目に遭わなければならないのかと考えると、自衛隊やロシアよりも先に元の元凶である親父に対して憤りを感じていた。

 しかし、それは後ろの2人にとっては友達の親父なんかより、あの鉱石を無闇に見せてしまった自分に対して憤りを感じているのだろう、そう思うと親子同じ事をしているだと浩平は認めざる得なかった。


「何か変な事を考えてた?」


「別に変な事じゃない、単純な事を考えてたのさ。親父が送ってきた石ころに、どんな価値があるのか」


 ふうん、と藤田はハンドルを握りながら相槌をつく。


「しかし、あのヘリ、まだ付いてくる気なのか?」


 神奈川県警のヘリは先程までとはいかないものの、低空飛行で浩平たちの後をつけていた。

 監視されているようで嫌だったが、あれだけのことがあれば仕方がない事なのかもしれない。

 というより、どうして神奈川県警のSATが出動したのだろうか、重装備なら地方警察より自衛隊のヘリが出動した方が遥かに早かったであろうに、その事を藤田に問い掛けると。


「自衛隊のヘリなどが実力行使してしまったら、国家の独立と安全、侵略に対する防衛にお向きを置いている自衛隊は国際状況の配慮も大事だけど確実に他国勢力と断言できない場合、憲法違反として自衛隊の存続が危ぶまれるの。

 それに対して、警察の場合は"個人の生命、身体及び財産の保護など公共の安全と秩序の維持"を目標にしているので、個人の生命を守るためとして活動できるというわけ。

 それに、この石を狙っているのはロシアだけじゃない、中国やインドも手段を問わないぐらい重要な物らしいよ」


「これにそんな価値はあるのかよ…なにか?これが歴史を変えるほどの代物なのか」


 茅場が質問するが、藤田は何も答えなかった。この質問に答えられないということを意味している。

 ただの映画やゲームなどでは、このような状況でもうまく立ち回っているのに、いざ現実に起きると恐ろしいほど無力であると実感する事になった。


「まだ同盟国であるアメリカは、日本を擁護する姿勢を示しているけど、油断はできないわ」


 先程の襲撃があってから上空では、警察のヘリが警戒しているのか数機程飛び回っていた、インターンチェンジは封鎖され東京と名古屋を繋ぐ東名高速道路は静岡と神奈川の県境を完全封鎖したという情報が電光掲示板で表示された。

 理由は補強工事との事、普通なら事前に予告しておくものなのだが、襲撃があったなんてこと言えるわけがないのだ。


 浩平達は鎌倉市に入ると、高速道路から下道に入り港を目指した。市内に入る前に神奈川県警が検問を行っており、市街は警察車両だけでは無く自衛隊の車両も、ちらほらと駐車しており街中はまるで戒厳令でも出されたような緊張感が漂っていた。街中で警備している自衛隊の隊員は、全員アサルトライフルを装備しており圧迫感を感じる。一般車は一切走っておらず、自分たちは首脳会議でも行くのかと錯覚するほどであった。

 おまけに上空では自衛隊のヘリだけではなく、戦闘機までもがエンジン音を響かせて飛行していた。


「まるで、戦争でもするみたいだ」


 輝は固唾を飲みこみながら、車窓から外の異様な光景を眺めていた。市民は戸惑いを露わにしており、この異様さをスマホで動画や写真を撮っている者や、自衛隊に対して口論している高齢者など様々であった。


「自衛隊出動か?」


「いよいよ戦争になったりしてな?」


「日本は武力行使しないと!憲法で!」


 人々の反応は様々であった、最近の若者を中心に日本人は平和ボケが進んでいると言われているが、流石にこの規模となると陰鬱な雰囲気が漂う。自衛隊は街にいる人々を誘導しており、まるで見られたくないものでもあるかのように主要道路から離れさせていた。

 自分たちの車は市街地から沿岸部に近づくと自衛隊機だけではなく、星のマークを光らせて飛び去るヘリなども出没していた。


「あれは…米軍のブラックホークか?横田から来たのか」


「よく分かったな輝」


「仮にも自衛隊に入ろうかとしている人間だぞ?それぐらい知ってる」


 藤田は、顔色を一つ変えず無言で運転を続けている。まるでこの状況を知っていたかのようであった。

 こうして何事も無く、開けた湾岸が見えて来ると誰もが言われなくてもここが目的地であることがわかった。そこには空母なりの巨大な護衛艦が2隻停泊しており、他にも様々な海岸線に艦が目視にて確認できるほどである。


「いずも型とひゅうが型2隻も…」


「輝、目視で何隻確認できる?」


「そうだな茅場、基本第1護衛隊群で形成されてそうだが、例外は、護衛艦いずもを初めにミサイル艇やアメリカ軍のイージス艦が展開中だという事、この組み合わせは初めて見た」


 護衛艦隊は、日本の海上自衛隊の自衛艦隊に属し、護衛艦及びその他の多様な艦艇を主力とした海上自衛隊の中核を担う部隊のことであり、活動目的は潜水艦隊や掃海隊群、航空集団と共に、日本の海上防衛を担っているのだが、そんな艦隊が防衛大臣の視察だけで鎌倉市に集結するとは考え難い。

 ましては、米軍機までもが上空から警戒している時点で、この石がこれだけの重要なのは誰が見てもわかる。


「藤田さん、本当は何が目的なのですか?」


 浩平は真っ直ぐ一直線に、彼女の眼を見て疑問をぶつけた。それは後ろの二人も同じであったが、浩平のほうが話しやすいだろうと考え聞こうとしなかった。特に茅場は、最初こそ自衛官かどうか疑っていたが、これだけの事態を経験してしまって疑う方が無理があった、彼は心の中で疑ったことを謝罪した。

 藤田は、ようやくその重たい口を開いた。その表情は凛々しく、いつもの気が抜けているような緩い表情は全くなかった。


「まず最初に、この街の状況だけど。これは演習で、もし戒厳令が発令された時の対処法など確認する為・・・というのは表向きの発表、本当はこの石を他国から守るためよ」


 それは俺でも何となくわかってた---このセリフが三人とも頭に浮かんでいた。しかし、口には出さなかった。それは、この話には続きがあると察しがつくからである。


「でもよ、石を守るためならコッソリとしていたほうが安全じゃないのか?」


「それは愚行よ浩平君、単独で行動して場合さっきみたいに直ぐに襲撃されるのが山よ」


「そうだろうけど、こんなに大胆だと逆にここいると言っているもんじゃないか」


「そうね、でも彼らは簡単に手を打ってこない」


「それは、アメリカがいるからですよね」


 輝が珍しく口を開いた


「それもあるけど、実際この石の事を考えるとアメリカの方が厄介かもしれない」


「日米安保ですか」


「そう、察しがいいわね輝君、確かに日米安保を利用してこの石を横取りする可能性はあるわ、だからちょっとだけ対策をしたの」


 藤田はそういうと、外を見てごらんと言わんばかりに右側に指をさした。そこには沢山のマスコミ関係の車両が止まっており、カメラがそこいらじゅうに設置されていた。また護衛艦の甲板にマスコミ関係者の姿がありカメラを回している。


「これだけのマスコミのカメラがあれば、アメリカも簡単に手出しは出来ないよね」


「どうしてそんなことが言えるのですか?」


「手を出したところをカメラで捉えられたら世界中に拡散される、すると同じ同盟国に影響が出てくる可能性があり、いま緊迫している東シナ海にも影響が出る可能性があるからね。でも正直、気休め程度でしかならないわけだけれど・・・後ろを見てごらん」


 その言葉通りに三人は後ろを振り向いてみると、後方には自衛隊の装甲車の他にアメリカ軍のジープが付けていた。一見すると護衛車両として付けているとしか見えないが、考え方を変えるといつでも襲撃ができるという事にもなる。


「うわ、おっかねぇ」


「本当、”簡単”な手法では襲撃されないだけで、いつでも襲撃は出来るというわけか」


「それで、話を戻すけど。これからしばらくの間は私たちと共に護衛艦で生活してもらうわ」


「・・・は?」


 唐突な告白に、三人とも鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていた。彼女は満面の笑みを見せながら、大丈夫だといい放った。


「ふざんけじゃねぇ!!こちとら家賃払っとるんじゃ!!」


「こっちの予定考えろや!!!」


「単位取得講義があるだぞゴラァ!!」


 皆が一斉にして各々の言い分を叫びだした、浩平に関しては学生寮であるものの、自分で家賃や光熱費を賄っている為、無駄なことをしたくないのだ。輝に関しては単純に大学の授業をサボりすぎて単位が無いだけである。


「最後だけ自業自得なんじゃないかな!?でも安心して?最後のは無理だけど、家賃などは国が保証するわ、それにバイト先や学校にも連絡してあるし!」


「俺らの意思は無視ですか・・・」


「単位が・・・」


「自業自得だ輝、諦めてサマースクールに行くしかないだろう」


「茅場お前っ!他人事みたいに言いやがって!」


「他人事だろ、実際」


「なぁにぃ!そういえば、お前妹居たよな?確か志桜里ちゃんだよな」


 茅場には実の妹がおり、名前は茅場 志桜里。歳も離れており18歳の高校3年生である。浩平と輝は一度だけ過去に顔を合わせたことがあり、1年前に修学旅行で東京に来た際に、大学帰りに鉢合わせたことがある。見た目こそ、身長が149㎝と低めで、後ろでまとめた黒髪が印象的なクール系だが、兄である誠司に凄く不信感を漂わせている。


「それがどうかしたのか?」


「なぁに、お前から借りてた萌えアニメ・ゲームを、間違えてお前の実家、長野県に送ってしまっただけよ」


「このドチクソ脳筋が!!!なんてことをしてくれたんだ!!」


 茅場は学力などでは学年1位に入るほどの知将と言われているが、趣味は真性のアニメオタクでしかも妹属性の変態であり、今まで浩平と輝しか知る者はいなかった。


「すまない、不可抗力だ」


「これのどこが不可抗力なのだ!!完全に八つ当たりだろうが!!この外道がぁ!!」


 後ろが騒がしいことになっているなか、浩平は我関せずな姿勢を取っていた。輝のように単位を不足しているわけではないし、茅場のように変わったフェチを持っているわけではない。至って普通の学生であると堂々としていた。しかし、それは予想だにしなかった変化球として襲い掛かる。


「ところで、浩平君はもうあれは卒業したの?」


「あれとはなんですか?」


「あれよ、カミナリ族みたいなやつ」


「・・・へ」


「カミナリ族ってたしか」


「カラーギャングみたな不良集団の事だ」


「あれ?皆仲が良さそうだから、てっきり気心が知れた仲だと思ってたけど、言っちゃまずかった?」


「はい、非常に不味いですね」


 浩平は額に汗を流していた、一方で後ろの二人はニタニタと笑っている。


「確かに浩平はプライドが高そうだよな」


「あぁ、まで人の事を蔑んだ目で見ている時があるぐらいだしな」


「そうなの!?」と、藤田は浩平が蔑んだ目をしてこちらを見つめている表情を想像していた。


「そんな目をしたことないだろうが」


「そうか?大学で結構してたぞ?」


「自覚なしか・・・輝の言った通り、大学でのお前は結構目付きが悪いがな」 


 浩平は、今までの行いを思い返していた。「頼むぜ浩平!!課題の答えをみせてくれよ!!」と、休み時間を邪魔する輝、「おーい!浩平!!昨日の合コンでお持ち帰りできたか?」と、大声で教室に入ってくる輝、「あらあら、まだチェリーだったのね」と、嘲笑う前川。

 これらの事から、憎悪が湧いてきたのか浩平はゴミを見るような目で輝を見つめていた。


「そうそうこの目だぞ、てか何故俺を見る・・・なぁ?これって俺が悪いのか?」


「俺は半々だと思うがな、輝」


「賑やかなところ悪いけど、もう到着するよ」


 車はそのまま砂場まで侵入する、水深が浅いので、エアクッション艇が由比ヶ浜で停まっていた。


「もうこのまま突っ込むわよ、しっかりつかまって!」


 藤田は、アクセルを踏み込み車を加速させた。車体は、砂煙と物音をたてながらエアクッション艇に乗り上げる。輝は先程の後続車の事が気になり後ろを振り向いたが、自衛隊の装甲車もアメリカ軍のジープも既にその場にはいなかった。

 車体を完全に乗り上げると、自衛隊員が藤田が座っている運転席側に歩み寄ると、真っ先に敬礼して「お勤めご苦労様です、司令官が護衛艦 かがでお待ちです。おおすみ型輸送艦を経由してヘリで向かってください」と、伝えた。


「了解、それで状況は?」


「不穏な状態だと言いましょうか、それも含めて話があるそうですし・・・銃弾の痕がありますがけが人は」


「今のところ幸いなことに皆元気よ」


「それはなによりです、なんせ先程の襲撃の実行犯は神奈川県警によって取り調べ中ですが、不可解な事が起きてましてね、どうやらロシア人ではなくセルビア人だったそうで」


「セルビア人?セルビアが殴り込みに来たって事?」


 藤田は、驚いた表情をしていた。セルビアはバルカン半島にあり、比較的に新日国として知られているからだ。近年は大国によって圧力が掛かっている傾向にあるという事は、自衛隊内でも広がっており、まるでバルカン半島は火薬庫のようだと言われるほどである。


「わかりません、セルビア大使館は我が国は関与していないと言っているみたいですが」


「してたとしてもどこでも同じこと言うに決まってるわよ、あーあ、世界は一体どこに向かっているのやら」


 エアクッション艇が沖合に出ると、周りは護衛艦に囲まれており上空でブラックホークが同じ速度でピッタリとくっついていた。機体には陸上自衛隊と表記されており、機銃が黒光りしていた。


「陸海空全揃いだな、まるで戦争でもするみたいだ。」


 海水浴場として有名な由比ヶ浜が、軍用機によって埋め尽くされており観光名所とは程遠いものであった。浩平達を乗せたエアクッション艇が、おおすみ型輸送艦の中に入ると、陸上自衛官の人たちと少数のアメリカ海兵隊が待ち構えていた。


「任務ご苦労であった、藤田二等陸曹」


「ハッ!染谷二等陸佐!任務完了です」


 藤田は彼を見るなり敬礼し、任務報告をしている。それに対し、彼は藤田を見向きもせず浩平に歩み寄ると、被っていた軍帽を拭う


「一応挨拶はしておこう、陸上自衛隊 東北方面特科隊二等陸佐の染谷 大志だ、君が結城一等海佐の息子か」


「そうですが・・・」


「彼とは似ても似つかないが、この際どうでもいい事だ。」


「それはどういう意味ですか?」


「君たちは自衛隊の管轄下におかれることになる、学生生活と今をもってお別れだ」


 それは藤田が先ほど言っていた事よりもわかりやすい説明だった、それと同時に三人はもう戻るに戻れないところに片足を突っ込んでしまったと改めて理解した。


「これからの事を話すから、早くエアクッション艇から降りたまえ」


 言われた通りに浩平達がエアクッション艇から降りると、シュノーケルをつけて酸素ポンぺを身に着けた海兵隊員たちが、海に飛び込みエアクッション艇の下に潜り込んだ。


「ネイビーシールズ・・・初めて見たぞ」


「よく知っているな、君の名は?」


「富山 輝です」


「そうか、もう一人は」


「茅場 政治です、なぜこの艦にアメリカ軍が」


「君たち二人には知らなくてもいい事だ、と言いたかったがセルビア人による襲撃を受けた以上一般人として扱うわけにはいくまい」


「そうかもしれないが、彼らは自衛隊じゃない。あまり手荒に扱わないでほしいがね」


 ウェルドックの奥から数人の海上自衛隊を引き連れて、話しかけてきた。


「これはこれは海上さんの、鎌田一等海佐じゃないですか。どうして貴方がここに」


「確かに私は護衛艦 かがの艦長です、しかしここに来てはいけない道理があるわけでもないでしょう」


「なにもそこまで言ってませんがね」


「それよりも貴方の任務はいいのですか?」


「少しぐらい夏の海を眺めさせてほしいがな、こちとら海とは無縁なんでね」


「私情を任務に持ち込まないで頂きたいですが、惜しくも管轄外ですから何も言いませんが仕事だけはしてくださいね」


「ふん、まあいいさ、お前ら突っ立てないでヘリのエンジンでも回しとけ」


 染谷は少々不機嫌そうに、この場を後にした。


「自己紹介が遅れました、私は海上自衛隊 一等海佐の鎌田 拓海と言います。これから貴方達をかがまで連れていきます、藤田二等陸曹の貴方も同行願います。」


「しかし、私は陸上自衛隊です」


 彼女は少々バツが悪そうではあった、本来は陸上自衛隊である彼女は陸上自衛隊の支持の元で動かなければならない。だが、幕僚長から臨機応変な対応と指示を受けている以上、変則な動きも致し方がないのも事実であった。


「彼の事は上からの指示で何も言ってこないと思います」


 浩平は、鎌田が言う彼は恐らくさっきの染谷二等陸佐の事を指すのだろうと簡単に予想が出来た。何故ならば、先程の報告の際、本来ならなにかしらの反応をするはずなのに無視をしたことから、彼はどのような人間なのか想定ではあるがイメージが沸く。


「ダミーを用意していますが、時間の問題でしょう・・・さぁ、こちらへ」


 ダミーとは何か、わからなかったが今は彼の言う通りに従ったほうが賢明なのだろうと、四人は同じことを思っていた。ウェルドックを抜け飛行甲板に上がると既に、海上自衛隊のシーホーク(SH-60K)3機が砂煙を舞い上がらせる程、メインローターを回転させ離陸体制に入っていた。


「すげぇ、ヘリなんて初めて乗るぜ」


「お前よくそんな余裕ぶっこけるな」


「違うぜ茅場、そう思わないとおかしくなりそうだ」


「なるほど、理解した」


 そんな中、浩平はヘリに一歩づつ足を運ばせる度に罪悪感に苛まれていた。そもそも自分が奇妙な石さえ見せなければ自分だけで済んだのにと、自分が右手で掴んでいるアタッシュケースの取手に力が入る。そして浩平の心境を理解されることなく全員が乗り込むと護衛のヘリも含め3機とも離陸し、数キロ先に展開している護衛艦 かが に向かった。






 相模湾に入ると、由比ヶ浜付近に展開している艦が小さく見えてくる中、浩平と茅場はそわそわとしていた。


「どうしたんだ二人とも?妙に落ち着きがない様子だが、もしかして酔ったのか?」


 上座に座っていた鎌田が、気を使ってか袋を用意すると、「大丈夫です」と二人口をそろえて伝えた。


「実は俺の友人が鎌倉にいるんです」


「そういえば・・・」


 浩平の発言に、茅場が思い出したかのように目を見開いた。確かにあの日の夜に、前川が高垣に鎌倉に行こうと誘っていた事をコマ送りのように思い出していた。


「友人って誰の事だ?こんなけ心配してるって事は彼女か!?」


 深い深呼吸をしている浩平に、輝は声を掛けてきた。この場で不似合いな程の、軽い口調で問いただしてくる。もちろん事情を聴いていないので悪気があったわけではないことぐらい、浩平の頭ではわかってはいたが、少し眉間にしわを寄せて横目で睨みつけていた。


「だからなんで俺ばっかりその目をするんだよ!もしかして図星か!」


「残念ながら違う、甘いイチゴみたな関係じゃなくてイカ墨のようにドス黒いものだ」


「それって本当に友人か?」


「心配なる気持ちはわかるよ。でも、鎌倉市には自衛隊だけでも相当な兵力が集中してるし。万が一何かあっても自衛隊の皆が助けてくれるよ!」


 藤田は心配そうにしている浩平達に、彼女はにっこりとして見せた。


「憶測だけで物を言うものではないな、藤田二等陸曹。しっかりと確信が持てるような根拠がないと。でも神のいたずらとでも言うべきか、理屈では通らないことが起きたりするものだからね」


 鎌田は、きっぱりと言い放った。そんな彼に浩平は、自分の親父と同じように自衛官とは思えない性格をしてると感じた。軍隊は映画やドラマの見すぎなのか、どうもお堅いイメージが定着している。それはおおすみ型輸送艦で会った染谷を見ていると、ある意味では正解なのかもしれないが、自分たちの目の前にいる鎌田 拓海という男のように、割と自由な性格の持ち主もいることもまた事実なのだろう。


「そういえば、茅場はどうして不安そうにしてたんだ?俺とは別の理由があるんだろ?」


「実は俺の妹が」


「もしかして鎌倉にいるのか?」


「いや、御殿場のショッピングモールに」


 それを聞いた瞬間、浩平はお笑い芸人にように転げ落ちそうになった。


「なんだよ!全然離れてるじゃん」


 輝は笑いながら、右手でツッコミを入れるが、茅場は至って変わらず深刻そうな表情をしていた。


「御殿場にいればいいんだ、鎌倉を過ぎてさえいれば」


「どういうことだよ、お前の実家は長野県の飯田市だったろ。そもそも鎌倉は通らないはず」


「昨日学校が休校で、昔引っ越しした古くからの幼馴染の家に行ってたらしい。その場所が鎌倉市」


「なるほど、でもお前は確か妹と仲が悪かったよな?どこで知った?」


 浩平は茅場に聞いてみた。


「SNSだ」


 茅場は自分のスマホを見せつける、そこには妹のアカウントが映し出されており、昨日の出来事をつぶやいていた。


「茅場お前、フォローしてるのに当の本人はフォロー返されてないんだな」


 輝の悪意のないツッコミが、妹ラブの茅場の心を突き刺す。効果は抜群のようで、わかりやすく落ち込んでいた。


「公共機関は全部通行止め、もしくは運転を取りやめている。早朝で出ない限り鎌倉から出られないだろう。」


「という事は」


「まだ鎌倉にいてる可能性が高い」


 そんな中、突然レーダーワーニングが鳴り始めた。


「レーダーで捕捉されています!」


 予想外の出来事でパイロットが慌てている中、「落ち着け!」と鎌田が活を入れる。


「まず、距離は」


「レーダーの反応から、推定距離30マイル前後かと」


 更に追い撃ちするかのように、レーダーワーニング音から合成音声の「ミサイル・ワーニング!」と機内で流れる。同時に右側の護衛ヘリが、フレアを放出させ右旋回し連帯を崩す。しかし、3番機のヘリが対処に遅れたのかフレアを放出する前に機体は左旋回すると、ミサイルが3番機に向かって追尾する。ヘリはジグザク飛行するが、ミサイルはテールローターに着弾し機体は黒煙を放出させながら、バランスを崩し墜落した。


「地対空ミサイル!MPADS!!」


「回避行動をとります!シートベルトに捕まってください!」


「ECM(電子妨害)だ!チャフは外れた場合シャレにならない!」


 機体は大きく旋回し、高度を下げる。するとミサイルは機体の真上を通過し、爆音が後から聞こえてくる。


「こちらアルファ!たった今ミサイル攻撃を受けた!3番機が墜落!救助を要請する!」


【こちらCIC、現在航空自衛隊浜松基地が緊急発進スクランブルさせ、そちらに向かっている。同時に付近を飛行している海上保安庁所属のヘリが、救助に当たる。】


「どこの連中か知らんが、この沖合にいる船舶からの攻撃で間違いないだろう。レーダーで捕捉し発射場所を特定、74式機関銃で無力化しろ。」


 交戦体制に入った瞬間、鎌田の表情は緩やかから軍人の顔へと変わり、口調も先程と打って変わって荒々しくなっていた。


「しかし、武力行使となると防衛大臣及び総理大臣の許可が・・・」


「責任は私が取る、海の藻屑になりたくなければ行動に移せ。」


「了解しました」


 SH-60Kは、高度を再度上昇しレーダーで探索を開始する。


「ミサイルの発射経路から推定すると、南西の方角15マイルにある一隻の漁船が怪しいかと」


「接近して確認しろ、相手が撃ってくるものなら反撃を許可する。だが、重火器を持たない船員は殺すな。素性を知る必要がある。」


 読みが的中したのか、再度合成音声がミサイル警告を通知する。


「レーダーの方角から、あの漁船で間違いありません!」


「距離が近すぎる!回避行動間に合いません!」


「AGM-114N ヘルファイアII!至近距離で起爆させます!」


 SH-60Kのドアガン下から空対艦ミサイルが点火し、爆音を響かせながら軌道を描きながら漁船に向い飛行する。ミサイルは漁船の手前で起爆し、漁船付近は黒煙で包まれていた。同時に機内で鳴り響いていた、合成音声とレーダー・ワーニングが止まったことによって、黒煙に包まれている漁船が黒幕で間違ってなかった事が分かる。


「漁船に複数の損傷を確認、左舷からの浸水によって船体が傾いています。それにしても、この海域にトロール船なんて不自然ですね。」


 完全に無力化されたかと思った束の間、漁船から銃声が鳴り響いた。


「ライフルによる攻撃です、どうします?制圧しますか?」


「仕方がないだろう、今攻撃している者だけ無力化」


 指示を受けた自衛官は、警戒監視用に備え付けられた74式機関銃で、漁船に向かって発砲を開始する。恐らく自衛隊史上実弾を使っての作戦は、1960年代に北海道にて、有害鳥獣駆除として航空自衛隊のF-86戦闘機による機銃掃射や、陸上自衛隊の12.7mm重機関銃M2、7.62mm小銃M1などによる実弾射撃が行われた以来だろう。


「制圧完了、乗組員数名が海面で漂流していますが救助要請は」


「実行犯です、捕虜として捉え生き残った中で一番権限を持っている者をこちらで、他は海上保安庁に引き渡す。それより、墜落した3番機の乗組員の安否状況を。」


「はい、機体の損傷が激しく現状は不明。現在、海上保安庁からEC 225「みみずく1号」が現場に急行していると報告を受けました。」


 しかし、レーダー・ワーニングが再度鳴り響く。


「今度は複数からです!2番機が小型漁船に対してAGM-114N ヘルファイアIIで攻撃しています。」


「ここは2番機に任せて我々は、護衛艦 かが に向かう。」


「了解しました。」


 機体はレーダーをかわすために、低空飛行で飛行する。すると前方から青い機体が上空を横切る、浜松から出撃した2機編隊のF-2であった。音が後から聞こえてくる程の速度で飛行していたF-2は、低空飛行に移ると、ASM-3(空対艦ミサイル)で目標の船舶に撃ちこむ。その様は、オーバーキルと言ってもいいほどであり、F-2はアフターバーナーを吹きつけ上昇し機体はものの数秒で見えなくなった。


「さて、予想外の事が起きたが、我々は海軍甲事件の二度前を避けることができた。」


 海軍甲事件とは、第二次世界大戦中の1943年4月18日に、前線を視察中の連合艦隊司令長官山本五十六海軍大将の搭乗機がアメリカ軍戦闘機に撃墜され、山本が戦死した事件の事だが、この事を知っている者は4人の部外者の中で茅場だけであった。


「マジで生きてる心地がしなかった・・・」


 浩平の額は、冷汗でびしょ濡れであった。それは、他の2人も同様であった。


「さすが鎌田一等海佐です、こんな時でも冷静ですね」


 藤田も同様に首筋に汗を流していた。


「私は艦長であり、隊員の命を預かっている者ですから。それくらいで冷静さを失っていては、司令官は務まりません。」


 表情こそ穏やかにしていおり優しそうな雰囲気を漂わせているが、言葉の重たさがずっしりと伝わる。







 




 相模湾沖にまでヘリが飛行すると、護衛艦 かが と数隻のイージス艦が姿を表す。


 護衛艦 かが は、本来海上自衛隊のヘリコプター搭載護衛艦(DDH)であり、しらね型護衛艦2番艦「くらま」の代替艦として計画された。いずも型護衛艦の2番艦として注目されたが、2014年に某国の戦闘機が領空侵犯したことが切っ掛けに大幅な変更が行われ、その姿はアメリカの原子力空母と変わらない斜め飛行甲板へと変化、リニアモーターを用いた電磁式カタパルトが採用された。

 勿論、アメリカの資金や技術供給があっての実現だったが、追加としてF/A-18E/F F-35C を購入することになりライセンスも取得することになった。これは、在日米軍を少々本国に引き戻したいアメリカと自己防衛能力を上げたい日本と利害関係が一致したことによるものであり、ライセンスも通常よりも早い段階で許可が下りた。

 戦闘攻撃飛行隊 F/A-18EJ/FJ×24機+F-35CJライトニング II×14機

 電子戦飛行隊 F-4GJ改(改修)×5機

 早期警戒飛行隊- E-2D×4機(1個飛行隊)

 SH-60Kヘリコプター×6機

C-2AJ輸送機×2機

と、アメリカ海軍の原子力空母と変わらないものになっているが、動力などは従来通りの物を扱っているので原子力は使用していない。それに名前も空母ではなく護衛艦とし、周辺諸国に刺激を与えない為の配慮と言える。

 とはいえ、今や日本は核兵器こそ所持していないものの戦闘機の数や艦隊編成から、中国に引けを取らないものにまで軍備を増強している。


 そしてヘリは護衛艦の上空まで飛行すると、ホバリングしゆっくりと着陸する。スライド式のドアが開くと、浩平の目が痛くなり充血した。それは、ドアが開くと同時に一気に潮風が顔に直撃したからだ。それは、他の2人も同様であった。


「さて君たちが民間人で最初の乗員となったわけだ、おめでとう」


「同時に一般人卒業したけどね」


「そんなことより、ここはネット環境はあるのか?」


「なんのために使うか聞いてもいいかい?」


「今期のアニメを見るために」


「ほんと、バレてからオープンだなお前は」


「誰のせいだと思ってやがる脳筋」


 後ろの二人は、飛行甲板の上なのに揉め合っているが、浩平はどうしてもあんな風に騒げなかった。これからの事や、何が起こるのか、考えたところで何も生まない。それはわかっているつもりでも脳が勝手にそうさせる、悪循環でしかないこの状態に頭を悩ませていた。


「浩平君、さっきから元気ないね、具合でも」


「具合なんてものじゃないですよ、親父からの配送物を渡すだけの簡単な仕事のはずが、銃撃に遭い、いつの間にかヘリに連れてこられて艦の上にいるんですよ!普通でいられるわけないでしょ!」


 浩平は心の中で思っていたことを、この場で叫んだ。もちろん彼女に気持ちをぶつけたところで、筋違いなのは本人も理解していた。


「そうだよね・・・普通に考えたら君たちはまだ大学生だものね」


 藤田は申し訳なさそうな表情をして、頭を下げた。すると浩平の頬に衝撃と痛みが走る、そこには右握りこぶしを振り下ろした茅場の姿があった


「お前、前から思っていたが、自己中じゃないか?最近」


 茅場が輝との揉め事を中断し、真面目な顔で浩平を睨んでいた。


「いきなり何をしやがる!」


「お前は自分の親父の都合かもしれないが、俺とコイツは、お前の都合でこんな目に合ってるだぞ、何自分が悲劇のヒロインみたいに」


 そこまで言ったところで輝は茅場の口を押える。


「お前の気持ちもわかるが、浩平の右手を見てみろ。力が入りすぎて爪が食い込んで血が出ている、お前だってアイツの気持ちに察しがつかないわけでもないだろ」


「それでも」


「それでもだ、俺たちは親友だ。そいつが困っている事があれば助ける、それが普通じゃないか?」


 しばらく沈黙が続いたが、鎌田が静かに口を開いた。


「私も若い頃はこうやって拳を交えたりしたが、今は必要ない。早く私についてきなさい」


 四人共気まずい雰囲気を残しながら、艦長である鎌田の背中についていった。

 艦内に廊下を歩くこと数分、浩平達は会議室のような部屋に通された。部屋には、プロジェクターとホワイトボードがあり如何にもここで作戦会議をするような場所であった。

 しばらくすると、陸空自衛隊の制服を着た男性とスーツを着た男性3人が入室してきた。


「っ!?」


 藤田は彼らの顔を見るなり瞬発的に敬礼をしていた。どうやらかなりのお偉いさんなのは間違いないと三人とも認識した。


「楽にしたまえ」と、スーツ姿の中年男性が答える。


 藤田は、ゆっくりと右手を下す。輝はわからない様子ではあったが、茅場はこの男性が誰なのかすぐにわかった表情をしていた。


「貴方は・・・仲宗根防衛大臣」


「自己紹介は必要なかったかな、私は仲宗根 康彦、先程君が言った通り防衛大臣だ。表向きは訓練の視察となっているが、察しの通り結城君が今手元に持っているアタッシュケースの中身が目的だよ」


 仲宗根は、ゆっくりと歩み寄り浩平に右手を差し出す。まるで、一刻も早くこの石を寄越せと顔に書いているかのような形相であった。その為、浩平は思わず1歩後退りした。


「その前に、俺たちはここに来るまでの間に死にかけたのですよ?これが何なのか、知る権利はあるはずです」


「説明する時間はない」と、仲宗根は真顔で吐き捨てるように言い放った。


「お言葉ですが大臣、彼らは命を張ってここまで来たのです。説明ぐらいしてあげてもいいのではないでしょうか?」


 鎌田が口を開くと、他の幹部も同じく頷いた。それを見た大臣は聞こえない程度の舌打ちをすると、窓際によりカーテンを閉めプロジェクターを起動させる。

 そこに映し出された画像は、中東の衛星写真だった。


「まず何から説明すればいいのかだが、この石は半年前にペルシャ湾内で君の父親の結城 涼介が漂流していた未確認飛行物体の船内で発見した。当初は映画の撮影の大道具でも流れているのかと思われていたが、電波を発していることから、最初は爆発処理班が対処したが中に奇妙な物が発見された。明らか地球外の物だと素人目でもわかるほどだったらしい。」


 この時点で現実離れしているが、浩平を含め3人は黙って聞いていた。


「現場で最高責任者は、護衛艦 DD-118 ふゆづき の艦長だったが、体調不良の為退艦していた為、当時二等海佐であり副艦長であった結城 涼介が自ら漂流している飛行物体に入り込んだ。そこには大きな石盤があったそうだが、その時、彼に何を感じたかは定かではないが、その場にいた隊員を退かせてから手榴弾で爆破させた。艦に戻った彼の手には、今君が大事に抱えているキューブがあった。彼は海水でびしょ濡れになったまま艦長室に戻ると直ぐさま駐屯地に連絡し、このキューブの解析を非公式で依頼したそうだ。」


 画像は中東の衛星写真から、手榴弾によってバラバラになった機体が海に漂流している写真に切り替わる。恐らくボートからの撮影のせいか、海岸線には辛うじて原型を留めていた未確認飛行物体の残骸が浮かんでおり、機体は小型ビジネスジェット機ほどの大きさだったことが分かる。


「駐屯地内の研究室にて、色々調べたところ。設備不足のせいで具体的な事はわからなくとも、このキューブには恐ろしい何かがあると分かったのだろう。彼は防衛省に理化学研究所で調査を申請しており、私も確認したが申請は拒否したよ、国民の税金を個人の研究の為に使うわけにはいかないからね。彼はこのキューブを持って数名の隊員を連れてイギリスに向かい、自分が学生時代の留学先でもあり母校の大学施設で詳しく調査した。」


 この時、外の階段を駆け上がる音が響き渡る。荒々しくドアが開くと「陸将補はいらっしゃいますか!?」と陸自の隊員が入ってきた。


「愚か者!ノックと敬礼をしろ!」


 陸自の陸将補が、問答無用に怒鳴りつける。


「す、すみません!!」


「それでなんのようだね?」


「はい、じつは・・・」


 隊員は陸将補に耳打ちすると、陸将補の表情が険しくなりだした。


「わかった、現場の指揮官とは」


「いつでも連絡が可能です」


「うむ、すみません。大事な会議の途中ですが少しの間席を外させていただきます。」


「なにかあったのか?」


「いえ、今のところは・・事実確認をしてから報告いたします。」


「わかった。」


 陸将補がその場から立ち上がると、藤田が駆け寄る。


「私も同行します!」


「君は・・・」


「申し遅れました、朝霞駐屯地所属!対特殊武器衛生隊 藤田 菜々子です!」


「そうか、君が例の・・・君は襲撃されたときの事を話してもらわないといけない、だからここに残りなさい。」


「しかし」


「これは命令だ、君の指揮官は本州の駐屯地にいるかもしれないが、私のほうが階級は上だ、何かあれば俺の名前を使え。」


「ハッ!」


 藤田はその場で敬礼する、それに対し陸将補も敬礼し返し会議室を後にした。


「さて、話の続きだが、研究の結果このキューブは地球上のものではなく、あらゆる常識を覆す代物だということがわかった。この記録データは防衛省に届き、我々もただの石ではないことが判明し、総理大臣の元にも届いた。しかし、イギリスの大学で検査したものだから勿論イギリス政府にも知れ渡り、そこから世界中に知れ渡った。」


「経緯はわかりました、ではこの石が持つ能力は・・・」


「詳しい事はわかってないが、ニコラ・テスラで有名なフィラデルフィア実験の都市伝説が現実になるほどだそうだ。」


「たしか、駆逐艦が瞬間移動するといったトンデモ設定ですよね?」


 茅場が静かに口を開く


「他に理論的に不可能な事が、可能にすることが出来るだそうだ」


 漠然とした話に終始無言になっているところ、突然艦内に警報が鳴り響く。艦内は会議室からでも聞こえるほど、外の廊下が足音で騒がしくなっていた。


「何事だ!」


「これは・・・スクランブルアラートですね、こちら艦長、状況を報告しろ」


 鎌田が右耳のイヤホンで顔色を変えずに指示を出しているなか、会議室が慌ただしくドアが開くと、海自の隊員が数名入り込む。


「大臣!安全な場所へ避難を!CICへ!」


「わかった、早く案内してくれ!」


 防衛大臣と他の黒服は、いち早くこの場から逃げるように海自の隊員と共に、この部屋を出ていった。すると部屋全体に地響きが響き渡り、戦闘機のエンジン音と発艦音が絶え間なく鳴り響く。


「俺たちはどうすればいいんだ浩平?」


「俺が知るかよ!」


「・・・了解、直ぐに向かう。すまないが、君たちは私の部下が迎えに行くまでこの部屋で待機してほしい、むやみやたらに移動しないように」


 鎌田は少し駆け足で、この部屋を後にした。すると、浩平が持っているアタッシュケースがカタカタと音をたて始めた。もちろん、この現象に他の三人が気が付かないはずもなく、皆が物音をたてるアタッシュケースに目が行く。


「なにこれ、めっちゃ怖い」


「とりあえずアタッシュケースの中を開けて確認した方がいいんじゃないか?」


 初めて見るこの挙動に、浩平自身も何か良からぬ事が起きているのではないかと思い、茅場に言われた通りアタッシュケースのカギを開けようとすると


「まって!もし開けてはいけない状態だったら・・・手遅れになるわ!とりあえずこの手を放して・・・」


 藤田が、開けようとする浩平の手を掴む。


「言いたいことはわかりますが、そのままっというわけにもいかないでしょう。もし仮に時限爆弾的なものだったらそれこそ手遅れになりますよ」


「どっちにしろ手遅れになるがな」


「とにかく!ここは話し合って!」


「話し合っても意味ないですよ、藤田さん。」


 浩平と藤田が議論している中、輝はひたすら揺れるアタッシュケースを見つめていた。


「一定のリズムだ」


「なに?」


 輝の呟きに、茅場は聞き逃さなかった。


「なんだろうな、一定のリズムが繰り返しているように感じるんだ」


「それって、まさか」


「モールス信号だな」


 藤田が言う前に、茅場が割り込んでくる。


「モールス信号って?」


 リズムに気が付いた当の本人は、何を言っているのかわからない様子だった。


「電信や音で用いられている可変長符号化された文字コードのことよ!」


 藤田が胸を張って説明するが、大学で鳥頭と言われるぐらいに学習能力が低い輝にとっては、理解できるはずもなく。「なんですかそれ?」と聞き返されてしまっていた。


「ま、輝にでもわかるように説明すると、モールス信号は、短点と言われる「トン」と、長点と言われる「ツー」を組み合わせて、離れた場所にいる相手にも伝わるよう、意志疎通を図る手段のことだ。」


「ちょっと何を言ってるかわからないです」


「なんでわかんねぇんだよ」


「またブレているぞ浩平。」


「だから、そのメタい発言は辞めろ」


「メタいって浩平君ってキャラ作って」


「ないから、ほら?ノリツッコミ的な」


「こっち方が新鮮なんだけどな・・・」


 藤田がボソッと言いかけるが、艦載機の発艦するエンジン音によってかき消される。


「どこかから怒られそうなやり取りは置いておいて、この信号を解読が先だと思うがな」


「確かに・・・だけどモールス信号なんて誰が解読を」


「それなら私に任せて、一応こう見えてモールス電信技能認定を所持しているんだから!」


 今度こそはと言わんばかりに、彼女は胸を張って豪語する。


「え?藤田さんって医官じゃ」


「自衛隊入る前にちょっとね」


「そもそも、そのモールス電信技能認定を持っていながら何故輝の方が先に気が付いたんだ?」


「ビクッ!?」


「俺と議論してたから気が散って、気が付かなかったんだろ。それか抜けてたか、察してやれ茅場」


「浩平君・・・庇ってくれているのよね?決してけなしてないよね・・・?」


「俺は単純に直観だから、詳しい事なんて何ひとつわからないぜ?」


 輝が真顔で告白すると、「それは言わなくとも全員わかっている」と3人供口を揃えて頷いた。


「皆さっきから酷くない?」


「そんなことより、早くモールス信号を解読しないか?」


「茅場君の言う通りね、それでは早速取り掛かりましょうか」


 藤田は胸ポケットからメモ帳を取り出し、モールス符号を書き出していく。


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「これで全部ね、一部聞き取り難かったけど。最初は、これははじめてふれたもののげんごにあわせています。どうやら涼介さんの事を言っているみたい」


「手に取ったのが親父が最初って訳か」


「どうさがしうりう。てにとてください。これが次の一文ね。どうやら手に取ってと言ってるわ」


「手に取ったぞ?」


 浩平がアタッシュケースを開け、手に取ってキューブを持ちあげる


「いいのか?すごく光っているが」


「心配性だな茅場、光ったことなんて以前にもあったじゃないか」


 キューブは振動を続け、青く光り続けていた。熱が溜まってそうなほどの光を放射しているが、意外と熱くなく持ち続けていられる。


「てきせいけんさがしうりういでんしのいちをかくにんほんにんかくにんのため、しもんにんしうをしてください。えーっと、適性検査が終了。遺伝子を確認。本人確認の為、指紋認証をしてください・・・って、浩平君!素手で触ったりなんてしたら!」


「へ?」


 キューブは、青と赤を交互に点滅を繰り返すと、急に閃光が辺りを照らす。一番近くにいた浩平は、あまりの眩しさに咄嗟に目を閉じた。


「・・・数秒がたったけどまだ眩しい」


 浩平はまだ目蓋に光を感じつつ、恐る恐る目を見開くと、まるで宇宙空間のような空間に漂っており、目の前には、神々しい程に光り輝いたコスプレ衣装を着た3人の女性が浮いていた。


「・・・とうとう頭がおかしくなってしまったか。」


 浩平は顔をつねったり自分でビンタをしたりとしたが、普通に痛覚を感じた。その事実が目の前にいるコスプレ3人衆が、夢ではなく本当に実在してることを認めざるを得なくなってしまった。


「ようやくこちらを見てくれましたね。」


 3人の内真ん中の、ピンク色の髪色をした女性が話しかけてくる。


「あぁ、本当に嫌になる。頭の中がかゆくなりそうだし、泣きそうだ。」


「おいそこ、さめざめと泣くんじゃねぇよ」


 左側に漂っていた青髪短髪の少女がいちゃもんをつける。


「それで、そのコスプレ三人衆は何者ですか」


「よくわからんが、そのコスプレって言葉に不快感を感じるぞ」


「まぁまぁ、落ち着いて」


 右側に漂っているブラウン色の髪色でウェーブのかかったロングヘアーの女性が、右の短髪をなだめている。


「私たち三人は、ノルンの三姉妹と言います。私はスクルズといい、左の彼女がヴェルザンディ、右の彼女がウルズです。以後お見知りおきを」


「お見知りおきしたくないし、この中二病のような衣装からしてこういう設定なんですね。」


「やたらと私たちを敬遠したがるが、何か理由でもあるのかよ」


 ヴェルザンディが突っかかってくつが、それは明白であった。目の前に天使の羽を生やして聖母マリア像のような衣装を着ているような人だ、関わってもろくなことがないし、夢でも見ているのがオチだと思っていたからだ。浩平は無視を続ける。


「恐らく夢の中だと思って、現実味がないんじゃない?」


「だったらこれが一番手っ取り早い」


 ヴェルザンディが、残像が残るほどの速度で目の前に迫ると、突然浩平の首を右手で締める。浩平自身何が起こったのか、直ぐにはわからなかった。


「な、なにを・・」


「苦しいか?お掛けで目が覚めたんじゃないか?」


 見た目こそ華奢な女の子だが、握力はこの細い腕からは考えられないほど強く、腕一本で自分の身体を持ち上げられている事を、浩平は身をもって感じた。まだ歳幅もいかない見た目をしている癖に、彼女の目からは殺意を躊躇なく向けられていている、それと同時に呼吸が苦しくなり視界がぼやけてくる。


「そこまでにしときなさい」


 ウルズが右腰にある剣で、ヴェルザンディの首筋に刃を向ける。


「そう熱くなるなよウルズ、単なる余興じゃんか」


 ヴェルザンディはパッと、掴んでいた手を離した。身体は宙に浮いているためバランスを崩して尻餅をつくことは無かったが、浩平は「ゲホゲホッ!」と、嗚咽を繰り返しながら呼吸を整える。


「大丈夫ですか?ヴェルザンディが余計なことを」


 ウルズが剣を鞘に納め、お辞儀をする。


「少し止めるのが遅かったら、三途の川が見えていたところだった。でも、おかげでこれが現実だという事を受け止めるしかないみたいだ。」


「ちょっとはお礼を言ったらどうなんだ猿人」


 猿人とは恐らく自分の事を言っているのだろう、さっきからわざと怒らせようとしてる事は浩平自身わかっていた。そういう相手には構うだけ無駄だという事は、今も昔も変わらない。なので、お礼を求められ「そうだな」と、浩平は曖昧に答えた。


「それでは本題に入りますが、私たちは貴方が持っていたキューブの守護神です。」


「へぇ」浩平は頷きながら、どことなく茅場が見ていたアニメの序盤の内容を思い出していた。これから言おうとしている事は予想出来ていた。驚きもしない浩平の反応にスクルズは「ポーカーフェイスなのね、それとも既にお見通しだったかしら」とニヤリと笑った。


「その二択なら後者だな。如何にも、そのような立ち回り方をしてたから」


「そうですか、私たちは北欧神話ではノルンとも呼ばれており。役割はウルズ(過去)・ヴェルザンディ(現在)・スクルズ(未来)を司る三柱の時間の空間を扱う女神です。」


 浩平は改めて、三人の女神を見渡す。人生は山あり谷ありというが、ウルズとスクルズは体のラインがくっきりと出るところは出ているのに対し、ヴェルザンディは絶壁と言ってもいいぐらい実り乏しき大地であった。平行線なままの世界を、身体で表しているかのようであった。


「そのキューブにも同様の効果があり、認証した者には同じ能力が引き継ぐことになります。」


「という事は、俺は」


「空間を操れます。」


 なんてベタな設定なのだろうかと、浩平は自分の心の中でつぶやく。まるで、昔のRPGゲームの設定内容かと言わんばかりのあらすじであった。


「そこであなたには・・・」


 魔王でも討伐しに行けとでも言うのか、もしくは彼女たちの目上の女神でも救出しに行けとでも言うのだろうか、また茅場が見ているアニメみたいに異世界転生で輪廻転生や未開の地にでも飛ばされるのだろうか、この歳になってこんな目に合うとは微塵たりとも思ってなかったなと、振り返っていた。


「生贄になってもらいます」


「・・・は?」


 浩平の脳内は一瞬、フリーズしたパソコンのように真っ白になった。


「俺に死ねというのか?」


 浩平の額に一滴の汗が流れる、それは経験したことがないが、おそらくまるで冤罪を掛けられて死刑判決を言い渡された被告人のような気分なのだろう。


「何もしなければ死にますね」


 スクルズは淡々とした口調で答える。浩平は表情こそポーカーフェイスを貫き通していたが、心境は絶望に襲われた、もし仮に最初の時点で同様の事を言われたとして、恐らく何も響かなかったし信じようともしなかっただろう。しかし、現実は単純かつ明白であり、先程絞めつけられた首は赤く手の痕が残っており、今でも痛みが残っている。この痛覚が、夢ではないことの証拠になっているのだ。

 しかし、彼女が言い放った”何もしなければ”という言葉に引っ掛かった。


「何かすれば死なないで済むのか?」


「この心境で、よくいい所に気が付きましたね」


 どうやら読みは的中していたようで、浩平の心は少し余裕を取り戻す。


「生贄とは言いましたが、何も私たちが貴方を殺すわけではありません。このキューブが貴方の身体を蝕んでいくことによって、最終的に死んでしまうのです。」


「それだと俺が死んだら、お前たちも死ぬことにならないか?」


「それには心配に及びません、私たちは宿主を変えればいいですから」


「俺はろくでもない寄生虫パラサイトに寄生されたのか、家賃収入しても構わないか?」


「余命宣告を受けたばかりなのに、もう冗談を言えるのですか」


「やっぱりお前普通じゃないな」


 普通じゃない。その言葉に、そりゃそうだろうなと心の中で思った。浩平は表情を出すことが少々苦手であり、顔色を変えないことのほうが多い。それは思考や感情面でも同じく、死ぬかもしれない状況で平常心を取り戻している。そんな自分は普通でないのだろう。


「家賃と言っては何ですが、あなたは先程言いました空間を扱えるようになりました」


「それは家賃じゃなくて光熱費に近いじゃないか?」


「でも不思議ですね、本来なら蝕んだ身体が悲鳴を上げて吐血とかしてもおかしくないのに、あなたの身体は進行速度が異様に遅いんですよ、首のネックレスが原因なのかしら」


 スクルズが浩平の首元に手を伸ばすと、バチッ!と、静電気が流れたかのような音が鳴り響く。彼女の指先は赤く腫れており、痛そうな表情を見せる。居酒屋で見知らぬ女性から貰った壊れたネックレスを、チェーンを変えてつけていた事をすっかり忘れていた。


「なんですかこれは!すごく痛いんですけど!?」


「スクルズ、キャラがブレています」


 半泣きで訴えるスクルズに、ウルズが絆創膏を貼るなり治療をしている。


「こんなけ現実離れな空間なのに、変なところで現実感があるな」


「話を戻しますが、死なない為には別のキューブを回収してください」


 こんな厄介な物体が他にあること自体驚きだが、彼女はしげしげと浩平の顔を眺めていた。


「しかし、このキューブは相当の力があるんなら、すでに見つかっているようなものじゃないか?」


 素朴な疑問だった、仲宗根防衛大臣が言う事が正しければ既に兵器転用されていてもおかしくない。


「現在、肝心のキューブは地下にあったりマリアナ海溝にあったりする」


 現在を司るヴェルザンディが呟く。


「どうりで今まで見つからなかったわけだ」


「でも過去なら、地上にある場合があります」


 口数が少ないウルズが口を開く。さっきのヴェルザンディといい自分たちの立場の話題に強く、口数を増える傾向にあるようだ。


「エジプト文明やビザンツ帝国など、過去の大帝国にキューブの反応がある」


「過去に行けというのか?」


「その時代のキューブの所持者を探すだけの仕事、そう考えたら簡単だろ?」 


「話の途中で割り込まないでヴェルザンディ、物事はそう簡単にいかない」


「俺もその考え方に賛成、過去に戻ることによってタイムパラドックスになるのがオチだ」


 タイムパラドックスの原因は様々だが、些細な過去の改変が起こると、バタフライ効果のように連鎖しながら拡大波及し、未来の方向性を大きく変更してしまう現象である。


「そうですね、ですがこのままだと貴方の世界は滅亡します」


「そりゃあいつか滅亡するだろう」


「あと、半日でですが」


 浩平は頭を掻き、苦笑いをした。


「それは、隕石か何かで?」


「いえ、人類が自らの手でです」


 スクルズは未来を見ることが出来る女神だ、間違えたことは言っていないのだろう。


「笑えないな、核戦争というわけ」


「ファーストストライクです」


「いやでも過去に行く必要があるわけか、だが俺一人で何が出来る?ただの学生だぞ」


「丁度お前がいる場所は運よく武器がそろってるじゃないか、何個か奪う時間ぐらいあるだろうからそれ持って行けよ」


「無茶言うなよ、ここの警備はザルじゃない」


「言い争っている時間はありません、一刻も早く貴方とキューブを融合しなければなりません」


 スクルズは何かを唱え始めた、すると自分の身体があらゆる角度から青い光を放出し始める。あまりの急展開に目をパチクリとさせる。恐らくこれは、目が覚めると会議室に戻っているという流れだろう。浩平は冷静を装い、静かに目を閉じた。

 周りが白い光に包まれたと思うと、数秒間過ぎた後、光を感じなくなったので恐る恐る浩平は目を開ける。そこには予想していた通り、会議室の中で立っていた。

 浩平は咄嗟に腕時計を確認すると、時間は1分たりとも進んでいなかった。まるでさっきまでの出来事が、まるで嘘か夢であったかのようであった。周りを見渡す3人とも目擦っていた。


「なんだったんださっきの光は・・・」


「放射線じゃないよな!?これ!?」


「それは無いと思うわ、私のベルトに放射線量計測器がついてるけど、警報は鳴ってないもの」


「てか浩平、お前キューブはどうした?」


 茅場に指摘されて、初めて浩平は手に持っていたはずのキューブが無いことに気がついた。


「本当だ、消えてなくなってる」


「光と共に消失したとか?」


「浩平君、身体に異常は?」


「そうですね・・・とくには」


「至近距離だったから、念のために上を脱いで」


 気分が悪いとかはなかったが、一応言われた通りに半袖の服を脱いでみると、胸元に落雷を受けたような稲妻模様が浮かび上がっていた。自分身体の傷に、さすがの浩平も顔色が真っ青になり、思わず尻餅をついた。


「な、なんだこれは!?」


「リヒテンベルク図形よ!落雷なんてなかったのにどうして!?」


「周りに放電している機器はない。キューブが、身体に何かしらの影響を与えたと考えるべきだろう」


「浩平!背中も稲妻が生えてるぞ!」


 輝は背後に周り、スマホで写真を撮り浩平に見せる。背中も胸元同様に稲妻模様が、背骨を中心に浮かび上がっており、痛々しいさが伝わる。上半身がこの有様だと下半身もそうなのではないかと思い、浩平は自分の身体を改めて見渡し、自分の手で身体を触り確認した後、ズボンを脱ぎ捨て確認する。


「よかった、下半身はきれいなままだ。」


「自分の息子も確認しとけよ、まじで」


 いつもなく輝が心配な目つきをしていたので、念には念をとパンツを下す。


「ちょっと!!女子がいる中で脱がないでよ!」


 藤田は咄嗟に視線をそらす。あまりの出来事に、藤田がいることを忘れていた。「あ、すみません」浩平は謝り、自分の局部が無事なのを確認して直ぐにパンツを履きなおした。


「男子校上がりの学生じゃないんだから、デリカシーを持って!」


「そうですね・・・」


「負けた・・・」


「落ち着け輝、お前の身長と対比すればおかしくないぞ」


「喧嘩売っているのか茅場」


「あれ、この状況ってツッコミ役不在・・・」


 すると、突然とノックもなしにドアが開く。さきほど鎌田が言っていた迎えが来たのだろう、海上自衛隊の隊員が3人入ってきた。


「部屋を移動しますので、私たちの・・・って!どうされたのですか!?この身体は一体!」


「事情は後で説明します、まず先に彼を医療室へ!私も同行します!」


「分かりました。怪我人と貴女は私に付いてきてください、他に二人は私の部下と共に指定された部屋へ」


 4人は隊員の言われた通りに、二手に分かれることになった。





 一方、同時刻。艦橋とCIC(戦闘指揮所)では、緊急事態の対応に追われていた。


「機体は何ですか?いつものTu-95(ツポレフ)ですか?」


 艦長である鎌田が艦橋室に入ると、艦橋室にいる隊員達は同時に敬礼する。「休め」鎌田の声と同時に隊員達は作業に戻ると、鎌田は艦長であることを示す色付きカバーの椅子に腰を掛ける。


「いえ、コンピューター各種の反応からは、J-15戦闘機と表記されています。東シナ海に展開している、遼寧から発艦した艦載機ですね。」


「沖縄の状況を」


「沖縄はF-15がスクランブルし対処に当たっていますが、機体数が多くこちらも艦載機F-35を3機飛ばしてます。幕僚長の指示で副艦長である私が、スクランブル発進させました。」


「そうですか、幕僚長の指示であるならば仕方がないですね。信濃副艦長、私が留守の間ご苦労であった。」


「滅相もありません。私、信濃 泰は役割を全うしたにすぎません。襲撃されたと聞きましたが、お怪我は」


「怪我はないが、どうも歳のようです。足腰が痛くてな。」


「ご無事で何よりです。話を戻しますが、状況だけでいうのであれば空の状況は、比較的にいつも通りです。それより、2番機が先程 護衛艦 いずも に帰還し捕虜を尋問たとのこと。案外口は軽く、恐らく雇われた人間である可能性が高いと。」


「分かったことはありますか?防衛大臣に聞かれる前に知っておきたくてな」


「フィリピン国籍の46歳の男性、船はデンマーク製のトロール船でアメリカ経由で購入したとの事。所持していた武器のルートは、旧ソ連製をメキシコ経由で密入した。さすがに誰の指示で動いたとかは、言わなかったみたいですが」


「背景に一国の影が見え隠れしてますね、防衛省から情報は届いてますか?」


「GSOMIA(軍事情報包括保護協定)からだと、アルナーチャル・プラデーシュ州にてインド陸軍が1個師団を派遣、中国も同じく国境線付近で戦車を展開、パキスタンがジャンムー・カシミール州にM-46 130mmカノン砲で砲撃するなどといった緊迫した状況が発生しています。両軍は核保有国ですので、油断は出来ません。」


「嫌な時代になったものですね、まるでキューバ危機のようだ」


「ごもっともです」


「艦長!ホワイトハウスがドルと香港ドルの交換禁止することを発表しました。これによって中国の経済は絶望的となります!」


「テレビをつけろ!」


 信濃がモニターの電源を入れるよう指示をだす、そこに映し出された映像には、ホワイトハウスで記者会見を行なっているアメリカ大統領の姿があった。テロップには香港人権・民主主義法と記載されており、経済制裁することを明記されていた。


「これは後戻り出来なくなりました。今や香港ドルは紙切れ同然、アキレス腱を切られた中国は後を失いましたからね」


「戦争は秒読み・・・ということですね」


 すると、ニュース速報が入りテロップには、中国が国連を脱退を表明と明記されていた。それと同時に大統領の側近が、歩み寄り耳打ちしている映像が流れる。

 大統領は記者会見を急遽中止し、マスコミは何があったのかと野次を飛ばしていた。


「アメリカからの電文です!DEFCONデフコンレベルを2に繰り上げるとのこと!」


「艦長!幕僚長から電話が繋がっています!」


「わかりました。・・・はい、鎌田です。はい、鎌倉が・・・かしこまりました。そのように」


 鎌田は静かに受話器を降す、周りの隊員らが彼に視線を集める。


「鎌倉で銃撃戦が始まった。相手は中国軍で、現場は神奈川県警と陸自で交戦中だそうだ」


 鎌田の顔付きが、ヘリの襲撃時と同じく引き締まったものへと変わっていた。


「旗艦はフィリピン海への渡航を中止、本土防衛にあたる」




 今から30分前の鎌倉


 前川と高垣は、他の観光客と一緒に自衛隊による誘導で高徳院に向かわされていた。


「本当についてない、ゆっくりしたいから一泊二日にしたのに・・・」


 前川はブツブツと文句を呟いていた。


「なんでこんな急に避難訓練って、おかしくない?」


 高垣も同様で、折角の休日を潰されたことに苛立ちが溜まっていた。梅雨の時期という事もあり、湿度が高く蒸し暑い中、高徳院方面には多くの人達が集まっていた。


「今ネットでみたけど、電車だけでなくタクシーも使えないらしいよ」


「そりゃそうよね・・・スマホの充電はまだあるからいいけど、この状況いつまで続くのやら」


 高垣は溜息を吐きながら、カバンの中からハンカチを取り出し額の汗を拭う。


「高徳院は既にキャパオーバーらしい、近くにある体育館も限界と連絡が入った。次の信号が赤になったら流れを左右で別れさせろとのこと」


「左は日蓮宗 行時山光則寺へ、右は甘縄神明宮だ」


 誘導してる陸上自衛隊同士の会話が聞こえてくる。どこでもいいから早く終わってくれと、2人は口では言わないが内心愚痴を言っていた。


「ホンマ、勘弁してくれや!蒸し暑くてしゃーないねん!」


「ま、吠えてもしゃーないやろ、あくまで避難訓練なんやからはよ終わるって」


 大阪から来た観光客だろうか、大阪弁の話し声が聞こえてくる。誰が話しているのかと、高垣はぱっと後ろを振り向くと、如何にも厳つい金髪の男性とタンクトップで坊主頭の男性が、大きな声でわめいていた。


「うるさいとは思うけど、気持ちはわかるよね・・・また登坂だから足が痛いし靴擦れするもん」


 前川は苦笑いしながら、自分のハンカチで汗を拭いていた。


「でも品がないわ。関西の人が悪いわけではないけど、あの人達は生理的に受け付けないタイプ」


「美香ってヤンチャな性格の割には、ヤンキーを嫌うよね」


「そうかな?そんなことないと思うけど」


「負けず嫌いでしょ?高校の時からの付き合いなんだから、美香の性格なんて手に取るように分かるわ!」


 前川は自慢げに胸を張っていた、ヤンチャと負けず嫌いは違うと、ツッコミを入れようとしたが、それはそれで話が長くなりそうだと思ったので、高垣は思い止まった。


「くっそ・・・折角の修学旅行が台無しだ」


「サンセー!これは修学旅行1日延長でしょ!?」


「文句ばっかり言ってないで、列を乱さないよう歩きなさい!」


「みてよ!羽田も成田も全便見合わせだってさ!」


「そりゃそうよねー、自衛隊の戦闘機がこんなに飛び回ってたら」


「ロサンゼルス・・・行けるかな」


 地元の高校生だろうか、同じ歳幅ぐらいの少年少女の団体が反対車線の歩道を歩いていた。折角の修学旅行が気の毒にと、高垣は横目でモチベーションが沈んでいる学生達を見つめていた。

 こうしているといつのまにか、自分たちは信号機前にまで辿り着いてきた。なにやら自衛官同士が話し合っていたが、五分もしない内に話がまとまったのか、4人の自衛官が二手に別れる。


「ここから二手にわかれます。身体の不自由な方や中学生以下の子供と高齢者の方々は右へ、高校生から

60歳までの方々は左へ移動してください!」


 自衛官が、拡声器付きの車両から大声で全体に伝えていた。若干音割れがして耳障りではあったが、周りは自衛官の指示に従って列を移動していた。街並みは普通の住宅街なのに道路は、完全に人であふれかえっている中、2人も言われた通りに左側へ移動する。

 そんな中、報道関係者は依然としてカメラを固定の位置で撮影を続けており、警察や自衛官はこれを注意することはせず放置していた。一部の人間には避難を強要させない避難訓練に果たして意味があるのだろうかと、高垣はぼんやりと考えていた。

 この異様な状況下におかれた住宅街に、パンッ!と銃声が鳴り響いた。銃声にいち早く行動したのが報道のカメラマンで、銃声が響いた高徳寺の方向にカメラを向ける。彼らがテレビ局のカメラマンから戦場カメラマンに変わった瞬間であった。

 銃声が響いたことで辺りは一瞬だけ静寂に包まれた、周りの高校生も厳つい関西人も全員が高徳寺を見つめていた。すると、信号を跨いだ先の人混みから女性の声の悲鳴と「逃げろ!!銃を持ってるぞ!」男性の一声が引き金となったのか、周りがパニックになって海の方向へ逃げだした。


「皆さん!!道を開けてください!!」


 拡声器を備え付けられていた自衛隊車両が、エンジンをかけて銃声がした高徳寺に向かって走り出した。それに続いて警察のパトカーがサイレンを鳴らして合流する。


「ど、どおどどどうしよう!?美香!?」


「ど、どうするって言われたって・・・逃げるしかないじゃない!」


 高垣と前川は、お互いはぐれないように手を繋ぎながら、無我夢中で走り続けた。しかし、銃声はあらゆる個所から響き渡り、発砲音は単発から連射まであり、あきらか自動小銃かサブマシンガンの連射音であった。走り続けていると由比ヶ浜駅が見えてきたが、主要道路はパトカーによって塞がれていた。警官が拳銃で発砲しており、婦警が避難誘導していた。


「ここから先は危険です!!身を低くして右に曲がってください!!」


 目の前にいる婦警が、パトカーに備え付けられているマイクで叫び続けている。警察官だってこの状況は怖くて仕方がないのだろう、婦警の手はピクピクと震えていた。言われた通りに身を低くした瞬間、前川の目の前で血飛沫が飛び散る。サブマシンガンの流れ弾が婦警の後頭部を貫通し右目から血が噴き出していたのだ、婦警は後頭部の状態から見て即死だろう。


「ひぃっ!!」


 前川は思わず嘔吐してしまっていた。高垣も嘔吐感に襲われたが、何とか耐え抜いて前川の背中をさする。


「大丈夫!?瑞樹!?」


「こんなの・・こんなのって・・・」


 二人とも前屈みになっていると、前方から噴射音が微かに聞こえだした瞬間、右側に停めてあったパトカーが爆発し炎上しながらひっくり返った。


「RPG!!」


「自衛隊はまだなのか!!我々の武装じゃ対処が追い付かない!」


 高垣はパトカーの隙間から由比ヶ浜駅方面の状態を目視で確認すると、路上には複数人の人達が倒れており、アスファルトの車道が血潮で染まっていた。そしてワゴン車から目出し帽を被った軍服の集団が自動小銃の銃口を水平にして、連射していた。

 流れ弾がパトカーのタイヤを貫通し、プシューっと空気が抜ける音がした。そのタイヤの近くに潰れた弾丸が前川の足元に転がる。


「きゃぁあああ!!!!」


 前川が叫びながら尻餅をついた、身体は小刻みに震え生まれたての小鹿のようになっていた。


「ここにいたら命が何個あっても足りないわ!逃げよう!!」


 ここにては危ないと思った高垣は、混乱している前川を引っ張りながら雑居ビルの隙間にある細い裏路地を走って逃げだした。

 裏路地に入ってひたすら走り続けると、雑居ビルに囲まれた広い空き地に辿りついた。銃声は響くものの外にいるよりか遥かにマシであった。


「ちょっと休憩しよ?私疲れた」


「そうね、私も靴擦れが酷くて痛いから、一旦ここで休憩しようか」


 2人とも汗を拭く余裕も無かったので、汗でびっしょりしていた。


「さっきのテロリスト?こんな観光地にどうして・・・」


「なんだっていいわよ!!目の前で人が死ぬなんて!!」


「お、落ち着いて瑞樹」


「落ち着けるわけないでしょ!!ねぇ美香・・助けてよ」


「自分だけ現実逃避してるんじゃないわよ!!逃げれるものなら私だって逃げたいわよ!!」


 高垣は彼女の胸ぐらを右手で掴み。空いた手でビンタをした。前川は一瞬何が起きたのか分からなかったような表情で、不思議そうに見つめていた。


「え?」


「私も瑞樹も同じ状況に置かれているの!私は自衛官でも警察でも何でもない!自分だけ悲劇のヒロインを気取ってる暇があれば、自分なりに何が出来るか考えなさいよ!剣道部で鍛えられた精神を活かしなさいよ!!」


 自分でも無茶苦茶な事を言っているなと、高垣は自覚していた。いくら剣道で鍛えられたとしても、怖いものは怖いのだから、それでも自分だけ我慢しないといけないのかと思うと、ムカついて仕方が無かったからだ。


「・・・やっぱりヤンチャよ、美香は」


「え?」


「もうそろそろ手を放してほしいな」


「ごめん」と言いながら、高垣はそっと手を放す。


「とりあえ私のバックを持ってほしい」


 前川はコンパクトサイズのカバンを高垣に渡すと、空き地の隅に転がっていた鉄パイプを手に持って素振りを始める。


「うーん、少し重たいけど大丈夫そうね。さっきはありがとう美香、これからは私が助ける番ね、私が先導するわ」


「もしかして、この鉄パイプで」


「不意打ちぐらいなら出来るかもって」


 さっきとの変わりように、高垣は少し引っかかったが、彼女がやる気になったのであれば別にどうでもよかった。前川を先頭にさっきとは別の道を歩いて行くと、道の先が太陽の光で眩しくなっているのを感じた。恐らく、この先は大通りに面しているのだろう。


「だれもいないか、確認してから進んだほうがいいよね?」


「もちろん瑞樹、こんな時だからこそ手鏡が役に立つのよ!」


 自分のカバンから、手のひらサイズの折り畳み式手鏡を取り出すと、自分たちでは見えない個所を鏡で確認する。すると、海側からガタイのしっかりした中年の男性達がこちらに向かっているのが見える。迷彩服一色の服装から、自衛隊の人達に見えるが持っている銃が違う事に気が付いた。水平に構えている銃はAK-74Mであり自衛隊の装備ではなかった。

 男性グループは交差点で分散し、一人がこちらに向かっている。しかし、相手はこちらに気が付いていないのかそのまま通り過ぎていく。


「このままやり過ごしたし、渡ろう」


「まって美香、相手は一人だからちょっとだけ待ってね」


 前川がそういうと、忍び足で大通りに出ると背後から男性の頭を鉄パイプで打突した。


「ちょっ!?何やってんの!?」


 高垣は開いた口が塞がらなかったが、前川は気絶した男性からAKとハンドガンを奪い取ると、鉄パイプはその場で捨ててこちらに戻ってきた。


「意外と重たいのね、銃って」


「何しれっと持ってきたの!?瑞樹!!キャラが変わってない!?」


「大丈夫大丈夫、試合の時をイメージしたら意外と落ち着いた!」


「私、アンタとは絶対試合したくないわ」


 自動小銃(AK)は高垣が、ハンドガン(TT-33)は前川へと分けて、出来るだけ銃撃戦を避けるように裏路地をしようして街の郊外を目標に、逃げ続けた。

 あれから数分後、道中にて、避難時に見かけた高校生が目出し帽を被った男性達にガソリンスタンドで拘束されているのを、高垣の目に止まった。


「まって瑞樹、高校生が捕まってる」


「本当だ・・・助けてあげる?」


「そうね・・・今の私達には銃があるし、背後に周れば脅せるはず」


 高垣と前川は、周りに誰かいないか確認してから、物陰に隠れつつ近づいていく。

 その時高垣は偶然にもの安全装置セイフティー存在に気がついた。この摘みが何の意味をなすのかわからないまま、安全装置セイフティーをオートに切り替えた。

 距離は次第に会話が聞こえて来る距離にまで、接近に成功すると、彼らが話している言語が日本語ではなかった。恐らく発音から、中国語だろうと推測が出来る。


「あぁ、とんだ修学旅行だわ」


「こんな体験、向かうでも経験できないと断言できるぜ」


「こいつら何を言っているのか分からないし、俺たち殺されるんだろうな」


「うぅ、help me・・・」


「この状況は神奈川県全体で起こっているとみて間違いなさそうよ」


「どうしてわかるの?」


「あれだけ飛び回っていた自衛隊のヘリが、すっかり姿を見せなくなったからよ」


「え?それじゃどこに」


「恐らく横浜や静岡の原発に向かったんじゃない?特に原発は何かあれば手遅れになるから」


 男女6人に対して、男が中国語で罵倒する。恐らく黙れと言っているのだろう、彼らは自動小銃を構えているが恐らくまだ引き金を引くつもりはないだろう。ガソリンスタンドから余りにも距離が近すぎるからだ、もしここで発砲すると引火する可能性があり、そうなれば自分たちにまで飛び火が襲い掛かる。

 彼らが距離を取り始めたら、それこそ発砲する直前というわけだ。


「どうする?もう突撃する?」


 2人はもう既に、数メートルまで接近していた。ワゴン車の影に隠れて、いつでも踏み込める状況であった。


「早くしないと仲間が合流されたら困るし、行こう!」


 相手の数は2人、大丈夫だと根拠のない自信を抱きながら、2人は銃を構えながら彼らの背後に立つ。彼らは足音に気が付き、咄嗟に振り向こうとするが銃を見えた時点で、その場で固まる。


「こういう時って何て言うべきかな美香?」


「えーとね、多分、ぷちょへんざ!!」


 相手に通じたのか、彼らはゆっくりと手を挙げる。突然の光景に6人供唖然としていた。


「なんとか通じたみたいね、私はその場で構えているから、瑞樹は結束バンドを外してあげて」


「わかった!」


 銃口を彼らに向けながら、前川はゆっくりと拘束されている学生達の背後に周り、右から順に結束バンドを外して行く。


「あ、ありがとうねぇちゃん!」


 1人目のツーブロック男子が自由の身になった時、右の男性は向けられているハンドガンを重視していた。それに気がついた右から4番目の黒髪ロングの女子が、男性の目線を追っていた。

 目線の先には安全装置セイフティーがオンになった状態の、ハンドガンであった。その場にいる男性2人以外、拳銃の事に詳しくなかったので、彼女も気が付いたが、よくわからなかった。

 男性側も、ここからでは影で見えにくく判別が付きにくかったのだ。そんな状況も知りよしもない前川は、2人目も難なくと結束バンドを外して行く。


「助かりました!」


 この調子で3人目の女の子の結束バンドを外しにかかった瞬間、太陽が雲から姿を現し、前川の手元に太陽の光によって照らされた。

 勿論、安全装置セイフティーの状態に気がついた男性は、口元をニヤつかせると前川に襲いかかる。恐らく彼女が安全装置セイフティーが掛かっているのであれば後ろも同じだと踏んだのだろう。


「ちょっ!撃つよ!」


 前川が引き金を引くが、安全装置セイフティーが掛かっている状態で撃てるはずもなく、何もできないでいた。


「う、うそ!なんで撃てないの!?」


「瑞樹!!」


 万事休すかと思いきや、高垣の自動小銃は前川のハンドガンと違い、安全装置セイフティーが外れたAKは、発砲音と同時に数発の弾を連射し、弾は見事に男性の右腹部を貫き、血飛沫を噴き出した。


「かはっ・・・リィーベン…」


 左の男も、右の男と同じように踏み出そうとしていた所で、硬直した。


「ヒィッ!?血、血が!」


 返り血が3人目の女子に浴びてしまい、混乱していた。


「だ、大丈夫、まだこの人は死んでないから」


「こっちがやらなければ、逆にやられてたんだ。自己防衛だぜ」


 4人目の女の子が、なんとか落ち着かせようと慰めていた。恐らくこの6人の中では1番のリーダー格だろう。6人目の男子は高垣に対して呼びかけていた。


「そう・・・よね、あっガソリンスタンドは」


 ガソリンスタンド内なのに自動小銃を連射してしまったから、引火するかもしれないと思ったが。幸い反動で銃跡は天井に出来ていたので、肝心のガソリンに着弾していなかった。


「た、助かったよ美香!!どうして私の銃は撃てなかったの?もしかして不良品?」


「多分ですけど、この摘みが原因かと、この男性がさっきから注目していましたから。」


「え?そうだったの?とりあえず皆の結束バンドを外しますね」


 こうして結束バンドを全員外す事ができ、残された男性の手を拘束した。しかし、安心も束の間であり、ワゴン車が1台こちらに向かってきた。恐らく彼らの援軍だろう、サブマシンガンの銃口がこちらを向けて発砲し始める。


「皆!ガソリンスタンドから離れて!」


 高垣の呼び声と同時に、皆んなバラバラに散る。残された男性は中国語で叫んでワゴン車に向かって走って行ったが、彼らの流れ弾に数発被弾し交差点の真ん中で倒れる。息はあるようだが、風前の灯火であった。

 ワゴン車はスピードを緩めること無く、そのままの速度で走り続け仲間の身体跳ね飛ばした。男性の身体は中を舞い、地面に叩きつけられた。


「うそだろ!?あいつら仲間ごとやりやがった」


 ワゴン車が目前まで接近すると、突然ワゴン車が爆発炎上した。皆何が起こったのか分からない様子であり、唯々茫然としていた。

 爆発した衝撃でなのか、高垣と黒上ロングの女子高校生の足元にハンドガンが転がってきた。とりあえず2人ともカバンの中に入れると、ヘリコプターのプロペラ音とエンジン音が突然至近距離から聞こえて来た。

 ビルの隙間から音の正体が姿を現す、陸上自衛隊の大型輸送ヘリ(CH-47 チヌーク)であった。ヘリは交差点上空でホバリングすると、ゆっくりと着陸した。


「センサーポッドの温度センサーに人影を確認したから、もしやと思ったらビンゴだ!」


「君達!怪我は無いか!」


 後部ランプから飛び出してきた自衛官が、自動小銃を構え周りを見渡し敵がいないことを確認すると、銃を下げこちらに歩み寄る。


「怪我はなさそうだけど、奴らをやったのは君たちか?」


 話しかけてきた自衛官が、ガソリンスタンドで血塗れになった男の死体に指をさす。高垣と前川はこの手で銃を持っている状態、とてもじゃないが言い逃れは出来なかった。


「自己防衛です、こちらが撃たなければこっちがやられていました。」


 高垣は、自分が相手に対して発砲したことを認めつつ、自己防衛でやった事だと伝えた。


「理由はわかった、だけど銃はこちらに渡してくれないか?」


「貴方達は私達を助けきれなかったじゃないですか?警察官もたくさんの死傷者が出ています、丸腰のままで生きていけるわけがないです」


「なら君たちも私達と一緒に来るがいい」


「隊長!」


 いかにも体育会系で、頭部には僅かに白髪交じった背丈の高い中年の男性が、後部ランプから歩み寄る


「我々の仕事を忘れたか?攻撃だけが花じゃないだろ」


「しかし・・・我々は今から おおすみ に向かうのでは?」


「そうだったが正解だ、先程上から連絡があって おおすみ は別件で飛行甲板に着陸する余裕がないとのことだ、だから東海海域東部に展開している くにさき に向かう。他の艦隊も合流予定だそうだ」


「本部に民間人の事は?」


「事後報告で構わん、責任は俺が取る。」


「かしこまりました・・・」


「とはいえ流石に銃はこちらが預かる、別に君たちを銃刀法違反で拘束するつもりはないから安心したまえ」


 高垣と前川は互い顔を合わせると、意思を確認し頷くと銃を自衛隊員に渡す。


「た、たすかった・・・」


「とんだ修学旅行になったな」


 高校生たちは安堵に包まれている中、リーダー格の黒髪ロングの少女が高垣に歩み寄る。


「さっきは助けてくれてありがとうございました、私は駿河山高校2年生の雪風 詩織と言います、貴女のお名前をお伺いしても?」


「え?えぇもちろんよ、私は高垣 美香、都内の大学に通う4回生、怪我が無くて本当に良かったわ」


 雪風がそっと右手出したので、高垣も左手を出し互いに握手をした。


「ちょっと私もいるんだけど!?私は前川 瑞樹!美香とは同じ大学よ!」


「すみません、よろしくお願いします。」


 前川も握手をすると、安堵に浸っていたはずの他の5人も歩み寄ってきた。


「雪風に先を越されちゃったけど、助けてくれてありがとう!俺たち同じ高校の生徒なんだ、俺の名前は神崎 誠だ!ツーブロックで覚えてくれよ!」


「それ・・・剃った部分は生えてくるから意味ないとおもうけど、僕の名前は中島 ボーガード、見た目の通りハーフなんだ」


「見た目なら私も負けてないよ!私は北島 西瓜!肌が水着焼けしてるからわかると思うけど水泳です!髪は一部染めてると思われがちだけど、色素が抜けてるだけだから!!」


「安斎 瑠衣です・・・ありがとうございました」


「俺は軟式野球部だから髪生えてるけど腕には自信があるんだ、熊谷 龍児といいからよろしく」


 どうしたらこんな個性が確立している人たちが集まるのだろうかと、高垣は苦笑いしていた。


「自己紹介は機内でやって欲しかったが早く乗り込んでくれ、いつ奴らが来るかわからないからだ」


 ヘリはエンジンを再起動すると、二つのメインローターが勢いよく回転する。砂埃が舞い上がる前に8人は機体の中に入り込むと。後部のハッチを閉めずに上昇を開始する、固定機関銃が備えられており自衛官が引きに指をひっかけて待機しているからである。

 上昇して気が付いたことだが、街のあらゆるところから黒煙が立昇っており、一部ではまだ警察の特殊部隊と銃撃戦が繰り広られていた。


「奴らは一体何者ですか?中国語らしき言葉で話していましたが」


「雪風さんよく気が付いたな、奴らの素性は分からないが、中国の軍人だよ、日本の各地で同じことが起きている。」


「それにアメリカのカルフォニア州のチャイナタウンで同じ事が起きている。それが決め手になったんだろうな、大統領選まで大人しくしていた大統領が、遂に重い腰を上げて中国人の口座を凍結させたのさ」


「あの・・・難しい事だらけで、わからないのですが」


 熊谷が申し訳なさそうに手を挙げる、遊び盛りの高校生に政治的な話は、難しい人には難しい話題ではあった。


「とりあえず、アメリカと中国がやべぇ状態なのは理解したぜ」


「その認識で結構だよ、このどさくさに紛れてヨーロッパではクリミア半島でロシア軍が進行し、今や世界中で混乱が応じている」


「おまけに各国の海域の瀬戸際作戦によって、安全な水路が閉ざされた結果、アフリカに進出しているNGO団体の物資が足りなくなり薬不足、結果アフリカ大陸に伝染病が蔓延している状態だ。嫌な世界だよ全く」


「情報によれば、各地の街や都市で一部の民間人が民間会社のヘリで本土から離れて行ったらしい。大抵は避難ベースに避難されているが、制空権取られたら意味をなさない・・」


「そのヘリの大半が沿岸の国籍不明の漁船のミサイルによって撃ち落とされたらしいがな、畜生め」


 機体は沖合に出たのだろうか、岸が見えなくなった頃、あらゆる機械の残骸が海面を漂っていた。残骸の一部が炎に包まれていることから、単純に沈没したものでは無いことがわかった。

 もう少し沖に出ると雲行きが怪しくなる。炎上している旅客機がバラバラになっており、周辺には海上保安庁の巡視船が救助活動していた。国際識別のマークからニュージーランドの機体だという事がわかった。


「燃料が足りなかったとか・・・ではないよね」


「原因はわからない、ブラックボックスを回収できてないからな、正直旅客機一機に構ってられる場合では無くなるから迷宮入りだろう」


「え?」


 自衛隊以外の人間が誰もが、顔に?を思い浮かべていた。そして隊長の口から真実を突きつけられる。


「世界はこれから第三次世界大戦に突入するのだから」


 第三次世界大戦、フィクションの世界ではよくある話ではある戦争の名前、だいたい理由はAIによる暴走やハッキングによる物やリビングデッド物で、殆どを占める。

 しかし、現実は溜まりに溜まった緊張が爆発するという、人間がその手で引き起こされる戦争になってしまった。


「アメリカはロシアと中国との関係を白紙に戻すと発表、現在アメリカ本土は勿論の事、西側諸国の国々のミサイル基地が機動だけしている。もちろん日本もだ」


「日本にミサイル基地なんてなかったよね?」


 前川が高垣に耳打ちするが、小耳に挟んだのか雪風が「種子島になら」と呟く。


「筋がいいね、そう宇宙局のミサイル施設は弾道ミサイルも発射することが出来る、もちろん米軍の持ち物ではあるがね」


「でも戦争にはならないでしょ?だって今は核がある以上戦争にはならないって先生が」


「抑止力の話を聞かされていたのだろうけど、結局はこのザマだ」


 自衛隊の1人がボソッと呟いた。自衛隊の言い分も、わからないわけでは無かった。自衛隊は各国の軍隊と同様、最前線で戦うわけだ。

 実際に核があろうが、なかろうが関係なく世界の各地で争いが起きている、現場に派遣されている自衛隊にと比べると価値観が違うのだろう。


「偶発的の核戦争はあるだろう、予期していない」


 そんな陰鬱な空気の中、操縦席の方が騒がしくなりだした。


「隊長!本部から伝令です!ソウルが攻撃されました!」


「なに?本当か?」


「はい・・・短距離ミサイルによる攻撃だそうです。相手は・・・」


「言わなくともわかる、日本海の状況は?」


「大きな動きは今のところありませんが、北海道上空にロシア軍機が領空侵犯しています。同時にベーリング海上空にも」


「早く艦隊と合流するぞ、嫌な予感がする」


 ヘリはそのまま、何無く海を突き進んでいく。何度か戦闘機が追い抜いて行ったが、30分後になると窓から海上自衛隊の艦隊の姿が見える、甲板には別々の機種のヘリが数機着陸しており、私服の人達がちらほらと歩いていた。

 恐らく本土から脱出した人達だろう、自衛隊も追い返す訳にはいかず受け入れているように見える。


「さて君達をここで降す、我々は別の艦に行かねばならないから、もたもたとするなよ」


 ヘリはホバリングし高度を下げ着陸する、護衛艦には いずも と記載されていた。


「まさか、こんなことになるなんてね」


 高垣は、誰にも聞こえない声で呟きながら甲板に降り立つ。その後を続くように他の者も降りるが、皆各人思うことがあるようで、深刻な表情をしていた。

 ヘリが高度を上げて機体を左旋回させよとした瞬間、周りのイージス艦から一斉にミサイルが発射された。


「SM3だ・・・」


 甲板で作業している海上自衛隊達が、呆然と棒立ちしていた。民間人も高垣達も同様で、ミサイル雲を辿りながら空を見上げていた。爆発音が遠い西の方角から重低音が響く、しかしこの音の正体に一部の者以外に分かるはずがない。それもそのはず、日本海上空480Kmの所で先程のミサイルが何かを命中させた音であった。それと同時に異変が応じ始める。


「なんかヘリの様子おかしくない?」


「確かに、変な動きしてるな」


 ボーガードがヘリの異変に気がつく、ヘリのメインローターが動作不良を起こしバランスを崩していた。ヘリは上下左右に揺れ続けるが、なんとか甲板上に着陸した。


「美香・・・これってどうなってるの?」


「私だって何がなんだか」


 すると、その場にいた一般人がスマホがつかないと言い出した。周りの一部の人も使えなくなっていたが、使える人もいたりと様々であった。


「まさか、EMD攻撃?」


「安斎!なにか分かったのか?」


「多分神崎くん、さっきのヘリの異変と周辺機器の様子からみて回路が焼けてしまっているんだと思う」


「つまりどういうこと?」


「電子機器の破壊を目的とされた核攻撃の一種、大気の上層部で核兵器を爆発させれば、強力な電磁パレスを発生させ、電子回路に過剰な電流を流し込まれることによって、広大な地域で電子機器が使えなくなるようになる。自衛隊や政府機関は対EMD対策がされているだろうけど、発電所や原発はもちろん自動車や電車や上空を飛行している飛行機のエンジンも停止する、今頃本土では大規模な渋滞と事故が発生しているはず」


「誰か助けて!!主人のペースメーカーが壊れたみたいなの!」


「もしかしてこれも」


「電磁パルスによるものだよ、今やあのご主人の中にあるペースメーカーは唯のガラクタ化としたわけ」


 しかし、それからたった数秒後の出来事だ、空から5本の筋が北の方角に降り注いだと思うと、一瞬眩しい光が辺りを照らし始めた。ただただ眩しい、その程度ではあったが光が収まると遠くにキノコ雲が発生していた。

 ここにいる誰もが、このキノコ雲の正体に気がつき、何が起こったのかが分かった。


 核戦争の始まりだという事実。




 護衛艦 かが を始め、対核攻撃を想定されている近代兵器はEMD対策がされていたので損傷は皆無であり、戦闘機も一部の近代化改修されたヘリは飛び続けていられた。

 しかし、日本本土にMIRVマーヴが飛来し東京を始め各都市が壊滅的被害を受けていた。事の発端は米中露ではなく、パキスタンがインドのテヘランに核攻撃を実施、中国との国境沿いに発射した事が災いしたのかインドは中国による核攻撃と判断し中国の北京に核攻撃を実施した。

 相互確証破壊システムを脅しの一環として起動していた中国は、国家の意図に反して自動報復措置が発動しアメリカを始め周辺諸国の仮想敵国に対し、ミサイルを発射する、その数40発であった。

 在日米軍基地がある日本もターゲットにされ、核攻撃を受ける。そして今頃アメリカはグアムやハワイを始め西海岸への核攻撃に対する報復として核ミサイルを発射しているだろう。


「本当にファーストストライクが起こるなんて」


 浩平は窓から、本土から生えたキノコ雲を見つめていた。藤田は事情聴取として、別室にて取り調べを受けている最中であった。そんなたった1人だけの部屋の中に、足音が小さく聞こえてくる。不気味になった浩平は後ろに振り返ると、そこには目つきの悪い黒猫が歩いていた。


「なんだ、猫か」


「なんだとはなんだ猿人」


「うわぁ、この聞き覚えのある呼び方はヴェルなんとか」


「ヴェルザンディだ、それよりお前こんな所でなに呑気にしている」


「お前こそ、なんで猫の姿なんかしている」


「災いを退け、福を呼ぶ、といわれるラッキーモチーフとして丁度いいかと」


「疫病神の間違いだろ」


 このツッコミに腹が立ったのか、黒猫の姿をしたヴェルザンディが爪をたて引っ掻きだした。


「痛っ!!このクソ猫が」


「そんなことより、核ミサイルが飛来するまであと5分だけどいいのかにゃー?」


「は?核はとっくに」


「こっちに落ちてこないとは一度も言ってないのにゃー」


「それなら地獄で会おうぜ」


「お前とはごめんじゃボケ、早く甲板に上がるのにゃー」


「いつからお前は語尾ににゃーがつくようになった」


「猫の姿だからに決まってるだろ、わかったらここから出ろ!」


 ヴェルザンディが浩平の肩に乗ると、浩平はドアから出ようとするが鍵がかかっていた。


「鍵が掛かってるぞ?」


「世話のやから猿人だ、ほらっ!」


 なにをしたのかわからないが、ヴェルザンディが唸った瞬間、鍵の掛かったドアは吹き飛ばされ金属音が鳴り響く。


「やりすぎじゃないのか?まるで俺がやったみたいになるだろ!」


「人が来る前に甲板に出るんだにゃー」


 この生意気な猫を絶対甲板上に出たら、海に捨ててやろうと思いつつ、浩平は廊下を走り続ける。


「さっきの音はなんだ!?」


「何かあってからだと遅い!いくぞ!」


 自衛隊達が駆け足で廊下を駆け抜けていく、話声で近くに隊員達がいる事がわかった浩平は、掃除用具が入ったロッカーに隠れ難を逃れていた。


「小学校の時によくやったもんだ」


「お前って見た目によらずヤンチャな性格なのよな」


「昔の話だ」


 そのまま走っていくと階段を見つけ、登りだったのでとりあえず駆け上がっていくと、甲板の側面に繋がっていた。いつの間にか周りは護衛艦に囲まれており、これだけ艦隊が密になっていると狙われる理由は分かる気がした。


「いつミサイルが飛んでくるんだ、クソ猫」


「言わなくとも15秒後にくるぞ、本当にギリギリだったな」


 周りでファランクス(CIWS)の弾幕が飛び交っている中、上半身裸の状態で浩平は甲板上に登る。


「ちょっ!?そこの君!何をしているんだ!」


 浩平の姿に気が付いた隊員達が、こちらに向かって走ってくるが、自衛隊員以外に向かってくる飛翔体が目視でも確認できた。巡航ミサイルである。


「どうすればいい?」


「お前はその場で突っ立っていればいい!」


 すると、浩平の身体に刻まれたリヒテンベルク図形

が青く光りだした。その光はキューブが発していた光と同じであり、身体のあらゆる所に激痛が走りだす。


「この光・・・まさかお前らキューブを俺の身体に」


「ご名答、大正解!今から燃料補給するぞ!」


 光り輝く浩平の身体はより一層光を放出し続ける、光を直視した自衛隊員は視力を奪われ、その場で立ち止まり目を擦っていた。

 浩平の身体を直視する事ができるのは、他の誰でもなく自分自身だけであった。こうしているうちにミサイルは目の前にまで接近しており、着弾まで残り2秒程であった。


「次に気がついた時には、ウルズによろしく言っておけ」


 ヴェルザンディが耳元で呟いた瞬間、目の前に巨大な熱球が出現する。しかし、不思議と熱さは感じなかった。核爆発のエネルギーを、浩平の胸元の中にあるキューブが吸収していた事が原因であった。

 しかし、TNTで表すところの21.24 ktの核エネルギーを拳ほどの大きさのキューブが吸収すると、明らかなキャパオーバーとなり、溢れ出す。

 結果、再度エネルギーを放出することになり青い光が、護衛艦 かが だけではなく、周りの護衛艦や海中の潜水艦までもが、光に包まれ。


 その場で光と共に姿を消した。


 そして、視界が回復する頃になると。生意気な黒猫の姿はなく、代わりに柴犬が足元でお座りしていた。

 周りを見渡すと、天気は快晴であり艦隊などは変わらず展開しているが、キノコ雲や本土の影が見えなくなっていた。


「お疲れ様です。過去の世界にようこそです。」


「この言い方は・・・ウルズか?」


「そうです、現場を説明しますと貴方と周りの物はタイムスリップしました。紀元前51年の地中海へ」


「え?まじですか?」



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